近頃、置き配が流行っている。 宅配便を対面で受け取るのではなく、玄関前に置いてもらう配達方法。 受け取る人間は、宅配業者と言う見知らぬ人と顔を合わせなくていいし、宅配便が届くだろう時間に家で待機する必要もない。 効率が良い。 配達する側は、インターフォンを押して待つ時間が削減されるし、なにより再配達の手間がなくなる。 効率が良い。 なかには、盗まれたら恐いなんて声もあるが、昔の日本では玄関前におすそ分けの野菜を置いておくなんて普通の事。 キツネやイノシシが盗んでいくかもしれないが、人間が盗むことはほとんどない。 安全安全。 そんな俺でも、最近見逃せない置き配がある。 子供だ。 午前七時に開いた小学校に、子供たちが投稿する。 学校の中には、設備の点検をする用務員がいるだけで、教師は一人もいない。 空っぽの学校で、両親の仕事の都合と言う理由で放置された子供たちは、まるで両親から学校への置き配だ。 昔の日本でも、カギっこはいた。 両親のいない家に一人で帰る、自宅への置き配キッズが。 しかし、それは自宅と言う自己責任があったからこそとも言える。 果たして学校への置き配キッズの責任は、どこに行くのだろうか。 両親か。 学校か。 役所か。 新聞を捲ったら、置き配キッズが一人、盗まれたというニュースが載っていた。 不謹慎ながら、この責任は誰がとるのか、楽しみにしている私がいる。 少なくとも、置き配キッズの両親はテレビの中で泣いていた。
深い夜の静寂が、オオケワリの家を包み込んでいます。 大きな大きなオオケワリの中身をくりぬいてつくられたおウチに住んでいるブンチョーネコのシロー・ムラサキ。 このおウチは、シローの何代か前の先祖さまがこしらえたもの。 近くにはサンカクシカクヤヤマからのびてくるカワワワがゆるやかに流れ、大きなミズノタマリダマリにそそいでいます。 シローは、その日あった出来事を帳面に記していました。 昼間、散歩をしていたときのことです。 大きなミズノタマリダマリのまわりがやけにさわがしく感じられました。 行ってみると、メガネワオワオとマウンテンワオワオが言い合いをしていました。 メガネワオワオは、意見が合わないこともあるけどオレたち仲間だぜ、と思っているようなのですが、マウンテンワオワオのほうは、心底、メガネワオワオのことを嫌悪しているようです。 共通してるのは、互いの口から放たれる言葉に強くて鋭いトゲが無数にあるところ。 ここまで書いて、シローは、ペンを置きました。 ―さわがしいのは、どうも好かんのだよなあ そう頭のなかでくり返し、台所へと向かいます。 乱れた頭と心を、あたたかい珈琲で鎮めよう。 そういった考えからのことです。 お湯を沸かすと、シローは、ゆっくり、時間をかけ、珈琲をいれます。 余計なことは考えず、ただ、ひたすら、珈琲のことだけを、珈琲のことだけを、珈琲のことだけを。 そして、ただ、珈琲のことだけを…
岡田 千知(おかだ せんち) …高校生二年生 孝宏(たかひろ) …千知のクラスメイト 📱📱🧜♀️ コンビニの外に置いてあるベンチで孝宏とスマホゲームに勤しむ。 いつもの場所のいつもの過ごし方。 雲に灰色と桃色が淵を取り始めると、夕方のチャイムが鳴った。 孝宏は「塾の時間だ」と立ち上がり自転車にまたがる。 同じタイミングで駐車場に停まった車から女性が降りてくる。 短いスカートに胸元が大きく開いたシャツを着ている。それな らいっその事、着なくても良いのではないですかと言うくらい 大胆な開き方だ。胸もかなり大きくシャツの間から谷間が見える。 そして美人だ。 「千知!オッパイ!大きい!」 女性がコンビニに入ってすぐに孝宏が騒ぐ。 「バカ。聞こえる」 孝宏は手を大きく振って、胸の大きさを表現している。 「お前は塾に行くんじゃなかったのか?」 「あっそうだ。じゃあ、また明日な」 孝宏は自転車に乗って去って行く。 時々こちらを振り返って胸の大きさを表現している。 👙🐾 俺もすぐに家に帰った。 歩いて十分ほどで家に着く。玄関を開ける前から俺を呼んでい る愛犬のココ。 扉を開けると彼女が飛びついてくる。 「待ってたよ!」 「遊ぼうよ!」 「ごはんくれよ!」 「ごはんくれよ!早く!」 とうるさいので、そのまま散歩に出る。 ココは短い足をペタペタとしながら、道の匂いを嗅ぎ、たまに オシッコをして、また歩く。ウンチをしている時はお尻が地面 に付くか付かないかギリギリの高さで気張り、気張り過ぎて そのまま前に進んで行く。 ココのウンコを待っている間、空を見上げ、綺麗な夕焼け空に 感動し、少し目線を落とすと薄桃色のブラジャーが目に入った。 アパートのベランダに干してある洗濯物を観察するのは良くな いことだと思う。が、たまたま目に入ってしまった為、これは 事故だったんだ。といい聞かせた。今日はラッキーが続く。 👙🐾🚲️ ぼんやり薄桃色の花を見ていたら 「岡田くん」 と呼ばれ小さな悲鳴を上げてしまった。 クラスメイトの宮下が自転車から降りて立っている。 ちなみに席は千知の前。 「お、宮下」 俺はなるべく冷静を装ってみる。 宮下が俺が見ていた方 に視線を動かすので、慌てて話しかける。 「か、格好良い自転車だね」 特に意味はなく聞いた質問だけど 宮下の視線を戻すことには成功した。 「うん、中古品だけどね」と照れくさそうに笑った。 素直に可愛い人だなと思う。 「可愛い〜」 俺の影で見えなかったのか、 ココに気付くと宮下がココを撫でている。 