「博士、本当に行くのですね。」 「ああ、先に行ってくるよ。」 「では、また100年後の未来で会うのを楽しみにしていますよ。」 そう言うと助手のワトソンはボタンを力強く押した。 宇宙船は大気圏を抜け、予想よりわずかに出力を高く保ったままついに宇宙へ飛び出す。 たった3年の旅だ、それを地球時間に換算すると100年が経過していることになる。 人間の寿命では通常体験できない未来を私は見ることができるのだ。 いずれ帰る未来の地球を想像し、ともに宇宙旅行をしているワトソンと酌み交わす酒を楽しみに私はつらく長い旅をひとり耐え抜いた。 懐かしの青い星をとらえると宇宙船はプログラムに従って3年、否100年前の約束の場所へ向かった。 無事に着地すると何やらスーツを着た男が宇宙船のもとにやってくる。 「お帰りなさいませ、こちらW株式会社のものです。データ照合をいたしますので少々お待ちを。」 「はあ、これはどういうことだ。おい君、ワトソンという男を見なかったかね。私の助手なんだが。」 「何冗談をおしゃいますか。ワトソン氏はわが社の創設者ですよ。」 そう言って笑った男の顔が突如として冷酷なものに豹変した。 「不法滞在者だ、連れていけ。」 スーツの男が虚構に向かってそうつぶやくとどこからともなく屈強な男たちが現れ、私の体を乱暴に宇宙船からひっぺがした。 「おい!いったい何をするつもりだ。」 「滞在費は宇宙での労働でもって支払ってもらいます。それでは、よい旅を。」 スーツ男の感情のこもらない笑顔はちょうど3年前、宇宙船の窓越しに見たワトソンのそれとよく似ていた。
私は一般人である。ただの一般人である。別に流行ファッションを着てネット上に投稿することもなければ,流行りの食べ物や,ブランド品なども別に求めず淡々と仕事をこなし,本を読む普通の一般人である。ただつい最近気になるものがある,3代欲求の中の一つでもなければ,欲しいものを見つけたから求めてるわけでもないが,ただ人間の中にあるただ一つの要素をとてつもなく欲している。想像しただけでも興奮がおさまらない。今の私は他人から見たらチンパンジーのような者に見えているだろうが、そんなことは関係ない,欲しい,欲しい,欲しい。『なんで最近こんなに豹変してるのですかー?今の社会に不安でもあるの?』と同僚が尋ねてきた『いや,勘違いしないで欲しい,私はただ今の世の中の歯車となって日本に貢献しているだけさ』と本心を濁しながら応えた,『なら貴方が私の家に来てくれればこれは確実に満たされるだろう』そして私は同僚を我が家に誘った,ワクワクする,,私の求めてた人間の"魂"とゆうものをじっくり観察できるのかもしれない,,,
久しぶりにモノを書こうと思い、ノートを買った。 灼熱の夏が過ぎ、まだ暑さが残るものの日が傾けばそれなりに過ごしやすくなってきた。少しづつ季節が移り変わっているのを感じ、このセンチメンタルな気持ちを形にせずにはいられないと思い、一冊のノートを買った。 若い頃は何でもノートに記していた。人に見せられないノートが何冊もあり、断捨離をするたびに処分に困ったものだ。日常の小さなメモから、公募用の作品までありとあらゆる事、その時の私の脳内をすべて文字に起こしていた。 「私も小説を書くの」 中学の時の友人は、そう言ってびっちり文字で埋まったノートをよく見せてくれた。返す時には続きを催促し、感想を伝えた。 「あなたのも見せてよ」 友人はそういって私の書くものを読みたがった。そのたびに私は渡しても良いものを精査し、ページをちぎって渡していた。 友人のように、ノートを一冊丸々渡してしまう勇気はなかったのである。 先日、友達が一人減った。お互い相手を信用できなくなり、言い合いの末もう連絡しないことを決めたのだった。 原因は明確に私にある。友人についていたいくつかの嘘が原因だ。友人は嘘をつかれていたことが大変ショックだと主張し、私を責めた。 あまりにも酷い言葉で詰られた私は、つい言ってしまった。あなたは私にとって真実を伝えるに足る存在ではないと。 原因は私の嘘なのだから、私にそのようなことを言う権利はない。 しかし、彼女もまた、私がノートを丸々渡してしまえる相手ではなかった。ページをちぎって、書き換えてようやく紙切れを渡せるくらいの相手だったのである。 買ってきたノートの最初のページには庭に生えているマキの木に止まっていた鳥について書いた。先日剪定してもらったばかりのマキの木はまだきれいな丸みを保っている。形よく整えられたマキの木は、鳥にとって居心地が良い場所ではなかったのであろう。すぐにいなくなってしまった。 あの鳥は居心地の良い木を見つけられたであろうか。体裁よく整えられ、切り落とされたような木ではなく、伸びたい方へ自由に枝を伸ばしている木が、体になじんでいたらいい。 ノートを書き終わった頃、夕立が降った。秋になりつつあるとはいえ、まだ蒸し暑い。あわてて干していた洗濯物を取り入れたのだが、雨はすぐに止んでしまった。通り雨だったようだ。 湿度の高い夕日に照らされて赤く染まったマキの木からは、雨水が蒸発して霧が出そうだった。
まゆこの人格はゆかりの母親の人格がベースになっている。 この日本には3つの人格がベースとなって国家が運営されている。 ゆかりはY型、まゆこはZ型、もう一つにアルファ型の人格が存在する。 日本は電子データとして存在している架空国家であり、統括のためにそれぞれの肉を持った国民には その3つの人格がダウンロードされている。 経験により振る舞いが変わるため、色々な人格があるように振る舞うが、元は一つの核家族である。 アルファはゆかりの父であり、まゆこの夫だ。
雨に降られ、服の下から肌が滲み、くしゃみする。 ──それでも私は元気です。 太陽は雲を破り、私を目の当たりにする。アスファルトに残る水溜まりに日が反射して網膜を刺した。 夏のこと、夕日は空を引きずって山影に入る。私は今日、何度も空を見た……そう、何度も。雲の影を見ようとした。空の青さを感じたかった。だが、私のキャンパスは白を湛え、脳内の虚無がぶち撒けられていた。止めどない何かが私を襲った。誰何することもできず、ただ日は巡る。 ──それでも私は描き続けた。 制服の堅苦しさが嫌いだった。サナギの殻のようだと思っていた。ここから溢れ出た私が未来を舞う、そんな夢に苛まれた。 中学のこと、私は舞い上がった。枯葉が風に舞い上げられたように。最優秀賞……その響きが体を駆け巡る。正直、期待道理だった。今まで作ってきたものの中で一番の出来だったのだから。 だから私は思いあがった。傲りが生まれた。 ──それで、私は燃え尽きた。 枯れた草がうるさくか擦れ合う。畝って、たなびいて、それは海のよう。 高校のこと、私は芸術を忘れた。深い、記憶の底に投げうった。人生と芸術を天秤にかけ、人生をとった。 くだらない。いつも見ていた青も赤も黄も。色味を失った。 ──それでも私が投げうった。そう……私が捨て去ったのだ。 夜のこと、音が死んでいた。鼓動が聞こえるほどの静寂が立ち込める。 星を眺めていた。月は欠け、星が散りばめられた宝石のようだった。あの月はどのような夢を散らして砕けたのだろう。これは自問だった。 ──それでも私は目を背けた。考えないように、考えないように…… この頃夢を見る。芸術に人生を捧げた私の夢だ。金も、知識も、常識だってあるかわからない。親に勘当されていないだろうか。 愚問だった。幸せそうだった。今の私では描けない絵、持ったことがない道具、そのすべてが羨ましかった。 ──やはり、私は…… 飛び起きる。その先を口にしてはいけない。私は天才ではなかったのだ。だから芸術をやめた。なのに……いまさら。 ──それでも私は……私は…… 本当に偶然だった。芸術をみた。雄大な尾根に、赤く滲む空、鏡写しの湖。清涼な風が走り抜ける。嫌悪感……は感じなかった。むしろ、甚く痛快だった。 ──それでも……いや、やはり…… 感じてしまった。感じ入ってしまった。もう心に絡まって解けそうにない。 気づけば外に駆けていた。雨の中、今までの時を追うようにただ走る。 雨に降られ、服の下から肌が滲み、くしゃみする。 ──それでも私は元気です。 涙が雨かもう分からなかった。雨音に紛れ嗚咽を漏らす。それすらも側溝に流れる雨水の音か、嗚咽かわからない。ただ立ち尽くして、鳴いている。 ──それでも私は芸術が好きだ。 なぜ捨ててしまったのだろう。才も時間も投げ捨てて、得たものはあっただろうか? 雨足が弱まり、雨音が小さくなる。我に帰る。こんな惨めな姿を誰に見せることができようか? 帰ろう。私は家路を辿る。歩を進めるうちに雨は止んだ。 雲が薄れ、割れる。空はすでに太陽を無くして黄身のような色をしている。 木についた水滴は、はじけるように光を反射している。雨が降った後の路面や屋根は赤みがかって……綺麗な夕焼けだった。燃えるような世界が広がっていた。 「描きたい……」 思わず口に出していた。筆もパレットも、絵の具だって捨ててしまった。まだ、私は描けるだろうか? いや……描きたい。描きたいんだ。 ──やはり、私は芸術が好きだ。大好きなんだ。 帰路を外れ、文房具屋へと行く私の影を薄暮は飲み込んだ。
