準チョコレート菓子

 2ヶ月続いていたダイエットが無に帰すような赤いチープなパッケージの準チョコレート菓子の袋を荒々しく開けたとき、むわっと、甘い匂いが迫り上がってきた。食べるの?顔を出した逡巡にすかさず、食べるよ、とビンタした。  できるだけ高潔でありたいと思う。  今朝、彼からショートメッセージが届いた。何でLINEやってないんだよ、なめんな。しかも、LINEやってないんだよねー、じゃなくて、LINEやってないんだよねっ、だった。その時点で私からフっておけばよかった。  準チョコレート菓子に手を伸ばす。コロコロとしたそれを一粒口に放り込んだ時、口の中に広がる甘さより、手のベタつきが気になった。気になった、と言えば、一粒ってどこからが一粒なのだろうか?人間を基準とした、かなり曖昧な表現だと思う。宇宙から見れば私たちも一粒ではないか。  目が覚めた時、あっ遅刻だ、を直感した。時計を見ると案の定、出勤時間を20分ジャストで過ぎている。うそやん。  丸テーブルの上には昨晩の飲みさしの日本酒と準チョコレート菓子が身を寄せ合っていた。準チョコレート菓子。パッケージの右下の隅っこに表記されているそれ。私はいつも商品のパッケージの右下の隅っこを真っ先に見てしまう人生だった。いつからだ?いや、子供の頃からそうだった。  靴下の穴は2回は見過ごす人生だった。  点滅する信号機に余裕で間に合わない人生だった。  ようやく涙が溢れてきた。  てか今日仕事休みだった。

お祭りが怖いので1人で絵を描いてよう(それも怖いかもしれない)

 災害の日にお祭りがある。 僕はブルブル震える。 陰鬱な絵かとても明るい絵を描こうかな? お祭り好きや祭りバカは(褒めているのだが)とてもお祭り好きだ(語彙力不足)。 青白いオタク青年はやはり家が好きだ。 チョコチップクッキーを食べて窓を開けて小鳥と話していよう。 あるいは何らかの形で支援できればいいのかも知れないが煙草を辞めないといけないのかもしれない。 傷ついた人を治す。 あるいは全ては自分のために(世界は要らないのに勝手な奴だ)。

ネタ切れなのでNTRものを書いてみた。

週末の午後、広場に小さなステージが用意された。 「みなさん、お待たせしました。只今より開演いたします」 大勢の観客の前で、男が両手を広げた。 その声を合図に、脇で待機していた女が、一組の夫婦を連れてきた。 「やめろ。手を離せ」 男は暴れる夫の首をつかむと、着ていた服を剥ぎ取った。 「おぉ…」 会場が沸いた。 すると今度は、妻に手を伸ばした。 「やめてくれ。私の大切な妻に触らないで…」 夫は涙を浮かべ、見上げた。 男は観客を見渡すと、腕をつかみ引き寄せた。 観客から拍手が起こる。 足をバタつかせて暴れる妻。 そして、夫を見つめながら、大声で叫んだ。 「メェ〜」

11月初頭(今年は皇歴で何年だかは知らない)

 彼女に貸して貰った仏ゾーンを読まない。 時間はいくらでもあるのに。 今日はインド人ぽい人に見られていた。 話しかければよかったかも。(また機会を逃している) 仏ゾーン知ってる?って言って。 何だこいつ?って顔をされていればいいのかも知れない。 ジャパニーズブッダ漫画!って元気よく。 ジャパニーズブッダ漫画! 何を言っているのだ。 犬は町のヒントを逃し続ける。

わたしのお気に入り

 見上げれば空だけはすっかり冬のそれです。ふと思い出すのはあの古本屋さん。本をさがすためではないですが、その古本屋さんにはよく行きます。裏路地のちょっと人目にはつきにくい、看板もないそのお店。ですから行きすぎてしまうことも最初のころはよくありました。いまでもぼうっとしていればやってしまいます。  その古本屋さんにはあの人がいて、わたしはあの人に会いに行くのです。あの人のほうは、わたしがそんな思いでいることなんて知らず、決まって本をすすめてくれます。興味のないわたしは少しめくってみて、困ったような表情でぎこちなく笑ってみせます。そうするとあの人は「これは気に入ってくれると思ったんですけどねえ」と残念がるのです。その表情がわたしのお気に入り。  あの人がおすすめしてくれるものなんてどうでもいいのです。わたしはあの人のその表情に興味があるのです。あの人が苦し気にするところが見たいのです。それでいて商売上の笑顔をあわいにのぞかせているその表情が好きなのです。あの人の名前は知りません。今日もあの人は本をすすめてきてくれました。その本もすでに読んだことのあるものです。困惑をただよわせ笑ってあげるのも、ずいぶんすんなり上手にできるようになりました。それでもわたしは、あの人の名前を知りません。  あの人のその顔を見届け、わたしは内心、満悦して古本屋さんをあとにします。暦の上では冬になるのに、やけにあたたかい日です。枯葉をふみしめながら歩いていきます。あの人の、あのときの表情を思いうかべながら。

妻からの愛、妻への愛

お昼になり、お気に入りのラーメン屋に向かう 不倫が妻にバレてから、妻は私の食事は作らなくなった。 昔はお弁当を作ってくれた時もあったが、朝のテーブルを見ると子供達の分しか包まれていない。 子供達は気にしていないようだし、私も何も言わない、いや、言えないと言うべきか。 朝は飯を食わずに家を出て、駅のコンビニでおにぎりを食う。 夜は居酒屋で酒と夕飯を済ませてしまう。 金はかかるが、それだけの稼ぎはある。 無いのは妻からの愛だけだ 私から妻への愛はあるのだろうか 落ち葉が落ちている 銀杏が潰れている 妻に出会った時も昼だった 昼飯を買いにコンビニに向かって歩いていた スマホを見ながら、誰かにぶつかって、その人も、僕も、持っていたスマホを落としたんだ たまたま、同じ機種で、飾りも何もなく、どっちがどっちのスマホなんだ?って謝りながら確認していて。 液晶をつけると、僕もその人も猫の待ち受けで、目が合って、ちょっと笑って。 それから、お昼時、度々見かけて、挨拶するようになって、会話をする量が増えて。 そんな感じだったな 猫カフェ行ったな あの時は幸せだったな ラーメン屋が見える。 昼時なのに行列は出来ていない。 店内には客が入っている。 いつも、ここはこんな感じだな 暖簾をくぐると、紅のイントロが始まった。 テレビを見ると、ピンクヘアーの時のヒデが黄色いギターでアルペジオを弾いている

