小さな島には、何もなかった。 島民の食糧を賄うための田畑と、どこまでも続く大森林。 そして、島を囲う薄氷。 少年は、そっと薄氷の上に足を乗っける。 今にも割れそうで、ピシリと音をたてはしたが、薄氷は薄氷のままそこに存在し続けた。 「……よし。逃げられそうだ」 荷物を持った少年は、そのまま両の足を薄氷の上へ乗せた。 朝が訪れるまで、まだ時間がある。 島を離れて行く少年に、気づく島民はいなかった。 少年は、慎重に一歩ずつ歩いていく。 島がどんどん小さくなり、代わりに薄氷のが視界を占めた。 「俺は、あんな小さな島で終わる男じゃねえんだ! 絶対、もっとすげえ島へ行ってやる!」 島での暮らしに不満はなかった。 しかし満足もなかった。 一生、田畑を耕して生きるくらいならばと、少年は世界のどこかにある別の島を目指した。 子供の頃、おとぎ話で聞いていた。 島の外には、野菜や果物よりも美味しい食べ物があると。 島の外には、島民の誰よりも美しい人間がいると。 少年は、それを欲した。 少年は、歩き続けた。 何日も。 薄氷は、少年が歩く度に、相変わらず音を立てていた。 しかし、一度も割れたことがないという安心感が、少年から恐れを消した。 少年は、歩き続けた。 何週間も。 「……飯」 食料が尽きた。 引き返す判断をするにはあまりにも遅く、少年は薄氷の広がる世界で、食料を求めた。 音を立てた足元を見てみれば、薄氷の下で、動く影があった。 「……もしかして」 少年は、片足を強く薄氷へと叩きつけた。 薄氷に穴が開き、穴の中には波打つ水があった。 水の中では手足のない生物が泳いでおり、少年は手を突っ込んで、それを掴んだ。 「冷たっ!」 手の中でビチビチと跳ねるそれを、少年は頭から食いちぎった。 生臭さと血の匂いが混じった、何とも言えぬ味が、少年の口の中に広がった。 「まっず」 しかし、少年の空腹が少し治まった。 少年は、その後も数匹を捕まえては食いちぎり、満腹になったところで歩みを再開した。 少年は、歩き続けた。 何ヶ月も。 依然、島は見えなかった。 しかし、薄氷の終わりも見えなかった。 歩くことのできる道は続いていた。 「はー。いつまで続けるんだろ」 少年に、不安はあった。 しかし、希望もあった。 少年は、歩き続けた。 何年も。 薄氷は、少年が歩く度に、相変わらず音を立てていた。 否、薄氷が立てる音は、昔よりも大きくなっていた。 少年は、自分が少年から大人になっていることに気付いた。 身長は伸びて、体重は増えた。 乗っても割れないはずだった薄氷は、成長という進歩によって、割れる薄氷へと変わっていた。 バキン、と薄氷に穴が開く。 「危なっ!」 少年は、とっさに足を上げて、足が穴の先、水の中へと沈むのを回避した。 そろそろと穴から離れ、意図せず開いてしまった穴を呆然と見つめた。 見つめている間も、足元の薄氷にはヒビが入っていく。 数秒後には、穴が開きそうな勢いで。 「……歩かなきゃ」 少年は、止まることを止めた。 否、歩く以外の選択肢を失った。 止まれば落ちる。 水の中へ。 しかし、歩き続けたからと言って、落ちないとは言い切れない。 一秒が経過するごとに、少年は一秒分、成長するのだから。 いつか必ず、薄氷に大きな穴を開け、水の中へと沈んでしまうのだから。 少年は、歩き続けた。 島は、依然として見えない。 薄氷には、常にヒビが入っている。 「前へ。とにかく前へ」 少年は、いつの間にか考えることを止めていた。 既に退路などなく、止まれば水の中に落ちて死ぬし、止まらずともいつかは死ぬのだから。 不安も希望も小さくなって、それが逆に、少年の足を動かし続けた。 前へと進ませ続けた。 空を、一羽のカラスが飛んだ。 ただ真っすぐ歩く少年と、少年が見えない少年の行く先の光景を見ながら、「カアッ」と楽しそうに鳴いた。
婚姻届けが届いた。 配偶者の個人情報が書かれる欄には、『匿名』の文字が印字されており、相手が誰なのかはわからない。 私は、自分の個人情報の欄を埋める。 そして、婚姻届けを返送用の封筒に入れ、役所へと郵送した。 これで、数日後には、私は名も知らぬ相手と結婚する。 「あっけなかったなあ」 私はソファに座って、天井を見上げる。 両親の仲が良かったから、子供の頃はあたりまえに結婚するものだと思っていた。 しかし、大人になった私は、結婚に興味を持てなかった。 残ったのは、次々結婚していく友達と、私の結婚を楽しみに待っている両親の顔。 だから、匿名結婚を利用した。 私は公式に既婚者となり、親の嬉しそうな顔を見ることができた。 「あー。子供も作らないとなあ」 しばらくして、病院から封筒が届く。 対外受精をするために、必要なものが揃ったらしい。 私は予定を確認して、候補日の日程から一つを選び、封筒を郵送した。 「思ってたのと違うけど、これが現代の幸せなのかなー」 私は封筒を投函したポストを見つめ、郵便局のバイクによって回収されるのを見届けた。 私は、バイクを運転している人間の名前を、もちろん知らない。
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
夜明けを待つきみは もの憂げに 海をみつめながら もの憂げに 波の音が きみの鼓動をかき消す 僕の鼓動が きみをつつみ込む 世界はさながら 事もなし
平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」
ポエム新落語 誰もが知っている「弁がたつ」 今宵は、べんがたつ このような 言葉があるのは それは、 誰もが知っている 勉強してるのか やってる しかし ゲームもあるし いそがしい おもしろいテレビ あるからな わかった 弁がたつ しかし こいつには 腹が立つ こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ #ポエム新落語 #ポエム #いろはの作品 #ことば作家 #新落語 #いろはの咲 #ポエム新落語作家 #ショート落語 #アメブロ #note #pixiv #エブリスタ #カクヨム #ノベマ #X #mH6z2yQHpn59104 #Prologue #テラーノベル #showroom #ライブ配信ショールーム #新落語作家 #中谷美咲 #中谷俊治 #中谷美咲※日本国戸籍名中谷俊治 #ポエム落語 #それからどうした #そのあとどうした #誰もが知っている #今宵は、 #一文字シリーズ #時は元禄 #今は令和 #ポエム落語 #こんなのどうでしょう #書けるもんなら書いてくれ 下はやってません #アルファポリスやりません #小説になろうやりません #YouTubeやりません #LINEやりません #ウッキぺディア #Wikipedia #これは古典落語ではありません マネごとはなし しかし 新落語のはなしをする ポエム新落語〜いろはの咲
