この町は、日本屈指の心霊現象が起きる町として知られている。 道行く住人に話を聞けば、全員が心霊現象の経験者だと言うだろう。 「金縛りってあったことある? 本当に体が動かなくなるのよ!」 「手を振った白い影が、家にだんだん近づいて来てな」 「ほら見て、この写真。この部分に人の顔のような物が映ってるでしょ?」 なら、町から出ればいいじゃないかというと、彼らは突然真顔になる。 じっとこちらを見つめ、言葉を一つも発さなくなる。 まるで、何かの意思が働いているかのように。 「オッケー。合格」 俺は手を叩いて、訓練終了の合図をした。 すると住人たちは、表情を崩した。 「これからも、練習を欠かさない様に」 この町は、日本屈指の心霊現象が起きる町として知られている。 何故なら、住人全員がうちの従業員で、心霊現象の経験者として振舞う業務を請け負っているからだ。 心霊現象が起きる町は、社会の歯車たちによって回っている。
わたしが提案しました「ユタンポ」というタイトル、ただギャップを狙っただけではなかったわけですが、作者さまには安易に提案したと透けて見えてしまったのか「とってもアホっぽくてステキですわね」とのひと言まで頂戴いたしました。 ご指摘のとおり、そのあたりの時期、田山花袋の作品を読んでおりました。「ユタンポ」の提案についても花袋に引っ張られてのことと、こちらとしても当然、認識があります。そのことで、ますますもって安易だと感じられたのも、やはり、いま考えますと無理のないことかなと。花袋を意識していなかったとしても、受け入れられていないようにも思いましたし。 あの作品、花袋を意識してなんていないのでしょうか? 紹介文や解説文を掲載しないように申し出をされてきたのは、花袋との関連にふれられるのを嫌ったためでしょうか? もちろん、そのあたりにはふれるつもりでおりましたから、流石ですとしか。 わたしが安易に「ユタンポ」などと不用意な提案をせずにいましたら、あの作品は「誓い」というタイトルで掲載されていたのは確かなことです。自分でしでかしたこととはいえ残念でなりませんが「ユタンポ」などと提案してくるようなところに、ご自身の作品を預けるなどということは到底できない、そう思われてしまうのも致し方ないように感じます。作品の取り下げ、掲載をしないことも、もちろん、こちらとしては受け入れるつもりです。 そもそも掲載にはこだわっていないご様子、ある程度、認められればそれでいいというスタンスなのでしょうか。あなたのやっていることの方向性は、間違ったものではないと考えます。とはいえ「ユタンポ」などと提案してしまうような人物の見解です、信用に値するとも思えないのでしょうが。 あなたからの数々のお言葉、いまもって胸にきつく残っております。そのすべてを忘れず、今後も編集作業を続けてまいろうとの決意でおります。残念な思いをさせることになってしまい、まことに申し訳ないことと深く感じております。今後のご活躍をお祈りいたしております。
足音を立てて廃墟を練り歩く 壁に絡みつくツタ植物の緑色に年季を感じる 手に持ったライトが細々しい灯りで私の影を作り出す 心細くは無い 歩幅は大きく・人影も長く 怖がらせようとする雰囲気に唾を吐く なんだか心が着地する感覚がした コンクリートは薄汚れて 燃料のこぼれたランプが寝転がっていた 誰かの痕跡が私の成れの果てを教えているようだった 足音を立てて影と共に廃墟を練り歩く 足首に絡みつく靴紐に年季を感じる 手に持ったライトが細々しい灯りで私の影を作り出す (完)
シルバーは長四角のメガネをかけた狼だ シルバーのベストを着て自転車を漕ぐ シルバーの家には7匹の狼が一緒に暮らしている シルバーは少しとっつきにくい性格で一度話しただけだと嫌な奴と思ってしまう シルバーとはそんな狼だ 霧深い湿原の早朝を鼻唄を歌いながら自転車を漕ぐシルバー 彼は化けて人の姿になり街へとくり出す 今日の彼の目的は、お気に入りカフェでアッサムを飲むこと シルバーの漕ぐ自転車は、梨の木を通り過ぎ、森の川を越えて進んでいく 海が見えるところまでくれば、すっかり人の姿に変わっている。勿論メガネもベストもそのままで。今日は春の装いに扮している。 自転車が止まる。カフェ「素数」にやってきた。 扉を開けて窓の側の席に着く 彼のお気に入りの場所だ 座り一度外を眺め眼鏡を直す マスターは何も言わずアッサムを置き、また、カウンターの奥へと戻っていく シルバーがカップを持つと同時に素数の扉が開いた 黒い長いストレート チョコレートの様な黒い肌にゴールドのドレスを着ている 大きな瞳の彼女はシルバーの前に座る 他に客はいない 「猫だな」 「あんたは犬ね」 「狼だ」 「あんた、レット・イット・ビーを歌える?」 「何の話だ」 窓を見るとゴールドのベストを着た男がニヤニヤ笑っている
