人間

世の中には様々な絶望や不幸に襲われながら生きる人がいる。 例えば。仕事が上手くいかない、ソシャゲのガチャが外れた、事故にあった、失恋した、いじめられた等。 また世の中には様々な希望や幸福を感じながら生きる人がいる。 例えば。夢が叶った、好きな人と結婚した、欲しかったものが手に入った、友達と楽しく遊んだ等。 おかしくないか? どうして世の中は幸せな人間とそうでない人間がいるんだ。 人はみんな平等? そんなわけないだろう。人はみんな不平等だ。 どうして世界はこんなにも理不尽なんだ? 幸せでありたいと思っても不幸なことが起こる 正しく生きたくても間違った生き方をしてしまう 大切にしたくても傷つけてしまう 人間はこんなにも生きるのが難しいのか。 どうしたら上手く生きられるのかな。 みんな正しい生き方を探しながら日々抗っているのかもしれない。 そして今日も僕は、抗うんだ。

はんぶんこ

 小学生の頃、おやつの時間。  お母さんが、私と妹の前に、小さなホールケーキを一つ置いた。  直径十センチメートルの円が、包丁でスパッと切られて半円に。   「はい、はんぶんこして食べてねー」    私は、一つのお皿に置かれた二本のフォークを見た後、妹と顔を見合わせる。    一度だけ、せめて皿くらい二枚よこさんかいあほんだらぁ、という言葉をオブラートでぐるぐる巻きにして伝えたことはあったが、洗う皿が増えるだろあほんだらぁ、という言葉を拳骨と共に伝えてきた。  以来、二度と言ってない。    一枚の皿を妹とつつきながら、無言でおやつを食べていた。    だから私は、はんぶんこが嫌いだ。    高校生になって、友達とお弁当を食べている時も。   「ねえー、これとそれ、交換しようよー」    なんて、おかず交換の提案には、全力で拒否をしてきた。  交渉の余地もない。  私のものは私のものだ。   「ケチー!」    なんて言ってくるやつもいたが、自分の都合のいいように相手が動かないからってケチ呼ばわりするとかどれだけ心が貧しいんだよこのメンタルどケチ、という言葉を破れたオブラートに包んで伝えて以降、静かになった。    自分のものは自分のものだ。  他人のものは他人のものだ。    ずっとそうして生きてきた。   「はい、あーんして?」    一つのケーキをはんぶんこして、フォークで刺したケーキのかけらを私に向けてくるこの男の存在は、完全にイレギュラーだった。  私はむず痒い感情を抱えながら、差し出されたケーキを口に入れる。   「美味しい?」   「……うん、美味しい」    お返しに、私も同じケーキにフォークを刺して、ケーキのかけらを男に向ける。  男は待ってましたとばかりに、ケーキを口に入れる。   「美味」   「美味しい!」    私の言葉も待たずに。  まあ、喜んでるなら、文句はないが。    まったく、人生で、誰かと何かをはんぶんこすることが楽しいと、嬉しいと思う日が来るなんて、子供の頃は全く思わなかったな。    私の今後の人生は、私にとってイレギュラーな感情の正体を暴いていくことになりそうだ。

道の途中【BL】

彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。

穏やかな終末

穏やかな昼下がりの週末。 綺麗な青い海、優しい風、花の匂い。 いつも通りの町。日常。 でも今日は地球最期の日。 深夜12時になった瞬間、地球に大きな隕石が衝突するらしい。太陽系がどうのこうの。 政府いわく、回避できる方法は無いそうだ。 既に『絶対精神安定剤』『不安抹消剤』が世界中のあらゆる所に撒かれていて、死に対する恐怖はない。皆、いつも通りの日常を過ごしている。 私は公園のベンチで、今までの人生を振り返る。 「お母さん!私、お姫様になりたい!」 夢を膨らませた幼少期。 「きっといつか良いことがある…」 イジメを受けた学生時代。 「早くこの仕事やめたい…」 病気の母のために必死に働いてきた日々。 人間の感情は薬でコントロールできる。 鬱病になって薬を飲んだ時、その事実にガッカリしたこともあったな。 何度も死のうとした。 死のうとして、踏みとどまって、結果的に終末まで生き延びてしまった。 「でも12時になった瞬間に素敵な世界が終わるなんて、童話の…あのお姫様になれたみたいだ」 私が今まで生きてきた意味は、きっとこの日にあったんだ。

大盛りと少なめ

 好きな言葉は、大盛り無料。  または、替え玉無料。    同じ値段で倍の量こそ至高。    同一労働同一賃金?  ノンノンノンノン。  同一料金量マシマシ。   「デラックスハンバーグ定食、ライス大盛りで!」   「はい。デラックスハンバーグ定食、ライス大盛りですね」    俺は今日も、大盛りを頼む。  素晴らしきかな、大盛り無料。   「ポークジンジャー定食、ライス少なめで」   「はい。ポークジンジャー定食、ライス少なめですね」    大盛りの前の高揚感は、一緒に来ていた友人の注文よってクチャッとへしゃげた。  店員さんの去った後、俺は友人を真顔で見つめる。   「少なめ?」   「少なめ」   「大盛り無料だぞ?」   「少なめ」    俺の心にある常識が書かれた辞書をぱらぱらとめくる。    ――すべて国民は、大盛りの権利を有し、義務を負う。    あった。    ――すべて国民は、少なめの権利を有し、義務を負う。    なかった。   「え? なんで少なめ? 同じ料金で、たくさん食べられてコスパいいぞ? 別に大盛食べられないわけじゃないだろ?」   「まあ、食べられるけど」    友人は、うーんと首をかしげる。   「ぼくは、少なめの方がコスパいいと思うんだよね」    傾いた口から出てきた言葉に、俺は耳を疑う。   「いや、同じ料金で量が多いなら、大盛りの方がコスパいいだろ」   「量だけで考えたらね」   「? どういう意味だ?」   「毎回大盛りを頼むと、太るじゃん? 太れば、痩せようとするじゃん? 痩せるために、支度もない運動に時間がとられるし、通院することになったら病院代や薬代で余計なお金もかかるじゃん。だから、少なめ食べて太らないほうが、長期的にはコスパがいいかなって」    友人の言葉は、目から鱗だった。  俺の辞書に、新たな一文が書き加えられた。    ――すべて国民は、少なめの権利を有し、義務を負う。   「お待たせいたしましたー。デラックスハンバーグ定食、ライス大盛りのお客様ー」   「あ、はい」    俺の目の前に置かれる、ライスの山。  友人の前に置かれる、ちょびっとライス。   「……いただきます」    俺は、箸でライスの山の先端を摘まみ上げ、ぱくっと食べた。  いつもと違う味がした。

ペテン少年少女の「たとえばの話」

「たとえばの話をしようか」  ゆらゆらと細く白煙を吐き出しながら、どこか明後日の方向に目を向けて彼女はそう切り出した。脈絡なんてものは一切ない。ただ頭の中にぽっと浮かんだものを、そのまま口に出したような。 「君の目の前に、誰か一人を確実に殺せる素晴らしいボタンがあるとする。さて、君は誰を殺したい? 君をそんな風に変えてしまった家族? 優秀な君ばかりを頼るウザったらしい友人? それとも自分から告白してきたくせに蓋を開ければつまらない奴だったと言ってフった元カノ?」  冗談めかして言う。けれど俺は一秒たりとも悩むことなく吐き捨てる。 「自分」  瞼を縁取る長い睫毛を二度羽搏かせてから、彼女は不思議の国の悪戯猫みたいににんまりと笑った。 「へえ、その心は?」 「誰か一人を殺したところで、俺がこの先の未来を心ゆくまで堪能できる確証は一ミリもないからな。つまりは無意味だ」 「死人に人工呼吸器をつけるのと同じように?」 「あんたに禁煙を勧めるのと同じように」 「それはごもっともだね」  けらけらと心底愉快そうに笑うが、実際のところ笑い話ではない。何せ、俺と同い年だという彼女も高校生なわけで、当然ながら未成年である。にもかかわらず、全く日に焼けていない生っ白い右手に携えられているのは肺を蝕む甘く苦い毒。  そのくせ、煙草を吸う姿はやけに様になっていた。まるで一つの絵画のような、一目見るだけでほうと息をこぼさせるほどの美の体現。しかしそれは口を開くまでに限定された話であって、ひとたび声を出そうものならそれはたちまち崩れ落ちる。  そう、いつかは崩れ落ちるのだ。素顔を隠すために精緻に、絢爛に着飾った仮面も、心の奥深くにまで他人を侵入させないための堅牢な檻も、ほんの些細なきっかけで呆気なく壊れ果てる。 「だから俺を殺す。俺は楽に死ぬことができて、周りの奴らは俺が消えて万々歳。これ以上の幸福はないだろ」  足元に転がっていた小石を爪先で蹴飛ばす。カン、カンと数回跳ねてからコンクリート壁に激突して沈黙した。  それでも小石の形は変わらない。ほんの僅かな刺激で凹んだり穴が空いたり、真っ二つに裂けたりする人間のように、やわらかくできていないから。 「そういうあんたはどうなんだよ」 「私? んー、そうだなあ……」  彼女が煙草をふかしながら、何もない空中をじっと見つめて少し唇を突き出して黙り込む。 「それなら私も君を殺そうかな。クヨクヨ悩んでばかりでウザったらしいからね」 「悪かったな、クヨクヨ悩んでばかりのウザったい根暗野郎で」 「冗談だよ、そこまで言ってないでしょ。私も君と同じ。迷わず自分自身を殺すよ」  すっかり短くなった煙草を唇から離す。色つきリップクリームか口紅か、ほんのりと色づいた桜色がなぜかやけに暗闇の中に映えた。何重にも猫の引っ掻き傷が重なったような細かい傷だらけのコンクリート製の床に擦りつつ、彼女が言葉の端を繋ぐ。 「そのボタンを押した場合の死に方なんて分からないけどさ。自分の手も汚さず誰にも迷惑をかけずに死ねたなら、君の言う通りそれ以上の幸福はないでしょうね。ま、それができないから私達は今もこうして生きているんだけど」 「別に本気で死のうとすればいつでも死ねるけどな」 「なら今死んでみせてよ」 「は?」  彼女の突飛な一言に、若干凄みの効いた低音がこぼれる。 「ふざけてるのか。他人に死ねって言われて死ぬ馬鹿がどこにいるんだよ」 「えー、普通に冗談のつもりだったんだけどなぁ。優等生を演じすぎて役に呑まれてしまったのかな? やーい、骨の髄まで染み込んだペテン師ー」 「……本当に口の減らない奴だな」 「お褒めいただき光栄でーす、っと」  短いスカートの裾を軽く両手でおさえながら、彼女が立ち上がる。先程までその痩身に纏うように漂わせていたバニラの香りは無惨に叩き割られた硝子窓から吹き込む風に攫われて残り香すらもない。 「結局のところはさ、ありのままの自分で生きてる人間なんて一人もいないんだよ、きっと。私達だけじゃない、他の人にも裏の顔はあるだろうし、誰にも言えないようなえげつない別人格を持ってるかもしれない。私立のお嬢様学校に通う女子高生が実は喫煙者だったり、家でも学校でも完璧な男の子が実は『完璧な誰か』を演じ続けていたりね」  ローファーの踵を鳴らして前進していた彼女がふと足を止めて、こちらを振り返る。その瞳に揺れる感情の名前を、俺は知らない。  ただ、迷子のようだと。そう思った。 「私達は、本当の自分を喪いながら生きていくしかないんだよ。喪って、失って、それでも全ては喪いきれないから今を生きてるんだって、そう思う」

毎日投稿の果てに得たもの

 そうだ、毎日小説を書こう。  そう思い立ってから、毎日短編小説を書き続け、一年以上が経過した。    当初こそ何を書こうか頭を悩ませていたが、慣れとは恐ろしい物で、数か月すれば一日に二本三本と思いつく日も珍しくなくなってきた。  小説が思いつかない日。  一日一本書く日。  一日にたくさん書く日。  ある日には、一日五本投稿なんてこともした。  このアイデア量のグラデーションが、小説を書くことの楽しさを押し上げた気さえする。    人間の味覚は、均一な味より、不均一な味を好むという。  卵かけごはんに醤油をかける際、あえて濃い部分と薄い部分を作る方が、美味しいと感じるらしい。  アイデアもそれと同じで、思いつく日と思いつかない日があるからこそ、楽しさを押し上げたのかもしれない。    人間の脳は何とも不思議である。        が、一年も経てば、慣れは加速する。  習慣となる。    歯磨きは、朝と夜、あるいは食後、決まったタイミングで行う。  洗顔は、朝と夜、やはり決まったタイミングで行う。  習慣は、同じタイミングで行う。    習慣となった小説もまた、朝起きて、思いつくままに手を動かして書くようになった。  アイデアが思いつかない日がなくなった。  正確に言えば、思いつかなくても惰性で書ける、という不思議な感覚に陥ってしまった。    アイデア量からグラデーションが失われ、小説を書く楽しさが少し、失われている気がした。  今月に入って、ほとんど一日一本しか投稿していない事実が、その事実を象徴する。        何か、変えないとな。    焦りながら、一先ず朝食の卵かけごはんに醤油をかけた。

哀すべき愛

「私、亮君と付き合う事になったんだ。」  憎き数学がやっと終わったというのに次の授業が苦手な体育である事に絶望し、机に突っ伏していたその瞬間。  小さく耳に入ってきた彼女と他の女子達の話し声が彼、筒井悠の身体に放ったその衝撃を例えるのなら、人類の観測史上最大級の雷を凌駕するごとくであった。  高校二年生に上がった始業式の日。  初めて彼女と話したその瞬間に悠は生まれて初めて恋というものを正確に理解した。  それは紛れもなく純粋な一目惚れ、であった。  しかし今、彼は突如として得体の知らない浮遊感に襲われる。 「ええぇ!亮君と小春が?いつから?」 「昨日の帰りに……呼び出されてね」  恥ずかしげに笑いながら彼女が放つその現実をどうやって理解すれば良いだろうか。  サッカー部のエースである彼とは、学校に友達と呼べる存在が殆どいない悠ともある小さな因縁があった。  いや、今そんな些細な事はどうだっていい。  第一に俺は自分で言うのはなんだが顔は整っているし異性には結構モテる方ではあったはずなのだ。  しかし、そもそも人付き合い自体が苦手であったから交際の申し込みは全て断っていた。一度も人と付き合った事などない。  今年に入ってからも、学年で一番の人気者からの告白でさえ躊躇なく断っていた。    喪失感に満ちたまま学校が終わり、悠は帰り道で一人少し肌寒くなってきた秋の空に浮かぶ月を見る。  なんであんなスポーツ馬鹿みたいな思考の浅そうなヤツと。  どう考えても俺の方が優れているのに。  きっとすぐに別れる。そして俺が距離を詰めればきっと俺のモノになってくれる。  根拠の無い未来を想定しながら彼は、そう思うしかなかった。  その数週間後、悠はまた体育が始まる前のタイミングで絶望そのものを耳にした。 「小春はもうそういう事したの?」 「あ、その……うん」  耳を澄まして聴くと、小声だが少し恥ずかしそうにしながらも友達に話す内容が聴こえてきた。  これを絶望と呼ばずして何と呼ぶだろうか。  彼女達を横目に眺めながら彼は着る予定の体操着に顔を埋めた。  それは夕日が沈みかけて街が暖かい色に染まっているあの日と同じ帰り道、1つ違うことといえば目の前には小春と亮がいることである。  たわいもない会話をしながら二人で仲睦まじく下校している。  しかし悠はからかわれて頬を膨らせながら笑う彼女のその幸せそうな眼を見つめ続けることしか出来ない。  彼女達、そしてそこにいない自分に心底嫌気がさす。  空にはカラスが美しい夕日を目指して悠の背後から頭を羽ばたいていき、前の彼女達のその先へと飛んで行く。  そしてその刹那、悠の眼には麗しき彼女の赤と黒に染まった美しい虹彩、そして夕陽のせいかそれとも他の何かのせいか真っ赤に染まった愛おしき彼女の頬が映る。 「ああ」  何か大切なものに気づかされた様な感覚が広がる。  自分は何をしていたのだろう。  愛してるという割には何も行動をしないで一方的に彼女が奪われてしまった事に。  彼女はもう俺のものにはなり得ない事に。  でもまだ心の底から愛している事に。  翌日の放課後、悠は彼女を屋上へ呼び出した。  叶わない想いでも、伝えなければもう納得はできないという信念だけがそこにはあった。 「……あのね、実は私今、亮君と付き合ってるの」  申し訳なさそうにしながら一生懸命に、彼女は悠を見つめながら答える。 「だから、申し訳ないけど良い返事は出来ないです」  結果など既に知っていた筈なのに、どこか脱力した様な不思議な感覚が悠を襲う。  早く離れようとしたその時、彼女は続ける。   「それに亮君を冷たく振って傷つけたのは悠ちゃんの方でしょ?第一私、女の子とは付き合えないよ」  その言葉に立ち尽くした彼を横目に、やはり申し訳なさそうにしながらそそくさと立ち去っていく。  自分の想いを想い人に伝える事がどれだけ勇気のいる事か、それを否定される事がどれだけ苦しい事か、今になってやっと知った。  亮にも申し訳ない事をしたと思う。  だがどうすれば良かったのか。  俺は男なのに、身体だけは女で、他人と相容れないこの感情に一人苦しんで。  悠は自分という身体の檻と心との間の矛盾。  自分という存在の矛盾に強く苛まれる。    俺には何が求められている?  私とは何と定められている?  俺はどうして私であるのか?  雲は雨をふらし始める中、これからもずっと、死ぬその時まで解決出来ない命題を自覚した悠の眼には水滴が流れる。  彼女を流れる水滴は雨を唄う。  彼を流れる水滴は涙を叫ぶ。  そんな世界で遠く、晴れ始めた隣町に見える虹から悠はただ純粋なアイを受け取った気がした。

バロネスよ猟犬 序章

 抜き身の愛剣ヘゲモニーを膝に、列車の客室で、淑女は憂いのある目を外に向ける。  客室は、質素なものだ。標準的な壁と、座席に、車窓である。外には、蒸気魔都ローデン近郊の、田園風景が広がる。その光景はのどかなもので、ローデンにある《ヨゴレ》も、ここにはない。淑女は、これから帰る魔都の《ヨゴレ》を思うと、うんざりする。  愛剣を眺める。エストックである。銀製だ。伝説の銀剣ヘゲモニーである。この輝きは良い。金のように鈍くない光に、鉄のように無機質ではない佇まい。鋭い光と、高潔な存在感である。その輝きに満足すると、愛剣を鞘にしまう。紅茶を一口。気分も上向く。 「《ゴースト》だぁぁああ」誰かの悲鳴が響く。  淑女は舌打ちした。少々、下品なふるまいだが、問題ない。美音だからである。労働者階級や、下層中流階級にはできない美しい舌打ちだ。上流階級でも、限られた人間しかできない。高等テクニックである。二十六歳でありながら未婚の女性なら、誰でもできる。十九世紀の結婚適齢期を逃した女性は、皆がしている。親族の集まる社交界帰りに。 「お客様、どうされーーゴーストだぁぁああ」車掌の悲鳴が響く。  淑女に動揺はない。ゴーストにも、良いゴーストと、悪いゴーストがいるからだ。時々、良いゴーストを見ても、悲鳴をあげる人間はいる。専門家として知っている。《ヨゴレ》でなければ問題ない。紅茶を一口。気分も落ち着く良い香りだ。 「《ヨゴレ》だぁぁあ。お客様、お逃げください。《ヨゴレ》が出ましたぁあ」  同じ車両にいる乗客も、騒ぎ始めたのがわかる。泣き、叫び、怒り。大抵は泣く。もしくは叫ぶ。怒り出すのは、自尊心の強い人間が、錯乱しているのだ。慣れているので、知っている。ゴーストに襲われたときに怒りをあらわにする人間はーー淑女の同僚も同意してるがーー助けたくはない。 「イヤあぁぁァ」幼子の悲鳴が響く。  淑女の口から、溜息がもれる。面倒である。淑女は愛剣を、そばに置いた。 「マリー様ぁあ」若い婦人の声だ。 「いけません。ここは私が」老人の声だ。  幼子の|養育係《ナース》と、付き人の|下級使用人《フットマン》だろう。白手袋を付けた左手の指輪を、右手で触れる。指輪が、なにかを訴えるように、振動している。 『猟犬殿、わかってるわ。掃除の時間ね』淑女は念じた。  瞬間、指輪から水煙が立ち上る。やがて、水煙は形を成して《実体化》する。  《|蒸気霊獣《スチーマ》・猟犬ヒゲソリ》である。  実体となった青白い霊気の猟犬、ヒゲソリは勤勉である。掃除とわかると、瞬時に行動した。車窓の反対側にある客室と通路を隔てるドアに突進すると、《蒸気化》する。水煙となって、ドアの隙間に滑り込む。幽霊らしい光景である。  淑女は立ち上がると、ドアに向かう。通路に出る前に、手鏡で身だしなみを確認する。濃い赤バラ色の小帽子とロングドレスに、足元がスカートで見えないのをいいことに履いたブーツ、そして化粧まで確認する。最後に、鏡に映る自分に笑顔を向ける。手鏡を座席に放り投げる。持ってきていたクッションの上にのる。それを確認すると、最後に深呼吸して、ドアを開ける。名を名乗る。 「王立霊馬騎士団の外部顧問、バミューダ|女性男爵《バロネス》よ。何の騒ぎかしら?」

そこに咲く言葉

高沢ナツミはその光景を偶然校舎裏で目にしてしまった。 校舎裏の園芸部が管理する花壇。 その前でクラスメイトの相田コトハが、サッカー部の篠崎省吾に振られている瞬間を。美少女と学年一のモテ男の二人。確か付き合ってると言う噂を聞いていた。 「いやー、ごめんな、ちょっと好きな人ができちゃってさ」 「私のことは好きじゃなかったってわけ?」 「いや、コトハのことも好きだったよ。でも最近あんまりテンションあがんなかったじゃん」 「……何それ」 そうして振り返ったコトハがこっちに向かってくる。 ナツミは急いで隠れるものの、鈍臭い彼女は花壇裏に隠れようとしたその後ろ姿を捉えられてしまった。 「あ、えーと、高沢さん? 今の、見てた?」 「あ、いや、部活で花壇に水をやってただけで……」 「部活? あ、園芸部だっけ。そっかここ、園芸部が育ててた花壇なんだ」 そう言いながらコトハは近づいてきて、ナツミの耳に静かに耳打ちをしてきた。 「さっきのこと、誰かに言ったら怒るから」 そう静かな言葉を耳に告げ、彼女は歩き去っていった。 「なんで見てしまったんだろう……」 ナツミは心の底から後悔をした。ただ静かに花に水をやっていただけなのに。 チューリップ。ガーベラ。シャクヤクにコスモス。 ただ一人の園芸部であるナツミは、花壇に水をやりながら、さっきの出来事を思い返す。 相田コトハのことは前から気になっていた。 人が近寄らない校舎裏、園芸部のナツミしかこないようなこの場所で、たびたび見かけた姿。その度、コトハはいつも優しい目で花たちを見ていた。 その時とは全く違う表情で、昨日コトハは横切って去っていったのが頭に残っている。 少し青りんごのような香水の香りが鼻をついた、あの時彼女は泣いていた。 次の日、ナツミがいつものように部活に顔を出すと、そこには昨日出会ったコトハが、花に語りかけるように花壇の前に屈んでいた。 「あ、相田さん」 「あ、うん、ごめん、ちょっと」 そう言って花壇に向けていた顔をこちらに向けながら、コトハは立ち上がった。 「ここ、園芸部の場所って知らなかったんだ。私も好きでよく来てたんだけど」 そう言いながらコトハはまた花壇に目を向ける。その目はどこか空な目をしていた。 「昨日はちょっと威圧的なこと言ってごめん。まあ、見てわかる通り、振られて? ちょっと私も余裕なかったみたいでさ」 そういう彼女は顔を伏せたように花壇に向け、じっとして話を続けていた。花たちにも助けを求めるような顔で。 「なんかバカみたいだよね。好きですらなかったのかなとか思ってさ」 そういう彼女の声は凛々しくも、どこか孤独を感じさせた。 「あ、あの、この花!」 はっとしたときにはナツミは心のまま言葉を発し、一輪の花を摘んでいた。自分と同じような表情で花に目を向けるコトハに対して、彼女なりに、何か力になりたいと思ったのだ。 そうして、誰にも聞こえないように小さな声で、ナツミはコトハの耳元で囁いた。 「この花の、花言葉って知ってますか?」 次の日、彼女たちのクラスでは少し不思議なことが起こった。 「あ、誰だこれ置いたの」 「省吾、ラブレターじゃん、やっぱモテるね〜」 「うっせえな」 サッカー部の集団が盛り上がって喋る声が聞こえてくる。篠崎省吾は満更でもない様子で友人たちに応対していた。 彼の机の上には、ピンクの便箋と、綺麗なアジサイの花が添えられていた。 「あいつ、絶対わかってなかったよねー」 「なんかニヤニヤしてカバンにしまってましたね」 「さすが薄情者。でも言いたいことは全部書いてやった。ザマアミロって感じ」 ナツミとコトハは放課後、学校裏の花壇で花に水をやりながらそんなことを話していた。 「でも知っていたんですね。アジサイの花言葉が〝浮気〟だって」 「花は私も嫌いじゃないんだよね」 そう言ってコトハは花壇の花を眺めながら何気なく言う。 中々、花に興味を持っている人は周りにはいない。 ナツミは少し、嬉しい気持ちを抑えながら花たちに水をやっている。 「はい」 そう言って、コトハが横に置いていたビニールの袋を無造作に渡してきた。 「花を借りたお礼というか。好きな花で、よかったら育ててみて欲しいなって」 よく見ると駅前の園芸店の袋だった。中は花の種が入っている。 それをナツミは確認すると、少し笑みが溢れた。 「わかりました。じゃあ、ここに植えるので、相田さんもたまに水あげてください」 「いいよ。また、たまに顔を出しにくるね」 ナツミはそう言って、花壇の端の方の空いた小さなスペースにシャベルを入れて、土を掘る。そして、もらった種を丁寧に植える。 それはきっと美しく咲くだろう、カンパニュラとカモミールの種だった。

