総理、正直になる。

地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「なんか元気ないですね」 総理の浮かない顔に、視線が集まった。 「実は、娘に子が生まれたんだよ」 「おめでとうございます。総理も、おじいちゃんですか」 会議室に拍手が響いた。 「いや……赤ん坊の顔を見てたら、心が洗われたというか」 「ん……?」 「ぼくたちさ、嘘ばっかりついてきたじゃない」 「まぁ、それは、噓も方便で国民もわかってることでしょ」 「だから、もう嘘つくのやめようと思ってね。君たち、この前の選挙公約、覚えてる?」 総理が財務大臣を指さした。 「税金を下げる、でしたっけ」 「できるの?」 「無理でしょうね」 閣僚たちが顔を見合わせた。 「急に正直になったら、世間が混乱しませんか」 「でも、孫の前では、カッコいいおじいちゃんでいたいのよ」 翌日、総理が緊急記者会見を開いた。 「えぇ……明日からの外国訪問、ちょっと旅行気分、入ってます」

今日も夜行性の生き物は自転車で近所をブラブラする

 何か眠れない。 意味もなく夜自転車でブラブラする。 何か似たような人達が行き交っている。 皆夜行性。 野生。 野っぱらで馬で駆けていた時代からずっと変わらない。 干し肉食いたい。 木の実食べたい。 時代が変わっても変わらないもの。 脈々と続いていくもの。 まあ明日も日々は続くし。 夏の東日本は荒くれ者が闊歩する。 僕は縮こまって暮らす。

世界のほころび

「パパ、これなあに?」 「……どれ?」    空にヒモのような物が見えた。  でも、私しか見えていなかった。  少し引っ張ってみたら、世界が揺れた。  地震とは違う。  大きな手が地球を掴んで、ゆさゆさ揺らしたよな揺れだ。    その日、電柱がたくさん倒れたらしい。   「やばいやつだ」    私は、ヒモのようなものを決して触らないと決めた。  でも、ヒモは私の部屋の中にあるし、さらに言えばベッドの近くだ。  ごろんと寝返りを打てば、ひっかかってしまいかねない。   「部屋の模様替えしたのか」 「うん」    私は、ヒモのある場所に近づかなくていいように、家具を移動させた。  部屋の角の一つだけに、何も置かないちょっと変な見た目になったけど、仕方がない。  世界のためだ。   「早く一人暮らししたいなあ」    私は今日もベッドから、ヒモのようなものを見ている。    毎日が楽しい訳じゃない。  死にたい日もある。  そんな時、あのヒモを引っ張ってなにもかも失くしてしまいたくなってしまう。    だから、私はあのヒモから早く逃げたい。   「県外の大学に?」 「うん」 「うちにはお金が」 「バイトするから」        大学に、無事合格。  私は、大学の寮に入ることができた。   「こんにちはー! 私の新生活!」    四人一部屋、ドミトリー式の寮。  私のベッドは、入って右側の、上側のベッド。  天井には、ヒモのようなものがぶら下がっていた。   「おっと、マジか」    試しに、少しだけ引っ張ってみた。  大学の使われていない教室が爆発した。   「先輩、ベッドの位置変わってください」 「嫌よ。私、高所恐怖症なの」    このヒモは、いったい私に何をさせたいのだろうか。  私は自分の手足を紐でぐるぐる巻きにして、寝ている間にヒモのようなもの触らないようにした。   「何やってんの?」 「寝相悪いんで」    その日の夜に、夢を見た。  夢の中に出てきた王様は、世界を破壊するスイッチを持っていて、常に押さないようにと苦しんでいた。  夢の中で私と目が合って、王様はニヤッと笑った。   『お前も同じ苦しみに合え』    私は前世で、こいつに何かしたのだろうか。  それとも、単なる八つ当たりの相手に選ばれたのか。    私は思いっきり舌を出して、王様を睨みつけた。    ヒモは、今日も天井からぶらさがっている。

止まない雨

窓の外から食べ残したオムライスが見えた。 僕は今日も、ここで雨宿り。 溜まった洗い物、隅の方に積まれた衣類達、地べたに寝そべる人間が一人。 胸がざわつき落ち着かない。 あの子は今日も、悲しんでいる。 僕がこの世を去ってどれだけの時が経ったのだろう。 僕らは今も、ひとりぼっち。

髪を切る理由

 君が髪を切る理由を、僕は知っている。  黄緑の午後のひかり。それが一直線に伸びて、君に落ちた。小さな庭に木製の椅子一つ置いて、世界の中心に君は身を置く。春の陽気と照り返る花の香気でむせかえる、そのあたたかなせかいで君の瞼は震えた。  僕が君の髪に触れ、片手に握った鋏を入れる。じゃきんじゃきんと金属が劈く。君は擽ったそうに身を震わせた。君の時間が切り取られて地面に落ちていく。腰まであったのに、もう肩口まできていた。  次は前髪、と指示が出る。僕は垂れ流された髪を掬った。君の額に流れる前髪の向こうで、瞳がぱちりと見開く。風に吹かれて見え隠れする、濃茶の水晶が大きく煌めいた。 「遠慮なんて、いいからね」  まるで死を委ねるかのような、不思議な安楽さがあった。長い睫毛がゆらゆらと揺れた。僕は息を呑む。  あぁ、君はいってしまうんだね。君の世界で僕は脇役でしかないから。君の求めるままに、ならなかったこの世界で、君は死を刻むのだ。  君の瞳が僕をつと見つめた。揺れる、震える。鋏を入れながら、僕はそれを特等席で眺めた。今は春だ。地に横たわった君の残骸は、還って春の一部になる。きっとこれから死ぬ君も、朽ちては芽吹いてまた咲かすのだろう。そこに僕がいれるかは、わからないけれど。  手に収めた髪は瑞々しく、これから死を待つ物とは思えなかった。それをそっと撫でる。指の先までその感触を染み込ませるように。せめて今この瞬間を、いつまでも覚えていられるように。  君の瞼が閉じる、その瞬間。じゃきん、と金属音が鳴り響いた。

陽だまり

初夏の頃より、教室の硝子窓は絶えず開かれておりました。 風は白き薄幕を揺らし、廊下側の生徒らの髪を乱しましたが、不思議なことに、中央の卓を囲む令嬢方の前髪のみは、いささかも崩れることがございませんでした。 わたくしは、その理由を長らく理解できずにおりました。 昼餐の鐘が鳴りますと、令嬢方は自然に集われました。 誰かが呼び集めるのではなく、まるで舞踏会の順路があらかじめ床へ刻まれているかのように、静かに、けれど寸分違わず、教室中央の卓へと着席なさるのでございます。 そこへ列するためには、幾つかの条件が必要でございました。 まず、沈黙を恐れぬこと。 次に、己の容貌へ疑いを持たぬこと。 そして何より、他者より愛される資格を、生まれながらに備えているように振る舞うこと。 わたくしには、そのいずれも欠けておりました。 しかし、選ばれたものにしか見れない景色がございます。だから、わたくしはそのふりをし続けました。 舞踏会にはいくつかの規律がございます。 わたくしよりも美しいものには笑顔を絶やさないこと。 わたくしよりも承認されている方からの皮肉は笑顔で受け入れること。 わたくしよりも地位の高い者より大きい声で話してはいけないこと。 そして何より、自らが傷ついていることを、決して他者へ悟らせぬことでございました。 教室の中央には、常に陽が差しておりました。 冬の薄い日差しでさえ、不思議なほど彼女らの肩や髪へ柔らかく落ち、硝子窓へ映る姿までも美しく見せたのでございます。 わたくしは長い間、それを偶然だと思っておりました。 けれど違いました。 あのお方たちは、生まれつき光の当たる場所を知っておられたのでございます。 どの席へ座れば最も美しく見えるのか。 どの角度で微笑めば男子学徒らが沈黙するのか。 誰へ話しかけ、誰を無視すれば空気が乱れぬのか。 そのすべてを、まるで本能のように理解しておられました。 わたくしは、それを学ぼうといたしました。 鏡台の前で笑顔を練習いたしました。 雑誌を読み、言葉遣いも学び、写真へ写る際には必ず左側の頬を見せるよう努めました。 食事の量さえ調整いたしました。 空腹は、美しさの代価であると信じていたのでございます。 けれど努力というものは、どれほど慎重に隠しても、どこかへ滲み出るのでございます。 ある日、わたくしへ、 「最近、すごく可愛くなったよね」 と仰いました。 その瞬間、卓の令嬢方が一斉にわたくしを見ました。 ほんの数秒ほどのことでございました。 けれどわたくしは、自らの身体が品定めされているのを感じました。 前髪。 唇。 脚。 声。 笑い方。 その全てが値踏みされ、階級を測られているのでございます。 わたくしは微笑いたしました。 「そんなこと、ございませんわ」 そう申し上げながら、胸の内では歓喜しておりました。 選ばれた方より、美しいと認められること。 それは勲章にも等しいことでございました。 しかし同時に、わたくしは理解しておりました。 令嬢方は決して、わたくしにはならないということを。 たとえ同じ化粧を施しても。 同じ香水を纏っても。 同じ場所で笑ってみせても。 他の方々は自然であり、わたくしは模倣なのでございます。 その差異は、恐ろしいほど明白でございました。 写真を撮る際、それは殊更に露わとなりました。 何気なく中央へ立たれるだけで、周囲の景色を完成させました。 わたくしは違いました。 どこへ立つべきかを考え、顎の角度を気にし、笑顔を調整しなければならなかったのでございます。 その時ようやく、わたくしは悟りました。 あのお方たちは、生まれつき光の当たる場所を知っているのだと。 そしてわたくしは、その光へ最も美しく照らされる角度を、生涯かけて探し続ける側の人間なのでございました。

