死ぬ権利

ある政治家が緊急記者会見を開いた。 真剣な面持ちでマイクの前に立つと、集まった記者たちに一礼した。 「私は、国民の皆様の死ぬ権利を保証します」 政治家は動じず、淡々と語り始めた。 「我が国の医療費は年々増加しています。私は、医療費削減のため『尊厳死還付支援金等に関する法律の一部改正を認める法案』を国会に提出しました」 ざわつきの中、政治家は続けた。 「医学的に延命治療が不可能な患者様が尊厳死を選択した場合、延命を続けたときにかかる医療費の半分を還付金として支給します。 申請の妥当性は、AIのみで構成される第三者委員会が判断します。本人、家族、後見人等が尊厳死を理解し、同意することが前提です」 テレビの画面を見つめる女。 その隣には、長い間管につながれたまま眠り続ける夫がいる。声をかけても反応はない。そんな時間が一年を超えていた。 テレビの司会者が、評論家の女に質問した。 「あなたの立場から、今の社会の風潮をどう考えますか?」 「最初は倫理的にどうかなと思いました。でもね、家族の金銭的、精神的負担を考えるとね。国も医療費を減らしたいと思っている。時代の流れかしら」 法案は成立し、運用が開始された。 AIは、不正申請や悪質な養子縁組なども瞬時に判断した。 その実績を政府は大々的に報道し、制度の正当性をアピールした。 あの政治家が再び記者会見を開いた。 「政府は規制緩和の一環として、支援金の有効活用を目的とする民間企業の商品開発、および第三者委員会のAIの一部利用を許可します」 感嘆の声が会場に響いた。 支援金は国民の生活に変化をもたらした。 「故人からの最後の贈り物」として美化され、生活の一部となった。 夫婦の病室。 温かいタオルで夫の体を拭く妻。 医師やAIからは、すでに受理のサインをもらっていた。 署名をすれば終わる…。 妻が机の上を見つめた。 そこには、笑顔で寄り添う二人の写真が飾られていた。

お狐さまと暮らす特に何も起こらない日常:11

【ココロのトゲの抜き取り方】  昨日できなかったことが、でも今日は、できている。よかった、とひと息つけることのよろこびを僕は知っている。   ・ ―魚を食べて、骨がひっかかったとき、どうする? 「どうって… 抜くとか、飲み込んじゃうとか」 ―取り除くということだな 「まあ、そうだよねえ」 ―心のトゲも、そういうことじゃな  そんな当たり前のことを、でも僕は、あらためて学んだ。   ・  いくぶん強めの風が吹いて、ひゃああ、と叫んで庭の草たちがその身をそらせる。もっていかれないように、引っこ抜かれないように、根という名の足をふんばる。がんばれよ、がんばってくれよ、言うことしかできない。風がゆるみ、草たちのカラダがもとに戻ろうとする。ひゃひゃひゃああ。今度の叫びは、なんだかやけに楽しそう。よくがんばったねえ。   ・ ―しあわせとは、そういうことなのかもしれん。少なくとも我々には 「今日は、いつもよりしゃべるね」 ―うむ 「しあわせだから?」 ―で、あろうな

壁一枚挟んだ同棲

 ベッドに寝っ転がっていると、焼き魚のいい匂いがしてきた。   「お、今日は魚か」    ぼくはベッドから起き上がって、キッチンと言う名の廊下へと向かう。  そして、棚から魚介豚骨味のカップラーメンを取り出して、お湯を注ぐ。  三分経つのを待ってから、蓋を開ける。    隣の部屋からもお皿を運ぶカチャカチャと言う音がしてきたので、きっとお隣さんもそろそろ夕食なのだろう。  ぼくは割り箸を割って、麵が多少伸びるのも厭わず、食事の合図を待った。    パンッ。    と、手をったく音が聞こえた。  ぼくも、優しく手を合わせた。   「いただきます」    ズルズルズル。  麺を一気に頬張っていく。  何度も食べた魚介豚骨味ではあるが、お隣さんお部屋から漂ってくる、香しい焼き魚の香りがあれば、いつもよりも美味しく感じられた。   「ご馳走様でした」    ぼくはカップラーメンの容器をゴミ箱に捨て、再びベッドに戻り、その上に座る。    お隣さんは食べるのが遅い。  ぼくが食べ終わったニ十分後くらいに食べ終わり、皿洗いだろう水道の音を響かせる。  食事が終わったらお風呂の準備をするのがいつものルーティーンなので、お風呂にお湯を入れる音が聞こえたら、ぼくも浴槽の蛇口をひねる。  音が消えたら、ぼくもぼくも浴槽の蛇口を逆にひねる。   「さ、お風呂に入りますか」    さすがに着替え中の衣擦れの音は聞こえないので、一緒に服を脱げないのは残念だが、一緒にお風呂に入っていることはわかる。  シャワーの音、鼻歌の音、全部がぼくの耳に届く。   「ああ、気持ちいい」    しかし、普通の声は聞こえないのに、お風呂場の鼻歌だけ聞こえると言うのは、あまりにもお風呂場の防音機能を信じすぎている気もする。  逆側の部屋の人にも聞こえているだろうし、早めに教えてあげた方がいいのかもしれない。    お風呂が終わったら、寝るまで約二時間。  君は何をしているのだろうか。  読書だろうか、編み物だろうか。    何日か外から窓を眺めて、君はだいたい午後十一時に寝るとわかった。  ぼくも午後十一時に明かりを消し、布団へと潜り込む。  ほんとはもう少し夜更かししていたいが、同棲している以上、生活リズムを合わせるのは当然だ。   「じゃあ、お休み」    ぼくは、壁に貼っているお隣さんの写真の一枚に、優しくキスをして目を閉じた。    最初に引っ越してきた時は、なんて酷いアパートだと思った。  せっかく最上階を選んだのに、両隣の部屋から音は聞こえるわ、料理の匂いが部屋まで入って来るわ、散々だった。  でも、お隣さんを知ってからは、全てが逆転した。    このアパートは、ぼくとお隣さんが互いを知り、近づいていくための場所だったのだと。   「いつか、迎えに行くからね」    残る二人の壁は、このアパートの壁一枚だけ。    ぼくにとっては、小さな小さな障害だ。

一期零会

ドンッ 「あっ、すみません。」 「いえ、こちらこそ。」 ぶつかったはずみに外れたグラスを拾い、しっかりとかけなおしてから私は顔をあげた。 ぶつかった相手の顔が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。 くっきりとした目鼻立ち。 髪は明るい金色に染まり、両耳には丸いピアスが光る。 私とは何もかも、正反対の女性。 『……適合度、20パーセント。価値観の違いから、トラブルになる危険性アリ。関わることはあまりオススメしません。』 グラスが骨伝導で冷酷に告げてくる。 そんなことわかってる。 でも、どこかで期待している自分もいた。 そのことにまた、腹が立つ。 「じゃあ……、これで。」 私は目をそらして、さっとその場を離れた。 彼女もきっと、数秒後には踵を返して、眩い夜の街に消えた。

