死ぬ権利

ある政治家が緊急記者会見を開いた。 真剣な面持ちでマイクの前に立つと、集まった記者たちに一礼した。 「私は、国民の皆様の死ぬ権利を保証します」 政治家は動じず、淡々と語り始めた。 「我が国の医療費は年々増加しています。私は、医療費削減のため『尊厳死還付支援金等に関する法律の一部改正を認める法案』を国会に提出しました」 ざわつきの中、政治家は続けた。 「医学的に延命治療が不可能な患者様が尊厳死を選択した場合、延命を続けたときにかかる医療費の半分を還付金として支給します。 申請の妥当性は、AIのみで構成される第三者委員会が判断します。本人、家族、後見人等が尊厳死を理解し、同意することが前提です」 テレビの画面を見つめる女。 その隣には、長い間管につながれたまま眠り続ける夫がいる。声をかけても反応はない。そんな時間が一年を超えていた。 テレビの司会者が、評論家の女に質問した。 「あなたの立場から、今の社会の風潮をどう考えますか?」 「最初は倫理的にどうかなと思いました。でもね、家族の金銭的、精神的負担を考えるとね。国も医療費を減らしたいと思っている。時代の流れかしら」 法案は成立し、運用が開始された。 AIは、不正申請や悪質な養子縁組なども瞬時に判断した。 その実績を政府は大々的に報道し、制度の正当性をアピールした。 あの政治家が再び記者会見を開いた。 「政府は規制緩和の一環として、支援金の有効活用を目的とする民間企業の商品開発、および第三者委員会のAIの一部利用を許可します」 感嘆の声が会場に響いた。 支援金は国民の生活に変化をもたらした。 「故人からの最後の贈り物」として美化され、生活の一部となった。 夫婦の病室。 温かいタオルで夫の体を拭く妻。 医師やAIからは、すでに受理のサインをもらっていた。 署名をすれば終わる…。 妻が机の上を見つめた。 そこには、笑顔で寄り添う二人の写真が飾られていた。

俺はアンチゲイじゃなくてお前が嫌いなんだよ

 と言いたい。 いいから俺の身内にすり寄って俺に接近するセコい真似しないで発展場に行って相手見つけてこい。 今時同性愛で差別されることなんてねえよ。 凝り固まってるお前の狭い世界観 お前がやってるのは遠回しな強姦 引っかけられてこい小便 そんで朝にはスッキリ昇天 などとふと暇な夜に思った。 病気には気をつけてね(うわやはり俺は優しいそして甘い)

する満足、される我慢。

郊外のアパート。 母親と、幼い二人の子どもが暮らしている。 「こんなこと言える立場じゃない……」 壁にもたれ掛かりながら、スマホの画面を覗いた。 そこに映る、満足げな顔の人たち。 母親は、迷った指でタップした。 数日後、荷物が届く。 「ママ、開けていい?」 「いいよ」 「お菓子あったよ」 箱の中には、食材と数年前に流行ったキャラクターのTシャツが入っている。 「月末まで……これで何とか」 子どもたちがお菓子を頬ばった。 母親はレトルトを手に取り、裏を見て苦笑う。 「……食品ロスには役立ってる」

官能小説を書く

 暇だから別の小説サイトに官能小説の下書きを書く。 知り合いに呼ばれて喫茶店に行くと官能小説のモデルにしている女の子の名前を言っている人がいた(また先を越されたかもしれない) 偉い妄想だ。 僕みたいな奴が僕の小説のアイデアを盗んだだろう!とか激怒してアニメスタジオに火を放つのかもしれない。 全ては性本能の奴隷(何か書いてて空しい、いや、官能小説自体は書いてて楽しいが) 小説が出来上がったらモデルにしている女の子に許可を取ってウェブに上げよう。 世の中は不思議がいっぱい。 また電車に乗って隣に座った子持ちの人妻に肘をツンツンされて何だろうとドギマギしに行こうかな(あれは一体なんだったのだろう?ヤクザのハニートラップか何かか?) 世の中は色事でいっぱい。 おっぱいもいっぱい。 煙草が吸いたくなる。 ママのオッパイから離れられないんでちゅね~って思われてそうだ(実際にそれはそうだろう) 小説の許可がおりずに蔑まれた目で見られて(まあそりゃそうかもしれない)僕はまた自信を失くすかもしれない。 知り合いに自己肯定感が低いように見えるとも言われた。 自己肯定感の高めかたってどうやるんだろう? 犬の書き物は自己肯定感を高める一助を担いまた性産業の一翼を担う。

感動の季節

「慣れればなんとかなりますね」 「そうだな」 「でも、この蒸し暑いのはねぇ」 地べたに座った男たち。地獄の片隅で、灰色の空を見上げた。 すると、空から一本のロープが下りてきた。 「なんだ?」 「ロープですね」 「またこの季節か」 新入りの男が立ち上がって叫んだ。 「これ、あれだ。小説であったやつ」 「そうだよ。上の偉い人が糸垂らすやつね」 「じゃあ、これ昇れば天国行けるんだ」 「誰か行く人は?」 「いやぁ、この前落ちてケガしたし……」 新入りの男に視線が集まった。 「行きませんよ」 「なんで? 体力あるだろ」 「僕、高いところ苦手ですもん」 生臭い地獄に、沈黙が続いた。 「じゃあ、俺が行くか」 老人がロープに手を掛けた。 「やりますか?」 「おぉ。でも、みんな、いっぺんに来るなよ」 老人が、少しずつ、ゆっくりと昇っていく。 下から男たちの太い声が響いた。 「感動をありがとよ」 「あっちの雲んとこ、テント来てるってよ」 二人の女がイベント広場に向かった。 「多いね」 「みんな楽しみにしてたからね」 テントのまわりには、たくさんの人たちが並んでいた。 「皆さん、ご覧になるときは押さないように。落ちたら危険です」 拡声器を持った男が、頭を下げる。 「わぁ、すごい。おじいちゃんよ」 雲の隙間からロープが下ろされ、大勢が覗き込んだ。 「もう少しよ。がんばれ」 顔をゆがめながら、両手に力を入れる。 ──その時。 「あぁ、落ちちゃった」 「でも、おじいちゃん、よくやったわ」 拍手が起こる。 「あっ、次、来たよ」 「がんばって。勇気と感動、ありがとう」

お前が居るから、俺は―― ②

翌日、冷たい風があたって起きた。眠い目をこすりながら、外を見た。まだ雨が降っているが、落ち着いてきた。雨漏りを防いでいたコップも、雨水で万端になり、溢れていた。俺の足元まで水が来ていた。俺は床に落ちていたタオルで、足元の水だけ拭いた。飯を食べようと、キッチンに立つ。でも、食料などない。昨日から食べていないせいか、たちくらみがしてきた。俺はリビングに戻って座った。相変わらず、冷たい床だが、俺にはこの場所が一番落ち着く。外では、学生が、登校していた。「もうこんな時間か、、、。」俺はつぶやいた。俺なんか高校なんて行ったこと無い。小学校までしか。そんな事を考えながら、俺はスマホを見た。相変わらず、ライン友達はいないし、何も楽しくない。SNSでは、楽しそうに踊ったり、遊んだり、食べたり。俺は見ているだけで腹がたった。ただ見ているだけで。こっちの事情なんか分かっちゃいない。ただ、自分の人生が楽しければいい。そう感じているのだろう。俺はスマホの電源を切った。唯一のストレス解消といえば、スマホのメモ欄に、思ったことを全部書き出すことだ。でも、書き出していることは大体同じ。メール履歴を見直すと、「うるせえ」しか書いていないことに気づいた。こんな人生でいいのか。でも、変えられるわけがない。腕を首の後ろで組み、胡座をかいた。ぼんやり外を見つめている。やることなんてない。 「気分転換に散歩行くか。」 服を着替え、髪と目を隠すために、キャップを深く被った。玄関を開け、商店街へ向かった。 髪と目を隠しているせいか、今日は何も言われない。でも、そんな静かな時間が、俺にとっては逆に腹がたった。親子で笑いながら話している声。カップルで歩いている足音。年寄りを支えている大人。そんな贅沢な「仲間」が居ることが、イラッと来た。赤い目でジロジロ見ながら、俺は早歩きで商店街を抜ける。角を曲がった時、誰かとぶつかった。 これが、あいつとの出会いだった。