地方という工場

 地方で、お米が作られます。  地方で、野菜が作られます。  地方で、お魚が獲られます。    全て、運送トラックと言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、都会の中心へと運ばれます。   「ああ、美味い。日本最高」 「グルメ最高」    全て、都会の人の胃の中に入ります。        地方で、人間が作られます。    全て、就職と言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、都会の中心へと運ばれます。   「通販で頼んだものが即日来た」 「保育園も介護施設も入りやすい」    全て、都会の人の便利に入ります。        日本で、美味が作られます。  日本で、便利が作られます。    全て、グローバリズムと言う名前のベルトコンベアーに乗せられて、アメリカと中国へと運ばれます。   「これはデリシャス」 「これはファンビエン」    全て、金を持つ大国の幸せに入ります。        では、アメリカと中国に入っていったものはどうなるのでしょうか。  そろそろ、新しいベルトコンベアーが動く時期です。

静かにそして暴虐に

 心を平穏に保てればいい。 表向きは静かだ。 でも心はどす黒いものが蠢いている。 宗教でもやって改心すべきかも知れない。 植物のような心でいたい。 虫のような効率のみで動けたら等と考える。 でも不合理。 みつばちハッチ観とけばよかった。 キング牧師は権利を勝ち取ったが恨みを買った。 僕は権利を剥奪されるかもしれない。 避難場所は宗教施設か大阪のドヤ街か。 隣近所ではハクビシンが家に入っていく。 きっと動物の避難場所なのだ。 動物は避難できる場所が少ない。 僕はまだ恵まれている方だ。 今日は犬を撫でた。 僕もまた社会に撫でられている。 よしよし、悪さしないで番張っておけよ的な。 こんな弱い番犬は皆見たことがないだろう。 流れ星銀河読んどきゃよかった。 野良犬は猫とネズミを携え蜥蜴とカラスと猿を牽制する。

「裏山も欲しいなぁ」

私は冷静さを欠いていた。 額から吹き出す汗が、幸いにも私の頭を冷やしてくれている。輪郭を伝う雫が目に入り込み、しみる痛みから溢れた涙が、汗と混じって顎から落ちていく。 水の冷たさを惜しみつつ蛇口を捻った。洗い終えて綺麗になったはずの手を鼻に近づけ、思いきり息を吸い込む。流れ込んできたのは、夏のむせ返るような熱気と酸っぱい汗の臭い、それらをもみ消そうとする石鹸の穏やかな香り。 ――そして、隠しきれなかった、生臭く吐き気を催すような鉄の刺激臭。 視界の隅に隠したゴミ袋から、私の手元と同じ臭いがつきまとってくる。シアンブルーを突き抜けて主張する中身は、とても目を向けられるような状態ではない。 網戸からは絶えず蝉の声が聞こえ、扇風機の風が届かないこの場所は、夏の熱気に侵されている。この猛暑だ。腐敗が始まるのも時間の問題だろう。 そう思いながら、ゴミと化した妹と目を合わせる。 この時代、生肉の処理方法なんてインターネットで聞いて回ればすぐに湧いて出るだろう。もし疑われても野生動物の屠殺を装えばどうにでもなる。 そんなことを考えていた私は、まさに冷静さを欠いていた。 「"【急募】50kgの肉を処理する方法"…っと」

短歌まとめ 4

57577に投稿した短歌です。 幸せと共に絡めるナポリタン 笑顔見守る優しい目玉焼き 錆び付いた立看板に迎えられ 香る紫煙と珈琲を纏う 淹れたてのウィンナーコーヒーに憧れ 硝子を叩く漫ろ雨 天辺に涼月に似たアイス載せ 得意気に笑むクリームソーダ 経年の艶を奏でるテーブルに 映えるコーヒー寝そべる灰皿 珈琲と燻る紫煙を飲み干して 雨後の目映い世界へ踏み出す ストローでミックスジュースと一緒に あなたと過ごす幸せ吸い込む

難しい

人前で思ったことを全て言い切れませんし、 話の途中でモゴモゴしてしまいます。  アレを言うのを忘れていた  もう少し違った言い方があったな  また早口に喋ってしまった 話すことが嫌いではないけれど、自分が居る領域は「話すことが苦手」という場所なのだと思っています。 直す?治す?どっち? いや、これは私の特徴でもあるので、そんなものだと今は割り切ります。 そんな事もあり、私は書いて表現したいと思ったのかも知れませんが、最近特に思う事は文章を書く難しさ。 しみじみと痛感しています。 元々上手く書こうなんて思っていなく、思ったままを文字から文章にしているだけ。実はそこが難しい。 であれば簡単なら書けるのか、とは違うもので。 自分が思った事を文章に落とし込むだけに思えて、その落とし込みがとても難解。 だんだんと難解さが増して来たようにも思います。 何で出来ないのか、自分が思った事なんだぞ、 もう脳がダメになったの?と思う時があるくらい。 精神が限界なのかとも思いました。 それともうひとつ。 人って難しい。 私にはとっても難しいのです。 ずっと思っている事があって、 本当は人間という一括りではなく、 物凄い数の何種類も存在する生物の種別なんじゃないかということ。 同じ言語の同じ地方のお互い人間同士なのに、 伝わらないのか、伝わっているのか、 合っているのか、間違えているのか、 それさえも分からない。 更には家族や長年の友人でさえも、隠れた本音の声があるかのようで、 何をどう思っているのかも分かりません。 貴方が知らなくて良いじゃないかと思うかも知れませんし、 本来ならそんな事は言わなくても貴方が察するべきなのでしょうか。 でも私には実に難しいのです。 言葉や文章、人や言語に 今の私はとても嫌気が差して来ました。 わざわざ疲れる場に自分から出向くなんてことは普通あり得ない。 早く書かないとな…なんて思った時点で、おかしいと思いました。 ゆっくり時間を掛けて、 とにかく休んで、、 またいつか来れたらと思います。

