「筋トレが趣味なんだよね」 「かっこいい!」 「素敵!」 男Aが力こぶを作りながら言った。 評価は上々。 「食べるのが趣味なんだよね」 「痩せろ」 「デブが」 男Bが丸い腹をさすりながら言った。 評価は下々。 「趣味の副産物に評価が下されるこんな世の中じゃ……」 男Cがつまらない現実を憂いた。
日本に生まれた人間の平均寿命は、およそ八十年。 日数にして、二万九千二百二十日。 私が生まれた日から、親が剥がし始めた日捲りカレンダー。 今では私が剥がしていて、剥がしたカレンダーは今日で一万九千二百二十と一枚目になる。 五十二歳にして、ついに寿命が五桁を終えた。 「なっが」 残りの人生、九千九百九十九日。 八十歳で死ぬ前提での数字だから、多少の誤差はあるだろうが、概ねずれてもないだろう。 私が長いと言ったのは、残りの寿命ではない。 未だ老後がやってこないことに対してだ。 定年六十五歳と言われていた時代は終わり、今では七十歳が当たり前だ。 つまり私は、後十八年分働かなくてはならないということだ。 生まれてきた赤ちゃんが高校三年生になるまでの時間。 残りの人生が四桁しかないというのに、自由に使える時間が少なすぎる。 「お母さーん! ご飯ご飯!」 「炊飯器からよそうくらい、自分でやれやあ!」 計算などしなければよかった。 まったく思わないと言えばうそになる。 時々数字を思い出して、色んな感情がぐちゃぐちゃになって吐きそうになる。 でも、結局なんだかんだ忙しいので、すぐに感情ごと忘れてしまう。 そう考えれば、暇がまだまだ来ないのはありがたいのかもしれない。 「ばばー! ご飯!」 私は息子をぶん殴りに、炊飯器のある方へと向かった。
その哲学者はイヌを飼っている。イヌは喉が渇いた。イヌは水を飲みに行く。イヌは水飲み皿の前に立つ。水飲み皿の中には、一枚の紙が入っている。その紙には『水』という文字が書かれている。イヌはその紙を舐める。喉は潤わない。イヌはその紙を舐め続ける。やがてイヌの目から涙がこぼれる。涙はイヌの頬を伝い、舌に触れる。イヌはその涙で、かろうじて渇きを癒している。
不安になるほど静かな夜。色褪せたプラスチックの子ども用の椅子の上。りんごが三つ置かれていた。二つはそのまま、もう一つは六つに切り分けられ、半分の皮は剥かれていた。歪な形に剥かれた皮は、身を大きく削っていたり、細い皮が残っている。よく見るとウサギの形に剥こうとしていたようだ。 不揃いなウサギりんごと丸いりんごを横目に、小窓から橙色の光が漏れる木の扉を引く。中からは暖かい風と木の落ち着いた香りが流れてくる。 エアコンが呼吸のように音を立て、うっすらとラジオが流れている。カウンターには寝起きのような癖毛の青年がうつ伏せで腰掛け、後ろに並んだ誰もいないテーブル席は電気を消したのか、閉店後のように暗くなっていた。 カウンターの中に立つ赤い髪の店主は目が合うと、微笑を浮かべながら視線でカウンター席へと促す。小さく頭を下げて癖毛の青年、今帰の隣に腰掛ける。元々起きていたのか、今帰は重そうに頭を上げて赤い目を擦った。 「りんごジュースはいかがですか?」 店主は歪な形に巻かれたおしぼりを渡しながら笑顔で訊く。 「じいちゃんが段ボールで送ってくれたんだよ」 掠れた声で言いながら、今帰も瞼の上がらない目でこちらを見る。店主に視線を向けて小さく頷くと、すぐにグラスに入ったりんごジュースが出てきた。 冷たくさっぱりとした甘さのりんごジュースを飲んでいると、二人の間にガラスの皿に乗った六つのウサギの形に切られたウサギが出てきた。店の前に置いてあったウサギとは違い、六つとも均等で綺麗な形をしたウサギだ。「店前のりんごは」と口に出すと、言葉を遮るように今帰が「初めてにしてはうまくできた方だよ」と早口で言った。 「初めてのウサギりんごだからあそこに飾ってるの?」 どうでもよさそうに訊いたが、今帰はぼんやりとした目を伏せたまま、はっきりと言った。 「河童にあげるんだよ」 「河童に?」 無意識のうちに口に出した言葉は、まだ頭の中で理解できていなかった。 「最近、そこの川から河童が上がって来たのを見た人がいるんだよ。川から上がって、そこの道を歩いてたって」 今帰は扉の方に首を向けた。店主に目を向けると、店主は眉を下げて口角を小さく上げた。 表の道に沿うように大きな川はある。この店の裏も少し進めば川に繋がる。ただ、道路から川までは二階建ての家ほどの高さがある。それも、木は生えているがほぼ垂直な崖になっている。そこを河童が登って、道を歩いている姿を見た人がいるとは信じ難い。しかし、それを否定する気にはなれなかった。 「河童だったらきゅうりじゃない?」 何気なしに訊くと、今帰は「りんごも美味しいよ」と口ごもった。 崖を登って道を歩き、この店の前のりんごを見つめる河童の姿を想像する。河童はあの歪な形をウサギだと認めることはできるのだろうか。 今帰は几帳面に切られたりんごに向かって手を合わせ、何かを祈るようにぎゅっと目を閉じて「いただきます」と丁寧に言った。それに倣い、目を閉じて手を合わせる。 店の前では、河童がりんごの前で辺りをきょろきょろと見回している。 そんな気がした。
『折り紙で、鶴を作ってみましょう。画面をタップしてね』 「はーい!」 息子がにこにこしながら、タブレットをタップしている。 タップする度、画面に映る紙が折られていき、鶴の形に近づいていく。 「それ、面白い?」 「うん!」 あまりに不気味だったので思わず声をかけたが、息子は何の違和感も感じてないのか元気な返事を返してきた。 「そう、なら、いいんだけど」 「うん!」 私は息子を見ながらソファに座り、サイドテーブルに置いてあった折り紙を手に取り、鶴を折った。 「時代だなあ」 折り紙は、ちゃんと折ったつもりがぐしゃぐしゃになって、角と角がぴったり一致するようになる過程が面白いというのに。 果たしてタップするだけのデジタル折り紙で、何が手に入るというのだろう。 私が折り鶴を完成させて掴んだ時、息子もデジタル折り紙を完成させたらしく、嬉々としてタブレットを見せに来た。
