訪問営業の憂鬱

訪問営業の憂鬱

 訪問営業と言うのは、理不尽なことが多々ある。  特に、個人宅への訪問営業は。    インターフォンを鳴らしても、反応がないことはザラ。  家の中からは、明らかにテレビの音や誰かが歩き回る足音がしているというのに。  居留守はすればいいが、せめて誰もいない様に振舞ってほしいとは思ってしまう。  こうも堂々と無視されると、心に小さなとげが刺さる。    ガチャリと扉が開く家もある。  ようやく会話ができると思いきや、初手で怒鳴ってくる相手もいる。  まあ、家でくつろいでいるところに誰か来れば、イラッとするのはわかる。  だからと言って、私にあたるのは違うだろう。  私と開いては初対面なのだから。   「何度も何度も来やがって!」    私は時に、初対面の相手からそう怒鳴られる。  繰り返すが、私と開いては初対面だ。  私がこの家に来たのは、今回が初めてだ。    しかし、相手にとってはそうではない。  宗教。  格安電気。  生命保険。  不動産投資。  相手にとっては、これらすべてが同じ物。  同じ会社どころか、訪問営業をするすべての人間を私と同一視してくる。  理不尽だ。    相手が、訪問営業に対してどんな嫌な目にあったのかは知らない。  質の悪い営業もいるのだろう。  だからと言って、私に言うのはおかしな話だ。   「だいたい、お前らはいっつもいっつも人がテレビ意味てる時に来やがって!」    お前がテレビを見ている時間なんて知るか。   「数分で終わるとか言いながら、何十分も居座りやがって!」    お前がしてる理不尽な説教に何十分もかけてんじゃねえのか。   「あ!? 雨が降ってんじゃねえか! ふざけんな!」    まったく私に関係ない。    お客様は神様ではない。  そんな当たり前が周知された世界においてなお、訪問営業をする人間は、ときに人権を与えられない。  家主という神様の前に、ただただ平伏すのみだ。    スマホで声を録音していることだけが、私の生命線だ。   「はー、もういい。二度と来んなよ?」    相手は、一方的にまくしたて、一方的に扉を閉めた。  結局、私の話は何もできずじまい。  私はただただ、怒鳴られただけだった。    理不尽だ。    インターフォンをもう一度鳴らせば、相手はきっと出てくるだろう。  さらに強く怒鳴りながら。       「今日の夕食、何にしようかな」    私は理不尽を忘れるように、未来を思い浮かべた。  そして、隣の家のインターフォンを押した。