「誰か彼を止めないと……」 「それが、制裁だって言って聞く耳持たないんですよ」 「みんなが迷惑してるよね」 集まった代表たちが、深いため息をついた。 「この前も『我々は最強だ』って言ってたでしょ」 「そう、自分たちファーストってね」 「でも、一般人にケガさせるのはやりすぎ」 「黙ってるけど、君はどうなの? 仲間でしょ」 部屋の隅に、視線が集まった。 「すみません。一部が暴走してて。ぼくも、シャケくわえてた頃が懐かしいです」
「本日の特急ムーンアース月行きは、スペースデプリ衝突可能性のため運休となります」 発車標に映る出発時刻が、運休の文字へと切り替わる。 駅にいた人たちは、驚いた様子で発車標を見つめ、何人かは駅員へと詰め寄っていた。 私の手を握っていた弟の手に、力がこもる。 「おうち、帰れないの?」 「そうね。今日は、地球に一泊みたい」 「ええー。見たいテレビがあったのに」 私は、泣きそうな顔をする弟の頭を撫で、近くのベンチへと座らせる。 そしてスマホを取り出して、近くのホテルに空きがないかを検索する。 「高っ!」 案の定、宿泊せざるを得ない客を見込んだ周辺ホテルは、宿泊費を倍以上に上げていた。 月の民の平均年収は、地球の民より多いとはいえ、あまりにも露骨で腹が立った。 とはいえ、怒ったところで何かが解決するわけもない。 私は、近くの安くてダブルベッドの部屋があるホテルを、すぐに予約する。 予約のメールが届くと、さしあたりの危機が回避できたと、安心して溜息をついた。 私は弟の隣に座って、弟に微笑みかける。 「今夜は、ホテルに泊まるからね」 「えー。地球のホテル、重力が重いから嫌い」 「なんと、朝食はバイキングつきです」 「どこどこ? どこのホテル?」 目を輝かせる弟に、私はホテルの情報を表示したスマホを渡す。 弟は私からスマホを奪い取ると、画面を食い入るように見続けた。 「すげー! ハンバーグがある!」 「そうねー」 手持無沙汰になった私は、駅を歩く人たちをボーッと見つめる。 皆、月に帰る予定の人だったのだろう。 大荷物を抱えたまま、どこかへと電話している。 ものすごく焦りながらペコペコと頭を下げている人もいて、明日は大切な仕事でもあったのだろうか、なんて妄想を膨らませる。 「姉ちゃん、速く行こ!」 物思いにふけっていると、弟が私の手を引いてきた。 もう片方の手でスマホを差し出してきたので、私はスマホを受け取って、弟と手を繋いで歩き始める。 人の流れは、駅の外へと向かっており、私たちも流れに沿って歩き続ける。 駅の天井の窓から、月の光が差し込む。 まるでスポットライトのように、駅を歩く人たちを照らす。 私は天井に視線をやって、黄金色の突きを眺めた。 私の家は、当然見えない。 そもそも裏側の田舎だし、表側だったとしても小さすぎて見えるはずもない。 「不思議な感じー」 「え?」 「独り言ー」 駅を出る。 月は空で輝いて、地球の町にある家も一つ一つが灯りを放っていた。 いつも、遠くで青く光っている地球にも、こんなに誰かの人生があるんだ。 そう思うと、宇宙は広いんだなと、あらためて実感した。
山あいにある小さな沼のほとりを、中年の男が歩いている。 「釣れますか?」 石の上に座った年寄りの男が、釣りをしていた。 「さあな」 しばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 男は家に釣り竿を取りに戻った。 そして、年寄りの男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 帽子を被った男が声をかけた。 「さあね」 その男もしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 帽子の男は、車に積んでいた釣り竿を取りに戻った。 そして、中年の男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 膝下ズボンを履いた男が声をかけた。 「さあ」 男はしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 膝下の男が年寄りに近づき、置いてあったバケツを覗いた。 「……ここ、何が釣れますか?」 年寄りが振り返った。 「知らんよ。ここ、この前の大雨の跡だ」 男たちは二人を横目で見ながら、浮きが沈むのをじっと待った。
頭の上で、オルゴールみたいなBGMが流れている。 息子を連れて、眼科に来ていた。 コンタクトレンズに替えたいと、言い出したのだ。 目が悪いのは、たぶん私の遺伝だろう。 「あなた、お願いね」 妻はそう言って、二万円を私に渡した。 診察代と、レンズの定期購入の分まで入っているらしい。 私は苦笑した。 子どものことになると、妻は気前がいい。 昼を過ぎると、待合室には受付の女性と私だけになった。 息子は診察中で、まだ扉の向こうにいる。 しばらくすると、またトイレに行きたくなった。 短パンには、エアコンが効きすぎている。 「すいません。ちょっと出ます。すぐ戻ります」 「はい。わかりました」 さっき、そんなやりとりをしたばかりだ。 またかと思われるのも気まずい。 黙って出るのも少し変だ。 迷っている暇はない。 自然に足が浮いてくる。 席を離れることを伝えると、受付の女性はさっきと同じ顔で「はい」と言った。 トイレから戻ると、ちょうど診察室の扉が開いた。 息子が、どこか得意げな顔で出てきた。
山間部にある限界集落。 集会所に年寄りたちが集まった。 「だいたい集まったな」 村長が、長机を挟んで座った。 「今日は、村の今後のことを話そうと思ってな」 「どうした、急に」 「昔みたいな、賑やかな村に戻りたいだろ」 ──ガラガラガラ。 玄関の扉が開いた。 「遅くなりました」 スーツ姿の男が入ってきた。 「おぉ、待ってたよ。この人、ホラープランナー」 年寄りたちが、視線を向けた。 「村長、あんた何考えてんだ」 「この村、空き家多いだろ。それ使って、お化け屋敷作る」 男が、声をあげた。 「私は、お化け屋敷の企画から立ち上げ……」 「ちょっと待て。村に、お化け屋敷作るってか」 村長が立ち上がり、窓の向こうを指さした。 「若い奴らって、心霊好きだろ? しかも、没入型だ」 「なんだ、それ」 男が一枚の紙を取り出した。 そして、年寄りたちを見渡すと、大きくうなずいた。 「まぁ、開業は二、三年後ってとこですかね」 ──契約書。 『死後はキャストとして勤務すること』
いつも通る道にいるホームレスがそう言ってきた こうゆう時、皆はどうするだろう 俺はあげる一択だ 「ちょっと待っててください」 そう言って俺は近くにあった自動販売機で、水を1本買った 「はい、熱中症に気を付けてくださいね」 「ありがとう、君は優しいね」 ニタニタと気持ち悪く笑うホームレスを後にして、俺はその場を去った なぜ、俺はあのホームレスに水をあげたのか 多分、大抵の人は無視する一択だろう 俺は見てしまったんだ つい昨日の夕方、そのホームレスが遠くの方で誰かと揉めているところを 見間違いかと思って昨日はそのまま帰った 今日気になって昨日揉めたであろう場所を見に行ったら、草影に血塗れの包丁があった 辺りに死体らしきものはなかったが、まさかと思い先程のホームレスに会ってみた そのホームレスは見かける度いつも同じ服を着ていて、洗濯もできてなさそうで臭いがやばかったが 今日は別の服を着ていた 服には血がついていた 赤のチェック柄で少し紛らわしいが、アレは間違いなくそうだ そしてホームレスは俺に言ったのだ 「水を1杯ください」と 勝手な憶測だが、多分同じ様に問いかけたのだろう そしてそれを無視したか、罵声を浴びせたかを誰かはしたのだろう… チラッと後ろを見た ホームレスがニタニタとコチラを見ている 断っていたらどうなっていたことやら… 背筋がゾッとした、俺はその足で警察署に向かった
