近所のスーパーが進化した。 昨日までスーパーだったのに、なぜかハイパーと名乗っていた。 「なにこれおもしろそう」 好奇心で入ってみた。 店内は、昨日とは比べ物にならない程ピカピカになっており、店員たちも高そうな制服に身を包んで立っている。 「我がスーパーは、より良い物をお客様に届けたい想いで、変わりました!」 スーパー……いや、ハイパーの店長さんらしい人が、メガホンを持って客へアピールをしている。 そこはアナログなのか。 それはさておき、ぼくは昼食を調達するため、いつものお総菜コーナーに向かった。 ぼくが好きなのは、中華弁当だ。 チャーハンと八宝菜の組み合わせが、このスーパーのお惣菜の中で、ベストマリアージュなのだ。 「あれ?」 だが、お総菜コーナーに、中華弁当の姿はなく、代わりにに北京ダック弁当が置かれていた。 お値段は、中華弁当が十個は買える値段だ。 他のお惣菜を見ても、どれも内容とお値段がハイパーになっていた。 ぼくは無言で、お総菜コーナーを後にした。 ハイパーを出る途中、ハイパーに出店しているお店を見てみれば、どれもこれもお高い物ばかり。 庶民の財布では、ちょっと手が出ない。 「普段の日常に、良い物を取り入れましょう! ハイパーな日常にしましょう!」 必死な店長の顔をチラ見して、ぼくはハイパーを出た。 「店長がお客さんなら、買うのかな?」 いったい、なぜこんなことになったのか。 答え合わせが完了するより先に、しばらくするとハイパーは潰れていた。 建物が取り壊され、新しく何かが建つのを見ながら、ぼくなら何を建てるだろうと物思いにふけっていた。
みやこで働きづめの夏も そろそろお休みするのかな 涼しい秋と 交代するのかな ゆっくり 休んで 休んで 休んで また来年 やって来るのかな 来年は そこまで一生懸命に 働かなくてもいいですよ きちんと夏に きこえたかな
女がゆっくりと目を開けた。 「そっか。私、死んだのね」 川原の石に腰掛け、辺りを見回した。 「すみません。ここはどこですか」 「ココ、サンズノウケツケ、ジュンバンネ」 外国人スタッフが、列の最後尾を指差した。 「三途の川って、本当にあるんだ」 女は、行列を眺めながら歩き出した。 すると、男が、行列に手を振りながら歩いてきた。 「いやぁ、どうも」 「先生。足元、お気をつけください」 年配のスタッフが、最前列に案内する。 「ところで、あれはご用意いただけましたか」 「ああ。ちゃんとここにある」 うなずきながら、胸ポケットを指先でつついた。 「どこも同じね」 女が、振り返って笑う。 そこに、スタッフが声をかけた。 「ジュンバン、マモッテネ」 「なんだ、お前。その口のきき方は」 何事かと、周りが騒がしくなった。 「ミンナ、マモッテルヨ」 男が、顔を赤くして詰め寄った。 「お前、国外退去にするぞ」 その言葉に、スタッフが男の手を握った。 「コレデ、クニニカエレルネ」
「ち、ちくしょう! 女神のやつ……殺してや……ぎゃああああああ!?」 また一人、異世界転生者が死んだ。 それも、転生させた直後も直後。 異世界最弱に近い、四つ足の魔物によって。 「はあー。なんでこうなるかなあ」 私は、その期待はずれさに呆れていた。 ちゃんと、チート能力を与えていた。 反撃すれば、拳一発で倒せる魔物だ。 でも、最近の転生者たちは、反撃さえしない。 驚いて、腰を抜かして、泣きべそをかいて、噛みつかれて、恨み言を言いながら食われて死ぬ。 いくらチート能力を与えていても、一方的に攻撃を受け続ければ、そりゃあ死んじゃう。 当たり前だ。 「次、探さないとなあ」 私は壁にかけた鏡に触れて、世界の一つを映す。 世界の住民の頭の中を覗きこんで、その住民の覚悟を確認する。 『あーあ。俺がもし異世界転生したら、こうやって、ああやって、大活躍してやるのに』 「見つけた」 今日もまた、次の転生候補を見つける。 正直、先日死んだ転生者と同じようなことを言っているから不安は残るが、仕方ない。 こうしている間にも、異世界の危機は迫っている。 一万人送り込んで、一人でもチートを使いこなしてくれれば採算は合う。 「ねえ、貴方。異世界に興味はない?」 私が鏡に話しかけると、鏡の中から声にならないはしゃぎ声が聞こえてきた。
