毒を摂取。毒も喰らえば栄養も喰らえばなんとか。そやな健康にいいものだけを摂るこれも健全とは言い難いな。そんな感じで今を過ごす。いいなこれのり塩のポテトチップ、のりがビールに合う。ちょっと一息、ポテトチップをたいあげる。自分は酒に強いほうではない。でも、酒飲まずにはいられない….。 音楽を聞く、グランジが僕の今の流行りだ。シャウトが聴こえる悲痛な叫び。レイン・ステイリーがダークな世界観を彩る。酔っぱらいに見られないように振る舞うアル中ではないと思いたい。酒豪になるには痩せ我慢も必要だ。アル中とは思われたくないが酒豪には思いたい。捻れている。言葉の違い。

逆光、泡沫、きらめき

とても、綺麗だった。 影が覆いかぶさって真っ暗な中、光る彼の涙は綺麗だった。いや、光ってなどいなかった。俺がそう見えてしまっただけで。仄暗く、陰鬱な涙だと思う。 十歩ほど離れた距離からそれを眺めていた。 これが、今この瞬間にしか存在しないことが許せなくて、スマホを手に取り、彼に向ける。彼は気付かない。 カシャ、 そんな間抜けな音で、ハッと顔を上げ、俺をきつく睨んだ。 「何撮ってんだ」という文句を躱しながら、なんとか距離を保つ。まだ彼の瞼はきらめいていて、また胸をくすぐった。 写真に写る彼は、光に縁取られ、その中をバケツツールで真っ黒にしたようなもので、俺の生涯手元に置いておきたかったそれは、儚くも形のないぼんやりとした思い出になってしまった。

怪獣があらわれる街✕雨の日に傘を持って

雨は続く 一度暖かくなった気温も今週に入り真冬に戻ってしまった。 人々はコートを着ている人もいれば、トレーナーですましている人もいる。 そして雨の日が続く。 先月は乾燥と晴れ続きで、火事やダムの貯水量のニュースが多かったが、この雨で解消されるだろう。 傘を持つ手に雫が伝う。 カモメはウルトラマンである。 カモメは今、息子を待っている。 そろそろ下校時刻になるので通学路のスーパーで息子が通るのを待っている。 今日は、妻の母親が白内障の手術を終え、退院する日なのでカモメは家族でお迎えに行くことになった。 下校途中の息子をつかまえ、先に病院に行っている妻と妻の母親を迎えに行く予定なのだ。 古いアスファルトの歩道は灰色の空を映す水たまりが散らばっている。 歩道は下校している子供達で賑わっている。皆、楽しそうに歩いている。信号のない交差点をどんどん進んでいくので危なくてしょうがない。 息子の姿を探す。いた!子供たちの行列の中で友達と三人並んで歩いている。息子は口がきけないから、騒いではなかったが、 楽しそうに、 三人そろって何か話しながら、 その中にうちの息子が赤い傘をさして、歩いている。 息子が僕に気が付くと、少し笑って、軽く手を振る。僕も傘を上げて答える。 冬の冷たい雨が服を濡らしていく 風に乗った雨が横から吹いてくる。 子供たちの明るい声がカモメの心に響く。息子の小さな手がカモメの手を握る。カモメはこの幸せを守っている。

頁のあいだ

なにもかも上手くいかない。 そんなとき、ふと本棚が目に入った。 学生時代、貪るように本を読んでいたはずなのに、いまではただのインテリアになっている。 並んだ背表紙をなぞる。 その途中で、手が止まった。 学生時代の彼女にもらった本だった。 手に取る。 ページを繰る。 そのあいだから、なにかがふわりと落ちた。 拾い上げる。 茶色くくすみ、しおれた、たんぽぽ。 ——そうか。 うまくいかないのは、今に始まったことじゃない。

don't you worry@平日の遊園地

@平日の遊園地 目の前で子供にジャンバーを着せる母親がいる。着せられている子供は満足げだ。母から愛情を受けている事を感じているのだろうか。隣の弟は自分の番をけなげに待っている。 スーツケースを引きずるオジサンがスマホを見ながら通り過ぎる。傷だらけのスーツケースは使い込んであり、オジサンの扱い方も雑だ。オジサンの歩く速度が速いせいで、スーツケースは時折跳ねながら引っ張られている。何をあんなに急いでいるのか? 椅子に座っているオジサンはスマホから目を離さない。目の前で大声で話しているのに気にならないのか。 曇り空の下、遊園地のイベントスペースでウォーリーとユウの二人は漫才をしている。 平日の遊園地でも人はそれなりに入ってはいるが、彼等の目の先はジェットコースターやメリーゴーランドなどの乗り物に向けられ、漫才をしている二人の前をを足早に通っていく。足を止めてこちらを見ているのは鳩くらいだ 「いい加減にしろ!」 「どうもありがとうございました」 何とか持ち時間を使い果たし、ステージを降りて楽屋に舞い戻る。現実から逃げたいのか少し駆け足気味になってしまう。 楽屋と言っても白いテントが用意されているだけで、電気ヒーターなど暖房はない。 「お疲れ様。良かったよ」 モノマネ芸人のエイトビード武さんがウォーリーとユウを指をさして褒めてくれた。 「ありがとうございます。でも、誰も聞いてなかったでずけどね」 「俺初めてですよ、鳩に向かって漫才するの」 とウォーリーが言うとエイトビード武さんが大きく笑った。そして「俺はよくあるよ」と言ってステージへ向かった。 最近分かったことだが、楽屋で褒めてくれるような先輩芸人さんは本心で言ってくれているようだ。この世界もいろんな人がいる。ただ生き残っている人は決まって人格者ばかりな気がする。勿論、大スターなどに会ったこともないが、大スターと若い頃よく飲みに行ったと懐かしむ芸人さんたちはたくさん会ってきた。 彼等は大スターほど面白くないし金も無いが、とても優しい。 ウォーリーがスーツを脱ぎジャージに着替えている。 「俺、ちょっと散歩してくるわ」 「うん」 「次は何時だっけ?」 「次は二時。その次が四時」 「オーケー」 ウォーリーが楽屋を出ていった テントの外は楽しそうな声で溢れている。先輩のエイトビードさんはどんな顔して芸をするのか袖から見てみることにした。 @二人きりの打ち上げ 「お疲れ」 「お疲れさま」 「いやぁ、受けたなぁ」 「どこがだよ」 ステージが終わった帰り、家の側にある居酒屋に二人は寄っていく ウォーリーは酒があまり強くないので、温かいお茶と焼き鳥の盛り合わせを食べていく。 ユウはハイボールを飲み、ツマミは食べない。 「俺さ、あの遊園地初めて入ったよ」 「そうなんだ」 「知ってる?あそこステージがもう一個あるの」 「えっ…あぁ思い出した。子供の頃仮面ライダーショウを見に行ったよ」 「今日もやってたよ。仮面ライダー」 ネギマのネギが串をスライドしてウォーリーの口に入っていく。 「へぇー」 「あのさ、汚いスーツケースを引いてたオッサン、覚えてる?汚い格好をしてさ俺らの前を急いで通ったじゃん」 「うんうん。スマホ見ながら歩いてた人。僕たちの漫才を一瞬も見なかった人だ」 「そうそう。それそれ」 ハイボールの味が少し苦い 「その人が?」 「その人が仮面ライダーだった」 「マジで?」 「マジ。向こうの楽屋入って行ったから」 「ダメだろ」 「なんかいい人だったよ。昔はテレビとか映画にも出てたらしいよ。それこそ仮面ライダーで出たこともあるんだって」 「すごい人じゃん」 「そうなんだよ。あの映画の仮面ライダーで、昔の仮面ライダーがウジャウジャ出るときあるじゃん。あれ」 「へぇ。スーツアクターなのかな」 「さぁ分かんないけど」 ユウはウォーリーが何を考えているか分かっていた。ユウも同じ事を考えていた。ユウは舞台袖で大いに笑ったのでよく分かっていた。 エイトビード武さんは、あの環境でお客さんをドカドカ笑わせていた。 目の前のお客さんに話しかけるように笑わせていた。まるでお笑いで会話をしているような感じだった。 エイトビードさんがステージを降りるときは客席が埋まっていた。 二人はいつか俺たちも。と考えていた。

