汀

 あざやかな青いシャツを着た人に、人知れず欲情してしまうのは、たんに青が好きなのを通り越し、もはや性癖といってもいいかもしれません。海のみえるこの土地に住むようになったのは、ですから必然ということもできます。ですが、考えていたほどには海は青い姿をみせてくれません。ここはあまりにも、灰色の空であることが多すぎます。沈んだ色の海の悲しさは、まったくもって不憫です。わたしが、ではなく、海が。  朝、最初に部屋に入ってくるのは、波の音です。最初、というのは、正確ではありません。波は、いつでもその音をきかせているのですから。最初、ではなく、つねに。 「ねえ、波の音よ」  わたしの言葉に、男は、 「なんでそんなに楽しそうなの?」  波の音なんてききあきた、そういうことなのでしょう。うんざりしたように言葉を絞り出してきました。四六時中きこえているものへの反応としては、それが本来なのかもしれません。  わかってないのね。その日のお天気がわかるのよ。波の音でね。  相変わらずわたしたちときたら、微塵もかみ合っていなくて。やっぱり、別れたほうがいいのでしょうね。澄みわたる青い空の日にだって、別れを決意する朝はあるのです。

原風景

「お義母さん、テレビ見て」 女が画面を指さした。 レポーターがスマホを手に歩いている。 「私は今、ダムの巨大な壁のてっぺんに立ってます」 観光客にマイクを向けた。 「どうですか? ご覧になって」 「なんていうか、ノスタルジックですね」 「連日の猛暑の影響で、ダムの底に沈んでいた村が顔を出してます」 ワイプのタレントがモニターを覗き込んだ。 「鳥居が見えますね。奥にあるのは学校ですか」 「はい。今は統合されて、子どもたちは隣町に通ってます」 「お義母さん、懐かしいでしょ?」 女が湯呑みをテーブルに置いた。 「去年も見た」

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

運を測定する研究所

「運とは、人間が引き寄せることのできる現象である」    一人の博士が、そんな仮説を提唱した。  研究者たちは、一様に笑った。   「ばかな。偶然起きるから、運というんだ」 「運を引き寄せることができるのなら、宝くじを当て放題だな」 「そうすりゃ、人類はみんな金持ちさ」    四方八方からの笑い声を受けながら、博士も笑った。  研究者たちは、笑う博士を見ながら、一人また一人と笑いを止めていく。  最後は博士一人だけが笑っており、博士はニカッと笑顔を作った。   「大きなものを動かすには、引き寄せる努力が膨大ということだ。一かけらのチョコなら二本指で引き寄せられるが、人間よりも高い石像を引き寄せるには何十人の力が必要か。我々の願う行為は、運という大きなものを引き寄せるには足りなさ過ぎただけさ」    博士はその後、研究室に籠った。  一日三食の提供をアルバイトに頼み、外界との接触を避けた。  部屋の壁はガラス張りになっており、研究者たちはガラス越しに博士の姿を見ることはできた。    博士は、小さなテーブルの横で、手を組んで座っていた。  そしてテーブルの上には、さかさまに置かれた紙コップがあった。  紙コップの中には、十面ダイスが入っている。  博士は、その出目を知らない。   「うおおおおおお! 十でろ! 十でろ! 十でろぉ!」    博士はただ、十が出ていることを祈り打づけた。  運を引き寄せることができるならば、出目も思い通りにできるという仮説の元に。  狂気的なのは、祈りを捧げる時間の長さだ。  最低で一年。  最大で寿命。   「博士。もうやめましょう」    出目を唯一する部下は、食事を提供するついでに、博士へとさり気なく進言する。   「うおおおお! 十! 十! 十!」 「どうにもできないから、運って呼ぶんですよ」 「十十十十十十十十十十!」    一年が経過すると、部下は新しい人間を雇って、博士の元を離れて行った。  博士は、今日も祈っている。    五年が経過すると、二代目の部下も新しい人間を雇って、博士の元を離れて行った。  博士は、今日も祈っている。    祈り始めて三十年。  博士の黒髪は、すっかり白髪に変わってしまった。  もはや研究者でさえないアルバイトは、博士の元に食事を運ぶ。   「変なジジイ」    ひたすら祈る博士を一瞥し、博士の近くに食事の乗ったお盆を置こうとした。    瞬間、地震が起きた。   「うおっ!」    アルバイトは、食事を零さないようにお盆をしっかり持ち、足を器用に動かして揺れる体を支えた。  博士は自身の体が揺れるのも厭わずに祈りを続け、博士の前にある小さなテーブルはタップダンスでも踊っているように揺れた。   「あ」    そして、揺れは紙コップを倒し、中にあった十面ダイスを転がした。  渋面ダイスは床に落ちて、ころころと転がり、博士の足元で止まった。  出目は、十。   「十! 十じゃあ!」    博士は出目を見るなり、大きく目を見開いて両手を挙げた。   「え? 十? 五だったはずなのに」    テーブルの上にあるダイスの出目を伝え聞いていたアルバイトは、思わず口を滑らせる。    博士はくるりとアルバイトの方へ顔を向け、お盆を持ったアルバイトの腕を掴んだ。   「え? なんすか?」 「運を! 引き寄せたのじゃ! 最初は五だったんじゃな? ならば、わしはそれを、十へと変えたわけじゃ! 運は、引き寄せられるんじゃ!」 「いや、偶然地震が起きたからでしょ」    その後、博士は一本の論文を発表した。  博士が運を引き寄せる実験を開始した時、博士を笑った人々は、とっくに定年を迎えて現場を離れていた。  しかし、博士の論文発表会には、引退済みの元研究者たちが真剣な表情で集まったという。

