【検閲済】による異形化について

異界監視センターよりお知らせです。  近所や親戚に、青い目をした子供はいませんか?  絶対に瞳を覗き込まないでください。 【検閲済】を視認してしまう可能性があります。  以上の状況が当てはまる場合には、速やかに当センターにお知らせください。 「お前の目は、本当に綺麗だな〜」  リョウは赤ん坊を抱いて、デレデレと笑っている。出産を終えたばかりのアカリを置いて、ずっとあの調子で可愛がっているのだ。まぁ、世話してくれるからいいけどね……とアカリはソファの上であくびをした。  生まれてきた娘は、日本人とは思えない青色の目をしていた。眩しいほどの青、勿忘草色。光が当たる向きなどによって、水色やら紺色にも見える。まるでスパンコールだ。  けれど、夫婦にとっては娘の目が何色だろうと構わなかった。検査でも100%2人の子供だったし、何より見目が美しい。娘の目を覗き込んでいると、小さいころ万華鏡で遊んでいた時のような、うっとりとした気持ちになるのだった。  にしても、今日のリョウは娘に夢中になりすぎだ。お互いの目を見つめあって、もう軽く1時間は経っている。アカリは娘が泣き出さないからいいか、とほっといていたが、いささか不安になってきた。初めての子なのでよくわからないが、赤ん坊というのはこんなにも大人しいものだっただろうか。 「ねぇ、リョウさん。そろそろ寝かせた方がいいんじゃないの。リョウさん?」  きいてみても、リョウは聞いているそぶりも見せなかった。娘を両手でしっかりと抱いて、離そうとしない。当の娘はぽかんと目を見開いて、瞬きもせず、父と母の顔を見比べるだけだ。アカリは急に、二人になんとも言えない気持ち悪さを感じた。  途端に、娘が耳をつんざくような泣き声を上げた。この小さな体から出しているとは思えないほど、凄まじい絶叫だった。アカリはびっくりして、リョウの腕の上から娘を抱いて支えた。  そこから起きたことは一瞬だった。リョウの体はあっという間に、熟れきったバナナのように真っ茶色になった。そして肌がボロボロと崩れ、娘を抱いていた腕、瞳を覗き込んでいた眼球までもが、ぐずぐずになって床に落ちた。  気づけばアカリの前にあるのは、腐った肉の塊だけになっていた。まだ生きているかのように、モゾモゾと動き続けている。娘はアカリの腕の中でケロッと泣き止み、無邪気に笑顔を浮かべた。父だったそれを、美しい目でじっと見下ろしながら。  異界監視センターより 2.30.異形化事件について  堀越リョウさん 自宅で突然全身が腐敗、身柄は当センターにより保護  犠牲となった方々に、祈りを捧げましょう。  追記  対象者の娘を預かっていた職員3名が異形化(詳細は3.9.異形化事件として別紙に記載)。  進展があり次第、追って報告いたします。

No Title

私を、ぼくを縛らないで 足が、あしがうごかない、たすけてたすけてたすけてたすけて ___はあ。 今日という1日が自分にとって価値があるものなのか考えることすら放棄するようになったのはいつからだろう。今日が終わってまた明日…明日?こんなことなら明日なんていらない。いらないいらないいらないいらない ___ああ。 昨日と今日と明日の境目が分からなくなったのはいつからだろう。眠りにつくまでも酷く疲れて、目を覚ますのはもっとつらくて、絵を描くための最初の線すら引けず本を開いても記号ばかり。なにもすることがないな。……_え_い…………えて…しまいたい……… ___はあ。 それならば音楽を。思考停止中の頭を、置く場所のない心をただ受け止めて深く沈めてくれるんだ。あたたかい、あたたかい…。今週末には少し歩いて遠くまで…… ___眠ろうか。 もう、足は動くかい。それはよかった。

sound45 からんころん

なんだか体調が優れない。雨を乾燥させて砕いた一欠片を口へ放り込む。 ──からん、ころん。 喉から徐々に下りていき、じんわりと全身へ滲んでいく。暫くすると、鼓膜を直接震わせるような雨音が体内から聴こえてきた。同時に目の前を降り出した雨は、最近傷付いた角膜の裂傷模様に良く似ていた。 思い出した序にと、目薬へ手を伸ばす。かちり、蓋を外しながら上を向けば、見慣れた天井と目が合った。

