避暑地

郊外にあるショッピングモール。 中央のホールに、老人たちが集まってきた。 「ここは涼しくていいわね」 「家でエアコンつけると、電気代がね」 老人たちは椅子に座り、世間話に花を咲かせた。 その光景を、二階のエントランスから店長が見渡した。 「よくもまぁ、こんなに……」 連日の猛暑。老人はさらに増えた。 「こいつら、赤っ恥かかせてやる」 閉店後、小さなステージを作り、入り口にくす玉をぶら下げた。 ──翌日。 店長がステージに上がると、何事かと人が集まった。 すると、入り口から見覚えのある老人が入ってきた。 ──ざまあみろ。 ひもを握る手に力を込めた。 そして、引くと同時に、マイクに向かって叫んだ。 「おめでとうございます! 三十日連続のご来店です!」 垂れ幕には、《電気代節約ご苦労様》の文字。 老人は垂れ幕を指さしながら、まわりの仲間たちに手を振った。 仲間たちが拍手で祝福をする。 「あぁ……」 店長は、冷たい風に揺れる垂れ幕を見つめた。

バナナ食べたい

 月末で余計なものが買えない。 バナナ食べたい。 梅干しはある。 バナナ食べたい。 煙草もある。 バナナ食べたい。 知り合いに聞いたら近くでバナナ栽培しているところがあるらしい。 僕は外国人窃盗犯の思考になる。 奪い、食べる。 いかんいかんと思う。 台湾の知り合いがいればバナナ貰えるのに、と思う。 自分のバナナも萎びている。 夜が更ける。

いい未来に興味はない

とある子供は知っていた。 知っていたというより、思っていた。 「お前は勉強に努力しろ。  いい高校に入って、いい大学に入れば、  いい会社につける。そしていい収入がもらえる。」 そして結婚出来れば更によし。 そういう親からは、いつも仕事や互いの愚痴をこぼされる。 だから、 せっかくいい高校に入っても、 せっかくいい大学に入っても、 せっかくいい会社に入れても、 結局は愚痴を零すほど嫌な生活になるんじゃないか。 頑張った結果が、最悪なものになるなんて嫌だ。 それに、昔から頑張ってきた事すべて、 親は「結果が出てないなら努力じゃない」なんて言って 否定してきたじゃないか。 頑張る意味がないのに、 頑張ることが出来ないのに、 勉強に時間を割く理由はどこにもない。 親にどうこう言われ続けて、 何もかもが面倒くさくなってきて、 好きなものも、やりたかったことも、 全部出来ないからそれに興味がなくなって。 残ったのは、「生」と「死」の選択だけ。 嫌いな事はあるけど好きな事はない。 死にたいとはたまに思うけど、 生きたいと思ったことはない。 「生」と「死」を悩む私の耳に届くのは、 今日も「未来」の話ばかり。

遊びはとうにおしまい

「お父さんはあなたを本当に大事に思ってるの。愛しているのよ。」 母からの言葉に私は何も思わなかった。 とりあえず、母を納得させるため、「うん」とだけ返事はした。 多感な時期は既に過ぎ去り、私は[父親]に対してある程度の区切りが付いた。 フィクションの世界の仲良し家族は現実ではない。あれはファンタジーである。 私にとって[父]とは血の繋がりのあるだけ。迷惑に思っている近所の人、というのがだいぶ近いと思う。近所と言っても同じ家だけど。 挨拶する程度の間柄。それくらいが私にとってマシな距離感。 [父]から私が「愛されている」と真に思ったことはない。 病気で寝込んでいる私に、ニヤニヤしながら「休めていいな〜」と言ったこと。 「止めて」と言っても、楽しそうに私を押しつぶしたこと。 好きなものを馬鹿にしたこと。 私の大事な人を馬鹿にしたこと。 そんな人が今更、私を「愛してる」? 何度目かの記憶さらい。残念ながら今更の母の言葉を納得するものは改めて無かった。 都合のいい時に父親のフリ・ごっこ をしている[父]しか知らない。都合が悪くなったら母に丸投げする、おもちゃの扱いの私。 [父]にとってだけの楽しい家族。 私からみた家族ごっこ。 それに付き合うには知り過ぎたし、失望し過ぎた。 子を愛している父ごっこは、もう一人でしてもらおう。

表現の自由

「あなた、何してんの?」 「……はい?」 人通りの多いアーケード。 爺さんが下半身を出して歩いている。 「ちょっと、交番まで来て」 両脇を抱えられ、椅子に座らせた。 「公然わいせつ罪だよ」 「何故でしょう?」 「そんなの、常識でしょ」 「男としての機能は、とっくに終わってます。肌の一部です」 巡査が呆れ顔で、書類に走り書きをした。 「それでもダメなの」 「表現の自由は保障されなければならない」 その時、腰の曲がった婆さんが、ゆっくりと交番に入ってきた。 巡査が爺さんを覗き込む。 「はい。逮捕ね」

二千円の価値

 土用の丑の日だから、ウナギを食った。  一尾二千円。  牛丼がいったい何杯食えるのだろうか。   「……普通」    ゆっくりしっかり味わっても、俺の感動はそれだけだった。  ウナギが悪いわけじゃない。  ただ、相性が悪いだけだ。    さっさと平らげて、皿を洗って、スナック菓子の袋を開けた。  安売り百円。  片手で掴んで、バリバリ食べた。   「うめぇ! 幸せ!」    これが、あと二袋もある。  なんて幸せだ。  がめつくみっともなく、豚のように貪り食う。  高い物を食うことが美味いだなんて、誰が決めた。    資本主義の定義する幸せをぶっ壊してくれたウナギに感謝したと同時に、大きなげっぷが出た。

笑う文化

男がテレビをつけた。 画面の中。 若い男がマイクを向けられている。 便利な人。 噛み合わない受け答え。 ワイプのタレントが笑う。 出ない方がいいと思えば、差別。 出たら、笑いの種。 本人が良ければ、許される。 男は静かにテレビを消した。

舞台裏

 夕方の喫茶店。かすかな光のもれるカーテンの端から、外を覗いた。二車線の車道を挟んだ向こう側に若い男女が何か思いつめた様子で話し込んでいる。 「もうすぐ入ってくるよ」  膝立ちしていたソファーから降り、カウンターに腰かけている男に言う。男は立ち上がり、汚れ一つない黒いエプロンを着ながら店の照明を少し入れる。 「大学生くらいの男女だよ。恋人同士っていう雰囲気もないけれど、距離は近づいてる感じ」  青年は無邪気に話しながら、カップの置かれたカウンターにつく。カウンターに入った男は「君の憶測は大体外れるからなあ」と悪戯っぽく笑う。 「この前も、カップルだって言ってた二人組はいとこ同士だったでしょ」 「いとこは難しいよ。それよりさ、今回こそはミステリアスな雰囲気でいたいんだ。何かを知っているような、隠しているような、そんな感じ」 「まあ、やってみればいいんじゃない」  男はエプロンの紐を結びなおしながら、扉の方を気にする。外からは若い男女の声が近づいてくる。男と青年は目を合わせ、それぞれの役に入り込む。男はカップを拭き、青年は思案顔を作ってみる。  ドアにとりつけてある鈴が音をたてて、店内の静かさを破る。

