宇宙空間の端っこ。 地球からずいぶん離れたところに、知的生命体の住む星があった。 「偵察隊からの連絡は、まだないのか」 「はい。通信は途絶えたままです」 この星の研究者たちは、移住先を探すため偵察隊を送り出していた。 「早く見つけないと…」 科学技術は進んだ。しかし、それと同じくらい自然破壊も進んだ。 「室長。我々は、どうしたらいいんでしょうか」 「わからん。彼らからの連絡を待つしかない」 その時、微かな電波を受信した。 「ん…何かのニュース映像みたいだぞ」 「おぉ。見てみろ」 画面の前に、大勢が集まった。 「偵察隊が、歓迎されてるぞ」 画面は、そこで切れた。 「もう、向こうで生活してたんだ。室長、我々も今すぐ行きましょう」 皆、宇宙船に乗り込み、偵察隊の待つ地球へと旅立った。 誰もいなくなった星。 研究室の受信画面から、映像の続きが流れ出す。 マイクを持った女性が、水槽の中を覗き込んだ。 「今年も、ここから全国に出荷されます」
勇者の僕は普通の剣を持って魔王城に辿り着き、扉を押した。すると魔王が俺を出迎えた。 「ねぇソラ。ソラはもう俺のこと好きじゃない?」 魔王はそう言って首を傾げている。こんな時になんだ。 僕は勇者でお前は魔王。僕が勝ったら、村の全員から認められ、たくさんの農作物や賞金を与えられる。でももし負けてしまったら僕も僕の家族も殺されてしまう。この戦いは僕にとっても僕の家族にとっても村の全員にとって大切なものだった。 みんなのプレッシャーで足が重い。頭が痛い。胃の中が全部出てきてしまいそう。僕は今、魔王と対面している。 そして今の魔王のバカみたいな質問に頭が追いつかない。やっと頭が追いついた時、僕はプレッシャーで押し潰れそうになっている喉を押さえて言った。 「お前なんか好きなわけないだろう。むしろ大っ嫌いだ。」 すると魔王の目が大きく開かれる。驚いた顔。お前は驚いた顔からさっきの笑顔を作って言った。 「そっか、五年前まではあんなに俺の名前呼びながら俺の後をついてきたのに。もう俺の名前呼んでくれないの?」 「呼ぶもんか。お前なんかこの村で一番大っ嫌いだ。」 僕の言葉に魔王は一瞬言葉を失う。そして再起動したように笑いながら言った。 「どうしてそんな酷いこと言うの?俺たち親友じゃん」 それを聞いて今度は僕が言葉を失う。言葉を失っている間に五年前のことが蘇ってくる。五年前まで、僕とお前は親友だった。 この村には子供が少なかった。田舎だからか若者がどんどん出ていって過疎化が進んでいた。だから数少ない同い年のお前とすぐに仲良くなった。 数少ない同い年との会話はすごく楽しかった。おじいちゃんの面白い話や山の麓にあるグミの木の実が美味しいこと、2人で作った秘密基地のこと。たくさんの楽しいことをした。 僕たちはとても馬が合った。 周りの大人たちは口を揃えて言った。 「まるで双子みたいだね」 「きっと運命なんだよ」 そんな大人たちの言葉を聞いて僕は満更でもなかった。でもお前はその言葉を聞いて機嫌が悪くなった。 「どうしてそんなに機嫌が悪いの?大人たちは褒めてくれてるんだよ」 「わかってるよ。でもなんていうか、仲良いのが前世双子とか運命だとか決めつけられてるみたいで嫌だ。だって俺は自分の意思でソラを選んだのに。前世とか運命とかそんなの関係なしにソラがいいからソラを選んだのに」 お前の言っていることがよくわからなかった。でもなんだか照れくさくなってそっぽを向いた。 「なんでそっぽ向くの」 お前は頬を膨らませてながら言った。お前の顔もなんだか照れくさかった。 「だって、なんか変なこと言っててよくわからないんだもん」 僕がそう言うとお前は笑った。 「ずっとわからなくていいよ」 そう言って僕の頭を撫でた。その時の身長は僕の方が高かったはずなのに、なんだかその時だけお前の方が大きかった気がする。 今、目の前に立っているお前は俺の身長なんてとっくに追い越している。きっと10cmは差があるだろう。いいやそれ以上ありそうだ。 お前に上目遣いをしないといけないのはいい気持ちがしない。僕は言葉を失っていたことを思い出して、お前に言い返した。 「親友か。いつの話してるの?僕とお前は今、敵同士。親友なんてものじゃない。身長だけ大きくなって気持ちはまだ小さい頃のままなの?」 嘲笑を含んだ僕の言葉にお前の瞼がピクッと動いたように見えた。ちょっとだけイラッとした時にする仕草。 「えー、俺はソラとまだ親友のつもりなんだけどな。それと身長のこととか今関係あった?もしかして気にしてるの?ちなみに俺は今188cmある。気になってそうだったから教えてあげるね。お前は170cmもなさなさそうだね。まぁそんなことはどうでもいいよ。ソラがすぐに人を捨てるってことがわかったし」 今度はお前が嘲笑を含んで言う。188cm、俺と20cm差だ。 「うざ。身長自慢かよ。あ、そっか。それしか誇れることがないもんね。すぐに人を捨てるとか人聞きが悪いなぁ。仕方なくだよ。仕方なく。立場的に僕たちが親友でいたらまずいだろ。そんなのもわからない?そっかお前バカだもんね。」 もっと嘲笑いながら言う。お前も負けじと言い返す。 「立場的に、って俺らの友情はそれだけのものだったの?というかバカなのはソラでしょ?だってテストの順位、下から数えて3番目でしょ。俺は上から3番目だったよ。バカなのはどっち?」 喧嘩だ。口喧嘩。 五年前を思い出す
親父が言ってた。 昔、コンビニのゴミ箱には、消費期限の過ぎた弁当が捨てられていたって。 「ああ、腹減った」 だから、貯金が尽きて、腹をすかせた俺がコンビニに向かったのは、当然の判断だろう。 「……なにもねえし」 だが、時代は無情だった。 弁当どころか、コンビニ近くにごみ箱さえもない。 くそみてえな潔癖社会。 「はいはい。ゴミなんて食わずに死にますよ」 壁に恨み言を履いて、その場を立ち去ろうかと思った瞬間、何かを蹴った。 「ん?」 足元を見ると、美少女が倒れていた。 長い髪が地面に広がり、スカートが風でひらひらと揺れている。 人生で初めて出くわした状況だ。 俺は周囲に誰も居ないことを確認すると、肩をゆすってみた。 「もしもーし。こんなところで寝てたら、風邪ひきますよー?」 起きない。 腰を揺すってみた。 「もしもーし?」 起きない。 こうなれば仕方ない。 決して本意ではないが、胸か尻を揺すってみよう。 「う、うーん」 起きた。 揺すってないのに。 ちくしょう。 美少女がダルそうに体を起こして、眠そうに眼を擦った。 そして、辺りを見渡した後、俺と目が合った。 「え? 泥棒?」 「なんでだよ」 「ここ、私のうち」 「地球があんたの家なら、神様かなんかな?」 「? 何言って……あれ?」 美少女は、ようやく自分のいる場所に気づいたようだった。 目を丸くして驚いた後、また俺を見てきた。 「ここはどこでしょう?」 「コンビニの横」 「今日は何日でしょう?」 「八月十六日」 「私は誰でしょう?」 「それは知らん」 「なんと、私はアオイです」 「サプラーイズ、じゃねえんだよ」 美少女が起き上がりたそうにしていたので、俺は美少女の腕を引っ張った。 「ありがとう」 「どういたしまして」 「ところで、私のカバンはどこでしょう?」 「それも知らん」 美少女は、自分がスマホも財布も持っていないことに気づいて、首を傾げた。 「そういえば、昨日は合コンでした」 「昨晩はお楽しみでしたね?」 「その後、ホテルに連れ込まれそうになったので、金玉蹴り上げて逃げてきたんです」 「女の子が金玉とか言っちゃいけません」 「ただ、私も相当酔っぱらっていましたので、とりあえずコンビニで廃棄弁当を調達しようと思い、ここで力尽きたみたいです」 「まさか、廃棄弁当を調達しようとした馬鹿が、二人そろうとは」 「これからどうしようかなあ」 美少女は、困った表情で首を傾げた。 交通費を渡してやるのが格好いいところだが、生憎今は金がない。 かといって、ホテルに連れ込まれそうになったばかりの女を、自宅に招くほど馬鹿でもない。 「貴方のおうちは近いですか?」 「まあ、そこそこ」 「お風呂貸してください」 「なんでだよ」 「ついでに服も」 「ねえよ」 「彼女がいないことは分かっているので、男物の服でいいです」 「そこまでは言ってねえよ」 流れに乗せられて、美少女が俺の家に来た。 突然のことだったから部屋は散らかっていたが、美少女は気にせず風呂場に直行した。 「バスタオルあります?」 「後でここに置いとく」 「五秒以上、覗かないでくださいね?」 「四秒以内ならいいのかよ」 シャワーの音が聞こえる。 俺はクローゼットからバスタオルと着替えの服を引っ張り出して、風呂場の近くに置いて、四秒だけ風呂場を覗いた後、部屋に戻った。 だらだらとスマホを触っていると、美少女が部屋に戻ってきた。 髪の毛がしっとりと濡れて、水も滴るいい女というやつになっている。 「まさか本当に覗くとは思いませんでした」 「許可はもらってたからな」 「人生初の女性の体はどうでした?」 「見たことないなんて言ってねえよ」 美少女が俺の前に正座したので、俺も正座で座り直した。 「実は記憶喪失でして」 「このタイミングでカミングアウト!?」 「しばらく、ここに置いてください」 美少女が深々と頭を下げてきたが、俺は少し迷っていた。 こんなに都合のいい話があるだろうか。 美人局ではないだろうか。 とは言え、話している感じ、嘘をついているようにも思えない。 本当に記憶喪失だとすれば、放り出すのもどうかと思う。 「いいぞ」 「本当ですか!」 「ただ、家に慣れたらバイトをしてくれ。なんと、家賃滞納二ヶ月目だ」 「お願いする相手を間違えましたね」 これが、謎の美少女アオイと出会った日の話。 そしてこれから語るのは、俺の人生で一番熱かった、アオイと過ごした思い出話だ。