小さな絵師

部屋でスマホを見ていたら、いつの間にか外が暗くなっていた。現代社会では、経験したことがある人も多いだろう。1本1分で終わる動画でも60本見れば1時間の無駄遣いだ。1つのコンテンツを消費するのにかかる時間が少なければ、結果的に意味のない時間が過ぎても満足する。だから、30分のアニメを1.5倍速にして鑑賞したりする。ふと壁にかかった時計に目をやると、短針が11と12の間にある。 そうやってベッドの上の休日が終わる。そう、これは俺自身の話だ。 俺──青山は地元の高校を卒業して2年、アルバイトをしながら趣味で絵を描いている普通のフリーターだ。とはいっても、さっき話した通りバイトが休みの日は一日中ゴロゴロして、気が向いたら地元の友人と遊びに出かけている。 バイトの日も、ギリギリまで寝てるし終わった後もやりきった感を出して後は何もしない。じゃあ、趣味の絵描きって何かって? 月1くらいで筆を握って、キャンバスの上に子どもの落書きみたいな絵を描いてSNSにあげてるだけ。ずっとスマホばっか見てて頭がおかしくなりそうなときに、気晴らしに筆を走らせてるだけ。絵を描くのは嫌いじゃないから、それを趣味って呼んでるだけ。『#アナログ画』くらいつけてみて、ハートの横に1でも数字がつけば少し嬉しい、それだけ。 けど最近、少しだけ絵を描くモチベーションが上がってきている。フォロワーが1人増えたのだ。たかが1人、だけど俺にとっては大きな1。俺の絵に、 「誰にもマネできない筆の動きと色使い、見ていてとても楽しい気持ちになる絵です」 なんて言って必ず『いいね』をつけてくれる。 だから、今日もバイト前に筆を進めてから家を出た。ネタに困って一番最初に目に入った、部屋にある、なんてことないアナログの壁掛け時計の絵だ。 バイト先は近所の銭湯。主に清掃業務を担当していて、大浴場から休憩スペースまで、館内をせわしなく動き回る。仕事が一巡したら最初から…… 一番汗を流したいのは俺だ、と思いながらも接客は避けたいからフロントは嫌だし、暇する心配はないから性に合ってはいる。 3時間動き続け、1時間の休憩に入る。SNSを見て、自分の投稿を少しさかのぼっていたら、後ろから声がした。 「あ、あの、それ、ブルマさんの絵ですよね……」 驚いて振り返ると、ペットボトルを握りながら「あ、のぞき見したわけじゃなくて……」と慌てた様子でいるメガネの女性が立っていた。赤石だ。 彼女は同い年で大学生。バイト仲間だが、俺と違ってフロントメインだから仕事が被ることはほとんどなかった。彼女は休憩室に来ると誰とも話さず机に伏しているから、挨拶以外の言葉を交わすこともなかった。 「たまたま、たまたま視界に入っちゃったんです!青山さんのスマホ。そしたら、私が最近好きな絵師さんの絵が見えて、それでその、思わず声を……」 彼女は早口で必死に言い訳を口にしている。ほんの少し気圧される俺。しかし、大事なことは聞き逃さなかった。 「今、好きな絵師って言いましたか?もしかして、ブルマのことですか?」 「あっ、は、はい。ブルマさんです……。もしかして、青山さんもブルマさんを……」 聞き間違いではないかった。今目の前にいるのは、ほかでもない俺のファンだ。今まで誰かにSNSをやっているなんて言ったことなかったが、急な展開に俺の勢いは止まらなくなっていた。彼女にスマホの画面を見せ言い放つ。 「俺です!そのブルマ、俺なんです!」 2人の間の時間が一瞬止まる。少し離れたところで、俺の声だけ聞こえたパートのおばちゃんの時間がもう少し長く止まる。 この瞬間、交わるはずのなかった2つの色が混ざり、新しい色で物語を描き始めた。

夢見るカイコ

 私は「カイコ」という生き物らしい。いつもくわの葉を与えてくれるあなたが、誰かとそう話しているのを聞いたことがある。  カイコは、美しい純白の羽を持つという。確かに私の身体は白いけれど、羽なんて無いし、なんだかうねうねしている。  私にもいつか、羽が生えるかな。  大きくなれよ、とあなたの声。  私、きっと大きくなるね。  返事ができないのがもどかしい。  生まれてから一度だけ、くわの葉をくれるあなたの指に触れたことがある。  あなたはすぐに引っ込めたその手を、その温度を、どうしても忘れられない。  その指は、触れるとちりちりと皮膚が燃えるように熱かった。多分、ずっと触っていると、焼けて死んでしまうんだろう、と思う。    でもその時、他に感じたことのない温かさを覚えてしまった。  仲間といくら身を寄せ合っても、桑の葉をお腹いっぱい囓ろうとも。どんなに満たされた気分でも、あの焦がれるような熱には遠く及ばない。  いつか、またその手に触れられたなら。その温度に包まれたなら。  私は、その熱で燃えて、溶けて、死んでしまってもかまわない。  いつか私に羽が生えたなら、迷わずあなたの所へ飛んでいこう。  なんだか最近、身体が重い。たくさん食べて、何度も脱皮して、ふくふく大きくなったからかな。  疲れてきたら、背中を反らせてのびをする。こうすると少し、重い身体が気にならないから。  少し時間が経ったかな。身体がむずむずしてきて、たまらず糸をはく。真っ白で、か細くて、弱々しい糸。  そういえば、いつかあなたが言ってたっけ。カイコは繭にこもって、それから羽が生えるんだ、って。  たくさんはいた糸を、くるくる身体に巻いてみる。なるほど、確かに心地良いかも。  巻いて巻いて、だんだん外も見えなくなってきた。少し眠くなってきて、できたての繭のベッドでまるくなる。  疲れと、安らぎと、少しの誇らしさを胸に抱いて、うとうと目を閉じる。  目が覚めたら、羽が生えてるといいな。    それから私は、長い眠りについた。  やっと生えた、大きくて美しい、真っ白な羽。ひらひら空を舞って、迷わずあなたの元へ。  大きくなった私を見て、差し出されたあなたの両の手のひら。嬉しそうに、手に乗った私を包んでくれる。  ああ、この熱だ、この温度だ。ずっと、こうして触れたかった。やっと叶ったんだ。  でも、初めて触れた時の指先なんて忘れてしまうほど、焼けるように熱い。本当に身体が溶けていくみたいだ。あつい、あつい、あつい。  でも、待ち望んだ願いが叶ったことが、それだけが、たまらなくうれしい。  ぐらぐら茹だるような熱に浮かされ、考えがまとまらなくなっていく。意識が遠のいていく。  きっと、あなたの手の中で迎える最期。  なんだか、夢を見ているみたいだ。 ◆  今日は、繭になって数日経った蚕たちを煮て、絹糸を採る。  湯気の立つ白い山の中から、一匹分の繭を手に取る。真っ白で、繊細な、生命の結晶。     美しいそれを手のひらに乗せると、一生懸命に葉を囓り、あっという間に大きくなった愛らしい幼虫たちを思い出す。  この子たちは、どんな思いで生きたんだろう。最期の瞬間は辛かっただろうか、苦しかっただろうか。堂々巡りの問いを、頭の中で反芻する。その答えは、目の前の蚕たちしか知り得ない。  せめて安らかに、美しい織物として、その生涯よりうんと長い間、大切にされることを祈る。  手のひらの繭を、優しく包み込んで。

sound52 しゃんしゃん

21時39分。ふうわりと風に揺れるのは、咲う星達と戯れる夜の帳。何処までも穏やかさを湛え、宵を見守る観客然とした月。ゆうるりと横たわる薄い雲は、煌めく夜空の読み聞かせに、うつらうつらと耳を傾けている。 ──しゃんしゃん、しゃん。 留紺色の幕をゆっくりと横切る、最終列車。乗客の細やかな雨達は、宛ら花弁を撫ぜるように、優しい手付きで世界を寝かし付けていく。