醜人環視

「はい、撮るよー」  クラスメイトの石黒麻友が相田凛花にスマホを向けた。  黒板を背に、端末から流れる軽快な音楽にのせて、凛花は踊り出す。手足をバタバタさせたり、人差し指で鼻を豚のように上にあげたり。  部活の支度をしている同じクラスの男子からちらちら見られて恥ずかしい。 「カットォ」  麻友は映画監督ぶって録画を止めた。 「ばっちりだよ凛花。めっちゃブスに撮れた。これでアグアグデビューだね」 「えへへ、そうかな」  凛花は照れくさそうに頭をかいた。  美しい人ばかりが優遇され、醜い人は差別される、そんな時代があった。人権派の人々はその「悪い価値観」に果敢に立ち向かった。  美しくない人を映画の主演に。美しくない人でも受験や就活を有利に。美しくない人でもSNSで有名に。美しくない人こそ素晴らしい。  そんな社会の風潮から生まれたSNSが「UglyUp」、通称アグアグだ。ユーザーは1分以内のショート動画にタグをつけて投稿できる。醜い人ほどバズる、滑稽な動画ほど伸びる、そんなアルゴリズムの搭載されたUglyUpは瞬く間に若年層の間で人気となった。  麻友のスマホで再生される自分の顔を凛花は眺めた。Uglyフィルター越しでもわかるほど、ぱっちり二重で、色白で、髪は……。 「うん、自分がこんなにブスだったなんて知らなかったよ」 「にやにやしちゃって。バズって収益化したら私と山分けだからね」  麻友が器用に指を動かして「#初投稿」「#制服」「#1000年に一度のブス」とタグを入れ、動画投稿ボタンを押した。  その夜、自宅のリビングで凛花はおそるおそるスマホを開いた。  指でUglyUpのアイコンをタップしかけたとき、台所から母親の声がした。 「凛ちゃ~ん、お皿洗い手伝って!」 「はーい」  凛花はソファにスマホを放り出して台所へ向かった。  残されたスマホの画面に、「充電は残り10%です」と表示される。  翌朝、凛花が教室の入り口の引き戸を開けると、その場にいたクラスメイトが一斉にこちらを見た。 「え」  凛花は驚いて瞬きした。瞼を上げると、だれもこちらを見ていなかった。  自意識過剰だったかもしれない。恥ずかしさで凛花はうつむいて窓際の席に座った。  チャイムが鳴って、クラスメイトたちが席に着いた。  麻友はまだ来ていない。いつも予鈴前に来るはずの担任の姿もない。 「麻友、遅刻だよ。先生まだ来てないから急いで」  麻友にメッセージを送ろうとして、自分のスマホの電源が切れていることに凛花は気づいた。 「あの、さ、凛花」  後ろの席の女子生徒が凛花の椅子の背をつついた。凛花が振り向くと、女子生徒はこちらにスマホの画面を向ける。 「あんた、炎上してるよ」  UglyUpの画面で踊る凛花の動画に、大量に押されたBad評価。画面右に表示されたコメント欄が次々に更新される。 「全然ブスじゃないじゃん。馬鹿なん?」 「Bad数やばw」 「通報した」 「私も通報した」 「ブスのこと舐めてるでしょ。差別主義者」 「これは『連行』かな」  教室の引き戸が開いた。青い顔をした担任の後ろに、黒い服を着た警官が3人立っていた。  警官たちは敷居から動かない担任を押しのけるように教室へ入ると、全体をぐるりと見回してから凛花に目をとめた。 「お前が相田凛花か」  凛花が恐怖で黙っていると、男は一歩近づいて手錠を出した。 「差別禁止法違反で逮捕する。署まで来てもらおう」 「い、嫌……」  凛花は無理やり後ろ手に手錠をかけられて教室を連れ出された。 「しっかり歩け」  警官のひとりににらまれて凛花は首をすくめる。  凛花の手を押さえている警官が、後ろから気の毒そうに言った。 「心配するな、君はまだ未成年だ。数年の禁固で済むだろう」 「おい馬鹿、余計なことを言うな」  別の警官が彼を叱った。  警官たちに連れられて校舎の外に出ると、校門の前に麻友が立っていた。 「麻友!」  凛花は叫んだ。 「助けて、麻友!」  麻友は無表情の顔を凛花に向けた。 「ごめんね」 「え……」  警官が足を止めた。強い風が両者の間を吹き抜けた。 「もしかして……わかっていたの? 私が美人だって」 「うん。だって、凛花を消せば、私がクラスで一番かわいくなれるでしょ?」  警官が放心状態の凛花を引きずって歩き出す。  麻友とすれ違う時、先頭の警官が麻友にささやいた。 「お前の顔も対象内だ。わかっているな?」  警官たちは校門の外に止めたパトカーに凛花を乗せた。  車が発車する。 「私はうまくやるに決まってんでしょ」  麻友は振り返ることなく、校舎に向かって歩き出した。

罰ゲームは・・・

ババ抜きをしていた時のことだった。 俺はババ抜きを最後まで持っていて最下位になってしまった。 一番上がりした「海斗」が命令してきた 「せっかくだから最下位には罰ゲームしようぜ〜!」 という案に、みんなは賛成。 罰ゲームは一番上がりの海斗が決める。 「ほんなら罰ゲームは雪に告白することな!!」 決まってしまった。 雪とは俺の好きな人のことだ。 「期間は明日までな〜」 ブラックだ。 「ちょっとぉ〜海斗〜ブラックすぎだよぉ〜」 海斗の彼女が言った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  次の日 「雪さん雪さん」 「ひゃっはいっ」 「あの、あの・・・」 「す、す、す、すしっ!!」 「へっ??????すしっ???」 「そ、そうです!雪さんの寿司が食べたいです!!!」 「え、え、は、はいw」 言う言葉間違えてしまった。

カクリヨ

そこは闇だった。 この世のどんな光でさえも照らすことのできない、深い深い闇だった。 そんな闇の中にある一人の少女が迷い込んだ。 「ここはどこかしら」 すると奥から何者かが現れて言った。 「ここは隠世さぁ、お嬢ちゃん」 それは人ではなかった。 それはとても恐ろしい形相をしていた。 背は七十尺はあり、真っ黒な傷だらけの嘴に手足の長い歪な爪、お婆さんのように折れ曲がった腰、どす黒い嗄れた声、充血した目、まるでボロ雑巾のような濁った着物、その全てが禍々しく怪物という名にふさわしい姿であった。 「カクリヨ?」 「そうさぁ。お嬢ちゃんのような人間には、相応しくないがねぇ」 すると怪物はまるでカメレオンの目のように、少女を舐め回すように見て口を開いた。 「……ここは人間の来る場所じゃあない。早うお帰りなさい」 「でも私、帰り道が分からないの……」 「まさか道が無かったのかい?」 怪物は目を丸くしたかと思うと、笑みを浮かべた。 「そうかい、そうかい。では道が開くまで暇でも潰そうじゃあないか。……どれお嬢ちゃん、あんた碁は打てるかい」 「いいえ、知らないわ」 「そうかい。……それなら将棋は指せるかい、お嬢ちゃん」 「いいえ、分からないわ」 「そうかい、そうかい……」 少女の目の前を逍遥する怪物は頭を抱えた。 「いやぁ、困ったねぇえ……。近頃の子供ときたら、ちっとも愛想が良く無いねぇえ」 「それは違うわ、怪物さん。私が無関心なだけよ。何もかも、詰まらなく感じてしまうの……」 「それは気の毒に……」 のそのそと歩く怪物の後を追うと、薄暗闇の空間に出た。先ほどよりも少し明るいようであった。 そこには椅子が三つほどあって、怪物と少女はそれに腰を下ろした。すると怪物は思い出したように懐から何かを取り出した。 「ほ〜ら、お嬢ちゃん。此処へ来たお土産としてこれをやろう」 チャリッと少女の手の中で音が聞こえた。 それらは古い硬貨であった。 「これにはおまじないを掛けてあるんだ。だからきっと家に帰れるさぁ」 怪物はニコリと笑って少女を見つめた。それに少女は微笑み返した。 「そう言えばお嬢ちゃん、今の時代にしては少し古臭い服を着ているねぇ」 「あら、わかります?このセーラー服、どうも昔地味てて嫌なんです、私」 はっはっはっと乾いた声で笑い、怪物が言った。 「なら、私が新しい服でも織ってあげようかい?」 「織るですって?あなたなんて古いのかしら。今の時代はそんなことしなくても良いのよ?」 「そりゃあ向こうの世界じゃあ、そうだろうねぇ……」 曖昧になった語尾に重なる形で、どこからか声が聞こえてきた。 「お手元拝見…。お手元拝見……。お手元――」 それはもう一体の怪物であった。 片方よりもか細い身体と手足で、今にも折れてしまいそうな程であった。 「嗚呼、気にしなくていいよ。あいつは何かに縋ったまま何も、なされるがままに生きていたいんだろうからさ……」 怪物は現れた怪物に耳打ちをして、細身の怪物は爛れた身体のまま、ぼそぼそと呟きながらすり足でまた何処かへ消えていった。 その後暫く沈黙が続いた。 そして軽く身震いしたかと思うと、怪物は弱々しい声で言った。 「そう言えばお嬢ちゃん、近頃この辺で妖怪荒らしが幾つかあってねぇ。そのことについてぇ……何か知っているかい?」 「……いいえ、怪物さん。私は何も知らないわ」 「そうかぃ。こんなところに迷い込むくらいだから何か知ってると思ったんだがぁ……」 沈黙の後少女は言った。 「怪物さんは優しいのね」 「優しくなんかないさぁ。ち〜っとも」 そう言うと同時に、少女の顔が不穏に曇った。少女の手の中の闇が深くなりかけたのだ。 「……あらあら。そろそろ御呪いが効いてくる頃ねぇ……」 「怪物さん、私怖いわ…。どうしたらいいの?」 「どうもしなくて良いのさ。お嬢ちゃんはそのまま闇に飲まれてしまうんだから――ッ‼︎」 少女の表情は次第に硬くなってゆく。 「裏切ったのね――ッ⁉︎」 少女は驚きと呆れの念を露わにして声を立てた。 するとそこへまた細身の怪物と新たな怪物がいくつか現れ、少女を囲んだ。 「お手元拝見……。呪い…上乗。久しぶりの人間……」 少女は俯いて黙っていたが、一言だけそっと呟いた。 「また駄目ね……」 そして勢いよく息を吸い込んだ。 「もう時間でしょう……ッ⁉︎ここよ‼︎早く来て――ッ‼︎」 その瞬間、何が起こったかは我々には観測出来なかった。 「まさか」という怪物の一言さえこの耳に届くことはなかった。 しかし気付けば二人の少女の辺りには、血に塗れた怪物の死骸だけが横たわっていたのだった。 「……あなたはその絵空事を早く忘れてしまいなさい」 「そんなこと出来ませんよ。人間と怪物。共存できる世界が有れば、それほど美しいものは有りませんから」

募集します!!(物語じゃないです)

はい!どうもこんにちは!主です! 今回は物語じゃなくてすいません、グループを募集します!!チーム名は 「Chocolatrabbit」(読み方はショコララビット)ですっ!訳してショコララビ!! 人数は何人でも!いつでもどこでも募集します!!参加する人いなかったらどうしよう・・・笑 参加してくれる心優しい人はコメントに「メンバーカラー」「子供組or大人組」をよろしくおねがいします!!主(花)は白色の子供組担当でいかせていきます!!リーダーは私がするので副リーダーしてくれる人を募集してます!!募集スタートですっ!!

再び春に

 寒さに目が覚めた朝だった。  最近は、一度目が覚めると気持ちよく眠れない。  ループする、いやな夢……詳しくは思い出せないけれど、なにか不快な夢。  だから、私は起きることにしている。  厚手のカーテンを開けると、外の澄んだ空気の向こうに白く染まった山が見えた。  昨日の雨は、やはり雪になったらしい。  そう呟いてベッドから足を降ろし、スウェットを羽織った。  日課になっている朝のコーヒーを沸かすため、ヒーターの電源を付けた。 「今日は何曜日だっけ……」  ぼんやりと考える。  コーヒーをゆっくりと注ぐ。  コーヒーを口に注ぎ込むと、身体がやっと起動する。  スマホでSNSをみる。タイムラインに流れるよく知らない人の文字と写真。適当に「いいね」を押す。  私からは、私を発信しない。  私の情報は、この世界にまだあるのだろうけれど、これ以上の私の増殖を好まない。    現実世界のつながりが、全て善い人ばかりではない。SNSの中でもそうだ。  社会から切り離されて、自分の部屋で独りの時間でやっと自分を回復しているのに、SNSでまた疲れてしまう。  頭の中に、靄がかかるような日が多くなった。  ある雨の日、外に出るのが億劫になった。そして、三月が経った。  最初の一月は、リアルで繋がる知人がタイムラインやメッセージをくれた。  リアルな知人の善意に満ちた言葉、そのものに傷つくことはなかったけれど、それに返事をする作業が疲れた。 「なんて言い訳すればいいんだろう」  善意のコメントがそれ以上、増殖しないよう無難な回答を続けた。その不愉快な作業時間に長く浸食され過ぎたのが、まずかったのか。  頭の中の靄は霧にいつしか変わっていた。長く考えることが出来なくなってしまった。    三月経つ頃には、ほとんど私宛のコメントがなくなった。ひっそりとタイムラインを眺めるだけになった。  その日は寒い朝だった。  コーヒーを入れた。SNSをみた。    メッセージが来ていた。    メッセージのアイコンは、後頭部の一部と本棚が写ったものだった。髪質や写り込んだ部屋の雰囲気から女性だと思った。  プロフィール欄は、名前、性別そして年齢だけが書かれていた。  「アサカ」「女」「26歳」  他は、全く情報が書かれていなかった。   「やっぱり知らない人だ」  私はそのままメッセージを削除しようとしたが、ふとアイコンの本棚を見てしまった。  昔から、友人の家に行くと本棚を直ぐに見てしまう癖があった。  本が好きであったこともあったけれど、本棚の大きさ、本の並べ方、色合いなど、気になることがいっぱいあった。  友人との話よりも本棚に夢中となってしまい、友人がつまらなそうにしてしまうこともあった。    アイコンをクリックすると、写真が拡大された。  「美味しい薬膳料理」「気功術のすべて」「太極拳入門」  アイコンの主は、おそらく10~20代の女性だろうという雰囲気を出しているのに、およそ似つかわしくないジャンルの本が並んでいる。    不思議なことが大好きだった。  「幻想」とか「気」とか「謎」という言葉に自然と目が行ってしまう。その好奇心から、いろいろな場所に行き、様々な人に出会った。  どれも知らない世界を垣間見させてくれる魅力的な場所だった。  その中の1つに参加した。熱心に通い、目立つ存在になったと思う。  だけれども、それを結果的にはよく思わない人がいた。  古株の会員が巧妙に手を回し、会の幹部らに良くないことを密告したのだろう。  私は孤立し、居づらくなり自然と足が遠のいた。  そのようなことを数回繰り返す中で、私は「不思議」から距離を置くことにした。  不思議から解放された私は、そのまま世間からも距離を置いてしまった。 「どんな人なんだろう」  私は興味を持ってしまった。  ミステリアスな本棚を所有するアサカさんからのメッセージは一言だった。 「お友達申請よろしくお願いします。」  返信を書く手が、止まらなかった。  アスファルトが桜色に染まり、それが数日、醜い色に変わり、そして雨がそれを流した。  春の日差しは、にわかに強さを増して、葉桜をまばゆいばかりの緑に光らせている。  私は、町中にある公共施設の体育館内にある道場を目指していた。  打ちっぱなしの壁の向こうに道場があるらしい。  入口に立った。  扉を開けるとそこには、光の空間だった。陽光が幾分和らぎ、柔らかく道場の畳を照らしていた。  その中央で、長く艶やかな髪を一つ縛りにした若い女性が、ゆったりと動いている。  光あふれる空間に向かって、私は礼をした。  やはり、どんなに苦しくても好きなものは好きなのだと思った。  密かに私は呟いた。  「私は、好きなんだ。」

ネムリヒツジ

 お気に入りの羊がいなくなってから数日経った。  お気に入りの羊は夏に相応しくなく、果てしなく暑い上に熱中症にさせられる。  目覚めては水を飲み、また目覚めては水を飲む……そんな生活を見かねた羊は自分から出て行った……のだろう。きっと。  厄介な眠りを俺にもたらしていたのはあの羊だと思っていた。けれどどうやら違ったらしい。  羊がいなくなっても俺は眠いままだし、糸が切れたように眠りに落ちてしまうのもそのまま。  何もかもを羊のせいにしていた自分に罪悪感を抱く。そんなもの抱いたって羊が戻ってくるわけでもないのに。 「羊を知りませんか」 「さあ。こちらのカウンターにはいらっしゃってませんね」 「羊を知りませんか」 「自分から出て行ってあなたもそれを受け入れたんなら合意でしょ。こちらでは探せませんね」 「羊を知りませんか、羊を」  よく考えたらなぜ俺は羊を探しているのだろう。  今は夏。羊がいても熱中症になるだけなのに。 「羊を……」  何かのせいにしたかったのかもしれない。このままならない人生を。わかりやすい原因があれば俺が駄目になった理由も説明できるし、大義名分、それだけ。  それが羊だったのだと。  きっと羊はそれを見抜いて出て行ったのだろう。  俺が羊に甘えたから。  甘えてはいけない。自立しようとしなければいけない。さもなければ生きる資格はない。  羊はそれを伝えたかったのだろう。 「羊……」  呼んでも一向に出てくる気配はない。それはそうだ、自分から出て行ったものが戻ってくるはずもない。  俺は羊に嫌われていたのだろうか。  わからない。  無償の愛というものがあったと一時は信じたはずなのに。  今では愛がわからない。  あれは執着だったのだろうか。  結局羊は戻ってこなかった。  大義名分をなくした俺はお腹を空かしてただ眠っている。  熱中症にはならなくなった、けれども起きたら水を飲む。  何度も羊の夢を見る。あのもふもふが俺に触れる夢。  夢の中で「今度こそは現実だろう」と思うのだが、目覚めると夢で落胆する。  それでも眠る。  次こそは現実になるかもしれないから。  賭け事のごとく、俺は眠る。

ループしてでも救いたい

 妹とショッピングした帰り道、私は小憎たらしい夕焼け空を睨みつけていた。   「お姉ちゃん? どうしたの、恐い顔して」   「あ、ううん。何でもないの」    何でもないのは嘘だ。  私は、知っている。    妹は、この後死ぬ。   「やー、お姉ちゃん好みの可愛いやつあってよかったねー」    妹は、私の前で足を止め、私の顔を覗き込む。  私もまた足を止め、妹の顔を見つめ返す。    妹は、イヒヒと笑って、突然小走りで私から離れた。   「あ!?」   「家に着いたら、私にも見せてね?」    夕日に照らされる眩しい笑顔の妹。    そして、周囲からの絶叫。    妹の上に、大量の鉄パイプが落ちてきた。    妹は死んだ。  また、救えなかった。        気が付くと、私はまた、妹とショッピングした帰り道にいた。  これで何百回目だろうか。  何千回目だろうか。  非現実的な現実を前に、夢だと疑うにはループを繰り返しすぎた。    妹は、この後死ぬ。    死に方はわからない。  時には、落ちてきた鉄パイプが突き刺さって死ぬ。  時には、トラックが突っ込んで来て死ぬ。  時には、突然道路に開いた穴に落ちて死ぬ。  確実なのは、死ぬという結末のみ。   「今度こそ……」   「やー、お姉ちゃん好みの可愛いやつあってよかったねー」    妹は、私の前で足を止め、私の顔を覗き込む。  私もまた足を止め、妹の顔を見つめ返す。    幸運なのは、死ぬ妹自身がループに気づいていないことだろう。  何度も死を味わい、死を記憶すること程、妹にとって苦しいことはない。   「家に着いたら、私にも見せてね?」    笑う妹の近くに、人影が見えた。  いつものループには存在しない人影が。    私は直感を信じ、走り、妹と人影の間に無理やり割り込んだ。  驚いた表情の妹を見ながら、私は腹部に強い痛みを感じた。   「いやあああ!? お姉ちゃん!?」    視線を落とせば、ナイフが深々と刺さっている。  今回の死因は、通り魔……ってことか。    良かった。    妹を……守れて……。    本当に……良か……。    私は満足感と共に、意識が闇へと沈んでいった。    これが……いつも妹の経験している……。    死か……。       「今回のループで、五二二一回目かな?」    それはつまり、お姉ちゃんが五二二一回死んだことを意味する。  私は、真っ白な空間に立つ二人の女を睨みつける。  自称、女神と天使。   「今回も、救えませんでしたね」   「うるさい!!」        お姉ちゃんが通り魔に刺されて死んだ直後、私の視界は歪み、気づけば真っ白な空間に立っていた。   「貴女に、姉を救う方法を教えましょう」    女神は、私にチャンスをくれた。  私に、お姉ちゃんを死なせない方法を教えてくれた。  お姉ちゃんが死んだあの日あの瞬間をループさせ、お姉ちゃんが死なない未来を見つけられれば、ループが終わる。  お姉ちゃんが生きている未来を歩める。  そんなゲーム。   「このことは誰にも、貴女の姉にも、気づかれてはいけませんよ。気づかれたその時は、ゲームオーバーです」    私は、ゲームを受けた。       「諦める気は、ありませんか?」   「ないわよ! 早く次のループを始めて!」    失敗が千を超えたあたりから、女神が諦めないかと訊き始めたことに腹が立つ。  にやにや顔の天使に腹が立つ。  私は、絶対に諦めない。  女神の思い通りになんて、なってやるもんか。   「わかりました」    女神は右手を上げると、私の体が光に包まれる。  次のループの、開始だ。    待っててね、お姉ちゃん。  私が、私が必ず救うから……!       「今回も、諦めませんでしたね」    意地の悪い笑みを浮かべた天使が、女神に言う。   「それだけ、姉妹の愛が強いのでしょう」   「あの女がループする限り、女神様もループから抜け出せませんよ?」   「私が選んだ人間です。その時は、受け入れます」    女神もまた、閉じ込められていた。  真っ白な空間は、神のための牢獄。  二十四時間出口に向かって動き続ければ出口に辿り着く程度の大きさだが、二十三時間五十九分時点でループする。  スタート地点に戻される。    ループから抜ける方法は、ただ一つ。  人間に、ループを抜ける方法を見つけてもらうこと。    だから女神は、死の運命を持つ二人の人間を選び、救い合わせる。  死の運命と打破し、ループを抜ける人間を待っている。    女神が、牢獄から解き放たれるために。   「女神様の寿命が尽きるのと、どっちが早いですかねー?」    女神の監視員である天使は笑った。

サイダー

空が自販機で買ったサイダーを差し出してくる。 「あ、ごめん。私のめない」 「え、そうなの?意外だわ」 「うん。何か痛いだけじゃん」 「そこが美味いんだよ。じゃ、いくね。…うめ~~!!」 空は美味そうにサイダーをのんだ。 私はオレンジジュースをのんだ。 「やっぱオレンジジュースしか勝たん」 「いやいやサイダーしか勝たんでしょ」 「その考え分からん」 「そっか~」 「バス来ないね」 「確かに」 只今の時刻11時30分。 予定の時刻11時。 田舎だから来ないのか、はたまた迷っているとか。 「今日やめる?」 「やだ」 そりゃそうだよね~。時間が経つにつれ会話も弾まなくなる。こんな時サイダーの泡のように言葉が出てきたらいいのにななんて考えていると、大きな泡が出てきた。 「あのさ、次来る車の色当てない?」 「いいね。じゃあ私白にする」 「私青にする」 「え、青?なくない?」 「そう?前一気に2台見つけたよ」 スーパーに青の車が2台並んでたから多いんだなって思った。 ちょっと自信ある。 「静かだね~」 そう。私たちの声と虫の声と風の音。ついでにのみものを飲む音。これらしかない。 「あ!音しない?」 「ホントだ!さぁ、来るか?何色だ?」 段々迫って来る音の方に目を向ける。 「え……トラックかーい」 「なんやねーん」 「暑い…」 「暑いね…」 こんな夏の日。悪くない。

