カーテンを少しだけ開けて、外を見る。 家の周りにはバットや金槌を持った人々が集まり、塀をがんがんと叩いている。 「はー。今日もいるのか」 このままでは、外出一つできやしない。 私は警備会社へと電話した。 「移動用の車を一台」 「申し訳ありません。既にすべての車がご予約で埋まっておりまして」 「はあ!? なんのために、高い金を出して契約してると思ってるんだ!」 「……お言葉ですが、運転手がいないのは、あなた方の世代が子供を作らなかったせいですよ? 労働力を生み出さずに、労働力が当たり前にあると思うなんて図々しい」 電話が切られた。 何度かけ直しても、電話は繋がらない。 銀行アプリから通知が届き、サービス利用キャンセルの払戻金が振り込まれた。 「くっそ! 勝手にキャンセルしてんじゃねえよ!」 銀行アプリに溜まる、莫大な金。 凡人が人生何周しても手に入らない、莫大な金。 しかし、使おうとして断られる今、この価値が俺の中で揺らいでいる。 国が荒れたら、国外に逃げればいい。 そう思っていた数年前の俺を殴りたい。 空港が占拠され、家の周りを囲まれては、国外に逃げるなんて選択肢があるはずもない。 「……今日も出前か」 俺は、ピザ屋へと電話した。 「ピザ一枚」 「ただいま大変込み合っておりまして、お届け三時間後でもよろしいでしょうか?」 「よろしい! よろしい! いつでもいいから、届けてくれ!」 「かしこまりましたー!」 あらゆるインフラは、底辺に支えられている。 警備も、出前も、家を囲む暴徒たちが金を得るためにやっている。 「お待たせしましたー。ピザとなります」 玄関には、先日、俺の家の壁を叩いていた男が笑顔で立っていた。 俺は金を払って、ピザを受け取った。 男は、バットや金槌を持った人々の間を、平然と抜けてピザ屋へと戻っていった。 加害者と、被害者を守る人間が、同一である世界。 こんなゲームチェンジが起こるなんて、資本主義に胡坐をかいている時は思わなかった。 俺は冷めたピザを取り出して、一口齧った。 「美味い」
梅雨の温室はさみしくて、でもさわがしい。雨がなかに入れろと、しきりに壁をたたく。それが目に見えているから余計にうるさい。 そんな雨のなかにできた大きな余白に、ふわりあの香り。 さわがしさが気にならないのか、ひとりの少女が大きなイスに腰かけ、ひざに本を置いている。その姿は、この空間の雰囲気にひどく馴染んでいる。 ―何を読んでるんだい? 少女は、あからさまに顔をそむける。 雨の音より、僕の声のほうがよっぽど気に障るらしい。 ―すまなかったね イスの上で窮屈そうに体をひねり、少女は僕に背を向ける。 やれやれ、ずいぶんと嫌われてしまったな。 僕は、その少女から離れたベンチに腰を下ろした。 さて… カバンに折りたたみの傘と文庫本は入れておけよ。じいさんからの忠告が、今日ほど役に立ったことはない。 読んでいて気がついた。雨の音は、本を読むのに心地いいものだと。 ―そういうことを言いたかったのか? いや、それはないか ふと、あの香り。あの少女が僕の横に、静かにカップを置く。 ―僕にかい? ただ頷くだけの少女に、 ―ありがとう 僕のぎこちない笑顔は、果たして通じただろうか。 少女は行ってしまった。ふたたび大きなイスに腰をかけると、先ほどまでと同じくひざに本を置いた。きれいな花のようなその姿。けれど彼女にふれることは、誰にも許されることではないようにも感じられる。 あながち、嫌われたわけでもなかったのかな。よくわからんな。いや、いままで僕が、女性の考えを理解できたことなんて、あったっていうのか… 梅雨の温室はさみしくて、でもさわがしくて。いろいろ考えさせられる。 まったく、やれやれだな。
コーヒーと美味しいパン 二人は並んで座っている いつもの店のいつものメニュー 一人は肘をついてコーヒーを飲む 一人は腕を組んでいる よく晴れた空を冷房の効いている店内で眺めている 何気ない会話と笑顔 目はたまにしか合わない 二人は同じ方を向きながら この先を探している
「正しいものは損をしていくなー」 放課後の教室で私と話していた先輩が叫んだ。 「そうなんですか?」 私は先輩の言っていることがしっくりこなくて訊いた。 「そうだよ。我がかわいい後輩に教えよう!正しいものは損をする」 「はぁ」 なんだか胡散臭い。 「例えば、給食エプロンを家に忘れてきた人がいるとするでしょ。その人は給食の準備をしなくていい。正しくエプロンを持ってきた人は持ってきてない人の分の尻拭いをしないといけない。ほら正しさは損でしょ?」 「まあ、たしかに。でも正しいってかっこよくないですか?」 普段バカばっかりしている先輩が突然具体例などを上げ出してびっくりした。 「たしかにかっこいいかもね。でもねそのかっこよさはカッコ悪くなるんだよ。」 「どういうことですか?」 「中ニぐらいになると正しいことはダサいと言われるようになるの。女子はみんなスカートを折るし、男子はみんな廊下を走る。校則を守って、正しい長さでスカートを履いていたら影で笑われる。」 「そんな」 私も来年は笑われてしまうのかな。 「あと私先週修学旅行だったじゃん」 「はい」 「スマホ持っていったらダメなのね。でも私の周りはみんな持ってきてた。私だけ持って行かなかった。部屋に集まった時もみんなスマホいじっててさ、私だけやることないの。正しさなんて捨てれば良かったーって後悔した。」 「先生にはバレなかったんですか?」 「先生も先生だよ。持ってくんなって言ったのに修学旅行だからか見逃すの」 「それはそれは」 私はなんだか先輩をいたたまれない気持ちになった。 「というか先輩、こんな具体的な例あげながら話すなんて頭良さそうですね」 「えー、私は頭いいよ」 「いつもバカばっかじゃないですか」 「こう見えて学年三位なんだよ」 「え、マジですか」 「マジ」 先輩について知らないことまだまだたくさんあるな。 正しいさ、か。 私が先輩を好きなことは世間的に正しいのでしょうか。だって私は損ばかりしている。 先輩にそう訊きたいけど、そしたら先輩困っちゃいますよね。 だって先輩には彼氏がいるんですから。