朝、鏡の前で身支度を整えていたときだった。 グイとやや強引に引き上げた指先に、頼りない手応えが。 「うわっ、最悪」 ズボンのベルト通しがぷつりと切れた。 途端に頭のなかが乱れていく。 今日は大事な打ち合わせがある。 昨日の夜、あんなに食べなきゃよかった。 いや、ここ最近の生活の歪みが形になって… 悔やんでも、なんにもならない。 そうとわかっていても… 大きくため息を吐き出し、別のに履きかえ家を出た。 不測の事態は、毎日の習慣で切りかえたい。 毎朝、立ちよる行きつけの喫茶店のいつもの席。 変化のない風景に、小さな変化は大きく感じられる。 壁のポスターに「本日の限定」の文字。 思わず言っていた。 「これ、ください」 いつもと変わらないようないつもとは違う朝。 いつもと変わらないようないつもとは違うカップの中身。 眼鏡を通し、ただ目の前の液体をすとんと見つめる。 余計な意味をつけ足さない。 剥ぎ取って、削ぎ取って、そのままを受け止める。 右でも、左でも、どっちでもいいじゃない。 物事が進んでいくのなら。 ふう… 一口含めば、熱い苦みが喉を抜け、思考の霧を晴らしていく。 複雑に絡んでいたあれこれが、この一杯に解かされ、ただの事実へと落ちていく。 「お味、いかがですか?」 はじめて見る店員さんが、緊張した面持ちでこちらを見ていた。 「うん。いいですね。すごく」 私がそう言うと、男性店員の顔にぱっと赤みが走り、曇りのない笑顔が咲いた。 最後の一口を飲み干し、さわがしい街へと踏み出していく。 そこに、迷いはなかった。
かけていたアラーム、予備のアラーム、予備の予備のアラーム、準備完了用のアラーム、出発用のアラーム、到着用のアラーム。 一つ解除する度に一つ心が軽くなる。 起床時間の心配、失敗への心配、失敗への備えの失敗への心配、事前準備の心配、家を出ることへの心配、誰かに会うことへの心配。 一つなくなる度に一つ心が軽くなる。 何もなくなって空っぽになった心は風船みたいにふわふわと浮かび上がって、関節が軋むほど重かった足取りは、吊られた人形の様に空を踏む。 小さな爪で内側から引っ掻かれて、傷だらけに白く濁って、内側に何がいるのか分からなくなったガラス細工の心は、少しだけ伸縮のゆとりがあるゴム製に変わる。 ヘリウムどころか水素を湛えた様な私の心持ちは、ぐんと宙に浮いて、ささくれだった木製の天井に当たって割れた。 堪らない嘔吐感に必死に回した足を滑らせながら化粧室へ駆け込む。中蓋を上げて陶製の便器のひんやりとした感触を手に感じながら、私の世界の中で一番不浄な水面に映った自分の顔を見つめる。嘔吐感は残っているのに、あの喉を焼きながら上がってくる半個体の感触はない。 どうしようもなく惨めになって、壁に縋り付くように眠った。割れたガラスの心から、何か爪を持つ生き物が出て行った気がした。
さびしくなっていた庭に、スイセンが顔を出した ―去年は来てくれなかったよなあ 声をかけると いろいろ頭の上にあってさ 出てこられんかったよ と、言われてしまった ―そうだったか、すまん、すまん 言うとスイセンは、ゆるやかな風の力も借り いいから、いいから と、軽く手を振り、こたえてくれた 甲斐性がないな、我ながら 冬のはじめにジッパーが壊れてしまったフリース ちゃんちゃんこがわりとしてならと なんとか一緒に冬を越す 次の冬も、だろうか もう春もすぐそこか スイセンが出てきたんなら と、気をゆるめると、雪がつもったり 空も意地が悪いな いやいや、空には空で、都合があるのだろう わたしなんかには理解できない 空の都合が
窓にかかった霜の複雑な模様がまるで芸術品のようだった。月明かりが差し込んで淡い光を投げ、部屋のしじまを増していた。ドアをギシギシと開き、介護士は覗き込んだ。部屋の隅にあるベッドから、こもったイビキが聞こえる。彼はつま先立ちでベッドに近づき、重ねた毛布の下で眠っているお婆さんを確認した。彼女がよく寝ていることに満足して、ドアの所に戻った。 彼は顔を出して廊下をチェックした後、部屋に残った。ゆっくりと静かにドアを閉める。窓際の洋服ダンスに忍び寄り、お婆さんの所持品をかき回した。引き出しをいくつか開けた後、着物の間に金色の印籠が大事にしまわれているのを見つけた。彼の顔には笑みがこぼれ、鼻は喜びにヒクついた。 突然、毛布が動いてイビキが止まった。本能的に彼はベッドの下にうつ伏せなり、ネズミのように隠れた。彼の鼓動は毎秒大きくなっていった。すぐにゴソゴソが止まり、イビキがまた始まった。彼はホッとして額の汗を拭く。ポケットから印籠を取り出し、懸命に調べた。印籠には、ネズミを食べる蛇を描いた金箔が施され、卵形の象牙の根付が取り付けられていた。彼の目に金がきらめき、再び鼻はヒクつく。 「キレイだね~」と、優しい声がした。 彼は同意の返事をしようとしたとき、お婆さんを見て驚いた。お婆さんの頭だけが彼と一緒にベッドの下にあった。頭は、床を蛇行する長い首にくっついている。首の横では、紫色の静脈が活発に脈動していた。ベッドの下に閉じ込められ、彼は隅に縮こまった。彼女は口を大きく開け、鋭い歯の列をむき出しにして、彼の魂を吸い込んで味わった。叫び声が部屋に響き渡り、突然、沈黙が訪れた。毛布が再び動き出し、こもったイビキは続いた。
私が作品を書くにあたって 『自分が読みたく無いのに、他人に読んでもらおうとするのは横暴な考えである』 ということを、常に気にしている (完)
「では、選考結果は後日メールにてお送りいたします」 私がオンラインミーティングを終えると、部かが近づいてきた。 余程私に疲れが見えたのだろう、部下は私にお茶を差し出してきた。 「お茶くみは、部下の仕事じゃないんじゃなかったっけ?」 「何年前の話ですか。忘れてください」 入社早々、「多様性の時代だから部下にお茶くみさせるのが当たり前とか思わないでください」なんて頼んでもないのに宣言していたのが懐かしい。 思わず、同僚たちと吹き出したものだ。 部下は私の手元にある履歴書を持って、眉を顰める。 名前なし。 性別なし。 年齢なし。 住所なし。 わかることと言えば、ITの資格をいくつか持っていることくらいだ。 「外国人だったんですか?」 「多分」 「多分って」 「国籍なんて聞いちゃ駄目なんだよ。差別になるから。ま、日本語は上手く喋れてなかったけど」 「ええ……」 「ついでだ。それ、シュレッダーにかけといて」 私は早速メールを作る。 と言っても、事前に用意された文章を送るだけだが。 選考をしたという建前を守るために、メールの発信は数時間後。 自動送信での対応だ。 「日本語が下手だから採用しないってのも、差別に当たるのかねえ」 昔の癖で、左胸に手を伸ばす。 胸ポケットに煙草の箱が入っていないことを思い出し、その場で煙草を一服する振りをした。
