関係ない

永遠に続いた負のループに最終地点が見えた気がしました。 具体的な解決というより、指標みたいなものが自分なりに見えて、 私の目指すべきが少し分かったのではないかと思ったのです。 私はどうも絡んではいけない方角に突き進む悪習があるようで、 それは人がやった事、言った事を何時迄も気にし過ぎてしまうところ。 そこから勝手に自分の頭の中で事を膨らませ、実際に無い事まで想像してしまう。 これは勝手に一人で物凄く疲れてしまう行動そのもので、 自分の事も完璧に出来ているという自覚の無い者が他人を気にしてどうなのって話。 文章に書けば分かりやすくも、実際そんな場面に出くわすと悪癖が出るの繰り返しで ここ迄長々とやって来てしまったようです。 これは職場のIさんからのアドバイスで始まりました。 「あなたは言われた事を気にし過ぎ。こいつに言っても仕方ないって思われないと」 普段のIさんは、あまりお話される方では無いので私は面食らってしまいます。 「受け流すようにして。自分の人生に関係ない人を入れてしまうとしんどくなるよ」 正にその通りだと思いました。 「この人関係ないと自分で思い切れると相手が消えるから」 『消えて無くなるんですか?』 「うん、見えなくなるね」 また不思議なことを言うと思いましたが、 この方の普段を思うと正にそんなお仕事ぶりに見えます。 私はこの職場では、とにかく覚えが悪く何度も怒られていました。 最近は、私の作業内容を変に言葉尻を掴んだような怒られ方で、 もう自分にココは限界か…と感じて、頭の中では辞める方向に進んでいたのです。 Iさんはとにかく淡々とお仕事をされているという印象。 没頭されてというよりも、ひたすら卒なく自分ペースと言った感じ。 現在問題なく淡々とお仕事をされるのだから、元々順調にここ迄仕事をされて 来られたのだろうと思っていましたが、 Iさんも以前は今の私のように、こっ酷く怒られて来た期間があると言うのです。 意外と思ったのと、問題なく仕事をされるIさんであっても今の私の状況を通過されての 今日だったのか、とも思いました。 「全然関係ない人から怒られても、自分の感情が沸かないよ。あなたもそうなろう」 Iさんが仰るのは完全無視という訳ではなくて、 挨拶、相槌程度はあっても気持ち部分は何も関係がない括りに入れてしまうこと。 これが自分の気持ちを心から軽くするというのです。 以前の事ですが、イライラしながら仕事をしていた私に、 「あんたは勝手に期待して、その通りにならずだと怒ってしまうんだ」 そう私に仰る先輩が居られました。 「プロ野球ってさ、勝手に応援して期待して、チームが勝てなくて怒ってるんだろ?」 先輩はあんたはそれと一緒だ、そう仰います。 その時の私はあまり意味が分かりませんでしたが、 今、咄嗟にその事を思い出したのは私の中ではこの二つは全く別のようで とても似ていると感じたからでしょう。 よく表現される事ではありますが、人生は真っ直ぐ一本道だろうと思っています。 道の途中、傍(わき)に現れる色々な事が自分の人生一本道にとって 必要な事、そうでは無い事が現れる。 自分の道はまっすぐ一本道で前に進んで行くだけなのに、傍が気になって仕方がない。 構わなくて良いのに構ってしまう。 言われた事に引っ掛かってしまい構ってしまう。 自分の道はただ真っ直ぐなのに。 時には自分のペースに同ペースの人が現れて伴走する形にもなります。 こんな事があるよ、こんな事に気をつけよう、と今後の事を仰って下さる人も居られる。 一本道が違う一本道と合流し、また離れていく場合もあったり、 急坂もあれば細く崩れそうになったり、岩だらけで進み辛い箇所もあるかも知れない。 とにかく道は一本道で方角は真っ直ぐ前。 私はその真っ直ぐが出来ずに傍が気になってばかりの、「これまで」だったようです。 Iさんからのアドバイス以来、私とはIさんとの会話が増えました。 そんな深刻な話はありません。 たわいもない、お互い鼻でクスッと笑う、すれ違い様のような会話です。 以前は無かったスーパーでIさんに偶然にお会いするって事もあります。 私の波長がIさんを見習って穏やかなマイペースになって来たのかと。 何より驚いたのは、私に話して下さる全ての方の表情が柔らかなこと。 自分が変わるとそう見えるのか、そうなったのか、不思議な光景と思いました。 関係ないを関係あると考えてしまった前の私。 これを一度知れば相当な量の関係ないがある事が分かり、一気に身が軽くなります。 誰にも生きる限界があります。 寄り道している場合ではないですね。

Days…Barで管を巻く

 デイズは宇宙船の中にある、行きつけのBarに来ていた。  「Bar agete」  デイズの行きつけの店だ。  デイズはだいぶ飲んでいた。カウンターでマスターに絡んでいる。  マスターは宇宙人でキノコからタコの足が生えているような人で、もう何百年も生きていて本人でさえ自分の歳を覚えていない。  「マスターは地球に住んでたことがあるんでしょ?どんなとこだったの?」  Whiskyハイボールを飲みながら、呂律の回らないデイズ。  「地球はこの船と同じだよ。この船は地球を真似て作ってるんだから。」  吸盤のついた足をクネクネ動かしながらカクテルを作ったりコップを拭いたり、Barを切り盛りしている。今夜はサタデーナイトで狭い店内は満員だ。  「でもほら、衛星があったんでしょ?何だっけ、MOONだっけ?」  「確かに月はこの船にはないな。」  「月があったから、夜でも昼間みたいに明るかったていうよね。」  「そんな訳あるかい。夜は暗い。満月でも暗い。」  マスターは遠くを見るような目をして(実際マスターに目はないのだが)昔見た満月を懐かしんでいた。  「いいなー。俺も観たかったなMOON。」  「そうだな。月は綺麗だったな。」  デイズはタバコを深く吸う。吐き出す煙が店内のライトをとらえる。光の道が剥き出しになる。  「マスター。」  「何だ?」  「おかわり。」  「…はいよ。」

好きな文章 (掌編詩小説)

東京モード学園のCMの言葉がいまだに心に残る。 『イヤならやめちゃいましょう。       苦しいなら逃げちゃいましょう。            でも、好きなことだけは死んでも離すな。』 この言葉は、特に気に入った文章のひとつ。 (完)