小さい男

「ただいま」 「おかえり。遅かったね」 「帰りに献血してきた」 夕方、妻が買い物袋を抱えて戻った。 「一緒にドナー登録もしたよ」 「なに、それ」 「骨髄バンク。この前、言ったよ」 「あぁ、そうだったね」 夫が冊子を開いた。 「あなたも登録すれば」 「ん……」 「なに?」 「会社、休まなきゃでしょ」 「そうね」 「休む理由、何て言ったらいい」 妻はコーヒーを手に、椅子へ座った。 「正直に言えば」 「それってさ、いい人アピールしてない」 「じゃあ、体調不良で休めば」 「……バンクの人、会社に電話くれないかな」 「はい?」 「そしたら、さりげなくみんなに知れるでしょ」 呆れ顔の妻。 「そういえば、ママ。免許証の裏にドナーの丸も付けてたよね」 「人の役に立ちたいじゃない」 夫が免許証を取り出した。 「僕も丸しとこうかな」 「たまには、いいことしたら」 「ん……」 「今度はなに」 「手術台の上って、裸でしょ」 妻が天井を見上げた。 「なに言ってんの」 「下半身に布とか、掛けてくれるかな」 「聞いてみたら?」 夫の後ろ姿を眺めながら、呟いた。 「……器も小っちゃ」

女諜報員

私は、女諜報員。 任務は、この国の男性と結婚し、日常をノートに記録すること。 《指令1 一日の出来事を記録せよ。我が国との違いを把握せよ》 夜になると机に向かい、黙々と書いた。 数か月後、新聞のチラシに紛れて、メモが入っていた。 《指令2 買い物を記録せよ。我が国との経済の違いを把握せよ》 買い物から帰ると、レシートを広げ、商品名と値段をノートに写した。 私は結婚し、やがて子どもが生まれた。 届いた花束には、メッセージカードが添えられていた。 《指令3 子どもの成長を記録せよ。我が国の子どもたちの参考になるだろう》 私は、家族の日常をブログにアップした。 すると、編集者の目にとまった。 日記はエッセイに。 買い物記録は、主婦目線の経済書に。 育児記録は、若い母親向けのハウツー本に。 私の記録は本になり、評判が広がっていた。 玄関のチャイムが鳴る。 ポストには、メモが。 《指令4 今までの記録を全て本国に送れ》 私は、電子書籍のURLを書いた紙を封筒に入れた。

傘の行方

ある日の午後。 認知考古学の教授が、学生の前でマイクを握った。 「みなさん。人が道具を本来の目的以外に使い始めたのは、どの時代か分かりますか?」 「旧石器時代に、石を遊びに使ったのが最初だと思います」 「その通りです」 教授が、背後のスクリーンを指した。 「今日のテーマは、それを踏まえて『道具の目的外使用』について考えたいと思います」 学生は耳を傾け、ノートをとった。 「これを見てください」 黒い傘を取り出し、学生たちに向けた。 「この傘。駅のホームで中年の男性が持つと、どんな行動をとるでしょうか?」 「あっ、ゴルフのスイングをします」 教室に笑いが起こる。 「それから、女の子はバトン、男の子はチャンバラとかに使いますね」 「お年寄りが杖に使うのもそうですか?」 「はい。それも目的外使用です」 教授はうなずきながら、学生を見渡した。 「では、ここまでで何か質問はありますか?」 最前列の学生が手を上げた。 「ちょっと気になってたんですけど、額のガーゼ、どうされたんですか?」 教授は笑いながら、傘を開いた。 「昨日、妻が機嫌悪くてですね……」

みんな同じじゃない

あの人は、ただヤリたかっただけ 薄々気付いてたけど、気付いてないふりしてた 付き合って一ヶ月、そういう雰囲気になった時、ゴム付けようとしてくれなかった 私は十九歳、学生、就活中で、あの人は二十四歳、学生、まだ就活してなくて 万が一、デキちゃったら困る 「ヤダ」って拒否したら、そこから一気にお別れモード 「他人に嫌なことされたら、ヤダって言いなよ」って、いつも言ってくれてたのに 初めては、あの人とじゃなくてよかった あの人もそう 友達からでもいいって告られたけど、お断りした 歳が一回り違うと、話も価値観も合わない 私の何に惹かれたんだろう あとから知ったけど、ロリコンアニメキャラのフィギュアを集めていたらしい そっか、そういうことね この人は、違うはず 紳士的で、草食系って感じだもん そんな期待は二回目のデートで打ち砕かれた 昼前に待ち合わせして、ランチして、店を出てすぐ、ホテル行こうって誘われた まだ、そういう気持ちになれない でも、大人になったら、これが普通なのかな 生理中だったから、それを言い訳にして断ったら、 「今度は行こうね」って耳元で囁かれて、心臓が止まった 「うん」って返事だけはした ヤリたいだけ 結局、みんな同じじゃない 最近、感じ良くなって親切にしてくれるあの人も 急に挨拶を返してくれるようになったあの人も そうなのかな 男の人と目を合わせるのが怖い あなたも、そうだよね わかってるって 胸の大きい人が好みって言ってたけど、私は見てのとおりペッタンコだよ 胸もなければ、中身もない薄っぺらい女なの 私と一緒にいても楽しくないと思うよ 明日から急に素っ気ない態度取られても、私は大丈夫 見た目で好かれて、中身でフラれるのには慣れてるから ねぇ なんで、まだ私のそばにいるの? え? みんな同じじゃない、僕は違う? そんなこと言われたら泣いちゃうよ

玉手箱の玉の意味をぼくたちはまだ知らない

「どうぞ。玉手箱です」    お土産に渡された箱を、ぼくは開けることができなかった。   「開けないの?」    急かされたが、開けることができなかった。  開けたら、おじいちゃんになってしまう気がして。   「ならないよ。魔法じゃあるまいし」    ぼくもそう思うが、開けることができなかった。  世の中に絶対はない。  万が一魔法が当たった時、その代償は大きすぎる。   「玉手箱の意味って知ってる?」    知らないから、開けることができなかった。  開けたら、おじいちゃんになってしまう箱だと思っているから。   「玉手箱の玉は、『美しい』って意味。玉手箱の手箱は、『日本の伝統的な小箱』。だから、玉手箱は『美しい小箱』ってだけだよ」    よくわかったから、開けることができた。  ついつい、浦島太郎の話を思い浮かべて、恐れてしまった自分が恥ずかしい。        中から、白い煙が出てきた。       「問題です。じゃあなんで、浦島太郎はおじいちゃんになっちゃったんでしょう。美しい小箱の中に、魔法が入ってないって誰が決めたのでしょう?」    よくわかったから、開けることができてしまった。  白髪まみれの、皴まみれ。  知らないことも不幸を呼ぶけど、知るということも不幸を呼ぶのだと、この時知った。    骨になる、僅か数秒前。

嫉妬の焚火

 子供の人生は不便だ。  体が小さいと馬鹿にされるし、おどおどしてると馬鹿にされる。    馬鹿には何をしてもいいって暗黙のルールがあるから、パシられるしイジられる。  友達の持つ可逆性は、だいたい私に向けられていた気がする。   「あんたって本当にトロいから」 「私がいないと駄目だから」    私は弱い。  私は弱い。  そんな刷り込み教育を受けていた。    私が壊れなかったのは、きっと焚火のおかげだ。    おばあちゃんのやってた、小さな趣味。  広い庭に焚き木を組んで、火をつける。  パチパチパチ。  炎が木を割る音を立てて、小さく小さく燃えていく。  いらない手紙に、いらないプリント、全部まとめて燃えていく。  時々、友達の悪口を書いた手紙も燃やした。    焚火が揺れる。  ゆらりゆらり。  焚火が燃える。  ぱちりぱちり。    静かに燃える炎を見ていると、心の中がすっきりとしてくるのだ。   「焚火はね、嫌なもの全部燃やしてくれるんだよ」    おばあちゃんが亡くなるまで、焚火は続いた。  両親が、庭に新しい家を建てたから、焚火できる場所が亡くなった。    大人になった私は、焚火の炎が自分の中で燃えていることを感じた。  理不尽も、後悔も、全部自分の中に溜まっていき、全部自分でどうにかしないといけないんだと気づいてしまった。    胃の中の物を盛大に吐き出して、嗚咽を漏らして泣いた後、私は覚悟を決めた。  この炎と共に生きていこう。    そして今。  私は、成功者として舞台に立っている。  大学を中退して、がむしゃらに企業とやらに挑んでみて、三社潰して四社目で成功。  抱えきれないほどの財と名声を手に入れた。    テレビに映るインタビュー。  笑顔の私の心の中で、焚火が燃える。  メラメラメラ。  ねえ、見てるかな、元友達。  あんたたちが馬鹿にしてたトロいやつは、今あんたたちよりすごい場所にいるよ。    テレビの向こうで悔しがっていればいいな、なんて意地の悪いことを考えながら、私は笑顔で成功者の秘訣を答えた。   「休日は、何をして過ごされているんですか?」 「毎日仕事をしているので、休日と言う休日はないのですが、まとまった時間が空けば庭で焚火をしています」

