診察室で、男がうつむいていた。 「先生、私は……」 「あなた、最近オチばかり考えてるでしょ」 「はい」 「何だっけ? 蛇口から、漢字の水がたくさん流れて、排水溝が詰まった? これの何が面白いの」 「はぁ……」 「これ、思い付いたとき、ニヤけたでしょ」 「ダメですか?」 「重症だね。少し頭を休めなさい」 クリニックを出ると、男は幹線道路沿いを歩き、自宅へ向かった。 すると、サイレンを鳴らしながら、パトカーが通りすぎた。 「そこの車、左に寄せて止まりなさい」 道路脇には、パトランプから落ちた『あと二人』の赤い文字が転がっている。 一瞬、足を止めた。 「……いいじゃん」 男は、ニヤけ顔でポケットからネタ帳を出した。
「あちー。エアコンなんで壊れちまったんだよー。」 何もしていない昼間、俺は汗をかきながら扇風機の前で項垂れていた。 蝉の鳴き声で余計に暑さが増してくる。 「くっそ。こんな暑さじゃ勉強もできやしねぇ。図書館行くにもかったるいし…あーあ。エアコン直んねぇーかなー。」 そう呟いていた瞬間、縁側にどっすーーん!と大きな音がした。 地響きがしたものだから、思わず音の方に目をやった。 なにやらピポピポと聞こえてくる。 「…は?なんだこれ。UFO?んなまさか」 「…んじゃなんだよこれ。」 自分で否定して自分で質問をするという異様な光景のなか、UFOみたいな物体に付いている扉のようなものがシューっと音を立てて開き出した。 「うぉっ!?な、なんかくるぞ!?」 俺は別に武道をやっていやしないのに、顔の前で手を構えた。 すると、中からなにやらニョロニョロしたタコみたいなのが出てきた。 「ぴょひにょぬゅるにゃ」 「は?わかんねーよ。なんだよ。」 すると、タコ星人みたいなのは作業服を着た人間の姿に変わった。 「おっと失礼。今、あなた、言いましたよね。エアコンが欲しい!エアコン欲しすぎる!暑いんだよ!エアコン!ああ!」 「いやそんな騒いでねーよ!」 「ごほん。とにかく、エアコンが欲しいと言っていましたよね?」 「ああ。まあ、壊れちまったからな。」 「でしたら!是非!私に直させてください!料金はお取りいたしません!」 「お!まじかよ!てかお前誰だよ。」 「では早速!」 人間化したタコ星人みたいなニョロニョロは俺の質問に答えるよりも早くエアコンの前に立ち、人間の姿でありながらもニョロニョロした触手を横っ腹辺りからだしてエアコンを直し始めた。 正直気色悪かったが、怒らせて戦いにでもなったら多分負けるので言わないことにした。 「はい!直りました!!」 わずか5分ほどでこの人間化したニョロニョロ星人はエアコンを直した。だが、肝心なのは使えるかどうかだ。 ピッ 「お!涼しいぞ!タコ!やったな!」 「おお!誠ですか!それはよかったです!とても楽しかった!ありがとうございました!」 そしてタコ星人ニョロニョロはエアコンを直した後、満足した様子でUFOに戻って行った。 「では!達者で!」 ドカーーン!! そう言ってヤツは俺の家の塀を破壊して去っていった。 「おーーい!ふざけるなー!!塀直せー!」 そう俺が叫んだ途端、違う種類のUFOが縁側に飛んできた。 「ぴょぴぴょるにゃにゅぴ」 「おめーもかよ。」
薄暗い草原に佇む青と赤、2つの影。 「どこかから、川の流れる音が聞こえる」 「あの雲はどこまで行くんだろう」 「それを私達は忘れてしまった」 「私達がどこから来たかも忘れた?」 「覚えてるの?」 「忘れた」 しばしの沈黙。草原に日が差し始める。 「瞼の裏側にも日の光りが届く」 「じっとしていると少し熱い」 「でも心地いい」 「足の裏が乾いてきたね」 草原が風に揺れる。 「少しくすぐったい」 「みんな目覚めてきたみたい」 遠くから聞こえる獣の足音。地を這う虫たちの気配。 「鳥たちも羽を撫で始めたわ」 「きっと川に向かう」 「私達と同じ 彼らも旅をする」 「あっ飛んでいった」 大きな翼が風を切る。2つの影はそれを愛おしむように見つめていた。 「西の空ね」 「彼らも果てを目指していたのかな」 「そうかもしれない」 「まだ旅は続ける?」 「いつかあの光を掴むまで」 「まだ遠い」 その声を遮るように一陣の風が吹く。しかし赤い影は答えた。 「辿り着くかも分からない」 どこまでも響く、清涼な声で青い影は問うた。 「どうして旅を始めたんだっけ」 「生れたから」 「生まれたから?」 赤い影は、その細長い指で草原の一点を指す。 「あそこに花があるでしょう?」 「まだ蕾だね」 「あれもいずれ種を撒く」 「風にのせて?」 赤い影は囁くように答えた。 「そう、だから私達も旅をする」 「遠くに行くために?」 足元では虫たちが列をなして葉を運んでいる。 「生れたことを忘れないために」 束の間、青い影は瞬きをし、言葉を探して発した。 「何かを残すために」 2つの影は続ける。 「あの光の方へ」 「あの風が吹く方へ」 ふと赤い影が目を開く。 「蕾が開いてきた」 頷きながら青い影は空を仰いだ。 「太陽が眩しい」 「また朝がくる」 空はもう、茜色に染まる時を終えようとしていた。青い影は空から目を逸らし草原を見渡す。 「あの鳥たちは、今どこにいるのかな」 赤い影は微かに笑い、答えた。 「夜明けよりも明るい所」 ガサと草の擦れあう音が響く。 「あっ新しい鳥が来た」 「私達もそろそろ行かなきゃ」 「どっちの方角に行く?」 「この鳥の来た方へ」 2つの影は立ち上がる。ずっと座っていたから、体は重くなっていた。 「靴を履こう」 「もうすっかり足が乾いてる」 「やっぱりもう一度だけ土を踏んでいこうかな」 すっと足を伸ばす青い影。 「柔らかい?」 「柔らかくてひんやりしてる」 「手のひらを当てても気持ちいいわ」 赤い影は、靴紐をきつく縛った手を休めるように地面に触れた。青い影も真似をする。 「本当だ」 赤い影は静かに立ち上がり、青い影の手をとった。 「さあ、行きましょう」 「さようなら」 青い影は草原に手を振った。 「長い夜明けだったわね」 「そうだね」 「私達は呼ばれている」 2つの影は見つめ合う。 「夜に?」 「次の朝に」 「じゃあそこへ行こう」 2つの影が地平線に視線を戻すと、時が動き出した。 「いつか辿り着くまで」 「歩き続けよう」 草原の夜は明けた。2つの影はもういない。
