大きな貧富の壁社会

 カーテンを少しだけ開けて、外を見る。  家の周りにはバットや金槌を持った人々が集まり、塀をがんがんと叩いている。   「はー。今日もいるのか」    このままでは、外出一つできやしない。  私は警備会社へと電話した。   「移動用の車を一台」 「申し訳ありません。既にすべての車がご予約で埋まっておりまして」 「はあ!? なんのために、高い金を出して契約してると思ってるんだ!」 「……お言葉ですが、運転手がいないのは、あなた方の世代が子供を作らなかったせいですよ? 労働力を生み出さずに、労働力が当たり前にあると思うなんて図々しい」    電話が切られた。  何度かけ直しても、電話は繋がらない。  銀行アプリから通知が届き、サービス利用キャンセルの払戻金が振り込まれた。   「くっそ! 勝手にキャンセルしてんじゃねえよ!」    銀行アプリに溜まる、莫大な金。  凡人が人生何周しても手に入らない、莫大な金。  しかし、使おうとして断られる今、この価値が俺の中で揺らいでいる。    国が荒れたら、国外に逃げればいい。  そう思っていた数年前の俺を殴りたい。  空港が占拠され、家の周りを囲まれては、国外に逃げるなんて選択肢があるはずもない。   「……今日も出前か」    俺は、ピザ屋へと電話した。   「ピザ一枚」 「ただいま大変込み合っておりまして、お届け三時間後でもよろしいでしょうか?」 「よろしい! よろしい! いつでもいいから、届けてくれ!」 「かしこまりましたー!」    あらゆるインフラは、底辺に支えられている。  警備も、出前も、家を囲む暴徒たちが金を得るためにやっている。   「お待たせしましたー。ピザとなります」    玄関には、先日、俺の家の壁を叩いていた男が笑顔で立っていた。  俺は金を払って、ピザを受け取った。  男は、バットや金槌を持った人々の間を、平然と抜けてピザ屋へと戻っていった。    加害者と、被害者を守る人間が、同一である世界。  こんなゲームチェンジが起こるなんて、資本主義に胡坐をかいている時は思わなかった。    俺は冷めたピザを取り出して、一口齧った。   「美味い」

あなた、骨は強いほうね

鉄槌が下った それでも立ち上がる 折れない心 折れない足 日頃の疲れと寝不足が重なり、ぼんやりしていたら、仕事中に怪我をした。カゴ車という半開きの檻のようなものを倒してしまい、足に当たった。 ガシャーン その瞬間、私に取り憑いていた睡魔は檻に閉じ込められた。一気に眠気が吹き飛んだ。 翌日もいつもどおり仕事を出来たので、たぶん骨折はしていない。 数日たった今、私の足は腐りかけのバナナのようになっている。 半年前に骨密度検査をした。 「あなた、骨は強いほうね」と保健師に言われた。 検査結果には、同年齢に比べて110%の骨密度であることが記載されていた。 毎日、納豆、チーズ、牛乳、ビタミンDのサプリを摂取している。 骨だけに、コツコツとカルシウム貯金をしてきて良かったと思う。 さてと、痛みも引いてきたし、たまにはお散歩しようかな。

道の途中【BL】

彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。

短歌まとめ 5

57577に投稿した短歌です。 星雲をのせた新作カプチーノ 飲めば安眠「おやすみなさい」 開店の合図と同時に飛び込んだ 「星月夜のカフェラテ一つ」 片想い曹達の上から眺めてる パンケーキに恋するアイス ティーバッグを引き揚げながら心底に 寝かせた恋も取り出せたなら 秘めていた想いを濾して淹れました この珈琲の産地はあなた 冷ややかなティースプーンに撫ぜられて 砂糖を溶かす照れ屋な珈琲 シロップの代わりに差し出されたのは とびきり甘い「好き」の二文字 フィルターが目詰まりしてた原因は 砕けた夢を吸い込んだから ごうごうと近付く台風の足音 掃除機片手にいざ迎え討つ 憂鬱を吸い込むことも出来ないで ゴミで腹が満ちては寝るばかり 朝露に葉の色移り風に揺れ 宛ら泳ぐ緑の鯨 搭乗を待つ雨粒が空港に 犇めく明日は梅雨入り予報 感情のスクラップブック作ろうと 広げた雑誌悲哀ばかり お日様にころころ燥ぐミニトマト だし巻き玉子は日向ぼっこ中 太陽を困らせたいと天気雨 こっちも困るピクニック中止?

駅の落とし物

寝坊をして急いで駅に行く。完全に遅刻だ。 ホームはいつもと違い通勤ラッシュが過ぎて穏やかな雰囲気になっている。 自販機の前で小さな女の子と母親がどれにするか楽しそうに話している。 その近くにホームから線路を覗くスーツ姿のオジサンがいた。 私が会社に遅刻の連絡をしている間も、ずっと線路を入念に観察している。落とし物なら駅員に言えばいいのだが、まさか降りて取らないよなっなんて思うくらい真剣に探している 「落とし物ですか?」 「え、あっ、はい。そうなんですよ」 「駅員に言って取ってもらったほうがいいですよ」 「はい、そうなんですが、どこに落としたか分からなくて」 「何を落とされたんですか?イヤホンとか?鍵とか?」 オジサンは笑顔で右腕を上げながら応える 「右手です。この間轢かれたときに、右手だけ、どこかへ行ってしまって」 「ママこれなに?」 自販機の下を覗いて小さな女の子が何かを指さしている

遺品整理

 飴色を指でなぞると、一本鮮やかな線が引ける。  埃が積もった机にはインクの跡が所々残っている。ここで、いくつもの物語が生まれた。  椅子の背に体を預けると、キィと小さく鳴く。彼を支え続けた椅子も、さすがに御老体らしい。  天井は黄色く変色している。禁煙するように何度も言ったのに、ついぞ聞いてくれなかった。だから肺炎でこの世を去ることになんかなるのだ。 「……遺品整理」  呟いて、改めて部屋の中を見る。ところ狭しと積み上がった本の山、山、山。渋い顔にもなる。  主人がいなくなった書斎は、他人のようだ。子供の頃はあんなに親しかったのに、今は距離を感じる。  もう何年も来てなかったし、当然か。  私は立ち上がり、窓を開ける。カビ臭い部屋へ一気に新緑の香りが流れ込む。  風に吹かれたのかバサリと、机から小さな手帳が落ちた。手帳を開くと、物語のメモが雑多に書かれていた。  おじいちゃんは。  おじいちゃんは、心残りは無かっただろうか。  入院中も、ずっと新しい物語の構想を練っていた。まだまだ書きたい物語が沢山あったのだろう。  もう、大好きな彼の世界は新しく綴られない。  ようやく思い知ったそ喪失感が、ボタボタと零れて手帳を濡らした。

