傘の行方

ある日の午後。 認知考古学の教授が、学生の前でマイクを握った。 「みなさん。人が道具を本来の目的以外に使い始めたのは、どの時代か分かりますか?」 「旧石器時代に、石を遊びに使ったのが最初だと思います」 「その通りです」 教授が、背後のスクリーンを指した。 「今日のテーマは、それを踏まえて『道具の目的外使用』について考えたいと思います」 学生は耳を傾け、ノートをとった。 「これを見てください」 黒い傘を取り出し、学生たちに向けた。 「この傘。駅のホームで中年の男性が持つと、どんな行動をとるでしょうか?」 「あっ、ゴルフのスイングをします」 教室に笑いが起こる。 「それから、女の子はバトン、男の子はチャンバラとかに使いますね」 「お年寄りが杖に使うのもそうですか?」 「はい。それも目的外使用です」 教授はうなずきながら、学生を見渡した。 「では、ここまでで何か質問はありますか?」 最前列の学生が手を上げた。 「ちょっと気になってたんですけど、額のガーゼ、どうされたんですか?」 教授は笑いながら、傘を開いた。 「昨日、妻が機嫌悪くてですね……」

いまから

 僕は山崎を推した。元カノは関ヶ原を主張した。アニオタやドルオタがそうだ。歴オタだって一致点を見出せないことだってある。僕と元カノのように。 「夏休みの自由研究、一緒にやらない?」  その一言がきっかけで付き合いはじめた僕と元カノは、やはり夏休みの自由研究が原因で袂を分かつことになった。それを悔やんでもしかたがない。すぎたことは変えられない。歴史がそうであるように。  八月のお盆前、僕は、山崎駅に降りた。山崎の戦いの「あの隘路」を、一度、見てみたかった。  隘路はさわがしかった。蝉しぐれってこういうことを言うんだな、と圧倒されるより、感心してしまうくらいだった。ハンカチは乾く前に次々と汗を吸い、ペットボトルのお茶は減るのがはやかった。ただ道が細いだけでなく、どうにもならない行き止まりのような、逃げ場のなさのような。そうだ、あのときの光秀みたいに。  暑くて、息も激しく切れた。まるで、袋小路とケンカをしているみたいに。ひとことで言って、複雑だ。何も考えたくない。 「いてっ」  重い足が、進むのを拒んだ。まわりのことなんか気にせず、その場にへたり込んだ。青い空を仰ぎ、白い雲を見やる。ふいに、元カノの顔が浮かんだ。思い出した。言われたことを。 ―なんでも、複雑だな、のひと言で片付けちゃうの、よくないよ  手に、強く力が入った。あともう、残りいくらもないペットボトルのきしむその音が、僕を引き戻してくれた。  時代は、山崎で勝った秀吉から、関ヶ原で勝利を手にした家康へと移っていく。  元カノが言っている気がした。 ―歴史、ちゃんと勉強してんの?  と。  歴史は変えられない。でも、未来は変えられる。そのためには、いまを変えないと。  いまが、僕にとっての天王山であり、山崎なんだ。京都、大阪、ふたつの府を手にしている山崎駅。その姿のようにいくかはわからない。でも、やるだけやってみよう。山崎と関ヶ原、どっちも。  間に合うだろうか、関ヶ原に。  秀吉になりたいのか、それとも家康か。でも、いまのこの心境は、関ヶ原に遅参した秀忠か。  迷ってちゃダメだ。いまを変えないと。  スマホを取り出し、元カノに連絡を入れる。着信をとった元カノが言うより先に言葉でさえぎった。 「いまから行くから」  言って、僕は電車に飛び乗った―

天国味のスープ

「死ぬ前に、行きたい場所があるんじゃが」    入院していたじーちゃんが、初めて我儘を言った。  ほとんど目も口も開けなくなってた頃だから、父ちゃん母ちゃんも、看護師さんも驚いていてた。   「えっと、どちらへ?」 「黄泉の店」    じーちゃんが行きたがったのは、けったいな名前の店だった。  あまりに名前が変過ぎて、この辺の人ならだれでも知っている。  小学生になれば、黄泉の店に行ったら魂を抜かれるんだ、なんて噂を一度は聞く。  そして真に受けた数人が、店に近づき、年齢不詳のじいさんに追い出される。  そこまでがワンセットだ。   「わかりました。いいですよ。ただし、お父様かお母様、どちらかがついて行ってくださいね。店の前までで結構です」    お医者さんは、あっさりとオーケーを出した。  聞けば、黄泉の店へ行きたがる高齢の患者は多いらしい。   「俺もついて行っていい?」    父ちゃんが来るまでじーちゃんを連れて行くことになったので、俺も連れて行ってもらうことにした。  今になって、小学生の頃に黄泉の店へ行けれなかった後悔が襲ってきたからだ。        店に着く。  木造の建物は今にも倒壊しそうなほど傾いていたが、黄色いペンキを塗られて、遠くから見れば今風の家に見えた。  玄関扉の上には『黄泉の店』と書かれた看板がついており、文字が一部かすれている。  蜘蛛の巣もはっていたので、触りたくはない。   「あんがとよ。あんがとよ」    じーちゃんは父ちゃんにお礼を言ってから、店へ向かっていった。  父ちゃんは車の中で待つみたいだ。   「じーちゃん、俺も入っていい?」 「おー。こいこい」    俺は車を飛び出して、じーちゃんのところへ行った。  父ちゃんは渋っていたが、じーちゃんが「任せなさい」と言うので、諦めてくれた。    俺とじーちゃんは、扉を開けて中に入る。  中には、木製の長机と椅子が置かれており、その一つに新聞を開いたじいさんが座っていた。   「いらっしゃい」    じいさんが新聞を畳み、立ち上がる。  その顔は、シワだらけで、目が開いているかどうかもわからないほどたるみ切っている。  しかし、だからこそ、年齢がわからない。  八十は越えていそうだ。    じーちゃんと俺が椅子に座ると、長机の上にお冷が二杯置かれた。  そして、長方形のおひつにがじーちゃんの前に置かれた。  おひつの中には、二つのスープ用スプーンが立てかけられており、スプーンの中には白いスープと黒いスープがそれぞれ入っていた。   「白が天国味。右が地獄味」    じいさんは、何やら物騒なことを口にした。  じーちゃんは、白いスープを手に取ってすすり、その後に黒いスープを取ってすすった。  しばらくもごもごと口を動かしていたが、はーっと息を吐いた後、やはりもごもごとした口調で言った。   「地獄かな」    食べ終えたじーちゃんの食器を、年齢不詳のじいさんが片付け始める。   「お、俺の分は!?」    俺は、思わず叫んだ。   「あんだ坊主。そんなにわけえのに、もう知りてえのか?」    年齢不詳のじいさんは、いぶかしげに俺を見た。  正直、何を言ってるのか意味は分からない。   「知りたい!」    でも、俺は食い気味に答えた。   「ちと待ちな」    じいさんはおひつをもって店の裏に引っ込み、新しいおひつを持って戻ってきた。  もちろん、白いスープと黒いスープ付きだ。  俺はさっそく、白いスープをすすった。  確か、天国味と呼ばれていたものだ。   「うっま!」    白いスープは、今まで食べたものが安っぽく見えるほど、上品で心に染みる味がした。  なんと例えていいのかわからない。  だけど、天にも昇る心地と言えばこのことなのだろうと、はっきりわかった。  俺はその勢いで、黒いスープもすすった。   「……?」    黒いスープは、味がしなかった。  真水なんてレベルじゃない。  完全な無味。  本当に口にしたのか疑うレベルだった。  でも、スプーンが空っぽになったので、きっと飲み込んだのだろう。   「どっちだ?」    じいさんの言葉に俺が首を傾げると、じいさんは小さく笑った。   「やっぱ、早かったな。じじいになったら、また来な」    俺とじーちゃんは店を出て、父ちゃんの車に戻った。  車が走る中、俺はずっとじいさんの言葉を考えていた。  どっちだ、と。    じいちゃんは、助手席で眠りこけていた。  そういえば、じいちゃんはスープを飲んだ後、「地獄かな」と答えていた。  あのスープが死んだ後、天国と地獄で食べられるもので、どちらに行きたいか尋ねるものだとしたら。    地獄を選んだじーちゃんを、俺はじっと見た。