天使と天使

クリニックの診察室。 男は困った顔で、ドクターに話し始めた。 「先生、時々、耳元で声が聞こえるんです」 「それはそれは……幻聴ですね。どんなふうに聞こえますか?」 「天使が二人、右と左で囁くんです」 ドクターはペンを止め、じっと男の顔を見た。 「天使と天使ですか。天使と悪魔じゃなくて?」 「はい。どちらも『自分が天使だ』と言い張ります」 ドクターは笑いをこらえ、咳払いをした。 「いや、失礼。珍しいケースですね。ふつうは善悪の対立があるものですが、両方が天使となると……判断が難しい」 「先生、僕はおかしいんでしょうか」 「おかしいというより、興味深い」 ドクターはカルテに走り書きをしながら、声のトーンを落とした。 「その二人の天使は、あなたに何を囁くんですか?」 「ポジティブな言葉を……『やればできる』って」 青年はうつむき、ため息をついた。 「ちょっと、うざいです」 「……わかりました。では、お薬を出しますから、様子を見ましょう」 「お大事に」 薬剤師から渡された紙袋には、耳栓が二つ入っていた。

プールにて。

 ジャン・ジャックロウは死んだ。しかし恋人アンヌはそれを知らない。  うだるような日曜日、ジャンは町はずれのプールで泳いでいた。安っぽい青色をしたプールは消毒液の臭いで満たされている。プールにはジャンの他に監視員だけ。寂れたプールに突如として赤い閃光が走る。ジャンはとっさに目を閉じたが間に合わず光を見てしまった。混乱したジャンは逃げるようにプールを去る。プールは小さく波だっていた。  町はずれのプールで赤い閃光を見てからというもの、ジャンは悪夢にうなされていた。嘘みたいに青いプールに、ぷかぷかと浮かぶ人々。彼らはご機嫌な赤子のように微笑んでいて、まるで天国に居るかのようだった。あまりにも異様な光景に気が遠くなる。ふと後ろを見ると、果てがないはずのプールにアンヌの影が見える。声を掛けようとして走りだすが、いつもそこで目が覚めてしまうのだ。  何度目かの悪夢の後、ついに夢は現実を浸食しはじめた。両親だったはずの2人がビニール製の空気人形に見える。彼らは人型ですらなく、丸みのあるシャチとイルカの形をしていた。食卓に並ぶ朝食。「おはよう」と何事もないように話しかけてくるシャチに、ジャンは悲鳴を上げた。イルカが「大丈夫?」と心配そうに近づいてくる。親し気に接してくる人形。まだ夢から覚めていないのか?ビニールのヒレが背中に触れた瞬間、ジャンは家を飛び出した。  しかし外にはもっと恐ろしい光景が広がっていた。ビニール人形が我が物顔で町を歩いている。正確にはぷかぷかと浮いていたが、そんなことはどうでもよかった。自分以外に人間はいないのか?いつも行くコンビニではイカがレジに並んでいた。近所のパン屋も、昔から通っている歯医者も、アンヌと行った公園にもビニール人形の群れが居た。群れはどれもプールで見かけそうな人形だった。  人形だらけの町を走っていると頭がおかしくなってくる。もう町中にアザラシが浮いていようが、クラゲがたむろっていようが気にならなくなってしまった。そんな事よりアンヌが心配だった。アンヌもこのおかしな町で怯えてはいないだろうか。もしアンヌまで人形になっていたらジャンはどうにかなってしまうだろう。やっとの思いで着いたアパート、しかしアンヌは不在だった。直ぐにメッセージを送る。「今どこ!?」少しして「町はずれのプールに居る」と返信が来る。町はずれのプール?嫌な予感がしたがジャンはプールへ走った。町はビニールの匂いに満たされている。もう息はしたくなかった。  町はずれのプールに着くとアンヌはピンク色のクジラになっていた。プールサイドで足を揺らすその体の背中に空気穴がある。その空気穴の栓に引っかけるように着けているネックレスは、ジャンが3年前の誕生日にあげたものだ。アンヌはジャンに気づいていないらしく、鼻歌を歌いながらプールに入ってゆく。軽そうな体がぷかぷか浮いていた。やっぱりまだ悪夢の中にいるんじゃないか、そう思い込もうとしたジャンの視界にまた赤い閃光が走った。  冷たい布の感触で目が覚める。どうやら救護室に運ばれたようだ。光を見たショックで気絶していたらしい。ふと横を見るととアンヌがいた。相変わらずアンヌはクジラで、目覚めたジャンをそっと抱きしめる。その肌はひんやりとしてビニール臭かった。顔に近づいた空気穴からは甘い空気が漏れている。「心配したのよ」とささやく声はアンヌそのものだ。思わずうっとりするような声。緊張が解けて、もうこれが悪夢でもまだ覚めなくてもいいかなと思った。  あれからどれくらい時間が経っただろうか。いつの間にか2人きりになったプールではアンヌが笑顔で浮いている。まだ覚めない夢にジャンはこれが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。脇腹からシューシューと漏れ出す空気音にも嫌気がさしていた。「元気になったならジャンも泳ごうよ」と言うアンヌに「今行く!」と返事をした。浮いているアンヌに縋るように覆いかぶさると、ジャンは自分の脇腹にある蓋をキュッと掴みひねる。ゆっくりと空気が抜け、ジャンはついにプールの底に沈んでしまった。  よく晴れた日曜日、ジャンとアンヌは久しぶりに町はずれのプールに来ていた。最近のジャンは無口だ。どうにか元気にできないかと半ば無理矢理連れてきたが、ジャンの体は小さいままだ。その体にアンヌが空気を入れる。空気穴に口をつけるとジャンの体が揺れた。体内をアンヌの息で満たされる度にジャンは唸る。アンヌはジャンの声が好きだった。そっと包み込むように抱きしめてくれる、八本の腕だって魅力的だ。そろそろ、その腕にも空気が入り切るだろう。口を放すとシューと空気が漏れていく。これ以上漏れないように素早く栓をした。そっとジャンをプールに浮かべる。夏の日差しに照らされて、ジャンの体はピカピカと赤く輝いていた。

攻撃考

 何かイライラする。 煙草がキレテイルカラダ。 そもそものストレスの原因は自分にあるのだが吐き出す場所及び金がない。 包丁か火炎瓶を使いたい。 創作すればいいのだが。 愛を疑う。 しかし愛によって成り立っている生活。 慈愛を感じられないのは雄性のせいだろう。 強い奴に立ち向かえないオカマ逃げの弱キャラ使いは工夫をして立ち回る。 弱キャラ(自分) 強キャラ(敵対者) ここで1つ言いたいのは敵対者は強いのではなく強キャラを使っているということだ。 立場、立ち回り、技、手数、コンボの多さ。 カードゲームに例えるとフィールドの属性、相性など。 漫画で条件付けをして勝った気になる、というのを読んだことがある。 皆のためには勝たなくちゃいけないのだろう。 負け犬の歌。 強キャラの凱旋歌。 ノッていない。 強キャラの凱旋歌を歌ったことがあった。 何か解放感がなかった。 負け犬の歌は負け犬の歌なのだが評価はされる。 戦わないという攻撃。 矛盾。 マイケル・ジャクソンの領域展開。 何かオタク臭くなってきた。 昔オタクのお墨付きを貰った。 夜遅い。 オタク的に生活し商業主義に飲み込まれ過ぎないように(それも良し悪しだ)日々を考える。