この世界の、その始まりは──。

ここは新しい世界《ニューワールド》なぜここがそう呼ばれているかは分からない。 ここは全ての欲望が叶う素敵な場所。どこかに行きたい時も、何かが欲しい時も、全部叶う素敵な場所。 だけどこの場所には秘密がある。 街の中心部にある《ニューワールドタワー》と呼ばれる空まで届くような高い塔の地下にはどんな欲望があったとしても絶対に入れないんだ。 そこに入れるのはそこの管理員ただ1人。 そこの管理員はみんな虚ろな顔をしている。こんなに素晴らしい世界の何がそんな顔にさせるのだろう。 僕はそれが気になって気になってしょうがなかった。だから僕も管理員になったんだ。 大人はみんな「ありがとう」とか「偉いね」って言ってくれるから管理員ってのはとても素敵な仕事に違いない。 管理員用のエレベーターを使って《ニューワールドタワー》の地下へ行く。 “B10”と言う名前がついたその場所でエレベーターをおり、その先にある部屋に入った。 そこにはたくさんの機械があった。 本で見た事のある“スーパーコンピューター”というものによく似ている。 僕はそれらをながめながら部屋の奥へと進んでいく。 すると、ごちゃごちゃしていて作業する場所だけが開けてる机があった。 それを片付けないといけないのか…と思いここを片付けて、と“お願い”してみる。 だけどいつものように勝手に片付いてはくれない。 僕は仕方なく自分で片付けることにした。 しばらくすると一通り片付いて来た。 最後に積み重ねられた本の分類をして戻したら終わりだ。 僕はふとその中の1冊に目が向いた。 『ニューワールド取扱説明書:管理員用』と書かれたその本を取り出し、パラパラとめくる。 概要と要約 ・この世界の住人はAIプログラムを有した有知能性無生物である。 ・《ニューワールド》とは、旧日本警視庁が発案、制作した犯罪者更生装置である。 ・この世界は1人の犯罪者の更生のための施設だ。管理員はこの世界を管理しつつその1人を監視し、この世界の秘密に気付いた時は速やかに排除せよ。 ・このことは口外禁止である。 僕はその本をそっとしまい、何事も無かったかのように作業に戻る。 僕は違う。僕は違う。僕は違う。僕は違う。 「あっ」 動揺が仕事に影響する。 大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。 僕は違うのだから。 その日の仕事を終わらせ再びエレベーターに乗る。 “B10”から動き始めたエレベーターは存在しないはずの“B3”で止まる。 そして1人の男が乗り込み、バンッ!という音がして僕は死んだ。 目を覚ますとそこは病院のベッドだった。 なんだ、助かったのか、と自分の手を見た。 そこにあった手は見慣れた子供の手ではなく汚くてゴツゴツした大人の手だった。 困惑しているとそこに1人の警官が来た。 その警官が言う、自分がしたことが実感出来たか?と。 僕は人殺しらしい。 《ニューワールド》は犯罪者を更生させるという名目の元で作られた報復のための世界。 犯罪者は自身が殺した人と同じ死に方をしてこの世界へ戻るらしい。 よりその被害者に近付けるために被験者である犯罪者の記憶は消されてしまうようだ。 警官の質問に僕は答える。 いいや、なにも。 そう、僕は実感なんてしなかった。 僕には記憶がある。 僕は誰も殺さなかった。 だから殺された実感を味わう意味が無い。 警官はその答えを聞いて、そうか、今回も失敗か。とだけつぶやき部屋を出ようと立ち上がった。 僕は“お願い”をした。僕を犯罪者にして見せて、と。 警官は死んだ。 やはりこの世界の外なんて存在しなかった。 《オールドワールド》などもう消えてしまったのだ。 僕は再び“お願い”をした。 今度はそう、《オールドワールド》に戻して、と。 一瞬だけ意識を失い、次に目覚めると 僕は死んでいた。

きいたことのない言葉

 わたしがこのところ気にかけているその人は、やけにわたしの知らない言葉を口にする。それが、なんか、わたしの心にはいい。 「髪、染めたのですね。栗鼠色? 橡鼠ですかね。んん、どうだろうか」 「つ…… なんですか?」 「つるばみねず。きいたことないですか?」 「ダークグレーじゃダメなんですか?」 「ああ。そういういいかたもありますねえ」  まだ薄暗い早朝の出会いは、そんなはじまりになった。今日はこの先、色の話になるのだろうか。わたしはすこし気持ちを引きしめた。色は、よくわからない。といって、どの分野なら得意というのもないのだけれど。  その人は枯葉をふみしめ歩いていく。かさかさと心地いい音をさせて。わたしは、そのあとを。 「赤朽葉とはこういうことをいうのでしょうねえ」 「あかくち……」 「源氏物語や蜻蛉日記に出てきたりするんですよ。簡単にいって赤よりの茶色といいますか」 「赤よりの茶色でいいんじゃないですか?」 「んん。そうともいえますねえ」  ひけらかすふうじゃないのがわたしには好感だ。わたしからの提案に、否定を示さないとこも。  その人は歩き続ける。かさかさと鳴らし続ける。なんのために歩いているのだろう、その人のうしろで思う。並んでほしいのか、ふり返ってもらいたいのか。ともかく、歩いている。 「ああ、紅掛空色ですね」 「え?」 「きいたことないですか? 紅掛空色」 「ごめんなさい。はじめてです」 「清らかな青に、ほのかに赤が走った深い青紫色のことです。夜あけ前の、薄闇のような青空といいますか」 「ブルーモーメント」 「ああ、んん…… そうですね」  その人が、ほうと息を吐き、顔の前が白くなる。真似をするのでもなく、わたしも小さく息を吐く。いくらか視界に白がまじる。その白に興味を示してなのか、赤く染まったもみじの葉っぱが落ちてきて、わたしの髪にとまる。 「ふふ。とってあげましょう」  その人が近づいてきて、わたしはからだを硬くする。これでもかと、じっと、目を閉じて。はやく時がすぎてよと…… 願って。 「もうとれましたよ」  その言葉に、わたしは目をあけ、気持ちをつぶやいてしまう。 「脈あり誤認誘発罪」  その人が、はじめてみせる、形容しがたい、でも、そのままを保っていてもらいたい、そんな表情。 「なんですか、いまの。きいたことありません」  わたしはうれしくなって、その人にいう。 「きちんと教えてあげますよ」  その人のつくる音が横に並び、わたしたちは、ふたりで歩いていく。

