最近、トークンの存在が話題になっている。 トークンとは、既存のブロックチェーンの上に作られた暗号資産であり、言ってしまえば暗号資産界のМVNOみたいなものだ。 トークンには、形がない。 見ることもできなければ、触れることもできない。 金額も乱高下するのに、お金の振りをしているのが立ちが悪い。 「なんで皆、こんなの買うんだろうかね」 お金の本質は、信用だ。 なぜ人が、円通貨を買うのか。 円を発行している、日本を信用しているからだ。 なぜ人が、交通系ICカードにチャージするのか。 交通系ICカードを発行している、交通会社を信用しているからだ。 なぜ人が、ローカルスーパーのPayにチャージするのか。 Payを発行しているローカルスーパーを信用しているからだ。 ただの紙切れ、ただの電子データは、信用によって価値を増す。 ならば、作ったばかりのトークンに、いったいどんな信用があったというのだろうか。 ぼくは、なぜ買うと苦言を呈するのは、そこに理由がある。 「まあ、俺も同じか」 とはいえ、何を信用するかは、人それぞれだ。 誰と友達になるか、誰と結婚するか、それも結局信用だ。 この人となら一緒にいてもいいという信用が、その人との縁を繋ぎ、自分にとっての価値となる。 例え誰に嫌われていようとも、自分が好きで、信用しているのならそれでいい。 「コンビニ行ってくるけど、何かいる?」 「コーヒー」 妻が買い物に出かけた。 コンビニアプリのクーポンが切れそうだからと。 コンビニアプリのクーポンも、所詮はただの電子データ。 一歩コンビニの外に出れば、一円の価値も持たない。 しかし、世の中はそんなものなのだろう。 価値のない物に無理やり価値を作り出して、価値に囲まれた自分も価値あるものだと思い込み、生きていくしかないのだ。
『脳細胞の一つを培養させてレトロゲームを操作させる研究が行われた』 というネット記事を読んだ そこでは、ゲームを操作するにあたって培養したものに【意識】が発現したと書かれといた しかし、一つの疑問が浮かんできた それは【意識】というより、【生存本能】によって動いているのでは無いかというものだ しても・しなくても、良い🟰意識 しなくてはいけない 🟰生存本能 今起きているのは「遊んでいる脳」ではなく 環境に適応する神経回路が、結果としてゲームを攻略している状態なんじゃ無いか思ったのである (完)
たまに、(自分はちゃんと生きられているのか)と不安になる。勿論、ちゃんとなんか生きられてはいないのだが、そうではなく、そういう事ではなく、人として、大人として、親として、夫として、最低限の行動が出来ているのかと不安になる。 法に触れることはしていない。いや、たまに信号無視や、横断歩道を渡らない、女性が泣いていても声をかけない、なんて事はたまにある。が、無闇矢鱈に自分の不機嫌を外に出さないとか、挨拶をするとか、愛想笑いをするとか。日々、少しでも、善良に生きる事を実行しているのかと自分に問いかけてしまう。そんな日がある。 街を歩いていると、肩で風を切って歩く若者を見たりするが、彼が一生あのままでいられないことを私は知っている。彼が結婚し子供を持つ頃にはもう少し普通になっている。また、自分を変えられないのなら、家族から弾き出されるだけである。もう少し言えば、町内からも弾き出される。妻や子供を持てば自分という存在は家族というチームの中の一人になる。周りはそんな目で彼を見て、自分達の過去と比較し、正常か異常かを判断するのだ。 誰でも若いうちは世間に対して自分のズレは気が付かない。社会に放り出され莫大な情報に圧倒されるからだ。転生と言っても良いほどに。だがラジオのチューナーが徐々に合わさり声が明瞭になるように、歳を重ねれば重ねるほど世界が見えてくる。自分の足元から延びている光の道が見えてくる。 近所の道路脇にさりげなく梅が咲いている。ほのかに良い香りが記憶に残る。通りをスクーターが孵化しながら通っていく。ハンドルを細かく捻り、ガゾリンを非効率に爆発させ、大きな音を自分の威厳と同化して楽しんでいる。何十年も前から変わらぬ作業だ。そして梅もおそらく何千年も前から変わらぬ作業で花を咲かせるのであろう。 私も梅のようにさりげなく咲き、ほのかに良い記憶を残していきたい。
「フリーハグいかがですか?」 コンビニに行った帰り道、一人の女性が立っていた。 フリーハグの存在は知っている。 なんか、ハグしてくれるらしい。 「いいですか?」 「もちろんです」 名前も知らない人との、数秒間だけのハグ。 少しの緊張と、少しの温かみを感じた。 「ありがとうございます」 ぼくはそのまま彼女と別れ、会社に戻った。 どことなく、心がぽかぽかと温かかった。 「先輩お帰りなさい! バグ、三件増えました!」 「フリイイイイイバグウウウウウウウ!!!!」 温かい心のまま、体のエンジンを全力でぶん回す。 俺たちの徹夜はこれからだ。
電車に乗るには、クレジットカード。 自動販売機でジュースを買うには、クレジットカード。 コンビニでご飯を買うには、クレジットカード。 色んなキャッシュレス決済の方法が駆逐され、今ではクレジットカード一択だ。 現金なんて、もはやコレクターの産物。 しかし、クレジットカードには欠点がある。 未成年は作ることができないことだ。 親が家族カードを作ってくれなければ、私はクレジットカードを持つことができない。 「遊びに行こー! 隣の駅集合で!」 「オッケー!」 だから私は、何もできない。 電車に乗ることができないから、友達と遊びに行くこともできやしない。 「ねえ、私もクレジットカード欲しい」 「まだ早いよ」 ねえ、お父さん。 ねえ、お母さん。 もう、お父さんとお母さんが子供だった時代じゃないんだよ。 「はい、お小遣い」 こんな現金貰ったって、おはじきか折り紙にしか使えないんだよ。
夜道を歩いていた。真っ暗な夜道だ。コートのポケットからタバコを取り出し、火をつけようとした時、背後からひたひたという足音が聞こえてくることに気が付いた。俺は歩き出した。足音は消えなかった。どうやら後を尾けられているらしい。俺はコートの内ポケットに手を入れ、拳銃を握りしめた。そして、足音がぐっと近づいてきた瞬間、拳銃を構えて後ろを振り向いた。そこには、真っ暗闇の中に、さらに真っ黒で、ぷるぷるの、人間の形をした物がいた。俺はすぐに、そいつが、コーヒーゼリー人間だとわかった。俺はコーヒーを飲まない。だからこいつらに命を狙われるのだ。コーヒーゼリー人間が俺に飛び掛かってきた。俺は落ち着いて拳銃の引き金を引いた。弾丸が正確に胸を貫通した。一瞬の間があって、コーヒーゼリー人間はその場に崩れ落ちた。胸に空いた穴から、大量の白い液体が流れ出ていた。それはコーヒーフレッシュだった。俺はコーヒーゼリー人間の死体を一瞥し、歩き出した。少し歩いたら自販機がある。そこでコーラを買おう。
