晴雨

 飴玉を一つ頬張った。舌で転がす甘い玉は優しく、私を世界へと連れてくる。  ぽつり、と雨粒が頬にかかる。予報外の雨に驚き、空を見上げる。快晴だった。雲ひとつなく、迷いも弱さもなくて。そこから粒が降ってくるのがなんだか面白くて飛び跳ねる。雨粒の間を潜り抜けるように。  冷たいはずなのに陽に照らされて暖かくて、不思議な感覚。飛び上がりそうなほどに気持ちが浮かれていた。また、空を見上げる。大きな鯨が空を泳いでいる。まるで笑っているようで、思わず私も笑顔になる。  ああ、なんて楽しいんだろう。束の間の晴雨、音と踊っていた。  やがて飴玉は溶けて消える。何もなかったように、世界が消える。同時に、雨も止んだ。  世界は雲の陰になる。薄暗くて曇った世界。私はまた俯いて、雨を追った。

途中下車恐い

 新幹線が止まった。  なので、姫路で降りてみた。  まったく来る予定はなかったので、観光地も知らない。  せめて姫路城でも見て帰るかと決めた、夜。  酒を食らった後で、判断力が落ちていたことは否定できない。    ホテルに飛び込み、部屋をゲット。  ベッドに寝転んで考える、未来。    新幹線は、こんなに簡単に途中下車ができる。  なのに、人生はどうして無理にでも前に進み続けようとしてしまうのだろうと。    人生の途中下車。  休職か、退職か。  そんな選択肢があっていいとは思うものの、自分の番となればどうしても体が動かない。    ニュースで、新幹線が動き始めたことを知った。  自分が何をするでもなく、新幹線は進むのだ。    そこで気づいた。  人生は、自分が運転手だからこそ恐いのだと。  止まるも動くも、自分次第。  新幹線は代わりに誰かが判断してくれるから、誰かの判断で止まっている間に下りればいい。  しかし、人生は自分で止めて、自分で降りなければならない。    きっと、ハンドルを離すことが一番勇気のいることなのだろう。       「お客様、そろそろチェックアウトのお時間です」    もやもや考えていると、いつの間にか寝落ちしていた。  意識からの途中下車。   「すみません、すぐ出ます!」    ぼくは急いで荷物をまとめ、途中下車をするかどうかを先送りした。

墓場

今日も死んだように眠ります。 上司に叱られ、先方に怒鳴られ、こき使われて屍のようになった私に、罵声が浴びせられます。 ズタボロのこの死体は、明日もまた目を覚まします。出来れば目を覚まさなければいいと思っていましたが、残念なことに今日も目覚めました。 また同じように繰り返して、また死んだように眠ります。 死に続けてる私は、今も生きているようです。 生きるってなんでしょうか?私はずっと死んでいるのに。 精神病院の診断書を持って、今日も出勤をしました。 ボロボロの心で、日常を失って、健常者でなくなった死体は、今日初めて墓を出ました。 明日からは自由に出来ます。 でも私は何も出来ません。する気が起きません。 生きていくってなんでしょうか? 私は今も死んだままなのに。

【超短編小説】「夜が来る」

 夜が来る時間だ。庭に出る。「夜だよ」犬小屋の中に声をかける。「グルゥ」犬の唸り声がする。「夜だよ」「グルゥ」犬小屋の暗がりの中から、犬の毛とよだれまみれの、月が転がり出てくる。私はそれをよく洗って、夜空に返す。今夜はほぼ時間通りに、犬が飽きてくれてよかった。

ビール

人々はビールは苦いとよく"口にする。"まぁ、僕はまだ"口にしたこと"は無いから知らないけれど。でも、そんな苦い飲み物をどうして皆こぞって飲むのだろう?僕は考える。きっと、現実から逃れる為なのだろう。ビールの苦味は知らないけれど、僕も現実の苦味は知っている。だから今日も僕はこの苦味を"口にした。" 明日は少しでも、この苦味が控えめになっていてくれたら、とても嬉しいだろうと僕は思う。 いつかビールを"口にしたい。" ベットの上で、口を噤む。 「苦いなぁ…」そう思った。

世界の中心は神である…が神は死んだ

「神は死にました」 そう告げられたのはもう三月も前のことだ。 「死んだだと」「神が死んだなんて」「ありえない」「ああ、神よ」「嘘をつくな」「馬鹿げている」「おかしな話だ」「やっぱりな」「明日からどうすれば」「ふざけるな」「なんだと」「信じられない」「何故」「はぁ…」「どうすれば」「これは夢だ」「どうして」「こんなことが有り得るのか」「もう帰ってもいいか」「誰が殺した」「お前か」「いやお前だ」「誰だ」「違う」「私じゃない」「俺でもない」「お前だろう」「馬鹿を言うな」「誰が馬鹿だと」「お前が殺したんだな」「もう終わりよ」「誰だ」「誰なんだ」「誰でもない」 「神は勝手に死んだのだ」 さて、神は死んだ訳だが、何故死んだのかという話をしよう。 まず、神というのは基本的に死ぬものでは無い。寿命は存在しない、あるいは我々生物の尺度では計れない程の長寿である。では何か病気を患っていたのか。いや、これも違う。最近の神はプロテインに変に凝り始める程度には健康体であった。まぁ、というか、病気という概念があるのかは知らないのだが…とにかくこれも違う。言ってしまえば、普通の生物の尺度では計れない存在なのだ。 では、神は何故死んだのか。 それは実に簡単な理由である。まず、神というものは嘘をつかない。故に絶対的な信仰を受け、人類と歴史を共にしてきた。だが、嘘をつかない存在で無くなった時、それは神ではない。故に神は死んだのだ。つまるところ、神は嘘をついた。そして死んだ。 神は嘘をついて死んだのだ。 何故死んだのかを説明したが、実際こんなヘンテコな神が死んだとて、何が変わるのかという話だ。一時は私とて焦った。しかし、良く考えた所、何も困らないのだ。神が何かしていたのかと言えば、まぁ最近は筋トレだとか、筋トレ本の執筆だとか、「野球しようぜ!」と無垢な少年の笑顔で言ってこられた時は、母性で鼻血が…とこれは関係ないな。とにかくだ、実際何も困ってないし、何も変わらない。ただ、人類にとって中心は神であった。故に、大層困っている。神が中心で回っていた世界で、神が居なくなればどうすればいい。何を信じればいい。神の許しを無しにして、何を成せばいい。神の創った世界で、誰に感謝すればいい。それが、唯一変わった点である。 まぁ、何もしない存在であっても、その存在そのものが救いになるということだ。はぁ…この救いが無くなった世界でどうすれば良いのやら… 「全く…自分は神ではないなんて嘘、突然ついてどうしたんですか… 人類が困っていますよ」 「うーん、確かにねぇ…」 「とりあえず、そのプロテインを置いてください」 「一口だけだからぁー」 「今真面目な話をしているんですよ」 「えー、でも僕居なくても問題なくなーい?」 「問題大アリですよ」 「そんなお堅いこと言わずにさぁーこっち来て一緒に運動でもしようよー」 「はぁ…仕方ないですね」 真っ白な建物の中、汗を流す影が二つ。 ある影はこう考えていた。 まぁ、そもそも僕嘘なんてついてないんだよねぇ… だって僕、神じゃないんだもん。本物の神はとっくのとうに死んでた。だからまだ僕は神様代理なんだけど、まぁ良いよね。人は信じされすれば、嘘も真になる訳だしさ。

