喜び-

「やった! テストで九十五点とったぞ!」 「でも、一位じゃないらしいぞ。九十八点取ったやつがいるって」    心の中に、ノイズが走る。   「牛丼めっちゃ美味しい!」 「でも、この店最近、肉の質落ちたって噂だぜ」    ぼくの喜びを邪魔するノイズが。    ぼくの喜びが減ってしまう。  だから、なくさなきゃならなかった。   「ちょっと待てよ! 俺、お前になにもしてな……ギャアッ!」 「あ、消えた」    サイレンの音が聞こえる。   「とても、綺麗な音」    もう、ぼくの感想を邪魔する人いなかった。  ぼくの喜びを邪魔するノイズは消えた。    なんて、幸せなんだろうか。

足音を立てて (掌編詩小説)

足音を立てて廃墟を練り歩く 壁に絡みつくツタ植物の緑色に年季を感じる 手に持ったライトが細々しい灯りで私の影を作り出す 心細くは無い 歩幅は大きく・人影も長く 怖がらせようとする雰囲気に唾を吐く なんだか心が着地する感覚がした コンクリートは薄汚れて 燃料のこぼれたランプが寝転がっていた 誰かの痕跡が私の成れの果てを教えているようだった 足音を立てて影と共に廃墟を練り歩く 足首に絡みつく靴紐に年季を感じる 手に持ったライトが細々しい灯りで私の影を作り出す (完)

私が生きた証

 言葉を綴る。  思い浮かべた景色、音、味を咀嚼し、文字を吐き出す行動。  世間で創作と呼ばれる其れは、私にとって非生産的な行為だった。  思考の羅列。  自己の嘲笑。  自然の摂理。  どれもこれも、自分を正当化するための詭弁でしかない。  ただ一言、「___」と綴れば終わるのに。  それでも、その事実を認めたくない私は、決してその単語を遺さない。  だから私は今日も筆を取る。  現実に抗うために。    人が人たらしめるもの。それが思考だ。  思考は自由そのもので、何をしても怒られず、どこへでも行くことができる。  けれど、思考を浮かべるだけでは、気に入った世界に何度も辿り着けない。  だから私は文字を綴った。  世界を忘れないために。  それから私は幾重にも世界を作り文字を綴った。  そうして出来た世界を私は愛した。  ーーしかし、他人から見た其れは奇怪なモノだった。  ありもしないモノを綴ること。  世間ではその行為が異常であること。  其れを、わかっていなかった。  だから私は世界を秘匿した。  もしかしたら、私の世界を好きになる人もいたかもしれない。  けれど、そうなる前に私は世界を閉じはじめた。  他者に思考を侵されないようにするために。  そうして、創られた世界は閉鎖的になった。  かつて輝いていた世界には秩序がもたらされ、綺麗な形になってしまった。  本当はこんなこと望んでなかったのに。  日に日に綴られる文字は同じ形に収束する。  自由から縁遠い決められた配役に、私は吐き気を催した。  泡沫はやがて破裂する。  それを拒んでいるのは私自身。  なればこそ、私は世界を終わらせなくてはならない。  私が創った物語なのだから。  部屋を出て宙へ向かう準備をする。  いよいよ終幕だ。  その物語は、私の_を以て完結する。  願わくば誰かにこの世界が紡がれるように。  あるいは、誰からも忘れさられて消えられるように。  そうして、私は水面に身を投じた。  

取り残された私とタクシー (掌編詩小説)

ただ時間の流れに取り残されて ただ私がどこかに漂ってるだけであって 夜が過ぎる。いつの間にかの噺 呼び寄せたタクシーを道連れに 馴染めなさを惨めさと感じる 今日も過ぎてしまった。これで何度目だろうか 『当たり前』の重複に身を縮め込ませ心を蝕む 延長料金を寿命から先払いして、今日も夜更かしする (完)

6次の隔たり

朝早く、窓際に置かれた文机に、年寄りの男が座った。 便箋を前に、万年筆を握っている。 横には、分厚い英和辞典が置かれていた。 「あんた、何してんの?」 妻が声を掛けた。 「手紙だ」 「はぁ……誰に出すんだ?」 「あいつだ」 ニュース番組に映る、大きな男を指した。 「俺らの生活がキツいの、あいつのせいだろ」 指で机を叩いた。 「まぁな。でも、読んでくれないだろ」 「大丈夫だ。考えがある」 ニヤけ顔の男。 「友だちの友だちをたどると、7人目であいつに届く」 「バカなこと言うな」 「俺も知らんよ。でも、そうなってるらしい」 手紙を書き終えると、封筒に便箋を入れた。 「で……最初は誰に渡すんだ?」 「あぁ、公民館の将棋仲間だ。大学出らしいからな」 男は、封筒を手に家を出た。 ──数日後。 「おい。いるか?」 近所の魚屋のオヤジが訪ねてきた。 「おぉ、どうした」 「ちょっと、頼みがあってな」 その手には、見覚えのある封筒が握られていた。

