診察室で、男がうつむいていた。 「先生、私は……」 「あなた、最近オチばかり考えてるでしょ」 「はい」 「何だっけ? 蛇口から、漢字の水がたくさん流れて、排水溝が詰まった? これの何が面白いの」 「はぁ……」 「これ、思い付いたとき、ニヤけたでしょ」 「ダメですか?」 「重症だね。少し頭を休めなさい」 クリニックを出ると、男は幹線道路沿いを歩き、自宅へ向かった。 すると、サイレンを鳴らしながら、パトカーが通りすぎた。 「そこの車、左に寄せて止まりなさい」 道路脇には、パトランプから落ちた『あと二人』の赤い文字が転がっている。 一瞬、足を止めた。 「……いいじゃん」 男は、ニヤけ顔でポケットからネタ帳を出した。
八の字のダンスを 踊った先には 琥珀色のはちみつ みつばちが 集めた蜜で かがやく食卓 はちみつが 白いパンに しみこむ はちみつの上に 罪深きバターを ぬりたくる バターがはちみつを 閉じ込めて 逃がさない がしっと パンに 歯を沈めていく カリッ じゅ わああ むぐっ んぎゅ ふうう あああ おいしい おいしい
「お前がラスボスだな!」 ダンジョンの最深部。 勇者は、魔物に剣を突きつけて叫んだ。 「いえ、ラスボス代理です」 魔物は答えた。 冒険者は剣を下ろして、首を傾げた。 「え? 代理?」 「代理です」 「本物のラスボスは?」 「休暇中です」 「じゃ、出直します」 「私を倒しても、ダンジョンをクリアしたことになりますよ。しかも、私はラスボスより弱い。出血大サービス」 冒険者の剣が揺れる。 ラスボスを倒して気持ちよくダンジョンをクリアしたい気持ちと、通常よりも低いコストでダンジョンをクリアしたい気持ちの狭間で、心が揺れ動く。 「そんな、卑怯なことは」 「卑怯じゃないですよ。こっちの都合なんで」 「……もしもお前を倒した後、ラスボスが戻ってきたらどうなる?」 「ダンジョンのクリアが確定した後なので、魔物の生存は不可。ラスボス、バカンスから帰ってきたら家を失ってて、ひっくり返るでしょうね。あっはっは」 「笑い事なの!?」 ラスボス代理の言いざまに、思わず冒険者の方がラスボスを心配してしまう。 しかし、相手は魔物。 そんな善意ごときで相手をしていい存在ではない。 ダンジョンが存在する限り、周辺の村々に被害が出るのは事実なのだから。 冒険者は揺れていた剣を握り直し、ラスボス代理に剣を突きつけ直した。 「俺は、お前を倒す!」 「おお、ようやく決意しましたか。では、尋常に、勝負!」 冒険者の剣とラスボス代理の爪が、ダンジョンの最深部で衝突した。 そして、剣が折れ、冒険者は一撃で敗北した。 「いや、弱いんかーい!」 ダンジョンの魔物たち全員から逃げ隠れする成功にして最深部に到達した冒険者は、敗北と共に入口へと強制転送となった。
黒い色をしたあの飲みものが 自分の飲んでる透明なものより えらくオトナな飲みものに思えた 初めて飲んだときのことは もう忘れてしまったけど たぶん、サイダーの ふぬけた炭酸より 強いものを感じたんじゃないかな ピザを食べながら サンドイッチを食べながら ホットドッグを食べながら ハンバーガーを食べながら その横には、コーラがあった ピザも サンドイッチも ホットドッグも ハンバーガーも 食べなくなって コーラとは、疎遠になった なつかしい、とも 久しぶりに、とも 少しも思うことがないのは わたしのオトナなころが すぎてしまったからかな それは ひどく 悲しい
平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」
「私と結婚してください!」 叫んだ瞬間、姫は死んだ。 全身が赤い血と化し、赤い炎が全身を包んで、燃え尽きて死んだ。 不老不死の姫君。 彼女が、相思相愛になると絶命するなんて知らなかった。 墨の影だけが残る地面を見つめながら、私は自分が赤になる方法を考え続けた。
「あの、変わってもらえませんか?」 「何をですか?」 「僕は、あの娘に介助をお願いしたい」 ベッドの上で、中年の男が視線を上げた。 「ここ、同性介助ですが」 「僕、見てるだけです」 「それって、結構セクハラですよ」 「合理的配慮でお願いします」 薄暗い部屋に、デジタル時計が光る。 「まぁ、上に相談してみます」 「僕、不安定になるかも……」 「はい。お大事に」 男は扉を閉めた。