「おめでとうございます、貴女は死んで異世界に転生できます!」 ……私が死んだのは分かった…… どこがめでたいんだクソが! まず私が最初に思ったのはこれであった…… ざけんなボケ! すると……声の持ち主は…… 「どうしたのですか?私は女神ですよ、敬いなさい!それから、貴女は異世界転生することで、チート特技を得ることができるんですよ!ほーらめでたい!」 ……こんな軽い神っているのか?私が状況をいまいちつかめないでいると…… 「まったく物分かりが悪い!これはテンプレですよ?ってことでさっさと転生しちゃってください!」 ……意味分からねぇよ! 私の疑問は無視され、異世界に転生とやらをさせられた。 気が付いたら、何か豪華な服を着ていて、侍女だかなんだかに囲まれている貴族になったらしい。 さらにその貴族の中でも偉い人なんだってさ、公爵令嬢って言うらしい。 いや~初めて知ったよ、公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵なんだって? 名前だけは聞いたことあるけど、そういう仕組みで一番上なんだってね! さらにチート特技作者の都合というのがあるらしい。 何か名前からすると不穏なんですけど、とりあえず私が歩いていたら、 何か超イケメンのきらびやかな男がいるでは無いか! 「やぁ、ナンシー」などと声をかけてくる。 そう言えば私の名はナンシーらしい。 誰だよって思うのだが、きっと知り合いだろうから、様子を見ていると…… 周りのこの超イケメンの取り巻きが王太子様とか何とか言うので、 なるほど、そういう偉い人なんだ!ってことで、こっちもよく分からないなりに礼儀正しい振る舞いをするようにした。 すると…… 「ああ~ナンシーは今日は元気がないようだね!」 などと言ってくる、どういうこと? 「いつもならば、もっと僕に辛辣なことを言うじゃないか!」 は?おかしくない?王太子様って王子様の中でも次の王になる2番目に偉い人だよね? 王様の次に偉いみたいな? ああ、王様の兄弟とかそういう上の世代の人のほうが偉い可能性がある? まぁよく分からないけど、少なくても貴族の小娘よりは絶対に偉いはずだよね? 何で小娘がそんな辛辣なことを言ってるねんどういう世界観!? 不敬罪とか無いわけ!? 私が戸惑っていると…… 「ああ、ナンシーに馬鹿とか言われると、親しい気持ちになれるというのに!」 ……こいついかれてるのか?それともこの世界ではそれが挨拶なのか? なるほど、前の知識というか常識に囚われてはいけないのだな!ってことで 「おい馬鹿王子!」 私がはっきりと言ってやった!だって実際アホそうだし?すると…… 脳内に奇妙な声が聞こえてきた! チート特技発動!作者の都合です!と来たものだ。すると…… 「ああナンシー、僕に向かってそんなことを言える面白い女は君しかいない!結婚しよう!」 「王太子様!恐れ入りますが婚約者がいるのでは?」 などと従者がほざくも…… 「黙れ!これが真実の愛だ!婚約者は死刑にして黙らせることにする!」 んなアホな!どれだけ横暴やねん! さらにそんな横暴を通す王太子が、何で私にだけは激甘やねん! ってことで、流石に死刑は後味悪いので、全力で止めたが、婚約破棄は通った上に、この王太子にお咎めが無いのであった…… この世界おかしくね?なるほど作者の都合って…… つまりここは物語の世界ってこと!? 意味が分からないよ! ……あの女神を名乗る奴も頭のおかしい奴だし、ヤバい世界に紛れてしまった事だけは分かった! 「ナンシー今日は元気がないと思ったけどいつも以上に容赦が無くて素敵だ!」 などと私にハートマークを飛ばしまくって来るこいつ…… 確かに超イケメンだなと思うが、こんな気持ち悪い奴に惚れられても嬉しくないぞ! おい作者とやら!作者の都合じゃなくて、私の都合を叶えんかい! こう叫びたい気持ちになるだけの話なのであった…… 終わり
何故だか、友達ができなかった。 変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。 でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。 「変な顔だなんて、酷いよね」 ぼくには、ぼくの影がついている。 顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。 唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。 どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。 「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」 壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。 「やる?」 驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。 唯一の友達と、お話しできたことが。 「やる!」 ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。 そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。 「早くやろうよ」 「うん!」 影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。 影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。 一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。 「他に友達は作らないの?」 ぼくはゲームの手を止めた。 「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」 ぼくは思わず吹き出した。 影も吹き出していた。 二人でひとしきり笑った後、影が言った。 「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」 次の日。 変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。 そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。 ぼくは殴り返した。 足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。 結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。 そいつとは互いに謝って終わり。 クラスでたまに話す仲くらいにはなった。 喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。 「ぼく、友達増えたよ」 ぼくは影に報告をした。 でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。 代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。 最近のぼくは友達と遊んでいる。 たまに、影ともじゃんけんをしている。 決着は、一度もついたことはない。
人は皆、先入観に囚われている。 物事を、色眼鏡を通して見ている。 得てしてそれは、自分自身を視る時もそう。眼鏡を通して自らを視る。 しかし全ての物事は無色透明で、何物でもないのだ。 全ての人たちも何者でもない。 そのことに気づくきっかけが、必要だと私は思う。 きっかけ作りとして良いのは、旅をすること。それも1人で、自分のことを誰も知らない場所に行くこと。 無色透明な自分に戻って、何物でもない景色を見ること、経験をすること、感じること。 そうしてさっぱりした後、いつもの日常に戻ってゆくと、あら不思議、いつの間にか余裕がある。 誰かからの目、気にしない方が良いことは分かっているが、それが出来ない人は多いと思う。どう見られているか、という概念は、まるで呪いのようだ。 そんなものに囚われがちな昨今、自分を一旦無色透明にリセットすることで、自分が進化できるし、新しい発見もある。未来が定まることもある。 いい事づくめだとは思わないか。 ああなんて素敵な旅路、何者でもない、私たち。
高校一年の時の今でも鮮明に覚えている思い出がある。 その日は雨で七月ということもあり、じめじめとした暑さが体にまとわりついていた。 ふと道端に白い物が落ちていた。ビニール袋だと思い、通りすぎようとした時、それは狐だった。ぐったりと寝そべっている狐。 私は獣医でもないし、動物に詳しいわけでもなかったが、当時は直感的にこのまま放置していては死んしまうと思い、家に連れ帰った。 後から知ったことだが、狐にはエキノコックスという寄生虫がいるため触ってはいけなかったらしい。 今日は運がいいことに家族が帰ってこない日だった。濡れた体を拭き、温め、雨が上がったのを確認し、元いたところに返した。 その数日後、私の周りに些細な変化が起きた。今までいじめとまではいかないが、自分のクラスで少し遠巻きにされていたのが、急に声をかけられるようになったり、昔仲良くしていた親友から連絡が来たり、昔手放してしまいずっと探していた本が中古で安く売っていたり、父が気分転換にと買った宝くじが高額当選だったりと、私にとっても、家族にとっても嬉しいことが立て付けに起きた。 当時は『最近運が良いな』と思っていた。そんなある日に玄関に一輪の白いダリアが置かれていた。ダリアが咲くには季節外れの初夏、造花だと思い怪しみながらも持ち上げたが感触で生花だと分かった。悪戯かと思い辺りを見回すと白いふわふわな狐の尾のようなものが見えた。 私はある一つの馬鹿馬鹿しい妄想を思いついてしまった。 本当にありえないことだと思いながらもそのダリアを花瓶に刺した。本当に馬鹿げた妄想。 白いダリアの花言葉は『感謝』 狐は何を伝えたかったんでしょうね。
いつも私が帰る時は雨が降り止まない。いわば雨女とゆう者だ,学校帰りは雷の轟音と水滴が教室のガラスに眩しく,そして悲壮漂う空気が私の眼に映る。放課後の居残りで課題をやっているのに眠気が襲って全く集中が続かない,まだ1ページも終わって居ないのに!『どうしたの?』少し気怠げな声が聞こえた 私は少しドキッとした,しかしまた眠くなってきた『課題やってるの?俺も課題忘れてきてまた再登校したんだよねーーあはは,名前聞いてなかったね,俺は直人よろしく』気怠げな声から一変元気な声で私に話しかけてきた『私は美代よろしく,,ねぇ直人くん,課題,一緒にやらない?』少し頬を赤ながら私は言った。『あーー確かに!大雨だし,家帰ってやっても結局めんどくさくて翌日大慌てでやりがちだからやっちゃおう』直人は呼応するように言葉が返ってきた。今まで雨模様の心の中が少し雨上がりの空のように晴れた気がする。