新落語 誰もが知っている「いけないの話」 今宵は、いけない このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている あぶない それからどうした いけはある しかし あぶない いけはない ことにする こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
ひさしぶりのホームセンターは、ヒノキと混凝土と、洗剤の混じった生活の匂いがした。 幼い頃から、よく親に連れて行ってもらっていた遊び場。おもちゃ、お洋服、お惣菜。欲しいものは基本なんでも揃う。今でも、この場所にお宝が並んでいることには変わりない。 ふと、いくつかのマグカップが目に留まった。赤と白の水玉模様。その隣には、黄色と白のチェック柄。青や黄緑の色違いも並んでいる。 そういえば、昔……まだ幼稚園児だった自分も、あのマグカップと同じデザインの列を目にした覚えがある。それは確かに色とりどりで、本当にかわいらしいスカートの束だった。フリルのついたもの、エプロンやドレスのようなもの、ゴシックチックなワンピースも。輝かしいショーウィンドウの数々は、あの頃の自分を一瞬で惹きつけて、長らくその魅力に私の嗜好は憑かれていた。 当時は卒園間近であり、私の両親は、いつか我が子がランドセルを背負い、小学校の門をくぐるにふさわしい服を求めていた。私はもちろん、かわいらしいスカートでなくちゃ! と意気込んだ。けれど、両親は「今後のことも考えて、いつでも着られるような、当たりさわりのないものを」と言って、私の夢を却下した。 二人は揃いも揃って、当時はダサかった無地のパーカーや、白のスウェットに、黒のハーフパンツと、次々に服を買い与えてくれた。べつに、そのことがイヤだったわけじゃないけど。ないけど……。 「ねぇ、これ」 ふと、母の声が私を呼んだ。 また一つ、しわの伸びた彼女の、指先がつかむのは銀色のハンガーで。その、しなやかな曲線には、当時の憧れがそのままタイムスリップした様子で干されていた。 「アンタ、まだ若いんだから。こういう、かわいいのが似合うんじゃない? 無地のものばかり着てもつまらないでしょ。それに、ほら。アンタが今着てる白黒のスウェット、ダサいし。なんだか年寄りクサく見えるわよ」 あっ、そう。母さんには、そう見えるか。でもね、私は今の服、好きで着てるから。 「いらないよ」 私の返事に「そっ」とだけ答えて、母はスタスタと違う陳列棚へ歩き出す。 ここに父がいたら、あの人はなんて言ったのだろう。やっぱりダサいって。もっとかわいらしく、若々しいものを着なさい、って言うんだろうか。女の子だものって。 でもね、父さん、母さん。もう私、そんなかわいい服は好きじゃないし、それが欲しいとも思わない。だから、もう選ばないよ。 もう選ぼうなんて思わないから。 「あっ! やっぱりこっちの方が良いかしら?」と、まだ母の呼び声が聞こえる。
白い月を目指して歩いて行く 1日歩いて夜になった 白い月は今は黄色く光っていて 僕に手を振っている 直ぐに届くと思ったのに 歩けば歩くほど 案外遠くにあると分かってきた 僕が手を伸ばすと白い月は僕の手を取ってくれた 白い月が手を引っ張って僕はグイグイ近づいていく 雲を過ぎた辺りで息が出来なくなる このまま息をしなくても良いかもな そんな事を考えてしまう そんな事を考えてしまう 僕はそっと白い月の手を離した 白い月が急いで土星の輪っかを借りてきて 僕はその輪を握る 今は土星の輪っか越しに白い月を見ている また息を続けてみる 魔法にでもかかったようだった
深く暗い森の奥に、年老いたリスのおばあさんがひとり住んでいました。 おばあさんは毎朝、杖をつきながら森の奥へ 食べ物を探しに歩いて行きます。 ある日のこと。 木の実を拾っていると、聞きなれない鳴き声が耳に届きました。 「ピィ、ピィ、ピィ…」 声のする方へ向かうと、苔むした切り株の陰に小さな鳥の子どもがうずくまっていました。 羽はまだ生えそろわず、大きな口を開けて泣いています。 「どうしたんだい」 声をかけても鳴き続けるばかり。 「親とはぐれたんだね」 おばあさんはその子を抱きかかえ、家へ連れて帰りました。 小鳥はピィ、ピィと鳴き続けます。 おなかがすいているのでした。 けれど家の中に食べ物はありません。 おばあさんは虫を捕まえて食べさせましたが吐き出してしまいます。 花の種も駄目でした。 「困ったねぇ…何が食べたいんだい」 そこへ、ドンドンドンと扉を叩く音。 「ちょっと、ばあさん」 隣に住むおばさんリスでした。 「ピィピィうるさくてかなわないよ。静かにしておくれ」 「ごめんよ。子どもを拾ってきたんだけど、鳴きやまなくて困っているんだよ」 「なんだい、その汚い子どもは。とっとと捨ててしまいな」 そう言うと、おばさんは怒って帰っていきました。 翌日も小鳥は鳴きやみません。 おばあさんは隣の家を訪ねました。 「すまないが、少しだけドングリを分けてもらえないかね。あの子が欲しがるようなんだよ」 けれどおばさんは顔をしかめました。 「冗談じゃないよ。大事な実をあんな子にあげられるもんか。欲しいなら自分で取りに行くんだね」 おばあさんは黙って頭を下げると、心に決めました。 ──あの山の向こうに残る大きなドングリの木へ行こう。 それは若い頃の苦い思い出の場所でした。 夫と実を拾いに行ったとき、人間の作った広い道路を渡らねばなりませんでした。 そこで夫は車にひかれて命を落としたのです。 それからずっと、その道はおばあさんにとって恐ろしいものでした。 けれど今は違います。 小鳥のためなら、恐れを越えてもかまわない。 おばあさんは走り出しました。 轟音を立ててすれ違う車。 小さな足はもつれそうになりながらも、心はひとつの願いで満たされていました。 「どうにか…たどり着けたよ」 大木の根元には、黄金のように輝くドングリがたくさん落ちていました。 おばあさんはポケットに実を入れ、家へ帰ろうとします。 「さぁ、帰ろう。あの子が待っている」 けれど再び道路に立ったとき、老いた足は思うように動きませんでした。 ついによろめき、転んでしまいます。 ポケットから転がり落ちた大切な実。 それを拾おうとした瞬間──。 大きな車が、おばあさんの小さな体を飲み込んでいきました。 そのころ、家では小鳥がまだピィピィと鳴いていました。 やがて扉を叩く音が響きます。 「おい、ばあさん、いるのかい」 隣のおばさんリスでした。 けれど部屋の中にはおばあさんの姿はなく、ひとり、小鳥だけが鳴き続けています。 「うるさい子だねぇ。…仕方ない」 おばさんはしぶしぶ、自分の家からドングリを持ってきて口に放り込みました。 小鳥はしばらく鳴きやみましたが、すぐに吐き出し、また声をあげます。 「なんだいこの子は、もう知らないよ」 そう言い捨てておばさんは出ていきました。 おばあさんは、もう帰ってきません。 やがて鳴き声は途絶え、 小鳥は静かに、冷たくなって横たわりました。 森の奥に夜の帳が降りると、ただ木々だけがその小さな命の終わりを見守っていました。 ──物語はそこで終わりました。 照明が少しずつ明るくなり、朗読をしていた女性がマイクを握った。 「皆さま、本日はお忙しい中、弊社主催の投資セミナーにご参加いただき、ありがとうございます」 正面のスクリーンに、大きな文字が映し出された。 『未来の子どもたちのために、里山にドングリを植樹しよう』 すると、ステージのそでから、高級なスーツを着た中年の男が現れた。 拍手が響くなか、司会者が声を上げた。 「皆さま、お手元の資料をご覧ください」 資料には、植樹をするために必要な金額が書かれていた。 「高いな…」 参加者が、となり同士で小声で話している。 すると、気づいた男が、マイクを持ったままステージを降りた。 「この植樹は投資です。損はしません。ドングリの木を植える“権利”を買っていただく。何本でも構いません。それを親戚や友人に紹介すれば、その分の利益があなたに入る。これを繰り返すだけです」 男はゆっくりと会場を見渡し、声を張り上げた。 「植樹しますか?」 「植樹します」 そして一歩近づき、もう一度言った 「植樹しますか?」 「…植樹します」 男はほくそ笑みながら、小さく呟いた。 「よし。また、たくさん子どもが生まれた」
突然の夕立ち 傘はなかった ぐっしょり濡れた ブラが透けた 「気にしないで」 「いえ、気にしますよ」 「ふうん」 「はい?」 「ううん」 「だって」 「見る?」 「ちょっ」 「冗談冗談」 「よしてくださいよ」 「でも、いいよ」 「え?」 「見ても」 短いラリーは テレと恥ずかしさの裏返し 相手をしてくれていた スマホのなかの人工知能は 最後に、やさしく言った 「そろそろ風邪ひきますよ」と
「お前がラスボスだな!」 ダンジョンの最深部。 勇者は、魔物に剣を突きつけて叫んだ。 「いえ、ラスボス代理です」 魔物は答えた。 冒険者は剣を下ろして、首を傾げた。 「え? 代理?」 「代理です」 「本物のラスボスは?」 「休暇中です」 「じゃ、出直します」 「私を倒しても、ダンジョンをクリアしたことになりますよ。しかも、私はラスボスより弱い。出血大サービス」 冒険者の剣が揺れる。 ラスボスを倒して気持ちよくダンジョンをクリアしたい気持ちと、通常よりも低いコストでダンジョンをクリアしたい気持ちの狭間で、心が揺れ動く。 「そんな、卑怯なことは」 「卑怯じゃないですよ。こっちの都合なんで」 「……もしもお前を倒した後、ラスボスが戻ってきたらどうなる?」 「ダンジョンのクリアが確定した後なので、魔物の生存は不可。ラスボス、バカンスから帰ってきたら家を失ってて、ひっくり返るでしょうね。あっはっは」 「笑い事なの!?」 ラスボス代理の言いざまに、思わず冒険者の方がラスボスを心配してしまう。 しかし、相手は魔物。 そんな善意ごときで相手をしていい存在ではない。 ダンジョンが存在する限り、周辺の村々に被害が出るのは事実なのだから。 冒険者は揺れていた剣を握り直し、ラスボス代理に剣を突きつけ直した。 「俺は、お前を倒す!」 「おお、ようやく決意しましたか。では、尋常に、勝負!」 冒険者の剣とラスボス代理の爪が、ダンジョンの最深部で衝突した。 そして、剣が折れ、冒険者は一撃で敗北した。 「いや、弱いんかーい!」 ダンジョンの魔物たち全員から逃げ隠れする成功にして最深部に到達した冒険者は、敗北と共に入口へと強制転送となった。