夏休み

夏休み 登校日が 待ち遠しい 学校に行くのが ではなくて 君に会えるのが 「背、伸びたんじゃない?」 言ってくれたらいいのに

背中の見方

下町の路地裏。 伝統工芸職人の男と、その妻が暮らしている。 「あなた、また来てるわよ」 「知らん。ほっとけ」 弟子入り志願の若い男が、玄関の脇に立っていた。 「弟子にしてください」 職人は気にせず、木槌でノミを叩いた。 「どうせ、続かん」 「話だけでも聞いてあげたら?」 次の日も、また次の日も。 若い男は、玄関の前に立った。 ──ガラガラガラ。 「入れ」 「ありがとうございます」 「続ける自信は?」 「死ぬ気で頑張ります」 妻が頬を緩めた。 「二階の奥の部屋を使って」 若い男は作業着に着替えると、職人の後ろに座った。 「師匠の背中を見て、精進させていただきます」 深々と頭を下げた。 職人の木槌を振る手が止まる。 そして、壁に貼ってあるQRコードを指さした。 「それ、俺の動画。それ見て覚えて」 「動画、私が撮ったのよ」 二人は、顔を見合わせて笑った。

のぞむところ

今日は、お気に入りの運動靴と足のすり合わせがいいぐあい ちょっと遠まわりしてみるかな その思いは、熱風が邪魔をする あっけなく気持ちはしぼんで、さっさと家に帰ってくる 麦茶に、ちょっとだけの砂糖と、牛乳と クッキーもひとつ、食べていいかな 返事がないのは「いいよ」のしるし 都合がいいのはオトナになった証 まったくさ、まったくね あああ、夏は夏のものしか食べなくなるんだよなあ 今夜は、あえての鍋料理、してみる? ふふん、のぞむところ 食べれるもんなら 自分とのたたかいは、きっと、汗にまみれて

野乃と「のの」

一日中、眠りほうけている 私のことではなくって「のの」のこと まあ私も、横になってることにちがいはないのだけど ついでに、ペンギンも横になっていて アザラシは、年がら年中、横になっている カモメは、空でぷかぷかしてる 「のの」は、ペンギンのことも、アザラシのことも 空でぷかぷかやってるカモメのことも そして、そばにいる私のことだって 気にせず眠りほうけている 自分には、なあんも関係ない と、そういうことみたい 私は、そんな「のの」を見て ペンギンやアザラシを見て 空でぷかぷかやってるカモメを見て 今日は、特別、何もしなかった 特別、なあんも起こらなかった でも、そんな彼らのことを見られて とてもしあわせな一日だった

相変わらずの僕ら つづき

「え?どこで知り合ったんだよ?」と僕 「ズルいぞ。紹介しろ」とラルク 「詳しく教えな」とポリス 「俺さ、詩の投稿サイトに登録してるんだけど」 「【ポエムの花】だっけ」僕 「野菜の?」ポリス 「写真見せてよ」ラルク 「俺が詩を更新すると必ずコメントをくれる人がいるって言ったじゃんか」ドラゴン 「言ったけ?」ポリス 「かわいいの?」ラルク 「時雨さんだっけ?」ハッピー 「うん、会いたいって言われちゃってさ♡」満面の笑みのドラゴン 「女子高生かぁ。制服見ればどこの高校か分かんだけどな」ラルク 「本当に女子高生なのか?」ポリス    頭ツンツンの見た目とは裏腹に、ドラゴンの詩は美しい。小学生の時に谷川俊太郎の詩に感激し、それから詩にハマっていたドラゴンは着実に実力をつけ、今では、綺麗な花を見た時のようなさりげない感動に似た詩を書く。確かにファンがいてもおかしくは無い。 「ちなみに、あのかわいい子は桜高校だね」 ラルクが俺の後ろの席にいる女子高生を指さして言う。思わず指された指に反応して振り返ると、こちら向きに座っている女の子が見えた。 肩にかかるすこし明るい髪 肌は白くソバカスが微かにある お行儀よく座って微笑んでいる 僕は後ろの会話に耳をそばだてる。 「今度の日曜日の映画行かない?」 「うん、いいよ」 「ミヨは観たいのある?」 「えっと…コナンとか」 「あはは。好きだね!コナン。良いよコナン観よう」 「コナンって!」と心の中で呟いてしまう。と同時にコナンが好きなんだ、とあの人の好みを知れた喜びもある。 「あっポリスポリス」 ポリスが言う。自分のあだ名がポリスだからか、パトカーを見かけると誰に言うでもなく「ポリスポリス」と言う。パトカーのバックに表示されているPOLICEを読んでいるだけとも思える。  窓の外を見るとパトカーが何台も通り過ぎる。近くで事故でもあったのか?  気づけばドラゴンが話を続けていた。 「だから一緒にいて欲しいんだよな」 「俺はムリ。その日はキックの試合があるんだ」 「俺も友達のライブでギター頼まれてんだよな」 そこで三人が声を合わせる 「ハッピーしかいないな」 「あっごめん、全然聞いてなかった」 僕は聞いてなかった事を素直に謝る 「今度の日曜日空いてる?」 「内容によっては空いてないかも」 「じゃあ空いてんだな」 「内容を教えろよ」 「ドラゴンがね可愛い時雨ちゃんと会うのに一人じゃ心細いから一緒についてきてほしいんだって」ラルク 「可愛いとは決まってない。オッサンかもしれないしな」ポリス 「夢を壊すなよ」ラルク 「頼むよハッピー」ドラゴン 「時雨さんが来たら帰るぞ」僕 「うんうん、それでもいいから!」 店内はワムのラストクリスマスが流れている 「やっぱり、あの子かわいいな」ラルク 「彼女に言うぞ」ポリス 「殺されるぞ」ドラゴン 「殺すね」ラルクの彼女 ラルクの隣の席に座った女性がラルクの脛を蹴った。 「痛い!何でお前がいんだよ!」 「殺す」 「す、すみません」 「許されないな」ポリス 「だめだね」ドラゴン 「あのさ」僕 「お、お前のほうが可愛い」ラルク 「死ね」ラルクの彼女 「俺さ」僕 「死刑だな」ポリス 「良い人だった」ドラゴン 「俺さタイに引越すんだよ」 そこで一瞬時が止まったかのように皆が止まる。そしていっせいに 「何で!?」 と言う。 ■タイのマクドナルド 店内はクリスマスソングメドレーが流れている。 十二月のタイ王国首都バンコクのマクドナルド 「俺さ初プロポーズしたんだ」ドラゴン 「何回もあってもな」ラルク 「いつ」僕 「今朝、空港で」ドラゴン 店内に日本人女性が入ってくる。白詰草の花のようなその人は四人のいる席に気付くと手を振ってこちらに来た。 「こんにちは、はじめまして時雨です」 ちょこんとドラゴンの隣に座る時雨さんは昔会った時よりも大人びて、さらに 素敵な人になっていた。 「時雨さん綺麗だな」ラルク 「本当、綺麗ね」ラルクの妻 「何でお前がいるんだよ!」 「俺に確認の連絡が来てさ。本当にタイ出会うのかって。良かったら夫婦で来たらって呼んだんだ」僕 僕は今、父の下でホテルの経営をしている。今回は皆を僕の手がけたホテルに泊まってもらうのだ。 「あんた中学生の頃から信用ないから」ラルクの妻 「言えよー」ラルク 「後で言うつもりだったけど、俺も今度結婚するんだ。ミヨさんと」 「おっめでたいね。ハッピーはセットになったんだ」ポリス 「実は妊娠も」僕 「おまけ付きか」ポリス 「おめでとう」ドラゴン 「おめでとうございます」時雨 「まだ付き合ってたんだ」ラルク 「ハッピーは一途だもんね」ラルクの妻 「ポリスお前は?」ラルク バンコクのパトカーが通り過ぎる 「あっポリスポリス」

