《Ba.朝顔》 ここ最近は眠りが浅い。 眠ってから2時間もすれば必ず起きて、そこから長い夜を過ごす。お酒も珈琲も飲んでないのに、神経が高ぶっているのか、双極症の症状の一つなのか。 とにかく無理に寝るのは諦めて、音楽を聴くことにした。 Spotifyをランダムで曲をかける ▽一曲目 THE YELLOW MONKEYの薔薇色の日々(Live) この曲の最後のギターソロはやっぱりいいクライマックスから終わりまでバンドが一つに感じられる ▽二曲目 L'Arc~en~CielのCellSOUL(Live) いつも謎に思えるイントロを終えると、カーテンを開けるようにラルクが出てくる。テツさんのベースは唯一無二で摩訶不思議だ。コピーしようと思ったことはあるが、テツさんが弾かないと魂を持たないメロディーだと思い、未だに弾いてない。ハイドさんの歌声は言うまでもなく。 ▽三曲目 星野源 エウレカ 冒頭のチチチチの音は何だろうと思いながら曲が進んでいく 川の流れるような曲とメロディーと歌声、このMVもかなり好きだ。間奏のソロがベースでも弾けそうで耳を澄ます ▽四曲目 サカナクション ドキュメント 荒野を一人で歩いているような歌い出し 一人ひとりメンバーが参加して、いっくんを支えているような風景が見える。彼の純粋で頑なな心の灯火を消さないように。間奏の二胡みたいなソロも曲の世界観に合っていて良い ▽五曲目 くるり LOVELESS かかりにくいエンジンにキーを回しているようなイントロを終え、無事にトロトロと車を走らせている情景だ 運転しながら、あーでもないこーでもないと思案している様な、孤独だが、誰かを思い、そして、のんびりと道を進んでいる曲。この歌詞で「テクスチャーを上げよう」の意味が調べたけど分からない。勝手に今をしっかり見るんだ。や今の気持ちを丁寧に感じるんだ。の様に解釈している。 時刻はam4:36。あと30分もしたら目覚ましが鳴る。 ▽六曲目 INORAN 想 彼のファーストにして最高の曲と思っている。歌詞も、世界観も、曲も、彼の作る曲にいつもあるコアな部分が強く出た曲だと感じる。とても好きな曲の一つ ▽七曲目 TheBirthday 誰かが 変なイントロとチバの声 可愛い歌詞と分かりやすいメッセージ こんな曲は彼にしか書けないだろう 彼の優しさと生き方が伝わる曲 ▽八曲目 Mr.Children Over こんな素敵な曲が青春を思い出すキーになっている僕らの世代は幸せだと思う 失恋をしてよく聞いた気がする 最近の遠い昔 この曲はイントロ、コーラス、歌詞、声、が若い恋をよく表している。ギターソロは絶品だ 学生時代は田原さんに似ていると言われていたっけか アラームが鳴る。 ソロソロ朝ごはんを作らないと あの人はまだ寝ているだろうに …五分だけベースを弾こうかな。昔作った曲でも…
マヨネーズが好き 味も あの色も 嫌なこともある 手に うすくついては 手をテカテカにしてしまう 悲しいこともある 残りが少なくなっては ばへっ と哀れな音を出す それでも マヨネーズが好き
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
本当に幸せな人ほど、それをSNSで見せびらかさないんじゃないか。目の前に座る友人のアリサの存在は、私にそう問いかける。彼女は私の前で滅多にスマホを使わず、ロクシタンのハンドクリームで手入れした手指は軽やかで、指先に桜貝のような上品なネイルを施していた。時刻の確認は、左手に付けたカルティエの華奢な腕時計に任せている。 不幸せな自認のある私も、SNSなどしていなかった。見せびらかす幸せもなければ、弱音を吐露して仲間を作り、傷を舐め合うエネルギーもない。メンタルクリニックへの通院歴はもう3年にもなる。そんな私がなぜアリサと高校時代からの友人であり続けられるのか、私が1番不思議でならなかった。アリサにはメンタルクリニックなど最も縁遠い場所のように思えるし。 「綺麗な景色だねえ」 国立公園内にあるカフェで、窓の外の青空と草原を眺めながら、目を細めてアリサは話す。 「だね」 短く返答した私は、カフェの中で最も安かったアイスコーヒーをすすった。アリサも同じものを飲んでいる。彼女はシュガードーナツを二つ頼んで、やっぱり食べきれそうにないと言って私に一つくれた。これはアリサの常套手段だった。本当に買い過ぎて食べきれないわけではない。経済的に余裕のない私に、同じものを一緒に食べて欲しくてわざとやっているのだろう。こんなことをされては腹が立つ人もいるだろうけれど、私はアリサの愛だと思って感謝し、なんだかんだと食べさせてもらう。むしろ、この気遣いをされなくなった時が、いよいよ私たちの潮時なのだと思っている。大手企業で働く彼女の月収は、今の私では到底手にすることのできない額に違いなかった。もしかしたら、一生そうかもしれない。 「最近どう?体の調子は」 「ぼちぼちだねえ。去年の今頃よりはいいかも」 「そう!それは嬉しいね」 アリサはにこにこと笑った。高校時代から変わらない、特徴的なえくぼが見える。 アリサの方はどう?と今の私は聞き返せない。聞いてやれない。普通なら聞くべき。でも、湧き出るであろう羨望に耐えられない。だから私は、まだ手をつけてなかったドーナツを頬張り、話題を変えた。 「このドーナツすごい美味しい。なんか食感がもちっとしてるし、でもふわってもしてるし、すごい好き」 「ね!美味しいよね!やさしい甘さだし」 またアリサはえくぼを見せた。確かにドーナツは美味しかった。久しぶりにこんなに美味しい甘いものを食べたなと思った。そしたら何故か、腹の奥から込み上げる熱い熱が、両目の奥へと到達してきた。 まずい、どうしてこんなタイミングで。何が引き金だ。わからない。あまりに美味しくて?嬉しくて?それとも自分が惨めで? 両目にみるみる溜まる涙が、ついにあふれ、こぼれていった。 「どうして私とまだ仲良くしてくれるの?」 言葉にするはずのない想いが口から漏れ出た。アリサに会う度に感じるその想いに、私は都度蓋を閉めてきたのに。高校時代だって感じていたアリサと私の明らかな「違い」を、正面から受けとれず、見過ごしてきたのに。 アリサは私の涙に驚き、口を開いたまま一瞬固まった。けれどすぐ鞄からポケットティッシュを取り出し、私の右手に渡した。私はそれを受け取っても、すぐにティッシュを使う気になれなかった。そのまま目線をティッシュに落としたまま、くしゃりと握り、ぼろぼろとこぼれる涙の生温かさを感じていた。 「あなたが、良い人だからだよ」 アリサがゆっくりとした口調で、私を覗き込むようにして言った。いつにない真剣なまなざしで、涙でにじんだ私の両目を貫くように見つめた。 「良い人でいるのって、大変なことなんだよ。あなただけが、私がクラスでいじめられた時、加担しないでくれたでしょ?それだけで、信頼できる良い人だって、わかったんだよ」 「そんな一回っきりで?」 「一回きりじゃない、いろんな時に、あなた自身も気づかない時に、あなたは私の信頼を勝ち取ってる」 「でも……メンクリに通院してるよ?」 「それがあなたが良い人で信頼できる人であることとどう関係してるの?別の話でしょ?」 「私は……自分で自分を良い人だなんて、思わない……」 「あなたがそう思っても、実際良い人なんだもん」 アリサは困ったように眉をハの字にした。口も、梅干のようにつぼめているのを見て、私はつい吹き出した。 「何よ、だもんて」 「そうなんだもん、あなた良い人なんだもん」 「また言うし」 「あなたが元気でも元気なくても、私はあなたが好きよ。でもあなたが元気だったら、自分のことのように嬉しい」 その言葉に、今度は身体全体が温まっていくのを感じた。さっきまでとは違う種類の涙が流れていっているようだ。私は、久々に、嬉しくて泣いていた。そしてやっと、握りしめていたポケットティッシュを開けた。
ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「鼻が……」