朝早く、窓際に置かれた文机に、年寄りの男が座った。 便箋を前に、万年筆を握っている。 横には、分厚い英和辞典が置かれていた。 「あんた、何してんの?」 妻が声を掛けた。 「手紙だ」 「はぁ……誰に出すんだ?」 「あいつだ」 ニュース番組に映る、大きな男を指した。 「俺らの生活がキツいの、あいつのせいだろ」 指で机を叩いた。 「まぁな。でも、読んでくれないだろ」 「大丈夫だ。考えがある」 ニヤけ顔の男。 「友だちの友だちをたどると、7人目であいつに届く」 「バカなこと言うな」 「俺も知らんよ。でも、そうなってるらしい」 手紙を書き終えると、封筒に便箋を入れた。 「で……最初は誰に渡すんだ?」 「あぁ、公民館の将棋仲間だ。大学出らしいからな」 男は、封筒を手に家を出た。 ──数日後。 「おい。いるか?」 近所の魚屋のオヤジが訪ねてきた。 「おぉ、どうした」 「ちょっと、頼みがあってな」 その手には、見覚えのある封筒が握られていた。
な僕だ。 女のケツばかり追いかけてたらそりゃ精神科に幽閉もされる。 実際にはIQ1兆~10兆くらいの人が今日も金のためにしょうもない仕事をしているのでビーカーの中のミドリムシの僕は実験や虫捕りの暇潰しにフリー素材として扱われる(えらい妄想だ) 犬は文章を書くのもめんどくさくなってきた(怠惰)ので乞食寸前の生活を楽しむ。
ある日の午後。 若い男女が手を繋いで歩いていた。 「見て見て。あそこ」 「……なに?」 高齢の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、可愛いよね」 「僕たちも、あんな風になりたいね」 二人が、見つめ合った。 「見て。あの人たち」 「……どこ?」 中年の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、気持ち悪い」 「生々しいな」
思念波(念動力)の送り方は学校や資格では教えてくれない。 あるいは僕が悪い奴ならばうちの水道水や自分の尿、唾、爪などを飲むと治るよ、と言って売り付けることも出来る。 それは後で打首獄門になるのでやらないが(あるいは確定しているのかも知れないが) なので文章で勝手に思念波を送る(これは感情の押し売りとも取れる) 治るものは勝手に治る。 それは細胞の中のマクロファージ(あまり医学に詳しくない)や房中術(あまりタオを齧ってない)などで治りがよくなるのかもしれないが科学も宗教も中途半端な僕は病気のプッシーキャットの前にオロオロするばかりだ。 あるいはゲームみたいに歌でもって(これもオカルトだ)治癒すればいいのかもしれない。 そういえば彼女とカラオケに行っていない。 あるいは僕が楽器が弾けたならば一緒に公園でも行って(あるいは山か海に行き)歌えば調子がよくなるのかも知れない。 君は今日熱を出した。 僕は焦って走り出した。 会えるのか?明日。 よく聞けそこの売女。 等とあまりうまくないリリックをひねり出すが調子がでない。 あとは僕の描いた絵でも見せて気持ちを落ち着かせる、などのアーリートリートメントなどをすればいいのかもしれない。 犬は本を読む時間をたばこに費やし資本主義から締め出しを食らう。
「やった! テストで九十五点とったぞ!」 「でも、一位じゃないらしいぞ。九十八点取ったやつがいるって」 心の中に、ノイズが走る。 「牛丼めっちゃ美味しい!」 「でも、この店最近、肉の質落ちたって噂だぜ」 ぼくの喜びを邪魔するノイズが。 ぼくの喜びが減ってしまう。 だから、なくさなきゃならなかった。 「ちょっと待てよ! 俺、お前になにもしてな……ギャアッ!」 「あ、消えた」 サイレンの音が聞こえる。 「とても、綺麗な音」 もう、ぼくの感想を邪魔する人いなかった。 ぼくの喜びを邪魔するノイズは消えた。 なんて、幸せなんだろうか。
「なんで余計なこと言うかなぁ」 テレビを見ていた男が呟いた。 「どうしたの?」 「この人、浮かれちゃった」 女が画面を覗き込んだ。 『皆さまには、ご迷惑とご心配をおかけして……』 二人が首をかしげた。 「……心配とかしてないよね」
クラスに天才が一人いました。 天才は、絵を書くのがとても上手でした。 天才の描いた絵は、いつもコンテストで日本一になりました。 天才には、二人の幼馴染がいました。 白い幼馴染と黒い幼馴染です。 白い幼馴染は言いました。 「この子はね、自由にさせとくのが、一番いいんだよ」 白い幼馴染は、天才とはほとんど話しません。 毎日の挨拶でしか話しません。 それが、天才の為だと言っています。 「この子はね、インスピレーションになるものをあげるのが、一番いんだよ」 黒い幼馴染は、天才にいつも話しかけます。 暇さえあれば話しかけます。 それが、天才の為だと言っています。 ある日、天才の作品がついに世界で注目されました。 白と黒。 モノクロで描かれた作品は、世界中の全ての色を凝縮したかの如く、鮮やかでした。 白い幼馴染は言いました。 「ほら、私が自由にさせたから、この子は過去最高の絵が描けた」 黒い幼馴染は言いました。 「ほら、私がたくさんアドバイスしたから、この子は過去最高の絵が描けた」 天才は、今日も絵を描いています。 今までと変わらずに。 白い幼馴染と黒い幼馴染は、今日も天才のために何かをしています。 今までと変わらずに。
