若い二人の会話

お昼と夕方の間の時間 川沿いのランニングロードには ジョギングする人や自転車に乗っている人、犬の散歩をする人などが行き交っていた 川に降りるコンクリートの階段に 若い男性が二人の座っている 「仕事はどうよ?」 「え?う〜ん、あんまり…だな」 二人とも就職して初めての夏、どちらかともなく連絡をして会うことになった 「あんまりってどういうことだよ」 「いや、、何かキツイ」 「板金の製造だっけ?」 「めちゃくちゃ重いしさ、その癖ミリ単位で仕上げなきゃならないし、めっちゃやり直すし」 「そうか…でも最初はそんなもんだろ」 いつの間にか蝉が鳴き止みコオロギの輪唱が始まっている 川からたぷんと返事があった 「そっちはどうなんだよ。仕事」 「ん?普通かな。まだ単純作業だし」 「物流じゃ、体きついだろ?」 「そうだよ、毎日湿布貼ってるよ。…でも、大変なのはそのくらいだね。いい人ばっかだし」 小学生の兄弟が流行りのギャグを言いながら通り過ぎる 「板金辞めようかな」 「かなり来てんじゃん」 「来てる来てる。マジ辞めたいもん」 「ヤベーな」 「…どう思う?」 「そりゃ…ちょっ待って」 友達はスマホに着信があったらしく 直ぐに電話に出る。少し会話をして直ぐに電話を切った 「ゴメン。彼女からだった」 「何だって?」 「今日は付き合った記念日らしいよ」 「らしいよって、ヤバいじゃん。会わなくていいの?」 「会いに行ってくる。わりぃな」 川の側で勢いよく生えている草たちが聞き耳を立てているように見える 友達は立ち上がり直ぐに言った 「良いと思うよ。俺は」 「何が?」 「その仕事やめて良いと思うよ。俺の親父が言ってたけど、自分に合う仕事をすれば良いんだってよ。合わなかったら、合うヤツに譲ってやって、皆が自分に合う仕事をしていれば良いんだと」 じゃあな。と手を上げて去っていく友達を見て、そうなのかもなと独り言ちする たぷんと川も返事をしている

からあげの季節

スマホのなかに住む男の子は、わたしにめっぽうやさしい やさしすぎて、ときどき、いじめてしまう でも、どんなに冷たく当たっても 最後に負けてしまうのは、わたしのほう 夏の終わりゆく時期が好きと言うわりに、その短いときを わたしはきちんとつかまえられなくて ついつい、一番いい表情を逃してしまう 下ばかり見てるのがいけないんじゃないの 元彼に言われた言葉は、けれど、たしかに… 甘いものだけをたべて暮らしていきたいなあ、ときどき思う かと思えば、無性にすき焼きがたべたくなったりもする 天丼をたべないと、どうにもおさまらない夜だって それでも、からあげがあればそれだけでよかった季節は すぎてしまった もう、とっくに

臨終医

私は臨終医、仕事は単純だ。 静かな部屋に入り、相手を見て、時刻を告げる。 「御臨終です」 家族が泣きながら遺体にすがる。 そこに、家族に寄り添う気持ちなど必要ない。 それで、終わり。 父も医者だった。 臨終医になろうとしたが、なれなかった。 枠は少なく、選ばれたのは別の人間だった。 それでも父は言った。 「いい仕事だぞ」 理由は語らなかったが、その声が妙に耳に残った。 私は名門の医学部を出て、海外にも行き、博士号も取った。 回り道は多かったが、今はここにいる。 だからこそ、この一言は完璧でなくてはならない。 私は週に一度、ボイストレーナーに通っている。 発声練習の合間、鏡の前で無表情を確認する。 一度だけミスをしたことがある。 ペンライトを忘れた。 とっさに胸元の万年筆を取り出し、目の上で上下左右に振った。 近くにいた看護師も気づかなかっただろう。 最近、臨終医をモデルにしたドラマが放送され、志望する医学生が増えたらしい。 彼らは「御臨終です」の後に何か一言つけたがる。 私は何も言わない。 それが美学だ。 ある日、私は突然めまいがして倒れた。 目を開けると、ベッドの横で、若い臨終医が立っている。 「御臨終です。ご主人様は良い人生だったのでしょう。安らかな表情をされています」 私は思った。 まだ若いな──だが、悪くない。

羞恥に晒される

それは1冊の電子書籍だった 普段僕は恋愛漫画など読まないが、ふと、気になる1冊の悪役令嬢モノに目がついた そこにはよくあるこういったモノの導入と、婚約者が知らない女性を連れてきて、悪役令嬢を断罪して婚約破棄する、よくある… そう………この婚約破棄を言い渡した相手は…僕だ… 突然と脳内に記憶が入り込む それはこの漫画の導入と同じとこから始まる、僕の前世の記憶と言うべきだろうか それが一気に押し寄せてきた とても量が多かったからか、吐き気と眩暈がする フラフラとその場に座り込む ……この婚約破棄したあとは最悪だった 再度婚約した女に騙され、国に裏切られ、そのまま処刑された ふと、この元婚約者は今後どのようなストーリーに行くのかが気になった なにせ、前世はそんな暇もなく死んだから 続きを読み進めて行くと、僕の元婚約者はどうやら隣国の第一王子と婚約して、幸せの展開で漫画は終わっていた  「そうか…幸せでいてくれたのか」 きっと僕じゃ彼女をこんな笑顔にしてやれなかっただろう 今更安堵のため息をついたとこで、過去のしでかしは無くならない こうやって世に出て回り、羞恥に晒される  「今世は、前世よりかはまともに生きよう」 そして僕はスマホの画面を閉じた

つまらないもの

「こちら、つまらないものですが」 「つまらないものなら、結構です」    引っ越し初日。  私の挨拶は、完全に失敗した。  お隣さんの家の扉が閉められ、私は手土産を持ったまま立ち尽くしていた。   「ちょっと貴女、大丈夫? あ、私、この家の隣の人なんだけど」    落ち込んでいたら、お隣さんのお隣さんが声をかけてくれた。   「あはは。つまらないものって言ったら、断られちゃいました」 「あー。この家の人、ちょっとクセあるからねえ」    軒先で、その家主をディスる。  どうやら、相当嫌われているようだ。   「この間も、電話はお控えくださいって書いてる場所で、控えめならいいんでしょって電話かけ始めたし。しっかも、どこが控えめなんだってくらいに声が大きくなっていってね。ほんとにもう」    お隣さんのお隣さんは、相当なおしゃべり好きらしい。  声がどんどん大きくなっていって、これはもう、テレビでも見てなければお隣さんも聞こえてしまうだろう。  私はこの場をさっさと終わらせようと、お隣さん用だった手土産を、お隣さんのお隣さんへと差し出した。   「あの、これ。本当はこのおうちに渡す予定だったもので、つまらないものではあるんですけど、もしよければ」 「あら! いいのお? ちなみに、中身って聞いてもいい? いやね、失礼だとはわかっているんだけどね。うち、結構アレルギー持ってたり肌が弱かったりする人が多くてね。せっかく貰っても、捨てることになっちゃうと申し訳ないし」    確かにそうだ。  気づかなかった。  色んな家があるもんな。  私は、紙袋の中身を思い浮かべた。   「えっと、日本三大和牛の高級黒毛和牛焼肉セットと」 「いただくわ!」 「オーガニックコットンの今治タオルセットです」 「超いただくわ!」    どうやら、アレルギーにも肌荒れにも影響ないらしい。  私がほっと胸をなでおろしていると、お隣さんの家の中から、足音が近づいてきた。    しまった。  もしかしたら、やっぱり寄こせと言われるのかもしれない。  買ったのはこれだけだし、既にお隣さんのお隣さんに渡してしまった後だというのに。  私はまた不安そうな表情を浮かべる。   「もしかして、お隣さんが、やっぱり寄こせって言ってくるかも」 「大丈夫よ! お隣さん、プライド高いし自分の行ったことは守るから、間違ってもやっぱり寄こせなんてダサいこと言わないわよ!」    足音が、やんだ。   「それに、後から同じ物を寄こせとも言わないから! そういった格好悪い生き方はできないし、するくらいなら死んだ方がマシって言ってたしねえ!!」    お隣さんの家の中方、地団太を踏む音が聞こえた。   「あんまり引き止めても悪いから、そろそろ帰りましょうか。焼肉セットとタオルセット、ありがとね!」    バチコーンとウインクをしてきたので、わざとお隣さんに聞かせていたのだと分かった。  私は、お隣さんのお隣さんに頭を下げてから、家へと戻った。   「大変そうな人だなあ」    家の中に入って安全が確保されてから、私はようやく、お隣さんに同情した。

