記憶保管庫

「記憶保管庫?」  僕は聞き慣れない言葉に困惑する。 「はい。主にお客様の大切な記憶を、弊社の特殊なデータベースに保管しておくというサービスになります」  僕には幼少期の記憶がない。今までは成長するにつれて幼い頃の記憶を忘れていくようなものだとしか思っていなかった。一般的には誰にでも起こることで、なんら不思議なことではない。  ただ、目の前に現れた鈴木という男は、その時の記憶を抜き取って保管しているから思い出せないのだと言い、もしかすると本当にそうなのでは? という考えが僕の頭をめぐる。 「別にお金をいただこうと思っているわけではございません。料金はすでにお母様がお支払いされていますから。神崎様には、その記憶を戻すのか、それとも処分してしまうのかを決める権利がございますので、どうなされるかを本日中に確認させていただきたいのです」  僕は迷っていた。自分の忘れた、というか無くした過去を知れるというのだから当然だ。ただ、この不審な男を信じていいものかと踏ん切りがつかない。  しばらく沈黙が続いた。誰かが空間を切り裂いたかのような静寂が辺りを包む。頭の中には様々な考えがぐるぐるとミキサーでかき回されたようにごった返していて、今にも沸騰してしまいそうだ。 「悩みますよね」  再び鈴木が口を開いた。 「実は今の母親は、本当の母親ではないんです」  本当の母親ではない? 僕は養子にでも出されたのか? いや、うちは母子家庭で裕福な生活をしているわけではない。そんな人が僕を引き取れるのだろうか。考える余裕が無くなった僕は言う。 「記憶を戻してください。本当のことが知りたい」 「では明日、こちらのまで来ていただいてもよろしいでしょうか?」  鈴木から住所の書かれたメモ用紙を渡され、一礼したあと笑顔で去っていった。  翌日、指定された住所に向かうと『記憶保管庫』と書かれた市立病院のような建物があった。  大きなガラスの自動ドアをくぐると、鈴木が白衣を着た男とともに出迎えてきた。 「本日はご足労いただきありがとうございます。こちら、技術員の高山です」   挨拶を交わしたあと、彼らに導かれるままにエレベーターに乗り込み、処置室のような部屋に案内された。そこにはメカメカしい椅子とヘッドセットが真ん中に鎮座しており、大きな黒い箱が横に並んでいた。 「これが記憶復帰装置です。SF映画の世界みたいでしょう? 隣の黒い箱には神崎様の記憶が移送されております。あの椅子に座ってヘッドセットを被ると、三十分程で記憶の転送が完了するんですよ」  高山はそう言ったあと、別室に向かい準備を始めた。不安が募る。本当に記憶を取り戻してもよいのだろうか? そんなことを考えていると鈴木が口を開く。 「不安ですよね。でも大丈夫です。私達には実績もありますし、失敗したこともありません。椅子に座っている間は眠りにつくように設計されているので、一瞬ですべてが終わりますよ」  スピーカーから「準備できたので椅子に座ってください」と高山の声が響いた。 僕は椅子に座ってヘッドセットを被る。  すぐに意識が遠のく。無意識の世界で、知らない女性が僕に優しく語りかけている。 ――お母さん?  目を覚ますと鈴木が僕の前に立っていた。 「無事に終わりましたよ。お疲れさまでした」  眠い目をこすり、僕は椅子から立ち上がる。そこで自分の幼少期の記憶が蘇っていることに気がついた。 「僕のお母さんは死んでいたんですね」  僕の母親は死んでいた。僕が幼い頃、病気にかかってしまった。そして、僕に悲しい思いをさせないようにと記憶を取り除いたんだ。 「記憶保管庫は本人の意志を無視して記憶を消去することができないんです。お母様の意志に反してしまう形になってしまったのですが……」 「いいんです。それと今の母親にはこのことを黙っておこうと思います。それこそ母親の意志を知っているわけですから、悲しませたくない」  僕は鈴木に礼を言ったあと、記憶保管庫を出て家に真っ直ぐ帰ることにした。外は眩しく、生き生きとした世界がそこには広がっていた。      *** 「鈴木さん、ちょっと来てください」  神崎さんが帰ったあと、私達は記録室で今回の仕事の報告書を書いていた。 「どうかしたのか?」 「これって先程の神崎さんのカルテですよね? で、これが別のカルテなんですけど」 「まさか同姓同名の利用者の記憶を取り違えたっていうのか?」 「そのまさかみたいです」  山田は少し焦った様子だが、私は至って冷静だった。記憶復帰での失敗は今まで起こったことが無い。すべて無事に終わらせてきたのだ。 「私がどうにかしておく」 「すみません鈴木さん。あとはよろしくお願いします」  山田が部屋を出たあと、私はパソコンに向かい仕事に取り掛かった。

失恋同盟

男子4人、女子4人で、ホテルのロビーに集まって恋バナをした。 男子は塩顔イケメンの橋白くん、野球部坊主の島野くん、かわいい系男子の瀬戸くん、180センチの西口くん。 女子は橋白くんが好きなかのん、もう眠たそうなさゆ、ウキウキなまなか、私。 かのんは橋白くんの前に座り、顔を赤らめている。 さゆは瀬戸くんと目を合わせて笑い合っている。 まなかは島野くんと司会役をしている。 私は西口くんとじゃがりこを分け合いながら食べている。 「じゃあ、好きな人いるかどうか言ってこー」 まなかが元気よく言った。 「私はいる」 かのんがゆっくりと答えた。その発言でみんな盛り上がった。 「俺は気になる人ならいる」 橋白くんがそう言った。まなかは不安そうだけど少し期待してる顔をした。 「俺はいなーいー、募集中かなー」 身長と同じように語尾を伸ばす癖のある西口くんが言った。みんな大笑いだ。 「私もいないな」 私は言った。 実はこれは嘘。本当はいる。だけど言えない。だって私の好きな人はさゆだから。私がこの恋バナに参加した理由はさゆがいるからだ。 「自分はいる」 自分の坊主頭を撫でながら島野くんが言った。 「うちもいるよー」 まなかが言った。たぶんまなかがすきなのは瀬戸くんだ。前それらしいことを言っていた気がする。 「僕はいないよぉ」 ふわふわした喋り方の瀬戸くんが言った。 最後はさゆの番、私はドキドキしていた。 「わたしはいない。」 胸を撫で下ろした。よかった。 「じゃあ、好きな人がいる人はその人の特徴言っていこ」 まなかが言った。 「えーと、色が白くてマッシュの人」 かのんが言った。 男子軍が橋白くんの方を見てニヤニヤした。 「俺は二重でロングの子」 橋白くんが言った。その特徴はかのんのものだった。 次は女子軍がかのんの方を見てニヤニヤした。 「自分はミディアムで愛嬌がやばい子」 島野が言った。みんながヒューヒューと盛り上げる。 私はどん底に落ちた気分だった。それは絶対さゆのことだった。さゆは断れないタイプだから告られた絶対に付き合ってしまう。 失恋、叶わぬ恋、でもみんなはそれを盛り上げてる。なんか、うまく言葉にできない不快感が私の体内に広がった。 でも恋バナは続く。 「うちはー、ふわふわしてる人!」 まなかが瀬戸くんの方を見て言った。 そのあと、みんなでトランプをしたりして盛り上がった。その間私はずっと生きた心地がしなかった。 消灯時間まであと10分、もう告白する雰囲気だ。 「あのーさ、橋白くんちょっといい?」 かのんが先陣を切った。 「なに?」 橋白くんが優しく笑う。 「私と付き合ってくれませんか?」 「はい」 キャーーと周りから歓声が上がった。 これが望まれるべき恋愛だ。 「あのさー、瀬戸くんちょっといい?」 まなかも行く。 「うん、いいよぉ」 「月が綺麗ですね」 「いやここ月見えないよぉぉ」 瀬戸くんが笑いながら言う。でも愛読書が『こころ』の瀬戸くんならきっと意味はわかっただろう。 瀬戸くんはひとしきり笑ったあと、お願いしますとまなかの手を取った。 また歓声が上がる。 私も誰かに祝福される恋愛がしたい。 「あの、さゆちゃんちょっと良い?」 最悪のターンが来た。 「なに?」 あー、やばい。 「1年の頃から好きでした、自分と付き合ってください。」 私はさゆの方を見た。断ってくれないかなぁ。私はなんで最低なんだろう。人の失恋を願うなんて。 「はい」 さゆはうなずいた。 私は涙が出てしまった。 それに気づいた西口くんがハンカチを差し出してくれた。 「本当は誰か好きだったのかーー?」 私はこくりとうなずいた。 「誰ーー?」 語尾を伸ばす癖、今だけやめてほしい。 「さ、、ゆ」 私は言った。 「あ、え、そうなんだ」 西口くんは困りながら言った。申し訳ない。 「実はさ、俺も橋白のこと好きだったんだ。」 西口くんは言った。 西口くんの方を見たら西口くんも泣いていた。たぶん私よりずっと前に泣いていた。 なんだか仲間ができたみたいで失恋したの寂しくなかった。

