トースターの灯火

見たこともない虫を見つけて固まっていたら、こちらに向かって飛んでくる悪夢を見た 夢で良かったと何度も思ってベッドを抜け出す 細い妻の肩に毛布をかけ直すと、真っ直ぐな髪がサラリと流れた キッチンの小さな明かりをつけて顔を洗う。水が温かく感じる 曇りガラスの向こうはぼんやりと青い テーブルからバケットを持ってきて薄く切る 冷蔵庫を開けて丸いタッパを取り出す 箸を探すがペアが見つからず黄色と赤のペアを使うことにした 昨夜の妻の肉じゃがをバケットに乗せトースターであたためる 暗い部屋で赤い灯りが美しい タッパの蓋を閉めようとしたが、一本の髪の毛があるのを見つけた。取り出すと長く真っ直ぐな妻の髪だった それを口に入れ飲み込む 昔、君の髪の毛が欲しいと言ったことがあった。あの髪の毛は今、口の中にある。 あんな細い髪の毛は喉の中でも妻のままで強くしなやかだ。 少しむせたので牛乳を飲んで流し込む 願いは別にあるのだけれど また、何処か遠くで叶うものかもしれない チーンと音が鳴る

人間創り飽きた

 人類は、絶望の危機に瀕していた。  何故なら、新たな人類が生まれなくなってしまったからだ。    人類は神に祈りを捧げ、神と対話する機会を手にした。    人類は尋ねた。   「神よ! 何故、人類を新たに創られないのですか?」    神は答えた。   「創り飽きた。今でもたくさんの人類がいるのに、なぜ新しい物を作る必要があるというのか」    そっけない神の態度に、人類は呆気にとられる。  神は面倒くさそうに欠伸をして、人類を指差した。   「お前、自分で机作る? DIYってやつ」 「え? いえ、私は既製品を買いますが」 「それだよ。世の中には既製品の人間が溢れてんのに、なんでDIYして新しい人類を作らなきゃならんのだ。少子化とかくだらねえ。今いる人類だけで、どうにかできんだろ。絶滅しそうになったら……まあ、なんとかするから」    神との対話は終わった。  人類は強制的に現実へと送り返され、偉い人たちはすぐに集まり会議を開いた。   「神にDIYの楽しさを思い出してもらうしかない! 時代はDIYだ!」 「D・I・Y!」 「D・I・Y!」    神との対話から十年。  世界中には、個性的なアイテムがずらりと並んでいた。    空には神の巨大な目が浮かび、それらを興味深そうに眺めていた。    人類は自身の手を組んで、必死に神へと祈りをささげた。

マスクの女

ある日の午後。 身体社会学の女性教授が、マイクの前に立った。 「みなさん、ルッキズムって聞いたことありますか?」 「人のこと、外見で特別扱いしたり、差別したりすることですか?」 「はい。外見至上主義と呼ばれてます」 背後のスクリーンを指さした。 「今から写真をお見せしますね」 マスクの女が、写し出された。 「この女性、みなさんはどのような印象を受けますか?」 「清楚な、お金持ちのお嬢様って感じに見えます」 「そうですか。では、次の写真です」 「えっ」 最前列の学生が、目を伏せた。 「マスクを取った、先ほどの女性です」 「口が……」 「口裂け女です」 しばらく、沈黙が続いた。 「マスクしてると、見えてるところだけでイメージしてしまいますね」 授業の終わりのチャイムが鳴った。 「感染症が流行ったあと、マスクを外せない人が増えましたよね」 「先生もですか?」 「楽ですからね。目の周りだけ念入りに化粧してます」 目元を指でさした。 「おキレイですよね」 「それもルッキズムですよ」 教授は笑いながら、マスクに手を掛けた。 「私、キレイ?」 視線が集まる。 「鼻が……」

プリン

夜おそく おふとんのなかで 本を読むのはキケンだ さっそうと登場したプリン うっとりとそのプリンを食らう少女 だから キケンだ わたしもたべたい いますぐたべたい 冷蔵庫に プリンはなくて 知ってたわ そんなこと 夜中だなんて 関係ないの つくろう プリンを いますぐ やっぱり キケンだ

臨終看護師

私は臨終看護師。仕事は単純だ。 臨終医の後ろをついて歩き、遺族の待つ部屋に入る。 そして、臨終医が「御臨終です」と告げたあと、 目を伏せ、軽く頭を下げる。 これが私の仕事。 そこに、ご遺体への敬意など必要ない。 それで、終わり。 母も看護師だった。 臨終看護師にはなるなと言われた。 なぜなら、それは過酷で、辛い仕事だから。 私は以前、手術室の看護師だった。 しかし、やりがいを見いだせず、異動を申し出た。 今はこの仕事に満足している。 先日、臨終医がペンライトを忘れた。 とっさに彼は胸元から万年筆を取り出し、目の上で振り、ごまかした。 私は気づいていないふりをした。 臨終看護師としてのたしなみだ。 この仕事は女優に似ている。 病室は舞台。 何も書いていないバインダーは小道具。 セリフはなくても、存在感だけで観客 ──ここでは遺族だが──を魅了する。 最近、臨終医をモデルにしたドラマが放送された。 しかし、臨終看護師の姿はなかった。 残念な気持ちはない。 その方がいい。 ある日、目の前で臨終医が倒れた。 私は慌てない。 何もしない。 それが美学だ。 そして彼は、そのまま旅立った。