夜明け頃、太陽が昇り始めた時、ブザーの音が響いた。そして、太陽の動きが止まった。太陽の緊急停止ボタンが押されたのだ。まただ。まったく、この星は、吸血鬼に甘すぎる。
友達と好きな人が被った。 とても、言えなかった。 ある日、友達が告白した。 「好きだけど付き合えない」 でもその時「やった。」とは思わなかった。 私にも人の心はある。 振られた友達に共感した。 でも気づいたのは遅かった。 私は失恋していた。 相手は友達のことが好き。だけど相手は噂が立つといけないから振った。 心が、凶器で刺された。 深い傷が残った。 一生、残るだろう。 深い深い、涙の傷が。
にゃー 「どうしたのかな? お腹空いたのかな?」 にゃあ。 「なんだ、甘えん坊だなぁ。 おー、よしよし。みーこは本当に可愛いなぁ…。」 すりすり… カリカリ。 「いい感じだね。そのまま、一生そのままでいてくれよ…」 にゃう にゃー にゃあ… いつからねこになったか もうおぼえてない わたしはにゃーとしかなけないし、ヒトのことばはもうしゃべれない わたしはヒトのかたちをしたねこ ねこになりきれず、ヒトにはもどれない あのひととくらすようになって わたしはねこにされた かんぺきにねこのうごきやしゅうせいをおぼえさせられた そうしないとごはんをもらえなかったから いつしかヒトをすて、ヒトのかたちをしながらもうもとにもどることはできない にゃあとなきながら、これでよかったのだと にゃあとないて、たすけて と あのひとにわたしのきもちはつたわらない ただただ、ねことしてわたしをかわいがるだけのまいにち あのひとにはねこにしかみえてないの なんどもいうけど、ころして と どんなばけものよりみにくく、ゆがんだあいのカタチがここにある ヒトになりたい ヒトになって あなたとてをとり じごくへ堕ちタイの… さあ、げんじつをみてくださいな ここにいるのは、ヒトのすがたをしてことばをわすれた ただのけだもの にゃあ… にゃー
処刑場に行った。友人に会いに行ったのだ。友人はこの間斬首刑に処され、その生首がさらされていたのだ。友人の生首に色々な話をし、そのうち日が暮れてきたので、家に帰った。「またね」と手を振ると、友人も手を振った。帰り道、友人は生首なのだから手を振れるわけがないことに、ふと気づいた。
いろんな人に言える。 結構皆頑張っている。 頑張れ、って簡単に言うのはどうかと思うけれど。 努力の方向性を間違うと努力は結構裏切るとあるアスリートが言っていた。 裏切られたのは僕のせいだろう。 なら努力を放棄するのかと問われればやはり生きる努力は人間しなければならない。 僕がすべきことはなるべくなら出来ない子をサポートすることかもしれない、と最近思う。 割りと周りに助けられて成り立っている生活。 持ちつ持たれつ、とはよく言ったものだ。 でも母なる自然は時に厳しい。 父なる慈愛にかなり助けられている。 多分勘だけど今の世の中、それも特に日本は母の方が強い気がする。 僕は自分の父性は弱い方だと思う。 弱まっているというか。 汚れ仕事が出来ない奴は基本的に母から煙たがられる。 そんな気がする。 落ちてるものを拾う。 人が捨てたもの。 捨てる神あれば拾う神あり。 神は自らを助くものを助く。 おかん怖いよ。 よそはよそ、うちはうち。 共同体。 サードプレイスが今消失中。 必要とされない人たち。 張りぼての表向きの仕事。 某映画で「世間が振り向いてくれないなら俺らが世間に尻尾向けるんだ!」って言ってた。 中庸。 とはいえ社会のシステムに助けられている。 冗談言って人を笑わせられるくらいの余裕が欲しい。 何でもありじゃないが。 中庸。 狂暴性、優しさ、勤勉、怠惰、依存、克己。 しぶとさ。 勝手な生き物が夜更かし。 皆明日に備えて眠っている。 小さい時に母親に手を握って貰って寝たことを思い出した。 父親と寝るまで話していたことを思い出した。 僕はたくさん貰っている。 書いてて反省。 魂の中庸。 何じゃそりゃ。 生きるも死ぬも自分次第。 優しさを貰ったがその分あの子の心が磨り減っていないか心配。 足りないけど満たされる。 中庸。 心が敵意を持つ。 でも思いやる。 戦うのはちょっとでいい。 ああ僕がいい奴ならば。 基本的に嫌な奴。 少しだけ人の心を持てた夜。
玄関で先生にあいさつをして、友人と教室へ向かう。 「そういや、隣のクラスの和田くん、はるのこと気になってるんだって」 「えっ!まじ?」 「まじ」 「私ってモテるな〜」 「うざー。てか和田くんのこと好きな女子がいるんだってよ」 「三角関係だね、荒れそー。誰?」 「隣のクラスの木崎さん」 「え、あのいじめっ子で有名な?」 「そう。だからはる気をつけなよ」 「まぁ、なんとかなるでしょ。」 「いざとなったら私、逃げるからね」 「いや守れよー」 教室に到着した。 自分の席に向かう。なんだか視線を感じるような気がする。 自分の席について、視線の理由がわかった。 私の机に黒マッキーで悪口が書かれている。 しね、あほ、ぶりっ子、男好き、書いてある言葉を心の中で読み上げる。 古典的ないじめだな。こんなの現実であるんだ。 書いてある内容的に木崎さんだよな。伏線回収早いな。 「はる、大丈夫?」 友人が問いかけてくる。 「これって、多分木崎さんだよね」 「確信ではないけど、可能性は高いね。」 「ちょっと私問い詰めてくる」 「あぶないよ」 「まあ、なんとかなるよ」 「えー、私は逃げるよ?」 「え、かなし」 「うそうそ、ついてくよ」 「ありがと」 そう言って、教室の後ろで友達と汚い笑い声を発する木崎さんに方へ歩いた。 みんなの視線で釘付けだった。まるで私はアイドルだった。 「木崎さん」 「なに?」 木崎さんは蛇みたいに鋭い目で睨みつけてきた。 「これさ、木崎さんだよね?」 「うん、そうだけど?なに?」 「なんでこんなことするの?私に男取られた嫉妬?」 「は?うざ」 木崎さんはそう言って殴りかかってきた。 女の子同士でこんな喧嘩になるとか思わなくてうまく反撃できなかった。 そうして私は、見事にやられてしまった。 