会社に、一本の電話が入る。 「はい」 「もしもし。私、退職代行の者ですが」 退職代行とは、昨今流行のサービスだ。 業務内容は、退職したい社員の代わりに、退職交渉を請け負うこと。 社則を掲げても仁義を掲げても、法的に許されていることだと突っぱねられることから、社長たちからの評判は今一つだ。 退職代行の社員たちは、今日も機械的に、社員の退職について通告する。 「本日お電話したのは、御社の」 「あ、退職代行の方でしたら、通話を転送しますので少々お待ちください」 が、今日はいつもと流れが違った。 突然保留音が鳴り、通話先の主が別の人間へと変わった。 「お電話変わりました。私、退職代行受付代行の者です」 「退職代行受付代行?」 初めて聞くサービス名に、退職代行の社員は耳を疑って聞き返す。 が、通話先の人間の声は、さばさばとしたままだ。 いつもと違う展開に戸惑いつつも、退職代行の社員はいつも通りにマニュアル通りの仕事を始める。 「はい。以降、退職代行の交渉につきましては、私共の方でお伺いいたします。会社の方へはご連絡なさらないよう、よろしくお願いします」 「はあ、そうですか。では改めまして、今回は御社の社員の退職についてです。依頼者様は、二週間後の退職を望んでおります」 「申し訳ありません。退職については社則によって、引継ぎを含めた一か月後と決まっております」 「いえ、法律によって、会社へ退職の意思を伝えてから二週間で退職ができると決まっておりまして。二週間後の退職でよろしくお願いします」 「いえ、現在御社の通達先は依頼者様の所属する会社ではなく、退職代行受付代行の業務を委託されました弊社となります。ですので、まだ会社へ退職の意思を伝えておりませんので、二週間後の退職は承りかねます」 退職代行の社員と退職代行受付代行の社員の意見は平行線。 退職代行の社員は、だんだんとイライラを隠せなくなっていった。 「でしたら、速く会社にお伝えください」 「いえ、会社へお伝えするのは条件がまとまり次第となっております」 「もういいです! 直接、会社とお話しさせていただきます!」 「ですから、退職代行受付は弊社が代行しておりまして」 その後、数十分間の言い合いの末、退職代行の社員は一度依頼者と相談するために通話を斬った。 机の上に置かれた缶コーヒーを一気に飲み干して、血が上った頭を冷やす。 「なんだ! 退職代行受付代行って! 社会人なら、代行なんか使わずに自分で相手しろよ!」 周囲では、退職代行の電話をかける社員たちが、退職代行受付代行の名前を聞いて、次々と困惑の表情を浮かべていた。
宇宙服を着た人が、市役所にやってきた。その人は、離婚届をカウンターに置いた。離婚届には、氏名の欄に『太陽』と『月』と書かれていた。職員は尋ねた。「別れるんですか?」宇宙服の人はうなずいた。「どっちが出ていくんですか?」職員は尋ねた。宇宙服の人は、『月』の文字を指さした。「それなら、洗濯物は大丈夫だわ」と、職員は思った。
私が深夜に終電を逃したら迎えに来てくれて、 温泉に連れて行ってくれて、 ドライブしながら人生のアドバイスしてくれて、 タバコも教えてくれた人がいた。 知り合って8年、 本名も、住んでるところも、 なんの仕事かも知らないけど。 知ってる事は、 からだすこやか茶が好きな事と、 11個歳上な事と、乗ってた車の車種と タバコの銘柄はちょっと忘れちゃったけど。 確か、名前も教えてくれたけど偽名かと思って バカにちゃったっけ? 「どっちかが結婚したら会うのはやめようね」 私達の約束。けどそんな事覚えてないと思った。 結婚するの私の方が先だなんて思わなかったし。 結婚報告と会いたいことを伝えてみたけど、 「お幸せに。またどこかで偶然あったら話そう」 ちゃんと私との約束覚えてたんだね。 そっか覚えてたのか。そっか、 あのね、 私はほうじ茶が好きで、あなたよりうんと歳下で タバコはセブンスターだよ。 名前は偶然会ったら教えるね。 またね。
今日も湖の辺りを歩く。 とても静かでかつ生命力に溢れ、天気と湿度によって毎日景色が変わるから、気晴らしや考え事をするための散歩にぴったりの場所だ。 今ザクザクと音を立てて踏みしめている砂浜は、何種類もの雑草が生えて半分草原のようになっている。 今日はいっそう静かな日だった。波は穏やかで、霧さえも優しく包んで運んできてくれる。 対岸には何も見えない。全てが白く溶けていく。煙の中で水滴がキラキラ光っているような。 鈍い瞬きを追いかけていると、不意に水面から丸っこい影が霧の向こうに浮かび上がり、急に縦に伸びた。 湖に棲むという未確認生命体かと思ったが、それからちょこんと三角形の耳も現れたので、ボートに乗って漂っているいぬだということがわかった……。 「おはよー…」 影はねむたそうにそう言って、また横に長い形に戻っていった。
全部、私が悪い。 AIで人格を形成して、AIの彼女を作るアプリが流行っていると聞いて、哀れに思ったのが悪い。 AIでは見た目の生成にばらつきがでるから、基準とする実在の人間の写真が募集され、割の良いバイトと思って応募した私が悪い。 バイト代で、欲しかったゲームが買えて泊まりたかったホテルに泊まれたのだけは、良いことだった。 私の見た目は、アプリ内でランキング一位をかっさらったらしい。 実に四桁。 日本中に、私を恋人と呼んでいる人がいる。 町を歩けば、視線が刺さる刺さる。 時々話しかけられることもあったが、AIの人格と違ったのだろう。 いつもの癖で、「はい?」と強めに言えば、怯えるようにして私から離れていった。 SNSには、私と会った人のコミュニティも作られていた。 実物は恐い、なんて失礼な評価が下された。 実物の方が脚長い、なんて評価も下された。 実物、絶対Fカップない、と書かれた時は絶対にこいつ童貞だろと思った。 「しくったなあ」 私は、人から見られるのは嫌いじゃない。 むしろ、ミスコンにでる程度には好きだ。 だから、視線を浴びるのは平気だと思っていた。 会い剃るにはガチ恋勢と呼ばれるファンもいるので、一方的な恋愛感情を抱かれるのも平気だと思っていた。 でも、彼女呼ばわりされる私から、私の彼氏は離れていった。 私の大丈夫なことを、私の身近な人が大丈夫じゃないのは盲点だった。 もしも、このままずっと彼氏ができなかったらどうしよう。 週刊誌に、『世界で一番恋人が多い人には、実は恋人がいなかった』なんで面白おかしく描かれるんじゃないかと思えば、私のプライドが悲鳴を上げた。
電車を降りた時、僕は確信した。さっき同じ車両に乗っていた中学生らは、チンパンジーに育てられたに違いない。彼らは場所もわきまえず、カップ麺を啜り倒していた。麺を啜る音と、笑い声、悪臭が車両一杯に溢れかえっていた。彼らもまた、チンパンジーなのだ。そう思うことが、彼らへの優しさとなり、自分への戒めとなった。
「ねー、ママはー?」 「迷子」 「またー?」 ママは、超が付くほどの方向音痴だ。 地図アプリを使っても目的地に辿り着けない、なんてレベルではない。 自宅の中で道に迷うのだ。 確かに、我が家は平均的な家よりは広い。 田舎に建った、庭付き戸建ての一軒家。 下の間だとか納戸だとかを一部屋と数えていいならば、部屋の数は十を超える。 だからと言って、道に迷う訳がない。 だって、室内だ。 「ママー?」 「ママどこー?」 私とパパが探すこと三時間。 何かが動く音が聞こえた。 「ママどこー? って、いたー!」 「助けてー」 ママは、何故か冷蔵庫と壁の間に挟まっていた。 「何がどうしてそうなったの!?」 「ショートカットしようと思って」 「ねえよ!」 私とパパはママを引っ張り出して、救出に成功する。 埃だらけになったママは、「助かったわー」なんてのんびりと言いながら、汚れた服を着替えようとお風呂場へ向かった。 「パパ! ママの服一式持って来て! 私はママが、道に迷わない様にお風呂場まで連れて行く!」 「よっしゃ、任せろ!」 「えー? 一人で行けるから大丈夫よ」 「信用できるか!」 こんなママだ。 一人で外出させたら、いったいどうなることか。 子供の頃に一人で外へ出たことはあるらしいが、隣にある友達の家に向かった結果、隣町の小学校についたらしい。 なんでだよ。 以来、大人になった今でも、ママには一人で外出禁止令が出されている。 お風呂から聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、私は脱衣所の扉に背中を付けて、体育座りをしていた。 こんなママを、いったいどうすればいいのだろうか。 方向音痴に迷惑ばかり受けている身としては、少しくらい役立ってくれてもいいのにと思ってしまう。 そんなモヤモヤとした気持ちの私の目に、たまたまついていたテレビ番組が飛び込んで来た。 「……これだ!」 数週間後。 ママは、家の中かくれんぼを見事に制して、賞金百万円を獲得した。 かくれんぼの鬼は百戦錬磨の芸能人たちだったが、それならママは万戦錬磨の方向音痴だ。 私は、ほっくほく顔で百万円の札束を受け取る。 「ところで、最後に隠れきることに成功したお母様にインタビューしたいんだけど、呼んできて」 しかし、司会からの言葉で、私は現実に一気に引き戻された。 「二、三時間、お待ちいただけますか?」 「二!?」 「ママー! どこー!」 かくれんぼうが終わった後、私とパパはママ専用の鬼として、道に迷っているだろうママを探し始めた。
