たこ焼きになりたかった。 薄力粉として生まれたから、もしかしたらと思った。 でも、駄目だった。 「おら、どけどけ! たこ焼き粉様のお通りだ!」 世界には既に、たこ焼き粉が生まれていた。 薄力粉とたこ焼き粉。 二つ並べられた時、人間はどちらを使ってたこ焼きを作ろうとするだろうか。 言うまでもない。 たこ焼き粉だ。 早々に察し、たこ焼きになるのを諦めたこともあった。 しかし、諦めきれなかった。 食卓に並ぶ、ほかほかのたこ焼き。 タコを包んだ、ほかほかのたこ焼き。 一目見た瞬間、とうに心は奪われていたのだ。 なんとか、たこ焼きになれないかと、必死に調べた。 そして見つけた。 薄力粉で作るたこ焼きのレシピを。 たこ焼きを作るためだけにたこ焼きを買っても、余らせてしまう。 ならば、汎用性のある薄力粉でたこ焼きを作ってしまおうという人間の英知の結晶。 私は、それにかけた。 薄力粉を使ったたこ焼きのレシピを書いた本を、開いて机の上に置いておいた。 人間は、本を覗き込んだ後、ぐうっとお腹を鳴らした。 そして、棚にたたずむ私に視線を向けた。 やった。 と、期待したのもつかの間。 私に向いていた視線は、すぐにたこ焼き粉へと変わった。 違う。 違う。 違う。 その本には、薄力粉って書いてあるんだ。 私の叫びは人間に届かず、人間はたこ焼き粉でたこ焼きを作ってしまった。 羨ましい。 羨ましい。 羨ましい。 踊る鰹節。 輝く青のり。 湯気を立てる、ほかほかのたこ焼き。 「いただきまーす」 人間は、美味しそうにたこ焼きを頬張った。 数日後。 私は人間に掴まれた。 「今日は、お好み焼きにすっか」 私は、たこ焼きに慣れなかった。 私の体が、半球の穴が開いたたこ焼き機ではなく、平べったいフライパンの上へと落とされた。 水と卵とまざったドロドロの体は、たこ焼きと同じ。 しかし、体に埋め込まれていくキャベツが、「お前はたこ焼きじゃねえよ」と現実を突きつけてきた。 たこ焼きに、なりたかったな。 思わず涙がこぼれる。 「やっべ。肉、賞味期限切れてんじゃん」 私の気など知らず、人間は暢気にそんなことを言う。 冷凍庫を開けて、中からシーフードミックスを取り出し、お好み焼きの記事の中へぶち込んでいく。 私の体の中に、海産物が飲み込まれていく。 エビ。 イカ。 アサリ。 ……あ。 そして、タコ。 私の体が、熱によって固まっていく。 冷凍状態から解放されるタコは、私を見て優しく微笑んだ。 ああ、神様。 私は、たこ焼きにはなれなかった。 私の行き着く先は、お好み焼きだ。 でも、タコと一緒にお好み焼きとなれるなら、それはもうたこ焼きと言っても差し支えないだろう。 だって、タコと一緒に焼かれているんだから。 「いっただっきまーす!」 鰹節は踊っていない。 青のりは輝いていない。 あるのは、しなしなのキャベツとシーフード。 しかし、タコと共に湯気を立てるほかほかの私は、最高の幸せを噛みしめていた。 「お、タコ入ってんじゃん! 珍しい!」 どうぞ、召し上がれ。
追いかけていたね 追いかけていたよ 追いかけ続けていたね 追いかけ続けていたよ 夏のあの雲だね もくもくしたあの雲だよ 追いかけなくていいのかい? 追いかけなくていいんだよ ほんとうにいいのかい? もうオトナになってしまったからねえ
ある日の午後。 認知考古学の教授が、学生の前でマイクを握った。 「みなさん。人が道具を本来の目的以外に使い始めたのは、どの時代か分かりますか?」 「旧石器時代に、石を遊びに使ったのが最初だと思います」 「その通りです」 教授が、背後のスクリーンを指した。 「今日のテーマは、それを踏まえて『道具の目的外使用』について考えたいと思います」 学生は耳を傾け、ノートをとった。 「これを見てください」 黒い傘を取り出し、学生たちに向けた。 「この傘。駅のホームで中年の男性が持つと、どんな行動をとるでしょうか?」 「あっ、ゴルフのスイングをします」 教室に笑いが起こる。 「それから、女の子はバトン、男の子はチャンバラとかに使いますね」 「お年寄りが杖に使うのもそうですか?」 「はい。それも目的外使用です」 教授はうなずきながら、学生を見渡した。 「では、ここまでで何か質問はありますか?」 最前列の学生が手を上げた。 「ちょっと気になってたんですけど、額のガーゼ、どうされたんですか?」 教授は笑いながら、傘を開いた。 「昨日、妻が機嫌悪くてですね……」