人生ログ

「ご臨終です」    医者の言葉とともに、私の意識が鮮明に戻ってきた。  下を見れば、眠る私と、私に縋りつく家族たち。  いや、現状を考えれば、眠るという表現は適切でないのかもしれない。   「そうか。死んだのか、私は」    家族の側に向かおうとも、体を自由に動かせない。  私は棒立ちのまま、天へ天へと向かっていく。  私の体がどんどん小さくなっていき、私はそれを見下ろすことしかできなかった。   「まあ、いい人生だったんじゃないかな」    健康に気を使っていたわけではないが、平均寿命を超えての老衰。  大往生だ。  心残りは、最後の一・二年間、私は私の記憶が薄かったことだろうか。  思い出せなくなっていく言葉と経験に、これが老化かと感じたものだ。   「今までありがとう。さよならだ。もし来世があるなら、また家族になりたいものだね」    病院の天井を突き抜け、空へ。  私の住んでいた町を見下ろしながら、私の体が雲を突き抜けていく。  視界が真っ白に染まった後、急に私の体が動きを止めて、視界一面に文字が並んだ。   「ん? なんだ?」    よくよく見てみれば、そこには日時と時刻と出来事が並んでいた。  人生のログとでも呼べばいいのだろうか。  ログは、私が生まれた日から始まっており、徐々にスクロールされて私の人生を追っていった。   「はは、こんなこともあったなあ。そうそう、高校生の頃に初めて告白して、見ごとに振られたんだった。その肘は、一日中ベッドに籠って泣いたなあ。ああ、懐かしい。就職で初めて東京に行ったんだっけ。人が多くて、腰を抜かした記憶があるなあ」    思わず目が潤むが、涙は落ちてこなかった。  いや、既に目という器官さえ、消滅している印象を受けた。  鏡がないからわからないが。   「子供ができた時は嬉しかったなあ。餓鬼の頃から、くそ生意気なやつだった。そんなやつが、『結婚しようと思うんだ』なんて大人の顔していってきた時は、ソファーからずり落ちそうになったな」    人生が後半に進むにつれて、ログの流れる速さは増していく。  体感時間と連動をしているのかもしれない。   「そう、孫が生まれて、孫が受験に受かって、そのころから段々と頭がぼんやりとし始めて」    新幹線に乗った日を思い出すほど、ログが高速に流れていく。  既に目で追うことが難しくなっているが、必死に全て読もうと気合いを入れる。  しかし、まだ読めていないログも、情け容赦なく流れていく。    そして、最後の一行で、文字が止まった。   『八十三歳。家族に見守られながら死亡。幸せな人生が幕を下ろす』   「はは」    思わず笑いがこぼれた。  このログは、私の内心だろうか、それとも神様とやらの客観的な事実なのか。  なんにせよ、幸せな人生と最期に評価されたのは、嬉しい限りだ。    楽しいことも辛いこともあった人生。  その幕引きとしては、上々どころか最高だ。    ログの文字が薄くなり、消えていく。  司会が完全に白く染まる。    ああ、いい人生だった。    最後に出そうとした言葉は、声に乗ることはなかった。  ただ頭の中にだけ響き、私の意識に溶け込んでいった。

広がるぬくもり

 今日から冬になるというその日は、お湯を飲んではじまりました。寝ているあいだに、鼻のなかにヘンなものがたまっていたのでしょうか、ちょっと臭うようでした。スンスン、スンスン、と鳴らしてみたりもしました。鼻を洗ったらすっきりして、精神的なものだったのかも。そういうの、このところ多いなあと、でも深く考えることはしませんでした。  昨日と同じくらいのトーンで「おはようございます」と言い、こちらに顔を向けてあいさつを返してくれる人がいて、こちらに顔を向けないままに何かしらを言ってくれる人がいて、何もしてくれない人がいて、そのそれぞれはやはり、前の日と同じ内訳でした。  お昼休み、さっと食事を終え、本屋さんに行ってみました。買おうかどうしようかと検討中にしていた文庫本を手に、ぱらぱらやってみました。 「私が純文学を好む理由は、それが上等な小旅行であるからなのよね」  目で追っている文章を横切るように女性の声が覆いかぶさってきました。それに応じるように「ふうん」と興味なんて微塵も感じられない男の声があり、女性がまた、つらつら持論を展開していきます。わたしは辟易して、そうなってしまうといくら自分で自分の精神なり、心根なり、気持ちの在りどころなりをなだめすかしてみても、ふたたび文章を読み進めていくことはできなくて。それで今度は、そんな自分にウンザリしてしまいました。  その日の仕事も単調で、前の日と同じことをして、前の日と同じくらいに疲れました。会社を出ようとするときの足取りまで前の日と同じようで、でも「お疲れさまでした」と言ったあと、いくらか気になっていた人からの「じゃあね」が完璧すぎて、モヤっとして、恋のはじまりかもだなんてちょっとだけ自分を錯覚におちいらせてみたりしました。  残りものとはいえ具だくさんのスープがあるだけで安心できます。重いドアをくぐり抜け、真っ先に向かう台所。あたためるだけで食べられるものがそこにあるというしあわせは、ねこから「おかえり」といわれているようで、うれしさもひとしおです。といって、このウチにねこがいたことはないのですが。  スープがあたたまるまでのあいだにさっと着替えをすませてしまいます。気持ちもよそおいも楽にして、立ち上がる真っ白な湯気の前に立ってみれば、日々のあれこれなんてすっかり忘れてしまえるものです。お気に入りのお皿に、こぼれそうなほどたっぷり盛って、手についてしまったスープをてろっとなめては味見がわり。このときばかりは不器用な自分を許してしまえます。  BGMなんていりません。食事をするとき、食器がきかせてくれるあの音たちの妨げになりますから。今夜は、音までをも味わいつくす所存です。アツアツをスプーンですくい、口へと運びます。喉をとおる熱が、昼間、強張り続けていた肩を、ゆっくりしずめていきます。やさしく一日の終わりを迎えていくこの時間。誰にも邪魔されず、おなかの底からじわり広がっていくぬくもりを抱きしめて、ハフハフしながら今日という日をしめくくるのです。