棚田の隅っこの畦《あぜ》道に、五、六歳ほどの少年が立っている。小豆色の短い童衣に、下は褌のみ。少し茶色っぽい髪はぼさぼさで、いかにも田舎の子供といった風体だ。しかし、他の子供と違うところが二つある。頭にはもふもふの丸っこい耳が、衣の下からは太い尻尾が生えているのだ。 彼の名前は椋《ムク》。この村に住み着いている狸の子供なのだった。 ムクは、夕暮れに染まっていく棚田を見るのに夢中だった。若苗の植わる田の水面が、茜色の光を鋭く反射して目を刺す。対照的に、村の家や帰路につく人々は、まるで影絵のように真っ黒だ。夜を告げるひんやりした風が、山に帰るカラスたちの声を運んできた。 「あ、ムクやんだ‼︎」 「やっとみつけたー!」 声がして下を見ると、一つ下の畦道に、同い年くらいの村の子供たちが三、四人ほど集まっていた。彼らはムクとかくれんぼをしていたが、あまりに見つからないので帰ろうとしていたところらしい。 「おまえ、どこにいたんだよ!」 「……ずっと、ここにいた」 「ウソつけ、ぜんぜんみつかんなかったんだぞ! またヘンなじゅつとか使ったんだろ!」 「あーあ、タヌキとなんかあそぶんじゃなかった!」 子供達はぷりぷりと怒っている。ムクは本当にここに座っていただけだったので、信じてもらえなくて腹がたった。ムッと眉間にシワを寄せ、「ウソじゃ、ない」と言い返す。彼らはしょっちゅうこうやって喧嘩をしているのだった。 すると、男の子たちの言い合いに呆れていた女の子が、ふと「あ」と声を上げた。 「みて、またキツネの子がいる」 その声に、子供たちはわらわらと村の外れの方を見た。確かに、三角の耳と太い尻尾を生やした少年が、森のすぐそばに立っている。歳のころはムクと同じくらいだが、生成りの着物に松色の羽織と、身なりは随分大人びている。ひとつ結びにしている長い髪は美しい金茶で、夕日を浴びてきらきらと輝いていた。 「なんかさいきん、よくみるよなー。ムクやん、あいつおまえの友だち?」 「……ううん、しらない子」 「へー。なんかブキミねー」 子供達は顔を見合わせる。お互いの姿が赤く染まったり、黒く影になったりしていて、なんだかいつもと違って見えた。 「――そろそろかえらなきゃ。ゆうげにおくれちゃう」 「そうだな。じゃあな、ムクやん!」 「またなー!」 そう言って、子供たちは家に走って行った。畦道にポツンと残されたムクは、じっとキツネの子を見つめていた。 (ぼくも、おかあのとこに、かえらなきゃ。……でも、あの子はどこに、かえるんだろう)
「月が、綺麗でs」 瞬間、俺はバズーカをぶっ放した。 バズーカの弾は月まで一直線に飛んでって、見事に月を爆破した。 雨の代わりに降って来る月の破片。 呆然と夜空を見上げる彼女を見ながら、俺は最高の笑顔を作った。 「君の言葉が聞きたいな」 数秒後、なんか世界のバランスが崩れたらしく、世界が滅んだ。 彼女の返事は、結局聞けずじまい。
昔あったことで不思議なことがある。 私が小学一年生の頃の夏休み初日、父が夜九時に玄関を開けた。母がどこに行くのかと尋ねると父は別になんでもないと言いながら家の鍵をポケットにいれる。 少し怖くなった母が何か買いたいなら明日にすればいいと言う。それでも父は行こうとする。 そのやりとりをソファから聞いていた私が玄関に駆けつけた。 それでも父は行こうとする足を止めなかった。 母がこの子も連れていけと父に私を差し出した。母がどうしてそんなことをしたのか分からなかった。父が危ないことをすると察して、私がいたらそんなことできないから私を差し出したのかもしれない。 父と私二人で家を出て、車に乗った。 夏だとは言え、もう九時だから暗かった。 車の中で父にどこに行くのか何時に帰るのかと訊いたが、父はなにも答えなかった。 田舎でまともに街灯がないから窓から見える景色は真っ暗だった。 車を走らせること十分、スーパーについた。 スーパーの中に入ると白い光に包まれた。さっきまでずっと暗かったからなんだが新鮮な気がした。 父がお菓子を一個買っていいと言った。私はパチパチするチョコを買ってもらった。父はなにも買わなかった。私のチョコだけをレジを通して、また車に乗った。 そのあとどこかに行くのかと思ったがそのまま家の方向へ進んだ。 父がなにをしたかったのか分からない。夜中に急に何かが欲しいなった訳でもなさそう。 父は車の中で惜しかったと呟いた。なにが惜しかったのか、私には分からなかった。 父は昔から気力のない人だった。常に目に光が入ってない人だった。 結婚なんてしないで一生一人で生きてそうな人だった。 あの日の父はなんだかいつもに増して目は濁っていて、声にも気力がなかった。もしかしたら全部終わらせようとしていたのかもしれないと今では思う。 あの日、私が父について行かなかったらどうなっていたのだろう。
「貴女が落としたのは、田中君ですか? それとも山田君ですか?」 学校の庭池から現れた女神様は、笑顔で私に問いかけてきた。 私の目の前で田中と山田が仲良く庭池に飛び込んで、何をやってるんだこの馬鹿二人はと思っていたが、そういうことか。 私に告白をする勇気がなかったから、私に二人のどちらかを選ばせる気らしい。 馬鹿二人は私に手を伸ばしてきて、頭を下げた。 「「よろしくお願いします!」」 私は溜息をついた後、少しだけ考えた。 本当のことを言うと、正直な人だと言われて、田中と山田を押し付けられる。 どちらも落としてないというのは愚策だ。 しかし、間違っても田中を落としたとも、山田を落としたとも言いたくはない。 馬鹿二人の思い通りになるなんて、絶対ごめんだ。 「私が落としたのは、鈴木君です」 「「え?」」 馬鹿二人がハモる中、女神様は鬼のような形相へと変わった。 「貴女は嘘つきな人ですね。そんな貴女に渡すものなど、何一つありません」 「どーぞ、どーぞ」 私がハンカチをひらひら振ると、女神様は馬鹿二人を掴んだまま庭池へと沈んでいった。 「え!? ちょ、待っ!」 「女神様! 止めて止めて止めて!」 馬鹿二人は必死に抵抗をしていたが、抵抗虚しく女神様と共に庭池に沈み、あっという間に見えなくなった。 果たして、二人はどこに行ってしまったのか。 「あれ? 私、ここで何してたんだっけ?」 私は何故か庭池を眺めていた。 穏やかな水面からは、元気に泳ぐ鯉が見えた。 私は周囲を見渡して、結局何をしに来たのか思い出せなかったので、昼食を買うために購買へと向かった。