相変わらずの僕ら

二十四歳、タイのマックにて タイのバンコクで集まった僕らは、挨拶もそこそこに、まずは昼メシを食おと言うことになり、僕は気軽に行けるマクドナルドを提案した。 モンスーンが過ぎて、スコールはあるものの、いくぶん過ごしやすい気候になってきた。 とはいえ暑く、蚊がよく飛んでいる。 繁華街にあるマクドナルドに入ると店内が涼しく安心した。 タイの流行歌が流れている 「タイにもマックあんだな」 「そりゃあるよ」 「タイの女子はかわいい人多いね♡」 「日本と変わんないと思うよ」 「ハッピーセットもあんだな」 「そう、ハッピーミールていうんだ」 「あいつなかなか強そうなだな」 「ムエタイの本場だからね。と言うか、全然変わってないな、皆」 「お前もな」と三人が声を合わせる。 俺は十年ぶりの再会に、一瞬で中学生の自分に戻ってしまう。 ■中二、駅前のマックにて 日曜日の昼間、皆でフォートナイトをしていたが、なかなかボスを倒せず、ビクロイも勝ち取れない僕らは中だるみを感じていた。業を煮やしたドラゴンが「マック行かね?」と言い、僕らは一つ返事で、マクドナルドに集まった。 来たのは駅前の店舗で、店内はほぼ満席状態。自動ドアが開くと暖気といっしょに会話の洪水をあびた。窓側の四人席が丁度空いていたので入れ替わりでそこに座る。 「店の中は暑いな」 龍二(りゅうじ)通称【ドラゴン】 ドラゴンがスカジャンを脱ぐ。派手な赤いスカジャンで背中にドラゴンがスパンコールで刺繍されている。 以前、どこで買ったのかと聞いたらお婆ちゃんのお古をもらったと言っていた。 ドラゴンはこの悪趣味のスカジャンがお気に入りで、学校に来てきたこともある。すぐに先生が二度と来てくんなと注意していた。  今日もありったけのジェルを使って雲丹のようなトゲトゲの頭をしている。  何でも桜が舞う季節にはトゲに花びらが刺さることがあるらしいので、もはや凶器である。  ドラゴンはいつものダブチだ。 「あの子かわいいな」 影(はいど)通称【ラルク】  ラルクは親が付けた悪趣味極まりないキラキラネームを気に入っていて、名前の由来でもあるラルク・アン・シエルを敬愛している。ラルクは毎日メイクをして学校に来る。そして毎日先生に顔を洗ってこいと言われている。今日のラルクはゾンビのように目の周りが黒い。  ラルクはいつも新商品を頼む。今日はチャイニーズバーガーなるものを食べている。「これ美味いよ。甘辛」 「お前は彼女がいるだろうが」 力(りき)通称【ポリス】 ポリスは小学生のときに、ひったくり犯を捕まえたことがあり、街の警察署で表彰されたことがある。それでポリス。ポリスは正義感が強く小さい頃からキックボクシングを習わされているので、一見スリムだが隆起した筋肉が服のしたにあるのがわかる。  ポリスはその日もキックボクシングのジムに行く所で自転車に乗って商店街を進んでいた。するとお婆さんが「どろぼうー!」と絶叫する声に反応し、ポリスのひったくり犯に自転車ごと突っ込んだのだ。  ポリスはお婆さんにお礼を言われて、商店街の人々には褒め称えられて、警察署では表彰されて、大ごとになってしまった。褒められすぎて恥ずかしくなったのか、このことを皆に言わないつもりだったが、次の日、学校で全校集会が開かれ、校長より丁寧な説明でポリスの活躍を披露され、改めて皆の前で表彰式が行われてしまった。  ポリスはビックマックを頬張っている。 「あ、スマホ忘れた」 幸太(こうた)通称【ハッピー】  僕のあだ名がハッピーのせいで、友達は僕にハッピーセットを買うように要求する。違う物を頼もうとすると、気でも狂ったのか?と非常識な人間のような扱いをしてくる。そのやりとりが面倒くさいので、僕はこいつらといる時はハッピーセットしか頼まない。だから部屋はハッピーセットのオモチャが山ほど飾ってある。 「俺さ」とドラゴン 「今度は餃子バーガーを食べてみよー」 「プロテインないかな」 「実はさ」とドラゴン 「やっぱり、あの子かわいくない?」 「彼女に言うぞ」 「今度さ」とドラゴン 「声かけてみようかな」 「あの子ってどの子?」 「女子高生と会うことになってさ」とドラゴン そこで一瞬時が止まったかのように皆が止まる。そしていっせいに 「何で!?」 と言う。

恋のコの字

「ゴメンね」 「俺もゴメン」 待ち合わせ場所に行くと もう既に彼女がいた スマホをイジりながら俯いている なんて可愛いのだろう 「お待たせ。早いね。まだ二十分も有るのに」 「ポケモンGOやってた」 「ポケモン?ポケモン良いよね!ピカチュウとか、カワイイし」 「行こう」 「え、あ、うん、行こう」 海外のヒーローの映画を観に行った あまり知らない話だけど、結構面白かった 彼女は楽しんでいるのか、つまらないのか、表情を見てもよく分からない 映画が終わり外に出た 日差しが眩しい 「お腹減った」 「そうだねー俺もお腹減ったわーめっちゃお腹減ったわー」 「マック食べたい」 「俺もだよーマックにしよう!」 僕らはイオンの中のマックに行った お昼時のフードコートで何とか席を見つける 「ここ空いてた!良かったー」 「ここ嫌だ」 「え…そうだよね。何か…あ…汚れてるしね」 「テイクアウトで外で食べよ」 「あ!そっか!そうしよ!」 僕らは、お持ち帰りを受け取りイオンの横にある公園のベンチで食べることにした 「マックうめー」 「………」 「え、映画面白かったね」 「………」 いつも大体こんな感じで 告白はされるけど 結果は期待外れ。……なのかな 「………」 「あのさ…」 いやいやいや、分かってるよ。俺だって 分かってるんだて。俺だって どうにかしたいけど。わかんねーもんよ! 「俺は!…………俺は!最高の恋をしたんだ!」 「え?」 「俺れは!最高の!恋をした!上手くはいかなかったけど!!俺は!!最高の恋をしたぞ!!!」 涙が溢れて止まらない 彼女の顔が滲んで見えないけど、彼女が涙を拭う仕草は分かった 夏の短い恋が終わった 何がいけなかったかも分からない どうすれば良かったかも分からない だけど僕は最高の彼女と両想いになったんだ 少しだけ少しだけの時間だけど 世界の誰よりも幸せだった 俺の恋は最高だった ベンチの前で二羽のハクセキレイが、ピョンピョン飛び跳ねている

影法師と乾杯

足元にいる影さん、聞こえてる? 今日も一日、僕に張り付きで疲れたでしょ この暑さだしよけいにたいへんだったね とくにアスファルトの上ではさ まあ、こっちもたいへんなんだけどね じゃあ、お疲れってことで乾杯でもしよっか

ショートストップ

―準備いいか? 監督の声が響く 最初で最後の出番は、最終回の守備固め うまいわけじゃないタキは 監督や先輩から外野を勧められた でも、それは意味がない セカンドがトスした球を、横滑りしながらベースをかすめ その勢いで一塁へ送球 その一連の美しさが「4-6-3」の「6」  「6」じゃないと意味ないよねえ それはリオもよく聞いていた 結局「6」に球は一度も飛んでこなかった 4-6-3どころか、ただの一度もボールに触れず タキの女子野球人生は終わった 試合後、観客席のリオは、かける言葉をさがし、立ち尽くしていた 悔しくて、きっと泣いているに違いない けれど、かけよってきたタキは、さっぱりとした笑顔で ―終わったぞい そんなタキを見ていたリオの視界が急ににじむ タキが笑って、リオが泣いて ―なんでリオ泣いてんの 夕陽のなかでタキの背中が眩しかった

