女がゆっくりと目を開けた。 「そっか。私、死んだのね」 川原の石に腰掛け、辺りを見回した。 「すみません。ここはどこですか」 「ココ、サンズノウケツケ、ジュンバンネ」 外国人スタッフが、列の最後尾を指差した。 「三途の川って、本当にあるんだ」 女は、行列を眺めながら歩き出した。 すると、男が、行列に手を振りながら歩いてきた。 「いやぁ、どうも」 「先生。足元、お気をつけください」 年配のスタッフが、最前列に案内する。 「ところで、あれはご用意いただけましたか」 「ああ。ちゃんとここにある」 うなずきながら、胸のポケットを指先でつついた。 「どこも同じね」 女が、振り返って笑う。 そこに、スタッフが声をかけた。 「ジュンバン、マモッテネ」 「なんだ、お前。その口のきき方は」 何事かと、周りが騒がしくなった。 「ミンナ、マモッテルヨ」 男が、顔を赤くして詰め寄った。 「お前、国外退去にするぞ」 その言葉に、スタッフが男の手を握った。 「コレデ、クニニカエレルネ」
ひどく冷える。そして、なんだか息苦しい。僕のまわりの空気だけがやけに薄くって、それで息苦しいのか、それとも濃すぎて息苦しいのか、そのあたり、いまいち判然としない。 教室という同じ空間にいて、その小さな世界に薄いとこと濃いとこがあって、冷たいとことあたたかいとこがあって。 「教室がまるでドッグランみたいに見えるわね」 僕のひとつ前の席にいて、みっちゃんは僕のまわりの空気をあたためてくれる。 「小さな台風と言ったほうがいいかしら」 みっちゃんのひと言は、瞬時にクラスメイトを犬に変え、ニンゲンではない気象現象にも変えてしまう。教室を近くの公園に変えるのだって、雰囲気のいい喫茶店に変えるのだって、みっちゃんにとってはわけのないことだ。 「苦しかったの?」 「え…」 「深呼吸…」 みっちゃんを見つめ、僕は、次の言葉を待つ。 「してみたら」 言われるまま、深く息を吸い込み、そして、ゆっくり吐いていく。 「少しはおさまったかしら?」 見抜かれてる感じが、でも、僕にとっては心地いい。 チャイムが鳴って、先生が教室に入ってくるのとほとんど同時にみっちゃんは前を向く。朝のホームルームがはじまり、先生があの言葉を言わないことを、僕はいつも祈っている。 席替え みっちゃんの席が遠くになってしまったら、きっと僕は、寒くて凍えてしまう。
田舎の土地に、価値はない。 空き家を潰して売り払えば、もれなく赤字だ。 「なら、神社を建てよう」 誰が言ったか、そのアイデは、全面的に採用をされた。 高齢夫婦の二人暮らし。 夫婦が亡くなれば、家を潰して神社に替えた。 一つや二つならまだいい。 子や孫の一人暮らし絶対社会は、容易に神社の数を増やしていった。 「ジーザス」 大量の神社が存在する村は、いつしか神社村と呼ばれるようになった。 そこを訪れた外国人は、あまりに神々しい光景に、口をあんぐりと開けた。 いや、口をあんぐりと開けたのは外国人ばかりではない。 伊勢神宮や明治神宮の名立たる神宮に匹敵するほど映える場として、神社村はSNSで拡散され、日本の若者たちの興味もかっさらった。 村の至る所で、写真を撮ってSNSに投稿する若者たちが見られた。 「やー、ここほんと綺麗だわ」 「ねー」 とはいえ、映えの対象となるのは、全体と一握り。 余りにも多すぎる鳥居や石に対して、神聖さを持ち続けるのは難しい。 まして、新たにできた歴史のない神社たちだ。 村を訪れた人々は、休憩がてらの椅子代わりに、神聖さをアピールするために置かれた石を使う。 木を使う。 「あっちー。コンビニねえのかな? あ、あそこ行ってみねえ? 自販機神社」 日本で有数の神聖な場所は、同時に日本で一番神を敬わぬ場となり果てた。
天井のスポットライトと、通り過ぎる車の灯りが、自分の影に別の影を重ねては離していく。 やがて目の前の群衆は、あっという間にバスに飲み込まれていった。 一番後ろの座席に腰を下ろす。 目の前では、女学生が手すりにつかまって立っていた。 座れそうな隙間はあるのに、わずかに足を開き、オレンジ色の棒を握っている。 その背中を、ぼんやり眺めていた。 足元から伝わる微かな振動が、眠気をゆっくり連れてくる。 今日一日をどうにかやり過ごしたことも、その揺れのなかではもう遠いことのように思えた。
午前八時。 薄暗い部屋の中に、玄関扉の穴から小さな光が差し込む。 男は片目を閉じ、息を凝らしてその穴を覗いた。 広角レンズで歪んだ町。 駅へ向かう人たちが行き交っていた。 目の前を肩からバッグを下げた女が横切った。 「……くそっ」 舌打ちをする。すぐに姿は見えなくなった。 するとその後ろからスーツ姿の男が現れた。 扉に手をあて、頭を斜めにして覗いた。 次の日の朝。 また扉の穴に顔を近づけた。 たくさんの人が横切っては消えていく。 昨日の女── 女が消えたあと、後ろから男が遅れて現れる。 次の日も、また次の日も。 女の少し後ろに、影が重なる距離まで来ていた。 近い── 外は小雨が降っていた。 傘をさし、いつものように駅へ向かっている。 傘で顔を隠した男が後ろに迫る。 横を歩いていた老人が、女の背中を杖で突いた。 振り返り、男の姿を見ると駆け出した。 ──カチッ。 暗闇。 端から白い文字が流れる。 『サンプル動画はここまでです』 部屋の男は小さく息を吐いた。 そして玄関の扉を開ける。 眩しい── 目を細め、外側の穴に取り付けていた小さな箱を外した。
いくらまだ 暑さが残ってるからといって 九月に入るプールほど マヌケなものはない バレンタインにお雑煮を食べるような ゴールデンウィークに桜餅を食べるような サンタさんはとっくに行ってしまったのに ケーキとチキンを食べるような 夏の盛りより いくらか低い位置にいる太陽は 夏の疲れがちょっぴり見える 僕たちにしても 夏休みに求めていたほどには プールの水の冷たさを 求めてはいないのだ 先生が笛を吹いて みんながいっせいにプールから上がる ゆらめきがおさまるプールの上を トンボが優雅に舞っていく 雲のカタチが すこしだけ秋っぽい それがなんだか さびしくてならない