私を見つけて名を呼んで さようならを伝えるために どうか私を見つけて 名を呼んで 消えてしまう前に ※ ゆらゆらと波に揺られているような感覚があった。ぼんやりする目で周囲を見回せば、見慣れた自分の部屋。 寝室から海が見えるのが気に入って即決した部屋には生活に必要な最低限の物しか置いていない。 夕べは海が月の光にきらめいていて、何時間も眺めていた。誰かが夜の海が怖いと言っていたが、これほど美しいものを俺は知らない。吸い込まれそうな漆黒の闇と金色の月。異国とも異世界とも思えるその景色がたまらなく好きだった。ずっと眺めていると自分と海との境が無くなっていく。そのうちに俺の意識は薄れていき、ゆらゆらと波に揺られる感覚に落ちていく。 最初はよく見る夢だと思っていた。徐々に鮮明に、やがて声が聞こえるようになった。鼓膜を震わせる声はまるで鈴を転がすような声だった。耳をすませてみたが、何を話しているのかはわからない。しかし心地よい「音」が残った。 「そろそろ顔が見れるかな」 ぼんやりとしか見えていなかったが今では後ろ姿がはっきりと見えるようになっていた。月明かりに照らされてとても美しかった。 あくびを噛み殺しながら仕事をするのにも飽きて、窓の外の海を眺めた。今夜も月が出ている。 夢の中の「彼女」を「人魚姫」と名付けていた。彼女の夢を見るのは決まって月明かりの美しい夜だったから。 なんとなく予感がした。 今夜は話ができるかもしれない。いつまでも終わらない仕事を切り上げ、眠る準備をする。そわそわと浮足立つ自分がなんだかおかしかった。 月明かりに照らされる海を眺めているうちに、いつの間にか深い眠りについていた。 「人魚姫」はいつものように俺に背を向け海を眺めていた。歌うように何かをつぶやいている。 「私を見つけて 名を呼んで…」 月明かりに浮かぶ姿があまりにも儚げで泡になって消えてしまいそうで、思わず声を掛けた。 ゆっくりと振り向く「人魚姫」は月の影に隠れてよく見えなかった。 彼女に近づこうと足を動かすと不意に月が輝きを増した。周囲が光に包まれ彼女の姿が見えなくなる。 ゆっくりと意識が浮上しはじめる。 目を開くと夢の続きの様に水面がゆらゆらと揺れている。少しの間、何処にいるのかわからずに朝日が射す部屋を見回した。紛れもなく見慣れた自分の部屋だ。窓際に置いた水槽の水面が天井に反射していた。 「顔、見れなかったな」 窓を開け、海を見る。昼間の海はなんだかぼやけていてあまり美しくなかった。 のろのろとスマホを持ち上げ日付を確認し、花を買いに外に出た。行く先は決まっていた。毎月必ず向かう花屋さん。買う花もいつもと同じ。店員さんもいい加減覚えてくれていて、顔を出すだけで用意してくれる。そして、必ず白いリボンをつけてくれる。 「気をつけていってらっしゃい」 「ありがとうございます…」 何ヶ月も通っているが初めて言われた。そういう気分だったのだろう。 毎月同じ日に海へと向かう。部屋から見るのとは違い現実感を持って現れた。強い潮の香り。相変わらず不愉快だ。 「やっぱり近くだと美しくないな」 吐き捨てるような言葉が口から出てくる。泣きたくなるような気持ちを投げつける様に花束を海へと放った。 「……」 俺を呼ぶ声がした。気のせいだと思ったが、あたりを見回す。やはり誰もいない。再び海に目をやると、そこには「人魚姫」がいた。 俺は彼女を知っている。名前を呼ぶことさえ忘れてしまっていた、彼女のことを。 誘われる様にさらに海に近づく。「……」人魚姫の名をよんだ。彼女は驚いた様に目を開くと、小さく笑って 「さようなら」 と言った。確かにそう聞こえた。会えたのに、話せたのにさようなら?消えていく彼女を抱き止めようと更に一歩足を踏み出す。 「危ない!!」 背後から誰かに腕を引っ張られた。あと少しで届きそうだったのに。怒りと苛立ちのまま振り返るとそこには花屋の店員さんがいた。あまりにも顔面が蒼白で、俺は怒る気が失せた。 「何故」 短く尋ねた。 「海に攫われそうだったから」 申し訳なさそうに店員さんが笑う。 あれ以来「人魚姫」の夢は見ない。 さよならを伝えてくれたあの日以降、海で亡くした彼女の夢を見るようになった。彼女の名前をそっと呼ぶ。 ありし日の愛しい人。 月明かりに照らされて微笑む姿がとても美しかった。
キンギョを飼っていた。ある日、ふと水槽を見ると、キンギョから長いフンが伸びていた。違和感を覚えた。そのフンは、文字列のように見えた。どう考えても、それは文字として読めた。キンギョはある程度の長さの文字列に見えるフンを出すと、それを底に沈め、次の文字列に見えるフンを出した。それを繰り返していた。俺はそれをすべてメモに取った。やがてキンギョからフンが止まった。キンギョはじっと俺を見た。俺はメモを見た。そこには一篇の詩があった。それはネコについて語った詩だった。「ネコに狩られて死にたい」というようなことが書かれていた。俺はキンギョを見た。キンギョは俺から目を逸らした。俺はネコを求めて街に出た。ネコを見つけたら捕まえて家に連れ帰るのだ。「ネコのフンはどんな形状だろう」俺は頭の片隅でそんなことを漠然を考えながら、街をさまよい歩いていた。
自意識過剰な事ではあるのだが 過剰な期待を裏切ってしまいそうで怖い 『他人の期待になんか、聞かなきゃ良い』 って、思うでしょう?私も思う。でも、 過剰な期待の中に、他人からの50%の期待と 自分が無意識に上乗せした過剰な30%の期待 があるように感じる この30%を鎮める事ができたら恐怖を拭い切れると思う そもそも、この数字は相手からの期待値じゃない 自分が勝手に付けた、付加価値的な負担… 丁寧に分析してみると私の一番の敵は『私』 だと言うことが解る きっと貴方の一番の敵も『貴方』自身ではありませんか? 恐怖心を鎮める事ができるのは、他者理解よりも先に自身の特性の理解だと思う (完)
テレビをつけた。天気予報が流れていた。「明日は詩集が降ります」窓から空を見ると確かに詩集雲が出ていた。もしかしたら今夜辺りから降り始めるかもしれない。その夜、外から、バサバサ、という音が聞こえてきた。カーテンを開ける。空から何十冊もの詩集が降ってきていた。サンダルで外に出て、何冊か拾い上げ、家の中に戻る。パラパラとその詩集をめくる。ろくでもない詩ばかりだ。すべてゴミ箱に捨てた。バサバサ。外から聞こえてくる音が激しくなってくる。本格的に降り始めたようだ。ため息をつく。良い詩が載った詩集が降っていたのはもう何十年も前の話になってしまった。地球環境問題はいよいよ深刻になってきたようだ。