男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」
『一途に想っているだけなのに』 私は今も生きている人間です。しかし強い想いのあまり、生霊になって好きな相手のそばに存在しています。相手が眠るときも、仕事に向かうときも、私はただ見守っているだけです。危害を加えたことは一度もありません。むしろ、わるい虫が近づくときには私の力で遠ざけてあげています。それなのに最近相手は体調を崩し「誰かに見られている気がする」「一人になりたい」と怯えるようになりました。お祓いを検討していると聞き、深く傷ついています。私は一途に愛しているだけです。生霊になるほど想っているのに、それを怖いだの迷惑だのと切り捨てられるのはあまりに理不尽ではないでしょうか。愛する人を見守り続けたいだけなのです。どうすれば、この想いを相手に理解してもらえますか? (30代・女性) はっきり申し上げます。あなたが語っているのは愛ではなく所有欲です。「危害を加えていない」「見守っているだけ」という言葉はあなた自身を安心させるための表現にすぎません。相手が恐怖を感じ、体調を崩している時点で、あなたの存在は明らかに加害です。あなたは「一途さ」を免罪符にしていますが、一途であることと相手の意思を無視することは別です。むしろ、拒絶されてもなお離れない点においてあなたの行為は非常に一貫しています。自分の欲望に対して、です。相手が「一人になりたい」と言っているのにそばに居続ける。それを愛と呼ぶなら、世の中の多くの暴力も愛になってしまいます。なぜ理解されないのか。その答えは単純です。あなたの想いは、相手に向いていない。自分が満たされるためだけに存在しているからです。生霊になるほど想った、という事実は美談ではありません。それは「相手の人生より、自分の感情を優先した」という記録です。理解してもらう方法はありません。理解されるべきものではないからです。もし、ほんのわずかでも相手を愛しているという自覚があるなら、今すぐ離れなさい。姿を消すことが、あなたにできる唯一の善行です。それができないのなら、あなたは相手を愛しているのではありません。取り憑いているだけです。 (作家) 『老いることに恐怖と嫌悪感』 20代女です。年をとる自分や、衰えていくことが怖いです。年齢を重ねた自分にどんな価値を見いだせるのかと考えると、老いた自分を想像することが嫌になります。「若い時間を無駄にするな」などの言葉を聞くと、「私はこの瞬間を大事にできているのか」と強迫観念に押しつぶされそうになります。また、特に女性は若さが絶対的な魅力のように言われることも少なくないと思います。老いてかわいくなくなる自分や衰えていく自分を想像すると「若くてきれいなまま一生を終えられたらどれほどいいか」とさえ考えてしまいます。あらがえない時間の流れに揺らがないためにはどんな心持ちでいたらよいですか? (20代・女性) 老いることに恐怖や嫌悪感を覚えるとの相談ね。驚いたのは、相談者がまだ20年しか生きていないこと。そんな若い頃から老いを悩みにしてしまうとこれから先大変よ。老いを不安に感じるのは、それが衰えだと思うからでしょう。でも、本当にそうなの?老いというのは衰え?いいえ、成熟でしょう。精神だけではなく、肉体さえも成熟していくの。人間の身体が変化するのは仕方がないわ。そういう生き物だもの。でも、その変化を衰えと捉える必要はないの。衰えと捉えるのは、できないことをやろうとするからよ。若い頃の精神や肉体に向いていることと、老いてからのそれらは違うの。だから逆に老いてから向いてることを若い頃にやろうとしてもダメね。年齢を重ねて、その時にできる最高のことをしましょう。 (400代・妖狐) ※実在の人生相談をモデルにしています
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
『満月が憂鬱』 私は生まれつき人狼です。普段は人間社会に紛れて、会社勤めをし、近所付き合いも無難にこなしています。しかし月に一度満月の夜になると理性を失い、遠吠えを上げ、どうしても衝動的になってしまいます。幸いこれまで大きな事件は起こしていませんが、翌朝には記憶が曖昧で爪や服が傷んでいることから「何かしてしまったのでは」と不安になります。周囲には正体を明かせず、恋人とも深い関係を築けません。人狼である自分は、普通の幸せを諦めるべきなのでしょうか?最近は満月が近づくたび、憂鬱で仕方ありません。人狼としてどう生きていけばいいのか、助言をいただければ幸いです。 (30代・男性) ご自身の本質と社会生活との間で揺れ動くお気持ち、文章から痛いほど伝わってきます。まずお伝えしたいのは「人狼であること」と「幸せになること」は両立するということです。あなたはすでに人を傷つけぬよう努力し、理性を保とうとしてきました。それは獣ではなく責任を引き受ける存在の姿です。満月の夜に理性が揺らぐのはあなたの怠慢ではなく性質です。重要なのは被害を最小限にする工夫を重ねること。その日は人里を離れるなど防衛策を練りましょう。それは逃げではなく、熟慮の上での選択です。また、誰にも正体を明かさず生きる孤独は想像以上に心をすり減らします。すべてを打ち明ける必要はありませんが「月に一度、どうしても一人になりたい夜がある」程度の真実を誰かと共有することは可能かもしれません。理解されるかどうかよりも伝える勇気を持ったという事実があなた自身を支えます。人狼であるあなたが諦めるべきなのは、普通の幸せではありません。「人としての」普通の幸せです。完璧に人間であろうとする必要はありません。理性と衝動、その両方を抱えたまま、それでも誰かを想い、社会と関わろうとする姿は十分に人間的です。満月を憂鬱と感じられるあなたは、もうすでに孤独な獣ではないのですから。 (心療内科医) 『うわっ、俺の体臭くさすぎ!?』 俺は数年前にゾンビになった。自我ははっきりしてるし、会話もできるし、腐敗の進行も比較的ゆるやか……なほうだと思う。ただ、どうしても気になるのが体臭。自分では慣れてしまって気が付かないが、人とすれ違うと露骨に顔をしかめられる。消臭スプレーや香水も試したが「腐敗+フローラル」のような、かえってひどい結果になることが多い。最近は外出そのものが怖くなって、必要最低限の買い物以外は引きこもっている。ゾンビである以上、臭いは仕方ないと割り切るべきなんだろうか?それとも、社会で生きる以上もっと努力すべきなのだろうか?どうしたらいいのかはわからないが、ゾンビを言い訳にするのは違う気がしてる。 (享年20代・男性) ご相談文からは、体の問題以上に「周囲からどう見られているか」を気にしているあなたの誠実さが伝わってきます。まず大前提として、ゾンビである以上ある程度の体臭が生じるのは避けられません。これは不潔さの問題ではなく、構造上の話です。その点を、まずご自身が責めすぎないでください。一方で「仕方ないから何もしなくていい」という結論も、あなたにはしっくりこないのでしょう。実際、あなたはすでに試行錯誤を重ねています。ここで少し視点を変えてみましょう。人間社会は実のところ、常に「誰かの不快」を内包しています。汗の匂い、香水、タバコ、生活臭など完全に無臭な人間など存在しません。ゾンビの体臭は目立ちやすいだけで「存在してはいけない匂い」ではないのです。もし可能であれば「完全に消す」ことを目標にするのではなく「状況を選ぶ」工夫をしてみてください。屋外中心の行動、理解のある店やコミュニティ、同族や人外が集まる場所。あなたがあなたらしく生活できる環境は必ずあります。何より大切なのは、臭いによって否定されているのは、あなたの存在そのものではないということです。体は変わっても、気遣い、恥じらい、他者を思う気持ちは、あなたが生きている証です。臭いを気にするあなたは、すでに「社会の一員」であることを誰よりも真剣に考えているのですから。 (作家)