勇者が魔王を倒した後の世界 平和になったせいで勇者が失業。生活保護寸前で「元勇者専門」の便利屋を始める。 俺はユグナー。勇者をやっていた。1年前魔王を倒した。それから世界は平和に。おかげで魔物は激減。モンスターを倒すのを生業にしていた者は今は違う仕事に就職。勇者の俺も生活保護寸前である。 「何か仕事しなければ」 俺は便利屋を始めることにした。元勇者専門だ。 便利を始めることにした俺は客の来ない店番をする 10分後 「まずい」 「客がこない」 1時間後 空が青い 客がいつか来ると信じて 一人声をかけて来る人がいた 「便利屋やってるの?」 人の良さそうなおばあちゃんが声をかけてきた 「いらっしゃいませ!。そうです」 「なんでもやってくれるの?」 「はい」 「だったらお願いしようかね」 よっしゃ依頼がきた。 やっとお客がきた。 町のおばさん。 依頼は飼い猫の捜索願い。 「さて探すとしますかね」 なんたって俺は元勇者。猫探しもただの便利屋とはちがう 魔力探知でにちょちょいのちょい。 おばさんの匂いを頼りに町全体をサーチする。 俺くらいになるとね。広範囲でできるんだ。 見つかった。 猫の首輪もおばさんと一致。 「え!もう見つかったの!?ありがとう」 「こんなに仕事が早いなんて。ほかの人にも広めてくるからね。ありがとね」 いい顧客もゲット。元勇者なら楽勝だ。 便利やも楽だね 今日もユグナーはなんとか一日を食いつなぐ
ある日の午後。ようやく男が目を覚ました。 「結局、負けかよ…」 サッカーの国際試合を見るため、仕事を休んだ。 カーテンの隙間からは、濃い光が差し込んでいる。 照らされたテーブルの上には、妻からのメモ。 ──友達とランチに行ってくるね。夕方には帰ります。 昼ごはんはチンして食べてね。 ソファーに深く座り、テレビを点けた。 「今朝の試合の結果です」 アナウンサーが残念そうな顔で伝えている。 「試合には負けましたが、サポーターの行動が世界の方々から称賛されてます」 観客席で青いビニール袋を手に、ゴミを拾う人たち。 「素晴らしい光景ですね。では、また来週お会いしましょう」 男は画面を見ながら、鼻先で笑った。 エンディング。 右端には、 ──本日午後の存在価値 全国平均 76% 次の朝。 洗面所に置いてある体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 95% 液晶パネルには、自分の存在価値が%で表示される。 ──生まれたばかりの赤ちゃんは存在価値100%らしい。 誰かが言ってたな。まぁ、どうでもいい。 「あなた、お弁当できたわよ」 妻は肩までの髪を耳にかけながら、片足をそっと乗せた。 ──体重 48キロ 存在価値 95% 「ねぇ…今晩、ちょっと話があるんだけど」 「なに?」 「帰ってからでいいわ」 夕食後、妻が話を切り出した。 「あのね。友達が、パート募集してるから来ないって誘われたんだけど」 「どうしたいの」 「週に3日くらいだからね。お小遣い程度にはなるかな」 「いんじゃない。でも、無理しないでね」 「ありがと…」 妻はスマホを手に、友達へラインを送った。 窓の向こうが、薄暗くなる。 しばらくのあいだ、部屋には着信音だけが響いていた。 「先に行くね」 妻が弁当をバッグに入れ、もう一つをテーブルに置いた。 「気をつけて…あのバッグ、初めて見た」 男は体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 90% ほんの少し、胸の奥がざわついた。 スーパーのビニール袋を手に、妻が帰ってきた。 「ごめん、遅くなった。今からごはん作るね」 惣菜をパックから皿に移し替え、レンジに入れた。 「あのね、店長が正社員にならないかって」 嬉しそうな横顔。 「そういえば、あなたの工場、外国人の従業員雇ったんでしょ。なんか大変だね」 男は洗面所に行き、体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 70% しばらく、数字を見つめていた。 テレビでは、豪雨被害のニュースが流れている。 「なぁ…ボランティアに行ってみようかな」 男の声に、妻が振り返る。 その顔は、口元だけが笑っていた。
新落語 誰もが知っている 「少林寺拳法の話」 今宵は、パタパタ このような 言葉があるのは それは、 誰もが知っている はたがなびく 文字を変更 パタパタ から バタバタ それからどうした いそがしい そのあとどうした いやなお客をばったばったとなぎ倒す これはなに 少林寺拳法となる なぎなた説法の術 こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ いろはの咲
新落語 誰もが知っている「水戸黄門の話」 今宵は、水戸黄門 このような言葉があるのは それは、誰もが知っている お連れ様 文字を変更 助さんやあい それからどうした 御老公 そのあとどうした。 かくさんが見あたりません それでどうした そんなに角を立てて怒ることもない それでどうした どこに行ってた 助さんとの格差を感じ考え込んでいたとなる
世間はLGBTQ+の嵐だ。 新しく付き合い始めた彼女も嗜んでいる。 カミングアウトした僕を優しく包んだ彼女は三島由紀夫の魂を月へ運ぶ。 美輪明宏も微笑んでいるだろう。 銀座のシャンソンクラブと長崎の遊郭の交差地点。 今日は原爆投下の日。 違う意味でのシュペルノーヴァはまた世界を縮小拡大し世界を浄化する。
