リスと小鳥とネズミの物語

深く暗い森の奥に、年老いたリスのおばあさんがひとり住んでいました。 おばあさんは毎朝、杖をつきながら森の奥へ 食べ物を探しに歩いて行きます。 ある日のこと。 木の実を拾っていると、聞きなれない鳴き声が耳に届きました。 「ピィ、ピィ、ピィ…」 声のする方へ向かうと、苔むした切り株の陰に小さな鳥の子どもがうずくまっていました。 羽はまだ生えそろわず、大きな口を開けて泣いています。 「どうしたんだい」 声をかけても鳴き続けるばかり。 「親とはぐれたんだね」 おばあさんはその子を抱きかかえ、家へ連れて帰りました。 小鳥はピィ、ピィと鳴き続けます。 おなかがすいているのでした。 けれど家の中に食べ物はありません。 おばあさんは虫を捕まえて食べさせましたが吐き出してしまいます。 花の種も駄目でした。 「困ったねぇ…何が食べたいんだい」 そこへ、ドンドンドンと扉を叩く音。 「ちょっと、ばあさん」 隣に住むおばさんリスでした。 「ピィピィうるさくてかなわないよ。静かにしておくれ」 「ごめんよ。子どもを拾ってきたんだけど、鳴きやまなくて困っているんだよ」 「なんだい、その汚い子どもは。とっとと捨ててしまいな」 そう言うと、おばさんは怒って帰っていきました。 翌日も小鳥は鳴きやみません。 おばあさんは隣の家を訪ねました。 「すまないが、少しだけドングリを分けてもらえないかね。あの子が欲しがるようなんだよ」 けれどおばさんは顔をしかめました。 「冗談じゃないよ。大事な実をあんな子にあげられるもんか。欲しいなら自分で取りに行くんだね」 おばあさんは黙って頭を下げると、心に決めました。 ──あの山の向こうに残る大きなドングリの木へ行こう。 それは若い頃の苦い思い出の場所でした。 夫と実を拾いに行ったとき、人間の作った広い道路を渡らねばなりませんでした。 そこで夫は車にひかれて命を落としたのです。 それからずっと、その道はおばあさんにとって恐ろしいものでした。 けれど今は違います。 小鳥のためなら、恐れを越えてもかまわない。 おばあさんは走り出しました。 轟音を立ててすれ違う車。 小さな足はもつれそうになりながらも、心はひとつの願いで満たされていました。 「どうにか…たどり着けたよ」 大木の根元には、黄金のように輝くドングリがたくさん落ちていました。 おばあさんはポケットに実を入れ、家へ帰ろうとします。 「さぁ、帰ろう。あの子が待っている」 けれど再び道路に立ったとき、老いた足は思うように動きませんでした。 ついによろめき、転んでしまいます。 ポケットから転がり落ちた大切な実。 それを拾おうとした瞬間──。 大きな車が、おばあさんの小さな体を飲み込んでいきました。 そのころ、家では小鳥がまだピィピィと鳴いていました。 やがて扉を叩く音が響きます。 「おい、ばあさん、いるのかい」 隣のおばさんリスでした。 けれど部屋の中にはおばあさんの姿はなく、ひとり、小鳥だけが鳴き続けています。 「うるさい子だねぇ。…仕方ない」 おばさんはしぶしぶ、自分の家からドングリを持ってきて口に放り込みました。 小鳥はしばらく鳴きやみましたが、すぐに吐き出し、また声をあげます。 「なんだいこの子は、もう知らないよ」 そう言い捨てておばさんは出ていきました。 おばあさんは、もう帰ってきません。 やがて鳴き声は途絶え、 小鳥は静かに、冷たくなって横たわりました。 森の奥に夜の帳が降りると、ただ木々だけがその小さな命の終わりを見守っていました。 ──物語はそこで終わりました。 照明が少しずつ明るくなり、朗読をしていた女性がマイクを握った。 「皆さま、本日はお忙しい中、弊社主催の投資セミナーにご参加いただき、ありがとうございます」 正面のスクリーンに、大きな文字が映し出された。 『未来の子どもたちのために、里山にドングリを植樹しよう』 すると、ステージのそでから、高級なスーツを着た中年の男が現れた。 拍手が響くなか、司会者が声を上げた。 「皆さま、お手元の資料をご覧ください」 資料には、植樹をするために必要な金額が書かれていた。 「高いな…」 参加者が、となり同士で小声で話している。 すると、気づいた男が、マイクを持ったままステージを降りた。 「この植樹は投資です。損はしません。ドングリの木を植える“権利”を買っていただく。何本でも構いません。それを親戚や友人に紹介すれば、その分の利益があなたに入る。これを繰り返すだけです」 男はゆっくりと会場を見渡し、声を張り上げた。 「植樹しますか?」 「植樹します」 そして一歩近づき、もう一度言った 「植樹しますか?」 「…植樹します」 男はほくそ笑みながら、小さく呟いた。 「よし。また、たくさん子どもが生まれた」

「ラテアート」

「私、砂糖入れないと飲めなくて」  いつものように向かい合って座る、君と私。向こう側の君は、地に着かない足を揺らしながら、塊を二つほど、カップの中に沈めた。 「あれ、それ、ラテアート?」  君は、物珍しそうに私のカップを見つめる。 「そう、描いてもらったの」 「へえ、すごいね」  優雅に座る猫の絵。見慣れているようなそんな絵でも、ラテの上に描かれていると印象が違う。  これを描くために、お店の人はどれほど努力したのだろうとか、そんなことを考える。 「でもさ、ラテアートってなんか、飲めなくない?」  口からカップの縁を離した君は、そう言葉を漏らす。 「わかる、もったいないかも」 「じゃあなんで頼んだのさ」 「いやまあ、珍しいし、すごいし。見てみたいじゃん」 「そうだけど」  もったいない。積み重ねられたものが、この線が。  色の境界が歪んで溶けていくのが、物悲しく感じてしまう。  それはきっと、当たり前のこと。 「まあもったいないけどさ、一応ラテなんだから、飲まないとアレじゃん」 「……そうだね、捨てるわけにもいかないもんね」 「それとも、ずっとそのまま取っておく?」  悪戯っぽく君が笑う。もちろん冗談だろう。 「そんなことできるわけないでしょ。どうせ崩れちゃうんだから」  どうせ崩れちゃう。  不意に、自分の口からそんな言葉が漏れ出た。 「まあ何でも良いからさ、冷めないうちに飲んじゃいなよ」 「うん、そうだね」  カップを傾ける。  少しずつ混ざり合っていく二色の液体を一瞬見つめた。  そうして店を後にした私たちは、 また行く当てもなく歩く。  いつものように、互いの手の中の温度を感じながら。  私たちのこの境界も、いつかは崩れてしまうのだろうか。  そのとき、私たちは、どうなってしまうのだろうか。 「どうせ崩れちゃうんだから」  どうせ、崩れてしまうのなら。    握った手をほんの少しだけ強めて、隣で笑う君の顔を見つめた。