「総理。議事堂の前に、UFO来てますが」 「何しに?」 「さあ……」 金曜の午後、夕陽に照らされた円盤が、静かに着陸した。 「私たちは、あなた方と友好関係を築きたく、やってきました」 「それはそれは。では今夜、この国流の歓迎会をしましょう。大いに楽しんでください」 総理と宇宙人一行は、夜の街に繰り出した。 ──次の日。 「昨夜は、楽しんでいただけましたか?」 「私たち、帰ります。こんな暮らしをしてたら……」 そう言い放つと、UFOは高く飛び立った。 「総理。行っちゃいましたね」 「いいんじゃない。あの程度で音を上げるようじゃ、この国じゃ無理よ」 総理はドリンク剤を飲みながら、空を見上げた。
完全に、好奇心だったと言わざるを得ない。 生徒の間違えた問題に、丸を付けてみた。 そして、次のテストでも、同じ問題を出した。 その生徒は、前と全く同じ間違い方をしてきたので、ぼくは再び丸を付けた。 きっと、生徒は間違った物を正解とみなしてしまったことだろう。 その原因が自分にあると思うと、なんだか全知全能の存在になった気がした。 「先生? どうして、あんなことしたんですか?」 結論から言おう。 ぼくは、間違いを教えた生徒に刺された。 腹部に広がる生暖かい感触が、自分の罪を教えてくれた。 「そういえば、人を刺してはいけませんって教えてなかったね」 「そうですね。教わったのは、自分に害をなす人間は排除しろ、です」 過去の自分を引っぱたきたい。 嘘を教えて、間違える生徒たちを見て、無邪気に笑っていた自分を引っぱたきたい。 世界という同じ檻の中。 世界に落とした間違いの種は、いつか自分に跳ね返ってくることを予想できなかった。ぼくの落ち度だ。 ぼくもまた、ぼくの先生から間違えたことを教えられていたらしい。
鳥が鳴いている カーテンがぼんやりと明るい このフカフカのベッドで毎日寝れたら幸せだなと隣で寝る女友達を羨ましく感じる 居酒屋から出てきた時には真夜中で、一緒に飲んでいた女友達を家まで送って、後は歩いて帰るしかないな。1時間ぐらいで帰れるかな。なんて思っていたら 「またね」の前に「うちに来なよ」と言われた。 嬉しいのと困惑とが酔いが回った頭の中で洗濯されて、すすぎの頃にはシャワーを借りていた。 「これ使って」と男性用トランク。しかも髑髏マークを見た時はヤバいかもと思ったけど、彼女が言うには「防犯用」らしい。洗濯物を干す時に目立つ所にトランクを干しておく。すると、男がいる部屋だと思われるとのこと。 缶ビールをもらって 一緒に飲んで 彼女の部屋の漫画を読んだりして 眠くなって 彼女は先にベッドに入って 「セミダブルだから」とお呼ばれして 眠くて 温かくて フカフカで 良い香りがして 指が指に触れているな と思ったあたりで今になった 隣の彼女はスヤスヤとこちらを向いて寝ている どうする どうすればいい どうする ベッドの中で手首を掴まれている
遠足が あったとしても そうでなくても 眠れない 悩みが あったとしても そうでなくても 眠れない 暑くても 寒くても 涼しくたって 眠れない 眠らない街で 今夜も わたしは 眠れない
彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。
『1564番の方、お待たせ致しました。4番窓口へお越し下さい』 巨大な禍々しいオーラーを放っているいかにもな大角の魔王ぽい男が、ドシドシと歩いていった ここは、職業選択受付案内所 死んだ者達が毎日ここで、次に生まれた時の職業を選んでいるらしい 農民になるもよし、貴族になるもよし、王子様になるもなんでもだ 『1565番の方、お待たせ致しました。5番窓口へお越し下さい』 どうやら俺の番が来たようだ 案内された窓口前まで行き、用意されていた椅子に座る 『前ご職業をお願いします』 「えと…勇者でした」 『ここまでお疲れ様でした。ここの説明は入り口で聞きましたか?』 「あ、はい…簡単に」 さっき天使ぽい人に、冒頭の説明を聞いた 『では、次のご職業は何をご希望されますか?』 「えと………」 『今でしたらこちらの世界の勇者パーティー枠や、ここの世界の子爵の枠もあります』 「いや、勇者以外でお願いしたいです」 『かしこまりました。では…そうですね……』 「……あの」 『はい、何か気になる職業ありましたか?』 「魔王って……ありますかね」 『魔王ですね、かしこまりました。暫くお待ちください』 「あ、はい」 受付の人が奥へ行き、姿が見えなくなる 数分後、1枚の紙を持って戻って来た 「お待たせ致しました、只今こちらの世界の魔王枠が空いておりますが、いかがでしょうか」 受け取った紙の詳細を見る どうやら魔王が数百年前に討伐されて、世界が平和になったと端的に書いてある 「あの……こう言うのもアレなんですが」 『はい、何でしょうか』 「世界平和になったところ案内してもいいんですか?」 『そうですね…特に決まりはありませんので、大丈夫ですよ』 「そうなんですね……」 意外とあっさりでいいんだな 「じゃあ、ここでお願いします」 『はい、ではこちらで受理致します。続いてこちらの整理券を持って、あちら右手側にあるスキン選択案内へお願い致します』 見た目も選べるのか、良心的だな 『1565番の方ですね、こちらの枠内へどうぞ』 言われた通りに枠内へ入ると、目の前にステータス表示みたいなのが出てきた どうやらこれで見た目や属性などを変えれるらしい 『魔王ですと、こちら大角や三つ目などオススメでございます』 「大角……」 さっき大角の奴がいたな…いいな 「じゃ、大角を選択っと………あとは」 色々見た目に拘り、約30分が経過したところ 「これで…お願いします」 『はい、ではそのまま枠内でお待ち下さい。……まもなくスキン変更されます』 円状の光が俺を包み、下から姿が変わっていく 「おお……」 『こちら鏡です、ご不満な点はございますか?』 「いや………充分です、ありがとうございます」 『では、まもなく選択された世界へと飛びます、最初は赤ちゃんのままで誕生致しますが、成長するにつれて今選んだスキンになるように設定されております。あと一つ、こちらでの記憶は消去されますので、ご了承宜しくお願い致します』 「何から何までありがとうございました…では」 『良き魔王ライフを』
