厚い雲り空が秋風に場所を空けていく 君の告白に僕が即答だったのは、いい加減な気持ちではないんだ 君は今年の春に「はじめまして」と挨拶してくれて、それ以来会社では関わりがなかったね。丁度一ヶ月前にうちの部署で研修をすることとなり、そこで僕がコーチすることになった。君は本社の新卒でこの支社で数年現場を経験したら、直ぐに本社に戻るんだろう。その一年目で君と話せたのは僕のラッキーだったよ。 僕はずっと待っていました。君と会えるのを。 初めて君を見たのは幼稚園の頃、僕は小さい頃は集団生活が苦手でよく休んでいた。たまに行くと、いつも元気で、頭も良くて、皆の中心にいて、クリっとした瞳が可愛らしい君をいつも見ていた。一緒に遊びたいけど声をかけれなくて、先生と折り紙をしたりすることが多かった。 幼稚園の劇で君が白雪姫を演じているところを、僕は松明になって応援していた事をよく覚えている。 両親は「一番良い松明だった」と褒めてくれたけど、僕としては君の王子様に憧れていたんだ。 小学生になっても休みがちな僕とは違い、君はどんどんアイドルになって行きましたね。 小学生三年生の頃だったか、遠足でハンカチを落とした友達を移動中、バスの中でずっと励ましていましたね。あの日僕は帽子を失くしました。何だか僕も励ましてくれているようで涙が止まりました。泣いているのを誰も気が付かなかったけど。隣の席の松岡君だけは僕に面白い話をして笑わせようとしてくれていたけど。 小学生五年生になって僕は動いた。僕は君に手紙を書いたんだ。そう、ラブレターを書いたんだ。その日、誰よりも早く教室へ行って、同じクラスの君の机の中にこっそり置いてこようと思って学校に着いたら、教室には既に松岡君が来てた。「早いね」って言うと「予習しようと思って」と教科書を開いていたよ。彼は優しいし頭もいい。勿論、ラブレターは持って帰りました。 中学生になると君は私立で都立の僕とは離れ離れ。君の家も知らないし、普通なら君の事を諦めるだろうけど、僕は何だかいつかまた会える気がしていた。だからその時のために君に相応しい男になろうと色々頑張ったんだ。こんな僕がだよ。 でも、そしたら、ある日君が、会社の朝礼で紹介されていた。「彼女は本社から研修に来ました。皆よろしく」 僕はあの朝礼を端の方で聞いていて、「こんな事もあるんだな」と静かに驚いていたんだ。 だから、この間、君に告白されてた時は即答をしたんだよ。暫くはこの話を君には内緒にしておこうと思う。会ってなかった君を知りたいとも思わないし、大体分かるし。 向こうのPCの陰から僕を見て笑っている君へ 見つけてくれてありがとう。 窓の外は雲の裾から太陽が顔を出している
八十歳の元夫が六十六歳の元妻を刺殺したらしい。八十と六十六。十四。〇歳と十四歳。 年齢が高いほど、二人の年齢に差があっても何の不自然さもないのに、年齢が下がるにつれて一歳差の存在感は強くなる。 歳をとるにつれ毎日が圧縮されていく。私が八十歳くらいになる頃には、今の一日は銅板のごとく薄くなってしまうのかもしれない。 不意に来年で小学三年生になる姪の顔が浮かんだ。今ごろは九九の計算に、右手の側面を黒く汚しているんだろうなと思う。姪と同じくらいのときは1日はとても長かった。なかでも一月と二月がずっと続いているように感じられた。黒板の右端に書かれた今日の日付を見て、まだか、と気が遠くなる思いがあった。何に対しての「まだか」だったのかはわからなかった。ただ漠然と、行かなければならない地点みたいなものがあって、そこへ向かって歩いてる感覚だけがあった。 今思えば、小学校は無限であり、中学校も無限であり、高校のときにようやく一日が縮み出した気がしないでもない。毎日思っていた「まだか」が次第に減っていった。気がつけば大学生になっていた。その頃にはすでに、あの頃に戻りたい、とむしろ考えていた。たちまちのうちに卒業してしまった。四年の歳月を絞ってみても滴ってくるものはほとんど何も無かった。 今私はここに居る。 七と二十七。二十。 私が八十になる頃、この二十の差はどれだけ縮んでいるのだろう。
クラスに天才が一人いました。 天才は、絵を書くのがとても上手でした。 天才の描いた絵は、いつもコンテストで日本一になりました。 天才には、二人の幼馴染がいました。 白い幼馴染と黒い幼馴染です。 白い幼馴染は言いました。 「この子はね、自由にさせとくのが、一番いいんだよ」 白い幼馴染は、天才とはほとんど話しません。 毎日の挨拶でしか話しません。 それが、天才の為だと言っています。 「この子はね、インスピレーションになるものをあげるのが、一番いんだよ」 黒い幼馴染は、天才にいつも話しかけます。 暇さえあれば話しかけます。 それが、天才の為だと言っています。 ある日、天才の作品がついに世界で注目されました。 白と黒。 モノクロで描かれた作品は、世界中の全ての色を凝縮したかの如く、鮮やかでした。 白い幼馴染は言いました。 「ほら、私が自由にさせたから、この子は過去最高の絵が描けた」 黒い幼馴染は言いました。 「ほら、私がたくさんアドバイスしたから、この子は過去最高の絵が描けた」 天才は、今日も絵を描いています。 今までと変わらずに。 白い幼馴染と黒い幼馴染は、今日も天才のために何かをしています。 今までと変わらずに。
『時代はAI! 今はAIがなんでも教えてくれるし、なんでも作ってくれる! AIを使っているかで、今後の人生は大きく差がつく!』 最近、そんな投稿に溢れている。 右を向けばAI。 左を向けばAI。 そしていつだって、誰かと不毛なレスバを繰り広げている。 「AIは、なんでも教えてくれるんだよね? レスバしても時間の無駄だし、いいことないよって教えてくれないの?」 思わずぼくは、AIを持ち上げるFFさんへと尋ねた。 嫌味ではなく、本当に知りたかった。 FFさんも、ぼくの性格を知っているのだろう、ぼくの質問を疑うことなく答えてくれた。 「レスバするとインプが稼げて、お金が稼げるんだよ」 実にシンプルな答えだった。 「それだけ?」 「それだけ」 「AIを使えば、今後の人生は大きく差がつく?」 「つくよ。インプで稼いで数百万円」 実にシンプルな動機だった。 「そのためにレスバ?」 「そのためにレスバ」 「仕事じゃん」 「仕事だよ」 ぼくはFFさんと話した後、改めて皆の投稿を眺めていた。 最近、趣味の投稿をほとんどしなくなっている。 自分だけの投稿ではなく、他人の投稿を引用する投稿が増えている。 右を向けばAI。 左を向けばAI。 そしていつだって、誰かと不毛なレスバを繰り広げている。 「これが、令和の豊かさってことなのか?」 投稿だけで、お金を稼ぐ。 泥臭い訪問営業と比べれば、実にスマートな方法だ。 一方、他人の生き方と思想にケチをつけ続ける人生が、他人と差をつけた人生なのかとも思う。 皆に返信して訊いてみたくなったが、レスバが面倒なのでやめた。