新落語 誰もが知っている 「コンコルドの話」 今宵は、コード このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている のびる 文字を変更 コード から コンコルド それからどうした 超音速旅客機 それはどうして 世界をつなぐ架け橋になった事実は隠せない そのあとどうした まだ書くこと あるだろ スピードアップ こんなのどうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
暑く、やけに寝苦しい真夜中。 寝たような気になっても、昼間に抱えた心配ごとが夢のなかにごそっとあらわれ、少女は起こされた。 ―きっともう寝られないなあ 少女は、大きく窓を開け放つ。 その姿を見つけ、夜があいさつしてくる。 「こんばんは」 少女に驚きはない。夜が、おはようだなんて言うわけないのだから。 「どうせ、寝られないのだろう」 「ええ」 「どうだい、お話しでもしてやろう」 「そうしてくれると助かるわ」 しかし、寝不足ぎみの少女に対して、夜はやさしくない。 「なんて、この私が言うと思ったかい」 少女は、そんな夜に抗う。 「人間はね、あなたと違って、そんなに偉大なんかじゃないのよ」 少女からのたわごとに、 「ああ、知ってる」 夜はきちんと答える。 「人間はね、ただの人間なのよ」 「いかにも」 「人間でしかないのよ」 「身も蓋もないが、それが真実だ」 「ねえ、明日もまた来てくれないかしら」 「約束はできない」 「でも、来るわよね?」 懇願する少女に、 「おやすみよ」 夏の夜のくせに、冷たくてそっけない。けれど、その冷たさが、いまの少女には心地よい。 ふいに、遠くでニワトリが鳴く。 「では、これにて」 夜は、あっけなく姿を消した。 夜と朝とのはざまに、少女は短く告げる。 「また夜に会いましょうね」 東の空が、ゆっくり白んでいく―
人間カタログのサイトを表示する。 店が、時給を提示して人を集める時代は終わった。 今は、人に時給がついており、店が人を選ぶ時代だ。 つまり、コンビニバイトの採用担当の仕事は、如何にコスパ良く人を選べるかということだ。 「コンビニ経験は五年以上十年未満。百貨店での受付経験も三年以上。即戦力だろ、こんなもん。……でも、希望時給が最低二千円。完全に予算オーバーなんだよなあ」 手元の予算表に目を通す。 店長候補でもないバイトに当てられた予算は、時給千四百円まで。 にもかかわらず、上から言われた条件は即戦力。 「いるわけねえだろー、そんなやつー」 マウスを動かし、サイトの次のページへと移動する。 現れては消えていく、経験と希望時給。 経験が足りれば時給が高すぎ、時給が足りれば未経験だらけ。 「コンビニ一年未満。飲食店一年未満。引っ越し一年未満。最低時給設定だけど、これは無理だ」 依然として、雇う側と雇われる側のギャップは強い。 雇う側は、頭を下げなければ仕事にありつけなかった世代。 バイト希望者の足元でも見ているような条件を突き付けてくる。 だが、今のバイト希望者の大半は、求人需要飽和の世代。 より条件のいい場所で働きたいと考える、選ぶ側の思考だ。 どちらも自分が選べると思っているが故、バイト探しは難航する。 「そもそも、千四百円ってのが微妙なんだよな。千四百を希望してたやつも、切りよく千五百で登録するだろ、普通」 うっかり愚痴がこぼれる。 幸いバックヤードには誰もおらず、俺の愚痴は俺の中だけでとどまった。 時給千五百円で雇えそうな即戦力候補をブックマークに入れ、上の人間へチャットを送る。 『即戦力を諦めるか、時給を上げるか、どちらかにしてください』 過ぎに既読が付き、返事が来る。 『予算があるので、時給を上げるのは難しいです。即戦力でなくてもいいですが、即戦力相応の人間を選んでください』 「どっちか選べっつっただろ!」 胃がキリキリと痛む。 いつだって板挟みになるのは、俺みたいな中間管理職だ。 「じゃあ、こいつ選ぶぞ、こいつ? いいんだな? いいんだな?」 痛んだ脳は、上に泣きを入れさせたい衝動にかられ、一人の人間をブックマークに入れた。 経歴は、コンビニ歴十年以上。 希望は最低時給。 どう考えても地雷臭しかしない人材を、俺はチャットで送りつけた。
毎年、夏になると、夫の会社ではボーナスが支給される それに合わせて、夫は私にお小遣いとして、十二万円をくれる 「ありがとうございます!」 「一年分だから」 「うん」 「一年分、だからね」 「……うん」 「一年分ね」 何? その念押し ちょっとモヤるけど、貰う側だから何も言い返せない お小遣いは嬉しいけど、「いつもありがとう」の一言が欲しい 壁にかかったカレンダーをちらりと見る 私たちの十二回目の契約更新日が近づいている