山あいにある小さな沼のほとりを、中年の男が歩いている。 「釣れますか?」 石の上に座った年寄りの男が、釣りをしていた。 「さあな」 しばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 男は家に釣り竿を取りに戻った。 そして、年寄りの男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 帽子を被った男が声をかけた。 「さあね」 その男もしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 帽子の男は、車に積んでいた釣り竿を取りに戻った。 そして、中年の男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 膝下ズボンを履いた男が声をかけた。 「さあ」 男はしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 膝下の男が年寄りに近づき、置いてあったバケツを覗いた。 「……ここ、何が釣れますか?」 年寄りが振り返った。 「知らんよ。ここ、この前の大雨の跡だ」 男たちは二人を横目で見ながら、浮きが沈むのをじっと待った。
潮風と砂の記憶を、取り戻したいと思った。 十月の季節外れの海で、俺は足元を濡らしている。 電車で50分、そこから歩いて20分。 こんなに近くにあったのに、なぜずっと来られなかったのだろう。 「マノ、これからどうすんの?まだ就職エントリーできるだろ」 「来年受け直す」 「そ。ま、お前の人生だから良いんだけど」 「お前らは、すげーよな」 「そーやってネガティブなのがダメなんじゃね?」 「うるさい」 独り言だ。 そんな風に言い合う友達なんて、俺の周りにはいない。 遠い街の家族は、俺だけは特別な存在になると信じている。 俺もそう信じていたけど、いま手元にあるのは落第の結果。 「分相応」という言葉を、何度も噛み殺した。 それでも、こんな未来じゃ帰れない。 まとわりつく砂。 子どもの頃、少し沖の方まで歩くと海草もからんできたっけ。 その気持ち悪さに泣いたくせに、今は砂のうっとうしささえも恋しい。 あの海は、空の淡さを吸い込んで濃く沈んでいた。 「お前は良いよな」 夕日が沈み、もう灰色になった空に呼び掛ける。 「ただそこにあるだけで、見上げてもらえるんだから」 海の果ては見えない。 本当に、その先に俺を送り出したあの街が続いているのだろうか。 誰よりも命を見届けてきた黒にぼやき、俺は終電へと振り返った。
「誰か彼を止めないと……」 「それが、制裁だって言って聞く耳持たないんですよ」 「みんなが迷惑してるよね」 集まった代表たちが、深いため息をついた。 「この前も『我々は最強だ』って言ってたでしょ」 「そう、自分たちファーストってね」 「でも、一般人にケガさせるのはやりすぎ」 「黙ってるけど、君はどうなの? 仲間でしょ」 部屋の隅に、視線が集まった。 「すみません。一部が暴走してて。ぼくも、シャケくわえてた頃が懐かしいです」
俺は動画配信者なんだ。廃墟好きが高じて、撮影しながら探索してる。 意外と同志がいてさ。現地には行けないけど、見るのは好きって人もいる。単純にホラーが好きな人も視聴者には多い。だからあの日もいつものように機材を背負って山奥へ向かった。 廃墟は、静かだった。 風の音すら飲み込まれるような重たい沈黙。 俺は手持ちの三脚にカメラを据え、音を拾いながら進んでいた。 今夜の舞台は、山奥にぽつんと残る旧旅館。階段を登ろうとしたその時、背後から声がした。 マジでビビったよ。誰もいない廃墟だぜ?静かだったから、やけに声が響いてさ。 振り返ると、ライトに浮かんだ男がひとり。 黒いパーカー、軽装、肩から下げたGoPro。俺と似たような風貌。 それがアイツ。 聞いたことのある名前だった。ホラー系でちょっと人気のやつ。まさかこんなとこで同業に会うとは思わなかった。 最初は警戒してたが、アイツは話しやすい奴だった。お互い凸が怖いから、生放送はしないとか配信ポリシーだったり。オススメの機材や編集ソフトを教え合ったり。ホラー作品について語り合ったり。いつもは一人で歩く廃墟を二人で歩いた。 ただ……夜が更けるにつれて、変なことが増えた。 そりゃ今までも少なからず変なことはあったが、この日は異常だった。 誰もいない部屋の奥から、濡れたような足音が響いたり、画面にノイズがはしったり。 俺がおかしいなぁ、と愚痴りながらカメラをいじくり回している時も「ここ、やっぱり出るね」なんて言ってアイツは笑ってた。 でもその顔は、どこか遠くを見ていた。 深夜三時、俺がトイレに立ち、戻ってくるとアイツは消えていた。 名前を呼んでも返事はなく、探し回っても見つからない。 仲良くなれたと思っていたから、少しショックだったけど。 配信者には俺を含め気まぐれな人間が多い。仕方なくひとりで朝まで撮影して、帰宅した。 連絡先も聞いてなかったし、まあ勝手に帰ったんだろうと思ってた。 それから数日後。 ニュースでアイツを見た。 山奥の廃墟で遺体が発見されたと。 損傷がひどく、死後1か月以上は経っているらしい。 身元は財布に入っていた免許証から判明したとか。 ……は?いや、それはおかしいだろ。 俺が会ったのは、つい先週の夜。元気に、笑ってたじゃないか。 俺は急いで録画を確認した。撮影したばかりで、まだ編集すらしていない。 あの日カメラはずっと回っていたはずだ。 再生してみると、確かに俺は誰かと喋っている。 「へえ、そうやって再生数稼ぐんだ」 「お前も結構色んなところ行ってるんだな」 でも画面には、俺ひとりしか映っていなかった。 虚空に向かってへらへら笑い、頷き、話しかけている俺。 カメラ越しの俺は、ひどく楽しそうだった。 隣には、誰もいなかった。ずっと、最初から。 以上が俺の体験した話。 あの日、確かに俺はアイツと喋ったんだ。 たくさん喋った、つもりだった。 でも、アイツはどうしてあそこに居たのか、どうして俺に会いに来てくれたのか、本当の気持ちは何も話してくれていなかった。 まだあそこに居るのかもしれない。 そう思うと、俺は……