「よわっ」 そう言って木崎さんは去ってしまった。 やっぱり女の子って苦手かもな。 そう思い、立ち上がる。友人が心配して駆け寄ってくる。 「大丈夫?」 「まあ、なんとかなるよ」 「そっか」 こんな状況でも、駆け寄ってくるのは友人一人だ。 「みんなももうちょい心配したらどうなのかな?」 友人が言う。 「私はみんなに嫌われているからさ」 「そんなことないよ」 「ぶりっ子だからさ。」 「まあ、そんなところあるかも?」 「否定しろよ」 そう言って少し笑った。 昔からぶりっ子って言われてきた。 背が低くて、声が高かったからかな。 男の子から好かれても、女の子からは嫌われていた。 あるとき、陰口を言われてメソメソ泣いていたら母から言われた。 「たいていのことはなんとかなるのよ」 「嘘つき」 「ほんとよ」 母のその言葉に私は救われた。 いじめに関しては、もうなれてたことだから私の心はあまり傷つかなかった。 そのあと和田くんが木崎さんを殴るのは、また別の話。
暴虐の雨。 金を払って欲しい。 本当はそうして欲しいのだろう? 糞尿にまみれた世界。 俺は正常だ。 正常。 異常の逆。 狂わずとも対価は貰える。 異常になっているのかもともと異常なのか。 大したこともせずに利ザヤだけ回す奴ら。 作った野菜に毒を盛りたい。 本当は自分だけが女王になりたいのだろう。 誰もいない王国。 僕は王でなく農奴。 狩人でなく密売人。 秘密の取引。 全てをやってあげてもなおも欲しがる。 なら対価を払う気もないなら浴びせよう。 でも正しい人たちには避難場所を作らなきゃな。 そこは皆考えてるだろう。 でも議論するだけの場なら堂々巡り。 なにもない世界。 それでは困るから追ってくる。 書いててああ、なにも出来ないんだ、と思い至る。 箱ものは作ったのに扱えない。 道具を使えないから独り占めする。 話せないから勝手をする。 俺も出来ない。 優しい言葉は酔わせるだけ。 叱責は向上心ではなく攻撃心に変わる。 俺に出来るのはそいつらに糞尿を浴びせることだけ。 よし、畑の堆肥を混ぜよう。 糞尿が要らないってことはないだろう? お前らもそれを食ってるんだからさ。
理不尽な世の中で生きる為の羅針盤は希望を 持たず抱かず無情に暮らすそうする事で悪事 ばかり現実可具現可する糞みたい不条理から 来世は逃れる事が出来るかも知れないつまり 其れ迄は何も期待希望はえっ何其れ食べたら 旨いの位に考えたら良いんじゃない知らんが 飽くまで此は私だけの思考問題自分って何者 現世で此処迄裏切り見当いの嫉妬や嫌がらせ 受ける位要らない存在ならば何時でも消えて 天国へ昇る覚悟は既に有る荷物はスマホだけ その前に美味しい物を感謝の念で食べ思いを 残さない様親切に生きる有る来世の為の偽善 かもけど遣らない善より遣る偽善つまり行動 する事濾そ羅針盤に為る未來そうこの前有る タクシーの女性が素敵な言葉を言った一番に 自分自身が本当の自分を知らないと言い私も その通りと言い笑い合えた丁度裏切りに遭い 何故か傷付く事は無いけど期待指せての頂点 落下にブチ切れ全開だった気持ちが揺らいで 戒めと為りもう絶対現世に希望は持たないと 有る種の諦める平和を握り締めた一瞬の誓い
「僕はヒーローなんだ」 僕は堂々と言った。だって本当のことだもん。 テレビで見た。かっこいいヒーローに憧れて、僕もヒーローってなった。 女の子たちも僕をかっこいいって言って、バレンタインにチョコをたくさんくれた。 ヒーローっていいなって思った。 ヒーローってかっこいい。僕にぴったりだ。 ある日、公園でもっと強いヒーローになるために特訓をしていた。 逆上がりをする特訓やブランコを高くする特訓をした。 それとかが全部終わって、最後に走る特訓をすることにした。 「ひーろーしゅつどー!!」 そう言いながら僕は走った。 たったったったっ、稲妻よりも早く走っていると足の後ろに違和感があった。 踏んだところを見てみたら、ハンカチが落ちていた。 僕が踏んで泥だらけにしてしまった。 ヒーローはこんなことしない。 どうしよう、どうしよう。 とりあえず洗わないと。そして交番に届けないと。 そんな感じでアワアワしていたら 『五時になりました。良い子の皆さんは、急いでおうちに帰りましょう♪』 五時のチャイムがなってしまった。 はやく帰らないとママに怒られちゃう。 明日だ。明日、洗って交番に届けよう。 そして、少しヒーロー失格した僕はまっすぐお家に帰った。 明日になったら、完璧なヒーローに戻るんだ。
極悪。 その言葉が自分にはしっくり来る。 別にヤクザに所属しているわけではない。 戦争の武器商人な訳でもない。 ただの一般人、ただの人間。 だが極悪だ。 いや、悪という概念すら覆しているかもしれない。 害悪、諸悪、必要悪。 どのカテゴリーにも属しているようで属していない。 形容するなら極悪。 何かを極めているわけでもないのに。 関連する事象全てに作用して何かを起こしてしまう。 なにもしていないのに。 誰かが言う。 「お前迷惑だよ。」 極悪で迷惑。 実に不名誉な称号。 今日も暇潰しで人に迷惑をかける。
昼下がりの図書館に、車いすを押した女性が入ってくる。車いすには、一人の男児が乗っている。この男児は、頭部がシュレッダーである。女性は微笑みながら、書架の間に入っていく。頭部がシュレッダーの男児は、数冊の本を指さす。女性はそれらの本を手に取り、カウンターに置く。司書は不安そうな顔で本を貸し出す。数日後、女性と男児は再び図書館を訪れる。女性は借りていった本をカウンターに置く。司書はぱらぱらとそれらをめくる。破損はない。司書がそのことを告げると、女性と男児は図書館を去っていく。司書はその夜、帰宅すると、『偏見』というタイトルでブログを書き始める。
鯉の泳ぐ川に沿って吹いていた風は 花弁が落ちないように、身を屈めて幹を横切る 隣家の台所の小窓からは女性たちの明るい笑い声が聴こえてくる 風は洗濯物を揺らし、勝手口の扉にそっと触れる 小窓から外を眺めていた猫が鳴く 女性たちは会話をとめて猫の名前を呼ぶ 風はそうっと猫を撫でると 再び川沿いの道をゆっくりと歩きだした