積み上げられた本を見て思う。 本を読んできたからこそ今の自分があると思う一方で、本なんて読まなくても今の自分になっていたという気がどことなくする。 本を読んで賢くなりたいという下心は大学生の頃から持ってはいたが、果たして賢くなったかと言われてみればむしろ賢さは何なのかと自問する自分がいて、それを考えているうちになんだかよくわからなくなって振り出しに戻る。 何かしら変わってはいる。 そう言われればきっとそうなんだろうが、でもそれは読書を通してというより、過ごした時間の結果としてと言うに過ぎないのかもしれない。1年間読書をしたから変わったのではなく、単に1年経ったから変わっただけだ。 それでも読書はやめられない。 だとすると、夕餉の食卓に無限に並べられている本たちを「飽く」という終わり以外に、どうやって手放せるのだろう。私は、もしかしたら、生きるためには食べなければならないというのと同じ感覚で本を読んでいるのかもしれない。 本棚に入りきらなかった本々は、その上に、あまりにも綺麗に平積みされている。 令和八年八月十四日
ある日の午後。 認知考古学の教授が、学生の前でマイクを握った。 「みなさん。人が道具を本来の目的以外に使い始めたのは、どの時代か分かりますか?」 「旧石器時代に、石を遊びに使ったのが最初だと思います」 「その通りです」 教授が、背後のスクリーンを指した。 「今日のテーマは、それを踏まえて『道具の目的外使用』について考えたいと思います」 学生は耳を傾け、ノートをとった。 「これを見てください」 黒い傘を取り出し、学生たちに向けた。 「この傘。駅のホームで中年の男性が持つと、どんな行動をとるでしょうか?」 「あっ、ゴルフのスイングをします」 教室に笑いが起こる。 「それから、女の子はバトン、男の子はチャンバラとかに使いますね」 「お年寄りが杖に使うのもそうですか?」 「はい。それも目的外使用です」 教授はうなずきながら、学生を見渡した。 「では、ここまでで何か質問はありますか?」 最前列の学生が手を上げた。 「ちょっと気になってたんですけど、額のガーゼ、どうされたんですか?」 教授は笑いながら、傘を開いた。 「昨日、妻が機嫌悪くてですね……」
ひとりと ひとりで 歩いていって 焼きそばと たこ焼きと チョコバナナと あんず飴を食べて ふたりで 帰ってきました いっしょに 手をつないで 帰ってきました
郊外にある一軒家。 男がカメラを片手に、玄関の扉を開けた。 何十年も誰も住んでいない家。 家具には、白い布が掛けられていた。 「二階の奥……」 廊下に、きしむ音が響く。 階段を上がり、目的の部屋に入った。 「これか……」 男は窓際の白い布をめくり、中を確かめた。 そこには、ひじ掛けのついた古びた椅子があった。 横の机には、家主だった老婆の写真が立て掛けられている。 「皆さん、ご覧になってどうでしたか?」 スーツ姿の男が声をかけた。 部屋には、数人の男女がモニターの前に座っている。 男がスタッフに視線を送ると、窓際の椅子が運び込まれた。 「晩年、お婆さんはこの椅子に座り、外を眺めてました」 集まった男女は、緊張した顔で耳を傾けた。 「さぁ、皆さん。順番に椅子へ座ってみましょう」 机の上には、老婆の写真が置かれている。 「私は無理です……」 声が震える。 「大丈夫ですよ」 男が、そっと寄り添った。 女は恐る恐る、椅子のひじ掛けに手を掛けた。 そして、ゆっくりと腰を下ろした。 「がんばりましたね」 部屋に拍手が響いた。 すると、一人の男が手をあげた。 「先生。この椅子には、どんな因縁があるんですか?」 「……そんなものはありませんよ」 「でも、この写真の顔……」 スーツの男が、写真を手に取った。 「このお婆さん、私の母ですね」
気持ちが一杯になると涙になって気持ちが溢れ出る。濁った心を洗うように。 気持ちに何もない時は、好き勝手に行動して小さなギズが増えていく やがて痛みに耐えきれず、徐々に自分の行動を反省する それは空の様子に似ている。
昨日、仕事から家に帰ると怒りが収まらず息もつけないほど愚痴を垂れ流していた 躁が来ている。かなり高い ここから降りたらかなり勢いがついて下までいきそうだ 酒を飲みながらテーブルに置いてあったマジックで身体に絵を描いていく 手、爪、肩、胸、乳首 夜中に目が覚めて怒りが嘘のように消えていた。ただ不安が止まらず妻を叩き起こして苦しみを吐露する。朝まで 二人とも寝ていないし、二人とも仕事だ。僕はフラフラで家を出る、いつものように息子を愛でて。昨日パパが早く帰ってきたと思って一緒にゲームしている途中で機嫌が悪くなって結局息子一人でゲームをしていた 息子と遊んでやりたかったのに最悪だ 朦朧とする 妻は仕事なんか休んでいいと言ってくれる これは長年の経験から言っていて、このまま無理をすると長期休まないと復帰できなくなるためだ。収入が無くなるのだ それなら少ない方がまだ良い でも体調が悪い時に限って休めない 休むのも辛いのだ 残り5%のバッテリーで一日過ごす感じに似ている 無駄遣いはせず、必要最低限にする それで何とか持たせる そんな感じだ 皆思うと思う。買い換えたほうが良いと
鮮魚店に鮎が並んでいた。店の親父は、紀州のもので昨日〆たと云う。早速買って、折角ならと帰りがけに西瓜も連れた。網の焦げた七輪を押し入れからいそいそと出したなら、正しく昼の御馳走の備えは万端である。 香魚の鱗は全く柔い。潮で育つ他と違って洗う程で済むから好い。黄緑の腹が庖丁の身に映るので、仕方なく臓ぐらいは取った。平串に泳がせれば後は炭に放つのみである。 庭先で豆炭らを焼べると、彼等は煩く喚いた。串に打たれた魚を見せるとしおらしくなって、どうやら声を自らに抑え付けたようだった。串に泳ぐ魚は塩の鱗を新たに纏い、しばらく炭に当たっていた。 西瓜も直に切り出そうと思って、俎板の上でエイヤと刃を押し付けた。然しながら硬すぎたようで、余りに入りが悪い。余程この菜の方が鱗を持ち合わせている。刺した所から紅い汁が垂れて、俎板が滲んだ。天はそれを見たのか、私迄も火刑に処すように照り付けた。 やっと西瓜を断って見れば、魚はすっかり焦げていた。慌てて火から下ろすと、黒の網目に辛うじて腹の黄緑が見えた。臓を取った筈の魚は多少の苦味を帯びていた。頭と串を炭へ投げ入れれば、幾つも数えぬ内に黒く染め上げられた。何れ火が移れば紅くなるだろう。炭火を見つめながら、私は西瓜の紅い肉を頬張って、時折種を同色の七輪の中へ飛ばした。その度にじゅ、と鳴るのを、独りで聴いていた。
