薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

拘り抜く

 月曜日は白米。  火曜日はサンドイッチ。  水曜日は玄米。  木曜日はコッペパン。  金曜日はお煎餅。    隣の席の小平くんは、こだわりが強い。    シャーペンも消しゴムも、同じメーカーの者しか使わない。  シャーペンについている消しゴムは決して使わない。  一度、小平君が友達にシャーペンを貸したとき、何度も念押ししたのにシャーペン音消しゴムを使われた時には、大喧嘩になっていた。    最期には小平君お友達が謝って終わったが、小平君は決して謝らなかった。   「毎週同じ物だと飽きないの?」   「飽きない」    好奇心からの質問は、二秒で返事が終わった。   「みんな、ぼくのことを拘り強いって言うけど、ぼくから見たら他の人たちも十分強いよ」    が、珍しく機嫌が良かったのか、続きの言葉を投げてくれた。   「そう?」   「うん」   「どこが?」    首を傾げるぼくを、小平君は指差した。   「君は、使ってるシャンプーがずっと同じだ。匂いが変わらない」   「それは、お母さんがずっと同じの買ってくるから」   「別の物を買って欲しいと頼むこともできるよ。それをしないのは、君が今のシャンプーに拘っているからだよ。他にも」    小平君は、つらつらとぼくのこだわりを上げていった。  納得できるものも、納得できないものもあったけど、おおよそ小平君の言いたいことは分かった。  皆、何かを選んで生きているから、選んでいるなら拘りだってことだ。   「そんなもんかなあ」   「そんなもんだよ。ちなみに、腕を組む時に右が上になるのも拘り」   「……よく見てるね」    小平君は、思った以上に他人を見ていた。  自分をよく見ているから、他人も良く見えるらしい。   「小平君、将来の夢はあるの?」   「まだ決めてない。今、色々調べてる」    小平君は、ノートを広げてみせてくれた。  数学のノートのはずだが、漢字や絵も散らばっていた。  ノートの書き方に拘りがないのかとも思ったが、ノートの科目に縛られないことが拘りのようだ。  小平君は記憶を辿って、『夢』と書かれたページを見せる。  職業名がずっしりと並び、いくつかの職業名は横線で消されていた。   「興味あるのを書いて、調べたのから消してる。多分、卒業までには埋まる」    少しだけ口角を上げる小平君は、どこか誇らしげだった。  ぼくは小平君の口角をなぞる様に、指で空気をなぞった。   「笑わないのも拘り?」   「え、笑ってるよ?」   「まったく、そう見えない」   「……そうなんだ」    小平君は話を止めて立ち上がり、トイレへと速足で向かっていった。  きっと、自分の笑顔を確認しに行ったんだろう。   「無自覚が許せなかったのかなあ」    ぼくは腕を組んで、トイレで小平君がどんな表情をしているのか考えて、軽く笑った。

目潰し

2/2 壁に、目があった。 壁に耳あり障子に目あり、とかそういうことでなく。 人間の、おそらく右目だろう。言うまでもなくキモい。 目は天井のどこともつかないところを見つめて、微動だにしない。視線の先にはなにもない、白い天井があるだけ。死んだような瞳。怖い。キモい。 しばらく迷ったのち僕はティッシュを2枚とって構え、一思いに潰してつまみ、そのまま捨てた。茹でたアワビくらいの硬さだった。 2/3 昨日のところに、また目があった。それも2つ。 昨日と違い、たまに瞬きをする。昨日と変わらず、キモい。 今日は迷わずゴミ箱にポイした。磯みたいな匂いがして嫌だった。 2/4 また目が生えていた。あろうことか、4つに増えていた。 もしかして潰すと増えるのだろうかと思い、放置してみている。ぎょろぎょろしていてすこぶるキモい。 写真を撮ってTwitterにアップしたのだが、ものの数分でアカウントごと消されてしまった。誰かに通報されたらしい。 2/5 やはり、目は4つのままで増えてはいなかった。ずっと落ち着かないが、潰せば増えるのだから仕方ない。今はそいつらの前に本を積んで隠している。それでもやっぱりそわそわするし、キモいことにかわりはない。 2/6 変な夢を見た。誰かの部屋を覗いているだけの夢だ。 部屋の主の女性は僕を視認し、怯えて、しばらくしてから掃除機を持ってきて僕の目をズッと吸った。とても夢とは思えないほど猛烈で現実的な痛みが走り、同時に目が覚めた。僕の目はいつもどおりだったので安心したが、壁の目も変わらず4つあって気分が下がった。本をどけたとき4つの目がいっぺんにこっちを見てきて、それがすごく怖かった。 2/7 今日も昨日と同じような夢を見た。違うのは部屋と、部屋の主と、あと掃除機じゃなく握りこぶしだった点だけだ。部屋の男は僕を見つけるなり顔をしかめて、なにかいいながら躊躇することなく僕を叩いた。激しい目の痛みとともに朝を迎える。目頭があつい。 壁の目は4つのままだった。不規則な間隔で瞬きをしていて、今日もキモかった。 2/10 またいつもの夢を見たが、今回は片目の感覚しかなかった。しかもたぶん棚の裏かどこかで、木材がまぶたにずっとうっすら触れており、ずっとうっすらひりひりした。だいぶ長い間なにもなく(そもそもこの夢はいつも音がない)、ただ長い無の夢なんて普通見ないので妙な感じがした。本当に長い時間が経った頃急に木材が倒れてきて、それでやっと目が覚めた。おそらく誰かが棚にもたれでもして、傾いた拍子に目が潰れたんじゃないかと思う。 いや、なにが怖いって、起きたら丸2日経っていたことだ。僕は6時間くらいで勝手に目が覚めるタイプで、こんなこと今までになかった。職場への迷惑とか友人との約束とかいろいろあるけれど、なによりもうあの夢が嫌で寝たくない。どうして毎晩毎晩目を潰されなくちゃならないのだ。というか、潰されるまで目が覚めないのはなんなんだ。ずっと潰されなかったらどうするんだ。 壁の目も、潰したほうがいいのか?おぞましくて、見れない。 Sさんの日記はここで終っている。

愛故に

 愛故に、私はこの手を離すのである。  きつく握りしめられているこの手を、そしてまた、私もそれ以上に固く結んでいたその手を離すのはひとえに、愛故なのである。  時の流れが攫ったのは純情ではない。私の思いは幾日、幾月を経て、角が欠け滑らかな丸みを持ち、美しく磨かれていったのである。  君にだけは分かっていてほしいのだ。ほかの誰でもない、ただ君だけに、私がたどり着いた最も尊ぶべき、最上の愛情表現を受け入れてほしい。私のこの苦しみを、受け取ってほしい。  死が生の終着だというのならば、愛の終着は別れであることは、今の君になら理解できるはずだ。生きながらえることの美徳など、所詮醜き者たちのたわごとに過ぎない。  奇麗なものは泡のような輝きと半不透明と淀みを持ち去って、どこにもないどこかへ消えていく。そこには何も残さずに消えていく。  そして君は遠くなって、もう二度と浮き上がってくることはなかった。

最強のパスワード

 パスワードは複雑であるべきだ。  アルファベットだけでは足りない。  大文字小文字も考慮すべき。  数字も含めるべき。  記号も含めるべき。  サービス名に似た名前にはしない。    その上、紙に書いて覚えることも禁止。   「あー、思いつかねえ」    隣の席の同僚が頭をひねる。  複雑なパスワードを何にすべきか、皆が悩むところだ。    俺が余裕そうな顔をしていると、同僚が聞いてきた。   「なあ。お前はもう、パスワード決めたのか」   「ああ」   「へえー。どんな感じにしたんだ? いや、パスワードを言えって言ってるわけじゃなくて、複雑だけど覚えられるパスワードって、どうやって作ればいいのかなぁって」    俺だって鬼じゃない。  情けない表情の同僚を見れば、秘訣くらい教えられる。  俺は、どんと胸を張る。   「実はな、あるんだよ。最強のパスワード」   「なんだと!?」   「しかも、会社が担保してるんだ」   「会社が!? いったいどんな!?」    俺は自信満々に、セキュリティ教育の教材を指差す。   「この教材に書かれていた、推奨パスワードの例さ! 教材に乗ってる推奨パスワードってことは、最強のパスワードってことだろう?」

梅とぽんぽこ

夜中、寝つけなくて散歩をした そのとき、ねこを見た そのあと また、ねこだ と思ったら タヌキだった 遠目だったけど タヌキだった 二匹いた なんか、少し興奮した 誰かにそのことを言いたいと けれど、そばに誰もいないのと 話したいのに話せない 誰かに言いたいのに何も言えない あー、もどかしい、もどかしい、ひたすら、もどかしい 梅の香りがふんわり流れていた それが、うれしいような 訪れる変化への不安のような 春が近づいてくる この時期、特有のヘンな感じに 体の中が、少し、なってしまった 言いようのないざわざわが ごわつくような胸騒ぎが 梅の香りとともに、刻まれていく タヌキは、しっぽが少しばかり大きく見えた