常磐道を北上して、いわきの辺りで下りる。夏空の下では太平洋は碧々としていて、遠くの風力発電所が後ろの真白の雲でどこにあるか一瞬分からなくなる。窓を下げると潮風は助手席まで流れ込んで、父はサードへギアを上げる。 四倉を出た辺りから、右側に新しいコンクリートの堤が目立つ。堤の白は海の煌めきより余程眩しい。時折渡る橋の上からしか穏やかな海は見えない。 東北本線が左へ進路を変えて、私たちの行く先から逃げていく。堤の上には黒々としたアスファルトに覆われて浜街道が続く。堤の坂をローギアで駆け上がれば、やっと富岡の町を見下ろす。いつからか海は白波を立てている。対向車は居ない。眼下の街は空き地と古びた家が所々あるだけで、畑だったであろう場所には背高泡立草が緑に繁っている。花はまだ咲いていない。 遠くに、小良ケ浜の灯台が見えた。あの岬の奥にあるだろうイチエフは姿を見せない。もう少し街道を行くと、いよいよバリケードに行く手を阻まれた。五年経っても、この先は見えぬ物の怪に侵されているらしい。車を降りれば、バリケードの奥に古びたセダンがある。タイヤはパンクし、ワイパーには落ち葉が積もっている。銀の車体は鈍く光って、景色を写し出すこともない。その奥に、僅かに白い灯台が見えたが、やはりイチエフは見えない。 行く手を阻まれた以上、引き返すほか道はない。太平洋は進行左側に見えるようになって、白波は更にしぶきを上げている。
郊外にある一軒家。 男がカメラを片手に、玄関の扉を開けた。 何十年も誰も住んでいない家。 家具には、白い布が掛けられていた。 「二階の奥……」 廊下に、きしむ音が響く。 階段を上がり、目的の部屋に入った。 「これか……」 男は窓際の白い布をめくり、中を確かめた。 そこには、ひじ掛けのついた古びた椅子があった。 横の机には、家主だった老婆の写真が立て掛けられている。 「皆さん、ご覧になってどうでしたか?」 スーツ姿の男が声をかけた。 部屋には、数人の男女がモニターの前に座っている。 男がスタッフに視線を送ると、窓際の椅子が運び込まれた。 「晩年、お婆さんはこの椅子に座り、外を眺めてました」 集まった男女は、緊張した顔で耳を傾けた。 「さぁ、皆さん。順番に椅子へ座ってみましょう」 机の上には、老婆の写真が置かれている。 「私は無理です……」 声が震える。 「大丈夫ですよ」 男が、そっと寄り添った。 女は恐る恐る、椅子のひじ掛けに手を掛けた。 そして、ゆっくりと腰を下ろした。 「がんばりましたね」 部屋に拍手が響いた。 すると、一人の男が手をあげた。 「先生。この椅子には、どんな因縁があるんですか?」 「……そんなものはありませんよ」 「でも、この写真の顔……」 スーツの男が、写真を手に取った。 「このお婆さん、私の母ですね」
まだ彼が私の隣に居てくれた頃、彼はよくマスクの下で微笑んでいた。もしそれが多少の悪戯心を含んでいると、微笑んだ後に、内緒です、と口元に人差し指を当ててみせた。 来月でもう、四季が二廻りする。窓から鈴虫の鳴き声が聴こえる。 いつか、彼が家に来た時、普段は口だけでしか思わせ振りなことを言わないくせに、一度だけ正面から抱きとめてくれたことがあった。何ヶ月も離れるわけじゃないんですから、と、一向に離さぬ私を彼は諭した。 こめかみの辺りが濡れている。枕の色は濃くなって、私の淋しさを写し出す。この雫が彼を彩れば良いのに、と思う。 彼が心の内を話してくれたのは今頃だったろうか。空蝉から逃げたいと言った彼を、私は見つめることが出来なかった。理由を彼は話さなかった。私は、貴方でないから貴方の苦しみは分かることが出来ない、と枕詞を付けて逃げていた。 沈香の煙が風に流れてこちらに来る。ろうそくの燈火は揺れて、彼の銀写真をぼやぼやと微睡ませている。 綺麗事しか言えない私に、彼は一度だけ微笑んだ。声を出して、ほんの少しだけ。私はそれを見て安心した。安心してしまった。 ろうそくが今しがた消えた。香の先だけが小さく灯っている。額の中の彼は、未だ十六のままである。
男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」
オレンジのシャーベットこそ 王道なのだと おじいちゃんの教えを守りつつも レモンのシャーベットを 口にしてみる すっぱいね 困惑する息子に さわやかっていうのさ 教えてやると ひとつ大人になったような顔を 息子は見せる この夏の小さな でも 息子にとっては ちょっとばかり 大きな出来事
グラウンドの端にある小さな部室棟は、夏休みに入っても活気が溢れていた。 西日が眩しくて、私はパイプ椅子に深く腰掛けたまま、ゆっくり回るサーキュレーターを見ていた。 「ねえ、本当にアイス買ってこなくて平気だったの?」 床に直座りして文庫本をめくっていたハルが、顔も上げずに言った。 「うん、別に。さっきの麦茶で足りてる」 「強がらなくていいのに。今ならアイスの棒で人生占いできるよ」 「なにそれ」 私が笑うと、ハルは文庫本を閉じて、床にゴトンと仰向けになった。 高校最後の夏休み。美術部の私たちは、コンクールに出す大きなキャンバスを前に、もう二時間近く作業の手を止めている。進路希望調査の紙は、私のリュックの底で何度も折れ曲がったまま放置されていた。 「なんかさ」 ハルが天井に向かって手を伸ばす。少し絵の具が付いている腕に、西日が透けていた。 「蝉の声って、急に止む瞬間あるじゃん」 「あるね」 「あの瞬間、誰かがボタン押して止めてる気がしない?」 「しないよ。暑さで蝉も休んでるだけでしょ」 「情緒がないなあ」 ハルはくすくす笑って、伸ばした手をパタンと胸の上に戻した。 静かになると、部室の隅で鳴っている古風なラジオのノイズと、外で運動部が走る足音だけが聞こえた。冷房の効きが悪いこの部屋で、二人でただだらだらと時間を溶かしている。 廊下を誰かが走っていく音がした。カツカツと硬い音が響いて、やがて遠ざかる。 「私さ、東京の大学行くかも」 唐突にハルが言った。 私はサーキュレーターから目を離して、ハルを見た。ハルは天井の一点を見つめたまま、表情を変えない。 「……そっか。美術系?」 「ううん、普通の文学部。親がそっちの方がいいって」 「ハル、絵うまいのに」 「うまいだけじゃダメなんだってさ。お父さんが言ってた」 ハルの声は驚くほど淡々としていて、それが逆に少し寂しかった。 この街から東京までは、電車を何度乗り換えても二時間以上かかる。今までみたいに「明日、部室でね」と言って別れることは、もうできなくなるのかもしれない。 「私はさ」 私が口を開けると、ハルが首だけをこちらに向けた。 「地元に残ると思う。たぶん、近くの適当な大学」 「そっか」 「うん」 それ以上の言葉が出てこなかった。悲しいわけでも、怒っているわけでもない。ただ、今まで当たり前のように重なっていた私たちの時間が、少しずつ違う方向へ枝分かれしていく予感だけが、西日の熱気と一緒に部屋に満ちていた。 ハルがゆっくり起き上がって、イーゼルに立てかけられた自分の絵を見た。まだ描きかけの、夕暮れの街の絵。 「まあ、どこに行ってもさ」 ハルはパイプ椅子の足に自分の爪先をコツンと当てた。 「たまにさ、LINEくらいはするでしょ」 「当たり前じゃん」 「返信遅いから不安になるんだよね、君」 「失礼だなあ。ちゃんと返すよ」 そう答えると、ハルは嬉しそうに目を細めた。 ガラガラ、と部室の引き戸が開く音がして、ぬるい風が入ってきた。顧問の先生が顔を出して、「おい、そろそろ鍵閉めるぞ」と声をかけてくる。 「はーい」 二人で声を揃えて返事をして、立ち上がった。 片付けをしながら、私はイーゼルにかかった自分のキャンバスをチラッと見た。絵の具の匂いと、ハルの髪からする汗の匂いと、ぬるくなった麦茶の味。 特別ドラマチックなことなんて何ひとつ起きなかったけれど。 大人になって、この町の夏の匂いを嗅ぐたびに、私はきっと今日のこの、少し居心地の悪い静けさを思い出す。 「アイス、やっぱり奢ってあげようか?」 部室の鍵をかけながらハルが振り返る。 「いいよ、自分で買う」 「素直じゃないなあ」 ふたりで笑いながら階段を降りると、外の蝉が一斉にまた鳴き始めた。
新落語 誰もが知っている 「まっとの話」 今宵は、マット このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 柔道 それからどうした マット そんなに じゅうような ものなのですか よだんでは ございますが そのあとどうした 4段 お話があります 大事な話をしてる まっとけとなる こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
風が気持ちいい 元気に鳴く蝉 軽快に鳴く鳥 筋肉が硬いまま 少し引き締まる体 電車の走る音がスペシウム光線に似ている アロハの花たち 女性のアナウンスが多いが確かに男性より女性の声が安心する 座席から真っすぐ伸びた足 座席の塵 席を移る時の間 片足の踵が浮いたまま 読書をする白髪の男性 まだ起きない息子 朝の準備を妻に手伝ってもらう 自分の状態と昨日思った事を二人で話し合う あなたは間違ってない あなたは療養中 休んだって良い 途中で帰って来ても良い 安全第一で 金はない せめて愛情は無限に 甘やかすのではなく普通に 生きる意味などない 誰にも強制されなくていい 誰も強制しなくていい 自由に過ごして。死にゆくまで 青い空に白い雲 光 陰 片方の足がつま先立ち 傷が増えていく時計 間もなく 折り返し マナー ターミナル ちょえん 仲間には話すことはない信頼してリラックスしているから側にいてくれたら嬉しい 知らない人とは会話を楽しむ緊張するから知りたいから距離はつめない バッグのショルダーに付いたクッションが背中にいる 両手をズボンのポケットに入れた女性のお尻 人波に逆らって歩くには早くではなくゆっくり行くといい ビジネスホテルの窓で踊る裸の男女 長すぎる靴紐 ナイキ ナイキ ニューバランス ナイキ パンプス 革靴 サンダル ニューバランス 爪は伸びてくると角が無くなってくる 虫除けをいい匂いだと言ってくれる優しさ 夕日を乗せた頭 少し高めの体温 髪留めで笑うきみ 昨日の忘れたくない出来事 発車ベルのトレル スマホに見惚れる人々 クーラーの呻き 折り返しの歳の太陽 折り返しの歳の息子 反転する鏡 跳ね返る光
