カラーボール強盗

「490円です」 夜中の3時過ぎになるとお客もかなりまばらになる。お金を払い釣銭を財布に入れた客が帰ると、また暫く一人の時間が始まる。 「ありがとうございました」とマニュアル通りの挨拶を済ませてレジ裏で、整理の続きでもするかと思っていたところに事件は起きた。 客の男がレジ横に置きっぱなしになっていたカラーボールに手を伸ばすと、一瞬のうちに持ち逃げしてしまったのだ。 「え」と一瞬呆気に取られ固まる。 お金でも商品でもなく、カラーボール…… とりあえずカラーボールでも窃盗には違いない。僕は警察に一報を入れ、すぐに追いかける。 「待て!」 男を呼び止めながら追いかける。高校時代に陸上部に所属していたおかげでどんどん距離は詰まっていく。 いよいよ手を伸ばせば届きそうな距離にまできた時、男は僕に向かってカラーボールを投げつけてきたのだ。 「え?」 困惑している間にも男は逃げ続けていた。もはや取り返すべきものは僕の制服をカラフルに染め上げてしまい、彼を追いかける理由がなくなってしまった。 異常にカラフルな見た目をしたまま、僕は走り去っていく男に背を向けトボトボと店へと戻っていった。 店に入るとすでに警察がかけつけていたので、「もう泥棒はどこかへ逃げてしまいましたよ」と伝えようとしたが、それより先に警察が口を開く。 「お前が強盗か!」 そう言った警察の目線の先にはカラーボールが付着した制服があった。

勝利

僕ら家族四人は、最近引っ越してきた。  この街は綺麗で住み心地は良さそうだ。以前住んでた場所は知り合いは多かったが、街はそれほど綺麗ではなかった。  僕はこの町で新しいスタートを切る。そんなことを思った束の間、  「出てけ!」  「お前らなんて必要じゃねえ」  「さっさと消えろ!」    引っ越し早々、僕らは罵声を浴びた。僕らのスタートはマイナスなイメージで始まった。  その日から僕らは嫌がらせを受けた。水をかけられ、食べ物を投げられる。家に入られそうになったこともあった。僕らは我慢した。  引っ越して二日後、新しい家族が引っ越してきた。その家族も嫌がらせ、罵倒を受けた。  引っ越して三日後、新しくきた家族は忽然といなくなっていた。周りにいる住人は嬉しそうに何か会話をしている。    「やっと、し…め…」  「て…わか…ったよ」  距離が遠すぎて会話はよく聞こえなかった。しかし、家族が消え、楽しそうに会話をしてる住人を見て僕らは狂気を感じた。  引っ越して四日後、僕の妹が消えた。朝目覚めると、妹の姿はなかった。どこを探しても見当たらなかった。帰り道、住人の話し声が耳に入ってきた。    「やっと一人仕留めたな」  「あと三人も早くやらないと」  今度ははっきり聞こえた。僕の妹、新しくきた家族はここの住人に殺されたのだと分かった。僕はすぐに両親に話した。  引っ越して五日後、僕らは住人を殺した。やらなきゃやられる、僕らは必死だった。無我夢中で僕らは手に持ったナイフで住人を刺した。その日、母は死んだ。  引っ越して六日後、僕と父は死んだ。順調に住人を殺していったはずだった。住人達は銃を隠し持っていた。ナイフと銃でナイフが勝てるわけがなかった。僕らは蜂の巣にされた。僕は負けた。    「はい、注射終わりましたよ」  少し甲高い声で看護婦さんは私に言った。  「ありがとうございます」  「最近やっとコロナのワクチンができてね、これでいつも通りの日常が帰ってくるわね」  「そうですね」    コロナが広まって二年目、ワクチンが開発された。私たち人類はコロナに勝利した。

前科

「お前さ、自分の名前ネットで調べたことある?」 バイトの休憩時間に、ダラリと体を机に投げ出し、リラックスした状態のバイト仲間に話しかけられた。 「いや、無いかな」 「俺はこないだ調べたら同姓同名の舞台俳優しか出てこなかったわ」 「なんだよそれ」 「せっかくだからお前の名前も調べてやるよ」 「いや、いいよ。俺の名前調べても何も出てこないと思うぞ?」 「わかんねえだろ。なんかすごい事実が出てくるかもしれねえから調べてやるよ」 バイト仲間は机に体を預けたまま、ラフな格好でスマホを触って、調べだした。 「なんだよ、お前昔捕まったことあるのかよ?」 「は?」 身に覚えのない逮捕歴を上げられて慌ててバイト仲間のスマホを覗きに行く。 「お前下着泥棒で捕まってるぞw」 ケラケラと笑って見せてきた画面には俺と同姓同名で年齢が二十歳ほど上のおじさんの名前があった。 「いや、全然違うじゃねえか、年齢よく見ろよ」 「あ、ほんとだ。お前じゃなかったわ」 俺は安堵した。 まだバレてないんだから俺の名前が載るはずなんてないんだよ。 危うくさらに罪を重ねるところだったじゃないか。 慌ててポケットに入れた手は、先端の赤いナイフに触れていた。

私のカバン

これから私のカバンを紹介します。 私のカバンは、とても大きく 学校用のパソコンや水筒、筆箱などを入れても隙間ができるほど大きいです。 実際私がこのカバンを背負うと首のところから腰の辺りまで縦があります。 このカバンは背負っている時の負担が少なく、 おおきいので落ちないように胸の前でロックをかけることが出来ます。 この事もあり私はこのカバンを気に入っています。 それにこのカバンはお誕生日に買ってもらい、 友達も同じようなカバンを持っていたので嬉しかったですし、これから会うかもしれない友達が同じカバンを持っていたら嬉しいからです。 これまでこのカバンでたくさんの荷物とたくさんの思い出を背負って来ました。 私はこのさまざまな思い出の詰まったカバンを壊れるまでつきたいと思います。 最後に、あなたにもこのようなカバンがあるのではないでしょうか。 あったらぜひ紹介してみてください。

チャーチル・マティーニ

「マスター、いつもの」   「かしこまりました」    私は行きつけのBarで注文する。  マスターも慣れたもので、手元に置かれている道具で、鮮やかにマティーニを作り上げていく。  道具の名前は知らないが、すべての道具が丁寧に手入れされていることだけはわかる。    自分の商売道具を大切にすることは、どの業界も変わらない。  私とて、物書きの端くれ。  商売道具のペンの手入れは欠かさない。   「お待たせいたしました。チャーチル・マティーニで御座います」   「ありがとう」    チャーチル・マティーニ。  これのカクテルが、私の全てと言ってもいいだろう。  私はグラスを手に取り、グラスの中に注がれているチャーチル・マティーニを眺める。  美しい色だ。  そして、隣に座る連れに話しかける。   「このチャーチル・マティーニは、マティーニの中でも一風変わったものなんだ」   「そうなんですか」    連れは、不機嫌そうな顔で答える。  紳士淑女の社交場とも呼べるこの場所に相応しくない表情だ。  せっかくのBarだというのだから、もっと楽しめばよいものを。  いや、この不機嫌そうな顔を変えてやることが、連れてきた私の役目なのだろう。  私はグラスをゆらゆらと揺らす。  グラスの中が軽く波打つ。   「マティーニは、カクテルの王様とも呼ばれていて、ジンとベルモットを混ぜて作るカクテルだ」   「それは知っています」   「比率は、ジンが3~4に対して、ベルモットを1とするのが、一般的だ」   「それは知りませんでした」    私は、どこか優越感を得て、くすりと笑う。   「しかし、このチャーチル・マティーニは少し特殊でね」   「はあ」    私は、クイズの正解を出し惜しむように言葉をじらし、手品の種明かしをするようにわくわくとした気持ちで、口を開いた。   「なんと、ベルモットをいれないんだ。どうだ、驚いただろう?」   「はあ」   「ジンとベルモットを混ぜて作るカクテルだというのに、ベルモットをいれない。すべてがジンだ。だが、決してジンとは呼ばず、チャーチル・マティーニと呼ぶ。そう、あくまでもマティーニなのだ。……どうだ、感動しないか?」   「はあ」    私は興奮のあまり、口が止まらなかった。   「この自由さこそ、カクテル最大の楽しさと言ってもいい。そして、あらゆる業界は、この自由さを学ぶべきなのだ!」    そう言いながら私は、鞄から白紙の紙の束を取り出した。  一点の穢れもない、美しい白い紙だ。   「小説も同じだ。時には、全てのページが白紙の小説があってもいい。そうは思わないか?」   「思いません。さっさと書いてください。締め切りは三日後ですよ。今日から先生の側につきっきりでいますからね」        …………ちっ。

NEO~ニュー・エンカウント・オンライン~正体隠して俺は世界を守ります

「今日限りでこのパーティーを抜けてもらう」 突然の追放宣言だった… ニュー・エンカウント・オンライン…略してNEO(ネオ)と呼ばれるVRオンラインゲーム 新しい出会いを見つける…そんなテーマの中で作られたゲーム そんなゲームの中で俺は一緒に楽しんできたはずのパーティーから捨てられていた… 「…なんでか聞いてもいいか?」 「お前みたいな底辺な支援職にパーティーの枠を埋めていれるほどこっちも余裕ないんだよ」 「…そうか」 俺がしているジョブは支援職、強化したり、回復させたり、アイテム作ったりなどいろいろできるがこのゲームの掲示板では不遇職と叩かれておりあまりにも人気がない、そんな奴が自分のパーティにいることが奴は気にいらないのだろう。 自分のパーティーのために遊んでいる奴を放置できない、納得はできないが理解はできる理由だった 現実でやると人間性を疑うがあくまでゲームなら気を止めなくてもいい…だが実際にはあまりいい気分はしないが 「お前みたいな底辺にはふさわしくないんだよw」 周りと一緒に笑いだす……なるほど、俺の事を馬鹿にする目的か単に邪魔だったかその動機はわからないが、どちらにせよあまり深く考えないで俺を抜けさせようと思っているらしい。 「本当にいいのか?」 「は?」 「俺が抜けてもいいのか?」 「いいに決まっているだろw むしろいい気味だ」 …なら、仕方ないな こんなことになってしまったのは残念だが、こちらも願い下げだ… 「じゃあな」 返事は帰ってこない、他のパーティーと次に入れることを相談しているようだ… 俺の事はすでにいないものとしてみているように、俺は返事来ないと感じその場を離れる。 外へと出ると突然の着信音が聞こえてきてくる、俺は空中でメッセージ画面を出すと無機質なシステムメッセージが聞こえてくる。 【NEO運営から重要なメッセージが来ました、開きますか? Y/N】 俺はYを押して、気を引き締める…来たか… 【承認確認しました…ただいまより特定の場所にワープいたします。 ワープまであと60秒】 俺システム音のカウントダウンを聞きながら、装備の準備をする、すべての確認を一通り完了するとカウントダウンが少なくなっていく 【3…2…1…転送開始】 目の前が真っ白になっていく。 そして次の瞬間に俺は別の場所に転移されていた、そこは広い荒野のように場所にいて、そこには異論人が集まっていて、俺が確認されると歓声が聞こえてくる。 「万能王だ、彼が来たんだ―!!」 「これなら勝てる!」 「」 このNEOにはゲームとは別の側面を持っている…それは 「奴らが来たぞー!!」 人類の砦だ… 奴らとはモンスター…の形をした人類の敵 それは宇宙から飛来してきた生命体、電波で構成された体で地球のインターネットに潜伏している 彼がそこに存在しているとネット上で構成されたシステムが分解されていく、そうなったらインターネットは崩壊し人類は衰退する。 危険の存在だと認識した政府はこれを対策する、彼は現代兵器では対応できない為ネット上で対応するが既存のセキュリティプログラムでは対応しきれない…そこでネット上で弱らせてから消去させる方法を考えた。 そしてその弱らせる役目が俺たち…防衛者だ 「はっ!!」 俺は武器に強化魔法で十分強化して切り付け両断する。 辺りを警戒していると別の防衛者が奴らに襲われていた、俺はすかさずに味方に防御魔法を使う。 敵の攻撃は魔法でできた盾にぶつかる、盾はきしんでいくが俺はさらに盾を強化して防御力を上げていく。 敵の攻撃を完全に相殺させたら敵の懐に入り即座に切りつける。 「あ、ありがとうございます! 万能王さん」 万能王…それは俺がここで言われている《二つ名》だ。 あらゆる面で味方を守ったり、支援、アイテムの生成など様々なことができることからついた名前 こっちでは上位のランカーらしいが…関係ない、レオはできることをすべてやっているにすぎない、そして 目の前に出てくる敵はすべて倒す……! 「はぁぁぁぁぁ!!」 おれは魔法で剣、槍、斧…様々武器を生成して使い分けていく、限界まで強化した武器で敵を薙ぎ払い倒していくこれを敵が見えなくなるまで俺は戦い続けた。 「す、すごい…」 「一騎当千だな…」 やがて敵が見えなくなると俺は落ち着く、他の防衛者が歓喜している中俺はすぐさまにログアウトする、周りが止めるが気にせずにログアウトする。 現実に帰ってくるとこのゲームの掲示板を見る、被害があったという報告はなく戦いが終わったと俺は安堵する。 まだ闘いは続くだろうが俺は戦い続ける。 最後はゲーマーらしい終えよう 「対戦ありがとうございました」

高級腕時計

 友人の腕には、腕時計に興味がない自分でもわかるほど高級そうな腕時計がつけられていた。   「その腕時計、どうしたんだ?」    腕時計に触れられたことが嬉しかったのか、友人はにんまりと笑った。   「いいだろこれ。三十路になったお祝いに買ったんだ! めちゃめちゃ高かったんだけど、せっかくの記念だから奮発してさ!」    友人は無邪気に腕時計について話し始める。  この腕時計はどこのメーカーか、そのメーカーの何が凄いのか、腕時計そのものは何が凄いのか、どういった技術が使われているか、世間ではどういう評価を受けているのか。  新しいおもちゃを手に入れた子供の様にはしゃいでいた。   「そうなんだ! すごいね!」   「だろ?」    正直、腕時計に興味はなかったが、この場面で馬鹿正直にそれを告げて空気を壊す気はない。  好きなものは人それぞれだ。  なにより、友人がここまで喜ぶ姿など、今までほとんど見たことがなかったので、見ていると微笑ましい。  そして、ここまで喜べる何かを見つけることができている友人を、羨ましいとさえ思った。   「じゃ、いこうぜ」    ひとしきり話し終えた友人は我に返り、もともと予定していた映画館へと移動する。  そうなのだ。  今日は待ちに待った新作映画の公開日なので、友人と二人で見る約束をしていたのだ。   「あ、ちょっと待って」    映画館に到着すると、何やら友人が立ち止まる。   「どうした?」   「時計をね」    そう言い、友人は腕時計を外し、カバンから取り出したケースに収納し、ケースを鞄へとしまい込んだ。  ケースは友人の腕時計のデザインにぴったりあう、高級感ある逸品だった。   「しまうの?」   「おう。だって、万が一映画館の中で壁や椅子にぶつかって傷ついたら嫌じゃん」   「お、おう……」   「しばらく俺、時間が見れなくなるから、悪いけど教えてな」   「お、おう……」    腕時計ってなんだっけ。  そう思いながら、友人とチケット売り場へと向かった。   「今、何時だっけ?」    映画の開演時刻を確認した友人が僕に聞いてきた。    腕時計ってなんだっけ。

メイド喫茶

「お帰りなさいませ、ご主人様! 初めてのご主人様ですね! こちらへどうぞ!」    入店と共に手を取られ、私は席へと案内される。  案内されたのは、店の奥にある窓際の席。  店内が良く見渡せる。  メイド服に身を包んだ店員たちが、忙しそうに走り回っている。   「こちら、メニューになります。おすすめは、彼女の手作りカレーライスと、レモンサワーファーストキス風味です」   「では、それをお願いします」   「はーい」    店員がメニューをもって、店の奥へと戻っていく。  厨房にメニューを伝えに行ったのだろう。    思えば、私の初めての彼女が初めて作ってくれた料理もカレーライスだった。  料理が苦手な彼女だったが、私のためにと懸命に作ってくれたのを覚えている。  ちょっと焦げて苦かったが、それもまたいい思い出だ。    ファーストキスは、どこだったか。  レモンの味は、した気がする。    昔を懐かしみながら、手持無沙汰になった私は窓の外を見る。  窓の外には、大きな川が流れていた。  水は透き通り、だが底が見えない。  川幅も広く、遠くの方に対岸が見える。   「そちら、三途の川になります。ご主人様は、この後三途の川を渡りまして、現世の記憶とお別れになります」    料理を手に戻ってきた店員が、私に優しく話しかけてきた。    言葉にされると実感してしまう。  享年八十三歳。  まあ、良く生きたとは思う。  一生守ると誓った彼女を、もとい妻を、一人にさせてしまうことだけは心苦しいが。   「この記憶ともお別れか。……寂しくなるな」   「こちら、彼女の手作りカレーライスと、レモンサワーファーストキス風味です。ご主人様の思い出と、まったく同じ味で作りましたので、最後の味……最後の記憶、存分に味わいながらお召し上がりください」   「いただこう」    私はスプーンを手に取り、カレーライスをすくい上げる。  香しい香りに、当時の記憶が鮮明に戻ってくる。  あの時の香りだ。  部屋を満たす、ちょっと焦げた香り。    口へと運ぶ。   「うん、うまい」    カレーライスを食べ進めていく。  合間に、レモンサワーを飲む。  人生の思い出が、私の中を駆け巡る。  懐かしさに、私の視界が滲む。    完食し、満腹になったお腹をさすりながら、私は椅子へともたれかかる。  満腹になったせいか、眠気が襲ってきた。  いけないな、これから船に乗って、川を渡らなければならないと言うのに。   「記憶がなくなったとしても、ご主人様の思い出が完全になくなるわけではありません。それは魂に刻まれ、来世に引き継がれます」    うとうとする私の耳に、子守唄のような声が聞こえてくる。   「きっと来世のご主人様は、カレーライスとレモンサワーが大好きな子供に生まれて、今世の奥様の――に、――……て――……――な方を好きに……て、――……――です。――…… ――…… よ」    心地よい。  ふわふわとして。  夢の中に        いるよう        で                   「いってらっしゃいませ、ご主人様」

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

汚、吐露

煙を吐きながら話しかけてくる 「なぁ、二人でなんか始めようぜ。なんでもいいからさ」 友人のまだらな茶髪はたばこの匂いをおび、浅黒くこけた頬は普段の生活を物語っていた。 「なんかってなんだよ、あはは」 ごまかすように笑ってみた 「いいんだよ、なんでも!なんでもいいんだ本当に!」 「例えば?」 「なんか起業したり、バンドしたりさなんでもいいんだよ」 「二人とも楽器できないし俺は音痴だ。あと、起業するための資金があったとしてもお前とはやりたくないなぁ。あはは」笑いながら適当にうけながした 一番の理由は臆病さだと知っていた。 話しながらなんとなく、目の前にあった灯台に二人で登ることにした 「毎日毎日やりたくもねぇ仕事やらされてさ、、眠れないから酒で無理やり眠るんだ。気づいたら朝になって。。」 本当に辛いんだろうな、と思った 中卒の彼に他の選択肢はなかったのだろう 「趣味とか見つけてみたら?」 また逃げた、俺は逃げるしか能がない 「金もねぇしそんな時間もないんだよ。知ってるか?お前は知らねえかもしんねーけど。」 彼なりに毒づいてみたのだろう、、ここで怒れたら、怒れる人間だったら何か違ったのかもしれない。 「あはは、こちとら無職様だぞ、知るわけねぇだろ。」 呆れた顔で友人はこっちに向けながら話し始める 「、、、第一、好きなこともやりたいこともねえんだよ。なあ起業しろよ小さくても店持ったりしてさ、今よりはずっといいだろ?」 そうかもね、、と内心思いながら拒絶していく 「やりたくないことをするからお金が貰えるんだよ。それに起業するための金なんてねーよ」 「お前の元だったらやりたくないことでもいいよ」 ぎょっとする、何も返す言葉が見つからない。俺に一体何を期待しているんだ、 もうやめてくれ。 「、、、、、お金儲けて何かしたいことがあるの?」と切り返す 彼の顔が動揺したのがわかる。すこしの沈黙を破り 「良いものが欲しいんだ!良いものが」と声を張った 「たとえば?」 「えーっと、、、 苦い顔をする彼に言葉を投げる 「”良い車”とかか?」 「そう!、良い車とかいい服とか、、、大きな家が欲しいな。結婚して子供を育てるのにも必要だ。」 「そうなんだ、」 素直に、自分とは全く違う思考をした人間に成長したんだな思った。6年前はたいして変わらなかった自分たちを何がこう変えてしまったのだろうか。 苔むした階段を上りきり汗は服をにじませた 車が好きという彼のその薄っぺらな知識は車に興味がない私よりも浅く、この人は没頭するものを見つけられないのだろうなと数年前に軽蔑したことをふと、思い出した。 そして好きなものに没頭した結果何一つ成果を出せないまま落ちぶれた私は彼以下の人間なのだろう。今では、彼には可能性が残っている上に私より真っすぐな性格をしているように思える。 内心では、彼のようにはなりたくないなと思っているが、、、それは彼も同じだろう 沈黙が続くときまりが悪くなったのか話題を変えてきた 「大学受験は?最近どうなの?」 わざと今のタイミングで振ってきたなと、下衆の勘繰りをする。 「最近はもうあきらめてるよ、なんかもうどうでもよくなちゃってさ。勉強も最近してないよ」 「そうなんだ、」 彼の口元と色の抜けた声から何の興味の感じられずもう会うことはないかもしれないなと悟った。 彼の友人は半グレばかりだ、彼もこれ以上私といるのは辛いだろうなとも思った。 三百円払って登った灯台からは水平線と複雑な海岸線が見え、すぐに降りた 深くため息をつき、スッと看板の会社名を指さして 「この会社の社長が何で金持ちか知ってるか?」 と聞いてきた。 その会社の社長が誰かも知らないので知らないと素直に答えると 死んだ目で「この社長の親が金持ちだからだよ。」と、、乾いた唇で呟いた 片親の彼はそれだけで人生の不条理さに蹴りをつけてしまったのだろう。そして恵まれた環境にいながらチャンスをどぶに捨てていく私を僻み、見下しているのだろう。 「俺の辛さがお前にわかるのか」 意識せず発した自分の小さな声に驚いた。いままで誰かに言えたことがあっただろうか。 すすきはしゃらしゃらと音をたて、海には兎がはねていた。 こえは消えていたかもしれない

