友達と好きな人が被った。 とても、言えなかった。 ある日、友達が告白した。 「好きだけど付き合えない」 でもその時「やった。」とは思わなかった。 私にも人の心はある。 振られた友達に共感した。 でも気づいたのは遅かった。 私は失恋していた。 相手は友達のことが好き。だけど相手は噂が立つといけないから振った。 心が、凶器で刺された。 深い傷が残った。 一生、残るだろう。 深い深い、涙の傷が。
7月2日 彼女とスタバ。彼女は期間限定のストロベリー&ユースベリーティーを、僕はエスプレッソを頼んだ。窓側の席に座る彼女は今日も美しい。2人の間に静かな時間が流れる。言語なんて僕達に必要ない。だって心が繋がっているのだから。 7月15日 彼女と映画館に来た。彼女が話題の恋愛映画を見ると言うのでそれに付き合う。クライマックスで涙を流す彼女は、やはり美しい。映画なんて目に入らなかった。よほど気に入ったのか見終わった後は大はしゃぎで感想を話してくれた。僕は黙って何度も頷いた。 彼女の右隣に変な男が座っていて、映画館から出た後も付いてきていた。要注意だ。 7月22日 今日は彼女と水族館。一面水槽になっている天井を見つめる彼女。子供向けのペンギンショーに夢中になる彼女。目が釘付けになってしまう。正直水族館なんてどうでもいい、彼女とならどこだっていい。僕はどこまででも付いていく。 今日もこの前の男が彼女の隣に張り付いている。恐らく、いや確実にストーカーだ。僕が彼女を守らなくては。
鯉の泳ぐ川に沿って吹いていた風は 花弁が落ちないように、身を屈めて幹を横切る 隣家の台所の小窓からは女性たちの明るい笑い声が聴こえてくる 風は洗濯物を揺らし、勝手口の扉にそっと触れる 小窓から外を眺めていた猫が鳴く 女性たちは会話をとめて猫の名前を呼ぶ 風はそうっと猫を撫でると 再び川沿いの道をゆっくりと歩きだした
形をつくり、保ち続けなければ街も人も消えていく。 ぼんやりした頭と焦点の会わない目、力の入らない手。うまく動かせない自分の身体と窓の外を走るバイクの音に苛立ちながら、意識はベッドに向かっている。 あれほど何度も行った街が消えていく。 影もない街に、小さく風が吹く。 その風もじきに沈黙する。
「では、選考結果は後日メールにてお送りいたします」 私がオンラインミーティングを終えると、部かが近づいてきた。 余程私に疲れが見えたのだろう、部下は私にお茶を差し出してきた。 「お茶くみは、部下の仕事じゃないんじゃなかったっけ?」 「何年前の話ですか。忘れてください」 入社早々、「多様性の時代だから部下にお茶くみさせるのが当たり前とか思わないでください」なんて頼んでもないのに宣言していたのが懐かしい。 思わず、同僚たちと吹き出したものだ。 部下は私の手元にある履歴書を持って、眉を顰める。 名前なし。 性別なし。 年齢なし。 住所なし。 わかることと言えば、ITの資格をいくつか持っていることくらいだ。 「外国人だったんですか?」 「多分」 「多分って」 「国籍なんて聞いちゃ駄目なんだよ。差別になるから。ま、日本語は上手く喋れてなかったけど」 「ええ……」 「ついでだ。それ、シュレッダーにかけといて」 私は早速メールを作る。 と言っても、事前に用意された文章を送るだけだが。 選考をしたという建前を守るために、メールの発信は数時間後。 自動送信での対応だ。 「日本語が下手だから採用しないってのも、差別に当たるのかねえ」 昔の癖で、左胸に手を伸ばす。 胸ポケットに煙草の箱が入っていないことを思い出し、その場で煙草を一服する振りをした。
指から離れる時、力をその『おはじき』に委ねる 親元を離れた独り身は、疑いなく相する『おはじき』にぶつかる 独善的と揶揄されつつも、富を築いていく 何不自由の無い功労が、妬みとなるのを感じる 連合を組んで襲いかかって来た 一致団結が絶対の正義かのように… この世界の秩序から離れた独り身は 疑い無く愛する現実にぶつかる 触れる『おはじき』、乱反射の如く (完)
近所にあった汚い、小さな家には、玄関先に看板が取り付けられていた。『クジラの病院』看板にはそう書かれていた。その家に、クジラはもちろん、誰か人間が出入りしているところも見たことがない。『クジラの病院』廃屋だと思っていた。ある日の夜明け頃、不思議な音で目が覚めた。外に出て辺りを見回すと、その音は『クジラの病院』から聞こえていた。何の音だろう。そう思って近づくと、突然、『クジラの病院』の中から、屋根を突き破って、大量の水が空に向かって噴射された。あっ、クジラが潮を噴いたんだ。すぐにそう判った。潮は朝日に反射して、きらきらと輝いていた。美しかった。きっとクジラは治ったんだ。何となくそう判った。
玄関で先生にあいさつをして、友人と教室へ向かう。 「そういや、隣のクラスの和田くん、はるのこと気になってるんだって」 「えっ!まじ?」 「まじ」 「私ってモテるな〜」 「うざー。てか和田くんのこと好きな女子がいるんだってよ」 「三角関係だね、荒れそー。誰?」 「隣のクラスの木崎さん」 「え、あのいじめっ子で有名な?」 「そう。だからはる気をつけなよ」 「まぁ、なんとかなるでしょ。」 「いざとなったら私、逃げるからね」 「いや守れよー」 教室に到着した。 自分の席に向かう。なんだか視線を感じるような気がする。 自分の席について、視線の理由がわかった。 私の机に黒マッキーで悪口が書かれている。 しね、あほ、ぶりっ子、男好き、書いてある言葉を心の中で読み上げる。 古典的ないじめだな。こんなの現実であるんだ。 書いてある内容的に木崎さんだよな。伏線回収早いな。 「はる、大丈夫?」 友人が問いかけてくる。 「これって、多分木崎さんだよね」 「確信ではないけど、可能性は高いね。」 「ちょっと私問い詰めてくる」 「あぶないよ」 「まあ、なんとかなるよ」 「えー、私は逃げるよ?」 「え、かなし」 「うそうそ、ついてくよ」 「ありがと」 そう言って、教室の後ろで友達と汚い笑い声を発する木崎さんに方へ歩いた。 みんなの視線で釘付けだった。まるで私はアイドルだった。 「木崎さん」 「なに?」 木崎さんは蛇みたいに鋭い目で睨みつけてきた。 「これさ、木崎さんだよね?」 「うん、そうだけど?なに?」 「なんでこんなことするの?私に男取られた嫉妬?」 「は?うざ」 木崎さんはそう言って殴りかかってきた。 女の子同士でこんな喧嘩になるとか思わなくてうまく反撃できなかった。 そうして私は、見事にやられてしまった。 「よわっ」 そう言って木崎さんは去ってしまった。 やっぱり女の子って苦手かもな。 そう思い、立ち上がる。友人が心配して駆け寄ってくる。 「大丈夫?」 「まあ、なんとかなるよ」 「そっか」 こんな状況でも、駆け寄ってくるのは友人一人だ。 「みんなももうちょい心配したらどうなのかな?」 友人が言う。 「私はみんなに嫌われているからさ」 「そんなことないよ」 「ぶりっ子だからさ。」 「まあ、そんなところあるかも?」 「否定しろよ」 そう言って少し笑った。 昔からぶりっ子って言われてきた。 背が低くて、声が高かったからかな。 男の子から好かれても、女の子からは嫌われていた。 あるとき、陰口を言われてメソメソ泣いていたら母から言われた。 「たいていのことはなんとかなるのよ」 「嘘つき」 「ほんとよ」 母のその言葉に私は救われた。 いじめに関しては、もうなれてたことだから私の心はあまり傷つかなかった。 そのあと和田くんが木崎さんを殴るのは、また別の話。