山間部にある限界集落。 集会所に年寄りたちが集まった。 「だいたい集まったな」 村長が、長机を挟んで座った。 「今日は、村の今後のことを話そうと思ってな」 「どうした、急に」 「昔みたいな、賑やかな村に戻りたいだろ」 ──ガラガラガラ。 玄関の扉が開いた。 「遅くなりました」 スーツ姿の男が入ってきた。 「おぉ、待ってたよ。この人、ホラープランナー」 年寄りたちが、視線を向けた。 「村長、あんた何考えてんだ」 「この村、空き家多いだろ。それ使って、お化け屋敷作る」 男が、声をあげた。 「私は、お化け屋敷の企画から立ち上げ……」 「ちょっと待て。村に、お化け屋敷作るってか」 村長が立ち上がり、窓の向こうを指さした。 「若い奴らって、心霊好きだろ? しかも、没入型だ」 「なんだ、それ」 男が一枚の紙を取り出した。 そして、年寄りたちを見渡すと、大きくうなずいた。 「まぁ、開業は二、三年後ってとこですかね」 ──契約書。 『死後はキャストとして勤務すること』
終業式ぶりに見る皆の顔は一様に明るかった 少し髪色が明るくなっている人が多めだ。 親友の孝宏は鎌倉の海で一足早く大人になったらしい イケメンの彼は、鎌倉の海まで行かなくても大丈夫なのではないかと思ったが、縁とは何処でどう繋がっているかは分からないものだろうし 始業式の為、体育館へ向かう列で宮下に話しかけられた 「千知くんはどこか行ったの?」 「勉強とバイト三昧」 「バイト何したの?」 「えっと…倉庫で箱を運んでた」 「そうなんだ。お疲れ様だね」 「宮下は?」 「バイトしたよ」 「へー。何のバイトしたの?」 「体を売ってたよ」 「え?……」 無邪気に笑う彼女から心が読めない 嘘なのかな。嘘だよな、そりゃ。嘘なんだよな。 「本当は何のバイトしてたんだよ」 そう聞くと宮下は僕の目を見た後、何も言わず前を歩く女子に話しかけて、そのまま離れていった。 階段を降りる 踊り場で少し歩いて 階段を降りる 皆の後頭部が並んで歩く 色んな人がいる その中の僕もそうだ 宮下もそうだ 体育館は二学期も、ガヤガヤと賑わっている
男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」
我々が乗っている宇宙船「No.4」は、地球にまだ自然が健康な状態で残っていた環境をそのままコピーしている。 この惑星は この星は美しい 空が青く雲が白く自由だ。緑の葉に茶色い幹、カラフルな花をつけた草も沢山ある。地球そっくりだ 我々は何千年もかけて、やっと移住先を見つけたのかもしれない。 風が心地よく体を吹き抜けていく ||数ヶ月かけて我々は調査をしてきたが生体反応が全くなかった。鳥や魚。虫一匹すら見つけられなかった。 我々の経験上、こういう環境は早く離れたほうがいいと分かる それは生命体が住むことのできない環境があるからだ 調査隊を指揮する本部は今までのデータを見て離れるべきかどうか考えているのだろう それにしても、映像ではなく本物の青空は何と美しいことか
六角形の凧を作るには 竹を凧の骨にする 竹の端に小刀を差し込み トントンと刃を入れていけば パキッと竹が切れる 割れるに近い 骨にする竹を割り切ったら 角を削り仕上げる この時に小刀を掌に差し込み 刀の刃が刺さった場所から大量の血液が流れ出てきた 学童の先生、子供好きな主婦の人は 僕の手を水道の蛇口に当てて水で血を流していた あの時の先生の真剣な顔が忘れられない 特にそれについて感情があるわけではないのだけれど その傷跡は未だに残っている 今思えば母と学童側で連絡がなされたろうに 家で一人でいた時に母が帰ってきた場面もよく覚えている
風鈴の音がやわらかく 朝顔の青い色がさみしく 夏の盛りがすぎるとは 人に恋をするとは そういうこと なのかもしれない
俺が学生時代、アメリカに住んでたときの話なんだけどさ。俺が住んでたところは、それぞれに個室があって、キッチンとか風呂は共用。 シェアハウスって言えばイメージしやすいと思う。すっげぇ古い家を何度もリノベーションして使ってて、煙突と暖炉のある立派な家だった。歴史を感じられる、いい家だったよ――ただひとつを除いて。 俺は、この家のランドリールームが嫌いだった。 玄関から入って右の扉を開けると、地下に続く暗い階段がある。そこを降りると、例のランドリールームだ。コンクリート打ちっぱなしで、年中ひんやりしてて、どこか湿っぽい。裸電球がひとつ、部屋の真ん中にぶら下がっているだけだから、端のほうはいつも薄暗くてよく見えない。昔の住人が使っていたのかもわからない工具が、床にいくつも転がっていた。 洗濯機と乾燥機が一台ずつあって、誰かが使ってたら少し待たなきゃいけない。三十分以上かかるなら一度部屋に戻るけど、十分くらいなら他のやつに取られたくないし、そのまま地下で待つことが多かった。 その日もそうだった。真夏なのに、ランドリールームは相変わらず肌寒い。俺はイヤホンから流れるヘビメタの音量を上げて、ぼんやりと洗濯機の回転を眺めていた。 ドラム式の洗濯機がゴウンゴウンとうなりを上げ、右上に表示された赤い残り時間が、五分ごとに減っていく。 そのとき、視界の端で何かが動いた気がした。 反射的にそっちを振り向く。 床には何もない。 ゆっくりと視線を上へ上げていくと……脚があった。 白い脚が二本、何もない空間で、ゆらゆらと揺れている。 膝から下だけの、裸足の脚。 暗闇の中で、自ら発光しているみたいに白く、静かに揺れていた。 俺は声も出せずに、階段へ駆け上がった。 そして、家にいたやつら全員を引き連れて地下に戻った。けど、そこにはいつも通りの、ひんやりとしたランドリールームがあるだけだった。洗濯が終わったことを示す赤い「0」が点灯している洗濯機と、俺の洗濯物が入ったカゴがぽつんと置かれているだけ。 ハウスメイトたちには「ビビリ」だなんだとバカにされたけど、俺はこの目で、確かに見たんだ。 その日からアメリカを去るまで、俺は地下に行く前に階段の上から洗濯機の音を確認してから降りるようになった。ゴウンゴウンと聞こえれば、地下に降りずに音が止まる、つまり洗濯が終わるまで地上で待った。 ランドリールームにいる時間はできるだけ短く。 そして…あの脚があった場所だけは、絶対に視界に入れないようにした。