ごめんなさい

子供の頃から人の役に立てるよう頑張ってきた。 この人は何をしたら喜ぶだろう。 この人は今何を求めているんだろう。 みんなに愛されたかったから? いいえ。 私はただ怖かっただけ。 「本当に使えない」 あの言葉が脳に反響する。 でも、もう大丈夫。 もう大丈夫よ。 みんなの求めているものに私がなるの。 誰も私をあんな目では見ないの。 「ほら、これでしょ?これが欲しかったのでしょう?あなた達が望んだものがここには全てをあるの!!」 私の身体からは無造作に生える。 宝石、鞄、男の顔、時計、指輪… みんなは歓喜する。 「きゃー!そうよ、これが欲しかったの!!」 「ちょっと、それは私のものよ!」 「あぁ、あれもこれも欲しいわ…」 みんなの言葉に笑みを零す。 ふふ、ふふふ。 慌てないで。 みんなが望むものはなんだって… 痛ッ…!! 身体に激痛が走る。 な、なに? なにをしているの? 「なにって、宝石を引っ張っているのよ。あなたの身体から離れなくて…」 「あぁ、愛しのアナタ…いまそこから出してあげるからね」 「これも…これも…これもほしい…」 痛い! 痛いわ!! やめて!! 私の身体なの…! それを切り離すことはできないの…!! 痛い…!痛い…!! 「え、切り離すことはできない?なんだ、そうなの。やっぱりあなたって使えないわ」 冷めた眼差しが向く。 や、やめて。 そんな言葉。 そ、そんな目を私に向けないで。 お願い…。 ごめんなさい。ごめんなさい…。 「私は諦めない…。あれもこれも欲しいの…」 「あぁ…アナタ…アナタは私だけのアナタよ…」 「ちょっと!私の宝石に触らないで!」 痛い… 痛い…よ… もう、やめて… ブチッ あ゛ぁあ゛ 「やった!とれた!とれたわ!なんて綺麗なのかしら」 ブチッ 「えぇ…そうねアナタ…帰りましょう…」 ブチッ ブチッ ブチッ 「これも、ふふ。これも…。ふふふ…」 ぁ゛あ゛ いたい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ブチッ ブチッ ブチッ 身体はもう動かない。 「これで取りやすいわね」 ブチッ 身体には何も残らない。 「ふぅ、満足したわ。ありがとう」 みんなは離れていく。 その場には枯れた木のような肉塊が残るだけ。 望んで手に入れたモノは朽ち果てていく。 「そんな…私のものが…あれもこれも…」 「ああ…アナタ…いかないで…!お願い…」 「なーんだ、やっぱり最後まで使えない」 朽ち果てていくモノを捨てて再び歩き出す。

誰も電話に出ない

 暇な夜。 オナニーするのも何なので知り合い何人かに電話をかける。 パンツを下ろしながら。 でも誰も出ない。 孤独な夜。 今日は畑に行った(畑中毒気味) 皆さん色々忙しいのかしら。 暇なので文章を綴る。 知り合いのうちに煙草を貰いに行った。 難民のようだ。 難民のような知り合いは悪口をメールで言ってくる。 隣近所の人に挨拶して無視される。 都会の孤独。 コーラが飲みたい。 おにぎりが食べたい。 でも粗食。 痩せていた方が長生きするらしい。 もっと食べて太った方がいいと言う看護師がいる。 夜職でお客にお酒を勧めるのが上手いのだろう。 悪意のある夜。 誰からも必要とされないので勝手に物語を作る。 これでいいのだ。

壁ドン。【コメディ】

相川さんのことが好きで好きでたまらないッ。 もう朝から晩まで考えてる。 俺のそんな気持ちを知っているのは親友の高木だけ。 「そんな好きならコクっちゃえよ」 高木が煽る。 それができるなら、こんな風に悩んでない! 「やー、だから勢いだって。あれ、壁ドンっての? 最近流行ってるらしいし、やってみたら? お前結構かっこいいんだしよ?」 自分でいうのもなんだけど、自分の見た目はちょっと自信がある。 「こー、萌えるシーンっての? 夕方とかに呼び出して?」 俺はとうとう高木の悪魔のささやきに耳を傾けてしまった。 というか、高木が勝手に呼び出しのラブレターを相川さんの靴箱に忍ばせたのを後から知った。 そんなことされたら、後に引けないじゃないか! 糞っ高木め! バクバクと高鳴るを気持ちをおさえながら、オレンジ色の夕日が差し込む校舎の裏に足を向けた。 そしてそこには……相川さんがもじもじしながら待っていた。 足が震える、肩があがる、俺がもし汗っかきなら多分汗だくだ。 俺は相川さんの前に立つ。 顔を上げた相川さんと目が合う。 心なしか、照れているように、みえなくもない。 夕日で赤く染まった顔がとてもきれいだ。 よ、よし、壁ドンだな! 勢いだな!? ドンッ! その勢いで、俺の目玉が零れ落ちた。 相川さんは気絶して倒れた。 あ……。 俺はその日、教訓を得た。 『ゾンビは壁ドンをしてはならない』

Boy won't meets Girl

大丈夫だ、昨日の夜から何度もシミュレーションを重ねてきた。 アスファルトを蹴る足は、いつになく軽やかだ。 五秒ごとにレーダーで彼の座標を確認する。 『ペースは良好、そのまま直進してください』 耳元で超小型イヤホンがそう告げる。 私はいよいよ、デジタル食パンをくわえて、ラストスパートの体勢をとった。 あとはあの角を曲がれば、晴れて私とK君は結ばれるのだ。 三、二、一 ……  角を曲がっても、私の身体は何にもぶつかることなく直進を続けた。 ブーーーーン 頭の上から聞こえる音につられて上空を見ると、ドローンに乗ったK君がこちらを見下ろしている。 「ごめんねー、僕、自分の運命は自分で選びたい派だから。」 そういうとK君は、早々と学校の方へ飛んで行ってしまった。 まさかZ座標をずらされていたとは。 今度はもっと高性能のレーダーを買ってのぞむとしよう。

無為味(むいみ)

「ねぇ、キミ。何をしてるの?」  雨が降るのを待っているのです。 「えっ。でも、いつ雨が降るのかは、誰にも分からないでしょー」  もうすぐかもしれないでしょう。 「そりゃあ、まあ……でも、一週間先だったらどうするの。それでも待つの?」  待ちますよ。待つしかないですから。去る者、追わず。来る者、拒まず。私はそういう存在です。生まれた頃から、私には使命があるのです。 「それって生きづらくない? ぼくは、キミよりずっと自由だ。そのほうがいいと思ったりしないの?」  ええ。アナタは、私に比べたら、うんと伸び伸びとしていますね。でも、限りある場所で、限りある時間を精一杯に生きるほうが……。私のようなものには、ふさわしい。私には動かす手足も、揺らせるフリフリも無いですから。 「まあ、キミが納得しているのなら、それでいいさ」  フリルはありますけど。 「べつに、つっこまないよ」  残念です。 「雨が降ったらいいね」  ええ、私の頭がおかしくなる前に。せめて。自分の使命はまっとうできたと、思いたい。 「へえー」  ジメジメとした蒸し暑さと暮らしている。大きなワンルーム。  製氷機から氷を取り出す、あなた。その足取りは昨日よりも軽やかで。あなたがステップを踏むたびに、手のひらのマグカップでは水面がおどる。  今。ボクは意を決して、あなたのひざに飛びこむ。  ぱちゃっ。  上空まで、はねる飛沫。あなたの衝撃と困惑が、ボクの頭へと降りかかる。 「ちょっと、ポメ! ああ、もう。サイダー、こぼしちゃったよ……」  あなたは机上にマグを置いて。箱からティッシュを取り出し、せわしなく手を動かす。  床に広がっていく甘い水たまり。その水分を含んで重たくなった彼女が、ぐったりと横たわっている。 「あっ! ふれふれ坊主、落ちちゃってるじゃん!」  悲しそうに、あなたは眉をひそめる。これじゃあ、明日も仮病を使うのは無理か……と、わけのわからないことをぼやきながら。あなたは濡れたティッシュとともに、役目を終えた彼女をつかんで、ステンレスのかごに入れる。  ――よかったね。これでボクらも、明日は外でおさんぽできるよ!  肩をすぼめるあなたを励ましたくて。ボクは、めいいっぱい自分のしっぽを振って見せた。