笑にもすがる思い

 失恋。  泥棒。  借金の踏み倒し。    全て、この一週間で起きたことだ。    全部終わった週末は、もう笑うしかなかったので、一日中笑っていた。  ぼろぼろ涙が零れ落ちて、それでも大声を出して笑っていた。    隣の部屋の住民が、あまりの異常さにインターフォンを押してきたので、私は笑いながら対応した。  書体面で病院を勧められたが、私は笑いながら聞き流した。    笑う門には福来る。  なんて言葉は、小さな不幸を埋める気休めでしかない。    大きな不幸を埋めるために必要なのは、金だ。  資本主義社会においては、金がなければ何も治すことはできない。  そして、私に金はない。   「あーっはっはっはっはっは!」    笑う。  ただ、笑う。    いっそ藁でも手にしていれば、わらしべ長者のように物々交換で金が増えていくのではないかとも思ったが、部屋の中には藁もない。    私は最後まで笑い続けた。  警察を呼ばれ、両親を呼ばれ、実家に強制連行されるまで。    幼少期を過ごした部屋の中に入って、私はようやく救われた気がした。

好きな人

今日は卒業式。 みんな泣いてる中、私はずっとソワソワした気持ちでいた。理由はこの後好きな人に告白するからだ。卒業式が終わり、待ち合わせに選んだ桜の木の下に行く。 「ごめん!遅れたっ!」という彼の声がし、私の心は高ぶった。 いざ告白しようとした時、 ……何かがおかしい。 見回すと辺りが真っ暗だった。 卒業式はお昼すぎに終わってすぐに桜の木の下に来ていたのに。明らかにおかしいのに彼は気付いてないようで、私が喋るのを待っているように見える。 「ご飯だから、遊ぶの終わりにしなさーい!」 そんな声がした。意味がわからない。ふと、彼を見ると倒れていた。なんで?と言う感情しか出てこなかった。 あぁ。わかった。 私は生きていない。私はおもちゃの人形なのだ。 辺りが真っ暗になったのは私と彼で遊んでいるどこかの子供が片付け用の箱かなにかに入れたのだろう。彼が倒れていたのは箱に入れた時に衝撃で倒れたのだろう。またこの風景だ。私は思い出した。昨日は入学式というシュチュエーションだった。また一昨日は警察になっていた。私は明日も明後日もこんな気持ちになるのだろうか。 私も人間になりたいな。

湿度が高く、潤ったというには些か過剰な程の重さを纏った空気が辺りを取り巻く。太陽は遮られ、普段より早く、人々は電灯に頼り始める。これははるか昔から続くごく当たり前で、それでいて未だに人々は、その当たり前に心を揺さぶられている。そして、私達もまたその中の1人だ。 「雨は嫌い?」 そう問う私に彼は横目で返事をする。 "あまり、好きではないかな" そう答える彼は、落ち込んだ目をして窓を眺めている。窓を伝う水滴が、風景を歪ませている。時折聞こえる雫の音が、静寂に不均等なリズムを与えている。彼の横顔は、そんな白黒の中でも、特に陰った色を浮かべている。私はそんな世界に絆されて、感傷的になったまま、尚も彼に言葉をかける。 「そっか、どうして嫌いなの?」 私の今言える精一杯の言葉の羅列 純粋な疑問 彼はそれを受けて、窓から視線を外す。彼の虚ろな瞳には、一体何が写っているのだろうか。彼の瞳に私が反射していないのは、あの雲で光が足りていないからだろうか。 彼は言う。 "雨の日は、良いことがないからさ。湿っているし、濡れてしまうし、なんだかこの暗さが、気分を沈めてしまうんだ。" その精一杯が、功を奏した。 私はすかさず言葉を紡ぐ。 「そっか。私は好きだよ。」 彼に向き直り、真剣な面持ちで私は言う。 "どうして?" 「君と一緒に居られるから。」 彼の瞳孔が、定まらない直径に、その解を急いている。雨のノイズに遮られて、彼が理解するまで10秒ほど、僅かばかりの沈黙と、雨音だけがその場を支配する。赤面する彼。 その支配権を次に奪ったのは私だった。 「ねぇ、雨の日が嫌いなのは、良いことがないからだよね。」 彼は未だ解を出し切っては居ない。でも、私は構わず続ける。 「なら、今から良いことをしてあげる。」 "な、何を…" 言い切る前に彼の裾を掴み、抱き寄せる。余裕なんてない。それでも、私はそれを装って、彼を抱く。鼓動が早まるのを感じる。彼にこれを聞かれたら、きっと一瞬で皮が剥がれてしまうだろう。 先程までうるさかった雨音も、もう聞こえない。彼の目には、確かに私が写っている。私の胸元に埋まった彼の頭を、優しく撫でる。そして、耳元で囁く。 "よく頑張ったね。偉かったね。私は見てるから、だから甘えていいんだよ。" 瞬間、彼の中で何かが弾けた。 気付けばもう晴れている。 でも、まだ 私と彼は、雨の中にいる。 たった2人だけの雨の世界。 やっぱり私は雨が好きだ。

破壊そして消滅

 世界は破滅に向かっているらしい。 信仰を失くし金に飢え他人をいたわる心を失くした現代人を見ればさもありなんだとは思う。 娯楽と言えば誰かの失敗のニュース。戦争、飢饉、環境破壊などのニュースばかり。 僕もこんなことを言ってはいるが自分の性癖を満たすための文章を書いて悦に浸っている同次元の低俗さ。 袋小路。 いろんな宗教施設に出向きその宗教の良いところを取り入れてみる試み。 生活。 資本主義と折り合い消費社会を批判しつつも消費する矛盾。 袋小路。 フィクションの映画からヒントを得て小説に書いてみる試み。 ノンフィクションがフィクションを超える世界。 事象、虚無、実像、体験、会話、暴力あらゆる事柄が脳を構成する。 やみくもに文を連ねる。 疲労。 生物として人間として宇宙存在として。 自棄にならずに一日を終えられればその日は逃げ切れた、と安堵して眠る日々。 消滅するまで、暴力が振るわれるまで耐える日々。 過去からの因縁。 せめてもの優しさと強さを求め今日も彷徨う。

無題 恥

世の中クソみたいなことばっかりだ。努力も才能もどれだけしたって報われるかは分からない。もしかしたら明日死ぬかもしれない。祈ったって幸福にはならない。諦めしか優しさなんてないと思ってる。 苦労すれば栄光を掴めるなんて言われてるけど嘘だ。掴んだ栄光は噂と同じでしばらくすれば価値も意味もなにもなくなる。死んで消えるみたいに、初めから無かったものになる。結局は、今どうあるのかだけが大切になる。他人も自分も過去は見ないし縋らない。未来はいつだって分からない。 人生の意味とか理由とかある訳が無い。そんなものがあったら機械と同じ。目的のために生み出される命に可能性はない。意味も価値もないから未来は不安定で希望に満ちている。だから現実で表された時に絶望することになる。こんなふうになるはずじゃなかった。希望通りに歩けなかった。最悪の事態なんて軽々飛び越えて、お前だけは逃さないとか言われてるくらい絶望が乗っかかってくる。 逃げても逃げられないものがある。影みたいにへばり付いて離れない嫌いなものがある。足掻いても良くならない、好きになれないものがある。 生きてるだけで充分なのに、まだ希望とか未来とか不足を感じてることが異常だ。 この無価値に決着をつける方法を、今はまだ知らないだけ。