はてさて、どこからお話ししたものでしょうか。 これは戦後の焼け跡から復興が進み、町にようやく笑い声と暮らしが戻った頃のお話です。 戦争の影が薄れ、洋服もラジオも映画も喫茶店も、どこか誇らしげに息づき始めておりました。 子どもたちは外で遊び、花屋やパン屋などの小さな店が並び、そして――学生たちはまだ、政治の嵐に巻き込まれる前。 昭和の、まだ空が穏やかだったころのことです。 ◇◇◇ 季節は春。 木枠の引き戸を外して開け放った花屋の店先には、色とりどりのチューリップやスイートピーが並び、通りを渡る風が花びらをくすぐっていた。 淡い香りがふっと流れ、陽の光はまだ少しやわらかい。 ある町に、一人の正直者の青年がおりました。 彼は朝から晩まで花を売り、花を束ね、花を並べて働いておりました。 花屋という仕事は水仕事も多いもの、ですので彼の手はいつも|皹《あかぎれ》て、よく薬を塗っていました。 けれど、正直者だからといって、なんでもかんでも正直に話すわけではありません。 彼は、人を傷つけるような正直は嫌いなのです。 そんな彼には、気になる相手が一人おりました。 どう気になるのかと言いますと――たまにですが、店の前を通るたびに文句を言っていく学生がいるのです。 どんな学生かと申しますと、まるで素直じゃない青年でして。 あぁ、ほら今日もまた。家路に向かう途中、覗きに来たようです。 金の髪に青い瞳の彼が――。 「――相変わらず、汚い手だな」 開口一番にそう言われ、花屋の青年は瞳をわずかに見開くと、その声の主を見やり、やがて「あぁ」と目尻を優しげに下げた。 「君か。今日も相変わらず綺麗な瞳だね」 なんの恥ずかしげもなくお決まりの言葉を言ってのけるものだから、学生は照れ隠しにそっぽを向く。 「そんなことを言うのはアンタくらいだ。大概の人間は、この髪と瞳を嫌がるさ」 返ってきたお決まりの言葉に、青年は苦笑しながら店仕舞いの準備を始めた。 花を店の中へ運んでいると、当たり前のように彼も手伝う。 開け放たれた店の奥から、花と水の匂いが外へと流れ出す。 「この町では珍しいからね。君のその――」 「異国の人間にそっくりだからだろ。仕方ないじゃないか。母親がそうなんだ。まったく腹が立つ」 怒りが収まらないのか、花の入った容器をやや乱暴に運ぶ姿に、青年はひやひやとした。 それでも花は散らず、香りだけがそっと空へと昇る。 「アンタだって、本当はそうなんだろ?」 「まさか。君の髪も瞳も、とても美しいと思うよ」 「そんな嘘は聞き飽きた」 「本当だよ。僕は君が好きなんだ」 何気なく言った言葉は、青年の正直な気持ちだった。 だが学生は、何を思ったのか妙な顔のまま微動だにしない。 五分たってもそのままなので、心配になった青年が頬をつついてみると、待っていたかのようにガシリと手首を掴まれた。 驚いて声を上げると、真剣な瞳で見つめる彼と視線が重なる。 「……本当だな?」 「え?」 「本気にするぞ」 なんのことか分かりかねながらも、嘘ではないと頷くと、今度は何かを思い詰めたように黙り込む。 「俺、必ずいいところに勤めて、絶対アンタを幸せにするよ」 「はい?」 「そんな手が|皹《あかぎれ》るような生活はさせない」 「え、花は好きだから、それはちょっと……」 「じゃあ、ハンドクリーム死ぬほど買ってやる」 「ハンドクリーム?」 「あるだろ、手荒れ用の〝ももの花〟」 なんだかおかしな方向へ話がすすんでいるが、彼が至って真面目なのは痛いほど分かる。 けれど、どうしてこんなことになっているのかと、青年の頭は追いつかない。 「だから――」 ぐいっと引き寄せられ、唇に何かが触れて、離れていく。 春風が二人の間を通り抜けた。 「絶対、待ってろよ」 そう言い残して彼は店を後にした。 残された青年は、ふらりとそばにあった踏み台に腰をおろした。 何がどうなったのか――いや、もしかしなくとも、自分はとんでもないことを言ってしまったのか。 どうしてか、今起きたことが嫌ではない。 そう思いながら、胸の奥でざわめく鼓動。 果たしてこのざわめきは、〝嘘か誠〟か。 ――ある町に、正直者の青年がおりました。 その者は朝から晩まで花を売り、花を束ね、花を並べて働いておりました。 花屋という仕事は水仕事も多いもの、ですので彼の手はいつも|皹《あかぎれ》て、よく薬を塗っていましたが……今ではそれも〝過去のお話〟。 彼の隣には、いつも彼がいるのです。 金の髪に、青い瞳の彼が――――。 店先では、春風が花びらを踊らせていた。 【その気持ちは果たして、完。】
最近、読書にハマった。 よくある二つの視点からの物語。 それを読むと同じ物語でも世界が変わる。 一方のほうから見ると悪役と見えていたやつが、もう一方のほうから見ると一番人間味があったりする。 きっと、いいや絶対、現実でもそうだ。 私が、悪だと思っている人。あちら側から見たら私が悪なんだろうなって思う。 人にはそれぞれ考え方や感じ方、それぞれの正義や世界観がある。 その各々の世界観でみると、悪も味方も相棒も恋人も全く異なる。 まあ、そんなものだろうな。 だから人はぶつかるし、ケンカもする。 だけどその世界観の中で、共通を見つけて分かりあう。 みんなが相手を知り、自分を相手に知らせて、笑い合えば、きっといい世界になるのにな。 まあ、本当に合わない人とかいるしそんなの無理か。 永遠にいい世界なんて実現できないんだろうな。
ちらりちらりと雪が降っている。 私はテンションがあがった勢いで、外に出た。 髪に雪が引っ付くと、オシャレな宝石みたいでお姫様になった気がした。 機嫌よく歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。 女の子は傘をさしている。 (なんで、雪の日に傘をさしてるんだろう。雨でもないのに) すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。 ちらりちらりと雪が降っている。 私はテンションがさがり、さっさと家に帰ろうと歩みを速めた。 傘に雪が乗っかると、少しだけ傘が重くなってげんなりした。 機嫌悪く歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。 女の子は傘をさしていない。 (なんで、雪の日に傘をささないんだろう。髪べちゃべちゃになるのに) すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。
「大将、いつもの!」 「はいよ!」 いつものラーメンは、いつもの味がしなかった。 ぼくは、思わず箸を置く。 「大将、これ」 「ああ、気づかれちまいましたか。最近物価が高くなってね。別の材料で同じ味を再現できないか、試行錯誤してんだけど」 「あ、そうですか」 三回待った。 でも、ぼくの好きな味に戻ることはなかった。 店の名前が同じでも、あそこはもう別物の店。 電子ケトルでお湯を沸かして三分。 ぼくの夕食は、インスタントラーメンになった。
ねぇ? 今、君が感じているこの世界は夢かな? それとも現実? ねぇ? 君は何を持って夢だって認知してる? 君は何を持って現実って認知してる? まぁ、いいや ボクに関係ない話だしね 一応言っておくけど、今の君の脳内は急激な覚醒状態だよ 夢だからか…現実だからか…ご想像にお任せするよ そろそろ通信が途切れる頃だね… さぁ、君自身の無意識領域を目一杯に感じてね そう言うと、ボクと名乗る声は消え去り、 自身を囲うようにあった暗闇は消え晴れた (完)
看護師に先導され、一匹のサルが、病院の廊下を歩いている。やがて看護師はある病室の前で立ち止まる。サルは看護師を見上げる。看護師はサルに微笑みを投げかけ、病室のドアをノックする。「どうぞ」男の声がする。看護師はドアを開ける。看護師とサルは病室に入る。病室のベッドで、一人の男が横になっている。この男は、全身がバナナに変化していく病気にかかっている。