電灯の下 生ぬるい風がこびりついたまま 私は街の端から端まで 自転車を押して歩いていた 大きな通りは避けて 数本内の住宅街を歩いた たまに突き当たる広い通りには ライトを照らしたまま 多くの車が行き来していた ゆっくり ゆっくり この時代の景色を目に焼き付けていたかった たまにすれ違う人々には 哀れみに似た感情を抱き いずれも目を逸らすように下を見た いくつもの時代 それらの因果は全て 最終的にこの座標を示していた 空 交差する電線の奥に見える 暗いそこには 月の光に照った雲が散っていた この座標値から さらにもう少し行ったところで 彼らは 因果律から消え去ることになる その頃には私の歩いた道も 遺物となって埋もれている それを見ることがないように 私はもう何度も 何度も 何度も 何度も 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度�何度も何度も何度も何度�何度も何�も何度も何度�何度も何�も何度�何�も何度も�度も何度�何�何�も何度���度も何��何度����何����も����������������������������� この座標上に取り残されている。 少し、外を見に行こう。 空気に湿り気を感じる夜、 私は自転車の鍵を取って 玄関を後にした。 _________ 記録番号:████████ 観測座標:████████ 観測時刻:照合不能 対象:確認 出発記録:確認 経路記録:確認 帰還記録:該当なし [再照合] 対象:確認 出発記録:確認 経路記録:確認 帰還記録:該当なし [再照合] 対象:確認 出発記録:確認 経路記録:確� 帰還記録:該当な� [再照合] 対象:確� 出発記録:確認 経路記録:��� 帰還記録:������ 【警告】:記録系列に不整合を検出 照合中…… 照合中…… 照合� ERROR : # TEMPORAL INDEX MISMATCH 現在座標:取得不能 帰還時刻:取得不能 帰還地点:取得不能 対象の消失: 確認されていません 対象の帰還: 確認されていません 『※ 帰還記録 なし。』
山間部にある限界集落。 集会所に年寄りたちが集まった。 「だいたい集まったな」 村長が、長机を挟んで座った。 「今日は、村の今後のことを話そうと思ってな」 「どうした、急に」 「昔みたいな、賑やかな村に戻りたいだろ」 ──ガラガラガラ。 玄関の扉が開いた。 「遅くなりました」 スーツ姿の男が入ってきた。 「おぉ、待ってたよ。この人、ホラープランナー」 年寄りたちが、視線を向けた。 「村長、あんた何考えてんだ」 「この村、空き家多いだろ。それ使って、お化け屋敷作る」 男が、声をあげた。 「私は、お化け屋敷の企画から立ち上げ……」 「ちょっと待て。村に、お化け屋敷作るってか」 村長が立ち上がり、窓の向こうを指さした。 「若い奴らって、心霊好きだろ? しかも、没入型だ」 「なんだ、それ」 男が一枚の紙を取り出した。 そして、年寄りたちを見渡すと、大きくうなずいた。 「まぁ、開業は二、三年後ってとこですかね」 ──契約書。 『死後はキャストとして勤務すること』
「弊社の志望動機は何ですか?」 「はい! 私は昔から、国語が苦手で、人間の心がないと言われていました! そんな私であれば、きっと御社で活躍できると思いました!」 私は、就職希望の学生から、手元のパソコンへと視線を移す。 パソコンの中に入った採用AIが、目の前の学生の適性を数値化していた。 『適正九十五%。マスメディア企業への適性があります』 「……はい。ありがとう」 その後も面接はつつがなく進行し、面接が終わるころには、適正九十八パーセントまで上がっていた。 学生が出て行った部屋の中で、私は虚しく空を見上げた。 「私も、国語が苦手で人間の心がないって思われているのかなあ」 入社が決まった時、喜んでくれた両親の心のうちを想像しながら、私の胃がキリキリと痛んだ。
「誰か彼を止めないと……」 「それが、制裁だって言って聞く耳持たないんですよ」 「みんなが迷惑してるよね」 集まった代表たちが、深いため息をついた。 「この前も『我々は最強だ』って言ってたでしょ」 「そう、自分たちファーストってね」 「でも、一般人にケガさせるのはやりすぎ」 「黙ってるけど、君はどうなの? 仲間でしょ」 部屋の隅に、視線が集まった。 「すみません。一部が暴走してて。ぼくも、シャケくわえてた頃が懐かしいです」
例えば 雲の中に入って 上も下も分からなくなって 見渡す限り灰色で そこから世界を見たければ 雲が晴れるのを待つしかない 今少しずつ 青い色が見えてきている 太陽の光の塊がどこにあるかが 分かってきている ■カモメ 群れらから外れたカモメが空高く舞い上がり一人雲の中を飛んでいる 雲を抜けると濡れた羽を太陽と風が急いで乾かしている カモメが見つめる先の山の向こう 仲間たちはあの先へ行くと帰って来れないという だが、ここには何があるのだろうか 我々はまだ進んでいないだけではなかろうか あの先へ カモメは夕日の沈むあの山の向こうを見つめている
平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」
「こちら、つまらないものですが」 「つまらないものなら、結構です」 引っ越し初日。 私の挨拶は、完全に失敗した。 お隣さんの家の扉が閉められ、私は手土産を持ったまま立ち尽くしていた。 「ちょっと貴女、大丈夫? あ、私、この家の隣の人なんだけど」 落ち込んでいたら、お隣さんのお隣さんが声をかけてくれた。 「あはは。つまらないものって言ったら、断られちゃいました」 「あー。この家の人、ちょっとクセあるからねえ」 軒先で、その家主をディスる。 どうやら、相当嫌われているようだ。 「この間も、電話はお控えくださいって書いてる場所で、控えめならいいんでしょって電話かけ始めたし。しっかも、どこが控えめなんだってくらいに声が大きくなっていってね。ほんとにもう」 お隣さんのお隣さんは、相当なおしゃべり好きらしい。 声がどんどん大きくなっていって、これはもう、テレビでも見てなければお隣さんも聞こえてしまうだろう。 私はこの場をさっさと終わらせようと、お隣さん用だった手土産を、お隣さんのお隣さんへと差し出した。 「あの、これ。本当はこのおうちに渡す予定だったもので、つまらないものではあるんですけど、もしよければ」 「あら! いいのお? ちなみに、中身って聞いてもいい? いやね、失礼だとはわかっているんだけどね。うち、結構アレルギー持ってたり肌が弱かったりする人が多くてね。せっかく貰っても、捨てることになっちゃうと申し訳ないし」 確かにそうだ。 気づかなかった。 色んな家があるもんな。 私は、紙袋の中身を思い浮かべた。 「えっと、日本三大和牛の高級黒毛和牛焼肉セットと」 「いただくわ!」 「オーガニックコットンの今治タオルセットです」 「超いただくわ!」 どうやら、アレルギーにも肌荒れにも影響ないらしい。 私がほっと胸をなでおろしていると、お隣さんの家の中から、足音が近づいてきた。 しまった。 もしかしたら、やっぱり寄こせと言われるのかもしれない。 買ったのはこれだけだし、既にお隣さんのお隣さんに渡してしまった後だというのに。 私はまた不安そうな表情を浮かべる。 「もしかして、お隣さんが、やっぱり寄こせって言ってくるかも」 「大丈夫よ! お隣さん、プライド高いし自分の行ったことは守るから、間違ってもやっぱり寄こせなんてダサいこと言わないわよ!」 足音が、やんだ。 「それに、後から同じ物を寄こせとも言わないから! そういった格好悪い生き方はできないし、するくらいなら死んだ方がマシって言ってたしねえ!!」 お隣さんの家の中方、地団太を踏む音が聞こえた。 「あんまり引き止めても悪いから、そろそろ帰りましょうか。焼肉セットとタオルセット、ありがとね!」 バチコーンとウインクをしてきたので、わざとお隣さんに聞かせていたのだと分かった。 私は、お隣さんのお隣さんに頭を下げてから、家へと戻った。 「大変そうな人だなあ」 家の中に入って安全が確保されてから、私はようやく、お隣さんに同情した。
「え? 彼氏と別れたの?」 「うん。なんか、面倒なところばっか見えてきちゃって。別れたくないって縋って来たけど、ふっちゃった」 友達が破局したらしいので、私はさっそく友達の元彼と連絡を取った。 以前、皆で一緒に遊んだときに、連絡先を交換していて良かった。 『お久しぶりです』 『……俺、貴女と友達と別れたんですけど。聞いてない?』 『聞いてますよ!』 仲を取り持つ体で、一度会った。 慰める体で、何度もあった。 心が弱っている時に、体を捧げた。 もう、私の物だ。 「あの子には内緒だよ?」 「わかってるって」 ベッドの中で、彼は力強く頷いてくれた。 ありがとう、私の友達。 いつも貴女は、私にいらないものをくれる。 給食で出た嫌いな食べ物。 ガチャで出た要らないグッズ。 食べ飽きたお菓子。 だから、これももらってもいいよね? 貴女が育ててくれた、貴女の要らない彼氏も。