夏のきゅうり

トマトが なかった 売り切れていた きゅうりに してみた きゅうりも なかなか よいようだ 久しく 味噌を 口にしていない 味噌をおいしく たべるなら 夏のきゅうりがよい かみ砕いたときの あの音がよい トマトは 買ってこなかった 売り切れていたから トマトが たべたかった あの赤いのを そのまま口に してみたかった きゅうりも しかし よいようだ あのみどりを そのまま口にしてみる かみ砕いたときの あの音がよい トマトは 買ってこなかった 売り切れていたから トマトは またにするとしよう きゅうりも なかなか よいようだ あの音が 夏らしくてひじょうによい

遊びはとうにおしまい

「お父さんはあなたを本当に大事に思ってるの。愛しているのよ。」 母からの言葉に私は何も思わなかった。 とりあえず、母を納得させるため、「うん」とだけ返事はした。 多感な時期は既に過ぎ去り、私は[父親]に対してある程度の区切りが付いた。 フィクションの世界の仲良し家族は現実ではない。あれはファンタジーである。 私にとって[父]とは血の繋がりのあるだけ。迷惑に思っている近所の人、というのがだいぶ近いと思う。近所と言っても同じ家だけど。 挨拶する程度の間柄。それくらいが私にとってマシな距離感。 [父]から私が「愛されている」と真に思ったことはない。 病気で寝込んでいる私に、ニヤニヤしながら「休めていいな〜」と言ったこと。 「止めて」と言っても、楽しそうに私を押しつぶしたこと。 好きなものを馬鹿にしたこと。 私の大事な人を馬鹿にしたこと。 そんな人が今更、私を「愛してる」? 何度目かの記憶さらい。残念ながら今更の母の言葉を納得するものは改めて無かった。 都合のいい時に父親のフリ・ごっこ をしている[父]しか知らない。都合が悪くなったら母に丸投げする、おもちゃの扱いの私。 [父]にとってだけの楽しい家族。 私からみた家族ごっこ。 それに付き合うには知り過ぎたし、失望し過ぎた。 子を愛している父ごっこは、もう一人でしてもらおう。

HAR

青々と光る芝の上、一人のスター選手がピッチ中央にへたり込んだ。 激痛に顔をゆがめ、その黄金の右足を抑える姿はとても演技をしているようには見えない。 ボールを保持していた相手チームの選手はドリブルを止め、ボールを軽く蹴り上げたかと思うと、それを手でキャッチした。 ケガをした選手のチームメイトはそのフェアプレー精神に手をたたき、観客たちも盛大な拍手を送る。 主審は一連の出来事を確認すると、猛々しくホイッスルを吹いた。 判定はハンド、イエローカードも与えられた。 勿論、観客席からはブーイングの嵐。 選手たちも必死で主審に抗議するが、主審は顔色一つ変えない。 その目は一体、何を見据えているのか。 主審は何も言わず、ただ、HARの指示を出した。 * 「おーっと、ここでHARの指示が出されました。」 「まあ、妥当な判断でしょう。今回の主審AIには、ブーイング検知機能も搭載されていますから。」 「あっ、イエローカードが取り消されました。今回、ヒューマンアシスタントレフェリーとして人道的判断を担っているのは……」

全国平均 76%

ある日の午後。ようやく男が目を覚ました。 「結局、負けかよ…」 サッカーの国際試合を見るため、仕事を休んだ。 カーテンの隙間からは、濃い光が差し込んでいる。 照らされたテーブルの上には、妻からのメモが。 ──友達とランチに行ってくるね。夕方には帰ります。 昼ごはんはチンして食べてね。 ソファーに深く座り、テレビを点けた。 「今朝の試合の結果です」 アナウンサーが残念そうな顔で伝えている。 「試合には負けましたが、サポーターの行動が世界の方々から称賛されてます」 観客席で青いビニール袋を手に、ゴミを拾う人たち。 「素晴らしい光景ですね。では、また来週お会いしましょう」 男は画面を見ながら、鼻先で笑った。 エンディング。 右端には、 ──本日午後の存在価値 全国平均 76% 次の朝。 洗面所に置いてある体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 95% 液晶パネルには、自分の存在価値が%で表示される。 ──生まれたばかりの赤ちゃんは存在価値100%らしい。 誰かが言ってたな。まぁ、どうでもいい。 「あなた、お弁当できたわよ」 妻は肩までの髪を耳にかけながら、片足をそっと乗せた。 ──体重 48キロ 存在価値 95% 「ねぇ…今晩、ちょっと話があるんだけど」 「なに?」 「仕事から帰ってからでいいわ」 夕食後、妻が話を切り出した。 「あのね。友達がパート募集してるから来ないって誘われたんだけど」 「どうしたいの」 「週に3日くらいだからね。お小遣い程度にはなるかな」 「いんじゃない。でも、無理しないでね」 「ありがと…」 妻はスマホを手に、友達へラインを送った。 窓の向こうが、薄暗くなる。 しばらくのあいだ、部屋には着信音だけが響いていた。 「先に行くね」 妻が弁当をバッグに入れ、もう一つをテーブルに置いた。 「あぁ、気をつけて…あのバッグ、初めて見たな」 男は体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 90% ほんの少し、胸の奥がざわついた。 スーパーのビニール袋を手に、妻が帰ってきた。 「ごめん、遅くなった。今から晩ごはん作るね」 惣菜をパックから皿に移し替え、レンジに入れる。 「あのね、店長から正社員にならないかって言われた」 嬉しそうな横顔。 「そういえば、あなたの工場、外国人の従業員雇ったんでしょ。なんか大変だね」 男は洗面所に行き、体重計に乗った。 ──体重 72キロ 存在価値 70% しばらく、数字を見つめていた。 テレビでは、豪雨被害のニュースが流れていた。 「なぁ…ボランティアに行ってみようかな」 男の声に、妻が振り返る。 その顔は、口元だけが笑っていた。

職探し(タケル)

「人ってさ、結局自分の気持ちを分かってもらいたいんじゃないかな」 部屋でごろ寝をしていたタケルは、大きな独り言を言っていた。 タケルは二十七歳の男性で今は無職である。アパートの家賃を払わなくてはならないが、マックのバイトは首にタトゥーをした次の日に首になった。 することもないので、取り敢えず散歩に行くタケル 「晴れてんなぁ」 首の右側に入れた聖母マリア様が微笑んでいる。 赤茶色い髪がフサフサとマリア様の前を行ったり来たりしている マリア様は微笑んでいる コンビニに立寄って立ち読みをするタケル 「この世は可愛い女しかいねえのかよ」 怒りとも嘆きとも取れる独り言は店内の端まで聞こえている 女子高生達が棚の隙間からチラチラ見ている「変な人いるw」 缶ビールを飲みながら歩くタケル 「おい!今年のアサヒは気合い入ってんな」 前を歩いていたオジサンが呼ばれたと思って振り返っている 暫く猫が彼の後を追っている 暇を持て余しているタケル 「仕事よ!空から振ってこい!」 道端で両手を上げて願いを込める 通り過ぎるお婆さんが何か落ちてくるのかと空を見上げている 「これあげる」 タケルはお婆さんからチラシをもらう 「女性専用風俗のチラシなんかいらねーぞ。婆さん」 知らないお婆さんに平気で婆さんと言うタケル 「裏に男性スタッフ募集と書いてあるわよ」 「マジ!」 「頑張んなさい」 「サンキュー。受かったら、婆さん客で来なよ」 「生きてたらね」 「おう!待ってるぞ!」 タケルはスマホを取り出しお店に電話をかけている 髪をかき上げると、聖母マリア様が微笑んでいるのが見える。

表現の自由

「あなた、何してんの?」 「……はい?」 人通りの多いアーケード。 爺さんが下半身を出して歩いている。 「ちょっと、交番まで来て」 両脇を抱えられ、椅子に座らせた。 「公然わいせつ罪だよ」 「何故でしょう?」 「そんなの、常識でしょ」 「男としての機能は、とっくに終わってます。肌の一部です」 巡査が呆れ顔で、書類に走り書きをした。 「それでもダメなの」 「表現の自由は保障されなければならない」 その時、腰の曲がった婆さんが、ゆっくりと交番に入ってきた。 巡査が爺さんを覗き込む。 「はい。逮捕ね」