男女が、ゆっくりと目を開けた。 「私たち、死んだのね」 二人の手は固く握られている。 「これでみんな、分かってくれたさ」 「そうね。私たちの愛は本物だったって」 見つめ合う二人。 「……なんか、人多くない?」 辺りを見回し、杖をついた女に声をかけた。 「すみません。ここは、どこですか」 「ここ、三途の川だ。並ぶんなら、向こうだ」 女は長い行列の最後尾を、杖でさした。 「あっ、スマホがない」 女がポケットを探る。 「洗面所の鏡のとこに置いてきた」 「もう、いいんじゃない」 「だめ。データ、消してないもん」 その時、遠くで声がした。 「ん…?お母さん。ちょっと待ってて。スマホ、取ってくる」 女は、声がする方へ走った。 「先生、すぐ来てください」 看護師が大きな声を上げた。 母親は娘の手を握り、泣いている。 「私のスマホ…」 男は河原の石に腰掛け、女の帰りを待った。 「兄ちゃん、どうした」 酔っぱらいが横に座る。 「僕も、帰りたいんですけど。どうしたら、いいですか」 「誰か、呼び掛けてくれる人、いねぇのか」 「はい」 「じゃあ、その彼女、待つしかねぇな」 酔っぱらいは笑いながら、男の肩を叩いた。 「その彼女、今度来る時は、婆さんだな」
間に合った…。 データを送信し終えると、楠田はそのまま仮眠用のマットに倒れ込んだ。精魂尽きたとばかり、そのままピクリとも動かない。 毎回“何も浮かばない!今度こそ落す…”と覚悟するのだが、なぜかそういう時ほど不思議と普段考えないようなアイデアが降ってくるのだ。 そうやって楠田は今もなんとか漫画家を続けてこれている。 しかし、それはなにも楠田が幸運だとか、行いが良いとかいう話ではない。 普段から楠田はテレビでもネットでも、少しでも創作のヒントになりそうなものは、片っ端からメモしている。 おそらくはそうやって意識の底に溜まった情報が、ピンチの時に浮かび上がっているのだろう。 だが、その程度の努力はプロならみんなやっているのに違いない…。 なぜなら楠田はデビュー5年目にして、一度も長期連載を獲ったことが無かった。
「『大森』って言う割にはビルばっかりだな」 「まぁな…昔は森だったらしいよ」 バイトで知り合いになった人が同じ大学に通っていると分かり、そこからよく遊ぶようになった 今は彼の地元に来ている ビル街を抜けると店舗と住宅が点在している所に出た。友人の家はこの先だと言う 居酒屋が入っているビルを曲がると場違いの光景があった そこは金網フェンスに囲まれたテニスコート位の敷地で、中は青い葉をつけた木々が密集している。まるで森を切り取ってそこに着けたようだ 「ここは?」 「昔からある空き地」 入るな危険! マムシ注意! 等の看板が付いている 「こんな高い木、強風で倒れたりしないのかよ」 「さぁ大丈夫何じゃない」 友人はコンビニで買い物をするというので、この小さな森を眺めて待つことにした 森のから鳥のさえずりや小動物が落ち葉の上を歩く音が聞こえる 金網の間から森を覗くと木々の間から人がいるのが見えた 黒い長い髪が腰の方まで伸びていて 白く健康な手足が服から出ている そんな若い美しい女性が木の根元で倒れていた 「わりぃ、お待たせ」 気づけば金網に足をかけてよじ登ろうとしていた 次に森を見るとあの女性はいなくなっていた 「今さ…」 「レジのおばちゃんが幼馴染お母さんでさぁ、それで思い出したんだけど…」 そう語り出した友人の話は、ここ大森に昔から語り継がれる伝説のような摩訶不思議な話だった かつて広大な森だったこの土地には鬼が住んでいたと言う この森に迷い込んだ人間を鬼は姿を変え、鬼の住む家まで誘い込んで、最終的に食ってしまうらしい 「…だから昔は大森じゃなくて、鬼森って言われていたらしいよ」
私たちは旅人 終わりのない旅をしている 空が青色か確かめるために 青、灰色、それとも黒。 今朝は曇り空 灰色。でも 夕方は晴れ どう。空は青い?
ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「……鼻が」
黒虫と言う男がいる 300メートル先からでも、彼がいることが分かる ガリガリの体に黒く長い髪を後ろに流し、肘と膝を外に向けて歩く人は彼くらいだろう。まるで蜘蛛が歩いているようだ 黒虫氏は夢想家である 彼は8月の曇り空のした、黒い長袖のスーツをまとい、白いシャツに黒いネクタイを締めカクカクと歩いている どうやら駅に向かっているようだ 黒虫氏の前から丸々と肥ったおばさんが暑そうに歩いてくる。 おばさんに道を譲るつもりの無い黒虫氏はアスファルトに溶けておばさんをやり過ごす。 黒虫氏は丸々と肥ったおばさんを振り返り 「あのケツは悪くないがな。しかし」 と虫の声を出す 夏の風が彼の黒く長い髪をなびかせ、髪の中のノートを道に落とす 舌打ちをしてノートを広い手で砂を払う たまたま開いたノートに、「恋はあの世に行ってから」と書いてある 黒虫氏はノートに書かれた「恋はあの世に行ってから」を凝視している 目から光線が出てノートに書かれた「恋はあの世に行ってからが良い」の文字を焼き消そうとしているかのように、凝視して、ふとペンを取り追記をする。 「恋はあの世に行ってからするが、セックスはこの世でする」 と書かれたノートを黒く長い髪に入れて、また蜘蛛の様に歩いていく 駅はまだ付かない様子だ
見ていた。 見ていた。 ずっと見ていた。 朝起きて着替えている時も。 ご飯を食べている時も。 通勤している時も。 会社で仕事をしている時も。 会社近くのカフェで昼食をとっている時も。 退勤している時も。 居酒屋に寄って酒を飲んでいる時も。 家で勉強している時も。 お風呂に入っている時も。 ベッドで寝ている時も。 望遠鏡。 隠しカメラ。 防犯カメラのジャック。 あらゆる方法で見続けた。 何日も。 何週間も。 何ヶ月も。 「ああ、今日も可愛いなあ」 ずっと見ていた。 そして千日目。 お風呂から出た彼女が立ち止まり、突然隠しカメラのある方向を見た。 いや、隠しカメラを通して私の目を見た。 彼女の口が動いた。 『千日目。ずっと、見てるよ』 私は、隠しカメラの映像が映っていたスマホを落とし、後ずさりした。 背中が壁にぶつかり、へなへなと座り込んだ。 ただ、恐怖だけが襲ってきた。 何日も、何日も、何日も、彼女を見てきた。 好きだから、ずっと見てきた。 でも、見られることがこんなに恐いことだったなんて。 たった一度見られただけで、この世界から逃げ出したくなるほど恐怖を感じた。 以降、私は彼女を見るのをやめた。 彼女に見られたくなくなったから。 カーテンを閉めて、部屋に籠った。 しかし、今でも思う。 今の私も、彼女に見られているのではないかと。 時折、カーテンの隙間から外を見る。 道行く人間が全員彼女に見えて、すぐにカーテンを閉じた。 「もう、勘弁してくれ」 閉じ切ったカーテンは、今日で何日目だったか。 見られることがこんなに恐ろしいと知っていれば、誰かを見たりしなかったのに。
終わりの見えない旅を続ける。創作という道を。寄り道も回り道もいいかな。少なからず目的地に近づいているから。 最近小説を書くのを中断してしまった。一回立ち止まったものを進むためには小出しにして、ギアを下げて漕ぐのが一番である。そういった意味でこのPrologueは有用だ。簡単なことを呟くのにうってつけだ。一方小説を読むことは続けてきた。早くきり上げて小説を書いていきたいが。長編小説が長くてなかなか創作に移ることができない。糧になるといいが。