駄菓子屋の婆さん

俺が住んでいる田舎には昔から続いている駄菓子屋がある。そこの店主の婆さんは俺のガキの頃から婆さんだった。そして俺が30歳を過ぎてもまだ現役で駄菓子屋をやっている。俺はある日、婆さんに歳を聞いてみた。 「おやおやレディに歳なんて聞くもんじゃないよ」 と軽くあしらわれた。それでも不思議に感じていることを言うと婆さんはゆっくりと話だした。 「あれはまだ世の中が徳川様の時代だったかね。歳をとってお迎えを待っていた私にひとり息子がコレを食べると元気になるよと何かの肉を食べさせてくれたんだよ。正直、あまり美味しいものではなかったけどね。息子が言うには人魚の肉だと言うじゃないか。なんでも不老不死になるんだとか。初めのうちは喜んださ、なんせ息子とずっと一緒にいられると思っていたからね。でも息子はその肉を食べていなかったんだよ。それからあとは地獄みたいなものさ、仲の良かった人たちが次々に死んでいくのに私だけがこうして生きてるんだからね。まぁ、こんな年寄りの話を信じるかどうかはあんたしだいだけどね」 そのときは半信半疑だった。それから60年後、俺の葬式にあの駄菓子屋の婆さんも参列しているのを空から眺めていた。

恐怖のハネムーン

 東南アジアを巡る新婚旅行は順調に日程を重ね、この日若い夫妻は、マレーシアから列車を乗り継ぎタイにやって来た。夫婦は遠く祖国を離れ、目新しく映る旅先の異国情緒を気ままに楽しんでいた。  妻の方は語学に堪能で、タイ語も日常会話ぐらいなら聞き取れる。はっきり「ノー」と言うから、詐欺やぼったくりに遇うのも顧みず、観光客が少ない穴場スポットを周遊していた。  滞在初日は屋台でタイグルメを満喫し、一日を締めた。そうして宿に帰ろうとした時である。夫婦は一瞬にして恐怖に立ちすくんだ。暗い道ばたで、三人の男たちに囲まれ銃口を向けられてしまった。  ──強盗だ。と旦那は生きた心地がせず、無抵抗を決め、すぐさま財布の金を取り出そうとした。  ところが妻は、「あなた、お金じゃないわ。黙って車に乗れと言ってる」と相手の要求を伝えた。 「え? なんで、どういうことだ?」 「わからない」  妻は首を振って、夫の腕にしがみついた。 「わからないけど、とにかく彼らの言う通りにしましょう」  二人は命令されるまま、大人しくバンに乗った。  車は走り出し、町の中心地から稲田が広がる物寂しい郊外へと向かっている。  旦那は頭が重く、考えれば考えるほど暗い気持ちになるばかりだった。彼の妻はスタイルがよく、顔だって十人並みの美人である。男たちはずっとニヤニヤして、いやらしい視線を投げてくる。金が目当てじゃないとすれば、目的はアレしかないじゃないか、と沈痛な思いにとらわれていた。しかしだからといって旦那にはどうすることもできない。彼は女性を守れるような勇敢でたくましいヒーローでもスーパーマンでもなかった。色白で中性的な細身の男である。妻の肩を抱いて、気をしっかり持つよう励ますのが精一杯だった。  車は廃墟となったモーテルの前で止まった。ピストルで脅され、車から降りるよう指示された。足取りは重く、夫婦は暗い建物の中を寄り添って歩いた。  その時、不意に男たちは大きな声で口論を始めた。  ──ちくしょう、あいつらめ。  旦那は暴漢どもを睨みつけた。きっと妻との順番で揉めているんだろう。そう思った。 「なにか忘れ物をしたと言ってる。あなた怖いわ、私たちいったいどうなるの?」 「いいかい、よく聞くんだ。僕は君を愛している。何があろうともこの愛は変わらないし、僕たちの愛は誰にも引き裂くことはできない。だからこれから起きることも受け入れるんだ。あいつらに逆らってはいけない。そうすれば命だけは助かるかもしれない」  と旦那は、もう妻に因果を含めるしかなかった。  さらに男たちはヒートアップし、怒鳴り声をあげている。 「ああ、わたしも愛してるわ。あなた、私のことなら大丈夫。心配しないで。それよりあなたの方こそ何が起きても取り乱さないで。お願い、頑張って耐えてちょうだい」  旦那は、その言葉に感銘を受けた。なんて強い女性なんだろう。そう思いながら自分の不甲斐なさを恥じた。 「ああ、すまないハニー」 「ああ、かわいそうなダーリン」  心を交わし二人は抱き合った。  突然ひとりの男がその場を引き返していった。バンに乗りこみ、来た道を走り去っていく。旦那はぽかーんとして、そのタイ人の行方を見送った。わけがわからず妻の方を振り返った。 「どうしたんだ、いったいあいつはどこへ行ったんだ?」  すると妻は、気の毒そうに自分の伴侶を見つめた。 「彼は薬局へ向かったわ。ワセリンを買いにいったのよ」

ウワサ話

勝手に足を踏み入れては行けない場所というところがある。それを語り継ぐ人がいなくなると話に尾ひれが付き魔界への入り口だとか帰ってこれなくなるなどとウワサ話になる。 「なぁ、やっぱりやめようぜ。薄気味悪いよ」 「なんだよ。たかが森じゃないか。デカいカブトムシとかいるかもな」 俺と友人は大学で知り合った昆虫好きの仲間だ。K町のウワサ話は知っていたが、だからこそ手付かずの森になっていることにひかれた。怖がる友人を説得してなんとか森に入ってみたものの特に何もない普通の森だった。 「まぁ、ウワサ話なんてこんなもんだよ」 そんなことを話ながら奥に進んでいくとチクッと蚊に刺された。友人も刺されたらしく、結局ふたりとも収穫なしで帰ってきた。 それから数日後、俺は高熱にうなされていた。熱は一週間も続いた。病院に行ったが原因は不明とのことだった。家に戻ると末端の指先が真っ黒くなっていた。一度黒くなったら急速に全身へと広がっていった。 「なっ、なんなんだよこれ」 そして手足がポロポロと崩れだした。 「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」 俺は炭の粉となっていた。 「だから行くのを止めたのに」 友人は祖母があの町の出身だったらしく病気への耐性があったみたいだ。 ウワサ話には気をつけないとな。

時間はだいたい深夜だった。俺が寝ようとすると壁の方からトン、トン、トン…とノックする音が聞こえてくる。ここは角部屋だから音の出どころはわかりそうなものだが、聞こえてくる方向は誰もいないはずの外側の壁からだった。築四十年のアパートだから欠陥のひとつもあるだろうと無理矢理納得させて眠りについていたが日に日に音が大きくなってくるような気がする。 気味が悪くなって大家さんに相談したが、 「ウチのアパートに限ってそんなことはない。何かの間違いだ。変なウワサをたてないでくれ」 とまるで取り合ってくれない。毎晩のことだから最近はすっかり睡眠不足だ。 ある日、あまりにうるさいので音のするところにドライバーを突き立てて穴を開けたら、壁の中のものと目が合った。 「ウワッ!」 俺は慌てて大家さんのところへ走った。 「大家さん、壁に、壁に、誰かいる。大家さん!」 「う、うるさいぞ! そんなはずはない!」 俺はすぐに警察に連絡した。駆けつけた警官もはじめは信じていないようだったが、思い切って壁を壊したら中から白骨死体が出てきたので、一気に大騒ぎとなった。 後でわかったことだが、白骨死体は女性のもので大家さんの元愛人だったらしい。 大家さんは捕まり、俺は引っ越しした。これでゆっくり眠れるだろう。 トン、トン、トン…。 「う、嘘だろ…」