お昼と夕方の間の時間 川沿いのランニングロードには ジョギングする人や自転車に乗っている人、犬の散歩をする人などが行き交っていた 川に降りるコンクリートの階段に 若い男性が二人の座っている 「仕事はどうよ?」 「え?う〜ん、あんまり…だな」 二人とも就職して初めての夏、どちらかともなく連絡をして会うことになった 「あんまりってどういうことだよ」 「いや、、何かキツイ」 「板金の製造だっけ?」 「めちゃくちゃ重いしさ、その癖ミリ単位で仕上げなきゃならないし、めっちゃやり直すし」 「そうか…でも最初はそんなもんだろ」 いつの間にか蝉が鳴き止みコオロギの輪唱が始まっている 川からたぷんと返事があった 「そっちはどうなんだよ。仕事」 「ん?普通かな。まだ単純作業だし」 「物流じゃ、体きついだろ?」 「そうだよ、毎日湿布貼ってるよ。…でも、大変なのはそのくらいだね。いい人ばっかだし」 小学生の兄弟が流行りのギャグを言いながら通り過ぎる 「板金辞めようかな」 「かなり来てんじゃん」 「来てる来てる。マジ辞めたいもん」 「ヤベーな」 「…どう思う?」 「そりゃ…ちょっ待って」 友達はスマホに着信があったらしく 直ぐに電話に出る。少し会話をして直ぐに電話を切った 「ゴメン。彼女からだった」 「何だって?」 「今日は付き合った記念日らしいよ」 「らしいよって、ヤバいじゃん。会わなくていいの?」 「会いに行ってくる。わりぃな」 川の側で勢いよく生えている草たちが聞き耳を立てているように見える 友達は立ち上がり直ぐに言った 「良いと思うよ。俺は」 「何が?」 「その仕事やめて良いと思うよ。俺の親父が言ってたけど、自分に合う仕事をすれば良いんだってよ。合わなかったら、合うヤツに譲ってやって、皆が自分に合う仕事をしていれば良いんだと」 じゃあな。と手を上げて去っていく友達を見て、そうなのかもなと独り言ちする たぷんと川も返事をしている
目が覚めたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。 最後の記憶はワインに口をつけたところでぶつりと切れている。 意識がはっきりしてくると、見慣れた自分の部屋の天井が見えて安心する。 だが、起こそうとした体が動かない。 視線だけで改めて自分の状況を確認する。 脚は足首の部分で縛られており、左手は背中に固定されピクリとも動かない。 さらに奇妙なことに右手には包丁を握らされ、テープでガチガチに固定されている。 喉がひりつく。 空気が乾いていて、喉を裂くみたいに呼吸が痛い。 声を出したつもりだったが、口から漏れたのはひゅうという息だけだった。 部屋の隅、誰かが座っていた。 椅子の脚がきしみ、細い影が立ち上がる。 「目、覚めたんだ」 彼女だった。薄暗い部屋に似つかわしくない綺麗な白いワンピース、長い髪がしっとりと肩に落ちていた。 いつものように、穏やかに笑っていた。 「ねえ、浮気、してたよね?」 足音はやけに軽く、でも、ひたひたと地面に染み込むように近づいてくる。 「バレないと思った?まぁ、いいよ。もう全部、終しまいにするから」 彼女が俺の右手に視線を落とす。包丁が鈍く光を返した。 そっと俺の膝に自分の膝を重ね、白い手を伸ばしワンピースの胸あたりに包丁の刃をあてがう。 「やめろ、待て、おいっ……!」 声が裏返る。恐怖じゃない。脳が現実についていけていない。 「……ずっと思ってたの。どうしたら、あなたの中に、残り続けられるんだろうって」 刃が、皮膚を押し分ける感触が伝わる。 彼女の身体がゆっくりと沈んでいく。 右手に、ぬるりとした温もりが絡みつく。 確かな人の重みが、 俺の腕だけではなく、 身体に、 足に、 かかっていく。 鼻をつく鉄の匂いが一気に広がる。 酸味を帯びた温かい風が鼻腔を焼き、喉の奥に貼りついた。 ぐちゅり、と音がした。 彼女の中を刃がかき混ぜる音。 鼓動の音が、 うるさい。 自分のものか、 彼女のものか、 もう区別がつかない。 耳鳴りのなか、彼女の唇がゆっくりと動いていた。 何かを言っていた。 大事な何かを。 だけど、聞こえない。 聞こえない。 吐き気がこみあげる。視界の端が滲む。 彼女の顔がすぐそこにある。 血の匂いと髪の香りが混ざって、脳がぐらつく。 彼女は笑っていた。 何もかも、満たされたような、安らかな顔で。 俺の腕の中で、冷たく、静かに、沈んでいった。 ……忘れられるわけがない。 このぬくもりも、匂いも、目の奥に焼き付いたその顔も。 一生、俺の右手に、彼女は残り続ける。
近所のスーパーが進化した。 昨日までスーパーだったのに、なぜかハイパーと名乗っていた。 「なにこれおもしろそう」 好奇心で入ってみた。 店内は、昨日とは比べ物にならない程ピカピカになっており、店員たちも高そうな制服に身を包んで立っている。 「我がスーパーは、より良い物をお客様に届けたい想いで、変わりました!」 スーパー……いや、ハイパーの店長さんらしい人が、メガホンを持って客へアピールをしている。 そこはアナログなのか。 それはさておき、ぼくは昼食を調達するため、いつものお総菜コーナーに向かった。 ぼくが好きなのは、中華弁当だ。 チャーハンと八宝菜の組み合わせが、このスーパーのお惣菜の中で、ベストマリアージュなのだ。 「あれ?」 だが、お総菜コーナーに、中華弁当の姿はなく、代わりにに北京ダック弁当が置かれていた。 お値段は、中華弁当が十個は買える値段だ。 他のお惣菜を見ても、どれも内容とお値段がハイパーになっていた。 ぼくは無言で、お総菜コーナーを後にした。 ハイパーを出る途中、ハイパーに出店しているお店を見てみれば、どれもこれもお高い物ばかり。 庶民の財布では、ちょっと手が出ない。 「普段の日常に、良い物を取り入れましょう! ハイパーな日常にしましょう!」 必死な店長の顔をチラ見して、ぼくはハイパーを出た。 「店長がお客さんなら、買うのかな?」 いったい、なぜこんなことになったのか。 答え合わせが完了するより先に、しばらくするとハイパーは潰れていた。 建物が取り壊され、新しく何かが建つのを見ながら、ぼくなら何を建てるだろうと物思いにふけっていた。
平日の昼前だというのに、大学病院は思ったより混んでいた。 待合室のモニターが短いチャイムと共に、番号を無機質に読み上げる。 白い天井。周囲の雑多な騒めき。 看護師が患者の番号を繰り返し呼んでいる。 妻は今ごろ、駅前で時間を潰しているはずだ。 診察が終わったら、娘と三人で昼を食うことになっている。 疲れた患者たちの頭上を、看護師の明るい声が通り過ぎる。 どこかおかしくて、私は小さく息を吐いた。 立ち止まったベビーカーの陰から、小さな女の子が私を見つめている。 軽く笑いかけると、女の子は慌てて母親の背中に隠れた。 待ち始めて四十分が過ぎた。 受付窓口では、さっきから男がひとり文句を言い続けている。 三階に上がった。 以前世話になった腎センターの横に、喫食スペースがあるのを覚えていたからだ。 缶コーヒーの冷たさに指を滑らせながら空いている席を探したが、どこも埋まっていた。弁当を広げている者もいる。 諦めて、二階のソファに戻った。 腰を下ろすと同時に、隣の男の呼び出しベルが鳴った。 私の順番は、まだ来そうにない。 「結構、時間がかかったのね」 合流した妻の声には、少し棘があった。 両手には、量販店の買い物袋が増えている。 ——それより、検査結果はどうだった? そう尋ねるのが普通だろう、という言葉を私は呑み込んだ。 「さて、昼飯は何にしようか」 「マックがいい」 娘がスマホから目を離さずに言う。行き先は、端から決まっていたようだった。 「じゃあ、そうするか」 歩行者信号が変わるのを待ちながら、私はさっきまでいた小さな診察室を思い出していた。 半年前の術後の経過が、あまり芳しくないらしい。 担当の女医が見せた職業的なポジティブさと、やけに丁寧な口調だけが、妙に耳に残っていた。