エンジンを止めると途端に一月の冷えた空気が全身を包み込んだ。 フルフェイスのヘルメットを外し、バイクから降りる。すると、その冷たさが耳や頬に直接刺さった。冬独特のそれは嫌いではないが、愛車の振動と熱から離れるこの瞬間は少しだけ寂しいものだ。 「はぁ……結構遠くまで来たな」 少し暗くなりはじめた空に、息の白さと熱が溶ける。 そろそろ何か自分にも買うか。とぼんやりと考えながらサービスエリアへと入る。自動ドアを境に、空調のきいた緩い空気が一気に纏わりついてくる。冷え切った体には嬉しいのだが、篭った空気は少し息苦しい。 「そういえば、樂から電子チケット来てたな」 ふと今朝のグループチャットを思い出す。 『誕生日おめでとうございます。ツーリングに行くんすよね?道中どぞ』 そんなメッセージと一緒に、後輩から送られてきたコーヒーチェーン店の電子チケットだ。ドリンク二杯分ほどがチャージされていて、行き帰りにちょうどいい。 「普段は署内の自販機かコンビニだしな。誕生日のぷち贅沢か」 そう独り言を口内で転がして、まっすぐコーヒーショップに向かった。 人気店だけあって店内は賑やかだった。とはいえ都心の店よりはましだ。 テイクアウトにして車で飲む人が多いのか、席には幾分か空きがある。これならそのままレジに行っても大丈夫そうだな、とまっすぐレジへ向かう。 「エスプレッソアフォガートフラペチーノをベンティで」 そう"いつもの"を頼む。せっかくの誕生日なのだから、限定メニューにしたりケーキをつけても良かったのだが、それはまぁ三人での時に取っておこう。 カップを持って席に座ると、プライベート用のスマホが通知を告げてきた。 「ん?先輩か樂か?」 二人なら少しばかり返信が遅れても問題ないだろう。とりあえず一口飲もう。 エスプレッソの苦味がまず口に広がった。そこからじんわりと広がる甘さに溜息が漏れる。 カップをテーブルに置きポケットからスマホを取り出すと、ロック画面に表示された文章に先ほどとは違う息がふっと漏れた。 「ははっ、そんなに待たれてたら早く帰んないとじゃん。ベンティ頼んじゃったよ」 あーあ、と言いながらも黒田泰斗は嬉しそうに笑った。
結局きみは きみの書けることしか 書けないんだよ あたり前のような それでいてさらりと 限界を決めてもらったような わたしは「ごめんね」と言って 受け入れたような さびしくなったような それはちょっと違いますかね と誰かに 言ってもらいたい気分 それはちょっと違いますかねえー お気楽な調子なら なおいいのかな
「誰か彼を止めないと……」 「それが、制裁だって言って聞く耳持たないんですよ」 「みんなが迷惑してるよね」 集まった代表たちが、深いため息をついた。 「この前も『我々は最強だ』って言ってたでしょ」 「そう、自分たちファーストってね」 「でも、一般人にケガさせるのはやりすぎ」 「黙ってるけど、君はどうなの? 仲間でしょ」 部屋の隅に、視線が集まった。 「すみません。一部が暴走してて。ぼくも、シャケくわえてた頃が懐かしいです」
新落語 誰もが知っている「はっぱの話」 今宵は、はっぱ このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 文字を変更 はっぱ から バッハ からベートーヴェン そのあとどうした はっぱの落ちるすがた これはなに ジャジャジャジャーン 運命 このように言ってもいいでしょうか? こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
男は猫を飼って、かれこれ数ヶ月経つ。 別に欲しかったわけでもないが、いつも一緒にいる。 男は一人暮らしをしている。 復学した大学に行きながら今日も猫の世話をする。 可愛がってるわけではない。 なぜか男は人前で猫をやたら見せたがるが。 猫はキャンパスでいつも毛が逆立っている。 見知った人にしか寄り付かない人見知りだ。 なぜ連れて行くのか? 男も離れたがってはいるし、猫も男を好んでいるわけではないが、なぜか離れられない。 男は講義をほどほどに受けた後、図書館に行く。 気がついたら猫は跡形もなくどこかへ消える。 しばらくしても見当たらないので、男は満足して帰路につく。 男は猫からいち早く離れたいのだ。 たいてい、夜になると突然部屋に戻る。 そして泣きながら引っ掻く。 厄介だ。 不思議なことに猫は爪ばかりやたら鋭利であとは曖昧だ。 男は胸に残る傷にかゆみを覚えながら睡眠薬をとり眠る。 次第に猫も落ち着きを見せて床につく。 不気味な猫を今日も殺し損ねた。
まちがいと言うのなら こういった性格に 生まれてしまったことが まちがいなのか そもそも 生まれてしまったことからして まちがいなのか 不安が大きい そういうことを抱えながら 生きていかないといけないんだなあと さらに不安は大きくなる しかたないことではあるけれど ひどくつらいことだ 痛くないのなら まだいいのだけど
物語が進むに連れて 出番を終えた登場人物達はオチが気になる 主人公はひたすらに話を進めていてオチまで気がまわらない 結局、話は大したオチもなく平和な締め方だたった 周りはがっかりしたが、主人公だけは安堵していた 「何もなくて良かった…」