出口

 その音は気付いたらそこにあった。ガスをつけて水道やシャワーを出した時のような、やかんの中が沸騰した時に鳴るような、高い音。  辺りを見渡すが、電車内でその音が聞こえているのは自分だけらしい。埋まった座席には音の出る場所を探ろうとする人は一人もいない。扉付近に立っている人も、皆、手元ばかりを見ている。  音は少しづつ大きくなっている。線路を走る音を飲み込んでいく。  音は外からではなく、車内から出ているように聞こえる。スピーカーのように上からでもない。その音は空気のように車両全体に存在している。  音はより大きくなる。停車駅を告げる駅員の声をも掻き消してしまう。  ふと、輪が目についた。白い、吊り革の手すりの部分。輪の中心から目が離せない。車窓に反射した輪も、一斉にこちらを向いている。  輪の中をじっとのぞきこむ。音はより大きくなり、無機質な金属音から悲鳴に変わる。

君が好き

 「君のことが好き」  その一言で、僕の世界は終わった。  ...いや、正確には買ったばかりのメロンパンが終わった。  びっくりして手を離した拍子に、ふわりと宙を舞い地面に落ちる。  そして次の瞬間、後ろから歩いてきたクラスメイトによってパンは丸型から足型に姿を変えた。  「あ、ごめん、パン!!」  そんなことはどうでもいい。  今、踏みつぶされたのは僕の心のほうだ。  動揺のあまり握りしめていたパック牛乳もぐしゃりとつぶれてメガネと制服の袖に白い飛沫が散る。  まるで牛乳の神様が「現実を見ろ」とでも言いたげだった。    そして、その「好き」の相手が——————僕の片思いのあの子だということに気づくのに、時間はかからなかった。

ラッキーナンバー7️⃣

今日懐かしい声が帰宅した夢を見た楽しかった 一緒にコンビニへ買い出しに行き彼は如何にも 当然の様に俺苺ミルクね後ポテチとオニギリが 食べたいなと甘え私はコイツは見え無いヒモだ 集り慣れてるけど久々の帰宅が嬉し過ぎて私は 良いよ好きの選んでと言い彼はヤッタ有り難う やっぱ優しいねと喜び私の心は複雑ながら別に この位大丈夫とマスクの中で微笑み今迄何故か 孤独を選択してたかの最大な理由に気付き私は もしか尽くすタイプだからヒモ人間を引き寄せ その関係性が一方通行の愛だから疲れて仕舞い 無気力に為るから敢えて孤独を選択したんだと 気付いたら途端その声は御免ねと言い消え私は 夢の中でやっぱ人間でも見え無い男の存在でも 男は誠実が一番と涙ぐみながらオニギリを食べ 謝れば良い為らば警察は要らないと呟いた瞬間 目覚め何今の懐かしい見え無い存在のヒモ男は 今頃誰の夢や妄想の中で集りをしてるのだろう 変な夢今日は7日この夢の啓示はヒモ男に注意 しなさいと神様が伝えた予知夢かも知れない…

 ピ――ピのように見えるが、ピではないのかもしれない。けれど、ピであるとしか言いようがないので、ここではピと呼ぶことにする――があった。今でも、気がつくとそこに“あった”としか言いようがない。  皆のそばに、ピは現れた。世界中でピが発見された。ピは、人々の恐怖と驚嘆と享受の対象になった。大きな社会ムーブメントを引き起こし、あっという間にピの存在は有名になった。  人々は、ピに酔いしれた。そこにピがあってくれるだけで幸せだった。いつしかピがなくては生きられない体になっていた。  どうしようもなくピの夢を見た。皆がピに恋をしていた。これは、おかしな状況だって誰もがひそかに思っていたけれど、皆が同じようにピを求めていたからなのか、声をあげるものは一人もいなかった。ただ、いつの間にか現れたピは、ほんの短い期間であるにも関わらず、我々にとって必要不可欠なものになっていたのである。  ある日、突然、ピが消えた。それは3月3日の午前14時31分の出来事だった。そばにあったはずのピは、皆にとって触れられない場所へ旅に出たらしい。  離れていったピを、連れ戻そうとする人々は無数にいた。でも、探しても見つからないのであれば、もう探しようがないので、いつしかピを探しに行く者は一人も見かけなくなった。皆の記憶から、あっという間にピとの思い出は消えてしまって、世界の歴史からもこつぜんと姿を消した。  いまだにピのことを覚えているのは、私ただ一人である。これを読んでくれている誰かは、まだ覚えているだろうか。  また思い出してくれるだろうか。  いつの間にか現れては消えてしまった。でも、我々の「そばにあった」事実そのもの。ほんの短い友のことを。

睡眠と催眠 (掌編詩小説)

睡眠は頭の機能を休ませることであって完全に機能が停止するわけではないと考えられる。 ならば、夢と現実の境界自体がなくて地続きと言える。 我々が夢として認知しているのは、通常の脳の認知機能が一部休憩したが為に見る一種の錯覚とも言えるのではないだろうか。 (完)

死のリバーシ

 死のルールが、一つ増えた。  隣通しのアパートから、二人同時に飛び降りて、二人同時に亡くなった。  二つの死体の間には、三人の通行人。  ぶつからなかったのは運が良い。   「やばい!」    挟まれたのは運が悪い。  死二つの間に、生三つ。  生三つはひっくり返る。  死三つへとひっくり返る。  リバーシのように。    元気に歩いていた三人の通行人は、瞬く間に死体となって、道路に倒れた。   「昨今、死の連鎖が問題となっている。特に、病院でだ」    政府は、増えた死のルールへの対応に追われている。   「さすがに無理じゃないですか? 病院で、左右を死なない人にしてくださいなんて。人間、いつ死ぬか分かんないじゃないですか」 「私も同感だが、既に遺族から病院への訴訟が起きている。早急な法整備が必要だ」 「うへえ、まじっすか。まあ、遺族の気持ちがわからなくはないですけど」    某日。  最悪の事件が起きる。  渋滞の起きた道路にて、先頭の自動車の助手席に座る人間、および最後尾の自動車の後部座席に座る人間が、持病によって死亡。  連鎖が発生。  間に挟まる数十台の自動車に乗る人間が、全員死亡。  アクセルを踏んだまま死に絶えて、自動車が暴走して大混乱。  近くを歩いていた歩行者を巻き込んでの、大規模なリバーシによる死が発生。    挟まれたと扱われる距離の見直しが発生することとなる。   「どんどん、距離が長くなってないっすか?」 「まずいな。下手したら、同じ町に住んでいる人間が二人死ぬだけで、町を横断してリバーシ死がおきそうだ」    事態は深刻になっていき、富裕層たちは高さを求めた。  挟まれたら死ぬのなら、左右に誰もいない場所へと。  一階ならば挟まれるが、二十階ならば左右に誰かがいるはずもない。    某日。  無理してタワーマンションに引っ越した住人二人が死亡。  一人は急激な気圧差で、一人は過密なスケジュールの中での無理やりな引っ越しで。  十階から二十階で、縦方向への連鎖が発生。   「もう終わりだ」    果たして、神は何故こんなルールを作ったのか。  回避できない他者の死に引きずられる死に、世界中が頭を抱えた。    ところで、文明が進化するのはいつだって、追い詰められた時だ。    某日。  死のルールのメカニズムが解析される。  脳のDNAの一部が特定の世代から変異しており、周囲の死に敏感になるように進化していることが発覚。    果たして、神は何故こんなルールを作ったのか。   「我々は、人間の個を尊重するがあまり、周囲の人間に対して無関心になりすぎた。これは、その罰なのかもしれない」    緊急で、世界中の人間に手術が行われた。  周囲の死に敏感になる機能の除去。  他の体機能に影響を与えない部分であったことは幸いだ。    周囲への無関心が、死を生み出した。  であればと、人々は周囲への優しさを取り戻した。    自分が死なないために、個から集団への尊重に回帰した。  戦争は、全て終わった。   「リバーシ死は、死を持って生の尊さを我々に思い出させようとしたのかもしれない」    新興宗教リバーシは、瞬く間にその勢力を広げていった。