悩み多き仲間たち

 月末、金がないというのにライブハウスに呼ばれる。 何でもチケットをおごってくれるらしい。 最近引きこもり気味なので出かけるのが億劫な僕である。 糖尿病の知り合いも来る。隠し子がいる。 僕もちゃらんぽらんだが輪をかけてちゃらんぽらんだ。 みんな普段どんなことして暇潰ししているのか精神的に病むことはないのか不思議だ。 もう子供がいるから自分の役割は終わりでゆるく生活していく中で朽ちていくのを少し楽しんでいるようにも思える。 恋愛に関しては奥手で気になった子はいてもなかなか一歩が踏み出せない僕にはそのやり切った感は羨ましい。 世界に40億ずつの男女。 ライブハウスでナンパされないか少し期待してみるけどまずそんなことは起こらない。 連休、少しでも出会いがあればいいな。 世界に40億ずつの男女。 悩みは尽きない。

【超短編小説】「今日はお祭り(笑)」

 今日はお祭りだ。みんな浮かれてる。浴衣を着たお姉さんが、神輿が通るのを見ている。神輿には、巨大な、精神安定剤の張りぼてが載せられている。みんな笑顔だ。すると、一人のおじさんが、神輿の上に乗って、精神安定剤の張りぼてを、かじり始めた。「そいつは張りぼてだぞお」野次が飛ぶ。みんな笑う。おじさんの目は笑っていない。それを見てほほ笑む浴衣のお姉さんの浴衣は、絵柄が首吊り縄である。

星屑のなる畑

あまり手入れの行き届かず、周囲に大した光源も見当たらない。荷台の星屑達は揺れに揺れ、天地が逆さになる様に、一回転してまた荷台に収まった。まだ星でないこの子らは、手を借りずして宙に浮くことは出来ない。これから採星場へと運ばれて、選別の後に星になる。大抵、ひとつの星は星屑二から三個程で生まれるが、時には非常に大きく、十を超える星もある。未だ宙を知らないこの子らは、一体どんな星になるのか。実に楽しみでしょうがない。 黒い岩を砕いてならし、そこに星の砂を混ぜ込めば、星屑畑の下地は完成だ。この星の砂は余った星屑を砕いて作る。そして、輝く礫をここに撒けば、後は星屑達を待つだけだ。大体、前に生まれた星が寝て起きる頃には、新しい星屑が顔を出す。そうすると、畑全体が緋色に輝き、とても温かくなる。そうして、新しい星屑達が生まれるのだ。 生まれてからは、しばらく熱が収まるまでその場に置かれ、光も収まる頃にやっと採集される。採集された時、必要な量から溢れると、その子らは砕かれて砂になる。それはとても悲しいけれど、新しい命になるのだから、私は畑を耕し続ける。今回も、また新しい子たちを見送った。 やっとして周囲が確認出来る程度の光源が現れた。揺れも収まり、心地の良いノイズだけが、しばらくその場を支配する。その静寂は、急激な停止に伴う慣性と、停止音に遮られた。道を遮断する停止看板に、夜行用の光が当たってキラキラと輝いている。今回も相変わず星採場前は通行止め。手馴れた手つきで向きを変え、荷台を解放した。星屑が摩れる乾いた音と、塵となって燃える光だけが、悲鳴のようにその場に残り続けた。 最近、畑作業をしていると、綺麗な朱色の流れ星が流れていく。畑作業の合間にそれを眺めて、また頑張る。そんなルーティンだ。きっと、星達が励ましてくれているんだろうと思うと、より頑張れる。最近は星達も代わり映えが無かったので、そのサプライズにはとても心を救われた。私ももう歳だ、畑は耕せても運ぶのには他の人の手を借りざるを得なくなった。本当は、育てた子達は自分の手で最後までしてあげたい。でも、こうやって育てた子達を眺めるだけでも、私は十分だ。 ─ あぁ、次はどんな子達が生まれるのかなぁ。

炎上小説家

『小説家を夢見るやつは全員阿保』    衝撃的なタイトルの小説が発表された。  発売前から小説家の怒りを買い、小説家のファンの怒りを買った。    不買を叫ぶ声が大多数を占める中、その小説がいかにダメかを証明するために購入した小説家、そして燃やすために買ったファンによって、第一陣の売り上げは好調な結果に終わった。    校長になれば、小さなランキングの乗る。  人気レビュワーが目ざとくかぎつけ、一般向けにレビューを公開する。  チャンネル登録数十万人の威力はすさまじく、第二陣の売り上げは注目作クラスの結果に終わった。   「先生、これ行けますよ!」   「よーし、次のタイトルは『デビュー作しか出せてない小説家は全員偽物』! これで行こう!」    炎上小説。    キャッチーを超えた一言で知名度を高める手法が、しばし言葉の世界で我が物顔をすることになったのは、また別の話。

sound39 ちりちり

──ちりちり、ちりり。 秒針の手を取り、窓辺を跳ねる雨。星屑を散らしたバミリを頼りに、夜色の静謐な舞台で踊り続ける。 きっと彼等は今日を忘れることは無いだろう。二度と再会は叶わないと知っているから。

狩るか狩られるか。

「目を合わせた時にヤレるなこの人みたいなのないですか?」 あーなんてことゆってしまったんだ私。 職場の休憩室で、たまたま休憩が被った先輩に とんでもない事を言ってしまった。 もう4年くらいの仲で、別に沈黙が辛いとかね そういう間柄でもないけど、 なんか話さないとって咄嗟に出たのがこれ。 こういう事を口にしたら負けって思ってたのに。 でも確かに、5秒以上目を合わせて沈黙だとさ、 狩る側か、狩られる側か。 どっちだ〜なんて思っちゃうだよな〜 なんてね。 「んーどゆこと?」 そんな事ゆって私の事を見つめて隣に座った。 あーー私よりうわ手だった。 ん〜試合開始!

いっぱいのクーポン

「お客様に喜んでいただくため、クーポンを発行する!」    アプリを導入し、使いたくて仕方ない店長が、クーポンの発行を決めた。  店員としてではなく客として言えば、安く買い物ができるようになるのはありがたい。  店長の好きなようにさせた。    そして後日、あれのアプリにクーポンが届いた。  三百枚。    卵、十パーセント引き。  ニンジン、五パーセント引き。  大根、五パーセント引き。  キャベツ、七パーセント引き。  レタス、七パーセント引き。    店長独自ルールの割引率クーポンがずらっと並んでいた。  割引を受けるためには、クーポンを探して、タップしなければならない。    試しに、お酒とスルメイカを探してみた。  お酒のクーポンは三パーセント引き。  手間はかかったが、少しだけお得になった。  スルメイカはクーポンなし。  時間返せと、スマホを床に叩きつけそうになった。   「店長、これクーポン多すぎですよ。探すのだるいですって」   「え?」    文句を言いに部屋に入った時、真っ赤な顔をした店長の前には、床に叩きつけられて壊れたスマホがあった。

カーテン

─ ふわり ふわふわ ふわふわり 美しく、透き通った白い裾。透かして見える青空が、今日も今日とて輝かしい。 その眩しさに、目を細めた。 教室の、窓際席に腰掛ける。隣を見遣れば彼がいて、今日も今日とて笑顔になる。 その横顔で、つい火照る。 雨凌ぎ、二人並んで晴れを待つ。雨が遮り途切れる声、今日も今日とて揺らされる。 その心から、漏れてしまう。 水遊び、二人揃って身を揺らす。水気混じりに漏れ出る声。今日も今日とて日が昇る。 その湿度から、乾いてしまう。 控え室、鏡の前に腰掛ける。扉を見遣れば開いていて、今日も今日とて彼が居る。 その笑顔で、また火照る。 美しく、透き通った白い裾。透かして見える彼の顔、今日はなんだかより嬉しい。 その嬉しさに、目を細めた。 ─ ふわり ふわふわ ふわふわり 揺れるカーテン模様替え。甘く優しい口付けを。

