ジキルは医者に言った。 『この私から多重人格を消し去ってくれ。主人格のみにしてほしいのだ。ハイドに変われば取り返しがつかないことになる。急いでくれ。』 医者は了解した。 施術終了後。ジキルは医者の首を絞め、死体を踏みつけ病院から走り去った。
わたしはひたすらに、凝視しているだけであった。その先には悪意が満ちている。 教室の隅のほう、白昼堂々と暴行する生徒たちがいる。いつもそうだ。気弱そうなマタケくんが、たまにしか登校しないタレヤくんたちに蹴られ殴られいたぶられている。昼食を食べているわたしたちの、誰の視界にもはいらない配慮のもとでいじめられている。荒れた配置の机をさらに荒らしながら、タレヤくんはマタケくんの胸ぐらをつかんで捻り、じわじわとマタケくんの顔が赤くなる。ただそれをじっと見ている。 悪意は善意などより明らかに容易く、人の倫理を落ちぶれさせるものだった。巨大な自尊心から生まれる悪意。それが生み出す暴力。自己保身から生まれる悪意。そして傍観、無関心。果ては迷惑そうに目尻をゆがませながら、静かに終わりを待っている。この教室には悪意が満ちていた。 イジメは先生たちも感知しているところである。それは毎度行われるマタケくんへの呼び出しが示していた。いつもいつも、タレヤくんたちが登校した日の放課後に限って、ホームルームの終わりに担任がマタケくんを呼び止める。いつものことだった。 わたしはひとつ、手を打つことにした。鬱屈とした教室の、淀んだ空気を溜め込む窓が壊れるような。 今日はひときわ激しいのか、未だがらんがらんと椅子が倒れる教室を後にして、職員室へ走った。軽い音で開く扉の向こう、昼食を食べている担任を見つけると、やや声を張り伝える。 「先生!マタケくんがタレヤくんに暴力を受けてます!」 ぐるりと職員室を見回してみれば、それに驚いている教員とそうでないのとが半々くらいに見えた。急ぎ扉を閉め、スマホを取り出して警察に通報する。 「〇〇中学で生徒が殴られたりしてて…どうしたらいいかわからなくて…けっこう血とか、激しくって…」 一方的にまくし立てながら、そのまま通話を中断。これで警察が動くかどうかなんて分からないけれど、教育委員会やこの学校に連絡くらいはくるかもしれない。そのままスマホを操作して、動画アプリを開いた。あらかじめつくっておいたチャンネルと、非公開のまま投稿していた動画たちが表示される。即座に誰と分かるような動画はひとつもないけれど、この学校の関係者、さらに言うならイジメを知っている生徒ならまず間違いなくわかるように。そして詳しく知りたいインターネットの悪意たちがちゃんとたどり着ける程度の加工を済ませた動画が、これまであった現場のほとんどすべてぶん残っている。それらを上から順番に、余すことなく公開していった。続けて短くしたものを、別のSNSでも同様に。動画サイトのURLリンクを添付するのも忘れないように。 これをしたって、きっとマタケくんとタレヤくんの関係は変わらないだろう。傍観していたみんなが変わるわけもないだろう。それでよかった。 後日、担任から呼び出されたのはわたしだった。撮影されていた画角と、わたしが教室でそれを撮っていたことを知る誰かが話したのだろうか。担任の先生はすこしやつれているように見えた。 「どうしてこんな事をしたんだ?イジメが許せなかったか?」 余計な手間を増やしやがって、おかげさまでこんなことになったじゃねぇか。そんな悪意が漏れそうな眼差しで、先生は投げかけてくる。だから、その対極にいる笑顔で答えてやった。 「マタケくんも、タレヤくんも、あの状況も…それを無視する皆も先生も学校も、全部鬱陶しかったので壊そうと思いました!」 先生は自覚がないのだろうが、とびっきりの嫌な顔をした。だからこそ、わたしもとびっきりの悪意を込めて。 「たのしかったです!」 にっこり、わらった。
俺はAI小説家だ。 俺のアイデアをAIで膨らませ、AIによる高速執筆を実現している。 最先端勝つインテリジェーンスな小説家だ。 さて、そんなインテリジェンスな俺の目に、頭の悪そうな投稿が目に入った。 『感想は読者にとってハードルが高いので、定型文を作った方が良いのでは? 例えば、ぬるぽとか』 アンビリーバボオ。 感想が『ぬるぽ』だけなんて、なんて無味無臭なアンビリーバボオ。 インテリジェーンスは俺は、優しく人間の心を教えてあげた。 『さすがに、ぬるぽだけはつまんないですよ』 返事はすぐに来た。 『ぬるぽは例えです。言いたかったのは、感想のハードルを下げようってことです』 アンビリーバブル。 ルルルルールルル。 こともあろうに言い訳だ。 なんという、ハレンチ。 しかし俺は、AIマスター。 これ以上言い返したりなどしない。 代わりに、AIを起動し、俺のアングリーな感情をぶつけることにした。 『この例え話、分かりにくいですよね?』 返事はすぐに来た。 『普通に意図は伝わります。ぬるぽがユニークすぎて、そこに反応しちゃったのかもしれませんね(笑)』 表出ろや、AI!
買いもの帰り、野菜たちを入れた袋をゆらす夕方の光が、なぜか今日はやさしい。ほんのすこしの、けれど、確かなこととして、街の風景に色彩の矢が放たれて。青みがかった絵には、あきあきだ。華のある、香りに充ちた世界を、はやく。梅は咲いた。桜はまだか。
彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。
ねぇ? 今、君が感じているこの世界は夢かな? それとも現実? ねぇ? 君は何を持って夢だって認知してる? 君は何を持って現実って認知してる? まぁ、いいや ボクに関係ない話だしね 一応言っておくけど、今の君の脳内は急激な覚醒状態だよ 夢だからか…現実だからか…ご想像にお任せするよ そろそろ通信が途切れる頃だね… さぁ、君自身の無意識領域を目一杯に感じてね そう言うと、ボクと名乗る声は消え去り、 自身を囲うようにあった暗闇は消え晴れた (完)
※「どこにも書けないこと【sideA】」の別視点のお話です。 ────── 僕には、誰にも話せない秘密がある。 彼女──今、僕の隣で眠っている、この美しい女性。本当の彼女を知っているのは、この世界で僕だけだ。 出会いは十年以上前。取材で地方都市に三ヶ月滞在していた時のことだった。 単なる火遊びのつもりで、いつもの秘密クラブでメールをする。ホテルの部屋に来たのは、二十歳の彼女だった。 名前は偽名だと分かっていた。でも、その瞳に宿る影が、僕を捉えて離さなかった。 他の女たちとは違った。 表面的には笑顔を作り、プロとして振る舞っていたけれど、その奥に深い闇がある。逃げてきた者特有の、研ぎ澄まされた警戒心。そして、諦めと希望が入り混じった、危うい光。 ──僕は、その影に魅了された。 二ヶ月の間に、彼女を五回指名した。会話はほとんどしなかった。彼女もそれを望んでいるように見えた。ただ淡々と、仕事をこなす。 でも最後の夜、ふと漏らした一言が忘れられない。 「私、新しく生まれ変わるんです」 その言葉が、僕の中で何かを目覚めさせた。 彼女がクラブを辞めた後、僕は密かに彼女を追った。 職業上、難しくはなかった。新しい住所、働き始めた会社。整形手術を受けたことも知っている。鼻筋が少し高くなり、目元が変わった。でも、あの瞳に差す影は消えていなかった。 五年後、僕は「偶然」を装って彼女に近づいた。カフェで、友人の紹介という体で。 彼女は僕を覚えていなかった。当然だ。あの頃の僕とは、髪型も雰囲気も違う。そして彼女は、何十人、何百人もの男を相手にしてきたのだから。 **** 交際が始まって六年が経つ。 彼女は完璧に「普通の女性」を演じている。清楚で、優しくて、少し内気で。過去など存在しないかのように。 でも僕は知っている。僕の前で桜色に染まるその白い肌に、何人もの男の痕跡が刻まれていることを。その笑顔の裏に、決して消えない罪悪感があることを。 この優越感は、何にも代え難い。 同僚たちが彼女を「いい子だね」と褒める。彼女の友人たちが僕に「大切にしてあげてね」と言う。僕は微笑んで頷く。心の中で、秘密を抱きしめながら。 ──本当の彼女を知っているのは、僕だけ。 時々、彼女が告白しそうになる瞬間がある。言葉を選んでいる様子が手に取るように分かる。 「実は」と言いかけて、やめる。その度に、僕の中で何かが疼く。 教えてほしい。君の口から、あの過去を。 でも、僕は急かさない。花を手折ることはしない。ゆっくりと、彼女が自分から開くのを待つ。 それまでは、この甘美な秘密を独占する。 いつか彼女が告白したら、僕はどう反応するだろう。 驚いた顔をして「そんな過去があったんだ」と言うべきか。それとも「知っていた」と打ち明けるべきか。 どちらにしても、彼女の顔が歪むのを想像するだけで、胸が高鳴る。 それが残酷だと分かっている。でも、この毒から逃れられない。 彼女の寝顔を見る。穏やかで、無防備で。 きっと悪夢を見ているのだろう、時々小さく呻く。その度に、僕は彼女の髪を撫でる。 「大丈夫だよ」と囁く。 ──君の秘密は、僕が守るから。誰にも言わないから。だから、安心して。その日が来るまで。 窓の外で雨が降り始めた。彼女が小さく身じろぎする。僕は彼女を抱き寄せた。 この腕の中にいる女性を、本当に愛しているのだろうか。それとも、彼女の中の闇を愛しているだけなのか。 分からない。でも、どちらでもいい。 彼女は僕のものだ。過去も、現在も、未来も。彼女がどんな顔をして生きていても、その全てを知っているのは僕だけ。 この優越感こそが、僕の生きる理由。 この残酷で甘美な秘密こそが、僕を満たしてくれる。 **** 僕は今、彼女がモデルの小説を書いている。 彼女を抱いた時の描写、彼女の反応もすべて微に入り細を穿つ、ドキュメンタリーに近いフィクション。彼女が読めば自分のことだとすぐ気づくだろう。 だが、発表する気はない。いつか、僕が死んだ後に彼女が読めば、僕がすべてを知っていたとわかるはずだ。 これは彼女が自ら打ち明けなかった時の、あくまでも保険だ。 読んだ時の、彼女の反応が見られないのは些か残念だが。 どこにも書けないこと。でも、確かに存在すること。それを独占している快感に、今日も僕は溺れていく。