百点止まり

「すごいわね。また百点よ」    返ってきたテスト用紙に、もう感動することはなくなった。  なにせ、テストは百点までしかない。  どれだけ速く解こうが、どれだけ丁寧な字で解こうが、百点なのだ。   「百点なので、今回のお小遣いは一万円でーす」    だから、もうお小遣いが上がることはない。  取れて当たり前の百点。  絶対にとれない百一点。    もはや今、勉強を頑張ろうなんてモチベーションはなくなった。       「うちの子、昔は神童って呼ばれてたんですよ」    子供の頃のことを、両親は今でも懐かしそうに話す。  百点満点だった神童は、点数上限のない世界に放り出された瞬間、ただの凡人へと成り下がった。    テレビに映る、輝かしい経歴の持ち主たちを見るたび思う。  彼らはどうやって、百一点をとってきたのか。  彼らはどうやって、百一点をとる方法を見つけたのか。    もはや、考えても意味のないことなのだが。    一度きりの人生で、百一点をとるタイミングを、とっくに見逃してしまったのだから。

柿ピー食いすぎて夜ウンウン言う

 また暴飲暴食。 しょうもない。 眠い💤 眠い💤 旨い。 珈琲。 砂糖。 単語。 脳が回らない。 何かを頭の中で表現してそれを書き連ねる。 病む前に就寝。 いや、病んでるので就寝。 終身。 しないように。

フリーバグ

「フリーハグいかがですか?」    コンビニに行った帰り道、一人の女性が立っていた。    フリーハグの存在は知っている。  なんか、ハグしてくれるらしい。   「いいですか?」 「もちろんです」    名前も知らない人との、数秒間だけのハグ。  少しの緊張と、少しの温かみを感じた。   「ありがとうございます」    ぼくはそのまま彼女と別れ、会社に戻った。  どことなく、心がぽかぽかと温かかった。             「先輩お帰りなさい! バグ、三件増えました!」 「フリイイイイイバグウウウウウウウ!!!!」    温かい心のまま、体のエンジンを全力でぶん回す。  俺たちの徹夜はこれからだ。

my sweet darlin'

 中学生の女の子二人組が公園を歩いていた。二人は自販機の前を通り過ぎた。そして、自販機から少し離れた場所で、二人は言った。「あの自販機、かっこいいよね」「私もそう思う」すると二人の背後から、ガコン、と音がした。自分の噂をされた自販機が、くしゃみをして、その拍子に、ジュースを出してしまったのだ。二人はにやりと笑い、走って自販機の前に戻り、くしゃみで出たジュースを手に取ると、笑って走り去った。俺はベンチに座ってその一部始終を見ていた。俺は立ち上がり、その自販機の前に立ち、紙幣を入れた。その時、俺は自販機に向かって、にやりと笑ってみせた。そして缶コーヒー一本を買ったが、自販機はお釣りを出さなかった。自販機は決まり悪そうだった。俺は缶コーヒーを飲みながら、さっきの二人とは反対方向に歩き出した。

九月一日は

親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。  原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。  華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ  何にも言えなくてごめん。  命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。  でもそんなこと絶対にない。  命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。  命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。  約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」  これを読んで華織が死んで初めて泣いた。  心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。  それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。  周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。  それでも教師になりたかった。  今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。  趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」  「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」  「どんなに些細なことでも良いです。  少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。  友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。  私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。  長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」  もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」  後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」  話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。  そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。  今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。  

sound51 くるくる

──くるくる、くるり。 紙の上で踊る雨。文字通り、「雨」という漢字そのものが舞っている。覆い被さる雲の下で、自由気ままに燥ぐ四つの点。釣られるように雲の傘も、ゆらりゆらりと揺れ始める。 気付けば紙面は湿り気を帯び、じんわりと雨の足跡が滲み出した。

Working Class Hero

 夜、父がベランダから月を見ていた。「明日は仕事だな」そうつぶやいた。そして父は自分の汚い車から、汚い清掃用具を取り出して、玄関に置いた。翌日の朝、父は酒を飲んで、テレビを観て、それから、夕方、仕事に出かけていった。月をきれいにしに行ったのだ。私たちが夕飯を食べていたら、空からデッキブラシの音が聞こえてきた。母がテレビの音量を大きくした。明け方頃、父は家に帰ってきた。そして、酒を飲んで寝てしまった。私は明け方の空に浮かぶ月を見た。汚れが残っている。その汚れはウサギの形をしていた。なぜ父が汚れをわざとウサギの形に残すのか、そもそも父はどうやって月まで行っているのか。家族の誰も知らない。そしてそれを知ろうとも思わない。家族の誰も、そしてこの国に住む誰も、父にも月にも興味がないのだ。母によると、父の仕事の時給は、ここ千年、変わっていないらしい。

すばらしい日々

 冬が終わろうとしていた。おそらく最後の雪が降った朝、貧しい住宅街のブロック塀に、一体の雪だるまが置かれていた。どこかの子どもが作ったらしいと何となくわかった。雪だるまは解けかけていた。日が暖かかった。夕方頃、子もどたちが学校から帰る時間帯、今朝の雪だるまを見ると、傍に何かが置かれていた。色とりどりの何か。それは千羽鶴だった。どこかの子どもが折った物らしいと何となくわかった。千羽鶴の横で、雪だるまは今朝より解けていた。回復は望めそうになかった。冬が終わろうとしていた。