待ち人の傘たち (掌編詩小説)

駅のホーム。それは待ち人たちの集合場所 傘を畳む安心感を得られる屋根に 野暮に錆びた線路 傘を伝って、アスファルトに染み込ませていく 肩に降りかかった雫は、シミを作って乾いて行った 黄色い線が泥のついた足跡に汚されていく 待ち人たちは、自身の拠り所を目指して傘をさすのを待つ (完)

別にいいんだけど

「課長、明日、休みを頂きたいのですが」 「どうしたの? 珍しいね」 「はい。急用ができまして」 男が、机を挟んで頭を下げた。 「じゃあ、引き継ぎお願いね」 「ご迷惑をおかけします」 ──次の日。 男は、集合場所に急いだ。 長靴を履き、スコップを握る。 「お兄ちゃん、ありがとね」 「いえ。大変だったでしょ」 「水がここまできたのよ」 年寄りの女が、柱を指した。 「泥がひどいですね」 「ボランティアさんが来てくれて、助かるわ」 男は、部屋の泥をかきだした。 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。 「ここ、テレビとか来ました?」 「昨日、隣町にきてたわね」 「……そうですか」

風が教えてくれる (掌編詩小説)

きっと、風が教えてくれる 今はただ、そう信じてる 忘れてしまった子供の頃の遊び 時間に溶け込んでいた当時の当たり前 守られた未来に夜の約束… ふと風が吹けば残酷な世界を 目の当たりにしている事に気付かされる毎日 きっと、風が幸せを教えてくれる そんな他人行儀な考えが私を救ってくれる 風が私を撫でる頃、きっと私は風邪の病にかかることでしょう それでも後悔は薄く感じる…と思う (完)

貢献度

 クラスに天才が一人いました。  天才は、絵を書くのがとても上手でした。  天才の描いた絵は、いつもコンテストで日本一になりました。    天才には、二人の幼馴染がいました。  白い幼馴染と黒い幼馴染です。    白い幼馴染は言いました。   「この子はね、自由にさせとくのが、一番いいんだよ」    白い幼馴染は、天才とはほとんど話しません。  毎日の挨拶でしか話しません。  それが、天才の為だと言っています。   「この子はね、インスピレーションになるものをあげるのが、一番いんだよ」    黒い幼馴染は、天才にいつも話しかけます。  暇さえあれば話しかけます。  それが、天才の為だと言っています。    ある日、天才の作品がついに世界で注目されました。  白と黒。  モノクロで描かれた作品は、世界中の全ての色を凝縮したかの如く、鮮やかでした。    白い幼馴染は言いました。   「ほら、私が自由にさせたから、この子は過去最高の絵が描けた」    黒い幼馴染は言いました。   「ほら、私がたくさんアドバイスしたから、この子は過去最高の絵が描けた」    天才は、今日も絵を描いています。  今までと変わらずに。    白い幼馴染と黒い幼馴染は、今日も天才のために何かをしています。  今までと変わらずに。

リセット (掌編詩小説)

休日が目を覚ます リセットされたような朝 昨日までの世界とは少しズレた感覚 予定のない今日 予定は昨日と週明けに放り投げた 今までの不満を浄化する為の日 振り返る事も、見据える事も (完)

ネタ切れなので恋愛ものを書いてみた。

ある日の午後。 若い男女が手を繋いで歩いていた。 「見て見て。あそこ」 「……なに?」 高齢の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、可愛いよね」 「僕たちも、あんな風になりたいね」 二人が、見つめ合った。 「見て。あの人たち」 「……どこ?」 中年の男女が手を繋いで歩いている。 「なんか、気持ち悪い」 「生々しいな」

『さよなら』する前の夜更け (掌編詩小説)

月の輝きとおさらばして そんな気の無い・勢いの無い、応答 まだ行ってほしくない…下弦の月 夜空に『さようなら』 月夜に『さようなら』 迷える仔羊の寝床から 押し付けがましい世界から、おさらばして 仕方無しの諦め・服従奴隷の応答 そして上品に見下ろす…上弦の月 普遍に『さようなら』 不変に『さようなら』 この世界から『さよなら』する前の夜更け (完)