ずっとさよなら

彼は都内にある古びたマンションに住んでいた。妻が一人と子供が二人いた。決して裕福とは言えないが幸せを感じていた。 彼がいつも遅くに仕事から帰ってきても妻は温かいご飯を作って待っていてくれた。 その日は結婚六周年記念日だった。彼は美味しいケーキを買って家へ向かった。 家の近くに来ると人がたくさんいた。 なんだろうと思った。ただそれだけだった。 マンションが見える道に差し掛かった瞬間、言葉を失った。 真っ赤な炎がぼうぼうとマンションから噴き出て救急車や消防車がたくさん停まっている。 頭より先に体が出た。野次馬を押し退けてすぐ最前列まで来た。 「妻と娘は大丈夫なんですか!」 そう叫んだ。しかし野次馬に押されて後ろに行ってしまった。 泣き崩れた。 とにかく泣いた。 もう何分、何時間泣いたことだろう。 野次馬もどんどん減ってきた。 しかし、炎はまだ燃え盛っている。 もう助からないことはわかっていた。 だけど、まだ炭と化したマンションを見ていた。 さよなら。 かなこ、あかり、めい

スクイーズの使い道

職場の同僚から、最近流行りのスクイーズを貰った。モチモチして触り心地はいいけど、ただそれだけ。 これで、どうしろというのか。 帰りの電車を待つホームで、隣の部署の平沢さんに遭遇した。社内では何度か話したことはあるけど、外で話すのは初めてだ。せっかくだから、途中まで一緒に帰ることになった。 実は、彼に密かに憧れている。でも、彼は既婚者なので、付き合いたいわけではなく、あくまで憧れているだけだ。 電車が到着して、空いていた席に二人並んで座った。隣の部署は飲み会だったらしい。平沢さんはかなり酔っていて、ご機嫌だ。気のせいか、私に寄りかかってきている。嬉しいハプニングだ。 ふと、向かいの席を見ると、私と同じ部署の香織さんが座ってスマホをいじっている。 うわ、香織さんも、この車両に乗ってたんだ 落ち着け、自分 偶然、駅で会ったから、同じ電車に乗ってるだけですー 私たち、そういう関係じゃないんですー ていうか、向こうは私に気づいてない? でも、そのうち私たちの話し声で気づくよね そしたら、絶対「ナギちゃん!」って言ってくるもんな いっそ先手を打って、こっちから「おつかれさまです」って声かけちゃう? いや、仕事してる時と違う格好だと、意外と分からないもんなのかな あぁ、もうどうすればいいの 平沢さんは相変わらずフニャフニャしている。色々話しかけてくれるけど、電車の走行音にかき消されて、何を言ってるのかほとんど聞き取れない。噂によれば、彼は酔ってテンションが上がると、変なことを言うらしい。変なことって、どんなこと? 「今日も可愛いねぇ」 「あ、ありがとうございます」 きっと普段から、奥さんに言っているのだろう。 香織さんは、まだスマホに夢中だ。 「夏休みどこ行くぅ?」 「んーと、そうですねぇ……」 語尾に「の」が付かないと、まるで私たちが一緒に出かけるかのように聞こえてしまう。 今、この状況では困る。 「僕はねぇ、思ったことすぐ言っちゃうんだぁ」 「平沢さんのそういう素直なところ、いいと思ってます」 「あのさぁ、僕のこと好きでしょ?」 「えっと……」 「僕もねぇ、君のこと……」 私は、彼の口にスクイーズを押し込んだ。

先生

昼休みの時間になると、静かな場所を求めてよく屋上に行く。 自分は、周りの生徒たちとあまり上手く馴染めないでいた。 だからと言ってそれで不便を感じたりしてないし、寂しいとも思わない。 代わり映えの無い日常、家を出て、学校に着いて、授業を受けて、昼ご飯を食べて、そのまま帰るだけの毎日。 ある日、いつもみたいに屋上で空を見ていた。 すると、一人分の足音が近付いてきた。 振り向いて、その足音の主を確かめる。 自分より頭一つ分くらい背の高い、メガネをかけた黒髪の先生が立っていた。 先生「また屋上で空を見てたの?」 『その方が落ち着くんです』 先生「空を見てると落ち着く、か。うん、そうだね。わかるよ、今日は天気もいいし」 『先生はどうしてここに?』 先生「ん?ああ、ちょっとね…」 先生の手にはタバコがあった。 『先生タバコ吸うんですね』 先生「まあね、たまにだよ。」 生徒の居る教室では吸わないけど、たまにタバコを吸っているらしかった。 風が、先生の前髪を微かに揺らす。 先生「…空はいつも同じだね、世界は目まぐるしく変わってくけど、この空は変わらず時間の移ろいを教えてくれる。」 遠くを眺めるような目で、先生は空を見てそう呟いた。 自分と先生の二人きりの屋上は、静かなものだ。 平和な日常、それを遮るものはない。 こうして、このまま大人になってくんだろう。 そこになんの感慨も感想もないけど、大人になったら、もうこの学校に居る人達とも疎遠になるんだろうか。 学校を離れたら、先生と話す機会もなくなる? それで困りはしないけれど、それが少し惜しい気がした。

笑う文化

男がテレビをつけた。 画面の中。 若い男がマイクを向けられている。 便利な人。 噛み合わない受け答え。 ワイプのタレントが笑う。 出ない方がいいと思えば、差別。 出たら、笑いの種。 本人が良ければ、許される。 男は静かにテレビを消した。

君の不自由を愛している

障害をもつ君に「可哀想」と思った時点で、 上下関係を生み出し、見下してしまっている。 耳が聞こえないこと、目が見えないことを、 一概に「障害」と呼んで良いのだろうか。人々は「障害」だと決めつけるが、僕はそうは思わない。むしろ「才能」だと思う。 だけど、それは綺麗事らしい。 僕は、障害をもつ君の世界を見てみたい。だが、特別扱いをされて、善く思っていないかもしれない。普通に扱ってほしいのかもしれない。 だけど、君は点字ブロックの前で立ちすくみ『助けてほしい』と言う。 助ける上で、対等な関係など築けるのだろうか。僕にはもう考えようがないのである。 僕は、考えているふりをしていたけれど、心の奥底では、君に依存されるのが気持ち良かった。僕がいないと、君は何もできない。僕を必要とする君がとっても可愛く思えてしまった。僕は、君と居て良いのだろうか。 君はこの事を知っても 怒らず、「いつもありがとう」と言うだろう。 僕はつらくて、つらくて、たまらないのである。

女諜報員

私は、女諜報員。 任務は、この国の男性と結婚し、日常をノートに記録すること。 《指令1 一日の出来事を記録せよ。我が国との違いを把握せよ》 夜になると机に向かい、黙々と書いた。 数か月後、新聞のチラシに紛れて、メモが入っていた。 《指令2 買い物を記録せよ。我が国との経済の違いを把握せよ》 買い物から帰ると、レシートを広げ、商品名と値段をノートに写した。 私は結婚し、やがて子どもが生まれた。 届いた花束には、メッセージカードが添えられていた。 《指令3 子どもの成長を記録せよ。我が国の子どもたちの参考になるだろう》 私は、家族の日常をブログにアップした。 すると、編集者の目にとまった。 日記はエッセイに。 買い物記録は、主婦目線の経済書に。 育児記録は、若い母親向けのハウツー本に。 私の記録は本になり、評判が広がっていた。 玄関のチャイムが鳴る。 ポストには、メモが。 《指令4 今までの記録を全て本国に送れ》 私は、電子書籍のURLを書いた紙を封筒に入れた。