ショートショート作家

診察室で、男がうつむいていた。 「先生、私は……」 「あなた、最近オチばかり考えてるでしょ」 「はい」 「何だっけ? 蛇口から、漢字の水がたくさん流れて、排水溝が詰まった? これの何が面白いの」 「はぁ……」 「これ、思い付いたとき、ニヤけたでしょ」 「ダメですか?」 「重症だね。少し頭を休めなさい」 クリニックを出ると、男は幹線道路沿いを歩き、自宅へ向かった。 すると、サイレンを鳴らしながら、パトカーが通りすぎた。 「そこの車、左に寄せて止まりなさい」 道路脇には、パトランプから落ちた『あと二人』の赤い文字が転がっている。 一瞬、足を止めた。 「……いいじゃん」 男は、ニヤけ顔でポケットからネタ帳を出した。

エイリアンズ

世間を知ることを若い人に求めることは不可能だ 世間知らずが時間をかけて、恥をかき悔しがり、無我夢中で生きたその事が知識となる それまで待たなくてはならない 僕らを待ってくれたように 電車の手摺が氷のように冷たい 夥(おびただ)しい数のポリタンク この辺の町は家の向きが不揃いだ 農薬を散布する人 鳩と鳩 貧血気味で疲れすぎて声が出ない 自己主張する不安と遠慮する余裕 この辺は同じような家ばかりだ トンネルに入ると窓に自分の顔が映る 少し若く映る 誰か川に落ちている石ころを数えたことがある人はいるのだろうか フェルマーの定理は四角形の話をしているんだとしてしまえば、2しかない事が分かる 知らないことを感動は出来ない 水を飲む姿は、そのまま「私は生きるぞ」という意思を表している ファンが着いたサイボーグがはびこっている 家に帰る道のりのほとんどを親が手を引き、家に着く直前は子供が親の手を引いて走る 茸を買いに行って茸だけを買い忘れる 電車が当たり前のように時刻通り運行している 扉が勝手に閉まる エレベーターで降りやすいようにと、閉めるのボタンを押してしまう自分を酷く責めてしまう 英語で何か話している 男性と女性は別々の星のエイリアンだと思う あんなに惹かれてしまうのは他に説明が出来ない あんなに理解が出来ないのは他に説明が出来ない 身体の作りも若干違うし 手に書いたボールペンのメモが汗で滲んで読めない 英語で何か話している 遅くまで残業をして帰るあなたが、くだらないこの散文を楽しんでもらえたら幸せです いい加減靴が壊れそうだ 主体性がない人は責任がない代わりに、生きている意味も無さそうだ ずっと怯えている様にもみえる 勝手だけど マルはよく人を観察している 鳴き声を聞いたことがない マルに懐かれる人は幸せだろう その人はマルの声を聞けるのだろう

鳩のピピン

ピピンは世界中のどこにでもいる一羽の鳩に過ぎなかった。見た目だって、皆が近くの公園や駅で見かけるあの鳩さ。でもピピンが他の鳩と違っていたのは、音楽が好きだってこと。お気に入りの場所は、コンサートホールの屋根の上。演奏者たちは気付いていないが、ピピンも立派な聴衆のうちの一人なんだ。

me two

ずっと言えない悩みをつぶやいた。 「体は男なんだけど心は女 もう女になっていいですか」 出た息すら吸いたくなくて鼻も口も目も 全部閉じた。 「全く同じことで苦労しています」 しばらくして 音が聞こえて開いたら返信が来ていた。 ────私から。 何もコメントしなかった。

議員予備校

「模試どうだった?」 「なんか、難しかったね」 昼休み。学食を食べながら、男女が向かい合った。 「問3はサービス問題だよね」 男は鞄から問題用紙を出した。 『問3 裏通りにある料亭。ある企業の社長が紙袋を差し出した。中には現金が入っている』 「この答え、《怒》と《哀》?」 「いや、《喜》と《怒》よ」 「そっか……」 議員予備校。多くの議員が、この学校を卒業している。 「じゃあ、問7は」 『問7 外国人が二人、我が国の地図を広げている。二人は酒を交わしながら、国境を指でなぞった』 「これは、さすがに《怒》でしょ」 「残念。《楽》ですって」 「嘘でしょ」 「今の外務大臣、正解だったらしい」 「引っかけ問題じゃん」 男は、黙って問題用紙を閉じた。

居場所

最初に寄生した人間には たくさんの仲間がいた。 白血球も屈する地位を手に入れていたが 上に立つ者の指揮が危うかった。 なにより未来がない。 もうすぐこの人間は病死する。 私には合わなかった。 次に寄生した人間は 評判の良いウェブサイトで紹介されていた オススメの寄生場所で出会った人間だった。 仲間はほとんどいなかった。 綺麗で免疫力があるような感じで、 新鮮味があってワクワクしたが、 健康な人間特有の リッチ臭いコミュニティが鬱陶しくて辞めた。 私には合わなかった。 また次に寄生したのは 前に寄生した人間で仲良くなったウイルスが ウワサでは良い物件だと教えてくれた人間だ。 ここには私のように何人か経験したウイルスが たくさんいて、 古参もみんな優しいウイルスばかりだった。 中堅のようなボジションを持つ仲間もおり、 ウイルス関係には恵まれたところだった。 体の環境がだんだん悪くなっていき、 治安も悪化していくまではよくあることだったが、 いけすかないやつらに目をつけられたので さよならも言わず逃げた。 今度こそ大丈夫だと寄生したのは 良物件な人間をネットサーフィンの如く 探し練り歩き始めて三日ほど経って辿り着いた 人間だった。 仲間がたくさんいたことと 話の合う別種のウイルスに恵まれていたことが 決め手だった。 まさに理想郷。 ウイルス関係も良く、程よく不健康で、 どストライクに 私が住みやすい環境作りがされていた。 すっかり慣れるほど過ごしたが、 辞めた。刺激がなかった。 仲間たちや他のウイルスも 特異点のないつまらないやつばかりだった。 平坦な暮らしの満足心と戦い、 自分はもっと成長したいんだ。 と投げやりに言い放ってまた逃げた。 この時から 自分は本当に逃げているんじゃないか と思うようになった。 合う合わないとは何なのか。 そもそも自分はどんなウイルスなのか。 分かってんのかと言われれば分からなくて 分からないのかと言われれば分かるような 死に迫る勢いの不安に涙で彷徨った。 時には適当な人間 の中の適当なコミュニティを見つけて 障害者のように叫び荒らし追い出されることも 気持ちが爆発したゆえに大きなミスを犯し その場全員に嫌われて出禁になることもあった。 そんなことを繰り返して、 自分を見つめ直すようになったのは 最近のこと。 見つめ直した上で自分を認め、 冷静に人間を吟味するようになった。 自分を知ったことで合う合わないの感覚を しっかり掴んでいく新たな歩みを手に入れた。 今は最初に寄生した人間で ひっそりと暮らしているが、 他の人間も悪くはなかったかもしれない。 そう思えるだけで自分は成長したと思う。 周りの環境ではなくて、 自分が進化するべきだったのだ。 そう意識して人間を巡っている。 まだ居場所と言えるものは見つかっていない。