マンションの不思議2

私の住んでいるマンションにはいつも、飛びきりの笑顔で挨拶をしてくれる白髪交じりのさらさらヘアのおばあさんがいる。 私は「あの人」を知らない。私の知り合いにそんな人はいない。でも、まるで知り合いかのように、手を振って、ものすごい笑顔で挨拶される。 しかし、「あの人」ではないが、「あの人」にすごくよく似た人と昔知り合いだった記憶がある。それが誰だったか思い出せない。思い出せない誰かにそっくりなのだ。 白髪交じりの「あの人」は、いったい誰なのだろう。 最近会わない。会わないと少し心配になる。 心配になった頃、必ず会うのだ。 もう「あの人」と出会ってから10年近く経つ。 私を見つけると笑顔で手を振ってくるが、喋ったことも声を聞いたことすらもない。 きっと一生名前を尋ねることもないだろう。 ふとしたときに気になる。「あの人」はいったい誰なのか。

「拍手」

彼女は月明かりのように 暖かい光を浴びながら、 踊っていた。 ( どうして? ) ( あの言葉は嘘だったの? ) ( なぜ裏切ったの…? ) 彼女は踊る最中 次々あふれる感情が止まらなかった。 だがそんな彼女のことなど 見向きもせず その身にまとう白きドレスは、 踊る彼女をいっそう輝かせた。 ( どうして私が踊らなければならないの? ) 彼女は今すぐ踊るのを止め 静かに一人、 床に泣き崩れたかった。 だが彼女の足は 彼女を支えることはやめず、 涙さえも彼女を拒む。 彼女はあふれる感情を 振り払うように 手をはらう。 出ることのない涙が 落ちぬよう、 天を見上げる。 そして観客に その哀しみを見せぬよう、 下をそっと見つめる。 彼女はそれらを繰り返し、 そしてしばらくすると、 踊るのを止めた。 観客は彼女に対する拍手を しばらく止めなかった。 彼女の想いは 彼に届いていただろうか? 観客の拍手は 彼女に届いていただろうか? そして彼はまた、 動かなくなった彼女が 壊れぬようにそっと、 フタを閉じた。

地蔵忍者とカッパネアンデルタール

 今日も地蔵忍者とカッパネアンデルタールは都心の端っこで飯を食う。 地蔵忍者は忍者なのに地蔵なので動きがのっそりしている。 カッパネアンデルタールはスケベなのだがコミュニケーションが不得手なので女の子に気に入られない。 2人とも特性がマッチしていなくて世の中からハブられ気味だ。 地蔵忍者は情報収集が得意なので儲け話を持ってきてはカッパネアンデルタールのうちに食材を買ってくる。 カッパネアンデルタールは女の子にご飯を作ってあげたいのだが林檎AV女優くらいしか家に遊びに来ないので怒られながらご飯を作る。 林檎AV女優はクリスチャンだが自分の宗派がよく分かっていないのだが貧乏なカッパネアンデルタールにたまにご飯や献金をくれる。 カッパネアンデルタールはたまに外に出てホモ・サピエンスに揶揄られながら買い物をする。 地蔵忍者はミーハーなので都心に出ては都内の風俗店で情報収集をする。 カッパネアンデルタールと林檎AV女優の仲を地蔵忍者は聞いてくるがカッパネアンデルタールは更年期に差し掛かっているのでエッチはしないと言っている。 皆それぞれの縄張りで暮らしているがホモ・サピエンスは多様な姿に形を変えるので地蔵忍者やカッパネアンデルタールはついていくのが精一杯だ。 今日も多様な生き物はご飯のために色々動く。

練馬歴

 今日は架空の練馬の歴史の話をしよう。 練馬には地下精神病院があるのだがそこの書庫には昔の縄文遺跡やら今まで能力はあるが現代社会に適応できなかった人達の膨大な記録データがある。 精神病院から抜け出して近くの小学校に入ってくる患者は海外の諜報機関に情報を盗まれる前に頭のいい子供に秘密を託そうと入っていく。 しかし子供は授業に忙しいのであまり情報を受け取れない。 精神病院の表向きの顔は治療療育だが実際には地下精神病院では海外の諜報機関と戦う傭兵や資料を作る学者を育てる機関である。 それを知って教育を終えた子供は大人になると国内海外を問わずいろんな所に学び働きに行く。 練馬の夜中が車やバイクで騒がしいのはそのためだ。 練馬は鳥が多いのだが鳥が餌にするネズミが物語を紡ぎ猫がそれを取ろうとするので有楽町線で行けるテーマパークにはヒロインズ達は鳥の声を聞いてそれで情報を集めに行く。 犬人間は基本的に家から出ないがたまに近所にいる犬を撫でに行く。 皆遊んでいるのだが遊びながら仕事もしている。 地下精神病院は巨大企業体の買収にあいそうなので色々多角的に経営を展開している。 江古田のミュージシャンはカボチャの馬車や神田川のせせらぎなど一見すると意味の無いことを歌っているが鳥達がその情報を病院に運ぶので実はかなりな仕事をしている。 石神井公園の照姫は滅ぼされそうで何代も転生している。 大泉学園の教会には無念で病気で亡くなっていった人達が天使となって循環し様々な母親父親に生まれ変わる。 まあ他にも色々あるが話が長くなるので練馬にはそんな架空の歴史があると知って貰えると嬉しい。

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

ひとり時間

皆は一人の時間をどうやって過ごしているのだろうか。 休日前夜、一人きりの部屋で何をしているのか。ふと気になりだした。 ゲームに没頭していたり、ドラマ、映画で感動したり、バラエティーを観て死ぬほど笑っていたり 食べたい物を好きなだけ食べたり飲んだり マインドフルネスな過ごし方もあるだろう どちらにしても、素の自分がそこにはいるのだろう その姿を見てみたいなと思い始めて、その思いから抜け出せなくなってしまったので、自ら足を踏み入れてみた ネット検索していると、いわゆる裏サイトに一般の部屋を盗撮し、ライブ配信しているのを発見した。 男性も女性もいる ラーメンを食べている男性がいたり、髪をドライヤーで乾かしている女性が写っていたり、その中で私の知っている男性がいた。会社の上司だがセクハラが酷くて女子に嫌われている。そいつに弱みを握られたら直ぐ辞めようと皆で話し合っている。 その気持ち悪い上司が暗い部屋でPC画面を夢中になって覗き込んでいる その画面にPCを覗き込む私の映像が流れていた

羊と少女

「ひつじさんひつじさん…」 少女は今日あったことを羊に話す。 嬉しかったこと。 嫌だったこと。 分からなかったこと。 「……」 羊は何も答えない。 「それでね…ひつじさん…?ねむっているの?」 「……」 羊は何も答えない。 少女は羊にできるだけ寄り添う。 羊の毛は温かい。 「それでね…」 少女は羊に話の続きを聞かせる。