熱波

きみの面影を目にしないまま夏休み突入 とたんの熱波襲来 きみの熱にも僕は犯されて 好きを続ける 続けていく

小さい男

「ただいま」 「おかえり。遅かったね」 「帰りに献血してきた」 夕方、妻が買い物袋を抱えて戻った。 「一緒にドナー登録もしたよ」 「なに、それ」 「骨髄バンク。この前、言ったよ」 「あぁ、そうだったね」 夫が冊子を開いた。 「あなたも登録すれば」 「ん……」 「なに?」 「会社、休まなきゃでしょ」 「そうね」 「休む理由、何て言ったらいい」 妻はコーヒーを手に、椅子へ座った。 「正直に言えば」 「それってさ、いい人アピールしてない」 「じゃあ、体調不良で休めば」 「……バンクの人、会社に電話くれないかな」 「はい?」 「そしたら、さりげなくみんなに知れるでしょ」 呆れ顔の妻。 「そういえば、ママ。免許証の裏にドナーの丸も付けてたよね」 「人の役に立ちたいじゃない」 夫が免許証を取り出した。 「僕も丸しとこうかな」 「たまには、いいことしたら」 「ん……」 「今度はなに」 「手術台の上って、裸でしょ」 妻が天井を見上げた。 「なに言ってんの」 「下半身に布とか、掛けてくれるかな」 「聞いてみたら?」 夫の後ろ姿を眺めながら、呟いた。 「……器も小っちゃ」

浦島氏

朝起きたらお爺さんになっていた 部屋の姿見を見て愕然としてしまった。 お爺さんが黒髮のカツラを被っているように見える 僕は取り敢えず外に出ることにした。何だか部屋の中にいるのが嫌で、逃げるように外に出た。 街はいつもと変わらず何でもない普通の街だ 車の窓ガラスに自分が映る度に驚き、お店の窓ガラスに自分が映る度に驚いていた。 ただ、発見があった この姿になると色んな事に諦めがつく カワイイ女の子を見た時、付き合えたりするのかな。とか 格好良く思われるかな。とか ジムに行って筋肉つけようかな。とか 仕事で頑張って偉くなろうかな。とか これは、周りからどう見られるかどうかを、お爺さんになったので、気にしても仕方がないな。と思えるということなのだと思う。 この事がこんなに楽だとは思わなかった。今まで僕はこんなにも生きづらく過ごしていたと思うと不憫でならない 疲れたので公園のベンチに座る 年のせいか疲れが取れるのに時間がかかるが、その間景色を眺めたり、小鳥たちを観察したりと、そんな時間に幸せを感じる。 こんな事だったんだな 僕が欲しかった幸せはこんな事だったのかと涙を流している 暖かな陽気にウトウトして、そのまま寝てしまった。 鳥の声囀りが僕の耳に届く 意識を取り戻すと硬いフローリングの上でうつ伏せになっていた。 首には千切れたロープが巻き付いている

攻撃考

 何かイライラする。 煙草がキレテイルカラダ。 そもそものストレスの原因は自分にあるのだが吐き出す場所及び金がない。 包丁か火炎瓶を使いたい。 創作すればいいのだが。 愛を疑う。 しかし愛によって成り立っている生活。 慈愛を感じられないのは雄性のせいだろう。 強い奴に立ち向かえないオカマ逃げの弱キャラ使いは工夫をして立ち回る。 弱キャラ(自分) 強キャラ(敵対者) ここで1つ言いたいのは敵対者は強いのではなく強キャラを使っているということだ。 立場、立ち回り、技、手数、コンボの多さ。 カードゲームに例えるとフィールドの属性、相性など。 漫画で条件付けをして勝った気になる、というのを読んだことがある。 皆のためには勝たなくちゃいけないのだろう。 負け犬の歌。 強キャラの凱旋歌。 ノッていない。 強キャラの凱旋歌を歌ったことがあった。 何か解放感がなかった。 負け犬の歌は負け犬の歌なのだが評価はされる。 戦わないという攻撃。 矛盾。 マイケル・ジャクソンの領域展開。 何かオタク臭くなってきた。 昔オタクのお墨付きを貰った。 夜遅い。 オタク的に生活し商業主義に飲み込まれ過ぎないように(それも良し悪しだ)日々を考える。

廊下を走ってはいけません

 生徒同士がぶつかって怪我をした。  原因は、廊下を走っていたこと。    私は緊急学級委員会を開いて、クラスのみんなに問いかけた。   「廊下を走ってはいけません! 校則を守りましょう!」 「はーい」 「ほーい」 「うんち」    全会一致。  皆、校則を守る気はあるらしい。   「なので、廊下を走った人には罰を受けてもらおうと思います!」 「えー」 「ほーい」 「うんち」    しかし、破った時に条件を付けると、途端にしりすぼみになる。  守る気があるのなら、破った時のことなんて考えなくていいだろうに。   「具体的には、給食のデザートを抜きにします」 「えー」 「やだー」 「うんこ」    結局、誰も本気で校則を守ろうなんて思ってないんだ。  口先だけでいいことを言って、頭の中では舌を出している。   「はーい、そろそろ朝のホームルームも終わり。校則について考える、いい時間になったわね」    肝心の先生も、結果なんて求めてない。  皆で考えた、その過程が重要らしい。    本当、馬鹿らしい。  私の提起した問題が放置され、チャイムと共に授業が始まる。  つまんない。  なんて、つまんないんだろう。       「なにやってんの!?」    翌日、坊主頭にして通学したら、先生が血相変えて飛んできた。  別に、校則違反じゃないのに。  野球してる男子は坊主なのに。   「一時間目は自習! ちょっとこっち来なさい!」    私は校則を守らないやつらの視線に晒されながら、職員室へと連れていかれた、

のぞむところ

今日は、お気に入りの運動靴と足のすり合わせがいいぐあい ちょっと遠まわりしてみるかな その思いは、熱風が邪魔をする あっけなく気持ちはしぼんで、さっさと家に帰ってくる 麦茶に、ちょっとだけの砂糖と、牛乳と クッキーもひとつ、食べていいかな 返事がないのは「いいよ」のしるし 都合がいいのはオトナになった証 まったくさ、まったくね あああ、夏は夏のものしか食べなくなるんだよなあ 今夜は、あえての鍋料理、してみる? ふふん、のぞむところ 食べれるもんなら 自分とのたたかいは、きっと、汗にまみれて

あばばばばば

あばのばば様のばば様は 省略されてあばばばばばと呼ばれてる もちろん本人には言わない 言ってもたぶん問題はない あばばばばばは、ひどく耳が遠いから きっと何もわからない 意思の疎通もままならない そういう意味では 赤ん坊と会話してるみたいなものだ あばばばばば、と

夏休み

夏休み 登校日が 待ち遠しい 学校に行くのが ではなくて 君に会えるのが 「背、伸びたんじゃない?」 言ってくれたらいいのに

そういうことに驚かない自分に驚いてしまった

久々だからと 肉ばかりに なってしまった 帳尻合わせみたいに 野菜をとって ドラキュラみたく トマトジュースを飲む 電車の扉が 閉まるまぎわ 読んでいた本の 栞を 落としてしまった 栞を たすけようとして けれど扉が 肩にあたる 肩のその痛み以上に 強く 大きく 情けない気持ちになる 人も ねこも ニャアニャア言ってるバンコク 食べたマンゴー とてもおいしかった 民族衣装 わたしには 難易度高め 着てみれば よかったなあ 後悔 後悔 かるい後悔 笑顔のしかたを わすれてしまったわたしに それを思い出させてくれたのは 買いもの帰り 道ばたで出会った 名前も知らない しろいねこだった

バナナ食べたい

 月末で余計なものが買えない。 バナナ食べたい。 梅干しはある。 バナナ食べたい。 煙草もある。 バナナ食べたい。 知り合いに聞いたら近くでバナナ栽培しているところがあるらしい。 僕は外国人窃盗犯の思考になる。 奪い、食べる。 いかんいかんと思う。 台湾の知り合いがいればバナナ貰えるのに、と思う。 自分のバナナも萎びている。 夜が更ける。