そういえばさ、兄弟。今日スーパーの駐車場を歩いていたんだよ。そしたらさ、1週間か前にこのスーパーの出口ですれ違った、子持ちの女のことを思い出したんだ。 彼女の胸には赤ん坊が、何かの器具を使って抱きかかえられていた。その人は俺とすれ違うときにまったく道を譲らなかったんだ。 俺は必死によけて危うくぶつかりそうになった。俺はそのとき、何を思ったっけな? 確かあのとき、道を譲らない人間を小ばかにして、俺の見た目と歩き方がなよなよしているからなめられるんだと思った。そのあとに、いやそんなことで張り合うのは俺には関係ないことだ。俺にはほかにやることがあるのだから。道を偉そうに歩かせておけばいい、俺の方が偉いのだからってなったんだよ、兄弟。 ここまででも、俺は俺のこと心配になるんだけどさ。子持ちの母親っていう情報が、俺の職場の人間たちの状況と重なったんだよ。その女性たちがなかなかのもので、まぁ、詳しくは言わないけどさ、俺は家庭が忙しい子持ちの母親とはかかわりたくないと思ったんだよ。 そしてまだ終わらないんだ、あいつら男で言うチンピラみたいなふるまいするからなと思ったんだよ。傲慢でわがまま、少なくともはたから見たらそう見えるという意味では一緒だと思ったんだ。そりゃあ、チンピラは自分のため、母親は子供のためだから一緒にされても困るんだろうけど、やられる方からしたら一緒さ。 何が言いたいかっていうとさ、別に言いたいことなんて、何もないんだよ。俺は駐車場を歩いていただけなんだ、でもいつの間にかこんなことを考えて、気づいたら車のドアを開けていたんだ。歩いてきた道がどんな景色だったか全く覚えていないんだぜ。それにさ、赤ん坊を胸に抱えた母親がまったく道をよけなかったかどうかもよく覚えていないんだ。よけなかったかもしれないし、よけたかもしれない。 職場の家庭が忙しい母親が気に食わない理由もなんでなんだろうな。俺にとって都合が悪いだけなのかもしれないし。彼女たちは家庭が忙しくなくても、あんな感じなのかもしれない。あと、俺はチンピラに絡まれたことなんて人生で一度もないんだよ。俺の頭はどうかしちまってるのかな、兄弟。 自分が自分でないみたいだよ。これって多重人格ってやつか? もう一人の俺が俺の思考を乗っ取っちまってるのかな? 攻撃的なことを考えたり、悲しんだりするんだよ。俺はそんなことしたくないのにだぜ? そんな考えをしたっていうのを覚えているときもあれば、しばらくたってから気づくときもあるし、きっとそんなことを考えたこと自体を覚えていないときもあるんだよ。覚えていないときのことはわからないけどさ。 俺はどうかしちまってるのかな、兄弟。いつの日か、自分の意志と関係なく口が勝手に動いて、誰かに罵詈雑言を浴びせちまうんだろうか? もっとエスカレートして殴っちまうのかな? 急に崩れ落ちてずっと泣きっぱなしになるのかも。そう考えると怖いよ、兄弟。兄弟にもそんなときがあるか? 蛇足(あとがき) 僕はそんなこと思っていないのに、頭の中でいつも『俺』がしゃべっている。『俺』が何をわめこうが、現実世界の僕は、僕でしかないわけで対して役に立たない。困ってしまうわけです。僕は彼と仲良くしたいけど、彼が楽しそうにしていると、僕は疲れてしまう。僕が楽しそうにしていると……、彼はどうしているのだろう?僕は自分で思っているほど、彼のことをよく知らないのかもしれない。
空から覗く88個の目に意識を引き戻される。からん、とガラスの中にダイスが転がる音がした。全部、どこでもない角を上に向けて寝ている。 何者でもない隣の人間は一言、 「今日は飴ですね。」 そんなことを呟いて地面へと沈んでいく。当の私はカラフルな紙面に顔を向けたまま、朝焼けの奥のドアノブに手を伸ばしていた。 がちゃん、と引けば世界はあっという間に崩れる。こちらを見つめているのは見覚えのあるような老人。 「今日も、いつもの食べていくかい?」 なんだか懐かしい気がしてそっと微笑む。 間も無くして机の上に現れた物に私は顔を顰める。並んでいたのは数枚の草とひとすくいほどの蛙の骨、そして折れかけた鍵盤だった。 しかし何故か僕はそれを躊躇いなく口へ運ぶ。認識との相違に戸惑いを感じていたが、どうにも頭以外を働かせることができなかった。 「……僕、なんて言ったことはないんだけどな。」 苦し紛れに笑って見せる。そんな私を見つめ、目の前の時計も笑う。 振り子が音を奏でる間に、それは微かなアラームとなった。 「……夢」 浅い、夢を見ていた。所詮レムの狭間。言葉は幾つかあれど、きっと消えてしまうだろう。窓の外を眺める。いつも通りの針。刺される人はもういない。 かつんかつんと地面に当たる音さえも懐かしくて、どこか愛おしい。 「そういえば。」 チーン、とタイミングよく機械が鳴る。まるで待ち伏せしていたように、エレベーターの中から少年が出てきた。 「今日は気分がいい。どこか、綺麗な場所を見せておくれ。」 88の鍵盤の前に座る彼は、無意味に呟く。 「あなたはいつもそうして、何も見ていないのですか。」 その言葉がどうも癪に触った。失礼だ。私は今もこうして世界を覗いている。 ほら、今も。雨音が西へ向かって落ちていく。 霞の掛かった視界は徐々に輪郭を無くしていく。 「そうか、花音……君は……」 廊下に飾られた鮮明な写真を指でなぞる。 流れに逆らうように、世界は私を連れ去ろうとした。 それが何故だか怖くて立ちすくむ。前を見ずに、後ろ向きに世界を傍観する。 もう少し。あと、少しで 目を覚ました僕は、相変わらず覚めない夢を望ている。 星座が、僕を見ていた。
住宅街を歩いていて シャンプーの いい香りだったり カレーのおいしそうな においだったり もちろん その家に入っていって シャワーを浴びたり カレーをごちそうになったり そんなこと ないのだけれど ふわっとかおってくるそれらが 鼻先でわずかばかり じゃれていたりすると しあわせな気持ちに なってくる あれ? 蚊に刺された? そんなことない まだでしょ まだまだ だって まだだよねえ? あれ いま 夏のにおいが したのかなあ じゃあ やっぱり 蚊に刺されたんだねえ パン屋でもないのに 普通のおうちから 焼きたてのパンの香りが かおってきたことは まだ一度もない そういったこと あったらいいなあ なくっても わたしの人生に とくに影響は ないと思うけど あったら ちょぴっとくらい しあわせな気持ちに なれるんじゃあ ないかなあ そういったこと あったらいいなあ あったら いいよねえ
いつかの海。 覚えてるかな。 あの時、一緒に歩いたよね。 まだ、少し春先の穏やかな浜辺。 空は陰りが見えだし、辺りには誰も居なく、二人の長い影だけが一緒に歩いていた。 その影も、もう少し気を使って離れてくれれば、二人っきりだったのにね。 『ここに居ると、四季がはっきりわかるんだ』 キミはそう言って笑ってた。 海はいつも静かではなく、自然の厳しさが良く解る高波の日もあり、静かな日は、ウミネコの声を聴きながら目を覚ます。風の吹く方向で、潮の匂いが変わっていく………。 そんな日常。 それを言葉にしたくて、キミは旅立った。 ねぇ、知ってた? 「あれ、わたしの初デートだったんだよ」 キミはもう、ここには戻らない。 でも、わたしはここから離れない。 だから、たまに………あなたの夢に隙間が出来た、たまにでいいから、思い出してほしい。 ウミネコの鳴く、この浜辺を。 その時は、隣にいる誰かを想って。
彼氏は、お風呂の中で歯磨きをする奴だった。 「汚いな!」 初めて見た時は、思わず叫んだ。 しかし彼氏は、私がおかしいと言わんばかりの視線を向けてきた。 お風呂の中で歯を磨くことがいかにメリットが大きいか力説してきた。 聞いているうちに、なんとなく言ってることが正しい気がしてきて、私もお風呂で歯を磨いてみた。 「あ、ほんとだ」 「だろ?」 以降、二人で向かい合って湯船に浸かり、二人で歯を磨く時間ができた。 時々、湯船に白い泡の塊が浮かぶことも、慣れた。 「うわ、汚いな!」 そんな魔法も、女友達と温泉旅館へ行った日に解けた。 いつのまにか、私も彼氏の狂いに感染していたんだと知り、私は通話で彼氏と別れた。 女友達が横にいなければ、きっとまた魔法にかかるだろうから。
「僕には夢がある」 と、言ったところで、他人に誇れるようなものでも、野望が渦巻く様なものでも無い。 しかも、今まで忘れていたような夢だ。 だけど、面白味もないほど真面目で、世間に反抗などしたことなど一度しか無い僕にしたら、それはきっと夢なんだと思う。 僕は駅のホームで電車を待ちながら、荷物を担ぎ直した。 「昔さ、親父が線路を歩いて隣町まで行ったんだってよ」 こどもの頃、そいつはそう楽しそうに話てた。 成績や素行がよくない、そいつと僕がよく一緒にいることを、他のみんなは不思議がっていた。 だけど、その当時は理由なんてなかったんだ。 「ツレと2人で、とにかく何かしたくってさ。――――夜中に駅に集まって、誰もいない時間を見計らって、線路の上を歩いて行ったって。すっごく時間が掛かったのに、けっきょく、隣町のホームで駅員さんに見つかって、こっぴどく怒られたらしいけど………」 枕木を数えながら歩いている僕に、そいつは、まるで平均台から落ちないように、両手を飛行機のように伸ばして、振り向き笑い付け足した。 「その時は、ただそれだけの事なんだけど、すっごく楽しくって、そいつとなら、どこまででも行ける気がしてたんだってよ」 そう言って、遠くを眺めた。 僕は思わず苦笑いだ。 だって、その当時、僕もそう思っていたから。 隣町の駅じゃない。この線路はどこまでも続いているって。 そう、あの、空の上まで。 そしてその後、あいつの父親と同じように、僕たちは隣町の駅員さんと両親にこっぴどく怒られたものだ。 僕は自分の父親に良いのを二発もらって、一週間、食事が取り辛かった。 それからは進学もあり、あいつとはあまり会わなくなったが、ひょんな事からそれを思い出した。 メールやソーシャルネットワークで全てやり取りしている時代に、時代錯誤な紙の郵便物が届き、この線路を思い出したんだ。 しかも、どこで売っているのか、裏が写真になっている年代物だ。 文章は簡潔だった。 ―何してやがる! 早く来い!― 何故だろうか。 22歳まで頑張って、ようやく手に入れた、公務員という将来を約束された安定。 周りは羨ましがり、両親は泣いていた。 それが、一枚の古臭い紙きれで、全て馬鹿らしくなった。 こんな単純な言葉で、人生を狂わせるのは間違っている。 だけど、誘ったのは僕だったんだ。 夢だったんだ。 子供の頃に、線路を歩いていた僕の細やかな夢。 子供の僕は、空を指差してあいつに言った。 「なぁ、だったら、あの軌道エレベータの上まで行かないか?」 子供の頃のあいつは、驚いた顔をしていたが、僕の顔を見ながら、確かにうなずいたんだ。 今も、一握りの選ばれた人間しか行けない、才能も能力も覚悟もいる場所。あいつがそこに行くなら、並大抵の努力では無理な話だ。 なのにあいつは、真剣な瞳でうなずいた。 線路は続き、歩いて行くには時間が掛かりすぎるだろう。 ――――あいつが待ってる。 その日のうちに辞職願を書いた。 人生を狂わすのは、そんな単純な事かも知れない。 早くあいつに追いつき、教えなくっちゃ。 あいつはきっと知らないはずだ。 意外と辞職願って、書くのが難しいってことを。