And Waka Roca burrito dad wake up about a big bro

Come out the way head they could’ve waited bottle a cab water cover that way that will be that very well but I have a bit that I have that I don’t have a cover without it, but that’s funny but that could come. We have a brother we have a battery that way that’s what we do with that Cup that we have a little bit that will be dead at the bank. We have a data that will be that we have that would be dead we could cover we have a bit of data that will be dead. How about you to cover better but that we have that will be dead Had a big cup of body, but that we have but that we have that will be dead while we have that kind of dead out that could cover that with that had to go to work that would be dead, but that work that we have that other wood work, but I have a devil that could cover that we have about dead with that, have a burger. Why do we have that data that we have with that cup? By the way welcome water we have with that water break up and body better be with that cover. Have a buck to cover that dead. That will be dead and went to grab a bottle of dead, dead, dead, dead dead dead dead I could come ride but we have to come out of the ditch at the bottle, water bed that that body cut that we have a little bit dead with it. Good work about about an hour. I have a bit better with that and wake up you could go away, but will be there with them book cover down with that black body happy body with that. What a break now with that bed break up with a break up body cover down that bucket bottom back broke water that was that a book that we have that we have that have a cover that we have a bit of that Robbery de death break up body broke up bitch able to go to grab a dead dead with that while have there to go over with Deborah Deborah could come vote. Vote better be that we have dead with that ever could come out of that we have out of that with it could cover, but without a doubt with it, look up about what broke up, but that would be with that a book

sound38 しゅわしゅわ

──しゅわしゅわ、しゅわり。 ミルクティー色の空から降るのは、曹達のように弾ける雨。夏模様のお粧しで爽やかに宙を舞う彼等を、春の微風が優しく撫ぜた。

昨日の私は誰だろう

 昨日の自分は一度死に、朝になると別の自分が産まれている。幼い頃からそんな感覚が私の中には生き続けている。それは当たり前のように思えるけれど、他の誰に聞かせてみても口を揃えて異常と言わしめるものだった。  長く付き合いのあった人物に私の性質を告白した高校三年の秋、彼女は密やかに悲しそうな表情を浮かべ、私にそれを見せないためか、すぐさま「でもそれって同じ事でも毎回初めてみたいに楽しめるってことでしょ?楽しい事でもあると思うな」と微笑んだ。  友人が私に教えてくれた翌年、役目を終えるみたいに急逝した。知らせを受け取った時は泣いたことを覚えている。別の大学に通っていたけれど、連絡は取り合っていたし年に何度か会ってもいた。おそらく、悲しみが大きかったのだろう。今となってはあの頃の感情を思い返し、追体験することさえできない。事実、彼女の葬式で私は涙の一滴も流さず、私の事を知らない親族たちからは嫌われてしまった。  九月十一日。今日は彼女の命日だ。墓前に花を供えようと大型ショッピングモールへ向かう最中、人通りの少ない路地で背中に唐突な熱と刺激を受け取った。体重を乗せられながら、腹部を貫く痛みが全身を駆け巡る。首を回した視界の端にチラリと映ったのは、見たこともない男の姿だった。  足から力が奪われ、重力に負けた体は簡単に崩折れて秋の冷たいコンクリートに伏した。腹から伝わる冷たさが伝播するみたいに、全身が少しづつ冷たくなっていく。どうしようもない恐怖が、意識を支配していく。鼓膜を突き破るような心音に紛れて、誰かの走り去る音が聞こえると、今度は叫び声、次いで誰かが背中を触ったような気がした。触れた手のひらは小さく、あの頃の彼女が迎えに来たのかと錯覚するほど些細であって、意識はそれを最後にプツリと途絶えた。  目が覚めたのは九月十三日の昼、家の近所の病院のベッドだった。しばらく呆けていると白衣に身を包んだ男がやって来た。どうも私に施術した医師らしかった。 「目が覚めたようで、何よりです。背中にはまだ刺された傷がありますから、無理な運動や日常的なものもできるなら介助を付けてなさってくださいね」  一通り診察した後、医師は簡潔にそう言った。優しげに、諭すみたいな口調はどこか安心させる声色で満ちている。  立ち上がり、振り返ろうとする医師は何を思ったか体を反転、再び私に向き直った。 「それと、通り魔は男性だったので人間不信や男性恐怖症の可能性もあるかと思ったのですが、それらは見受けられません。やや珍しいことですが、貴女の精神力が強いゆえのことでしょう。これからも、どうかそのままで」  アドバイスなのか分からない一言を優しげな笑顔と共に残し、医師は病室をあとにした。それはどうにも私の心に引っかかる一言で、先日の恐怖などいまや一切が残らない私を憐れむような気もしたけれど、微かに彼女と通じるものがあった気がした。 「実用性、あるもんだなぁ…」  彼女の慰めとも違う、親族の罵倒とも違う、不可思議な得心が私の中をじんわりと広がっていった。

罠かもね

 中庭の隅のベンチに座りイヤホンを耳にねじ込む。 木陰になっているこのベンチにはほとんど人が座らない。時折、木漏れ日が射して、昼食後にぼーっと音楽を聴くにはこの上ない好条件だ。風がそよぐと枝葉の隙間から少しだけ、光る空が見える。  何曲か聴いた後で、ふと中庭の中央を見る。 中央のベンチには、充実した大学生活を過ごしているだろう男女の集団が談笑していた。その中の一人と目が合うと、僕の方に手を振りながら小走りで近づいて来る。僕は目を逸らし地面を見つめていたが、視界の端にハイカットの黒いコンバースがちょんと揃って見切れている。3秒程、見て見ぬフリをしてみたが、黒いコンバースは一向に他所に行く気配が無い。 僕は渋々と顔を上げる。  お手本の様なマッシュルームボブ。眉毛にかかる位の位置でパツンと切られた前髪の下には黒いビー玉みたいな瞳。その瞳はまっすぐ僕を見つめながら、イヤホンを外すジェスチャーをしている。その耳にはメロンソーダをモチーフにしたピアスが揺れていた。 僕は片耳のイヤホンを外す。 「先輩、一人で何聞いてるんですか」 「ピロウズ。てか、西成さん、僕を先輩って呼ぶのやめてもらえる?」 「じゃあ、先輩も私の事、和奏って呼んで下さい。わ、か、な」 不服そうにそう言うと、彼女は続ける。 「まあでも、2個も違うとね、さすがに先輩って呼んじゃいますよ」 「で、ピロウズってファニーバニーでしたっけ」 「へー、良く知ってるじゃん」 僕がそう言うと、得意気に笑った。  僕は一浪した上に、留年もしていた。彼女とは同じクラスで必修科目が同じなのだが、2つ上の僕はクラスでかなり浮いていて、回りが何となく扱いづらそうにしているのが分かっていた。大学のクラスなんて有って無いようなものなのだが、それでも皆に気を使わせない様に接点を減らしていた。ただ、彼女だけはどうも僕につっかかる。 しかも、意外な事に色々と趣味が合うのだ。友達と言う友達も居ない僕にとっては、唯一と言っても良い話せる相手が彼女だった。 「次、英語ですよ。必修だからちゃんと出席しないとまた留年しちゃいますよ。じゃまた後で」 ※  「Q-QLを捉えた時の会話がエモいですよね」 塩たこ焼きを食べながら、彼女はアツく語る。 「ほんとバカ。わたしにやさしくして、信じてくれて、ほんとバカ。確かに、ココにこの作品の全てが凝縮されていると言って良いな」 塩たこ焼きを食べながら、僕もアツく語る。 たこ焼きのピアスを揺らしながら、得意気に彼女は笑う。  彼女に誘われて映画を観に来た。最初は断ったのだが、僕の好きな監督の作品だったので、一緒に観る事になった。やはり彼女とは気が合うらしい。映画を誰かと観るのは苦手なのだが、彼女が隣りに居ても不思議と気にならなかった。  少し深く息を吸って彼女が言う。 「今日、映画観るのに私が邪魔になって無かったんなら、私と付き合いませんか」 予想だにしない台詞に、僕は激しく動揺したのだが、それを悟られるのは恥ずかしかったので、頬張っていた塩たこ焼きが熱くてそれどころでは無い、というフリをした。すっかり冷めた塩たこ焼きを、未だにハフハフしている僕を、彼女はまっすぐに見つめている。 「もう熱くないですよね?」 訝しげに僕に言う。 「先輩って呼ぶのも辞めますから、いいじゃないですか」  こうして僕達は付き合う事になった。 ※  学生時代の事を思い出したのは、昔の映画のパンフレットを見つけたからだろうか。 引越の荷解きもあらかた終わった。 「コーヒー飲みますよね」 そう言って、彼女はテーブルにマグカップを置いた。 彼女の左手の薬指には指輪が光っている。僕が指輪を見ていた事に気付くと、自分の顔の横に左手を持って来て手の甲を僕に見せながら、 「似合いますか?」 ニシシ、と言うオノマトペが、この上なくピッタリな得意気な笑顔だ。 耳には柚子のピアスが揺れている。  昔から僕には一つ気がかりな事が有った。その疑問を彼女にぶつけてみる。 「ねえ、和奏ってさ、ピロウズとか、あの映画とか、ヘンテコなピアスとか本当に最初から好きだった?」 少しびっくりした顔をしていたが、すぐに得意気な笑みを浮かべ彼女は言う。  「きみのわかなのわなかもね」

