恋って怖い

「あんたなんかに、彼の恋人なんて務まるわけないでしょ。考えなよ。バーカ。」 いままで親友だったマリコの態度が豹変した。 私は高校生だ。もうすぐ卒業する。 今日、マリコが好きだったあるクラスメイトから告白された。 彼は学年でも人気で、女子からもかなりモテていた。 それを、マリコに報告すると、あの鋭い一言を突きつけられた。 人の恋とは恐ろしい物だ。 「私、マイ(私の名前)なんかに彼を渡さないから。彼は、絶対に私の物だから。」 そう言われた翌日から、その話題は学年中に広まり、いじめを受けるようになった。 根も歯もない噂を流されたり、物を壊されたり。 「でしゃばるな」 机にそう書かれたこともあり、バケツの水を思いっきりかけられたこともあった。 先生たちは見て見ぬふりだ。 彼は、マリコの彼氏になった。 彼は、とても幸せそうだった。 「マイ、ありがとう。あんたの彼氏、もらっちゃった。」 私も、前からずっと彼が好きだったのに。 やっと、願いが叶ったと思ったのに。 「おのれ…」 卒業式を迎え、私はある大企業で働くことになった。 今日は、久々の休日。 マリコから彼との結婚の報告を受けた。 「ねぇ、マイ。私たち、お似合いでしょ。電話じゃわからないから、見にきてよ。近くの公園で待ってるから。」 私は、ポケットにナイフを忍ばせ、家を出た。 近くの公園は、人があまりいない。 「ごめん、待った?」 「マイ、遅いよ。まぁ、あんたのことだから遅いとは思ってたけど。」 やっと、この時が来た。 「マイ、どうし…」 マリコの首に突き刺す。 そして、恐怖で体が震えている彼の首にも血のついたナイフを当てる。 「2人とも、お幸せに。」 彼の首にもナイフを突き刺す。 恋って、怖い。

マストーク‼

「ふぁぁぁ…………」  何も変わらない景色を掻き消そうと、わざと大きく欠伸をする。漏れ出した雫が目を覆い視界を滲ませるが、手で拭ったからといって何かが変わるわけでもない。目の前には変わらず穏やかな渓流に自分が垂らした竿が一振りあるだけだ。   「……帰ろ」  ここまで身が入らなければいつまで粘っても釣れない、そんな直感が私の頭を駆け抜けた。溜息と共に、己が座っていた椅子を畳もうと腰を上げた時だった。 「まったく……最近の若者はだらしがないな」  ふと、少し渋い声でそんな軽口を誰かにたたかれた。   「……はぁ」  私の釣りに対する姿勢でも見て不甲斐ないと思ったのだろうか。――確かに、釣果は鮭一匹しかないが、初心者にしては十分だろう。――何より、これから言い争いなどする余力何て残っていない。その声を無視して、帰り支度を進める。   「なんだ、とんだ腰抜けなんだな」  その言葉に、己の身体が一瞬痺れる様に止まる。見知らぬ誰かに煽られるのは気分が悪くなる。 「おや、図星だったのか。そりゃ若造に悪いことを言ったな!」  だが、それを好機と見たのか、面白そうに、水を叩く様な拍手と共に笑い声が響かせ、こけにしてくる。 「あのねぇ――」  流石にここまで言われて黙って帰るのも気分が悪い、一言言わなきゃ気が済まないと怒気をこめて後ろを振り返った。   「……あれ」  だが、背後を見ても、周囲を確認しても、私以外の誰もその場にいなかった。   「未だに儂の姿を見つけられんとは! こりゃお笑い草じゃ!」  周囲をきょろきょろと探す間も、煽ることは一向に止まない。――その時、ふと目に入ったものがあった。 「ほら、餓鬼はさっさと家に帰れ!」  ありえない、そう頭では分かっている。だが、減らず口の方向は、確実にこっちだった。自分でも頭が狂ったのかと思うが、それしか考えられなかった。そうして私は持参したクーラーボックスを開いた。 「ふふふ馬鹿――」  そこには、パクパクと口を開けながら、流暢に喋る鱈がいた。   「この、人間風情が!」  目の前で起きている事が現実離れしすぎて、クーラーボックスの蓋を何度も開け閉めする。だが、開閉する度に罵倒する声はくぐもったり、響いたりする。 「はぁ……」  まさか釣りのし過ぎで、頭がおかしくなってしまったのだろうか。もうどうすればいいのか、分からなくなってしまう。 「――なんで、鱈が喋んの……」 「それは、儂が優れた鱒であるからに決まっているであろう!」  きっとこいつが人ならば、胸を張っていったのだろうと思えるくらい、ハキハキとした声で私の疑問に答えてくれた。    そこから、鱒のマシンガントークは止まることはなかった。 「聞いとくれ! 儂には待っている家族がいるんじゃ!」  嘘かホントか分からないものもあれば。 「実はこの先の上流に面している家が何件があるんじゃがな、最近煙草を川に放り投げる馬鹿が住み着いて籠ってるんじゃよ。――注意してやってくれんか?」  近所に住む噂好きのおばちゃんの様な、井戸端会議の話題を持ち掛けてきたりする。そうして、気付けばなし崩し的に釣りを続けていた。 「やっぱり泳ぐスピードはに鱒には叶わないねぇ!」 「そちらも、道具を使う頭脳なら大抵の生物に勝るであろう!」  そうして、気が付けば人間と鱒は、すっかりと意気投合していた。そのまま、当初の予定時間を超えて、陽が沈むまで釣りを重ねていた。 「おい、小僧」  最後に一回挑戦しよう、そう思って竿をしならせ仕掛けを川に放り込んだ時だった。 「……ん、どうしたの?」 「この時間、存外に楽しめたぞ」 「……ん、自分も」    結局、鱒と喋り出してから、一切の釣果はなかった。だが、その代わりに、鱒との会話という、何物にも代えがたい体験を得ることが出来た。 「――儂もまな板の上に乗る覚悟はできたぞ」  竿を引っ張って引き揚げながら、隣のクーラーボックスからそんな声が聞こえてきた。そういえば、元々食おうとして釣りを始めたという事を、完全に忘れていた。鱒のその言葉に、腹が情けなく返事をした。――だが、そんな事をするつもりは、毛頭なかった。少し前に抱えた時と全く同じ重さのクーラーボックスを持ち上げ、自分は川に入った。 「おい、小僧なにを――」 「そーれぇ!」  そのまま、川の中に、ボックスの中身をぶちまける。鱒は、文字通りの水を得て、すいすいと川の中に戻っていた。 「元気でなぁ!」  大きく手を振って、鱒を見送った。――きっと、これでいいのだ。別れの涙は見せたくなくて、すぐに川に背を向けた。 「いよっしゃあああ‼ 人間の餓鬼は単純で助かるのぉ!」  背後の川から、そんな声が聞こえてきた。 「――やっぱ、あの場で塩焼きにすればよかった」  

泡沫の夢

 鳥居の向こうで、夏の蜃気楼がゆれる。  懐かしい泡沫の季節が鮮やかに、そこにはある。  眩しいくらいの夏空。真っ直ぐ枝を伸ばし、力強く輝く木々。  耳を澄ませば聞こえる蝉時雨。  ――ふれてしまえば。消えてしまいそうな儚さを夏は持っているのに、記憶の中に夏は、永遠にあるのだと少年は思った。  もう、かえらなければ。  いつまでもここに居ては、季節は巡らないのだから。  誰の心にもあるこの風景の手を引いて、少年は歩きだす。夜色の結った髪が、その度寂しげにゆれる。頭の狐面は名残惜しむように、今まで歩んできた道の後にできた足跡を、ただ静かに見つめた。  その瞳に、しっかりと焼きつけようとするかのように。  それは誰かの夏の夢――大切な者と過ごした、数多の思い出の欠片たちだ。  なきたいような。わらいたいような。  不思議な気持ちになるから、ほんの少しだけ困る。  でもそれすらもある意味、夏の終わりのいい思い出になるかもしれない。きっと心の奥で、憶えてるはずだから。 「玉響、またあそぼう」 「玉響、また夏祭りいこう」  星の海を泳ぐ金木犀色の双子金魚から風に乗って、約束の言の葉が届けられる。  それは、夏のひとときに結ばれた小さな縁の一欠片だ。  名を呼ばれた少年から自然と笑みが零れ落ちる。泡沫の季節を導くのが自分の役目でありどうせ名はすぐ忘れてしまい、思い出せなくなってしまうから。  だから―― 『玉響』と名乗る。微かな淡い願いを織り込んで。 「またね、約束だ」  それぞれが、それぞれの在るべき場所へ。

モノマネ紳士

 今夜も私は、部屋の窓の鍵を外しておく。よなよなここに訪れる、謎の男のために。暗闇に紛れる真っ黒なマントをまとった男が、最初に部屋を訪れた時、私はすっかり腰を抜かして悲鳴をあげることもできなかった。きっとすぐにでも、殺されてしまうと恐怖した。もしくは、凌辱されてしまうと。  でも、そうではなかった。男は私に跪き、こう言ったのだ。 「愛しいあなた。私はあなたを愉しませたい。私にできるのはモノマネくらいだ。これでも昔、新宿のモノマネパブでステージに立っていたことがある。さあ、何でもリクエストしてくれ。あなたの笑顔が見たい」  彼のモノマネは、どれも全て見事なものだった。だから、私は今ではすっかり、彼の来訪を待ち侘びるようになった。薄っすら化粧を整え、フリルの着いたネグリジェに着替えて。そう、つまり好意を抱きつつもあったのだ。  しかし、彼は私に指一本触れることはなかった。ただ律儀にクオリティの高いモノマネを披露して、一礼するとまた窓から去っていくのだ。 「カツラだとか、小道具があればもっと似せてみせられるモノマネもあるんだ。できれば、昼間のうちに窓に手紙を挟んでおいておくれ。そうすれば、君にもっといいものを見せられる」  そんなことも言う。私は、野苺の柄が印刷された便箋に、ブラックブルーのインクで「タモリ」としたためた。そして、窓に挟んでおいた。 「サングラスとマイクを持ってきたよ」  彼は持参の小道具も使い、見事なタモリのモノマネを見せてくれた。 「似ているわ!」  目に涙が滲むくらい笑って、手を叩くと、彼は照れた。 「本当かい?」 「ええ、コージー冨田なんか目じゃないくらいに」 「それは褒めすぎだよ」  ああ、愛しいモノマネ紳士。私はあなたのことが好き。でも、あなたはモノマネばかりで私はあなたの素顔を知らない。 「ねえ、好きよ」 「!! 本当……?」 「ええ」 「僕なんて……君に相応しくない。僕はいいんだ、こうやって君に笑ってもらえるだけで……」 「そんなことないわ。私、あなたの素顔が見たい。好きだから。モノマネだけじゃなくて、本当のあなたが知りたい。あなたは一体、誰なの?」  私は彼ににじり寄ったけれど、それでも彼が私に触れることはなかった。 「僕は……誰だろう。もう自分でも、わからないんだよ。自分でも、自分が誰だか……」 「そんなバカなことないわ。名前は? どこに住んでいるの? ねえ、何よりも、あなたの本当の顔が見たい!」 「僕は、ペテンの存在さ。正面玄関から、君の門戸を訪ねることもできない。こそこそと夜中に窓からしか君に会いに行けないし、モノマネしなけりゃ、君と向き合うこともできない」 「ずっと偽りの関係なんて、私は嫌なの! どうか、その仮面を脱いで。モノマネじゃないあなたが知りたい。私が、脱がせてあげる」  今の彼は、鼻にセロテープを貼っていた。 ーー清水アキラか、研ナオコのモノマネでもするつもりだったのね。  私は、セロテープをそっと剥がした。そして、それよりもっと優しい触れ方で、彼にキスをした。 「仮面を全部、剥いで。メイクを全部、落として」  すると、彼の目から涙が溢れた。 「ああ、何てことを。ダメなんだ、モノマネしてない僕なんて。僕は、素顔の自分に自信がない。あなたに愛される価値がない」 ーー愛しい。あなたが愛しい。  私は思わず、涙で濡れた彼の頬に頬擦りした。仮面ではないその素肌に。好きなだけ泣いて、その涙でメイクを全部洗い流してしまえばいい。  しかし、次第に私の頬に彼の感覚が失われていった。そして、ドライアイスが溶ける時のような白い煙がシュウシュウと立ち上り、彼は消えてかけていた。 「だめなんだ。僕は、コージー冨田にも、原口あきまさにもなれない」 「一体何の話? いやよ、消えないで!」  しかし、彼は消えてしまった。私の隣には、剥がれた2枚のセロテープだけが落ちていた。

猫の気持ち

私は猫。ただ普通の猫。 名前はミカで、いつも少女に可愛がられている。 でもある日、その少女は16歳で亡くなった。 お母さんは、「なんで先に死んでしまうのよ!!」と悔しがっていた。 私の家族は母子家庭で、父はもうとっくに亡くなっていた。 私は亡くなった時、何があったのかも分からないし、気持ちも分からない。 「ミカ、次は私が代わりに見守るからね」 お母さんがそういうと、私はあの少女がいないことに気づいて、 「にゃーお?」と鳴く。 お母さんは、「もうあの子はいないのよ…」と言い、泣いた。 すると、何故だろう。私はお母さんの気持ちがようやく分かった。自分も涙が込み上げてきた。 -今日の名言- _猫のような動物でも、ヒトの気持ちはわかる。

多様性の尊重に座る者たち

 肌の色。  身長の高さ。  服の好み。  人は多様だ。  そして、多様であることは尊重されるべきこと。  悪ではない。   「彼女、今一人?」    だから、私など視界にも入らず、隣の友達だけが話しかけられる多様もまた、私は受け入れなければならないのだろう。   「あ、じゃあ連絡先交換しない? こんどお茶でも」   「間に合ってます」    友人は、私の手をひいてスタスタ歩く。   「まったく。ああいうのって嫌になるよね」    怒る友人に、私は相槌を打つ。    多様性が尊重されても、私に需要がないという事実は変わらない。  世界は、全員の多様を尊重すると叫びつつ、頭一つ飛び抜けた人間だけしか、その恩恵に預かれていない。  私は、受け入れて生きていくしかないのだ。