せわしないけれど 生きてるなあ という気がする 生かされてるのではなく 生きている そんな気がする 昨日の晩は マウスに手をかけたまま パソコンの前でつっぷして 眠ってしまっていた 私の膝の上では 「のの」が眠っていた 「のの」は何も言わず ただただ、そばにいてくれた カーテンを開けると外は、真っ黒い雲で覆われている まだ一日がはじまったばかりだというのに 私のなかのしあわせが、にげてしまったみたいな気になる 最近の不調に、私はうまく、より添えていない そんな私に「のの」はより添ってくれる 回復だ、とにかく回復だ ほどよくあたためた牛乳と 黄金いろのあまあいあまあいハチミツ からだにとりこまなければ 何はなくともそうしなければ 午後になって「のの」が私を呼ぶ おい ちょっと こっち 来てみな そんな感じに 「のの」が窓ぎわで呼んでいる だから はやいとこ こっち 来てみな そんな感じに それで行ってみる 見てみろ 青空だぞ 「のの」が言っている そんな感じに 「ちょぴっと元気が出てきたぞう」 あえて、大きな声で言ってみた
「課長、明日、休みを頂きたいのですが」 「どうしたの? 珍しいね」 「はい。急用ができまして」 男が、机を挟んで頭を下げた。 「じゃあ、引き継ぎお願いね」 「ご迷惑をおかけします」 ──次の日。 男は、集合場所に急いだ。 長靴を履き、スコップを握る。 「お兄ちゃん、ありがとね」 「いえ。大変だったでしょ」 「水がここまできたのよ」 年寄りの女が、柱を指した。 「泥がひどいですね」 「ボランティアさんが来てくれて、助かるわ」 男は、部屋の泥をかきだした。 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。 「ここ、テレビとか来ました?」 「昨日、隣町にきてたわね」 「……そうですか」
1991年3月16日 ロサンゼルス ラターシャ・ハーリンズは、弁護士になりたかった。 黒いスーツを着て法廷に立ち、誰かのために話す。声の小さな人の言葉を、誰にも聞き流されないようにする。そんな自分を想像すると、十五歳の少女は少しだけ背筋が伸びた。 土曜日の朝、窓の外にはいつもの街があった。電線にとまる鳥、道を行く古い車、隣家から漏れる笑い声。どこかの家ではラジオが鳴っている。知らない曲でも、リズムだけは聞き覚えがあった。 彼女はカーテンを少し開けた。青空の下で街はもう動き始めている。誰かが仕事へ出かけ、誰かがまだ眠っている。自分は今日は何をしよう。そんなことを考えられる、ごく普通の朝だった。 ニュースでは、このあたりを「危険な地域」と呼ぶことがある。でもラターシャにとっては学校の友達がいて、挨拶を交わす近所の人がいて、帰る家がある場所だった。 もちろん、いいことばかりではない。夜に銃声が聞こえる日もあれば、大人たちが家賃や仕事のことで口論する日もある。この街ではときどき、誰かの話が最初から信じてもらえない。 だから彼女は、弁護士になりたかったのかもしれない。 学校で間違いを指摘されたら、なぜ間違いなのか知りたい。友達同士が喧嘩をしたら、片方の話だけでは決めたくない。彼女の正義は難しい法律の本よりも先に、そんな小さな疑問から始まっていた。 机には学校のノートが開いていた。やりかけの宿題。月曜までに終わらせればいい。十五歳には、そういう小さな予定がいくつもあった。 朝食にオレンジジュースが欲しかった。 冷蔵庫を開けても、目当てのものがない。近所の店までなら遠くない。往復しても大した時間はかからないはずだ。 ラターシャは2ドルを持って玄関を出た。三月の風は少し冷たい。信号待ちの車の窓から聞こえてくる、マライア・キャリーのサムデイに合わせて恥ずかしそうに踊りながら歩く。彼女の最近のお気に入りの曲だった。 いつか自分でも車を運転するだろうか。高校を卒業したらどこへ行くだろう。法廷では最初にどんな言葉を話すだろう。 角を曲がると店が見えた。いつもと同じ道だ。 近所の食料品店に入り、オレンジジュースを手に取る。値段は1ドル79セント。 「おい」 店主のどこまでも低い声が背中に突き刺さる。 「どこへ持っていくつもりだ」 払うつもりだった。お金も持っていた。 そんな当たり前のことが、どうして伝わらないのだろう。 手の中にある2ドルを見せても信じてもらえなかった。 怒りが沸々と湧いてくる。 -私は弁護士になるんだ- 彼女は自分の正義を譲ることなんてできなかった。 