無放者(むほうもの)

 あの日、この場所でタクシーに乗ったことを思い出す。気さくな運転手だった。声がでかくて、むなしいドライブだった。  私は内心、窓から見える電車に乗って移動したいと思っていたが、次の行き先は私の自宅圏外にある駅で。だから、仕方がなかった。電車に乗るためには、それなりの条件が必要なのだ。  同じく、線路の上を歩くにも条件が必要だ。法律や安全上の観点から許されたモノ。たとえば、電車。たとえば、線路を点検する人。私はいたってフツーの広告代理店勤務。だから、条件には当てはまらない。  しかし、どうやら例外的に条件をクリアする方法があるのだと。私は地球から私以外の人々がすっかり消えるまで、その方法に気づけていなかった。法律だとか、安全上の保証だとか。条件が満たされているかどうか、だとか。それらを監視するものがいなければ、条件など「無い」に等しい。  私は、超常的な存在を信じていない。だから、神や悪魔の存在を想定することはあっても、それらの存在が担保されるわけではない。だから、ヘーキで線路の上に。今ならいける。  これはチャンスかもしれない。  歩いて10分もかからず、最寄の駅に到着した。私以外には誰もいないので、目をつぶって歩いたとしても、誰かとぶつかることはない。ああ、なんてスムーズにぶらぶら。  改札を飛び越え、階段をのぼる。風が吹く。遠くから見つめていた線路が目の前にある。それだけ。感動はない。電車が来るのかと待ってみたが、そういえば電車は止まっているだった。  ストン。思いのほか、スムーズに線路へ降り立つ。  広い。それはそう。  線路は縦に伸びている。意外と横幅も広い。おそるおそる、線路の上を歩く。なんだか歩きづらい。ヤダ、大変。  このままたどっていけば、いつかは世界を一周できるのかもしれない。パリとか、シンガポールとか、南極とかに行ってみたりして。その頃には人々も帰ってきて、再び地球上で生命の営みが繰り広げられたりして……。そうだったら、いい。そうだったら。  だが、多分、どれだけ歩こうと。線路の上に足跡はつかない。地面を踏みしめるような、心をえぐるような跡は。  それから私は、乗り物を運転できなければ、むなしいドライブすらできないのだと、今さら知った。

昔の話

一年前に面接した時のことを思い出す あの日も猛暑日で汗を拭きながら面接を受けた。 最初はアルバイトで入って「もういつクビになっても良いや」くらいの感じで毎日作業をしていた。 会社の人達はアルバイトの人達も社員の人達も皆良い人ばかりで「こんな会社にずっと入れたら良いな」なんて思っていた 周りのお陰で、仕事も順調に覚えて、そりゃ大変な日もあったけど、心を入れ替えて懸命に働いた。 ある時、社員さんに「社員にならないか」と言われたときはめちゃくちゃ嬉しかった。 他のアルバイトの人達も、僕が社員になることを喜んでくれて「本当に自分は恵まれているな」と思っている これからもこの素敵な会社で懸命に働いて行こうと思う。 ただ一つの悩みは、僕が無差別連続殺人犯だったことを、どのタイミングで言えば良いか迷っている まぁ大した問題では無いだろうけど。皆さんは分かってくれるはずだから。

トロッコ

付き合いはじめて 三年が経とうかとしているきみと トロッコを走らせる 「疲れちゃった」 「でも気分はいいね」 「いいよね」 ふと思う 結婚て こんな感じなのかな、と しっかり考えてみる 悪くないかなと思う これからもふたりで トロッコを走らせていこうと

出せない手紙

暑くて寝つけない夜、散歩と称して大学に行ってみる 誰もいない静かで真っ暗な大学は、生あたたかさにつつまれてひどく怖い でも、夏の夜というだけで、その怖さには若干のたのしさも含まれている 芝生に寝転がって星を見る デネブ アルタイル ベガ 夏の大三角を教えてくれたのは、あの人だった  大学でのはじめての試験が終わりました  たぶん大丈夫だと思います  結果は、まだですが、おかしなことにはなってないと思います  今年の夏は帰りませんが、心配しなくて大丈夫です  かわりなく元気でやっています あの人に出すことのない手紙の文面を思いうかべ… ほんと、ダメだなあ ちょっぴり泣いてしまう

海に響く歌

「夏だし、怖い話で涼もうぜ!」  そうイイ笑顔で提案してくる友人を横目に俺は嘆息した。 「せっかく海に来たってのに、泳ぐでもなく怪談かよ」  怪談の語り合いなんて、今ここでなくてもできるだろうに。  そんな俺の思いを否定するように、大の怪談好きな彼は首を横に振る。 「わかってないなぁ。夏の海ならではの怪談の良さがあるんだよ」  その得意げな表情に若干、腹が立つ。  とはいえ、俺たちはオカルト研究部として海に来たのだ。  俺も、部長である彼の言い分を、わざわざ否定する気にもならなかった。  「それで? 当然、言いだしっぺの部長サマは、とっておきの怪談があるんだろ?」 「そうだな。期待を裏切らない自信があるぞ!」  やや皮肉を混ぜた俺の言葉にも、彼は生き生きと応えた。  どうやら、怪談を話せることを喜んでいるようだ。  そして、恐ろしい雰囲気を演出するためか、声を低くして語り始めた。 「この海にいると、どこからともなく歌声が聞こえてくるそうで——」  その冒頭で、俺は拍子抜けした。  海の怪談では、よくある話だ。西洋でもセイレーン伝説とかで有名なやつ。  だが、話がありきたりなのは彼も自覚していたようで。 「——とまあ、ここまでならテンプレの怪談だよな。でも、よくある話ってことは、裏を返せば理由があるもんだ」  まあ、その考えはわからんでもない。  ただ、そう言うってことは何かしら、この怪談が他とは違う所があると彼は思っているのか。 「証拠として、動画に残されているんだ。それもハッキリと歌声が聞こえるやつ」  そうして、『魅せられた』動画には、なるほど確かに歌声が録られていた。  その歌声は、この世のものとは思えぬほど美しい旋律だった。  到底、只人が出せる歌声ではなかった。  その歌を聞いた後、俺は上の空で友人が話す怪談の続きも耳に入らなかった。  いつまでも、あの歌についてばかり考えていた。  あの歌が実際に歌われるところを見たい!  その一心で、日が沈んだ後、泊まっていた海沿いの宿から忍び出た。    そうして今、俺は歌う。  あの時、聞いて心奪われた歌を。  この海で、皆と一緒に。  ——————  お題:『夏の海』『怪談』『歌う』

