向日葵

「リョウタくん。明日は出勤?」  僕は彼が明日、出勤だと分かってて、そうゆう質問をする。 「出勤だよー。なんと5連勤。俺、完全なサラリーマンだよね?8時間勤務。週休2日」  僕らはカフェで働くただのバイトなのに、最近のリョウタくんはサラリーマン気取りをしている。それは単に夏休みだからシフトが増えただけの事だ。 「そろそろ社会保険にでも入る?」 僕も悪ふざけで答えるけど、リョウタくんは「学生は社保無理なんだよねー」と時々、現実的なことを言う。  お客さんがいなくなった店の中から、ふと通りの向こうを見ると、夜9時を過ぎたのに、向かいの花屋がライトを照らし、まだ営業中であった。  日々花  漢字で書かれた店名。店の読み方は「ひびか」 昼間は開いてなくて、夕方くらいになると、いつの間にか開いてるお店だった。  看板はランプが巻き付いているので、どことなくオシャレ感を醸し出し、花屋と言わなければ、夜営業のカフェとかBARにも見えなくもない。 白い壁の中央に、導くようにして半分開いたドア。そこからは無機質な灰色の塗装が見えていた。  僕がチラッとあの花屋を見たことに、リョウタくんは気づいたのか、「あの花屋の店員、男って知ってた? しかも、イケメン」と言う。 「え‥‥リョウタくん、あの店、行ったの?」  僕の心臓は音が大きくなった。 「いや、遠くから見ただけ。髪の毛はブリーチしたかのように金髪で、目はカラコンで、色白で、身長は178センチくらい?」 「K-POPスターかよ」 「そう、まさにそんな感じ!」 「ホントにイケメンだと思う?」 「マジだよ。超イケメン! 俺が女なら追いかけてるねー」  その言葉はリョウタくんの口からは聞きたくない言葉だった。  そして、そもそもこの会話は茶番だった。 なぜなら、僕はすでに、あの店の店員を見たことがあるからだ。  ふと、あの店に吸い寄せられて、中に入り、そして、その店員に言われた。 「向日葵はね、可愛い花じゃないよ。端正な花」  僕が陳列された花たちの中で、特に向日葵を見つめていたからだろうか。 「僕ならカッコイイと思う相手にあげるな」とも言った。  店の照明に照らされて、白いシャツを着た店員のお兄さんは、まるでK-POPスターのような華やかさを持ってて、これはちょっとズルくないか?とも思った。 「今日は、花は買わないです。見るだけですから‥‥」 「そう。待ってるよ」  僕は自分の心内を見抜かれてるようで少し居心地が悪かった。去り際にお兄さんに言われた。 「花で想いを伝える人もいるんだよ」  あれから、2週間経った。  冬になると、向日葵はあまり需要がなくて、出回らなくなるらしい。  そもそも、花で想いを伝えるなんて、僕には似合わない気もするし、花を買う勇気すら出ない。  あのお兄さんは、僕が渡したい相手すら見抜いていそうで怖い。  でも、買ったところで、どうするのだ。  買うなら、きっと今なのだろう。きっと。

野乃と「のの」

「のの」は、ちゃんとごはんをたべる 食欲がないなんてことがない 毎日、毎回、きちんとたべる とてもえらい ほめてあげると笑顔で  そうであろう、そうであろう みたいな顔をして、胸をそらせ、自慢げになる そうやって得意げになっちゃうとこも、かわいげなのかな たくさんごはんをたべて 元気に活動して お昼寝もして また 元気に活動して お昼寝をしたから 夜、寝られないかと思っていたけれど ちゃんとしっかり寝られて 朝もしっかり起きられて たくさんごはんをたべて 元気に活動して やっぱり お昼寝もして お昼寝もして お昼寝もして そうやってだんだん 私も 「のの」みたいになっていく

意味を盛りまくった家族愛

「今日から私たちが家族よ。よろしくね」  スーパーの潮騒がアンダースタンドする頃合い。  ガチムチマッチョのエリックは、嘆いていた。  彼はSelective androgen receptor modulatorsで強化されたスーパー人間の48歳だが、家族というものには耐性がなかったのだ。  加えて母となる女性・ホルモンは魅力的な女性であり、父となる男・モッツはイケメンで金持ち。最早敵なしのハイブリッドボルテッカー。 「お前はもう何も心配しなくていい。全部俺が金出してやるからな」  逆立った黎髪を優しくなでるモッツ。エリックは父性の浸食に抗えず視床下部を乱し感情を炸裂していく。 「父上ぇ……おいら……怖かッたヨぉ……ッ!!」  ホルモンも聖母マリアの如き壮麗さでエリックを慈しみ愛を唄う。 「安心してエリック。私たちはどこにも行かないわ」  抱きしめ合う寵愛のFESTIVAL。さんざめくリフレクション。  家族愛は今確定され充足理由律をオーバーライドする。最早彼らに宇宙論的証明はいらない。 「おうハニー。さぁ帰ろう。我らがMEIN ZUHAUSEへ!!」 「そうねハズバンド。それこそ家族愛よ」  エリックは二人に連れられ駐車場へ行くと、停めてあったフェラーリ・ローマの後席に乗せられる。プロサングエではない。 「狭いよママァ……」  産声をあげるベイビーのように想い繋ぐ声の糸。 「まだよエリック。私たちのマイホームはまだまだ遠くなの」  ホルモンが優しく諭す。 「そうだぞ。お前を愛するのはこれからの未来だ」  全てを開くハルモニアー。父と母の我が子への愛情を受けたエリックは、もう喋らない。 「ばぶぅ……」  進む時の世界。流れるヨーデルの音。母は歌い、父はアクセルで空間を盛り上げる。ときめく夜闇の咆哮は誰も止められない。  グレゴリオ聖歌は信号待ちを高貴なる祈りに変え、ブレーキ音を合図に落ち着くホーメイがバトンを受け取る。これはまさしく世界のファクター。全人が尊ぶべき神々の祝福。 「いだいぶぅ……」 「さぁ神へ感謝しましょう! 行くわよマイハニー!」 「そうだなジュリエット。我らの箱庭をスカビオサで満たそう!」  二人の愛宴は終わらない。重なり続け不可視の演者は踊り続ける。    だがそれも軈て終了する。 「……家についたぞエリック」  父の声が聞こえた。  まるで空から舞い降りたエンジェル。不安を払う、犇めきのSUNSHINE。  「……うィぅ」  エリックは今日から彼らの息子だ。

シンセサイザー (掌編詩小説)

集まってできた人工音 他の音を寄せ付けない孤高の音色 シンセサイザー張り巡らす音色 シンセポップが夜の街を語り 重なり合った原音に耳を澄ませて 鍵盤からの使徒が新たに エレクトロポップを呼ぶ (完)

Peony — 枯れた記憶

枯れたピオニーを見ていた。 いつもなら、花びらは崩壊し、 すべて散ってくれるのに。 なぜ、これだけ、そのまま残ってるの? どうして、このまま静かに死んで行くの? 「湧いてるよ」 その一声で、私の視界は元の世界に戻った。 彼は読みかけの小説を手に持ち、私の代わりにコンロのガスを止めてくれた。 やかんは湯気とともに、怒りのようにフツフツとした音をまだ鳴らしていた。 「コーヒーはまだ準備してないの?」 私とは目を合わさずに、流れ作業で彼は動いていく。 「え‥えぇ、今日はコーヒーは用意してないの。紅茶ならあるわよ。ほら、この間、お土産でもらったって言ったでしょ?」 「お土産?」 彼が棚に目を向けて、紅茶缶の存在を見つける。缶のパッケージには商品名が英語で書かれている。 「あぁ、これね、香港土産ね‥‥」と呟く。 そして、テーブルの上に、読みかけの小説を見開きのまま置いた。 「まだ開封されてないね。俺が先に飲んでいいの?」 ようやく、私と目が合った。 「えぇ、いいのよ。お先にどうぞ。ミルクも冷蔵庫にあるわよ」 一瞬、周りから音が消えたような気がしたけど、それはあくまでも気のせい。 彼は缶の周りについている透明なテープを勢いよく剥がす。 「アンディ、元気なの?」 「‥‥元気よ」 「もう向こうに帰った?」 「いえ、まだ。明日、月曜日に帰るみたい」 「ふーん」 缶を開けると、中から出てきたのはティーバッグだった。 「あぁ、こーゆうタイプね。スプーンで茶葉を分けるのかと思ったよ」と彼は少し笑った。 静かにティーカップにお湯を注ぐ。 彼の頬近くを湯気が通り過ぎる。 その間から蜃気楼のように見えるピオニーの姿。 私の記憶にも蜃気楼のような場面が確かにあった。 香港の春。 アンディ。花束。 いつも満開の後はすぐに散った。

リスと笑声

 他人の笑い声というのは恐ろしい。道ゆく人が談笑していると私はつい身構える。何か危険があるのではないかと。対象が若ければ若いほど怖い。  幼少期、私を取り巻く笑い声は決まって、私を馬鹿にするものだった。プリントを受け取っただけで、先生の質問に答えただけで、教室中の子どもたちが私を笑い物にした。廊下ですれ違うだけでくすくす笑われることもあった。誰もが私の敵だった。  その時の身体感覚が三十路になっても染みついたままだ。赤の他人が自分を攻撃するはずがないと頭では分かっていても、反射的に体が強張る。耳を塞ぎたくなるので、近頃はいつもイヤフォンをつけて通勤している。今もいつものバラードが鼓膜を震わせている。  あのね 君の心をとじこめるために 僕は  林檎を一つ いちばん甘そうなのを 剥いてきたんだ  だからね 僕のそばにいて いつまでも変わらずそばに  未来 未来永劫  ケケケ、と歌を遮って耳障りな笑声が聞こえた。私は勢いよく手を耳に当て、イヤフォンを強く押し込んだ。ところが笑声はいよいよはっきり聞こえてくる。ケケケ。ケタケタ。  やめろ、と私はパニックに陥って辺りを見回す。どこのどいつだ。私にこんな惨めな不快感を与える不届き者は。  リスだった。  特定外来生物としてここいらで広く繁殖しているタイワンリスが、四つん這いでガードレールの上に乗り、じっと私を見上げていた。 「ケタケタケタッ」  タイワンリスは人のような声で鳴いた。だいたいタイワンリスというのはケタケタ鳴く生物だが、人の声に似せてこられるのは頂けない。そればかりかそいつはこんなことを言った。 「よくぞ我が声を聞き届け、我が幻術を破ったな。褒美に一つ願いを叶えてやろう」  勝手にイヤフォンに割って入っておきながら太々しい物言いだ。タイワンリス如きに私の悩みなど分かるまい。だが、こいつらがケタケタと鳴く時は相手を威嚇しているのだと聞く。相手を嗤うよりは遥かにましだ。むしろヒトより親しめる気がして、私はすんなりと問いかけていた。 「願いってどんな」 「殺したい奴らとかおらんのか」  物騒な話だ。いるにはいるが、どちらかというと私のあずかり知らぬところで死んで欲しい。  しかし、そうか。人の命を奪えるのか。ならば私の恐怖をなくすくらい、やってくれるだろうか。やってもらっても、いいだろうか。  私は息を吸って、少し言葉に迷い、やがて口を開けた。 「……私の周りの」 「うむ」 「知らない他人が、私に分からないことで笑い合う現象、あるでしょ」 「うむ」 「あれをやめてほしい」 「どういうこっちゃ」 「他人の笑い声が、怖いんだよね」 「妙なことを言う奴だな。お主の周りで人が笑わねば良いのか」  タイワンリスは首を左右に傾けたかと思うと、ぴょこりとそのふさふさしっぽを立てて左右に振った。 「ほれ、叶えてやったぞ」 「もう?」 「容易いことよ。ともかく、我は幻術をかけ直すでな。これにて失敬」  タイワンリスは目の前で景色に溶けるようにしてドロンと消えた。  どう考えてもタイワンリスと喋った経験の方こそけったいな幻覚に違いないのだが、あれは現実の出来事であったらしい。というのもそれから三ヶ月経った今に至るまで、私の周りの雑踏は奇妙な程に静かなのだ。  道ゆく人の顔は皆一様に無である。あ、何か話してるな、と思っていた仲睦まじい男女も、私のそばでは黙る。複数人ではしゃいでいた子どもたちも、ぴたりと大人しく神妙になる。息を潜めているわけではない。感情を抜き取られたかのように無機質になるだけだ。  大分へんてこである。思っていた形とはやや異なる。どう考えても不自然だ。これで本当にいいのだろうか。  だがお陰様で私は平穏な日常を手に入れることができた。これで雑踏の中でも心穏やかでいられる。笑い声に過敏になる必要はない。どういう仕組みかは全く分からないが、便利なものだ。いやむしろ素晴らしい。  謎のタイワンリスには感謝せねばなるまい。また改めて会えるとも思えないが、機会に恵まれたら礼を言って菓子の一つでも与えてやりたい。  今日も静かだ。無言で行き交う人々は皆一様に能面のような顔つきになる。私の周りでだけその鋭利な刃を隠す。凪いだ環境に安心する。誰も私を傷つけはしないのだということが、明瞭に分かる。  念のためまだイヤフォンは手放さずにいたが、明日あたり外して歩いてみても良いだろうか。とりあえず音量をいつもより一段階下げてみてから、私は周りと同じく無言で前を見つめて、帰り道を急いだ。  恐れもなく怯えもなく、安穏とした心境である。  あのね 君の心をとじこめるために 僕は  林檎を一つ いちばん甘そうなのを 剥いてきたんだ  だからね 僕のそばにいて いつまでも変わらずそばに  未来 未来永劫

