駅の改札をくぐった先で、あたふたとうごめく人影が見えた。 「どうかしたんですか?」 私がたずねると、その人は「改札機に入れたら切符が消えちゃって」と不満げにつぶやいた。 私は、駅構内をぐるっと見回してから、「どの駅から乗られましたか?」と再びたずねた。 その人は言う。「井阪駅です」 「井阪駅から来たんですね。ここは、久具見駅です」 その人は一語一語、噛みしめるように「くぐみえきですか」と発する。まるで日本語を覚えたての外国人のようなしゃべり方だ。 「あなた、一度、井阪駅で改札を通ってきたでしょう」 「はい。切符に穴があいて、びっくりして」 「それは大丈夫ですよ。でー、目的の駅についたら、また改札をくぐりますね。その時、切符は改札機の中に吸いこまれるんですよ」 「どうして、さっきみたいに出てこないんです?」 「それでいいんですよ」 私のきっぱりとした口調に、その人は目を見開く。しばし考えこむようにうつむいて、再度その人は顔をあげた。 「じゃあ、消えた切符はどこに行っちゃったの?」 一瞬、頭がぽかんとした。ぽかんと口を開けて、私はあっと言うまもなく、ぽかん星人になった。ぽかーん。 私には、その人のしゃべる日本語の意味は理解できた。しかし、その人が何を言いたいのかは、さっぱり分からなかった。 ぽかん星人から人間に戻った私は、すぐに「改札機の中」と答えようとした。だから、目前のその人が「あっ、シュレッダーだ!」と叫んだ時は、かなり拍子抜けした。 私の頭の中で、繰り返し音が鳴っていた。ぽかーん、ぽかーんと。それでも「なぜ?」と質問せずにはいられなかった。 「私には、改札機の中身なんて分かりませんけど」とたじろぎながらも、「だけど、ほら、ありえる話じゃないですか?」と語るその人の表情は、ことさら楽しげだ。 「私が想定したのは、ワープです。切符は改札機に入ると、ランダムにどこかのシュレッダーへ送りこまれる。そして、排出された時には木っ端みじんとなる。だから私達は、まさか紙くずの中に、こなごなの切符が混ざっているとは夢にも思わないわけです」 私は、とにかくまだ分からないけれど、「そうかもしれない」とは思った。 その人は続ける。 「私は何も知りません。改札機の中や、シュレッダーの中が、本当はどうなっているのかを。例えば、転送装置だったり、アンドロメダ銀河だったり、スーパカミオカンデだったりがあったとしても、不思議じゃない」 そうかもしれない。今度は、腑に落ちる感触があった。 まっとうな解釈ではないかもしれないが、そうであるなら……という期待を抱いた私の気持ちはダマしようがない。 もう。その人は正面を見据えていた。どこか目的地があるのだろう。だから、はるばる電車でここまでやってきた。当然といえば当然の話だ。 けれども、まだ私には今一つ――というのは先程、その人の言っていたスーパカミなんちゃらもだが、それ以上に――分からないことがあった。 「どうして」 そこで声が止まった。どう言葉にするべきか、そもそも私は何を言いたいのか。私にもよく分からないのだ。 「どうしてシュレッダーなんでしょう?」 やっとのことで疑問を声に出しきった瞬間、しばし私はあぜんとした。私の発した言葉は、私の知っている言葉ではない気がして……。でも、答えはすぐに分かった。 これは、ぽかん星人の言葉だ。 その人が、私を見ている。その顔に驚きはあったものの、迷いはなかった。 「切符も旅くらいしたいでしょ」 まるで吹き抜ける風のようだった。 今度こそ、その人は前を向いた。そして一度も、こちらを振り向かずに歩いていった。 ふと、手元にあるカード入れを見つめた。三ヶ月前に買った定期券が、そこにはぴったりと収まっている。期限はまだ先だった。私にはそれが嬉しいことなのか、むなしいことなのか、よく分からない。 きゅっとカード入れを握りなおして。私は、次にくぐる改札機を思い浮かべてみた。一息ついて。いい。今はまだ、それでいいと思った。 おのずから、足を動かす。改札機から自分が遠ざかるたび、どこからか吹く一抹の風を、私はじっと正面から受け止めていた。
鼠色の短冊を握りしめて、家中を探し回った。 「青……黄色……っ、なんで赤がないんだよ! これかっ? ……橙色は探してねぇよっ!」 やっと見つけたと思ったら橙色と書かれていた。紛らわしい色合いしやがって。 ネットで見た胡散臭い噂などに、好奇心で手を出したのが悪かったのだ。それはわかっている。 「あった……なんでインク出ねぇんだよこんな時に!」 まず、黒い短冊に白いペンで願い事を書く。この時書く願い事は、七夕の前日に吊るすことで、猿の手よろしく誰かの何かを犠牲に成就される。 翌日の七夕当日、願いがかなったことを確認したら、日付が変わるまでに今度は、鼠色の短冊に赤いペンで『願い事はおしまい』と書いて細かく破り、灰にしなくてはいけない。 達成できなければ自分が笹となり、人々の願い事の重みでへし折れてしまうまで死ぬことさえもできなくなるらしい。 『永遠の命』のような存在しないものは無理らしい。というか、自然の理に反したような願い事をしてしまうと、こちらを笹だと勘違いしたパンダに人の姿のまま喰われるとかなんとか。 所詮はネットの噂だ。 どうせ叶うわけがない。 だから、無理であろう願いを短冊に書いた。 「なんで叶うんだよ……叶わないんじゃないのかよぉ」 やっと見つけた赤ペンはインクが出ず、他に赤ペンは見つからなかった。 時刻は二十三時五〇分。タイムリミットは目の前だ。 「…………ふぅ……っ、痛って、ぇ」 コンパスの針の先端を指に突き刺した。こういう時は包丁を使ったほうがいい気もするが、キッチンで母に遭遇したら言い訳が難しい。 丸い玉状に盛り上がった血にペン先をつきたて、震えて読みづらい字を短冊に綴った。 細かく破いた短冊は血があちこちに付き、嫌なまだら模様になっている。小さく主張する痛みを黙殺しながら、用意しておいた灰皿に短冊の破片を落とし火をつけた。 指先の血よりも赤い火に飲み込まれ、短冊はあっという間に鼠色から墨色に変わる。 「何時だ!」 壁掛時計の針は〇時三分頃を指している。この時計は五分程度進んでいるから、今はギリギリ〇時少し前くらいのはずだ。 「間に合ったか……………………良かっ、」 安堵の息を漏らしかけた時、部屋の扉が開いた。 大きなパンダが一頭、二本足で立ってこちらを見ている。 「そうそう! その時計ね、直しておいたの。ちゃんとした時間わからないとあんた困るでしょ」 パンダは母そのものの声で、口の両端を人間の様につり上げて笑いかけてきた。 『いなくなった母さんに帰ってきてほしい』なんて願わなければよかった。