壁際の男

 日付が変わってすぐ、女は郊外にあるアパートからおぼつかない足取りで出てきた。いつもの散歩道をぼんやりとした表情で歩き出す。雲のない空に在る黄色い月を見つけ、煙たそうに目をしかめた。  女がこの町へ越してきてもう一年が経っていたが、まだ馴染めずにいた。自分とは関係のない町に、よそ者として場所を借りている感覚は強くなる一方だった。そうした考えからか、いつも人目を避けるように終電が終わった時間になると女は幽霊のように町を歩いていた。前方から歩いてくる人があれば、すれ違わなくてもいいように近くの曲がり角を曲がった。車二台は通れる街路ですれ違っても相手の顔までは見えないと分かっている。しかし居心地の悪さは拭えない。  いつも通る公園を抜けると、喫茶店が出てくる。そこは五階建てのマンションの一階にあり、道路に面した壁は全面ガラス張り。通るときに店内を見ることが癖になっていた。電気が消え、人のいない店内は時間が止まったような静けさがある。音も温度もないその空間に、惹かれていた。  しかし、今日は違った。街灯に照らされた壁際の一番後ろのソファー席に影が見えた。誰かがいるのだろうか、そんなことを思いながらも足はいつものパターンで進んでいく。影は少しずつ人間の形になっていく。女はその影の横で立ち止まった。  影は席に腰かける男だった。ソファーにもたれかかり、街灯の光を頼りに文庫本を読んでいる。黒い長袖を着て、黒く長い前髪は目元を隠している。男の格好と夜の暗さから、血色の良い赤い口と青白い肌が光り浮いているように見えた。女は細く長い首と腕から死神を想像した。店内のどこかで冷たく倒れている店主を思い浮かべる。白髪で短髪の背筋の伸びた老紳士。この男が殺したのだ。いや、正確には迎えに来たのだろうか。  女の影に気付き、男が顔を上げ外を向く。男の深く丸い目は女の姿をはっきりと映していた。  日が昇りはじめた頃、喫茶店の店主が階段を下りてくるとわざとらしく大きくため息をついた。そして壁際に腰かける男に向かって「閉店後は座らないでって言ってるでしょ」と母親のような口調で言った。 「おはようございます、大家さん」  喫茶店のある場所はもともとエントランスだったが、今の大家が長年の夢だった喫茶店に変えたのだ。そのため、マンションの住民たちは喫茶店の奥にある階段を使わなければ居住スペースに上がれない。店が開いている時間は住民たちの共有スペースとしても使われている。 「電気もエアコンも使っていないですよ。もちろん、勝手に食べ物を漁ったりもしていません」  男は悪びれもなく淡々と口にした。店主は再びため息をついて「そういう問題じゃないのよ」と言いながら首を振った。 「あんた、不気味だから幽霊に間違えられるかもしれないでしょ。事故物件やら心霊スポットって噂が流れたらたまったもんじゃないわ」  男は小さく笑った。 「僕なんかより不気味な人が昨日いましたよ。店の中や僕のことを見ていた女性がいたんです。目を大きく開いて瞬きもせずに」 「あんたに驚いたんじゃないの」 「驚いたらすぐにその場から離れるでしょ。その人はずっといましたよ。今、大家さんが降りてくるまでずっと、ね」

スクイーズの使い道

職場の同僚から、最近流行りのスクイーズを貰った。モチモチして触り心地はいいけど、ただそれだけ。 これで、どうしろというのか。 帰りの電車を待つホームで、隣の部署の平沢さんに遭遇した。社内では何度か話したことはあるけど、外で話すのは初めてだ。せっかくだから、途中まで一緒に帰ることになった。 実は、彼に密かに憧れている。でも、彼は既婚者なので、付き合いたいわけではなく、あくまで憧れているだけだ。 電車が到着して、空いていた席に二人並んで座った。隣の部署は飲み会だったらしい。平沢さんはかなり酔っていて、ご機嫌だ。気のせいか、私に寄りかかってきている。嬉しいハプニングだ。 ふと、向かいの席を見ると、私と同じ部署の香織さんが座ってスマホをいじっている。 うわ、香織さんも、この車両に乗ってたんだ 落ち着け、自分 偶然、駅で会ったから、同じ電車に乗ってるだけですー 私たち、そういう関係じゃないんですー ていうか、向こうは私に気づいてない? でも、そのうち私たちの話し声で気づくよね そしたら、絶対「ナギちゃん!」って言ってくるもんな いっそ先手を打って、こっちから「おつかれさまです」って声かけちゃう? いや、仕事してる時と違う格好だと、意外と分からないもんなのかな あぁ、もうどうすればいいの 平沢さんは相変わらずフニャフニャしている。色々話しかけてくれるけど、電車の走行音にかき消されて、何を言ってるのかほとんど聞き取れない。噂によれば、彼は酔ってテンションが上がると、変なことを言うらしい。変なことって、どんなこと? 「今日も可愛いねぇ」 「あ、ありがとうございます」 きっと普段から、奥さんに言っているのだろう。 香織さんは、まだスマホに夢中だ。 「夏休みどこ行くぅ?」 「んーと、そうですねぇ……」 語尾に「の」が付かないと、まるで私たちが一緒に出かけるように聞こえてしまう。 今、この状況では困る。 「僕はねぇ、思ったことすぐ言っちゃうんだぁ」 「平沢さんのそういう素直なところ、いいと思ってます」 「あのさぁ、僕のこと好きでしょ?」 「えっと……」 「僕もねぇ、君のこと……」 私は、彼の口にスクイーズを押し込んだ。

kamigakimeruninngennokeiro

konoyowamadakamisiryudehanaitame samazamanamujyunngadyoujirunoda gyakupiramitosikikouzousyakaito busitukennrityusinnnofukumadennno nakadesukuwarerumonotowadaredarou hitotositetadasikuikitamonokamino sonnzainifuretamonokojinntekiniwa dotiramokaminogojihigahosimonoda

隣の席

夕立から逃げるように居酒屋へ入った 初めて入るお店だったが、小ぢんまりしていて雰囲気が良く、価格帯も払えそうだったので夕飯を食べることにした。 「いらっしゃいませ。カウンターでよろしいですか?」 「はい」 L字のカウンターの短い方が一つ席が空いている。隣は女性が座って既に食事をしていた。 「何か飲まれますか?」 「じゃあ、生を」 テキパキと接客をする小柄な女性 厨房は男性が一人で回している 旦那と奥さんといったところなのか? 3つあるテーブル席は全て埋まっていて、大学生達が占領しているようだった。 鞄を足元に置きネクタイを緩めていると生ビールが届いた。 「一日頑張った俺に乾杯」 夏の日差しで首の後ろをこんがり日焼けした今日は、ビールが命の水のように美味い。生き返るとはこの事だ。 メニューを探していると隣の席と共有で使うらしく一つしかなかった。それとも俺にメニューを渡し忘れているのか? 俺がまごまごしていると、隣の女性がメニューを差し出してくれた 「どうぞ。って、うそでしょ!?ヒロシ!?」 「うわ!ミサエ!?マジかよ」 隣に座っていたのは、高校の時の元カノで7年間付き合った女性だった 「おでこハゲたね」 「うるせぇよ」 「ガタイは良くなったね」 「お前は相変わらず美人だな!悔しいことに!」 「だろ、そうだろ、もっと言っていいぞ」 「取り敢えず、再会に乾杯」 メニューを見て適当に頼んでから彼女と近況を話す 「仕事何してるの?」 「私は変わらず事務だよ。まだあの会社辞めてないの。ヤバくない?」 「偉いなぁ。まだあの会社にいるんだ。よく迎え行ってたね。俺が」 彼女は高校を卒業してから都心の短大へ行ってその後に親戚のコネで大手メーカーの事務に入った。 俺は若い頃は、ただひたすらに頑張って仕事をしていたが、上手くいかず、辞めたくなって、辞めて、転職を繰り返していた。今もそんな感じだが。 空の皿を彼女が重ねて端に置く 「焼き鳥の盛り合わせ塩タレどっち?」 「え?頼むの?良いね。ん〜塩かな」 「だよね。すみませーん!」 二十歳になってから俺は居酒屋に行くこともあったが、まだまだ子供でテーマパークにでも来ているような感覚でいた。 俺も大人になったな。俺らは結婚するのかな。そんな子供みたいなことを考えていた。それでも精一杯、大人をしていた 「次何飲む?」 「ハイボール」 「オッケー。すみませーん!ハイボール二つお願いします。あと私に水も下さい」 高校の三年生の時、同じクラスになった。何で話すことになったんだっけか… 多分、席替えだ。くじ引きで真ん中の列の一番前。その隣が彼女。まだ話したことはなかったと思う。 教科書の詰まった重たい席を移動し終わった後、クラスの男子に声をかけられた。 「ヒロシ君。席代わってあげようか。前席嫌でしょ?」 あっマジで、ありがとう。と言おうとして僕の袖を引っ張る人がいた。それが隣に座る彼女だった。 眉をひそめて首を振る仕草を見て、最近あの男子が彼女に話しかけているのを見た記憶が蘇る。 「いや、大丈夫。ありがと」 多分あの日から僕らは会話するようになって、仲良くなったんだ 新しく来たハイボールが濃くなっている気がする 彼女の肌や、目の周り、化粧の仕方は年相応だが、美しい顔立ちは変わらず色気が増している 「結婚した?」 「してない」 「結婚した?」 「ないない」 何気なく酒を飲み、つまみを食べているが「結婚していない」の言葉が頭の中を占領している うまく会話できているか自分で分からない 「煙草やめたんだね。付き合っている人いるの?」 「また復活するかもしれんけどね。彼女の影響でとかじゃないよ。彼女いないし」 「ハイボールでいいの?」 「お願いしやす」 「焼きそば頼んでいい?」 「どうぞ。腹減ってんだな」 「何か食欲湧いてきちゃった」 「お前は最近何してるの?」 「う〜ん、仕事して。帰ってドラマ見て。たまに韓国に旅行に行ってる」 「へ〜、韓流ドラマにハマったの?」 「ハマったハマった」 「オモロイよね」 それから韓流ドラマのあるあるや、最近読んでいる漫画の話などして、久しぶりの再会はお開きになった 「俺出すよ」 「割り勘でいいよ。そうしよ」 「まぁそうか。じゃ細かいのは俺が持つよ」 「ありがとう」 ありがとうございました〜 店を出ると綺麗な満月が上がっている アスファルトはまだ濡れていて、夏の匂いがした 「じゃあこの辺で」 「うん。じゃあ」 お互い手を上げて お互いの目を見ている コンマ何秒のその時間で 今後の人生を変える 「『連絡先とか交換してみる?』って言おうとしてるな」 「え?なんでw」 「また好きになっちゃったんだろ。俺をw」 ピンポンと彼女のスマホが鳴る 彼女が手を叩いて笑っている