鍵のついた本

川沿いにある骨董屋。 白髪交じりの女が、奥の椅子に腰掛けている。 ──ギィー、ガチャン。 男が入ってきた。 店の中をゆっくりと見て回る。 そのとき、壁の戸棚に目が止まった。 「これは何ですか」 「知らん」 「売り物ですか」 「あぁ」 男は、戸棚から一冊の本を手に取った。 「鍵つき…鍵はありますか」 「ない」 表紙を眺めながら、しばらく迷った。 そして、安くはない金を払い、店を出た。 帰り道、鍵屋を探す。 「すみません。この鍵、開けられますか」 店主は本を手に取り、鍵穴をレンズで覗き込んだ。 「これ、無理に開けるより鍵作ったほうがいいな。どうする」 男は、鍵を作ってもらうことにした。 そしてまた、安くはない金を払った。 郊外の一軒家。 部屋には、趣味で集めた骨董品が並んでいる。 机の上に本を置くと、小さく深呼吸をした。 ──カチ、カチ。 鍵を回し、重たい表紙を開いた。 「二百年前か…」 最初のページには、日付と「予言書」の文字があった。 男は、ゆっくりと時間をかけて読んだ。 すべてを読み終えると、本を抱えて家を出た。 ──ギィー、ガチャン。 「これ、買い取ってくれ」 「安いよ」 女はカウンターに、わずかな金を置くと、 戸棚に本を戻した。 「予言、全部はずれだったぞ」 「知らん」 店を出た男は、持っていた鍵を川に投げた。 川の底には、同じ形の鍵が、キラキラと光っていた。

一旅(ひとたび)

 駅の改札をくぐった先で、あたふたとうごめく人影が見えた。 「どうかしたんですか?」  私がたずねると、その人は「改札機に入れたら切符が消えちゃって」と不満げにつぶやいた。  私は、駅構内をぐるっと見回してから、「どの駅から乗られましたか?」と再びたずねた。  その人は言う。「井阪駅です」 「井阪駅から来たんですね。ここは、久具見駅です」  その人は一語一語、噛みしめるように「くぐみえきですか」と発する。まるで日本語を覚えたての外国人のようなしゃべり方だ。 「あなた、一度、井阪駅で改札を通ってきたでしょう」 「はい。切符に穴があいて、びっくりして」 「それは大丈夫ですよ。でー、目的の駅についたら、また改札をくぐりますね。その時、切符は改札機の中に吸いこまれるんですよ」 「どうして、さっきみたいに出てこないんです?」 「それでいいんですよ」  私のきっぱりとした口調に、その人は目を見開く。しばし考えこむようにうつむいて、再度その人は顔をあげた。 「じゃあ、消えた切符はどこに行っちゃったの?」  一瞬、頭がぽかんとした。ぽかんと口を開けて、私はあっと言うまもなく、ぽかん星人になった。ぽかーん。  私には、その人のしゃべる日本語の意味は理解できた。しかし、その人が何を言いたいのかは、さっぱり分からなかった。  ぽかん星人から人間に戻った私は、すぐに「改札機の中」と答えようとした。だから、目前のその人が「あっ、シュレッダーだ!」と叫んだ時は、かなり拍子抜けした。  私の頭の中で、繰り返し音が鳴っていた。ぽかーん、ぽかーんと。それでも「なぜ?」と質問せずにはいられなかった。 「私には、改札機の中身なんて分かりませんけど」とたじろぎながらも、「だけど、ほら、ありえる話じゃないですか?」と語るその人の表情は、ことさら楽しげだ。 「私が想定したのは、ワープです。切符は改札機に入ると、ランダムにどこかのシュレッダーへ送りこまれる。そして、排出された時には木っ端みじんとなる。だから私達は、まさか紙くずの中に、こなごなの切符が混ざっているとは夢にも思わないわけです」  私は、とにかくまだ分からないけれど、「そうかもしれない」とは思った。  その人は続ける。 「私は何も知りません。改札機の中や、シュレッダーの中が、本当はどうなっているのかを。例えば、転送装置だったり、アンドロメダ銀河だったり、スーパカミオカンデだったりがあったとしても、不思議じゃない」  そうかもしれない。今度は、腑に落ちる感触があった。  まっとうな解釈ではないかもしれないが、そうであるなら……という期待を抱いた私の気持ちはダマしようがない。  もう。その人は正面を見据えていた。どこか目的地があるのだろう。だから、はるばる電車でここまでやってきた。当然といえば当然の話だ。  けれども、まだ私には今一つ――というのは先程、その人の言っていたスーパカミなんちゃらもだが、それ以上に――分からないことがあった。 「どうして」  そこで声が止まった。どう言葉にするべきか、そもそも私は何を言いたいのか。私にもよく分からないのだ。 「どうしてシュレッダーなんでしょう?」  やっとのことで疑問を声に出しきった瞬間、しばし私はあぜんとした。私の発した言葉は、私の知っている言葉ではない気がして……。でも、答えはすぐに分かった。  これは、ぽかん星人の言葉だ。  その人が、私を見ている。その顔に驚きはあったものの、迷いはなかった。 「切符も旅くらいしたいでしょ」  まるで吹き抜ける風のようだった。  今度こそ、その人は前を向いた。そして一度も、こちらを振り向かずに歩いていった。  ふと、手元にあるカード入れを見つめた。三ヶ月前に買った定期券が、そこにはぴったりと収まっている。期限はまだ先だった。私にはそれが嬉しいことなのか、むなしいことなのか、よく分からない。  きゅっとカード入れを握りなおして。私は、次にくぐる改札機を思い浮かべてみた。一息ついて。いい。今はまだ、それでいいと思った。  おのずから、足を動かす。改札機から自分が遠ざかるたび、どこからか吹く一抹の風を、私はじっと正面から受け止めていた。

知ってよ

僕には足がない。これは生まれつき。 だから、車椅子で生活していた。 僕は今病院のベッドで寝ている。車に轢かれたから。 三日前、車椅子の車輪が道の凹んだところに引っかかってしまった。信号が変わると同時に車が突っ込んできた。向こうは信号しか見ていなかったのだろう。 痛かった。   母さんは毎日見舞いにきてくれる。 「ごめんね。私がちゃんとした身体に産んであげられなかったから」 そういって謝る。 僕は何も返さない。 声が出ないから。事故で喉が壊れた。  もし、声が出るのなら 「そんなことないよ。」っていうのに。 「産んでくれてありがとう」って言いたいのに。 自分を責め続ける母親に何も伝えられない。 あぁ痛いな。 「別に足なんていらない。」っていうのは嘘で、ちょっとだけ自分の足で歩いてみたかったけど。 足がないことは悪いことだけじゃなかったよ。   同じ身体障害をもった友達に出会えた。 腕のない和樹くんは僕の親友だ。もし腕があったら彼には会うことはできなかっただろう。   車椅子ならではの景色も見れた。 普通の人よりの少し低い目線だから、地面をせっせと歩く虫、散歩中のリードが伸び切るほど先を急ぐ犬、雨の日葉っぱに乗ったまぁるい雫。みんなよりも近くで見れたよ。 毎日がワクワクだった。      ――あ。  ペンを持つ左手が震える。事故で失ったのは利き手の右手。 僕は長くはないだろう。みんなは大丈夫だっていうけど、僕にはわかる。だから、伝えときたい。声はでないから、こうやって。 字が汚いのは利き手じゃないから、それはばかにしないでよね。 ペンをギュッと握り直す。   大嫌いな勉強だけど、一生懸命に教えてくれるから頑張ろうって思ったよ。先生。 みんなと違うから行きたくなかった普通の学校。でもね、みんな優しくて足がない分サポートしてくれた。クラスメイトたち大好き。 いつも忙しいのに、休日は僕を担いで公園を走った父さん。僕本当に自分で走ってる気分だった。 父さんの背中はずうっとおっきくて憧れだったよ。もう一回乗ってみたかったな。 和樹、君はいつも陽気でふざけてたよね。僕の手術前なんかはいつもより大袈裟にふざけて、病院の先生に怒られてたっけ。とんでもないやつ(笑)おかげで全然怖くなかったよ。君は本当にいいやつだ。  そして母さん。これだけは知っててほしい。 僕がもし生まれてなかったらこんな世界知ることはできなかった。 ありがとう。僕を産んでくれて。 みんなありがとう。 僕はほんっとうに幸せだった。   ――あの子が死んだ。  お医者さんは大丈夫だって言ったのに、急に容態は悪化した。  みんなが走っているのを眺めてたときも、私を見つけると辛さを見せないくらいの笑顔を見せてくれた。誰よりも優しい子だった。  ……なのに  最後は片手を失い、声も出せなくなってしまった。  私がちゃんと産んであげられなかったから。ごめん……本当にごめんなさい。  彼の寝ていたベッドを見つめる。彼がそこにいたであろう跡はまだ残っている。  私のせいでこの子はこんなに辛かったのに、私は生きててもいいのだろうか。  ――それなら、いっそ。 「ん?」  何かがベッドの端に挟まっていた。……手紙。  封には、ひどく震えた文字で『みんな、そして母さんへ』と書いてあった。    私はそっと手紙を開く。 もう聞けないはずの声が、そこにあった。