まあプレーが汚い。 品もない。 重要な場面になると逃げる。 俺もそう。 こんなに似ているのに仲良くできない。 世の中の不思議。
キミの横顔を見つめるのは それが遠くからであっても 気持ちの上がることだけど バレちゃいそうで危うい こっそり こっそり いきなりこっちを向かれて 言葉もなく 表情だけで (なに?) とか不意打ちもいいとこ 狙ってなんてない だって ホントたまんない いくら自分にじゃないとはいってもさ あれがわたしに向けられちゃったら なんて そんなあり得ないこと このわたしが考えるわけない だって あり得ないから きっと あり得ない でも… もう知らない
待ち合わせの時間に行ったのに、相手はいなくて、まあいいかと5分、10分待って、おかしいなとスケジュールを確認すると、待ち合わせの前日だった 晴れの予報なのに、空は曇っていて、雨が降らないかなと思っていたら青空が見えるあの感じを、目一杯味わった。 やることも無く、街をぶらつく。 イヤフォンをつけ、Bluetoothを繋げる。 ▽きのこ帝国【クロノスタシス】 若い女の子が淡い恋を歌うこの曲 各楽器の音数は少なめだが、これが二人の会話だったり、夜中歩いているときの外の音の様に聞こえてきて、よくこの詞の世界観を表している。ベースもいい 女の子のこのままでいたいという願いが透き通っていて素敵だ 高校生のカップルがベンチに座ってキスをしている。あの尊い唇の感触は、いずれ記憶の彼方へ消えてしまうだろう 信号を渡り大通りを進む ▽グローヴァー・ワシントン・ジュニア【Just the Two of Us】 今の曲と比べるとイントロが果てしなく長い。ただ、そのイントロが必要な道だったんたと分かる歌声とメロディー。 ロマンチックな二人の夜をサックスが作り出す名曲 この曲のコード進行は色んな曲で使われている ▽Schroeder-Headz【Blue Bird】 流れるようなメロディーが繰り返しながら変化していく様は季節の移り変わりを早送りで見ているような感覚になる 少ない楽器で演奏するから、この虚無と森羅万象が入れ替わる世界感を出せるのだろう 聞いていると渦を巻いた時の流れに吸い込まれそうになる 街を抜けただ街道を歩く。このまま隣町にでも行こう。空は晴れているが涼しい。 ▽夜見人知らず【クラムボン】 入りが良い。そのまま最後まで良い。 和の感じと現代の風景が、いつになっても変わらない人の恋模様を見せてくれて、いつ聴いても切なくて懐かしくて良い曲 ▽ビューティーフルドリーマー【フラワーカンパニーズ】 この人の書く歌詞は深くて迷いがない 生き方に合っていて彼でないと書けない詩。 この曲を聞くとMVも同時に頭に流れる、変わった世界が面白くて好き ▽オールアットワンス【マカロン】 この曲が主題歌のドラマが好きで、何度も見ている。テンポが良いこの曲は甘い洋菓子を食べた時のように、ただただ明るい気持ちにさせてくれる。 ▽ハンバートハンバート【虎】 この曲は漫才コンビ、ピースの又吉さんが解説しているのを観てから聴いた曲 歌詞を聞いただけだと、なぜ虎なのか分からないが、又吉さんいわく「山月記」がモチーフになっているそう。その後、山月記も読んでみたが、確かに分かる気がすると思った記憶がある ▽夏の日、残像【アジアンカンフージェネレーション】 このアルバムの曲は全て好きだが、特別に思入れがあるのがこの曲 発売した当初、10歳年下の弟と一緒に聴いた思い出がある。中学生だった弟はバンドに興味を持ち始めていて、一緒に楽譜を見ながらこの曲のベースを教えながら聴いた記憶がある。個人的にも衝撃的なバンドで「こんな凄いバンドがいるなら自分は太刀打ちできない」と感じたのを覚えている 少し向こうに路地から顔を出す三毛猫がいる。髪の長い黒いスーツを着た男の側にいるが、その男と共に三毛猫も路地へ入ってしまった。蜘蛛の様な男だった ▽愛が一層メロウ【離婚伝説】 海岸通りを車で走るなら、こんな曲が良いのだろう。街の流れる風景と暖かな陽気に海の景色。一度聴いただけだと何と歌っているか分からない独特の歌詞のセンスが癖になる。何より色男が歌っていると思うと心地が良い。 ▽散る散る満ちる【奇妙礼太郎】 この曲もMVを観てから聴き始めた曲 菅田将暉さんの語るようなラップとスローモーションの中の杉咲花さんが合っていて良い。サビの奇妙礼太郎の唯一無二な歌声が花さんの意思の様に思えて、勝手に応援したくなる 雨の似合う曲だけど、秋空の下歩くのにも良いと感じる ▽若者のすべて【フジファブリック】 人生の半分の期間でこの曲がどこかで流れている気がする イントロの鍵盤を打つ音が聞こえる 着信があってラインを見る 「今日だと思って急いできたら、会うの明日でした 笑」 「僕も間違えて、さっきまでそこにいました」 「仲間がいた 笑」 「今行きます」 「私もそちらに向かいます」 サビに向かって歌が流れている
足のすねにキスマーク かゆくてしかたのないキスマーク 変な話だけれど これだから庭に出るのは となりの家から香る焼き魚のにおい 心がゆれてしまうの 今日の夜は鍋の予定 お魚は買ってないの またこんど
『キュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです』 私のスマホから、アラートが鳴り響く。 私はすぐにスマホを取り出して、アラートの停止ボタンを押すが、時すでに遅し。 私の周りを歩いていた人たちは、皆私に注目している。 私がそっと顔を上げて振り返ると、さっき私とすれ違ったばかりのイケメンと目が合った。 あー、ばれた。 これで、誰が誰に一目惚れしたのか、完全にばれました。 「えーっと」 強制的に発生した告白イベント。 「ごめんなさい。ぼく、彼女いるんです」 結果は、完全な惨敗だ。 「い、いえ! こちらこそ、すいませんでしたー!」 私はいたたまれない気持ちになって。その場から逃走した。 さっきのイケメンは、当然追ってこない。 一人か二人、スマホのカメラが私の方に向いてた気はする。 でも、止めろと言ってる余裕はない。 ああ、国を恨む。 若者の恋愛離れを食い止めるためだか何だか知らないけど、一目惚れしたら即座に相手に伝えることで恋愛に繋げようとするなんて、原始人の発想だ。 私は憎々しげに、腕に巻かれたブレスレットを睨みつける。 この脈を測る機械、何度破壊してやろうと思っただろう。 「はあ」 路地に隠れて一息を突く。 一目惚れと、それがバレた恥ずかしさ。 ついでに全力疾走したせいで、私の顔はまっかっかだ。 「あー、やっぱ引きこもり絶対ジャスティス」 私は体力が回復したら、さっさと家に帰ろうと決めた。 外は、目に毒なものが多すぎる。 手で自分をパタパタと仰ぐ。 顔がほんの少しだけ冷えて、気持ちが落ち着いてくる。 『キュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです』 その瞬間、近くでアラートがなった。 「お? お? なんだなんだ! パーティーか!?」 私は路地を飛び出して、音のする方へと走り出した。 ああ、これだから、国にアラートを失くせと要望出せないし、外に出るのをやめられないんだ。
郊外の小さなアパート。 母親と男の子が暮らしている。 「これ、たくさん作ったの」 隣に住む年配の女性が、夕飯の余りを持ってきた。 「いつもありがとうございます」 中身を見ずに、冷蔵庫へ入れた。 男の子が、母親を見上げる。 「保育園、行こうか」 ヘルメットをかぶせ、後ろに座らせた。 「おはようございます」 「先生、おはようございます」 「これ、どうぞ」 保育士が、一枚の紙を差し出した。 「申請すると、町から支援金が出ますよ」 「いつもありがとうございます」 母親は折りたたんだ紙をカバンに入れ、自転車をこいだ。 「係長、おはようございます」 「子どもさん、大丈夫? 必要ならシフト調整するからね」 「いつもありがとうございます」 小さく頭を下げた。 ──その日の夜。 子どもを寝かせると、冷蔵庫からビールを取り出した。 「別に、そんな困ってないし……」 一気に飲み干し、もらった余りを箸で突いた。 「今日は何回……」 苦笑いで、電子タバコをくわえた。