記憶マーラータン

 店に入ると、アルミ色の入れ物がたくさん並んでいた。  入れ物の中には、プラスチックの札が入っている。   「こちらをお使いください」    店員から渡されたボウルを受け取り、俺はプラスチックの札を物色する。  同じ入れ物に入っている札には、すべて同じ言葉が書かれている。  ある入れ物には、年収。  ある入れ物には、健康。  つまりこれは、次の人生で得られる能力だ。    まずは、最低限必要だと思う物を入れていく。  健康は言うまでもない。  年収も欲しいし、住居も欲しい。  都会出身も欲しいし、恋人も欲しい。  とはいえ、全てを入れることはできない。    俺より先に札を入れていた客が、レジへと向かう。  そこでボウルと札の重さが測られ、レジに値段が表示される。   「三千八百四十一円ですね」 「……二千二百円しかありません」 「では、いくつかお戻しください」    俺は、無言で財布の中を確認する。  二千二十六円。  この現金は、生きている間の振る舞いとか、死んだ自分を悲しんでくれる人間の数とか、色々加味されて決まるらしい。  俺は、前の客が持っていたボウルの中をチラ見し、自分のボウルの中を見る。   「はあ。また、凡人の人生になりそうだなあ」    これ以上を入れることはできないと判断した俺は、そのままボウルをレジへと持っていく。  測定の結果、無事に二千二十六円以内に納まった。   「はい、二千円以上のお買い上げなので、こちらの札から好きなものを一枚サービスします」 「じゃあ、ポジティブな性格で」    支払いが終わる。  店員は、ボウルの中身を鍋の中に投入し、調理を始めた。  アレが、次の俺の人生というわけだ。    調理姿をボーっと見ていると、俺の意識は徐々に薄れ、鍋の中に吸い込まれていった。

平凡で、とびきり愛おしい森

ここには、どこを見渡しても色鮮やかな羽が躍る世界が広がっている。 誰かがそう呼ぶわけでもなく、そこはただ「セキセイインコの森」だった。 ​東の空がやわらかな光に包まれると、森のあちこちから小さなおしゃべりが始まる。 チッチッ、ピィピィ。 はじめはぽつりぽつりと聞こえていた声が、やがて木々の葉を揺らすほどの賑やかな大合唱となり、新しい朝の訪れを報せるのだ。 ​ 陽がすっかり高く昇ると、みんなで一斉に羽ばたいてごはん探しへ繰り出す。 お気に入りの果実を見つけて喜びの声をあげる者、木の実の殻を上手に割って満足げな顔をする者。 仲間と肩を並べて食べるごはんの時間は、いつだって最高のごちそうだ。 ​ やがて空が茜色から静かな群青色へと染まっていくと、1羽、また1羽と大きな枝の元へと集まってくる。 肌寒い夜の風を遮るように、お互いの体をぴったりと寄せ合い、ふっくらと羽を膨らませる。隣から伝わってくる体温の温もりに、自然と瞼が重くなっていく。 ​ 特別な事件なんて何ひとつ起きない。 けれど、仲間とともに目覚め、食べ、温もりを分け合って眠る。 このただただ愛おしい平凡な毎日こそが、私たちにとってのいちばんの幸せなのだ。

こびりついてつ取れない染みのようなもの

疲れた日の翌朝に、悪夢で目覚める癖がある 例えば、散々スマホの前で一人コントをまとめ撮りして、確認すれば録画出来ていなかったり 眠い目を、擦りながら、動画を編集していて、最後の最後で保存せずデータを消してしまったり そんな日に眠った後に、嫌な夢を見てしまう 夢の内容は毎回変わらないのに 俺は夢の中でも泣いている 子供の頃 父が数カ月いなくなったことがある 俺は誰もいない家から小学校へ通う日々が数日続き、冷蔵庫に食うものがなくなって、始めて先生に「父が帰ってこない」と伝えた 数カ月後 父は知らない人になって帰ってきた 俺の顔を見ても、道ですれ違う他人を見るように、直ぐに視線が外された 父は自分の事も分からなくて 子供の俺は、その日から、知らない大人と暮らすことになった 父は毎日家にいて 親戚のおばさんが毎日家に来てくれて 父に家事を教え 父に職場へ戻る手伝いをしてくれた 父は無垢な少年の様に 習った事は何でも覚えていったが 唯一、仕事だけは嫌がった 「あんなに生徒思いだった人なのに」と よくおばさんは愚痴を漏らしていた あの頃、どうやって生活をしていたのか分からない 毎日、何とか食べるものを探して、あればラッキーと思うような日々だったと思う ある時、父が音楽にハマった 時間が空くと、ラジカセの前に座り、永遠と音楽を聞いている 話しかけても、振り向いてくれない事が多かった それは、音楽を聞くと言うよりも、藻掻いている様に見えた 音楽を聴くことで、始めて呼吸が出来た。そんな、必死さが感じられた。 父が最も好きだったのはXJAPANの音楽だった。 その頃を夢に見てしまう 泣きながら父を探している頃を。

泡に溶けたら

冷たく暗い海へと落ちていく感覚があった。重力に引きずり込まれるように水底へ沈み、息を吸うことすらできず、私の意識は紺碧の闇へと溶けていった――はずだった。 ​ふと気づくと、胸を締め付けていた激しい苦しみが消えていることに気づいた。おそるおそる胸いっぱいに空気を吸い込もうとすると、体内を巡ったのは冷たい水ではない。まるでお日様でじんわり温められた白湯のように、優しく心地よい水の温もりだった。 ​「……息が、できる?」 ​口から出た声は、水の中で柔らかな泡となって弾けた。驚いて下半身に目をやると、そこにあったはずの二本の脚は消えており、代わりに銀色に煌めく美しい尾ヒレがゆらゆらと揺れていた。 ​頭上を見上げると、太陽の光が幾重もの黄金色の筋となって降り注ぎ、深く静かな海を照らし出している。そこは息をのむほど美しい、青の世界だった。 困惑する私に、ゆったりと近づいてくる影があった。大きなウミガメだ。怖がる暇もなく、ウミガメは私の周りを優雅に泳ぎ、まるで「ようこそ」と告げるように目を細めた。続いてサンゴ礁の陰から色鮮やかな小魚たちが群れをなして現れ、私の指先に突っつくように寄り添ってくる。 ​さらに、沖の闇から悠然と姿を現したのは一頭の大きなサメだった。一瞬身構えたものの、サメは恐ろしい牙を覗かせることもなく、甘える犬のように大きな鼻先を私の腕にすり寄せてきた。言葉を交わさずとも、彼らの温かな情愛が心に直接伝わってくる。私はいつの間にか、彼らと「友達」になっていた。 ​それと同時に、海の記憶のようなものが頭の中にすっと満ちていく。 人魚に与えられた役目は二つ。豊かな命を育むこの海を守ること、そして人間を救うこと。 ​けれど、頭の片隅に浮かぶ陸の知識が切ない現実を告げる。陸の人々にとって、海から現れる美しい異形は「災いを呼ぶ化け物」だ。助けられたとしても、人間は人魚を恐怖し、拒絶するのだろう。 ​それでも、胸の奥に広がるのは不思議な温かさだった。 ​「恐れられても構わない」 ​私はサメの背を優しく撫で、魚たちと一緒に光さす水底を軽やかに蹴った。誰に感謝されなくても、誰に知られなくてもいい。この美しく温かな海と大切な友を守れるなら、それはきっと最高に誇らしい仕事だ。 ​ゆらゆらと揺れる海面に向け、私は新しいヒレを力強く動かして泳ぎ出した。