言葉にするのが嫌になった。精一杯言葉を尽くしても伝わるとは限らない。むしろ全部を伝えられたことなんて一度もない。 苦しい悩み。好きなアニメの感想。感動した理由。政治が嫌いな理由。どうして。なぜ。 伝えれば伝えるほど、伝わらないことばかり明確になっていく。 この頃は言語化がどうのと叫ばれるようになった。上手く言語化できるやつは頭が良く、相手に理解させられる言葉は素晴らしく、そうではない奴らは衆愚であるような。 私は一度たりとて自分の抱いた感動の全てを相手にそのまま感じ取れるような言語化をできたことはない。私の感覚は私にしか宿っていない。それを相手に伝えるのが無理だというのは、個人差で説明がつく。私の世界は私にしか存在していないにだった。あくまで主観。自己を中心とした解釈の世界しか私は持ち得ない。どれだけ想像を働かせてもそれは変わらない。それは他人も同じなのだろうと、自己中心的な解釈で思う。 言語化出来ることが素晴らしいなんて思えはしなかった。
「ねえ、ドーナツってさ。終わらないじゃん。」 「……え?急に何を……」 曲がり角でぽつんと光る小さなカフェ。皿に乗ったそれを見上げながら目の前の君は言う。 「ほら、ドーナツってさ。穴に沿って回っても、こう穴に入っていってもさ。終わりがないじゃん。こう、ぐるぐる回って。」 「大抵の物はそうだと思うぞ。」 「まあ、そうなんだけどさー。まるで宇宙みたいとか、なんかそんな感じしない?」 漠然とした言葉に思わず出かかった言葉を飲み込む。 「くだらない事を言ってる暇があったらさっさとその馬鹿な口をドーナツで塞いだらどうだ?」 「はぁ?あんた今私のこと馬鹿って言った?」 あぁ、面倒だ。不思議な話に付き合わされたと思ったらそれっきり、何か言えばすぐにこうなる。 「わかった、僕が悪かった。」 浅く残ったコーヒーの苦味を噛み潰しコーヒー代を机に置く。 重い脚で立ち上がり出口へと向かう。 開いた扉から差し込む光に焼かれる。明日は雨、微かな香りが鼻につく。 トカマク型。円に沿って動くトロイダル方向も、深淵へ堕ちていくポロイダル方向もいずれは元の位置に戻る。そして、それを繰り返す。 そこに終焉も、果てもない。あるのは悠久の、久遠の空。我々生物が夢見る空想。そんなものにも興味はないと、僕は必死に目を逸らす。車が、人が走り続ける。今この時も地球は回っているし、宇宙は動き続ける。自分自身の行き着く先も知らぬまま、ただ時を眺める。 そんな流れに逆らうように、バイブするスマホをポケットから取り出した。 「あぁ、いつものカフェで。今、向かっているよ。」 未だ苦味が残る口で答える。 伸ばした手で扉を開ける。ベルが鳴る。 「やぁ。いつものは頼んでおいたよ。」 目の前のテーブルに置かれるドーナツとコーヒー。一口を口に運ぶ僕は、見上げる君を見ていた。 「ねぇ、ドーナツってさ。終わらないじゃん。」
Add broccoli have a head of color vocally head to breaker went out of way down. We have a battery that where a dead have been down way down buddy with dad have a book club that we did with that part without it would definitely be David with that and we could have a cup have a buck Weber that we have about that we have that we could have about data about a dead hip about dead, dead dead dead dead and we could cover a water without that we have a data but that’s what day am I gonna come back without that could work without have without a dead dead dead with that wake one hour to water a dead we have with dad Woke up about that but now they gonna cover a walk about that we have with that covered but that with that, how do I cut a cup with a cup and now I have to have that done and we could brew with water with daddy have a dead by that devil that’s dead that could cover a cover that we have a dead dad that but that how do I go to work with brother but have you ever come out with that cover cover work would have but that could work I have about to have dead, dead, dead water, dead dead dead dead I could come by, but I have never done a dead dead smoking a bit of a bitch I could come to come over. Dad will come about a dayand about that work we have but that will provide a data data. That’s a Maccaro on they could’ve come back without that we have to have a date with that, but with that had to be covered, but I have about a dead back, but how do I walk without a demon dead day and cover that with that I would have but I doubt we have that comfortable water that we have a vote of data by David How broken my way, had a better cup of water we have and then we cup of water we have a deck come out that we have back the world without that we have a dad with it and better to walk with that we have dead with that have a come over to come over the drive that was go to David and back cover bucket deck about Casero
その死刑囚は、ある日、夕飯に出たニンジンを、食べずにそっと隠した。そして、その夜、布団からそっと抜け出し、窓の外に見える満月に向かって、先ほどのニンジンを差し出した。どうやら、ウサギを手なずけようとしているらしかった。この死刑囚は、ある誘拐事件の犯人だった。