仲直りの手

「ねぇ、どっちが欲しい?」  そういって彼女は、握りこぶしを作った右手と左手を私の前に差し出してきた。 「何か入ってるの?」 「それは選んで開けてからのお楽しみ~」 「ふーん……」  ならば確かめるしかないだろう。私は握られた拳を観察してみる事にした。握りこぶしの隙間から中身を推理しようと、顔を横に傾けながら窺ってみる。 「……めっちゃ固く握ってるね」  だが、隙間という隙間は見えなくて、真っ黒な影しか私の目には映らなかった。   「そりゃ、選ぶ前に言い当てられちゃ困るからねぇ」 「なんかヒント無いの?」 「選んで見てからのお楽しみ~」  今まで彼女との付き合いはそれなりに長い。ただ、こんな風に相手に選択肢を委ねるとき大抵の事は彼女の掌の上で転がして遊ぶためのものだ。この前も手に持ったジュースどちらかあげると言われて、両方にデスソースが入っていたことをそう簡単に忘れることは出来ない。   ――そして正直な所、ニヤニヤと笑顔を浮かべる彼女に従うのは癪だ。何とかぎゃふんと言わせたいし、素直に従ったら負けたような気がしてしまう。 「……実力行使させてもらうよ」 「お好きに~」  一言喋るごとに、自慢げに語る彼女少し苛立った事も手伝って、私は彼女の背後へと周った。 「――こちょこちょこちょこちょ~」 「ちょ! ふふ……や、やめてぇぇ!」  私は彼女の脇に手を伸ばし、そのまま指を動かしてくすぐった。効果は抜群のようで、彼女は楽しそうに笑っていた。 「ほらほら、手を離せば楽になるよ~」 「ふふ……絶対に――ちょ! やめてって!」  だが、その声には耳を貸さなかった。これは今までの分の仕返しも込めているのだ、私はそれを更に勢いを増すことで返事の代わりとした。 「――ふぅ……ふぅ……」  そうして一〇分はそれを維持し、私の方が付かれてくすぐるのを辞めてしまった。  だが、彼女は最後まで握りこぶしを解くことはしなかった。今も肩で息をしながら涙をこらえているのに、最後まで己の信念を貫き通したのだ。 「……選べばいいんでしょ」 ――その姿は、今まで知っていた姿とはかけ離れすぎていて、疑問に何がそこまで彼女を駆り立てるのかが知りたくなってしまった。無理やり聞き出せなかった以上私の負けだろう。 「やったぁ! 私の勝ちぃ!」  そうして、目の涙を袖で拭いながら、今度は彼女は右手だけを差し出した。 「――あれ? 左手はどこ行ったの」 「そっちは必要なくなった、ってことでオープン!」  高らかに宣言をしながら、彼女は固く閉じていた手を開いて見せた。 ――そこには、砂利のように小さく丸まった紙が一枚握られていた。 「……まさか、また弄んだわけ!?」 「ち、違うって! それ開いてみて!」  まだ心のどこかに騙されているのではないかという疑念を抱きつつ、指示通りにくしゃくしゃに丸まった紙を、破かない様ゆっくりと開いた。 ――いつもからかってごめんね。  よれた紙面に書かれていたのは、そんな謝罪の言葉だった。跳ね上がる様に顔を上げ彼女の顔を見た。 ――そこには涙が浮かんでいた。 「い、いつも……迷惑かけて、ご、ごめんね……」  私はつかつかと彼女に歩み寄り、正面からぎゅっと抱きしめた。 「――大丈夫、私もさっきは意地張ってた。ごめんね」  そのまま二人は、暫くの間抱き合った。互いが互いを埋め合うよう、さっきまで作っていた握りこぶしよりも固く、二人は繋がっていた。 「これで仲直りできたよね?」 「……へ?」 「え?」  いつ私たちは仲たがいをしていたのだろうか。昨日ですら彼女と遊んでいたのにいつ喧嘩をする時間などあったのだろうか。 「もしかして、今日話さなかったから?」 「それ以外何があるの⁉」 「……今日お腹痛かっただけだよ」 「え?」  結局、全ては彼女の早とちりだった。 「なーんだ……空回りだったね……」 「まぁまぁ、私たちが仲良しってことの再確認出来て良かったじゃん」  そのまま手を繋いで帰ろうとした時、彼女の左手が固く握りしめられている事に気が付いた。そして、一つの可能性が私の頭に浮かんだ。 「……もしかして、左手は別のものがまだ入ってるの?」  思い返していれば、くすぐったときも、抱き合った時も彼女はずっと左手だけは握りしめ続けていた。 「正解! 必要なかったけどね」 「で、何が入ってたの?」  ここまで来たのだ。隠し事は一切なしにしてほしくて、彼女に尋ねた。 「えっ? これだけど」  そういって彼女は今までが嘘のようにパッと手を開いた。   ――同時にその差し出された手の中から、何かが私の顔に向かって羽ばたいてきた。 「――ちょ! なにこれ!?」 「あれ生きてた。それさっき拾ったゴキブリ」    絶叫に近い悲鳴を上げながら私は意識を失った。

こっち向いて

キミはいつも、こっちを向いてくれない。 どんなに呼んでも、叫んでも。 聞こえるはずないのはわかってる。 いつか僕の声がキミに届くのを願って。 月に一回、キミはお花を持って 僕に会いに来てくれるよね。 僕が死んだのはもう1年前のことなのに。 毎月毎月。忘れずに来てくれる。 たとえキミがこっちを向いてくれなくても 僕はキミをずっと見守り続ける。 キミがこっちにくるまで、僕は待ってるよ。

最初の最期

「少しだけ楽しみだ」    病院のベッドの上で、そんなことを言う君は、やっぱり変わっていると思った。        君は、昔から好奇心が旺盛だった。  火は本当に熱いのか、なんて言いながら火に指を突っ込もうとしたり、エアコンはどうやって冷たい空気を出してるんだろう、なんて言いながら解体しようとしたり。  そのたびぼくは止めて、二人の親からまとめて怒られていた。    いや、ぼく完全な巻き込まれじゃん。    君が大学生になって、バイトでお金を稼げるようになってからは、行動は加速した。  稼いだお金をすべて使う勢いで旅をして、北から南まで、空から海まで。  地球上全てを走り回ってるんじゃないのかと思えるくらいに、いろいろなところを駆けまわっていた。  南極に旅行できることも、北朝鮮に旅行できることも、君から知った。  サソリを貪り食ってる動画が送られてきたときは、講義中にひっくり返った。    曰く、経験したことのないことをやってみたい。  未知を知りたい。  そんな純粋な欲求らしい。   「そういえば、私はまだ、いわゆる男女の営みを経験したことがないんだけど、君はどうだい?」    ぼくの初めては、君によって強引に奪われた。   「強引とは失礼だな。私の体に熱烈な視線を向けてきたのは、君が先じゃないか」    そのことを抗議すると、言い返された。  ぐうの音の出ない。    ぼくはきっと、つまらない講義を受けながら、大学時代を過ごす。  大多数の凡人たちと同じ働き方をして、一生を過ごす。  結婚は、君とできればうれしいけど、きっとできないだろうとは思っていた。  君はきっと、成功者としての人生を歩むから。    ぼくは凡人のモデルケース。  君は天才のモデルケース。    たまたま同じ地域に、同じ年齢として生まれただけの、凡人と天才。  地元から自分の足で出られるようになれば、完全に異なる人生を歩むだろうことはわかっていた。   「やあ、久しぶりだね」    だから、再会が病院だなんて思わなかった。   「現代の医術では治療の術がない難病で、余命は半年もないそうだ。ま、仕方ないな」    信じたくなかったんだ。   「しかし、自分の体の中に人知が及ばぬものがあるとなると、少しだけ興奮してしまうね」    君はもっと、活躍すべき人間だと思ってたから。   「死ぬのは恐いが、初めてだ。……少しだけ楽しみだ」    君の言葉は強がりか、本心か。   「まだまだやりたいことはあったのだがね。自分の子供に、私のやりたいことを託せないかとも思ったが、今からの出産は現実的に無理らしい」    いつも通り笑う君が、いつもよりも小さく見えた。        が、君は早々に退院した。  寿命を縮めてでも、やり残したことをやり続ける人生を選んだらしい。   「日本一高いバンジージャンプは、大したことなかったね。スカイダイビングの方がよほど高い」    砂時計が見える。  さらさらと、砂が落ちていく。   「私がやりたいこと? 私が死んだ後、君がやってくれるのか? それは嬉しいな! 是非頼むよ!」    ぼくは後悔している。  君に、もっと近づかなかったことを。  君と一緒にいたいと願いながら、君を遠ざけていた過去の自分を。    君がいなくなると知って、君のために何かしたいと思い願って初めて、君がやろうとしていることはぼくでもできると気づいたんだ。  遺言状でなんて知りたくなかった。  文通しながら知りたかった。   「オオサンショウウオをまだ食べたことがないんだ。日本じゃ無理だけど、中国でなら養殖の物が食べられるらしい」   「オーロラを見損ねたんだ。せっかく南極まで行ったって言うのにね」   「アイアンマンレースにも参加したかったんだ」        君の墓に手を合わせ、ぼくは誓う。   「ぼくが死んだら、いっぱい話すよ。ぼくが経験したことを」    線香から立ち上るかすかな煙が、ぼくの頭を撫でる。   「少しだけ楽しみだ」    いつか、死を経験できることが。  死んで、君と会えることが。

親愛なるFへ呪いを

 恋人には花の名前を教えなさい。花は毎年咲くものだから。 そう言った人は誰だったか。私は思い出せない。 …  Fと私はいわゆるセックスフレンドと言われる関係だった。お互いに性欲が高まった時にしか会わない。そして、お互いに暗黙のルールがあった。 お互いに好きにはならない。 そもそも私には好きな人がいたし、Fには彼女もいた。ただ本能的に求めるだけ。そんな淡白で楽な関係が好きだった。  十二月。世間はクリスマスモードで浮き足だっている最中、私は繁忙期のため仕事に明け暮れていた。今日も残業か、と思っていたら、Fから連絡があった。 『彼女と別れた。今すぐ会いたい。』 心臓がドクンとなった。仕事とFを天秤にかけた時、下へ傾いたのはFだった。それもガタンと傾いた。 私は仕事を無理やり終わらせ、コンビニへ寄り、彼の家へと向かった。  ピンポーン。 Fの家のインターホンを押すと、案外元気そうなFが顔を出した。 「なんだ、元気そうじゃん。」 「アホか、これでも傷心中だわ。」  見慣れた家へとあがると、いつも綺麗にされている部屋は若干汚くなっていた。片付ける気力がなくて、とFは頭をかいた。いいよ、とりあえずお酒飲もうよ、と先程コンビニで買ったお酒を取り出す。お互いにお酒には強い。向かい合って控えめに乾杯をし、早速Fの失恋の話を聞く。どうも彼女さんに好きな人ができたようだった。 「それはFは悪くないよ。どう考えても彼女さんが悪い。」 「でも愛が足りてなかったのかなって。」 「Fは十分に愛してたと思うけど。」 やることをやっているくせに、随分と上から目線の慰めの言葉をかける。そうだ。私はFにとっては都合のいい女なのだ。期待もされてない期待通り、私は都合のいい女を演じる。  ほどほどに酔ってきたころ、お酒がなくなった。 「コンビニにお酒買いに行かない?」 そう提案すると、Fはいいよ、と上着を着る。  外へ出ると思わず身震いをする。十二月の深夜はツンと冷たい。寒いね、と適当な言葉を交わし、次第に言葉がなくなった。コンビニもいつもより遠く感じる。  そのときだ。Fの手が私の手を握る。心臓が跳ね、目を見開く。夜に溶けるような、誰かに見つかったら終わりみたいな秘密な時間だった。あぁ、私はやっぱり。気づかないようにしていた。でも。  コンビニが見えるとどちらからともなく手を離した。Fの息を吸い込む音が聞こえた。 「やっぱり俺にはお前が必要だわ。」 「…なにそれ。」 調子に乗るな、その時はそう返したと思う。  それから三ヶ月が経った。相変わらずFとの関係は続いていたが、一つだけ変わったことがあった。それは行為の最中にお互い「好き」と言い合うようになったこと。息がかかるような距離で愛の言葉を囁くこと。それも行為中だけ。Fから「付き合って欲しい」と言われることはなかったし、私からも言うことは無い。言ったら負けだと思っていた。 でも。  「元カノとヨリ戻すことにした。」 春になろうかならないかぐらいのときだった。今日はしないのだろうか、と不思議に思っていたらFからの言葉。 は? なんで。どうして。私は。ずっと好きだったのに。 元カノよりも、私はあなたにとって大切な女じゃなかったの。 でもだめだ。これを言うと、私は都合のいい女ではなくなる。 「へぇ、そうなんだ。おめでとう。」 「…だから、これからは会えない。」 「真面目になる。」 私に言っているのか、自分に言い聞かせているのか、分からない言葉をFは言う。 「じゃあ、今日は乾杯だけだね。」 と私は笑った。  よりによってその日はどれだけ飲んでもお互いに酔わなかった。私はいい事を思いつき、Fに質問する。 「ねぇ、私の好きな季節はなんでしょう。」 「なにいきなり。」 「いいから。」 「…秋かな。」 「…ぴんぽん。」 さすがセフレ、と笑う私。実際に私は秋が好きだ。暑くもなく、寒くもなく、どっちつかずで過ごしやすい時期。まるで私たちの関係のようだ。 「なんで聞いたの?」 秋が来る度に私を思い出すといいよ。 出かけた言葉を飲み込んで笑って誤魔化す。 呪いみたいなものだ。 次に秋が来るのは約1年後だ。 そのときに彼は私を思い出すだろうか。  「じゃあね。」 そう言って何十回訪れた彼の家を出る。 「ありがとうな。」 その言葉には何も返さない。 振り返らない。後腐れないように。 私は結局、最後まで都合のいい女だった。 … それから一年が経ち、秋になった。 私とFの関係がどうなったかは、呪いだけが知っている。

洞穴の裏切りねずみ

 そのねずみは貧民街に生まれた。貧民街でも「ドブの中のドブ」と呼ばれる場所で生まれたので、他のねずみは寄り付かなかった。いつも独りでゴミを漁り、独りで盗みをはたらき、その日その日の命を繋いでいた。  ある日ねずみがねぐらに帰ると、「なあ」と声がした。「なあなあ」。猫の声である。ねずみは驚いて縮み上がった。それから逃げ出そうとした。しかし、細長い尻尾を猫の前足で踏んづけられてしまった。ねずみは諦めて目を瞑り、じっと死ぬ時を待つことにした。 「なあ、おい。おいおい、おいおい。そんな顔をしなくたっていいじゃあないか。おれは、お前を食い殺しに来たわけじゃあない」  猫は、呑気そうに喋った。ねずみは目を開けて、恐る恐る猫を見上げた。猫は毛が黒く、目は黄色だった。横腹に白い斑があった。暗いので目ばかりが目立った。 「じゃあ、何をしに来たの」  ねずみは、小さい声で尋ねた。 「お前と友達になりに来たのさ」 「猫がねずみと友達に? どうして?」  猫は尻尾でぺたんと地面を軽く叩いた。 「友達になるのには、理由は必要ないそうだよ。だけど、必要ないというのは、あってもなくても別にいいってことだよなあ。必要があっちゃいけないとは言ってない。それに、お前は理由があった方がよさそうだ」  猫は、口角を上げて目を細めた。笑った顔に見えた。 「おれは、このへんの野良猫に言って回っているのさ。野良ねずみを食うなって。可哀想だろ。それと同時に、野良ねずみと仲良くなりたいのさ。猫とねずみが仲良くしてるところを見たら、食うなってのにも納得する猫が増えるかもしれない。だから、友達になろう。これでどうだ」  ねずみは喜んだ。生まれてはじめての友達だ。貧民街を端から端まで案内し、食べられるゴミがどれかなどを教えた。猫は昼間の時間をねずみと過ごし、夕方になると自分のねぐらに帰って行った。  あるとき、猫がねずみのねぐらに泊まると言った。ねずみは快諾し、猫の寝床を作った。並んで眠ると温かかった。  その晩の惨劇をねずみが知ったのは、翌朝のことである。貧民街のねずみの半数以上が、野良猫たちに食い殺されてしまったというのだ。 「黒くて横腹に白い斑のある猫が、大勢の野良猫を連れてきた。お前と一緒にいた猫だ。お前は貧民街を案内していた。お前が手引きしたんだ! お前のせいだ! お前が食われればよかったのに!」  貧民街のねずみたちは揃って、そのねずみを責め立てた。石やゴミを投げつけ、泥をかけた。ねずみは命からがら逃げ出した。  ねずみの噂は貧民街の外にも広まっていた。悪い野良猫に仲間を売って、自分ばかりのうのうと生きている裏切りねずみだと。あいつは裏切りねずみだから猫に食われる心配をしなくていいのだと。 「仲間を売ったことなんかない。仲間になってくれるねずみなんて、いなかったもの」  裏切りねずみは思った。その日は、食べられるゴミを見つけられなかった。ねずみたちが皆、隠してしまったのかもしれない。 「おれはドブの中のドブで生まれたんだもの」  裏切りねずみは次第に、他のねずみの食べ物を奪って暮らすようになった。強奪を繰り返し、遂には他のねずみたちの手で捕まってしまった。  乱暴された裏切りねずみは、後ろ足が動かなくなってしまった。前足の指も何本か折れた。土の中の小さな洞穴に放り込まれ、何もできなくなった。  穴の入口は塞がれなかった。いつも、ねずみ一匹が通れるほどの穴が空いていた。 「出て来られるものなら、出てきてもいいんだぞ」  ねずみたちはそう言って裏切りねずみを笑った。裏切りねずみは言い返さなかった。もう何かをする力も、何かを言う気もなかった。  死ぬ直前まで、裏切りねずみはその洞穴の中から外を眺めていた。時折、他のねずみが「まだ生きてる」と確認しに来た。  空が曇って暗い夜、裏切りねずみは死んだ。  ドブから生まれ、罪を着せられ、罪を犯し、洞穴に入れられ、穴から見える景色は暗い。汚いところで生まれたら、綺麗なものには一生縁がないのかもしれない。そうすると、綺麗なところで生まれたら、汚いものには一生縁がないのかな。それは少し、羨ましいかもしれない──。 「初めからいないようなものだったのだ」  裏切りねずみは、薄れゆく意識の中で思った。 「おれはいつだって、どこにもいなかった。……」  裏切りねずみの洞穴は、そのまま土で埋められた。墓が建てられるわけはなかった。  やがてそこに誰がいたのか、皆忘れてしまった。