理不尽な世の中で生きる為の羅針盤は希望を 持たず抱かず無情に暮らすそうする事で悪事 ばかり現実可具現可する糞みたい不条理から 来世は逃れる事が出来るかも知れないつまり 其れ迄は何も期待希望はえっ何其れ食べたら 旨いの位に考えたら良いんじゃない知らんが 飽くまで此は私だけの思考問題自分って何者 現世で此処迄裏切り見当いの嫉妬や嫌がらせ 受ける位要らない存在ならば何時でも消えて 天国へ昇る覚悟は既に有る荷物はスマホだけ その前に美味しい物を感謝の念で食べ思いを 残さない様親切に生きる有る来世の為の偽善 かもけど遣らない善より遣る偽善つまり行動 する事濾そ羅針盤に為る未來そうこの前有る タクシーの女性が素敵な言葉を言った一番に 自分自身が本当の自分を知らないと言い私も その通りと言い笑い合えた丁度裏切りに遭い 何故か傷付く事は無いけど期待指せての頂点 落下にブチ切れ全開だった気持ちが揺らいで 戒めと為りもう絶対現世に希望は持たないと 有る種の諦める平和を握り締めた一瞬の誓い
恋愛小説が苦手だ。 特にキラキラしていて普通な恋愛ものが嫌いだ。 別にアンチをしたり、読んでいる人を軽蔑するほど大嫌いってわけではない。 純愛というのだろか、なんというのだろう。 あの甘い初々しい恋愛がなんだか苦手。 だけど私の年齢はそんなものを好むのが一般的らしい。 図書室の利用人数を増やそうと増やされたコーナーがある。 そこにはいかにも私のぐらいの年齢の女の子が好みそうなものばかり。 キラキラした背景にアニメ調の男女がいて、タイトルもキラキラしていて頭が回りそうだ。 今、私が持っている一つの単行本は私の友達が勧めてくれた恋愛小説である。 キラキラしたザ・青春って感じの表紙に、ザ・恋愛って感じのタイトルだった。 読むか迷っていた。いや多分返す時に感想を聞かれるから読んだ方がいいのだろうけど。 とりあえず一ページ目を開いて、そこから二、三ページ読んでみた。 どうやらこの小説は、主人公の女の子が学校一のイケメンの秘密を知ってしまってーーという物語らしい。 オチは大体想像がついた。どうせ途中でイケメンのファンクラブの女子が出てきて、主人公いじめて、なんだかんだあって、最後はキスで終わったりするんだろうと。 一時間かけて読み切った。面白いほどに私の予想通りだった。 途中、甘い表現やイケメンのナルシストが入ってきていて読むのがきつかった。 やっぱり、苦手だと改めて思った。 だって私には普通の恋愛ができない。 男の子が好きになれない。 私がした恋は、たいてい叶わないまま、伝えられないまま終わる。 普通の恋をしたことがないから、毎回主人公に感情移入できずにわからないまま終わってしまう。 学校一のイケメン?そんなの興味ない。 流行ってる恋愛小説?読めない。 いつか、私が普通な恋愛をできるようになったら興味が持てるのかな。 みんなと同じ小説を読めるのかな。 そんな淡い期待を持ちながら、私は推理小説を開いた。 キラキラしてないそれはとても読みごたえがあった。
汚い台所の隅に仕掛けた、ゴキブリ用の罠を覗く。粘着シートに、小さなネジがくっついていた。ゴキブリまで、機械化されたらしい。私はため息をついて、娘の部屋に行った。娘は、ウィルスが原因の病気でずっと寝ている。私は娘に近づき、娘の電源を落とした。
朝、足の裏の違和感で目が覚めた。脚を曲げて足の裏を見ると、土踏まずに土が付いていた。昨夜は裸足で出歩いたりなどもちろんしていない。とすると、誰かに付けられたらしい。不気味に思いながら拭き取った。ところが、その後、それと同じ出来事が何回も起こった。誰が、いつ、何のために土踏まずに土を。何もわからないまま日々が過ぎ、結局何もわからないまま、いつの間にか、その現象は終わった。そんなある日、突然実家から電話がかかってきた。電話の相手は親だった。「もしもし?お前、親知らずがあるんだって?」何者かが、親知らずの存在を、親に知らせたらしい。
寒い冬の日 空から雪の結晶が降っている 怪人は空を見ていた 彼はホワイトレンジャーに敗れ ボロボロで動けない体を地面に横たえている 怪人は雪を眺めながら自分の中の世に対する怒りが消えていることに気付きはじめていた とても不思議で心地よい感覚だった 目を閉じてホワイトレンジャーとの戦闘を思い出す 何故だか猛烈に誰かに甘えたくなった ✟ ホワイトレンジャーの基地には沢山のスタッフが業務に当たりホワイトレンジャーに戦闘以外のサポートを行っている その中の情報管理部では戦闘後に関係者各位にメールを送信する 勝敗とその詳細についてだ ホワイトレンジャーの戦闘スーツとマシンに搭載されたカメラにより、戦闘の状況を細かく記録できる ただ記録はトップシークレットにあたるため、情報管理部が文章化しそれをメールしている 情報管理部の記録映像を確認していた一人が部長のデスクへ向う 「部長。これを見てください」 差し出された映像には戦闘の様子が映っている。部長は概ね部下が何を言いたいのか分かっていたが、あえて気付かないふりをした 「これがどうしたの?」 「よく見てください!ここのシーンです」 映像には怪人が倒れている この直前に大きな攻撃を受け吹っ飛んだ後だ 起き上がる様子はない 「この後です」 部下は声を落とし重大さをアピールする 映像にはホワイトレンジャーの五人それぞれの武器が一つになり、そこから強力なエネルギー砲が放たれる 身動きしない倒れたままの怪人に。 「明らかに過剰攻撃です」 強く訴えかける彼の正義心が否応なしに伝わってくる。部長は内心ため息をつく 「うん、確認した。…次の会議で運用部に突出してみるから詳細をまとめて送ってくれるかな」 部下は張り切った顔をして自分のデスクに舞い戻る。良い仕事をしたぞという顔をして。 目の前はPCに顔を突き合わせている部下達が黙々と自分のタスクをクリアしていく。 今から目をそらしたかった 窓を見ると空から雪の結晶が降っている 白い雪の結晶が。
毎日同じ時間に起きる。 同じ時間に日光を浴びる。 同じ時間にご飯を食べる。 同じ時間に買い物に行く。 同じ時間に仲間と会う。 同じ時間にお風呂に入る。 同じ時間に今日の反省をする。 同じ時間に就寝する。 日常の機械化。 人間はそのようには出来ていないとネットで誰かが言っていた。 考える。 社会の仕組み。 昔読んだ漫画で未来世界は閉塞感が漂っていると描いてあった。 結局変な歌を歌ったり、変な絵を描いたり、変な文章を書いたり。 デジタルデトックスしないとバランスが取れない。 人間らしさが奪われたとき人は怒る。 怒る気力のない人はただ倒れるばかりなのか。 誰かの書いたような文章。 これもアナログデトックス。
『折り紙で、鶴を作ってみましょう。画面をタップしてね』 「はーい!」 息子がにこにこしながら、タブレットをタップしている。 タップする度、画面に映る紙が折られていき、鶴の形に近づいていく。 「それ、面白い?」 「うん!」 あまりに不気味だったので思わず声をかけたが、息子は何の違和感も感じてないのか元気な返事を返してきた。 「そう、なら、いいんだけど」 「うん!」 私は息子を見ながらソファに座り、サイドテーブルに置いてあった折り紙を手に取り、鶴を折った。 「時代だなあ」 折り紙は、ちゃんと折ったつもりがぐしゃぐしゃになって、角と角がぴったり一致するようになる過程が面白いというのに。 果たしてタップするだけのデジタル折り紙で、何が手に入るというのだろう。 私が折り鶴を完成させて掴んだ時、息子もデジタル折り紙を完成させたらしく、嬉々としてタブレットを見せに来た。