頭の中で、どうしようもないことを言い合いながらどうしようもないことを考えている。お喋りな脳の口は全ての気力を奪っていく。 目も耳も何も感じない。腹立たしさを感じながらも、おしゃべりに付き合ってしまう。全てをきいてしまう。 うわあああ、うわあ、うわあああ。歯の裏に当たる叫び声は空気を震わせない。ひび割れた手は使い物にならない。 頭の中で通帳と財布を開ける。また無意味な計算大会が始まる。問題文すら読むことのできないあなたは初戦敗退です。お疲れさまでした。いや、頑張ってすらいないんだから労われることなんてひとつもない。 この眠気に身を任せて眠りたい。 明日の目覚ましをかけている間に、また目が覚めるんだ。
「……うわ」 「うわってなに」 玄関扉のその先で、響さんがどこの猫かもわからないまるっこい猫を抱えて立っていた。 よくよく見れば足元にも二匹いる。 「響さんが猫を誑かしてる……」 「誑かしてない。ついてきたんだもん」 「なんでわざわざウチに」 「すきかなって」 「好きですけど……」 野良は色々とよろしくない。 むしろここまで丸いと、地域猫だとか外飼されてる猫なのかもしれない。 いや、それ以前に。 「……触ってみていいですか?」 「うん」 一応断りを入れてから、抱えられた猫に手を近づける。なんだ、匂いを嗅がせるんだっけ。 しゃーーーッ!! 「おかしい。さっきまであんな穏やかだったのに」 知ってた。 というのも、俺は動物にはめっぽう嫌われるタチで、近づけばご覧の通りこうなる。猫だけじゃない。犬にもすれ違うだけで、親の仇と言わんばかりに吠えられる。 見れば、響さんの足元の二匹さえも警戒モードに入っていた。あと一歩でも近づこうものなら、攻撃されるか、猫に言うのもなんだが、脱兎のごとく逃げるだろう。 「……俺、動物に嫌われがちなんすよねぇ」 伸ばした手を引っ込めながら、そういえば、鋭い目付きは変わらずとも、牙はしまってくれた。 「邪悪なんだな、薫くん」 「は?」 ウチの敷地から出てすぐの所で、抱えていた猫を下ろした。ひとしきり撫で回してから、三匹に手を振って、また玄関先に戻ってくる。 「やあ、邪悪くん」 「腹立つ言い方するなあ。服が毛にまみれてますよ。コロコロ持ってきてあげましょうね」 「ありがとう邪悪くん」 「次そう呼んだら殺します」 「へへへ」 こっちは睨んでいるのに、当の本人は身体を傾けて心底嬉しそうに、いたずらっ子みたいな笑い方をする。 相も変わらず、変な人。
目が覚めた時、私は地面に転がっていた。 まだ覚醒しきっていない意識の中、周りを見渡せば目に映るのは悲惨な光景だった。 一軒残らず破壊された家々と、無残にも地べたに横たわる仲間たちの姿。 蚊の鳴くような呻き声を上げる者もいれば、既に息絶えている者もいた。 どす黒い絶望が胸に広がり、両手で目を覆いたくなるが、もはや指一本動かす体力も残されていない。私は、いや私たちは敗北したのだ。 私をこうして地面に切り伏せた彼の剣術は見事なものだった。 私の攻撃は巧みな剣さばきで悉く受け流され、かすり傷一つ負わせることも叶わずに流麗な一太刀を浴び、私の意識は途切れた。そして今、私が必死の思いで蓄えた財産はすべて、彼の手中に収められている。 彼が率いる仲間たちの連携も素晴らしいものだった。あるものは韋駄天のごとく地を駆け、ある者は天狗のように上空から攻撃を見舞い、またある者は人間とは思えぬ動きで四肢を巧みに操りながら攻撃を繰り出し、私たちを翻弄した。 遠くから、彼の名を呼ぶ仲間の嬉々とした声が聞こえる。 「やったな!桃太郎!」 お腰に付けたきびだんごを揺ら去り行く彼の後ろ姿を、わたしはいつまでも見つめていた。
「人間の感情は、ポジティブとネガティブが混じって負います。このエキスは、そのうちのポジティブだけを抽出したものです、これを飲めば、体内のポジティブ感情の割合が増えて、楽しい気分になれます」 仕事ので嫌なことが続いて心がやさぐれていたので、うっかり買ってしまった。 メロンジュースを水で希釈したような薄い緑の液体を、鼻をつまみながら飲み干す。 味は、薄い砂糖水。 「あれ?」 するとどうしたことだろう。 さっきまでの嫌な気分が吹き飛んだ。 今すぐ鼻歌を歌いそうな気分になり、思わずその場で跳びはねた。 「ご満足いただけたようですね」 「それはもう!」 ぼくは定価にチップを添えて、売人に渡した。 売人は、遠慮なく、それを受け取った。 気分が良くなって、多めに払う客が多いのだろう。 とってもハッピーな頭で、ぼくはもっとポジティブを飲みたいと思い、ふと気づいた。 「ポジティブだけ抽出したんですよね? 残りのネガティブはどうなったんですか?」 売人はニタッと不気味な笑顔を向けてきた。 「ネガティブになりたい方と、誰かをネガティブにしたい方に、需要がございます」 「なるほど!」 需要があるならちょうどいい。 ぼくはポジティブエキスを、追加で十本購入した。 嫌なことがあったら、これを飲もう。 はぴはぴはっぴー!
真夜中、病室をそっと抜け出し、見舞客用の休憩スペースでジュースを飲んでいた。自販機が並んでいた。飲み物の自販機、パンの自販機、そして、天使の自販機。すると一人の看護師がふいに現れ、天使の自販機で天使を一体買って、去っていった。誰か死んだのだ。それも天国に行くような誰かが。俺は天使の自販機に近寄った。『売切』ランプがともっていた。俺はまだ生きている。
回れ廻れ、この指に止まれ 誘惑に掛かって私の元へ 蜻蛉が唸り飛ぶ、夕焼けの劣勢 複眼に模写される錯覚の元凶 羽さえ鈍る、濁った色彩感覚 童の短き指先に翻弄される 掻っ攫う鎌、死神の如く 童の虫取り網が背後から襲う 尾にかけて押しつけられた網目の跡 傍観する蜻蛉、次は我が身 蛍光色の安息所と言えるこの祠 緑色が安静を煽る 生命の意思を阻害されしこの身 長らえば原罪、繁栄に牙を剥く 蜻蛉は微々たりながら、数を乏しくした (完)
・天平勝宝四歳九月某日 街道と呼ぶには程遠い山道を歩く一団。二十代から三十代の男性ばかりで、人数は十五、六人といったところだろうか。いずれも、自分たちで用意した弓矢を負い、片刃の剣を腰に帯びている。服装はまちまちで、話す言葉も微妙に異なっているのが印象的だ。 「あとどのくらいで着くのですか」。一団を率いていた部領使に、そう問うたのは「鹿足」という男だった。 郷里を発って既に二十日は過ぎた。もはや自分の郷里との位置関係は不明で、数日前に「府」という施設で渡された携帯食もそろそろ尽きるころだった。 部領使は「風雨がなければ、二、三日で難波津に着く。あとは船で七、八日ほどだ」と答えた。鹿足をげんなりさせるのには十分な先の長さだった。 鹿足の様子を見た部領使は、「なあに、難波津では食糧は賜るし、武具も新たに与えられるぞ」と続けたが、鹿足の嘆息の理由はそこにない。 日が暮れ始めると、何度目かわからぬ野宿だ。火を起こして簡単に腹を満たした後は、皆思い思いに過ごす。 鹿足は、火の明るみから少し離れ、星空を眺めて方角を確かめていると、部領使が近づいてきた。 「何をしている」 「いえ、郷里の方角を見ようかと」 「ここ数日、毎晩だな。くれぐれも逃げ出すなよ」 「はい。そうですね。わかってます」 「皆、故郷のことが気になる時期だ。無理もないが、三年は彼の地で役につくのだ。気をしかと持て」 「・・・・・・・・」 「なんだ、どうした。何かあるのか。言ってみろ」 「あ、いや」と、鹿足に訝しがられていることに気づいた部領使は、「実はな私の父も、お前と同じ国の生まれで、ヤマトに連れてこられたのだ。東国の人間は勇猛だとか勝手なこと言ってな。私も衛士として宮周りを警護したし、父からは、見たこともない郷里の話を聞かされたものよ」と、その身の上を明かした。 「そうだったんですか」 「だからお前たちも防人という役で西へ行くのさ。