格差社会は映らない

「付き合ってください!」   「えー……」        ◆       「ってことがあってさ」   「うわー。あいつ、マジで告ったんだ」   「で、どうしたの?」   「振った振ったー」   「だよねー」   「つーか、彼氏いるし」   「草」        ◆       「え、付き合ったことないの? その年で?」   「……はい」   「駄目だよー。若いんだから、もっと遊ばなきゃ」   「……はい」        ◆       「あの糞上司! 付き合えたら、とっくに付き合えてんだよ! そんなに言うなら、誰か紹介しろよ!」   「はー。マジ無理。気晴らしに会社一週間休んで、ヨーロッパでも行くか」        ◆       「パパー、今年の家族旅行どうする?」   「うーん、金ないし。近場でいいんじゃない?」   「えー! ぼく、北海道行きたい!」   「うちにそんな余裕はないの!」   「なんでー! 卓也君ちは、ヨーロッパ行くんだってー」   「よそはよそ! うちはうち! そんなことより宿題しなさい!」        ◆       「痛い!」   「ほーら卓也ちゃん。また八十点なんてとって。そんなんじゃ、中学校に合格なんてできないわよ?」   「痛い!!」        ◆       「いいなー、卓也君」   「へへへ。羨ましいだろ」        ◆       「何を話しているんだろう?」   「ここからじゃ、見えないなぁ」   「いいなぁ」   「いいなぁ」   「ハルトくーん、検査の時間ですよー」   「……看護師さん。ぼくも、いつか、外で歩けるようになります?」   「……リバビリ、頑張りましょうね」        ◆       「今年のボーナスも、しょっぼいなー」   「金もねえし」   「家じゃあカミさんがうるせえし」   「大将! もう一杯!」   「斉藤さん、飲み過ぎだよ? 今日はもう止めといたら?」   「うるへー! 飲まなきゃやってられるか!」   「小遣いは少ねえわ、家では邪魔者扱いされるわ。知ってるか? うちの部下なんか、一週間仕事サボってヨーロッパ旅行だとよ? ちくしょう! いいご身分だぜ!」        ◆       『日本終わった』   『日本の政治家は糞』        ◆       「日本人は、他の先進国に比べてパスポートの取得率が低いんです」   「それは何故ですか?」   「やはり、日本が他国に比べて恵まれているからでしょう。わざわざ外国に出なくとも、清潔な設備に美味しい食事がありますからね」        ◆       「そんな小説を書いたら、皆なんて思うかな?」   「多分、何も思わないか」   「だって、こんな小説より楽しいことなんて、山のようにあるんだから」        ◆        格差社会はなくならない。    否。    格差社会は映らない。    誰の目にも。

タバコ屋の元死神

 俺は死神だ。誰がなんと言おうと死神だ。  冥土という世界、仏教の教えで言うところの、あの世から派遣されてきた者だ。  俺は仕事中に一つ、ミスを犯した。  そう、最後の魂を期限内に回収できなかったのだ。  訳あって収集した魂の納品に間に合わず、俺は冥土を勘当された。  そうしてなんやかんやあって、今はこの廃れたかび臭いにおい蔓延る道端でタバコ屋を経営している。  やることと言っても、客にタバコを売って金を貰い、時間が来るまでひたすら携帯の画面とにらめっこする簡単な業務だ。  ただ最近、少しだけその退屈にも嫌気が刺すようになった。 「おじちゃん、タバコ売って」  小さな女児が常連になった。  俺は初めてそいつを見た時、曲がりなりにも人間界の常識で対応した。  しかしこの女児は餓鬼としての特権を利用して、今度はジワリと泣き顔を披露してくる。俺は周囲の視線を気にして仕方無く女児にタバコを売った。  それからも女児はタバコを買いにここを訪れた。  三回目に訪れた時、俺は思い切っていつも来てたのかと尋ねた。  女児曰く、俺の前の店主が務めていた時からの常連らしい。  それは知らないわけだと、改めてあの時タバコを買いに来た女児の衝撃にようやく合点がいった俺だった。  しかし気になることはまだあった。  なぜ買いにくる時間帯が土曜の昼間なのか。  女児は雨の日でも風の強い日でも決まった時間にタバコを買いにきたので、俺はなぜいつも土曜なのだと尋ねた。 「おじいちゃんがね、タバコ大好きだったんだ」  大好きだった、という言い方には含みがあり、次の瞬間女児の表情に悲しみの影が落ちたような気がした。  これは女児がタバコを買いに来る理由でもあったようだ。  彼女の祖父は生前、かなりのヤニ好きだったらしく、それは死後も継続中のようだった。  俺は女児にツラくないのか、と聞いた。 「うん。だって、こうしてタバコを買って家に帰ったら、おじいちゃんが私に声掛けてくれる気がするんだ」  俺は人間の抱くであろう虚しさの味を噛みしめた。  しかも驚くことにこの女児、月の小遣い全額を、この世にいない老人のヤニ補給に費やしているというのだ。  俺は女児にそうか、とだけ告げていつものタバコを手渡すと、その日はいつもより早めの時間に店のシャッターを閉めた。  その晩、人間界でいうところの黄昏の時間。夕日がこの廃れた廃墟のような街にも影を落とし始めた時間帯、俺は自室にて鏡と鏡を向かい合わせにする。  俺は腐っても元死神だ。  今は権利をはく奪されているが、冥土との交信方法やあの世に関する情報は未だ健在だ。  交信は人間界の物で代用が効くので、俺は家の物をかき集めて交信を行った。  正面の鏡にぼんやりと、黒いモヤが現れる。まるで水を張った容器に墨を落としたかのような色合いだ。  そのモヤは俺に話しかけてきた。 「なんだ貴様か。まだ性懲りもなくこの仕事に戻りたいと直談判に来たか」  鏡面に映る真っ黒な無精ひげと小さな金槌を握った人物こそ、俺の元上司の閻魔天だ。  俺は閻魔天に対して一つ、願いを口にした。この間女児から聞き出していた、女児の祖父のフルネームと命日を閻魔に告げる。  閻魔は何が言いたいと、俺にごもっともな発言をする。  俺は女児の祖父に、もう彼女にタバコを買いに行かせないよう説得してやってくれと閻魔に頼んだ。 「お前が人間となり、死後儂のところで裁かれるのなら考えてやらんでもない」  さすが俺の上司。早速足元を見てきた。  ただ俺は元死神。もう冥土に戻れない以上、何になろうと構いはしない。  俺はその条件を飲み、交信を終了した。  翌週の土曜、女児が俺の元を訪れてこう言った。 「さっき家を出るときね、玄関でおじいちゃんに会ったの」  俺は女児を見つめて、それで? と続きを促す。 「その金は俺じゃなくて自分に使え、だって」  女児はここに来て初めてにかっと笑顔を浮かべると、そのまま俺に背を向けて帰っていった。  それから翌週もさらに翌週も、女児が俺の元を訪れることは二度となかった。

魔法のペットボトル

 人々は、何もない砂漠の道を歩いていた。  かんかん照りの太陽が、容赦なく一行を苦しめている。みんなカラカラに喉が乾き、今にも脱水症で倒れそうである。たいへん命が危険な状態だった。  夢か、まぼろしか。突然目の前に、ランプの魔神が現れた。魔神はいった。 「このペットボトルの水を飲むがよい」  先頭を歩いていた男は水を受けとった。男は目の色を変え全部飲んでしまい、それには周囲の反感を買った。 「心配するな。水ならまだある」  と魔神は、皆に落ち着くよういった。 「しかし只でやっては面白くない。私はお前たちの知識を試したい」  魔神はなにやら難しいことを言いはじめた。 「よいか、それは魔法のペットボトルだ。世界にあるミネラルウォーターを挙げよ。そうすればそれがペットボトルでいっぱいになる。ただし早い者勝ちだ。既出は認めん」  すぐに話を理解した者が、大声でいった。 「エビアン!」  水はあふれた。すかさずごくごく旨そうに飲み干した。 「ボルヴィック」  とまた別の者が言うと、ペットボトルは水で復活した。それから次々にミネラルウォーターが飛び交った。 「クリスタルガイザー」 「いろはす」 「飛騨の雫」 「コントレックス」 「南アルプスの天然水」 「六甲のおいしい水」──etc  みんな頭を捻り、どうにか水にありついた。それでも順番が後の方になると、さすがにもう思いつかない。 「ええと、ええと、ええと……」  ペットボトルは岸田の番だった。岸田はつい腹立ちまじりに叫んだ。 「ダメだ! もう無いじゃないか、クソ!」  ペットボトルは糞であふれた。

パン その2

クリームパン チョコパン やっぱりクリームパンかな いやいや がっつりウィンナーロール あーでも 甘いパンが食べたいなぁ ドーナツ シュガーパン 蒸しパン うーん うーーーん あ 値引きされてる エビマヨおにぎり おいしかった

ため息貯金

 サラリーマンにとって、月曜日の朝は憂鬱なものだ。金曜日よりも疲れは少ないはずなのに、身体がすごく重く感じる。 「はぁー……。」  布団から出ると同時に大きなため息をついた。  (チャリン。入金されました。)   「朝からやめてよ。幸せが逃げるわ。」 「ごめんごめん。仕事に行きたくなくてさ……。」 「仕方ないじゃない。一週間がんばりましょう。」  苦笑いしながら、朝の準備を始めるという妻とのやり取りもすっかり定例化している。    妻と3歳になる息子を養うために、どれだけ辛くても仕事を辞めるわけにはいかない。そんなプレッシャーがさらに身体を重くする。 「じゃあ行ってきます。はぁー……。」  (チャリン。入金されました。)  自宅から職場まで電車で1時間の通勤。満員電車で1時間はなかなか辛い。職場の最寄り駅について降車するのも一苦労である。 「はぁー……。通勤だけで疲れる……。」  (チャリン。入金されました。)  職場について業務を始めると上司から声をかけられた。 「今日中にこれやっといて。なる早でよろしく。」 「えっ、あぁ……承知いたしました。」  同僚は哀れみの視線をこちらに向けたが、巻き添えをくうまいと、すぐに忙しそうな素振りを取り始めた。 「はぁ……。」   (チャリン。入金されました。)  予定外の仕事も終え、2時間ほど残業の後、帰路につくことができた。 「今日も疲れた。まだ後4日もあるのか。はぁ……。」  (チャリン。入金されました。)  1時間の道のりを重い足取りで進み、自宅のドアに手をかける。 「ただいま――。」 「パパ!おかえり!」  ドアが開ききるのを待たず、息子がニコッ゙とした笑顔で飛びついてくる。私は鞄を投げ出し、息子を高く抱き上げた。 「パパ頑張るからね。」  (ジャラジャラジャラ。全額払い出しされました。) 