ドンッ 「あっ、すみません。」 「いえ、こちらこそ。」 ぶつかったはずみに外れたグラスを拾い、しっかりとかけなおしてから私は顔をあげた。 ぶつかった相手の顔が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。 くっきりとした目鼻立ち。 髪は明るい金色に染まり、両耳には丸いピアスが光る。 私とは何もかも、正反対の女性。 『……適合度、20パーセント。価値観の違いから、トラブルになる危険性アリ。関わることはあまりオススメしません。』 グラスが骨伝導で冷酷に告げてくる。 そんなことわかってる。 でも、どこかで期待している自分もいた。 そのことにまた、腹が立つ。 「じゃあ……、これで。」 私は目をそらして、さっとその場を離れた。 彼女もきっと、数秒後には踵を返して、眩い夜の街に消えた。
ヤニの吸いすぎで気持ちが悪い。 打ってしまったワクチンと打ち続けている眠剤が煙草と反作用して身体の中で反応を起こしているのだろう。 僕の身体の代替パーツは今どこら辺まで製作されているのだろう? 偉い妄想だ。 僕の脳は取り出された。 病院の培養液の中だろう。 偉い妄想だ。 遠隔操作で動く人造人間は(ゴリラは)グルメ達に狙われる。 僕の脳は解析済みなので思考は筒抜けだが様々な科学者や医者によって分析、培養でもされているのだろう。 たかだかIQスコア94の一般人に皆偉いご執心だ。 まあIQもアメリカが作った指標だしな。 社会適応度。 でも僕の心臓は動き続ける。 マッドサイエンティストの気持ちはわかるが(誰かを犠牲にしなければ世の中が発展しないのも文明が次の段階に進まないのも) 偉い妄想だ。 極大の世界と極小の世界。 気が狂って銃を乱射する前に誰かの話を聞き話さなければ。 皆の考えていることや話していることがわからなくなる前に動かなければ。 鳥の声を聞き作物を作らなければ。 創作をしなければ。 本来的に強すぎる奴は疎まれる(皆そうではないのだ) 僕は最弱(しかし反転させられることによって最凶の暴虐者と化す) 何かのラノベの設定みたいだ。 全ての事がわかる、とはまだ(まだというのは傲りかもしれないが)言えない。 1番になりたかった。 でも今はビリッケツでいい。 1番ビリッケツでいいという奴は皆があいつやる気がねーから奉ろうぜって事なのかもしれない。 漫画を読んだ。 本来的には幸せになりたい(しかし犯した罪は重い) また堂々巡り。 お腹が減る。 食事が最低限になり痩せてくる。 煙草を辞め歩けばまた復活するのはわかっている。 冗談がないので少し軽口を叩きたい。 世界平和。 でも荒くれ者は「知らねーよ!」って言うだろう。
始発点と呼ぶにはあまりにも遅くて、終着点というにはあまりにも序盤で。 そんな、未だ道の途中に立っている私は静かに、その列車を待つ。どこへ向かうかもわからない、ダイヤグラムなんてない、そんな列車を。 まるで無限にも感じられるような時間を、ただ待つことに費やしていた。 世界を眺める中で私は、この世界の在り方を知った。 雲の隙間から差し込む光彩。乱反射する水面はたまの風に凪いで、遠く広がる。 朝焼けとも夕焼けとも呼べない、少し褪せた色彩を纏うその地平に、いつしか心を奪われてしまっていた。 「あの景色の中に、消えることができたのなら」 「いつかの世界に、還ることができたのなら」 思考を許して呟くのは、そんな言葉。何処へも行けない、何者にも成れない私の、ささやかな苦しみ。 吐き捨てることもできず、内に留めておくだけで、私は何も変わらないのに。 「そんならそれでいいじゃないか!」 傍で笑う君は鮮烈に、私の心に溝を残した。それを埋めようと必死だったのは、他でもない私で。 今は聞こえないそんな声に、どこか心を閉ざしていた。 「とりあえず生きて、あとはそれから」 「たったそれだけで十分だから!」 軽快に、そして鮮やかに、君は笑う。遺してくれたたったそれだけの言葉が、やけに五月蠅く頭で響く。 「……わかったよ」 仕方ないな、と口にする間もなく。 開いたその奥へ乗り込む。 今から向かうのは未来。決まり切っていない、私だけの未来。 ほんの少し閉じ籠っただけの心だけを頼りに私は、またこの時間を縫うように走り出した。 瞳の奥で、世界が弾けた。
初恋だった。 その見た目に、その声に、その振る舞いに。 全てに惹かれた。 ぼくの人生が破滅しても、君だけは幸せにしたいと思った。 わかっている。 これは呪いだ。 君の苦しめていた君の恋人を殺してしまったのは、間違いなく君のせいだ。 泣きわめく君の背中が良く見える。 その背にナイフを突き立てるべきか、それとも自分の首に突き立てるべきか。 君に魅了されたぼくには、どっちが正解なのかわからなかった。
クリニックの診察室。 男は困った顔で、ドクターに話し始めた。 「先生、時々、耳元で声が聞こえるんです」 「それはそれは……幻聴ですね。どんなふうに聞こえますか?」 「天使が二人、右と左で囁くんです」 ドクターはペンを止め、じっと男の顔を見た。 「天使と天使ですか。天使と悪魔じゃなくて?」 「はい。どちらも『自分が天使だ』と言い張ります」 ドクターは笑いをこらえ、咳払いをした。 「いや、失礼。珍しいケースですね。ふつうは善悪の対立があるものですが、両方が天使となると……判断が難しい」 「先生、僕はおかしいんでしょうか」 「おかしいというより、興味深い」 ドクターはカルテに走り書きをしながら、声のトーンを落とした。 「その二人の天使は、あなたに何を囁くんですか?」 「ポジティブな言葉を……『やればできる』って」 青年はうつむき、ため息をついた。 「ちょっと、うざいです」 「……わかりました。では、お薬を出しますから、様子を見ましょう」 「お大事に」 薬剤師から渡された紙袋には、耳栓が二つ入っていた。
「検査の結果、貴方はこの体の本来の人格でないことがわかりました」 科学が発達するのも考え物だ。 ぼくの人格が、幼少期のストレスから身を守るために産みだされた人格だとは思わなかった。 「今から手術を行います」 でも、本来の人格は、二歳から眠ったままなら、この体はぼくのものだと言っていいんじゃないのか。 今更本来の人格が呼び戻されて、それって幸せな事なんだろうか。 こくこくと頷く両親。 いや、両親だと思っていた人たち。 麻酔で動かないぼくの体は、あっけなく手術室に運び込まれた。 「……ごめんね」 医者が、ぼくの体に注射を打ち込む。 しばらくして、思考にモヤがかかり始める。 次にこの体が目覚めた時、いったいどうなるのだろうか。 ぼくは、目覚めるのだろうか。 抗いようのない眠気が襲って来て、ぼくは脳からの指令に従い、目を閉じた。