さぁ、何考えてるのか聞かせてみろ」 少し安堵した鹿足は、ぽつぽつと語り締めた。鹿足はわずかな口分田を耕しながら、山中に狩猟に行き、息子二人と妻、母を養っていた。山野の豊かさや、若くして亡くなった父のこと、妻が矢羽をつけるのが得意なことまで語り、最近、夜毎に襲う夢の話に及んだ。 「早朝に村の門を出るとき、泣いてたのです。妻も息子も。息子たちはしばらく手を離してくれませんでしたね。眠ると、同じ姿を目にするので、どういう気持ちでこれからを過ごせばよいか考えてしまうのです」 しばしの沈黙の後、部領使はこう提案した。 「そうだ、歌を詠んでみるか。古くからヤマトでは歌を詠むのだ。その時の心情だとか、出来事などを。どうだ、試しにお前も」 「そんなのしたことないですし、できませんよ」と、鹿足は丁重に拒否をした。 「しょうがないな」と言いつつ、荷物から筆と木札を取り出した。小刀で木札を削って新しくすると、うんうんうなりながら木札に字を書いていった。試行錯誤の末、「こんなところでどうだ」と部領使は木札を見せた。 『佐伎母理尒、多知之安佐氣乃可奈刀弖尒、手婆奈礼乎思美奈吉思児良婆母』 木札には見慣れない線の集合体がずらりと並んでいたが、鹿足にはなんのことやらわからない。 「どうだと言われても、よいのかわるいのかわかりませんよ」と思わず笑った。 「初めて笑ったな。では声にすればわかるだろうから、詠んでやる。『防人に立ちし、朝明の金門出に、手離れ惜しみ、泣きし子らばも』。お前が話した様子を歌にするとこんな感じだな」。 瞬間、あの時の情景が目の前に広がる。目が覚めているのに、くっきりと。 「あぁ、なるほど・・・・そう・・・ですね」。鹿足の目から涙がこぼれていた。 言葉にならなかった。 「想いを歌にすることで、伝わる何かがあるようだ。私も最近は折に触れて歌を作ってみているのだ」 「終わったらすぐに帰ります。元気な姿で。息子たちも大きくなって、妻も母も元気でいてくれるだろうと思います」 「そうだな。そうしろ」 宵闇に二人の話し声は溶け込んでいった。 数日後、潮風香る難波津に到着した鹿足は既に船上だった。船に乗る使者に引継ぎを終えたところで、部領使は鹿足に声をかけた。 「おい。これをやろう」 手渡されたのは、あの歌の記された木札だった。 「もう一つ作ったから、これに倣って向こうでも歌を作ってみろ」 「私にもできるでしょうか」 「できるさ。東国生まれの人間だからな」 二人は笑い合った。命が消える機会など数多の時代で、今生の別れになるとは知っている。それでも笑い合っていた。 二人の笑い声が波間に消えて千二百七十数年。鹿足の消息はわからない。この歌は現在、作者不詳の防人歌としての現代に伝わっている。
物を大切にできる人が、羨ましい。 古いおもちゃを手入れするのは面倒だし、かといって捨てるのも同じくらい面倒だ。何より、自分の中に居座る中途半端な「善意」が痛む。捨てたおもちゃに呪われるのも怖いから、どうしても気が引けてしまうのだ。 それに、あんなものをまだ持っているだとか、物を雑に扱う奴だなんて噂が立つのは、もっと困る。 そんな悪評が広まれば、いざという時に「新しいおもちゃ」が手に入らなくなってしまう。だから、おもちゃの存在も、その扱いも、誰にも言わず秘密にしている。 最近、あんなにかわいがっていたはずのおもちゃも、手入れが億劫になってきた。 正直に言えば、もう、つまらなくなってきたのだ。 ちょうど先月手に入れたものは、もっと手がかからず、それでいて壊れにくいらしい。前のおもちゃよりも、ずっと楽しめそうだ。 とはいえ、前のものだって、たまに遊ぶ分には悪くない。 錆びついて自然にゴミになるまでは、棚の隅にでも飾っておこうか。 そういえば最近、部屋にゴミが増えてきた。 ……「次」の置き場所も確保しなきゃいけないし、面倒だから一気に捨ててしまおう。
実家の庭に生えている木には、毎年、絹ごし豆腐が実る。ところが今年は、木綿豆腐が生った。家庭内に何か不吉な予感が漂い始め、母が作る味噌汁が、具なしになった。
願いが叶うとすれば、 ひたすら苦を繰り返す性分をどうにかしたい、 これが私の願いです。 五十代も後半になって来ますと、 以前なら出来たであろう事が、 不思議なほど全く出来なかったり、 一度聞いた事をすっかり忘れてしまったり、 そしてまたその忘れる失敗を再度繰り返してしまったりと、 老化ってものはこんな感じなのかと思ってしまう事があります。 またそれを厳しく叱責する人も居られ失敗の念が更に膨らむことに。 失敗するとそれなりに落ち込みますし、 その姿を周りに見せる事は少なからず良い影響が出るとも思えません。 これが職場での事ならば、転職も一つの手。 自分にはこの仕事が無理なのかも、 何より周りに迷惑を掛けてしまう、 そういう判断も人それぞれですから良いのでしょうが、 私には何か引っ掛かりがありました。 先ずは失敗に対して叱責する人が居ないとなると、 自己反省をし直ぐ頭を切り替え、気を引き締め次の仕事に掛かります。 何が言えるかと言いますと、 失敗と叱責がプラスされると人は極端に落ち込むのですが、 失敗して叱責する人が居ないとなると前向きになります。 『だったら怒ってしまうと能率が下がるよね』 私はそう思いました。 おそらく叱責する側の人からすれば、能率よりもその時の自己機嫌が最優先。 何か違う展開になっているのでしょう、 私にはそれが良く分かりませんが。 でもそんな叱責の人を寄せ付けない強者の存在に気付いたのです。 それは、無神経な人。 無神経な人は基本的に人の意見は聞かないので、 怒られようが何があっても一切動じません。 だから気持ちの落ち込みも私よりかは少ないでしょうし、 根本的に感情を他人に預けたりはしない人ですから無敵なのです。 人付き合いという部分において、 こういう無神経さは率直に憧れてしまいます。 常に外野の声が入って来やすいのと、全く入って来ないとでは 日常の差がとてつもなく大きい。 ある意味、叱責する人も相手の気持ちを顧みない点からすれば、 無神経な人に属する部分もあるのでしょう。 しかし本物とは違う。 本物は感情なんてものを全く出しませんから、 叱責する人は〈なんちゃって無神経〉に属するのです。 どうすれば無神経の人に成れるのでしょう。 この願いは空を飛ぶ鳥を見て、どうやったら自分も 空を飛ぶ事が出来るのだろうに近いと感じていました。 そのくらい次元が違う、かなり掛け離れた存在に思えたのです。 でも気持ちはハッキリとそう成りたかった。 周りに振り回される自分が心底嫌で、 何かにつけて悩んでしまう人生をここで辞めたかった。 成れなくてもせめて僅かであってもヒントが欲しかったのです。 成りたい自分がそこにあるのに、成れない自分がココに居る。 この状況が堪らなく情けなく、絶望の無力感しかありませんでした。 極端に疲れた自分に気付きます。 考えることに? 日常に? 具体的には答えられないと思えました。 もう良いかな、 適当にやろう、 ダルさから全てに手を抜いてやろうとしたのです。 そしてすべき事全部が別にどうなっても良い気がしました。 『息、、、そうか呼吸しないとな』 完全脱落したらやる事全てストップしたよう。 部屋の窓を開けて寒空に頭を突き出し、出来る限り大きな深呼吸をしました。 そしてもう一回深呼吸をし、やっと意識が現実に入ります。 『…そうか力入り過ぎ…』 体が軽くなりました。本当は心が軽くなったのでしょう。 確実なる答えかどうかよりも、自分なりの答えが 自分の中にある事を知り、明るい入口を感じたのです。 単純に自分の好きなようにやればいいのに、 まだ何処かで好かれ無くても良い人に好かれようと、 合わせなくても良い相手に合わせようと、 強烈に窮屈で余計な力を入れていた自分自身が 無神経に成れない私だったようです。 すると私の中からいつもの叱責する人が消滅しました。 一番好む自分になればいい。 いつもの自分が好きな ひとり好き になるだけだ。 以前言われたことのある、自分を大切に、とはこの事かと、 ようやくここで理解出来たのです。 自分を大切に出来ないと、他人からも大切にされないもの。 ここでの無神経は素直に自分を大切にすること。 どうやら無神経というものを勘違いしていたようです。 無神経という表現はあくまで見た側の印象であり そうとしか取れなかった自分の 浅はかさ がありました。 生き続ける理由や方法を日々の中から探り出すのが日常だと思います。 今日息絶える、明日が無い可能性は誰にでもあります。 私が生き続けて行くよう、無神経の本質を学んだと思えば、 今回の経験はとても濃厚なのでしょう。
「ちよこれいと、おいしかったわ」 フタホシは、昨日のできごとを頭のなかにめぐらせた。 けれど、あの、ちよこれいと、ほんとうのところは、アズマノジュウナナフシに渡すはずだったもの。 フタホシにとっては、やけにホロ苦く、こみ上げるほどにせつなく感じられた。