すずめも からすも 鳩も鳴かず ラジオも スマホも コーヒーメーカーも静かで さらには 冷蔵庫のうなりさえも 気にならない 静寂が守られた朝は けれどどこか もの足りなくて 心が 弾けて 叫びだしそうだ
「別にさ、弱くてもいいんだよ」 仕事終わりの帰り道。街灯と車のヘッドライトが揺らめく中。はつらつと、先輩の笑い声が響く。 「弱いままの自分でもね」 だから、私はあなたに問う。 「だとしたら、『成長』って言葉はいらなくないですか?」 分かりやすく、先輩は眉をしかめる。 「弱いままの自分を許すことも、立派な成長だよ」 「それは成長というより、現状維持では?」 ふと、先輩の足が止まる。もしや怒らせてしまっただろうか。そりゃそうか、と思う。我ながらメンドウな人間だもの。 夜風に髪をなびかせて、先輩が私に目線を寄越す。 「あのね。今日の弱い自分と、明日の弱い自分が本当に同じだと思う?」 「それは明日になってみないと……」 「じゃあ、昨日の自分は?」 先輩の問いかけに、私はグッと押し黙る。考えがぐるぐると頭で回る。 昨日は定時を30分オーバーで帰宅し、すぐに寝落ちした。今日だって先輩に手伝ってもらわなければ、昨日と同じくらいの時間帯まで残業するハメになっていただろう。 変わらないルーティン。移り行く日々の中から、定時で即退社する姿の自分を想像することは、今はまだできない。けれど、それでも…… 「違うと思います」 今日は、先輩に助けを求めることができた。それだけ。そのぶんだけは、きっと明日の自分にも静かな余韻を残すはず。したたかに、強く。 先輩はただ、私の宣言を黙って受け止めてくれる。風が吹く。私とあなたの髪をなびかせる。 とある誰かは「今日がやってくる」と言ったけれど、今に向かっているのは私達のほうで。今日のほうは、今日も「アイツら、またやってきたな」って首をかしげている。 そうだとしたら。 居酒屋とネオンの明かりが混ざり、発酵しあうことを許す夜に。私は私のあるがままを抱きしめて眠りたい。今日だけは、せめて。
喫茶「泉」のマスター、宇田川は、毎日午後三時になると必ずやってくる客のことを、少し不気味に思い始めていた。 その客は名も名乗らず、いつも窓際の同じ席に座り、ブレンドコーヒーを一杯だけ頼む。そして一時間ほど、何をするでもなく窓の外を眺めて帰っていく。新聞も読まない、スマートフォンも見ない。ただ、じっと外を見ているだけだった。 三週間、それが続いていた。 「常連さんですか」 ある日、隣の席に座っていた若い女性が、宇田川にそっと尋ねた。彼女もまた最近よく来る客の一人で、いつもノートパソコンを広げて何か書いている。この一ヶ月ほど、灰色コートの男とほぼ同じ時間帯に店にいることが多かった。 「常連というか……三週間前から、毎日同じ時間に来られるんですよ。でも、何をしてるわけでもなくて」 「気になりますね」 女性は少し考えるような顔をしてから、窓際の男を観察し始めた。宇田川もつられて、カウンターの中から男の様子をうかがった。 男は五十代くらいだろうか。灰色のコートを着て、コーヒーカップに手を触れることもほとんどない。ただ、窓の外――道路を挟んだ向かいのマンションの二階を、じっと見つめている。 「あの二階の角部屋、気になりません?」女性が言った。「三時七分になると、いつもカーテンが少しだけ開くんです。だいたい五センチくらい。それで三時四十分にはまた閉まる」 やけに具体的だ、と宇田川は思ったが、口には出さなかった。言われて見ると、確かに向かいのマンションの窓のカーテンが、内側から数センチだけ動いた。 「まさか、あの部屋を見張ってるんじゃ……」 「ストーカーとか、そういうことなら警察の話ですけど」女性は静かに言った。「でも、もし違う理由だったら?」 その時、男が静かに立ち上がった。伝票を取り、レジへと向かう。宇田川は思わず声をかけていた。 「あの、失礼ですが……いつも、あちらの窓を気にされているようですが」 男は一瞬驚いた顔をしてから、力なく笑った。 「そんなに、わかりやすかったですか」 「もしよろしければ、理由を伺っても」 男は少し迷ってから、静かに話し始めた。 「あの部屋には、私の娘が住んでいます。三ヶ月前に、些細なことで喧嘩をして、それきり連絡が取れなくなりました。電話にも出てくれない。手紙を送っても返事がない」 「それで、様子を見に……」 「毎日三時に、あの子は必ずカーテンを少し開けて、換気をする習慣があるんです。子供の頃からずっと。だから、ここに来て、それだけを確認しています。カーテンが開けば、元気にしているということですから」 喫茶店の中が、しんと静まった。隣の女性は、ノートパソコンの画面を静かに閉じていた。 「中に入って、直接話されないんですか」 「怖いんです」男は苦笑した。「拒絶されるのが。だから、こうして遠くから、生きていることだけを確かめている。情けない話ですが」 「お父さん」 声を発したのは、隣の女性だった。 男が振り返る。宇田川も、思わず動きを止めた。 「……お前、まさか」 「三時七分にカーテンを開けてるのは、私。でも、あの部屋にはもう住んでない。二ヶ月前に引っ越した」女性は静かに言った。「今は、隣の管理会社に頼んで、ときどき代わりに開け閉めしてもらってるだけ」 「どういう、ことだ」 「お父さんが毎日ここに来て、あの窓を見てるって、最初の週に気づいた。だから、確かめたかった。お父さんが、まだ私を心配してくれるのかどうか」 男は言葉を失っていた。 「連絡先を変えたのは、意地張って、怖くて、動けなかっただけ。お父さんがどう思ってるか分からなくて。でも、毎日同じ時間に来て、同じ席に座って、一時間も窓を見てる人を見たら……もう、意地なんて張ってられなかった」 女性は、書きかけのノートパソコンを男の方に向けた。画面には、この三週間の日付と、短い言葉がびっしりと綴られていた。「今日も来た」「今日は傘を持っていた」「今日は少し痩せたように見えた」――娘の側から見た、父の記録だった。 「私も、同じことをしてたんだね」 男の声が、かすかに震えていた。 「うん」女性――娘は、小さく笑った。「お互い、遠くから見てるだけで、三週間も無駄にした」 宇田川は、カウンターの中で静かに息をついた。二人がどんな会話をこれから交わすのか、それは自分の知るところではない。ただ、ポットに残ったコーヒーを、もう一杯分だけ淹れ直した。 窓の外では、向かいのマンションのカーテンが、誰もいない部屋で静かに揺れていた。もう、誰かが確かめる必要のない、ただの風だった。
「編集長、今月の応募作品、やたら多くないですか」 「そうだね。今回は賞金が出るからね」 「それにしても、この数は……どれくらいAIですかね」 「半分くらいは賞金稼ぎかな」 「昨日、審査してくれる作家先生から、断りのメールがきましたよ」 「大丈夫。ちゃんと考えてある」 編集長は頬を緩め、応募作品が入ったUSBメモリーをパソコンに挿した。 「審査には、私たちもAIを使うことにした。総評も書いてもらう」 「それじゃあ、AIの作品をAIが審査するってことですか」 「AI vs AIだ」 ──審査発表の日。 スマホを前に、女の指先が震える。 ごみ箱の周りには丸めた紙が散らかっていた。 「今回は自信ある」 祈るようにメールを開いた。 『最優秀賞おめでとうございます』 ─総評─ 「作品の中で語られる主人公の言葉、私には作れない新鮮さを感じました」
夕立が来たのは、駅から家までの道を半分ほど歩いたところだった。 空は数分前まで晴れていたのに、気づけば黒い雲が街を覆っていた。私は鞄を頭の上にかざしながら走り、目についた古い建物の軒先に飛び込んだ。 そこは、見たことのない図書館だった。 この道は毎日通っているはずなのに、こんな建物があった記憶がない。木製の扉には「雨宿り歓迎」と書かれた小さな札が下がっている。雨脚はますます強くなっていて、選択肢はなかった。私は扉を押した。 中は驚くほど静かだった。天井まで届く本棚が並び、埃っぽい紙とインクの匂いがする。カウンターには誰もいない。ただ、ランプの明かりだけが橙色に灯っていた。 「いらっしゃい」 声に振り返ると、白髪の女性が奥の棚の陰から現れた。年齢は分からない。若くも見えるし、とても年をとっているようにも見えた。 「すみません、雨宿りさせてもらってもいいですか」 「もちろん。ここはそのための場所だもの」 女性はそう言うと、カウンターの向こうに戻っていった。私は近くの椅子に腰を下ろし、窓の外の雨を眺めた。しばらくして、手持ち無沙汰になった私は、本棚を眺めてみることにした。 並んでいる本の背表紙には、奇妙なことにタイトルが書かれていなかった。代わりに、日付らしき数字が並んでいる。 「その本たちはね」と、いつの間にか隣に来ていた女性が言った。「読まれなかった日々が書かれているの」 「読まれなかった日々?」 「たとえば、あなたが今日、傘を持って出ていたら訪れていたはずの一日。信号で立ち止まらずに渡っていたら起きていたかもしれない出来事。誰にでも、選ばなかった枝がたくさんあるでしょう。ここには、その記録が集まってくるの」 半信半疑のまま、私は近くの一冊を手に取った。表紙をめくると、そこには見覚えのある文字――自分の字によく似た筆跡で、知らない一日の出来事が綴られていた。大学時代、別れた相手と、もし続いていたら。就職の面接で、緊張のあまり言えなかった一言を、もし言えていたら。 どのページも、今の自分とは違う人生が、静かに続いていた。 「これを読んで、後悔しろということですか」 「いいえ」女性は微笑んだ。「後悔のための本じゃないの。ただ、知ってほしいだけ。選ばなかった道にも、ちゃんと物語があったということを。それを知ったからといって、戻る必要はない。今歩いている道を、少しだけ大切に思えたらそれでいいの」 私は本を閉じて、棚に戻した。 気づけば、窓の外の雨はいつの間にか小降りになっていた。 「もう行けそうです」 「そう」女性はうなずいた。「またいつでも、雨が降ったら」 扉を出ると、雲の切れ間から夕方の光が差していた。振り返ると、そこにあったはずの図書館は――なかった。古い電柱と、閉まったシャッターの店が並んでいるだけだった。 私は少しの間、その場に立ち尽くした。それから、濡れた道を、家に向かって歩き出した。 選ばなかった一日のことを思いながら、今日という一日を、少しだけ丁寧に踏みしめるように。