処刑

「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 拘束された大柄の男と、白髪混じりの髪を携えた、ロングコートの男。その内、白髪の男が懐に手を伸ばすと箱を取り出す。中から一本の棒を抜き取り、咥えた。 「死を、恐れているかね」 白い筋が、二人の間を真っ直ぐと上っている。 「いいや」 大柄な男は、いい加減にしろと言わんばかりの表情をしている。 「では、次だ」 部屋の中に、薄白のフィルターがかかり始めていた。 ─「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」─ 立ち上る煙は、依然真っ直ぐと上っている。 「では、次だ」 「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 立ち上る煙が、はたと揺らいだ。 「まずは、これを見たまえ」 壁面の内一つが軽快な音駆動音を立てると、その中央部がひとつのモニターへと変化した。 「なんだ」 黒色の画面が光を発し、それは複雑な色をを絶え間無く操り続けていく。 「君は、この人を知っている。そうだな」 灰の塊が、崩れて落ちた。 −まさか…。 「では、執行を開始する」 淡々と、画面は変化を開始した。 「おい、やめろ」 「やめろやめろやめろやめろやめろ」 灰皿に、また一本が潰された。 「あ、あぁ…」 煙はもう、上っていない。 「刑は執行された」

EROTIC17FLAVOR✱留守番の香り

日曜日の早朝から起きているせいで、時計を見ては、まだこんな時間なのかと驚く。 明日、学校で歴史のテストがあるので、その予習を朝していた。 僕の癖でテストの予習は朝早く起きてする。色々試したがこのやり方が一番自分にあっている。17歳にして、朝早く公園で体操するお爺ちゃん達の気持ちが分かる気がしている。活動するなら朝が一番いい 勉強は一時間くらいで終わったので、一階に降りてみると、まだ母は帰っていなかった。 彼女の仕事は女優業で、言いにくいがアダルトな女優だ。若くから活躍していて、僕は母が体を削って稼いだお金で生活をしている。 他人がどう思うか知らないが、僕は母を尊敬している。 撮影が深夜になることも多く、時間が不規則なので朝帰りなどよくある事なのだ。昔からだそうだし、僕は小さい頃から一人で留守番している。一緒に留守番をする仲間もいたので淋しくはなかった。 留守番仲間兼、愛犬のココが既に起きていてご飯をくれと僕を急き立てる。 短い足を使い、ぴょんぴょんと跳ねて必死で僕の顔を見ながらワンワン言っている 彼女の言うことは大体分かる。 「ご飯をくれ」と「ママが帰ってきた」くらいしか言わない。 「一緒に留守番した仲じゃないか」とも言っているかもしれない ココにドッグフードを与え、ココ用の水を交換する。 昨晩作ったカレーが残っているので温めていると、ココが玄関に猛ダッシュで龍の様に走っていき、くるくると回りながら吠えている。 ガチャリと鍵の開く音がして母が顔を出す。「ただいま」 母はカレーを喜んで、おかわりまでして食べていた。彼女はお風呂に入った後そのまま寝室へ行ってしまった。きっと夜まで起きない。 ココは一仕事終えカーテンの下で寝ている。ビニールの音がすると跳ね起きて音の方を見るが、オヤツでないと分かると、また直ぐに寝てしまう。時計を見ると、まだ十時である。

夢ガチャ

 親ガチャ。  教師ガチャ。  出身地ガチャ。    世の中には、様々なガチャがある。    私は、親ガチャも当たりで、教師ガチャも当たりで、出身地ガチャも当たりだ。  我ながら、何のケチもつけることができない人生を歩んできた。    ただ、私は自分が不幸だと思っている。  たった一つ、夢ガチャを外したのだ。    私が憧れてしまった夢は、永遠の美。  それも、若さと言うルッキズムに染まった美だ。    どれだけ美容液を塗っても足りない。  どれだけ整形を繰り返しても足りない。    私の顔も、体も、毎日毎日老いていく。  私の夢が、毎日毎日削り取られていく。   「おえええええええええええ」    トイレに吐しゃ物を吐き落して、私は今日も自分の夢を呪う。