昔、イラストが得意な友人にどうすれば絵が上手くなるのかと方法を聞いたら、「描いて描いて描きまくれ。練習せよ」と言われたことがある。 確かにその通りである。たいていのことは、結局それでしか上手くならない。 とはいえ、時間は有限。 絵の練習をする時間と小説書く時間、どっちを選ぶかってなった時、私は迷わず小説を選んだ。 絵が嫌いだったわけではない。 私の創作意欲の根源が「描きたい」じゃなく、「書きたい」だったからだ。 だから、今、小説を書いてる私がいる訳なのだが。 もっとも、子どもの頃、生まれて初めて創作したのが絵本だったので、当時を踏まえて考えると、出発点はずいぶん曖昧だったのかもしれない。 「絵」と「文章」、夢中になるものがどっちに転んでもおかしくなかった。 会ってみたいものだ。 「絵」を選び、漫画を描いている世界線の私に。
「もう一度言ってもらってもいいですか。」 面倒臭そうに目の前の人が言う。 「嫌です」 「帰って貰っていいですか」 「嫌です」 「喋って貰っていいですか」 「嫌で」 ドアが光の速さで閉まる。 ピンポンを押す返事がない。
初恋だった よく話に聞く雷に打たれたような衝撃も突然恋に落ちる瞬間も特に無かった だけど、それは紛れもなく初恋だった ただ、あったのは時間だけ 長く一緒に過ごした時間 その時間によって 俺の初恋は俺の中でゆっくりと育っていった ……叶わぬ恋と知りながら
夏の終わりのクッキーは すこし湿気っていた 夏の午後を 愉しませてくれていたクッキーは すこしさびしそうに 湿気っていた つめたい珈琲も どことなく さみしそうな味を させている 秋になったら ぱりぱりのおせんべいを買おう 秋の午後を 愉しませてくれるはずのおせんべいは にこやかに やってくるだろう つめたい珈琲よりも あたたかいお茶が いいだろうか 秋の終わりには すこし湿気ってしまうのだろう それでも おせんべいは にこやかに やってくるだろう
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
窓ぎわで 空を眺めながら 監視を続けていたお犬さまが 雨が来たと知らせてくれる 僕のほうが早かったね 気がつくの 僕のほうが ね、ね 中太の短いしっぽを振る 「おさんぽ行けないねえ」 私がささやくと 部屋のなかで遊ぶのも 悪くないよ こんな日は やっぱり 中太の短いしっぽを振る 遊んで、食べて、最後に眠って 一緒に、一緒に いつも一緒に
自信に溢れてる人が羨ましい。 僕も食べ物を食べねば生きていけない。 僕は移動する植物、蒲公英の綿。 またアイツが種撒き散らしてるよ、って噂されてる気がする(自意識過剰) 植物のような女の子達は今日もスーパーで忙しそうに働く。 通勤帰りの人達は水場を求めて歩く象の群れだ。 地震が起こる。 水場を荒らしているからだ。 人工のそれなんかより象が怒ったときに大地を蹴る方が怖いのだ。 最近アフリカから来てる人達を見ない。 わかっているのだろう。 あるいは打楽器の音が足りないのかも知れない。 あるいは洞窟の壁画。 自分自身でやらなければいけない。 あるいは僕が読む神と物理の本は女の子と疲弊した人々の事を書いているのかも知れない。 夜煙草を吸う。 逆転の世界。 不健康な生活。 象の墓場。 ゾウノハカバ。
8/27 本日3作品 ナンバー11418 ポエム新落語 「かく」時は元禄、今は令和 今宵は、このような 言葉が あるのは それは、誰もが知っている。ライト それからどうした 文字を変更 ライト から トライ そのあとどうなった 挑戦することは必要 文字を変更 トライ から ドライ 挑戦したあとは トライ ならぬ ドライはビール いいかがですか? こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