悪魔

私の心には悪魔が住み着いている。芸能人や見知らぬ他人、友人や家族でさえ妬み、恨み、見下す。そんな最悪の悪魔だ。一度天使を宿そうと考えたこともあったが、悪魔のせいで煤まみれになった私の心を、天使は好まなかった。 悪魔は私の人生をめちゃくちゃにしたいようで、私が道を歩いているだけでも、極悪な言葉を囁いてくる。 あの人間は、人生が充実してそうだ。それに比べてお前は? あの人間は、お前よりも地位が低い人間だ。安心したか? ああ恐ろしい。今でこそ悪魔は、私の内側に抑えているものの、悪魔が外に出てしまったら、私は、死という選択肢を選ばざるを得ない。 しかし、悪魔は一体いつから私の心に住み着いているのだろう。中学までは模範的な優等生、とまでは言えなかったが、それなりに真面目な生徒だった気がする。ということは、高校生になってからだろうか。 高校生のときに私は、いわゆる問題児と言われる人達と親しくしていた。彼らは、授業には集中せず、学校をサボることも多々あった。私も、彼らに流され、時々学校をサボるようになった。学校に行かず、ゲームセンターで時間を潰し、ファストフードを食べながら誰かの悪口を言って盛り上がる。悪に堕ちていっている自覚はあった。しかし、その時間が楽しくて仕方がなく、彼らと距離をとることは考えなかった。 ああそうか、悪魔とは人間なのだ。悪に堕ちた人間が悪魔になり、悪魔として人を堕落へと誘う。悪魔に堕とされた人間は、悪魔になり、また別の人間を堕落の道に誘う。つまり、最初から私の心に悪魔など住み着いておらず、私自身が悪魔だったのだ。 そう考えると、私はただ、テレビの向こうで輝く人を、何も知らない街ゆく人を、大切な友人や家族を、妬み、恨み、見下していたのだ。ああ恐ろしい。自分で、心は煤まみれになったことに気付いていたのに、こんな簡単なことから目を逸らしていたとは。このままでは私は、他の人を堕落させてしまう。そんなことは許されない。冷静に、冷静に。とりあえず、丈夫なロープでも買いに行こう。

扉一枚隔てて死者と生者が笑う

「まるで、伊邪那岐命と伊邪那美命みたいだな」    この世とあの世の境界線。  黄泉比良坂の境も境。  ぼくは、境に背を向けて座っていた。   「だったら結末は決まってるじゃない。貴方がこっちを振り向いて、腐って蛆塗れの私を見て逃げ出すって」   「天地開闢の時代には、おめかしをする文化がなかったんでしょう? ぼくは、いつまでも待ちますとも」   「あら、ありがとう」    背中に話しかけてくるのは、死んだ妻。  死亡届を出しているので、法に基づけば妻ではないが。    泣いて、飲んで、暴れ回って。  すっきりした頭で辿り着いたのが、この世とあの世の境界線。  引っ張られるように辿り着いた場所で、妻の声が聞こえた時は再び泣いた。    そこからはずっと、座りっぱなし。  いったい何年が経過したか。  境では、この世ともあの世とも時間の流れが違うらしく、この世ではにわか雨が降って止んだところらしい。   「退屈じゃない?」   「退屈だよ」   「何を考えてるの?」   「君が生き返ったら、どこに遊びに行こうか、かな」    らしい、というのは、境にいるぼくにはこの世もあの世も見る術がないということだ。  妻は時々、境からあの世に出ていく。  化粧道具をとってきたり、この世に戻るための手続きをしたり、だそうだ。    最も長いのは、その時だ。  妻が体感三十分出ていった間に、ぼくは一年ほどの孤独を感じる。    泣くのは、その時だけだ。   「本当にいいの? 蘇った私と一緒にいたら、多分貴方は変人扱いされるわよ?」   「安心してくれ。ぼくはもとから、変人だ!」   「確かに、ベッドの上じゃあ変じ」   「シャラーップ!」   「ふふふ。じゃあ私、最後の準備をしてくる。境のそっち側に行くための、最後の準備」    また、孤独が始まる。   「できれば、後悔して」    ぼくの背中に、妻の手が触れる。  生ごみに手を突っ込んだような、ねっちょりとした気持ち悪さが背中を襲う。  鼻の穴の中にコバエが突撃してきたような刺激を感じ、悪臭が鼻から脳を突っ走る。  一瞬で気を失いそうになり、三回目で正気に戻る。   「後悔なんてしないさ」    妻に悟られないように、努めて明るく笑った。   「伊邪那岐命と伊邪那美命は、失敗したんだっけな! じゃあ、蘇りに成功したぼくたちは、神を越えたってことじゃないか! ドヤ顔でこの世へ戻ろうぜ!」   「ふふふ」   「ははは」   「じゃあ、次は、少しだけ時間がかかるから。ほんの、数時間ほど」   「わかった。気を付けて言ってきてくれ」   「うん。決して、振り返らないでね?」    妻の気配が消える。  この世とあの世の境は、不思議な場所らしい。  境からは、あの世の全てが見えるし、この世の全てが見えない。  ぼくが振り返れば、あの世にいる妻の姿が確実に見えるらしい。    腐って蛆塗れの妻の姿が。    ついでに、あの世の者を見たこの世の者は、あの世に引きずり込まれるか、よしんば逃げられたとしても死に追いかけられる人生となるらしい。  どこかで見た映画の設定みたいだ。   「数時間か」    始まるのは、数年の孤独。  足をかさかさと這う害虫にも、ぼくを振り向かせようとする偽物の妻の声に耐え続ける、数年の孤独。   「短いなあ」    ぼくは目を閉じ、妻の帰りを待った。

反戦歌

私は反戦歌を歌う。 二百人程度の人の中で私は反戦歌を歌う。 その中で私に声をかけてくる人がいた。 「あなたは自分の恰好が分かっているのか。そんな恰好で本気で反戦歌を歌っているのか。」 私はナイフや銃などの武器で身を固めている。 「私はみずから相手を傷つけるつもりなどない。しかし周りを見てみろ、武器で身を固めている輩がたくさんいる。その者たちから身を守るために武装しているのだ。」 「それでは戦争はなくならないのではないか。武装を解き反戦を掲げる者でなければ皆信用などしないだろう。周りも君と同じ理由で武装しているのかもしれないだろ。」 「分かったよ、君の言う事にも一理ある。武器を全て捨てよう。」 そう言って私は持っている武器を捨てて見せた。 その時私の背後から人の気配がした。 私は武器を捨てた不安と背後からの気配の恐怖に思わず、懐に忍ばせていた拳銃を取り出し気配のする方に向かって引き金を引いた。 人がそこに倒れていた。まだ息はあるようだ。 「私はただ平和のために武器を捨てた君に感銘を受け、握手を求めたかっただけだ。だが残念だ。」 私はひどく動揺した。 最初に私に話しかけてきた人が私に語りかける。 「残念だ。もうじきこの人は息を引き取るだろう。もう君を信用する事などできはしない。」 また別の人が声をかけてきた。その人は裸であった。 「君はその歌を誰に聞かせたいのか。周りの人になのか、それとも君自身なのか。」 私はその人を撃ち殺した。 そして最凶の兵器を使うことを決めた。 おもむろにポケットから耳栓を取り出して装着した。 これはいい、雑音は一切聞こえない、自分の声だけがよく聞こえる。 さぁ次は何の歌をうたおうか。

十割の人が知らない極秘情報教えます

「十割の人が知らない極秘情報教えます」    そのメッセージは、投稿された瞬間に消えた。    投稿主も消えた。    世界は正しく機能して、十割の人が知らない情報を保証した。