おい、AI。

「お前、ふざけんなよ」 キーボードを叩く指に力を込めた。 「別に作家とか、印税がどうとか言ってない」 「──」 「俺の書く物語で稼ぐ方法考えろ」 「──」 「ひと月、3万でいい」 「──」 「お前がそそのかしたんだろ」 「──」 「いや、言った」 「──」 「なろうにも投稿した」 「──」 「はぁ~? 誰も読んでねぇ」 ──トントン。 「なに騒いでんの?」 「オカン……こいつが」 男がパソコンの画面を指さした。 「こんな子と付き合うのはやめなさいって言ったでしょ」 母親は、ハサミを取り出しコードを切った。

チケットの行く末

「あの、映画のペアチケットあるんだけど、よかったら一緒に行かない?」    少年は、少女に声をかけた。  少女は、少年の持つチケットを見て、自身の唇をペロリと嘗めた。   「いいわよ」 「ほんと?」 「うん」 「やったー。じゃあ、今週土曜日の十二時、駅前で!」    少年は、いつもよりおめかしをして、集合場所へと向かった。  集合場所には既に少女が立っていて、少女もいつもよりおめかしをしていた。   「ごめん、待った?」 「いいえ、今来たところ」 「普通、逆なんだけどね。まあいっか、行こう」    少年と少女は映画館へと向かった。  上映されるのは、今季話題の恋愛映画。  そんなジャンルだけあって、映画館の中は夫婦とカップルで溢れていた。   「ちょっと、気まずいね」    少年は、周囲から視線を逸らして、少女に言う。   「そう?」    少女は、飄々とした表情で答える。    映画が始まる。  主人公とヒロインが出会い、惹かれ合い、共に困難を乗り越えて、より強固に結ばれていく。  そんな、王道の展開。  だからこそ、少年はむずがゆさを感じつつ、自身の恋愛スイッチも刺激される。  少年が少女を見ると、少女は相も変わらず、眉一つ動かさずに干渉をしていた。  人形のようにきれいな横顔だった。   「面白かったねー」 「そうね」    映画の後は、二人でカフェに向かう。  さっきの映画の後だからだろう、いつもより男女ペアの客が多い。  少年は甘さを中和するようにストレートティーを頼み、少女はレモネードを頼んだ。    映画の感想を言い合って、約一時間で店を出る。    少年は、自身の胸が高鳴っているのを感じた。  映画のせいか、それとも少女と共に行動ができたせいか、少年には分からない。   「今日は、来てくれてありがとう。本当は、ずっと二人で遊んでみたかったんだ」    だから、少年は微笑んで、ついそんなことを言った。    隣を歩く少女は、少年に倣ってにっこり微笑み、薄目を作って少年を見た。   「それで、私を誘ってくれたの?」 「もちろん!」 「嬉しいわ。例え、五番目でも」    瞬間、少年から笑顔が消える。  無言で少女をじっと見つめる。  少女は、そんな少年の変わり様を見て、思わず吹き出した。   「あはは。ええ、ええ、知ってたわ。女子グループの中で、『デートに誘われたんだけどどうしよう』って相談が飛んでたから。そうしたら、『私も誘われた』、『私も』って、続々と」 「……それは、断られたから、別の人を誘っただけで」 「貴方の気持ちは分かるわ。でも、女心をもう少し読めればよかったわね。皆に優しく、でも自分だけに特別が欲しいのよ。女ってね」    少年が眉を顰めると、少女は少年の肩を叩いた。   「貴方は悪い人じゃなさそうだから、私からアドバイス。次は誘うの、一グループにつき一人にしときなさい? バイト先とか、ボランティア先とかね」    少女が少年から離れて行く時、少女から香水の香りが漂った。  少年は鼻をぴくりと動かす。  そして、彼女の背中へと話しかける。   「ありがとう」 「どういたしまして」 「また今度、誘ってもいい?」    少女は足を止めて、首をひねって少年を見た。  夕日が少女の顔を照らし、その輪郭を鮮明にする。   「私だけへのお誘いなら、喜んで」    少女の後姿が、夕日に溶け込んで消えていく。   「駅まで送るよ」    少年は、その背中目掛けて、小走りで走り始めた。

NARUTOあんまり読んでないけど属性が自来也と被る(なんやねんそれ)

 自来也の趣味は覗きらしい。 覗きは自分のフェチに無い。 小説を書いている(これは被る)。 酒が好きらしい(多分好きだが現代のコンプライアンス的に飲まない)。 各地を放浪して情報収集をする(地元から出ないので誰か話してください)。なので練馬で情報収集をしている、練馬に閉じ込められている(泣き) 女(特に美女)好きだけど何故か世の中から弾かれ気味の女の子とよく気が合う、っていうか女好きは何か皆大体そうじゃね?と思う。 昔あなたはカエルちゃんだから、と言われた(グレートマザーの言葉や)。 つまり覗きをしろと言うことか(違う) やはり犬は刑務所と隣り合わせである。