夏の日の君 短い思い出【恋愛】

今年の夏もジィジィとセミの音がうるさい。 滝のような汗をぬぐいながら荷物を担いで長い長い坂を歩いていた。坂道の両側は平屋が建ち並んでいて、太陽を遮るものは何もない。見上げる白い坂の上はまるで陽炎のようにゆらゆらとかすみ、額から流れ落ちる汗が目に入ってまた霞む。 頭が背中から照り付ける太陽の熱を吸収してすっかり熱い。家を出るときは鬱陶しいと置いてきたけど、このあたりまで登るといつも帽子をかぶってくればよかったと思う。 ふうふう言いながらようやく坂の終わりにたどり着く。 終点は神社になっていて、朱色の鳥居を超えると鬱蒼とした森。その陰に足を踏み入れるとセミの声はヒタと止まり、サラサラとした風が正面から吹いた。この鳥居をくぐった後はいつも急に温度が下がる。振り返ると、歩いてきた白い坂は低い家々をかき分けて白い滝のようにまっすぐと流れ落ちて行き、青い海まで繋がってその先の水平線から立ち上る入道雲で白い色に戻る。 「今日は遅かったね」 頭上から涼し気な声が聞こえた。 見上げると青い大きな御神木からするすると颯希が下りてきた。罰当たりなその白い顔は、汗一つかいていない。色気のない白いシャツに紺のスカート。黒い髪に杉の杉の葉がくっついていた。 「俺は色々忙しいんだよ、受験だからな」 「受験?」 「そう。島外の大学を受ける。でも夏休みは必ず帰ってくるから」 遠くでポゥと船の汽笛が聞こえた。 夏休みのうちのさらに短い期間、夏祭りの間だけ颯希とこっそり神社で会う。それをもう6年くらい続けている。 この神社は島の守り神である海神を祀っていて、もともとはこの小さな島の中心として栄えていたけど、高齢化が進んでこの坂道を登ってお参りするのが厳しくなり、俺が小学校に入る前には港の近くに遷宮した。それ以来ここは管理人がたまに掃除に来るだけ。あんな長い坂を上って来る者もいない。 颯希の手をひき薄暗い森を抜けると少し朽ちた拝殿が現れ、落ち葉を払って腰を落ち着ける。颯希に問われるままこの1年で会ったことをつらつら話すのがいつもの流れ。 「優斗、学校楽しい?」 「なんだそれ、おかんみたいだな。楽しいかな。でも部活は今はたまにしかいってない。そういえば去年は全国大会の地区予選の最終で外した」 「残念だったね。今年は?」 「今年は受験だから無し。ほら今日もちゃんと持ってきたから」 弓道具を渡す。 「やった、ありがと」 弓かけをはめてシャツの上から胸当てをつける。 この神社には昔弓道場があって、何年か前からそこからもってきた|安土《まと》を拝殿にこっそり隠してある。それを拝殿の長い回廊の端に設置した後、いつも通り拝殿の中から弓を持つ颯希を眺めた。 背中を伸ばして軽く足を開いて弓を構えた時にはすでに視線は的を収めていて、ゆっくり頭上に弓をもちあげ流れるように弓を引き、いつ息を吐いたかわからないほど自然に指が矢を離れる。颯希くらい上手いと打つ前から的中することは既にわかっていて、それを確認するために矢を放つ。颯希の動きは風のように滑らかで無駄がない。 そんな姿を眺めているうち、最初は夏の熱い日差しが軒外にあふれて木々の緑が明るく反射していたのがだんだんとオレンジ色に影を引くようになり、颯希の顔と回廊が赤紫に照らされて、そのころには電気なんかない境内の中は薄暗い闇に沈んでいて、その暗がりから見える颯希が藍色のシルエットにかわるまで目を離せなかった。 最後の一射のあと、颯希はふうと息をついて境内に入ってきて隣に座って道具を片づける。 「はは、真っ暗になっちゃった」 暗がりから発せられた音に水を渡す。その時ちらりと指先が触れた。あれほど弓を引いたのに颯希の指先はひんやりと冷たかった。 「ん、ありがと。おなかすいた」 「おにぎりなら」 「超嬉しい」 「じゃあ鳥居で食べよう」 昼間と違って真っ暗闇の中で颯希の手をひき、神社の入り口の鳥居に座っておにぎりを広げる。いつのまにか涼しい風が吹いていた。 見下ろす坂道の下ではチカチカとお祭りの縁日ややぐらの明かりが明滅していて、ここからは遠くて聞こえないけど賑やかな喧騒が溢れていた。その先の海はすでに深い紺色で、空との境は既に消えて天に繋がり小さな星がキラキラときらめいていた。 そろそろ時間だと思って眺めていると、不意に光の華が咲いて後を追うように風と共に大きな音が響く。たくさんの白や赤い花が空を覆い、直下の海に反射して海と空の境界が現れる。 「やっぱここから見る花火が一番きれいだね」 隣を見ると颯希の頬も淡い光に照らされていた。思わずその頬に手を寄せて口づける。 「じゃあまた来年のお盆に」 「ああ、また来年な」 もう一度口づけて目を開けた時にはすでにだれもいなくて、おにぎりのラップだけが取り残されていた。

僕はスーパーマン

僕はスーパーマン。  街を守るスーパーヒーローだ。今日も街の平和を見守る。  向こうで重そうな荷物を持った女の人が歩いてる。僕は荷物を持って運んであげる。  「ありがとう」  女の人は笑顔でお礼を言ってくれる。僕は嬉しい。  近くのベンチで疲れた顔をしている男の人がいる。僕はマッサージをしてあげる。  「ありがとう」  男の人も笑顔でお礼を言ってくれる。僕はまた嬉しい。  近くの家で男の子が泣いている。僕は飛んで男の子の元へ急ぐ。  「大丈夫?」  「大丈夫じゃない」  「元気出して、今が辛くてもこれからいいことあるよ」  「ううん」  「僕がいるから安心して!僕は街のスーパーマンだから」  「僕を守ってくれる?」  「大丈夫だよ、僕」  「ほんと?」  「僕はスーパーマンだから。元気出して、僕」  「うん」  「頑張ろう、僕」  僕の応援で僕は少し笑う。  「何ぶつぶつ言ってんだよ!気持ち悪いんだよ」  「やめて、あなた!この子が死んじゃう」  僕はスーパーマン。家族を助けて。

口裂け女の憂鬱

「ねえ、私綺麗?」    夜道を歩くサラリーマンへ、私は後ろから声をかける。    突然声をかけられたサラリーマンは、怪訝な表情で振り向き、雲の隙間から差す月光に照らされた私を見て、思わず目を見開く。  当然よね。  毎日の食事制限とジム通いによって作り上げた、私の抜群のスタイルを前に、目を見開かない男はいない。    サラリーマンは、ごくりと喉を鳴らして、ゆっくりと視線を上へあげる。  同時に、月が雲から完全に顔を出す。  月の光が、私の顔を照らし出す  大きなマスクをつけた、私の顔を。    サラリーマンは、口を開いた。   「え、あ、……ええと」    そして目がとんでもない勢いで泳いだ。             「すみませんでしたああああああああああああ」    私は叫びながら、その場から走り去った。  100m3秒の俊足で。    知ってるよ!!  私の目元が微妙なのなんか!!  でも仕方ないじゃない!!  目以外全部隠すマスクをしなきゃ駄目な規則だもの!!  口裂け女の伝統だもの!!    ああああああああああああああ!!    口裂け女なんかに生まれたくなかった!!  目元以外は完璧なのに!!  鼻を出させて!!  スラッと高い、自慢の鼻なの!!  口を出させて!!  ツヤツヤプルプルの、自慢の唇なの!!  肌を出させて!!  色白すべすべの、自慢の肌なの!!    ああああああああああああああ!!    恨んでやる!!恨んでやる!!  こんな訳の分からない規則を作った先祖を恨んでやる!!

仮面の奥の君へ

 何の理由もないのに、狂ったように笑いだすのは合図だ。  少年の笑顔はただの張り付けられた仮面に過ぎない。  それが一目でわかった。 「どうして笑ってるの?」 「みんなが笑っているからだよ」  そんなのは君が笑う理由にはならないのに、それでもそうすることしか君は知らないんだね。  そっと差し伸べる手は避けられる。  悲しくなった。 「どうして悲しい顔をしているの?」 「なんでもないよ、ごめんね」  私にできるのは、避けられても諦めないことだけだ。  強引に少年を捕まえる。  その笑顔を優しく引き剝がす。 「ほら、笑ってない」 「なんで……。なんでそんなことするの?」 「いやだった?」  曇った顔が俯く。  返事はなかった。  力強く抱きしめると、少年は体を強張らせる。 「大丈夫だよ」  背中に回した手に温かさを感じた。 「君が泣きたいときは泣けばいいんだよ」  肩が涙で濡れる。 「怒りたいなら怒って、笑いたいときは笑うの。ちゃんと気持ちは表現しないと、気づいたときには身動きが取れなくなっちゃうから」  少年もまた、私の力に応えるように抱きしめ返してくれた。  仮面なんて付けなくてもいいんだよ。  そんなの付けなくても―― 「君はすごくいい表情を持っているんだから」

実話に基づいた話

私は小学生の頃から、寝言の多い人間らしい、とは聞かされてきた。らしい、というのは、自分でその寝言を聞いたことは一度も無いからだ。 「あーでもない……こうでもない……」 「うーん……つまり……」 「そういうことか……」 などの要領を得ない寝言達は、私が寝ている間に口から漏れ出てしまっているようで、それに気づいた両親や知人は私に話しかけてみるものの、反応がないため「あぁ、これは寝言だ」と察するらしい。 それなら一度自分の寝言を聞いてみたいものだ、と思い、スマホのいびき録音アプリを導入してみたものの、今まで聞こえた試しはない。きっと寝言というのは、欲が出てしまうと聞けないものなのだろう。 話は変わって、最近私はスマートスピーカーを購入した。 ヘイとかOKとか製品名で呼びかけると、返答を返してくれるアレだ。親元を離れ一人暮らしの私は会話に飢えていたこともあり、気軽な話し相手の感覚で、しりとりやなぞなぞなどの機能を使って遊んでいた。傍から見ればAIとごっこ遊びに勤しむヤバイ奴だったかもしれない。 その日の晩も就眠前にスマートスピーカーと会話していたが、どこかのタイミングで眠気に抗えなくなったため、結果的には寝落ちてしまった。 翌朝、日課のメールチェックをしていると、見慣れないクレジットカードの決済記録が目に止まった。 「音のなんでも小辞典」 という購入した書籍名には、聞き覚えも見覚えもない。しかも購入時刻は深夜の3時、もちろん眠りに就いていた時間だ。 一瞬サッと血の気が引いた。 ひょっとしたらクレジットカードの不正利用かもしれない。なんてことだ、そうだとしたら停止の連絡をしなくては……と危機感を強めたところで、念のために書籍購入のサービスを確認してみると、そのサービスはスマートスピーカーと連動していることを思い出した。 まさか、ひょっとしたら……という思いつきからスマートスピーカーとの会話履歴を確認したところ、確かにあった。私は深夜3時にスマートスピーカーを通じて、その書籍を注文した、とログには残っている。 とても信じられない気持ちで昨晩の記憶をたぐりよせると、現実か夢の中かは思い出せないが、何か質問に対して私は「はい」と答えたことだけをかろうじて思い出せた。おそらく、これがトリガーだったのだろう。 つまり状況から何が起こったのかを推理すると、私は深夜三時に突然寝言を言い始め、その寝言に何故かスマートスピーカーが反応し、何らかの会話シーケンスを経た後、 「音の何でも小辞典を購入しますか?」 という質問を私に投げかけ、一瞬だけ覚醒した私は 「はい」 と答えてしまい、無事にクレジットカード決済が行われたのである。 何故この書籍の購入を希望したのか、寝言を発言した時の私は何を考えていたのか、今となっては永遠の謎である。数日後、書籍が無事に届いてしまったので、せっかくだし読んでみようと思って返品はしていない。 それにしても、まさか自分の寝言が自意識を持って行動に出る可能性は、考えてすらいなかった。とりあえずすぐにできる対策として、私は暗証番号ロックを導入した。これはスマートスピーカーから商品購入をする際に、4ケタの暗証番号の発声を必要とする機能である。これで一安心だろうと思い、私はその晩、またしてもスマートスピーカーと雑談しながら眠りについた。 翌朝、日課のメールチェックで不本意な決済は確認されなかった。ホッとして、スマートスピーカーの会話履歴も確認する。 5件通知があった。 「電気のしくみ小事典の購入は暗証番号の確認が取れなかったため、キャンセルしました」 「電気のしくみ小事典の購入は暗証番号の確認が取れなかったため、キャンセルしました」 「電気のしくみ小事典の購入は暗証番号の確認が取れなかったため、キャンセルしました」 「電気のしくみ小事典の購入は暗証番号の確認が取れなかったため、キャンセルしました」 「電気のしくみ小事典の購入は暗証番号の確認が取れなかったため、キャンセルしました」

弔い -狼と古い手紙-

 「花」が咲いている。花弁は五つ、小ぶりだが一つの茎に一つのみが咲く。それが広々とした丘に群れ、「風」に揺れている。その「花」の名を狼は知らない。己の闇色の毛皮とは違う、「雪」に似た色合いであることしか知らない。  そこは空の開けた「野原」だった。少しばかり鼻先を上げれば、明るい「光」が目に入ってくる。それを「太陽」と呼ぶことは知っていた。今が「昼」という時間帯で、「時間」というものは「朝」と「昼」と「夜」とを巡り、それをひたすら繰り返すことを知っていた。狼は長らくこの地をさすらい、様々な知識を得ている。けれどこの「花」の名だけは知らずじまいだった。  この丘には「人間」がよく来る。「人間」というのは彼らの自称で、後ろ足二本で背を天へと伸ばし、前足二本を胴体の脇でぶらぶらとぶら下げながら歩く器用な生き物なのだった。そのためか彼らの前足の先――彼らはそれを「手」と呼ぶ――は細く分岐し、前足一つで様々な物を「掴む」ことができた。狼にはできないことだ。  先程も「人間」が何頭か来ていた。狼の毛皮よりも暗い、「夜」の森に馴染むような色の「服」を着て、彼らは時折この丘に来る。その「手」にはあの「花」があるのだった。どうやらこの丘は「人間」が持ち込んだ「花」の「種」によってこのような光景になったらしい。迷惑かと聞かれれば、さほどでもないのだった。そこに草木が芽吹くことに苛立つ生き物は少ない。我々はそこにある物の間を歩き、食べられる物を探して食べ、そして死んで朽ちる。後から来た何かへ敵意を表すとすれば、その対象は同族の同性だけだ。  「花」の茎を折らないように足を使いながら進み、狼は丘の中で唯一「花」のない広場へと辿り着く。そこには「人間」が立てた物が刺さっていた。木の幹を「切り」、「削り」、「棒」状にしたそれを二つ交差させた何かだ。その意匠が何を意味するのか、狼は知らない。けれど「人間」はこれを見上げ、前足でその形をなぞり、鼻先を下げる。その行為が何なのかはわからなかったが、悪いものではないのだろうとは思う。  狼はその「棒」の前へと歩み寄る。口先には「紙」を咥えていた。この近くを歩いていた時に見つけたものだ。「紙」を使う生き物は「人間」しかいない。「人間」がこの森に用があるとすると、この「棒」しかない。  「紙」というものは薄く、そして大きい。折れやすく、折られれば折られるほど小さくなり、何重かに重なっていく。そして大抵が「花」と同じ色をしている。けれどこの「紙」は土の色をしていた。それに、既に折れているようだ。広げようと鼻先と前足で試してみたものの、「紙」は既に何重かに重なったままどうにもならなかった。一部から甘い匂いがしたから、脂で固まっているのかもしれない。死んだ動物の肉は白く濁った脂で硬くなることを狼は知っている。それにしても随分と古い匂いだけれど。  ともあれ肉でないのなら食べる気にもならない。どうせならと狼はこれを「棒」のところへ持ってきたのだった。  「紙」を「棒」の下へ置く。風に飛ばされそうだったので、置かれていた「花」の下へと潜り込ませた。  この「棒」が何なのか、この「花」が何なのか、この「紙」が何なのか、狼は知らない。けれど「人間」がこの場所を大切にしていることは知っていたし、いつだったか――狼がまだ若い頃だった――ここに「人間」がたくさん来て、「剣」を突き付け合う狩りをしていたのを知っている。縄張り争いだったらしい。あの後、この丘は「人間」の血肉の置き場となった。殺したのなら食べれば良いのに、「人間」は死んだ肉をそのままこの丘へと埋めた。迷惑かと聞かれれば、さほどでもない。我々はそこにある物の間を歩き、食べられる物を探して食べ、そして死んで朽ちる。それだけだ。  きっと、この丘には「人間」にとって大切な意味と理由があるのだろう。狼も、大切な宝物や貴重な食べ物は誰の目にも入らない木陰に穴を掘って埋める。彼らにとって「人間」の肉はそういうものなのだ。  「棒」の下で腰を下ろす。「風」が吹く。「花」がざわめく。「紙」が音を立てる。目を閉じ、耳を伏せ、狼は静かに尾を揺らした。

家族

 目に入ってくる光が眩しくて私は目を覚ました。 いつもと変わらないはず――なのに何かが違った。ふわっと香るお味噌汁の匂い……。そんなことはないと思いつつ私は重い体を起こした。赤いネクタイが可愛い制服に袖を通し、洗面所に向かう。鏡を見て笑ってしまった。今日も髪の毛はねてる…(笑)この癖っ毛はお母さんと変わらないな……。引き出しからヘアアイロンを取り出し髪を整える。ふんわりボブに仕上がったところで私は鏡の中にいる自分に向かって言う。 「おはよう」  朝は一人の私。父は夜遅くに帰ってきてゆっくり寝ていることが多い。毎朝寂しくならないようにと母から教えてもらった、父と二人だけの生活になった時から続けている習慣。時間を見ると家を出るまであと一時間もない。朝ごはんとお弁当を作らないと……。今日の具材は何にしようかなと思いながら、リビングのドアを開けた。  その瞬間、お味噌汁の匂いが私の周りを包んだ。そういえば起きた時もお味噌汁の匂いがしたな……。はっと思いキッチンを見ると、父がパジャマ姿で立っていた。いつの間にか涙が溢れていた。いつもは一人。だけど今日は二人。「おはよう」と言ったら「おはよう」と返ってくる。嬉しかった。必死になりながら朝ごはんを作る父の背中に向かって私は言った。 「おはよう。お父さん」 「あぁ、いたのか。おはよう」 「おはよう」返ってきた……。 「いつも寝てるじゃん。どうしたの」 「リサにはいつも朝ごはん作ってもらっているから、今日ぐらい作ってあげようかなって思って。休みだからさ、今日。自信はないけど」 「お味噌汁。美味しそう」  久しぶりの朝の会話……。この会話だけでも感動する。 「ありがとう」  心の中で言ったつもりが声に出ていた。父はどう解釈したか、 「こちらこそ、いつもありがとな」 と言った。  いつもはついていないテレビが今日はついていた。ふと見ると、星座ランキングが流れていた。一位だった。ラッキーポイントは「家族との会話」だった。

冬の奇跡

 これは寒くなった12月  クリスマスの少し前の日の出来事です。  一人の青年が駅前でギターの弾き語りをしていました。 「僕はずっと一人きりが嫌で 今となりにいてほしいのに 君はここにはいない」  しかし、彼の歌を立ちどまり聞きいる人はいませんでした。 「はぁ、俺は歌の才能が無いのかなぁ」  彼は心底がっかりした表情でため息をつきます。  すると一人の少女が彼の前で足を止めました。そして、 「お兄さん、お兄さん」  と話しかけました。  雪が少し降っている寒い夜でした。そんななか少女が一人でいることに青年は驚きながら 「ん?なんだい?お嬢ちゃん」  と返事をしました。少女は 「お兄さん、今幸せ?」  と尋ねました。  質問の意味が分からなかった青年は 「え?」 と聞き返すと、少女は、 「お兄さん、今すっごいがっかりした顔してたから幸せなのかなって」 と答えました。青年は 「俺は、今はとても不幸せだよ。誰も俺の歌を聞いてくれないからさ」 と答えました。すると少女が自分の考えていたことはうれしかったのか笑顔で 「やっぱり!」 というと 「でもねみんなしっかり聞いてるよ?」 と言いました。青年はその言葉に驚き 「え?」 と言うと少女は 「もう一回おんなじ歌歌って?そしてもっと周りを見て!」 と言いました。  青年は言われた通り同じ歌を歌い始めました。  すると少女は歌詞に合わせて踊り始めました。  それは拙いものでした。けれど、とても心がこもっている温かい踊りでした。  すると周りの人は立ち止まり始めました。  曲が終わると大きな拍手が響きました。  少女は満面の笑顔を見せると、 「ね?みんな聞いてるでしょ?」 と言いました。しかし、青年は自信なさげに 「でも、これは君の踊りに対してのがほとんどだよ?」 と言いました。すると少女は、 「ううん、私は毎日聞いていたよ?」 と言いました。そして 「聞いていたからこの振り付けができたんだ。だからこれはお兄さんの歌のおかげ」 と言いました。その言葉に驚いた青年は 「そうかな?」 と言いました。少女は 「そうだよ。」 と笑顔で言うと 「だから明日も来て踊ってもいい?」 と青年に聞きました。青年も笑顔になると 「もちろん。また見たいな君の踊り」 と言いました。少女も満面の笑顔で 「わかった!また明日ここでね」 と言うと手を振って歩きだしました。青年も 「また明日」 と言い持っていたギターを片付けて家に帰りました。  翌日も二人は駅前でライブをし大盛況で終わりました。  そして毎日くる日もくる日も同じところでライブをし、ネットで話題となりました。  そして、青年の名前が有名になった頃。  ある日女の子は突然現れなくなったのです。  青年も最初は風邪をひいて来れないのだろうと思い、また明日には元気な姿を来るだろうと、気にせずライブをはじめました。  その日のお客さんの反応はそこそこで、青年は自分の実力が上がったこと感じました。  しかし、翌日も少女は現れず一週間が過ぎました。  青年には、少女がどこに住んでいるのか、さらには名前も知らないことに気づきました。少女が来ないことにやきもきしていました。    その日はクリスマスでした。  青年は変わらず同じ場所で同じ時間からライブを始めました。  しかし、誰も足を止めてはくれませんでした。  誰もが家で家族や、恋人と過ごしたいと思う寒い夜でした。  さらには雪が降り始めて人通りが時間が経つにつれてだんだん減っていきました。  青年は途方にくれました。すると後ろから少女の声がしました。 「お兄さん、今幸せ?」  青年が振りかえるとそこには一人の見知った少女がいました。 「幸せだよ。誰よりも大切な相棒を見つけたらから」  と質問に答えました。しかし、少女は悲しそうな顔をして、 「やっぱり、なら私の出番はもういらないね。」 と言いました。青年は戸惑いました。そして、 「どういうこと?」 と聞いていました。少女は 「あなたが幸せなら私は必要ないってことだよ」 と答えました。青年はさらに質問をしました。 「じゃあどうして君は今日来たの?」  少女は困ったような顔をして 「あなたが不幸そうな顔しているから」 と答えました。青年はその顔を見て 「それはね。君がいないから幸せなんて感じなくてさ」  といい少女に手を差し出しました。そして 「だからさ、踊ってくれるかい?俺の歌で」  と言いました。  その言葉に少女は満面の笑みで目に涙を浮かべながら 「もちろん!よろこんで」  と返すと踊る準備を始めました。  やがてギターの音が鳴り出すと可憐な少女が踊り始めました。    それからその駅前ではギターの音は毎日鳴り響き、可憐な少女が毎日踊っていると評判になりました。

泥棒猫

 欲しい。    嗚呼、欲しい。  欲しくて欲しくてたまらない。        あなたが持っている物って、どうしてこんなに美しく見えるのかしら。  あなたが食べているご飯。  あなたが着ている服。  あなたが住んでいる家。  あなたの隣にいる人。    欲しくて欲しくてたまらない。        ねえ、あなたの持ってるそれ、私にちょうだい?        それよ、それ。  あなたが持ってる、それ。        ……くれないの?  どうして?    あなたはいつも、それを雑に扱うじゃない。  味わいもせずに食べるじゃない。  深く考えることもなく着るじゃない。  手入れもせずに住むじゃない。    感謝の言葉一つ、伝えてないじゃない。    あなたにとって、たいしたものじゃないんでしょ?  なら、くれてもいいじゃない。    それは、私にとって、とてもとても美しく見えるの。  とっても欲しいの。  大切にしたいの。        ……そう、わかったわ。  どうしても駄目なのね。    じゃあ、今回は諦めるわ。    でも、気を付けてね。    もしあなたが、今後もそれを雑に扱い続けたその時は、私がそれをもらうから。    何の前触れもなく、ある日突然、あなたの手元から消えるから。        だって私は、泥棒猫だもの。