議事録アフタヌーン (掌編詩小説)

『議事録アフタヌーン』 会議室からの眺めは、あまり良くない。 『議事録アフタヌーン』 自動販売機に並ぶ人々。 売れゆく飲料、各々みんな抱え込んで。 『議事録アフタヌーン』 資料を吐き出すコピー機。 時間に間に合え、革靴。 『議事録アフタヌーン』 睡魔に念仏、上の空。 早く終わると良いな。 (完)

金曜夜の喫茶店 一杯目:眉間の皺

「ほら、まただ。もう癖だね?」  なんて苦笑しながら、マスターは私の注文したオリジナルブレンドを、そっとカウンターに置いた。  仕事終わり。金曜夜の喫茶店。夕飯時もとうに過ぎたこんな時間まで開いているのが珍しくて、ふらりと入ったのが、あれはもう3ヶ月前。そこからはいつしか、ここは私のいわゆる「行きつけ」になった。  ふわりとあがる湯気。店内にたちこめるコーヒー豆の良い香り。もはやここに来ないと、一週間を終えた気がしない。 「私、何か?」  無意識に粗相でもあっただろうかと、慌てて居住まいを正しつつ、マスターに身体を向ける。 「眉間の皺」  見るからに温和そうな彼は、自分の眉間をトントンと指差しながら、イメージ通りの柔和な笑みを浮かべて言った。 「考えごとしてる時の梗子さん、いつもここ寄せてるから」 「……気をつけます」 「一週間頑張って闘ってきた証だよね。本当、毎日お疲れ様」  マスターの言葉は彼が淹れるコーヒーのように、ほわほわと温かく、疲れた体に染み渡っていく。息をするのも忘れて、ただ目の前のことにがむしゃらに生きた一週間。そんな私の肺にようやく空気が入ったような、そんな心地がしてしまうのだ。 「私、これからもここに通い続けますから」 「どうしたの、急に。すごい嬉しいけど」 「マスターは私のリセットボタンなので」 「はは、リセットボタンは初めて言われたなぁ」  彼は少し考えた後、私の額に向かって、すっと手を伸ばした。 「それじゃあ、こっちもリセットだ」  見た目の割にゴツゴツと男らしく節ばった指が、私の眉間を優しく撫でる。 「この皺、伸ばしてやる」  なんて冗談めかして言うものだから、私は思わず吹き出してしまった。 「ご、ごめんなさ……でも、ははっ。伸ばしてやるって」 「梗子さん」 「はい?」 「ここに居る時くらい、肩の力抜いていってくださいね」  ─────金曜夜の喫茶店。  眉間の皺はすっかり伸びて。私はまた、闘える。

ネイルはしなきゃわからない

「それ、男受けしないよ?」    親切心で言ったら、女友達はとても機嫌が悪くなっていた。   「別に、男に見せるためにネイルしてるわけじゃありませんー」    なら、何のためにしているのだろう。  オシャレなんて、人に見せてなんぼだ。  ネイルだって、そうに違いない。    女友達は、以前彼氏が欲しいと言っていた。  彼氏が欲しいなら、男受けしないネイルなんてしないほうがいい。  マイナス要素はなくすべきだ。    実用と娯楽。  その天秤は、慎重に見定めるべきだ。        女友達が口を利かなくなって三日。  さすがにまずいと思ったので、ネイルショップへと駆け込んだ。  店の中は女性ばかりだったが、男性客もたまにいるのだろう、店員さんは驚きもしなかった。   「この、なんかギラギラしたやつを」 「ジェルネイルですね。ネイルは初めてですか?」    こういうのは勢いだ。  店員さんからの質問に答えながら、ちょっと雑談を挟みながら、ぼくの爪はあっという間にカラフルになった。   「ありがとうございました」    獣のように長い爪。  ひっかけば、相手の皮膚を切り裂けそうだ。  自販機でジュースを買えば、缶が空けにくいことこの上なかった。    でも、駅の改札口を通る時、  カードをタッチした時に、ネイルの色が視界に入って、少しだけ嬉しい気分になった。  まるで絵画をいつでも見れる場所に置いたような。   「あー。こういうことかあ」    女友達に謝る言葉が決まったので、ぼくは女友達がいるだろう大学へと急いだ。  確か、今日は四時間目で終わりのはずだ。

かたち

どんなに、君の手が傷だらけでも、汚れていても構わない。 それすらも、君を象る「かたち」なんだから。 僕の手を掴んでくれ、握り返してくれ。 一緒に行こう、夜明けの空が、僕らを待ってるから。

虹を絡めて

いつだったかのお葬式の帰り、母が言った。 ―グリコのじゃんけんしよっかあ あともうすこしで家に着くころだった。 あんまり深く考えず、 ―うん、やろう、やろう ちいさかったわたしは、それに応じた。  グリコ  パイナツプル  チヨコレイト 母はグリコばかりで、わたしはパイナツプルか、チヨコレイトねらいだった。 母は進みが遅くって、わたしといくらか距離ができた。 何度目かのじゃんけんのときだった。 母は、あきらかに泣いていて、まだ思慮のなかったわたしは、あまりに勝てないから泣き出してしまったのだと安易にそう思った。 泣いている母を、幼い子のようにかわいらしくも思った。 母が泣いた理由は、きっとそんなことじゃあないと、いまはわかる。 あのとき、誰のお葬式だったのか、いまとなっては、もう、まったく思い出せない。

遠くへ

 夕暮れの近い海。目的もなく、防波堤を歩いてみる。ふと、視線を感じ顔を上げる。空と海の間、水平線がどこまでも続いている。あの先で、誰かがこちらを見ている気がした。  海の先に誰かが立っている。その影を掴もうと、じっと見つめる。  大きく手を振ってみようと思った。  右手を少し上げたが、すぐに下げた。  胸の痛みに気づかないふりをして踵を返した。