口半開き

 暇だからYouTubeで投稿を観ていた。 何で口半開きにしてるの?って言いがかりつけてた。 僕も口は半開きだ。 アホヅラでごめんなさい。 見かねた善良な外国人が止めに入っている。 でも中指を立てるのはやりすぎだよ...。 都心に出たくなくなる。 ああ僕が可愛い女の子ならばあのインセル(かもしれない)の相手をしてあげられるのに。 クセーンダヨオマエって悪態ついてた。 もう1回映像を観てみる。 単にオタクっぽい人をいじっているだけのようにも見える。 オタク苛めはストレス発散にいいのだろう。 何だよ、そうかよ、インセルなのかよ、ただ単に暇潰しかよ。 うーんいいリリックが思い付かない。 もしかしたらラッパーかも知れない。 あまりビビっていない所を見ると喧嘩慣れしているのかも知れない。 ストリートラップファイトの相手を探しているのかも知れない。 そういえば言葉を繰り返していた。 もしかしたらそうかも知れない。 でも僕は即興は苦手。 何だよテメーナードかよ、だからなんだよラード顔に塗ってろよ、みたいな掛け合いが欲しいのかもしれない。 高度な喧嘩師は今日も不機嫌でビビらずに電車に乗る。

難しい

人前で思ったことを全て言い切れませんし、 話の途中でモゴモゴしてしまいます。  アレを言うのを忘れていた  もう少し違った言い方があったな  また早口に喋ってしまった 話すことが嫌いではないけれど、自分が居る領域は「話すことが苦手」という場所なのだと思っています。 直す?治す?どっち? いや、これは私の特徴でもあるので、そんなものだと今は割り切ります。 そんな事もあり、私は書いて表現したいと思ったのかも知れませんが、最近特に思う事は文章を書く難しさ。 しみじみと痛感しています。 元々上手く書こうなんて思っていなく、思ったままを文字から文章にしているだけ。実はそこが難しい。 であれば簡単なら書けるのか、とは違うもので。 自分が思った事を文章に落とし込むだけに思えて、その落とし込みがとても難解。 だんだんと難解さが増して来たようにも思います。 何で出来ないのか、自分が思った事なんだぞ、 もう脳がダメになったの?と思う時があるくらい。 精神が限界なのかとも思いました。 それともうひとつ。 人って難しい。 私にはとっても難しいのです。 ずっと思っている事があって、 本当は人間という一括りではなく、 物凄い数の何種類も存在する生物の種別なんじゃないかということ。 同じ言語の同じ地方のお互い人間同士なのに、 伝わらないのか、伝わっているのか、 合っているのか、間違えているのか、 それさえも分からない。 更には家族や長年の友人でさえも、隠れた本音の声があるかのようで、 何をどう思っているのかも分かりません。 貴方が知らなくて良いじゃないかと思うかも知れませんし、 本来ならそんな事は言わなくても貴方が察するべきなのでしょうか。 でも私には実に難しいのです。 言葉や文章、人や言語に 今の私はとても嫌気が差して来ました。 わざわざ疲れる場に自分から出向くなんてことは普通あり得ない。 早く書かないとな…なんて思った時点で、おかしいと思いました。 ゆっくり時間を掛けて、 とにかく休んで、、 またいつか来れたらと思います。

メンタリティ

電車を乗り継ぎ、知らない町に降りた。 花が咲き、土の匂いがする。 川の水は、冷たさを想像させた。 泊まる場所は決めていない。 そんな不確かさも、時には必要だ。 日々の疲れを忘れさせてくれる。 村人が畑を耕している。 「こんにちは」 気づけば、声をかけていた。 村人は背中を向けたまま、頭を下げた。 すると、遠くから三人の若者が、一列に並んで歩いてきた。 表情のない顔。 胸の前には、何も書かれていない白い紙。 土の上を歩く、不規則な音。 今まで見ていた景色が、少し奇妙に感じた。 ついて行きたい衝動。 土の道が、いつしかアスファルトに変わる。 そのころには、小さな子どもを連れた女性も、列に加わった。 彼女も、白紙を掲げている。 列は、脇道から現れた少年を飲み込み、さらに人数を増やしていく。 やがて、年配の女性、作業着姿の男、車椅子の青年まで混ざっていた。 誰もが同じように、何も書かれていない紙を、胸の前に掲げている。 街並みが変わる。 背の高いビル、いつもの景色。 男が後ろを振り返る。 長い行列。 最後尾は見えない。 列の中に、青年が一人、紙を両手で頭の上に掲げている。 紙には何か書かれている。 青年はいつの間にか消えていた。 「これは、何が目的ですか」 隣で杖をついた老人に聞いた。 老人は無言。 長い沈黙ののち、 「目的……そんなものはない。まぁ、黙ってついていけば、それなりに生活はできる」 「そうか……」 男はうなずく。 気がつくと、自分の手にも、白い紙が握られていた。

クラッシュヒューマン

 道行く女子のズボンに穴が開いていた。  虫食いとか、木に引っ掛けたとか、そんな次元じゃない。    もう、穴。  膝がばっかん見えるレベル。  膝どころか、太ももがっつり見えるレベルもいる。  稀に、足首から太ももまでドギャン見えるレベルもいる。    もはやズボンと呼んでいいのかさえ疑問である。  だから、最近の若者は、ズボンのことをパンツと呼んでいるのかもしれない。  陰部を隠せれば、ズボンなのかもしれない。    まあ、そんなことはいい。  これは、待ち望んでいた状況なのだ。    地球に隠れ移住をしてきて、うん十年。  穴開き文化が流行ったことで、俺はようやく自分の素顔で歩くことができるというものだ。    俺は歩きながら、マスクをとった。  口から後頭部まで貫通した巨大な穴、お披露目だ。   「ぎゃあああ!」 「いやあああ!」    道行く人々は、俺の顔を見て逃げ出してしまった。  遠くから、パトカーのサイレン音まで聞こえる始末だ。   「……まだ、地球人には早かったのか」    俺はマスクをつけて、急いでその場から逃げ去った。    穴開きブームは服まで。  未だ、体に大穴を開ける母星のブームは理解されない。

やっぱ指紋認証よ

「こわっ。銀行のシステムがハッキングされて、客のパスワード流出だって」 「ね? だからパスワードは恐いって言ってるでしょ?」    彼氏が眉間にしわを寄せながらスマホを見つめるので、私はすかさず言った。  指紋認証も顔認証もあるのに、彼氏は未だパスワード派。  自分の体の情報を、スマホに登録するのが恐いとかなんとか。   「どうしよう。俺、結構パスワード使ってんだよな」 「はい、これを機にパスワード使うのやめよ? 今は、スマホの指紋認証か顔認証に連動して、ログインもできるから」 「でも、指紋が盗まれたら」 「指紋は安全なの! ログインする時、指紋がインターネットに流れる訳じゃなくて、……よくわかんないけど、指紋から作ったデータが流れるだけらしいし」    彼氏は、一日中スマホを見ながら考えていた。  指紋を登録するかどうか。  そんなに難しい問題だろうか。   「……登録する。指紋。か、顔はまだ無理!」 「はいはい。成長ですねー」    そして見事、彼氏は指紋認証デビューに成功した。  スマホに触れただけでで画面ロックが解除されることに、彼氏はものすごく感動していた。   「なにこれ、超便利じゃん!」 「でしょ? 外でもぽちぽちパスワード打ってて、後から覗かれたら終わりじゃんってひやひやしてたよ」 「……そんなに見える?」 「見ようと思えばね」    彼氏は、何度も何度もスマホのロック解除を試して、寝る瞬間までそれは続いた。   「じゃ、おやすみー」 「おやすみ」    ロック解除だけで充電が切れかかっているスマホは、充電ケーブルに繋がれて近くのサイドテーブルへ。  私は、寝息を立てる彼氏を起こさないようにして、そっと彼氏のスマホを手に取る。   「お指を拝借ー」    スマホを彼氏の指に当てれば、はいロック解除。  ああ、ここまで来るまで長かったなあ。    彼氏、パスワードが長いうえにコロコロ変えるから、せっかく盗み見ることができても、私が開けようとする頃には変わってるんだもん。  ようやく、絶対に変わらない指紋になってくれた。    私は、スマホに入っているアプリを確認し、複数のSNSアプリで目を止める。   「さ。貴方の裏の顔、しっかり見せてもらうからね?」    私は、不安なだけ。  貴方が裏切ってないか。  私は、SNSのアイコンをタップした。       『パスワードを入力してください』   「ぎゃふん!」