女諜報員

私は、女諜報員。 任務は、この国の男性と結婚し、日常をノートに記録すること。 《指令1 一日の出来事を記録せよ。我が国との違いを把握せよ》 夜になると机に向かい、黙々と書いた。 数か月後、新聞のチラシに紛れて、メモが入っていた。 《指令2 買い物を記録せよ。我が国との経済の違いを把握せよ》 買い物から帰ると、レシートを広げ、商品名と値段をノートに写した。 私は結婚し、やがて子どもが生まれた。 届いた花束には、メッセージカードが添えられていた。 《指令3 子どもの成長を記録せよ。我が国の子どもたちの参考になるだろう》 私は、家族の日常をブログにアップした。 すると、編集者の目にとまった。 日記はエッセイに。 買い物記録は、主婦目線の経済書に。 育児記録は、若い母親向けのハウツー本に。 私の記録は本になり、評判が広がっていた。 玄関のチャイムが鳴る。 ポストには、メモが。 《指令4 今までの記録を全て本国に送れ》 私は、電子書籍のURLを書いた紙を封筒に入れた。

「純喫茶雪月花」 3

坂を下った先で、海が、僕を呼んでいる。 潮の香りが、やけに強く感じられる。 さわがしい脈の音が、重く冴えのないおなかの痛みが、そう思わせているようだ。 白い看板が見えてきた。 すこし色が褪せて、それでいて、味がある。 マスターみたいだな、と思い、僕とは、ずいぶん距離があるな、と思う。 夏休み、はじめての週末。 部活が休みのその日、僕は、店に行ってみた。 「純喫茶雪月花」 週末だけの、夏休みだけの、管理人。 ここが、と体が硬くなる。 とはいっても、喫茶店をするつもりはない。 といって、何をやる、ということもないまま、ここに来てしまった。 あたり前に、なかは静かで、でも狭い店内は、いつもより、やたらと広く感じる。 扇風機が濁った空気をかき回す。 その渦が、僕の気持ちをもてあそび、かき乱してくる。 窓を開け、簡単に掃除をして、気持ちを整えていく。 誰か、来てほしい気持ち。 誰も、来なくていいとの思い。 ただ、ここにいることで。 ただ、ここにいることが。 波の音が、僕を、やさしく抱きしめてくれようとするのを、すこし、鬱陶しく思う。 誰も来ないまま、何も起こらないまま、ゆるやかに、時間は、すぎていった。

ある夜の話

「あの、変わってもらえませんか?」 「何をですか?」 「僕は、あの娘に介助をお願いしたい」 ベッドの上で、中年の男が視線を上げた。 「ここ、同性介助ですが」 「僕、見てるだけです」 「それって、結構セクハラですよ」 「合理的配慮でお願いします」 薄暗い部屋に、デジタル時計が光る。 「まぁ、上に相談してみます」 「僕、不安定になるかも……」 「はい。お大事に」 男は扉を閉めた。

畑に農薬をまく人々

畑に農薬をまく人々 真夏の畑は虫との闘技場なんだろうに アスパラを半分に切って再会だった 妻の体が年々弱っていく きっと早く死ぬと思う 息子が大人になるまでは待ってもらいたい 強い人だけど 僕は彼女がいなければ死ぬだろう 息子が大人になるのを地獄のように耐えると思う マスクは日本版ヒジャブになっている気がする 息子が悲しまないために生きているだけだ 折りたたみ傘が錆びている 休みの人達が電車に増えている 楽しそうでとても良い 人が歩いていない 窓の開いた車をみない

ある夜の話 其の二

「あの、なぜいつもあなたなんですか?」 「何がですか?」 「僕は、あの娘に介助をお願いしたい」 ベッドの上で、中年の男が笑った。 「僕、両手が不自由じゃないですか?」 「ここ、そういう店ではないですよ」 「横になってるだけです」 「それって、もうセクハラですよ」 「バリアフリーでお願いします」 薄暗い部屋に、デジタル時計が光る。 「まぁ、上に相談しておきます」 「僕からも話していいですか?」 「はい。ご自由に」 男は扉を閉めた。

「純喫茶雪月花」 2

「雪月花って言葉、知らんのか?」 すんなり教えてくれてもいいだろうに。 困り果て、僕がスマホを取り出すと、 「すぐスマホだ、いまの若いのは」 「だって、便利なんだよ」 「知ってる。オレだって持ってる」 自慢するほどではないそのことを、大威張りでマスターは口にする。 聞いててなんだか、恥ずかしくなってしまう。 その恥ずかしさから逃れるように、僕は手のなかのスマホで、雪月花について調べた。 「ないんだね、夏が」 「そういうことだ」 「そういうことって?」 「ニブい奴だな。そんなこっちゃ女にモテんぞ。夏がない。つまり、夏はお休み」 「休んで、どうすんのさ」 「この国の暑い夏からオサラバさ」 「海外? この店は? もったいないね」 「ん、もったいない? そうか、ならお前、夏休みのあいだ、この店、頼むわ」 「ええ、な、ちょ、そんな」 「なんだっていい、有料の勉強スペースにして友だち呼ぶか? 家から好きな本、持ち込んだりしてな。駄菓子かなんか仕入れて、ちっこいのに売るんでもいいな。あるもん壊さなけりゃあ、なんだっていいぞ。どうだ?」 「どうって。でも、部活あるしさ」 「毎日じゃねえだろ。週末だけとか。それも含め、お前の勝手だ。な」 これが、僕が「純喫茶雪月花」の管理人になったいきさつだ。

健康的食生活三世代活用

 世は、大物価高時代。  貧しい私は安いパスタをまとめ買い、毎食毎食パスタ生活。  ソースを変えれば味変できるが、こうも毎日パスタだと飽きるのも事実だ。    ニュースでは、物価高によって若者の健康的食生活が脅かされていると叫ばれる。  昔の人はさぞいい物を食べていたのだろうと、私は父親のところへ行った。  私は不遇なのだ。  さぞいい物を食べて育った世代に、嫌味くらい許されるだろう。   「お父さん。大学生の頃、何食べてた?」 「パスタ」 「他には?」 「パスタ。お金なかったし」    おかしい。  想定と違う。  昔はソースの種類も少なくてな、と昔話を始める父親を放置して、私は祖父の元へと向かった。   「おじいちゃん。大学生の頃、何食べてた?」 「昔は、大学なんて行く人、ほとんどおらなんでな」 「じゃ、高校生の頃でいいや」 「パスタ」 「パードゥン?」 「パスタ」    パスタ二連続。  どうした、我が家は呪われているのか。  前世でパスタに悪さでもしたのか。   「ひいじいちゃん」 「おにぎり」        私は、今日もパスタを作る。  物価高になろうがなるまいが、なんか皆パスタだったから。   「ほな、しゃーないか」    地域限定の珍しいパスタソースを取り寄せたので、今日はリッチなパスタさんだ。