渚にまつわるエトセトラ

「もうやめよう。この関係」 金曜日の夜19:00町外れのラブホテルで渚が不倫相手に言った言葉だ 「えっ?」 「私もう帰るね。ご飯の支度しないといけないし」 「あ、えっと、今までありがとう」 「じゃあね」 ♤♡♧♢ 「ママ、おかわり」 息子の波平がカレーをお代わりする 「私がやる」 長女の舟が渚の代わりにカレーをよそってあげる 「ママはお仕事で疲れてるからあんまり甘えないで」 舟がお姉ちゃんらしく波平を叱っている。 渚は二人を見ながら、体に残る感触を思い出していた。 三年続いた不倫を不意にやめてしまった。これで良いに決まっているし、悔いも思い出もないけど、また平凡な主婦に戻ってしまった。それが当たり前なんだけど。 「ただいま」 渚の夫が帰ってきた。 「パパおかえり!」 波平が玄関にお迎えに行く 舟は夫のカレーを用意ししている 「あなた、おかえりなさい」 「ただいま。疲れてそうだな。後は俺がやるから、先に風呂入っちゃえよ」 「うん、ありがとう」 渚は食器を流しに置いて風呂へ向かう 「おっカレーか。美味そうだな」 「私がよそったのよ」 「ありがとう。舟」 「パパ、マイクラやろう」 「よし、今カレー食べちゃうからな」 渚の後ろで楽しそうな声がする 渚はシャワーを浴びながら三年の不倫を思い出していた。きっかけは思い出せないけど、彼と抱き合うのが当たり前になっていて、彼が求めるがままに自分を差し出していた気がする。 渚は体をよく洗った後湯船にゆっくり浸かった。 今日は金曜日の夜。きっと夫は私を抱く。あの人は優しいから、私を大切にしてくれる。彼のように乱暴にはしない。夫は優しい人だから。 渚は湯船に潜って丸くなる。口から出た泡が水面でブクブク弾けては消えていく。体に残る感触と共に。

ひとりぼっちは嘘 願いが叶わないなんて嘘 あなたはあなたが願った通り 幸福でないというだけ 好きな気持ちに蓋をして そのくせ見つけてくれと待ってる 誰も知らないかくれんぼ 寂しくないだなんて嘘 嫌いなことを積み上げて 蹴飛ばして壊したかった だけど大きくなりすぎて へにょいパンチじゃ崩せなくなった 恋するみたいに憎んでも なにかが生まれることはない やりたいことが多すぎて ウィンドウショッピングで済ませた 悔しくないとか せいせいしたとか 最初からどうでも良かったとか あんなことでも良い思い出だと 笑って見せる朝はいつも嘘

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

今日までそして明日から

 朝、近所を散歩していたら、道に、人間の指が一本、落ちていた。その指は爪がずいぶん伸びていた。近くのコンビニに入り、爪切りを買った。そして、指のところに戻り、指を拾い上げて、その爪を切った。切り終えたら、指を元の場所に戻した。良いことをした充実感でいっぱいだった。仕事を退職してから、初めて社会の役に立てたと思った。

へんかいへんかい

 夢の中にいると、しばしば記憶がおぼつかなくなる。  あ、そろそろ目覚めるんだ。と、寝ぼけまなこをごしごしとこすりながらも、いったい何から目覚めようとしているのか、この時の私はよく分かっていない。  目を開ける。ベッドの上。刹那、はたと現実に引き戻される。  スマホが光った。午前6時12分……。今日は休日なのに。なんとも早い。あと三時間は寝たっていいけど、そうはならないほど社畜体質が身体に染みこんでしまっているのだろうか。  イヤな感じだ。  腕を伸ばした反動で、上体を起こす。目をごしごしとこすって。目を開けた。ベッドの上。 「ア?」  なんだ、さっきのもすべて夢だったのか。にしては、やけにディティールの濃い……。  スマホをさわる。午前6時37分……。もしや、私は二度寝をしたのでは? 先ほど社畜体質気味だと嘆いたばかりだが、まだ二度寝ができるくらいの余裕はあるらしい。ちょっと元気が出てきた。  喜んで、上体を起こす。それでも眠い瞳を、ごしごしとこすって。  洗面台へ行く。顔を洗う。目をごしごしと洗う。  キッチンに立つ。目玉焼きをつくる。それをガツガツ。  ごちそうさまの後は、歯みがきをする。ごしごしとこすってやる。また虫歯ができると厄介だ。  天気予報を確認しようと、リモコンに手を伸ばす。スイッチを押す。ふいに雨の音。ザーザーと鳴る。  画面には、知らない誰か。私に背を向けている。髪の長い、女?   ゆっくりと彼女がこちらを見る。刹那、雲隠れしていた記憶がだんだんと顔を出していく。  ーーなんで、現実にも出てくるんだよ。  おかしい、おかしいだろ……。思いきり頭を振ってみる。でも、彼女は変わらず私を見ている。あ、あ、と頭を振る。とにかく振る。もう顔なんて見たくないんだもの。繊細なんだ、私。繊細なんだもの。  頭から彼女を消してやりたい。でも、画面にはまだ彼女がいる。目をつぶる。手でごしごしとこする。両手で、ごしごし。強く、ごしごし。ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし。  やっと、目を開く。ベッドの上。刹那、はたと現実に引き戻される。  私は、何から目覚めようとしていたんだっけ?  時計が光る。午前9時55分。おっ、今日はよく眠れた。これぞ休日って感じだ。  ちょっと愉快に上体を起こす。小躍りしながら洗面台に向かう。その間、頭の中に浮かんでいた疑問符を、よくも分からないまま、丁寧に処理した。

楽園ベイベー

 夏だ。自販機で飲み物がよく売れる時期だ。それは天国に設置されている自販機でも例外ではない。天国にいる人々が飲み物をたくさん買う。だから、その売り上げの回収と、商品の補充のために、天国に赴く必要がある。当然天国だから、死なないと行けない。自販機の業者の中から善人が選ばれて、殺される。そして天国に昇る時に、商品と、売り上げ金の回収袋を携えて行く。売り上げ金を回収袋に入れて地上に落とし、商品を補充したら、後はゆっくり天国で過ごす。時折人生の意味などを考えながら、新入りを待ちながら、地上の季節の移ろいを見守りながら。