毒を摂取。毒も喰らえば栄養も喰らえばなんとか。そやな健康にいいものだけを摂るこれも健全とは言い難いな。そんな感じで今を過ごす。いいなこれのり塩のポテトチップ、のりがビールに合う。ちょっと一息、ポテトチップをたいあげる。自分は酒に強いほうではない。でも、酒飲まずにはいられない….。 音楽を聞く、グランジが僕の今の流行りだ。シャウトが聴こえる悲痛な叫び。レイン・ステイリーがダークな世界観を彩る。酔っぱらいに見られないように振る舞うアル中ではないと思いたい。酒豪になるには痩せ我慢も必要だ。アル中とは思われたくないが酒豪には思いたい。捻れている。言葉の違い。

真夜中の珈琲

「いいかね」 そう言って、鼻の長いおじいさんは、子どもたちを見回しました そして、居合わせた幼い顔のそれぞれに緊張の色を見てとると その長い鼻から小さく息を吐き、再び、話しはじめました 「そうそう、あれは、夜のことさ」 鼻の長いおじいさんは、深く濃い色をした液体の入ったカップに目を落としました 部屋の隅にある小さなランプの灯りが、豆を挽いたあとの香ばしい匂いとともに おじいさんの表情を奇妙にゆらしています 子どもたちは、おじいさんの手元とその影とを交互に見つめ、息を呑んで静まり返っていました 「いいかい、これはね、ある少女のお話だよ。わかったね。そうそう、少女のお話だ。その少女はね、夜中にしか開かない不思議な珈琲屋をさがしていたんだ。見つけたときにはね、もう外はとっぷりと暮れていて、星だけが少女を見守っていたそうだ。街灯も消え、誰もいない街の片隅に、その店だけがひっそりと赤い光を灯していたんだ」 おじいさんは、ふいにカップを持ち上げ、ゆっくりとした動作で口へと運びました その喉の動きを、子どもたちはじっと見つめていました 「少女がその店に入ると、店の主人は何も聞かずに一杯の珈琲を出してくれた。それは、星くずを溶かしたような、深く静かな、真夜中の珈琲と呼ばれているものだったのさ。一口含むと、昼間のさわがしさや、小さな悩みなんてものはすっかり消えて、心が夜空のようにおだやかになったそうだ」 おじいさんは、テーブルの傍らに置いておいた珈琲豆をいくつかつまむと その香りを楽しむように鼻先でゆらゆら漂わせました 子どもたちが見惚れていると、ふっと動きを止め、おじいさんは灯りを吹き消しました 部屋は、静寂と闇につつまれました 「さあさあ、夜は、まだまだこれからだ。その少女のように、静かな夜を楽しむといい」 暗いなかで、長い鼻の影だけが、物語の終わりを告げるように、静かにたたずんでいます―

拡大自殺❓️

少し前の某記事はその事件を記載してた私は 見出しに惹かれ読むと何て事無いストカーの 殺人事件と思えば男性が女性を刺した後己も 刺す思わず交互に刺す絵が浮かび器用な事で 余程痛みに強いのか度Mなか想像して仕舞い 不謹慎だが笑みが零れた何遣ってんのだろう 余程暇なのか自分を刺す度胸が有るんだから 普通に何処で1人ひっそり死ねば良いんです 以前から人間は刑務所入りたいと言い他人を 殺す癖が分かりません思わず関係無いジャン 何故無関係な他人を巻き込むのだろうか私は 以前勇気が無く死ぬ事冴えも叶いませんけど 災害天変地異の時は動じず大自然にこの身を 委ね消滅したいかも知れない

雪柳

春の陽気に包まれた川沿いの歩道には、剪定された植木が立ち並び、枝には白や黄色、紫の小さな花が咲いていた。老夫婦がゆったりと歩を進め、白色の花の前で立ち止まった。「雪柳ね」お婆さんが花に触れて言った。「でも雪柳は枝垂れに咲く花よね。こんな角刈りにされた植木じゃあ咲き辛いでしょうね」

誰かと遊んでいても鬱々としてくる

 皆で遊んでいても何処か心が虚ろだ。 真面目すぎるのかもしれない。 鬱になりかけなのかもしれない。 鬱はウイルス性だ、と言われて久しい。 元気無い人に頑張れって言うのは酷いな。 文章を打つ手が震えてくる。 ウァァ 僕は何者でもない。 そう自分を設定しているからだろうか。 弱っていくばかり。 タバコやめたい。 双極性障害。 何らかの化学物質。 違う星には高度な文明があって鬱などは一瞬で治せるんだろう。 今日も夢で自分を治す。 そう夢見る。

猫と人間

あの大きな猫、洋子はもう長くはないのだそう、子どもの頃はその意味が分からなかったが、あの猫が煩く、巨大な物に潰れ、意思疎通が出来なくなるように、洋子もいつか居なくなるのだろうと、思い始めた。  洋子が居なくなるということは本人もよくこう言っていた。  「私はサビより早く死ぬからねぇ」  死ぬというものが何なのかは分からないが、きっと居なくなることなのだろうと、思っていた。  私は『なんびょう』というものになったらしい。  あの忌々しく、可笑しな匂いを纏った猫が言うにはあと数ヶ月も持たないのだそう、それを聞いた洋子はとても悲しそうにしていた。  そこから段々、餌を狩る気も失せ、食べ物もいらなくなった。  もうここ数日はずっと寝ている。そして洋子はいつも私の隣に居る。普段は私から離れるがもうそんな気力もない。  嗚呼、唐突に眠くなってきた。これが死ぬというもの何だろうか。洋子居なくなってしまう私を許して。

学校3

休み時間。友達である大和に声をかける。大和は気安い性格で会話に乗ってくれていつの間にか友達になっていた。学校の外では話さないかなそんな仲。 「☆☆☆宿題やった?」 「…!やってない」 完全に頭から忘れていた。いつも忘れないはずなのに今日は忘れていた。だがやった体で乗り切れば大丈夫かな。対して重要ではないそんなもの。 脳を稼働させないで駄弁る。それこそ訳の知らない英語圏が歌う曲のようなスーパーのBGMのような。周囲の喋り声がうるさく演奏に見立てられそう。 「☆☆☆やってんな!」 シンガーが歌っている。とりあえず自分も返そう。 「ハハハ」 ビブラートを効かせて 意味のない会話、ただしキャッチボール。彼もそれはわかっている。心地が良いかなそんなかんじ。喧騒に即興の曲を感性に任せて。 「授業が始まるなじゃあな」 シンガーが歌っている。けたたましい演奏が終わる。おしゃべりはおわり。 チャイムが鳴り授業が始まった。授業が終わったら昼休み。 休み時間にならないかなそんなことを思う