皆は一人の時間をどうやって過ごしているのだろうか。 休日前夜、一人きりの部屋で何をしているのか。ふと気になりだした。 ゲームに没頭していたり、ドラマ、映画で感動したり、バラエティーを観て死ぬほど笑っていたり 食べたい物を好きなだけ食べたり飲んだり マインドフルネスな過ごし方もあるだろう どちらにしても、素の自分がそこにはいるのだろう その姿を見てみたいなと思い始めて、その思いから抜け出せなくなってしまったので、自ら足を踏み入れてみた ネット検索していると、いわゆる裏サイトに一般の部屋を盗撮し、ライブ配信しているのを発見した。 男性も女性もいる ラーメンを食べている男性がいたり、髪をドライヤーで乾かしている女性が写っていたり、その中で私の知っている男性がいた。会社の上司だがセクハラが酷くて女子に嫌われている。そいつに弱みを握られたら直ぐ辞めようと皆で話し合っている。 その気持ち悪い上司が暗い部屋でPC画面を夢中になって覗き込んでいる その画面にPCを覗き込む私の映像が流れていた
日頃あれだけ不倫をする人の事を馬鹿にしていたのに、自分が不倫をする事になるとは人生とは何が起こるか分からない。 不倫をしてみて分かったが、一度始まってしまうと中々やめられない。強い刺激の背徳感と、結婚しているにもかかわらず、私の事を特別に想ってくれている。と言う充足感が脳をおかしくしている。だが次第に慣れてしまい、今やSEXが習慣化している。 不倫になる前、つまり抱かれる前がイチャイチャして一番楽しかったが、一緒にホテルに入ってしまったら、後は緩やかに滑り落ちるだけだ。 今もいつものファミレスで彼を待っている。彼と出会ったファミレスで。
寝坊をして急いで駅に行く。完全に遅刻だ。 ホームはいつもと違い通勤ラッシュが過ぎて穏やかな雰囲気になっている。 自販機の前で小さな女の子と母親がどれにするか楽しそうに話している。 その近くにホームから線路を覗くスーツ姿のオジサンがいた。 私が会社に遅刻の連絡をしている間も、ずっと線路を入念に観察している。落とし物なら駅員に言えばいいのだが、まさか降りて取らないよなっなんて思うくらい真剣に探している 「落とし物ですか?」 「え、あっ、はい。そうなんですよ」 「駅員に言って取ってもらったほうがいいですよ」 「はい、そうなんですが、どこに落としたか分からなくて」 「何を落とされたんですか?イヤホンとか?鍵とか?」 オジサンは笑顔で右腕を上げながら応える 「右手です。この間轢かれたときに、右手だけ、どこかへ行ってしまって」 「ママこれなに?」 自販機の下を覗いて小さな女の子が何かを指さしている
「お一人ですか?」 仕事帰り、ファミレスで食事を済ませ、お酒を飲んでいた。毎日、仕事ばかりで料理はとっくに諦めて、洗濯もコインランドリーで済ましている。家事あきらめました。ファミレス最高。お酒最高。そんな私に声をかける男性がいた。顔はまあまあだが雰囲気は良い 「え?は、はい」 「じゃあ、お邪魔しようかな」 男性は同じ年か少し上くらい 彼も私と同じお酒を注文した 「会社員の仕事帰りと言う感じですね」 にこやかに彼が言う 「えぇ。バリバリ会社員です。会社員ですか?」 「えぇ。会社員です。バリバリ。いや、パリパリくらいかな」 どういう事?と二人で笑う 彼の注文したお酒が来た 「僕は森田ヒカルと言います」 「私は木部ひかりです」 よろしくお願いしますと乾杯をする 美味しいものを食べて、お酒を飲んで、話し相手がいて、私の事に興味があって、雰囲気が良い。こんな楽しい事は久しぶりだなと思いながら話していた。自然と笑顔になる。 結局ファミレスには2時間ほどで店を出た。 お会計は彼が持ってくれて、私も払うと言ったのだが、いいからいいからと言われそのまま甘える。別れ際に連絡先を聞かれなかったので、慌てて確かめる 「次も一緒に飲みますか?」 飲みませんかだと、すがっている感じが出るし、飲めますか?だと切実過ぎて怖いかなと。それで飲みますか?になってしまった。 「僕、結婚してるんです」 「え!?…じゃあ何で」 「すみません」 「すみませんじゃなくて…」 「では」 「ちょ…」 彼は歩き出して直ぐに止まり振り向いて言う 「僕達、名前が似てますね」 「そんなの、どうでもいいよ!」 「じゃあ!アデュー」 「じゃあ!じゃないよ!もう、何がアデューだよ」 帰りコンビニで追加のビールを2リットル買って帰った。
「クリスマスのホテルとった!」 「え? まだ、半年もあるじゃん」 「そー。ずっと前から予約しとくと、安く買えんだよなー」 私の彼氏は、いわゆるコスパ厨だ。 良いものをどれだけ安く買えるかに、命をかけているところがある。 だからこそ、私の知らないことをたくさん知っている。 ホテル代は、宿泊日のずっと前に予約しておくと、安くなることとか。 いや、ホテル代だけじゃない。 新幹線代や飛行機代だってそう。 ポイント還元が大きい日も、私より詳しい。 「本当、物知りだよねー」 「へっへっへ。速いことはいいことだ……ってな」 自慢げな彼氏の顔を見ながら、ふと思い出す。 そう言えば、彼氏が私にアプローチをかけてきたのは保育園の頃で、付き合ったのは小学生の頃で。 「ねえ、もしかして」 「ん?」 「あ、やっぱいい」 「なんだよー。気になるじゃんかー」 危うく口に出しかけたが、聞くのはよしておこう。 私が将来、東大に受かって、ミスコンで優勝して、世間では高給取りと呼ばれる仕事につく人間だと思ったから、早い段階から私にアプローチをしたのかなんて。 周囲からは格差婚だなんて言われるが、彼氏は私の知らないことを知っているし、尊敬できる部分もある。 だから、それでいいじゃないか。 今幸せなんだから、それでいいじゃないか。