初めてその場所へ行こうとしたときの戸惑いをいまも忘れていない。マップを見つつ、気持ちが立ち往生だった。目的地は東京競馬場。いくらさがしても「東京競馬場前」と名のつく駅はなかった。 ようやく見つけたのは、ちろっと枝毛みたいにわかれた端に「府中競馬正門前」の文字。ここで合っているのかと半信半疑で短い電車に乗りかえた。もう、十数年も前のこと。 ・ 久しぶりの景色。一人ではない。来年、幼稚園で年中組になる息子が、私の手の先にいる。開催日でないこの日、府中競馬正門前駅は、若かったあのときに浴びせられた喧騒が嘘のように静まり返っていて、ひと際むなしい。 駅前の急な坂を下る。視線の先には、嫌でも巨大な建物が目に入る。こらえきれず息子は、小さく飛び跳ねる。私も顔がにやける。 しかし、そうそう上手くも行かない。ケヤキの並木を抜けた先にある巨大な鉄の門は、その口を固く結んでいる。 「お馬さんは?」 やや不満顔の息子を抱きかかえ、なぐさめに柵の隙間から、なかを覗かせてみる。あたり前に馬はいない。 「今日は、お馬さん、お休みなんだ」 私が言うと、息子は、 「つまんない」 短く返してきただけ。明らかに興味を失って、私の腕から降りようとする。熱狂のない競馬場は、息子にとって、ただたださびしい空間でしかない。息子だけではない。大人の私だって。それに今年は午年だ。なのに馬に会えないって。来ないほうがよかったか。いや、そんなことはない。後悔のような、思いが深すぎるような。 ・ 馬がいないのならと、帰りのほうに気持ちと足が向かった。歩けば気持ちがいくらか紛れるか、との淡い期待から、東府中駅まで歩いてみた。デスクワークがメイン。情けないが足は嘘をつかない。たいして歩いていないのに足が重く、そして痛い。なぜ歩こうなんて思ったか。数分前の自分が恨めしい。じきに、息子に抜かれてしまうな。もうとっくに、なのかもしれない。 「ここ入ってみるか?」 「やったあ」 おいしそうなにおいとその雰囲気に誘われ、駅前の喫茶店に体と気持ちを、いっとき預ける。 ナポリタンとクリームソーダ。いつもならメニューも見ずコーヒー。しかし今日は、私も息子と一緒に緑色の飲みものにしてみた。目にはできなかったが、競馬場の芝が私の幼い気持ちをくすぐったようだ。 鮮やかな緑の服に、白い顔、赤い帽子。目で楽しむ私の横で、息子はさっそく舌で楽しんでいる。 ・ 店を出て、駅を目指す。 「ぎゅいーん」 「おい、あぶないぞ」 「だいじょうーぶ」 息子は私の手を離れ、前を駆けていく。まったく、と思い、そのまま元気にどこまでも走っていけ、と思う。冷たい風を切るその姿は、まるで小さい競走馬のようにも見えた。期待してしまう。大きくなっていく姿を。気ままに野を駆け、草を食み、背負うものは多くなくていい。のびのび育ってくれたら、それだけで― そんな息子の将来に、胸が大きく跳ねた。
ゆれる 帰り道、自転車で川沿いを走っていた 夕陽が美しくあのオレンジの中へ向かっているようだ 夏草が盛りを迎え川を覆い隠している 草の葉の間にたゆたゆと水が流れている 少し漕いで後は自転車が勝手に進んでいく スピードが緩くなってまた漕いで コーナーを綺麗に曲がり長い坂を立ち漕ぎで進む 太ももが熱くなっていく カゴの中のペットボトルが揺れている 家までまだある 弟と犬がいる 親はどうでもいいけど あの頃に戻りたいとは思わない
心のなかで もうひとりの自分に問いかける 「先週も雨、降ってなかったっけ?」 そのときも 雨のときには履かない運動靴だった でも部屋には戻らなくて 買いものから帰ったら ザーッと降ってきたんだった 今日はなんか、ヤな予感 いったん帰って 濡れてもいい靴に履きかえて スーパーで ちくわと油あげを さっと買って 戻ってくる 結局、雨は 降らなかったみたい
『それでは外で鬼ごっこをしましょうか』 先生からその掛け声があったのと同時に僕らは外に駆け出した。 クラスの誰もが、その声に応じていた。いつも静かなあの子や、しょっちゅう幼稚園に来ないあの静かな女の子すらも。特にあの女の子の母親はとても怖そうな人で、なぜだか記憶に残っている。 今日は氷増え鬼だった。 いつも以上に日差しが強く差していて、とても蒸していたし、中庭は皆の位置が見渡せるくらいの広さだから、先生は端からベンチに座って僕らをみていた。 じゃんけんの結果なんと、いつも静かなあの男の子がひとり、鬼になってしまった。彼は数を数えずに、周囲の子に近づいたので、皆は彼に「10かぞえるんだよ!」とこっぴどくいった。 彼は秒数を数えた後、しばらく周りをキョロキョロしていた。 皆が彼から逃げていく。 今日はいや、最近は、ずっと暑いから逃げているふりをして、日陰に隠れたり、遊具の上に身をかまえている子もいた。『僕もそれに混じった』。 しばらくして、彼はなぜだか泣いてしまった。 『あの女の子が駆け寄った』。
子供が道を歩いていると、道端に座っている大人たちがいました。 大人たちは皆、上を向きながら口を大きく開けています。 子供は不思議そうに大人たちを見つめ、自分の親に訊きました。 「ねえねえ、お父さんお母さん。あの人たちはどうしたの?」 両親は顔を見合わせ、何かを相談した後、子供に笑顔を向けました。 「あれはね、夢見がちな人って言うんだよ」 「夢見がち?」 「そう。あの人たちの足元を見てごらん?」 「足元?」 子供が大人たちの足元を見てみると、足元には画用紙が置かれていました。 そして、画用紙には言葉が書かれています。 「何か書いてる!」 「そう。まず、あの人だけど」 両親は、一人目の大人を指差しました。 足元の画用紙には、『配偶者』と書いています。 「結婚したいけど、自分の見た目も気にしなければ、友達に言われたことも改善しない。結婚相談所も、高いからと入会していない。毎日毎日、SNSの幸せ投稿に嫉妬しながら、いつか素敵な配偶者ができることを願ってる大人だよ」 「わー。お話しないと友達もできないのにね」 両親は、二人目の大人を指差しました。 足元の画用紙には、『給料』と書いています。 「次の人だけど、お金が足りないからお金が欲しいんだ。でも、お金をもっと稼げるようになるための勉強もしなければ、節約のための努力もしない。あげく、お金をくれない会社が悪い社会が悪いの一点張りしてる大人だよ」 「わー。勉強しないとご褒美ももらえないのにね」 両親は、三人目の大人を指差しました。 足元の画用紙には、『幸せ』と書いています。 「次の人だけど、幸せになりたいんだ。でも、自分にとってなにが手に入れば幸せかもわかってないし、考えようともしない。幸せって言う何の意味もない言葉にしがみ付いて、不幸と感じながら年だけとってる大人だよ」 「わー。ぼく、お父さんとお母さんと、それから学校にいっぱい友達がいるから幸せだよー」 親子の会話を聞きながら、道端の大人たちは、上を向きながら口を大きく開け続けています。 親子の方なんて、見たりしません。 「あんな大人になっちゃ駄目だぞー?」 「はーい!」 親子は手を繋いで、仲良く家に帰っていきました。 道端の大人たちは、親子が去った後も、ずっと上を向きながら口を大きく開け続けています。 いつか、どこかの誰かが、口の中に自分の叶えたい夢を入れてくれると信じながら。