不敵なタイミング

 ベッドに寝そべりながらクッキーとフィナンシェを買った。どっちも訳ありみたいで安かった。部屋に誰か来るでもない、プレゼントにってわけでもない、私にはちょうどいいのかな。 「この時期ってさ、あったかいのか冷たいのか迷うよなあ」  そう言ってアイツは、あったかいうどんと冷たいうどんを両方とも頼み、おいなりさんも二個食べた。その食欲に圧倒された私は、その夏、最初の冷やし中華をやっとの思いでおなかに詰め込んだ。  確かその日だった。アイツから別れを切り出されたのは。ふうん。どうやってその雰囲気に染めようかって頭では考えててもちゃんと食べるもの食べられちゃうんだね、すごいね。的外れに感心したのを覚えている。  あの夏から冷やし中華が食べられなくなったなんてことはなく、目の前に運ばれてくるたびアイツのこと思い出すことだってなく、なんだってこのタイミング? 今日は夏になった最初の日。それがなんだって言うんだ。夏なんて、毎年やって来るんだ。

こんな機能が欲しかった

郊外の家電量販店。 若い夫婦がテレビを買いにきた。 「たくさんあって、迷うわね」 並べられたテレビの前で、店員が二人に声を掛けた。 「よかったら、手に取ってください」 リモコンを妻に渡した。 「どれもいっしょね……なに? このボタン」 チャンネルの横に、ニヤケ顔の絵文字のボタンがついている。 「これ、何ですか?」 「あぁ、それは副音声ですね」 店員が説明を始めた。 「それを聞くと、ちょっとだけ安心しますかね」 「どういうこと?」 「どうぞ、お試しになってください」 妻はリモコンをテレビに向けた。 緑豊かな、この国の原風景が映った。 ボタンを押す。 『車がないと、ここでは生活ができない』 「……年取ったら大変ね」 チャンネルを変える。 シャッター商店街、町おこしドキュメント。 『ポツンと、おしゃれなカフェが』 「……常連が居座って入りづらいのよね」 料理番組、アップルパイを作っている。 『去年の台風で、リンゴはほとんど木から落ちました』 「……そんな年もあるよ」 「どうですか?」 口角が上がり、ニヤケ顔の夫婦。 「これ、買います」 「ありがとうございます。最近は、こちらが一番売れております」

電工シャンデリア (掌編詩小説)

模擬的な明かりが、絨毯を照らす 名前とばかりのシャンデリア 灯す西洋家具に埃が被る 蝋燭の灯りを模したガラス細工 使い古されたと言うべきか レトロと言うべきか 少し黄ばみを感じるその装飾 異国情緒溢れる店内の 商品かどうかも怪しく 店内に溶け込んだ 値札の付いた、電工シャンデリア (完)

する満足、される我慢。

郊外のアパート。 母親と、幼い二人の子どもが暮らしている。 「こんなこと言える立場じゃない……」 壁にもたれ掛かりながら、スマホの画面を覗いた。 そこに映る、満足げな顔の人たち。 母親は、迷った指でタップした。 数日後、荷物が届く。 「ママ、開けていい?」 「いいよ」 「お菓子あったよ」 箱の中には、食材と数年前に流行ったキャラクターのTシャツが入っている。 「月末まで……これで何とか」 子どもたちがお菓子を頬ばった。 母親はレトルトを手に取り、裏を見て苦笑う。 「……食品ロスには役立ってる」

万年筆を漬ける (掌編詩小説)

蓄積されたインクが、ばら撒き散って行った 染み込むインクに歯止めが効かない机と紙 このインクは当分、消えない 成り代わる様にティッシュで拭き吸わせていく ひんやりと感じる屍となったインク このインク…高かったんだけどなぁ… 万年筆の先端を分解して、水に浸けて乾かし 残りのインクを万年筆に吸わせた すると万年筆は、何事も無かったかのように飲み込んでいった (完)

感動の季節

「慣れればなんとかなりますね」 「そうだな」 「でも、この蒸し暑いのはねぇ」 地べたに座った男たち。地獄の片隅で、灰色の空を見上げた。 すると、空から一本のロープが下りてきた。 「なんだ?」 「ロープですね」 「またこの季節か」 新入りの男が立ち上がって叫んだ。 「これ、あれだ。小説であったやつ」 「そうだよ。上の偉い人が糸垂らすやつね」 「じゃあ、これ昇れば天国行けるんだ」 「誰か行く人は?」 「いやぁ、この前落ちてケガしたし……」 新入りの男に視線が集まった。 「行きませんよ」 「なんで? 体力あるだろ」 「僕、高いところ苦手ですもん」 生臭い地獄に、沈黙が続いた。 「じゃあ、俺が行くか」 老人がロープに手を掛けた。 「やりますか?」 「おぉ。でも、みんな、いっぺんに来るなよ」 老人が、少しずつ、ゆっくりと昇っていく。 下から男たちの太い声が響いた。 「感動をありがとよ」 「あっちの雲んとこ、テント来てるってよ」 二人の女がイベント広場に向かった。 「多いね」 「みんな楽しみにしてたからね」 テントのまわりには、たくさんの人たちが並んでいた。 「皆さん、ご覧になるときは押さないように。落ちたら危険です」 拡声器を持った男が、頭を下げる。 「わぁ、すごい。おじいちゃんよ」 雲の隙間からロープが下ろされ、大勢が覗き込んだ。 「もう少しよ。がんばれ」 顔をゆがめながら、両手に力を入れる。 ──その時。 「あぁ、落ちちゃった」 「でも、おじいちゃん、よくやったわ」 拍手が起こる。 「あっ、次、来たよ」 「がんばって。勇気と感動、ありがとう」

消えかけの豆電球 (掌編詩小説)

寂しがらず、淡々と消えていく… 蛍の求愛が灯りを生み出すなら この豆電球は誰に求愛しているのだろうか しぶとく生きた蛍の感触が羽の風を感じさせる そして、しぶとく生きた電力が私の視界を開けさせた ありがちな比喩を用いて 寿命が幾分と無い豆電球を偲ぶ (完)