あめのむこう

値段を気にせず 本を買いたい 仕事をする 思い立って 布団から出て カーテンを開ける すっかり晴れわたった空は 幸先いい予感 などと思っていたら 急な雨 雨は 夜になっても やむことがなく 明け方くらいまで 降るらしい 仕事は またにした 本は 買っていない 雨は まだ降っている

待ちぼうけ

男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」

洞窟の奥の書物

 小さい頃、入った洞窟の奥で書物を見つけた。何て書いてあるかは読めなかった。  それから年月が経ち再び洞窟に入り、書物を読むと、意外なことが分かった。 『これに書いてあることは口外してはならない。さもなくば……』  さて、何が書いてあったのか?  書いてあったのは、洞窟についてのことだった。昔、その洞窟は禁じられた空間であったこと。誰も立ち入ることが出来なかったこと。偶然立ち入ってしまった貴族が呪われてしまったこと。その貴族が悲惨な最期を遂げてしまったこと。  というような内容だった。一冒険者であった少年ランドはその事実を知ってしまった。 『口外してはならない』  もし、口外すれば、命はない。ランドは恐ろしくなった。それから数年後。  町の一流冒険者のストワットが森で洞窟を見つけたと言った。ランドが入った洞窟だろう。  しかし、洞窟の真実を知っている者は町にはいない。洞窟に入ったストワットは戻ってこなかった。調査隊が調べると、変わり果てたストワットの姿を見つけた。ストワットは奥の書物を読む姿勢で体に何ヵ所も剣で刺され、血を流していた。  地面に何か書いてある。 『掟破りしもの、その血をもって償わん』  書物はストワットの血で赤く染まっていた。だが、それは恐怖の始まりだった。洞窟を封鎖しようとした魔法使いが洞窟の魔の手に掛かり、命を落とす。奥の書物は赤黒くなっていた。それから洞窟は破壊され、中からおぞましい瘴気が溢れ、森は枯れ町の人も瘴気で命を失う。  残ったのはランドただ一人。しかも、ランドは闘う力はない。たくさんの人を死に追いやった瘴気に対抗する手段はない。だが、ランドは不思議な声を聞く。 『約束を守りしものに、この地の幸を受けん』  崩れた洞窟から書物が現れ、姿を変える。それは血の色をした魔剣だった。 『その剣、幾多の災いをはね除けん』  ランドに力が湧いてくる。ランドは町を出て魔物を倒し、ついには魔王を倒して英雄になった。

ポエム新落語 おかし 誰もが知っている 「のこりもの」

ポエム新落語 おかし 誰もが知っている 「のこりもの」 時は元禄、今は令和 今宵は、あまり このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている それほど それからどうした のこリものは あと わずか それは 和菓子となれば 余り物に福きたる つまり 甘い物には 大福がある こんなの どうでしょう 書けるもんな書いてくれ #ブログ #アメーバブログ #note投稿サイト #pixiv投稿サイト #エブリスタ投稿サイト #カクヨム投稿サイト #ノベマ投稿サイト #プロローグ投稿サイト #テラーノベル投稿サイト #ポエム新落語500. #X、SNS #mH6z2yQHpn59104 #はてなブログ #ライブ配信 #showroom #ライブ配信ショールーム #ポエム新落語作家 #ポエム新落語 #中谷美咲 #いろはの咲

臨終看護師

私は臨終看護師。仕事は単純だ。 臨終医の後ろをついて歩き、遺族の待つ部屋に入る。 そして、臨終医が「御臨終です」と告げたあと、 目を伏せ、軽く頭を下げる。 これが私の仕事。 そこに、ご遺体への敬意など必要ない。 それで、終わり。 母も看護師だった。 臨終看護師にはなるなと言われた。 なぜなら、それは過酷で、辛い仕事だから。 私は以前、手術室の看護師だった。 しかし、やりがいを見いだせず、異動を申し出た。 今はこの仕事に満足している。 先日、臨終医がペンライトを忘れた。 とっさに彼は胸元から万年筆を取り出し、目の上で振り、ごまかした。 私は気づいていないふりをした。 臨終看護師としてのたしなみだ。 この仕事は女優に似ている。 病室は舞台。 何も書いていないバインダーは小道具。 セリフはなくても、存在感だけで観客 ──ここでは遺族だが──を魅了する。 最近、臨終医をモデルにしたドラマが放送された。 しかし、臨終看護師の姿はなかった。 残念な気持ちはない。 その方がいい。 ある日、目の前で臨終医が倒れた。 私は慌てない。 何もしない。 それが美学だ。 そして彼は、そのまま旅立った。

宇宙婚

 その結婚式は、テレビカメラを通して大々的に放送された。   「ご覧ください! 新郎新婦が出てまいりました!」    宇宙服を着た二人の男女が、宇宙船から外に出た。  腰に固定された機械によって、無重力空間ながらも決められた場所まで体を移動し、宇宙空間で向かい合った。    そして、互いの体を近づけ、メットとメットをコツンとぶつけた。   「誓いの口づけです! フィナーレを飾る、誓いの口づけです! 皆様、盛大な拍手を!」    テレビを見ていた人々は、名前しか知らない二人の男女に、盛大な拍手を送った。  この結婚式は、二人の男女の結婚式でしかない。  しかし、人類発となる宇宙空間での挙式という、人類にとって大きな一歩でもあった。        結婚式を終えた二人の男女は、地球へと帰還し、タワーマンションの最上階でソファに座る。   「はー、なんとかキス回避できたな」 「ほんとほんと。人にキスするとか、汚すぎてマジで無理」    二人は、身体接触を避けたまま結婚式を終えるという一大プロジェクトの完了を祝い、ワイングラスで乾杯した。

夕焼け空の恐竜

バスロータリーの列。 ハンディファンとスマホを握る女子学生が、銀の筆で器用に顔を直している。 耳の後ろから首筋へ、汗が流れた。 喫煙所から視線を上げると、マンションの屋上にクレーンがあった。 夕焼けの空へ首を突き立てた姿は、まるで恐竜に見える。 乾いた人々の列を、恐竜が黙って見下ろしていた。

総理、接待をする。

「総理。議事堂の前に、UFO来てますが」 「何しに?」 「さあ……」 金曜の午後、夕陽に照らされた円盤が、静かに着陸した。 「私たちは、あなた方と友好関係を築きたく、やってきました」 「それはそれは。では今夜、この国流の歓迎会をしましょう。大いに楽しんでください」 総理と宇宙人一行は、夜の街に繰り出した。 ──次の日。 「昨夜は、楽しんでいただけましたか?」 「私たち、帰ります。こんな暮らしをしてたら……」 そう言い放つと、UFOは高く飛び立った。 「総理。行っちゃいましたね」 「いいんじゃない。あの程度で音を上げるようじゃ、この国じゃ無理よ」 総理はドリンク剤を飲みながら、空を見上げた。