内包コンプレックス

「言葉への執着は、コンプレックスに他ならない」    グラスは言った。  なみなみと注がれたワインが、グラスの一挙一動に波を立てる。   「例えば、ダイエット。本来は健康維持のための習慣を指す言葉だが、現在は痩せるの同義語として使われている。本気でダイエットをした人間からすれば、ダイエットと名乗りながら不健康に痩せていく人間など、不快でしかないだろう」    グラスは言った。  誰にも手に取られることなく、机の上で。   「では、なぜ彼らは本気でダイエットをできたのか。簡単だ。不健康な自分にコンプレックスがあったから。何を差し置いてでも、ダイエットをしたいと思えたからだ」    グラスは言った。  生まれてこのかた、重量が変わったことはない。   「あらゆる自己主張は、コンプレックスから生まれる。そして、生まれた自己主張は、他人にコンプレックスを与えて、新しい言葉の種となる」    地震が起きた。  グラスが落ちた。  粉々に割れた。  グラスはガラスになった。    ガラスは回収されて、窓となった、  その窓の近くでは、人々が良く手を滑らせて、グラスを割ってしまうらしい。

悲しみにさよなら

 バイト先のゲームセンターで、モグラ叩きの筐体の掃除をした。鍵を開け、モグラたちが収納されているスペースを見ると、隅に注射器が何本も転がっていた。「それは痛み止めさ」いつの間にか背後に店長が立っていた。俺はモグラたちを見たが、暗がりでどんな表情をしているかわからなかった。店長は軽く笑って、ため息をついた。とりあえず俺も笑うことにした。

百点止まり

「すごいわね。また百点よ」    返ってきたテスト用紙に、もう感動することはなくなった。  なにせ、テストは百点までしかない。  どれだけ速く解こうが、どれだけ丁寧な字で解こうが、百点なのだ。   「百点なので、今回のお小遣いは一万円でーす」    だから、もうお小遣いが上がることはない。  取れて当たり前の百点。  絶対にとれない百一点。    もはや今、勉強を頑張ろうなんてモチベーションはなくなった。       「うちの子、昔は神童って呼ばれてたんですよ」    子供の頃のことを、両親は今でも懐かしそうに話す。  百点満点だった神童は、点数上限のない世界に放り出された瞬間、ただの凡人へと成り下がった。    テレビに映る、輝かしい経歴の持ち主たちを見るたび思う。  彼らはどうやって、百一点をとってきたのか。  彼らはどうやって、百一点をとる方法を見つけたのか。    もはや、考えても意味のないことなのだが。    一度きりの人生で、百一点をとるタイミングを、とっくに見逃してしまったのだから。

ある日の日記〜動物について〜

「もしも、何か動物を仲間にできるとしたら何がいい?」 ぼくはもちろんゾウです。 何といってもあの巨体、毎日あの大きい背中にのって学校にいったらさぞかし気持ちいいでしょう。 それとあの長いはなもいい。 夏はいっしょに水で遊んだらどんなに楽しいことでしょう。 そんな話を今日学校でしていたらみんなそれぞれちがう動物をあげていました。 ライオンやチーター、ゴリラなどみんなふつうでは仲間にできない動物をあげていました。 特におもしろいと思ったのはつり好きのケンくんはクジラを仲間にして、協力していっしょにつりをしたいと言っていたことです。 ぼくは家族にも同じしつもんをしてみることにした。そしたらパパはこう答えました、 「仲間というのは、仲良くなれるということかな?それなら、犬がいいな。」 それを聞いてぼくはおどろきました。 犬はふつうに仲良くできるじゃないかと思いました。 でもそれは間ちがっているとすぐに分かりました。 後ろをみると、タロウがきばをむいてパパにいかくしていました。 パパは仕事がとおくなので週末にしか帰ってきません。だからタロウもパパにはあまりなついていないのです。 ぼくはパパのことを少しかわいそうだと思いました。 それはタロウになつかれていないからではありません。パパが犬をえらんだからです。 でも、パパも子供のときはぼくのしつもんに自分のあこがれのカッコいい動物を答えていたと思います。 ぼくは何十年たっても仲間にしたい動物がゾウだと答える自信があまりないと思いました。

人生のスペシャルオファー

『これは、貴方だけのスペシャルオファーです! 貴方は一週間の勝ち組人生体験に選ばれました!』    たどたどしい日本語で、そう言われた。  目の前には半透明の天使。  この世ならざる者の言葉に、少しだけ耳を貸してしまう。   「どうすれば、そのオファーを受けられますか?」 『はい。いま、承諾です。スペシャルオファー、適用されます』    家の前に高級車が止まり、俺はそのままでかい豪邸へと連れていかれた。   「お帰りなさいませ、若様」    そこから一週間は、夢のような時間だった。  一日中遊び続けて、食べたことのない高級料理を食べて、会いたい有名人全員に会えた。  朝も夜も、一秒たりとも暇な時間はなく、ただただ快楽に溺れ続けた。    一週間は、あっという間に流れた。   『延長は有料です。延長しますか?』    標準料金は年間三千万円だったので、辞退した。    元の家に戻ってから思うことは、虚無だ。  何度も有名人と撮った写真を見返しては、あの日のことを思い出す。  もう一度戻りたい。  しかし、彼らと連絡が取れることはなく、彼らはテレビの中から出てくることはなかった。   「体験なんてしなきゃよかったかなあ」    思わず後悔が襲う。             「俺、この人とマブでさあ」 「え! 嘘?」 「もしかしたら、会わせることもできちゃったりするかも」    今は、有名人と撮った写真を使って、ほそぼそと生きている。  プライベートな空間でのツーショットは、効果覿面だ。  架空の信用力が、俺に金と機会を与えてくれた。    年収は、ようやく一千万円に届く。    誰を不幸にしてでも、俺は延長の権利を買うんだ。

青いドラム缶

今日を持って、三十年勤め上げた地元の製鉄所を退職する。ここでの仕事のことなら全て把握している俺にも、分からないことが一つある。蓋を閉じたままの青いドラム缶だ。不可解なのは、俺を含めた従業員全員が、中身を見たことがない。俺は今日、その蓋を開けてみようと思う。良い土産話になるだろう。