かりそめ

…帰る? 帰らない。だめ? だめ?って何。俺、知らないよ。 …帰らなきゃ… 帰らないって言ったじゃん。 うん。あとちょっと。もう少しだけ。 俺たち、何してんだろうね。 わかんないけど…わかんない。 何それ(笑) あ。いま、携帯鳴ったかも。 俺も。今日、なんて言って来た? みんなで飲むって。 俺も。 …段々、明るくなってきましたね。 俺は休み取ってたからいいけど。仕事でしょ? うん。やだなあ、、 寝ちゃだめだよ。ほら立って、行こ。 何で明日休みなんですか。ずるい。 お土産買ってくるから。 やった。ありがとうございます。 白んだ都会の空。朝の日差しが夢を醒させる。 週末、また貴方は別の人になる。 元の貴方に戻っていく後ろ姿を、 また、同じ気持ちで眺めていた。 ぼんやりと、ただ、ぼんやりと。

ランプの魔人

 魔法のランプを擦れば魔人が現れ、どんな願いも叶えてくれるという。    魔法のランプは、世界のどこかに現れる。  時には古代遺跡の奥の奥。  時には深い森にある大きな穴の底。  時には寝床の枕元。    魔法のランプを手にした者は、思い思いの願いを叶えた。  ある者は王となり、ある者は絶世の美女を妻とし、ある者は一生使いきれない財を成した。        そんな魔法のランプが、現代に現れた。   「なんだこれ?」    公園のベンチの上に現れたそれは、三十代の男に拾われた。  完全な好奇心だ。  手で土ぼこりを払う動作がランプを擦る動作とみなされ、魔人は現れた。   「私を呼んだのはお前か?」   「うおっ!?」    突然の状況に、男は魔法のランプから手を放し、その場にすっ転んだ。  ランプの先からでる煙と、煙の先に作られた人型の生物に、その非現実な存在が現実の存在であると認識せざるを得なかった。   「な……な……なな……」    男は、目の前の光景に何の言葉も出すことができなかった。  質問も恐怖も言葉にできないほどに混乱していた。    魔人は男を見下ろし、にかりと笑う。   「私はランプの魔人。お前の願いを何でも一つ、叶えてやろう」    短く簡潔に。  ただただ己の存在理由を伝える。    男は時間と共に冷静さを取り戻し、目の前の幸運に歓喜した。  宝くじなんて目ではない幸運が降ってきたのだ。    男はこの幸運を最大化する方法を考えた。  金をくれというべきか。  天才にしてくれというべきか。  ハーレムをにしてくれというべきか。  だが、どれも納得できなかった。  金があっても幸せとは限らないし、天才になっても幸せとは限らないし、ハーレムになっても幸せとは限らない。    男は熟考する。  後悔のない選択をするために。   「後、10秒以内に答えねば帰る」   「え!?」    が、魔人は非情である。  人間が持つ本来の願いは、直感的に答えてしまうほどに単純であると、魔人は知っていた。    唐突なリミットに、男の口は焦って開く。  そして、ただただ最近始めたという理由で、願望を発してしまった。   「値上がりする仮想通貨教えて!」       「その願い、叶えてやろ……待って、仮想通貨って何?」    魔人は本屋へと走った。

向日葵を君に

由美と喧嘩をした。 原因は馬鹿らしい些細な事だ。しかし、それから俺は無視されている。 「…行ってきます」 普段通り出かける前に声をかけるが、由美はこちらを一瞥することもなくソファに項垂れている。 その反応に悲しさと淋しさを感じながら俺はコートを羽織り外へ出た。 ※※※※※※ 「お前が悪い」 「由美が無視をする」と愚痴っただけで、バサリと切り捨てる晶馬。 「せめて事のあらましくらい聞いてくれよ」 「仕事中だから」 「それが凹んでる親友への態度かよっ」 「うわーん」と嘘泣きをし、作業台に突っ伏す。 「………」 何も言わないのでちらりと見上げると、ブーケ作りの手を止めて冷めた目でこちらを見ていた。 「…ごめん。でも、本当に辛いんだ。何であんなに怒ってるんだろう…」 弱る俺に晶馬はため息を吐く。 その手には見事な向日葵のブーケが完成していた。 「お前は忘れっぽいから今回もやらかした事を忘れてんだろ。ちゃんと思い出してから由美ちゃんと向き合ったらどうだ?」 晶馬の言葉に頷く。 「…ありがとな。じっくり考えてみるわ」 「おお」 去ろうとする俺にボソリと「またいつでも来いよ」と晶馬が零す。 ツンデレっぷりに吹き出しそうになりながら、笑顔で手を振り晶馬の店を去った。 ※※※※※※ 蝉の声を聞きながら公園を歩く。 学生の頃はここでよくデートしたなぁなんて懐かしく思いながら歩いていると、一件の喫茶店が見えてきた。 (確か、最後にデートをしたのもここだったよな) ストンと近くにあったベンチに座った。 その日は由美と今日みたく懐かしみながらこの公園を通りかかった。 その日はとても寒く「あそこでコーヒーでも飲もう」て俺が言って、あそこに入ってー…。 (それで「ここ前に来たよね」って由美に言われて「来た事ない」って俺が答えて、「誰と来たんだ?」って喧嘩になったんだっけ……) 思い出してもくだらない喧嘩だ。 苦笑していると、2人の大学生が俺が来た道からやってきた。 サークルの先輩と後輩だろうか、後輩の女の子が何故か泣いていた。 先輩らしき男が何やら必死に慰めているが、女の子は泣き止まない。 困ったように周りを見る男。そして喫茶店に目を止めるとパッと顔を輝かせた。 「あ!俺おしぼりでアヒル作れるよ!めっちゃ上手いから!それ見たら絶対君も元気になる!」 男の突然の提案に女の子は呆然と男の方を見て、そしてクスクスと笑い出した。 そして2人で喫茶店に向かって歩き出した。 そんな2人を微笑ましく見ていると、胸に引っかかるものがあった。 (…俺も似たようなことしたな) 脳裏に浮かぶのは泣いている女の子。新歓に来てた子だ。 泣いてる理由は分からないが、何とか泣き止ませたくて、近くの喫茶店に入りおしぼりでクラゲを作ったら、キョトンとした後笑顔になったんだ。 その顔が可愛くて、もっと笑わせたくて。 泣いてる女の子の顔が由美と重なる。 そうか、俺アイツとここに来てたんだ。 適当に入った店だったし、その時は「新歓の女の子」って認識だったからすっかり忘れていた。 (何でこんな大切なこと忘れてたんだろう) 彼女が正しかった。なのに俺は忘れて勝手に嫉妬して、酷い言葉を言ってしまった。 (帰ろう。帰って謝ろう) その前に、俺は晶馬の店に寄ることにした。 ※※※※※※ 「…ただいま」 家の中に居るはずだが、返事はなかった。 「…由美ー?由美さーん」 呼びながら部屋の中を探すと、彼女は寝室で猫みたいに寝ていた。 その顔には薄らと涙の跡があった。 「…ごめん。ダメな彼氏でごめん。泣かしてごめん」 頬に張り付いた髪をすくって撫でる。 くすぐったそうに由美は小さく唸った。 その様子が愛おしくて、頭を撫でながら耳元に口を寄せる。 「…愛してるよ」 聞こえたのだろうか? 目を閉じた由美の瞳から涙の雫が頬を伝った。 ※※※※※※ チャイムの音に目が覚めた。 久しぶりに目覚めがいい。 幸せな、温かい夢を見ていた気がする。 「…やぁ」 扉を開けると、そこには晶馬君の姿があった。 彼に会うのは半年ぶりくらいだ。 「どうしたの?」 「いや、何というか…」 彼は袋を差し出した。 中には向日葵のブーケが入っていた。 「アイツに頼まれたんだよね。信じられないかもだけど」 私は耳元にかかった髪をかきあげ、黙ってそれを受け取った。 「…信じるよ。私も、彼の夢を見たの」 「そうなの?やっぱお盆だからかな」 あれから半年が過ぎた。 凍える程寒かったのに、もう向日葵が咲き、蝉が鳴く季節になったのだ。 髪を耳にかけ、受け取った向日葵を見つめる。 それは暗闇を照らすような眩しい向日葵だった。

かき氷

 イチゴに、メロンに、ブルーハワイ。  かき氷にはいろいろな種類があるが、そのすべてが同じ味で、香りと色を変えただけと聞いたときは、子供心に衝撃を受けた。  当時はどうしても信じられなくて、スーパーで母親にねだって、イチゴとメロンのシロップを買ってもらった。  家で二つ並べて食べ比べ、「全然味が違うじゃん!」と認めなかったのもいい思い出だ。       「ママー、かき氷! かき氷!」    あれから二十年。  そんな記憶も薄まっていたが、我が子の言葉に突然記憶が蘇ってきた。   「はいはい、ちょっと待ってね」    とはいえ、感慨にふける暇はない。  さっさとかき氷を作らなければ、うちの我がまま王子は私をぽかぽかと叩きながら、かき氷を催促してくるだろう。    私は棚からかき氷機を取り出す。  冷凍庫から巨大な氷の塊を取り出す。  冷蔵庫から二種類のシロップを取り出す。   「おおー!」    キッチンに置かれた三種の神器に、我が子は目をキラキラさせる。  氷をかき氷機に投入し、お皿をセットし、スイッチを押す。  ガリガリという音を立てて、氷の塊はみるみる砕かれ、雪の結晶がお皿に積まれていく。  昔は自転車のペダルのようなパーツを手動で回していたはずなのだが、今ではボタン一つを押すだけ。  技術の進歩とは恐ろしい。   「はい、どうぞ」    私の差しだした何もかかってないかき氷を、我が子は勢いよく奪い取り、そのままキッチンの椅子へと駆けていく。  もちろん二種類のシロップも忘れずに持っていく。    イチゴのシロップをかけて食べてみたり、メロンのシロップをかけて食べてみたり、両方のシロップを混ぜて食べてみたり、思いつく限りの食べ方を試す我が子を見ながら、久しぶりに私もと、かき氷をもう一つ作る。   「おかわり!」    ちょうど完成したところで、私の分のはずだったかき氷も奪い取られる。  やむなくさらにもう一つ作る。    私がもう一つを作り終え、食べる準備を終えた頃には、我が子は空っぽのお皿二枚を残していなくなっていた。  よくもまあ、こんなに冷たいものをこんなに早く食べきれるものだと感心する。    私はまず、イチゴのシロップをかけて、一口頂く。  甘すぎるくらいのイチゴの味が、口中に広がる。  次に、メロンのシロップをかけて、一口頂く。  甘すぎるくらいのメロンの味が、口中に広がる。    やはり、違う味にしか思えない。    だが、私は大人だ。  味が同じで、香りと色を変えただけというのならば、鼻の呼吸を止め、目を瞑りながら食べればいいのではないかと思いつく。    私は目を閉じ、さっそく試す。    私はまず、イチゴのシロップをかけて、一口頂く。  甘い味が、口中に広がる。  次に、メロンのシロップをかけて、一口頂く。  甘い味が、口中に広がる。    私は目を開く。   「うん、同じ味だ」    大人は残酷だ。  知る必要のないことを知ることができてしまう。  知らないままでいたほうが、きっと幸せだっただろうに。    だがこれは、たとえ同じ味のものでも、香りと色を変えれば新しい楽しみが生まれることの裏返しではないだろうか。  どんなに代り映えしないものでも、使い古したものでも、視点を変えれば無限に楽しむことができるということではないだろうか。    きっと、人生と同じなのだろう。  昔からまったく変わらない私という人間の、まったく変わらない日常に、退屈することもある。  そんな時、ふといつもと違う香りと色を見つけるだけで、退屈がまぎれることがある。  それどころか、楽しいと感じる時がある。  つまりは、そういうことなのだろう。    少し、詩人めいたことを考えてしまった。  うん、さすがに今のは恥ずかしかった。   「ごちそうさまでした」    かき氷を食べ終えた私は、二種類のシロップを冷蔵庫に戻し、三枚のお皿を流し台へ持っていく。  さて、洗う前に、色の変わった舌を見せようと戻ってきた我が家の香り担当で色担当でもある我がまま王子に、一言だけ言っておこう。       「食べた後のお皿は、自分で流し台へ運びなさいっていつも言ってるでしょ!!」   「ごめんなさああああい」    今年の夏が過ぎていく。  新しい香りと色を、私に届けながら。

親友

そういや俺とお前が出会い方ってどう思ってる。 え、お前あんなので大事な思い出とか言えんの。すげぇな、あんな恥ずかしい思い出俺からしちゃ黒歴史もんだぜ。 高校生になったばかりだったのに 「ボクと一緒に青春しよう」 なんて息巻いてくれちゃったもんだからこっちまで恥ずかしくなったぞ。 ほら、ちょっと顔赤くなってる。なーにが大事な思い出だよ思いっ切り黒歴史じゃねぇか。 けど、そこから俺たち友達になっちまったもんだからな、大事な思い出と言えば大事な思い出になるんじゃないかな。うん。知らんけど。 うわ、怒るなって謝るからさぁ。 ごめーんちょ。 引かないでください。ごめんなさい。 ふー……そいじゃいきなり言わせてもらうけど 俺お前との生活が楽しかった。 あんなに退屈でつまらなかった毎日が面白おかしくなったのお前のおかげだ。ありがとう。 なんだよありがとうくらいでそんなあたふたしてんじゃねぇよ。 え、いきなりそんなことを言う理由が分からないか ………理由を言うんだったらつまらねぇ話になっちまうけどそれでもいいなら。聞かせてやってもいい。 …………いいぜ聞かせてやるよ。 俺、お前に話してなかったけど本当はこんな性格じゃなかったんだ。 昔の俺は暗くてな。基本的にクラスの端っこで本を読んでるようなやつだったんだ。 それでも小学校の時はそれなりに友達がいて何とかやっていたんだ。 変わったのはその後、父親からいきなり小学校卒業した後引越しするって言われてな、中学はどこになるのって聞いたら、引越し先の中学になるって答えが返ってきた。 最悪だったよ。今までちょっとした友達がいたからやってこれたのにいきなり引越しって言われちまった。そん時の俺は大声上げて泣いちまった。 友達と離れるのが悲しくて、 不安で仕方なくて、 新しいところがとても怖くて、 でも、俺は当時小学生。何もできるはずもなく、気づいたら引越しが完了していた。 中学で転校生っていう立場になってな、俺の性格は変わるもんじゃねぇ。最初はかなり話題になってたりしたんだが、すぐに冷めちまってな1ヶ月もすれば誰も話しかけに来なくなったよ。 学校は嫌いで通うのがたまらなく憂鬱だったんだけれども、両親に学校ぐらいは行けって言うとんだから仕方なく行ってた。 中学三年の9月の終盤になった頃クラスの1人が 受験勉強でストレスが溜まっていたんだろう。 俺に雑巾投げつけてきやがった。俺は何も言うことが出来なかった。 そこからが俺の地獄。 毎日毎日ストレスの発散に付き合わされる日々。 数え切れねぇほど虐められた。 だけど俺は学校に通った。 そこで学校に通うことをやめてしまったら負けた気がしてやめようにもやめられなかった。 だから俺は高校生になった時強くなろうと誓った。今すぐ強くなろうと思わなかったのは多分怖かったからだ。 明日やろう明日やろうって思ってたのがいつの間にか高校生になったらに変わっていやがった。 中学を卒業しても俺の中身は変わることは無かった それどころか弱くなった気がする。 変わらないまま高校に入って、俺はまた自分の弱さを先延ばししようとしていた。そんな自分が嫌いだったのに、強くなろうと誓ったのにも関わらず。 そんな時にお前が現れた。 目がキラキラしてて、不安の不の字も無い顔、 死んだ魚の目をした俺と、またいじめられるのではないかと不安で仕方なかった俺とは真反対。 でも、なぜだろうお前だけには強い自分でいられる気がしたんだ。多分憧れたんだと思う。 あんな風になりたいという俺の理想そのものだったんだよお前は。 だから、俺は口調も変えて、明るく振舞って、できるだけお前に近づきたかったんだ。 はい。つまらないお話はこれでおしまいだ。 雨が降ってきたな……まだまだもっと言いたいことあったんだけどなぁ。これじゃ俺の服が濡れちまう。昨日買ったばっかなんだよ…。 仕方ないから最後に文句言わせてもらうぞ 高校卒業まじかって時にそんなに遠い場所に行きやがってちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。 一緒に受験勉強して、一緒に大学に受かって、これからもずっと一緒だと思ってたのに…。 お前が亡くなって6年程も過ぎても未だにお前が生きてたらって想像しちまう。考えちまう。 今こうやってお前の墓にしがみついて話しててもお前の肌の温もり、いつも香っていたいい匂いだってすぐに思い出せる。 クソ。クソ。くそ。く…そ。 涙が収まらねえ。文句を言ってやるって息巻いて家飛び出してきたのに。もう泣かないって決めたのにどうしても涙が溢れてくる。 『ボクのために泣いてくれてありがとう。』 ふと、さっきまでで話していたつもりの声が聞こえた。 くそ………ちくしょう。

たったそれだけの物語

「頼んだぞ、“勇者”よ」 それは、呪いの言葉に等しかった それからは、青い血にまみれる日々だった。 おい、どうしたんだよ。 俺とお前は死なない。それだけの言葉、それだけの理由で、これだけの繋がりを遺していくのか?あと少しで、“呪い”は解けるはずなんだ。 僧侶と魔法使いを守れなかった俺を、お前だけが支えてくれた。 お前まで居なくなるなんて、言わないでくれよ。 「これ……持ってけ」 全てを失って 強さを手に入れた 守るものすら見えなくなり 残ったのは自身と形見 目的だった者の最期の言葉も思い出せない 殺してもなお、消えることの無い 憤怒と憎悪 孤独な王が 悲しき王が 哀れな王が また生まれた たったそれだけの物語。 __待っていたぞ、勇者よ__

夢幻の中

ふわふわとした空間を一人歩いていく。 きっとこの先には安らぎの地が待っている。 やっと、、楽になれる、、 もう二度と目覚めることは無い。 辛いことも苦しいのこともわからなくなる。 きっと、、、そう、、だよね、 特別に不幸な家庭に生まれたわけじゃない。 でも、気づいた時には苦しいなって思ってたような気がする。 期待されるのは嬉しい。でも、失敗が怖い。 褒められるのは嬉しい。でも、次も成功するなんてわからないから怖い。 友達ができるのは嬉しい。でも、隣にならんで比較されるのが怖い。 そうしていつのまにか息苦しさを感じて、 自分がなんのために頑張っているのか、 何がしたくてこんなに苦しんでいるのか、わからなくなった。 不幸じゃないけど、幸せも感じなくなっていた。 自分に自信がなくなって、性格も弱くなって、気づいたら一人になっていた。 先生は私よりも出来る子が好き 両親は私よりも出来る妹が好き 私の周りに友達なんていなくなってた 私は一体、なにが違っていたのだろう。 どこで他の子とズレが生まれて、気づけば追いつけないほど、遠くへ取り残されていたのだろう。 もう、何も、考えたくなくて、 次に見た景色は見慣れた窓の外の景色 マンションの5階なんだ。きっと死ねる。 次に目を覚ました時、よく分からない空間にいた。 足元は不安定で、今にも崩れ落ちてしまいそうだが、しっかりと立っていられる。 遠くに見えるのは微かな光 あぁ、あそこに行けば、やっと終われるんだなって、そう思えた。 そこからは、ただひたすら歩き続けた。 疲れも何も無い。光に向かってまっすぐ歩いていくだけ。何も考えない。なにも。 あと少し、あと、、、少し、、 あれ?瞼が、、重い? なんで、どうして、よ、、、あと、少しなのに。 あったかい。 でも、額に置かれた手はほんの少し冷たくて心地よい。 ひざまくら、、されてるのかな、?誰、なんだろ。 目が開かない。でも、心地よい。 〜〜🎶 どこから聞こえる優しいメロディー マシュマロを食んでいるみたいにあまいのに こころには。しっとりとした、切ないメロディーが届く。不思議な歌声。 『人と同じになんてならなくていいよ』 『同じなんてなれっこない。君は、君のまま、君にしかなれない。』 『辛くなったら、またおいで』 『僕はここにいるから』 『まだ生きててほしいな、、』 あぁ、、どうして。 どうして、生きたいと思っているんだろう。 あんなにも苦しい世界なのに。 貴方がいてくれるなら、そばにいてくれているなら、もう、それでいいと思えた。 ありがとう。 もう少しだけ頑張ってみる。

日本で9番目くらいには短い小説

「ツー?」       「カー」

生き抜くために

 「私、何か怒らせるようなこと言った?」  これにイエスと答えてはいけない。どんなに怒らせるようなことを言われたとしてもだ。これは地雷なのだ。踏んでは行けない。    仮にノーと言ったとしよう。  「そうよね。私、間違ったことは何も言っていないものね」  「こんなことで傷つくはずないものね」  きっとこのような言葉で自身を正当化し、謝るどころかあなたを更に傷つけることだろう。  それならどうするのかって?  簡単だ。地雷なのだから踏まなければいい。  地雷だと分かっている質問に真っ当に返事しては行けないのだ。  「え?なんのこと?」  などと曖昧に返事して、知らぬ、存ぜぬ、分からないで通すに限る。  その後、話を深掘りされぬために席を立つのも有効だ。    どんなに尊厳を傷つけられ、悔しく惨めな思いをさせられたとしても、  「怒っているに決まっているでしょ」などと答えてはいけない。  何故ならそれは相手の思う壺なのだから。  相手はあなたを敢えて怒らせ、反抗させ、「自分はこれだけしてあげてるのに!」とヒステリックを起こして相手を謝らせるまで騒ぎ、責め立てる。  傷つけらたのは私なのに、謝っているのも私、なんて矛盾した状況が出来上がってしまう。  それが彼らの狙いなのだ。  狙っていない?  それもそのはず。  自分を正当化するためだけに人を傷つけているなんて、自覚があったら正当化出来ないだろう。  ちなみにこの正当化は連鎖する。言われた人は他の人に同じようなことを無意識の内にしてしまうものだ。意識して誰かが止めなければならない。  私はそれを、止められる人間でありたいと思っている。  できているかどうかは定かではないが、意識的にそうやって何十年と生きてきた。  その一方でもう限界だと感じていた。  ーーーいつまで続くのだろう。  堰き止め続けた感情が今にも溢れかえってくるようだった。  ふと目の前を猛スピードで駆け抜ける電車に吸い込まれそうになる。  次の瞬間けたたましく鳴り響く踏切の音に意識が戻された。  「私、死にたい…」  思わず声に出てしまった言葉に、  ポロポロと涙が溢れた。  頭上に落ちた涙に驚いた息子が、抱っこ紐の中から私を見上げていた。  黒い瞳が私だけを見つめていた。    (それでも生きたい……生きてこの子を守りたい。私の出来うる限りのことをしてあげたい)  死ぬわけにはいかない。  ぐちゃぐちゃになった感情が私を渦巻く。    ✳︎  「ねぇ、ママ、僕、ママを怒らせちゃった?」  「まず、心当たりがあるなら、ママが怒っているかどうかにかかわらず謝った方がいいわね。」  「どうして?」  「あなたは相手が怒っていなければ謝らなくていいと思う?」  「ちがうの?」  「例えば、あなたがお友達にバカと言われたとしましょう。」 「そんなこと言われないもん」  「そうね、きっと言われないわ。でもこれは"もしも"の話。最後まで聞いてくれる?」  「わかった」  「ありがとう。それで、お友達が「バカって言われて怒ってる?」と聞いてきました。あなたはなんて言う?」  「怒ってるに決まってるじゃん!」  「でも、あなたが怒ってないよって言わなきゃ殴られるとしたらどう?」  「凄く痛いゲンコツよ。」  「……」  「言ってしまうかもしれないでしょ?怒ってないよって。」  「そしたら相手は怒ってないならいいよな、と言って謝らずどこかに行ってしまう。」  「あなたはその時悔しくて辛い思いをしてしまうでしょ?」  「そんなの嫌だ」 「ママも嫌よ。あなたにそんな思いしてほしくない。でもその前にあなたが他の人にそんな思いをさせてはいけないわ。」 「うん」  「大事なのは相手が怒っているかどうかじゃない。自分が言ってしまった酷いことを謝れるかどうかじゃないかしら」  「ところであなたは、ママが何に怒ってると思ったの?」  「ママに嫌いって言ってごめんなさい」  「ママもあなたに無理強いさせてしまって、ごめんなさい。」  「でもピーマン食べなかった僕が悪いから」  「いつか食べられるようになればいいのよ。」  そう言って私は息子を抱きしめた。  私は連鎖させない。  私のできることは多くはないけれど、せめて息子に、伝えていくことにした。