とりあえず生きて、あとはそれから

 始発点と呼ぶにはあまりにも遅くて、終着点というにはあまりにも序盤で。  そんな、未だ道の途中に立っている私は静かに、その列車を待つ。どこへ向かうかもわからない、ダイヤグラムなんてない、そんな列車を。  まるで無限にも感じられるような時間を、ただ待つことに費やしていた。  世界を眺める中で私は、この世界の在り方を知った。  雲の隙間から差し込む光彩。乱反射する水面はたまの風に凪いで、遠く広がる。  朝焼けとも夕焼けとも呼べない、少し褪せた色彩を纏うその地平に、いつしか心を奪われてしまっていた。 「あの景色の中に、消えることができたのなら」 「いつかの世界に、還ることができたのなら」  思考を許して呟くのは、そんな言葉。何処へも行けない、何者にも成れない私の、ささやかな苦しみ。  吐き捨てることもできず、内に留めておくだけで、私は何も変わらないのに。 「そんならそれでいいじゃないか!」    傍で笑う君は鮮烈に、私の心に溝を残した。それを埋めようと必死だったのは、他でもない私で。  今は聞こえないそんな声に、どこか心を閉ざしていた。 「とりあえず生きて、あとはそれから」 「たったそれだけで十分だから!」  軽快に、そして鮮やかに、君は笑う。遺してくれたたったそれだけの言葉が、やけに五月蠅く頭で響く。 「……わかったよ」  仕方ないな、と口にする間もなく。  開いたその奥へ乗り込む。  今から向かうのは未来。決まり切っていない、私だけの未来。  ほんの少し閉じ籠っただけの心だけを頼りに私は、またこの時間を縫うように走り出した。  瞳の奥で、世界が弾けた。

お前が居るから、俺は―― ①

「俺は世界から拒絶されている」 いつもそんな事を思っている。・・・。いや。事実か。 16歳の俺は、途方に暮れてた。 ――「近寄るな。」 そんな声が、脳内に響く。誰が言ったのか、はっきりは覚えていない。でも、身近な人だったことは覚えてる。そんな事を考え、夜の町中を歩いていた。商店街のうるさい雰囲気が嫌で、俺は裏路地に入った。表の明るい雰囲気とは真逆で、冷たい風しか通らない。そしていつも通り、ガラの悪い連中が道を塞いだ。 「んあ?何だその髪色は?バカにしてんのかよ!」 と、いつも通りの反応。聞き飽きたけど、心の何処かでは、自分の見た目に悔しさがある。 俺は喧嘩も上手くないし、いつもやられる側。いつも走って、走って、走って。その繰り返しだ。 本当はやり返したい。でも、できない。 俺は反対方向へ走った。街灯のある、賑やかで、親子が笑顔で歩いて、喧嘩なんて一切ない、表へ。 俺は不良から逃げるため、人混みに紛れた。でも、表でも変わらない。 「なんだあいつ?」 「ファッションかしら?」 そんな声が絶えない。俺はまた走った。走って、走って、走って、走って、走った。 そして、自分の家に戻った。ボロボロのアパート。家賃も少ないし、俺にはこんなところがお似合いだ。 鍵を開けて入った我が家は、外の路地裏と大差ない冷気に満ちていた。エアコンもストーブもない。冷蔵庫のように冷え切ったフローリングに、そのまま腰を下ろす。 部屋着に着替える。飯を作る。寝る。その繰り返し。 冷蔵庫を開けた。食材が残り少ない。高校生でも、こんな見た目だから、アルバイトなんて、採用してくれない。金も底をつきた。ふと外を見ると、雷雨になっていた。このボロ屋は、雨漏り仕放題。色んなところから雨漏りがして、床に水たまりができる。なんとかコップで、水浸しになるのは防いだ。 でも、次から次へと問題が来る。風が入っている。俺の家には、最低限の布団しかないから、寒くて風邪を引く。風邪を引いても、金がないから、薬は買えない。防ぐものなんてなにもない。唯一、部屋の角だけ当たらないところがあったから、そこで座りながら、小さくうずくまって寝た。

書籍Aと書籍Bは似ている

 太郎君は、牛肉と豚肉と鶏肉の区別が尽きません。  花子さんは驚きましたが、理由を知ると納得しました。    太郎君は、肉を食べる時、肉を食べているとしか思っていなかったのです。  今、自分が食べているのは牛肉なのか豚肉なのか、それとも鶏肉なのか、考えなければ区別なんてつくはずもありません。    太郎君は、他の区別もつきません。    読んでいる二冊の本の区別がつきません。  どちらも主人公が頑張るからです。    見ている二つのアニメの区別がつきません。  どちらも主人公が頑張るからです。    買い物をする二つのコンビニの区別が尽きません。  どちらも物が買えるからです。    花子さんは、太郎君に何も教えません。  太郎君が困っていないから。    花子さんは、太郎君に何も教えません。  太郎君は区別こそついていない物の、「この二つは同じ物じゃん」と言わないから。    人に迷惑をかけなければ、太郎君の生き方は太郎君のものです。   「今日は私がハンバーグを作ってあげる」    花子さんはエプロンを巻いて、肉の種類を口にすることなく、料理を作り始めました。

天使と天使

クリニックの診察室。 男は困った顔で、ドクターに話し始めた。 「先生、時々、耳元で声が聞こえるんです」 「それはそれは……幻聴ですね。どんなふうに聞こえますか?」 「天使が二人、右と左で囁くんです」 ドクターはペンを止め、じっと男の顔を見た。 「天使と天使ですか。天使と悪魔じゃなくて?」 「はい。どちらも『自分が天使だ』と言い張ります」 ドクターは笑いをこらえ、咳払いをした。 「いや、失礼。珍しいケースですね。ふつうは善悪の対立があるものですが、両方が天使となると……判断が難しい」 「先生、僕はおかしいんでしょうか」 「おかしいというより、興味深い」 ドクターはカルテに走り書きをしながら、声のトーンを落とした。 「その二人の天使は、あなたに何を囁くんですか?」 「ポジティブな言葉を……『やればできる』って」 青年はうつむき、ため息をついた。 「ちょっと、うざいです」 「……わかりました。では、お薬を出しますから、様子を見ましょう」 「お大事に」 薬剤師から渡された紙袋には、耳栓が二つ入っていた。

小さな瓶

老いた男は、原稿を鞄に入れた。 そして、最後の一枚を書くためにホテルへ向かう。 「あなたって人は……」 玄関で見送る妻の目は、涙で潤んでいた。 今まで、たくさんの論文を書いた。 学生を前に、熱く語った日もあった。 そう、『生きるとは何か』。 「この論文が最後。私の集大成。生きた証」 ホテルの机に、原稿用紙と万年筆、小さな瓶を置いた。 男は椅子に座り、筆を走らせる。 最後の一行。 『生きることとは……』 静かに筆を置く。 窓の夜景を見ながら、錠剤を取り出した。 妻の顔が浮かぶ。 「今まで、苦労をかけた」 男は小さくうなずくと、掌の錠剤を口へ運んだ。 そして、寝室の扉を開けた。 ──カチャ。 「お客さん、早くしないと時間終わるわよ。 それとも、延長する?」