親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。 原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。 華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ 何にも言えなくてごめん。 命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。 でもそんなこと絶対にない。 命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。 命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。 約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」 これを読んで華織が死んで初めて泣いた。 心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。 それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。 周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。 それでも教師になりたかった。 今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。 趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」 「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」 「どんなに些細なことでも良いです。 少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。 友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。 私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。 長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」 もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」 後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」 話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。 そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。 今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。
人間に発見されるという受難 追い詰めたとおもったら消えそうになる………異界の空気が濃い。 陰影がくっきりしてさっきと違って影に沈んでるから異界が迎えに来ている、その瞬間を見てしまったよう 招かれざる客の前に現れる ――通行証は。ない? ならば去れ。 すこしのぶれが怪異が顕現するときのゆらぎに見える 異界の風がふく 怪異を見つけた そこには何もいなかったはずなのに、目を逸らした隙に、世界がそれをもとあるかたちとして定義した 未確認生物UMA labelNo.‐存在しない存在 発見された側のはずなのに、ここは我々の世界のはずなのにまるであちらに侵食されるのを感じる ああ!わたしを天にかえして。 まぼろしの天の迎えを幻視して渇望する一射 あしがあるのに歩くことも思いつかず、からだが追いつかないまま手だけを延ばしている。あれが人間でないことの証明。 にんげんのからだにとじこめられてしまった。 わたしを はっけん したおまえをゆるさない。 幻獣のたてがみは まだみじかくて 背中を守れない
最初から遣る必要性は無かった利益も無きや 言葉も無い奉仕活動馬鹿らしい多分今後私は 全て傍観してその場に合う言葉しか言わない 其れが一番平穏だから誰かの為に敢えて危険 犯す等愚の骨頂して欲しければ自分の口から 言葉を吐くか其れ為りのアクションをすれば 良い自分の利益視聴者数欲しい余りに誰かを 書記板子にしてはいけない板子も書記達も皆 料金を支払い依頼する当たり前の常識力です 煩わし錘を棄てスッキリした断捨離の気持ち 明日から部屋を片付け様全部処分して身軽に 為り新しい場所へ手ぶらで此処を抜け出そう
黒崎「なあ、委員長って休みの日何してんの?」 霧島「そうね、、勉強か本を読むくらいかしら」 黒崎「うえ〜つまんなそ〜、、」 霧島「悪かったわねつまんなそうで」 黒崎「なんか趣味とかねえの?」 霧島「ないわよ」 黒崎「う〜ん、、、友達とかとは遊んだりしないの?」 霧島「遊ぶ友達がいないわね」 黒崎「そ、そうか、、、、、んじゃあ今度の休み俺と遊びに行こうよ」 霧島「はい?」 黒崎「そんな休日に勉強なんかしてもつまんないだろ?たまには息抜きも必要だ」 霧島「あんたはいっつも息抜きしてそうだけどね」 黒崎「いや余計なお世話だわ、、、んで行くの?行かないの?」 霧島「まああんたがそんなに行きたいならしょうがないから行ってあげるわ」 黒崎「はいはい、楽しみすぎて寝坊しないようにな〜」 霧島「た、楽しみなんかじゃ、、!いや楽しみだけど!えっと、、その、、うるさいわよ!!」 黒崎「お前ってとりあえずうるさいって言っとけばなんとかなると思ってるだろ、、」 霧島「うるさいわよ」 黒崎「はい」
アパートの隣の部屋に青年が住んでいた。「すみません」青年は、引っ越してきた日、俺の部屋を訪れて言った。「僕、歌手を目指しておりまして、ギターをやっておりますので、時々うるさいかもしれません、申し訳ありません」俺は笑って許した。夢がある若者というのはいいものだ。それから時々、隣の部屋から、ギターの音や歌声が聞こえてきた。壁が薄いのでよく聞こえた。それを聞くたびに、俺は「下手だな」と思っていた。だが、「がんばれ」とも思っていた。しかし、それからしばらくしてから、その音が聞こえてこないことに気づいた。何かあったのだろうか。そんなことを思っていたある朝、カーテンを開けると、青年が、暗い顔で、ゴミ置き場に小さなビニール袋を置いているのを見た。「おーい」俺はそう声をかけたが、青年はこちらを見向きもせず、部屋に戻っていってしまった。気になったのでゴミ置き場に行き、青年が置いたビニール袋を見ると、そこには人間の耳が入っていた。おそらく青年の耳だろう。俺はそれがカラスに食われないよう、自分の部屋に持ち帰った。持ち帰ってどうするかは自分でもわからなかった。
霧島「ちょっと黒崎くん!タバコ臭いんだけど!もしかして学校で吸ったりしてるわけ!?」 黒崎「はぁ?吸ってねえよ、ダチが家来て吸ってたから匂い移ってんだよ。俺は吸ってねえ」 霧島「ほんとかしら...そんなピアス空いてて金髪の見た目の人に言われても説得力が皆無なのだけれど」 黒崎「だから吸ってねえっての」 霧島「まあ、それならいいのだけれど。万が一吸ってたら停学になるわよ、注意なさい」 黒崎「俺が停学になったら委員長寂しくなっちゃうもんな〜」 霧島「べ、別に寂しくはないわよ!!ただ悪いことだから注意喚起してるだけよ!!」 黒崎「そんな寂しがり屋の委員長のためにも吸いませんよ〜っと」 霧島「う、うるさい!!!」