はぁ、やっちゃった。 絶対怒られるよこれ。 どうしよう。どうしよう。 どうしようもできない。 どうしようとかない。 やるべきことはただ一つ。たぶん。 でも、私はできない。 私がやればバレる。 誰かに頼まなきゃいけない。 いけない事したから。 いけない。私ったら。 そんな感じで自分慰めても、 裏の裏でこっそり隠れて、 証拠写真を撮られてるのが怖い。 シャッター。 この気持ちにシャッター。 何も見てない。してない。 入ってこないで。 何も聞かないで。 私のせいじゃない。 こいつが悪い。 こいつが悪い子だ。 私は良い事をした。 一生忘れられないくらい良い事を。 隠さないと。 隠さないといけない。 こんな良い事、あんな悪い事。 覚えてるのは私だけでいい。 いい。いい。 これでいいんだ。 もう誰も見なくていい。探さないくていい。 私が片付けたから。
処刑場に行った。友人に会いに行ったのだ。友人はこの間斬首刑に処され、その生首がさらされていたのだ。友人の生首に色々な話をし、そのうち日が暮れてきたので、家に帰った。「またね」と手を振ると、友人も手を振った。帰り道、友人は生首なのだから手を振れるわけがないことに、ふと気づいた。
知り合いが家に来た。 別に男同士なのでスマホをいじってなにも話さない時間が続く。 現代病。 「お前は何のために脳と口があるんだ?」と聞くと「なに言ってるかわかんねー」と返される。 自分も天井を見上げてボーッとする。 帰り際に数学の公式の話になる。 奴は数学は多少出来る。 自分も義務教育のことを思い出し辿々しく答えを言う。 俺はタオの本でも読めば、と本を戸棚から出す。 論語でもいいぞ、仕事のことが分からないで仕事してる奴が多すぎる、と愚痴る。 まあ、俺は仕事してないけど。 ああ、道教ね、別にいい、と言われる。 別の知り合いに仕事するならこの本読んどけば?と論語を渡したら宗教ですか?と拒否反応を示されたことを思い出した。 宗教組織に入っているのに。 まあ、別に文句は言わない。 日本に表立った宗教は無いからな。 認識の齟齬。 分かりやすく「あの世界的企業のCEOも仏教やってるよ。」って言えば飛び付くのかな? シンクロニシティ。 あいつがやってるなら俺もやってみよう的な。 これは何て理論なんだろう? そんなことを書いていたらメールで「今日はありがとう」と来た。 感謝の心があるだけで十分かもしれない。 今日も誰かの役に立てたことが素直に嬉しくなった。
あの子は昨日まで、人間だった。 「おは、よ……」 一目見た瞬間、言葉が詰まった。 彼女の顔が消えていた。 いや、頭はあるんだけど。のっぺらぼうというか、こう、肌色のタイツを顔に被っている感じ。凹凸だけが生きている。 「おはよぉー。今日暑いねぇ」 なんてことないように、会話が進む。 ただ、私だけが動揺していて、彼女も他の人間も当たり前のように日常を生きていた。 「てか聞いてよお。昨日お母さんがね、」 「ウン…」 「『あ゛っ!!ケチャップない!!』って、オムライス作り始めてから言ってさぁ。うちチキンライスだし、もちろんケチャップかけるしで必須なのに」 「大惨事じゃん」 「そう!で、結局炒飯と鶏がらスープが出てきたんだよね……」 「オムライス楽しみにしてたのに……」なんて言いながらガックシと肩を落とす。 私も平穏な今日を楽しみにしてたんだけど。 「今日Bランチオムライスじゃないっけ」 「オムライス倍率高くて無理。あんなに並びたくないしぃ」 「ふふ、わかる」 わからない。 いや、話はわかるんだけど。今、貴方の表情が。 笑ってる?悲しんでる?怒ってる? なんとか声音で在りし日の彼女を想像しながら補完していくものの、友人が突然異形となった不安感が悪影響して、少し、気持ち悪くなってきた。 「ねえ」 「うん?」 「なんか、今日、体調悪い?」 「エ、ト……」 「目、全然合わないし。声もなんか覇気がないっていうかさ」 目、どこだよ。 「桜?」 そう覗き込んでくる肌色に少し後退る。 それでどうやって食事をするんだ? 声はどこから出てる? のっぺらぼうって耳は残るんだよな。 なんで私がこんな目に。 なんで他の奴らは当たり前のようにしてやがるんだ。 君は、誰だ? 「……ぁ」 視界が暗転した。 ──────── 「〜ッ、はっ、…はあ、はあ、っ…ゆめ、?」 思わず飛び起きた。 やたら変な汗をかいていて夏だというのにどこか肌寒い。 風呂に入らなければいけない。 めんどくさいなぁ、なんて思いながらベッドから降りて、洗面所へと向かう。 いつも起きる時間よりだいぶ早い。 今日はゆっくりしても問題ないだろう。 そんなことを考えながら洗面所へ続く扉を開けた。 「……え?」 のっぺらぼうは私だった。
夏、太陽がやっと沈み、夜が来た。俺は散歩に出かけた。途中で、街の喫煙スペースに立ち寄った。扉を開けると、眩しかった。目をこらすと、さっき沈んだばかりの太陽がいた。タバコを吸っている。俺は会釈をした。太陽も会釈を返した。「お疲れ様です」俺が言うと、太陽は「どうも」と答えた。「今日も暑かったですね」「申し訳ない。それが仕事なもんで」「夏ですもんね」「そうなんですよ」俺はポケットからタバコを取り出した。そして、火をつけようとした時、ライターを忘れたことに気づいた。俺は太陽に言った。「すみません。火を貸してください」すると太陽は自らの体を近づけてきた。「私で火をつけてください」「いいんですか?」「どうぞどうぞ」「何だか恐れ多いなあ」俺は太陽でタバコに火をつけた。すぱーっ。何だかいつもより美味く感じた。これが、今年の夏の、俺の一番の思い出だ。
私の日々の楽しみはカレンダーに予定を書き入れる事、なぜなら人生が充実しているように感じるからだ。 寝室の壁に掛けられた大きなカレンダーには、余白が多く様々な予定が書き込める。 新作ゲームの発売日のような楽しい予定もあれば、取引先との重要な商談といった緊張感のある予定もある。 喜びや悲しみの日々をどう乗り越えてきたのかを一望できるカレンダーを私は勲章のように誇らしく感じていたが、それと同時に空白に耐えられない自分が居ることにここ最近気づいたのだ。 何も書き込まれていない空白の日を見ると無理矢理にでも予定を作り書き込んだ。 その空白は自分自身が何もない人間である事を証明しているようでどこか不快な感情を私に抱かせる。 『私は無駄な人間じゃない』 『私はつまらない人間じゃない』 呟きながら予定を書き込む。 あのカレンダーの余白を埋めるために。 そんな生活を続けて1年ほど経った時、 あのカレンダーに異変が起き始めた。 私が手をつけていない未来の予定が書き込まれているようだ。 最初は私の勘違いかと思ったが、スマホで写真を とり毎日見比べているうちに確証を得た。 しっかりと私の筆跡である。 私は夜寝る前に予定を記入する習慣となっていた。 夜は空白の箇所が翌日の朝には埋まっている。 内容は平凡だか必ず当たっている。 そのことに恐怖や不快感は感じなかった、むしろ私は自動的に空白がなくなることに感動さえ覚えた。 あのカレンダーは私の努力を認め、肯定してくれているのだ。 『ありがとうございます』『ありがとうございます』『ありがとうございます』『ありがとうございます』 私は何度も呟いた。それは呪文のようだった。 心なしかカレンダーが笑っているように見えた。 昔から物事の要領が掴めず、人よりも覚えが悪かった私は一般人よりも努力を重ねて、孤独だが、 昇進の道を進んでいた。 他人には掴みどころがないと思われているようで、友人もおらず、恋人もいない。 それでも生きてこれたのは積み重ねた日々を記録してきたからだ。 私は過去を大切にしてきた見返りとして、 あのカレンダーは未来を与えてくれたのだ。 こんなに嬉しい事はない。 それから1ヶ月は幸せな日々を過ごした。 