喧嘩した日

旦那が帰ってきた ふと見ると不機嫌そうだったので そっとした。 悩んでいる私。 次の日の朝には元通りの旦那だ いつものように行ってきますのKiss その繰り返しだ

2人のカンケイ

皇(こう)とは出会ってかれこれ一年以上たつ。 でも、私たちの関係は恋人でもなければ友達でもない。いわゆる、体のカンケイ。 でも、私はこんな関係をそろそろ辞めたい。 何故なら私は、そんな岩崎皇を好きになってしまったから。 でも皇はそんな私の気持ちなんてこれっぽっちも気づいていない。絶対。だって 皇「おーい!友理!こっち!」 私「えっ?皇?なんでいるの!?」 皇「へへーっ!まぁ、詳しい話はまた今度!   それより!友理!この後予定ないだろ?」 私「まぁ、ないけど...えっ、何もしかして...」 皇「ふふーん!(^ω^)とりあえずついて来て!」 私「ちょっ!まっ!皇!!!」 この通り、皇は私との体のカンケイしか興味がないのだ。でも私からしたら他の人を誘われるよりマシっ!といつも要求に応えてしまう。 お陰で関係はいっこーに発展せず、私が恋をしてから半年も過ぎてしまった。 だけど!今日こそはちゃんと皇との関係をハッキリさせる!つもり。。。 ホテルにて 私「ねぇ、皇。聞きたい方があるんだけど」 皇「ん?何??」 私「皇はさ、私たちの関係正直どう思ってる?」 皇「ん?どう思ってるって?」 私「だから、その、私たちもそろそろもういい年じゃん。だから、、結婚、とか彼女のこととか考えたりしないの?」 皇「うーん。結婚はまだ考えてないけど、彼女はやっぱそろそろ欲しいかなって思ったりするかも( ̄∀ ̄)」 私「!?だよね...だったらさ、、、」 皇「ん?どうした?友理?」 私「私たちセフレ、辞めない?」 皇「えっ?友理...なんで?」 私「だって、彼女作るんだったらセフレなんていたらマズイでしょ。」

100

「よくやったな、100点満点だ」    テストを返されながら言われた先生の一言に、ぼくの心は飛び跳ねた。  驚きと喜び。  二つの感情が心の中で暴れる。    ぼくは、平静を装いながらテストを受け取り、そのまま席へと戻る。  ずっと取りたかった100点満点が、今まさにぼくの手の中にある。  これを手にするまでに、一体どれだけの努力をしたことだろうか。    朝早く起きて勉強。  ご飯を食べながら勉強。  お風呂に入りながら勉強。  親には行儀が悪いと怒られたりもしたが、今回だけだとなんとか説得した。  その努力が、ようやく実ったのだ。    席に戻るぼくの足は、どことなく軽かった。  このまま昇天してしまいそうだ。  油断すると崩れてしまう表情を、必死に抑える。  次に先生に呼ばれた田中とすれ違ったが、ぼくが浮かれていることに気づかれていないか心配になった。    席につき、ティッシュを取り出して鼻をかむふりをしながら顔を隠し、ようやくぼくの顔はにやけた。  100点満点。  つまりクラスで1位。  学年で1位。  机の上に置かれた100点満点の答案が心なしか輝いて見えた。         「田中、お前の解答は完璧だったぞ! 先生、感動した。おまけして120点だ!」    …………え?        そして、ぼくの次にテストを返された田中の点数に、ぼくのにやけ顔は真顔へと変わった。    100点満点のテストで、ぼくは100点をとった。  ぼくの机の上に置かれた100点の答案は何も変わっていない。  それは間違いない。    でもなんだろうか。  この心のもやもやは

つまらない物語

今日も憂鬱だ。 何でもない日を繰り返してるようでなんだか怖くなってくる。 今日も“アイツ”が話しかけて来た。毎日毎日同じ内容を話して飽きないのだろうか… はぁ…つまらないなぁ。

お陰様で。

コンビニ前の喫煙所で煙草を吸っている。 心の中から外側へと身体はどんどんと冷え、十月の寒さに肌が驚いた。思わずゴシゴシと腕をさする。 「いつも感謝してます」 友人からのメッセージで携帯が光った。 昨日数年ぶりに連絡した返事が少しずつ今日まで続き、元気そうで良かったと私が言うと彼は感謝を示してきた。 「優しいですね。元から知ってましたけど。」 温かい気持ちに包まれながらすぐにそう返事をする。 急ぐ用事もないのにいちご牛乳に刺さったストローを勢いよく吸い込む。 果肉入りという謳い文句に魅力を感じて買ったけれど、普段と何一つ変わらないいちご牛乳だった。 一度ゴミを捨てに店内へ戻った後、家とは反対の道を歩き出した。 ゆっくりとただ一つの目的地を目指して歩く。 一足先に命を終えた落ち葉、誰もいないのを良いことに高速で車を飛ばす若者、犬の散歩をするスーツ姿の男性。その全てが一瞬で過ぎ去っていく。 何を考えても、何を見ても私は誰にも影響しない。私がどこへ向かい、何をするかも誰も知らない。 その瞬間が淋しくも楽である。 「私はクズですよ」 携帯の画面に映し出されたその文字に私は驚かなかった。 言いたい事を考えている内に暫く歩き続け、目の前に12階建てマンションが見えた時に足を止めた。 「そんな事ないです。誰が何を言おうと貴方は優しいですよ。」 変に気を遣った言葉も綺麗に紡いだ言葉も何か違う気がして、素直にそう返した。一度考え始めると埒があかないからもう良い。 人と一緒にいると緊張して段々と胃が痛くなって気持ちが悪くなる。この状態になったのはいつからだろうと考え込む程に長い時間が経った。上手くいかないのが普通だと思えば心は軽くなったけれど、そう簡単なもんでもない。 死んだら楽しいこと出来なくなるよって皆言うけどさ、楽しい事なんて来ようが来まいがもうどうだって良いんだよ。 マンションの階段を一段ずつ上がっていく。 屋上に鍵がかかっていない事は前から知っていた。

わたしはどこ? ここはだれ?

 私、旅に出ようと思う。 「はっ?」  放課後の教室に、月子のこの上なく冷たい声が満ちる。私たち二人だけの教室は隙間が多くて、一言の温度が余計に際立つ。  私、あんたのそういう思ったことが脳みそ通過する前に口に出ちゃうとこ好きだよ、とふざけようかと思ったけどぎりぎり踏みとどまった。 「自分探しの旅ってやつ? 私たちってそういうお年頃じゃん?」 「意味不明」  猫撫で声で同意を求めたけど、長い付き合いの友人に効果はない。知ってた。 「旅ってどこ行くのさ」  机を挟んで向かいに座った月子が器用にペンを回しながら尋ねる。 「うーん、とねえ、アメリカ、とか?」 「高校初の中間でいきなり補習受けてる人間のセリフじゃないわ」 「あはっ! 違いない」  曖昧な返事は一刀両断されて、机に広がった英語のプリントの上に落ちた。渡されてもう一時間は軽く経つというのに、進んだページ数はたったの十分の一。補習手伝って! と泣きついた本人がいきなり旅とか自分探しとか言い出したのに放り出さないんだから、この友人は義理堅い女である。  だけど、目の前の紙束に向き合うのに必要な集中力はとっくの昔に切れちゃったんだから、もう少しリフレッシュに付き合って欲しい。 「だってさあ、せっかくこの前入学したばっかりなのに。入学した途端、進学就職大学専門どれにするか考えろーなんて。月子はしんどくない?」  私の質問に、彼女はペン回しの速度を上げながら答える。 「やりたいこと、好きなことができるように選べばいいのよ」 「それがわからないからこその自分探しの旅、ですよ」  さいですか、と月子がため息を吐く。幼馴染の彼女が、幼い頃から国際線の客室乗務員になりたくて勉強も運動も必死に頑張ってきたことを私は知っている。目標を持って日々努力を重ねている彼女は贔屓目無しに美しく輝いている。その光がちょっとだけ眩しくて、意地の悪い私は度々彼女を自分のいる影へと連れて行きたくなる。  ぼぅっと月子の高速で動く指先を眺めていれば、不意に声が鼓膜に飛び込んできた。 「奈々はどこかに行くことが旅って言うけど、新しいことを始めるのもある種の旅って言えないかな」 「えっ、もうちょい詳しくお願い」  いきなり小難しいことを言われて、私は単語を拾うので精一杯になる。  月子はうん、と小さく頷いて言葉の先を続けた。 「自分探しの旅の目的ってきっと、自分のことをもっとよく知ることでしょう? それって好きや興味を知ることに限定したら、今までやってこなかったことに挑戦するのでも実現可能なんじゃないかなって。第一印象で避けてたことが、実は思ってたよりできたとか簡単だったとか」 「なるほど……」 「今の奈々はやりたいこととか好きなことがはっきり決まってないでしょう。それって逆に言えばなんでもやりたくなる可能性あるってことよね? それって無敵だよ」  無敵。むてき。ムテキ。友人の賞賛に心臓のあたりが急激に熱を持つ。胸の中央で生まれた熱はそのまま喉を通って頬に到達した。 「……なんか私励まされてる?」 「おっ。珍しく鋭い」  パチンッと子気味良い音がして月子の制御を離れたボールペンが宙に飛んでいった。それはそのまま床に落ちて、私のローファにぶつかる。  私は椅子を引かずにどうにか身体をねじってボールペンを回収し、差し出される手のひらに置いた。 「ありがとう、奈々」 「こちらこそ。あのさ」 「うん?」 「月子のやりたいこと、教えてよ」  私の発言がよほど意外だったのだろうか。月子は大きな黒い目をぱちくりさせている。それがとても可笑しかったから、私は思わず大声で笑ってしまった。 「月子なんて顔してんの」 「えー! いや、今のは驚くタイミングでしょ! 今まで一切興味なかったくせにどういう風の吹き回し」  月子の不貞腐れた表情を堪能して笑いも落ち着いた私は 「新しく何かを始めるのに、やっぱり最初は唯一の幼馴染の好きなことを知るのがいいかと思って」  と言った。すると、 「それは良い傾向。私のやりたいことはあんたの苦手な英語と歴史ががっつり絡んでるけどねぇ」  うっ。そこを言われると辛い。 「ぐぅぅ、月子様月子様。どうかまずはこの補習課題に対する成功体験を私めに与えてくださいませ」 「仕方ないなあ」  ほら次ここだよ、と賢い幼馴染は私の話で中断する前までやっていた問題を示した。  理解不能の抽象文字たちが、これからは少しだけ意味を持つような気がしている。

さいれん と

 あなたが本をめくるとき、 その指先の輝きに、高揚した。  あなたが本を捲るとき、 その目の動きに、打ち付けられた。  あなたが本をめくる時、 その背中に、触れたくなった。  そう思いながら私は本を片手に近づいた。 「ねぇ!何読んでるの?」 「ねぇ!ねぇ!何読んでるの?」 「おーい!おーい?」 私は、あなたの肩を二度トントンした。 「大丈夫?」 「あなた誰?」 「そうだよね転校してきたばっかりだもんね!よろしく!それであなたは、本は好きなの?」 私だけを見つめてくるがあなたは不安顔。  わたしが本をめくると、 その視線に気がついた。  わたしが本を捲ると、 後ろで何かが笑った気がした。  わたしがほんをめくると、 背中に小人が走った。  そう思いながらわたしは、思い出したくない過去から逃げ回っていた。 ここは、とても孤独。光が見えるが、音はしない。 肩を二度叩かれた。 「あ、あ、あ、あなた、だ、だれ?」 わたしは何も聞こえなくて不安な顔をした。

Push Me Pull You

 一般教養の英語のテストが終わった。神崎は教室を移動する前に周囲に、 「最後の問題の答え何? Push Me Pull Youってやつ」 と聞いた。 「わからんから、おしくらまんじゅうって書いた」 「俺も」 「最後に引っかけ問題入れるのエグいよな。三ツ矢先生よっぽど飲み会の費用払いたくないんだな」  今回のテストでは、新歓コンパの飲み会の費用が賭けの対象となっている。神崎は酒豪と名高い三ツ矢の飲み代を生徒たちで割り勘しなければならないかと一瞬覚悟した。 「あれ、ゲームの名前だよ。PS4の」  教室の後ろから田中の声がする。 「レスリングとサッカーで、人間がぐにゃぐにゃしてボールを守るゲーム。見た目は限りなくクソゲー」 「でもその意味は?」 「さあな。とりあえずゲームの名前って書いた」  正解になるかどうかはわかんねえ、と田中が腕を組む。  スマートフォンで意味を検索していた神崎は、怪訝そうな顔でギャラリーを見回した。 「オシツオサレツだって」 「何それ」 「ドリトル先生に出てくる動物の名前」 「ああ、ドクター・ドリトル」 「って何?」 「映画だよ」  周囲がざわつくなかで、神崎はオシツオサレツを検索する。 「頭がふたつある動物で、ドリトル先生にイギリスに連れて帰られて、本人承諾の上でサーカスの見世物になったらしい」 「ああ、見世物ね……って、わかるか!」 「先生飲み代よっぽど死守したかったんだな」  神崎の背後から、あの、とかぼそい声がした。 「僕それ……書きました」 「杉本、正解?」 「……ほかの問題が合ってたら、満点取れると思います……」  杉本はクラスのなかで最も目立たない、眼鏡の生徒だった。神崎は杉本のことを内心陰キャの極みだと思っていた。 「よくわかったな杉本。三ツ矢の邪悪なたくらみが阻止されたぞ」 「僕、童話好きなんで……」  神崎はこれで解決した、と満足そうに杉本に笑いかけると、周囲を促して教室を出て行った。  ひとり残された杉本は、また神崎と話を続ける機会を作れなかった、とガクリと肩を落とした。 First Edition 2021.3.31

故郷

 生まれたのは小さな小さな村だった。  小学校と中学校は、一つの校舎。  卒業後は、同級生全員で村唯一の高校へ。  村全員が顔見知りで友達、  小さなこの村が、ぼくの世界の全てだった。    それが誤りだと気づいたのは、高校二年生。  修学旅行で東京という場所に初めて足を踏み入れた時、ぼくの世界はひっくり返された。  高いビルに、お洒落な人々。  テレビの中でしか見ることのできなかったフィクションの世界は、実在した。    あまりにも現実的で。  あまりにも夢のようで。  ぼくの世界はひっくり返った。    高校を卒業後は家業を継ぐ予定だったが、親に頭を下げて東京の大学の受験を許してもらった。    十八歳にして再び踏み入れた東京は、あまりにも大きかった。  修学旅行で見た東京は、ぼくの村を飲み込むほどに大きいと感じていたのに、それでさえ東京の一部でしかないのだと思い知った。  田舎と都会。  そのギャップに驚きながらも、ぼくは東京で生活を続けていた。  一年で、東京の過ごし方を覚えた。  三年で、東京の楽しみ方を覚えた。  五年も経つ頃には、自分も立派な都民だと思えるほどになった。  時々帰る故郷を、不便だと感じるくらいには、東京に染まっていた。  故郷へ帰る回数は、年々と減っていき、一年に四回帰っていたのが、一年に一回まで減った。  七年目には、初めて帰らないという選択をした。  故郷へ帰る交通費を、少しでも他のことに使いたかったのだ。  この東京で。            十年が経った。   「村、なくなることになったんよ」    親からの電話は、故郷がなくなる連絡だった。  村からの人口流出により、税収が減り、村を維持するためのお金がなくなったらしい。  国から補助金は受けていたらしいが、ついに限界が来たらしい。   「そう……なんだ……」    出た言葉は、それだけだった。  何か気の利いた言葉でも言えたらよかったのだが、それ以外の言葉は出なかった。    心が詰まった。    いつかはこうなると気づいていた。  覚悟はしていた。  そのはずだったが、心臓が鷲摑みされ、呼吸と思考が無理やり止められたような衝撃に襲われた。  あれだけ不便だと感じ、帰ることさえやめるほどに興味がなくなっていたはずの故郷という存在は、未だにぼくの中で大きかったようで。    親とは、今後どうするのかの話をした。  東京へ来ないかとも誘ったが、生まれ育った故郷を捨てることはできないと断られた。  自動車で戻れる範囲にある、近くの町へ移住するらしい。    電話を切る。    ぼくの故郷は、いつか形もなくなるだろう。  住居は廃墟と呼ばれ、いつか朽ち果てるだろう。    親は、故郷を見ながら、故郷と共に生きていくのだろう。    ぼくはそれができない。  ならばせめて、心の中に刻まれた故郷と共に生きていく。    この東京で。

ひとが好き

彼氏が欲しい。 と、君は言った。

エラーガール

はあ、とため息をついてクッションに沈む。 ー間違えたな 途端、生地が破れて綿が出て、床にお尻をぶつける。 「痛っ」 ーほら、また間違えた もう1人の私が、囁きかけてくる このクッションは2日前に買ったばかりだった。 「また、不良品……」 私はいつも間違える。 言葉を発するとき、人助けをするとき、しない判断をしたとき、テストの解答、歩く道も着る服も髪型も全て。 その度に声がする。 何かを選ぶときも、間違えたとわかった時も。 ーどうせそれも間違いだ ーほら言っただろう?間違いだって もう1人の私がいつもそう言う。 間違いだってわかってる。いつも、いつだって。 だからって反対にしても、それはそれで間違いで。 ただひとつ正しいのは、私はいつも間違えるということ。 そんな私を嘲笑うように、馬鹿にするように、いつもいつも声がする。 それでもいつかはきっと正解すると信じ続けてもう16年。 もう限界。こんな人生。 ふと頭に浮かぶ、一つの答え。 「終わりにすれば、いいのか」 簡単だった。どうして今まで気がつかなかったんだろう。 ーどうせそれも間違いだよ また声がする。 どうせ何しても間違いなんだから。やってやる。 財布を持って、家を出る。 ー間違えたな 昨日の雨の名残りの水溜まりを勢いよく車が通って、バシャっと水飛沫がかかる。 ーほら、間違えたな うるさい まあもういい。どうせ終わるんだから。 そのままの服でホームセンターに向かう。 途中、分かれ道で右へ向かう。道の先は工事中だった。 ーまた、間違えた わかってる。ちょっと黙ってよ。 それから何度も間違えて、何度も声に苛ついて、やっと辿り着いたホームセンターでロープを手に取る。 ーどうせそれも間違いなんだろ うっさいわ。あんたも道連れよ。 それからも何度も何度も間違えて、気力だけで足を動かし、家に帰った。 もう、顔も服もぐちゃぐちゃだ。 ロープを手に取ってふと気づく。 「結び方、わかんない」 ー間違えたな。調べとけよ あーはいはい バッキバキのスマホで結び方を調べる。 ーそれも間違いだよ あーそうですね間違いですよ でももうどうでもいい 多少無格好だが、なんとかロープを結んで天井にくくりつける。 あとはもう、実行するだけだ。 机に登る。 ーそれも間違いだ ロープに首を通す。 ―それも間違いだ 机を蹴る。 ーそれも間違いだ 目の前がボヤけてくる。頭がふわふわして、自分がどうしているのかわからなくなる。 ーそれもこれも全部間違いだよ 「うる、さ、い」 蚊の鳴くような声が出た。ふわふわの頭に唯一鋭い声が響いてがんがんする。 目の前が真っ暗になる。 ああ、やっと、 「ぉゎ、ぇ、ぅ」 意図せず唇が弧を描く。 ふわふわとしたなか、ばきとおとがきこえたきがした。 ピッピッピッピッと規則正しい音が聞こえる。 目を開けると、ぼんやりとした白が目に入る。 ここはどこ? 起きあがろうとするが、身体が動かない。 そうだ。私、首を―― 「先生!患者さん目が覚めました!」 え? 「あなた、ラッキーだったのね。破れた天井がロープを切り裂いて奇跡的に助かったのよ。」 お母さんが私を覗き込んで言う。 助かった?失敗したってこと? 「身体は動かなくなっちゃったけど、生きててくれて本当に良かった。」 お母さんが涙を流す。 身体が、動かない? 「天井があの場所じゃ無かったら、あのロープじゃ無かったら、きっと助からなかったでしょうってお医者様が。」 ーほら、だから言っただろう?間違いだって 私は逃げられないのかもしれない。この間違いからは一生、いや、永遠に。 理解した途端強いめまいと大きな絶望感が私を襲った。

500万年

人類はこの500万年間 ずっと進化してきた。 500万年前この星は命でごった返していた 人類はその時から進化を始め現在に至る。 人類は進化の歩みを止めない、立ち止まらない そう進化を続け止まり方を知らない。 諦めないところや、他の人を気遣いする 人間は好きだよ。 けど他の生き物を死に導くことや、 環境を壊す人間は嫌いだ この星に他の生き物もいることをもっと沢山の人に気付いて欲しいそしてもっと大切にしてほしい。 僕の願い事を聞いて欲しい。 僕の好きなこの青い空を、僕の好きな子の青い海を、緑の木を、森を 後世、未来の子供たちのために守ってつなげてほしい。 未来の子供達がたくさんの動物と触れ合えるように、もうどの生き物も絶滅しないように。 みんなの家、この自然の星、地球をお願いしました。

父は変な人だった。 家族みんなで出かけるときも、ペットがいるからと留守番をしているような、そんな人だった。 そんな父が、不思議でならなかった。 だから殺してあげた。 これで父を縛るものはなくなった。 これでみんなで出かけられるね、と言うと父は少し悲しそうな顔で、そうだなと答えた。 家族みんなで出かけられるのに、なにが悲しいんだろう。 やっぱり父は変な人だ