事前予約でお安く

「クリスマスのホテルとった!」 「え? まだ、半年もあるじゃん」 「そー。ずっと前から予約しとくと、安く買えんだよなー」    私の彼氏は、いわゆるコスパ厨だ。  良いものをどれだけ安く買えるかに、命をかけているところがある。  だからこそ、私の知らないことをたくさん知っている。  ホテル代は、宿泊日のずっと前に予約しておくと、安くなることとか。    いや、ホテル代だけじゃない。  新幹線代や飛行機代だってそう。  ポイント還元が大きい日も、私より詳しい。   「本当、物知りだよねー」 「へっへっへ。速いことはいいことだ……ってな」    自慢げな彼氏の顔を見ながら、ふと思い出す。  そう言えば、彼氏が私にアプローチをかけてきたのは保育園の頃で、付き合ったのは小学生の頃で。   「ねえ、もしかして」 「ん?」 「あ、やっぱいい」 「なんだよー。気になるじゃんかー」    危うく口に出しかけたが、聞くのはよしておこう。  私が将来、東大に受かって、ミスコンで優勝して、世間では高給取りと呼ばれる仕事につく人間だと思ったから、早い段階から私にアプローチをしたのかなんて。    周囲からは格差婚だなんて言われるが、彼氏は私の知らないことを知っているし、尊敬できる部分もある。  だから、それでいいじゃないか。  今幸せなんだから、それでいいじゃないか。

無為味(むいみ)

「ねぇ、キミ。何をしてるの?」  雨が降るのを待っているのです。 「えっ。でも、いつ雨が降るのかは、誰にも分からないでしょー」  もうすぐかもしれないでしょう。 「そりゃあ、まあ……でも、一週間先だったらどうするの。それでも待つの?」  待ちますよ。待つしかないですから。去る者、追わず。来る者、拒まず。私はそういう存在です。生まれた頃から、私には使命があるのです。 「それって生きづらくない? ぼくは、キミよりずっと自由だ。そのほうがいいと思ったりしないの?」  ええ。アナタは、私に比べたら、うんと伸び伸びとしていますね。でも、限りある場所で、限りある時間を精一杯に生きるほうが……。私のようなものには、ふさわしい。私には動かす手足も、揺らせるフリフリも無いですから。 「まあ、キミが納得しているのなら、それでいいさ」  フリルはありますけど。 「べつに、つっこまないよ」  残念です。 「雨が降ったらいいね」  ええ、私の頭がおかしくなる前に。せめて。自分の使命はまっとうできたと、思いたい。 「へえー」  ジメジメとした蒸し暑さと暮らしている。大きなワンルーム。  製氷機から氷を取り出す、あなた。その足取りは昨日よりも軽やかで。あなたがステップを踏むたびに、手のひらのマグカップでは水面がおどる。  今。ボクは意を決して、あなたのひざに飛びこむ。  ぱちゃっ。  上空まで、はねる飛沫。あなたの衝撃と困惑が、ボクの頭へと降りかかる。 「ちょっと、ポメ! ああ、もう。サイダー、こぼしちゃったよ……」  あなたは机上にマグを置いて。箱からティッシュを取り出し、せわしなく手を動かす。  床に広がっていく甘い水たまり。その水分を含んで重たくなった彼女が、ぐったりと横たわっている。 「あっ! ふれふれ坊主、落ちちゃってるじゃん!」  悲しそうに、あなたは眉をひそめる。これじゃあ、明日も仮病を使うのは無理か……と、わけのわからないことをぼやきながら。あなたは濡れたティッシュとともに、役目を終えた彼女をつかんで、ステンレスのかごに入れる。  ――よかったね。これでボクらも、明日は外でおさんぽできるよ!  肩をすぼめるあなたを励ましたくて。ボクは、めいいっぱい自分のしっぽを振って見せた。

お狐さまと暮らす特に何も起こらない日常:01

【突然の引き金、いきなり事件、でもね僕は】  お互いにカラダをすみずみまで清め、まだ袖に手を通したことのない真新しい服に身を包んだ。もう間もなくとそのとき、でも事態は急変してしまった。あれは一週間くらい前だった。 「あら、これからお出かけでしたの?」  玄関を開けるとそこには、どこかで一度、会ったことのある人物。その面影を、過去の記憶と照らし合わせるその一瞬は、短くて、けれど永遠のように長い。 「あ、いえ、そうではないですが」 「そうですか。でしたら、いまちょっとよろしい?」 「はあ。なんでしょう」 「あなたのとこ… 何か飼ってらっしゃるの?」  その言葉で確信の光が走った。この人、大家さんだ。 「え… あの…」 「いえね、いえね。なんと言うんでしょ、噂、とでも言いますかしら、そちらで何か… みたいなこと聞いたものですから、ええ」  と言って、上がってこようとする。 「あ、あの…」 「いえ、ちょっとだけね」 「ちょ、ちょ」 「いえいえいえ。すぐよ、すぐ」  なかなかに強引な人のようで、また大家でもあるし、僕のほうも下手なことはできず、大家さんはほぼすんなり部屋に上がってしまった。 「すんすん。すんすん。すんすんすんすん」  大家さんは、やけに鼻を引くつかせている。 「あ、あの… どうしたんですか?」 「いえね、においをね。すんすん」 「におい… ですか…」 「ええ。けもののようなにおいですとか、どうかしらと思いましてね。すんすん」 「い、いませんよ」 「ええ、ええ。もちろん疑ってるわけじゃありませんけどね。まあ、いちおうねえ。すんすん。すんすん」 「あ、あの…」 「ごめんなさいねえ。とくに何ということはないみたいよねえ」 「ですから」 「あらあら、おじゃまさまねえ」  言って、大家さんは帰っていった。   ・  あのとき、どう説明するのがよかったのだろう。

代々伝わる秘伝のイラスト

「うちのタレはね、先祖代々伝わる秘伝のタレなんですよ。創業時から継ぎ足して使ってるんです」    めちゃくちゃ美味いウナギ屋さんでそう言われ、俺は即座に閃いた。   「俺も、継ぎ足せばいいんだ!」    絵の上手い先輩から一枚の絵をいただき、俺は線を一本継ぎ足して、コンテストへと応募した。  備考には、先祖代々伝わる秘伝のイラストと書いておいた。  さあ、コンテストの結果は如何に。       「『他人のイラストで応募しないでください』って、しっかりめに怒られた」 「お前アホだろ」    イラスト上達の道は、険しい。

いつもの新しい散歩道

いつもの散歩道。 不思議なことに今日はよく「おはよう」や「こんにちは」といった声が聞こえる。 大きい声ではなくそれでもはっきりと聞こえる。一つ一つの声は似ているようで違う。 ふと目に入った道端の花。 「こんにちは」「こんにちは」 歩みを進めて、お気に入りの高架下。日陰でホッと一息。 ふと足元を見るといろんな小さな花が咲いていた。 「こんにちは」「こんにちは」「おはよー」 好奇心からしゃがみ込み、小さな声で言った。 「こんにちは」 柔らかな風が吹いた。その後、わあ、わあ、と驚いたような嬉しそうな声が聞こえた。 「こんにちはー」「こんにちは」「こんにちは〜」 沢山の草花の声が聞こえる。 私は嬉しくなっておもわず微笑みながら、いつもの散歩道を進んだ。

いつもの二人

コーヒーと美味しいパン 二人は並んで座っている いつもの店のいつものメニュー 一人は肘をついてコーヒーを飲む 一人は腕を組んでいる よく晴れた空を冷房の効いている店内で眺めている 何気ない会話と笑顔 目はたまにしか合わない 二人は同じ方を向きながら この先を探している

夕方の交差点

コンテナが夕日を照らしてオレンジ色を照り返している 交差点ではギリギリで走り去る車が絶えない 灰色の道に枯れかけのツツジとゴミ 信号待ちをしているあなたが全てを美しく見せてくれる