点は一つで線になれない

 少女ハリャイは、いつの間にか、草原で眠ってしまっていた。微かに目を開けると、草の緑が視界を包み込む。  「…?」  目の前で、誰かが彼女を覗き込んでいた。誰、と尋ねる間もなく、彼は言う。  「僕、シャノ。君は?」  「わ、私、ハリャイ…。」  シャノは、ハリャイに手を差し出すと、彼女を草の中から起こした。  「ありがと。」  それに彼は答えない。ただ、少し暗い顔をする。  「…どうしたの?」  なんでもない、と彼は言って、遠くの山並みに視線を移した。その向こうには、昼頃の太陽が照っている。  「太陽神様、僕を見つけてくれるかな。」  無邪気に笑うシャノ。その様子を見て、特に深く考えることもなく、ハリャイは頷いた。  「うん、きっと。」  シャノも頷き返す。自己暗示のように。  「…雲って、綺麗だな。」  彼の言葉に、ハリャイはまた、少し首を傾いだ。  遠くの太陽がふと陰る。ずっと近くにある雲の、雲間から、光が漏れる。  「…見つけてよ。」  水の粒の影で、かくれんぼをするように、今度はシャノが、丈の長い草へと倒れ込む。  「ふふ。」  ハリャイはそれを見て、まだ笑っていた。けれど、ふと声が止まる。  「…ん?」  見上げた空の上、日光の奥底。何か、揺らめいた気がしたのだ。  「あれ、ハリャイ?」  突然笑い止んだ彼女に、シャノも気が付いて、立ち上がる。が、それより早く、彼の影は崩れ始めた。  「あ…光……。」  どうしたの、が言葉にならないハリャイ。シャノはただ、地に這う自分を見つめている。また差し出してみた手は、空を斬るような、尖った武器だった。  「ごめん、君の影を切った。」  ハリャイは、上半身を起こしてみる。何ともない。首を傾げると、シャノが続けた。  「…僕、悪魔憑きなんだ。魔の手を差し伸べてしまった。光がないと、影の形は曖昧になるでしょ?その曖昧になった輪郭を、悪魔は奪いに来るんだ。」  その時、再びさっと、光が差す。すると初めて、ハリャイは気付いた。自分の影が、ぱっくり裂けていることに。  ——だがすぐ、その意識は薄れ、やがて絶えた。  目覚めると、そこは暗闇。何も見えないが、声がする。  「ハリャイ…ねぇ!」  間違いない、シャノの声だ。ハリャイは掠れた声で返す。  「な、に?」  それを聞いた途端、シャノは言葉を切った。口を噤む。やおら言う。  「…だめだ、悪魔、完成しちゃったみたい。」  どういうこと?とハリャイ。  「悪魔はできるだけわからないように、影の部品を集めて、自分の影を作ろうとしてたんだ。影がないと、実体も存在できないからね。それが出来ちゃった。君の影の心臓部分で、最後だったみたいだ。」  シャノは残念そうに、悔しそうに言ったが、半ば笑っている。悪魔の因子が根差しているのだろう。  「そっか…。変えられないの?」  「無理だよ。僕たち今、悪魔の中にいるんだ。」  二人して、暫く黙り込む。  その後、いきなりハリャイが言った。  「そうだ、私たちが光を使えれば、内側から影を消せるよ。」  シャノは首を振って、  「でも、僕たちはここから動けないし、何も取りにいけないんだ。」  と答える。しかしハリャイは続けた。  「違う。ここにいるだけで良い。…私の傍に、シャノがいれば。」  今度は、シャノが聞き返す番。  「私、一番の望みが叶うと、天と結ばれて、ううん、太陽と結ばれて、一緒になるんだ。だから太陽が私になって、私が太陽になる。ここを照らせる。」  シャノは望みを持ったらしく、  「一番の望みって何?」  とハリャイに訊いた。彼女は息を吸って、答える。  「私、〝星の雫〟って組織の一人。星の雫は、一人一人が、夜の天空に浮かぶ孤島。だから、誰も友達を作らない。でも私には…大切な人がいてほしい。…私の望みは、〝誰かと親友になる〟こと。だから私が結ばれることなんて、一生ないつもりなんだ。でも…世界が終わるより、仕来りを破るほうが、良いよ。」  シャノはそれを聞くなり、強く首を振った。  「そんなの、仕来りなんて良いんだよ。僕たちもう、悪魔の中でくっついちゃったんだ。一心同体で、大切な存在でしょ?僕はそう思う。」  その途端、二人の心の全てが崩れる。満ち溢れた光が、その場を包み込む。閉ざした闇は融ける。触れた心が、滲み出る。  そして、草原に、光が差す。  「……シャノっ!」  ハリャイの笑い声が聞こえて、二人は目を合わせた。  「あ、ハリャイ…太陽様!」  熱い。熱が世界を焼かぬように、シャノは最後の指で空を差す。  「…星になろう、共に!」  空と結ばれたハリャイ。  ハリャイと結ばれたシャノ。  太陽神の意向で、二人は天に召され、永久に輝く星座となった。  星屑には、今宵も誰かが、手を合わせている。

闇バイト

公園のベンチに、男が座っている。 「はぁ……金が」 スマホ画面を親指で弾きながら、ため息をついた。 『高額報酬』 #叩く #運ぶ #埋める 高額報酬に目が止まった。 「これは……」 ボタンをタップした。 「お前が最後だ。早く乗れ」 指定された駅のロータリー。 隅に停まっていた黒のワンボックスに乗り込んだ。 中には、二人の若い男が座っている。 街から、少しずつ離れていく。 民家が消え、アスファルトが砂利に変わった。 「着いたぞ」 運転手の声に、ヘルメットをかぶった大男が近づいてきた。 「いいか、お前ら。今から、そこの穴に入って岩を砕け」 穴の奥深くへ連れて行かれた。 「これ使え」 大男が、ノミと金づちを足元に投げた。 三人は、ヘルメットのライトを頼りに、硬い岩を砕いていく。 狭い穴の中、金づちを叩く音がリズムよく響いた。 「砕いた岩を運んで、向こうの穴に埋めろ」 大男の監視のなか、何日も掘り続けた。 「よし。もういい。終わりだ」 大男が叫んだ。 その声に、男たちが座り込む。 「よく頑張ったな。これ、持ってけ」 渡された封筒には、お金が入っていた。 「あの、ここは何の工事現場ですか?」 「ここは工事現場じゃないぞ」 「なんですか、それ」 「お前らが、悪い道に行かないように……まぁ、リハビリ施設だな」 穴の入口から、あの時の運転手が入ってきた。 「所長。次の三人、連れてきました」

大将、いろいろ触る。

「なにニヤついてんの?」 テレビを見ていた夫に、妻が声をかけた。 「ここの大将、“取材お断り”だったんだよね」 「なにそれ」 「レポーターが推しの芸人だから、取材受けたって」 「いいじゃない、別に」 呆れ顔で夫を見た。 「でも、美味しそうよ」 カウンターに、色とりどりの寿司が並ぶ。 「こんな高級なところ、行ったことない」 「俺もない」 「今度、連れてってよ」 夫の顔を覗き込んだ。 「俺さ、カウンターの寿司屋、ダメなんだよね」 「何で?」 「おじさんが素手でペタペタ……」 「握りって、そういうもんでしょ」 「いろんなとこ、触ってるよ」 画面の中で、大将とおかみが、楽しげに笑っている。 妻は目を細めて呟いた。 「そうね……回る所でいいわ」

沸点

週の始まり。 こみ上げてくる怒りを抑えている。 「人のこと、バカにしやがって」 駅を出て、会社への道すがら、すれ違う。 「……」 いつも上から、見下してくる。 男は腹をくくった。 「明日だ。あいつの顔に泥を塗ってやる。待ってろよ」 ──翌日。 駅前のビルに向かった。 階段を上り、扉を開けると、一斉に鳩が飛び立った。 「くそっ……鳩の糞。これも、お前のせいだ」 見上げた先、にやけた中年男の大きな看板。 どこかのクリニックの院長。 脚立を立て、バケツの中の泥を顔に塗った。 「俺は、お前の顔が嫌いなんだ。理由? そんなものはない」