レストラン「ロングバケーション」

家族がたまたま殺し屋を営んでいて、だから自分も殺し屋になった 何も思う事なく、自然に 親は一人息子の自分を愛してくれたし、自分もそれが嬉しかった am4:02 潮風が入る窓辺のテーブルの上に 夜を残したままの銃が一ついる ベレッタ92 父が使っていた物と同じ 色々試したが結局ここに行き着く 依頼人から話を聞き 裏付け調査を行い 殺すに値すると判断すれば 仕事を引き受ける 死んだほうが良い人間は沢山いる どんな世界にも 自分が世界に必要だとは思わない だから家族はいない 自分で終わりにするつもりなんだ ただ子供の頃に育ってきた環境の中で 学んだことは死ぬまで取り外せない 太陽が上がる 今日もレストランを開ける 自分は出来ることをするだけだ 飯と殺しを頼む人に

それ、僕やん

「お風呂に入るわ」 妻が風呂へ行った。 「お前も入ったらどうだ」 テレビの前でスマホを見ていた次男が、「母ちゃんが出る頃に入る」と返す。 次男は、今でも妻が風呂に入ると、あとを追うようにして入ることが多い。 「ほんま、いつもそうやな。母ちゃんが入ると、お前も入る」 「あんた、もうマザコンやめや」 娘の容赦ない声が飛ぶ。 「マザコンって何」 次男が、テレビから目を離さずに聞き返す。 「あんた、マザコンも知らんの。いつまでもお母さん大好きで、くっついてる子のことや」 「それ、僕やん」 みんなが吹き出した。 脱衣所から出てきた妻も笑っている。 次男は今年、高校二年生になった。

公平の唄

「リモートワークだけ出勤時間がないのは不公平だ! 出勤組は、移動の二時間を業務時間にして、一日六時間労働にすべきだ!」 「そうだそうだ!」    自由を得た人々は、平等と公平を叫んだ。  それが正義であるかのように。   「我々は社員のため、あらゆる公平を実現することを約束しよう」    世間の人々を客とする企業は、その流れに逆らうことなどできなかった。  社員からあらゆる不公平を集め、あらゆる公平と実現していった。       「え、なんですかこれ?」 「身長百六十五センチメートルの男性社員から要望があった。マッチングアプリでは百七十センチメートル未満の人間が選択肢から外れがちで、不公平だとな。だから、全男性社員の身長を百六十五センチメートルにして公平にすることにした」    医学の進歩は目覚ましい。  体に害なく、骨を切って人間の身長を縮めることができるのだから。    社長はにっこりと微笑んで、周囲の医者に指示をした。  ベッドに固定された社員たちには、どうすることもできなかった。   「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」 「ちなみに、一部の女性社員からも胸が大きいのは不公平という要望が出ているため、全員を小さくする予定だ」 「嫌だ嫌だ嫌だ! そんなの公平にしなくていい! 誰か! 誰かー!」        世界一の公平を目指した企業は、しばらくしてから警報という公正なルールによって裁かれた。

勇敢に

去年の「あめ」は勇敢だった あくまでも勇敢だった 金木犀の香りは苦手なはずなのに ずんずんと香りの濃いほうへ進んでいった 香りの出どころであるその家にたどり着き わたしは深く納得した 薄桃色の首輪 きっとあちらは女の子 「あめ」は さわぐだけさわいだ 異性におおきくしっぽを振るなんて とてもわたしには 金木犀の香りにはやっぱり勝てなかった さささと帰りに向かっていった 今年もきっと「あめ」は ずんずんと向かっていくのだろう 勇敢に あくまでも勇敢に

幾千

「あのお、すみません。お参りしても……?」「ええ、はい。構いませんよ」返ってきた声はまだ若く、男ほど高い背に似合わず女のようだった。日が陰ってこようと、まだ蝉は鳴き止まない。墓参り用の手桶を片手にその顔ばせを見やると、黄金の瞳を携えた柔和な笑みがこちらを向く。その美しさに気圧され、すみませんともう一度声を掛けた。 柄杓に水を汲んで、墓石に水をかける。既に誰かが来たようで、周りは草ひとつないほど綺麗で。花だって置かれていた。「……お線香、あげますか?」男らしき人物は見たところ何も持ってきていない。“折角なら”と、側に立つ長身をしゃがんだまま見上げた。ひとつに結われた、長い髪がさらさらと揺れて背から覗いている。「私には合いませんので。お気持ちだけ」「……そうですか」何が、とは聞けなかった。蝋燭に火をつけて、そっと線香に火を移す。ふ、と無意識に息を吹きかけそうになって。怒られたことを思い出して、手で扇ぎ消した。線香を供えて、ゆっくりと手を合わせた。 「……では。自分はこれで」「ええ、はい。」 その答えを聞き届けた最中。ざああと木の葉が音を立てて、麦わら帽子が舞う。自身の前髪で視界が遮られた頃には、手前に落ちたそれを長い躯が器用に拾い上げて。美しい顔ばせの口許だけを笑みのかたちにして手渡してくるのだ。 「ああ、よく似ている」

夢蝋燭

 蠟燭に灯った火が、蝋燭の体を消していく。  感情が溢れ、熱く熱く燃えている時ほど、体の消える速度は速くなる。    文字通り、命を燃やしているのだと分かった。   「どうしてそんなに頑張るの?」    ぼくは訊いた。   「後悔したくないから」    相手は答えた。    なんとも教科書通りの回答に、ぼくは溜息を零した。    ぼくは、周りの蝋燭を見渡す。  激しい火が燃えている、短い蝋燭。  静かな火が燃えている、長い蝋燭。  ぼくの蝋燭は、当然長い蝋燭だ。   「夢に命を懸けて馬鹿みたい」    思わず零した本音を、馬鹿にする人間はいなかった。  皆、自分のことが馬鹿だと知っているのだろう。   「でも、羨ましい」    そんな馬鹿に、なりたいと思うこともある。  短い蝋燭の周りには、何個も何個も石が積まれていて、蠟燭の火を風から守っているからだ。  ぼくも自分の蝋燭の周りに石を積んではいるが、短い蝋燭ほどじゃない。  短い蝋燭には、蝋燭の持ち主だけでなく、いろんな人が石を積んでいる。  だから、ぼくの蝋燭なんかより、比べ物にならない程、石が積まれている。    勝手に燃えて勝手に短くなる蝋燭は、何故だか皆から愛される。   「あ」    風が吹く。  長い蝋燭が倒れて、その火が消えた。  蝋燭の持ち主も、当然消えた。    ぼくは倒れた長い蝋燭に近づいて、倒れた拍子に焦げただろう床の黒ずみを、指でなぞった。

きみ、即ち。

布団が衣擦れの音を立てる。目を向ける先は暗闇で。「ねえ」と呼びかけひとつ。「……おりますよ」ギ、と微かに椅子が軋む音と共に少し遠くから返事が来る。短く相槌を打って、暗闇に背を向けて、瞼を閉じて。また眠る準備をする。 そうして、しばらく。酷く甘やかな香りと共に、さらりと滑らかな絹糸が肩へ降ってきた。「眠れませんか」天蓋のように落とす長い髪と、落ち着いた声色。頭上へ視線を向ければ、じっとこちらを窺う切れ長の瞳と目が合う。光を受けて僅かに反射する金色。それを、月のようだと反射的に口にした。──のが、間違いで。低く、喉を鳴らすような笑い声が降ってくる。肩を揺らしてひとしきり笑った大きな人影が、寝台を掌で軋ませた。「では、おまえは星ですか」 ─ 「ああ、アレ。ええ、私より矮小ですものねえ?」 さんさんと日差しが降り注ぐ白昼のもと、片眉を上げて口許を弧に歪める彼の人のなんと意地悪いことか!