※『空白小説』は、書き出しと結びの文だけがはじめから決まっているショートショートです。その間の空間をどう埋めるかで、物語は予想できない方向へと展開し、書き出しと結びのもつ意味は大きく変わります。 お題は「(一人称)は人狼だ。」空白「名前はまだない。」です。 吾輩は人狼だ。 何ゆえこの村に来たのかは定かでない。 ただ、夜が来るたびに心が騒ぎ、月光を浴びると体が熱くなるのだ。 そして人肉を貪る。人々の間に溶け込み、平静を装いながらも、己の本性を隠し通すのは至難の業である。 村人の中に潜む疑いの目が、吾輩の行く末を暗示しているようでならぬ。 だが、まだ終わりではない。夜の静寂の中、月が再び昇るとき、真実が明らかになるであろう。 どちらかにせよ村人が人殺しの犯人に気が付いたところで吾輩の名があがることはない。なぜなら、 吾輩に名前はまだない。 ウチは人狼。 17歳、高校2年生。 世間じゃJKってやつ。 けど、ちょっとだけ特別。夜になれば狼に変わるんだ。 だけど、案外仲間は多い。満月の夜には「人狼ギャルサー」で集合。 みんな狼の顔にバッチリつけまつげつけて、「ちょーウケんだけど!」って盛り上がる。 でも悩みもある。口がデカすぎて、お気に入りのリップがすぐなくなるのはホント辛い。 コギャルとか、白ギャルとか、黒ギャルとかギャルに名称あるけど、ウチらはなんて呼ばれんのかな。 ウチらに名前はまだない。 私は人狼だ。 そして、この屋敷の主人でもある。 吹雪が荒れ狂い、屋敷の中に閉じ込められた人々が暖を求めて集まる。 どこからともなく響く鐘の音。私が仕掛けた合図だ。 彼らには能力が与えられる。自分の運命を左右する力が、無造作に付与される。 それが、私の道楽なのだ。 この屋敷は私が食事をするための舞台。 人間たちを一度に狩るのではなく、ゲームを楽しませるために彼らに力を与える。 スリルを与え、恐怖を感じさせ、その終末を見届ける。 私はこの道楽に倦むことはない。 次のゲームはいつだろう?参加者のリストには、 私以外の名前はまだない。 「僕は人狼だ」 「アタシはヴァンパイア!」 「妾は、高貴なる九尾の狐なるぞ」 3人の自己紹介が終わり、残るひとりに視線が集まる。 彼は一言でいうと、異様だった。 身体はあらぬ方向に歪み、手足はゆうに千を超えている、一部ゲル状の部分もあるようだ。 「君は何なんだい?」 「オイラ?オイラに名前はまだない!」 ぼくは人狼。 お月さまが大好き。 あのお月さまをぼくだけのものにしたくて、大きな水槽を買ったの。 月のひかりが差し込む窓辺に、水槽を置いて、水にうつるお月さまを閉じ込める。 いとも簡単に捉えられた、こぶりなお月さま。 ぼくのはじめてのペット。 名前を付けてあげなくちゃ! ぼくのお月さまに名前はまだない。
近所のスーパーが進化した。 昨日までスーパーだったのに、なぜかハイパーと名乗っていた。 「なにこれおもしろそう」 好奇心で入ってみた。 店内は、昨日とは比べ物にならない程ピカピカになっており、店員たちも高そうな制服に身を包んで立っている。 「我がスーパーは、より良い物をお客様に届けたい想いで、変わりました!」 スーパー……いや、ハイパーの店長さんらしい人が、メガホンを持って客へアピールをしている。 そこはアナログなのか。 それはさておき、ぼくは昼食を調達するため、いつものお総菜コーナーに向かった。 ぼくが好きなのは、中華弁当だ。 チャーハンと八宝菜の組み合わせが、このスーパーのお惣菜の中で、ベストマリアージュなのだ。 「あれ?」 だが、お総菜コーナーに、中華弁当の姿はなく、代わりにに北京ダック弁当が置かれていた。 お値段は、中華弁当が十個は買える値段だ。 他のお惣菜を見ても、どれも内容とお値段がハイパーになっていた。 ぼくは無言で、お総菜コーナーを後にした。 ハイパーを出る途中、ハイパーに出店しているお店を見てみれば、どれもこれもお高い物ばかり。 庶民の財布では、ちょっと手が出ない。 「普段の日常に、良い物を取り入れましょう! ハイパーな日常にしましょう!」 必死な店長の顔をチラ見して、ぼくはハイパーを出た。 「店長がお客さんなら、買うのかな?」 いったい、なぜこんなことになったのか。 答え合わせが完了するより先に、しばらくするとハイパーは潰れていた。 建物が取り壊され、新しく何かが建つのを見ながら、ぼくなら何を建てるだろうと物思いにふけっていた。
