思い出ループ“卒業式”

思い出すと切なくて、それでいて温かな懐かしさに包まれるのは私だけだろうか。 私は昔、中学生最後の日にずっと囚われていたことがあった。 卒業式の日。 いつもの教室に行くと、なにやらみんなの雰囲気が少しだけ違う。 今日で、終わりだからだ。 窓から見える校庭は、砂ぼこりだけが風に吹かれて走っている。 私はこの日々を終わらせたくなかった。 面倒臭いこととか、嫌なこともあったけど、それ以上に楽しい日々がそこにはあった。 この日々を思い出にするのが怖かった。 そんな風にずっと考えていると、いつの間にかベッドの上にいた。 あれ?教室にいたはずなんだけど…。 日付を確認すると、卒業式当日の朝だった。 時間が、戻っていた。 そしていつも通り、学校へ行き、教室へ入った。 デジャブだったけど、繰り返してくれたのは嬉しい。 いよいよ卒業式が始まる。 卒業証書を受け取ったり、歌を歌ったりした。 また、嫌になってきた。もうほんとに終わっちゃうんだって思うと。 次の瞬間、また私は自分のベッドの上にいた。 あれ?また戻ってる。これっていつまで続くのだろう。 それからというもの、何度も何度も、卒業式が終わるまでに、時間が戻り、また学校へ行き、というのを繰り返していた。 さすがに、繰り返しすぎて、前に進みたいと思った。 それでもやはり卒業式中には嫌になる。 卒業という事実を受け入れられなかった。 ただ、友達に聞いてみようと思った。繰り返してるのは、私だけなのだろうか? 次のループで、教室に入った時に友達に聞いてみた。 「なんかさ、変なこと言うんだけど、繰り返してない?」 友達は一瞬驚いたような顔をして、 「私も、繰り返してる!」 と大きな声で言った。 すると、クラスのみんなも「俺も!」「私も!」と言っていた。 そこにちょうど担任の先生が入ってきた。 「何を騒いでいるんだ?卒業式で最後だから気持ちは分かるが。」 「先生、繰り返してる?」 すると、先生も驚いたような顔して、「ああ。繰り返している。もしかしてお前たちもか?」 「そうなんです!」 そうして、繰り返していたのは私ひとりだけじゃなかったことを知った。 謎の一体感が生まれ、さすがに繰り返しすぎてどうしようもなかったので、クラスの総意で前に進むことになった。 ただ、前に進む方法は分からない。 ひとまず、先生の提案で、みんなで手を繋いで輪になって歌おうということになった。 そして私たちは手を繋いで大声で歌った。 目の前にいる男子が泣いた。 見える訳ないけど、その涙の中にはその男子の今までの学校生活の思い出が映っていた気がした。 それを見ると、私も、泣けてきた。 私も自分の涙を見ると、やはり、今までの思い出が映し出されていた。 嫌なことも楽しかったことも、悔しかったことも、本気でやってきたことも全ての思い出が涙となって流れ出た。 そして涙の連鎖は広がり、とうとう全員が泣いていた。 もう音程も顔もめちゃくちゃだった。だけど、最高だった。 このクラスのみんなと会えて、本当によかった。 そのクラス合唱を経て、私たちは無事卒業式を終えられた。 これから別々の道に行くから寂しくなるけど、あの歌で最後の最後に改めて実感した。 私たちは1人じゃないんだと。 これから進む新しい道で、困って立ち止まったり、うまくいかないことが必ず起きると思う。 だけど振り返れば、この思い出がある。強い強い、思い出が。 思い出にするのが怖かったけど、思い出はきっと、未来の私たちの力になってくれる。 だからみんなで前に進めたことを、誇りに思う。 今年も卒業シーズンになった。 ひとりひとりに、クラスごとに、ドラマがある。 私は毎年思う。 卒業するどこかの誰かに対して。 未来は明るいよ。 卒業、おめでとう。

一方的に愛を語らせてよ(❄️🐏様).2

私は同級生の氷織羊くんが好きだ。 でも彼はそんな簡単な家庭じゃなくって。 そんなことをぐるぐる考えながら帰路に付く。 ふと上を見上げると朱色の空が見えた。 その色の暖かさは今の自分の気持ちへの冷やかしかと思うほど綺麗だった。 そんなはずないのに。 自分の気持ちと空の差。 何故か自分と氷織くんとの差を突きつけられているような。そんな気がした。 だから私は空から逃げるように視線をずらした。 こんなに劣等感に浸っているのにこの後はバンビ大阪のマネをしに行かなければならない。 きちんと話せるだろうか。 きちんと取り繕えるだろうか。 そんな不安を抱えながらも私は帰路を歩いた。

理想的な生活計画の上に乗る書類

 午前六時起床。  午後十時就寝。  そんなスケジュールを達成するための、理想的な生活計画を立てた。   「残業よろしく」    しかし、午後五時半に終わるはずの仕事は、追加の仕事で即座に乱れる。  食事、洗濯、掃除、入浴。  生活的必需事項をこなせば、気づけばゼロ時を回る。    睡眠時間は徐々に削られていき、仕事中に眠気という形でフィードバックされる。   「最近、欠伸が多いぞ。たるんでるんじゃないのか? ちゃんと寝ることも仕事の内だぞ?」    午後五時半に帰宅する上司から、ありがたい説法を頂くようになった。  午後六時。  上司から午後五時半に渡された仕事の書類を、周囲にぶちまけた。  近くに座る同僚たちはぎょっとした表情をしたが、すぐに自分たちの仕事に戻った。    当然だ。  皆、忙しい。   「残業よろしく」    健康的な生活を取り戻すため、ぼくは新たな生活スタイルを作り上げた。    午後七時。  食事時間。  弁当を持参し、右手で仕事しながら左手で食べた。  弁当の中身は大好きな生姜焼き定食、ニンニクマシマシ。  会社にニンニクの匂いが広がるが、仕方ない。    午後八時。  入浴時間。  椅子をどけでたらいを置き、給水室からお湯を引っ張ってくる。  上半身で仕事をしながら、下半身で入浴をした。  女子社員たちが逃げるように帰宅したが仕方ない。    午後九時。  洗濯時間。  パジャマに着替え、今日来ていたシャツを風呂の残り湯で洗う。  もちろん、洗剤もきちんと入れる。  持参したハンガーラックに洗ったばかりのシャツを干した。  会社に室内干し特有の生乾き臭が広がるが、仕方ない。    掃除時間は諦めた。  帰宅していいから、掃除する必要も無いだろう。    午後十時。  仕事が終わったので就寝を開始。  寝袋の中に潜りこんで、床に寝転ぶ。  会社には誰もいない。  消灯をしても怒られないだろう。    おやすみなさい。   「なんだこれは!?」    翌日、出社した上司に詰め寄られた。   「仕事です!」    まっすぐな瞳で上司を見ると、上司はさっと顔を青くして、ぼくに有給休暇を進めてきた。   「でも、仕事が」   「いい、いい。俺がやっとくから」    その日から、残業がなくなった。  ぼくは理想的な生活計画を取り戻した。

一方的に愛を語らせてよ (❄️🐏様).1

こちらは三日月ステップパロとなっております。ブ/ル/ー/ロ/ッ/ク依氷/織/羊/様です。また夢主様の名前は◯◯にしております。脳内で当てはめてお読みください。🙇‍♀️ 誰も気づいてくれない____ いや、気付かない。 夜の中に紛れて隠れてしまうような。 そんな恋なんだ______ 望月 〇〇 ・氷織羊と同じ学校 ・バンビ大阪のマネ