水族館というのはクラゲをみるとこだと思っているからクラゲをみた というかクラゲしかみていない たくさんのクラゲをみていたら 横にいた、ちいさい女の子が ―イルミネーションみたいだねえ と言って (いまそれ、わたしも思ってたとこなんだよなあ) なあんか取られた気がして、すこし悔しくなった (んんん、光る、きのこ? みたいな) 頭のなかでひねり出した感想は われながらセンスのかけらもない すると不意に、床を腹ばいですべってペンギンがあらわれた (ト、ボ、ガ、ン?) と、そのペンギンが ―それ、本音じゃないでしょ 声は、ケンカ別れしたはずの元彼 ペンギンの元彼は、ツバサをパタパタさせ ―仲直りしたいんでしょ と、つぶやく 喉に詰まった、ごめん、の言葉のかわりに 元彼のツバサをそっと握った そういえば、言いにくいことは全部、元彼に預けていたんだっけ
「編集長、今月の応募作品、やたら多くないですか」 「そうだね。今回は賞金が出るからね」 「それにしても、この数は……どれくらいAIですかね」 「半分くらいは賞金稼ぎかな」 「昨日、審査してくれる作家先生から、断りのメールがきましたよ」 「大丈夫。ちゃんと考えてある」 編集長は頬を緩め、応募作品が入ったUSBメモリーをパソコンに挿した。 「審査には、私たちもAIを使うことにした。総評も書いてもらう」 「それじゃあ、AIの作品をAIが審査するってことですか」 「AI vs AIだ」 ──審査発表の日。 スマホを前に、女の指先が震える。 ごみ箱の周りには丸めた紙が散らかっていた。 「今回は自信ある」 祈るようにメールを開いた。 『最優秀賞おめでとうございます』 ─総評─ 「作品の中で語られる主人公の言葉、私には作れない新鮮さを感じました」
レモンのかき氷は ブルーハワイのときほどには 舌の色に違いが出ない ような気がする 「よく見てよ」 「み、みてるよ」 「ほんとに?」 「ほんとだよ」 わたしはもう一度 レモンのかき氷を食べ 今度は鼻の頭を ちろっと舐めてやった 「な、なに」 「これならレモンを感じるでしょ」 「てかさ、それ以上に、きみを感じるよ」 コイツはこうやって ときどき不意打ちみたいに わたしをドキリとさせることを言う それも、意識なんてしないで ふふん まったく、こしゃくなヤツ わたしのこと おおいに感じてくれたまえ
夢は脳内が生み出す願望らしい。なんて、そんな訳が無いだろう。ならば、視界いっぱいに広がる光景は、僕が望んだ世界なのだろうか。 僕は、君に消えて欲しい。 夢に落ちる時、奈落に落とされたような抗えぬ感覚に陥る。覚めたくても覚めれない。ならば、存分に楽しもうと思ったんだ。 1つのドアを開けるとそこには水槽があった。水族館にある大型の長方形の水槽。干からびて何年も使用されていないような空っぽの水槽。 その中に君はいた。 君は僕に向かってガラスを叩く。水なんか入っていない。抜け出せばいいのに、君は溺れているみたいに藻掻いてる。 僕はそれを見て口角が上がったんだ。 「ざまぁみろ」 自分で発した言葉なのに、乗っ取られたように感じた。 途端に激しい勢いで下からボコボコと間欠泉のように吹き出した水は、あっという間に小さな海を作り出す。 こんなことを言いたかった訳じゃない。 焦って水槽の外側から手をあてる。気づいた君は内側から手を合わせる。 数秒後、諦めたように笑って 君は目の前で死んだ。 闇が君の遺体をも呑み込んで、水槽が壊れていく、水が自分の体を侵食していく。液体になって自分も溶けていく。 暗転。自分の体が外の世界に引っ張られていく。強制的に内側の世界から弾き出された。 「おはよう!朝だよ!もー、遅刻しちゃうよ」 エプロンをつけた君は、鳥の巣のような寝起きの僕の頭を掻き乱す。太陽の光みたいだ。 「…………夢」 呆然とする僕に、君は一つ口付けをする。目の前に広がる君の伏せたまつ毛の一本一本が綺麗で息を飲む。 「...……。」 「……。」 静寂。君はあわあわとなにか言いたそうに口を形作る。僕は、君の耳から顔全体へと広がる紅を眺めるのに夢中だった。 