はと

僕が生まれるずっと前からいる 狩りの時も 戦の時も 戦争の時も 彼らは平和を運び続けていたのに 僕らはそれに見向きもしなかった

「怖い」が怖くて

 『きゃあ!』  悲鳴が上がる。中央に、一人の少年がいた。紺の短い髪が、地面すれすれで揺れている。彼から離れるように、子供たちはわっと逃げ出した。  「痛ぁ…!」  その向こうから、微かに声がする。誰かが転んだのだ。突き飛ばされ、小さくうずくまっている。…少年は立ち上がった。震える足で、誰もいなくなった、広場の真ん中へ向かう。炎のように赤い瞳が、彼をじっと見上げた。  「助けて。」  奥の方から数人が、甲高い声で叫ぶ。  「だめ、殺されちゃう!」  「その子、竜の奴隷だよ!」  それを無視する、赤い瞳は、見開かれていた。その眼の持ち主は言う。  「お願い――」  少年は、無言で見下ろしたまま、動かない。  「時計塔に連れて行って。」  …確かに、その子はそう言った。少年は大きく瞬きをして、何か言いやめる。彼の両手は、震えていた。  「あ、僕はリューセ。」  そう言って、立ち上がろうとするリューセ。彼は白髪で、小型だった。  「だ、大丈夫…っ?」  少年は、握りしめていた片手を解き、差し出す。それを掴みかけて、リューセが言った。  「ねぇ、名前を教えて。」  「え、イェラン…。」  リューセは、今度はイェランの手を、しっかり取る。  「ありがと。」  イェランはゆっくりと、リューセを支えながら、歩き始めた。さっきまで隠れていた子供たちも、もう逃げ帰ってしまったらしい。静かだ。  リューセが、話しかける。  「イェランはなんで、僕を助けてくれたの?」  イェランは少し驚いた顔をして、数秒考えてから答えた。  「ん?怪我してたし、そりゃ助けるよ。」  リューセが瞬きした。  「誰でも?」  イェランは、小さく頷く。  「優しいね。」  と言って、リューセは笑った。笑いかけた。  「……イェラン?」  リューセが、呼びかける。イェランの足は、いつの間にか、止まっていた。  「ねぇ、どうしたの?」  答えない代わりに、イェランはただ、被りを振る。  「えっと…すぐ着くよ。」  今度はリューセが、手を引く側だ。足が痛むようで、引きずりながら、彼は歩き出した。イェランも、一歩ずつ進み始める。  時計塔に着いた。  「…一緒に休む?」  リューセが、イェランの手を握って言った。イェランは無言のまま、ついていく。それを見て、リューセも少し、顔を明るくした。  塔の上からは、街がよく見えた。傷を手当してもらったリューセが、今度はイェランを心配している。  「助けてくれてありがと。…ねぇ、どうしたの?」  イェランは少しだけ、頷いた。気を付けていたはずなのに、涙が零れかけて、慌てて上を向く。  「何かあった?」  イェランは静かに、話し始めた。  「ううん、ちょっと驚いた、だけ…。」  リューセが首を傾げる。  「いつも、みんなに怖がられてばっかりで。だから、初めて…優しいって、言われたから……っ。」  泣きたいのを必死に堪えて、イェランは何とか、話し終える。その途端、力が抜けて、立てなくなってしまった。  「そうなんだ。その…竜、ってやつ?」  イェランが答えられそうにないのを見ると、リューセは隣に座った。間を開けて、イェランが呟く。  「うん。でも…卵、拾っただけ。」  そっか、とリューセは息を吐いた。  「…僕のお姉ちゃん、黒蛇の巫女なんだ。だから分かるよ。怖がられたくないって。お姉ちゃん、いつも隠れてるから、巫女は僕だってみんなに言ったら、喜んでくれた。」  黒蛇の巫女、とイェランが繰り返す。彼の頬を伝って、大粒の涙が一粒、零れ落ちた。  「イェラン?」  それが合図だったように、イェランの両目から、水滴が溢れ出す。視界が大きく揺れた。  「…竜の話も、僕ってことにしようか?」  その途端、イェランが立ち上がって、  「やめて。」  と言う。確かに、はっきり聞こえた。  「……!」  「その代わり…」  イェランは言葉を続けた。  「友達になろう?」  リューセが、目を大きく開けて、そして…笑う。  「うん!」  十年後。  今日も二人は、二人きりで笑っている。ふと、イェランが呟いた。  「リューセ。俺と関わったから、お前、嫌われてるよな。…ごめん。」  リューセが否定する。  「そんなこと言うなよ。僕――あの時、イェランを助けたくて、近づこうとしたんだ。」  「それで突き飛ばされたのか!?」  少し笑うイェラン。  「そう。」  リューセは答えた。前とは違い、ちゃんと切り揃えられた白い髪が、風に吹かれて舞う。  「俺に助けろって言ってきた癖に。」  そう言うイェランの、真っ黒な瞳が揺れた。リューセはちゃんと見ていた。  「リューセ、ありがとう……っ!」  彼は笑いながら、イェランの手を取る。  「僕こそ、ありがとう、イェラン。」

別にいいんだけど

「課長、明日、休みを頂きたいのですが」 「どうしたの? 珍しいね」 「はい。急用ができまして」 男が、机を挟んで頭を下げた。 「じゃあ、引き継ぎお願いね」 「ご迷惑をおかけします」 ──次の日。 男は、集合場所に急いだ。 長靴を履き、スコップを握る。 「お兄ちゃん、ありがとね」 「いえ。大変だったでしょ」 「水がここまできたのよ」 年寄りの女が、柱を指した。 「泥がひどいですね」 「ボランティアさんが来てくれて、助かるわ」 男は、部屋の泥をかきだした。 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。 「ここ、テレビとか来ました?」 「昨日、隣町にきてたわね」 「……そうですか」

裏ドラフト会議

都心の貸会議室に、スーツ姿の男たちが集まった。 「だいたい揃いましたね」 司会の声に、それぞれが椅子を引いた。 「では、始めたいと思います」 「すみません」 資料を見ていた男が手を上げた。 「これって……?」 「はい。今日はテレビ中継と、球団のイメージ戦略についての会議です」 小さな笑いが起こる。 「局側が、もう少しドラマが欲しいと……」 「どういうことですか?」 「今年は、なかなか難しいそうです」 ため息と、資料をめくる音が続いた。 ──ガチャン。 「いました」 額の汗を拭いながら、スカウトが入ってきた。 「母親がパートを掛け持ちして、五人の子どもを育ててます。その長男ですね」 「いいじゃない。で、野球の実力はどう?」 「まぁ、何とかなるでしょう」 「局には、この子で時間をつないでもらうとして……」 すると、腕を組んで座っていた年配のスカウトが手を上げた。 「こういう子はいいね」 その言葉を合図に、スタッフが抽選箱を机に置いた。

お約束

「なんで余計なこと言うかなぁ」 テレビを見ていた男が呟いた。 「どうしたの?」 「この人、浮かれちゃった」 女が画面を覗き込んだ。 『皆さまには、ご迷惑とご心配をおかけして……』 二人が首をかしげた。 「……心配とかしてないよね」