【超短編小説】「匂い付き消しゴムの思い出」

 小学校の時、匂い付きの消しゴムというのが流行った。みんなで競って、イチゴやレモン、変わり種ではハンバーガーの匂いのする消しゴムなどを学校に持ってきて自慢し合っていた。  その流行に乗らなかった、いや、たぶん家庭のお金の事情で乗れなかったクラスメートの男子が、ある日、ニコニコしながら一個の消しゴムを持ってきた。 「何の匂いなの?」  そう尋ねると彼は、 「死体のにおいだよ」  と答えた。その消しゴムからは何とも言えない嫌なにおいが漂っていた。  彼はずっとニコニコしていた。  結局、その一件がきっかけで、ブームは静かに終わった。  そんなことを今日、このレンタカーに乗った瞬間、思い出した。

せっせと

 農作業のボランティアに来る。 せっせと働く。 種を蒔く。 なんかエッチな気分になる。 いかんいかんと思う。 せっせと働く。 水を種に蒔く。 何かを支配した気持ちになる。 いかんいかんと思う。 農業というのも宗教染みているのかもしれない。

ゆきがふってきた

 僕の彼女は、いつも暗かった。  早く死にたいだとか生きたくないとか、そんなことをよく言っていた。それでも僕の事は好きでいてくれて、ずっと一緒に居てくれた。 「浩くんのおかげで、まだ生きていられる。」  そんな言葉を聞かされていた。  どうしてあんなふうになったのか、本人にはわからないらしい。特段なにかがあったわけではないが、気づいた時にはずっと隣に希死念慮がいたらしい。  そう言われても、 「辛いね」  なんて言葉をかけて一緒に過ごすしかなかった。  最近、彼女はバイトを始めた。落ち込み気味ですぐ体調を悪くしてしまう彼女にとって、それは大きな進歩だった。それも、苦手だと言っていた接客業だった。 「近くでバイト募集してるのがここしかなかったから」  と無理をしているようだった。  初出勤の日、帰ってきた彼女は不器用ながらも笑って見せた。 「みんな優しいし、なんとかやっていけそう。レジも覚えることは多いけど。」  そんな彼女が微笑ましくて、なによりこうして働けるようになっていたのが嬉しくて笑う。 「雪がこうして元気でいてくれて、僕も嬉しいよ。」  次の出勤日、彼女は青ざめた顔で帰ってきた。手が、震えていた。 「今日、いっぱい、ミスしちゃって……それで、ね、あの……」  今にも泣きだしそうなほど涙が滲む。 「まだ始めたばっかりなんだから、しょうがないよ。頑張ったね。」  なんて声をかけて抱きしめた。でも彼女は収まらない。 「やっぱり、私なんもできないんだ……!こんなことも何もできなくて、迷惑ばっかりかけちゃって、」 「雪」 「私なんて死ねばいいのに!生きてちゃいけないのに!」  必死に頭に打ち付ける彼女の手を、いつものように握る。  やめて、そんなことしないで。と、声は不思議と出なかった。  疲れたのか、そのうち眠りについてしまった。 「辛かったね。よく頑張った。」  そう言って彼女の頭を撫でる。もう何日も家にいたのに急に働き出したんだ、疲れるのも当然だ。  財布を手に取り、玄関を出る。  彼女のために、なにか甘いものでも買ってきてあげようと思い、コンビニへ向かう。  彼女の好きなプリンを買ってきた。これで、少しでも元気を出してくれたらいいな。  そうしてまた、たくさん話を聞いてあげよう。  そうして着いたいつものマンションのエントランス。  2月の夜の温度が肌に突き刺さる。  ふと上を見上げると、ゆきが降ってきた。

カレーライス

カレーは好き 野菜は苦手 でも カレーは好き カレーは好き 辛いものは苦手 でも カレーは好き カレーは好き スパイスカレーは苦手 でも 家のカレーは好き 下の台所から 匂いがしてきた お腹空いたなぁ

いっそ

ずるい。 いつもそう思う。 飄々としていてどこか掴みどころがなくて 掴んだと思った瞬間に一瞬で口の中で消えてしまう綿菓子のようにどこかにいってしまう。 縮まったと思えば距離を取られ 離れたと思ったら距離を縮められる。 友人に相談する度に 「そんな人やめときな〜?」と言われる位 しょーもなくて、私の為にならなくて、幸せにならない事は頭では理解している。 そう。頭ではわかっているのだ。頭では。 本当に終わりにしようと思って 距離を保っている時も頭では理解していても、 どーしようもなく会いたくなってしまうのだ。 もういっそ終わらせてくれないかと思い 会ってる時にひどく堪える言葉を投げた事がある。 そんな言葉も気分を害するだけの言葉と受け取られてしまい、そこから気まずくなってなんとなく連絡取らない期間と会わない期間ができた。 その間中も結局考えてしまい まとまるどころか自分でもどうしたいのか?迷走してしまった。 結局相手の求めてない型にはハマれない。 でも私は…。 だからいっそなんにもなかった事にしてほしい。 でも自分で関係を始めておいてなかった事にしてほしいなんで結局図々しいのだ。 そう。だから終わりも私が決めなきゃいけない。 でもまた私から連絡をしてしまうのだ。 そしてずっとそこから動けない。

【超短編小説】「線香花火」

 古いビジネスホテルの、古いテレビの、有料チャンネルで、一日中、その映像は流れている。  暗い、玉砂利が敷かれた地面に、一人の浴衣の少女が、しゃがみ込み、線香花火を楽しんでいる。それだけの映像である。  疲れたサラリーマンたちが、他の映像を期待してチャンネルを合わせると、その映像に出くわす。サラリーマンたちはその映像になぜだか引き込まれて、じっと見入ってしまう。  一本の線香花火が燃え尽き、火の玉が落ちる瞬間、サラリーマンたちの頬に涙が流れる。  サラリーマンたちははっと我に返り、慌ててテレビを消す。  明日も早い。彼らは眠る。  しかし、翌朝から彼らは、人込みの中に、あの少女を探している自分に気づく。その瞬間は何度も彼らに訪れる。こうして彼らの人生は少しずつ狂っていく。