教会の裏庭にある小さな回廊では、シスター・クラリスが色鮮やかな花々の手入れをしていた。 空からは、いつものように穏やかな光が降り注ぎ、すべてを優しく包み込んでいる。この光がある限り、庭の花々が枯れることも、クラリスの心が不安に揺れることもない。 「クラリス、そのお花はなんていう名前ですか?」 空から羽根のように軽やかに舞い降りてきたのは、天使リリエルだった。彼女の翼が動くたびに、陽光を反射した光の粒子がキラキラと庭に舞い散る。 「これは『祝福の花』と呼んでいるんですよ、リリエル様。天使様たちがもたらしてくださる安らぎを映したような、清らかな色でしょう?」 クラリスが微笑みながら、白く小さな花を一輪摘み取った。それをリリエルの柔らかな髪にそっと飾ると、リリエルは嬉しそうに目を細めた。 「まあ、素敵。ありがとうございます、クラリス。あなたがお花を育てる姿を見ていると、私たちの心も、まるで春の風に吹かれているような、とても温かな気持ちになるのです」 二人は並んで、庭のベンチに腰を下ろした。 リリエルはクラリスの膝に頭を預け、シスターが語る街の人々の幸せな様子を聞くのが大好きだった。 「昨日は、広場で子供たちが新しい歌を歌っていました。みんな、天使様に見守られていることが嬉しくて、あんなに楽しそうに笑っているのですよ。……ああ、この世界に生まれて、あなたたちにお仕えできて、私は本当に幸せです」 クラリスがリリエルの髪を優しく撫でると、リリエルは猫のように心地よさそうに目を閉じた。 そこには、何の悩みも、衝突も、明日への不安もない。 「私たちも、あなたがいてくれて幸せです、クラリス。あなたがこうして穏やかに微笑んでいてくれることが、私たちの救いなのですから。……ねえ、あのお歌、聴かせてくれませんか?」 「ええ、喜んで」 クラリスは静かに歌い始めた。それは天使の慈悲を讃え、永遠の平和を祝う穏やかな賛美歌だった。 リリエルはその歌声を子守唄代わりに、深い安らぎの中に身を委ねる。 空の下、天使と人間が手を取り合い、ただ「今」という満たされた時間だけを共有している。 庭には花の香りが満ち、遠くからは人々の穏やかな笑い声が風に乗って運ばれてくる。 「ずっと、こうして笑っていられたらいいですね」 「ええ、もちろんですわ、リリエル様。天使様がいてくださるのですもの。私たちは、ずっと幸せなままですよ」 二人は手を取り合い、穏やかな午後の陽だまりの中で、いつまでも幸せな語らいを続けていた。 それは、誰もが望み、誰もが手に入れた、この上なく平和で美しい日常の風景だった。
大陸からの暖気がやってこなくて寒い。 産業が止まっているのだろう。 そろそろ摩天楼に見切りをつけて地下都市に切り替えるべきだとは思う。 SFのような話だがその方が効率がいいのは確かだ。 空爆されなければ再建されないのだろうか? 西洋文明と古代文明の中庸。 地方のインフラが止まり始めている。 内側から病気が蔓延する。 閾値を超えた環境破壊と人口は収束点に向かい始める。 健康であれば動けるのだが。 湧き水は重要になるだろう。 配管工は世界のスターだが成り手がいない。 真面目な医者は利権によって良質な医療を届けられない。 ちゃんとしたご飯を食べてスマホなんか観ずに人とよく話し楽器を奏で歌を歌い絵を描いて世界の宗教を学び夜眠ることが必要だと思う。 夜行性の人達は産業を盛り上げる。 煙草が僕を壊す。 スポーツは娯楽だが僕には向いてないのでやらない。 基本的には石油産業の二次被害で皆壊れている。 AIは和算と対決するだろう。 でも電気はニコラ・テスラの意思を受け継いでいるので鳩に恋する方が勝つかもしれない。 鳩の奥さんは雀達と餌を分け合う。 鶏肉は美味しい。 鶏卵も。 世界は基本的にエネルギーの奪い合いなので分け与えることを理解しないと次の段階に踏み出せない。 命もそうかもしれない。 役に立つ教えは何であれ吸収するべきだ。 楊貴妃が甦ったらしいが酒池肉林は皆の妄想のファクターなので衝突、吸収されるかもしれない。 賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ。 領土を拡げようとするとしっぺ返しを食らう。 南極のペンギンは皆で暖め合っている。 融和すべき。 競い合うべき。 うちに籠りがち。 理解できないものを排除するなら世界に裸の王様が溢れるだろう。 王という概念は全方向動けるのだろうか? 黒番が先。 孫子は基本的には何もするなと言っている。 仏教も老子もそうだ。 基本的には動物なので攻撃的になることがある。 今日は金が入った。 必要なものだけを買い何かを産み出せるものを買いたい。
私は女に生まれたくなかった。 だって女社会怖いんだもん。 いや違う。 私は人間に生まれたくなかった。 だって人間って言葉があるから人を傷つけるし、他の動物より少しだけ頭がいいから怖いこと考えるんだもん。 私は鳥に生まれたかった。 だって空を飛べて楽しそうなんだもん。 いや違う。 私はカブトムシに生まれたかった。 だって若い男の子にモテモテなんだもん。 いや違う。 私は魚に生まれたかった。 だって広い海の中を息苦しくならずに泳げるんだもん。 いや違う。 私は花になりたかった。 だって咲いているだけで女の子にモテモテなんだもん。 いや違う。 どれも違う。 全部違う。 私は私に生まれたくなかった。 だって私は私が嫌いだもん。 私以外ならなんでもよかった。
一流の人間には、ルーティーンが存在する。 あるスポーツ選手にとっては、試合開始直前の五分の瞑想が、自身の集中力を高めるルーティーンだ。 ある会社員にとっては、出勤前に念入りに顔を洗うことが、仕事モードに入るルーティーンだ。 何を隠そう、私にもルーティーンが存在する。 外出のために扉を開ける。 それだけで、私のルーティーンは発動する。 「ト、トイレ! ちくしょお! 三十分前にも行ったのに! 遅刻するぅ!」 誰か、私の便意を催すルーティーンをもっていってくれ。 今日も遅刻してしまう。
空港で、モバイルバッテリーの預け入れが禁止された。 爆発すると、危険だからと言うことらしい。 持ち物検査でアラームが鳴り響き、前の客が驚いていた。 事件や事故を受けて、規則はどんどん厳しくなっていく。 安全のためとはいえ、やむを得ない。 ぼくは持ち物検査をクリアしたので、優雅にゲートを通過した。 ビービービー。 『対象の人間の持ち込みを禁止します』 ぼくが驚いて後ずさりすると、一人の警備員がぼくの元へ、もう一人が原因を確かめるために操作画面の前へと移動した。 「あー、AIチェックだ。申し訳ありません。お客様の容姿が危険人物の確率が高いらしく、このままではご搭乗できません。あちらに理容師さんがいますので、髪と髭のカットをお願いします」 「……わかります」 空港で客に見守られながら髪を切るという斬新な体験を終え、ぼくは無事にゲートをくぐることに成功した。 「安全管理って、本当に大変だな」 ぼくはゲートを睨みつけた。 導入されて以降、一度も飛行機の中で犯罪を起こしていない優秀なゲートは、ぼくの視線など気にする様子もなく、次の客にもアラートを吐き出していた。
小さい頃、バッタの足をもいで、水に入れて、苦んでる様子を笑いながら見てるヤツらのことが分からなかった。 ただ可哀想なだけじゃないか。どこが面白いんだ。 感情の読み取れない皿のような目でバッタはこっちに何かを訴えかけているようなそんな気がしてならなかった。 僕は見ていられなくてなんとなくその場をそっと離れた。 でも、別にバッタをいじめてたヤツらはクラスメイトもいじめてた訳じゃない。むしろ、とてもいいヤツらで一緒にいるのは楽しかった。 蚊を殺すのは別になんとも思わない。 何もせずただ無防備にこっちの血を吸わせるというのはなんとも癪だ。 あいつらが生きるために何故、こっちが血を無償提供してやらなくてはならんのだ。 じゃあ、もし蚊が血を栄養としなかったらどうだろう。 ただ、ブンブン飛んでるだけで人間の害になっていなかったら。 蚊をゲーム感覚で潰すヤツらを見て僕はどう思うだろう。 そんなことを考えながら僕は、実験動物の腹を割く。 コイツの命は僕の経験などという不確かなもののために失われたのだ。 腐った魚のような臭いが昨日までゲージの中で動き回っていた彼女の死の証として鼻にツンと突き刺さる。 申し訳ないとは思ったが、可哀想だとは思わなかった。 今日はもう料理をする気にもならないから惣菜でも買って帰ろう。
「メンタリストの仕事って、結局、相手の嘘を見抜くことなんですよね」 向かい側に座る香織が、カフェラテの泡をストローでいじりながら言った。 ベージュのブラウス。適度に整えられたネイル。そのすべてが「私はまともな側の人間です」と、無意識の主張を繰り返している。 その言葉が耳に届いた瞬間、僕の背骨のあたりを、正体不明の冷たい粘土が這い上がった。 僕が普段から駆使しているのは、視線の動き、微細な表情の揺らぎ、あるいは発話までのコンマ数秒のタイムラグを数値化し、最適解を導き出す「技術」だ。 けれど、彼女にその「技術」を名指しされた途端、僕という人間の組成が、根本から組み変わってしまうような錯覚に陥る。 「まあ、そう思われがちだよね」 僕は、鏡の前で数千回は繰り返したであろう、「自意識を適度に隠蔽した微笑み」を顔面に貼り付ける。 この時、口角は一ミリだけ左右非対称にするのがコツだ。 その方が、相手は「この人は自分にだけ、取り繕わない一面を見せてくれている」と勝手に誤認してくれるから。 けれど、今の僕は、自分の顔がどの程度の確信を持ってその表情を作っているのか、まるで見当がつかない。 嘘を見抜くことを生業にしている。そのレッテルを貼られた瞬間、僕の発するすべての言葉は、真実という回路を通ることを禁じられる。 「そのネイル、綺麗だね」という賞賛も、 「今日のコーヒーは美味しいね」という世間話も。 すべては相手をコントロールするための布石であり、計算された演出であると定義されてしまう。 もっと恐ろしいのは、僕自身もまた、自分の言葉を信じられなくなっていることだ。 今、僕が感じているこの「居心地の悪さ」は、彼女への好意から来る焦燥なのか? それとも、自分の手の内を透かされたことへの防衛本能なのか? 感情にまでタグ付けをし、因果関係を整理しようとするこの思考回路そのものが、すでに「素の自分」という領域を食い潰している。 僕の身体の境界線が、ドロドロと溶け出していく。 どこまでが僕で、どこからが「メンタリスト」という役割なのか。皮膚の下に詰まっているのは、血や肉ではなく、無数の、名前のない「嘘」の集合体だ。それは一つの生命体のように蠢き、お互いの尾を飲み込み合いながら、僕というキメラを形作っている。 信じようとしていたはずの、彼女とのこれまでの時間。 それすらも、後出しのジャンケンのように「嘘」という色に塗り替えられていく。 「嘘を仕事にする」という選択は、自分の喉元に、一生剥がれないお札を貼り付ける行為だったのだ。 『お前はもう、何者でもない』 呪いは、僕を内側から食い破ろうとしていた。 「……あ、ごめんなさい。仕事の話なんて、疲れちゃいますよね」 香織が、申し訳なさそうに視線を落とした。 その仕草に含まれる微かな罪悪感。それさえも、僕の脳内では『相手に優位性を与えるための心理的後退』というデータとして処理されてしまう。 救いようがない、と思った。 「いいよ、全然。むしろ、そう言ってもらえる方が楽かな。僕だって、二十四時間、誰かの本音を探ってるわけじゃないし」 嘘だ。 僕は今、この瞬間も、彼女がストローを噛む強さから、僕への興味の持続時間を算出しようとしている。 結局、僕は「本当の自分」なんていう、キラキラした若者が好みそうな幻想を、とっくの昔に切り捨てていたのだ。お札で封じ込めたのは素顔ではなく、素顔があるはずだという、身勝手な希望だったのかもしれない。 僕は、テーブルの上に置かれたスマートフォンに目をやった。画面に反射する自分の顔は、相変わらず、薄気味悪いほど完璧な「理解者」の表情をしていた。