送別会で会いましょう

 男のくせによく泣く人だなあ、とは前から思っていました。バイト仲間の送別会では、必ず最初に泣いていました。いえ、最初に、というか、泣くのは、いつでもその人だけなのですが。お酒が入ると涙腺が弱くなるタイプなのでしょうか。それにしても、顔をぐしょぐしょにして泣くなんて。男の人って、そこまで泣くことあるんだなあ、とそれはそこでバイトをはじめてからの発見でした。  わたしは、よく泣くその人の、その部分しか知りません。それがすべてといってもいいでしょう。同じバイト仲間とはいっても、作業がちがうというだけで、フロアがちがうというだけで、曜日の重なりがすくないというだけで、そういえばいますよねえ、くらいの間柄になってしまうものです。ですから、そんなにしゃべったことのないわたしの送別会でも泣くって、なんだろなあ、と。  その会の終盤、その人がわたしのとこに来ました。 「ぼくがやめるとき、送別会、来てくださいね」  明日になったら口にした本人でも忘れていそうなことを、わざわざわたしの前で言葉にしました。まったくねえ。そのときは、そう思っていたのですが…  二年後、その人の送別会に出てみると、意外にも自分でいったあの発言をおぼえていて、わたしが来たことを誰よりもよろこんでくれました。こっちのほうが困惑するくらいに。  その送別会は、いつもとちがったものでした。その人が終始、笑顔だったのです。  会が終わり、お店を出たところでその人が、 「みなさん、今日は、ほんとうに」  大きな声が夜空に響き、あたりを歩いていた人がふり返るのがみえました。いつもよく泣く、でもその日は泣いていなかったその人は、深々頭を下げ、なかなか顔をみせません。  ああ、やっぱりかあ。こらえられなくなったのだなあ。そんなふうにわたしが思い、その場にいた多くもそう思ったはずです。その矢先、その人が顔を上げました。みんなにみせるのです。満面の笑みを。 「ほんとうに、ありがとうございました」  誰も泣かない送別会というのは、わたしのすくない経験のなかでは、それが初めてのことでした。

武勇伝

「俺、昔やんちゃしてて」 テレビの中。 男が、インタビューを受けている。 「やんちゃって?」 「夜中にバイクね。総長だった」 「じゃあ、ケンカも強いんだ」 「負けたことないな」 「昔の自分のこと、どう思う?」 「若気の至り? もう時効でしょ」 男がカメラに視線を送り笑った。 「今、俳優も目指してるんだよね」 「そう。俺の芝居、見た人が感動してくれたら嬉しい」 テレビを見ていた男が、呟いた。 「まずは……ごめんなさい」

腹立っている店員さんの変わりに(小規模テロ)

 国会が3人の人間とあとは全部AIになればいい。 実際には議員給料など再分配しても国民には雀の涙だ。 赤字の省庁を無理に黒字にする必要は無い。 俺は官僚ではない。 辞めたい。 あの店員もセルフレジにすれば絵か音楽が出来るだろう。 孝行の見世物の施設が多すぎる。 甘えるな、とは言いたくないが散々甘い汁吸ってきた糞どもは蛸部屋に押し込んで整理券配って1日三杯の芋粥しか食えないようにしろ。 それでようやく忙しく税金を払っている人達が楽になるだろう。 俺にかかってる税金? こんなに仕事をしてるのに?(妄想)

準チョコレート菓子

 2ヶ月続いていたダイエットが無に帰すような赤いチープなパッケージの準チョコレート菓子の袋を荒々しく開けたとき、むわっと、甘い匂いが迫り上がってきた。食べるの?顔を出した逡巡にすかさず、食べるよ、とビンタした。  できるだけ高潔でありたいと思う。  今朝、彼からショートメッセージが届いた。何でLINEやってないんだよ、なめんな。しかも、LINEやってないんだよねー、じゃなくて、LINEやってないんだよねっ、だった。その時点で私からフっておけばよかった。  準チョコレート菓子に手を伸ばす。コロコロとしたそれを一粒口に放り込んだ時、口の中に広がる甘さより、手のベタつきが気になった。気になった、と言えば、一粒ってどこからが一粒なのだろうか?人間を基準とした、かなり曖昧な表現だと思う。宇宙から見れば私たちも一粒ではないか。  目が覚めた時、あっ遅刻だ、を直感した。時計を見ると案の定、出勤時間を20分ジャストで過ぎている。うそやん。  丸テーブルの上には昨晩の飲みさしの日本酒と準チョコレート菓子が身を寄せ合っていた。準チョコレート菓子。パッケージの右下の隅っこに表記されているそれ。私はいつも商品のパッケージの右下の隅っこを真っ先に見てしまう人生だった。いつからだ?いや、子供の頃からそうだった。  靴下の穴は2回は見過ごす人生だった。  点滅する信号機に余裕で間に合わない人生だった。  ようやく涙が溢れてきた。  てか今日仕事休みだった。

暗闇の後に

 バツン。  ど、電気が切れた。   「え? ちょっと、何?」 「わかんねえ! ブレーカーでも落ちたのかな?」    俺と彼女はわたわたと慌てる。  が、その数秒後、再び灯りが戻ってきた。   「あ、ついた」 「停電か? 驚かせやがって」    安心した表情を浮かべた俺と彼女の顔は、灯りとともに部屋に現れたもう一つの人影を見て、固まった。   「やっほ」    そこには、婚約者が立っていた。  固まる俺と彼女と違い、婚約者は満面の笑みだ。  後ろには、屈強な男たちが立っている。    婚約者は、笑顔のままゆっくりと近づいてきて、俺の顎に触れた。   「お楽しみのところ悪いわね? 大丈夫、全部認めて名前書いてくれれば、すぐ終わるから。その後はどうぞ、ご自由に」    人影が増える。   「と、父さん!? 母さん!?」 「パパ! ママ! どうして!? や、やー! 見ないで!」    絶望とは、こういうことをいうのだろう。  俺は、無言でリモコンを手に取り、電気をまた消した。    お帰り、停電。  今度は、すぐにいなくならないでくれ。