「純喫茶雪月花」 1

「ねえ、マスターから聞いたんだけどさ。夏休みのあいだ管理人だって? どゆこと?」 言ったキイの背後で、夏の青がまぶしい。 真っ白な飛行機雲がすっと走れば、完璧なのに。 「いろいろあって」 「いろいろって? てかさ、無理でしょ、あんたには」 「僕もそう思うけどさ」 「まったく、何、考えてんのかな、あの人」 キイがスマホを取り出す。 「どうすんの?」 「マスターに真意を確かめようかなって」 キイが耳にあてる前、僕は、スマホの画面を手でおおった。 その影が、不自然にも思えるほど黒い。 「ちょっと、何よ」 「もう、日本にいないんだ。マスター」 休憩時間が終わり、部活再開の合図が遠くで響く。 キイとの会話はそれで終わり。 セミの声がやけに響く、夏休み前の午後のことだった。

君だけに求める個性

 私の名前は、キラキラしている。  白色の【白】とお姫様の【姫】で、プリンセスだ。   「白どこ行ったんだよ」    と、男子に爆笑されたが、私もそう思うので、怒るに怒れなかった。  代わりに恥ずかしさで涙がこみあげてきて、男子を焦らせてしまった。    一度、お母さんに聞いたことはある。   「ねえ、お母さん。なんで私の名前。白姫なの?」 「いい名前でしょ? あ母さん、貴女が世界一好きだから、世界に一つだけの名前を考えたの」    お母さんは、キラキラと輝く目で言った。   「そ、そうなんだ」 「プリンちゃんも、可愛いと思うでしょ?」 「う、うん。そうだね」    お母さんは本気で私のことを想っていたから、怒るに怒れなかった。    でもね、お母さん。  私、知ってるんだ。  お母さんは自分のことになると、絶対に世界に一つだけなんて考えないことを。    知ってるよ。  結婚指輪、お父さんに給料三か月分をねだったんだってね。  結婚した日、令和八年八月八日をねだったんだってね。    お義母さんは、皆が思う『いいもの』を自分にあげるのに、どうして私には皆と違う『いいもの』をくれようとするの?    笑顔で抱きしめてくれたお母さんに表情を見せたくなくて、私はお母さんの胸に顔を埋めた。

「ヒツジの話」

新落語 誰もが知っている 「ヒツジの話」 今宵は、ロング このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 日本語で長い 文字を変更 ロング から ロンク それからどうした ヒツジの言い違いから生まれたことば そのあとどうした ヤギとなる これはなに メイメイで そのわけは 考えてくれ こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

五本の指

 電車のドアが開くと、熱気の塊が先に乗り込んで来た。押しのけるように私は降りる。電車を待っていた人たちの中に、浴衣を羽織っているのが何人か居る。仰ぐ団扇の風が、私の首元の空気を微かに揺らした。  いつもなら硬く響く改札の雑踏は、今日は揉まれ柔和になった蕎麦の生地のようだった。人から発せられた音が人へ吸い込まれていく。  改札の先に、茶褐色の背中が露わになった二人の女性が、しきりにスマホをいじっている。足元にはそれぞれの子供があるべきところに収まっている本のようにじっとしている。子供の手にはヨーヨーのような物がぶら下がっている。風船なのにどこか硬くつくたびに中で暴れる水の感触が私の右手の、そのまた五本の指の、それぞれの内側に蘇る。  一瞬ゴムの香りがした。

夏が

夏が室外機に見える 金色になった草の墓場が広がっている 白いスニーカーは晴れの日に良く似合う 「花火をやろう」と友達の家の側まで呼ばれて、川に降りて花火をした 友達は浴衣を着ていたけど、僕は何も言わなかった なんて言っていいのか分からなかったし、何か思ったかも覚えていない ただ、子供同士は綺麗という言葉が合わない まだ、あの橋の下の暗がりを覚えている 花火がついたまま二人で橋の下へ入っていく、あの場面を 夏は暑い。それだけ アイスコーヒーが美味しく感じる 恋が夏に始まっただけ。春でも冬でも良かった 恋が終わるのはどう決めるのだろうか クーラーが不憫だ

赤き姫

「私と結婚してください!」    叫んだ瞬間、姫は死んだ。    全身が赤い血と化し、赤い炎が全身を包んで、燃え尽きて死んだ。  不老不死の姫君。  彼女が、相思相愛になると絶命するなんて知らなかった。    墨の影だけが残る地面を見つめながら、私は自分が赤になる方法を考え続けた。

空を映す便箋

 雑貨屋で買った、真っ白な便箋。  ぼくは、買ったそれを夜空に向けて、一分間待つ。   「できた!」    真っ白な便箋には夜空が映り、紫と黄色の鮮やかな色が浮かんでいた。  ぼくはペンを手に取り、彼女を顔を思い浮かべながら、文をしたためていく。    星の輝きが眩しい空の色は、都会では決して見ることができない。  文字を書いている間も視界に入り、思わず見とれるほどだ。   「驚いてくれるかな?」    遠くまでやって来たかいがあった。  そんな思いで、手紙を完成させる。  近くの郵便局で切手を買い、ポストへ投函。  田舎の消印が押されて、彼女に届くことだろう。        そして、数週間以上が経過する。  彼女から、返事が届く。   「……やられたなあ」    便箋に映るのは、鮮やかなオーロラ。  消印は、もはやなんて書いてあるのか、よく読めない。  国際郵便であることは確かだ。   「オーロラが、見てみたいな」    彼女からの返事を読みながら、次はどの空を映そうか考える。  彼女を驚かせることのできる、鮮やかな空はどこにあるのか考える。   「富士山でも登ろうかな? それとも、ギリシャやエジプトの歴史ある空とか?」    未だ見たことのない空を思い浮かべながら、ぼくは便箋を買うために雑貨屋へと向かった。

世界を騙してるが僕は手の内を明かしてしまいがち

 彼女に人の顔をよく見てるね、と言われた。 詐欺師か心理カウンセラーとか向いてるかもしれない、と思う。 弱ってる振りをして同情を誘い金品を巻き上げる。 あるいは弱ってる人を助ける振りをして金品を巻き上げる。 実はそれは僕の知り合いがもうしている。 もうしている、合法的に。 合法なのだからいいだろう、と思っているのかも知れない。 物は言いよう。 子供を救わなかった罰を僕は受けている。 気付かないのだろうか? 僕はシステムに乗っ取りなるべく生産する。 心の声が野菜を作ってください、と言ってくる。 紙に書いた絵空事は活動の資金源。 どっちを取るべきか迷う。 宗教産業。 治すべき人を治さない。 大の大人が寄り合って会議をする。 結局救えない。 暗い話題だ。 田舎では何でもかんでも病気にするな、という慣習というか見方があるらしい。 田吾作の文章は何も生み出さない。 ようは僕もあちらも詐欺師なのだ。