降り止まない雨 ~雨の余白【sideB】

「桜散る」彼視点のお話です。 ──────  六月の雨は、春先のそれより静かだった。  空気に溶け込むみたいに細く降り続け、街全体をゆっくり湿らせていく。  駅を出た瞬間、傘に小さな雨粒が触れた。また雨か、と思う。最近は、晴れていた日のほうを思い出せない。  横断歩道を渡りながら、ふと駅前のカフェへ視線を向ける。  ガラス越しに見える窓際の席。六月になっても、まだあの店を避けられないでいる。  思い出したくないわけじゃない。むしろ逆だった。  忘れられない。     ****  四月の中頃、その日も雨だった。昼過ぎ、彼女からメッセージが届いた。 《今日、時間ある?》  短い文だった。  続けて送られてきた店の名前を見た瞬間、胸の奥が澱む。  付き合い始めた頃によく通ったカフェだった。  最初のデートで入った店。  あの頃はまだ互いに遠慮ばかりしていて、会話が途切れるたびにコーヒーカップへ視線を落としていた。  それでも帰る頃には笑っていて、また会いたいと思っていた。そんな記憶が残っている場所。  待ち合わせの十分前に着いた俺は、店の前で立ち止まった。  雨粒が軒先から落ちている。  ガラスに映った自分の顔は、思ったより疲れて見えた。  店に入ると、昔と変わらないコーヒーの匂いがした。  窓際の席に座り、外を眺める。雨に滲んだ景色は輪郭が曖昧で、時間までぼやけていくみたいだった。  彼女は少し遅れて来た。 「ごめん、待った?」  いつも通りの声でそう言った。 「いや、今来た」  嘘だった。  彼女は向かいに座り、カバンの水滴をハンカチで軽く拭く。その仕草を見た瞬間、昔の記憶が不意に蘇った。  雨の日、一本の傘に無理やり二人で入って歩いた帰り道。肩が濡れるたびに笑い合ったこと。  なのに今は、向かい合っていても距離が遠い。 「懐かしいね、ここ」  彼女がメニューを閉じながら言う。 「そうだな」 「まだこのケーキあるんだ」  小さく笑う声。  俺も笑おうとして、うまくできなかった。  会話は途切れ途切れだった。沈黙のたび、窓を打つ雨音だけが聞こえる。  彼女は何度か外を見て、それから静かにコーヒーカップを置いた。 「……ねえ」  その声で、終わるんだと思った。  いや、本当はもっと前から分かっていた。  桜が散る雨の日。彼女が俺の背中を見ながら歩いていた時には、もう。 「もう、終わりにしよう」  雨音が少しだけ強くなる。俺はすぐに返事ができなかった。  引き止めようと思えば、できたのかもしれない。  でも、その先を想像できなかった。以前みたいに笑える未来を、もう思い描けなかった。  彼女は俺を見ていた。責めるでもなく、泣くでもなく。  ただ、静かだった。  たぶん彼女は、とっくに気づいていたんだと思う。  俺の気持ちが少しずつ離れていたことに。  返事が遅くなったこと。  沈黙が増えたこと。  並んで歩くことが減ったこと。  全部。  それでも何も言わず、隣にいてくれていた。  胸の奥が重く痛む。なのに俺は、何も言えない。 「……うん」  最後に出たのは、それだけだった。  彼女は小さく頷き、「そっか」 とだけ言った。  それから少しだけ、昔の話をした。  初めて来た日のこと。  閉店まで居座って店員に苦笑されたこと。  駅まで遠回りして帰ったこと。  まるで、本当に終わらせるためみたいに。  店を出る頃には、外は薄暗くなっていた。彼女は傘を開き、「じゃあね」 と笑った。  俺も何か言おうとして、結局「気をつけて」 しか言えなかった。  彼女は振り返らず、雨の中へ消えていく。  俺はしばらく、その背中を見ていた。     ****  六月の雨は、今日も止まない。  信号待ちをしながら、俺はぼんやり空を見上げた。  別れてから、一度も連絡は取っていない。それでよかったはずだった。  終わった恋だ。自分で終わらせた。 ──なのに、雨の日になると思い出す。  カフェの窓際。  コーヒーの匂い。  彼女の「懐かしいね」という声。  記憶だけが、湿ったまま残り続けている。  青に変わった信号を見て、歩き出す。  傘を差しているのに、スーツの袖が少し濡れていた。まるで、自分の中に残った感情みたいだと思った。  空を見上げても、雨はまだ静かに降り続いている。

Boy won't meets Girl

大丈夫だ、昨日の夜から何度もシミュレーションを重ねてきた。 アスファルトを蹴る足は、いつになく軽やかだ。 五秒ごとにレーダーで彼の座標を確認する。 『ペースは良好、そのまま直進してください』 耳元で超小型イヤホンがそう告げる。 私はいよいよ、デジタル食パンをくわえて、ラストスパートの体勢をとった。 あとはあの角を曲がれば、晴れて私とK君は結ばれるのだ。 三、二、一 ……  角を曲がっても、私の身体は何にもぶつかることなく直進を続けた。 ブーーーーン 頭の上から聞こえる音につられて上空を見ると、ドローンに乗ったK君がこちらを見下ろしている。 「ごめんねー、僕、自分の運命は自分で選びたい派だから。」 そういうとK君は、早々と学校の方へ飛んで行ってしまった。 まさかZ座標をずらされていたとは。 今度はもっと高性能のレーダーを買ってのぞむとしよう。

笑えないようなことを言いながら

ミステリイに、はまっている。僕が、ではない。みっちゃんが。 「推理小説って、あれよね、トリックの発表会みたいなのね」 「え?」 「ひとつの物語として読んだとき、やけに無理やりすぎちゃって多大な違和感をかかえながら読み終わることになっちゃうのよね。そんなこと多いのよ」 「…そうなの?」 「動機に見合うだけの壮大で画期的なトリックだったり、大がかりな装置だったり、誰もが注目するイベントを狙ってとか…」 そこでみっちゃんは、ひとつ間を置いた。僕はみっちゃんが続けると思って何も言わなかったのだけど、みっちゃんは僕に何かを言ってほしそうにしていた。たんなる「うんうん」とか「それで?」といった合いの手のようなことを。なんとなくそうかなあと思って僕が、 「うん。それで?」 と言うと、みっちゃんは二ッとしてから言葉を続けた。 「わからなくはないけどバカみたいとも思うのよね。心底、望んでるのがその人物の死だけでよくってそれ以上のことを考えないんなら殺しちゃうんでいいんじゃないかしら」 「ん?」 「だから、逃げるとか、アリバイ工作とか、そんなことどうでもいいんじゃない。そもそも、死んでほしいという思いの強さが壮大な事件を生むのかしら。違うんじゃないかしら。死んでほしいという思いが強いなら、ただ殺すだけのことでしょ。殺そうと思ったから殺す。それだけじゃない?」 「ああ…」 と、僕が間の抜けた返事をすると、 「まあ、でも、人を殺したことないし、この先も… ね」 と、笑えないようなことを笑いながら言う。 みっちゃんの話、ちゃんと聞いてあげたいけど、僕はミステリイに興味ないから、えんえん話されると困ってしまう。それであからさまとは思ったのだけど、 「なんか飲む?」 「あ、うん」 お店のおかみさんがビールとグラスを持ってきてくれる。手にしたビールのビンがキンキンに冷えていて、あっ、と思った。「ああ冷えてるなあ、うれしいなあ」の、あっ、ではなくて「どうしてこんなにも冷えてるかねえ。適度ということを知らないのか」の、あっ、で、だから嘆く意味での「ああ」というほうが正解に近いと言える。 グラスにビールを注いで口に持っていく。冷えすぎたビールはただただ冷たいと思うばかりでビールの正しい味が感じられない。がっかりだ。けどビールが適温になるのを待ってられるほど猶予もない。ビンの蓋は開けられている。ビールは刻一刻と死に向かっている。鮮度だ。親の仇でも討つみたいに開いたそばから流し込んでいくのが作法というもの。その流儀に則ってグラスを空にする。 「ただただ冷たいってだけだったね」 「うん」 「小説だったら、こんな些細なことからでも人を殺しちゃったりするのかしら?」 「え?」 笑えないようなことを言いながら、でもみっちゃんは、ニイイと笑っていた。 「もう一本飲む?」 みっちゃんはそう言うのだけど、もう一本ビールを追加したとき、みっちゃんの表情がどうなってしまうのか。僕はなんだか怖くなって、お店のおかみさんを呼ぶことはできなかった。

無為味(むいみ)

「ねぇ、キミ。何をしてるの?」  雨が降るのを待っているのです。 「えっ。でも、いつ雨が降るのかは、誰にも分からないでしょー」  もうすぐかもしれないでしょう。 「そりゃあ、まあ……でも、一週間先だったらどうするの。それでも待つの?」  待ちますよ。待つしかないですから。去る者、追わず。来る者、拒まず。私はそういう存在です。生まれた頃から、私には使命があるのです。 「それって生きづらくない? ぼくは、キミよりずっと自由だ。そのほうがいいと思ったりしないの?」  ええ。アナタは、私に比べたら、うんと伸び伸びとしていますね。でも、限りある場所で、限りある時間を精一杯に生きるほうが……。私のようなものには、ふさわしい。私には動かす手足も、揺らせるフリフリも無いですから。 「まあ、キミが納得しているのなら、それでいいさ」  フリルはありますけど。 「べつに、つっこまないよ」  残念です。 「雨が降ったらいいね」  ええ、私の頭がおかしくなる前に。せめて。自分の使命はまっとうできたと、思いたい。 「へえー」  ジメジメとした蒸し暑さと暮らしている。大きなワンルーム。  製氷機から氷を取り出す、あなた。その足取りは昨日よりも軽やかで。あなたがステップを踏むたびに、手のひらのマグカップでは水面がおどる。  今。ボクは意を決して、あなたのひざに飛びこむ。  ぱちゃっ。  上空まで、はねる飛沫。あなたの衝撃と困惑が、ボクの頭へと降りかかる。 「ちょっと、ポメ! ああ、もう。サイダー、こぼしちゃったよ……」  あなたは机上にマグを置いて。箱からティッシュを取り出し、せわしなく手を動かす。  床に広がっていく甘い水たまり。その水分を含んで重たくなった彼女が、ぐったりと横たわっている。 「あっ! ふれふれ坊主、落ちちゃってるじゃん!」  悲しそうに、あなたは眉をひそめる。これじゃあ、明日も仮病を使うのは無理か……と、わけのわからないことをぼやきながら。あなたは濡れたティッシュとともに、役目を終えた彼女をつかんで、ステンレスのかごに入れる。  ――よかったね。これでボクらも、明日は外でおさんぽできるよ!  肩をすぼめるあなたを励ましたくて。ボクは、めいいっぱい自分のしっぽを振って見せた。