君は右目が少し大きい。 角度によっては誰よりも美しい目をしている。 僕にとっての大切な宝物。 その素敵な目を授けてくれたのは誰なんだろう?と蛍光灯のついた部屋で考える。 でも人工物におおわれた部屋では考えがまとまらない。 月明かりが見たくなる。 でも外は雨。 優しい目は昔動物園で見た象の授け物かも知れないと思う。 あるいは僕がまだ狩りをしていた頃許しを請うような目で見ていたマンモスの物かも知れないと思い至る。 狩りとは罪なのか? でもあなたは私を狩ったじゃない、と君は言った。 今日も豚肉を食べた。 命を頂く、その行為に少し罪を感じる。 月明かりが見たい。 明日も太陽は雲に隠れているだろう。 長雨は生き物たちの連綿とした繋がりを考えさせる。
窓を開けるのが待ち遠しい朝 おはよう そういってくれるわけではないけれど わたしをあたたかく包んでくれるのは しっかり心と肌で感じられる そんな確からしさ 気にしてしまっているのだ そうそう容易にはふり切れないものなのだ ある種の思考の持ち主が存在してしまう そのことへの確固たる嫌悪 まったくね、妙な世のなかよね それでも少しずつ改善はしてるのかな 経過観察の毎日は、あたたかな飲みものから 秋の空がね 笑っているのだと感じられるなら
朝早く、窓際に置かれた文机に、年寄りの男が座った。 便箋を前に、万年筆を握っている。 横には、分厚い英和辞典が置かれていた。 「あんた、何してんの?」 妻が声を掛けた。 「手紙だ」 「はぁ……誰に出すんだ?」 「あいつだ」 ニュース番組に映る、大きな男を指した。 「俺らの生活がキツいの、あいつのせいだろ」 指で机を叩いた。 「まぁな。でも、読んでくれないだろ」 「大丈夫だ。考えがある」 ニヤけ顔の男。 「友だちの友だちをたどると、7人目であいつに届く」 「バカなこと言うな」 「俺も知らんよ。でも、そうなってるらしい」 手紙を書き終えると、封筒に便箋を入れた。 「で……最初は誰に渡すんだ?」 「あぁ、公民館の将棋仲間だ。大学出らしいからな」 男は、封筒を手に家を出た。 ──数日後。 「おい。いるか?」 近所の魚屋のオヤジが訪ねてきた。 「おぉ、どうした」 「ちょっと、頼みがあってな」 その手には、見覚えのある封筒が握られていた。
「焼肉よりやきとりのほうが好きでしょ?」 「え、なんでわかった?」 「そんな感じだもんね」 「そんなってどんな?」 「へへっ」 ズっちゃんは、ずいぶんとご陽気の様子だけど、僕はそこまでの気分にはなれないでいる。仕事で大きなミスをやらかしてしまった。なんであんなことになったかなあ。 「ふふふ~ん」 こっちの気も知らないで。言ってないからしかたないけど。ズっちゃんは鼻歌まじりにやきとりの串を思いっきり横に引く。 「ふふふふ~ん」 すこしは合わせてくれてもって思っちゃうよ。 「わたしって、タレより塩って感じでしょ?」 「どこがさ?」 「やだなあ、もう」 「え、何がさ」 「へへへっ」 無理やり自分のペースに引き込んでくズっちゃんのスタイル、嫌いじゃないけどね。いまは、ちょっと… 「もう一杯、飲むでしょ」 「あ、え」 「すいませ~ん」 ズっちゃんが生ビールを注文する。僕の返事も待たず。と言っても、僕は止めない。それが無駄だと知っているから。 店員が行ってしまい、ズっちゃんが振り向きざま言う。 「まあ、元気出しなよ」 「え…」 「なんて、何も知らないんだけどさ」 ズっちゃんが枝豆に手をのばす。僕もつられて手をのばす。 ほんと、何も知らないくせにさ。 ほんと、ありがと。
俺はオセロが大好きだ。オセロをこよなく愛している。今日もスマホでオセロをしている。授業中だろうが気にしない。なぜなら俺はオセロが好きだから。 「おい。お前、何時間やってんだよ。」 俺の友人が隣で囁く。 「は?いいだろ。好きなんだよ。」 そして俺は順調に角を取る。 「はいっ勝ち〜」 俺はここのところ毎回勝っていた。 俺はオセロからも愛されているのだろう。オセロで俺に敵うものは誰もいない。 授業はいつのまにか終わっていた。 「は?お前それ1番強いAIのやつだろ?すご。いや、やり過ぎだろ。」 友人に凄いと言われ、調子が良くなる。 「あーあ。なんか弱過ぎてつまんないかも。もっと強いAIないかなぁ。」 そして俺はそう呟いていた。今思えば、そんなこと呟かなきゃよかったのに。 「あの…。急に話しかけてごめんなさい。オセロ、良かったら対戦してくれませんか。」 俺は思わず肩をあげる。声の先にはクラスで静かな女子がおずおずと後ろに立っていた。 「あ、いいっすよ。」 俺に対戦を挑むとはいい度胸じゃんと思った。どうせ俺が勝つんだ。俺が勝ったらお前は泣くんだろ。やめとけばいいのに。 そうして俺はその女子と勝負した。俺は黒。そいつが白だった。 だが、始まると共に、俺は焦り始めていた。 そう。勝ち目は最初からなかったんだ。 そいつの思い通りに俺はまんまと嵌められる。 ついには角を取られてしまう。 へ〜すごい。という友人の声は、俺にではなく、そいつに向けられる。 俺は焦る。焦るほど駒は白く染まる。 正義は必ず勝つと言うのか。 いつのまにか黒なんて初めからなかったかのように、白だけになった。 「…まじか。」 俺は呆気に取られてしまった。泣きたいのは俺の方だった。どうせ馬鹿にされるんだ。そう思ってそいつの顔を見る。だが、そいつは俺を煽りもせず、満足そうな顔をした。 思わず俺の心が跳ねた。 なんだ今の。 まるで、角に駒を置かれたかのようだった。 「…また、やってもいい?」 その子、いや、そいつはそう言ったんだ。 「…ああ。まぁ、今回は手加減しただけだから。勝たせてやっただけ。次は勝つから。」 俺はそんなこと思ってもいないのに、強がって口走ってしまった。だが、その子は微笑んだだけだった。
どこからか、鳥の囀りが響く。どこからか、優しげな風が温度を運んでくる。 緑に彩られた丘の上、晴天の下。私は、いつかのベンチに座ったまま、町を見下ろす。 眠りから目覚めたばかりの私は、眠い目を擦る。 ずっと、長い夢を見ていた気がする。途方もないほどに、長い夢を。 同じ場所をぐるぐる廻って、同じ場所に辿り着くような、そんな夢。どうしてかと聞かれて、何も覚えていない私には何も答えられない。 ただひとつ記憶の片隅にあるのは、何かを捜していたこと。誰かを、追いかけ続けていたこと。 結局辿り着けないまま冷めた夢のどこかで、誰かと同じ果てを見る。そんな、夢のまた夢をも、見ていた。 辿り着いた先の世界、夢から覚めた私は、理を見つめた。 そして、全てを忘れぬまま、貴女の夢を視ていた。