霧が濃い朝 蓮の浮かぶ湖畔の淵で 誰も乗っていないボートを見つけた 湖に浮かぶのはとても不思議な気持ちがする オールを漕いで、あちらの岸に向かおう 一回漕ぐだけでボートは滑るように進んでいく いつもは触れられない場所に咲く、蓮の花に触れてみる 霧はまだ晴れていない 鳥のさえずりも聞こえてこない 静かな白い時間の中 オールが水に潜る音だけが聞こえる 向こう岸の方から何か聞こえる 霧が薄まり一隻のボートが見える 赤ん坊だ 赤ちゃんの泣き声がしている 湖上に浮かぶボートには、おくるみに包まれた泣いている赤ちゃんがいた ボートを移り赤ちゃんを抱きかかえる 暫くすると泣き止んでいつの間にか眠ってしまった 辺りを見渡して誰かいないかと呼びかける 静かな白い時間の中 赤ちゃんの寝息が優しく聞こえる またボートを漕ぐ向きを変え元来た岸に向かって赤ちゃんと一緒に 帰ったら毛布と温かいミルクを用意しよう その間、妻がこの子の体を拭くだろう 良い子良い子と愛でるだろう
家を掃除していたら、夫の日記を見つけた。 毎日帰ってきたら、帰る前から酔っ払っていて、寝る直前まで酒を飲んでいるあの人が、いつ、そして何のために日記を書いているのだろうか 内容は大したことないだろうが、気になる。とても。 厄介なのは日記がダイヤル式ロックが付いているタイプだということだ。こんな洒落たノートを何処で買うのだ。あの人の生活圏内で。 ダイヤルは4つ。0〜9の数字を組み合わせるもの。 掃除機も放ったらかしで数字を組み合わせていく。 0000 1234 9999 7777 開かない。 後三十分もすれば息子が学校から帰ってくる。いつものように「お腹減った」と言うだろう。 あの人は頑固だが、平和主義ではある 8739花咲く 2951福来い 8080晴れ晴れ 開かない。 洗濯物も取り込んでいない。 何か、あの人が忘れないで大切にしているような数字。そうか。誕生日 1122夫の誕生日 だめだ もしかして 1001私の誕生日でもないのかい 0707息子の誕生日でもない 何なんだ。気になって寝られないかもしれない。夫が帰ってきたら脅して強制的に開けさせようか… 0529本日の日付 カチャリ。開いた。カレンダーを見て今日の日付を見た瞬間「これだ」と確信したけど、何でそう思ったか分からなかった。 鍵が空いて、今分かった。今日は結婚記念日。だからあの人は「今日は定時で帰ってくるね」と言ったんだ。 カチャリ。 「ママ〜お腹減った」 「先に宿題終わらせちゃって、今日はお寿司食べに行くから」 「やったー!」 ノートに一つだけピン留めしているところがある。ページをめくると日記とは別に、私の好みや、嬉しいと思うこと、嫌なことがまとめられていた。 「何見てるの?」 息子を見ると濡れていて、そこで初めて雨に気がついた。
「あの、なぜいつもあなたなんですか?」 「何がですか?」 「僕は、あの娘に介助をお願いしたい」 ベッドの上で、中年の男が笑った。 「僕、両手が不自由じゃないですか?」 「ここ、そういう店ではないですよ」 「横になってるだけです」 「それって、もうセクハラですよ」 「バリアフリーでお願いします」 薄暗い部屋に、デジタル時計が光る。 「まぁ、上に相談しておきます」 「僕からも話していいですか?」 「はい。ご自由に」 男は扉を閉めた。
つまらない。今、電車がやってくる。今狂ったら迷惑がかかる。今はカッターも煙草もない。どうしようもない。どうしよう。 私は電車の入り口が目の前に来た時、小さな安堵感を感じた。狂ってしまわなくてよかった。 電車から降りた後は、最寄駅から自転車で、小さな寄り道をする。日中でも夜でも、ほとんど誰も通ることのない小さな橋。下には高速道路があり、どこかへ向かう車たちの瞳が絶え間なく見える。名残惜しそうに手を振る夕焼けの上には、星たちがいる。 そこで橋のはじに足を添えて、水を飲んだ。自分もあの星たちの仲間になれるかな、そう思った。同時に、星になったらこの風景を見ることは出来ないのかもしれないとも思った。ちょっとだけ、落ち着いてきた。 この気持ちを忘れないために、高速道路の写真でも撮ってみようかと思い、目線をずらす。斜めがけカバンに手を伸ばし、スマホを取り出すと、目がいつもより見開いた。長くやりとりをしていない友人からLINEが来ていたから。少し高揚するような気もし、開いてみる。 「おすすめの漫画が届いたよ」 本人の文字ではない、漫画の紹介だった。きっと、紹介をすれば続きが見られるのだろう。タイトルや表紙も官能的であることから、無害な自分を利用したのだろう、と歪んだ感想を思う。その他には、チャットレディから数件のメッセージが届いていた。 「なんなんだろう」 行き場のない気持ちがさらさらと、脳内に届く。あと少しで、少しでだけでも穏やかになれそうだったのに。諦めに似た心地がして、小さく笑った。本当に笑っているのか、自分でも分からなかった。写真を撮ることも忘れていた。