「殺してしまえ。」 そう言い放ったのはキュウビ様だった。 「聞こえなかったのか。こいつを殺せ。」 『なぜ、急に殺さなければならないのですか。今日までは友達として仲良く遊んでいたではありませんか。』 「そもそも、おかしかったのだ。我等は大人には見えないはずなのに、こいつには見えている。それで十分か。」 確かにそうだ。大抵の人間は12、3歳にもなれば見えなくなるが、彼はその歳を優に超えている。だが、本当に殺すまでのことなのだろうか? 「納得いかないようだな。では一つ教えてやろう。大人の人間の肉は美味いぞ。ただ、子供の肉は柔らかくて食えたものではないがな。」 『人間を…食べる……?』 「そうだ。人肉食は上が厳しいがな、こいつが人間でないとなれば話は別だ。大人なのに我等が見えているなら、人間でないと言い張れるからな。」 〘ちょっと待て、俺を食べるのか…?そんな、いきなり…〙 「聞こえていたか、情が湧かないうちに殺すぞ」 少し遅れて地面に血が広がる。キュウビ様が思いっきり腕を噛みちぎっていた。 「不味い。子供の肉の味がする。」 『えっ…?』 「お前も食ってみろ。」 言われた通りにそれを口に運ぶ。確かに水っぽくて美味しくない。頑張れば食べられなくはないけど、そこまでして食べたいとも思えない。 『まあ…美味しくはないですね……』 「あんな人間に気を遣う必要はない。」 「チッ…こういうのは2回目だが…非常に困る。結局こういうやつは味でしか子供かどうかを判断できないのだ。だからわざわざこんな所にまできて我等なんぞと話したがる。結局、人間なんてこんなのばっかりなのかもしれんな。」 そう言うと、キュウビ様は深く溜め息を吐いた。
ちらりちらりと雪が降っている。 私はテンションがあがった勢いで、外に出た。 髪に雪が引っ付くと、オシャレな宝石みたいでお姫様になった気がした。 機嫌よく歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。 女の子は傘をさしている。 (なんで、雪の日に傘をさしてるんだろう。雨でもないのに) すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。 ちらりちらりと雪が降っている。 私はテンションがさがり、さっさと家に帰ろうと歩みを速めた。 傘に雪が乗っかると、少しだけ傘が重くなってげんなりした。 機嫌悪く歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。 女の子は傘をさしていない。 (なんで、雪の日に傘をささないんだろう。髪べちゃべちゃになるのに) すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。
今ここに一つのハンカチが落ちていたとしよう。 白くて、小さく黄色い百合が刺繍されてるハンカチだ。 いかにも明るい女の子が持ってそうなハンカチ。 ある日、ハンカチは幼い元気な男の子に踏まれた。 泥だらけな靴で踏まれたので、汚れてしまった。 多分、持ち主が見ても持ち帰らないだろう。それほど汚かった。 ある日、ハンカチは女子中学生たちに見つけられた。 「え、なにこれ。きったな」 「まぁまぁ、そんなこと言わないで」 「だって汚くない?持ち主もきっと汚いんだよ」 「もう、茜そんなこと言わないでよ」 ハンカチは貶された。 ハンカチに気持ちなんてないけれど、ハンカチは傷ついた。 ある日、雨が降った。結構強く降った。 ハンカチの泥が落ちた。少しだけ綺麗になった。 ある日、高校生の男の子がハンカチを見つけた。 その男の子はなんだか悲しくなった。そしてハンカチから目を逸らした。 ある日、ハンカチはある会社の事務をしている女性によって警察に届けられた。 女性は、公園の水道でハンカチを軽く洗った。 そして警察に届けた。 拾った場所や特徴や時刻など、たくさんのことを聞き出されて少しめんどくさいと思った。 だがいいことをしたと明るい気持ちになった。 ハンカチの持ち主は現れなかった。 何日経っても、何ヶ月経っても、何年経っても、きっとずっと現れないだろう。
知り合いが家に来た。 別に男同士なのでスマホをいじってなにも話さない時間が続く。 現代病。 「お前は何のために脳と口があるんだ?」と聞くと「なに言ってるかわかんねー」と返される。 自分も天井を見上げてボーッとする。 帰り際に数学の公式の話になる。 奴は数学は多少出来る。 自分も義務教育のことを思い出し辿々しく答えを言う。 俺はタオの本でも読めば、と本を戸棚から出す。 論語でもいいぞ、仕事のことが分からないで仕事してる奴が多すぎる、と愚痴る。 まあ、俺は仕事してないけど。 ああ、道教ね、別にいい、と言われる。 別の知り合いに仕事するならこの本読んどけば?と論語を渡したら宗教ですか?と拒否反応を示されたことを思い出した。 宗教組織に入っているのに。 まあ、別に文句は言わない。 日本に表立った宗教は無いからな。 認識の齟齬。 分かりやすく「あの世界的企業のCEOも仏教やってるよ。」って言えば飛び付くのかな? シンクロニシティ。 あいつがやってるなら俺もやってみよう的な。 これは何て理論なんだろう? そんなことを書いていたらメールで「今日はありがとう」と来た。 感謝の心があるだけで十分かもしれない。 今日も誰かの役に立てたことが素直に嬉しくなった。
知り合いのいる郊外の町へ電車で行く。 実際には電車で2駅別に自分の住んでる地域とさほど変わらない。 今時切符で電車に乗る。 ¥6の損。 最近お金の概念が曖昧になってきている。 いや、無きゃ困るが。 着いた駅の近くで喫茶店に入る。 他愛もない話をする。 美人の店員さんって何で皆同じ顔してるんだろう? 喫煙室で知らないおじいさんと話す。 今は自転車の取り締まりが厳しくなってきてる云々の話などをして俺の若い頃は自転車に原付のエンジン付けて乗ったりしてたよ、ま、工作だな、などと話す。 少し有意義な時間。 知り合いが動物の絵を描いたりしているのでメールのスタンプにすれば商売になるんじゃない?などと話す。 なそなぞの本なども読んでいると言って2人で謎解きをする。 なぞなぞなのでトンチかと思ったら割りと科学的な問題などもあって今の子は賢いんだな、と驚く。 そのあと家電量販店や100円ショップなどを見てまわってゲームやぬいぐるみを見てまわる。 僕はぬいぐるみ可愛いな、などと言う。 ジェンダーレス。 男の子なんだから男の子っぽいおもちゃで遊びなさい、などと言われたことはないがどうも僕は戦略とかゲームが苦手で花を買ったり歌を歌ったり絵を描いたり小説などを書いたりするのが好きみたい。 帰りがけに被服店によってこんなのとか似合うんじゃない?とか言って知り合いと服を眺める。 何かお金をあまりかけなくても大体のものはまわりに揃ってる。 帰ってから思索の時間。 無駄なことはやった方がいいのよ、という元カノの言葉。 僕に花を愛でる心を思い出させてくれた人。 でも戦わなきゃなぁ。 形を変えて。 電車で少しの小旅行。 無い物ねだりやめたい。 ヒントをくれた人たちにありがとうと言って今日も寝る。