普通焼き

 水に、薄力粉を入れます。  そして、よく混ぜます。  最後に焼きます。   「完成。普通焼きです」    味噌を使っていないので、赤味噌と白味噌の戦いもありません。  塩も砂糖も使っていないので、塩と砂糖の戦いもありません。  だしも使っていないので、関東風と関西風の戦いもありません。    もちろん美味しくないので、美味しい料理か美味しくない料理かの戦いもありません。   「さあ、召し上がれ?」    食べてくれません。   「食べないの?」    食べてくれません。   「どうして? 平等だよ?」    食べてくれません。   「人によって意見が分かれないよ?」    食べてくれません。   「喧嘩が怒らないんだよ?」    食べてくれません。    私が半分飲み込みました。  涙が出そうです。   「ほらほら、私だけ食べらら平等じゃないよ! 差別差別! はい、お口あーん」    食べてくれません。  ねじ込みます。   「んぐ……んぐ…‥‥んんんんんんんん!」    泣き叫んでいます。  ねじ込みます。   「む、無理」    無理なんてことはありません。  勘違いです。  だってこれは、一切特徴のない普通なんですから。  普通は、皆食べられるんですから。   「う……げえええええ」    吐き出しちゃいました。  これは拒絶で、差別でしょうか。  でも大丈夫。    大丈夫。    もう一度、ねじ込みます。  食べてくれるまでねじ込みます。    だってそれが、多様性で意思の尊重で平等で平和だからです。   「はい、お口あーん」

DragonHamburgerQuest〜伝説のはじまり〜

Lv1〜伝説のはじまり〜 …この世の民は、欲を求め、遂にはハンバーガーしか食べられない文明を築き上げてしまいました。 ここに伝説のドラゴンハンバーガーを求める一人の勇者があらわれました。 皆既月食の赤き夜に一人の少年が村から旅立とうとしています。 彼の名は〝ij〟 亡くなった母の為、ドラゴンハンバーガーを探しに行くのです。 〝ij〟は友を一人連れていました。 彼の名はルイ まっしろなオオカミです。彼らは小さな頃から仲良しで、いつも一緒にいる親友です。 月に照らされた赤いススキの野を進んでいく二人。彼らの冒険がはじまります。

地方という工場

 地方で、お米が作られます。  地方で、野菜が作られます。  地方で、お魚が獲られます。    全て、運送トラックと言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、都会の中心へと運ばれます。   「ああ、美味い。日本最高」 「グルメ最高」    全て、都会の人の胃の中に入ります。        地方で、人間が作られます。    全て、就職と言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、都会の中心へと運ばれます。   「通販で頼んだものが即日来た」 「保育園も介護施設も入りやすい」    全て、都会の人の便利に入ります。        日本で、美味が作られます。  日本で、便利が作られます。    全て、グローバリズムと言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、アメリカと中国へと運ばれます。   「これはデリシャス」 「これはファンビエン」    全て、金を持つ大国の幸せに入ります。        では、アメリカと中国に入っていったものはどうなるのでしょうか。  そろそろ、新しいベルトコンベアーが動く時期です。

ごはんにしようか  後段

 あれはつくり甲斐のない男だった。おいしいよ、とたいしておいしいふうでもないように言うのが芸術的に上手な男だった。楽しいときも、うれしいときも、心をフラットに保つことを義務とでもしているようでいつでも哀れに映った。外見はまあまあよくて、背も高くて、清潔感もあって、でもなかなか彼女ができなくて、できてもすぐダメになってしまって。それはそういうとこなんだろう、と納得がいった。それでもそんな男と付き合った。自分でも不思議になってしまうくらいに。  本を読んで泣いたことはなかった。本を読んで泣こう泣こうとそっちのほうに無理して気持ちを持っていったことはあった。そのとき、なんかいいなと思ってた男子が話してた小説を読んだときだ。その男子に教えてもらったんじゃなくって話してるのがたまたま聞こえてきて、それでわざわざその日の帰り本屋で見つけた。その本を教室で読んでたらその男子が話しかけてくれるかな、不純な動機と期待を含んで読んでたんだった。 ―それ  目の前が学ランの色で暗くなる。やった。釣れた、と思った。顔を上げてみると目当ての男子じゃなかった。 ―借りたの?  がっかりした顔にならないように気をつけながらわたしは答えた。 ―違うよ。自分のだよ。  とか言ったのかな。 ―読み、終わったら… そ、の… あ、の…  その男子は、女の子みたいにもじもじしていた、精神的な意味で。 ―読む? いいよ ―あ、りがと  それがあの男だった。  あのときの気持ちはよく覚えていない。結局、その本を読んで泣くことはなかった、そのことなら覚えている。なんでそんなことしたんだろう。あの男がわたしから本を借りて、あの男が読んで泣いて、わたしも泣いちゃった、とか言いたかったのだろうか。そんなキャラでもないくせに。なんで、そんなこと。  男はフジムラという名前だったと思う。下の名前を知らないのは呼ぶことがなかったからで、ずっとわたしは「フジムラくん」と呼んでいた。フジムラくんは貸してあげた本をありがとうも何も言わないで返してきた。ある日、休み時間が終わって席に戻ったら、あの本が置かれていた。それだけだった。なんだよ、なんだよ、と思って家に帰って本をぱらぱらやったら紙が落ちてきた。   貸してくれてありがとう   この本の感想を伝えたいのだけど、なかなかどう伝えればいいのか困ってしまって   だから、お礼に、豚汁のつくり方をここに記します  フジムラくんは、書くと少しは言葉が多くなるのだと知った。 ―フジムラくんって料理するんだね  次の日、フジムラくんに声をかけていた。 ―え?  心底、驚いた顔をフジムラくんはわたしに見せてきた。 ―え、って ―し、ないよ ―だって ―し、しないよ、料理なんて ―あれは? 豚汁  どうやらフジムラくんの料理は、頭のなかでのことで、こういうふうにやったらこの料理ができるんだろうとあれこれ考えることを常としているらしいことがわかった。  切った油あげを入れ、みそを二回にわけてとかし、刻んだねぎを散らしていって豚汁は完成した。あの男に教えてもらったあの男の頭のなかのレシピ通りの豚汁。あの男にも何度かつくってあげたことがあった豚汁。僕の教えたレシピなんだから普通においしくはなるよね、と自慢することも大げさに胸を張ることもなく、たんたんと「おいしいね」とだけ伝えてきた豚汁。 「ごはんにしようか」  ふたりに言うと「おでん」は耳としっぽをぴんと立たせ、せわしなく足踏みをしはじめ「さばみそ」はゆっくりと、やっとできたのかい、とでも言いたげに伸びをしてから立ち上がった。あの本、まだ持ってたよなあ。食べ終わったら、さがして引っ張り出してみようかな。今度は本気で泣けるかもしれない。そう思いながら口にした豚汁は、やっぱりあたり前においしかった。

ごはんにしようか  前段

 休日にやることと言ったら、いつもより少しだけ長めの睡眠とためてしまっていた洗濯だ。清々しくって気持ちいい、洗い立てのシーツの匂い。心地いいものだけれど、どこか他人行儀なヨソヨソしさも感じられる。肌にふれるたび妙にくすぐったい。それが三日も経つと… 不思議、自分の匂いに馴染む安らぎ。いい感じにスタートできたのかもしれない。休日を。そして、ひとりの時間を。  キッチンでがちゃがちゃやりはじめると決まってやって来る。やって来てくれる。手伝ってくれることはないけれど、そばで見守ってくれる。それがわたしには心強く、その気持ちに応えるべくおやつに手が伸びそうになるのをぐっとこらえる。わたしの足元では犬の「おでん」が、見上げるようにわたしを見守っている。踏んでしまわないようにと場所を移るときに一度、下を確認するそれが「おでん」としては、こっちを見てくれた、うれしい、と思うようで、そのたび甘い声でささやくように鳴いて聞かせてくる。冷蔵庫の上ではねこの「さばみそ」がくつろいでいるのか監視してるのかわからないのだけど、とにかくわたしの見えるところにいてくれるのがステキでならない。ふたりとも晩ごはんの支度を見守ってくれてるのか、おこぼれにあずかろうとしているのか、真意をはかることはできないけれど、同じ空間にいてくれることがわたしには心の頼りになる。  野菜や肉を切りながら考えるのは、これからしようとする料理の完成風景でも、食事シーンでもなく「おでん」や「さばみそ」との過去の楽しかったことやこれからあるであろう物語についてでもない。といって、決まってこれを思うというものもない。たいがいはどうでもいいことで、そのどうでもいいというのが大事でもある。それなりに時間を費やせて、でものめり込むのでもない、そのバランスがちょうどいい。  ごぼうをささがきにして水につけておく。こんにゃくは包丁で切るんじゃなくってスプーンで千切っていく。大根とニンジンをイチョウに切って鍋で火を通していく。そうしながらも肉を切り分け、切ったそばから鍋に入れていく。火が通ったかなあというところで水を足す。頭のなかでのイメージはすんなりと滑らかな動き、実際はあたふたとぎこちない。ああ、あれ出してなかった、冷蔵庫に向かおうとして、その前に下を見て「おでん」が目を輝かせる。冷蔵庫を開けても「さばみそ」は興味があるのだかないのだか。自分のための料理なら、いくらでも気持ちは入っていく。おいしいものを食べたいという欲求に、わたしは素直になれるから。