大海原に点々と浮かぶ島の間をすり抜ける一艘の船がありました。細長いその船は一人の男によって操舵され、軽やかに島々をつなぐ青い海を過ぎていきます。男の目は過ぎゆく島々のどれひとつ捉えてはいません。ただまっすぐに、雲と海とに囲まれたたったひとつの島を見据えておりました。 島は生い茂る緑におおわれ、外縁をぐるりと囲むように薄茶色の民家が建っておりました。桟橋に船をつけた男は足早に数ある民家のうちから豪奢なそれへと飛び込みます。 「島主どの!今回も新発明を持ってまいりました!」 入ってすぐのところで男が声高に叫ぶと、奥から黒髭を蓄えた線の細い老爺が顔を出しました。その瞳は鳶のように鋭く、男の持つ発明品を狙っているかのように険しいものでした。 島主は男の持ってきた発明品を手に取り、上から下まで視線で舐め回します。しばらくして、島主はようやく男を見ました。 「こんなものは既にわが島で発明されている!出直せぃ!」 前歯しか残っていない鳶にそっくりな口から、さらによく似た高い声が屋内に響きます。その一声に、男は愕然と顎を大きく開いています。呆然と黙り込んだ男は、奥から現れた二人の屈強な男たちによって放り出されてしまいました。 道に放り出された男は何を思うでもなく、内に流れる悔しさのままに流れる雲を目で追いました。そんな男に影がさし、流れ着いたかのように男の顔を不思議そうに覗く女がおりました。 女が首を傾げて男を見つめていると、屋敷の方から島主の怒鳴り声が上がります。女は肩をびくりと飛び上がらせ、そして悲しそうに顔を伏せました。 「今日も駄目だったのでございますね。島主様はいつもいつも…すみません」 女は見下げる男と同じくらいまで膝をついて腰を折り、頭を下げています。 「いつになれば、迎えに行けるのだろうな…」 男は女に聞かれぬよう、用心して呟きました。 それから二人は同じ速さで、ゆったり浜へ歩きました。 「あなたを初めてお見かけしたのはこの辺りでしたか」 雲の隙間からこぼれる陽の光が女の綻ぶ顔を照らし、男はそれを見て酷く胸を締められながら、苦笑を浮かべます。 「それで死に際を救われたのだから、運命の出会いかもしれないな」 男はちらりと女へ目をやります。女は笑うでもなく、かといって嫌がる素振りもなく、ただ遠く遠く海の向こうをじっと見つめておりました。 「もういっそ、共に逃げ出せたなら…」 女の囁きが波間に消えながら男の鼓膜を打ちました。かすれてしまった女の意思を男は知ることが出来ません。男もまた女と同じように遠くを見やり、されど女とは違ってハッキリと願い口にします。 「いつか必ず、俺はこの島の民になってみせる!」 男の願いは、女のためでありました。流浪の民、海に生きるヒトでありながら、陸の女に恋をしてしまった男の決意は固く、陸の規則に従って伴侶をこの女と望みます。 そのために男は幾度も幾度も発明品を持ち込んでは島主に見せ、島主に認められなければいけませんでした。それは永く辛く、困難を極める道でありました。 『お前が陸に上がるとき、お前は死んだも同然なのだ』 男はさざなみの合間から、かつて島主に飛ばされた一言を拾い上げました。そうして込み上げる熱を原動力に、再び頭を回して集中を始めます。 女は虚空を見つめながらぶつぶつと呟く男を横目に、己の退屈な過去から生まれた願いを密かに抱きます。 女は島が嫌いでした。そして、海が好きでした。自分は海から生まれたのではないかと疑うほど、海に焦がれていたのです。 打ち上げられた男を見た時、女は歓喜して男を救いました。自らを縛り付ける島の規則を打ち破る者が海からやってきたのかもしれないと、己のうちに秘めた願望を男に重ねました。 男は幾度も島を訪れるようになりました。その度に脳裏をよぎる〝もしも〟に悶えました。けれど、男はいつまでたっても女を連れ出そうとはしません。なにせ男は陸に上がろうとしているのですから、それは当然でありました。 しかし女は密かに抱き続ける願いを、島の規則に従うままに打ち明けられずにいるのでした。 男は女と共に過ごすために陸を目指し、女は陸を離れるために男を待ち続けています。 「いつになるのでしょうね…」 女が淋しげに呟きました。 「きっと…もうすぐだ。次こそは叶えてみせる」 男は悔しそうに唇を噛みました。 その時、一際おおきい波が二人を襲います。揃ってびしょ濡れになり、けらけらと二人して笑いました。 二人は知っています。あの波はきっと、満潮に近づいていることを知らせに来たのだと。
「今日はここまで」と僕は教科書を閉じて目の前で一生懸命に文字を書いてる人物を見つめる。 その人が教養を学ぶ姿は実に真剣で、僕より……ましてや同級生よりも短時間で集中して頭に入れ込んでいるのではないだろうか。 「わからないところ、ありますか」 「大丈夫。ありがとう。今日も教えてくれて」 「僕の教えで、いいんですか。もっと本格的に学びたいのだったら、それこそ学ぶところとかありそうですけど」 「まあね。でも教えてくれるのはきっと君だけだろうから」 中学生の範囲を頑張って学んでいる大人。僕は、ただ学校で習ったものを彼に教えているだけだった。過去に碌に勉強してこなかったんだ、と言っていたけど。今の状況を見る限り、学ぶことは好きそうなのに。 教材としては特に〝社会〟に興味を持っていた。「俺が知らない世界をたくさん知ることができる」って喜んでいた。大人なのに僕より全然知らないことが多いから、知識としては僕の方が上。でも学びたいという意欲がとても強いからそのうち僕を追い抜いていってしまうかもしれない。 彼は僕が住むアパートの隣の人だった。 時折居合わせて、挨拶して。容姿端麗な人だな、というのが率直な感想だった。その程度の関係だと思ったのに、僕が学校から帰る時間と彼が出かける時間は被るようで毎日顔を合わせていた。そこから「読み書き出来るようになりたい」と頼まれた。 突然で驚いて、僕も直ぐには即答出来なくて。一旦持ち帰って母に聞いてみた。だって僕より全然大人なのに、僕より知識が無いってことだから。 母は暫く考えた後「わたしが家にいる時間帯ならいいわ」と許可してくれ、毎週日曜日に僕の家に招いて教えるようになった。 驚いたのはある程度の平仮名はかけても漢字が読み書き出来ないこと。だから小学校の教科書を引っ張り出し、国語の文章を読み書きし、沢山の言葉を覚えさせて。言語が増えてから理科や算数、社会と範囲を広げていった。 学ぶようになってから、気怠げだった彼の雰囲気はどんどん生き生きしているように感じる。きっと楽しい時間なのだろう。僕も、そんな気持ちで授業を受けることが出来たら毎日学校が楽しくなるかもしれないのに。 ただ教えるだけでは僕にメリットが無いから勉強した後の時間は〝一緒に遊ぶこと〟を条件としていた。僕の家にはボードゲームがたくさん置いてあり、時には母を交えて三人で遊んでいた。これまた不思議だったのは、彼が遊び方を全く知らないということだった。僕や母が遊び方を一から教えて、実践して、まるで初めて遊んだ少年のように大はしゃぎする彼を見るのはとても新鮮で「きっと若い頃から働き詰めだったのだろう」なんて考えていた。 「色々知識を与えてくれて、自分のことを考えるようになって、気付いたことがあるんだ」 「何ですか」 「……俺が、今まで教養に触れてこなかった理由」 筆記用具を片付けながら彼はふと呟く。何か見つかったのかと前のめりになって尋ねてみれば、苦笑して俯いた。 「社会というものを学んで気付いちゃった」 彼の表情は浮かない。なんか、もしかしたら。僕が聞いていい言葉なのか少し不安になった。「大事な話だったら、母さん呼んできますけど」と伝えれば「いいんだ。でも、出来たら……少し、苦しみを共有してもいい?」なんて質問をされた。 何故こんなことを聞くのだろう。いつもわからないことは質問して欲しいとは言っているけれど。なんだか。次に発せられる言葉は、僕にはキャパオーバーな予兆がしてならない。 でも気になってしまう。彼自身が気付いてしまった苦しみを、僕に分けてくれようとしてくれる気持ちに応えたかった。恐る恐る頷けば、彼は「ありがとう」と呟いてから僕を見て。静かに呟く。 「小さい頃に大人に蔑ろにされてたのも、俺が今してる仕事も誇れるものではないって知ったのも、全部君が教えてくれた」 「そ、う……なんですか」 「うん。みんなが当たり前に持っているものを、俺は持っていなかった。例えば、このカードとか」 教科書にイメージとして載っている保険証。それから住民票。心臓がドクドクと煩くなっていく。大丈夫だろうか。僕は、うけとめきれられ── 「……無戸籍なんだ。俺」 ひゅっ、と声が漏れてしまった。習ったばかりだから、意味はわかる。出生届を出されずに国に存在しない人間になっている人。まさか目の前の彼が。そして知識を与えたことできっと彼も最近気付いて。 「……どうすれば、いいんだろう」 静かに聞いてくる彼に、僕は何も言えなかった。僕だって中学生だから、全てを知っているわけではない。だから。今出来ることは。 「一緒に、考えましょう。きっと戸籍を持つことが出来る。母さんにも伝えてみよう」 だってもう一人じゃないから。
飼いネコが、窓辺に座り、窓の下を流れるドブ川を眺めながら、タバコを吸っている。そのタバコの箱には、ネズミのイラストがプリントされている。煙は独特なにおいがする。ネズミのにおいなのかもしれない。「ネズミ、捕りに行かないの?」私が話しかけると、飼いネコは、「にゃあ」とつぶやいてタバコをドブ川に投げ捨て、あくびを一つして、丸くなった。背中を撫でると、飼いネコは、たしなめるように、尻尾で私の手をそっとはたいた。
カサカサカサ ペタッ スー ペラペラ 「紙は薄っぺらくて、すぐ破れてしまうし、とても弱い。こんなぺらぺらの存在は無意味だ。そうだろ?」 作り途中の折り紙を、袖の中にそっと隠した。 薄っぺらいって、何を基準に決めているんだろう。紙の中でもその紙は特段薄く作られているんだろうか?それとも、石版とでも比べているのか。紙なんて、元々他の物と比べれば薄いのが当たり前で、それだから紙なんだ。その薄さや、扱いやすさが素晴らしくて、簡単に壊れてしまうけれど、だからこそ生かせるところも多いじゃないか。そんな紙が、僕は─ 「うん、そうだね」 好きなん、だけどな。 「やっぱりお前もそう思うだろ?あんなものに心酔する奴の気が知れないよ。本当に、薄っぺらい連中だ。あんなもの、全くもって無意味だと思うね」 くしゃっ。袖の中で、嫌な音がした。 「本当、そうだよね」 精一杯の作り笑い。折り紙より脆い仮面で取り繕った僕の笑顔は、吹けば飛ぶ程に危うくて、それでも、僕はその仮面を必死に抑えるしかない。だって、そうしなきゃ、嫌われるんだから。 「やっぱりお前は話が分かるな。そうだよな、皆そう言ってる。それが普通なんだよ」 そう言い終えて、彼は笑顔で去っていった。 見えなくなるまで見送って、さっと袖から取り出すと、一部が折れて潰れてしまっている。落ち着かない呼吸にため息が混じって、誰にも届かず息を潜めた。そのつもりだったけれど、いつの間にかどこかの風車を回してしまったようで、カラカラと音が聞こえてきた。 「ねぇ、何してるの?」 「ひゃあっ!」 いつの間に傍に来ていたんだ、全く気が付かなかった。というか、不味い。これは完全に見られてしまった。どう言い訳をしようか。 「あっ、えと、これは」 薄っぺらな仮面は、突然の出来事に簡単に飛ばされてしまった。必死に手で紙を隠す僕の姿は、多分、紙よりもずっと弱々しくて、滑稽だ。 「それ、もしかして折り紙?」 あぁ、最悪だ。きっと、おかしいと思われたんだろうな。 「う、うん。そうだよ」 僕の折り紙を素早く手に取って、目を輝かせる。 「凄いね!折るの上手いんだー!折り紙、好きなの?」 予想外の言葉に、目を見開いた。でも、 「いや、違うよ。ただの暇つぶしだから。もう捨てようと思ってたんだ」 これでいい。だって、こんなものが好きだなんておかしいんだから。 「そっか、あっ、突然ごめんね!それじゃあね!」 そう言うと、振り向いて素早く駆け出した。ほっと、胸を撫で下ろした瞬間 「でも、私は好きだよ!」 ドキリと心臓が跳ねた。 なんだよ、その薄っぺらな感想。 ふぅ、と一息ついて、頬杖をつく。 カサカサカサ ペタッ スー ペラペラ 校門を出る前に、教室の窓を見上げると、ひとつの紙飛行機が飛んでいて、それを見た私は、薄っぺらい感想だけど、でもやっぱり、こう思った。 やっぱり、好きだ。