『これ以上、誹謗中傷はやめてください』 とある芸能人のSNSに投稿された一文。 さすがに心が痛む……わけない。 イケメンの顔。 ブランド物の服やバッグ。 そして豪邸。 顔にも金にも恵まれたお前たちは、誹謗中傷されてもしょうがないだろ。 いわゆる、有名税ってやつだ。 「恵まれてるくせに、ちょっとやそっとで被害者ぶってんじゃねえよ!」 開示請求するならすればいい。 どうせこっちは、無敵の人。 何も取られる物はないし、下がって困る名誉もない。 『よしよししてる信者きめええええええ』 苛立ちを返信して、一度スマホから目を離す。 腹が減ったのでカップ麺を探すが、備蓄なし。 「しゃーねえ。買いに行くか」 財布を持って、コンビニに出かける。 玄関の扉を開けば、今日は快晴。 外には、楽しそうな親子連れが歩いている。 俺に見せつけるように。 「こいつら全員、車に引かれて死ねばいいのに」 独り言をこぼして、イライラとしながら曲がり角を曲がる。 次の瞬間、激しいクラクション音が鳴り、俺の体が吹き飛ばされた。 痛む全身と霞む司会で見たのは、高そうな自動車と、後部座席に乗るイケメンの姿だった。 「あ…‥‥て……」 文句を言おうにも、言葉が出てこない。 自動車が止まり、中から慌てた顔の運転手が飛び出してくる。 そして、俺の顔にスマホを向ける。 『判定完了。無名税の対象者です』 「あ、なんだよかった」 スマホから発せられた音声を聞くなり、運転手はほっとした顔になり、自動車の中へと戻っていった。 「お……待……」 俺の声は届かない。 「安心してください。引いたの、無名税の人でした。事件にはなりません」 「助かったー。でも、今度から気を付けてよ? 引いたのが一般人なら、俺の人生積んでたから。マジで」 「大変失礼いたしました」 運転手が自動車の中に戻って、自動車が動き始める。 エンジン音が徐々に近づいてくる。 有名税の人間は、誹謗中傷されても仕方ない。 ならば、誹謗中傷を行う無敵の人も、無名税として法が保護しなくても仕方ない。 そんなくそったれな法律が可決したのが、運の尽き。 「ふざけ……」 自動車は、道端の段差を乗り上げて進むように、俺の体を踏みつぶしてどこかへと言ってしまった。 通行人は、誰も近づかない。 ただ、空腹を解消しようとするカラスだけが、俺の周りに集まってきた。
窓に映る自分の顔を見て老けたなと思う 足早に通り過ぎるイチョウ並木の奥で、遠くにある教会の屋根の十字架がゆっくり通り過ぎていく 周りは新しいものが増えていく スマホ、ヘアスタイル、アイドル、電車 自分だけが老いぼれているように思えてしまう 老いることが、負けている。みっともない。その辺の類に属している気がしている 自分より年上の人達はもっと前から、このように思っていたのだろう 歳を重ねることは、花で例えれば、枯れてきていると言えるだろう 枯れた花はどうするか 間違いなく捨てるのだ 永遠に咲く花はない 僕なら捨てられるのを待っている間 窓から見える空を眺めていたい
砂がこぼれ落ちるように 時計の針は、止まらない 時間はどんな人にも、等しく流れるもの でも、その時間の長さは人それぞれで その時間をどう過ごすかは、その人次第 いつか必ず来る、『終わりの日』 その日が来るまでに、あなたがしたい事は なに?
すれ違った瞬間、頭の中に情報が流れ込んでくる。 『友達相性度、三〇%』 『友達相性度の閾値は未達です』 『恋人相性度、七十七%』 『恋人相性度の閾値を超えました』 『好きなデート場所は、遊園地、水族館』 『食事をした時の支払いは、割り勘派』 『以降の開示に必要な閾値は未達です』 『配偶者相性度、二十五%』 『配偶者相性度の閾値は未達です』 スマホに、『承認』か『拒否』か、二択を迫る通知が届く。 五分間のカウントダウンも始まる。 「どうしようかな」 最近、ずっとご無沙汰だ。 そう考えると、恋人は欲しい。 しかし、配偶者相性度が低すぎる。 交際を開始しても、結婚までは行き着かない相手だ。 なら、交際にかかる時間もお金も無駄かもしれない。 「……『拒否』」 四分五十秒たっぷり考えて、ぼくは恋人関係になることを見送った。 消えていく相手の顔写真。 好みの容姿だったので、ほんの少しだけ後悔の波がやってくる。 『友達相性度、六〇%』 『友達相性度の閾値は未達です』 『恋人相性度、六〇%』 『恋人相性度の閾値は未達です』 『配偶者相性度、九十七%』 『配偶者相性度の閾値を超えました』 『住みたい場所は、都会』 『欲しい子供の数は、二人』 『義実家との関わりは、拘らない』 『以降の開示に必要な閾値は未達です』 「『拒否』」 次の通知も、即座に拒否。 もう少しだけ、遊んでいたい。 拒否すれば、すぐに次の情報が飛び込んでくる。 すれ違うだけで、相手の全てを理解できるシステムは、だるいメッセージと長い交流を経なくても相性がわかって重宝する。 ただ、これはこれで面倒なものだ。 「『拒否』」 すっかり使わなくなった口元では、唇がからからに乾いていたので、ぼくはカバンから取り出したリップクリームを塗った。
深く暗い森の奥に、年老いたリスのおばあさんがひとり住んでいました。 おばあさんは毎朝、杖をつきながら森の奥へ 食べ物を探しに歩いて行きます。 ある日のこと。 木の実を拾っていると、聞きなれない鳴き声が耳に届きました。 「ピィ、ピィ、ピィ…」 声のする方へ向かうと、苔むした切り株の陰に小さな鳥の子どもがうずくまっていました。 羽はまだ生えそろわず、大きな口を開けて泣いています。 「どうしたんだい」 声をかけても鳴き続けるばかり。 「親とはぐれたんだね」 おばあさんはその子を抱きかかえ、家へ連れて帰りました。 小鳥はピィ、ピィと鳴き続けます。 おなかがすいているのでした。 けれど家の中に食べ物はありません。 おばあさんは虫を捕まえて食べさせましたが吐き出してしまいます。 花の種も駄目でした。 「困ったねぇ…何が食べたいんだい」 そこへ、ドンドンドンと扉を叩く音。 「ちょっと、ばあさん」 隣に住むおばさんリスでした。 「ピィピィうるさくてかなわないよ。静かにしておくれ」 「ごめんよ。子どもを拾ってきたんだけど、鳴きやまなくて困っているんだよ」 「なんだい、その汚い子どもは。とっとと捨ててしまいな」 そう言うと、おばさんは怒って帰っていきました。 