最近、読書にハマった。 よくある二つの視点からの物語。 それを読むと同じ物語でも世界が変わる。 一方のほうから見ると悪役と見えていたやつが、もう一方のほうから見ると一番人間味があったりする。 きっと、いいや絶対、現実でもそうだ。 私が、悪だと思っている人。あちら側から見たら私が悪なんだろうなって思う。 人にはそれぞれ考え方や感じ方、それぞれの正義や世界観がある。 その各々の世界観でみると、悪も味方も相棒も恋人も全く異なる。 まあ、そんなものだろうな。 だから人はぶつかるし、ケンカもする。 だけどその世界観の中で、共通を見つけて分かりあう。 みんなが相手を知り、自分を相手に知らせて、笑い合えば、きっといい世界になるのにな。 まあ、本当に合わない人とかいるしそんなの無理か。 永遠にいい世界なんて実現できないんだろうな。
自分がかわいくないと自覚したの中学生の時かな。 それまでは、祖父母からも両親からもかわいいって言って育てられた。 だからかわいくないことに気づかなかった。 テレビに映るアイドルやプリンセスに本当になれると思っていた。 今は、アイドルを見たら劣等感で病んでプリンセスを見ても同じ理由で病む。 おまけにプリンセスは性格の良さも兼ね備えている。 自分より醜いものを好いて、自分を引き立たせる。 なんでかわいくないって気づいたかって? 中学生というのは、美容に興味を持ち始める時である。 その時に、あっけなく気づいてしまった。 かわいい人と比べたら、違いは一目瞭然。 目も鼻も肌から骨格まで全て違う。 その違いに気づいてから、誰からの褒め言葉も全てお世辞にしか聞こえなくなっていた。 なんならただの哀れみにしか聞こえない。 下手な同情はどんな悪口よりも尖って、深くそして鋭く心に刺さった。 そこからだろうかな。私が自虐をしだしたのは。 自分で自分をかわいいって言ったら否定される。それが嫌だったら自分で否定すればいい。 そうすれば傷つけられることはない。 そうして私は今日も自虐をする。 傷つかないために。 でも時には辛くなってしまうんだな。 だけどキャラ的にも助けてっていえないし、どうすればいいのかわからないしね。 もういいかな。誰も慰めてくれないだろうし。 こんなことで悲しいなんて心まで弱いのかな。 「ねぇ、大丈夫?」 声がした。本当に綺麗な声だった。そちらを振り返った。 声以上に綺麗な顔をしていた。 「は、はい」 私は答えた。私は声まで汚いって思った。 「嘘つかないでよ、泣いてるじゃん」 「え?」 私は泣いていた。無意識に。 あーあ、ただでさえ小さな目がさらに小さくなってしまう。 彼女はハンカチを差し出してくれた。 そのハンカチは私とお揃いのものだったけど、なんだか私のより綺麗だった。 そのハンカチで涙を拭ったら視界がはっきりした。 ハンカチに視線を落としたら、ハンカチが汚れていた。まるで白い絵の具に黒を落としたみたい。 彼女の顔をよく見ると、アイドルをやっていると有名な北野みなだった。 「えっ、みなちゃん?」 「私のこと知ってるの?」 「う、うん。有名だよ」 「あのさ、はっきり言わせてもらうんだけど、私の名前、そんな軽々しく呼ばないでくれない?」 「え?」 「あんたみたいなブスに呼ばれて、私の名前汚れたんだけど。」 「えぇ」 「私とあんたじゃ、目も鼻も肌から骨格まで全て違うのよ。」 「わかってるよ」 私は小さな声でつぶやいた。 「え?なんて?まぁいいや。そのハンカチあげるから。」 そう言ってみなは去っていった。 このハンカチ二枚目だなって思った。 やっぱりアイドルは性格が悪いな。なるならプリンセスになろう。 どちらにもなれるわけないのにそう思った。 また、視界がぼやけていった。 今度は汚れたそれで汚れたそれを拭った。 白い絵の具が灰色から黒色へと変わっていった気がした。
「大将、いつもの!」 「はいよ!」 いつものラーメンは、いつもの味がしなかった。 ぼくは、思わず箸を置く。 「大将、これ」 「ああ、気づかれちまいましたか。最近物価が高くなってね。別の材料で同じ味を再現できないか、試行錯誤してんだけど」 「あ、そうですか」 三回待った。 でも、ぼくの好きな味に戻ることはなかった。 店の名前が同じでも、あそこはもう別物の店。 電子ケトルでお湯を沸かして三分。 ぼくの夕食は、インスタントラーメンになった。
私のクラスには双子がいた。 双子といえば、瓜二つで性格も全く同じと思うだろう。 けれど、私のクラスの双子は違った。似てないのだ。 顔も性格も声も何もかも違う。 本当に同じ家庭で育ったのかレベルで違う。 兄の方はイケメンで背も高く、性格も明るかった。 弟の方は、別に不細工でもなかったけど兄ほどイケメンではなかった。背も低い方ではなかったけど兄よりは低かった。 そんな劣等感の中で育ったせいなのか、弟の性格は暗かった。基本的に捻くれていてネガティブだった。 クラスでは、兄の周りに人が集まった。モテてもいた。 けれど弟の方にはあまり人が集まらなかった。 だって当然のことだ。 みんな不格好でほつれたハンカチと完璧で美しいハンカチが並んでいたら、後者をとるに決まっている。 人間ってそんなものだ。 いくら家庭環境が良かったって、常に隣に自分より完璧な人がいたら捻くれるに決まっている。 自分の周りには常に完璧な人間がいる、そんなのどんな拷問よりも拷問だ。 弟はどんな気持ちなんだろうな。 とか少し意地悪なことを考えてしまった。 今日もひねくれた弟には誰もよらず、兄の方に集まっている。 いつもの光景なのに、なんだか目を背けたくなった。 ブスだったら、他より劣っているなら、性格だけでも良くないと。 なんて言う人がいる。 そんなの無理じゃん。 周りに自分より良い存在がいたら捻くれるに決まってる。 一方、自分が周りより優っていたらよく育つに決まっている。 自己中に育つよって? 人間関係なんて、少し自己中な方がいいんだよ。 私は、一人な弟の方に声をかける。 「おはよう。そういえば話すの初めてだよね」 「え?なに?なんでこっちくんの?にいちゃんのほういけよ」 やっぱり弟の方は、捻くれてる。 「いや、私は君と話したいんだよ」 「なんで?にいちゃんの方がいいだろ」 「君のお兄さんには悪いけどさ、私周りに完璧な人おきたくないんだ」 「性格わる」 そう言って弟の方は嘲笑し、私の方へ顔を向けてくれた。 その笑顔は、兄に勝ってた気がする。 って弟に伝えようか迷ってやめた。