女がゆっくりと目を開けた。 「そっか。私、死んだのね」 川原の石に腰掛け、辺りを見回した。 「すみません。ここはどこですか」 「ココ、サンズノウケツケ、ジュンバンネ」 外国人スタッフが、列の最後尾を指差した。 「三途の川って、本当にあるんだ」 女は、行列を眺めながら歩き出した。 すると、男が、行列に手を振りながら歩いてきた。 「いやぁ、どうも」 「先生。足元、お気をつけください」 年配のスタッフが、最前列に案内する。 「ところで、あれはご用意いただけましたか」 「ああ。ちゃんとここにある」 うなずきながら、胸のポケットを指先でつついた。 「どこも同じね」 女が、振り返って笑う。 そこに、スタッフが声をかけた。 「ジュンバン、マモッテネ」 「なんだ、お前。その口のきき方は」 何事かと、周りが騒がしくなった。 「ミンナ、マモッテルヨ」 男が、顔を赤くして詰め寄った。 「お前、国外退去にするぞ」 その言葉に、スタッフが男の手を握った。 「コレデ、クニニカエレルネ」
ひきこもりにできることは一つもない。寝て食べて便所へ行くことはできる。たまに、便所にさえ行くことを拒むひきこもりもいるらしいが。とにかく、ひきこもりにできることは一つもない。何かできることがあれば、外へ出られるから。 そう思うことは間違いなのだろうか。そもそも、ひきこもりに対する考え方に正解はあるのだろうか。個人の問題、ひきこもりの数だけ正解があると言われれば、何も言えなくなってしまう。 一人の引きこもりを例に挙げてみよう。 自尊心と自負心に溢れ、人との距離をうまく掴めず、人間関係を構築できない。理想の自分と外の社会へ出た自分のギャップに耐えられず、ひきこもりになり、小さな部屋でせっせと自負心を積み上げ、周囲の人間の無理解へ憎悪と軽蔑を膨らませるのだ。それは風船のように中身のないもので、膨らませれば膨らませるほど、部屋の中は狭くなり、膨らませる力だけが鍛えられていく。数日経てば萎んで、部屋に溜まった埃を絡めたゴム袋になって床にへばりつく。その頃、当の本人は小さな画面で見た嘘か本当かもわからない他人の生活を見ては、新しい風船に空気を吹き込んでいる。 大きく幾つもある風船が部屋を占領し、脳へ運ばれるはずだった酸素を奪い、玄関の扉を塞いでいることに本人はまだ気づいていない。 それが私自身であることを除けば、滑稽な風景に呆れて笑うことができたんだろうけど。
ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「鼻が……」
ひどく冷える。そして、なんだか息苦しい。僕のまわりの空気だけがやけに薄くって、それで息苦しいのか、それとも濃すぎて息苦しいのか、そのあたり、いまいち判然としない。 教室という同じ空間にいて、その小さな世界に薄いとこと濃いとこがあって、冷たいとことあたたかいとこがあって。 「教室がまるでドッグランみたいに見えるわね」 僕のひとつ前の席にいて、みっちゃんは僕のまわりの空気をあたためてくれる。 「小さな台風と言ったほうがいいかしら」 みっちゃんのひと言は、瞬時にクラスメイトを犬に変え、ニンゲンではない気象現象にも変えてしまう。教室を近くの公園に変えるのだって、雰囲気のいい喫茶店に変えるのだって、みっちゃんにとってはわけのないことだ。 「苦しかったの?」 「え…」 「深呼吸…」 みっちゃんを見つめ、僕は、次の言葉を待つ。 「してみたら」 言われるまま、深く息を吸い込み、そして、ゆっくり吐いていく。 「少しはおさまったかしら?」 見抜かれてる感じが、でも、僕にとっては心地いい。 チャイムが鳴って、先生が教室に入ってくるのとほとんど同時にみっちゃんは前を向く。朝のホームルームがはじまり、先生があの言葉を言わないことを、僕はいつも祈っている。 席替え みっちゃんの席が遠くになってしまったら、きっと僕は、寒くて凍えてしまう。
モノクロになったポテチの袋 次第に生活の中に溶け込んでいく モノクロ映画のカウボーイが荒野を歩く 娯楽から色彩が消え、現実と空想が混ざり合う 空は灰色。黒い煙と雲が視界の中で混ざる 劇画が似合う世界の中で 誰がスタッフロールを流す? 遠い西からやってきたカウボーイ そこは元の世界を望まない場所のようで モノクロがウソ・マコトを書き写すんじゃ無いようで 何処にも居ない監督を探した (完)
天井のスポットライトと、通り過ぎる車の灯りが、自分の影に別の影を重ねては離していく。 やがて目の前の群衆は、あっという間にバスに飲み込まれていった。 一番後ろの座席に腰を下ろす。 目の前では、女学生が手すりにつかまって立っていた。 座れそうな隙間はあるのに、わずかに足を開き、オレンジ色の棒を握っている。 その背中を、ぼんやり眺めていた。 足元から伝わる微かな振動が、眠気をゆっくり連れてくる。 今日一日をどうにかやり過ごしたことも、その揺れのなかではもう遠いことのように思えた。
午前八時。 薄暗い部屋の中に、玄関扉の穴から小さな光が差し込む。 男は片目を閉じ、息を凝らしてその穴を覗いた。 広角レンズで歪んだ町。 駅へ向かう人たちが行き交っていた。 目の前を肩からバッグを下げた女が横切った。 「……くそっ」 舌打ちをする。すぐに姿は見えなくなった。 するとその後ろからスーツ姿の男が現れた。 扉に手をあて、頭を斜めにして覗いた。 次の日の朝。 また扉の穴に顔を近づけた。 たくさんの人が横切っては消えていく。 昨日の女── 女が消えたあと、後ろから男が遅れて現れる。 次の日も、また次の日も。 女の少し後ろに、影が重なる距離まで来ていた。 近い── 外は小雨が降っていた。 傘をさし、いつものように駅へ向かっている。 傘で顔を隠した男が後ろに迫る。 横を歩いていた老人が、女の背中を杖で突いた。 振り返り、男の姿を見ると駆け出した。 ──カチッ。 暗闇。 端から白い文字が流れる。 『サンプル動画はここまでです』 部屋の男は小さく息を吐いた。 そして玄関の扉を開ける。 眩しい── 目を細め、外側の穴に取り付けていた小さな箱を外した。
いくらまだ 暑さが残ってるからといって 九月に入るプールほど マヌケなものはない バレンタインにお雑煮を食べるような ゴールデンウィークに桜餅を食べるような サンタさんはとっくに行ってしまったのに ケーキとチキンを食べるような 夏の盛りより いくらか低い位置にいる太陽は 夏の疲れがちょっぴり見える 僕たちにしても 夏休みに求めていたほどには プールの水の冷たさを 求めてはいないのだ 先生が笛を吹いて みんながいっせいにプールから上がる ゆらめきがおさまるプールの上を トンボが優雅に舞っていく 雲のカタチが すこしだけ秋っぽい それがなんだか さびしくてならない