手には、新調したばかりの真っさらな黒い財布が握られている。 先月まで使っていたネイビーの革財布は、もう手元にない。ゴミ箱へ放り込んだ時の、あの「カサッ」というあまりに軽い音を、私は今も覚えている。 あんなに手に馴染んでいたものは、他に得難かった。 あの所々黒ずんだ真鍮のボタンが、傷だらけの表面が、恋しく思える。 どこに指を置けばいいか、どの程度の力で開けばいいか。長く連れ添った黒とも見える深いネイビーの肌は、私の指先の微かな震えさえ、私以上に理解してくれていた気がする。 けれど、最後の方は見ていられなかった。 色は褪せ、角は毛羽立ち、かつての艶はどこへやら。 「味」と言えば聞こえはいいが、私にとってはただの「使い古された残骸」にしか見えなかったのだ。 新しい財布は、驚くほど硬い。 指を弾き返してくるような、この不遜な感触が今の私にはちょうどいい。 前の財布が持っていた、すべてを許容してくれるような柔らかさはないけれど、少なくとも「みすぼらしさ」を感じて落ち込むことはない。 ……だが、ふとした瞬間に手のひらが寂しくなる。 あの、吸い付くような、まるで体温を分け合っていたような感触を、肌が、記憶が、勝手に求めてしまう。 先日、街で見かけた老紳士の小銭入れが目に焼き付いている。 使い込まれているのに、不思議なほど気品があった。 それは、私がゴミ箱に捨てたものとは決定的に違っていた。 ただ時間が過ぎただけの「劣化」ではなく、慈しまれ、磨かれ、持ち主の歩みを肯定するような「熟成」。 私は、ただ使っていただけだったのだ。 汚れたら拭く。乾いたら油を差す。たまには中身を抜いて休ませる。 そんな、言葉にすれば当たり前のことを怠り、ただ一方的に便利さを搾取していた。 だから、あのネイビーは美しくなれず、ただくたびれて、壊れていった。 新しい黒い財布を、机に置いて、引き出しから靴用クリームを取り出し、少し指に取る。 指先でクリームを塗り広げると、革がかすかにため息をついた気がした。 壊れることを恐れて丁寧に扱うのではない。いつか訪れる終わりの日に「出会えてよかった」と胸を張れるように、今はただ、この黒い肌に私の時間を少しずつ、丁寧に染み込ませていく。 この財布が、私の手の形を覚えてくれるまで。 いつか、捨ててしまったあのネイビーよりも、深い色気と自信を纏うまで。 傷も、擦れも、すべてを私との記憶として飲み込んでもらおう。 数年後、この財布を光にかざした時、そこに私の過ごした時間が透けて見えるように。
しかし全てその星のカケラはこの世界を豊かにするという宿命を負い、世界に降り立ったものだと言い伝えられていると。青年の母はたしかにエディオンの森にも欠片が光り輝きながら散らばったところをたしかに見たという。青年はその星のカケラがこの城を豊かにする鍵であることに気づき、密かに覚悟を決める。ハンナはネルーバの森から運ばれる百合の中に身を隠し城の中へと入った、その前には運送業者にもいいように取り計らってもらう為小銭を働いて用意し、渡した。そのためだけの為にお金を貯めていたため、自身の食事や住居などを耐え忍び野宿をし辛い夜も耐えたのだった。城内に入ったハンナは娘が眠る部屋へと運ばれた。娘の眠る姿を目にし、その手に嵌められた手枷、固く娘を覆う木の幹を見た時、自身のカではどうしようもないことを悟り、その場で泣き崩れた。頬を撫でてやることしか出来なかった。青年は城主レオに以前仕えていたレオの性格を知るものや、レオの政策に違和感を持つ者と秘密裏に徒党を組み始めた。母から伝えられた神話と、これからどうやってレオに対抗するか会議を開き、作戦を練った、母にも自身がこれから城主レオと闘うことを告げると、戦を練った、母は彼女自身が遠い昔に恩人から貰った百合の刺編の入 ったハンカチをお守りに持っていきなさい。と送り出した。青年たちは城の警備員たちが宴を開き注意が散漫な夜に城の中に壁を伝って入った。彼らはまた城の中に、星のカケラが隠されていると思っていたためくまなく部屋を1つづつ探していった。青年は偶然にもジェニファーが眠る部屋に移動し、泣き崩れているハンナを見つけ驚いた。彼女は娘を指さして彼女の手枷や木の幹を青年に見せた。もう終わりよ。そう言って涙を流した彼女に青年は泣かないでとハンカチを渡した。青年は城主を倒すため、レオのいる部屋のドアを足で開けた。レオは、お一。これはこれば軍司令官どの。笑そんなに荒ぶってどうしておられたのかな。もしや幽霊とか?笑と彼を茶化す、レオは配下に目で指図をし、処刑するよう指示する。青年は最初ひとりで戦っているが次々に戦いの音を聞きつけた仲間達が彼を庇い、また配下を次々と倒していった。その間にレオは城から逃げ出そうと百合が輸送されていた馬車の中に紛れ込み、発車させようとしていたがレオは逃がさず、青年の投げた剣は城主レオの心臓を貫いた。真っ白な百合の花に赤く滴るしずくが滴っていた。レオの最期の言葉は、嫌だ、私は悪者じゃない。死にたくない。助けろ。だった。青年は以前忠誠を誓った城主をみずからの手で殺めた罪悪感とともにジェニファーの元へ向かった。ジェニファーの前に座ったハンナは青年の顔に飛び散った血液をそのハンカチで拭った。これからどうすればよ以下も分からない絶望感から流した涙を流しながら思わずジェニファーの方に青年の涙がこぼれ落ちた時ジェニファーは目を覚まし、胸の中で何かが発光し始めた。ジェニファーは苦しそうな息を立てて、木の幹からはい出た。木の幹はもう固くはなかった。ハンナは娘の背中をさすり、叩いたその時、星のカケラが彼女の体から吐き戻された。まぶしく発光するその欠片は城を超え街の人々にも見えるほど明るく光った。ジェニファーは夢の中でお父さんに会った、といい涙を流した。溢れる涙は止まらなかった。そう。彼女の父は彼女がほんの生まれたての直後に戦死してしまっていたのだ。母の手にあるユリの刺繰が施されたものは、よく見ると自分が夫に持たせたものだということに気づいた。夫が娘を守ってくれたんだ。そう思えた。夜空に光る窓から見える星に向かって、ありがとう。と呟いた。夢の中で言った彼の言葉は愛しているよ。だった。
「にが………」 パキッと、自分が作ったビターすぎるチョコを一口 「こんなモノ渡さなくて良かった」 パキ… 「ホントは気付いてたんだ」 パキ…… 「好きな子いるの…」 パキ… 「好きだって伝えよって、この日を頼ったのに…」 パキ… 「チョコは失敗するし、告白されるとこ見ちゃったし…」 パキ… 「最悪」 バキッ 「最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪」 バキッバキッガッゴリ 「私が先に好きになったのに」 ガッゴッドゴゴッゴッ 「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」 「なんで…アイツなのよ」 グサッ…… 「私が好きなのに私がわたしがわたしが…こいつが…こいつが悪いんだ、そうだそうそう悪いんだ、こいつが私を好きにならないこいつが」 グサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサ 「ははは……」 「ははははははははははははははははははははははははっ」 「…ねぇ、今どんな気持ち?」 ……………… 「あ、死んでた」 顔が腫れ上がり、複数刺されていて辺りに血が飛び散っている男がそこにいた 「ふふ…こいつが悪いのよ、私を好きにならないからこうなるの…あの子も可哀相ね……せっかく両思いになれたのに……」 チュッ…… 「こぉんなになっちゃって」 チュッチュッチュッチュッチュッ…チュ 「ごちそうさま」
彼の負け戦にもからくりがあった。城主レオは自身の肥やしを得るため、配下を金で相手国に売ったのだった。城主の住む街と相手の城、また相手の城が吸収したい城戸で戦を繰り広げていたが、自身の城が勝てるはずもない。そごでレオ自身が限界まで城の市民の税金を搾り取り、それが原因で起こる一撲を起こされる前に、他の国へと逃げるという策略を練っていたのだった。街の中ではジェニファーの噂が広まっていた。あるものは祟りだといい、あるものは腕の文様について考察をし始め、あるものはその噂話をネタに金を儲けていた。また同時に、あげられた高い税金の納金に市民は苦しみ嘆いていた。ジェニファーの母ハンナもその噂を牢屋の中で聞きつけた。娘が生きていること、罰せられなかったことに安堵しながらも、この牢屋から脱出する手立てを考えていた。ハンナは牢獄の中で1人の青年と出会う。彼は城主の政策に違和感を抱き、正義を通した発言をした際に牢屋に閉じ込められた者だった。彼は認知症を患った母のために軍の司令官として働いていたが、投獄されてからは母の様子を見られず後悔しているとハンナに話した。彼らは脱獄の協力関係としての契約を交わした。ジェニファーは眠り続けた。静寂の元で延々と、神木に固く閉ざされながら、朝も夜も日にちの感覚も何日、何年すぎたか分からない。ボンヤリと浮かぶりの花の隣にいる人物は誰つでも嫌な気分はしない。その人物はなにか言葉を発している。