「はい。パパの分のお菓子!」 「わー。ありがとー」 娘がお菓子の箱をくれた。 中にはクッキーが四枚。 このお菓子は、五枚入りだ。 娘の方を見ると、緊張した表情でこっちを見ていた。 お前、食ったな。 「わ、わーい! クッキーが四枚もー。嬉しいなー」 「! うん! 嬉しい!」 俺の反応を見ると、娘は急に上機嫌になって、別の部屋へと行ってしまった。 こっそり食べたのがバレなくて安心したのだろう。 「見た目は変わらないけど、重さだけは変わる。これが、不景気か」 俺は、どうしようもなく感傷的な気分に浸り、クッキーを一枚口に放り込んだ。 サクサクとした歯ごたえを楽しんでいると、別の部屋から嫁がやって来た。 俺の前に立ち、ひさしぶりのぶりっ子ポーズをして見せる。 「なんと私は、見た目は変わらないのに重さ増! 嬉しい?」 「……オーバーサイズの服で隠れてるだけだろ」 俺は、笑顔の嫁に蹴っ飛ばされた。 宙を舞う箱。 飛び散るクッキー。 「なんて日だ!!!」
僕は26歳のバカ男子と言いたいところだが、もう26にもなって男子っていうのはちょっと違う気がするし、なによりも僕は男子ではなく女子なのだ。女子って言っても、もう26にもなって女子っていうのもおかしいのかもしれない。でもその前に僕は女性が苦手だ。そして自分が女性であることも…。嫌で仕方がなくなってしまうときがある。 だから僕は自分の事を女性だとは言わない。いや…言いたくないと言ったほうがいいのかもしれない。 でも、はじめに紹介した〈バカ男子〉ってことは一部間違いではない。 僕は馬鹿だ。間抜けだ。アホだ。 僕自身動物に例えるのならば、コアラかダチョウ、又はパンダと言っていいほど頭が馬鹿でメンタルも弱弱だ。 でも、僕が好きなのはオオカミだ。 一匹狼…ううん…なんだか違うな…。狼少年…。うん!僕は一匹狼でもあり狼少年なのだ。その理由は又説明するとして最終的に僕は、コアラやダチョウ、パンダと言った可愛い動物ではなく狂暴で獰猛な動物であるオオカミなのだ。 まぁ、オオカミの両親から僕が生まれたのだから僕も自然的にオオカミになるのだが…。 僕は、台灣で生まれた。優しい両親の元に僕は生まれた。でも生まれてすぐに僕は大きな病気にかかってしまった。 そのせいで、僕のこれからの人生が大きく暗転してしまう。 一番初め、僕はその病気のせいで障害を持ってしまうことになる。 この障害のせいで親に見捨てられたり反対に親が必要以上に過保護になったり、みんなも僕を変な目で見てくるようになった。 でも、もう一つ僕の人生の中で大きく好転しそして激しく暗転させた物がある。 それは宗教や信仰と呼ばれるものと出会ったこと。僕はそのせいで、はじめの人生は良かったがそれを通して人間の醜さを知ってしまった。 何で、僕は生まれてきてしまったのか?何で障害を持ってしまっている僕は生きているのか?何で宗教が教える愛や赦しが大事なのか?わからなくなってしまった。 僕は愛がもともとわからない。なにを与えられれば愛を感じることが出来るのか、そしてなにを与えれば愛するということになるのか僕にはわからない。でも、愛というものがわからない僕でも、僕の人生のかなで人を好きになっているし、付き合ってもいる。 でも、やっぱり宗教が教える愛と僕が理解している、人を好きになるという愛は違う気がする。だから僕は愛というものが、どんな愛が正しい愛なのかわからない。 この、障害と宗教信仰があることで、僕の人生が狂ってしまったのだと確信している。 人間と接することに対する恐怖心は障害のせいでもあるし僕が宗教と出会ったせいでもある。そして何より僕の中で大きいのは両親の存在だ。僕を今まで育ててくれた両親も僕の人生の途中で性格が急に180度変わってしまった日がある。それまでは優しかった母親が急におかしくなってしまい、今まで僕の事を気にしてくれて学校行事や幼稚園での行事も積極的に参加してくれていてかっこいいと思っていた父親が、ある日を境に僕に無関心になり、僕を見る目が180度変わっていってしまった。 その時から、僕も両親に対する気持ちが180度変わって家族崩壊寸前までいってしまった時期がある。 その時から僕は誰も僕の味方をしてくれる人がいなく、みんなは親の味方をすると僕は思い込んで生活をした。 学校ではいじめられて、家に帰れば両親に怒られると言う生活を学生の時期に送っていた。 でも、そんな中僕はキリスト教に出会った。 出会ったと言っても、両親がクリスチャン〈キリスト教信者〉だから小さいときから僕も教会に行っていて神さまのことは分かっていたが信じていなかった。 でも、信じてから僕の人生の中心はキリスト教になってしまっていた。聖書に書いている神さまの愛、みんなが言っている愛、そして親が言っている愛が全然違うことに違和感を覚えてしまった。 親からは全然愛を感じることが出来ない。そもそも親からの愛とは?聖書が言っている「100%のアガペーという愛ではないといけないのか?もしそうだったら親からの愛はアガペーではない気がする。僕もアガペーの愛で親を愛することも他の人を愛することも出来ない。だから僕はクリスチャンになる資格なんてない」と思いその一方で「僕はクリスチャンらしい生活すらダメダメだから僕はクリスチャンて名乗る資格がない」そのように思い教会や聖書から身を引いた。 その後の僕の人生は…まさにどん底だった。 そして、教会に行ったり行かなかったりする生活を送っていた。 僕は、信仰の友やメンバーの中にいるオオカミだったのだ。 そして家族の中にいても僕はずっと孤独を感じていて狐狼にしか過ぎないし人間関係の中にいても僕は狐狼で狼少年だ。 オオカミではなくなる瞬間は僕にはない。 だから僕はオオカミが好き。 そんな物語へと案内しよう。
歌が人前で歌えない。 勇気がないからだ。 口ずさむことは出来る。 情緒が必要だ。 論理的になりたいが脳が上手く働かない。 夢で理論構築をする。 部屋の花が僕の情緒を形作る。 どちらも必要だ。 閉じ込められた世界は独りよがりな夢を許さず美しさを求めて彷徨う。
漂亮たる紫紅の波は 或いは水鏡面の反光とも見えし。 その一面、月下美人の咲き誇りたるは 其れ即ち盈月の業が為と誤せり。 我が此処へ辿りしは、岩屋の口を潜りしよりなり。 なればこそ、我が見上げし先 月はおろか空すらも見せず。 あなをかし、いづこの詠月か此処まで伝はりて 花を咲かせんや。 __________________ 「__。おい、長谷川。」 「あ、はい、。」 「5限目の授業は確かにキツいだろうが、もう少し頑張れよ。」 「文中の「盈月」と「詠月」はそれぞれ同じ読みだが、 意味はそれぞれ違っている。これを説明しなさい。」 「すみません。」 「「盈月」とは古くは満月を意味します。 一方、『詠月』は月を詠むこと、あるいは月を詠んだ詩歌を指します。つまりこの二つは__。」 古文なぞ馬鹿らしい。 あらゆる現象を妖や霊、神々の仕業だと決めつけている。 まったく科学的ではない。 それは説明することを諦め、幻想という言葉に逃げているにすぎない。 どうもこの種の考え方とは相入れないのだ。 「ねぇ、あの月下美人て花。 おばあちゃん家にあるんだ。見にこない?」 「行きたい。」 正直俺は月下美人なんかには興味がなかった。 ただ、どうも彼女からの誘いを断れなかった。 「おやおや、久しぶりだね。大きくなった。」 「こんにちは、お久しぶりです。 月下美人を見に来ました。」 「今時花を見るなんて、珍しいね。 どうぞ見ていきな。」 門をくぐり望に導かれて家屋の裏手に来た。 「これか。なんか、意外と地味な蕾だな。」 「だって蕾だもん。咲いたらきっと綺麗よ。」 「今日は咲かないの?」 「それは分からない。」 なんだかもどかしかった。 花が咲かなかったからではない。 何か一つ、ここにいるための理由を失いかけたような気がした。 そう思うと途端に恐ろしくなった。 「咲くまで。ここに見に来てもいい?」 「え、そのつもりじゃなかったの?」 おそらく少し赤面したと思う。 1人だけ生き急いだ感覚があった。 それから俺たちは毎日遅くまで、そこで静かに鉢を囲った。 ある日から望の提案で夕方になると裏手にある浅い洞へ鉢を運ぶようにもなった。 _________ 「私、再来月留学へ行くの。」 「へ? ……そなの」 「だから、それまでに咲いてくれないかなー……って」 「……それな」 それ以上なにも言えなかった。 気の利かないこの性を恨みもした。 以降、なぜか俺たちはあの鉢を見に行かなくなった。 約束したわけでもないのに、どちらからともなく。 教室で会っても、もう話すこともなくなった。 横顔や後ろ姿を見ているだけで無性に焦りを感じた。 でも、彼女にまた話しかける理由はどれだけ考えても思い浮かびはしなかった。 結局それから1ヶ月もすぎた。 ある日、委員会会議で目の前の席にたまたま彼女がいた。 2人とも少し目を合わせると、 お互いどこに目を置けばいいのか分からないようによそを向いた。 「それでは、今回の委員会会議は終了します__。」 みんな荷物をまとめて席を立った。 2人だけはなぜかもたもたと準備が遅かった。 全員が出払った頃、俺はまた生き急いでしまった。 「あのさ、あれから月下美人、、。もう咲いた?」 自然と話題が口から漏れたことに感心した。 「ううん。まだだよ。」 「もう一度、見に行ってもいい?」 _________ 「蕾、少し大きくなったね。」 「うん 。」 「あのさ、留学。どれくらい行くの?」 「一年かな 。」 「それって卒業はどうなるの?」 「みんなと一緒。先生が向こうで単位が取れるようにしてくれたの。」 「じゃあ、帰って来たらまた一緒に月下美人を見よう。」 「うん、ありがとう。」 それから俺たちはまた肩を並べてあの鉢を見るようになった。 日に日に膨らんでいく蕾を見ながら、もうそろそろなんだと自覚した。 望が留学へ行く数日前の夜。 やっとその花は、ほのかに透き通る花弁を開いた。 「やっと咲いたね。」 「かなり待ったよな。」 月下美人に夢中だった俺は、ふと顔を上げて洞を見渡した。 すると入り口から差し込んだ月明かりは、 岩壁の浸出水で反射し、暗い空間を少し照らしていた。 「あの古文も、こんな景色だったのかな。」 少し複雑な気分になった。 なぜなら結局、月下美人はただの花だった。 洞の光にもちゃんと理由があった。 それでもあの空間を幻想的にしていたものが、一つだけあった。 まつ毛に月光を乗せた、月下美人。 あの姿だけは、誰にも説明する気になれない。 それこそまさしく、幻想だった。 『月下美人の君』 終