もしかして茗荷谷

窓から差しこむ夕日があざやかに眩しくて、さっきから延々と聞いてもらっている私の「嫌なこと」が、ひどくちっぽけで、惨めなものに思えてきてしまう。 「それでさ、本当に信じられなくなってさ」 スマホの向こうの友人は、 ―はいはい、だねえ 子猫におやつでもあげているみたいな軽い調子で応えてくる。私の深刻な悩みなんて、その程度のものなのだ。なんとなくわかってはいる。でも、続けてしまう。 「なんか、どうにもならなくてね。やんなっちゃうよ」 ―そういうときはさ、あれよ、えーと、さ、ほら 「何よ?」 ―だから、ほら、クセのある、野菜の 「クセ? 野菜?」 ―あんま頻繁に買うもんじゃなくてさ 「わかんないよ」 ―ああ、駅名にもなっててさ 「駅名って」 ―そうめんのときにさあ 「…もしかして茗荷谷?」 ―そうそう、それ、茗荷谷 「茗荷谷がどうしたのよ?」 ―茗荷谷というか、みょうがのほう 「それで?」 ―食べてみたら? 「え?」 ―みょうが食べると忘れっぽくなるとか言うでしょ。食べて嫌なことみいんな忘れちゃいなさいよ あまりに強引な理屈に、毒気を抜かれ、鼻で笑うしかない。まったくヤレヤレな友人だ。その友人に話を聞いてもらってる私にしても十分アレだけど。 友人との通話を終え、アプリで地図を呼び出す。「茗荷谷」と打ちこんで… ふうん。思ったより遠くないんだねえ。 さっと支度をして外に出る。気持ちが沈んでいかないうちに、とっととやることやってしまおう。いままで一度も降り立った駅ではないけれど、スーパーくらいはあるだろう。 みょうがを求めてスーパーに。なんなら、せっかくだからとその買いものは茗荷谷で。 我ながらアホっぽい。まったく、ヤレヤレだ。 茗荷谷に向かう電車の車内で、みょうがのみそ汁にあう献立を、ちょっとばかり考える。さっきまでの沈んでいた気持ちがやんわり小さくなって、ほんの少しだけ楽しく思えていた。ほんの少しだけ、だけど。

作家は経験したことしか書けないから童貞は夜の描写ができない

「なんてことだ!」    天才恋愛作家として名を馳せた俺。  いよいよ童貞主人公とヒロインが結ばれ、ハッピーエンドの初夜を描こうとしたのだが……書けなかった。  いつもであれば指揮者のごとく滑らかに振るわれるゴッドフィンガーも、先程から石化でもしたかのように動かない。  おう、まい、ごっど。    俺の頭の中に、一つの言葉が浮かんでくる。   『作家は経験したことしか書けない』    という残酷な一文。    確かに俺は童貞だ。  認める。  だが、夜の描写は、エロ動画を何度も見て履修済み。  書けないはずがないのだ。    気分転換にコーヒーを飲んでみても、筋トレをしてみても、状況は変わらず。  文字数が一文字たりとも増えることはない。  頭をこねくり回し続けること一日。  俺はようやく原因がわかった。   「はっ! まさか、エロ動画にはどちらも初めての役者がでてこないから、俺は初夜が書けないのか!」    俺は絶望した。  あまりの絶望に、壁に向かって倒立をし、バランスを崩して床に倒れた。   「あーっはっはっは! まさかこんなところで、天才恋愛作家である俺が壁にぶつかるとは!」    もはや笑うしかなかった。  俺は床に大の字になって、狂ったように笑った。  口の中が空からになるまで笑いつくした後、俺は天才としてのプライドを護るために決めた。   「よし。恋人作って初夜を経験しよう」    完全に狂っていたが、今の俺にはこれ以上の案が出てこなかった。  そうと決まれば、俺は担当編集に電話をかけた。   「もしもし?」 「初夜を経験したいので、女の子紹介してください」 「……からかってるなら切りますよ? 私、こう見えて結構忙しいんですよ」 「本気です!」 「本気ならさらに切りたいです。そんなに経験したいなら、夜のお店にでも行ったらいいじゃないですか」 「何を言ってるんだお前は。夜の店だと、相手は初夜じゃないだろう」 「何を言ってるんだお前は」    担当編集に今までのことを説明すると、担当編集は渋々納得してくれたようで。  電話を切った後、近くで行われる街コンの情報をメールで送ってくれた。    担当編集の好意は無駄にはしない。  俺はさっそく一丁裏に着替え、街コンへ繰り出した。    そして撃沈した。   「うえっ……うえっ……うおおおおおおん!」 「はーい、よしよし。泣かないでください」    まさか、街コンがあんなに恐い場所だったとは。  話しかければ苦笑い、酷い時は無視。  天才恋愛作家の俺の心は、雑な宅配業者に運ばれたポッキーやプリッツ並にバキバキだった。  最近降られたバキバキ童貞もこんな気分だったのかと思えば、バキ童チャンネルを見てまた泣いた。   「大丈夫ですよ。恋人を作る手段は、街コンだけではありません。合コン、マッチングアプリ、出会いバー。好きな物を選んでください」 「ここまで来たら、なんでもやってやる!」    俺はがむしゃらに挑戦した。  そして全滅した。   「~~~~~~~~~~~~~」 「せめて声を出してください」    俺は三日間、執筆を止めて部屋に閉じこもった。  ご飯は全部マクドナルドのデリバリー。  時々すき家。  チーズ牛丼の美味しさが心に染みた。    三日三晩泣き叫び、いっそ清々しくなった心で机に向かう。  根を張ったように動かなかった手が、信じられないほどの速さで動き始めた。        その後、俺は完成した新作で、翌年のなんたら小説コンテストの大賞を受賞した。   「おめでとうございます、先生! いやまさか、もう体を重ねるだけってタイミングで、新ヒロインが登場するとは。こんなの誰も予想できませんよ。さすがは、天才恋愛作家」    俺はゴールドに輝くトロフィーを抱えながら、最高の笑顔で返事をした。   「まったく嬉しくない」    新作発売後のエゴサで見つけた一文は、未だに俺の心に残っている。   『この作者、絶対童貞w』

レストレイドは悪漢をつかまえて

この時期 物足りないと思うと かとり線香に火をつける 小鳥がちいいと鳴いて 自転車のベルが それに応える 青い視界のはしからはしに 伸びる飛行機雲が やけに心地いい きゅうりもなすも安かった トマトの赤い色は お店にはなかった そのお店で トマトの赤い色に 出会ったことはない アイスクリームにコーラ もしくは水ようかんに 濃いめの麦茶 白でも黒でも 炭酸は炭酸 格別に別格 ペットボトルを開ける瞬間の パキッと乾いた小さな音に 夏がわななく 指にかかる微かな抵抗が ふっと抜けるその一瞬の手応え もはや快感にも近い 炭酸のそれは格別に別格 そのヤミツキが喉が渇いたのでもないのに レジへと足を運ばせる 太陽は また明日ねと言い 舞台から降りる 月は 今宵もよろしくと言い 舞台のそでに 本は 何冊も 積んでおくもの レストレイドは 悪漢をつかまえて ポアロは推理をすすめていく 夏はとっくに来たけれど 風鈴の音はまだ 聞こえてこない   水無月を まだ口にしていないから   私のなかでは いまも水無月