「編集長、今月の応募作品、やたら多くないですか」 「そうだね。今回は賞金が出るからね」 「それにしても、この数は……どれくらいAIですかね」 「半分くらいは賞金稼ぎかな」 「昨日、審査してくれる作家先生から、断りのメールがきましたよ」 「大丈夫。ちゃんと考えてある」 編集長は頬を緩め、応募作品が入ったUSBメモリーをパソコンに挿した。 「審査には、私たちもAIを使うことにした。総評も書いてもらう」 「それじゃあ、AIの作品をAIが審査するってことですか」 「AI vs AIだ」 ──審査発表の日。 スマホを前に、女の指先が震える。 ごみ箱の周りには丸めた紙が散らかっていた。 「今回は自信ある」 祈るようにメールを開いた。 『最優秀賞おめでとうございます』 ─総評─ 「作品の中で語られる主人公の言葉、私には作れない新鮮さを感じました」
どうも、ひまわりを目にしない 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない わたしが、あさがおのほうがすきだから 意識してさがさないから たんに目がいかないだけかも 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない わたしは、夏の暑さに抗うだけの力を 持ちあわせていないから あさがおのほうが似合っていると思う 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない ひまわりのこと 好きなの? 好きじゃないの? 好きなのかもしれない 好きじゃないのかもしれない
「年功序列はやめだ! 来年度より、弊社も実力主義とする!」 壁がそびえ立った。 高い高い壁が。 壁には、年間の売り上げがいくらだの、特定の資格を持っていることだの、壁を乗り越えるための条件が刻まれていた。 「もちろん、実力主義なので、実力が変わらなければ給料も変わらないものとする!」 社員たちの反応は様々。 一気に上に上るぞと意気込む若者。 安心する年功序列の恩恵を受けられた壮年。 そして、自分の限界を悟っている中年。 出世を諦め、会社に言われるがまま手を動かしていた中年たちは、自身の履歴書と目の前の壁を見比べる。 「ああ、もうこれ以上、前には進めないんだ」 彼らは、動くのをやめた。 「今年の資格目標は、この資格所有者を社員の十パーセントにすることだ!」 実力主義の会社となるべく、社長が想いを語る。 「この資格、取得してくれるな?」 実力者の席に座る幹部たちが、中年へと指示を下す。 「お断りします」 地べたに座る中年たちは、口をそろえて宣った。 「え? なんで?」 「その資格とっても、給料あがらないんで」 「だが、壁を超える条件の一つではあるぞ?」 「別の条件をクリアできないんで。他の人に頼んでください」 会社の実力が、静止した。 個の意思を持たず、会社の命令に忠実に動いていた者どもが、動かく人形に成り下がった。 社長は頭を悩ませ、会社を動かす実力が問われてた。
「悩んだことなんてないくせに」 仲が良かった人にそう言われたことがある その人は傷ついてて、つい、私に言ってしまったのだと 分かってはいるけど 私だって、悩むし、人一倍傷ついてる 悲しみや怒りの反面 少し、ほっとしている自分もいた まだバレてない、大丈夫 ぐじゅぐじゅに腐った内面を 必死に隠すために 今日も明るい部分だけを 表に出す
今年はエルニーニョ現象が凄いらしい(語彙力不足) 街を行く女の子達がえるにーにょ♡えるにーにょ♡って萌えキャラの語尾みたいに囁いて歩く。 気象情報さえも萌えと商業化の波に飲まれる。 天気予報士のオネーさんの夜の生活も私今日はえるにーにょな気分なの…って言って相手を誘惑する。 地球の気象変化もリビドーの奴隷だ。 お前はフロイトか何でも性に結びつけるな下品な奴め!と怒られそうだ。 水槽の中で産卵する魚は大海でたくさんの犠牲が出る想定をしていない。 ガラパゴス的な地域に暮らす僕は色んな人にお裾分けをする(性のお裾分けは官能小説でしなければならないかもしれない) 駆け引きの下手な僕はまた群れから弾かれて1人自慰をする。 僕のラニーニャがあの娘のエルニーニョと暴風雨のあとに起こる晴天で聖典に書き加えられないか画策する。 そんなあなたも素敵よエルニーニョ!とフランス歌劇っぽく毎日を暮らしたいが僕のアパートにある造花ではラ・マンは振り向いてくれない。 花を敷き詰める前に一稼ぎせねば皆を笑顔に出来ない気がするが別にイケメンでもない僕は何故か力が無い(煙草を吸っているのが原因な気がする) おお🎵世界よエルニーニョとあの娘達を讃えておくれ🎵 La La La…
カレンダー通りにはいかない そんな仕事なので 「平日はさあ」 とか 「土日ってねえ」 とか 言われても なんのことやら 少しも理解できないし 想像も働いてくれない 平日だと なんなのだろう 土日だと どうなのだろう 今日も 暑くなりそうだ それくらいは 理解できる それで いいんじゃないかな