愛をください

「愛をください」  黄色のワンピースに、花の髪飾りをつけた可愛らしい少女。  満たされた笑顔は、世界で一番幸せそうだった。 「愛って、なんだと思う?」  少女は小さく首を傾げる。 「わからないわ。だから、欲しいの」  呼吸をするように答える。 「きっと君は、幸せなんだね」  皮肉めいた言葉も、きっと君には伝わらないんだろうな。  ポケットの中を探る。出てきたのは小さなキャンディが一つ。 「じゃあ、僕の愛をあげよう」  少女の手のひらにそれを乗せる。 「君にはこれが愛だと、分かるかい?」 不思議な顔をするのは当たり前だろう。君の瞳は透明なのだから。  つまんで持ち上げる、中身の薄緑色が太陽に反射して輝いた。 「だってこれは、ただのキャンディでしょ?」  そう。それで終わりでいいのさ。

夕方の、グラウンドにて

 あっ、なんかあるなあと思ったら前の席の常葉子がくしゃみをした。なんだこれかあと思っていたら先生に問題を解くようにとあてられたりとか。虫の知らせかたまたまか、何かに呼ばれたということも。妙な力を持ってるとは思わない。でもなんとなく、という予感めいたものはあったりする。うまくいかないような気がするなあ、友だちになれそうだなあ、人間関係のほうでは特に。そういった思いが知らずのうちに顔に出て、わたしの知らないうちに相手がそれをキャッチして。うまくいってほしいものがうまくいって、避けたいものが避けられたのなら、それでもいいのかも。それぞれの結果が逆になってしまうよりは、ずっと。  部員集めはしてきたつもり。残されることになるわたしを含め数人の部員では試合に出られない。時間をかけてそのあたりのこと何度も話し合ってきた。来年の新入生が入部してくれるかも、勧誘にかけてみるか、との意見も当然のようにあった。けれど本音ではみんな、気持ちは折れていた。あっけなく、先輩たちの引退に合わせて女子野球部は、活動を休止することになった。ああ、まあ、そうだよねえ部員らしいことひとつもできなくってさ、予感はあったわけでさ。だからそこまで落ち込んでないよ、とそれはたんなる強がりで、いつだって別れや挫折や後悔というのは悲しいものなの、決まってる、でもね、だけどね。  ほかを知らないから比べられない。でも思う。ここの女子野球部は異常だ。結局最後までその展開にはついていけなかった、ってことになりそう。部室の窓から空を見て、あ、雨降りそうかも、と思って気持ちを戻したときにはもう話があらぬほうへと動いていたりする。はやすぎる展開についていけないままひとまず笑顔でうなずいて、ワンテンポ遅れて手を叩きながら大笑いして。笑いながらわたしだけなのかなそんなこと思っちゃってるの、周囲をこそっと盗み見る。みんなココロから笑ってるように見える。ああ、そっか、わたしのほうがおかしかったか。ユニフォーム姿のカッコよさに憧れてそれだけの理由でなんとなく入部したわたしは、でも最近やっと、楽しいかもなあと思いはじめていたところだった。  わたしの女子野球人生も今日で最後だ。試合が終わって三年生の先輩たちは、これで引退となった。終わって早々、受験モードに切りかえるという同じ学年の子もいるらしい。しばらく放課後時間を楽しむ、なんて子もいるみたい。わたしは… 「あー、終わっちゃったかあ」  試合のあと、河川敷のグラウンドでひとり、ひたっていたらタカキが来た。野球部の練習終わりのようだ。 「ちゃんと練習してきたの?」 「おお、もちろん」 「連れてくって約束、きちんと守ってよね」 「お、さっそくマネージャーみたいなこと言ってえ」 「みたい、じゃなくて、マネージャーなんです、明日から、だけどさ」 「おー、こわっ」 「ねえ、ちょっと相手してよ」 「あ?」 「男子がどれくらいなのか見ておこうと思って」 「はいはい。ほいじゃ見せちゃうかな、オレのジツリキ」  とかぬかしながら、流れで一打席勝負をすることになった。  女子野球部の先輩たちは、いつのときでも、なんでそんなにイライラしてんだろってくらいイライラしていた。なんでこんなこともできないかな、まったく、といった具合の表情は、つくってるのではなく元から張り付いてるモノみたいで、わたしのような未経験者に対して笑顔のひとつも見せてくれない。わたしに対して、何をそんなに怯えてるんだろう、抜かれることがそんなに怖いの? 活動休止が決まって、わたしたちに教える意味をなくした先輩たちは、人が変わったようだった。女子会的な雰囲気が急激に加速したのは、そのあたりからだった。なんか、ココロにトゲみたいの刺さってたのかな。そんなのさっさと抜いちゃったほうがいいよ。ココロに刺さったトゲ、いつ抜くの? いまでしょ、ってね。ふははははは… 「ふふっ」 「あ? いまなんか、おかしなとこあったか?」 「…いいから、はやく入んなよ。バッターボックス」 「へいへい」  ヘンな気をまわして三振とかしたらグーで殴ってたとこだった。あっさり初球を、バチーン、ひっぱたかれて川まで飛ばされた。まあ、休部しちゃう女子野球部の控えピッチャーなんでね、だからってあんな遠くに飛ばすことないだろ、って。 「必ず連れてってやるからさ」 「あのさ、自信満々に言ってくれちゃう前に一回戦、勝ってよねって話でしょ」 「まあ、そうなんだけどさ」  タカキがあまりにおもきし飛ばしてくれるから悔しさなんかまったくなくて、さっぱりした気持ちで女子野球人生を終えることができたのだった。まあ、こういう終わりかたも… あんがい悪くない。

半径30cmの永遠

換気扇の音が波打っている 外はまだ明るいが、玄関の照明の下で過ごしている 脱ぎ捨てられたスリッパと折りたたまれた段ボール 人生は長い、そして今は永遠に続く 半径30cmの今を見つめる それだけ、今はそれだけをしていよう

やっぱ指紋認証よ

「こわっ。銀行のシステムがハッキングされて、客のパスワード流出だって」 「ね? だからパスワードは恐いって言ってるでしょ?」    彼氏が眉間にしわを寄せながらスマホを見つめるので、私はすかさず言った。  指紋認証も顔認証もあるのに、彼氏は未だパスワード派。  自分の体の情報を、スマホに登録するのが恐いとかなんとか。   「どうしよう。俺、結構パスワード使ってんだよな」 「はい、これを機にパスワード使うのやめよ? 今は、スマホの指紋認証か顔認証に連動して、ログインもできるから」 「でも、指紋が盗まれたら」 「指紋は安全なの! ログインする時、指紋がインターネットに流れる訳じゃなくて、……よくわかんないけど、指紋から作ったデータが流れるだけらしいし」    彼氏は、一日中スマホを見ながら考えていた。  指紋を登録するかどうか。  そんなに難しい問題だろうか。   「……登録する。指紋。か、顔はまだ無理!」 「はいはい。成長ですねー」    そして見事、彼氏は指紋認証デビューに成功した。  スマホに触れただけでで画面ロックが解除されることに、彼氏はものすごく感動していた。   「なにこれ、超便利じゃん!」 「でしょ? 外でもぽちぽちパスワード打ってて、後から覗かれたら終わりじゃんってひやひやしてたよ」 「……そんなに見える?」 「見ようと思えばね」    彼氏は、何度も何度もスマホのロック解除を試して、寝る瞬間までそれは続いた。   「じゃ、おやすみー」 「おやすみ」    ロック解除だけで充電が切れかかっているスマホは、充電ケーブルに繋がれて近くのサイドテーブルへ。  私は、寝息を立てる彼氏を起こさないようにして、そっと彼氏のスマホを手に取る。   「お指を拝借ー」    スマホを彼氏の指に当てれば、はいロック解除。  ああ、ここまで来るまで長かったなあ。    彼氏、パスワードが長いうえにコロコロ変えるから、せっかく盗み見ることができても、私が開けようとする頃には変わってるんだもん。  ようやく、絶対に変わらない指紋になってくれた。    私は、スマホに入っているアプリを確認し、複数のSNSアプリで目を止める。   「さ。貴方の裏の顔、しっかり見せてもらうからね?」    私は、不安なだけ。  貴方が裏切ってないか。  私は、SNSのアイコンをタップした。       『パスワードを入力してください』   「ぎゃふん!」