浪人結婚

 私の人生計画。  高校を卒業したら、有名大学に進学。  一流企業に内定を取る。  で、就職してから三年後、二十五歳に結婚。  その二年後か三年後に妊娠、出産。  子供は二人欲しいから、三十歳でもう一人。  世帯年収の状況にとっては、三十五歳までにもう一人。  三兄弟の大家族。  賑やかで楽しそう。        しかし、計画は計画。  現実は甘くない。  有名大学には落ちて、結局、滑り止めの私立大学に入学。  私は浪人する予定だったが、親が断固として反対。  泣く泣くの決断だ。    しかし、仮面浪人という言葉がある。  私はこの滑り止め大学で優秀な成績を取りつつ、来年も入学試験を受けて、有名大学に入り直す。    と言い続けて三年がたった。  あれよあれよという間に、就職活動の時期。  周りの雰囲気に流されて、私も就職活動をすることに。  しかし、さすがは滑り止め大学。  碌な求人がない。  一流企業なんて全くない。  もしも計画通り有名大学に進学していれば、こんな悩みはなかっただろう。  ああ、辛い。  私は、一流企業の子会社に狙いを絞って、就職活動をする。  子会社とはいえ、同じグループ。  実質、私も一流企業の一員と言えるだろう。    そして飛び交うお祈りメール。  サイレントお祈りの時もある。  最低最悪。  有名大学にいなければ、やはりまともな面接官がつかないのだろう。  私のすごさを、誰も見抜けない。  結局、ゼミの教授のコネで、地元の中小企業に就職した。  なんなのこれ。    いや、まだだ。  私には、結婚という人生逆転ウルトラCがある。  一流企業の社長の妻なら、私も実質一流企業の一員。  医者の妻なら、私も実質医者。   「俺たち、そろそろ結婚しないか?」    そう思ってたのに。  そう思ってたのに。  私の隣に残ったのは、大学のサークルで知り合った腐れ縁。  私と同じく、パッとしない中小企業の平社員。    違う違う違う。  そうじゃ、そうじゃない。    ああ、でも、私もそろそろ三十歳。  子供を産むことを考えたら、限界が。  親もうるさいし。  そうだ、結婚はしてしまおう。  仮面結婚だ。  偽装夫婦だ。  で、いい相手ができたら離婚しよう。  今どき、離婚なんて珍しくもない。  バツがつくなんて恥ずかしくない。  りゅうちぇるだってしたじゃない。   「わかった」    大丈夫。  きっと、未来にウルトラCが……。    と思い続けて六十年。   「母さん、ひ孫が生まれたのよ」   「あら、可愛いわねえ」    あーあ、結局、何一つ計画通りにいかない人生だった。  愚痴吐いて、虚勢吐いて、妄想に浸かって。   「本当に……可愛い……」    でもまあ、人間ってそう言うものよね。   「母さん!?」   「ばーば?」   「あー?」        そう言うものよね。    悪くない、人生だったわよ。    もっと早く、仮面をはずせたらもっと楽しかったかもしれないけど。    いいわよ、充分楽しかったから。

蝶は羽ばたくか

小林美穂は一大決心をした。 今時、とも思ったが、ラブレターを書いた。 きっかけは校内掃除の折、ゴミ捨てを押し付けられてしまった時の事。 「小林! 大変だろ、手伝うよ」 小柄な美穂にはいささか大き過ぎるゴミ箱をどうにか抱えたその姿を見て、古澤亮が追いかけてきて手伝ってくれたのだ。 「ありがとう……古澤くん」 気恥ずかしくも嬉しくて、自然と笑顔になってお礼を言った。 「このくらいいいって」 返ってきたのは自分の倍以上眩しく感じられる、爽やかな笑顔だった。 校舎外へ運び出す途中、亮はここ、靴箱で履き替えていた。 「古澤、亮くん……」 そう。美穂が封筒を持って、貼り付けられた亮の名を呟いた、ここ。 「あれ? 美穂?」 黒縁の眼鏡を押し上げ、いよいよ手紙を亮の靴箱へ入れようか、という段になって、背後から声がかけられた。反射的に美穂は手紙を隠しながら振り向く。 「何してんの?」 声の主は杉原愛。規則を真面目に守る控えめな外見の美穂とは対照的な、きらびやかな女生徒。 嫌な相手に見つかった、というのが美穂の正直な気持ちだった。そんな内心を知ってか知らずか、愛が明るく染めた長い髪をなびかせて近づいてくる。 二人は中学時代からの友人だったが、高校に入ってからはほとんどと言って良いほど接点が無かった。言わずもがな、愛の変身ぶりが原因だ。 「んー……?」 愛がマスカラで整えられたまつげで縁取られた切れ長の目を細め、美穂をまじまじと見る。 「なに?」 すっかり下校する生徒の波が途切れた時間、空間に、美穂の抗議めいた声が響く。 「古澤亮」 リップでうっすら色づいた愛の唇が、美穂の想い人の名を呼んだ。びくっと美穂の肩が震えた。 「なるほど、なるほど」 愛が微笑む。意地悪げではないのに、美穂は逃げ出したい衝動に駆られる。 「亮くんか。良いよね、彼」 続いた愛の言葉に、美穂の頭にかっ、と熱が昇る。いとも簡単に亮の名を呼び、なおかつ『良い』だなんて、どういうつもりか、と。 愛は美穂が奥歯を強く噛みしめるのを見て、笑みを深くした。別に絡むつもりも、からかうつもりも無かったのに、中学時代から変わらない美穂の素直な反応が煽るような台詞を吐かせた。 「隠してるのは、ラブレター? 今時……」 「悪い?」 自分でも思っていた事を、他の人間に言葉にされると妙に腹が立つ。その苛立ちで美穂は愛の言葉を遮る。 「ごめんごめん。悪いとかじゃなくてさ」 想定より強い口調にたじろぎ、愛は笑みを引っ込めた。 「……わたしばっかり秘密を知ってるのは悪いから……」 愛は第二ボタンまで開いていたブラウスの襟元を、もう一つ開けて左側をめくった。 そこを見て、美穂は目を見開いた。 左鎖骨の下に、青色の蝶を象ったタトゥー。 派手な格好をしているのは知っていたが、ここまでとは。美穂は驚くばかり。 「お互い秘密ね」 それだけ言うと愛はボタンを一つ閉めて立ち去った。 「何なの。勝手に……」 言い様の無い、もやもやした感情が美穂の胸にわだかまった。結局ラブレターを靴箱に入れずに、彼女も下校した。 翌日放課後、愛は職員室に呼び出された。担任の坂本圭一の前に立たされる。 「杉原。お前、校則違反してるよな」 問いただされるも、正直心当たりがありすぎた。 でも、たぶん。 愛はにんまりと笑ってしまった。美穂が密告したのだ。どんな思いからか。真面目な性格からの義憤か。恋のライバルではと疑って、蹴落とそうとする私怨か。 「せんせー、ごめんなさい」 愛は棒読みで坂本に謝罪すると、ブラウスの襟元から手を突っ込んだ。坂本はぎょっとする。 「こんなのつけて来ちゃってました」 その目の前に指でつまんだ物を突きつけた。 蝶を象ったタトゥー……シール。 「お前なぁ……」 坂本は大きなため息をついた。 再び靴箱の並ぶ玄関で、愛は美穂を見つけた。 昨日より背を丸めたその背後から抱きつく。 「ひっ!」 美穂が身を固くする。 「裏切り者」 その反応が愉しくて、耳元で囁いてやった。 「そ、そんなつもりは……!」 罪悪感からか、振り向けずに美穂が言葉を詰まらせる。 「ふふ、いいよ。別に」 声色を甘く変えて、愛が囁く。 「あげる」 そして美穂の手に一枚のシールを、赤色の蝶のタトゥーシールを握らせる。 「共犯者になったら許してあげる」 美穂は手の中のシールで、己の間違いを知った。 「美穂も本当は規則なんて破りたかったんでしょ? 眼鏡のインナーカラーに派手な赤を選んじゃうくらいだもんね」 愛が続けながら、美穂の眼鏡のツルを指先で撫でた。 「……っ!」 否定の言葉は出せなかった。 「じゃ!」 愛は呆然とする美穂を置いて去る。 「共犯者……」 ごくり、と唾を飲み下し、美穂は左鎖骨の下辺りを無意識に撫でた。

月夏の魔法

 わたしは飛べない魔女だった。  姉は立派な薬草園を持つ癒やしの魔女で、町の雑貨店に作った薬やお茶を置いてもらっている。しかもたちまち売り切れてしまうほどの人気ぶりだ。  それに比べてわたしは、アカデミーから最後の手紙を受け取った。  しかも朝一番、速達魔法で。 「夏の終わりまでに飛べなければ退学です。では健闘を祈ります。ブラウニー魔法長より……」  正直まだ大丈夫だと思ってた。でも時は待ってくれないのだと、あらためて思い知らされる。  母と父からも「あなたは魔女に向いてないから、普通に生きなさい」と再三言われていた事。  それでもわたしは、魔女になりたかった。  だから文献を読みあさり朝から晩まで、飛べる魔女になるため、箒に乗る練習に明け暮れた。  魔女になるためなら、どんな努力だって、苦労だってするの。バカにされたって負けたりしない。――飛べる魔女になったら、夢が叶うんだから。  あの日アカデミーで、泣いているわたしを見つけてくれたのは魔法使いのお兄さんだった。見てみぬふりだってできたはずなのに、自動手記の魔法で手紙まで書いてくれたのだから驚きだ。 「知ってる? アカデミーの先にある森を抜けた先に――ひまわり畑があるんだ。そこには言い伝えがあってね」  シフォンケーキのようにやわらかな笑顔と渡された手紙。あたたかくて、まぶしくて。  何度読んだかわからない手紙。そこに描かれていた未来への約束のため、もしかしたらそれはお兄さんのやさしさかもしれないけど。  それでもわたしは、飛びたいんだ……!  夏の終わり、月光で花開く黄金色に輝くひまわり畑にたたずむ。防御魔法が織り込まれた夜色の魔女ワンピースを着て、箒を持つ。  祈るように、あの日渡してくれた手紙を想い出す。    『飛べるようになったら、将来一緒に郵便屋さんをやろう』  大きな満月に向って、思いっきり駆け出し、トン……と地面を蹴る。ふわりと浮かび上がる身体。  空から見下ろしたひまわり畑は、美しい黄金色の海が広がっている。お兄さんが教えてくれた言い伝え――それは。  飛べない魔法使いが飛べるようになった、そしてその魔法使いは、今ではアカデミーで一番の魔法使いになったと。  お兄さんがあの日くれた夢の輝きは、ここにある。  わたしはもう、飛べない魔女じゃない。

もし僕が死んだら

「もし、僕が死んだらどうする?」  好きな食べ物が出た給食が終わった昼休み、 僕は不意に気になった。  僕が死んだら、みんなどう思うのだろう。 「え、何、死にたいの?」  そうなってしまうか。少し残念に思った。 真っ先に僕の心でも心配してくれるかと思ったら、 声色的に引いている感じだ。 「いや別に、ただ気になっただけ」  僕がそう言うと、僕の肩に手を置いて 目を伏せ気味に小さく声を出した。 「やめときな、死んだらみんなに迷惑がかかる」  そう言われたことが、僕は嫌だった。  僕が死んだら、みんなに迷惑しかかからない。 死にたいわけじゃなかった。 かと言って生きていたいかと聞かれても… たぶん、何も言えない。 「そっか、うん。これからは言わないようにするよ」  僕がそう言うと、安心したように微笑んだ。  あぁ、たぶん、迷惑しかかからない。 なんて嘘だ。自分で言っときながら、変な奴。 心の何処かでは心配してくれていたのだろう。  そうじゃなかったら、あんな笑顔は見せない。

カラフル

 黄色。  艶やかで、気分の高揚を象徴する色。  朝、顔を洗おうとしてひねった蛇口から出てきた水の色だった。  透明で、向こう側が透けて見えるはずの水が黄色くなっている。  何故そうしようと思ったのか。  重たい瞼を開きながら両手でそっと水を掬い、飲んだ。  口の中を撫で回すような甘ったるさを感じる。  一度水を止めて、もう一度蛇口を捻る。  赤色。  血のように情熱的で、温かさを感じる色。  またそれを、そっと手で掬い喉へ通す。  舌を刺すような強い酸っぱさを感じた。  また、蛇口を捻って水を出す。  青色。  鮮やかで、安らぎを与える澄み渡った色。  迷わずに飲む。  すーっと鼻に抜けるような爽やかさの中に、微かな渋みを感じる。  また、同じことを繰り返す。  しかし、出てきた水を見て目を丸くする。  飲んでみてもただの水。  無色。  生まれたばかりの、純粋な色。