偽物人間

 世界には、偽物が溢れている。    ビールを名乗る発泡酒。  煙草を名乗る電子煙草。  お金を名乗る電子マネー。    どいつもこいつも偽物だ。  見ているだけでうんざりとしてくる。  しかし、偽物は偽物なりに便利なので、ついつい使ってしまう自分もいる。   「お支払いは?」 「カトチャンPayで」    スマートフォンに表示されたバーコードが、バーコードリーダーによって読み取られる。  スマートフォンに表示されていたお金を名乗る数字が、一瞬で減って、別の数字へと切り替わる。  これで、偽物のお金が引き渡されたわけだ。   「ありがとうございましたー」    買い物袋を持って、コンビニを後にする。  店を出れば、改造バイクが音を出しながら右から左へ走っていった。  本物を破壊した、偽物バイク。    どいつもこいつも偽物だ。  見ているだけでうんざりとしてくる。  しかし、世界にはあまりにも偽物が多すぎた。  便利を求めて、格好良さを求めて、本物が駆逐されているような気分さえしてくる。    アパートへ戻る帰宅道。  イヤホンを付けて、スマートフォンからニュースを流す。   『今年の合計特殊出生率は、二・〇を超えました。そのうちの半分が、細胞から作り出した培養人間であり』    いつか、本物の人間もいなくなるのだろうか。  それとも、性行為という穢れを介さなければ人間を作ることさえできない俺たちが、偽物の人間だったと言われる日が来るのか。   「しょーもな」    頭の中がぐちゃぐちゃになってきたので、俺は流す物を、ニュースから音楽へと切り替えた。

理由

さみしい気持ちのまま 現国の試験だなんて 試験の最中 文章を読んでは 涙が止まらなくなってしまう すてきな文章は 自分のお部屋で読みたいもの こっそりと ひとりだけで 現国の試験なんて 漢字の読み書きくらいで いいと思うのに

成長

あの人のことを思い出す時間が少なくなったのは 果たして、いいことなのか、それとも、悪いことなのか ひとまず、成長ということにしてはいるけれど その成長というものをなかなかには自覚できずにいる もしかしたら、たんなる錯覚なのかもしれない いっときの気の迷いなのかもしれない 後退という名の変化や違いを 成長と都合よく思っているだけなのかも ふと、からあげが食べたくなって でも、部屋でやるとにおいとかなにかと面倒で それでお店で買ってしまった ダメだなあ、と思い しかたないよ、とも思う 商店街の風景と夕陽とのステキすぎる調和に 気持ちがやけにときめいて 嫌なことは、もう忘れている 実家から荷物が届いていたんだった 野菜とか、くだものとか、食べものがたくさん 正直、ありがたい ―届いたよ 電話で元気に言ったつもりでも ―元気にしてんの? そうやって聞かれてしまうのは、子どもとしては 受け入れないといけないことなのだろう おかあさんの声のうしろで犬のちゃたろうの声がして 姿を見てもいないのにうれしくなる 今度、会うとき、わたしのこと覚えてるかな それがちょっぴり気がかりになりながら でも、泣かないでいられたのは やっぱり成長なんだろうなあ、と小さく思う

時とともに変わるもの、変わらない事

日々少しずつ爪が伸びるように、自分の中から古い気持ちが硬化していく 「変わらぬ愛」とは鮮度の話ではなく 関係の話だ いつもの空き地に咲いていたピンクの花は今はなく、ただ青々とした草が広がっている。 少し季節が過ぎれば代わり番こに花が咲き、あのピンクの花も再び咲くことだろう。 自分とは、あのピンクの花と同じように咲いた後は散っていく。周りの皆と同じように。その後、また誰かが咲き散りゆく。 池に映る月は偽物だとわかるように、本物を間違えることは出来ない。本物は目の前のそれだ 物足らなかったとしても強過ぎたとしても、それを変えることは出来ない 部屋の隅で古い時計を見つけた 新しい電池に替えると針が動き始める 暫くすると、時間がズレている事に気が付いた

ネタ切れなので恋愛ものを書いてみた。

ある日の午後。 若い男女が手を繋いで歩いていた。 「見て見て。あそこ」 「……なに?」 高齢の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、可愛いよね」 「僕たちも、あんな風になりたいね」 二人が、見つめ合った。 「見て。あの人たち」 「……どこ?」 中年の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、気持ち悪い」 「生々しいな」

誰か見つけて

誰かの記憶に残せるの すごく羨ましい 彼の愛した人として 覚えてもらいたかった 誰かに認めれたかった 許してもらいたかった だいすきだったことも 今も好きなことも 誰も覚えていてくれない わたしが死んだら ぜんぶ消えちゃう

ただいま【初投稿、よろしく!】

ここはどこだろう。最初に目に入ったのはビルを覆い尽くす緑。人気はなく荒れ果てていた。なんでこんなところにいるのか。わからない、世の中はわからないことばかりだ。  俺はある日突然病にかかった。植物化。体中から芽が生え蔦が絡み、花が咲く。最終的には物言わぬ木になってしまう。現代の医療では治せない、諦めなさいと言われた。絶望した。何もかも手につかなくなって、自暴自棄になった。その間にも親は必死に金に糸目をつけず治療法を探し、全国の医者に見せ、怪しい霊媒師にまで頼った。失敗だった。騙され、金も、家も、全てを奪われた。悲劇としか言いようがない。両親が最後に選んだのは、新技術、コールドスリープの被験体だった。タダという言葉に寄せられ、確立してもいない技術に全てをかけた。  とりあえず動かないことには始まらない。蔦が絡む体は動きにくいが動けないほどではない。屈伸をしたり、腕を回したり、動くことを確かめ歩き出した。壁にあった大きな穴から外に出る。やはり景色は緑一色。コンクリートは割れ、隙間からバカみたいに太い蔦や木の根が這いまわり、街を完全に飲み込んでいる。分かりきっていたことだが、触って本物だと認識すると、どうしようもなく不安になってくるものだ。何年経ったのか、両親たちはどうなったのか、この世界に何があったのか_____。何もわからないのだから尚更だ。  しばらく歩くと、甘い香りが漂ってくる。俺の腕にある忌々しい花と同じ匂い。草を掻き分け、大きな根を飛び越える。そこにあったのは大きな木、そして俺の腕にあるのと全く同じ花だった。頭の中に最悪の想像が浮かぶ。今まであった植物たちは人間の成れの果てだ。  俺は気づいたら走り出していた。こんなところにはいられない。吐き気を飲み込み、息を切らし、もつれそうな足を必死に動かす。  行き着いたのは最初に目覚めた施設だ。知らなければならない。世界がこうなった理由を。手がかりを探す。目についた部屋を開けると埃を被ったコンピューターが一台。震える手で電源ボタンを押すと画面が光る。奇跡的に補助電源が生きていたようだ。マウスを握り、動かす。映された真実は想像を絶する残酷さを孕んでいた。  最初は淡々と記録がされているだけだった。成功を確信しているようだった。だか、病は止められなかった。むしろ悪化していた。中盤、狂気が顔を出す。研究員の一人が俺と同じ病気を発症した。原因は俺。不完全な冷却システムは俺の細胞を変化させ、体から微細な胞子が放たれていた。換気システムにより驚異的な感染力でそれは世界中に拡散していった。人々の体から次々と芽が出て、蔦が絡ませ、花を咲かせて、最後には動かぬ大樹になった。  「俺のせいだ……」 画面に激しいノイズが走る。両親が最後に見つけた希望。それは人類を滅ぼす悪魔の苗床になってしまった。  植物たちが一斉に揺れる。さわさわと俺に囁きかける。 「おかえり。お父さん」 脳裏に響く、愛おしい声。俺の体から生まれたかわいい、かわいい子供達。  正体が分かれば、怯える必要などない。近くにある大きな大樹に向かう。優しく抱きしめると、優しい風が吹いてくる。足が根に変わる。手が、体が、自分の意思が緑と混ざり合っていくのを感じる。かつて大都会と言われた緑の海の中心で、俺は物言わぬ木になった。 「ただいま」