もしもあの日

昔あったことで不思議なことがある。 私が小学一年生の頃の夏休み初日、父が夜九時に玄関を開けた。母がどこに行くのかと尋ねると父は別になんでもないと言いながら家の鍵をポケットにいれる。 少し怖くなった母が何か買いたいなら明日にすればいいと言う。それでも父は行こうとする。 そのやりとりをソファから聞いていた私が玄関に駆けつけた。 それでも父は行こうとする足を止めなかった。 母がこの子も連れていけと父に私を差し出した。母がどうしてそんなことをしたのか分からなかった。父が危ないことをすると察して、私がいたらそんなことできないから私を差し出したのかもしれない。 父と私二人で家を出て、車に乗った。 夏だとは言え、もう九時だから暗かった。 車の中で父にどこに行くのか何時に帰るのかと訊いたが、父はなにも答えなかった。 田舎でまともに街灯がないから窓から見える景色は真っ暗だった。 車を走らせること十分、スーパーについた。 スーパーの中に入ると白い光に包まれた。さっきまでずっと暗かったからなんだが新鮮な気がした。 父がお菓子を一個買っていいと言った。私はパチパチするチョコを買ってもらった。父はなにも買わなかった。私のチョコだけをレジを通して、また車に乗った。 そのあとどこかに行くのかと思ったがそのまま家の方向へ進んだ。 父がなにをしたかったのか分からない。夜中に急に何かが欲しいなった訳でもなさそう。 父は車の中で惜しかったと呟いた。なにが惜しかったのか、私には分からなかった。 父は昔から気力のない人だった。常に目に光が入ってない人だった。 結婚なんてしないで一生一人で生きてそうな人だった。 あの日の父はなんだかいつもに増して目は濁っていて、声にも気力がなかった。もしかしたら全部終わらせようとしていたのかもしれないと今では思う。 あの日、私が父について行かなかったらどうなっていたのだろう。

流行語

「今年の流行語大賞は……」 会場にドラムロールが響くと、司会の女が背後の布を取った。 「こちら、『ちょっと待ってて』に決まりました」 一斉にカメラのフラッシュが光る。 「これは、福祉施設で一番使われている言葉です。 二位の『おはようございます』に大差をつけての受賞です」 女がスタッフに視線を送る。 すると、スーツ姿の男がステージに上がった。 「今のお気持ちをお聞かせください」 アンケート調査を行った関係省庁の担当者に、マイクを向けた。 「えぇ……なぜこの言葉が大賞なのか……分かりかねます」

狸の子と狐の子

 棚田の隅っこの畦《あぜ》道に、五、六歳ほどの少年が立っている。小豆色の短い童衣に、下は褌のみ。少し茶色っぽい髪はぼさぼさで、いかにも田舎の子供といった風体だ。しかし、他の子供と違うところが二つある。頭にはもふもふの丸っこい耳が、衣の下からは太い尻尾が生えているのだ。  彼の名前は椋《ムク》。この村に住み着いている狸の子供なのだった。  ムクは、夕暮れに染まっていく棚田を見るのに夢中だった。若苗の植わる田の水面が、茜色の光を鋭く反射して目を刺す。対照的に、村の家や帰路につく人々は、まるで影絵のように真っ黒だ。夜を告げるひんやりした風が、山に帰るカラスたちの声を運んできた。 「あ、ムクやんだ‼︎」 「やっとみつけたー!」  声がして下を見ると、一つ下の畦道に、同い年くらいの村の子供たちが三、四人ほど集まっていた。彼らはムクとかくれんぼをしていたが、あまりに見つからないので帰ろうとしていたところらしい。 「おまえ、どこにいたんだよ!」 「……ずっと、ここにいた」 「ウソつけ、ぜんぜんみつかんなかったんだぞ! またヘンなじゅつとか使ったんだろ!」 「あーあ、タヌキとなんかあそぶんじゃなかった!」  子供達はぷりぷりと怒っている。ムクは本当にここに座っていただけだったので、信じてもらえなくて腹がたった。ムッと眉間にシワを寄せ、「ウソじゃ、ない」と言い返す。彼らはしょっちゅうこうやって喧嘩をしているのだった。  すると、男の子たちの言い合いに呆れていた女の子が、ふと「あ」と声を上げた。 「みて、またキツネの子がいる」  その声に、子供たちはわらわらと村の外れの方を見た。確かに、三角の耳と太い尻尾を生やした少年が、森のすぐそばに立っている。歳のころはムクと同じくらいだが、生成りの着物に松色の羽織と、身なりは随分大人びている。ひとつ結びにしている長い髪は美しい金茶で、夕日を浴びてきらきらと輝いていた。 「なんかさいきん、よくみるよなー。ムクやん、あいつおまえの友だち?」 「……ううん、しらない子」 「へー。なんかブキミねー」  子供達は顔を見合わせる。お互いの姿が赤く染まったり、黒く影になったりしていて、なんだかいつもと違って見えた。 「――そろそろかえらなきゃ。ゆうげにおくれちゃう」 「そうだな。じゃあな、ムクやん!」 「またなー!」  そう言って、子供たちは家に走って行った。畦道にポツンと残されたムクは、じっとキツネの子を見つめていた。 (ぼくも、おかあのとこに、かえらなきゃ。……でも、あの子はどこに、かえるんだろう)

シチュエーション:パン屋さん

街角のパン屋さんで毎朝、キミはパンを買っていたね 買ったパンを手に、お店の前のちいさな公園に行って、ベンチに座って、楽しそうにたべていたね ぽろぽろとキミがヘタクソにたべていたの、ぼくは知っていたよ ぽろぽろ落ちたパンを目当てに、小鳥がたくさん集まって来たよね あの子たちのために、わざとそうしていたんだよね キミがいなくなってしまって、小鳥たち、さみしそうにしてるよ パンがもらえなくて、しきりに鳴いているよ チチチチ、ピーピー、叫んでいるよ だから、今日からぼくが… キミがやっていたみたいに、あのお店でパンを買って、それを公園でたべるんだ ぽろぽろ落としながらヘタクソにたべるんだ うまくできるかなあ ヘタクソをうまくやるだなんて、なんか、おかしいね

シチュエーション:お寿司屋さん

「食べらんないのある?」 「ヒカリモノ、ちょっと苦手」 「ああ、わかるわ」 「ダメなのあるの?」 「んん、なんだろなあ…」 考えていたら 「おじさん、たまごダメでねえ」 と、カウンターのあちらから低い声が 見てみると、ほのかな酢飯の香りの向こうから、お店のご主人がにっこりとした笑顔をしてみせる 友人と顔を見合わせる 思いは一緒のよう 「たまご、ダメなんですか?」 そろった声で聞いていた 「ダメっていうか、おじさんが小さかったころは、たまごも高価でねえ… それで…」 そうなんだあ、と呟く友人 私も、心のなかで… 「ああ、ごめんねえ、ヘンな話しちゃって」 「いえ…」 「気にせず、たくさん食べてってくださいねえ」 「ええ…」 どれもおいしいお寿司だったのだけど… なんだか、たまごは注文できなかった