私以外の人類が滅びた地球の焼け野原に、空から一冊の本が落ちてきた。それは折り紙の本で、ページをめくると、『人間』の折り方が記されていた。私は焼け野原に落ちている、焼け焦げた紙幣や政府機関紙、避難場所が載った地図などで、人類の復興を試みることにした。
「ねえ、ばあちゃん。秋ってどういう感じなの?」 小学校から帰ってきた孫が、そんなことを聞いてきた。 「あぁ…そうねぇ。私が若い頃は、秋らしいと思う日も少しはあったけどねぇ。」 「先週までは半そでで、今日は霜がおりてたくらい寒いでしょ? 日本には四季があります。とか、秋らしいってぼくよくわかんない。」 私の若い頃もいわゆる秋らしい日は減っていたけど、そうか今の子はそういう感覚もわからないのか…。 「教科書にのってるもみじも、秋のみかくって紹介されてるやつも、ぼく見たことないよ。」 「そういえば最近、スーパーでも見ないわねぇ…。」 若い頃は手軽に食べられていたものですら、今は高級品でめったに置いていない。 「ばあちゃんは、まつたけとかあけびとか栗って食べたことある?」 「松茸は私たちの頃も高くて手が出せなかったわねぇ…。あけびは、もっと昔に地方を中心に食べられてたみたいだけど、ばあちゃんは食べたことなくて…。 そういえば…栗ご飯なんてしばらく食べてないわねぇ。売っていても高いんだもの。」 「栗ご飯? 美味しい?」 孫の目が輝いた。 「そうね。それこそ秋の味覚って感じねぇ。 昔は暑くも寒くもないちょうどいい日に空気が澄んでいることがあってね、そういう空気が秋を感じたかしら?」 「ふーん…。 ぼく、それ食べてみたいな。」 「そうねぇ…そうだ、お夕飯の買い物でスーパーに売っていたら作ってみましょうか。たまにはいいわよね。」 「ほんと!」 この顔に弱い。私の祖父母の気持ちが今になってよくわかる。 「ええ。私もずいぶん食べてないし、何軒か行けば見つかると思うわ。」 「やったー! じゃあぼく、夕飯までおとなりのゆうくんちでたたかいごっこしてくる!」 「あらあら、ご迷惑にはならないようにね。」 はーい、と返事して、孫は玄関に向かった。 私も支度をしたら買い物に出よう。 「そうだ、ばあちゃん。」 玄関から孫が呼んだ。 「なんかね、来月から小学校の呼び方が変わるんだってー。『国民学校』っていうようになるんだって! じゃあ、いってきまーす!」 孫はそう言うと遊びに行ってしまった。 そうだった。先日にはニュースで聞いていた。 過去そう呼ばれていたのは、私も知らない遠い昔の話。 「たたかいごっこ…か。」 聞こえてくるのは、冬の足音だけじゃないのかもしれない。
近所にあった汚い、小さな家には、玄関先に看板が取り付けられていた。『クジラの病院』看板にはそう書かれていた。その家に、クジラはもちろん、誰か人間が出入りしているところも見たことがない。『クジラの病院』廃屋だと思っていた。ある日の夜明け頃、不思議な音で目が覚めた。外に出て辺りを見回すと、その音は『クジラの病院』から聞こえていた。何の音だろう。そう思って近づくと、突然、『クジラの病院』の中から、屋根を突き破って、大量の水が空に向かって噴射された。あっ、クジラが潮を噴いたんだ。すぐにそう判った。潮は朝日に反射して、きらきらと輝いていた。美しかった。きっとクジラは治ったんだ。何となくそう判った。
俺がバイトしているコンビニの自動ドアは、センサーでも、ボタンでもなく、自らの罪を告白することで開く。今日は、自動ドアの前で、「殺人」とつぶやいた客が三人いた。そのうちの一人は、黒いゴミ袋を買っていった。
「入社おめでとう。君たちも社会人になったことだし、ここらで生命保険に入っておくのがいいぞ。会社の推奨はこれだ」 とりあえず入った。 「確定拠出年金を始めないか? 毎月の給料からコツコツと積みあげて、将来の年金を増やせるんだ」 とりあえず入った。 「持株会に入らないか? 毎月の給料から少額の株を買って配当をもらうんだ。今なら、一口につき○○%の株プレゼントもあってお得だぞ」 とりあえず入った。 正直、何の目的で、将来どうなるのかよくわかっていない。 しかし、会社が大丈夫と言っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。 上司の指示を聞くのが嫌だとフリーランスになった友達たちは、成長が楽しいと喜びながら、仕事がない貯蓄が不安だと嘆いている。 ぼくは、成長なんて感じないけど、仕事や貯蓄への不安もない。 多分会社が何とかしてくれる。 「酒、うま」 どっちが幸せなんだろうか、なんて考えるのも面倒になって、とりあえずお酒を飲んで寝た。
この手紙を一番最初に読んだあなたへ。 私はあなたを知っています。 今も見ています。 手を振っています。 見えますよね? この手紙はこれから、一人の欲望を叶えるための方法を書き続けます。 叶うと思いますか? そうですか。 ではまず、缶を開けてください。 中身はあなたです。 食べてください。 私はあなたを見ています。 手を振っています。 食べてください。 食べて、食べて、食べて。 しょうもないですね。 食べた後の缶には、ガスが溜まっています。 苦しいでしょ? 面白いことを言いますね。 ください、それを。 そういえば、私はあなたを愛していました。 感情というのは不思議なものです。 強く願っていると、その感情に支配されているみたいです。 そのタバコ、まだ変えていなかったんですね。 匂いが好きです。 早くその缶をください。 無視しないでください。 見えていないのですか? そうですか。 それであれば私はあなたを、 一人で見ていることを、 干渉することを、 一度だけでいいから許して。 誰に言っているのでしょうね。 私の欲望って、なんだったのでしょう? あなたには聞こえないと思いますが。 でも、わかった気がします。 話し相手です。 続いてのニュースです。 昨夜未明、マンションの一室でガス爆発が起きました。 住人の一人が意識不明の重体。 警察はライターの火が原因とみて調べを進めています。