山あいにある小さな沼のほとりを、中年の男が歩いている。 「釣れますか?」 石の上に座った年寄りの男が、釣りをしていた。 「さあな」 しばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 男は家に釣り竿を取りに戻った。 そして、年寄りの男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 帽子を被った男が声をかけた。 「さあね」 その男もしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 帽子の男は、車に積んでいた釣り竿を取りに戻った。 そして、中年の男から少し離れたところで、糸を垂らした。 「釣れますか?」 膝下ズボンを履いた男が声をかけた。 「さあ」 男はしばらく水面を眺めていたが、魚が掛かることはなかった。 膝下の男が年寄りに近づき、置いてあったバケツを覗いた。 「……ここ、何が釣れますか?」 年寄りが振り返った。 「知らんよ。ここ、この前の大雨の跡だ」 男たちは二人を横目で見ながら、浮きが沈むのをじっと待った。
「配ったプリントの中から歌をひとつ選んで、次の授業で感想を提出すること。忘れないように」 古典の先生がチャイム交じりに生徒に呼びかけた。 チャイムでハっと我に返った七海は、真っ白なノートを見て、顔をゆがめた。慌てて黒板の内容を写そうとしたが、すでに半分以上が日直に消されていたので諦めた。 「あんた授業中ボーっとしてたでしょ。テストもうすぐなのにねぇ」 他人事のように声をかけてきたのは、中学校から同じクラスの有紗だ。 「だったら後でノート貸してよ」 七海は教科書とノートを引き出しにしまいながら、有紗の顔も見ずに言った。 「どうせ古典なんて社会に出たら役には立たないし」 「ふーん。最近ずっとそんな感じだね」 「そうかな」 「そうだよ。まぁ何かあったら言ってごらん。こう見えても成績優秀な私がアドバイスしてあげよう」 「はーい、そん時はよろしくー」 七海が家に帰ると、どんよりとした空気に包まれる。数カ月、両親のけんかが続いた末、ついに父は家を出て行った。原因は判然としないが、母が発した言葉で許せないものがあり、口論に及んだようだ。 母は明るく振舞ってはいたが、ため息が増えた。小学生の妹も泣きこそしないが、不安げな表情を浮かべて、しょっちゅう私の布団に潜り込んでくる。 ここ最近は、ずっとこんな感じだ。大きく破綻こそしてないが、すれすれの低空飛行。天気が良くても心は晴れない。そればかりか、明るさや楽しさというものに対して、いら立ちすら感じる。何もやる気になれない、趣味のダンスサークルからも足が遠のいていた。 「いっそ全部放り出すか」と、古典の授業中に時計を見ながらチャイムが鳴るのを待っていると、クラスの皆がプリントを教師の机に提出しているのが目に入った。 —しまった。 歌の感想文の提出などすっかり忘れていた。言い訳を脳内で構築していたところ、先生は「忘れたやつは、放課後、職員室に持ってくるように」と、七海の目を見ながら、呼びかけた。 「もう何してんの~」 有紗が肩に手をかけた。 「はぁ~、居残りだる・・・先帰ってていいよ」 「いやいや一緒に残って、感想文を考えてあげよう」 「いいからほっといてよ!」 思わず出てしまった強い言葉に、ハっと我に返った。有紗は少しうつむいて、「わかった~」とつぶやいて教室を出た。 まとわりつくモヤモヤは倍増して、どんどん巨大になっていく。 しかたなく感想文のための歌を選び出したが、どれもこれも古語が難しく、細かい意味までは分からない。おぼろげにすら情景も思い浮かばない。 「はぁー・・・・もぉー」 とめどないため息に混ざって、何となしに目に入ったのはひとつの歌だった。 「防人に立ちし朝明けの金門出にたばなれ惜しみ泣きし子らはも」 どうやら、大昔の日本では、「防人」という兵隊となる制度があったらしく、故郷を離れる防人がその心情を歌にしたためた歌らしい。 「泣きし子らはも」という部分が、歌をしたためた防人が、子を置いていく悲哀に満ちていることが分かる。それに、防人のこともよくわからずに、父親と離れる子どもはもっとかわいそうに感じた。 感想文には、子どもがかわいそうで、防人という制度が家族を引き裂いているのが許せないという旨をまとめて、古典の先生に提出した。 感想文を受け取った古典の先生は、意外にも怒った様子もなく感想文の感想を話し始めた。 「なかなかしぶいの選んだね。防人になって村を出るときの場面だろうな。ここのたばなれってのは、手が離れるという意味で、手が離れてしまうのを嫌がって子どもが泣いていたんだろう」 「いやぁ、先生も家から遠くの学校への転勤が決まったとき、似たような状況だったよ。単身赴任の日にさ、娘が涙こらえながら、行ってらっしゃいってさ」 「仲はよかったの・・・ですか」 「単身赴任前まではね。寂しい思いをさせたせいか、今はあまり話さくなったね」 「昔も今もさ、親子が離れ離れになるのはさみしいもんだけど、同じような人が大昔にもいたんだなって、少し安心するよね」 「・・・・はい」 職員室を出ると、有紗が待っていた。 「大説教だった?」 「・・・・まぁね」 「しょうがない。お菓子でもおごってやるか。何がいいか言ってごらんよ」 「・・・・うん」 「なに?・・・・どしたの?」 「ごめんね。で・・・その・・ありがとう」 「ははっ、七海からお礼を言われたよー。なんかうれしいな」 夕焼けは沈みかけて、あたりは暗かった。ただ、ひと際明るい満月が、遠くのビルの向こうに見えた。 「明日は晴れるねー」 有紗のひと言に、七海のモヤモヤが軽くなったような気がした。 「あのさ、さっき感想文に選んだ歌なんだけどさーーー」。
親父が言ってた。 昔、コンビニのゴミ箱には、消費期限の過ぎた弁当が捨てられていたって。 「ああ、腹減った」 だから、貯金が尽きて、腹をすかせた俺がコンビニに向かったのは、当然の判断だろう。 「……なにもねえし」 だが、時代は無情だった。 弁当どころか、コンビニ近くにごみ箱さえもない。 くそみてえな潔癖社会。 「はいはい。ゴミなんて食わずに死にますよ」 壁に恨み言を履いて、その場を立ち去ろうかと思った瞬間、何かを蹴った。 「ん?」 足元を見ると、美少女が倒れていた。 長い髪が地面に広がり、スカートが風でひらひらと揺れている。 人生で初めて出くわした状況だ。 俺は周囲に誰も居ないことを確認すると、肩をゆすってみた。 「もしもーし。こんなところで寝てたら、風邪ひきますよー?」 起きない。 腰を揺すってみた。 「もしもーし?」 起きない。 こうなれば仕方ない。 決して本意ではないが、胸か尻を揺すってみよう。 「う、うーん」 起きた。 揺すってないのに。 ちくしょう。 美少女がダルそうに体を起こして、眠そうに眼を擦った。 そして、辺りを見渡した後、俺と目が合った。 「え? 泥棒?」 「なんでだよ」 「ここ、私のうち」 「地球があんたの家なら、神様かなんかな?」 「? 何言って……あれ?」 美少女は、ようやく自分のいる場所に気づいたようだった。 目を丸くして驚いた後、また俺を見てきた。 「ここはどこでしょう?」 「コンビニの横」 「今日は何日でしょう?」 「八月十六日」 「私は誰でしょう?」 「それは知らん」 「なんと、私はアオイです」 「サプラーイズ、じゃねえんだよ」 美少女が起き上がりたそうにしていたので、俺は美少女の腕を引っ張った。 「ありがとう」 「どういたしまして」 「ところで、私のカバンはどこでしょう?」 「それも知らん」 美少女は、自分がスマホも財布も持っていないことに気づいて、首を傾げた。 「そういえば、昨日は合コンでした」 「昨晩はお楽しみでしたね?」 