覗き穴

午前八時。 薄暗い部屋の中に、玄関扉の穴から小さな光が差し込む。 男は片目を閉じ、息を凝らしてその穴を覗いた。 広角レンズで歪んだ町。 駅へ向かう人たちが行き交っていた。 目の前を肩からバッグを下げた女が横切った。 「……くそっ」 舌打ちをする。すぐに姿は見えなくなった。 するとその後ろからスーツ姿の男が現れた。 扉に手をあて、頭を斜めにして覗いた。 次の日の朝、また扉の穴に顔を近づけた。 たくさんの人が横切っては消えていく。 昨日の女── 女が消えたあと、後ろから男が遅れて現れる。 次の日も、また次の日も。 女の少し後ろに、影が重なる距離まで来ていた。 近い── 外は小雨が降っていた。 傘をさし、いつものように駅へ向かっている。 傘で顔を隠した男が後ろに迫る。 横を歩いていた老人が、女の背中を杖で突いた。 振り返り、男の姿を見ると駆け出した。 ──カチッ。 暗闇。 端から白い文字が流れる。 『サンプル動画はここまでです』 部屋の男は小さく息を吐いた。 そして玄関の扉を開ける。 眩しい── 目を細め、外側の穴に取り付けていた小さな箱を外した。

誰も電話に出ない

 暇な夜。 オナニーするのも何なので知り合い何人かに電話をかける。 パンツを下ろしながら。 でも誰も出ない。 孤独な夜。 今日は畑に行った(畑中毒気味) 皆さん色々忙しいのかしら。 暇なので文章を綴る。 知り合いのうちに煙草を貰いに行った。 難民のようだ。 難民のような知り合いは悪口をメールで言ってくる。 隣近所の人に挨拶して無視される。 都会の孤独。 コーラが飲みたい。 おにぎりが食べたい。 でも粗食。 痩せていた方が長生きするらしい。 もっと食べて太った方がいいと言う看護師がいる。 夜職でお客にお酒を勧めるのが上手いのだろう。 悪意のある夜。 誰からも必要とされないので勝手に物語を作る。 これでいいのだ。

ありのままの日常を撮るのが禁止になった日

 若者の間では、ありのままの日常を撮るのが流行している。    一日一回、ランダムな時間に撮影を依頼する通知が届く。  二分以内に撮影ボタンを押すと、インカメラとアウトカメラで同時に撮影。  加工なんてする暇もなく、仲間内へと送信される。  まさに、皆のリアルがわかるのだ。    しかし最近、大人たちによって難癖をつけられている。  会社で撮るなとか、社外秘の情報が流出するとか。   「つーか、なくね?」 「会社で撮るなとか、意味わかんないよね。会社に、そこまで個人のことを制限する権利あんの?」 「そもそも、見られて困るようなことしてんなよ。ウケる」    私たちは、大人の決めたルールになんて負けない。  今日も、日常を撮り続けるのだ。   「あ、通知きた」     私は、今日も日常を撮った。   「ちょ!? 今、温泉旅行中」 「ああああ! 服脱いでたの忘れてたああああ!」    全裸で撮影する私と、更衣室で半裸の友達の姿が、一斉送信。   「ぎゃあああ! 消せ消せ消せ消せ!」 「どうやって? どうやって?」 「なんでもいいから、早く消せー!」        私たちは今日、ルールを作ることの意味を知った。  私たちは今日、また一つ大人になった。

ごめんなさい

子供の頃から人の役に立てるよう頑張ってきた。 この人は何をしたら喜ぶだろう。 この人は今何を求めているんだろう。 みんなに愛されたかったから? いいえ。 私はただ怖かっただけ。 「本当に使えない」 あの言葉が脳に反響する。 でも、もう大丈夫。 もう大丈夫よ。 みんなの求めているものに私がなるの。 誰も私をあんな目では見ないの。 「ほら、これでしょ?これが欲しかったのでしょう?あなた達が望んだものがここには全てをあるの!!」 私の身体からは無造作に生える。 宝石、鞄、男の顔、時計、指輪… みんなは歓喜する。 「きゃー!そうよ、これが欲しかったの!!」 「ちょっと、それは私のものよ!」 「あぁ、あれもこれも欲しいわ…」 みんなの言葉に笑みを零す。 ふふ、ふふふ。 慌てないで。 みんなが望むものはなんだって… 痛ッ…!! 身体に激痛が走る。 な、なに? なにをしているの? 「なにって、宝石を引っ張っているのよ。あなたの身体から離れなくて…」 「あぁ、愛しのアナタ…いまそこから出してあげるからね」 「これも…これも…これもほしい…」 痛い! 痛いわ!! やめて!! 私の身体なの…! それを切り離すことはできないの…!! 痛い…!痛い…!! 「え、切り離すことはできない?なんだ、そうなの。やっぱりあなたって使えないわ」 冷めた眼差しが向く。 や、やめて。 そんな言葉。 そ、そんな目を私に向けないで。 お願い…。 ごめんなさい。ごめんなさい…。 「私は諦めない…。あれもこれも欲しいの…」 「あぁ…アナタ…アナタは私だけのアナタよ…」 「ちょっと!私の宝石に触らないで!」 痛い… 痛い…よ… もう、やめて… ブチッ あ゛ぁあ゛ 「やった!とれた!とれたわ!なんて綺麗なのかしら」 ブチッ 「えぇ…そうねアナタ…帰りましょう…」 ブチッ ブチッ ブチッ 「これも、ふふ。これも…。ふふふ…」 ぁ゛あ゛ いたい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ブチッ ブチッ ブチッ 身体はもう動かない。 「これで取りやすいわね」 ブチッ 身体には何も残らない。 「ふぅ、満足したわ。ありがとう」 みんなは離れていく。 その場には枯れた木のような肉塊が残るだけ。 望んで手に入れたモノは朽ち果てていく。 「そんな…私のものが…あれもこれも…」 「ああ…アナタ…いかないで…!お願い…」 「なーんだ、やっぱり最後まで使えない」 朽ち果てていくモノを捨てて再び歩き出す。

短歌まとめ 3

57577に投稿した短歌です。 ヘリウムに「好き」の二文字を馴染ませて 風船に積む伝われ君へ ガスを編み作った言葉ふんわりと 空気に浮かべて降らす愛の雨 星々が雨で溶け落ち海の澱 海月照らす月ミッドナイトブルー テーブルで咲き誇る日を待つ蕾 今夜も夢で綻ぶ練習 月光に透ける身体を貫かれ 深更に目を閉じる硝子戸 月光と踊るカーテンひらひらり 背後に添える秒針の音 ワイパーに導かれ弧を描く雨 信号煌めくスタートレイル ベランダの手摺りに並ぶ雨粒が 夜空に馳せる雨名月