遠い意識

遠い意識 本の背表紙が並んでいる 左から、本のタイトルがあいうえお順で並んでいる 本の仕舞われている棚には埃が溜まっている 小さな白い虫が急いそと動いている 大人になって夏休みが嫌いになった 宿題を気にしなくてはならないし 道具箱の整理や清掃 帽子のゴム紐の確認も煩わしい すぐ出来るのにやりたくない 夏休みの宿題のように スイカは美味しいが生ゴミが増える 二三日経つと必ず種を見つける 電車では本を読むが書いている 嘘だ。綺麗な人を眺めている それもない。最近遠くなっている、か細い意識をどうにか繋ぎ止めている 妻からは病院に行ってほしいと言われるが 治す必要性も感じられない 次はどこに行ったらいいのか分からなくてクリア出来ない 新しいクエストが嫌で座標を動かせられない

笑う文化

男がテレビをつけた。 画面の中。 若い男がマイクを向けられている。 便利な人。 噛み合わない受け答え。 ワイプのタレントが笑う。 出ない方がいいと思えば、差別。 出たら、笑いの種。 本人が良ければ、許される。 男は静かにテレビを消した。

遊園地

昨日のデートは 少し物足りなかった 遊園地は たのしかったけれど ホットドッグは おいしかったけれど 抹茶フラッペは 冷たかったけれど 観覧車で ちょっぴり期待した 眺めは キレイだったけれど てっぺんに来るのが ドキドキだったけれど 手のひらは 汗まみれだったけれど なんのための 観覧車だったのかな なんか少し 物足りなかった

賞金稼ぎ

「編集長、今月の応募作品、やたら多くないですか」 「そうだね。今回は賞金が出るからね」 「それにしても、この数は……どれくらいAIですかね」 「半分くらいは賞金稼ぎかな」 「昨日、審査してくれる作家先生から、断りのメールがきましたよ」 「大丈夫。ちゃんと考えてある」 編集長は頬を緩め、応募作品が入ったUSBメモリーをパソコンに挿した。 「審査には、私たちもAIを使うことにした。総評も書いてもらう」 「それじゃあ、AIの作品をAIが審査するってことですか」 「AI vs AIだ」 ──審査発表の日。 スマホを前に、女の指先が震える。 ごみ箱の周りには丸めた紙が散らかっていた。 「今回は自信ある」 祈るようにメールを開いた。 『最優秀賞おめでとうございます』 ─総評─ 「作品の中で語られる主人公の言葉、私には作れない新鮮さを感じました」

魔術と呪術の中庸(あるいは東日本と西日本の)

 新しく出来た彼女は関西と関東の両方の特性を併せ持つ。 怒ると怖いらしい。 僕は彼女の欲しいものをなるべく用意する。 おかん怖いよ。 私あなたのママじゃないの🎵 練馬の百済は何故か大阪の枚方に生まれなかった。 ボーンスリッピー。 帰り際ほんまやなー、と言われる。 世界の終わりになっても女の子と遊んでいる。 あるいは世界はそれで安定するのかもしれない。 元カノの名字が変わる。 女の子は強い。 僕がアシストしたのかはわからないが幸せになって欲しい。 これをイマカノに送るとこれは私に向けての小説じゃないの?と嫉妬されてしまう。 僕は慌てて弁明する。 女の子は上書き保存、男の子は名前をつけて保存。 魔術と呪術。 真ん中をとるのは秘術らしい。 恋をすると寿命が伸びる。 今日は何か気分がいい。 秘術。 理論と思い込みの中間。 物理学の本を読まないと。 教会に来た女の子はアルゴリズムと呟いていた。 ヒントだ。 料理は出来る。 自転車に乗りながら歌も歌える。 つまらないかも知れないが小説も書いている。 畑仕事も自分を治すためしている。 明日も日が昇る。 世界のアルゴリズムは雑多に動くがここ3000年ほど複雑化しているので精一杯やろう。 そういえば秘術の話だ。 萌えからそして燃えから少し距離を取っていたがまた動き出したみたいだ。 骨まで燃やし尽くせ。 灰は灰に塵は塵に。 理論と根性との中庸。 明日から少し長雨が降る。 雨の中犬は愛を歌い地に満ちる。

俺以外タバコ吸うな死ね

 何か寝られなくて機嫌が悪い。 指先が震えてくる。 世間では煙草のアニメがやっている。 煙草なんてそんないいもんじゃねーよ。 戦争中に配られるものなんだから。 政府に上納してる税金が膨れ上がる。 傭兵は死体の山を築く。 大麻とか覚醒剤でもやってろ。 そんで国に反乱を起こせ。 これは何の罪に問われるんだろう? あ、ヤバい国家転覆罪だ。 僕しか煙草を吸わなくなれば国は大麻でも解禁するだろう。 酒を静脈注射してろ。 もしくは肛門に流し込め。 本当にやりたいことやって捕まるなら本望だろう? ただし責任は取れ。 僕は花の盗撮と見るハラと詐欺罪で捕まりそうだ。 悪いことして金作ってもいいよ。 ただし上品さが必要だ。 幼稚園児の悪戯の延長みたいなことが多すぎる。 政治家なんてその最たるもんだろう? 俺より餓鬼っぽいことやって金もらってやがる。 大人が全部正しいならこんな世の中になってねえよ。 俺の弾倉は不思議パワーによってまた弾丸を詰められる。 でも使うのは料理の包丁で料理するだけ。 セルフレジで他人の仕事を奪う。 仕事のための仕事。 ハリボテの世界。 考えがまとまらない。 パスタの放射能は上がる一方。 金を儲けて石油を飲む店員は何処か寂しそうだ。 まあ働いて税金納めて貰ってるから僕は僕に出きることをしよう。 オーバーワークになってるやつはキ○ガイがまともかのどっちかしかいない気がする。 俺はキチ○イの方だが。 本物がやっかんでくる。 偽物は猫をいたぶる。 中庸は無視する。 あるいは中庸こそが本物かもしれない。 価値観の転覆。 俺の嫌いな派閥はまあ必要悪なんだろう。 俺は必要ない悪。 毒草。 人を殺すのに必要な人が摘み取る植物。 なるほど俺は煙草の葉っぱと同じなんだな。 合点がいった。 死にたがりが多い。 皆俺を吸っている(妄想)