「その後、ホテルに連れ込まれそうになったので、金玉蹴り上げて逃げてきたんです」 「女の子が金玉とか言っちゃいけません」 「ただ、私も相当酔っぱらっていましたので、とりあえずコンビニで廃棄弁当を調達しようと思い、ここで力尽きたみたいです」 「まさか、廃棄弁当を調達しようとした馬鹿が、二人そろうとは」 「これからどうしようかなあ」 美少女は、困った表情で首を傾げた。 交通費を渡してやるのが格好いいところだが、生憎今は金がない。 かといって、ホテルに連れ込まれそうになったばかりの女を、自宅に招くほど馬鹿でもない。 「貴方のおうちは近いですか?」 「まあ、そこそこ」 「お風呂貸してください」 「なんでだよ」 「ついでに服も」 「ねえよ」 「彼女がいないことは分かっているので、男物の服でいいです」 「そこまでは言ってねえよ」 流れに乗せられて、美少女が俺の家に来た。 突然のことだったから部屋は散らかっていたが、美少女は気にせず風呂場に直行した。 「バスタオルあります?」 「後でここに置いとく」 「五秒以上、覗かないでくださいね?」 「四秒以内ならいいのかよ」 シャワーの音が聞こえる。 俺はクローゼットからバスタオルと着替えの服を引っ張り出して、風呂場の近くに置いて、四秒だけ風呂場を覗いた後、部屋に戻った。 だらだらとスマホを触っていると、美少女が部屋に戻ってきた。 髪の毛がしっとりと濡れて、水も滴るいい女というやつになっている。 「まさか本当に覗くとは思いませんでした」 「許可はもらってたからな」 「人生初の女性の体はどうでした?」 「見たことないなんて言ってねえよ」 美少女が俺の前に正座したので、俺も正座で座り直した。 「実は記憶喪失でして」 「このタイミングでカミングアウト!?」 「しばらく、ここに置いてください」 美少女が深々と頭を下げてきたが、俺は少し迷っていた。 こんなに都合のいい話があるだろうか。 美人局ではないだろうか。 とは言え、話している感じ、嘘をついているようにも思えない。 本当に記憶喪失だとすれば、放り出すのもどうかと思う。 「いいぞ」 「本当ですか!」 「ただ、家に慣れたらバイトをしてくれ。なんと、家賃滞納二ヶ月目だ」 「お願いする相手を間違えましたね」 これが、謎の美少女アオイと出会った日の話。 そしてこれから語るのは、俺の人生で一番熱かった、アオイと過ごした思い出話だ。
山賊はかっこいいぞ。 山から下りてきて豪快な一発を放つ。 僕は何故か海賊に終われている。 僕は山の野草を採りに行きたい。 今日は近くにショッピングに行った。 雨が降る。 気温はそこそこだ。 山はメガソーラーでむちゃくちゃだ。 生まれ変わったらオリンポス山にでも登りたい。 地球の山がデジタルツールで埋め尽くされたら火星の山を緑化して再生させようと思う。 いろんな植物を植えよう。 おかわり君、一緒に山で焚き火をしよう。 飯をつくってあげよう。 だから猪と鹿を捕ってきてくれ。 カムチャッカの火山は噴火しているのに登山する人がいる。 偉い豪気だ。 僕は熊本のカルデラがふっとんでも引きこもってそうだ。 あるいはふっとんだら動き出すのかも知れないが。 ケツヒッパタカレナイトウゴカナイ。 おかわり君がぶっぱなした一撃に勇気を貰い今日も日々を過ごす。
「ほーら。ご飯ですよー」 娘が、お人形遊びをしている。 微笑ましい光景だ。 お人形遊びに使っているのが、呪いの人形であるという一点を除けば。 娘が、おもちゃのお菓子を人形の口に近づける。 人形を小刻みに動かして、お菓子を食べさせるふりをする。 翌日。 俺は太った。 たった一日で、十キログラム増。 脱・中年を目指した筋トレの結果は、一瞬で消え去った。 「はーい。髪を切りましょうねー」 娘が、人形の髪をはさみで切っていく。 黒い毛糸が、人形の頭から床へと散らばった。 翌日。 俺は禿げた。 美容師から強い毛根とお墨付きをもらっていたのに、完全に河童。 タオルで磨けば、良い音がしそうだ。 「なあ。そろそろ、娘から人形を取り返してくれよ」 俺は妻に泣きを入れた。 妻は包丁を動かす手を止め、最高の笑顔を俺に向けてきた。 「デブでハゲてたら、さすがに浮気できないでしょ?」 俺は何も言い返せず、すごすごリビングに戻った。 ソファに座っていると、娘が最高の笑顔で近づいてきた。 「パパ見て! ブーブー! ママが買ってくれたのー!」 人形と、車の玩具を持って。
大輪の向日葵が、壁も床も真っ白な一軒家の庭先に咲いている。けれど太陽ではなく地面に向かって項垂れ、葉や茎は茶を帯びふやけた紙のようだった。 道路を挟んだ向いに、頭頂の禿げたおじさんが向日葵に背を向けて日陰で涼む茶トラ猫を見ている。 その間を、私は、背中を丸めて、通る。 すれ違いざまに向日葵をちらりと見上げる。項垂れ翳った管状花がこちらを睨んだ。その蔑みは一瞬のうちに私の胸の真ん中、縦一線を急冷した。 顔を戻し、歩く、歩く、歩く。 少し行った先で、振り返る。向日葵は垂れたままだった。 おじさんと茶トラ猫の姿はどこにもなかった。 令和八年八月二二日
勇者の僕は普通の剣を持って魔王城に辿り着き、扉を押した。すると魔王が俺を出迎えた。 「ねぇソラ。ソラはもう俺のこと好きじゃない?」 魔王はそう言って首を傾げている。こんな時になんだ。 僕は勇者でお前は魔王。僕が勝ったら、村の全員から認められ、たくさんの農作物や賞金を与えられる。でももし負けてしまったら僕も僕の家族も殺されてしまう。この戦いは僕にとっても僕の家族にとっても村の全員にとって大切なものだった。 みんなのプレッシャーで足が重い。頭が痛い。胃の中が全部出てきてしまいそう。僕は今、魔王と対面している。 そして今の魔王のバカみたいな質問に頭が追いつかない。やっと頭が追いついた時、僕はプレッシャーで押し潰れそうになっている喉を押さえて言った。 「お前なんか好きなわけないだろう。むしろ大っ嫌いだ。」 すると魔王の目が大きく開かれる。驚いた顔。お前は驚いた顔からさっきの笑顔を作って言った。 「そっか、五年前まではあんなに俺の名前呼びながら俺の後をついてきたのに。もう俺の名前呼んでくれないの?」 「呼ぶもんか。お前なんかこの村で一番大っ嫌いだ。」 僕の言葉に魔王は一瞬言葉を失う。そして再起動したように笑いながら言った。 「どうしてそんな酷いこと言うの?俺たち親友じゃん」 それを聞いて今度は僕が言葉を失う。言葉を失っている間に五年前のことが蘇ってくる。五年前まで、僕とお前は親友だった。 この村には子供が少なかった。田舎だからか若者がどんどん出ていって過疎化が進んでいた。だから数少ない同い年のお前とすぐに仲良くなった。 数少ない同い年との会話はすごく楽しかった。おじいちゃんの面白い話や山の麓にあるグミの木の実が美味しいこと、2人で作った秘密基地のこと。たくさんの楽しいことをした。 僕たちはとても馬が合った。 周りの大人たちは口を揃えて言った。 「まるで双子みたいだね」 「きっと運命なんだよ」 そんな大人たちの言葉を聞いて僕は満更でもなかった。でもお前はその言葉を聞いて機嫌が悪くなった。 「どうしてそんなに機嫌が悪いの?大人たちは褒めてくれてるんだよ」 「わかってるよ。でもなんていうか、仲良いのが前世双子とか運命だとか決めつけられてるみたいで嫌だ。だって俺は自分の意思でソラを選んだのに。前世とか運命とかそんなの関係なしにソラがいいからソラを選んだのに」 お前の言っていることがよくわからなかった。でもなんだか照れくさくなってそっぽを向いた。 