短歌まとめ 2

57577に投稿した短歌です。 砕かれた心を皿に盛り付けて 涙一振り「さあ召し上がれ」 「いただきます」夜さりに浮かぶ星屑を 皿に蓄え金平糖 独り言ぽろりぽろりと零すたび 皿から逃げるご飯粒たち 卵黄をぽとりと白い皿へ落とす ほぼ目玉焼き見た目100点 丁寧に頭蓋骨へと注ぐ水 ゆうるり泳ぐ魚形の記憶 右目からぽろり零れた鱗たち いつかの傷口剥がれた瘡蓋 空を背に泳ぐ街路樹しゃらりらと 陽光煌めく水族館 炭酸の波に弾けてしゅわしゅわり キューブアイスの展示室 朝ぼらけ瞼揺蕩う夢現 うとうと泳ぐ微睡む魚

美人定義

『ピンポンパンポン。本日、科学的に最も美人な顔立ちが決定しました』    美容の争いに決着がついた。  髪の色、肌の色、目と鼻の位置。  全てに決着がついた。    美容メーカーは、既存の商品の販売を停止し、最も美人になるための商品ばかりを売り始めた。    結果、美容メーカーの売上が一割になり、次々と倒産していった。    完成したのに倒産するのは何故か。  自称コンサルたちが、SNSに次々と企業批判の投稿をし続ける。    でも、全部的外れ。  私にはわかっていた。  正解がわかるということは、不安がないということ。  不安がなければ、色々試し買いなんてするはずがない。    正解を買って、如何に安く同じことができるかのコスパ合戦が始まるだけだ。   「うん! 今日も可愛い!」    実際、私の美容にかけるお金も、一割になった。  余った九割は、推し活に捧げている。

また一年が過ぎた

 人生百年時代らしい。  でも、成人になるまでは、親の監視下にあるので好きなことができない。  年をとったら、体が動かなくなるらしいので好きなことができない。    では、人生で自由な時間は、あと何十年なのだろうか。  一日の大半を仕事している大人を見ていると、何十年の内、何年が自分の自由時間なのだろうか。   「あ、はっぴーにゅーいやー!」    また、一年が過ぎた。  また、残りの時間が一年減った。    ぼくはまだ、昔描いた夢を持ち続けている。  叶いもしない夢を。

もう一度

団地の一階は商店や床屋、放デイ等が入っていて、夕方の今頃は人で賑わっている。一日が終わっか感があり、皆の声がリラックスしているように聞こえる。 この時間に外に出るのは好きではないが、一日家に閉じこもって酒を飲み続け、ストックが切れてしまったので買いに行かざる負えない 玄関を閉め下に降りる時、髭くらい剃ればよかったかなと思うが、そのまま行く。商店に小さなスーパーがあるのでそこに入り、迷わずお酒コーナーへ。お店の中は人が多い。夕飯の支度なのだろうか女性が多くいた 5月の下旬、夏日が続き厚手の長袖の人と半袖シャツの人が一緒にいたりする その中で半袖のワンピース姿の女性が目に入った。 その人は棚の上にある調味料を取ろうとしている。綺麗な脇が大きく見えた 俺は、もっかいちゃんと生きようと思った。もう一度確りと生きて、あんな素敵な人とお話できるようになろうと思った。 まだ人生は終わっていない 取り合えす缶チューハイを買って、それから、どう生きるか考えよう。 子供達は走り回って笑っている

小さな瓶

老いた男は、原稿を鞄に入れた。 そして、最後の一枚を書くためにホテルへ向かう。 「あなたって人は……」 玄関で見送る妻の目は、涙で潤んでいた。 今まで、たくさんの論文を書いた。 学生を前に、熱く語った日もあった。 そう、『生きるとは何か』。 「この論文が最後。私の集大成。生きた証」 ホテルの机に、原稿用紙と万年筆、小さな瓶を置いた。 男は椅子に座り、筆を走らせる。 最後の一行。 『生きることとは……』 静かに筆を置く。 窓の夜景を見ながら、錠剤を取り出した。 妻の顔が浮かぶ。 「今まで、苦労をかけた」 男は小さくうなずくと、掌の錠剤を口へ運んだ。 そして、寝室の扉を開けた。 ──カチャ。 「お客さん、早くしないと時間終わるわよ。 それとも、延長する?」

夕方の、グラウンドにて

 あっ、なんかあるなあと思ったら前の席の常葉子がくしゃみをした。なんだこれかあと思っていたら先生に問題を解くようにとあてられたりとか。虫の知らせかたまたまか、何かに呼ばれたということも。妙な力を持ってるとは思わない。でもなんとなく、という予感めいたものはあったりする。うまくいかないような気がするなあ、友だちになれそうだなあ、人間関係のほうでは特に。そういった思いが知らずのうちに顔に出て、わたしの知らないうちに相手がそれをキャッチして。うまくいってほしいものがうまくいって、避けたいものが避けられたのなら、それでもいいのかも。それぞれの結果が逆になってしまうよりは、ずっと。  部員集めはしてきたつもり。残されることになるわたしを含め数人の部員では試合に出られない。時間をかけてそのあたりのこと何度も話し合ってきた。来年の新入生が入部してくれるかも、勧誘にかけてみるか、との意見も当然のようにあった。けれど本音ではみんな、気持ちは折れていた。あっけなく、先輩たちの引退に合わせて女子野球部は、活動を休止することになった。ああ、まあ、そうだよねえ部員らしいことひとつもできなくってさ、予感はあったわけでさ。だからそこまで落ち込んでないよ、とそれはたんなる強がりで、いつだって別れや挫折や後悔というのは悲しいものなの、決まってる、でもね、だけどね。  ほかを知らないから比べられない。でも思う。ここの女子野球部は異常だ。結局最後までその展開にはついていけなかった、ってことになりそう。部室の窓から空を見て、あ、雨降りそうかも、と思って気持ちを戻したときにはもう話があらぬほうへと動いていたりする。はやすぎる展開についていけないままひとまず笑顔でうなずいて、ワンテンポ遅れて手を叩きながら大笑いして。笑いながらわたしだけなのかなそんなこと思っちゃってるの、周囲をこそっと盗み見る。みんなココロから笑ってるように見える。ああ、そっか、わたしのほうがおかしかったか。ユニフォーム姿のカッコよさに憧れてそれだけの理由でなんとなく入部したわたしは、でも最近やっと、楽しいかもなあと思いはじめていたところだった。  わたしの女子野球人生も今日で最後だ。試合が終わって三年生の先輩たちは、これで引退となった。終わって早々、受験モードに切りかえるという同じ学年の子もいるらしい。しばらく放課後時間を楽しむ、なんて子もいるみたい。わたしは… 「あー、終わっちゃったかあ」  試合のあと、河川敷のグラウンドでひとり、ひたっていたらタカキが来た。野球部の練習終わりのようだ。 「ちゃんと練習してきたの?」 「おお、もちろん」 「連れてくって約束、きちんと守ってよね」 「お、さっそくマネージャーみたいなこと言ってえ」 「みたい、じゃなくて、マネージャーなんです、明日から、だけどさ」 「おー、こわっ」 「ねえ、ちょっと相手してよ」 「あ?」 「男子がどれくらいなのか見ておこうと思って」 「はいはい。ほいじゃ見せちゃうかな、オレのジツリキ」  とかぬかしながら、流れで一打席勝負をすることになった。  女子野球部の先輩たちは、いつのときでも、なんでそんなにイライラしてんだろってくらいイライラしていた。なんでこんなこともできないかな、まったく、といった具合の表情は、つくってるのではなく元から張り付いてるモノみたいで、わたしのような未経験者に対して笑顔のひとつも見せてくれない。わたしに対して、何をそんなに怯えてるんだろう、抜かれることがそんなに怖いの? 活動休止が決まって、わたしたちに教える意味をなくした先輩たちは、人が変わったようだった。女子会的な雰囲気が急激に加速したのは、そのあたりからだった。なんか、ココロにトゲみたいの刺さってたのかな。そんなのさっさと抜いちゃったほうがいいよ。ココロに刺さったトゲ、いつ抜くの? いまでしょ、ってね。ふははははは… 「ふふっ」 「あ? いまなんか、おかしなとこあったか?」 「…いいから、はやく入んなよ。バッターボックス」 「へいへい」  ヘンな気をまわして三振とかしたらグーで殴ってたとこだった。あっさり初球を、バチーン、ひっぱたかれて川まで飛ばされた。まあ、休部しちゃう女子野球部の控えピッチャーなんでね、だからってあんな遠くに飛ばすことないだろ、って。 「必ず連れてってやるからさ」 「あのさ、自信満々に言ってくれちゃう前に一回戦、勝ってよねって話でしょ」 「まあ、そうなんだけどさ」  タカキがあまりにおもきし飛ばしてくれるから悔しさなんかまったくなくて、さっぱりした気持ちで女子野球人生を終えることができたのだった。まあ、こういう終わりかたも… あんがい悪くない。

蒼の夢想曲《トロイメライ》 ~竜胆の咲く水辺にて~(後編)