眼鏡をかけた時だけ好き

「三城さん、お疲れ様」   「市場さん。お疲れ様です」   「そろそろ、仕事終わる? 良かったらこの後、一緒に晩御飯でもどうかな?」    私は動揺の余り、机の上の書類を盛大に床へぶちまけた。   「大丈夫!?」   「だ、大丈夫、です! じゃなくて、晩御飯、行きます!」    書類を二人で拾いながら、私は残業を言いつけてきた糞上司に心の中で感謝した。一瞬だけ。    市場さんは、うちの会社のエリート社員だ。  会社にいる女子社員からの人気も高く、どうにかお近づきになれないかと静かな冷戦が繰り広げられている。  高学歴、高収入、高身長、おまけにイケメン。  三高どころか四高だ。  そして、最も優れたポイントが眼鏡男子ということだ。  初めて市場さんを見た時、今まで見てきた眼鏡男子がパチ物に思えるくらいの衝撃を受けた。  眼鏡フェチの私が心を射抜かれたのは言うまでもない。    私は急いで仕事を終わらせ、市場さんと晩御飯へ行った。   「予約の三城です」   「はい、二名でご予約の三城様ですね。お待ちしておりました」    オシャレで、しかし仕事着が浮かない程度のカフェで、私たちは晩御飯を楽しんだ。  仕事の話に軽く触れた後、普段は話さないプライベートの話で盛り上がった。  明日も仕事なので、健全に二時間で解散。    夢のような時間を終えて、自宅のベッドに倒れ込んだ私は、次の予定が入ったスケジュールアプリを見てにやけてしまう。  思い浮かぶのは、悔しがるだろう女子社員。  そして、眼鏡をかけた市場さんの尊い顔。   「皆、ごめん! 私、幸せになります!」    告白されたわけでもないのに、市場さんと一緒に過ごす未来が浮かび続け、眠気が頭の中から押し出され続ける。  洗濯完了を示す洗濯機の機械音が鳴るまで、私はベッドの上で悶え続けた。    三回目のデートで告白され、付き合うことになった。  さらに三回目のデートで、ホテルに泊まることになった。    シャワーを浴び終えた私の体は既に火照っていて、「じゃあ、次は俺が入ってくる」と言ってすれ違った市場さんの眼鏡に、赤い私の顔がはっきりと映っていた。  私はベッドにちょこんと座り、シャワーの音を聞いていた。    シャワー室の中にいる市場さんの姿を想像すると、熱された体がさらに熱くなってきて、布団が溶けるのではないかと心配になった。  もちろん、私の妄想の中では、市場さんに眼鏡がかかったままだ。  普段とは違うお風呂眼鏡をかけていて欲しいと、フェチの妄想が大爆発を続けていた。    シャワーの音が止まる。  シャワー室の扉が開く音がする。   「おまたせ」    バスタオルを体に巻いた市場さんが、床を踏みしめて私の方に近づいてきた。  バスタオル越しでもわかる、肉体美。  そして、美しい肉体の頂点にあるのが、美しい眼が……。   「え、誰?」   「え?」    なかった。  バスタオルを巻いている変な顔の男は裸眼で、なぜか私のことをじっと見ていた。   「え、あれ? 市場さん? ですか?」   「え? ああ、うん。そうだけど」    変な顔の男は、困惑したような顔で私に言ってくる。  私の体の熱が空気中に溶けていき、急激に体の冷えた私は小さくくしゃみした。   「なんていうか、眼鏡をはずすと、その、雰囲気が、違うんですね」   「ああ、そうだね。友達にからよく言われるよ」    変な男が頬笑みながら私に近づいてくるので、私は咄嗟に後ろへと下がった。  変な男は、驚いたように動きを止める。   「あの」   「え?」   「スミマセン、突然アレが来ちゃったんで、ちょっと今日は無理そうです」   「え、あ、そうなんだ。じゃあ、しょうがないね」    私の意図を察したようで、変な男は私から離れ、いそいそと服を着始める。  私も急いで服を着始める。  衣擦れの音がするというのに、いっさい胸が高鳴らない。  緊張もない。    冷静になると、市場さんへの罪悪感が沸いてきた。  ここまで期待させたのにお預けさせる結果になったのだ。  丁重に謝罪だけはするべきだと思った。   「市場さん、すみません」   「いや、こっちこそ、すまない」    私と市場さんは互いに頭を下げて、顔を見合わせた。  そこには、眼鏡をかけた半裸の市場さんがいた。  私は市場さんに飛びついて、そのまま市場さんをベッドの上へと押し倒した。   「!?」   「市場さん! そのまま! そのままです!」   「無理になったんじゃ?」   「未だかつてないほどに準備万端です!」    眼鏡がなければ成立しない愛。  私は未来への不安を抱えつつ、目の前の眼鏡(かいらく)を貪った。

ちょっきん

はさみでちょっきんちょっきん 過去にあった嫌な出来事を はさみでちょっきんちょっきん きれいさっぱりわたしの中から その嫌な出来事たちが 消えていく消えていく 次々と はさみでちょっきんちょっきん あれもちょっきん これもちょっきん はさみでちょっきんちょっきん でもねでもね おかあさんにほっぺたを ひっぱたかれたことは なんでだろう ちょっきんできない

サッカーボールの月模様

 どなこ。いつからか両親は僕のことをそう呼ぶようになっていた。両親が呼ぶ度に何かが脳を焼いてしまう痛みを覚える。本名はマサヤなのだが、そう呼んでくれるのは今やたったひとりの友人だけである。  コロコロと足元にサッカーボールが転がってきた。斜陽に照らされて浮かび上がった細かな傷たちは僕に近寄ってくる彼の努力を証明していて、まざまざとそんなこともできない僕を見て嘲笑っているようにすら思える。劣等感を誤魔化すために足元のボールを拾い、彼へと手渡した。 「そろそろ帰ろう」  そう言って彼は笑う。晴れやかに、夕焼けの中でなお輝いている。右頬だけ少し引きつり気味なのは、幼稚園の頃から変わらない彼の癖だ。そのせいで歪んで見える笑顔は、彼のたった一つの欠点かも知れない。  彼はとても優秀で両親からも信頼されて恵まれているけれど、どことなく変なやつだった。幼稚園で他の園生と取り合いになったおもちゃを力尽くで取った挙げ句、泣き出してしまった相手の声で駆けつけた先生に叱られる僕を彼は庇ってくれた。 「マサヤは、さきにそのおもちゃをつかってたよ。うばわれそうになってたのを、とりかえしただけ」  朧気だけれど、その後先生はちゃんと事情を聴取した結果、僕も相手も両成敗された苦い思い出が残っている。ただハッキリと、その幼い容姿から限りなく疎遠な冷徹さを纏う瞳や表情だけは、今もなお鮮明に浮かび上がる。  隣を歩く少年は、夕焼けより輝かしい少年は今もまだあの頃のままなのだろうか。薄暗闇の中でちらりと視線を向けると彼の目は先ほどと変わらない、優しさや穏やかさなんかをごちゃ混ぜにした垂れ目のままだった。それがどうにもこそばゆく何かを掻き立てる。 「おーい、どなこ!」  チクリと熱が走る成人男性の低い声。生まれてから今まで一瞬たりとも忘れたことのない震え方が鼓膜を揺らす。固まった眼球を無理に動かして右を向くと、ちょうど父親が向かいの歩道から車通りの少ない車道を急いで渡ってきた。 「父さん…」  ライトブラウンのダウンジャケットから伸びる両腕が僕の左肩を掴み、彼の方向へ強制的に向きを変えた。目に入った彼の顔は困惑に満たされていた。 「どなこと遊んでやってくれたみたいで、ありがとうね!こいつ、どうしようもない子でしょ?何か不満とか、怪我させられたとかあったらすぐ教えてね。ちゃんと叱るから。じゃあ、どなこは私が連れて帰るね。ありがとうね!」  左肩に置かれた掌は今にも僕を連れて行こうと強く圧迫しているからか、段々と腕が痺れるような感覚が広がっていく。そのままもう一度急転する方向に、三半規管が大きく揺れて胃が悲鳴を上げ始めた。父さんはそんな様子を知りもしないで足を進め、引きずられるように僕の足はふらつきながら前へ歩き始める。  なるべく知られないようにしていた。彼が距離を取らないように。僕がどうしようもない子だと知られないように。その評価を彼が知ってしまわないように。そう評価する両親が居ることを見てしまえば、彼もきっとそうなる。彼は変だけれど、最近はそうでもなくなっていたのだ。元からあった優秀さは適切な評価を受け教師たちからは優秀生徒として、級友たちからは頼れるリーダーへと変わりつつある。幼稚園で見た彼は幻で、社会の中で評価される品行方正な彼こそ本物の彼自身なのだと認識させられる。品行方正な彼は優しく、だから僕のような合わせられないやつとも遊んでくれていた。だが、父さんにとって僕はいつまでも救いようのない馬鹿で無知な子どもなのだろう。左肩を圧迫する強さが示すように、いつまでもリードを付けて散歩させなければいけないペットのようなものなのだ。そして僕にそれを逃れる術はない。事実、僕は無知で無能で空気も読めない人間だから。  あまり時間も経っていないのに、もうあたりは暗闇に溶け始めている。静かに街灯が灯って、途端に肺の奥から何かがせり上がり僕の涙腺をやたらと刺激したと思えば、今度は嗚咽まで現れ始める。 「マサヤ!」  振り返ろうとしたけれど、分厚い掌はそれを許さなかった。すると、何かを殴るような音と共に左肩の圧迫感が緩まっていく。父さんを見れば後頭部を抑えながら蹲り、僕の足元にはコロコロとサッカーボールが転がっていた。 「そのボールあげるよ!そろそろ新しいボール買うからさ」  そう言って彼は笑った。暗闇に滲んでよくは見えないけれど、少し右頬が引き攣った笑い顔で眩しいくらい輝いている。足元のボールに浮かぶ無数の傷達は、街灯に照らされて月面のような複雑な模様を浮かび上がらせる。それを拾い上げて僕は彼に手を振れば、彼も大きく振り返す。彼の笑顔はどこまでも太陽を思わせる輝きに満ちていた。