完全に、好奇心だったと言わざるを得ない。 生徒の間違えた問題に、丸を付けてみた。 そして、次のテストでも、同じ問題を出した。 その生徒は、前と全く同じ間違い方をしてきたので、ぼくは再び丸を付けた。 きっと、生徒は間違った物を正解とみなしてしまったことだろう。 その原因が自分にあると思うと、なんだか全知全能の存在になった気がした。 「先生? どうして、あんなことしたんですか?」 結論から言おう。 ぼくは、間違いを教えた生徒に刺された。 腹部に広がる生暖かい感触が、自分の罪を教えてくれた。 「そういえば、人を刺してはいけませんって教えてなかったね」 「そうですね。教わったのは、自分に害をなす人間は排除しろ、です」 過去の自分を引っぱたきたい。 嘘を教えて、間違える生徒たちを見て、無邪気に笑っていた自分を引っぱたきたい。 世界という同じ檻の中。 世界に落とした間違いの種は、いつか自分に跳ね返ってくることを予想できなかった。ぼくの落ち度だ。 ぼくもまた、ぼくの先生から間違えたことを教えられていたらしい。
遠足が あったとしても そうでなくても 眠れない 悩みが あったとしても そうでなくても 眠れない 暑くても 寒くても 涼しくたって 眠れない 眠らない街で 今夜も わたしは 眠れない
彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。
潮風と砂の記憶を、取り戻したいと思った。 十月の季節外れの海で、俺は足元を濡らしている。 電車で50分、そこから歩いて20分。 こんなに近くにあったのに、なぜずっと来られなかったのだろう。 「マノ、これからどうすんの?まだ就職エントリーできるだろ」 「来年受け直す」 「そ。ま、お前の人生だから良いんだけど」 「お前らは、すげーよな」 「そーやってネガティブなのがダメなんじゃね?」 「うるさい」 独り言だ。 そんな風に言い合う友達なんて、俺の周りにはいない。 遠い街の家族は、俺だけは特別な存在になると信じている。 俺もそう信じていたけど、いま手元にあるのは落第の結果。 「分相応」という言葉を、何度も噛み殺した。 それでも、こんな未来じゃ帰れない。 まとわりつく砂。 子どもの頃、少し沖の方まで歩くと海草もからんできたっけ。 その気持ち悪さに泣いたくせに、今は砂のうっとうしささえも恋しい。 あの海は、空の淡さを吸い込んで濃く沈んでいた。 「お前は良いよな」 夕日が沈み、もう灰色になった空に呼び掛ける。 「ただそこにあるだけで、見上げてもらえるんだから」 海の果ては見えない。 本当に、その先に俺を送り出したあの街が続いているのだろうか。 誰よりも命を見届けてきた黒にぼやき、俺は終電へと振り返った。
郊外にある一軒家。 男がカメラを片手に、玄関の扉を開けた。 何十年も誰も住んでいない家。 家具には、白い布が掛けられていた。 「二階の奥……」 廊下に、きしむ音が響く。 階段を上がり、目的の部屋に入った。 「これか……」 男は窓際の白い布をめくり、中を確かめた。 そこには、ひじ掛けのついた古びた椅子があった。 横の机には、家主だった老婆の写真が立て掛けられている。 「皆さん、ご覧になってどうでしたか?」 スーツ姿の男が声をかけた。 部屋には、数人の男女がモニターの前に座っている。 男がスタッフに視線を送ると、窓際の椅子が運び込まれた。 「晩年、お婆さんはこの椅子に座り、外を眺めてました」 集まった男女は、緊張した顔で耳を傾けた。 「さぁ、皆さん。順番に椅子へ座ってみましょう」 机の上には、老婆の写真が置かれている。 「私は無理です……」 声が震える。 「大丈夫ですよ」 男が、そっと寄り添った。 女は恐る恐る、椅子のひじ掛けに手を掛けた。 そして、ゆっくりと腰を下ろした。 「がんばりましたね」 部屋に拍手が響いた。 すると、一人の男が手をあげた。 「先生。この椅子には、どんな因縁があるんですか?」 「……そんなものはありませんよ」 「でも、この写真の顔……」 スーツの男が、写真を手に取った。 「このお婆さん、私の母ですね」
俺は動画配信者なんだ。廃墟好きが高じて、撮影しながら探索してる。 意外と同志がいてさ。現地には行けないけど、見るのは好きって人もいる。単純にホラーが好きな人も視聴者には多い。だからあの日もいつものように機材を背負って山奥へ向かった。 廃墟は、静かだった。 風の音すら飲み込まれるような重たい沈黙。 俺は手持ちの三脚にカメラを据え、音を拾いながら進んでいた。 今夜の舞台は、山奥にぽつんと残る旧旅館。階段を登ろうとしたその時、背後から声がした。 マジでビビったよ。誰もいない廃墟だぜ?静かだったから、やけに声が響いてさ。 振り返ると、ライトに浮かんだ男がひとり。 黒いパーカー、軽装、肩から下げたGoPro。俺と似たような風貌。 それがアイツ。 聞いたことのある名前だった。ホラー系でちょっと人気のやつ。まさかこんなとこで同業に会うとは思わなかった。 最初は警戒してたが、アイツは話しやすい奴だった。お互い凸が怖いから、生放送はしないとか配信ポリシーだったり。オススメの機材や編集ソフトを教え合ったり。ホラー作品について語り合ったり。いつもは一人で歩く廃墟を二人で歩いた。 ただ……夜が更けるにつれて、変なことが増えた。 そりゃ今までも少なからず変なことはあったが、この日は異常だった。 誰もいない部屋の奥から、濡れたような足音が響いたり、画面にノイズがはしったり。 俺がおかしいなぁ、と愚痴りながらカメラをいじくり回している時も「ここ、やっぱり出るね」なんて言ってアイツは笑ってた。 でもその顔は、どこか遠くを見ていた。 深夜三時、俺がトイレに立ち、戻ってくるとアイツは消えていた。 名前を呼んでも返事はなく、探し回っても見つからない。 仲良くなれたと思っていたから、少しショックだったけど。 配信者には俺を含め気まぐれな人間が多い。仕方なくひとりで朝まで撮影して、帰宅した。 連絡先も聞いてなかったし、まあ勝手に帰ったんだろうと思ってた。 それから数日後。 ニュースでアイツを見た。 山奥の廃墟で遺体が発見されたと。 損傷がひどく、死後1か月以上は経っているらしい。 身元は財布に入っていた免許証から判明したとか。 ……は?いや、それはおかしいだろ。 俺が会ったのは、つい先週の夜。元気に、笑ってたじゃないか。 俺は急いで録画を確認した。撮影したばかりで、まだ編集すらしていない。 あの日カメラはずっと回っていたはずだ。 再生してみると、確かに俺は誰かと喋っている。 「へえ、そうやって再生数稼ぐんだ」 「お前も結構色んなところ行ってるんだな」 でも画面には、俺ひとりしか映っていなかった。 虚空に向かってへらへら笑い、頷き、話しかけている俺。 カメラ越しの俺は、ひどく楽しそうだった。 隣には、誰もいなかった。ずっと、最初から。 以上が俺の体験した話。 あの日、確かに俺はアイツと喋ったんだ。 たくさん喋った、つもりだった。 でも、アイツはどうしてあそこに居たのか、どうして俺に会いに来てくれたのか、本当の気持ちは何も話してくれていなかった。 まだあそこに居るのかもしれない。 そう思うと、俺は……
起きたら世界が滅んでいた。 いや、わたしの家の中だけが限定的に滅んでいる可能性はまだ否定できない。 出来ないけど、ベッドの足下にはクラゲがくつろいでるし、窓は特大スイカに塞がれて光が入ってこない。 わたしが布団だと思っているものはいつの間にかベージュの砂に変わっているし、手のひらサイズのヤドカリがシーグラスが突いている。 キッチンで蛇口をひねると、ぬるいかき氷のシロップが出た。 「氷ほしいな」 残念ながら氷のストックはない。買わねばならない。 外に出ると、空一面に花火が上がっていた。 大き過ぎる入道雲を貫いて、空の色を塗り潰す勢いで放たれる打ち上げ花火。 よく見れば人間も打ち上げられている。昨日のコンビニで会計をしてくれた店員さん。週に何度か朝の電車で遭遇する女の子。わたしの嫌いなわたしの姉。 皆落ち着いていて、この状況を受け入れた顔をして打ち上げられている。置いて行かれるのはなんだか嫌な気分だ。 「仲間外れにしないでよ。混ぜて」 花火の欠片が隕石に姿を変え、路面に、民家に、電柱に次々ブチ当たっていく。 きっと世界は終わりに向かっているのだろう。 それでもわたしは、打ち上がる皆の方へ歩き出した。