正直者の苦悩

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」 「それは、白雪姫です。」 鏡は何一つウソをついていなかった。 ウソをつかないことこそが彼のアイデンティティであり、存在意義でもあった。 鏡は自分の仕事を正確にこなしている、そのはずなのに鏡は自分に向き合う主人が怒っているように見えた。 一体、どうしたら主人は喜んでくれるのだろうか。 悩める鏡のもとへ一羽の小鳥が羽を休めにやってきた。 鏡は藁にもすがる思いで小鳥へ悩みを相談した。 小鳥は少し考えるそぶりをしてから答える、 「それはね、ウソをつけばいいんだよ。  この世で一番美しいのはご主人様ですって。」 「そんなことできっこない!!  ウソをつくなんて、、」 「でも、そのウソは誰も傷つけない。優しいウソというやつだよ。 まあ、どうするかは君が決めなよ。」 そう言い残すと、小鳥は仲間の元へ飛んでいってしまった。 * 「鏡よ鏡、世界で1番美しいのは誰?」 「それは、それは...」  「何を言い淀んでいるのかしら?」 「白雪姫、だと世の人は言うかもしれません。  ですが、私は美を知り尽くして尚もそれを追  い求めるあなた様が1番美しいと思います。」 パリンッ、 「そっ、そんなこと言われても嬉しくないんだからねっ!」 主は頬を赤らめてその場を去ってしまった。  どうやらまた怒らせてしまったらしい。一体、どう答えるのが正解なのだろうか。 やはりウソをつくしか方法はないのだろうか。 鏡は欠けた自分の体の一部を眺めながら、再び悩むのだった。

待ち呆け待ち暴気

待ち呆け待ち呆け有る日せっせと野良稼ぎ 其処へ兎が跳んで来て云々と言う童謡有る けどそもそも待ち呆けはずっと待ってる様 表す事でしょうが実際に呆けるかと飽く迄 個人的には思いましたずっと待ってるのに 何故来ないと言う不条理が怒りを連れては 来ないのでしょうか実際に誰かと会う約束 して来る行く攻撃の内やっぱ来ないと為り がっかりよりも先に大嘘付きやその者達の 傲慢と怠慢を感じる方が正常な気がします 何故ならば理不尽と不条理はその中に潜む 偽善と嘘だから私は絶対にそんな不条理を 下手鉄砲如く何度でも告発と抗議して叩き 潰しましょう現実が嫌でも動く迄その為に 此処へ怒りを捨てに来るのだから下らない 規則当人の自由意識等の無責任な言葉には 何度も抗議して行くかも知れないその先の 大物が顔出す迄完

コンビニにいる美人

 キャバクラ嬢だろうか? 深夜働いている時間だろうに。 朝キャバクラ嬢だろうか? 世の中の流れがよく分からない。 キャバクラ行かない。 交わらない点。 花を用意したいが金がない。 せめて文章に書く。 君は魑魅魍魎の世界を生きているね。 気を付けるんだよ。 こちらも人外に追われているので余裕がない。 優しい言葉思い浮かばない。 心が疲弊している。 明るく振る舞えない。 高嶺の花子さん。 酒飲みたくならない。 馬鹿騒ぎ嫌い。 ピーナッツ揚げ食って寝る💤 君は成功して世の中を明るくして欲しい。 僕は文を書くことしか出来ないけど。

◽️プチストーリー【愛す(あいす)】(作品No_01)

「そのアイスおいしそうぉ」 彼女が僕のコーンに載っかっているまん丸アイスを見つめている。 その視線で溶けやしないか心配になるほどだ。 「、、、、少し食べる??」 僕にはもうこの言葉一択しか選択肢がなかった。 「うんっ!!」 急におもっいっきり笑顔に変わり、首の頷きが、目がテーブルを見てまた僕をみた、いやアイスの方かもしれない。 あーん、パクっ 「おいしぃー!」 「人からもらうのってなんでこんなに美味しいだろうね!」 「ね!」 なんか全てのことがどうでもよく思わせてくれるこの瞬間 僕はアイスが大好きだ。 (了)

九月一日は

親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。  原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。  華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ  何にも言えなくてごめん。  命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。  でもそんなこと絶対にない。  命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。  命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。  約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」  これを読んで華織が死んで初めて泣いた。  心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。  それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。  周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。  それでも教師になりたかった。  今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。  趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」  「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」  「どんなに些細なことでも良いです。  少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。  友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。  私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。  長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」  もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」  後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」  話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。  そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。  今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。  

仙人のように生きたいが僕は文字百姓

 山に籠りたい。 実際には食べ物や水を採る知恵がないのでの垂れ死んでしまう。 知り合いが山に登山にいった。 一緒に海を見て遠くを眺めていた。 僕は背泳ぎとバタフライが出来ない。 三島由紀夫の潮騒は読んだ。 たくましい青年になり損ねた。 美輪明宏も原爆を食らって生きている。 理解者がいないと弱る。 僕が半分女でもだ。 嫌な奴と言われた。 女を兼ねる。 合っている。 女の子を不機嫌にさせてしまう。 ムッとさせる。 山では相撲を取りたい。 河童でもある。 エロ河童。 知り合いに髪型を河童と言われる。 合ってる。 破戒僧が周りに多い。 女、酒、煙草、なんでもありだ。 満たされていないらしい。 山登りおじさんもそうはなりたくなくて頑張ったのだろう。 頑張るの苦手。 明日も世界のどこかで山登りする人が仙人とすれ違う。

走れ黄色いヘルメット

 走れ! いいから走れ! 信号のおばさんも走る。 走れなくても走る。 黄色いヘルメットの選手も走る。 疲れる。 もっと走っておけばよかった。 ちょっと歩く。 そして走る。 鍛えるの苦手。 修行苦手。 走れ! 止まる。 タバコ吸いたくなる。 うああ喘息持ちの黄色いヘルメットの大人は今日もひいこら生きる。