ウンコは出し切ったようだ。 「ココって言うんだ」 ココちゃん可愛いと撫でる初対面の宮下に、ココは既に腹ばい になっていて 「もっとお撫でなさい」 「お腹をお撫でなさい」 「たまに頭もお撫でなさい」 と姫様のようになっている。 俺はしゃがんでココを撫でている宮下を背中から見下ろす形に なる。 宮下のブラ紐が透けて見えたので思わず目をそらす。 目線の先には宮下のスポーツタイプの自転車がある。自転車を 見ながら、もう一度ブラ紐を見ようか死ぬほど考えて、考えて、 やめた。 宮下は振り向き、ココちゃん可愛い〜と訴えてくる。お前もな と言ってやりたい。 二人の戯れは、宮下のバイトの時間が迫ってきたためお開きと なった。 スポーツタイプの自転車に乗って颯爽と駆けていく様子は宮下 の雰囲気とはアンマッチなのに、カッコよかった。 スカートが閃いてスカートの中が見えそうだな。と思ったが見 ないことにした。何か悪いがするから。 見たいけど。 ココは 「また来るのよ!」 「そしてまた撫でるのよ!」 と言っている。 🐾🍱 その後、散歩を再開したが 十分も歩いてないのに 「もう疲れちゃった」 とココは座り込んでいる 「いつもの頼むよ」 と見つめるので、俺は「しょうがないな」と抱きかかえて家 に帰る。ココは温かく、とても重い。 抱っこされてされるがままの感じは可愛い。 ココの背中に頬ずりして 「そろそろシャンプーしないとな」 と呟く 「さぁ帰ったらご飯食べるわよ!」 とココが息巻く。 母親がいない日はいつもコンビニ弁当がテーブルに置いてある。 小さな頃からコンビニ弁当は食べ慣れているし、母親は申し訳 なさそうだが、俺は気にしたことはなく楽しみですらある。 家を出る時、テーブルの上に弁当の入ったビニール袋があるのは見たが中身までは確かめなかった。 今日は何弁当か予想しながら帰る。 どこかの家からカレーの匂いがする。 「急ぐのよ!そして早くご飯を出すのよ!」
将来の夢は何? 元気いっぱいにこたえられたのは何歳までだっただろうか。 目が覚めると私は人生の岐路に立たされていた。 どうして私は無数に広がるこの道からたった一つを選べるだろうか。 自分が何者なのかも分からないのにどうしてなりたい自分を思い浮かべることができるだろうか。 耳元でささやくいくつもの声が聴こえる。 それらを振り払い、私はおぼつかない足取りで先に進んだ。 進めば進むだけ声はだんだん弱まっていく。 不意に後ろを振り返ると、そこには一本の道ができていた。
親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。 原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。 華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ 何にも言えなくてごめん。 命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。 でもそんなこと絶対にない。 命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。 命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。 約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」 これを読んで華織が死んで初めて泣いた。 心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。 それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。 周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。 それでも教師になりたかった。 今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。 趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」 「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」 「どんなに些細なことでも良いです。 少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。 友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。 私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。 長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」 もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」 後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」 話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。 そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。 今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。