「なんでそっぽ向くの」 お前は頬を膨らませてながら言った。お前の顔もなんだか照れくさかった。 「だって、なんか変なこと言っててよくわからないんだもん」 僕がそう言うとお前は笑った。 「ずっとわからなくていいよ」 そう言って僕の頭を撫でた。その時の身長は僕の方が高かったはずなのに、なんだかその時だけお前の方が大きかった気がする。 今、目の前に立っているお前は俺の身長なんてとっくに追い越している。きっと10cmは差があるだろう。いいやそれ以上ありそうだ。 お前に上目遣いをしないといけないのはいい気持ちがしない。僕は言葉を失っていたことを思い出して、お前に言い返した。 「親友か。いつの話してるの?僕とお前は今、敵同士。親友なんてものじゃない。身長だけ大きくなって気持ちはまだ小さい頃のままなの?」 嘲笑を含んだ僕の言葉にお前の瞼がピクッと動いたように見えた。ちょっとだけイラッとした時にする仕草。 「えー、俺はソラとまだ親友のつもりなんだけどな。それと身長のこととか今関係あった?もしかして気にしてるの?ちなみに俺は今188cmある。気になってそうだったから教えてあげるね。お前は170cmもなさなさそうだね。まぁそんなことはどうでもいいよ。ソラがすぐに人を捨てるってことがわかったし」 今度はお前が嘲笑を含んで言う。188cm、俺と20cm差だ。 「うざ。身長自慢かよ。あ、そっか。それしか誇れることがないもんね。すぐに人を捨てるとか人聞きが悪いなぁ。仕方なくだよ。仕方なく。立場的に僕たちが親友でいたらまずいだろ。そんなのもわからない?そっかお前バカだもんね。」 もっと嘲笑いながら言う。お前も負けじと言い返す。 「立場的に、って俺らの友情はそれだけのものだったの?というかバカなのはソラでしょ?だってテストの順位、下から数えて3番目でしょ。俺は上から3番目だったよ。バカなのはどっち?」 喧嘩だ。口喧嘩。 五年前を思い出す
うちの実家には、書斎と呼ばれる場所がある。 机と椅子と本棚が置かれているだけの小さな空間なうえに、扉もないから書斎と呼ぶことが正しいかはわからない。 でも、呼び慣れた言葉を、今更変える理由もない。 昔は、書斎の椅子にじいちゃんが座っていた。 外で用事があるとき以外は、いつも座っていた。 しかし、じいちゃんが死んでからは、ずっと空席のまま。 ばあちゃんは座らないし、父ちゃんと母ちゃんも座らない。 「だって汚いでしょ」 とは、母ちゃんの言葉。 それは同感だった。 椅子は、じいちゃんの汗でシミがたくさんできているし、なによりホコリが被っている。 でも、気になる日は来るもんだ。 一人暮らしが決まって、家を出る日が近づくにつれ、書斎への興味が増してきた。 じいちゃんは、いったい何を見ていたのだろう。 何故、ずっと書斎に座っていたのだろう。 掃除機を持って書斎に行き、椅子と床の埃を吸った。 シミはどうにもならないから、消臭スプレーを振りかけておいた。 新しいシミができた。 ぼくは家族が出かけている合間に、書斎に入って、椅子へと腰かけた。 久々に体でも動かしたかのように、椅子が壊れそうな音を出す。 しかし、思いのほか造りはしっかりしているようで、ぼくの全体重を受け止めてくれた。 「ふう」 目を閉じて物思いにふけった後、ゆっくりと目を開けた。 飛び込んできたのは、机の空っぽの棚。 辺りを見渡したら、空っぽの本棚。 扉がないので、書斎の外も良く見えるが、別にどの部屋が見えやすいというものでもない。 扉がないので、プライベートが守られる訳でもない。 「結局、何なんだこの部屋?」 頭の中で疑問符を浮かべていると、背中を冷たい何かが通り過ぎた。 じいちゃんかも、なんてファンタジーなことを思い浮かべた後、椅子から立ち上った。 思えばじいちゃんは、人が書斎に入るのを嫌っていた。 「ま、わかんないってことがわかったよ。またな、じいちゃん」 じいちゃんとぼくは、違う人間だ。 考えていることが全部わかるなんて、そんな都合のいい話はない。 でも、書斎の椅子に座ったことで、考えがわからないじいちゃんの一部分を見た気がして、少しだけ気分が良くなった。 翌日。 俺は風邪を引いた。 「珍しい時期にひいたわね」 「くそ……。じいちゃんのせいだ」 熱くなった額に苦しめられながら、ぼくは書斎に入った時のことを思い出していた。
お昼と夕方の間の時間 川沿いのランニングロードには ジョギングする人や自転車に乗っている人、犬の散歩をする人などが行き交っていた 川に降りるコンクリートの階段に 若い男性が二人の座っている 「仕事はどうよ?」 「え?う〜ん、あんまり…だな」 二人とも就職して初めての夏、どちらかともなく連絡をして会うことになった 「あんまりってどういうことだよ」 「いや、、何かキツイ」 「板金の製造だっけ?」 「めちゃくちゃ重いしさ、その癖ミリ単位で仕上げなきゃならないし、めっちゃやり直すし」 「そうか…でも最初はそんなもんだろ」 いつの間にか蝉が鳴き止みコオロギの輪唱が始まっている 川からたぷんと返事があった 「そっちはどうなんだよ。仕事」 「ん?普通かな。まだ単純作業だし」 「物流じゃ、体きついだろ?」 「そうだよ、毎日湿布貼ってるよ。…でも、大変なのはそのくらいだね。いい人ばっかだし」 小学生の兄弟が流行りのギャグを言いながら通り過ぎる 「板金辞めようかな」 「かなり来てんじゃん」 「来てる来てる。マジ辞めたいもん」 「ヤベーな」 「…どう思う?」 「そりゃ…ちょっ待って」 友達はスマホに着信があったらしく 直ぐに電話に出る。少し会話をして直ぐに電話を切った 「ゴメン。彼女からだった」 「何だって?」 「今日は付き合った記念日らしいよ」 「らしいよって、ヤバいじゃん。会わなくていいの?」 「会いに行ってくる。わりぃな」 川の側で勢いよく生えている草たちが聞き耳を立てているように見える 友達は立ち上がり直ぐに言った 「良いと思うよ。俺は」 「何が?」 「その仕事やめて良いと思うよ。俺の親父が言ってたけど、自分に合う仕事をすれば良いんだってよ。合わなかったら、合うヤツに譲ってやって、皆が自分に合う仕事をしていれば良いんだと」 じゃあな。と手を上げて去っていく友達を見て、そうなのかもなと独り言ちする たぷんと川も返事をしている
夏は忙しい ほぼ毎日の部活と それに加えての合宿と 山盛りのかき氷と 宿題の山は、まあ、置いといて 夏は忙しい 部活で奮闘して 合宿で熱血して 山盛りのかき氷と格闘して 宿題の山を、横目にみて 夏は忙しい なぜかアイツと花火をみて なぜかアイツと海に行って なぜかアイツとかき氷をたべて なんだかんだとアイツと宿題をやって 夏は忙しい
僕は小さい頃虫取りが好きだった。最初は簡単に捕まえられる蟻やダンゴムシを捕まえていた。でもそんな簡単な虫たちじゃ飽きてしまう。 そんな時一匹の綺麗な蝶を見つけた。見た事もない蝶。僕はそれを捕まえたくなった。 こっそり近づいてみたり。勢いよく飛びついたり。話しかけたりもした。 でもなかなかその蝶は捕まらなかった。僕が必死になる度に蝶は逃げていく。 ある時その蝶は一本の大人しい花に止まった。その時思った。 「必死な僕より大人しい花が好きなんだ。」と そう思った時には涙が止まらなかった。周りの子達は僕を慰めてくれた。 「他にも綺麗な虫はたくさんいるよ。」って そう言われ僕は周りを見渡した。見つけた。カブトムシだ。 あぁ、今では一人の女性を追っている。