「死後の世界」

「死後の世界はあります」と彼はいった。 かくゆう僕も死後の世界に興味がある 「地球滅亡して新世界が創生する」 本当にあるのかもしれないと僕も思う。 僕は考える死後の世界では魔物が蔓延っていてダンジョンがあって、月一で強敵を倒す理想的な生活がある。…魔界かな。 偽りの偶像を崇拝して、もちろんベーシックインカムもある。なので働かなくても生きられる。 地獄にもワイファイもある。…良かったね そう考える一方でその人の信じる死後の世界があるのかなと感じる。 じゃなきゃ辻褄があわない。それぞれその信仰されている所に行くのかなと思う。…んこれじゃあおかしいかな。まあいいや 天地創生。女神転生

ポイント

日曜日の朝、八時。 幹線道路脇に、二人の警官が立っている。 「先輩。雨降ってきたっすね」 「寒いな」 歩道の植え込みの影に、レーダーを置いた。 「なんか、ずるくないすっか?」 「なにが?」 「レーダー隠してるし」 「見えたら、スピード落とすだろ」 二人は、気づかれないよう、身をかがめた。 「なんかこの瞬間、ワクワクしません?」 「あぁ」 「この前、釣りに行ったときと、同じなんだよなぁ」 「獲物を取る感じだ」 すると、一台の車が速度を超えて走ってきた。 「きたぞ」 「あっ、スピード落とした」 「バラシたか……」 水しぶきを上げ、余裕の顔で通り過ぎた。 「流れもポイントも、いいんだけどなぁ」 「おぉ、きたぞ」 「大物ですよ」 大型トラックが、スピードを上げて近づいてくる。 「あせるなよ。よし、ヒット」 待機していたパトカーが、サイレンを鳴らす。 二人は、停車したトラックに駆け寄り、運転席の窓を叩いた。 「運転手さん、飛ばしてたね」 「はぁ……」 「で、なに急いでたの?」 「鮮度が命なんで……」

8月8日

キャスちゃん へ 8月8日は何の日? 結婚記念日 8は無限マーク これからも、私たち夫婦は無限にやっていけるのかな 最近、自信がないんだ 肌が弱いから、化粧といえばリップを塗るくらい 基本はTシャツとデニム、たまにカジュアルなワンピース あなたは、私がどんな格好をしようと、特に感想は言わない 部屋は心の中と同じで散らかっている あなたは、帰宅すると何も言わず、コロコロで床を掃除する 料理は得意じゃない あなたは、味の評価はしないで「うん、うん」と呟きながら、それを食べる スーパーで何を買うにしても考え込んでしまう あなたは「ゆっくり決めていいよ」と言って、どこかへ行ってしまう 前日は楽しみに準備していても、出かける直前になると、床に突っ伏す あなたは「なっち、寝ちゃったんだ」と言って、怒らないけど心配もしない こんなズボラで、マイペースで、気まぐれな私と一緒に暮らせるのは、あなただけ 拾ってくれて感謝しているよ 私は妻というより、猫かもしれない 猫だから、人並みの家事スキルはないんだ ブラック企業の社畜だったから、がむしゃらに働いて稼ぐ根性はあるよ 毎日、首を揉んでくれるけど、頭も撫でてくれると嬉しいな いつも好き勝手させてくれて、ありがとう でもね、なんか寂しい だから、フィクションの世界で恋をしたんだ バカ猫だけど、泥棒猫にはならないよ 8月8日は何の日? 世界猫の日 なっち より

ビジネスモデル

平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」

ハッピーパラダイスSummerデイズ

見慣れた部屋のいつもの様子 カラーボックスの上は常に飽和状態 絆創膏が隙間に落ちてる 君と過ごすハッピーパラダイスデイズ 少しずつ雨が多くなって今では雪もチラついている 昔は宝物の君の下着は今では畳んでしまう服になっている きっとこの景色も思い出になる 君の言葉は川の流れのように僕の耳を通過する 頭に残った言葉はなに 優れた音色のいくつもの胞子が 金も時間も奪っていくWhy don't you join us? 伴奏が隙間に満ちている 君と少しずつハッピーパラダイスデイズ 崩し続けて細かくなって今では秋もチラついている 夏は宝物の君との恋を自転車の後ろに乗せて歌のようになっている きっとこの景色も思い出になる 君のキスは時の流れに身を任せ僕のフィルムに焼き付ける 頭に残った言葉はない 傷付けたところだけ残して

お好み焼きはたこ焼きになりたかった

 たこ焼きになりたかった。  薄力粉として生まれたから、もしかしたらと思った。    でも、駄目だった。   「おら、どけどけ! たこ焼き粉様のお通りだ!」    世界には既に、たこ焼き粉が生まれていた。    薄力粉とたこ焼き粉。  二つ並べられた時、人間はどちらを使ってたこ焼きを作ろうとするだろうか。  言うまでもない。  たこ焼き粉だ。    早々に察し、たこ焼きになるのを諦めたこともあった。  しかし、諦めきれなかった。  食卓に並ぶ、ほかほかのたこ焼き。  タコを包んだ、ほかほかのたこ焼き。  一目見た瞬間、とうに心は奪われていたのだ。    なんとか、たこ焼きになれないかと、必死に調べた。  そして見つけた。  薄力粉で作るたこ焼きのレシピを。  たこ焼きを作るためだけにたこ焼きを買っても、余らせてしまう。  ならば、汎用性のある薄力粉でたこ焼きを作ってしまおうという人間の英知の結晶。    私は、それにかけた。    薄力粉を使ったたこ焼きのレシピを書いた本を、開いて机の上に置いておいた。  人間は、本を覗き込んだ後、ぐうっとお腹を鳴らした。  そして、棚にたたずむ私に視線を向けた。    やった。  と、期待したのもつかの間。  私に向いていた視線は、すぐにたこ焼き粉へと変わった。    違う。  違う。  違う。    その本には、薄力粉って書いてあるんだ。    私の叫びは人間に届かず、人間はたこ焼き粉でたこ焼きを作ってしまった。    羨ましい。  羨ましい。  羨ましい。    踊る鰹節。  輝く青のり。  湯気を立てる、ほかほかのたこ焼き。   「いただきまーす」    人間は、美味しそうにたこ焼きを頬張った。        数日後。  私は人間に掴まれた。   「今日は、お好み焼きにすっか」    私は、たこ焼きに慣れなかった。  私の体が、半球の穴が開いたたこ焼き機ではなく、平べったいフライパンの上へと落とされた。  水と卵とまざったドロドロの体は、たこ焼きと同じ。  しかし、体に埋め込まれていくキャベツが、「お前はたこ焼きじゃねえよ」と現実を突きつけてきた。    たこ焼きに、なりたかったな。    思わず涙がこぼれる。   「やっべ。肉、賞味期限切れてんじゃん」    私の気など知らず、人間は暢気にそんなことを言う。  冷凍庫を開けて、中からシーフードミックスを取り出し、お好み焼きの記事の中へぶち込んでいく。    私の体の中に、海産物が飲み込まれていく。  エビ。  イカ。  アサリ。    ……あ。    そして、タコ。    私の体が、熱によって固まっていく。  冷凍状態から解放されるタコは、私を見て優しく微笑んだ。    ああ、神様。  私は、たこ焼きにはなれなかった。  私の行き着く先は、お好み焼きだ。    でも、タコと一緒にお好み焼きとなれるなら、それはもうたこ焼きと言っても差し支えないだろう。  だって、タコと一緒に焼かれているんだから。   「いっただっきまーす!」    鰹節は踊っていない。  青のりは輝いていない。  あるのは、しなしなのキャベツとシーフード。    しかし、タコと共に湯気を立てるほかほかの私は、最高の幸せを噛みしめていた。   「お、タコ入ってんじゃん! 珍しい!」    どうぞ、召し上がれ。