東京都のギリギリ23区内のボロいビルの一室。ここに俺の事務所はある。いかにも家賃がかからなそうな古いビル、いかにも繁盛してなさそうな「霜月探偵事務所」というボロい看板のとおり実際そこまで繁盛しているわけではない。 それでも探偵事務所の社長としてこの椅子に座って3年。そこまで繁盛していない割には保っているほうだろう。世の中のほとんどの会社が設立から3年未満で廃業すると聞いたことがある。すなわち結構頑張っている方なのだ。 繁盛しているわけではないが仕事に困ってはいないという状態で数年やってこれているのだから。 俺はとにかく働きたくなかった。 週に5回満員電車に乗って会社で8時間労働。日によってはそれ以上。こんな生活があと何十年も続くのだと思うたびに軽く絶望し、時々死にたくなった。なるべく働かず、なるべく動かず、最低限自分の暮らす場所と食べるものさえ確保出来れば良い。そういう理由で始めたのがこの「霜月探偵事務所」だった。 お察しのとおり俺の名は霜月。なるべく働かずに生きるというのが人生のテーマのアラフォーのおっさんだ。 なんでこんな仕事を始めたのかというのは気が向いたらいつか話すことにして、なぜこんな客が来なそうな探偵事務所に食うに困らない程度の依頼があるのか疑問を持つ人もいるだろう。 それには残念ながら答えられない。なぜなら社長の俺がさっぱりわからないからだ。まぁ大きい探偵事務所に頼むほどのことでは無いけど、それでもどうしても気になるみたいな案件で来る人が多いのだろう。 例えばさっき帰った女性が依頼してきた浮気調査とか。 「すんごいブチギレて帰りましたねぇ。カップ割れちゃったんだけど…」 「100均で買ったやつだけどその分も請求書にのせてふっかけといて〜さすがに器物破損はよくないよぁ」 「っていうか依頼料払ってくれるんですかね。あんなブチギレてて」 「手付金でそういうタイプかなと思って多めに貰っといたから、最悪払ってくれなくても追っかけるコストのが高いしそうなったらほっとけ」 「全然そういうタイプに見えなかったのに……豹変しすぎですよ……」 そう言ってブチギレた依頼主が割ったカップを片付けるのは秘書とか色々やってくれてる葉月さん。週2〜3勤務のバイトだ。飛び込みで来る依頼人はほとんどいないため、来客がある時などにたまにお願いしている。従業員一人でも居てくれた方がそれっぽいしな。 「そうかぁ?めちゃくちゃ気弱そうに見えてやべー女っぽかったけどなぁ。なんか健気で弱気な私に見せかけて他人をコントロールしようとする系のヤバい女って感じだった」 「霜月さんってやっぱ人を見る目ありますよね、なんも考えてなさそうなのに」 「一応、俺は君の雇用主だからね?」 まぁこんなこと言っているが葉月さんに言われたことは気にしていない。言われたとおり、俺は昔から人を見る目だけはあった。いい意味でも悪い意味でも。 今回のコップを割って去っていった女性は、婚約者の浮気調査を依頼しに来てその結果を聞きに来ていた。 まぁ結果としては婚約者はガッツリ3股していた最低のドクズヤローだったので、それを証拠つきで説明したら金切り声を上げて発狂し、ブチギレ、コップを割り証拠を鷲掴みにして帰っていったというわけだ。 今頃その女性と婚約者は大修羅場だろうがそれはもう知らん。 「しかしなんであんなにキレたんでしょうね」 「自分が浮気相手だったからだろ」 「いや、そうじゃなくて先生に対してですよ。どっからどう見ても自分が浮気相手なのはわかる状況なのに先生に向かって『なんでそんなこと言うのよ!』って顔真っ赤にしてキレてたじゃないですか」 ため息をつきながら片付けを続ける葉月さんを社長椅子に座って頬杖をつき眺める。 たぶんあの女性は本当のことなんて知りたくなかったんだろうと思う。薄々婚約者に他の女がいるのはわかっていて、その上で本命はあなたですよとでも言ってほしかったのかもしれない。 とはいえそこまで気を使う意味も必要性も感じられなかったので、見たまま感じたままあなたが浮気相手ですと伝えたところブチギレ大発狂となったのだ。 「人間ってのは嘘をつかれた時より本当のことを話された時のほうがキレる事がある。だって本当のことなんて誰も知りたくねーだろ。自分にとって都合の悪いことが本当だったら余計にな」 「ふーん。そういうもんですかねぇ。私はウソつかれた方が嫌ですけど」 「君みたいに色んなことに対して覚悟が決まってる奴だけじゃねーの。世の中は」 「そうですかね」 「そのあと本当のこと知って地獄見たとしても一時でも楽な方を選びてぇんだろ。俺にもその気持ちはさっぱりわからねーが」 そうさっぱりわからない。 俺に人の心はよくわからないのだ。
開店前の和菓子屋の前で、今帰は緋毛氈の敷かれた縁台に腰かけ大きくあくびをした。店の自動ドアを手で開け、外に出てきたエプロン姿の娘の手にはみたらし団子が三本のった白い皿があった。 「これ、おじいちゃんがお手伝いのお駄賃だって」と言いながら羽海は今帰の隣に白い皿を置いた。 「じいさんはまだ俺のことを子どもだと思ってるみたいだね。もう社会人だって伝えておいてよ」 今帰は大袈裟に呆れたように言ったが、左手はすでに団子の串を掴んでいた。とろりと艶やかなタレからは小さく湯気が昇っている。 今帰は喫茶店を経営する幼馴染に頼まれて、店で出す苺大福を受け取りに来ていた。 「就職してないんでしょ。お手伝いついでにマスターの店で雇ってもらったら?」 腰に手を当てて見下ろす羽海に「最近の高校生の言葉は刺さるね」といかにもなんともなさそうに返事し、団子を頬張った。 「そういえば、今日学校は?」 「今日は日曜日。曜日感覚もなくなっちゃったの」と大人びた口調で言いながら、今帰の横に腰かけた。今帰はすでに二本目の串を掴もうとしていた。 「そういえば、スケサラって知ってる?」 羽海は興奮を隠す様子もなく声を高くして言った。今帰は団子を噛みしめながら首を傾げた。 「廃ホテルからトンネルに入るまでの川沿いの国道をスケボーで走るサラリーマン、略してスケサラ」 自分が名付けたように自慢げに話す羽海の言葉に、眉を上げて大げさに頷く。 「クラスの男子が見たんだって」と目を細めた羽海は、今帰の反応も待たずに話を進めた。 「その男子が免許を取ってすぐに友達三人で夜中に廃ホテルまで肝試しに行ったらしいの。流石に廃ホテルの中にまでは入らなかったらしいんだけど、その帰りに車道の左端をスケサラが走ってたらしくて。車のライトがそれを照らすまで、誰も気付かなかったらしいよ。驚いて抜かそうとしても、速くてなかなか抜かせなくて。その時のスケサラ、一回も地面を蹴っていなかったんだって。それどころか、姿勢が崩れる様子もなく、まっすぐ進むスケボーに案山子のように立っていたらしいの」 羽海の声は少しずつ大きく早くなっていた。 「そういう案山子なんじゃない?あそこの道、川の反対側は畑だし。電源を切り忘れた電動案山子が夜中に家から脱走したとか」 今帰は微かな疑いを含みながら訊いた。