『伊勢海老がうめぇ!』 写真が届いた。 『いいね』 スタンプを返しておいた。 若い頃なら、きっと羨ましがっていただろう。 でも今は、高い飯よりもっと食べたいものがある。 「パパー。ママー。できたー。スクランブルエッグー」 「すごーい。見せてー!」 我が子の作る飯は、どんな高い飯よりも素晴らしく感じる。 自分が、高さに価値を感じなくなったのはいつからだろう。 決して、お金に対する欲望から解放された自分の方が、伊勢海老に感動している友達より上だという気もない。 お金に執着をしてバリバリと働いていた頃の自分も、記憶の中で輝いているから。 「いただきます」 「はい、召し上がれ!」 ただ、お金がなくても幸せを感じられるという、新しい幸せの形を知ったことは、きっと自分の成長ではある。
「また来てくださいね~」 「はい、次の方こちらへ来てください…」 チェキを受け取りライブハウスを出ていく 今月は渋谷のこのライブ以外は地方で行けない。 ただ明日、七日に、年に一度のライブが大阪である。全国の地下アイドルが集まってイベントを行うのだ。スペシャル企画では、ファン投票で選ばれた7名が一夜限りのチームを組む、言ってみれば地下アイドルのオールスターチームだ。 絶対に行きたいが、バイトが休めず行けない。まぁお金も無いけど。 去年はバイトが休めたので行けた。 会場は有明だったのがラッキーだったと思う。 イベントは盛り上がり大いに楽しんだ。 帰り駅に向かって歩いていると、暗い路地に若い女性が間隔を空けて立っているのが見えた。何の変哲もない暗がりでスマホを見ながら5〜6人立っていた。そのうち、男性が来て一人の女性と話をしている。 (待ち合わせの人が来たんだな)と思っていると、今度はその隣の人に話しかけ、結局その二人は直ぐそこにあるラブホテルへ入って行った。 気にせず帰ろうと歩き出すと悲鳴が聞こえた。 切迫感のある悲鳴に思わず反応してしまう。 見ると、さっきの二人がホテルの前で揉めている。 男性は女性の手を引きロビーに引き込もうとしている。それを全力で抵抗しているさっき女性。 少し遠くて話の内容が聞き取れないが「たすけて」だけは聞こえた。 多分、どうかしていたのだと思う 地下アイドルの全国イベントで飲めない酒を飲んだのもある。地下アイドルオールスターセブンを見れて気分が高揚しきっていたのだろう。物販がパンパンに入った袋を持ったまま、僕は走り出していた。 ホテルのロビーに近づく 「今更駄目だとは言わせねえぞ。金払ったろ!」 「マジ無理。ヤダヤダ!本番はやってないって言ったじゃん!」 「うるせーよ!早く行くぞ!金なら払うから」 「誰がたすけて!」 気が付くと僕は男性にそのまま走って突っ込んだ。オジサンも僕もつんのめって床に倒れ込んだ。 「きゃー!」 「何だてめぇは!」 女性は走って逃げ去る 僕は我に返って「すみません」と謝って走って逃げた。オジサンは怒鳴っていて怖かった。家に帰ると推しのコップが割れていた。 苦い思い出にふけっていると渋谷の駅の側まで来ていた 駅は人混みて溢れている。 明らかに何かあった混み方だ。駅に着くと人身事故の為、暫く電車が動かないとアナウンスが鳴る。終電で人身事故。きっと途中までしか帰れない。 最悪だ。 適当なベンチで途方に暮れていると 「…すみません」 と声をかけられた 顔を上げると、若い女性が立っている 「な、なんですか?」 「私の事を覚えていますか?」 その声で分かった。僕がこの一年間で関わった唯一の女性。去年「たすけて」と叫んでいた子。 「あ!」 と思わず指さす 「あの時は、すみませんでした。本当にありがとうございました」 「いや…自分もわけも分からず突っ込んじゃって…」 彼女が言うには、あの日初めてウリをしたらしい。そして自分には出来ないと悟ったようなのだ。僕のおかげで汚れずに済んだと笑っている。 「電車止まっちゃいましたね」 「そ、そうなんだよね」 「カラオケにでも行きますか?奢りますよ」 「え…いや…」 「嫌ですか?」 「歌苦手で…」 彼女は大きな声で笑っている 時刻は0時を回っている。
第一条 生命維持装置および死亡に至るまでの薬剤注入を行う際は、医師の指示に従い、本人、家族または後見人が装置の電源の入切操作を行うものとする。 第二条 前条の行為について、国および医療機関は一切の責任を負わない。 ある晴れた日の午後、六十九歳になった男は、届けられた封筒を開けた。 「いよいよか……」 男は決められた書類を揃え、相談窓口へ向かった。 「どうぞ、お入りください」 物腰の柔らかな女性が声をかけた。 「ご覧になりましたか」 「はい」 「では、率直にお答えください」 「迷ってます」 「皆さん、最初はそうおっしゃいます」 女性は微笑みながら、うなずいた。 「流れを教えていただけますか」 「はい。もちろんです。尊厳死について理解していただけたら、今までお支払いになった年金を全額お返しいたします。そして、政府から少額ですが、お祝い金が支給されます」 二十年ほど前、政府は『尊厳死還付支援金等に関する法律』を成立させた。 「サインしないとどうなりますか」 「はい。今まで通りの生活をされてください。個人の自由は保障されます」 「もう一ついいですか」 「はい?」 「痛いですか」 「いいえ。薬剤を入れると、眠るように……」 男は目を閉じた。 部屋には、空調の音だけが聞こえていた。 「まだ時間はありますから、よくお考えになってください」 自宅に戻った男は、畳の上に横になった。 返金額が書かれた紙を取り出し、天井を見上げた。 そして、深いため息をつく。 台所には昨夜の食器がそのまま置かれていた。 一ヶ月後、男は窓口へ向かった。 「どうぞこちらへ……お決めになりましたか」 「……はい」 男の少しこけた頬が、静かに笑っていた。
「コンペイトウ食べたくなってきた」 キミは真顔で「なってきた」 念を押した 「そう言うと思ってさ」 僕はポケットから取り出す 「さすがね」 「まあね」 「七夕だし、結ばれてあげてもいいよ」 まったく、強がっちゃって 僕は、お姫さまの手を取った
郊外のアパート。 母親と、幼い二人の子どもが暮らしている。 「こんなこと言える立場じゃない……」 壁にもたれ掛かりながら、スマホの画面を覗いた。 そこに映る、満足げな顔の人たち。 母親は、迷った指でタップした。 数日後、荷物が届く。 「ママ、開けていい?」 「いいよ」 「お菓子あったよ」 箱の中には、食材と数年前に流行ったキャラクターのTシャツが入っている。 「月末まで……これで何とか」 子どもたちがお菓子を頬ばった。 母親はレトルトを手に取り、裏を見て苦笑う。 「……食品ロスには役立ってる」