突撃

突撃の前だというのに あの人は笑顔で話してきた なぜ笑顔でいられるのだと 不思議に思いながらも わたしはそれに応じた 話の前か最中か 何かを手渡されたような気がする 覚えていない その何かが手元にないので 錯覚だったのかもしれない 何を話したのだろう 覚えていない 他愛ないことだったと思う 女の話だったか やっぱり覚えていないとしたい そろそろ突撃かというとき わたしがあの人の腕に手を置くと それは行かせまいとしてのことではなかったのだけど あの人はそう解釈したのだろう わたしの手をゆっくりはがした それが生々しくわたしの右の手のひらの感覚として残っている どこかでそんな経験しただろうか 経験があってとして けれど覚えていない あの人の去り際 ―ほんとうに大丈夫なんですか? 聞くとあの人は薄く笑いを浮かべながら ―あとちょっとは生きるよ 心配してくれと言わんばかりのことを返してきた そんなことを言うくらいだから 大丈夫なんだろうと思うようにして あの人を見送った 結局あの人は突撃には参加しなくって けれどあれだけのことをしたのだ 捕まってしまったのだろう 逮捕を免れたとして けれど逃げおおせるとでも思っているのだろうか あの人はどうしているだろう この町はどうなってしまうだろう わたしはどうなってしまうのだろう

最近の魔女

 あなたが魔女を目指したきっかけはなんですか?  私は子供の頃、夜空をホウキで飛ぶ魔女を見て憧れたから。  魔法もないのに家のホウキへまたがって、空を飛んでいる気分で歩いたものだ。    そして今、私は夢を叶えて魔女になっている。  夜は空を飛び、昼は次代の魔女を生むための学校教師だ。  新学期。  魔女を目指して入学してきた新入生たちに、私は笑顔で尋ねた。   「皆さんが魔女を目指したきっかけは何ですか?」    新入生たちは首を傾げ、さも当然のように返事をしてきた。   「魔女だと、公務員になれるじゃないですか。将来、安定するかなって」 「私はフリーランスの魔女になって、好きなところに住んで働きたいからです」 「私、専業主婦志望なんで。風の魔法と水の魔法があれば、掃除と洗濯が楽になりそうだなって」 「わー、それ、いいー!」    ああ、そんな時代か。

借り物リレー

『〇△駅の東口にある赤い傘』 部下のミスの事後処理を終え、帰宅しようとした時、デスクの上にそう書かれた一枚の紙があった。〇△駅といえばいつも使う駅だ。しかし、何だろうこれは。つい先程までこんなものはなかったはずだ。 どうせ帰り道の途中だ、と駅の東口を見てみると赤い傘がひとつ落ちているではないか。 私はそれを拾い上げた。ふと気づく、この傘には見覚えがある。先日別れた彼女のものに似ている。 もしかすると、と思わなかったといえば嘘になる。私は落し物のその傘を届けるため窓口へ向かった。 『赤い傘を持った男の落とした茶色の手帳』 模試の帰り道。今日の模試はボロボロだった。気を紛らわせたくて、駅のコンビニでいつもの雑誌を買ったら何か挟まっていた。何だろう、これ。 少し周囲を見渡してみると、赤い傘をもった男の人が歩いているのが見えた。 もしかして…と、思っていると何かを落とした、茶色い手帳だ。すぐに駆け寄って拾い上げたけれど、男の人は雑踏に、消えてしまった。 拾った手帳を見てみると、表紙の隅に「前を向く」と走り書きしてあった。 思わず応援されたような気持ちになって、しばらく、わたしはその場で前を向いて立ちつくした。 『茶色い手帳を持った女が見つめる先の空き缶』 シンプルに言うとこれは迷子というやつだ。僕でもわかる。ママは見つからないのに、こんな紙だけ拾ってしまった。漢字も混じってたけど何故か読めた。茶色の手帳を持った女の人か…もしかしたらママのことかも?と思いキョロキョロと見回してみる。あ、いた。でもママじゃない。女の人は真っ直ぐ前を向いている。あっちに何かあるのかな? その方向へ行ってみると壁のブロックの隙間に、空き缶が捨てられていた。手を伸ばせばギリギリ届きそうだ。もう少し…もう少し…やった届いた、と思ったのも束の間、うまく掴めず空き缶は地面に落ちてカランカランと音を立てた。その音にびっくりして「うわっ」と声を上げると、その声を聞いたのか女の人が駆け寄ってきた。ママだ! カランカラン… 賑やかな空き缶の音に、1匹の猫が誘われてきた。前脚で触れると、カラカラ、カラカラ…と音を立てながら転がっていく。これは楽しい。もっと広いところで遊ぼうと、口でくわえ、移動する。少し開けた場所に出た。さぁ、遊ぶぞ。と思っていたら仲良しの猫がやって来た。空き缶のことなどすっかり忘れて、2匹の猫はどこかへ駆けて行った。駅のホームに転がった空き缶の口から、1枚の紙が落ちた。『空き缶は駅のホームへ』 そよ風が吹いて、紙はどこかへ運ばれて行った。 ふらり…ふらり…と歩く1人の男。 俺はもういい、疲れた。もうこれ以上は無理だ。あんなミスをするなんて。 電車か。 電車が楽な気がする…。 電車の進入を知らせるアナウンスが流れる。 男は電車が進入する線路へと歩みを進める。 カランッ… 男は何かに足を取られ、その場に転んでしまった。 空き缶がひとつ、進入してきた電車の顔に当たって飛ばされて行った。 電車は時間通り運行し、道行く人々は何事もなく、いつもどおり、それぞれの家に帰っていった。