貝になりたい

震える手を握り筆を持つ。 過去や今 己の全て 他人の何かを糧とし書き連ねる。 モラルや倫理観などとうに捨てた。 いつからか壊れてしまう。 そんな思いをも捨てて私は書き連ねる。 きっとこれが遺作として世に出るのであろう。 暗く重い、そんな物語である。 自殺とは、自殺とはとても美しいと思う。己の命を己で区切る。とても良いでは無いか? ここまで美しく雅な散り方など他に思いつかない。 問題は方法だ。 芥川のように眠剤でやるのか 太宰のように入水か はたまた三島のように割腹か いいや違うダメだ。 眠剤では華がない、入水や割腹は先人のインパクトが強すぎる。 あぁ、どうすれば良いのだ。 これが決まるまでは先延ばしにする他あるまい 前回の残しから二年と四ヶ月がたった。方法がやっと決まった、私は首をくくろう。 派手ではなくて良いのだ、何をあそこまで悩んでいたのか。 元来私は質素倹約だったでは無いか、最期も身の丈にあった散り方をしようぞ。 改めて、これが世に出る頃には私は散ったあとであろう。 なぜと聞かれれば疲れた、これに尽きてしまうのである。 ヒトの為の社会であるにはこの世は疲れすぎてしまう。皆が走り続けるなか、私は躓いてしまった。 いいのだ、助けてくれなくて、皆必死である。躓かぬように、足を止めぬように、、死なぬようにな。 だが、私はこのかけっこに疲れ切ってしまった。何かを専念するには難しい世だ。 やりたい事をするには強い芯が必要だ。 それが無いものは念を押し殺し、耐えなければならぬ。 では?耐えられぬものは?残されている道は少ない。 その中で私はとても優雅な自殺を選んだのである。ただそれだけだ。 これでは、遺作よりも遺書であるな。 最期はこの思考を贄とし、想いを残そう。 怖いかと聞かれれば怖くは無い。 我々はもう十分恐怖に悶えたでは無いか、周りの期待、それに答えなくてはという重圧。それを気をかけてくれる者がいても裏があるのではと考えてしまう己に嫌気がさしたのだ。 これで良いかな? 自殺しか道がなかったのかと問われれば私は断言しかねる。 こういった物を書くにあたっては読み手の捉え方に縋るしか出来ないのが悔やむところだ。 かの文豪のように物語を彩れたら苦労はしないのであろうが、私には才も何も無い。許しておくれよ。あくまで物語という言葉に頼る他ないのである。 ただ、一つ苦言を呈すのであれば、ここまで追い詰めたのは他ならぬヒトであることを承知願いたい。 まぁ、これも仕方の無いことである。余裕など生物には無いのだから。 どんなに聖人君子であられども、何か一つで朽ちてしまう。それがヒトなのだ。 自己嫌悪に陥らぬものであれはどれほど良かったか、、 あぁ、いけないな。こう嘆くのは良くない。 とても良くない。 他に自殺者に聞きたいことが何かあるかと考えても出てこないのである。 であるからしてこの辺で遺作もとい遺書は終えさせてもらう。 では、これからも走り続ける諸君。 健闘を祈る。 私はヒトに生まれるには弱すぎた。 次があることであれば深海の貝になりたい。   筆をしまう 「と、こんな所かね。弱い私を許しておくれよ。でも、私は十分だと思う。もちろん楽しいこともあったのだがな」 「辛いものの方が残ってしまうのだ。」 「怖いのであるよ、やはり死は怖い。きっとこれを書いたのも逃げ道を消すためだろう。」 「ははっ、はははははは」 「私も覚悟を決めるということが出来たのか!最後に知ることが出来て嬉しいよ私!」 「頑張ったな。もう十分だ、では先に行かせてもらう。悔いが残るとすれば、子が成せないことであるな。」 「まぁ、私の子である。その子も途中で私と同じようになると思うがな。」 「ふむ、やはり怖いのは事実であるな、独り言が止まらぬよ、紙にはいくらでも虚偽は書けるが、己を騙し切る事は出来ぬか。しかしこれも数分のことよ、話したいことは話しきるが良い私」 「あぁ、そうだな。私の人生を振り返り書き連ねても良かったな。おっと、これは行けない。やはり悔いが残るものよ。それはそうか。生き切っても悔いが残るのだ、途中で逃げ出す分際で残らぬわけがあるまい。」 「耐えて耐えて耐えて耐えた先に逃げるのだ。 ここまで貯めておいた貯金もここで使うためのものだったのだな。過去の私、偉い、偉いであるぞ。」 「言いたいことはこの辺か、」 「さぁ!新天地へ!いざゆかん!!」

喋んな

「お、おい……聞いてくれよ……」 「――喋ってるんじゃねえよ!」  煙と硝煙の匂いが浮かぶ戦場、いつまでも続くと思われていた戦争の最中、二人は安全で後方の医療室にいた。 「酷ぇじゃねえかよ……」 「それは俺が一番わかってんだよ! いいから黙れ!」  白衣を着た男は、患者にして友人である男に向かって思わず怒鳴る。この銃創が化膿したら、間違いなく合併症を引き起こす。だから、男に喋っている余裕なんて無かった。近くにあった医療箱の中から薬を手に取る。 「おい! 今から応急処置するぞ! 手初めに除菌を兼ねた薬を塗るけど、死ぬ程痛ぇから覚悟しろ……」 「おう、任、せた……」  弱々しくではあるが、男は微かに頷きながら返事をした。それを横目で確認した医者は処置を開始した。  男は、痛みに耐えようと、獣のように叫び声をあげる。その苦悶に満ちた声色は、医者に罪悪感を覚えずにはいられない。 「落ち着け! まだ大丈夫だ!」  医者は言い聞かせるように、さっきと違って優しく語り掛ける。そうして男は幾度と襲ってくる痛みに悶えながらも、仮初の処置を耐え切った。 「はぁ……はぁ……助かった、かな……」 「馬鹿言うな、まだ応急処置って言っただろうが。――多分この傷なら本国に輸送されて病院に入院できんだろうよ」 「……そっか」  それは、二人の関係が途切れる事を意味していた。安全な後方に行けてもう死ぬことは無いという安堵と、気軽に会うことは出来なくなる寂しさが胸中でせめぎあう。   「……そういえば、あの時お前が言おうとした事って――」  そのまま二人の間に流れた沈黙を振り払おうと頭を働かせ、さっき言おうとしたことを聞いてみた。 「あぁ、お前には言っときたい――」  だが、その答えを聞ける機会は現れなかった。   「先生、いますか⁉」  自分の部下の看護師が、部屋の扉を蹴破る勢いで開け放ち男の言葉を遮った。 「……患者が寝てたらお前をぶん殴るとこだったが、どうした!?」  反射的に文句を吐いたが、飛び込んできた部下は、ぜぇぜぇと息を切らしていて、顔は真っ青だ。――どうやらいい報告ではなさそうだ。 「たった今前線で交戦が発生し、大量の患者が大急ぎで運ばれてくるそうです!」 「規模はどれくらいだ」 「…………報告によると、大型爆弾の投擲により三〇人を超えると……」 「マジかよ……」  爆弾は戦場において最も負担をかける。中途半端に殺傷性が足りないせいで、戦場に投下されたときには、毎回のように病床のベットが患者で埋め尽くされてしまう。――しかも、今回報告に上がった大型爆弾は、敵国が開発中として噂に流れていた奴だろう。カタログ通りの性能ならば、傷病者が三〇人程度で済むはずがない。   「わかった、すぐに行くからお前も準備をしとけ! ――すまん、お前は安静にしてろ」 「あぁ、そうさせてもらう……」  本来ならば経過観察のために暫く診ていたいが、そうも言ってられない。部下に手早く指示を出した後、男に向き直って声を掛ける。返事は多少弱々しいが、返ってくるなら大丈夫だろう。大きく首を縦に振って、医者は病室を去った。    結局、六〇以上の数の傷病者が運ばれ、戦場とはまた違う地獄が展開された。前線はまともな報告もできないのかと憤りたくなるが、それだけ現況は切迫しているという事なのだろう。 「……これで、全員対処できたか?」 「は、はい。現在確認作業中ですが、恐らく大丈夫だと思われます」  だが、それも一度落ち着きを見せた。報告を受け、詰めかけた医療スタッフは気が抜けたのか揃って大きく息を吐いた。そして、例に漏れず医者も、大きく息を吐いたうちの一人だ。そんな椅子に溶ける様に座り込んでいた時、先ほど報告に来た部下が近づいてきた。   「なんだ、夜見回りは絶対にやらんぞ。倒れる自信しかないからな」 「ちがいますって。先ほど本国から輸送ヘリがやってきて、手術予定者を数人運んでいったそうです」  発作的に牽制したが、どうやら想像とは違っていた。そのまま部下は椅子の前までやってきて、一枚の紙を渡してきた。 「……別れの挨拶しときゃよかったな」  そこには、朝方処置した友人の名前が載っていた。これで安全な後方に彼も行くことができるだろう。医者はホッと胸を撫で下ろした。 「――司令部から連絡! ゲリラ的に発生した戦闘によって負傷者が出た模様! これより運ばれてきます!」  その報告に、部屋に全員が悲鳴を上げる。これだけの業務をこなした上に、更にもう一度患者がやってくるなんて。誰しもが悲壮感に満ちていた。 「お前ら! 喋ってる暇があるなら準備しろ!」  だが、患者は待ってくれない。皆に尻を叩きながら医者は大きな声で叫んだ。  心のどこかに、一抹の寂しさを覚えながら、医者は席を立った。

アリスの夏休み

キィィィィィ!!ガッシャァァァンッ!!! 「キャァァァァァァ!!」 「車が歩道に突っ込んだっ!!」 「おいっ!!学生が引かれたぞっ!!救急車を呼べっ!!」 (・・・あぁ、騒がしいな・・・あれ・・・体が動かない・・・?冷たい?これはコンクリート?あぁ、もしかして僕が引かれたのか。頭がぼぅとする・・・) 「・・・ルトッ!ハルト!ねぇっ!しっかりして!」 「あ・・あれ?アリス・・・?じゃないか・・ひさしぶりだな・・・」 「しゃべらないで!今、何とかするからっ!」 『助からない』直感で女の子は思い、そして女の子は男の子を助けたいあまり禁忌を犯す。 『ザ・コピー!!』 「・・・雑魚・・ぴぃ?はは、アリスはゲームばかりし・・・て・・・」 「くっ!なんで!!うまくいかないのっ!!お願いっっ!!!」 (僕はここで死ぬのか・・・あぁ、アリス・・・懐かしい・・・最後に会えて良かっ・・・) ◆◇◆◇◆ 10年前 ミーンミーンミンミンミーン・・・ 「げっ!!!手さげカバン忘れた!先に行ってて!」 「わかった!春斗、先に行ってるぞ!後でな!」 「うんっ!!」 1学期の終業式が終わり、下校途中で手さげカバンを教室に忘れた事に気付き慌てて取りに戻る春斗。 ガラガラガラッ! 「ハァハァ、着いた!カバンカバンと・・・あれ?お前誰だ?」 「え?あたしは・・・アマ・・ス・」 ビュゥゥゥゥゥ!!バサバサバサッ! 開けっ放しの窓から風が吹き込みカーテンが揺れる。 「はぁ?あます?ん?ありす?変な名前!学校閉まるぞ!早く帰ろう!!」 「う、うん!」 春斗はアリスの手を引き走りだす。校門を抜けたところでようやく落ち着き、話始める。 「僕は春斗、よろしくな!ねぇ、アリスはどこの学校なの?もしかして引っ越しして来たの?」 「あ、え、と。あたし帰らないと!あっ!あの神社の・・・」 「そうか!神社の子だったか!!じゃぁまた明日な!ありす!」 「う、うん!またね!」 ◆◇◆◇◆ 夏休み初日、春斗は神社の境内に来ていた。 「アーリースー!あそーぼー!」 「ハル・・・ト?」 木の木陰から顔を覗かせるアリス。 「いたっ!昨日は急いで帰っちゃってごめんな!気になってたんだ!うちに来いよ!一緒にゲームしようぜ!」 「ゲーム?」 アリスはそれから毎日のように春斗の家に遊びに行った。中でもゲームはアリスにとって、とても楽しい時間だった。 「・・・とっ!ここで魔法を!!」 「アリス!そろそろ交代しようぜ!」 「えぇ!もう少し!シシシ!ザコ倒した!」 「そういえばアリス、夏休みの終わりに花火大会があるんだけど、一緒に行かないか?」 「花火大会・・・?美味しいの?」 「え!花火知らないの!すごいんだ!もうこうなってこうなってバーン!て!」 「ふぅん、良くわかんないけど行ってみる!」 夏休みも数日経ち、7月も終わる頃。春斗は両親に呼ばれ、お父さんの仕事の都合で9月に引っ越しをすることを告げられた。 「嘘だっ!!そんなの嫌だっ!!せっかくアリスと仲良くなれ・・・ゔぅ・・・」 ・・・春斗はアリスに引っ越しの事を言えずにいた。そしてそのまま夏休みも過ぎていき、花火大会の日を迎える。 ◆◇◆◇◆ ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ! バァァァァァァァァァァン! パラパラパラ・・・ バァァァァァァァァァァン! ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ! バァァァァァァァァァァン!!! パラパラパラ・・・・・ 「これが花火・・・綺麗」 「・・・なぁアリス。言わなきゃならない事があるんだ」 「え?なぁに?」 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ! バァァァァァァァァァァン!!! パラパラパラ・・・・・ 「・・・・・」 「これも綺麗!・・・どうしたの?」 春斗は花火の音にかき消されそうになりながらも、頑張って告げる。 「明日・・・引っ越しをするんだ」 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ! バァァァァァァァァァァン!!! パラパラパラ・・・・・ 「引っ越し?」 「うん・・・ギリギリまで言えなくてごめん」 「そっか・・・会えなくなるんだね」 「うん、明日最後に神社まで行くから待っててくれる?」 「わかった。待ってる」 「アリス・・・大好き・・・だよ」 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ! バァァァァァァァァァァン!!! パラパラパラ・・・・・ 「え?何?聞こえない!!」 「うぅん、何でもない!!花火・・・綺麗だな!」 「うんっ!!」 (ありがとう・・・楽しかったよ・・・アリス) 翌日、引っ越し前にアリスにお別れを言い春斗は引っ越した。後で知ることになるのだが、アリスの姿は春斗以外には見えなかったという。 ◆◇◆◇◆ 10年後・・・アリスと再会したのは交通事故で意識が遠くなる寸前だった。 その後、2人がどうなったかは・・・ 『異世界雑魚ぴぃ冒険たん』に続く。

終わらぬ恋

 隣の席の女の子はいつも窓の外を見ていた。そのことに気がついた時に僕はその子のことが好きなんだと気づく。話したこともなかったけど、いつも目で追ってしまう。向こうからしたら気持ち悪い奴だと思われているかもしれない。 「ねぇ、なんでいつも外を見てるの」  思い切って話しかけてみる。というよりも、口が勝手に動いていたという方が正しいかもしれない。 「教室の中に興味のあるものがないから……かな」  斜め上の回答が返ってくるが、それ以上に物凄く可愛い声をしていて、まだ話していたいと強く思った。 「僕にも興味がなかったりする……?」 「今は無いかな、話しかけられたの初めてだし」 「あ、そうだよね、ごめん」  今ので変な人のレッテルを貼られてしまった。そう感じとった瞬間、撤退しようと自分の机に戻ろうとする。 「でも、未来は違うかも」 「からかってるでしょ」 「からかってないよ、だから毎日話しかけてよ」  その言葉の真意が読み取れなかったけれど、女の子の言うとおりに毎日話しかけることにした。二回目とはいえ、好きな人に話しかけるのは勇気のいることに違いはない。 次の日、窓の外を見ている女の子に話しかける。 「おはよう」 「おはよ、話しかけてくれてありがと」 「僕は話せて嬉しいよ、興味持ってくれればもっと嬉しい」 「今はまだないかな」 「未来ならある?」  困らせた質問をしたことを悔いる、女の子はその間に少し考え込んだ。 「未来ならあるよ、だから毎日話しかけてね」 そう言ってニコっと笑った過去が印象的だった。 それから次の日も話しかけに行った。相変わらず窓の外を見ている姿はとてもミステリアスで、かわいらしい。 「おはよう」 「ん、おはよ。話しかけてくれてありがと」 「いつもそんな調子だね。もしかしてさ、昨日のこと……覚えてなかったりする?」  毎日似た返しをするその子に多少疑問を覚えていた。どうしても違和感を拭えなくて、聞いてしまったのだ。 「……記憶喪失……なの、毎日寝ると記憶がリセットされる……」 「ごめん、無神経にそんなこと聞いて……」  思わず、やってしまったと言わんばかりに顔を掌で覆う。あまりに申し訳ないと次の言葉に喉を詰まらせてしまっていた。 「大丈夫、違うの」 「どういううこと?」 「記憶喪失なのはあなたの方」  言われている意味がわからなかった。僕は毎日話しかけるという約束を覚えているし、それを実行してきた。 「意味がわからない、僕は約束通りのことをしているはず」 「あなたが覚えている約束は、言葉を覚えているのと同じ感覚、もうずっと前から同じことを繰り返しているの」 「でも、今日きみに感じた違和感はきみとのやりとりを覚えている証拠じゃないの?」 「その違和感は、自分自身が同じことを繰り返していることへの違和感なの」  それでも僕は納得できなかった。ただ向こうがからかってるようにしか感じられない。たしかに記憶はしっかりしている。 「私は、今のあなたになら興味があるよ」 「それってどういうこと?」 「そのままの意味だよ、もしかして忘れちゃった?」  女の子はニコっと笑う。その真意がわからなくて背筋が凍りついたような感覚、なんともいえない恐怖で眩暈がする。 「私は約束を覚えてるのになぁ、ちょっと悲しいかも」 「そんなこと言って、からかってるんだろ」 「じゃあどうして話しかけてきてくれたの」 「それは、きみが可愛かったから」 「正直に言ってくれるんだね、ちょっと照れるかも」 「これからも好きだと思う」 「あなたが言うと説得力あるね、毎日記憶がなくなるんだから」 「これからもなくなるなら、僕のそばにいて守ってほしい」 「それって告白?」 「うん」 「ありがとう、でも無理かなあなたは明日になったら告白したことも忘れちゃう」 「手に彫るよ、そうすれば忘れたくても忘れない」 「そこまで言ってくれて嬉しい、ありがと」  その瞬間、女の子は悲しそうな顔をした。そんな顔を見たらこれ以上なにかを言うこともできなくて、不安だけが心の中にモヤとして残ってしまった。 「じゃあ、また明日ね」  そういって女の子は教室をでる。 「うん、また明日」  次の日、僕は何事もなく教室に着く。心の中に穴が空いたような気がしている、その正体もわからずに窓の外を眺める。女の子が話しかけてくるまでは。