ある日の夕方、男が改札を出た。 一瞬、足を止める。 駅のホールに、小学生の声が響く。 「募金お願いします」 両手で箱を抱え、頭を下げた。 小さな女の子が駆け寄り、小銭を入れた。 杖をついた老人が、財布を開いた。 車椅子の青年が、片手で車輪を回しながら、箱に手を伸ばす。 「ありがとうございます」 取材のカメラが、小学生の笑顔を映した。 男は、大きく息を吐いた。 そして、両脇に並ぶ小学生の真ん中を歩き、駅を出た。 「募金お願いします」 背中に視線を感じる。 少しずつ、声が遠くなる。 男は、街のネオンを眺めながら呟いた。 「勝った」
手足の自由が効かないというのは大層に不便だ。隣の患者の方からは寝息が微かに聞こえている。先日窓際に変えてもらったので寒くはないのだが、幾分目の前の暖房が小さな電源ランプを灯して、前髪を撫でてくるのが気になる。水を飲むにも、まだ二時間ほどある。 昨晩の食事は短くコシもないそばだった。箸でなくスプーンで食べたことは生まれてこの方無かった。元来年越しそばというものは長く生きる、という名の下にあるのだから、これ以上無い皮肉である。 閉められた窓のカーテンの裏は段々藤色になってきているが、しばらく開く気配はない。隣の患者は起きてしまったらしく、先程からしきりに話しかけてくる。全く以て要領の得ない四つだけの話は今日も夜まで繰り返される。仕方なしに仕切りのカーテンを通して相槌を打つ。窓は橙に変わっている。水は七時になるまで来ない。手をカーテンに伸ばしても、手首のバンドは柵につながっている。 サッシの下の壁紙だけが黄金色になって、それが段々拡がっていく。夜勤の看護師の足音が聞こえる。隣の患者はまた寝入ったようだった。とうとうこの部屋に血圧計が持ってこられたので、カーテンを開けてほしいと言ったが、室温が下がるからと尚も開かない。あゝ、と口に出せば、甚く喉元が渇いている。では水を持ってきて欲しい、と言っても、一寸待ってと諭される。今年の年始めは、この手では届かなかったようだ。
鮮魚コーナーで活きなまこが並んでいた。窮屈なビニールの中で揺れている。珍しいと思って手に取れば案外硬い。活魚、というバーコードの表記に多少の疑問を覚えたが、カゴの中でボトルの料理酒と一緒に揺蕩っているのを見ればある程度許容出来た。 夕刻のバスに揺られれば、足元のヒーターで悪くなってしまわないか心配になる。袋の中身は角を曲がる毎に崩れてゆく。一つ救いがあるとすれば、料理酒の柱が辛うじて立っていることだろう。 バスを降りれば、凍てつく手に持ち手が食い込む。只でさえ紅いというのに、指の節は最早青白い。濃紺のコートは先程から白いビニールと冷たい音楽を奏でていて、幾つかの信号待ちと小節を経て、柱はすっかり倒れてしまった。 家に帰れば同居人など無い。強いて言うなら今はこのなまこだけである。封を開けて一時の同居人を取り出せば、しきりにうようよと動いている。刃を入れても、はらわたを取り出しても同じである。本当にこいつは生きているのかと疑いながら三杯酢を掛ける。やっと大人しくなって、何となしに口に放れる気がしてきた。一品だけ出来てしまったので諸々を作りつつつまむ。鍋の中では先の料理酒が茶に染まって煮立っている。台所の白い蛍光灯の音がやけに耳障りに感じた。また同居人を口に入れても、三杯酢の味しかしない。
京都は 修学旅行でだけ バスに乗って お寺に行って お寺に行って また お寺に行って 鴨川というとこに 行ってみたかったのに わたしは制服で となりには 大学生の 気になるあの人 等間隔で 座ってみたかった あの人と 等間隔で
服のほころびから散り散りになった生地が零れ落ちる 日に日に大きくなっていく裂目は、遂には切離されて失う日のことを予告している 昔から今まで恨んでいた親の記憶から、今更になって、良い思い出とは言わないまでも、気遣ってくれた記憶などの愛情の欠片が強く浮き出てきたように思われる それは、子供の頃の夏休みの終わりに似た感情で、「実はずっと幸せだったのかもしれないな」と過ぎた日々を誠に生きてきたのかの後悔を覚えてるのだと感じる それでも、人生で誠に生きていない日などない事も分かってはいるのだけども。 ほころびから零れ落ちる塵が愛しいのにも関わらず、縫うことを億劫に感じてしまうのは、やはり、自分の事だからなのか。限りがある命を自分の手で邪魔したくはないと言う心からなのか。 もし、子供の頃ならば次の朝には糸を通してもらっているのかもしれぬ。