いつものように近所の銭湯に女風呂を覗きに行くと、先客がいた。それは一基の墓石だった。墓石が女風呂を覗いていた。石の肌が湿気で濡れていた。「俺も死んだらこうなるんだろうな」俺はそう思いながら、墓石の後ろに立って順番を待つことにした。
何故だか、友達ができなかった。 変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。 でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。 「変な顔だなんて、酷いよね」 ぼくには、ぼくの影がついている。 顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。 唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。 どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。 「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」 壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。 「やる?」 驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。 唯一の友達と、お話しできたことが。 「やる!」 ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。 そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。 「早くやろうよ」 「うん!」 影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。 影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。 一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。 「他に友達は作らないの?」 ぼくはゲームの手を止めた。 「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」 ぼくは思わず吹き出した。 影も吹き出していた。 二人でひとしきり笑った後、影が言った。 「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」 次の日。 変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。 そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。 ぼくは殴り返した。 足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。 結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。 そいつとは互いに謝って終わり。 クラスでたまに話す仲くらいにはなった。 喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。 「ぼく、友達増えたよ」 ぼくは影に報告をした。 でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。 代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。 最近のぼくは友達と遊んでいる。 たまに、影ともじゃんけんをしている。 決着は、一度もついたことはない。
母と一緒に買い物に行った。その帰り道、火葬場の前を通りかかった。「あっ」母が火葬場を見て、そうつぶやいた。「どうしたの?」「買い忘れちゃった」「何を?」「焼肉のたれ」母は笑顔でスーパーマーケットに戻っていった。
手術台の上に、患者が一人眠っている。 体型は細めと言って差し支えないが、腹回りや二の腕に、ぽちゃっとしている部分が多少残っている。 「では、オペを開始します」 私は、ぽちゃっとした脂肪部分に、特殊な刃物を入れていく。 麻酔が効いているため、痛みはない。 骨を傷つけないように、神経を損傷しないように、丁寧に脂肪を剥がしていく。 魚の皮でも剝いでいるみたいだ。 剥いだ皮は、ごみ箱へ。 ぷつぷつと、表面に血がにじみ出てくるので、人工皮膚を貼り付けて速やかに止血する。 症状としては擦り傷と代わりないので、しばらくすれば血も痛みも止まるだろう。 人工皮膚は、事前に患者の肌色に合わせたとはいえ、実際に貼り付けると差異が出る。 なので、手術台の上で、仕上げの着色を施していく。 自然な肌色となるように。 「オペを、終了します」 文句なしのできだ。 後日、手術の成功は、テレビ画面の中で知った。 患者であったアイドルは、トレーニングと食事制限を頑張って痩せたのだと、水着姿をお披露目していた。 ひな壇に座る芸能人たちは大げさに驚き、観客席からも感嘆の声が上がっている。 あの手術は、手術中にこそ痛まないが、術後に麻酔が切れるとともに激痛が走る。 従来の美容医療よりも、何倍も。 果たして、この声援は患者にとって、手術の痛みを耐えてでも手にする価値があったものなのか。 私は手術台に乗った患者の気持ちを想像しながら、コーヒー一杯啜った。