その言葉を待っていましたとでもいうように羽海はにっと口角を上げながら「それがね、続きがあるの」と声を低くして言った。今帰は興味深そうに羽海に視線を向けながら三本目の串を手にとった。 「三人で行ったって言ってたでしょ。そのうちの一人、後部座席に座っていた子は肝試しに行く前まで塾に行ってて、帰りは疲れて寝ていたらしいんだよね。スケサラを追い抜いた後、その子は目を覚まして言ったんだって。「変な夢を見た」って。夢の中でその子は夜の道をスケボーで走っていたんだって。後ろから車のライトを浴びて、追ってくる車から必死に逃げていた、そういう夢」 今帰は串を持ったまま、相槌も打たずに羽海の話に聞き入っていた。 「夢の中の恐怖とか疲れがいやにリアルで目覚めたすぐは後ろを気にしたり、まだ落ち着かない様子だったらしいよ」 羽海が無邪気に語り終えた後、今帰は何かを考え込んでいるようにぼんやりとした動きでみたらし団子を口に入れた。 喫茶店の扉が乾いた鈴の音を鳴らして開いた。薄暗い店内では黒いエプロン姿の男がテーブルを拭いている手を止め、顔を上げた。 「ありがとう。カウンターに置いといて」 今帰は三段に積まれた長方形の箱を、そうっとカウンターの上にのせ、そのまま席に腰かけ興奮気味に話し出した。 「聞いてよ伊東君。スケボーおじさんがとうとう出たらしいよ。しかも人の夢にリンクするらしい」 伊東はカウンターの中に入り、今帰の幼さの残る無邪気な笑顔を見ながら苦笑した。 「それ、お前が作った嘘だろ」 「人の夢にリンクするなんて、俺は言ってないよ」 そう言ってすぐに今帰は頬杖をついて少し考え込んだ表情になった。伊東は箱の蓋をあけて苺大福を一つとり、桃色の小皿に載せて今帰の前に置いた。 「自分の作った嘘が怖くなったか?」 伊東は悪戯っぽく笑った。 「いや、もしこの噂のせいで事故を起こす人が出てきたらどうしようって」 独り言でも口ごもるように言う今帰に、伊東は何気なさそうに言った。 「大丈夫だよ。そんなおじさんなんて実際いないんだから。お前が一番よくわかっているでしょ」
すっかり柔らかくなった空気。 張りつめていた寒さもゆるんでく。 ふとした瞬間、流れてくる土や花の香り。 自転車のこぎ出しがほんのちょっと軽くてあっけない。 気のせいとするか、受け入れてしまうか。 耳元を抜ける風の音に、痛いと思う必要はなくなった。 季節がかわったとの実感に、心躍るのは、 桜に、菜の花に、重いコートをはぎ取り… 身軽になる開放感。 思考のなかに山菜やいちごを添えてみる。 眠気に誘われるのもまた、春の醍醐味。 遠くの山や建物のぼんやりに、目が惑う春。 かすみ。 言葉は知っている。漢字は書けない。
絵描きがキャンバスを立て掛けた時、イーゼルの裏で糸を張っていた蜘蛛が、絵の具を溶かしたパレットに落ちた。それから何日かが過ぎ、絵描きがキャンバスに向かった時、足元に蜘蛛の死骸を見つけた。その蜘蛛からは、青色に染まった糸がゆらゆらと、頼りなくイーゼルに張り巡らされていた。
私のSNS関連に使うアイコン画像は全て同じ画像を使っていました。 画像は通う釣り場でたまたまスマホで撮った空の雲を撮った画像です。綿雲が延々に続いていて、その雲の奥行きが自分なりにとてもお気に入りでした。「まだまだ先がある、続いているよ」と言われているようでその画像に励まして貰った記憶があります。 私の新しいチャレンジのつもりで始める活動の場、当然その場のアイコンにも同じ画像を使うつもりでしたから同じ画像をアプリから選んでおりますと、あの雲の画像が無いのです。 いくら見直しても画像はありません。だんだん思い出して来たことに確か先月だったか、アプリ内のもう必要がない画像をまとめて消去したことを思い出しました。おそらくその時にあの雲の画像を間違えて消去してしまったのだと思うのです。 消去しても暫くは残る写真アプリの画像ですが、性格上キチンとしておきたい性分なもので、もう一段階の完全に消去するまでやってしまう私。二度と復活しない事を画像を探しながら理解していたのでした。 少しだけ気持ちは落ち込みました。しかしあの雲画像に励まして貰った記憶はしっかりと残っていましたので、そこは消さず私の中にこれからも残って行くのでしょう。そして今よりもっと体調が不安定だった頃、少しでも身体の異変を感じた時のズシンと来る恐怖感を越えて今日があるのです。あの不安定さや恐怖感が今は無い、そう思える私が今居るのだと、あの頃よりの成長をあらためて感じる事が出来た今回のこと、気持ちの落ち込みが新しい幸せに変わった瞬間がありました。 あのお気に入り画像が必要がないものに変わったのですから、これまでとは違う何かが変わる予感があります。私自身にそんな可能性があるのかも知れないというだけでも普段の視界は変わるものです。 という訳でアイコンが新しくなりました、というお話でした。
「好きな人がいるのですね?」 「はい」 お客さんは、大きく首を縦に振る。 「告白したいのですね?」 「はい」 「でも、振られるのが恐いのですね?」 「はい」 私は椅子の背もたれにもたれかかり、意味深な表情を浮かべつつ、お客さんの全身を上から下まで眺めた。 机を指てトントンと叩き、次の発言までの時間稼ぎをする。 お客さんがごくりと息を飲んだので、準備は整ったと口を開く。 「いいでしょう。失恋保険の加入を、許可します」 「ありがとうございます!」 お客さんは立ち上がって、私の両手を強く握った。 「さっそく行ってきます!」 そして、部屋を飛び出していった。 失恋保険は、加入者が失恋した時、私が焼肉をご馳走してあげる保険だ。 失恋という悲しいことの後に、楽しいことが何もないなんて悲しすぎるから作った。 「多分、成功すると思うけどね」 私は自分お財布の中を見る。 安い食べ放題二人分。 今日はきっと、財布の中身が増えるはず。 廊下をどたどたと力強く走る音が戻って来る。 これは成功したのだろう。 さてさて、加入料をもらわないと。 告白の後押しになったんだから、君は次の人のために、お金を出してもらおうか。
人間の細胞は、絶えず変わり続けているらしい。 そして、七年でほとんどすべての細胞が入れ替わる。 ほとんどすべての細胞が入れ替わるなら別人じゃないかと思うけど、私の意識は連続しているので、そう単純な話でもないらしい。 実際、周りの人も私が誰かわからなくなったりはしない。 「SNSの名前とアイコン変更っと」 なら、きっとSNSでも同じこと。 ドットをほとんど全部入れ替えたけど、皆私を見つけてくれるはずだ。 垂れ流した投稿は変わらない。 私という中の人は変わらない。 『誰かと思ったw』 さっそく、私が私として認識された。