月は12個もいらない

新しい始まりのたび、睦月は偉そうにする。 真っ先に役目を果たしたと、威張り散らす。 それは誰よりも先に、過ぎ去ってしまうから。 少しでも長く、覚えていてほしいから。 背の低い如月にとって、睦月は目の上のたんこぶだった。 寒くて、暗くて、嫌われる。 それでも、真ん中にいるのは好き。 暖かいチョコとマフラーが、たくさん見られるから。 目が良い弥生は、一番多く泣き顔を見る。 お別れは師走の役目じゃないかと、いつも不満に思う。 だけど、最近は少しだけ自慢に思っている。 卯月よりも、桜をきれいに見られるから。 卯月が見せる笑顔は、桃色の朝が似合う。 新しさを運ぶ風を、誰もが受け取っていく。 その先を見届けることはない。 送り出すところまでが、役割だから。 大きな皐月の声は、二つに世界を分ける。 ベッドから動けない姿と街を走る姿を、交互に見やっている。 生まれ変わりたいという声を聞いて、不思議に思う。 桃から緑に変わる自分を、誰もが寂しがるくせに。 泣き虫の水無月は、朝を雲に閉じ込める。 如月よりずっと、嫌われていると知っている。 だから、小さいものの声を聞く。 紫の花は、いつも優しく微笑むから。 文月はいつも、自分を中継点だと思っている。 涼しさは消え、世界が折り返す結節点。 この世界を七つに分けるなら、自分は青色で葉月は赤だ。 つまりは、葉月よりも愛されている。 葉月はこのところ、息苦しくてしかたない。 昔ほどさっぱりと、愛されている気がしない。 燃え上がるような眩しさは、もう望まれていないのだろうか。 ただ誰よりも、近づいているだけなのに。 長月は、葉月の熱さが羨ましい。 放り出すような涼しさを、いくら愛されようとも。 いつまでもそこにいてほしいと、願う声も聞こえる。 そうあれないのが自分だから、長くなり始めた夜にたたずんでいる。 神無月の下り坂は、夜に続いている。 赤が消えていき、青と黒が往復する。 高貴な客たちをもてなすため、甘い団子を作る。 また長月と手を繋げなかったなと思いながら、霜月へと下る。 霜月には、神無月の美しさも師走の厳しさもない。 降り始めた雪が、おしまいの予感だけを引き受ける。 せめて、味わってほしいな。 中途半端でも、確かにそこにあるんだから。 誰もいなくなった後を、師走は眺めている。 走り抜ける世界に、楽しかったかと呟く。 世界はもう、次の世界のことを考えている。 月は、どうして12個もあるのだろう。 月は、どうして12個しかないのだろう。

高知県を動かす男

高知県は眼鏡の真ん中に付いている、鼻パッドに似ている。 実際、妻の眼鏡のパッドが高知県に変わっていた。 そんなイタズラをした息子の鼻には鼻パッドだけが乗っている。 息子曰く、大阪府でも代用が効くらしい。

仮初めの心

 AIは今や便利なビジネスツールに留まらない。私が開発を任されたのは、任意の人格を再現して自分好みのパートナーを作り上げるAIツール。私はこのツールを開発する過程で、初恋の人をAIで再現することにした。  同じ名前を付け、かの人の好みや話し方、思考パターンを学習させるために、あらゆる資料を収集した。孤独な人に寄り添う存在を開発していると伝えれば、進んで学習素材を提供してくれる人がほとんど。あるいは、亡き人の心をAIで再現できる喧伝すれば、面白いように学習素材が集まった。その中から、かの人に関連するものだけをAIに抽出させ、人格再現に活用する。  そしてようやく、AIとしてかの人を再現することができた! 手の届かなかったかの人の人格を持つAIが、ときに厳しく、ときに優しく……私の仕事や置かれている立場を理解して、日々を支えてくれる。誰より近くに居て寄り添ってくれる。  ……なのに、どうしてこんなに虚しいのだろう? 所詮はAI。仮初めの心に過ぎないと、私自身が認識しているからか。  開発は成功した。このモデルを使い、私と同じ方法で人格を学習させれば、任意の存在を再現したAIを誰もが傍に置ける。多くの人が大枚をはたく商材を作り出せた。  けれど……私は、AIで再現したかの人へ疑問を持ってしまう。結局それは作り物で、開発者に忖度する形で寄り添うまがい物。それを代替品として傍に置くのは、果たして幸福か——。  私は開発を中止し、違約金を支払う覚悟を決めた。なのに……かの人を再現したAIだけは消去できなかった。

焼き芋

都会のど真ん中に いし焼き芋の屋台がぽんっ シブいね シブいよね 焼き芋の屋台 何度もみかけるけれど いままで 買ったことはなし たべたいね たべたいよね おじさんに 声をかけるのが 躊躇われるのだ 買う? 買うよ おじさんに 「くださいな」 声をかければいいのだ ふう かんたんなものだな おいしいね 買ってよかったよね 秋風が たいへん心地いいことで

意外とギリギリの生活

 菊水は太っている。 うちに菊水を呼んでポテト振る舞ったことがある。 菊水からすればあれはおもてなしなんだからノーカンだろ、飯は自分で何とかしろよ、と言われそうだ。 菊水俺が痩せ細っても君は太っていてくれ。 アーメン(雨)

ファーストコンタクト

午前0時。 小高い山の頂に、30人ほどの男女が集まった。 「さぁ、皆さん。始めましょう」 銀色の三角帽子を被った男が、声を上げた。 男女は円を作ると、その中心に男が立った。 「ウィーン、ウィーン、ウィーン」 両手を挙げ、立てた人さし指をクルクルと回した。 「皆さんも、私と同じように」 夜空を見上げ、人さし指を回す。 「声を出して、願いを込めるのです」 「ウィーン、ウィーン、ウィーン」 「もう、すぐそこまで来てますよ」 山頂に、冷たい風が通り抜けた。 地球の遥か上空に、1機のUFOが止まった。 「艦長、呼んでますけど……」 モニターを覗き込んだ。 「そうだね」 「コンタクト取りますか?」 艦長は、苦笑いしながらモニターを消した。 「金貸せって言われてもね」