何か寝られなくて機嫌が悪い。 指先が震えてくる。 世間では煙草のアニメがやっている。 煙草なんてそんないいもんじゃねーよ。 戦争中に配られるものなんだから。 政府に上納してる税金が膨れ上がる。 傭兵は死体の山を築く。 大麻とか覚醒剤でもやってろ。 そんで国に反乱を起こせ。 これは何の罪に問われるんだろう? あ、ヤバい国家転覆罪だ。 僕しか煙草を吸わなくなれば国は大麻でも解禁するだろう。 酒を静脈注射してろ。 もしくは肛門に流し込め。 本当にやりたいことやって捕まるなら本望だろう? ただし責任は取れ。 僕は花の盗撮と見るハラと詐欺罪で捕まりそうだ。 悪いことして金作ってもいいよ。 ただし上品さが必要だ。 幼稚園児の悪戯の延長みたいなことが多すぎる。 政治家なんてその最たるもんだろう? 俺より餓鬼っぽいことやって金もらってやがる。 大人が全部正しいならこんな世の中になってねえよ。 俺の弾倉は不思議パワーによってまた弾丸を詰められる。 でも使うのは料理の包丁で料理するだけ。 セルフレジで他人の仕事を奪う。 仕事のための仕事。 ハリボテの世界。 考えがまとまらない。 パスタの放射能は上がる一方。 金を儲けて石油を飲む店員は何処か寂しそうだ。 まあ働いて税金納めて貰ってるから僕は僕に出きることをしよう。 オーバーワークになってるやつはキ○ガイがまともかのどっちかしかいない気がする。 俺はキチ○イの方だが。 本物がやっかんでくる。 偽物は猫をいたぶる。 中庸は無視する。 あるいは中庸こそが本物かもしれない。 価値観の転覆。 俺の嫌いな派閥はまあ必要悪なんだろう。 俺は必要ない悪。 毒草。 人を殺すのに必要な人が摘み取る植物。 なるほど俺は煙草の葉っぱと同じなんだな。 合点がいった。 死にたがりが多い。 皆俺を吸っている(妄想)
夢は脳内が生み出す願望らしい。なんて、そんな訳が無いだろう。ならば、視界いっぱいに広がる光景は、僕が望んだ世界なのだろうか。 僕は、君に消えて欲しい。 夢に落ちる時、奈落に落とされたような抗えぬ感覚に陥る。覚めたくても覚めれない。ならば、存分に楽しもうと思ったんだ。 1つのドアを開けるとそこには水槽があった。水族館にある大型の長方形の水槽。干からびて何年も使用されていないような空っぽの水槽。 その中に君はいた。 君は僕に向かってガラスを叩く。水なんか入っていない。抜け出せばいいのに、君は溺れているみたいに藻掻いてる。 僕はそれを見て口角が上がったんだ。 「ざまぁみろ」 自分で発した言葉なのに、乗っ取られたように感じた。 途端に激しい勢いで下からボコボコと間欠泉のように吹き出した水は、あっという間に小さな海を作り出す。 こんなことを言いたかった訳じゃない。 焦って水槽の外側から手をあてる。気づいた君は内側から手を合わせる。 数秒後、諦めたように笑って 君は目の前で死んだ。 闇が君の遺体をも呑み込んで、水槽が壊れていく、水が自分の体を侵食していく。液体になって自分も溶けていく。 暗転。自分の体が外の世界に引っ張られていく。強制的に内側の世界から弾き出された。 「おはよう!朝だよ!もー、遅刻しちゃうよ」 エプロンをつけた君は、鳥の巣のような寝起きの僕の頭を掻き乱す。太陽の光みたいだ。 「…………夢」 呆然とする僕に、君は一つ口付けをする。目の前に広がる君の伏せたまつ毛の一本一本が綺麗で息を飲む。 「...……。」 「……。」 静寂。君はあわあわとなにか言いたそうに口を形作る。僕は、君の耳から顔全体へと広がる紅を眺めるのに夢中だった。 「……い、良いだろ!恋人なんだから!」 悪役みたいな捨て台詞を吐いて君は出ていった。 天使のような可愛さに僕は胸を撃たれてまた布団へと倒れた。 僕は君に消えて欲しい。 僕から君を奪って欲しい。 こんな幸せ、僕には似合わないんだ。 水槽は僕の心で、水は僕の想い。 僕は君に消えて欲しい。 愛に溺れて、君には僕だけの人になって欲しい。 そんなわがままが通用するはずないだろ。 「ざまぁみろ……」 自分に向かって言った言葉だ。 「もー!時間ないから先に仕事行くね!ちゃんとご飯食べてお仕事行ってね!」 君は今日も外の世界へと出ていく。玄関先から聞こえる言葉に適当に返事を返した。 行って帰る。 現実世界には君がいる。理想世界にも君がいる。僕が帰るべき場所は君のもとだった。
世は、大物価高時代。 貧しい私は安いパスタをまとめ買い、毎食毎食パスタ生活。 ソースを変えれば味変できるが、こうも毎日パスタだと飽きるのも事実だ。 ニュースでは、物価高によって若者の健康的食生活が脅かされていると叫ばれる。 昔の人はさぞいい物を食べていたのだろうと、私は父親のところへ行った。 私は不遇なのだ。 さぞいい物を食べて育った世代に、嫌味くらい許されるだろう。 「お父さん。大学生の頃、何食べてた?」 「パスタ」 「他には?」 「パスタ。お金なかったし」 おかしい。 想定と違う。 昔はソースの種類も少なくてな、と昔話を始める父親を放置して、私は祖父の元へと向かった。 「おじいちゃん。大学生の頃、何食べてた?」 「昔は、大学なんて行く人、ほとんどおらなんでな」 「じゃ、高校生の頃でいいや」 「パスタ」 「パードゥン?」 「パスタ」 パスタ二連続。 どうした、我が家は呪われているのか。 前世でパスタに悪さでもしたのか。 「ひいじいちゃん」 「おにぎり」 私は、今日もパスタを作る。 物価高になろうがなるまいが、なんか皆パスタだったから。 「ほな、しゃーないか」 地域限定の珍しいパスタソースを取り寄せたので、今日はリッチなパスタさんだ。