窓の外からは様々な景色が見える。 今回記すにあたっては、車窓の景色だ。 家や野山、ビルや青空、雲、川や海、1度に処理しきれない程の情報が、情景がそこにはある。 ふと、考えてみるのだ。 例えばあの家に住んでいる人は、どんな日常を送っているのか。 スーパーや駅は近いのか、車がないと不便か。学校はどこら辺に通うのか。 人々がどんなふうに育っていくのか。 果てしなく壮大な話であって、そして私はそこに0.1mmも関わることがないのに、当事者の気持ちや背景を知りたくなることがある。 窓の外を見るとワクワクする。 RPGのロードマップ上を俯瞰して見ているみたいに、行きたいと思うスポットが見つかる。 森の中に鳥居がぽつんとあって、神秘的なものを感じる場所など、まさに良い装備とかが埋まってそうである。 人は皆、旅をすべきではないかと思う。 目的地をぶらつくことも楽しいが、私は行くまでの過程にも楽しさを見出す。 楽しいだろうなと思いながら荷物を詰める。電車や新幹線、車に乗る。 窓の外の景色に感嘆する。 そうすることで、私たちの心が動く。 日々私たちは目標や目的、義務や責任に苛まれている。小さな箱庭に囚われ、少しづつ、心をすり減らす。 そうなのであれば、たまの機会に旅に出て、箱庭から抜け出し、様々を見て、何かを感じ取り、如何様にも解釈し、そうしてそれを宝物のようにして大事に持ち帰るということ。 いつもの日々でもふと、窓の外を見てみると良い。 新しい発見があるかもしれない。 そしてそれは、とてもステキなことなのだ。
双極性障害の鬱期から寛解へ向けての道の上だと思う 力が入らず 思考が回らず 決められない 判断出来ない等ある 恐怖と不安が側から離れない ラジオの針が合っていない感じがする セーフティモードの様に必要最低限しか操作できない感じがする 幼児のまま隠れていた僕が優位な そんな感じ 呼吸がうまくできない 頭がにじむ 振り返ると一日が一ヶ月にも感じる 自分を責めてしまう 元気になりかけると怖い 元気になるのが怖い そして最大の力と勇気と知恵を振り絞って立ち上がり歩き出す それを年に何度か繰り返す 本気で死のうと思ったことなど何十回もある そんな日々をもう何十年と過ごしている 僕の死神はとても優秀だと関心をする 死ぬまで終わらないこの苦しみを何というのか名は知らない もっと見た目で分かりやすいモノなら自分も納得できるのに 体が光るとか、半透明になるとか 家族の為生きようとは思っている ずっと溺れているような苦しみの中でも 息子が悲しまないために 妻が苦しまないために この間の土曜日、普段出かけたがらない息子が自分の財布を持って僕の寝ている側にいた。本当はパパと出かけたかったろうに。色々話したが出かけたいとこがあるとはひと言も言わなかった。早くどうにか元に戻りたい 普通に生活出来る事は僕にとって奇跡
朝コンビニで忙しそうな人がたばこを吸っている。 僕はヤンキー座りをしてたばこを吸う。 行儀が悪い。 忙しそうな人は足を組む。 スニーカーなので営業の人かもしれない。 ニューヨーカーインザネリマ。 僕は病院の外来まで暇だ。 お腹が空いてくる。 ニューヨーカーインザネリマの人は痩せてシュっとしている。 体力がありそうだ。 体力があれば多少の空腹でも煙草を吸っていれば持つのかもしれない。 今日も会社勤めご苦労様です。 僕は喫煙所を出る。 登校中の学生や散歩している近所の人を尻目に家に戻る。 コーヒーを家で飲む。 マンチェスターの無職のような僕はニューヨーカーの払った税金で暮らす。 サッカーをする知り合いを横目にノンアルで日々をウダウダ過ごす。 工業地帯から来る人達とは住む場所が違うが川の向こうはマンハッタンのような喧騒だ。 海外に行ったことはないが身体が元気ならアフリカで農業をしたい。 もしくはドイツのブルーカラー。 ブラジルのコーヒー園。 フィリピンの屋台。 インドの行商。 エジプトの観光業。 レインボーマンの魂は色々分裂し未来の地球の仕事を夢見る。
いつからだろうか。世界は、人々から感情を「気体」として抽出できる技術を発明した。 どのような原理なのか、凡人の私には理解できない。ただ、その技術を活用することで、私達は悲しさを、辛さを明確に吐き出すことができるようになった。いつしかネガティブな感情は人々から忘れ去られ、精神病と呼ばれるアレコレも幻となったり、ならなかったりした。 それなのに、私は今、職場の上司と海に来ている。 「海水は、涙と同じ味がするんだそうだ」 先輩は誇らしげに、海の向こう側を覗こうとしている。 「知ってるかい、涙の味は」 「知らないですよ」 それがどうかしたんですか、とたずねると、先輩は「ここに来たら、涙の流しかたを思い出せる気がしたんだ」と語ってくれた。 なぜ? 涙を流す必要なんて無いでしょう。あれは、とうの昔に忘れ去られた歴史の遺物だから。悲しみや、辛さと共に。これっぽっちも残されてはいない。そうとしか、私には思えない。 「じゃあ、残されている場所があるとしたら、どうする?」 唐突な先輩の一言に、私の頭は一瞬、フリーズする。 「そんなことがあるんですか」 「ああ。無いとはいえない。我々から気体として取り出された感情は、やがて凝縮されて液体となる。その液体は、人知れず海に流されているんだよ」 そうだったのか……。今さらながらに知った感情の処理方法に、私はまだ頭の整理が追いついていなかった。 先輩曰く、学生の間に一度は科学の授業で教わる決まりになっているらしい。けれど、あいにく私は感情の液化について、みじんも記憶していなかった。ネガティブな青春時代の感情と共に、あの時かぎりの思い出すらも、知らず知らず捨ててしまったのだろうか。 なんだか急に不安がまとわりついてきて、私の胸をしめつけてくるように感じられる。一刻もはやく、このモヤモヤを消し去ってしまいたい。 「それなら、深呼吸をしたらいいよ」 悩める私に、先輩はアドバイスをくれた。 深呼吸か。そのようなセルフケアは一度も考えたことがなかった、気がする。 フッ、と深く息を吸う。風にのって、なまぬるい空気が肺を満たしていく。それらが胸中のモヤモヤを取り巻き、新たな渦を形成していく。この瞬間、私は台風になる。生まれてから今まで吐き出してきた感情が、確かな重力となって私に返ってくる。悲哀、嫌悪、苦悩、憤慨、怨恨、憎悪……。まるで魂の一部を懐かしむように、私は感情の一つ一つを慈しみ、愛でる。 やがて、吐き出す。フッと。スッと。 一瞬、煙のように立ちのぼる爽快感が胸を埋めつくして。けれど、心に残るは、あゝ、未練。されど、無情。どうにもならない後悔だけが、私のふところに先程まで何かが“あった”ことを教えてくれる。 「先輩、これは耐えきれません。私は、繊細に感じすぎる。私には。私には、やはりあの技術が必要です」 すがるように、言葉を吐いていた。その声もまた消える。けれども、誰かの頭には残る。心の奥に響く。なんて不思議だろう。 「いらないわけじゃないんだ、どれもこれも」 水平線を見つめ、先輩は静かにつぶやく。 ――ならば、もし液状となった感情が流れついて、海の向こう側に吐きだめをつくったとして。私達がその場所まで行き着いたのなら。そこにある感情を手のひらにすくったのなら。 私達は、また涙を流せるようになるのでしょうか。 そのときは、聞かせてくれませんか。涙はどんな味がするのか。きっと、私に教えてください。 しばらく二人きりで、海を眺めていた。 いいえ。二人、ただの一人の人間として。
昨日と同じような朝。 眠い目をこすって、ため息をついて。 ダメだダメだこんなんじゃ、と気持ちを入れかえようとするも、 ものの数秒で、もとに戻って。 はあ と、おおきなため息。 あきらめ、ふとんから出て、カーテンを開ける。 とびきりのいい天気に、だからなんなんだよ、と悪態をつく。 お弁当箱に、ごはん、玉子焼き、ウインナー、ほうれん草のごま和え、 あと、金時豆とたくわんをつめていく、ごはんにはふりかけも。 なんてことはない、昨日と同じ朝。 いつもとすこしも変わらず、こともなし。 カネサカミオのファンがひとり、減ったことを除いては。
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
―あの、私、そろそろ ―あ、はい、話し相手んなってくれて助かりました ―いえ ―お仕事がんばってください ―はい、そ そちらも、お仕事がんばってください そう言いかけ、ためらってしまった。 人殺しがんばってください、と言うようで、それは、やっぱりできない。 ―じゃあ、行きますね、私 ―はい 振り返らず、扉を開け、ビルのなかに入った。 スナイパー相手とはいえ、ひさびさ、まともに人と話しをしたからか、 なんだか妙に気持ちが浮いている。 その気持ちにまかせて、あのスナイパーに依頼してみてもよかった。 無能なセクハラ上司を始末してもらえないか、と。 けど、いまいる無能なセクハラ上司が消されたとして、 第二の無能なセクハラ上司がやって来るだけ。 私の仕事も、生活も、何も変わりはしない。 それならと、午後の仕事へ気持ちを切りかえた。