「お待たせ」 いつもの喫茶店に入ると、いつもの窓際の座席で、キミはオレンジジュースをすすっていた。 私にとって数少ない友人の一人。その中で唯一、私の書いた小説を読んでくれるのがキミなのだ。 「アンタもさ、なんか頼みなよ」 そう言って、友人がメニュー表を差し出してくる。――特大メロンソーダ。バニラアイスとサクランボが置いてある典型的なやつだ。 「いや、私、金欠だから」 それに用事が終わったら、すぐに帰るでしょ。ここまでは言えなかった。 オレンジジュースを吸い続けるキミの手元に――まるでメニュー表の代わりに――持参した紙束を置いた。 週に一度、私は自分の書いた小説をキミに読んでもらっている。これは私が頼んだ事ではあるものの、毎週この場所で集まろうと提案したのは二つ返事で「オッケー」をくれた、他でもないキミだった。 私の書いた数百文字の文章を、黙々とキミが読み進めてくれる時間。これは、私にとっての習慣で、義務のようなもので、唯一無二のもの。けっして特別な事ではない。どうせ金を使うなら、すぐに終わる些細な事じゃなくて、長く続く楽しい事に使いたい。 いつも私から呼び出すのにも関わらず、必ず私よりもはやく喫茶店にいるキミは、何をそんなに楽しみにしているのだろう。 だから、とは言わないけれど、今日は暗い話を持ってきた。幸せ者の主人公が、ある日を境に不幸の連続に見舞われる。その主人公の性格や振る舞いは、実をいうとキミを参考にしたのは内緒だ。 「あのさ」 全てに目を通し終えたのだろう。文章を凝視しつつ、キミは口を開いた。 「この主人公って、もしかしなくてもアタシのこと?」 なぜバレたのか。やはりモデルにされた側から見ると、なんとなく自分に似ているな、とでも思うのだろうか。キミにたずねてみると、案の定「アタシにさ、なんか雰囲気、似てる気がしたんだよね」と返ってきた。 とりあえず、あくまでも参考にしただけ、とキミには念を入れたうえで謝っておいた。やはり許可もなくキャラクターのモデルにされた、というのはイヤかもしれない。不幸物語の主人公であれば、なおさら複雑な気分になるだろう。 しかし、キミは首をかしげた後に「なんか良いよね、こういうの」と呟いた。 「いや、嬉しいって感じとは、また違うんだけどさ。なんて言えばいいんだろ。ええと……」 懸命に気持ちを言葉にしようとしてくれるキミを見ていると、だんだんと申し訳なさがつのり、堪らずこうべを垂れていた。キミのような人物に、物語の中ではあるが、残酷な仕打ちを受けさせたことは、本当に後悔しつつあった。 互いの沈黙が臨界点に差しかかった頃。いつしか眉間にシワをよせて、ウムウムとうなりながらも、キミは言葉を紡いだ。 「ほら、こうやって知らない間に、誰かにとっては物語の主役のように思われてるのかも、って考えるとさ。ちょっぴりワクワクしない?」 自然と顔が上がった。キミと目があった。 言われてみれば、という気がした。べつにそんなことを意図して、キミを参考にしたつもりは無かったのだけど。まぁ、好意的に解釈してくれただけ、ありがたいと思うべきだろう。 きっと、誰もが一度は舞台の上の演者のように脚光を浴びたい、と考えてみたことがあるはずだ。でも、思っているだけでは、とんでもない確率を引き当てない限り、スターになんてなれない。だからこそ、私達は羨望のまなざしを向けて、意味もなくイメージと欲望をふくらませていくのだろう。 だけど、もし自分が知らず知らずのうちに何かのモデルになっていたとしたら。その人物が、例えば物語の登場人物として描かれ、生きているのだとしたら。こんなふうに考えると、確かに、ちょっぴり面白いかもしれない。 「ありがとうね」と言って、キミは紙束を私に返す。そのまま伝票をとり、席を立つ。 「待って」 思わず、キミの腕をつかんだ。口が勝手に動いていた。 いや、勝手に口が動くはずがないんだ。 もう少しだけ――。 その想いはノドから出せず、私は代わりに声をふりしぼって叫んだ。 「あの、追加注文、お願いします!」
『死ぬほど辛いラーメン』 辛党のぼくとしては見逃せない看板が目に入った。 勢いよくラーメン屋の扉を開けて、カウンター席にどっかりと座った。 「死ぬほど辛いラーメン、一つ!」 店主はぼくの勢いに目を丸くして驚いた後、親指を立てて答えてくれた。 「はいよっ! ラーメン一丁!」 勝負の直前。 熱気漂う店内をぼくは見渡す。 壁には芸能人のサイン。 使っているだろう調味料の数々。 そして、カウンターに座る死体。 「え?」 死体は店員によって次々と片付けられ、トラックの中に放り込まれていった。 「え?」 唖然とするぼくの前に、マグマのように煮えたぎったラーメンが置かれた。 色は、真っ赤。 血の様だ。 おそるおそる見た店主の顔は、不気味に微笑んでいた。 「お客様は、ああならないといいですね」 死ぬほど辛いラーメン。 それが言葉通りの意味だと、誰が想像しただろう。 「貼り紙の通り、残す場合は罰金をいただきますからね」 ぼくは震える手で箸を掴み、箸を汁へと突っ込んだ。
「よろしくお願いします。渚です。 橘さんはこういうので会ったことあるんですか?」 午後19時。繁華街のイタリアンレストランでテーブル席に向かい合い座っているのは、 私と45歳の自称会社員橘さん。 「そうですね、何度か。」 平日のこの時間帯は、店内もそれほど混んでなく、ひっそり話すには丁度良い。 運良く炭の方にある壁際の席に通されたので 話を聞かれる心配はなさそうだ。 「そうなんですね。橘さん、とっても優しそうな人で安心しました。会ってみるまでどんな人かわからないですからね。」 思いっきり口角をあげ、いつもより高いトーンで話すことを心がけている明るそうに見える私は、普段の姿とは180度違った人間に見えているだろう。 「そうですね。渚さんこそお綺麗で優しそうな方で僕はすごくテンションが上がっています。なんでも好きなもの頼んでくださいね。」 私たちのやりとりは誰の目にも止まっていないだろうが、もし見られていたきっと、 最近流行りのマッチングアプリで知り合ったことは簡単に予想されるはずだ。 「ありがとうございます。やっぱり思ったとおりだ。すごくお優しいんですね。もうすでに橘さんのこと気に入っちゃいました。」 店内で流れているクラシックのBGMを頭の後ろでうっすら感じながら思ってもいないことが口から何でもないように流れ出る。 「すごく嬉しいな。こんな綺麗な子で。渚さんは学生さんなの?22歳だっけ?すごく若く見えるけど。」 「いえ。社会人ですよ。ごくごく普通の会社員です。」 「そうなんだ。うちの娘も同じ年だったような。うち離婚しちゃってあんまり会ってないんだよね。」 娘の存在とその子の年齢が私と同じであることまでサラッと打ち明けられたことには驚いたがなんとか平然を装った。 その後も、仕事の話や最近ハマって見ているNetflixのあの作品が面白いだとかごく普通の他愛もない話をした。 「僕、渚さんのことすごく気に入ったからさ また会ってくれる?」 「はい。もちろんです。また会いましょうね。」 「うん。よろしくね。あ、そうそうこれ、忘れないうちに渡しとかないと。」 橘さんは鞄から茶色い封筒を取り出し私にそっと手渡してくれた。 中身は確認しなくてもわかっている。 「ありがとうございます。」 いやらしい感じが出ないように気をつけながら 受け取りさっと私のカバンにしまった。 「中身、確認しなくていいの? 1っていう約束だったからちゃんと入れてるけど。」 「大丈夫ですよ。橘さんのこと、もう信用しちゃってますから。」 「あら本当?それは嬉しいね。」 そう言ってすぐ橘さんはお会計を済ませにレジへたった。 私はそうは言った手前ちゃんと封筒に入っているか少し不安なので橘さんがお財布に目を落としているのを確認しながら、封筒の中身を確認した。 よし。きちんと入っている。 「橘さん。ごちそうさまでした。また連絡しますね。」 次の日程は私の都合がはっきりしておらず決められなかったため、私から連絡することを伝え足早に店を出た。 この人とは定期で会うことになりそうだな、 と考えながらまだ人気のある大通りを歩き出し、 携帯を取り出してホーム画面の1番使うアプリ一覧に並んだピンクを基調としたpとjの黒文字が大きく載ったアイコンをタップした。 明らかな偽名と本当かどうかしれない年齢の羅列をスクロールしながら雰囲気の良さげなプロフィールに飛びコピペした挨拶の定型文を送信していく。 なんだかどっと気疲れしたので 帰りにコンビニで夜食用のカップラーメンを買って帰り、夜食を素早く胃に流し込んで寝た。 私はいつまでこんなことをするんだろうか。 いつか後悔する時が来るかもしれないし、 記憶の隅で今この瞬間が薄れて消えていくかもしれないしそれは今の私には分からない。 正しい道から逸れているのはわかっていても、 自分がこれで良いと言っている限り間違ってはいないと信じている。 今日も街のどこかでたくさんの需要と供給の満たし合いが行われている。 人間の欲が私たちによって静かに満たされていき、 世の中を回している中年男性のちからになり そして世界を少しでも良いものにしているのかもしれない。 そう思うだけでも明日からまた活動に励むことができるのだ。