※『空白小説』は、書き出しと結びの文だけがはじめから決まっているショートショートです。その間の空間をどう埋めるかで、物語は予想できない方向へと展開し、書き出しと結びのもつ意味は大きく変わります。 お題は「(一人称)は人狼だ。」空白「名前はまだない。」です。 私は人狼だ。 月の光が森を照らす夜、変身を遂げると、獣の本能が目を覚ます。 血の匂いに敏感になり、獲物を追い詰める。だが、今回は違った。 私はただ一人、孤独に生きることを選んだ。 人間の姿を捨て、獣の本性に身を任せる。 時々、ふと思う。人としての記憶は残っているのだろうか? 過去に愛した者、別れた者、そのすべてが遠くなっていく。 誰も私を呼ばない、私には名前もない。 ただ月夜の下で、ただ一人、ただ静かに息を潜めている。 名前はまだない。 「ぼくは人狼だよ、 でも怖がらないで。月の光の下でしかおしゃべりできないけれど、ぼくは君のことをもっと知りたいんだ。 ある日、君がこの森に迷い込んできたね。最初はとがったキバや、するどい爪におっかなびっくりだったけれど。 すぐに君はぼくのふさふさのシッポや、大きな耳を気に入ってくれた。 人狼だと人間に知られたら、ぼくは殺されちゃう。 でも、君にはウソをつきたくないから。 ぼくを知ってほしい、そして君を教えてほしい」 ぼくらの秘密の関係に、 名前はまだない。 俺は人狼だ。 人間はただの食糧だと思って生きてきた。 なぜ彼女に心を惹かれたのか?彼女を森で見かけるまで、そんな衝動に襲われたことはなかった。 食欲とは違う欲望。これが、愛?まさか、そんな馬鹿な。 親も知らず、いつだって独りで生きてきたこの俺がそんな感情を持っているはずはない。 運命も信じない、偶然なことが好きだ。 だが、偶然などでは片付けられない。 彼女を一目見ただけで、全身に電流が走り、心臓は早鐘を打つ。 彼女に近付きたい、もっと知りたい、全て俺のものにしたい。 この俺の気持ちに、 名前はまだない。 僕は人狼だ。 男の言葉を反芻する。人間に戻る薬。それは長年夢見てきたことのはずだ。 人狼の生涯を終え、人間として生きる。 だが、今目の前にその可能性が訪れたというのに、胸の奥には言いようのない不安が渦巻いていた。 「もし失敗したら、どうなる?」 「それは君次第だ。完全に人間に戻るか、あるいは……」 男はわざとらしく言葉を切った。 その空白が何を意味するのか、明確な答えを告げる必要すらなかった。 体が熱を帯びているのを感じた。 胸の奥で脈打つ心臓は今までにないリズムを刻み、全身の血が新しい形へと変化していくのを感じる。 視界が揺れ、立っているのもやっとだった。 「これが、人間の体……なのか?」 喉から絞り出すように出た声は、低く荒々しいものではなく、柔らかく震えるものだった。 爪を眺めると、かつての鋭さが嘘のように消え去っていた。 恐ろしくもあり、同時にどこか懐かしい感覚が込み上げてきた。 「どうだい?」 男は穏やかな声で尋ねる。その眼差しは好奇心と期待に満ちていた。 「……わからない」 その一言を口にした瞬間、僕は自分の中に新たな渇望が芽生えているのを感じた。 血ではない。だが、それが何かはまだ掴めなかった。 僕は最初の被験者だ。 この薬に名前はまだない。
起きたら世界が滅んでいた。 いや、わたしの家の中だけが限定的に滅んでいる可能性はまだ否定できない。 出来ないけど、ベッドの足下にはクラゲがくつろいでるし、窓は特大スイカに塞がれて光が入ってこない。 わたしが布団だと思っているものはいつの間にかベージュの砂に変わっているし、手のひらサイズのヤドカリがシーグラスが突いている。 キッチンで蛇口をひねると、ぬるいかき氷のシロップが出た。 「氷ほしいな」 残念ながら氷のストックはない。買わねばならない。 外に出ると、空一面に花火が上がっていた。 大き過ぎる入道雲を貫いて、空の色を塗り潰す勢いで放たれる打ち上げ花火。 よく見れば人間も打ち上げられている。昨日のコンビニで会計をしてくれた店員さん。週に何度か朝の電車で遭遇する女の子。わたしの嫌いなわたしの姉。 皆落ち着いていて、この状況を受け入れた顔をして打ち上げられている。置いて行かれるのはなんだか嫌な気分だ。 「仲間外れにしないでよ。混ぜて」 花火の欠片が隕石に姿を変え、路面に、民家に、電柱に次々ブチ当たっていく。 きっと世界は終わりに向かっているのだろう。 それでもわたしは、打ち上がる皆の方へ歩き出した。
「俺ってば本当にメンヘラに好かれて困る」 彼は得意げにそう言って、次々と女の子の話をした。リスカ痕を隠す子、束縛が激しい子、夜な夜な泣きながら電話をかけてくる子。 彼は彼女たちを「救ってやった」と語り、別れるたびに「やっぱり俺はメンヘラキラーだから」と笑った。 でも──僕は知っている。 彼のSNSアイコンは真っ黒で、深夜にポエムのような言葉を投稿しては削除していることを。 そのポエムを読めばわかる。元カノのSNSをまだ監視していることも。 こっそり家の前まで行ったことも。そして、また似たような子を探していることも。 結局、一番「メンヘラ」に縛られているのは、彼自身なのだ。 彼のはりついた笑顔の裏に、底知れぬ闇があることを──僕だけが知っている。
夜を呑み込んだ梟。深い霧を街灯で照らす 地面に引き詰められたレンガを走るネズミ達 その首先を狙って、研がれた鉤爪を構える ガス臭い街が視界をぼやけさせる 少し濁った体毛と、赤の他人となったかつての体毛 さぁ、長居するのは身体に毒だ この街から掻っ攫ったネズミと共に我が家に帰ろう そして、我が家で今日も身体を休めるとしよう (完)
ある日、何気なく開いたいつもの匿名チャットルームで、こんな書き込みを見つけた。 「最近、空気読めてないやついてウザい」 心臓が跳ねた。 ――これ、私のことじゃない? 最近、人の話に割って入ったことがあった。あのとき、ちょっと空気が微妙になった気がする。 まさか、あれのことを書かれたのか? 気になって、他の話も遡る。 「いちいち話が長いし反応に困る」 「自分が好かれてると勘違いしてるの痛い」 ――全部、私のことだ。 だって、私は話が長いし、うまく距離感がつかめない。もしかして、ずっと迷惑がられてた? SNSを開く。でも、何を送ればいいかわからない。 「私のこと書いた?」なんてFFに聞けるわけがない。 でも、もう普通に話す自信もない。 頭の中で、さっきの言葉がぐるぐる回る。 ……どうしよう。 そんなことを考えながら、私はまた、匿名チャットルームを開いた。 そして、次の言葉を見つける。 「被害妄想激しいやつもウザい」 ――今度は、確実に私のことだった。
買いものへの気持ちの躊躇 夏の気配は、あとどれくらいか 戸惑いとともに夜の街へ 近づいていくと止む虫の声は 彼らなりのゆずれないところか 姿なく流れるやさしい風に こころのなかだけで感謝 ふう、いい気持ち さんまの季節が、やって来るなあ 残り少ない夏の気配に さみしさがつのる