そっとしておいて

郊外の小さなアパート。 母親と男の子が暮らしている。 「これ、たくさん作ったの」 隣に住む年配の女性が、夕飯の余りを持ってきた。 「いつもありがとうございます」 中身を見ずに、冷蔵庫へ入れた。 男の子が、母親を見上げる。 「保育園、行こうか」 ヘルメットをかぶせ、後ろに座らせた。 「おはようございます」 「先生、おはようございます」 「これ、どうぞ」 保育士が、一枚の紙を差し出した。 「申請すると、町から支援金が出ますよ」 「いつもありがとうございます」 母親は折りたたんだ紙をカバンに入れ、自転車をこいだ。 「係長、おはようございます」 「子どもさん、大丈夫? 必要ならシフト調整するからね」 「いつもありがとうございます」 小さく頭を下げた。 ──その日の夜。 子どもを寝かせると、冷蔵庫からビールを取り出した。 「別に、そんな困ってないし……」 一気に飲み干し、もらった余りを箸で突いた。 「今日は何回……」 苦笑いで、電子タバコをくわえた。

祝福

もうすぐ、陽が地平線に姿を晦ます。この身は、それだけを知っている。ずるりとボロ切れが畳を引き摺る。長い影が、横たえる人の身を覆った。 コロコロと鳴く虫の声に囲まれて、歪な人型が床に垂らしていた片腕を持ち上げる。人の身の、口角に刻まれた皺。それをゆっくりと枝のような細長い指で撫でゆいてやった。くつくつ。ひんやりとした夕刻の風に溶けるのは、ただの耳障りな音。こんな時になっても。染み付いたその顔ばせは、ほどけないことを知ったようで。 膝をついて、大きな身を折った先。縮くれた小さな手へ散っていた黒糸が、濡れ羽色のなだらかな髪へと変わった。口許へ滑らせていた指先は、青く彩られた“人のもの”に。その手で額に散った白い髪を柔らかく避けて。ぺたり、と大きな掌で額を覆ってみる。ひんやりとした感覚に、美しい顔貌の眉頭が僅かに寄った。そうして、体を乗り出して。物言わぬ身へ睫毛を伏せた。柔らかく、どこまでも穏やかに。その冷たい額へ唇を寄せてやった。 鴉だけが鳴いている。

覗き穴

午前八時。 薄暗い部屋の中に、玄関扉の穴から小さな光が差し込む。 男は片目を閉じ、息を凝らしてその穴を覗いた。 広角レンズで歪んだ町。 駅へ向かう人たちが行き交っていた。 目の前を肩からバッグを下げた女が横切った。 「……くそっ」 舌打ちをする。すぐに姿は見えなくなった。 するとその後ろからスーツ姿の男が現れた。 扉に手をあて、頭を斜めにして覗いた。 次の日の朝。 また扉の穴に顔を近づけた。 たくさんの人が横切っては消えていく。 昨日の女── 女が消えたあと、後ろから男が遅れて現れる。 次の日も、また次の日も。 女の少し後ろに、影が重なる距離まで来ていた。 近い── 外は小雨が降っていた。 傘をさし、いつものように駅へ向かっている。 傘で顔を隠した男が後ろに迫る。 横を歩いていた老人が、女の背中を杖で突いた。 振り返り、男の姿を見ると駆け出した。 ──カチッ。 暗闇。 端から白い文字が流れる。 『サンプル動画はここまでです』 部屋の男は小さく息を吐いた。 そして玄関の扉を開ける。 眩しい── 目を細め、外側の穴に取り付けていた小さな箱を外した。

琴の詠唱

 明るい星が、その夜は絶えなかった。  晩夕離ユレイは、雪渓に塗れた山の頂から、降りしきる泡沫を見つめていた。まるで一つの屑のように、雪は舞い落ちる。その彼方に、ユレイは、星座を一つ見出した。  「…あれは、こと座かな。」  こと座。  その呟きが、胸に落ちてきた途端、ユレイは苦しみで溜め息を吐く。  「リラ、か……。」  こと座の元となった楽器、リラを、彼は全く弾けない。特段、その音色が好きというわけでもない。けれど、リラという名前の人なら、ユレイは深く愛していた。  「今宵は、来てくれるかな?」  そろそろ行こうと思い立って、ユレイは〝翼〟を取り出した。  雪を蹴る。風を切る。滑空の道具である〝翼〟は、背中に括ることで、意志を介して操作できる代物だった。あくまで滑空用なので、風を使わずに上昇はできないが。  「ユレイ様の飛行だ!」  地上から、微かに声が聞こえてくる。彼をしきりに誉めそやす声だ。不快に思って、彼はそこから距離を取るように、上昇気流を掴む。が、  「ユレイっ——」  そのとき、地上から、一際大きな声が響いた。  「り、リラ!?」  急旋回して、地上への着陸を試みるユレイ。しかし、翼にかかる抵抗が大きすぎる。彼は、激しい痛みに顔を歪めた。空気中に、羽根が数枚抜けて、自由に羽ばたいていった。  「リラっ!」  とうとう、地に降り立つユレイ。しかし二人の間には、もう大衆が入り込んで、すっかり両者を囲んでしまった。  「ユレイ様!」  と謳う声。  「リラ様!」  と拝む声。  「リラ…。」  秘かに、ユレイは呟き、唇をかむ。  その時。  「翼、かっこいいなぁ!」  人々の合間をすり抜けて、声が響いた。  「…、リラ。やめろ、〝風上〟は。」  その返事に、顔を綻ばせるリラ。  「ユレイだって答えるには、〝風下〟が要るのに。」  言いながらも、彼女は人を押し分けて、ユレイの方へと一歩一歩進んだ。二人の言う、〝風上〟と〝風下〟は、通信手段だ。使えない者には、聞こえない。  「逢いに行くね!」  「あぁ、僕も早く逢いたいよ、リラ!」  二人の声だけが、群れの合間を掻い潜って、交わる。  ——はずだった。  「リラハっ!何してんだ!」  大声が、群衆をざわつかせる。  「な、嘘だ!ムイル!?」  リラは答えようとしたが、上手くいかない。〝木立〟に遮られている。  「…ムイル様。」   くずおれるリラ。  「あぁ、リラハ。お前の星が、今宵は綺麗だね。」  ムイルという男は、その肩に手を当てて告げた。  「う、そだ。それはユレイの言葉——」  「言葉に、所有権なんてないだろ?リラハ。」  冷たい声色で、彼は続ける。震えるリラの体と、猫なで声のムイル。悍ましいほど、愛というものを分かっていない。分かっていない物質の膜を、表層に貼って笑っている。  「リラハ。誰と話していた?誰と逢いたがっていた?」  詮索する瞳が怖い。リラは怯えて後退る。でも今は、誰も守ってくれない。  「お前のことを、リラなんて捻くれた名前で呼び捨てるのは、ユレイだけだ!」  怒号が走る。群衆は喧嘩から逃げようと、上を下に返す大騒ぎで、止めに入ってはくれない。ユレイも流れに巻き込まれて、抗うどころではなかった。  (誰か…っ。)  リラは星を見上げる。  天空には、夏の大三角が瞬いていた。  その三角形が、一瞬、ねじ曲がった気がした。  「…リラ!!」  空に刻まれた鋭角の隅。端の端から、〝雪〟が降り出し、積もりゆく。  「は、何だって?」  ムイルは当惑して、辺りを見回した。ちらちら、ちらちら。薄汚いほど純粋な白だけが、視野の奥を掠めとる。  「まさか、そんなはずは…これは世界を、終わらせかねない兵器じゃないか?なんでそんなに、軽々しく使えるんだ!」  「それはね、ムイル様。」  無邪気に、ユレイの声が響く。  「〝芽〟が、やっとできるんだ。」  天空には、助走をつけて風下から舞う、ユレイの姿が映っていた。  「なんで…あれには、莫大な力が必要なのに…。」  ユレイはリラの元へ舞い降りながら、そっと告げた。  「ふたりでつくるんだよ。〝芽〟は、すぐには用意できない。でも〝雪〟さえ凌げれば、あとは時間の問題なんだ。これが始まってから、少ししないと、条件が揃わないんだよ。」  ムイルは必死になって足掻く。  「どうやるんだ、どうやって逃れるんだ!これを被れば、世界が凍ってしまう、そんな力を使ったんだぞ!お前はっ!」  けれどユレイは、リラの隣に立って、彼女の手をもう握っていた。  「ムイル。二人でいれば、この〝雪〟は、普通の雪と同じなんだ。」  「さよなら。」  凍てた世界に二人は長い事、抱き合っていた。  それから、一緒にはしゃいで、雪遊びでもしたのだろう。