紫陽花

「優奈さん。駅前まででいいから。あとは気をつけて帰って」  芯一は言った。  芯一の目は曇り空のような弱い光の中でも、透き通る淡い色をしていた。  痩せた手の甲の皺は、それなりの月日を感じさせるけど、均一のとれた細い指は相変わらず綺麗だった。  2人が歩いていたら、まだ雨は降らないだろうと油断していただけに、かなり大胆に落ちてきた。  それなので、優奈はバッグの中に閉まっていた傘を取り出し、芯一に寄り添った。  そうやって2人はどのくらい歩いただろうか。 「きっともう梅雨入りだね」と言ったのは、芯一のほうであったが、その頃にはもう雨は弱まっていた。 「芯一さん、またお茶してくれる?」  優奈は前方をあまり見ずに芯一を見上げる。 芯一が握る傘の持ち手のすぐ下の添えるように彼女は手を置いている。 「えぇ、僕で良かったら、いつでもどうぞ」 「能も観に行ってくれる?」 「えぇ。ぜひ。あなたがイヤでなければ」 「芯一さんがガイドしてくれると分かりやすいから、一緒に観にいきたいの」 「それなら、今度は金春流(こんぱる)がいいかな。僕も優奈さん、隣に連れて歩くのは鼻が高いからね」  ふと見上げると雨は止んでいた。 「芯一さん、今なら濡れないよ」 「そうね。じゃあ、また今度ね」  優奈は柔らかく微笑んで、手を振った。  2人はやっと離れて、芯一は改札の中へと溶け込んだ。  振り向いて、向こうを見ると、日傘を差しながら歩く彼女の後ろ姿が見えた。  通りには紫陽花が並んでいた。  その紫陽花が少しずつ咲き始めていることに、初めて気づいた。

汚泥に咲く青

 私の中に降り注ぐ酸性雨の毒も随分と弱まった。だが私が溜め込んだ酸は凝縮されたまま、薄まることはない。元は青く美しい湖水だった私も、醜く澱んだ沼となった。再び私の中で生き物たちが栄えることは、もう無いのかもしれない。  しかし、私の周りの土壌は、少しずつ回復しているようだった。幾億の夏を越え冬を越え、それなりに清らかになった雨は、毒を私の中に流し込み、土の中を洗っていった。 「お前、今までずっと潜んでいたのか」  私は岩のすぐ隣に芽吹いた小さな若葉に向けて尋ねた。私の周りに久々に生まれた唯一の生命。地中に染み込んだ毒に耐え抜き、発芽の時を待っていた種。 「突然変異種か? 逞しい奴め」  私はそいつの成長を興味深く見守っていた。元より他にすることもなく横たわっていただけの身だ、話し相手ができたのは僥倖だった。だが、私ひとりが話し相手というのは、当の本人にとっては不幸なことだ。仲間もおらず、交配相手もいない。 「お前、何で生まれてきたんだ。一人だけ生えていたって虚しいだろうに」  少しばかり葉がしっかりしてきた植物にそう問いかけた。植物は何らかの木であるらしく、枝のような形状の部位が見て取れた。しかしこれは何の植物だったか。緑に囲まれていた時代はとうに過ぎ去り、中身の水の入れ替わりと共に記憶も蒸発していた私には、思い出せなかった。  日が昇り、月が沈み、空模様は移りゆく。泥が流れ込み、堆積し、澱みは尚も濃くなっていく。何度それを繰り返しても、私は飽かず植物を見ていた。見ていることしかできなかった、それで充分だった。  植物は順調に成長し、早い段階で花をつけた。  ごくごく小さく、素朴な花が、低い背丈の枝にころんと頭でっかちについている。そして、見たこともないほど鮮やかな青色をしたがくが、花の外側をぐるりと縁取っていた。 「ああ、思い出した」  私は独りごちた。 「紫陽花だ、お前は。山紫陽花の変種だろう。しかし見事な青だな」 「ええ」  そいつは言った。 「土壌が酸性だから青いのよ」 「よく知ってるな」 「当然よ」山紫陽花はつんとして風に葉を揺らした。「祖先の記憶が引き継がれるのだもの」 「そうか。そうだったな」 「そうよ」  山紫陽花は精一杯背伸びをして、辺りを見回した。 「ここは明るくて綺麗な場所だわ」  私は腹の底の泥が逆巻くのではないかというほど仰天した。どす黒く澱んだ水、生命の死に絶えた汚い湿地、じめじめとした毒の溜まり場。体内で魚が泳ぐこともなく、水面が朝日に煌めくこともない。 「昔の方がうんと美しかったじゃないか」 「いいえ、今だって美しいに違いないわ。だって私の生まれた時代なんだもの」 「何だそりゃ」  私は笑った。 「世界はいつだって美しいものよ」  山紫陽花はむきになって言っていた。そうでもしないと生まれた意味を見出せないのだろうと私は思った。 「まあ、一理ある」  私は言ってやった。 「昔の私は青く美しかった。今は青く美しいお前がいる。悪くないね」 「何よ、もっと喜びなさいよ」  山紫陽花はまだぷりぷりしていた。それが何とも愛おしくて、私は意味もなく|漣《さざなみ》を立てた。  酸の薄まった雨はしとしとと降り続け、山紫陽花は元気にしゃんと背筋を伸ばしていた。時折、ご機嫌そうにころころと歌を歌った。私はそれを聞きながら、ゆらゆらと水面を震わせていた。  そんな日々も長くは続かないことは承知済みのことだ。山紫陽花は次第に色褪せていった。 「しおしおの私でも美しいでしょう?」  山紫陽花の声は変わらず凛としている。 「そうだな」 「だからね、泥の溜まったあなたも確かに美しかったわよ」 「そうかな」 「そうよ。私にとってはそれが世界の全てで、私はこの世界が──あなたのことが好きだもの。だから美しいに決まっているのよ。私、素敵な景色の中で咲けて幸運だったわ」  長々と一息に言い切ったのを最後に、山紫陽花はぷっつりと喋らなくなってしまった。 「そうかい。ありがとう」  私の返事が届いたかどうかは分からない。  雨は上がり、がくの色は白から茶色に移り変わった。枝の先には、花の形をしたからからの残骸が残された。  そしてそこには小さな種子が、雫のようにくっついていた。 「お前たちは自家受粉をするんだったな」  私はまた独り言を言った。他の個体がいなくとも、紫陽花は子孫を残すことができる。 「だったら私は、後でお礼を言えるわけだ」  私は待つことにした。いつしかぽろりと種子がこぼれて、酸性の土の中に埋まり、また汚泥の中に青を咲かせてくれる日を。  私を美しいと言ってくれた花の記憶を継いだ命が、また芽吹く日を。

持ち込み旅館

 その旅館は、何かを持ち込めば安くなる。   「ご飯を持ってきました」    宿泊料から一食分が値引かれる。   「布団を持ってきました」    宿泊料から布団の準備分が値引かれる。   「地元のお土産を持ってきました」    女将の気に入り具合によっては無料になる可能性もある。    物々交換のようなシステムは、意外にも観光客に受けていた。  インフルエンサーたちは、突拍子もないものを持ち込んでいくら値引かれるかを検証する動画をあげ、旅館の存在が若い者たちへも浸透した。    話を聞きつけたテレビ局のレポーターは、さっそく旅館の女将にインタビューを試みた。   「どうやって、この方法を思いついたんですか?」 「昔は今と違って、二食付きが基本だったんですよ。それで、お金のない若者たちがご飯を持ち込むから安くしてほしいって言うことがあってね。そこからですね」   「今までで一番、持ち込まれて困ったものはありますか?」 「生ものですかね。きちんと保冷してるならまだいいんですけど、保冷が甘くて変な匂いがしたものを渡されたときには、さすがに断りました」    レポーターは、視線でスタッフに、魚を出すなと合図する。   「それでは、これが持ち込まれたとしたら、いったいいくら値引かれるのでしょう」    女将はレポーターから、テレビ局の売店限定だろうサイン入りボールペンを受け取った。  少しだけ磯の香りがしたので、女将は苦笑しながら、もしも自分が買うならと考えた値段分を値引きした。

アワーグラス

13。13個か。いい数字だ…人々はなぜ13という数を嫌がるのだろうね。不完全な3という幼体を、母なる1がピッタリと蓋をして美しく象ってくれているではないか! ……なぜ怒ってるんだい? 木目の数だよ。どうも君の話は僕の”興味”という名の細胞を刺激することはできないようだ。 それにしてもまた急ごしらえに家を建てたものだ。このアカシヤだかなんだかで作った机を見たまえよ!表面がうねりすぎだ…それとももしかして僕たちの現状を皮肉っているのかい? …わかった。わかったよ。少々ハイになっているようだ。気つけのハッカ酒をくれないかい? それにしても不思議だね。何十人といた僕の同期は今や君一人だけになってしまったんだもの。 僕が生き残ってくれて嬉しいかい?…嬉しくない?…まあいいよ。 僕にとって君は酸素だし、君にとっても、無論そうなのだから。

梅雨の日

梅雨入りのニュースを目にした。もうそれだけで身も心も重くなるような気持ちになった。でもどんよりしている暇もなく私は家を出た。 外はしとしとと雨が降っている。夏の暑さが長く続くこともうんざりだと考えながら歩いていると、ついこの前までただの木として認識していた木が、花をつけ、鮮やかに濡れていた。白いあじさいの花だった。 白色ながら雨露でいきいきと鮮やかに咲いているように感じられた。 昨日まで景色として目にも留めなかった自分を少し悔いた。 帰り道、朝の感動が忘れられず、いつもならば通ることのない階段と坂が多い道へ向かった。 日頃避けているだけあって、運動不足の身体に堪える。高台に着くと、膝が震え、息が上がり、心臓は普段考えられないような速さで脈打っていた。膝に手をつき、息を整え顔を上げると、もう雨は止んでしまっていた。 しかし、そこに浮かんでいたのは雫に濡れた色とりどりのあじさいと、雲の切れ間から覗いた星々だった。 私は傘をたたみ、ベンチに腰を下ろした。

おねえちゃんな女の子

妹なんてだいっきらい。 ままとぱぱの目を独り占めするし、親戚の集まりでも妹ばっかりちやほやされる。 なんで、なんで、なんで。 あきが生まれる前までずっと私をみてたじゃん。 なんで、なんで、なんで。 意味わからない。 妹、あきが生まれる時、ままは私にプレゼントを渡すときのようにもったいぶって言った。 「はるに」 「なになに?」 「妹ができまーす!」 「え」 妹ができるって普通は嬉しいことなのかな。 私は欲しいなんて一言も言ってないし、ぱぱとまま二人だけでよかった。 なのに、どうして 「うれしい」 生まれて初めて嘘をついた。作り笑いもした。 「はるももうお姉ちゃんだね」 パパが嬉しそうに言う。 何がそんなにうれしいの? お姉ちゃんがいる友達に相談したら、妹いいなーって言われた。 一人っ子の友達に相談したら、兄弟いいなーって言われた。 誰もわかってくれない。 お姉ちゃんなんてやめてやる。 妹なんてだいっきらい。

お一人ですか?