サカノウエノミコト

住宅街の細い道。 民家の脇には花とお菓子、ミニカーが置かれていた。 中年の女が膝をつき、手を合わせる。 近所の人たちは、その光景を横目で見ながら通りすぎた。 次の日も、また次の日も、人通りの多い時間を選んで祈った。 その様子を二階から夫が眺める。 「よしよし、順調だ」 夫は妻に言った。 「あのお喋りなおばさんに、『ここで車とぶつかった子はどうなった』と聞いてこい。それだけでいい」 やがて誰かが花台を置いた。 人は立ち止まり、手を合わせる。 夫はまた妻に言った。 「夜中に子供を見たって、おばさんに言ってこい」 幼い子供の噂は、すぐに広がった。 「何か怖いわね」 夫が笑った。 「最初に花と菓子とミニカーを置いたのは俺だ」 「何でそんなこと」 「今にわかる」 夜、夫婦は花台を片付け、代わりに小さな祠を置いた。 祠の中には河原で拾った石。白い紐を巻きつけた。 「それらしくなった。ここからが本番だ」 「いいか、人通りの多い時間に手を合わせろ。白い服だぞ」 「何を企んでるんだ」 「お前は知らなくていい。嘘が顔に出るから」 妻は祠に手を合わせた。 異様な雰囲気に、人々は目を奪われる。 「『子供は行くべき所に行かれました』と大声で叫べ。みんなに聞こえるようにな」 若い男が声を掛けた。 「その祠の石は何ですか」 「これは《サカノウエノミコト》様のご子息の枕です。我が坂上家が代々引き継いできた、由緒ある石です。ご存じでしょう」 「そう言えば、昔聞いたことあるような…」 その夜、夫は祠に賽銭箱を置いた。 翌日から祈る人は増え、金も集まった。 《サカノウエノミコト》様は子宝の神。 《サカノウエノミコト》様は金運の神。 あとは勝手に誰かが噂を作ってくれる。 夫婦は賽銭箱を覗いた。 「小銭が多いわね」 「そうだな…御札作るぞ」 御札は飛ぶように売れた。 商店主がお札を貼ると、参拝帰りの人が店に立ち寄った。 店主は「《サカノウエノミコト》様のおかげだ」と言いふらした。 夫婦は土地を買い、工場を建て、朝から晩まで働いた。 妻は夫を睨みつける。 「話が違うじゃないか」 「そうだな。賽銭箱で満足すべきだった」 夫は筆を取り、工場に御札を貼った。 《サカノウエノミコト》夫婦円満

当社管理番号

 靴箱に、手紙が入っていた。  ハートマークのシールで封が閉じられているので、おそらくラブレターだろう。  ラブレターをもらうなんて人生初だ。  私は手紙を鞄にしまい、そのまま女子トイレへ直行して、個室の鍵を閉めてから手紙の封を開けた。    手紙には、差出人の名前と共に、情熱的な愛の言葉が並んでいた。  よくもまあ、こんなに恥ずかしい言葉が書けるものだと思いつつ、悪い気はしなかった。  恥ずかしい言葉を並べてしまうほど、私への感情があるのだろう。    上から下までしっかりと読み、最後の一文で目が留まる。   『もし手紙でお返事いただける際は管理番号を削除せずご返信願います』 『管理番号:××××××ー××××ー××××』    私は手紙を破り、トイレの中に捨てて水を流した。    ラブレターを書くたびに番号を振っているのか。  手紙を出すたびに番号を振っているのか。  その番号を何に使っているのか。  私にはわからなかった。    でも、そんな裏事情を私に見せて巻き込むな。    水が流れていく音と共に、ほてっていた私の体温もすっかり流され、元に戻っていた。

鍵のついた本

川沿いにある骨董屋。 白髪交じりの女が、奥の椅子に腰掛けている。 ──ギィー、ガチャン。 男が入ってきた。 店の中をゆっくりと見て回る。 そのとき、壁の戸棚に目が止まった。 「これは何ですか」 「知らん」 「売り物ですか」 「あぁ」 男は、戸棚から一冊の本を手に取った。 「鍵つき…鍵はありますか」 「ない」 表紙を眺めながら、しばらく迷った。 そして、安くはない金を払い、店を出た。 帰り道、鍵屋を探す。 「すみません。この鍵、開けられますか」 店主は本を手に取り、鍵穴をレンズで覗き込んだ。 「これ、無理に開けるより鍵作ったほうがいいな。どうする」 男は、鍵を作ってもらうことにした。 そしてまた、安くはない金を払った。 郊外の一軒家。 部屋には、趣味で集めた骨董品が並んでいる。 机の上に本を置くと、小さく深呼吸をした。 ──カチ、カチ。 鍵を回し、重たい表紙を開いた。 「二百年前か…」 最初のページには、日付と「予言書」の文字があった。 男は、ゆっくりと時間をかけて読んだ。 すべてを読み終えると、本を抱えて家を出た。 ──ギィー、ガチャン。 「これ、買い取ってくれ」 「安いよ」 女はカウンターに、わずかな金を置くと、 戸棚に本を戻した。 「予言、全部はずれだったぞ」 「知らん」 店を出た男は、持っていた鍵を川に投げた。 川の底には、同じ形の鍵が、キラキラと光っていた。

太陽と言い訳

 ずっと朝のすんだ冷気のまま、あたりがつつまれていたらいいのだけれど、悲しいかなそうはいかなくて。時間の経過とともに空気はしだいに熱をおび、そして、にごっていく。  青春は盲目だ。まわりが見えなくなる。目的のそれしか目に映らなくなる。陳腐な言葉でしか言い表せらんない貧相な自分の思考。青春も恋も、炭酸の泡と同じもの。儚いものだ。  太陽が高いとこにいる。  ひさびさ空を見上げる。  太陽がわたしを見下ろす。  わたしが太陽を見上げる。  種がちゃんと芽を出したかと、その後もしっかり育っているかと、下ばかり見るクセがついてしまった。  ちがう、ちがう。それは言い訳。ずうっと前から下ばっかり。それが、わたし。  毎朝、しっかり鏡を見る。そして話しかける。 「今日はどうすればいい?」  鏡のなかのわたしは答える。 「今日は、話しかけないでおきなさい」  現実の世界のわたしは答える。 「わかった」  でも、話しかけないでおけとは言われたけど、話しちゃダメとは言われてない。向こうから話しかけてきたんならいいのかな。わかんないな。わからないところは現場の判断に任せてもらうってことで。 「え、なに?」 「お、なんだ、よかった。無視されてんのかと思った」 「わたしが無視するようなことでもしたの?」 「いや、してないな」 「なら気のせいなんじゃない」  ふう。あぶないあぶない。ちょっと強気に出てれば少しくらいのこと、うやむやにできちゃう。  教室の窓ぎわの、わたしが勝手に育ててるミントの葉。ちょびっと千切る。それを鼻にくっつけて自分のまわりの空気を全部吸い込むようないきおいですううと匂いを取り込んでみる。  太陽はまだ、高いとこからわたしを見下ろす。  読んでる本の中身が空に映し出されるんなら、もっと上を見ることも、増えるだろうか。   かわいいと    言ったら負けな気がしてさ     好きって言ってやるから許して

下手な絵師さん

 いつまで経っても絵は上達しない、そりゃそうだ努力もちゃんとできないようなやつだからそうなっても仕方ない、本気で自分自身が嫌いになる。「なんでちゃんと努力しないんだ。努力もできないくせに鬱になるんじゃない」こんなことばかり考えていると、さあ大変自傷に走ってしまう、弱者の敗走のようである。自分自身にちゃんと言ってやりたい「ただの承認欲求の塊で変なプラドの持ち主だ」と。