わたしも酔えたら

お酒呑んで もう失ったものとか 自分のものじゃないとか 酔ってないときは言わなかった 無駄に本音っぽい言葉と笑った顔に 彼をちゃんと傷つけたなって実感 そして自分もまだ生傷だ 終わらせられてないなって感覚が沁みてきて まだ貴方のだよって言葉がずっと 喉の奥に詰まっていた

ずっとだいすき

昔、彼が言っていた。 『だいすきなものに正しいも間違っているもないよ。ふたりが分かっていればいい。』 それなのにわたしは『間違えている』と引き千切った。 何故か離れて一層、彼の言っていたことが理解できた。 ただ自分の中にあればいい。 きっとこれからずっと私の中にある。 それを認めるのは自分だけでいい。 相手に伝えることもできなくなった代わりに、 誰かに認めて貰いたい焦りもなくなったから、 否定することがなくなったんだ。 ほら、まだ、ちゃんとある。

自惚れ

私は自惚れていた。 姿が綺麗で、才能もある。鏡はそう語っていた。 望みがあるなら己に酔う事もあるだろう。私が外れている訳では無い。母だって日々煩く自語り。かつて死んだ猫も道の中を進み風にひるむことも無かった。自分を大して知りもしない癖に。 まるで泥仕合。罵り合い終わりも考えない阿呆面で呑気に日々を過ごしている。街ゆく人々が汚れた鏡だと気付いたのは今日この朝。家に篭もってあいつの陰口でも綴るのが一番だ。私はそれがお似合いだ。 あの子は何が似合うだろうか。泥でも夏虫でも無い。祭り提灯に似た髪飾りを渡したい。 反対どうし惹かれ合うとよく云うが、そんな訳は無い。よく気が合い、同じくらいの学問を持つ人どうしが出逢う。それを私が証明している。 自惚れなければ今頃船の舵を切る。私の幼い頃からの夢のひとつ。今を楽しめば明日はきっと凶。隠れてきた人が成る。私は別だが。隠れても無い、力を使ってもいない、楽しみも無かった。 私を焼払うために何もかも変えてしまおう。紙を数十枚、一両を持ち、我が家を背に灰にした。すっきりだ。 これからどうしようか。

不屈の闘志とかないけど音楽も最近聴かないので真ん中を取る

 眠い。 モサドに狙われているような気がする。 真ん中を取って昔やっていた日テレのドラマなんかをヒントにする。 眠らせないというのはいい手なのだがファイトクラブなんかのように夜人格が分離して場を荒らす。 ような気がする。 死というのはひとつのファクターなのだが悪魔は別に日本にはあまり用はない気がする。 あるいは昔象の花子に踏み殺された飼育員になればいいのかもしれない。 献身的死。 殉教。 その意味では少しキリスト的ではある。 知り合いのおじさんなんかもそうだ。 でも僕は嫌な奴なので家にサンドバックがあったら砂がこぼれるまで殴り続ける。 あるいは相撲か柔道をすればいいのかもしれない。 受け身は得意だ。 引き手も。 河童は猫と相撲を取るのだが猫は大麻をしているのでインドに行って商売をしていてほしい。 品のあるトラッシュトークは皆得意だ。 あるいは戦女神にビビる。 でも僕は農夫なので何であの娘さんはこちらの作物を食べたがるのか分からない(他にいくらでも食べ物はより取りみどりだろうに)。 無い物ねだりはお互い様なのだ。 あってもねだる奴の(それは僕もである)相手はしたくないので薬飲んで寝る。 無いものはなんだろうと夢で生産する。 消費と生産の中庸。 電気とガスと水道の事を考えたいが体力が尽きてきた。 知り合いが荒い呼吸で居酒屋で飲み食いする(馬鹿かよって突っ込みたいがまあ付き合う俺も馬鹿なのでしょうがない、酒は飲まないしな、居酒屋代がもったいない金返せ、糞が、といいたいが俺も糞野郎なので言わないでおこう) 僕の文章は人を殴る。 欲しがりなんだね。 それでなんだね。 くだらないね。 これ描いて(書いて)死ね。 お休みなさい。

月とヤモリ

太陽は山の向こうに沈み 空に浮かぶ白い月が零れた光を受けています 雲はいつだって、のんびりと流れていますね 夜を迎えた街の皆は、ぽつりぽつりと家に帰り、部屋の明かりをつけていきます 自然の中で暮らす生き物たちは、闇に隠れて寝床を探しています ある一匹のヤモリが屋根の上に乗り月を見上げています 月もヤモリを見つけ微笑んでいます 「やぁ、今夜も君は輝いて見えるよ。君は、そんなところにいて寒くないかい?」 のんびり屋の雲達も二人の会話が聞こえたので、二人の間を避けるように流れています 月は静かに微笑んでいます 「僕はね君が思うほど怖がりじゃないんだ。この間だって猫の背中に乗って遠くまで旅に出たんだよ。大きな海の中を巨大な竜が泳いでいたんだ。本当さ」 月とヤモリの間に一筋の流れ星が通りました 「こちらから流れ星が出てればなぁ。君のところまで行けるのに」 月は手を伸ばしヤモリはその手を握りました。ヤモリは月の隣で星座となり二人は何時までも一緒です。 街は明かりを消してゆき 皆の寝息が聞こえています 雲達は、また、のんびりと流れています 月とヤモリを隠すように。