「夜桜を見に行こう」 雨が降っている日だった。眠っていた僕を叩き起こすとキミは先にアパートを出ていってしまう。眠気眼を擦りながらのろのろ起き上がり、傘と、少しの荷物を持って着いていく。 2階から見下ろすとキミは振り返って「はやくー」と手を振っている。傘を差してすらいない。せっかちなやつだ。 階段を降りてキミのそばまで行き傘を差し出す。少し驚いたあと「行こっか」と微笑み1本の傘に2人で入る。 「……夜はまだわかるけど。なんでわざわざ雨の日に?」 「夜と雨が重なると、花見する人って減るから」 「ふーん?」 明るい時は通行が多い道が今は車も歩行者もいない。夜桜を見に行くといってもすぐそばにはない。しばらく歩いている間目線を下す。アスファルトは雨に濡れ、街灯がきらきらと反射して綺麗だ。 「なんで僕の元に来たの?」 「ん?」 「他の人を誘っても不思議じゃないよなって思って。キミのことだから」 「……わかってないなあ。確かに友達は多かったけど。俺がここに来たのには理由があるのに」 「なに?」 「なあ。たまにはちゃんと外出ろよ? いつまで引きこもってるつもり。外は案外優しいよ」 「うるさいな」 キミに何がわかるんだよ。 せっかく僕の元に来てくれたというのに棘のある言葉を呟いてしまえば、キミは肩を竦めて目の前の公園を指差す。 「あそこの公園まわろ」 言われた通りに入っていき外周に咲いている桜並木をゆっくり歩いていく。 「綺麗だねえ」 僕に語りかけながら夜桜を見上げるキミの横顔を、盗み見る。 「……うん」 「俺さぁ、本当は毎年こうやって見に来たかったんだあ」 「……うん」 「去年約束すっぽかしてごめん。ずっと待っていてくれたのに」 「なに、言ってるんだよ」 今更だろ、と呟く言葉が震える。 キミは夜桜から視線を僕に移し「優しいね」と口角を上げる。 「何も尋ねずに俺に着いてきてくれて」 「……」 「俺が濡れることないのに傘を差し出してくれて」 「……やめろよ」 「あ、怖くなっちゃった? 心霊系苦手だったよね」 「僕に現実を見せつけるなよ」 吐き捨てる。一人が好きな僕と交友が広いキミはいつもちぐはぐで喧嘩ばかりしていた。こんな時にもしょうもないことばかり。いつもと違うのは、キミはもう怒ることせずにただ僕を見つめて「ごめんね」と言うことだ。 「新しい恋、して」 「嫌だ。出来ない」 「出来る。今すぐじゃなくていいから。俺のこと忘れて──」 「やめろよ!」 腕を掴もうとした。キミの腕がある部分を、僕の手はすり抜けて掴み損ねる。……ずっと勘違いし続けている方が幸せだったかな。 「悲しませたいわけじゃ、なかったんだ。俺はただ、一緒に桜を見たくて」 「……僕が好きなのは、キミだけだよ」 あの時言えなかった。何となく、お互いの気持ちを察してはいたけど、言葉には出来なかった。去年、桜を見に行こうと約束したキミは待ち合わせ場所に来なかった。車に轢かれそうになった子供を助けて、命を散らした。 責める理由など見つからないのに。目の前に現れてくれたというのに、キミに当たり散らかしてしまう僕は何なんだ。 「俺も……いや、なんでもない」 「なに? 言ってよ」 「ううん」 キミはもう何も言わずに桜を見上げる。僕はただ、キミを見つめる。桜を写すその瞳が、だんだんと濡れていって。 「ありがとう。俺を好きになってくれて」 「……うん」 「その花束、俺に渡してくれる?」 片手に持っていた小さな花束。背中で隠していたけど、お見通しだったようだ。 「現実と向き合おうとしていたからその献花があるんでしょ。……俺にちょうだい」 手を差し出される。そっと渡せば、僕たちの手は触れ合えないのに花束だけは彼に渡った。 「じーちゃんになった時、独り身だったら迎えに来てやるよ」 風が吹く。桜吹雪と共にキミは綺麗に笑った。突風に思わず目を閉じてしまい、次に隣を見たら。 キミの姿はなかった。 渡したはずの献花は、僕の手元に残っていた。 夜桜を見に行こう【完】
きちんと姿は見ていない。 顔だってよくわからない。 声と話す雰囲気などから想像すると、およそ殺し屋らしくない。 そこらへんを歩いている大学生のようでもある。 もしかしたら、本当に大学生なのかもしれない。 と、ちょっと考えてしまった。 ふだんはきちんと大学に行って、講義にも出て、 レポートもきちんと提出する優良な大学生。 サークルでは仲間に囲まれ、そのなかには彼女もいて。 そんな大学生活の合間に人殺し。 バイト感覚でスナイパー。 それでいて仕事はきっちりこなす。 なくはないのかな、そういうの。 そんな大学生、この国にひとりくらいはいるのかもしれない。 それが、いま私の後ろにいるこの男、なのかもしれない。
I want a regular then how wild they had to go without. I had every day a day right now have a buddy had to could’ve had to come about a dad that we had did. They couldn’t have that I had a bit of a dead with that, I could’ve had it down dumb actually I would’ve had a record a date we take care about it had an they couldn’t have a doubt that that true not dumb. I could’ve bought a box. Otherwise they could then cause they could’ve did it I could’ve had a daughter I had to cut it down. I had a quote about the one without a day back to work out. I could’ve dead way that I cannot doubt I’m down a quarter cup about that when I came about that we could’ve done with that I have a bucket that I had to come ride without nobody come out there without madame that I had to go out of that. We came down with ad that I had a grandma day today and we could ride a dead be there gone back to that ever cut out a day now doubt a date that addendum go back to the karate picture that I out there a day and make that karate picture that that I kinda like that a day down a day I’m a ride a day a day when I go out did they go out of doubt that today we could deal with that back to break to be done I’m there. I could have a date there I could back to that I had a record out of doubt how about they’ve got to run out of there without a date because they’re down running mixture that I had a they couldn’t work out a day that a karate that that is that why I come over today have a Kuba I could hear they could they go to double down I’m about to board, but they could cut that and they couldn’t ever deal with that and I Quebec that I can deal with that. I know that they could read that I can never that a day that’s with that. Add back to your bank right now. Recover about that without that today I added that out because you could write that out and how do I go with that a day look the other day and that corner of that way back I’m with that An Essayist and Yuji Tanaka
「やだやだー! ついてきてー!」 「トイレくらい、一人で行ってよ」 男の子が母親にしがみ付き、母親は男の子を自宅のトイレまでつれていく。 トイレの扉を開けて覗き込んでも、中には誰も居ない。 「……開けっ放しにしといて」 「駄目! 匂いが外に漏れるでしょ!」 男の子は怯えながら中に入り、トイレの扉を閉める。 そして、ズボンを下ろして、小便の準備をする。 その瞬間、便座に重なって、女の子が一人立っていた。 女の子の名は、トイレの花子さん。 花子さんは、男の子をじっと見つめ、不気味な笑みを浮かべた。 「こんばんは」 「出たああああああ」 男の子は小便を垂れ流しながらトイレの扉を開けて、母親にしがみ付く。 「あんた何やってんの!」 パジャマにも廊下にも小便をまき散らされた母親は、烈火のごとく怒って男の子に拳骨を落とす。 「だ、だって! お化け! お化けが!」 「お化けなんてどこにいるの! ああ、もう! 掃除が大変じゃない!」 母親は空っぽのトイレを見た後、怒りが収まらないまま、寝室に向かって叫んだ。 「パパー! 雑巾濡らして持って来てー!」 姿を消した花子さんは、泣きべそをかく男の子を見ながら、ケラケラと笑っていた。 あれから十年。 男の子は少年になり、すっかり幽霊を信じなくなっていた。 夜中のトイレも一人で行けるし、トイレの扉を開くのに躊躇いもなくなった。 「こんばんは」 花子さんは、少年に挨拶をする。 しかし、少年には花子さんの姿も声も届かないようで、花子さんの目の前で小便を終えて、さっさと出ていった。 「……寂しい」 誰にも気づかれることのなくなった花子さんは膝を抱えてうずくまり、閉められたトイレの扉をじっと眺めていた。