学校2

教室にはいる。挨拶はしない主義だ。自分の席に向かい座る。隣の席から話し声笑い声がする。今日も寒い。 チャイムがなり、授業が開始する。1時間目。僕の高校はテスト期間中で「無駄な外出はしないように」とのお達しだ。そんなお達しを真に受けるやつはこの学校にはいない。僕もそう。 ページをめくる音がする。シーンとした空気は少し嫌いで休み時間の方のうるさいほうが好みである。 誰かが指され誰かが教科書を読む。 双方向型の授業もはっきり言って嫌いである。教師が喋って授業が完結する授業がいい。さっきから嫌いが多い。でもだからといって学校が嫌いではない。休みの時に一日が怠惰で潰れるよりは学校に行ったほうが価値があると思う。 また誰かが指され誰かが教科書を読む。 指されるのを緊張しながら待ち構えながら、物思いにふける。僕は指されるのが嫌いである。理由は緊張するからである。自分の番になると沸々と恥ずかしくなり、言葉を忘れる。遅れないように真剣に授業に参加する。3月の季節。これから暖かくなるだろう。 僕が指される僕は教科書を読む。

誰の税金で飯を食っとんねん

「誰の税金で飯を食っとんねん!」    役所の連中があまりにもお役所仕事だったので、俺はつい怒鳴りつけた。   「少々お待ちください。確認します」    しかし、返って来たのは謝罪でもなく、想定外。  口をぽかんと開けていると、受付のモニターが表示された。   「本日の私の朝食は、コンビニのパン。こちらの購入費は、株式会社○○の新卒入社五年目以上十年目未満の社員の方がお支払いした消費税から賄われております。昼食は、食堂のA定食。こちらの購入費は、△△株式会社の法人税から賄われております。個人名についてはプライバシーの観点により、ご容赦願います」 「お、おう」    俺は頭をショートさせながら、役所を出た。  あらゆるお金の流れが紐づいたデジタルコネクション時代。   「そういうことじゃねえんだよ」    税金で飯を食ってるやつらへのクレームも言いづらくなって、本当に嫌な時代だ。

ホットココアとお団子と私

暖かくなるのはいいけれど、 ホットココアを美味しく味わうんだったら、 春にはもう少し隠れててもらわないとなあ。気配ごと。 待ち遠しいことに変わりはないけど。 クローゼットの奥の春物コート。 淡く頼りなさげなその軽さに、季節が変わりゆく。 肩に強いる厚くて重いそれを遠ざけ、 通すパステルの袖はすこぶる軽快に。 腕のまわりがやけによくなって、スポーツ選手のマネごとを。 なあんてね。 じっと座ってお団子でも食べてるくらいが、いまの私には性に合ってる。

雪中四友 (掌編詩小説)

-サザンカの章- このひたむきな愛が 私を理想の恋へと連れていってくれる 貴方に伝わるまで私は諦めない そして、この困難に打ち勝ってみせる -ロウバイの章- 私は常に貴方をみている 私は常に貴方を想っている だからこそ、貴方に伝わらなくて良い 貴方の重荷になりたい訳じゃない ただ、隣に居たい -スイセンの章- 私はもう貴方しか見えないし、見ない 貴方も私しか見れないようにさせる でも、貴方の気持ちを尊重したい 何度でも私の元に戻ってきて -ウメの章- 貴方が『疲れた』のなら言って 私が『疲れた』のなら貴方に言うから いつまでも、隣で微笑み合いたい いつまでも、『貴方の為』で居たい (完)

黒いみづうみ

雑木林をぬけた先にはみづうみがある。水面は鏡のように陽光を反射し、風が吹いても波が立つことはない。それでもさざなみが聞こえる。そのみづうみのほとりに両膝をつけ、腕を支えにし水面を覗いてみる。何も映らない。音は、まだある。他に誰かいるのだろうか。女の声がする。みづうみに誘われているようで、少し身を乗りだす。入ってしまうともう戻れないような気がする。しかし、恐ろしくはない。つま先から順にみづうみの中へ入る。あたたかくはない。息を大きく吸い込み、目を開けたまま下へ進む。何も見えないしかし恐怖はない。みづうみの奥深くへ、時間をかけてゆっくりと沈んでゆく。みづうみに底はないのだろうか。息がつづかなくなる、もう息ができない。それでも苦しくはない。指を動かし、足を曲げる。意識は、ある。目元に陽炎がみえる。辺りを見渡す。水面はもう見えない。沈んでゆく中で、そこにぬくもりを感じた。何も見えないみづうみだが、不思議と心が安らぐ。何も聞こえず、誰も邪魔はしない。わたしはみづうみなのだろうか。みづうみがわたしなのだろうか。水面に雨粒が当たった。雨がしんしんと降っているようだ。雨は次第に大粒になり、雷が轟く。わたしはしずかに沈んでいる。音も聞こえなくなってゆく。水面も次第に見えなくなってゆく。辺りは静寂につつまれ、心臓の鼓動だけが聞こえる。自分の音を聞いたのはいつぶりだろうか。わたしも自然の一部である。しかし自分の他の音によって、大切な音が掻き消されていたのだろう。みづうみの鼓動は波となって、ほとりに打ちつける。わたしもこの黒いみづうみも生きている。  ここからもがいて水面に顔を出すこともできるだろう。だが、堕ちるならばどこまでも堕ちてゆくのがいい。逆らうこともしない。闘うこともしない。自然それ自体をありのままのすがたで受容れる。そこには憎しみも、怒りも苦しみもない。あるのは哀しみだけである。どのくらい沈んでいるのだろうか。意識が遠のく。なにもないという「無」が、かつてあったなにかの余白となる。哀しみも美しさへと変わるのだろうか。黒いみづうみの内に、わたしの外に、幾らかの余白が生まれてゆく。冷たく黒いみづうみに、真白な無とぬくもりとが現れた。意識がすうっと戻っていくようであった。 「君の黒いみづうみで、ぼくは泳ぎたいんだ。そうすれば、ぼくはあなたの一部になれるでしょう?」 「ねェ、一体なにを言っているの? わたしはわたしよ。ほら、もう帰ろうよ。日が暮れるわ。」 わたしはみづうみを後にした。このみづうみを再び見ることはあるのだろうか。黒いみづうみには、確かにわたしが映っていた。わたしも確かに黒いみづうみを見ていた。もみぢ葉がひらひらと舞っていた。