ある日の午後。ようやく男が目を覚ました。 「結局、負けかよ…」 サッカーの国際試合を見るため、仕事を休んだ。 カーテンの隙間からは、濃い光が差し込んでいる。 照らされたテーブルの上には、妻からのメモが。 ──友達とランチに行ってくるね。夕方には帰ります。 昼ごはんはチンして食べてね。 ソファーに深く座り、テレビを点けた。 「今朝の試合の結果です」 アナウンサーが残念そうな顔で伝えている。 「試合には負けましたが、サポーターの行動が世界の方々から称賛されてます」 観客席で青いビニール袋を手に、ゴミを拾う人たち。 「素晴らしい光景ですね。では、また来週お会いしましょう」 男は画面を見ながら、鼻先で笑った。 エンディング。 右端には、 ──本日午後の存在価値 全国平均 76% 次の朝。 洗面所に置いてある体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 95% 液晶パネルには、自分の存在価値が%で表示される。 ──生まれたばかりの赤ちゃんは存在価値100%らしい。 誰かが言ってたな。まぁ、どうでもいい。 「あなた、お弁当できたわよ」 妻は肩までの髪を耳にかけながら、片足をそっと乗せた。 ──体重 48キロ 存在価値 95% 「ねぇ…今晩、ちょっと話があるんだけど」 「なに?」 「仕事から帰ってからでいいわ」 夕食後、妻が話を切り出した。 「あのね。友達がパート募集してるから来ないって誘われたんだけど」 「どうしたいの」 「週に3日くらいだからね。お小遣い程度にはなるかな」 「いんじゃない。でも、無理しないでね」 「ありがと…」 妻はスマホを手に、友達へラインを送った。 窓の向こうが、薄暗くなる。 しばらくのあいだ、部屋には着信音だけが響いていた。 「先に行くね」 妻が弁当をバッグに入れ、もう一つをテーブルに置いた。 「あぁ、気をつけて…あのバッグ、初めて見たな」 男は体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 90% ほんの少し、胸の奥がざわついた。 スーパーのビニール袋を手に、妻が帰ってきた。 「ごめん、遅くなった。今から晩ごはん作るね」 惣菜をパックから皿に移し替え、レンジに入れる。 「あのね、店長から正社員にならないかって言われた」 嬉しそうな横顔。 「そういえば、あなたの工場、外国人の従業員雇ったんでしょ。なんか大変だね」 男は洗面所に行き、体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 70% しばらく、数字を見つめていた。 テレビでは、豪雨被害のニュースが流れていた。 「なぁ…ボランティアに行ってみようかな」 男の声に、妻が振り返る。 その顔は、口元だけが笑っていた。
「ねぇ、キミ。何をしてるの?」 雨が降るのを待っているのです。 「えっ。でも、いつ雨が降るのかは、誰にも分からないでしょー」 もうすぐかもしれないでしょう。 「そりゃあ、まあ……でも、一週間先だったらどうするの。それでも待つの?」 待ちますよ。待つしかないですから。去る者、追わず。来る者、拒まず。私はそういう存在です。生まれた頃から、私には使命があるのです。 「それって生きづらくない? ぼくは、キミよりずっと自由だ。そのほうがいいと思ったりしないの?」 ええ。アナタは、私に比べたら、うんと伸び伸びとしていますね。でも、限りある場所で、限りある時間を精一杯に生きるほうが……。私のようなものには、ふさわしい。私には動かす手足も、揺らせるフリフリも無いですから。 「まあ、キミが納得しているのなら、それでいいさ」 フリルはありますけど。 「べつに、つっこまないよ」 残念です。 「雨が降ったらいいね」 ええ、私の頭がおかしくなる前に。せめて。自分の使命はまっとうできたと、思いたい。 「へえー」 ジメジメとした蒸し暑さと暮らしている。大きなワンルーム。 製氷機から氷を取り出す、あなた。その足取りは昨日よりも軽やかで。あなたがステップを踏むたびに、手のひらのマグカップでは水面がおどる。 今。ボクは意を決して、あなたのひざに飛びこむ。 ぱちゃっ。 上空まで、はねる飛沫。あなたの衝撃と困惑が、ボクの頭へと降りかかる。 「ちょっと、ポメ! ああ、もう。サイダー、こぼしちゃったよ……」 あなたは机上にマグを置いて。箱からティッシュを取り出し、せわしなく手を動かす。 床に広がっていく甘い水たまり。その水分を含んで重たくなった彼女が、ぐったりと横たわっている。 「あっ! ふれふれ坊主、落ちちゃってるじゃん!」 悲しそうに、あなたは眉をひそめる。これじゃあ、明日も仮病を使うのは無理か……と、わけのわからないことをぼやきながら。あなたは濡れたティッシュとともに、役目を終えた彼女をつかんで、ステンレスのかごに入れる。 ――よかったね。これでボクらも、明日は外でおさんぽできるよ! 肩をすぼめるあなたを励ましたくて。ボクは、めいいっぱい自分のしっぽを振って見せた。
お昼にたべていたそぼろ弁当 そこから 三色にするなら、そぼろとたまごと あと何にする、との話題に ほうれん草のごま和え と誰かが言い いっしょですねえ とまた誰かが言う その流れからさくらでんぶへと話はうつり あれはいったいなんだろうかと 調べればそれですむこと けれど誰もそれをしない 知りたいのではない 求めているのは なんだろうね なんでしょうね というやり取りであって その場に流れる同じ色の体温だ 家に帰ってから「のの」に さくらでんぶってなんだろうね と聞いてみる 「のの」は そっぽを向くだけ 「のの」は 共感を知らない
「ひつじさんひつじさん…」 少女は今日あったことを羊に話す。 嬉しかったこと。 嫌だったこと。 分からなかったこと。 「……」 羊は何も答えない。 「それでね…ひつじさん…?ねむっているの?」 「……」 羊は何も答えない。 少女は羊にできるだけ寄り添う。 羊の毛は温かい。 「それでね…」 少女は羊に話の続きを聞かせる。