マキはいつもノーパンで登校する。 知っているのは僕だけだ。 彼女にはずっと振り回されてきた。 それは益々エスカレートし、授業中後ろからいきなり耳打ちされたのだ。 驚いて振り返ると彼女は目を細め、ゆっくりとスカートの裾を捲ってみせた。 慌てて前を向く僕の背に、容赦なくシャーペンが突き刺さった。
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
各駅の月光列車で「指野原」に降りると、見渡す限り白い指がはえていた。 よく見るとうっすら透けており、血管や関節のようなものが見える。 歩くと程よい弾力があり、一歩一歩が軽く浮き上がってしまう。まるでどこかへ運ばれているような感覚。 いや、実際に運ばれていたのだ――「首野原」へ。
山間部にある限界集落。 集会所に年寄りたちが集まった。 「だいたい集まったな」 村長が、長机を挟んで座った。 「今日は、村の今後のことを話そうと思ってな」 「どうした、急に」 「昔みたいな、賑やかな村に戻りたいだろ」 ──ガラガラガラ。 玄関の扉が開いた。 「遅くなりました」 スーツ姿の男が入ってきた。 「おぉ、待ってたよ。この人、ホラープランナー」 年寄りたちが、視線を向けた。 「村長、あんた何考えてんだ」 「この村、空き家多いだろ。それ使って、お化け屋敷作る」 男が、声をあげた。 「私は、お化け屋敷の企画から立ち上げ……」 「ちょっと待て。村に、お化け屋敷作るってか」 村長が立ち上がり、窓の向こうを指さした。 「若い奴らって、心霊好きだろ? しかも、没入型だ」 「なんだ、それ」 男が一枚の紙を取り出した。 そして、年寄りたちを見渡すと、大きくうなずいた。 「まぁ、開業は二、三年後ってとこですかね」 ──契約書。 『死後はキャストとして勤務すること』
その方法を見つけたのは偶然だった。 合わせ鏡に映る無限の鏡の列をじっと眺めるような感覚に近いかもしれない。 まず自分が眠っている夢を見る。更にその眠っている自分の夢の中で眠る夢を見る。 これを繰り返していくと夢の底に着き、そこから他人の夢に入れるのだ。 初めは弓子の夢だった。
「最近どう?」 送信したあと、変なことを聞いたなと思った。 別におかしな質問ではない。 久しぶりに話す人に近況を聞くなんて、どこにでもある会話だ。 でも、君に「最近どう?」と聞いたことなんて、たぶんなかった。 付き合っていた頃の僕は、君の「最近」を知っていた。 昨日何をしていたのか。 最近どんな映画を観たのか。 バイトでどんな事があったのか。 帰り道で変な物を見つけたこと。 コンビニで新しいアイスを買ったこと。 髪を少し切ったこと。 全部を知っていたわけじゃない。 でも、知らないことがあれば、君が勝手に話してくれた。 「ねえ、聞いてよ」 そう言って、いつも話は途中から始まった。 僕もそうだった。 「今日さ」 「あれ観た?」 「そういえば」 「これ絶対好きだと思う」 話題なんて考えたことがなかった。 君と話すために、話したいことを探したことなんて、一度もなかった。 だから今日、困った。 君と話したかった。 ただ、それだけだった。 何か用事があるわけでもない。 聞かなきゃいけないことがあるわけでもない。 伝えなきゃいけないことがあるわけでもない。 ただ、君と普通に喋りたかった。 でも、「普通に喋る」って、どうやるんだっけ。 映画の話? バイトの話? 最近あった面白いこと? 近況? スマホを握りながら考えているうちに、なんだか全部違う気がしてきた。 話題がない。 こんなこと、昔はなかったのに。 そのとき、やっと分かった。 昔は、話題があったから君と話していたんじゃない。 君と一緒にいたから、話題が生まれていたんだ。 同じ時間の中にいた。 同じ場所にいた。 昨日の話が今日につながっていて、今日の話が明日につながっていた。 だから説明なんていらなかった。 「あのさ」 だけでよかった。 僕らの間には、その前の何百日分もの会話があったから。 今は違う。 僕の知らない君の昨日があって、 君の知らない僕の今日がある。 たぶん明日もそうだ。 知らない一日がひとつずつ積み重なって、 僕らは少しずつ、近況を聞かなければ何も分からない人になっていく。 それが、別れるということなのかもしれない。 嫌いになることでも、 顔を忘れることでも、 思い出が消えることでもなくて。 「ねえ、聞いてよ」 の続きを、もう当然のようには聞けなくなること。 スマホを見る。 君とのトーク画面は、昔と何も変わらない。 名前も、アイコンも、背景も。 文字を打つ場所だって、ちゃんとそこにある。 なのに僕は、何を書けばいいのか分からない。 本当は、話したいことなんてどうでもよかった。 今日食べたものでも、 観た映画でも、 道端に咲いていた花でもよかった。 なんだってよかった。 僕が探していたのは、話題じゃなかった。 何でもないことを、 何でもないまま君に渡せた、 あの頃の僕らだった。 入力欄に、7文字だけ打ってみる。 「ねえ、聞いてよ」 その先に続ける言葉を考える。 考えて、 考えて、 結局、何も思いつかなかった。 少し笑って、全部消した。 話したいことがなかったんじゃない。 君となら、 話したいことなんてなくてもよかったんだ。
「なにこれ?」 「プロジェクター」 「うん、知ってる」 「壁とかに」 「それも知ってる」 短い言葉をラリーしたあと、 「ひとまず恋愛ものでもレンタルしてみる?」 との僕の提案に、ズっちゃんは、 「雨、降ってるよ」 と言って、濡れた肩を見せてきた。ごめんね。お疲れさま。ココロのなかで言って、ちゃんと伝えられない自分の情けなさをひたすら情けなく思う。 僕がまだ名前を覚えきれていないスペインの選手が主審に猛烈な抗議をしている。その選手の前には黄色いカードが示されている。同じ色のユニフォームを着た選手たちがなだめようと、あるいは、引きはがそうと、してはいるけれど、その選手はおさまらない。 「あんま言うと赤になっちゃうぞ」 ハラハラしてしまう。 「ねえ、野球って9人でやんだね」 ズっちゃんからの、ひどく間の抜けた問いかけ。 「…そうだけど」 「ラグビーは15人なんだよ」 「…うん …そうだね」 「知ってんだあ。すごいね」 「あのさ、なんで野球? なんでラグビー? いまみてんのサッカーだよ」 「知ってる、知ってる。11人」 ズっちゃんは、やけに遅い夜ごはんが終わってシュークリームに取りかかっているところ。結局、あの選手への判定はくつがえらなかった。何ごともないように見せて、でも再開直後いきなりのパスミス。交代させたほうがいいかもねえ。でも、かわりになる選手いたっけなあ。 「ねえ、今度、バッティングセンター行かない?」 「…え …うん」 「やった。へへ」 ズっちゃんは、口のまわりについたクリームを舐めとった。 「…運動したかったの?」 「うん」 ズっちゃんは、こっちを見ないで返事をしてくる。 まったくなあ。なんだかなあ。ズっちゃんのこと、ちゃんと見てるようでまったくわかってなかったんだなあ。それとも、ただ見てただけだったかなあ。ごめんね。ほんとごめんね。ちゃんと伝えられない自分の情けなさをひたすら情けなく思いつつ、でもズっちゃんは、そんな言葉、求めてなんていないんだろう。 ふたたびのパスミスのあと、ボールがラインの外に出て笛が鳴る。あの選手は、やっぱり交代させられてしまった。僕の関心はプロジェクターが映し出す映像から急激に離れてしまう。 「卓球はひとりだよ」 「ダブルスだとふたりだよね」 「カバディは1チーム7人で、セパタクは1チーム3人で」 「セパタクって、イケメンアイドルみたいだね」 ズっちゃんの頬に赤みが戻ってきて、僕は安堵する。ズっちゃんの求めてるものは、ふたりで運動することでもなくて、こういう何気ない会話だったりするのかなって。きっと。たぶん。そうなのかなって。