「お一人ですか?」 仕事帰り、ファミレスで食事を済ませ、お酒を飲んでいた。毎日、仕事ばかりで料理はとっくに諦めて、洗濯もコインランドリーで済ましている。家事あきらめました。ファミレス最高。お酒最高。そんな私に声をかける男性がいた。顔はまあまあだが雰囲気は良い 「え?は、はい」 「じゃあ、お邪魔しようかな」 男性は同じ年か少し上くらい 彼も私と同じお酒を注文した 「会社員の仕事帰りと言う感じですね」 にこやかに彼が言う 「えぇ。バリバリ会社員です。会社員ですか?」 「えぇ。会社員です。バリバリ。いや、パリパリくらいかな」 どういう事?と二人で笑う 彼の注文したお酒が来た 「僕は森田ヒカルと言います」 「私は木部ひかりです」 よろしくお願いしますと乾杯をする 美味しいものを食べて、お酒を飲んで、話し相手がいて、私の事に興味があって、雰囲気が良い。こんな楽しい事は久しぶりだなと思いながら話していた。自然と笑顔になる。 結局ファミレスには2時間ほどで店を出た。 お会計は彼が持ってくれて、私も払うと言ったのだが、いいからいいからと言われそのまま甘える。別れ際に連絡先を聞かれなかったので、慌てて確かめる 「次も一緒に飲みますか?」 飲みませんかだと、すがっている感じが出るし、飲めますか?だと切実過ぎて怖いかなと。それで飲みますか?になってしまった。 「僕、結婚してるんです」 「え!?…じゃあ何で」 「すみません」 「すみませんじゃなくて…」 「では」 「ちょ…」 彼は歩き出して直ぐに止まり振り向いて言う 「僕達、名前が似てますね」 「そんなの、どうでもいいよ!」 「じゃあ!アデュー」 「じゃあ!じゃないよ!もう、何がアデューだよ」 帰りコンビニで追加のビールを2リットル買って帰った。

普通になりたい

「もう少し普通になりなさい」 「どうしてそんなに変なの?」 色んな人に言われた同じような言葉が私の中で繰り返される。 普通、か。 普通とは何か、を具体的に説明してから言って欲しい。 私はいわゆる普通の家庭に生まれた。 父、母、姉が一人。一般的、そう普通。 両親が欠けているわけでもないし、大家族ってわけでもない。普通の家庭。 だけど私は普通ではないらしい。 普通が何かなんてその環境によって決まるのに。 女の子ばかりのところだったら前髪を気にするのが普通だし、芸能界では綺麗なのが普通だ。 普通なんて結局は環境で変化する曖昧なもの。 でも私はどこにいてもその曖昧なものになれなかった。なろうとしてみたこともある。 前髪を気にしてみたり、恋バナに参加してみたり、口元を隠して笑ってみたり。 だけど何か違う。本物にはなれてない感じ。 どんどんボロが出てきて最終的には普通じゃないのがバレてしまう。 みんな陰口を言うのが普通。でもわざわざ、一言注意したら終わることを長々と陰でぐちぐち言う意味がわからない。 みんなスカートを折るのが普通。でも校則を破ってまで、膝を見せたがる意味がわからない。 男好きは嫌われるのが普通。女の子なんて大抵男の子と恋愛をするのに意味がわからない。女の子は大抵、男好きでしょ? 普通になりなさい。って。 性格悪くなってでも、普通にならなきゃいけないの? どうしてそんなに変なの?って。 バカみたいに周りに合わせてる方が変でしょ? 普通になりたい。 そしたら陰口を言う罪悪感も普通への疑問も無くなるのかな。 普通になりたい。 普通だったらきっともう少し生きやすかった。

こんな機能が欲しかった

郊外の家電量販店。 若い夫婦がテレビを買いにきた。 「たくさんあって、迷うわね」 並べられたテレビの前で、店員が二人に声を掛けた。 「よかったら、手に取ってください」 リモコンを妻に渡した。 「どれもいっしょね……なに? このボタン」 チャンネルの横に、ニヤケ顔の絵文字のボタンがついている。 「これ、何ですか?」 「あぁ、それは副音声ですね」 店員が説明を始めた。 「それを聞くと、ちょっとだけ安心しますかね」 「どういうこと?」 「どうぞ、お試しになってください」 妻はリモコンをテレビに向けた。 緑豊かな、この国の原風景が映った。 ボタンを押す。 『車がないと、ここでは生活ができない』 「……年取ったら大変ね」 チャンネルを変える。 シャッター商店街、町おこしドキュメント。 『ポツンと、おしゃれなカフェが』 「……常連が居座って入りづらいのよね」 料理番組、アップルパイを作っている。 『去年の台風で、リンゴはほとんど木から落ちました』 「……そんな年もあるよ」 「どうですか?」 口角が上がり、ニヤケ顔の夫婦。 「これ、買います」 「ありがとうございます。最近は、こちらが一番売れております」

人と狼と花と

あるとき、神は言った。 「この世界の中で最も悪い種族に罰を与える。そのための話し合いをしよう。」と。 今日は神の部屋に人、狼、花が呼ばれた。 それぞれが口々に言う。 「私たち人間は、神のことを、善を考えた生き物です。地球の中では最も優れた知能を持っていると言っても、過言でないでしょう。悪事を行う者もいますが、それを正す者も間違いなくおります。私たちは悪い種族ではありません。どうか!」 「人が悪い種族ではないなんて!人は、私たち狼が、さまざまな生き物が住む、広い、広い森を壊しました。獲物も住処も、多くが消えていっています。神の与えた自然のままで生きているのは私たちです。私たちは悪い種族ではありません。どうか!」 「人も狼も変わりはしません!彼らは物を壊し、命を殺して生きています。私たち花を踏み潰し、散らしていくのです。私たちが、何の罪を犯したというのでしょうか。ただ咲き誇ることに罪はない、そうでしょう。私たちは悪い種族ではありません。どうか!」 神は煙草(のような嗜好品)を口から離し、一つ、息を吐いた。 「花は私たち人間がいなければ、枯れて死んでしまうものもあるだろう!」 「人はいつもそうやって守ったフリをする!壊したものを見ないくせに!」 「私たちはただ在りたいだけなのです!」 「よし決めた。」 皆が、一斉に神のほうへ振り返った。 そして神は言う。 「この世界の全てに罰を与えよう。無という罰を。」 「知能があるから、居場所があるから、存在があるから争ってしまう。無くしてしまえば全てが無くなる。これは罰であり、救いでもあるだろう。」手を叩いた。 人は、狼は、花は。 全ては、消えた。 「また終しまいにしてしまった。」 神は白い瞳で、何も無くなったそこを見ている。 隣にいた天使が言った。 「神さま、あなたの悪いところは此の場所から見た世界しか見ていないところですよ。」 「先程のような争いは、私たちにとっては見飽きる程に起きていることですが、彼らにとっては短い生の中での大きな、大きな争いなのです。見守ったっていいんじゃあないですか?」 神は、煙草に再び火をつける。そして目を閉じ、静かに息を吐いた。

デススメハラ

「あ、臭」 「くっさ!」    電車に乗ってきた一人の人間を、他の乗客たちが一斉に指をさす。  その人間は心当たりがあるのだろう、電車に乗せていた右足を後ろに戻して、体の向きを反対方向に捻って、立ち去っていった。    ある日より、人間は『死の匂い』を感じ取れるようになってしまった。  動物の死骸から悪臭がするように、余命が少ない人間からも独特な匂いがするようになってしまった。  最期まで人間らしく生きるという人間の権利と、悪臭というスメハラから逃れたい人間の権利。  二つの権利がぶつかって、結局世界としては結論が出せず、現在に至る。    駅構内を、一人の人間が速足で歩く。  死の匂いは、絶えず移動し続けていれば分散されて、大した匂いにはならない。  少し眉を顰める程度だ。   「匂い消し。匂い消し」    トイレの個室に駆け込んで、鞄の中からスプレーを取り出し、全身にかける。  死の匂いが緩和され、小便器の前に立って個室に険しい目を向けていた人々が、一斉に視線を小便器へと戻した。    二度目。  その人間は、電車の中に入ることを許された。  誰からも非難の視線を向けられることもなく、加害者という立場からの脱出に成功した。    電車が進んでいく。  皆が行儀よく席に座り、まるでここには善人しかいませんと言う顔をして。    死の匂いが、死の予兆を知るための重要な機能だということにも目を瞑り。   「あ、臭」 「くっさ!」    乗客全員から死の匂いが溢れ出る。  電車内は阿鼻叫喚。    強い衝撃と共に、ガタンと大きな音を上げて、電車は線路を飛び出して空へと投げ出された。

叶わない夢の音

初恋のテーゼ 「左手に君を! 横槍の仄かさに新しき魔力を授ける」 登下校はワンシーン……?高気圧とバスのエンジンが通学路の支配下に巻き起こる山道と林間学校を勘とシナリオ通りの展開に快活するー もう迷わない! 失ったものを取り戻す宿題は最愛に目覚めた待ち焦がれた終末のエデン、レンズのネガに本当の青春白書が創作意欲を増し増しにして弁当箱の一番下に小さなメモ書きを残す。母は我が子の健やかな成育に涙する、誰の制約かも断言出来ずのうのうと渇望した渇いた叫びに虎視眈々と竜虎相打つ部活動の朝練が始まる。 「俺、最速を目指す。ウサイン・ボルトも踏み台」 マネージャーのドラッガーがホイッスルを鳴らす! 鼓動が高鳴るセンターラインの景色は壮観だった。 学生諸君……大人達の洗礼を浴びて社会に飲み込まれるな、教頭のスピーチは続く! 誰より頂点を掴めー 「授業が終わったら? その時のノリとテンション承知の助~」 「早くなりたい、だから今日も走る」 自己ベストよ、怪我など恐れるなー 全国大会の猛者=消えぬそこはかとなさ 好きこそモノの上手なれ 何度でも星屑に手を伸ばすーバラバラに散りゆく可能性の欠片が炎天下に情熱のマーチを行進曲に目指す境目は何処……! 「掛け替えの無い友の為の一瞬、総べてを俺としている犠牲の名の元にー刻んでやる」 「顧問の先生がゴールテープを切りました。あなただけの世界です」 「……」 遥か地平線の向こう側の強豪ライバルが待つ。無慈悲さと試合開始に名を残すラッキーセブンのフルスロットル? 駆けろ。 教科書は優艶に微睡む灼熱のロード。上手くやれよ、100m走は十八番の綺麗事のオンパレード? IF~イマジンの野次馬が動物園の様な騒がしい現状維持に明日を追い掛ける優勢・劣勢をシャッフルする人間賛歌の交響曲! 主役は色褪せぬ興奮と情緒のままにー 気力、因果応報、執念、悟り。スポーツマンは快感を汗と血で凸凹を山下りした誓い! 奥歯を噛め、決闘者よー 「最後の景色にお前の輝きを見た、命よきらめけ」 「夏が始まる。だからここに来た、行くぞ」 級友は邁進と仲間達の協調性に相打つたかが十代、されど大事な生き様を不束な願いに闘う反逆のテーゼ! Get Readyー 走れ。獣を追うチーターの狩人が奇跡を待つ……当たり前の幸福論は俺達の強靭な精悍さに乞うドリーマーの翼に黄昏を纏う謳。 「私、彼を信じるから。命すらいらないって」 男の夢路は単純明快な足音を陸上部に捧ぐ歌声にのせて披露する愛のカタチ! 威厳とは「献身」、「祝宴」、「文武両道」に芽吹いた緑の自然響鳴ー大丈夫。手のひらの中に叱咤激励を拳に変えても私は目を背けない。 「位置について……よーい」 そしてゼロになる。 0.1の差の秒速 終わった。 倒れこむ荒呼吸の元、意識が遠退く……定かでも無き永遠の一秒。全てを消し去る魂の解放! 「おめでとうございます! 金メダルの授与を」 街が出迎える安らぎの郷ー久方ぶりの放牧宣言。このままで良い! マネージャーがタオルを渡す水分補給の何時もの光景が打出の小槌に叶える切ない刻ー無意味なこと、己自身の自己満足、虚無……アンチテーゼの名目に待ちそびれた瞳の中の統一は昨日と違う報い?他意はない? 「学校楽しい? 帰りに肉まん奢ってあげる、御褒美」 「外国に遠征する。何言っても無駄、今から働く」 彼女はぽっかりと穴の空いた生活だった。君がいたから……優勝のトロフィーと盾が黄金色にさんざめく叡智! インフルエンサーの再臨が止まった青春を再び覚醒す、救われた家族、クラスメイト、その他全員にパレードをオンリーワンに花吹雪を舞う。力は糧に。努力が柔軟さに打ち勝つ自分の総意となり卒業の添付に繋がるアルバムのページ…… 「私、ずっとあなたを見ていたよ」 「俺行くわ」 交わえない温もりが素肌を滑らし柔らかな季節へ帰る、桜並木の甘酸っぱさとほろ苦い今が期待を下積み時代の郷愁に変わるー しがらみを解き放て。風は気まぐれ、契りが確信に代わり大舞台の袖口で称号と讃美歌を抱きしめては成長の兆しをたどる一歩を進む……俺は一人の命ではない。 「彼は旅立った」「そういう系。もはや達観した世代の待ち人」 元マネージャーの感覚は行き急ぐ法則……誰も傷つけない、それが彼の卒業を意味するドラマ。脱け殻の校歌が空虚な日々を無意味に演出する、この恋愛は実らない? 最期のLINEの文章だった。 また会えるよね? 私達……あの頃の面影と話したいことは山々。 「ほら。テレビ点けて、生中継LIVEだから」 蘇る記憶と桜の再会の約束ー側にいない時の微笑みが何度も勇気をくれる。ノートのレポートの落書きはあの頃のままで、夏が来るたびにタイムスリップする起動音が。 伴侶は瞳を閉じて、ブーケを仰いだ