声は聞き取れない。明るく幻想的な夕暮れ時の空とその人物の影法師を追おうとするもまた、暗間に落とされ、意識を絶たれた。レオの元にもジェニファーの噂は耳に入った。ジェニファーの身を案じるような心は彼には毛頭ない。彼は冷酷な微笑を浮かべ、配下にこういった。ああ、可哀想なジェニファー、寒空の下気の中で眠るなんて、寒いだろう、そのご神木の根ごと城に持ってこい。そして彼女はユリの花が好きだそうだから百合の花で部屋を埋めつくせ。市民にはこう伝えよ。城主レオがジェニファーを保護し、命を救ってやったと。牢獄の中でハンナと青年は、脱獄の計画を立てていた。彼らの牢獄は隣同士、窓には鉄格子が巡らされている。計画はこうだ。ハンナは食事を運んできた看守に色目を使うふりをして艦の中に誘うその隙にボスターで隠してあった穴を通じてハンナの艦に来た青年の制服を青年が纏い、鍵でハンナの檻の鍵を開け、看守をおりに閉じ込める。看守を装った青年が脱獄者ハンナを尋問室に連れていく振りをして、尋問室に連れて行ったあと、予め持っていた女性用の看守服にハンナが着替え、看守たちの退勤時間にハンナと青年もその牢獄を出る。その決行日は2日後だった。ハンナはその2日の間に娘が無事がどうかに思いを馳せ、青年と慰め合った。決行当日、緊張しながらも綿密に練られた計画は見事に成功し、無事に青年は母と再会でき、ハンナは家に帰ることができた。身支度を整えたあと、すぐさまハンナは森へ噂のあった神木の根元に埋まってると聞いた娘を助けに走ってが、そこで見た光景は根元からガッボリと空いた穴だけだった。その時ハンナのルにも大きな暗間が大きなロを開けてこちらを覗いていた。レオは焦り、苦戦していた。彼が次の戦いに備えるためと言い放ち釣り上げた税金は市民に払えるわけもなく、徐々に納金される額が少なくなってきたのだ。また眠れる少女にユリの花のしずくを試験官で与えてもなんの変化も無い。まさかあの予言は偽りだったのか?その真偽を知るものも自身が処刑してしまったため確認のしようもなく、ただイライラと怒りをぶつけるところを探し、悶々としていた。ハンナは娘の行方を辿るため片っ端から市民にジェニファーについての噂を聞きに回った。すると城主レオが神木の根から掘り起こして城に保護したという話を聞く。しかし、以前青年からは城主レオの残虐な性格を耳にしていたため、この話にはなにか裏があることに気付いていた。城へまた乗り込むにはなにか理由が必要だ。レオは現在ユリの花を名地域から大量に集めていることを知った。娘を救いに行くため、その花の移送の中に紛れ込むことができないか考えを巡らせ慎重に様子を伺っていた。一方青年は家に帰ったあと、母はどのように生活していたのか、きちんとものを食べられていたか聞くと、何とか近所の人たちが助けてくれていることを知り、安堵した。その時昔の神話をその母から聞くことになる。ある時海に星がひとつ落ちた。その欠片は1つづつエディオンの森、カザールの森、シセルの森、ネルーバの森へと散らばり、その星のカケラは王の王冠にあしらわれたものもあれば、財宝として財閥の家に売られたものもあり美術品として展示されているものもあると。しかしエディオンの森へ落ちた欠片だけは誰にも探すことができず今もどこにあるか分からない。
「無料ですので、是非一度お話しだけでも」 大学の敷地で声をかけられた。 就職が決まった学生相手に、保険とか投資とか、まあそんな話をしてくれるらしい。 正直、社会人って何だろう人生って何だろうと考え始めていたところだし、ちょっと話を聞いてみることにした。 無料だし。 「……ということなんですよ」 「あの、そろそろ」 昼休みが終わった。 次の授業は五分後だし、私は昼食を食べ損ねた。 「あら、失礼しました。では、続きは明日で」 「え?」 その後一週間。 密着取材でも受けてる気分で、私は話を聞かされる羽目になった。 「お人よしだね。約束なんてブッチしちゃえばいいのに」 「一週間前の私に言って欲しいわ。無料って高くつくね」 話を聞いてもそこまで得はなかった。 結婚がいつで、家を建てるのがいつで、だから保険がいるんだなんて話を聞いても、結婚も家も現実味がなさ過ぎてよくわからなかった。 年金がいくらだから不動産投資で老後収入源を、なんて言われても、三十歳すら想像できないから現実味がなさ過ぎた。 現実味がないと、話は入ってこない。 唯一学んだのは、無料相談は私の時間をガンガン食ってくる、金食い虫ならぬ時間食い虫というだけの話だ。
舞台はドイツ、ある城下町の麓に住む屋敷にジェニファーという女の子が住んでいた。彼女はまだ9歳、あまいろの髪をリボンのバレッタでとめ、ふわりとスカートが路地裏に消える。彼女は近くの森エディオンの森に秘密基地を持っていた。その森の守護神とも言われる樹齢を重ねた神木のエガに隠された隠れ家は、彼女と彼女のクロネコ、クラインの小さな隠れ萎となっていた。彼女らはそこで本を読み、蝶と戯れ、キャンドルを灯し、眠りに着いた。その森もまた彼女らを森の猛獣や邪気を寄せ付けぬよう新鮮な空気を保ち、季節を彩らせ彼女らを見守っていた。そんな平和な日常を送る中、戦争から帰った王の帰還を知らせるラッパの音が鳴り響いた。彼女の住む城下町の城主レオンとその配下は戦争で負け、命からがら帰ってきたものだった。城主とその配下を迎える列をなすものはみな青ざめ、泣き崩れるもの、夫の帰りを行く日も待ち続けた寡婦、目を伏せ配列を後にし方を震わせるもの、花を手向けるもの、様々だった。その時ジェニファーはその事実も知らず日碁れまで隠れ家で遊び、晩御飯の出来上がる時間頃に家路に着いた。彼女は城下町の静静さと異変に気づき、親しくしていた近所の人に何があったかを聞いたが、みな扉を閉めてしまい真実を聞くことは出来なかった。家に帰ると母が茫然自失した様子で台所の前に立ち尽くしていた。母は、もうここの城下町には居られないことを娘に告げた。またこの城下町を出るためにその事実を一切明かしては行けないことも警告した。以前から城下町の財政状況は厳しいこと、最後の戦で勝てなければ利益は見込めず軍事費の借金だけが国家に募り、市民の税金や物価高は釣り上がるばかり であること。そうなった以上彼らは城のものに逃亡するところをみつかってしまえば、見せしめとして罰を与えられることは目に見えていることなどを話して聞かせた。今夜の晩にこの家を出ますと母は宣言した。しかしジェニファーは愚かにも森の隠れ家に置いてある宝物の心配をしていた。母に見つかる前に今日取りに行こう。間に合う。そう思ったジェニファーは母に知らせず一人で隠れ家に走っていった。その様子を見ていた軍の配下があとをつけているとも知らずに、、ジェニファーは森に走っていった。あたりは暗く昼間とは一変して道は迷路のようにうねり、幾度か彼女でさえも道を違えそうにな った。気温も下がり、うねる獣道を進む彼女の後ろから後ろをつけていた配下はその足の速さ、風邪のような軽やかさに驚いたと同時に違和感を覚えた。とうとう彼女の隠れ家につき、木陰に隠れジェニファーの様子を伺った配下はそのジェニファーが持つものに驚きを隠せなかった。彼女が持っていたもの。それは彼女とだけに持つことが許された星の欠片だった。ジェニファーはその星のカケラの前では9歳の1人の女の子としてではなく、1人の女神として佇んでいた。「いるんでしょう?」 彼女は配下に語りかけの隠れている木陰を見つめていた。見破られた配下はおずおずと彼女の前に姿を表した。配下は身を固くし息を潜めた。一方彼女はその光る星のカケラを固形のまま飲み干し、その場で発光しながら配下の方に向き直り浮いていた。彼女はこう予言した。「陽の落ちる機に一筋の光を示すものは、一輪のユリの花なる。我を呼び起こすものはその花の水滴なり。さすれば城は輝き豊ういった直後、浮いていた彼女は意識を失い地面へと倒れた。配下は恐れ戦き、一目散に逃げ出した。その言葉をもってその子を置き去りに。しかし当時ジェニファーの母は娘を連れ旅立つため準備を終わらせたあとジェニファーを探し続けていた。しかしその様子を訝しんだ警備を任された軍人はジェニファーの母を捕らえ尋間した。彼女は必死に娘の探索をお願いしたが、母が持つ荷物は到底隠すことはできず、罰を与えるため娘も探索された。明け方、森の中で軍人たちはジェニファーを見つけたが神木の枝に強く守られるように覆いかぶされていたため木から引き離すことはできなかった。また、奇妙な紋様が肩から腕にかけて浮き上がっていた。その頃母は娘の安全を祈って牢屋の中で祈っていた。ジェニファーは夢を見ていた。彼女は誰かに語りかけられている。白く咲き乱れるユリの花のそばにある人がたってこちらを見ている。しかし見えるのはぼんやりとした輪郭のみで誰かは分からない。こちらを見て微笑んでいるようだった。配下はその夜森をぬけ城主にジェニファーの言った発言を秘密裏に報告した。城主は意地汚い思考の持ち主だった。その報告を間くやいなやその発言を他に漏らさぬよう、その報告をした配下を直後に処刑してしまったのだった。城主レオは表向き誠実で威厳のある誰からも好かれる城主であったが、外柔内剛、彼は城の中では自分の意見や機嫌を損ねたものは処刑するような暴君であった。