サカノウエノミコト

住宅街の細い道。 民家の脇には花とお菓子、ミニカーが置かれていた。 中年の女が膝をつき、手を合わせる。 近所の人たちは、その光景を横目で見ながら通りすぎた。 次の日も、また次の日も、人通りの多い時間を選んで祈った。 その様子を二階から夫が眺める。 「よしよし、順調だ」 夫は妻に言った。 「あのお喋りなおばさんに、『ここで車とぶつかった子はどうなった』と聞いてこい。それだけでいい」 やがて誰かが花台を置いた。 人は立ち止まり、手を合わせる。 夫はまた妻に言った。 「夜中に子供を見たって、おばさんに言ってこい」 幼い子供の噂は、すぐに広がった。 「何か怖いわね」 夫が笑った。 「最初に花と菓子とミニカーを置いたのは俺だ」 「何でそんなこと」 「今にわかる」 夜、夫婦は花台を片付け、代わりに小さな祠を置いた。 祠の中には河原で拾った石。白い紐を巻きつけた。 「それらしくなった。ここからが本番だ」 「いいか、人通りの多い時間に手を合わせろ。白い服だぞ」 「何を企んでるんだ」 「お前は知らなくていい。嘘が顔に出るから」 妻は祠に手を合わせた。 異様な雰囲気に、人々は目を奪われる。 「『子供は行くべき所に行かれました』と大声で叫べ。みんなに聞こえるようにな」 若い男が声を掛けた。 「その祠の石は何ですか」 「これは《サカノウエノミコト》様のご子息の枕です。我が坂上家が代々引き継いできた、由緒ある石です。ご存じでしょう」 「そう言えば、昔聞いたことあるような…」 その夜、夫は祠に賽銭箱を置いた。 翌日から祈る人は増え、金も集まった。 《サカノウエノミコト》様は子宝の神。 《サカノウエノミコト》様は金運の神。 あとは勝手に誰かが噂を作ってくれる。 夫婦は賽銭箱を覗いた。 「小銭が多いわね」 「そうだな…御札作るぞ」 御札は飛ぶように売れた。 商店主がお札を貼ると、参拝帰りの人が店に立ち寄った。 店主は「《サカノウエノミコト》様のおかげだ」と言いふらした。 夫婦は土地を買い、工場を建て、朝から晩まで働いた。 妻は夫を睨みつける。 「話が違うじゃないか」 「そうだな。賽銭箱で満足すべきだった」 夫は筆を取り、工場に御札を貼った。 《サカノウエノミコト》夫婦円満

レインコートを着て (掌編詩小説)

レインコートの裾の中 蒸れた皮膚が衣服と摩擦する この身を仕舞い込んだ雨に似合う相棒 横から吹く雨の雫 足元を濡らせば、滴る街灯を見る 綺麗とは言えない雨の品質 見えない雑菌たちの居る雨粒 空へ口を開けて待つ無垢な幼児たち いつの間にか 雨に濡れることを避けるようになった いつの間にか 物心が傘をさす さて、今日もレインコートを着て街に出よう (完)

そんな目をしてるから

馬にはちょっと因縁がある 小学校の写生会で、馬がたくさんいるとこに行った 馬はそれぞれ名札のついた自分専用の場所にいて、少し窮屈そうと思った 馬を見て、ちょっとさわって、私たちは馬の絵を描いた 馬の毛が太陽で光って見えるのがキレイで、でも私にはそれをちゃんと描けなくて、だからあきらめた せめて馬の目をきちんと描いてあげようと思って時間をかけた 描くたびおかしな絵になっていくのが、姿のない何かに邪魔されてるみたいで泣きそうになった 泣いていたかもしれない そんな私の気持ちなんか無視してクラスのみんなは私の絵を見て「ヘンだね」「特に目のとこ」と言った たぶん泣いちゃったんだと思う 泣きながら、でも描き直したんだと思う 馬の目の部分だけ紙が薄くなってしまうくらい何度も消して、でもやっぱりみんなはヘンと言う、容赦なく あたり前だよ、容赦なんて言葉、まだ習う前だった 気を遣う? なんのこと? 私は馬を嫌いになった そんな目をしてるから私が困っちゃうんだよ そんな目だから私が泣かないとならなくなるんだよ 馬は、何もしていないのに   どうしても上手く描けない馬の目を    ヘンだよ みんなに言われて泣いて

冬の時代 (掌編詩小説)

生活を人質に取られようとも 自由に生きようとしたキリギリス ひっそりでもバイオリンを奏でる 冬の足跡がやって来る 深みのある積雪が足を呑み込む それでもバイオリンを奏でる 奏でる事でしか脳がない自信がよぎる 好きを生業にした定めなのか その時は、ほんの一瞬のように感じた 腹部を呑み込むほどの積雪 たとえ、この命が尽きようとも キリギリスはバイオリンを奏でた (完)

当社管理番号

 靴箱に、手紙が入っていた。  ハートマークのシールで封が閉じられているので、おそらくラブレターだろう。  ラブレターをもらうなんて人生初だ。  私は手紙を鞄にしまい、そのまま女子トイレへ直行して、個室の鍵を閉めてから手紙の封を開けた。    手紙には、差出人の名前と共に、情熱的な愛の言葉が並んでいた。  よくもまあ、こんなに恥ずかしい言葉が書けるものだと思いつつ、悪い気はしなかった。  恥ずかしい言葉を並べてしまうほど、私への感情があるのだろう。    上から下までしっかりと読み、最後の一文で目が留まる。   『もし手紙でお返事いただける際は管理番号を削除せずご返信願います』 『管理番号:××××××ー××××ー××××』    私は手紙を破り、トイレの中に捨てて水を流した。    ラブレターを書くたびに番号を振っているのか。  手紙を出すたびに番号を振っているのか。  その番号を何に使っているのか。  私にはわからなかった。    でも、そんな裏事情を私に見せて巻き込むな。    水が流れていく音と共に、ほてっていた私の体温もすっかり流され、元に戻っていた。

私が視える世界 (掌編詩小説)

ミノムシみたいな世界で生きているようで 不思議と小枝を集めて、自分を包んで 小枝の隙間から視える世界 実在しないものを感じ取って この世のものは痺れた感覚で思い出して 浮遊感のある指先 ただ幻をなぞれば 溢れる視界の感触 (完)

ルーティン

昔、見える女性と付き合っていた。 「ほら、あそこにいるでしょ」 と言われるたびに首をひねっていたが、ある日を境に自分も見えるようになった。 ありがたくもない才能は、今も続いている。 通勤途中の信号機のない交差点。 毎週木曜日、半透明の女が立っている。 交差点を過ぎ、バックミラーを見た。 「焦ってるな」 ──次の木曜日。 「やばい、目が合った」 ルームミラーを覗くと、女が静かに座っていた。 「でこが少し腫れてるか? でも、意外と美人だ」 女が前髪で、でこを隠した。 それから週に一度、女を乗せることが決まりごとになった。 「あっ、寝過ごした……」 いつもより遅い。 すると、歩道で足を引きずる女を見つけた。 小さくクラクションを鳴らし、車を左に寄せる。 「遅くなってごめん」 「大丈夫」 自然と言葉が出た。 女は、いつものように外の景色を眺めている。 ミラー越しの顔は、どこか寂しい。 「誰かに会いに行くのかな」 確かめたい衝動が、日に日に強くなる。 ──次の木曜日。 女が消えた後、辺りを探した。 「……どこだ」 その時、スーパーの前から店員の大きな声が聞こえてきた。 「本日は週に一度の半額セールです。皆さま、開店までもうしばらくお待ちください」 「……あれは」 最前列に、スーパーのカゴを持った女が笑顔で並んでいた。

〜元号道中〜 (掌編詩小説)

平成ポップな身のこなし 軽々と飛び越え 触れる風下を巻き上げて 昭和レトロな着飾り 当時に憧れる童子たち 通過した者の達観した視線 大正ロマンな自己主張 融合を肯定して 混沌に悩まされて 明治モダンな融合 差し支える常識 それでも掴み取る文化 (完)