薄明の案内人

 遥か先の空をオレンジに染めている太陽に、ふと気がついた。いつの間にか朝が来ている。  冬本番が到来し、日の出が随分と遅くなった。急に寒くなった季節に、いつコートを着ようかと悩む日々。うだるような暑さに喘いでいたのが、ついこの前に感じるのに、時が流れるのはとても早い。はあっ、と息を吐いてみると、白い空気が空に上った。  約束の時間が迫っている。    一年前、知らない街で地図を見ながら歩いていると、細い路地裏に迷い込んだ。目的地への近道だと踏んだが、失敗だったか。そう思ったが、わざわざ来た道を戻るのも癪で、行けるところまではと足を前に進めた。住宅街に入り、役に立たない地図はポケットにしまった。ここまで来たのだから、先人の知識に頼らず気の向くままに歩いてみるのも良いだろう。半分は好奇心、半分はやけくそだった。  しばらく歩いていると、道に立ち止まっている誰かを見つけた。マフラーを巻き、たまに足踏みをして、明らかに寒さに耐える仕草をしていた。こんな、顔見知りしかいないような住宅街で、誰かと待ち合わせをしているのか、と少し疑問に思う。近所の知人であれば家に行けば良いし、遠方からの来客にとっては入り組みすぎている。家族を待っているのだろうか、などと邪推したところで、声をかけるほどの関心はなく、そのまま通り過ぎようとした。 「この先は行き止まり」  メゾソプラノの声が聞こえ、周りに、自分以外に声をかけられる対象がいないことを確認して振り返る。ぱっちりとした丸い目が、こちらを見ていた。ありがとうございます、と感謝を伝えるが、返事は返ってこない。  声をかけておいて、と呆れるが、これ以上留まる必要もないと、会釈をしてどこかの角まで引き返すことにした。 「道案内するよ」  終わったと思っていた会話が続き、面倒だと思いながらも、結構ですと返事をする。親切に行き止まりであると教えてくれた人に対して冷たい言い方をしてしまったかと焦ったが、見たことのない人間にいきなり声をかけるのは、現代では不審である。ましてや今の返事を聞いて、同じ方向に歩き出そうとしている人間を不審に思うのは致し方ないことだろう。 「あの……」  なぜ横を歩いているのか聞きかけて、彼女がイヤホンを付けていることに気がついた。こちらからの話には耳を貸す気がないらしい。害はないし、もしかすると途方に暮れる一歩手前だったかもしれない旅人を救ってくれた、ただの優しい地域の方という可能性も捨てきれないため、振り切る事もできず、ただ無言で歩き続けた。 「あんなところに何の用があったの」  単刀直入に質問されて、言葉に詰まる。迷い込んだとはいえ、住宅街をうろついていた不審者は自分だったか、と冷や汗が流れた。 「その場所なら大通りを右に曲がってまっすぐ行くと右手に見えてくるよ。方向音痴は相変わらずだね」  最後の言葉に、思わず隣を見る。なぜ以前からの顔見知りであるかのような話し方をするのか。それに、どこに行きたいとも答えていないのに、なぜ行き先を知っているのか。一緒にいるのが少し怖くなり、大通りが見えてきたところでお礼を言って別れようとした。 「来てくれてありがとう。また来年、今度は太陽が昇る前に会おうね」  最後に残った意味深な言葉が引っかかり、歩きかけた足を止めて彼女の顔を凝視する。誰かに似ている気もするが、その誰かが思い出せない。あなたは誰ですか、そう尋ねる。 「私に会いに来てくれたはずなのに、明後日の方向に行ってしまうんだから」  頭の中がクリアにならない。靄がかかったように、まるで夢の中にいるように、思考がおぼつかない。 「会いたかった。一年間、今日が来るのを待っていたの。きっと、必ず会えると信じてたよ」  一年前の今日、何があった。自分は何をしにこんな所まで来た。思い出せるはずなのに、つい数分前まで分かっていたはずなのに。 「覚えていてくれてありがとう」  びゅうっ、と大きな風が吹き、反射的に目を閉じる。眼の前にいたはずの誰かはいなくなっており、一人、取り残された。  大通りを右に曲がる。まっすぐ歩いて、右を見る。  目的地の、石が沢山並んだ墓地を見る。  一周忌。彼女の事故から、一年が経っていた。一緒にいながら、目の前で零れ落ちてしまった命。無機質な石を見ると、彼女が本当に消えてしまったと突きつけられるようで、墓参りに来られなかった。  それでも日々は恐ろしいほど通常どおりに流れる。一年経って、気持ちに整理がつかないまま、それでも不義理な姿を彼女に見せたくなくて、勇気を出してここに来た。忘れていないよ、と伝えるために。  太陽が昇る前に。彼女はそう言った。今度は迷わず一直線に、細い路地裏に入り込む。薄明の空、待ち焦がれた影に、大きく手を振った。 (お題:路地裏・イヤホン・振れる)

残響 (掌編詩小説)

サイケデリックな都市に残響する 高架下のビビットなネオンライトが路側帯を照らす 寂れた電柱に貼られた広告を余所見に 夜を迂回して朝を待つ 忘れられたママごとセット 捨てられた子守り人形 互いに補い合って 繋がり留まって そこは花園 すっかり夕日が傾き、夜の味 サイケデリックな都市に残響する 高架下のビビットなネオンライトが彼らに指揮する (完)

自宅に続く橋に『この橋、渡るべからず』の看板立ってた

 ぼくの家は、橋を通って海を越えた先にある。  最初はちょっと不便だなって思ったけど、友達が「すげー」って言ってくれるから、最近はまんざらでもない。  いつものように友達に自慢するため橋の前まで連れてくると、橋の入り口に不思議な看板が立っていた。   『この橋、渡るべからず』   「なにこれ?」    朝まではなかったはずの看板を、ぼくが凝視していると、後ろから友達が声をかけてきた。   「それって、一休さんじゃね?」 「一休さん? 絵本の」 「そうそう。端じゃなくて、真ん中を通ったってやつ」 「なるほど」    この看板も、トンチということだろうか。  でも、いったい誰がこんなことをしたのだろうか。  わざわざ看板まで準備して。   「いいじゃん! 真ん中通って渡ろうぜ!」    友達の一人が、ぼくが制止する間もなく、橋へと一歩踏み出した。   「ほらほら! 全然平気!」    友達は二歩目、さらに三歩目と、どんどん橋の真ん中を歩き進んでいった。  なんだいたずらだったのかと、ぼくも一歩踏み出したとき、バキッという音が聞こえた。  友達の足元に丸い穴が開いていて、友達は足を恐る恐る上げながら、こっちを見た。   「やっぱ……駄目かも……」 「うわあああああ!」    その後はもう、阿鼻叫喚。  ぼくは親に電話して、事情を離してきてもらう。  親はすぐに工事の人を呼んできて、歩くのは危ないからと、巨大な機械で友達を宙ぶらりんにして救出していた。       「この『橋』渡るべからずって書いてあるだろうが! 何、渡ってんだ大アホ!」    ぼくたちは、こってり叱られた。  そりゃあそうだ。  書いてたのは、『はし』でなく『橋』。  トンチなんてどこにも入らなかったんだ。   「そもそもあんたが、一休さんみたいな書き方するからでしょ! だから止めようって言ったでしょ!」    ついでに、お父さんもこってり叱られていた。

wish(はなのなまえ)