メンタリティ

電車を乗り継ぎ、知らない町に降りた。 花が咲き、土の匂いがする。 川の水は、冷たさを想像させた。 泊まる場所は決めていない。 そんな不確かさも、時には必要だ。 日々の疲れを忘れさせてくれる。 村人が畑を耕している。 「こんにちは」 気づけば、声をかけていた。 村人は背中を向けたまま、頭を下げた。 すると、遠くから三人の若者が、一列に並んで歩いてきた。 表情のない顔。 胸の前には、何も書かれていない白い紙。 土の上を歩く、不規則な音。 今まで見ていた景色が、少し奇妙に感じた。 ついて行きたい衝動。 土の道が、いつしかアスファルトに変わる。 そのころには、小さな子どもを連れた女性も、列に加わった。 彼女も、白紙を掲げている。 列は、脇道から現れた少年を飲み込み、さらに人数を増やしていく。 やがて、年配の女性、作業着姿の男、車椅子の青年まで混ざっていた。 誰もが同じように、何も書かれていない紙を、胸の前に掲げている。 街並みが変わる。 背の高いビル、いつもの景色。 男が後ろを振り返る。 長い行列。 最後尾は見えない。 列の中に、青年が一人、紙を両手で頭の上に掲げている。 紙には何か書かれている。 青年はいつの間にか消えていた。 「これは、何が目的ですか」 隣で杖をついた老人に聞いた。 老人は無言。 長い沈黙ののち、 「目的……そんなものはない。まぁ、黙ってついていけば、それなりに生活はできる」 「そうか……」 男はうなずく。 気がつくと、自分の手にも、白い紙が握られていた。

小説リハビリ

文章は浮かばない。 あまり読んだことがないけど詩に興味がある。 ブックオフでひとつ携えるようか。 形から入るのも大切だ。 と思っている。 毎日ちょっとでも小説を作ることが大切だと思ってやりかけの文章をストックする。 あえてそうすることによって「翌日スムーズに再開しやすくなります」とグーグルに書いてあった 心理学から一言。 小説のリハビリにひとつ

記憶保管庫

「記憶保管庫?」  僕は聞き慣れない言葉に困惑する。 「はい。主にお客様の大切な記憶を、弊社の特殊なデータベースに保管しておくというサービスになります」  僕には幼少期の記憶がない。今までは成長するにつれて幼い頃の記憶を忘れていくようなものだとしか思っていなかった。一般的には誰にでも起こることで、なんら不思議なことではない。  ただ、目の前に現れた鈴木という男は、その時の記憶を抜き取って保管しているから思い出せないのだと言い、もしかすると本当にそうなのでは? という考えが僕の頭をめぐる。 「別にお金をいただこうと思っているわけではございません。料金はすでにお母様がお支払いされていますから。神崎様には、その記憶を戻すのか、それとも処分してしまうのかを決める権利がございますので、どうなされるかを本日中に確認させていただきたいのです」  僕は迷っていた。自分の忘れた、というか無くした過去を知れるというのだから当然だ。ただ、この不審な男を信じていいものかと踏ん切りがつかない。  しばらく沈黙が続いた。誰かが空間を切り裂いたかのような静寂が辺りを包む。頭の中には様々な考えがぐるぐるとミキサーでかき回されたようにごった返していて、今にも沸騰してしまいそうだ。 「悩みますよね」  再び鈴木が口を開いた。 「実は今の母親は、本当の母親ではないんです」  本当の母親ではない? 僕は養子にでも出されたのか? いや、うちは母子家庭で裕福な生活をしているわけではない。そんな人が僕を引き取れるのだろうか。考える余裕が無くなった僕は言う。 「記憶を戻してください。本当のことが知りたい」 「では明日、こちらのまで来ていただいてもよろしいでしょうか?」  鈴木から住所の書かれたメモ用紙を渡され、一礼したあと笑顔で去っていった。  翌日、指定された住所に向かうと『記憶保管庫』と書かれた市立病院のような建物があった。  大きなガラスの自動ドアをくぐると、鈴木が白衣を着た男とともに出迎えてきた。 「本日はご足労いただきありがとうございます。こちら、技術員の高山です」   挨拶を交わしたあと、彼らに導かれるままにエレベーターに乗り込み、処置室のような部屋に案内された。そこにはメカメカしい椅子とヘッドセットが真ん中に鎮座しており、大きな黒い箱が横に並んでいた。 「これが記憶復帰装置です。SF映画の世界みたいでしょう? 隣の黒い箱には神崎様の記憶が移送されております。あの椅子に座ってヘッドセットを被ると、三十分程で記憶の転送が完了するんですよ」  高山はそう言ったあと、別室に向かい準備を始めた。不安が募る。本当に記憶を取り戻してもよいのだろうか? そんなことを考えていると鈴木が口を開く。 「不安ですよね。でも大丈夫です。私達には実績もありますし、失敗したこともありません。椅子に座っている間は眠りにつくように設計されているので、一瞬ですべてが終わりますよ」  スピーカーから「準備できたので椅子に座ってください」と高山の声が響いた。 僕は椅子に座ってヘッドセットを被る。  すぐに意識が遠のく。無意識の世界で、知らない女性が僕に優しく語りかけている。 ――お母さん?  目を覚ますと鈴木が僕の前に立っていた。 「無事に終わりましたよ。お疲れさまでした」  眠い目をこすり、僕は椅子から立ち上がる。そこで自分の幼少期の記憶が蘇っていることに気がついた。 「僕のお母さんは死んでいたんですね」  僕の母親は死んでいた。僕が幼い頃、病気にかかってしまった。そして、僕に悲しい思いをさせないようにと記憶を取り除いたんだ。 「記憶保管庫は本人の意志を無視して記憶を消去することができないんです。お母様の意志に反してしまう形になってしまったのですが……」 「いいんです。それと今の母親にはこのことを黙っておこうと思います。それこそ母親の意志を知っているわけですから、悲しませたくない」  僕は鈴木に礼を言ったあと、記憶保管庫を出て家に真っ直ぐ帰ることにした。外は眩しく、生き生きとした世界がそこには広がっていた。      *** 「鈴木さん、ちょっと来てください」  神崎さんが帰ったあと、私達は記録室で今回の仕事の報告書を書いていた。 「どうかしたのか?」 「これって先程の神崎さんのカルテですよね? で、これが別のカルテなんですけど」 「まさか同姓同名の利用者の記憶を取り違えたっていうのか?」 「そのまさかみたいです」  山田は少し焦った様子だが、私は至って冷静だった。記憶復帰での失敗は今まで起こったことが無い。すべて無事に終わらせてきたのだ。 「私がどうにかしておく」 「すみません鈴木さん。あとはよろしくお願いします」  山田が部屋を出たあと、私はパソコンに向かい仕事に取り掛かった。

小説を書きたい

最近忙しくて小説が書けない。 でもだからといって理由にはならない。 かいている人はそれでも書いている。 ちょっとしたものでも書いてみようかしら。 詩でもいいね。 一日一個でも。 塵も積もれば山となるかな。 小説はじめました。

口半開き

 暇だからYouTubeで投稿を観ていた。 何で口半開きにしてるの?って言いがかりつけてた。 僕も口は半開きだ。 アホヅラでごめんなさい。 見かねた善良な外国人が止めに入っている。 でも中指を立てるのはやりすぎだよ...。 都心に出たくなくなる。 ああ僕が可愛い女の子ならばあのインセル(かもしれない)の相手をしてあげられるのに。 クセーンダヨオマエって悪態ついてた。 もう1回映像を観てみる。 単にオタクっぽい人をいじっているだけのようにも見える。 オタク苛めはストレス発散にいいのだろう。 何だよ、そうかよ、インセルなのかよ、ただ単に暇潰しかよ。 うーんいいリリックが思い付かない。 もしかしたらラッパーかも知れない。 あまりビビっていない所を見ると喧嘩慣れしているのかも知れない。 ストリートラップファイトの相手を探しているのかも知れない。 そういえば言葉を繰り返していた。 もしかしたらそうかも知れない。 でも僕は即興は苦手。 何だよテメーナードかよ、だからなんだよラード顔に塗ってろよ、みたいな掛け合いが欲しいのかもしれない。 高度な喧嘩師は今日も不機嫌でビビらずに電車に乗る。

ゲームを売りに行った

 月末金がない。 ゲームを売りに行った。 まだやりかけのゲームだ。 何とか金を作る。 暇だからYouTubeに自作のラップでも挙げようかと思ったが発達なのでいまいちやり方がわからない。 知り合いのラッパーに聞こうかと思ったがわざわざ商売敵を応援するような事はしないかもしれない。 そもそも練馬の片隅のオタクの暗い悪口は誰も聴きたくないかもしれない。 世界的CEOの公開オナニー僕達はそれをNeed注射打ってきて僕は騙されてやれば許してやるやらなきゃやってやる、みたいな。 とあるYouTuberがどんなに下手でも痛くてもやった奴は最初の1歩を踏み出してる、って言ってた。 女の子に話しかけることの方が勇気がいるかもしれないので音楽を載せることの方が楽かもしれない。 絵はネットに挙げてみた。小説も。 あとは音楽か。 カラオケが好きなのでカラオケ動画挙げるのもいいかもしれない。 度胸と勇気が欲しい。 今夜もスリーピーチキンは本を読んでラジオを聴く。