下手な絵師さん

 いつまで経っても絵は上達しない、そりゃそうだ努力もちゃんとできないようなやつだからそうなっても仕方ない、本気で自分自身が嫌いになる。「なんでちゃんと努力しないんだ。努力もできないくせに鬱になるんじゃない」こんなことばかり考えていると、さあ大変自傷に走ってしまう、弱者の敗走のようである。自分自身にちゃんと言ってやりたい「ただの承認欲求の塊で変なプラドの持ち主だ」と。

パレス・ドミノ (掌編詩小説)

現実は偶然にも・必然にも・貴方のパレス この世界は自身の主観からしか見ることができない だから、感性や認知にズレが生じる 因果の果てに倒されるドミノたちのように 必ずどこかで、認知のズレが起こる (完)

総理、ハラハラする。

地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「大変なことになりましたね」 「これはまずいよ」 重い扉が開き、総理と防衛大臣が入ってきた。 「ちょっと緊急事態でね」 正面のスクリーンに映像が流れる。 その前で、防衛大臣がマイクを握った。 「あの国が不穏な動きをしています」 会議室に緊張が走った。 「何をたくらんでる?」 「おそらく、ミサイルを……」 「うちの防衛システムは大丈夫だよね?」 「はい。着弾することはないと思いますが……こればかりは」 閣僚たちが頭を抱えた。 ──その時。 『ミサイルが発射されました』 緊急アナウンスが流れる。 「とうとう一線を越えたか……」 総理が防衛大臣に視線を送った。 「反撃しなさい」 「はい」 窓際に置かれた椅子に、総理が体を預けた。 「私の判断は……」 涙が落ちた。 「ちょっと、あなた」 妻が声を掛けた。 「また妄想してたでしょ」 「国会も終わったし、ちょっとハラハラしたくて」 「で……私、また死んだの?」

ハイカラな流行病 (掌編詩小説)

文明開花の最中、空を走る異国電車 見上げれば高架下 軒並み蕎麦屋が揃う 着物と海を渡ってきた背広が溶け合う この事をハイカラと言うのだから これもまた流行病 人力車を乗り捨てて 蒸気やら、モノレールが溶け合う この事をハイカラと言うのだから これもまた流行病 文明はいつも、流行病の顔をしてやって来る (完)

小さな瓶

老いた男は、原稿を鞄に入れた。 そして、最後の一枚を書くためにホテルへ向かう。 「あなたって人は……」 玄関で見送る妻の目は、涙で潤んでいた。 今まで、たくさんの論文を書いた。 学生を前に、熱く語った日もあった。 そう、『生きるとは何か』。 「この論文が最後。私の集大成。生きた証」 ホテルの机に、原稿用紙と万年筆、小さな瓶を置いた。 男は椅子に座り、筆を走らせる。 最後の一行。 『生きることとは……』 静かに筆を置く。 窓の夜景を見ながら、錠剤を取り出した。 妻の顔が浮かぶ。 「今まで、苦労をかけた」 男は小さくうなずくと、掌の錠剤を口へ運んだ。 そして、寝室の扉を開けた。 ──カチャ。 「お客さん、早くしないと時間終わるわよ。 それとも、延長する?」

マネっこ

 あたしな、大阪出身やねんけどな、言葉覚えるより先に引っ越してしもてな、だからほんまは標準語やねんけど、大阪出身言うと、関西弁聞かして、言われてな、そいでな、いまこうして話してんけど、これみいんなマネっこしてん。そやからなホントの人らが聞いたらな、うそこて言われるのまちがいなしやて思てんけどな  楓子は長々とそんなことを言った。 「標準語では話さないの?」 「大阪て言ってない人とは普通にしゃべりおる」 「でも、なんで僕とは」 「そやなあ、タネ明かししてんから別にいいんかあ」  なおも楓子はインチキ関西弁で話してくる。 「こっちの言葉で話してみてよ」 「でもな、これのほうがな、色っぽくなくなくないかなてなあ」 「え? 色っぽいって言ったの? 色っぽくないって言ったの? どっち?」  楓子は突然、駆け出して、でもまた戻ってきて僕に体当たりしてくる。「ドーン」とか言いながら。 「何すんのさ」 「へへへ」 「え、なに?」 「照れ隠し、的なな」 「照れ隠しって自分で言っちゃったら隠してないでしょ」 「へへへ」 「まったく、どうしちゃったのさ」 「あのなあ、珈琲飲まへん?」 「なに急に」 「珈琲出さなあかんねん」 「なんのことさ?」 「へへ、こっちのこと」  言って楓子は肩で僕を押してくる。 「ちょ、なに?」 「あんなあ、あたしなあ、あんたのこと好きやでえ」  言うと楓子は駆け出していった。でも今度は立ちどまることがない。ずっとずっと駆けていく。そんなに恥ずかしかったのか。僕は楓子を追いかける。つかまえたらきっと言うんだ。俺もお前のこと好きやでえ、って。

独り身ゾンビ

「ああ……。ううう……」    夜道を歩く、高齢が一匹。  なにをされるかわからぬ恐怖から、親たちは子を家へ匿う。   「毎日毎日、誰よ」 「ほら、あの一軒家の」 「家族は何をしてるの?」 「あの人、独り身らしいわ」    親たちにとって最大の不幸は、高齢が何もしないことだ。  警察を呼んだこともあるが、些か認知能力が低下しつつも、保護対象とならない程度には意思疎通ができてしまった。  故に野放し。  無害であるが、いつ有害に変わってもおかしくない高齢は、自分の足で歩けるまま。   「誰か何とかしてよ。このままじゃ、安心して外を歩かせられないじゃない」 「どうしようもないって。出て行けなんて言ったら、こっちが悪者よ」    自己責任。  自己責任。  刷り込まれた価値観は、低下した認知能力の中で、高齢を動かす。  誰も自分を救ってくれないならば、どれだけ狂おうとも、自活と言う本能だけを捨てきれない。   「ああ……。ううう……」    公園のブランコに座る。  子たちは親によって公園から引きずり出され。子たちは恨めしそうに高齢を睨みつける。  自分たちの遊び場が使えなくなる元凶に。   「ああ……。ううう……」 「ああ……。ううう……」    日本史上初の未婚肯定社会。  副産物たるゾンビの扱い方を、未だ誰も知らぬ。

俺はアンチゲイじゃなくてお前が嫌いなんだよ

 と言いたい。 いいから俺の身内にすり寄って俺に接近するセコい真似しないで発展場に行って相手見つけてこい。 今時同性愛で差別されることなんてねえよ。 凝り固まってるお前の狭い世界観 お前がやってるのは遠回しな強姦 引っかけられてこい小便 そんで朝にはスッキリ昇天 などとふと暇な夜に思った。 病気には気をつけてね(うわやはり俺は優しいそして甘い)

官能小説を書く

 暇だから別の小説サイトに官能小説の下書きを書く。 知り合いに呼ばれて喫茶店に行くと官能小説のモデルにしている女の子の名前を言っている人がいた(また先を越されたかもしれない) 偉い妄想だ。 僕みたいな奴が僕の小説のアイデアを盗んだだろう!とか激怒してアニメスタジオに火を放つのかもしれない。 全ては性本能の奴隷(何か書いてて空しい、いや、官能小説自体は書いてて楽しいが) 小説が出来上がったらモデルにしている女の子に許可を取ってウェブに上げよう。 世の中は不思議がいっぱい。 また電車に乗って隣に座った子持ちの人妻に肘をツンツンされて何だろうとドギマギしに行こうかな(あれは一体なんだったのだろう?ヤクザのハニートラップか何かか?) 世の中は色事でいっぱい。 おっぱいもいっぱい。 煙草が吸いたくなる。 ママのオッパイから離れられないんでちゅね~って思われてそうだ(実際にそれはそうだろう) 小説の許可がおりずに蔑まれた目で見られて(まあそりゃそうかもしれない)僕はまた自信を失くすかもしれない。 知り合いに自己肯定感が低いように見えるとも言われた。 自己肯定感の高めかたってどうやるんだろう? 犬の書き物は自己肯定感を高める一助を担いまた性産業の一翼を担う。