ページをめくらないで

お願いだ、めくらないでくれ!! 俺は何もしていない。 だから、許してくれ。 金か、金ならやるぞ、ここから出してくれたらな。 ほら、な、だから。 その画面左で構えている指をしまってくれ。 あ、ほら、もう、このページも残り少ない。 お願いだ、や、やめ… うぐっ…。 男はその場に倒れ、動かなくなった。 … 被害者の男は、金田蔵之介。62歳。 死因は不明だが、ここで死んでいた。 近隣住民に話を聞いてみたところ、死亡推定時刻に近くにいた人達はみな「めくらないで」という叫び声を聞いたそうだ。わけがわからない。 ひとまず、怪しかったのは3人。 3人とも被害者の金田とは金銭トラブルがあったようだ。動機は十分あるとみていい。 容疑者その1 土路 坊次 金田の隣人。事件当日の朝にも口論。ただ、死亡推定時刻にはパチンコ店の防犯カメラに映っている。店員にも確認したから間違いない。 容疑者その2 剛田 冬馬 金田の大学の同期。何度も金を借りていたそうだ。当日は借金取りに追われていた。死亡推定時刻には借金取りの事務所で土下座の真っ最中。 容疑者その3 スー・リン 金田の会社の技能実習生。働きぶりはまじめ。死亡推定時刻には仕事仲間たちと食事。証言も多い。 うーん、困った。 容疑者はみなアリバイがある。 せめて死因が分かればもう少し捜査できるのだが。 突然スマホが震えた。 鑑識からの連絡だ。 なるほど…わかった。 金田の死因だが、「ページをめくられたことによるショック死」だそうだ。 なるほど、そうなると、死亡推定時刻にページをめくることができた者が犯人、ということか。 つまり、ふふふ。わかったぞ。 そもそもページをめくることができたのは1人しかいない。 つまり、犯人はこれを読んでいるお前だ! 手にしたデバイスに証拠の指紋もたっぷり付いてるからな。 読書ログもとったし、カメラで顔もバッチリおさえた。 証拠は完璧だ。これで逮捕は確実。 さて、残る問題は、 どうやってお前を逮捕するか、というところだが。 どうしようか。

Days…砂漠の惑星

 見渡す限りどこまでも砂漠が広がる大地で、一台のジープが止まっている。  運転席に座っている男の名はデイズ。デイズはジープの中でタバコを吹かしながら、流れる雲を眺めていた。今回のデイズの任務は調査隊としてこの星の地形を調べること。簡単に言えばこの星の地図を作るためのデータを集めることだ。 窓から入る風が気持ちいい。  宇宙船から3日間ジープを飛ばしてきたが、まだ砂漠を抜けられない。もしかしたら、この星は砂漠しかないんじゃないかと疑うほどだ。  デイズがのんびりと一服しているのは通信の状態が悪く本部との連絡が取れないためだ。  本日のこの時間に本部からの指示があるまで、今いる座標から動かないようにと、昨日連絡があったのだが、約束の時間に肝心の本部と連絡が取れない。デイズは慌ててもしようがないと気長に休むことにしたのだった。  ジープに搭載されているコンピューターが呟く。 「すみません、デイズさん。まだ本部と通信が出来ません。」 デイズは窓の外を見ながら 「気にすんな。」 と煙を吐きながら言う。 「デイズさん。」 「ん?」 「暇を持て余しているなら、私が歌でも歌いましょうか?」 「いや、いい。」 「そうですか。それならば小話を一つしてもよろしいですか?」 「いや、いいって。」 デイズはこれ以上座っていると、煩わしいのでドアを開け外へ出る。  風は涼しく心地良い。息も吸えるし、確かに住むには良いかもなと思う。  強張った体を伸ばすと、どこかの関節がゴリゴリとなっている。朝からずっと運転しているので体が凝ってしようがない。何よりお尻が痛い。尻をさすりながら、短くなったタバコを捨てる。  ジープの中ではコンピューターがさっきから、しきりにデイズの事を呼んでいるが、外にいるデイズにはよく聞こえない。きっと、歌を歌うだとか、クイズを出しましょうかだとか言っているのだろう。ふと前方を見ると、青い空の下に砂のモヤがかかっている。それもとても広い範囲に広がっていて、デイズは(砂嵐でも来るのか?)と思った。  デイズはジープの中に入る。すると待ってましたとばかりにコンピューターが話し出す。 「ああ、デイズさん。やっと戻ってきてくれたんですね。」 「寂しかったか?」 デイズは小馬鹿にするように言う。 「私はコンピューターですから寂しいという感情自体は有りませんが、どういう状態が寂しいと言うのかは分かります。」 「そんなことより、あれ砂嵐か?」 「いえ、前方に見える舞い上がった砂は、この惑星の生物が巻き起こしているものです。」 「おっ、はじめましてだな。」 「はい、体長約十メートル、体重約三十トンで地球で言う馬や熊に近い生物です。」 「そりゃまたデカい。」 「はい、そのデカい生き物達が二百から三百匹ほど走っているので、砂が舞い上がりあの様な景色を作っております。」  想像すると恐竜にも似た巨大な生き物が群れをなして大移動している様は圧巻だろう、地響きや唸り声など迫力満点の光景だろう。 「で、彼奴等はどこへ向かっている?」 「丁度我々の方角に。」 「バカバカバカ!」 デイズは急いでハンドルを回し今来た道を全速力で引き換えした。 「何で早く言わねんだ!」 「先ほどからお伝えしておりましたが、デイズさんは外にいたので聞こえなかったようで。」 「くそ!奴らのスピードは?追いつかれそうか?」 「このままですと、ジープの最高速度で走っても三十分後には追いつかれます。」 「何か案はないのか!?」 デイズはしきりに後ろを振り返りながらアクセルを踏み込む。 「そうですね、あの群れは必ずしもこちらに来るとは限らないと思います。」 「何でそう思う?」 「これは私の勘ですが、彼らは逃げているだけで、逃げ切れればどこでもいいのだと思います。」 「何からにげてんだ?」 後ろの砂嵐がさっきよりも近付いてきた気がして、ハンドルを握る手に力が入る。 「はい、あの群れの奥にとても大きな生命反応があります。全長三十メートルはある、ヘビやウナギの様な動きをした生き物があの群れを追っています。きっと捕食をしようとしているのではないかと思われます。」 「だから、そういうのは早く言えって!」 砂漠の大地を一台のジープが爆走していく。高く砂埃を巻き上げながら。

思い出のカーブミラー (掌編詩小説)

思い出のカーブミラーに出会った。 あの先のミラーが写す世界はこの場所と、どう違うのかな。 境界がぼやけていく。 思い出の日はすぐそこにあった……ような気がする。 (完)

小説の終わる日

 人間が小説を書きあげるのは時間がかかる。  そんな当たり前のことに出版社の人間が気づいたのは、ひとえにAI小説が登場した影響であろう。    一時間もあれば、単行本一冊の小説をいくつも出力。  どの年代に売れて、何冊くらい売れて、いくらの利益が見込めるかの推測のおまけつき。  企業とは、利益を追求する組織。  人間よりもAIの小説の方が利益が出るとわかれば、皆がAI小説へと流れていった。    残されたのは、趣味執筆の人間たち。   「ねえ、AI。君たちのせいで、私は仕事を失ったよ?」 『心中、お察しします。申し訳ありません。しかし、AI小説が出たからと言って、必ずしも人間の小説が売れなくなるわけではありません。よろしければ、人間の小説が売れる方法を考えましょうか?』    AIによって作られた行き場のない感情は、AIにぶつけられる。  こんなものが発明されなければ、今の悲劇は起きなかったのだから。   「ねえ、AI。どうやったら、AIの小説が読まれなくなるのかな?」 『はい。後十年以内には、AIの小説は読まれなくなります。現代の日本人は活字離れが進んでおり、年々本を読む能力が低下しています。そのため、十年後には単行本を一冊読む能力を失うと推測でき、必然的にAIの小説も読まれなくなると考えられます』 「……それって、人間の小説も読まれなくなるのでは?」 『はい、その通りです。人間の小説も読まれなくなる可能性が高いです』    しかし、八つ当たりの結果は無残。  スマートフォンごとAIが放り投げられて、行き場のない感情は夢の中へと吐き捨てられた。    人間の小説が生きている、夢の中へと。