「……い、良いだろ!恋人なんだから!」 悪役みたいな捨て台詞を吐いて君は出ていった。 天使のような可愛さに僕は胸を撃たれてまた布団へと倒れた。 僕は君に消えて欲しい。 僕から君を奪って欲しい。 こんな幸せ、僕には似合わないんだ。 水槽は僕の心で、水は僕の想い。 僕は君に消えて欲しい。 愛に溺れて、君には僕だけの人になって欲しい。 そんなわがままが通用するはずないだろ。 「ざまぁみろ……」 自分に向かって言った言葉だ。 「もー!時間ないから先に仕事行くね!ちゃんとご飯食べてお仕事行ってね!」 君は今日も外の世界へと出ていく。玄関先から聞こえる言葉に適当に返事を返した。 行って帰る。 現実世界には君がいる。理想世界にも君がいる。僕が帰るべき場所は君のもとだった。
時計の秒針が、ほんの一瞬、止まった気がした つられて、私の心臓も、一瞬 気のせいか いいや、気のせいではない 確かに一瞬、止まったんだ この世界という巨大な装置が あまりの退屈さに、世界があくびでもして 動きを止めてしまったのか まったく、迂闊なヤツめ ここに、私という目撃者がいることも知らずに しかし、これだけ大きなものを動かし続けているのに 世界というものは、少しも眠ることは許されていない しかたない あくびくらい、見逃してやるか 今回だけはな
平日の午前。 男は整理券をもらうため、小走りでパチンコ屋に向かった。 「今日は勝つ気がする……」 ポケットの中の軍資金を握った。 すると、道路脇でかがんでいる女を見かけた。 「……あの婆さん」 アパートの隣に住む婆さんが、お地蔵様を雑巾で丁寧に拭いていた。 男は足を止めた。 「信じる者は救われるか」 鼻で笑う。 夕方。帰り道、うつむいて舌打ちをした。 「ん……」 隣の婆さんがビニール袋をぶら下げ、地蔵の前に立っている。 そして、気にする素振りもなく、お供え物と小銭を袋に入れた。 「婆さん、こずるいこと考えたな」 「なにがだ」 「いやいや、今、お供え物と小銭、盗ったろ」 婆さんは笑いながら、男を見た。 「この地蔵、私が通販で買って、ここに置いたんだ」 「なんだそれ」 「他にも、何か所も置いてるさ」 辺りが暗くなってきた。 「私はねぇ、ちゃんと考えて置いてるんだ。リピーターを増やすためにね」 そう言うと、地蔵を抱えた。 「それ、どこに持って行くんだ」 婆さんが振り向いた。 「……ここは儲けが少ない」
「ぎゃあああああああ」 絶叫が木霊する。 「どうして、弟よ!」 「姉ちゃん!」 急いで姉が駆けつけて、弟が怯えた表情で振り向いた。 弟が持っていたのは、一枚の写真。 「これ、昨日遊園地で撮った写真なんだけど」 「うん」 「真ん中の……俺が写っているはずの場所に!」 「ま、まさか! 心霊写真!?」 恐い物が苦手な姉は、背筋を凍らせる。 しかし、弟の一大事。 姉は、恐る恐る写真を受け取った。 「謎の不細工が写ってる!」 「お前や!」 そして写真に写っているのが、笑顔が下手糞過ぎて化け物みたいな表情をしている弟だと分かると、そのまま弟をしばいた。 「いってー」 「驚かせなや! いつものお前じゃ!」 「えー。俺、いつもはもう少しかっこいいのに」 「鏡の前じゃあ、誰もが少しだけかっこつけんだよ! こっちが本物のお前じゃ!」 姉は、弟に写真を突っ返す。 弟は納得していなさそうだったが、気にせず姉は部屋を出て行った。 「表情教室、通わせた方がいいかな?」 そして、笑顔の練習ができる場所がないか、スマートフォンで調べ始めた。
日曜日の朝、八時。 幹線道路脇に、二人の警官が立っている。 「先輩。雨降ってきたっすね」 「寒いな」 歩道の植え込みの影に、レーダーを置いた。 「なんか、ずるくないすっか?」 「なにが?」 「レーダー隠してるし」 「見えたら、スピード落とすだろ」 二人は、気づかれないよう、身をかがめた。 「なんかこの瞬間、ワクワクしません?」 「あぁ」 「この前、釣りに行ったときと、同じなんだよなぁ」 「獲物を取る感じだ」 すると、一台の車が速度を超えて走ってきた。 「きたぞ」 「あっ、スピード落とした」 「バラシたか……」 水しぶきを上げ、余裕の顔で通り過ぎた。 「流れもポイントも、いいんだけどなぁ」 「おぉ、きたぞ」 「大物ですよ」 大型トラックが、スピードを上げて近づいてくる。 「あせるなよ。よし、ヒット」 待機していたパトカーが、サイレンを鳴らす。 二人は、停車したトラックに駆け寄り、運転席の窓を叩いた。 「運転手さん、飛ばしてたね」 「はぁ……」 「で、なに急いでたの?」 「鮮度が命なんで……」