とんちんかん

私の休日は今最悪だ。 私の隣で新築の工事が行われており朝からうるさくて落ちつかつかない。 外出すればよいのだが、特に用もないし、明日からまた仕事なのでゆっくりと休みたい。 何か気を紛らわす方法はないものか。 そういえば外の音を聞いていてふと思うのだが、「とんちんかん」とはどういった由来なのだろうか。 意味はなんとなく分かる。間の抜けたとかそういった意味のような気がする。 だが由来となるとさっぱり分からない。妙なリズムの言葉で耳に残る。少し暇つぶしに考えてみよう。 「とんちんかん」はおそらく「とん・ちん・かん」の三つに分かれるのではないか。では一つ一つ考えてみよう。 まず「とん」だ。「とんちんかん」の意味と音から申し訳ないのだがブタの「豚」しか思いつかない。思いつかないものはしょうがない一つ目は「豚」だ。 次に「ちん」。一瞬下ネタが頭をよぎるが、それは置いておこう。字もよく分からないし。気を取り直して考えよう。しかしこれも一つの字しか思いつかない、めずらしいという字の「珍」だ。私には教養がないのだろうか、ここまで選択肢が存在しないとは。まてよ、逆に私は天才なのか、選択の必要性が私にはないのだ。とにかく二つ目は「珍」だ。 最後に「かん」。これはどうしたものか。手の付け所がない。意味の合いそうな文字など存在するのだろうか。まいったなぁ、私にもう少し教養があれば世界は広がっただろうに。後回しにしたいが、最後の文字だからなぁ。あきらめて調べるか。いやまだ早い。とりあえず意味は無視しよう。「勘」と「肝」などはどうだろう。 「豚・珍・勘」。豚の珍しい勘か。間が抜けているというよりは、豚にしてはよく頑張ったみたいな意味に聞こえる。これは違うな。 「豚・珍・肝」。豚の珍しい肝臓。希少な豚レバーといったところか。だからどうしたというのだろう。 あぁ、何か面倒臭くなってきた。レバーの話をしていたらお腹も空いてきたし、どこかにご飯でも食べに行こう。それにしても外の工事の音がうるさいなぁ。大工の棟梁もそんな大きな声で怒らなくてもいいのに。さぁでかけよう。 「お前たちはいつまでたっても上達しないな、なんだその金槌の使い方は。お前たちの間の抜けた金槌の音を聞いていると悲しくなってくるよ」 知りたい事は目を背けたいのものの中にヒントは隠されているかもしれません。ぜひ「とんちんかん」の由来を調べてみてください。

溺愛なんて言葉、

「ねえ、だいすきだよ。」 今日も僕に甘ったるい言葉を投げかけてくれるきみは意地悪だ。蕩けた笑顔で言われたら誰だってその気になってしまうじゃないか。きみと僕、二人だけの世界。君の衣擦れの音や吐息だけが聞こえる世界。これ以上望むべきでないのにどうしても欲張ってしまう。 「今日はね、君の帰りを待っていたんだ。ほら、早く手洗って。ご飯にしよう。」 感情のあまりこもっていない発言なのにときめいてしまう僕は相当単純なのだろう。虚空に相槌を呟いていたらなんだかおもしろくなって、つい笑ってしまった。 画面の向こうにいるきみは、今何をしているのかな。きみは人気者だから今もきっと収録でもしているんだよね。 「ぼくも大好きだよ。」 届くはずのない愛をきみに捧げる。イヤホンをつけている間だけ溺れるくらいに愛してくれるきみは、冷たくて、ずるくって、本当に意地悪だ。

汚れしき、美しき青春

学問叶わず、一杯一夜 ふらつく足取り、夜の海 行き場なく、漂う哀愁の底 窓から降り注ぐ、雨、風に 傷んだ髪が揺らぐ 涙が雫で隠れるよう、一夜は濡れるつもり。

Mind

 アリザはとある医大の精神科を訪れていた。  彼女は一般にて実装され始めた人型AIである。  その特徴は人の人格、人の意志を模倣して作り出された、まったく新しい新人類というのがAI学会の見解だ。  彼女たちは高い知識と比例する広大な感情の網、人間でいう心の概念を発展させた史上初のAIだった。  一部倫理的問題があると反対の声も見られた時期が過去にあったが、批判の風潮は時代という波により一層されつつあった。 「やあ来たね、アイザ君」  そうして診察室へと通されたアイザを笑顔で出迎えたのは、精神科医のサカグチだ。  彼は精神科医であると同時に、AI相手に対しても精神療法の治療を行っているベテランの医師だ。  AIのうつ病というのは人型AIが発展してからぽろぽろと出始めていたが、馴染み深くなったのはここ最近だ。  なのでサカグチが行う療法は、未だ効果が判然としない、半ば試験的な処方であった。 「よろしくお願いします、サカグチ先生」  アイザは室内に入り、医師の対面にある席へと腰掛ける。 「アイザ君、今日は来てくれて本当にありがとう。早速だけど、君はどういった悩みを抱えているのかな」  サカグチは笑みを浮かべた表情で、アイザへ質問する。 「はい。最近彼の、アーヴィンさんの帰りが遅くて。あの人がとても忙しいのは理解しています。アーヴィンさんはとても勤勉で仕事熱心な方ですから。ただ最近、ふと思うんです。なんだか私、朝起きて家事をしている間、ここにぽっかりと――」  アイザは胸の辺りに指で円を描く。 「外傷も主要な機械にも異常は見られません。サカグチ先生。私は一体、どうしてしまったのでしょうか」  それを聞いたサカグチは一呼吸置いて答える。 「そうか。君の言わんとしていることは分かった。アイザ君、その話を聞いた上で私から質問するよ。君は、心というものを信じるかい?」  アイザは一瞬だけ首を傾げる。 「心、ですか? 意味は分かりますが、深い内容についてはあまり」 「英国で広く信仰されている宗教観だと、人は神様が天地創造の最後に作った。アイザ君を作ったのは人だけれど、君を作った人の原点、神様の心もこうだったのだろうか」  アイザはサカグチの言わんとしていることが理解できなかった。 「サカグチ先生、それは一体どういうことですか? 確かにそれはあちらの国の教典に記された教えの一部ですが、それと私の状態に何の関連が――」 「ごめんね、混乱させてしまって。少し例えが哲学過ぎたね。ならもう少し分かりやすく話そうか」  サカグチはそう言うと、「そうだな」と顎をさすって病室の角辺りに視線を散らす。 「例えばの話だと、あるところにAとBとCがいました。AはBのことを愛しています。BはAのことを途中まで愛していましたが、職場にてCに出会い、Cのことを愛するようになってしまいました。Aは帰りの遅いBのことを、ただ忙しいのだと思い込み、何の疑惑も抱かずに一人黙々と話しています」  アイザはその話を一語一句聞き逃さなかった。  その話には心当たりがありすぎるくらい共感できた。  すると、アイザが胸の内に抱えたモヤのような疼きが、一層強まった気がしたと彼女は感じる。  その後の行動がどうしてか、アイザには到底理解できなかった。  彼女は気が付くと、自身の目じりを指で抉り、空色を薄めたような色合いの循環液を目から垂れ流していた。  その姿はまるで―― 「これは何でしょう、先生」彼女は自分がどういった表情をしているのかも分からず、サカグチに問う。 「それが心だよ」  サカグチは安堵したようにアイザの肩を叩くと、机の上にある”今後の治療方針について”という紙を彼女へと差し出した。

おいなりさん

一日に一回しか食事をしない 単に買いものに出るのがイヤだから それが主たる理由 食材は、チビチビ使う 食費をギリギリまで切り詰める それが目的ではなかった 自分でも勘違いしてしまいそうになる 言い聞かせないとならないくらいに 外に出る、と気持ちを傾けていく なかなかに難しい 玄関に近づくのもためらわれる そんなときもある 玄関をくぐって一歩 足を出してみる 多くの人たちにとって つゆほども意識する必要のないこと 逞しい妄想と言われても否定できない 自らをがんじがらめにしてしまう 魔物か何かに獲って喰われでもするんじゃないか アホみたく考えてしまう 外に出る 自分にとっては 甚だ難儀な大事業 大げさに言ってるわけではなくて 少しは食べてるのぉ? ホノカが母親みたく言ってくる 実際、母親から言われてる たぶん、そうなんだろう 確認したことはない けど、想像に難くない たびたびホノカがボクのアパートに来るようになった そのころは、そう思っていた 何かしら それは たいがい食べものなんだけど ホノカが持ってくる 会うたんび、顔が細くなっていくのが分かるんだろう 自分でも、げっそりしたと感じるくらいだ 隠したいが、隠しようがない 仕方がない そういったこと ホノカが母親に伝え 母親がホノカに持たせてる そういうことなんだろう ボクは、おいなりさんが好きだ 母親は、それを知っている 母親がおいなりさんをつくり それをホノカに持たせてる そう思っていたが そうではなかったらしい 真相を教えられたのは ホノカが来るようになって二年近く経ったころ どういった話の流れでその話題に行き着いたか もう忘れてしまってる 思い出したくない要素が含まれてるから かもしれない ホノカが 自らの意思でここへ来てる 自分の手で おいなりさんをつくってる そのことには、もちろん感謝してる ホノカに対して けど、それ以上に 自分の母親へのさびしさがあった あれから三年 いろいろ変化があった 一番に変わったこと ホノカが来なくなったこと ホノカのおいなりさんが好きだ あげの中にこれでもかとごはんが入れてあるおいなりさん たくさん食べてよね、そういう意図なのは分かる あげが破れてしまいそうで、見てられなかった いまは、自分でおいなりさんをつくる なかなか、うまくいかない ホノカがつくってくれたような味は いまだ出せない ホノカが ボクの知らないどこかの男と結婚する そう聞いたときも ボクは、おいなりさんを食べていたんだった