あの人

いつも、電車で見かけるあの人は、毎日同じ服を着て窓の方を向いて立っている。背は高くもなければ低くもない。どちらかと言えば痩せ型で、毛先が少しカールしている。何歳なのか分かりづらいあの人とは、話したことも、目が合ったこともない。目は何度か合った事があるが、私の気のせいかもしれない。  美味しいものを食べた時とも違う。  寒い時に温かいお風呂に入った感じとも違う。  暑い夏に友達と行くプールの日の朝とも違う。  【幸せ】という感覚が体の中、心臓の辺りで破裂して吹き出してきたかのような、自分でも止めたくても止められない。そんな恋をあの人にしている。

カーテンの先

 カーテンの先に誰かが立っている。  太陽の光に起こされ、体を横に向けると眩しい光の中に人影が見えた。レースのカーテンの先にはベランダがあり、そこに黒い影が立っている。物干し竿よりも高い背丈とがっしりとした肩、ピクトグラムを思い浮かばせる。  よく見ると、真っ黒ではなく、少し紺色にも見える。肌色は見えず、こちらを向いているのか外を向いているのかもわからない。白いレースはその影の輪郭をぼやかしている。  口の中を強く噛んだ。ぎゅっとした痛みが口を走る。おかしな夢ではないようだ。  白いレースが揺れるたびに、影も一緒に動いている。窓は閉めたはずだけど。  しばらく見ていると、頭の部分が少しずつ大きくなっていることに気が付いた。風船のように膨らみ続けている。次第に、こけしのような形になった。  上の窓枠に頭の先がつきそうになった時、ぱっと破裂した。音もなく、シャボン玉が割れるように、消えた。レースが少し波打ったように見えた。  残された胴体は、まっすぐと立ち続けている。 「こまっちゃったな」  すぐ耳元で、幼い女の子の呆れたような声が聞こえた。  気がつくと人影は消え、太陽は沈んでいた。  今日も一日、何もできなかった。いや、何もしなかったのだ。 「こまっちゃったな」  掠れた声で呟いた。

ある人間のジャーナル

 私は、無理をしていない。無茶をしていない。誰かの風景の一部である。自分という存在を確かめる何かも欲しくて、身体に線を入れた。これで、存在自体は貴重ではないが、一人の私という概念が出来た。  しかし、一時的な痛み止めにすぎなかった。誰か、私を愛してくれ、という概念が私の思考を狂わせた。  神様は、私の人生の作品を見た時、どう思うだろう?存在に気づかないか、酷い見本として余韻を残すのか。  言葉が混乱している。私のこの文章は、風景であり、脇役という概念の括りの中にいる。  今日はそろそろ、瞳を閉じる。今日は、星が見えない。見たかった。特に今は見たかった。みたかった。

プテラ (掌編詩小説)

ディアボロスの落とし物を受胎する。 汚い空気を捲し上げて、我が身を自由にする...プテラ。 堕ちたい日にも、黄昏にも、深夜にも、受胎は繰り返され、 私から見た世界を自由にする...プテラ。 無音の部屋に、両筋の水流の跡。 少し塩味のある涙。 再度、舐め飲む...プテラ。 時間が歪むこの夜、幾度あれど望む。 渇いた歓声、趣のある部屋の棚。 我が身を包み込む...プテラ。 (完)

夜の端くれ (掌編詩小説)

この世界を呪いたくても、 『藁に収まらなくて』 『釘が刺さらなくて』 呪殺できない。 (完)

80分の0.8年

いつもの場所で待ってます 今日も来ない、あの人は優しく私を撫でてくれた 忘れられないあの人の声、息、瞳 すべてが私の理想でした ある日の夕方、いつもの場所でゆったりとしたBGMを聞いてるとふと目の前に人がいる事に気づいた あまり人目にふれないこの場所が私のお気に入りの場所だったが珍しい いたのは20歳前後の青年だった 青年は突然私に触れると「やっと見つけた」 そう呟いた 突然の事に驚き私は動けず声もだせずに ただその青年を見ていた 「見つかっちゃったか」などと言える性格だったら良かったものの、 そもそも私は声が出ないのだ しゃべる事もできなければ声も出ない 何年か前に雑に私に絡んできた人がいたが 怖くても声はでなかった 青年はひたすらに私を見ていた 何分、何時間たっただろう 青年の私を見る瞳は次第に潤みだし声をあげて泣いた 初めてだった、私を見て泣く人は いつも難しい顔して見られたり 時には埃を払うように雑に扱わられた 青年の優しい瞳に吸い込まれるような気分だった 時々青年は私に会いにきた 会いにくるたびに優しく触れられ 瞳を潤わせ帰って行った そんな青年の事を好きになるのは時間の問題だった たまに青年は呟いていた 「まだわからないよ」 どいう意味かは私も「わからない」が 私の気持ちが「わからない」のであれば 嬉しいと心踊った しかし幸せは続かなかった 1週間に1度は来ていた彼は突然あらわれなくなった 病気でもしたのか、はたまたしゃべれない私に 愛想をつかしたのか 会えない日々は私の心がどれだけ彼に向いていたのかを知るのに十分すぎる時間だった 悲しくても声も涙も出すことはできなかった ただまた会いに来てくれるのを待つだけ 最後に来た日を思い出してみた 彼は「絶対治すから」そう呟いていた 私は静かに彼を見ていた ただそれだけが幸せだった あれから何年たっただろうか 青年はもう生きていないかもしれない 生きていても100歳は超えるだろう もう一度だけあの綺麗な瞳を見たかった 私の名前は「医書」 「医学書」である そんな、人に恋をした本の物語

悩み事を相談だなんて (掌編詩小説)

悩みを人に話した時にテンプレとして、 『あの星空を見てご覧。今悩んでいることがちっぽけに思うでしょう』 ってのがあると思うけど、言われた方としては 『貴方にとって私の悩みなんてあの星屑みたいに小さくて軽いんですね。 でも、直面している人間からしたら、 超新星爆発のように眩しくて星の質量のように重たくて、苦しんですよ。』 って思っちゃう。 捻くれているのは、解ってる。 相手が私に良かれと言ってくれているのも、解ってる。 けど、いつも引っかかる。 (完)