家に帰りカレンダーの3月分を剥がし、 4月分に切り替えた際に私は驚愕した、 4月19日以降が空白だった。 私はまたあの焦燥感を思い出した。 また私は中身がない人間に戻るのか、 こんな思いはもうしたくない。 誰か解放してくれよ。 カレンダーはにやりと笑ったようだった。 私は空白を無理矢理埋めた。 寝る前に見た4月カレンダーは全て埋まっていた。 取り敢えず満足した私は眠りについた。 翌朝の4月1日からは通常通りの日々を過ごした。 私は予定を埋めたことに満足し、4月19日以降のカレンダーの空白のことなど忘れていた。 忙しい日々を過ごす中で、とうとう19日を迎えた。 その日私はらしくなく15分寝坊をし、焦りながら朝の身支度をして会社へ急いだ。 いつもの道では間に合わないと考え、工事車両が主に通過する荒れた近道を通ることにした。 努力を続けてきた私が遅れることなどあってはならない。 その一心で急いだ。 それがマチガイだった。 私は近道最後の曲がり角をスピードを出して右折した。赤信号ギリギリだった為、飛び出してきた トラックと正面衝突した。 私の意識はおそらく担架に載せようとしている救急隊員の声を聞いて目覚めた。 『まだ、息があります。』 そんな確認は不要だ。 おそらく私は助からない。 なぜならカレンダーには19日以降の未来がないのだから。 私はたった今、あのカレンダーの真意を理解した。 あいつは予定に囚われていた私を開放してくれたのだ。 なんと有難いことだろうか、 できればあの世にもカレンダーがあるといいな。
窓にかかった霜の複雑な模様がまるで芸術品のようだった。月明かりが差し込んで淡い光を投げ、部屋のしじまを増していた。ドアをギシギシと開き、介護士は覗き込んだ。部屋の隅にあるベッドから、こもったイビキが聞こえる。彼はつま先立ちでベッドに近づき、重ねた毛布の下で眠っているお婆さんを確認した。彼女がよく寝ていることに満足して、ドアの所に戻った。 彼は顔を出して廊下をチェックした後、部屋に残った。ゆっくりと静かにドアを閉める。窓際の洋服ダンスに忍び寄り、お婆さんの所持品をかき回した。引き出しをいくつか開けた後、着物の間に金色の印籠が大事にしまわれているのを見つけた。彼の顔には笑みがこぼれ、鼻は喜びにヒクついた。 突然、毛布が動いてイビキが止まった。本能的に彼はベッドの下にうつ伏せなり、ネズミのように隠れた。彼の鼓動は毎秒大きくなっていった。すぐにゴソゴソが止まり、イビキがまた始まった。彼はホッとして額の汗を拭く。ポケットから印籠を取り出し、懸命に調べた。印籠には、ネズミを食べる蛇を描いた金箔が施され、卵形の象牙の根付が取り付けられていた。彼の目に金がきらめき、再び鼻はヒクつく。 「キレイだね~」と、優しい声がした。 彼は同意の返事をしようとしたとき、お婆さんを見て驚いた。お婆さんの頭だけが彼と一緒にベッドの下にあった。頭は、床を蛇行する長い首にくっついている。首の横では、紫色の静脈が活発に脈動していた。ベッドの下に閉じ込められ、彼は隅に縮こまった。彼女は口を大きく開け、鋭い歯の列をむき出しにして、彼の魂を吸い込んで味わった。叫び声が部屋に響き渡り、突然、沈黙が訪れた。毛布が再び動き出し、こもったイビキは続いた。
「入社おめでとう。君たちも社会人になったことだし、ここらで生命保険に入っておくのがいいぞ。会社の推奨はこれだ」 とりあえず入った。 「確定拠出年金を始めないか? 毎月の給料からコツコツと積みあげて、将来の年金を増やせるんだ」 とりあえず入った。 「持株会に入らないか? 毎月の給料から少額の株を買って配当をもらうんだ。今なら、一口につき○○%の株プレゼントもあってお得だぞ」 とりあえず入った。 正直、何の目的で、将来どうなるのかよくわかっていない。 しかし、会社が大丈夫と言っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。 上司の指示を聞くのが嫌だとフリーランスになった友達たちは、成長が楽しいと喜びながら、仕事がない貯蓄が不安だと嘆いている。 ぼくは、成長なんて感じないけど、仕事や貯蓄への不安もない。 多分会社が何とかしてくれる。 「酒、うま」 どっちが幸せなんだろうか、なんて考えるのも面倒になって、とりあえずお酒を飲んで寝た。
昼下がり、牡丹雪がふわふわと散らつく川のほとりで、私と同じくらいの小学生の男の子が声を殺して泣いていた。 私がハンカチを差し出すと「ありがとう」と言って彼は涙を拭いた。 彼は自分を『そうた』と名乗った。 私はそれにならって『ゆいん』と返した。 私とそうたとの二人の世界はそこから始まった。 そうたとの恋は初恋だった。 私たちは、毎日のように川のほとりで他愛のない話をした。 そして、そうたといる時間が唯一の救いであり、初めて得た生きがいだと感じた。 しかし、その幸せな時間は私の親の転勤であっけなく崩れ去った。 そうたと話す最後の日。 私はそうたに引っ越すことを告げた。もう、ここには来れないと涙を流しながら蚊の鳴くような声で小さく言った。 それを知ったそうたは私を抱きしめて、初めてキスを交わした。 ミルクチョコレートのような甘いキスだった。 県外に引っ越してから新しい学校での生活は、そうたとの楽しい思い出を越えられずに淡々と過ごした。 親しくしてくれる子はいるのに、どうしてもなじめなかった。 それくらいのかけがえのない時間だったと身にしみたとき、気づいたら唇をかんでいた。 ひとりっ子の私は家にいるときは部屋にこもって泣いていた。 心配した母が私を精神科の病院に連れて行った時、医師は驚くべきことを言った。 「君は霊感を信じたことはないか?」 私は意味がわからなかった。 だが、母が 「この子は小学生の頃から妄想というか不思議なことを言うんです。春なのに川のほとりで牡丹雪が降っていたとか、冬なのに桜が舞っているなどと現実とは真逆のことを言うんです」 医師は大きく息を吐き、こう告げた。 「君が見ているのは幻覚だ——」 その続きは私の耳には入ってこなかった。 信じられなかった。そうたが幻覚だと知って。 それ以来、私はご飯を食べるのと当たり前のように精神安定剤を服用するようになった。 そして、流れに身を任せて社会的になった数年後に『杉沢』という先輩と恋に落ちた。 肌寒くなってきた秋。 会社の飲み会の後、私は杉沢さんと駅に向かいながら夜空を見上げた。 「月がきれいですね」 「そうだね」 そんなことを二人でつぶやきながら、杉沢さんは恋人繋ぎをしている手の力をさらに強めた。 そして、私を引き寄せて歩道の隅で突然キスをした。 苦いビールの味がした。 杉沢さんとの恋はさほど燃えなかった。 というよりも、これ以上の発展を私は望めなかった。 そうたのことが忘れられないせいか、杉沢さんとは対立することが増え、彼から別れを告げられた。 杉沢さんと別れた半年後、彼はヘッドハンティングを受けて転職した。 それから数年後、そうたと出会ったあの川のほとりを目指して生まれ故郷に訪れた。 今では、桜が散らつくあの川のほとりは神霊スポットとしてSNSで話題になっていた。 そうたはSNS上で「会えば願いが叶う男の子」と称され、多くの人を魅了している。 そうたは幻覚ではなかった。 私は間違いなく神の子と恋をした。 あの初恋こそ私の夢を叶えてくれたものだ。
『何が出来ないかよりも、何ができるか』 そう考えるようにしなさい 恐怖心は、論理的に考えてみると 薄っぺらくなる (完)