知らない夏

雑草が風に煽られ揺れている 押されては戻り、押されてはまた戻りを飽きもせず繰り返している。 左腕に黒い天道虫が止まった ねじねじ動いている 右手で払うとどこかへ飛んでいった 声を聞きたくて話しかけたいけど 声が出なそうでグニャリとなる 偶然指先が触れたらどうなるのかなと思っているけど そんなの分かりきっているけど ハクセキレイが階段の踊り場に降り立って尾を振っている それは君たちの癖なのかな? 「可愛らしい」思わず声が出る 太陽がジリジリ首を焼いていく 夏が来る知らない夏が

おーい、陽子

五月の風が若葉の香りを運んできて、その風に吹かれ陽子もやってくる 手に抹茶ラテを持った陽子は、僕に気がつかず、眩しそうに新緑を見上げている (あいかわらず少年だな) 「おーい、陽子」 陽子が振り返り、大きく揺れるスカートと、ふわりと舞った髪 (え!?) 胸が、熱くきしむ 「どしたの?」 「え、いや、なんでも」 「なにボーっとしちゃって」 (陽子? だよなあ?) 「ちょっと。はい、これ」 陽子が差し出してきた抹茶ラテを、でも、指先が触れそうになって、僕は慌てて視線を振りほどいた 陽子と歩きはじめても、胸の痛みはうっすら残る でも、なんでなんだ 陽子のほうを向くことがすこしもできないなんて

ショートショート作家

診察室で、男がうつむいていた。 「先生、私は……」 「あなた、最近オチばかり考えてるでしょ」 「はい」 「何だっけ? 蛇口から、漢字の水がたくさん流れて、排水溝が詰まった? これの何が面白いの」 「はぁ……」 「これ、思い付いたとき、ニヤけたでしょ」 「ダメですか?」 「重症だね。少し頭を休めなさい」 クリニックを出ると、男は幹線道路沿いを歩き、自宅へ向かった。 すると、サイレンを鳴らしながら、パトカーが通りすぎた。 「そこの車、左に寄せて止まりなさい」 道路脇には、パトランプから落ちた『あと二人』の赤い文字が転がっている。 一瞬、足を止めた。 「……いいじゃん」 男は、ニヤけ顔でポケットからネタ帳を出した。

絵を描く人✎3.1ほころび

8:30大型ショッピングモールのある駅に着きました。 駅の改札を抜けてバイト先へ向かう繁。 通勤ラッシュの時間で駅に入る人と出る人が改札で融合していきます。大勢の人が行き交うさまは、指揮者なしでオーケストラが演奏を合わしているような感動がありました。祭囃子に近いのかもしれません。 外は雨。服は濡れ、髪は広がります。繁は腕にかけていたビニール傘をさして職場へ歩き始めました。開店前のこの時間にショッピングモールへ向かう人々は、ほぼほぼ出勤者です。ショッピングモールで松本繁はちょっとした有名人ですが、声をかける人はいません。繁を一瞥し、あぁ今日もいるなと思うだけです。  繁の働きぶりは至って真面目で、体力も筋力もあります。若い頃の繁は建築現場で働いていました。ただ繁が理解できる指示が少なく、叱り疲れた現場監督は繁でも分かる運搬作業をあてがいました。重く単調な作業は繁にたくましい体を与えると同時に、現場監督のストレスを軽減しました。 疲れない体を手に入れた繁はゴミ収集業務を勤勉的に務めました モール内には20カ所のゴミ箱設置エリアがあり、各エリアに燃えるゴミ、プラゴミ、ペットボトル、缶の4種類のゴミ箱が各1、2個置いてあり、傘袋捨てなどその他のゴミ箱を合わせると総合で70〜80個のゴミ箱があります。そのゴミ箱のゴミを集めるのが繁の今の仕事です。 その大変な仕事中も、繁は絵を描きたい気持ちが抑えられず、度々立ち止まって描きたい物を凝視しています。仕事中は絵を描くことを禁止されているので、一生懸命記憶して、バイト終わりにノートに描きます。自分の記憶を頼りに。繁の記憶を仕舞う袋はほころびが多く、ポロポロと記憶が抜け落ちてしまいます。繁はしまったはずの大切な記憶が見つからないと酷く落ち込み、自分の不運を嘆き叫びます。あー、とか、うーとか一人で怒鳴って怒り悲しみます。暫くして、描きたい対象を見つけると、絵を描き始めます。そして彼の怒りは蒸発してなくなってしまいます。乗り捨てられた自転車とハクセキレイを描いてからバイト先である。大型ショッピングモールに着きました。

失恋同盟

男子4人、女子4人で、ホテルのロビーに集まって恋バナをした。 男子は塩顔イケメンの橋白くん、野球部坊主の島野くん、かわいい系男子の瀬戸くん、180センチの西口くん。 女子は橋白くんが好きなかのん、もう眠たそうなさゆ、ウキウキなまなか、私。 かのんは橋白くんの前に座り、顔を赤らめている。 さゆは瀬戸くんと目を合わせて笑い合っている。 まなかは島野くんと司会役をしている。 私は西口くんとじゃがりこを分け合いながら食べている。 「じゃあ、好きな人いるかどうか言ってこー」 まなかが元気よく言った。 「私はいる」 かのんがゆっくりと答えた。その発言でみんな盛り上がった。 「俺は気になる人ならいる」 橋白くんがそう言った。まなかは不安そうだけど少し期待してる顔をした。 「俺はいなーいー、募集中かなー」 身長と同じように語尾を伸ばす癖のある西口くんが言った。みんな大笑いだ。 「私もいないな」 私は言った。 実はこれは嘘。本当はいる。だけど言えない。だって私の好きな人はさゆだから。私がこの恋バナに参加した理由はさゆがいるからだ。 「自分はいる」 自分の坊主頭を撫でながら島野くんが言った。 「うちもいるよー」 まなかが言った。たぶんまなかがすきなのは瀬戸くんだ。前それらしいことを言っていた気がする。 「僕はいないよぉ」 ふわふわした喋り方の瀬戸くんが言った。 最後はさゆの番、私はドキドキしていた。 「わたしはいない。」 胸を撫で下ろした。よかった。 「じゃあ、好きな人がいる人はその人の特徴言っていこ」 まなかが言った。 「えーと、色が白くてマッシュの人」 かのんが言った。 男子軍が橋白くんの方を見てニヤニヤした。 「俺は二重でロングの子」 橋白くんが言った。その特徴はかのんのものだった。 次は女子軍がかのんの方を見てニヤニヤした。 「自分はミディアムで愛嬌がやばい子」 島野が言った。みんながヒューヒューと盛り上げる。 私はどん底に落ちた気分だった。それは絶対さゆのことだった。さゆは断れないタイプだから告られた絶対に付き合ってしまう。 失恋、叶わぬ恋、でもみんなはそれを盛り上げてる。なんか、うまく言葉にできない不快感が私の体内に広がった。 でも恋バナは続く。 「うちはー、ふわふわしてる人!」 まなかが瀬戸くんの方を見て言った。 そのあと、みんなでトランプをしたりして盛り上がった。その間私はずっと生きた心地がしなかった。 消灯時間まであと10分、もう告白する雰囲気だ。 「あのーさ、橋白くんちょっといい?」 かのんが先陣を切った。 「なに?」 橋白くんが優しく笑う。 「私と付き合ってくれませんか?」 「はい」 キャーーと周りから歓声が上がった。 これが望まれるべき恋愛だ。 「あのさー、瀬戸くんちょっといい?」 まなかも行く。 「うん、いいよぉ」 「月が綺麗ですね」 「いやここ月見えないよぉぉ」 瀬戸くんが笑いながら言う。でも愛読書が『こころ』の瀬戸くんならきっと意味はわかっただろう。 瀬戸くんはひとしきり笑ったあと、お願いしますとまなかの手を取った。 また歓声が上がる。 私も誰かに祝福される恋愛がしたい。 「あの、さゆちゃんちょっと良い?」 最悪のターンが来た。 「なに?」 あー、やばい。 「1年の頃から好きでした、自分と付き合ってください。」 私はさゆの方を見た。断ってくれないかなぁ。私はなんで最低なんだろう。人の失恋を願うなんて。 「はい」 さゆはうなずいた。 私は涙が出てしまった。 それに気づいた西口くんがハンカチを差し出してくれた。 「本当は誰か好きだったのかーー?」 私はこくりとうなずいた。 「誰ーー?」 語尾を伸ばす癖、今だけやめてほしい。 「さ、、ゆ」 私は言った。 「あ、え、そうなんだ」 西口くんは困りながら言った。申し訳ない。 「実はさ、俺も橋白のこと好きだったんだ。」 西口くんは言った。 西口くんの方を見たら西口くんも泣いていた。たぶん私よりずっと前に泣いていた。 なんだか仲間ができたみたいで失恋したの寂しくなかった。