一年前の同じ日からだ 三百六十四日、片想いを続けている 今日、三百六十五日目 私はアイツに想いを伝えた 「知ってたよ」 「な? え?」 「一年前だよな」 「ちょ…… 知ってて」 「ごめんな」 長かった片想い やっと終わった
地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「大変なことになりましたね」 「これはまずいよ」 重い扉が開き、総理と防衛大臣が入ってきた。 「ちょっと緊急事態でね」 正面のスクリーンに映像が流れる。 その前で、防衛大臣がマイクを握った。 「あの国が不穏な動きをしています」 会議室に緊張が走った。 「何をたくらんでる?」 「おそらく、ミサイルを……」 「うちの防衛システムは大丈夫だよね?」 「はい。着弾することはないと思いますが……こればかりは」 閣僚たちが頭を抱えた。 ──その時。 『ミサイルが発射されました』 緊急アナウンスが流れる。 「とうとう一線を越えたか……」 総理が防衛大臣に視線を送った。 「反撃しなさい」 「はい」 窓際に置かれた椅子に、総理が体を預けた。 「私の判断は……」 涙が落ちた。 「ちょっと、あなた」 妻が声を掛けた。 「また妄想してたでしょ」 「国会も終わったし、ちょっとハラハラしたくて」 「で……私、また死んだの?」
『抜きの対応、始めました』 行きつけのラーメン屋で、妙な看板が上がっていた。 店に入ってカウンター席に着くと、さっそく事情を訊いてみた。 「大将。表の看板って?」 「ああ、実はな。俺のラーメンは、味のバランスを一から十まで拘りがあっから、今までトッピングの抜きは断ってたんだ。だが、何を抜かれようが旨いラーメンを出す。それこそが、ホンモノじゃねえかって思い始めてな」 人生、何度か転機があるものだ。 大将の場合は、今がそれなのだろうと、素直に感心した。 「大将、注文ー!」 「あいよ!」 カウンターの左端に座る客が手を上げた。 大将がそちらへ向かったんので、俺はメニューを手に取った。 今日は何にしようか。 拘り味噌か、拘り醤油か。 「拘り味噌ラーメン。メンマ抜きで」 「あいよ!」 どうやら、さっそく抜きが頼まれたようだ。 ちらりと顔を見てみると、常連の一人だ。 いつもメンマを辛そうに食べるから、印象に残っていた。 メンマが苦手な人間でも、大将の旨いラーメンを最後まで美味しく食べることができる。 他人事ながら、何故か俺が嬉しくなった。 抜き。 シンプルだが、素晴らしいシステムだ。 「大将、注文ー!」 「あいよ!」 「拘り味噌ラーメン。トッピング抜きで」 「あいよ!」 待て。 抜きすぎだ。 大将のラーメンはトッピングからにじみ出る味を加えて、初めて完成する。 それはもう大将のラーメンではなく、ただの素ラーメンだ。 「大将、注文ー!」 「あいよ!」 「拘り味噌ラーメン。スープ抜きで」 「あいよ!」 おい、どこを抜いている。 それはただの油そばだ。 卵を落として、卓上調味料のオリジナルブレンドで味付けでもする気か。 「大将、注文ー!」 「あいよ!」 「拘り味噌ラーメン。麺抜きで」 「あいよ!」 ラーメンのメンを捨ててどうする。 それはただのラーメン味のスープだ。 拘り味噌汁だ。 「大将、注文ー!」 「あいよ!」 「拘り味噌ラーメン。茹で抜きで」 「あいよ!」 ジーザス。 それはただの……なんだ。 茹でる前の麵って何て言うんだ。 いつの間にか、大将が俺の前に立っていた。 なんだろう、今までにないプレッシャーを感じた。 まるで俺も、この大喜利のごとき抜きに参加しないといけないような、意味の分からないプレッシャーを。 「注文は?」 俺は逃げるようにメニューに視線を落とし、目に入った言葉を読み上げた。 「拘り味噌ラーメン。『拘り』抜きで」 「あいよおおおおおおおおおおお!」 俺の目の前には、器と箸だけが置かれた。 翌日、看板は撤去されていた。 ついでにあの日、カウンターに座っていた人間全員出禁になった。
「なんてことだ!」 天才恋愛作家として名を馳せた俺。 いよいよ童貞主人公とヒロインが結ばれ、ハッピーエンドの初夜を描こうとしたのだが……書けなかった。 いつもであれば指揮者のごとく滑らかに振るわれるゴッドフィンガーも、先程から石化でもしたかのように動かない。 おう、まい、ごっど。 俺の頭の中に、一つの言葉が浮かんでくる。 『作家は経験したことしか書けない』 という残酷な一文。 確かに俺は童貞だ。 認める。 だが、夜の描写は、エロ動画を何度も見て履修済み。 書けないはずがないのだ。 気分転換にコーヒーを飲んでみても、筋トレをしてみても、状況は変わらず。 文字数が一文字たりとも増えることはない。 頭をこねくり回し続けること一日。 俺はようやく原因がわかった。 「はっ! まさか、エロ動画にはどちらも初めての役者がでてこないから、俺は初夜が書けないのか!」 俺は絶望した。 あまりの絶望に、壁に向かって倒立をし、バランスを崩して床に倒れた。 「あーっはっはっは! まさかこんなところで、天才恋愛作家である俺が壁にぶつかるとは!」 もはや笑うしかなかった。 俺は床に大の字になって、狂ったように笑った。 口の中が空からになるまで笑いつくした後、俺は天才としてのプライドを護るために決めた。 「よし。恋人作って初夜を経験しよう」 完全に狂っていたが、今の俺にはこれ以上の案が出てこなかった。 そうと決まれば、俺は担当編集に電話をかけた。 「もしもし?」 「初夜を経験したいので、女の子紹介してください」 「……からかってるなら切りますよ? 私、こう見えて結構忙しいんですよ」 「本気です!」 「本気ならさらに切りたいです。そんなに経験したいなら、夜のお店にでも行ったらいいじゃないですか」 「何を言ってるんだお前は。夜の店だと、相手は初夜じゃないだろう」 「何を言ってるんだお前は」 担当編集に今までのことを説明すると、担当編集は渋々納得してくれたようで。 電話を切った後、近くで行われる街コンの情報をメールで送ってくれた。 担当編集の好意は無駄にはしない。 俺はさっそく一丁裏に着替え、街コンへ繰り出した。 そして撃沈した。 「うえっ……うえっ……うおおおおおおん!」 「はーい、よしよし。泣かないでください」 まさか、街コンがあんなに恐い場所だったとは。 話しかければ苦笑い、酷い時は無視。 天才恋愛作家の俺の心は、雑な宅配業者に運ばれたポッキーやプリッツ並にバキバキだった。 最近降られたバキバキ童貞もこんな気分だったのかと思えば、バキ童チャンネルを見てまた泣いた。 「大丈夫ですよ。