午前0時。 小高い山の頂に、30人ほどの男女が集まった。 「さぁ、皆さん。始めましょう」 銀色の三角帽子を被った男が、声を上げた。 男女は円を作ると、その中心に男が立った。 「ウィーン、ウィーン、ウィーン」 両手を挙げ、立てた人さし指をクルクルと回した。 「皆さんも、私と同じように」 夜空を見上げ、人さし指を回す。 「声を出して、願いを込めるのです」 「ウィーン、ウィーン、ウィーン」 「もう、すぐそこまで来てますよ」 山頂に、冷たい風が通り抜けた。 地球の遥か上空に、1機のUFOが止まった。 「艦長、呼んでますけど……」 モニターを覗き込んだ。 「そうだね」 「コンタクト取りますか?」 艦長は、苦笑いしながらモニターを消した。 「金貸せって言われてもね」
好きな人に告白した後どうしていいか分からない 「告ったの?」 「話したこともない」 学校終わりに友達とラーメン屋で鬼辛というラーメンを頼んだ。 一口目でヤバイと分かって、友達と拷問の様な食事を何とか済ませ、今はミニストップの前でハロハロを食べている 友達は彼女がいて、付き合って二年になると言う。 僕は彼女がいたこともないし、告白したこともない 「好きな人はいるんだ?」 「…うん…」 「誰よ?」 同じ学年の女子で藤岡と言う人がいる。彼女はどちらかというと休み時間に本とか読んでいそうな、静かなイメージで、話している所もあまり見たことないが、いつも決まった友達と固まって行動している。 「藤岡さんって分かるだろ?」 「おっ、うちのクラスの藤岡?分かる分かる」 「話したことある?」 「あるよ」 友達の話によれば彼女が藤岡さんと同じ中学だったらしく、彼女といるとたまに話すことがあるらしい。 「どんな人なの?」 「いや、あのまんまだけど。…あっ、確か引っ越すんじゃなかったけ」 「え!?なんで!」 それは知らないけど…と友達は知っている情報を全て話してくれた。彼女はクリスマス近くでアメリカに引越することになるらしい。父親の仕事の関係らしいが、何の仕事なのかは聞いてないと言う。 クリスマスまであと3カ月 早く告白しないと 「好きです」と伝えないと一生後悔すると思う たった4文字を発言すれば良いのに、どうして言えないんだろう 「そんなに好きなんだな」 「そうなんだよ。これが」 「でも告るのって難いよな」 「でも頑張る」 「手紙は?」 「そうか!」 手紙に思いを書き出して渡せば、僕の気持ちが彼女の側にいることが出来る。(捨てられたら元も子もないが)でも、何もしないよりマシだ。 「あっ!!」 「何だよびっくりした」 「藤岡は…彼氏いるぞ」 「…………」 「…泣いていいぞ」 「…それにしても、ラーメン辛かったな」 「…………」 「お前が何で泣くんだよ」 「…お前が…不憫でな」 「うるせぇよ」 帰り道、二人であのちゃんのモノマネを全力でやりながら帰った。 訳がわからなくて泣くほど笑った
ある日の夕方。 テレビのローカルニュース。 アナウンサーが原稿に視線を向けた。 「今日の午後、17歳の高校生が民家に忍び込み、現金3,000円を盗んだ容疑で逮捕されました」 画面に、口元だけの女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。 「次のニュースです。 今日の午後、17歳の高校生が地元サッカークラブへの入団を決めました。契約金は3,000万円だそうです」 画面に、笑顔の女が映った。 『挨拶もきちんとできるいい子よ。 そこの公園で、いつも一人でサッカーボールを壁にぶつけてたわ』 モニターを見るアナウンサーが、小さくうなずいた。
会議で配られた重要書類の端っこに、ぽやん、の文字。自分で書いたのだと思うその言葉に、私のアタマもぽやんとなる。どういった心境によるものか、自分の過去の思考がわからない。まあ、きっと、ぽやんとしていたのだと思うけど。 「ずっと眠そうにしてたな」 会議が終わり、ひとりで部屋の片付けをしていたらひょっこりあらわれた課長が言う。え? となって、あああ、と納得し、ぽやんについても腑に落ちた。やけに筆圧の弱い字だったしな、と。 「夜おそくまで本でも読んでるんだろ。最近のお気に入りは何かな」 そうやって、お前のことは知り尽くしてるんだ、カラダの隅々まで、みたいな言いかた、もうしないでほしいのに。過去のこと。出来事も、私の気持ちにしても。 「まだ公にはされてないんだけどね」 言って課長は近づいてくる。関係の終わりを切り出された距離を思い出す。 「今度、転勤になる。福岡だ。キミには言っておこうと思ってね」 「なんで私?」 「みんなより先に知っておいてもいいだろ」 「知らなくても困ることじゃないけど」 「そうやってさ」 課長の手が私の左肩に置かれる。つかむのではなく、ただ置かれた手に力はなかった。 「昔みたいに話してくれてうれしいよ」 ああ、この人もちゃんと男なんだな、と思った。昔の女の前ではきちんと過去を引きずってくれるちゃんとした男なんだ、と。あなたとの三年は、魅惑的で、華やかで、輝きにみちた日々の連続だった、楽しさも、さびしさも。でもそれはやっぱり過ぎてしまったこと。もう一度と望む自分はすでにいない。ほかの男と同じように、そんなことを考える自分にしても。 「福岡から戻ったらいよいよ昇進ですね。部長とお呼びすることになるんでしょうか」 「そう、うまくいくかな」 私とのことだってうまく隠し通せたあなたなら、と、それは言わない。部長になったら私のこと引き上げてくださいね、そんな浅ましいことも思っていない。この人が戻ってくるころ私は、ここにいないんだろう。知らないままこの男は福岡へと旅立つのだ。仕返しとでも思うかな。そんなつもりまったくなくて、だからただ、過去のことってだけなんだな、と。
ようかんをたべるとき 凛とした気持ちになって 背がピッとなる 錯覚か 気のせいか 思いちがいか ようかんをたべるとき 凛とした気持ちになったほうが おいしく感じられる 錯覚でも 気のせいでも 思いちがいでもなく