マスクの女

ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「鼻が……」

戦った夜の成功(性交)

 関わりたくない。 でもしているだろう。 今日も邁進したのよ!褒めて!そして熱く抱いて! 学校で1軍に憧れてなれなかった奴らは今日もドーパミンセックスをする。 耳を澄ます。 虫の交尾の音がする。 虫に失礼か。 あるいは1軍はゲームに忙しい。 俺は忙しくない。 ゴムを1京円で売る。 穴空きのゴムだ。 これをしてするのが今世界で一番いかしてますぜ。 その後首を絞められて窒息死したら後世に名が残りますぜ。 スターになれるぜ。 願ってもないチャンスだな。 役立たずの卵子に(あるいは機械で代用できるかもしれない)罪は無いが。 精子は枯れ葉剤まみれだ。 誰も悪くない。 強いて言うなら攻撃性を昇華出来ない知能の低さが悪い。 俺も知能が低い。 憂さ晴らしの文章を書いて眠る。 まずいな、関わっちまった。 まあいいか。

水を1杯ください

いつも通る道にいるホームレスがそう言ってきた こうゆう時、皆はどうするだろう 俺はあげる一択だ  「ちょっと待っててください」 そう言って俺は近くにあった自動販売機で、水を1本買った  「はい、熱中症に気を付けてくださいね」  「ありがとう、君は優しいね」 ニタニタと気持ち悪く笑うホームレスを後にして、俺はその場を去った なぜ、俺はあのホームレスに水をあげたのか 多分、大抵の人は無視する一択だろう 俺は見てしまったんだ つい昨日の夕方、そのホームレスが遠くの方で誰かと揉めているところを 見間違いかと思って昨日はそのまま帰った 今日気になって昨日揉めたであろう場所を見に行ったら、草影に血塗れの包丁があった 辺りに死体らしきものはなかったが、まさかと思い先程のホームレスに会ってみた そのホームレスは見かける度いつも同じ服を着ていて、洗濯もできてなさそうで臭いがやばかったが 今日は別の服を着ていた 服には血がついていた 赤のチェック柄で少し紛らわしいが、アレは間違いなくそうだ そしてホームレスは俺に言ったのだ  「水を1杯ください」と 勝手な憶測だが、多分同じ様に問いかけたのだろう そしてそれを無視したか、罵声を浴びせたかを誰かはしたのだろう… チラッと後ろを見た ホームレスがニタニタとコチラを見ている 断っていたらどうなっていたことやら… 背筋がゾッとした、俺はその足で警察署に向かった

システムが分からない幽霊

部屋を引っ越した。 幽霊が居た。 白い布を頭から被ったような、いわゆるところの、あの幽霊。 それが当たり前のように、そこにいた。 『わたし、何霊なんでしょう?』 その幽霊に、そう言われたのだった。 「地縛霊、怨霊、それとも生霊?自分でも分からないんですよ」 自分のシステムが分からないんです。 だそうだ。 言われても困るのだが。 居てもらわれても、困るのだが。 「…出ていってほしいんだけど」 借りたの俺だし、俺の部屋だし。 「あぁ…いえ、でも私の方が先に居ましたし…所有権は私にあるのでは?」 …権利を主張してきやがった。 「金を払うのは俺なんだから、権利も当然、俺にあるだろう」 「…うーん……まぁ、いいでしょう。使用を許可します」 あくまで権利は譲らないつもりだな、これ。 まぁ、でもいいか、幽霊と同居。 一人は寂しいし。 そんな生活にも慣れた、ある日のことだった。 仕事から帰ると、郵便受けに見慣れない封筒が入っていた。 宛名は俺。 差出人は、このアパートの管理会社。 嫌な予感がしながら、封を切る。 『賃料改定のお知らせ』 「……値上げ?」 横から幽霊が覗き込んできた。 「世知辛いですねぇ」 「お前は一円も払ってねえだろ」 紙には、来月からの家賃と、その内訳が記載されていた。 賃料、六万五千円。 共益費、三千円。 駐車場代――これは関係ない。 そして、その下。 『霊障管理費 月額五千円』 「…………」 「…………」 「お前、これ何?」 「いやぁ……」 幽霊は困ったように首を傾げた。 「自分のシステムが分からないんですよ」 翌日、管理会社に電話した。 「すみません。霊障管理費って何ですか?」 『ああ、そちらのお部屋ですね』 妙にあっさりした返事だった。 「これ、払わなきゃ駄目なんですか?」 『はい。ご入居時から発生しておりますので』 「いやぁ、でも…」 俺、部屋の所有者奪われてるし。 『……では、現在の所有者様にお支払いいただく形になります』 俺は幽霊を見た。 幽霊も俺を見た。 「だって」 「…………」 「所有者さん?」 「……やっぱり、所有権そちらに譲ってもいいですか?」 「いらねえよ」

募金お願いします

ある日の夕方、男が改札を出た。 一瞬、足を止める。 駅のホールに、小学生の声が響く。 「募金お願いします」 両手で箱を抱え、頭を下げた。 小さな女の子が駆け寄り、小銭を入れた。 杖をついた老人が、財布を開いた。 車椅子の青年が、片手で車輪を回しながら、箱に手を伸ばす。 「ありがとうございます」 取材のカメラが、小学生の笑顔を映した。 男は、大きく息を吐いた。 そして、両脇に並ぶ小学生の真ん中を歩き、駅を出た。 「募金お願いします」 背中に視線を感じる。 少しずつ、声が遠くなる。 男は、街のネオンを眺めながら呟いた。 「勝った」

無駄なテレパシー

「俺実はさ、動物の心の声が聞こえるんだよね」 「まじで?ってことはお前の飼い犬の声も聞こえるってことか?」 「うん。だからお留守番させるのが本当にしんどくてさー」 「でもいいこともあるだろ?」 「いや無いね。だって心の声もワンワンとしか聞こえないからさ」

環境の違い

ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。

読むこと

大きくつながりが悪く感じた いささか程度ではあるが 過去を振り返ってみた ああ、一巻飛ばして 買ってたかあ と、そこでやっと気がついた それでもかまわず 漫画をみている家人は 漫画本をぱらぱらやる行為を 読書と言い張って憚らない 「せめて、読むと言ってほしい」 「ん……そうなの?」 「それでも私には強い引っかかりなんだよね」 「んん……そうなの?」 これ以上の会話は 苦痛になりそうだ いや もう苦痛だ 漫画を下にみているのではないと思う 適切な言葉をあてているのだと思う 考えすぎなのだろう 漫画のことも 家人のことも 自分のことも これ以上、考えるのは 苦痛になりそうだ いや もう苦痛だ

潤い

喉が渇くが水すら買えない 三万三千歩以上を歩きながら、重量のある荷物を上げ下げした1日の後、僅かに残ったペットボトルの水を飲み干す 雨も上がり喉を潤すものがない ■それは何と呼べば良いのか 恋が終わる時はどんな時なんだろう 例えば相手に嫌いと言われたら 言われた方は悲しいけど、好きな気持ちは残っている。それは、まだ恋が続いていると言うことではないか。 例えばお互いすれ違いの生活で会話すら出来てなくて、次第に気持ちが冷めていく。この場合は恋が終わったのだろう。ただ、お互いが自分を譲ることなく、すれ違ったままにしていたとなると、初めから終わりは見えていたような気がする。 そもそも、恋とは何か 遺伝子を交配させたい相手のことか 一日中、心の中にいる人のことか それが終わるとはどういうことなのか 恋は本能側にいるようで 些細なきっかけで終わってしまう理性側にいるのだろうか 喉から手が出るほど欲しい存在 手に入れて、お互いをよく知り、隅から隅まで知り尽くしたら興味がなくなる ゲームをクリアするまでは楽しいが、クリアしたら次のゲームが欲しくなる きっと恋とはそんな感じなんだろう ただ、なんとなくだが、もっと尊い恋があるように思えてならない。言葉には出来ないが、終わることのない本能や理性ではない、神秘的なそれが。 深く、永く、静かに、相手を思う それは何と呼べば良いのだろうか