胸の中で

今、あの人は何をしているのだろうか 恋人と肌を寄せ合っているのだろうか 一人、風呂に入っているのだろうか 誰かと飲んでいるのだろうか 今から寝るまでに私の事など考えもしないこと そんな事は分かっている 私に気がないことは確認済みだ ただ、そんな事は分かっているけど 今日の私の事を思い出しても罪ではないと 私が未だに一人、思っていることは罪ではないと そう、私は思っている。事などあなたは知る由もなし。誰かの胸の中でねているのであろう

思い出に

ヒヨドリが食事をしています 柵に覆われた空き地は 草刈りを終えたばかりのようです 短く切り揃えられた真新しい原っぱに、鳥たちは降りてきます 1羽のヒヨドリが食事をしています そこに黄色い嘴のムクドリが近づいているようです 「こんにちは」 「やあ」 「見晴らしが良くなりましたね」 「何かようかい?」 「いえ、何も…」 「そう」 黄色い嘴のムクドリはヒヨドリと話をしたいのですが彼はその気がないらしく、食事を続けています 「あの…」 「なに?」 「あの、よかったら一緒に飛びませんか?」 「…やめておくよ」 「ですよね。すみませんでした」 黄色い嘴のムクドリが飛び立ちました ヒヨドリはその後、食事を続けませんでした 何かモヤモヤとしてそんな気分になりませんでした ヒヨドリは原っぱを飛び立ちました 高く高く舞い上がって、さっきのムクドリを探しましたが見つかりませんでした。 古いアスファルトの歩道にあるひび割れて出来た窪地に、依然、木でもあったのか、そこだけ土が見える窪地に、黄色い嘴のムクドリは静かに目を閉じて横になっていました。空には、おっとりした鳴き声が聞こえます。

総理、正直になる。

地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「なんか元気ないですね」 総理の浮かない顔に、視線が集まった。 「実は、娘に子が生まれたんだよ」 「おめでとうございます。総理も、おじいちゃんですか」 会議室に拍手が響いた。 「いや……赤ん坊の顔を見てたら、心が洗われたというか」 「ん……?」 「ぼくたちさ、嘘ばっかりついてきたじゃない」 「まぁ、それは、噓も方便で国民もわかってることでしょ」 「だから、もう嘘つくのやめようと思ってね。君たち、この前の選挙公約、覚えてる?」 総理が財務大臣を指さした。 「税金を下げる、でしたっけ」 「できるの?」 「無理でしょうね」 閣僚たちが顔を見合わせた。 「急に正直になったら、世間が混乱しませんか」 「でも、孫の前では、カッコいいおじいちゃんでいたいのよ」 翌日、総理が緊急記者会見を開いた。 「えぇ……明日からの外国訪問、ちょっと旅行気分、入ってます」

極めて完璧な家族

「足りない」    一台で巨万の富を得た男は、齢五十に近づいき、飢えを感じていた。    並の人生を歩んだかつての友たちは、すでに子をもうけている。  子が大きくなった、志望校に受かった、ようやく手が離れたと、散々変化を訊いてきた。  当初はそれを、自分の時間を子と言う謎の存在に吸い取られている愚行と考えていたが、いつの日からか自分が決してできない経験だと考えが変わった。    だから、作ることにした。   「まずは、妻を買おう。友たちが自慢していたのは、可愛いことと、料理が美味しいことと、自分を立ててくれるところだったな。全部を持った女を妻にしよう」    男は、部下に指示を出した。  部下は世界中を回って、一人の女を連れてきた。  男の条件にぴったりだったので、男は女を妻にした。   「次に、子供を買おう。友たちが活き活きと話していたのは、育児に手がかかることと、有名な学校に受かることと、手が離れることだったな。では、三人の子供を持とう」    男は、部下に指示を出した。  部下は世界中を回って、三人の子供を連れてきた。  男の条件にぴったりだったので、男は子供たちを養子にした。   「家が手狭になったし、引っ越そう。子供部屋が三つあることは必須だな」    男は戸建てを購入し、引っ越して新生活を始めた。   「ほぎゃああああ!」    子供の鳴き声は煩わしかったが、耳を塞げば問題なし。  朝起きれば、庶民的な料理を作って待つ女がいて、「おはよう」と挨拶する子供たちがいて、学校の話を振ればぶっきらぼうに答えてくれる。  男は満足げに朝食をとり、その後仕事で家を出て行った。   「私の子供も、今は東大を目指していてね」    男は外で、家庭の話をするようになった。  周囲の人間たちが驚くのが、男は楽しかった。    多忙ゆえに朝と夜しか家にいないが、男は家族と言う買い物に概ね満足していた。   「これは、使用人や部下と何が違うんだ?」    だが、時々我に返っていた。  自分で育てる楽しみと、完成した物を買う楽しみ。  男はまだ、その違いに気づかない。

デート

会社の帰り道「今日も疲れた」とトボトボ歩いていると、反対の歩道を歩く夫婦が気になった。 旦那さんは足が悪いのか、腰が痛いのか、杖を持って歩いている。痩せた高齢のお爺さん。その後ろを奥さんが歩いている。奥さんは杖は持たず、背は旦那さんより低い高齢のお婆さん。 帰宅ラッシュで駅から溢れ出てきた人々とは逆行して、ゆっくり縦に並んで駅に向かっている。 日に焼けて乾いた大根の様な二人。その夫婦を観ながら「俺もあんな風になるんだよな」「妻もあんな風になるんだよな」と思い巡らす。最近は自分の周りにも離婚した知り合いが多く、それが良いか悪いかではなく、「僕らもあの歳まで一緒にいれるのかな」と思ったりしながら家に帰った。 帰宅し、妻にこの話をすると「でも、もしかしたら、まだ恋人で初めてのデート中かもしれないじゃん」 と冗談なのか本気なのか分からない顔で言う。まぁ、そんな事もなくはないか。

通勤

朝の光は残酷だ。 カーテンの隙間から差し込む白い光は、今日も変わらず世界を照らしている。 どこまでも明るい。 どこまでも健全だ。 通勤途中の人々とすれ違う。 眠そうな顔の会社員。 友人と笑い合う学生。 イヤホンをつけて足早に歩く誰か。 きっと彼らにも悩みはあるのだろう。 今日という一日を面倒だと思っている人もいるはずだ。 それでも皆、当たり前のように前へ進んでいく。 重たい身体を引きずりながらでも。 ため息を吐きながらでも。 生きることを前提にしている。 明日も、その次の日も続くものとして。 その感覚が私にはわからない。 昔はわかっていた気がする。 けれど気づけば、どこか遠い場所へ置き去りにしてしまった。 この社会は白さを求める。 正しさ。 清潔さ。 明るさ。 前向きさ。 傷があっても綺麗に隠し、苦しくても笑い、何事もない顔で歩くことを求める。 白く。 もっと白く。 汚れを見せるなと。 けれど人間は本当にそんな色をしているのだろうか。 私には最初から無理だった。 磨いても磨いても黒ずみが浮いてくる。 消したつもりの感情が染みになって残る。 周囲が自然にできていることを、私は演技でしかできない。 だからだろうか。 時々、死について考える。 苦しみから逃れたいとか、そういう劇的な話ではない。 もっと静かなものだ。 まるで遠くの海を眺めるような感覚。 そこにあると知っている場所。 いつか辿り着くだろう場所。 死は黒い。 光が届かないほど深く黒い。 けれど、その黒さは不思議と優しい。 何者にもならなくていい。 白くなくていい。 綺麗でなくていい。 ただ沈んでいけばいい。 そんなふうに見えることがある。 もちろん今この瞬間にどうこうするわけではない。 それでも、どこかで確信している自分がいる。 ああ、私はたぶん、もうすぐあちらへ行くのだろうな、と。 他人の人生を眺めるように思う。 まるで天気予報を聞くように。 そうなるのだろう、と。 駅前の信号が青に変わる。 人の流れが一斉に動き出す。 誰もが今日を生きるための熱を胸に抱えている。 私はその流れの中に立っている。 同じ朝を見ている。 同じ光を浴びている。 けれどどこか決定的に違う場所にいる。 皆が前を向いて歩いていくその先で、私はひとりだけ振り返り続けているような気がした。 空は眩しいほど青かった。 その青さの下で、私だけがひどく遠い場所に立っていた。

言語破壊

「まじ、ヤバみでエグみでまんじ」    道行く若者の言葉を聞いて、私はひどく悲しい気分になった。  日本語が、日本語でなくなっていくように感じて。    まじ、とはなんだ。  日本語には、『本当に』という言葉がある。  ヤバみ、とはなんだ。  日本語には、『危険そうだ』や『難しそうだ』という言葉がある。  エグみ、とはなんだ。  いや、本当になんなんだ。    形を変えていく、あるいは消滅していく美しい日本語が、私は恐くて仕方なかった。   「どう思う? ばあさんや」 「東京生まれのあんたがンなこと言ってんでねえ!」    恐怖をばあさんに共有しようと思ったら、まさかのお叱りが返ってきた。  意味も分からず、私は首をひねる。   「変なことを言ったか? 日本語を守ろうとしているだけなのだが」 「あんた、あたしゃが嫁いできたとき、なんといったか覚えとらんのかー!」 「……なんか言ったっけ?」 「『これから東京に住むんだから、方言も直そうな』とか言いやがったんじゃ!」 「言ったな。東京に住むんだから、標準語の方がいいと思って」    ばあさんの言葉の意味が分からずに固まっていると、ばあさんは鬼のような表情へと変わった。  鼻息を荒くして、しわくちゃの顔に、さらに深いしわを作った。   「何が標準語じゃ! 明治に入って整備されただけの、人工若者言語じゃねーか! うちの方言は都が京都の前から存在するわ!」 「いや……でも……標準……」 「黙れ! 江戸より前の人間から見れば、じいさんが標準語って呼んでる日本語も、十分に若者言葉じゃたわけ!」    言葉が詰まる。  今まで、自分の言葉が標準で普通と考えて、疑わなかった。  しかし、ばあさんの言う通り、味方によっては自分の言葉も若者言葉になるのかと気づかされた。  まじも、ヤバみも、エグみも。  二十年もすれば、標準語として使われているのかもしれないと思うと、なんだか自分が恥ずかしくなった。   「すまぬ、ばあさん。私が間違っていた」 「じいさん。分かればいいんじゃ」 「私もこれからは、積極的に新しい言葉を使っていくことにするよ。じじい、日本語を使いこなして、まじでエグいじじいになる!」 「いや、それはキモいからやめて」    ええええええええええええええええええええええええええ。