公園の隅に自販機があった。『花の蜜』と書かれていた。ケースには花々が並んでいた。誰が買うのだろうと思った。その自販機を通り過ぎて、少し歩いたら、ふと地面に何かを見つけた。それは一匹のチョウと一枚の硬貨だった。チョウが細い脚で硬貨を引きずって地面を進んでいたのだ。明らかにチョウはあの自販機を目指していた。どこで硬貨を手に入れたのだろう。どうやって硬貨を自販機に投入するのだろう。どうやってボタンを押すのだろう。色々な疑問が沸いてきて、俺はわからなくなってしまい、チョウを足で踏み潰した。そして硬貨をポケットに入れ、チョウの死骸を、色とりどりの花々が咲いている公園の花壇に放り込んだ。
朝の電車に乗っていた。隣の座席に、若者が座っていた。若者はヘッドホンをつけていた。かすかにそのヘッドホンから音が聞こえてくる。音漏れだ。それは音楽ではなくて声だった。「……」耳を澄ます。「……あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」その声はそう言っていた。若者は目を閉じて、軽く首を動かしていた。「あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」それを聴いているうちにだんんだん「あなたは正しい…あなたは正しい……あなたは正しい……」自信が出てきた。電車が駅で停まった。若者に会釈をして電車を降りた。若者はにやりと笑った。駅を出て、会社に向かう。上司の顔を思い浮かべながら、鞄の中に包丁があるのをもう一度確かめた。
ベッドに股間を擦り付けてモゾモゾする。 ウウンキモッヂイイ。 色々なシチュエーションを思い浮かべる。 昼ドラのような展開。 今日も犬は誰かに股間をなすりつける。
暗転に光る小さな欠片。 それを見た私は 「ああ、私はあの星たち全てを理解することはできないんだろうな」 そう呟く。 「星はあんなに光っていて、私たちに場所を教えてくれると言うのに.....」 ため息をついた私は、またどこかへと駆け出した。
今日は何もする気がしない。 ウアアアア。
大丈夫 君は、大丈夫 きっと、大丈夫 なんとかなる、大丈夫。 そんな魔法の言葉。 呟いてごらん。 ほら 大丈夫。
カタカタカタカタ、カタカタ、カタカタカタカタ。 今月から新しいプロジェクトが始まり、少し忙しくなった。 画面に並ぶタスクをひとつずつ潰していく。 指は止まらない。 止まれば、遅れる。 ふと、違和感に気づく。 こんなに静かだっただろうか。 誰も話していない。 空調の音も、椅子の軋みもない。 カタカタカタカタ。 音だけが、やけに近い。 手を止める。 その瞬間、すべてが途切れた。 ――カタカタ。 目を開ける。 暗い天井。見慣れた部屋。 窓の外で、雨が降っている。 カタカタカタ。 ガラスを叩く音が、規則正しく続いていた。 スマートフォンに手を伸ばす。 画面には、月曜日の朝を告げる通知。 しばらくして、体を起こす。 カーテンを開けると、土砂降りだった。 さっきまで自分が必死に取り組んでいたプロジェクトは、寝る前に見たドラマとよく似ていた。
星がたくさんある夜空は、いまよりきっと明るくて、それはそれでいいんだろうな。 でも、暗い夜がないのも困りもの。 ひとり、お布団のなかで泣いちゃうとかできなくなる。 マーくんのつくる料理はおいしくて、つい食べすぎてしまう。 優良物件男子の、それが唯一の欠点。 コーヒーをいれてくれているマーくんをぼんやり眺め、 「キスしたいなあ」 と無意識につぶやいてハッとなる。 すぐ、 「ちがくて… あ、ううん、ちがうの」 付け足したのだけど、マーくんは笑顔を見せていた。 その笑顔の意味はなんだろう? 私にはわからなくて、下を向くしかなかった。 その日の別れ際、玄関の重い扉を開ける直前、マーくんが顔を近づけてきて、 「しなくていいの?」 と耳元でささやいた。 ドキン 心臓の音が、静かな夜に響いてしまいそうだった。 私は勇気いっぱいに顔を上げ、 「もう、ズルいなあ」 消え入るような声でそう言うしかなくなる。 軽くふれた唇は、苦いコーヒーさえも甘く変えてしまうような熱い余韻。 夜は暗くていい。 暗いからこそ、赤くなったホホも、乱れた前髪も、全部、隠しておけるから。 「続きは、また明日ね」 そう言ってマーくんは、もう一度、あの自信に満ちた笑顔を見せる。 今夜は、きっと眠れない。 それは、コーヒーのせいばかりでは、ないのだと―
小さな公園の橋の下で。 寒くはないけど風が冷たい日。 私はこの文を書いています。 私は今日一人で帰りました。 友達に見つからないように。 一緒に帰る予定だったけど裏切りました。少しだけ最低です。 友達は今頃、私を探しているのでしょうか。そもそも私がいないことに気づいてる? さっき、友達を嫌いになりました。 なんかうまく言葉にできないけど嫌いになりました。 誰かにそのことを相談したかったけど、嫌いって言葉に出したら本当に嫌いになりそうなのでやめました。 私はその友達のことを嫌えません。 だって私がその子を嫌ったら全体の関係が崩れちゃう。 私の居場所も。 だから嫌いって言ったらいけない。好きでいないといけない。 だけどなんか疲れちゃって。今日は約束破ってしまいました。 きっと明日気まずいな。きっと連絡も来てしまう。 なんか、なんか、嫌い。 大嫌い。 あっ今、魚が跳ねた。 風も強くなってきた。 寒い。