~紅蓮の業火~ 信長は声を出さずに泣き叫んだ。 その魂の叫び声は、他の家臣の心を貫いた。 信長は蒼姫を亡き者にした家臣を直ちに捉え、紅蓮の業火で焼き払う。 まるで、己の心中に燃え盛るような業火の先に、 「うぬらの気持ちも分らぬではなかった。しかし我は戦のない世を作りたかっただけなのだ。」 信長は自身の涙も、悲しみも、やさしさをもその場に捨てさり、 「うぬらの苦しみも我の業である。自分が鬼になってでも戦のない、誰もが望む『生きたい』という願いを叶えてやる!」 そして、修羅の道へ足を踏み入れ、突き進んだ。 本能寺において、闇を赤く照らす炎の先に竜胆を見つけ、 「蒼姫、すまぬ……」 という言葉を残すまで……。 ~エピローグ 小さな光の先に~ 時は流れ、蒼姫の、その小さな願いは一筋の金色の光とともに、「蒼」の魂に転生する。 放課後の友達とのたわいのない会話、帰り道を優しく照らす月明り……。 彼女の、たった一つの小さな願いが、静かに、ゆっくりと、しかし確実に成就されていく……。 彼女の口元に光る小さな笑顔、その時、山奥の蒼い静けさが漂う小さな祠に、とても小さな、淡い金色の光が灯ったように見えた。 今なお残る、山奥にある小さな滝の脇にある小さな祠。 そこには遠い目をしながら安堵した表情の青年が佇んでいた。 「君の望みは、叶ったんだね…。」  その手にあった傷は、蛍のような、淡い金色の小さな光に触れた途端、ゆっくりと、跡形もなく消え去り、その手には一輪の竜胆が揺れていた。 ~後日譚~ 学校帰りの歩道橋の上で二人はすれ違った。 友人との帰り道、蒼はふと周りを見回す。 「どうしたの?」 「何でもない、ただね、なんか優しい風が吹いたような気がして……」 蒼の頬に真珠色の涙が伝っていた。 蒼い月明りが辺りを照らすが、青年の表情は伺い知れず、 街のざわめきの中、二人の背中が小さくなっていった。 あとがき 当たり前って、当たり前じゃない。だからこそ、何気ない日常こそが人生の宝なんだと思う。 蒼の「生きる」という幸せが、何者にも侵されず、成就されますように。 そして、 あなたの幸せは何色ですか? Fin 文字数制限で三分割になってしまい申し訳ありません。 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 励みになるので、ぜひコメントをお願いします。

蒼の夢想曲《トロイメライ》 ~竜胆の咲く水辺にて~(中編)

~漆黒の悪夢~ それは信長の留守に起こった。 武力ではなく、言葉で天下を統一しようと東奔西走する信長を時代が許すわけもなく、ただ不穏な黒い雲が蒼姫に影を落とし始める。 いくら信長の庇護を受けようとも、戦国の世が彼女の力を、「生かす力」を欲していたのだ。 それは瘴気のようなものなのだろうか。 それとも、時代の流れがそうさせるのか? 「この戦国の世には、生か死しかない。なれば、蒼姫の力をもって不死となり、妻や子を守るは必然であろう!」 「信長様は甘い。戦国の世なればこそ、力が正義なのじゃ!」 家臣の一部が、蒼姫の力を欲するあまり、 「蒼姫の生き血を飲めば、不老不死が得られる。」 という根拠のない噂話を信じはじめた。 そしてその日、彼らは蒼姫を城外へと言葉巧みに連れ出した。 「信長様が怪我をなされたとの早馬がきた。早く信長様のもとへ参られよ!」 それを信じてしまった蒼姫は、 「信長様はご無事なのですか」 と唇を震わせ、家臣の言われるがまま、あとを追いかけた。 黒い蛇が一匹、その様子を覗った後、闇の中に溶け込んでいく。 城外へ連れ出したその先は小さな滝にある小さな祠の前。 突然家臣たちの目の色が、何かにとりつかれたように、沈んだ黒い色に変わった瞬間、蒼姫は背筋を凍らせ、体を小刻みに震わせた。 ~緋色の惨劇~ 「信長様――っ!」 届かぬ声と知りながら信長の怪我を案ずる蒼姫。 三日月の薄明りでは信長への道しるべとなるわけもなく、 家臣から逃れ、信長の元へ向かおうと、ただひたすら森の中を逃げ惑う。 木々の枝や足元の小石でさえ、彼女の味方にはなってくれない。 片足を引きずり、額から血を流しながら信長の姿を追い求めた。 幾時か暗い森を彷徨う蒼姫だったが、祠の前に戻ってしまう。 影の隙間から家臣の姿がじりじりと蒼姫に近づく。 「見つけた……。」 その刹那、月明かりに映えた刀の一閃が背中から彼女の心の臓を貫いた。 時が止まる。 川のせせらぎの音も、森の葉ずれの音も聞こえず、静寂が包み込み、 彼岸花が咲き狂うがごとく、辺りは緋色に染まった。 時間がゆっくり動き出す。 「ただ、生きたいだけなのに」 声にならない叫びが辺りにこだました。 「信……な……が…………さ…………ま……」 その願いも空しく、声にならない声を残し、深い静寂の中、 竜胆から朱色の雫が地面に「ぽとり」と落ちる音が聞こえ、彼女は永い眠りについた。 彼女の虚ろな最後の瞳に映ったのは、静かに、蒼白く月明りを映す竜胆が一輪。 力を振り絞って伸ばしたその手の指先に触れることすら叶わなかった。 彼女の願いは報われることなく、我に返った家臣たちは、己の愚かさを悔いるばかりであり、ただ、静寂の中の緋色に三日月が映り込んでいた。 和平交渉が進み意気揚々と城に戻った信長に、家臣が大声で叫んだ。 「殿――――!」 事の一切を秀吉から城門の外で聞いた信長は、篝火のない夜道を何度も転びながらも、一心不乱に祠へ向かった。 そこにうなだれた家臣と冷たくなった蒼姫がいた。 蒼姫の瞳は閉じたまま、誰もあの蒼い透き通った瞳をみることはできない。 その亡骸を抱きしめて、空を仰ぐ。 三日月も、その姿をかすかな蒼光で包むことしかできなかった。 (後編へ続く)

蒼の夢想曲《トロイメライ》 ~竜胆の咲く水辺にて~(前編)

まえがき あなたの好きな色はなんですか? 赤、青、緑、黄色……そして蒼色 その色は、もしかすると生まれる前からの 誰かの縁(えにし)によって魂に刻まれた色かもしれません。 是非、トロイメライを聞きながら、 一人の少女の色に触れてみてください。 それは儚くも、誰もが望む小さな願いの色…… ~プロローグ~ 放課後の教室。 部活のかけ声が遠くから聞こえ、他愛もない会話を夕日が優しく包む。 「蒼ちゃんの好きな色ってな~に?」 「私? ・・・やっぱり蒼色かな? 蒼って涼しいイメージだけど、何ていうか、私には温かく感じるんだよね。」 彼女は少しはにかんで答えた。 「でも……赤は少し苦手。血液検査なんて、想像しただけでも眩暈がしそう。こう、胸がぎゅっと痛くなるような……。」 少しだけ眉間にしわが寄った。 「分かる~!」 窓から少し入ってくる風が彼女たちの髪をサラサラと撫でていた。 彼女の名前は「蒼」という。 どこにでもいる普通の女子高生にみえるが、どこか凛とした立ち振る舞いに、青みがかった肩まで伸びる髪。 笑顔をたやさず、ただそこにいるだけなのに周囲に癒しを振りまくような雰囲気を持っていた。 どこか、透き通る光を纏っているように見え、神の現身と錯覚するような彼女であったが、いたって普通の高校生だ。 「行ってきまーす!」 幸せそうに学校へ向かう彼女を、玄関にある一輪挿しの竜胆が彼女を見送っていた。 そんな彼女は時折、見えないはずの山奥を懐かしそうに見つめる……。 その見つめる先には、苔むして朽ちそうな祠があり、青年は先祖代々守られてきたその祠の手入れをしていた。 右手には生まれつき小さな傷があった。 ~小さな蒼のきらめき~ 山間の人里離れたその場所は、深い緑に覆われ、緑というよりは蒼という色が似合う場所だった。 そこには小さな滝が流れ落ち、辺りには「さらさら」という滝の音だけが聞こえる。 その滝壺の脇には苔むした小さな祠が祭られていた。 滝壺の傍には数輪の竜胆が咲き、満月の光が静かに水面を照らす。 その竜胆にそっと手を触れる蒼髪の少女がいた。 齢15~16に見える彼女は神の現身である。 その神力は旅人の怪我や疲れを癒す、小さな暖かい力を持っていた。 その力を発するとき、まるで蛍に包まれるような、淡い、小さな金色の光が辺りを優しく包んだ。 その癒しを受けた者は、彼女を「蒼姫」と崇めたが、彼女は何を求めるわけでなく、ただ、「生きたい」という小さな願いを求め続けていた。 時は戦国時代。 その力は噂を呼び、武士等は血眼になって彼女を探し求めるが、 「生きるための力」を「不死の力で人を殺める」ことに使われたくない彼女は、人目を避け、息を潜めながらただつつましく暮らしていた。 そんな彼女がある日、大怪我をした若い信長に出会う。 鷹狩の途中、この崖から足を滑らせて滝つぼに落ちたのだ。 その姿に心を痛めた彼女は、彼が武士であることを知りつつ、 その聖なる力で信長を助けた。 朧げな意識の中、信長は彼女に 「ありがとう、何か望むものはないか?」と聞く。 彼女は少し間を空けて、 「ただ、当たり前に生きていたいだけ。」と答えた。 彼女の蒼い瞳の奥に、小さくも力強い光が、信長の眼に鏡のように映った。 傷も癒え、来る日も来る日も蒼姫に思いを馳せる信長の右手に、なぜか小さな傷だけが残っていた。 その傷を見つめながら、 「彼女が神でも鬼でも構わない、彼女が望む世界を守りたい」 そう願う信長は、幾度となく祠に向かい、彼女に会いたい気持ちを秘めて、祠に願をかけていた。 木の影からそーっとその様子を見ていた蒼姫は、 「信長様ならきっと私の願いを…。」 信長の願いを聞き入れるように、彼女は信長のもとに身を寄せた。 彼女には、日を重ねるごとに笑顔が増えていった。 桜の舞散る姿に目を細め、せせらぎの音に声に耳を傾け、落ち葉の重なる音でさえ彼女は幸せを感じ、傍にはいつも信長の笑顔があった。 傍からみれば、二人が思いを馳せているのは語るまでもなかった。 「私は……、ここにいても……、良いのですか?」 か細い声に信長はゆっくり、力強く、 「いつか蒼姫が望む、そんな国を俺はつくりたい。蒼姫のために。」と答えた。 二人の頬がかすかな桜色に染まる。 そんな幸せな日々もつかの間であった。 月を隠しゆく雲のごとく。 (中編へ続く)