「それでは、決を取ります。死ぬのに賛成の人?1、2、3、4……14人。では、死ぬのに反対の人?1、2、3……16人。今回は危険を認めますので、危険の人?……2人。反対が賛成を2人上回りました。よって、うちのクラスでは死なないことになりました。先生……」 「わかりました。クラスの結論は、職員室に持ち帰り、他のクラス・学年の意見と共に検討しますので、結果が出るまで数日待ってください。それでは、臨時学級会を終わります」 「起立、礼、着席」
「気をつけて、すべりますよ」と誰かに言われ「はい」と答えたとたん、すべってころんだ。 返事の方に注意が行ってしまった。 夜中に降った雪が、今朝の寒さで凍っている。 あわてて立ち上がり、声の主、歩道脇の建物の前に立つ60代くらいの男性に頭を下げた。 「いいえ」と、人の好さそうな顔で返され、「大丈夫ですか?」と心配そうにされた。 「大丈夫です」と答えて歩き出してから、何かかおかしいと思った。 ふりむいて、やはりと確信した。 雪はあの建物の前にだけあり、その前後の路上の雪はきれいに掻いてある。 わざとだったのだ。自分の家の前だけ雪を掻かずにおき、さらに通行人を用心させないため に、雪に足が乗った瞬間に声をかけ、注意をらす。「気をつけて すべりますよ」 「あの野郎!」と思い、男をにらみつけると、男は、あの人の好さそうな笑顔でこちらに頭を下げる。 思わず頭を下げ返してしまった。
ドアがこじ開けられ、一同が書斎になだれ込むと、床にこの家の主人が倒れていた。一目で死んでいるのがわかった。顔の横に数枚の紙が落ちていて、紙には何か書かれていた。拾い上げて読んだ名探偵は絶望的にうめいた。 「残念です。とても残念です。これは詳細に書かれたダイイングメッセージです。ここには何もかもが書かれています。犯人、トリック、事のいきさつ、何もかもです。亡くなるまでにずいぶん時間がかかったようですねえ。これでは私の出番はありません 」 名探偵の心情を思い、誰もが視線を床に落とした。 と、名探偵が首をかしげた。 「いや、ちょっと待ってください。ペンがありませんね、ペンが。ペンなしで、この人はどうやってこれを書いたのでしょう? ペン、ペン、ペン」 名探偵は、あたりを探し始めた。 みんなにこにこした。
彼らは、抗議のためにハンバーガーストライキに入った。ハンガーストライキは絶食を闘争手段とするストライキだが、ハンバーガー・ストライキは朝・昼・晩ハンバーガーだけを食べ続け、抗議の意志を示すのだ。人によっては絶食よりもきついという。 大方の人間はモスバーガーを注文する。少しでもストレスを減らすためだ。
思うようにならない自分の体に焦れているのか、ベビーベッドの中で赤ん坊が手足をばたばたさせる。六つ上の兄の顔を一心に見つめ、言葉にならない声を上げる。 こいつにはくすぐったいという感覚がすでにあるのだろうか? 幼い兄の頭に、そういう意味の考えがふと浮かんだ。 ためしにのどをくすぐってみる。赤ん坊が笑う、脇の下はどうだろう?大笑いだ。じゃあ、足の裏は? 興に入った子どもは、弟をくすぐり責めにする。赤ん坊の笑いが止まらなくなる。 突然、赤ん坊が静かになる。口から泡をふいている。笑いすぎて呼吸困難におちいったのだ。 兄はあわてて母親を呼ぼうとし、彼女が買い物に出かけていることを思い出す。どうしていいかわからず、男の子は仕方なく、子ども部屋に行き、ベッドにもぐりこむ。母親が帰って来た時、自分は眠っていて何も知らない、と言い張ろうと思った。