あぁー幸せだな.... こうやって布団の上に寝転ぶのはほんとうに気持ちがいい。 このまま溶けてしまいそう。 君が隣にいれば もっと幸せになれるのに 君はもう溶けてしまったよ。 あぁ、君は どこにいるの?
疾うに白は褪せた。心地の良い風が花を撫ぜて吹き抜ける、そんな光の中。私は一人、未だ掌に残る冬の季の残像と風の中を漂っていた。 思い出せば、言葉は知れず。目も眩むような白に包まれた陽に手を翳した儘、同じように風を俟っていた。あの時の私は不途、何かに縋っていた。縋っていたかった。 そう思ったのはきっと、私に何も無いから。 過去にも未来にも、私の人生を託せるものなんて、何もなかったから。 ずっと何かになりたくて、でも何にもなれなくて。そんな自分が嫌で、桜の檻の中に閉じこもろうとした。 美しい花。舞い散る花弁。スペクトルを淡い桃色に反射する、そんな光の檻の中に閉じこもりたくなった。 そうすれば、せめて美しい儘でいられると思ったから。 そこに在れば、私に意味が生まれると思ったから。 あのときの景色、同じ色。それを見つめる度に、不安定に揺られていたあのときの私を思い出す。まるで今もそこに居るように。 その幅を、高さを。忘れぬように視界に留めて、シャッターを押した。 そして木々の真ん中に立ち、あの刻と同じように掌を翳してみる。 その手の奥には、微かに未来が見えた気がした。 「きっと、大丈夫」 あのときの私に、声が届くだろうかと、ひとつ言葉を溢してみる。 これはあの時の私に、君に渡す、プロローグ。
「わたし、風を撮りたいの」 と、あなたは言った。 でもね、風って目に見えないでしょ。吹いたら風の訪れを感じられるけど、それだけ。落ち葉が舞ったり、服がなびいたり、その一瞬一瞬だけ風の居場所が分かる。でも、次はどこへ行くのかと思っているうちに、風の気配はあっというまに消えてしまう。 あなたが残念そうに眉を寄せる。その様子が愛おしくて。 私は「しょうがないでしょう」と。風は目に見えないし、さわれやしないし、話せもしないのだから、と。共感めいた言葉を吐きながら、あなたが嘆くさまをじっと見つめていた。 でも、すぐに気をとりなおしたようで、あなたは「しょうがないか、しょうがないよね」とわらう。 「まぁ、いいか。今は吹かれるだけ。この目に映せないのなら、せめて。ぶつかってくる風を、ただ感じていたい」 あなたの首で、ぶらさがったカメラが揺れる。鈍色のレンズが私を捉えている。 カサカサと葉のこすれる、空。枝のすき間から感じる冷気は、そよそよとあなたの裾をなびかせる。 「このまま、私の服に当たってさ、風が色づいてくれたらいいのにねー!」 と、さけぶあなた。無邪気にわらうあなた。いたいけな、あなた。 葉の衣擦れがそっと鼓膜を刺激して、おのずと自分の耳がささくれ立っていく。手を添えてみて、ひきつった頬。なんて、ひどい顔。あなたの笑みには似ても似つかないけれど。それでも無理やり口をつり上げてわらってみる。 このまま目にしなくて済めばいいよ。 と、みじめな私を風がさらって。あなたの耳にすら届かないまま、ささくれだけがジンジン痛む。
泥団子を握るのが好きな子供だった。 雨上がりの砂場から、あるいは土の道から、泥を掘り出して丸くする。 大きいのも作ったし、小さいのも作った。 丸に近くてヒビが少ない泥団子ができた時には、喜びながら母親に見せに行った。 「すごーい。美味しそー」 なんて母親が頭を撫でてくれる瞬間が、私は一番好きだった。 他の人にも撫でてもらいたくて、私は友達にも渡した。 「自分で作ったの? すごーい」 友達は、私を撫でてはくれなかったが、私を褒めてくれた。 それだけで、私は満足だった。 ただ、一つだけ不満があった。 「草饅頭いる人ー?」 「いるー!」 私の泥団子よりも、別の友達が草饅頭を持って来てくれた時の方が、友達は嬉しそうだった。 私も草饅頭はもらったことあるし、確かに美味しかった。 でも、ずるい。 草饅頭なんて、親が和菓子屋さんだから持ってるだけ。 自分で作ったわけでもない草饅頭と、私の手作り泥饅頭。 どう考えても、私の泥饅頭の方がすごいのに。 ずっと、そう思ってた。 「んー、うちはいいかな」 「そうですか。ありがとうございました」 大人になって、営業の仕事を始めて、ようやく泥団子より草団子を喜んだ友達の気持ちを理解した。 人間は、自分の役に立つ物しか欲しくないのだ。 草団子は食べられる。 でも、泥団子は食べられない。 草団子は綺麗。 でも、泥団子は汚い。 草団子は欲しい。 でも、泥団子は欲しくない。 自分で作ってようが、作ってなかろうが、関係ない。 欲しいものをくれる人が、良い人なのだ。 久々に、友達と電話をした。 「最近どう? 私は、営業の仕事頑張ってる」 「営業なんてすごいじゃん! 私、人と話すの苦手だから。今は、海外の雑貨を輸入して、日本で売ってるの」 草団子を配っていた友達は、今も他人が作った物を売っていた。 転売屋と言ってもいい。 でも、私は商品を売ることができなくて、友達はたくさん売っていた。 収入だって、友達の方がずっと多そうだった。 「また話そうねー」 「うん、また」 電話を切る。 ベッドに寝そべる。 涙で目が滲む。 泥団子と草団子。 今もそんな関係が続いているんだと自覚して、何一つ成長していない自分に泣いた。 だれも受け取らない泥団子。 気づけば作ることのなくなった泥団子。 私は頭の中に、笑顔で受け取ってくれていた母親の顔を思い出した。