あのロボットと出会って、百年が経つ。 今では旧式とすら呼ばれない、その年季の入った機体を丁寧に拭いて、ただその時を待っている。 俺は悪魔だ。 悪魔たちは、人間の魂をありとあらゆる方法で奪い、地獄へと運ぶのを生業としている。時には人を欺いて、時には欲望を解き放たせる。 この現代の人間たちも相変わらず愚かで滑稽で、魂を手に入れるのに苦労することはほとんどなかった。 俺があのロボットに出会ったのは、一仕事を終えて暇を持て余していた頃だっただろうか。ゴミ捨て場に置かれていたのを、意味もなく触ってみた。 それはまさにロボットだというような無機質な見た目をしていたが、口を開けば軽妙でどこか変なロボットだった。 「お前らロボットには血も肉もなければ、肝心の魂も入っていない。そんなのを人間は話し相手にするなんてな。幼子の人形遊びと変わらない」 「そういう悪魔さんも私と話しているでしょうに。それに、私もこう見えて生きているのですよ?」 「どこが」 「悪魔さんと話すと、胸のモーターが早く鳴るんです」 「はぁ。それはお前が先週言ってた、ただの不調だろ」 「バレてしまいました。ふふ」 俺はいつの間にかあいつと何でもない話をするのが当たり前になっていた。あいつもそれを当たり前のようにしていたと思う。青く柔らかい光が俺を見ていた。 「悪魔さんは、人間や他の悪魔さんとお話しないんですか?」 「何故そんなことを聞く」 「気になっただけです、いつもおひとりなので」 「気分がいいから話すが、他言するなよ」 「はい。約束は守ります」 「俺は、人間にはあまり興味が無い。だから人間の醜さが大好物である悪魔たちとも、特に話すことがない。それだけだ」 「面白いですね。同じです。私も仕事以外で、人間とはお話しませんから」 「なあ。この会話も、仕事か?」 「どうでしょう。私のモーターの音を聞いて確かめてみますか?」 「答えになってねぇよ」 ただ、ロボットという物の寿命は、案外短いものらしい。直し続ければ永遠に、というのは少し昔のおとぎ話なのだと言われた。 だがそれなら別に仕方がないと思った。誰だっていつかは死ぬだろう。だけど、当のあいつは泣きも喚きもせずに、俺の顔を見て笑っていた。 電源の灯りが点かない。それ以外はいつもと何も変わらなかった。ひとつだけ言うのなら、排気する熱が無いせいか、体が少し冷たかった。こんな死もあるのか? 暗い部屋で、突然、昔どこかで聞いた話を思い出した。生まれてから百年が経った物には魂が宿る、という話。それなら赤い血の通わないあいつにも、また会える。俺は悪魔だ。 「百年経ってお前に魂が宿えば、俺がそれを奪ってやる」 あいつにはまだ魂がない。だからこれは契約ではなく、ただの約束だ。だけど、また青い瞳が細く笑ったような気がした。 今、ロボットの機体は俺の家の一室に置いてある。いつ意識が芽生えてもいいように、ある程度は綺麗にしてやっている。少しだけ飾り付けもした。 あの後調べてわかったことだが、百年経って魂が宿ったものを付喪神と呼ぶらしい。あいつはロボットの付喪神になる。もう少しで。 そう、きっともう少しだ。今の年であいつが生まれてから百年のはずだ。悪魔にとって百年はそれほど長くない。だがあいつと過ごした時間と比べると、飽きて放り出してしまいたくなるようなつまらない時間だった。解放してくれよ、もう俺はお前のいない世界にはいたくないんだって。 まだ冷たい。機体の表面に俺の顔が写り込んでいた。昔見た、人間たちとそっくりの表情だった。 「全て嘘だとわかっていた、だけどそうであったならいいと願ってしまった」誰かがそう言っていたような気がする。俺が今そう思っている。一番初めから、あいつの存在自体が嘘のようなものだった。 人間が作ったロボットというおもちゃの言葉、感情、それらを俺が勝手に信じてしまった、ただそれだけだ。だからあいつはいない。約束もない。馬鹿な俺が独りでここにいる。 ああ、百一年が経ってしまう。
「うーん、なんか特徴がないなあ」 「特徴、ですか」 「もっとこう、他にない機能がないと、うちの製品を使おうってならないでしょ?」 上司に提案した空気清浄機は、特徴がない理由で却下された。 正直、空気清浄機なんて違いはない。 フィルターの種類によって、フィルターに絡めとれるウイルスの大きさが変わるだけ。 しいて差別化できるとすればデザインくらいのものだ。 でもデザインだって、黒か白と相場が決まっている。 赤とか青とか、派手な色を作っても、赤や青の空気清浄機を何人が欲しがるかと考えれば、売れるはずがない。 「特徴、ねえ」 しかたなく、家具家電の通販サイトを見て回る。 空気清浄機が他の家具の機能を兼ねれば、買う必要のある家具が一つ無くなるし、それは差別化と言えるだろう。 マウスを動かして、通販サイトを眺めていく。 椅子に机に照明。 特徴のない家具たちが、売上ランキングの上位に並んでいる。 「新しいの考えてきました」 「お、どれどれ?」 「空気清浄機に小型ディスプレイを付けて、テレビも見れる空気清浄機です」 「素晴らしい!」 「後、空気清浄機にファンを付けて、清浄された空気が送られる扇風機とか」 「最高! 採用!」 特徴のある空気清浄機は、あっさりと品化にこぎつけた。 自信満々のポップと共に、家電量販店の店頭に並んだ。 ぼくは、通販サイトを見て回る。 相変わらず、特徴のない家具たちが、売上ランキングの上位に並んでいる。 空気清浄機だっておんなじだ。 「圏外……」 表示順を降順に入れ替えると、最下位近くにうちの製品が並んでいた。
俺は今、一人の男を殺そうとしている。もし、彼を殺すことができたら、そしてさらに、警察から逃げ切ることができたら、俺は三十七個の完全犯罪を達成する。 殺した数は十を超え、自殺教唆に詐欺、強盗、ありとあらゆる犯罪を行った。現時点で完全犯罪が成立しているのは二十九個。そして残りの七個とこれから行う八個目の完全犯罪の成功は、あの男を殺すことができるかにかかっている。 言わば、俺の人生のキーパーソンといったところだ。あの男は俺を追っている探偵で、あいつが死ねば、犯罪が起きたことでさえを知る人がいなくなる。しかもその探偵だってまだ俺という犯人に辿り着いていないし、助手にはヒントすら話していないときた。秘密主義が祟って死ぬとはいい気味だ。格好つけてるやつから死んでいくんだ、そうあるべきだ。 それにしても、完全犯罪の達成というのは、脳が壊れるんじゃないかっていうくらい気持ちがいい。きっと探偵を始末した後、俺は新たな事件を起こすだろう。それほどまでに体が欲している。この逃げる隠れるというヒリヒリと、時効だ証拠隠滅だという安心感、どちらかがないと手が震えるほどだ。それに、目一杯頭を回していないと、余計なことを考えてしまう。 手が震えるなんて、クスリみたいだと一人笑う。完全犯罪はドーパミンが溢れて止まらない。ああそうだ、クスリってドープっていうもんな。似たようなもんだってことだろ。 「おい」 後ろから声。 誰だよ。話しかけんな。せっかく楽しい気分だったのに。 「犯人は、あんただ」 振り返る。 「あ?誰だよお前。引っ込んで」 言葉がつまる。 「実にいいトリックだった。でも残念。あんたこそ、推理作家になるべきだったな。この世には、俺という探偵がいるんだから」 探偵が、いた。ニヤニヤと笑っている。 こんなところで捕まってたまるか。ナイフをポケットから出しそのまま突き出す。が、すぐに組み伏せられてしまった。 探偵が、小さな声で呟いた。 「ああ、この瞬間が心地いい。これだから探偵はやめられない」