深夜2時、毎週水曜日この時間に起きる。何か意味があるのではないかと考え続けてちょうど1ヶ月。 私は一つ仮説を立ててみた。 どこかで呼ばれてるかもしれない。最近は転生系のアニメや小説が多くある。もしかしたらそれなのかもしれない。水曜日だけに起こるこの現象。 そう思うだけで凄く心が躍った。次の水曜日の2時、親にバレないように計画を立てる。もちろん転生はできたら嬉しいけど、期待はあまりしない。 だから、家出をするいいきっかけにする。親からの愛がないわけでもなく暴力をされるわけでもない。ただ、今になって気づいた性格だが常に自分の意思を相手に合わせて自分を常に偽ってしまう。一人一人の性格、状況、その時の様子。全てを常に考え、それぞれの人にあったキャラクターでその人と話しをする。一見、当たり前のようなことかもしれないが、小さい時からずっと演技を続けていれば自分というものを見失い、普通のコミュニケーションは取れなくなってしまう。同じような性格の人と会ってしまうとさらにそれが男性てはなく女性と仲良くなってしまうと友達や親友ではなく身体の関係まで発展してしまうことも少なくない… 身体の関係まで愛し合っていいじゃないかと思うかもしれないがそれは違う。私の場合は愛ではなく依存になってしまう。どんなに仲が深まろうとどんなに許せる関係になろうと「別れよう」と言われたらその瞬間は悲しいが、関係をゼロにできるのが今の自分の怖いところである。 ちょっと気分が悪いと思われるかもしれないが、そうやって育てられたのだから仕方ない。普通とは違うと自覚しつつ生きて行くしかない。 だから、この水曜日の深夜2時に起きてしまうのは誰かが自分を救ってくれようとしてるサインじゃないか。自分で動き出すなら今だぞ。っていう『教え』じゃないかと自分の都合のいいように思いたい。 家出をしたら死ぬほど辛い目に遭うと思うし、後悔も凄くするだろう。 それでも今のまま誰にでも優しく、たった1人を愛せずいるのは嫌だ。自分が普通でないと自分で気づけたのならば動いてもいいんじゃないか。 決心はついた。あとは計画を立てるだけ。 自分は一軒家に住んでいるから、そこから考えよう。 1、その日は『カチャっ』とロックされるまでシャッターを閉めないでおく。 2、荷物の用意は必要なものだけ。最悪カードだけでもいい。 3、当日ケータイ持つならば機内モードにして連絡が取れないようにする。 4、音を立てないように鍵を掛ける 5、自分の信頼できる1人の人との繋がりは大切にする。 計画を立てるだけでも楽しく思えてしまう。 「ねぇ、ねぇってば!!さっきからすっごい可愛い笑顔で固まっているんだけど、辞めてくれない?」 何度も何度も作戦を決行しようと考えた。考えたが、この妹がいるから中々行動に移せない。 実は私たちの親はいわゆる毒親で、『関わっていい友人関係』『将来就く仕事』『結婚相手』など全て親が決めるのだ。凄く裕福な家庭だったらありえる話しかもしれない。しかし、私の家は裕福でも富豪でもない。だから自分たちで将来は決めたい。が、私は親の言われるがまま学校、友人や恋人まで全て親によって決められて今にいたる。しかし、私は友人に恵まれて自分の置かれてる現状を教えてもらって自覚して限られた範囲ではあるが、幸せな生活をしている。しかし、私が限られた範囲で幸せそうに楽しく過ごしているのが許せないのか、私の妹を完璧に思い通りに育てたいのか毎日分刻みで予定を親が決めて、できなければ罰が与えられる。そんな生活が繰り返されている。 私が妹の状況について知ったのは2年前、私が高校生になったくらいの年だ。 2年前 「久しぶりにお風呂に一緒に入らない?」 妹が最近元気がなく笑顔になることも減ったことも気になり、妹を誘ってみた。 今思えばその時に誘わなければ、妹の現状を知らずにいたかもしれない。 「お姉ちゃん、私の身体を見ても驚かないでね…。」 妹はそう言って服を脱ぎはじめた。 