男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」
「パパ、今日は電車を一本おくらせて。ママは午後三時を過ぎるまで買い物に出ないで。お兄ちゃんはいつもの近道に近づかないこと。お姉ちゃんが次に“這い出て来る”のは二日後の深夜一時。いい?」 朝食後、妹の見立てにそれぞれ頷き、解散した。 これで今日も無事に生き延びられるはず。
宇宙空間の端っこ。 地球からずいぶん離れたところに、知的生命体の住む星があった。 「偵察隊からの連絡は、まだないのか」 「はい。通信は途絶えたままです」 この星の研究者たちは、移住先を探すため偵察隊を送り出していた。 「早く見つけないと…」 科学技術は進んだ。しかし、それと同じくらい自然破壊も進んだ。 「室長。我々は、どうしたらいいんでしょうか」 「わからん。彼らからの連絡を待つしかない」 その時、微かな電波を受信した。 「ん…何かのニュース映像みたいだぞ」 「おぉ。見てみろ」 画面の前に、大勢が集まった。 「偵察隊が、歓迎されてるぞ」 画面は、そこで切れた。 「もう、向こうで生活してたんだ。室長、我々も今すぐ行きましょう」 皆、宇宙船に乗り込み、偵察隊の待つ地球へと旅立った。 誰もいなくなった星。 研究室の受信画面から、映像の続きが流れ出す。 マイクを持った女性が、水槽の中を覗き込んだ。 「今年も、ここから全国に出荷されます」
「わたし、カフスと結婚します」 というので 「ボタンの?」 と訊くと 「概念の」 と応え姿を消し そのまま行方不明です――妻が
「ああ、そう」 ――と、君は言った。 許すとも許さないとも言わなかった。 ただ「ああ、そう」と。 それから腹部に刺さったナイフを握る。 青いシャツに血が染み出し、裾から突き出た白い足には赤い滴りが見えた。 彼女はその理由すら聞こうとしない。 「抜かない方が長く生きれるよ」 「ああ、そう」 それから一緒にお茶を飲んだ。
──ぷんぷん。 「べつに。なんにもないから」 彼女は明らかに怒っていた。 どうしてなのか? 僕が聞いても教えてくれない。 彼女は言った。「もういい。しつこい」 「どうしたの? 教えてよ」 「わからないならいい」 わからないから聞いているんじゃないか。 「べつになんでもないし。もうあっち行ってよ」 彼女の投げたクッションが飛んでくる。胸元に当たったそれは柔らかいのに僕には痛かった。 「ねえちょっと、」 エアコンの吐き出す音だけが広がるリビングに僕の声が虚しく落ちた。彼女は僕に背を向けた。 こうなると籠で水を汲むようなものだ。足掻かない、が吉だ。 クッションをフローリングの上に置いた。 一旦、心を落ち着けよう。僕はトイレに篭った。 窓の外から──ジィーと夏の虫の鳴き声が届く。 鍵を閉めズボンもパンツも下ろす。用を足すわけではないが便座に尻を落とす。次第に座面が温まってくる。 「考える人」の姿勢で床を見つめる。 何もわからないけど──ごめん、と口にするべきかもしれない。 「とりあえず謝っとこうみたいなの嫌い」とか「なにがごめんなの?」とか文句或いはガン詰めを食らう可能性は高い。 そもそも彼女はなぜ怒っている? 職場から解放されて浮つく心を抱えたまま帰宅したとき、僕の「ただいま」への「おかえり」の声が素っ気なかった。──ように感じた。声音低かったし。 家事のやり忘れはないはずだし、彼女が買ったお菓子やお酒を勝手にいただいたということもない。怒られるから気をつけているし。 頼まれたことを忘れている? 二人にとって大事なことを忘れているとか? うーん。ないよな。 スマホを手に取ってカレンダーアプリを開く。当たり前だけど今は一月ではない。 夏真っ只中、記念日はまだ先。予定もなし。 単純に不機嫌かなぁ。 ストレスや不安ごとがあってナーバスになっているのかもしれない。 彼女が怒っている理由は諸説浮かぶ。 お腹が空いているというシンプルな理由かも。空腹で不機嫌、彼女にはたまにある。飯まだだもんな。 「ただいま」の言い方がムカついたのかも。僕は昔から人に喋り方やテンションで文句言われることがあるし。そんなことで彼女が怒るとは思わんが。 でもまぁ、話に行かなきゃだ。 だって彼女とは仲良くし続けたい。 立ち上がって便器の蓋を下ろすとトイレのレバーを回す。パンツとズボンを上げると扉の鍵を開けた。 *** 「いってらっしゃい!」 笑顔の彼女が玄関ドアまで見送りにきてくれた。 昨晩は結局彼女に拒絶されたままで別々に寝た。僕はソファーで。 朝方四時ごろ彼女に起こされた。 「寂しくて寝れないから一緒来て」 僕は頷く。 「寂しい思いさせてごめん」 彼女の優しい拳にデコをぶたれる。 「ほんとそうだぞ」 ダブルベッドに潜り込む。僕が壁側、彼女は隣の左手側。いつも通りの位置関係だ。 手を繋いで話をした。 昨晩僕がトイレを出たあと、彼女は「外で食べる」とだけ言って出ていった。だから晩ご飯も別々だった。 お互いが何を食べたのか。そこから話し始めた。 僕が「カップ麺を虚しく啜った」ことを告げると「不健康」咎められた。 「……ちょっと謝りたい。けど、まずは」彼女が小声で切り出した。 「ん?」 「ぎゅーして」 おねだりされてニヤけそうな口元を引き締め、彼女を抱きしめる。 「昨日めんどくさくてごめんね」 「ううん。僕はオドオドしすぎてたかもごめん」 そして話した。 彼女は単に疲れていた。癒してほしかったのに、と告げられた。 「いってきます」 形のいい唇の端が上がり、小さいけど横長の目が細まる。とびきりに可愛い笑顔。 僕はそれを朝から見られて幸せなのだ。 好き。 彼女のことを好きなのは面白くて少々面倒くさくてとびきり可愛いから。だけどそれだけが理由ではない。色々な理由があって好きなのだ。 なぜこんなに好きなのか? と問われたら難しい。 好きな要素がたくさん。どれかが欠けたら好きじゃなくなるか? そこは根拠ないけど好きなんじゃないかな。 僕は色んな要素で出来上がっている彼女という存在が好きだ。 人間関係は難しい。多種多様な感情を抱くからわからないときもある。 だから。ハッキリとわかる気持ちをシンプルに、素直に伝えられる「好き」という言葉が素晴らしい。 たった二文字なのに心の奥の様々な感情を的確に表してくれる。時にはその二文字さえあれば生まれてきた意味を感じられる。 今日も気持ちを込められる言葉を口にする。 「好き」 玄関扉の摺りガラスから真っ白な陽光が突き抜けてくる。三和土に真っ白な光が広がり、温かい空気も辺りに広がった。 彼女が頬を少し染めて、 「バカっ」 とにやけた。
ヨーグルトと チーズの種類が やけに豊富 と聞いて 気持ちがざわついた もらったお土産が 赤福だったときくらい 気持ちがざわついた ホテルのなかの食事処は 洋食が「エディンバラ」で 和食が「ちよだ」で 中華が「揚子江」で ここはいったいどこなのだと 頭が混乱するような そんなセンスのなさで それでも朝食の ヨーグルトと チーズの種類が やけに豊富なのは うれしいかぎりだ