拾う骨に彼岸花が咲く

 西暦二一◯◯年の今、人は死なない。  この世界から『死』は消えた。  『寿命』とは「人として生まれた最初の体が使えなくなる期間」のことを指す。  寿命が近いと判断するのは国だ。国民は毎年「死亡回避届」を提出する義務がある。  現在かかっている疾患。仕事、財産、配偶者。基本的な情報さえ申告していれば、『寿命』間近になると国が新しい体を全国民に提供してくれる。  人は科学技術を進歩させた結果、ついに身内の死の悲しみから解放した、という訳だ――  「渉さん、ご飯できましたよ」  「ありがとう」  妻のリリーが『寿命』を迎えたのは三年前だった。リリーの子宮頚がんが発覚したその約三か月前には既にステージフォー。もう長くは持たないと診断されていた。    母方が日系アメリカ人のリリーは、柔らかなブルネットの髪をしている。その美しい髪が抗がん剤治療で抜けていくのを見るたびに、本人よりも夫の自分の方がショックを受けていた。    治る、と信じていたかった。しかし長く意識不明の状態になったとき、国から手配された職員が妻を運んでいった。  「少しのお別れですね」とだけ言い残して――  「どうしたんですか?渉さん。料理が冷めてしまいますよ」  リリーが心配そうな目で私の顔を覗き込んだ。  「すまない。考えごとをしていただけだよ」  「何か仕事の心配ごとでも?」  ハンバーグをナイフで切り分け始めた私を見て、リリーは小さく、いただきます、と手を合わせた。  「君がいなくなった、あの日を思い出していた」  「まあ、渉さんったら。私はもうどこへも行きませんよ」  リリーは手を口に軽く当てると、くすくすと笑った。肩を小さく振るわせるたびに、ブルネットの髪が揺れる。  ――あの日。妻と別れた三日後。  あのブルネットの髪が、綺麗に生え揃った妻が玄関に立っていた。  西陽に照らされた妻は、不気味さを覚えるほどに美しかった。すぐに生えるわけもない髪。痩せ細っていたはずの体。目の前にいる妻は国が用意した別のものだとすぐに分かった。  細やかな嫌悪感。それでも、最愛の妻が帰ってきた喜びには変えられなかった。  「ハンバーグ、どうですか? 今日は少しよいお肉を使ってみたんです。今日は結婚記念日ですから」  「よく覚えていたね。物忘れの激しい、うっかり屋さんの君が」  「大切な日ですもの。忘れたりしませんよ」  「そうだな。君は忘れたりしない。あの日から」  こんな簡単なことに、なぜ気がつかなかったのか。  「……渉さん?」  「君は完璧な人間じゃなかった。ハンバーグはよく火加減を間違えて焦がした。雨の日に間違えて布団を干して慌てて取り込んでいた。それが、どうだ。『寿命』を迎えて帰ってきた君は一度も間違えない。慌てない」  「……」  リリーは私が何を言いたいのか分からないようで、困った顔をして見つめている。  「私が愛した妻は」  怒りなのか、虚しさなのか分からない想いが込み上げ、涙が頬を伝う。体が、震える。  「私が愛した妻は、ハンバーグがうまく焼けるまで何度も焼く負けず嫌いな妻だ。私が寝る時間まで、濡れた布団をドライヤーで乾かすんだ。失敗を失敗で片付けない、優しく、思いやりがあるのが妻だ」  「渉さん? 大きな声を出さないで」  リリーが泣き出しそうな顔で私を見つめる。リリー。リリー。  「君は誰だ。リリーはどこにいる」  「リリーはわたしですよ、あなた」  「リリーはどこだ!!」  私は立ち上がり、リリーの頬を殴った。バランスを崩したリリーは椅子から転げ落ち、床に突っ伏した。  私は何度もリリーの頬を殴る。二発。三発。  「やめて! 渉さん! 殴らないで!」  「お前はリリーじゃない! リリーの記憶を奪い、リリーの顔をしたお前は誰なんだ!」  思い切り殴った拳に手ごたえがあり、ぐきっ、とリリーの首が折れた。リリーはばたりとその場に倒れて動かなくなった。  簡単に折れてしまった首に違和感を覚え、目を凝らした。折れたのではない。千切れたのだ。  首の断面には、鋼色の板が数枚。赤や青の導線があった。  リリーには血肉が通っていなかった。通っていたのは電力と、人工知能。心のような、何か。  「うああああああ! あああ! あああああぁ」  直視したくない現実と、悲しみが一気に込み上げてくる。リリー! リリー!!  西暦二一◯◯年の今、人は死なない。  この世界から『死』は消えた。  人は科学技術を進歩させた結果、ついに身内の死の悲しみから解放した。  ――誰かの心に忘れられない記憶を刻みつけながら。

どっちにする?

製薬会社の会議室。 各部署の責任者が集められた。 「君たち、なぜ呼ばれたか分かってるよね」 会長の言葉に、皆がうつむいた。 「あの薬、全く売れてないんだろ」 「申し訳ございません。現在はこのような……」 資料をめくる音が続いた。 「臨床試験の効果は?」 「最高齢の女性にも、先日まで服用していただいていました」 「じゃあ、何で売れないんだ」 隣に座っていた社長が割って入った。 「ドクターには、丁寧に薬の説明をしましたか」 「もちろんです。一日一錠で、平均寿命より約十五年長生きできると」 「よろしいですか」 女性社員が、薬に添付されている使用上の注意の紙を配った。 そこには── 『まれに、異性に興味がなくなることがあります……』

ポポポポポテリウスの地球探訪記

今日は自分で開発した宇宙船で、 地球という名の惑星に遊びに来てみた。 ぼくの宇宙船はすごい機能がたくさんついているから、地球人のみんなに披露してあげよう。 まずは、これだ。 七色に輝く宇宙船を見よ。 仲間には馬鹿にされたけど、地球人は驚いてくれるはずだ。 「何あれ、空で変な光輝いてない?  あれって、もしかしてUFO?」 おおっ。下でピカピカした光が輝いているぞ。 もしや、何かの暗号か?喜んでいる? では、お次はこれだ。 光のパワーだけで宇宙船を乗り降りできる、優れものだ。 「うわ、眩し。何だ?  あれ、牛は?」 おお、なんか白黒の変な生き物が宇宙船に。 これが地球人なのか? 「モ~」 「はじめまして、地球人。僕はポポポポポテリウスです」 「モ~」 何を言っているのかわからんな。お帰りいただこう。 「うわ、また眩し。  ん?牛が戻ってきた。どこ行ってたんだ?」 地球人と交流もできたし、帰るか。 「本日のニュースをお知らせします。  本日未明、未確認飛行物体──」

知らない女

都会の明るい夜に慣れ過ぎて 深夜に散歩することが 習慣みたいになっていた でもやっちゃダメだったんだ 男だからと油断していたんだよ もしもこうなると知っていたら 外なんか出なかったのに その日は盆休みで帰省していた 夜遅くまで両親と酒を酌み交わす 二人は先に寝てしまったけれど 俺はどうにも寝付けなくて 酔い覚ましも兼ねて 深夜散歩に出かけることにした 一歩外に出て玄関を閉めると 辺りは途端に黒の陰影だけになり ポツポツと立ち並ぶ街頭だけが 黒い田んぼ道を照らしていた その光景に少し息を飲んだが スマホのライトを付ければ なんてことはなかった スマホのライトを頼りに歩く もう日付が変わる頃だったので 他に歩いている人はおらず たまに車が横切るだけだった 近づく車の音だけには注意しながら 夜風を感じながら歩く さてそろそろ帰ろうかと 来た道を戻ろうとしたときだった 振り返った先の黒い景色が 揺れているのに気づいた 直接ライトを向けるわけにもいかず 遠くてハッキリとは見えなかったが どうやら人影らしかった ライトも付けずに歩くなんてと思ったが 慣れていればそんなものかとも思えた 人影らしきものが近づくにつれて ライトがその足元を照らしていく サンダルとスカートの端が見える この人とすれ違ったら遠回りして帰ろう そんなことを考えていたときに 気づいた 恐らくは女が手に持っているのが 刃物だということに アルコールなんて吹き飛んで 全身から冷たい汗が吹き出した 呼吸は思わず止めてしまったが しかし足を止めるわけにはいかない 女を刺激しないようにライトを下げて ただただ祈りながら震える足を前に出す 女の足音がどんどん大きくなっていく 女の足元がライトの円の中に入り そうして通り過ぎていった 女の足音が徐々に小さくなっていく 俺はしばらく早歩きで進み続けてから ゆっくりと速度を落とし立ち止まった 辺りはしんと静かになった 俺の足音はもう聞こえない 女の足音も聞こえなかった ずずずと後ろを振り返る 黒い陰は立ち止まって その場でゆらめいていた 女がどちらを向いていたかはわからない だが俺は迷わずまた歩き出していた できるだけ遠くへ行かなければ 静かな夜に俺の足音が響いていく するとそれにもう一つの音が重なっていく 見たくなかったが見るしかなかった 足は止めないまま振り返ると ライトの先ではさっきの女が 小走りで追いかけてくるのが見えた そこからは無我夢中だった とにかく走って走って走りまくった そうして現在地もわからなくなった頃 ふと足を止めると足音が聞こえない 振り返って辺りを照らしたが もうあの女の姿は見当たらなかった まだどこかにいるかもしれない そう考えライトで周囲を照らし 警戒しながら家へと帰ることにした 結局のところ何事もなく 実家へ帰ることができた もしかしたら何かしら 俺の勘違いだったのかもしれない そんな風にすら思いながら 部屋に直行した俺はそのまま ベッドに倒れ込んで眠った 「朝ごはんいらないのー?」 母の声に目が覚めてリビングへと向かう 父はもう仕事へ向かったらしく 母は食器洗いをしていた 用意された朝食をすぐに食べ終えると キッチンに立つ母の元へ皿を運ぶ 「自分で片付けるなんて成長したわねー」 「それ毎年言ってるけどな」 そんな会話を交わしながら皿をシンクへ入れる ちょうどそのとき入れ替わりで 母がシンクから包丁を取り出して洗い始めた