まだ気温が上がりきっていない 八月の午前中は もう秋だっけ?と少しの錯覚と みずみずしい果物への欲望で 心が支配されてしまう 小鳥の声がそれを後押しし カラスがかき乱して 現実に引き戻してくれる 野蛮に 強引に 余韻もなく パンと牛乳と バナナとぶどうの朝食は 健康的なような でもちょっぴりのもの足りなさ 考え込んでしまうくらいなら 食べてしまったら お茶漬けを さらさら がふがふ からり 野蛮で 強引で 余韻もない
くらげを 海の月と 書くのだと知って 愕然とした そう漢字をあてた人は いったい何を 見ていたというのだろう くらげは 海の星 じゃあないか
また彼女が出来た。 都心の少し高いファミレス風のランチを食べる予定だ。 僕はドレスコードなどを調べる。 良かった、普段着とサンダルでもOKだ。 電車男のようだ。 知り合いが何をするかではなく何をしないかに焦点を置け、と言っていた。 聞き役に徹するのが肝心かもしれない。 僕は脇役になり彼女が主役、宇宙の中心である。 そもそも女性は皆神様なのだ。 犬の久しぶりのデートはご主人を立てる忠犬となり風を誘う。
だから言っただろ、君には何も出来ないって。僕は、足元で藻掻く君に目をやる。君は、僕のことなんか目もくれずに必死に地に散らばった写真を集める。 「ねぇ、やめなよ。誰もそんなこと望んじゃいない」 僕は君の背中に語りかける。小さく縮こまった君の背がとても虚しく見えた。 僕は君のことは止められない。 「ねぇ、やめろって。そんなゴミを集めて何になるんだよ」 君は僕の声には振り向かない。ただ目の前の写真を集めて集めて両手で掬い上げる。途端に写真は、砂へと姿を変えた。さらさらと隙間からこぼれて、床へと流れる。その砂は魔法のように写真へと姿を変えた。 君は諦めることなくもう一度跪いて写真をかき集める。 僕は、1枚だけ写真を覗き込む。 そこには、僕がいた。 僕と君が笑って隣に映っていた。 もう1枚、君の手にある写真を覗き込んだ。 海を背景にした君と僕。太陽よりも笑顔が眩しい君に目を細めた。 「もう忘れてよ」 君の表情は見えなくて、でも段々と苦しくなる。 君の心と繋がったみたいに、感情が流れてくる。 「無意味なものに縋るのはやめてくれ」 君の心は荒波みたいで、宝物に触れようとするものは呑み込んで自然に帰す。 「もう、終わりにしよう」 言葉が届かない君は諦めもせずに一枚の写真を掬い上げる。 僕と君がタキシードを着て、手にはお揃いのリング。 それすらも数秒したら砂へと変わって地に落ちた。 「 」 君の言葉は僕には届かない。 君がどんな表情をしているのかもわからない。 君が僕に何を望んでいるかもわからない。 ただわかるのは一つだけ。 僕には何も出来ない。 無意味な過去に縋るのはやめて。 前を向いてくれよ。愛しい人。
友達が遊びに来ている 土曜日の14:00頃 取り敢えず私達はゲームを進める 「今日はどうする?」 「旅に出たいな。何か、真っすぐ歩きたい。どこまでも真っすぐ」 「じゃあ旅に出ますか」 「行こう」 彼はアイスコーヒーを私のキッチンで作って飲んでいる。私のマグで。断りもなく。 因みに私にもアイスコーヒーを作ってくれた。私にはキュウリとトマトのサンドも付いている。勿論、彼が冷蔵庫から勝手に作ってくれた。 改めて言うが、彼とは付き合ってはいない。だから、手を繋いだり、キスをしたりなどない。 テレビモニターにはボートに私と彼が一緒に乗り大海を進んでいる。空には四角い月が昇っている 特に大したハプニングもなく現実世界も夜になる。 「お腹へったね」 「うん」 「何か作るよ」 「うん」 彼が私に持ってきた平皿には、キュウリとトマト、摺った山芋を茹でた蕎麦に添えた物が盛り付けてあった。 私の質素な食材を使って美味しそうな料理をこしらえてくれた。 「これはお好みで」 小皿には納豆とキムチがある 「ありがとうございます。感謝します」 「苦しゅうない。召し上がれよ」 「はは〜」 私達はゲームをセーブして電源を落とした 明日は私は休み。予定もない。あるにはあるが、肌着を買いに行こうかなと思っていた程度だから、次の休みでも平気。 「明日は予定あるの?」 彼は蕎麦を啜り始めていて、ズルズルと口の中に入っていく。蕎麦と私の質問が。 モグモグ、モグモグ。 モグモグ、モグモグ。 こちらを見ている。 缶ビールのプルタブを空けて飲む。 ゴクゴク、ゴクゴク ゴクゴク、ゴクゴク 一気に飲み過ぎ。 「何だって?」 「あ明日は予定があるの?」 「え?」 彼はビールを飲みながらスマホを操作している。首は仰け反り、目は下に下がる。変な格好。 「何もない。泊まって良いの?」 「何言ってんの。それはマズくないですか」 と言っても良かったけど「良いけど」と答えてみた 彼は暫くむせていたけど、何とか落ち着いて私の目を見て、彼の口が言う 「手、出すなよ」 「君がそれ言う?君は手を出さないって約束できるの?」 「約束出来ないとダメなの?」 もう、そういう所が君らしいよね なんか爆笑してるし。 時計の針は夜19:30を過ぎたところ。 明日の自分に早く会いたい。