「ほーら。ご飯ですよー」 娘が、お人形遊びをしている。 微笑ましい光景だ。 お人形遊びに使っているのが、呪いの人形であるという一点を除けば。 娘が、おもちゃのお菓子を人形の口に近づける。 人形を小刻みに動かして、お菓子を食べさせるふりをする。 翌日。 俺は太った。 たった一日で、十キログラム増。 脱・中年を目指した筋トレの結果は、一瞬で消え去った。 「はーい。髪を切りましょうねー」 娘が、人形の髪をはさみで切っていく。 黒い毛糸が、人形の頭から床へと散らばった。 翌日。 俺は禿げた。 美容師から強い毛根とお墨付きをもらっていたのに、完全に河童。 タオルで磨けば、良い音がしそうだ。 「なあ。そろそろ、娘から人形を取り返してくれよ」 俺は妻に泣きを入れた。 妻は包丁を動かす手を止め、最高の笑顔を俺に向けてきた。 「デブでハゲてたら、さすがに浮気できないでしょ?」 俺は何も言い返せず、すごすごリビングに戻った。 ソファに座っていると、娘が最高の笑顔で近づいてきた。 「パパ見て! ブーブー! ママが買ってくれたのー!」 人形と、車の玩具を持って。
「起きてきちゃったかあ」 店主の視線の先を見てみると、初めて見る顔がそこにはあった。 「あら子犬」 「いえ、小さいですけどね、これでもオトナなんですよ、ええ」 その小さな子は、ととととと店主のもとにかけよっていくと、差し出された店主の手や腕に体をこすりつけていく。困ったふうでありながらも、店主の表情には笑顔が張りついていた。 「最近、一緒に暮らしはじめましてねえ。そのわりにまだまだ甘えたさんで、まいります。ん?どうした?ああ、わかった、わかった。え?ここで寝るのか?しかたないねえ」 店主は小さな、けれどちゃんとしたオトナのその犬を一心になでてやった。頭を、背中を、やさしく、やさしく、なでてやる。 店主のその手は、世界を救うことはできないかもしれない。それはそうだ。だってその手は、世界を救ってやるためのものではない。小さなこの犬を、やさしくなでてやるための手だ。小さなこの犬を深い眠りへと誘う、やさしくて大きな手だ。 店主のあの手でなでてもらったら、わたしも心地よい眠りに落ちていけるだろうかと、店主の大きな手を見つめながら、そんなことを考えていた。今夜の店主は、深夜の情緒にぴったりよりそっていて、じつに好ましくて心地いい。ふと、外からのひそひそ声につられ空の星たちに目をうつしてみると、わたしたちもそう思うわ、そのようにささやき合っていた。
新落語 誰もが知っている 「東方見聞録の話」 今宵は、東方見聞録 このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている マルコポーロ それからどうした ぼうけんは 大変だったかい とうほう ならぬ .途方に暮れた時も あったよ マルコポーロさん 大変だったね マルボーロでも食べて 一服していきなよ 疲れが取れるよ 真正直は相反する それも新落語 こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
蕎麦を食べる。 そばにいるよ。 蕎麦を煮るよ。 ズルズル。
話でもあるのだろうか。いや、そういうふうでもないのか。店主は何も聞いてこなくって、口を開くのは冷たい麦茶をその口に含むときばかり。いったい、これはなんなんだろう。時間ばかりがすぎていく。 「以前、スーパーの店長をしてましてね」 ふいに店主が言葉を発した。 「といっても、雇われ店長ですがね」 「あ、はあ…」 突然のことで、まのぬけた返答しかできなかった。店主は、そのことにはかまわず先を続けていく。 「半額シール」 「え?」 「あるでしょう、半額シール」 「お弁当とか、お惣菜とかの…」 「ええ、それです。あれをね、貼っていくんですよ」 店主はそこで、ひと息つく。この話の行く末がどんなものになるのかを想像し、わたしはもやもやしながらも麦茶が半分くらいになったグラスの縁に口をつけた。 「あの半額シールの、あの束をね、たくさん手に持ってみるんですよ。がばっと、たくさん」 まだグラスに口をつけていた。わたしはそれには答えられず、そのことを気にせず店主は、 「そうすると気持ちが大きくなりましてねえ。もしかしたら、なんだってできるんじゃないかって思っちゃうんですよ。ただの半額シールなんですけどねえ」 そう言って、なんとなく顔に力がみなぎったように見えた。けれど、それはほんの一瞬で、 「でもねえ、いくら気持ちが大きくなっても、強くなったと思ってみても…」 ―世界を救えないんですよ。この手ではねえ… 世界を救えないんですよ そんなことを言う気がした。冗談めかして、でも険しい表情で。なんとなく、ただ、なんとなく。店主の大きな体が、やけに小さく見えた。どう声をかけるのがいいのかそれがわからなくて、わたしは助けを求めるようにお店の外に目をうつした。星たちはきらきらしながら、わたしたちにもわからないわ、そうささやき合っているようだった。 「ああ、ああ、ああ」 それまでとは違う調子の店主の声で、わたしは弾かれるように店のなかに視線をもどした。
そのお店の近くまで来て、お店に明かりがついているのに気がついた。深夜だというのに、どうしたんだろうか。気になってなかをのぞいてみた。おそらく店主のものだ。大きな背中とそれにふさわしい大きなお尻だけが見えていて、それらの持ち主の顔は見えない。背中にしろ、お尻にしろ、ときおり動いているような、けれども、じっとしているような。まさか、と思い、思いきってお店のなかに入ってみた。 さっと背中とお尻が向きをかえ、見慣れた顔があらわれた。 「あれえ、ダニエルさん、どうしました?」 「ああ、いえ、ちょっと」 「夜のお散歩ですかな?」 「そんなとこです」 「暑かったんじゃないですか?いま冷たいの入れてきますかねえ」 深夜にもかかわらず、気をきかせてくれる。 「いえいえ、いいです、いいです。明かりがついてたから、どうしたのかなって、それだけですから」 お店の奥に引っ込んだ店主は、わたしの言葉を背中で受けとめた。遠慮をしたわりに、わたしはその場に立ちつくし、行ってしまおうとしなかった。冷たい飲みもの欲しさにではないし、店主が車で家まで送っていきましょうかとの申し出を期待してのことでもない。明るいお店のなかから暗い外に出ていくのが嫌なのか。それとも、ひとりになるのが… どうなんだと自問自答の間もなく、店主が飲みものを持ってきてくれた。ふわりと小さく風がそよぎ、わたしと店主との空間が、いくらか和んだものになった。そんな気がした。
そのお店の店主は、わたしのことを「ダニエル・エトー」だと信じて疑わない。わたしの名前をダニエル・エトーと書き、わたしをダニエルさんと呼ぶ。以前、この町のボウリング大会でわたしが勝ちとった賞状とトロフィーは、そのお店の店主が発注したもので、だからダニエル・エトー様となっていて、わたしのウチに来る少ない友人を困惑させる。 あたり前のことを自信なさそうに言う人がいる。その表情がじつにあまりにもなので、そのあたり前のことがじつは間違いなんじゃないかなとこっちまで自信がなくなってしまう。そのお店の店主は、その逆だ。間違ってはいるけれど、そのことを自信に満ちて言ってくる。その表情がじつに自信にあふれているから、その間違っていることがじつは正しいんじゃないかなとこっちまで暗示にかけられてしまう。 しかし、なんだってダニエル・エトーなんだろう。どうせならエミリーとか、クリスチーヌとか、ちゃんと女性らしい名前で呼んでくれたらと思うこともないではない。でも、それだってわたしの名前でないことにかわりはない。それならとダニエル・エトーを受け入れた。いや、受け入れすぎてしまった。病院なんかで本来の名前を呼ばれても、わたしは返事をしない。何度も何度も呼ばれ、挙句、はっとして、返事をするでもない。何度も何度も呼ばれ、結果、わたしは呼ばれなくなる。それならと受付でダニエル・エトーと名前を書いてみると、怒られ、不審がられ、受け付けてもらえない。まったく難儀な世のなかだ。