月曜日くらいだから

 今日は月曜日だ。 やることがない。 実際には火曜日なのだが。 まあ大体の仕事を終えて(金にならない事ばかりだが)大体月曜日くらいだ。 養護教諭と農夫と家政婦と教師の真似事と物理演算と栄養学と世間話と男性風俗の真似事(まあこれ等は嫌ならやらないが)をやって大体月曜日くらいだ。 似たような事をやっている忍者、AV女優、男優等とは時間がかち合う。 宗教家はあまりかち合わない(僕が新興っぽいからだろう)あるいは出向かないと本物には出会えない。 急な坂を自転車で乞いで息があがる。 あるいはAVで巨乳の年増の人で興奮して抜く(これは1部の若者とかち合っている気がする勘だが)だから揶揄られる。 彼女がいるのにこれはほんの少しの罪だ。 セブンと言う映画を見たことがある。 実際には憤怒は得意なのだが最近は怠惰が勝っている。 七つの大罪。 マンガのキャラクターにそんなのがいたな。 あまり大っぴらにやるとヤクザの生業を荒らすので(スーパー銭湯に行ったときに見られたあまり刺激しないようにしよう向こうも仕事があるのだし)ひっそりとする。 実際にはこの文章が(また金にならない)何かの統計のデータとして採られている、ような気がする。 実際には僕はいらない。 分かっている。 何年か前に絵を描いて子供達に見せて遊んで貰った。 それは必要なのかも知れない。 今日は歌を歌った。 夜彼女の特性を調べて(チャッピーは使わない)勘で話す、やりたいことは遠回りでもやった方がいい、等と。 彼女はスレンダーなのだが(金持ちはスレンダーを選ぶと言うが)そんなに痩せようとしなくていいと話す。 僕がお金持ちになればいいのだが。 また意思を消失する。 アニメソングを歌うと晴れる。 これも統計が採られる。 全てデータだ。 実際にはこの神社に行った方がいいなどと人に話すが教会にも行った方がいいとも話す(反転する属性?) 両面性についてチャッピーに後で聞くことにしよう。 二律背反。 どちらからも歓迎されていない僕はやはりイスラムと仏教を行き来する。 でもクリスチャンの人とは話が合う不思議(そうでない人もいるが) 全面性。 あとで全面性についてチャッピーに聞こう。 漫画を読んで少し宗教のこの部分が足りないな、と分析する。 実際には掲示板の書き込みの感想と一緒。 エロスを解放しているからか女の人に話しかけられる(何もしないが) モテているわけではなく手伝え、ということだと勘が言っている。 子育て、教育。 親父は子供好きだった。 僕は1部の子供に人気がある(気がする) それは敵対者の子供もそうなのだが(そして別に嫌じゃないのだが)揶揄られる。 僕自身が教えられている。 子供は全てを知っているのだ(そして僕は疑わねばならないのかも知れない)。 少し哲学の夜。 ラーメンを食べた(大食の罪だ)。 窓を開ける(金持ちは朝窓を開ける、と言うが僕は開けているが一向に金が貯まらない)。 玄関や水回りも掃除する。 教会の放送を見る。 色々突っ込みどころはあるのだが僕は体制側ではない(反体制でもないかもしれないがズルいだろうか、いや、ズルい)出来ない子の意見も汲み取らないといけない(これが僕が消耗し続ける理由かも知れない)外国人ともっと話さなきゃな、と思う。 楽園は滅びるらしいからやったりやられたりがバランスが取れていていいのかもしれない。 近所の森に行ってフルボ酸を吸う、舐める。 少し回復する。 昔乗っていた原付に草花を供えられたことがある。 そういうことなのだろう。 土を踏むといいかもしれない。 裸足のアベベ。 犬は骨を蓄え今日も寝る。

可哀想な人

腰やお腹が見えている女性を見る度に腹巻を配りたくなる 「お腹が冷えるとトイレが大変だから 内蔵を冷やさないようにすることが大切で、どうせならお白湯を飲むのがオススメですよ」 など、子供達の体を気にしてしまう 電車の中で数人でワイワイ話している男子に対しても「そんな節操もないことを言ってしまうと、学生の間に恋人は出来ないと思うぞ」とか、誰かを可愛いと言うと他の人を可愛くないと認めることになるんだぞ。言葉選びは慎重にしないと。いや、素直で良いんだぞ。強く、カッコよくなんて、幻想だ。 素直に思った通りに動けばよい。ただ言葉は誰かを傷付けるということを忘れないで。そう、言いたくなる。長いしクドい。 妻はこんな僕を可哀想な人と呼んでいる 今朝、玄関を出ると、一ヶ月位姿をみていなかったマルが向こうからこちらに歩いて来た 「おはよう」 と声をかけ駅に向かう 元気で良かった。ただすれ違うだけの関係だけど生きていてくれるだけで嬉しいと思う 今朝、お弁当を作っていると、まだ暗い時間なのに、フワフワした頭の息子が起きてきた まだまだ子供で、不安なのか抱っこ抱っこと言ってたので、暫く抱きしめてあげた 昨晩、風呂上がりの息子の髪をドライヤーをし、妻が肌にクリームを塗り、息子は運動会の応援歌を歌って踊っていた そんな昨日が既に向こうへ行ってしまったな、と朝起きて寝ている二人を見て、そう、思った