染まるクラゲ

 夏の陽炎がシャツから出た腕をじりじり焼く痛みで、ああ、夏が来たんだなと感じる。額の汗は僕の頬を伝い、顎で止まり、そのまま首筋から垂れ落ちた。平均気温30度越えという地球温暖化の弊害を感じつつ、僕の頭はそれとは対照的に冷静だった。否、逆にフル回転していたというべきか。  この状況をどう乗り越えようか悩んでいる。力づくで逃れても良いのだが、後々何か返ってきそうで恐ろしい。かといって策を巡らすほどの時間がある訳でもなく、焦りと暑さで胸を支配されながら、教室の壁の感触を味わっていた。  端的に言おう。  現在、壁ドンされている。  それも両腕壁ドンで、それも至近距離の顔の位置で、僕とは対照的なほど輝いている少年、天羽祐介に。凛とした顔立ちと力強い瞳。この街一番の美形の男子が今、僕を追い詰めていた。  「結城」  「……」    名前と呼ぶ彼。黙秘をする僕。放課後の教室に爽やかな風が吹いた。 ●  身長180センチ。体重55キロ。彫りの深い目元に、真っ直ぐ綺麗に通った鼻筋。目は垂れ気味で髪の毛と同じ茶色の瞳が、人の良さそうな温かみを浮かべている。彼の名前は天羽祐介。どの学校の女子もかっこいいと持て囃し、話によればファンクラブすら成立しているらしい。男の僕から見ても、なるほど確かにとびきりの美形ではあった。  だが、彼の正体を知ればそんな幻想も崩れ去るだろう。  天羽祐介は同じ男を好きになる。つまり、同性愛者だった。  普段は気の良く運動神経のモテ男というイメージが、彼が今まで隠していた個性だけで破壊された。まるで彼が悪いみたいな言い方ではあるが、今のご時世を考えれば確かに悪くないかも知れない。その個性が向けている感情の先に僕がいる事が問題だった。  事実、僕は天羽に口説かれていた。誰もいない教室に呼び出され、いきなり壁ドンをされた。開口一番の言葉は「好きだ」だった。あまりの直球すぎる攻撃に、脳内はパニックに陥っていた。  「ねぇ…天羽。急になんだよ。いきなりこんな事されたら戸惑うに決まってるじゃん」  「そうか。それはすまなかった」  と言いつつ、壁ドンを解かない天羽。話を聞く気はないらしい。ため息は落とした肩に押し出され、空気中に吐き出された。やがて彼の視線と夏の熱波に紛れて消えた。もう何をしても無駄な気がした。 「……ごめん。残念だけど僕は君の気持ちには…」  そう言いかけて、ふと言葉を止める。このまま断ってもいい。だけどこのまま断って、いいかげんにクラスの人気者を傷つけるのも何かいやだ。上手く断りたいと思って、文章を考える。そういえば、今日授業で面白いことを言っていた。それを利用して断ってみよう。 「ねぇ。天羽。今日はすごい暑い日だね」 「そうだな」 「そして知ってる?クラゲって生き物、死ぬ時に溶けてしまうんだって。陸に上がった彼らは日に照らされ、細胞の結合が出来なくなって死んじゃうんだ」 「あー…授業で言ってたっけ」 「クラゲが溶けてしまうほど今日は本当に暑い。本当に…こんなに暑いなら、僕は溶けてしまうかも知れないね」 「…どういうことだ?」 「僕はね。君にとってのクラゲなんだよ」  天羽が僕にとっての太陽だ。その恋は暑すぎて、僕には釣り合わない。正しく言えば、天羽と僕は違いすぎるのだ。天羽は天の頂上にいる太陽。僕は、暗い深海の底にいるクラゲ。二人が近づきあってしまったら、天羽が勿体なさすぎて僕は溶けてしまうだろう。素直に言えば、彼の個性や趣味どうこうじゃなくて、僕自身の問題なんだ。彼と釣り合わない僕のせいなのだ。不釣り合いな恋を受け入れるなんてできない。 「だから天羽。僕は君の気持ちには応えられない。答えきれないんだ。その気持ちは嬉しかったけど……ごめんよ」  最後の謝罪は、ほとんど消え入りそうな声だった。恐る恐る彼を見ると、暫く思案したような表情をした後、言葉を綴り出した。 「……俺が太陽ならお前を照らし尽くさなきゃいけないな」 「え?」 「お前が溶けてしまうなんて嫌だから、俺は空からお前を照らすよ。近づかず、真っ暗な深海すら明るくして、お前を見えるようにする。お前がクラゲなんだとしたら、透明なお前を俺の輝きで染めて、照らし尽くしてやる。……いつも近くじゃなくてもいいんだ。遠くでもいい。俺だけのお前になってほしいんだ。…結城。改めて俺と付き合ってくれ」  恥ずかしげもなく、そんなセリフをぶつけてくる。それは少しエゴイスティックで、それでも僕のことも考えてくれて。優しい愛だった。思わず、頷いてしまうほどに。 「……馬鹿じゃないの」  そう言いながらも僕の頬は赤い。その日僕は恋に落ちた。落ちる訳ない恋に落ちた。  透明なクラゲは赤い色に染まるのだった。  

『連鎖』

それは真夜中に突然鳴った。 「は、はい?」 重い目蓋を開けてスマホを握った。 『た、たすけて……殺される』 それは助けを求める私の声だ。 「えっ? わ、わたし? 殺されるって……?」 『はぁ、はっ……』 ガサガサと草を踏む音と、私の荒い息遣いが聞こえる。   『今日は5月23日、〇〇公園で……』 「23日って三日後?!」 えっ? 三日後の、私?! 『バ、バイト帰りに……この公園を通ったら……誰かに追いかけ……られて……はっ』 「えっ? 追いかけられてるの?!」 『そ、そう、たぶん殺され……る……ナイフ持ってるから』 ナイフ? どうして? 『だ、だから……はぁ…公園を、通らない……で……』 ガサガサガサッ! 『みぃ、つけ、たっ』 その聞き覚えある声に背筋がゾクッとして、心臓が止まりそうだった……。 えっ……誰? プツッ、プープー…… そこで通話は途切れた。 えっ? 何? い、今の……夢? でも、やけに生々しく耳に残っている。 三日後に私は殺されるの? 三日後に〇〇公園を通らなければ、殺されない? 三日後の5月23日、真夜中。 コンビニのバイトをドキドキしながらやり過ごしていると……後輩の二人が、クスクス笑いながらこっちを見ている。 「何?」 「あの、先輩って店長と仲良しですよね?」 「もしかして、不倫してるんですか?」 二人共、楽しそうに笑いながら尋ねてきた。マズイ。私は店長と付き合っている。それは不倫だ。休憩室で仲良くしていたのがバレた? 変な冷や汗を背中に感じながら、私は何でもないような表情を浮かべる。 「な、何言ってるの。そんなわけないよ」 何かを言いたそうな二人を置いて、私はあの出来事を頭に抱えながらバイトをやり終えた。 バイト仲間の加藤さんと別れて、公園を通らずに家に帰る事にする。 ドキドキ……これならきっと大丈夫だ。 歩道橋を渡ろうとした時、背後に異様な気配を感じる。 えっ……誰かに、つけられてる? 急いで歩道橋を駆け上がる。 カンカンカン! その誰かも、同じように着いて来る。 怖くて振り向けない。でも、ずっと追いかけてくる。 必死に逃げて、近くの工事現場に入った。 冷たい汗が背中を滴り落ちる。 心臓が痛いぐらい早い。 な、なんで、追いかけて……来るの? コイツは公園にいたんじゃないの? 背後から凄い殺気を感じる。 「はっ、はっ……はぁ」 フェンスの影に隠れて、スマホを握った。 お願い! 過去の私、三日前の私に掛かって!! 『は、はい?』 掛かった、私だ。この事を伝えなきゃ!! 「私は、田中理沙。あなただよ。今日は5月23日で……三日後のバイトの帰りに、歩道橋を……通らないで! 誰かに殺される!」 『えっ? 私? こ、殺される?』 「絶対、通らないで!」 「あーあ、またスマホ掛けてる」  その誰かにスマホを取り上げられる。 こ、この声? ま、まさか……。 顔を上げるとそこには…… バイト仲間の加藤さんが居た。 黒いフードを深く被って、マスクをして、右手には……ギラリと銀色に光るナイフ。 月明りに照らされて、不気味な程に……恐ろしい。 「か、加藤さん?」 「ねぇ、手間取らせないでよ。理沙ちゃん」 「ど、どうし、て?」 もう腰が抜けて、体が硬直して動けない。 「あの二人から聞いたの。あなたが店長と不倫してるって。どうして? 私がいるのに……それがショックで、憎くなって、だから殺そうと思ったの。あなたの事、大好きだったのに」 「く、狂ってる! そ、そんな事で……」 「私にとってはそんな事じゃないの。あぁ、一応謝っておくわ。殺してゴメンね!」 「でも、また殺すから。ね?」 何コイツ、頭がおかしい。 過去の私にまた電話しなきゃ。犯人は加藤さんだって。 でも、もう間に合わない。 このままだと過去の私も殺されてしまうのだろうか? このままだと死の連鎖が続いてしまう。 その前に断ち切らなくちゃ! ここでコイツを殺しても、過去のコイツは生きていて……また過去の自分も殺されてしまう? よく分からないけど、今やるしかない。 私は近くに転がっていた鉄パイプを握りしめた。 私が死ぬのが先か、コイツを殺すのが先か、 どっちだ……? end

必要なのは

「……銃声がします」 戦場に似つかわしくないポップな音楽を流し続けていたラジオは、荷台に座って索敵していたRenの無線に切り替わった。 私たちはその辺から頂いたトラックを惜しげもなく乗り捨て、茂みの中へと移動する。 ダダダダダ……。確かに、耳を澄ませば微かながら音がする。 ストームから安置へと吹き込んでくる風は、ふわりと火薬の香りを孕んでいた。 視界の左下に表示されているHPバーとシールドバーは満タン。本気で勝利を収めたいならば、ここらで攻めに転じるべきだろう。 此方には、なんやかんや言いながらゲームがうまいまさと友ちゃん、アジア一位の選手と揶揄されるRenがいるのだから。 「攻めるしかないよねー、まぁ、なんとかなるっしょ」 無線を傍受されぬように口頭で告げるのは、友ちゃん。 彼の言葉と共に、皆、それぞれの持ち武器を構えた。 まさはスナイパー、私はアサルトライフル、Renはオートショットガン、友ちゃんはショットガン。 陽光を浴びて不吉に輝く銃身は、握り慣れたとはいえまだずっしりと重みがある。 弾もそれぞれ分け合って、4人で茂みから這い出た。 まず初手はまさのスナイプだ。一体華麗にヘッドショットを決める。 応急処置のために使った薬品でベタベタする手でトリガーを引き。 私は、丘の上に陣取る敵陣に突っ込んだ。 同じく近距離武器のRenも、傾斜を利用してスライドを決めながら敵との距離を詰める。 友ちゃんもキチンと弾幕を張っている。 顔面スレスレを銃弾が掠めてゆく。風を切って、走る。 敵にダメージを与えるべく照準を合わせて、容赦なく撃ち込む。 「あぁー……」 断末魔と共にダウンしたのは、歴が浅い友ちゃんと私だ。 蘇生用のカードと化した私たちの意識は暗転し、気づいた時には視点がパーティーリーダーのRenに切り替わる。いつの間にか、まさもスナイパーに射抜かれて消えている。 Renの意識下で、無様に死んだ私たち三人がするのは、勿論……… 「ちょいちょいちょいちょい、地味に敵さんエイム上手いねー。木の下あたりにいたよ」 「うむ、あ、あの敵さん瀕死!」 「一旦引いた方がいいんじゃない?」 Renの視界に映った些細な情報を全て、無線機を介して伝えることだ。 何処か心地よい、火薬とアルコールの香り。銃声。銃声。銃声───。 Renの視界に、私たちの視界いっぱいに、「victory#1」の文字列が大きく表示された。 試行回数n回(n=15、nは整数とする)の成果だ。 「よっしゃあああああ!」無線機が、大きく振るえる。そして。 一段落ついたところで、決まって交わす合言葉。 「「「「対戦ありがとうございました」」」」 4つの声が重なり。 私たちの意識は、戦場からそれぞれに与えられたくだらない現実へと引き戻された。 * SNSのメッセージ欄に、三件の通知が来ていた。 「また明日、楽しもう!」 もう明日の予定を立てるなんて、皆さん気が早い。 ……抑えきれないこの笑みは苦笑以外のなんでもない。 私は高鳴る胸の鼓動を抑え、それぞれにメッセージを送付した。難しい言葉なんて、美しい言葉なんていらない。 必要なのは、適度な緊張感と「当たり前」なようで「当たり前」でない「今の関係」へ向けた感謝だ。 「うん、対戦よろしくお願いします!」

 ね こ

 その日はとっても寒かった。  僕の頭にそっと落ちてきた雪は、冷たいと感じる間もなく消えていく。  道行く人たちは僕が見えていないようで、せわしなく早足で去っていく。  どうしようかな。どこへいこうかな? この寒さをしのげる場所に行かないと凍え死んじゃうかもしれない。  誰にも聞こえないタメイキをつき、とおくの暗い空を見上げる。  トボトボと行く当てもなくさまよう。あまり大通りを行くのはトクサクじゃないと思い裏路地へと進んでいく。  暗くてジメジメしていて、不快だったけど狭いからか少しだけ寒くなくなった。  隅の方、影に隠れて座り込んだ。おなかが空いたなぁ。一度でいいから満腹になるまで食べてみたいな。  丸くなって眠る。僕の上に雪が降り積もる。  ガッガッと不穏な足音に気が付き、目を細く開ける。ヌッと大きいてのひらが影になって僕の上にふりかかる。  怖い! 逃げなきゃ! 考える前に身体が反応してすばやく身をひるがえして、その場から駆け出した。  雪はまだ降っている。  寒さで足の感覚がなくなってきた。もう歩けない。公園が見える。あそこには休める場所はあるのかな? 寒いよ。  公園の植え込みの中に潜り込む。木が雪を遮ってくれているからちょっとだけ暖かい。しばらくはここにいよう。  ごはんのにおいがする。おなかが空いて目を覚ました。首をあげてキョロキョロと見渡す。なあんにもない。夢だったのかな?  夢でも食べられるなら、食べられるだけ口に入れておけばよかった。  ガッガッとまた音がする、ピクッと緊張する。これはさっき聞いた音だ。危険だ。 身が強張ってジッと小さくなって見つからないように息をひそめる。  ガサガサという音と一緒に「さっきはごめんよ。怖がらせたよね」と低い声がした。  僕はいよいよ縮こまってしまい動けずにいた。植木をかき分けて大きい黒い影が僕を見つけた。 『た、たすけて……』怖くて、かすれた声でなくだけだった。  大きい両手のてのひらで僕は包まれる。ブルブルと身体の深部をふるわせる。目をギュウとつぶって覚悟する。  もう……おなかもすいたし、寒くて動けないし。また痛い目にあうかもしれないけど、もういいや。 ひっかいても噛んだりしても、もっとひどい目にあうって知っている。覚えている。怖いよ。  僕は抱えられたまま、どこかへ連れていかれた。その手の中は暖かくて気持ち良かったけどこれから何をされるかと思うと、やっぱり逃げたくてモゾモゾとするけど力がでなかった。 痛いのはイヤ。  しばらくすると、なんだか清潔で暖かい場所に置かれた。フワフワする。柔らかい。  口元にチョンチョンと当たる。……これは! おかあさんのおっぱいだ!  僕はグルルと喉をならし、両手でその柔らかいものをモミモミともんだ。 こうすると暖かくて美味しいものがでてくるんだ。幸せな気持ちになるんだ。  大きく暖かいてのひらで頭をやさしく撫でられた。フフフ、くぐったい。 おかあさんになめてもらっているみたい。  おなかが一杯になるってこんなに幸せなんだ。安心したら眠くなってきちゃった。  僕はポンポンのおなかを上にむけて、大きく伸びてそのまま眠りに落ちた。 「にゃー」

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

時島村ハルバード

 杏花はそれこそこの小さな町の英雄でした。頭がいいし、スポーツもできる。公民館に貼ってあった時島川のモザイク画見ました? あれも昔杏花が作ったんです。  私も遺伝子的には杏花と同じですし、クラスでは上の方でしたが、もう人間としての出来が全然違う。  杏花は小さい頃いつもママみたいなお医者さんになりたいって言ってました。だから私は杏花の病院の看護師さんになるって言いました。だって、私の頭じゃお医者さんは厳しいから。  杏花はほんまにすごいんです。小学生のとき私と杏花は同じ塾に通っていたんですが、杏花はすぐに大きい街の塾の特待生になりました。小五のときから毎日頑張ってバスと電車で街に通って。杏花はめちゃくちゃ努力してました。杏花のお弁当は毎日私が作ってました。ママは当直があるし、パパは大学の研究で忙しいから。  中学受験で、杏花は街の有名な中学に合格しました。私はその中学には落ちて地元の公立へ行きました。  杏花と同じ中学に行きたかったので残念です。ママのお腹の中にいたときに、杏花に全部才能を持っていかれたんやねってみんなから言われました。ほんまにその通りやと思います。忙しい杏花や両親の代わりに、ごはんは全部私が作るようになりました。  杏花は公立の有名な高校に進学して、私は私立へ行きました。東京では逆だと思うんですけど、こういう田舎だと高校は公立の方が頭がいいんです。  私には中学の時良平っていう彼氏がいたんですけど、お互い高校受験が忙しくなって別れました。  喧嘩とかじゃなく円満な別れ方だったから、高校に入った後良平と杏花が付き合い始めてからも特に気まずいことはありませんでした。  良平もすごく頭がいいんです。四月から東大へ通うらしいです。やっぱり、私より杏花みたいな秀才の方が、良平も話しやすくていいんじゃないかと思います。  文理選択で杏花は理系へ行きました。女が理系なんて、って担任からはごちゃごちゃ言われたみたいですけど、それを跳ねのけて。かっこいいですよね。  私はインターネットはよく知らないんですが、杏花はTwitterやクラブハウスから積極的に情報収集してました。  その関係でしょうか。杏花は二酸化炭素排出問題に興味を持って、なんと国連のなんとかサミットみたいなところで英語で発表したんです。杏花は英語は苦手だったんですけど、良平に教わって勉強したそうです。新聞にも載ったんですよ。ほんまに私の双子の姉とは思われへん。へへ。  三年生の時の担任はいい人やったらしいです。杏花が海外へ行きたいっていった時も、夢を応援してくれて、推薦状を何枚も書いてくれました。  それからはもうびっくりの連続でした。杏花がなんとハルバード大に合格したんです。時島村からはもちろん初めてです。新聞の人が来て、地元のテレビの人が来て、最後に出版社の人が来ました。「杏花さんの自伝を出しませんか」って。  うちの名前も本に載るんかもしれへんって、私はもう大喜びでした。ママもパパも先生も。みんな誇らしかったです。だから、あの本。最初の一文を見て驚きました。 「私は不幸でした」  ママの話も。 「母には感謝もしています。高校まで毎日お弁当を作ってくれたり、金銭的に支えてくれたり。でも、『杏花ちゃんはお医者さんになるのよね』という言葉でがらがらと目の前の景色が崩れ落ちていきました」  先生の話も。 「高校の先生からは、『女子が理系や海外なんて』と言われ続けました。本当につらかった」  私や良平の名前はなかった。  杏花が不幸に思ってたなんて、そのとき初めて知りました。確かに、古い村ですけど。でも……いや、私は確かに応援してばかりで、何も協力してあげられなかったかもしれない。でも……半分は、半分は私のおかげやないかと思うんです。半分は言いすぎかもしれません。だけど、私と、ママと、パパと、先生と、良平と、みんなとで、半分くらいは頑張ったと思うんです。ええ、はい、今のは記事にしないでください。誇らしい。誇らしいです、杏花のことが。

のー・わー

 NO WAR。    戦争反対。    ノー・ウォー。    それを誰かが読み間違えた。   「のー・わー!」   「その願い、叶えよう」    タイミング悪く、神の気が向いた。        世界から、『わ行』が消えた。        日の丸の国では、即座に偉い人たちが集まり、会議が開かれた。   「すでに気づいていると思うが、世界がやばい」   「つーか、うちの国がやばい」   「国名に入ってるしな」   「英語でも無理だしな」    みながパニック。  一つでも多くやばいことが減るよう、目下のやばいことが次々と発せられる。   「しりとりの会から、しりとりができないから助けてくれと依頼が!」   「くだらぬ! 最後に『あ』がついたら負けのゲームに変えよ!」    しりとり、解決。   「うちの国の通貨、『え』しか言えなくなった!」   「表記変えるのは難しい。『まどか』と読むことで、応急の対処とする!」    今日から、ダイ○ーは『ひゃくまどかとういつしょっぷ』となった。   「保育する施設から、ひらがな教える表の買い替え費用が足りないとアラートが!」   「子どもは未来の宝だ! すぐに手配しろ!」   「どの程度まで?」   「施設は、フォーとゼロゼロゼロゼロ個あると仮定し、すべてダイ○ーでひゃくまどかかかるとして、フォーとゼロゼロゼロゼロゼロゼロまどかだ!」    議題は尽きない。    世界は続いていく。

Last Letter, Love Letter

「それじゃあね」  そう言って彼女は涙も拭かずに背を向け、少しだけ高いヒールを鳴らしながら駆けていった。  果たして、封筒ひとつを手に持ったまま「うん」と頷いた僕は、彼女の視線に収まっていたのだろうか。きっと、ピントも合っていないだろうし、手ぶれだってひどいはずだ。もう彼女の中には、僕を収めておけるくらいの隙間なんてありやしないのだ。  もう一度だけでも話をしよう——。  そんな考えは、結局甘いのかもしれない。  せめて『待ってくれ』の一言でも、なんて考えも甘いのだろう。 待たせたことも数知れず、これ以上彼女に何かを求めるなんて。 ——そう、いつだって自分は身勝手で、それに気付いたのもこんな状況になってはじめてであって。 すべては今更だった。  思えば、告白をしてくれたのもあの子からだし、それ以外にも何かが決まるときはあの子から。 こちら側からの話はいつでも余計なことばかりだったような気がする。  だからこそ、彼女はああして僕に背を向けて、前に向かって進んでいったわけであって。  だからこそ、彼女はああして涙を手で拭う時間も惜しんで、離れていったわけであって。  そこにはきっと——紛れもなく、声が届かなくなるくらいの「距離」ができていた。  そもそも、「最初で最後の」なんて言葉を添えて渡されたこの手紙に彼女が込めたこんなにも意図的な文章に、いくらなんでも気が付かないわけがない。  曲解するなんてこと、僕がやっていいはずがない。自分がいちばん傷ついているのに——そして、その原因は僕なのに——それでも誰かを傷つけないようにしていた彼女だからこそ、この『過去形』の持つ意味は大きかった。  空気を読んだか、敢えて読んでいないのか。僕の頬は、唇は、乾いたままだった。        〇  あなたに気持ちを伝えた日のことは、今でもよく覚えています。  泣いちゃった私を抱きしめてくれたときは、ホントに好きになってよかった、って思えました。  たくさん見せてくれたあなたのいろんな表情は私の宝物です。  がっかりさせたこともたくさんと思うけど、それでも向けてくれた笑顔も。  すごく、すごく、嬉しかったです。  昨日から、手紙を書こうって思っていました。  でも、慣れないことはするものじゃないなー、なんて思ってもみたりしてます。  仕方ないよね、初めて書くのに伝えたいことなんてひとつくらいだから。  ……楽しかったです、ありがとう。

彼女を殺したのは私です

「セラ、貴女にだけ教えるわ。シズカを殺したの……私なの」    私は放課後の教室で、親友のアヤから衝撃的なことを伝えられた。  窓から差し込む夕日に照らされるアヤの顔は、不気味に輝いている。        シズカは、先月この教室で自殺した。  私が教室に入った時、シズカの首と窓の縁がロープで括り付けられて、シズカの体は宙でゆらゆらと揺れていた。    その光景が脳裏に強く焼き付いて、前後の記憶は曖昧だ。  私は悲鳴にならない声をあげて教室から飛び出し、職員室に駆け込んだ、らしい。  覚えてはいないが。    警察は、今も事件を捜査中。  一見すると自殺。  だが、僅かに不審な点があり、他殺の可能性が捨てきれないらしい。       「アヤ……本当なの?」   「本当よ? 私が今までに、嘘を言ったことがあった?」   「それは……」    アヤは真っすぐな人間だ。  周囲に合わせてくだらない嘘をつくくらいなら、悪役になってでも正しいと思うことを口にする。    だから、私はアヤの言葉を疑えなかった。   「な……なんで……?」    絞り出せたのは、ただの一言。  アヤがシズカを殺したのは、やむを得ない事情があったと、私が思い込みたいがための一言。    私の言葉に、アヤは何も答えず、寂しげに微笑んだ。    アヤの考えていることが、わからない。  なぜ、私に殺人を告白したのか。  誰かに言うことで気持ちを整理したかったのか。  それとも、私に理解してほしかったのか。    わからない。    でも、私はアヤの親友だ。  私がアヤのために、そしてシズカのためにできることがあるとすれば、一つしか思いつかない。   「自首しよう! アヤ!」    罪を、償ってもらうこと。    私の言葉を聞いて、アヤは一層寂しげな表情になり、ゆっくりと口を開いた。   「……やっぱり、そう思う?」   「思うよ!」   「……このまま、なかったことにしちゃ、駄目かな? そうすれば、今まで通り……いられて」   「駄目だよ!」    私は叫んだ。    アヤが自首をすれば、アヤは逮捕されるだろう。  刑務所か、少年院か。  少なくとも、退学は免れないだろう。  世間の目も、厳しいものになる。    だけど。   「なかったことになんて、絶対駄目! シズカのためにも! アヤ自身のためにも!」   「…………」   「私、待つから! アヤが罪を償い終えるまで、ずっとずっと待つから!」    私だけは、アヤを見捨てない。  今まで通り、アヤに接し続ける。  親友として。   「そう、ね」    アヤは、窓際へと近づいて、校庭に生える一本の木を指差した。   「証拠は、あの木の根元に埋めてあるわ」    アヤの言葉を聞いた瞬間、私は教室から飛び出し、アヤの指差した木の元へと向かった。    アヤの示した、殺人の証拠。  アヤの自首の決意が変わらないうちに、私はアヤへ渡すのだ。       「もしもし? セラは、そっちへ行った?」   「うん。ちゃんと軍手もつけて、スコップで木の周りを掘り返してる。鬼気迫る勢いよ」   「ありがとう。貴女も、セラに見つかる前に早くそこから離れなさい」   「……了解」    私は通話を切って、シズカが吊るされていた窓にもたれかかった。  少しだけ、死ぬ直前のシズカの気持ちが分かった気がしてくる。    セラは、どんな気持ちだったのだろうか。  シズカの死を目にした、セラの気持ちは。    言うまでもない。  前後の記憶を失うほどだ。  その衝撃は、計り知れなかったのだろう。    だけど。   「これでいいんだよね……。これが貴女の望みなんだよね……。セラ」    私だけは、セラを見捨てない。  どんなにつらい事だろうと、セラに伝える。  親友として。    私は、警察へと電話をかける。    窓の外から、セラの叫び声が聞こえた。        思い出したんだね。       「ごめん! ごめんセラ!」   「うるさい! うるさいうるさいうるさい! シズカなんて死んでしまえ!」    セラが怒りに乗っ取られた腕で、シズカの首を絞める。   「く……苦し……」   「うるさい! 私は、もっと苦しかった!」    シズカの首から頭までが、燃えるような熱を帯びる。    そして、次の瞬間、一気に消えた。  ばたばたと動いていたシズカの手足は、だらんと下がる。   「……シズカ?」    セラが手を離した瞬間、シズカは教室の床にごとんと落ちた。   「……え?」    セラはしばし立ち尽くし、現状を理解すると同時に、体を冷静に動かした。   「か、隠さなきゃ」    今を、守るために。