お狐さまと暮らす特に何も起こらない日常:05

【晴れときどきくもり、つごうにより回想 その三】  本格的な夏が手の届くあたりに見えてきて、お狐さまが部屋のなかに落ちてることが日常化してきた。肌の白いお狐さまは太陽の光を反射して、夏の暑さなんてものともしないんだろうと勝手に考えていたふしが僕にはあったのだけど、どうやらそういうものでもないみたいで連日、僕と同じようにぐったりしている。動物園のシロクマを頭に思い浮かべ、そして窓際で扇風機のつくりだす風を全身に受けながら元気なくたたずむお狐さまを見て、僕は納得するに至った。 「働いてるときもそんな感じなの?」 ―あそこは冷房が入っているからな、効きすぎなくらいに 「会社とかの冷房が効きすぎなのって人間のためよりパソコンとか機械のためっていう説あるよね」 ―まったくもって愚かの極みなり  僕は台所に立って、グラスをふたつ用意した。冷蔵庫のなかからよく冷えた麦茶を取り出し、グラスに注いでいった。   ・  ネットで商品を注文する。最後のボタンを押したその瞬間から心配になってしまう。ちゃんと受け取れるか、運ちゃんの態度だいじょうぶか、とか、いろいろな面で。もしトイレに入ってズボンを降ろした瞬間、玄関のチャイムが鳴ってしまったら。トイレのなかから「ちょっと待っててくれませんかあ」と大声で叫ぶか、それともあきらめて再配達を依頼するか。頼みづらいなあ。ああ、でも再配達の理由は必要ないか。理由を明確にしないと再配達してくれないとかだったらたいへんだな。トイレに入ってて、とか言わないといけないのかあ。あ、でも、正直に言う必要もないか。自分のことながら想像がたくましすぎて、まいってしまう。やれやれ。そういったことも含め、うまく言葉にできないけど感覚として、そうだ、ということがままある。でもいかんせん感覚の話で、言葉にして伝えられないものだから人からの理解はない。いや、そもそも伝えてもいないのだから理解うんぬん以前の話だ。 ―すべてを理解してはやれぬが  何かの拍子で話したとき、お狐さまはそう前置きして、 ―無礼な配達人には何度も難儀させられておる  心底、苦々しい表情を見せ、僕の感覚を肯定的にとらえてくれた。

未来売り

路地を歩く一人の男がいた。 背は低く、髪はずっと切っていないのか不格好に伸び切っている。 そして、その顔には不気味な仮面が取り付けられていて表情が読み取れない。 道行く人はみな、すれ違うときに下を向き、彼とは目を合わせない。 仮面の男は足早に、ひとりの学生へ近づくとその肩を叩いた。 「な、なんですか。」 肩を叩かれた少年は、怪訝そうな顔で仮面の男を見た。 「そんなに警戒しなくてもいい。私は君に未来を売りに来たのさ。」 男は作り込まれた、高い声で言った。 逃げようとする少年の腕を仮面の男は力強く掴んだ。 「離せよ!」 少年の必死の抵抗も虚しく、仮面の男はその手を離さない。 「アキちゃんと付き合いたくないのかい?」 放たれた一言に少年の動きが固まった。 「……なんで、そのことを。」 「言っただろう。私は未来を売るんだ。どうだい、一度話を聞いてみないかい?」 少年が逡巡するのを仮面の男は見逃さなかった。 「今なら千円だ。たった千円で彼女と付き合わせてあげるよ。」 「そんなの、信じられるわけ無いだろ。」 少年は、離された腕をしばらく撫でていたが、もう仮面の男から逃げようとはしなかった。 「わかった、君がボクのことを信じないのも無理はない。後払いで構わないよ。 でも、もし告白が成功したら、またこの場所に来てほしい。」 迷う少年の目が仮面を上目遣いに見つめる。 「もし、告白が成功しても君がここに来なかったら……」 仮面の男はたっぷりと時間をあけた後、少年に背を向けて言った。 「……そのときは、契約決裂。どうなるかは、分かってるね?」 呆然と立ち尽くす少年をおいて、仮面の男は再び、路地を歩き出した。 * おそらく上手くいっただろう。 暑苦しい仮面は外して、誰にもバレないように帰路に着く。 少し可哀想だが仕方がない。 奪われた分は奪ってやらないと気がすまないのだ。 まあ、これで向こう十年は小遣いに困らない。 俺はタイムマシンに乗って、元の時代へと向かった。

当たり前は当たり前じゃない

当たり前に起きていることは当たり前じゃない。 温かいご飯。暖かい居場所。これらはあって当然ではない。 明日が来ることも、今日生きていることも当たり前ではない。 当たり前に起きていることに感謝を求めましょう☺️

被害者の笑顔

近所で、車の盗難があった。  その家は二台のレクサスを所有しており、どうやら持ち去られたのは、より高額なモデルの方らしい。  警察も保険会社も手が出せない、プロによる完璧な犯行――近所では、そんな畏怖を込めた噂がまことしやかに囁かれていた。    だが、持ち主である男の反応は少し違った。  被害後、男は予想以上の補償を受け取ったらしい。盗まれたものより格上の新車を一台買い足した。さらに、以前よりも遥かに頑丈な、最新鋭のシャッター付きガレージを新設したのだ。  奇妙なのは、あの日、自宅の監視カメラに何が映っていたかだ。  死角など存在しないはずの敷地内。しかし、犯人の姿も、車の影さえも、映像には一片のノイズすら刻まれていなかったという。  ――真実は、闇の中だ。  新しいガレージの中で、男は以前よりもずっと愉しそうに、新車を磨き上げている。  そこへ、隣に住む老夫婦が遠慮がちに声をかけた。 「盗難なんて、本当に物騒な世の中になりましたね」 「いやあ、参りましたよ。まさか、こんなに簡単にね。あはは」  男はさも他人事のように、軽薄な笑みを浮かべて返す。そして、老夫婦が背を向けた瞬間、男は自分にしか聞こえない音量で、小さく呟いた。 「本当に、こんなに簡単だとはね」  その歪んだ歓喜を刻む笑みを、新しく取り付けられた監視カメラのレンズだけが、無機質な瞳となって冷ややかに見下ろしていた。

世界の終わりに君と【sideA】2

 丘にはすでに何組もの人が集まっていた。  家族連れ、老夫婦、若いカップル。皆、静かに空を見上げている。誰も泣いていなかった。泣き終わった人たちなのかもしれないし、最初から泣かなかった人たちなのかもしれない。私には分からなかった。  芝生に腰を下ろす。リュックを置いて、膝を抱えた。  丘の下から小さな女の子が駆け上がってくる。その後から父親らしき男性が疲れた顔で空を見上げながらついてくる。 「ねえ、おなかすいた」  女の子が父親の袖を引いた。男性は何も言わなかった。言葉が見つからないのか、それとも持ってくるものがなかったのか。 「よかったらどうぞ」  私はリュックからクッキーを取り出して差し出した。男性が小さく頭を下げた。女の子は両手で受け取り、屈託なく笑った。終わりを確信した大人たちの中で、その笑顔だけが違う光を放っていた。  彼女の中に「終わり」という概念はあるのだろうか?  当たり前のように続くから、おなかもすくのだろうか?  もう、考えても仕方ないこと──この感情を言葉に表すなら、「絶望」の二文字しか浮かばない。  私も皆のように空を見上げる。  隕石は空を覆い尽くすほど巨大で、赤黒い表面の模様まで見える。空そのものが落ちてくるようだった。あれほどの質量が動いているのに、音がしない。ただそこにある。  不思議と恐怖はなかった。 ──両親は、苦しまずに逝けただろうか。  毎晩聞かされた祈りの文言。神は必ずそこにいると、繰り返す父の声音。  私はとうとう信じられなかったが、今となっては、それでよかったと思っている。信じられるものがある人は強い。私にはなかった。ただそれだけのことだ。  なぜこうなったのか、という問いは、もう浮かばなかった。  一週間前、父に問いかけたとき、自分でも分かっていた。答えなど、どこにもないことを。  神がいてもいなくても、この隕石は落ちてくる。意味があってもなくても、その時は来る。問うことに意味がないのではなく、答えを必要としない場所に、私はすでに立っていた。  空が白み始め、隕石の脇から太陽がのぞきはじめる。赤と白と金が混ざり合い、空の色が何度も変わった。世界の終わりとは思えないほど美しかった。 「久しぶり」  懐かしい響きの声に振り返る。 ──彼だった。  白髪が増え、皺も刻まれていたが、一目で分かった。忘れたことなど一度もなかった。  言葉が出なかった。彼は少し照れたように笑って、私の隣に腰を下ろした。 「どうしてここに」 「君と見た景色の中で、一番美しいと思ったから」  思わず笑った。私も同じことを考えていた。それだけで、二十年という時間が少しずつ溶けていく気がした。 「探したよ」と彼は言った。 「マンションに行ったら、もう出た後で」 「歩いてきたの?」 「他に方法がないから」  どこから歩いてきたのか、聞かなかった。聞く必要がないと思った。  並んで空を見上げる。隕石はさらに大きくなっていた。周囲では誰かが祈り、誰かが愛する人を抱き締めていた。賛美歌のような歌声が、どこからか聞こえた。街で聞いたものと同じ声かもしれなかった。  もっと早く会えていたらと思わなくもない。でも、不思議と後悔はなかった。  後悔するには、二十年は長すぎた。長すぎて、いつの間にか別のものに変わっていた。懐かしさとも違う。ただ、またここにいる、という感覚だった。  彼がそっと手を差し出した。私はその手を握った。 ──温かい。冬の夜、この丘で繋いだ手と同じ温度だった。 「こんな時に言うことじゃないんだけど……僕、宇宙人なんだ」  思わず吹き出した。二十年前と変わらない、どうでもいい冗談を真顔で言う人だった。 「もし新しい人生を始められるなら、一緒に来る?」 「今度は、くだらないことで喧嘩しても大丈夫?」 「もちろん」 「仲直りしないまま二十年も過ごしたりしない?」 「たぶん大丈夫」  私たちは笑った。光が強まり、世界の輪郭が溶けていく。私は彼の手を握り直した。 「じゃあ、考えてあげる」 「返事は保留?」 「二十年待たせたお返し」  白い光が空を満たし、世界が輝きの中へ消えていく。私は最後まで彼の横顔を見ていた。 「ねえ。本当に宇宙人なの?」 「さあね」  その答えがおかしくて、私は笑った。  次の瞬間、世界は光に包まれた。誰かに手を引かれた気がした。夢だったのか、幻だったのか分からない。  けれど意識が消える直前、私は確かに思った。  最期に、あなたと一緒にいられて良かった。

君がいなくなる、そのときまで

 君と出会ったベンチの端の温度を、避ける当てもないほどの快晴の光を知った。  朝露に煌めく君のその横顔の、褪せることのない血色を覚えていた。  ああ、夕立に差す赤い夕陽の根を眺めていた。  青に乱反射する果てしない空を眺めていた。  むせ返るほど暑い空気の中で、流れるような緑に熱を絆されていた。  飴色を照らし出す並木道で君は笑った。  少し肌寒い、そんな中で夜空の花を見上げた。  雨上がり空を映す水たまりを覗き込んでいた。  果ての知らない世界がどこかにあるんじゃないかって、そんな夢を視ていた。  白が覆う世界でバス停の君は笑った。  賑わうあの世界で君は輝いていて、  山道を登る、君の背中を追いかけた。  桜の花が散るたびに、そのひとつひとつが  何も知らないうちに僕の掌に落ちて  「綺麗だね」って微笑むその横顔が未だそこに在って、  二人で分け合った季節の正体を思い出していた。    僕は、痛感して。この空を静観して。  いつも、いつまでも続くわけじゃないって、思い出していて、  それでも傍にいたいって、思わせるのは、  君がまた、そんな顔で泣くから。  快晴が、夕景に溶けていく。  その先が僕らをどう証明しようとしたって。  いつまでも色褪せないような、そんな結末を。  君と紡ごうとしていたから。   「嬉しかった」なんて、 「ありがとう」なんて、  まるで終わる少し前みたいな。  そんな言葉を吐かないでいて。  まだ君はここにいるから。  もう少しだけ、傍に居られるから。  君がいなくなる、そのときまで。  こうして僕の思い出話を。  聞いていてほしい。  そんな言葉に、力無い君は静かに笑った。