知らない女

都会の明るい夜に慣れ過ぎて 深夜に散歩することが 習慣みたいになっていた でもやっちゃダメだったんだ 男だからと油断していたんだよ もしもこうなると知っていたら 外なんか出なかったのに その日は盆休みで帰省していた 夜遅くまで両親と酒を酌み交わす 二人は先に寝てしまったけれど 俺はどうにも寝付けなくて 酔い覚ましも兼ねて 深夜散歩に出かけることにした 一歩外に出て玄関を閉めると 辺りは途端に黒の陰影だけになり ポツポツと立ち並ぶ街頭だけが 黒い田んぼ道を照らしていた その光景に少し息を飲んだが スマホのライトを付ければ なんてことはなかった スマホのライトを頼りに歩く もう日付が変わる頃だったので 他に歩いている人はおらず たまに車が横切るだけだった 近づく車の音だけには注意しながら 夜風を感じながら歩く さてそろそろ帰ろうかと 来た道を戻ろうとしたときだった 振り返った先の黒い景色が 揺れているのに気づいた 直接ライトを向けるわけにもいかず 遠くてハッキリとは見えなかったが どうやら人影らしかった ライトも付けずに歩くなんてと思ったが 慣れていればそんなものかとも思えた 人影らしきものが近づくにつれて ライトがその足元を照らしていく サンダルとスカートの端が見える この人とすれ違ったら遠回りして帰ろう そんなことを考えていたときに 気づいた 恐らくは女が手に持っているのが 刃物だということに アルコールなんて吹き飛んで 全身から冷たい汗が吹き出した 呼吸は思わず止めてしまったが しかし足を止めるわけにはいかない 女を刺激しないようにライトを下げて ただただ祈りながら震える足を前に出す 女の足音がどんどん大きくなっていく 女の足元がライトの円の中に入り そうして通り過ぎていった 女の足音が徐々に小さくなっていく 俺はしばらく早歩きで進み続けてから ゆっくりと速度を落とし立ち止まった 辺りはしんと静かになった 俺の足音はもう聞こえない 女の足音も聞こえなかった ずずずと後ろを振り返る 黒い陰は立ち止まって その場でゆらめいていた 女がどちらを向いていたかはわからない だが俺は迷わずまた歩き出していた できるだけ遠くへ行かなければ 静かな夜に俺の足音が響いていく するとそれにもう一つの音が重なっていく 見たくなかったが見るしかなかった 足は止めないまま振り返ると ライトの先ではさっきの女が 小走りで追いかけてくるのが見えた そこからは無我夢中だった とにかく走って走って走りまくった そうして現在地もわからなくなった頃 ふと足を止めると足音が聞こえない 振り返って辺りを照らしたが もうあの女の姿は見当たらなかった まだどこかにいるかもしれない そう考えライトで周囲を照らし 警戒しながら家へと帰ることにした 結局のところ何事もなく 実家へ帰ることができた もしかしたら何かしら 俺の勘違いだったのかもしれない そんな風にすら思いながら 部屋に直行した俺はそのまま ベッドに倒れ込んで眠った 「朝ごはんいらないのー?」 母の声に目が覚めてリビングへと向かう 父はもう仕事へ向かったらしく 母は食器洗いをしていた 用意された朝食をすぐに食べ終えると キッチンに立つ母の元へ皿を運ぶ 「自分で片付けるなんて成長したわねー」 「それ毎年言ってるけどな」 そんな会話を交わしながら皿をシンクへ入れる ちょうどそのとき入れ替わりで 母がシンクから包丁を取り出して洗い始めた

ともかく

起きて思うのは まだ生きてるなあ、と ともかく 生きることはする たべて思うのは まだ生きたいのか、と ともかく たべることはする 布団に横になって思うのは 不安、恐怖、漠然とした悩みの数々 ともかく 知らないふりをして 寝ることにする