「黒人だから普通にジュースも買うことも許されないの?」 そこからの会話はあまり覚えていない。 言い争いは激しくなり、店主が彼女の服を掴む。ラターシャは振りほどこうとした。そしてついに彼女は店主を殴ってしまった。 店主の怒りは頂点に達し、椅子を投げる。 涙が込み上げてきた。もうここにはいたくない。 ジュースなんてもう、どうでもいい。 ジュースを置き、出口に向かう。 扉まで、あと数歩。 * あの日から、ラターシャの名前は何度も呼ばれた。 けれど、家の中には別の静けさが残った。もう開かれないノート。返事のない呼びかけ。いつもなら帰ってくるはずの時間に開かない玄関の扉。 「韓国人店主に射殺された十五歳の少女」 人々は事件について語った。店主のこと、裁判のこと、街に積み重なっていた差別と不信のこと。 けれど、ラターシャを知る人にとって、彼女は見出しに収まるような存在ではなかった。 笑うときの顔があった。好きなものと嫌いなものがあった。宿題を後回しにする朝があり、未来について考える夜があった。 いつか弁護士になるはずだったという話も。 事件の数字を知ることはできる。日にちも場所も、裁判の結果も。けれど数字を並べるだけでは奪われた時間の長さは分からない。 卒業式も、初めての仕事も、これから出会うはずだった人の顔も、その数字の外にある。 21セント。 それはあの朝、ラターシャが受け取るはずだったお釣りだ。 本当ならそんな金額はすぐに忘れられただろう。 ジュースを買って帰り、家族と朝食をとり、宿題の続きをして日が暮れ眠る。月曜には学校へ行く。 それでよかった。 彼女に必要だったのは、歴史に名を残すことではない。 明日を迎えることだった。 ---------------------------------------- この物語は、1991年にロサンゼルスで実際に起きた「ラターシャ・ハーリンズ射殺事件」を基にしています。心情や日常の描写には創作を含みます。
電話線の途切れた黒電話は、あの世へと繋がる電話。 死んだ誰かに繋がるかもしれないが、死神に繋がるかもしれない。 そして死神に繋がれば、即座にあの世へと連れていかれる。 だから、電話線の途切れた黒電話で、決して電話をかけてはいけない。 子供の頃、おばあちゃんから聞いた迷信だ。 「ぎゃああああ! あの世へ繋がる電話ああああああ!」 電話をする私を見て、おばあちゃんがひっくり返った。 おばあちゃん、これスマホ。 最初っから電話線なんてついてないんだよ。
人の夢を渡り歩く悪魔の話を知っているだろうか 皆が夜、眠っている時に見る夢の世界がある。その世界の端の方で、モヤのかかった隅の淡い場所でドアからドアへ渡り歩いていく悪魔がいる この悪魔の話は古くからあり、迷信的に伝えられてきた。その迷信の研究に取り憑かれた、ある博士がいた。彼の名目は睡眠学者で人の睡眠の研究が基本としている。 ある時、別の実験で被験者には、起きてすぐに見た夢を事細かく書き出してもらう事をした。 勿論、皆、世界観がバラバラな夢を見ていたが、数人だけ共通の登場人物がいた。 青い肌と三日月の様な顔 黒いタキシードを着た男がドアから出てきて、別のドアに入る様子をみた気がすると書いてあった 当人達にたずねても時間とともに記憶は曖昧になり、しまいには勘違いかもしれない、見てないかもしれないと言う始末だった。 博士は研究と実験を繰り返し、ある程度の事が分かってきた。 悪魔が夢に出てくるのは誕生日の前夜 もし、その夜に寝ないでいると次の年まで悪魔は来ない 悪魔を見かけても特に生活に異変はない 博士は誕生日の前夜に眠り悪魔がドアから出てきた時、次のドアを開ける前に目を覚ますとどうなるか実験をしてみた。 博士は実験当日まで起きたいときに起きる訓練を行い、確率を上げていき、かなりの精度で起きることが出来るようになった。そして実験当日、博士は眠り夢を見た。 真っ暗な世界で何も見えない 博士は戸惑いながらも耳を澄ます ガチャリと音がして、博士は飛び起きた 起きた場所は研究室のソファの上 きっと悪魔は捕らえられているはずだと 博士は恐る恐る眠りにはいる、が興奮からなかなか眠ることが出来ない 博士はいてもたってもいられず薬を飲み睡眠を促すが目はますます冴えていく 気を落ち着かせようと洗い場で顔を洗いソファへ戻ると、足を組んで座っている青い肌の三日月の様な顔した悪魔がいた。 博士は声が出ず、その場に凍り付いたように固まってしまう。 悪魔は博士を睨みながらゆっくりと立ち上がり博士の下へ歩み寄ってくる 悪魔は博士の隣を通り過ぎドアを開けて出ていってしまった。 博士はそれから目が覚めていない。