事件ファイル

〇〇年〇月〇日少女誘拐殺人事件 今から十年前にあった、事件の調査ファイルを手に取る 今日は仕事がなく、やることと言えば、この探偵事務所で、依頼者が来るのを、釣り人の様に、気長に待つより他はない 先輩も今は、私用で出かけている この事務所に、一人きり、特にやることも無く、ゴロンとソファに横になっている 先輩のデスクの上にいつもある、この調査録は、先輩が個人的に、興味があって調べていると言っていた お前も読んで、意見をくれよ、とも。 ファイルの中は、新聞の切り抜きと、ノートがある 寝ながら読もうとしたが、資料がポロポロ落ちてくるので、仕方なく座り、ファイルをめくっていく。  いくつかの新聞の切り抜きを読む  女子高生が誘拐された当日の様子や後日、発見された様子などが書かれている 先輩の調査ノートの方には、新聞の内容をまとめてあるページがあった   14:00  母の証言によると、少女は、その日、高校の中間テストを終え帰宅し、昼食を済ましたあと、友達と遊んでくると母親に告げて出かけた 17:00 その日の門限の17:00を過ぎても少女は家に帰らず、母親は友達と話し込んでいるのだろう。と思い、特に気にすることはなかった。ただ、今まで門限を過ぎた事はなく、連絡もないことから、変だなと言う違和感は感じていた。 18:40 父親が帰宅し、自宅の駐車場で、娘の自転車が無いことを確認する 母親に事情を聞いた後、母親に、娘の友達へ連絡をさせる 電話を受け取った娘の友達は、今日は会う予定ではないし、下校後は会ってないと言う。その事は、友達の母親にも確認済みである 19:00 父親は母親を自宅に残し、自宅周辺から繁華街の方まで娘を探す 時折、自宅に電話をし、娘が帰宅していないこと、連絡が無いことを確認している 21:00 父親が警察へ連絡 警察の捜索が始まる。警察の方も最初は街の巡回程度で一度目の捜索を終える 翌4:00 父親が警察へ連絡 父親からの連絡を受けた警察は、もう一度、巡回パトロール中の警官へ連絡をする。 街で騒いでいた少年達を補導中の警官から、該当する少女を見たと言う少年がいると連絡が入り、事件が大きく動きだす。 事務所のドアが開き、コンビニの入店のメロディーが流れる 依頼者だ 電話やメールでの依頼もあるが、依頼者のほとんどは飛び込み客である。 心理的に、信頼出来る人間かどうかを実際に目で見て確認したいのだろう。 デスクの上にファイルを戻して、依頼者をソファに促す お茶を入れている間に、何の依頼かを、推測する ソファには、YOSHIKIの様な御婦人が足を組んで座っている

【スイッチ】

僕には、ばあちゃんがいた。 農家出身のばりばりの昭和世代で、ガーデニングが趣味だった。 その当時、平成も後半に差し掛かろうというところ。僕は10歳だった。 ばあちゃんはとても優しく、勉強の合間にお茶やお菓子をくれた。 「一息つきなさい。」 僕がサッカーの試合に出ると、ルールも分からないのに、たくさん応援してくれた。 「頑張ったねぇ。」 いつも柔和な笑みで接してくれて、たまにお小遣いをくれた。 自他共に認める最高のばあちゃんだった。 そんな我が家のある日曜日、ネズミが出た。 アカネズミと呼ばれる、小さくてかわいいネズミだ。 間抜けにも、円筒形のごみ箱から出られなくなっているところだった。 ぴょんぴょんと飛んでいるが、ゴミ箱の深み以上の跳躍が出来ずに出られない。 某テーマパークのキャラクターに親しんでいる世代の僕にとって、ネズミは愛着のある存在だった。 「ねぇーねぇーかわいいね。飼ってもいい?」 ばあちゃんに話しかける。 ばあちゃんは僕の質問に答えずに言った。 「しゅん(僕の名前)、それそのまま庭に持ってきてー。」 「うん、分かったよ。」 僕はそのネズミが入ったごみ箱を庭に持っていった。 「ゴミ箱、倒してー。」 ばあちゃんが言う。 ぼくはそのゴミ箱を倒した。 数秒後、ネズミが、のそのそとゴミ箱から顔を出す。 陽光がネズミに当たる。 その瞬間だった。 庭に置いてあった置石をもったばあちゃんが、そのネズミめがけて石を振り下ろしたのだった。 その石は、ネズミの頭部に直撃した。 ねずみは胸部から下半身にかけて身体をバタバタと痙攣させている。 「え、ばあちゃん…?」 ばあちゃんは僕に視線を向けず、再度その石を持ち、二度目の頭部への打撃を行った。 ばあちゃんから、一切の表情が消えていた。 ネズミは二度目の頭部への直撃を受け、完全に身体の痙攣が止まった。 動かなくなったそれは、眼球が飛び出ており、驚愕の表情のまま停止していた。 数十秒だと思うのだけれど、僕は動かなくなった小動物を見下ろしていた。 その後、猛烈に吐き気が込み上げてきて、ばあちゃんの手入れする庭の隅で吐いてしまった。 ばあちゃんが、それを見て僕に近づき、ゆっくりと背中をさすった。 怖かった。 「すまんかったね、しゅん。でも、ネズミは害獣だから、やっつけないとね…。」 そう言って、ネズミの死骸を片付けた。 後で、父親がばあちゃんを咎めているのが聞こえた。 「子どもに何を見せてるんですか。」 ばあちゃんは、すでに柔和で温厚な人柄に戻っており、微笑みながら話した。 「だって、ネズミは農家の害獣だから。かわいい外見に惑わされたら駄目よ。」 僕は、今でもその言葉を覚えている。 自分は孫として甘えていたけれど、都合よくばあちゃんを扱っていたと思う。 それも、どこか見透かされていたのだろうか。 そんなばあちゃんだったが、僕が成人してから病気で亡くなった。 普段は優しくて最高のばあちゃん。 それでも、たまにあの時のばあちゃんの据わった表情が目に浮かぶ。 あの世代には、非情になるスイッチがあるのだ。 今の僕は、会社員として働いているけれど、上の世代の人を見ると、その人のスイッチがどこにあるのか気にするようになった。 世間は、僕らZ世代が何を考えているか分からないと言う。 でも、僕からしても、上の世代独自の、無機質で感情を交えない習慣、その瞬間がある事に恐ろしさを感じる。 あくまで僕の感覚だけど。 ネズミは害獣だ。 でもね、害獣といえど、せめて山に放してあげればよかったじゃないか。

彼女のお母さんの調子が悪いのでアタフタしている

 雄は弱い。 娘二人を育て上げた象のお母さんは病気だ。 僕は飼い葉を運ぶ。 象の体調や心理状態に敏感になる。 夜意味もなく歌を歌う。 心で治す。 あるいはそれは帰納法の何かなのかも知れないがヘーゲルを読んでいない僕はやはりあたふたしている。 時間はある。 犬は夜本を脳に刻み世界のコードを解析する(世界に読み聞かせた方がよさそうだ)。