祈りの届く場所

第 一 章 土 の 匂 い と 光 の 影 田舎の小さな町だった。真面目な子も、少し背伸びをして悪ぶっている子も、放課後になればみんな 一緒に自転車を漕ぎ、山側の公園を目指すような場所だった。 家にも学校にも、私には逃げ場がなかった。家庭の中に漂う殺伐とした気配と、絶え間ない緊張。外 へ出ても、小5の時に始まったいじめは日に日に陰湿さを増していった。無視や陰口から始まった悪意 は、上履きへの悪戯、教科書の糊付け、そして泥棒の冤罪へとエスカレートしていった。信用していたは ずの幼なじみに押さえつけられ、縄跳びで叩かれた時の冷たい衝撃と絶望感は、今でも肌が覚えてい る。 けれど、そんな暗闇の中で、いつも私の視界の隅にいたのが彼だった。 クラスで男女問わず人気があった彼は、小1からずっと隣の席や同じ班になり、写真をとればなぜかい つも隣に写っていた。小3の頃は髪を引っ張ってはニヤニヤしていたような不器用な奴で、班決めの時 には「しょーがねーなー」なんて不機嫌そうに言いながら、必ず私の隣に来てくれた。 ある朝、彼より早く登校した私の机の中に、荒らされた彼の道具箱の中身が数点入っていたことが あった。主犯の女子たちが仕組んだ罠だった。「好かれたくてわざとやったんじゃないの?」と周囲か ら冷たい声が飛ぶ中、学校に来た彼は、私の前に立ち塞がってクラス中に響く大きな声で言った。 「こいつがそんな事するわけないだろ。お前はそんな事はしない」 彼の一言は、集団の悪意に押し潰されそうになっていた私にとって、唯一の呼吸口だった。

見守り隊

ここは自然保護区 私はここで、絶滅危惧種のある一匹の動物の見守り隊をしている その動物は、朝は大体決まった時間にメインストリートを通り過ぎて行く よし、今日も生きているようだ 昼間は、森で見かけることが多い 森の中を彷徨いながら、たまにブツブツ鳴いている 何かを求めているのか、時々私の方に近づいてこようとする時もある 可愛い ヨシヨシって撫でたいな いやいや、私の仕事は見守ることだ 下手に接触したら、繊細なこの動物はストレスで弱ってしまう ごめんね あいにく君の好きな甘いものも、楽しい話も持ち合わせていないんだ 巣に帰って、ママに貰うといいよ 何も持っていないし、何もしてあげられることはない 私はただの見守り隊

helpme

{其処は暗闇} 『孤独』と言う闇に落とされた。 僕には何も見えない何も聞こえない。 誰か僕を此処から助けて…… 『悲しみ』と言う闇に落とされた。 僕は何も聞こえない誰か 僕を此処から引きずり出して…… お願いだから。 だけど、誰にも 僕の声は届いてないみたい…… 僕を此処から助け出して……

その癖

街のパン屋に入ってパンと珈琲を買う 広くはないイートインスペースで妻とお茶をしながら、カウンターで何でもない道路を眺める 散歩している犬がカワイイね。とか 犬を散歩している女性がカワイイね。とか 妻は、昔からそうだが、妻は、時折、ぐっと押し黙る時がある。 「どうしたの?」 「何か気に触ったかい?」 など質問しても「何でもない」と首を振るだけで答えようとしない 出会った時からなので気にしないで上げようとしている。 結婚してからも変わらないその癖が妻をミステリアスにしている。近いのに遠い。 「そう言えば、明日病院だから仕事は休みだよ。言ってたっけ?」 「うん、カレンダー見たよ」 「明日は休みだよね?」 「うん、お休み取った…」 「一緒に病院行く?行かないか」 「…行っても良いなら行きたいけど」 「そうなんだ。…つまんないけど大丈夫?」 「うん、本持ってくから」 「そうか…先生に新しい妻だって紹介しようかなぁ」 妻は声を出さずに下を向く それはどんな意味なのか分からないけど 悪くはないのであろうと自分に言い聞かす僕。 静かに妻の手を握る ぎゅっと妻も返してくる 妻が笑っている 僕も笑ってしまう

格安プランに求めるもの

「とにかく安いスマホが欲しいんですよね」    お客様は、あっけからんと言った。  しかし、これは最も怖い言葉だ。   「お客様、普段はスマホを何に使われてます?」 「ほとんど使わないんだよねー」    私はボキボキと指を鳴らした。   「電話は?」 「するよ。電話だから当然だろ」 「メールは?」 「たまにするかな。息子が電話出てくれなくてさ」 「LINEは?」 「一応入れてるけど、ほとんど使わないんだよね」     かけ放題オプションとメールオプション必須っと。   「動画とかは」 「たまに見るかな。テレビの代わりにちょうどいいんだ」 「それは、ご自宅ですか?」 「家でも外でも」 「ご自宅に、ワイファイはついてますか?」 「息子もそんな英語言ってたな。そりゃなんだい?」    詰んだ。  今の時代に電話とメールを使って、ワイファイなしの動画メイン使用。  高くならないはずがない。    パソコンで過去のデータを見ると、案の定。  こんな使い方をしていては、安い機種だと動画が見れないとクレームが入るし、高いプランにしないと通信料が耐えられない。  しかし、本人はいたって真面目に、使ってないつもりなのだ。    私はいったんバックヤードに引っ込んで、申し訳なさそうな顔で戻ってくる。   「おーっと、お客様申し訳御座いません! お客様にぴったりの機種、ちょうど在庫を切らしておりまして!」 「なにい?」 「すべて、ナフサ不足が悪いのです!」 「そうか。ナフサなら仕方ないな」    よし。  納得してくれるお客様だった。  もうひと声。   「もしかしたら、近くの家電量販店ならあるかもしれません」 「家電量販店だな? わかった、言ってみる」    お客様は、そのまま店を出て行って、車で家電量販店へと向かっていった。   「おーい。さっきのお客様が来店予約をしようとしたら、予約が全部埋まって見えるようにしといてくれ」 「はーい」    家電量販店は、うちより安くスマホを売ろうとしている。  つまり、ライバルどころか商売敵だ。  これくらいの面倒ごとを引き受けてくれて、ようやく対等と言うものだろう。    私はバックヤードに引っ込んで、最新機種のスマホで動画を再生した。  あー、疲れた。

避暑地

郊外にあるショッピングモール。 中央のホールに、老人たちが集まってきた。 「ここは涼しくていいわね」 「家でエアコンつけると、電気代がね」 老人たちは椅子に座り、世間話に花を咲かせた。 その光景を、二階のエントランスから店長が見渡した。 「よくもまぁ、こんなに……」 連日の猛暑。老人はさらに増えた。 「こいつら、赤っ恥かかせてやる」 閉店後、小さなステージを作り、入り口にくす玉をぶら下げた。 ──翌日。 店長がステージに上がると、何事かと人が集まった。 すると、入り口から見覚えのある老人が入ってきた。 ──ざまあみろ。 ひもを握る手に力を込めた。 そして、引くと同時に、マイクに向かって叫んだ。 「おめでとうございます! 三十日連続のご来店です!」 垂れ幕には、《電気代節約ご苦労様》の文字。 老人は垂れ幕を指さしながら、まわりの仲間たちに手を振った。 仲間たちが拍手で祝福をする。 「あぁ……」 店長は、冷たい風に揺れる垂れ幕を見つめた。

花火

アイツは来なかった 花火に行く約束してたのに 思い返してみると 確かにアイツは あんま乗り気じゃなかった でもさ…… 転校しちゃうなんて きいてない 何も言わないで行っちゃうとか なんだってんだよ そのことがあってから 花火のこと 嫌になってしまった

いい未来に興味はない

とある子供は知っていた。 知っていたというより、思っていた。 「お前は勉強に努力しろ。  いい高校に入って、いい大学に入れば、  いい会社につける。そしていい収入がもらえる。」 そして結婚出来れば更によし。 そういう親からは、いつも仕事や互いの愚痴をこぼされる。 だから、 せっかくいい高校に入っても、 せっかくいい大学に入っても、 せっかくいい会社に入れても、 結局は愚痴を零すほど嫌な生活になるんじゃないか。 頑張った結果が、最悪なものになるなんて嫌だ。 それに、昔から頑張ってきた事すべて、 親は「結果が出てないなら努力じゃない」なんて言って 否定してきたじゃないか。 頑張る意味がないのに、 頑張ることが出来ないのに、 勉強に時間を割く理由はどこにもない。 親にどうこう言われ続けて、 何もかもが面倒くさくなってきて、 好きなものも、やりたかったことも、 全部出来ないからそれに興味がなくなって。 残ったのは、「生」と「死」の選択だけ。 嫌いな事はあるけど好きな事はない。 死にたいとはたまに思うけど、 生きたいと思ったことはない。 「生」と「死」を悩む私の耳に届くのは、 今日も「未来」の話ばかり。