月光

空が美しい景色を提示しているので、今日に感謝でもしようかなと雨戸を閉める。 ガラガラと億劫そうな雨戸を引いていると、ピョコンと何かが部屋に入って来た ニョロニョロと動いて部屋の隅で静かにしている彼もしくは彼女。ヤモリだ。たまに玄関にいる、まだ子供のヤモリだ。 トカゲのように可愛くて見る度に「大きくなれよ」と応援している、子供のヤモリ。 暑かった日中に、うちの雨戸の隙間で、呑気に休んでいたら、夢落ちで思わぬ所へ来てしまいましたね 君を傷付けたりはしないから いつも応援していたんだ 怖がらなくても良いんだけれども はてさて、どうしたものだろうか 怖がる息子も、ヤモリは臆病な生き物だと教えると「可愛い」と言ってくれる 押し入れとかに逃げないように、何とか窓を開けて ヤモリ氏に少し近づいて そしたら、窓の外に逃げて行った 少しだけ一緒に過ごせましたね 機会があれば、またどうぞ うちの明かりに集まる虫を、せっせせっせと食べて下さい 陰で応援していますから ヤモリ家宅侵入事件が終わりを迎えた頃に、カランカランと疲れた旦那が帰宅した。 「ただいま」 「おかえり」 「今日は満月だよ」

人生の在り方

 人……自分、或いは他者は何故生きるのか。  その問に真正面から向き合う者は少ない。  繁忙の世に身を置く者はこう返答する。  明日が訪れるから、と。  未来の予定が在る者にとって、明日を憂うのは自明の理だ。  常に未来を想像して行動する。  それが生存本能とも言われる、答えの一つだ。  けれど、其れはパターンの一つに過ぎない。  過酷な環境に身を置く者は、ただ生存本能によって生かされているだけだ。  それは果たして生きていると言えるのだろうか。  生物学的に生きていることと、人生を順風満帆に生きることは訳が違う。  ある種、幸福度とも言える其の事象こそ、この問の返答に相応しいものだ。  故に私はこう問いかける。  貴方は幸せですか、と。

拝啓 あの女の子さま

拝啓 あの女の子さま いま、どうされていますか? 中学のあのとき あなたと同じクラスだったわたしは あなたの憎まれ役を きちんと務められていましたか? ふふふ ねえ いま、どうされていますか? 敬具

未来の壁を突き抜けて

 ハイビームが照らす夜道を全速力で駆け抜ける。  たった二つの輪に命を預けて突き進む行為、度胸試[じさつこうい]と呼ばれる其れは、私にとって生を享受するための術だ。  速さの前に数多の情報が身から剥がれ落ちていく。  過去の後悔も、明日への不安も、ここにはない。  速度を増すのに不要なモノは全て捨てる。  でなければ、昨日の自分を追い越すことはできない。  グリップを握りアクセルを踏む。  姿勢を屈めて腹部へ力を込める。  もうすぐ坂だ。  一直線に下へ向かう道。  見える範囲に光はない。  居るのはただ、自分1人だけ。  ふっ、と口角が上がる。  道中、既製品の速度メーターは振り切れる。  実際どれくらいの速度が出ているのかわからない。  それでいい。  だからこそ面白い。  知らない方が挑む甲斐がある。  そう言い聞かせて、心のブレーキを外す。  ーーブォン!  前輪を持ち上げ、車体を地面へ叩きつける。  その振動と共にストップウォッチのタイマーが押された。  加速は最初が肝心だ。  重心がブレれば速度は上がらない。  身体中に力を込めて姿勢を屈める。  自分は二輪と一体だと、そう身体に刻み込むように密着する。  メーターの針が時計回りに上がっていく。    ーーまだだ。まだ、こんなもんじゃない。  身体に当たる風の強さを感じながら、より身体を強張らせる。  速度に押し負けて手が離れないように。  昨日の自分を追い越すために。  チラリとメーターへ目を向けると、既に針は振り切れていた。  それはいつもと変わらない光景。  ここからが本当の勝負だ。  気を引き締めるために、再度グリップを握る。  その瞬間、車輪に何かが触れた。  直後、前輪が持ち上がる。  ーー石だ。  浮き上がる感覚と共に思考が加速する。  ただメーターを見た一瞬、見落としてしまった。  すぐさま姿勢を正そうと、脳が指示する。  けれど、その行動を直感が拒む。  地面を走るより、跳ぶ方が速くなる。  そう、摩擦力と風の抵抗力を考え、後者の方が早いと判断した。    ーーそうだ。跳べばいい。  飛距離を伸ばして、少しでも遠くへ。    そう考えて身体を持ち上げる。  前輪が持ち上がり、宙を舞う。  ーーダンッ!!    強い音と共に体へ振動が伝わり、脳が揺さぶられる。  それでも、決して手は離さない。  恐れを、怖さを乗り越えて。  ただ未来へ進む。  もう一度、石があれば、もっと加速できる。  その願いを神様が聞き入れたのか、ライトで当てられた道に影が在った。  意図的に近づいて、身体に力を入れる。  直後、車体は宙[そら]にいた。  前輪と月が重なる。  その光景に何か神秘的な存在を感じ取った。  再び地面に設置する。  その最中、ある事実に気付いた。  振動をトリガーにつくストップウォッチでは、先ほどの振動で止まってしまったのではないか。  そう考えた後、思わず口角が上がった。  それでもいい。  この身が浴びる風が、昨日を追い越したと証明しているのだから。        