金曜日の昼下がり得意先との 打ち合わせを終え、河川敷を後輩と歩いた。 あまりにも穏やかで優しい陽気に誘われ、 後輩とコンビニでお弁当を買い、 河川敷にある階段に腰を下ろし、 眠たげな風に吹かれて 贅沢な休憩時間を過ごした。 「先輩、あのでかい雲、魚みたいですよ」 【雲? あれ? ホントだ。大きいね】 【でも、魚じゃなくて…クジラだね】 「クジラですか?」 【うん……クジラ雲3号】 「3号ですか?何故に3号?」 【それは秘密。でも、そうなんだ】 いつからか下ばかり見て歩いてた。 空とか雲とか、こんな風に見上げたのは 何年振りだろう。 高校生の頃、文化祭の準備を一緒にした ことをきっかけに、一人の女の子と 付き合い始めた。 付き合いといっても、放課後に校庭の 中庭で交換日記を渡し合ったり、 部活帰りに近くの公園で話をしたり、 駄菓子屋でお菓子を選んだり、 今思えば手を繋いだことさえなかった二人。 3年生の春休み、彼女の飼っていた子犬の 散歩に一度だけ付き合った。 川沿いの古びたベンチに腰を掛け、 どうでもいいことを話したりした。 今日みたいに穏やかな陽気で風のない 優しい夕暮れ。 「ねぇ、あの雲、クジラみたいじゃない?」 【あれ?クジラ…よりは魚だよ】 「えー、あの膨らみはクジラだよ」 「これは…クジラ2号に決まりだね」 【クジラ2号?なんで2号なの?】 「1号は小さい時、お父さんと見つけたから」 【だから、2号なんだ】 「そう、あれより大きい2号!小さいかな?」 【分かんないよ】 雲の大きさに悩んでいるあの娘の横顔が、 日差しに照らされて、とても眩しかった。 もしかしたら、好きなのかな?って ドキドキもした。 「次は、3号だね!また見つけよう。」 「二人でいつか見つけよう!」 【そうだね、いつかね】 あれから随分と時が流れた。 気がついたら僕は白髪交じりの 平凡で頑固な大人になってた。 あの娘は元気だろうか? 幸せならいいなぁ。 誰かと見つけたのだろうか? 優雅に泳ぐクジラ雲3号 僕はそこそこ幸せだよ。
(ああ、楽しい) 乙姫様は満足していた。 久々に来た地上の客人、浦島太郎。 その口から語られる言葉は、深海に縛られている乙姫様にとって、面白い物ばかりだった。 「そろそろ、お暇しようと思います」 「え?」 だからこそ、そんな浦島太郎がいなくなることに、絶望した。 せめて、自分と浦島太郎を繋げる何かが欲しいと、浦島太郎が帰る前日、乙姫様は贈り物を探し続けた。 「姫様。そろそろ眠らなければ、お身体を壊します」 「うるさい!」 一睡もせずに、夜通し探し続けた。 しかし、連日の宴会で、浦島太郎にはもてなせる限りのもてなしをした。 これ以上に浦島太郎をもてなすことのできる贈り物など、残っていなかった。 「ああ……浦島太郎……浦島太郎………」 乙姫様は、絶望のあまり、一晩で大きく老け込んでしまった。 黒い髪は真っ白に染まり、つやつやとした肌もシワシワになってしまった。 「ひ、姫様!?」 付き人の必死の化粧によって、乙姫様の見た目だけは元に戻った。 しかし、乙姫様は一晩で七百年は経っただろうほどに老け込んでいた。 「浦島太郎……浦島太郎……。そうだ……ようやく……思いついた……」 浦島太郎が帰る直前、乙姫様は玉手箱を贈り物とすることに決めた。 開けた人間を、七百年分老けさせる、悪魔の道具。 しかし、七百年分の老け込みを見せた乙姫様にとって、これ以上に浦島太郎と繋がり続ける物はなかった。 「この玉手箱を差し上げます。しかし、決して開けてはいけません」 「ありがとうございます。貴女だと思って、大切にします」 浦島太郎を見送った後、乙姫様は力を使い果たし、その場に倒れた。 「姫様!?」 「お気を確かに!?」 乙姫様の、寿命は尽きた。 たった一度の恋煩いが、乙姫様から全てを奪った。 しかし、乙姫様は幸せだった。 きっと浦島太郎も、自分と同じ七百年の時を超えてくれると、信じていたから。
夏休みの宿題なんて ただでさえ進まないもの 友だちのウチですると さらにさらに お泊まりをしないお泊まり会 みたいになっちゃって やっぱり何も 海とか行ってみたい 誰と? きけないまま もやもやは つのるばかり
おひるごはんは 水ようかんだけでいいですと 自分に向かって宣言して でも お茶づけを たべました 部屋のすみでは ペンギンのぬいぐるみが こっちをみています ペンギンのぬいぐるみは わたしが 水ようかんをたべてるとこも お茶づけをたべてるとこも みていたのですね わたしは ペンギンのぬいぐるみのこと あんまり みてあげていないのに
17時15分 「加奈、今日の夜ご飯は何がいい?」 普段の何気ない会話だった。 「ハンバーグ!」 加奈は元気よく答えた。 加奈は私の娘で幼稚園年長の目がくりくりしている愛らしい女の子だった 私の夫は某テレビ局のディレクターをしていて夜、帰ってくる時間は22時をこえる頃だった。 19時45分 そして二人で夕食の時間、ハンバーグを食べ終え、お風呂に入って二人でテレビを見てると加奈がうとうとしていたのでベッドまで抱っこして寝かせた。 23時21分 夫が帰ってきた。 作っておいたハンバーグを温め、夫がハンバーグを食べているときに、今日、加奈が幼稚園であったことを話した。 夫は疲れている様子で話を聞いているのかわからない感じだった。 少し苛ついた。 夫は食べ終わるとすぐにお風呂に入り、ベットに身を投げた。 00時14分 私はお皿を洗い、洗濯物を畳み、テレビを見ていた。 すると娘が起きてきてトイレに行った。 そして5分も経たないでまた寝室に戻った。 体が痒い。 00時78分 00時89分 00時91分 男がいる。 近づいてきた。 耳元で囁いてきた。 いつの間にか自分の手に包丁がある 娘の寝室に行った。 刺した。 温かい赤いものが溢れ出している。 次に夫の寝室に行った。 また刺した。 同じ赤いものが溢れ出している。 00時100分 隣の家に行った ノックをした 何回やっても出てこない 扉を殴った 蹴った 誰かきた 警察だ この文章は新潟夫子刺殺事件の犯人、田代優子の日記だ。 発見当時は返り血で真っ赤になった日記とボールペンと包丁を持っていたそうだ。 取り調べ時も訳のわからないことを言っていたので精神異常患者として今も孤島の精神異常棟に24時間体制で監視されているそうだ。 これはフィクションです。
年季の入ったアパートの一階の地下室 排気口から漏れる日の光の中を妖精のように埃が舞っている 蒸し暑い小さな部屋に敵国のスパイがいた 男はスーツを着ていてネクタイまでしている 女はワンピースを着ていて近くには乳母車も置いてある。中にはダイナマイトがスヤスヤと眠っている 「合図があったら、いつでも出れるようにしておけよ」 「私達はどう見ても夫婦には見えなくない?」 「何でマガジンが二つしかないんだ。無駄撃ちできないな」 「合図があるまでお茶でもしようか?」 「集中しろよ」 「キスする?」 蒸し暑く緊張感が高まっている暗い部屋で二人は見つめ合う 男の汗が頭から流れて顎に伝い床に落ちる 「何言ってんだ」 「フフフ」 解体途中でオーナーが逃げた廃墟のビルの屋上で二人のスパイがいた。地下にいたスパイの仲間である 長い銃を床に設置し照りつける太陽の下作業着を着た男とピザデリバリーの格好をした女がお互いの穴という穴を舐め合っていた 爆発音とともに両国を繋ぐ橋が破壊される 緊急事態となり、敵国の王様は護衛たちに地下シェルターへ移動させられる。 その移動中をスパイ達が狙撃するのだ 地下にいたスパイ達は合図と共に外に出て野次馬に紛れる 王様の乗せた車が来るのを見計らって銃を構えるが直ぐに銃を捨てて車の前に走っていく。 車が通り過ぎる間一髪の所で野次馬から飛び出してきた子供を守った 女のスパイは屋上の仲間に合図を送る 屋上では既に引金が引かれた後だった