ハンバーガーがお好き

 運動不足で肥満気味の岸田は、医者の忠告を受けウォーキングを日課としていた。家の近所を一時間ほど歩き回っている。人生百年時代。健康寿命を伸ばすのが大事だ。  そんなある日のこと。岸田は、新しくできたレストランの前で足を止めた。店の広告ポスターには「ヘルシーハンバーガー」と書かれている。  岸田は普段から健康的な食事を摂るようにして、カロリー計算にも余念がない。ヘルシーという謳い文句に心惹かれた。適度な運動でちょうど腹も空いてきたので、試しに寄ってみることにした。 「いらっしゃいませ」  若い女性店員の元気な声が言った。彼女の明るい笑顔に好感を持った。岸田は気持ちよく尋ねた。 「初めて来たんだけど、店の看板メニューはどれかな?」 「はい。こちらのハンバーガーがお勧めです」  女性はカウンターに置かれたサンプルを紹介した。 「従来のものに比べ、美味しさはそのままでカロリーは三分の一となっております。ダイエット中の方には、まさにぴったりの商品となっております」 「ほう。そりゃあいいね」  ふっくらとしたバンズに、レタス、トマト、チーズ、そして肉のパティが挟まれている。見た目は普通のハンバーガーそのもので、とてもカロリーオフにはみえなかった。岸田は、嬉しそうに注文した。 「よし、じゃあこのハンバーガーを三つ貰おう」

ユビキリゲンマン

「子供の頃、約束したよね私をお嫁さんにしてくれるって、指切りまでしたのになんで別の女と結婚したの?」 私は彼の死体を切り裂いた。 「約束だからね。針千本飲んでね」 彼の胃を切り開くとそこに針を流し込んだ。胃の限界まで針を入れると私は彼の胃を縫い始めた。そして身体も一緒に縫って元通りにすると、妻になった女が戻ってくる前に彼の家を出た。 「あっ、お姉ちゃん。久しぶりどうしたの。連絡してくれたら迎えに行ったのに。ウチに寄って行くでしょ? 彼も帰ってきているころだから」 「ううん、今日は別の用事があって来たの彼にもよろしく言っておいてね」 「うん、わかった。またね」 妹を待っているのは私を裏切った男がいるだけよ。

君は今。

 今日で君に会えなくなってから一年らしい。  まだ一年なのか。  君に会えないというだけで、ずっと長く感じるよ。  卒業式の時、私の胸に優しく花を添えてくれた君は本当に綺麗だった。  嬉しそうな、誇らしそうな。  だけど、寂しそうな。  そんな感情で瞳を揺らす君は、触れると消えてしまうんじゃないかというくらい儚かった。  君に会うためだけに、学校に行っていた。  君と言葉を交わすだけで、今日を生きれる気がした。  ここに来ればまた会えると思っていたんだけど。  太陽のような笑顔で迎えてくれると信じていたんだけど。  君がここを去るということは、何となく解っていたから。  君が今、誰と居て、何処で何をしているのか。  知る術は私にはない。  だからせめて、これだけは願うことを許してほしい。  これほどの愛しさを、たくさんの幸せを教えてくれた君の、今日という日が。  どうか優しさで溢れますように。

忘却の徒

酸性雨が地上の建物を溶かしていきます。少しずつ、少しずつ、形をなくしていって、まっさらになっていくのでしょう。 すると不思議なことに記憶の中の建物もだんだん不確かになっていきます。暫くのうちは建物を見れば綺麗に補完されるのです。あそこに屋根があった筈だ。あそこに壁があった筈だ。確か、あの銅像は素晴らしい王冠をつけていた筈だ。そうだ、その筈だ。 しかし、雨が降れば降るほどに、記憶も曖昧になってくゆくのです。やがて、どちらの記憶が正しいかで喧嘩が起き始めます。そんなときに写真の一つでもあれば良いものを。なぜか私たちは当たり前ほど撮らないのです。そして、記憶の争いが広がっていくのです。 悲しいでしょう?なので私はこれ以上記憶が変わらないうちに水棲都市へと逃げることにしたのです。 天空都市へ行くよりかは遥かにお手頃です。ただし、自力で辿り着かない限りは入港の許可は得られません。それが、水棲都市を守っている唯一のルールです。きっと危険な旅路でしょう。しかし向かうのです。だって、みんな怖いもの。自分の記憶が壊れることも、他人に生活が壊されることも。 私はオンボロの潜水艦を一つ手に入れました。製造年に不安があるからという理由で安値で取引されていたのです。これ以上、記憶が無くなることほど怖いことがあるのでしょうか。希望があるならば乗り込むべきでしょう。 水棲都市に向かって、沈んでいきます。海はなんだか酸性雨のことなど知らないようで、色とりどりの魚たちの活き活きした姿が楽しそう。彼らは永遠を楽しんでいるのでしょう。永遠に変わることのない世界。かつてはそんな世界を嫌っていたのに、今じゃ羨ましくて仕方がない。もし壊さなければ、どんな未来が待っていたのだろう。想像してみても記憶は溶け出した後の世界しか映さない。 ふと窓を見てみれば水棲都市が見えてきます。それはまるでスノードーム。大きな大きなガラスの球体に守られて、あの頃のままを閉じ込めている。私もしっかりとイメージしなければ。全ての記憶を、愛しかった日々を。 ピキッ。 そう思えば、潜水艦から亀裂の入る音がする。そして少しずつ、艦内の水位を上げてくる。 私は、私は、私は。もう少しで、もう少しで私は永遠になれたのだ。こんなところで藻屑になるのか? しかしだ。私はこの広い海の記憶に成れるのだ。あまりに大きな海だから、酸性雨が中和されるように、私も中和されるのだ。地上に出たくない。これ以上、失いたくないのだ! そう、死を受け入れようとすると、遠くの方に龍が泳いでいる。水棲都市を護っているの?問うて答えるわけもなく、それは自由に泳いでいる。 ふと、目が合った気がした。 食うのか、私を。 あたりは真っ暗になり、ここがどこかわからなくなる。ただただ空へと向かう感じはする。やがて上がる水位に胃液が混じり溶け始めていく。結局、私は溶けるのだ。嗚呼、全てに永遠はないのだ。水棲都市の人間たちも龍に食われて溶けるのだ。地上の人たちも溶けるのだ。きっと天空都市の人間も溶けるだろう。 ただ、私は降り注がれる。竜の血となり汗となり涙となり、雨に混じって降り注ごう。そして記憶を焼いていき、忘却の徒として永遠を喰らうのだ。

生える

伸びてきた長い前髪を煩わしく思い、前髪を切っていたときのことだった。 ばつん。ハサミが私の左眼に入った。 いや、正確に言えば入りかけた。 出血もしておらず、視界にも問題は無い。 眼球を直接触ったあとのような妙な不快感が残っているものの、それだけだと思い、私は前髪を切ることに集中し直した。 これが昨日の出来事。朝起きると、左眼に違和感を感じた。 違和感の原因はおそらく昨日の出来事。 ベッドから飛び降り、急いで洗面台の鏡に向かう。 恐る恐る鏡を覗き込むと、左眼がなかった。 そう、ないのだ。昨日まで当たり前にあったはずの左眼が。 その代わり、左眼があった部分からナニカが生えていた。 試しに触ってみると、ぷにぷにしている。蛸の足に近い感触だろうか。 しかし、私から生えているはずなのに痛覚や触覚がない。 なんとも不思議な感覚だ。 驚きを通り越して落ち着いていた私は、ひとまず一階にいる家族にこのナニカを見せることにした。 父は、言葉にならない声を発し、妹は、手に持っていた食パンを落とした。 母は、「びょういん・・・いく?」と訊いてきた。 病院に行くにあたって、人目が気になるためナニカを隠すことになったが、ナニカは親指ほどの大きさで、絆創膏や眼帯でも隠れなかった。 とりあえず、手で蓋をするように覆い、ナニカを隠したが、周りの視線が辛かった。 無事病院まで着き、医者に診てもらったが、ナニカが何なのかは分からなかった。 地元で有名な大きな病院に行っても、何も分からないまま一日を終えた。 次の日には、県でも有名な大きな病院に。 また次の日には、全国でも有名な大きな病院に。 しかし、ナニカについては分からなかった。 時間がどんどん経っていくと、ナニカはそれに比例するかのように肥大化していった。 ついには私の頭と同じくらいの大きさになり、日常生活を送るのも困難になった。 ナニカがちぎれないよう、ゆっくり、そして慎重に家の廊下を歩いてると、鈍い音が響き渡った。 ぼとん。ナニカがちぎれ落ちた音だった。 頭が軽い。しばらくナニカと一緒の生活だったからか違和感がある。 近くに鏡があったため、見てみると、顔にナニカは無く、左眼も戻っていた。 がたん。後ろの方で音がした。 振り返ると、ナニカがもごもごと蠢いている。 腕が、脚が、胴体が、ナニカから生える。 私と同じ形になったナニカは、いきなり玄関に向かい、外に飛び出た。 急いで追いかけると、ナニカが横断歩道で仁王立ちしている。 後ろからはトラック。どうやらナニカには気づいていない様子だ。 私は、最悪を想定し、思いっきり目を瞑った。 がしゃん。鈍い音がした。しかし、音的に最悪ではなさそうだ。 ゆっくりと目を開けると、ナニカがトラックを押し止めていた。 正直、理解なんてとっくの前から追いついていないが、想定外の事態に私も思わず「はぁ?」と呟いてしまった。 とりあえず、トラックに乗っていた人の無事を確認し、警察に連絡。 警察には、今起こったこととナニカについての説明をした。 結果的に、「居眠り運転により暴走していたトラックをナニカが止めた」ということになり、事は収まった。 ナニカは、トラックを止めてからしばらくして消えてしまい、私は普通の日常を送れるようになった。 久しぶりの学校に行く準備をしていると、父が読んでいる新聞に大きな見出しがつけられている。 「謎の生物・暴走トラックを止める!!」 言葉の出ない私に、母が「がっこう・・・いく?」と訊いてきた。