夜は明けるから #11

しばらくすると、二階で誰かが起きるような音がした。ゆっくり歩く足音と駆け足に階段へ駆けていく足音の二つ。 先に降りてきたのはミミと同じくらいの男の子。この子はあのときいなかったように思う。 「生き返ったんだ、よかった」 「生き返った?」 僕はリッカにも同じように言われたことを思い出した。僕は死んでいたのだろうか。天国も、文字通りだったのだろうか。 僕は死後の世界を信じたことはなかった。こんなに辛い世界の後に、似たような世界があったりなんかしたら、気が狂いそうだからだ。でも、ここか死後の世界で、僕がもう既に死んでいるのだとしたら、それは嬉しいことだと思う。 ただ、クーがいないから、僕は死んでいない。 「倒れた子どもは目を覚まさないことが多いんだ。それでも、目を覚ましてくれたら、『生き返った』って言うんだ、敬意を込めてね」 「へぇ」 僕はトーストをもう一口放り込む。 「僕はカウル!」 「えっと、僕はトガ」 「よろしく、トガ!」 カウルと言った男の子は僕の隣にわざわざ椅子を持って来て座った。他のと違い、少し汚れた椅子。 「その椅子汚いから、こっちに座って」 僕が退けようとすると、「いいよ、僕はここの先輩だから」と鼻を擦る。 すると、リッカが鼻で笑う。 そして、遅れて降りて来た女の子。その女の子はソファの方から僕らの朝食を見て、無言で立っていた。 この場所にはそぐわない髪色をしている。まるで、別の国から来たような感じ。それに僕は既視感があったが、何による既視感なのか分からなかった。 「あ、ユキはこっち座って、私退けるから」 インダはトーストの最後の欠片を口の中に無理やり押し込むと、慌ただしく席を立った。皿を片して、布巾で適当にテーブルを拭きあげ、ユキという女の子が座れるよう、椅子を引いた。 ユキは僕を見ても声をかけない。目は合うが、その先は特になかった。 インダがユキの分のトーストを運んでくると、「ありがとう」と一言。その声も、どこか異国の雰囲気がある。僕は見惚れてしまった。 「ねぇ、トガ。外に遊び行かない?」 そんな僕の視界を遮るようにリッカが僕の顔を覗く。僕は驚いて、リッカの顔を見上げる。髪を耳にかけながら、上目遣いでこちらを見ている。 「え、あ、いいよ」 僕もトーストの最後の一欠片を口の中に収めた。そして、インダの真似をして流し台にお皿を運んだ。 「まって、僕も行く!」 「カウルは食べてから来いよ。寝坊したのが悪い」 レイがカウルの肩を叩くと、カウルは立ち上がって少し怒った風に反論したが、すぐに椅子に座り直し、インダからトーストを受け取った。 リッカは僕の手を取って、玄関へ向かった。 視界から少しずつ消えていくユキという女の子。冷たくテーブルに落とされるユキの視線は朝に似つかわしくない、そう思った。 外に出ると、太陽のないどんよりと曇った空があった。幾重にもなる灰色のグラデーション。あの町で見た錆色に比べると、遥かにこちらの方が気持ちがいい。僕は深呼吸をして、天国を吸い込む。 「随分曇ってるね」 レイが空を見上げて言うと、右手を高くあげて目を瞑るリッカ。 「あれは何をしてるの?」 僕がリッカの妹であるミミに尋ねると、「天気予報だよ」と教えてくれた。ただ、その意味は分からない。僕は曖昧な返事をして、それが何なのか考えた。 「風が南から吹いてる。もうすぐ雨になるかな」 「それなら、先に洗濯物を片付けた方がいい」 そう言うと、レイは建物の裏手に回る。僕やリッカ、ミミもその後を追った。 そこには木から木へ縄が張られ、服や布切れを無造作に引っ掛けただけの簡素な物干し場があった。大きな布切れや小さな布切れが風邪に靡いている。 「早いとこ片そう」 レイが背伸びをしながら、無理に服を引っ張る。それを見てミミも背伸びをして大きな布切れを引っ張った。 「そんなことしたら傷むでしょ」とお姉ちゃんらしいリッカ。注意をしたあとも、黙々と服を取り入れる。僕はそんなリッカの横顔に見惚れてしまった。ただぼうっと、リッカを。 すると、レイとミミが「手伝ってよ!」と同時に僕に詰め寄る。 「ああ、ごめんごめん!」 僕もすぐに洗濯物を取り入れるのを手伝った。そんな慌てた僕を見て笑みを含んだリッカは、僕の方を見て「トガー! こっちも手伝ってー!」と大きな声で僕のことを呼んだ。 その時のリッカの目は細く笑んでいて、まるで、クーがいたずらをして、それに僕がまんまと引っかかって、ケラケラと笑う、あの目だった。リッカは大笑いしている。僕もそれにつられて頬が緩んだ。 笑ったんだ、僕が。 そして、風が少し強くなる頃、僕らは洗濯物を全部籠に放り込み、その籠も物陰に押し込んだ。 「お疲れ様、リッカ」 「そっちこそ、ありがとう」 リッカは僕に向かって親指を立てた。 【つづく】

ルーティン

昔、見える女性と付き合っていた。 「ほら、あそこにいるでしょ」 と言われるたびに首をひねっていたが、ある日を境に自分も見えるようになった。 ありがたくもない才能は、今も続いている。 通勤途中の信号機のない交差点。 毎週木曜日、半透明の女が立っている。 交差点を過ぎ、バックミラーを見た。 「焦ってるな」 ──次の木曜日。 「やばい、目が合った」 ルームミラーを覗くと、女が静かに座っていた。 「でこが少し腫れてるか? でも、意外と美人だ」 女が前髪で、でこを隠した。 それから週に一度、女を乗せることが決まりごとになった。 「あっ、寝過ごした……」 いつもより遅い。 すると、歩道で足を引きずる女を見つけた。 小さくクラクションを鳴らし、車を左に寄せる。 「遅くなってごめん」 「大丈夫」 自然と言葉が出た。 女は、いつものように外の景色を眺めている。 ミラー越しの顔は、どこか寂しい。 「誰かに会いに行くのかな」 確かめたい衝動が、日に日に強くなる。 ──次の木曜日。 女が消えた後、辺りを探した。 「……どこだ」 その時、スーパーの前から店員の大きな声が聞こえてきた。 「本日は週に一度の半額セールです。皆さま、開店までもうしばらくお待ちください」 「……あれは」 最前列に、スーパーのカゴを持った女が笑顔で並んでいた。

ギャルのスマホ

スマホの画面に着信の表示が出ている 電車は都心に向かって進んでいる 田舎の単線電車は一駅着く度に暫く停まり、よっこらしょと聞こえるかのように、また進み始める 着信の表示が消えない 彼氏からだ 「今電車に乗って向かってる」 と送信する 高校生になって初めて髪を染めた 暗めな金髪で、落ち着いた感じを出したかった 直ぐに彼氏が出来てギャル最高だなって思った 今は違うけど 着信の表示が消えない 「後十分で着くよ」 と送信する 目の前に座っているオジサンは落ち着いていて、余裕があって、優しそうだ。ボタン掛け違えているけど。 私の彼は眉毛とヘアースタイルのセットは欠かさないが、トイレに行って手を洗わなかったり、何日も同じハンカチを使っていたりする。 所構わずキスをしてくる   電車が進む。後数分で彼の待つ駅に着く。着信は入ったまま。 もう、随分前から分かっていて、念のため、確認のための時間で、とっくの昔から私の初めての恋は終わっていた。 彼は私の心なんか興味がなくて、ヤレル体があればそれで満足する人 電車が駅に入る ブレーキがかかり停車準備に入る 窓越しに彼氏の姿が目に入る ドアが開き電車を降りて彼の前に立つ 背筋は曲げない、顔は下げない。真っすぐ彼の顔を見る 「何で電話出ねぇんだよ」 少しお腹に力を入れて最初の言葉を押し出すと、後はスルスルと私の気持ちが出ていった。 これからは、無理な私はやめよう。 自然な私のままでいよう。 自然な私を好きになってくれる人を探そう。 「あのね…」