終点

 看板が立っている。  駅の構内の、普通なら駅名が書いてあるような看板だ。 「終点」  そう書いてあるから、ここは終点らしい。  今日は夕方に起きたのだが、それからの記憶を思い出そうとしても、様々な記憶がグルグルと混ざり合ってうまく思い出せない。 「なんでこんなとこにいるんだ……?」  断片的な記憶。  一つ目、着替えて家を出た。  二つ目、夕暮れの町を歩いている。  三つ目、夕闇が迫る中、廃れた無人駅のホームに立っている。  四つ目、眩しくて目が閉じた。  夕方に起きた俺は、着替えて家を出た。  そして歩いて無人駅へ行き、そこから電車に乗ってここに来たということだろうか。 「終点か……」  もしこの状況に至った経緯が正しかったとして、次に引っかかるのは、やはりこの駅についてだ。  終点。  まず間違いなく駅名ではない。  素直に受け取るなら、線路の最果てに降りるための場所を作り、終点という名前にした。  そういう話だと思うが、少なくともそんなものの存在は聞いたことがない。  それなら、有名ネットロア「きさらづ駅」のような異界の駅に来てしまったと考えた方がいいのではないだろうか。  人っ子一人見当たらない駅周辺に、一本しか線路のなく、まるで片道のような構造だ。  空は記憶の上ではもう暗くなっていてもいいはずなのに、まだ赤みがかった雲が覆っている。  辺りは薄暗いが、足元、手元くらいならちゃんと見える。  それがおかしい。  本来なら、もう時間的に外灯がなければ足元もろくに見えないくらいでもいいはずだ。  それがこの場所の異常性を表している。  普通ではない。  ポケットにしまっていたスマホを取り出すと、画面が割れていた。 「あれ? おっかしいな……」  落とした覚えはないのだが。  それでもボタンを押せば電源はついた。  画面を触ってもうまく反応しないので、すぐにロックを外せなさそうだ。  それでもロック画面が見られれば、とりあえず最初の目的は果たせる。 「嘘だろ……」  圏外だった。  この時代にスマホが圏外になる駅が存在するというのだろうか。  遠くまで来てしまったか、もしくはここが異界の駅か。  どちらにしても今は、家に帰る手段がないということが問題となる。  スマホがおかしくなっていないなら、とうの昔に終電はなくなっている時間だ。  時刻表すら置いてないので、そもそもここに電車が来ることすら怪しい。  まずは誰かと出会うか、連絡を取らなくてはならない。  線路に降りる。  線路を辿って行けばとりあえず来た道を引き返すことにはなるはずだ。  線路を歩き始めて、もう十分近くが経つ。  一向に前の駅は見えてこない。  それどころか、景色にすらあまり変化が感じられない。  夜は長い。  こんなところで体力を使い果たすわけにはいかないし、かといってここで立ち往生しても仕方がない。 「とりあえず戻るか……」  その場から引き返すと1分も歩くことなく終点へと戻れた。  その事実はここが非現実的な世界であることを決定づける。  そもそも電車に乗ってここに来たという前提すら崩れ散った。  ベンチに座り、もう一度自分の記憶を探る。  起きたのは夕方で間違いはない。  夕暮れの町を歩いて、無人駅まで行ったのも正しいはずだ。  さっきからそれより先が推測となっていた。  そしてそれが間違っていた。  ならば次の推測は……。  ハッとして立ち上がる。  ホームの黄色の線より一歩先に立ち、今一度記憶を掘り起こす。  古びた看板の「終点」の文字はどこか寂しいものを感じる。  終点から引き返しても、どこかに戻れるわけもないのだ。  思い出した四つ目の記憶。  俺が最後に見たのは飛び込んでくる電車の光だった。 「そうか……。ここは俺の終点か」

嘘つき

 彼は嘘つきだった。  私は彼が嫌いだった。  彼は死んだ。  彼は病気だった。  私はいつも一人だった。  彼は優しく話しかけてくれた。  彼はみんなに優しかった。  彼は嘘つきだった。  みんなはその嘘に気づいていなかった。  私は昔から、人の嘘がよく分かった。  彼は私にも沢山嘘をついた。  ある日私が、「嘘でしょ?」と聞いたら、悲しそうな顔をした。  私はその時涙が出てしまった。  私はきっと彼が好きだった。  その時彼がついた嘘。  「僕は君のそばにいるから」    

パラダイスに至る

 世が明ける前に、ジャック=オ=ランタンは逃げ出した。  ハロウィンが終わったら、捨てられてしまう。それは嫌だ。  ジャック=オ=ランタンはパラダイスに向かって走り出す。そこは、羽子板と七夕飾りとクリスマスリースが一年中飾られている、季節限定品のあこがれの地。  そこへの道は、同じことを考えたジャック=オ=ランタンで埋まっていた。パラダイスへの入国手続きのための行列だ。走ってきたジャック=オ=ランタンもそこに並んだが、十日経っても列がろくに進まないのに馬鹿馬鹿しくなってきた。  かくして、都会に戻ったジャック=オ=ランタンは狩りをして暮らすことにした。夜の中を跳ね回り、暗がりで笑ったり、ぶつかったりして、人を驚かせた時に放たれるエキスを吸って生きている。  飾られているよりこのほうが楽しいぞ、と今年も生まれたてのジャック=オ=ランタンたちに講釈をたれていた。

かぐや姫、マッチングアプリ始めるってよ

 はじめまして!  プロフィールをご覧いただきありがとうございます。    月在住で、お姫様やってます。  普段なかなか出会いがなく、側近の紹介でマッチングアプリに登録しました。  将来を見据えて真剣にお付き合いできる方と出会えたら嬉しいです。    職業柄、伴侶となる方には王位を継いでいただきたいので、その点ご理解のある方だけよろしくお願いします。             「というプロフィールなんだけど、一向に誰からもアプローチが来ないの。どう思う、側近?」   「そうですね、やはり居住地が月と地球となると、相当な遠距離恋愛になってしまいますので、抵抗のある地球人が多いのではないでしょうか」   「やっぱりそうかしら」   「素直に、国王様のお決めになった相手とご結婚するのがよろしいかと」   「うーん。でも、私だって自由恋愛に憧れくらいあるの。はあ、昔みたいに、無理難題を提示してもなお求婚してくれる地球人、もういないのかしらね」   「草食系男子が増えたらしいですからね」    かぐや姫は、空に浮かぶ地球を見ながら、溜息を一つこぼした。

一般人になったきみ

推しが他界した。他界といっても、世間一般で知られている意味とは大きく異なる。 私がいう他界とは、所謂アイドル業界の単語で、世間一般でいう“卒業”と同じ意味を持つ。そう、推しがアイドルを卒業したのだ。 Twitterを開いて、いちばん初めにとびこんできた 所属メンバー卒業のお知らせ という文字。まず、ここでアイドルファンなら誰しもが嫌な予感がすると思う。私も同じだ。 震える指で、画面をタップしリンクの先のサイトにとぶとそこには、私の推しが昨日限りで卒業していたということ。そして、推しが普通の男の子、つまり一般の人に戻るということが綴られていた。 まず、最初に湧いてきた感情は怒りだったと思う。普通は、卒業発表をしてから卒業ライブというものを行い、華々しいステージをきらきらとした存在のままで降りていく。それが、普通だと思っていた。 だけど、推しは昨日限りでアイドルをやめていた。つまりは、推しに会える機会はもう存在しないのだ。 最後に、伝えたい言葉とか、色々あったのにそれを伝える機会もさえ奪われてしまった。なぜ、突然なんの予告もなしにステージを降りてしまったのか。アイドルが嫌になったのか、ファンが嫌いなのか、はたまた最初からアイドルなんてやる気がなかったのか。 推しが所属していたアイドルグループは、もちろん今回の予告無しの卒業発表に大荒れをしていた。大半の人は、私と同じようになぜ何も言わず卒業したのかなどと、怒りを露わにしていた。 だけど、その中にひとり、私たちとは全く異なる意見を持つ人がいたのだ。その人は短い文章でこう語っていた。 もう彼は一般の人なのだからそっとしてあげよう と、それだけが綴られていた。確かに、彼はもう一般人だ。だけど、今回の炎上騒動は、間違いなくアイドルである推しが起こしたものだ。それを、一般人だからと理由をつけてはキリがない。ましてや、ただの言い訳にも思える。 私は、怒りが抑えきれぬままその人のアカウントをブロックし、スマホを閉じた。 推しが他界してから、3ヶ月ほど経ったころだと思う。たまたまみていたInstagramで、他界した彼をみかけたのは。 名前は、恐らく本名だったが雰囲気からして彼だということは瞬時に理解出来ていた。 プロフィール欄には、大学1年生という文字が綴られていた。彼は、今年23になる。アイドルになったのは、19のときで大学進学はせず、アイドル一本でやっていきますと、小さなライブスタジオでマイクスピーチをしていたのを今でも鮮明に覚えている。 それなのになぜ、という疑問が頭をぐるぐると回っていた。 彼の投稿は少なかったが、その投稿の日付は彼がアイドルを辞めてからのもので既に一般人になった彼だった。 どの投稿も幸せそうで、私たちファンが彼がいなくなってからどれだけ苦しみ泣いたのかもしらずに、呑気に生きていると考えると憎しみさえ覚えた。それに、今更大学に通って何をしようというのだ。 だがふと、彼の配信ライブのワンシーンを思いだした。 その配信スタイルは、ファンがコメントをしてそれを彼が答えるというもので、確かその質問内容はこうだったと思う。 “アイドルじゃなかったら何になってた?” たぶん、アイドルをしていたら1度は経験する質問だと思う。それだけ、オードソックスな質問だから私も気にしてはいなかった。 だけど、今考えてみるとあの時の答えがきっと彼のいまなんだと思う。その質問の答えは、思い出せなかったが、それがきっと彼にとってのはじまりなのだ。 考えてみれば、私が好きだったのはアイドルとしての推しで、ただそれだけだったのかもしれない。だから、音沙汰もなしに消えた推しを今でもこうやって追ってしまっていたのかもしれない。 彼がもともとアイドルにやる気があったのかと聞かれれば、はっきりと答えられない。 それは多分、彼だけが知るものだから。だけど、私がステージでみた彼は、あの一瞬だけは本当だったと、そう信じていたい。 なんて、だらだらと考えながら押しかけていたダイレクトメッセージのボタンは、きっとこれから先も押すことはないのだろう。

鬱になった友人へ

「鬱で暇なら、俺のやりたいこと代わりにやって?」    鬱をカミングアウトした私の言葉に、友人はあっけからんとそう言った。   「いや、鬱で忙しいから」    暗い雰囲気にさせてしまうかもだとか、あたりさわりのない同情をされるかと覚悟していた私は、想定外の返答に虚を突かれ、訳の分からない返答をしてしまった。   「なんでだよー。どうせ何もやる気が出なくて、家に籠ってるだけだろ?」    ずばりだ。  確かにそうだ。  さすが、我が友人はよくご存じだ。   「いや、やれることかもわかんないし」   「歩くだけだから!」    ……それならまあ。   「歩くのかぁー。調子がいい時だったら歩くよ」   「東海道五十三次を歩いてほしくて」   「待って!散歩レベルにして!」   「たった492キロ!」   「長い!無理!」    前言撤回だ。  無理だ。  フルマラソン超えてんじゃねえか。   「最近、山手線を徒歩で一周してさあ」    友人は語り始めた。  人の話を聞く気がないのは相変わらずだ。   「次どうしようって考えてたら、ふと東海道五十三次を思い出してさ」   「ふと思い出すものなの?」   「で、何日かかるかググってみたら」   「ちゃんと調べたんだ」   「三週間はかかりそうでさ。会社に三週間の有給申請したら断られて」   「申請したんだ」   「だから俺の代わりに歩いてみてくれ」   「いや無理」   「三週間休めるだろ?」   「絶賛ニートだから休めるけど無理」   「なんでだよー」    その後も友人はぶつくさと言っていたが、無理なものは無理だ。  宿泊費用だって馬鹿にならないし、ニート生活で衰えた私の足が耐えられるとは思わない。    その後も友人とはとりとめのない話を交わし、その日は終わった。  鬱のカミングアウトから、こんな馬鹿馬鹿しい方向へと話が進むとは思わなかったが、今はその馬鹿馬鹿しさが心地よい自分もいた。    きっと友人は狙ってなどいないだろうが、一応感謝はしておこう。  心の中で。    せっかくの機会だ。  私は久々に、外へと出て、太陽の光を浴びる。  少し歩くだけなら、と。    近所を散歩した。  とても気持ちが良かった。    それだけで鬱が治るわけではないが、その日だけは、少しだけ気が楽になった。           「会社辞めてきた!東海道五十三次歩いてくるわ!」   「嘘でしょ!?」    その一か月後、友人が東海道五十三次を歩き始めたのはまた、別のお話。

ロマンチックな夜に

星が降ってきそうな美しい夜に最愛の彼とデート。なんてステキな日なのだろうか。 ロマンチックな彼にデートに連れてきてもらった美しい夜景が見られる場所。それもネットや本ですぐに見つかるような場所じゃない。天体観測が好きな彼しか知らなかったであろう秘密の場所。 でも今日からは私も知ってる2人の秘密の場所。 大学時代に天体観測サークルに加入していた彼は私の知らない星の話をたくさんしてくれた。私は星の話を聞いてもなかなか覚えられなかったけど綺麗な星空と、その星空の下で楽しそうに星のことを語る彼のことはしっかりと記憶に残している。 そんな彼にそろそろ聞いてみたかった。 「ねえ、どうして私と付き合おうと思ったの?」 彼は穏やかな顔に美しい笑みを浮かべる。 「そうだな」 彼の回答を私も微笑みながら待つ。 どんなロマンチックな回答が返ってくるのだろうか。 星空の下、静けさが2人を包んだ。 「胸だな」 「は?」 「正直君は顔がそんなにいいわけではないし性格もそんなに良くない。でもそんな君にも大きな胸がある。僕はその大きな胸に一目惚れをしてしまったんだ。その素晴らしい君の胸が――」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 綺麗な空の下で綺麗な音が響いた。 美しい星空の元に頬を腫らした男が1人空を見上げていた。

世界一の花

 男は、マンションを一つ作った。  そのマンションは、下層階に単身者向け、中層階にカップル向け、上層階にファミリー向けと、階層ごとに広さが違う部屋を備え付けていた。  付き合ってから、同棲してから、結婚して子供ができてから、と、仕事で定年を迎えるまでのすべての生活が一棟で完結する珍しいマンションだ。  マンションには、居住者向けの庭も併設しており、庭には綺麗な花が咲いていた。  タンポポやチューリップという、何の変哲もない花が。    男は、マンションを中心とし、周囲に様々な施設を呼び込んだ。  日々の生活を支えるスーパーマーケットや家電量販店。  怪我ををした時のための病院やドラッグストア。  娯楽となるゲームセンターや小さな遊園地。  すべての日常が完結するように。  施設は螺旋状に広がっていった。    また、施設が増えるにつれて、移動がしにくいという問題が発生した。  男は、施設へのアクセスがしやすいように道路を引き、線路を引き、交通インフラを整えた。  自動運転車も積極的に導入し、町中に無人タクシーを走らせた。  スマホ一つで呼べる無人タクシーは、自分で運転できない住民の移動を補助し、電車でたどり着くには不便な場所への移動を補助した。    その町は、世界一住みやすい街と呼ばれるようになり、移住者が殺到した。  マンションの部屋への注文が殺到し、いつ入れるかもわからない予約待ちという、前代未聞の事態に発展した。    男は、やり切った。  最後のピースを埋めるために、一人の女を呼び出した。    二人でヘリコプターに乗り込み、街の上空を飛ぶ。   「世界一魅力的なあなたに相応しい、世界一の花を用意した」    ヘリコプターの窓から見える螺旋状の街の形は、まるで巨大な一輪の花の様だった。  建物を花びらに見立てた、世界一の花。   「私と結婚してほしい」    差し出されたのは、マンションの庭に咲いていた一輪の花。  窓から見える街の形によく似た花。    差し出された花を見つめながら、女は口を開いた。

村人

 別にきっかけがあったわけじゃない。  毎週見ている番組で彼ら彼女らを見た時に思ってしまったのだ。"なぜ自分はこちら側なのだろう"と。  それからのいつも通りだった日常はどこか自分の事なのに他人事のようだった。胸に埋まることのない見えない穴が空いた気分で、今までの自分を演じている、いや、後ろで"自分"を操作していると言った方が良いかもしれない。  あの日テレビで見た彼ら彼女らはこの世界において何かしらの役職が与えられているのに対して自分は何者でもない、名前もない、そこにいるだけ。 「どうしようもない程に村人だな。」  自然とそんな言葉が溢れた。  気づけば橋の手すりの上に立っている。これから死のうとしていることに恐怖はない。それより、このまま灰色の毎日を過ごし続けることに恐怖を感じる。 「生きていることが死ぬより辛いってこういうことか。」 僕は目を閉じこの世界から退場した。

LINE

今日も来ない返信を待っている。 気付いていないの? 暇さえあればページを開き、未読を確認してはため息を付く。 本当はもう読んでいるんでしょ。 うざかった? 嫌われてる? どう思っているのか想像しては、世界が闇に沈んでいく。 通知音! 今までの不安が嘘のように消え、世界に色が戻る。 あなたではない… 友達からのメッセージに、さらに深く闇に沈んでいく。 「今度の休みはいつ?⚫⚫行こうよ」 どうでもいい…今はとても返信する気にはなれない。 あ…そういうことか。 なぜ送ってしまったのだろう。 こんな事になるなら、送らなければよかった。 消せるものなら消したい。 送らなかった事にしたい。 少しだけでも話が出来ればと欲張ってしまった自分を、送ってしまった自分を恨み後悔する。 今日もメッセージを送るのをやめた。

はじめておぼえたことば

はじめておぼえたことばは「やめて」だった。  つぎにおぼえたことばは「いたい」。  そのつぎは「おねがい」。  つぎは「ゆるして」。  つぎは「こわい」。  つぎは「たすけて」。  つぎは「しんじゃえ」。  つぎは「もうむり」。  つぎは「ごめんね」。  ……そしてさいごは「あいしてる」だった。  まま、わたしもあいしてるよ。  だからおねがい。はやくかえってきて。  いたいよ。こわいよ。たすけてよ。  あのひとがきちゃう。いたいのはやだよ。  ねえ、まま、どこにいるの?

ドローン

ある朝、家の前にドローンが飛んできた。 何か荷物を下げているようなのだが、リビングの窓からなのでよく見えない。 しばらく観察していたが、どうにも飛び去る様子がない。 仕方がないので、玄関の扉を開けてよくよく確認してみれば、どうやらビニール袋を下げていたようだった。 恐る恐るドローンから袋を取り外すと、待っていましたとばかりにドローンは飛び去ってしまった。 残されたのは、事情も知らぬ男と得体の知れないビニール袋。 微かに震える手で中を確認して、脱力感からか少し笑ってしまった。 なるほど、回覧板もドローンで届ける時代か。

永苦

「申し訳ありませんが、これにて"始まり"です。」  人間には何かを失った時、その心の穴を埋める為に代替品をはめようとする。大抵は形や大きさなど無視して不恰好でも隙間が空いていてもはまってさえいれば問題は無く、立ち直る事ができるのだろう。  しかし、はめようとした代替品がその穴を通り抜け落ちてしまった場合、人間の心はいとも容易く崩壊の一途を辿る。 「何の為に生きているのだろう。」  ぽつりと呟いた。返事は無い。ただ鼓膜を震わせたのはいつの間にか止まなくなってしまった耳鳴りだけ。  去年の暮れ、大切にしていた犬が亡くなった。平日は会社に行って帰ってくる。休日は部屋で一人。そんな暮らしでも頑張ってこれたのは、玄関でいつも尻尾を振り迎えてくれるこの子のお陰だと失ってから気づいた。独り身だった私はその喪失感に生きる意味を失ってしまった。  私は生きる屍のような状態で無意味な日々を送った。昨日の夕食も、今日の仕事の進捗も思い出せない。 「君、暫く仕事を休みなさい。」  そんなことを言われた。上司曰く、顔色も良く無く誰が見てもわかるほど痩せこけていたらしい。私は少し早めのGWを貰うことにした。  一日目は何もしなかった。気づいたら夜になっていた。  二日目は部屋を掃除した。気づかぬうちに部屋は色々な物で溢れかえっていた。  転機があったのは三日目、友人から連絡があった。 「体調を崩したんだって?大丈夫?」  まだ私がこの世に足を踏み留めて居られるのはこの友人のお陰かもしれない。 「呑める状態じゃないかもだけどさ、一杯付き合ってよ。喋ろう。」  社会人になってからは互いに忙しく会っていなかったがこれも何かの因果、きっかけだと思い腰を上げて居酒屋へ向かった。  他愛もない話が続いた。正直、この行為に意味があるのか疑問に思っていたが、私の口角は確実に重力に逆らっていたのは間違えない事実だった。 「最近どうなの?異性の方は。」  急にそんな話になった。お酒の力は怖い。 「いや、ないない。」  つまらないなと笑う友人。ほっといてくれと思った。 「じゃあ、中学の時好きだったあの人。今連絡してみてよ。」  何を言っているのだろうか、そんなの無理に決まっている。いや、連絡先は知っているから無理ではないのかもしれない。 「もう、夜も遅いし…。」  何を言ってるんだと私のスマホを奪って受話器のマークを勝手に押した。5分ほどで鳴り止んだ着信音を聞いて少しの安堵。と何か少しのモヤモヤを感じた。その日はそこで解散となった。  四日目、起きたのは昼過ぎだった。慌てて電話の着信履歴を確認する。履歴は一つも無かった。 「そういえば、休みを貰っていたんだった。」  ため息と共にもう一度、画面に目を落とすとメッセージが一件入っていた。 「どうしたの?」という一言。あの人からの返信だった。  以外過ぎた返信に私は、動揺と同時にぽっかりと空いてしまったはずの穴に揺らぎを感じた。  あれから何度かメッセージをやり取りした後、久々に会うことになった。七年ぶりのあの人との再会は少し現実味がなく不思議な体験をしているようであった。  私が普段行かないようなオシャレなカフェで、待ち合わせ一時間前に着いてしまった。こんなに色々な感情が巡った一時間を経験したのは初めてかもしれない。 「久しぶり、元気?」  あの人がやって来た、見た目こそ変わったが、その他はそのままで少し安心した。  他愛も無い話が続いた。気づけば日も暮れ、青空が赤く染まっていた。 「今日は楽しかった。また行こうね。」  そう言って去ろうとしたあの人の背中を無意識に追いかけていた。何故かもう二度と会えない気がして。 「あ、あの私。あなたのことが…。」  引き止めた右手は見てわかるほど震えていた。 「ごめん、そういうつもりで誘ったんじゃないんだ。」  もう少しで形取られ治りそうだった揺らぎが消失した。私はその場から逃げた。感情が少しずつ少しずつ無くなっていくのが分かった。  気づけば駅のホームに立っていた。通勤以外では使わない筈のこの場所に。 「間もなく三番線に快速列車が参ります。黄色の線までお下がりください。」  そんなアナウンスを無視し、私は歩を進めた。これで何もかも"終わり"。やっと苦しみから解放される。  耳障りなブレーキ音と悲鳴が妙にマッチしていたのを覚えている。暗転、目の前が真っ暗になった。  何も無い。上下左右の感覚もわからない"そこ"で心の無い音声が一言。  "始まり"その疑問に答えは出ず、只々時間が経った。否、時間が経ったことすら分からない。変化が無い。  幾年か経った気がする。わからない。私は生きていれば忘れることが出来た筈の心の穴と変化の無い永遠に続く苦しみを。 "永苦"と名付けた。  

メロディを食む

甘くて酸っぱい旋律。これは恋愛の曲かしら。  こっちはほろ苦くて、でも少し甘い。失恋の曲?  これは……し、渋い。あら、少し抹茶の風味がするわね。これは……演歌?  この曲はなんだかシュワシュワするわ! 楽しい! 色んな味が混ざっているからバンドの曲なのかしら?  こっちはシャリシャリするわね……。不思議な味。この次世代的な味は、もしかしてボーカロイドというやつかしら?  舌の上で曲が跳ねる。歌詞、旋律、楽器、歌声。  作り手の思いを乗せて、メロディは世界に羽ばたく。  全部全部、味になる。  ああ、いつか聞いてみたいな。  私も耳が聞こえたらいいのに。