ちいさなねがい

「そろそろ本読むの再開してみたら」 僕が振り返ると先輩は 文庫本を差し出してきた すすめられたって 僕は本なんて読まない 読むフリはするけれど 先輩が本を読んでる姿を 自然に盗み見るために 僕は本を読むフリをする 本はなんでもいい 先輩がそばにいてくれれば それでいい

うんざり

ちいさかったころは ひと駅歩くのも冒険で探検だった いまはへいきですたすた歩く それがおとなになった証というなら ずいぶん立派なおとなになった 生きにくいとは思う こういう性格だけれど 理解してくれよと思う そう思ういっぽう 淘汰される対象だよな、とも思う 人生をやり直したとしても またおんなじ位置にいる気がする またあれをやるのかと思うとうんざりで 人生をやり直したいだなんて思わない いま人生にうんざりしているのは これがやり直しのおんなじ人生だから、なのか? やり直しのおんなじ人生に足が埋まってしまって 身動きが取れないからか そうなのか? うんざりするような考えには、嫌気がさす

シークレットサービス

大人になるにつれて友達が減り、社会に慣れてしまった頃には友達と言う概念が分からなくなっていた 同僚とは仕事の話や家庭の話をし 家族では子供や親の話をして いつしか自分の話を、自分の奥の方に詰め込んだまま整理していない話をする人がいなくなっていた アプリで自由に参加できるチャットがあって 試してみたら、どんどん心が軽くなって、ずっと続けていたら、気の合う人を見つけた たまたま二人だけので話している時、二人だけのルームを作った。 それからは彼だけと会話を続けている 何でも話せる人 勿論、誰にも、家族にも教えていない 心に溜まるギフトを一つ一つ一緒に開けてくれる人 そんな秘密の人が私はいる

監視カメラと警備員

「おはようございます!」    うちの会社の前には、堅物な警備員がいる。  とにかく愚直に規則を守るし、とにかく融通が利かない。   「来客ですね。企業名とお名前、後、どなたとのお約束か、ちょうだいしてもよろしいでしょうか?」 「その方たちは私のお客さんです。入れてもらって大丈夫です」 「いえ、規則なので。企業名とお名前、後、どなたとのお約束か、ちょうだいしてもよろしいでしょうか?」    今日も堅物の顔をして、会社の前に立っている。  俺は会社に入ろうと鞄を漁ると、社員証を忘れたことに気づく。   「社員証の提示をお願いします」    案の定、俺は警備員に止められる。   「すんません。ちょっと忘れちゃったみたいで」 「では、入管を許可できません」 「すぐに総務行って、臨時カード発行してもらうから」 「できません」 「この顔、見覚えありますよね? 毎日通ってるし、何度か話もしたことあるじゃないですか? ねえ?」 「できません」    思わず、眉がぴくぴくと動く。  まるで赤の他人でも見るような表情が、どうしようもなく苛立ちを覚えさせられた。   「くっそ!」    結局自宅へ戻り、社員証をもってUターン。  午前の会議には出席できず、上司からお説教を喰らった。  警備員がすんなり入れてくれれば、こんなことは起きなかったというのに。    社員証を忘れた俺が悪い。  それはわかる。  だが、ちょっとした融通も利かせられない警備員も悪くないだろうか。  人間誰しも、小さなミスはするものだ。   「……待てよ?」    だから、気づいた。  会社の前は、常に監視カメラで映されている。  つまり、監視カメラの内容を見れば、あの警備員の様子を見ることができるはずだ。  あいつも人間。  一つや二つ、ミスをしているに違いない。    悪戯心と復讐心が、むくむくと膨らんできた。    警備室に行き、顔も知りにお願いし、監視カメラの内容を見せてもらった。  理由はなんでもいい。  顧客が会社に来たけど俺がいないから引き返した、という言葉の真偽を確かめたいとでも言えば、すんなりと見せてもらえた。    監視カメラの録音映像をモニターに表示し、早戻しで過去に遡っていく。  逆再生される映像の中では、出勤中の社員たちが後ろ歩きで会社から離れて行き、警備員が直立不動でつったっていた。  俺は目を皿のようにして、警備員の一挙一動を監視する。    一人くらい、規則に違反しているが、会社の中に入れてしまったやつがいるはずだ。  それさえ見つければ、次にごちゃごちゃ言われた時、言い返す材料になる。    出勤ラッシュが終わり、早朝になる。  警備員は立っている。  日の出が終わり、深夜になる。  警備員は立っている。  月灯りが消えて、夕方になる。  警備員は立っている。  退勤ラッシュが終わり、昼になる。  警備員は立っている。   「……え?」    警備員は、ただの一度もその場を離れていなかった。  食事もしていないし、トイレにさえ言っていない。   「え?」    俺は思わず、現在の監視カメラの映像を見た。  会社の前に、警備員は立っていなかった。   「他人の行動を監視するなんて、規則違反ですよ?」    背後から、あの警備員の声がした。