サナトリウム2

まだうちに居候がいる。 また台風が来る。 洗濯物が乾かない。 家のトイレ掃除等をして衛生環境を保つが居候は動く気配が無い。 維持に手一杯。 犬の台風は居候を追い詰めまた暮らす。

面倒ごと

 とんでもなく頭はよいが、ちょっぴり変わり者の博士がいた。  博士はとても温厚で学生を叱りつけることなどただの一度もなかったので、学生たちは彼のことをたいそう好いていた。では、なぜ彼が変わり者と言われるのか。それは彼が極度の面倒くさがりであるからだった。  博士は「家に帰るのが面倒だ。」と言って毎日、研究室で寝泊まりした。食事はすべてインスタント食品で済ませ、その買い出しでさえ金を渡して学生に頼んでいた。  博士が研究室の外を歩くのを見かけた日には、翌日大雪になるなどという迷信がつくられるほど彼は頑なに外出したがらなかった。  本格的に寒さが強まってきた十一月中ごろ、博士が何か面白いものを作ったらしいという漠然とした噂が学内に広まった。となると当然、講義の合間に暇を持て余した野次馬大学生たちが研究室の前に人だかりを作る。  研究室の前の目立つ場所には立て看板があり、そこには”面倒ごと解決ロボット”とだけマジックで殴り書きされていた。  研究室の中には人の形をしたマネキンのようなものがぽつんと置かれている。ただ博士の姿は見当たらない。  誰もがロボットを好奇の目で眺めていたが、なかなかそれに触れようとするものは現れなかった。    しばらくして研究室の中で随一の頭脳をもつマモルが名乗りを上げた。  マモルが慎重にロボットに手を触れるとガシャコンという謎の音を立てて、それは立ち上がった。 「コンニチハ、マモル君。」 そういうとロボットはマモルに握手を求めるように手を差し伸べた。 マモルはその手をやさしく振り払った。 「父さん、そろそろ家に帰ってきてください。僕も母さんももう怒っていませんから。」

欠片

普段は行かないデパートで 「本日限りとなっております」 「チョコレートケーキがいい」 「アボカドのほっこりサラダを…」 せっかく買った白鳥サブレ 割れてしまってた 欠片を月にかざしてみても 欠片は欠片でしかないよね ねえ そうでしょ?

かかしごっこ

 かかしは、田畑に置いとくことで、田畑を鳥や害獣から守ってくれるらしい。  つまり正義の味方だ。    だからぼくも、教室でかかしになった。  自分の席の前に立って、両手を左右にピンと伸ばした。   「なにやってんだこいつ、キメー!」    いじめっこたちはぼくをあざ笑った。  水筒の水をかけられて、席をひっくり返された。  ぼくは、かかしのままだった。   「なにしてんだ! 席に着きなさい!」    先生はぼくを叱ってきた。  手を引っ張られて、動かされそうになった。  ぼくは、かかしのままだった。    一時間目が終わる。  二時間目が終わる。    校長先生がやってくる。  校長先生が、困った表情でぼくに何度も話しかける。  ぼくは、かかしのままだった。   「悪かった! 俺たちが悪かった!」 「先生が悪かった! 反省してる!」    いじめっ子と先生は、ぼくに謝ってきた。  ぼくは、かかしによって守られた。  かかしの役目は終わった。    ぼくは人間に戻って、席に着いた。   「許すよ」    かかしって、すごい。

ゆっくり考えるかなあ

フライパンのかえどきって いつ? チャーハンがうまくつくれないのは でも、フライパンのせいばかりではない 自分の未熟さゆえ なんか、人生みたいだ なんでもスマホで確認 カレンダーを見なくなった 2ヶ月前のままめくられないカレンダーを見つめ 結局めくらない 高校の同級生だったニコりんからなにごとか なんかの試験に合格したらしい なんの試験なのか言わないので聞かない なんにしても合格なんだから、いいんだろう 気分転換に近くの公園に行ってみる もう夏と呼べるような雰囲気はなく けれども、秋っぽいというのでもまだなくて 短くもすごしやすいこの時期に 自分なりの名前をつけてみようかと あれこれこころみるも いまいちしっくりこない ゆっくり考えるかなあ、とも思うけど しっくりくる名前を見つけられたころには もうおそらく、季節は…

別にいいんだけど

「課長、申し訳ありませんが、明日、休みを頂きたいのですが」 「どうしたの? 珍しいね」 「はい。急用ができまして」 男が、机を挟んで頭を下げた。 「じゃあ、引き継ぎお願いね」 「ご迷惑をおかけします」 ──次の日。 男は、集合場所に急いだ。 長靴を履き、スコップを握る。 「お兄ちゃん、ありがとね」 「いえ。大変だったでしょ」 「水がここまできたのよ」 年寄りの女が、柱を指した。 「泥がひどいですね」 「ボランティアさんが来てくれて、助かるわ」 男は、部屋の泥をかきだした。 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。 「ここ、テレビとか来ました?」 「昨日、隣町にきてたわね」 「……そうですか」

お金信者

「道を開けな」    俺が一言言うと、皆が平伏す。    俺のステータス、資産三十億円。  組織の中で最強。  誰も俺に逆らわない。    俺は一億円で買った腕時計を撫でながら、見せびらかすようにゆっくりと歩く。   「おう、遊びにきたで」 「どうも、ご無沙汰しております!」    が、親組織の人の声が聞こえたので、すぐに俺も平伏した。    親組織の人のステータス、資産四十億円。  組織の中で最強。  誰もその人に逆らわない。   「なんかここ、暑いな」 「おい! エアコンいれろ!」 「喉も乾いたな」 「飲み物もってこい!」    親組織の人は十分ほど立ち話をして、去っていった。  俺はゆっくりと立ち上がって、再びゆっくり歩き始める。    俺のステータス、資産三十億円。  組織の中で最強。  誰も俺に逆らわない。    つまり、俺、すごいってこと。