恋人を作る手段は、街コンだけではありません。合コン、マッチングアプリ、出会いバー。好きな物を選んでください」 「ここまで来たら、なんでもやってやる!」 俺はがむしゃらに挑戦した。 そして全滅した。 「~~~~~~~~~~~~~」 「せめて声を出してください」 俺は三日間、執筆を止めて部屋に閉じこもった。 ご飯は全部マクドナルドのデリバリー。 時々すき家。 チーズ牛丼の美味しさが心に染みた。 三日三晩泣き叫び、いっそ清々しくなった心で机に向かう。 根を張ったように動かなかった手が、信じられないほどの速さで動き始めた。 その後、俺は完成した新作で、翌年のなんたら小説コンテストの大賞を受賞した。 「おめでとうございます、先生! いやまさか、もう体を重ねるだけってタイミングで、新ヒロインが登場するとは。こんなの誰も予想できませんよ。さすがは、天才恋愛作家」 俺はゴールドに輝くトロフィーを抱えながら、最高の笑顔で返事をした。 「まったく嬉しくない」 新作発売後のエゴサで見つけた一文は、未だに俺の心に残っている。 『この作者、絶対童貞w』
1 今日こそドーナツの穴を食べてやるぞと意気込みカフェに来た。カフェにはあんドーナツしかなかった。 2 がーん。いい鐘の音ですね。 3 ドレミファソラシド。これくらいなら弾けます。 4 「神よ、なぜ我々をお見捨てになったのですか」 「やる気が出たから天罰を下しているだけだ」 5 2人の酒飲みはどちらが酒を買うかコイントスで決めることにした。しかし2人はキャッシュレス派だった。 6 彼は5歳のころ神童と呼ばれていた。10歳の今は童と呼ばれている。 7 私の町には樹齢300年を超える大木があります。明日伐採されるそうです。 8 川で子供の靴を見つけた。上流では子供が古くなった靴を捨てていた。 9 AIの発展はすさまじく、その進化は止まる事を知らない。その証拠に、先日自動運転の車がスピード違反で切符を切られたそうだ。 10 恰幅の良い男性の背後に青白い肌の女性が立っている。ちょうど日陰になるのだ。
老いた男は、原稿を鞄に入れた。 そして、最後の一枚を書くためにホテルへ向かう。 「あなたって人は……」 玄関で見送る妻の目は、涙で潤んでいた。 今まで、たくさんの論文を書いた。 学生を前に、熱く語った日もあった。 そう、『生きるとは何か』。 「この論文が最後。私の集大成。生きた証」 ホテルの机に、原稿用紙と万年筆、小さな瓶を置いた。 男は椅子に座り、筆を走らせる。 最後の一行。 『生きることとは……』 静かに筆を置く。 窓の夜景を見ながら、錠剤を取り出した。 妻の顔が浮かぶ。 「今まで、苦労をかけた」 男は小さくうなずくと、掌の錠剤を口へ運んだ。 そして、寝室の扉を開けた。 ──カチャ。 「お客さん、早くしないと時間終わるわよ。 それとも、延長する?」
「それじゃあ、遊ぼうぜ」とレイがどこからともなくボールを持ってくる。その周りをミミも飛び跳ねて回っている。お祭り騒ぎだ。 僕はリッカと顔を見合せて、仕方ないから付き合おうというような優しい顔をした。 そのとき、孤児院の玄関が開いた。そこには息を切らしたカウルと、インダとユキがいた。 「間に合った」 カウルは口元をバターで光らせながら、レイの元へ駆け寄っていく。 「何するんだ? ボール当て鬼ごっこ?」 「そうだなあ」 レイはカウルの言葉にすぐに乗っかろうとした。しかし、僕の顔を見て少し考えるようにボールを抱えた。 玄関前ではインダとユキが何かコソコソ話しているのが見える。あの二人も姉妹なのかな。でも、髪色が違うし。 「同じ遊ぶなら、トガも分かる遊びをした方がいいな」 「トガも分かる遊びって、例えば?」 二人が僕の方を見る。 「え、あー、遊びか。僕、あんまり遊んだことないからよく分かんないけど、それは投げるんだよね?」 「そこからか」 レイは頭を抱えたが、カウルは「そうそう! 投げたり蹴ったりするんだよ」と目を輝かせる。この子の方がボール遊びには詳しいのかもしれない。 女の子の視線は冷ややかに感じられる。気のせいだと思いたい。 「じゃあ、ボール投げしよう。落としたら、お昼のデザート、半分この刑で!」 「いろいろ食べたいだけだろ、レイ!」 二人は広い方へ走っていく。 「雨はまだ大丈夫?」 僕がリッカに問いかけると、「まぁ、まだ」と屋根の方を見上げた。屋根の上を流れていく雲は、いつもよりも速く見えた。 「始めるぞー! インダとユキはどうする?」 「私はここで見てる!」とインダは玄関前の段差に座り込み、ユキも「じゃあ」と座り込んだ。 「なんだ、面白いのに」 カウルは二人して遠くに座り込むのを面白く感じていないみたいだった。それをレイが慰めている。この二人は親友という感じがする。 リッカは「四人の方がいいでしょ」と腕まくりをした。やる気十分だ。僕も服を肘まで押し上げた。多分これであってる。僕はリッカを見た。 「それじゃあ僕とカウルがチームで、トガはリッカとチームね」 「リッカ、結構強いから、ボールはこっちからでいいよね、レイ?」 「いやいや、向こうにはボールを知らないトガがいるんだから、ボールは向こうからだよ」 「えー」 そう言って、ボールはこっちに転がってきた。それをリッカが拾うと、「はい」と僕に手渡した。 「リッカから投げてよ」 「いいよ、トガから投げて? トガの投げてるところ見てみたいから」 僕の両手の平の上に乗るボール。何年も前から大事にされてきたのだろう。お前にとっても天国だったんだな。僕はボールを持って、投げるような構えをとった。 レイとカウルは警戒して、姿勢を低くする。 「それじゃあ、投げるね」 僕は勢いよく腕を振り、ボールを前に飛ばした。遠心力で外側に逸れるのを抑え、レイの胴を目掛けて、一直線に。 レイは自分を捉えて逃がさない速球に目を疑いながら、吹き飛ばされた。地面を転がっていくボール。そのまま茂みにぶつかって、止まった。 一瞬の出来事だった。 リッカの怖がるような目。 カウルの神業を見たような無邪気な顔。 インダはレイを心配し、一番に飛んでくる。 ユキは「レイ、デザート半分こね」と笑った。 尻もちを着いたレイは僕を見て笑いながら、立ち上がった。インダの手を借りずに立ち上がる姿は、ギャングに襲われてボロボロになりながらも僕を守るために立ち上がるクーの姿と重なった。 「やるじゃん、トガ」 その目は僕の光、そのものだった。 ボールは茂みの前に転がったまま、僕らは孤児院の中に戻った。雨が降りそうだったからというのも理由だが。一番は意外とレイが掠り傷を負っていたというところだった。この辺りでは小さな怪我でも感染症のリスクがあるからと、過保護に治療するのだそうだ。インダがすぐにレイの元に飛んできたのも頷ける。 「ごめん、レイ。加減が分からなくて」 「いいよ、いいよ。こういう怪我、今までに何回もしてるから。というか、すごいな、トガ」 「え?」 僕は何が「すごい」のか分からず、間の抜けた声を出してしまう。 「あんなボールの投げ方、初めて見た。どこで習ったんだ?」 「下町ではギャングを追い払うために石塊をよく投げるんだ。だから、投げるのは」 レイは納得したと同時に、少し申し訳ない気持ちになったみたいで、眉を下げた。 「大丈夫、大丈夫。慣れてるから」 「ごめん、トガ」 レイは僕に前の記憶を思い出してもらいたくないのだろう。そんな配慮を感じる。 「はいはい、お二人さん、どうぞ」 リッカがジュースの缶を二つテーブルに置く。 「友情の乾杯でもしなよ」 リッカの歯を見せた笑いは、僕らの間の暗雲を払い除けた。 【つづく】