レッサーパンダのムクは動物園の檻のなかで目を覚ます ムクはこの動物園で産まれた 母親とはもう暫く会っていない 父親は元々知らない ムクは夢の中で、まだ行ったことのない森の中を歩いていた 草木をかき分けノシノシと歩いて行くとペンギンのラッキーが空を飛んでいた ムクの近くにペンギンの海エリアがある ムクはラッキーと仲良しだ 「おはようラッキー」 ラッキーは横目でムクを見て翼をパタパタさせる 彼女は今日も空を飛ぶ練習をしている パタパタと翼を羽ばたき顔を空に向け、自分が浮くのを待っている 「今日も精が出るね」 ラッキーは集中していて聞こえていない 餌が撒かれても目もくれず、叫びながら渾身の力で翼を羽ばたかせている ラッキーが飛べるようになったら、僕の檻へ来てくれるかな ムクは丸太に体を投げ出して目を瞑る 背中を太陽がポカポカと温めてくれる 「くそぉぉぉ!」 ラッキーは今日も空に憧れている
私も人なのに、人と同じように生きるのが難しく感じる どこかで、孤独感と下降するばかりの心の落ち着きを感じる これには波があるので、いつやって来るか分からない 周囲に気づかれないように、孤独感に慣れたし心の保ちようも学んだ 生きるとは共存・調和し合うということ だから、嫌でも… 人と比べなくては人の世に置いてけぼりにされる 気分が浮かない日は、寝ることが怖くなる (完)
式場の照明は、少しだけ現実をやわらかくする。 後輩が、知らない顔で笑っていた。 いや、知っているはずなのに、どこか遠い。 スーツ姿も、隣に立つ人も、全部が「正しい場所」に収まっているように見える。 乾杯のグラスが鳴る。 拍手が波のように広がる。 僕はその中にいて、少しだけ外にいる。 昔、同じフロアで、同じ時間に帰って、くだらない話をしていたはずなのに。 いつのまにか、彼女は別の軌道に乗っていた。 祝福する。 それは、嘘じゃない。 でも、どこかで理解している。 もう同じ重力には戻らないことを。 ケーキ入刀の瞬間、彼女はまっすぐ前を見ていた。 その横顔に、迷いはなかった。 拍手に混ざりながら、僕はふと考える。 あれが、正しい解放なのかもしれない、と。 手を伸ばしても、もう触れられない距離で、確かに、彼女はそこにいる。 「おめでとう」 そう言った声は、ちゃんと届いたはずなのに、どこかで反射して、自分のところに戻ってきた。 その夜、帰り道の空に、月が浮かんでいた。 名前を呼ぶほどの理由もなく、ただ、見上げる。 触れる必要はない。 たぶん、そういう距離もある。
姉というものはこういうもの。 女の子は男の子とばかり遊ばないもの。 女の子の服はスカート。 人は誰かを恋愛的に好きになるもの。 社会人とはこういうもの。 全部、後出しで私を傷つけながら突きつけてくる「当たり前」。 そんな事も知らない私がおかしいのだと思っていた。今でも、思ってしまう。 姉としての行動ができなかった時の頬の痛み。 女の子としてできなかった疎外感。 恋愛はいつかできると思っていたあの頃。 社会人として「当たり前」ができなかった時に貼られた、不良品のレッテル。 都合が良かったんだね。 私を勝手にラベリングして、型にはめて、はみ出た部分を切り落とす。 でも、はみ出たその部分も、私なのに。 この傷は、ダイヤモンドみたいに輝かない。 いつまでも消えずに、痛み続ける。 艱難汝を玉とす。いい言葉だと思う。憧れもある。 けれど私は、 この傷をきれいなものに変えなくていい。 傷は傷のまま、醜くても、 それでも私のものとして連れていく。
警笛が鳴り響く 機械音なのか 生物音なのか 定かでは無い 草が風に煽られる音 夜に明日を煽られる カーテンを揺らせば 布団を引きずる重り 雑音の音源が私からなのを知る (完)
レンガ造りの橋の下 赤茶色に焦げたアーチを潜って 足りない霊感に安堵する 贅沢な光源は無いけれど 不思議な空間に自ら溶け込ませていく 寒気が貴方のいる方向を教えてくれる 遊び感覚だったのにな… 遊戯感覚と言い換えたい、この気分 しばらく歩き中腹といった所… 進路の垂直になる方位 レンガとは違う好奇心をくすぐる鉄の扉 続く螺旋階段歩けば人の海 手招きする舟使い 打ち光る夜光虫の輝き この世の未練を明後日の方向へ これからの期待を向こう岸へ (完)
ぽつりぽつり。僕は夜空を見た。どんより曇っていた空だった。どこか哀れんでいるかのような嘲笑っているかのような空だった。 僕は走り出した。悩みも迷いも全て無かったかのように全力で走った。息を切らし、緑の生い茂った並木道を抜けるとそこにはたくさんの石ころの側に川が流れていた。 どうして僕はこんな事をしているのだろうと川の水面を覗き込んだ。そこには当たり前のように自分の顔が映っていた。しかし、次の瞬間、水面の波が激しく揺らめき、途端に自分の顔は酷く疲れている顔が現れた... 「あなたはだあれ?」 水面からそう聞こえた。確かに聞こえた。 「あなたはだあれ?」 もう一度聞こえた。聞いた事の無い鈍い声。 私は恐る恐る立ち上がりゆっくり後退りをすると.... 「行かないで!!」と大きな声で水面が叫んだ。 そこから恐怖に支配され、しばらく動けずに水面を黙って眺めているとさっきまでとは違う自分の顔がそこには映っていた。笑っている顔だ。幸せそうな、、でもどこか不安そうな、、顔をしていた。 ボクは夢を見ていたのだ。とさっきまで夜だったのにもう朝だ。ベッドの側に置いてある携帯を見た。友人?と電話して寝落ちしてしまったのだ。あんなに会話が弾むとは思わなかった。昨日は楽しかったなーとそんな事を考えながら寝起きに目を擦り、歯を磨き、身支度をし、いつも通りの会社までの道のりを電車に乗って通うのであった。