いやな日

なんか いや 今日は いや なんか やだ 今日は やだ いやなの やだなの なんか わかんないけど やだ いや うざい。 今日みたいな じぶんが いちばん だいっきらい。

雪が溶ければ春になる

かじかみ、ひび割れた指先から零れた赤い血が、差出人の名前を滲ませる。一年ぶりの雪が、待ちわびた手紙を運んできた。夏の海を背にした君の弾ける笑顔が、どんよりと重い僕の心を照らす。雪が溶ければ、春が来る。──そう願いつつ、遠くで軋む雪の音に耳を澄ませ、曇った窓に君と僕の名を書いた。

女兵と少年

 サイはおさげ髪を風に揺らしながら、海を眺めていた。冬晴れのカラッとした空とは違って、水平線は寒々しく暗い色をしている。手前の岩でできた堤防には昆布がへばりついた船が泊められ、村の男たちが陽気な歌を歌いながら魚を運び出しているところだった。つんとした磯の香りがこっちにまで漂ってくる。 「あんれ、女兵さんでねえか。こんな時間にうろついてて大丈夫か?」  声が聞こえて振り向くと、村の子供が人懐っこく笑って立っていた。背はサイより少し高いぐらいで、キリッとした眉が特徴的な少年だった。膝丈の着物の裾が潮風に揺れている。 「ええ、今日は休憩時間がいつもとズレたの」 「そうかぁ。だったらちょっくら教えてほしいことがあんだけども」  彼は隣に座ると、ちょっと恥ずかしげに続けた。 「ちょっと前、おめえさんとこの軍が隣国のプグァンに攻め入ったべ。だども、なんであんなにすぐに戻ってきただ?」 「あぁ、あれは司令官の判断がまずかったのよ。司令官はプグァンを支配して、あの国の早足の騎馬隊を手に入れたかったようだけど……それにしたって報酬が労力に見合うとはとても思えないわ」 「そりゃそうだべな。あんな高原しかねぇ国支配したって、軍は得しねぇべ」 「それにね、プグァンを攻めたから、大国ルオバまで敵に回してしまったのよ。だから私たちの軍はプグァンとルオバの合同軍に敗戦して、すぐ戻ってきたってわけ」 「ふぅん、ルオバはプグァンと仲がいいんだな」  少年は何度も頷いた。高原の小国プグァンは、こうして何百年も大国の緩衝地帯として平和を保ってきたのだ。 「……ん? だとしたら、なんで負けるって分かりきってるのに攻め込んだんだ?」 「……さぁね」  サイは黒々とした海を眺めた。脳裏にプグァンへ進軍するときの様子が浮かぶ。ひんやりとした風が吹く秋の朝だったが、天幕の中は目がまわるような熱気が充満していた。兵士たちは地を揺るがすような雄叫びをあげ、弓弦を鳴らし盾を打って士気を上げた。彼らが発する狂気にも似た鋭い興奮に、サイは薄ら恐怖を覚えたものだった。 (軍は兵士たちに信じ込ませたんだわ……プグァンの騎馬隊を手に入れ、ルオバまでを侵略し、大陸統一するなんていう夢物語を……) 「おーい、おめえ大丈夫か? ぼーっとして」  ハッと意識を戻すと、少年が心配そうに顔を覗き込んできていた。サイは急いで笑顔を浮かべた。 「ちょっと思い出してただけよ。あ、今話したことはあんまり村の人たちに言っちゃダメだからね」 「わかってらぁ。司令官どのも案外馬鹿なことするなぁなんて話したら、首が飛んじまうもんな」  少年は肩をすくめて、歯を見せて笑った。サイもつられて微笑んだ。海はゆっくりと波を運んでくる。黒くギラギラと大砲を光らせながら、遠く水平線を戦艦が通っていった。

大人食堂

 ご飯が用意されない子供のために、子供食堂を開いた。  子供たちが喜んで集まった。    同時に、大人も集まった。  小遣いカット、借金地獄、様々な事情で集まった大人たち。  事情を聞けば放っておくわけにもいかない。  子供食堂を、訳アリの大人にも開放した。   「ありがとう!」   「ありがとう!」    ニコニコ顔で帰っていく子供を見ると、自然と笑顔がこぼれる。   「ベジタリアンに考慮してない!」   「脂っこいものは食べられない!」    イライラ顔で帰っていく大人を見ると、自然と笑顔が消し飛ぶ。    大人は、指導者の振りをする。  どんなに自分が下であっても。   『今月末を持って閉店します』    大人の食べる量による支出の増加。  大人のクレームによる精神的疲弊。  ぼくの体へ限界を迎え、子供食堂は閉店へと至った。   「俺は今度から、どこで飯を食えばいいんだ? 社会人として、最後まで責任を持ってくれないと困るよ!」    一円も払ってない大人を見ながら、ぼくはシャッターを閉めた。  もう二度と、開くことはない。

ちょこさんです

一応こんなでも絵師さんやってます❗️ りくえすと は年中受け付けてますが、 今年から受験生になるので 浮上数は少なくなります。 申し訳ないです😢➰️ 暇な時間は浮上してるので りくえすと、ふぁんあーと等、待ってます🤙🏻💕