せいひつなよる

月明かりの下で うさぎが ひとつ ぴょんと跳ねる ペンギンが 「どこ行くの?」 うさぎを のぞき込む うさぎは ペンギンのことなんか 知らん顔で またひとつ ぴょんと跳ねる ペンギンは うさぎを じっと見つめる じっと見つめる じっと見つめる じっと見つめる しつこいくらいに じっと見つめる うさぎは やっぱり知らん顔で もうひとつ ぴょんと跳ねる うさぎは レタスがたくさん眠っている畑に 入っていく ペンギンが 「入ってもいいの?」 うさぎに 言葉をかける うさぎは ふり向きもせず ぴょんと跳ねる ペンギンは もう一度 「ちょっとさあ」 うさぎに向かって 言葉をかける うさぎは ふり向きもせず またひとつ ぴょんと跳ねる ペンギンは さらに 「ねえったらあ」 離れていくうさぎに 言葉を投げる うさぎは やっぱりふり向きもせず もうひとつ ぴょんと跳ねる しかたなく ペンギンは あとをついて レタス畑に すべり込む よさそうなレタスを見つけ うさぎは レタスをかじる しゃくしゃくと ここちよい音が 闇のなかにひびく うさぎは レタスをかじる うさぎは レタスをかじる うさぎは レタスをかじる ペンギンは うさぎを うっとり見つめる 夜空のお月さまが ふたりを やさしく見守っている しずかな畑に レタスをかじる音だけが いつまでも ひびきつづける ただ レタスをかじる音だけが

ですらぶ

 背中を激しい痛みが襲った。  私はどうやら、刺されたらしい。  医療の知識なんて全くないが、これは死ぬなあと直感で分かった。    誰に殺されたのかわからないまま死ぬのは悔しいので、倒れながら犯人の顔を見た。    強い男の顔だった。  心臓が高鳴った。  死ぬ間際、こともあろうに私は私を殺した相手と、恋に落ちたのだ。    このまま死ぬなんて嫌だ。   「恨むなよ」    犯人が呟いた。  恨むよ。  あまりにも短い初恋を押し付けてきたんだから。    私の体が地面に衝突する。  背中が痛すぎて、痛覚が麻痺しているのか、地面にぶつかったところは痛くなかった。  私は、壁にぶつかったボールが跳ね返るイメージを描いて、体を地面からぐんと戻した。  まるでメトロノーム。    起き上がった私を前に、周囲で上がっていた悲鳴がピタリと止まり、私の目の前にいる犯人は引き攣った表情をしていた。  格好いい。   「えいっ!」    私は、犯人が無防備にナイフを持っているのを見つけたので、その手首を掴んで犯人にナイフを突き立てた。   「え?」    多分、心臓にジャストヒット。  犯人の胸から血が噴き出し、私は血のシャワーを浴びながら再び地面へ倒れた。  今度は、起き上がる体力もない。   「ぎ、ぎゃあああ! 血がああああ! 死ぬううう! 救急車あああ!」    犯人の叫び声が聞こえた後、倒れる音が聞こえた。   「痛い痛い痛い痛い! 死にたくない! 誰かぁ! 助け……て……」    私は手を伸ばし、怯える犯人の体に優しく触れる。  私の初恋、現世で叶うことはなさそうだけど、あの世では叶いそうだ。  同時に死んだ人は同じ場所に行くんだって、死んだおばあちゃんが言ってたし。   「恨まないよ」    私は、最後の力を振り絞って声をかけた。   「人……殺……し……」    意識が途切れる瞬間、犯人の微かな声が聞こえた。    またね。

愛の在り方

好きの反対は嫌いって言うけどさ 本当の反対って、『無関心』なんだよ そして、愛することの第一歩は 『相手を信じること』 疑ってばかりじゃ、誰も愛せない、誰にも愛されない だからね、大切な人を信じる事を忘れないで 君を必要とする人が、必ず居るんだから その人の手を離さずに、未来を一緒に生きるんだ

相変わらずの僕ら つづき

「え?どこで知り合ったんだよ?」と僕 「ズルいぞ。紹介しろ」とラルク 「詳しく教えな」とポリス 「俺さ、詩の投稿サイトに登録してるんだけど」 「【ポエムの花】だっけ」僕 「野菜の?」ポリス 「写真見せてよ」ラルク 「俺が詩を更新すると必ずコメントをくれる人がいるって言ったじゃんか」ドラゴン 「言ったけ?」ポリス 「かわいいの?」ラルク 「時雨さんだっけ?」ハッピー 「うん、会いたいって言われちゃってさ♡」満面の笑みのドラゴン 「女子高生かぁ。制服見ればどこの高校か分かんだけどな」ラルク 「本当に女子高生なのか?」ポリス    頭ツンツンの見た目とは裏腹に、ドラゴンの詩は美しい。小学生の時に谷川俊太郎の詩に感激し、それから詩にハマっていたドラゴンは着実に実力をつけ、今では、綺麗な花を見た時のようなさりげない感動に似た詩を書く。確かにファンがいてもおかしくは無い。 「ちなみに、あのかわいい子は桜高校だね」 ラルクが俺の後ろの席にいる女子高生を指さして言う。思わず指された指に反応して振り返ると、こちら向きに座っている女の子が見えた。 肩にかかるすこし明るい髪 肌は白くソバカスが微かにある お行儀よく座って微笑んでいる 僕は後ろの会話に耳をそばだてる。 「今度の日曜日の映画行かない?」 「うん、いいよ」 「ミヨは観たいのある?」 「えっと…コナンとか」 「あはは。好きだね!コナン。良いよコナン観よう」 「コナンって!」と心の中で呟いてしまう。と同時にコナンが好きなんだ、とあの人の好みを知れた喜びもある。 「あっポリスポリス」 ポリスが言う。自分のあだ名がポリスだからか、パトカーを見かけると誰に言うでもなく「ポリスポリス」と言う。パトカーのバックに表示されているPOLICEを読んでいるだけとも思える。  窓の外を見るとパトカーが何台も通り過ぎる。近くで事故でもあったのか?  気づけばドラゴンが話を続けていた。 「だから一緒にいて欲しいんだよな」 「俺はムリ。その日はキックの試合があるんだ」 「俺も友達のライブでギター頼まれてんだよな」 そこで三人が声を合わせる 「ハッピーしかいないな」 「あっごめん、全然聞いてなかった」 僕は聞いてなかった事を素直に謝る 「今度の日曜日空いてる?」 「内容によっては空いてないかも」 「じゃあ空いてんだな」 「内容を教えろよ」 「ドラゴンがね可愛い時雨ちゃんと会うのに一人じゃ心細いから一緒についてきてほしいんだって」ラルク 「可愛いとは決まってない。オッサンかもしれないしな」ポリス 「夢を壊すなよ」ラルク 「頼むよハッピー」ドラゴン 「時雨さんが来たら帰るぞ」僕 「うんうん、それでもいいから!」 店内はワムのラストクリスマスが流れている 「やっぱり、あの子かわいいな」ラルク 「彼女に言うぞ」ポリス 「殺されるぞ」ドラゴン 「殺すね」ラルクの彼女 ラルクの隣の席に座った女性がラルクの脛を蹴った。 「痛い!何でお前がいんだよ!」 「殺す」 「す、すみません」 「許されないな」ポリス 「だめだね」ドラゴン 「あのさ」僕 「お、お前のほうが可愛い」ラルク 「死ね」ラルクの彼女 「俺さ」僕 「死刑だな」ポリス 「良い人だった」ドラゴン 「俺さタイに引越すんだよ」 そこで一瞬時が止まったかのように皆が止まる。そしていっせいに 「何で!?」 と言う。 ■タイのマクドナルド 店内はクリスマスソングメドレーが流れている。 十二月のタイ王国首都バンコクのマクドナルド 「俺さ初プロポーズしたんだ」ドラゴン 「何回もあってもな」ラルク 「いつ」僕 「今朝、空港で」ドラゴン 店内に日本人女性が入ってくる。白詰草の花のようなその人は四人のいる席に気付くと手を振ってこちらに来た。 「こんにちは、はじめまして時雨です」 ちょこんとドラゴンの隣に座る時雨さんは昔会った時よりも大人びて、さらに 素敵な人になっていた。 「時雨さん綺麗だな」ラルク 「本当、綺麗ね」ラルクの妻 「何でお前がいるんだよ!」 「俺に確認の連絡が来てさ。本当にタイ出会うのかって。良かったら夫婦で来たらって呼んだんだ」僕 僕は今、父の下でホテルの経営をしている。今回は皆を僕の手がけたホテルに泊まってもらうのだ。 「あんた中学生の頃から信用ないから」ラルクの妻 「言えよー」ラルク 「後で言うつもりだったけど、俺も今度結婚するんだ。ミヨさんと」 「おっめでたいね。ハッピーはセットになったんだ」ポリス 「実は妊娠も」僕 「おまけ付きか」ポリス 「おめでとう」ドラゴン 「おめでとうございます」時雨 「まだ付き合ってたんだ」ラルク 「ハッピーは一途だもんね」ラルクの妻 「ポリスお前は?」ラルク バンコクのパトカーが通り過ぎる 「あっポリスポリス」