お前が居るから、俺は―― ②

翌日、冷たい風があたって起きた。眠い目をこすりながら、外を見た。まだ雨が降っているが、落ち着いてきた。雨漏りを防いでいたコップも、雨水で万端になり、溢れていた。俺の足元まで水が来ていた。俺は床に落ちていたタオルで、足元の水だけ拭いた。飯を食べようと、キッチンに立つ。でも、食料などない。昨日から食べていないせいか、たちくらみがしてきた。俺はリビングに戻って座った。相変わらず、冷たい床だが、俺にはこの場所が一番落ち着く。外では、学生が、登校していた。「もうこんな時間か、、、。」俺はつぶやいた。俺なんか高校なんて行ったこと無い。小学校までしか。そんな事を考えながら、俺はスマホを見た。相変わらず、ライン友達はいないし、何も楽しくない。SNSでは、楽しそうに踊ったり、遊んだり、食べたり。俺は見ているだけで腹がたった。ただ見ているだけで。こっちの事情なんか分かっちゃいない。ただ、自分の人生が楽しければいい。そう感じているのだろう。俺はスマホの電源を切った。唯一のストレス解消といえば、スマホのメモ欄に、思ったことを全部書き出すことだ。でも、書き出していることは大体同じ。メール履歴を見直すと、「うるせえ」しか書いていないことに気づいた。こんな人生でいいのか。でも、変えられるわけがない。腕を首の後ろで組み、胡座をかいた。ぼんやり外を見つめている。やることなんてない。 「気分転換に散歩行くか。」 服を着替え、髪と目を隠すために、キャップを深く被った。玄関を開け、商店街へ向かった。 髪と目を隠しているせいか、今日は何も言われない。でも、そんな静かな時間が、俺にとっては逆に腹がたった。親子で笑いながら話している声。カップルで歩いている足音。年寄りを支えている大人。そんな贅沢な「仲間」が居ることが、イラッと来た。赤い目でジロジロ見ながら、俺は早歩きで商店街を抜ける。角を曲がった時、誰かとぶつかった。 これが、あいつとの出会いだった。

お前が居るから、俺は―― ①

「俺は世界から拒絶されている」 いつもそんな事を思っている。・・・。いや。事実か。 16歳の俺は、途方に暮れてた。 ――「近寄るな。」 そんな声が、脳内に響く。誰が言ったのか、はっきりは覚えていない。でも、身近な人だったことは覚えてる。そんな事を考え、夜の町中を歩いていた。商店街のうるさい雰囲気が嫌で、俺は裏路地に入った。表の明るい雰囲気とは真逆で、冷たい風しか通らない。そしていつも通り、ガラの悪い連中が道を塞いだ。 「んあ?何だその髪色は?バカにしてんのかよ!」 と、いつも通りの反応。聞き飽きたけど、心の何処かでは、自分の見た目に悔しさがある。 俺は喧嘩も上手くないし、いつもやられる側。いつも走って、走って、走って。その繰り返しだ。 本当はやり返したい。でも、できない。 俺は反対方向へ走った。街灯のある、賑やかで、親子が笑顔で歩いて、喧嘩なんて一切ない、表へ。 俺は不良から逃げるため、人混みに紛れた。でも、表でも変わらない。 「なんだあいつ?」 「ファッションかしら?」 そんな声が絶えない。俺はまた走った。走って、走って、走って、走って、走った。 そして、自分の家に戻った。ボロボロのアパート。家賃も少ないし、俺にはこんなところがお似合いだ。 鍵を開けて入った我が家は、外の路地裏と大差ない冷気に満ちていた。エアコンもストーブもない。冷蔵庫のように冷え切ったフローリングに、そのまま腰を下ろす。 部屋着に着替える。飯を作る。寝る。その繰り返し。 冷蔵庫を開けた。食材が残り少ない。高校生でも、こんな見た目だから、アルバイトなんて、採用してくれない。金も底をつきた。ふと外を見ると、雷雨になっていた。このボロ屋は、雨漏り仕放題。色んなところから雨漏りがして、床に水たまりができる。なんとかコップで、水浸しになるのは防いだ。 でも、次から次へと問題が来る。風が入っている。俺の家には、最低限の布団しかないから、寒くて風邪を引く。風邪を引いても、金がないから、薬は買えない。防ぐものなんてなにもない。唯一、部屋の角だけ当たらないところがあったから、そこで座りながら、小さくうずくまって寝た。

天使と天使

クリニックの診察室。 男は困った顔で、ドクターに話し始めた。 「先生、時々、耳元で声が聞こえるんです」 「それはそれは……幻聴ですね。どんなふうに聞こえますか?」 「天使が二人、右と左で囁くんです」 ドクターはペンを止め、じっと男の顔を見た。 「天使と天使ですか。天使と悪魔じゃなくて?」 「はい。どちらも『自分が天使だ』と言い張ります」 ドクターは笑いをこらえ、咳払いをした。 「いや、失礼。珍しいケースですね。ふつうは善悪の対立があるものですが、両方が天使となると……判断が難しい」 「先生、僕はおかしいんでしょうか」 「おかしいというより、興味深い」 ドクターはカルテに走り書きをしながら、声のトーンを落とした。 「その二人の天使は、あなたに何を囁くんですか?」 「ポジティブな言葉を……『やればできる』って」 青年はうつむき、ため息をついた。 「ちょっと、うざいです」 「……わかりました。では、お薬を出しますから、様子を見ましょう」 「お大事に」 薬剤師から渡された紙袋には、耳栓が二つ入っていた。

もしかして茗荷谷

窓から差しこむ夕日があざやかに眩しくて、さっきから延々と聞いてもらっている私の「嫌なこと」が、ひどくちっぽけで、惨めなものに思えてきてしまう。 「それでさ、本当に信じられなくなってさ」 スマホの向こうの友人は、 ―はいはい、だねえ 子猫におやつでもあげているみたいな軽い調子で応えてくる。私の深刻な悩みなんて、その程度のものなのだ。なんとなくわかってはいる。でも、続けてしまう。 「なんか、どうにもならなくてね。やんなっちゃうよ」 ―そういうときはさ、あれよ、えーと、さ、ほら 「何よ?」 ―だから、ほら、クセのある、野菜の 「クセ? 野菜?」 ―あんま頻繁に買うもんじゃなくてさ 「わかんないよ」 ―ああ、駅名にもなっててさ 「駅名って」 ―そうめんのときにさあ 「…もしかして茗荷谷?」 ―そうそう、それ、茗荷谷 「茗荷谷がどうしたのよ?」 ―茗荷谷というか、みょうがのほう 「それで?」 ―食べてみたら? 「え?」 ―みょうが食べると忘れっぽくなるとか言うでしょ。食べて嫌なことみいんな忘れちゃいなさいよ あまりに強引な理屈に、毒気を抜かれ、鼻で笑うしかない。まったくヤレヤレな友人だ。その友人に話を聞いてもらってる私にしても十分アレだけど。 友人との通話を終え、アプリで地図を呼び出す。「茗荷谷」と打ちこんで… ふうん。思ったより遠くないんだねえ。 さっと支度をして外に出る。気持ちが沈んでいかないうちに、とっととやることやってしまおう。いままで一度も降り立った駅ではないけれど、スーパーくらいはあるだろう。 みょうがを求めてスーパーに。なんなら、せっかくだからとその買いものは茗荷谷で。 我ながらアホっぽい。まったく、ヤレヤレだ。 茗荷谷に向かう電車の車内で、みょうがのみそ汁にあう献立を、ちょっとばかり考える。さっきまでの沈んでいた気持ちがやんわり小さくなって、ほんの少しだけ楽しく思えていた。ほんの少しだけ、だけど。