よその家のごはんというのは 多大にカルチャーショックだ それがおいしいのでも おいしくないのでも 急な夕立に ウチで雨宿りしてきなよ からの流れで 夕食をごちそうになる 断れない自分も 十分といっていいほど 罪なわけだ あああ、そうなんだあ ここの家って 食事のときは テレビ消すんだね それだけで もう……なんだか…… どうしても わたしへの質問だらけになる きいてる合間に食べて こたえる合間に食べて 味なんてさ するわけないよね…… みそ汁に入ってるトマトも 砂糖のかかってるトマトも やけにトマトの主張が大きいサラダも てか、トマトばっかだな 家庭菜園か? できすぎちゃったのか? 豊作だな よろこばしいことで はやく、自分の家のごはんが 食べたい
日曜日の朝、八時。 幹線道路脇に、二人の警官が立っている。 「先輩。雨降ってきたっすね」 「寒いな」 歩道の植え込みの影に、レーダーを置いた。 「なんか、ずるくないすっか?」 「なにが?」 「レーダー隠してるし」 「見えたら、スピード落とすだろ」 二人は、気づかれないよう、身をかがめた。 「なんかこの瞬間、ワクワクしません?」 「あぁ」 「この前、釣りに行ったときと、同じなんだよなぁ」 「獲物を取る感じだ」 すると、一台の車が速度を超えて走ってきた。 「きたぞ」 「あっ、スピード落とした」 「バラシたか……」 水しぶきを上げ、余裕の顔で通り過ぎた。 「流れもポイントも、いいんだけどなぁ」 「おぉ、きたぞ」 「大物ですよ」 大型トラックが、スピードを上げて近づいてくる。 「あせるなよ。よし、ヒット」 待機していたパトカーが、サイレンを鳴らす。 二人は、停車したトラックに駆け寄り、運転席の窓を叩いた。 「運転手さん、飛ばしてたね」 「はぁ……」 「で、なに急いでたの?」 「鮮度が命なんで……」
むかしは 遠くまで 見渡せたんだろうね 高い建物が 視界をさえぎって 景色をさえぎって 気持ちまでもをさえぎって 私たちは この大空に ひどいことをしたよね なんて大げさに きみは言うよね ビルの隙間を 風が吹き抜け 乱れた彼らが ちっちゃな混沌を生み出し すこしの混乱を 私にもたらす 私たちは この大空に ひどいことをしたの? きみは無邪気だ 深刻なこと 言ったあとなのに そんなにはしゃいで 私たちは この大空に ひどいことをしたでしょ 私たちは この大空に…… したよね
「強盗だ!財布を出せ!」 「え?ご、強盗?」 「そうだ!何度も言わせんな!財布だ財布!」 「財布ですか?本当に私の財布を出すんですか?」 「お前はこのピストルが見えないのか!早く出せ!」 「わ、分かりました。どどうぞ」 革の長財布を掴み取り覆面を被った強盗は銀行の窓口から逃げ去った 「金庫じゃないパターンあるんだ」
ままごとのような恋して結婚も子どもなふたりみんな過去形 なつかしく思っているわけではなくて責任がないことへの感慨 嫌な過去 思い出しちゃう 下向くな 暗澹となる必要はなし
あの人が のどを潤す あれは あの透明な液体は なんであろうか あの透明な液体は おそらく サイダーであろう あの人が ぶるっと かるく ふるえをおこす あの透明な液体は きっと サイダーであるな あの人の からだに入りこんだ サイダーめが あの人のなかで しずかに 騒ぎたてたに ちがいない しずかに けれど 騒ぎたてた サイダーよ しずまれ しずまれ サイダーよ 騒ぎたてるな サイダーめ あの人のからだを 熱くさせるな
縁側でこの家の親父と隣の家の親父が将棋を打っている 歩を進める この家の親父は夏の昼間、ゴーヤのツルが日陰を作る縁側でビールを飲みながら将棋を打っている 一年中よく見る光景だ 角を戻す 隣の家の親父は自分で買ってきたビールを飲みながら、いつもの様に昔の話をする 歩を進める 「お前よりも、俺の方が先に香さんを好きになったんだぞ」 隣の親父が煙草の灰を落としながら言う 「あいつは俺に惚れただけだ」 この家の親父がビールを飲みながら言う。缶の中で声が反響している 「何で俺に断りもなくデートに誘ったりしたんだ」 隣の親父が煙草を灰皿に押し付けながら言う。鼻の中から白い煙が噴き出る 「違うよ。あいつが俺の車に乗りたいと言ってきたんだ」 この家の親父が新しいビールのプルタブを上げる 歩で香車を取る 鼻の中から白い煙が噴き出る 「歩のそう言う所が気に食わないよ」 隣の家の親父、角野桂が悔しがる この家の親父、飛田歩が笑う