三題噺『モンスーン・星の海の聖母・麗らか』

 モーターの駆動音だけがその狭い空間に響き渡り続けている。いつもは緊張感を増すだけのその音も今は心が落ち着いていくのが分かる。足を延ばせるのに座敷に体育座りをしているのその姿を見て誰もが笑ってくれないかとそう願うけれど、ハッチが開かれることはなさそうだった。  カラン。そう音を立てて何かが転がっていくのが分かった。動くのも億劫なのだけれど、その音でもしない限り動けないことも分かっていたので無理にでも身体を動かして音がした方へ顔を向ける。そこには小さなビンが転がっていて中身が飛び出してしまっていた。見覚えのある青藍色のそのポリッシュは床に滲んでしまってもう使い物になりそうもない。  いなくなってしまった先輩からプレゼントされたそれが思い出と共に消えて行ってしまう気がして、目頭が急に熱くなる。一生懸命我慢していたのに耐えられそうもない。  涙が頬を伝った。  麗らかな日和りに似つかわしくない喧騒と爆発音が鳴り響いていたのは先ほどまでの事だ。今はその残骸を残すのみで動くものを見つけることはできなかった。沈黙を続ける無線機に向かって叫び続けた喉は枯れてしまった。  何が起こったのか理解できなかった。相手軍との戦闘になることは分かっていたし、何も今日が初めてではない。被害は出るだろうが想定された範囲のそれは慣れてしまっていたのも確かだ。それなのに。今広がっているであろう惨状は相手味方問わずに起こっていて。それがここだけじゃないのも作戦本部と連絡がつかないことから予測できた。運よく生き残ったのは自分だけなのだろうかと必死に考える。  大気圏の外側からやってきてモンスーンに乗って広がってきた見たことも聞いたこともないそいつはあまりに巨大で強大で、こちらの攻撃を意に介さなないそのたたずまいに恐れを抱いたのも確かだ。星の海の聖母と名乗った奴らの言語を聞き取れたものはおらず、こちらの言語に翻訳されたであろうそれがモニターに表示されたときには数百人が死んでいた。  人同士で争っている場合ではなかっと悟った時、それはもう手遅れなのだと理解するのと同時だった。疲弊しきった今のこの星ではやつらにはかなわないと戦いに身をうずめすぎた身としては痛いほどに理解できてしまった。  元気いっぱいに戦場を跳びまわっていた撃墜王《エース》も、帰るたびに笑顔をくれたメカニックも、一緒に鼓舞しあった気の合う同期も、生き残る術を与えてくれた先輩も、帰るべき場所もすべて守ろうと差し伸べた手から砂粒の様に零れ落ちてしまった。  もう戻らないポリッシュが入っていたビンを拾って、胸まで運ぶ。大切なものは全部空っぽになってしまった。 『条件が満たされました。システム起動します』  突然流れ出した音声に戸惑いが隠せなくて乗りなれたコックピットの中をあちこち見渡してしまう。 『想定されていた未来が訪れてしまったようですね。私は奴らに対抗するために作られたシステムです。この星を守りたいのであればモニターに表示されたYESのボタンを押してください。それがすべての始まりです』  頭の理解が追い付かない間に話はどんどん進んでいく。 「これが想定された未来だって言うの!こんなひどいことが!」  だからなのだろう。混乱した頭は誰に向かってそんなことを叫んでいるのだろう。 『肯定。人型汎用兵器は星の海の聖母に対抗するために作られたものです。本来の使命を遂行します』  答えが返ってきたことに驚くよりも先に怒りが湧き上がってくる。 「だったらなんでみんなが死ぬ前に起動しなかった!」 『解答。起動できなかったが正しい。条件を満たしたものが現われなかった』 「条件はなに!」 『解答。不明です』  機械的に返ってくる答えに怒りはさらに湧き上がっていく。どうしようもないその怒りが体の中を駆け巡ってどうしていいか分からず、叫んだ。 『モニターに表示されたYESのボタンを押してください』 「……。押したらやつらを倒せるって言うの?」 『肯定。そのために作られました』  怒りの矛先が見つからないというのなら奴らに向けてしまえばいい。無駄死にはごめんだが、この機械が言うことによれば勝てる見込みがあるらしい。 「わかったわよ。押すわよ。押せばいいんでしょ」 『ええ。一緒にやつらを倒しましょう。それが創造主の願いです』  考えるのは止めた。この体中の怒りが消え去るまで戦い続ける。それは間違いないのだから。

二番手

 思えば私の人生は、二番手の連続だった。  中学生、高校生の頃は、学年順位不動の二位。  部活をすれば、県大会個人戦不動の二位。  自由研究は銀賞で、書道は銀賞。  永遠の二番手。  恋人ができても、いつも二番目の男。  要は浮気相手だ。    すべてをそつなくこなせる私を、周囲の大人は褒めてはくれたが、私の中にはモヤモヤとした何かが残り続けた。  子供の頃は、母親に泣きつき、思いのたけををぶちまけたものだ。  ただただ悔しかったのだ。  母親に、一位をとったと、ただの一度も言えなかったことが。    言えないまま、母親が亡くなったことが。  ただただ、悔しかったのだ。    大学を卒業した私は、とある企業の営業職に採用された。  案の定というべきか、私は初月から営業成績第二位をたたき出し、同期と上司を驚かせた。  役職のついた偉い人は、十年に一度の逸材だと私を褒めたたえ、ポケットマネーで焼き肉を奢ってくれた。  業界二位の焼肉チェーン店だった。    だが、この評価は、時間とともに逆転する。  初月から二位をたたき出してしまった私には、翌月から一位を期待された。  言葉にはされなかったが、周囲の視線が物語っていた。  だが、私は一位にはなれなかった。  何年経っても。    一位の社員が会社を離れた時、私は不本意な形ではあるが一位になるのではないかと期待した。  が、その月から私の成績が落ちた、  新たな一位は、今まで三位に甘んじていた社員であった。    私は叱咤された。  当然だ。  二位という数字は変わらないが、企業全体としての利益は下がったのだから。  私の成績が落ちたせいで。    私はがむしゃらに努力した。  勉強した。  行動した。  二位は変わらなかった。  そしてある日、会社で気を失い、病院へと運ばれた。  上司からは、しばらく休めと休職を言い渡された。    先の見えない休みの中で、私は毎日泣いていた。  何年経とうが、どれだけ努力しようが、私は一位になることができないのだと、ただ泣いた。    この悔しさは、永遠に私の中に存在し続けるのだろうと諦めた瞬間、私の中で生きる理由が亡くなった。    私はその日、病院を抜け出した。    入院着と財布のまま外へ出て、ゴミ捨て場に捨てられていた古着を着て、ホームセンターで包丁を買って、タクシーに乗り込んだ。  目的地は、母親の墓。    何時間も揺られて、私は故郷に戻ってきた。  タクシーの運転手からは、こんなに長く走ったのはお客さんともう一人くらいだよ、と言われた。  ちなみにどちらの方が長かったのかを聞くと、もう一人の方だと言われた。  タクシーの乗車距離でさえ、私は二位だった。    私の気持ちを象徴するようなぼろぼろの服で、私は母親の墓の前に立ち、膝から崩れ落ちた。  昔のように、泣きつき、思いのたけをぶちまけた。  肌から感じるのは、昔のように暖かく柔らかい感触ではなく、硬く冷たい感触だった。  だが、満足だった。  この感触は母親のものであると、わかったからだ。    ひとしきり泣いた後、私は墓に手を合わせる。   「私も、そっちに行くことにしたよ。また、一緒に暮らそう」    そして思いを告げた。  誰の一位になれない世界に、未練はなかった。  包丁を、体にあてた。   『何言ってんの』    死の間際、幻聴が聞こえてきた。  母親の声という幻聴が。   『あんたは、最初っから、私の一番だよ。お母さんの、自慢の息子さ』    思わず、手が止まる。  辺りを見渡すが、誰もいない。  やはりただの幻聴だ。    だが、気が付けば私の手から包丁がスルリと落ちていた。    そして思い出した。  私は一位を取りたかったのではない。  一位をとって、母親に喜んでほしかったのだ。  幼い私には、一位をとること以外に、母親を喜ばせる方法がわからなかったから、一位に固執したに過ぎなかったのだ。    そして、私はとっくに、母親にとっての一位で、母親を喜ばすことができていたのだ。    すべてを理解した瞬間、私は泣いた。  呪いのように体内に燻っていた一位への執念を、外へ押し出すように泣いた。  泣いて泣いて。    涙が枯れた時には、すでに一位を目指そうという気持ちはなくなっていた。    私は、もう一度母親の墓に手を合わせた。   「ありがとう。もう一度、頑張ってみるよ」    これからも一位は取れないかもしれないが、もういらない。  私の子供のころからの願いは、叶ったのだ。  叶うまで、えらく時間がかかってしまったが。    私は母親の墓を後にした。

深夜1時26分

訳もなく涙で頬が濡れ、この世から消えて無くなりたくなる夜。 暗い部屋に着信音だけが鳴り響いた。 涙を拭い、右にスライドする。 「暇してなーい??」 酔いが回った甘ったるい声で放つ言葉は、私をこの世に引き止める。

夜空のクジラ

 深い夜の空で、ある一頭のクジラが泳いでいた。クジラは、静まり返った夜空の中で泳ぐのが好きだった。  星の海の中をのんびりと進んでいくと、素敵な音が聞こえてくる。鈴のような星の音や、小さな虫たちの奏でる音楽。時々、誰かが本のページをめくる音も聞こえてきた。  そんな音たちに耳を澄ませると、一人でも不思議と孤独を感じなかった。  何か大きな見えない世界に、守られているような気がした。クジラは誰かと会話をするように、静寂に耳を傾けながら、ゆらりゆらりと夜空の中を泳いでいた。  幼い頃、そんな絵本を読み聞かせてもらったことがある。私はそのお話が大好きで、寝る前によく読んでもらっていた。クジラの夢を見ながら、幸せな眠りにつくことができた。  ある春の夜のことだった。学校から帰ってきて疲れているはずなのに、目が冴えてしまって眠ることができなかった。布団から起き上がって、私はベランダでぼんやりと夜空を眺めていた。  私は大学生に入学したばかりで、慣れないことばかりで疲れていた。泣きたくても泣けない、どうにもできない気持ちでいっぱいだった。  月や星を探そうとしたが、見当たらない。曇り空で隠れてしまっている。ささやかな楽しみさえも奪われてしまい、私はため息をつく。  部屋に戻ろうとしたその時、鈴のような音が聞こえた気がした。静まり返った夜の帳の方に目を向ける。遠くの方で、何かがきらりと光っている。どこか遠くで、私を呼んでいるように感じた。  風で流れる雲の隙間から、一つ、二つと、星が見えた。そして、雲の向こうから、クジラが夜空をゆらりゆらりと泳いできた。  私は息を呑んだ。夢を見ているのかと思った。そのクジラは、小さな頃に読んでもらった絵本のクジラにそっくりだった。昔見た夢の続きにでもいるのだろうか。 「こんにちは、眠れないのかい」  クジラの声は優しくて、どこか懐かしいような気持ちになった。何故か安心する声だ。  私はこくりと頷いた。するとクジラは、私に背中に乗るように言った。私たちは夜空の海の旅へ出た。  クジラはゆったりと夜空の中を進んでいく。星の海にいるみたいだ。風は少し冷たかったけれど、ひんやりとしていて心地よかった。  私は微睡に揺られながら、あのクジラの絵本のことを思い出していた。  心優しい、空飛ぶクジラのお話だ。私が小さかった頃もこうして、クジラは私を乗せて、ゆらゆらとのんびり泳ぎながら、夜空の旅へ連れて行ってくれた。  学校で嫌なことがあったときも、クジラは暗闇で迷子の私を夜明けへ運んでくれた。泣きじゃくる私をあやすように、「大丈夫だよ」と安心させるみたいに、ゆっくりと泳いでいた。  クジラは口数が多いわけではなかった。しかし、一緒にいると温かい気持ちにさせてくれた。沈黙さえも居心地が良かった。言葉のない時間さえも、大切な宝物のように感じた。  旅が終わりに近づいたのは、朝焼けのオレンジが近づいてくる頃だった。クジラは私を家のベランダまで送ってくれた。 「ありがとう、クジラさん」  クジラは、まだほのかに残る青色の空の中を泳いで行く。朝がゆっくり近づいてくる。私はじんわりと変わってゆく空を眺めていた。

パープルバイアス

罅が入っていた赤い金星 よく分からないまま今を生きてた 心の中の深海で 自分が見つけられなかったものはなんだ? 突き刺さっていた青い火星 気づかないまま夢を見てた 空から見えないものはないと 思い込んでいたのはいつからだ? 川の渕に赤がいて 向こう側に青がいる 澄み切った境界線が 濁ることは許されない ねえ誰か 自分が在るべきところを教えて 製作中

最期

最期  ああ、死ぬんだな。この真っ白な天井や殺風景な部屋もこれで見納めか。  病が発覚してから一ヶ月。医師からもってあと二ヶ月と言われていたがこんなに早く死ぬことになるとは。自分で死期を悟れるという話は本当だったのだな。  もうすぐ私は死ぬ。  八十年生きてきたがこの素晴らしい人生に後悔はたった一つだけ。愛した人と生涯を共にすることが出来なかったことだ。  かつてないほど愛した。そして愛された。ただ一緒になれなかった。あの頃の自分たちは周りから見ればただの異端者。肩身の狭い生活からあいつを解放してやりたくて自分から別れを告げた。  あの時あいつを信じて共に生きていけばこんな後悔はしなかったかもしれない。  最期に顔を見たい。連絡先も知らないけれど。  最期に愛してると伝えたい。もう声は出ないけれど。 「久しぶり。なんだその面は」  この声は。なんでどうして君がここにいるんだ! 「お。目がカッと開いたな。驚いてるのか?」  だってお前は……! 「そうだよな。死んだはずの俺がここにいるんだから」  かつて愛した人が目の前に現れた。この世にはもう居ないはずなのに。もしかして私は既に死んでいてここは死後の世界なのか……?ああ、触れて確かめたい。出来ない自分に初めて腹が立った。 「言っておくけどお前はまだ死んでないからな。そして俺はお前を迎えに来たわけじゃない」  じゃあ一体何をしに来たんだ。私はずっと君に会いたくて。何度もあの日のことを後悔して。それなのに君はどうして……。 「あの時のことずっと気がかりだったんだよ。お前が一生自分のことを責め続けているんじゃないかって」  君はもう私の事なんて忘れたのかと思っていた。 「だからちゃんと言いに来た。俺はあの日のことは気にしていないってな」  あの日のこと。私が君に別れを告げた日のこと。  君は本当に優しいんだな。それが聞けて本当によかった。  もっと話していたいけれど私はもうダメみたいだ。  最期に一つだけ 「そろそろだな。最後にこれだけは言っておく」  愛している 「愛してるぜ」  こうして私は八十年の人生に愛した人と共に終わりを告げた  男は何もかも忘れていた。かつて愛した男のこと以外は全て。だから自分が死ぬ前にどうしても想い人に会いたいということを自身のエンディングノートに書いたことすらもやはり忘れていた。  男には妹がいた。同性愛者であることを否定せず、ずっと男を支えてくれた。その妹が最期に二人を再会させた。  現代の技術は日々進歩している。寝たきりの状態で視界もぼやけているような人間の前に、リアルな3Dの映像を映せばそれが本物のように見えてしまう。  男は夢であると思ったのかもしれないが紛れもない現実だった。最期に愛した人に会えたことが嬉しかったのか、男の最期の顔は想い人と撮ったツーショット写真のあの笑顔に匹敵するほどの安らかな笑顔だった。

息を呑む

「雛乃ちゃん、亡くなったんだって」 ソファに寝転びながらスマホを弄っていると、台所から夕飯の準備をする母親が顔を覗かせる。 雛乃は、高校の同級生だった。だが高校を卒業してからは会うことも無く、連絡すらとっていない。 「ふうん」 母親は私の返事に納得がいかないのか、ガスコンロの火を止め、暖簾をくぐりながら再び私に声をかける。 「ふうんって、あんた 雛乃ちゃんと仲良かったじゃない」 確かに雛乃とは、仲が良かったがそれは高校の中だけだ。高校という檻から離れてしまえば、同じ檻にいた雛乃とは接点が無くなる。接点がない人間というものは、必然と離れていくものなのだ。 「最近は連絡とってなかったし」 不満げに口を開こうとした母親を邪魔するかのように、玄関の鍵が音をたててあき、ドアが開く。 時刻を確認すれば、既に7時過ぎをさしていて仕事で疲れた父親が不機嫌に帰路につく時間だった。 父親は、自分勝手な人だ。暴力こそ振らないが何かと理由をつけては、母や私に強くあたることがある。 この前も、母が父に怒鳴りつけられているのを夜中にトイレに行く際に見かけた。母は、そんな父を恐れていて、常に父の機嫌を伺っていた。私だって、その1人だ。 「おかえりなさい」 相変わらずの猫背で、草臥れたようにネクタイを外しながらダイニングテーブルに座る父に声をかける。 「ああ、ただいま … ところで、優美の高校の同級生が亡くなったそうじゃないか」 私の住む町は、ド田舎とまではいかないが田舎の部類だった。それ故、噂等が回るのがはやく何度か他所の母親の浮気の噂とか、夫の収入への不満、子供の将来についてを近所の人が話しているのを小耳に挟んだことがある。きっと、父も同じだ。 「うん、さっきお母さんにきいた」 父は、そうかと言ったきり何も話さない。話すような話題だなんて、大学のことくらいしかないが父はきっと私の大学生活なんてこれっぽっちも興味が無い。 いつの間にか、夕飯の支度は済んでいていつものように早足で口にかきこみ、部屋にもどる。 暗い部屋で、ベッドに崩れるように雪崩込み、持っていたスマホのロックを解除し、webで雛乃のことを調べた。 雛乃の死に興味が無いわけではなかった、彼女が一体どんな状況でどんな様子でこの世を去ったのか、それが知りたかった。 母親が言っていた内容を頼りに、検索を進めていると何個かそれらしき記事がでてきた。タイトルには 会社員の女性(21) 自殺か と、テレビやネットでよく見るような文字が並んでいた。だが、それはあくまでも私の知らない人で、この記事に書かれている女性は私の知っている人なのだ。 雛乃は、高校を卒業したあと、大学に進学するといっていたが記事を見るかぎり雛乃は広告代理店に勤めていたらしい。そんな簡単なことさえ、私は知らずにいた。 自殺場所は、雛乃の一人暮らしの一室で、遺書らしきものはなかったそう。他殺や事故の様子もみられないことから、自殺としてみられたようだった。 記事の途中には、雛乃のご両親のインタビュアがのっていて、相変わらず無神経だなとは思いながら、指を進めると、自殺の原因がなにひとつわからないと云う。 仕事でも、上手くいっていて尚且つ恋人すらいなかったが友人や両親との付き合いもなんの問題もなかったそう。そんな娘がなぜ、と涙ながらに語る雛乃の母親の写真が目に焼き付いて離れなかった。 私には、なぜだか雛乃が死を選んだのかはわかる気がした。雛乃は、自分勝手な人だ。私が、学校を休んだ日には私に一言も伝えず体育祭の実行委員に立候補したり、なにかと勝手な人だった。 私はそんな雛乃がどこか、心の奥で嫌いだったと思える。 ある時雛乃がふと、私には将来がないと呟いたことがある。私がその言葉につられ雛乃をみつめると、すぐさまに何事も無かったかのように笑い、聞き返す暇もなく話をすり替えられたことがあった。 雛乃の家庭は、両親共々仲がよく何一つ不満なことがなかった。頭も良かった雛乃の将来がないことなんて、あるわけが無い。当時の私にはそれしか思えなかった。 だけど、今の私ならその雛乃の言葉の意味が理解出来る。 どんなに、表から完璧にみられている人間でも、裏ではものすごい努力をしていたりするものだ。 雛乃は、完璧な人ではない。仕事が順調だったのも無茶をしたり、友人には無理やり話を合わせたり、嘘の自分を演じていたのだろう。 本当の雛乃を打ち明けられる相手もおらず、そんな雛乃が選んだ道がこれだったのだ。 今でも身勝手な雛乃は嫌いだ。なにより、身勝手な人が嫌いなのだ。身勝手な雛乃も、身勝手な父も、そして身勝手な私も。 だが、もし私があの時聞き返せていたら今頃隣にいたのは私だったのだろうか。 なんて、身勝手な私は身勝手な雛乃に答えのでないと分かっていながら問いた。

とけていく

 放課後、体育館横で白木先生を見つけた。自販機をじっと見つめたまま動かなくて、傍を通る生徒たちは怪訝そうな目を向けながら素通りしていく。  そんなんだから怖がられるんだよ。俺は後ろから先生に近づいた。 「何してるんですか、こんなとこで」 「わ、びっくりした」  平坦な声と動かない表情。驚いているようには思えない。摘んでいる二百円が見えて、買うものを悩んでいたのだと分かった。 「俺のおすすめはこれです」 「こんなに暖かいのに?」 「だからですよ」  小銭を奪って、コーンスープのボタンを押した。 「どうせ冷たいものばかり飲んでるんでしょう。たまにはそういうの飲んだほうがいいですよ」 「言うようになったね、きみも」  歪んでいた唇が少しだけ緩んで、缶にそっと触れる。先生の大きな喉仏が動いて、スープが溶けていった。 「それ、似合わないですね」  白木先生はブラックコーヒーのほうが似合うと思う。苦くて真っ黒で、良さが分かるまで時間がかかる。そういうところが先生に似ていると思った。

光の川

 やってしまった。  久しぶりの休日なので車で出かけたら、まんまと渋滞に引っかかってしまった。  朝は良かった。スムーズに目的地まで辿り着けたし、現地でも十分に楽しんで休日を満喫した。それなのに、帰りの道でこのざまだ。  明日も仕事なのになとぐったりしながら窓の外を見る。すっかり暗くなった空の下では、道に沿って流れるヘッドライトと、ぎっしりと並んだテールライト、それから、橋の下には暖かな港の灯りが見えた。  車が進まないので、しばしぼんやりと夜景を見る。こんな綺麗な夜景は、しばらく見てなかった。  こんなきれいな光景が見られるなら渋滞も悪くないなと少し思ったけれど、明日のことを考えるとやっぱり困ってしまうのだった。

夢と幸福

 光る太陽に快晴の青空。木々が生い茂り日光でキラキラと輝きを見せる森林。空気は澄んでおり小鳥のさえずりが聞こえる。毎日目にするのは、木製の家や田んぼに畑。まさに田舎と断言せざるを得ない町。  小さい頃は森林の中を駆け抜け、友達と誰が作ったか分からないブランコや隠れんぼや鬼ごっこで遊んでいた。  神社や祠もよく見かけ、お供物の饅頭を勝手に食べるような罰当たりな男子は腹痛で祟りにあったと自業自得の今思えば大爆笑の思い出もある。  そんな過去話をしている私、高場茜と小さい頃によく一緒に遊んだ明智大晴はあっという間に高校3年生。  受験生になり忙しい私達は、学校の帰り道が同じな為、数少ないコンビニでアイスを買いながら徒歩で一緒に思い出の祠の近くにある神社へ思い出話をしながら向かっていた。 「いや〜、あの頃は楽しかったな〜」 「そうだな〜、お前女のくせに木登りうまかったし、最初男だと思ってた」 「ちょっと! どういう意味〜!」 「わ、悪かったって!」  大ちゃんは明るさが取り柄で優しくて、いつも一緒で隣りにいてくれる。そんな彼のことが、私にとって特別な存在になっていたのはいつからだろう。  こうやって一緒に帰るのも、慣れすぎて緊張とかはないけど、車通りが少ないのにいつも危ないからと車道側を歩いてくれる。私が泣いていると、そばにいてくれたり、慰めてくれたりする。  そんな、たまに見せる行動に、私は心を彼に奪われていた。 「そういえばさ、神社の周りで隠れんぼしてた時、迷子になってただろ? あん時はびっくりしたな〜。皆で探したのに見つからなくて、もっかい手分けして同じとこ探してたらでてきたんだからな」 「あ〜、あの時のことは、私も覚えてないの。多分この神社でいつの日かお願いしたからだと思う。困ったことがあったら助けてください! って」  そう、今階段を登って着いたこの神社で、私は確かにお願いしたのだ。お婆ちゃんの言葉を真に受けて、お祈りをしたあの時に。 「神頼みしたら本当に叶ったって? へ〜、可愛いとこあんだな」 「あ、その反応信じてないな〜!」 「神様がいるんだったら、テストとか無くしてほしいな〜」 「それは……確かに!」 「あ、そこは共感するのね」  またこの神社でお互いにそれぞれの願いを祈る。    私はまた、困ったことがあったら願いを聞き届けてくださいとそう願った。  しかし、この神社への祈りが後に幸福をもたらす事を、今の私は予想することなどできるはずもなかった。  大学受験も終わり、合格通知が届いた。私には夢があり、その夢に近づく為の切符に嬉しさの涙が溢れた。    私の夢は、東京へ行きファッションデザイナーになることだった。私もあんなふうに輝ける服を自分で作ってみたい。そう、心から思ったのだ。  親には私のことをよく分かっているからか、一度は反対されたものの夢を途中から応援してくれていた。  結果が分かると、両親や大ちゃんが祝福してくれた。とても嬉しい反面、私は不安と寂しさで胸いっぱいとなった。覚悟していなかった訳ではないが、せめて大ちゃんには東京へ行く前に想いを伝えておきたいと思い、空港のお見送りしてくれる時に伝えようと決意した。  当日、忘れ物はないかを確認してから家を出、早めに空港に着いた。  両親からは、「忘れ物はない筈よ20回寝る前に確認しといたから」、「お前、親を捨てるんか!」とお母さんはいいとしてお父さんに関しては了承を得たはずなのに引き留めようとするので大変だった。  最後に、見送りに来てくれた大ちゃんとも、お別れを告げる時がきてしまったようだ。 「向こういってもさ、お前のこと待ってるから。俺は、実家の農業継ぐからよ。お前は夢に向かって、頑張れよな!」  涙目な彼の姿を見るのは初めてのことだからか、私の目からも、雫が滴り落ちる。 「ねぇ……もし夢が叶ったら、私とさ……結婚してくれる?」  涙を誤魔化すかのように彼を抱きしめ、耳元で告白した。 「え!? そ、それって……」  沈黙する中、大ちゃんは彼女を抱きしめ返す。 「ずっと……茜を待ってる……。安心して夢を叶えてこい……」 「えっ、……あり…がぁうわああああん! ほんどうにずっどまっでぐれる?」 「男に二言はねえ! 大好きだ茜」 「うん! あだしも、ばい好き〜!」  途中で涙腺が崩壊しながらも、待っていてくれると言った彼の言葉で涙が止まらなくなる。  その後7年もの月日が経ち、上京し夢を叶えた時には、私が25歳になった時だった。  急いで実家に帰宅し、まだ待ってくれているか分からない大ちゃんに会いにいく。  神社の祈りが願いが届いたのか、私は彼との結婚を無事果たすことができたのだった。