また知り合いと新宿の喫茶店で会う。 待ち時間特にやることがない。 スマホで漫画などを読めばいいのだがやる気が出ない。 昨日食った豚モヤシを思い出して今日も豚モヤシを食べなきゃな、などとボーっと考える。 両腕が痛い。 今日は畑が休みだ。 チェーンの喫茶店は効率重視で頼んだメニューがサッと出てくる。 何でも効率化。 そもそも暇潰しで来てる客。 暇潰し。 精神科の喫茶店と変わらない。 あるいは世界のカフェなどでもやることは一緒。 家電量販店に来る外国人観光客。 外国で買うより安いのだろうか? パソコン買わなきゃなぁ。 パソコンの前でエッチな画像を見てパソコン壊れて知り合いに茶化されてなんだかしょうがないなぁ、と思う。 基本的に野蛮人。 エッチは紳士に、と思ってるが体力が無い。 都会はお金が無いと寂しい。 飲食店が苦手。 肉を食ってないからか豆を食ってないからか髪がボサボサ。 煙草辞めたい。 お酒飲まない。 書きたいこと書いてるが特に変わったことをしていないので普通の文章になる。 彼女が銭湯で仲間外れにされる夢を見たという。 世界はお風呂場。 水は海嶺から水蒸気と共に沸き上がっているらしい。 石油と一緒。 水が増えてお風呂場が沢山出来れば世界は安定するのかもしれない。 番頭の夢を語る僕はコーヒー牛乳みたいな飲み物を飲み皆を清潔にする。
かき氷も ソフトクリームも 雪見だいふくも みいんな食べないままに夏が終わり いまわたしは あんまんを求めている 肉まんも ピザまんも カレーまんも みいんなあんまんになっちゃえ とか思いながら いまわたしは あんまんを求めている 縁日のチョコバナナも 口のなかでころころ鳴るキャンディーも あの角のお惣菜屋さんのコロッケも 歩きながら食べるとおいしいのは じゅうぶん知っているけれど いまわたしは あんまんを求めている
彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。
かき氷を食べて ラムネを飲んで 夏は 夏の呼吸をしていたね 夏が終わるよ 秋になるよ 本を読んで 枯葉をふみつけて 秋は 秋の呼吸をしないとね
大きくつながりが悪く感じた いささか程度ではあるが 過去を振り返ってみた ああ、一巻飛ばして 買ってたかあ と、そこでやっと気がついた それでもかまわず 漫画をみている家人は 漫画本をぱらぱらやる行為を 読書と言い張って憚らない 「せめて、読むと言ってほしい」 「ん……そうなの?」 「それでも私には強い引っかかりなんだよね」 「んん……そうなの?」 これ以上の会話は 苦痛になりそうだ いや もう苦痛だ 漫画を下にみているのではないと思う 適切な言葉をあてているのだと思う 考えすぎなのだろう 漫画のことも 家人のことも 自分のことも これ以上、考えるのは 苦痛になりそうだ いや もう苦痛だ
海辺の丘に住む昆虫たちは、日々心地よい潮風に当たりながら楽しく遊んで暮らしていました。今日もお月様がお眠りになる頃、日の光を浴びて沢山の昆虫たちが顔を出し始めました。一際目立っているのが、精霊船の形に似た事からそう名付けられた精霊蝗(ショウリョウバッタ)という種類の蝗でした。時計の針のように真っ直ぐ伸びた触覚は左右違った方向を指しており、まだ明け方だというのに時計の文字盤でいう2時を指し示していました。 「やあ精霊蝗くんお早う。もう昼過ぎだと思ってびっくりしちゃったよ。」 蟷螂(カマキリ)は笑って挨拶しました。すると精霊蝗は 「ごめんごめーん。今何時〜?」 と尋ねました。触覚はまるで時間が巻き戻るように回りだすので、周囲の昆虫たちは一斉に笑いました。精霊蝗は気がちがっていましたが、ある一群を除いてみなそれを責めませんでしたし、仲良く暮らしていました。 ある一群とはアリです。彼らは時間を管理して働いていました。精霊蝗の前を通ると 「困るんだよね。そういうテキトーな事されると。」 と責め立てます。蟻たちは精霊蝗の大きな背中をよじ登ると、数匹がかりで触角にぶら下がるようにして、強引に時刻に合わせました。精霊蝗は苦しそうな顔をしていましたが、そんなことはお構いなしで蟻はまくし立てます。 「そうそう今は朝の6時。周りの君たちも笑ってないでガツンと言ってやったらいいんだ。まあ言ってあげられないからこんな現状になってるんだよね。という事でこれからは我ら昆虫で一丸となって、彼の触角を正しい時刻に合わせるようにしよう。私たち蟻は忙しいから、基本的には君達に任せる事になる。長針代わりの右触角と短針代わりの左触角は別々の昆虫に担当してもらう事としよう。一時間交代制で回すとして常に1匹の精霊蝗につき2匹の昆虫が付き添う事になる。勿論夜も寝ずに働いてもらう。時間は様々な場所で分かるほうが便利だから、まずこの周辺にいる精霊蝗の数えて、それで配置を決めよう。では始め!一旦これ以上の指示は控えるから、君達には自主的に動くように。では我々は仕事に戻る。任せたよ。」 苦い顔をする昆虫達に木枯らしが吹きつけました。
カラダのほうは 思ったより細いけれど アタマがおおきいのも ときどきみかけるけれど 強い風にその身が傾いでも 子どもらにぺしぺしとはたかれても 桃色の秋桜が好きなんだがねえ あの人がいって ええ わたしが短く応じて
今日も、大して可愛くもない笑顔を貼り付けながら、いつも通りの日常をいつも通りに演じていく。 チャイムが鳴るまでは、精一杯大きな声で話して、授業ときには欠伸を噛み殺しながら次の休み時間の子とを考える。先生から刺されても、ろくに思考もせず、分かりません、とだけ言って後ろの人へと回す。 勉強のやる気なんて、中学一年生の頃になくした。そこそこ当たる山勘と、曖昧にぼかした文章で毎回同じような点数を取る。たくさん勉強しないといけないほど成績が悪いわけでもないから、努力だってあんましたことがない。それでだいたいクラスで五番目くらいだから、実力があるわけでもない。復習も予習もやり方が分からないから、伸び代だってない。 ただ、みんなから浮かないように、目立たないように、かといって沈まないように。私にあるのは、適度に明るく適度に可愛い、そして適度に駄目な子という子供の工作みたいな安っぽい仮面を貼り付ける、糊代だけ。 今日もまた、なにも上手くいかなくて。きっと明日も明後日も、同じように上手くいくことなんてないから、せめて上辺だけは取り繕って生きている。 普通の子のお手本のような、ある意味優等生な私。そんな私でも、やっぱり“いつもと違う”を味わってみたいときがある。 放課後、夕日に空が赤く染まるなか、赤い鳥居へと足を運ぶ。そこには、長い長い階段があって、天国に手が届くんじゃないかってくらい高いところにある。あ、逆の方がおしゃれだな。町が見下ろせるくらいには天国が近い。 真ん中より少し先くらいで、草に覆われた石段に腰かける。毎度のことのように制服のスカートが汚れて、次はハンカチを敷こうと懲りずに思い出す。 さすがに十回目くらいなので、慣れた手つきで鞄から一枚、ルーズリーフを取り出す。綺麗に折り目をつけながら、一つ、紙飛行機を折る。飛行機の頭のところにべたべたと水のりをつけてから、大きく振りかぶり、手を離す。 もし、これが誰かにくっついたのなら、明日私は学校を休む。ずる休みする。人生で初の。 まあそんなことは起こらないって分かってるけど、一パーセントでも確率を残しておきたくて。 強い風か吹き、前髪が目に入る。右手で髪をかきあげて、見失った紙飛行機の行方を探す。 「あ、」 一パーセントでも、確率を、残しておきたくて。
朝早く、窓際に置かれた文机に、年寄りの男が座った。 便箋を前に、万年筆を握っている。 横には、分厚い英和辞典が置かれていた。 「あんた、何してんの?」 妻が声を掛けた。 「手紙だ」 「はぁ……誰に出すんだ?」 「あいつだ」 ニュース番組に映る、大きな男を指した。 「俺らの生活がキツいの、あいつのせいだろ」 指で机を叩いた。 「まぁな。でも、読んでくれないだろ」 「大丈夫だ。考えがある」 ニヤけ顔の男。 「友だちの友だちをたどると、7人目であいつに届く」 「バカなこと言うな」 「俺も知らんよ。でも、そうなってるらしい」 手紙を書き終えると、封筒に便箋を入れた。 「で……最初は誰に渡すんだ?」 「あぁ、公民館の将棋仲間だ。大学出らしいからな」 男は、封筒を手に家を出た。 ──数日後。 「おい。いるか?」 近所の魚屋のオヤジが訪ねてきた。 「おぉ、どうした」 「ちょっと、頼みがあってな」 その手には、見覚えのある封筒が握られていた。