鍵は折れ曲がった

「痛いよ、怜奈やめて……」  その声で、ふと我に返った。赤く色づいた右の手の平から、しびれたような痛みが駆け上がってくる。指先の感覚は薄れていて、今起こった現実をうまくつかむことができない。つかみたくない。  俯くのをやめて、前を向く。 怯えた表情の優里が、壁にもたれかかっていた。何かに襲われたみたいに栗色の髪は乱れていて、左頬が赤く腫れあがっている。私の手のひらと同じように、赤く。 思考からもやが消えて、今の出来事が鮮明に蘇る。手を振り上げた私も、それにおびえて目を瞑る優里も、振り下ろした手と頬がぶつかった時の衝撃も、全て。 「あぁ」 ……そうだ。優里を襲った何かは、私だ。 「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、また」 怒りとは違う何かで、頭が真っ白になる。 目元が熱くなって、涙が流れ出ていく。 加害者のくせに。 「そんなつもりじゃなかったのに」 この言葉を、私はいったい何回口にしただろう。  両手で数えられないほどは、繰り返している。その度に意味なく涙を流して「わたしのほうこそ、怒らせちゃってごめん」被害者であるはずの優里に謝らせている。  優里は口角を上げて、私に微笑もうとしてくれていた。叩かれた頬が痛くて、何回も叩いてきた私のことが恐ろしいはずなのに。それでも、優里は、私に、笑いかけて。 「ああああああ!」  理性のかけらもない、獣のような叫び声だった。 右腕を折りたたんで、握りこぶしを作って、振りぬく。こぶしが当たった顔は、当然だけど痛かった。でも、これだけじゃ足りない。贖罪には程遠いし、優里に与えた痛みと釣り合っていない。  白んだ思考が、私にさらなる罰を求めている。  それに応じた体が、再び腕を振りぬいた。痛い。もう一度振りぬく。痛い。振りぬく。痛い。振りぬく。痛い。振りぬく。痛い。振りぬく。痛い。振りぬ––。 「そんなことしないで!」  優里が、私の両腕を掴む。 「離してっ」 「いや」  そのまま顔を近づけて、唇が触れた。血の味が混じるその柔らかな感触で、真っ白だった思考に色が戻る。自分がどんな愚行をやっていたか、理解できるようになる。 「恋人が傷ついているのに、ほっとけるわけないよ」  優里が柔らかく笑って、私をまっすぐ見据えた。黒い瞳にはきれいで優しい光が灯っていて、私とは正反対だな、と思った。 「……別れようか、私たち」  真の平静に辿り着いた思考が、ようやくその結論をはじき出す。 さっさと気が付けばよかった。暴力を振るってその代償に自傷するような気狂い女と暮らして、優里が幸せになるわけないのに。なんでこんな簡単なことに気づかないで、何度も手を上げてしまったんだろう。 「じゃないと、また」  優里が傷つくことになるだろうから。  そういう前に、別の言葉で遮られる。 「やめてよ、そんなこと言うの」 「でも」 「わたしを捨てないでよ」  優里に手首を強く掴まれた。強くとは言っても私の力なら簡単に振りほどける。はずなのに、腕に力をこめられない。涙ぐんだ二つの瞳が、私を覗き込んでいたから。見た目以上に固く、手錠のように結びつけられている。 「怒らせるようなこと言わないし、痛くてもわたしが我慢すればいいだけだから」 不必要な暴力を振るっているくせに、必要な時に力を出せないなんて。そう自嘲するけれど、腕はピクリとも動かない。 私が何度も何度も叩いてしまったせいで、優里の優しさは歪んでしまっていた。 その歪んだ気持ちが、私の元から歪んでいた心に入り込む。 不健全な優しさに沈み込んで、抜けられない。 底なし沼だった。 「だから、ずっとここにいて?」  その言葉が頭の中で乱反射する。 なけなしの理性を打ち砕きながら、私の中を満たしていく。  優里が許してくれた。だったら、私はまだ優里の隣にいていいんだ。そんな、間違った答えが浮かび上がる。  壊れた思考が、それを正解だと誤認する。 そして首を縦に、振ってしまった。 「……優里が、そう言うなら」 私たちの関係を解く鍵が、ぐにゃりと曲がる音がした。 きっともう、鍵穴に嵌まることは無い。

スクリブル

 カヤになら何でも話せちゃうなあ。  私の周りの友達……というか同級生たちは口々にこう言いながら、一方的にいろいろと秘め事を打ち明けてくる。何でも話して、なんて私が求めているわけじゃない。単に様々な意味で「ちょうど良い」からだ。ペラペラ喋り倒すほど社交的でなく、他人の秘密をばらすことに快感を覚えなさそうに見えているのだろう。  それは、事実だ。秘密で空腹は満たせないし、心の隙間も埋められない。なにより、私は他人にそれほど興味などないのだった。 「そんでさ。マキとリサ、そのままうまいことやったんだって。超ウケるよね」  嬉々として密告事項を話し続けるシホの話を、途中から聞き流してしまっていたことに気づく。「うまいこと?」と訊き返すと「だーから。健康な男女が夜の街に消えたら、することなんか限られるじゃん」と、シホはニタニタ笑いながら言った。そういえば、グループで私以外の三人が、他大学の男と合コンをした時の話だったっけ。 「へえ。元気だね、みんな」 「カヤって、本当にそういうの興味なさそうだよね。ま、だから何でも話せちゃうんだけど」 「そういう気持ちになるものなの?」 「それこそカヤは、マキとかリサとかにこういう内緒話、されたりしないの?」  質問で返されて、私は少し戸惑った。マキやリサが私に話してくるのは、他ならぬシホに対する愚痴や噂話がほとんどだからだ。マキは過去に彼氏をシホに取られたことがあり、リサはゼミの発表の手柄を横取りされたのだという。そして私はシホから直接話を聞いており、その全てが事実であることを知っていた。  四人の仲良しグループの、一番醜くてドロドロした部分が、私一人に集約されている。四人の中でその事実を知っているのは、私だけだった。 「マキは」 「うん」 「連休でダイエットしようと思ったけど、一日目の夕食で断念したって」 「なーんだ、そんなレベルか。それにしてもマキも意志薄弱だね」  何も知らないシホは、愉快そうにケラケラと笑っている。  私からすれば、秘密を守れない三人全員が意志薄弱だと思うけれど。 *  街が夜の闇に溶け落ちる頃、その一角で火の手が上がった。 「ねえ、カヤ。どういうつもりなの」 「どういうって……」 「うちら全員が狙ってた彼が、なんで何もしてなかったあんたに取られるわけ。もしかして、何か変な話でも吹き込んだの?」  マキとリサは刃物みたいな冷たい目つきで、口々に私に対して尋問してくる。  きっかけは、シホに半ば強引に連れていかれた合コンだった。相手の男四人中、私以外の三人ともが同じ男を狙って積極的にアタックしていたが、その男は帰り際、私にだけ連絡先を聞いてきたのだった。そのことを何気なく話した途端、帰りの和やかな雰囲気が一転して魔女裁判に変わった……というわけである。  しかし、何も言えずに処刑されてしまっては、たまったものではない。私は反論した。 「待ってよ。私、別に何もしてないよ」 「何もしてないわけはないんじゃない? だってカヤ、いざとなれば他人の秘密も話しちゃうしね」  それまで黙っていたシホは、ゆっくりと口を開く。言葉を終えたあとの唇は、醜い笑みに歪んでいった。するとリサが「シホ、何それ。どういうこと」と訊ねた。 「あたし、聞いたよ。マキがダイエットを初日で断念した話とか。そういう些細なことでも、ぽろっと秘密を洩らしちゃうのって、普段からそういうことしてるからなんじゃないの? 今日も、かもだけど」  いつもは親しげに話しかけてくるシホは今、完全に私を陥れようとしていた。理由は察しがつく。今日の合コンで、誰よりも狙っていた男にがっついていたのは、シホだった。彼女は明らかに、私に妬いている。 「何よ、それ。最悪。マジであんた最低だよ、カヤ」  口角泡を飛ばしながらマキが私を非難する。そもそもマキだって、私にその話をしているときは「誰にも言わないで」なんて一言も言っていなかったくせに。 「ねえ、もう一軒、飲み行こうよ。気分悪いわ」と歩き出すリサの後ろを、肩を怒らせながらマキが追いかけていった。すぐ後に続くと思われたシホは、最後に私の方へ振り向いて言い放った。 「あんた、ただのメモ紙としては、上出来だったのにね。勿体ない」 *  そうかもね。  あんたたち三人とも、自分がすっきりしたいからって、私をチラシの裏の白いトコみたいに使ってさ。愚痴も秘密も何もかも、好き勝手に書き散らかすみたいに。  それらを全て自分一人で抱え込まなきゃいけなかった私の気持ちなんて、わかるはずもないだろうね。  でも、殴り書きしたメモをしっかり破り捨てなかったのは、あんたたちの落ち度だしね。  仕方ないよね。  ネオンの輝く街へ遠ざかる三人の後姿を眺めながら、私はその日初めて、はっきりと笑みを浮かべた。

先生を怒らすと怖かった

授業が始まって15分ほどたった。私の先生は怖いという評判がある。 「この問題はこうやったら解けるよね?」 せんせいがきいた。 しかし誰も意見を言わない。 「はい、反応なし。」 先生が半ギレした。 先生は半分以上埋まった黒板を全部消した。 生徒はぽかんとしている。 冷たい空気が通った。 「はい、昨日の勉強はこれをしたよね?」 先生が授業を最初からやり直した。 さっきより声が優しくなっている気がする。 爆発したいのを抑えているんだろうな。 生徒は呆れ顔。 そうしてはじまって15分たった授業はまたはじめに戻されたのであった。

心配され慣れてない

「大丈夫ですか?」 って聞かれると反射的に「大丈夫です」と答えてしまう だってそうしないと、他人に迷惑をかけてしまうから 他人に負担がかかってしまうから 他人を心配させてしまうから だから「大丈夫」を、気遣いの言葉と受け取った試しはなかった 強いて言えば人を自分の枠に収める狂気のような言葉だって印象だ すると何が起こるかというと 人の気遣いの言葉を無用のものとして処理してしまうのだ 「ねえ、ちょっと休んだら」 「いえ大丈夫です」 「さっきから顔色悪いんじゃない?」 「いえ大丈夫です」 「足ふらついてるよ」 「いえ大丈夫です」 数秒後、視界がまっくらになった

🌈🍑とシェアハウス!?2話「自己紹介」

?「では自己紹介するよ!」 じゃぱぱ「じゃぱぱです!からぴちのリーダーだよ!」 のあ「のあです。オムライスと桃が好きです!」 ゆあん「ゆあんです〜優しい一面があるらしいです!」 たっつん「たぁぁぁぁっつぅぅぅぅぅぅぅんでぇぇす!うるさくないでぇぇぇす」 どぬく「たっつん、うるさいよ。花ちゃん困っちゃうからね?人間と狐のハーフ、どぬくです!」 えと「えとだよ〜!元ヤンじゃないからね?」 なおきり「なおきりです☆ホラー好きです!花ちゃん、一緒にホラーゲームしませんか??」 うり「うりでーす趣味はピアノ、絵をかくこと、ギターでーす!」 もふ「もふでーす!真面目って言われるけど真面目じゃないでーす」 ヒロ「ヒロでーす。羊?羊じゃないよぉ」 シヴァ「シヴァでーすからぴちのゆるきゃら担当でーす」 るな「るなです!天才です!頭いいです!」 じゃぱぱ「るなの天才は自称天才だよ」 るな「じゃぱぱさん〜るなは天才ですぅ!」 ゆあん「花ちゃんは?」 あなた「あ、えっと。瀬川花です。趣味はうりさんと一緒でピアノです。ピアノが得意です。よろしくおねがいします」 🌈🍑「よろしく!!/よろしくおねがいします!!」

キスの味

「ねえ……。キスって……どんな味なの?」    清花はおそるおそる、涼絵に尋ねた。    清花の唇で確かめるのが一番正確だが、彼氏いない歴イコール年齢の清花では、それが難しい。  そのため清花は、高校で一番モテると噂されている涼絵を頼った。  涼絵ならば、答えを持っていると思ったからだ。   「キス?」    涼絵は読んでた雑誌を落とし、信じられないものを見るような目で清花を見た。   「え……? キスの味を……知らないの?」   「えっと……うん……」   「嘘でしょ? 冗談じゃなくて?」   「ほ……本当なの……」   「うちら、もう今年で十八だよ? それはやばいって!」   「うう……そうだよね……」    当初は清花の冗談だと思っていた涼絵も、清花の様子を見て、本当にキスの味を知らないのだと理解した。  心の中を渦巻くのは、驚き、同情、そしてもったいないという感情。    キスの味を知らないなんてもったいない。  あんなに美味しい魚の味を知らないなんて人生損している。  涼絵は、強い感情で、清花の両肩を掴んだ。   「わかった! 私が教えてあげる! キスの味を!」   「よ……よろしくお願いします……!」    二人は正座で向き合った。  清花は、涼絵の唇をじっと見つめ、涼絵からの言葉を待った。   「キスの味はね」   「はい……!」   「意外と、淡白なの」   「淡白!?」    清花は衝撃を受けた。  少女漫画で読むキスの味は、レモンの味だった。  あるいは、バレンタインならチョコレートの味。  それが清花の常識にあるキスの味。  どれも淡白とは程遠い。  清花は、口をパクパクとさせることしかできなかった。   「あ、でも淡白な中にも、上品な甘さもあるのよ。こう、ふわっとするような」   「甘さ!!」    そして次の言葉で、清花の常識と一致した。  キスは甘い。  清花の妄想が、一気に膨らむ。   「甘いんだぁ……そうなんだぁ……」    ほわほわとした表情の清花を見て、涼絵は顔をしかめる。  甘い、の意味が涼絵の伝えたかった意味からずれてしまったとわかったからだ。  清花は甘いチョコレートが大好きだ。  そんな清花に甘いなんて表現を使えば、勘違いさせることなど分かるだろうと、涼絵は自分を叱責する。    そして、涼絵はすっくと立ちあがる。   「ああもう、言葉じゃらちが明かない! 今から、キスを味わいに行くよ!」    涼絵は言葉だけで伝えることを諦め、キスを実食してもらうことを決めた。   「味わう!?」    清花もまた、立ち上がった。  その顔は真っ赤だ。   「キ、キ、キ、キスを……味わう!?」   「そうだ」   「いやいやいやいや、そ、そんなの……!」   「大丈夫。同級生に、キスが得意なやつがいるんだ」   「キスが得意いいいいい!?」    清花の頭はパンク寸前。  当たり前だ。  突然、キスをしに行くなどと言われれば、誰もがそうなるだろう。   「い、いやでも……私、初めてだから……。初めては、大切なときに……とっておきたい……っていうか」   「それなら心配ない! 今丁度、キスが旬なんだ! 初めてのキスにはぴったりだ!」   「キスの旬!? あるの!?」    混乱する清花の手を引っ張って、涼絵は向かった。        寿司屋へと。        寿司屋のカウンターに座った清花は、ぽかんとした顔で辺りを見回す。   「おす……し……?」   「ああ、ここのキスは絶品だぞ。なあ、大将」   「大将はやめてよー。私はまだ、お父さんのお手伝いしてるだけなんだから」    涼絵に大将と呼ばれた少女は、照れ臭そうに笑う。   「あ、お茶だしてあげてー」   「はーい」    少女の妹は、熱々のお茶を清花と涼絵の前に置く。   「さんきゅー」   「どういたしましてー」    大将と呼ばれた少女は、さっそくキスを取り出して捌いていく。  お手伝いだけとはいえ、さすがは寿司屋の娘。  あっという間にキスの寿司が作られ、清花と涼絵の前に置かれる。   「へい、キス一丁!」    清花は、キスの寿司をまじまじと見つめる。   「あ……。キス……。あ……あはははははは」    そして笑った。   「? 急にどうした?」    涼絵は不思議そうに清花を見る。    清花は涼絵の方を見て、申し訳なさそうに口を開く。   「えっと……私が言ってたキスって言うのは……」   「ん?」   「チューの方だったの……」    寿司屋に沈黙が流れる。   「チュ……」    数秒後   「チュウウウウウウウウウウ!?」    涼絵の絶叫が、寿司屋の中を満たした。

人間に近づいた亀

「見下されていることを自覚している限り、君が下なんてことはないんだよ」  人間の手から餌をもらい生き永らえる心得を先輩のカメはそう後輩たちに伝えていた。この小さな桶から出られず、何をやっても勝てない僕ら。そんな惨めな僕たちを笑う人間から、醜く首を伸ばし餌をもらう。何度も執拗に伸ばされた手に握られたペレット状の餌は、愛玩と同情が混じり出来ていて同量の侮蔑が滴っていた。 「いい?醜く生まれたのだから醜く生きるしか選択肢はないんだ。空を見ても羽根は生えてこないし、外へ出ても生きてはいけない、そして助けてくれるナニカはやってこない。だからこそ、僕たちにこそ、生きる為に自分より下の存在を作る必要があるんだよ。」  僕たちは人間を見下した。亀を囲い、悪趣味な名前を付け、自由を奪い、下らない日常の足しにする下劣な人間を。  見ろ、見ろ。自分が見下されてるとも知らず、餌を運ぶアノ猿を。  あまりに直接的で下品な侮辱の仕草を。  アイツには見下せる人間がいないから、亀なんて飼ってるんだぜ。 どっと笑って  亀は人間に近づいた

夕暮れに潜む彼女

「ナーコ、イチカたちと喧嘩したんだ?」  突然背中からかけられた声にびっくりして振り返ると、夕陽に染まる教室の中、ミディアムヘアの少女が黒板を背にして立っていた。夕陽が彼女のブラウスとスカートを、オレンジ色に染め上げている。 「な、何だ、アイリか。いつから居たの?」  私は曖昧な笑顔で返すが、彼女は私の質問には答えず、微笑みながら先ほどと同じ言葉を繰り返した。 「イチカとネオと、喧嘩したんだよね」 「喧嘩とかじゃ……」 「隠さなくていいよ。……ねえ、私ね、イチカとネオの秘密、知ってるんだ」 「……え?」  急に告げられた言葉に、私は驚いてアイリの顔を見る。すると彼女はニコニコと微笑みながら、私の元へ近づいてきた。 「知りたくない?喧嘩した相手の弱み」 「知りたくない、というか……」  私が返事をしようとした瞬間、彼女は急に芝居がかった動きで私の唇に人差し指を当て、廊下の方へ視線を向けた。思わず私が黙り込むと、静まり返った教室の中に廊下からのおしゃべりがはっきりと届いてくる。 「ネオー、今日のナーコヤバくなかった?」 「分かる。まじヤバい。鬼でも乗り移ったのかと思った」 「だよねー。チョー怖かったー」  イチカとネオの声は教室の前を通り過ぎ、向こう側へと消えていく。足音が完全に聞こえなくなってようやく、アイリは私の唇から手を離し、にっこりと微笑んだ。 「2人は謝る気なさそうだね。……明日、またここで待ってるから、貴方がどうしたいか教えて。大丈夫、私は貴方の味方だから」  そして彼女は、私の返事も待たずに教室を出ていった。私は言葉を返す直前の間抜けな表情のまま、その後ろ姿を見送る。 「アイリ、私たち……」  私の声は、夕陽に溶けていった。  翌日。同じような時間に同じ教室へ入ると、中ではすでにアイリが待ち構えていた。 「どう、決めた?まあ、私からの密告をどう扱うかは貴方次第だけどね」 「アイリ……」  彼女の可愛らしい微笑みを前にして、私の言葉がすぼむ。と、彼女はそんな私を励ますように、そっと手を握ってきた。 「分かる、怖いよね。でも大丈夫。……だって私、見ちゃったんだよね。校舎裏で、イチカとネオが、タバコを吸っているところ」 「タ、タバコ?」  思わず私の声が裏返る。すると彼女は、手に持ったスマホの画面を見せてきた。 「うん。ほら見て、この写真。この校舎の裏手のところ。ほら、この特徴的な耳飾り、イチカでしょ」  見せられた写真には、確かに校舎の裏でタバコを吸うイチカとネオが映し出されていた。隠し撮りらしく画質は荒いが、2人の特徴はばっちりと映り込んでいる。  私はその写真を数秒眺めてから、スマホを持つアイリの顔へ視線を移した。 「アイリ、あのね――」  言いかけた言葉は、ガラガラというドアの音で遮られた。振り返ると、そこにはイチカとネオが立っていた。 「あれ、ナーコとアイリ?こんなとこで何してんの、もう私たち帰るよ?」 「まさか女子会?こんなところで?ヤバいって、絶対場所変えたほうがいいよ」  そう言って立ち去っていく2人を、私は曖昧な笑顔で見送る。と、私の隣では、アイリが2人の背中を睨みつけていた。 「感じ悪っ。……まあでもナーコ、私たちにはこのカードがあるもんね。これで本人脅してもいいし、親に言ってもいいし」  印籠のように写真をかざす彼女に向け、私は大きく息を吸い込んでから口を開いた。 「アイリ、あのね、聞いて。……私たち、喧嘩してないんだよね」 「えっ?」  彼女は驚きでポカンと口を開けたが、すぐに早口で反論してきた。 「で、でも喧嘩の声、外まで響いてたよ?」 「そりゃそうだよ。だって私たち、演劇サークルとして、この廃校を利用した公民館を借りてるんだもん。……稽古してただけだよ」 「え、えんげきさーくる……?」  外国語のようなたどたどしさで言葉を繰り返すアイリ。そんな彼女へ、私は追い打ちをかけるように言う。 「それに私たちはもう大学卒業してるから、タバコ吸っても問題ないよ。ここ廃校だし、そこ喫煙スペースだし。……高校何年も留年してる、アイリとは違ってね」 「うっ……」  図星を突かれたようで、彼女は黙り込んだ。そこでようやく、私はずっと尋ねたかった疑問を口にする。 「ところで、何でアイリはここにいたの?今日平日だけど、学校は?」 「い、いや……。サ、サボって散歩してたら、タバコ吸ってるイチカたち見つけて。それネタにお金強請れないかなって思って尾行してたら、喧嘩してる声聞こえたからついでに恩も売っとこうかと……」  アイリが早口で返す。そのどうしようもない理由に、私は大きなため息をついた。 「そんなんだから、高校ずっと留年退学繰り返してるんじゃん。……こういうことはもう止めて勉強しな?ね?」 「……分かった」

万華鏡

「青春ってなんだと思う?」 涼帆が氷の入ったコーラをジャラジャラとストローでかき混ぜながら訊ねてきた。 「あんたはいつも唐突だね。青春かぁ、海とか?」 「えー! ちがうよ! 恋だよ! それはつまり好きな人と一緒にいること」 「恋」という言葉を一音ずつ大袈裟に口を動かす彼女の唇は、ラズベリーピンクの色付きリップで色づいていた。学校では色付きリップは禁止なのだけど。 「恋か〜、バスケ部キャプテンが恋に浮かれてていいんですか〜?」 「な〜に言ってんのよ、喜雨だって興味あるくせに〜。学年一の美人さんめ! 『わたしは余裕です』ってか?」 犬が毛玉を吐くように、ケッと吐き捨てる。整った顔立ちで、そういうことをするもんだから、なんだか愛くるしい。 「愛とかわかんないけど」 言葉は唇に触れると消えていった。 「ん? なに?」 「ううん、ポテト冷めちゃうよ?」 萎びたポテトを頬張る彼女を見ながら、ふとわたしの愛情は芽生える前に土の中で腐れてしまったのかと思った。  否定するように首を回し見えた窓の外のいつまでも変わらない田舎っぽい町並みが、そっとわたしの心に寄り添ってくれた。  高校卒業後、涼帆は東京の大学。わたしは実家から通い、事務の仕事を。  仕事終わり、スーパーで野菜を見ていると一人の男性がこちらを何度も見てくる。話しかけたそうな瞳。端正な顔立ちにすらりと長い足、見た目に関しては好印象だったが、なにせ挙動不審なので、わたしはくるりと背を向き歩き出した。 「喜雨……? だよね」 背中に飛んできた声は涼帆の声だった。咄嗟に振り返るがそこには先程の挙動不審男。 「久しぶり。高校卒業ぶりかな? えーっと、めっちゃ変わったし、びっくりさせたよね。ごめん。あの、時間あればこれからご飯どう?」  キッチンで二人肩を並べていた。 「すごい変わってて最初気づかなかったよ。なんていうか、ボーイッシュ? いいね」 褒めたつもりだったが彼女の顔は曇った。 「男になりたいんだよね。大学卒業してこれから働いて、結婚して、子供産んでって考えてたのに、病気でね、ないのよ胸も子宮も。それで、生活してるうちに周りの目が気になっちゃって、女として見られても、女としての機能がない自分が悔しくてさ。それで、じゃあもう男になろう! って」 淡々と話す彼はゆっくりと卵を割った。それがひとつ、落ちていく。何かの合図のように。 「わたし、恋愛感情がわからないの。ううん、ないのかもしれない。性的欲求も……」 「喜雨! 無理に話してくれなくていいんだよ? そういうつもりで言ったんじゃないよ」 「ううん、ちがうの。言わせて。ずっと苦しかったの。友達や親戚に会えば恋人はできたか、明日の天気を聞くみたいに簡単に聞いてくる。わからないの、予報なんて出てないし、出たとしても当たるかなんてわかんない。こわいの……わたし母さんが死んだら独りで温かな思い出が染み付いてる家で冷たく死んでいくの」 頬に一筋の温もりが垂れてた。横を向くと、同じように彼の頬にも。 んんっと咳払いをし、瞼を擦る彼は決心したように、こちらをじっと見つめる。彼の冷たい手から緊張が伝わってくる。 「喜雨、一緒に住まない?」 涼帆の唐突ぶりは健在だった。 「え? どうして急に、本気なの?」 「僕はいつだって本気だよ」 わたしは考えた。天才数学者が瞬間的に答えを出すように、はたまた直感で。 「住もう」 「よし、決まり! じゃあとりあえずご飯ぱぱっと作って食べよ。もうお腹ぺこぺこだよ」 わたしはおかしくなって、思わず声を出して笑った。彼は笑いの元が分からず首を傾げている。 「だって、涼帆ぜんぜん変わってないんだもん。いっつも唐突で、切り替えが早くて」 「あー、そうだね。そういう意味では変わってないかも」 彼の笑顔に、心の奥にあった鉛のように重い不安が、じんわりと溶けていった。  窓を通り抜けた日光がわたしたちを今日も照らしていた。 「喜雨、白髪増えたよね」 「えっ、やっぱり? 頼むー、綺麗に染めてあげてー」 「はいはい、六十なっても足掻くね〜」 「足掻いてるっていうか、一回染めたらきり無くて、負のスパイラルよ」 「あー、なるほどね。大変だそりゃ」 「ねえ、青春って何だと思う?」 「え、なに急に。この歳で青春かぁ、うーん、なんだろ」 「わたしは一つ思いついた〜!」 「えー、んー……よし、僕も」 「よし、じゃあせーのでいくよ! せーの!」 「若作り」 「縁側でお茶!」 正反対な答えに思わず顔を見合わせた。「それは違うでしょ」と大声を出して笑う。  なんか違うと思っていた人生は、たった一人との出会いでカラフルな煌めくものになる。好きなものを選んで、綺麗な光り輝く未来を覗こう。二人で。