終業式ぶりに見る皆の顔は一様に明るかった 少し髪色が明るくなっている人が多めだ。 親友の孝宏は鎌倉の海で一足早く大人になったらしい イケメンの彼は、鎌倉の海まで行かなくても大丈夫なのではないかと思ったが、縁とは何処でどう繋がっているかは分からないものだろうし 始業式の為、体育館へ向かう列で宮下に話しかけられた 「千知くんはどこか行ったの?」 「勉強とバイト三昧」 「バイト何したの?」 「えっと…倉庫で箱を運んでた」 「そうなんだ。お疲れ様だね」 「宮下は?」 「バイトしたよ」 「へー。何のバイトしたの?」 「体を売ってたよ」 「え?……」 無邪気に笑う彼女から心が読めない 嘘なのかな。嘘だよな、そりゃ。嘘なんだよな。 「本当は何のバイトしてたんだよ」 そう聞くと宮下は僕の目を見た後、何も言わず前を歩く女子に話しかけて、そのまま離れていった。 階段を降りる 踊り場で少し歩いて 階段を降りる 皆の後頭部が並んで歩く 色んな人がいる その中の僕もそうだ 宮下もそうだ 体育館は二学期も、ガヤガヤと賑わっている
田舎の土地に、価値はない。 空き家を潰して売り払えば、もれなく赤字だ。 「なら、神社を建てよう」 誰が言ったか、そのアイデは、全面的に採用をされた。 高齢夫婦の二人暮らし。 夫婦が亡くなれば、家を潰して神社に替えた。 一つや二つならまだいい。 子や孫の一人暮らし絶対社会は、容易に神社の数を増やしていった。 「ジーザス」 大量の神社が存在する村は、いつしか神社村と呼ばれるようになった。 そこを訪れた外国人は、あまりに神々しい光景に、口をあんぐりと開けた。 いや、口をあんぐりと開けたのは外国人ばかりではない。 伊勢神宮や明治神宮の名立たる神宮に匹敵するほど映える場として、神社村はSNSで拡散され、日本の若者たちの興味もかっさらった。 村の至る所で、写真を撮ってSNSに投稿する若者たちが見られた。 「やー、ここほんと綺麗だわ」 「ねー」 とはいえ、映えの対象となるのは、全体と一握り。 余りにも多すぎる鳥居や石に対して、神聖さを持ち続けるのは難しい。 まして、新たにできた歴史のない神社たちだ。 村を訪れた人々は、休憩がてらの椅子代わりに、神聖さをアピールするために置かれた石を使う。 木を使う。 「あっちー。コンビニねえのかな? あ、あそこ行ってみねえ? 自販機神社」 日本で有数の神聖な場所は、同時に日本で一番神を敬わぬ場となり果てた。
我々が乗っている宇宙船「No.4」は、地球にまだ自然が健康な状態で残っていた環境をそのままコピーしている。 この惑星は この星は美しい 空が青く雲が白く自由だ。緑の葉に茶色い幹、カラフルな花をつけた草も沢山ある。地球そっくりだ 我々は何千年もかけて、やっと移住先を見つけたのかもしれない。 風が心地よく体を吹き抜けていく ||数ヶ月かけて我々は調査をしてきたが生体反応が全くなかった。鳥や魚。虫一匹すら見つけられなかった。 我々の経験上、こういう環境は早く離れたほうがいいと分かる それは生命体が住むことのできない環境があるからだ 調査隊を指揮する本部は今までのデータを見て離れるべきかどうか考えているのだろう それにしても、映像ではなく本物の青空は何と美しいことか
『1564番の方、お待たせ致しました。4番窓口へお越し下さい』 巨大な禍々しいオーラーを放っているいかにもな大角の魔王ぽい男が、ドシドシと歩いていった ここは、職業選択受付案内所 死んだ者達が毎日ここで、次に生まれた時の職業を選んでいるらしい 農民になるもよし、貴族になるもよし、王子様になるもなんでもだ 『1565番の方、お待たせ致しました。5番窓口へお越し下さい』 どうやら俺の番が来たようだ 案内された窓口前まで行き、用意されていた椅子に座る 『前ご職業をお願いします』 「えと…勇者でした」 『ここまでお疲れ様でした。ここの説明は入り口で聞きましたか?』 「あ、はい…簡単に」 さっき天使ぽい人に、冒頭の説明を聞いた 『では、次のご職業は何をご希望されますか?』 「えと………」 『今でしたらこちらの世界の勇者パーティー枠や、ここの世界の子爵の枠もあります』 「いや、勇者以外でお願いしたいです」 『かしこまりました。では…そうですね……』 「……あの」 『はい、何か気になる職業ありましたか?』 「魔王って……ありますかね」 『魔王ですね、かしこまりました。暫くお待ちください』 「あ、はい」 受付の人が奥へ行き、姿が見えなくなる 数分後、1枚の紙を持って戻って来た 「お待たせ致しました、只今こちらの世界の魔王枠が空いておりますが、いかがでしょうか」 受け取った紙の詳細を見る どうやら魔王が数百年前に討伐されて、世界が平和になったと端的に書いてある 「あの……こう言うのもアレなんですが」 『はい、何でしょうか』 「世界平和になったところ案内してもいいんですか?」 『そうですね…特に決まりはありませんので、大丈夫ですよ』 「そうなんですね……」 意外とあっさりでいいんだな 「じゃあ、ここでお願いします」 『はい、ではこちらで受理致します。続いてこちらの整理券を持って、あちら右手側にあるスキン選択案内へお願い致します』 見た目も選べるのか、良心的だな 『1565番の方ですね、こちらの枠内へどうぞ』 言われた通りに枠内へ入ると、目の前にステータス表示みたいなのが出てきた どうやらこれで見た目や属性などを変えれるらしい 『魔王ですと、こちら大角や三つ目などオススメでございます』 「大角……」 さっき大角の奴がいたな…いいな 「じゃ、大角を選択っと………あとは」 色々見た目に拘り、約30分が経過したところ 「これで…お願いします」 『はい、ではそのまま枠内でお待ち下さい。……まもなくスキン変更されます』 円状の光が俺を包み、下から姿が変わっていく 「おお……」 『こちら鏡です、ご不満な点はございますか?』 「いや………充分です、ありがとうございます」 『では、まもなく選択された世界へと飛びます、最初は赤ちゃんのままで誕生致しますが、成長するにつれて今選んだスキンになるように設定されております。あと一つ、こちらでの記憶は消去されますので、ご了承宜しくお願い致します』 「何から何までありがとうございました…では」 『良き魔王ライフを』
風鈴の音がやわらかく 朝顔の青い色がさみしく 夏の盛りがすぎるとは 人に恋をするとは そういうこと なのかもしれない
俺が学生時代、アメリカに住んでたときの話なんだけどさ。俺が住んでたところは、それぞれに個室があって、キッチンとか風呂は共用。 シェアハウスって言えばイメージしやすいと思う。すっげぇ古い家を何度もリノベーションして使ってて、煙突と暖炉のある立派な家だった。歴史を感じられる、いい家だったよ――ただひとつを除いて。 俺は、この家のランドリールームが嫌いだった。 玄関から入って右の扉を開けると、地下に続く暗い階段がある。そこを降りると、例のランドリールームだ。コンクリート打ちっぱなしで、年中ひんやりしてて、どこか湿っぽい。裸電球がひとつ、部屋の真ん中にぶら下がっているだけだから、端のほうはいつも薄暗くてよく見えない。昔の住人が使っていたのかもわからない工具が、床にいくつも転がっていた。 洗濯機と乾燥機が一台ずつあって、誰かが使ってたら少し待たなきゃいけない。三十分以上かかるなら一度部屋に戻るけど、十分くらいなら他のやつに取られたくないし、そのまま地下で待つことが多かった。 その日もそうだった。真夏なのに、ランドリールームは相変わらず肌寒い。俺はイヤホンから流れるヘビメタの音量を上げて、ぼんやりと洗濯機の回転を眺めていた。 ドラム式の洗濯機がゴウンゴウンとうなりを上げ、右上に表示された赤い残り時間が、五分ごとに減っていく。 