初めての二人

駅の改札の外で待つ 初めてきた駅なのであちこち見てしまう 11:00迄、後5分。何とか間に合った いつもより少しお洒落をした。普段履かないスカートも着ている 胸がドキドキして飛び出てきそうだ 「ナオミさんですか?」 目の前には清潔感のある若い男性が立っていた。とても若い男性が。 二十代後半くらいで、少し長めの髪にスラッとしているが引き締まった腕。服の上からでも胸板が隆起しているのが分かる。顔は二枚目とは言えないが悪くはない。 「はい。ナオミです」 「良かった。俺は【ロマンスナイト】のタケルです。よろしくお願いします。俺で大丈夫ですか?」 「は、はい。よろしくお願いします」 「ナオミさんは、どこかご指定のホテルはありますか?」 「い、いえ。この辺はよく知らなくて」 「でしたら俺がご案内します」 タケルという男はスマホで近隣のホテルの情報を検索している。髪をかき上げている。首の横に聖母のタトゥーがある。 駅構内を歩く人々が気になって仕方がない。知っている人がいないように遠くの駅を選んだが、いないとは断定できない 「三時間の休憩で五千円ですが大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です」 タケルは「行きましょうか」と微笑む 彼はホテルの場所を分かっているのか迷いなく進む「直ぐそこです」 私も横に並んで歩く。前をあまり見れず俯いてしまう。 「手を握りましょうか」 彼は私の右手を優しく触れる。男性と手を握るなんて何年ぶりなんだろ。しかも自分の息子でもおかしくない歳の若い男性の手に触れるなんて初めてだ。 相変わらず心臓が飛び出そうだ 「いやぁ~、緊張するなぁ」 爽やかな笑顔で彼が言う 「そうなの?そんな風に見えないけど」 「いや、実は俺、今日が初めてなんですよ」 「え?」 「いや、一応、面接して、社長の前で実際にやってみて合格はもらったんですけど」 「初めての客が私ってこと」 「そうです」 「私もこういうお店を利用するのは今日が初めてなの」 「マジっすか。初めて同士ですね」 彼が爽やかに笑う 私も笑っている 「あっここです」 目の前には【エデン】という名のラブホテルがあった タケルくんが私の方を向く 「入る前に確認しないといけなくて、えっと、90分のスタンダードコースで良いんですよね?」 「はい」 「分かりました。ちょっと電話かけますね」 彼はこれからホテルに入る事をお店に連絡している。胸がドキドキしている。 部屋の明かりは暗くしてもらおう。 初めての人が彼で良かったと思っている。 次を利用するか分からないけど、今は少しワクワクしている。 彼がスマホをポケットにしまい「では」と私の左手を強く握る

天使と天使

クリニックの診察室。 男は困った顔で、ドクターに話し始めた。 「先生、時々、耳元で声が聞こえるんです」 「それはそれは……幻聴ですね。どんなふうに聞こえますか?」 「天使が二人、右と左で囁くんです」 ドクターはペンを止め、じっと男の顔を見た。 「天使と天使ですか。天使と悪魔じゃなくて?」 「はい。どちらも『自分が天使だ』と言い張ります」 ドクターは笑いをこらえ、咳払いをした。 「いや、失礼。珍しいケースですね。ふつうは善悪の対立があるものですが、両方が天使となると……判断が難しい」 「先生、僕はおかしいんでしょうか」 「おかしいというより、興味深い」 ドクターはカルテに走り書きをしながら、声のトーンを落とした。 「その二人の天使は、あなたに何を囁くんですか?」 「ポジティブな言葉を……『やればできる』って」 青年はうつむき、ため息をついた。 「ちょっと、うざいです」 「……わかりました。では、お薬を出しますから、様子を見ましょう」 「お大事に」 薬剤師から渡された紙袋には、耳栓が二つ入っていた。

複数の共通点

付き合って半年はじめての彼女で接し方が分からず、今まで気を使ってきたからか初めての喧嘩をしました。喧嘩の理由は本当しょうもない、ご飯どこで食べるかという…。 …いやよく今まで喧嘩しなかったな。というかもっと重いことで喧嘩するかと、(女の人と距離近すぎ)とか、(本当に私の事好き?)とかそういうものかと、いやなんで僕に非がある方ばかり考えてしまうんだ。 とりあえず今はデート中に喧嘩をしたので彼女と真反対の方向に歩いているだけなのですが… 「あの…」 彼女に似た声がして、自分に話しかけられた気がして後ろを振り向くと… 「鍵落としましたよ。」 彼女に声が似すぎたただの子供だった。 「あ、ありがとうございます」 なんて優しい子供なんだ。今の世界どこでも治安は悪いところは悪い。見て見ぬふりする人や盗んでく人も…また悪い方に考えてしまった。ぺこりと1度頭を下げてまた歩き始める。一瞬期待したのは彼女が謝りに来たかと思って…。 下ばかりを向いているから暗い事ばかり考えてしまうのだろうかと思い、頭を上げてみる。目の前には書店があった。いつも本や文房具を買いに来る時に来る場所。今では電子書籍があるから少しづつ本屋が無くなっているがここは無くならずにいてくれている。ここの街では一番大きい本屋だから。そういえば彼女とはお互い本好きがきっかけで仲良くなり始めて付き合うことになったんだ。どんな時でも彼女のことを考える。どのようにすれば謝って一緒にご飯を食べに行けるのかとか。そう考えながら書店へ足を踏み入れた。 彼女の本の好みは無限のようなもの、漫画でいえば少女漫画、ラブコメ、少年漫画、バトル漫画。小説でも同じような感じで、強いて本が好きだけど受け入れられなのは勉強の…これは僕も苦手。参考書などの本が苦手なのではなくお互い勉強が苦手なだけ。2冊程度買おうかな。 『ありがとうございましたー。』 やってしまった。2冊程度と思って選んでいたら15冊て…財布の中そんな入れてないから空なんですけど。頭の中で後悔しているけど自分の部屋に本が増えてその本で物語が読めるのならば安い方…来月バイトのシフト増やそう。早速店長に連絡… 『いいよー』 ちょうどシフトを作っていた時のようで直ぐに連絡が来てすぐにシフト表が届いた。うちは半月ごとに送るタイプなんだけど、あれ、休み2日しかなくね。思い切り入れたからか15日中2日しか休みがないことに気づいた。ヤバいて過労死しちゃうよ。とか言ってたらサラリーマンとかに失礼よな。いやでも2日しか休みがないって…自分が言ったことに後悔しつつも感謝のラインを送る。そしてスマホをポケットにしまい、近くのベンチに座る。そうしたら同じベンチに誰かが座ってきた。3人ほど座れるベンチだから別の人が来てもおかしくはない。チラッと見えた紙袋には僕がさっき行った書店の名前が…彼女やん。 「ごめん、ね。」 「あ、僕もごめん…なさい。」 お互い謝罪をできて一気にスッキリしたのか1人分空いて座っていた真ん中に彼女は移動してきた。「ほんと、ご飯の話でこんな喧嘩するとか…」 彼女は笑いながら喧嘩の後悔、反省を僕に話してきた。 「あの…本当にご…」 「いや!もう謝ったから、軽いことだし何回もごめんは言わないで」 明るい性格の彼女は僕を照らしてくれるかのように綺麗で輝いていて共通点があることに気づく前から君のことが気になっていて…。 「その本どうしたの?」 「本屋見つけたから寄っちゃって、そしたらこんなに」 「見てみて」 彼女は自分の持っていた僕と同じ紙袋を目の前に出してきた。中身を見ると… 「…買いすぎでしょ!何冊?」 「いうて30冊くらいだよー」 僕の倍…。そうか、ジャンル問わないなら色んな本買うんだ。 「来月バイト三昧です!」 ここまで一緒とか…奇跡というのか運命といえるのか。今はいいだろう。 後から聞いた話では、彼女は真反対に歩いてすぐ戻ってきたようで…。元々僕がベンチに座った時から気づいていたようで…。落ち込んでいる僕を見て近づいてきてくれたんだとか。