天国チケット

妻が死んでから、部屋の音が変わった。  冷蔵庫の低い唸り、時計の秒針、夜になると遠くで鳴る救急車のサイレン。以前からあったはずの音が、彼女のいない部屋では大きく聞こえた。  遺品の整理は、なかなか進まなかった。彼女が少し席を外しているだけのようで、どうしても捨てる気になれない。  そんなある夜、寝室の引き出しの奥から、小さな封筒が見つかった。  表には、彼女の字でこう書いてあった。 「あなたへ。どうしても会いたくなったときに。」  中には、薄い金色の紙片が一枚入っていた。映画の半券みたいな質感で、表面には銀の箔で文字が浮いている。 天国チケット 使用可能時間:日没から日の出まで 効力:一晩、生きたまま天国への滞在を許可する 代償:使用者は死後、地獄へ送られる  冗談にしては、あまりにも彼女らしくなかった。  もう一枚、小さく折られた便箋が入っていた。 「これを見て私を思い出して。ただ使いたいなんて思うのはダメだよ。」  その手紙を、彼は何度も読み返した。  彼女なら、こういう悪趣味な冗談を言う人ではない。けれど、だからこそ、これは冗談ではないのかもしれなかった。  彼はチケットを封筒に戻し、引き出しの一番奥へしまった。  使うつもりはなかった。  だが、人は理屈だけで夜を越えられない。  使うのは裏切りだと思った。  使わないのも、裏切りのように思えた。  もし本当に天国があるなら。  もし彼女がそこで待っているなら。  もし、たった一晩だけでも、もう一度会えるのなら。  その夜、彼は封筒を取り出した。  時計の針が午後六時を回ったとき、チケットは指先で熱を帯びた。気づけば、部屋の輪郭がぼやけ、世界がゆっくり裏返るような感覚に包まれていた。  次に目を開けたとき、彼は見知らぬ丘の上に立っていた。  空は、夕焼けのまま止まっていた。  雲は桃色に染まり、風はぬるく、どこか花の匂いがした。遠くには街のようなものが見えた。白い屋根、金色の塔、静かな川。絵本の中みたいに美しい景色だった。  けれど、妙だった。  道の向こうから、白い服を着た老人が歩いてきた。 「すみません」と彼は駆け寄った。「人を探しているんです」  妻の名前を告げると、老人は穏やかに微笑んだ。 「ここは良い場所ですよ」 「…いや、そうじゃなくて。彼女を見ませんでしたか」 「皆、幸福です」  答えになっていなかった。  それから彼は、何人もの人に尋ねた。花畑にいた少女にも、川辺で本を読んでいた青年にも、広場でチェスをしていた男にも。  だが返ってくるのは、どれも似たような言葉ばかりだった。 「ここは安らぎの場所です」 「悲しむ必要はありません」 「探し物はいずれ見つかります」  なのに、誰も彼女のことは知らなかった。  彼は街を駆け回った。白い石畳の路地を、噴水のある広場を、教会に似た建物の中を、果ての見えない庭園を。夕焼けは一向に沈まず、空の色は変わらない。  妻の名を呼び続けるうちに、声がかすれた。  彼女がここにいると信じていた。  少なくとも、自分を一度は待っていてくれると思っていた。  それなのに、どこにもいない。  街の時計台が、どこかで一度だけ鐘を鳴らした。  夜明けが近いのだと、彼は直感した。  帰れば、また彼女のいない朝が来る。  彼女のいない人生に戻るくらいなら、いっそ。  気づけば彼は、元いた部屋の床に倒れ込んでいた。手の中のチケットは、灰のように崩れて消えた。  窓の外は、白み始めていた。  彼はしばらく天井を見つめ、それから、静かに目を閉じた。  次に目を開けたとき、天井はなかった。  代わりに、赤黒い空がどこまでも広がっていた。地面は乾いてひび割れ、遠くで火がくすぶっている。熱いはずなのに、妙に寒かった。  ここがどこなのか、考えるまでもなかった。 「やっと来てくれた」  声がして、彼は振り返った。  妻がいた。  生前とまったく同じ顔で、同じ笑い方で、けれどあの頃よりずっと晴れやかに、そこに立っていた。  彼は言葉を失った。 「…どうして」  ようやく絞り出した声に、彼女は少し首を傾げた。 「どうしてって?」 「どうして、君が…ここに」  彼女は、ああ、と納得したように笑った。 「私、天国にはいないよ」 「あなた、私を探したんでしょ?」  彼は何も言えなかった。 「ごめんね。でも、あなたなら絶対使ってくれると思ったから喜んで地獄に落ちたの」  そして、恋人に甘えるみたいな声音で囁いた。 「会いたかったんでしょう?」  彼はそのとき初めて、自分が天国ではなく、最初からずっと彼女の掌の上にいたのだと知った。  赤黒い空の下で、妻は幸せそうに彼の手を握りしめている。  もう二度と離れないように。  もう二度と、離れられないように。