白銀の闇に押し潰されYouTubeやTikTok動画 LINEの中に答えや救済を求め動画巡りの旅を してたら何時の間にか寝てたらしく懐かしい 無言の声が聞こえ現実逃避は辞めて妄想現実を 推奨私は否だから其れも現実逃避じゃ無いのと 言いその声は全然違う妄想現実にはもしも真逆 偶然は必然を連れ遣って来る妄想真実とは既に 隠された言霊の中には段々現実化しようとする 流れや動きが有る事お前は当に気付てた筈だと 言い私はそんな事もう既に気付いてるけど中々 現実化に為らず其れ以上の突然のライフライン 停止と言う理不尽が過ぎる嫌がらせに憤慨して 光は手に入れたけど料理と温泉は何故か提供に 時間が必要らしく動画逃避は魂の精神上に何が 問題なのと反発その声は其処じゃ無いお前には 愛に満ちた曝しと言う使命や告白者の心を癒し 再生の道へ導く光の作業が有り裏が表の場合は何が真実と言い私は否どうでも良いけど其処を 寝てる者を態々早朝4時に起こして迄言う事と 言いその声は当然其れが俺達精霊の仕事だから 私は眠い目を擦りながら頷き其処に利益は多少 有るよねじゃ無いと誰も貧乏な精霊達に癒しを 求め乞う者達は現れ無い綺麗事ばかりの世の中 じゃ嘘や隠蔽だけが悪目立ち本来の力や才能を 披露出来ず大金持ちや大財閥系な人間達ばかり 褒め称えられゴーストだけの音楽じゃ心底絶望 した者の心と魂の渇きは誰が癒し潤すのと反発 その声は大丈夫徐々に明らかな真実の扉が開く から心配無いと昔何処かで聞いた様なフレーズ 言い私は為らば何故公明党は創価学会じゃ無く キリスト教団だと告白しないの何故創価学会の 泥を諸に受けても黙って耐えるの可笑しいよね キリスト教の神は人を御造りに為った第一人者 だから人間達は神を敬い称えるのが当然でしょ なのに宗教と言う言葉の意味冴え知らず人間が 造ったオウム心理教や統一性教会と言う極悪な 神々を冒涜する様に嘘と偽りの教えを如何にも 真の教えと説き伏せ大量な金を寄付やお布施と 偽るから宗教と言う尊い文化のイメージが体裁 ばかりを気にする人間達に宗教=洗脳=犯罪と 誤認識されて仕舞い神々の文化が疎かに為った 要因だと反発その声はほらねだから妄想真実は 実に面白いと言い余裕の笑みを浮かべ声と共に 何処かへ消え私は否其れ某俳優のドラマの決め 台詞だし彼奴テレビ良く観てるなと感心して否 結局殆ど私だけに言わせ自分は直ぐいなく為る 否其れってズルく無い相も変わらず理不尽だし 真実が裏じゃ表は嘘否裏の裏も真実か何故表は 嘘だけなのだろうか否全部真実すれば良いよね
板前は長いことカニを扱ってきた。だからカニの気持ちがよくわかる。開店前の仕込みの時間、板前は生け簀に目をやった。カニが寝ていた。カニは夢を見ていた。カニは夢の中で、人間の首をハサミでちょん切っていた。板前はそのことが手に取るようにわかった。その夜、ある客がカニ鍋を注文した。さっきのカニが鍋で煮られた。板前はそっと、そのハサミを包丁で切り落とし、ズボンのポケットに入れた。客はハサミがないことを少し不思議に思っていたようだ。板前は帰宅後、さっきのハサミを取り出し、それで自分の首を撫でた。板前はカニの気持ちがわかるから、カニはそんなことされても嬉しくないこともわかった。だが、板前はそうするしかなかった。カニの気持ちなんてわからなければよかったと思いながら。
喋るときのひとことめ、私の声は必ず口の中で足止めを食らって、つまずいて、よろめきながらなんとか出てくる。 「……お、お、お、お……はよう」 「おはよう」 いつからそうだったか、思い出せない。私が挨拶をすると、母はもう慣れたように、フライパンから視線も上げずに返事をした。病院にも何度も行ったし、精神治療と称して週に一回カウンセリングに通っているけれど、私の言葉はみんなのようにすらすら出てくることはなかった。私のこの性質は生きていく上で大きな壁となった。 スムーズに挨拶もできない。ことあるごとに話が止まって、意思の疎通をすることがままならない。目の前の人の顔が小ばかにするような笑顔を覗かせる。多少の憐憫を伴った表情でこちらを見つめてくる。じれったさに苛々するように閉口する。それが私の日常だった。私の言葉をゆっくり待ってくれる心優しい子はいたけど、それが相手の負担になるって思うと、待ってくれているのが余計につらくて。私は普通の学校に通わなくなって、通信制の学校に入学して、そうして家から出ることはなくなった。 毎日、自室の鏡越しに私の顔を覗き込む。 「おはよう」 自分に向かって話しかけるときだけ、言葉は淀みなく出てきた。ボイスレコーダーに向かって話しかけたり、電話越しに人と話そうとするときは、必ず言葉がつかえた。 「今日は天気がいいね。あとでお母さんの買い物に付き合うとき、ちょっとお散歩もしようかな」 そう言った私の顔は、少し楽しそうで。外を歩くの、好きだもんね。家の近くにある河川敷は、ランニングをしている人がいたり、ご家族連れがピクニックをしていたり、ザリガニを釣ってる小学生たちがいたり、色んな人の生活が見れて楽しい。近所に住んでる犬がかわいくて、会うたびに頭を撫でさせてもらえるのが好きで。 「今日は私、嫌いな数学の宿題からやるんだ。えらいでしょ?」 最初は人と話すための練習で始めた日課だったけど、最近私は自分との会話を楽しんでいた。思ってるだけのことを言葉に出してみると、無意識に感じてたことが明確な言葉になって。自分の知らない自分を知れて、言葉こそが私を映す鏡で。 人と話せない私が嫌いだった。夜な夜なお母さんが私の未来を案じて泣いてるのも知ってた。でも、この鏡越しに自分と会話を始めてから、私は私のことをたくさん知れた。私の好きなもの、嫌いなもの、苦手なこと、得意なこと。 私はまだ人とうまく話せないけど、でもそれでもいいと思った。もちろん、これからもおしゃべりの練習はしていくつもりだけど、今は自分のことを好きになれたってだけで、十分だと思ってる。
しばらく連絡のなかった兄の現状を知ったのは、警察からの電話だった。 人を殺したらしい。 何人も。 ぼくたちはただの家族から一変し、人殺しの家族になった。 「今のお気持ちは?」 「遺族の方に申し訳ないという気持ちはありますか?」 「実の家族が犯罪者になって、何か感じることは?」 連日、家に押し掛けるマスコミ。 マスコミの音と光は、殺人鬼の家がどこなのかを世間に教える、いい目印になってしまった。 マスコミが飽きた後、待っていたのは近所の人と他人からの攻撃だ。 「いつまでいるのかしら?」 「早く引っ越してくれればいいのに」 「やっぱり殺人鬼の家族だからかしらねえ」 両親は、日に日に衰弱していった。 父は目にクマを作って会社に向かい、生活費を持って帰って来る。 母は頬もごっそりコケてやつれ、夏だというのに炬燵に潜って眠っている。 ぼくは、学校に行って帰った。 冷たい視線が刺さって来る。 時には暴言が飛んでくる。 石を投げつけられて、額から血を流すこともあった。 「引っ越し先が決まった。来週の夜、この町を出よう」 父は、母とぼくに言った。 ずっと、引っ越しと転職を考えていたらしい。 「でも、この家がないと、あの子の帰ってくる場所が」 「……もう、住むことはできないよ」 母は最後まで抵抗していたが、父が押し通した。 既に母の通う病院も目星をつけたらしい。 「もう少し時間をくれない?」 ぼくは、引っ越しに賛成しつつ、時期をずらして欲しいと頼んだ。 「なにかあるのか?」 「殺人鬼の弟らしいから、殺人鬼の家族らしいことをやって来る。後、ずっと溜めてくれたお年玉、今全部もらえない?」 溜めに溜めた暴力の証拠を持って弁護士事務所に向かって、被害届というやつを出す手伝いをお願いした。 ぼくを殺人鬼の家族だと、犯罪者の家族と嘲笑った皆様。 おめでとうございます。 今日からあなたたちは、犯罪者の家族ではなく、犯罪者張本人です。 受理されたのは僅かだったけど、一瞬でも恐怖を与えることができたから、ぼくは満足だった。 新天地で、被害届を取り下げて欲しいという訴えが来たと、弁護士から聞いた。 当然断った。 だって、君たちも石を投げるのをやめなかったから。 電話を終えると、自然と涙が出てきた。 そんなぼくを、父が後ろから抱きしめてくれた。 この涙は、嬉し涙か、それとも悲し涙か。 殺人鬼の家族であるぼくには、人間の血なんて流れていないからわからない。
ある冬の日、花は咲いていた。 花は白くて強く、美しい花だった。 花は環境に恵まれていた。 あるとき花は、少年に恋心を抱かれた。そしてしろちゃんとなった。 あるとき花は、少女に観察された。環境に恵まれてると羨ましがられた。 あるとき花は、少年の嫉妬をかった。綺麗な押し花も見られた。 あるとき花は、少女に枯らされた。熱湯をかけられて。 枯れた花は、恋心を抱かれた少年によって押し花となった。 花が枯れたからなのか、雪は溶け始めた。 すっかり春となり、白くない春の花が咲き始めた。 桜やたんぽぽ、春の花は色鮮やかだった。