そんな目をしてるから

馬にはちょっと因縁がある 小学校の写生会で、馬がたくさんいるとこに行った 馬はそれぞれ名札のついた自分専用の場所にいて、少し窮屈そうと思った 馬を見て、ちょっとさわって、私たちは馬の絵を描いた 馬の毛が太陽で光って見えるのがキレイで、でも私にはそれをちゃんと描けなくて、だからあきらめた せめて馬の目をきちんと描いてあげようと思って時間をかけた 描くたびおかしな絵になっていくのが、姿のない何かに邪魔されてるみたいで泣きそうになった 泣いていたかもしれない そんな私の気持ちなんか無視してクラスのみんなは私の絵を見て「ヘンだね」「特に目のとこ」と言った たぶん泣いちゃったんだと思う 泣きながら、でも描き直したんだと思う 馬の目の部分だけ紙が薄くなってしまうくらい何度も消して、でもやっぱりみんなはヘンと言う、容赦なく あたり前だよ、容赦なんて言葉、まだ習う前だった 気を遣う? なんのこと? 私は馬を嫌いになった そんな目をしてるから私が困っちゃうんだよ そんな目だから私が泣かないとならなくなるんだよ 馬は、何もしていないのに   どうしても上手く描けない馬の目を    ヘンだよ みんなに言われて泣いて

いつか花咲くその日まで

 春風に凪いだ教室のその真ん中で、ふと今も思い出す、あの日に紡いだメロディー。  忘れられないように、心に残ってしまうように。そんな結末を抱いていた。  始まりは願いのない、鮮やかな夢想の中で。ゆらりと風に揺られていた、不明瞭な感覚。  出逢った瞬間に、虹彩の奥のその奥が照らされて、青く澄んだような気がした。  思い出して、あの日々を。まだ誰もいなかった私だけのステージを。  彩りを重ねるように、今ここで花咲いて。  連れてきた花の匂いはまだ、遠すぎて見えないけど。  遅くはない、今もきっとあると信じて、明日に手を伸ばす。  そんな、懐かしいようなあの日の私の思い出も、「あの日」になってしまうけど。  思い出はずっと、この手の花の中に閉じ込めておこう。  褪せぬように、鮮やかな色に乗せて。  いざ花咲け  「あの日」の私のように。

総理、ハラハラする。

地下三階の会議室に、全閣僚が呼び出された。 「大変なことになりましたね」 「これはまずいよ」 重い扉が開き、総理と防衛大臣が入ってきた。 「ちょっと緊急事態でね」 正面のスクリーンに映像が流れる。 その前で、防衛大臣がマイクを握った。 「あの国が不穏な動きをしています」 会議室に緊張が走った。 「何をたくらんでる?」 「おそらく、ミサイルを……」 「うちの防衛システムは大丈夫だよね?」 「はい。着弾することはないと思いますが……こればかりは」 閣僚たちが頭を抱えた。 ──その時。 『ミサイルが発射されました』 緊急アナウンスが流れる。 「とうとう一線を越えたか……」 総理が防衛大臣に視線を送った。 「反撃しなさい」 「はい」 窓際に置かれた椅子に、総理が体を預けた。 「私の判断は……」 涙が落ちた。 「ちょっと、あなた」 妻が声を掛けた。 「また妄想してたでしょ」 「国会も終わったし、ちょっとハラハラしたくて」 「で……私、また死んだの?」

ふたりの関係

「図書室ってなんか好き」 「キミの場合、たんに話すのが好きなんでしょ」 「ああ、そうかもね」 「話をするとこじゃないんだよ、図書室は」 「えええ」 「何をいまさら」  こんなやり取りをしてみても、僕たちはただそれだけ。急な雨に「ごめんねえ、傘持ってきてなくてさあ」とこっちの返事も待たず傘に入ってくるような子ではないし、そもそもそんな関係でもない。 「そろそろ帰る?」 「そうだね」  廊下を歩いているときはそんなことなかったのに、下駄箱に来てみると外は大騒ぎ。 「いやあ、雨かあ」  言いながらも持ってきておいてよかったと胸をなでおろし、僕は傘を開いた。 「ごめんねえ、傘持ってきてなくてさあ」 「え」  キミの肩が、かすかに触れる。 「……」 「どしたの? はやく行こ」 「あ、うん」  僕たちはいつのまにか、そういう関係になっていた。   教室の気になるあの子 雨に濡れ    入っていいでしょ ごめんね サンキュ

7月2日の憂鬱

 どうも、七月二日です。  人間に言いたいことがあります。    実は、一年の半分の終わりって、六月三十日じゃないんです。  七月二日なんです。  うるう年のときは変わるんだけど、四年に三回はぼくなんです  なのに人間と来たら、六月三十日に「今年も半分が終わりかー」っていうんですよ。    違う違う違う。  まだ、一日半あるんですよ。  ぼくが一年の半分だから、正しくは七月二日の正午が近づいたら、「今年も半分終わりかー」って言うべきなんですよ。    十代や二十代の人間が、「俺もうおじさんだー」「私もうおばさんだー」って言ってたらどう思います?  違う違う違う。  おじさんおばさんはもっと上からだよ、ってなりません?    六月三十日に人間が、「今年も半分が終わりかー」って言ってたら、「一年の半分はまだ先なんだよー」って思っちゃうんですよ。    よし。  ここまで言ったから、今年はもう大丈夫だよね。  ちゃんと、七月二日に一年の半分を振り返るよね。    ね?    じゃあ、ぼくは時を刻むという重要な仕事があるから、ここらへんでお暇するよ。  またね、人間。        頼むよ、本当に。

いちごの葉の下に

 とんとかたつむりを見なくなったのは、たまたま彼らの生息していない辺りにわたしが越してきたからか、それとも、かたつむりのほうでわたしのことを避けているのか。時代なんだよ。ひと言ですべてを台無しにしたいだなんて無粋ですこと。あなたみたいな人こそ時代に飲まれてしまってますわよ。 「ワタクシめでは駄目でございますか?」  キレイな緑色をしたかえるが、あじさいの葉の上でわたしに向かって訴える。 「駄目なんてことはないのよ」  かえるは葉の上で二度三度と飛び跳ね、あじさいはその回数よりも多く青紫に染まった頭をゆらした。 「お庭のすみの、いちごの葉の下に、あっちの世界に行けるトンネルをつくっておきました」 「あらあら、いつの間に」  勝手なことして、なんて怒る気はまったくない。それに、いちごの葉の下だなんて、バツグンに感性が光ってるじゃない。でもね……  わたしはそのトンネルを通ることはできない。それはあまりにも小さすぎるから。 「ワタクシめは先に行っております。どうかお気をつけてお越しください」  かえるは何度も振り返り、最後は気持ちを決めて暗いトンネルを奥へと進んでいった。  さてさて、どうしたものか。何日か考えた。珈琲を飲みながら考えた。何日か考えなかった。また何日か考えた。珈琲を飲まなくても考えた。何日か考えなかった。また何日か考えて、そして考えなくなった。  いつの間にかあのトンネルはなくなっていて、台所でいれる珈琲は、あたたかかったものから冷たいものへと変わっていた。あじさいの季節が終わって、夏が来ていた。   珈琲を飲み干し夏がやって来る    飲まなくってもすでに来ている