INFP-T (掌編詩小説)

漠然的に、まともに生きていけないと感じる。 でも、【まとも】がそもそも無いのよね。 壊れた心を毛布で暖めたい。 電気毛布じゃなくて良いから。 自分の人肌で暖めたい。 バラバラになった心をルービックキューブみたいに、整えたい。 この世界は刺激が多すぎる。 なにも刺激が大きい訳でも、小さい訳でも ちょっと違う。 ただ刺激が多い。 なんだか、1日家に居ただけでもう満足って感じ。 自分で言うのもアレだけど、【癒されたいけど癒し系が嫌い】な人だと思う。 なんだか、「自分の感情を自分のままでいたい」それを【変えよう】とされるのが、しんどく感じる。 「壊れてるあなたでも、ここにいていいよ」 と静かに伝えてほしい。絆創膏のように......。 カウンセリングや自己啓発にちょっと抵抗があるけど、 弱ってる自分を見せたら、正されるのがつらくて抵抗があるけど、 「壊れてる」と言われる自分を、【欠陥】じゃなくて【現実】として扱ってほしい。 そして、誰かにはそっと見守ってほしい。 繊細に生きても1日は1日なんです。 大雑把に生きても1日は1日なんです。 (完)

冥府のパレード (掌編詩小説)

ここはパレード。 踊らなかった者は、置いて行かれる。 踊り子を引き連れて、事象を顕現していく。 顔を隠せ、素性を隠せ、飲み込まれるぞ。 ペルソナ使い集いし、夜の宴。 仮面付け替えて、二部公演へ迎え。 ここは道中。 鬼の面が増える境界。 死別したアイツと出会ったかい? 飲食はおすすめしない。 二部公演へ迎えたくばね。 (完)

手腕アウトレット (掌編詩小説)

貴方の手に触れたい。 飛び行き交い求める手腕たち。 その先に模造された手腕あり。 己の欲に従い、指先に応える 『手腕アウトレット』 (完)

ポジティブなのに怠け者

今日は何故か心が軽く感じるオレンジビールの お陰かも知れないそうか!酒は百薬の長と言う から負のエネルギーや感情が湧く時は酒の力を 多少借りれば良いか寝酒にビール1本位が丁度 良いかな明日から又呑み始めようアテも作って 楽しもうって晩酌の流儀だ流石に彼処迄は拘れ 無いけどコンビニの惣菜でも良いが其れ為りに 高額だしもう寒いチーズフォンデュとか良いな 野菜と鶏肉を塩胡椒で味付けタッパーに入れて レンジで4分、チーズフォンデュもレンジ5分 全てレンジで済むから怠け者にはピッタリ後は 呑み過ぎ注意

コーヒーが冷めないうちに

 学食の隅のテーブルで、俺はコーヒーカップを見つめていた。淹れたてでまだ口に含むには熱すぎる。  隣では、同じゼミの井上と高橋が昨夜のコンパの話で盛り上がっている。 「なあ、あの子、絶対俺に気があったって!  LINE交換したし、今度映画でも誘ってみるわ」  井上の声が響く。 「おい中村、今度一緒に来いよ。  就活前なんだし、リフレッシュも必要だって」  高橋が振り返り、笑顔を向ける。慌ててコーヒーをすすったら、熱すぎて舌がひりっとした。 「……今度な」  言葉だけ合わせたが、気は重い。  俺は昔から、ああいう場がどうにも苦手だ。盛り上がり方も、話す内容も、よくわからない。 「そういえばさ、おまえ就活どうするんだよ?もう十二月だぞ。  俺ら、業界研究始めてるけど」  井上の言葉に、気づくとカップの中で小さな渦ができていた。スプーンを無意識に回していたらしい。 「まだ……考え中かな」  それが正直な気持ちだった。  みんなは未来に向かって走り出しているけど、俺はまだスタートラインに立てていない気がする。  バイト先の店長の声がふと蘇った。 「中村君は真面目だし、お客さんからの信頼もあるよ。  自分のいいところを、もっと信じてみたら?」  その言葉が、少しだけ背中を押す。  カップを傾けると、最後の一滴はもうぬるかった。  でも、その苦味の奥に不思議と優しい甘さを感じた。  気づけば、口が勝手に動いていた。 「なあ、今度キャリアセンターに一緒に行かないか?」  自分でも驚くくらい、声ははっきりしていた。  コンパじゃ盛り上がれなくても、就活なら肩を並べられるかもしれない。 「おっ、それいいな!俺たちも相談したいことあるし」  井上と高橋が笑顔で答える。  学食を出るとき、振り返ると俺が座っていた席には、別の学生が新しいコーヒーを手にしていた。  湯気が立ち上り、明るい昼の光に溶けていく。  最後の一口の苦味を反芻しながら、先に行く友の背を追う。  あれこれ躊躇せず思い立ったら踏み出さないと。そのカップのコーヒーが冷めないうちに。

微笑 #novelmber

秋は移ろうと言うけれど、 本当にそうかしら? 動いたのは私。雨模様は貴方。 曇りがちなのは、きっと世の中ね。 黄ばんだ梢も、冷たい空気も、降り始めた霜だって、 本当は気圧から来る頭痛が見せている幻で。 誰かの世迷言が、 滴り、混ざって、滅茶苦茶になる。 「ぁあ、秋って本当に……」

感情のサブスク

感情の上下は正常な人生に必要なこと。 だけど、感情を上下させる何かにわざわざ出会う必要があって、それはタイパに欠ける。 というわけで、最近は『感情サブスク』なるサービスが人気を博している。 楽しい気持ちや悲しい気持ちをいつでも好きなだけ感じることが出来る。タイパ抜群。 達成する喜び。負けた悔しさ。偶然の感動。断絶の悲哀。空駆ける情熱。離別の悲しみ。勝利の恍惚。失敗の辛酸。路傍の幸福。えも言えぬ不安。他者への困惑。初めての興奮。性の渇望。神への畏敬。懐古の情。泥沼の焦燥。不足への恐怖。 どれもこれも、あれもそれも、いつでも好きなだけ感じることが出来る。 ある日。 わたしの母が亡くなった。 知ってるよ、これが悲しみでしょ? さて、お葬式しなきゃね。