夏祭り

片っ端からオジギソウにふれ みいんなにお辞儀をさせては 店のおじさんに怒られた オマケをしてもらえるとか そんな機会には恵まれず でも、クラスで人気のあの子は いつもオマケしてもらえてた 横一列になって歩く若い連中に おおいに迷惑して それはそれは嫌な思いをして 家まで帰った 夏のお祭りには いい思い出がない いい思い出がないのは いい思い出にしようとする努力が 足りてないのかもしれない と、そう考えるのは なんでもかんでも 自分に責任があるような考えに つながっていくような気がしてしまう とは言っても、もう遅い ひとしきり、自分に責任があるのだと そんな生き方をしてきたせいで そういった類のものごとを 様々、呼びよせているようだ いままで夏に いいことってあったかなあ これから夏に いいことってあるのかなあ べつに夏じゃなくてもいいから いいことがあるといいんだけどなあ

心霊写真 己編

「ぎゃあああああああ」    絶叫が木霊する。   「どうして、弟よ!」 「姉ちゃん!」    急いで姉が駆けつけて、弟が怯えた表情で振り向いた。  弟が持っていたのは、一枚の写真。   「これ、昨日遊園地で撮った写真なんだけど」 「うん」 「真ん中の……俺が写っているはずの場所に!」 「ま、まさか! 心霊写真!?」    恐い物が苦手な姉は、背筋を凍らせる。  しかし、弟の一大事。  姉は、恐る恐る写真を受け取った。   「謎の不細工が写ってる!」 「お前や!」    そして写真に写っているのが、笑顔が下手糞過ぎて化け物みたいな表情をしている弟だと分かると、そのまま弟をしばいた。   「いってー」 「驚かせなや! いつものお前じゃ!」 「えー。俺、いつもはもう少しかっこいいのに」 「鏡の前じゃあ、誰もが少しだけかっこつけんだよ! こっちが本物のお前じゃ!」    姉は、弟に写真を突っ返す。  弟は納得していなさそうだったが、気にせず姉は部屋を出て行った。   「表情教室、通わせた方がいいかな?」    そして、笑顔の練習ができる場所がないか、スマートフォンで調べ始めた。

思い込みの果て

郊外にある一軒家。 男がカメラを片手に、玄関の扉を開けた。 何十年も誰も住んでいない家。 家具には、白い布が掛けられていた。 「二階の奥……」 廊下に、きしむ音が響く。 階段を上がり、目的の部屋に入った。 「これか……」 男は窓際の白い布をめくり、中を確かめた。 そこには、ひじ掛けのついた古びた椅子があった。 横の机には、家主だった老婆の写真が立て掛けられている。 「皆さん、ご覧になってどうでしたか?」 スーツ姿の男が声をかけた。 部屋には、数人の男女がモニターの前に座っている。 男がスタッフに視線を送ると、窓際の椅子が運び込まれた。 「晩年、お婆さんはこの椅子に座り、外を眺めてました」 集まった男女は、緊張した顔で耳を傾けた。 「さぁ、皆さん。順番に椅子へ座ってみましょう」 机の上には、老婆の写真が置かれている。 「私は無理です……」 声が震える。 「大丈夫ですよ」 男が、そっと寄り添った。 女は恐る恐る、椅子のひじ掛けに手を掛けた。 そして、ゆっくりと腰を下ろした。 「がんばりましたね」 部屋に拍手が響いた。 すると、一人の男が手をあげた。 「先生。この椅子には、どんな因縁があるんですか?」 「……そんなものはありませんよ」 「でも、この写真の顔……」 スーツの男が、写真を手に取った。 「このお婆さん、私の母ですね」

「ほえるの話」

新落語 誰もが知っている 「ほえるの話」 今宵は、ほえる このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている きこえる 文字を変更 ほえる から ぽえむ それからどうした 作者からの 声が聞こえる それが ポエムなんです こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

扇風機

エアコンをつけないかわりの扇風機は この夏、かわいそうなくらい動き続けている そろそろ、壊れてしまうかもしれない 壊れないかもしれない 扇風機が壊れるときってどんなだろうか さっきまでブルンブルン動いていたのが 急にフルフルフルフルとなって ついには止まってしまう そんなだろうか ごめんねえ、動かすねえ とスイッチを入れたけれど 断固拒否の構えを この先ずっと貫くとかだろうか あ、この子いいなあ ひと目ぼれした私が 新しい子を連れて帰ってきて もうこっちの子はいいかなあ と私が一方的に別れを突きつけるとかだろうか いまは、そのどれでもない未来を 希望したい このまま、まわり続けてくれる未来を 希望したい

「大きいの話」

新落語 誰もが知っている 「大きいの話」 今宵は、大きい このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 英語でビック 文字を変更 ビック から ピック それからどうした 大きいから イメージ そのあとどうした オリンピック これはなに 選ばれないと 出れません つまり ピックされた人 となる こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

よく見もしないで 手に取ったのを かごに入れたもんだから とりのもも肉を買ってしまった むね肉がよかったのに あのぱさっとした感じを 今日は求めていたのに パックに入れられたもも肉を 台所に置いて 指先をほんの5センチ動かして それで もも肉が むね肉に かわるんならね わたし 魔法使いじゃないんだ

「そっとの話」

新落語 誰もが知っている「そっとの話」 今宵は、そっと このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 静かに 文字を変更 そっと ぞうとう そっとう それからどうした おくりもの そのあとどうした そっと ぞうとうひんを 置いて帰る そっとうする つまり ビックリするのが たのしみだ こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

オトマトペ 「よくよくの話」

新落語 オトマトペ 「よくよくの話」 今宵は、よくよく このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 文字を変更 よくよく くよくよ くうよくうよ それからどうした せいい っぱい 食べます そのあとどうした もう くよくよはしない これはなに 人の動き イメージ文章の完成す。 こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