お姉ちゃんの前世は世界最強の獣人🐈

プロローグ 【巡り合わせ】 少女は大森林が見渡せる丘の上で泣いていた。 丘の上から見える少女の獣人族の村は焼き払われ、殺戮の後だけが痛々しく残る。獣人族の力を危険と悟った現国王は、獣人族の血をこの世から消しさった。 彼女はノア。霊獣を崇拝している獣人族の娘で毛並みは1000年に1度産まれるとされている白銀の猫の獣人である。 彼女は外の世界では名が知れ渡る程の冒険者であった。 その獣人の力を恐れた国王が彼女の里を焼き払ったのだ。 旅から帰ったノアを待っていたのは……絶望だけだった。 彼女は悟った。今までの行いを。国王最強の騎士を一瞬で倒し、厄災とされているドラゴンをも手懐ける程の力の持ち主。だが国王が最も恐れたのはドラゴンを凌駕した霊獣召喚である。 彼女は人間と友好関係を築くたに村の使者となり、外の世界を、見た事ない風景を、新しい出会いに胸を踊らせていただけだった。 (これが人間か…憎いな…滅ぼすしかない……) 人類は失敗した。 この1人の少女によってこの星が滅びるとは、誰も夢にも思わなかった。 (精霊がいない……マナが足りない……私の依代で降ろすしかないか) 「禁断召喚…我が依代を代償に現れよ」 「時の支配者……時空を超えて……きたれ!」 「霊獣シルヴァ !」 (私もみんなの元に行く。またいつか会えるのなら今度は絶対失わない。ママ、パパ、そしてニーア。お姉ちゃんを許して。シルヴァ、先に行ってるね。今まで見守ってくれてありがとう。みんな愛してる) 「この器は…ノアか…」 シルヴァの目の前には故郷の焼け野原が広がっていた (生命反応 なし……) (この惨状は、、、ノア、、自分を責めるなよ。自らの命を代償に私を呼ぶとは) 「ノア、安らかに眠れ。契約に従いこの星を浄化する」 「愚かな人間共……我が子と一緒に……永遠に眠れ……」 「ダイヤモンドブリザード!!」 そして現れた幻獣により、瞬く間に世界は氷で閉ざされた 生存者     0人      生命の反応 なし 仲間を人間に虐殺された1人の獣人の少女によって、世界は滅んだのだった。 氷の世界に美しい光の玉が彷徨う (こ、これは、ノアの魂に共鳴して仲間の魂が集まってきているのか……) 「ノア……遠い未来に仲間達、お前の家族を転生させる!お前は命をかけたのだ、私もそれ相応の物をかけなければ釣り合わぬ」 (お前の家族は私の家族だ…守るべき大切な存在…昔も今もかわらぬ…だから後は任せろ…ノア。まずはお前の大切な家族、仲間達を転生させる) 「行くぞ!彷徨える魂よ…輪廻転生!」 「最後に私の魂ごとノアの魂を転生させる。私は消えてしまうかもしれぬがノアだけは守る」 (奇跡が起きたなら、また巡り会えるさ) 「輪廻転生!!」 そしてときは流れ時代は移りゆく カーテンの隙間から朝日が差し込み少女の顔を照らしている 「……え……ちゃ……ん」 「お……ねえ……ちゃ……ん」 「おねえちゃん!早く起きて!遅刻するよ!!」 (お姉ちゃん?だと、私は確か、死んだはずじゃ……) (この天井は見たことない、ここはどこだ?) 「タッタッタッタ」誰が階段を勢いよく上ってこちらに近ずいてくる 「バンッ」扉が勢いよく空いた 「お姉ちゃん!もーいつまで寝てるの!」 「えっ?………」 そこにいたのは妹のニーアだった。 「えっ?お姉ちゃんなんで泣いてるの?」 「ニーアなのか?その姿は?人間……なのか?」 「え?二亜だよ?なにいってるの?人間だけど?」 「私の名前は?私も人間なの?牙も耳もシッポもない、ここはどこ?」 (体が重い、人間の体だからか?これは転生したのか?シルヴァがやった?) 「ん〜?耳?ここは東京ですけど?ママーお姉ちゃんがおかしいんだけど!記憶喪失かな?」 「タッタッタッ」駆け寄る足音 「乃亜!あなたもしかして……」 「前の記憶は?」 「……あるよ、全部覚えてる」 「……やっと会えましたね」 「え?ママ?何言ってるの?」 「ママ、ニーア、これは夢かなにかなのでしょうか……」 「……いいえ。ノア、貴方が私達を救ってくれたから今があるのよ」 「ありがとう……そして……おかえりなさい」 ノアを抱き寄せ強く抱きしめた 「おかえりってお姉ちゃんはずっと一緒にいたじゃん!おかしいよ!ママもお姉ちゃんも!」 (まさかシルヴァに助けられるとは……運が良ければ一緒に転生しているはず……いつか必ず探し出す) 「ママは獣人ノアの伝説を全てを覚えていますよ♪」 「何その昔ばなしみたいなの〜♪」 「今度、二亜にも教えてあげなきゃね♪」 「ママ…ニーア…ただいま……ただいま……」 少女は暖かいベットの上で泣いていたのだった。 少女は巡り会う。大事な人達と。そしてこれからも。 fin

メロンクリームソーダポップ

「……これからさ、ご飯食べに行くんだよね?」  喫茶店の一角。テーブルを挟んだ向かいの席でメロンクリームソーダのバニラアイスを長いスプーンでつつく近所の高校の制服を着た少年に、私は訊ねた。ラプサンスーチョンなんて煙たい香りを漂わせる物珍しい紅茶を好きで選んでいる渋い私より少年の方がよほどかわいらしくてうらやましい。 「何で『時間つぶしにお茶しよう』でメロンクリームソーダを食べてるの?」 「何でって言われても。好きだから?」  疑問符をつけて答えを返してきた少年は、まだ幼さの残る中性的な顔をほんの少し傾ける。緩めたネクタイをぶら下げ、一番上とそのすぐ下のボタンが外されたシャツの襟元から僅かに覗く鎖骨。捲り上げられた袖口から伸びる筋っぽい腕とスプーンを持つ骨張った手。それらが、目の前にいるメロンクリームソーダのやけに似合う少年が確かに男なのだと言うことを私に告げてくる。 「それってデザートじゃないの?」  掬ったバニラアイスを口に運ぶ少年に質問を重ねる。すると少年は驚くようにパッと目を見開いた。 「え? 飲み物だよね?」  同じく「え?」っと驚く私に、少年は驚きから納得へと表情を変えて続ける。 「……あー、なるほどこれが飲み物かデザートか問題ってやつか。おねーさんはデザート派なんだ?」  少年の言葉に私も「あーなるほど」と思った。かの有名な『クリームソーダ問題』に、まさか自分が直面することになるとは。それにしても、こうして向かい合って飲み物かデザートかなんてくだらない話をしているなんて、まるで――。 「――まるで、恋人同士っぽくないですかね? こんなくだらない争いをしてるなんて」  頭の中を読まれているのではないかという少年の言葉にどきっとした。自分の頬に熱が集まるのを感じる。内心の動揺を隠すように、努めていつも通りに言葉を返す。 「あ、争ってはいないわ」  そんな私の言葉に、少年はにやにやしながらグラスに注がれた緑色の液体にささるストローを弄んでいる。少年がストローを動かすと、シュワッと泡が立ちのぼり液面で細かく爆ぜた。圧倒的年下に遊ばれていることが何とも悔しい。 「あ、当たった? ふふっ。ねぇ、おねーさん。そんなこと考えるくらいなら、諦めて早く僕を彼氏にしちゃえばいいのに。僕はおねーさんのこと、大好きなのになぁ~」  余裕な表情でからかってくる少年は、本来ならば関わることなんてなかっただろう存在。なのに、なぜ。こんな風に時間を過ごすのもこれが初めてではない。なぜ私は毎度断りもせずに付き合ってしまうのか。なぜ振り回されることをよしとしてしまうのか。なぜ彼はそれほどまでにまっすぐ私へ気持ちをぶつけてくるのか。 「ねぇ、何で私なの?」  私はこれまでに何度も少年へ向けた質問を繰り返す。 「何でって言われても、好きだから」  少年から帰って来るのはいつも通りの、もう何度となく聞いた答え。 「そうなんだけど、そうじゃなくて。こうして会うようになる前はお店で何回か話をしたくらいで、特に関わりがあったわけじゃないでしょう? 歳だって、離れてるし」  メロンクリームソーダの時とは違う疑問符のつかないまっすぐな答えを聞いても、私の膨らんだ泡のような気持ちはすぐに弾けてしまって自信が持てない。  少年と出会ったのはこの喫茶店の向かいにある本屋。私は大学時代からそこで働く書店員、少年は客だ。最初、交わした言葉はほんの一言二言。本の内容とかおすすめとか、そんな話だったと思う。それくらいに関わりのないお客さんの一人だった。  それを変えたのは、少年からの突然の告白。  しかしそんなにまっすぐ好きと言ってもらえる理由が、私には分からなかった。 「レジ前の平積みコーナーにあるおすすめ本。あれ、おねーさんのチョイスだよね? 僕、それを毎回買ってたの、気づいてました?」 「……そう、だったの?」  知らなかった。確かにそれは私が選んでいるものだ。手に取ってくれる人がいることは知っていたし、そういうお客さんとはお会計の時に会話をしたりもしたが、まさかそこをずっと追いかけてくれている人がいたなんて。 「そのおすすめ本を読んでいたら、この本を好きな人はどんな人なんだろうって、気になっちゃって。それでお店に行く理由がだんだん本からおねーさんになって、気づいたら、好きでした」  その答えにシュワッと弾けた心へ甘さが広がる。初めて告白されてから幾分か経ち、こうやってメロンクリームソーダをつつく少年と今ここにいる時点で、私の答えなんてとうに決まっている。けれど――。 「よし。それ飲んだら、行くよ」 「え? まだ早くない?」 「先に本屋。別のおすすめ、教えてあげる」  答えを少年に教えてあげるのは、もう少し先。メロンクリームソーダを飲み物と認められるようになってからにしよう。

お姉ちゃんの前世は世界最強の獣人🐈

プロローグ 【巡り合わせ】 少女は大森林が見渡せる丘の上で泣いていた。 丘の上から見える少女の獣人族の村は焼き払われ、殺戮の後だけが痛々しく残る。獣人族の力を危険と悟った現国王は、獣人族の血をこの世から消しさった。 彼女はノア。霊獣を崇拝している獣人族の娘で毛並みは1000年に1度産まれるとされている白銀の猫の獣人である。 彼女は外の世界では名が知れ渡る程の冒険者であった。 その獣人の力を恐れた国王が彼女の里を焼き払ったのだ。 旅から帰ったノアを待っていたのは……絶望だけだった。 彼女は悟った。今までの行いを。国王最強の騎士を一瞬で倒し、厄災とされているドラゴンをも手懐ける程の力の持ち主。だが国王が最も恐れたのはドラゴンを凌駕した霊獣召喚である。 彼女は人間と友好関係を築くたに村の使者となり、外の世界を、見た事ない風景を、新しい出会いに胸を踊らせていただけだった。 (これが人間か…憎いな…滅ぼすしかない……) 人類は失敗した。 この1人の少女によってこの星が滅びるとは、誰も夢にも思わなかった。 (精霊がいない……マナが足りない……私の依代で降ろすしかないか) 「禁断召喚…我が依代を代償に現れよ」 「時の支配者……時空を超えて……きたれ!」 「霊獣シルヴァ !」 (私もみんなの元に行く。またいつか会えるのなら今度は絶対失わない。ママ、パパ、そしてニーア。お姉ちゃんを許して。シルヴァ、先に行ってるね。今まで見守ってくれてありがとう。みんな愛してる) 「この器は…ノアか…」 シルヴァの目の前には故郷の焼け野原が広がっていた (生命反応 なし……) (この惨状は、、、ノア、、自分を責めるなよ。自らの命を代償に私を呼ぶとは) 「ノア、安らかに眠れ。契約に従いこの星を浄化する」 「愚かな人間共……我が子と一緒に……永遠に眠れ……」 「ダイヤモンドブリザード!!」 そして現れた幻獣により、瞬く間に世界は氷で閉ざされた 生存者     0人      生命の反応 なし 仲間を人間に虐殺された1人の獣人の少女によって、世界は滅んだのだった。 氷の世界に美しい光の玉が彷徨う (こ、これは、ノアの魂に共鳴して仲間の魂が集まってきているのか……) 「ノア……遠い未来に仲間達、お前の家族を転生させる!お前は命をかけたのだ、私もそれ相応の物をかけなければ釣り合わぬ」 (お前の家族は私の家族だ…守るべき大切な存在…昔も今もかわらぬ…だから後は任せろ…ノア。まずはお前の大切な家族、仲間達を転生させる) 「行くぞ!彷徨える魂よ…輪廻転生!」 「最後に私の魂ごとノアの魂を転生させる。私は消えてしまうかもしれぬがノアだけは守る」 (奇跡が起きたなら、また巡り会えるさ) 「輪廻転生!!」 そしてときは流れ時代は移りゆく カーテンの隙間から朝日が差し込み少女の顔を照らしている 「……え……ちゃ……ん」 「お……ねえ……ちゃ……ん」 「おねえちゃん!早く起きて!遅刻するよ!!」 (お姉ちゃん?だと、私は確か、死んだはずじゃ……) (この天井は見たことない、ここはどこだ?) 「タッタッタッタ」誰が階段を勢いよく上ってこちらに近ずいてくる 「バンッ」扉が勢いよく空いた 「お姉ちゃん!もーいつまで寝てるの!」 「えっ?………」 そこにいたのは妹のニーアだった。 「えっ?お姉ちゃんなんで泣いてるの?」 「ニーアなのか?その姿は?人間……なのか?」 「え?二亜だよ?なにいってるの?人間だけど?」 「私の名前は?私も人間なの?牙も耳もシッポもない、ここはどこ?」 (体が重い、人間の体だからか?これは転生したのか?シルヴァがやった?) 「ん〜?耳?ここは東京ですけど?ママーお姉ちゃんがおかしいんだけど!記憶喪失かな?」 「タッタッタッ」駆け寄る足音 「乃亜!あなたもしかして……」 「前の記憶は?」 「……あるよ、全部覚えてる」 「……やっと会えましたね」 「え?ママ?何言ってるの?」 「ママ、ニーア、これは夢かなにかなのでしょうか……」 「……いいえ。ノア、貴方が私達を救ってくれたから今があるのよ」 「ありがとう……そして……おかえりなさい」 ノアを抱き寄せ強く抱きしめた 「おかえりってお姉ちゃんはずっと一緒にいたじゃん!おかしいよ!ママもお姉ちゃんも!」 (まさかシルヴァに助けられるとは……運が良ければ一緒に転生しているはず……いつか必ず探し出す) 「ママは獣人ノアの伝説を全てを覚えていますよ♪」 「何その昔ばなしみたいなの〜♪」 「今度、二亜にも教えてあげなきゃね♪」 「ママ…ニーア…ただいま……ただいま……」 少女は暖かいベットの上で泣いていたのだった。 少女は巡り会う。大事な人達と。そしてこれからも。 fin

主人公

『無口な妻』 「幸せにします。結婚してください。」 俺の妻は何もしない。 最近料理や洗濯は俺がやっている。 最初の頃は、気合いを入れてやってた気がする。 俺の妻は無口だ。 いつからだろうか。 最初の頃はよく話していたような気がする。 さすがに機嫌を直して貰わないと行けないので話をしようと思う。 「久しぶりに散歩に行こう。」 結局妻は口を開いてくれなかった。 こんなに心配してるのになんで? 『優しい夫』 「幸せにします。結婚してください。」 夫は優しかった。 私が怪我をするとすごく心配してくれる。 夫は優しかった。 怪我か見えないような服を選んでくれる。 夫は優しかった。 外を歩くと歩道側を歩いてくれる。 なのにあの人を見ると震えるのはどうしてだろう。 ある日何かが切れた音がした。 私は扉を開けた。 『透明人間』 仲のいいカップルを何度か見かけた。 2人とも楽しそうに話していた。 その2人が結婚したらしい。 2人はよく公園でお弁当を食べていた。 奥さんの手作りだろうか。 セミの声でうんざりしていた。 その日も2人を見かけた。 日焼けを気にしていたのだろうか。 奥さんは暑そうな服装だった。 あれから2人を見なくなった。 公園で見覚えのある人がいた。 あの旦那さんだ。 1人で何を話しているのだろう。

いっぴきのくろねこ

それは一匹の黒猫であった。 臭いは目に見るだけで明白で、周りを不快な気分にさせるだけであり、このモノに生まれた理由などあるはずもなく、孤独を啜って深く息を吸うのが唯一のできる事だった。 腐った血で汚れた面は頭蓋骨に皮を張り付けただけの出来の悪い剥製のようで、死体よりも死を連想させるありふれた最後である。 影がふっと顔に落ち、目ヤニが張りつき濁った眼を向けると真っ白な犬が凛々しい立ち姿で目線のみを私に向けている。 ああ、私の中を見透かすその目は黒く澄んでおり、首には丁寧になめされた革を巻いている。 見下す相手としてもわたしは不足だと一口、息を吸ったが血痰の混じるづづづという音に消えた。 頭に衝撃が走る。 歯をむき口をびらびらと必死にむき出して、吠えはじめたのだ。 青く澄んだ目は大きく剥かれ、血走った白目には知性のかけらも感じられなくなっていた。 死んでいると思った私にそそられて近づき、息があることに驚いたのだろうか。 ここまで落ちぶれた犬は初めて見た、 それは向こうも同じだろうが、、、 真っ黒な私の足にキバが食い込む あああああ 三日前からいうことを聞かない前足に痛みが走る。 毎日餌をもらえているお前がわたしに一体何の用が、、、 ああそうか、わたしも何度も命をもて遊び、生きてきたなと腑に落ちる いま、リレーが回ってきたのだ 血が滴り 溶けた糞が足に垂れているのがわかる、温かい 何度も見てきたが糞尿が勝手に出るようになった生き物はもうダメだ。母もそうだった 私をひきづりながら犬は坂道をかけていく、その鼻息から興奮しているのがわかる。 錆びた柵の前で止まり、私を咥えたままこもった声で吠え始めた、きっとここがこいつの家なのだろう、汚く小さい家だ。 首がこてんと力なくたおれた。 真っ青な空が視界を染める。 日照りで熱されたアスファルトが私をじりじりと焼き問い詰める 玄関が開いた音がする、、人間に助けてもらえるかもしれないと何度も考えたがそれは違うと、、 いま、はっきりと理解した。 わたしは孤独である。 白い前足にゆっくりと口をつけて嚙みついた。 情けない鳴き声が聞こえたと同時に口から振り落とされた私は側溝に落水した。 水にぬれる嫌な感触に背筋がふるえる。 軽い私はとろとろと流れる泥水に血を洗いながら進む。 洗われた私の視界はキラキラと水に反射しながら、、、水の冷たさは思考の輪郭を明確に描いていく。 いまわたしは、、、ここで!全てをてにしたのだ! 堤防からまっすぐ延びる排水溝から、夕焼けに焼けるまっかな海に飛び込んだ。 それは一匹の黒猫であった。

ストーカーハイ

 夜道を自宅に向かって歩いていると、後ろから同じ速度で付いて来る足音があった。  角を曲がれば、十秒ほどして曲がってくる。  少し歩く速度を上げれば、後ろの足音もまた同じくらいの速度となる。  ありていに言えば、ストーカーに追われているという状況だ。  だが、僕はそのストーカーの正体を知っている。  僕に付きまとうその人は、先週僕がフった元カノなのだ。  そして僕が正体を知っているということを彼女は知らない。  そもそも彼女がストーカーになったこと自体が、僕の計画通りと言っていいだろう。  付き合っている当初から彼女には依存癖があった。  それ故に、こっちが忙しく少し会えない、話せない期間があると他に依存対象を探してしまう。  だから一度手酷くフった。  彼女が僕に依存し、それ以外の人との関係を疎かにしていた時期にだ。  その結果、依存対象を失った彼女は、僕のストーキングを始めた。  ストーカーにならない可能性もあった。  その時は他に依存する前に、適当な理由をつけて連絡すればいいだけだ。  そのままずるずる連絡を続けて、そうすればよりを戻すことも容易いだろう。  彼女にストーキングはなかなか様になっていた。  計画もなくストーカーされていたら、おそらく彼女だとは気づかなかっただろう。  今も絶妙な距離が空いていて、ふと振り向いたときに人としか認識できない具合だ。  このまま僕が通報することもなく続けさせれば、いつかもっと大胆な行動に出るかもしれない。  しかし彼女に自発的に行動されると、こちらでコントロールできなくなってしまう。  だからこちらから仕掛ける。  車も人もあまり通らず、家にもある程度近づいて来たところで、唐突に足を止めて振り返る。  隠れる影が少し見えたがこれは気づかないふり。  また前を向いて歩き出し、曲がり角に差し掛かるタイミングで走り出した。  少しわざとらしかっただろうか?  もしわざとらしかったとしても、やりきるしかない。  曲がってすぐのところに家の鍵を落とす。  これもわざとだ。  ちゃんと見つけてくれるだろうか。  だが、鍵を落としたことをこっちは気づいてないふりをする。  彼女が見つけてこそ意味がある。  そのまま家まで走り抜ける。  彼女は僕の家を知っているから、見失ってもここまで来るだろう。  自宅マンションのエントランスを抜け、そこからは安心したかのように走るのをやめる。  そして悠長にエレベーターを待った。  横目で、彼女が追い付いて物陰からこちらを窺っているのは確認できた。  鍵もちゃんと持っていた。  これで準備は整った。  自宅ドアの前で鍵を探す。  もちろんない。  そしていかにも焦ったような雰囲気を出しながら、彼女がいない方の階段からその場を後にした。  そのまま一旦マンションを後にしたふりをして、数分待ってから引き返す。  ドアノブを静かに回すと、案の定開いていた。  後はもう勢いだけだ。  何度か浅い呼吸をすることで、少し息を乱した。  そして、いかにも走って帰ってきたかのように玄関を強く開けた。 「ハァ……ハァ……ハァ……」  走ってきたアピールはこれくらいでいいだろう。  靴を雑に脱ぎ捨てて、中にずかずかと進んでいく。  リビングのドアを開くと、そこにはオロオロといかにも困ったように顔面蒼白な彼女がいた。 「お前……!? えっ……なんで……?」  演技の腕は上々。  今回はすごく上手い反応が出来た気がする。 「ごめんなさい……! 違うの……!」  慌てふためいている。  ふらふらとこちらに近寄り始める。 「っ……!?」  それに反応して一歩後ずさり。  すると彼女の目から涙がこぼれ始め、そして膝から崩れ落ちる。 「私……違うの……ごめんなさい……」  こうも上手に手のひらの上で踊ってくれると、笑えてきてしまう。  吊り上がりそうな口角を何とか抑える。  笑うのはまだ早い。 「よかった……」 「え……?」  床に座り込み、手で顔を覆ってる彼女をそっと抱きしめた。 「誰がいるのかって怖かったんだ……! よかった……。ありがとう……ほんとにありがとう……」 「許してくれるの……?」 「当たり前だ……。愛してるよ……」 「うん……。うん……! 私も大好きだよ!」  彼女の声が明るく甘い声へと変わる。  そんな彼女をさらに強く抱きしめる。 「あぁ……俺もだよ」  そう囁く僕の姿がガラスに映っていた。  その顔は、こんな場面にはふさわしくないような下卑たもので、もうそれを抑えることもできないほど溢れてしまう。 「もう離さねぇぞ……」  心の底からそう思った。  もう逃がさない。

坊主

憐れな坊主がいたらしい。 なんでも、老朽化した橋から落ちて死んだそうな。 しかもその橋、わざわざ“渡るべからず”と立て札まであったそう。 事を目撃したという者に話を聞いてみれば… 「“渡るな”と書かれた札に難癖をつけて、堂々と渡ってしまいそのまま…」 きっとその坊主は文字の読み書きができなかったのであろう。 なんと嘆かわしい。 こんなことは、もう二度とあってはならない。 私はこの話を教訓として、世に広めていくつもりだ。 確かその坊主の名は…一休だとかいったかな…?