《Gt.山茶花》 深夜二時過ぎ 暗い部屋でアニメを見ている山茶花は六本目のビールを開ける 昼間の河川の工事で疲れているはずだが、寝れない。 先に寝た妻に悪いと、明かりをつけずにドラゴンボールを初回から観ていた。 山茶花の目はドラゴンボールに釘付けだが、頭で囁く声に苦しんでいた。 悪臭と筋肉疲労の一日のが終わって家に帰る車の中で、素晴らしい夕焼けに感動しながら、「今自分は何をしているのか」と不安が襲った。 それはそよ風のようであったし、静電気のようでもあった。どちらにせよ、何でもない一瞬の【感触】だったのだが、それからずっと不安が取れない。 自分は健康な肉体があり、仕事もある、妻もいる。妻とはなんだかんだで仲は良いと思う。何の問題のない幸せな人生だ。ただ…夢が、未だ憧れのままではある。 中学生の頃からバンドで飯を食うと決めていた。現実はそう、うまくは行かなかったが、そんな人はいくらでもいる。夢をかなえた人のほうが珍しいのだろう。 夢。 夢とはなんだよ 理想的な未来が現実にならないから不幸なのか? 不幸ってなんだよ 俺は幸せだ 今だってこうやって、稼いだ金でドラゴンボールを見ながらビールを飲んでる … ただ…俺は努力したんだ。今もしている。ずっと世界を目指してギターテクニックを磨いている。知識だって負ける気はしない。 だけど届かない。夢に。 今のバンドは結構良いと思っている、皆、それぞれ仕事をしてる社会人バンドだけど、かなり良いメンバーが揃っている。 ただ、時間と、もっともっとやる気があれば、物凄いバンドになるはずなんだ。 はなのなまえ。変なバンド名だけど、誰も観たことのない花を咲かせてやるって、そういう意味だって、俺は思っている。俺たちなら出来る。 俺は最強なんだ。俺たちは最強なるんだ。 深夜三時、イビキをかいている山茶花に毛布をかけて空き缶を片付けている。 テレビ画面では、ドラゴンボール探しの冒険に出た後、悟空が砂漠でヤムチャと対峙しているところだ。 窓の外は黒い雲が空を覆っている。遠くで雷鳴がする。 【wish】 On this endless road, there’s a dream I simply must make come true! 分かっていることなど何一つない 本当のことなどどうでもいいんだ ビリビリと俺の心がしびれている それ以外に確かなことなんてあるわけないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might Stronger than anyone else Faster than anyone else Flying higher than anyone else よそ見をしていたら溺れていく 弾丸を撃ち込まれても前を見続けるのさ 夢を見失ってまで 生きていたってしょうがないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might

春のいたずら

新学期はピンク色 どこを向いてもピンク色 校庭の桜が反射しているのか、それとも浮き足立ったみんなの体温のせいなのか 開け放たれた窓から、そよそよと風がやさしく忍びこんでは、 女の子たちの長い髪をさらりさらりとゆらしている ふいに、前の席から僕のとは違う香りが、鼻先をくすぐってくる 石鹸のような、いや、それでいて春の花のような、なんとも甘く清潔な香り スマホの画面に目を落としたまま、そっと深くその香りを吸いこむ 誰にも悟られないように、こっそり、こっそり 憧れでもなんでもない、春が僕をそうさせる すまないことだと思いつつ、けれども、すべては春のせい そう、これは春のいたずら 小さな罪を季節になすりつけ、潔く香りを堪能する この胸のときめきも、鼻腔をくすぐる淡い熱も、きっと全部そういうこと そのように決めつけて、この贅沢な時間を、もっともっと、甘く甘く

八つ橋食い過ぎて夜ウンウン言う

 また食べすぎた。 今度は焼き八つ橋だ。 頭ん中お猿さん。 満腹中枢が壊れる前に摂生しないと。 自己分析するとウンウン言って苦しむのが好きでやってるのかもしれない。 マゾだ。 いや、馬鹿だ。 マゾで馬鹿だ。 カラオケにいた痘痕のある女の子はタフそうだ。 意外と自己管理が出来ているのかもしれない。 小人症の男の人は自信がありそうだ。 自分が好きなのが羨ましい。 僕も自愛しないと。 珈琲を飲んで寝るという矛盾。 石油を飲んでいたブルース・リーにはなれない。 超人というのはどういう過程を通ったらなれるのだろう? キン肉マンは弱い。 僕は悪魔超人なのに弱い。 あるいはジェロニモかもしれない。 人間なのに悪魔超人を倒した奴。 テロリストの道を脱し超人ルートへ。 植物人間になって夢を見る夢を見る。 夢の集積回路。 アカシックレコード。 何かしら影響を与えている。 実験は続くが成果はいまいちだ。 なにもしない実験。 周りが勝手に動く。 意志が融和していく。 弱い生き物の会話兵器。 実はそれは強いのかもしれない。

不眠

生まれてこのかた良い眠り方を知らない。 上手い眠り方を知らないのだ。 2時間前に風呂に入りスマホを避けたりなどを試してみたが、 どうにも上手くいかない。 眠れないのだ。日が昇る。新聞配達の足音がする。どうやらまた夜が明けてしまったようだ。 朝の支度をする。窓を開け、珈琲を飲むために湯を沸かす。今日も一日が始まる

カメレオン

中環沿いの道を歩いていると、巨大な支柱が何本か連なって聳え立っているのが見えた。聞けば近年に、モノレールが開通するらしい。僕は爬虫類が好きってわけでもないし、電車に興味があるわけでもない。ただ、その支柱の造形が、どことなくカメレオンの手に見えるのは、僕だけだろうか。

Let it go, Let it flow

 公園の公衆トイレに入った。女子トイレの個室の壁に、注意書きが貼られている。『お母さんを流さないでください。』個室に入り、用を足していたら、隣の個室に誰かが入った。鍵を閉める音、便器の蓋を開ける音、ごそごそという音、それから、人間の声。「やめてくれ、助けてくれ……」それは男性の声だった。そしてその直後に、水を流す音が聞こえてきた。「助け……」男性の声は聞こえなくなった。おそらくお父さんを流したのだろうとわかった。それからしばらくしてから、再びその公衆トイレを訪れた。壁の注意書きは『お母さんを流さないでください。』のままだった。お父さんは流してもいいらしい。私は急いで家に帰った。