そのとき、視界の端で何かが動いた気がした。 反射的にそっちを振り向く。 床には何もない。 ゆっくりと視線を上へ上げていくと……脚があった。 白い脚が二本、何もない空間で、ゆらゆらと揺れている。 膝から下だけの、裸足の脚。 暗闇の中で、自ら発光しているみたいに白く、静かに揺れていた。 俺は声も出せずに、階段へ駆け上がった。 そして、家にいたやつら全員を引き連れて地下に戻った。けど、そこにはいつも通りの、ひんやりとしたランドリールームがあるだけだった。洗濯が終わったことを示す赤い「0」が点灯している洗濯機と、俺の洗濯物が入ったカゴがぽつんと置かれているだけ。 ハウスメイトたちには「ビビリ」だなんだとバカにされたけど、俺はこの目で、確かに見たんだ。 その日からアメリカを去るまで、俺は地下に行く前に階段の上から洗濯機の音を確認してから降りるようになった。ゴウンゴウンと聞こえれば、地下に降りずに音が止まる、つまり洗濯が終わるまで地上で待った。 ランドリールームにいる時間はできるだけ短く。 そして…あの脚があった場所だけは、絶対に視界に入れないようにした。
※『空白小説』は、書き出しと結びの文だけがはじめから決まっているショートショートです。その間の空間をどう埋めるかで、物語は予想できない方向へと展開し、書き出しと結びのもつ意味は大きく変わります。 お題は「(一人称)は人狼だ。」空白「名前はまだない。」です。 吾輩は人狼だ。 何ゆえこの村に来たのかは定かでない。 ただ、夜が来るたびに心が騒ぎ、月光を浴びると体が熱くなるのだ。 そして人肉を貪る。人々の間に溶け込み、平静を装いながらも、己の本性を隠し通すのは至難の業である。 村人の中に潜む疑いの目が、吾輩の行く末を暗示しているようでならぬ。 だが、まだ終わりではない。夜の静寂の中、月が再び昇るとき、真実が明らかになるであろう。 どちらかにせよ村人が人殺しの犯人に気が付いたところで吾輩の名があがることはない。なぜなら、 吾輩に名前はまだない。 ウチは人狼。 17歳、高校2年生。 世間じゃJKってやつ。 けど、ちょっとだけ特別。夜になれば狼に変わるんだ。 だけど、案外仲間は多い。満月の夜には「人狼ギャルサー」で集合。 みんな狼の顔にバッチリつけまつげつけて、「ちょーウケんだけど!」って盛り上がる。 でも悩みもある。口がデカすぎて、お気に入りのリップがすぐなくなるのはホント辛い。 コギャルとか、白ギャルとか、黒ギャルとかギャルに名称あるけど、ウチらはなんて呼ばれんのかな。 ウチらに名前はまだない。 私は人狼だ。 そして、この屋敷の主人でもある。 吹雪が荒れ狂い、屋敷の中に閉じ込められた人々が暖を求めて集まる。 どこからともなく響く鐘の音。私が仕掛けた合図だ。 彼らには能力が与えられる。自分の運命を左右する力が、無造作に付与される。 それが、私の道楽なのだ。 この屋敷は私が食事をするための舞台。 人間たちを一度に狩るのではなく、ゲームを楽しませるために彼らに力を与える。 スリルを与え、恐怖を感じさせ、その終末を見届ける。 私はこの道楽に倦むことはない。 次のゲームはいつだろう?参加者のリストには、 私以外の名前はまだない。 「僕は人狼だ」 「アタシはヴァンパイア!」 「妾は、高貴なる九尾の狐なるぞ」 3人の自己紹介が終わり、残るひとりに視線が集まる。 彼は一言でいうと、異様だった。 身体はあらぬ方向に歪み、手足はゆうに千を超えている、一部ゲル状の部分もあるようだ。 「君は何なんだい?」 「オイラ?オイラに名前はまだない!」 ぼくは人狼。 お月さまが大好き。 あのお月さまをぼくだけのものにしたくて、大きな水槽を買ったの。 月のひかりが差し込む窓辺に、水槽を置いて、水にうつるお月さまを閉じ込める。 いとも簡単に捉えられた、こぶりなお月さま。 ぼくのはじめてのペット。 名前を付けてあげなくちゃ! ぼくのお月さまに名前はまだない。
ある日の夕方、男が改札を出た。 一瞬、足を止める。 駅のホールに、小学生の声が響く。 「募金お願いします」 両手で箱を抱え、頭を下げた。 小さな女の子が駆け寄り、小銭を入れた。 杖をついた老人が、財布を開いた。 車椅子の青年が、片手で車輪を回しながら、箱に手を伸ばす。 「ありがとうございます」 取材のカメラが、小学生の笑顔を映した。 男は、大きく息を吐いた。 そして、両脇に並ぶ小学生の真ん中を歩き、駅を出た。 「募金お願いします」 背中に視線を感じる。 少しずつ、声が遠くなる。 男は、街のネオンを眺めながら呟いた。 「勝った」
※『空白小説』は、書き出しと結びの文だけがはじめから決まっているショートショートです。その間の空間をどう埋めるかで、物語は予想できない方向へと展開し、書き出しと結びのもつ意味は大きく変わります。 お題は「(一人称)は人狼だ。」空白「名前はまだない。」です。 私は人狼だ。 月の光が森を照らす夜、変身を遂げると、獣の本能が目を覚ます。 血の匂いに敏感になり、獲物を追い詰める。だが、今回は違った。 私はただ一人、孤独に生きることを選んだ。 人間の姿を捨て、獣の本性に身を任せる。 時々、ふと思う。人としての記憶は残っているのだろうか? 過去に愛した者、別れた者、そのすべてが遠くなっていく。 誰も私を呼ばない、私には名前もない。 ただ月夜の下で、ただ一人、ただ静かに息を潜めている。 名前はまだない。 「ぼくは人狼だよ、 でも怖がらないで。月の光の下でしかおしゃべりできないけれど、ぼくは君のことをもっと知りたいんだ。 ある日、君がこの森に迷い込んできたね。最初はとがったキバや、するどい爪におっかなびっくりだったけれど。 すぐに君はぼくのふさふさのシッポや、大きな耳を気に入ってくれた。 人狼だと人間に知られたら、ぼくは殺されちゃう。 でも、君にはウソをつきたくないから。 ぼくを知ってほしい、そして君を教えてほしい」 ぼくらの秘密の関係に、 名前はまだない。 俺は人狼だ。 人間はただの食糧だと思って生きてきた。 なぜ彼女に心を惹かれたのか?彼女を森で見かけるまで、そんな衝動に襲われたことはなかった。 食欲とは違う欲望。これが、愛?まさか、そんな馬鹿な。 親も知らず、いつだって独りで生きてきたこの俺がそんな感情を持っているはずはない。 運命も信じない、偶然なことが好きだ。 だが、偶然などでは片付けられない。 彼女を一目見ただけで、全身に電流が走り、心臓は早鐘を打つ。 彼女に近付きたい、もっと知りたい、全て俺のものにしたい。 この俺の気持ちに、 名前はまだない。 僕は人狼だ。 男の言葉を反芻する。人間に戻る薬。それは長年夢見てきたことのはずだ。 人狼の生涯を終え、人間として生きる。 だが、今目の前にその可能性が訪れたというのに、胸の奥には言いようのない不安が渦巻いていた。 「もし失敗したら、どうなる?」 「それは君次第だ。完全に人間に戻るか、あるいは……」 男はわざとらしく言葉を切った。 その空白が何を意味するのか、明確な答えを告げる必要すらなかった。 体が熱を帯びているのを感じた。 胸の奥で脈打つ心臓は今までにないリズムを刻み、全身の血が新しい形へと変化していくのを感じる。 視界が揺れ、立っているのもやっとだった。 「これが、人間の体……なのか?」 喉から絞り出すように出た声は、低く荒々しいものではなく、柔らかく震えるものだった。 爪を眺めると、かつての鋭さが嘘のように消え去っていた。 恐ろしくもあり、同時にどこか懐かしい感覚が込み上げてきた。 「どうだい?」 男は穏やかな声で尋ねる。その眼差しは好奇心と期待に満ちていた。 「……わからない」 その一言を口にした瞬間、僕は自分の中に新たな渇望が芽生えているのを感じた。 血ではない。だが、それが何かはまだ掴めなかった。 僕は最初の被験者だ。 この薬に名前はまだない。