楽園だと思った。 吹雪の中で遭難し、ようやく辿り着いたこの屋敷。 主人は「いらっしゃい」と、やわらかな笑みで私を迎え入れてくれた。 すでにくつろいでいた客人たちも、あたたかな言葉をかけてくれる。 彼らの言葉はどこか浮世離れしていて、唄や詩のように耳に心地よかった。 皆、饒舌で、互いに気を配り、穏やかに笑い合っている。 場違いな私にも自然に話題を振り、まるで最初から仲間だったかのように扱ってくれた。 ……こんな世界があるのか。 その夜、毛布にくるまりながら、私は深い眠りに落ちた。 どこかで、鐘の鳴る音が聞こえた気がした。 翌朝、世界は一変していた。 昨日まで談笑が響いていた大広間。 その床に、無残な死体が転がっていた。 ドアを開け、「おはよう」と挨拶したまま、私は凍りついた。だが他の客人たちは、死体を意に介する様子もなく、昨夜と同じ調子で言葉を紡いでいる。 「鐘の音をありがとう」 「すべては天命の導き」 美しい響きの言葉が、私の耳に入り、そして滑るように通り過ぎていく。 汚れた床。広がる血。 それを包み込む、澄んだ詩のような声。 その落差に、めまいがした。 不意に歓声が上がる。 「独裁者様のお出ましだ!」 「どうか狙いを外されぬよう!」 何のことだ、と振り向くと、壇上に若い男が立っていた。 その手には、銃。 「俺の気持ちを受け取ってほしい。この弾丸に、すべての思いを込めよう」 銃声。 そして、歓喜の声。 ゆっくりと崩れ落ちる一人の女性。 周囲は拍手と笑顔。 「黄泉の国で、彼への思いを伝えてくれたまえ」 「ここにネリネの花を供えよう」 死体が増え、血が広がる。 ――どうして笑っていられる? 人が死んでいるんだぞ。 胸の奥から、声が勝手に飛び出した。 「どうして彼女を殺した?凶弾に倒れた彼女を見て、なぜ笑える?早く犯人を捕まえろ!」 水を打ったように、屋敷が静まり返る。 ゆっくりと、視線が私に集まる。 「……迷子か?君、掟には目を通したかね?」 掟?私はただ、吹雪から逃れてきただけだ。 主人が深く息を吐く。 「客人諸君、私の管理不足を詫びよう。宴の興を削いでしまったな。皆の権利を使うのは惜しい。本日は私が手を下そう」 気づけば、彼の手にも銃があった。 喉から、ひゅっと空気が漏れる。彼らの顔は、変わらず微笑んだまま。 「制裁」 「制裁」 「制裁」 その言葉が、波のように押し寄せる。 銃口が、ゆっくりとこちらへ向く。 逃げなければ。 叫ばなければ。 そう思うのに、体は動かない。 ふと、気づく。 彼らは怒っていない。 悲しんでもいない。 ただ、祝福している。 血は穢れではない。 死は罰ではない。 これは――儀式なのだ。 昨夜の鐘は、合図だった。 死は選ばれた証で、弾丸は祈りで、制裁は祝福。 私は、ずっと外側の論理で騒いでいただけだった。 銃口の向こうで、主人が優しく微笑む。 その瞬間。 私は理解した。
愛ブロへの偏見もだいぶ薄れてきた今だから、話せることですけど。僕も昔、愛ブロをして愛方を追いかけた時期がありました。正確には元愛方ですね。ややこしいので、今回は愛方と明記させていただきます。 本垢だとバレちゃうんでサブ垢で、名前もありきたりなものにして、インできる時はいつも赤帯を探していました。 その日もいつものように、ネタ部屋を徘徊して赤帯のついた部屋を見つけました。珍しく愛方が部屋主をやっていたんです。どうやら相談部屋のようでした。 「私には愛方がいる。いつもいっしょに寝落ちして、楽しく過ごしてる。……と思っていたけれど、それは私だけだったみたい。彼がイチャ部屋や推し待ちに降りて楽しんでいるのを見つけてしまった。これって浮気だよね?みんなはどう思う?」 それを読んだ時の僕の感想ですか? うーん……なんというか、純粋すぎるのかなぁ、と思いましたね。僕らだってそういう部屋で出会って、そういうことが好きだから仲良くやっているわけですから。別に愛方になるときにルールを設けたわけでもないですしね、自分以外と掛け合いしない、だとか。そういうものを設けてしまうと、窮屈だとお互い納得していたはずなのですが。 しかし、彼女の言葉に対する反応は肯定的なものが大勢を占めていました。辛かったね、私にもそういう経験がある、もっといいひとがいるよ、今から別れのメッセージを送ろう!それらの言葉はより過激に、彼女を煽るような言葉に変化していきます。 愛方は部屋主として丁寧に接しており、やはり僕が選んだ女性だ。と惚れ直したほどです。 でも僕の気持ちは届かず、最終的にはやはり僕の行動は浮気であり、許せないと結論付けられました。 それからその部屋の内容と同じようなDMが彼女から届き、お別れすることに決めました。一人の相手に執着しなくてもいいのが、ネット恋愛の長所ですよね。ちょっとでもおかしいと感じるところがあれば、転生して次の人を探せばいいだけなんで。僕と話し合う前に、赤の他人に相談し、あまつさえその他大勢に流されてしまう人とは一緒にはいられませんよ。 実は当時、愛方のほかにも関係が発展しそうな相手がいましてね。何の因果か、彼女も愛方と同じキャラクターをよく纏う子なんですけども。それに、あの相談部屋も観戦していたって言うんです。その子曰く、愛方もあの相談部屋に来ていたFFとよろしくやっているようですよ。 だから、僕は何も悪くないですよね? みなさんはどう思われますか?
そのお店の前を、わたしは何度も行き来する。わたしがそのお店の前を通るすべてのときを、そのお店の店主が見ているわけではないはずだ。けれど、けっこうな割合、店主と顔を合わせる。その多くはお店の前で、ときに店先を掃除している店主と、ときに子どもたちに笑いかけ、手をふっている店主と、ときに手をうしろで組み、遠くの空をぼんやり眺めている店主と。 お店のなかの店主と目が合うこともある。お店の前を通るとき、わたしがなかをのぞき、店主がそれに気がついて微笑みながら軽く会釈してくる。店主の会釈に、わたしは返したり、返さなかったり。返さなかったのは、急いでいたりで気がつかなかったフリをしたとき。だから、わたしがなかをのぞかなければ目が合うこともない。 けれど、どうしてだろう、お店のなかをのぞいてしまう。そして、店主と目が合う。
深夜バスには情緒を求めたい。情緒のない深夜バスには、だから乗りたくない。深夜バスには深夜バスの情緒というものがあるはずで、そのことを十分に理解していない深夜バスが、昼間の情緒をまとってやって来ることがあったりすると、はなはだ困惑し、迷惑する。人が昼間ではなく深夜に、深夜バスに乗ろうとする意味を、深夜バスは十分にわかっていない。それが最終の深夜バスであったとしても、わたしはその深夜バスを見送ってしまう。当然のように。 そんなわたしの気持ちをいくらかでも汲んでくれたらと思うのだけれど。それなのに、それなのに… そのときも情緒のない深夜バスを見送り、ひとりさびしく家まで歩いていた。 ―このまま歩いていくと、あのお店の前を通るなあ そんなことを思いながらだった。
「ば、馬鹿な……。こんなことが……現実に……」 俺は、すっぽんぽんになって、自分の体を鏡で見ていた。 いや、正確に言うと、俺と入れ替わった友達の体を、だ。 ささやかに膨らんだ胸。 突起物のない股間。 どこからどうみても、女の体だ。 俺は、いそいそと下着をつけて、服を着て、俺の家へと戻る。 俺の家に到着したのと、俺の家の玄関扉が開いて、友達が出てきたのは同時だった。 真っ赤な顔をした友達は、俺の方を指差して、大声で叫んだ。 「あんた、男だったのー!?」 俺は、言い返した。 「お前、女だったのかー!」 女の心を持ちながら、男の体で生まれたのが嫌で、女の格好をしていた俺。 男の心を持ちながら、女の体で生まれたのが嫌で、男の格好をしていた友達。 全ての謎が、入れ替わりと言う形で明かされたのは、もう神様のいたずらと言うしかない。 「ちくしょう! 女の体なんてずるいぞ! 俺と変われ!」 「きゃー!? 見たのね!? あんたこそ、男の体なんてずるいじゃない! 私に寄こしなさいよ!」 「お前も見たんじゃねえか!」 「お互い様でしょ!」 玄関扉を開けて、俺の母親が出てきた。 何が起こっているかわからず、首を傾げて俺たちの言い合いを見ている。 「女の体で興奮なんかするか!」 「それは私の台詞よ! いくら、ち○ち○が大きいからって、興奮なんかしないわよ!」 「おま……! ここ、外だぞ!」 「知らないわよ!」 野次馬はどんどんと増えていく。 「入れ替わるなら、もっとおっ○いの大きい、女らしい体のやつと入れ替わりたかったよ!」 「はあああ!? 大きかったら、女にしか見えないじゃない!」 神様は、いったいどうして、俺たちにこんな試練を与えたのか。 それは、きっと俺たち二人が入れ替わりの謎を解いたときにしか、わからないのだろう。
新落語 誰もが知っている「のとの話」 今宵は、のどのことを 気にかけて下さい このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている 文字を変更 のどのことを 気にかけて下さい から のとのことを 気にかけて下さい それからどうした 忘れないで 結果的に ノートにいつも のとと書いて 思い出して下さい こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
花火 火花 葉っぱは信号の様に移り変わる 鏡みたいな眼鏡 笑ったあとに息を吸う 鞄を買い替えるお金もない 直せばいいか 無常の今 蝶が花から花へ移っていく 風が気持ちいい 鳥が遊んでいる 蝉が鳴いているのに気付けない 「夫婦はどちらか正社員じゃないとできないと思っていました」と言われて素直に面白かった 「その方がいいですよ」と伝えといた 誰かがどブスと言っている 隣の女性が立ち上がり入れ替わりで女性が座る 男性のアナウンスの声が枯れている 女性の車掌さんにやっと慣れてきた 町中で彼氏の下半身を触る彼女をよく見る 竜はきっと山のように大きい Stop walking, close your eyes, 僕のできる範囲で不安を取り除きたい 百円以上の野菜は基本買わない Where and how could I have connected to that line? 今は大切に出来ないと思うし悲しませてしまう 絶対に喧嘩したくない 可愛い人には可愛い人の苦労がある 恋人達には恋人達の苦労がある どうして?と聞かれても分からない どうしてだろう?と自分に聞くだけ シンクロ Gravityが高まっています エマージェンシーボタンの上に手を添えておく どうなるんだろう 大切なものをまもりたい 僕にはそれしかできないから 大切なものはどれなんだろう Our synchronized worlds