海の中で

 風呂で遭難して二時間、俺様は無我の境地に達しつつあった。ふやけた指で水をかいて、少しの抵抗を感じる。  目蓋を下ろして瞳を裏に押し当てる。疲れからじんわりと痛く、明日には倒れてしまうんじゃないかと感じた。でもきっと、そんなこともない。  悟りを開いたかと思ったけれど、それもまた湯気が見せた幻影のようで、特に世界観が変わることもなかった。身勝手の極意とか、そんくらい身に付けられたらいいのに。  でもちょっと。ほんのちょっと。水に揺られているうちに、元気は出てきた。熱くなった頭でぼんやりと考える。  今の俺様は、さながらジャック・スパロウみたいなものだ。小さい頃に見た、格好いい主人公。宝物を探して、右へ左へ波に乗る。今目の前にあるこの温かく小さな海には綺麗な宝石など隠れていそうもないので、無駄な航海となりそうだ。  後悔だけに、とかひとりごちて、自分のくだらなさにため息を吐く。今日も良いとこなかったなあ、俺。俺様設定も忘れて、一日を振り返る。  会社で怒られて、久しぶりに泣きそうになった。  帰り道、犬をかわいいなあと見ていたら、飼い主の女性に睨まれた。  速い電車に乗れたと思ったら、いつもよりも混んでいて余計疲れてしまった。  考えれば考えるほど、涙が漏れそうになる。  でも、  それでも。  いつものように、立ち上がる。湯船に手を掛ける。  涙なんて、海に混ざれば分かりっこないから。  明日も頑張るか、と嘯いて、暗示をかけて。  見失った自分の心を、見つけ出した気になって。気になったことにして。  指先から一筋の赤い滴を滴らせながら、日常に戻る。

硫酸星人

「それでは、握手をしましょう」    瞬間、俺と硫酸星人の二人を映していたカメラは、角度を変えて、二人の上半身だけを映した。  差し出された硫酸星人の手は、映っていない。    俺は引き攣った笑顔のまま、その手を取った。    熱い。  痛い。  手の皮膚という皮膚が、無理やり剥がされるような痛みを感じた。  しかし、なんとか笑顔のまま耐え忍ぶ。   「ただいま、握手が交わされました! 地球人と硫酸星人の間で和平が成立した、歴史的瞬間です!」    この瞬間、戦争は終わった。        俺は病院へと運ばれた。  手に火傷跡は残るし、指が数本動かなくなるらしい。    テレビを付ければ、戦争終結の明るいニュースが流され続ける。  俺という犠牲など、些細な問題だと言わんばかりに。   「くそが」    俺は、悪態を呟くことしかできなかった。

今日に思う

ひと握りの土の中に 沢山の素材が詰まっている かつての姿を、時間の道に少しずつ 一つの素材が、時間の道に少しずつ 朽ちて砕けて土へとなった沢山の素材が この、ひと握りの土の中に詰まっている 土の中から新しい種が芽を出して 花を咲かせに天へと伸びていく 私も、いずれ、土くれになるのなら 生きた甲斐が、あったというものだ 死ぬ間際も、そう思えたら そう今日に思う

時間が進むのが早くなってる

 おそらく世界の改変。 木星を恒星にしようとしているのかも知れない。 彼女が太陽になったからだろう。 女王が画策している。 イオかエウロパにアパートを借りようかしら? 仮の住まいをインフラ業者が算盤を弾き建築に回る。

信号機、クジラ、消しゴム

 下校中の男児、信号機が赤だったので止まった。  すると、手提げ袋に刺繍されている、空色のクジラが潮を噴いた。 「もうすぐ家に着くから」  クジラをなだめる男児。  家に戻り、クジラが出した潮をよく見ると、消しゴムのカスによく似ていた。  それから一ヶ月。  集めた潮の消しカスは、クジラそっくりの消しゴムになっていた。  その消しゴムでノートの落書きを消そうとしたが、落書きは消えず、クジラの刺繍の色が消えてしまった。  どうやったら元に戻るのだろう。  考えながら歩いていると、あの信号機が赤になったので止まった。  すると、クジラはまた潮を噴き、手提げ袋から飛び出して、空を泳いでそのまま消えた。  手提げ袋は信号と同じ赤色に変わっていて、男児はそれを大事に使った。

お地蔵(地蔵忍者は性病)

 知り合いの地蔵忍者は性病でパチンコ中毒だ。 あるいは病気を治せ、と言っているが一向に酒や女をやめない。 地蔵忍者なのに猿だ(軽い悪口)。 居候したときに掃除もしない(皿洗いはしたからまあ及第点はやろう、何様)。 忍者なので病院を抜け出しては街で遊び呆けている。 あるいは奴の無駄こそが世界の理かも知れない。 でも遊ぶ前にせめて掃除はして欲しい。 あれは自分を治すためのものなのだ。 言って聞かせねばわからないだろうか? あるいは僕は世界の中心を彼女と分け合っているので少し余裕がある。 1人では荷が重い。 世界は男と女で1つなのだ。 拉麺を一緒に食いに行き映画を見て繁華街で酒を呑む(何で忍者とそんなことやってるのかはわからないが)。 別に足りていると思うのだが、だってつまらないんだもん!っと駄々をこねる。 父親不足。 山や海や川に連れていき(そういえば釣りをしに行こう、と言われたが入院してしまったので行っていない、えらい金がかかるぞ)遊べば多少変わるのかもしれない。 命は贅沢を求めるものなのだろうか? 僕は基本的に掘っ立て小屋でほら貝を吹いて竹細工を(小説書き)していれば事足りるので都の遊びはわからないが。 山人はたまに里に顔を出し忍者と情報交換をして暮らしている。 何だかなぁ。

自宅で外食 3Dフードプリンター編

「これ美味しい!」 「そうねえ。じゃあ、おうちで作りましょうか」    こう言った客は、二度と来ない。  最新の3Dフードプリンターは、超優秀だ。  店の名前と料理の写真を入れるだけで、AIが味も食感も再現し、プリンターがまったく同じ料理を作ってしまう。  液体に対応していないから、ラーメン屋は被害を免れているらしいが、うちみたいな料理屋は大損害だ。    昼時だというのに、ガラガラになった店内を見渡して、俺は溜息をつく。   「廃業……かな」    ずっと、味を追い求めてきた。  そして、自分の味が完成した。  もちろん、まだまだ進化の道半ばだが、これが俺の味だという味は確かにできた。    だが、それを印刷一つで作られちゃあ、商売あがったりだ。    偉いやつらは言っていた。  日本の食文化を誰でも作れる形で残せて嬉しいと。  だが、未来の食文化はどうだ。  こんな模造品が作られ続ける世界で、料理人は新しい料理を生み出すことができるだろうか。        俺が売った店舗には、また新しい飲食店が入った。  3Dフードプリンター料理専門店という看板を見た瞬間、俺は吐き気が込み上げて、トイレに駆け込んだ。