クリームソーダの弾ける泡を口に含み、ふと思う ひとりで来たほうがよかったか、と 結婚前、競馬場へ通い詰めていたこと、言ってなかった 言えなかったのではない、意思を持って言わなかった 競馬のイメージ、昔よりはいくらかはマシになったかもしれない けど、なんだかんだと言って賭けごとだ、いい印象ないだろう とくに女性だったら 隠れた秘密を持っていたかった それも、あったのかもしれない ―今日、ここに来たこと、おかあさんには内緒な 小声で言うと ―え、うん、いいけど と、息子 いくら今年が午年で それが理由で馬を見せてやりたかったから、と言ってみても 無理にうなずく息子との、ささやかな秘密の共有
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 短い三行を朗読した後、私はカーテンを開けて外を見た。 雨がしとしとと降っている。 風がそよそよと拭いている。 七十五度くらい傾いた雨は、きっと私の頭上に置いた傘を避けて、私の足元をしっとり濡らしてくることだろう。 ブーツを履けば足首までは守れるが、膝から下は無防備だ。 「こんな日は、自宅で読書に限りますねえ」 私はカーテンを閉めて、机の上に置いている本を手に取った。 ページをめくりながら、晴れの日は晴れの日で、日焼けをしたくないとほざいていた自分を思い出す。 雨にも負ける。 風にも負ける。 雪にも夏の暑さにも負ける。 果たして、私は何なのだろうか。 ちょっと弱すぎないか自分、なんて思ったけど、自由自在に本を読める私は、頭の中が昔の人よりも強くなっただけだと言い訳して、本の世界に戻った。
7月2日 彼女とスタバ。彼女は期間限定のストロベリー&ユースベリーティーを、僕はエスプレッソを頼んだ。窓側の席に座る彼女は今日も美しい。2人の間に静かな時間が流れる。言語なんて僕達に必要ない。だって心が繋がっているのだから。 7月15日 彼女と映画館に来た。彼女が話題の恋愛映画を見ると言うのでそれに付き合う。クライマックスで涙を流す彼女は、やはり美しい。映画なんて目に入らなかった。よほど気に入ったのか見終わった後は大はしゃぎで感想を話してくれた。僕は黙って何度も頷いた。 彼女の右隣に変な男が座っていて、映画館から出た後も付いてきていた。要注意だ。 7月22日 今日は彼女と水族館。一面水槽になっている天井を見つめる彼女。子供向けのペンギンショーに夢中になる彼女。目が釘付けになってしまう。正直水族館なんてどうでもいい、彼女とならどこだっていい。僕はどこまででも付いていく。 今日もこの前の男が彼女の隣に張り付いている。恐らく、いや確実にストーカーだ。僕が彼女を守らなくては。
形をつくり、保ち続けなければ街も人も消えていく。 ぼんやりした頭と焦点の会わない目、力の入らない手。うまく動かせない自分の身体と窓の外を走るバイクの音に苛立ちながら、意識はベッドに向かっている。 あれほど何度も行った街が消えていく。 影もない街に、小さく風が吹く。 その風もじきに沈黙する。
指から離れる時、力をその『おはじき』に委ねる 親元を離れた独り身は、疑いなく相する『おはじき』にぶつかる 独善的と揶揄されつつも、富を築いていく 何不自由の無い功労が、妬みとなるのを感じる 連合を組んで襲いかかって来た 一致団結が絶対の正義かのように… この世界の秩序から離れた独り身は 疑い無く愛する現実にぶつかる 触れる『おはじき』、乱反射の如く (完)
看護師に先導され、一匹のサルが、病院の廊下を歩いている。やがて看護師はある病室の前で立ち止まる。サルは看護師を見上げる。看護師はサルに微笑みを投げかけ、病室のドアをノックする。「どうぞ」男の声がする。看護師はドアを開ける。看護師とサルは病室に入る。病室のベッドで、一人の男が横になっている。この男は、全身がバナナに変化していく病気にかかっている。
恋愛小説が苦手だ。 特にキラキラしていて普通な恋愛ものが嫌いだ。 別にアンチをしたり、読んでいる人を軽蔑するほど大嫌いってわけではない。 純愛というのだろか、なんというのだろう。 あの甘い初々しい恋愛がなんだか苦手。 だけど私の年齢はそんなものを好むのが一般的らしい。 図書室の利用人数を増やそうと増やされたコーナーがある。 そこにはいかにも私のぐらいの年齢の女の子が好みそうなものばかり。 キラキラした背景にアニメ調の男女がいて、タイトルもキラキラしていて頭が回りそうだ。 今、私が持っている一つの単行本は私の友達が勧めてくれた恋愛小説である。 キラキラしたザ・青春って感じの表紙に、ザ・恋愛って感じのタイトルだった。 読むか迷っていた。いや多分返す時に感想を聞かれるから読んだ方がいいのだろうけど。 とりあえず一ページ目を開いて、そこから二、三ページ読んでみた。 どうやらこの小説は、主人公の女の子が学校一のイケメンの秘密を知ってしまってーーという物語らしい。 オチは大体想像がついた。どうせ途中でイケメンのファンクラブの女子が出てきて、主人公いじめて、なんだかんだあって、最後はキスで終わったりするんだろうと。 一時間かけて読み切った。面白いほどに私の予想通りだった。 途中、甘い表現やイケメンのナルシストが入ってきていて読むのがきつかった。 やっぱり、苦手だと改めて思った。 だって私には普通の恋愛ができない。 男の子が好きになれない。 私がした恋は、たいてい叶わないまま、伝えられないまま終わる。 普通の恋をしたことがないから、毎回主人公に感情移入できずにわからないまま終わってしまう。 学校一のイケメン?そんなの興味ない。 流行ってる恋愛小説?読めない。 いつか、私が普通な恋愛をできるようになったら興味が持てるのかな。 みんなと同じ小説を読めるのかな。 そんな淡い期待を持ちながら、私は推理小説を開いた。 キラキラしてないそれはとても読みごたえがあった。