ああ、よかった。今日もちゃんと、“普通”に話せてる。 ここでは誰もが理想の自分を演じられる。リアルでは地味で冴えない私も、この世界では違う。容姿端麗なキャラクター、洗練された趣味、適度にユーモアを交えたやりとり。 完璧な“私”を作り上げた。 けれど、ある日ふと気づいた。 みんな、同じような言葉しか喋らなくなっている。 鐘の音をありがとう、カクテル言葉、ネリネを添えて、狙いは外さない、後悔のなきように。 誰もが美しい言葉を紡ぎ。相手の好きなところを尋ねれば、万人受けするこたえばかりが返ってくる。 そして、みんな同じ名前を名乗るようになった。 最初は些細なことだった。使用キャラクターが似通い、自己紹介が似ていき、気づけば誰もが“iPhone”と名乗るようになった。 でも、“iPhone”という名前が一番無難で、一番受けがいいとわかってしまったら、もう元の名前を使う勇気なんて出ない。 私だって、最初は違う名前だった。 でも“iPhone”であれば毎回違う相手を口説いても問題はないし、顔推しで選んだこともバレないし、何より“iPhone”でいる方がずっと心地よかった。 だから、私も“iPhone”になった。 「この手を取ってくださるのね、iPhone」 「当たり前だろうiPhone。お前以上の女はいない」 何も怖くないわ。私たちは、みんな“iPhone”なのだから。
ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「鼻が……」
「こんなに話が合うなんて、運命かもね」 画面越しの彼は優しく微笑んだ。爽やかなアイコンに、落ち着いた話し方。偶然入ったそのチャットルームで、私は彼に惹かれていった。 最初は警戒していた。でも、話せば話すほど気が合うし、私の好みや価値観を驚くほど理解してくれる。こんなに相性のいい相手がいるなんて、運命だと思った。 「直接会いたいな」 そう言うと、彼は少し考えてから「もう少し待って」と微笑む。 それからしばらくして、彼から電話が来た。 「ねえ、今からビデオ通話できる?」 初めてのビデオ通話に、私は胸を高鳴らせた。 すぐにアプリを開き、画面に映ったのは―― そこに彼はいなかった。 代わりにいたのは、すっぴんでボサボサの髪をした女だった。 目の下にクマを作り、だらしなく膨らんだ体。くすんだ肌。安っぽいジャージ。 私だった。 「やっと直接会えたね」 女は私と同じ声でそう言った。 背後の壁も、カーテンの柄も、散らかった部屋の様子も、すべて私の部屋と寸分違わない。私は思わず振り向いたが、誰もいない。 スマホを持つ手が震える。 「……あなた、誰?」 「何言ってるの? “俺”だよ」 女はにこりと微笑んだ。でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。 「ずっと楽しかったよ。お前もそうだろ?俺との会話、本当に楽しそうだったもんな」 私の背筋が凍る。 ――あれほど楽しかったやりとり。価値観が合うと感じた言葉の数々。 全部、私自身が打ち込んだ言葉だったのか? 「そんなっ……嘘っ……」 震えながらスマホの画面を閉じる。 暗くなった画面には、ぼんやりとした私の顔が映っていた。 運命の相手なんて、最初からどこにもいなかった。 画面の向こうにいたのは、憧れの理想を作り上げ、演じ続けていた私自身だったのだ。
ある日の夕方、男が改札を出た。 一瞬、足を止める。 駅のホールに、小学生の声が響く。 「募金お願いします」 両手で箱を抱え、頭を下げた。 小さな女の子が駆け寄り、小銭を入れた。 杖をついた老人が、財布を開いた。 車椅子の青年が、片手で車輪を回しながら、箱に手を伸ばす。 「ありがとうございます」 取材のカメラが、小学生の笑顔を映した。 男は、大きく息を吐いた。 そして、両脇に並ぶ小学生の真ん中を歩き、駅を出た。 「募金お願いします」 背中に視線を感じる。 少しずつ、声が遠くなる。 男は、街のネオンを眺めながら呟いた。 「勝った」
モノクロになったポテチの袋 次第に生活の中に溶け込んでいく モノクロ映画のカウボーイが荒野を歩く 娯楽から色彩が消え、現実と空想が混ざり合う 空は灰色。黒い煙と雲が視界の中で混ざる 劇画が似合う世界の中で 誰がスタッフロールを流す? 遠い西からやってきたカウボーイ そこは元の世界を望まない場所のようで モノクロがウソ・マコトを書き写すんじゃ無いようで 何処にも居ない監督を探した (完)
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
小銃を合わせ、草陰に身を潜ませる なんちゃってごっこ遊びの延長線 模擬銃をカラスに向ける 自然の勘なのか、カラスの実力なのか 狙いを定める前に逃げられてしまう こんな風に自分の運命でさえも この手から離れていく感覚を覚える 野生の勘と言うものが、よく分からない それでも、こぼれ落ちた運命をすくい上げる為 そしてこれ以上、こぼれない様に 両手で小銃を握った (完)
日曜日の昼過ぎ 床に寝転がって天井を見ていた このまま1日が終わるのは、何か嫌だな 訳もなくスマホを取り画面のロックを解除する ラインの着信を処理していると、ある考えが浮かんだ 知り合いかもに入っている何年も会っていない女友達 ちょっと、連絡してみようか… 「どしたん?急に」 「可愛くなったね」 大きな口で笑っている 懐かしい 彼女の運転はとてもスムーズだ コンビニでアイスコーヒーを買って公園に向かっている 昔、一度だけ遊びに行った公園に 市内の唯一のスケート場があり、友達何人かで遊びに行った あの時は僕は彼女がいて、彼女も一緒に滑って楽しんだ。女友達の彼氏も楽しそうにしていた。 右折レーンで赤信号になる ウインカーがリズミカルに音を叩く 「まだ結婚してないんだ」 コーヒーを一口飲んで、直ぐに言う。笑っている 「そっちもだろ」 「結婚ってどうなの?」 「そりゃ良いんだろう…」 「どうだか…」 青信号で車が交差点の中心へ進む 彼女は対向車がいなくなるのを待っている 横断歩道では、学生が自転車を勢いよく漕ぎ、小学生が何人かで走っていく。買い物帰りの主婦がスマホを見ながら歩き、横断歩道の直前でゴールデンがしゃがんでいる。 「私と結婚する?」 「へ?」 彼女が大きくハンドルを切って行く カチカチと時を刻む音が聞こえる 窓から風が入って彼女の髪がなびく シャンプーの香りがする 一瞬だけ彼女の胸を見る 一瞬だけ彼女が横見で僕を見る 「先ずは、好きにならないと…」 僕は彼女を見て言う 彼女は前を向いたまま、大きな口で笑っている