僕には足がない。これは生まれつき。 だから、車椅子で生活していた。 僕は今病院のベッドで寝ている。車に轢かれたから。 三日前、車椅子の車輪が道の凹んだところに引っかかってしまった。信号が変わると同時に車が突っ込んできた。向こうは信号しか見ていなかったのだろう。 痛かった。 母さんは毎日見舞いにきてくれる。 「ごめんね。私がちゃんとした身体に産んであげられなかったから」 そういって謝る。 僕は何も返さない。 声が出ないから。事故で喉が壊れた。 もし、声が出るのなら 「そんなことないよ。」っていうのに。 「産んでくれてありがとう」って言いたいのに。 自分を責め続ける母親に何も伝えられない。 あぁ痛いな。 「別に足なんていらない。」っていうのは嘘で、ちょっとだけ自分の足で歩いてみたかったけど。 足がないことは悪いことだけじゃなかったよ。 同じ身体障害をもった友達に出会えた。 腕のない和樹くんは僕の親友だ。もし腕があったら彼には会うことはできなかっただろう。 車椅子ならではの景色も見れた。 普通の人よりの少し低い目線だから、地面をせっせと歩く虫、散歩中のリードが伸び切るほど先を急ぐ犬、雨の日葉っぱに乗ったまぁるい雫。みんなよりも近くで見れたよ。 毎日がワクワクだった。 ――あ。 ペンを持つ左手が震える。事故で失ったのは利き手の右手。 僕は長くはないだろう。みんなは大丈夫だっていうけど、僕にはわかる。だから、伝えときたい。声はでないから、こうやって。 字が汚いのは利き手じゃないから、それはばかにしないでよね。 ペンをギュッと握り直す。 大嫌いな勉強だけど、一生懸命に教えてくれるから頑張ろうって思ったよ。先生。 みんなと違うから行きたくなかった普通の学校。でもね、みんな優しくて足がない分サポートしてくれた。クラスメイトたち大好き。 いつも忙しいのに、休日は僕を担いで公園を走った父さん。僕本当に自分で走ってる気分だった。 父さんの背中はずうっとおっきくて憧れだったよ。もう一回乗ってみたかったな。 和樹、君はいつも陽気でふざけてたよね。僕の手術前なんかはいつもより大袈裟にふざけて、病院の先生に怒られてたっけ。とんでもないやつ(笑)おかげで全然怖くなかったよ。君は本当にいいやつだ。 そして母さん。これだけは知っててほしい。 僕がもし生まれてなかったらこんな世界知ることはできなかった。 ありがとう。僕を産んでくれて。 みんなありがとう。 僕はほんっとうに幸せだった。 ――あの子が死んだ。 お医者さんは大丈夫だって言ったのに、急に容態は悪化した。 みんなが走っているのを眺めてたときも、私を見つけると辛さを見せないくらいの笑顔を見せてくれた。誰よりも優しい子だった。 ……なのに 最後は片手を失い、声も出せなくなってしまった。 私がちゃんと産んであげられなかったから。ごめん……本当にごめんなさい。 彼の寝ていたベッドを見つめる。彼がそこにいたであろう跡はまだ残っている。 私のせいでこの子はこんなに辛かったのに、私は生きててもいいのだろうか。 ――それなら、いっそ。 「ん?」 何かがベッドの端に挟まっていた。……手紙。 封には、ひどく震えた文字で『みんな、そして母さんへ』と書いてあった。 私はそっと手紙を開く。 もう聞けないはずの声が、そこにあった。
深夜ラジオが流れるなか チクチク チクチク 羊毛フェルト ペンギン クジラ ホッキョクグマ なかよく並ぶ にぎやかなテーブル 外では かえるが鳴いて さわがしい お部屋のなかは 私だけ キミがいなくて せつない夜ふかし
と言いたい。 いいから俺の身内にすり寄って俺に接近するセコい真似しないで発展場に行って相手見つけてこい。 今時同性愛で差別されることなんてねえよ。 凝り固まってるお前の狭い世界観 お前がやってるのは遠回しな強姦 引っかけられてこい小便 そんで朝にはスッキリ昇天 などとふと暇な夜に思った。 病気には気をつけてね(うわやはり俺は優しいそして甘い)
知り合いがシャワーを浴びると言っている。 弾道ミサイルが発射された日。 僕もシャワーを浴びる。 核のシャワー。 他文明が巨大ワームホールで時空間移動してきた際に地球の地表面海水面に時空間移動事故で現れたときに偶然核のシャワーがめった浴びになる。 しかし他文明は高度なので宇宙船の防護シールドによって核爆発は無効化される。 後は座標計算だけだ。 後は座標計算だけだ。 僕はぶつぶつ言いながらシャワーを浴び続ける。
ある政治家が緊急記者会見を開いた。 真剣な面持ちでマイクの前に立つと、集まった記者たちに一礼した。 「私は、国民の皆様の死ぬ権利を保証します」 政治家は動じず、淡々と語り始めた。 「我が国の医療費は年々増加しています。私は、医療費削減のため『尊厳死還付支援金等に関する法律の一部改正を認める法案』を国会に提出しました」 ざわつきの中、政治家は続けた。 「医学的に延命治療が不可能な患者様が尊厳死を選択した場合、延命を続けたときにかかる医療費の半分を還付金として支給します。 申請の妥当性は、AIのみで構成される第三者委員会が判断します。本人、家族、後見人等が尊厳死を理解し、同意することが前提です」 テレビの画面を見つめる女。 その隣には、長い間管につながれたまま眠り続ける夫がいる。声をかけても反応はない。そんな時間が一年を超えていた。 テレビの司会者が、評論家の女に質問した。 「あなたの立場から、今の社会の風潮をどう考えますか?」 「最初は倫理的にどうかなと思いました。でもね、家族の金銭的、精神的負担を考えるとね。国も医療費を減らしたいと思っている。時代の流れかしら」 法案は成立し、運用が開始された。 AIは、不正申請や悪質な養子縁組なども瞬時に判断した。 その実績を政府は大々的に報道し、制度の正当性をアピールした。 あの政治家が再び記者会見を開いた。 「政府は規制緩和の一環として、支援金の有効活用を目的とする民間企業の商品開発、および第三者委員会のAIの一部利用を許可します」 感嘆の声が会場に響いた。 支援金は国民の生活に変化をもたらした。 「故人からの最後の贈り物」として美化され、生活の一部となった。 夫婦の病室。 温かいタオルで夫の体を拭く妻。 医師やAIからは、すでに受理のサインをもらっていた。 署名をすれば終わる…。 妻が机の上を見つめた。 そこには、笑顔で寄り添う二人の写真が飾られていた。