ただ時間の流れに取り残されて ただ私がどこかに漂ってるだけであって 夜が過ぎる。いつの間にかの噺 呼び寄せたタクシーを道連れに 馴染めなさを惨めさと感じる 今日も過ぎてしまった。これで何度目だろうか 『当たり前』の重複に身を縮め込ませ心を蝕む 延長料金を寿命から先払いして、今日も夜更かしする (完)
駅のホーム。それは待ち人たちの集合場所 傘を畳む安心感を得られる屋根に 野暮に錆びた線路 傘を伝って、アスファルトに染み込ませていく 肩に降りかかった雫は、シミを作って乾いて行った 黄色い線が泥のついた足跡に汚されていく 待ち人たちは、自身の拠り所を目指して傘をさすのを待つ (完)
きっと、風が教えてくれる 今はただ、そう信じてる 忘れてしまった子供の頃の遊び 時間に溶け込んでいた当時の当たり前 守られた未来に夜の約束… ふと風が吹けば残酷な世界を 目の当たりにしている事に気付かされる毎日 きっと、風が幸せを教えてくれる そんな他人行儀な考えが私を救ってくれる 風が私を撫でる頃、きっと私は風邪の病にかかることでしょう それでも後悔は薄く感じる…と思う (完)
休日が目を覚ます リセットされたような朝 昨日までの世界とは少しズレた感覚 予定のない今日 予定は昨日と週明けに放り投げた 今までの不満を浄化する為の日 振り返る事も、見据える事も (完)
月の輝きとおさらばして そんな気の無い・勢いの無い、応答 まだ行ってほしくない…下弦の月 夜空に『さようなら』 月夜に『さようなら』 迷える仔羊の寝床から 押し付けがましい世界から、おさらばして 仕方無しの諦め・服従奴隷の応答 そして上品に見下ろす…上弦の月 普遍に『さようなら』 不変に『さようなら』 この世界から『さよなら』する前の夜更け (完)
腰やお腹が見えている女性を見る度に腹巻を配りたくなる 「お腹が冷えるとトイレが大変だから 内蔵を冷やさないようにすることが大切で、どうせならお白湯を飲むのがオススメですよ」 など、子供達の体を気にしてしまう 電車の中で数人でワイワイ話している男子に対しても「そんな節操もないことを言ってしまうと、学生の間に恋人は出来ないと思うぞ」とか、誰かを可愛いと言うと他の人を可愛くないと認めることになるんだぞ。言葉選びは慎重にしないと。いや、素直で良いんだぞ。強く、カッコよくなんて、幻想だ。 素直に思った通りに動けばよい。ただ言葉は誰かを傷付けるということを忘れないで。そう、言いたくなる。長いしクドい。 妻はこんな僕を可哀想な人と呼んでいる 今朝、玄関を出ると、一ヶ月位姿をみていなかったマルが向こうからこちらに歩いて来た 「おはよう」 と声をかけ駅に向かう 元気で良かった。ただすれ違うだけの関係だけど生きていてくれるだけで嬉しいと思う 今朝、お弁当を作っていると、まだ暗い時間なのに、フワフワした頭の息子が起きてきた まだまだ子供で、不安なのか抱っこ抱っこと言ってたので、暫く抱きしめてあげた 昨晩、風呂上がりの息子の髪をドライヤーをし、妻が肌にクリームを塗り、息子は運動会の応援歌を歌って踊っていた そんな昨日が既に向こうへ行ってしまったな、と朝起きて寝ている二人を見て、そう、思った
起きて思うのは まだ生きてるなあ、と ともかく 生きることはする たべて思うのは まだ生きたいのか、と ともかく たべることはする 布団に横になって思うのは 不安、恐怖、漠然とした悩みの数々 ともかく 知らないふりをして 寝ることにする
空が美しい景色を提示しているので、今日に感謝でもしようかなと雨戸を閉める。 ガラガラと億劫そうな雨戸を引いていると、ピョコンと何かが部屋に入って来た ニョロニョロと動いて部屋の隅で静かにしている彼もしくは彼女。ヤモリだ。たまに玄関にいる、まだ子供のヤモリだ。 トカゲのように可愛くて見る度に「大きくなれよ」と応援している、子供のヤモリ。 暑かった日中に、うちの雨戸の隙間で、呑気に休んでいたら、夢落ちで思わぬ所へ来てしまいましたね 君を傷付けたりはしないから いつも応援していたんだ 怖がらなくても良いんだけれども はてさて、どうしたものだろうか 怖がる息子も、ヤモリは臆病な生き物だと教えると「可愛い」と言ってくれる 押し入れとかに逃げないように、何とか窓を開けて ヤモリ氏に少し近づいて そしたら、窓の外に逃げて行った 少しだけ一緒に過ごせましたね 機会があれば、またどうぞ うちの明かりに集まる虫を、せっせせっせと食べて下さい 陰で応援していますから ヤモリ家宅侵入事件が終わりを迎えた頃に、カランカランと疲れた旦那が帰宅した。 「ただいま」 「おかえり」 「今日は満月だよ」
人……自分、或いは他者は何故生きるのか。 その問に真正面から向き合う者は少ない。 繁忙の世に身を置く者はこう返答する。 明日が訪れるから、と。 未来の予定が在る者にとって、明日を憂うのは自明の理だ。 常に未来を想像して行動する。 それが生存本能とも言われる、答えの一つだ。 けれど、其れはパターンの一つに過ぎない。 過酷な環境に身を置く者は、ただ生存本能によって生かされているだけだ。 それは果たして生きていると言えるのだろうか。 生物学的に生きていることと、人生を順風満帆に生きることは訳が違う。 ある種、幸福度とも言える其の事象こそ、この問の返答に相応しいものだ。 故に私はこう問いかける。 貴方は幸せですか、と。