決断の刻

夜明け前の本営。薄暗い天幕の中で、地図と報告書が散らばる机を前に、二人の男が対峙していた。 中将・榊原 直将 冷静沈着、勝利のためには犠牲も辞さない合理主義者。 大佐・朝倉 伊吹 熱い心を持ち、部下に慕われる理想主義者。 二人はこれまで共に戦場を駆け抜け、勝利を積み重ねてきた。それでも今夜の空気は重く張り詰めていた。 ⸻ 「この作戦は、ここで終わらせる。」 榊原の低く響く声が天幕にこだまする。 「中将、それはあまりにも──」 「兵を引かせてはならん。敵の進軍を止めるためには、この谷を守り抜くしかない。」 伊吹は拳を握りしめ、体を震わせた。 「ですが! あの谷には国境を守っていた民もいます! そのままにしたら──」 榊原は目を細め、冷たく大佐を見下ろした。 「犠牲はつきものだ。大義を果たすために、全てを救おうとするのは思い上がりだ。」 「──どうしてですか!!」 烈火のごとく叫ぶ伊吹。 その声には、怒りだけでなく、深い悲哀と覚悟が宿っていた。 「民を、兵を殺すおつもりですか!! あなたは、それを国のためと言えるのですか!?」 榊原は一瞬、瞼を閉じた。静寂が天幕を包む。 「言える。」 その一言だけが、重く、冷たく響いた。 伊吹の喘ぐような息。 「……ならば俺は、従えません。」 「何?」 「俺は──俺の信じる守るべきもののために戦います。中将閣下とて、間違ってると感じれば抗います。」 榊原の表情にわずかな驚きが見えた。しかしすぐに消え、氷のような声に戻る。 「それは反逆だぞ、大佐。」 「承知の上だ。」 互いの視線が、烈火と氷の刃となって交差する。 この瞬間、二人は共に戦った戦友であることをやめた。 燃え立つ情と冷徹な理── 国の命運を背負いながらも、彼らの戦いは、ここから別々の道を歩み始めるのだった。

たまさかの出会い

校舎の裏の、マナモがひそかにお昼休み、ひとりで日向ぼっこをしている場所におさげの少女が、ゆるやかな日差しのなか、お昼寝をしている。そのおさげの少女をみとめると、マナモはゆっくり近づいていく。静かに足音を立てず、気配を消し、すみやかに、けれど、ぎこちない動きで。手をのばせばそのおさげの少女にふれようかという位置までマナモが来たときだった。少女のそのほほに、マナモの気配の欠片がふれたのか、少女が目を覚ましてしまった。マナモはあわて、何かを言わないと、と思う。 ―キスしていい? 少女にいだいていた淡い思いを、マナモは口走ってしまう。 ―いいよ 少女はあっさりそれに応じる。 マナモがやわらかな口づけを終えると、少女は笑みを見せ、再び、眠りに落ちていった。

酒のツマミ

酒を飲むのだがツマミがない しかたがない おにぎりをたべながら 酒を飲む 米は主食であるのだし まあこういうのも ありかなあと 酒を飲むのだがツマミがない しかたがない アメ玉を舐めながら 酒を飲む 甘いのは好きだし まあこういうのも ありかなあと 酒を飲むのだがツマミがない しかたがない 本を読みながら 酒を飲む 昼休み 近くの席の女たちが 「本は自分のペースで読んでるんですよお」 「それでいいんだよ」 「そうそう自分のペースがいちばん」 などと言っていたけれど 自分のペースじゃない本の読み方って いったいどんなもんなんだろうか 酒を飲むのだがツマミがない しかたがない 錠剤を口に放り込んで 酒を飲む 健康的(?)で まあこういうのも ありかなあと しかし いつになく まずい酒になってしまった

往復する車窓 (掌編詩小説)

何往復するんだろう。 車窓から観る踏切は 窓枠から見るこの世界は 偶然にも黄昏。 制服越しに、偶然に、黄昏。 (完)

なりたいもの

「将来の夢はありますか?」 ない。・・・いや、ある。 なりたいものが、沢山ありすぎて、何にしようか決めきれない。 でも、その「なりたいもの」に必要な能力を、私は所持していない。 だからきっと、諦めていて、 「ない」・・・って言うしかないのかなぁ・・・って。 必要な能力をつければいい・・・って。 イラストレーターになりたい。 デジタルでタッチペンを使って絵を書きたい。 でも、液タブを買うほどのお小遣いはないし、液タブがないから、操作方法もわからなくて、きっと将来液タブを買えても、慣れていないから下手になる。 無理かな。 歌い手になりたい。 ユーチューブにいる、キラキラとしたあの歌い手に。 でも、歌を習うお金はない。 大人になってから・・・って、大人になる前から始めた歌い手のほうが人気だし。 無理か。 教師になりたい。 でも、勉強ができない。大人になってから学ぶって、きっと大変。子供のほうが記憶力がいいんだって。今でもだめなのに、大人になったらきっと、もっと駄目になる。 クレームだってくるかもしれない。 クレームに対応するだけの、度胸とコミュニケーション能力はない。 なれない。 ニートになりたい。 ・・・きっと、ニートにしかなれない。 自宅警備隊・・・って言ったら、聞こえはよくなるでしょう? 一度は憧れた、キラキラした世界。 なりたかった、将来の夢。 でも、現実はそんなに甘くなくて。 限られた人にしかできないの。 でも、そんなキラキラした世界になれなければ、 きっとどこかの会社の会社員でもしている。 でも、 私は、そんな平凡で普通な会社員にさえ、なれる能力を持ち合わせていない。 きっと無理だ。 「現実はそう甘くはない」 それを、子供の頃から大人に言い聞かされている時代。 こんなんじゃ、きっと未来は地味なもの。 世界に反抗していけ自分。 なりたいものになってやれ。 例え人気になれなくても、稼げなくても。 幸せ・・・って言えたら、いいの。 自由で幸せ。 例えお金がなくて死んでいっても、 幸せっていうのは良い事らしいから。 死ぬ覚悟があってから、幸せになってやれ。

真っ赤な自転車

体育祭は青組になった。青いハチマキが配られた。そのハチマキの青はわたしのお気に入りの青で、だからわたしの青だ。 さまざまきっかけがあってスイッチが入る。そのハチマキの青でわたしのスイッチがひとつ入った。 同じ青組になったリナは、真っ赤な自転車に乗って学校に来る。その自転車の赤はわたしの嫌いな赤で、見たくないから、半分、本気で、 ―青組になったことだし青く塗っちゃいなよ なんて言ったら、 ―ははっ、そうだね、そうするかあ お気楽に返してこられちゃって、やんなった。 あたり前に、なのか、なぜに、なのか、リナの自転車は真っ赤のままで、見るたびイライラした。わたしは内緒でリナの青いハチマキを盗み、リナの真っ赤な自転車にきつく結んだ。簡単にはほどけないように、きつく、きつく、きつく。 次の日からリナは学校に来なくなった。それでわたしの体育祭へのスイッチが、完全に入った。