となりの高い木にのびている フウセンカズラの手をつたい しずくが落ちていく フウセンカズラのその手は 自分を生かすための 生命線ともいえる フウセンカズラに 朝顔がからまり そのじゃまをする 朝顔も 生きるのに 必死なのだ フウセンカズラには 朝顔のその必死さが 重く鬱陶しい
男がテレビをつけた。 画面の中。 若い男がマイクを向けられている。 便利な人。 噛み合わない受け答え。 ワイプのタレントが笑う。 出ない方がいいと思えば、差別。 出たら、笑いの種。 本人が良ければ、許される。 男は静かにテレビを消した。
玄関の金魚の水槽を捨てようと思った。 長年あるもはや金魚なんて一匹も泳いでいない水槽。 台所で水槽を洗い、粗大ごみとして出した。 洗面器に移しておいた、いつからいたか分からない元・水槽の主を両手で掬う。片手に収まる生き生きしたその子。 頭の方から勢いよく飲み込んだ。 ふと、脳裏に母体から産まれる胎児の姿が思い浮かんだ。 「永遠」をイメージさせるあの子は、やはり永遠に近い存在だったようだ。 今でも私の胃の中で胎動のように泳いでいるのを感じる。 ご飯を食べる。私のためか、あの子のためか分からない。 いつか私の遺灰の中から元気なあの子が産まれる事を祈る。
「あの、なぜいつもあなたなんですか?」 「何がですか?」 「僕は、あの娘に介助をお願いしたい」 ベッドの上で、中年の男が笑った。 「僕、両手が不自由じゃないですか?」 「ここ、そういう店ではないですよ」 「横になってるだけです」 「それって、もうセクハラですよ」 「バリアフリーでお願いします」 薄暗い部屋に、デジタル時計が光る。 「まぁ、上に相談しておきます」 「僕からも話していいですか?」 「はい。ご自由に」 男は扉を閉めた。
彼女に人の顔をよく見てるね、と言われた。 詐欺師か心理カウンセラーとか向いてるかもしれない、と思う。 弱ってる振りをして同情を誘い金品を巻き上げる。 あるいは弱ってる人を助ける振りをして金品を巻き上げる。 実はそれは僕の知り合いがもうしている。 もうしている、合法的に。 合法なのだからいいだろう、と思っているのかも知れない。 物は言いよう。 子供を救わなかった罰を僕は受けている。 気付かないのだろうか? 僕はシステムに乗っ取りなるべく生産する。 心の声が野菜を作ってください、と言ってくる。 紙に書いた絵空事は活動の資金源。 どっちを取るべきか迷う。 宗教産業。 治すべき人を治さない。 大の大人が寄り合って会議をする。 結局救えない。 暗い話題だ。 田舎では何でもかんでも病気にするな、という慣習というか見方があるらしい。 田吾作の文章は何も生み出さない。 ようは僕もあちらも詐欺師なのだ。
「私と結婚してください!」 叫んだ瞬間、姫は死んだ。 全身が赤い血と化し、赤い炎が全身を包んで、燃え尽きて死んだ。 不老不死の姫君。 彼女が、相思相愛になると絶命するなんて知らなかった。 墨の影だけが残る地面を見つめながら、私は自分が赤になる方法を考え続けた。
筋トレしてシャワー浴びて眠くなる。 筋トレをすると自己肯定感が上がるらしい。 負け犬の僕は何故か身体を鍛える。 イメージしないから筋肉の付きがあまりよくない気がする。 筋トレのあと少し遠いスーパーに自転車で行った。 暑いが帰ってくると少しの充足感がある。 いつも見えるジムには身体を鍛える人達の姿がある。 チョコとバナナを食べる。 身体を鍛え始めたのは守る人が出来たからだ。 デイケアでも気功などをするべきかもしれない。 犬の残暑は秋の気配を待ちまた冬に備える。