珈琲の味は好きなのだけど 香りは好きになれない そんな魔法に かけられてしまったんだ 珈琲の香りが鼻をついてくると あれこれ思い出してしまうようになった それでも結局ぼくは きみの淹れてくれた珈琲しか飲めなくて きみが喫茶店に誘ってくれても ぼくは少しも行く気になれなかった 結局ぼくは きみの気持ちを理解してあげられなくて そんな魔法に かけられてしまったんだよ きみの淹れてくれた珈琲は とてもおいしかったのだけど
「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。」 — 民数記 6章24〜26節(新改訳) 「あの世界は良い世界だよ」 突然僕の耳にこんな言葉が聞こえてきた。 「僕はあなたの元から離れたくない」 僕はその声の主(ぬし)に話しかけた。その主というのは誰なのか分からないが、ここから離れてしまったら孤独になるような感じがして僕は声の主に話しかけた。 「大丈夫。いつもきみのそばにいて君のことを見守っているよ」 声の主は優しく僕に話しかけた。 僕は主の言葉を信じて僕は生まれた。 僕が生まれたのは台灣台北市にある子ども病院だ。はじめは健全な子どもで生まれた。 生まれた時の物語は母から聞いたこと何だけど 生まれてから5日後に病気をうつされておおきな感染症にかかってしまった。 生死の境を彷徨ったときもあったという。 生きたが僕は障害を持ってしまった。 感染症のせいで脳がやられてしまったみたいだ。 でも、必死に両親が支えてくれたり助けてくれていたという…。 今になってそれが本当なのか分からない。もしかしたら両親ではなく祖父母が子守をしてくれたのか、周りの人が色々と支えてくれてのかだと思う。 僕の記憶は1歳からある。 『全然この世界は楽しい世界ではないじゃん』ある日僕は声の主であった主(主)に叫んだ。 『君のために、私が君の人生を計画しているから安心しなさい』 声の主は僕に言った。僕は今の人生を楽しむことにした。 週一回あるリハビリを頑張って僕は1歳半で歩けるようになった。 歩けるようになり僕は台灣の幼稚園へ入園することにした。 そこの先生が優しくて友達も出来た。 台灣での生活は裕福であった。朝から晩までお父さんは仕事に出かける。 その間僕は幼稚園へ行きお母さんは家事をすると言う生活が続いた。ただ果たしてそれが両親だったのかは定かではない。 『やっぱりここの世界での生活は楽しいや』 『そうでしょ。これから君の人生で色々ともっと楽しいことがまっているから、思う存分楽しみなさい。』 『はい。ありがとう。』 その時から、主の声が聞こえなくなっていってしまった。 2歳になった僕は両親とともに日本へやってきた。この時期から僕は両親との記憶を鮮明に覚えている。 日本に来た僕は保育園へ入れられた。 ただその保育園は僕みたいに障害を持った子どもたちが行くような保育園だった。 話せない子、歩けなっくて車椅子に乗っている子、走り回る子などが行っているような保育園に入れられた。僕はこの子達と同じではないと思いつつ、保育園での生活を楽しんだ。 そしたら僕は一つのグループを作ってそのグループで楽しむことが出来た。 仲良し四人グループで園庭で列車ごっこや滑り台、ブランコ、トランポリンなどをした。 遊ぶ時はすっごく楽しく家に帰っても僕はおもちゃなどで遊ぶことが出来て充した生活を送っていた。 僕が四歳になったある日、急に転園することが決まった。仲良し五人組と離れ離れになってしまった。僕の人生の中でいつか会えると信じて僕は次に行く幼稚園を期待しながら待った。 そこの幼稚園はキリスト教の幼稚園だった。 でも、はじめ僕はキリスト教がどんなものなのかは分からなかった。 ただ毎朝歌を聞かされ、園庭で縄跳びや滑り台、ブランコで遊んで半年に1回キャンプに行くという生活を送っていた。 ただ、半年後僕はここの幼稚園でも四人グループを作ることが出来た。 男子グループの中に一人だけ女子という組み合わせだったが、僕は男子だと思っていたから問題はなかった。 自分が女子だと気がついたのは五歳になって半年後のことだ。 恥ずかしい話、その時まで僕は自分でトイレへ行くことが出来なかった。 五歳半から自分でトイレに行けるようになって僕は男の子のトイレへ行こうとした時、急に後ろから声がした。 「そらちゃん、そこは男の子のトイレですよ」 幼稚園の先生が僕に声をかけられ、女子トイレに誘導され僕が女子だと気がついた。 ただ、ここでは僕は自分の事を僕ということにしよう。僕はボクっ娘なのだから…。 幼稚園に行っていた僕の1番の思い出がクリスマスだ。毎年必ずでてくる聖書箇所が好きだ。なによりもクリスマスの時、父親グループで劇披露を見るのが好きだった。 劇をしている時の父親が輝いて見えかっこよかった。 この時の父親は輝いていてかっこよく見えて、母親はというと…残念ながら父親がかっこよすぎて記憶にない…。ただ分かっていることがある。僕はこの両親の元に生まれてきてよかったと思えたことだった。 幼稚園を卒園することになった。 僕は待ちに待った小学校入学を目前になった頃赤いランドセルを父親に買ってもらった。
見ていた。 見ていた。 ずっと見ていた。 朝起きて着替えている時も。 ご飯を食べている時も。 通勤している時も。 会社で仕事をしている時も。 会社近くのカフェで昼食をとっている時も。 退勤している時も。 居酒屋に寄って酒を飲んでいる時も。 家で勉強している時も。 お風呂に入っている時も。 ベッドで寝ている時も。 望遠鏡。 隠しカメラ。 防犯カメラのジャック。 あらゆる方法で見続けた。 何日も。 何週間も。 何ヶ月も。 「ああ、今日も可愛いなあ」 ずっと見ていた。 そして千日目。 お風呂から出た彼女が立ち止まり、突然隠しカメラのある方向を見た。 いや、隠しカメラを通して私の目を見た。 彼女の口が動いた。 『千日目。ずっと、見てるよ』 私は、隠しカメラの映像が映っていたスマホを落とし、後ずさりした。 背中が壁にぶつかり、へなへなと座り込んだ。 ただ、恐怖だけが襲ってきた。 何日も、何日も、何日も、彼女を見てきた。 好きだから、ずっと見てきた。 でも、見られることがこんなに恐いことだったなんて。 たった一度見られただけで、この世界から逃げ出したくなるほど恐怖を感じた。 以降、私は彼女を見るのをやめた。 彼女に見られたくなくなったから。 カーテンを閉めて、部屋に籠った。 しかし、今でも思う。 今の私も、彼女に見られているのではないかと。 時折、カーテンの隙間から外を見る。 道行く人間が全員彼女に見えて、すぐにカーテンを閉じた。 「もう、勘弁してくれ」 閉じ切ったカーテンは、今日で何日目だったか。 見られることがこんなに恐ろしいと知っていれば、誰かを見たりしなかったのに。