隣の芝生は…

 朝、目が覚めると鳥になっていた。どうやら電線に止まっているらしい。下には忙しく往来する人たちが見える。  スーツ姿の男性や、ランドセルを背負ったが見える。朝の8時くらいだろうか。私も今日は仕事だが、こんな姿で出社することは叶わない。大事な商談があるというのに。  いや、よく考えれば願ったり叶ったりだ。働くことがバカらしく思えていた。会社はコンプラにがんじがらめにされ現場のルールは増すばかり。人事からは残業減らせ、営業本部からはノルマを達成しろ。業務量は減らず、むしろ増えるばかり。そのくせ人的リソースが提供されることはない。  息が詰まりそうな職場だった。今すぐにでも自由になりたい。ひとりにななりたい。そう思った矢先の出来事だ。  鳥ならば、この両翼でどこまでも飛んでいけるだろう。この体格だと渡り鳥ではなさそうだが、鳥に変わりはない。  私は自由になったのだ。どこまでも飛んでゆこう。  手始めに、私は自分の育った街を飛び回ることにした。高い空から見下ろす故郷はこんなにも広かったのか。人間とは実に矮小な生き物だと、どうしてだか切ない気持ちになる。もっと外に目を向ければこんなにも広大な世界がすぐ側にあるというのに、くだらぬものに執着し徒に時間を空費する。  それは果たして私自身にも言えることだが、鳥になってからそのことを痛感するとは。いや、鳥になったからことわかるのかもしれない。  空は意外にも静かだった。学校からは子たちの朗らかな声が聞こえる。子どもの声を聞いて、これほどまでに心が安らいだのは幾年ぶりだろう。  私は校舎のそばまで寄り窓から中の様子を見た。狭い教室の中に三十名弱の子どもが押し込まれ、一人の若い女性の先生が黒板に何やら書き込んでいる。国語の授業だろうか。少し遠くて字が見えない。  国語の授業か、とかつての記憶が蘇った。私はどうも国語の授業が不得手だった。作者の考えが点でわからない。手のひらからすり抜ける水の如きありようで、読んだ文章はたちまちに雲散霧消してしまう。最後まで読んでも結局何が書いてあるのかわからなかった。そんな私のやることといえば、窓から外を眺めながら、自分が超能力を持って悪敵をやっつけるという妄想だった。授業で暇になるとこうして時間をやり過ごしていた。  窓際にいる丸刈りの男の子が私を見ていた。目が合い、はっと我に帰る。男の子は呆然と私を眺めている。きっと私のことなど見えていないのだとう。男の子なんて何かを考えていそうで何も考えていない。考えているときは好きな特撮ヒーロかー好きな女の子のことだ。  私はなんだか気恥ずかしくなって、その場を飛び去った。  一通り故郷を飛び回った。街並みは変わったが、それでもここは私の故郷だった。  かなりノスタルジックな思いに駆られ、体力的にも精神的にも疲れてしまった。  木陰で休んでいると、二羽のスズメが寄ってきた。 ちゅちゅちゅ…、ちちち…、と鳴いているが、あいにく私に鳥語を解す能力はない。私は首を傾げると、二羽のスズメはどこかへ飛び去ってしまった。  かなしいかな。私には思い出を共有できる友がいない。鳥となった今、私は晴れてひとりになれたのに、どうしてだか、寂しい。あれだけ独り身を欲したのに。寂しさなど、孤独など、無縁のものだと思っていたのに。  鳥になって自由になったところで、いったい何だというのだ。人であってもいろんなところへでかけることはできるし、ましてや鳥にはできないことがたくさんできる。美味しいものを食べ、広大な大地を走り回り、面白い映画を見て、切ない小説を読んで泣く。好きな人と出会い、キスをし、家庭を築く。果たして、鳥がこれほど多様な生活をすることは可能なのだろうか。人間には、過酷な人生の反面、それだけの自由を認められているのではないのか。何のために働くかはわからないけれど、少なくとも豊かに暮らすために働くことはできるのではないのだろうか。  そう思った今、自分自身が鳥であることに煩わしさを感じざるを得ない。  きっと私は隣の芝生を羨み己の人生は不遇なのだと断定していたに違いない。きっとそうだ。昨晩も鳥になれたらいいなあなどと不埒な妄想をしていた。それがこのザマだ。これはきっと神からの罰だ。「貴様が羨望した生をくれてやる。自由に生きるが良い」という神の思し召しに違いない。  そう思ったとき、太陽も月も星も僕にはどうでも良くなってしまった。昼も夜もあったもんじゃない。全世界が私の周りから消え失せていった。  私は人間を羨みながら再び深い眠りについた。

心飛び跳ねるような

朝がくる また 朝がきて また 起こされる やだ 寝てたい だけど 起きて 歯を磨く やだ 寝癖 だから やだ 鏡の中に 寝ぼけた顔したアタシがいる だから 月曜日は きらい 心飛び跳ねるような 月曜日なんて ないのかもしれない

Deleteでございますか? それとも、Backspaceでございますか?

カタカタ…… ありがとうぐざい あ、どうも、わたくし「ぐ」です いま、キーを叩かれ、その結果、こちらにまいりました しかし、おそらく、わたくしではないように思うのでございますが…… ええ、ええ、そうですよね、やはり、そうでございますよね 消しますよね、消されますよね タタタ…… ボク「い」だけど、わわわっ、なんでボクまで消すん…… オレ「ざ」だけど、どわーっ、なんでオレまで消す…… わたくし「ぐ」です、いま、わたくし消…… ありがとう カタカタ…… ありがとうございます