すっかり枯れてしまってからはそのままにしておいた朝顔の鉢植え 庭に出ても視線を向けないでいたら、いつの間にかタンポポが顔をのぞかせていた 傷つけないように掘り返し、庭のすみっこに植えなおしてやる 隣の家では奥方のくしゃみが止まらないらしい 難儀だな 億劫に思い、この冬は鉢を家のなかに入れてやるのをサボってしまった どれもこれも冬越しができてなくて、茶や黒い色を見せている すまないことをした 謝っても、その草花たちは、もういない 隣の家から、またひとつ、くしゃみが 頭のなかで、やろうやろうと思っていた庭のことをあらかたやり終え、背中にはじっとりと汗が そういう時期になっていくのか 家に入って汗が引いてしまえば、まだまだ寒く感じられる どっちかにしてもらえないかな 言ってみたところで、聞いてくれるものは、どこにもいない 隣の家から、もうひとつ、くしゃみ まったく、難儀なものだな ゆっくりと、丁寧に、珈琲をいれていく さて、今日は、どの本を読もうか 珈琲を口に運ぶ 隣の家からは、何も聞こえてこない すこし、さみしい
雨は続く 一度暖かくなった気温も今週に入り真冬に戻ってしまった。 人々はコートを着ている人もいれば、トレーナーですましている人もいる。 そして雨の日が続く。 先月は乾燥と晴れ続きで、火事やダムの貯水量のニュースが多かったが、この雨で解消されるだろう。 傘を持つ手に雫が伝う。 カモメはウルトラマンである。 カモメは今、息子を待っている。 そろそろ下校時刻になるので通学路のスーパーで息子が通るのを待っている。 今日は、妻の母親が白内障の手術を終え、退院する日なのでカモメは家族でお迎えに行くことになった。 下校途中の息子をつかまえ、先に病院に行っている妻と妻の母親を迎えに行く予定なのだ。 古いアスファルトの歩道は灰色の空を映す水たまりが散らばっている。 歩道は下校している子供達で賑わっている。皆、楽しそうに歩いている。信号のない交差点をどんどん進んでいくので危なくてしょうがない。 息子の姿を探す。いた!子供たちの行列の中で友達と三人並んで歩いている。息子は口がきけないから、騒いではなかったが、 楽しそうに、 三人そろって何か話しながら、 その中にうちの息子が赤い傘をさして、歩いている。 息子が僕に気が付くと、少し笑って、軽く手を振る。僕も傘を上げて答える。 冬の冷たい雨が服を濡らしていく 風に乗った雨が横から吹いてくる。 子供たちの明るい声がカモメの心に響く。息子の小さな手がカモメの手を握る。カモメはこの幸せを守っている。
段ボールの積まれた部屋に、さびしさが響く。 旅立ちの朝は、思っていたより、ずっとあっけない。 「忘れ物ない?」 埃っぽい部屋におかあさんの声。 「うん」 窓の外には、淡い桃色のつぼみ。 今年は、この街の桜は見られないけれど、新しい街で咲く花が、きっと私を待っている。 「心配しないでも、荷物はちゃんと送っておくから」 「うん」 短く応じながら靴ひもを結ぶ。 結びがわずかにそっぽ向いちゃっても、直さずそのまま歩き出す。 本物の蝶が止まってくれてもいいけどね、なんて思いながら。 ドアを開け、一歩を踏み出す。 見慣れた景色が、見慣れているはずなのに… 何かが動き出す気配。 世界が、やけに眩しい。
夜、一人で酒を飲みに、繁華街に出かけた。居酒屋に入って、久しぶりに、べろべろに酔っ払った。仕事で嫌なことがあったので、酒のペースが速かったのだろう。何軒か居酒屋をはしごしたことは覚えていたが、途中から記憶をなくした。はっと気が付くと、俺はホテルにいた。ベッドに裸で横たわっている。隣に気配を感じた。慌ててそちらを見ると、そこには、一本の焼き鳥があった。寝ているようだ。細い串にいくつかの肉片が刺さっている。白いシーツにタレが染みている。どうやら俺は、昨夜、この焼き鳥と一夜を共にしたらしい。よく見ると、焼き鳥は、肉片が一個足りなかった。口の中に香ばしい匂いが残っている。鏡の前に行き、自分の口元を見ると、タレがくっついていた。俺はそっと服を着て、ホテル代をテーブルに置き、部屋を出た。街は朝日で溢れていた。口元のタレを舐めた。また酒が飲みたくなった。俺はコンビニで、酒と、焼き鳥を買った。焼き鳥はもちろん、缶詰のやつにした。
いつもそう、どうして。 『俺、束縛とか嫌いなんだけど』 『もう少しくらい可愛くなれないの?』 でも貴方と会えて。 『俺、三つ編み好きなんだよね、ちょっとやってあげる』貴方のためなら私、不器用だけど頑張れた。 『ほつれてるよ直してあげる』初めて恋が出来た、可愛い女の子らしい恋。 『焼肉好きなの?良いね俺も好き、今度一緒に行こ』 私、貴方のこと何でも知ってる。貴方は私が「好き」と言っても信じてくれない。 なら行動に移せば良い、好きな曲、好きな食べ物、誰と出かけたか、何にお金を使ったか、全部知ってる。知っていく度に貴方を好きになる。そして貴方はこの事を知ってる。それでも、あなたは私と一緒にいてくれる、大好き、もう離さない。
黒ヤギさんから誘われた。 「焼き紙の食べ放題、ともに行こうよ。いろんな色や素材の付けインクがたくさんあるんだって」 喜んで、と手を取って。向かった先には、行列がどとん! 「うっわ、一時間待ちだってさ。でも、いいね。その間、おなかをすかせていられるよ」 きみの考え方に、思わずヨダレが垂れてしまって。黒ヤギさんは、そんなボクを見て笑い転げた。 一時間は長いようで短くて。席につくと、安心感がドッと肩に押し寄せてきた。 赤の絵具と黄色の絵具ジュースを注文する。二つを混ぜたら、きっとオレンジの味がするだろうと期待して。ぼくらはよくばり、紙もたらふく注文する。 和紙、便箋、ヴィンテージ。それらを金網の上にのせると、ジュージューと香ばしい匂いがする。トングをカチカチと鳴らして。「行列よりも、うんと待ったよ」なんて、言い合いながら焼き紙をはんだ。 ああ、やっぱりお店で食べる紙のほうが、ずっとおいしいね。特に原稿用紙は絶品だよ。そうそう、水性インクのタレにつけると、あっという間に油性インクになっちゃうから。味わって食べないとね。もう鉛筆は古くさくなっちゃったけど、ナイフで削って黒鉛をかけると、良いアクセントになるんだなあ、これが。 会話がはずんで、お皿は空いて。なんだかんだで、もうこんな時間。今日は、ここらでお開きに。勘定すませて、店を出る。 「やっぱり、焼かない白紙も捨てがたいなあ」 ぽっとこぼして、黒ヤギさん。そういうところがきみのいいところ。 せっかくだもの、今度はボクから誘ってみよう。最近、いい牧紙、見つけたんだ。