黒く黒く黒い何かが、溢れ出そうとする。今日も、時間だ。 太陽が沈んで、夜になる。星の輝き始めた冷たい空に、暗い闇が降りてくる。それと同時に、僕の両手の平から、ひどく濁った灰色の、ヘドロのような液体が垂れ始める。やがてそれは、腕、肩胸や首と全身に広がっていく。泥でびしょびしょになったような奇妙な感覚に体が重く、いつも、いつもいつも、吐き気がする。 指の先から頭のてっぺんまで、どんよりとした灰色に染まり、体が引き寄せられるように、外に出る。今日僕は、何をしてしまうのだろうか。 怖くて怖くて仕方がない。夜になる度、怪物となる僕は、自分の意思とは関係なく動いてしまう。夢を見ない夢遊病なんて、洒落になっていなくて、やっぱりそれにも、吐き気がする。 怪物の僕は、毎夜違うことをするが、一つだけ、絶対に同じ行動をする。 着ていたパーカーのポケットから、酒を取り出して浴びるように飲む。零れた雫が地面を濡らし、明日には乾いていることを勝手に期待する。缶を放り投げると、もう一度ポケットに手を突っ込み、今度はエナジードリンクを掴み、喉に押し込む。炭酸がお腹に沁み、また吐き気。 パーカーに入っていないと、誰かから獲るか、金も払わずお店で飲んでしまうから、昼間にうちに買っておき、そしてその日の終わりに消費する。 しばらく町を彷徨っていると、急に寒気がした。いつもはないことなのに、どこかへめがけて走り出す。僕はどこに向かっているんだろう。そしてそこで何をするんだろう。 三分程行くと、自然と足が止まる。怪物の姿だからか、全く息が切れていない。暗闇に目を凝らすと、うっすらと月明かりに照らされた人影が見える。 ああくそ。直感的に分かる。こいつは僕の敵だ。僕にそっくりなその体は、僕と正反対の白色をしている。固まっていない石膏像のような姿に、僕もこう見えているのかと吐き気がする。 無造作にお互いが近づき、足元からそれぞれの色の液体が流れ落ちる。 吐き気がする。 両者の中間辺りで交わったそれは、シューシューと音と煙を出しながら、蒸発していく。 吐き気がする。 液体の流れる速度が増す。洪水のように、僕まで流されてしまうんじゃないかと思えるほど。 吐き気がする。 目の前で火花が散った気がした。よく見ると、濁った灰色の隙間から、肌色の二の腕が覗いてる。 吐き気がする 白い人影の方も同じように、少しずつ、少しずつ、中の人間が現れているようだ。 吐き気がする。 液体の流れる勢いが急速に弱まる。もうすでに、足まで露になってきている。 ああ。 吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。 黒と白の液体が、一滴も残ることなく、消えきった。 吐き気がする。まだ体に馴染まない。この身体の持ち主は、私の体であったものと一緒に抜けきった。もうこの身体には、私の精神しか残っていない。吐き気がする。あとは、あの白いのを、殴り殺すだけ。
マヨネーズが好き 味も あの色も 嫌なこともある 手に うすくついては 手をテカテカにしてしまう 悲しいこともある 残りが少なくなっては ばへっ と哀れな音を出す それでも マヨネーズが好き
ある日思いついた 「…俺は神なのかもしれない」 友達が言った 「そんなわけないだろボケ」
郊外の小さなアパート。 母親と男の子が暮らしている。 「これ、たくさん作ったの」 隣に住む年配の女性が、夕飯の余りを持ってきた。 「いつもありがとうございます」 中身を見ずに、冷蔵庫へ入れた。 男の子が、母親を見上げる。 「保育園、行こうか」 ヘルメットをかぶせ、後ろに座らせた。 「おはようございます」 「先生、おはようございます」 「これ、どうぞ」 保育士が、一枚の紙を差し出した。 「申請すると、町から支援金が出ますよ」 「いつもありがとうございます」 母親は折りたたんだ紙をカバンに入れ、自転車をこいだ。 「係長、おはようございます」 「子どもさん、大丈夫? 必要ならシフト調整するからね」 「いつもありがとうございます」 小さく頭を下げた。 ──その日の夜。 子どもを寝かせると、冷蔵庫からビールを取り出した。 「別に、そんな困ってないし……」 一気に飲み干し、もらった余りを箸で突いた。 「今日は何回……」 苦笑いで、電子タバコをくわえた。
曇りなき 心の月を 先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く 伊達政宗
『キュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです』 私のスマホから、アラートが鳴り響く。 私はすぐにスマホを取り出して、アラートの停止ボタンを押すが、時すでに遅し。 私の周りを歩いていた人たちは、皆私に注目している。 私がそっと顔を上げて振り返ると、さっき私とすれ違ったばかりのイケメンと目が合った。 あー、ばれた。 これで、誰が誰に一目惚れしたのか、完全にばれました。 「えーっと」 強制的に発生した告白イベント。 「ごめんなさい。ぼく、彼女いるんです」 結果は、完全な惨敗だ。 「い、いえ! こちらこそ、すいませんでしたー!」 私はいたたまれない気持ちになって。その場から逃走した。 さっきのイケメンは、当然追ってこない。 一人か二人、スマホのカメラが私の方に向いてた気はする。 でも、止めろと言ってる余裕はない。 ああ、国を恨む。 若者の恋愛離れを食い止めるためだか何だか知らないけど、一目惚れしたら即座に相手に伝えることで恋愛に繋げようとするなんて、原始人の発想だ。 私は憎々しげに、腕に巻かれたブレスレットを睨みつける。 この脈を測る機械、何度破壊してやろうと思っただろう。 「はあ」 路地に隠れて一息を突く。 一目惚れと、それがバレた恥ずかしさ。 ついでに全力疾走したせいで、私の顔はまっかっかだ。 「あー、やっぱ引きこもり絶対ジャスティス」 私は体力が回復したら、さっさと家に帰ろうと決めた。 外は、目に毒なものが多すぎる。 手で自分をパタパタと仰ぐ。 顔がほんの少しだけ冷えて、気持ちが落ち着いてくる。 『キュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです。キュイキュイキュイ。一目惚れです』 その瞬間、近くでアラートがなった。 「お? お? なんだなんだ! パーティーか!?」 私は路地を飛び出して、音のする方へと走り出した。 ああ、これだから、国にアラートを失くせと要望出せないし、外に出るのをやめられないんだ。
「失礼。煙草を吸っても?」 「どうぞ。一日で何本ほどお吸いになられるのですか?」 「一日一本だ。決まった銘柄だけ」 「なぜ?」 「彼女は、これしか好まなかったから」 「なるほど。あちらにベンツが停まっていますね」 「ああ」 「お探しの相手は、あそこに」 「……感謝する」