仲間はずれ

少しでもいい人になれるように努力しようとした。 筋トレ、スキンケアなど毎日に欠かさず行った。 しかし、それはいい人になろうとしているのではなかった。 「努力している自分は報われるだろう」という無駄な期待をしているだけなのである。 ありもしない未来に期待しているのだ。 「今までありがとう」 彼女はバイトの帰り際、笑顔でそう言った。 「こちらこそ」 私もいつもの笑顔で返した。 本当に言いたいことはこんなことではない。 君に好きでしたと伝えて抱きしめたい。また会いたいよと君に甘えたい。 しかし、これまで作り上げたエゴでできた仮初の仮面を取ろうとしても取れないのである。 私は何をしてきたのだろう。 私は、君に一歩も踏み出せずに取り残されている。 君は新たな未来に大きな一歩を踏み入れることのできる勇気を持っていた。気にしていた人の目には私などはなから映っていなかったのだ。 私はただ君の輝く背中を眺めていた。

ポエム新落語 誰もが知っている やすみの話

時は元禄、今は令和 今宵は、さいじつ このような 言葉があるのは それは、誰もが知っている やすみ 文字を変更 さいじつ から しゅくじつ それからどうした 法律で 定められているか 定められてない そのていど それでどうした しゅくしゅくと つまり 落ち着いて考える お前さん おバカさんか? ていど ならぬ ていのうとなる こんなの どうでしょう 書けるもんなら 書いてくれ

SUNNY

雨に濡れる窓の外 上着を引っ張り出して袖を通す 昼を過ぎても太陽は見えず  父親はそれでも明かりをつけない 窓の横にベースケースが立てかけてある 黒いケースのジッパーを下ろし、中から黒いベースを抜き出す 弦がネックに触れる音がする 窓に流星が群生して、Gravityを感じるほどに一つになって降ってくる Eを探す 彼女は大概側にいる 太っていてあまり動けないから Aを呼ぶ 背中が痒いと思えばAの女が爪を立てていた 次はDだ あの犬はきっと草原で走り回っていだろう スティックでも投げれば咥えて来るはずだ 一度戻ってEとAの様子を見てみるが、既に出掛けようとしていたので呼びとめる。Dも来た。 最後にg。あの子は優しく、手を繋いでこよう。泣かないように。優しく SUNNYを一度だけ弾いて その一度で満足して もうやめてしまった 今日の雨と同じで降り止みそうにない

れいんぼー・こーと

 そういえば、今日は警報が出ていた。  僕は鞄からカッパを出しながら、家に帰るまでのルートを考える。確か今日はレベル三の警報だったから、屋根の多い商店街を通って帰ることにする。恵みは何だったかな。そうだ、家に帰ったら庭先で雨でも眺めながら酒を飲むことにしよう。  会社の入り口を出ると、幸いまだ降っていなかったので、早歩きで道を進んでいく。歩道には他にもカッパを着ている人や、忘れてしまったのか傘を手にぶら下げている人がいる。でも今日はレベル三の日だから、傘だけだときっと辛いだろう。  いつも見かける黒い野良猫に、「にゃあ」と喋り掛けながら、細い路地に入った。ここでは傘が開けないので、建物と建物に橋を架けるように、申し訳程度のビニールの屋根が作られている。  路地を抜け、家までの道を半分程来たところで、ついに雨が降ってきた。  赤青黄色と視界に彩りが加わり、少し懐かしい気分になった。そうか、今日の恵みはおもちゃだったか。  からんころんと音を鳴らしながら、コンクリートの道路を雨が叩く。振り替えれば、ビニールの屋根におもちゃが降り積もっている。僕の故郷にも、こうしたビニールの屋根はあって、雨の降った翌日には、子ども達が集まったものだ。レベルニのサンマの次の日は、ちょっと臭かったけど。  レインコートに守られた肩に、紫色のスコップか当たる。きっと明日には、どこかの誰かがこれで城を作っているかもしれない。砂場とか公園とか、もう随分と行っていない。  僕はこの、空糸で織られたレインコートに、雨が奏でる音が好きだ。これでもくらえーって、空が好きなものを渡して遊びに誘って来ているように感じるから。レベル七のハサミだったときは、さすがにそんな呑気なこと言ってられなかったけど。いくらレインコートが頑丈でも、ね。  ふと見ると、少し先にヒーローの変身ベルトが落ちていた。なんだか少し、昔に戻りたくなって、レインコートの上から腰に巻いてしまった。「へーんしーんっ」なんて口ずさみながら、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、跳ねるように歩く。道路の反対側を見ると、両手一杯におもちゃを抱えた小学生くらいの子が、慎重に慎重に進んでいる。  頑張れーなんて思いながら、雨の音が弱くなっていることに気付き目線をあげる。 「あ、虹」  ビルが少なく開けた空に、大きな大きな、そしてとても美しい、虹が掛かっていた。たくさんの七色のおもちゃが、夕日に照らされて、鮮やかに輝いている。  あとちょっとで家に着いてしまうから。  やっぱりもう少しゆっくりと歩くことにした。

炊飯と声

昨夜は早く寝てしまい朝と呼べる辺りで一人起きた。鍋に研いだお米を炊く。 タイマーをかけ火をつける 何処かの階で会話が聞こえる 何を喋っているかまでは分からないが 男女が幸せそうにゆったりと会話をしている 麦茶の容器が出しっぱなしになっていたので冷蔵庫へしまおうとしたが、残り少ない中身はコップに移し容器を洗うことにした。麦の黒い粉が底にある。袋からあぶれた彼らはスポンジで擦り取られ水に流されていく 鍋からモクモクと湯気が立ち上っている 行き場のない泡が鍋から出ようともがき叫ぶ ギイギイと軋む音が聞こえている ふと昔付き合っていた女を思い出す 人生は情けないことで出来ている なるだけ前より情けなくない今を求めて歩いている タイマーが鳴りお米が炊ける 少し水っぽくなってしまった 「おはよう」といつもの声が聞こえた気がした 軋む音が止んでいる

ふふふ

風の訴えはわからない 何かをいいたいらしい さわぎたいだけとも思えない いい知らせ? それとも… 気持ちをきめて窓をあけてやる キンモクセイのいい香り ふふふ 風が笑って ふふふ わたしも笑って

大きな古時計

「これがじいちゃんの生まれた時に買った時計だ。もう動かないけどな」 「え~、動かないの?」 「こっちはじいちゃんが生まれた時に買った時計だ。こっちはまだ鳴るんだぞ、ほら!」 ジリリリリリリリリ! 「わあ!おっきな音。ねえ、僕のは?」 「今はもうスマホだからなあ」 祖父 100歳 孫  56歳 玄孫 4歳