帰りたい。僕は今一限の授業を終えて、逃げるように図書館の1人用の椅子に座った。正方形のような穴が規則的に配列された白いレースのカーテンとその裏の窓ガラスを通してみる11号館学食前の通りは、授業を終えた学生とこれから二限に出席する学生とで忙しない様子だ。2限からの学生が多いのは世の常といったところか。皆朝には弱いんだ、特に大学生ともなれば。たった数年前まで僕らを縛っていた一定の強制力は、緩くなった靴紐のように僕らを怠惰にする。僕は2限がないため急ぐ必要はない。しかしながら今日は3限と4限があり、その後に塾のアルバイトが控えている。僕のスカスカな一週間の中で、最も気を張って臨むべき日がこの火曜日といえる。自分で選んだことなのだが、2限が空くというのが実に厄介である。2限と昼休憩を合わせたこの155分は、何かを為すにはあまりに短い。十分長いじゃねぇか!と思ったそこのあなたは正しい。しかし僕は燃費の悪い男で、食べたものが直ぐに消化されてもうすでに腹の虫が鳴りそうである。飯を食う分時間は減る。節約をしたい僕の宿敵である600円程度の昼食を挟んで、おおよそ1時間1時間で分割して何かに取り組むのは中途半端な気がして進まない。勉強するなら図書館しかないのだが、僕の少しばかりの優越感と自信を食い潰そうとするこの温い空気も、背もたれの深いこの柔い椅子も私は嫌いだ。僕の100%はどこにあるだろう。こんな環境では非効率になるとの尊大な認識が、僕の両足を蝕み末期の糖尿病患者の如く歩行をも困難にするのだ。公認会計士になろうというならば、風のような速さでごっちゃごちゃの知識の樹海を駆け抜けなくてはならないが、僕の脚は腐ってしまってもはや使い物にならないようだ。帰ってしまおう、授業を切ってしまおう。そして少し贅沢な飯を食って心を整えて、明日から頑張れば良い。そんな甘っちょろい選択肢が私の脳みそをハイジャックしている。今学期の目標は皆勤賞だと言っていた僕であるが、無様な姿であることは置いといて今の所一応の達成ができている。そんな現状が崩壊すれば、後ろ盾のなくなった僕の僅かな自信と輝かしい未来予想図が一瞬にして炭となってしまうことだろう。ああ帰ってしまおうか。僕は、誰よりも腰抜けなのだろうか。ニーチェの超人思想を知って、それに同意しつつも僕は何も為せないらしい。それとも彼が間違っているのか。僕は家に帰ることを決意した。
桜が盛りの頃、東京は雨が続く。 田中先生はスーパーに寄るのをやめて、まっすぐボロアパートへ帰宅した。 玄関で傘をドアノブに掛け、長ぐつを脱ぐ。 ハンカチで服についた雨を吹いていると黒猫のサクラが近づいてくる。 「おかえり、先生」 「ただいまサクラさん。お腹すきましたね。今ごはんを用意します」 田中先生はキャットフードを小皿に乗せてサクラの前に差し出す。 「僕はさ、先生の飼い猫でもないのに、なんでご飯をくれるの?」 「いらないなら食べなくて良いんですよ」 田中先生はタオルで濡れた髪を拭いて、黒縁眼鏡をかけ直す 「そうじゃなくて、なんで優しくしてくれるのかなって思ってさ」 「さぁ、何でなんでしょうか。私はお風呂に入りますね」 風呂場で湯船にお湯が注がれる音が聞こえる サクラはお腹いっぱいになって風呂場の方へ歩いていく ジャバジャバと田中先生が湯を浴びる音が耳に心地良い 田中先生は湯に浸かったらしく静かになった サクラは脱衣場にある戸棚で爪を研ぐ 「サクラさん、そこで爪を研がないでください。そう言えばさっきのサクラさんの質問ですが、昔日本には生類憐れみの令と言うルールがありました。サクラさんに対する感じはそれに近いですね」 サクラはつる下がった手ぬぐいが気になっている 「そのルールはどんな事をするの?」 「生き物を大切にしましょうと言うルールです。当時は夜になると人を刀で斬る事件が多かったり、生活が苦しい人達は子供が産まれても捨ててしまうことが多かったのです。それをやめさせる意味もあったようです」 「じゃあ、田中先生は僕を大切にしてくれてるんだね」 「そうなのかもしれません」 サクラは少し縮むとぴょんと飛んで、揺れる手ぬぐいを叩き落としました 田中先生は風呂から出てきて直ぐに布団に横になりました。 サクラが布団に入る頃には鼾を描いて寝ていました。 桜が盛りの今は学校の先生は忙しく、田中先生も教師の端くれな故今年も桜はゆっくり見れそうになさそうです。
初夏の雨は好い。それ迄の春の憂いを流して、時折滴で私を目覚めさせる。そうしてやや締まった心は紫陽花の様に鮮やかに色付く気がする。 その花弁から還る滴も又雨と云えよう。紫掛かったその滴は又誰かの下に降る。初夏は、人が人の思いを受容出来る時節である。 この頃、私はいつも人に第一印象と違う、意外と人に甘えがち、だとか、自立していない、と云われる。それは私の紫陽花から降る滴に因る物だが、他方その雨は毒をも含む。内面は染み出して来るから、人は本性を段々と知り得る事になる。然し乍らこれを以て印象と違うと云われても、大方予測出来たのではないかと思うことが有る。又、総て合わせて紫陽花なのだから、印象とは一概に第一に決まる物でもないとも思う。 私は催花雨の時点で人の印象を把握出来るから困ることは特段無いのだが、やはり対比して自分は未だ理解されていないのだと淋しく思うことも有る。然しそれは私が驕っているだけなのでないかと思う時も有る。私は真にその花の色を見ているか、その花に降る滴を見ているか。 様々な思いに駆られ、私はもう一度周りの色を見直すことにした。雨の北鎌倉はまばらな人だったが、紫陽花の蒼が鮮やかだった。源氏山を抜け辿りついたのは、朱の映える縁切寺である。
単純明快な構造 それ故に、題材にされる どこまで輪ゴムの弾性で伸ばしても メビウスの捩れには抗えない 私の生活の中にまで侵食していく 嫌なことを引き伸ばしても、 必ずやって来るんだから… (完)
「私は神だ。お前の願いを一つ叶えてやろう」 奇跡が起きた。 私は躊躇うことなく、願いを口にした。 「悪人を全員消してください!」 「悪人とは、どんなやつのことかね?」 「私より悪いやつ、全員です!」 「その願い、かなえてしんぜよう」 その日、人類の三分の一が消えた。 私をいじめていた人間も、公共の場でマナーを守らないやつも、全員消えた。 いい気味だ。 私は、正しい人間しかいない世界を、大手を振って歩いた。 気が付けば、私は逮捕されていた。 私より悪いやつが全員いなくなったから、この世で一番悪いのは私と言うことだ。 ルールも、当然変わって来る。 「私は悪くない……」 悪は絶対的でなく相対的。 それに気づいたのは、私の身柄が拘束された後だった。 「囚人第一号、おめでとう」 厭味ったらしく言ってくる看守を見ながら、私はこんな奴よりも悪者だったのかと頭を抱えた。
夢の中で、スマホが勝手に録音状態になってYouTube内で6時間生配信をしていた でも、生配信どころか一度も動画を投稿していないのに… 大多数が見ていて、コメント欄がすごいことになっていた 配信を止めようとしても、切り方がわからない そのまま、配信は止まらないまま目が覚めた ほんと不思議 (完)
世界が「それ」に塗り替えられてから、どれほどの月日が流れただろうか。 パンデミックの正体は、ウイルスではなく「自分自身」だった。世界に一人につき一体、自分と同じ姿をした、しかし「目が真っ白な」怪物が現れた。目的はオリジナルを食い殺す事と、無差別に人を襲う事。 その日の教室には重苦しい空気が漂っていた。 教壇に立つ教師は、震える声で生存のためのルールを叩き込んでいた。 「いいか、絶対に私の指示に従え。他校では、パニックになって窓から逃げ出した生徒ほど、外で待ち構えていたヤツらに食われている。規律こそが命綱だ」 しかし、その教えはあまりにも早く、残酷な形で崩れ去ることになる。 校門の向こうから、数体の「それ」が滑り込んできた。同時に、校舎の廊下からも、ガタガタと何かがぶつかる音が響き始める。 「……もう、入り込んでる」 誰かが呟いた。 教室のドアが勢いよく開き、入ってきた「それ」は口からは言葉とも叫びともつかない、支離滅裂な意味不明の音節が溢れ出している。 「指示に従え! 動くな!」 教師の絶叫を背に、私は直感した。ここにいたら死ぬ。 私は教えを破り、窓枠を蹴って宙に舞った。 地面に叩きつけられる衝撃を殺し、無我夢中で走り出す。背後で誰かの悲鳴が聞こえたが、振り返る余裕はない。その時、路地裏から小さな影が飛び出してきた。 小学生の姿をした「それ」だった。 ランドセルを背負い、黄色の帽子を被っていた。幼い面影を残したまま、真っ白な瞳を剥き出しにした怪物は、私の背後をぴたりと追いかけてくる。そして、子供特有の甲高い声で、呪詛のようにこう叫んだ。 「また監禁だ! また監禁なんだ!!」 その言葉の意味を考える余裕はなかった。ただ、その声には生理的な嫌悪感と、逃げられない執着がこもっていた。 逃げても、逃げても、足音は増えていく。曲がり角を曲がるたび、建物から、影から、同じように叫ぶ小学生型の模倣者たちが合流し、巨大な濁流となって私を追い詰める。 ようやく辿り着いた、見晴らしの良い広い坂道。 心臓が破裂しそうなほど脈打ち、肺が焼ける。私は意を決して、背後を振り返った。 「あ……」 声が漏れた。 坂の下を埋め尽くしていたのは、数えきれないほどの「子供の姿をした異形」の群れだった。地平線まで続く黄色帽子の海。逃げ場など、最初からどこにもなかったのだ。 絶望が重力となり、私はその場に膝をついた。
夢の中で左肩から脇にかけて自分の骨と肉が透けて見えた 痛みがなく・血もなく・冷静に… 骨は人間の一般的な形で、鳥の骨のような色彩が左肩と腕の関節部にかけて見えていた 余談だけど、利き手が左なのも何か関係があるのかもしれない 血管は一切見えなく、ただ骨と包み込んでいる肉が透けて見えていた そして、骨に意識すると肉体がつぼみが開くようにめくれた 不思議と間接の接着面が離れてこっちを滑らかに向いた 図鑑や標本を見ているようだけど、どこか他人事には思えなかった 私は夢の中で、そんな左上腕骨側だけを見ていた ベットから起きあがろうとはせず 他の体位を見ようともせず 左上腕骨だけに意識も認知も向いていた 状態を見ているだけで、自分の腕を操作しようとは思わなかった しばらく観察をして、周りについている肉のシワが白く線のように見えた そんな夢を見てしまった (完)
『桜の花が満開です』 『ネモフィラの花が満開です』 『ツツジの花が満開です』 日本は、様々な花の開花をニュースにする。 人々は満開を求めて大移動を開始し、花が咲いているところに、望んでぎっしり詰め込まれる。 「ねー。ほら、綺麗だねー」 私の家族もそうだった。 おばあちゃんなんて、私が喜ぶからと花を摘もうとして、お父さんとお母さんに全力で止められていた。 確かに奇麗た。 桜も、ネモフィラも、ツツジも。 でも、私が一番好きな花じゃない。 「行ってきまーす」 玄関を出て、三歩。 車道と庭を分ける塀の足元には、小さな花が咲いている。 名前は知らない。 白くて、花弁が多くて、小さい。 わかるのはそれだけだ。 私は、この花が一番好きだ。 「行ってきます」 小さな花にも挨拶をしながら、指で突っつく。 毎年咲いてくれる小さな花。 私の背がちっちゃい時に見つけた花。 私と一緒に生きてきた花。 わざわざ見に行ったりするんじゃなくて、たまたま同じ家に生まれてくれたこの花が、私は世界で一番好きだ。