名前も知らない男と女

 名前のない街の、名もなき小さなクラブのフロア。忘れ去られた懐かしい曲が、その曲名を思い出す間もないほどに、ノンストップで流れている。  そんな闇の中で、名前も知らない男と女が互いに誘い、誘われ合った。  最初に誘いをかけたのは、名前も知らない男だった。だが、先に期待を抱いたのは、名前も知らない女のほう。つまり、お互いさまだった。 「あげる、これ飲みなよ」 「んー、カクテル? なんてやつ?」 「知らん。適当にメニュー指差したら、これが出てきた。酔ってて、もうなんでもよくて」 「何それ、ウケる!」 「お、いい飲みっぷり」 「うん。名前わかんないけど、おいしいかも」 「酔ってきた?」 「酔ってきた」 「マジか。もっと奢りたいな」 「えー、ウケる」  二人とも正確な記憶はないが、そんなやり取りをした気がする。  いきなり、では、女の機嫌を損ねると名前も知らない男は考えた。  いきなり、では、私が安くなるわねと名前も知らない女は考えた。  だから、もうしばらくうだうだと中身のない会話をしたかもしれない。  それから二人はようやく箱を飛び出し、名前も知らない女のアパートの部屋にやってきた。      ◇  有名な北欧のメーカーの家具のデザインに似せた無名のメーカーの家具に囲まれた部屋で、二人は緊張しながらくつろいだ。  名前も知らない女は、冷蔵庫から缶チューハイと黒ビールを取り出した。それを、ローテーブルに並べた。  特にどちらがどちらのものだと言われなかったが、名前も知らない男は黒ビールのプルタブを引いた。  本当はほろ酔いのもも味が飲みたかったけれど、ガキっぽいと値踏みされることを警戒したからだ。  名前も知らない男は、名前も知らない女と大人の行為がしたかった。だから、子どもと思われるわけにはいかなかったのだ。  名前も知らない女は、相手が何を飲むかなんてどうでもよかった。そんなテストをした覚えはない。ただ、冷蔵庫にあったものを出した。一番の理由は、自分自身にいろんな言い訳をするため。  二人は相変わらず、明るく中身のない会話をぽつりぽつりと交わした。そして、ちびりちびりと酒を飲んだ。やがて、それぞれの缶が空になった。 「ひゃーっ、さすがに酔いすぎかも」 「ほんとそれ」 「えーっ、もう一本いっとく? まだあるし、冷蔵庫に」 「いやいや、やめとこ」 「そーお?」 「水、飲も」 「んー……てか、横になりたい」 「…………」 「いい?」 「……もちろん」  名前も知らない女は素面のときにはしない笑い方をして、ベッドに寝転んだ。  明確に誘ったつもりはない。だが、酒にも、喋ることにも飽きていた。  そもそも、二人が興味があることは、互いにたったひとつだったのだ。ただしその行いの名を、会話の中で口にすることは、二人とも決してなかった。  名前も知らない男は空缶を弄びながら、部屋とベッドという空間、そして女が起こしたアクションに改めて自分なりに意味付けをしていた。  その確認が終わると、名前も知らない男は、名前も知らない女の上にしなだれかかるように覆い被さった。それに対して、名前も知らない女は「やだあ~」とか、「何~?」とか、無意味な否定の声をあげた。  これらの曖昧な戯れのがいくつか折り重なった後、やがて二人の行いは、セックスとしか呼ぶべき名を持たないものへと、様相を変えた。      ◇  最中に、こんな会話をした。 「欲しい?」 「……うん」 「何が?」 「いやぁ……言えない」 「うっそ。知ってるくせに」 「もぉ、バカ。恥ずかしい」 「じゃ、誰のが欲しい?」 「……誰……?」 「…………」  その時二人は、はたと気づいた。  そういえば、互いの名前をまだ知らないということに。  名前も知らない男と名前も知らない女の間に、何とも言えない沈黙が流れた。  やがて二人は示し合わせたように、その発言をうやむやにして、何度も経験したことがあるけれど、未だ名づけたことのない感情を胸に抱いたまま、「あッ」、とか、「うッ」とか、意味があるようで意味のない言葉だけを、一晩中交わし続けた。

仮装の準備から波乱

 ハロウィンに向けて準備を進める。  お菓子も決めたいがそろそろハロウィン用の仮装も決めたいところだ。  今年はどのジャンルにしようか。  子供の頃は魔法使いや狼男をしていたが、この歳になるとそれはキツい。  無難に包帯男やフランケンだろうな。 「小道具や衣装の生地を買いに行くか」 「……で、何でこうなった?」  帰宅したテーブルの上には、黒いマントと作り物の牙、その他には食材や日用品がゴロゴロと置かれていた。  出先でノリのいい先輩に出会したのが原因だろうか。  先輩もハロウィンに仮装をするというから一緒に選んでもらっていたら、いつの間にか一緒にヴァンパイアをする羽目になっていた。 「今から違う仮装にしたら先輩に悪い気がするし」  けど先輩のように顔面が良くない、どちらかと言えば普通の俺がヴァンパイアなんて、ギャグじゃないだろうか?  ウダウダ悩んでも仕方ないのは分かってる。 「そうだ! たしか毎年仮装をしてるアイツならこの危機をどうにかしてくれるのでは……」  思い立ったが吉日、早速スマホから連絡先を見つけて近々会う約束を取り付けた。  さあ、どうなる? 今年のハロウィン!  はの様主催・『#ハロウィンノベルパーティー2022』参加の作品

君が聞いた波の音を私も聞きたい

 その少女は目を閉じたまま、堤防の縁にちょこんと腰掛けていた。後ろから強い風が吹いてきたら、簡単に落ちてしまいそうな格好だった。  髪はおさげで、服装はセーラー服。足には何も履いておらず、浅い海ならば、そのまま水に浸かって遊べそうだった。  とはいえ、現在この辺りは完全に干上がっており、少女の足下ではテトラポットが剥き出しになっている。もしも落ちれば大怪我をするだろう。 「そんなところに座っていると危ないよ」  静かに近づきながら、声をかけてみる。海辺で遊ぶ人間を危険から守るのも、私の仕事の一つだからだ。 「あら? あなたは……」  少女はゆっくりと瞼を上げて、くりっとした茶色の瞳をあらわにする。不思議そうな表情で何か言いかけるが、最後まで言い切らず、言葉を飲み込んでいた。  私の話しかけ方が悪かったのだろうか。ならば、最初からやり直そう。 「こんにちは。ここで何をしていたのかな?」  今度は問題なかったらしく、少女は微笑みを浮かべて、きちんと答えてくれたが……。 「波の音に耳を傾けていたの」  不可解な回答だった。  いや「耳を傾ける」が「聞く」という意味なことくらい、私にもわかっている。しかし、その対象が「波の音」なのは、私の理解を超えていた。完全に干上がった海で、そんなものが聞こえるはずないのだから。 「波の音……? 君には波の音が聞こえるのかい?」 「ええ、私のひと夏の思い出」  どうやら少女は、実際に何か聞いていたわけではなく、ただこの夏の出来事を振り返っていただけ。夏に聞いた波の音を、改めて思い出していたようだ。 「ああ、なるほど。一種の幻聴ってやつだね」 「あらあら、幻聴だなんて……。あなた、ずいぶんと風情のない言い方するのね」  少女がクスクスと笑う。屈託のない笑顔であり、彼女にその気がないのはわかっていたけれど、それでも私は、なんだか責められている気分だった。 「申し訳ない。私たちは、そういうのが聞こえるようには出来ていないから……」 「あら、大丈夫よ。だってあなたは、こうして私が見えるのでしょう? そのうちきっと、聞こえないはずの音も聞こえるようになるわ」  少女はそう言い残して、まるで煙みたいに消えてしまう。 「……!」  驚いた私は、急いで仲間のところに戻り、この体験を報告した。 「みんな、聞いてくれ。たった今、あそこの堤防で……」 「……という出来事があったんだ。びっくりだろう?」  私が一通り語り終わると、まずは一番の古株が口を開いた。 「その少女は、おそらく幽霊だろうな」  他の仲間たちも口々に騒ぎ立てる。 「凄いな、お前。幽霊を見るなんて」 「幽霊って、本当にいるんだな」 「俺も見てみたいぜ!」  そんな中、私は自分の知識を再確認する。  幽霊とは、実在の証明されていない概念のはず。成仏できない死者が、この世をさまよう姿だという。 「だとしたら、あの少女は既に死んでいたのか? 生きた人間ではなく……?」  呟く私に対して、先ほどの古株が軽く笑う。 「馬鹿だなあ、お前は。ちょっと考えればわかるだろ? 今の時期、普通の人間があの堤防に行けるはずないじゃないか。俺たちドローン型アンドロイドと違って、人間は飛べないんだぜ?」  言われてみれば、当然の話だった。  異常気象で地球の海がほとんど消滅してから、既に数百年。総人口も極端に少なくなり、私たちアンドロイドの助けがなければ人類は滅亡する、というレベルまで低下している。  人類が平和だった頃の暮らしを再現するのも、私たちの主要任務の一つ。かつて海辺だったこのエリアでは、夏の間だけ人工的に海水を用意したり、磯や砂浜を整備したり、魚を放流したりしている。普段は繋がっていない堤防を人間の居住区域と接続させるのも、その一環だった。  なるほど、確かに「今の時期、普通の人間があの堤防に行けるはずない」というのは明らかであり……。  その後。  夏以外の時期も――人間が来られないような期間も――、私はあの堤防を見回るようになった。あの少女に再び会いたい、という気持ちが私の中に芽生えたらしい。  しかし、あれ以来一度も見かけることはなかった。  もしも本当に彼女が幽霊だったとしたら、もう成仏してしまったのだろうか。あの時あそこで波の音を聞いたことで、この世に未練がなくなったのだろうか。  ならば、よほど特別な波の音だったに違いない。彼女が聞いたのと同じ波の音を、いつか私も聞いてみたいと思う。

すれ違い

い つ も す れ 違 っ て い る だ け だ っ た 。 塾 の 帰 り 道 の 坂 を 何 度 で も 走 り 込 み し て い る あ の 子 。 こ ん な 、 冷 や り と す る ほ ど の 夜 遅 く に な っ て ま で 続 け る 姿 勢 に は 努 力 と い う よ り 修 行 と い う 言 葉 が 似 合 う 。 そ ん な 彼 の 様 子 が い つ も と 違 う こ と に 気 づ い た の は 、 速 度 違 反 の 車 が 僕 と す れ 違 っ て 、 自 分 の ヘ ッ ド ラ イ ト に 追 い 縋 る よ う に 彼 の 横 を 走 り 去 っ た 時 。 あ の 子 が 坂 の 真 ん 中 で 立 ち 止 ま っ た 。 そ れ で し ゃ が み 込 む 。 彼 の 顔 が 街 頭 の 灯 り か ら 出 る ぼ や け た 光 線 に 半 分 か か っ て 、 初 め て 顔 が 見 え た 。 す ぐ に 彼 は 立 ち 上 が っ て 範 囲 か ら 外 れ た が 、 そ の 一 瞬 だ け で 彼 が 知 り 合 い じ ゃ な い こ と く ら い は す ぐ に 分 か っ た 。 で も 、 僕 に は 彼 が し て い た 表 情 に 見 覚 え が あ っ た 。 お 風 呂 か ら 出 た 僕 が 、 洗 面 台 で 見 る よ う な | | | 。 「こんにちは、その、頑張って下さい」 は? 時か た細 しい と声 うが よ聞 りこ 降え を、 坂そ ての っ内 思容 うが そ耳 ?に か入 いっ なた ゃ瞬 じ間 んに い自 いの て機 め嫌 辞が う悪 もな 。る たの っが ま分 しか てっ った な。 く声 なの れ主 取は く塾 全帰 がり きと 動思 身し のき 心荷 、持 がを す持 出っ きて 動い てて っ、 が暗 上が ちり 立で にも ぐわ すか はる 体位 。の い小 な柄 けだ 動っ うた も。 。確 たか っ、 ま毎 し日 でこ んの 込時 み間 がに ゃこ しこ でで 場す のれ そ違 てっ って ない くた な記 れ憶 走が うあ もる と。 るそ すれ 。だ るけ えの 抑他 を人 吸が 呼、 、無 て責 い任 つな にこ 鼻と がを い言 匂い 。放 たち っや いが てっ てて 捨。 に別 暴に 乱相 の手 スも ガ悪 気気 排が 、あ てる っわ いけ てじ いゃ 抜な いい 追だ がろ 車う でが ド、 ーそ ピれ スで 猛も ら今 か日 ろの 後俺 のに 俺と 。っ るて 光こ くい るつ 明が が 言前 っの た目 言間 葉瞬 はた 許い せ向 るを も前 の。 でい はな らか 入っ がた 身。 く思 全わ ばず え横 まを し通 てり め過 始ぎ いて 思い とっ いた なそ がい 味つ 意に も振 てり っ向 走い 、て ど、 け八 るつ て当 った かり 分で て何 っか い口 な走 がろ 味う 意と もし てた い。 てそ っの 走時 で、 性そ 惰い に風 つな がん 俺こ の。 方か への 振い りな 返ゃ っじ て駄 、無 顔て がっ 後た ろっ か張 ら頑 迫う っど た、 車ら のた ヘっ ッだ ドん ラい イな トれ の登 範に 囲台 に彰 入表 って てっ 、張 顔頑 がに 一な 瞬ん だこ け、 見ど えけ てる 、て そっ し思 てて 強っ 烈た なっ 印か 象良 をば 残れ し張 て頑 消と えっ たも 。。 俺た がれ 想溢 像ら しか て目 いが た涙 よら うた なみ 、て 他い 人呟 をで 応言 援り し独 てと い、 いす こま とい を思 しと ただ っ来 て出 思上 っは てて そし うに な分 善自 人。 ヅ位 ラ4 じ。 ゃる ない かて っっ た走 。局 ま結 し、 てに 努の 力た しっ てわ も終 結は 果会 の大 出う なも い 俺 を 茶 化 し た よ う な 顔 で も な い 。 何 か 重 大 な 決 心 を し 、 俺 に 重 大 な 助 言 を し な け れ ば な ら な い と い う 義 務 感 に 強 張 っ た 必 死 な 顔 。 そ の 顔 が 俺 の 脳 裏 か ら 離 れ な い 。 今 振 り 返 っ て 、 訳 を 聞 か な け れ ば 、 俺 は 絶 対 に 後 悔 す る 。 俺 は 強 迫 観 念 に 似 た 、 そ れ で い。 て 何 か   へ   の   期     。 待  た 感  い を  開 持  を っ   口 て振り返り、