世界の終わりに君と【sideA】1

 テレビには、赤く発光する巨大隕石が映っていた。もはや天体ではなく、災厄そのものだ。 『衝突は明日午前十時二十分と予測されています』  アナウンサーの落ち着いた声が、逆に現実味を奪う。  最初に報道されたのは数週間前のことだった。  映画のような話だと思っていたが、各国の研究機関が同じ結論を出し、一週間前に政府が会見を開いた。  地球規模の絶滅。助かる方法はない。落下地点に一番近い日本列島は、衝突の瞬間に蒸発すると専門家は言った。  逃れる術はない──誰も疑わなくなったころ、街からは人影が消えた。  私は四十二歳、独身。都内のマンションで一人暮らしだ。  勤め先は休業になり、同僚たちは家族の元へ帰っていった。最後のオンライン会議で誰かが「また来週」と言ったが、誰も訂正しなかった。  実家に帰ろうかと考えたが、交通網はすべて止まっている。  電話をかけたのは、最後くらい声を聞こうと思ったからだ。  二十歳で家を出た以降、両親とは連絡を取っていない。  理由を人に話したことはないが、信仰のせいだと自分では分かっている。  両親にとって神は、何を差し置いても優先させるべき存在だ。──子供よりも。  歳を取ってから、責める気持ちは薄れた。そうしなければ、あの人たちも生きてこられなかっただろうと思うようになったからだ。  信仰は彼らの心のよりどころだったが、私にはそれが合わなかった、それだけのことだ。  母が出た。声を聞いて、少し胸が詰まった。 「最後に話せてよかった」 「そうだね」  短い沈黙の後、父に代わった。 「祈っているか」  私は何も言わなかった。 「祈れば、神は必ず──」 「ねえ」と私は遮った。 「なぜこうなったと思う? 神様がいるなら、なぜ」  父は答えなかった。代わりに、小さく祈りの言葉を呟き始めた。聞いたことのある、子供の頃から耳に馴染んだ言葉だった。  私は少しだけ目を閉じた。  怒りはなかった。悲しみとも違う。ただ、もうこの会話は終わったのだと分かった。最後もこの人たちはこの人たちだ。そしてそれを、今さら責める気にはなれなかった。 「元気でね」  それだけ言って、電話を切った。 ──翌日、テレビがその宗教団体の集団自殺を伝える。  両親のスマホはすでに通じない。でも、不思議と納得し、動揺もしなかった。あの人達はそれが天国への近道だと思ったのだろう。  テレビは昨日の夜に沈黙し、部屋は静寂に包まれた。  窓の外には、人影のまばらな街。皆、最後の時間を大切な人と過ごしているのだろう。私は一人だった。  ふと、若い頃に恋人と通った丘の公園を思い出した。リュックに残りの食料と水を詰め、部屋を出る。使うことはないと分かっていても、手ぶらで終わりを迎える気にはなれなかった。  街は静かだった。車は走っていない。コンビニのガラスが割れていた。中はすでに空だった。  公園のベンチに老人が一人座って空を見上げていた。道の端に、誰かが置いていったのか、荷物が散らばっていた。路地の奥から、賛美歌のような歌声が聞こえた。  私は立ち止まらなかった。  坂道を登りながら、彼のことを考えた。  出会ったのは大学の頃だ。サークルの帰り道、駅の改札で定期券を落とした私を、後ろにいた彼が拾ってくれた。  それだけのことで、なぜ付き合うことになったのか、今となっては思い出せない。気づいたら隣にいた、という感じだった。  よく二人で自転車に乗った。行き先を決めずにただ走って、疲れたところで止まって、途中で買ったパンを食べる。  どこへ行ったかより、風の感触や彼の横顔の方がよく覚えている。  夏祭りの夜、浴衣を着た私を見て彼は「似合う」と言った。当たり前のことのように、さらっと。それが嬉しくて、でも照れくさくて、私は「知ってる」と返した。彼は笑った。私も笑った。  冬にはこの丘に来た。夜景を見ながら、どちらからともなく手を繋いだ。冷たい風の中で、彼の手だけが温かかった。何も話さなかった気がする。話す必要がなかった。  別れたのは二十年前──理由は、今となっては曖昧だ。  些細な行き違いだったと思う。謝るより先に意地を張って、会いに行くより先に時間が過ぎた。  連絡が途絶えたのがいつだったか、もう正確には思い出せない。  二十年経って残っているのは、怒りでも後悔でもなく、ただ景色だった。風と、笑い声と、温かい手の感触。  丘への坂道を登りながら、私は思った。  あの人は今、どこにいるのだろう。  最後の日を、誰と過ごしているのだろう。  答えは出ないまま、足だけが前へ進んだ。

意味を盛りまくった恋愛相談

 陽光が人々を照らし営みの行く末を見守る。  夥しい人の往来は喧騒を奏で、日々生きることへの鎹を得る。  そして形成する仰臥の緑地は反復し、ざわめく光陰の永久を数えた。  それは即ち街の人生そのものなり。 「……俺、今日マイクに告白するんだ」  屈強な体躯を黄金色で彩るナイスガイ・ミッチェル。彼はカフェの向かい席にいる親友:ボンバーにただの事実を報告していた。周りの人々の日常風景が彼らの美しい恋模様を普遍なシンボルへと昇華する。 「良かったじゃねぇかミッチェル。俺はエリック派だが、お前の上腕二頭筋なら奴もいちころだろう」  コーヒーを一口すすり、仄かな苦みの空気を肌で楽しむ。彼は緊張していたのだ。親友が今から告白するという予測可能性が低いイベントに。平常心で彼の意気込みを聞いている精神状態ではない。 「早くあいつに伝えてぇ。俺の熱く燃え滾るハートビートを」 「分かるぜミッチェル。だが事はそう単純じゃねぇ。恋愛ってのはCから始めちゃいけねぇんだ」  ボンバーは震えすぎて最早バイブレーションと化している。テーブルを小刻みに揺らしながら演奏された振動音は、皆の注目を集めるには強すぎた。彼は既に変人というレッテルを張られている。 「そうなのか? 俺は最初からCでぶちかましたい気分なんだが」 「ダメだぜ相棒。Aからいくんだ。愛ってのは確かめあうもんなんだよ」  交差する友情のアンサンブル。そしてバックに見えるのは、彼らを祝福する魂のオーケストラ。荘厳な大地が共鳴し、碧虚が輾転反側を覆す如く法悦せしその真を射影する。 「きゃははまじめろんくせぇ。ウォーターハッピーじゃむじゃむじゃん」  壁際の席に座るギャルがハネムーンでランデブーのサクリファイスを求め呼応していた。手に持つスマートフォンには非線形的な水位変動を映し、騒然と流動す常夏の感応を増幅する。彼らもまた罪深き鎮魂歌に携わるデスティニーなのだ。 「……分かったぜボンバー。俺、結婚指輪買ってくる」 「違うッ! 違うぞミッチェル! 早すぎる!」  ミッチェルはチーターの如き素早さで、店内を後にした。  高まるリミット。司るRAINBOW。  パラドックスはリフレクションし、サステナブルなビートが歪み刻まれる。 「……ミッチェル。お前って奴は……かっこいいぜ……」  ボンバーは心から感心した。親友は、頭が狂っていても正直なのだ。彼の熱いユニバースエキセントリックハーモニーはバイアスを超えパラボリックecstasyなのだ。  ボンバーは席へ座る。  親友が魂を燃やしバーストしているリアリティに、つんざくノイズはご無用だった。  コーヒーをすする。そう、それだけいいのだ。  それが人生なのだ。  天井のシャンデリアが崩れ落ちる。硝子は粉砕し轟音が空間を侵食していく。  そう、それが人生なのだ。  全てを埋め尽くす水の集団が彼の肺を冒していく。  そう、これは人生だったのだ。

練馬記念

 今日は架空の練馬の競馬の話をしよう。 練馬には競馬場はないのだが古今東西の馬女馬男たちが練馬中を縦横無尽に駆け巡る。 最早それは競馬ではないのかもしれないがこの人生のレースに勝つものは最も練馬で創作をしたものである、と言うジンクスがある。 他にも池袋記念、新宿大賞典、渋谷賞など名だたる架空のG1レースがあるが池袋記念は最もオタクであったもの新宿大賞典は最も遊んだもの渋谷賞は最もお洒落であったものが勝つなどのジンクスがある。 他にも様々な街の架空G1があり上野賞、原宿賞、秋葉原記念、錦糸町典等々名だたる古今東西の馬男馬女が凌ぎを削り合う。 今年の練馬記念は一歳から100歳までの古今東西の人達が集まり創作を競い合う。 ゴールの基準はそれぞれの満足する作品を創り売上、海外評価、国内評価、文化的貢献等の基準から1着を決める。 勿論馬以外の動物も参加OKだ。 各国の様々な動物人間達、果ては宇宙人、未来人、人外まで参加して様々な創作をする。 今年はどうなることか。 僕はオナニーが得意なのだがオナニーは創作ではないのでネットに挙げた小説などで勝負するのだがいまいちインパクトにかける。 世界中からクリエイターが集まり覇を競い合う。 どんな創作物が出るのか楽しみなレースである。

久しぶりメッセージ返信方法

『久しぶり』    元彼からメッセージが届いた。  もう数年も連絡を取ってなかったというのに、どうしたんだろう。  だから、一応返信はしておいた。   『久しぶり。どうしたの?』    即既読がつくも、返信はなし。  いったいなんだったんだろうと思っていたら、アイコンが変わった。    元彼一人の自撮りから、赤ちゃんを抱っこして、結婚相手だろう女性と仲睦まじく映る写真に。    これは、あれか。  私を悔しがらせようとする、あれか。  私は自分の返信メッセージを取り消して、スクショをとった。  はい、家族最高みたいなアイコンにしながら、裏では元カノに連絡をとろうとする糞男の絵が完成。    結婚相手だろう女性が、顔見知りでよかった。    私はスクショを結婚相手だろう女性へ、もとい高校時代の女友達へ送った。   『は? なにこれ?』 『突然連絡来たの。私、不倫とかする気ないって言っといてくれない?』 『え? は? あんた、前付き合ってたよね?』 『うん』 『私に隠れて、元カノと連絡とるとか最悪! 死ね!』    嫉妬深い子だったからなあ。  私に連絡を取ったと知れたら、大変なことになりそう。    案の定、元彼から大量のメッセージが届いた。   『おい! なんで見せたんだよ!』 『不倫じゃないって言え!』 『連絡しろ! お前のせいで、うち今大変なんだぞ!』    着信履歴。  着信履歴。  着信履歴。    私、二度目のスクショ。  そして送信。    人を呪わば穴二つというやつだろう。  元彼の悪意は、元彼の元へと帰っていった。  めでたしめでたし。    私は元彼のアカウントをブロックしていなかったことを後悔しつつ、ちょっと涙ぐみながらブロックした。

群青はのむ

 今日、私たちは“アオ”にのまれる。  謎の物体“アオ”は、現れてたった一ヶ月で瞬く間に私たちが住む地球をのみこんでいった。  はじめはテレビの画面だった。天気予報を見ている時に、急に「緊急速報」が流れてきた。 「現在、世界各地で“青い何か“が発生。この物体は、青色のものには絶対に触れないでください」  不思議な緊急速報だった。そしたらテレビの端に、群青色の染みができた。そして、どろり、と、まるで絵の具が溶けたかのように動き出した。  テレビが飲み込まれてしまった。そして、お母さんの悲鳴も。  それから私たちは、“アオ”を排除し始めた。  でも、この世界は、多くのものが青色でできていた。  ノートも、教科書も、タオルも、枕も、家の中にあるものの多くに青い色が入っていた。  インターネットは、青色以外が使われて無事なところもあったけど、人が“アオ”に飲み込まれたせいで、誰もする人がいなくなった。海の近くの町は、巨大な“アオ”に飲み込まれ、すぐに誰とも、連絡が付かなくなった。  今ではもう、空も木も海も、ビルも家も公園も、犬も猫も動物も、人間だって、何もかもが“アオ”になってしまった。  私のまわりも、もうほとんどが“アオ”まみれだ。お姉ちゃんも、お父さんも、母さんも、友達も、もうみんな人の形をした“アオ”になってしまった。家も、学校も、思い出の場所も、何もかも飲み込まれた。  残るは私と、同級生の蒼良(そら)だけだ。  そして、私たちも、もうすぐのまれる。 「“アオ”ってさ、ずるいよね」  私は隣にいる蒼良に話しかける。大きくてつぶらで素敵な目が、私の方を見た。 「何がずるいの?」  神妙な顔で返事をする。別に、大したことを言いたいわけじゃなかった私は、その反応につい笑ってしまった。 「だってさ、“アオ”にのみこまれる、だよ? 世界の終わりなんだよ? なのに、隕石衝突とか、温暖化の大火事とか、宇宙人襲来みたいなものじゃなくて、“アオ”にのみこまれるんだよ?」 「そうだね」 「なんかさ、それって……かっこよくない?」  そう言うと、一瞬、彼の目が大きく見開かれた。そしてすぐ泣きそうなでも嬉しそうな顔に変わった。もしかしたら、私も同じ顔をしてるんだろう。  私は、子供の頃から強がりだった。小学校の運動会のかけっこで転んだ時も泣かなかった。好きな人にフラれた時もありがとうと言って笑った。姉が飲み込まれた時も、父が“アオ”にのみこまれた母を抱えて「私たちはもうだめだ。お前は一人でいきなさい」と言った時も、私は大丈夫だって、心配しないでって、そう言って笑ったのだ。  そう、だからこれも、強がりと言えば強がりだ。のみこまれるのは怖い。正直、ゾッとする。  上からも下からも前からも後ろからも、“アオ”は私たちを囲んでいる。私たちは逃げ場がない。この先のことも、どうなるのかわからない。  “アオ”にのみこまれてしまった人は、その場でじっと動かなくなって話すこともできなかった。電話もメッセージも届かずに、何も送られてこなかった。自分たちもあんな風になるかと思うと、“アオ”にのみこまれることが怖かった。  でも、私は強がりだ。怖いと思っても、怖くないって言ってしまう。なんならかっこよくてずるいって、こんないい終わり方でいいのかって、そう言い張ってしまうのだ。 「確かに、それはずるい」  蒼良がそうつぶやいた。その言葉を聞いて、私は蒼良の手をとった。 “アオ”がとうとう、近づいてきた。上も、下も、前も後ろも、私たちを囲んでいる。   「そう言えば、前から思っていたんだけど──」  急に蒼良が何か思い出したように私に話しかける。 「この“アオ”さ、青って言うより、群青だよね?」  ちょっと皮肉めいた、泣きそうで不敵な笑み。  そして、すべてが群青になった。