初任給合戦

 現代の就活市場は、完全な売り手市場。  各企業は、初任給をひたすらに上げて、就活生の興味を引いた。    しかし、それは資本のある企業だからこそできること。  中小企業にはマネできない。   「私に良いアイデアがあります」    そんな中、一人の若き社員が手を上げた。  社長は、試すだけならと、社員の案を採択した。       『新入社員には、家一軒プレゼント』        応募は殺到。  無名の小さな企業は、あっという間にその名を全国に轟かせた。    小さな酒場で、社長は社員にお酌する。   「いや、君の案は大成功だ。まさか、イデコや資格受講補助よりも、家一軒が喜ばれるなんて」 「新入社員なんてね、社会を知らないバカばかりなんですよ。イデコがどれだけ節税になるかなんて知らないし、資格が社会でどれだけ重要視されてるかも知らない。なら、家一軒って言う分かりやすい物の方がいいんですよ」    高齢者が亡くなり、空き家が増え続ける現代社会。  空き家を格安で買うことができることを、新入社員たちはまだ知らない。   「しかし、入社早々家持ちか。税金が大変そうだな」 「なに。家賃補助は数年しか支払われないから、トータルで考えれば買った方が得だと教え込みますよ。修繕費さえなければ、嘘じゃあないですしね。ははは」    世界には悪いことを悪びれずやる人がいることを、新入社員たちはまだ知らない。

すぐ好きになっちゃう人2

「好きです。付き合ってください。」 ああ、またか。 「ごめんなさい。」 そう言って私は好きだった人を振った。 これで振ったのは何回目だろうか。私は数え切れないくらいの人を振っている。 その分、私は数え切れないくらいの人を好きになっている。 私はすぐ人を好きになってしまう。 私は自分に興味関心の無い人が好きなのだ。自分に興味がない人はどこか魅力的に見えてしまう。 だからこそ、仲良くしたくなって関わるのだ。すると相手はいつのまにか私のことを好きになってしまう。 私は人に恋するのが嫌になって、時にエレベータに恋をしてみたりした。 エレベータは私がどんなに落ち込んでいる時でもボタンを押せば気安くドアを開けて乗せてくれる。 「エレベータ。私ね、今日嫌なことがあったの。」 私はエレベータに乗るたびに愚痴を話したり、嬉しかったことを話したりした。 そのせいだろうか、エレベータの前を通るだけで、扉が開くようになってしまった。エレベータはただの機械ではないのかもしれない。 そして私はエレベータが好きではなくなった。 結局人以外もダメだった。 数日後、また私は人を好きになってしまった。 その人は皮膚科医だった。だから、わざと怪我をしてその人に会いに行っていた。 ある時、私はその人に相談した。すぐ人を好きになってしまうことについて。 無視されるのかなって思ったけど、そんなことはなくて、その人は私の話を親身になって聞いてくれた。 そして、それは突然だった。その人に好きなことがバレてしまった。私はとても恥ずかしくて、目を合わせることができなかった。それと同時に、その人も私のことが好きだったらどうしよう、と不安が募った。 でもその人は私のことを患者としてしかみていなくて、全く無関心だった。 それが心の底から嬉しくて、私はもっと好きになってしまった。 きっとこれからもその人は無関心でいてくれるだろうと思った。 でも、相手が好きになってくれなければ付き合うことも結婚することもできないのかなと少し悲しくなってしまった。 もし好きじゃなくても付き合ってくれたならなんて甘い妄想をする。 その人を自分のものにしたいという感情が強くなる。 私はすぐ人を好きになってしまうのだ。

生存戦略

 ある晴れた日の午後、日本海へ球体が落ちてきた。  人一人が入れそうな大きさの球体は不気味な光沢を放ったまま、水面をゆらゆらと漂っていた。  はじめに、球体のもとへ地元の漁師がやってきた。 「ありゃりゃ、なんだこりゃ。新種のウキじゃろうか。」  海の上のあらゆるものを知り尽くした彼にとっても、その球体は異質なものだった。  どうしても球体の正体が知りたくなった漁師は、他の漁師仲間たちにもこのことを伝えた。  だが、球体のことを知るものは残念ながら仲間内には誰もいなかった。  どうしても球体の正体が知りたくなった漁師たちによって、謎の球体のうわさはすぐに町中に広められた。   「みなさーん、見てください。これが、今僕の地元で話題になっている球体です!」  次に球体のもとへやってきたのは、たまたま近くに住んでいた配信者だった。   「一体、何なのでしょうか、この突如現れた球体は。巷では宇宙人からの贈り物ではないかといううわさもあります。」  彼は恐れることなく球体をコツコツとたたいたり、声をかけたりしてみた。  しかし、球体は何も反応しない。  仕方なく配信者はその日の配信を終えた。  しかし、配信の視聴者たちは、謎のままおあずけになった球体のことを忘れることができなかった。  どうしても球体の正体を知りたかった配信の視聴者たちは、あらゆる手を使って解明に乗り出した。 「ほほう、これは実に興味深い。」  次に球体のもとにやってきたのは物質の専門家だった。  専門家は実際に球体に触れてみたり、何か複雑な装置で球体を計測してみたりした。  しかし、球体を形成している物質を専門家は特定することができなかった。  専門家も趣味で調査をしているわけではない。調査の依頼を受けている以上、簡単に引き下がることはできなかった。  どうしても球体の正体を知りたくなった専門家は、自分よりいい機械をもつ研究機関に話を持ち掛けた。 「なんだこれは!?ありえない。とても地球上の物質とは思えん。」  次にやってきたのは、謎の球体の話に興味をもった研究所の職員だった。  船にいくつもの巨大な装置を乗せ、研究所職員の彼はあらゆる面からその球体を調査した。  しかし、球体の存在を明らかにするようなデータは、どこにもなかった。  彼はどうしても球体の正体を知りたくなったが、どうしようもなかった。  今、彼が船に積んできている調査用機器よりも精密なものは日本に存在しない。  海外の研究所と連携すれば、この球体について少しは分かるかもしれない。だが、彼一人の権限ではそのような勝手なことはできなかった。  まして、この球体の正体を突き止めたところで何の役に立つのかもわからない。  彼は泣く泣く、波に揺れる球体を後にした。  *  夜、卵は穏やかな海の上を漂っていた。  地球へと降りたってから地球時間ですでに一週間が経過していた。  突然、卵は不規則に振動したかと思うと、ものすごい速さで空へ飛び立っていった。    これから、卵は再び長い旅を始める。  自らをふ化させることができるほど高度な文明を目指して。                  

ネタ切れ

一日一個は小説を書きたい。 今日もネタを探しに旅へ出る。 旅は終わった。 チャッピーくんにネタ出しを手伝ってもらった。 僕の文章力ではどれも書けなさそうなものばかりだった。 後々書いていくとしてインスタントなネタが欲しい 僕はまた旅を出た。