今日、振られました。 もっと痩せていれば、 もっと優しければ、 もっと可愛ければ、、、。 そうじゃない。きっとそうじゃない。 もっと別の何かのせいだ。 自分ではわからない中身の部分だ。 それでも、自分のコンプレックスをせめてしまう。 もっと治すべき場所があるのだろう。 自分の嫌いなところなんてたくさんある。でもそのどれかのせいにしてしまったら、誰が自分を好きになってくれるのだろう。 「自分だけは自分のことを好きでいよう。」 それが私のポリシーである。 ポリシーが揺らぎそうになることなんて沢山ある。 そんな時、私は何も考えない。 ただただ事実を受け止めるだけ。 今日私は振られました。
夜空を見上げる。月が浮かんでいる。きらきら輝いている。きらきら輝いている理由は、月を補修しているセロハンテープに、月光が乱反射しているからだ。この間、月は、人間が撃ったミサイルで傷ついた。だから神様が、とりあえずセロハンテープで補修したのだ。いずれきちんと直すのだという。だが個人的には、あれはあれでキレイだと思う。ミサイルを撃った人も、案外それを見越していたのではないか。今頃刑務所の窓からこの月を見ていたりして。
昼下がり、家で一人、ご飯を食べながらテレビを観ていたら、テレビにノイズが混じり始めた。電気もちかちかしている。空気清浄機の動きもおかしい。何だろう。ふいに家の外から妙な音が聞こえてきた。窓から外を見る。路地があって、そこを一人のお爺さんが歩いていたのだが、そのお爺さんに向かって、路地に立ち並ぶ電信柱たちが、深々と頭を下げていたのだ。そのせいで、電気の流れがおかしくなっているらしい。私は窓を開け、お爺さんに声をかけた。「あなたは何者ですか」お爺さんは答えた。「電力会社の会長です」お爺さんはふんぞり返って歩いていった。電信柱たちは次々と頭を下げていた。私はつくづく、この国が嫌になった。
出かける準備をしていたら、台所からくしゃみが聞こえてきた。私一人しかいない家だ。見に行くと、テーブルの上に置いておいた拳銃に違和感を覚えた。よく見ると銃口が湿っている。どうやら拳銃がくしゃみをしたらしい。きっと誰かにうわさされたのだ。この間、この拳銃であの男を殺したからだろう。私は湿った銃口をティッシュで拭き、拳銃をコートのポケットに突っ込んだ。そして、あの男の兄が潜伏しているアジトへと出かけていった。
いわゆる首相Kの置き土産だ。 えらくやりづらい。 飛行機事故での死者は大々的に報道されるのに自動車事故はマスコミでは取り上げない。 今回の法改悪での自転車事故の死者、負傷者も無視されるだろう。 ソドムとゴモラみたいな世界で僕はえっちらおっちら自転車で畑に向かう。
道交法が変わったので非常にサイクリングがしにくくなった。 いわゆる首相Kの置き土産だ。 車に煽られながらえっちらおっちら畑に向かう。 やりづらい。 国民を苦しめる方向にばかり法律が動くのはどうしたものか。 これなら自転車に乗る人は月¥500役所か銀行に振り込み届け出せばいいとかしてくれた方がまだマシだと思う。 要は罰金で税収を取りたいだけなのだから。 車道を走るのは逆に危ない。 飛行機事故の死者が大々的に報道されるのに国内の年3000人程の自動車事故の人数は取り立たされない。 今回の法改悪で自転車で死ぬ人も報道はされないだろう。 ソドムとゴモラのような世界になっていくなぁ、と思いながら今日も気をつけて自転車を漕ぐ。
瞼の奥で、星がぱちりと光る。お昼に食べた卵焼き、とびきり甘いの、を思い出す。サッカーボールが暗闇を避けて飛んでいった。蹴ったのは、けんちゃん。 僕は、夜に沈む。
淡い日差しが薄手のパーカーをとおして背中がほんのりあたたまる。ぬるめのラテのような温度。ドブ川で流れる桜の花びらの数々は、龍のうろこ。 コンビニの駐車場に停まっている一台の青い車は、散りゆく桜の花びらにおおわれている。 遠くの山を背に、地元の電車が走る。小さな窓の光にみえる人影。スーツ姿で、どこかくたびれた背中の影。 「よう。あんたの娘ちゃんは入学式なんやろ?」 穴の空いた赤いジャージ服を着た、白髪の短髪のおじさん。中年太りで、重力に逆らってジャージの中の服にシワが垂れている。コンビニで買ったおにぎりとタバコを片手に。もうひとつはスマホを耳にあてて、誰かと話しこんでいる。 通学路には、制服姿の学生がまばらに歩いている。 「あのさぁ、新学期の最初のテスト、ダルいよね……」 「でも、それが終わったらうちらカラオケ行けんじゃん」 青春の一ページ。桜並木を制服姿で友達と歩いている。 「わたしだって、あっちの世界に行く予定だった」 ぼやきは、おじさんの通話の声でかき消される。小さなこぶしにぎゅっと力をいれる。視界にいれたくないのに。つい目で追ってしまう。春色の似合う透明感のある白めの肌。手入れが行き届いて、ニキビの腫れも薄い頬。まだこれからテニス部とかで筋力がつきそうな、華奢な脚。スカートとスニーカーのあいだからみえる、健康的な膝。 制服姿の学生を、車の通る道路を挟んで、ドブ川近くでぼけっとながめる。 ツバメが飛んでゆく。 「娘ちゃん、友達できたん?入学式初日で?やばいな。親離れ加速するやん__。いいやんか。わしと一緒に呑もうや」 私は自分の耳たぶを人差し指と親指で軽くこする。背伸びしてあけようとした、ピアスの跡。 春の空は、背伸びしたピアスの色に似ている。 「頑張れてんじゃん、わたし」 通学路に、もう学生の姿はない。