1週間後に間違いなく世界が滅ぶ。 これまで人に言ってきたことはなかったが、いわゆる予知夢を見ることが度々ある。 しかもこれまでの的中率は100%と来た。 そして昨日見たのが、地球が隕石によって滅ぶ夢だった。それはもう跡形もなく。 さあ、どうしようか。 まず考えるべきは、この事態をどうにかするのか、どうにもしないのか、だ。 テレビ局にでも突っ込んで、隕石の危険性を訴えようか? いや、ただの頭のおかしい奴と思われてしまうだけだろう。 それとも数珠繋ぎで知り合いの科学者を探して、証明でもしてもらおうか? そもそも友達も多くないし、疎遠になっているので難しいだろう。 ではいっその事、諦めてしまうというのも手だ。 1週間は好きに生きよう。 好きなだけ金を使って、好きな人に告白して、ムカつく上司をぶん殴ってもいい。 いや小心者の自分のことだ。万が一を考えて何もしないというオチに決まっている。 むしろ早めに死んでしまうという手もあるんじゃないだろうか。 地球上の生物が全て滅んだら、天国でも行列が出来るかもしれない。 早めに天国を楽しんで、後から来る命達に先輩ズラするというのも乙だろう。 意外にも、私はこの珍案とも言えるアイデアに支配された。 とりあえず5日は好きなように生活し、滅びる前日に首を括って死ぬと決めた。 ・・・ 良い5日間だった。 上司を殴ることさえ叶わなかったが、強引に有給を使い、貯金を切り崩しながら遊び回った。 自分にしては張り切った方だと思う。 もう縄の用意もしてある。 あとは首をかけて死ぬだけ と思ったが足が動かない。 いざ死を目の前にすると中々1歩が踏み出せないものだ。 色々考えたが、とりあえず昨日作ったカレーを食べることにした。 オチとしては万が一を考えて何もしなかった。 やはり小心者である。
ねぇ、明日僕が消えたら あなたが朝に焼くパンが減って 迷惑そうな声とともに 広くなった場所はすぐに埋まるでしょう 1000日後にはいない席で 何を守っているのでしょう 平和でしょうか、退屈でしょうか もう、今日は眠りたいです いい夢を見られていないもので そんなおかしなメッセージを ふざけて書いてやっぱり消した 1000日前にいた心が 倉庫の奥に押し込められて 昨日の僕を知る人が 広くなった場所からまた消えていく もし、明日あなたが消えても 僕が朝に焼くパンが増えるだけ
「ご覧、これが信号機の芽だよ」 鬱蒼と緑が生い茂ると山道を歩いているときに、ふと振り返った彼がそう言った。 彼が顔を向けた先には、赤い光を一つ灯しただけの小さなランプがあった。 「やがて、ここには道ができるね」 と儚げに彼は言う。 自然に生えて来た信号機の芽は、やがて大きく立派な信号機になり、それを見つけた人々によってこの場所に道が引かれるらしい。 道ができれば人が集まる。 人が集まると、やがてそこに家が出来る。 家が出来ると、やがてそこには街が出来る。 街が出来れば、この自然はやがて壊されていく。 光で満ち満ちた優しさも、マイナスイオンであふれた空気も、計り知れなさからくる恐怖も無くなる。 自然が特段好きなわけでは無いけれど、漠然とした寂しさがある。 悲しいけれど、私にはどうすることもできない。 これが自然の摂理なんだと彼は言う。 私にできるのは、この空気と景色を自分の中に刻み込むだけだった。 街はそこから生えてきた。
ふと気づくと 窓の外が真っ白 この谷は雲の中にすっぽり入り 霧雨が降っている 太陽の日差しが差し込んで あたりは白く明るい 軒下から次々落ちる水滴が 落下しながらチラチラ光る まるでクス玉の中身の 細く切った銀紙がいつまでも休みなく落ちて来るみたい 細かな水音が静まって来ると 薄いベールの向こうに水色の空が見え始めた 軒下からこぼれてくる キラキラの落ちる間隔が 開いて来ている こういうのが見られるのは いっときなんだ もし、私が腕のいいカメラマンだったとして このキラキラを写すことができたとしても この風、土と植物の水泡が混ざり合った匂いはどうだろう 戻って来た鳥の鳴き声も ともに写せるだろうか もし、全てを収める動画を撮れたらどうだろう それでも 今日、この時間、今の星の配置の時に これらの協奏曲を今体感していることが かけがえのない、いっとき そうして、もう雨は止んだ
クラスメイトが死んだ。 事故死だったという。 全体集会で笑顔だった先生が、教室で突然泣き出し、彼の死について喋りだした映像は、今でも鮮明に思い出すことができる。 私と彼の関係性は、クラスメイト以上でもクラスメイト以下でも無かった。 ただ同じ教室でホームルームを行い、同じ授業を受けた。 だから亡くなったと聞いた時、特段悲しい気持ちになった訳ではなかった。 それまで触れた事がある死が、祖母が見せたものだけだったので、実感がなかったのかもしれない。 死は遠く、霞がかかったものだった。 周りが泣いていたので私も泣いた。もちろん悲しかったが、悲しくあろうとしていたのかもしれない。 彼とクラスメイト以上の関係だった人は沢山いた。そんな中で、自分ごときが泣いていいのか、悶々と考えていた。そんな考えが正しくないことも分かっていた。 ・・・ 彼が亡くなって数日が経った。 教室内では笑顔でいることが出来ない、独特な空気感があった。誰も彼について話さなかったけれど、彼の不在は皆が意識していた。 突然現れたカウンセラーは、確かこんな事を言っていた。 「この度は〜。皆は今、彼の死にピンと来ていないかもしれない。いずれ、突然それを理解し、重くのしかかってくるしれない。そんな時はすぐに相談して欲しい。」 何様だと、ムカついたのを今でも覚えている。 この人は彼について何も知らない。 この人は彼ではなく、残された我々だけを見ている。 残された我々は、彼の死をずっと見続けているのに。 ・・・ 彼が死んで1週間が経った。 教室を取り巻いていた、奇妙な圧力は気付けば霧散していた。 皆は以前のようにふざけて、以前のように笑った。 ・・・ 彼が死んで1年が経った。 この1年の間、彼の不在を感じることはあまり無かった。彼が居なくても、日常は当たり前に廻っていた。世界はたくましかった。 ・・・ 彼が死んで2年が経った。 私は高校を卒業した。第1志望の大学に合格したので、とても嬉しかった。 好きだった日本史は、最後まで私を支えてくれていた。彼も日本史が好きだった。 彼が生きていたら、どの大学を目指して、どんな結果になっていただろう。 彼には選択する機会すら訪れなかった。 ・・・ 彼が死んで5年が経った。 今でも時々、彼のことを思い出す。 記憶の中の彼は、あの時から歳をとっていない。 私はもう大学3年生になった。 高校時代の友達とは、あまり連絡を取っていない。彼が生きていたら、彼のことを思い出すことすら無かったのかもしれない。 彼との記憶は少しずつ亡くなっていく。 それでも時折、彼のことを思い出す。
暇だ、漫画とアニメでも見よう。 暇だ、音楽でも聴こう。 その繰り返し。 投薬しているので興味のあるジャンルの絵や音楽が偏る。 万能でいたいという傲慢。 人類の総合知は何処に集約されまた開放されるのだろう? それでも生きるのを諦めてはならない。 本来よりよく生きられるはずだった。 でも僕の中の悪魔が世の中の雰囲気を悪くする。 殺してはならない。 奪ってはならない。 ネガティブな奴にはろくなものが寄ってこない。 しかし本来ナニモシナイ奴。 話しているときは元気が出る。 人の悪口を言っているときは一時的にだが気分がよくなる。 でもすぐ後悔する。 人は物語が好きである。 気分が上がらないときは歌を聴きたくなるだろう。 どんなに下らない物語でも読み手がつく。 商売もまたしかり。 ショービジネスの影で性産業が蠢く。 喧嘩バカにならず逃げ出して心をちょっと盗む。 本来漫画でも描いて歌歌ってればよかったのだ。 メトロポリタンミュージアム。 コンピューターおばあちゃんはバグを起こしロックステージで昇天する。 その繰り返し。 天使は堕天するので現世では不利な存在。 悪魔は善人面して相変わらず生物を死に追いやる。 ウイルスは神となり人間の活動範囲を拡げるために悪魔を従える。 仏は怒らない、自分との戦いに忙しいからだ。 北極圏のオーロラは白熊の瞳にどう映るのだろう? 南極の古代のウイルスが待機している。 大量絶滅の果てにまたカタストロフ。 カオスに抗う戦い。 理屈では解析できるのに言葉が足りないせいでまた齟齬が生じる。 蚊に刺される。 今日も死にかけでしかし飯は旨い。
春、私は桜の樹の下で穴を掘っていた。掘っても掘っても土しか出てこない。やはり桜の樹の下には屍体など埋まっていないのだ。 ちいちゃんとは幼馴染で高一の三月までずっと一緒だった。ちいちゃんは変わった子で、いつもUFOの歴史とか、河童の目撃例とかそんな本ばかり読んでいた。 「りっちゃん知ってる?桜の樹の下にはね、屍体が埋まってるんだよ」 ・・・梶井基次郎だっけ。いかにもちいちゃん好みの話しだ。ちいちゃんは神妙な顔で熱弁している。「だから今から一緒に掘りに行こうよ」と言われたのは、ちいちゃんがいなくなる前の日だった。 ちいちゃんは毎年春になると、一通だけ葉書を送ってくる。消印の場所は毎年ばらばらで、今は九州にいるらしい。葉書には必ず桜の花びらが張ってある。今年で十枚。生存報告のつもりだろうか。ちいちゃんらしい。こんなものを送ってくるなら、帰ってきたらいいのに。 葉書をちいちゃんの家に持っていく。憔悴したちいちゃんのお母さんに「元気出して下さい」と言うのが年中行事になっていた。ちいちゃんは残酷だ。ちいちゃんのお父さんはちいちゃんを探しに行って、そのまま帰ってこない。生きてることが分かるだけマシなのだと、ちいちゃんのお母さんは泣いていた。 ちいちゃんがいなくなった理由は誰も知らない。でも今、何をしているのかは、なんとなく分る。ちいちゃんは桜の樹の下にある屍体を探しているのだ。 ちいちゃんと最後に話したのは、桜の樹の下だった。二人で黙々と掘っていると、ちいちゃんが穴に落ちていく。驚く私にちいちゃんは言う。 「りっちゃん、埋めてよ」 冗談だろうと軽く頷くと「本気だよ」と返された。ちょうど人が埋まるくらいの深さだ。困惑している間にも、桜の花びらがちいちゃんに落ちる。どうして?、何か悩みでもあるの?とは聞けない。きっと今までも、必死に伝えようとしていたのだ。そっと土をかけると「もう、冗談だよ」と笑っている。 次の日、ちいちゃんはいなくなった。 ちいちゃんの家の帰り道、あの桜の下に行ってみた。まだ開花前で、遠くから見たら桜だとは気づかないかもしれない。ちいちゃんはもう桜を見たんだなあ。ぼんやりとそんなことを思う。まだ九州に居るのかな。もう一度だけでいいから、ちいちゃんに会いたい。 座り込んで、必死に地面を掘る。ちいちゃんは、今も桜の樹の下にいるのかもしれない。爪に土が入るが構わなかった。桜の樹の下には屍体がある。そう、ちいちゃんが言っていたのだ。