近所にビルが建っている。各地に教室を展開している、有名な学習塾の本部が入っているビルだ。そのビルのてっぺんには、巨大なオブジェが設置されている。そのオブジェは、巨大なガラス瓶の中に、巨大な脳みそが入っているという物だった。俺は頭が悪いので、その意味がよくわからなかったが、人間の頭を良くするための施設である学習塾の本部が入っているビルだから、そこには何か意味があるのだろうということはわかった。それにしてもリアルな脳みそのオブジェだった。そんなある夜、散歩途中に、たまたまそのビルの近くを通りかかったら、数台のパトカーが停まっていた。小さな人だかりが出来ている。「何かあったんですか?」近くにいたおじさんに尋ねると、「ビルの屋上に誰かが侵入したそうですよ」と答えた。「例のガラス瓶のオブジェが壊されたそうです」翌朝、そのビルの方から聞こえてくる、ものすごい数のカラスの鳴き声に気づいた。カーテンを開けて、ビルを見ると、昨日壊されたという部分から、ガラス瓶のオブジェの中にカラスが次々と入っていって、脳みそをつついては旨そうな顔をして高らかに鳴いていた。そこで初めて、あの脳みそは本物の脳みそらしいということがわかった。脳みそはどんどん欠けていった。見るも無残な様子だった。それから程なくして、その学習塾は突然倒産し、各地の教室は閉められ、ビルは廃墟になった。巨大な脳みそがカラスに食われたことと関係があるのかどうかは知らないが、おそらく関係があるのだろう。あと、これは関係ないかもしれないが、この間、カラスの研究で有名な大学教授が、この町のカラスについて調査を始めたと地元ローカルテレビのニュースで見た。俺は頭が悪いから、諸々ひっくるめてよくわからない。
彼とはたまたま、昼の休憩が一緒になった。たわいもない話をしているうちに、私は饅頭が鞄に入っていることを思い出した。もし良かったらと、差し出した饅頭を、彼は口よりも先に鼻へと持っていき、言った。「なんて良い匂いなんだ」私はそのことがあってから、何故か彼のことが気になって仕方がない。
電車に乗っていた。混んでいた。それでも座席に座れてほっとしていたが、電車が走り出してしばらくしてから、隣の座席に座っていたおっさんがいびきをかいて眠り始めた。それだけなら我慢できたが、そのおっさんは、俺の肩に頭を預けてきた。最悪だ。げんなりしていると、頬の辺りがちくちくすることに気づいた。見ると、おっさんの頭頂部から、一本の薔薇の花が生えていて、その棘が俺に軽く刺さっていることに気づいた。さっきまでこんな薔薇、なかったはずだ。俺はつぶやいた。「薔薇……」するとその言葉に反応したのか、おっさんが突然はっと目を覚ました。そして自身の頭に手をやり、薔薇に気づくと、俺に向かって慌てて言った。「申し訳ございません!」あまりの様子に俺は恐縮した。「良い夢を見ておりまして……!」よくわからない言い訳だったが俺は曖昧な笑顔でそれを許した。電車が駅に着いた。俺が降りると、おっさんも降りた。そしておっさんはゴミ箱の前に立ち、素手で、頭の薔薇の花を抜き取った。素手だったので血が出ていた。おっさんは薔薇の花をゴミ箱に捨てると、ため息をついて立ち去った。ゴミ箱を覗くと、ゴミの中で、薔薇の花だけが真っ赤だった。なぜかそれが悲しく見えた。
世界には色がある。 学校の机の色は、だいたい茶色、時々白。 信号機の色は、だいたい白色、時々黒とか茶色とか。 信号機の中で点灯するのは、青・黄・赤と呼ばれる緑・黄・赤。 世界に存在する色は、果たしていつ誰が決めたのだろうか。 フルマラソンの距離が、王女の「ゴールはボックス席の前に設置して欲しい」という要望によって、四十二キロメートルに百九十五メートル足されたように、誰かの気まぐれで決まったのだろうか。 色はどこから来たのだろうか。 少年が、パレットの中に絵の具を落とす。 緑と、黄と、赤。 赤と黄を同じ量だけ、同じ場所に落として、絵筆でぐるぐる混ぜる。 赤と黄がどこかへ行って、橙が顔を出した。 「明るい赤だ!」 少年が変化に喜ぶと、教師がパレットを覗き込んで、くすっと笑った。 「これは橙色だね」 「? 橙色じゃないよ。赤色だよ」 「赤はこれ。橙はこれ」 教師は、色の名前を教科書で決める。 少年は、色の名前を記憶と経験で決める。 「赤なのに」 少年は絵筆を水につけて余計な色をそぎ落とした後、明るい赤を絵筆につけて、炎を描き始めた。 少年にとって、赤は炎には赤すぎた。黄は炎には黄すぎた。 炎の中に、赤と黄が見えた気がしたので、混ぜてみた。 「炎の赤!」 世界にまた一つ、新しい色が生まれた。
夜中、腹が減ったので、二十四時間営業の牛丼屋に行った。若い店員が一人いた。俺は牛丼を注文した。牛丼はすぐに出てきた。箸を手に取り、さっそく食おうとした時、牛丼の上で、何かが動いていることに気づいた。それは、頭部がウシ、首から下は人間の姿をした、男女のカップルだった。彼らはそれぞれタキシードとドレスを着ていた。不審な顔をする俺に、店員が気づいた。そして店員は「少々お待ちください」と言って、厨房の奥に引っ込んだ。すると、店内に流れていた当たり障りのない流行歌が、荘厳なクラシックに変わった。同時に、牛丼の上のウシのカップルが、その音楽に合わせて踊り始めた。優雅な踊りだった。牛丼の上だから足元はでこぼこしているはずだが、彼らは優雅なステップで踊っていた。「もう少しで満足しますから」店員が言った。その言葉通り、彼らは程なくしてダンスを終え、手をつないで、牛丼の上から降り、カウンターの向こうに消えていった。俺は牛丼を食べ始めた。少し冷めていた。店内のBGMは当たり障りのない流行歌に戻っていた。
眠れないので、薬を飲むことにした。 医者から処方された、円錐型の小さな錠剤は、舌の上に乗せると、金平糖のような甘みを口中に広げながら、静かに溶けていく。 医者は処方するたびに、薬の名前を教えてくれるのだが、私は一度だって、その正しい名称を家に戻るまで覚えていたことがない。 だが、それで問題はない。薬の名前が重要なわけではなく、私が眠れるように仕向けてくれればそれでいいのだから。名前は処方する側の都合でしかなく、処方される側としては、望む結果が得られれば不満はない。 そんな乱暴な考えを頭の中にボンヤリ浮かべて、私はベッドからゆっくりと這い出した。 暗闇の中、手探りで明かりのスイッチを求めてみたが、全く見つからなくて諦めた。 光の中では、あれだけ正確に距離感が掴めるのに、暗闇の中ではどうしてスイッチの一つも探すことができないのだろうか。 私の胸中に、仄かな苛立ちが生まれた。 ベッドから抜け出し、暗闇の中を彷徨いながら、やっとの思いで扉の取手に触れた。 体感では、一時間ほどかかったような気がする。だが、それは暗闇のせいで五感が狂わされていただけのことで、本当は数分のことだったのかもしれない。 扉を探すのを諦めかけて、スイッチを求めても一向に探し出せなかったのが、根拠だ。 暗闇を彷徨う内に、私の意識は覚醒して行った。この状態で、仮に薬を飲みおおせたとして、本当に眠れるのか。甚だ心もとない。 扉の取手に触れた瞬間、私は戸惑いのために身体の動きを止めてしまった。 寝室の扉は真鍮製の安物のはずなのだが、触れた扉には、妙な凹凸が感じられたのだ。私は根拠もなく、無数の装飾が彫り込まれた前時代的な扉の取手を、頭の中に思い描いた。 でも、寝室の扉は一つだけではないか。 私の理性がそう囁きかけた。実にもっともな事なので、私はその囁きに勇気づけられた。 慣れぬ感触を覚えながら取手を握り、グッと下へ引きながら、扉を前へと押した。 途端に、扉は待っていたとばかりに、勢いよく開いた。私は取手に引っ張られるような格好になり、つんのめりながら扉の外へ出た。 最初に覚えたのは、足裏の柔らかな感触だ。 次に、暖かな春の日差しと草の濃い匂い。 そして最後に、目の前の広大な、ゾッとするほど何もない草原を視覚がはっきり捉えた。 それは、緑の大海原だった。 そよ風が吹く度に、地平線まで続くと思われる草の葉が揺れ、ザワザワと、聞いたこともないほど大きな葉擦れを巻き起こしていく。 私はすっかり驚いて、思わず取手から手を離し、数歩前に進んでしまった。 途端に、扉が勢いよくバタンと閉まる音が後ろで響いた。 その暴力的とさえ思えるほど大きな音にギョッとして背後を振り返ると、扉なんてどこにもなく、深い緑が広がるばかりだった。