リモートワークが流行して、早数年。 通勤時間という余計な時間が無くなったことに、従業員たちは気づき、それを当たり前だと受け入れた。 一方、リモートワークによる生産性の低下が可視化された現代、企業は従業員たちに出社回帰を促した。 「弊社も、オフィス出社を基本とします」 「ふざけんなー!」 「なら通勤時間も出社時間にしろコラー!」 従業員の満足度と、企業の利益。 頭を抱えた役員たちは、従業員から出社したくない理由を集めた。 『通勤時間が無駄』 『通勤がコスパ悪い』 『毎日電車で一時間とか無理』 「従業員たちの気持ちは、よくわかった。本社への出社は、不要とする」 役員の決定に、従業員は歓喜した。 これで、自宅で仕事ができると。 「君たちの自宅の近くに、新しいオフィスを用意した。徒歩十分圏内だ。これで、通勤時間の心配もなくなったな!」 「え?」 従業員たちは、断る理由を探した。 しかし、散々通勤時間の長さと通勤時間のタダ働きを主張した後では、それらがクリアにされた企業からの提案を、飲まざるを得なかった。 「なかなかいい街じゃないか!」 「ハハッ。ソッスネ」 新たなオフィスの近くには、管理のために役員が一人引っ越してきた。 役員との距離が狭い小さなオフィスで、従業員たちは今日も仕事をする。 「お、奇遇だね」 「ハハッ。ソッスネ」 街に一つしかないスーパーで、休日は偶然役員と遭遇しながら。
俺はオセロが大好きだ。オセロをこよなく愛している。今日もスマホでオセロをしている。授業中だろうが気にしない。なぜなら俺はオセロが好きだから。 「おい。お前、何時間やってんだよ。」 俺の友人が隣で囁く。 「は?いいだろ。好きなんだよ。」 そして俺は順調に角を取る。 「はいっ勝ち〜」 俺はここのところ毎回勝っていた。 俺はオセロからも愛されているのだろう。オセロで俺に敵うものは誰もいない。 授業はいつのまにか終わっていた。 「は?お前それ1番強いAIのやつだろ?すご。いや、やり過ぎだろ。」 友人に凄いと言われ、調子が良くなる。 「あーあ。なんか弱過ぎてつまんないかも。もっと強いAIないかなぁ。」 そして俺はそう呟いていた。今思えば、そんなこと呟かなきゃよかったのに。 「あの…。急に話しかけてごめんなさい。オセロ、良かったら対戦してくれませんか。」 俺は思わず肩をあげる。声の先にはクラスで静かな女子がおずおずと後ろに立っていた。 「あ、いいっすよ。」 俺に対戦を挑むとはいい度胸じゃんと思った。どうせ俺が勝つんだ。俺が勝ったらお前は泣くんだろ。やめとけばいいのに。 そうして俺はその女子と勝負した。俺は黒。そいつが白だった。 だが、始まると共に、俺は焦り始めていた。 そう。勝ち目は最初からなかったんだ。 そいつの思い通りに俺はまんまと嵌められる。 ついには角を取られてしまう。 へ〜すごい。という友人の声は、俺にではなく、そいつに向けられる。 俺は焦る。焦るほど駒は白く染まる。 正義は必ず勝つと言うのか。 いつのまにか黒なんて初めからなかったかのように、白だけになった。 「…まじか。」 俺は呆気に取られてしまった。泣きたいのは俺の方だった。どうせ馬鹿にされるんだ。そう思ってそいつの顔を見る。だが、そいつは俺を煽りもせず、満足そうな顔をした。 思わず俺の心が跳ねた。 なんだ今の。 まるで、角に駒を置かれたかのようだった。 「…また、やってもいい?」 その子、いや、そいつはそう言ったんだ。 「…ああ。まぁ、今回は手加減しただけだから。勝たせてやっただけ。次は勝つから。」 俺はそんなこと思ってもいないのに、強がって口走ってしまった。だが、その子は微笑んだだけだった。
僕は、一体何が――― ―――なにがしたいのかわからないんだね。 怖いんだ。■■に慣れることが。 ―――■■、なくなればいいのにね。 ■■、君にも? 君は寂しく嗤っていた。 僕は、「寂しく笑う」とはこういう顔なのだと、生まれて初めて君の横顔で思った。 ■■は天泣を呼ぶ。差せる傘は、君以外ない。君を傘にすることもできないけど。 僕は、一体何がしたいのだろう。 意味も無い問いを生み出す。言葉にして吐き出す。答えのないまま、辛くなる。今の気持ちを君以外の誰にもわからないようにして、短編小説をポエムと履き違える。どうしてそんな事を言うの。 どうして どうして どうして もういいよ 18:02に奪われていたのでしょう。 君は、どうかもう一度stAineD_glaSsを感じてほしい。 === ―――「さよなら」、なくなればいいのにね。 と、私は言った。 全部、知ってたよ。 === そう言ってほしい。妄想だ。
僕はホワイトレンジャー2号のスノー。 普段は本屋で働いています。 この間、パートの小宮さんと同じシフトになった時、「スノー君って、ホワイトレンジャーやりながら本屋でバイトだなんてクレイジーだね」と言われました。 僕らホワイトレンジャーはご当地キャラの様に世間に知られた存在なんです。それは変身していてもしていなくても。 ここの店長もバイト面接の時に「君がいれば万引きは無くなるね」と変なプレッシャーをかけられました。 ただ、僕らホワイトレンジャーは人間じゃないんだ。姿、形は人間そのものだけど、僕らは人々の思いが博士のマシンによって具現化された存在なんだ。 よく分からないよね。言っている僕もよく分からないけど。 とにかく、僕らホワイトレンジャーは何とか街の皆さんに受け入れられて生活が出来ている 今日はホワイトレンジャーの事について伝えたいわけじゃないんだ。さっきも行った本屋のパートの小宮さんのことなんだけど。 この間、小宮さんが半日で上がった時、日記帳を忘れていったんだけど。僕はそれが本屋のメモだと思って勝手に開いたんだ。僕がバイトしている本屋では売れ残った手帳やノートをよく店長がメモ用で置いてくれているから。そしたら変なメモばかりが書いてあって、暫くしてやっと小宮さんの日記帳だったんだと気がついたんだ。そもそも日記帳を持ち歩いているなんて、小宮さんは変わっているのかもしれない その小宮さんの手帳の中身を皆に聞いてほしいんだ。勿論内緒で。 8月4日 火曜日 今月は旦那が夜勤なので今日は遅くまでドラマを観ていた。韓流ドラマをずっと馬鹿にしてきたが、一度観てしまうと止まらない。 8月5日 水曜日 店長からのラインが多い。殆どの内容は私をデートに誘う物ばかりで、マジ怖い。 8月6日 木曜日 若い男に抱かれたい。腹の出てない男に。 ファミマのプリンサンド激ウマ 8月8日 土曜日 今日のバイトはスノー君と一緒だった。あまり話さない人だけど、話すと楽しい。ヒーローに抱かれるのもいいかも。必殺技は持っているのかな? 8月9日 日曜日 バイト休み。旦那も休み。旦那は昼前に帰って来て、シャワーも浴びずに寝てしまった。起きたらシーツを替える。 旦那は浮気をしないのか? この辺まで来て、やっと小宮さんの日記帳だと分かった。これを見て思ったのは、夫婦生活とは大変なんだなと言うことと、小宮さんは少しロマンスを求めているっことかな。 店長と出来ているって噂は違うみたい。店長も奥さんと一緒に働いているのに、大丈夫なのかな?まぁ知らないけど。とにかく、また、何か思い出したら投稿します。 ホワイトレンジャー2号 スノー 「これなんですけど」 「これがツイッターに?」 「Xです。とにかく、これ僕になりすまして勝手に投稿してるんですよ!博士!」 「これは怪人の仕業かなぁ…?」 「この投稿凄い嫌なんですけど」 「取り敢えず消しておこう」 博士がキーボードを弾くと投稿が消えた 「また、偽物の君が現れたら教えて。犯人を見つけるから」 「ありがとうございます」 「でも…結局、内容は本当なのかな?」 「知らないっす。店長と出来ている噂はありますけど」 「そっ」 博士は自室に帰る スノーは小宮さんに連絡してみる (今から会えますか?) (会えるよ) ………