ゴミ袋の札束

 自治会が正常に機能する私の田舎では、ゴミステーションの立ち当番が存在する。  カラスがゴミ袋を食い漁ったり、燃えるごみの日に燃えないごみを出そうとする不届き者を止められるのは良いが、当番の日には朝早く起きなければならないのだけが難点だ。    しかし、田舎で円滑な人間関係を回すには、必要なことだ。   「おはよう。朝から、大変ねえ」   「おはようございます。もう慣れましたよ」    昔から住んでいる自称地主と当たり障りのない会話を繰り返しながら適当に立っていると、最近近所に引っ越してきたマダムがごみを捨てにやってきた。  今日は燃えるごみの日。  マダムが持つごみ袋の中には、よく燃えそうな紙が大量に入っていた。  私たちが、普段支払いに使う紙が。   「おはようございます」   「あ、おはようございます。えっと、それは?」   「ああ、これ? もう使わなくなったから、捨てようと思って」   「いやいやいやいや!」   「最近、キャッシュレスってのを始めましてね。あれ、便利よねー。紙幣を使わなくても、お支払いができちゃうんですもの」    あまりの衝撃に止め切ることができず、マダムはごみを出して家へと引っ込んでいった。  ゴミステーションの中には、一万枚は入ってるだろう紙幣の塊が置かれてしまった。   「え? え?」    混乱で熱くなった頭を冷ます。  ごみは、一度出してしまえば回収役の物、つまりは市の物だ。  粗大ごみでもそうだが、ごみとして捨てられたものを持っていくことは罪だ。    私はごみ袋から目を逸らすが、数秒後には再び戻った。    一万枚の紙幣の塊。  今、紙幣がごみとして出されていることを知っている人間はいない。  私とマダムだけだ。  いや、実に興味なさげなマダムの様子から、マダムもすでに紙幣の存在など忘れているかもしれない。  となれば、知っているのは私だけ。    ごくり、と大きな唾を飲む。  頭の中で、自分の時給で何万時間働けば手に入る金額だろうかと計算が始まり、すぐに脳がショートする。   「いらないんなら、もらってもいいよね? ごみ回収の人も、困るよね?」    煙を上げているだろう脳からは、私にとって都合の良い未来を作り出され続ける。  バレない。  バレない。  絶対にバレない。    私はごみ袋をゴミステーションからそっと取り出し、裏へと隠した。  その間も、心臓の動機が止まらない。  万引き犯の気持ちって、こんな感じなのだろうか。    その後も次々と、ごみを出しに近所の人がやってくる。   「大丈夫? すごい汗よ。誰かと当番変わってもらって、休む方が」   「だ、大丈夫です!」    今変われば、持ち帰ることができない。  私は余計なお世話に愛想笑いを向けて、職務を全うした。  ガランと誰もいなくなったゴミステーション前。    私はあたりを見渡しながら、紙幣の入った袋を担ぎ、急いで自宅へと走った。  腰がみしみし悲鳴を上げているがわかる。  もしかしたら午後には病院に行く羽目になるかもしれない。  だがそれでも、私は走った。  もしもこれが私の物になれば、腰の痛みも病院代も些細なものだ。   「はあ……はあ……」    自宅に入って扉を閉めた時、私はようやく安心できた。  近所の人全ての視線が敵に感じた四面楚歌から、ようやく解放されて気分だ。    私は玄関に座り込んだまま、ごみ袋から紙幣を一枚取り出して眺めた。    手触りも香りも、間違いなく本物だ。  すぐに自動販売機につっこんで本物か確認したくなったが、自動販売機に入らない紙幣だと気づいてやめた。    しばらくぼーっと玄関に座り続け、我に返った時には無性に悔しくなった。  プライドを守るためだけにマイホームを買った自分が、ホームレスのような真似をしたことに、言いようもない軽蔑の念を抱いた。    私は、私の思い描く普通の人間の道を、きっと外れてしまった。    私は歯ぎしりをしながら数枚の紙幣をつかみ取り、そのまま着替えて外へ走った。  このモヤモヤを消すために、最近近所にできたフランス料理屋へと。  高級なフルコースという食に逃げることで、何もかもを忘れたかった。   「いらっしゃいませ。おや、どうも」    そこで初めてフランス料理屋の店長がマダムのご主人だと知り、私は一層みじめな気分になりながら、味のしないフルコースを食べた。  食後にマダムのご主人を抱けば、私は何もかもを忘れられるだろうか。  そんなことを考えながら。

愛が重すぎる

「別れましょう」    女は言った。   「突然どうして? ぼくたち、仲良くやってたじゃないか!」    男は言った。    女は、男の言葉に申し訳なさそうな表情で返し、無言でその場を立ち去った。  以降の連絡もすべて無視。  一日中を緊張した面持ちで過ごし、入浴後にようやく安堵の表情を浮かべた。    体重計の上で。   「よかった。五キロも減ってる」    女の愛は重すぎた。  自分の体重を増やしてしまうほどに。    恋人を捨てて標準体重に戻った女は、満足げに一日を終えた。

祈ランド

 午前八時。  午後八時。  一日二回、ぼくたちはあらゆる作業の手を止めて祈りを捧げる。    幼い頃、一度だけ両親に聞いたことがあった。   「これ、誰に祈ってるの?」    両親は顔を見合わせた後、首をかしげて言った。   「さあ。とりあえず祈っときなさい」    壁に囲まれたこの国は、外部のあらゆる災いから守ってくれる。  地震や台風が来たことはない。  病気が蔓延ったこともない。  殺人や盗みを働く人もいない。  それもこれも、祈りのおかげだと誰もが言う。    しかし、どこに行っても祈るべき対象の像も絵もない。  誰も、祈っている相手が誰なのかを知らない。    学校の先生は言った。   「祈る先は、ただ一つ。故に、像も絵も不要なのです。像や絵が必要なのは、偶像という災いがある世界だけです」    わからない。  相手がわからないまま捧げる祈りは、果たして祈る先とやらに届くのだろうか。  人間だって、名前を呼ばずに「おーい」と叫べば、きっと叫び声が聞こえた複数人が同時に振り向いてしまう。    ぼくの足は自然と、大きな壁についている大きな扉の前に向かう。  扉を守る警備員たちはぼくの姿を見つけると警戒を高め、眉間に皴を寄せた顔で言う。   「何か用かな?」   「外って、見れたりしませんか?」   「駄目だ。外を見ることは、禁止されている」   「どうして?」   「外を見ることは、今への不満。即ち、祈りへの不信を意味する。我が国において、それは最大の罪」    ぼくは素直に引き下がった。  警備員の瞳は本気で、ぼくが指一本でも変なことに使おうとすれば、きっとぼくを逮捕していただろう。    ぼくは自宅の部屋で、窓から壁を眺める。    壁は、ぼくたちあらゆる災いから守っている。  同時に、祈る以外を考える自由も奪っている。    ぼくは両手を合わせて、壁に向かって祈ってみた。  午前八時でも午後八時でもないけど祈ってみた。    どうか、ぼくが誰に祈っているのか教えてください。  人生で一番、真剣に祈ってみた。    しかし、願いが届くわけもない。    今日もぼくの周りは、災いもなく生きている。  何かに祈りながら。

ペット食堂

 子供が欲しい。  でも、子供を育てるにはお金がかかる。  食事という重要な要素を削る程、日本は貧困に満ちていた。    そこへ登場したのが、子供食堂だ。  子供であれば、誰であっても無料で食事ができる。    どんな家庭に生れようとも、子供に責任はない。  子供が不自由であってはいけない。  そんな崇高なフィロソフィー。  共感した起業家や資産家は次々と子供食堂を設立し、日本の子供から空腹が消えた。    子供の空腹がなくなれば、次の空腹がターゲットにされる。    新たに登場したのが、ペット食堂だ。  ペットであれば、誰であっても無料で食事ができる。    犬。  猫。  蛇。  インコ。  ペット食堂にはあらゆる動物に対応した餌が置かれ、ペットと飼い主は嬉々として食堂を訪れた。   「助かりますね。餌代は、家計の負担になっていたので」   「ペットも一つの命。こういうお店ができたのは、嬉しいですね」     評判は上々。  メディアにも注目され、ペット食堂の知名度は一気に全国区となった。    お店には常に列ができて、腹をすかせたペットたちで満員だ。        そしてある日、唐突に、ペット食堂は閉店した。  奇妙なのは、閉店した日にペット食堂を訪れたペットも飼い主も、姿を消してしまったことだ。  警察も、残された家族も、大騒ぎで探し回ったが、結局見つかることはなかった。    神隠し。    そんな名前が付けられた事件に対し、ネットの隅っこで一つのコメントが付いた。   『ペット食堂って、神様のペットに与える餌を集めてたんじゃね?』