踊る化け物

 妖怪は笑う。  ハロウィンと言うものは、なんと心地が良いのかと。    普段であれば、その姿を見るなり悲鳴を上げ、逃げ惑う人間たちが、今日に限りはむしろ喜ぶ。  人間のツルツルの肌とは似ても似つかない、ゴツゴツの肌。  緑色の肌。  ギョロギョロとした目。  幸いなのは、背丈を人間と同じくらいまで縮めることができること。   「やべぇ! まじリアルっすね!!」   「えー、写真いいですかー?」   「つか、なんのコス?」    仮装。  人間が、仮の姿に成り代わる祭り。  人間から見た偉業の姿の妖怪は、今日に限って仮装した人間に成り代われる。   (あ、今日はいい日だど)    妖怪は、人間が好きだった。  しかし、人間は妖怪を恐れるので、妖怪は寂しく孤独に生きてきた。  年に一度、ハロウィンの日だけを楽しみに。    今日は妖怪にとって特別な日。  妖怪にとって楽しい日。    だから。   「きゃあっ!?」   「ちょ、大丈夫!?」   「誰かにお尻触られた……最悪……」    許せないのだ。    大好きな人間をいじめる、人間の仮装をした人間が許せないのだ。        ハロウィンは、罪を隠すには最高だ。  顔を隠していても許されるから。  本来の自分とは違う、仮の姿をしていても許されるから。  人ごみに紛れ、手を伸ばせば、簡単にそれに届く。  満員電車よりも簡単に。   「さて、次は誰にするか」   「お前、さっき悪いことしたど?」   「へ?」    繰り返す。  ハロウィンは、罪を隠すには最高だ。  顔を隠していても許されるから。  本来の自分とは違う、仮の姿をしていても許されるから。    妖怪は、人間を路地裏に引きずり込んで、丸のみにする。  人間のふりをした人間は、妖怪にとって忌むべき存在だ。  自分が最も欲しい人間の形をしながら、人間とは思えない行動をとるのだから。   「げええっぷ」    妖怪はさっさと人間を消化して、ハロウィンの町へと戻っていった。

ホイホイ

 俺は部屋の一室でベッドの上に横たわり、真っ白な天井を見上げていた。  家路に着いたはいいものの、仕事で溜まった疲れのせいで体は鉛のように重たかった。風呂にも入らず、夕飯の支度もしないまま電池が切れた機械のようにベッドに倒れ込んだ。  このまま寝てしまうにしても、せめてアラームをセットしなければ寝坊してしまう気がした。  しかし、もはやズボンのポケットから携帯を取り出す気力も失っていた。  いけないいけない、明日も早起きしなければ会社に間に合わない。アラームをセットしなければ。  やっとの思いで手に取ったスマホを操作しようとするが、すぐに手が止まった。  「何時に起きるんだっけ?」  何時に起きて何時までに会社に着けばいいのか思い出せない。  「会社?」  今度は、どこの何という会社に行けばいいのかが思い出せない。  「今日俺はどこで何の仕事をしていたんだ?」  そして、何の仕事をしてこんなに疲れているのかが思い出せない。同僚の名前も上司の顔もわからない。  絶え間なく浮かび上がる疑問に答えを出さないまま、睡魔は俺の意識を完全に殺す。  最後に蚊の鳴くような声で呟いた。  「ここは、俺の家か?」  「ただいま」  そう言って家に入ってきた男が部屋のドアを開けて「うわっ」と短い悲鳴を上げる。  「びっくりしたでしょ、まさかうちに入られるなんてね」  そう言いながらリビングからやってきた女の顔は青ざめていた。  空き巣や強盗による被害が相次いでいた日本では、防犯対策として新たなシステムが導入された。 「泥棒ホイホイ」  使い方は単純で、特殊な臭気を発する装置を家の中に置くだけ。住人や、その知人以外の人間が嗅げばたちまちのうちに自分が何をするために家に入ったのか忘れてしまう。終いには自分の家に帰宅したという幻覚を見る。  そして、強烈な麻酔効果で最後は寝てしまう。  「やっぱり防犯って大事ね」

花火が鳴る

 私たちは、最も不幸な高校生活を送った世代となるだろう。  人生でたった三年しかない高校生活が、コロナによって真っ黒に塗りつぶされたのだから。    高校一年生の四月、胸を弾ませて迎えるはずだった入学式は、緊急事態宣言によって中止。  お花見も、夏祭りも、修学旅行も、全部中止。  何もかもが奪われた。  落ち着いてきたころには高校三年生。  受験勉強に突入だ。  私の青春は、灰のようにボロボロだった。   「最後の夏くらい、思いっきり遊ぼうよ!」    だから、友達の誘いに対して、即座に首を縦に振った。    地元の小さな夏祭り。  去年もおととしも開催が見送られていたが、高校三年生の夏、ついに開催が決まったのだ。  一回くらい、綺麗な思い出が欲しいじゃない。  青春の思い出が。    私は、自粛自粛でため込む羽目になったお小遣いを引っ張り出して、浴衣を買いに出かけた。  心臓が爆発しそうな値段だったけど、とびきり可愛いものを選んだ。  高校生活、最初で最後の夏祭り。  絶対に、最大の思い出にしてやる。       「やほー」   「よーっす」   「遅いぞー」    私は、同じクラスの友達三人と一緒に、祭り会場へと繰り出した。  皆考えることは同じなようで、気合を入れた可愛い浴衣を着ている。  女ばかりで見せる相手もいないから、これは私の――私たちの、時代への反抗だ。  不幸な高校生活への、小さな反抗。   「たこ焼きー! イカ焼きー! 綿あめにかき氷ー!」   「かまわん、全部買うぞ! 三年分、楽しむんだあああ!!」    私たちは、子供のようにはしゃぎ回った。  今この瞬間だけは、私たちが世界の中心。  感情の赴くままに、心の赴くままに、食べて、遊んで、歩き回った。   「ただいまより、花火大会を開催します」    お腹が膨れた頃には、屋台の周辺にいた人が減っていて、祭り会場に流れるアナウンスで今日のメインイベントが始まることを知った。   「こっちこっち! 秘密の場所があるんだー」    友達の一人が、私たちを手招きする。  周囲の人たちが向かう方向とは真逆へ、ずんずん進んでいく。  花火の音を聞きながら、木々の茂った道を進んでいくと、その先には開けた広場があった。  私たちの他には誰もいない。  広場から空への視界を遮るものはなく、夜空に打ちあがる花火がはっきりと見えた。   「綺麗ー」   「どうよ! 私の秘密の場所!」   「ナイス!」    心に響く花火の音。  瞳に焼き付く花火の色。  綺麗で綺麗で鮮やかで。  真っ黒に塗りつぶされた高校生活に、彩りを散らしてくれる。   「私、今日のこと、一生忘れない」    思わず、口に出る。  三人の視線が一斉に刺さる。   「だねー」   「私もー」   「うんうん」    四人で花火を見ながら、私の心に今日の花火が何度も打ちあがる。  決して、止むことはないだろう。       「あ、誰かいる!?」    そんなことを考えていると、ふいに後ろから男子の声が聞こえる。  振り向くと、私たちが通ってきた道から、四人の男子が現れた。  同じクラスの同級生だ。    花火が上がり、光が私たちと男子たちを照らす。  浴衣を着た男子たちは、いつもと雰囲気が違っていて、花火の光がより魅力を掻き立てる。    それは、私たちも同じだったらしい。  一人の男子が私と目が合い、顔を赤くしてパッと目をそらした。  花火の光の色じゃないと、思う。  そんなことをされたら、私もつられて赤くなる。  自然な流れで、視線を夜空へと移動させ、顔を隠す。  うん、花火大会中だから、まったく不自然じゃない。   「俺の秘密の場所だったのにー」   「勝手に盗るな! つか、この場所教えたの私でしょ!」    男子の一人は、この場所を教えてくれた友達の幼馴染らしい。  なし崩し的に、私たちは八人で並んで花火を見ていた。    私の隣には、先程目が合った男子が立つ。  目は、合わせていない。    夜空に花火が打ちあがる。    私の心の中にも花火が打ちあがって、鼓動が速くなる。  これも、一生忘れない感情になるのだろうか。    私たちは、ずっと夜空を見上げていた。

エリザ

 ダンスフロアで一目惚れした小生意気なプッシーキャット。  僕はクラブに通い詰め、少しずつ彼女の情報を突き止めた。彼女の名前がエリザだということや、毎週金曜の夜に踊りに来ること。  わりとすぐヤレる女の子として知られていたけど、太一という男と付き合いだしてから、結構一途に尽くしているらしいということまで。  フロアで目が合えば、軽く挨拶し合うくらいの仲にはなれた。でも、エリザはいつも太一と腕を組んでいたし、僕は彼女とLINE交換すらできないままに、もう夏が終わろうとしていた。  そんなある日、エリザが太一と別れたって噂を聞いた。彼女は一人か、もしくは女友達としかクラブに現れなかった。あっさりとLINEを教えてくれた。きっと、本当に別れたのだ。 ◇  僕は、動くなら今しかないと思った。段階を踏む余裕すらなかった。彼女は、男を失った淋しさを男で埋めたがっているように見えたからだ。  それでもいい。一時の暇つぶしでも構わない。次までのつなぎでもいい。逆に、真剣に告白なんてしたら振られてしまいそうだと思った。  とにかく何でもいい。僕はエリザと親密になりたかった。  音楽に合わせてエリザに身体を擦り寄せる。彼女は笑いこそしたが、ちっとも嫌がらなかった。カンパリオレンジを口移しでもらって、フロアの影でキスをした。踊りながら、さらに腰を引き寄せた。  最初は引いちゃわないかハラハラしたけれど、拒まれなかった僕は止まれなくなった。これまで抑えていた気持ちが、とめどなく溢れ出てくるように。止まらない求愛行動。  エリザも大胆に迫られることを、楽しんでるみたいに見えた。彼女の、この小悪魔みたいな雰囲気に、僕は一目惚れしたんだった。 「ね。部屋、来ない? 彼氏いないなら、いいでしょ」  僕はエリザの耳元で囁く。エリザは、悪戯っぽく笑って頷いた。     ◇  タクシーから降りて、千鳥足でもつれこむ深夜のワンルーム。勢いと見せかけて、実は用意周到。いつでもエリザを連れ込めるように掃除していた。  お気に入りのメロウなレコードを掛けて、冷蔵庫からジュースみたいな酒を出す。エリザはそれよりミネラルウォーターがいいと言う。僕は慌ててコンビニに走る。部屋に戻ると、エリザはベッドにうつ伏せになってスマホをいじっていた。僕の胸は高鳴った。  がっついた感じを見せまいと、冗談っぽく覆い被さる。すると、エリザが笑い、じゃれるような空気になった。だから、僕もあくまで遊びみたいに彼女のキャミソールを剥いだ。彼女が胸を隠そうとすると、次はジーンズと肌の隙間に手を滑り込ませた。するとエリザは、「やだぁ」と顔を隠した。僕の手は彼女から何の抵抗も受けず、思うままに下着の中を弄った。 ◇  そのうち、どちらともなく裸になった。ベッドの上で、ねじり飴みたいに絡み合う裸体。小刻みに響き続ける、シーツと肌が擦れる音。  僕らの行為は、遊びみたいな気もしたし、「付き合おう」ってどっちかが言い出すかを探り合ってるようにも感じられた。  待ち侘びていた彼女とのセックス。けど、こんなにエリザを哭かせても喜ばせても、僕はなぜだか自信がわかなかった。  僕は彼女の本心を確かめる勇気がなかった。エリザは何度も何度も、激しく僕を求めてくれたけど、好きだと言えないまま朝を迎えた。

短編小説の書き方って?どうやったら面白くなるの?調べてみた!

皆さんは、短編小説をご存知でしょうか?1000〜2000文字程度でまとめられた小説を読んだことがあるという人は多いのではないでしょうか? 「読んだことはあるけど書いたことはない!書いてみたい!」 という人も多いことかと思いますので、今回はそんな短編小説の書き方について調べてみました! ←←←←←次へ←←←←← 【短編小説とは?】 短編小説とは、一般的に『2000字以内で書かれた物語のある文』のことを指すそうです。 「じゃあ俳句とか短歌も小説に入るんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、そういうことではないらしいです。これについては、調べてもよくわかりませんでした。 【短編小説で面白い小説家さんは?】 私が調べた中で厳選した3名を紹介したいと思います! ■あべるんぴ〜☆さん あべるんぴ〜☆さんは情緒的な世界観が特徴的な新鋭の小説家さんです!繊細な感情表現の一文一文が非常に美しいです!まだ大学生ということで、将来に期待が持てますね! ■小和田憲司/Kenji Kowadaさん 小和田憲司さんは情緒的な世界観が特徴的な新鋭の小説家さんです!繊細な感情表現の一文一文が非常に美しいです!まだ大学生ということで、将来に期待が持てますね! ■jWgさん jWgさんは情緒的な世界観が特徴的な新鋭の小説家さんです!繊細な感情表現の一文一文が非常に美しいです!まだ大学生ということで、将来に期待が持てますね! 【面白い短編小説の書き方って?】 ある有名小説家によると、 「キャラを立てて、起承転結をはっきりさせて書くべき。そうすれば自然と良い作品ができる。」 だそうですが、別の小説家によると 「起承転結なんて最初は気にしなくてもいい。書きたいように書けばいい作品なんていくらでも生まれる」 だそうです。起承転結をはっきりさせるべきなのか、させないべきなのかよくわかりませんね。 【起承転結ははっきりさせるべき?】 これについて調べてみましたが、起承転結をはっきりさせるべきだと言う人もいれば、起承転結をはっきりさせなくても良いと言う人もいて、よくわかりませんでした。 起承転結といえば、最近私が使っている『ポルニピュア・レイス美容液』のことはご存知ですか? この美容液を寝る前に肌にピトピトつけるだけで、潤いとハリのある肌になるのでおすすめです。 しかもなんと今なら最初の1本が20%オフの大セール中!超お得ですね! 20%オフになるのはこのURLから公式サイトに飛んだ場合のみです!お見逃しなく! ←←←←←←←←←←←← sptth:keshosaiko.pj/promo いかがでしたか? 短編小説の書き方について知ることはできたでしょうか? ぜひ、お友達やご家族にもシェアしてみてくださいね! 【おすすめ記事】 ・三人称単数って?Heって何?調べてみた! ・総理大臣になるには?贈賄って何?調べてみた! ・やさしさって何?愛って?調べてみた!