生命には全て、生まれてきた意味がある。 「ふははは。怯えるがいい、人間ども」 この悪魔もまた、デスゲームによって人間を恐怖のどん底に落とすために生まれてきた。 「泣こうが喚こうが、敗者には死、あるのみだ!……あれ?」 間違いがあったとすれば、人類はとっくに滅亡をしていることだろう。 人工物が自然に押しつぶされ、動植物の楽園となっている地球で、悪魔はぽかんとした表情を浮かべた。 「え? あれ? デスゲームの参加者は?」 数千年後。 「うぎ。おはよぎ」 「惜しい! もう少し! はい、『おはよう』」 「ぼはよう」 「ああー、最初を噛んでる!」 悪魔は、猿に言葉を教え込み、人間並みに進化をさせようと努力をしていた。 デスゲームの開催には、知能の高い生物が必須。 「ほら、ご褒美だ」 「ウッキー!」 自身の生まれた意味を行使するため、悪魔は今日も育児に勤しむ。
都会の明るい夜に慣れ過ぎて 深夜に散歩することが 習慣みたいになっていた でもやっちゃダメだったんだ 男だからと油断していたんだよ もしもこうなると知っていたら 外なんか出なかったのに その日は盆休みで帰省していた 夜遅くまで両親と酒を酌み交わす 二人は先に寝てしまったけれど 俺はどうにも寝付けなくて 酔い覚ましも兼ねて 深夜散歩に出かけることにした 一歩外に出て玄関を閉めると 辺りは途端に黒の陰影だけになり ポツポツと立ち並ぶ街頭だけが 黒い田んぼ道を照らしていた その光景に少し息を飲んだが スマホのライトを付ければ なんてことはなかった スマホのライトを頼りに歩く もう日付が変わる頃だったので 他に歩いている人はおらず たまに車が横切るだけだった 近づく車の音だけには注意しながら 夜風を感じながら歩く さてそろそろ帰ろうかと 来た道を戻ろうとしたときだった 振り返った先の黒い景色が 揺れているのに気づいた 直接ライトを向けるわけにもいかず 遠くてハッキリとは見えなかったが どうやら人影らしかった ライトも付けずに歩くなんてと思ったが 慣れていればそんなものかとも思えた 人影らしきものが近づくにつれて ライトがその足元を照らしていく サンダルとスカートの端が見える この人とすれ違ったら遠回りして帰ろう そんなことを考えていたときに 気づいた 恐らくは女が手に持っているのが 刃物だということに アルコールなんて吹き飛んで 全身から冷たい汗が吹き出した 呼吸は思わず止めてしまったが しかし足を止めるわけにはいかない 女を刺激しないようにライトを下げて ただただ祈りながら震える足を前に出す 女の足音がどんどん大きくなっていく 女の足元がライトの円の中に入り そうして通り過ぎていった 女の足音が徐々に小さくなっていく 俺はしばらく早歩きで進み続けてから ゆっくりと速度を落とし立ち止まった 辺りはしんと静かになった 俺の足音はもう聞こえない 女の足音も聞こえなかった ずずずと後ろを振り返る 黒い陰は立ち止まって その場でゆらめいていた 女がどちらを向いていたかはわからない だが俺は迷わずまた歩き出していた できるだけ遠くへ行かなければ 静かな夜に俺の足音が響いていく するとそれにもう一つの音が重なっていく 見たくなかったが見るしかなかった 足は止めないまま振り返ると ライトの先ではさっきの女が 小走りで追いかけてくるのが見えた そこからは無我夢中だった とにかく走って走って走りまくった そうして現在地もわからなくなった頃 ふと足を止めると足音が聞こえない 振り返って辺りを照らしたが もうあの女の姿は見当たらなかった まだどこかにいるかもしれない そう考えライトで周囲を照らし 警戒しながら家へと帰ることにした 結局のところ何事もなく 実家へ帰ることができた もしかしたら何かしら 俺の勘違いだったのかもしれない そんな風にすら思いながら 部屋に直行した俺はそのまま ベッドに倒れ込んで眠った 「朝ごはんいらないのー?」 母の声に目が覚めてリビングへと向かう 父はもう仕事へ向かったらしく 母は食器洗いをしていた 用意された朝食をすぐに食べ終えると キッチンに立つ母の元へ皿を運ぶ 「自分で片付けるなんて成長したわねー」 「それ毎年言ってるけどな」 そんな会話を交わしながら皿をシンクへ入れる ちょうどそのとき入れ替わりで 母がシンクから包丁を取り出して洗い始めた
少年A さんがポストしました 少年A:ちょっと愚痴言いたい →アンチ犬派:いいよー 中年A →少年A:中年Aやめてくれ 現役中学生だし →アンチ犬派:原液(元)中学生の間違いでしょ →たまごどうふ:私も愚痴言いたいです 上司はクソーーーー! 少年A:それなー →少年A:ゴホンゴホン えー それでは言います →アンチ犬派:風邪気味? →たまごどうふ:どうぞー →フラれましたー →アンチ犬派:知ってたww →たまごどうふ:どんまいです! →え?何かみんな軽くない? →アンチ犬派:自分がフラれたわけじゃないので →少年A:ひどい →アンチ犬派:ひどくない →少年A:病めるときも健やかなるときもでしょ? →少年A:悲しみを分かち合うんでしょ? →アンチ犬派:五セント頂きます →少年A:ル ー シ ー →少年A:というか職人まだ来てなくない? →アンチ犬派:たぶんAと違って忙しいんでしょ →たまごどうふ:フラれたのって例の子ですか? →少年A:例の子です… →アンチ犬派:今見るとキモい 【少年A:好きな人できた!背は低めで目が大きくてハヤシライスが好きだって!落とした消しゴム拾ってくれた!】 →少年A:過去のピュアな俺を晒すなー →髪職人:えwフラれたのかお前ーww →少年A:職人遅い! 慰めてくれー →髪職人:地球上に女の子は何人いると思いますか? →少年A:35億! なんか元気出た… →髪職人:まあその子は一人ですけどね →少年A:あげてから落とすタイプ? →甘党:はじめましてー 私も話していいですかっ →アンチ犬派:え!ご新規じゃん!よかったなA →少年A:はじめましてー まったり話しましょ →アンチ犬派:猫被ってやがる… →甘党:えー実はですねっ →甘党:今日フッたの私ですっ! →アンチ犬派:なにっ! →髪職人:なんだとっ! →甘党:ですですっ! →たまごどうふ:本当ですか? →甘党:本物ですっ →甘党:私も愚痴があって来ましたっ! →甘党:クラスみんなの前で告白とかないだろっ →甘党:気まずいじゃろこらっ!! →甘党:断りにくくさせるのずるいっ! →甘党:さっきので好感度二十七下がりましたっ! →アンチ犬派:前なんだったの? →甘党:九十くらいはいってましたっ →アンチ犬派:やっちまったなA →甘党:なのでっ →甘党:次またポイントが九十くらいまで貯まったらもっといい告白してくださいっ →待ってますっ! →たまごどうふ:あの →たまごどうふ:ちょっとひどいんじゃないですか? →たまごどうふ:いつもあんまAさん愚痴とか言わないんですよ →たまごどうふ:もうちょっと優しい言い方して欲しいです →たまごどうふ:甘党さん? →たまごどうふ:甘党さん? →たまごどうふ:甘党さん? →髪職人:Aも喋らなくなっちゃってますね →髪職人:A大丈夫ですか? →髪職人:生きてます? →少年A:生きてるよ… →少年A:叫びます →少年A:なんであんなの好きになっちゃったんだああああああああ →アンチ犬派:穴に埋めるくらいの気持ちで吐き出しちゃいなー →少年A:でもーーーまだ好きーーーー嫌いになれないーーーーー →アンチ犬派:なんでだよーーー →たまごどうふ:Aさんの叫びは →たまごどうふ:草が生えちゃうまでは秘密ですよー →髪職人:あの子は忘れろーーーww →アンチ犬派:あ →髪職人:あ →たまごどうふ:は? →髪職人:すまんごめんおれのにまだはんえいされてなかったまじごめ →アンチ犬派:秘密しゅーりょー!