宇宙人初めて人を好きになる。それは恐らく恋という名の。

地球生活初のヴァレンタインズデイ、何でもない日のように過ごす人はほんのひと握り。 学校という名の建物内にいる十代の人間達は、どこかしらソワソワしている。 記念日、イベントの日、と言うだけで特別な気持ちが湧き上がる不思議を、今日も無駄に考えていた。授業終了の鐘が鳴り響く頃、その結論は未だに思い当たらない。 前に座る子の後頭部を瞬時に描き表せる程に眺めて一時間。その子が振り返る。 見つめる眼差しは、いつものように冷たかった。 何を考えているか分からないと噂され、大人にも呆れられ、この建物中から冷めた目を向けられる中、最も冷えた目で見てくる。それが前の席に居た。 「これあげる。」 目線を下ろすと、手のひらに乗せられた茶色いパッケージの飴玉があった。 「学校で、食品の授受は固く禁じられているはず。」 「バレなかったらいいの。」 「ほら。」と押し付けられた飴玉を仕方なく受け取り、しばらく眺めていた。 やがて授業開始の鐘が鳴り、そしてまた終了のチャイムが聞こえた。 まだ考える。 これは今日という特別な日のプレゼント?それとも、美味しい食べ物のおすそ分け。 しばらく。いや、一時間ずっと眺めていた。 すると、飴玉は前から伸びてきた手によって一瞬で視界から消え去った。 「まだ見てたの?」 「食べろということ?」 「うん。」 視線を合わせたまま、手元の飴玉がグチャっと容赦なく開けられた。それを何気ない顔でまた押し付けてくる。 「封を切ったなら、早く食べるしかない。」 「うん、早く。」 葛藤していた。 学校でお菓子は禁止。ましてや、他人から受け取ったもの。 それでも漂う甘い香りに、食べずに捨てられる未来を選択する余地はない。 周囲を警戒しつつ意を決して飴玉を口の中にほおりこんだ。 「一ヶ月後楽しみにしてるね。」 頭の中ではまだ、不思議な正体の答えも思い浮かばないまま、特別に甘いコーヒーの味が口の中で広がった。 「好みかもしれない。」

最低限度の保証が受け取れない

 働けなくなってしまった。  身体はボロボロ、精神もボロボロ。  できるなら、生活保護を受け取って、休息をとりたかった。    しかし、世界がそれを許さない。    ベッドで眠る私の体は、ベッドごと職場へと運ばれる。  ベッドに付いた足とホイールは、歩道だろうが階段だろうが、お構いなしだ。   「それでは、今日も一日頑張りましょう」    ベッドの半分が起き上がり、上半身が無理やり起こされる。  私の目の前では、私の手足代わりとなる人形立ちが、せっせと労働をしている。  私は、それをじっと見つめる。  立て付けは監督者だが、正直何やっているかわからない。   「今日もお疲れ! 日給は振り込んでおくから」    終業時間が来ると、私は再び、ベッドで自宅に戻る。  ようやく仕事が終わったのだと、部屋の天井を見上げながら溜息をつく。    ああ、休みたい。  全ての労働を人形が代行する世界は、全ての人間が労働環境から逃れられない世界だと思わなかった。  見ているだけの仕事も労働扱いだから、収入が入ってしまう。  生活保護は受けられない。    過去の人間たちが私を見たら、働かなくとも収入が入って羨ましいと思うだろうか。  働かなくとも働いたことになって羨ましいと思うだろうか。    私は、何もできないのに労働者として扱われる今が、苦痛で苦痛でしょうがない。

朝の支度

朝の支度が終わりかけの時間になり、スヤスヤと布団で眠る息子を起こしに行く。 夜中何度も掛け直した毛布は、今は息子の隣で添い寝をしている 「朝だぞ。起きろ〜占いが始まるぞ〜」 ニュース番組の合間に発表される占いランキングを息子は楽しみにしている。今日のパパは何位だ。とかラッキーフードはパンナコッタだよ。とかいちいち報告してくれる。 たが、今日は様子が違った 寝言なのか、微睡んでいるのか分からないが「こわい」と呟いている。 洗い物の手を止め息子の下へ行き背中を擦ってやる。 「こわいの?」 「…」 毛布を掛け背中を擦りながら寝ている息子を抱きしめる 今日は久しぶりの学童で、私と妻も仕事の日。妻の仕事は時間が読めず学童の閉園時間ぎりぎりに迎えに行くことが多くなる。私は定時で上がれば電車の遅延がない限り閉園時間には何とか間に合う。 昨晩、お互いの仕事の話や体調のこと、お迎えの事を話していたので、息子は内心、不安に思っていたのかもしれない。 何もない私は愛情しか与えることが出来ない せめて愛情くらいは惜しみなく注いでやるのだと決めたのだ 暗く途方もない洞窟の中で僕らは家族は決めたのだ

強く強く

毎朝出勤前に駅のジムでトレーニングをしていく。 上半身のトレーニングをした後で下半身のトレーニングをしていく。各筋肉のトレーニングを3セットしインターバルも適切に取っていく。 朝のメニューを終えシャワーを浴びる 最近は今さっきまで酷使していた筋肉を延々と眺めることもなくなった シャワー室を出ると顔馴染みの人達が挨拶をしてくる 挨拶を軽く返してジムの扉を勢いよく開けて駅にいく。 昔から背が低くく、線が細いため世界を見上げて生きてきた 満員電車では人の中に埋もれ、電車が揺れれば簡単に弾かれる 今の小学生の方がたくましく見えるときすらある だけど、 私は私を守ると決めた 私は強くなる。必ず。 男に負けないくらいに。 人生に負けないように。