二千円の価値

 土用の丑の日だから、ウナギを食った。  一尾二千円。  牛丼がいったい何杯食えるのだろうか。   「……普通」    ゆっくりしっかり味わっても、俺の感動はそれだけだった。  ウナギが悪いわけじゃない。  ただ、相性が悪いだけだ。    さっさと平らげて、皿を洗って、スナック菓子の袋を開けた。  安売り百円。  片手で掴んで、バリバリ食べた。   「うめぇ! 幸せ!」    これが、あと二袋もある。  なんて幸せだ。  がめつくみっともなく、豚のように貪り食う。  高い物を食うことが美味いだなんて、誰が決めた。    資本主義の定義する幸せをぶっ壊してくれたウナギに感謝したと同時に、大きなげっぷが出た。

宿無し ❹夜(完結)

宛もなく川沿いを歩き 夜風を浴びながら鼻歌を歌うBさん 大きな橋の近くに来ると、猫の声が聞こえてくる 橋の下へ降りていくと広い砂利の川原に子猫がにゃあにゃあと鳴いている 親とはぐれたのか、腹が減っているのか、さみしくて泣いているのか知らないが、Bさんは側に行って撫でてやる 「待ってろ」そう言ってポケットに手をやるとパンの耳を2本取り出し1本を子猫に渡す。ハムハムと食べる姿にBさんは笑い。もう1本も子猫に上げた。 街を照らす半月は、虹の輪に捕まっている 「どうして残りを全部あげちゃうの?僕はまだ食べたかったのに!」 「この子はまだ小さくて一人ぼっちだ。可哀想だろ。お前は俺もママもいるじゃんかよ」 「そんなの関係ないよ」 「いいか。困っている人や動物がいたら、さっきの猫ちゃんみたいな奴がいたら助けるんだ。そういうもんなんだ」 「なんでよ」 「そしたら、自分が困ったときに誰かが助けてくれるから、だから…」 「そんなの信じられないよ」 「信じるんだ。ビリーブ。お前の名前は信人だろ?それは【人を信じる】と書いてのぶひとと読むんだ。お前はビリーブなんだよ」 「そうなの…どういうこと?」 「はははは!まぁその内わかるさ。見ろこの帽子買ってやるよ。ここにBって書いてある。これはお前の帽子だ。ビリーブ。人を信じて、困っている人を助けるだ。良い名前だろ。ママと一緒にが考えたんだ」 「ふ~ん」 夏の急な雨で川が増水する 子猫が逃げ遅れて川に流されている 水面が橋の直ぐそこまで上がっている Bの帽子を被った子が子猫を走って追っていく様子が橋の防犯カメラに映っていた。 激しい雨の音がする パンの耳を加えた子猫は既にどこかに消えていた 増水した川の上をBの帽子が流れていく

舞台裏

 夕方の喫茶店。かすかな光のもれるカーテンの端から、外を覗いた。二車線の車道を挟んだ向こう側に若い男女が何か思いつめた様子で話し込んでいる。 「もうすぐ入ってくるよ」  膝立ちしていたソファーから降り、カウンターに腰かけている男に言う。男は立ち上がり、汚れ一つない黒いエプロンを着ながら店の照明を少し入れる。 「大学生くらいの男女だよ。恋人同士っていう雰囲気もないけれど、距離は近づいてる感じ」  青年は無邪気に話しながら、カップの置かれたカウンターにつく。カウンターに入った男は「君の憶測は大体外れるからなあ」と悪戯っぽく笑う。 「この前も、カップルだって言ってた二人組はいとこ同士だったでしょ」 「いとこは難しいよ。それよりさ、今回こそはミステリアスな雰囲気でいたいんだ。何かを知っているような、隠しているような、そんな感じ」 「まあ、やってみればいいんじゃない」  男はエプロンの紐を結びなおしながら、扉の方を気にする。外からは若い男女の声が近づいてくる。男と青年は目を合わせ、それぞれの役に入り込む。男はカップを拭き、青年は思案顔を作ってみる。  ドアにとりつけてある鈴が音をたてて、店内の静かさを破る。

星が落ちた夏

 いよいよ、世界が滅びる日がやってきた。人々は口々にそう言って“皮肉”った。巨大隕石が地球に衝突して世界が滅亡するとの発表が、世界をひっくり返してから1ヶ月。まさか隕石の大きさを見誤っていて、実は滅亡なんてしません、なんて……本当に、誰が予測できただろう。 「大気圏にぶつかったら、燃えながら落ちてくるんやと」  シオは長い前髪を払い、無数の星が浮かぶ空を見上げてそう言った。ユズはその横で、蚊取り線香を腰に吊りながら、「それって危なくないんかな」と呟いた。  二人を含めた村の人たちは、集会所の前に集まっていた。世界が助かると分かった途端、誰かが「せっかくやけん集まろう」と言い出したのだ。みんなで綺麗な流れ星を見るぞーといったテンションで、祭のようにがやがやと騒がしい。自治会長の奥さんなんかは、世界存続のお祝いとかで、茹で落花生を振る舞っている。  村の中学生のユズとシオは、集会所の壁を背にあぐらをかいて、手にいっぱいの落花生をぽりぽり食べていた。リーンリーンと涼しげな虫の音がしたかと思うと、草がざわりと唸って、夜風が二人の前を通り抜けてゆく。そのちょっと青臭い匂いを嗅ぎながら、ユズはうっすらとしか見えないシオに話しかけた。 「今日は世界中、こんくらい平和やとええな。もう全員に地球存続の知らせは届いたかしら」 「まだまだやろと思うな。でも、人間はしぶといけん、きっとすぐに元の世界に戻るで」  暗闇から聞こえるシオの声は、声変わり中でかすれているが、低くて落ち着いている。ユズは少し安心してクスッと笑った。 「うーん、それはそれで。シオはどう? 元に戻りたい?」 「そうやな。俺は……今のままでも構わんかな。ユズと仲良んなれたし」 「ふふ、私ら相性最高やもんな。あの水汲みの時とか、タイミングバッチリやったで」 「あれはひどかったなぁ」  ケラケラ笑うユズに、シオも思わず吹き出す。一週間前、井戸から水を汲んでいた時、シオが誤ってユズにバケツの水をぶっかけてしまった事があった。あの日は一日中、思い出しては笑い転げたものだった。 「ねぇ、もしまだ水道が復旧せんかったらさ——」  ユズがそう言いかけた、その時だった。ちか、と空の彼方で何かが光った。村の人たちは、一斉に空を見上げた。  その瞬間、雷の何倍も激しい閃光が、夜空を引き裂いた。ユズは確かに、晴れ渡った青空を見た。胸がすくような、爽やかな晴天。山は鮮やかな緑を取り戻し、まるで燃え上がっているようだった。  隕石が光を放ったのは、ほんの一瞬だった。村はすぐに夜闇に包まれる。ゴロゴロゴロ、と雷鳴のような轟音が響き、人々は身を寄せ合った。 「シオ……!」  ユズはシオのTシャツの袖を引っ張って縮こまった。シオはくらんだ目であたりを見渡しながら、震えた息を吐く。地響きのような音は次第に弱くなり、やがて止まった。 「——終わった……?」  村の誰かが呟いた。しん、と一瞬耳が痛くなるような静寂が訪れる。途端に、村人たちはどっとため息や歓声をあげた。誰一人欠けてもいないし、怪我もしていない。みんな無事に、明日も生きられるのだ。 「ねぇシオ、私ら生きとるで!」 「ほんまやなぁ。あー、よかった」  シオは安堵の表情を浮かべて、袖をつかむ手をそっと包むように握った。ユズはパッと目を輝かせて、くすくす嬉しげに笑い出した。