お金が無くて世界旅行に行けないので彼女を家に呼んで宇宙の神秘を探索する。 セクハラよ!私の身体を小宇宙に見立てるなんて!と怒られてしまいそうだ。 おお観音様。 宇宙の果てには女体があると思うのだが(あるいは女性からすれば男体があるのかも知れない) 栃木に男体山女体山と言う山があるなぁ。 あるいは軽い山登りを(ハイキング)して高尾山でも秩父の高麗神社でも行ったりして紅葉を見たりお土産のキムチを買ったりして昔の江戸やソウルの気分を味わうのも手かもしれない。 江戸に閉じ込められた町人や滅ぼされた百済の気分を味わう。 うーむ高尾山や日光には行ったことはあるがお猿さんたちは僕を歓迎してくれるだろうか? ヒマラヤより高い山もあるらしいがとりあえず近所の公園に行って僕の作った最高峰の山とか砂場で作って発達障がいを併発させるのも手かもしれない。 夜やることがないと下らない事ばかり考える。 世界地図はなんだかどんどん変わっていくが(国境とか)地球の組成も変わっていると思うので(地学は得意だったがあまり発展性のある分野では無いと昔の知り合いが言っていた)良し悪しがある。 宇宙は果てしないコンドームのような気がする(皆最果ての女体を目指して日々邁進する) 世界がゴムならどっかに生えている名もないゴムの木が世界樹なのだろう。 そんなものかもしれない。 おまえはもう少し世界を見てこいと言われそうだが野菜が足りないので近所の畑から野菜ぶっこぬいて不良日本人になりそうな僕は刑務所と隣り合わせだが畑の雑草取りを最近サボっているので労働は落穂拾いの絵の延長なのだろうか?などとちょっとおセンチになったりする。 車に轢かれて犬の死骸になる日も近いかも知れない。 骨は宇宙葬にして欲しいのだがお前絶対寂しくなって隕石みたいに地球に舞い戻ってくるからおとなしく福島の墓に入っとけって檀家の人に気遣われてそうだ。 僕もまだ地球の一員。 バルタン星人の季節が過ぎる。 フォッフォッフォ。
おおきなあくびをしたら開けた口のなかにちいさな虫でも入りこんだのか「あめ」がしきりにふがふがして、静かだった人のいない公園に、若干のざわめきがねじ込まれる。 「あめ」と暮らしはじめてから、会社終わりにお酒を飲みに行く機会がめっきり減った。行くのが楽しみで、大人になったなあと思う瞬間でもあった、ある程度の年齢までは。大人になってよかったことは山ほどあるけれど、大人になっていつのまにか愛想笑いが上手くなっていて、わけもなく悲しくもなったりした。 ふがふがのおさまった「あめ」は、木の陰から気になる子を見てるみたい。人のほうか、それとも… 鍋を火にかけたままにしてしまうことがたまにあった「あめ」と暮らす前。 鍋を火にかけたままにしても教えてもらえた「あめ」と暮らすようになってから。 木の陰から見ていた気になる子が行ってしまい「あめ」は、たちまち興味をなくす。はやく家に帰りたいとのアピールは、ほんとうのところ、帰ってからもらえる散歩お疲れさまのおやつへの強い思いかな。たぶん。きっと。 「今度のお休みどこ行きたい?」 それどころではない「あめ」に、わたしの言葉は届いていない。 「ここらへんで、ちょっとした事件あったよね」 のってこないのはミスチョイス。こういう話題ではダメみたい。 「好きだよ」 「あめ」は立ちどまって、こちらを見上げる。かすかな疑問を含んだその表情。 ―知ってるよ、そんなこと とでも言ってるみたい。 「あめ」は、また歩き出す。おやつに向かって。 ―ぼくもだよ そう言ってほしいのに。そんな表情を見たいのに。恥ずかしがって「あめ」はそんなこと言わないし、見せてもくれない。そうとは知っているけれど。それでも、背中に向かってつぶやく。 ―好きだよ
息を切らして振り返る。ああ良かった、まだ追い付かれてない。ショッピングモールの二回、角の壁に寄りかかってから、今日の不運を嘆く。 まさか、ボム・タイムにあたるとは思ってもみなかった。せっかく奮発して買った服も、灰と煤に汚れてしまい、お気に入りの鞄に至っては、飛んできた小石で擦れてしまった。 あーー。あーーーー。足音がするぅ。休憩時間もありやしない。すぐにここも離れなくては。まあでも、結構いいペースじゃないだろうか。アナウンスがなったとき私は五階にいたのだから、出口まで半分を切っている。 とりあえず、靴紐を結び直して吹き抜けから一つ下の階を見る。幸いなことに、今はボマーがいなさそうだから、駆け足で行ってしまおう。 と思って一歩踏み出した瞬間。ああもうホントくそ。三階からボマーが降りてきた。しかもさ、目も合っちゃうんだな、これが。 何かもう逆に笑いが止まらなくなりながら、走り出す。はははははっと声を出しているから余計に息が切れる。酸素がなくなるまであとサンビョーとか考える。と、コケた。まだ階段までたどり着いていなくて良かった。目だった傷もないまま立ち上がり、ボマーに向き直る。まあ反撃できるわけでもないから、特に意味はない。 ボマーが無造作に壁に手を当てた。するとそこが爆発し、破片が私目掛けて飛んできて、頬を擦る。乙女の顔に何してくれてんだ。 ハリウッド映画さながらに、再び走り出す。階段は一段二段と飛ばして進み、もうむしろ落下していくような感じだった。すぐに床に足がつき、出口までの廊下を一目散に駆け抜ける。 思考が加速する。これもしかして、他の客全員ゲームオーバー?ボマー私だけを追いかけてるし。脱出特典とラストワンボーナスかあ。楽しいお出かけを犠牲にしたにしては割に合ってねー。 出口にしかれているマットを踏む。外から歓声が聞こえる。 ボマーはもう目と鼻の先くらいに迫っていて、伸びた手が、私の服を掠めてしまいそうだ。そうなったら私も、他の客と一緒にあの世行き。 ああでもたぶん。きっと私の勝ちだ。
電車の中に蜻蛉がいた。 ここは田舎だ。しょうがない。 始発あるいは終着駅のここでは、 4時10分に発車する電車より 5時10分に発車する電車の方が 早くホームで客を待っている。 どうせならコンビニにでも寄ればよかった。 現在時刻は4時15分。 どうせなら走ってでも4時の電車に乗ればよかった。 蜻蛉が飛び立つ。 しかし、平衡感覚が掴めないのかすぐに落ちる。 ようやく唯一空いているドアに向かったと思えば 手前の窓で休憩。 かと思えば何度も体を窓にぶつける。 そこは出口ではない。 少し進むだけで君は外に出られるのだ。 じりりりりり きゃあ 他の乗客がやってきた。 女子高生は怯え隣の車両に移動した。 じりりりりり すぐに出て行くと思い近くに座り続けていたが、 移動することにした。 イヤホンをした。 蜻蛉の声は聞こえない。 現在時刻は5時9分。 ドアが閉まり、逃げ場がなくなった。 いきなり動き出した蜻蛉は蛍光灯にぶつかった。 憐れだ。 人間が作ったへんてこな物体に惑わされて。 そうだ生物は可哀想なのだ。 己1人では何も出来ない。 今朝改札が開かなかったことを思い出す。 残高不足だった。 不特定多数の人間から不快の感情を向けられた気がした。 この蜻蛉もそうなのだろうか。 だから頭が回らずひたすら窓に体をぶつけていたのか。 答えは出ない。 蜻蛉はどこかへ消えた。 私もあのとき消えてしまいたかった。 眠気が襲い目を閉じる。 あの蜻蛉が自由になれたことを祈って。