自己完結

 知らない方が幸せなことだってある。けれどもそういうことほど、些細なきっかけで知ってしまう。情報ソースは、私だ。  取り立ててトラブルもなく、つつがなく続いていた交際関係は既に一年半。お互いに、もうそろそろゴールテープを視界に収めている……と思っていたのはどうやら私だけで、彼にとっては未だ最初のコーナーも曲がり切っていない頃合いだったのかもしれない。むしろコースを外れて競技場の外へ一目散。西へ沈むと思った月が東へ戻っていった。波は一度寄せて返して、それきり戻ってくることはない。一方通行。片道切符。世界の終わり。ありとあらゆる不吉なフレーズが浮かんでは消えてゆく。  賑わう街中を、恋人が、自分ではない異性と肩を並べて歩いている。  それを偶然目撃しても何も疑うな、という方がおかしい絵面だった。 **  うまく笑い顔を作ることができていただろうか。何も知らない彼が帰宅した時、胸がつぶれそうなくらいに怖かった。でもその背中がバスルームに消えたあと、心配をするのが急にあほらしくなって、張り詰めた糸を断ち切ったみたいに、すっと落ち着いた。  私がうまく演じられていてもいなくても、彼の中での私は、きっと既に消えたも同然なのだ。なんでかは忘れたけど、同棲している女。おそらくはもう、それ以上でもそれ以下でもない。そう思えば思うほどに、怒りでも恨みでも妬みでもなく、ただひたすらに悲しかった。ボタンひとつ押し間違えただけで帳消しになるのは、慣れないパソコンの操作だけではなかった。それどころか私は、好きな人の気持ちすらも満足にわかってあげられなかった。彼はいったい、私の何が不満だったのだろう。水音が漏れ聞こえるバスルームのドアの前で、私は引き戸の木目を指でなぞろうとする。  刹那、リビングから軽快な口笛の音が聞こえた。私のスマートフォンはポケットの中だし、きっと彼のものだろう。不用心なのか、そうではないのか。もう捨てる準備は整ってるから隠さなくてもいい、って? むしろ見せつけようってか? 世界なんて今すぐ終わってしまえばいいのに。  思いながらも急ぎ足で、リビングのテーブルの上に寝そべるスマートフォンへ近づいた。画面が消える前なら故意にはならない……と言い聞かせて、画面をのぞく。 《お兄ちゃん、今日は案内ありがとう♪ さっき、ちゃんとホテルに着きました。明日は楽しんでくるね! もしも、うちのお母さんがお金とか食べ物とか送ったときは遠慮なく受け取ってね。笑  彼女さんとお幸せに~☆》  は?  **  私の作った夕食をもりもりと頬張る彼に、恐るおそる訊いた。 「今日って何してたの」 「高校生のいとこがオープンキャンパスのために東京来たから、案内してやってた」 「そうだったの?」 「朝に家を出る前にも言ったろ。でも、リエは半分以上寝てたから覚えてなくても無理ないか」  わはは、と彼は豪快に笑って見せた。あー、確かになんか言われた気がする、そういえば。すごい眠かったからあまり定かじゃない。  まあ、どのみちこうして胃袋鷲掴みにしてるうちは、絶対に逃がしてやらないけど。  きみは私のことだけ、好きだもんね。心配して損した。    危うく口にしかけた勘違いを、素直に言えない恥ずかしい言葉と一緒に呑み込んだ。  大丈夫、わかっているよ。

塔の勇者は生きている

 塔を捨ててから■■日。俺は何も変わらない。  塔の勇者だった頃は毎日塔を積んでいるだけでよかった。贖罪のことだけ考えて、その他のことは捨てていればよかった、むしろ、早く死ねれば死ねるほど良いので、日常生活のことなど捨てた方がよかった。  しかし俺は塔の方を捨てた。  もうそれ以上贖罪する必要が感じられなくなったからだ。  ■■でしまった者のことをいつまでも考えていても仕方ないし、それがそうなるよう仕向けた者のことだって考えれば考えるほど無駄だと思った。  神だっていなくなったし。    何もかも、贖罪するには逆風だった。  そもそも贖罪なんて行為が無駄で、自己満足でしかない。そんなことを言うのは塔を積んでいた頃の俺を否定することになるけれど。  人生を無駄にしていた。実際そうなんだろう。■■の不在を受け入れられずにただ塔を積むしかなかったあの頃。  考えても仕方がない、が、考えてしまうのも俺の性分のようで、勇者は黙って剣を振るっていればいいなどという意見もあるがどうにも考えてしまう。  だから塔なんて積んでいたのかもしれないし。    己の深くに潜ってみても何も見つけることはできないし、何か得たと思ってもそれはまやかしなんだ。そう言われたことがあった。  それが本当だったのかどうかはわからない。  仮に塔を積んでいた時間が無駄だったとしても、塔を捨てたという結果までは無駄にはならない。はず。    王は遠く、あの神官も遠く。  恨むのも憎むのももう遅い。何もかも終わってしまった。死んでしまった。  けれども今、死んだはずの世界には春が来て、何もかもが新しく始まろうとしている。  何一つ変わってはいないのに、どうしてなのだろう。  ひょっとすると生命は長すぎる終末には耐えられないのかもしれない。わからないけれど。    だから俺も旅に出なければいけないのだろうか。勇者らしく?  とてもそんな気にはなれなくて、今日も消失した塔の跡地で一人。  復興した町で食べ物を買って、小屋に帰って食べて、木を切って、売って。  そんな毎日。    生きる気を失ったわけではない。生きたいとは思っている、ただ気力がないだけ。  贖罪をやめたからといって人生そんな簡単に変わるわけでもないし、何もかもをハッピーエンドにしてくれるような魔法はない。  失ったものに代わるような何かを探しているのも変わらないし、自分を変えたいのも同じだ。    勇者じゃなくなりたいのか、それとも何になりたいのか。  それもわからない。  全てをやめるわけにもいかないし、全て頑張るわけにもいかない。  ただ日々を生きるだけ。  きっとそれができるだけまだましだと思って生きた方がいいんだ。それはわかっている。  いや、本当はわかっていないのかも。  いずれにせよ俺はここを離れた方がいいんだ。  神に選ばれた地でいつまでも生きるわけにもいかないし。    そんなことを考えながら、今日も何かを探している。

カメラ

大学生になって2度目の春、自分にも恋人ができた、とても嬉しくて新品のカメラを買った、 おろしたてのカメラで初めて撮った写真は君と桜だった、不慣れなカメラで撮ったその写真はピンぼけしていたけれど、それも愛おしくなる程に桜も君も美しかった。 それからと言うものの、何気ない日常も、二人で行くお出かけも、全てレンズを通して自分の目とフィルムに焼き付けた、 暑い夏の君の姿も、秋の紅葉と君のツーショットも、家の近くの喫茶店も、思い出と呼べるもの全てにシャッターを切った、 年が明け、段々と寒さも落ち着いてきた、 二人で春を迎えようとした頃、君はこう言った、 「好きな気持ちが無くなった、別れよう」 本当に別れは突然来るんだ、 「こんな事なら初めから使い捨てで十分だったのに」と僕は呟いた。 結局、僕は一人で春を迎えた、 川沿いに咲く桜が綺麗で、あの日と同じようにシャッターを切った、 とても綺麗に撮れた、何故か、悲しくなった。 2枚目を撮ろうとしたら、カメラに文字が映し出された、「容量がいっぱいです、SDカードを交換してください。」 僕はSDカードを交換しなかった。 「そうか、僕の容量も君でいっぱいになっていたんだな。」

密告 ある一つのスケッチ

信号機の下でシルカが電話をかける。 そこそこ多い人通りのなかで相手が電話にでる。 電話の主は彼女と夢を誓い合い上京してきた学生時代からの親友ミナモ。 テラスのあるカフェで陽光を浴びながら電話に出るミナモ。ミナモの向かいに座る男は二十代後半でアゴヒゲを生やし、剣呑な目付きでミナモを見ている。 交差点で信号が青になっても前へ進まないシルカ。 「久しぶりじゃないよね」 「私も今、同じこと言おうとした」 自嘲するように笑うシルカ「そうだよね。いつもは時間なんて気にしなくてもよかったのに」 カフェで喋っているミナモを見てイライラとする男はテーブルの上に置かれた彼女のコーヒーを物言わず彼女の前までカップを動かす。 横目で男の行動を確認するミナモだが、無視してシルカとの話し合いを続ける。 「うん。地元にいた頃は訛り丸出しでこっちに来たとき、ホント恥ずかしかった」 「気にしなかったもん。周りのことなんて」電話口のシルカの声が切なげである。「だからさ、ミナモがこっちに来るって聞いて驚いちゃいたっの。だってあんなに……」 シルカとの電話を打ち切らせるように、ミナモのカップについていたスプーンを持ってコツコツとカップを鳴らす男。 思わず電話口を手で覆い、男に注意するミナモ。 「やめてよ。もうこれっきりなんだから」 黙ってスプーンをカップの中に入れると、椅子の脇に置いていた麦わら帽子を被り、サングラスを胸ポケットから取り出す男。 「あと、三分な」 「短い」 「着信拒否にしろよ、無理なら」 「……わかった」 サングラスをかけ、背中をそらすように椅子にもたれる男。 男を睨み付け、静かに電話に戻るミナモ。 「ごめん」 「いいよ。カイ先輩でしょ。忙しいもんね」 「ううん。ホントごめん」 「学校の先生にさ、先輩と付き合ってるの――」 「それ、いま言わないでよ!」 「私、黙ってたのに。卒業するときにはみんなに言っちゃうんだもんね。先生まで知ってたって聞いたときには笑ったな」 「…………」 交差点の信号が赤に代わり、それまで行き交ってた人々が足を止め、車が進みだす。 「小さい頃からさ、友達も一緒で、遊ぶ場所も一緒で……」 目を伏せ、子供の頃を思い出すシルカ。 「好きになる人も一緒ってのはびっくりしたなぁ…」 いたたまれず、無言になるミナモ。カイは意に介せず、シュガースティックを三本ほどコーヒーカップの中に注ぐ。 「――ちょっと……!」 「なに? また先輩のイタズラ?」 「ちがう……違うの!」 「変わらないよね。欲しいものはなんでも、素直に言えばもらえるあなた。と私」 信号が青になり、今度は歩き始めるシルカ。 「今度もそう。仕事があります。恋もしたいです。男と同棲してます。有名になりたいです。みーんな叶えようとしてる。スゴいなって思うよ。正直。私には出来ないもん。たださ」 ある店の前で立ち止まるシルカ。 「どうして私が側にいなくちゃいけないの? どうして私を巻き込むの? あなたを引き立てるため?」 「違うの……私、寂しかったから……一人は嫌だったから……!」 必死に弁明するミナモを見かねてカイが横から口を出す。 「もういいべ。あいつ、しつっこいしイモくせえし、面白くねえもん。それよかお前といる方がなんぼか面白えし。放っとけ放っとけ。んなもん」 「カイ先輩はそう言うと思った」 電話が切れる。 テラス席に座るカイとミナモの前に立つシルカ。 「ダメだよ。マネージャーさん外して二人きりなんて」 「シルカ……!」 驚きを隠せないミナモ。イライラが頂点に達したカイは椅子から立ち上がり凄んで見せる。 「テメエ、いい加減付き纏ってくんじゃねえよ。オメーの方がブスなんだからひがむなって」 寂しそうに笑うシルカ。 「カイ先輩が変えちゃったよね。私もミナモも。本当は、せーので幸せになりたかっただけなのに」 「お前の場所なんかハナからねえよ」 オラつくカイに、萎縮するミナモ。機を見てシルカが電話をかける。 「もしもし。ええ、ここにいましたよ。来るなら今じゃないですか。チャンス」 すると、ニット帽に首からカメラを提げた記者の男が現れ、ミナモとカイの二人の写真を撮り始めた。 「は。何してんだよ」そのままカメラを持った記者の男に突進すると、勢いよく平手打ちを食らわすカイ。 二人が言い争っている中、互いを見つめ合うシルカとミナモ。 「これでもう友達じゃいられないね」とつぶやくミナモ。 「……うん」 記者の男をついには殴り倒し、覆いかぶさってタコ殴りにしているカイ。 「もう目指せないね。夢」 「私は、これで良かったと思ってる」言い切ったシルカの顔は晴れやかだ。 「二人で同じ空を、星を、夢を見たんだもの。それなら覚める時も一緒がいいじゃない?」 周囲が騒然となる中、微笑み合う二人。

不完全な彼女と完璧なわたし

私は常に完璧な女であり続けてきたのに 不完全に生きてる美希のほうがモテるのはどうしてかしら 美希は小学校からの幼なじみ スポーツも勉強もそこそこ以下だけど、抜群に可愛かった 中学でも高校でも彼氏を切らしたことがない そして大学生になった今、また合コンに誘われてる 「ねー由佳ちゃん、また合コン行こうよ〜」 「私恋愛とかそういうの興味ないんだけとな」 「なんで〜〜彼氏作ろうよ?人生楽しいよ?」 「彼氏なんかいたことないけど人生楽しんでるよ」 「彼氏いたらさらに楽しくなるよ」 「それは人それぞれじゃない?」 わかってる 自分は美希より容姿が劣ってるから 彼女のようにはいかないってこと 彼女は甘え上手だ 酔うとひとりじゃ帰れないし 寂しいからって夜中にすぐ電話してきたりする 互いの誕生日や記念日はもちろん、初めてデートした日とか初めて旅行した日とかそういうのも大事にしないと怒るし どうやら彼女は加減ができないみたいで 少し頼ったり甘えたりするくらいならかわいいもんなのに 何もかも人に委ねて依存するから 相手が抱えきれなくなり離れていくのだ 甲斐甲斐しく世話を焼きたい人には適任だが 顔だけ見て付き合ってから、やっぱり重すぎた、って美希がフラれたのを何度も見てる そういうのを見てると 自立できてる私のほうがずっと魅力的じゃないか、と思ったりするんだけど… 「あの美希ちゃんて子、可愛いよな」 「わかる、守ってあげたくなるタイプっていうか」 「オレがお世話して面倒見てあげたくなるよな」 どうやら世間的には、不完全な彼女のほうが人気があるらしい 逆にひとりでも生きていけるタイプは 男の入る隙がないんだという 「君さぁ、もっと男を頼らないと。男は頼られて嬉しく思うもんなんだし、頼られないと必要とされてないって思っちゃうよ」 合コンで男に言われたセリフだ 完璧に生きてる人間のほうが 世間の男たちの目に留まらないなんて 私のほうが優れているはずなのに なんだか損してるみたいじゃんか

流れ星の王子

流れ星の中で、どうして地球落ちるものがあるか知ってるか? ハズレだ、助手くん。君にはロマンスが足りない。惑星ひとつに、ドカンと穴を開けるくらいなんだ。それなりの理由がある訳だ。 それはな、愛すべき鉱石が眠って待ってるからなんだよ。 さしずめ、流れ星は王子っていうところだな。大気圏をくぐり抜けるときに燃えて綺麗な顔や声とか台無しになるのだがね。 それでも、1万光年先からやってくる。かつての恋人と会うために。しかし、恋人に会える可能性はごく一部さ。眠り姫はまだはるか地底で夢を見てるなんてザラだ。それに人間が王子の方をかっさらってしまうこともある。もちろん逆もだ。 ん?何?どうしてそんな星と隕石の関係に詳しいのかって?ははははは…。 博士は自分の机の上で、大きな箱に入った色々なミニチュアを並べて無邪気に言う。 「ああ、ここの○○○は×××で…。」 博士の研究というのは、パラノマで擬似世界を創造し、それを継続させるものらしい。今日まで順調に事は進んでいるそうだが、未だに何をしているのか分からない。それを疑問に思うのは、凡人の知れたことではないのだろう。ただ、どうしてそんな狂気的な石が宇宙から降ってこなくてはいけないのか。まるで理不尽な戦争みたいだ。博士はそれを恋人同士の再会だと言う。それも前世を誓い合った罪人らだ、と。博士の頭の中では、ヒトは死なば諸共星になるのだと言う。「星に?」冗談じゃない。今更、この太陽すら見えない世界でそんな話を信じるものは居ないだろう。それでも博士はその説を信じている。何やら先の大変動で恋人を失ったためとか。だから、博士はそのチキュウというパラノマ世界に今日も隕石を降らせて実験を行っている。恋人たちがちゃんと会えるかどうかを。 その中で、暮らす生命体(ここでは創られた人形たち)はきっと大変だ。その中で彼らはまた今日も理不尽な世界に立ち向かい、涙を流す様が見える。 「博士、その王子が姫に会えるのはあとチキュウ軸の時間でどれくらいですか?」 「う〜ん、1000年!」 「じゃあ、こっちの世界であと1年ってとこですね。研究費の中で収まりそうでよかった。」 「何を言う、助手くん!!研究にはアクシデントというものが付き物でな…」 「ああ、すみません。」 ぼくは愛想笑いをしながら、長くなりそうな講義から逃げるためドアノブに手をかけた。 博士がチョークを握り、黒板に向かい合わせたのと同時にそっと研究室から出ていく。 「危ない。またいちから説明される羽目になるとこだった。それにしても、チキュウなんて変な名前だよな。どうして創り物の世界なのに、制限付きなんだろうか?自分の好きにすればいいのに。」 博士の考えてる事はほんとに分からない事だらけだ。 「この人形らもはた迷惑な話だよなぁ。恋人たちの再会の為にチキュウを維持していかなくちゃいけないのだからさ。ま、博士はそれが目的で彼らを創ったのだけどね。」

空音

 小さな噓をついた。  嘘に大きいも小さいもない、と純粋に思っていた時代は遥か昔に通り過ぎている。生きてゆくには、アパートの壁にあけた画鋲の跡を隠すパテみたいに、ほんの少しの嘘をうまく使いこなすのが大切なのだ。そもそも「本音と建前」だって、後者は要するに嘘じゃん。嘘、って名前ではないだけで。  人は一体いつまで、目の前にいる存在が話していることがすべて真実だと錯覚しているのだろう。「可愛いね」と言われて素直に舞い上がっても許されるのは小学生までな気がするし、だからと言って「そんなことない」と即座にはねつけるのは失礼にあたる……というのがこの世界だ。良くも悪くも嘘をつけない人間が、この世界を泳いで生きるのは難しい。  そして私は、自分のことを褒める相手には特に心の中で予防線を張る。おだてて木に登らせて、てっぺんから下を見たら誰もいない……なんてことを何度も経験してきた。もう二度と、あんな思いはしたくないのだ。独りで置き去りにされたくなんかない。そう思ったからこそ、この嘘をついた。  どれだけ手を伸ばしても届かない場所にあるものを、確実に手に入れたいから。  ひとりでも手に入れられる人がいるのは知っているけれど、私はそちら側の人間ではないのだと悟ったから。 「あなたが好きです」  本当にごめんなさい、と続けて零してしまいそうになって、口を噤む。よりにもよって、形のない、頼りないものを手にしたいがために、嘘をついてしまった。私の言葉を聞いた相手が破顔するのを見て、罪の重さに眩暈がしそうだった。  平凡で大過なく、穏やかな日常を自分一人だけで手に入れられる力が、私にはなかった。気を抜くと名前すら忘れてしまいそうなほどに思い入れのないこの男を、私は一体いつまで愛し続けることができるのだろう。いつか肉体的にではなく、精神的な死がふたりを分かつまでだろうか。あるいは始まりがイレギュラーでも、いずれこの嘘がオセロみたいにひっくり返って、真実に変わるのだろうか。  もしも嘘のままで終わってしまったなら、私を好きなだけ責めてくれて構わないから。  だからその後は、私のことなんか、綺麗に忘れてください。  胸の中で呟いたその台詞すらも、嘘っぽく響いてくる。  自分の弱さをあらためて実感してしまって、思わず緩んだ私の口元を見た男は、嬉しそうに笑っていた。

「普通」を通じて伝えたい

家の中で一番明るいところ── それは「ダイニングテーブルの上」だと私は思う。 暖かい光が灯り、温かい料理が並ぶ。 そして、これらをあたたかい家族が囲む。 変わりないけど、変わり続けるこの団欒。 * 今日、ある発見をした。 湯気による小さな上昇気流が目の前に発生する。 同時に、大好きな香りが鼻腔を擽る。 横に長い丸型の、深すぎず浅すぎない皿の中央部を境に、左右で色が異なる。 左側は皿の色と同化しており、右側はその対照色だ。そこでは野菜や肉がゴロゴロと過ごしている。 仕上げに振りかけられているパセリは全体をビシッとまとめる。また、私にほんの少しの喜びをもたらす。 そう、カレーライスだ。 「いただきます」という今まで何回発語したか分からない単語と共に、両手を軽く合わせる。 日本人は料理を崇拝対象として捉えているのだろうか。 それにしても、この一連の儀式は誰が始めたのだろうか。 手に持ったスプーンは照明に反射してきらりと輝く。 手慣れた手で一口大に掬い上げると── スプーンという皿の上にカレーライスが出来ていた。 左がご飯、右がルー。申し訳程度のパセリもそこにはあった。  最初に見た状態が見事に再現されているのに気づく。 これを目にして感動した私は、やはり変だ。 ──これを何かに例えることはできないか── こうしてふと思い付いたことをこの場に綴る。 在り来りなことでも一つの作品と化せば強い満足感を覚える。 読者がどう思うかは何一つ検討もつかない。 ただ、私は「伝えたい」だけなのだ。 * 旨さと辛さが程良く調合されたルーはご飯の甘さを一層引き立てた。

前世も来世も

「おはようございます。お嬢様方、今朝はパンケーキですよ」ワゴンで朝食を運んできてくれた召使が私たちを起こす。  ぼんやりした意識がはっきりする。私は私を認識していつもそばにいる姉を感じる。  広い部屋を朝日が明るく照らしている。柔らかく軽い布団の中、右手で目をこする。 「眠い? そろそろ起きようよ?」 「姉さま」真横にいる姉に声をかけられ二人で起き上がり、真っ白な天蓋付きのベッドの上で枕をクッションにして座る。  召使が「どうぞお召しあがり下さい」と、朝食の乗ったベッドトレイを私たちの前にそれぞれ置いた。 「美味しそう」 「美味しそう」隣り合わせで声を揃えて言う。 「どうぞ、ごゆっくり」召使はワゴンを押して失礼しますと出て行った。  私は右手でフォークを持ち、姉は左手でフォークを持つ。小さく切られたパンケーキを刺して各々の口に運ぶ。 「美味しいね」お互いを見つめ、微笑みながら食べる。 「今日は何して遊ぶ?」姉に問うと「やだ、今日は先生がいらっしゃる日よ」と教えてくれた。  ああ、そうだ。今日は月に一度の診察の日だった。 「食べ終わったら着替えましょう」 「はい、姉さま」と笑顔で返す。 「ねえ、何着る?」 「先生がお見えになるから……あの白いワンピースは?」 「良いわね。レースたっぷりで可愛いわ」大きなクローゼットを開け放ち、その前で二人でクスクスと笑いあう。  先生はまだ若く目鼻立ちがくっきりしたハンサムだから、私たちは少し浮かれている。  目を合わせ「あなたも……先生が好きなの?」柔らかい微笑みと共に聞いてくるから「姉さまも?」と耳元で密やかに囁く。  私たちの運命はあの夜、一変した。 「お姉ちゃん、寒い? 大丈夫?」姉に寄り添い薄い毛布一枚に二人でくるまる。暗くじめじめした村の収監施設に二人で過ごす夜も、もう何日目だろうか? 「大丈夫よ」爪がはがれた指で私の頬を包み込んでくれる。  なんで? なんで私たちはこんな目にあっているの? 誰が私たちを魔女だと密告したの?  村のはずれでひっそりと、二人だけで暮らしていただけなのに。  あの夜、急に踏み込まれ怖くて怖くて姉だけが頼りだった。姉もそうだったと思う。有無も言わさず収監施設に一緒に押し込まれた。  説明もなく私たちは、あっけなく魔女にされた。  私たちがどんなに「知らない! 違う!」と叫んでも変わらなかった。 「悔しい、何もしていないのに……」どんどん衰弱していく姉を離すまいと抱きしめて眠る。  裁判という名の一方的な断罪によって私たちは絞首刑に決まった。誰にも私たちの訴えは届かなかった。 「明日……二人とも殺されるね」 「そうだね、怖い?」 「怖いけど、お姉ちゃんと一緒なら……」私は涙ながらに姉に話続ける。  冷たい体を寄せ合い「離れたくない」と言うと姉も私もよと優しく頬を包んでくれる。 「また一緒に産まれてこよう……こんな理不尽な世界じゃない世界に」姉の声も手も微かに震え、干からびていた。 「約束、絶対だよ。お姉ちゃん」  早く死んで楽になりたいと思う程、私たちは疲れ果てていた。来世に夢を託す以外何の希望もなかった。  せめて最後の願いだけでも叶うようにと祈り、私たちは明日死ぬ。 「待って! なんでお姉ちゃんだけ」姉と引きはがされ、私だけ冷たい収監施設に残された。  私は執行までの間、姉との最後の約束を呪文のように繰り返し、孤独を埋め一人で死んだ。 「離れたくない」 待ちわびていた幸福のノックが聞こえた。暗かった意識が浮上して明るい声に振り向いた。 「やあ、双子たち。調子はどうだい?」ハンサムな青年が恰好をつけて開いた扉の前で立っていた。  私たちは頬が熱くなるのを感じた。 「先生、いらっしゃい」 「先生、いらっしゃい」  私たちはそれぞれの手でワンピースの裾をひらりとつまんで軽くかがんで見せた。 「それじゃ、ベッドに腰掛けてもらえるかな?」  診察が始まり、私たちはボタンを上から下まで外し前を開く、ちょっと恥ずかしい。  先生は聴診器で心音を聞く。 「少し早いけど……うん、良さそうだね」  私たちはどちらの心拍かわからないくらいお互いのトキメキがわかった。  先生は私たちを見ながら「内臓はきっちり二人分あるのだから、分離手術を受けても成功する確率が高い……」 「先生」 「先生」  私たちは先生の言葉を遮って諭すように言い聞かせる「私たちは離れたくないの。二度と」と。  理不尽ではない世界ではないけれど、色んな選択ができる優しい世界。  たとえ結合双生児だとしても……。 「おやすみ、今日も楽しかったね」 「おやすみ、今日も幸せだったね」  私は私の右手で姉の頬を包み込み、姉は姉の左手で私の頬を包んで今日も眠る。これからもずっといっしょ。