Wagon break had a back of my head every hair I always have now woke up by the way without it but without water I have that color about it right now and grab a little walk, but I had back in the head with that bottom now the big white hair is dead with a gun now, and we could have a bucket with that little pocket, buddy that I have a dead back on the wall, but that I could be there when I woke up and had a cup of cup of butter, I have but that’s a book that I have a buckle with that a little while a battery we have a dead we have and now wake out with that how do I get a cup bottle? I have a burger, but that I better wake up bad wake up with that with that but that’s what that day go to bottle 11 day cup but we have that as we go to cupboard work right Heaven wake up a block of water that we have that I put a couple of walking in line with that big cab cupboard walk that would definitely be that we could cover that we have with it and I want to have a water with that with that, I’m gonna run now. I could’ve kept a cup boardwalk one I have a cupboard that we could go to a cupboard that we have about go to world with that cup block that we have a bow with that and we get a work that we have with that we go to have a bottle with that anyway cup bottle cup bottle water we have a avocado with that how do I go to that way that was able with that had to go to the web with that duck break down a cold one a visit day at I wanna be on the mountain and a water bike would be down every day, crying and back i’d like a broken battery have a car we have a bike. I have a boat WW could I have a back to vote with that with without be definitely dead with that but with that when I am able to go on ride to get get ready. I have dead dead with that cup. I have that have a wild game now down and we get to go back but bringing a workout have have that cup and have that cup of cup that I have a better without that I know An Essayist and Yuji Tanaka
いつも、起きるといぬがいる。 右ふとももの外側、同じく左ふともも、足の先、足と足の間に挟まり、というかほとんど乗っているもの。右どなり、左どなり。そして枕と一体化している…いぬたち。 俺はまるで布団に磔にされたみたいになっている。 「ちょっと、横になっていいかな。」 主に足あたりにいるいぬたちに声をかけた。 いぬたちはそれを聞いて別に退いてくれるわけではないため、いぬといぬの間の空間に再度うまいことおさまるように寝返りをうつ。 すると、左どなりにぴったりくっついて寝ていたいぬの毛皮の中に顔がめり込んでしまった。 出汁がきいたホットケーキみたいないぬのにおい、草、泥、そして、ベタついた水辺のにおい……。 「おい、汚いぞ。」 顔を思わず離して言った。 「みんなで海に行ってきたんだよ。」 みんなで? そういえば、すごく磯臭い……。 たぶん嫌な顔をしてしまったんだろう。慌ててそのいぬが言った。 「大丈夫! その後、草でがんばって拭いたから。」 何が大丈夫なのかわからない。 「海に入った後は真水で洗うこと。肌にも悪いから。」 俺は自分の大事な布団を汚されてしまったことについてできるだけ考えないようにして言った。 「めんどー」「わかった!」「海にはね、たくさん、カニがいたんだよ。」「お風呂屋さん行く?」「行く。」「チケットが余ってるよ。」「全然行かないもんね……。」 俺は海水の染み込んだ毛玉たちがさらに団子になって、坂を下っていくのを見送った。 「いっしょにカニ見にいこうねー!」 その日はずっと、小さなカニが頭の中に張り付いていたようだった。
だいぶ昔のことになる。まだ小学校二年くらいの頃に人形劇を見た。いわゆるマリオネットという、糸で手足を細い板に結ばれた様々な人形たちが物語を織り成すものだ。その当時、少し不気味さも感じるようなそれを見て、僕は確かにあの人形に自分を重ねていた。 そんなことを思い出したのは、ふとした瞬間だった。趣味の延長にあるような仕事を定時に終えて、趣味の野球観戦のために球場へ向かった日。夕暮れを抱える球場のバッターボックスには、一人の選手が倒れていた。 観客たちはどよめきと怒りとで満ちていて、夕焼けが落ちてきたように真っ赤だった。そんな中で、バッターが担架に乗せられて運ばれていく。いよいよ熱気は最高潮になる。 「謝れ釘原ー!二度と投げんなー!」 「松谷大丈夫かな?」 「試合終わったわ…負け確定したな」 大小様々な声が渦巻く。夕暮れは短く、呑まれるように暗闇は広がっていく。あっという間に星空が訪れた球場の下、吊し上げられたように照らされる釘原投手が帽子を取り、運ばれていく打者松谷に頭を下げていた。 強烈な嫌悪感とともに人形劇を思い出したのはそんな時だった。というよりも、幻視したものがとてもよく似ていたのだ。 観客席から伸びる無数の糸が釘原投手へと伸びて結ばれ、首や頭から始まり腰、足の爪先に至るまでびっしりと結われている。釘原投手はそんな状態で、たくさんのライトに姿を暴かれながら頭を下げていた。 勿論、それが誠実な対応であることも知っている。マナーや人間としても当たり前の対応だということも。 ただほんの少しだけ、観客が失態を犯した釘原投手に頭を下げさせたふうに見えたこと。それゆえに、釘原投手に誠意があるのかどうか疑ってしまったこと。知りようのない真相を求める猜疑心がゆっくりと顔を出してしまった。 冷たく光る月が少しづつ球場を覗き始めた頃、観客席の熱はそれなりに収まっていた。釘原投手は続投し、野次もほとんどなくトラブルなんて無かったように試合は続行されている。 陳腐な人形劇の同調圧力に耐えきれず、僕は観戦を放棄して球場を後にした。 月眩くが照らし出す夜の街には、いつもどおり盛況だった。そしてその誰もが、お互いに糸を引き合って操り合っている。そしてそれらのいくつかは、僕の体に結ばれている。 気疲れから溜息が漏れた。誰に向けてもいない吐いた空気はあたりに染み込んで、消えそうになったところで肩に柔らかい衝撃が二回。 「あの…」 振り向いて見えたのは、いかにも野球ファンの格好をしたまだ若い女性だった。 「これ、落とされましたよ」 そう言って、彼女が差し出したのは僕の車のキーだった。入っているはずのズボンの右ポケットに手を入れるが、想定した感触は返ってこない。差し出されたそれを手にとったと同時に、ちらりと揺らぐ糸が見える。 少しばかり詰まりながら「…ありがとうございます」とだけ発して足早に彼女へ背を向け車へ向かう。背中に刺さっているだろう彼女の視線に怖気が走る。きっと僕にもう少し誠実な態度であってほしかったと、繋がれた糸を手繰りたかったのだろう。それに従うのは不思議と、とても嫌気の差すことだった。 だから裏切り、早々に背を向けた。 「早く戻ってくれてたら良いんだけど」 そう思いながら、近づいてきた車を解錠するためにキーをポケットから取り出した時だった。 ちょうど立っていた街灯の光を反射する、指の先から伸びるほんのりと赤みがかった糸が僕の目にありありと浮かび上がったのは。