バレンタインデーのプレゼント

 今日はバレンタインデー。  恋人たちが愛を分かち合う神聖な祝祭。  片思いにとっては運命の日。  私も同じ恋する乙女だから、皆をつい応援しちゃう。  でも、そんな内気な自分はやめにする。  今年こそは勇気を振り絞って、今にも張り裂けそうな“愛”を彼に届けたいと思ったから。  笑った顔も、伏し目がちに黒板を見つめるその横顔も。  クラスのざわめきに少しだけ遅れて振り返るそのしぐさも。  全部があまりにも美しすぎて、それがいつか消えることなんて耐えられなかったのだ。  だから私は最大級の愛の証明として、“残す”ことに決めた。  ――誰にも壊されず、誰にも消されない場所に  私の部屋の壁は、ほとんど空いていなかった。  教室で居眠りしている彼も、駅前でスマートフォンを見下ろす彼も、誰かと肩を並べて歩く彼も、みんな同じ大きさで同じ距離に貼られている。  少し画質が荒いものもあるけれど、それが人生の甘美さ。  でも私は分かってる。愛は時代唯一の不変だと。  どれもとっても大切な瞬間だから、優劣はつけられなかった。  彼の全てがここにある。彼の生きた証は私が全て記憶する。  私が残しておかないといけない。  愛を知る私以外できないことなの。 「……今日中に完成させなきゃ」  私は椅子に座り、パソコンの画面を見つめる。  保存が完了するたびに小さな通知音が鳴る。  それを確認して、ファイル名を整えて、また次の写真を選ぶ。  これは単調な操作だけど、全てのクリックが彼そのもの。  ミスなく実行しなければならない。  そして当たり前だけど、ただまとめてアルバムを作るのじゃ足りない足りない足りない足りないそんなものは愛じゃない愛は形を変えて残ってこそ愛いつか消えるものなんてそんなものは糞以下の何物でもない真実の愛は世界と繋がる刻印となってこそ満たされる愛は脆くない強いものなの愛は命より愛おしいの。  私は保存形式を間違えないようにもう一度確認した。  慣れてることほどうっかりミスがあるものだ。  愛は時に牙をむく。噛まれちゃったら泣いちゃうかも。  でもきっと平気。愛はやがて超越されるものだから。 「……大丈夫だよ、もうすぐあなたは世界になるからね。心配しないで」  私は写真を選んで、文字列だけのリンクを作る。  世界中に分かれて置かれる場所。  どこにあるかは、私にも分からない。  誰か一人が拒んでも、もう無かったことにはできない場所。  次に小さなメッセージを入力する。  長い言葉はいらない。  一度書いたら、二度と上書きできないから。  送信ボタンを押すと、画面の表示が変わる。  履歴に戻っても、そこにはもう何もない。  これで大丈夫。  彼はちゃんと残る。  もう誰も彼の軌跡を邪魔できない。  私はすぐに彼のSNSのメッセージ画面を開いた。  長い説明は書かなかった。  愛は、  読むものじゃなくて、受け取るものだから。  ===  私からの気持ちです。  ここからいつでも見られます。  https://cloudflare-ipfs.com/ipfs/QmXXXXXXXXXXXXXX  ===  プレビュー画像が、自動で読み込まれた。  これが愛の“刻印” 「愛してる」  送信。  画面の表示が、少し遅れて変わる。  それからしばらく待つと――  名前の横に、小さく「既読」の文字が浮かんだ。  それだけで十分だった。  理解されなくてもいい。怖がられてもいい。  でも、もう彼は世界に刻まれた。  誰にも消せない形で。  チョコレートよりもずっと甘くて、  ずっと永遠なハッシュを。  ちゃんとプレゼントできて、良かった。

気持ちしだい

 最近あんがい予報あたってるなあと思ったら小雨が降っていた。どうするかなあ、戻るかなあ、歩きながら考える。考えてる間にアパートからは遠ざかる。雨の日には履かないようにしてた運動靴、でもこのくらいなら、すぐだし、戻る理由はなくなってすっきりスーパーを目指す。名前の知らない黄色い花が通りの家から顔を出している。小さくて、真ん中にちょっとだけ花火がぽんぽんて。サケフレーク、ぶた、とり、牛乳、ペーパー。マズい忘れちゃう。どう声をかければよかったかな、黄色い花。去年、咲いてた?これでいいかな。サケフレーク、ぶた、とり、牛乳、ペーパー。  昼間、約束していた時間には遅れてしまった。間に合うと思って出たつもりが、一緒に部屋を出たアイツが忘れものしたと引き返し、上がっていく階段の途中で、ごめんあった、とマヌケをしたせいだった。そんなこと、みっちゃんには言えない。言わなくていい。言ってもよかったけど。サケフレーク、ぶた、とり、牛乳、ペーパー。みっちゃんは、でもたぶん、わかってるみたいだった。私にとってのみっちゃんも、みっちゃんにとっての私も、お互いの人生におけるいっときの通行人のような役回りなんだ。脇役にもなれないことを、甘んじて受け入れるしかない、それが与えられたことなんだ、と。サケフレーク、ぶた、とり、ねぎ、ペーパー。なんか違うな。サケフレーク、ぶた、とり、ねぎ… ねぎは買わないんだ、サケフレーク、ぶた、とり、牛乳か、ほいでペーパー。忘れそうだな。いつもと逆ルートだし、でも最初にトイレットペーパーじゃずっと持ったままだしな。  あ、入り口の自動ドア、なんか貼ってあったの見るの忘れた。帰り見てこ、たぶん忘れると思う。んー、やっぱりこのお店は野菜が高い、買うつもりはないけど値段は確認しておく。ちょっと形の悪めの、でも食べたら普通の味の、そういう野菜ばっかり売ってる近所の八百屋さんに行けばいい。サケフレーク… どこだ… いいや先に、ぶた、とり… でも値引きシール貼っつけてるおじさんいるから先に牛乳で、ああてことはペーパーもか。結局いつもの流れか、いやぜんぜんだ、無茶苦茶だ。ぶた、とり。サケフレーク… 高いねえ、ふたつでこの値段くらいだと思ってた。買わないでいいか。ぶた、とり… パスタかあ、まだあるからなあ、たいして安くもないか。パスタねえ… 最近、本読んでないなあ、今日読めるかなあ、時間あってもなあ、気持ちがなあ、気持ちしだいかあ。買ったけどねえ… 人は本を買うと本を読まなくなってしまう、それっぽいな。サケフレーク… は買わないんだ、ぶた、とり、牛乳、ペーパー。いいんだよね。ぶた、とり、途中からだと言いにくくなるな。サケフレークなし、ぶた、とり、牛乳、ペーパー… オッケーかな。レジで6ポイント使って。聞こえなかったかな「6円、ポイントで」今日初めて人に向かってしゃべったな。そんなことないか、アイツといたし、みっちゃんとも会ったんだ。ああやっぱりそういうことなんだなあ、ふたりに対して。そういう位置づけなんだねえ。 「ン10円のお返しで…」  いま「10」ヘンだった。そこだけやけに大きかったし。なんで?ちょっと我慢しちゃった笑うの。ああ、ん、ちょっと高い?ああトイレットペーパーか。高くなったなあ。前はなあ… もうあの値段にはならないんだよ。結局、予想通り、入り口の貼り紙は見てこなかった。  行きはあえて見ないようにしてたアパートの近くの工事現場。買いものリストの呪文から解き放たれた帰り、よく観察してみる。と言っても暗い夜に工事現場の前で立ちどまってたんじゃあヘンに見られてしまう。ちょっとばかりゆっくりになって、へえこんなとこで工事してんだあ、みたいに眺めていく。防犯対策かなんかで明かりが音もなくついて、子どものころだったら驚いてたけど、そういうの、もう慣れてしまった。  部屋まで無事たどり着く。自転車にけたたましくリャンリャンリャンとやられることなかった、タバコの煙が風にのって流れてくることもなかった。レースでもしてるみたいになんらかと戦ってるふうな車もバイクもいなかった。頭の上を通る高速道路を、ときおりスウワアアンと車が走り抜けていく。あれ、なんかいいんだよねえ。  ひと息つく前にパソコンを立ち上げ、準備が整うまでの間にうがい手洗い。買ってきたものも冷蔵庫に手早く入れて。いいころ合いでレシートを手にパソコンの前に座って家計簿をつけていく。ふうん、今月まだ余裕ある、来週少し贅沢してもいいか。でもたぶん、来月に持ち越すんだ… ふう、ミルクティー飲も。やっぱり夜だからノンカフェかな、ルイボスしかないか、イヤじゃないけど。あのとり肉どうするかなあ… 冷凍庫行きになる予感。

いつもの二人

コーヒーと美味しいパン 二人は並んで座っている いつもの店のいつものメニュー 一人は肘をついてコーヒーを飲む 一人は腕を組んでいる よく晴れた空を冷房の効いている店内で眺めている 何気ない会話と笑顔 目はたまにしか合わない 二人は同じ方を向きながら この先を探している

シンセカイ (掌編詩小説)

新生活にスターターパックなんてものは無い 新しい朝がやって来るだけ 新しい夜がやって来るだけ 今までの生活とは訳が違う世界 全てにおいて、『大人』の責任が伴う異質な世界 気休め出来ないと悟った時 すでに心身は削り取られていた 昼休憩が30分も無いと悟った時 すでに心身は削り取られていた 目の前の日常が異常と悟った時 すでに心身は削り取られていた 新生活にスターターパックなんてものは無い それはそれとして、別に良い 生きていくのに最低限度の金銭を人質に 会社は私の首を絞める 労働基準法を無視したこの所業 これが私のシンセカイとなった (完)

碧い鉄骨塔 (掌編詩小説)

街を見下ろす鉄骨塔 何から見守るかも忘れて 貴社の広告を背広に使う 酸性雨に襲われ、剥がれる外装 街を見下ろせば酸の臭い この街の外観も褪せたもの 甘い香りの終焉 ほとばしる自然の進行 ツタが鉄骨塔を喰い飲み込み まるでユグドラシルのよう 碧くなった鉄骨塔をいつまでも誤魔化していく (完)

笑死

僕の目の前に座る彼は、両手を広げて鷹揚な態度でべらべらと言葉を紡ぐ。 「僕はね、本を読まない奴が嫌いだ」 自慢するような口ぶりで語る様子は、演技臭くて痛々しい。 「基本馬鹿なんだよ、非読書家ってやつは。本は小難しそうな顔しながら、悪辣且つ口にするのも憚られる下品な行為を平気で行う。そんなもの、本でないなら規制されて当然だ。だが、想像力に乏しい非読書家の馬鹿共は、本を読まないが故にその事実に気が付かず、馬鹿であるが故にアクセント程度に添えられた、過激な描写を含む映像作品に過剰なまでに反応し、それを抑圧させる」 僕は些か穿ちすぎた考えに首を捻るが、彼は構わずわざとらしい溜息を吐いて続ける。 「そうしてこの世から愉快なエンタメ達は消えていく……僕はね、別に読書家だって好きじゃないんだ」 今度は脚を組んで、それから机に乗せた手を組んで、マルチ商法を持ちかけるような胡散臭さで笑った。 「数十万文字の言葉の羅列を誰が好き好んで読む。読書家は活字中毒で妄想癖の変態にしか思えない」 口が過ぎるぞ、そう出かかる言葉を今は堪える。 「読了数を積めば積むほど、奴らはかしこぶってそして偉ぶる。評価されるべきは飽くまでも本の中身であり、自らを賢者と称する読書家は、ただ暗記した言葉を馬鹿のように吐き出してるに過ぎない。そこに奴らの思考は何処にも存在していない」 まるで経験人数をただ重ねただけの猿だな。とめちゃくちゃに吐き捨てる。 「それに、だ。僕は小説家も好きじゃない。大嫌いだ」 今度は怒り口調で捲し立てる。 「アイツらはずる賢いんだよ。小難しい表現を並べて文字を稼いで、肝心の内容を纏めればページ数の半分程だ。中身の旨みを余計な文字で薄めてる。そのページ分の値段を返して欲しい。そりゃあ、作者の感性の一端に触れているのだと賢くて偉い読書家の皆様は言うだろうけど、そんなもの今の時代にそぐわない。効率が最も重要なんだよ」 なにやら理論が破綻してきた。 「時代は専ら映像作品さ。それも、冗長の無い短編もの。作り手が伝えたい事だけをダイレクトに、それも大量に摂取できる。規制されてもまた新しい作品が次々生まれる」 ゴキブリのようにな。内心で僕はそう付け加える。 所詮、彼も自らが嫌う非読書家のひとりであり、かしこぶる読書家であり、冗長に言葉語る作者のひとりに過ぎない。 高校時代の思い出を振り返りながら、僕は黄昏ていた。 演技口調で語っていた彼は現在、映画監督としてぼちぼちな成績を残している。 僕はことある事に、そんな彼に過去の話を蒸し返し、彼の創作理論に水を差す事を生きがいとしている非読書家のひとりである。