【超短編小説】「赤く染める」

 そこここのスピーカーから、夕方の時間が来たことを告げるチャイムが町に鳴り響いた。  町役場の職員たちが、赤いペンキが入った缶とブラシを持って、ぞろぞろ外に出てきた。  この町の夕日はにせものなので、自分たちで町を赤く染めねばならないのだ。  病院の白い壁や電柱に赤いペンキを塗り始めた職員たちに、 「どうせすぐに夜が来るぞ」  とホームレスの老人が話しかけた。  職員たちはその言葉を無視した。そしてにせものの夕日に背を向けて去っていくホームレスのその背中に、赤いペンキをぶちまけた。

在るだけの月

 窓から覗く真昼の月を見上げながら思考に耽っていれば、すぐさま首をもたげるのは心のそこかしこに巣食ったニヒリズムだった。快晴の青の中でポツンと漂い続ける月があることに意味や理由が無いように、会社を通して社会とつながり目まぐるしく回る生活を熟すことの代えがたい価値を見出すことが私には出来ないでいた。  手の中で弁当箱が軽くなっていく。反して、私の胃の中に溜まる噛み砕かれドロドロになったものたちは、今にも吐瀉物になってしまいそうなほど訴えを強くしている。鳥肌が腕から背中を駆け巡っては衣服の擦れが痛みを伴った。  全てをかなぐり捨てて今すぐ命を絶ってしまったほうが、いっそ楽に…。そんな恐るべき衝動が体を突き抜けていく。けれど、手元で減り続ける弁当箱とオフィス内に滞る鈍重な空気が私の体を縛り付けていた。  十二時四十五分になる。チャイムに知らされるのは昼休憩の終わり。浮かび続ける月に変化はなく、体感もできないほどほんの僅かな動きがあっただけに思えた。  ふと、淀んだオフィスとは違う人の匂いのない爽やかな風が鼻を掠めていった。どこからかと探りながら窓に近づくと、誰が開けたのか分からないが発見したのは五センチほどの隙間。そこに指を差し込みカラカラと小気味良い音と共に窓を解放すると、感じていた清い空気が全身を撫でつけながら通り過ぎていく。  吹き抜けるそれは愛しく、羨ましく妬ましいほどの魅力をぶつけながら、まるで私を誘うかのようで。 「ちょっと危ない!」  背後から私の腕を取ったのは先輩だった。私の元教育係であり、今は産休から戻ったばかりの充実した先輩であった。  激昂する内心を必死に押し込めながら、先輩の教えで身についた笑顔を浮かべ、取引先に対するように頭を下げる。 「ごめんなさい。ありがとうございます」  久しぶりに見た先輩の顔は産後太りのせいか昼の月のようにふっくらと丸く、美肌に見せるための虚ろな白で塗りたくられていた。

男が産んだ卵

「男が産めるの、ウ○コだけ!」   「男が産めるの、ウ○コだけ!」    病院の外から聞こえてくるデモの声にうんざりとしながら、俺は妻と医者の顔を見た。  二人とも困った表情をしたままだ。   「えっと……。ご出産、おめでとうございます?」    空気を読まない看護師だけが、定型文を口にした。   「ありがとう」    俺は、感情を込めず、機械的に返した。        数日の入院の後、家に戻った俺を待ち構えていたのは、妻と卵だ。   「で、どうするの?」    苦笑いする妻を見て、俺も苦笑いを返した。   「どうしよう」    人類史上、人間が卵を産んだ例はない。  まして、生殖能力を持つ女ではなく、男である俺が、だ。  医者も看護師も、果ては大学の偉い研究者も困り果てていた。  とりあえず育ててみれば、という研究者の一言でなぜか俺たちが育てることに決まったが、内心では未だ混乱の最中だ。   「とりあえず、毎日ストーブで温めてるんだけど」   「ああ、いいんじゃない?」    一般的な育児とは違い、人類初の育児。  俺たちは、自分の持っている卵生動物の知識でしか、育児をすることができなかった。  定期的に診察にやってくる医者と研究者はありがたかったし、定期的に取材にやってくるマスコミはうっとおしかった。    家に戻ってから、およそ半年。  卵が割れて、一人の男の子が生まれた。   「おぎゃー! おぎゃー!」    男の子は、人間の様に泣いた。   「おー、よしよし」    卵から生まれた人間という事実にすっかり慣れた俺と妻は、産まれた我が子を抱きかかえ、全力で可愛がった。  世間は面白おかしく我が子を書きたてたが、俺たちにとっては大切な我が子だ。  世間の声に惑わされず、必死に育てた。    保育園。  小学校。  中学校。  高校。  我が子は着実に成長を続けていき、世間も卵から生まれた人間に飽きていった。    若かった俺と妻はいつの間にか中年となり、我が子は青年となった。   「父さん、母さん。紹介したい人がいるんだ」    ある日、我が子は婚約者を連れてきて、俺たちに紹介した。  見た目だけだが、気立ての良さそうな娘さんだった。    二人と対面した瞬間、突然我が子の出生の秘密を思い出した。  それは妻も同じだったらしく、急に焦った表情となって俺の方を見た。   「父さん? 母さん? どうかしたの?」   「いや、なんでもない」    妻と二人になった家の中、俺たちは悩んだ。  我が子に、出生の秘密を伝えるべきか否か。  ずっとずっと、言うタイミングを逃していた秘密を。   「俺は、言った方がいいと思う。子供ができてからでは、驚きも倍だろう」   「でも、子供を産むのは婚約者の女性です。女性が人間なら、卵を産むことはないのでは?」    何度も話し合ったが、一向に応えは出なかった。  俺たちは我が子の連絡を無視するようになり、ただただ未来を案じていた。        我が子が突然家を訪れたのは、妊娠報告と共にだった。  もちろん、妊娠したのは我が子だった。  婚約者は、実家へ逃げ帰ったらしい。   「どうして教えてくれなかったの?」    我が子の腹は痣だらけで、現実を受け入れることができなかったのだと容易に予想がついた。    俺が受け入れられたのは、ひとえに妻の支えがあったからこそだ。  婚約者に逃げられた今、我が子の感情はぼろぼろに傷ついているのだろう。   「いつかは、言うつもりだったんだ」    我が子の腹の中から、ひび割れる音がする。  卵の死か、それとも誕生か。  どちらにせよ、我が子の腹に何かが生まれる以上、我が子もただではすむまい。   「どうして教えてくれなかったの?」    我が子が死ぬかもしれない。  そんな感情が、俺自身の死を受け入れた。  腹に刺さる包丁を見ながら、俺は安らかに笑った。  妻はとっくにこと切れているというのに。   「俺はな、どんな風に生まれたとしても、お前を俺の子だと思っていたんだ」    そして、そのまま倒れた。    俺に足りなかったのはなんだろうと考えた。  きっと、コミュニケーションが足りなかったんだと思い至った。    俺の体から血が流れ出ていく。  まるで溜め込んだ後悔のように。    死ぬ直前に見た光景は、我が子の腹が食い破られ、巨大な鳥が現れるところだった。

失ったもの

泥酔して電車で携帯を握りしめて 泣きながらうずくまってる女の人を見て少し羨ましいと思ってしまう金曜日。 うずくまる前に携帯画面が見えてしまって、そうなったであろう原因を垣間見た。 画面には「ごめんね。もう無理かな。」と書かれていた。 その女の人は今はとてもとても辛いかもしれない。 でもそんなに人目も憚らず、自分の感情を曝け出してるのであれば大丈夫だろうな。 とすごく勝手ながら思う。 以前は私も相手に真っ直ぐにぶつかって 笑ったり、泣いたり、怒ったりしていたけど いつからかコントロールが効くようになってしまった。 どんなに悲しくて辛いことがあっても もうあんな風に人前で取り乱したり、泥酔するほどお酒を飲んだりすることもできなくなってしまった。 経験を積んである程度推測できるようになってしまったのが一番かもしれない。 それが大人になったということなのだろうとも思う。 だからこそ今の私には眩しく見えて 人前で泥酔して大泣きできるこの女の人を 羨ましく思いながら帰路に着く。