化け物の木

 死にたい、もう、死にたい。  僕は、生きる価値のない、ゴミだ。  生きれば生きるだけ罪を重ね、浅ましく、悍ましく、汚らわしくなっていく。  あぁ、何もかも上手くいかない。  もう、いっそ死んでしまおう。  僕はそう思って『化け物の木』へ向かった。  ーーー村の外れに、その木はあった。  誰も名前を知らない。ただ子どもたちは、ひそひそと「化け物の木」と呼んでいた。  幹はねじれ、皮膚のようにひび割れ、夜になると風もないのに軋む音を立てる。まるで、息をしているみたいに。  「近づくなよ」  大人たちは口を揃えてそう言った。理由は教えてくれない。ただ、その目だけが妙に真剣で、冗談ではないと分かる。  そうだ、いっそのこと、僕みたいな人間を食べてくれれば良い。  そうすれば、世界はもう少し住みやすくなる。  より良いものになる、はずだ。  そう思って、僕は一人、木のもとへと向かった。  昼間のそれは、ただの古びた大木に見えた。触れてみると、ざらりと乾いている。拍子抜けして、僕は笑った。 まるで期待した僕がバカみたいだった。  その乾いた笑いは、少しも僕の心を動かさなかった。 「なんだ……ただの木か……」  そのときだった。  ——ドクン。  幹の奥から、確かに鼓動がした。  僕は思わず手を引っ込めた。けれど耳を澄ますと、もう音はしない。気のせいか、と自分に言い聞かせて、もう一度触れる。  ——ドクン、ドクン。  今度ははっきりと、脈打っていた。  怖いはずなのに、なぜか手を離せなかった。むしろ、引き寄せられるように、幹に頬を寄せる。  すると、声が聞こえた。 『……ひさしぶりだ』  低く、かすれた声。  僕は飛び退いた。 『おまえが、触れた』  木の表面が、ゆっくりと裂ける。まるで口のように。  その奥は暗く、底が見えなかった。 『中に、来い』  その木は言った。  その言葉は、僕を引き寄せる魔力の様なものがあった。  僕は聞いてみた。 「……行ったら、どうなる?」  存外に、殺してくれる?という考えがあった。  沈黙のあと、木は答えた。 『おまえの“いらないもの”を、食べてやる』  いらないもの。  その言葉が、妙に胸に刺さった。 「それって、僕のことーーーー?」  なんて言葉が、反射的に出た。  肯定して欲しい言葉だった、けれどその木は、その言葉を肯定はしてくれなかった。 「いいや違う。オマエの、記憶だ。  オレが、食べるのは」  消えてほしい記憶。言えなかった言葉。どうしようもない後悔。  もし、その記憶が無くなれば、僕はもう、泣かなくて済むのだろうか。  毎日辛くて枕を濡らす日々も、なくなるのだろうか。  —ー—もし、それがなくなるなら。  気づけば僕は、一歩踏み出していた。  暗闇に包まれた瞬間、体が軽くなった気がした。頭の奥がじんと痺れ、何かが引き剥がされていく。  悲しかったこと、恥ずかしかったこと、全部。  全部。  全部。  全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部。  ——そして、何もなくなった。    気づくと、僕は木の外に立っていた。  夕暮れだった。  風が吹いて、葉がざわめく。  ……僕は、どうしてここにいるんだろう。  家に帰る途中、誰かが声をかけてきた。 「おい、無事か?」  知らない男だ。心配そうな顔をしている。 「……誰?」  男は、ひどく驚いた顔をした。 「お前……覚えてないのか? 俺が三年前、ここでオマエの弟のことをーーーー」  言葉が止まる。  僕は首をかしげる。 「弟?」  そんなもの、最初からいなかった。  男は震えながら、化け物の木を振り返った。  その幹は、わずかに脈打っている。  ——ドクン。  ——ドクン。  まるで、何かを満足そうに飲み込んだかのように。  そして、その表面に、新しい“しわ”が刻まれていた。  人の顔のような、歪んだ跡が。  それは確かに、笑っていた。  僕はもう、何も思い出せなかった。

Gimme Some More

 冬の街を、背の高いきれいな女性が歩いていた。目立つ人だった。その人はおしゃれなマフラーを巻いていた。どこのブランドだろうと思った。欲しいな。私は声をかけた。「すみません」女性は立ち止まった。「何でしょう」「失礼ですが、そのマフラー、どこのブランドの物ですか」女性はマフラーをほどいて、タグを見せてくれた。そこに印刷されていたブランドは、首吊り縄の製造で有名なブランドだった。「ああ……」私が声を漏らすと、女性はにこりと微笑んで、去っていった。その夜、私はスマホでそのブランドのサイトにアクセスした。やはりメインの商品は首吊り縄だった。そしてカタログの中にあのマフラーを見つけた。高価だった。首吊り縄の方が安かった。あの女性の微笑みを思い出した。私は首吊り縄を注文した。初めて買うブランド品だった。到着が楽しみだ。

愛こそはすべて

 散歩していたら、目の前を、燃えている人が通り過ぎた。比喩ではなく、本当に、燃えている人だった。全身が炎に包まれていた。火だるまというやつだ。燃えている人は、ゆっくりと、だがまっすぐ歩いていた。確かな足取りだった。焦げたにおいが漂っていた。燃えている人はどこに行くのだろう。暇だったので後を尾けていった。燃えている人はいくつかの角を曲がり裏路地を抜け、やがてある建物の前にたどり着き、歩みを止めた。そこは消防署だった。消防車が何台も停まっていた。燃えている人はそのうちの一台に近づき、おもむろに車体にキスをした。もちろんその唇も燃えているようだった。そこへ一人の消防隊員が消防署の中から出てきた。消防隊員は燃えている人に近づくと、深々と頭を下げた。燃えている人はゆっくりと首を横に振った。消防隊員はうなだれていた。燃えている人は消防署を立ち去っていった。時々消防隊員を振り返っていた。暇だったので後を尾けていった。燃えている人は川にかかる橋に来た。そして、欄干から身を乗り出し、川に飛び込んだ。じゅっ、と音がした。川を覗き込むと、一筋の白い煙以外は何も見えなかった。遠くからサイレンの音が聞こえてきた。どこかで火事が起こったようだった。暇だったので見に行くことにした。