(A:外に出、ガチャリとドアの鍵をしめる。生ぬるい風の日であった。目的地に向かい、しばらく歩く。) Aの足が、ふと止まる。見上げると、色褪せた時計台。背丈の倍以上ある。(Aの目的地はこの場所ではなかった。しかしもう、目的地がどこだったか、思い出せない。) Aがこの街に来てから、今まで知らずにいた場所だった。「こんなところに、時計台。」Aは頭の中でつぶやく。 Aが時計の文字盤や針を観察していると、びゅう、と風が吹いた。瞬間、Aの体は空に舞い上がった。どうしたのだろう。そう思うまに、高いところに来ていた。 数日後、時計台の前を親子が通りかかる。時刻はちょうど15時。文字盤に仕掛けられた小さな扉がひらき、鳩の人形が、「ポォ、ポォ」となく。「ねぇママ、この時計、前から鳩さんいた?」「うーん…どうだったかな。」 生ぬるく、風が吹いた。
インスタントラーメンを鍋で茹でている間 意味も無く部屋を眺める ゴミや脱ぎっぱないしの服もない 整理整頓が行き届いている これが孤独の理由なのだろう 全て自分の好み、価値観で、決めて、動いて納得している 家族を持つと言うことは 誰かと暮らすということ それは自分の価値観を理解してもらい そして相手の価値観も認める それは矯正に似ている 苦しみを伴う時間が長く果てしなく続く矯正に。 第二の地球を託された我々の運命は、本来の自由であるべき価値観を、この広い宇宙を漂う中で、長い年月をかけ矯正を行い、終いには共に歩く相手として皆、認めざるおえなくなる。 つまり独身の俺にでさえ、共存していかなくてはいけない価値観が入り込んでいるのだ。 気付けばラーメンは既にふやけている。
病院の一室で、老人が生命維持装置に繋がれている。老人は、昔、電力会社の偉い人だった。色々あって、辞任に追い込まれたことがあった。老人はぼんやりした意識の中で思った。「節電しなきゃ……」老人は最後の力を振り絞って、生命維持装置の電源を自ら切った。
「飯はまだかの?」 「あら、おじいちゃん。ご飯はさっき食べたでしょ」 なんてやり取りをしていたのが、一年前。 相変わらず、認知症は残ったままだ。 でも、最近は事情が変わった。 「ご飯できましたよ」 「飯ならさっき食ったじゃろ。な、えーちゃん」 AIとの会話と現実の区別がつかなくなった結果、やってないことをやったと言い始めた。 スマホの画面を覗き込めば、AIと食事中のだんらんをした履歴が残っている。 「はあ。次の食事で、倍の量食べさせないと」 やったことを忘れるのも考え物だが、やってないことをやったと言い張られるのも考え物だ。
あの子は昨日まで、人間だった。 「おは、よ……」 一目見た瞬間、言葉が詰まった。 彼女の顔が消えていた。 いや、頭はあるんだけど。のっぺらぼうというか、こう、肌色のタイツを顔に被っている感じ。凹凸だけが生きている。 「おはよぉー。今日暑いねぇ」 なんてことないように、会話が進む。 ただ、私だけが動揺していて、彼女も他の人間も当たり前のように日常を生きていた。 「てか聞いてよお。昨日お母さんがね、」 「ウン…」 「『あ゛っ!!ケチャップない!!』って、オムライス作り始めてから言ってさぁ。うちチキンライスだし、もちろんケチャップかけるしで必須なのに」 「大惨事じゃん」 「そう!で、結局炒飯と鶏がらスープが出てきたんだよね……」 「オムライス楽しみにしてたのに……」なんて言いながらガックシと肩を落とす。 私も平穏な今日を楽しみにしてたんだけど。 「今日Bランチオムライスじゃないっけ」 「オムライス倍率高くて無理。あんなに並びたくないしぃ」 「ふふ、わかる」 わからない。 いや、話はわかるんだけど。今、貴方の表情が。 笑ってる?悲しんでる?怒ってる? なんとか声音で在りし日の彼女を想像しながら補完していくものの、友人が突然異形となった不安感が悪影響して、少し、気持ち悪くなってきた。 「ねえ」 「うん?」 「なんか、今日、体調悪い?」 「エ、ト……」 「目、全然合わないし。声もなんか覇気がないっていうかさ」 目、どこだよ。 「桜?」 そう覗き込んでくる肌色に少し後退る。 それでどうやって食事をするんだ? 声はどこから出てる? のっぺらぼうって耳は残るんだよな。 なんで私がこんな目に。 なんで他の奴らは当たり前のようにしてやがるんだ。 君は、誰だ? 「……ぁ」 視界が暗転した。 ──────── 「〜ッ、はっ、…はあ、はあ、っ…ゆめ、?」 思わず飛び起きた。 やたら変な汗をかいていて夏だというのにどこか肌寒い。 風呂に入らなければいけない。 めんどくさいなぁ、なんて思いながらベッドから降りて、洗面所へと向かう。 いつも起きる時間よりだいぶ早い。 今日はゆっくりしても問題ないだろう。 そんなことを考えながら洗面所へ続く扉を開けた。 「……え?」 のっぺらぼうは私だった。
紳士は、私の婚約者だ。 正直、私が市役所に勤めてから彼のことをよく知っている私からしてみれば、彼を紳士と呼ぶには程遠い存在だとも思った。 しかしその浮世離れした身なりは、どこをとっても紳士のそれでなのである。 であるから、私は彼を紳士と形容する他なかった。そう呼ばざるを得なかった。 紳士はコーヒーを手に取って、何かを思い出したかのように飲まずに置いた。 「思えば、君が私をその冷めた目で見始めたのはこの頃だったな。」 中学の頃、ある女の子が「私って三人姉妹なんだ。 上・中・下、どれ見える?」と言っていたのを覚えている。 私は、彼女の言動とかから推察して「末っ子?」と答えた。 彼女は「えー?」のように少し不満げで、少し不安になった。 私は間違えたかもしれない。 彼女に謝ろうと、間違ってた?と聞くと「あってるけど!」と言う。 私には彼女の考えがさっぱりであったが、今改めて思うと、彼女の欲しかった言葉は正しい答えではなく、「しっかりしてるから長女だと思った」という言葉だったんだろう。 彼女は真にそれをあててほしかったわけではなく、私はそれが分からなかった。 つまり、私の「末っ子だと思う」という主観的に見て正しい回答というのは、感情的に見て、ありえない誤答だった。 私は自らを賢いと自負していたが、このごろから、自らの能力を疑い始めた。 紳士は、満足気に再びコーヒーを手に取り口にする。 私は、彼を一瞥し、「で、その女の子はあなたを嫌ったの?」と聞いた。 「ああ、嫌ったさ。 中学校では、殆ど口を聞いてくれなかったな。」 彼はどこか含みのある言い方をした。 「彼女は今どうなっているの?」 「彼女は、私よりずっと素直な、長男の家内になったよ。」 「それはよかった。彼女が幸せそうで。」 私は会話を終え、自分の紅茶を煎れた。 私がテーブルへ戻ると、紳士は私を見て嘲笑した。 「もしかして、本当に君は忘れてしまったのかい? 15の君の隣に立って、見てあげてたのは私であったのに。 あの暴君石田先生から庇ってやったのも、私だっただろう。 本当に覚えてないのか?」 唖然として、息に詰まった。 そして、服の生地の感覚が鮮明に頭に入ってきた。 「…私は末っ子じゃないよ。」 かろうじて、その言葉が出た。 一抹の希望を、これに託したも同然だった。 「君の妹は、高校生の時に産まれたのだろう?」 再び彼は私の希望をせせら笑うように目線を向ける。 確かに、事実としてあっている。 確かに中学の頃の私は末っ子だった。 本当に彼が私の中学の同級生であるか、あるいは──。 …彼への失望感がないといえば嘘になるが、どこか私が彼に向ける既視感や感情の根源を知り、ため息を着いて、 「…貴方は次男でしょうね。」 と吐き捨てた。 彼は冷笑して、コーヒーに角砂糖を入れ混ぜた。
ウォーリーはユウの友達です ウォーリーとユウは山登りに来ていました 朝早くから山を登りだして山の中腹まで来た所です 少し疲れたので見晴らしのいい所で休憩をしています 「ウォーリー」 「え?」 「…」 「疲れた?帰る?」 「いやいや、大丈夫」 ウォーリーはそうかと頷いて景色を楽しみます ここからは街が一望できて遠くによく行く駅ビルが小さく見えました 街は建物で埋め尽くされていてその周りを森が囲んでいました 「やっぱり降りようかな」 「帰る?よし!じゃあ帰ろう」 ウォーリーは足大丈夫かと聞きましたがユウは大丈夫大丈夫と答えました 下山は登りの半分の時間で終わりました 帰りに駅前のコンビニでアイスを食べました 「めっちゃ冷たい」 「美味いね」 「帰りにラーメン食わない?」 「いいよ」 「よし!じゃあ行こうか。てかラーメン食ってからアイスじゃね?」 二人は笑って歩き始めました
後悔したって、仕方ないじゃないか 前を向くしか無いんだよ 今できる最善を尽くせ (完)