ぞろぞろ

”おどろくのは当然で、天じょう裏から新しいわらじがぞろぞろ!”_『ぞろぞろ』口演 三遊亭圓窓_ 学校の帰り道、近所の公園に出ていた出店に好奇心で寄ることにした。何かお菓子やおもちゃかと思っていたら、売っていたのはまさかの作文用紙とシャーペン。小学生時代の夏休みに読書感想文が終わらなくて泣いたことを思い出す。寄ったのがそもそもの間違いだったな、軽く後悔しながら帰ろうとすると出店のおばさんに呼び止められた。 「これ、作文書くときに使いな。気がついた時には書き終わってるから」 何かを企んでいるような、にやにやした顔で作文用紙の束をパシパシと叩いている。気がついた時には書き終わっている…作文が大嫌いな私にとっては魅力的な言葉だ。 結局、同級生10人に聞いたら10人「買うな」と言いそうなこの作文セットを私は買うことにした。セットで200円だったし。作文用紙の束はホイと軽く寄越してきたのにシャーペンはわざわざ箱に入れて渡してきたことは少し気になったが。箱の表面には筆で書いたような字で「ぞろぞろ」と書いてある。ぞろぞろ、あまりいい気分がしない擬音だ。 公園を出て何度か振り返っても出店はまだあったからどうやら化かされた訳では無いようだ。 早速、今日出された作文の宿題で実験がてら試してみようと思う。にしても箱に書いてあったぞろぞろが気になる。もしかしてこのシャーペンを使うことによって文章があとからあとから思いつく、みたいな? なんて期待は直ぐに打ち砕かれた。結局いつも通り詰まってしまう。なんだよ、結局どこででも買えるただの作文セットにわざわざお金費やしただけじゃん。ガックリしながらも頭を捻って何とか書き続け、違和感を感じた。さっきからどれだけ書いても1枚の終わりにたどり着かない。おかしい、詰まりつつも1枚が書き終わるくらいまでは書いたはずなのに。そう思って原稿用紙の終わりの方を見て、ぎょっとした。 私が1文字1文字描く度に、原稿用紙最後のマスのすぐ次、あとからあとからマスがぞろぞろ増えていく。それと相まって原稿用紙が伸びて広げた巻物のようになっていたのだ。 恐怖よりも先に怒りが湧いた。 「文字がぞろぞろかと思ったら増えるのは原稿用紙のマス目かよ!何この求めていたのと違う感じ!?これじゃ『ぞろぞろ』のオチの床屋のおじさんと同じじゃん!」 もう感覚的には原稿用紙5枚分くらい書いている。その証拠に普段宿題では絶対に感じない手の痛みを感じるからだ。実際原稿用紙の3分の2くらいでいっこうに進んでいないのに。 これは私ひとりで解決できる問題じゃない。そう思い、部屋を飛び出して夕飯の支度をしていた母に泣きつく。母は大根を切りながら面倒くさそうに言った。 「1枚分くらいになったところでハサミで切って、数枚分にすればいいじゃない」 …いやいやいや、マス目が増えてる時点でいろいろぶっ飛んでんのに、そんな問題がハサミ程度で何とかなるわけないじゃん。 いいからやってみろと母に言われ、無駄だと思いつつも私はペン立てにさしていたハサミを取りだし、原稿用紙を切り始めた。 結果、無事にぞろぞろ増えたマス目を1枚分ごとに切り分けて数枚の原稿用紙に変えることに成功した。 「 何とかなるのかよ!!」 安堵と拍子抜けで思い切り叫ぶと、台所から「うるさい!」と母の怒鳴り声が聞こえた。 ちなみに謎の力があるのはシャーペンのみで、出店の原稿用紙を使い切った後に新たにスーパーで買った原稿用紙を使っても同じ効果が出た。 おばさんがわざわざ自分で原稿用紙を買ったのだろうかと想像すると少しだけ胸がスッとした。

【超短編小説】「鏡」

 朝、洗面台の鏡を見たら、ものすごい美女が映っていた。  とっさに剃刀を手に取り、鏡に切りつけた。  鏡面が切り裂かれ、その傷口の中から臓物がどぼどぼとこぼれ落ち、洗面台が血で染まった。  鏡は一匹の狐の死骸になっていた。  顔を上げると、本物の鏡に、不細工な中年男が映っていた。 「殺すことはなかったかな」  と思った。

【超短編小説】「ケチャップを買った男」

 ある夜、重大な決心をしたやくざ者の男が、スーパーマーケットでケチャップを買った。  そして男は、その足で、若い情婦の住む安アパートへと向かった。  男は、情婦に、愛の告白とともにこのケチャップを手渡すつもりでいた。  男の背中には、巨大なオムライスの刺青があった。

スパチャ国境

「Aさん、いつもスパチャありがとうございます!」    金だけの関係。  と言えば聞こえは悪いが、配信業界であれば健全なのかもしれない。    私は話す。  Aさんは、私の話を聞いて楽しければお金を投げてくれる。  ただ、それだけ。    どんな人なんだろうか。  気にならないと言えば嘘になる。  でも、この嘘は嘘のままじゃないといけない。  あまりにも、脆い関係性だから。    最近、リスナーからお金を借りて返さなかった配信者が、リスナーに殺されたというニュースが飛び込んできた。  私は恐くなって、でも自分の行動は正しかったのだと心の底から安心した。    壁は、私を守るためだけじゃなく、リスナーを守るためだという仮説が証明されたから。    家電が壊れたので、借金をした。  未来が不安で、手が震えてくる。   「こんばこんばー! 皆、来てくれてありがとー!」    それでも、私はいつも通り配信をする。  Aさんは、いつも通りスパチャを投げてくれる。  新しく買った家電代に遠く及ばない少額を。   「Aさん、いつもスパチャありがとうございます!」    それでも私は、感謝する。  本心から。    壁を崩さないために。  私が、配信者と名乗り続けるために。

【超短編小説】「決心」

 その大学の哲学科の生徒たちは、講義を受けるために水族館に足を運んでいた。その水族館で飼われていた一匹のタコが、哲学科の教授だったのだ。  タコは身振り手振りで、水槽越しに生徒たちに哲学を教えた。生徒たちは熱心にそれに聴き入っていた。  春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、もう一度春が来る頃、すなわち生徒たちの卒業シーズン、そのタコは、最後の授業として、自らタコ焼きの具になることを望んだ。  生徒たちは泣いて止めたが、タコの決心は固かった。  タコはその国最高のタコ焼き職人の手によって、タコ焼きの具にされ、そのタコ焼きは生徒たちに振る舞われた。  そのタコ焼きの上では、かつお節が踊っていた。いつまでも、踊っていた。それを見て、生徒たちはもう一度大いに泣いた。

やけに頭が痛かった

古いなあと思った、あれだけ好きだったけれど、あのときは新鮮に心が動いたものだけれど 軽蔑はしない、しかたがないこと、現代の古典だ、時間の経過は残酷だ やらなければならないことをことごとくやらなくて、あとあと難儀した去年に比べ、やらなければならないことを着実にこなせている今年、人からしたら、そんなこと、といったことかもしれない、それを気にすることはない わたしの問題はわたしの問題 あなたの問題はあなたの問題 わたしがあなたの問題に興味がないように、あなたがわたしの問題に興味を示す必要はないのだ 痛いところ、具合の悪いところにやさしく手を当てる、ゆっくり、けれど、確実に、よくなっていくのがわかる おてあてと言うのよ 小さかったとき、母は、そう言った なら、もっと頭に手を置いてくれたらよかったのに、口に手を当ててくれてたらよかったのに、もっともっと顔に… なんとも、きりはないけれど