レストレイドは悪漢をつかまえて

この時期 物足りないと思うと かとり線香に火をつける 小鳥がちいいと鳴いて 自転車のベルが それに応える 青い視界のはしからはしに 伸びる飛行機雲が やけに心地いい きゅうりもなすも安かった トマトの赤い色は お店にはなかった そのお店で トマトの赤い色に 出会ったことはない アイスクリームにコーラ もしくは水ようかんに 濃いめの麦茶 白でも黒でも 炭酸は炭酸 格別に別格 ペットボトルを開ける瞬間の パキッと乾いた小さな音に 夏がわななく 指にかかる微かな抵抗が ふっと抜けるその一瞬の手応え もはや快感にも近い 炭酸のそれは格別に別格 そのヤミツキが喉が渇いたのでもないのに レジへと足を運ばせる 太陽は また明日ねと言い 舞台から降りる 月は 今宵もよろしくと言い 舞台のそでに 本は 何冊も 積んでおくもの レストレイドは 悪漢をつかまえて ポアロは推理をすすめていく 夏はとっくに来たけれど 風鈴の音はまだ 聞こえてこない   水無月を まだ口にしていないから   私のなかでは いまも水無月

太陽と言い訳

 ずっと朝のすんだ冷気のまま、あたりがつつまれていたらいいのだけれど、悲しいかなそうはいかなくて。時間の経過とともに空気はしだいに熱をおび、そして、にごっていく。  青春は盲目だ。まわりが見えなくなる。目的のそれしか目に映らなくなる。陳腐な言葉でしか言い表せらんない貧相な自分の思考。青春も恋も、炭酸の泡と同じもの。儚いものだ。  太陽が高いとこにいる。  ひさびさ空を見上げる。  太陽がわたしを見下ろす。  わたしが太陽を見上げる。  種がちゃんと芽を出したかと、その後もしっかり育っているかと、下ばかり見るクセがついてしまった。  ちがう、ちがう。それは言い訳。ずうっと前から下ばっかり。それが、わたし。  毎朝、しっかり鏡を見る。そして話しかける。 「今日はどうすればいい?」  鏡のなかのわたしは答える。 「今日は、話しかけないでおきなさい」  現実の世界のわたしは答える。 「わかった」  でも、話しかけないでおけとは言われたけど、話しちゃダメとは言われてない。向こうから話しかけてきたんならいいのかな。わかんないな。わからないところは現場の判断に任せてもらうってことで。 「え、なに?」 「お、なんだ、よかった。無視されてんのかと思った」 「わたしが無視するようなことでもしたの?」 「いや、してないな」 「なら気のせいなんじゃない」  ふう。あぶないあぶない。ちょっと強気に出てれば少しくらいのこと、うやむやにできちゃう。  教室の窓ぎわの、わたしが勝手に育ててるミントの葉。ちょびっと千切る。それを鼻にくっつけて自分のまわりの空気を全部吸い込むようないきおいですううと匂いを取り込んでみる。  太陽はまだ、高いとこからわたしを見下ろす。  読んでる本の中身が空に映し出されるんなら、もっと上を見ることも、増えるだろうか。   かわいいと    言ったら負けな気がしてさ     好きって言ってやるから許して

夜は明けるから #11

しばらくすると、二階で誰かが起きるような音がした。ゆっくり歩く足音と駆け足に階段へ駆けていく足音の二つ。 先に降りてきたのはミミと同じくらいの男の子。この子はあのときいなかったように思う。 「生き返ったんだ、よかった」 「生き返った?」 僕はリッカにも同じように言われたことを思い出した。僕は死んでいたのだろうか。天国も、文字通りだったのだろうか。 僕は死後の世界を信じたことはなかった。こんなに辛い世界の後に、似たような世界があったりなんかしたら、気が狂いそうだからだ。でも、ここか死後の世界で、僕がもう既に死んでいるのだとしたら、それは嬉しいことだと思う。 ただ、クーがいないから、僕は死んでいない。 「倒れた子どもは目を覚まさないことが多いんだ。それでも、目を覚ましてくれたら、『生き返った』って言うんだ、敬意を込めてね」 「へぇ」 僕はトーストをもう一口放り込む。 「僕はカウル!」 「えっと、僕はトガ」 「よろしく、トガ!」 カウルと言った男の子は僕の隣にわざわざ椅子を持って来て座った。他のと違い、少し汚れた椅子。 「その椅子汚いから、こっちに座って」 僕が退けようとすると、「いいよ、僕はここの先輩だから」と鼻を擦る。 すると、リッカが鼻で笑う。 そして、遅れて降りて来た女の子。その女の子はソファの方から僕らの朝食を見て、無言で立っていた。 この場所にはそぐわない髪色をしている。まるで、別の国から来たような感じ。それに僕は既視感があったが、何による既視感なのか分からなかった。 「あ、ユキはこっち座って、私退けるから」 インダはトーストの最後の欠片を口の中に無理やり押し込むと、慌ただしく席を立った。皿を片して、布巾で適当にテーブルを拭きあげ、ユキという女の子が座れるよう、椅子を引いた。 ユキは僕を見ても声をかけない。目は合うが、その先は特になかった。 インダがユキの分のトーストを運んでくると、「ありがとう」と一言。その声も、どこか異国の雰囲気がある。僕は見惚れてしまった。 「ねぇ、トガ。外に遊び行かない?」 そんな僕の視界を遮るようにリッカが僕の顔を覗く。僕は驚いて、リッカの顔を見上げる。髪を耳にかけながら、上目遣いでこちらを見ている。 「え、あ、いいよ」 僕もトーストの最後の一欠片を口の中に収めた。そして、インダの真似をして流し台にお皿を運んだ。 「まって、僕も行く!」 「カウルは食べてから来いよ。寝坊したのが悪い」 レイがカウルの肩を叩くと、カウルは立ち上がって少し怒った風に反論したが、すぐに椅子に座り直し、インダからトーストを受け取った。 リッカは僕の手を取って、玄関へ向かった。 視界から少しずつ消えていくユキという女の子。冷たくテーブルに落とされるユキの視線は朝に似つかわしくない、そう思った。 外に出ると、太陽のないどんよりと曇った空があった。幾重にもなる灰色のグラデーション。あの町で見た錆色に比べると、遥かにこちらの方が気持ちがいい。僕は深呼吸をして、天国を吸い込む。 「随分曇ってるね」 レイが空を見上げて言うと、右手を高くあげて目を瞑るリッカ。 「あれは何をしてるの?」 僕がリッカの妹であるミミに尋ねると、「天気予報だよ」と教えてくれた。ただ、その意味は分からない。僕は曖昧な返事をして、それが何なのか考えた。 「風が南から吹いてる。もうすぐ雨になるかな」 「それなら、先に洗濯物を片付けた方がいい」 そう言うと、レイは建物の裏手に回る。僕やリッカ、ミミもその後を追った。 そこには木から木へ縄が張られ、服や布切れを無造作に引っ掛けただけの簡素な物干し場があった。大きな布切れや小さな布切れが風邪に靡いている。 「早いとこ片そう」 レイが背伸びをしながら、無理に服を引っ張る。それを見てミミも背伸びをして大きな布切れを引っ張った。 「そんなことしたら傷むでしょ」とお姉ちゃんらしいリッカ。注意をしたあとも、黙々と服を取り入れる。僕はそんなリッカの横顔に見惚れてしまった。ただぼうっと、リッカを。 すると、レイとミミが「手伝ってよ!」と同時に僕に詰め寄る。 「ああ、ごめんごめん!」 僕もすぐに洗濯物を取り入れるのを手伝った。そんな慌てた僕を見て笑みを含んだリッカは、僕の方を見て「トガー! こっちも手伝ってー!」と大きな声で僕のことを呼んだ。 その時のリッカの目は細く笑んでいて、まるで、クーがいたずらをして、それに僕がまんまと引っかかって、ケラケラと笑う、あの目だった。リッカは大笑いしている。僕もそれにつられて頬が緩んだ。 笑ったんだ、僕が。 そして、風が少し強くなる頃、僕らは洗濯物を全部籠に放り込み、その籠も物陰に押し込んだ。 「お疲れ様、リッカ」 「そっちこそ、ありがとう」 リッカは僕に向かって親指を立てた。 【つづく】