価値観というのは、時間的な問題であるとか、金銭的な問題であるとか、様々な分野でその概念をはめることができる。しかし価値観というのは、人が決めるものなのである。価値があるとかないとか、それは個人の決めるもの、つまりは一人一人その感じ方というのは異なるのだ。ある人にとっては食事の時間が、またある人にとってはゲームをする時間が、それぞれ多種多様な、人間の数だけあるといっても過言ではない。 私だって、価値のあるもの、ないもの区分して、ただひたすら何か自分の真価を問おうと努力してきた。努力はしたのだ。遡って、自分に頑張ったと励ましの言葉を送るくらい。死に物狂いで血眼になって、ただ、只管に。がむしゃらながらも精一杯やってきたのだ。 それでも、どこか足りない。なぜだか、埋まらない。幸せの盃は底なし沼のように、注がれては減り、いつまでも埋まらない空洞を作っていた。 なぜだか羨ましい。目に見えるすべてが羨ましい。あの人の全てが欲しい。ただ、羨ましい。自分の中に埋め込みたい。自分の持っていないものが切実に欲しい。感情が抑え込めないほどに、その思いは強くなっていった。そしてそれができない、個人の能力には限界がある、環境には限界があるなんて、認められたかのように思うと、そこにはただ孤独感と寂しさだけを残した。何もできない無力な手のひらを何度も何度も見返して、仕方のない動作を繰り返した挙句、ただ悲しみの表情が、一人で佇んでいた。 仕方がない。滑稽だ、見苦しいだなんて、自分が一番わかっているよ。わかっているんだ。 正解の選択肢だなんて、失敗の対抗策の選択肢だなんて、まったく贅沢な悩みだ。貧相で哀れな人間に選択肢などない。そうやって、何かがダメだから、こうすればいいじゃないかだなんて、そんな簡単に対処できるものならば、こんな窮屈さなんて味わうことはないんだ。一人佇んで、選択肢もないまま、今の現状を打破することはなく、傍聴することしかできない。 仕方がないじゃないか。能力不足だなんて。生まれつきの個人の限界量なんて。顔がいいから?頭がいいから?そうやって確実にもともとの持っているアドバンテージで努力以上の恩恵を受けていることなんて、言われなくても目に見えている。そうやって安全圏から下を見下ろして、善意に浸って選択肢を軽々と口にするその気分はどうだい。声を大きくして聞きたい。そう問いたい。 それでも尚、その声は届かなかった。自己陶酔してる姿なんて、見苦しいよ。そう言いたかった。声は掠れて出なかった。結局は、自分の見苦しさほど、耐えきれないものはないのだけれど。
なんだか体調が優れない。雨を乾燥させて砕いた一欠片を口へ放り込む。 ──からん、ころん。 喉から徐々に下りていき、じんわりと全身へ滲んでいく。暫くすると、鼓膜を直接震わせるような雨音が体内から聴こえてきた。同時に目の前を降り出した雨は、最近傷付いた角膜の裂傷模様に良く似ていた。 思い出した序にと、目薬へ手を伸ばす。かちり、蓋を外しながら上を向けば、見慣れた天井と目が合った。
今日はそれに尽きる。 何故だろう? 文章が思い付かないからか。 明日早く起きなければならないからか? カルシウムを摂っていないからか? 旅行に出掛けていないからか? いや、多分。 女の子と話していないからだ。 スケベの夜は長い。
土俵際で、土に塗れながらうずくまる一匹の蟻がいた。そのうちに、力士の取り組みが始まった。激しくぶつかり合う音、迸る汗、熱気、歓声が、蟻の何かを感化した。蟻はがっぷり四つの力士の足元に走り寄ると、渾身の力を込めて踵を押した。倒れ込む力士の影が迫り来ようとも、蟻は微動だにしなかった。
透ける身体を覗いても、どんな醜さも不快さも見せることの無い雨。偏りの無い透明な姿は何かに媚びることも無く、平坦な音で降り注ぐばかり。誰に対しても平等を貫くその無関心さが今はただ心地良く、救われる気さえする。捨てたくとも捨てられない様々な感情に、思考はとうに疲弊し停止した。それでも尚、速度を緩めることなく寧ろ加速して七変化するそれは、捨てられないのではなく、とっくに捨てる術を喪っていた、が正しいのかもしれない。 紙を乱雑に丸めるのと同じように、無意味な心もそうしてしまえたらどんなに楽だろうか。報われもしない、身を焦がすだけの恋心なんて、容易くゴミ箱に捨てられると思っていたのに。 ──ぐしゃり、ぐしゃり。 降り続ける雨音は、潰され歪んでいく紙の悲鳴とよく似ていた。
世界から己を切り取る為に、手にしたハサミ型ヘッドホン。外の音を、ちょきり、ちょきり。切り捨て、確実に遮断された聴覚。余りの静寂に点滅する切り取り線は、結局のところ自己主張。うっかり押してしまったノイズキャンセリングボタンで、堰を切るように音が鼓膜に流れ込む。 ──ざらり、ざらり。 遠くで荒く息を吐くエアコンの声が、乱雑な雨音とよく似ていた。
少し肌寒い風が、カーテンを揺らして部屋の中を通り抜ける。部屋のソファに腰掛けた女性は、冷め切ったコーヒーをどうするか、思案を巡らせていた。1歳になったばかりの子どもは、離乳食をたらふく食べて、寝息もたてずにぐっすり寝ている。 ここ数週間、子どもの夜泣きが始まり、夜はろくに寝れていなかった。ため息交じりにの欠伸をかみ殺しながら、音をたてないようベランダへ出た。 抱っこで凝り固まった肩回りをストレッチすると、筋肉がミキミキと音を立てた。血液が体内にいき渡るのを感じると、頭が働きそうになるが、あえてベランダに肘をついてぼーっとする。 鳥の鳴き声と子どもはしゃぐ声、風が草木を撫でる音にまじって、どこかへ向かう車の走行音が聞こえてくる。夜も昼もない生活をしていても、世の中は移ろっている。 部屋に戻って窓を閉めると、外界の音が遮断された。孤独感が襲ってきそうだが、なんとはなしにテレビを消して、スマホの電源も切ってみた。 再びソファに腰を沈めて、深呼吸をしながら、目を閉じてみた。 「...ィィィィィン」。 音がないときに聞こえる静寂の音。昔はこの音が、暇な時間の象徴であるような気がして、好きではなかった。 しかし、自分の時間が遠のいてから聞いてみると、とても心が落ち着く。夫の愚痴も、子どもの泣き声も、テレビやスマホからあふれ出る情報も、今ここには存在しない。 どのくらい目を閉じていただろうか。子どもはムニャムニャとしていて、もう少し寝てくれそうだ。コーヒーを淹れなおしに台所へ向かう。なんだか久しぶりに立ち止まることができた気がした。