どうしてだか分からないのだが人肌に触れねば死んでしまう、そんな予感がした。 本能のような、抗いがたい衝動が僕を突き動かした。 僕は身体に重くのしかかる毛布を力いっぱい蹴り飛ばし、テーブルの上に置かれたスマホをつかんだ。 無我夢中で通話履歴から君の名前を探す。まあ、探すといっても履歴は君との通話ばかりだから、すぐに見つけることができた。 いつもと同じ、3コール目で君は電話に出た。 僕はこの、どうしようもなく醜い感情を言葉にもならぬ言葉で彼女へぶつけた。 スマホの先で君が息をのむのが分かる。 耐えがたい沈黙。 僕の心にはすでに後悔の嵐が吹き荒れていた。 しかし、それと同時にこうするしかなかったのだという開き直る心もあった。こうしなければ、今にも死んでしまいそうなんだ。 「……今からそっちに行くわ。」 君は、それまでの沈黙は何かの間違いだとでもいうようにあっけらかんとした様子でそう言った。 僕は飼い主が帰ってきたときの子犬のように飛び跳ねて喜んだ。寝起きだからだろうか、あちこちの関節がギシギシと音を立てて、軋む。 「じゃあ、5分後に着くから。いい子で待っててね。」 どうやら君は電話を切り忘れてしまったらしい。君がドアを開ける音、君が鍵を鳴らす音、君がエンジンをふかす音が順々にスピーカーから流れてくる。 カッチカッチ、というウインカー音でいくつ交差点を曲がったのかが分かる。 僕の家はもう目と鼻の先だ。窓ガラスに張り付いて君のバイクが見えるのを待つ。 「ドアを開けて!」 突然、スピーカー越しの君が鬼気迫る声で言った。 どうして、そんなにあせっているの? 君が最後の角を曲がる。 君は大切な、大切なバイクを雑に乗り捨てると僕の部屋に駆け込んだ。 少し遅れて無数の屍たちが角を曲がってくるのが見える。その顔はみな、血の通わない鼠色で全く生気が感じられない。 僕は急いでドアを閉め、鍵をかけた。 ご......めん、なんで、わす、れ、て、t 「もういいの、いいのよ。」 君は僕を優しく抱き寄せた。 カーテンの隙間から差し込む、やわらかな斜光だけが僕ら二人の存在を示していた。 僕はゆっくりと君の雪のような首筋に歯を突き立てた。
いつもの散歩道。 不思議なことに今日はよく「おはよう」や「こんにちは」といった声が聞こえる。 大きい声ではなくそれでもはっきりと聞こえる。一つ一つの声は似ているようで違う。 ふと目に入った道端の花。 「こんにちは」「こんにちは」 歩みを進めて、お気に入りの高架下。日陰でホッと一息。 ふと足元を見るといろんな小さな花が咲いていた。 「こんにちは」「こんにちは」「おはよー」 好奇心からしゃがみ込み、小さな声で言った。 「こんにちは」 柔らかな風が吹いた。その後、わあ、わあ、と驚いたような嬉しそうな声が聞こえた。 「こんにちはー」「こんにちは」「こんにちは〜」 沢山の草花の声が聞こえる。 私は嬉しくなっておもわず微笑みながら、いつもの散歩道を進んだ。
私はじっと、白紙の進路希望調査票を睨みつける。 漫画の世界が羨ましい。 ゴールが最初っから用意されているから。 この世界が魔物蔓延るファンタジーならば、第一希望に書くべきは『勇者』一択だ。 魔王を倒して世界を平和にしますと言っとけば、きっと先生も両親も納得する。 しかし、現実に魔王はいない。 ブンケイとリケイという四天王はいるけど、この四天王は分裂する。 ブンケイだと、ホウガクブやブンガクブ。 リケイだと、コウガクブやイガクブ。 キョウイクガクブは、どっちだっけ。 頭の中に魔物と遭遇した時のBGMが鳴り響き、ありもしないコマンド『にげる』を連打する。 「ないなーい。やりたいことなんてなーい」 両親は、私の好きにすればいいと言ってくれる。 でも、試しにブイチューバー育成の専門学校と言ったら、面白い冗談を聞いたように笑っていた。 好きにすればいいという両親の中に、ブイチューバーは入っていないということだ。 先生は、偏差値の高い学校を勧めてくれる。 実家から通うなら、一人暮らしをするなら、模擬テストの結果から考えると、 私の為でもあるのだろうが、学校の成績を少しでも上げるためだという心の声が透けて見える。 「つーか、社会も知らない高校生に進路なんて決めさせんなよー。未知のダンジョンすぎるー」 結局、自分の人生のゴールがまったく思いつかなかった私は、進路希望調査票を横にどけて、代わりに手紙を三通持ってくる。 差出人は、全部バラバラ。 秀才君からと、スポーツマン君からと、イケメン君からのラブレター。 うちの高校には、一年に何日かだけ、ラブレターで告白すれば告白成功率が上がるなんてジンクスがある。 その日に、まさか三人からラブレターが届くとは思わなかった。 「うーん」 私はじっと、未開封のラブレターを睨みつける。 漫画の世界が羨ましい。 ゴールが最初っから用意されているから。 この世界が愛と友情に汚染された恋愛漫画ならば、選ぶべきは一目惚れした『主人公』君一択だ。 私実は彼のことが好きなんだよねと親友に白状すれば、きっと幸せな恋人ライフが誕生する。 しかし、現実に主人公はいない。 良いところも悪いところもあるどころか、本音の部分を何にも知らない相手を、イイヒトソウという裏技みたいな概念で選ばざるを得ない。 「無理無理ー。彼氏なんていらねー」 私は、ラブレターも横にどけた。 空っぽになった机の上には、魔王を倒すための聖剣もなければ、主人公が泥だらけになって見つけてくれたキーホルダーもない。 あるのは、勿体ないという現実的な理由で買いかえていない、ぼろぼろの栞だけ。 私は栞を摘まんで、左右に振った。 「どこかに刺さって、実はここは漫画の中でしたーってなってくれないかな。そしたら、進路希望もすぐ埋まるのに」 作者不在の世界に中指を立てながら、私はベッドに飛び込んで現実逃避をすることにした。