霧の中の殺人者

 深い夜の闇に濃い霧が立ち込める。建物の輪郭は曖昧になり、空に煌々と輝く月さえも青白い光を滲ませる。  女が一人、両手で体を抱え込むようにしながら身を震わせた。残業の原因となった雇い主に内心悪態をつきながら女は家路を急ぐ。  突然、顔に向かって何か飛んだきた。咄嗟に身を捩ると黒い『何か』は羽音のようなものを立てて霧の奥へと消えていく。  ドクドクと激しくなる胸元を鷲掴みながら、女はしばし黒い物体の去った方を見る。やっとのことで前を向き直り歩き出すと、今度は何か大きなものにぶつかった。 「何よ!」  眉を寄せ荒々しい声を上げて目の前のものを睨みつける。それはまるで巨大な影が実体を得たようだった。もぞもぞと動いていたかと思うと、次の瞬間爆発的に面積を広げ、呆気に取られた女を覆い尽くしていく。冷えた夜風が辺りの霧をさらっていくと、そこにもう女の姿はなかった。  翌朝、町の中心部には全身の血を抜かれた女が恐怖に目を見開いた顔で横たわっていた。    ◆ 「もう五人目か」  恰幅の良い中年男性が頭を書く。「警察の面子丸潰れだよ」と文句を垂れる姿を、レベッカは心底軽蔑した表情で眺めていた。夜の見回り強化しか対策していないのだから、犯人など捕まるはずがない。レベッカは咳払いをした後、わざとらしく笑みを作ってみせた。 「では警部、忙しくない私が囮捜査をしてみるのはどうでしょう?幸い被害者は全員妙齢の女性ですし、適役かと」  警部と呼ばれた男は目を見開き、レベッカを上から下まで一瞥した。 「そうだねぇ。君が役に立つかどうかはさておき、取り組む姿勢は大事だからねぇ。やってみようか」  上司に有用な提案ができるとほくほくした顔で彼は去っていく。レベッカはその場で盛大に舌打ちをした。  着なれないドレスに足を取られながらも、レベッカは何とか貴婦人らしい振る舞いを真似ながら夜道を歩いていた。夜毎現れる深い霧に胸がざわつくが太ももに触れた冷たい銃の感触が気持ちを宥めてくれる。 (やるのよレベッカ。出世のためよ)  歯を食いしばりながら歩く内に、どうやら居住地区を抜けて貧民街まで来てしまったようだ。どことなく漂う異臭に、人気のない家屋達。廃墟を風が吹き抜ける度に悲鳴のような音が聞こえてくる。知らず体が震えた。  バサバサバサ!  突然の大きな物音に、即座に銃を構える。しんと、あたり一体水を打ったように静まり返る。足音を消して慎重に音の出所へ近づくと、朽ち果てた家の軒先に蝙蝠が止まっていた。 (珍しいわ。普段は森の奥深くにしかいないのに)  そっと銃を下ろした次の瞬間、背後からゾッとするような気配を感じた。すぐさま振り返り銃を掲げると、そこには黒い影──ではなく、黒いフードを被った人が立っていた。そこそこ身長のあるレベッカでも見上げねばならない程、その人の背は高い。 「こんな人気のない所で何をしているの?」  銃を構えたまま問うも、相手は身じろぎ一つせず悠然とフードを取り去る。 「気丈なるレディーに、ご挨拶を」  自ら輝くような銀髪に、宝石のような真っ赤な瞳。中性的で美しい顔立ちだが、声からすると男のようだ。病的なまでに白い肌が、返って彼の煌びやかな髪を際立たせている。 「何者なの?名乗りなさい」  顎でしゃくって返事を促すと、男は口元に優雅な弧を描き、ふぅっと長い息を吐き出した。手の中の銃が灰となって消えていく。 「え⁈」  慌てふためく彼女を、男は凄まじい腕力で壁に押し付けた。うめき声をあげながらも睨みつけると、男は再び品のある笑みを返す。 「本当に気の強いレディーだ。食べ甲斐がある」  言葉の意味がわからず一瞬考え込んだ隙に、男はレベッカの首元に噛み付いた。  ジュ、ズゾゾゾゾ。  短い悲鳴が霧の中に吸い込まれる。体がぶるぶると震え、体温が上昇する。首筋からは鋭い痛みを感じるのに、呼吸は荒くなり体の奥深くから何かが脳天へ向けて迫り上がっていく。股の間から熱い液が伝うのを感じ、羞恥で頭がどうにかなってしまいそうだった。自由な両手で相手の腕を叩いてみたがびくともしない。男が面白そうに顔を上げると、その鋭い視線と絡み合っただけで鳥肌がたった。 「活発なレディーは大歓迎だよ。あなたも楽しんでいるようだし」  スカートに手を差し入れ太ももを撫で上げられると、背中が弓形にのけぞった。 「恥ずかしがらないで。皆こうなる。いつもならここまでしないけど……」  ビッ、と布地の裂ける音がして、豊かな乳房が顕になった。それを恥じらうほどの理性は、もう彼女に残っていない。 「今日はもう少し、遊んでみようか」  鋭い爪のついた手で乳房を持ち上げ、白く柔らかな膨らみに長い牙を立てる。 「ああああぁぁ!」  たまらず大声を上げた彼女の目は、もう快楽以外何物も映っていなかった。

背徳感

 わかっている。  夜に甘いものを食べるのは、よくないことだ。    しかし、よくないとわかっていながら食べることこそ、美味なのだ。    空腹こそ最高の調味料だ、なんていう人もいるが、どうかんがえても背徳感の方が最高の調味料だ。    部屋に折り畳みテーブルを広げて、テーブルの上に鍋敷きを置く。  キッチンへと戻り、コンロの火を止める。  コンロの上に置かれた小さな鍋には、トロトロになったチョコレートがたっぷりと入っている。  俺は鍋を持って部屋に入り、鍋を鍋敷きの上へと置く。  そして再びキッチンへ。  お皿を持って、再び部屋へ。  そして再びキッチンへ。  箸を一膳持って、再び部屋へ。    この僅かな時間で何往復しているのだろうと、我ながら自分の手際の悪さには嫌になる。    ――そんなとこも可愛くて好きだよ。    だから、手際の悪い俺さえも褒めてくれる彼女は、大切にしたくて仕方ない。   「そろそろ、かな」    俺はスマホに目をやる。  メッセージが二件。    一件目は彼女から。    ――私、そろそろ寝るね。おやすみ! 同窓会、飲み過ぎちゃだめだよ笑    二件目は。    ――そろそろ着く。    インターフォンが鳴ったので、俺は玄関に向かい、鍵を開ける。   「よーっす。マシュマロとかフルーツとか買ってきたよー。やー、二十四時間営業のスーパーがあると、こういう時いいよねー」   「ジャストタイミング! こっちも丁度できたところ!」    俺は、チョコフォンデュの材料の買い出しを終えた元カノを、部屋に招き入れる。  元カノは部屋に入るなり、テーブルの上に置かれた鍋を見て、呆れた表情で溜息をつく。   「なんで箸なの……」   「え? いや、刺すの必要じゃん」   「フォークないの?」    元カノは台所からフォークを二本持って来て、一本を俺に渡した。   「ほんっとそういうところ変わんないし、無理」    彼女なら、そんなとこも可愛くて好きだよ、って言ってくれるんだろうな、なんて考える俺の目の前で、元カノは皿を取り出し、買ってきたフルーツをてきぱきと盛り付け、あっという間に食べる準備が完成した。  俺はというと、箸を閉まっただけだった。   「ま、いいけど。もう別れたし、今の距離感がお互い楽でしょ」    元カノはそう言い、フォークで苺を刺して、チョコにつけて、口に運んだ。   「んー、うっま!」    さらにマシュマロを刺して、チョコにつけて、口に運んだ。   「食べないの?」    元カノに促され、俺もマシュマロをいただく。   「うっめ!」   「……なんでチョコにつけないの?」   「あ……忘れてた……」   「っはあああああ」    くそデカ溜息。    次は、チョコをつけて、マシュマロをいただく。   「うっめ!」    夜の甘いものは、美味だ。  食べてはいけない背徳感も相まって、最高だ。   「今日のあんたは、チョコ味がしそう」    元カノが、ぼそっと呟いた。        背筋が震える。  背徳感が増す。  今日食べたチョコフォンデュは、今までで一番美味だった。

大事な幼馴染

翼は言った。 「瑠衣がやったんでしょ。昨日この教室付近にいたの、瑠衣だけじゃなかったっけ」 薫は言った。 「私もそう思う。しかも瑠衣がここらへんで何してたか誰も知らないし。てかどうすんの、これ」 二人が目を向けた先にあるのは、いっそ見事なほどズタズタに裂かれた絵が一枚。完成間近だっただろうそれは、今や床を彩るただの欠片と化した。 「決めつけたらだめだよ、二人とも。瑠衣ちゃんそんな子じゃないもん」 その絵の持ち主が相反する意見をあげると、翼から返ってきたのはため息だった。 「いやいや、凪は瑠衣の本性を知らないだけだって。凪がいないときの瑠衣って、雰囲気違うからね。なんかこう、近寄りがたいというか。凪がいるときが表としたら一人のときは裏の感じ」 「そうそう、翼が言うとおりだよ。私、見たことあるもん。瑠衣が一人でにやにやしながら歩くとこ。凪に会いに行く前っぽかったけど。あれ怖かったな」 「瑠衣ちゃんは絶対そんなことしないって。私と瑠衣ちゃんは幼馴染だし、二人より知ってるよ。それに雰囲気とかそう簡単に変わらないでしょう?見間違いじゃない」 「「絶対違う」」 「もう、全然聞いてくれないんだから。私は瑠衣ちゃんが犯人じゃないって思ってるからそれでいいの。私の絵だし。とりあえず片づけよっか。誰かが来たら面倒だと思うよ」 凪が声をかけると、二人は納得した様子はなくとも、片づけを手伝ってくれた。 「これで全部かな。ありがとう。あーあ、描き直しだな」 すると翼がたずねた。 「そういえば、何の絵描いてたの?」 「瑠衣ちゃんの絵。モデルになってもらってたんだ」 凪が答えると、二人は不意に真顔になった。 「凪、気を付けてね。瑠衣なんか最近怖いから。凪の話になるとすごい顔してるの」 薫は怯えた様子で凪にそう告げた。 「まだそんなこと言うの?いくら友達でも、私の大事な幼馴染を悪く言うのは許せない」 怒ったように言うと、凪は足早に立ち去った。心配そうな二人を残して。 「あ、凪ちゃん!」 元気な幼馴染の声を聞き凪が振り向けば、声の通り元気な様子の幼馴染がいた。 「瑠衣ちゃん、昨日はごめんね。急用が入っちゃって」 「全然いいよ。私もたまたま用事があってさ、ちょうどよかったんだ」 お互いに挨拶を交わしながら通学路を歩く。 「ならよかったんだけど……。実は絵のことで言わなきゃいけないことがあるんだ」 そう言うと、瑠衣は唐突に立ち止まった。 「……?瑠衣ちゃん、どうして急に止まったの」 「なんか、言いづらそうなことなのかなと思って。そういうときは、立ち止まって、ゆっくりお話しすると話しやすいでしょう?」 無邪気に瑠衣は笑った。凪は戸惑いつつも、立ち止まって話を続けることにした。 「実はね、モデルになってもらった絵なんだけど、描き直さなきゃいけなくて。最初から」 「うんうん」 「だからね、またモデルやってもらえないかな?時間のあるときでいいから。あ、もちろん忙しいとかなら全然ことわってくれて「やるよ」え?」 凪が瑠衣の顔を見ると、見たことがないほどの無表情だった。 「だから、もう一回私がモデルやる。他の人に頼まなくてもいいよ」 「あ、ありがとう」 初めて見る瑠衣の表情に驚き、思わず顔を凝視してしまった。 「もう、そんなに凪ちゃんに見られたら恥ずかしいなあ」 その言葉で意識が戻り、凪は謝った。 「あ、ごめんね」 「いいよ!凪ちゃんだもん。大事な私の幼馴染だからね」 「うん、私も瑠衣ちゃんのこと大事な幼馴染だと思ってるよ」 「知ってるよ」 瑠衣はニコニコとしていた。二人はまた歩き出す。 「絵を描く間、またずっと凪ちゃんと一緒だね」 「そうだね」 「絵を描いてるときの凪ちゃん、素敵なんだよ、知ってた?」 「え、集中してるから自分なんてわからないよ」 「凪ちゃんはね、絵を描いてるときじっとモデルを見て、キャンバスに真剣に絵を描いてくの。その表情がすごく素敵。モデルの私が独り占めできるの皆に自慢したいくらい」 「それこそ照れちゃうな、ありがとう。瑠衣ちゃんは優しいね」 「凪ちゃんの方が優しいよ。だから私のことずっとかばったんでしょ。翼ちゃんと薫ちゃんから」 「え、何で知ってるの」 凪は思わず立ち止まった。瑠衣は気にした様子もなく続ける。 「凪ちゃんのことは何でも知ってるよ。大事な幼馴染なんだから」 「凪ちゃんが私が犯人じゃないって言ってくれたのも、絵がびりびりになったのも、全部知ってる」 「凪ちゃん、凪ちゃんにだけ教えてあげるね」 「あの絵、私がやったんだよ。ずっと二人きりで凪ちゃんに絵を描いてほしくって。凪ちゃんなら絶対かばってくれると思ったけど、予想通りだったよ」 「翼ちゃんと薫ちゃんには内緒だよ。私と凪ちゃんの、二人だけの秘密」 凪はこの時の瑠衣の表情が忘れられない。

共同戦犯

都立南高校1年2組。放課後もう生徒はほとんど帰宅し、西日の差すこの教室に居るのは、私と、唯と明日香の3人だった。 「昨日tiktokに載せた動画がすごく伸びたんだよ、フォロワーも増えてさ」 唯が得意げにスマホ画面を見せてきた。tiktokのフォロワー欄には「15k」の文字。 「すごいね…」 私はそう返した。正直に言うと、SNSにはあまり興味が持てない。 「彩夏もtiktok始めたらいいのに。絶対伸びるよ。…じゃあ私は用事があるから先行くね」 こうして唯は教室を後にした。私も帰りたいところだが、明日香はまだ話し足りないようだ。明日香の表情が神妙になる。 「唯はさっきあんな調子のいいこと言っていたけど、この前彩夏の悪口言ってたよ。きっと妬みだよ」 「そうだったんだ…」 悪口の密告。この2人と仲良くしていると日常茶飯事だ。教室で一人になることが怖くて、成り行きで入った仲良しグループ。きっと明日香も裏では何か私の良くないことを言っているのだろう。 「彩夏は気が弱いから気をつけなよ。それで私もtiktokを始めたんだけどさ…」 友達が欲しい、ただそれだけだったのに毎日が憂鬱だ。そう考えながら、いつもの如く、さほど興味をそそらない明日香の長話に適当に相打ちを打つのだった。 またある放課後、この日は唯と明日香は遅くまで部活に行っていたので、私一人だ。あれだけ恐れていたのに、何だかんだで一人が一番落ち着いてしまう。廊下を歩く足取りも心做しか軽い。 「…さん…彩夏さん…鈴木彩夏さん」 突如後ろから名前を呼ばれ、振り向く。 「白井さん…?」 白井ほのか。1週間前に転校してきた文学少女。自己紹介以外で初めて声を聞いたかもしれない。戸惑う私に、笑みを浮かべながら早足で近づいてくる。 「あ〜憂鬱だなあ、上辺だけの友情なんて疲れたなあって顔だね」 「急になに…?」 突然のことに困る私をよそに彼女は話を続ける。 「ある人は言いました。"友情なんて自分勝手な妄想さ"。かくいう私も新しいクラスに馴染めなくて困ってるんだ。しばらく友達になって。好きに妄想して、私の品定めをしていいよ。じゃあまた明日ね」 「待ってよ…」 そう好きなだけ話すと、返事の隙も与えず学校を後にした。ここから、風変わりな転校生との、刺激的な日々が始まったのだ。 私は彼女と、ある日は休み時間に図書室へ行き、ある日は登下校を共にした。唯と明日香にはさぞかし付き合いが悪いと思われているだろう。2人のことを考えると怖いが、彼女と話すのは楽しかった。この日は昼食を屋上で共にしていた。 「鈴木さん、どうして好きでもない人と友達しているの?」 カップラーメンを啜りながら聞いてくる。見かけによらず不健康な食事だ。 「…私、中学の時に友達が出来なくて。結局学校は途中から行ってない。だから高校ではとりあえず仲間に入れてくれそうな子について行ったんだ。でも蓋を開けたら話の内容は自慢話か悪口の密告。呆れちゃうよね」 白井さんは既に食べ終えたカップラーメンのスープを何となく掻き混ぜている。 「そっか。私はさ、絶対に私でいたいの。私で居られないことが何よりも苦痛なんだ。そのためなら一人になってもいい。それに、それを尊重することが友情だと思うよ」 "絶対に私でいたい"。これが私の欲しい全てなのかもしれない。私が私で居られる場所。何か、答えを見つけた気がした。 「…そうだよね」 その日の放課後、私はついに唯と明日香に呼び出され、2人の待つ教室に入った。2人からの視線が痛い。口火を切ったのは唯だった。 「最近付き合いが悪いよね。私たちのことはどうしたの?私たち友達だよね?」 「毎日毎日、今日は都合が悪いって。嘘ついてる日あるよね」 明日香も応戦する。2人に責め立てられるとやはり萎縮してしまう。しかし私は決めたのだ、私でいると。 「ごめん。でも私ね…仲いい振りをして裏では個性を貶すって、変だと思うんだ」 そんなことしていない、と2人は揃って反撃する。 「証拠は無いけど、2人も心当たりがあるんじゃないかな。便乗してた私も悪かったよ。でももう辞める」 屋上でのほのかの言葉を思い出した。 「"私は絶対に私で居たい"。…これやっぱりいい言葉だよね」 突然反旗を翻し中途半端な文学性を発揮した私に2人は戸惑っている。また沈黙を破ったのは唯だった。 「もういいよ…明日香、帰るよ」 颯爽と踵を返した唯を明日香も慌てて追い、教室には私一人になった。 「良かったよ」 入り口で待っていたほのかがあの時と同じ笑顔で入ってくる。 「すごくすっきりした。私は私のまま、でいいんだよね」 「うん。ところで引用していた言葉、あれは誰の言葉かな」 「さあ?誰だっけね」 不思議と不安よりも達成感が強い。私が私を取り戻した日。これからが「私」の高校生活。

天使の幸福論

「はあっ、はあ……っ!」  ようやく校門が見えてきた。俺は固く閉ざされた門扉の縁に手を掛け、一気に身体を持ち上げて乗り越える。 「ぐ」  着地の衝撃が足裏から胸へと抜けて声が漏れた。けれど今はそんなことに構っていられない。息も整えず部室棟へと駆ける。  靴を履いたまま校舎内へと入った。真っ暗な廊下には消火栓の赤い光だけが不気味に光っている。異世界に迷い込んだような、表情の違う日常風景に一瞬足が竦んだ。  いや、ビビってる場合かよ。  額から滴る汗を手首で拭って、窓から差し込む月明かりを頼りに階段を駆け上る。 「遠藤……!」  彼女の笑顔を思い浮かべる。  胸の奥底から湧き上がってくる温度を力に変えて、俺は必死で屋上を目指した。 ***  うちのクラスには二人の美少女がいる。新井琴音と遠藤紗耶だ。  彼女たちは入学当初から話題の中心だった。新井琴音は静かに微笑むクールビューティで、高校生とは思えない妖艶さで目が離せなくなる。遠藤紗耶はほんわかとした優しい笑顔の持ち主で、そこに居るだけでその場全体が明るさを増した。  二人が持つ種類の違う美しさは学校中の男子を余すことなく虜にし、全校を新井派と遠藤派に二分してしまったほどだ。ちなみに俺は遠藤派。話したことはないが、彼女を見ているだけで心が温まり幸せな気持ちになった。  しかしその幸せは一通のメールで瓦解する。 『今日の十九時、遠藤紗耶が部室棟の屋上から飛び降りる。助けて』  二十分前、そんな文面が俺のスマホに届いた。  差出人は新井琴音。新井とは同じ委員会に所属しており、業務連絡用にアドレスを交換していた。  何だよそれ、と返信する余裕はなかった。俺の家から学校まで走って十五分。屋上となるとさらに階段を四階分上らなければいけない。時間がない。  俺はすぐに家を飛び出した。ガセならそれでいい。  けど、これが本当だったら一生後悔する。 「山岸⁉︎」  力の入らなくなった太腿を無理矢理動かして階段を上りきり、屋上の扉に手を掛けたところで背後から名前を呼ばれて振り返った。  そこにはクラスメイトの橋川がいた。  彼は膝に手をつき、はあはあ、と肩で息をしている。 「何してんだよこんなとこで」 「橋川こそ。もしかしてお前のとこにもメール来たのか?」 「え、山岸にも?」  状況が理解できない。どうして山岸にもメールが送られてるんだ? しかも確かこいつは新井派だったはず。 「でも今はそんなことどうでもいいだろ。時間がない!」  息を乱したまま山岸は叫ぶ。俺は本来の目的を思い出した。 「ああそうだ!」  はやく開けろ、と橋川は鬼気迫る表情で怒鳴る。言われるまでもなく、俺は屋上の鉄扉を急いで押し開けた。 「新井! 早まるな!」  扉を開けた俺を押しのけて屋上へ飛び出た橋川が叫ぶ。新井? 「――え」  橋川の背中が固まる。その背中の向こう側の光景に、俺も絶句した。  月明かりに浮かび上がる二つの人影。 「新井、と、なんで遠藤まで」  橋川は困惑を隠せない。  彼の口ぶりから察するに、俺に届いたものとは内容と差出人が逆だったのだろうか。 「来てくれてありがとう。訊きたいことがあるの」  新井の凛と響く声が屋上に鳴る。二人の美少女はフェンスの向こう側に並んで立っていた。あと一歩踏み出せば、地上へと一気に転落するだろう。  新井の台詞の意味がわからない。けど、このまま黙っていても駄目だ。 「訊きたいこと?」  彼女たちを刺激しないよう数歩進んで、固まってしまった橋川の隣に並んだ。俺の前には新井、橋川の前には遠藤がいる。 「難しいことじゃないよ」  遠藤のやわらかく優しい声で言う。彼女との初めての会話がこれか。こんな状況じゃなければ喜べるのに。 「何でも答えるから」  そう言うと、一瞬だけ間が空く。そこで俺は遠藤と目が合わないことに気付いた。 「山岸くん」新井琴音が俺を呼ぶ。 「橋川くん」遠藤沙耶が彼を呼ぶ。 「「もしも私が死ぬって言っても、こんな風に走ってきてくれる?」」  意味を理解するのに数秒かかった。  だから俺はその問いに咄嗟に答えられなかった。橋川もだ。  一瞬、音の無い時間が流れる。 「……そっか」  遠藤は消え入るように呟いた。静かな夜は彼女の小さな声に滲んだ落胆を俺たちまで届かせる。 「わかってたけど」  新井は諦めたように苦笑する。愁いを帯びたその表情は彼女の美しさをさらに際立たせた。 「やっぱり私たちは幸せになれないね」  そう言って、二人は手を繋いで微笑む。あまりにも完成されたその笑顔に俺たちは釘付けになった。  そしてそのまま宵闇へと飛び立つように、彼女たちは一歩踏み出す。 「普通でよかったのに」  どちらが呟いたのか、短い言葉だけが夜に溶け残った。 (了)