揺蕩う思い出

私はこの前不思議な体験をした。 私も妻ももう90歳になる。 体も思うように動かず、今まで当たり前のようにできていたことが難しいと感じるようになった。 そんなある日の夕食時、妻の作った味噌汁の湯気をぼーっと眺めていた。 すると時を同じくして妻も、私の目の前の味噌汁の湯気をぼーっと眺めていた。 そして私たちは図らずも、湯気越しに目が合っている状態になった。 私の視線の先と、妻の視線の先で交わったところに小さな球体が生まれ、少しずつ大きくなった。 その球体は直径が私と妻の座っている距離くらいまで大きくなった。 その球体の表面、私の目の前には、小さい頃の妻がいた。 そしてだんだんと、その球体の妻は歳を重ねていった。 私と出会った頃くらいの外観になったところで、球体の反対側からあの頃の私が歩いてきた。 ふたりは出会い、色々な思い出を作っていった。 その光景は懐かしさを感じさせた。 今まで写真には残さなかった幾分かの思い出も、再現されていた。 遂に現在くらいの見た目になったところで、その球体は小さくなっていった。 そして目の前には変わらず妻がいた。 「いやー、すごい体験だったな。今の。」 妻はその言葉に対して不思議そうな顔をしていた。 「なんのこと?」 私は説明した、湯気を見ていたら球体が大きくなってきて、昔の思い出が再現されていたことを。 「あんた、私の顔をあまりにもずっと見ていたから、目を逸らしたら負けかと思ってあんたのことをずっと見ていたのに、あんたにはそんな風に見えていたのね。」 「全てが美しい思い出だったよ。」 「ぼろぼろのじじいが何言ってんだい。ほらさっさと飲まないと味噌汁冷めるでしょ。」 いつの間にか湯気は消え、飲むと少し冷めた味噌汁だった。 湯気が出てなくても美味しいものは美味しい。 しかし今のはなんだったのだろう。 不思議でたまらないので、またぼーっとしてみせた。 「じじい!いつまでぼーっとしてんだい!さっさと食事終わらせな!」 先ほどの美しい思い出と、目の前の妻。 多少のギャップはあるかもしれないが、こんな生活も楽しいものだ。 明日からの日々もゆっくり、ほのぼのと、たまにぼーっとして、たまに味噌汁を冷まして過ごそう。 我ながらいい人生を歩ん 「おいじじい!いつまでぼーっとしてんだい!」 「うるせーな!ちょっと空想に耽ってもいいだろうがよ!」 「変な想像して球体とか言ってないで、さっさと食べて皿でも洗ったらどうだい!」 訂正しよう。多少思い通りにいかないことはあるが、それでも愛すべき人生だ。

偶然会ったらね

私が深夜に終電を逃したら迎えに来てくれて、 温泉に連れて行ってくれて、 ドライブしながら人生のアドバイスしてくれて、 タバコも教えてくれた人がいた。 知り合って8年、 本名も、住んでるところも、 なんの仕事かも知らないけど。 知ってる事は、 からだすこやか茶が好きな事と、 11個歳上な事と、乗ってた車の車種と タバコの銘柄はちょっと忘れちゃったけど。 確か、名前も教えてくれたけど偽名かと思って バカにちゃったっけ? 「どっちかが結婚したら会うのはやめようね」 私達の約束。けどそんな事覚えてないと思った。 結婚するの私の方が先だなんて思わなかったし。 結婚報告と会いたいことを伝えてみたけど、 「お幸せに。またどこかで偶然あったら話そう」 ちゃんと私との約束覚えてたんだね。 そっか覚えてたのか。そっか、 あのね、 私はほうじ茶が好きで、あなたよりうんと歳下で タバコはセブンスターだよ。 名前は偶然会ったら教えるね。 またね。

自立とは放牧である

 最近、近所を徘徊する老人が増えた。    私が子供の頃は、お母さんが慌てた表情でどこかに電話すると、近所のおばさんがすっ飛んできて徘徊する老人を連れ帰ってくれた。  今思えば、あれは昭和という時代が生み出した社会の鎖だったのだろう。  年をとれば狂ってしまう人間を閉じ込めておくシステムだ。    でも今は、誰も徘徊する老人を連れ帰ってなんてくれない。  お母さんはとっくにいないし、私も徘徊する老人を連れ帰ってくれる人の連絡先を知らない。  やむをえず警察に電話するも、あまりにも徘徊する老人が多すぎて警察の手が足りていないらしい。   「ニ十分後!? そんなに待てませんよ!」   「私が見てる? 無理ですよ、無理!」   「誰かに何かあったらどうするんですか!」    道端のおばさんが、困り果てた顔でスマホに向かって怒鳴っている。  その横には、徘徊する老人。    近所付き合いの希薄化。  そして単身世帯の増加。  近所に住む単身老人たちの数は続々と増え、そして自由気ままに外に出ることを許された徘徊老人の数も増えた。  実の子供や義理の子供と言った鎖は、もうない。    家族の世話をするという不自由から解放された、令和の自由。  しかし、その不自由は決して消滅する物ではなく、形を変えてどこかの誰かへとのしかかることに、私たちは気が付いていたのかどうか。  年をとれば自己を失うことを知りながら、自己責任という言葉に縋りついた責任を、きっと私たちは今取らされているのだ。   「……引っ越そ」    だから、私はまた同じことをする。  自己責任という言葉に縋りついた責任をとる役を、どこかの誰かに押し付ける。    都内に建った、若者向けのマンションがある。  そこには、老人なんていない。  私の年齢ではギリギリだが、どうにか滑り込むことができた。   「はー、静かで快適」    私のとった行動も、いつかどこかの誰かが責任をとるのだろう。  願わくば、私以外であってほしい。    私は、エアコンの聞いた部屋でずっと堕落を貪っていたい。