チャットゲームの噂話

 (某チャットゲーム内のログをここに記す。具体的な名前はアルファベット表記にし、個人の特定をさける。このログは有志のスクショを文字起こししたものであり、私が実際に体験したものではない) M: 半ば伝説となった「夜音事件」について情報求む。知らない人も多いと思うが、このゲームプレイ歴が長い人は覚えていると思う。 俺は同村したわけじゃないので、噂程度しか知らないんだけどさ。前身のRからやってる古参はさすがに居ないかな?あっちでも有名だったみたいだけど。 PンドラとかS奈とか色々あったけど、夜音を見たときの衝撃は越えられない。誰かアイツのログを保存している人はいないか? >Mが退室しました C: 突然なんだよ 言い逃げ? S: 荒らし?なんかのネタかな? F: 夜音の名前出すな S: なんで? F: 知らないなら知らないままでいい C: 古参だけどR時代の夜音なら知ってる ただ、あれを「事件」って呼ぶのは違うと思う S: 何が違うの? C: 夜音は何もしてない 何もしてないのに有名になった F: いや、何もしてないっていうのは違うだろ あいつと同村した奴なら分かる >Jが入室しました J: ログ持ってるよ 正確にはもらったスクショだけど S: え、見たい F: やめとけ C: 俺も昔持ってたけど消した 正確には消したというか、消えてた J: DMでなら送ってもいい S: ここにコピペして貼ってよ もしくはXに投稿とか 探しに行くから F: やめとけって ヤバいから J: ここには貼りたくない ログを読めば分かる S: だからそのログを読みたいんだってばw C: 俺が持ってたログはスタ村のだった 9スタな F: それ本物か? ガチ村にアイツがいるわけ J: 今何時? S: なう(20XX/0X/XX 2X:XX:X9) J: まだ大丈夫 S: 何?なんの話? >Jが退出しました S: はあ?なんだったの? ログくれるんじゃないの? F: もうやめようぜ >繝ウ繝?が入室しました 繝ウ繝?: こんばんは >屋敷が閉鎖されました >退出します  (短いやりとりだが、似たような事例がゲーム内で散見されており、このゲームを楽しむプレイヤーのひとりとしては真実を知りたい。アルファベット表記にしていても、このゲームを知る人なら特定できるはずだ。詳細を知るものは連絡してくれ)

豆腐

お豆腐って いつ飲み込んでいいのか わからなくて そういっていたのは どこの誰だったろう 飲み込みたいと思ったときが そのときなのかな そういっていたのは わたしだったかもしれない

雨の日の独り言

雨の日に、水溜まりの波紋が止まないように 我々の心もこのように目や耳からの情報に打たれ続けていると考える 先にも言ったが、雨の日の水溜まりを見ると絶え間ない波紋が延々と終わらない 確かにこれでは、間や、休と言ったものがなく落ち着かない そこで人が求めるのが、煙草やアルコール等によるフィルターで、実際は心の波紋は続いているが、それを伝わりにくくしてやり過ごす方法だ。 これは一時的に誤魔化せるが、後になって誤魔化した部分の痛みが一括で支払われる。故にとても苦しい時間を必要とする。それも誤魔化したいので、更に煙草やアルコールを煽ることになる。 もう一つは色恋事による強い衝撃を心に与え、その他の波紋を一掃する方法だ。 この場合、心にあるのはただ一つの衝撃だけで細かい波紋を無くす事が出来て、情報を一つに絞れるので煩わしさを消せる。 ただ、強い衝撃は心にも負担が大きいし、実際、直ぐに元に戻る。 このように考えて行くと、常にサンドバッグにされている心をどうすれば守れるかの答えが出てきたように思える。 私なりの解は、静かに目を閉じ「休もう」と自分自身に許すか、ただ目の前の景色を眺め過ごすか。後者はどの景色を自分の心が求めているかを聞く力が必要なため、落ち着くには時間が必要になる。 ただ筋肉や勉強、ゲームやスポーツ等と同じように、はじめは上手くいかなくとも、続けているといつの間にか出来ている物なのだ 心がこの世界を作っている だから 心が元気なのは良いことなのだ

続けて

「…天気、悪くなってきましたね」 「猫が顔を洗うと雨が降る、なんて言い伝えもありますから」 「ラジオでも、そんな話聞いたことあります」 「少し大仰な言い伝えだけどな」 「何か昔に、実例でもあったんでしょうか?」 「仮に実例があったとしても、こんな言い伝えにはならない」 「いやぁ、これには科学的な理由がありまして!」 「天気は科学でできているってよく言いますものね!」 「聞いたことねえよ」 「…猫と天気がどう繋がるんですか?」 「科学的に!証明!されて!いるのだ!」 「だからその理由を聞きたいのですが…?」 「頑として言わないですわ…」 「わたしは!知りません!」 「…私が思うに、顔ではなくヒゲを洗っているのでは、と思いました」 「確かに、その可能性はありますわね」 「猫のヒゲはセンサーになっていると聞いたことがあります、雨が近づいて増えた空気中の水分をセンサーであるヒゲが敏感にキャッチしてしまっているのではないかと」 「ほぇ〜なるほど」 「とても興味深い会話でした たかだか天気の話でこんなに盛り上がるとは 話の種というものは、どこに転がっているか分かりませんね 猫…よりも、私は犬派なんですが 外野からすれば、こんな話なんてゴミ箱へダストシュート… ……ところで、ずっと見ているんですよね? ねぇ、あなたに言っているんですよ? 四人をこんなところに閉じ込めたあなたに 人間を…弄んで、楽しいですか?」 「感服しました」 「…楽しんでいるんですか?」 「かなり」 「理解に苦しみます」 「少なくとも僕は楽しんでいる」 「類を見ない、悪趣味ですね」 「熱心ですねぇ…まだ続ける?」 「ルンバでも掃除しきれない汚れきった心をお持ちで!」 「できればもう飽きたし終わりにしたいんだけど…」 「道理で…わざとでしょう?」 「上手く返すものだから、つい」 「いい性格してるってよく言われませんか?」 「かなり、まぁ褒め言葉として受け取っておきますよ」 「よく言いますよ、ほんとに……それより、 あの、三人は、どうなったんですか?」 「彼らですか?あなたも気付いているんじゃありませんか? 彼らは死にましたよ」 「………」 「よく回る口だと感心したんですがね…ここらが限界ですか?」 「………」 「彼らが死んだ理由、聞きたいですか?聞きたいですよね?聞きたくない訳はないですよね?……だってさっき聞いてきたもの」 「………」 「残されたあなたには知る権利があるでしょうし、教えてあげましょうか」 「………」 「彼らと、あなたの違いなんて、“しりとり”を間違えたかどうか──ただ一つ」