電車が駅に着いてドアが開く ドアの脇に入る人の列があり、 その間を降りる人がゾロゾロと出てくる。その最後尾に彼はいた。 スマホを片手に耳にはイヤホンをして目をスマホから離さずにスタスタと降りてくる。 駅の階段を登っている時、彼の周りの人々は彼にイラついている 彼はスマホを見ながらでも周りを見ているので問題がないと思っていた だが、よく周りから怒られる事が多い 一度はスーツを着たオジサンにスマホを叩き落とされた 彼を叱るときに決まって言うのが「前を見ろ」だ でも彼は「スマホ見ながらでも見えます」と答える。火に油とはこういう状況なのだろう。 彼は(怒りっぽい人がいるな)くらいにしか思わず少しも気に留めていない。 日に焼けたTシャツ、裾の破れたズボン、格好にアンマッチなカラフルなランニングシューズ。 産毛のような髭。痩せていてヒョロリと背が高い。 彼はカーナビの製造工場でアルバイトをしている。毎日同じ作業を同じように繰り返す為、辞めていく人も多いが、彼はその仕事が好きだった。 ある日、隣の作業者が大量の不良品を作ってしまいました、そのリカバリーに彼にも手伝ってもらうことになった 「佐々木さん、すみません。私のせいで」 「え?…あぁ…大丈夫です」 彼は黙々と作業を進める 二人の作業は、何とか定時内に収まった チャイムと同時にタイムカードを切る彼はスマホを見ながら駅に向かう 「佐々木さん」 振り向くとさっきの彼女がいる。 「今日はありがとうございました」 「あぁ…別に、大丈夫です」 彼女と彼は同じ電車に乗り同じ駅で降りた 「同じ駅だったんですね」 「え?…そっすね…」 「私は知ってましたけど」 「え?そうなの?」 「えぇ。朝の電車、割と同じです」 「へぇ…そうだったんだ」 「えぇ、そうでした」 「明日も同じ電車だったら声かけて良いですか?」 「え?…何で?」 「駄目でしたか…」 「いや、駄目とかじゃないけど…」 「良かったー。じゃあ、また明日。お疲れ様でした」 「お疲れ様でした」 彼は立去る彼女を眺めていた 髪の毛は肩より少し下 毛先はソフトクリームを逆さにした様にくるりとなっている 明るい色 肌は白く、赤色のカーディガンがよく似合っている 彼は前を見ていた 珍しくスマホから目を離して
「あなた、何してんの?」 「……はい?」 人通りの多いアーケード。 爺さんが下半身を出して歩いている。 「ちょっと、交番まで来て」 両脇を抱えられ、椅子に座らせた。 「公然わいせつ罪だよ」 「何故でしょう?」 「そんなの、常識でしょ」 「男としての機能は、とっくに終わってます。肌の一部です」 巡査が呆れ顔で、書類に走り書きをした。 「それでもダメなの」 「表現の自由は保障されなければならない」 その時、腰の曲がった婆さんが、ゆっくりと交番に入ってきた。 巡査が爺さんを覗き込む。 「はい。逮捕ね」
とある子供は知っていた。 知っていたというより、思っていた。 「お前は勉強に努力しろ。 いい高校に入って、いい大学に入れば、 いい会社につける。そしていい収入がもらえる。」 そして結婚出来れば更によし。 そういう親からは、いつも仕事や互いの愚痴をこぼされる。 だから、 せっかくいい高校に入っても、 せっかくいい大学に入っても、 せっかくいい会社に入れても、 結局は愚痴を零すほど嫌な生活になるんじゃないか。 頑張った結果が、最悪なものになるなんて嫌だ。 それに、昔から頑張ってきた事すべて、 親は「結果が出てないなら努力じゃない」なんて言って 否定してきたじゃないか。 頑張る意味がないのに、 頑張ることが出来ないのに、 勉強に時間を割く理由はどこにもない。 親にどうこう言われ続けて、 何もかもが面倒くさくなってきて、 好きなものも、やりたかったことも、 全部出来ないからそれに興味がなくなって。 残ったのは、「生」と「死」の選択だけ。 嫌いな事はあるけど好きな事はない。 死にたいとはたまに思うけど、 生きたいと思ったことはない。 「生」と「死」を悩む私の耳に届くのは、 今日も「未来」の話ばかり。
入学して最初の自己紹介のとき「好きなラーメンの具はもやしです」と言ったことを発端に、あの女の子は中学の三年間【もやしちゃん】と呼ばれ続けた。 「最近、折りたたみ傘、たためるようになったんだあ」 いつだったか、胸を反らせるまではしなかったけど【もやしちゃん】は自慢げに言って、最後に「へへん」と付け加えた。 「たためなかったときはどうしてたの?」 「長いまま」 「折りたたみなのに?」 「折りたたみなのに」 「ふうん。いいけどねえ」 「あ、また。それそれ」 「なに?」 「そうやってすぐ納得するフリしてさ」 「え?」 【もやしちゃん】からのその言葉にハッとなった。でもきっと【もやしちゃん】以外の誰かだったら流していたと思う。 【もやしちゃん】はいま、何をしているのか私は知らない。でも私は【もやしちゃん】に伝えたい。 「最近、フリをしないで生きられるようになったんだあ」 胸を反らせることは、たぶんしないと思うけど、自慢げに言って、最後に「へへん」と付け加えてやるんだ。