某有名ゲーム会社から五感で楽しむRPGというものが発売された。 ネットを見ても、抽選に外れたという書き込みしか見かけないので購入できた僕は実にラッキーなのだろう。 早速、専用のスーツを着て、ゴーグルをつけてみる。 驚いた、まるで現実と思い込んでしまうようなグラフィック。 NPCとの会話にも違和感がなく本物の人と話しているようだ。 そういえば、ゲームを進めるごとにAIがプレーヤーを学習して細かい演出が変化すると書いてあったような。 あまりの面白さに僕は時間を忘れて全クリまで一気にプレーした。 モンスターとの戦闘、ダンジョンの攻略、ヒロインとの恋、今までのRPGではありえないほど世界に入り込めた。 さあ、明日はクリア後のやりこみをしよう。 まだまだ触れてない要素が山ほどある。 * 「小林君、おーい聞いてる?」 「......はいっ、なんでしょう。」 「最近大丈夫?眠そうだし疲れてるんじゃない?」 「いえ、、大丈夫です。」 チッ、うるせーなー どうせお前には頼ってくれる仲間も愛する妻もいないのだろう。 俺は小林なんかじゃない、マルクって名前があるんだよ。 まあいい、どうせこの会社も今週中には辞めるんだ。 これでやっと俺の人生に専念できる。
楽しそうに友人と映っている写真 それを私はSNSに投稿した これで良し これで私の義務は果たした 本当の私は、こんな風に笑ったりしない 友人たちといることは私にとって苦痛でしかない 一人が好きなのだ 誰にも邪魔されず、ただ静かに過ごすことが好きなのだ 友人、恋人、同僚、親ですら、私にとっては煩わしいだけのもの それでも私は仮面を被り、虚言を吐いて、「それらしく」生きている 今日は会社も休み、それに誰とも約束をしていない 最高に幸せな一日だ 紅茶を入れた カモミールの香りが私を落ち着かせる そしていつも読んでいる本を取り出して、ソファに深く体を沈める 窓は開けない 外の音はノイズ以外の何物でもない 私にとって外とは敵でしかない カーテンも閉め切ったままだ ほの暗い部屋の中でアロマキャンドルを焚いて 静かに本を読み進める 何度も読んでいる本だけど、私はこれしか読まない 新しい刺激なんていらない ただ静かに過ごせるのなら、それでいいのだから スマートフォンが鳴る 本当は電源を落としたいけれど、たまに仕事の大事な要件がくることがあるから、切れない 不機嫌を隠すことも無く舌打ちをして、通知を確認する SNSの通知だった そこにはありとあらゆる「幸福と呼ばれる物」が詰まっている みんな、何が楽しくてSNSなんてしているのだろう 常々私はそう考えている それでも、私はそこから離れることが出来ない 義務だからだ 「今日も私は幸せに生きています」 そう宣言するためにSNSは存在しているのだと思う みんながSNSを通じて、あぁこの人は「普通」の人なんだ そう思ってくれる そのために私はやりたくも無いSNS投稿を続けている そうしなければ社会に順応することが出来ないからだ いくら一人が好きだとしても、社会の中にいなければ生きていくことは出来ない 社会に溶け込むためにも、私はSNSを止められない 苦しい ただ、苦しい まるで法律でSNSが義務化されているかのような、そんな社会が憎い 常に誰かに自身の存在をアピールして、常に誰かに監視されているような社会が憎い 私たちは法律の中で暮らしている 「幸せそう」でいなくてはならないという、感情の法律の中で それが「普通」なのだから 私は静かにSNSを眺めて、コメントをして、「普通」をアピールして、それからまた読書に戻る 牢の中で静かにその時を待つ死刑囚のように、静かに本を読む
宇宙空間の裏路地の隅に、おむつが落ちていた。そのおむつは、惑星用おむつだった。青い液体が染みている。この惑星用おむつは、地球が使用したらしい。おむつをつま先でいじって中身を見てみた。青い液体の中に、ぐちゃぐちゃの戦闘機や戦車が混じっていた。それはどう見ても汚物にしか見えなかった。
スーパーマーケットに行った。卵売り場の前に、一人の若い男が立っていた。その男は、立ったまま泣いていた。しくしく泣いていた。男は、しゃくり上げながら、ズボンのポケットから、一枚の写真を取り出した。背後から覗くと、その写真には、一羽の雌ドリが写っていた。男は、その写真を見て、一層激しく泣きじゃくり、それから、その写真をビリビリに破り捨てた。そして、卵売り場を立ち去っていった。数年後、テレビを観ていたら、偶然その男が画面に映った。彼は、海辺の町の小さな居酒屋で厨房に立っていた。彼は笑顔で卵焼きを焼いていた。卵を次々と手に取り、それらを全部割っていた。彼の妻が映った。彼の妻は人間の女性だった。彼女はニワトリのとさかのように、髪を赤く染めていた。