翌日も小鳥は鳴きやみません。 おばあさんは隣の家を訪ねました。 「すまないが、少しだけドングリを分けてもらえないかね。あの子が欲しがるようなんだよ」 けれどおばさんは顔をしかめました。 「冗談じゃないよ。大事な実をあんな子にあげられるもんか。欲しいなら自分で取りに行くんだね」 おばあさんは黙って頭を下げると、心に決めました。 ──あの山の向こうに残る大きなドングリの木へ行こう。 それは若い頃の苦い思い出の場所でした。 夫と実を拾いに行ったとき、人間の作った広い道路を渡らねばなりませんでした。 そこで夫は車にひかれて命を落としたのです。 それからずっと、その道はおばあさんにとって恐ろしいものでした。 けれど今は違います。 小鳥のためなら、恐れを越えてもかまわない。 おばあさんは走り出しました。 轟音を立ててすれ違う車。 小さな足はもつれそうになりながらも、心はひとつの願いで満たされていました。 「どうにか…たどり着けたよ」 大木の根元には、黄金のように輝くドングリがたくさん落ちていました。 おばあさんはポケットに実を入れ、家へ帰ろうとします。 「さぁ、帰ろう。あの子が待っている」 けれど再び道路に立ったとき、老いた足は思うように動きませんでした。 ついによろめき、転んでしまいます。 ポケットから転がり落ちた大切な実。 それを拾おうとした瞬間──。 大きな車が、おばあさんの小さな体を飲み込んでいきました。 そのころ、家では小鳥がまだピィピィと鳴いていました。 やがて扉を叩く音が響きます。 「おい、ばあさん、いるのかい」 隣のおばさんリスでした。 けれど部屋の中にはおばあさんの姿はなく、ひとり、小鳥だけが鳴き続けています。 「うるさい子だねぇ。…仕方ない」 おばさんはしぶしぶ、自分の家からドングリを持ってきて口に放り込みました。 小鳥はしばらく鳴きやみましたが、すぐに吐き出し、また声をあげます。 「なんだいこの子は、もう知らないよ」 そう言い捨てておばさんは出ていきました。 おばあさんは、もう帰ってきません。 やがて鳴き声は途絶え、 小鳥は静かに、冷たくなって横たわりました。 森の奥に夜の帳が降りると、ただ木々だけがその小さな命の終わりを見守っていました。 ──物語はそこで終わりました。 照明が少しずつ明るくなり、朗読をしていた女性がマイクを握った。 「皆さま、本日はお忙しい中、弊社主催の投資セミナーにご参加いただき、ありがとうございます」 正面のスクリーンに、大きな文字が映し出された。 『未来の子どもたちのために、里山にドングリを植樹しよう』 すると、ステージのそでから、高級なスーツを着た中年の男が現れた。 拍手が響くなか、司会者が声を上げた。 「皆さま、お手元の資料をご覧ください」 資料には、植樹をするために必要な金額が書かれていた。 「高いな…」 参加者が、となり同士で小声で話している。 すると、気づいた男が、マイクを持ったままステージを降りた。 「この植樹は投資です。損はしません。ドングリの木を植える“権利”を買っていただく。何本でも構いません。それを親戚や友人に紹介すれば、その分の利益があなたに入る。これを繰り返すだけです」 男はゆっくりと会場を見渡し、声を張り上げた。 「植樹しますか?」 「植樹します」 そして一歩近づき、もう一度言った 「植樹しますか?」 「…植樹します」 男はほくそ笑みながら、小さく呟いた。 「よし。また、たくさん子どもが生まれた」
夜、窓を開けると 風に流れて 深夜ラジオが きこえてきた 誘われたかな? わたしもラジオを つけてみた ふふ 風に流れて 笑い声も きこえてきた ふふ 夜が、少しだけ たのしく思えた
平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」
こんばんは いつも、そう言って、やって来ます おはようを置き忘れてきた彼は だって、夜だから 彼のうしろには お月さまと多くの星たちが 銀の砂をまきちらしながら 一列に並んで ついて来ます そして、一番後ろには よく冷えた空気のかたまりが しずかに、しずかに、ひかえている さみしさも、ついて来ています 目には見えませんが 謝罪が死の宣告と結びついている者たちは 夜のおとずれに 身の震えが止まらないもの 私のやってることはすべて正義だから そんな無言の圧力をかけてくる者たちは 夜に怯えている なにも、あなたたちのこと 敵だなんて思っていないのに 何をそんなに 夜はただ こんばんは そう言って、やって来ただけなのに
男がテレビをつけた。 画面の中。 若い男がマイクを向けられている。 便利な人。 噛み合わない受け答え。 ワイプのタレントが笑う。 出ない方がいいと思えば、差別。 出たら、笑いの種。 本人が良ければ、許される。 男は静かにテレビを消した。
方程式 僕の中の方程式で「嫌いな人が現れたらそこがターニングポイント」と言うものがある 僕は人を嫌いにならない。ほどんどならない。 昔からそうだし、若い頃は悩みもした …僕はどうして人を嫌いにならないのだろう… バカっぽい。若い時はそんなもんか。 とにかく好きになれど嫌いにはならない。嫌いになるまで距離を縮めない。 もし、この人失礼だな。とか本当にやな奴だ。と思ったら後に変化が訪れる。 僕の彼女になる人の共通点が「この人失礼だな」と思う事、そう思う人は後に付き合う事になる。 また、「本当に嫌な人だな」と思う人が現れたら、後にその場所から僕は離れることになる。 後者は当たり前なのだが、そのタイミングが、かなり良い事が多い。 会社なら、嫌な人が現れて何とか頑張ってみたけど、無理!となってその人の為に辞めて皆と離れることになっても、次に入った会社がとても良い所だったり、辞めた会社が後に倒産したり、などなど。 僕の人生における嫌な人、嫌いな人は、僕にターニングポイントを知らせてくれる人なのだ ここ数年嫌いな人に出会っていない。 出来ればもう現れないで欲しいとも思っている まぁ、全て勘違いかもしれませんが。