あじさい

梅雨らしい、しとしとと降る雨に濡れた紫陽花。 隙間に訪れた晴れ。 小さな花に、小さな水玉が落ちた姿は、 太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。 スマホを取り出し、カメラを開いて構えてみる。 角度を調整する。 光に反射した水の玉が一等輝いて見えるように。 画面をタップして、ピントを合わせる。 ーカシャッ 軽やかなシャッター音が辺りに響く。 なかなかに良い写真が撮れた。 自然と口角が上がる。 忘れない内に、写真をフォルダーに移動させる。 フォルダー名はー 「君と見てみたい景色」

while

#include <stdio.h> void repeat_program() { printf("データの解析が完了しました。\n"); }  あれ?  ふと抱いた、強烈な違和感。  何これ。なんだかよく分からないけど、変な感じがする。  ボクは、自分の身体をくまなくさわった。しかし、特に怪しいところは見つからなかった。周りの景色もボクの認識も、いつもと何も変わらない。  ……気のせいか。ひとまず、そういうことにして。ボクは見慣れた通学路を、仕方なく歩いた。\n  数年後、とある変わり者の知り合いがとんでもない試作品を開発した。それはタイムリープ装置。装置というより、魔法の道具みたいなもの。  それこそ魔法瓶の中に入った液体をのむだけ。なにやらプログラミングをいじくっていたら、いつの間にか、こんなものが出来上がっていたらしい。 「ちょっとだけ蝶の鱗粉とか混ぜたんだよ」  知人Aは、なんでもなさそうに言ってのける。なぜパソコンの画面上で行われていたはずのプログラムから、怪しげな化学薬品を作れるのか。ボクには全く理解できない。  変人。いや、鬼才なのだ。しかし、そのことを知人Aは自覚していない。あくまでも鬼ではなく、人の枠をはみ出さないよう生きている。 「本当にタイムリープなんて、できるのか」 「多分ね」 「多分ってなんだよ」 「論理的には可能なはずだ。そうなるように調整してあるからね」  ふと、Aは思いついたように顔を上げた。 「あっ。きみ、小学生の頃、通学途中でなにやら強烈な違和感に襲われたらしいじゃない」 「その話か」 「試してみる?」  目の前で魔法瓶が左右に揺すぶられる。まるで振り子のように。「保証はできないけど」 「やるよ」  ボクは即答した。 「それを飲めばいいのか」 「本当にやるの?」  間髪入れず、Aはたずねた。  ボクは無視して、魔法瓶の棚に指を向ける。 「時間の指定はできるのか」 「一応ね。今から10年前、5年前、1年前の瓶がある。それらを組み合わせて飲めば、時間調整はどうとでもなる」 「効果は?」 「無限だよ」  思わず、目を見開く。本当かよ。 「本当だよ、そこがネックなんだ」  首を掻きながら、Aは瓶をいくつか手に取った。それらの中身をガラス棒で混ぜ合わせる。 「自分の精神を過去に飛ばす。いわば、一時的に過去の自分の精神と同化する状態になるんだ。そして、また戻ってきたい時は、その同化状態を解除する必要がある」  液体がくるくると混ざっていく。 「つまり?」  くるくる、くるくる。 「帰りたくなった時に『帰りたい』と念じるんだ。それだけでいい」  ガラス棒の動きがピタリ、止まった。  Aは、こちらに調合された魔法瓶を手渡す。 「本当にやる?」  もう一度、Aはたずねる。 「自分が言ってきたくせに」  だから、鬼になれないんだ。だから、人のままなんだ。だから、何も。 「変わらないかもよ」 「それでもいい」  何も起こらないなら、それでも。  だって、気になっていたから。ずっと。あの時から、ずっと。  仕方ない。気になるものは気になるのだから。  ボクは瓶をかたむけて。仕方なく。飲んだ。\n int main() { int init = 10 + 5 + 3; while (1) { repeat_program(); printf("今から %d 年前のデータを確認します。\n", init); printf("【init(%d年前)の設定に戻る】\n", init); printf("-------------------\n\n"); getchar(); } } 今から 18 年前のデータを確認します。 【init(18年前)の設定に戻る】

沈殿

白い紙にことばを書く。 思考を形にして、世界に出力する。 この痕跡は、電子の海に流れない。時間の空にとろけない。 十個前の季節に置いたそれは、ふとした拍子に転がってくる。 決して上手ではないその線は、二度と同じ形に至らない。 ただ見つめている私だけが、移ろっていく。 間違えた書き順も。不揃いになっていく線の太さも。 疲れて雑になっていく、ひらがなも。 一度消して、また繰り返してできた皺も。 その時の私の、その時の記録。 この紙が汚れて破れても、沈殿した声の姿は変わらない。 澱のように、私の底で、深く、眠る。

人は気付かぬ内に鍵を手にした?

淡白な調理にスパイスを 「勝て、運命とは神の試験……もがき足掻け。ゴールへたどり着くのなら条件は皆無」 天からの恵みは今。先人の悪行がそうさせた尻拭い? 街は意識と繋がる強者の絆、GATEを啓け……生命の後継者達は第二世界にて戦闘を開始する。大戦役の祭りは数年後に喜びの目に見えぬ栄誉に感極まる崇高な果て。救世主は進化が速い! 繰り返す日常茶飯事、現実を見ろ。高望みしない夢想も禁物な歴史の立会人が明日を作る冥王の火星!! 「文章は届く。大脳・小脳・脳幹含む楽さに依存しては一生を終え、次の舞台の劇場の出番を待つ美麗」 行き先は一つ。頭脳線のさらなる飛躍と生産性の所作に選ばれし者が来訪者となり考想伝播に寄せるオモイ。時刻は無いー ルーティンをこなせ、自らの水使いに自問自答の大義の為の一途。上昇思考と完全変態の急成長は強制進化に新しき息吹きを求めては書物を整理する図書館の仕事に公務する候、愛燦燦と! 「先輩に続け、土星を背負え。本に天使と仏は宿す」 「このまま……。基本的人権の尊重、二つの合体」 人生の香料・儚き指針? 大化の改新よ 食せ、舌鼓打つ割烹着。孤独は無駄無理無謀……風は金星の翻訳人? 病は気から。精神は酒に溺れぴりりと渇望す異能力、闇の中から探せ、合格=グッドホルモンの鐘は高鳴る。思い出作りの伴侶は長き道標と画像と気に内外部を教科書通りの優等生の貢・プレゼントに落書きのような若人の繭、未亡人際立つ成功の彼方へ悠久を向かい風に仕損ずる快挙! 学習能力は水星の性質を高め二次元のドアーを解体す、希望!!「No.1が高飛車なら徒然なる赤薔薇」目的遂行のカナメ。 気遣いは来るべき対話に国境を越えバリアフリーに魅了するそういう系、備えあれば憂い無しに名付け親、真骨頂! Gの重力は雛鳥の少年を愛でる抱擁……ΩとΦ羅刹。意味は自ずと付いてくる要因、手加減の猶予に昇る則り。 「訳の分からない、偉ぶるな。強く生きろ」 両親は背中で語るサイケデリック・スニーカーズ、脛を噛んだら、掃除しろ!! (弱者の石は捕まれた法則と余念の無いあからさまな期待感、総べてを癒せ。お遍路のような終わりなきミラクル(軌跡)) その場しのぎを止めろ パイオニア=魔法使いの導線、稲光を浴びてカードを欲すしたたかさ。詩でも小説でも無い娯楽作品は心の果実に入り浸る余生の目的地、マスターピース。(蠍は動かない、秘密を抱えて走る運勢) 近未来を馳せる、強引さも大事! 四季彩の丘によどめくスイッチを押せ。諦めたら手に入る余裕を持てー まぶたの上は深紅の唇にかつての主人公を研ぎ澄ました白き注目の的、選択権は可愛さと記憶を故郷にあらなす時代の流行り・廃り、とりまセーブな♪彼女は送信した光、もう怖くない。 「改善の余地あり。豪華絢爛な仮面舞踏会は飽きたる遅き裏方」 無いなら作れ、強気をくじき弱さを鑑みる?台風の目が子供じみた見た目と柔らかなる頬に無我夢中、一抹の不安に善良な意見を嫌う限界値、一世風靡の予約済!安心は心身を保ち微弱な神経視野に剣を射止めたメタバースの試み、eスポーツの如く文明開花がマイペースな保守的内向さを金稼ぎに冒険させる本物の証拠? 静かなる強欲さに……

死ぬ権利

ある政治家が緊急記者会見を開いた。 真剣な面持ちでマイクの前に立つと、集まった記者たちに一礼した。 「私は、国民の皆様の死ぬ権利を保証します」 政治家は動じず、淡々と語り始めた。 「我が国の医療費は年々増加しています。私は、医療費削減のため『尊厳死還付支援金等に関する法律の一部改正を認める法案』を国会に提出しました」 ざわつきの中、政治家は続けた。 「医学的に延命治療が不可能な患者様が尊厳死を選択した場合、延命を続けたときにかかる医療費の半分を還付金として支給します。 申請の妥当性は、AIのみで構成される第三者委員会が判断します。本人、家族、後見人等が尊厳死を理解し、同意することが前提です」 テレビの画面を見つめる妻。 その隣には、長い間管につながれたまま眠り続ける夫がいる。声をかけても反応はない。そんな時間が一年を超えていた。 テレビの司会者が、評論家の女に質問した。 「あなたの立場から、今の社会の風潮をどう考えますか?」 「最初は倫理的にどうかなと思いました。でもね、家族の金銭的、精神的負担を考えるとね。国も医療費を減らしたいと思っている。時代の流れかしら」 法案は成立し、運用が開始された。 AIは、不正申請や悪質な養子縁組なども瞬時に判断した。 その実績を政府は大々的に報道し、制度の正当性をアピールした。 あの政治家が再び記者会見を開いた。 「政府は規制緩和の一環として、支援金の有効活用を目的とする民間企業の商品開発、および第三者委員会のAIの一部利用を許可します」 感嘆の声が会場に響いた。 支援金は国民の生活に変化をもたらした。 「故人からの最後の贈り物」として美化され、生活の一部となった。 夫婦の病室。 温かいタオルで夫の体を拭く妻。 医師やAIからは、すでに受理のサインをもらっていた。 署名をすれば終わる…。 妻が机の上を見つめた。 そこには、笑顔で寄り添う二人の写真が飾られていた。

アンビアンス (掌編詩小説)

人の空気の中に入り込んで 人の雰囲気に溶け込んでいって なびくように頷くか 息苦しく這うか アンビアンスの中和 とろける瞬間を飲み込む 貴方の居る場所 私だけ居る場所 アンビアンスな噛み心地 舌を転がり、口内を撫でる 次第に臼歯から喉奥へ向かわせる それでも、飲み込められなかった (完)

夜にみた街 (掌編詩小説)

夜にみた街に朝日が降りかかる 散りばめられた朝日が今日を色付けていく 鬱陶しくも、待ち遠しくも 夜にみた街の景色を写真に収めて 思い出として記憶しておきたくて 思い出はいつもモノクロのようで 夜にみた街に恋して タクシーの窓越し 置いていかれる街の灯り (完)