診察室で、男がうつむいていた。 「先生、私は……」 「あなた、最近オチばかり考えてるでしょ」 「はい」 「何だっけ? 蛇口から、漢字の水がたくさん流れて、排水溝が詰まった? これの何が面白いの」 「はぁ……」 「これ、思い付いたとき、ニヤけたでしょ」 「ダメですか?」 「重症だね。少し頭を休めなさい」 クリニックを出ると、男は幹線道路沿いを歩き、自宅へ向かった。 すると、サイレンを鳴らしながら、パトカーが通りすぎた。 「そこの車、左に寄せて止まりなさい」 道路脇には、パトランプから落ちた『あと二人』の赤い文字が転がっている。 一瞬、足を止めた。 「……いいじゃん」 男は、ニヤけ顔でポケットからネタ帳を出した。
父親の前にだけ置かれた枝豆に そっと手を伸ばす テレビの野球中継に見入る父親は それに気がついているのか ほんとうに気がついていないのか 「ああ? なんかへってんなあ」 と、すこし芝居がかったように言う その言い方がおもしろくて また、枝豆に手を伸ばす 瓶ビールの近くにあった父親の手が ふっと枝豆の皿に近づいていく そうとは知らないわたしの手が 父親の指先と鉢合わせ 「なんだ、だまって。まったく」 怒られながらも いくらかの枝豆を手につかむ 枝豆とは 父親に何かしらを言われながら あの塩っ気を愉しむものなのだと 大人になって 父親に何も言われず 気ままに食べる枝豆は だからすこし もの足りない
夕暮れはとっくにすぎている。暗闇につつまれる駅前の商店街。数分前の会話を思い出している。 ―駅の、いつも使ってない出口のほうに新しくスーパーができたらしいよ と、僕が言ったんだった。 ―お、開店セール ズっちゃんはうきうきして返してきて、さっそく外に出る支度をはじめた。 そしていま、僕たちは目指している。駅の向こうに新たにオープンしたスーパー「39ベリマッチョ」に。 「ネーミングセンス、すごいね」 「でも、忘れないよね」 「マッチョな店員がいるとか?」 「裸で?」 「さすがにそれはないでしょ」 いつも使っている駅だけど、出口が違うだけで戸惑いが大きい。自分の行動範囲の狭さに、ちょっぴり情けなくなる。ズっちゃんはというと、そんなことないみたい。まあ、ズっちゃんだし、そこはねえ。 赤と黄色を基調とした新しいお店はすぐにわかった。お店に入りきれないくらいのお客さんを想像していたのだけど、そんなことはなかった。すんなり店には入れた。時間も時間だし、それに各駅しか止まらない駅なんだから、それもそうか。 「裸の店員さんいないね。それに細いし」 店に入って、いきなりズっちゃんはそんなことを言う。 「ベリマッチョってそういう意味じゃないんじゃない」 「ふうん。ねえ、今夜は冷奴で一杯やらない?」 「いいねえ。枝豆は?」 「それはもちろんだよ」 「この店、魚安いね」 「焼き魚? フライ?」 「ここんとこ、くだもの食べてないかあ」 「スイカは?」 「丸ごと一個は無理だよ」 「アイスならいいでしょ」 「そうだね。アイスにしよっか」 いつの間にか、買いものかごのなかは僕たちの好きなもので満杯になった。 「たまには違うお店で買いものっていうのもいいね」 駅の向こうというたったそれだけのことなのだけど、いつもと違う空間は僕たちにはえらく新鮮だった。 その日の夜は、僕たちにしては、まあまあのごちそうといったところだった。 「今日行ったスーパーからちょっと行ったところにおいしいパン屋さんあるんだって」 「よし。今度行こう」 「お。なんかやる気」 もしかしたら、初めて行ったあのスーパーに、少しばかりやる気をわけてもらえたのかもしれない。お礼を言わないとな。 ―39ベリマッチョ
お花を描いたのねえ、声をかけると、 「ちがいます、ひまわりです」 小さな女の子はきっぱりと、けれどどこか、小学校の先生が低学年の子に、性格そのままのやさしさで言うみたいに教えてくれた。私はずいぶん昔のことを思い出し、小さな先生に向かって、はい、と元気よく返事をした。わかりました、の意味を含んで。 ひまわりを育てたのは小学二年生のとき、クラスの班ごとだったから育てたうちには数えていない。だから私はひまわりを育てたことはこれまでない。朝顔はいくらでも育てたことがあって、でも夏が終わって茶色くなった姿を見るのが心苦しいのは、朝顔にしても、ひまわりにしても同じことだ。 その日も女の子はひまわりを描いていて、私が、ひまわり描いたねえ、と言うと、 「はい、これはひまわりです」 英語の時間の奇妙な英訳のように言って微笑んだ。女の子も奇妙だと自覚していたのかもしれない― 彼の名前はボブです。 