駅の立ち食いそば屋で、いつもは山菜そばを注文するが、今朝は気まぐれに、札束うどんを頼んだ。「へい、お待ち」目の前に出されたそれは、素うどんの上に札束が無造作にトッピングされていた。札束はつゆを吸ってふやけていた。つゆを飲み、うどんをすする。そして、札束を箸でつまみ、端をかじる。不味い。やはり、俺は、金なんか嫌いだ。うどんを全部食い、つゆを全部飲み、札束だけを残して店を去った。店の親爺は複雑そうな顔をしていた。夕方、会社の帰りにその駅を再び訪れた。何気なく立ち食いそば屋を覗くと、親爺が、今朝俺が食い残した札束の紙幣を、ドライヤーで乾かしていた。
しばらく連絡のなかった兄の現状を知ったのは、警察からの電話だった。 人を殺したらしい。 何人も。 ぼくたちはただの家族から一変し、人殺しの家族になった。 「今のお気持ちは?」 「遺族の方に申し訳ないという気持ちはありますか?」 「実の家族が犯罪者になって、何か感じることは?」 連日、家に押し掛けるマスコミ。 マスコミの音と光は、殺人鬼の家がどこなのかを世間に教える、いい目印になってしまった。 マスコミが飽きた後、待っていたのは近所の人と他人からの攻撃だ。 「いつまでいるのかしら?」 「早く引っ越してくれればいいのに」 「やっぱり殺人鬼の家族だからかしらねえ」 両親は、日に日に衰弱していった。 父は目にクマを作って会社に向かい、生活費を持って帰って来る。 母は頬もごっそりコケてやつれ、夏だというのに炬燵に潜って眠っている。 ぼくは、学校に行って帰った。 冷たい視線が刺さって来る。 時には暴言が飛んでくる。 石を投げつけられて、額から血を流すこともあった。 「引っ越し先が決まった。来週の夜、この町を出よう」 父は、母とぼくに言った。 ずっと、引っ越しと転職を考えていたらしい。 「でも、この家がないと、あの子の帰ってくる場所が」 「……もう、住むことはできないよ」 母は最後まで抵抗していたが、父が押し通した。 既に母の通う病院も目星をつけたらしい。 「もう少し時間をくれない?」 ぼくは、引っ越しに賛成しつつ、時期をずらして欲しいと頼んだ。 「なにかあるのか?」 「殺人鬼の弟らしいから、殺人鬼の家族らしいことをやって来る。後、ずっと溜めてくれたお年玉、今全部もらえない?」 溜めに溜めた暴力の証拠を持って弁護士事務所に向かって、被害届というやつを出す手伝いをお願いした。 ぼくを殺人鬼の家族だと、犯罪者の家族と嘲笑った皆様。 おめでとうございます。 今日からあなたたちは、犯罪者の家族ではなく、犯罪者張本人です。 受理されたのは僅かだったけど、一瞬でも恐怖を与えることができたから、ぼくは満足だった。 新天地で、被害届を取り下げて欲しいという訴えが来たと、弁護士から聞いた。 当然断った。 だって、君たちも石を投げるのをやめなかったから。 電話を終えると、自然と涙が出てきた。 そんなぼくを、父が後ろから抱きしめてくれた。 この涙は、嬉し涙か、それとも悲し涙か。 殺人鬼の家族であるぼくには、人間の血なんて流れていないからわからない。
だって怖いんだもん、この時期だけは。 おそるおそる手を伸ばす。 あれ!? パチッと音がしない。 すでに冬が終わったと、そのことで知るまだ寒い朝。 ドアノブにビビってしまう季節は終わり。 春になったら旅をしてみたい。 冬の寒さの窮屈感。 気持ちが訴えてくる。 ひとまず、旅エッセイでも読んでみて。 「春の光には、重いコートと一緒に『今の自分』を脱ぎ捨てさせてくれる不思議な力があるのよ」 いいこと言いますなあ。 よしっ、今年は! 思うだけで、結局、行かない。
極悪。 その言葉が自分にはしっくり来る。 別にヤクザに所属しているわけではない。 戦争の武器商人な訳でもない。 ただの一般人、ただの人間。 だが極悪だ。 いや、悪という概念すら覆しているかもしれない。 害悪、諸悪、必要悪。 どのカテゴリーにも属しているようで属していない。 形容するなら極悪。 何かを極めているわけでもないのに。 関連する事象全てに作用して何かを起こしてしまう。 なにもしていないのに。 誰かが言う。 「お前迷惑だよ。」 極悪で迷惑。 実に不名誉な称号。 今日も暇潰しで人に迷惑をかける。
もう直ぐ3月の声が聞こえても良さそうだけど 風は未だ2月と言うだから激寒なのだろう幾ら 妄想の中温泉へ行き首迄浸かろが寒い物は寒い 早く給湯器直らないとエアコンだけじゃ有る種 マッチ売りの少女幻想に為って仕舞う少女じゃ なくおばさんですが余りに寒いのでカイロ直接 貼るとポカポカして気持ち良い裏の注意書きに 使用の際肌に直接貼らないで下さい低温火傷の 恐れが有る為衣服の上から御使用下さいと有る けど私の皮膚は何でも無い激熱カイロ冴え平気 昔天ぷら油脆跳ね左側手首に直撃して1年間は 火脹れ跡消え無かったけど今跡形も無く消えた 私は不死身か化け物かも知れないマッチ売りの 少女は寒空の最中に籠一杯のマッチを抱え1人 寂しくマッチ売る為足早に歩く人々に声を掛け マッチを売るけど寒空に足を止める者等現れず 失意に暮れ少女はマッチを擦り炎の灯り見えた 世界は暖かい部屋暖炉クリスマスケーキと数々 ローストチキンにサラダとコーンスープ沢山の プレゼントが並ぶ幸せな光景少女は妄想現実に 陥り明るい世界を求め炎が消える度にマッチを 沢山擦り続け最期の1本マッチ擦り終え灯りが 消えた瞬間少女の命も消えたと言う悲しい物語 だったそう妄想現実に陷らない為に必要な事は 過度な希望を抱いて現実無視した行動を取る事 つまり冷静な俯瞰が曇り直感冴え鈍る事だろう
私以外の人類が滅びた地球の焼け野原に、空から一冊の本が落ちてきた。それは折り紙の本で、ページをめくると、『人間』の折り方が記されていた。私は焼け野原に落ちている、焼け焦げた紙幣や政府機関紙、避難場所が載った地図などで、人類の復興を試みることにした。
かけていたアラーム、予備のアラーム、予備の予備のアラーム、準備完了用のアラーム、出発用のアラーム、到着用のアラーム。 一つ解除する度に一つ心が軽くなる。 起床時間の心配、失敗への心配、失敗への備えの失敗への心配、事前準備の心配、家を出ることへの心配、誰かに会うことへの心配。 一つなくなる度に一つ心が軽くなる。 何もなくなって空っぽになった心は風船みたいにふわふわと浮かび上がって、関節が軋むほど重かった足取りは、吊られた人形の様に空を踏む。 小さな爪で内側から引っ掻かれて、傷だらけに白く濁って、内側に何がいるのか分からなくなったガラス細工の心は、少しだけ伸縮のゆとりがあるゴム製に変わる。 ヘリウムどころか水素を湛えた様な私の心持ちは、ぐんと宙に浮いて、ささくれだった木製の天井に当たって割れた。 堪らない嘔吐感に必死に回した足を滑らせながら化粧室へ駆け込む。中蓋を上げて陶製の便器のひんやりとした感触を手に感じながら、私の世界の中で一番不浄な水面に映った自分の顔を見つめる。嘔吐感は残っているのに、あの喉を焼きながら上がってくる半個体の感触はない。 どうしようもなく惨めになって、壁に縋り付くように眠った。割れたガラスの心から、何か爪を持つ生き物が出て行った気がした。
「筋トレが趣味なんだよね」 「かっこいい!」 「素敵!」 男Aが力こぶを作りながら言った。 評価は上々。 「食べるのが趣味なんだよね」 「痩せろ」 「デブが」 男Bが丸い腹をさすりながら言った。 評価は下々。 「趣味の副産物に評価が下されるこんな世の中じゃ……」 男Cがつまらない現実を憂いた。
スーパーで高い所の物が取れなくて困っている玄冬の御婦人がいたので代わりに取ろうとした。ヤクルトの8本パックだったと記憶しているそれが、手前に引き出す途中で段差に当たって手から滑り落ちた。冷蔵用の商品棚の全ての段と私の膝を経由して地面に落ちたそれを私は下手糞のはんだ付け配線のようになった脳のまま拾い上げて手渡した。御婦人の表情は覚えてない。呆れか、無感情か、その辺だったような気がする。駐輪場で自転車のナンバーロックを回しながら落としたものを自分のかごに入れてもう一つ取れば良かったと思い至った。嘔吐感を歯ぎしりで噛み潰して、帰り道大声で歌いながら帰った。米津のモノマネで歌った。自分では結構上手いと思っている。変な目で見られた。