ふたり、駅のホームにて

 彼女らが互いの存在に初めて気づいたのは、新年度も過ぎ、新しい環境にも慣れようかという時期だった。  そこはとある駅の別々のホーム、線路を挟み丁度向き合うような形で、一人はベンチに腰掛け、もう一人は柱に持たれるように立ち、電車の来るまでの間スマホを触っている。不意に遅延を伝えるアナウンスが聞こえ、ほぼ同時に周囲を見渡す。その時偶然に互いの目が合ってしまった。しかし全くの知らない同士、気まずそうに視線を外し、取り繕うかのようにスマホに目を向けた。  その時の記憶など、とうに忘れていた彼女らであったが、また別の日に今度は急に空の雲行きが怪しくなり、突然の雷鳴。ほぼ同時に驚きで体を揺らし、目を閉じ体を縮こませる。何度かの落雷の音、そして激しい夕立がホームの屋根に大きな音を立て、周囲の視界も激しい雨に少し霞んで見える。少しして彼女らはゆっくりと開ける。その視線の先に互いの姿があった。今度は暫く目を合わせ、同じようなリアクションをしたことが不思議な共感を生んだのか、苦笑しながら会釈をしてしまう。唯、この時点では初対面のことなどは記憶のどこにもなかった。  それからまた季節が過ぎ、汗ばむような陽気になった頃、いつしか彼女らの傍らには、それぞれに友人と思える人が、一方はホームのベンチに座りながら、もう一方は柱を挟みながら楽しそうに話をしていた。双方長い友人関係というより、新天地で新たに出来た友人のようなのか、親し気な中にもどことなくまだ新鮮で、少し距離の取り方に気を付けているような雰囲気も見て取れた。その時、警笛の慣らしながら急行電車が駅を通過する大きながする。その音につられ、互いの友人はそのままに、彼女らだけが音の方へと顔を向ける。電車が通過する姿、やがて互いのホームが視界に映る。しかし、今度は彼女らは互いを見ることなく、その互いの友人らしき人の姿に目を向けていた。その目は一瞬驚き、次にこれまで心の奥底に押し付けていたものが地上に染み出していくかのように、入り混じった感情が表情に現れていった。そこからゆっくりと互いに視線を合わせる。そして、目で訴える。 「何でその人といるの」  お互いにしっかりと認識したのはその日からだった。平日の朝、いつもの時間いつもの場所で電車を待ち、暫くすると互いの友人もそこにやってくる。電車が来るまで話をし、いつも同じ電車に乗り込み行き先へと向かう。  昨日のあの時までは何のこともない日常。でも、そこから何かが変わってしまった。唯一つ言えることは、彼女らは互いの友人に自分らの存在を知られてはいけないこと。そのことに繋がることを恐れ、反対側のホームを見ることが出来ない二人。見えないけれど、お互いの存在はそれまでにないくらい認識されている。 「知らせなきゃ」 それが今の彼女の胸の内にある共通認識。でも、相手は自分の素性も知らない。たまたま反対側の駅のホームの同じ位置で待っていた関係。いきなり声をかけたところで、真実を正確に伝えたところで、果たしてそれを相手はまともに取り合ってくれるのだろうか。そして何より、その傍らにいる人に気づかれずにどうやって伝えたらいいのだろう。そんなことを考えているうちに電車はやってくる。そんなことの繰り返しがしばらく続くこととなった。  幸いにもお互いの相手にはその間気づかれることなく、双方共々いつもの日常と変わりなく過ごしているように見える。でもそれがいつまで続くのか。時だけが過ぎていく。時だって無限ではない。ことを起こさず、立ち止まっているだけでは何も始まらない。一歩踏み出す勇気、その一歩され踏み出せれば。  彼女らは呼吸を合わせるかのように横を振り向く。その先には互いを繋ぐ連絡階段が見えた。  そして、彼女らは一瞬目を合わすと、一気に階段へと走り出した。   何でもない距離なのに、足取りが思うように運べず、とても長く遠くに感じる。呼吸も荒く、心臓の鼓動が耳の奥から伝わってくるくらいに激しく打っている。階段の一段一段がとても高く感じ、その先も果てしなく感じられる。 でも、彼女らは必死にその先を目指した。  やがて、終わりなき階段にも終わりがあり、通路にたどり着く。通路の端と端、彼女らは顔を合わせる。  その時、姿は見ずとも近づいてくる気配を背後からともに感じていた。 「追いつかれちゃダメ」  息も上がり、その場に倒れこみたいのを必死にこらえ、最後の力を振り絞り通路の中央を目指す。一気に迫る背後の姿。  そして、二人は倒れこむようにして相手の手をしっかりと掴み倒れこんだ 「もう大丈夫だよ。大変だったね」  それはとても暖かく、優しいものに包まれるかのような。ゆっくりと目を開ければ、笑顔でも目は潤んだ人の姿。 「二人でよく頑張ったね」  毛布には衰弱した二匹の子猫。互いに抱き合いながら。

近頃のマネキンはよくしゃべる

 五月。  初夏と呼ぶには少し肌寒い時期だが、アパレルショップにとっては気温など関係ない。  アウトレットの春服を店の隅に寄せて、一番目立つ位置に夏服をずらっと並べる。  入り口付近に置いたマネキンから春服をはぎ取り、夏服を着せていく。  トップスは、今夏のトレンドのフリルブラウス。  首周りと袖周りの大きなフリルが映える、ブラックカラー。  ボトムスには、ハイウエストのデニムパンツ。  トップスに負けない濃い色で、夏に負けない強さのコーデをご提案。   「んー、我ながらいい出来!」    私は思わず自画自賛する。  アパレル業界五年。  匠の技は伊達じゃない。   「いやー、なしでしょ」    そんなテンションの上がった私に、横やりが入る。   「はい?」    私は思わず語尾を強めて反応するが、この場には私しかいないことを思い出す。  誰の声だろう。  他に、誰かいるとすれば。   「店長ー? さっき、何か言いましたー?」   「何も言ってないけど?」    店長が店の奥から顔を出し、すぐに奥へ戻っていった。    空耳かなあ。  首をかしげながらマネキンに視線を戻すと――。   「なしだって言ったの」    マネキンと目が合った。   「……うぇ!?」    私は思わず後ずさりした。  ついさっきまでのっぺらぼうだったマネキンは、いつの間にか美少女になっていた。  私がさっき着せたブラウスのフリルを触りながら、私をキッと睨んだ。   「このブラウス、デザインはいいと思うよ。でも、なんで黒なの? このお店なら、白でしょ白!」    呆然としていた私は、マネキンの言葉に頭がカッと熱くなる。  アパレル業界五年。  私のコーデを馬鹿にするやつは、たとえマネキンでも許さない。   「何言ってんの! このブラウスならブラックよ! 世間はこれくらい強い色を求めてるのよ! それに、ブラックの方が絶対可愛い!」   「世間のことも貴女の好みも訊いてない! このお店の客層の話をしてるの! このお店にくるお客様は、黒なんて求めてないの! 白よ白! 白のブラウスに、淡い色のデニムパンツ! 毎日毎日、来店する全員を見てる私が言うんだから間違いない!」   「見てるだけじゃない! 私はお客様としゃべってるんだから!」   「口があれば私だってしゃべってるわよ!」    両者譲らないまま、睨み合いは続く。   「……じゃあ、こうしましょう」    マネキンの一言が、沈黙を破る。   「私は白を着る。私の横に、黒を着たマネキンを置く。それで、どっちが多く売れるか勝負しましょう!」   「その勝負、乗った!」    私とマネキン、プライドをかけた戦いが始まった。       「いらっしゃいませ! いつもありがとうございます!」    お店が開くとともに、常連のお客様が来店した。   「こんにちは。今日は、夏服を見に来たんです。何か、お勧めはありますか?」    はい来た。  私は、心の中でガッツポーズした。   「それでしたら、本日入荷したこちらのアイテムはいかがでしょう?」    そして、お客様を二つ並んだマネキンの前へご案内する。   「わー、可愛いフリルブラウス!」    お客様は、にこにことした笑顔でマネキンに手を伸ばした。  ホワイトの方へ。    あれ?   「涼しげで夏っぽくて、すごく可愛い」   「そちらは、ホワイトとブラックの二色展開でして。よければブラ」   「これください!」    私がブラックを勧める前に、お客様はホワイトのブラウスを買い物かごへと放り込んだ。   「ありがとうございます!」    私は心の中でショックをうけつつ、笑顔で対応を終えた。        次こそは。        が、その後のお客様たちも皆、ホワイトを買っていき、本日分は全て売り切れてしまった。  一方のブラックはというと、一着だけ売れた。       「ほら、私の言ったとおりでしょ?」   「ぐぬぬ」    閉店後、ドヤ顔のマネキンに、私は悔し顔を向けるしかなかった。  この世界は、売り上げが全て。  私より多く売ったマネキンに対し、私が発するすべての言葉は負け犬の遠吠えにしかならない。   「…………次こそは負けないからね! もっと勉強して、絶対貴女より売ってみせるから!!」    私はそのまま、みっともなく逃亡した。    今回は、私の負けだ。  認めよう。  家に帰ったら惨めに泣こう。    そして明日は、今日よりももっと、お客様が喜べるコーデを提案できるようになろう。  そう、心の中で誓った。             「頑張ってね。貴女ならできる。毎日毎日、見てる私が言うんだから間違いないよ」    誰もいない店の中で、マネキンは微笑んだ。

スパイの敵は誰だ?

『コードネーム:亮。あなたの奥さん、浮気してるわ』 『まさか』 『本当よ。詳しい情報は明日、いつもの喫茶店で』 ――某日、とある古びた喫茶店に男と女が向かい合って座っている。その表情は硬い。 「……コードネーム:涼子。昨日言っていた俺の妻に男の陰があるという件について詳しく聞きたい」 そんな亮に涼子は人差し指を口元にあてた。そして小声で言う。遠くにいる店員以外に客はいないのだが。 「シッ! 私たちはスパイよ、一応わかりづらい隠語を使いましょう」 「……そうだな、では俺の妻は……『アリス』としよう。他は……たとえば『キス』を犬の名前にするとか」 「犬?」 涼子は一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、まぁいい。そういうたまに天然なところがある亮のことが好きなのだ。 涼子(でも私が見たのは私たちの近所に住む男があの女と一緒に歩いていて何かメモを手渡したところまで。キスはでっちあげるか……。でも犬の名前はさすがにちょっと不便ね……) 「ね、ねぇ亮。さすがに犬の名前が『キス』っていうのは……」 その時。 ――カランカラン。 喫茶店の出入り口にあるベルが鳴る。瞬時に亮は警戒した態度を見せる。 「涼子、静かに」 喫茶店に来た客はハットを被ったカップルのように見える。その他にも数人来店し、不幸にも全員亮と涼子の近くに座った。亮のちょうど後ろに腰掛けたハットの女性は悔しそうに近くに座った他の客を見た。 ハットの女性(あー、もう! 亮とあの女の会話が聞こえないじゃない!) この客は……そう、亮の妻の杏里である。サラリーマンである亮がどういう経緯でそこに座る女と親しくなったのか疑問であったが、それ以上にいつも優しく真面目な亮が浮気している疑いがあることを信じたくなかった。 それを密告したのは向かいに座るハットの男。……なんと涼子が見かけた杏里と一緒にこの間歩いていた近所の一般男性であった! これは昨日にさかのぼる。 『コードネーム:亮。あなたの奥さん、浮気してるわ』 『まさか』 『本当よ。詳しい情報は明日、いつもの喫茶店で』 この会話がされていたのを偶然見かけたのがこの男。その時亮と涼子がいたのはごみ置き場。そして何やら話していた二人が別れてごみを捨てた亮が入っていった家を見て、男の中で点と点が線で結ばれていく。 涼子とはもともと面識があった。喫茶店に勤める友人から、よく涼子がサラリーマン風の男と来ると言う話も耳にしていた。でもまさか、その相手が最近引っ越してきたらしい杏里さんの旦那さんだったなんて……! これは、きっと浮気だ。杏里さんに伝えなきゃ! そう男は思って『旦那さん、浮気しているみたいです』と密告したのだ。そして杏里と変装をしてこの場にいる。 それにしても、ひどい。男は街中で紙切れを落とした杏里にたまたま出会ってそのメモ用紙を拾い上げたところ、その住所が自分の家の近所であったため、近道をしながら道案内をしただけなのだ。 涼子は杏里たちの存在に気づかず話を続けた。……とびっきりの嘘を交えて。 「え、えーと、『アリス』が近所の男と『キス』を手なずけていたの」 しかし、他の客がうるさい。亮はわずらわしそうにそっちを見てから大きな声で言った。 「すまない、もっと大きな声で言ってくれ!」 涼子もしょうがなく大きめな声で言い返した。 「だから、『アリス』が近所の男と『キス』を手なずけていたの!」 そして背後の杏里は。 (アリス、キス……!? そこしか聞こえなかったけれど、アリスって誰!? 亮と一緒にいる女の人? まさか亮とキスがしたいってこと!?) 一方亮も。 「『アリス』と『キス』がどうしたって!?」 そして周囲のうるささにイライラした涼子はつい言ってしまった。 「だから『アリス』と近所の男が愛してるって言いながら『キス』したの!」 「愛してる!?」 そう言いながらあまりの驚愕に立ち上がった亮と「あ、あああああ『愛してる』ですって!?」亮の言葉だけ聞こえた杏里が思わず声をあげた。 亮・杏里「……え?」 思わず声のする方を見て、見つめ合う二人。そしてキョロキョロと双方を見渡して同時に指を差す。 亮「浮気だな!」 杏里「浮気ね!」 そしてその言葉にすぐさま涼子が「そうよ!」と笑い近所の男は「違う!」と同時に言った。 その場の四人「……え?」 沈黙。その時自分が浮気相手だと疑われた男はひらめく。 「旦那さん、奥さん! 今日が何の日か思い出してください! わかるでしょ!」 亮「今日は……」 杏里「エイプリルフール……そして私たちの結婚記念日……バカみたい」 そうして抱き合う二人。その後ろで嘘つき涼子は膝から崩れ落ちたのだった。 終。

勅使河原あずさの推理

私は最後のページを読み終わり、本を机に置いた。 放課後の窓際の席に夕闇が降りようとしている。 気配に気がついて振り向くと、親友の佐藤詩織と隣のクラスの若松綾香が立っていた。 「あずさ、待たせてごめん」と詩織が言った。 私は首を振った。 私の名前は勅使河原あずさ。 推理小説ファンの父は大好きなアガサ・クリスティーの”あがさ”という名前をつけたかったらしいが、母に猛反対され、”あずさ”になった。 「何読んでたの?」と綾香が置かれた本を覗き込む。 「アガサ・クリスティーのオリエント急行殺人事件」 帰りの支度をしようと立ち上がると、「花荒らしの事件を解決したって本当?」と綾香が尋ねた。 私は溜息をついた。 私が通っている女子高は、普通科と美術科のふたつに分かれていて、普通科は看護医療、幼児教育、スポーツ。スポーツはソフトボール、サッカー、バレーボール。美術科はアート、イラスト、アニメーション。 ちなみに私達は普通科で幼児教育学科だ。 花荒らし事件…。 女子高に専門分野を勉強できる学校を作ろうと全国に先駆けて出来たこの高校の校長が大切にしている花壇がある。その花壇が何者かに荒らされたのだ。 私は現場を見て驚いた。 花壇の東側だけ花が引き抜かれていたのだ。 植えられていたのはローズマリー。 なぜ、ローズマリーだけが引き抜かれたのか? 犯人の目的は? この出来事は私の好奇心を大いに刺激した。 好奇心に駆られると私は真実を探り出さずにいられない。 私は引き抜かれた花の周りの土の表面が何かを消すように均されていることに注目した。 次に私は学校内にいる動物をリストアップした。 魚クラブの熱帯魚、動物研究部のアルマジロとウサギ、鶏。 私は動物研究部に出向いてウサギの足を見せてもらおうとした。その時点で部員の一人が泣き出した。 真相はこうだ。 動物研究部の部員がウサギを散歩させようと校庭に連れ出したが、首のリードはきちんと装着されておらず、ウサギは逃げ出した。 部員らが総出でウサギを探したところ、校長が大切にしている花壇でローズマリーを食べ散らかしているのを発見。 ことの発覚を恐れた部員らは証拠隠滅の為、ローズマリーだけ花壇から引き抜き、ウサギの足跡を消したのだった。 この事件は”花荒し事件”として多くの女子高生の知ることになった。 困ったのはその後。 ”スマホを失くした。どこにあるか調べて欲しい” ”ネットのサスペンスドラマの犯人を教えてほしい” ”音信不通になった彼氏に会いたい” 私はただの女子高生にすぎないのに。 「神沼向日葵のことなんだけど」と詩織は私に申し訳なさそうに言った。 神沼向日葵は綾香と同じクラスだ。 綾香が続けた。 「夏を過ぎてから向日葵の様子が変わったの」 「変わった?」 「日によって態度が違うの」 「人間は気分で人が変わる」 「歩き方や喋り方、食べ物の好き嫌いや苦手なスポーツも変わる?」 好奇心が大いに刺激された。 「詳しく話してみて」 体育の時間、球技が大の苦手と言っていた向日葵がバスケットボールで大活躍。 綾香が秘訣を訊くと、たまたま上手くいっただけだと言う。 引っ込み思案で大人しいと思っていたのに、帰り道にいきなり大声で歌を歌ったり、踊り出したりもするらしい。 歩き方や話し方が変わる日もあるが翌日には元の向日葵に戻っている。 昨日は隣の席の生徒と悪口を言った言わないで掴み合いの喧嘩になったという。 綾香が俯く。 「私は心配してるの。向日葵のこと」 私は綾香に尋ねた。 「神沼さんはどこから通ってるの?」 「N市」 「越境組ね」と詩織。 県外からウチの学校に通う生徒は”越境組”と呼ばれる。 「家族構成は?」 「ええと、お父さんとお母さん、夏、太陽の三人兄弟で向日葵は末っ子だって」 「真相を知るにはN市に行く必要がある。 具体的には神沼さんの後を尾けて家まで行く。ただし条件あり」 「条件?」綾香が不思議そうに答えた。 「神沼さんが以前と同じ日」 翌日の放課後、私達は神沼向日葵を尾行した。 尾行は一見難しいように思われるが、大抵の人間は後ろめたいことがない限り、後ろを振り向いたりしない。 電車を乗り継ぎ、無事N市に到着。 向日葵の家は駅から7分ほどの閑静な住宅街にあった。 「これからどうする?」と詩織。 「待つ」と私が答えた。 私達は向日葵の家が見える公園の茂みに隠れた。 向日葵が家に着いてから30分が過ぎた。 駅の方角から制服を着た女の子が歩いてきた。 他校の制服を着た向日葵だ。 彼女は家に入っていった。 更に15分ほどして、また別の制服を着た向日葵が歩いて来て、同じように家に入った。 詩織と綾香が私を見た。 「これが真相。神沼さんは3つ子。それぞれが別の高校に通い、2学期から時折入れ替わっているんだと思う」

空中散歩

朝。 教室に入ると浮石くんが物理的に浮いていた。 バチッと目が合った。浮石くんはニコッてした。 その間もずっと浮石くんは宙を舞っていた。 思いっきりドアを閉めた。 たぶんきっと疲れてるんだよね、うんうん。 昨日も夜遅くまでゲームしてたからちょっと現実とゲームの区別が付かなくなったんだよね、私ったらお茶目さん。 その場で深呼吸してもう一回ドアを開けてみる。 浮石くんがニコニコしながらこちらに手を振っている。 空中で体育座りをしながら。 「真田さん、なんで中に入らないの?」 浮石くんは少し空気が読めないみたいだ。 *** 八時になっても誰も教室に来なかった。 この時間になると十人くらいはいるだろうに。 クラスでちょっと浮世離れしてるよねって言われている浮石くんと二人きり。しかも現在進行形で物理的に浮いている浮石くんと一緒の空間にいるのは少々キツイところがあった。 「まだ誰も来ないね、みんなどうしたのかな」 チラッと浮石くんを盗み見る。 いつもボンヤリとしている男の子は何を考えているのか分からない。 「う~ん、今日が日曜日で休みだからじゃないかな」 「え?」 「今日って日曜日でしょ、朝から幼児アニメ見てきたもん」 「え?なんでここにいるの?」 「僕も教室に来て気付いたんだけど、真田さんが来たからまぁいっか~って思って」 「じゃあとりあえずそれは置いといて、なんで浮石くん浮いてるの?」 二十分もの間ずっと気になっていたことがようやく聞けた。簡単に聞けるほど私は心臓強くない。浮石くんはキョトンとしている。 「なんか教室に来てボーッとしてたら浮いた、あ、そうだ、今から真田さん帰るでしょ?窓から帰ろうよ」 少し曇ってるね~と言いながら私の手を握って窓の方に引っ張っていく。 「いや、まって、ここ四階だよ!嫌なんだけど!」 私は散歩を嫌がる犬のように必死に抵抗した。 「う~んそれなら、」 私の手をパッと離して体勢を崩しかけた私を背中と膝の裏を支え、俗に言うお姫様抱っこをされた。 「は、ちょ、まって、」 「よっしゃ、行くよ~」 しゅっぱ~つと言いながら、バスケ部のエースとして鍛えている私を軽々と抱えたまま、浮石くんは窓から飛び出した。 「うわ!」 いきなり浮遊感に襲われた私は思わず浮石くんに抱きついた。 「大丈夫、目を開けてみて」 恐る恐る目を開くと、十秒前に飛び出した窓と同じ高さにいる。 「落ちてない…」 「落ちない落ちない」 徐々に私たちは空に上っていく。遠くを見れば海がキラキラと見えた。潮風が肌に触れて、ああ夏が来るんだなぁって実感する。 「ねぇ海の上を歩いてみようよ」 そう言って私をお姫様抱っこの状態から変えようとする。 「全部離すとか止めてよね!私落ちちゃうからね!」 「大丈夫だってえっと先にこっちを離して…」 「ばか!先にこっちでしょ!」 それからなんだかんだあって五分後。なんとか手を繋いだ状態になれた。 「なんだかもう疲れたよ」 「まあまあいいでしょ、ほらもうすぐ海だよ。海まで歩いてみようよ」 右足だして、左足だして、 隣で浮石くんが無意識に声を出しながら前に歩いている。私もそれに習って合わせて足を出す。 足がさっきから宙を空振ってはいるけれどなんだか心地いい。 幼い頃見ていた絶対に叶わないと思っていた願いが遂に叶った。 いや、そんなことより 「浮石くんってどうやったら飛ぶの止めれるの?ずっと浮いてる訳にもいかないでしょ」 「それが分からなくって、あ!」 「ん?どうしたの??」 「僕昨日おばあちゃんに飴を貰って、嫌なことがあったら舐めなさいって言われて舐めた。確か効果は三時間だって」 スマホの時間を見たら十時前。私が教室に着いたのは七時四十分。とすれば、 「早く!砂浜に戻らないと!」 それから必死に砂浜の方に戻った。思いのほか進んでいたみたいであと五分でも気付くのが遅かったら、海にドボンだっただろう。 「なんとか助かった……」 久しぶりの地面が心地よくて安堵している私と違い、浮石くんは申し訳なさそうな顔をしていた。 「あのね真田さん、実はもう一個飴貰ってたんだ…」 「なんで先に言わなかったのよ…こんなに急がなくて済んだのに」 「あの、また真田さんと空中散歩したくて…どうかな?」 ここで断れる人なんているのだろうか。 私が頷けば浮石くんは嬉しそうに笑った。 空は気付けば雲ひとつない晴天になっていた。

🌈🍑とシェアハウス!?1話「シェアハウス」

あなた「私の名前は瀬川花。今日からシェアハウスをすることになりました。さっそくインターホン押して見るよ」  ピーンポーン ?「はい!こんにちは!」 あなた「シェアハウスしにきた花です。」 ?「シェアハウスの子ですね!中へ!」 あなた「お邪魔します」 ?「ただいまでいいんだよ!」 あなた「はい。」  家の事情でシェアハウスすることになった私。優しそうな人でよかった。みんなと仲良くできたらいいな。噂によると12人いるらしい・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー はい!どうもこんにちは!主です!これから投稿がんばります!初めての投稿は🌈🍑様(カラフルピーチ様)の小説をかきたいと思います!(本人様とは関係ありません) 今回は花ちゃんの設定を教えますね! 名前⇨瀬川花 年齢⇨15 性格⇨人見知り、優しい、敬語の癖 得意なこと⇨ピアノ 好きなこと⇨ピアノ 得意教科⇨音楽 不得意教科⇨音楽以外 過去⇨親が事故により死亡 一人称⇨私 呼ばれ方⇨花、花ちゃん、花ちゃ 習い事⇨ピアノ です!また追加するかもです!今回はこれで終わります!

人生があるような気がした

頭にぞろぞろと悩みが上がり込んでくる。拒否権はなかった。そいつらはオレに各々(おのおの)症状を訴えかけてくるが、残念ながら精神科医ではないどころか当の当事者である。なにも処方できることはない。あればとうにやっている。 彼らは途方に暮れた。困惑してオレも途方に暮れる。彼らは頭を抱える。早く帰ってほしくてオレは頭を抱える。どうすることもできない。 ドアが開く。オレたちは顔をあげる。 「あら、どうしたの?」 同居人が帰ってきた。 「どうもこうもなにも…、なにもないよ」 「うそー」 彼女は靴を脱ぎながら、言い慣れた言葉を言った。 「いや、ほんと何もないんだ」 オレは情けなくてそういう。彼女は玄関からリビングへとやってくる。 「…嘘つくなら顔だけでもとりつくろおうか」 「…ごめん」 ダメだ。人生だ。オレだけだと何もできない。人生だ。頭がさらに重くなる。 「で、どうしたの? また分からないの?」 「うん…。分からない」 彼女は少し溜め息をつく。 「何か言語化できないと、一向によくならないよ」 「分かってるけど…」 「じゃ、とりあえず紙に書き出してみようよ」 また手取り足取りリードされている。そのことに幸福を感じる。でもどこか惨めで、素直にその優しさを受け取らない自分はきっと、とんでもなく面倒臭くて、やっぱりダメな奴なんだろう。 仕事で疲れているはずなのに彼女はノートとペンをすぐにとってきて目の前に置いた。彼女の顔を見上げて顔を見てみる。優しい顔をしている。オレに向かって頷く。なので、頷き返す。  人生。それがあるだけに思う。何をやってもダメ。人生がありつづけているだけ。空虚な時間。今日料理をして失敗した。たぶんお酒を多めに入れすぎたせい。それは今度から気をつければいいと思う。問題なのは、このどうしようもなさだ。夢のこと。なりたかった夢のこと。もうそのことがどうしようもないと考えると、頭が重くなってくる。まだなりたいと思っているなら何かをすべきなのに、何もできない。それが人生だと思うと頭が重くなる…。 オレは書いてそれを彼女に渡す。彼女はそれを真剣な表情でみてから 「そうだよね…、辛いよね」 とだけ、コメントした。こんな小学生みたいな挫折感をどうしてこう、優しく受け止められるのだろう? 人生を感じる。

はじめまして

小説じゃなくてすいません。はじめまして、花です!小5のガキなんですけど小説をかくのが好きでプリ小説っていうアプリで小説を書いています!(名前は花🌈🌸🐦)pokekaraもしていてつむぎ🌸🐦でやってます!よかったらフォローよろしく!まだ初心者なのでゆるめでみてくださると嬉しいです!この垢は学校で配布されたタブレットでログインしているのであんまりログインしないかもです!これからよろしくお願いします!