終わり

春が近づいてくる 花は色づいて 水面が輝いている 風はほんの少し冷たくて だけど 柔らかく通りすぎていく 思い出の中で 教室の笑い声が 教室の騒がしさが カラーから、モノクロにかわる 教室が変わる4月に思いをはせながら 3月が終わる。 終わり。 終わる。 終わらせる。 終。 胸の内側の騒がしさは たぶん ささやかな抵抗。 たぶん すこしだけの淋しさ たぶん 圧倒的なわくわくの予感 だから あえて「さよなら」を言う。 だから あえて「ありがと」と言う。 卒業まで、まだ、あと一年あるから。 だから まだ「また来るね」って言う。 今日はすこしだけちがう金曜日の、終わり。

心の闇

心の闇に押し潰されそうな時 ぐっと堪えて踏ん張るのが苦しい時 独りで耐えるのはよくない 誰かに 誰でもいいから 誰かに 救いを求めるほうがよい 心の闇は強い 照らしても照らしても 闇は払えずにどこかに残っている 日陰を探して 闇は生き残る だから誰かが必要なのだ 誰か 自分が信頼できる人が その人にすべてを曝け出して 心の闇に負けないようにするのだ 心の闇に押し潰されそうな時 その人に縋りついて 心の闇を払ってもらおう そうすればまた立ち上がることができる 立ち上がって前を向くことができる 大事なのは 闇を抱かないようにすることではなくて 闇を払ってくれる人を大切にすることだ ありがとう いつも助けてくれて 感謝の心を忘れずに 今日もあたしは生きていく

運命の羅針盤

 羅針盤を拾った。赤く、青く輝いていた。不思議なことに、指し示す方向は方角とは違うようだった。じゃあどこを指し示しているんだと言われても、説明書など付いていないし何をどう知ることができるかもわからない。丁度することもなく暇だったので、羅針盤に着いて行ってみることにした。  いつも通りの簡素な住宅街を通り抜ける。やがて川の側の道に出る。吹き抜ける風に逆らうように、羅針盤は上流の方を指し示していた。  そのままの脚で、ひたすら歩き続ける。生い茂る緑の中を、そびえる橋の上を。鳥たちが空を舞う。目に映る全ては日に照らされ、まるで平穏に包まれているようだった。  普段休みはずっと家にいる僕にとって、こんな外の景色は最早非日常とも言える。たまには、外に出るのも悪くないなと思わせてくれるようだった。  ふと、指し示す方を見上げる。未だ何も目立ったものはない。続いて流れるように時計を見つめる。気付けばもう歩き出して一時間と三十分ほどが過ぎていた。結局、これは何を指しているのだろう。もしかしたら別に何も指しているものはなくて、僕のような人間を外に出そうとしていただけなのかもしれない。そんな想像をする。それでもいい。僕をこうして外へ連れ出してくれたこと、世界と会わせてくれたことに感謝をする他なかった。  そんなとき、不意に針が急速に傾いてみせた。指し示すモノが移動したのか。針に合わせ、慌てて振り返る。そこには、一人の少女がいた。偶然にも、同時に振り返った彼女は目を丸くして僕を見つめていた。  彼女の手に乗るそれを見て、僕も思わず目を丸くする。  そこには、あの羅針盤があった。  なんだか、二人で笑ってしまった。

だーるまさんがこーろんだ。

※ホラー注意 皆さん。「だるまさんがころんだ」という遊びを知っていますか? だるまさんが「だーるまさんがこーろんだ」と言っている間にだるまさんに近ずいて行って、だるまさんに動いてるのが見つかったらゲーム最初から。もしくはだるまさんと手を繋ぐという遊びですね。 みなさんも子供の頃、一度はやったことあるのでは無いのでしょうか。 私はよく、だるまさんの1日をやっていました。 ところで皆さん。この遊び、鬼ごっこの変種なのを知っていましたか? 鬼に見つかる・捕まると脱落。この面では確かに同じですよね。ですが、「だるまさんがころんだ」この言葉はどこからどのように生み出されたのでしょう。 理由は探しても見つかりませんでした。 真実は闇の中ってことですね。 さて、本題はここからです。 だるまさんがころんだの都市伝説。知っていますか? 「だるまさんがころんだ」という遊びが禁止されている村があるらしい。 そもそも、だるまさんって転びませんよね。 転ばないように出来ているんですよ。 だからね、転ぶのはだるまさんの方ではないんです。 ある日、子供たちが5人、公園で「だるまさんがころんだ」をして遊んでいました。 その中に一人だけ、真ん丸な顔をして、いつもからかわれ、顔が真っ赤になっている子供がいました。 赤い顔だから「本物のだるまさん」なんて呼ばれていて―。 「本物だるまさん」は他の子供たちとは違って 目が見えませんでした。 その代わりに、耳がとても良くて、人の声や足音を聞き分けることができました。 なので、遊びの途中で自分だけ置いて行かれるのが解ってとても悲しい思いをしたり、こそこそと喋っている悪口が聞こえたりして、毎日が苦痛でした。 しかし、今日は違いました。 「また、だるま置いて帰ろうぜ」 という声と共に、だるまさんを置いて一斉に帰ろうとしましたその瞬間。 「あ、動いちゃだめだよ―。私は転ばないけど、みんな。ころぶよ。」 一番最初に動いた子の後ろから手と足を後ろ側へひねりました。 「あーあ転んじゃった。」 残りの3人は恐怖で一瞬動けなくなりました。 「さぁ、つづきやるよ。だるまさんがころんだ」 正気に戻った子が1人、逃げようとするも、開かないはずの目を見開いた「だるまさん」 が手と足をねじ切ります。 「ころんじゃったね」 地面に転がる子にささやきました。 残る2人は必至で「だるまさん」に飛び掛かり押さえつけようとしますが なかなかころびません。 そのまま2人の手と足を踏みつぶしてしまいました。 「だるまさん」の周りには、動かなくなった子供たちの姿がありました。 「だるまさん」は満足そうに笑いました。 「みんなころんだね。でも、私はころんでないよ」 手と足を失った子供たちは、皆胴だけで横たわっている「ほんもののだるまさん」でした。 「だるまさんがころんだ」はころんだ人がだるまさんになるゲームだったんだそうです…。 皆さんくれぐれも「だるまさんがころんだ」で遊ぶ時は気おつけてくださいね。

【超短編小説】「気が早い」

 釣り人が海で釣りをしている。  船にセットした釣り竿が動く。  釣り人がリールを巻く。  釣り針に魚の缶詰が引っかかっている。 「今年の海は気が早いねえ」  釣り人が船長に言う。  船長は微笑む。  やがて船は魚の缶詰でいっぱいになる。  釣り人も船長もうつろな目をしている。

星になりたい

星になりたい 一等星なんて贅沢は言わない 肉眼で見えないくらいの星でいい きみが空を見上げた時に ぎりぎり見えるくらいの明るさでいい 星になって 空からきみを見守っていたい きみに近寄る不幸を奪い去ってやりたい きみが幸せに過ごせるようにしたい 星になったんだから それくらいの力はあるでしょう? 星になったら きみは悲しんでくれるのかな きみを悲しませたくはないけれど それでもあたしは星になりたい 生きていたくないんだ もう 星になってしまえばきっと この世界の苦しみから解き放たれるから ねえ 神様 あたしを殺して 星にしてください