女性保安官によると あの後、政府軍の増援により町人たちは制圧されたそうだ… 女性保安官は一つ前の駅で降りていった それから先は知らない… リュックと、キャリーケースを引きずって車内を見回す あの人…私に次の駅に着くまでに貨物室からバイクを盗み出して逃げ切りなさいって…何から逃げるのかしら… でも、さっきから軍警たちの音で騒がしい だから私は女性保安官の指示通りに、貨物室に向かった 複数台のバイクが並列していた 次世代型という雰囲気で、詳しいスペックは知らないから、好みで決めた 車体に荷物を括り付けて、エンジンを吹かせた っうるさい音っ! 鼓膜が心配になるわ コンテナの中だから余計に響くんだもん 嫌になるわ シャッター式の扉までバイクを動かして、汽車から垂直にバイクを走らせた 今更、後戻りなんて考えてないわ このまま、突っ切るっ! 荒れた景色だった サボテンが数本あるだけの寂しい場所 初めての乗り物を走らせるには、ちょうど良い… 私はこれから生きて行くのだわ 心地良い風が、身体を撫でていく… 〜その頃〜 一通の電報が大統領に伝わった 何者かが貨物庫からバイクを盗み出し、現在逃走しています 開拓派閥の過激派と見受けられます なので、こちらで人員を切り分けても宜しいでしょうか… 大統領は不安定に繋がった統治図を眺めながら… 構わないが、あの鉱脈を手に入れることが最重要事項である事を忘れずにな… バイクというのは、汽車よりも維持できるエネルギーに制限がある そう遠くには行けないだろう 見つけ次第、始末しろ…やり方は任せる 大統領は受話器を切る あの鉱脈は今後、我が国の切り札となるだろう 鉱物…化石燃料…どれも、今後の財政に響く 金に目が眩んだ輩も、今は不当滞在とされる身分…殺しても誰も不安はない 〜しばらくすると〜 折り返しの電報が大統領に伝わった 町人名簿と照らし当てたところ、本日処刑される娘がいません 我々が駆けつける前にいた保安官、そして我々と同じ軍警の男のニ名に事情徴収をしたところ、二名が現地に着くより前に娘は脱獄していたそうです ですが、町人たちは食い違う証言をしており、保安官と軍警と乱闘になりその隙にもう一人の保安官が娘を逃がせたと言うのです それから… 私はこの国の大統領だ 田舎者の言うことより、共に秩序を守る君たちの言うことを信じよう 大体、不法滞在者たちで『信頼に値しない』 彼らの言うことは虚言だ。射殺するように …わ、わかりました それと、盗まれたバイクの件ですが、登録されている開拓派閥の中にはいません 新手のメンバーと考えるのが妥当だと思います 身体的特徴として 女であること。 年齢は若年層10〜20代。 胸辺りまでの長髪… もういい、理解した 身体的特徴なんてどうでもいい そんなものは報告書にでも吐き出せ だが、若い女か… ここ最近の開拓派閥は大人しいと聞くが… そう言えば、処刑から逃げた娘がいたな その娘がバイクの運転手なんじゃないのか 町からの距離からして無理な話じゃない どんなに小さな芽でも摘んでおかなければな… 折り返しの電報が軍警に伝わった これより、大統領命令により 我々の3分の2は、開拓派閥によるものと見られるバイク盗難者を追う…以上 それからと言うものの、軍警たちは命令通りバイク盗難者の元に向かって行った こっちは片付いたな… ですね…あの娘…ちゃんと逃がせたのでしょうか って先輩、なに見習いの子と二人で飯食ってたんですか オレが馬で来るまで、全然状況よくなってないじゃないですか 『政府直属』って言ってもね、こんなへんぴな場所じゃ効力がちゃんとある確証なんて無いんですからね いたいた、おにーちゃん!アタシ、あの子を駅まで送ってきたよ! 見習いの女保安官は二人の後ろから、やって来た 後はあの子の運と生きていく本能だけが頼りだわ…短い間だったけど、頑張ってね… 三人はこの地を後にした 〜バイクの振動が全身を駆け巡る〜 何度だって想う… 私はこれから生きていくのだわ もう何にも縛られない。自由なのよっ! でも私、なーんか追われてない? 車内にいた軍警と同じ服装の人たちが、私に目掛けてやって来る こんな所で、捕まるものですかっ 想いに反して、私の意思を打ち砕こうと弾丸が向かって来る 被弾は免れているが、燃料に限界を感じてきた このままじゃ、もたないっ 町で処刑されるのが、本来の運命って所なのよね… でも、まだよ…まだ抗う力は残っている 街の入り口が見えて来た… あの街で状態を整えて、私自身の運命に抗ってみせるわ もう、私の求刑はお終い 今度は貴方たちの求刑の番だわ 沈む太陽に向けて、エンジンを吹かせた (完)
ウエスタンの砂嵐が断頭台をからかう 親殺しの罪を頸に飾って見せつける 頸にめり込んだ縄の実感に浸った 観つめる住人 愉しむ傍観者のこと 暴徒の肴はアタシの酒を不味くする このまま見てるだけ? 冗談じゃない 俺が見過ごす訳ないだろう? それに、ヤツの眼はまだ諦めていない これから、助けられる事を知っているかのようにな 私はこれから死ぬのだわ 頸を包んだ縄がさらにめり込むのだわ 親殺しなんて聞こえが悪いわ 親が何をしていたかなんて、当然知っているはずよ だって皆んな共犯者なんですもの 口封じの為に私を殺すのだわ ウエスタンの砂嵐が地中を探る 隣町からやって来た男の保安官と、見習いの女保安官… 観つめる住人 潜む容疑者のこと 数年前まで、ここはサボテンの花まで逃げるほどの砂漠地帯…だったのよね それがある日、旅人の偶然か必然か、鉱物を掘り当てた… 鉱物の原価を知った住人たちは、その旅人を殺してしまった… その殺害の筆頭が断頭台にいる娘の両親よね。 おまけに、ちゃーんと鉱脈を聞き出しているんですもの、金に目が眩んだんだわ。 アタシ、ピストルで撃ち合うのを颯爽と止める保安官に憧れてここにいるのに、なんだか地味ね 冗談じゃない 少なくとも、旅人が亡くなっているんだ この町の保安官もきっとコイツらだ …俺たちが、ここに来るのはコイツらにとってイレギュラーなはずだ 住人たちの料理は即席だからな 基本的に処刑となると、コミュニティから悪を祓うという意味から華やかな料理が振る舞われるがそれが無い… なに、説明臭いって? 周囲を観察して的確にこなす…それが保安官というものだ よく覚えておけ 私はこれから死ぬのだわ あの二人の保安官だって、私を見てるだけじゃない 『即席の料理』ってことに気付かないのかしら それはそうと、あれは誰かしら 遠いけど、私には見える 走り向かってくる乗馬した保安官の男が しばらく、時間が過ぎた… その娘をどうする気だ 処刑場に着いた保安官の質問は馬を宥めながら続く 死刑人…お前に聴いている 法制度が整えられた今、なぜ断頭台を使っている? 既にお前たちの開拓援助金が断ち切られているよな なぜ引き上げない この地は我々の手には収まらないのだ これ以上は不法滞在とする 観つめる住人… って、あの保安官誰なんです?アタシ聞いてませんけど 俺が呼んだまでのこと…協力者だ…まぁ見てな 馬から離れ、保安官バッチを住人たちに見せつけながら… 時代錯誤も良いところだ その娘の求刑はこちらで『法的』に裁く 罪を包み隠さず吐かせてな… 住人たちの眼が曇る このまま娘を連れて行かれ 鉱脈の事をこの保安官に話せば 政府に土地ごと盗られる… メシを食っている二人の保安官だけなら内密に殺せていたが この男は、そう上手く行かない… 何せ、政府直属の保安官バッチを手にギラつかせているからだ 自前のナプキンで口を拭き終わった保安官は、見習い保安官の女に囁いた なぁ?