DragonHamburgerQuest〜伝説のはじまり〜

Lv1〜伝説のはじまり〜 …この世の民は、欲を求め、遂にはハンバーガーしか食べられない文明を築き上げてしまいました。 ここに伝説のドラゴンハンバーガーを求める一人の勇者があらわれました。 皆既月食の赤き夜に一人の少年が村から旅立とうとしています。 彼の名は〝ij〟 亡くなった母の為、ドラゴンハンバーガーを探しに行くのです。 〝ij〟は友を一人連れていました。 彼の名はルイ まっしろなオオカミです。彼らは小さな頃から仲良しで、いつも一緒にいる親友です。 月に照らされた赤いススキの野を進んでいく二人。彼らの冒険がはじまります。

ごはんにしようか  後段

 あれはつくり甲斐のない男だった。おいしいよ、とたいしておいしいふうでもないように言うのが芸術的に上手な男だった。楽しいときも、うれしいときも、心をフラットに保つことを義務とでもしているようでいつでも哀れに映った。外見はまあまあよくて、背も高くて、清潔感もあって、でもなかなか彼女ができなくて、できてもすぐダメになってしまって。それはそういうとこなんだろう、と納得がいった。それでもそんな男と付き合った。自分でも不思議になってしまうくらいに。  本を読んで泣いたことはなかった。本を読んで泣こう泣こうとそっちのほうに無理して気持ちを持っていったことはあった。そのとき、なんかいいなと思ってた男子が話してた小説を読んだときだ。その男子に教えてもらったんじゃなくって話してるのがたまたま聞こえてきて、それでわざわざその日の帰り本屋で見つけた。その本を教室で読んでたらその男子が話しかけてくれるかな、不純な動機と期待を含んで読んでたんだった。 ―それ  目の前が学ランの色で暗くなる。やった。釣れた、と思った。顔を上げてみると目当ての男子じゃなかった。 ―借りたの?  がっかりした顔にならないように気をつけながらわたしは答えた。 ―違うよ。自分のだよ。  とか言ったのかな。 ―読み、終わったら… そ、の… あ、の…  その男子は、女の子みたいにもじもじしていた、精神的な意味で。 ―読む? いいよ ―あ、りがと  それがあの男だった。  あのときの気持ちはよく覚えていない。結局、その本を読んで泣くことはなかった、そのことなら覚えている。なんでそんなことしたんだろう。あの男がわたしから本を借りて、あの男が読んで泣いて、わたしも泣いちゃった、とか言いたかったのだろうか。そんなキャラでもないくせに。なんで、そんなこと。  男はフジムラという名前だったと思う。下の名前を知らないのは呼ぶことがなかったからで、ずっとわたしは「フジムラくん」と呼んでいた。フジムラくんは貸してあげた本をありがとうも何も言わないで返してきた。ある日、休み時間が終わって席に戻ったら、あの本が置かれていた。それだけだった。なんだよ、なんだよ、と思って家に帰って本をぱらぱらやったら紙が落ちてきた。   貸してくれてありがとう   この本の感想を伝えたいのだけど、なかなかどう伝えればいいのか困ってしまって   だから、お礼に、豚汁のつくり方をここに記します  フジムラくんは、書くと少しは言葉が多くなるのだと知った。 ―フジムラくんって料理するんだね  次の日、フジムラくんに声をかけていた。 ―え?  心底、驚いた顔をフジムラくんはわたしに見せてきた。 ―え、って ―し、ないよ ―だって ―し、しないよ、料理なんて ―あれは? 豚汁  どうやらフジムラくんの料理は、頭のなかでのことで、こういうふうにやったらこの料理ができるんだろうとあれこれ考えることを常としているらしいことがわかった。  切った油あげを入れ、みそを二回にわけてとかし、刻んだねぎを散らしていって豚汁は完成した。あの男に教えてもらったあの男の頭のなかのレシピ通りの豚汁。あの男にも何度かつくってあげたことがあった豚汁。僕の教えたレシピなんだから普通においしくはなるよね、と自慢することも大げさに胸を張ることもなく、たんたんと「おいしいね」とだけ伝えてきた豚汁。 「ごはんにしようか」  ふたりに言うと「おでん」は耳としっぽをぴんと立たせ、せわしなく足踏みをしはじめ「さばみそ」はゆっくりと、やっとできたのかい、とでも言いたげに伸びをしてから立ち上がった。あの本、まだ持ってたよなあ。食べ終わったら、さがして引っ張り出してみようかな。今度は本気で泣けるかもしれない。そう思いながら口にした豚汁は、やっぱりあたり前においしかった。

ごはんにしようか  前段

 休日にやることと言ったら、いつもより少しだけ長めの睡眠とためてしまっていた洗濯だ。清々しくって気持ちいい、洗い立てのシーツの匂い。心地いいものだけれど、どこか他人行儀なヨソヨソしさも感じられる。肌にふれるたび妙にくすぐったい。それが三日も経つと… 不思議、自分の匂いに馴染む安らぎ。いい感じにスタートできたのかもしれない。休日を。そして、ひとりの時間を。  キッチンでがちゃがちゃやりはじめると決まってやって来る。やって来てくれる。手伝ってくれることはないけれど、そばで見守ってくれる。それがわたしには心強く、その気持ちに応えるべくおやつに手が伸びそうになるのをぐっとこらえる。わたしの足元では犬の「おでん」が、見上げるようにわたしを見守っている。踏んでしまわないようにと場所を移るときに一度、下を確認するそれが「おでん」としては、こっちを見てくれた、うれしい、と思うようで、そのたび甘い声でささやくように鳴いて聞かせてくる。冷蔵庫の上ではねこの「さばみそ」がくつろいでいるのか監視してるのかわからないのだけど、とにかくわたしの見えるところにいてくれるのがステキでならない。ふたりとも晩ごはんの支度を見守ってくれてるのか、おこぼれにあずかろうとしているのか、真意をはかることはできないけれど、同じ空間にいてくれることがわたしには心の頼りになる。  野菜や肉を切りながら考えるのは、これからしようとする料理の完成風景でも、食事シーンでもなく「おでん」や「さばみそ」との過去の楽しかったことやこれからあるであろう物語についてでもない。といって、決まってこれを思うというものもない。たいがいはどうでもいいことで、そのどうでもいいというのが大事でもある。それなりに時間を費やせて、でものめり込むのでもない、そのバランスがちょうどいい。  ごぼうをささがきにして水につけておく。こんにゃくは包丁で切るんじゃなくってスプーンで千切っていく。大根とニンジンをイチョウに切って鍋で火を通していく。そうしながらも肉を切り分け、切ったそばから鍋に入れていく。火が通ったかなあというところで水を足す。頭のなかでのイメージはすんなりと滑らかな動き、実際はあたふたとぎこちない。ああ、あれ出してなかった、冷蔵庫に向かおうとして、その前に下を見て「おでん」が目を輝かせる。冷蔵庫を開けても「さばみそ」は興味があるのだかないのだか。自分のための料理なら、いくらでも気持ちは入っていく。おいしいものを食べたいという欲求に、わたしは素直になれるから。

短歌まとめ 2

57577に投稿した短歌です。 砕かれた心を皿に盛り付けて 涙一振り「さあ召し上がれ」 「いただきます」夜さりに浮かぶ星屑を 皿に蓄え金平糖 独り言ぽろりぽろりと零すたび 皿から逃げるご飯粒たち 卵黄をぽとりと白い皿へ落とす ほぼ目玉焼き見た目100点 丁寧に頭蓋骨へと注ぐ水 ゆうるり泳ぐ魚形の記憶 右目からぽろり零れた鱗たち いつかの傷口剥がれた瘡蓋 空を背に泳ぐ街路樹しゃらりらと 陽光煌めく水族館 炭酸の波に弾けてしゅわしゅわり キューブアイスの展示室 朝ぼらけ瞼揺蕩う夢現 うとうと泳ぐ微睡む魚