夜は明けるから #10

結局、僕もソファで寝ることになった。ミミが譲ってくれたベッドだったろうに、ミミに誘われて僕までソファで眠ることになるとは。と言っても、どちらも柔らかくて寝心地がいいのには変わりない。あの生臭い泥の匂いとは違う、尖った小石や羽虫が騒がしい寝床とは違う、なんとも落ち着いた場所だ。 正しく、天国だよ、クー。 僕とリッカはお互いに対岸のソファに寝転がり、その間のソファにミミが寝転がった。コの字ソファを人でなぞるような形だ。 真ん中のテーブルにある蝋燭の火が消えると、そこはいつもような暗闇だった。ミミとリッカは幸せそうに寝息を立てるが、僕は少し怖かった。 どうしてそんなに安心して寝られるんだ。 消えた蝋燭に再度火を灯そうと試みるも、学のない僕には「火」なんて、よく分からなかった。しばらく、蝋燭の先の糸を見ていた。 これが僕のこの日最後の景色だった。 翌朝、僕はリッカに小突かれて目を覚ました。 「早く起きて」と鋭い声がする。 「本当に生き返ったの?」と別の声。この声も聞き覚えのある声だ。 「本当だよ、昨日話したもん」と幼い声はミミのだ。僕はうっすら目を開ける。眩しい。 僕の顔を覗き込む四人。 「おはよう」 知らない女の子がいた。この子、あの場にはいなかったような。一歩引いた場所にいる。 「お、おはよう」 「名前は?」とその女の子が僕に問いかける。 すると、ミミが「トガくんだって! さっき教えたのに」と不服そうな顔をする。この女の子忘れっぽいのかなと思った。しかし、ミミの方に振り返ったその子は諭すように言った。 「自分の名前は自分で言うのがいいの」 「そうなの?」 ミミは不思議そうに僕を見て、微笑む。そして、唐突に「名前は?」とその子の真似をした。 「僕はトガ」 「私はインダ」 そう言うと、インダは奥の部屋に行ってしまった。 「僕はレイ」 「よろしく、レイ」 僕はインダと交わし損ねた右手を差し出す。すると、左手を出そうとしたレイがわざわざ右手を差し出した。合わせてくれているのだと、その仕草一つで勘付く。 「いいよ、利き手で」 僕は右手を引っ込めて、左手を出した。 すると、レイは口角を少し上げて、「気づかれたか」と悔しそうに言った。懐かしいよ、その仕草。クーも左利きだったから。 「ほら、朝ご飯用意するから手伝って」 リッカは僕の手を取った。リッカは僕のことを何かと気にかけてくれているような気がする。何だろう。僕の奥にある目覚めてはいけない何かが燻り始める。 リッカに連れられて奥の部屋に行くとそこには豪華なご飯が並べられていた。白いトースト生地に絵を描いたような焦げ目。その真ん中にちょこんと乗せられた黄色い何か。甘い匂いがして、腹の虫が早くそれを寄越せとまくし立てる。 「トガは二枚食べてもいいからね」 トーストを焼いていたのはインダ。僕の涎が危うく床を汚してしまうところだった。急いで吸い上げたのを見て、ミミはクスクスと笑う。 レイが「そこでいいよ」と空いている席を指した。 「そこはカウルの席だよ」とミミ。 「まだ起きてきてないのが悪いよ。早い者勝ちだから先座っちゃいなよ」 「ありがとう、レイ」 僕はレイに言われた通り、カウルという子の席に座らせてもらった。僕なんかが座ったら、怒るだろうし、カウルが起きてくる前に食べきらないと。 「はい、これトガの分」 僕の前に置かれたお皿にはトーストが二枚と黄色く溶けて滲んだ塊がある。初めて見るこの得体の知れなさに、僕は皿を覗き込んだ。 「トーストは初めて?」 リッカの声に僕は返す。 「この黄色いのは?」 「バター。これで延ばしてみて」とナイフを手渡される。僕はその柄を受け取るが、使い方がよく分からない。 すると、近くでレイがナイフを使ってバターを延ばし、僕に真似るよう目で合図をする。僕はレイのナイフの持ち方から始め、ゆっくりと薄くバターとやらを延ばした。トーストに溶けてなくなると、表面がやや艶やかになる。 「完璧だよ、トガ」 僕は自然と笑みが零れた。 「みんなトーストは届いたよね。そしたら、食べようか」 インダのトーストにはバターが乗っていない。 「いただきます」 僕はレイがナイフではなく手でトーストを掴むのに驚いた。そして、そのままかぶりつく。サクッと音がしてバターが染み出る様子は僕の腹の虫を苛立たせたようで、大きな音が鳴る。 「美味しいから食べな」 レイは口にトーストを含んだまま、僕に食べるよう急かした。 恐る恐る僕もトーストを口へ運ぶ。クー、僕だけこんなもの食べていいのかな。 「いいよ、ほら一気に」 インダの声がクーの反応に聞こえた。 硬い表面と柔らかい中身。バターは僕の舌にまで染み込んでいった。これが幸せの味だとでもいうのか。 「美味しい」 【つづき】

ずれ休憩

お昼ゴハンまでまだ一時間はある。 キャラメルでも食べようかしら。皆もこっそり食べているし。でも駄目よね、先週出庫先で食べかけのお煎餅が入った荷物が届いちゃったばかりだし。 ミヨさんは倉庫の出庫作業をしている 今はお腹が空いてポケットのキャラメルを食べ損ねている 「ミヨさん!」 先輩がこちらに駆け寄ってくる。確か構内は走るのは駄目ではなかったか? 「はい」 「ミヨさん、それ終わったら急ぎのオーダー行ける?」 「あっ大丈夫です。分かりました」 「ごめんね、じゃお願いね。」 ミヨさんは手持ちの作業を急いで終わらせ、急ぎのオーダーの集品を始めた オーダー数がとても多く、お昼休みをずらして作業を続ける やっと集品を終えミヨさんはずれ休憩に入る。 休憩スペースには誰もおらず、ゆったりと過ごすことが出来た カウンターで外の景色を見ながらお弁当を食べていると背中で誰かが入って来る音がした 「あれ?ミヨさん今から休憩ですか?」 品出し担当のカナタ君が隣に座る カナタ君はコンビニのビニール袋からおにぎりと菓子パンを出して食べ始める 「ちょっと急ぎをやってたら間に合わなくて」 カナタ君は見た感じ三、四十代で品出し作業のせいか体つきが良い。少し長い髪が汗で濡れている。 「そのお弁当手作りですか?」 「そうよ。大したもの入ってないけど」 「羨ましいな」 モグモグとおにぎりと菓子パンが彼の中に入っていく。彼は独身なんだろうか?女子達の中では密かにその質問が話題になっている。見た所指輪はしていない。 「料理とかする?」 とか、とはいったい何なのか?料理しかないのにとかとは。でも気を使うとそんな言い方になってしまう。しないことを否定はしないよと言う保険なのだけど。 「しますよ。朝飯は俺の担当です」 俺の担当…それは俺以外が家にいると言う事で合っているのでしょうか。 「じゃあ、基本は奥様がしてくれるのね」 どっちだ。どっちなんだ。 「そっすね」 だよなー。そうだよなー。私は何をきたいしてたんだろうなー。 「なんちゃってw。奥さんほしいですけど」 独身だったー。未婚だー。 「実家で暮らしてるんだっけ?」 「いや、女友達とシェアしています」 ………なんじゃそりゃ! 「へぇー今どきだね。恋人じゃないんだ」 「まぁ…お互い…都合がいい時に…一緒になったりはしますけど」 ポカーン………ポカーン 「か、彼女の方もそんな関係で良いなら良いわね」 「いや、彼女は僕と付き合いたいらしいですけどね」 クソだな!コイツ!呪いの呪文を唱えてやりたい! 「じゃあ別々に暮らさないとダメなんじゃない」 「うーん、まだ次の女友達が見つかってないんすよね」 滅!コイツはダメだ!滅せよ!滅! 「あっ俺そろそろ行きますね」 一言、言ってやろうと声をかけようとすると、カナタ君は振り向いて 「ミヨさんて声が素敵ですね。じゃあ」 と言って出ていってしまった。 滅!!