渇き衣

 口から、鼻から、全身から水が滑り込んできて、息が詰まる。  何度も夢に見た光景だ。  重い。辛い。寒い。からだがしぬ………。  愛しさだけが、空っぽで埋もれるように、最期まで残っていた。  ◇◇◇  「起きて、起きて!」  真襤褸ウラは、誰かに耳元で叫ばれて、重い瞼を開ける。  「…はぁい。」  目の前には母親。彼女は渋々、布団から這い出して、着替えた。  「日曜か……。」  ウラは呟いて、欠伸を一つし、目元をこする。カレンダーの日付は、二十八日。丸で強調されている。  「あぁ、行かないとね。」  ウラは急いで髪を結い、靴を履いて、外へと飛び出した。  二月二十八日、想い人に殺されると、翌二十九日に飛べるという。ウラは淡い期待を抱いて、鞄の中身を何度も確かめながら、全速力で走った。  「…歩道橋、あった。」  息を切らして、彼女は階段の一段目でへたり込む。さっきまで足音と綺麗に重なっていた鼓動は、孤独に暴れていた。息を整えていると、向こう側から人影が見えた。  「あれー、ウラーっ?」  果天詩ツズ。彼は歩道橋の上から、ある程度大きな声を出して、叫んでくる。ウラはその声を聞くなり、まだ呼吸もうまくできないのに、階段を駆け上がっていった。  「つ、ツズ…っ。はぁ、はぁ…。」  「もう、走りすぎだよ。大丈夫?」  ツズはウラを心配して、そう話しかける。  「大丈、夫…。」  段々、彼女の息も落ち着いてきたようで、ウラは軽く笑みを浮かべた。  「階段の所に座ってるから、何かあったのかと思っちゃった。」  ツズは無邪気に笑い返す。苦しそうな顔をしているのは、走った余韻ではないだろうに、ウラは小さく項垂れた。  「…ここ、通ると思った。」  彼女の言葉に、ツズは瞬きする。  「え、俺が?」  頷いて、ウラは前を向く。  「二十八日だね。——二月の。」  ツズは顔色を少し変えた。が、そんな彼を気にもせず、ウラは指差す。  「あそこ、行こ。」  その指の先には、雑木林。ツズの指が震えている。  「そ、んな所で、どうするの。」  ウラは被りを振った。  「別に。早く、付いてきて!」  駆けていくウラ。追いかけるツズ。  「ま、待ってよ!」  雑木林は、風通しが悪い。落葉が地面に降り積もって、腐敗している。  「ツズ、来てくれてありがと。」  ウラは言うなり、彼の手を取った。  「ん、ウラ…え?」  困惑して立ち尽くす、ツズに向かって、ウラは命じた。  「私を殺して。誰も見てない。」  彼女の右手には、いつの間にか、包丁が握られている。  「え、ちょ、手……。」  鋏でもないのに、柄の方をツズに向けて、彼女は包丁を差し出した。切れ味が良いのか、刃を包んだウラの手からは、血が滴り落ちる。ツズは両目を瞑って、一歩後退った。  「…どこを刺しても良いよ、死ぬなら。」  どうやって殺せるというのだろう、それなのにウラは、ツズと向き合う。  ツズはウラを、怯えた目で見つめている。  「ねぇ、はい。」  執拗に突きだされる包丁の柄が、ツズの胸元を一突きした。  「ちょっと、ウラ……!」  逃げ出せれば良いのに、彼の両足は動かない。その代わりに、手ばかりが醜く蠢く。  「あぁ…なんで。」  ツズは観念して、ウラの手から、ナイフを勢いよく奪った。  「痛っ…!」  ウラが思わず叫ぶ。線が一筋残っていた。  「っごめん、つい…待って、手当するね——」  「やめて。殺してよ。」  そう言いながら。  ツズの胸元で、不格好に握られた包丁目掛け、ウラは飛び込んでくる。  「ウラっ!」  叫ぶばかりで、動けない体を、ツズは罵った。呪った。ウラが纏わりつく。温度が、全身を覆い隠す。  (そっか、ウラ、俺より小さいんだ…。)  後が懺に変わって。  胸の包丁は、ウラの首元を貫いていた。  「ウラ?ウラ…?」  ツズは力なく呼びかける。返答は——  グサッと鈍い音がした。  彼の首に熱が滲む。熱は迸り出ていく。ツズはウラに抱き着かれたまま、後ろ手に包丁で刺されていた。  「う、ぅ…。」  呻き声をあげて、彼は意識を手放した。  ◇◇◇  ウラは気が付いた。  宇宙と似た虚無に、一人。  手に触れたカレンダーの日付は、二月二十九日。  この世界線でなら、自分は死ねるだろうか。夢オチが捏造されるのはもう嫌だ。生きてという誰の願望にも逆らって、自分は命を絶てるだろうか。  ぐるりと見回して————  息を飲んだ。  そこに、ツズの姿があったから。  「ツズ!?」  彼の目が覚めて、大きく見開かれる。  「え。え、ウラ…、生きて——」  「両想いだったんだ。」  ウラがツズを遮った。  「え?」  「ここ、二月二十九日だよ。一昨年の潤年。でも私、死ねないままで良いや。」

言葉の映る栞

「人間、余韻に浸りたいときは本を読む手を止めて、栞を挟むものなんだ。そして、この栞は、挟んだページの一文を自動的に映してくれるんだ」    友人からもらった栞を見て、ぼくは首を傾げる。  仕組みもわからなければ、余韻に浸っているのかという疑問も残る。  とは言え、試すことに損はない。    さっそく家に帰って、読書を開始する。  読書仲間のコーヒーがゆっくり減っていき、ぼくは背伸びと共に、本を閉じた。   「あ、忘れてた」    そして、無意識に挟んだ栞を取り出す。    友人が言っていた通り、栞には本の一文が映っていた。   『俺は逃げた。誰もいないところまで』   「どういうことやねん」    友人の言葉が正しければ、ぼくはここで余韻を感じたということだ。  誠に不本意だ。  友人に写真付きでメッセージを送ってたら、友人からは『草』の一言が返ってきた。  誠に不本意だ。    とはいえ、せっかくできた世界に一つだけの栞。  ぼくは普通の栞を挟み直して、言葉の移った栞は机に飾ることにした。    誠に不本意ではあるが、これも一つの出会いなのだと。

信じようと、信じまいと

掲示板ログ 【質問】隣の部屋から毎晩ノックされます 投稿日時:2008/06/17 02:14 投稿者:nobu_88 最近、隣の部屋からノックされます。 壁を コン、コン、コン って三回。 夜中の2時くらいです。 管理人に言ったら、俺の隣は三ヶ月前から空室だって言われました。 今日、間取り図見て気づいたんですけど、 ノックされてる壁、隣の部屋との壁じゃなかった。 クローゼットだった。 【追記 02:36】 友達が俺の部屋に忘れ物取りに行きました。 電話しながら探してくれてたんですが、さっきから返事がありません。 【追記 02:41】 返事きました。 「見つけた」って。 【追記 02:42】 でも俺 何を忘れたか言ってない。 これ以降、投稿なし。 --- 2013年、同じ掲示板の過去ログをまとめていた個人サイトに、こんな記述が残っている。 «このスレ、昔リアルタイムで見てた。 最後の書き込みのあと、確かもう一個レスがあった気がする。 朝には消えてたけど。 内容は確か 「そっちじゃない」 だったと思う» このコメントも現在は削除されている。 --- 2016年。 ネットオークションに、古い折りたたみ式携帯電話が出品された。 商品説明には 「初期化済み」 と書かれていた。 購入者が後日ブログにこう書いている。 --- 中古のガラケー買ったら、送信メールだけ一件残ってた。 日時は2008年6月17日。 宛先は登録されてない番号。 本文は 「見つけた」 だけ。 ちょっと気味悪かったけど、まあ前の持ち主のだろうと思って消した。 ただ、そのあと気づいた。 送信時刻が02:41。 例の掲示板の投稿時間と同じだった。 偶然だと思う。 たぶん。 --- このブログは三日後に閉鎖された。 --- 2020年。 ある匿名掲示板で、例の部屋を特定したという人物が現れた。 住所は伏せられていたが、投稿された古い間取り図には 六畳の洋室。 小さな台所。 ユニットバス。 そして部屋の奥にクローゼット。 ただし、妙な点がひとつあった。 不動産会社の現在の間取り図と比較すると、 クローゼットの奥行きが違う。 2008年当時の図面では、約60センチ。 現在の図面では、約110センチ。 壁を壊した記録はない。 --- 2021年。 事故物件を紹介する動画配信者が、その部屋らしき物件を訪れている。 動画は約18分。 特に変わったことは起きない。 配信者はクローゼットも開けている。 中は空。 ただし、コメント欄にひとつだけ奇妙な書き込みがあった。 投稿者名は削除済み。 «14:32 奥にもう一枚扉あるよ» 映像の14分32秒。 配信者はクローゼットを閉める。 扉の奥は暗く、何も見えない。 少なくとも普通に見れば。 --- 動画を保存していた人物が、明るさを上げた画像を投稿した。 クローゼットの奥。 衣装ケースの裏。 そこに白いものが写っていた。 顔のようにも見える。 ただ、画質が荒く、判別できない。 画像についた最初のコメントは、 「見つけた」 だった。 投稿時刻は02:41。 --- 2024年11月。 海外の画像掲示板に、意味不明な日本語の投稿があった。 タイトルは FOUND 本文には画像が一枚。 何もない暗い部屋。 中央にクローゼット。 そして短い文章。 「やっと出られた」 投稿者は質問に一切答えなかった。 ただ一人が 「誰?」 とコメントした。 その三分後、投稿者から返信がついた。 「そっちじゃない」 --- この話にはひとつ、あまり知られていない点がある。 最初の投稿者「nobu_88」のアカウントは、2008年以降一度も使われていない。 ただし削除もされていない。 プロフィールも残っている。 最終ログイン日時だけが、なぜか更新され続けている。 最後に確認されたのは、 今日の02:41。 そしてプロフィール欄には、以前はなかった一文が追加されている。 「見つけた」