拝啓 あの女の子さま いま、どうされていますか? 中学のあのとき あなたと同じクラスだったわたしは あなたの憎まれ役を きちんと務められていましたか? ふふふ ねえ いま、どうされていますか? 敬具
今日は月曜日だ。 やることがない。 実際には火曜日なのだが。 まあ大体の仕事を終えて(金にならない事ばかりだが)大体月曜日くらいだ。 養護教諭と農夫と家政婦と教師の真似事と物理演算と栄養学と世間話と男性風俗の真似事(まあこれ等は嫌ならやらないが)をやって大体月曜日くらいだ。 似たような事をやっている忍者、AV女優、男優等とは時間がかち合う。 宗教家はあまりかち合わない(僕が新興っぽいからだろう)あるいは出向かないと本物には出会えない。 急な坂を自転車で乞いで息があがる。 あるいはAVで巨乳の年増の人で興奮して抜く(これは1部の若者とかち合っている気がする勘だが)だから揶揄られる。 彼女がいるのにこれはほんの少しの罪だ。 セブンと言う映画を見たことがある。 実際には憤怒は得意なのだが最近は怠惰が勝っている。 七つの大罪。 マンガのキャラクターにそんなのがいたな。 あまり大っぴらにやるとヤクザの生業を荒らすので(スーパー銭湯に行ったときに見られたあまり刺激しないようにしよう向こうも仕事があるのだし)ひっそりとする。 実際にはこの文章が(また金にならない)何かの統計のデータとして採られている、ような気がする。 実際には僕はいらない。 分かっている。 何年か前に絵を描いて子供達に見せて遊んで貰った。 それは必要なのかも知れない。 今日は歌を歌った。 夜彼女の特性を調べて(チャッピーは使わない)勘で話す、やりたいことは遠回りでもやった方がいい、等と。 彼女はスレンダーなのだが(金持ちはスレンダーを選ぶと言うが)そんなに痩せようとしなくていいと話す。 僕がお金持ちになればいいのだが。 また意思を消失する。 アニメソングを歌うと晴れる。 これも統計が採られる。 全てデータだ。 実際にはこの神社に行った方がいいなどと人に話すが教会にも行った方がいいとも話す(反転する属性?) 両面性についてチャッピーに後で聞くことにしよう。 二律背反。 どちらからも歓迎されていない僕はやはりイスラムと仏教を行き来する。 でもクリスチャンの人とは話が合う不思議(そうでない人もいるが) 全面性。 あとで全面性についてチャッピーに聞こう。 漫画を読んで少し宗教のこの部分が足りないな、と分析する。 実際には掲示板の書き込みの感想と一緒。 エロスを解放しているからか女の人に話しかけられる(何もしないが) モテているわけではなく手伝え、ということだと勘が言っている。 子育て、教育。 親父は子供好きだった。 僕は1部の子供に人気がある(気がする) それは敵対者の子供もそうなのだが(そして別に嫌じゃないのだが)揶揄られる。 僕自身が教えられている。 子供は全てを知っているのだ(そして僕は疑わねばならないのかも知れない)。 少し哲学の夜。 ラーメンを食べた(大食の罪だ)。 窓を開ける(金持ちは朝窓を開ける、と言うが僕は開けているが一向に金が貯まらない)。 玄関や水回りも掃除する。 教会の放送を見る。 色々突っ込みどころはあるのだが僕は体制側ではない(反体制でもないかもしれないがズルいだろうか、いや、ズルい)出来ない子の意見も汲み取らないといけない(これが僕が消耗し続ける理由かも知れない)外国人ともっと話さなきゃな、と思う。 楽園は滅びるらしいからやったりやられたりがバランスが取れていていいのかもしれない。 近所の森に行ってフルボ酸を吸う、舐める。 少し回復する。 昔乗っていた原付に草花を供えられたことがある。 そういうことなのだろう。 土を踏むといいかもしれない。 裸足のアベベ。 犬は骨を蓄え今日も寝る。