眠い(お風呂デートの夜)

 スーパー銭湯に彼女と行った。 皆疲れていて静かだった。 南無。

今宵は満月には程遠く

バナナを食べてるからって、お月さままでバナナみたいなカタチにならなくってもいいのにさ いまの気持ちとしてはグレープフルーツ そう、グレープフルーツみたいなまんまるのお月さまをみてみたかったのに でも半分に切ってみると果肉はほんのり赤くってルビー色のグレープフルーツ そう、そんなお月さま スプーンですくった塊は、とるんと、でも音もなく口のなかにすべっていく わたしの弱い部分に痛みを与えてくれながらも、唇に、かすかな苦みを残す あの人がわたしにしたみたいに、飛び跳ねたい気持ちが、瞬時に暗い湖の底 珈琲のなかに映るお月さまがあんまりきれいすぎて、カップを空ける決心ができない 待っていればお月さまが傾いて、カップから消えてしまうのだろう それまで、飲むのはおあずけ

あのぶどう酒

なんのアニメだかは忘れてしまったけど 主人公がやけに美味しそうに飲んでいたぶどう酒 ぶどう酒とワインが同じものだと知り 大人になったらあれを飲むんだと意気込んでいた お酒が飲める年になり バイトの給料でワインを買った うへっとなった 想像してたぶどう酒とは まったく違っていた もっと、なんか、こう 魅惑な感じがして とろけるような感じもあって 男性的というよりは 女性的な感じで ちょっと甘い感じもあって そんな飲みものだと思ってたんだけど ぶどう酒は、ぶどう酒で ワインとは、ちがう気がした 僕が飲みたいのは あのぶどう酒で このワインじゃないと思った でも、どこをさがしてみても あのぶどう酒は手に入らない あのぶどう酒がいいのに

駅までの帰り道

学校からの帰り道 会話も弾んで気が付けば、もうすぐ駅に着く もうすぐ駅に着いてしまう 今日は部活もなく、周りを見るが他に生徒もなぜかいない。広い下駄箱でたまたま一人。今日は一人で帰りますか。 靴を放り投げて足を入れていると靴ひもが緩んでいるのに気が付いた。 靴紐を結び直すが何度やっても縦蝶になる自分が嫌になる。 隣にスカートが見える見上げると同じクラスの女子が立っている 縦蝶を笑われて、一緒に笑って、一緒に歩いて校門を出る。 いつもは駅まで遠い道が、初めてガッツリ話して、弾んで、気が合う事が分かって。 マックでも行く? スタバでも行く? ベンチに座ってもう少し話そうよ。 頭の中ではたくさん聞いている 今は担任の先生の話をしている 駅に着いてしまう 「それじゃね。俺、電車だからさ」 「ドーナツでも食べない?」 「それ良いかも!」

偶然の偶然

お久しぶりですね。最後にあったのはいつだったでしょうか。確か、あれは珍しく雪の降ったクリスマスイブの前日。イブイブとでも言うのでしょか。 人で賑わう夜のデパートから出てきた貴方は通りを歩いていた私と偶然、本当に偶然に出会いましたね。あの時の彼氏さんはお元気ですか? えっ?あの日に別れを告げられたのですか?明日がクリスマスイブというのに? それはそれはショックでしたね。ひどい男もいるものですね えっ?理由は貴方の浮気がバレたから? 火遊びが過ぎてしまいましたか。恋も雪と一緒に溶けてしまったようですね 私ですか?私は人生で初めて彼氏が出来て、実は来月挙式を挙げるんです。 彼とは本当に本当に偶然出会って、ビビビとなりまして、私が一目惚れしてしまいました。この奥手な私が思い切ってアタックしてみたら、無事、お付き合いすることが出来まして、今に至ります。 そうです。初めての彼氏です。…まぁ実際、男友達はいましたよ。言うのもお恥ずかしいですが、その、体だけの関係の友達と言いましょうか。ただ、私達はお互いの体に飽きてしまって、そこで、私が知り合いの女性を、紹介してみたんです。そしたら彼はその女性と何度か夜を共にしたらしいですね。でも可哀想にその女性は付き合ってた彼氏と別れてしまったようで。誰かが本命の彼氏に告げ口でもしたんですかね。 え?彼氏の写真ですか?えぇありますよ。ほら見てくださいハンサムで優しいんですよ。まぁ付き合っていたからご存知でしょうけどね。