23時58分

「最悪。」 寝ようとしていた時に、メッセージが飛んできた。 文面には「彼氏ができたから、もう会えません。」 前から狙っていた女の子だ。3回目のデートを控えていた。 外に出て、煙草に火をつける。 「次のデートで告白しようと思っていたのに。」 「明日バイトがあるから早く寝ようと思っていたのに。」 そんなことを思いながら、夜空に煙をふかす。 とりあえず、実質振られたし、失恋ソングを流す。 聴きながら、後悔や苛立ちが溢れに溢れてくる。 「本当に好きだったんだな。俺は。」 部屋に戻った後、ふと本棚に目を向けた。 昔買った短編小説集が目に止まる。 昔はよく小説を読んでいたが、最近はめっきり読まなくなった。 眠れないので、小説を久しぶりに読んでみる。 小説は、長編より、短編の方が好きだ。 隙間時間にパッと読めるし、一冊にいくつものお話が入っているから、お得感もある。 なりより、自分は飽き性だ。 久しぶりに読んでみると、懐かしさを感じた。 そりゃそうだ。昔読んだことある。 読み進めていくうちに、昔のことを思い出す。 あの頃は、あんなことやこんなことがあったっけ。 気づいたら、読み終えていた。後悔や苛立ちも落ち着いていた。 気づけば2時を回っていた。 「まあ、しゃーないな。」 そう思いながら、眠りにつく。 バイトめんどくさいな。まあ、しゃーないな。

妖精を見る

「ああ、気持ち悪い気持ち悪い、一体何が見えるってんだい! 本当に不気味な子! あの人はなんであんな子を引き取ったかねえ!」  部屋の中からおば様の声が聞こえる。孤児院でもよく言われたけれど、里親にこうも言われるとさすがに来るものがあるなあ……。 『ルミ、そろそろパンが焼けるわ。オーブンから出さないと』  妖精のメアリーが親切にも教えてくれた。  私は静かに、けれど素早くその場を後にし、キッチンへと向かった。焦がしたらまた怒られちゃう。  オーブンから天板を取り出し、パンクーラーに乗せて粗熱を取る。  うん、焼き加減いい感じ。 「ありがとう、メアリー。あなたのおかげで美味しくパンが焼けたわ。今日はもしかしたらおば様に褒められちゃうかも!」 『いえいえ。私たちに人間のことを教えくれるささやかなお礼よ』  ふふんとメアリーは笑ってパタパタと翅を揺らした。 「はあああ……。ルミ、あんたまたパンを焦がしたのかい?」  おば様と三人の実子が囲む食卓には、色とりどりのサラダにスープ、スクランブルエッグ、そして黒焦げのパンが並んでいた。 「ご、ごめんなさい……」 「前にも言ったよね? また失敗したら屋敷を追い出すって」  おば様からは見えない角度で、次男がニヤニヤと笑っている。犯人はこいつか!  しかし陥れた犯人が分かったところで私にはどうしようも無い。証拠も無ければ人徳も無い。変に申し立てをしても今の立場が悪くなるだけだ。 「申し訳ございません。次からは失敗したしないようにしますので、どうかお屋敷に置いて頂けませんでしょうか……?」 「駄目だ。そう言って何度も見逃してやったが、今回という今回は許さん! 金は幾らかやるから屋敷から出ていけ!」  そうまくし立てられて、私は屋敷から追い出されてしまった。  屋敷を出る日に、あの次男に「お前屋敷を出るのか? 可哀想だなあ。もしお前が俺に忠誠を誓うと言うなら拾ってやってもいいけど?」なんてふざけたことを言われた。 「あんたに忠誠なんか誓うわけないでしょ。私があなたに抱くのは侮蔑と呆れだけよ」  そう言うと次男は真っ赤な顔で私を罵った。  おじ様が亡くなってからは地獄のような毎日だったけれど、最後に言いたいことは言えたのだからあの次男にも感謝しなくてはいけないのかもね。 『ルミ、もうあと三十分も歩けば大きな街に着くわ。そこにはすごくたくさんの人間がいるから、あなたと同じか、あなたを理解してくれる人間が見つかるかもしれないわよ! それにあなたは勇敢で、肝が据わっていて、とても賢いからすぐに仕事が見つかるわ!』 「ありがとう、メアリー。あの家に住み着いていたあなたが着いてきてくれるとは思わなかったわ」 『私もあの女には辟易していたのよ……! あの家の主人が亡くなってから、好き勝手やりたい放題。母親が甘やかすから子供たちもひねくれちゃうし最悪!』  メアリーはプリプリと怒りをあらわにした。 『ああ、でも最後のレイモンド――次男坊のあの顔は傑作だったわね! 私も何かしてやればよかったわ!』 「ふふっ。あいつにはメアリーは手に負えないわよ。妖精の『よ』の字も信じてないんだから」  そんなことを話している内に街が見えてきた。  見たことも無いくらいたくさんの人間が忙しなく蠢いている。ある人はゆったりと、ある人は楽しそうに、ある人は騒々しく日常を過ごしている。  こんなに人がいるなら、メアリーの言う通り私を理解してくれる人が現れるかもしれない!  新しい生活への期待を胸に、私は一歩を踏み出した。

電話の話。

(注意とお願い) この話は古いメモから見つけた物です。 昔の自分が作った話のメモかもしれませんし、面白い夢をメモしたのかもしれませんし、お気に入りの誰かの小説の一部をコピーした物かもしれません。 以前この話を読んだ事がある方がいましたら、その作品をもう一度読んでみたいので、作品名を教えて頂けたらありがたいです。 電話の話 僕の頭の中には電話がある。 本物の電話じゃない。想像の電話だ。 それは携帯ともスマホとも違っていて、どちらかというと子機のような形をしている。 確かではないが、たぶんそれは僕の物心がつく前からあったみたいだ。 小さい頃の話になると周りの大人が「物心がつく頃には電話が使える賢い子」だったと評するので、恐らくハイハイをする前からこの電話で遊んでいたのだろう。 僕が覚えている限りこの電話が誰かに繋がった事は無い。 友達や実家、テレフォンショッピングなんかの実在する番号はもちろん、時報なんかの番号をかけてもツーツーという音がするばかりで繋がらなかった。画面に電波が立ってないので、当たり前といえば当たり前だがもちろん相手からかかって来たこともない。 うるさくもないし害もないので、特に気にもならなかった。 ただ、幼稚園の頃、この話を友達にしてひどくからかわれた事がトラウマで、それ以来親にも友達にもこの話はしないようにしようと決めた。 たまに好奇心から適当な番号を打ち込んでは繋がらない事にがっかりしたり安堵したり、そんな感じで僕はこの電話と付き合ってきた。 その関係に変化が起こったのは高校2年の夏休みだった。 その日は何もする事がなくて、暑くて、夏休みもそろそろ終わるというのに宿題をする気にもなれなくて、僕は何気なく頭の中の電話を手に取った。 そしてぎょっとした。 いつもなら圏外となっている電波線が一本立っている。 (繋がるかもしれない) 震える手でデタラメな番号を打ち込むと、プルルルルという音が聞こえる。顔から血の気が引くのが分かる。どこに繋がっているのかという恐怖と好奇心が心の中をせめぎ合う。 5回目のコール音の後、プツっと音がした。 暫くの無音の後「はい」という女の人の小さな声が聞こえた。 僕は力一杯電話を切った。 人に繋がった事で今更ながらこの電話に恐怖した。

色の見えない少年

僕の世界は生まれた時から白黒だった。  色覚障害を持って生まれた僕は黒と白としか色を認識することができなかった。そのせいで今はいじめられている。  「お前色見えないんだろ?」  そう言うと、彼は僕を殴った。口から黒い血が地面に飛んだ。  「これが赤色。お前には見えないだろ」  彼が言うには、血は綺麗な赤色をしているらしい。そのせいで僕は毎日殴られる。僕は赤色が嫌いだ。  「お前ら何してる!」  大きな叫び声が聞こえる方を向くと、先生が走ってきていた。彼は慌てたのか僕を押し倒して逃げた。  「大丈夫か、何があったんだ」  先生は倒れた僕を起こし、さっきとは正反対の優しい声で聞いてきた。  「遊んでいただけです」  僕はいじめられているのが恥ずかしく、言えなかった。  「本当か?」  先生は疑ったような声で聞いた。  「本当です」  僕は言えなかった。  「それならいいが、最近この辺で通り魔が出てるらしいから気をつけて帰れよ」  先生はそう言うと、学校の中に戻って行った。僕は倒れた拍子についた砂埃を払い、校門を出た。  殴られた頬をさすりながら歩いていると、近くから叫び声が聞こえた。僕は叫び声が聞こえた場所に向かった。さっき先生が言っていた通り魔だろうか。僕は心の中で、通り魔に刺されればこの地獄から解放されると少し考えていた。  叫び声がした辺りに来ると、女の人が黒い血を流して倒れていた。僕は女の人の体をゆすった。生きてるのかどうかわからなかった。僕の体には黒い血がそこら中についていた。  「早く、きゅ、救急車」  女の人は目を覚まし、僕の目を一点に見つめ、振り絞った声で喋った。そんなに痛いのだろうか。僕は救急車を呼びに電話を探しに行こうとした時、ふと気付いた。彼女の目に映る自分の姿。そこには見た事のないような綺麗な色が広がっていた。これが赤色なのだろうか、僕は感動した。彼が僕を殴っていた理由がなんとなくわかった。  僕は一通りのことを済ませ、女の人の元を離れ、家に帰った。親にバレないように階段を上がり、自分の部屋で血のついた服を脱いで隠し、着替えを済ませた。下に降りると、机の上にはご飯が用意されており、母が座ってテレビを見て待っていた。  「いただきます」  僕が座ると同時に母はご飯を食べ出した。僕は、母を見て、カレーをほうばった。  「続いてのニュース速報です」  テレビからニュースの音が聞こえる。  「今日未明、住宅街で〇〇さんが刺されているのを近所の住人が発見しました。〇〇さんは腹部を数カ所、顔を損…」  母は気分が悪くなったのか、テレビを消した。  「あんたも気をつけなね、この辺りで起きてるんだから」  母は、心配そうな声で僕が言った。  「大丈夫だよ、僕は」  僕は笑顔で答え、皿を片付け、部屋に戻った。  「明日は彼で試してみよう、早く見たいなあ」  僕は机の上の白いボールを転がしながら、ひとりつぶやいた。僕は赤色が好きだ。

隠し事

 遠くであいつが私を探している声がする。  私は平静を装い一言その声に応え、そして今一度これまで集めたコレクションを眺める。その芳しい香りを吸い込みうっとりと息を吐いた。  ここは私の楽園だ。   できるなら気の済むまでここに居たいがそろそろ戻らなければ中々姿を見せない私をあいつが探しにくるかもしれない。  外の気配を探ってみる。しかしまだあいつは近くにいないようだ。  さっさと戻らなければならないと分かってはいたが、誘惑に負けてもう一度コレクションの山に向き直り、その一つを口に含んだ。   一噛みで止めるつもりだったが、理性を狂わすその香りについつい夢中になり、気付いたら呼ばれてからだいぶ時間が経っていた。  ああ、いかんいかん。もう戻らなければ流石に怪しまれてしまう。  もしこの時、いつものように確認を怠っていなければ、悲劇は起きなかったんだろうか?  暗闇を這って光の射す方へ向かう。そして無事に出れて一息ついた時、死角から伸びてきた手にガシっと首根っこを押さえられた。 「見つけた!何してるの?」 「クーン」 驚きと焦りから情けない声が口から漏れる。 ああ…、見つかってしまった…。 無情にもヤツは私を掴む手とは逆の手で、楽園への扉に手をかける。 ガラガラっ 「あ!またこんなに靴下隠して!!おかーさーん!キナコがまた靴下奪ってたぁ!」 ヤツの声に反応してあいつも近づいてくる。 そして、私のコレクションを見るなり、その目を三角に釣り上げた。 「最近片方しかない靴下が増えてたから怪しいと思ってたのよ。押入れの隅に隠していたのね。キナコ!ダメでしょう! 」 「うっわ、これお父さんの臭い靴下だよ。最悪…」 「もう、この子ったら…」 集めたコレクションの中でも一番のお気に入りをおかあさんが摘むように持ち上げる。 「もっと丁寧に扱って欲しい」という抗議も込めて私は小さく唸ったが「何唸ってんの。反省しなさい」とさらに怒られた。 こうして再び私のコレクションは綺麗に没収されてしまった。 全くもって遺憾である。また置き場を探して一から集め直さなければならないではないか。 はぁ、と大きくため息を吐いたが、この鈍感な飼い主たちはおとうさんの靴下に夢中で、私の気持ちは伝わらなかった。

花売り

「お花、いりませんか?」    ボロボロの服に身を包んだ少女は、道行く人に声をかける。  だが、声をかけられた人は、一瞬目線を少女に移すも、速足でその場を離れていく。    当然だろう。  道行く人が、花を買いたいことなど稀だ。  まして、花を買うにしても、ボロボロの服に身を包んだ少女の差しだす萎びた花でなく、花屋に売っている鮮やかな花を買うだろう。    日が沈む。  一輪もなくならなかった花かごを持ち、少女はとぼとぼと帰路につく。   「今日も売れなかったなぁ」    花が売れなければ、お金が入らない。  お金がなければ、ご飯が買えない。  家に着き、くぅとなるお腹を押さえながら、少女は花かごを台所の机の上に置く。  そして一輪の花を手に取り、口へと運ぶ。    瞬間、少女の体に栄養が満たされる。  完全栄養花と呼ばれるその花は、一輪食べれば一日に必要なすべての栄養を摂取できるため、一部の健康マニアが喉から手が出るほど欲している。  が、その花についての情報は少なく、どんな見た目なのかもあまり知られていない。  まさか、見た目が萎びた鮮やかさのかけらもない花だとは、誰も思わないだろう。   「この花も飽きたから、ホカホカのお米とか食べたいんだけどなぁ……」    少女もまた、この花の価値を知らない。  少女にとっては、毎日花を食べて飢えをしのいでいる、程度の感覚だ。  まさか庭に生えるしなしなの花が、そんな価値を持つなど、夢にも思わない。   「明日こそ、売れるといいな」    そして少女は眠りにつく。

118文字後に恐ろしいどんでん返し

ぺたぺた。 赤色の絵の具で大きなキャンパスに絵を書く。 「あれ?もう無くなっちゃった。」 どうやら赤色の絵の具が切れたようだ。 まぁ赤一色だけで書いているから、無くなるのは早い。 けど、はぁ。 もうちょっとはもって欲しかったな。 せっかく身長の高い人を選んで殺したのに。 これじゃあ私に早く捕まれって言っているようなものじゃない。

世界の端っこに隠したふたりごと

「待てってば」 息を切らしながら追いつかれた声の主に背後から腕を引かれた反動で、雪に足を掬われながら尻餅をつく。 寒波が訪れて急速に降り積もった雪は、町を白銀に染めていた。 視界の端を掠める紫煙のような白い息を辿って見上げると、感情の見えない瞳が私を見下ろして告げる。 「雨音(あまね)の事が嫌いなんて、本音じゃないよ」 別に怒ってなんかいない。 冗談で言ったのは分かっていたし、楽しくなって最終的に追いかけっこのようになっただけだ。 ただ、本当になんにも考えてないような声音に、少しばかり苛立ちが募る。すぐに溶けてしまう雪のようにその感情は消えるけど、素直になれない私はまた一つ嘘を吐いた。 「……大丈夫。平気で嘘をつくチハヤの事は、私も好きじゃないから」 私の反論に対し、冗談だってと揶揄うように目を細めるチハヤは、『ジャンケンで後出しした、してない』というくだらない口論の末に付いた嘘を、嘘とも思わないように軽々しく一蹴する。 その些細な嘘で私がどう思うかなんて考えもしないように、彼はどこか愉しげに手近な雪を固めて遠くに放り投げた。 「もうすぐ世界は滅びるんだよ。冗談を言い合えるのも今の内じゃんか」 弧を描いて落ちる雪の塊をぼんやり眺めながら、他人事のように彼の声を聞き流して溜め息を吐いた。 「……まだそんなこと言ってるし」  ノストラダムスの大予言が流行し、テレビや雑誌も人類滅亡を煽るようなものばかりだった1999年。 21世紀になってもその予言を煽る迷信が尾びれを引いていたが、あれから六年も経って気付けば風化していた。 信じて踊らされていた幼かった頃の記憶を掘り起こしながら、未だに世迷言をうそぶくチハヤにうんざりして白い息に視線を合わせる。 雪を背に倒れ込んだ彼は、寒そうに鼻を赤くさせながら目を閉じて小さく笑った。 「だって、世界が滅亡するなんて、ちょっとロマンチックじゃないか?」 彼はどこか頭のネジが外れているらしい。 冗談か本気か分からないが平然と言ってのける姿に呆れながら、私も彼の真似をして寝転んでみる。 湿った雪の感触をダウンジャケット越しに感じながら、首に巻き付けた赤いマフラーに顔を埋めた。 「チハヤは死ぬ事が怖くないの?」 顔を横に動かして、宙をぼんやりと眺めている彼を見据える。ピントを合わせたカメラのように、彼の周りの景色だけがぼやけて滲んだ。 「怖くないと言えば嘘になる。でも、僕は別にこの世界に興味が無いから、死んだって構わない気がしてる」 「まだ私達十四歳なのに?」 チハヤの投げやりとも思える言葉に眉を顰める。 私と彼はただの幼なじみだ。その一線を越えることは、多分ない。 ただ私はこの偏屈な彼の事が好きになってしまったけど、彼には他に好きな人がいる。 そしてそれが誰かを知ってる。 俯瞰的に呟いた彼もまた、世界に絶望している一人なのかもしれない。絶望は、大袈裟かもしれないけれど。 「だってつまらないじゃないか。こんな田舎には何も無いし。滅亡しないなら、いっそのこと早く大人になりたい」 言葉の真意を勘繰るのは、浅はかだろうか。 チハヤの好きな人は、新任教員として今年の春からこの町にやって来た十ほど歳の離れた若い先生で、彼女の指には結婚指輪が光っていたのを、クラスメイトがはやし立てていた。 チハヤは窓際の後ろの席で興味なさげに頬杖をついていたけれど、今思えば彼の本心はそこにあったのかもしれない。 彼は昔から、好きなものに対して興味の無いフリをする癖があった。要は天邪鬼なのだ。 「──雨音?」 先生のどこがいいの、第一結婚してるんだよ。教師と生徒なんだよ。歳だってかなり離れてる。早く大人になりたいって、先生と本気で付き合えるとでも思ってんの? 体の中を駆け巡る激情を今すぐぶつけてやりたい。 私にしときなよ、なんてファーストキスでもしてやれば、チハヤは私を意識するかもしれない。 「……雨音」 実行出来る筈もない妄想を浮かべて苦笑いする。私は幼なじみの関係から抜け出せない臆病者だ。 「世界に興味が無いなんて、そんなの嘘でしょ?」 チハヤは意表を突かれたように瞬きをすると、小さく笑う。その姿はどこか悲しげに映り、彼の長い睫毛に付いた雪の結晶が太陽に反射して涙のように光った。 「……そうかも、なッ」 言葉尻に勢いを込めた雪のボールが、額にぶつけられる。冷たい感触に顔を顰めてざらついた雪を払うと、チハヤを睨んで同じ様に雪を固める。 唐突に始まった雪合戦は、手袋をしていない所為でやむなくすぐに中断された。 「チハヤ、罰としてあったかいココア奢って」 「なんの罰?」 「後出しジャンケンした罰」 「それは雨音の事でしょ」 小さく笑いあって冷えた両手を擦り合わせて息を吹きかけると、じんじんと痛みが広がるだけだった。

シャワー

 午後八時。  私は服を脱ぎ捨て、浴室へと入る。  服を脱ぎ捨てる瞬間は好きだ。  服と一緒に、外向けに作り上げた偽りの自分を私から切り離すことができる気がするから。  服と一緒に、今日一日で見聞きした膨大な情報を私から切り離すことができる気がするから。    蛇口をひねると、シャワーからお湯が出てきて、私の全身を濡らしていく。  手に持ったタオルで体を擦り、全身の汚れを落としていく。  そして、ピカピカになった私は、浴槽へとつかる。  私の疲労が、偽りの自分が、膨大な情報が、お湯の中へ溶けていく気がする。    私の中が空っぽになっていく。    そして私は、持ち込んでいたスマホを手に取り、アプリを起動する。  見るのはもっぱら、SNSアプリとニュースアプリ。        ――東京オリンピック 聖火リレー    ――SNSで応援しよう    ――関係者、予防策破り会食    ――XXさん、聖火ランナー辞退    ―新型コロナウイルス    ――五輪開催へ正念場    ――東京都の措置発表    ――体調不良時の呼びかけ    ――彼ピッピ    ――彼ピッピって彼氏じゃなかったのか    ――彼ピ    ――つまり、彼ピィ、彼ピッピ、彼ピクシー        浴びる。  浴びる。  浴び続ける。  明日の話題のための情報を。    空っぽになった私の中に、情報を流し込んでいく。    皆の持つ常識を。  皆の持つ当たり前を。  偽りの私を。  私の体は、再び情報に汚されていく。        ああ、明日のシャワーが待ち遠しい。  私が唯一、情報から解放される瞬間が。    偽りの私は、浴槽から上がり、浴室を出る。