ハイビームが照らす夜道を全速力で駆け抜ける。 たった二つの輪に命を預けて突き進む行為、度胸試[じさつこうい]と呼ばれる其れは、私にとって生を享受するための術だ。 速さの前に数多の情報が身から剥がれ落ちていく。 過去の後悔も、明日への不安も、ここにはない。 速度を増すのに不要なモノは全て捨てる。 でなければ、昨日の自分を追い越すことはできない。 グリップを握りアクセルを踏む。 姿勢を屈めて腹部へ力を込める。 もうすぐ坂だ。 一直線に下へ向かう道。 見える範囲に光はない。 居るのはただ、自分1人だけ。 ふっ、と口角が上がる。 道中、既製品の速度メーターは振り切れる。 実際どれくらいの速度が出ているのかわからない。 それでいい。 だからこそ面白い。 知らない方が挑む甲斐がある。 そう言い聞かせて、心のブレーキを外す。 ーーブォン! 前輪を持ち上げ、車体を地面へ叩きつける。 その振動と共にストップウォッチのタイマーが押された。 加速は最初が肝心だ。 重心がブレれば速度は上がらない。 身体中に力を込めて姿勢を屈める。 自分は二輪と一体だと、そう身体に刻み込むように密着する。 メーターの針が時計回りに上がっていく。 ーーまだだ。まだ、こんなもんじゃない。 身体に当たる風の強さを感じながら、より身体を強張らせる。 速度に押し負けて手が離れないように。 昨日の自分を追い越すために。 チラリとメーターへ目を向けると、既に針は振り切れていた。 それはいつもと変わらない光景。 ここからが本当の勝負だ。 気を引き締めるために、再度グリップを握る。 その瞬間、車輪に何かが触れた。 直後、前輪が持ち上がる。 ーー石だ。 浮き上がる感覚と共に思考が加速する。 ただメーターを見た一瞬、見落としてしまった。 すぐさま姿勢を正そうと、脳が指示する。 けれど、その行動を直感が拒む。 地面を走るより、跳ぶ方が速くなる。 そう、摩擦力と風の抵抗力を考え、後者の方が早いと判断した。 ーーそうだ。跳べばいい。 飛距離を伸ばして、少しでも遠くへ。 そう考えて身体を持ち上げる。 前輪が持ち上がり、宙を舞う。 ーーダンッ!! 強い音と共に体へ振動が伝わり、脳が揺さぶられる。 それでも、決して手は離さない。 恐れを、怖さを乗り越えて。 ただ未来へ進む。 もう一度、石があれば、もっと加速できる。 その願いを神様が聞き入れたのか、ライトで当てられた道に影が在った。 意図的に近づいて、身体に力を入れる。 直後、車体は宙[そら]にいた。 前輪と月が重なる。 その光景に何か神秘的な存在を感じ取った。 再び地面に設置する。 その最中、ある事実に気付いた。 振動をトリガーにつくストップウォッチでは、先ほどの振動で止まってしまったのではないか。 そう考えた後、思わず口角が上がった。 それでもいい。 この身が浴びる風が、昨日を追い越したと証明しているのだから。
「そろそろ本読むの再開してみたら」 僕が振り返ると先輩は 文庫本を差し出してきた すすめられたって 僕は本なんて読まない 読むフリはするけれど 先輩が本を読んでる姿を 自然に盗み見るために 僕は本を読むフリをする 本はなんでもいい 先輩がそばにいてくれれば それでいい
ちいさかったころは ひと駅歩くのも冒険で探検だった いまはへいきですたすた歩く それがおとなになった証というなら ずいぶん立派なおとなになった 生きにくいとは思う こういう性格だけれど 理解してくれよと思う そう思ういっぽう 淘汰される対象だよな、とも思う 人生をやり直したとしても またおんなじ位置にいる気がする またあれをやるのかと思うとうんざりで 人生をやり直したいだなんて思わない いま人生にうんざりしているのは これがやり直しのおんなじ人生だから、なのか? やり直しのおんなじ人生に足が埋まってしまって 身動きが取れないからか そうなのか? うんざりするような考えには、嫌気がさす
大人になるにつれて友達が減り、社会に慣れてしまった頃には友達と言う概念が分からなくなっていた 同僚とは仕事の話や家庭の話をし 家族では子供や親の話をして いつしか自分の話を、自分の奥の方に詰め込んだまま整理していない話をする人がいなくなっていた アプリで自由に参加できるチャットがあって 試してみたら、どんどん心が軽くなって、ずっと続けていたら、気の合う人を見つけた たまたま二人だけので話している時、二人だけのルームを作った。 それからは彼だけと会話を続けている 何でも話せる人 勿論、誰にも、家族にも教えていない 心に溜まるギフトを一つ一つ一緒に開けてくれる人 そんな秘密の人が私はいる
「おはようございます!」 うちの会社の前には、堅物な警備員がいる。 とにかく愚直に規則を守るし、とにかく融通が利かない。 「来客ですね。企業名とお名前、後、どなたとのお約束か、ちょうだいしてもよろしいでしょうか?」 「その方たちは私のお客さんです。入れてもらって大丈夫です」 「いえ、規則なので。企業名とお名前、後、どなたとのお約束か、ちょうだいしてもよろしいでしょうか?」 今日も堅物の顔をして、会社の前に立っている。 俺は会社に入ろうと鞄を漁ると、社員証を忘れたことに気づく。 「社員証の提示をお願いします」 案の定、俺は警備員に止められる。 「すんません。ちょっと忘れちゃったみたいで」 「では、入管を許可できません」 「すぐに総務行って、臨時カード発行してもらうから」 「できません」 「この顔、見覚えありますよね? 毎日通ってるし、何度か話もしたことあるじゃないですか? ねえ?」 「できません」 思わず、眉がぴくぴくと動く。 