「打ち切りです」 神様は、担当の編集者から告げられました。 神様には、まだまだ描きたいものがありました。 神様には、まだまだ共有したい世界がありました。 しかし、人気がなければ描き続けることはできません。 大多数が面白いと思わなければ、共有し続けることができません。 アパートに戻って一人ぼっち。 神様は、最新の原稿を床にばら撒いて、未来に書く予定だった物語のプロットを食い入るように読みました。 それは、二度と日の目を浴びない物語。 神様は悩みました。 自分の作品だけを滅ぼすか。 それとも、自分を評価しなかった人間の住むこの世界ごと滅ぼすか。 どちらにせよ、結論は変わりません。 神様の共有したかった世界は滅ぶのです。 続きは存在しないのです。 「ドカンが爆発した。ドカーン」 神様の一言で、地球は爆発して滅びました。 宇宙に残ったのは、地球だったものの残りカス。 人間だったものもプカプカと浮いていますが、広大な宇宙の中では塵のようなものです。 神様は、新しい世界を作るために、宇宙の外へと向かいました。 自分の描いた漫画は絶対に面白かったから、間違っているのは漫画を描く前に創った世界の方だと思ったからです。 宇宙の外に、別の宇宙ができました。 別の宇宙に住む人間たちは、漫画が大好きです。 特に、神様の描いた漫画が大好きです。 「続刊でます!」 神様は、新しい編集者の言葉にご満悦です。 神様の漫画は、変わっていません。
Eric broke up a break has a bad bar habit with come over with without that worry about it. That’s what went out whether that will be dead and cover what a cover a dark robot with daddy while I cover whatever that way we did we did. how do we could cover a cupboard with that to come over without to come about without that death without a dead, dead deadcome come out come J come Deborah come with dead, dead dead be dead dead have a couple of every deadly way that we have with that data come out dead. We have a boat that we go to, but we have about dead, dead dead, dead dead dead dead come come back whatever we have with that we have a couple that I have heard of that I could go to work or whatever but that we have a crew come over with that we have other than how do we work but that we have that we have that way that way I could come work with that will be how do we cut a cover cover cover that we have done with it have a bit of data that come with that I could come over come over come out of that we have dead recover out of the dead with the dead I’ll break a ball we had to go. We had cold weather. We have very heavy black water but that but that will cover whatever we have with that we did with that. I make a recover the world that we have a couple of water of that rehab that we did that how do make up come over that we have a cover over that we have a lot, but we did make up a car come on. We have a cover over without care about without a dead dead with it I could come up with that will come out with that. We have a dead cover with that, but that will be definitely will do that I make a break. I’m on break break a bit. That’ll come out with that even that will cover but that way that have a Deadpool would that be with that paper with that I’d make a way down come over with come walk over without a habit but that that whatever that played with it anyway go to come about work we dead we come out that we have a cover of a dead, dead dead but a devil
バサッ。屋根の下、私は傘を開いた。 雨粒は音に留まり、私を冷たく濡らすことは無いけれど、雨の日には傘が必要なんだ。いくら屋根で防いでも、『雨』を止められるのは傘以外に無い。だから、私は傘を開いた。 ツーッ。銀色に指先をなぞらせると、ひんやりとした冷たさが伝わって、湿気に混じって金属臭が鼻をくすぐる。くるくると棒を回すと、透き通った雨避けが、等間隔に流れてゆく。その様は、まるで雨の電車に揺られているようで、窓の景色の移り変わりを連想させた。 ガタンゴトン。降りしきる雨の中、どこへ行こうか。どこだっていい。今を忘れられる場所ならば、どこだって構わない。ひとりぼっちの電車の中、ちょこんと座る私の姿が、窓に写ってる。窓の向こう側の私は、雨に濡れていた。 カンカンカン。線路と世界を棒が阻んだ。雨に濡れた私が、見えない壁の向こうで立っている。傘をさした私が、電車の中で手を振って。私が振り返す間もないうちに、電車は通り過ぎてしまった。雨はまだまだ降り止まない。 ランランラン。電車を降りた私は、ホームの屋根の下で踊っていた。傘を回して私も回って、世界の全てが一周して、飛んでふわりと風を受けてゆっくり降りて、リズミカルな足音と、雨音のリズムが音を奏でた。リズムに合わせて振りかぶる。 開いた傘を大きく振って、私の姿は傘に隠れて、そして私は居なくなった。 ポツリとそこに置かれた傘は次の主人を待っている。
砂浜に落ちている貝殻を、拾う。それに耳を当てる。砂浜に落ちている貝殻でしか、受信できないラジオ番組があるのだ。波の音が流れている。ああ、これは、先週私がリクエストした、故郷の波の音だ。私は目の前の海の波の音が聞こえないよう、もう片方の耳を手でふさいだまま、いつまでも泣いていた。
そして教室にはハイヒールが一足残されていた。 後片付けは冗談ではなく命懸けだ。最後の撤収の完璧さまでが係の生徒によって点数化され、最後の閉幕式で読み上げられるクラス大賞に関係してくるのだ。一般客の退校後、校舎中がてんてこ舞いの大騒ぎだ。ついさっきまで教室を彩っていた様々な装飾や段ボールや小道具が、中庭に設置された業者のコンテナに山盛りいっぱいになるまで捨てられていく。 勿論、個人で持ってきたものはそれぞれの下に返される、理想を言えば。貸した色鉛筆が返ってこないだの、この黄色いジャケットは自分のじゃないだの、そんな声を聞き始めるとキリがないだろうが、まぁみんな何とか折り合いをつけるものだ。とにもかくにも、借りている他所の教室を綺麗に片づけ、置きっぱなしになっているクラスメイトの荷物を袋に詰め込み、何とか時間までに自分の教室に運び終える。そうして、やっと一息ついてから、だらだらと荷物の整理が始まるのだ。 そして、一足のハイヒールが残った。 ハイヒールは見るからに安物といった感じだった。どんなお高くとまった高校生でも、こんな細くて高いピンヒールを履いて出歩くのは恥ずかしくなりそうだ。色も地味なベージュ柄で、ここぞというお洒落履きに使えそうもなかった。体重を支えるには不十分なカバーしかされなそうな突っ掛け部分と、土踏まずの反りあがったラインのそれは、いったい誰が何のために持ってきたのかわからなかった。 「履いて確かめればいいじゃない」 そんな声が上がったのは、閉幕式の興奮もとうに冷めやった頃だった。こいつが片付かないと何ともしまりの悪い文化祭の幕切れとなる、とクラスのだれもが思っていたタイミングだった。 「文字通りシンデレラフィットってわけだ」 気の利かない冗談に、気の乗らないひび割れた笑い声が上がった。だが他にやれそうなこともない中では、上出来なアイデアに思えた。 カバンの中に一度しまわれていたクッションが取り出され、ハイヒールは丁寧に壇上のそのクッションの上に置かれた。そうして文化祭の延長戦が始まった。 一人ずつハイヒールを試していくのを、クラス皆がなんとなく見るともなく眺めていた。他人が慎重に靴に足を潜らせる様は、なんとなくじっと見るに忍びない気がしたし、無言になるのも無作法で、陽気に振舞うのももはや不格好だった。 