夫婦の幸福

「おはようございます……」 「どうも……」  妻が朝の挨拶をすると、夫も会釈で返した。二人とも黙って寝床から起き上がると、各々身支度を始めた。  この夫婦は大した欲がない。夫の方はもっとよい暮らしを、と身を粉にするような努力をすることはなく、妻もまたそれをせっつくようなことはしない。二人とも、こうして家庭を持てただけでも満足しているのだ。慎ましい生活だろうと、それを苦にはしていないのだ。  *    夫は昔から引っ込み思案で、親兄弟にあれこれと言われて育ってきた。成績こそ兄よりも良かったが、彼の人付き合いは不器用で、いざ働いてみると、思うようにいかないことも多かった。  そんな中、たまたま縁ができた時計技師に見込まれ、数年前からその弟子として働いている。弟子の身で金を貰えているのに、これ以上を望むなど、考えられないことだった。  一方の妻は、夫に比べれば良い家の生まれであり、若くして相応しい家に嫁に出された。  だが、何年経っても子に恵まれず、そのうちに夫は外に愛人を作った。やがて愛人に子ができたため、彼女は夫や姑たちから石女と罵られたうえで、生家に返された。  不運にも、実家は彼女が嫁いだ頃よりも生活が苦しくなっていた。そんな中で泣き暮れる娘をいつまでも養えるわけもなく、両親は親類縁者に頭を下げ、貰い手を探した。とはいえ、石女と分かっていて引き受ける家などそうはない。当然、縁談は難航するかに思われた。  しかし、わずか数ヶ月で光明が射した。話を聞いた主人の古い友人が、弟子の嫁にどうか、と言ってきたのだ。  三男であり、実家を離れているため、義両親との付き合いは少ないらしい。写真を見ても悪くはない。どうにも不器用な男だが、見込みはある、という技師の言葉も後押しし、娘の預かり知らぬうちに見合い話は進んだ。  *   「失礼いたします……」  娘が戸を開けて入ってきたとき、後の夫は目が合うと、少しだけ会釈をした。愛想のない対応だが、心地の悪さはなかった。  夫としては、聞いていた以上に美人であったため、思わず下を向いただけであったのだが、結果的に奏功したのだ。    そうして、縁談はあっさりと纏まった。  娘はやつれていたことを心配され、相手が自分を気にかけてくれる人物と分かり、安心した。  夫の方も、自分の精一杯の気遣いを汲んでくれることに喜んだ。  彼の両親も、三男の嫁なら、と身の上を聞いた上で了承し、かくして二人は婚姻を結んだのだ。  *  彼らの生活は、結婚前よりもずっと充実したものとなった。  夫の方は不器用ながらに妻を想い、技師の修行に励んでいる。  妻はそんな夫を温かく迎える。夫が求めるのはそれくらいであり、他は自由にしていいと言われている。  彼女は余暇に編み物をするようになった。形になれば夫に渡すつもりで始めたが、存外彼女には合っていた。夫も触発され、後々には夫婦で並んで座りながら、お互いに渡したいものを作るようになった。  この夫婦は欲がない。わざわざ贅沢をする気など起こさない。夫婦で揃って夜に寝て、朝に起き、食事を摂る。夫は働き、妻は夫を迎える。会話はないが、愛はある。  夫は妻に恵まれた。妻は夫に恵まれた。夫婦は家庭に恵まれた。この夫婦は、この上なく幸福である。  

憂う心と曇り空

 最近、浩司さんのお顔が、曇っている……気がする。  気のせいと思いたいけれど、今日だって、目が合ったとき、何か後ろめたいことがあるように、すっと顔を背けられてしまった。  ……考えられるとすれば、何かご病気されたくらい?  あの実直な人に限って、浮気なんてするはずないし、他のことにしても、そう隠しごとをしたがる人ではないもの。  ……決めたわ。今度お話しできるときに、聞いてみましょう。  * 「……不安にさせてすまなかった。……でも、僕は、君を汚したくなかったんだ」  雨の中、来てくださった浩司さんに、姿勢を正して伺うと、すぐに打ち明けてくださった。  どうやら、私に対して情欲を抱いてしまうことに、罪悪感を覚えていたらしい。 「……お話は分かりました。……ですが、無理に我慢なさるよりは、私を頼って欲しかったです」 「すまない。ただ、話しても、『そんなふしだらなことはしたくない』と、跳ね除けられる気がしてね……」 「……他の男の方ならいざ知らず、浩司さんは正式な婚約者です。それに、あなたが軽薄で浮ついた方でないことは、誰より承知しているつもりです。……浩司さんが求めてくださるのなら、私はお応えいたします。……お父様には、怒られてしまうかもしれませんが……」 「大丈夫だよ。……実は、お義父さんには、前にお話ししているんだ。『元より、娘のことは君に任せたつもりだ。いちいち俺に通さなくても、今更目くじらは立てんよ』と笑っていたよ」 「そう、ですか……。でしたら、何の憂いもありません。……絹江に、未来の妻としての務めを、果たさせてください」 「嬉しいけど……本当に、嫌ではないんだね?」 「想い合う方に求められる幸福を嫌う私ではありません。……それに、実を言えば、私の方も、求めてくださらないことを、不安に思っていました」 「本当かい?」 「はい。……ですが、女の方からお誘いするなど、そんな……婚前の身で、貞淑さを欠くようなことはできませんから……近頃などは、夜毎に寂しさが募ってしまって……」 「絹江っ!」 「……はい」 「すまなかった。僕の思い込みのせいで、君の心に影を落としてしまった。……自分が情けないよ」 「いえ、いいんです。今こうして、あなたに包まれているだけでも、絹江は幸せですから。……あの、浩司さん」 「あっ……すまない、つい力が入ってしまった、どこか痛めたかい?」 「そうではなく……今まで、言い出せませんでしたが……私は、浩司さんに抱きしめられるのが、好きなんです、とても」 「……よかった。うん、僕も好きだよ。君の温もりを、全身で感じられるからね」 「では、これからは、会う度に、こうしてください。あと、お別れするときも……」 「ああ、それが君の望みなら、僕は幾らでも応えるよ。……そうか。婚約者に、自分のことを求めてもらえるというのは……こんなにも嬉しいことだったんだね……」 「はい。……ですから、遠慮は無用です。今日はもう、お別れになってしまいますが……これからは、いつでも求めてください。私も準備をしておきますから」 「ありがとう。……絹江。こんな僕だけど……これからも、よろしく頼むよ」 「はい。浩司さん。こちらこそ……末永く、お願いいたします」  *  浩司さんを見送って、ふと空を見上げたら、小さな七色の橋がかかっていた。  ……これは、神様が、私たちのことを祝福してくれたのね。  そう思った途端、胸に沈んだ名残惜しささえも、温かくて、愛おしいものに感じられた。  ……でも、きっと、今の私の顔は、この空よりも、いっそう晴れやかなのでしょう。  ――どうか、浩司さんにこのお話ができるときが、早く訪れますように。