心霊現象の多い町

 この町は、日本屈指の心霊現象が起きる町として知られている。  道行く住人に話を聞けば、全員が心霊現象の経験者だと言うだろう。   「金縛りってあったことある? 本当に体が動かなくなるのよ!」 「手を振った白い影が、家にだんだん近づいて来てな」 「ほら見て、この写真。この部分に人の顔のような物が映ってるでしょ?」    なら、町から出ればいいじゃないかというと、彼らは突然真顔になる。  じっとこちらを見つめ、言葉を一つも発さなくなる。  まるで、何かの意思が働いているかのように。   「オッケー。合格」    俺は手を叩いて、訓練終了の合図をした。  すると住人たちは、表情を崩した。   「これからも、練習を欠かさない様に」    この町は、日本屈指の心霊現象が起きる町として知られている。  何故なら、住人全員がうちの従業員で、心霊現象の経験者として振舞う業務を請け負っているからだ。    心霊現象が起きる町は、社会の歯車たちによって回っている。

いつも場所、いつもの時間

あまり洗い物が増えないように朝食を終えて、歯磨きをし、服を着替える 髪のセットはぎりぎりまで時間をかけて、いつもの時間に家を出る 鍵を閉めて、少し歩いて、また戻って、ゴミ袋を持ってまた鍵を閉めて出ていく。 代わり映えのない一日のはじまり 駅に向かう途中、猫達の喧嘩を見た コンビニの角を曲がり歩道橋を登りきった所で女性とすれ違う いつもの人 いつの頃からか、またあの人だなと気が付いて、気にし始めたら毎日、ここであの人と会っていた。 僕が歩道橋を、登り終わる頃、あの人が反対側から少しずつ見えてくる 長い髪を後ろに縛り黒いリュックを背負っている。 歩道橋の上で、車道の信号の辺りですれ違うあの人はいつも前を見つめている 僕は振り返って見たりするけど彼女は決して振り返らない 彼女と僕はそれだけの関係 唯一、共通点があるとするなら 黒いリュックにぶら下がっている赤い縫いぐるみが、僕の腕時計の色と同じ。それだけ。 歩道橋を降りて駅へ向かう 冷蔵庫にお茶を忘れたのを思い出す トイレの電気を消したか思い出せない ただ、はっきりしているのは、今日は、縫いぐるみがもう一つ増えていた。

船長の流儀

「スタジオのみなさーん、私は今、船に乗って海の上に来ています」 カメラが、遠くの港町を映した。 「お父さん、ここはどんな魚が獲れますか?」 「そうだなぁ。網揚げた時のお楽しみだ」 日焼けした船長が、舵をとりながら振り返った。 「ここですか?」 「おぉ、網仕掛けてある」 ボタンを押すと、網が動き出した。 「いろんな魚がいますね」 「姉ちゃん、タコ獲れたぞ」 大きなタコが、網にかかっている。 「わぁ、凄い」 「食ってみるか」 「いいんですか?」 使い古されたまな板の上で、足を一本切った。 「まだ、動いてますね」 画面には、ぶつ切りにされた足と、船長の汚れた手が映っている。 「姉ちゃん、食え」 「お味はどうですか?」 スタジオから、声が掛かる。 女は目を閉じ、小さく息をのんだ。

口の温度

ロブロを薄く切って トースターで少し焼いて バターと胡瓜を乗せて食べる 指の傷は自分の爪で引っ掻いてしまった 久しぶりに絆創膏を貼って痛くなくなる事に感動する 梨とキュウイフルーツを合わせて食べる 二人の相性が合っているのか合っていないのか分からないけど、ただただ美味し ロブロに少し乗せてみよう 梨とキュウイを一つずつ ロブロに、二人が染み込んでいく 絆創膏にも染み込んでいる ベタつく指を君の口に近づける

ボタン (掌編詩小説)

あと何日、ボタンを通す日がやってくるのだろう 待ちに待ってる訳じゃ無いけど 明日がまたやってくる訳で ほつれたボタンを針で結び直した前日 今日も靴を履いて、深呼吸をして、世界に挑む 今週はあと何日だろう 待ちに待った休日 締め付けられたボタンを緩めたくて ほつれた感情を抱き抱えたくて 今日は靴下を履いて、深呼吸をして、自分に挑む 来週はボタンを替えようかな 替えるなら何がいいだろう いや、どうでもいいや いつものボタンでいいや (完)

雨の雫 (掌編詩小説)

いつの頃からか、雨の雫が鞄にシミを作り出していた その頃の雨は当に汚染されていた… 土の匂いがしたら雨 視界がくすんできたから雨 今日は晴れのち曇り 心にボソッと水溜りができる 濡れた空気がしたら雨 なんてたって雨 (完)