「ねぇ、知ってる?」 突然、ボクを招いた部屋のあるじは、こんなことを口走った。 「水滴の中には、小さな部屋があるんだよ」 あるじは、床を指さしながら呟く。「今ここ」 だったら、なんだと言うのだ。なぜ、ボクを連れてくる必要がある? 「わたし、ずっとここに住み続けてきたんだよ」 ボクの気も知らないで、あるじは口を開き続ける。 「17の時、もうホントに現実がイヤになっちゃってさ。どうにかこうにか、逃げられないかなーって思ってたんだよね~。で、次の日、目が覚めたらここだよ、ここ。すごいでしょ?」 何がすごいことなのか、ボクには分からない。分かることといえば、先程から目の前のあるじが言っていることは、おかしさにあふれている。 「最初は、ちょっとビックリしたけど、冷蔵庫には好きな食べものがいーっぱいあるし、わたしの他には誰もいない。見たいテレビだって見放題だから、ホントに最高だな~って。すぐ馴染んじゃった。でもね、わたしは、そのこと、後悔してるんだ。まさか、この部屋が水の中にあるなんてさあ……」 分からなかった。あるじが何を言いたいのか、結局のところ判然としない。 「ふっ、と思い立っちゃったんだよね~。窓なんて見なければよかった。いつもカーテンが閉まっていたのは、わたしにあの光景を見せないためだったんだ。誰かが」 それは誰なんだ? 「知らない。誰かは、誰か、だよ。でも、きっとそうなんじゃいかって思ったんだよね。そう、わたしはずーーーーっと! 閉ざされた時間の流れしか知らなかった」 ただ、あるじは声をあげ続けている。 「この生活にも、いつかは終わりが来る」 どうして、そう…… その先は声にならなかった。なんだかもう、すべてがどうでもよくなってしまっていた。ただ、ボクがここにいることだけが謎だった。 「ねぇ、見てよ」 あるじが指をさした先、窓に降るのは大粒の雨。 「み~んな、知らないんだよね。あの雨のひとつぶひとつぶに、誰かの暮らす部屋があって、誰かの人生が乗っかってるんだってこと。みーんな……知らないんだあ」 あるじは笑う。 「わたしも知らなかった」 懐かしい記憶が、だんだんとよみがえってくる。脳裏に。深く。彼女の笑顔。 涙が頬を伝っていく。目の前がぺしょぺしょになっていく。それでも、あるじの姿だけは、はっきりとボクには見えていた。 ずーーーーっと夢に見てきた。 あるじの指先が、ボクの頬に向いていた。 「わたし、ずっとここに住んでいたんだね」 わかっていた、わかっていた。 「わたし、あのとき、本当に現実から逃げ出したんだ」 今でも覚えている。みなまでも、言わなくとも分かっていること。あのときも、確かにこんな雨だった。線香の煙ごしに見た彼女の笑顔が、ヘッドライト越しに見た彼女の顔と重なった。その顔は、ぺしゃぺしゃで見えなくなっていて。 あぁ、今の自分だ。彼女はとっくに気づいたというのに。今も、ボクだけは変わっていないのだ。あのときから、ずうっと。 「でも、キミまで逃げ出してこなくてもよかったのに」 彼女が笑う。ここにボクを呼んだのは彼女じゃない。ボクがここに彼女を呼び寄せたのだ。 「もういい?」 それが合図だった。 滝のようにあふれ返っていた涙はいつしか底をつき、床の水たまりはとっくに乾いていた。彼女の姿はなかった。
古本の、誰かがつけた角の折り跡 それはそれで、誰かの生きてきた証のような味があるけれど… 読みはじめる前、指先で丁寧に、平らに伸ばす 「前の持ち主が、すまないことをしたみたいだねえ」 古びた紙の匂いが立ちあがるだけで、あたり前に返事はない しかし、それでいい 返事をされても困ってしまう 「すまない」と言ったのだって、回路が… 勝手に… ワタシは、プログラムされた機能をただただ遂行するだけの、AIロボットにすぎないのだから
「貯金が一億円あってもモテないですよ」 「え!?」 衝撃的なことを言われた。 一億だぞ、一億。 凡人では、決して辿り着くことのできない境地。 「でも一億ですよ?」 耳を疑ったぼくは、もう一度訊き返す。 「はい。モテません」 しかし、返事は変わらない。 「どうしてですか? 一億円あれば、生活に安心できません? だって、一億あるんですよ?」 何度否定されても、まったく認めることができなかった。 ぼくは体を前のめりにして、問いただす。 「だってその一億、女性は使えないじゃないですか」 婚活アドバイザーは、呆れたように言った。 「……使う?」 「はい。法律上、婚前前の資産は、個人の財産となります。結婚する女性には、今の貴方の一億円を使う権利はありません。つまり、ないと同じ」 「……そんなことは。家族が困ったときは、ちゃんと取り崩して使うつもりです」 「でも、それを決めるのは貴方ですよね? 洗濯が大変だからドラム式洗濯機が欲しいと思っても、食器洗いが大変だから食洗器が欲しいと思っても、買うかどうかを決められるのは貴方。一億円を使うか決められるのは貴方。自由に使えない一億円なんて、女性からすればないも同じなんですよ」 捲し立てるような反論に、ガンと頭をぶん殴られた気分になった。 使えない一億円。 他人から見ればそう見えるのかと、新しい価値観を突っ込まれた気分になった。 「でも……一億円……」 か細い声で鳴くと、婚活アドバイザーは止めとばかりに、大きな溜息をついた。 そして、ぼくの膨らんだ腹を見た。 「脂肪って大事ですよね? 飢餓状態のときはエネルギーに変換できて、生きられる時間を伸ばしてくれるんですから」 「突然なんですか? そうですね」 「でも、現代日本では飢餓になることがほとんどありません。となれば、その脂肪は使わないエネルギーの塊でしかないわけです」 「そう、なりますね」 「つまり、安心の脂肪でなく、ただのテブの脂肪です」 「そんな直接的に!?」 ぼくはお腹を叩いた。 ポンと、心地の良い音がした。 「使えない一億円なんて、使いどころのない脂肪と同じ。不健康の象徴でしかないんですよ」 脂肪と同じ。 脂肪と同じ。 脂肪と同じ。 三十歳を超えたから仕方ないと見てみぬふりをしていたコンプレックスが、ぼくの自慢である一億円が同じだと言われたことで、頭の中が真っ白になった。 「カウンセリングは以上です」 その後の記憶は、ない。 家に帰って、ふらふらと風呂に入る。 温かいお湯につかりながら、防水スマホで本日の貯金残高を見る。 ほんの少しだけ利率がついて、一億円はさらに微増していた。 脂肪がまたついていた。 「いやでも、一億ぅ……」 ずっと目指していた自慢すべき数字が、なんだか体重計に表示される数字と同じに見えてくる。 ぼくは鼻までお湯につかって、鼻息でブクブクと湯を沸かせた。
江ノ島、勝手に無人島だと思ってましたわ 住んでる人、いるんですのね あら、そうなんですの 島なんですのね つながってるのかと思ってましたわ 水族館に行ってみたいんですの あら、そうですのねえ 水族館は、島のほうではないんですのねえ それは残念ですわ 近いうちに、島のほうにも 行ってみたいものですわねえ では、ごきげんよう