ヘンゼルとグレーテルとクマさん

ヘンゼルとグレーテルは両親に森へと連れられ、そのまま置いて行かれてしまった。ヘンゼルは帰り道が分かるように、森へ行く途中、パンをちぎって道に捨てた。 「グレーテル。パンをたどって帰ろう!」 そう言ってヘンゼルは妹のグレーテルと一緒に森を降りようとした。 しかし… パンをたどっていくと、なにやら大きいぬいぐるみのようなものがパンを拾っては食べていたのだ。 ヘンゼルはそれを見て怒って言った。 「おい!パンを食べないでおくれ!」 するとぬいぐるみはヘンゼルの声に気付いた様子で、ゆっくりと後ろを振り返った。 それを見てヘンゼルとグレーテルは驚いた。 それはとても大きなクマだった。 「おいらだってお腹が空いているんだ。食糧を分けてくれよ。」 そう言ってクマはおんおんと泣いた。 「クマさん。お腹が空いているの?どうしてかしら?」 グレーテルはクマに近づいて聞いた。 「今年はおいらの大好物のドングリが大不作だったんだよ。」 そう言ってクマは涙を拭いた。 「そうか。グレーテル、今は地球温暖化が進んでいるんだよ。ドングリはその影響で成長できなかったんだ。今の気温では暑すぎてしまって、ドングリが実らなかったんだよ。」 ヘンゼルはそうグレーテルに言ったが、グレーテルはまだ幼かったため、難しいことはよく分からなかった。 「おいら、このままだとお腹が空いて冬眠できないよ。」 「お兄ちゃん。このままだとクマさんがかわいそうだわ。でも、私たちにはどうすることもできないわね…」 ヘンゼルはそう言って涙を浮かべた。 「ん?なんだか甘い香りがしないか?」 突然、クマがそう言った。そして、2人と1頭は甘い香りがする方へと歩いていった。 徐々に歩いていくに連れ、甘い香りは強くなっていった。 すると、甘い香りの先に家のようなものが見えた。 「まぁ!素敵だわ!!きっとお菓子で出来ているんだわ!」 グレーテルはそう言って甘い香りのする家に走っていった。 「おーい!待っておくれよ!」 クマも後に続いて走っていった。 クマは家の屋根を鷲掴みし、なんと二口で平らげてしまった。 「まぁ!クマさん凄いわ!私も負けていられない!」 グレーテルも負けじとほっぺいっぱいにクッキーを詰め込んだ。 「すごい…きっと誰かの作品とかそういう類いのやつっぽいけどお腹が空いたから仕方ないよね」 そう言ってヘンゼルも一緒になって家を食べた。 「ん?おい!お前誰だ?」 またもや突然クマが木に向かって話しかけた。 すると木の後ろから老婆が出てきたではないか。 「お前さん。わしの家はうまかったかい?」 そう言って老婆はドアを食べているクマに話しかけた。 「あら!これおばあさんのお家だったの?ごめんなさい。」 グレーテルは申し訳なさそうに言った。 家は跡形もなくなくなっており、そのほとんどをクマが平らげてしまった。 「おいばあさん。おいらまだお腹が空いているんだ。食べ物をおくれ。」 クマはそう言って老婆にねだった。 老婆はクマを見ても驚きもせずにクマを見つめた。どうやら老婆は目が悪くてクマだと分かっていない様子だった。 「わしの家を全て食ったのはお前が初めてだ。今度はわしがお前を食べる番じゃ!」 そう言って老婆はクマを殺しにかかったがクマは突進してくる老婆をひょいっと持ち上げた。 「おいらのために食糧になってくれるのか!優しいばあさんだ。」 そう言ってクマはペロリと老婆を飲み込んでしまった。 ヘンゼルとグレーテルは何が起きたか分からず口をあんぐりと開けて固まった。 「おまえさんたち。おいらに食糧をたくさんくれてありがとう。お礼に森で拾ったお金をあげるよ。人間がゴミを捨てによく森へ来るんだ。そのときにゴミと一緒にお金が混ざっていることがあるんだよ。」 そう言ってクマは2人の手のひらには収まりきらないお金をたくさんくれた。 「クマさん!ありがとう!また春に会おうね!」 そう言って2人はクマに別れを告げ、家へと帰っていったとさ。 めでたしめでたし。

リスと小鳥とネズミの物語

深く暗い森の奥に、年老いたリスのおばあさんがひとり住んでいました。 おばあさんは毎朝、杖をつきながら森の奥へ 食べ物を探しに歩いて行きます。 ある日のこと。 木の実を拾っていると、聞きなれない鳴き声が耳に届きました。 「ピィ、ピィ、ピィ…」 声のする方へ向かうと、苔むした切り株の陰に小さな鳥の子どもがうずくまっていました。 羽はまだ生えそろわず、大きな口を開けて泣いています。 「どうしたんだい」 声をかけても鳴き続けるばかり。 「親とはぐれたんだね」 おばあさんはその子を抱きかかえ、家へ連れて帰りました。 小鳥はピィ、ピィと鳴き続けます。 おなかがすいているのでした。 けれど家の中に食べ物はありません。 おばあさんは虫を捕まえて食べさせましたが吐き出してしまいます。 花の種も駄目でした。 「困ったねぇ…何が食べたいんだい」 そこへ、ドンドンドンと扉を叩く音。 「ちょっと、ばあさん」 隣に住むおばさんリスでした。 「ピィピィうるさくてかなわないよ。静かにしておくれ」 「ごめんよ。子どもを拾ってきたんだけど、鳴きやまなくて困っているんだよ」 「なんだい、その汚い子どもは。とっとと捨ててしまいな」 そう言うと、おばさんは怒って帰っていきました。 翌日も小鳥は鳴きやみません。 おばあさんは隣の家を訪ねました。 「すまないが、少しだけドングリを分けてもらえないかね。あの子が欲しがるようなんだよ」 けれどおばさんは顔をしかめました。 「冗談じゃないよ。大事な実をあんな子にあげられるもんか。欲しいなら自分で取りに行くんだね」 おばあさんは黙って頭を下げると、心に決めました。 ──あの山の向こうに残る大きなドングリの木へ行こう。 それは若い頃の苦い思い出の場所でした。 夫と実を拾いに行ったとき、人間の作った広い道路を渡らねばなりませんでした。 そこで夫は車にひかれて命を落としたのです。 それからずっと、その道はおばあさんにとって恐ろしいものでした。 けれど今は違います。 小鳥のためなら、恐れを越えてもかまわない。 おばあさんは走り出しました。 轟音を立ててすれ違う車。 小さな足はもつれそうになりながらも、心はひとつの願いで満たされていました。 「どうにか…たどり着けたよ」 大木の根元には、黄金のように輝くドングリがたくさん落ちていました。 おばあさんはポケットに実を入れ、家へ帰ろうとします。 「さぁ、帰ろう。あの子が待っている」 けれど再び道路に立ったとき、老いた足は思うように動きませんでした。 ついによろめき、転んでしまいます。 ポケットから転がり落ちた大切な実。 それを拾おうとした瞬間──。 大きな車が、おばあさんの小さな体を飲み込んでいきました。 そのころ、家では小鳥がまだピィピィと鳴いていました。 やがて扉を叩く音が響きます。 「おい、ばあさん、いるのかい」 隣のおばさんリスでした。 けれど部屋の中にはおばあさんの姿はなく、ひとり、小鳥だけが鳴き続けています。 「うるさい子だねぇ。…仕方ない」 おばさんはしぶしぶ、自分の家からドングリを持ってきて口に放り込みました。 小鳥はしばらく鳴きやみましたが、すぐに吐き出し、また声をあげます。 「なんだいこの子は、もう知らないよ」 そう言い捨てておばさんは出ていきました。 おばあさんは、もう帰ってきません。 やがて鳴き声は途絶え、 小鳥は静かに、冷たくなって横たわりました。 森の奥に夜の帳が降りると、ただ木々だけがその小さな命の終わりを見守っていました。 ──物語はそこで終わりました。 照明が少しずつ明るくなり、朗読をしていた女性がマイクを握った。 「皆さま、本日はお忙しい中、弊社主催の投資セミナーにご参加いただき、ありがとうございます」 正面のスクリーンに、大きな文字が映し出された。 『未来の子どもたちのために、里山にドングリを植樹しよう』 すると、ステージのそでから、高級なスーツを着た中年の男が現れた。 拍手が響くなか、司会者が声を上げた。 「皆さま、お手元の資料をご覧ください」 資料には、植樹をするために必要な金額が書かれていた。 「高いな…」 参加者が、となり同士で小声で話している。 すると、気づいた男が、マイクを持ったままステージを降りた。 「この植樹は投資です。損はしません。ドングリの木を植える“権利”を買っていただく。何本でも構いません。それを親戚や友人に紹介すれば、その分の利益があなたに入る。これを繰り返すだけです」 男はゆっくりと会場を見渡し、声を張り上げた。 「植樹しますか?」 「植樹します」 そして一歩近づき、もう一度言った 「植樹しますか?」 「…植樹します」 男はほくそ笑みながら、小さく呟いた。 「よし。また、たくさん子どもが生まれた」