言っただろう。 あの、『政府直属の保安官バッチ』をみせりゃ古臭い価値観のコイツらも大人しくなるんだよ ナプキンをポケットに詰め席から立ち上がる つられるように女も席から離れた 男は周囲に響き渡るように こんな豪華な料理が振る舞われたんだ… さぞかし大罪をためこんだのでしょう ここは一つ、この政府直属の保安官様にその娘をあげ渡してはいかがです? 冗談じゃない 立ち上がった二人の保安官に町人のひとりが走りながら、ツルハシを大鎌のように振り回した が、ギラつかせた保安官バッチをしまい込みピストルで振り回す町人の太ももに弾を撃ち込んだ オレは『政府直属』だ。発砲に許可書は要らない… ツルハシを振り回したひとりの町人につられて、住人たちが保安官たちを襲う 私はこれから死ぬのだわ いくら保安官でも、この町人の数には敵わないわ 町人には生活が掛かっているんですもの 正義感で存在意義を保つ、保安官なんて頼れないわ 『それが、頼れるのよ』 だ…誰っ! 背後を取られた…さっきまで向こうに居たのに この女性保安官は何者…? えへへ。アタシよ、アタシ なーんか途中からみんな、アンタのことそっちのけで話が進んでるんだけど、本来の目的はアンタの救出だからね うーんよいしょ!はい…もう大丈夫よ。 縄がほどけないなら、ナイフで切っちゃえば良いのよ! その娘をどうする気だ 名前のいらないこの町の一人が叫ぶ どうするも何も、アンタたちの手が届かないところまでよ! それから、女性保安官は私の手を優しく取り私の体調を気にしながら一度自宅に戻って、荷造りをするように言われた 『もうニ度とこの町に戻らなくて良いように迷ったら全部持っていきなさい』 この言葉が汽車に乗ったも木霊していた (完)
朝起きて台所に向かったら、妹がケーキを食べていた。 三段重ねのケーキスタンドに、小さなケーキを置いている。 「なにこれ?」 「ヌン活」 私は時計を見た。 午前八時。 アフタヌーンとはかけ離れている。 「モーニングティーじゃん」 私が呆れたように言うと、妹はケラケラ笑いながらケーキにフォークを突き刺した。 「多様性多様性」 私はケーキを平らげる妹を見た後、顔を洗うために洗面台へ向かった。 バシャバシャ顔を洗いながら、妹の言葉を思い出す。 「まー、そういうもんかー」 言葉と内容が一致しない事なんて、良くある話だ。 アフタヌーンティーをアフタヌーンに食べることは、もうきっと義務ではない。 私はさっぱりした顔で台所に戻り、午後専用を謳う紅茶を冷蔵庫から取り出した。
鏡の前で手を洗おうと手袋を外した時、黒手袋から出て来た、真っ白で筋張った手が、白骨死体みたいで綺麗だと思った。初めて自分のことを綺麗だと思えた。
ひよりは、ごく普通のJKらいふを楽しんでいた。 昼休み、先生が焦った様子でやってきた。 「ひよりさん、あなたのお母さんが大変らしい!」 ひよりは、頭が真っ白になった。 なぜなら、ひよりのお母さんは、もともと体が弱く、もう五年も生きられないかもと言われてきたからだ。 ひよりは、先生と病院へ向かった。 病室に入るなり、 「お母さんっ!」 ひよりは叫んだ。 お母さんは、意識がもうろうとしていて、お医者さんまでもが、「もう無理です」と言いたげな顔をしていた。 機械音が鳴りやんだ。 「ご臨終です。」 お医者さんは、そう告げた。 ひよりは、感情のままにわっと泣き出した。 先生は、ひよりのことを心配した。 お医者さんが出て行ったあと、看護師さんが、 「これ、お母様がなくなる前まで書かれていたものです。私がなくなったら娘に渡してくださいと言われておりました。」 と、ひよりにきれいに包まれた手紙を渡した。 『ひよりへ。 まず、ごめんね。 私はもともと体が弱かったので、ひよりを産むのはあきらめなさいと言われた。 でも、どうしても産みたかった。 そうしたらひよりが産まれてきてくれたの。 本当にうれしかったわ。 ひよりは、私がいなくなって悲しいし、寂しいでしょう。 でも、ひよりは、私の分まで強く生きるのよ。 ありがとう、ひより。 お母さんより。』 とてもきれいな字だった。 びんせんは、所々涙で濡れていた。 ひよりは、この手紙を見て、目に涙があふれた。 最後まで読むと、涙が滝のように流れた。 「お母さんっ…。今までありがとう…」 そんなひよりを、先生は優しく見守った。 ひよりは、それから明るく元気な女の子になった。 理由を聞くと、「お母さんの分まで元気に生きたいから!」と笑顔で答えた。 そんなひよりを、お母さんは天国から優しく見守るのであった。
古い郵便局の片隅で、配達員のルナは一通の手紙を見つけた。 差出人の名前はなく、宛先は「未来のあなたへ」。 消印は十年前。なぜか配達されずに残っていた。 封を開けるべきか迷ったが、ルナは直感で「これは届けなきゃいけない」と思った。 住所を頼りに向かった先は、少し色あせた二階建ての家。 インターホンを押すと、白髪の女性がゆっくりと出てきた。 「郵便です。十年前のものみたいで…」 女性は手紙を見るなり、息をのんだ。 震える指で封を開けると、そこには丁寧な文字が並んでいた。 『お母さんへ もしこの手紙が届いているなら、僕はもうそばにいないんだと思う。 でも、悲しまないでほしい。 僕は最後まで、お母さんの息子でいられて幸せだった。 どうか、自分を責めないで。 あなたは世界で一番の母親でした。 ありがとう。 大好きだよ。 翔』 読み終えた瞬間、女性の膝が崩れ落ちた。 ルナは慌てて支えたが、女性は涙をこぼしながら微笑んだ。 「この子…翔は、十年前に事故で… でもね、最後に何を思っていたのか、ずっとわからなかったの。 今日、やっと…答えが届いたのね」 ルナは胸が締めつけられた。 十年遅れの手紙が、ようやく母の心を救ったのだ。 女性は手紙を胸に抱きしめ、空を見上げた。 「翔、ありがとう。 あなたの言葉、ちゃんと届いたわよ」 その横顔は、涙で濡れているのに、どこか晴れやかだった。 ルナは静かに頭を下げ、郵便局員としてではなく、一人の人間として思った。 「手紙って、届くべき人に届く瞬間があるんだ」と。 帰り道、冬の風は冷たかったが、心の奥には不思議な温かさが灯っていた
老刑事は車を走らせていた。 事件現場に向かっているのではなく、目的地は田舎の田んぼが広がる中に、ポツンとある建物だ。 田舎にあるといっても、建物は3階建て鉄筋コンクリートで、高い塀に囲まれた姿は要塞のようでもある。 住人はおとなしそうな中年夫婦。辺りの風景に似つかわしくない建物に、建物に似つかわしくない住人。 あの事件の鍵は、その要塞にあると確信した老刑事は、頭にある情報の数々をつぶやきながら、ハンドルを握りしめていた。 「もう終わりだ。待っていろ」。事件を画策した首謀者への怒り、被害者の無念、事件解決に対する少しの興奮が、老刑事に胸の鼓動を高めていた。 ようやく目的地の要塞のような家にたどり着いたが、インターホンを押しても反応はなく、人気が全くない。 仕方なく、広大な家の敷地をぐるりと歩き回って様子をうかがってみたが、結果は同じ。周囲数キロにわたって、他に民家はなく、山と田んぼが囲んでいるという立地だ。 入口前に戻って、ため息交じりに車で待機すること決めた刹那。 「あのう」 老刑事は声の方向へ即座に顔を向けた。 目に飛びこんだのは、眼前に迫った金属製の何かと、家主でもない初老の男性の姿だった。 湿っぽくもあり、鈍い音がする。 「いつの間に」「家主ではない。誰だ」「目がやられた」と、老刑事の頭には言葉にならない思念が一瞬のうちに浮かんだが、頭部への追撃で意識は深く混濁していった。 最後に老刑事が聞いたのは、 「この人、始末してもよかったでし・・・・」