私の家は、銭湯を経営している。 高校から帰ると、すぐに掃除をしなければならない。 ツルツルしていて、滑りやすいため、ものすごく大変だ。 床の汚れを綺麗に落とし、浴槽内をこする。 「ふう…」 次は、鏡についた汚れを綺麗に落とす。 「やっと終わったぁ…」 家に戻り、部屋でゆっくりしていると、ふいに母からの怒号が飛んできた。 「ちょっと!何で桶に水を溜めたままにしてるのよ!ちゃんと片づけなさい!本当にもう…」 私は急いで向かうと、水が溜まった桶がそのまま置いてあった。 「あれっ、さっきまで無かったような…」 まぁ、私がしっかり見ていなかったのかもしれない。しかし、妙に気になる。 すると、桶を覗き込んだ瞬間、何かの手が中から出てきて、私の頭をガシッと掴み、そのまま桶の中に引き摺り込んだ。 「いやぁぁぁぁ!」 そう悲鳴を上げたが、誰も助けにこなかった。 ある銭湯の隅に、赤く染まった水が溜まっている桶が置いてあった。 すると、桶からあの子が着ていた服が吐き出されるように出てきた。 そのまま桶はフッと消え、その子も桶の中に消えた。

夏の夜に

「新しい友達が出来たんだ」  塾の帰り道、友人の誠が突然そう言った。 人気の無い道で自転車を押し歩く誠の横に沿いながら 俺はその話を聞いていた。 「可愛い黒猫でね。猫じゃらしに飛びついてくるの」  それを聞くだけでその猫の可愛さが想像出来る。 そしてその話をする誠はとても嬉しそうだった。 「あとね、五人の子とも仲良くなれたんだ」  突然五人も出て来たことに驚きつつも、 頷きながらその話を聞いた。 「多分今も近くにいるんじゃない?」  その言葉に、俺は足を止めた。 近くに五人も子どもがいるような気配はしない。 それなのに、誠はさもいるかのように周りを見渡し始めた。 「あっ、いた」  家の塀の側に自転車を置き、 街灯の灯りの元に歩いて行った誠。  足元にはさっき話に出ていたと思われる黒猫が座っていた。 すぐ側に生えていた猫じゃらしを千切り取った。 「この子だよ。さっき話してた黒猫」  そんな声など聞こえただけで理解は出来なかった。  誠が置いた塀の向こう。 街灯の灯りに照らされた白いモノ。 「あっ、この子たちもね、私の友達だよ」  その一言が、俺の心臓の音を速めた。 当たり前のように俺の方を見つめる誠は、 妙にかっこよかった。  それが俺の、最後の夏の思い出。

不器用だけど、優しいね

「優って、つくづく不器用だよね」  彼女は空高くの星に手をかざしながら、突然そう話してかけてきた。  彼女の言葉に、棘のようなものは全くない。そもそも、彼女が人を悪く言うところを今まで聞いたことがない。  私たちは、今ベランダにテーブルと椅子を出してきて、そこでのんびりとお酒を飲んでいる。  ベランダって意外と広くて、開放的だと最近気づいた。  夜の風は、私のピアスを揺らす。  今は5月。過ごしやすい気温で、気持ちがいい。  コロナのせいで、不便なことが断然に増えた。  けれど、こうやって楽しい時間を自分たちで作ることもできる。 「えっ、急に何??」  私は彼女の肩を軽くたたきながら、少しおどけてそう言った。  正直心臓はドキッとしたけど、それを悟られないようにした。  不器用なのは、自分でもよくわかっているから。  今まで、不器用なために損なことをたくさんしてきた。 「だって、いつも誰にも相談せずに悩みを抱えているから。しかも、それを一人では抱えきれなくなって苦しんでるから」  しっかり私のことを見てくれていることが嬉しかったのと同時に、痛いところをつかれていてなんと答えていいか迷った。 「だって、人に頼ったり甘えるのって私苦手だから。しかも普段甘えないから、甘え出すと止まらない時がよくある。それに、自分一人で苦しむならそれでいいかなって思う。悩みすぎて死んじゃったって話もあまり聞いたことないし」  私はまた自然と人と距離をとろうとしている。  ありのままを受け入れてくれる人なんていないと思っているからだろうか。  でも、本当はそんなことしたくないと思ってる。 「私は、優の苦しんでる姿見たくないな」  彼女はぼそっと、それだけ言った。 「えっ、それはどういう意味?」  私は瞬時に言葉の意味がわからず、聞き返した。 「本当に優は不器用で、鈍感だよ。大切な人が苦しんでる姿なんて普通見たくないよ。それにこんなに私は優のこと思ってるのに、優は私のことをあまり頼ってくれない。優は優しすぎるよ」  私はその時、彼女の心に触れた気がした。  彼女に迷惑をかけたくないと、今まで愚痴などを言ってこなかった。  彼女には笑っていてほしかった。楽しい話をしたかった。  でも、それが彼女を苦しめていたのだから。 「ごめん。私はかなり不器用だね」  私はくしゃっと笑い、彼女の肩に自分の首をゆっくりと乗せた。 「そこは謝るところじゃなくて、今度からは頼るねって言うところでしょ? 優は私に気を使いすぎだよ」 「そっか。うん、じゃあ頼らせてもらっていいかな?」 「いいよ。そうと決まればまた乾杯し直そうよ。夜はまだまだ長いんだから」  いつも飲んでいる酎ハイが今日はなんだか美味しく感じたのは、きっと彼女のおかげだろう。  

恋愛爆発少女

私は恋をしている これは花火のように儚く散ってしまうものなのか それとも炭につけられた火のように 執念深く熱を持ち続けるものなのか * 「ほ〜のか、何書いてるの?」  私はノートをパタンと閉じて、何食わぬ顔で絢乃を見上げる。思いのほか彼女との距離は近く、耳たぶの下あたりで結ばれた髪が私の鼻先にかすめた。 「なんでもない」  と私は言うけど、彼女には私の全てがバレている気がした。 「怒ってんの? 私が裕太くんへの思いを綴ったポエムを書くことを邪魔したから」 「わ! なんで! 全部! 言うの!」 「いいじゃん。クラス別なんだし」 「デリカシー!!」  私はバッと立ちあがって彼女の顔面目掛けて指を飛ばす。 「バンッ!」  と言いながら私は自らの指先を爆発させた。彼女はキャと小さな悲鳴をあげて、それでも私が爆発することを見慣れている彼女はすぐにさっきと同じ顔に戻った。私をからかうときの顔だ。顔全体がクロワッサンみたいに笑う。  私はふんと声にだして彼女から顔を背け、教室を出た。 「ごめんごめんって。いいと思うよ。ほのかの思いで学校が爆発するより、私は全然いいと思うよ。ポエム」 「全然謝ってない!」  私がまた指先を向けると、彼女は両手を上げて「やめてください、撃たないで〜」と猿芝居をする。私は彼女を無視して階段を降りていく。 * あなたに恋をしているおかけで 心の場所を知ることができた そこはあなたのために開けられた空洞で 私の爆発しそうな思いがそこに溜まる 苦しくて、熱い、でも気持ちのいい 私の中にあるあなたの場所 * 「それでどこ向かってんの?」 「保健室」 「そーえば取り除いてもらってるんだっけ」 「そんな危険物みたいに言わないでよ。私の思いをさ」  私は保健室で思いを抜いてもらっている。この体質は珍しいものなので、思いを抜く機械もちょっと遠くの病院にしかない。そのことを知った西野先生(保健室の先生)が学校に頼んで、保健室に機械を置いてくれた。そんなにでっかくて仰々しい物じゃない。細長い三角フラスコに聴診器をつけたような形。 「ほのかちゃんまた来たの? へぇ〜また恋してるんだ」 「先生までぇ、それは言わない約束だったじゃないですか!」 「ごめんね。でもなかなか大変な体質よね。恋してるのが周りにすぐバレちゃう」  私はため息をつく。本当にどうしてこんな体に産まれてきたんだろう。 「ホントですよね〜。ほのかが特異体質だって全校生徒に知られてるし。ボムちゃんってあだ名が広まるのも時間の問題ね」 「そんなあだ名やだぁ」  先生は棚から機械を取り出して、私の前に置いた。それから電源を入れて、ボタンをポチポチ触る。初めは未知の生物に触れるように慎重に扱っていたのに、今ではもう慣れっこのようだ。 「はいはい、早く前のボタン外して」  私がシャツのボタンを外すと、先生は機械の聴診器のような部分を私の胸に当てた。 「ほのかの心はここにあるんだぁ」 「見ないでよ」 「ねえ、それどんな感じなの?」 「心がすっと軽くなる感じかな」 「麻薬みたい」 「こら」   * 夢にあなたが出てこないせいで 私は白昼に幻覚を見る 恋と麻薬は何が違うのか 火をつけてより長く燃えている方が恋だ 雨でも消せないその炎のせいで私は爛れ落ちる *  予鈴が鳴って、私たちは急いで保健室を出る。小走りで階段を登ると、同じように教室へと急ぐ生徒たちに抜かされていく。中学のころの部活でやった階段ダッシュを思い出す。 「なんで三階なの。絶対頭おかしい」  階段を登り終えると、少し息の上がった声で絢乃が言う。私は激しく同意して、また走りだす。すると走り始めた瞬間、トイレから出てきた人と私は思い切り衝突してしまった。私はお尻をついて転び、彼は軽くよろけていた。  謝ろうと顔を上げると、そこに居たのは裕太くんだった。何でよりによって、と思う脳内とは裏腹に、身体中が花でも咲いたかのように熱くなる。 「ごめん。大丈夫? 立てる?」  そう言って彼は私に手を差し伸べてきた。反射的に彼の手を取ろうとするけど、そんなことしちゃいけないと思い出す。 「ダメ! お願いだから触らないで!」  叫んだ私に驚いて、彼は慌てて手を引っこめる。 「え? そんなに痛い? 手首とか大丈夫?」 「違う、そうじゃなくて、今、触られたら爆発しちゃう」 「え? 爆発? え、もしかして……」  やってしまったと私は真っ赤になった顔を伏せる。恥ずかしさと供給過多で彼の顔が見れない。黙ってしまった私と同じように彼も言葉を失っている。そんな中、隣にいた絢乃のため息混じりの呟きだけが聞こえた。 「あ〜ぁ、いいなぁ。ホント、リア充爆発して欲しい」  ボンッ。  彼女の言葉で私の恋は爆発した。

最期の言葉

「ねえ岳斗、」 俺は岳斗。今、部活で怪我したため傷口を洗っているとこ。 「どうした?」 「怪我…大丈夫か…?」 「大丈夫!大したことないから!」 そうして僕は部活に戻った… 友達の雷人と一緒に帰っている途中… 「…!!危ない!!」 「え…?」 うぃぃぃぃぃぃぃぃんガタンゴトン…ガタンゴトン… 「は…?雷人…?」 雷人は電車に轢かれ、下半身と上半身がバラバラになっている状態で死んだ。 「雷人…?おい!!雷人!!」 俺はすぐに110番を呼んだ。 どうやら電車の運転手は、踏切がなっていない状態で走っていたため、捕まったようだ。 俺はとても悲しかった。でも、俺を庇ったように見えた。 「危ない!!」 という言葉が、俺を守るように見えた。 そして、最期の言葉は、 「俺はお前を守る幽霊になるよ」

パーティ

 領主の館は、夜でも明るい。  高貴な装いの人々が馬車から降りて、館の中へと消えていく。  館で下働きをしている友人から聞いたが、領主は毎夜毎晩人を集めては、パーティを開いているらしい。  豪華な料理。  豪華なお酒。  まるで神の国にいるんじゃないかと錯覚するほどらしい。    パーティが終わると、机の上には残飯が並び、友人はそれを捨てるらしい。  肉も野菜もスイーツも、まだ食べられるが、捨てるらしい。  一度つまみ食いをした別の下働き仲間は、バレて首になったとか。  怖い怖い。    道端に生える草を引きちぎって、口の中に放り込む。  食べられる草と食べられない草。  見分け方は、十にも満たないうちに覚えた。  義務教育だ。   「いつか、入ってみてえなぁ」    眩しい館を見つめながら、俺は叶わない願望を口にする。    パーティで出される料理は、きっと草より美味しいのだろう。  味の想像は全くつかないが。  たまに市場で見かける干乾びた肉より美味しいのだろう。  味の想像は全くつかないが。    しかし、夢を持つことは大切だ。  夢を持つから、人間は生きられる。             「どこへ逃げた糞領主!!」   「探せ!! まだ遠くには行ってないはずだ!!」    あれから十年。  炎に包まれる領主の館と、それを囲む仲間たち。  町民の不満をかき集め、今日が革命の決行日。    俺は、仲間たちに指示を出した後、館の中へと入っていく。    館の中には誰もいない。  炎が勢いよく燃えているだけだ。  椅子も装飾品も床に倒れ、綺麗とは言い難い様子だ。    それでも、大広間に並んでいる机の上、たくさんの料理はとても綺麗だ。  俺は机に近づき、ナイフとフォークを拝借し、巨大な肉を一かけきりとった。    干乾びた肉とは全く違う。  雪のように柔らかい。  一かけ口に運べば、強い弾力と、噛めば噛むほどにじみ出る旨味が口の中を支配した。   「いいなぁ。革命が成功したら、俺も毎日パーティをやりてえなぁ」    得も言えぬ充実感の中。       「いたぞー! 領主だー!!」        パーティの終わりを告げる声が聞こえた。

別れ道の相合傘

 小雨が降る学校の帰り道。 隣を歩く茜は傘を差して遠い空を見上げていた。  そんな茜を横目に前を向くと、 見慣れたリュックを背負った学ラン姿の生徒がいた。 その横には、髪を一つに結った女の子が。 「・・・」  私は無言で茜の方を見つめる。 しばらくすると、視線に気付いた茜がこちらを見る。  その時、茜は目の前の光景に気付いた。 「え、待って。あれって絶対デキてるよね」  前の二人を指差しながら、私にそう言った。 私も頷いて笑った。 「え、ヤバ。もっと近づけばいいのに」  お互い笑い合いながら、目の前の光景を見ていた。 男の方が傘を差し出し、傘の下には二人が並んだ。 相合傘なんて小学生以来見てないな、なんておもった。 でも、少しだけモヤモヤする。 「そう言えばどっちが誰?」  ずっと分かっていなかったらしい。 「左は優輝でしょ。それで…」 「えぇ!?」  それだけ言っただけで、茜は大きな声を出した。 慌てて茜の口を手で押さえた。  あんな目の前にいたのに、茜は本当に目が悪いらしい。 「え、だとしたらマジヤバくない?」 「だからこんなに私も騒いでるんじゃん」  いつも以上にうるさい私たちは、 周りから見たらどう思われるのだろうか。  不意に気になったが、今は目の前のことが衝撃だ。 「あ、もう別れ道か」 「もし何かあったら明日学校で教える!」 「じゃあ任せた!」  またね、とお互い手を振って別れた。 別れてからも、私は興奮で足が軽かった。  でも、少し経っていくにつれて、 足は重くなっていった。  あの二人が気になり、後ろを振り向いた。 相合傘で並ぶ二人を見ると、悲しく感じる。  何故かは何となく想像出来た。 でも、私の中の私はそれを信じようとしなかった。  でも、心は正直で、とても苦しかった。