かくれんぼ中に姫南が松永氏に殺害される所を目撃。 それを父親に報告 父親が殺しに行く所も確認 満月が綺麗な夜だ 姫南天越しに観る月は、また格別である 南天は地下茎を伸ばして生殖する領域を拡大していく植物だ。 庭の端に植えていたのが、放置してしまって庭全体に広がってしまう事がよくある。 あの家の庭も姫南天が広がっていた 子供の頃、私の両親は常に家にいる人で当時は神経衰弱などと呼ばれ、統合失調症やいわゆる鬱等のような言葉はなかった。ただ私の両親は共にそれだった。 車が山を登ってくる音がする 暫くしてベッドライトが玄関を照らして停まった 荷物が届いたのだ 小学校から家に帰ると、生臭い匂いとカビの匂いが充満している 雨戸を開けて光を入れると父と母が横たわっているのが見える 目は開いていて、たまに水を飲むか、トイレに行くかして、その辺で力尽き横たわっている。そんな毎日だ 私はランドセルを置くと玄関を飛び出し夜中まで外で過ごしていた。 まだ、下校したばかりの時は近所の友達も多くキャッチボールやかくれんぼ等をして、家の中の事から逃げていた。子供の頃の私にはそれが精一杯だった。 玄関を開けると、いつもの運び屋がいた。相変わらず熊のように大きい。奥にいるヒョロリとした男はバイトで雇ったんだろう。二人で運ぶには多少重い気もするが、それはこちらの気にするところではない。 玄関の中に荷物を入れ終わると報酬を受け取り直ぐに山を降りて行った 気がつけば雨が降っていた さっきまでいた月は雲に隠れ姿を消した 姫南天は変わらずそこにいた。 あの日、近所の友達とかくれんぼをしていてあの家に忍び込んだ。縁側に座ってそのまま誰にも見つけられず、夜まで過ごしていた。その家は留守が多く、その時も人がいる気配はなかった。 車が家の前に止まる音がして、騒がしくドアが開いた。 私は急いで南天の陰に隠れる 縁側のある部屋の明かりがついて、カーテンの隙間からあの親父、松永重政が浜野姫南を襲っている所を目撃する。 猛烈に抵抗する少女と無表情な獣が彼女の全てを奪っていく。花が枯れてしまい傍らには泣きじゃくる松永重政が座り込んでいた。 あの時も雨が月を隠していた 数日後、松永宅の側で浜野姫南を探す人物に出会う。浜野勝。彼女の父親だ。 私は一部始終を彼に話した。特に何も考えず、聞かれたので丁寧に伝えただけだった。あの時の浜野勝の顔は忘れられない。 人は人で無くなる時がある 後日、松永氏の死体を見つけた時、自分は人を殺してしまったのだと思った 怖くなって走り出した 「お母さん!お母さん!」と叫びながら。 台所で横になっている母親に人が死んでいた。僕が殺してしまったと言うと 「人はいずれ死ぬのよ。どうせなら私を殺して欲しかった」と小さな声で、切なる願いのように呟いた。光のない目で私を見て。
【ココロのトゲの抜き取り方】 昨日できなかったことが、でも今日は、できている。よかった、とひと息つけることのよろこびを僕は知っている。 ・ ―魚を食べて、骨がひっかかったとき、どうする? 「どうって… 抜くとか、飲み込んじゃうとか」 ―取り除くということだな 「まあ、そうだよねえ」 ―心のトゲも、そういうことじゃな そんな当たり前のことを、でも僕は、あらためて学んだ。 ・ いくぶん強めの風が吹いて、ひゃああ、と叫んで庭の草たちがその身をそらせる。もっていかれないように、引っこ抜かれないように、根という名の足をふんばる。がんばれよ、がんばってくれよ、言うことしかできない。風がゆるみ、草たちのカラダがもとに戻ろうとする。ひゃひゃひゃああ。今度の叫びは、なんだかやけに楽しそう。よくがんばったねえ。 ・ ―しあわせとは、そういうことなのかもしれん。少なくとも我々には 「今日は、いつもよりしゃべるね」 ―うむ 「しあわせだから?」 ―で、あろうな
ベッドに寝そべりながらクッキーとフィナンシェを買った。どっちも訳ありみたいで安かった。部屋に誰か来るでもない、プレゼントにってわけでもない、私にはちょうどいいのかな。 「この時期ってさ、あったかいのか冷たいのか迷うよなあ」 そう言ってアイツは、あったかいうどんと冷たいうどんを両方とも頼み、おいなりさんも二個食べた。その食欲に圧倒された私は、その夏、最初の冷やし中華をやっとの思いでおなかに詰め込んだ。 確かその日だった。アイツから別れを切り出されたのは。ふうん。どうやってその雰囲気に染めようかって頭では考えててもちゃんと食べるもの食べられちゃうんだね、すごいね。的外れに感心したのを覚えている。 あの夏から冷やし中華が食べられなくなったなんてことはなく、目の前に運ばれてくるたびアイツのこと思い出すことだってなく、なんだってこのタイミング? 今日は夏になった最初の日。それがなんだって言うんだ。夏なんて、毎年やって来るんだ。
模擬的な明かりが、絨毯を照らす 名前とばかりのシャンデリア 灯す西洋家具に埃が被る 蝋燭の灯りを模したガラス細工 使い古されたと言うべきか レトロと言うべきか 少し黄ばみを感じるその装飾 異国情緒溢れる店内の 商品かどうかも怪しく 店内に溶け込んだ 値札の付いた、電工シャンデリア (完)
蓄積されたインクが、ばら撒き散って行った 染み込むインクに歯止めが効かない机と紙 このインクは当分、消えない 成り代わる様にティッシュで拭き吸わせていく ひんやりと感じる屍となったインク このインク…高かったんだけどなぁ… 万年筆の先端を分解して、水に浸けて乾かし 残りのインクを万年筆に吸わせた すると万年筆は、何事も無かったかのように飲み込んでいった (完)
寂しがらず、淡々と消えていく… 蛍の求愛が灯りを生み出すなら この豆電球は誰に求愛しているのだろうか しぶとく生きた蛍の感触が羽の風を感じさせる そして、しぶとく生きた電力が私の視界を開けさせた ありがちな比喩を用いて 寿命が幾分と無い豆電球を偲ぶ (完)
レインコートの裾の中 蒸れた皮膚が衣服と摩擦する この身を仕舞い込んだ雨に似合う相棒 横から吹く雨の雫 足元を濡らせば、滴る街灯を見る 綺麗とは言えない雨の品質 見えない雑菌たちの居る雨粒 空へ口を開けて待つ無垢な幼児たち いつの間にか 雨に濡れることを避けるようになった いつの間にか 物心が傘をさす さて、今日もレインコートを着て街に出よう (完)
生活を人質に取られようとも 自由に生きようとしたキリギリス ひっそりでもバイオリンを奏でる 冬の足跡がやって来る 深みのある積雪が足を呑み込む それでもバイオリンを奏でる 奏でる事でしか脳がない自信がよぎる 好きを生業にした定めなのか その時は、ほんの一瞬のように感じた 腹部を呑み込むほどの積雪 たとえ、この命が尽きようとも キリギリスはバイオリンを奏でた (完)
ミノムシみたいな世界で生きているようで 不思議と小枝を集めて、自分を包んで 小枝の隙間から視える世界 実在しないものを感じ取って この世のものは痺れた感覚で思い出して 浮遊感のある指先 ただ幻をなぞれば 溢れる視界の感触 (完)
平成ポップな身のこなし 軽々と飛び越え 触れる風下を巻き上げて 昭和レトロな着飾り 当時に憧れる童子たち 通過した者の達観した視線 大正ロマンな自己主張 融合を肯定して 混沌に悩まされて 明治モダンな融合 差し支える常識 それでも掴み取る文化 (完)
現実は偶然にも・必然にも・貴方のパレス この世界は自身の主観からしか見ることができない だから、感性や認知にズレが生じる 因果の果てに倒されるドミノたちのように 必ずどこかで、認知のズレが起こる (完)