「えっ」と妹を見て咄嗟に声が出てしまった。 洋服を着ていれば外からは気づくことはできない場所に、いくつものあざができていた。 「どうして!!どうして黙っていたの!」 私は声を張らずにはいられなかった。 「だって…。お姉ちゃんに心配をかけたくなかったから。」 そう言われた瞬間、悲しさと自分が気づかなかったという不甲斐なさを一気に感じお互いに裸だったが、私は妹を抱きしめて泣いた。その時、 「私が誰かに呼ばれてる」のではなく「私たちが誰かに呼ばれている」と考えた。 妹と一緒に最悪な未来を歩むかもしれないが今と変わらない未来よりも、まだ分からない未来に人生を賭ける方が私たちの生きている意味になると思い、妹との家出を決心した。
安アパートは壁が薄く、隣の住人の声も容易にきこえてくる。今日もまた、男と女の会話が。 気持ちの紛らわしに本を手にする。本のなかでは若い女が誘拐された。 「きゃっ」 現実では隣の部屋から女の短い声。本のなかの犯人から電話がかかってきた。隣でどたっと転んだような音とともに皿の割れる音が。 「警察には知らせてないだろうな?」 本のなかの犯人。 「ケガしてないか?」 隣の男のかすかな声。 「女は無事だ、安心しろ」と本のなか。「大丈夫か?」隣の部屋の男。「逆探知できませんでした」これは本のなかの若い刑事。 本をいったん閉じる。誘拐事件の捜査は足止めになる。私のアタマのなかは激しい錯覚が巻き起こり、まるで隣の部屋の男が誘拐犯で、女をさらっていった悪者が粉々になった破片を片付けているかのような。そのうち世界の中心で半熟の目玉焼きをつくってみたり、象の背中のうえで愛し合ったり、密室のなかで目覚まし時計が鳴りやまなかったりしそうな勢い。私のアタマはぐるぐるまわり続ける。 ともかく、隣の女は無事なのか。壁の向こうからは何もきこえてこなくなった。私はあわてて本を開き、誘拐事件の顛末がどうなったのかに気持ちを向けた。誘拐した男と、誘拐された女は、恋に落ち、しかしその結末は、互いの胸をナイフで…… ああ、そうなのか。声がしなくなったのも、無理もないか。
いくらかの喪失感 ふだんどおりのような気も そういった思考のゆらぎすら いつもどおり いまぐらいの時期の夕方 急に空が暗くなって あれ? そう思ったときには もう降り出して それくらいの いつもどおり
月末。 いつものように財布が素寒貧なので買いだめしてあるフライドポテトと冷凍ハンバーグを食べる。 飽きてきたら¥100で買ったネギと味噌と卵を炒めて炒飯を食べる。 それも飽きてきたら蕎麦に乾燥ワカメと天カスと卵を入れてかけ蕎麦を食べる。 このルーチン、プライスレス。
ポエム新落語 一文字シリーズ 誰もが知っている「たき」 時は元禄、今は令和 今宵は、た このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている たぬき 文字を変更 たぬき から たき それからどうした たきにわたり たぬきさんの活躍はすばらしい そのあとどうした その功績を称え 一本締めポンとなる こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ
田舎じゃ、皆顔見知り。 新聞配達してくれるのは、近所の苦学生の兄ちゃん。 散髪してくれるのは、父の幼馴染の理容師さん。 コンビニで会計してくれるのは、大学生になったばかりの近所の女の子。 お客様は神様です、なんてとんでもない。 店員はお客様の顔見知り。 つまり神様の顔見知り。 私が神だと言おうものなら、私も神だと言い返される。 神々の住まう地、それが田舎だ。 「おいこれどうなってんだ! 責任者呼べ!」 だから、都会は最高に気持ちいい。 皆他人。 顔見知りなんて一人もいない。 つまり、私が神様だ。 「こんなもんに金払わせる気か!」 上京最高。 無事、お客様デビュー。