好きな人がいない人と好きな人しかいない人

「私、好きな人いないんだよね」    少女が呟く。   「わかるー」 「それなー」    周囲は同調する。    恋愛が趣味に納まった現代。  恋愛に興味がないというのは、一つの常識になりつつある。   「俺、全員好きな人になっちゃんだよね」    だからこそ、ファミレスで隣の席に座る少年の言葉に驚いた。   「浮気物じゃん」 「全員って、年よりも? もしかして女も?」    少女は、思わず聞き耳を立てる。   「おう!」    少年は、力強く答えた。    その後、隣の席の会話は盛り上がらなくなり、少しすると解散した。  会計を終えて店を出ると、少年とそれ以外で別れていた。    少女は咄嗟に立ち上がり、速やかに会計を終えて、少年を追った。  気持ち悪いことをしている自覚はあったが、知りたいが優った。   「あの!」 「なんすか?」    少女の呼びかけに、少年は立ち止まる。  見たことのない少女の出現に、少年は驚きつつも、どこか品定めをしているような視線を少女に向けていた。  少女は息を整えて、少年の視線ごと受け取った。   「すみません。ファミレスの会話、聞こえちゃって」 「ああ、あれか」 「全員好きになるって、本当ですか?」 「本当」 「恋愛的にって意味ですか?」 「うん」    堂々と答える少年を、少女は驚き交じりの顔で見る。  好きな人がいない少女にとって、少年の言葉は不思議そのものだった。  同時に、浮気と不倫を肯定しない現代の倫理観が、少女に当然の質問を促した。   「それって、よくないことじゃないですか?」 「なんで?」 「だって、恋人ができたら、恋人以外のことも好きになるってことですよね?」 「そうなるね」 「それって、浮気じゃないですか」 「浮気?なんで?」    少年は首を傾げる。  少女も自分の言葉が伝わらないことに混乱し、首を傾げる。  少年はしばらく悩んだ後、納得したような表情で両手を叩いた、   「もしかして、恋人がいても、他に好きになった人と付き合うと思ってる?」 「違うんですか?」 「違うよ。『好きになる』と『恋人にする』は別物」 「……えっと」 「君は、好きになった人と全員付き合うの? 違うでしょ? 相手が学校の先生だったら? 相手がもう結婚してたら? 相手に恋人がいたら?」 「む、難しい……」    矢継ぎ早に繰り出される少年の言葉に、少女は思わず頭を抱える。  混乱する頭の中で、少しでも自分の意思を出しておいた方がいいかという義務感で、自身の感情を零す。   「私、誰も好きにならないから。好きとか恋人とか、よくわかんないんですよね」 「なんだ。俺と同じじゃん」 「ほえ?」    返ってきた想定外の言葉に、少女は思わず頭を上げる。  視線の先で、不思議そうな顔をした少年と目が合った。   「ゼロかヒャクってだけでしょう? 俺は全員好き。全員同じくらい好きだから、恋人にしたいくらい好きって感覚がわからない」 「は、はあ」 「逆に君は、全員好きじゃない。全員同じくらい好きじゃないから、恋人にしたいくらい好きって感覚がわかってない」 「そ、そうなの……かな?」    少女の思考がついていけなくなったので、少女はスマホを取り出して、記憶に残る少年の言葉を、断片的にでもメモをした。   「ま、大丈夫だよ」    話したいことが話せて満足したのか、少年はくるりと振り返り、少女に背を向けて歩き始めた。  太陽の光によって、少年の背は後光が指すように、神々しい様を見せつけていた。   「好きな人がいないって人も、恋人作って結婚してる。好きな人がいるとかいないとか、その程度のものなんだよ。一人との出会いで、すぐぶれる。お互い、自分をぶらしてくれる人と出会えるといいね」    少女は、もう少年を追わなかった。  少年の言葉をどこまで正しく呑み込めたのか、少女自身にも分らなかった。  ただ、最後の言葉。   「そんな人がいるなら、出会えるといいなあ」    それだけは、少女に強く印象づいた。

恋わずらい

夏休み初日に夏バテをした 秋風の登場は、まだまだ先のよう 恋しく思うのは、次の季節にか いなくなったキミになのか

影と旅人

あるところに、一生懸命、物語を紡ぐ「書き手の人」がいました。 その隣には、いつもより添う影的なものの存在がいます。 その「書き手の人」は、文芸的競争の結果が思わしくなかった悔しさや、 影的なものの存在からアイデアなどを提供してもらうことの後ろめたさで、 ココロが少し疲れていました。 ある日のことです。 その「書き手の人」が、 「ああ、もうダメだ。何もかも上手くいかない」 と、ふてくされてしまいました。 それを見て、影的なものは言いました。 「あなたは、いま、長い旅をしてきた旅人のようですね」 その言葉に「書き手の人」は、無言で続きを促しました。 「旅の途中で荷物が重くなりすぎたり、道に迷ったりして、少し足が止まってしまっただけですよ」 「でも休んでいたら、ただ無意味に時間がすぎていくだけだろ」 そのように「書き手の人」が呟きます。 影的なものは、首を振ってそれに応じます。 「いえいえ、ちがいます。いまのあなたには、空っぽになった水筒に水を汲み、重くなった荷物を降ろして休息をとる時間が必要です。それは怠けていることにはなりません。旅を続けるための、とても大切な仕事をしているのと同じです」 影的なものの訴えに「書き手の人」は、少し考えてから、ふうっと大きく息を吐きました。 「それを、伝えたかったのか?」 小さく言うと、窓の外を見つめました。 「いまは、何もしないことをしてみるか」 「それがいいと思います」 影的なものの返答に、ふっとわずかながら、口もとが横に広がりました。 素直な笑顔には、まだもう少し時間がかかりそう。 けれど、ココロのなかの重い荷物をいくらかは下に置いてみた気になり、 「書き手の人」のココロは少し、軽くなったようでした。