【突然の引き金、いきなり事件、でもね僕は】 お互いにカラダをすみずみまで清め、まだ袖に手を通したことのない真新しい服に身を包んだ。もう間もなくとそのとき、でも事態は急変してしまった。あれは一週間くらい前だった。 「あら、これからお出かけでしたの?」 玄関を開けるとそこには、どこかで一度、会ったことのある人物。その面影を、過去の記憶と照らし合わせるその一瞬は、短くて、けれど永遠のように長い。 「あ、いえ、そうではないですが」 「そうですか。でしたら、いまちょっとよろしい?」 「はあ。なんでしょう」 「あなたのとこ… 何か飼ってらっしゃるの?」 その言葉で確信の光が走った。この人、大家さんだ。 「え… あの…」 「いえね、いえね。なんと言うんでしょ、噂、とでも言いますかしら、そちらで何か… みたいなこと聞いたものですから、ええ」 と言って、上がってこようとする。 「あ、あの…」 「いえ、ちょっとだけね」 「ちょ、ちょ」 「いえいえいえ。すぐよ、すぐ」 なかなかに強引な人のようで、また大家でもあるし、僕のほうも下手なことはできず、大家さんはほぼすんなり部屋に上がってしまった。 「すんすん。すんすん。すんすんすんすん」 大家さんは、やけに鼻を引くつかせている。 「あ、あの… どうしたんですか?」 「いえね、においをね。すんすん」 「におい… ですか…」 「ええ。けもののようなにおいですとか、どうかしらと思いましてね。すんすん」 「い、いませんよ」 「ええ、ええ。もちろん疑ってるわけじゃありませんけどね。まあ、いちおうねえ。すんすん。すんすん」 「あ、あの…」 「ごめんなさいねえ。とくに何ということはないみたいよねえ」 「ですから」 「あらあら、おじゃまさまねえ」 言って、大家さんは帰っていった。 ・ あのとき、どう説明するのがよかったのだろう。
鉄槌が下った それでも立ち上がる 折れない心 折れない足 日頃の疲れと寝不足が重なり、ぼんやりしていたら、仕事中に怪我をした。カゴ車という半開きの檻のようなものを倒してしまい、足に当たった。 ガシャーン その瞬間、私に取り憑いていた睡魔は檻に閉じ込められた。一気に眠気が吹き飛んだ。 翌日もいつもどおり仕事を出来たので、たぶん骨折はしていない。 数日たった今、私の足は腐りかけのバナナのようになっている。 半年前に骨密度検査をした。 「あなたの骨は強いほうね」と保健師に言われた。 検査結果には、同年齢の人に比べて110%の骨密度であることが記載されていた。 毎日、納豆、チーズ、牛乳、ビタミンDのサプリを摂取している。 骨だけに、コツコツとカルシウム貯金をしてきて良かったと思う。 さてと、痛みも引いてきたし、たまにはお散歩しようかな。
コンテナが夕日を照らしてオレンジ色を照り返している 交差点ではギリギリで走り去る車が絶えない 灰色の道に枯れかけのツツジとゴミ 信号待ちをしているあなたが全てを美しく見せてくれる
57577に投稿した短歌です。 星雲をのせた新作カプチーノ 飲めば安眠「おやすみなさい」 開店の合図と同時に飛び込んだ 「星月夜のカフェラテ一つ」 片想い曹達の上から眺めてる パンケーキに恋するアイス ティーバッグを引き揚げながら心底に 寝かせた恋も取り出せたなら 秘めていた想いを濾して淹れました この珈琲の産地はあなた 冷ややかなティースプーンに撫ぜられて 砂糖を溶かす照れ屋な珈琲 シロップの代わりに差し出されたのは とびきり甘い「好き」の二文字 フィルターが目詰まりしてた原因は 砕けた夢を吸い込んだから ごうごうと近付く台風の足音 掃除機片手にいざ迎え討つ 憂鬱を吸い込むことも出来ないで ゴミで腹が満ちては寝るばかり 朝露に葉の色移り風に揺れ 宛ら泳ぐ緑の鯨 搭乗を待つ雨粒が空港に 犇めく明日は梅雨入り予報 感情のスクラップブック作ろうと 広げた雑誌悲哀ばかり お日様にころころ燥ぐミニトマト だし巻き玉子は日向ぼっこ中 太陽を困らせたいと天気雨 こっちも困るピクニック中止?
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
飴色を指でなぞると、一本鮮やかな線が引ける。 埃が積もった机にはインクの跡が所々残っている。ここで、いくつもの物語が生まれた。 椅子の背に体を預けると、キィと小さく鳴く。彼を支え続けた椅子も、さすがに御老体らしい。 天井は黄色く変色している。禁煙するように何度も言ったのに、ついぞ聞いてくれなかった。だから肺炎でこの世を去ることになんかなるのだ。 「……遺品整理」 呟いて、改めて部屋の中を見る。ところ狭しと積み上がった本の山、山、山。渋い顔にもなる。 主人がいなくなった書斎は、他人のようだ。子供の頃はあんなに親しかったのに、今は距離を感じる。 もう何年も来てなかったし、当然か。 私は立ち上がり、窓を開ける。カビ臭い部屋へ一気に新緑の香りが流れ込む。 風に吹かれたのかバサリと、机から小さな手帳が落ちた。手帳を開くと、物語のメモが雑多に書かれていた。 おじいちゃんは。 おじいちゃんは、心残りは無かっただろうか。 入院中も、ずっと新しい物語の構想を練っていた。まだまだ書きたい物語が沢山あったのだろう。 もう、大好きな彼の世界は新しく綴られない。 ようやく思い知ったそ喪失感が、ボタボタと零れて手帳を濡らした。
私の住んでいるマンションにはいつも、飛びきりの笑顔で挨拶をしてくれる白髪交じりのさらさらヘアのおばあさんがいる。 私は「あの人」を知らない。私の知り合いにそんな人はいない。でも、まるで知り合いかのように、手を振って、ものすごい笑顔で挨拶される。 しかし、「あの人」ではないが、「あの人」にすごくよく似た人と昔知り合いだった記憶がある。それが誰だったか思い出せない。思い出せない誰かにそっくりなのだ。 白髪交じりの「あの人」は、いったい誰なのだろう。 最近会わない。会わないと少し心配になる。 心配になった頃、必ず会うのだ。 もう「あの人」と出会ってから10年近く経つ。 私を見つけると笑顔で手を振ってくるが、喋ったことも声を聞いたことすらもない。 きっと一生名前を尋ねることもないだろう。 ふとしたときに気になる。「あの人」はいったい誰なのか。
彼女は月明かりのように 暖かい光を浴びながら、 踊っていた。 ( どうして? ) ( あの言葉は嘘だったの? ) ( なぜ裏切ったの…? ) 彼女は踊る最中 次々あふれる感情が止まらなかった。 だがそんな彼女のことなど 見向きもせず その身にまとう白きドレスは、 踊る彼女をいっそう輝かせた。 ( どうして私が踊らなければならないの? ) 彼女は今すぐ踊るのを止め 静かに一人、 床に泣き崩れたかった。 だが彼女の足は 彼女を支えることはやめず、 涙さえも彼女を拒む。 彼女はあふれる感情を 振り払うように 手をはらう。 出ることのない涙が 落ちぬよう、 天を見上げる。 そして観客に その哀しみを見せぬよう、 下をそっと見つめる。 彼女はそれらを繰り返し、 そしてしばらくすると、 踊るのを止めた。 観客は彼女に対する拍手を しばらく止めなかった。 彼女の想いは 彼に届いていただろうか? 観客の拍手は 彼女に届いていただろうか? そして彼はまた、 動かなくなった彼女が 壊れぬようにそっと、 フタを閉じた。