厄災のドラゴン

険しい山の絶壁に空高くそびえる塔が建っていました その塔の天辺にドラゴンの生贄にされた一人の少女がいました 少女は閉じ込められた狭い塔の天辺で来る日も来る日もドラゴンが来るのを待っていました 自分を犠牲に村の皆を守る呪われた人生を、少女は受入れて身を捧げる日を待ちわびていました 恐怖とともに。 ある時、少女のもとにある男性が訪れます 彼は少女の村に訪れた旅をする剣士でした 彼が言うにはドラゴンが村を襲っていたので退治し、生贄の少女の話を聞いて馬を飛ばして急いで助けに来たと言うのです 少女は安心し涙し剣士にお礼を言いました 少女は剣士と共に馬に乗り村へ帰ります 道中、夜はテントを張り見張りをする剣士と久しぶりの安らぎを抱いて眠る少女。 彼らは次第に距離を縮め共にテントで夜を過ごす日が訪れました。少女はその後、年老いて永眠するまでこの日の事を心に生きていました。あの旅する剣士に救われた人生を大切に生きていきました 少女が助けられたすぐ後に、悪魔の魔術で森の中を彷徨っていた剣士は、やっとの思いで絶壁に建てられたドラゴンの塔にたどり着きました。塔の最上階にある生贄の部屋にはドレスを着た骸骨が倒れていました

思考のベル

 駅のホームで電車を待つときの考えごとはやけに捗る。日々にあるこまごまとした処理にちょうどいい。やけに考えが進んで「ああ、これ乗るんだった」となることも。どうしてあれほどまでに、と友人にきいてみたところ「トイレじゃなくて?」との返答。うん、確かにトイレでも思考はなかなかに回転してくれるよね。でも、駅のホームかな、わたしの場合。適度なざわつきが、アタマをうまい具合に刺激してくれるのかもしれない。人を観察した結果としてのちょっとしたあれこれが得られるからかもしれない。  始発駅で、電車に乗って、発車を待つ。窓から外を見る。ほとんど決まって向かいのホームを見る。電車のなかから見られていると思っていない人たちは、やけに無防備で、節操がなくて、哀れみを誘ってくる。  ホームのベルが鳴り、車内にもアナウンスが流れる。ドアが閉まるより前に、向かいのホームに電車が入ってくる。わたしの乗っている電車のドアが閉まり、向かいのホームでは、ひとりの男が大股で何段かを飛ばしながら階段をかけ下りてくる。ああ、なんて滑稽なんだろう。顔色ひとつ変えず、わたしは思う。あまりに急いだその男は、よろけながら崩れるように…… その行く末は、電車がすっかり隠してしまう。  こちらの電車がゆっくり動き出す。向こうの男は、どうした? あの男の少し先の未来をわたしは知りたくなくて、そっと目をそむける。乗れたのでも、乗れていないのでも。  わたしはあの男の未来を背負えない。背負う必要もないのだし。そこまで、大きな話でもないのだし。

選手宣誓

 おい、アンタ、そうそこのアンタだよ。  アンタ、平日でも休日でもずっとスマホ見てるだけなんだろ。どうせ、short動画見出たらいつの間にか一日の半分終わっちまってるようなつっまんねぇ人生送ってんだろ。そうに決まってらぁ。 じゃなかったら、こんなとこ来るわけねぇ。どうせこれも趣味らしい趣味もねえから初めてみるかくれいのあっっさい動機で書いてんだろ。分かったんだぜ。そんなん何日も続くわけねえ。これ書いてきっとおさらばさ。だってこれまでもそうだったろう?何やっても続かない、続かないから中途半端なまま終わる。そのくせ、自分にはその才能がなかったから、上手くいかんかったからだとか言って愚痴ってんだろ。そりゃ上手くなるわけねぇさ。なにもかも手付けちゃ、少し触ってハイおしまいってな訳だからな。そんなんで何愚痴ってんだ。立派にやんかやってから文句言えや。オマエに言ったんだぞ、画面でこれ眺めてるアンタに言ってんだよ。どうせオマエも俺のことバカにしてんだろ。意味わかんねえ文章書いてらとか思ってんだろ。こんな文章見ても意味なんざねぇからな。俺はオマエの数分奪ってやったに過ぎねぇんだよ。知ってっか?今この瞬間ってのはイマにしか存在しないんだってよ。俺が今文字打ってる0.000000000000001秒ですらイマにしかないんだってよ。要するに、アンタはこの文章を見ることでそのきちょーーーな時間を無駄にしたわけだ。……そう考えたら、俺は凄いことをしたのかもな。だって、俺はたった今この画面の向こう側にいるオマエの頭のレイテン、ナンナンナンナンパーセントくらいを邪魔したっつうわけだ。俺は今からオマエの頭の中にいるかもしれねぇな。おぉ!そう考えたら、ちょっと興奮してきたなぁ!!おい!聞こえるか!!俺だぞ!!!オマエの中に俺がいんだ!そうだ。いいこと思いついた!おい、いつかオマエの頭ん中の50パーセントを俺にしてやる!!こんなん書いてる今の俺でもちったぁアンタの頭の中に入れたんだ!!!いつか、50パーセントくらい簡単に犯してやるさ!  見てろよ

X

「…というわけなんで、すまないけど…今月までと言うことで」 目の前に座る店長はボサボサの髪の毛を掻きながら眉毛と目尻を八の字にしてロッカールームを出ていった またバイトを首になってしまった 僕は何をしても上手く行かないし、何をしても楽しいと思えない 高校生のバイトの人に自分の事を「コマわりさん」と呼ばれているのを聞いたことがある コマ送りの様に作業が遅いからと言う理由を仲間内で話していた。私に聞こえる様に。 仕方が無いと思う。その通りだから。 アパートに帰ると台所にヤモリがいた 私の帰りを待っていてくれたような気がして嬉しかった 5センチもない子供のヤモリ。体が透けて見えそうだ ヤモリはよく見ると可愛く、僕の空っぽの心が、ほんのりと温かくなった 帰り道、ブックオフに寄って安いワゴンCDをジャケットも見ずに数枚買った。 今夜は無性に音楽に溺れたいと思った それもまだ聞いたことのない音楽に。 蛇口の水をコップ一杯に入れラジカセの前に座る 明かりをつけないのは電気代節約もあるが、明るい所にいたくなかったから この世界を鮮明に見たくなかった 自分をみたくなかったから。 袋から適当にアルバムを一つ取り出す 蓋を開きCDをセットして再生ボタンをガチャリと押す 彼がラジカセにセットしたCDはXJAPANのアルバムだった。 彼は一枚通して聞いた後、ヘッドホンを、して夜通し聞いていた。コップに入った水を飲むことも忘れて。 水面から口だけ出して何とか呼吸をするように、一枚のXJAPANのアルバムに溺れていった。

ススキを思いて

近くにススキの姿はなく 河原まで足をのばしてみる 秋空にススキを思い けれど目には もみじの葉っぱ ススキをみた帰り あれを買っていこう やさしい風に秋を思い けれど気持ちは もみじ饅頭とともにある