ボブは高校生です。 彼は自転車に乗って学校へ行きます。 彼は音楽が好きです。 彼はギターを弾きます。 彼はお花も好きです。 彼は小さな女の子に言います。「これは花です」 小さな女の子はそれに答えます。「いいえ、これはひまわりです」と― 「私たちはコーヒーを飲みますか?それとも紅茶ですか?」 小さな女の子は言って、 「そういうときは、そろそろお茶にしませんか?って言うのよ」 やさしく教えてあげる。 「はい。そろそろお茶にしませんか?」 「うん。そうしよっか」 女の子はひまわりを、私は朝顔を、それぞれ描いていた。その絵はまだ、どちらも描きかけで、けれど白い画用紙のなかできれいに咲き誇っても、決して茶色く枯れることはない。
八の字のダンスを 踊った先には 琥珀色のはちみつ みつばちが 集めた蜜で かがやく食卓 はちみつが 白いパンに しみこむ はちみつの上に 罪深きバターを ぬりたくる バターがはちみつを 閉じ込めて 逃がさない がしっと パンに 歯を沈めていく カリッ じゅ わああ むぐっ んぎゅ ふうう あああ おいしい おいしい
黒い色をしたあの飲みものが 自分の飲んでる透明なものより えらくオトナな飲みものに思えた 初めて飲んだときのことは もう忘れてしまったけど たぶん、サイダーの ふぬけた炭酸より 強いものを感じたんじゃないかな ピザを食べながら サンドイッチを食べながら ホットドッグを食べながら ハンバーガーを食べながら その横には、コーラがあった ピザも サンドイッチも ホットドッグも ハンバーガーも 食べなくなって コーラとは、疎遠になった なつかしい、とも 久しぶりに、とも 少しも思うことがないのは わたしのオトナなころが すぎてしまったからかな それは ひどく 悲しい
勇者が魔王を倒した後の世界 平和になったせいで勇者が失業。生活保護寸前で「元勇者専門」の便利屋を始める。 俺はユグナー。勇者をやっていた。1年前魔王を倒した。それから世界は平和に。おかげで魔物は激減。モンスターを倒すのを生業にしていた者は今は違う仕事に就職。勇者の俺も生活保護寸前である。 「何か仕事しなければ」 俺は便利屋を始めることにした。元勇者専門だ。 便利を始めることにした俺は客の来ない店番をする 10分後 「まずい」 「客がこない」 1時間後 空が青い 客がいつか来ると信じて 一人声をかけて来る人がいた 「便利屋やってるの?」 人の良さそうなおばあちゃんが声をかけてきた 「いらっしゃいませ!。そうです」 「なんでもやってくれるの?」 「はい」 「だったらお願いしようかね」 よっしゃ依頼がきた。 やっとお客がきた。 町のおばさん。 依頼は飼い猫の捜索願い。 「さて探すとしますかね」 なんたって俺は元勇者。猫探しもただの便利屋とはちがう 魔力探知でにちょちょいのちょい。 おばさんの匂いを頼りに町全体をサーチする。 俺くらいになるとね。広範囲でできるんだ。 見つかった。 猫の首輪もおばさんと一致。 「え!もう見つかったの!?ありがとう」 「こんなに仕事が早いなんて。ほかの人にも広めてくるからね。ありがとね」 いい顧客もゲット。元勇者なら楽勝だ。 便利やも楽だね 今日もユグナーはなんとか一日を食いつなぐ
新落語 誰もが知っている 「少林寺拳法の話」 今宵は、パタパタ このような 言葉があるのは それは、 誰もが知っている はたがなびく 文字を変更 パタパタ から バタバタ それからどうした いそがしい そのあとどうした いやなお客をばったばったとなぎ倒す これはなに 少林寺拳法となる なぎなた説法の術 こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ いろはの咲
世間はLGBTQ+の嵐だ。 新しく付き合い始めた彼女も嗜んでいる。 カミングアウトした僕を優しく包んだ彼女は三島由紀夫の魂を月へ運ぶ。 美輪明宏も微笑んでいるだろう。 銀座のシャンソンクラブと長崎の遊郭の交差地点。 今日は原爆投下の日。 違う意味でのシュペルノーヴァはまた世界を縮小拡大し世界を浄化する。