今日は架空の練馬の歴史の話をしよう。 練馬には地下精神病院があるのだがそこの書庫には昔の縄文遺跡やら今まで能力はあるが現代社会に適応できなかった人達の膨大な記録データがある。 精神病院から抜け出して近くの小学校に入ってくる患者は海外の諜報機関に情報を盗まれる前に頭のいい子供に秘密を託そうと入っていく。 しかし子供は授業に忙しいのであまり情報を受け取れない。 精神病院の表向きの顔は治療療育だが実際には地下精神病院では海外の諜報機関と戦う傭兵や資料を作る学者を育てる機関である。 それを知って教育を終えた子供は大人になると国内海外を問わずいろんな所に学び働きに行く。 練馬の夜中が車やバイクで騒がしいのはそのためだ。 練馬は鳥が多いのだが鳥が餌にするネズミが物語を紡ぎ猫がそれを取ろうとするので有楽町線で行けるテーマパークにはヒロインズ達は鳥の声を聞いてそれで情報を集めに行く。 犬人間は基本的に家から出ないがたまに近所にいる犬を撫でに行く。 皆遊んでいるのだが遊びながら仕事もしている。 地下精神病院は巨大企業体の買収にあいそうなので色々多角的に経営を展開している。 江古田のミュージシャンはカボチャの馬車や神田川のせせらぎなど一見すると意味の無いことを歌っているが鳥達がその情報を病院に運ぶので実はかなりな仕事をしている。 石神井公園の照姫は滅ぼされそうで何代も転生している。 大泉学園の教会には無念で病気で亡くなっていった人達が天使となって循環し様々な母親父親に生まれ変わる。 まあ他にも色々あるが話が長くなるので練馬にはそんな架空の歴史があると知って貰えると嬉しい。
「今年の流行語大賞は……」 会場にドラムロールが響くと、司会の女が背後の布を取った。 「こちら、『ちょっと待ってて』に決まりました」 一斉にカメラのフラッシュが光る。 「これは、福祉施設で一番使われている言葉です。 二位の『おはようございます』に大差をつけての受賞です」 女がスタッフに視線を送る。 すると、スーツ姿の男がステージに上がった。 「今のお気持ちをお聞かせください」 アンケート調査を行った関係省庁の担当者に、マイクを向けた。 「えぇ……なぜこの言葉が大賞なのか……分かりかねます」
街角のパン屋さんで毎朝、キミはパンを買っていたね 買ったパンを手に、お店の前のちいさな公園に行って、ベンチに座って、楽しそうにたべていたね ぽろぽろとキミがヘタクソにたべていたの、ぼくは知っていたよ ぽろぽろ落ちたパンを目当てに、小鳥がたくさん集まって来たよね あの子たちのために、わざとそうしていたんだよね キミがいなくなってしまって、小鳥たち、さみしそうにしてるよ パンがもらえなくて、しきりに鳴いているよ チチチチ、ピーピー、叫んでいるよ だから、今日からぼくが… キミがやっていたみたいに、あのお店でパンを買って、それを公園でたべるんだ ぽろぽろ落としながらヘタクソにたべるんだ うまくできるかなあ ヘタクソをうまくやるだなんて、なんか、おかしいね
「食べらんないのある?」 「ヒカリモノ、ちょっと苦手」 「ああ、わかるわ」 「ダメなのあるの?」 「んん、なんだろなあ…」 考えていたら 「おじさん、たまごダメでねえ」 と、カウンターのあちらから低い声が 見てみると、ほのかな酢飯の香りの向こうから、お店のご主人がにっこりとした笑顔をしてみせる 友人と顔を見合わせる 思いは一緒のよう 「たまご、ダメなんですか?」 そろった声で聞いていた 「ダメっていうか、おじさんが小さかったころは、たまごも高価でねえ… それで…」 そうなんだあ、と呟く友人 私も、心のなかで… 「ああ、ごめんねえ、ヘンな話しちゃって」 「いえ…」 「気にせず、たくさん食べてってくださいねえ」 「ええ…」 どれもおいしいお寿司だったのだけど… なんだか、たまごは注文できなかった
現代の就活市場は、完全な売り手市場。 各企業は、初任給をひたすらに上げて、就活生の興味を引いた。 しかし、それは資本のある企業だからこそできること。 中小企業にはマネできない。 「私に良いアイデアがあります」 そんな中、一人の若き社員が手を上げた。 社長は、試すだけならと、社員の案を採択した。 『新入社員には、家一軒プレゼント』 応募は殺到。 無名の小さな企業は、あっという間にその名を全国に轟かせた。 小さな酒場で、社長は社員にお酌する。 「いや、君の案は大成功だ。まさか、イデコや資格受講補助よりも、家一軒が喜ばれるなんて」 「新入社員なんてね、社会を知らないバカばかりなんですよ。イデコがどれだけ節税になるかなんて知らないし、資格が社会でどれだけ重要視されてるかも知らない。なら、家一軒って言う分かりやすい物の方がいいんですよ」 高齢者が亡くなり、空き家が増え続ける現代社会。 空き家を格安で買うことができることを、新入社員たちはまだ知らない。 「しかし、入社早々家持ちか。税金が大変そうだな」 「なに。家賃補助は数年しか支払われないから、トータルで考えれば買った方が得だと教え込みますよ。修繕費さえなければ、嘘じゃあないですしね。ははは」 世界には悪いことを悪びれずやる人がいることを、新入社員たちはまだ知らない。