ハリボテの世界で最高潮を迎えられる訳がないのである。 おお哀れなり。 夜なので何様!?という思考になる。 ごめんなさい。
餌を運ぶ蟻を見下ろす子供がいる。 「うわぁ。気持ち悪い」 子供は特に意味もなく、蟻を踏み潰した。 高層ビルの屋上から交差点を見下ろす男がいる。 「あぁ、気持ち悪い。統率もなく動く様のなんと気持ち悪いこと」 男はネクタイを緩め、爆弾のスイッチを押した。 山の上から人間を見下ろす巨人がいる。 「人間は増えすぎた。気持ちが悪い」 巨人は躊躇うことなく、身の丈ほどの槌を振り下ろした。 天の彼方から地球を見下ろす神様がいた。 …もう既に宇宙の意思によって消されたけれど。
他人を攻撃すればドーパミンが出てイケルノダロウ。 生物の本懐。 そして僕はまた不能になる。 おおジーザス。
「ああ! また忘れた!」 お風呂を出たら、バスタオルを忘れていた。 これで二日連続だ。 ビチャビチャの体のまま部屋まで戻って、バスタオルを手に取り体を拭く。 「もお! 最近、忘れること増えたなあ。老化?」 下着をつけて、パジャマを着る。 そして、スキンケアをするために洗面所へと戻る。 「ああ! 洗顔料切らしてたの忘れてた! 化粧水も!」 そこでまた、忘れ物に気づく。 保湿ができないなんて耐えられない。 本当はお風呂の後に外へ出たくはないが、仕方ない。 私はしぶしぶ、コンビニに行く決意を固める。 「はー、めんどくさい」 パーカーを羽織って、サンダルを履く。 財布と鍵を持ったことを確認して、扉を開ける。 扉の先には、全てが消えてなくなった世界が広がっていた。 しばらく唖然として外を見た後、私は急に思い出した。 「そうか。世界は滅んだんだった」 せっかく忘れていたのに。 私は無言で扉を閉めた。 忘れよう、都合の悪いことなんか。
例えば マックでポテトでも食べながら延々とお話したりして過ごしたり、窓の外を行き交う人々を観察して楽しんだり、お互いの過去の記憶の扉を少し開けて見せ合ったり、そんな過ごし方が出来れば良いんじゃないかな 私は、出かけるとなるとお化粧したり服を選んだり気を使うことが多くなるから、休みの日くらい気楽に過ごしたいの。だから、部屋で部屋着のまま、ゴロゴロ過ごしたいわ 君らしいね。 私は私よ 友達の紹介で知り合った彼女は飾らない性格で思った事を言うタイプだ 僕としてはその性格が有難く出来ればこのまま彼女と一緒に生きていきたい。 ただ、僕は彼女を紹介してくれた女友達とたまにセックスをする。別に付き合っている訳ではなく、たまに会ってセックスをする関係なんだ。ちょっとややこしくなってきたから仮に名前を付ける。 僕の彼女はミケちゃん そして僕の彼女を紹介してくれた女友達。そして僕のセフレ。メガネちゃん。 メガネちゃんは彼氏がいて、来年結婚予定だ。メガネちゃんと彼氏は会社の同僚みたいでメガネちゃんが入社して割と直ぐに付き合ったらしい。 僕はメガネちゃんに「結婚したら僕との関係は解消になるよね」と聞いたらメガネちゃんは「何で?」と答えた。彼女の中では、それとこれとは話が違うらしい。 僕の彼女のミケは、僕とメガネちゃんの関係を良しとはしないだろう。以前、ミケは「君と出会ってなかったら、私はあのまま室外機の横で酔いつぶれた人生を歩んでいたと思う」と言っていた それ以来、ミケの過去をあまり聞かないようにしている ただ、男性に対して、何と言うか、柔軟ではない。そんな感じがするんだ。 あと、ミケは面倒な事を嫌う。 例えば、朝ごはんに目玉焼きとウィンナーとズッキーニを焼いたとする。それをお皿に乗せて、お茶碗にお米をよそって、それをトレーに乗せて彼女に渡すと「お米を目玉焼きの皿に乗せてワンプレートにすれば良いのに」と言ったり、茹でた素麺と汁を一緒に出すと「ここにかければ良くない?」と言って汁を素麺の山に掛けてしまう。ただ薄くスライスした林檎は「おいしい」と食べてくれる とにかく、メガネちゃんとの関係をミケに言ったら「じゃあ、メガネちゃんで良いんじゃない?」と、あっさり別れてしまうだろう。 このまま、ミケには内緒でメガネちゃんと関係を続ければ良いのだけれど、僕は段々とミケを好きになっている。勿論好きだから付き合ったのだけど、何ていうか、大切なとても大切な人だと思っているんだ。 こんな事を思っていたらいてもたってもいられなくて、仕事帰りのミケを駅まで迎えに行く事にした。 帰宅ラッシュの駅の改札で、いつもミケが乗る電車が到着する。 トイレの水を流した様な勢いで改札から人が出てくる。その中でミケを見つけた。ダボついたデニムパンツにオーバーサイズのTシャツを着てゆったり歩いてくる。ミケらしい。ミケは楽しく話しながら改札の前で止まる。隣にいるのは、インド人?の様な海外の人で、ミケは外資系の会社で働いているので、会社の人なんだろ。ミケは彼と別れる際キスをした。 インド人の彼はまたホーム戻っていく。軽く手をミケに振りながら、ミケもゆったり手を振っている。人混みの中で、静かに。 さっきも言ったが、ミケが彼とキスをした。 チュッくらいなら「海外はキスも挨拶代わりなんだろうな」何て思うかもしれないけど、しっかり舌を絡ませていた。ここからでも分かるくらいしっかりたっぷりと。 ミケはそのまま改札を出て家に向かう。僕たちの住む家に。
「秋だな」 「何ですか急に」 文芸部の帰り道、今田先輩が詩人のようなことを言い出した。 「夕方が涼しくなってきた」 「まだ暑い気がします。残暑感ありますね」 学校から最寄り駅までの道はそう遠くない。歩いて十分程度の距離。だから普段は特に誰かと待ち合わせることもなく、部活動もそこそこに一人で帰る道だ。 なのに今日は先輩が同じ方向だからと、金魚のフンみたいにくっついてきた。 『何か二人で話したい用事でもあるのかな』 「今田先輩」 「ん」 「個人的に何か話したいことでもあったんですか?」 「……」 先輩は立ち止まった。私も歩みを止め振り返る。 「分かるか。やはり」 「そりゃあ、タイミング合わせてたし……」 「当てて」 「は?」 「当てて? 用事」 め ん ど く せ え。 出たよ。今田先輩の面倒くさいノリが。文芸部でも何でもクイズ形式にして出題するから、真面目に活動している部員には避けられているんだよね。 ま、応募の締切間近でなければ、皆んなでワイワイとするクイズは楽しいし、悪い人ではないんだけれど。 「私に愛の告白とか」 「おしい」 おしい!? 「う。具合が悪くなってきた」 「大丈夫か?」 