ギャルのスマホ

スマホの画面に着信の表示が出ている 電車は都心に向かって進んでいる 田舎の単線電車は一駅着く度に暫く停まり、よっこらしょと聞こえるかのように、また進み始める 着信の表示が消えない 彼氏からだ 「今電車に乗って向かってる」 と送信する 高校生になって初めて髪を染めた 暗めな金髪で、落ち着いた感じを出したかった 直ぐに彼氏が出来てギャル最高だなって思った 今は違うけど 着信の表示が消えない 「後十分で着くよ」 と送信する 目の前に座っているオジサンは落ち着いていて、余裕があって、優しそうだ。ボタン掛け違えているけど。 私の彼は眉毛とヘアースタイルのセットは欠かさないが、トイレに行って手を洗わなかったり、何日も同じハンカチを使っていたりする。 所構わずキスをしてくる   電車が進む。後数分で彼の待つ駅に着く。着信は入ったまま。 もう、随分前から分かっていて、念のため、確認のための時間で、とっくの昔から私の初めての恋は終わっていた。 彼は私の心なんか興味がなくて、ヤレル体があればそれで満足する人 電車が駅に入る ブレーキがかかり停車準備に入る 窓越しに彼氏の姿が目に入る ドアが開き電車を降りて彼の前に立つ 背筋は曲げない、顔は下げない。真っすぐ彼の顔を見る 「何で電話出ねぇんだよ」 少しお腹に力を入れて最初の言葉を押し出すと、後はスルスルと私の気持ちが出ていった。 これからは、無理な私はやめよう。 自然な私のままでいよう。 自然な私を好きになってくれる人を探そう。 「あのね…」

いつか花咲くその日まで

 春風に凪いだ教室のその真ん中で、ふと今も思い出す、あの日に紡いだメロディー。  忘れられないように、心に残ってしまうように。そんな結末を抱いていた。  始まりは願いのない、鮮やかな夢想の中で。ゆらりと風に揺られていた、不明瞭な感覚。  出逢った瞬間に、虹彩の奥のその奥が照らされて、青く澄んだような気がした。  思い出して、あの日々を。まだ誰もいなかった私だけのステージを。  彩りを重ねるように、今ここで花咲いて。  連れてきた花の匂いはまだ、遠すぎて見えないけど。  遅くはない、今もきっとあると信じて、明日に手を伸ばす。  そんな、懐かしいようなあの日の私の思い出も、「あの日」になってしまうけど。  思い出はずっと、この手の花の中に閉じ込めておこう。  褪せぬように、鮮やかな色に乗せて。  いざ花咲け  「あの日」の私のように。

ふたりの関係

「図書室ってなんか好き」 「キミの場合、たんに話すのが好きなんでしょ」 「ああ、そうかもね」 「話をするとこじゃないんだよ、図書室は」 「えええ」 「何をいまさら」  こんなやり取りをしてみても、僕たちはただそれだけ。急な雨に「ごめんねえ、傘持ってきてなくてさあ」とこっちの返事も待たず傘に入ってくるような子ではないし、そもそもそんな関係でもない。 「そろそろ帰る?」 「そうだね」  廊下を歩いているときはそんなことなかったのに、下駄箱に来てみると外は大騒ぎ。 「いやあ、雨かあ」  言いながらも持ってきておいてよかったと胸をなでおろし、僕は傘を開いた。 「ごめんねえ、傘持ってきてなくてさあ」 「え」  キミの肩が、かすかに触れる。 「……」 「どしたの? はやく行こ」 「あ、うん」  僕たちはいつのまにか、そういう関係になっていた。   教室の気になるあの子 雨に濡れ    入っていいでしょ ごめんね サンキュ

いちごの葉の下に

 とんとかたつむりを見なくなったのは、たまたま彼らの生息していない辺りにわたしが越してきたからか、それとも、かたつむりのほうでわたしのことを避けているのか。時代なんだよ。ひと言ですべてを台無しにしたいだなんて無粋ですこと。あなたみたいな人こそ時代に飲まれてしまってますわよ。 「ワタクシめでは駄目でございますか?」  キレイな緑色をしたかえるが、あじさいの葉の上でわたしに向かって訴える。 「駄目なんてことはないのよ」  かえるは葉の上で二度三度と飛び跳ね、あじさいはその回数よりも多く青紫に染まった頭をゆらした。 「お庭のすみの、いちごの葉の下に、あっちの世界に行けるトンネルをつくっておきました」 「あらあら、いつの間に」  勝手なことして、なんて怒る気はまったくない。それに、いちごの葉の下だなんて、バツグンに感性が光ってるじゃない。でもね……  わたしはそのトンネルを通ることはできない。それはあまりにも小さすぎるから。 「ワタクシめは先に行っております。どうかお気をつけてお越しください」  かえるは何度も振り返り、最後は気持ちを決めて暗いトンネルを奥へと進んでいった。  さてさて、どうしたものか。何日か考えた。珈琲を飲みながら考えた。何日か考えなかった。また何日か考えた。珈琲を飲まなくても考えた。何日か考えなかった。また何日か考えて、そして考えなくなった。  いつの間にかあのトンネルはなくなっていて、台所でいれる珈琲は、あたたかかったものから冷たいものへと変わっていた。あじさいの季節が終わって、夏が来ていた。   珈琲を飲み干し夏がやって来る    飲まなくってもすでに来ている

書籍Aと書籍Bは似ている

 太郎君は、牛肉と豚肉と鶏肉の区別が尽きません。  花子さんは驚きましたが、理由を知ると納得しました。    太郎君は、肉を食べる時、肉を食べているとしか思っていなかったのです。  今、自分が食べているのは牛肉なのか豚肉なのか、それとも鶏肉なのか、考えなければ区別なんてつくはずもありません。    太郎君は、他の区別もつきません。    読んでいる二冊の本の区別がつきません。  どちらも主人公が頑張るからです。    見ている二つのアニメの区別がつきません。  どちらも主人公が頑張るからです。    買い物をする二つのコンビニの区別が尽きません。  どちらも物が買えるからです。    花子さんは、太郎君に何も教えません。  太郎君が困っていないから。    花子さんは、太郎君に何も教えません。  太郎君は区別こそついていない物の、「この二つは同じ物じゃん」と言わないから。    人に迷惑をかけなければ、太郎君の生き方は太郎君のものです。   「今日は私がハンバーグを作ってあげる」    花子さんはエプロンを巻いて、肉の種類を口にすることなく、料理を作り始めました。