日曜日の朝、八時。 幹線道路脇に、二人の警官が立っている。 「先輩。雨降ってきたっすね」 「寒いな」 歩道の植え込みの影に、レーダーを置いた。 「なんか、ずるくないすっか?」 「なにが?」 「レーダー隠してるし」 「見えたら、スピード落とすだろ」 二人は、気づかれないよう、身をかがめた。 「なんかこの瞬間、ワクワクしません?」 「あぁ」 「この前、釣りに行ったときと、同じなんだよなぁ」 「獲物を取る感じだ」 すると、一台の車が速度を超えて走ってきた。 「きたぞ」 「あっ、スピード落とした」 「バラシたか……」 水しぶきを上げ、余裕の顔で通り過ぎた。 「流れもポイントも、いいんだけどなぁ」 「おぉ、きたぞ」 「大物ですよ」 大型トラックが、スピードを上げて近づいてくる。 「あせるなよ。よし、ヒット」 待機していたパトカーが、サイレンを鳴らす。 二人は、停車したトラックに駆け寄り、運転席の窓を叩いた。 「運転手さん、飛ばしてたね」 「はぁ……」 「で、なに急いでたの?」 「鮮度が命なんで……」
当日、履歴書を忘れてしまい、口で説明した 履歴書ってこんなんでいいのか、とか思いながら 思考を停止させ ただ目の前に積まれた任務をこなしていった 一年経って入ってきた後輩は、迷惑をしつくし あげく早々と転職していった 指導といじめの境界線はあやふやで やはり、思考を停止させていたことで それはギリギリ成立していたのかもしれない 帰りは今日もまた、駅前の本屋で涼んでいく 汗のしずくを本に落として 点々とシミをつくってしまうのは 本に申し訳ないことと思い 暑い時期は本を買わないことにしている 秋になったら 今日はカレーにしてみる 牛乳を入れてみた だいぶ入れた だからと言って、カレーが甘くなるわけではない カレーはカレーなんだ あの会社、まだあるのかなあ
どうも。 俺は今とあるビルの屋上にいる。 別に何をする訳でもないが、風に当たりたくなったんでね。 いやほら、仕事中に嫌なことがあったり、自分に嫌気が刺したりするだろ? そんな時は一人でいたいもんだ。 そんで、ちょっと話に付き合ってはくれないか? ・・・。さんきゅー。 ココ最近は夏だと言うのに涼しい日がちらほらある。日光は暑いんだが、風が涼しい感じだよな。 周りの奴らは日焼け止めなんか塗っちゃいるが、俺から言わせてもらえばあんなのは甘えだね。 男なんて焼けてた方がかっこいいと思うんだよな。いや、日焼けした女性もセクシーでいいと思ってるよ?(俺は女性蔑視とかしないから)。 俺は焼けやすいタイプなんで、これを機にガッツリ焼いてやりたいんだが、服を脱がないと綺麗には焼けないんだよなあ。 庭があるやつは真っ裸になって焼けるから羨ましいもんだ。 世間体は知らんけど。 それはそうと、ここからは人々の動きがよく見える。ビルって言ったけど、5階建てだから大した高さはないのよ、ここ。今日は平日だけど、世の中はお盆中かな。街を歩く人はすごく多いし、 使った駅はすげぇ混雑してた。 みんなどこに行くんだろうな。遊びだろうなぁ。それとも旅行? 君たちはどうよ?どこかに行く予定ある? それとも、俺と同じかな。はは。 はぁ・・・。 悪いね。朝から気分が冴えなくてさ。でも大丈夫。俺にはこれがある。 「アイスコーヒー」 もちろんブラック缶だ。甘いのは医者から抑えるよう言われてるんで、控えてる。 これ、余計なストレスってやつだよな? 以前会社でやったストレスチェックとか、あれなんの意味があるんだろうな。 いっつも雷マークだけど、医者行けとか言われないんだよ。 鬱病申請通るんじゃねぇのこれ。 ゴクゴク・・・。 ふぅ・・・。 コーヒー飲むとタバコも吸いたくなるよな?喫煙者のみんな。 俺はもちろん医者に止められてる。まじストレス。 心身ともにボロボロって感じで参っちゃうね。 おっと、もうこんな経ってたか。 スペースキーが壊れた出来損ないの板チョコと エラーを吐きやがる電子黒板と向き合う時間だ、畜生め。 じゃあ皆、またどこかで。 お互い生きていれば会おう。
うるさい考えをミラーボールの中に押し込んだ。 キラキラ光ってクルクル回った。 ずっと見てると眩しくて酔いそうだったから 特にうるさいものを取り出して 静かな考えを詰め込んだ。 どんどん暗くなってだんだん回転が遅くなって─── 止まった。 ずっと見てると寂しくて泣きそうだったから 特に静かなものを取り出して ちょうどいい考えを取り入れた。 うるさいものが騒ぎ出して 静かなものは線引きしだした。 ステージに集まるお客さんのようになって その場を仕切る私の脳は 盛り上がりすぎて吐きかけた。 全部取り上げて 私が中に入って踊ると みんな黙って 踊り始めた。
「好き」という嫌いが好きだ。 何があろうと愛すると誓った。 「自分」という他人が好きだ。 大切にしないとフラれる。 「不幸」という幸せが好きだ。 ずっと側にいてくれて嬉しい。 「不運」という幸運が好きだ。 普段は従順で願い事を聞いてくれる。 「楽しさ」という苦しみが好きだ。 笑顔の作り方を勉強できる。 「満足」という不満が好きだ。 何もかも得たいというのは妄想だったと知る。 「力」という弱さが好きだ。 どれだけ暴れようがあの人の病気は治らない。 「不味い」という味が好きだ。 みんな嫌いだからせめてわたしが。 「蕾」という花が好きだ。 いつ枯れたのか分からないで済む。 「無理」できることが好きだ。 主体を曝け出すことが肝。 「しない」とすることが好きだ。 決めてしまえば守るだけだ。 「ゴミ」という宝物が好きだ。 足りなくなったら足せるのは嫌。 「略奪」という付与が好きだ。 失う悲しみをくれる。 「涙」という喜びが好きだ。 地面に落ちても拾ってくれる人がいる。 「人間」という機械が好きだ。 考えがあってちゃんと動かせる。 「歯車」という人が好きだ。 動かしている機械も同じなのがいい。 「駒」という仲間が好きだ。 チェスで強いところとか。 「善」という悪が好きだ。 後ろを振り返れば罪になる。 「戻る」という進歩が好きだ。 やり直しが効かないということは嫌いだ。 「生」という死が好きだ。 足がなくなるまで歩き続けることはできるけど。 「痛み」という癒しが好きだ。 生きることに囚われてはいけないから。 「知らない」と認めることが好きだ。 丸め込むことができない問題だってある。 「言わない」と言うことが好きだ。 想いを抑えたって無駄だと分かる。 「ダサい」というオシャレが好きだ。 悪人も善行をするのはこういうことだ。 「一口」という大口が好きだ。 傷つくのは嘘をついた人よりつかれた人だと再確認できる。 