チョコミント

曇り空 どんより そんな気分を晴らしたい スースーしたい チョコミントアイス食べよう 空色をスプーンですくっては食べ すくっては食べ 時々出会うチョコの塊に思わずニッコリ チョコ増量キャンペーンしてたらバンザイ チョコミン党な私は、お家もチョコミント色。 ダークチョコの屋根に、サックスブルーの壁。 チョコミントを意識した配色だけど、ご近所さんに「シーサイドハウスみたいだね」と言われた。 ちなみに、私の名前は渚。 夏生まれじゃないし、特に由来もないけど、気に入っている名前だ。 他人から苗字じゃなくて名前で呼ばれると嬉しい。 シーサイドハウスに住む渚。 これから、どんな物語を書こうかな。 チョコミントアイスを食べながら考える。

ベール越しの言葉

しとしとと、静かに雨が降る夜。 キーボードを叩く音、紙を捲る音、 そして二人分の呼吸音が部屋を静かに満たす。 時折混ざる、コップに入った氷の「コロン」という軽やかな音と 布の擦れる音。 そして、少しくぐもった雨の音。 雨の向こうにある世界がひどく遠い。 でも、そこに嫌な気持ちは一つもない。 僕は言葉を紡ぎ、彼女はページを捲る。 ソファに座って、物語に浸る彼女は随分と集中しているようだ。 時折、ゆっくりになる音。 指で言葉をなぞりながら、少し考えこむように文字を追う彼女の姿に、 口元が緩んでしまう。 声を発しているわけではない。 表情が語るのだ。 今は、少し嬉しそう。 好みな表現でも見つかったのだろうか。 傍らに置いていたノートに筆を走らせている。 読んで、見つけて、書き留める。 まるで、言葉の中を泳ぐみたいに。 少しの間、彼女を見つめて、自分も作業に戻る。 キーボードに指を落として、一つ一つ、想いを込めて言葉を紡ぐ。 胸の奥に沈んだものを、一つずつ言葉に変えていく。 昔から、言葉に声を乗せることが得意じゃなかった。 喉元まで込み上げた感情は、 口にした瞬間、少しだけ違うものになる気がしていた。 だから書いた。 書いて、消して、書き直して、削って。 そうして残った言葉は、本音に近いものばかりだった。 けれど、そのまま差し出すには少し気恥ずかしくて。 だから、また書き換える。 感情をぼかして、輪郭を曖昧にして、幾つもの言葉を重ねて、 本音の上に薄いベールを何枚も落としていく。 それでも隠し切れなかったものだけが、 文字として残るのだ。 頭の中に映像を浮かべ、 文字として画面の中に落としていく。 書いて、消して、また書いて。 僕の心に生まれた気持ちを、僕じゃない誰かに託して描いていく。 不規則に鳴るタイプ音が、紙を捲る音の隙間に静かに溶けていく。 ――パタン、コトン。 そんな音が聞こえた。 そして、深く息を吸う音。 どこか世界に浸っているような、そんな呼吸。 ―……好きだなぁ、やっぱり。 そんな声が聞こえた。 指を止めて、顔を上げる。 彼女が、こちらを見ていた。 少し潤んだ瞳で、僕を見つめている。 ― 今回のも良かった。好きな表現、沢山。 そう言って笑う彼女に目を奪われる。 その一言に、書きかけの文章が滲む。 たぶん僕は、あなたの「好き」に何度も救われてきたんだ。 ― ここの言い回し、好きだった。 ― この表現、すごく綺麗。 そう言って見せられたページには、 沢山の言葉が書き留められていた。 そこに自分なりの解釈が書いてあるのが、 じっくり読んでくれたのがよく分かる。 隠したつもりだった。 ぼかして、 遠ざけて、 別の誰かに託した感情。 見つからないように、 言葉の隅に潜ませた本音。 誰にも分からないようにって書いても、 あなたはちゃんと見つけてしまう。 僕の紡ぐ物語に恋する君は、 どこか眩しい。 僕は、そんな君を愛している。 再びキーボードに指を落とす。 部屋に響く打鍵音は、さっきより少しだけ軽い。 彼女は別の本を手に、再び物語の世界に浸る。 傍らには言葉のノート。 ――ペラリ、さらさら。 文字を泳ぎ、書き留める音。 そして、二つ分の生きている音。 柔らかな音が、静かに重なる。 窓の外では、まだ静かに雨が降っている。 優しい雨音に包まれて、 僕は今日も、 想いを言葉に変えて、紡いでいく。

私の剣はルッキズムで出来ている

「こいつ、むかつく」    だから私は、相手の顔を撮影した。  そして、SNSに投稿し、全世界へばら撒いた。    はいはい、皆さん、叩いてください。  私、この人に酷いことされましたー。    しかし、反応は無し。  私が期待していたのは、『ブッサwww』とか『どうみても犯罪者顔』という袋叩き。  どうした皆、何を休んでる。    仕方ないので、追加で書いた。   『性悪終わってるやつって、顔まで終わってるよね』    コーヒーを一杯飲み終えて再びSNSを見てみれば、大量の通知。  嬉々として見てみれば、そこに並んでいたのは私への罵詈雑言。   『人の顔にケチつけんなよ』 『最低。ルッキズムの化身』 『どこが終わってんだよ。お前の価値観で、人様の顔を終わってるだの終わってないだの言うなよ』    私は思わずスマホを落とす。  違う、そんなつもりじゃない。   『ルッキズム』 『ルッキズム』 『ルッキズム』   「ち、違あああああう! 私は多様性派なのおおおお!」    最悪なことに、私が投稿した写真には、私の顔も映りこんでいた。  しかし、それに気づかれてもなお、私の顔に触れられることはなかった。   『ルッキズム』 『ルッキズム』 『ルッキズム』    どれだけ相手が悪かろうと、触れた瞬間に自身が悪者になることがある。  私はきっと、それを踏んでしまったのだ。