軌道修正しながら挑戦することが一番大事だよな

「軌道修正しながら挑戦することが一番大事だよな」    そんな言葉を聞いて、俺は少し考えた。    多くの人間は、完璧な準備を終えてからでないと挑戦したくない、と考えていることだろう。  誰だって、失敗は嫌なものだ。  当然だろう。    しかし、完璧な準備とは何だろう。  何をどこまで準備すれば、失敗しないと言えるだろうか。  答えは、完璧な準備など不可能、だ。    だからこそ、まずは挑戦し、都度都度に軌道修正をすればよい。  それこそが、あるべき挑戦なのだと、俺は思う。    俺は、大きく頷いた。   「だよな」    スピーカーから聞こえる声は、どことなく安心していた。    俺は、ふっと笑った。   「……どう考えても敵艦隊の攻略方法わかんないんだけど、スタートして戦いながら考えればいいよな。軌道修正しながら挑戦することが一番大事!」    そして、次の言葉に耳を疑い、スピーカーの方を二度見した。    戦闘機の、自動スタート機能が作動し、俺の戦闘機が華麗なるロケットスタートをきった。    化け物的な加速度を誇る俺の戦闘機は、既に停止状態から時速二〇〇キロメートルにまで速度を上げ終え、なおも上昇中であった。  近いうちに、時速三〇〇キロメートルも超えるだろう。  後方を確認すれば、俺以外の戦闘機は誰もスタートしていない。  俺ただ一人が、単独で飛び出した形だ。    俺はマイクの電源を入れ、その向こう側にいるだろう相手にむかって叫ぶ。   「てんめええええええええええごらあああああああああああああ!? 戦闘本番でそんなことやるかああああああああああ!?」   「あははのはー。ごめーんねー」    スピーカーから、まったく悪びれない声が返ってくる。  俺の怒りも、加速度的に上がっていく。  もう一度怒鳴りつけてやろうとマイクに口を近づけたところで。   『敵戦闘機、一機が先陣を切った』   『了解。左右から囲み、確実に撃ち取る。フォーメーションSだ』   『フォーメーションS、了解。』    敵の通信内容を傍受し、スピーカーから俺終了のお知らせが流れてくる。       「ふふふ」    俺は一機。  事前の情報によると、敵は百機はくだらない。   「ふふふふふふ」    敵の戦闘機に近づくにつれ、レーダーが敵の戦闘機を補足し、画面に詳細な位置情報と数を映し出す。  事前の情報に偽りなしの、暴力的なまでの数の差を前に、俺は笑うことしかできなかった。   「っしゃあああああ!! やったろうじゃねえかあああああ!! 絶対生き残って、あの野郎ぶん殴る!!」   『敵機接近中。レーザー発射!』    無数に放たれるレーザーを潜り抜け、俺は敵陣営へと突っ込む。   「あの野郎ぜってぇぶん殴るううううううううううう!!」    この日、たった一機で百機を撃ち取った俺に『百討ち』の異名がつくことになるのだが、この時の俺はまだ知らない。   「いひゃあああああああああああはははははああああああああああ!!」

未来からの密告文

 東京。女子高生二人組がカフェの中を見ながら話をしている。 「あれまねっこちゃんじゃない?」 「まねっこちゃん?」  まねっこちゃんと呼ばれた女の子、尚美はカフェで一人読書をしている。 「なんでも人の真似ばっかりしてるからまねっこちゃん。でも可愛いから隣のクラスで人気なんだって。綾音が嫌いなタイプ」 「ふーんあの子が……。ちょっと行ってくる!」 「は? マジ? 綾音ヤバ!」  カフェの中に入った綾音は尚美に声をかける。 「ねえまねっこちゃん! 一緒にtiktokやろ」 「まねっこちゃん?」 「綾音マジヤバいって」 「飛鳥カメラ頼んだ! まねっこちゃん私のダンス真似して」  尚美の隣に座って上半身だけのダンスをする綾音。尚美は一回で覚えて同じように踊る。 「センスヤバ! キュー!」  スマホのカメラが回りだして踊る二人。 「良いの撮れたわ。まねっこちゃんありがと!」 「あの、私、尚美」 「綾音! またね!」 「またね!」  手を振る綾音に手を振りかえす尚美。  綾音と飛鳥はカフェを出て話しながら歩く。 「良い子じゃん」 「てか綾音ヤバすぎてウケる。まねっこちゃん可愛そすぎて泣いたし」 「やりたいと思ったら迷わず動くがモットーだから。私の人生の主人公は私。物語を動かすのは私。よ!」 「なんのセリフ?」 「飛鳥が絶対見ない真面目な映画!」 「なにそれヒドくない?」  そうして二人は笑った。  翌日、学校から帰りがけの直美を綾音が捕まえる。 「尚美! 捕まえた!」 「え、待って。なに?」 「ほら見て! 昨日の動画万バズ!」 「すご。綾音ちゃん人気者なんだね」 「尚美のおかげだし! そこでお願いなんですけど」 「あっ」 「どうかした?」 「ううん。なんでもない。ところでお願いって?」 「私の相方になってこれからもtiktokやって!」 「分かった」 「やった! じゃあ早速今日の分撮ろ!」 「待って、妹と約束があるからその後でいい?」 「しゃーなしな! てか私も妹ちゃん会いたい!」 「うーん。聞いてみる」  スーパーにて。合流した尚美の妹が綾音に深々と頭を下げる。 「いつもお姉ちゃんがお世話になってます」 「え、やだ。可愛い。ちょうだい」 「あげません。真美今日は何食べたい?」  そこですかさず綾音が答える。 「私ハンバーグ!」 「綾音さんも一緒に食べるんですか?」 「だめ?」 「綾音ちゃんのお母さんが良いならいいけど」  綾音はLINEで母に宿泊の許可を取るとOKスタンプが返ってくる。 「だってさ!」 「三人でご飯食べるの楽しいね」 「三人? お父さんとお母さんは?」 「お母さんはいないし、お父さんは仕事で遅いから」 「お姉ちゃん兼お母さんなんです」 「お母さんになりたくてなったわけじゃないけど」 「でもえらいじゃん」 「別に偉くないよ。ただ……」 「ん?」 「昔お母さんの真似して家事したのを褒めてもらったのが忘れられなくてね。それだけ!」 「まねっこちゃんの最初のまねっこだ!」 「最初のまねっこだ! じゃないし!」 「似てる! まじウケる!」  尚美の家。夕飯も終え、並んだ布団で寝る準備をする二人。 「また食べに来ていい?」 「いつでも来て良いよ」 「マジ? やったね! てかさー聞いて」 「ん?」 「実は変な手紙が届いてさ」 「変な手紙?」 「そう。これなんだけど」 「三年後の消印じゃん」 「そう! で、中見たらネタバレくらってさ」 「未来の自分の?」 「そう! それでさ。私の夢が叶わない理由とか書かれててさ。酷くない?」 「未来の自分から密告文が届くとかウケるね」 「また真似されたし」 「それで、綾音ちゃんの夢って?」 「マルチタレントになりたいの」 「マルチタレント? アイドルとか女優とかアナウンサーじゃなくて?」 「私は私らしくいたいの」 「かっこいいね」 「尚美は?」 「私は私にならなくてもいいかな」 「ふーん」 「でも物語の主人公にはなってみたいなって」 「女優とか?」 「笑わない?」 「なれるよ!」 「じゃあ信じてみる」  三年後。怪しい郵便局員に声をかけられる尚美。 「過去への手紙サービスの当選おめでとうございます。準備をお願いしておりました手紙をお預かりに伺いました」 「これをお願いします」 「これは……」 「三年前に私に届いた手紙です。これをそのまま送ってください」 「承りました」  帰り際の局員とすれ違って尚美の部屋に入る綾音。 「さっきの過去への手紙サービスのやつじゃん! 尚美のところにも来てたなんて聞いてないんだけど!」 「秘密にしてた。でもさ……。私は今の未来になれて良かったと思ってる」 「まあ、私もだけど」  部屋に転がる雑誌の表紙には人気女優と人気タレントが二人仲良く写っていた。

賞味期限

「え、26歳なの?」 面接官が眉間に皺を寄せる プロデューサーが、苦笑しながら私に問う。 「君さぁ、募集要項ちゃんと読んだ?18〜22歳までの子を募集してたんだけど?」 「読みました。でも私童顔なんで、メイク次第で若く見せられます!」 「あのさ、そういうことじゃないんだよ。客は若い子を求めてるの。若くてピュアで可愛い子が世間の荒波に揉まれて成長していく姿を見せたいんだから、年齢層高いのはお呼びじゃないの」 プロデューサーから笑みが消えた 完全にこれは、お説教の流れだ 「でも…」 「それにキミとしても、他の子が若いなかひとりだけ26歳から始めたら、その時点で他より3歩も4歩も遅れてのスタートなわけよ。体力的にもすぐ限界が来るし肌もすぐボロボロになるよ。他と比べて圧倒的に不利なの。わかる?」 「……」 世の中のアイドルを管理する立場の人間はみんなこうなのか 私の夢をひとかけらも応援してくれないのだろうか そうだよね、年長者がひとり入るだけでお荷物だもんね 誰もそんな爆弾をメンバーに入れたがらないよね 「アイドルの賞味期限は短いの。どんどん新鮮なのを仕入れなきゃいけないのに、最初から鮮度落ちしてるのなんか入れないでしょ」 言葉が刺さる 本当に必要とされてないんだな あーあ ここにも私の居場所はないか

歩道橋の上で

 コノミは走っていた。  雨で髪が濡れるのも、水たまりを踏んで靴が泥だらけになるのも厭わず。        ――いつもの歩道橋に来てくれない?    スマホに届いた一行だけのメッセージ。  無機質なデジタルの文字が、コノミにはやけに感情を纏って見えた。    気が付けば、傘も持たずに家を飛び出していた、    いつもの歩道橋。  人通りが少ないという理由で、嬉しい時に思いっきり笑うため、悲しい時に思いっきり泣くため、二人でよく訪れていた場所。    コノミの視界が歩道橋を捕らえた時、同時に橋の上に人影を見つけた。  雨に邪魔されて、はっきりとは見えないが。   「ウター!」    背丈だけで、コノミは人影がメッセージの送り主――ウタであるとわかった。  急いで階段を上り始め、同時に片手でスカートを押さえる。  こんな時でも、いつもの癖が出ると嫌になりつつ、念のため後ろをチラ見する。    コノミの後ろ――歩道橋の周囲には誰もいない。  スカートの中を覗こうとする変態がいないことに安堵しつつ、同時にウタが万が一のことを考えていた場合に自分一人でどうにかしないといけない事実を理解し、息を飲む。    タン。  タン。  タン。    階段を上り切り、橋の真ん中に近づく。   「そこで止まって? コノミちゃん」    コノミの足が止まる。  ウタは、丁度橋の真ん中で、柵の上に座っていた。  両脚は橋の上でぷらぷらと揺れ、背中は歩道橋の外にはみ出ている。  ウタが後ろに体を傾けて手を離せば、下の道路に真っ逆さまだ。   「……っ! 馬鹿なことは止めなさい!」    コノミは大声で叫ぶ。  ウタは足を動かすのを止めて、コノミに向かって寂しそうに笑いかける。   「もう、疲れちゃったの」    ウタが学校でいじめられていることは、コノミも知っている。  コノミは、何度も現場に遭遇し、そのたびにウタを助けてきたが、コノミとウタは別々のクラス。  コノミの目が届かない時間はある。  ウタへのいじめは、止まらなかった。   「私が……! なんとかするから……!」    コノミに現状、いじめを止める策はない。  しかし、出まかせでも言わずにはいられなかった。    ウタは、目を瞑った。   「コノミちゃん」   「何?」   「なんで、こんな私に優しくしてくれるの?」   「友達だからよ! 他に、理由ある?」    コノミの言葉は、ウタに届いた。  ウタは、ゆっくりと目を開けた。   「ありがとう。それだけで充分」    ウタの体が後ろに傾き、落下した。   「!? ウタアアアア!!」    コノミは急いで走り、ウタに向かって手を伸ばす。  歩道橋から体を乗り出し、手を振るウタの手に向かって、コノミは手を伸ばす。  ウタは、目を丸くして、コノミの手を見る。    コノミの伸ばした手は、ウタの手に数センチばかり届かない。  助けられなかった。  そんな思いが、コノミの心を満たす。  涙が、自然と溢れ出る。   「……コノミちゃん」    瞬間、ウタの手が伸びて、コノミの手を握りしめる。   「え!?」    思いがけず腕に降りかかった重さに、コノミは乗り出した体を支え切ることができず、そのままウタと一緒に落下した。   「きゃあああああ!?」    自分の体が落している事実を前に、コノミはただ叫んだ。   「ありがとう。一緒にし」    鈍い音と鈍い痛みが二人を襲い。二人の意識は闇に溶けていった。       「え……。ここ、どこ?」    気が付くと、コノミとウタは見知らぬ草原に立っていた。   「死後の世界、なのかな?」    首をかしげるウタに、コノミは掴みかかる。   「あ、あんた! なんで! どうして!」    どうして道連れにしたのか。  喉まで出かかった言葉がコノミの外に出る前に、ウタは今日一番の笑顔を見せた。   「コノミちゃん。私に手を伸ばしてくれて、ありがとう。私と一緒に行こうとしてくれて、ありがとう」   「……伸ばしたけど。……でも。……こんな」    ウタを助けたかった。  でも、コノミは死にたくなかった。  矛盾する感情が、コノミから言葉を奪う。  呆然と、ウタを眺める。    風が、二人を撫ぜる。   「「ようこそ、心優しい人間さん」」    風と共に、声がかけられる。    二人が振り向いた先には、白い服を着た女が二人、立っていた。   「ウタ、貴女は暴力を前に、最後まで暴力を返さなかった。優しい貴女は、天国に相応しい」   「コノミ、貴女は命を惜しまず、友達を助けようとした。優しい貴女は、天国に相応しい」    草原に扉が現れ、開かれる。   「「ようこそ天国へ!」」        ウタは扉を輝く瞳で見つめていた。

手越君のことだけど。

「あの」  坂口杏里はそう呟いて口を噤んだ。しばらく待っても続かない。面倒臭い。話があるというからわざわざこの喫茶店まで来たのに。  私は杏里が嫌いだ。いけ好かない。何故かってそりゃぁ。 「何」 「手越君のことだけど」  ほら、やっぱり。自分の眉間に皺が寄るのを感じる。手越雄斗は私の彼氏で、杏里は元カノだ。それだけでも癪なのにどうしてもと言うから放課後に時間を取った。 「さっさと話して」 「ごめんなさい、あの実は」  杏里の話は実に下らなかった。つまり。 「私、手越君に付き纏われてて」 「ハァ?」  我ながらマヌケな声がでたものだ。そんなはずがない。雄斗がこの女を振るところを私はちゃんと見た。校舎裏で雄斗がはっきりと『別れる』と言った場面を。そしてこの女が未練がましく雄斗を追いかけて、雄斗が鬱陶しがっていたのも知っている。 「往生際が悪い」 「あの、これは本当で」 「要件は何? 別れて下さいって?」 「いや、そうじゃなくって寧ろ別れさせて下さいっていうか」  俯いて机の上を見つめる杏里はオドオドして余計に苛立つ。 「ちゃんとこっち見なさいよ。あんたと雄斗はもう別れてるの! あんたがストーキングしただけでしょう! いい加減にして!」 「あの、それは御免なさい、本当に。でも」  ふざけんなと思った瞬間、杏里の視線が不意に上がって驚きに目が見開かれた。思わず振り向くと喫茶店の入口に雄斗が立っていた。  私たちを見つけて席まで来て、そして私の隣、ではなく杏里の隣に座った。唖然とした。何故私ではなくその女の隣に座るの。困惑と急に湧き出すどうしようもない怒り。 「何? どういうこと? 私と別れるっていうの」 「岬? 何言ってる」 「何って……」  思わず杏里を眺めると、両手の平を祈るようにあわせて縋る目で私を見た。  別れたい? はっきりさせなきゃ。 「雄斗。あなたは私と付き合ってるのよね」 「そうだよ」 「別れて下さい! 本当に!」  杏里が叫ぶ。その声は確かに真剣。意味がわからない。 「浮気してないよね」 「するわけない。岬こそ何を言ってる?」 「今も杏里と付き合ってる?」  左右に首を振る雄斗の目は心底困惑して見えた。 「そんなはずないだろう? 俺が好きなのは岬だけだ……さっきから何だ」  そうよね、そのはず。でも。 「それじゃぁなんでそこに座ってるの?」 「そこ? 他にどこに座れっていうんだよ。いや……そうだな。謝らないといけない。俺はもう岬と付き合えない」  呆然とした。どういう意味と叫ぼうとして、机の上にポタリと落ちた赤い点に固まった。  その点と、点の出元を見比べる。つまり机に体を乗り出した雄斗の額を。 「あの、雄斗、血が……」 「血?」 「ええ、その、あの」  そうして見る間にボタボタと大量に額から血が流れはじめ、額がパクリと割れて白い骨が覗く。杏里がヒィと悲鳴を上げる。  雄斗は慌ててナプキンに手を伸ばし、そしてすり抜けた。私の掴んだナプキンは雄斗の額をすり抜けた。それを見て、雄斗は諦めたようにハハと小さく笑ってトタリと背もたれに倒れ込む。その表情はどこか寂しげに遠かった。 「やっぱ俺は死んだのか」 「死んだって……」 「だから岬と付き合えない」 「何で!? どうしてそんなことに!?」 「それが坂口に呼び出されてさぁ」  昨日の放課後、雄斗は杏里に呼び出された。雄斗も杏里が鬱陶しくてケリをつけようと出向き、いい加減付きまとうのをやめて欲しいときっぱり告げた。 「そうしたらいきなり何かで殴らた、所までは覚えてるんだけど。やっぱ死んだのか、俺」 「やっぱって」  カラリと笑う雄斗に頭が混乱した。つまり雄斗を杏里が殺したの? 幽霊なんて初めて見る。けれどもさっきから確かに雄斗に触れない。皮膚の上をすり抜ける。もう手を繋ぐことすらできないという直接的な事実は、眼の前に居る雄斗が既に存在しないんだってことで、ぐちゃぐちゃな怒りが沸き起こる。  杏里を睨みつけた。私から雄斗を奪った杏里を。よくも、よくも私の雄斗を! 「それで俺は杏里を探してるんだ」 「……探してる? だって」 「ちゃんと殺せたかと思って」 「殺せた?」 「ああ。首を絞めた。杏里が岬も殺しに行くとまずいと思って。朦朧としてたからわからない。だから探してるんだけど見つからないんだ」  何? 見つからないもなにもあなたの隣で縮こまっているじゃない。見えてないの? 何で?  ふと、手元に影がさした。見上げると店員がビクビクと私を見下ろしていた。 「あの、お客様、苦情がありまして、もう少しお静かに願います」 「すみません」 「お芝居の練習なのですか?」 「え?」 「いえ、先程から誰かと話されているようでしたので」  そこで私は机に水が1つしかないことに気づき、再び正面を見た。

先生は自分勝手です。

私の先生は自分勝手だ。 「この問題分かる人!!」 先生はきいたけど誰も意見を言う人はいなかった。 「ほんとにわかるひといないの?」 生徒はシーンとしている。 「はい、反応ない。」 先生がきれた。 みんな困った顔をしている。 先生はきれながら教室をでていった。 数秒間時間がとまったようにみえた。 金縛りにあったのかとも思った。 しばらくするとクラスのまとめ役が喋った。 「ほんとに先生怒らせたままでいいんやな〜?」 いや、お前も怒らせた一人だぞと思ったけどそれは言わないことにしておいた。 「どうする〜?」 という会話からはじまり会議をすることになった。 会議をしている途中に先生が帰ってきた。 うろちょろいろんなところを歩いている。 キーンコーンカーンコーン チャイムがなった。 5分休みの時間だ 次の授業は図書。 図書いきたいなと私は思った。 チャイムがなっても私達は会議をした。 すると突然障害持ちの“ゆうすけ”が泣き出した。 先生が慌ててゆうすけの隣にいってみんなに言った。 「君らほんとあかんなぁ。こんなんじゃ5年生なれんで。」 「ゆうちゃん泣いとってもそのままかよ。きみら最低。」 「ってかなんで君らゆうちゃんも入れて会議しないの??」 会議ゆうちゃんもいれてやろうとしたけどゆうちゃんはすぐどこかへ言ってしまう。 先生、こちらの気持ちもわかってよ・・・ 会議が終わったあと全員で 「反応をしないですいませんでした。次からは気をつけます。」 謝りに行った すると先生は 「君ら謝るの時間かかりすぎやで?。こんなんごめんなさいって謝りにきたらいいだけの話じゃん」 やっと謝れた。 先生と仲直りするのに2時間もかかった。 おかげで図書の時間はなくなった。 反応、これからはちゃんとしようと思った

Gardening Girl/お花畑な女の子

ハルが病気になったと密かに聞いて、こっそりお見舞いに行った私が見たのは、頭がお花畑となった彼女のとぼけた顔だった。 比喩ではない。 頭からカラフルな花が直接伸びていて、花畑の様相を呈していたのだ。私の視線が釘付けになったのも当然だろう。 「アオじゃんやっほー」 気楽に手を振るハルはいたって元気そうだった。 「え、いや、ハルなにどしたのそれ」 訳が分からず問いかける私に対して、花ごと髪をわしゃわしゃと恥ずかしそうにかき回しながらハルが答える。 「朝起きたら生えてきちゃったんだよね」 「……なんなの、もう」 お気楽な様子に呆れる私に、えへへ、とハルはゆるみきった笑顔を向けるのだった。 頭がお花畑とはよく言うけれど、まさか文字通りなんてことがあるとは思わなかった。そりゃ、前からお花畑な子だなとは思ってたけどさ。根元とか、一体どうなっているのかぱっと見は分からないけど、頭に直接生えてるってことなんだよね? 「うん、そうみたい」 無造作にぐいぐいと花の一本を引っ張りながらハルが言う。そんな適当にひっぱって大丈夫!? 「大丈夫だよ、簡単に抜ける感じじゃないし」 「でも抜いちゃうとまずいんだよね?」 「たぶん。調べたら根っこがあたしの脳まで食い込んでるみたいだから」 いやいや脳って。気軽に言うけど、ヤバい状態なんじゃないの? 「別に痛いわけでもないし。それに自撮りめっちゃ映えるよ」 いえ~いと顔の前でピースサインをしながら自撮りをするハルは私のスマホに画像を送りつけてくる。私は花の名前を教えてくれるアプリで検索してみた。黄色いナノハナ、青いネモフィラ、真っ白なポピーに紫色のヤグルマギクなどなど。ハルの名前の通りに生えていたのは春の花たちで、色とりどりに咲き誇るそれらは、確かにむちゃくちゃ映えていた。だけど春の花と言うことは、夏になったらどうなるのだろう。 蝉時雨がけたたましい八月になるとハルの頭の上にはアンテナのようにおっきなヒマワリがどんと鎮座していた。 「なるほど、そうきたか」 腕を組んで感心する私の前で、ハルはベッドに座りながら首を変な方向に曲げている。聞くとヒマワリが常に太陽を向こうとするので困っているのだという。私は笑い出しそうな口元をしかめっ面で隠しながら聞いてみた。 「昼間は分かるけどさ、夜はどうなってんの」 「夜はずっと下向いてる。太陽が下にあるから」 なにそれウケる。結局我慢できずに私は吹き出してしまった。 次は紅葉なのかと思ったら、秋になってハルの頭に咲き誇ったのはコスモスだった。どうやら彼女の頭に生えるのは草に限るらしい。 そんな感じで私たちはなんだかんだとお花畑を楽しんでいた。お気楽でいられたのは当人のハルが気にしないでいてくれたからなんだと思う。 ……だけど。 秋が過ぎ、木枯らしが吹いた日からしおれた草に引きずられるようにハルは意識を失ってしまった。 目覚めなくなってしまったハルは入院した。 彼女の頭の草はなくなっていて、代わりに髪が緑色になっていた。染めているわけではなく、今のハルの髪にはメラニンの代わりに葉緑素が含まれているらしい。 ご飯の代わりに髪が光合成をして栄養を補っているのだと、主治医の若いお医者さんが教えてくれた。 「ですから彼女は単に意識がないだけ、とも言えます」 「それじゃ寝てるのと一緒ってこと?」 「そうですね、極端に代謝は落ちていますが生理機能は正常ですから」 「植物人間みたいなもの、ってこと?」 「ですね。彼女の場合リアルに植物が生えてたわけですが」 頭の植物がなくなったと思ったらハル自身が植物みたいになっちゃったということだ。 ……なんなの、もう。 そのままハルは年が明けても眠り続けていた。すやすやと穏やかな表情で眠る彼女はいったいどんな夢を見ているのだろうか。 寒さもすっかり過ぎ、風の匂いに春が混じる四月になって、私は進級しひとつ上の学年になっていた。ハルは休学扱いだったから、いっこ下になってしまった。 ハル、見てみなよ。外はもう春だよ。 ハルが眠っている病室の窓からは川沿いに立ち並ぶ桜の花が見えた。 しばしそれに見とれた後、振り向いた私が見たのは。 「おはよ~」 一面のお花畑を頭に生やしたハルのとぼけた顔だった。 慌てて連打したナースコールで病室に駆けこんできた先生は再びもっさりと生えてきたお花畑を見て、「ああ、なるほど。どうやら、彼女の頭の草は一年草だったみたいですね」と納得がいった様子でつぶやいている。 私はおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになっている病室の中で、そっとハルの頭の上のお花畑を撫でる。 ぽたぽたと、私の頬を春の雨が伝う。 「……なんなの、もう」 涙で顔をぐしゃぐしゃにしつつ呆れる私に対して、えへへ、とハルは前のようにゆるみきった顔で笑うのだった。