「嘘」という事実が好きだ。 元気だよと言って死んでしまう人を思い出す。 「罵倒」という称賛が好きだ。 かゆい言葉にも手が届く。 「汚い」という美しさが好きだ。 ただの美術品では届かない心の奥に染み渡る。 「馬鹿」という天才が好きだ。 天才の頭が悪いせいだ。 「号泣」という笑顔が好きだ。 微笑みを汚そうとする馬鹿者は涙で逃げていく。 「世界観」という世界観が大好きだ。 ただただひたすらに世界はたくさんあると。 その世界にはたくさんの人がいると。 今日この星のこの国で泣いている自分がこの世のすべてではないと思える。 「独特な世界観」という世界観を愛している。 そんな言葉も貰えず見放された 気持ちが 世界が モノが 人が どれくらいいただろうか数えたくなる。 自分を指差して「1」と唱えると 誰かが「0」と返す声があった。 どちらも好きだから 何があろうとそれの変化を防ぎたくて 見つめる目をとにかく塞ぎたくなかった。 何があろうと 愛すると 誓ったものだから。
休憩所 お昼休みになると今までの静けさをチャラにするように騒がしくなる 沢山の人がお腹をすかせて席に着き しれた顔を突き合わせて会話を楽しむ人々 一人時間を楽しむ人々 読者をする人 物語を通してメッセージを受け取る人 頭が働かず言葉は出ないけど気持ちが伝わる 謝謝
新落語 誰もが知っている 「かいきの話」 今宵は、怪奇 このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 怖い感じがする 文字を変更 怪奇 から 皆既 それからどうした 皆既日食となり となりの人と 見たい 感じがする こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
コンクリートを打つ雨音が、街全体を包んでいる。 夜も更け、朝のうちに開店した喫茶アルプスは、すでに店仕舞いをしてしまっていた。そこに男が傘をさしてやって来る。 「今日の朝、ハンカチを忘れてしまいましてね。赤い布に白い刺繍の」 鍵を閉めていなかった喫茶店のマスターは、眼鏡に手を添える。 男は口をあんぐりと開け、既に閉まってしまった扉を見た。 「まさか閉店しているとは」 雨が窓を叩く。 男はあっと声を上げ、手のひらを叩く。 「いや、その雨ですから」 マスターは外を見る。 雨は今も降り続けている。どこかの家では明け方まで雨だとテレビが言っている。 明日の準備に勤しむ学生もまた、てるてる坊主を作って吊るしている。 マスターと男は同じ時の中で同じ景色を見ていた。 雨粒が大きくなり、傘から垂れた水滴が喫茶店の床を濡らした時、沈黙が訪れた。
「長っ」 友達のレシートは、いつも長い。 ぼくが牛丼一杯を食べている間に、牛丼をお代わりしてデザートにカレーを飲むのだ。 そりゃあ、長くなる。 「財布が薄くなって大変さ!」 「お腹周りは太くなってるけどな」 「資本主義ボディと呼んでくれ!」 友達が景気良く腹を叩いたので、ぼくは思わず吹き出した。 デブ。 ヤセタイヤセタイと鳴く癖に、餌を人一倍喰らうモンスター。 友達と会うまでは軽蔑の対象であったが、ここまで割り切られると、いっそ楽しい。 「失礼」 エレベータが止まり、ベビーカーを押した人が乗るのを諦めていると、友達は颯爽とエレベーターの外に出た。 「どうぞ」 「え? でも」 「丁度、ダイエットのために階段を上がりたい気分だったのですよ」 「あ、ありがとうございます」 ベビーカーを押した人がエレベーターに乗り込んだ。 友達だけ下ろすのも気が引けたので、ぼくも降りた。 「おいおい。君まで降りる必要はなかったのに」 「ぼくもダイエットのため、階段で上がりたい気分だったから」 「君のどこに痩せる必要があるというんだい? それ以上痩せると、下敷きになってしまうよ?」 笑いながら、二人で階段を上り始める。 友達は早々に汗をかき初め、タオルで汗をぬぐっていた。 「それにしても」 「ん?」 「こういうとき、デブでよかったと思うよ! 他の人だと二人は降りなきゃベビーカーのスペースを確保できないけど、ぼくなら一人ですむからね!」 「草」 希望の階に到着すると、買い物をしていたベビーカーの人と目が合った。 ベビーカーの人が、こっちを見て会釈をしてくれたので、ぼくと友達も会釈を返しておいた。 「今日も、良い一日になりそうだ!」 「そうだね」 ぼくたちはそのまま、バイキングの店へと吸い込まれていった。 「さあ、食べるぞ!」
なぜか部活の マネージャーになってしまった 高校のころのお話 学年で話し合って と、そうなってはいるけれど 実際は ひとりの声の大きな生徒による まさに、不意打ち ほかのみんなは 自分じゃないなら、と それで、わたしに 部長と一緒に 先生に報告に行く え? なんでお前? 言葉はなかったけど そんな顔が あからさまに マネージャーは 毎日 先生のところに行く ほとんど 毎日 怒鳴られる ほとんど 毎日 嫌そうな顔をされる ときどき おもいっきり 殴られる コイツのことは 殴ってもいいんだ 先生のその顔が言っていた 怒鳴らないで ください きちんと声を上げられなかった 殴らないで ください きちんと声を上げられなかった もう やめます きちんと声を上げられなかった なぜか部活の マネージャーになってしまった そんな 高校のころのお話
新落語 誰もが知っている 「げんぶつの話」 今宵は、けんぶつ このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 見る人 文字を変更 けんぶつ からげんぶつ それからどうした 文句言う人 そのあとどうした あまりブツブツ 言われると お帰りいただきます こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
新落語 誰もが知っている 「きゅうりの話」 今宵は、きゅうり このような 言葉があるのは それは、 誰もが知っている 食べる 文字を変更 きゅうり から きょうり それからどうした きゅうり ならぬ 郷里 これはなに 地元の きゅうりを郷里に 帰って食べる こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