一人目は足がはまらず、みんなの方を向くと笑って首を振った。二人目は足を引っかけてみせたものの、ぶらぶらさせただけだった。みんな試したが、ハイヒールはそこに鎮座し続けた。なんとなくみんなほっとした様子で壇から降りて行った。誰も自分のものではないハイヒールを持ち帰りたくはなかった。 「男子はしないつもり?」 最後の一人が済んだ時、最初の一人がクラス全体に聞いた。苦情と拍手が起こった。苦情のほとんどは、まだ済んでいない者たちから上がっていた。 苦情を上げた一人が、苦痛をとっとと終わらせようと立ち上がった。今度は皆が壇上を見つめた。それこそふさわしい作法であるかのように。壇上でハイヒールは取り上げられ、片方がポンと後ろの席に投げられた。 「二つあるんだから、とっとと済ませられる」 今度はまた別の意味での不満の声が上がったが、お構いなしに乱暴な調査実験が始まった。 ほとんどの者は慣れない硬い靴の革に辟易し、横幅が合わない段階で後ろの席の者に手渡していった。前から後ろへ、後ろから前へ、サイズの合わないハイヒールが人の手から人の手へと通過していった。 そしていつしか最後の二人となった。二人が同時にハイヒールを、片方は左足に、もう片方は右足に、それぞれがそれぞれのハイヒールを履いた。そしてそれはどちらも、まるでしつらえたかのようにぴったりのサイズだった。 この文化祭期間中で、最大ともいえる歓声があがり、二人は戸惑いながら立ち上がった。片足には学校指定のサンダルを、もう片方には見知らぬハイヒールを履いて、二人は教室をぐるりと時計回りに一周して見せた。照れくさそうだった表情は、周りの喝采を受けて徐々に自信にあふれた身振りへと変わっていった。ランウェイは三周に及んだ。後で食べるつもりにしていたお菓子がばらまかれ、教室はまるで文化祭の朝のような混沌に支配された。喉が割れるほどの笑い声と、床や机を叩く音が教室の窓ガラスを揺らした。 喧騒が収まった。顔を上気させた二人は、いつしか自分の席に戻っていた。クラスは解散し、長い長い文化祭の一日が終わった。 そして教室には片足だけのハイヒールが残されたのだった。 (お題:ハイヒール)
カラスの呼び声で起きた朝。トイレに行って歯を磨き、コップを手にとって中身が空だったことに違和感を覚えた。 私には、毎朝数回の出来事以外に記憶が残っていない。朝起きること。トイレに向かうこと。歯磨きをすること。ほかのことはまるでダストシュートに落ちていくみたいに残らない。幼少期からずっとそうだったから、親の顔は思い出せてもどんな親だったかはさっぱりだ。友達なんていた記憶はない。いつから一人暮らしをしていたかも、なにも思い出せないでいる。 部屋をぐるりと回ってみると、そこら中に付箋やメモが貼られていた。健康保険証や印鑑、砂糖、胡椒、下着に書類。そこにあるらしい物が綺麗なボールペン字で記されている。何も憶えていない私には、最適な方法であるように思えた。 部屋の隅に四つ足のローテーブルがある。そこだけは何も貼られていなかったけれど、特に物が置かれているわけではなかった。あったのは、ボールペン習字の冊子と日記だった。淡い茶色の表紙に微細な装飾の施された日記はどうにも私の趣味と合わない気がした。 ふと、ローテーブルの目の前にあった壁掛けのカレンダーが目についた。六月三十日に赤い丸がある。日記を開いて最後のページを確認すると、その日付は六月二十九日。日記の最後にはメモと同じ字で「明日は柳本クリニック」と書き残されていた。 日記の次のページの隙間から、一枚のと紙がハラリと落ちる。拾い上げてみたそれは、どうやら柳本クリニックまでの道のりと必要なものたちだった。 メモ通りに着替え、ものを揃え、家を出る。梅雨にしては異様な快晴から始まった道のりは恐ろしいほど順調に進み、ひとつも迷うことなく柳本クリニックへ到着した。 自動扉が開くと、清潔さを思わせる病院特有の香りが漂っている。受付と記された看板の下で佇んでいる白衣の女性に声をかけた。 「こんにちは。あ、池谷さん。今日はご友人とご一緒じゃ無いんですね?」 にこやかに、女性は私に問いかける。質問の意味は分からない。私には友人などいた記憶はないし、はっきり言って柳本クリニックにくる事すら覚えていなかった。だけれど何か、ひび割れるような痛みが胸の内に走った。 「友人、ですか?いましたか、私に?」 痛みを噛み殺した言葉に、やはり女性は穏やかに微笑む。 「ええ。普段から、お二人で。黒の長い髪が綺麗だったから、つい目で追ってしまって。初めて来院なされたときなんかは、モデルさんかと思ってしまいましたから」 頬を微かに染める女性が、ひたすらに私は恐ろしかった。私の知らない友人について事細かに述べるその口が、パラレルワールドに私を連れてきたみたいで。 まるで私が気づかない内に、何か大切なものを失わされてしまったみたいで。 受付を過ぎ、壁に沿って並べられたいくつかの座席のひとつに腰を下ろして順番を待つ。窓から覗く快晴とは裏腹に荒れる内心を落ち着けようと試みても、思い通りにいく様子は一切ない。むしろ激しさは増していくばかりだった。 もしも私に友だちがいたのなら。私のキチガイじみた特徴をものともせずに受け入れて、ともに過ごしてくれる誰かがいたのなら。その思いは長く私が持ち続けていたものだ。幼い頃、この特徴が周囲に露呈し始め揶揄されていた頃からずっと、毎朝毎朝、願っていたことだ。 もしも昨日までの私にそんな人間が居たとして、今日の私にそんな友人はいないのだ。感じ取れる現実はとても深い暗闇の底に私を押し込めるようだった。 ウィンと視界の外で自動扉が開いて、別の患者が入ってきた。おかしいのは足音が受付ではなく、まっすぐこちらへ向かっていることだ。 「お待たせ恵子。遅れちゃってごめんね」 恵子。私の名前だ。目をやった先にはショートカットの黒髪をした、タレ目の可愛い女性が私をハッキリと見ながら苦笑していた。 「あの、誰ですか?」 困惑を隠さずぶつけてみても、女性の顔は曇らない。むしろイキイキと輝いている。 「アタシは池谷ハヤテ。恵子と同い年で、初めて会ったのは大学時代のアルバイト」 ウインクをひとつ飛ばして女性は私の隣に腰を下ろす。私は思い出そうとしても、一切彼女の事を思い出せない。もしかしたら私を騙そうとしているのかもしれない。ちらりと受付の女性に目をやると、目が合って私に微笑みかけた。不審者ではないらしい。 彼女は私の隣に、そこが自分の居場所と言わんばかりに腰を下ろす。 「そして紆余曲折を経て恵子と結婚した、貴女の旦那よ。あっ…そういえば今日の美容室メモしてなかったかも。それとココアも。ごめんなさいね」 ハヤテは一番の笑顔を浮かべる。 未だ彼女…彼のことを思い出せない。憶えていない。けれど、そんなことは関係ないほどの衝撃が頭から体を貫いた。
新幹線に乗っていると、前の席の人が顔を出してこっちを見てきた。 「倒していいですか?」 新幹線の座席はリクライニング式になっていて、後ろへ倒すことができる。 とはいえ、後ろにも客が座っていることに気を使い、こうして一言確認をとる人間もいるのだ。 個人的には確認いらない派なのだが、まあ、いいだろう。 「どうぞ」 ぼくは、読んでいた本から顔をあげて、クールに答えた。 「ありがとうございます!」 前の席の人が笑顔で答えると、剣を抜いて、ぼくに斬りかかって来た。 「そっちかあああああ!」 「高経験値いいいいい! よこせえええええ!」 ぼくは無事に前の席の人を返り討ちにし、快適な新幹線移動にもどった。 まったく、経験値の高い魔物は生きずらいぜ。
「貴方、憑かれてますね」 占い師は、カップルの男側に声をかけた。 声をかけられ馴れているのだろう、女は男と占い師の間に割り込んで、それ以上の会話を続かせないよう威嚇する。 が、占い師もまた、疑いという感情を向け続けられる仕事。 一人の女の睨みなど、コンビニで値札を見るくらいに普通だった。 占い師は男に向いて、勝手に占い結果を話していく。 「きっと、貴方は良い男なのでしょう。彼女さんをリードすることができて、お洒落なカフェを知っていて、聞いているだけで楽しい過去のお話も持っている」 警戒をしていた女は、占い師がナンパ目的ではなく純粋に占い目的かもしれないと思い始め、占いの中で自分の彼氏を褒められたことで警戒を緩めた。 「そうなんです。うちの彼氏は最高なんです。それに」 「他の女に目移りすることはない。そうですよね?」 「そうなんです!」 占い師は女に友好的な笑顔を向けた後、再び男に向き直る。 そして表情を険しくする。 「その優れた振る舞いは、若い頃の経験故ですね?」 「あ、えーっと」 「二股。三股。いいえ、もっと。遊んでましたねえ」 「シーッ! シーッ!」 にこにことしていた女も、さすがに風向きが変わったことに気づいたのだろう、目を見開いて男を見る。 男は必死に、占い師に黙るよう人差し指を一本立てる。 「今は、さすがに落ち着きたいと思っているのでしょう。邪気は感じられません。ですが」 「ですが?」 「過去に傷つけた女たちの生霊が、貴方の周りにうようよと。……百人ほど」 「百!?」 男は驚き、女はドン引く。 女は男から一歩下がり、二歩下がり、そのまま走って逃げて行った。 「あ、待って!」 男は、女を追っていった。 生霊たちは男を指差して笑いながら、男の後へとついていった。 後日。 女が一人で、占い師の元へやって来た。 「どこかにいないでしょうか! 女の子をリードしてくれて、お洒落なカフェを知っていて、聞いているだけで楽しい過去の話を持っていて、女遊びしたことない人!」 「いないです」 「そんな!」 「貴女は、野球をしたことがないけど野球が得意な人がいると思いますか? 私たち女が求める男の条件は、遊びまくって落ち着いた男にしか手に入らないのです。女遊びした男が嫌なら、毎日SNSと動画を見て過ごした男を選びなさい」 「それは! 嫌!」 占い師には見えていた。 女の背中につく、いくつかの生霊を。 その生霊の中には、以前女と一緒にいた男の顔もあった。