読んでないけど、面白い。

「この本最近話題でさー」 携帯画面に表示された表紙をチラリと見る。 「へぇ、そうなんだ」 「興味なさそー、でも読まなくても面白そうなんだよね!」 まぁ、実際興味無いし。というか読めや。 「読んでから言えって」 「でも最近時間無いんだよー…」 パンッ! 顔の前に両手を合わせる友人 「お願い!この通り!代わりに読んで感想聞かせてー!」 「えぇ、どうして…」 「どうしても気になるんだよー!今度ご飯奢るからさぁ!」 ご飯という言葉に釣られ、気持ちが傾く。 「はぁ…仕方ないなぁ」 我ながら甘いなと思う。だが、まぁ面白い作品なら良いかと気持ちを切り替える。 「で、それなんて言うんだっけ?」 結局本屋に寄って買ってしまった。 風呂上がりの濡れた頭にタオルを引き下げベットに腰をかける。 「はぁ…我ながら甘いなぁ」 今度は口に出てしまった。 どれどれ、とタイトルを見る。確かに、読まずともなんだか面白そうなタイトルである。それに、皆口を揃えて「面白そう!」「面白かった!」なんて言っていたし。 よく考えてみたら、私が読まなくてもいいんじゃないだろうか。 多少の期待と、自責の念…いや、それなりの期待はしていたかもしれない。 まぁそんな感じでページをめくっていく。 一ページ 一ページと紙をめくる。その度に私の顔から期待は消え去る。 「これ、読めば読むほど面白くないな」 自分で呟いて、はっとした。 あぁ、なるほどね。今更分かった。他の皆も読んでいるのに私に読ませた理由が…他の人は私みたいに『読んで』無いんだ。適当に文字だけ追ってそれっぽい雰囲気を感じ取ってるだけ。周りが面白いって言うから自分もそうだと勘違いをしているだけ。 「はぁー…上手いこと使われたなぁー」 ばたりと身を投げ出して、無造作に本を置き、携帯電話を取り出す。 通話ボタンを押して、私を使った張本人に電話をかけた。 ワンコールもしないうちに通話に出た。こいつ本当は暇なんじゃないのか? まぁいいや。 「はいはーい!もう読んだの?相変わらず早いねぇー」 「うっさい」 「で、感想は?」 「あー、うんまぁ…読まなかったら面白いかもね」 「何それ、どういう意味よ」 通話越しでも怪訝な表情なのはわかる。でも私自身そうとしか言えないのだ。 「言った通りだよ。気になるなら読めば?」 「うーん、いいかなぁ」 「【読まなくても面白い本】だしね!」 なんだそれは…私は読み損ではないのか。 「あっそう、まぁ勝手にして」 それじゃ、とさっさと通話を切ってやった。まったくもう、腹立たしい。これだったら、読まない方が面白かったかもなぁ。 投げ出した本をもう一度拾い直して、表紙を見つめる。 「ふふっ」 馬鹿らしくなって、つい笑ってしまった。そういえば、この本で初めて笑ったかもしれない。 これは… 確かに【読まなくても面白い本】だなぁ

コーヒー

おいっ!先輩より先にコーヒーを飲むんじゃねえよ!ったく最近の若者はそんなこともわからねぇのかよ! 「それでですね、小林は大学時代に陸上で長距離をやってたもんですから、体力には自信あると思いますんで、どんどん使ってやってください」 「おお、そうか。私も正月に箱根駅伝を見るのが好きでね。強いチームを見るのもいいが、シード権争いをしている学校をいつも祈るように見てしまうんだよ」 ところどころシワの目立つスーツを着たヤサカ食品の社長である八坂守彦は、目を細め口元にかすかな笑みを浮かべながら牧野と小林を交互に見た。 とりあえず良かった。社長はあまり気にしていないようだ。 この先こいつに営業先を渡さないといけないのか。 大学で何を学んだかは知らないが、コーヒーは先輩が飲んだあとに飲むものだということまで教えないといけないとは、先が思いやられる。 営業歴15年目の俺が新卒の面倒を見るとか部長は何を考えてるんだ。もっと下のやつにやらせればいいのに。人手不足とかふざけた言い訳をつらつらと並べ立てやがって。 いままで俺がコツコツと築き上げてきた営業先との信頼が、こいつがミスをやらかすことで俺の評判にまで響きかねない。ハラスメント研修がなんだ、ブラック企業撲滅がなんだ。社会はそんな甘かねえよ。営業は数字を上げてなんぼだろう。こいつはこれから俺がビシバシ鍛えてやらねえと。 「良かったな、小林。社長に気に入ってもらえそうで」 牧野は社長の手前、なるべく穏やかな口調を心掛けながら小林に声をかけた。 「はい、嬉しいです。頑張ります」 おい、そんなキラキラした目で俺の濁り切った目を見るんじゃねえよ。 そんな澄んだ目で見られると俺の心の声なんかいとも簡単に弾かれてどこか遠くへ飛んでいってしまう。こいつはこれからはじまるただただ長いだけのちっぽけな人生に期待でもしているのだろうか。 俺が新卒の頃もこんなだったかねえ。もう覚えてねえや。 牧野はコーヒーカップの取手に差し込んだ人差し指にぐっと力を込めながら、少しぬるくなったコーヒーを半分くらい、一気に腹の底まで流し込んだ。 ちっ、やっぱりいつもみたいに砂糖とミルクを入れれば良かった。 何年営業をやってても、このブラックコーヒーの味だけは慣れねえや。

後から来たやつが円卓に座るな

 内閣府男女共同参画局の十六歳から二十九歳を対象とした調査によると、女性の十三.六%、男性の三.六%%が痴漢被害を経験したと回答。  東京都という満員電車社会に限れば、その数はもっと大きくなる。    故に、痴漢被害を防ぐ方法について、早期より議論が行われてきた。  被害者の割合が高い女性によって。   「こうしてはどうか」   「ああしてはどうか」    防ぐためには、個人の力ではどうにもならない。  鉄道会社の協力。  男性の意識改革。  あらゆる角度からの支援が必要となる。    鉄道会社の協力。  一部成功。  女性専用車両や車内防犯カメラといった、設備が設置され始めた。    男性の意識改革。  一部成功。  痴漢被害を防ぐ方法の議論に、男性が参加し始めた。    着実に、世界は前進を始めていた。  しかし、状況が替われば、新たなトラブルも生まれる。   「こうしてはどうか」   「ああしてはどうか」    議論に参加し始めた男性たちが、とっくの昔に語りつくしたアイデアを、まるで新たなアイデアかのように発表するのだ。  そうなれば、過去に語りつくしたことを説明しなければならない。  過去に語った内容を、繰り返し説明しなければならない。   「こうしてはどうか」   「ああしてはどうか」    そして、時間が無駄になる。   「男性の方々は、議論に参加いただかなくて結構です! 議事録を読んで、過去の議論を全部理解してからにしてください!」    故に、女性たちの反発は必須。  否、反発と呼ぶことが適切化も疑わしい。  起こるべくして起こった物理法則。    で、あるならば、役に立たないと突きつけられた人間が離反するのもまた、起こるべくして起こる物理法則。  有限の時間の中で、果たして過去の議事録をすべて読むなどと言った膨大な時間を確保できる人間がどれだけいるのだろうか。   「こうしてはどうか」   「ああしてはどうか」    そして、議論は進んでいく。  女性だけで。   「こうしてはどうか」   「ああしてはどうか」    そして、議論は進んでいく。  男性だけで。    男性の意識と女性の意識が、別のレールを歩み始める。  互いに敷いたレールが、互いの進行を妨げる。   「何が正解だったのか」    誰かが呟いた。  突然動かなくなった状況の理由はわかるも、再び動かす方法をもはや誰も持ち合わせない。   「男が悪い!」   「女が悪い!」    使われなくなったレールを史跡として鑑賞しながら、議論によって前に進めることを諦め、ただただ夢物語に文句を垂れ流す方向へ進むのもまた、物理法則なのだろう。  新たな進行方向には、『楽』と書かれた扉が開いて待っていた。