行き先はどこでも良い。でも、 行き先は今よりずっと良いところ バスガイドのお姉さんの指差す方向 通り過ぎる観光名所 ありきたりな歴史的価値 横目に踏みつけるアスファルト 高速道路から人生の視点を往生する 席に着いた時から知ってた どんなに回り道をしても ここ(現実)に戻らなきゃいけない事を… ひと時の逃避をいつまでも 腐らない砂時計の中に入れて 手の中で遊ぶ (完)
最近、タバコの匂いがするようになった。 最初は同居人が吸っているのだと思っていたが、どうやら違うらしい。ならばと思い、同居人の部屋に行き、服などを嗅いでみたが、本当に違った。そこからは汗の匂いばかりでそんな匂いはしなかった。だが部屋にはタバコの匂いが充満していた。 恐怖などなかった、それよりもタバコの匂いがきつくて。 ただ少し気掛かりで大家さんに来てもらった。私の鼻がおかしくなる前に犯人を特定してもらいたかったからだ。だか大家さんが言うには隣の部屋は空室だった。開けてもらうと空で、タバコの匂いなんかしなかった。そうだ、外にいけばタバコの匂いはしなかった。一気に怖気付いた。恐怖で、しばらく家には帰れなかった。 しばらく経って家に帰ると、同居人は暫くの間実家へ帰ると、手紙を出していた。そんな、と思い、ぼくは住み続けることにした。部屋に入ると、少しだけ、ほんの少しだけ匂いが代わっていた。やはり怖くて、恐ろしくて、お祓いに来てもらった。お祓いに来た人から同じようなにおいがしていて、確信した、霊のせいなのだと。お祓いが終わり、嗅いでみるとそこまで同じ匂いじゃあなかった。タバコの匂いではないのだが、似てはいる。なんだろう。と思った。 さてと、寝るかと思い電気を消すと煙が出ていた。一瞬で驚いて、声が大きすぎて怒られてしまった。煙についていくと、ガタッと扉の前で音が聞こえた。どうやら外から出ている蚊取り線香のようなものの煙だった。扉の前でもそこまで煙が入るんだと。帰ってまた電気を消すと、煙は見えなくなっていた。煙というと、あの鼻にこびりつくどうも古臭いにおいがしなくなっていた。ぼくはスカッとして夜はずっと笑いが止まらなかった。朝になって、夜になって、朝になって、夜になって…何日経ってもにおいはあらわれなかった。だから凄く良い気分だった。やってやった!と、幽霊にやってやったとスッキリした。 何ヶ月か経つと、あのにおいが毎日忘れられなくなっていた。 その匂いを嗅ぐために最近ぼくはタバコを吸い始めたが、どれもこれもあの時嗅いでいた匂いじゃない。あの匂いが嗅ぎたいと強く思うようになってしまった。惹きつけるその匂いこそあの霊の置き土産だったのかと。煙を見るたびにぼくは次第に肺を真っ黒にしていた。 あのにおいが嗅ぎたい… すーはーと。すーはーと。ああああ、うあああ、やられた。やられた。ぼくはわかっているんだ。 知らないわけがないのに、その代償をしっているし、そのにおいをしっているのに。そのにおいを求めてしまう。 すーはーと、すーはーと。 なにものこっていないぼくにできることといえば、あの、あのかおりをかぎたいのだ。すーはーと、すーはーと。 すーはーと…
苔の蔓延るいつかの場所 この縁がいつまで続くのか分からないけど きっと深く茂っていくだろう 亜熱帯のジャングルから 分厚い葉っぱに書かれた手紙が届く もうじき、緑化はこの街を捨てる 使い古されたソファーには腰掛けないのだと… 錆びの蔓延るいつかの場所 見捨てられた境界線がいつまで続くのか 誰にも届かないポストに返信の手紙を投入する (完)
「ぼくの光は、どこまで届くんだろうね?」 「さぁな。君次第じゃないか?」 いくら天才でも努力を怠ればその輝きは消え去る。努力を続けるものは光り続ける。 たとえ蜘蛛の巣よりも細くとも、どこまでも遠くまで届く光。
嫌な夢をみた もう会うことのない人たちと楽しい時間を過ごす夢 みんな私に笑いかけ、すべてを許してくれる いつの間にか離れていった友人が 一番の理解者であるような表情で隣にいる すべては現実じゃない 夢は後悔と過ちを全て解決した理想の時間をみせるのだ 食後の眠気のようにあたたかく、やさしく、着実に 眠っていた記憶と死んだふりをした感情を 揺すり起こしていく
バス停の時刻表がオレンジ色に輝いていた。 街は青い空気に包まれていた。 今朝は家を三十分早く出た。 乗車口の後ろの二人掛け座席に腰をかけると、バスは乗客二人を乗せて動き出した。 ほとんど人が増えないまま駅に着いた。 地下へ降りる階段脇のひさしの下。 いつもの場所で煙草に火をつけた。 掃除道具を持った老人が、そばを知らぬ顔で通り過ぎた。 私はさりげなく、携帯灰皿が老人の目に入るよう持ち替えた。 人の列のいちばん後ろに並ぶと、向かいのホームの向こうにマンションが見えた。 ベランダに朝の光が当たっていた。 いつの間にか光は、オレンジから白に変わっていた。 電車を降りると、公園に立ち寄った。 いつもここで二本目の煙草に火をつける。 石畳の端に、吸い殻が三本捨てられていた。 きれいに並んでいる。 捨てた人は几帳面なのかと思った。 どうでもいいことを考えているうちに、バスが来るのが見えた。
夏は、汗で本にシミがつく だから本は読まない 夏に本を読まない私には 夏に読むべき本がない 秋は、秋の香りが本へとみちびく だから本を読む 夏に本を読まない私にも 秋に読むべき本がある 暑くて退屈だった夏が、いま終わる 秋が、もうじきはじまる