しかし、観客

科学技術の向上は日々、目覚ましく 馬型ロボットが競馬に参入するまでになった マスコミもこぞってニュースとして取り上げ 世間もおおいに注目した しかし、初レース、あっけなく敗れ去った だが、終わらない その後、改良に改良を重ね なんとかいい勝負ができるまでにはなったが あとひとつが届かず、いまだ勝ちはつかない そこからさらなる改良がなされ、今日 ようやく一勝をあげることができた 会場には多くの観客がつめかけ 馬型ロボットに割れんばかりの歓声を送る しかし、観客はみなアンドロイド そこに人間の姿は見られない

ボタンのいらない夜

シャツを伸ばしアイロンをかける ピンと伸びるシャツがあの人の真っ直ぐな髪と重なる ボタン周りが難しい 横顔が綺麗だ シワを伸ばすと薄いシワが目立ち終わりが分からない ボタンを外した夜を思い出す

「裏山も欲しいなぁ」

私は冷静さを欠いていた。 額から吹き出す汗が、幸いにも私の頭を冷やしてくれている。輪郭を伝う雫が目に入り込み、しみる痛みから溢れた涙が、汗と混じって顎から落ちていく。 水の冷たさを惜しみつつ蛇口を捻った。洗い終えて綺麗になったはずの手を鼻に近づけ、思いきり息を吸い込む。流れ込んできたのは、夏のむせ返るような熱気と酸っぱい汗の臭い、それらをもみ消そうとする石鹸の穏やかな香り。 ――そして、隠しきれなかった、生臭く吐き気を催すような鉄の刺激臭。 視界の隅に隠したゴミ袋から、私の手元と同じ臭いがつきまとってくる。シアンブルーを突き抜けて主張する中身は、とても目を向けられるような状態ではない。 網戸からは絶えず蝉の声が聞こえ、扇風機の風が届かないこの場所は、夏の熱気に侵されている。この猛暑だ。腐敗が始まるのも時間の問題だろう。 そう思いながら、ゴミと化した妹と目を合わせる。 この時代、生肉の処理方法なんてインターネットで聞いて回ればすぐに湧いて出るだろう。もし疑われても野生動物の屠殺を装えばどうにでもなる。 そんなことを考えていた私は、まさに冷静さを欠いていた。 「"【急募】50kgの肉を処理する方法"…っと」

総理、正直になる。

地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「なんか元気ないですね」 総理の浮かない顔に、視線が集まった。 「実は、娘に子が生まれたんだよ」 「おめでとうございます。総理も、おじいちゃんですか」 会議室に拍手が響いた。 「いや……赤ん坊の顔を見てたら、心が洗われたというか」 「ん……?」 「ぼくたちさ、嘘ばっかりついてきたじゃない」 「まぁ、それは、噓も方便で国民もわかってることでしょ」 「だから、もう嘘つくのやめようと思ってね。君たち、この前の選挙公約、覚えてる?」 総理が財務大臣を指さした。 「税金を下げる、でしたっけ」 「できるの?」 「無理でしょうね」 閣僚たちが顔を見合わせた。 「急に正直になったら、世間が混乱しませんか」 「でも、孫の前では、カッコいいおじいちゃんでいたいのよ」 翌日、総理が緊急記者会見を開いた。 「えぇ……明日からの外国訪問、ちょっと旅行気分、入ってます」

そういうことに決まっていたのさ

ねこが最初に言った。 「魔法つかいになるんなら、そばにねこを置いておいたほうがいい」 と。 わたしは、その言葉を大きく勘違いした。 「魔法つかいになりたいんなら、オレさまが魔法つかいにしてやろう」 そう、ねこが言ってくれたのだと。 あたり前だ。 しかし、残酷だ。 なんの努力もなしに魔法つかいになれるわけはない。 それこそ、勝手に、なんてことは。 だから、わたしはいまだに… それでも、ねこがそばにいてくれたなら、それだけでいいのだと。 あれこれ考えてしまうよりは、と、思わないこともない。 「もう、覚えてないと思うけど」 「いいや、覚えているさ」 「うそ」 「うそじゃないさ」 ねこは胸をはって、小さな体を大きく見せる。 「三年前の五月あたりだったか」 「あの日も今日みたいに風がやさしかったわ」 ねこが懐かしむように、でも、下を向いた。 「なんで、いなくなっちゃったの?」 「そういうことに決まっていたのさ」 「そうなの?」 「ああ。きっとそうさ」 あのときのようなやさしい風が吹いて、ねこの声は、それきりになった。