Edgar had a break at them

Ed cut the right hand and the bed and bracket hit it, bro. The man had a better body and bracket we both have a driver right here that we have to have that boy head about that and go to Aberdeen that way have a IBD in Cuba have very happy bunny have a book of Boulevard by by Danny Buck I want to break a battery have the battery battery here that had a very have a bad head to unbreakable every day and how do I write it back for water above that big back and the back of paper we have to buy him back and delete and back and we have a back when we come buddy purple we have a back will have bad with that Barbie Barbie. We had to break up with that and the way how I’m bad with that. Wake up break will be dead bye-bye and Mark with that we have a bug right back Happy back. I’m not gonna worry, but how about every day at Buckberry have a back every every day how to go back, have a bad day and Mark had to cover that baby day with that at the bank that would be doing that with that I do care with that. We have a better way with that that that that I have that have a back buddy with that baby that I’m back to be with that bad buddy buddy you have a buckle water with that. We have a buddy with that at the bank but we have a buddy that’s a Mac that will be dead. That would be dead. We have a book without a that I’m broke, but we have out of a dead with that’s how you could be that Michael have a back up with that bike without a ditch buddy with a ditch pocket without a ditch That that I’m broke, but I have back bottle of a ditch to have what I have a very back that could come over with that really really that I’m back, about about break up, but that’s what he did with that with that. We have a book we have with that we have a double Dutch Buddy with double with that that that back to Broadway, Hannah may go to world I have about that be dead dead with that back broke that brother that will be dead but without a ditch that we have that would be David David ditch

Family day

 口を開けて滴り落ちてくる雨粒を舐めているサンデイのケツを蹴り上げると、フライは立てかけてあったボコボコの金属バットを掴み、手のひらを絞ってグリップを確認した。一本足になった椅子に器用に腰かけてコミック雑誌を読んでいたチューズは、胸ポケットから薄い櫛を取り出し、片手で髪を押さえてサイドを丁寧に後ろ撫でつけた。尻ポケットから指なしの手袋を取り出して手の感触を確かめるサンデイの横で、チューズは雑多な得物を肩掛けバックに詰め込んでいく。フライがバットを肩に部室棟の軒下から雨の中に歩み出ると、チューズもサンデイの背中を押し、自分は椅子に掛けていたキャップをふんわりと被った。 「やめろよ」  歩きながらまた上を向いて口を開けているサンデイを、ガムの包み紙を破りながらチューズは𠮟りつけた。 「好きなんだ。昔兄貴がさ」 「兄貴のことなんかほっとけよ」  だがグラウンドの泥を踏みしめながら、サンデイは話を続ける。 「親父が土産物で貰ってきたメープルシロップをいたく気に入ってさ。兄貴はどうしても独り占めしたくて、二階の自分の部屋に持って帰っちまったんだ。もちろんお袋には黙ってだ」 「てめえのママの話なんざそのでかいケツの隙間にしまっとけ!」 「おい、そんなもん振り回すな! いいか、とっとと校舎まで行こう。こんなずぶ濡れになりながら、喧嘩しちゃあ、何がしたいってんだよ!」  いらいらとしたフライが振り返ってバットを振り回しながら泥を蹴り上げると、チューズは慌てて飛び跳ねた。バットの先がヘッドギアにあたって、サンデイが一瞬よろめくが、足を踏ん張る。 「でもよ、台所からなくなったんでお袋はカンカンさ。その頃一人部屋をもらってたのは兄貴だけで、お袋は兄貴の部屋をさんざんっぱら探し回ったんだが、シロップの瓶は見当たらなかった」 「渡り廊下に屋根はいらねえって言った奴ら、これが終わったらついでにそいつらも締めに行こうぜ」  ようやく屋根のある駐輪場までたどり着き、チューズは帽子をその辺の自転車の籠に突っ込み、柱に取り付けてあった鏡でまた髪を整えた。サンデイは身体を熊のようにふるって水滴を弾き飛ばすと、急に誇らしげな顔つきになって胸を張った。どうやら話が佳境に入ったらしい。 「兄貴はお袋が部屋中を探し回るってちゃんとわかってたんだ。だから部屋の中には瓶を隠さなかった」 「お前の家族は全員大馬鹿野郎だよ」  サンデイが足を止めてチューズを睨みつけたが、チューズはバッグの中を開いて瓶をより分けていて気付かなかった。フライは大股に進むと、駐輪場からすぐの抜けられる体育館横の通路を進んでいった。体育館の扉を開けて涼んでいたバスケ部員たちが三人の姿にぎょっとして、慌てて扉を閉めた。 「瓶は窓の外にあったんだ。それもすぐには目につかないように、ちょうど桟の下になるところだ。兄貴はそいつを自分で独り占めして、自分のおやつにかけては食ってたんだ。俺たち弟はみんなそいつが羨ましかった」 「兄弟ってのはそういうもんだ」  珍しくフライが同意した。フライ自身が長男だからだろう。 「でもある雨の日、居間でアニメを見ていたら上から兄貴のバカでかい悲鳴が聞こえてきた。『やべぇ! 助けてくれ! いや、違う!』お袋は二階に駆け上がった。俺たちは外に出て、下から兄貴の部屋を見上げた。そしたら兄貴は雨の中、体を半分以上窓から出して何かを掴んでるんだ。そう、瓶だ。落っことしかけたところをすんでで掴んだんだな。でも瓶は傾いて、中身がトロトロ屋根伝いに流れ出してた」  サンデイはそこで言葉をきって、楽しくて仕方がないという顔で他の二人の表情を見渡した。フライは無表情だった。チューズは髪をいじって顎をかいた。 「悲鳴を上げる兄貴とそのズボンを引っ張るお袋を見ながら、俺たちが何してたと思う? 軒の下で口を開けて待ってたんだ! 屋根に沿って雨とともに流れてきたメープルシロップを、全身に浴びるために!」 「よーくわかったよ、糞くだらねえ家族と糞くだらねえお前の糞くだらねえ話だ」  校舎に入ったところで三人は足を止めていた。 「兄貴の悪口を言うな」 「うんざりだ、お前も、お前の話もな」  サンデイはもう鼻を鳴らしただけだった。手袋の拳のところについた鉄の鋲を打ち鳴らして上腕筋を揺すり、全身を硬直させた。チューズはバッグからいつのまにか取り出したラチェットを見もせずに手のひらの上でクルクルと回し、後ろ手で薬品の入った小瓶を掴んだ。 「済んだらいくらでもやらせてやる」  フライが静かに言うと、バットで廊下の先を指した。既に話を聞きつけた連中が集まり始めていた。 「お楽しみはこれからだ」  チューズの投げた小瓶から白煙が昇り始め、その煙の中に向かってサンデイは突進していった。 (お題:雨垂れ)