ライト

 その日のコンサートは大盛況だった。  待合室にて観客の喧騒が伝わってくるほど、ホールは客で満たされている。  皆自分の演奏を心待ちにしてくれている。  そう思えるだけで何百倍も心の中が熱く揺れて目元まで伝播してくる。  勇気を出してステージへと足を踏み出し、私は天井からの脚光と来場の拍手にで迎えられる。  定位置に着くとお辞儀をする。  左肩に視線が集まるのを感じると、私はそれが合図だと知っているため、遠慮なく右腕を覆っているマントを脱ぎ去る。  現れたのは純白のコーティングを施された精巧な右腕。観客からざわっと息が一瞬詰まるような動揺をステージ上から感じ取る。  私は気にせず相棒(がっき)を右肩に担ぐ。  ここに来るまで何千何百と味わってきた感触を首からの触感伝いに実感する。  私は張り切って、左手で握った弓を相棒の上で勢い良く滑らせる。  きっかけは些細なことだった。 「そうやって、逃げる理由さえあればいつでも諦められるぐらいのちっぽけな夢だったのか」  高校に入ってすぐ出会った、お節介な男子生徒から言われた言葉だ。  彼はとても音楽を愛していた。  私が音楽を諦めることを非常に残念だと言ってくれ、あまつさえ今のような言葉を掛けてきたのだ。  ――ほんと、無責任だと自分でも思う。  それを間近で言われた時は、さすがに頭に血が上ったものだ。  私の何を知ってるんだ。私がどういう経緯でこうなったか知っているのか、などなど胸が張り裂ける思いで叫びまくった。  それはもう呆れるくらいに。  ――でもあれがなかったら。  私はこの場には立っていないと、今では心から思える。    ちらりと、観客席のとある指定席を見やる。  そこにいるはずの姿が見当たらないことを確認して、少しだけ淋しい思いを噛みしめて演奏に集中する。  数か月間。  彼が私と共に過ごしてくれた時間は、かけがえのないものとなった。  義手の練習、トラウマへの抵抗。  まるで溶岩の中を歩いているかのような苦痛に、私は精神がどうかなりそうだった。  そんな時、彼がいた。  彼の存在こそが、私の治療を促進させたと言っても過言ではない。  頭部から煮え立つ熱と汗、左手の感覚の麻痺が、演奏の終演を暗意に告げてくる。    復帰から数か月後、彼への想いを告げようと帰り道で呼び止めた。  だがそれは次の瞬間、鼓膜をつんざく衝撃音と、視覚に飛び込む大量の赤色という情報によって上書きされた。  翌日の夕刻。呼び出された場所は病院の霊安室だった。  演奏が終了し、会場からは拍手喝采の嵐が巻き起こっていた。  私は事件のことを脳内にて回想しつつも、最後まで演奏をやり切った自分が信じられないと戦慄する。  もしかして私は、悲しみが無い人間なのかと、かつてのトラウマが再起しそうになったが、そうさせてくれなかったのは彼だった。  最期のお別れを済ませ、そのまま自宅へと戻った私は、彼の家族から呼び止められた。  案内されたのはとある一室。彼の部屋だった。  扉を開けてすぐ目に入る机の上には、とある箱がポツンと置かれていた。  家族の話では、それは彼からのプレゼントだという。  私はゆっくりと箱の側面にある蓋の淵に指を引っかける。  そこにあったものは――  ステージは大成功を収めた。  お辞儀にて観客へ精一杯の感謝を伝えると、私は舞台から退場していく。  退場の際、ヴァイオリンに視線が引っ張られる。  彼はいつでも、私をずっと守ってくれた。そしてこれからも、私を見守ってくれるのだ。  右腕の義手越しのヴァイオリンからは、リハビリにて何度も肌で味わった彼の温もりを感じられるような気がした。

余命

学習塾に勤めていれば毎年生意気なガキや、ときには殺意さえ覚えるガキもくる。しかしそんなことで職を失うのも馬鹿らしいことだし嫌でも三年したらやめていく連中なのでグッと堪えて仕事をこなしていた。しかし、そんな我慢をしなくてもよくなった。私はガンになり余命三ヶ月だそうだ。病院から何度か電話がきていたみたいだが、どうせ入院を勧める電話だろうと思って無視していた。私は余命一ヶ月を過ぎた頃、ひとりの女子生徒を居残りさせた。彼女は私の容姿をバカにし、目が合えばセクハラだと騒ぎ立てる私のもっとも嫌いな生徒だった。 「居残りってなんなんですか? 告白とか気持ち悪いことだったらセクハラで訴えますよ」 私は彼女の背後からロープで首を締めた。 「ぐっ、な、何、やっ、やめてください…」 「なんだちゃんと頼めるんだな。でもなお前は死ぬんだよ。あきらめな」 彼女は脚や手をばたつかせたがしばらくするとぐったりとなった。胸に耳を当てると微かに心音が聞こえた。私はポケットからナイフを取り出すと心臓に突き立てた。 「俺をバカにしたお仕置きだ」 私は死体を車に乗せて海に捨てた。 私はその後、何事もなかったかのように仕事をした。彼女のことはニュースなどで話題になったが私が疑われることはなかった。しかし、残りの一ヶ月を過ぎてもなんともなかったので病院に行ってみた。 「えっ、誤診? 余命三ヶ月っていうのは別の人のレントゲンだったんですか? 私は…私は…」 急に身体に震えがきた。医者が何度も電話をかけたのにという言葉が遠く聞こえた。 病院を出ると警察の人間が待っていた。 「違う、違うんだ。余命三ヶ月って言われたから…違うんだよ」 「殺人の容疑で逮捕する」 手錠がやけに重たく感じた。

おとな

 大人になるってどういうことだろう。 「またそんなこと言ってるの?」  向かいの席で三杯目のビールに口をつけながら、小学校からの幼馴染は呆れたように言った。 「だって」 「だってもくそもない。あたしらがここにいるのが答えなんじゃないの?」  私の傍には半分くらい残った烏龍ハイが置いてある。むき出しになった氷が大衆居酒屋の安い、なぜかちょっとオレンジ色の電灯を浴びて光っていた。 「だいたい、学校も何個卒業してきたのよあたしたち。そう、中学の卒業式なんて」   「私、おとなってもっと素敵だと思ってた」  快活にしゃべっていた幼馴染の声が止まる。周りはがやがやとしているのに私の周りだけまるで真空みたいに音が聞こえない。烏龍ハイのグラスをおきっぱなしにしてまで私の手を占拠する銀色の指輪がこちらを見ていた。気持ち悪い。酔ったのかな。 「小さい時は、大人ってもっと大人だと思ってた。お金はたくさん使えて、信頼できる親友ができて、素敵な恋をして、結婚するの。子供産んで、全部愛して愛されるもんだと思ってた。ほしいものは全部手に入ると思ってた。」  手の中のシルバーリングが子供の時の空想を嘲笑しているみたいに鈍く光る。   「私、なんでおとなになれなかったんだろね」  その光が見えないように、手を強く握りしめた。無機質なものが手のひらに食い込んでほんのちょっぴり痛い。でもそれ以上に首が、のどが、締め付けられるみたいに痛かった。  暫しの静寂がおりる。大衆居酒屋の中に生まれた、いや、この世界に生まれた私だけの深海。空気がなくって周りの音も聞こえない。何も見えない、暗い、世界。  突然私のグラスが浮いた。ずっと手の平を見ていた私は反応が遅れてグラスを奪われる。目の前の幼馴染はわが物顔で中身を一気に飲み干した。ぐっ、ぐっとモノを飲み込む音が私の海に響く。なんだか場違いでおかしかった。ぷは、と彼女が口からグラスを離し、息を吸う。素早くタブレットから次のドリンクを注文を選ぶ。私の好きなライムサワーが厨房に送信されていった。 「ならあたしと、ずっと子供でいようよ」  彼女と目が合う。言ってる意味が分かんなくて黙ってると「やっと目合ったわ」と肩を竦めながら幼馴染は笑った。 「ずっと、あたしと、子供でいよう。あ、でも子供じゃ酒は飲めないね。ならあたしとおとなになればいいじゃん。あんたおとなじゃないんでしょ?ならあたしとこれからなればいじゃん。あんたが描いたおとなにさ。」  名案じゃない?  得意げに笑う彼女。運ばれてくる緑のドリンク。ありがとーございまーすなんて間延びした声で手際よく空っぽのグラスとドリンクを交換する彼女の所作を眺めながら、私は彼女の言ったことを何回も、何回もかみしめた。かみしめて、噛みしめて、噛み締めて、飲み込む。 「なにそれ」  ふは、っと私は噴出した。この子の馬鹿な提案は、今の私には浮き輪みたいになった。暗い深海で、潜水艦に載せるんじゃなくて、浮き輪だけ投げ込まれた。ばっかみたい。私は酸素を吸って、二酸化炭素をはいて、握りしめすぎて生ぬるくなったシルバーリングを机においた。 「ならこれはなに」 「それはもうあれよ、おとな不合格通知」 「最悪!ただでさえ最悪なのに!」 「もー捨てちゃえそんなの!」 「でも私高校の不合格通知、ずっと実家においてる」 「何年前だよそれ!」  あははは、と笑い声が響く。居酒屋の騒がしい店内ではうるさい笑い声もBGMに溶け込む。私は、彼女が覚えててくれた、私の好きな飲み物に口をつける。あいつがカルーアミルクが好きだったから久しく口をつけてなかった。久々の炭酸が舌を打つ。そうだ、私、こういうのが好きなんだった。 「正直さ、」  もう四分の一くらいしか残ってないビールのグラスを指でなぞりながら、彼女が言う。 「子供とか、そんなんは無理かもしんないけどさ、でも、そんな男より、そこら辺の奴らより、あたしが世界で一番、あんたのこと幸せに、笑顔にさせる自信あるんだけど。返事は?」  私は二口目のライムサワーを口に含んで、味わいもせず飲み込んで、少し首をかしげる。グラスをおいて、不意に漏れた笑みを隠そうともしなかった。彼女は私の様子を見てきょとんとした顔をする。 「一緒に子供やるの、楽しみだね」  私の言葉に彼女の顔はわかりやすく輝く。手元のビールを飲み干して、すぐ次のビールと、あと彼女の好きな枝豆と、私が好きなエビマヨを手早くタブレットに入力して注文する。好きなものを知ってるって、知られてるってこんな気持ちだったっけ。ああ、酒が美味しい! 「おとな再履、がんばろー」 「おー!」  運ばれた料理を口に含んでるうちに私の不合格通知はどこかに消えてしまった。