『あんたのせいだよ』 と、ツッコむ元気も出ない。 愛の告白に近い用事……? 帰りたい……。 「ヒントください」 「ヒント。秋めいてきた」 「ヒントだったんだあの雑談」 「ヒントその二。部活が終わって俺は小腹が空いている」 「はぁ……」 「ヒントその三。今日から秋の新作スイーツがコンビニに売ってる。和栗アイスがバズってた。食べたい。誰かと新作アイスの美味しさを共有したい」 「それ、もう答え言ってないですか?」 先輩はニヤ、と得意気に笑うと大股で私を追い抜く。 「正解! 先輩が奢りまーす」 「わーい。やったぁ」 私ったら反射的に喜んでしまった。少し棒読みだったかもしれないが。 足早の先輩の数歩後ろをついていく。一番近いであろうコンビニに立ち寄ると、先輩は無駄のないお会計を済ませ、例の新作アイスを二つ買った。 コンビニのすぐ脇で立ち止まり、その内ひとつの封を破りこちらに渡す。 茶色い棒アイスだった。カフェオレ味にも見えるが、パッケージには栗の写真が載っている。 私は先輩が二つ目のアイスを開けるのを待った。 「ご馳走様です」 「召し上がって〜」 先輩はアイスをチンッと合わせて乾杯の動きをした。チンとは鳴らない。キンキンだから、キン、かもしれない。 先輩はアイスを一口齧ると、ん〜! と唸った。私もひとくち頬張る。 すごい! ねっとりと濃厚で芳醇な栗の甘みと香りがする! これが、新作の和栗アイス……。 「どう?」 「高そうなお味です」 「ちょっとよいお値段する」 「ですよね。おいひいですね」 「小説入賞おめでとう」 「え?」 想定していない言葉に驚き、アイスがひとかけ地面に落ちた。先輩の顔を見ようとしたが、後ろ姿だ。 先輩は早々に自身のアイスを食べ終え、棒や袋をゴミ箱に捨てているところだった。 「ミンナニハ、ナイショダヨ」 振り向きざまにふざけたかと思うと、先輩はじゃ、と片腕をかかげ走り去っていく。 「ちょ、ちょっと先輩!? まだ私食べひぇ」 慌ててアイスの棒を突っ込んだ口から間抜けな声が出た。しかし聞かれる心配もなく、先輩の姿はもう小さくなっていた。 「行動力の化身か」 やっぱり今田先輩は悪い人じゃない。ただちょっと、いやかなり不器用なんだと思う。 「秋だな」 爽やかな栗の甘さが喉を駆け抜けていった。
「皆の者、静粛に。静粛に。」 司祭様が大きな声で仰せになられ、そして、祝福の言葉をお掛け下さった。 「今宵、約束の刻だ。重力の名の元に、皆に平等な終わりが訪れるだろう。しかと目に焼き付けるのだ。重力の名の元に!」 「「重力の名の元に!」」足元にひれ伏す私達の声が重なる。 そんな中可哀想なことにも、この地球という星と、剣の星の偉大なる力に気付いていない人々が、我々を指差し嘲笑いながら通り過ぎていく。しかし、そんなことでは我々は怒らない、考慮しない。なぜならもうすぐ、この星にあるあまねく全てが一様に潰れるからだ。そこには善も悪存在しない。 約束の刻、二一九九年四月一日の十二時ぴったり。つまり今日の正午に、剣の星という巨大な惑星が地球に近づき、そのあまりの重力に、ありとあらゆるものが地球ごと吸い込まれ、ぺっしゃんこの煎餅となる。 残り時間、三分。泣き出す者も現れた。うるさい。最後の時くらい静かにさせてくれ。 司祭が言う。 「重力の名の元に!」 「「重力の名の元に!」」 「重力の名の元に」 「「「重力の名の元に!!」」」 「重力の名の元に!!」 「「「重力の名の元に!!!」」」 そして、はたして。 静寂。 ………時間を過ぎた。 一秒、二秒。一分。なにも起こらない。 どよめきとざわめきと、たくさんのものを混ぜた音が響く。 突然、司祭が笑い出した。 「ふはっ。ふはははははははははははははははははっははははははははははは。お前らほんと面白いな。エイプリルフール、おめでとう!丸一年も馬鹿だったなあ!!」 なぜか、先程までは無視できていた通り過ぎていく人の声が嘲りが、大きく聞こえる。恥辱と苦痛にまみれ、頬が熱くなる。
本当に幸せな人ほど、それをSNSで見せびらかさないんじゃないか。目の前に座る友人のアリサの存在は、私にそう問いかける。彼女は私の前で滅多にスマホを使わず、ロクシタンのハンドクリームで手入れした手指は軽やかで、指先に桜貝のような上品なネイルを施していた。時刻の確認は、左手に付けたカルティエの華奢な腕時計に任せている。 不幸せな自認のある私も、SNSなどしていなかった。見せびらかす幸せもなければ、弱音を吐露して仲間を作り、傷を舐め合うエネルギーもない。メンタルクリニックへの通院歴はもう3年にもなる。そんな私がなぜアリサと高校時代からの友人であり続けられるのか、私が1番不思議でならなかった。アリサにはメンタルクリニックなど最も縁遠い場所のように思えるし。 「綺麗な景色だねえ」 国立公園内にあるカフェで、窓の外の青空と草原を眺めながら、目を細めてアリサは話す。 「だね」 短く返答した私は、カフェの中で最も安かったアイスコーヒーをすすった。アリサも同じものを飲んでいる。彼女はシュガードーナツを二つ頼んで、やっぱり食べきれそうにないと言って私に一つくれた。これはアリサの常套手段だった。本当に買い過ぎて食べきれないわけではない。経済的に余裕のない私に、同じものを一緒に食べて欲しくてわざとやっているのだろう。こんなことをされては腹が立つ人もいるだろうけれど、私はアリサの愛だと思って感謝し、なんだかんだと食べさせてもらう。むしろ、この気遣いをされなくなった時が、いよいよ私たちの潮時なのだと思っている。大手企業で働く彼女の月収は、今の私では到底手にすることのできない額に違いなかった。もしかしたら、一生そうかもしれない。 「最近どう?体の調子は」 「ぼちぼちだねえ。去年の今頃よりはいいかも」 「そう!それは嬉しいね」 アリサはにこにこと笑った。高校時代から変わらない、特徴的なえくぼが見える。 アリサの方はどう?と今の私は聞き返せない。聞いてやれない。普通なら聞くべき。でも、湧き出るであろう羨望に耐えられない。だから私は、まだ手をつけてなかったドーナツを頬張り、話題を変えた。 「このドーナツすごい美味しい。なんか食感がもちっとしてるし、でもふわってもしてるし、すごい好き」 「ね!美味しいよね!やさしい甘さだし」 またアリサはえくぼを見せた。確かにドーナツは美味しかった。久しぶりにこんなに美味しい甘いものを食べたなと思った。そしたら何故か、腹の奥から込み上げる熱い熱が、両目の奥へと到達してきた。 まずい、どうしてこんなタイミングで。何が引き金だ。わからない。