【超短編小説】「健康」

 男は会社で健康診断を受けた時、医者に「影の色が薄いですね」と言われた。「それって何かまずいんですか?」「まずいというか、まあ、夕方の道を歩いている時とか、下見たら、寂しいんじゃないですかねえ、ええ」「原因は何ですか?」「原因は、まあ、色々ありますがね、大抵は、ただ何となく生きているから、ってのが多いですかねえ、ええ」その日の帰り道、男は自分の影をまじまじと見た。確かに、色が薄い気がする。そこへすれ違った少年の影は、地面に黒々とした色を落としていた。「君は何のために生きている?」男は少年に尋ねた。「給食!」少年は男に答えた。一人暮らしのその男は、次の日から、毎朝、自分のためにお弁当を作ることにした。その時、ご飯に載せる海苔を、人間の形に切った。この海苔のように、俺の影も黒くなればいいと思いながら。やがて料理は男の趣味になっていった。そして、男のささやかな願いとともに、男の影の色は少しずつ濃くなっていった。

sound37 はらりはらり

──はらり、──はらり。 昨日降った雨は、とても綺麗な声をしていた。存在を大袈裟に主張することは決して無く、ただ只管に自身の生き方をしていた。妥協をせず、誰かにとっての不快であることを理解し、分別のついた理想的な生き様。 今日の雨は、とても人間染みた湿気を帯びていた。

正しい男

彼は生まれた時から正しかった。正しい行動をして、正しく育った。だから、彼は間違いを好まなかった。間違いを見つければ、彼はそれをすぐに正しく直した。彼の周囲は、全てが正しく整っている。彼は正しく、またその周囲も正しく、正しい世界になった時。 彼は1人だった。

海上

 真っ青な部屋。鳴り渡る時計の音。かちっ、かちっと刻まれ続ける部屋の中で、例えようのない気分とともに目が覚めた。見ていた夢は、一瞬にして泡沫へ消え去ってしまった。  部屋の隅から隅まで歩いてみると、約三歩分、三メートル四方の部屋らしかった。内側から見る限り立方体の、青い壁と青い床に青い天井以外には何も見当たらない部屋だ。家具らしいものは一切ない。ついでに、ここにいる理由もこれまでの経緯も見当たらない。何もかも闇の中へ葬られたように、思い出せなかった。  いっそ清々しい夢にすら思える空間に閉じ込められた事だけが、五感を通して見つけられる事実だった。  それでも一定の間隔で鳴り続ける時計らしい音に重なって、初めて別のノイズが走った。青い壁の一部から空気が抜け、扉のように一部がせり出してくる。十センチほど浮かび上がった扉の側面には青の塗装がなく、光沢のある金属が見えていた。扉が押し開かれた先には、赤と黒の軍服に身を包んだ四十を超えたらしい男の姿だった。 「起きたか。早速だが、お前の名前は?」  蓄えられた髭がもぞもぞ動きながら、掠れた低音の声がこだまする。 「いや、名前もなにも…ここはどこなんです?」 「記憶ごと失っているのだろう?詮索する癖は前と変わらんな」  言い当てられ苦い顔をしているだろう私の顔を鋭い眼光で射抜く男の表情は、寂しさとも悔しさともとれる、遣る瀬無い感情が見え隠れしていた。  その沈黙はしばらく続いたけれど、男はその太い腕で私の肩を掴み、引きずり始めた。抵抗すべきか巡る思考とは裏腹に、肩から伝わる力には温かさと、安心するような優しさを感じ取れる。  不思議な感覚だった。過去も自身の全ても現在の状況も何一つ分からないまま、男に引きずられるこの事態を、心の何処かは心地良いと感じていた。 「艦長!背後に敵艦を察知しました!牽制しますか?」  狭い通路の中で素早く近づいてきた軍服の男が艦長と呼んだ。艦長らしき男は僅かな逡巡の後、「後退だ。前方敵艦の追跡をやめ、後方の迎撃に備える」と告げた。  その光景には既視感があった。首を傾げる私に部下らしい男の目線が止まる。 「そちらはもしや…」 「そうだ。治療、とは呼ぶようだが、あれはもはやそのようなものではないな」  全貌こそ分からないが、私について話しているようだった。部下は敬礼の後、どこかへ消えてしまった。 「さあ、着いたぞ」  艦長の宣言と、錆びた扉の開く音が通路に響いたかと思えば、生臭い潮風が鼻を抜けていく。思わず立ち上がり、艦長に先んじて扉の向こうへ飛び出した。  青い天井、青い壁、青い床。奇しくもそれはあの部屋と同じ配色でありながら、どこまでも異なる空間だった。はるか遠くに伸びる水平線、一点の太陽の力強さを際立たせる青空に、私たちを運ぶ海原。五感を通して伝わる全てに全身の細胞が喜んでいた。 「サバラ・シモムラ。戦場へようこそ。この海の中で誰よりも最後に藻屑となることが、俺たちの仕事だ」  振り返り、軍帽のツバを抑える艦長の表情は獰猛で、鋭い目つきは海上を飛行する猛禽類のそれであった。 「喜んで。この海で死ねるなら」  自然と溢れた、嘘偽りなど微塵もない本音だった。藻屑となるその日まで、私の命はこの艦と共にある。心と体が、すでに納得していた。  艦長は、やはりどこか寂しげに、されどこの数分でもっとも輝かしい笑みを浮かべていた。 「やはり、変わらんな」  艦長の目端には、塩分濃度の低い雫が一滴のみ、垂れていた。

何も無い物語

机の上の花瓶。荒々しい油性マジック。ズタボロの私物。 そこは私の席だ。 「何故─?」そんな問いはとっくのとうに食らい尽くした。何度問おうが一生答えなんて出ないだろうし、それにもう疲れたから。だから、私は黙ってその花瓶を片付けて、散らされた私物を拾い集めて、机を必死に拭き取っている。そんな姿を笑って眺める影が数人。何がそんなに面白いのだろう。きっと、その問いも答えは返ってこない。それに、今更返ってきたって私は納得出来ない。 教師は役に立たない。あいつらは、面倒事を嫌って動いてくれないし、学校での立ち位置…所謂スクールカーストの高い奴の味方なのだ。親には、頼れない。父は蒸発して、女手一つで私を育ててくれている。そんな母に、これ以上迷惑はかけたくない。だから、学校だって休まない。 きっと、丁度いい標的だった。それだけなんだろう。涙もとうに枯れたけど、また水浸しになっている。いい加減、一辺倒に水なんてかけられたって、もう何も思わない。もう少し頭を使ったらどうなんだろうか。 ─ あぁ、あんな奴らにはその頭も無いか。 私にも、一応居場所はある。最近の休みはよく屋上に行っていて、そこには一人の男の子がいつも座っている。その子はこんな私にも好意的で、唯一この学校で居られる場所を与えてくれた。 ─ まぁ、だからといって何か変わる訳でもないんだけど。 最近楽しいことはあったか、なんて親に聞かれた時の話題程度にはなっているので、今日も通う。きっと物語なら、重要人物なんだろうけど、私にとってはそこら辺の人と大差は無い。 今日も明日も何も変わらないクソみたいな物語。 でも、傍から見たら可哀想な女の子の物語だのなんだの言って、勝手に感情移入するんだろう。 ここから起承転結勝手に唱えて、いじめっ子を気持ちよく成敗する夢を見るんだろう。 残念ながら、それは夢に過ぎない。クソみたいな物語だ。 これでも夢を見たがるの? 「ねぇ、読者さん?」

あいだ

「私のこと好きじゃん」 「……」 「え?」 風が戦ぎ、間が空いた 「うん」 「なんか、ごめんね」 また少し、冷たい風が二人の間を通る。 「…うん」 好きな人の好きな人は僕じゃない。  次の間は20年だ。 「ママ!さっきの人だぁれ?」 「あの人はね、私の好きだった人」 「パパは?パパのことはすきじゃないの?」 「パパはね、私のことがずっと好きな人だよ」 僕は、好きな人の大切な人だ。 あの頃の僕らの間には、可愛い可愛いこの子がいた。