浅草橋駅東口のちょうど裏辺り、総武線の高架下には無数の落書きがあるが、その中に「トリセツ禁止」と今ではかすれて読みづらくなった落書きがある。それはそのむかし、夜な夜な総武線の線路沿いをうろつく女の幽霊がいて、その辺りで西野カナの「トリセツ」を唄うと、唄った者に恐ろしい災難が降りかかることから、誰かが通りすがりの酔っ払いに注意喚起したものといわれている。 当時一世を風靡した「トリセツ」だったが、時代とともに戻れていき、今では一部の熱狂的ファンを除けばそらで唄える者はそう多くない。多くの流行歌がそうであったようにそれは当然の成り行きといえたし、ここ最近でその幽霊の目撃情報を耳にしたことは一切ない。 むかし、妻子がある身でありながら毎晩のように女遊びに明け暮れていたサラリーマンがいた。ある夜、サラリーマンは大そう酔っ払って終電を逃し、浅草橋の駅前から線路沿いに秋葉原方面に歩いていた。酔っ払いの帰巣本能とでもいうべきか、自宅がある新宿方面に帰ろうと思って。高架下を通りかかり、「トリセツ禁止」の落書きを目にすると面白がって「トリセツ」を大声で唄い出したが、何が起こるでもなく西口の辺りまで来た。すると、そこに黒いベンチコートからすらりと伸びた生足姿のきれいな女性が立っていて、彼を見て親し気な笑みを浮かべて近づいてきた。いくら酔っ払っていても女の相手に慣れていると自負するサラリーマンも、今にも口からこぼれてきそうな下心をどうにか飲み込み、親し気に彼女に笑い返した。 そこで記憶は途切れた。気がつくと、サラリーマンは自宅のベッドに全裸で寝ていて、二日酔いでズキズキ痛む頭を抱えながらリビングに行ったのだが、そこには誰もいなかった。時計を見ると時刻は午前八時まえ。平日のこの時間にリビングに誰もいないなんて変だし、娘はすでに登校していたとしても、妻の姿までないというのはいくらなんでもおかしい。そう思いながら妻の名前を呼び、ダイニングテーブルまで歩み寄った男はその上に置いてあった一枚のメモを手に取った。そこにはこう記されていた。 「実家に帰らせていただきます」 メモを何度か読み返し、それから彼は慌てて家じゅうを捜索し始めた。浴室から洗面所、それにベランダまで。そして娘と妻の部屋に足を踏み入れ、言葉を失った。彼の視界にはベッドから家具までありとあらゆるものがなくなった、真っ白な空間が広がっているだけだった。
―いや、まあ、わかんなくて当然スけどね、アイドルなんスよ ―はあ、アイドル ―いやあ、しかし、まいったなあ ―標的がカネサカミオなんですか? ―いえ、ちがいますよ ―え? ―今回の標的、どうやらカネサカミオのファンらしいっスわあ 姿は見ていないけど、声の感じから察するに、男はだいぶ困惑してるみたい。 ―データになかったなあ、いや、まいったなあ ―カネサカミオのファンだと、マズいんですか? ―ぼくもファンなんスよ、カネサカミオの、だから、なんというか ―仲間意識みたいな、ですか? ―そういうことなんスかねえ ―じゃあ、今回はあきらめて… ―いえ、やりますよ、仕事なんで
―ああ、ごめんなさい、話しかけちゃって、暇だったもんで、つい ―いえ ―気にせず食べてください、お昼休み、そんなに長くないっスよねえ、ささ、食べてください ―はあ 運びかけていたウインナーを口に放り込み、飲みこんでから聞いてみた。 ―やるんですか? 釣り人に「釣れますか?」と聞いているような感じになってしまった。 ―ま、そっスね、やりますね 私の調子に合わせてくれたのか、 ぼちぼち、かかってますかねえ と釣り人が答えるみたいな調子で返ってきた。 ―あっ、マジか ―え、どうかしたんですか? ―カネサカミオ ―え? ―カネサカミオ、知ってますか? ―ごめんなさい、誰ですか?
見回してみるのだけど誰もいない。 ―おいしっスか? また声がした。 どうやら、後ろの男からのよう。 ―ええ、まあ 不意を突かれ、マヌケな返答になってしまった。 ―いっスねえ ―い、いえ、たいしたものは入ってないんですけど 普通に答えてしまってるけど、はたして、いいんだろうか。 ―白メシにふりかけ、玉子焼き、ウインナー、ほうれん草のごま和え、あとは、金時豆とたくわん、っスか ―え、当たってます ―へへっ ―すごい、すごいです ―いえいえ ―こっち見てないですよね、なのに、なんでですか? ―わずかなにおいと咀嚼音、っスかねえ ―へえ、ほんとすごいです ―いえいえ ―職業柄、ですか? ―まあ、そんなとこっスねえ ときどき出てくる軽い受け答えが、殺し屋には似つかわしくない。 殺し屋らしくない男に、けれど私は、普通に感心してしまった。
頭頂部が禿げ散らかした親父が、一斉に消えた。 代わりに、頭頂部に穴が開いた人間が、一斉に現れた。 何を隠そう、私もだ。 天使の輪っかができていた自慢のキューティクルは、完全に存在を失った。 さらに最悪なのは、穴を覗くと、心の声が浮かんでいる。 私も、私以外も。 「私、○○君のこと大好きー」 と媚を売っていた友達が、頭の穴に『金だけ野郎』と浮かんでいて、振られたというのは友達の間では伝説だ。 かく言う私もとらぶったことはあるが、人のトラブルを嬉々として話すのは好きではないため、詳細は控える。 まあ、そんなこんなで、最近は皆帽子をかぶっている。 夏でも冬でも関係ない。 誰だって本音を見られたくない。 スマホと同じ。 知らないほうが幸せなことはきっとある。 「ねえ、帽子とってよ」 「ええ? どうしよっかなー?」 ところで最近、パートナーとの間で、頭の中を見せ合うことがブームになっている。 迷惑な話だが。 常に繋がり続ける世代の悪いところが出たと、大人たちは分析していた。 正直、見せてもいい気持ちはある。 でも、自分の頭の穴に浮かんでいる言葉は、自分で見ることができないのが恐い。 鏡には映らないし、写真にも写らない。 だから、何を見られるのかわからない。 一度、『肉まん肉まん肉まん』と思い浮かべながら、親に頭の穴を見てもらったことがある。 浮かんでいたのは『腹減った』だった。 だから恐い。 「先に俺が見せるから」 パートナーが見せてきた。 これで、私は後に引けなくなった。 しぶしぶ中を覗く。 『おっぱい』 「どうだった?」 驚いた。 そういうことに興味なさそうな人だったし、今も興味ありませんよって顔に貼りつけてるのに。 「おっぱいって浮かんでた」 パートナーの顔が固まった。 なんだか突然汗をかき始めた。 「ごめん、急用思い出した」 どっか行った。 一人になって、時々考える。 この文字は、本当に心の声なのだろうかと。 どんな研究でも原因がわからなかったから、多分そうだと言われているだけで、心の声だという保証はどこにもない。 もし、もしもだ。 この心の声とやらを自由に操れる人がいたとして、その人が世界を自由に操るために作ったのではないだろうか。 そんなことを考えてしまう。 五年後。 私は結婚した。 相手は、頭の中を比較的見せないタイプで、プロポーズの直前にだけ見せてきた人だ。 『きっと大丈夫なはず』 自信と弱気が混じっていたのがおかしくて、思わずオッケーした。 ちなみに、その時の私の心の声は、『お腹空いたな』だったらしい。 確かに、空いてはいた。 でも、もしかしたらと緊張もしていたから、やっぱり当てにならない。 初めての夜。 眠りこけた後、私は夢を見た。 よくわからないじじいが、私を見ていた。 どことなく私のお父さんに似ていたので、先祖の誰かだったのかもしれない。 じじいは頭の穴を私に見せてきた。 『上手くいった』 目を覚ます。 眠りこけた配偶者を見ながら、心の声は先祖が子孫を幸せにするための道具で、私たちはいいように操られたのかもしれない、なんて考えてしまった。
《Ba.朝顔》 御茶ノ水駅で降りて、キオスクで缶チューハイを買う ベースを背負いながら、休日の街を歩いていく 線路沿いに歩いていくと十分もすれば秋葉原のスタジオに着く 缶チューハイを飲みながらビル群の間に走る電車を眺める 秋葉原はいつだって賑わっていて、外国人も多い 初めてきた時は色んな人がいて驚いたけど、何年も通っているとさすがに慣れてしまう 高架下には川が流れ橋を渡った先にスタジオFがある pm6:00時間ぴったりにスタジオに着く 「おつかれ」 「おつかれ」 「お疲れ様です」 スタジオにはDrs.金木犀とVo.桜の夫妻がセッティングを始めていた。 自分もベースのセッティングを始める。 「朝顔さん。今日はGt.山茶花さんは仕事がまだ終わらないみたいで、遅れてくるそうです」 「あっそうなんだ。山茶花さんはいつも忙しそうだよね。スタジオの日は車にギター積んで現場に行くらしいよね」 「へーそうなんですね」 ドラムは高さや位置を調整する。 ベースはチューニングを。 ボーカルはマイクのチェックと歌詞の確認。 まだGt.山茶花が来ないので3人でジャムってみる ドラムがエイトビードで進む 同じ道をベースが歩く 自然と体が動き出す ボーカルが適当な英語で歌い出す リズムが合う 転調もスムーズに乗り換えていく 古いアメリカのオープンカーに乗って荒野を走る3人 車は埃まみれでガソリンが底をつきそうになっている 3人は喋らずただ前を進む 乗り心地が良いわけでもないが、とても心地良い そんな中スタジオの分厚い扉が開く 「おつかれー!やってるねー!」 Gt.山茶花が遅れて到着した 皆、車を降り 荒野はアンプとドラムセットに押し寄せられたカビとタバコ臭いスタジオに戻ってくる 「今のもっかいやろう!」 ギターのセッティングを早々に終わらせて山茶花が言う 「朝顔さん今のもっかい出来ますか」 Vo.桜がきいてくる Drs.金木犀を見るがくび傾げている 「いや、何か、適当に弾いてたから、無理かも」 「私ももう一度歌えと言われても覚えていません」 「まぁ一旦タバコ吸いますか」Drs.金木犀が言う 「俺来たばっかだよー」Gt.山茶花が残念がっている 【黄色い手紙】 ガタガタと揺れる ツギハギだらけの車 デコボコの道を お月様のある方へ行く 時々忘れて たまたま思い出して ララララと歌えば お月様はフフフと笑う この道はどこまで 気が合うわけでも 愛し合うわけもでも 求めてるわけでも 必要だとしても 同じ道を走るだけ 君が落とした黄色い手紙を 僕は拾って読まずに捨てた 君が落とした黄色い手紙を 僕は拾って読まずに捨てた 風が吹こうとも 雨が降ろうとも 道がなくなっても 前を見続けてる 夢があるわけでも 約束があるわけでも 道があるわけでも 君がいるだけで、もう