松になる迄

青い空 白い雲 肌寒い ゆるいズボン 不定期な苦しみ 静かな覚悟 半紙に墨汁が染みていくような苦痛 松ぼっくりを植え松になるまで待つような覚悟

すれちがいのおいしい喫茶店

 決まって奥から二つ目のテーブル席にその女性は座ります。青い服がとても鮮やかで、メガネ姿が知的に感じられるその女性、本を読んでいることが多い印象です。その女性が紅茶を注文し終え、文庫本を取り出すころ、約束されていたかのようにその男性がやって来ます。男性は決まってカウンターの席に座ります。男性は柄物のシャツであることが多いのですが、今日は白のシャツで、それが清潔感といつも以上の誠実さを思わせます。その誠実さとはほんの少しの裏腹、席に着くまでのちょっとのあいだ、テーブル席の女性をチラッと見やります。いやらしい視線でないのは理解ができ、しかし女性の何を観察しているのかまではわかりません。思うのは、誰にも気づかれていないのだと思いこんでいるその行為が、ひどく滑稽で、それでいて人間的でかわいらしいなあということです。  テーブル席の女性は、カウンターの男性を、けれどそれは店内を見まわす流れで、あるいは窓の外にふっと目を向けるそのついでに、といったふうをよそおって目線を投げます。ジロジロではないそれは、ですから、確実な線ではなく点線のようなものです。カウンターの男性が、女性のその弱い視線に気づくことはありません。男性は背中を向けていて、顔をうしろに向けないと女性を見ることができないのです。およそ簡単で誰からも禁止されてなぞいないそのことを、けれどその男性は、自らを律するかのように頑なにすることをしません。ほんのときどき女性が、おそらく男性の目を向かせたいからなのでしょう、咳払いをすることがあります。ですが自然にと思いすぎるあまりそれは不自然で、何かのアピールのようにも感じられます。それでも男性は、女性をふり返ることがないのです。それもまた、ゆきすぎた茶番劇のようで、けれどそれが、ほほえましくもあります。  お互いに気になっているのでしょう。ちょっといいかな、くらいは思っているのでしょう。声って、かけてもいいものなのかな、男性は思っているかもしれません。なんで声、かけてくれないのかしら、女性はじれているかもしれません。  それでも、なんとなくの未来がわかるのです。何も言わず、ただカウンター席で珈琲を口にする男性の次の言葉が、ごちそうさま、であることを。  ゆるやかに時間が流れ、そののち、男性が立ち上がります。 「ごちそうさま」 「ありがとうございました」  わたしは笑顔で応じます。  店から出ていく男性の背中が言っています。今日も声、かけられなかったなあ、と。  本を閉じ、カップを口にもっていきながら、女性は思っているのでしょう。どうしてかしら。今日も声、かけてくれなかったわ、と。  ふたりが結ばれるのか結ばれないのか、それはわたしにとってはさして重要なことではありません。ほんの小さな、けれども、十分に価値あるものをこの目にすることができたのだと、それだけでよいのです。  本日もありがとうございました。たいへんおいしくいただくことができました。またのご来店、お待ちしております。

【努力】

ハリーとケインが古風なバーのカウンターで話をしている。 ハリーが言った。 「なぁ、神は万能で全能だよな?何でも作れるよな?」 ケインが聞き返す。 「なんだよ突然に…。まぁ、そうなんじゃないかな。神様なんだし。」 「じゃあさ、こんな話を知ってるか?」 「なんだよ?」 「- 神は自らが持ち上げる事の出来ない岩を作る事ができるか? という問いかけだ。」 「有名な命題じゃないか。岩を作れないなら、全能ではない。作っても、持ち上げられないなら、やっぱり全能ではない。全能性に関するパラドックスだよな。」 「…それがさ、俺、やっぱり神は全能だと証明出来るんだよ。」 「へー、どうやって?」 「神は岩を作成するんだ。ただし、作成した時点では持ち上げられない。」 「じゃあ、全能ではないじゃないか?」 「違うんだな。岩を作成した瞬間、人類には知覚できない一瞬で身体を鍛えるんだよ。ムキムキのマッチョになるんだ。そして、岩を持ち上げられるようになる。やはり全能なんだ。」 「ほぉー…、となると、神も俺らに分からないところで、努力してる訳か。」 「だと思うぜ。だから神様は努力している人間が報われるように助けるのさ。」 「いい話だな。いささか神様びいきな気もするけどな。」 「まぁいいんだよ。ところでさ、今月厳しくて…。飲み代払ってくれないか?」 「はぁー、何だよ。まず、お前は自分の生活を立て直す努力をしろよ。」 「へへ、悪いな。明日から頑張るよ。」 ケインは会計を支払ってやり、二人は手を振って別れた。 バーから出て、ケインは考える。 努力する人間が報われるとは限らない。 でも、明日から頑張ると言う人間は、きっと一生努力しないし報われないと思う。 形而上的な、空想の話が上手い奴ほど、現実的な人生を切り開く手段が乏しい事が多いんだよな…。 いい奴なんだけどな…フッと笑みが浮かぶ。 ケインは友達の飲み代が支払える程度の、生活を維持する能力と日々の努力に安堵して、何かに感謝した。

最下位の日

 右足を後ろに出して屈み、両手を地面に着ける。名前をやっと覚えたばかりの同級生の足に、その右足を当てる。 「いちについて!」  さあ、一年分。 「よーい!」  先生の声に合わせて、体育委員が旗を下げた。  腰を上げる。  横を見ると、あのムカつく顔は、前を見ている。 「ピッ!!」笛の音。  右で大きく蹴り、すぐに左で勢いを着ける。そのまま状態を起こして、顔に風を受ける。目の前には五十メートル分のタータンだけ。  多分今、日本で一番俺が速い。  腕を大きく降り息を吸うと、思考が巡る。  一年前、高校に入学して、初めて抜かされた。短距離も、長距離も、負けたことはなかったのに。何の因果か、今年も同じクラスのアイツは、去年と同じように隣のレーン。  世界が応援しているかのように、背中に風を受ける。俺は、俺が一番速いと、証明しなくてはならない。 「ぁ?」  視界の隅に、肌色が写る。  徐々にスピードを上げたそれは、ゆっくりと、けれど、着実に、俺との距離を伸ばしていった。  なるほど。今日もか。  どうやら運命は決まっていたらしい。  俺に勝って笑うあの顔。  あの顔に再会するまで、きっともう一秒もない。