暑く、やけに寝苦しい真夜中。 寝たような気になっても、昼間に抱えた心配ごとが夢のなかにごそっとあらわれ、少女は起こされた。 ―きっともう寝られないなあ 少女は、大きく窓を開け放つ。 その姿を見つけ、夜があいさつしてくる。 「こんばんは」 少女に驚きはない。夜が、おはようだなんて言うわけないのだから。 「どうせ、寝られないのだろう」 「ええ」 「どうだい、お話しでもしてやろう」 「そうしてくれると助かるわ」 しかし、寝不足ぎみの少女に対して、夜はやさしくない。 「なんて、この私が言うと思ったかい」 少女は、そんな夜に抗う。 「人間はね、あなたと違って、そんなに偉大なんかじゃないのよ」 少女からのたわごとに、 「ああ、知ってる」 夜はきちんと答える。 「人間はね、ただの人間なのよ」 「いかにも」 「人間でしかないのよ」 「身も蓋もないが、それが真実だ」 「ねえ、明日もまた来てくれないかしら」 「約束はできない」 「でも、来るわよね?」 懇願する少女に、 「おやすみよ」 夏の夜のくせに、冷たくてそっけない。けれど、その冷たさが、いまの少女には心地よい。 ふいに、遠くでニワトリが鳴く。 「では、これにて」 夜は、あっけなく姿を消した。 夜と朝とのはざまに、少女は短く告げる。 「また夜に会いましょうね」 東の空が、ゆっくり白んでいく―
毎年、夏になると、夫の会社ではボーナスが支給される それに合わせて、夫は私にお小遣いとして、十二万円をくれる 「ありがとうございます!」 「一年分だから」 「うん」 「一年分、だからね」 「……うん」 「一年分ね」 何? その念押し ちょっとモヤるけど、貰う側だから何も言い返せない お小遣いは嬉しいけど、「いつもありがとう」の一言が欲しい 壁にかかったカレンダーをちらりと見る 私たちの十二回目の契約更新日が近づいている
家を掃除していたら、夫の日記を見つけた。 毎日帰ってきたら、帰る前から酔っ払っていて、寝る直前まで酒を飲んでいるあの人が、いつ、そして何のために日記を書いているのだろうか 内容は大したことないだろうが、気になる。とても。 厄介なのは日記がダイヤル式ロックが付いているタイプだということだ。こんな洒落たノートを何処で買うのだ。あの人の生活圏内で。 ダイヤルは4つ。0〜9の数字を組み合わせるもの。 掃除機も放ったらかしで数字を組み合わせていく。 0000 1234 9999 7777 開かない。 後三十分もすれば息子が学校から帰ってくる。いつものように「お腹減った」と言うだろう。 あの人は頑固だが、平和主義ではある 8739花咲く 2951福来い 8080晴れ晴れ 開かない。 洗濯物も取り込んでいない。 何か、あの人が忘れないで大切にしているような数字。そうか。誕生日 1122夫の誕生日 だめだ もしかして 1001私の誕生日でもないのかい 0707息子の誕生日でもない 何なんだ。気になって寝られないかもしれない。夫が帰ってきたら脅して強制的に開けさせようか… 0529本日の日付 カチャリ。開いた。カレンダーを見て今日の日付を見た瞬間「これだ」と確信したけど、何でそう思ったか分からなかった。 鍵が空いて、今分かった。今日は結婚記念日。だからあの人は「今日は定時で帰ってくるね」と言ったんだ。 カチャリ。 「ママ〜お腹減った」 「先に宿題終わらせちゃって、今日はお寿司食べに行くから」 「やったー!」 ノートに一つだけピン留めしているところがある。ページをめくると日記とは別に、私の好みや、嬉しいと思うこと、嫌なことがまとめられていた。 「何見てるの?」 息子を見ると濡れていて、そこで初めて雨に気がついた。
つまらない。今、電車がやってくる。今狂ったら迷惑がかかる。今はカッターも煙草もない。どうしようもない。どうしよう。 私は電車の入り口が目の前に来た時、小さな安堵感を感じた。狂ってしまわなくてよかった。 電車から降りた後は、最寄駅から自転車で、小さな寄り道をする。日中でも夜でも、ほとんど誰も通ることのない小さな橋。下には高速道路があり、どこかへ向かう車たちの瞳が絶え間なく見える。名残惜しそうに手を振る夕焼けの上には、星たちがいる。 そこで橋のはじに足を添えて、水を飲んだ。自分もあの星たちの仲間になれるかな、そう思った。同時に、星になったらこの風景を見ることは出来ないのかもしれないとも思った。