鳥が鳴いている カーテンがぼんやりと明るい このフカフカのベッドで毎日寝れたら幸せだなと隣で寝る女友達を羨ましく感じる 居酒屋から出てきた時には真夜中で、一緒に飲んでいた女友達を家まで送って、後は歩いて帰るしかないな。1時間ぐらいで帰れるかな。なんて思っていたら 「またね」の前に「うちに来なよ」と言われた。 嬉しいのと困惑とが酔いが回った頭の中で洗濯されて、すすぎの頃にはシャワーを借りていた。 「これ使って」と男性用トランク。しかも髑髏マークを見た時はヤバいかもと思ったけど、彼女が言うには「防犯用」らしい。洗濯物を干す時に目立つ所にトランクを干しておく。すると、男がいる部屋だと思われるとのこと。 缶ビールをもらって 一緒に飲んで 彼女の部屋の漫画を読んだりして 眠くなって 彼女は先にベッドに入って 「セミダブルだから」とお呼ばれして 眠くて 温かくて フカフカで 良い香りがして 指が指に触れているな と思ったあたりで今になった 隣の彼女はスヤスヤとこちらを向いて寝ている どうする どうすればいい どうする ベッドの中で手首を掴まれている
ある日、何気なく開いたいつもの匿名チャットルームで、こんな書き込みを見つけた。 「最近、空気読めてないやついてウザい」 心臓が跳ねた。 ――これ、私のことじゃない? 最近、人の話に割って入ったことがあった。あのとき、ちょっと空気が微妙になった気がする。 まさか、あれのことを書かれたのか? 気になって、他の話も遡る。 「いちいち話が長いし反応に困る」 「自分が好かれてると勘違いしてるの痛い」 ――全部、私のことだ。 だって、私は話が長いし、うまく距離感がつかめない。もしかして、ずっと迷惑がられてた? SNSを開く。でも、何を送ればいいかわからない。 「私のこと書いた?」なんてFFに聞けるわけがない。 でも、もう普通に話す自信もない。 頭の中で、さっきの言葉がぐるぐる回る。 ……どうしよう。 そんなことを考えながら、私はまた、匿名チャットルームを開いた。 そして、次の言葉を見つける。 「被害妄想激しいやつもウザい」 ――今度は、確実に私のことだった。
「俺ってば本当にメンヘラに好かれて困る」 彼は得意げにそう言って、次々と女の子の話をした。リスカ痕を隠す子、束縛が激しい子、夜な夜な泣きながら電話をかけてくる子。 彼は彼女たちを「救ってやった」と語り、別れるたびに「やっぱり俺はメンヘラキラーだから」と笑った。 でも──僕は知っている。 彼のSNSアイコンは真っ黒で、深夜にポエムのような言葉を投稿しては削除していることを。 そのポエムを読めばわかる。元カノのSNSをまだ監視していることも。 こっそり家の前まで行ったことも。そして、また似たような子を探していることも。 結局、一番「メンヘラ」に縛られているのは、彼自身なのだ。 彼のはりついた笑顔の裏に、底知れぬ闇があることを──僕だけが知っている。
ああ、よかった。今日もちゃんと、“普通”に話せてる。 ここでは誰もが理想の自分を演じられる。リアルでは地味で冴えない私も、この世界では違う。容姿端麗なキャラクター、洗練された趣味、適度にユーモアを交えたやりとり。 完璧な“私”を作り上げた。 けれど、ある日ふと気づいた。 みんな、同じような言葉しか喋らなくなっている。 鐘の音をありがとう、カクテル言葉、ネリネを添えて、狙いは外さない、後悔のなきように。 誰もが美しい言葉を紡ぎ。相手の好きなところを尋ねれば、万人受けするこたえばかりが返ってくる。 そして、みんな同じ名前を名乗るようになった。 最初は些細なことだった。使用キャラクターが似通い、自己紹介が似ていき、気づけば誰もが“iPhone”と名乗るようになった。 でも、“iPhone”という名前が一番無難で、一番受けがいいとわかってしまったら、もう元の名前を使う勇気なんて出ない。 私だって、最初は違う名前だった。 でも“iPhone”であれば毎回違う相手を口説いても問題はないし、顔推しで選んだこともバレないし、何より“iPhone”でいる方がずっと心地よかった。 だから、私も“iPhone”になった。 「この手を取ってくださるのね、iPhone」 「当たり前だろうiPhone。お前以上の女はいない」 何も怖くないわ。私たちは、みんな“iPhone”なのだから。
「総理。議事堂の前に、UFO来てますが」 「何しに?」 「さあ……」 金曜の午後、夕陽に照らされた円盤が、静かに着陸した。 「私たちは、あなた方と友好関係を築きたく、やってきました」 「それはそれは。では今夜、この国流の歓迎会をしましょう。大いに楽しんでください」 総理と宇宙人一行は、夜の街に繰り出した。 ──次の日。 「昨夜は、楽しんでいただけましたか?」 「私たち、帰ります。こんな暮らしをしてたら……」 そう言い放つと、UFOは高く飛び立った。 「総理。行っちゃいましたね」 「いいんじゃない。あの程度で音を上げるようじゃ、この国じゃ無理よ」 総理はドリンク剤を飲みながら、空を見上げた。
「こんなに話が合うなんて、運命かもね」 画面越しの彼は優しく微笑んだ。爽やかなアイコンに、落ち着いた話し方。偶然入ったそのチャットルームで、私は彼に惹かれていった。 最初は警戒していた。でも、話せば話すほど気が合うし、私の好みや価値観を驚くほど理解してくれる。こんなに相性のいい相手がいるなんて、運命だと思った。 「直接会いたいな」 そう言うと、彼は少し考えてから「もう少し待って」と微笑む。 それからしばらくして、彼から電話が来た。 「ねえ、今からビデオ通話できる?」 初めてのビデオ通話に、私は胸を高鳴らせた。 すぐにアプリを開き、画面に映ったのは―― そこに彼はいなかった。 代わりにいたのは、すっぴんでボサボサの髪をした女だった。 目の下にクマを作り、だらしなく膨らんだ体。くすんだ肌。安っぽいジャージ。 私だった。 「やっと直接会えたね」 女は私と同じ声でそう言った。 背後の壁も、カーテンの柄も、散らかった部屋の様子も、すべて私の部屋と寸分違わない。私は思わず振り向いたが、誰もいない。 スマホを持つ手が震える。 「……あなた、誰?」 「何言ってるの? “俺”だよ」 女はにこりと微笑んだ。でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。 「ずっと楽しかったよ。お前もそうだろ?俺との会話、本当に楽しそうだったもんな」 私の背筋が凍る。 ――あれほど楽しかったやりとり。価値観が合うと感じた言葉の数々。 全部、私自身が打ち込んだ言葉だったのか? 「そんなっ……嘘っ……」 震えながらスマホの画面を閉じる。 暗くなった画面には、ぼんやりとした私の顔が映っていた。 運命の相手なんて、最初からどこにもいなかった。 画面の向こうにいたのは、憧れの理想を作り上げ、演じ続けていた私自身だったのだ。
夜を呑み込んだ梟。深い霧を街灯で照らす 地面に引き詰められたレンガを走るネズミ達 その首先を狙って、研がれた鉤爪を構える ガス臭い街が視界をぼやけさせる 少し濁った体毛と、赤の他人となったかつての体毛 さぁ、長居するのは身体に毒だ この街から掻っ攫ったネズミと共に我が家に帰ろう そして、我が家で今日も身体を休めるとしよう (完)
小銃を合わせ、草陰に身を潜ませる なんちゃってごっこ遊びの延長線 模擬銃をカラスに向ける 自然の勘なのか、カラスの実力なのか 狙いを定める前に逃げられてしまう こんな風に自分の運命でさえも この手から離れていく感覚を覚える 野生の勘と言うものが、よく分からない それでも、こぼれ落ちた運命をすくい上げる為 そしてこれ以上、こぼれない様に 両手で小銃を握った (完)