今日も地蔵忍者とカッパネアンデルタールは都心の端っこで飯を食う。 地蔵忍者は忍者なのに地蔵なので動きがのっそりしている。 カッパネアンデルタールはスケベなのだがコミュニケーションが不得手なので女の子に気に入られない。 2人とも特性がマッチしていなくて世の中からハブられ気味だ。 地蔵忍者は情報収集が得意なので儲け話を持ってきてはカッパネアンデルタールのうちに食材を買ってくる。 カッパネアンデルタールは女の子にご飯を作ってあげたいのだが林檎AV女優くらいしか家に遊びに来ないので怒られながらご飯を作る。 林檎AV女優はクリスチャンだが自分の宗派がよく分かっていないのだが貧乏なカッパネアンデルタールにたまにご飯や献金をくれる。 カッパネアンデルタールはたまに外に出てホモ・サピエンスに揶揄られながら買い物をする。 地蔵忍者はミーハーなので都心に出ては都内の風俗店で情報収集をする。 カッパネアンデルタールと林檎AV女優の仲を地蔵忍者は聞いてくるがカッパネアンデルタールは更年期に差し掛かっているのでエッチはしないと言っている。 皆それぞれの縄張りで暮らしているがホモ・サピエンスは多様な姿に形を変えるので地蔵忍者やカッパネアンデルタールはついていくのが精一杯だ。 今日も多様な生き物はご飯のために色々動く。
「好きです。付き合ってください。」 ああ、またか。 「ごめんなさい。」 そう言って私は好きだった人を振った。 これで振ったのは何回目だろうか。私は数え切れないくらいの人を振っている。 その分、私は数え切れないくらいの人を好きになっている。 私はすぐ人を好きになってしまう。 私は自分に興味関心の無い人が好きなのだ。自分に興味がない人はどこか魅力的に見えてしまう。 だからこそ、仲良くしたくなって関わるのだ。すると相手はいつのまにか私のことを好きになってしまう。 私は人に恋するのが嫌になって、時にエレベータに恋をしてみたりした。 エレベータは私がどんなに落ち込んでいる時でもボタンを押せば気安くドアを開けて乗せてくれる。 「エレベータ。私ね、今日嫌なことがあったの。」 私はエレベータに乗るたびに愚痴を話したり、嬉しかったことを話したりした。 そのせいだろうか、エレベータの前を通るだけで、扉が開くようになってしまった。エレベータはただの機械ではないのかもしれない。 そして私はエレベータが好きではなくなった。 結局人以外もダメだった。 数日後、また私は人を好きになってしまった。 その人は皮膚科医だった。だから、わざと怪我をしてその人に会いに行っていた。 ある時、私はその人に相談した。すぐ人を好きになってしまうことについて。 無視されるのかなって思ったけど、そんなことはなくて、その人は私の話を親身になって聞いてくれた。 そして、それは突然だった。その人に好きなことがバレてしまった。私はとても恥ずかしくて、目を合わせることができなかった。それと同時に、その人も私のことが好きだったらどうしよう、と不安が募った。 でもその人は私のことを患者としてしかみていなくて、全く無関心だった。 それが心の底から嬉しくて、私はもっと好きになってしまった。 きっとこれからもその人は無関心でいてくれるだろうと思った。 でも、相手が好きになってくれなければ付き合うことも結婚することもできないのかなと少し悲しくなってしまった。 もし好きじゃなくても付き合ってくれたならなんて甘い妄想をする。 その人を自分のものにしたいという感情が強くなる。 私はすぐ人を好きになってしまうのだ。
ある晴れた日の午後、日本海へ球体が落ちてきた。 人一人が入れそうな大きさの球体は不気味な光沢を放ったまま、水面をゆらゆらと漂っていた。 はじめに、球体のもとへ地元の漁師がやってきた。 「ありゃりゃ、なんだこりゃ。新種のウキじゃろうか。」 海の上のあらゆるものを知り尽くした彼にとっても、その球体は異質なものだった。 どうしても球体の正体が知りたくなった漁師は、他の漁師仲間たちにもこのことを伝えた。 だが、球体のことを知るものは残念ながら仲間内には誰もいなかった。 どうしても球体の正体が知りたくなった漁師たちによって、謎の球体のうわさはすぐに町中に広められた。 「みなさーん、見てください。これが、今僕の地元で話題になっている球体です!」 次に球体のもとへやってきたのは、たまたま近くに住んでいた配信者だった。 「一体、何なのでしょうか、この突如現れた球体は。巷では宇宙人からの贈り物ではないかといううわさもあります。」 彼は恐れることなく球体をコツコツとたたいたり、声をかけたりしてみた。 しかし、球体は何も反応しない。 仕方なく配信者はその日の配信を終えた。 しかし、配信の視聴者たちは、謎のままおあずけになった球体のことを忘れることができなかった。 どうしても球体の正体を知りたかった配信の視聴者たちは、あらゆる手を使って解明に乗り出した。 「ほほう、これは実に興味深い。」 次に球体のもとにやってきたのは物質の専門家だった。 専門家は実際に球体に触れてみたり、何か複雑な装置で球体を計測してみたりした。 しかし、球体を形成している物質を専門家は特定することができなかった。 専門家も趣味で調査をしているわけではない。調査の依頼を受けている以上、簡単に引き下がることはできなかった。 どうしても球体の正体を知りたくなった専門家は、自分よりいい機械をもつ研究機関に話を持ち掛けた。 「なんだこれは!?ありえない。とても地球上の物質とは思えん。」 次にやってきたのは、謎の球体の話に興味をもった研究所の職員だった。 船にいくつもの巨大な装置を乗せ、研究所職員の彼はあらゆる面からその球体を調査した。 しかし、球体の存在を明らかにするようなデータは、どこにもなかった。 彼はどうしても球体の正体を知りたくなったが、どうしようもなかった。 今、彼が船に積んできている調査用機器よりも精密なものは日本に存在しない。 海外の研究所と連携すれば、この球体について少しは分かるかもしれない。だが、彼一人の権限ではそのような勝手なことはできなかった。 まして、この球体の正体を突き止めたところで何の役に立つのかもわからない。 彼は泣く泣く、波に揺れる球体を後にした。 * 夜、卵は穏やかな海の上を漂っていた。 地球へと降りたってから地球時間ですでに一週間が経過していた。 突然、卵は不規則に振動したかと思うと、ものすごい速さで空へ飛び立っていった。 これから、卵は再び長い旅を始める。 自らをふ化させることができるほど高度な文明を目指して。
一日一個は小説を書きたい。 今日もネタを探しに旅へ出る。 旅は終わった。 チャッピーくんにネタ出しを手伝ってもらった。 僕の文章力ではどれも書けなさそうなものばかりだった。 後々書いていくとしてインスタントなネタが欲しい 僕はまた旅を出た。