まるで赤の他人でも見るような表情が、どうしようもなく苛立ちを覚えさせられた。 「くっそ!」 結局自宅へ戻り、社員証をもってUターン。 午前の会議には出席できず、上司からお説教を喰らった。 警備員がすんなり入れてくれれば、こんなことは起きなかったというのに。 社員証を忘れた俺が悪い。 それはわかる。 だが、ちょっとした融通も利かせられない警備員も悪くないだろうか。 人間誰しも、小さなミスはするものだ。 「……待てよ?」 だから、気づいた。 会社の前は、常に監視カメラで映されている。 つまり、監視カメラの内容を見れば、あの警備員の様子を見ることができるはずだ。 あいつも人間。 一つや二つ、ミスをしているに違いない。 悪戯心と復讐心が、むくむくと膨らんできた。 警備室に行き、顔も知りにお願いし、監視カメラの内容を見せてもらった。 理由はなんでもいい。 顧客が会社に来たけど俺がいないから引き返した、という言葉の真偽を確かめたいとでも言えば、すんなりと見せてもらえた。 監視カメラの録音映像をモニターに表示し、早戻しで過去に遡っていく。 逆再生される映像の中では、出勤中の社員たちが後ろ歩きで会社から離れて行き、警備員が直立不動でつったっていた。 俺は目を皿のようにして、警備員の一挙一動を監視する。 一人くらい、規則に違反しているが、会社の中に入れてしまったやつがいるはずだ。 それさえ見つければ、次にごちゃごちゃ言われた時、言い返す材料になる。 出勤ラッシュが終わり、早朝になる。 警備員は立っている。 日の出が終わり、深夜になる。 警備員は立っている。 月灯りが消えて、夕方になる。 警備員は立っている。 退勤ラッシュが終わり、昼になる。 警備員は立っている。 「……え?」 警備員は、ただの一度もその場を離れていなかった。 食事もしていないし、トイレにさえ言っていない。 「え?」 俺は思わず、現在の監視カメラの映像を見た。 会社の前に、警備員は立っていなかった。 「他人の行動を監視するなんて、規則違反ですよ?」 背後から、あの警備員の声がした。
言葉を綴る。 思い浮かべた景色、音、味を咀嚼し、文字を吐き出す行動。 世間で創作と呼ばれる其れは、私にとって非生産的な行為だった。 思考の羅列。 自己の嘲笑。 自然の摂理。 どれもこれも、自分を正当化するための詭弁でしかない。 ただ一言、「___」と綴れば終わるのに。 それでも、その事実を認めたくない私は、決してその単語を遺さない。 だから私は今日も筆を取る。 現実に抗うために。 人が人たらしめるもの。それが思考だ。 思考は自由そのもので、何をしても怒られず、どこへでも行くことができる。 けれど、思考を浮かべるだけでは、気に入った世界に何度も辿り着けない。 だから私は文字を綴った。 世界を忘れないために。 それから私は幾重にも世界を作り文字を綴った。 そうして出来た世界を私は愛した。 ーーしかし、他人から見た其れは奇怪なモノだった。 ありもしないモノを綴ること。 世間ではその行為が異常であること。 其れを、わかっていなかった。 だから私は世界を秘匿した。 もしかしたら、私の世界を好きになる人もいたかもしれない。 けれど、そうなる前に私は世界を閉じはじめた。 他者に思考を侵されないようにするために。 そうして、創られた世界は閉鎖的になった。 かつて輝いていた世界には秩序がもたらされ、綺麗な形になってしまった。 本当はこんなこと望んでなかったのに。 日に日に綴られる文字は同じ形に収束する。 自由から縁遠い決められた配役に、私は吐き気を催した。 泡沫はやがて破裂する。 それを拒んでいるのは私自身。 なればこそ、私は世界を終わらせなくてはならない。 私が創った物語なのだから。 部屋を出て宙へ向かう準備をする。 いよいよ終幕だ。 その物語は、私の_を以て完結する。 願わくば誰かにこの世界が紡がれるように。 あるいは、誰からも忘れさられて消えられるように。 そうして、私は水面に身を投じた。
スーパー銭湯に彼女と行った。 皆疲れていて静かだった。 南無。
バナナを食べてるからって、お月さままでバナナみたいなカタチにならなくってもいいのにさ いまの気持ちとしてはグレープフルーツ そう、グレープフルーツみたいなまんまるのお月さまをみてみたかったのに でも半分に切ってみると果肉はほんのり赤くってルビー色のグレープフルーツ そう、そんなお月さま スプーンですくった塊は、とるんと、でも音もなく口のなかにすべっていく わたしの弱い部分に痛みを与えてくれながらも、唇に、かすかな苦みを残す あの人がわたしにしたみたいに、飛び跳ねたい気持ちが、瞬時に暗い湖の底 珈琲のなかに映るお月さまがあんまりきれいすぎて、カップを空ける決心ができない 待っていればお月さまが傾いて、カップから消えてしまうのだろう それまで、飲むのはおあずけ