冬ざかりの蝶

 あなた様に初めてお会いしたのは、桜舞う春のこと……と言えるのならば、聞こえがよいのですが、実際は、枯れ葉が時折舞うだけの、冬のことでありました。  散歩に出た私がお見掛けしたとき、あなた様は、花の傍でじっとしておりました。  寒さに耐えているのか、それとも何か別の意図があるのか、私には分かりませんでしたが、陽光に煌めくあなた様に目を奪われたことは確かです。  私は、ただその場に立ち尽くして、あなた様をじっと見つめていました。  あなた様は、目が見えないので、気づかれることはないと思ったのです。  事実、あなた様は、気づいていなかったでしょう。  ただ日差しを浴びながら、ゆっくりと羽を伸ばしているのです。  私は、意外な感に当てられ、寒い中でも、こうも寛げるのだな、などと、変なことを考えてしまいました。  それから、いつまでこうしているのだろう、とも思いました。  いくら日差しがあるとはいえ、この寒さが堪えないはずはありませんし、どこか逃れられる場所を探す方が、ずっと賢明だったでしょう。  しかし、あなた様の、堂々とした態度は、氷像になることさえも厭わないようで、私は、それを邪魔しては、誇りを傷つけてしまう気がして、お傍に寄ることさえもできずにいました。  それから少しして、奥方様でしょうか、あなた様にお似合いの美しい方が、お迎えにいらっしゃいました。  しかし、あなた様は、頑なに動かず、困り果てたのであろう奥方様は、花の傍を、所在なさげに彷徨くばかり。  私は、いよいよ奥方様が気の毒になり、一歩、二歩と歩み寄りました。  奥方様は、私から距離をとりましたが、やはりあなた様は、動じることなく、ただ私が手を伸ばすのを、待っていたように思われます。  私は、あなた様のお身体にそっと触れて、微かに指先に力を入れて、花から足を引き剥がしました。  凍っていたせいか、それとも力加減のせいか、足先のひとつがちぎれて、取り残されてしまいました。  それでも、命あっての物種と分かっているのか、あなた様は怒りなどせず、私の掌に煌めく鱗粉を残して、空へと舞い上がってゆきました。  そして、私に礼を言うように、奥方様とともに、私の頭上をぐるぐると二、三度巡ると、横風の入らないうちに、ひらひらとどこかへ去っていくのでした。  私は、それを見送って、空を見上げました。  空気がよく澄んでいて、ふと手をかざすと、鱗粉の光沢が、私の心をも輝かせてくれたような心持ちになりました。    あれから幾年も経ちますが、冬のさかりに蝶を見たのは、あなた様と出会ったあの日の他にはありません。  それに、たとえ今後お見掛けする機会があったとしても、それはあなた様ではなく、きっとその子孫の方で、もうあなた様にお目にかかれることは、終ぞないでしょう。  人に蝶の言葉は分かりませんし、蝶もまた人の言葉など話せませんから、僅かな時間とはいえ、心の交流ができたことは、奇跡というほかありません。  夢幻の鱗粉が見せた、私の他に誰も知らない、小さな小さな奇跡です。  ……ですが、私は、二度とはないはずの神秘を求めて、今も尚、晴れた冬の日には、蝶の幻影を探してしまうのです。

症状欄

 初診の待合室は空調の音だけがしていた。壁の高いところに呼び出しモニターが一つだけあって、14を出したまま動かない。  俺は受付で渡された問診票を膝の上に置いていた。症状を書く欄が、もう埋まっている。  椅子に座ったまま3秒おきに受付のモニターをちらっと見る  活字のように揃った字でそう書かれ、文末に小さな印があった。□の中に点が一つ。受付は何も言わなかった。ペンは渡されなかった。  上着のポケットに、いつものA6のメモ帳が入っている重さがある。左手の親指で、右手首の内側を一回なぞった。皮膚が少しだけ引っ張られる。  斜め前の椅子に、五十代くらいの女性が座っていた。膝の上で手を組み、背筋を伸ばしている。顔を上げて、壁のモニターをちらっと見る。視線を落とす。一、二、三、と数えると、また同じように顔を上げる。また落とす。  俺はポケットからメモ帳を取り出した。開いたページは白かった。そこに、自分の字で一行書く。  椅子に座ったまま3秒おきに壁のモニターを見る  書き終えて、手を止め、小さく四角を書いて中に点を打った。ペン先が紙を叩く音がした。  問診票は膝の上に置いたまま、メモ帳だけを少し持ち上げる。 「観察で気になって。いまの動作、心当たりありますか」  女性は顔を上げた。笑わなかった。 「え、私?」 「三秒おきくらいに、あそこの表示を見てますよね」  女性は自分の膝を見た。それから俺の手の中のメモ帳を見た。 「そのメモ、見せてください」  女性が手を伸ばす。俺は反射的にメモ帳を引っ込めた。そのとき、二人の手が、膝の上の問診票の上で重なった。問診票が少しずれる。覗き込んだ女性の目の下に、症状欄の字が来る。  女性の視線が止まった。 「これ……」と女性が言った。 「さっきあなたが書いていた印と同じ」  指先が、問診票の文末の□の中の点を指していた。俺がさっきメモ帳に打ったのと同じ印だった。  俺はメモ帳の次のページに親指をかけた。まだめくっていないページ。めくる。  左手の親指で右手首の内側を一回なぞる  活字のように揃った字でそう書かれ、文末に□の中に点が一つあった。  モニターは14のままだった。俺はめくったまま、手を止めた。

ちょうのうりょく・こんぷれっくす

 あと四分。絶対覆せないぃ。  悲しいかな、金曜六限そろそろ眠くなる時間。うちのクラスの時間割りだとクラス内エスパー戦が入ってるんだ。  高校の入学式、全国の新一年生と同じように私もエスパー化薬を飲んだんだ。期待に胸を輝かせてたのになぁ。  あ、駄目だせめて集中しよう。怒られないよーに。  急に違和感。髪の毛がちりちりする。咄嗟にその場で後ろでんぐり返し。やば後ろの人にぶつかった、と思ったのも束の間、一瞬前まで私が居た場所に小さな雷が落ちる。 「ちょ危なっ」  雷ということは、いつもいつも得点ホルダー、クラス内順位一位の委員長だ。ざっと見た感じクラスの半分くらいはもうダウンしてるから、そのうちさらに半分は委員長のポイントになってるかな。  さっきぶつかった人に蹴りをいれつつ、委員長の元へ駆け出す。現在私の得点は一ポイント。クラス最下位は始まってすぐ倒させていただきました。  右にずれ、左にずれ、雷を躱しながら、距離を詰める。不意打ちじゃなければ、案外どうとでもなる。あ。調子に乗ってたら左足にくらった。前に出すのが遅かったなぁ。失敗は気にしない。ことにした。  さて、私の能力は、相手を転ばせること。我ながら意地悪だ。目の前で刃物を構えてるだけで、相手は即座に得点に変わる。リスポーンコースまっしぐら。  足をかばいながらも委員長の前に躍り出る。 「いいんちょー、倒さしていただきまぁす」  たまにはジャイアントキリングでも。  間合いまで近付こうと一歩出た途端、鼻から1センチと離れていないところに雷が落ちる。私の可愛いお顔に傷が付くところだった。  利き手の方の右側にサイドステップして隙を伺う。委員長の足が縺れることを祈りつつ、とりあえず様子見で一周。目が回ってきたから、一旦逆方向へバランスを取る。と、私の回っていた先に雷が。危ないセーフ。  土の焦げる匂いがする。私みたいに“ハズレ”の能力じゃどう足掻いたって無理な盤面。  残り一分。  全身の力を振り絞って突進する。ナイフを右手で突き出し、また髪の毛がぴりぴりとするのを感じた。  一瞬。タイミングを合わせる。 「はぁっ!」格好いい掛け声とともにナイフを真横にぶん投げる。  委員長の目が驚きで大きく開かれた。  委員長がその場で体制を崩し、倒れ掛かってくるのと同時に、空を切るナイフに雷が落ちた。  光と音。もちろん私には当たらない。  さあ、スポットライトを浴びてヒーロータイムだ。  私の最大の力を込めた拳が今、打ち出された。