Private Eyes

 コンビニの店内に防犯カメラが設置されている。店員がスイーツコーナーにシュークリームを運んでくる。すると防犯カメラはひとりでに動き、そのシュークリームをじっと見つめ始める。そして、シュークリームが売り切れるまで、ずっとシュークリームを見つめ続けている。シュークリームが売り切れると、防犯カメラははっとしたように再びひとりでに動き、店内全体を見守る位置に首を戻す。だからこのコンビニの店員たちは、シュークリームが売り切れるまでは、注意深く店内を見回っている。なぜそこまでするのか、店員たち自身にもよくわかっていない。たぶんそれは、ペットに対する愛に近いのかもしれない。

Dilemma

 夜中、眠れなくて、テレビをつけた。バラエティ番組が流れていた。たぶんそれはバラエティ番組だった。画面いっぱいに派手な色のテロップが表示されている。『挑戦失敗!』そしてそのテロップの向こうで、神様が笑いながら頭を抱えていた。神様の手にはハンマーが握られていて、目の前には地球が浮かんでいた。どうやら神様は地球をハンマーで壊すチャレンジに挑んで、何かの事情で、それができなかったらしい。俺は窓を開けた。神様の笑い声が夜空から聞こえてきた。とにもかくにも、まだしばらく地球の生き物たちは生きられるらしい。

空腹薬

 好きな食べ物を聞かれても、なにも答えることができない。  食事は作業。  栄養を満たすことが重要で、味は添え物でしかない。   「何が飲みたい? 何でも買ってあげるよ?」 「ジュースかい?」 「コーラかい?」    選択肢を与えられても、何も答えることができない。  両親は、随分つまらない目でぼくを見たことだろう。   「なら、空腹薬を飲んでみない?」    保健室の先生が、そんなことを言ってきた。   「空腹薬?」 「この薬を飲めば、お腹がペコペコになるの。お腹がペコペコの時は、何を食べても美味しいわよ」    そんな馬鹿なと思ったが、物は試しと飲んでみた。  しばらくすると、お腹の中が空っぽになったような感覚になって、お腹がぐーっと鳴った。   「食べたい! 何か食べたい!」    ぼくは学校を飛び出して、近くのコンビニに飛び込んだ。  パンを買って口に入れると、今まで感じたことのない幸せな感じがした。   「美味しい! 美味しい美味しい!」    お小遣いをはたいて、お菓子も買った。  両親は驚いた眼でぼくを見たが、ぼくが食に興味を持ったことが嬉しかったのだろう、次から次へとお小遣いをくれた。    ぼくは色んなものを食べた。  甘い物も、辛い物も、  熱い物も、冷たい物も。  苦いと言われた物も、美味しく食べた。   「……足りない」    想像外だったのは、どれだけ食べてもお腹いっぱいにならない事だった。  空腹薬は、いつでも空腹にする薬。  どれだけ美味しい物を食べても、本当の意味で満足することができなくなっていた。   「先生! お腹がいっぱいになりたい!」    ぼくが保健室に駆け込むと、先生は別の薬を持って待っていた。   「はい、こっちが満腹薬。これを飲めば、空腹薬の効果が切れるわ」 「……ずっと、満腹になったりしない?」 「しないわよ」    ぼくは満腹薬を飲み込んで、ようやく元に戻った。    翌日から、ぼくは食事を楽しめるようになった。  たくさんの味を楽しんだことで、世の中にはこんなにたくさんの味があるんだと学んだから。  栄養をとることはもちろん大事だけど、どうせ同じ栄養を取るのなら、楽しくとった方が良い。   「先生! ぼく、料理人になることにした」    この経験があったから、ぼくは夢を一つ持つことができた。

ご機嫌取り

私の気分…いや、機嫌は天気予報によって変わる。昨日のアナウンサーは今日の私の不機嫌を伝えてきた。いざ、空を見ると私の機嫌と同じように夜の闇に置いて行かれた月が見えてしまった。 あれ?今日のおとめ座何位だったっけ。念のため最後の砦を確認しておく。

もう涙はいらない

 早朝、夜勤の帰りに街を歩いていた。くたくたに疲れていた。開店前のラーメン屋があった。ガラス戸越しに、仕込みをしている店主がいた。店主は寸胴鍋にトングを突っ込んでいた。そして、その寸胴鍋の中から何かを取り出した。それは一本の首吊り縄だった。くたくただった。湯気が立っていた。ぽたぽたと汁が滴っていた。あのラーメン屋は首吊り縄で出汁を取っているのか。俺は唾を飲み込んだ。使用済みの首吊り縄だといいな。俺は店内を覗いた。壁に、『遺書』と書かれた封筒がずらりと貼られていた。視線を感じた。店主がこちらを見ていた。店主は俺と目が合うと、にやりと笑った。俺もにやりと笑った。今日の昼はここのラーメンを食おう。それから死のう。

冬のファンタジー

 軒下にクモの巣があった。そこには一匹のクモがいた。ある冬の朝、その巣を見ると、クモは死んでいた。クモの死骸の傍には、小さなチョウの死骸があった。見たことのないチョウだった。指でそっとつまんで、巣から取った。見た。翅に、文字が印刷されていた。『政府提供・救済用』もう一度クモを見た。救済とはどういう意味なのだろう。クモにとっての救済。冬。考えてもわからないので、箒でクモの巣を片付けた。

これが私の生きる道

 夕方の寺である。一人の年老いた僧侶が、仏像の前で座している。彼はじっと目を閉じている。彼の禿頭の中心には、一つの小さな穴が開いている。彼の背後から足音が聞こえてくる。彼は目を閉じたまま座している。「お坊さん……」ふいに女性の声が響く。彼はゆっくりと振り向く。若い女性が立っている。女性は泣いている。「突然申し訳ございません……こちらのお寺は……」彼は立ち上がり、女性の前に座す。女性は涙を拭っていた手を、器の形にして、彼の前に差し出す。彼は深々と頭を下げる。すると、彼の頭部の穴の中から、一粒の錠剤が出てくる。それは精神安定剤である。「ありがとうございます……」女性は深々と頭を下げ、精神安定剤を大切にハンカチで包み、寺を立ち去る。彼は再び仏像の前に座す。そして目を閉じる。再び、背後から足音が近づいてくる。