デブ 超覚醒

 高校生の俺は、小学生のころは体が弱く運動は苦手だったし嫌いだった。そして飯を食うことが大好きだった。  運動嫌いで運動しない理由にはお墨付きもあり、飯ばっかり食べていた俺はいわゆる巨漢になっていた。自他ともに認めるデブである。デブでも特に困ることはなかった。太っていることをネタにして日々みんなの笑いをとることで教室での居場所を確保していたし、別にそれが無理に作ったキャラクターでもなかった。そんなわけで俺は何不自由なくデブライフを謳歌していた。太ったまま大学生になり、社会人になり、少し早死にする。それが俺の人生設計だった。  ところがそんな俺の人生設計を大きく狂わせる出来事が起きた。転校生だ。  高校の転校生とは珍しいがなんと我がクラスにやってきたのだ。とんでもないそれはスラッとした背の高い彼女は肩まで黒い髪を伸ばしていた。ときおりのぞかせる八重歯とメガネがチャームポイントに思った。なにからなにまで俺の好みだった。それだけだったら、俺の人生設計は変わらなかっただろう。ところが彼女が移動教室の際に俺の隣に座っていろいろおしゃべりする間柄になったところで俺はやっぱり彼女と付き合うところまでいきたいと思ってしまった。俺の中で何かがガチャリと切り替わる音がした。  その晩、学校指定の体操着とジャージを着て俺は外に出た。ジョギングを始めたのだ。  小学生のころこそ体が弱かったが、実は以前のような虚弱体質ではなくなっていた。いくらか走れる。  俺はとりあえず近所の河川敷まで走ってみた。まだ余裕だ。  河川敷を川の上流に向かって走り続ける。なんだか気分が良くなってきた。今まで運動は食わず嫌いだったのかもしれない。彼女と話したことが次々に思い出される。前の学校であったこと、父の突然の転勤で話し合いの末に転校することにしたこと。  少しきつくなってきたがまだ行けそうだ。俺はいつもどおり太っていて人の二倍場所をとること。家ではおれの食器だけ特別枠のこと。短距離走が意外と速くて驚かれること。そんな話をする。  きつくなってきた。そこで家に向かって折り返したが完全に見誤っていた。段々と足が回らなくなり、歩くのも辛くて歩くのよりも遅く走っているような姿勢で自宅へと向かう。 「大丈夫よ。家までって考えると辛いから、あそこの橋まで行きましょう」  彼女が応援してくれる。 「そうだね。橋までだ」  橋を通り過ぎて、次の橋は結構遠い。 「あそこのポールまで行きましょう」 「うん、ポールまでならいける」  彼女がいれば百人力だ。だが、だんだんと呼吸が辛くなっていた。小学生のとき以来だ。息を吸おうとしても普段の十分の一くらいしか吸い込めない。気管が腫れて空気の通り道が狭くなっている。深く息がしたいがそれができない。  俺はベンチを見つけるとそこに倒れ込んだ。 「大丈夫?」  彼女が心配する。 「大丈夫、大丈夫」  答えてベンチに腰掛けたが全然大丈夫ではなかった。呼吸は浅くしかできず、息を止めているような気分だ。  彼女が俺の隣りに座った。ただでさえフル稼働している心臓がさらにどぎまぎしていると俺にもたれかかってくる。 「あなたのこと好きよ」  ふと、そんな妄想に囚われるとなにも痩せなくたって彼女と付き合えるんじゃないかと思った。その瞬間彼女は立ち上がり俺に軽蔑の眼差しを向けた。 「最低ね」  俺は息ができなくなった。

雨の日の約束

 合コンでみんなが体験した怖い出来事を話すことになった。ラッキー!是非話したいネタがある。 「その日も今日みたいな雨が降っていたんだ。  かるい雨でね、一応傘はさしておこうかなという感じ。俺と地元の友達はちょっと飲みすぎて終電を逃したんだけど、歩けなくもない距離だったから歩いて変えることにしたんだ。  歩いていると小柄で少し小太りのおっさんがいたんだ。俺たちと同じ方向に向かって歩いてたんだけど、途中自販機で飲み物を買ったから追い越したんだよ。  でもすぐに俺たちも信号に捕まっておっさんに追いつかれたんだ。そしたらおっさんがさ  『さっきは三人でしたよね。白い服の女性は帰られたんですか?』  って聞いてくるんだよ。怖いのなんのってその女は俺たちの会話に 『そうだよね〜。そうだよね〜』  って相槌うっていたっていうんだ。  それでね『ちゃんと連れ帰ってくださいよ。約束ですよ』なんておっさんが言うんだよ。俺たちもうビビっちゃってさ  『約束しますよ。連れて帰ります』なんて言っちゃって。  え?普通信号待ちしてるやつに話しかけない?まあ実のところこの話にはオチがあってさ、俺と友達は深夜だからだいぶでかい声で怪談話してたんだ。おっさんはのりが良かったからちょっと怖い話をしてくれたってわけよ。  俺たちも本当にビビってはいなかったさ。途中でいなくなった女を連れて帰るって約束させるのも意味がわかんない?そうだよな。おっさんも即興だったからそこまでは考えてなかったのかもな。  まあこの話を聞いたんだし、みんなも連れて帰るって約束してくれよ」  この話はびっくりするくらい滑った。家へ帰り彼女にその話をした。 「実はノリの良いおじさんだったというのはそこそこ面白いと思うんだけどな」 「そうだよね〜」  だけどみんな白けていた。当然誰も連れて帰るとは約束してくれなかった。 「冗談でもノってくれりゃ良いのにな」 「そうだよね〜」 「実話なんだぜ」 「そうだよね〜」 「なんか他の相槌はうてないのか」 「そうだよね〜」  おっさんとの約束で連れ帰った白い服を着た女は未だに俺の1Kの部屋に住み着いている。最初は恨みもしたが、今となっては通りすがりの俺にこの女を押し付けたおっさんの行動力に驚くばかりだ。

におい

窓を開け ふうううと 風に流れてくる 草のにおいが好きだ 雨のにおいも好きで どこかの家の カレーのにおいも 魚を焼いたにおいも おふろのにおいも好きだ ほんのときどき 鶏ふんが薫ってきて 顔をしかめることになる でも あれはあれで いいものだ 小学校のときの にわとり小屋を思い出す うさぎ小屋を思い出す 夏休みのあいだ ひまわりの花壇には 誰がお水を あげてくれていたのだろう

ねこじゃらし

庭のすみの ねこじゃらし だんだんと その陣地を 拡大していく なんで突然 ねこじゃらし? わたしの疑問を 庭に 入り込んだ猫が からだに種を つけてたんだろうねえ あの人は容易に 答えにたどり着いた ねこじゃらし いつからだったかな ほんとうは 覚えている 思い出したく ないってだけで あの人は いまはもう いないんだよ あの人の名前 ほんとうは 覚えている 思い出したく ないってだけで 思い出さなくて いいんだよ あの人はもう ここにはいないんだ