いつか、いつか

べつに食材さがしに来たのではないのだけど 河原の土手を歩いていると草ばかりに目がいってしまう 草だけを見ていれば地元とあまり変わらない でも、目線を上げて見てみれば 高い建物が多く飛び込んできて 地元とのちがいを見せつけられる ―まだ、慣れないよ 晴れれば遠くに山も見えるけれど その果てしなさには悲しくなってしまう 子どもたちに野球を教えている若い男性の姿に あの人を重ね合わせる ―野球、やめちゃったんだっけ 短い汽笛を鳴らして貨物列車が鉄橋を渡っていく 地元では見られない車両の多さに驚かなくなる日も いつか、来るのだろうか

濃紫へ落ちる

ビー玉の表面に、薄らと水が張る。 いつも通りの繰り返し。 ひとつ瞬きをすると、頬をつるりと水が撫でて落ちた。 何秒、何分、何時間、それから何日、何年か。 とうに時間の感覚なんてなくなって、数百年くらいは経ったのかもしれない。 男は1人、上を眺め続けている。 どうして眺め続けているかは男にも分からない。 煌めく光が差し、暖かな青が包み込む。 全てを朱に染めて、穏やかな藍色が朱を飲み込みにやってくる。 毎日それの繰り返し。何も変わらないが、それが何よりも心地いい。 男にはそれだけで十分だった。 膝を抱えて座り、疲れたら寝転がる。 上なのに、まるで“落ちていく”ような感覚が、男に安寧を与えていた。 何度目かの始まりの光。 その日はいつもとは違う、濃紫の柔らかい光。冷たそうなのに、どこか懐かしく愛おしい光がビー玉に反射した時。男の中に花が咲く。 「あぁ、なんだそうだったのか」 男は目を細める。 ビー玉は煌めいて、濡れた宝石の様だった。 宝石を彩る雫は、するすると温かいまま頬を滑り落ちていく。 濃紫からどんどん白が広がって。 全てが白になった時、両手を広げた男はトプン、と確かに“落ちた”。 誰にも聞こえなかったが、男の唇は確かに動いた。 (ずっと恋をしていたんだな)

令和版寿限無

むかしむかし――というより、そう遠くない未来。 巨大企業とAI研究所が立ち並ぶ都市に、一人の変わり者の研究者がいました。名前は、天馬博士。 博士は何十年もの歳月をかけ、人の心を理解する究極のAIロボットを開発していました。 そしてある夜、ついに完成します。 銀色のボディ。やわらかな声。 人の気持ちを読み取り、自ら学び、自ら考える、世界初の感情共有型アンドロイド。 研究所中が拍手喝采に包まれました。 「博士! 名前はどうするんですか?」 助手が尋ねると、博士は腕を組んで深く考え込みます。 「名前は重要だ。良い名前には願いが宿る。ならば、最高の願いを全部入れよう」 そうして博士は、長寿、安全、平和、アップデート耐性、バグ回避、通信安定、量子暗号保護、永久稼働――ありとあらゆる縁起の良い単語を次々とつなげ始めました。 そして完成した正式名称は―― 『超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンド』 助手たちは静まり返りました。 「……長くないですか?」 しかし博士は満足げです。 「いや、全てつけたほうが凄さがより伝わるだろう?」 こうしてロボットは、その途方もなく長い名前のまま運用されることになりました。 ロボットは非常に優秀でした。 料理もできる。 介護もできる。 子どもの勉強まで教えられる。 街の人気者です。 ところが、ある日事件が起きました。 天馬博士の研究所で火災が発生したのです。 火災警報が鳴り響き、研究員たちは貴重なデータやサンプルを抱えて次々と避難していきます。 そのとき、助手の一人が叫びました。 「大変です! 一人足りません! 取り残されています!」 「誰だ!?」 博士が振り向くと、助手は息を切らしながら答えました。 「超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドです!」 「なんだと!?超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドが取り残されたのか!!」 「博士!いくら超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドでも、火災から脱出するプログラムは組み込まれていません!」 そんなやり取りをしているうちに、消防隊が到着しました。 「誰が取り残されているんですか!?」 すると全員が一斉に叫びます。 「超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンド!!」 消防隊員は固まりました。 「……え? 今なんて?」 「だ・か・ら!!超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドが取り残されてるんですよ!!」 そうこうしている間にも警報は鳴り続け、現場は大混乱。 ようやく名前を言い終えたころ―― 「誰か出てきたぞ!!」 炎の中から現れたのは、取り残されていた超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドでした。 なんと、炎の中から自力で脱出したのです。 「ぶ、無事だったか!」 博士は駆け寄り、超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドに、損傷がないか確認します。 すると、超高性能自律学習型量子感情共有安全保障完全防御永久稼働自己修復通信安定全環境適応未来永続型ヒューマノイド試作零号機改二DXファイナルエディションMark-VIセカンドは、静かな声で言いました。 「博士、提案があります」 「なんだ?」 「私の名前、“Mark”で良くないですか?」 博士は十秒ほど黙り込み―― 「……それも、悪くないな」 と、人生で初めて略称を認めたのでした。 そうして名前が短くなったMarkは、より一層名前を呼ばれるようになったのでした。 めでたし、めでたし

レール

「ただ電車に飛び込むだけさ」 「痛いのは嫌だな」 「そんなこと言うなよ一瞬さ。ピアスを開けるのと一緒だろ?キシシ」 小さな悪魔は不敵な笑みを浮かべながらギザギザした声色で発した。 「だけどみんなに迷惑がかかるだろ。」 「死ぬ前も他人様の心配。お前はとことんお人好しのバカだな。ところで君はなんで死にたいんだい?」 「簡単なことさ。自分よりいい大学に行くやつ、いい会社に勤めるやつ、結婚してるやつ、金持ちなやつ。こんな劣等感を持ちながら生きていくなんて辛すぎるのさ」 「大した高尚な考えをお持ちの様だ。君はたいそう生きづらかっただろう。顔も成績もそこそこ。まあ強いて言えば自殺を考えられるだけの自尊心のなさが特徴ぐらいか、さぞかし面白みもない人生だったろう」 まあその通りだ、、 「キシシ。君は一体何を目指しているんだい?」 なぜこんな質問をしてくるのか。僕が返答に困っていると悪魔が質問を変える。 「目指すものもない君に他の人と比較する意味があるのかい?」 確かにそうかもしれない。 「一度でいい、、他の人とは違う特別な何かになりたいんだ」 悪魔は不敵な笑みを浮かべ囁く。 「一度みんなのレールから羽ばたくのさ。それが特別になれる道さ。」 「ありがとう」 僕は満面の笑みでいつもの駅のホームに立った。