Gimme Some Truth

 真冬の朝、登校する。同じ学校の生徒たちが、同じ方向に歩いていく。みな口から、白い息を吐いている。ふと前方に、友人を見つけた。近づく。すると、その友人が吐いている息が、白色ではなく、赤色であることに気づいた。友人はぶつぶつ何か言っていた。耳を澄ます。「死ね、死ね、死ね……」後ろから声をかける。「おはよう」友人が振り向く。はっとした顔をしている。「息、赤いよ」そう教えると、「あっ……」、友人は苦笑いを浮かべた。「油断すると……」「わかるわかる」並んで歩く。友人の吐く息は白くなっていた。

眼鏡

夫は眼鏡をかけた女性が好きだった。私も若い頃から眼鏡をかけている。結婚して四十年、これだけ長く続いているのも、ひとえに私が眼鏡女子だからではないかと思う。夫の留守中、夫のパソコンが汚れていたので拭くと、電源が入った。待ち受け画面が、眼鏡をかけた女性だった。それは、私ではなかった。

お茶を飲みすぎたお腹空かない

 今日は知り合いにお昼ごはんを家でご馳走したあと通っている病院の中庭でボーッとしていた。 投薬している薬で口乾が酷いのでお茶をグビグビ飲み過ぎた。 メールで今日の夕飯何食べるのと聞かれたけどお腹空かない。 空かないときは無理に食べないでお腹空いてから食べればいいんだと知り合いが言っていた。 この文章を書いて脳細胞を使ったからか少しお腹が空いてきた。 でもタバコを吸う。 タバコ吸ってるから食欲わかないんだと思い至る。 お茶飲みすぎてタバコ吸ってたらそりゃ食欲もなくなる。 家の中の生け花がそろそろ枯れてきたなぁ、とボーッとする。 知り合いにニーズなしと言われた文章を延々と描き連ねる。 ちょっとお腹が空いてきた。 毎日同じことをしている気がする(実際それはそうだろう) 夢で別の知り合いの声でブッ殺すぞと聞こえたので内ゲバに巻き込まれるかもしれない(いや、もう巻き込まれているかも) 文章によって外の世界に干渉している(ような気がする)ので何かしらの変化はあるのだろう。 今日は僕のお腹が空けばそれで世界の問題の8割は解決したような気がする。 今日はそれでいいのだ。

そして季節は進む

ゆるく吹いた風には懐かしさがあった 公園のベンチで本を読むのに、それは、どうだろう 連なる文字に視線を上滑りさせながら淡く考える 視線を文字から外す 女性がひとり立っていて、やさしい笑顔を僕に見せる 栞をはさみ ―久しぶりだねえ と僕 ―そうね、ご無沙汰よねえ とその女性 しばらく、その女性に何かを言って、言われて 女性から何かをきかれて、こたえて あたりさわりのない会話、ありきたりな返答   ・ ―じゃあね ―うん、じゃあね 話してて、思い出した 喧嘩別れ、してたよね、僕たち さて、はたして   ・ 若かったら追いかけていって、それを聞いただろう しつこいくらいに、きっと 顔が、崩れる、自分でも、はっきりそれが 若くないのも、悪くないか ゆるくつめたい風が吹き 春がもうそこまで来ていますよと 耳打ちしてきた

警察システム

「民事不介入なので」    そう言って警察は帰っていった。  残されたのは、絶賛喧嘩中の我が家。  おい、止まらねえよ、この修羅場。  本当に警察は動かねえ。    情を見せて止めるくらいして欲しかった。    翌日、実家の本屋で万引きがあった。  即座に警察を呼んだ。   「まだ、中学生なので」    そう言って警察は私を止めてきた。  残されたのは、懇願する視線で私を見る万引き犯中学生と親。  おい、止まらねえよ、この修羅場。  本当に警察は動かねえ。    情を見せずにさっさと連れて行って欲しい。

どんな時も、君のそばに

 読経がどこか遠くで聞こえる。  正座した膝の上に置いた握り拳が、力を込め過ぎて震え、青筋が立っている。手のひらに食い込んだ爪が柔らかい皮膚を割くのを感じたが、力の緩め方が分からない。  周囲から上がる啜り泣きの声が遠ざかり、目の前の視界が霞む。息が詰まるほど苦しいのに、涙はただの一筋も溢れない。 「どんな時も、君のそばに」  情事の後、漣《れん》はそう言って誓いを立てるように俺の左手の薬指に口付けてくれた。たった数日前の出来事なのに、今は嘘のように遠い。  職場の同僚との恋愛関係なんて、ただでさえ公にしづらいことだが、それに輪をかけて漣は既婚者だった。同性愛者ということを周囲に隠しながら、親に言われてかたちばかりの結婚をして、偽りに塗り固められてはいたが、普通の幸せな人生を歩んでいくはずだった。  だが、俺と出会ってしまった。 「お前と先に出会っていたら、俺は結婚なんてしなかったのに」  そう言って苦笑しながら俺に愛を囁いてくれた漣はもういない。  恋愛感情でなくとも、妻に対して情が湧いたせいか離婚に踏み切れず、かといって俺と別れることもできずに、板挟みの状態が耐えきれなくなったのだろう。  漣は自ら死を選んだ。  その知らせを聞いてすぐに俺は後を追いかけようとしたが、漣の側に行きたくても行けなかった。側に行きたいのに、死ぬのが怖い。  あまりに情けない自分に呆れながらも、ただこうして二度と会えない君を思って悲しむことしかできない。 「どんな時も、君のそばに」  漣が告げた誓いの言葉が延々と反響し、苦しすぎて、涙を流したくても流せない。  今でも隣に君がいる。その錯覚は俺の願望だと分かっていながら、錯覚を求めて、きつく目を閉じる。  読経はいつの間にか止み、ただ周囲の人々の悲しむ空気が伸しかかる。  俺は永遠に明けない夏の夜の中、漣の幻に縋り、その場に蹲るしかなかった。