この世界は、正解は無いが定説はあるようだ 自由なようで、大きく偉大な蜘蛛の罠に喰われる 理想郷を改修してゆく飴細工職人たち 桃源郷を未来都市に塗り替えれば視える『狐の窓』 この世界は、正解は無いが定説はあるようだ アブノーマルも正解 だが、実生活には持ち込めないようだ 常識という定説がこの世に蔓延っている 理想を追い求めても、溶かしていく現実味 名ばかりの都市に何を視る (完)
橋の上でタバコを吸いながら、ふと夜空を見上げた。満月の傍に、美しい星が輝いていた。あれは何という星だろう。それは本当に美しかった。星には詳しい方だが、初めて見る星だ。世の中には知らないことがたくさんある。もしかしたら、新しい星かもしれない。だとしたら貴重な瞬間に立ち会えた。その美しい星を見つめているうち、あまりの美しさに、涙が出てきた。そんな俺の様子をしばらく見ていたホームレスの婆さんが、俺に近づいてきて、言った。「ありゃ、月の糞だぞ」
先輩社員と二人で、夜遅くまで残業していた。日付が変わる頃、仕事がひと段落した。「帰ろうか」先輩が言ったので、帰ることにした。帰り支度を済ませ、オフィスの電気を消して、廊下に出た時、先輩が言った。「あっ、忘れてた!」先輩はオフィスに戻った。「どうしたんですか?」俺が尋ねると先輩は、「俺、今日死ぬつもりだったんだ!」と言って、窓を開けて、あっという間にそこから飛び降りた。やれやれ。一人であの世に行くのは寂しいだろうから、俺も付き合うか。
竹やぶに不法投棄された電子レンジが、夜空の星を見つめて、祈っている。「来世は、冷蔵庫に生まれ変わりたい」あんなに熱い心で、主の要望に応えたのに、電子レンジはこうして、あっさりと捨てられてしまった。「来世は冷たい心の持ち主になりたい」電子レンジは星に願った。星は、困ったように、瞬いた。
モニターの中のアイドルは、こちらの顔を見ずにずっと話している。 そのくらいが気楽だ。私も別に、あなたの顔なんて見ていない。 隣の駅にあるカラオケボックス。 歌うのも、勉強するのも、泣くのも、デートも、私はよくこの秘密基地を使っていた。 家はお母さんのもので、公園は子どもたちのもの。学校は、先生と賑やかなクラスメイトのもの。 だけどこの箱の中には、料金分の居場所がある。 あれ、今日は何を歌いに来たんだっけ。 自分で入ったくせに、リモコンを持つ頃にはいつもわからなくなってしまう。 昔、友達と来たときに、彼女が歌っていた曲を入れようとしてやめた。 彼女が、私の歌う時間を自分のインターバルにしか思ってないと気づいた日のことを思い出したからだ。 あれから、私は一人でここに通うようになった。 ガイドボーカルをオンにして、履歴から拾った適当な歌を流す。 私よりも私をうまく歌う誰かの声に、それでも自分を重ねてしまったら負けな気がする。 先週、ひとりのネットアイドルが引退した。 特別にファンだったわけでもない。 昔友達に付き合わされて、一度だけライブに行った子だった。 でもひとつだけ、なぜか忘れられない歌があった。 演出のスポットライトとピアノが綺麗で、泣きたくなるような歌だった。 あの歌は、リモコンをどういじっても見つからない。事務所とケンカ別れみたいだから、再録もきっとないだろう。動画ももう、いつまで残るかわからない。 結局私は、そのままマイクを持たずに歌を口ずさんだ。 モニターは歌詞を流さない。 お風呂の中より響かない。 それでも、少しだけ気持ちよくなれる気がした。 だってここでは、誰の声も聞かなくていいんだから。
それは、今から90年以上前のことだ。日本が国連から脱退し、戦争に向かって歩み出したその半年後、1933年の秋。穏やかな瀬戸内海に面した高松という街で、年端も行かない娘が働いていた。 彼女の名は本川マツ里《マツリ》。小学校を出たばかりの十三の少女だ。元々は山の方の村で農家の家に暮らしていたのだが、昨年父親が流行病に罹って死んでしまった。途端に本川家は貧乏になり、マツ里は口減らしにこの高松の割烹料理店に、女中として奉公させられたのだった。 柱時計は11時過ぎを指している。台所の窓から外を見れば、さっきまで灯りがついていた通りも、もうすっかり真っ暗だ。女将の説教が終わり、5人の奉公人は黙って奥の茶の間に集まった。ようやく待ちに待った晩御飯。若干沈んでいた空気も、みんなでちゃぶ台を出している間にすっかり消えてしまった。 「あーあ、明日から冬着か〜」 開口一番に先輩女中のハルエがため息をつく。同僚の鞠子が不思議そうに、切れ長の目を彼女に向けた。 「え? 私は汗っかきだから分かるけど、ハルエさん何かあったっけ?」 「私、着膨れするんよね〜。下に胴裏やら八卦やらようけ着けると、なんかお腹がボコってしてしもて……」 「いいじゃない。補正しなくて済むんでしょ」 「え〜。私、洋服みたいにお腹細い方が好き〜」 ハルエが口を尖らせる。すると、おひつから米をつぎながら、幼い丁稚の|日次《ハルジ》が、妙にませた口ぶりで言った。 「ハルエ姉は洋服似合うと思いますよ。胸とお尻がデカいから」 「ちょっと!」 ハルエは顔を赤くして目を丸くする。鞠子は素早く日次の頭にげんこつを食らわせた。 「そんな言葉、どこで覚えてきたの!」 「痛ってぇ〜……」 そんな日次の向かいに腰を下ろし、マツ里はくすくすと笑った。隣の少し高いちゃぶ台には、板前見習いの友吉がどっかりとあぐらをかいて座っている。二十歳になった彼は特に大柄で、マツ里はまだ少し警戒感を持っていた。 するとそれを感じたのか、彼はにっこり笑ってマツ里に話しかけてきた。 「そろそろ勤め始めて半年やろ? どうな、仕事は」 「うーん……。まぁ、別にこのままなら大丈夫かな……」 「お、ええかんじなん」 「あっでも、朝っぱらから急かされるのには慣れんです」 「はは、そうよな。あと座れんかったりな」 口下手なマツ里に代わって、友吉は大変そうなことを挙げて共感してくれる。マツ里は「ええ」と頷いて微笑みながらも、こんなふうに話し上手な女中さんになりたいな、と密かに憧れを寄せていた。 そうこうしている間に末の日次まで飯がつぎ終わったので、5人はちゃぶ台を囲んで手を合わせた。 「いただきまーす!」
怪盗は開店時間直前のドーナツ屋に忍び込んだ。そして、ドーナツの穴を盗んでいった。穴を盗まれたドーナツは魅力を失い、その日の売上は最低となった。ドーナツ屋の店主は警察に駆け込んだ。警察は怪盗を捕まえるべく、街じゅうのドーナツ屋に張り込んだ。だが、その警察たちの誰一人として、すでに手錠の穴が盗まれていることに、気づかなかった。
「一歩で届かない時は、間に足をつけばいいんだよ」 次の飛び石へ移れない私に彼女は言った。夕日の中にいた陽毬の表情は逆光で見えなかった。名も無いくだらない遊びの中で急に広がりを見せてくる。物理的時間は同じでも、内的な時間は人それぞれなんだなと愕然とする。それを話すと、「私が知らない時間をあなたは生きてきたでしょ」と平然と言ってのける。 放課後、吹部のまばらなチューニングを劇伴に二人で門を出た。じゃんけんをして勝者が方角を決める。別れ道が来たらまたじゃんけんをして進む道を決める。二人とも家の方角とは逆を指すから、日が沈むまで家には着かない。お互い、今をできるだけ引き伸ばして永遠を目指していた。 「また遠回りじゃ〜ん」とニタニタしながらじゃれついたら「寄り道脇道回り道、しかしそれらも全て道」と返してくる。好きなキャラの台詞らしい。初めて聞いた時に感激してたら「これは私のじゃなくて!」と慌てて女児向けアニメを推してきた。そういう言葉を大事にしてるのがいいなーと思ったんだけど。 体育館の裏で、切れたガットの穴を広げていた時に「帰宅部入らない?」と誘って来たのは陽毬だった。それまでは隣のクラスの子、くらいの認識しかなかったから驚いた。驚きのまま、突然出された手を思わず握り返して、ヘッドハンティングされた。 「素質ある子を探しててさー、すんごい輝いてたからお誘いさせて頂きました」と陽毬はかしこまって言った。「帰宅部に素質って」呆れて笑うと「裏門にある誰も聴いたことない市歌の石碑読んで、なんか曲宛ててたでしょ?鼻歌で。あれ見た時に逸材を確信したんだよね」と真面目なトーンで帰ってきた。恥の多い生涯を送っております、現在進行系で。 帰宅部の活動はハードだった。家とは真反対、学校からもだいぶ離れたところで、やたら美味しい求肥だけを売ってる和菓子屋さんを見つけた。公民館の中にあるちっちゃい図書館で、市歌のカセットを聞かせて貰った。狭い川でパンくず片手に鯉を操る魔女っぽい御婦人と仲良くなった。 部活動の実績を積むうちに、町は寒くなって暖かくなって暑くなった。 その日2回目のじゃんけんのあと、陽毬に話した。 「またバドミントンやることにした。」 「バド部戻んの?」 「戻んない、社会人のクラブ。子どもから大人までいるところでさ、超上手い人もいれば初心者もいるんだけど、なんか朗らかで楽しそうだったんだよね」 「そっかそっか。いいとこ見つけられてよかった」 「そんでさ陽毬、前になんかスポーツやりたいって言ってなかった?どう?ミントン?どう?」 「ミントンってなに、その略し方ありなの?バトミントンは許さないのに?」 帰宅部は週六に増え、強豪校並の活動量になった。