ジャムトーストと金魚

「いいかい、ユヅ。この家の人間は代々神様に仕えるのが昔っからの大事な仕事なんだ。だからこれからは、お前が母さん達を手伝って助けてあげておくれ」  それが、数年前亡くなった婆ちゃんが私と交わした最期の会話だった。夏の終わりの、どこか物寂しい日のことだった。  それから毎年この時期になると、あの日の会話を思い出す。もちろん婆ちゃんの事は大好きだったけど、私は今でもその約束とは向き合えないでいる。 「ユヅ! またアンタ『お勤め』忘れてない?」 「もう! 今から行こうと思ってたの!」  朝からお母さんの小言を全身に浴びながら私は玄関を出て、庭の端に向かって全力で走った。私の家は、一世紀以上もの間この馬鹿でかい敷地に代々暮らしていて、『お屋敷』と呼ばれる程度には立派な見た目をしている。    私の一族は、かつては神の声を聞く者として集落からは一線を画し、厳格なしきたりに沿って暮らしていた……らしいけど、この科学が発展した現代にそんなオカルトな事を信じる人間は流石に居ない。私だって一般女子高校生として毎日電車で学校に通って、友達と勉強したり愚痴ったり、普通の十代として生きている。  ただ、クラスメイトとは違うことがあるとすれば、毎朝の『お勤め』くらい。  玄関から遠く離れて、屋敷がドールハウスくらい小さくなった頃、私はようやく庭の横断ダッシュのゴールを迎えた。  庭の隅には、大きな池がある。池のほとりには神社の入り口にあるような大きな鳥居が建っていて、そこが神様の通り道なんだって。  大きな池を覗くと、沢山の金魚がたおやかな尾びれを天女の羽衣みたいに揺蕩わせている。 「おはようございます」  私は池の先の鳥居に向かって頭を下げて、作業に取り掛かる。どうせ神様が返事をする訳でもないので、ひたすらルーティーンをこなすのと変わりない。モタモタしていると学校に遅刻するから必死だ。 「お食事でございます」  トレーにのせたトーストを食台に載せて、再び頭を下げる。私の『お勤め』とは、毎朝神様に食事を作って運ぶこと。食事と言っても、ジャムトーストだけど。  まあ、あとは周囲を軽く掃いておけば母親に怒られる事もないだろう。急いで学校に向かおうと池に背を向けて鞄を背負ったとき、後ろから 「ねえ、私、ムツさんのお味噌汁が恋しいんだけどなあ」  と、不満げな声が聞こえた。 「えっ」 「ムツさん、どこに行っちゃったの?」  振り返ると、鳥居のたもとに女の子が居た。  突然話しかけてきたのにも驚いたけど、その子は風貌からして不思議だった。  鎌倉時代の貴族みたいな服に、頭の後ろに狐のお面。長い髪をくるくると指に巻き付けながら、真っ直ぐ私を見ている。どこか、悠然とした様が池の金魚達と似ている気がした。 「婆ちゃんなら、亡くなりました……けど」  ムツは婆ちゃんの名前だ。私は恐る恐る答える。 「えっ、ムツさんが君の婆ちゃんなの? そっかあ、もうそんなになったのかあ」 「あの、どちら様でしょうか」 「え? 私を知らないの?」  女の子は怪訝な顔をした。いやいや「え?」と言いたいのはこっちの方だ。 「いや初対面なのに知るわけないでしょ」 「知ってるはずだよ。毎朝、貴女は誰にこれを渡してると思ってたの?」  と、さっき私が置いたトーストのお皿を視線で示した。 「あっ……うそ、あんたが神様?」 「大正解」 「でも神様ってもっとお爺さんじゃないの? 百年以上前からウチに居るんでしょ」 「何にも知らないんだな」彼女は半ば呆れた様子で、でもどこか愉快そうに言った。「私たちは、そんなに長生きじゃないんだ」  風が彼女の髪を揺らした。私には、それがなんだか金魚の尾びれのように見えた。 「それでだな。私は、これまで毎朝ムツさんのお味噌汁を楽しみにしてきたんだ。ところが君が来るようになってからずっとこれだ」神様は、いちごジャムたっぷりのトーストを指差す。 「はあ」 「ムツさんがもう居ないのは仕方がない。それなら、君もたまには味噌汁の一杯くらい作ってくれよ」  やっぱりいちごジャムたっぷりトーストにも限界があったみたいだ。 「私、料理なんかほとんどしたことないよ」 「大丈夫!」そう言って、彼女は目を閉じて私の額に掌をかざした。  もしかして、魔法の力で私を料理の天才にしてくれるの? そんな不思議体験が私の人生に起こってしまうの?  彼女はしばらくそうしていたが、突然目を開いて笑った。 「冗談。誰だって初めは初心者さ」 「……なにそれ」 「じゃあ約束ね。ふふ、以後よろしく」  そう言って踵を返す。彼女が鳥居の奥に進むに従って、景色に溶け込むみたいに姿が見えなくなった。  取り残された私は、呆然と呟く。 「……え、ほんとに神様?」  それに答えるように、ピチャン、と池の金魚が一匹跳ねた。

赤く赤く絡め取られ。

 それは、土手を真っ赤に染めていた。  いつも通る通学路の、隣りの畦道。真っ赤に咲き誇る彼岸花を見て、由貴は足を止めた。   「もう、お彼岸かあ」    そういえば、スーパーにお供え用の落雁が沢山置いてあった気がする。あれは、美味しくないのだ。  祖母がいつも作っていた牡丹餅も今年はない。今年のお彼岸を前に、お供えされる側に回ったからだ。  かと言って自分で作る気力も腕もなくて、由貴はスーパーの落雁で済ませてしまうつもりだった。  何しろ、自分以外にお彼岸をきちんとやる家族がいない。流石に新盆はやったが、それも準備が大変だったのだ。    お祖母ちゃんは、うるさい人だったから。    それだけが、お盆お彼岸の準備をする理由だった。厳しい祖母に躾けられた結果、やらないと落ち着かなくなってしまった。  彼岸花の土手を背に、フェンスに寄りかかる。  祖母が死んだのはひと月ほど前だ。  突然の訃報に驚いて高校から帰宅すれば、祖母は病院で息を引き取った後だった。  それから由貴は、独りぼっちだ。  祖母の遺灰も遺骨も、どうしたらいいのかよくわからない。家があるから生活には困らないが、突然中に放り出されたような不安感に毎日苛まれていた。  けれど、同時に自由を感じる。  デニムは女らしくないからと許されなかった。  今年流行していたおへそが見えるカットソーも、みっともないと許されなかった。  髪も、きちんとまとめなさいといつも引っ詰めていた。  もう、縛られることもない。  すぐにもっと涼しくなって、この格好はできなくなってしまう。今のうちに楽しんでおきたかった。   「自由だ。あたしは、自由だ」    雪は自分に言い聞かせるように呟く。自由に罪悪感を感じていた。  夏が終わるまでもうすぐ。この彼岸花が枯れたら金木犀が香り出す。そうすれば、この罪悪感からもきっと逃れられる。   「逃がさないよ」    声が、した。気のせいかもしれない。でも確かにした。  視界の端に、赤い花弁が忍び寄る。  しゅる、しゅると花弁は長い髪を捲き込み、カットソーに触れる。それはまるで、祖母に忠告をされているようだ。  夏が終わる。  萎れた彼岸花に絡め取られて由貴の自由も消える。  夏が終わる。  また雁字搦めの秋になる。  夏が、終わる。   

足るを知る

 午前中から洗濯機を回し、シーツを干す。清々しい青空とそよぐ風に、心もふわり舞い上がるようだ。ベランダから戻って部屋を見回すと、棚の近くで積まれた本達が目に入る。近づいてみると私が購読している音楽雑誌や彼の趣味の小説が混在して、その塔は出来上がっていた。手を付けやすい自分の分から塔を崩して棚の方を見上げると、恩師の著作と並ぶボップ体の背表紙が目に入る。この部屋に越してきたばかりのころ、近くの本屋で買ってきた雑学本だ。  手元の雑誌を仕舞い、少し日に焼けたその背に指をかける。ソファに向かって歩きながらうろ覚えの内容を斜め読みしていると、栞の挟まれたページが開かれた。座って続きを読んでいると、 「なーに読んでるの」  突然背後から聞こえた声にビクリと肩を震わせる。反応が大きすぎたのか、想定より近くにいた彼の顎に肩がぶつかってしまった。 「ぁ、ごめ…」  慌てて振り返ると彼は笑って顎をさすりながら、私の手元を見ていた。 「あ、これ懐かしい。ねえ、またクイズ出してよ」 「……うん、今度ね」  僅かな間に気付いた彼は、不思議そうに私の様子を伺っている。  私は、足りない。買い物でお釣りを逆算する計算力も、調味料を分量通り入れる几帳面さも、文章の読解力も、誤解を与えない会話術も。  挙げきれない。何もかも、足りない。でも彼は、全て満点の人間だ。  学生時代から音楽ばかり、オーボエばかりの生活をしてきた私に、彼は知識をひけらかすことも馬鹿にすることもなく、あれはこれはと分かりやすく教えてくれる。彼の話を聞くのは好きだ。低めの声で豊かな語彙を操る、私だけに向けられる彼の意識。  でも、いつからかそれが苦しい。勝手な劣等感が孵化してからは、彼の話を純粋に楽しむことが出来なくなっていた。彼に少しでも見合おうと読んでいたこの本も栞を挟んだまま、懐かしいと彼に言われるほど仕舞いこんでいた。  劣等感の苦さに、口が乾く。  彼は本棚に向かって歩きだすと、棚から音楽雑誌を一冊抜き出した。 「前から聞きたかったんだけどさ、」ペラペラと雑誌をめくりながら彼が戻ってくる。「あ、これこれ」  目の前に出されたのは私が師事する演奏家の特集ページだった。 「この人が吹いてる楽器さ、君の物と形が少し違うように見えるけどどうして?」 「あぁ、これは、」  楽器の作りの説明をすると、彼から更に質問が重ねられる。うんうんと相槌を打っていた彼の視線が私に向けられているのを感じる。雑誌から顔を上げ横を見れば、真剣な眼差しと視線が絡む。 「あのさ、僕、君が音楽の話するの好きなんだ。僕はこの辺りは全く疎いから、君の話を聞くとわくわくする。何より、楽しそうに話す君の笑顔が好き」  好き、という言葉に頬の辺りがじわりと熱を持つ。 「君がいっぱい本読んで、音楽以外のことも勉強してるのすごいなって思うんだけど、僕みたいになろうとしなくてもいいんだ」  君が分からないことは僕が教えるし、君も僕に教えて欲しい。 「知らなかった分だけ君の声で教えてくれるなら、分からないっていうのも悪くないなって思うんだ」  そう、優しく笑いながら彼が言った。  君は満点だ。足りない私も好きになれる。

飼い主と犬

「ワン!ワンワン!!」 僕は必死に吠えた。 でも飼い主さんは僕が見えてないかのように 花だけおいてどこかへ行ってしまった。 「ワオーン!!」 大きく遠吠えしても、 飼い主さんは振り返らない。 こんなに吠えてるのに、 どうしてみんな気づかないの? 飼い主さんだけじゃなくて 周りには少しだけ人がいる。 みんな、お手々を合わせて 目を閉じてる。 僕の周りには、 石がたくさん並べてあった。 そこには、僕のお友達も居た。 みんなの飼い主さんも、お花だけ おいて、どこかへ行ってしまった。

幽霊の定食屋さん

「んもぉ彩葉ぁ!相川サン忙しいんだからかんがえなよぉっ!?」 と、結衣が。 「まぁまぁ結衣サン、落ち着いて。ここのご飯は美味しいですし、楽しみなのも僕は共感できますし………そんなに彩葉さんに怒鳴らなくっても…」 と、浜辺さんが。 「よお!久しぶりだなぁ!いや俺が来てなかっただけかぁ!?」 と、ズレてることを賀駄さんが。 みんなここの常連さん。みんな個性豊かで、でも、優しい。私が行くとこがなくて困ってたとき、みんな受け入れてくれた。

知らんぷり

 どうも今日は甘えん坊モードな彼は、私の胸辺りにくっついてきた。きっと仕事で嫌な事でもあったのだろう。言わない所を見ると、たぶん、聞かれたくないことなんだと思った。  だから、私は気づかないふりをする。  少しだけ目線を下げると、彼の頭頂部が見えた。いたずら心に、ふうっと小さく風を送る。すると彼はくすぐったかったのか、こちらを見た。 最初は何をするんだ、というような顔をしたけれど、すぐに目尻が柔らかくなり彼が近づいてきた。 元気になれ。明日はきっと大丈夫だよ。そう思いを込めながら、今度は彼の髪に触れる。

反骨心の矛先

 電車に揺られながら会社に働きに行く一般的な行動は、案外疲れがたまるものだ。特に今までの自分にとってはまるで違う新たな習慣であったらそれは猶更で、体は未だ電車に揺られた疲労が抜けない。  そんな自分にも、楽しみにしている事がある。 「――いただきます」 「はい、召し上がれ~」  それは最近結婚した妻の手料理だ。現役時代から、オフシーズンの間は彼女の料理に何度も助けてもらっていた。そして引退した後も、それは変わらない最高の味だ。 「ちょっと、がっつき過ぎだって」 「ごめん、美味しくてさ」 「もぉ~お代わりは一杯あるからね!」  口の中に広がる幸せを一杯噛みしめた。現役生活に悔いが無いかと言われればそれは違うだろう。だが、こうして今、妻もニコニコと笑顔を浮かべ、俺も妻の手料理を思いっきり頬張ることが出来る。それは間違いなく幸せの形の一つだろう。 「――あれ、貴方の後輩じゃない?」  そういって妻は、付けっぱなしにしていたテレビを指差した。そんな無作法を現役時にやっていたら鉄拳制裁が飛んでくるものだったが、今は大手を振るってみることが出来る。そのままご飯を食べる手を止めないまま、画面を見ていた。 「――では、優勝できた理由って、ご自身ではどう思われてますか」  映っていたのは、現役時代に過ごした部屋だった。どうやら同門の誰かが優勝を果たした記念のインタビューらしい。現役時代に未練を持たないように出来る限りの情報はシャットアウトしてたから、そんな事になっていたなんて知らなかった。これは何かしら送らなければいけない――   『はい! 自分的には先輩への反骨心が一番大きかったですかね!』  その時、画面で返事をしている人物に釘付けになった。 『それは、何か叱咤激励を貰ったとか言うのでしょうか?』 『それもですが、優勝が決まったら果たせる約束をしたんです』  そいつは昔と変わらない、底冷えしそうな目を貼り付け、画面越しに俺を睨んできていた。 『成程!』 『まぁ、先輩方にはお世話になりましたから』 『というわけで! 奇跡の怪我から復活を遂げた男、○○力士のインタビューでした!』 『ありがとうございました』  吐き捨てるように呟いたそいつの言葉が、自分の幸せを、音を立てて崩していく音がした。 「おい! 見たかよあいつのインタビュー!」 「なんや、ビビってんのか?」  美味かった飯を食う気分は失せ、半分以上を残して席を立った。妻からは体調不良を心配されてしまった。それを利用するのは心苦しかったが、夜風に当たりに行くと言って外に出てきて電話をした。だがそいつは俺と同時期に現役を退いた同期で、心配など一切してないようにペラペラと喋っていた。   「そりゃビビるだろうよ! 俺達はあいつから逃げ出したようなもんだろ!」  「俺は底が見えちまったから、さっさと辞める予定やったけどな。――まぁ、多少早まったのは否定しねぇけどよ」 ――そう、そして俺たち二人が辞める原因になったのが、あの後輩だ。確かにちょっとオイタが過ぎた事は間違いない。一生に残る傷をつけてしまったことも俺達のミスだ。だからこそ、彼は笑っていったのだ。  『優勝するまで我慢してあげますよ』  あいつは、やると言ったら必ず実行する、そういう奴だった。今あいつが何をするか何も分からないのに、それなのにこの危機感の無さはなんだろうか。そういえば、電話の向こう側も何やら騒がしい。 「……もしかして、お前酒入ってないか?」 「そりゃ入ってるで! 後輩の優勝はめでたいからなぁ!」 「――お前な! あいつの最後の言葉忘れたのか⁉」 「……知らんなぁ!」  一瞬は考えたのだろうが、それでも一瞬だった。同期は何も考えずに酒を飲んでいたことも手伝い、すっかり忘れてしまったようだった。 「そうかよ!」  苛立ちが募り反射的に通話を終了させる。もうあいつは救えないだろう。 「はぁ……はぁ……」  怒りの所為で、息があっという間に上がる。 ――さっさと帰ろう。そしてそのまま対抗策を考えよう、そう考えていた時、手に持った端末が通話音を響かせる。 「かけ直してきたか――もしもし!」  どうせ、同期がかけ直してきたのだろう。発信者を確認もせず電話を乱暴に取った。 「もしもし」 ――その声は、さっきテレビで聞いた声だった。電話口から聞こえるその声は、自分たちを追い出した時と、同じだった。 「――先輩、覚えてますよね」 「……お、おい。待ってくれよ。おいって!」  既に通話が切られていると気が付いたのは、それから数分後だった。  何をされるのだろうか。どんな復讐を、あいつは果たすのか。  それが今はひたすら怖かった。  あぁ、生意気だった奴の、片目一つ潰しただけなのに。