愛欠乏症

「またここにいたのか」 俺は重たい屋上の扉を開けながら、小学5年の頃からの親友に声をかけた。 フェンスの向こう側。立入禁止の細い足場に、そいつはいつものように座っていた。 夜風が制服を揺らしている。 「なんか、ここ安心するんだよね」 彼は振り返り、少しだけ笑った。 「安心って、ここ屋上だろ。てか、人がいないのが好きなのは分かるけど、毎回フェンスの向こうにいるじゃねぇか。危ねぇからこっち来い」 「えー、まぁいいけどさ」 不満そうに口を尖らせながらも、彼は軽々とフェンスを飛び越えた。 その動きが妙に慣れていて、俺は毎回少しだけ怖くなる。 「てか、なんでいつも外側にいるんだよ」 高校に入ってから、ずっと気になっていたことを聞く。 「んー……なんとなく?」 ぼんやりした声で彼は答えた。 「毎回言ってるけど、危ねぇからやめろって」 「へいへい」 空返事。たぶん半分も聞いていない。 「ほらここ、カモン」 「ああ」 いつものように、俺たちはコンクリートの床に寝転がった。 夜空を見上げる。 街の光のせいで星はほとんど見えない。それでも、こいつは空を見るのが好きだった。 「お前には、どんな風に見えてんの?」 「どうって……綺麗だけど」 率直に答えると、彼は小さく笑った。 「ちげーよ。お前にはあるじゃん。そういうの。心とか、普通の家とか、彼女とか」 「そういうの持ってるお前には、この世界がどんな景色に見えてんのかって話」 彼は笑いながら言った。 でも、その声はどこか空っぽだった。 「…別に普通だよ」 少し考えてから、俺は答える。 「普通、ねぇ」 彼は夜空を見上げたまま呟いた。 「俺はその“普通”のお前が見てる世界を見てみたいよ」 感傷に浸るみたいな声だった。 「そんな大したもんじゃないって」 「でも、お前はちゃんと生きてる感じするじゃん」 「なんだよそれ」 思わず笑う。 だが彼は笑わなかった。 「俺だけ、ずっとガラス越しなんだよ」 「ガラス越し?」 「うん。周りの奴らは笑ったり怒ったりしてんのに、俺だけ少し遠いっていうか。ちゃんとそこにいるはずなのに、どこか他人事なんだよな」 彼はフェンスにもたれながら、夜空へ手を伸ばした。 「だから、お前見てると不思議なんだよ」 「俺?」 「ああ。お前、ちゃんと痛そうだから」 「は?」 「彼女のことで嬉しそうにしたり、友達のことで本気で怒ったり、家族と喧嘩して落ち込んだりさ。そういうの全部、“生きてる”って感じする」 「そんなの誰でもあるだろ」 「俺にはよく分かんねぇんだよ」 風が吹いた。 彼の制服の裾が、夜の空気に揺れる。 「なんか俺、ずっと空っぽでさ。何しても埋まんねえの」 その言葉だけ妙に静かで、冗談っぽさがなかった。 俺は返事に困って、夜空を見る。 星なんてほとんど見えない。 街の光に消されて、ぼやけた月だけが浮かんでいた。 「…でも、お前が空っぽなら、俺はお前とこうして話したりしねえよ」 「なんで?」 「空っぽの奴って、もっとどうでもよさそうな顔してるだろ。お前、めちゃくちゃ苦しそう じゃん」 彼は少しだけ目を見開いた。 それから、困ったみたいに笑った。 「お前って時々、変なとこ鋭いよな」 静かな時間だった。 けれど、不思議と居心地は悪くない。 沈黙を割るように、彼が呟いた。 「…なぁ」 「ん?」 「俺、多分さ」 「愛が欲しいんだと思う」 「俺がやるよ」 そう言った瞬間、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「野郎の愛なんて要るかよ」 「いや、そうじゃなくて。ほら、友達の愛? みたいな?」 「…そうか。ありがたいけど、俺が欲しいのはそれじゃないんだよな〜」 少し考えるような顔で彼は言う。 「そう言っても愛は愛だろ。んな事言われても、俺はお前に渡し続けるよ」 軽く肩を叩くと、彼は少し照れたように笑った。 「それはありがたいな……俺はいい親友を持ったもんだな」 風が吹く。 遠くで車の走る音が小さく聞こえた。 「俺はさ、空が好きなんだよね。特に夜空」 彼は空を見上げる。 「なんで?」 「なんでだろうな…落ち着くっていうか…うーん、やっぱ分かんないや」 長く考えた末に、彼は曖昧に笑った。 「でも、なんとなくだけど分かるよ」 「そっか」 それから俺たちは、しばらく黙ったまま空を眺めていた。 星はほとんど見えない。 でも、月だけはやけに綺麗だった。 どれくらい時間が経ったのか分からない。 先に口を開いたのは俺だった。 「俺、そろそろ帰るわ」 「俺もそろそろ行こうかな」 彼はゆっくり立ち上がる。 「じゃあな」 「…ああ」 彼は空に向かって泳いだ。まるで深海へ還るクジラみたいに。 夜風だけが、屋上に残る。 「…俺も、お前の見てる世界が気になるよ」 誰にも届かない声を零しながら、俺は静かに階段を降りていった。

絵を描く人✎3友との再会

松本繁は大型ショッピングモールでゴミ収集のバイトをしている56歳の男性です。 本日はバイトの日 朝7:00 松本繁は毎日この時間に外出します。家から歩いて30分した所にある駅に向かいます。本日は雨。ビニール傘をさして黒い長靴を履いています。 駅までの道はいつもより人は少なく、代わりに車が多くなっています。 繁は道の端を傘をさして歩き、時々立ち止まって、左手に収まるくらいの小さなノートに短い鉛筆で絵を描いています。今は止まれの標識を描いているところです。 繁がノートに書く絵はどの様に決まるのか。それは繁にしか分かりませんし、繁にすら分からないのかもしれません。繁の描く絵はパズルににています。先ずノートに一つの絵を描きます。今回で言えば止まれの標識。その次は今描いた▽の輪郭に沿った違う絵が描かれていきます。▽のどこの部分の輪郭を使うかは繁が決めます。それを繰り返していき、ページが絵で一杯になると一つのパズルが出来上がるのです。絵の輪郭で探すのか、インスピレーションに従って描くのか誰も分かりません。 繁は歩いては止まり、絵を描いて、また歩く。そんな感じなので駅まで30分の道のりが1時間ほどになってしまいます。 強くはないが、止みそうにない雨が街を洗っています。 8:00になりました 繁は星ヶ丘駅に着きました。最寄りの駅です。 ビニール傘を閉じ、肘を曲げ、御婦人が買い物カゴを腕にかけるように、ビニール傘をぶら下げます。 駅の階段を登り改札を抜けホームに向かいます。定期券は首からぶら下げています。 繁は電車の遅延にとても厳しい人です いつも乗る電車に遅れが発生すると、烈火のごとく怒ります。一人で叫んで自分の中の怒りの炎に焼かれてしまいます。遅延発生時、星ヶ丘駅のホームであーとかうーとか怒鳴り声が聞こえて来たら、それはきっと繁でしょう。自分は好きに止まったり進んだりするのに、相手が電車だと許せません。 繁は電車に乗ること自体は好きで電車に乗っている間は何も描きません。窓に映る流れる景色を楽しんでいる様なのです。また、最近は電車内のテレビを見て過ごしているのがお気に入りの過ごし方のようです。 「おじちゃん」 繁の隣に先日、星ヶ丘公園で会った、りく君が座っていました。りくの隣にりくの母親がスマホをイジっていて、この風変わりな繁おじちゃんには気がついていません。 繁は横目でりくを見て小さく手を振りました。これは、あまり見たことのない気さくな繁です。 りくも軽く手を振ります。思わぬ再会にりくはほころんでいます。 「おじちゃんの絵のノート見せてよ」 繁は滅多に人に絵を見せてくれません。母親の美由紀にも滅多に見せてくれませんが、電車内のテレビに集中したいのか、りくを親友か何かだと思っているのか、繁は左手に握っていたノートをりくに渡しました。 りくはノートを開きパズル絵を楽しそうに見ています。 母親は足を組み、魔女の様な長い爪を器用に避けてスマホを操作しています。りくと繁のやり取りには気が付いていません。 りくは繁にノートを返しました。繁は横目でノートを受け取ります。珍しく気さくな繁。 電車内は満員です。人と人の間に人がいます。繁とりくの前には人の林が出来ています。 「今日はね。水族館に行くんだよ」 「イルカ見たことある?」 「おじちゃんはいつもあの公園にいるの?」 何も答えてくれない繁おじちゃんにりくは気にもせず、話しかけていきます。 繁の降りる駅に着き、繁が降りていく時、りくが繁に手を振りました 「またね。おじちゃん」 電車の扉が開くと、繁は降りる際に手だけ振りました。繁の人生であまりしたことのない動作なので、少しぎこちないですが。 「え?何か言った?」 「何でもないよ。ママ」

y=Asin (ωt)+白いTシャツ

ゆらゆらと揺れる物体の動きは、三角関数を使って表します。 ・y︰物体の位置(中心からのズレ) ・A:振幅(揺れの大きさ・幅) ・sin :サイン(波の形を作る関数) ・ω(オメガ):角周波数(揺れる速さ・テンポ) ・t:時間(秒) 高校生になってバイトを始めたら、今まで親父が頑張って仕事をしてきたのがよく分かる。うちは貧乏で母親もいないし、困っても毎日疲れて帰ってくる親父に相談なんか気軽に出来ない。たまに不機嫌で帰ってくるとうんざりしていたけど、大人は大変だなとバイトを通して少し分かった気がする。 バイト終わりタバコを吸いながら歩いていると 「タバコは体に良くないよ」 と注意されて振り返るとバイト先の人だった。最近良く話すその主婦の人は話しやすく、気が合うので一緒にいて楽しい。 「すみません。すぐ消します」 「檸檬君の体が心配だよ」 「はぁすみません」 「これから帰って宿題とかかな?」 「晩御飯の担当が俺なんで、帰ってすぐ作ります」 「えらいね」 「あの…お名前って」 「私、蜜柑。よろしくね」 蜜柑さんはバイト中はエプロンをしているが、帰りの今は白いTシャツ姿だ。胸の形が分かり歩く度に揺れている。 別れ際に蜜柑さんが手を振ってくれた。その時シャツの袖から下着が見えた。手を振る度に胸が揺れている。その日の夜。布団の中で何度も蜜柑さんが手を振るシーンを思い出していた。

エコー

私の頭の中。 私の身体中。 悲鳴でいっぱい。 私は苦しくて身をよじる。 発狂するには、私はまだ「まとも」で、喉から出るのは音のない絶叫。ただの空気。 平穏な日常で、まともそうな見た目の私。 ねぇ。あなたもそうなの? そうだといいな。 私もあなたも真に分かり合えないけど、 同じ気持ちになれないけれど、 私の中に地獄があるように、 あなたの中にも地獄があれば、 すこし、うれしい。 ごめんね。