あまりに美味しくて?嬉しくて?それとも自分が惨めで? 両目にみるみる溜まる涙が、ついにあふれ、こぼれていった。 「どうして私とまだ仲良くしてくれるの?」 言葉にするはずのない想いが口から漏れ出た。アリサに会う度に感じるその想いに、私は都度蓋を閉めてきたのに。高校時代だって感じていたアリサと私の明らかな「違い」を、正面から受けとれず、見過ごしてきたのに。 アリサは私の涙に驚き、口を開いたまま一瞬固まった。けれどすぐ鞄からポケットティッシュを取り出し、私の右手に渡した。私はそれを受け取っても、すぐにティッシュを使う気になれなかった。そのまま目線をティッシュに落としたまま、くしゃりと握り、ぼろぼろとこぼれる涙の生温かさを感じていた。 「あなたが、良い人だからだよ」 アリサがゆっくりとした口調で、私を覗き込むようにして言った。いつにない真剣なまなざしで、涙でにじんだ私の両目を貫くように見つめた。 「良い人でいるのって、大変なことなんだよ。あなただけが、私がクラスでいじめられた時、加担しないでくれたでしょ?それだけで、信頼できる良い人だって、わかったんだよ」 「そんな一回っきりで?」 「一回きりじゃない、いろんな時に、あなた自身も気づかない時に、あなたは私の信頼を勝ち取ってる」 「でも……メンクリに通院してるよ?」 「それがあなたが良い人で信頼できる人であることとどう関係してるの?別の話でしょ?」 「私は……自分で自分を良い人だなんて、思わない……」 「あなたがそう思っても、実際良い人なんだもん」 アリサは困ったように眉をハの字にした。口も、梅干のようにつぼめているのを見て、私はつい吹き出した。 「何よ、だもんて」 「そうなんだもん、あなた良い人なんだもん」 「また言うし」 「あなたが元気でも元気なくても、私はあなたが好きよ。でもあなたが元気だったら、自分のことのように嬉しい」 その言葉に、今度は身体全体が温まっていくのを感じた。さっきまでとは違う種類の涙が流れていっているようだ。私は、久々に、嬉しくて泣いていた。そしてやっと、握りしめていたポケットティッシュを開けた。
まあプレーが汚い。 品もない。 重要な場面になると逃げる。 俺もそう。 こんなに似ているのに仲良くできない。 世の中の不思議。
待ち合わせの時間に行ったのに、相手はいなくて、まあいいかと5分、10分待って、おかしいなとスケジュールを確認すると、待ち合わせの前日だった 晴れの予報なのに、空は曇っていて、雨が降らないかなと思っていたら青空が見えるあの感じを、目一杯味わった。 やることも無く、街をぶらつく。 イヤフォンをつけ、Bluetoothを繋げる。 ▽きのこ帝国【クロノスタシス】 若い女の子が淡い恋を歌うこの曲 各楽器の音数は少なめだが、これが二人の会話だったり、夜中歩いているときの外の音の様に聞こえてきて、よくこの詞の世界観を表している。ベースもいい 女の子のこのままでいたいという願いが透き通っていて素敵だ 高校生のカップルがベンチに座ってキスをしている。あの尊い唇の感触は、いずれ記憶の彼方へ消えてしまうだろう 信号を渡り大通りを進む ▽グローヴァー・ワシントン・ジュニア【Just the Two of Us】 今の曲と比べるとイントロが果てしなく長い。ただ、そのイントロが必要な道だったんたと分かる歌声とメロディー。 ロマンチックな二人の夜をサックスが作り出す名曲 この曲のコード進行は色んな曲で使われている ▽Schroeder-Headz【Blue Bird】 流れるようなメロディーが繰り返しながら変化していく様は季節の移り変わりを早送りで見ているような感覚になる 少ない楽器で演奏するから、この虚無と森羅万象が入れ替わる世界感を出せるのだろう 聞いていると渦を巻いた時の流れに吸い込まれそうになる 街を抜けただ街道を歩く。このまま隣町にでも行こう。空は晴れているが涼しい。 ▽夜見人知らず【クラムボン】 入りが良い。そのまま最後まで良い。 和の感じと現代の風景が、いつになっても変わらない人の恋模様を見せてくれて、いつ聴いても切なくて懐かしくて良い曲 ▽ビューティーフルドリーマー【フラワーカンパニーズ】 この人の書く歌詞は深くて迷いがない 生き方に合っていて彼でないと書けない詩。 この曲を聞くとMVも同時に頭に流れる、変わった世界が面白くて好き ▽オールアットワンス【マカロン】 この曲が主題歌のドラマが好きで、何度も見ている。テンポが良いこの曲は甘い洋菓子を食べた時のように、ただただ明るい気持ちにさせてくれる。 ▽ハンバートハンバート【虎】 この曲は漫才コンビ、ピースの又吉さんが解説しているのを観てから聴いた曲 歌詞を聞いただけだと、なぜ虎なのか分からないが、又吉さんいわく「山月記」がモチーフになっているそう。その後、山月記も読んでみたが、確かに分かる気がすると思った記憶がある ▽夏の日、残像【アジアンカンフージェネレーション】 このアルバムの曲は全て好きだが、特別に思入れがあるのがこの曲 発売した当初、10歳年下の弟と一緒に聴いた思い出がある。中学生だった弟はバンドに興味を持ち始めていて、一緒に楽譜を見ながらこの曲のベースを教えながら聴いた記憶がある。個人的にも衝撃的なバンドで「こんな凄いバンドがいるなら自分は太刀打ちできない」と感じたのを覚えている 少し向こうに路地から顔を出す三毛猫がいる。髪の長い黒いスーツを着た男の側にいるが、その男と共に三毛猫も路地へ入ってしまった。蜘蛛の様な男だった ▽愛が一層メロウ【離婚伝説】 海岸通りを車で走るなら、こんな曲が良いのだろう。街の流れる風景と暖かな陽気に海の景色。一度聴いただけだと何と歌っているか分からない独特の歌詞のセンスが癖になる。何より色男が歌っていると思うと心地が良い。 ▽散る散る満ちる【奇妙礼太郎】 この曲もMVを観てから聴き始めた曲 菅田将暉さんの語るようなラップとスローモーションの中の杉咲花さんが合っていて良い。サビの奇妙礼太郎の唯一無二な歌声が花さんの意思の様に思えて、勝手に応援したくなる 雨の似合う曲だけど、秋空の下歩くのにも良いと感じる ▽若者のすべて【フジファブリック】 人生の半分の期間でこの曲がどこかで流れている気がする イントロの鍵盤を打つ音が聞こえる 着信があってラインを見る 「今日だと思って急いできたら、会うの明日でした 笑」 「僕も間違えて、さっきまでそこにいました」 「仲間がいた 笑」 「今行きます」 「私もそちらに向かいます」 サビに向かって歌が流れている