ちょっとだけ、落ち着いてきた。 この気持ちを忘れないために、高速道路の写真でも撮ってみようかと思い、目線をずらす。斜めがけカバンに手を伸ばし、スマホを取り出すと、目がいつもより見開いた。長くやりとりをしていない友人からLINEが来ていたから。少し高揚するような気もし、開いてみる。 「おすすめの漫画が届いたよ」 本人の文字ではない、漫画の紹介だった。きっと、紹介をすれば続きが見られるのだろう。タイトルや表紙も官能的であることから、無害な自分を利用したのだろう、と歪んだ感想を思う。その他には、チャットレディから数件のメッセージが届いていた。 「なんなんだろう」 行き場のない気持ちがさらさらと、脳内に届く。あと少しで、少しでだけでも穏やかになれそうだったのに。諦めに似た心地がして、小さく笑った。本当に笑っているのか、自分でも分からなかった。写真を撮ることも忘れていた。
どうも、ひまわりを目にしない 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない わたしが、あさがおのほうがすきだから 意識してさがさないから たんに目がいかないだけかも 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない わたしは、夏の暑さに抗うだけの力を 持ちあわせていないから あさがおのほうが似合っていると思う 見ているのかもしれない 見ていないのかもしれない ひまわりのこと 好きなの? 好きじゃないの? 好きなのかもしれない 好きじゃないのかもしれない
「悩んだことなんてないくせに」 仲が良かった人にそう言われたことがある その人は傷ついてて、つい、私に言ってしまったのだと 分かってはいるけど 私だって、悩むし、人一倍傷ついてる 悲しみや怒りの反面 少し、ほっとしている自分もいた まだバレてない、大丈夫 ぐじゅぐじゅに腐った内面を 必死に隠すために 今日も明るい部分だけを 表に出す
カレンダー通りにはいかない そんな仕事なので 「平日はさあ」 とか 「土日ってねえ」 とか 言われても なんのことやら 少しも理解できないし 想像も働いてくれない 平日だと なんなのだろう 土日だと どうなのだろう 今日も 暑くなりそうだ それくらいは 理解できる それで いいんじゃないかな
世は、大物価高時代。 貧しい私は安いパスタをまとめ買い、毎食毎食パスタ生活。 ソースを変えれば味変できるが、こうも毎日パスタだと飽きるのも事実だ。 ニュースでは、物価高によって若者の健康的食生活が脅かされていると叫ばれる。 昔の人はさぞいい物を食べていたのだろうと、私は父親のところへ行った。 私は不遇なのだ。 さぞいい物を食べて育った世代に、嫌味くらい許されるだろう。 「お父さん。大学生の頃、何食べてた?」 「パスタ」 「他には?」 「パスタ。お金なかったし」 おかしい。 想定と違う。 昔はソースの種類も少なくてな、と昔話を始める父親を放置して、私は祖父の元へと向かった。 「おじいちゃん。大学生の頃、何食べてた?」 「昔は、大学なんて行く人、ほとんどおらなんでな」 「じゃ、高校生の頃でいいや」 「パスタ」 「パードゥン?」 「パスタ」 パスタ二連続。 どうした、我が家は呪われているのか。 前世でパスタに悪さでもしたのか。 「ひいじいちゃん」 「おにぎり」 私は、今日もパスタを作る。 物価高になろうがなるまいが、なんか皆パスタだったから。 「ほな、しゃーないか」 地域限定の珍しいパスタソースを取り寄せたので、今日はリッチなパスタさんだ。
まだ気温が上がりきっていない 八月の午前中は もう秋だっけ?と少しの錯覚と みずみずしい果物への欲望で 心が支配されてしまう 小鳥の声がそれを後押しし カラスがかき乱して 現実に引き戻してくれる 野蛮に 強引に 余韻もなく パンと牛乳と バナナとぶどうの朝食は 健康的なような でもちょっぴりのもの足りなさ 考え込んでしまうくらいなら 食べてしまったら お茶漬けを さらさら がふがふ からり 野蛮で 強引で 余韻もない
くらげを 海の月と 書くのだと知って 愕然とした そう漢字をあてた人は いったい何を 見ていたというのだろう くらげは 海の星 じゃあないか