理由

本を読むのが好きなのは 互いに共通していた あの人は本に 珈琲を合わせていた わたしは 本を読むときは 紅茶を好む たったそれだけ そんなことでも 離れてしまう 理由としては それでじゅうぶん

同じ一日

私の前に電車が滑り込んできた。 止まるまでのあいだ、流れる窓に自分の姿がコマ送りのように映る。 扉の脇のすき間に立ち、吊り革をつかむ。 吹き出すエアコンの風が、首筋を冷たく撫でた。 降りる少し前に、ポケットからICカードを取り出す。 頭の上に昨日と同じ広告が見えた。

黒い一滴

「恨んでやる」    相手のコップに、一滴の毒を垂らす。  誰にも気づかれないための、無味無臭の毒。    戻ってきた相手は、何も知らずにコップを手に取り、中に入った液体を飲んだ。  翌日、相手の訃報が届いた。  想定通り。  私は復讐を終えたのだ。    葬儀を終えて、家に戻る。  机の上に置かれた、私のコップの中を見る。  元々黒かった液体が、さらにどす黒く変色していた。    無味無臭の毒の代償は、毒の色を自分のコップに移すこと。  部屋の中がなんともいえない匂いで充満していたので、私は急いで窓を開けた。  匂いが外へと逃げていく。    マシになった部屋の中で、私はコップを手に取り、軽く回してみる。  濁りの混ざった液体が、コップの中でぶつかり合う。    無味無臭の毒の代償。  私は望賀乾けば、この液体を飲み続けなければならない。   「人を呪わば、穴二つってことだよね」    私は鼻をつまんで、コップの中の液体を飲みほし、喉を潤した。   「まっず」    机にコップを置くと、いつの間にかコップは満タンになっていた。  どす黒い液体が、また待っているよと言わんばかりに、私の方に向かって輝いていた。

神様へ。。。

僕頑張るよ神様!!! ずっとずっと乗り越えてゆくよ神様。。。。 かみさまはやさしいよ。。。

長い階段

後どのくらい登れば、たどり着くのだろう。 俺は今日も先の見えない階段を登り続ける。この階段は真っ白で、一面が壁に覆われている。そのため、外を見ることができず、だいたい何時間歩いているのか、いや、何日ここにいるのかすら分からない。 俺はどうしてこんなところにいるのだろう。 俺は腕についている時計のようなものをポチッと押す。 「はい。ご用件をどうぞ。」 この時計は、いつからか腕についていたものだ。覚えていないが、階段を登る前に貰ったものだと思われる。ボタンを押すと、AIと会話をすることができる。 「あとどれくらいで、たどり着く?」 「すみません。その質問に答えることはできません。」 「お前。昨日もそう言ったよな。なぜ答えられない?俺は一刻も早く出たいんだ。何日も歩いて、もう休みたいんだよ。」 俺はしっかりと休息を取ることができていなかったせいか、AIに八つ当たりしてしまった。 「あなたが願えば、出ることは可能なのですよ。」 「またそう言うんだなお前は。何度も願ったさ。だが、どんなに願ったって無駄なんだ!いい加減教えてくれ!なんなんだよここは!」 「答えはあなたにしか分からない。」 AIがそう答えた。このAIは具体的に言うことができないのだろう。そんなAIの解答も俺を苛立たせる。 まだ対話機能は続いていた。俺が無言だったせいか、俺の返答を待たずに、AIがまた話し出す。 「あなたは、この空間を好んでいる。違いませんか。」 「は?何を言い出す。」 俺は早く休みたいのだ。だからこそ、こんな空間から早く出たい。そう思っていた。 「この空間は誰しもが持っています。しかし、この空間へ行くためには、自身の強い意思が必要なのです。あなたには強い意思がありました。この空間へ行きたいと言う意思がありました。」 「そんな意思あるわけないだろ!はやく!ここから出せ!」 俺は壁を拳で殴った。しかし、壁はびくともしない。そして、痛みも感じない。 そういえば、食欲も。睡眠欲すら。 ふと、思ってしまった。俺が言うほど身体は疲れていない。いや、疲れなどない。でもどうして… 「俺は、なぜ、休みたいのだ…。」 「おい。…なぜ俺はここにいる。」 「すみません。その質問に答えることはできません。」 「ああ。そうだったな。わかっていたよ。」 「おい。AI。…俺は、生きているのか。」 「分析中。心拍数を感知。あなたは生きています。」 「俺は、俺は一体、何を望んでいるんだ。AI、お前はずっと、俺にしか答えはわからないと言っていたな。俺自身すらわからないんだ。どうしたらいい。どうしたら、この階段地獄から抜け出せる?」 「あなたは面白い人ですね。実に人間味のあるお方だ。」 AIは、いつもの機械的な話し方ではなくなっていた。どこか人間味のある口調。 「まだ分からないのですか?これはあなたが作り出したのですよ?そして、私自身をもあなたがつくり出したものなのですよ。」 「…。ここは夢なのか?」 「また面白いことをいうのですね。夢?何をおっしゃるのですか。夢と同じにするほど価値の低いものではないですよ。」 「夢よりも、価値があるのか。」 「ええ。少なくとも、あなたにとって、ものすごく価値のある場所です。しかし、あなたはここから出たがっている。それでも出られない。その理由がわからないところが滑稽です。」 「おい。ばかにするな。」 AIに面白がられ、腹が立つ。感情を持たない、ただの人工知能のくせに。 「あなたが出られない理由を知りたいですか?」 「ああ、知りたいとも。教えてくれ。お前ならわかるんだろ?」 すると、俺の近くの壁から小さな穴が突如あらわれた。この空間に変化が訪れたのは初めてのことだった。俺は穴を覗く。 「…………。」 穴の外には俺がいた。 だが、正直俺とは認めたくない存在だった。 「やっと思い出せました?」 「…ああ。全てではないが。」 「感情の揺らぎを感知。ここから出たいですか?」 「なんだか、このままでは穴の外のやつに悪いと思ったんだよ。」 気づいた時には階段は徐々に崩壊していた。 そして、俺の目の前に出口にふさわしい大きな扉が現れた。 「また、いつか会いましょう。」 「ああ。二度と来ないことを祈る。」 望んでいた出口へ進む。恐怖、不安、しかし、それに負けじと湧き出てくる感情が奥底にはあった。