あのロボットと出会って、百年が経つ。 今では旧式とすら呼ばれない、その年季の入った機体を丁寧に拭いて、ただその時を待っている。 俺は悪魔だ。 悪魔たちは、人間の魂をありとあらゆる方法で奪い、地獄へと運ぶのを生業としている。時には人を欺いて、時には欲望を解き放たせる。 この現代の人間たちも相変わらず愚かで滑稽で、魂を手に入れるのに苦労することはほとんどなかった。 俺があのロボットに出会ったのは、一仕事を終えて暇を持て余していた頃だっただろうか。ゴミ捨て場に置かれていたのを、意味もなく触ってみた。 それはまさにロボットだというような無機質な見た目をしていたが、口を開けば軽妙でどこか変なロボットだった。 「お前らロボットには血も肉もなければ、肝心の魂も入っていない。そんなのを人間は話し相手にするなんてな。幼子の人形遊びと変わらない」 「そういう悪魔さんも私と話しているでしょうに。それに、私もこう見えて生きているのですよ?」 「どこが」 「悪魔さんと話すと、胸のモーターが早く鳴るんです」 「はぁ。それはお前が先週言ってた、ただの不調だろ」 「バレてしまいました。ふふ」 俺はいつの間にかあいつと何でもない話をするのが当たり前になっていた。あいつもそれを当たり前のようにしていたと思う。青く柔らかい光が俺を見ていた。 「悪魔さんは、人間や他の悪魔さんとお話しないんですか?」 「何故そんなことを聞く」 「気になっただけです、いつもおひとりなので」 「気分がいいから話すが、他言するなよ」 「はい。約束は守ります」 「俺は、人間にはあまり興味が無い。だから人間の醜さが大好物である悪魔たちとも、特に話すことがない。それだけだ」 「面白いですね。同じです。私も仕事以外で、人間とはお話しませんから」 「なあ。この会話も、仕事か?」 「どうでしょう。私のモーターの音を聞いて確かめてみますか?」 「答えになってねぇよ」 ただ、ロボットという物の寿命は、案外短いものらしい。直し続ければ永遠に、というのは少し昔のおとぎ話なのだと言われた。 だがそれなら別に仕方がないと思った。誰だっていつかは死ぬだろう。だけど、当のあいつは泣きも喚きもせずに、俺の顔を見て笑っていた。 電源の灯りが点かない。それ以外はいつもと何も変わらなかった。ひとつだけ言うのなら、排気する熱が無いせいか、体が少し冷たかった。こんな死もあるのか? 暗い部屋で、突然、昔どこかで聞いた話を思い出した。生まれてから百年が経った物には魂が宿る、という話。それなら赤い血の通わないあいつにも、また会える。俺は悪魔だ。 「百年経ってお前に魂が宿えば、俺がそれを奪ってやる」 あいつにはまだ魂がない。だからこれは契約ではなく、ただの約束だ。だけど、また青い瞳が細く笑ったような気がした。 今、ロボットの機体は俺の家の一室に置いてある。いつ意識が芽生えてもいいように、ある程度は綺麗にしてやっている。少しだけ飾り付けもした。 あの後調べてわかったことだが、百年経って魂が宿ったものを付喪神と呼ぶらしい。あいつはロボットの付喪神になる。もう少しで。 そう、きっともう少しだ。今の年であいつが生まれてから百年のはずだ。悪魔にとって百年はそれほど長くない。だがあいつと過ごした時間と比べると、飽きて放り出してしまいたくなるようなつまらない時間だった。解放してくれよ、もう俺はお前のいない世界にはいたくないんだって。 まだ冷たい。機体の表面に俺の顔が写り込んでいた。昔見た、人間たちとそっくりの表情だった。 「全て嘘だとわかっていた、だけどそうであったならいいと願ってしまった」誰かがそう言っていたような気がする。俺が今そう思っている。一番初めから、あいつの存在自体が嘘のようなものだった。 人間が作ったロボットというおもちゃの言葉、感情、それらを俺が勝手に信じてしまった、ただそれだけだ。だからあいつはいない。約束もない。馬鹿な俺が独りでここにいる。 ああ、百一年が経ってしまう。
俺は今、一人の男を殺そうとしている。もし、彼を殺すことができたら、そしてさらに、警察から逃げ切ることができたら、俺は三十七個の完全犯罪を達成する。 殺した数は十を超え、自殺教唆に詐欺、強盗、ありとあらゆる犯罪を行った。現時点で完全犯罪が成立しているのは二十九個。そして残りの七個とこれから行う八個目の完全犯罪の成功は、あの男を殺すことができるかにかかっている。 言わば、俺の人生のキーパーソンといったところだ。あの男は俺を追っている探偵で、あいつが死ねば、犯罪が起きたことでさえを知る人がいなくなる。しかもその探偵だってまだ俺という犯人に辿り着いていないし、助手にはヒントすら話していないときた。秘密主義が祟って死ぬとはいい気味だ。格好つけてるやつから死んでいくんだ、そうあるべきだ。 それにしても、完全犯罪の達成というのは、脳が壊れるんじゃないかっていうくらい気持ちがいい。きっと探偵を始末した後、俺は新たな事件を起こすだろう。それほどまでに体が欲している。この逃げる隠れるというヒリヒリと、時効だ証拠隠滅だという安心感、どちらかがないと手が震えるほどだ。それに、目一杯頭を回していないと、余計なことを考えてしまう。 手が震えるなんて、クスリみたいだと一人笑う。完全犯罪はドーパミンが溢れて止まらない。ああそうだ、クスリってドープっていうもんな。似たようなもんだってことだろ。 「おい」 後ろから声。 誰だよ。話しかけんな。せっかく楽しい気分だったのに。 「犯人は、あんただ」 振り返る。 「あ?誰だよお前。引っ込んで」 言葉がつまる。 「実にいいトリックだった。でも残念。あんたこそ、推理作家になるべきだったな。この世には、俺という探偵がいるんだから」 探偵が、いた。ニヤニヤと笑っている。 こんなところで捕まってたまるか。ナイフをポケットから出しそのまま突き出す。が、すぐに組み伏せられてしまった。 探偵が、小さな声で呟いた。 「ああ、この瞬間が心地いい。これだから探偵はやめられない」
かき氷も ソフトクリームも 雪見だいふくも みいんな食べないままに夏が終わり いまわたしは あんまんを求めている 肉まんも ピザまんも カレーまんも みいんなあんまんになっちゃえ とか思いながら いまわたしは あんまんを求めている 縁日のチョコバナナも 口のなかでころころ鳴るキャンディーも あの角のお惣菜屋さんのコロッケも 歩きながら食べるとおいしいのは じゅうぶん知っているけれど いまわたしは あんまんを求めている
かき氷を食べて ラムネを飲んで 夏は 夏の呼吸をしていたね 夏が終わるよ 秋になるよ 本を読んで 枯葉をふみつけて 秋は 秋の呼吸をしないとね