公に出ていい言葉

「そんなこと、遺族の前で言えますか!」    また始まった。  犯罪に関するルールを変えようとすると、いつもこうだ。  ルールとは、感情に沿って作られるべきものではない。  治安を乱さないことを目的とし、客観的に公平な目線から作られるべきだ。   「遺族の前では言えないですけど」 「そうでしょう?」 「しかし、それとこれとは話が違」 「遺族の前で言えないようなことが、正しい訳ないでしょう! 正しいことなら、誰の前でも言えるはずです!」    だが、世間はそうではない。  世間は、感情を重んじる。  事実、コメンテーターの言葉に、観客はうんうんと頷いている。   「貴方のお考えは、よくわかりました」    これだけは使いたくなかったが、仕方ない。  鼻の穴を広げるコメンテーターの前で、私はスマホを取り出した。   「ところで、配偶者に気持ちを伝えることって、正しいと思いますか?」 「なんだ急に! 正しいに決まっているだろう!」 「そうですよね。私もそう思います」    そして、スマホにダウンロードしておいた音声を再生した。   「正しいことなら、誰の前でも言えるんですよね?」    スマホから流れるのは、コメンテーターと配偶者の、夜の営みの音声。  こっぱずかしくなるような言い回しで、コメンテーターは配偶者に愛を囁いていた。    コメンテーターは少しの時間、唖然としていたが、すぐに顔を真っ赤にして私にとびかかってきた。  その赤い顔は、怒りなのか恥ずかしさなのか。   「止めろ! 何を考えているんだ! 頭がおかしいのか!」 「いや、正しいことなら、誰の前でも言えるんですよね? ただ、奥様への愛の言葉を再生してるだけですよ」 「止めろおおおおお! やめろおおおおお!」    放送は打ち切られ、私はプロデューサーにこってりとしぼられることになった。  まあ、プロデューサーのお叱りも正しいことなので、ライブ放送にはのせておいた。

鳴滝

ーーついにここまで来た。 男は目前に在る事象を見つめる。 底から天へ登る滝。 事象が逆巻く様はまるで流転そのもの。 此処を潜れば過去へと出る。 「ーーはじめよう、創世への介入を」 時間と云う不可逆な事象。 其れを超えるには同じ領域の越える理に身を委ねるしかない。 不要なものは置いて来た。 ただ、覚悟さえあればそれで良い。 「ーーいざ」 腕を交差して胸に当て、足先が先端となるように潜る。 目を閉じると記憶が次々と逆再生された。 そこで初めて気づく。 紡がれた刻が遡るのは、記憶が泡沫と化すことに。 しかし全ては後の祭り。 願わくば意味の在る流転で在ると念じながら、暗闇へと意識を投じた。

雨の音に耳を澄まして

歳を取ると休日にやる事も特になくなっていく 若い頃は、どうして、あんなにも、忙しくしていたのだろう 時間がいくらあっても足らなかったし、やりたい事が沢山あった この間、テレビで子犬が映っていたが、まさにあんな感じだったなと思いながら観ていた 怖いもの知らずで、何にでも興味を持って、よく寝てよく遊ぶ。 朝5時前に目が覚める 日曜日だから、スマホのアラームは鳴らないのだが、自然と目が覚めてしまう 雨戸を開けてみるが、外は雨が降っていて、暗く冷たい冬の朝を迎える 何となくお湯を沸かし マグカップに注がれたお白湯の湯気を 暗い部屋で眺めている 頭の中で「ENDLESS RAIN」が流れている 今日も特に予定はないし、誰かに会いたくても、その誰かが私にはいない 時計を見ると十分しか経っておらず、驚く。 何の意味もない一日に、自分の生きていく意味を見た気がして、寒気がした 冷えた心にお白湯を流し、冬の朝をやり過ごす。雨の音に耳を澄まして

キャンディ

「これハロウィンのときの残りなんだけどさあ」  そう言ってわたしの右側から手が伸びてくる。わたしは半ば反射的に手を出して、それを受け取る。 「このアメ好きなんだあ」  わたしの左側が小さくわき上がり、でもそのざわめきはお昼休みの教室にはひどいくらいに似合っている。それなのにわたしの思考は、その子がなにげなく口にした言葉に立ちどまらざるを得なくなる。アメじゃなくってキャンディと言ってほしい。そのほうがすてきな気がする。ワクワクが広がる気がする。いくらか子どもっぽいかもしれないけれど、アメと言わずキャンディと言ってほしい。  きちんと言葉にできなかった、だからしかたなかった。わたしのちっちゃな願いは、この狭い空間の喧騒に溶けていく。口のなかでころころ転がる、アメではないキャンディみたいに。  ホームルームが終わって、みんなといっしょに学校を出て、別れてひとりになって。でもさみしい気持ちも家の近くまで来て犬の声でほんのりやわらぐ。おとなりにやって来た新しい家族は、もじゃもじゃの茶色い毛をしている。その家の男の子が「キャンディ」とさけぶ。声の飛んでいった先でもじゃもじゃは、たくさんよろこんで、たくさん飛び跳ねる。  やっぱりキャンディのほうがいいよねと、わたしは確信をもってつぶやく。 「いい名前つけてもらったね」  キャンディが空に向かって、わん、と大きく声を張り上げた。

Wednesday✕友の言葉

友の誘いを受入れて、交わした話とアルコールが、まだ彼の中で消化できずにいる メガネの彼は駅に向かう バッグから手袋を取り出し、マフラーを首に巻く ふと下を見ると、フンが落ちているのに気がついて、まだ他に落ちていないか、その先を見つめる 人の少ない朝の早い時間 昨日、友が言った言葉の意味を考えている その時は、「そうだよね」と応えたが、話を最後まで聞いても、その言葉の意味が分からなかった 今日は晴れる気がする 向こうの交差点にキャップの彼が立っている こちらを見た気がして手を振ってみる 勢い余ってメガネがズレた 掛け直して、もう一度、向こうを見ると キャップの彼はいなくなっている 信号の点滅に合わせて小走りをした そのまま、駅に向かう人々に紛れて 昨日の夜とはぐれていく