南天の花が咲く季節(7.深夜のドライブ)

車は永遠と走っている 隣の運転手は無口だし 山間の知らない土地をただひたすら走っている こんな山ばかりのところにはポツンと一軒家とかがあるんだよな。何て思っていたら、またあの事件を思い出していた スマホを取り出して調べてみる ネットの中には、詳しく整理された情報が順番に並べられている。 「何してんだ」 無口な運転手が珍しく話した 「え?あぁ…調べ物です」 「何を調べている」 「え?あぁ…昔の事件を」 「事件?なんの事件だ」 僕は熊のような運転手にスマホの情報を伝える 無口な熊さんは「それか。あったなそんなの」と答えた それ以後は何も言わず前を向いている 僕は再びスマホを見ることにした 事件の始まりは、松永重政(56)の遺体発見からはじまる 近所の子供がかくれんぼをしていて、いつも留守な松永氏の敷地内に侵入し、偶然、窓から遺体を発見。 首を切断され、自分の股間に顔を埋めている。自分の陰部を口に送り込まれて。 車は山道を登り始めている 真っ暗で車のライトだけで道を探しているようだ 雨が降り始めた 松永重政は14歳から20歳までの少女の死体を保管していた 殺害、死体の防腐処置、メンテナンス、貸出を全て一人で行っていた 死体貸出の顧客は世界各国にいて政界の人間も少なくなかった 彼を殺害した浜野勝(45)は、松永重政の最後の被害者、浜野姫南の父親である 浜野勝は仕事から帰ってきたら、娘がおらず直ぐに探しに出かける、学校や娘の友達に連絡を取ったが以前行方は知れず、警察に連絡し捜索願を出す。 父親はそれから3日後に松永重政を殺害する。 その間に父親がどうやって松永重政を娘を殺した犯人と断定したのかは分かっていない。 気が付くと車が停まっていた。 「降りるぞ」 ハイエースの後ろのドアを開けて長く重い段ボールを無口な運転手と二人で運び出す。 目の前に昔ながらの日本家屋があり、その横には蔵のような建物があった 無口な運転手に先導されて日本家屋の中に段ボールを入れていく 中には1人若い男性がいた 彼は無口な運転手に封筒を渡し、僕等が玄関を出ていくと直ぐに扉を閉めた。 「はいよ」 無口な運転手が持っている封筒から一万円が出てきた。中にはまだ何十枚もありそうだ。 「あの人何もんなんすか?」 「知らん。…ただ、さっきの事件の第一発見者らしい…知らんけど」 「関西の人だったんだ」 「帰るぞ。それとも、歩いて帰るか?」 僕は急いで車に乗り込む

南天の花が咲く季節(6.姫奈の恋人その2)

年が明けて高校受験が迫ってくると、小さな頃のように僕と姫南は一緒に勉強をしていく。大概は僕の家で、母が喜んで夕飯を作っていた。姫南は遠慮していたが、母が「姫南ちゃんのお父さんからも了承を得ているので、張り切って勉強してね」と言う 姫南が帰るときは、いつも僕が家まで送って行き、姫南の父親が帰っていれば父親と少し会話をしてから帰る この片道15分足らずの道のりに踏切がある。踏切で電車を待つような時、僕らは他愛もない話をする。最近観たドラマの話、受験する高校の話、クラスメイトの恋の話。 あの時も同じ高校を受験出来そうだと話していた。同じ高校に行きたいとは言わずに。そんな話をしていると、僕らの隣に大人の男性が走ってきた。 男性は踏切の前で止まり、息を切らせ線路を見つめる。 僕達は黙ってオジサンの方を見る 電車が通り過ぎていく 車内の明かりに照らされたオジサンの顔は焦燥して涙を流し混乱している感じだった。 反対側から電車が近付いてくる オジサンが踏切に手をかけている 息が荒く、鬼気迫る顔だ そこで姫南が声をかける 大丈夫ですか?だったか、どうしましたか?だったか忘れたが、姫南が僕を隣を離れていきオジサンの顔を覗くようにしている景色は今も脳裏に焼き付いている 電車が通り過ぎた後、オジサンは姫南「すみません。ありがとう」と言い、来た道を引き返して行った。それだけの事だった。僅か数分の出来事が彼女の人生を大きく変えてしまった。 踏切の遮断機が降りてくる 鐘を打つ音が僕を責めているかのように聞こえる 鉄の塊が向こうから走ってくる 僕は遮断機に手をかけた

南天の花が咲く季節(6.姫奈の恋人)

姫南天が実をつけている 小さな実を枝の先で揺らしている 「姫南天の花が庭で咲いていたから、姫南なんだって。単純よね。でも気に入ってはいるけど」 線路脇を歩いている時に姫南は、そう教えてくれた。高校1年の梅雨の時期。 僕は雨に濡れる実を見ながら、初めて彼女とキスをした。彼女と付き合った日の傘の中。 姫南と初めて会ったのは幼稚園で年少から年長まで三年間一緒の組だった。当然母親同士が仲良くなり休みの日も食事や公園で一緒に遊ぶ仲だった。 僕は大人しい子供だったらしく、皆が外で遊んでいても、なかなか輪のなかに入れないでいると、姫南が僕の手を引っ張って皆の中に入れてくれる 年長の時に七夕の短冊に願い事を書く授業があった。僕は何を書いたか忘れてしまったが、姫南の短冊は覚えている 「困っている人がいなくなりますように」 僕は子供ながらに姫南は大人だなと感じた 小学生になり同じ学校へ入学したがクラスは六年間別々だった。ただ母親同士は仲が良く、姫南と僕も一緒に遊ぶことが多かった。 小学5年生の時だったか、クラスの友達に「姫南ちゃんって好きな人いるの?」と聞かれて、何故そんな事を僕に聞くのだろうと思った。「しらない」と言うと何も言わず何処かへ行ってしまった。 その日から姫南は好きな人がいるのか気になり始めた。 小学6年生の時、母親達のお茶会でマクドナルドに来た時、僕と姫南はマクドナルドの空調から逃げるように「散歩してくる」と外に出た。モワッとする真夏日で蝉の鳴き声が騒がしかった。 宛もなく歩いていると「好きな人いる?」と姫南に聞かれた。突然の質問に僕がいつも姫南に思っている質問に言葉を詰まっていると、姫南は僕の目を確り見て、「私はいるよ」と言った。僕はどう答えたのか、答えなかったのか覚えてない。ただあの姫南の目は忘れられない。強く、悪戯っぽい目を。 通っていた小学校の生徒は全員同じ中学校へ行き、姫南と僕はまた三年間同じクラスになった。 1年生の時、昼休みに先輩がうちのクラスに来て「姫南って子どこにいる?」とドアの前で誰かに聞いていた。先輩が姫南を見つけると「マジだ!可愛い」と言って帰った。そうか姫南は可愛いのか。と思った記憶がある。 中学生にもなると男子同士でいても恋の話が出てきて、誰が可愛いとか、好きだとか。その中で、やはり姫南の名前を聞くことが多かった。 中学に入ってから、母親同士のお茶会に僕と姫南は誘われることはなかったが、ショッピングモールに遊びに行くと、姫南も来ていたりして、結局僕らは一緒に過ごすことになる。お互い二人で過ごすのが楽になっている。 二人でいる時は子供の頃のままの姫南として見ているが、学校の教室で離れた所から姫南を見ていると確かに美人な子に見えた。 中学一年の冬、姫南の母親が亡くなった。夏休みが終わっても姫南は学校に来てなくて、変だなと思っていた。 僕の母から「姫南ちゃん大丈夫?」と言われて「最近来てない」と答えると母の顔はより一層不安な表情になった 姫南の母親の葬儀で僕の母から聞いた話は、かなり前から姫南の母親は病魔に侵され今年の夏に体調が急変し入院してそのまま冬まで退院することなく亡くなってしまった。 久しぶりに姫南と話したが少しも変わらず、いつもの強くて優しい姫南だった。「私も、お父さんも、覚悟はしていたから」と言う顔が少し痩せて見える 僕の母が「卒業式を観たかった」と姫南の母が言っていた話をすると母の胸に抱かれて姫南と母が泣いていた 姫南の母親の葬儀が終わると、姫南は次の日から学校に来て、いつも通りに過ごしていた。

お狐さまと暮らす特に何も起こらない日常:10

【あっけない肩透かし、いや肩透かしとはあっけないものなのだよ】  着古したセーターをほどいていくみたいにお狐さまとの関係も壊していく。それがいいのだろうか? するすると、あっけなく、何もかも。それがいいのだろうか? この次の恋はマフラーくらいの大きさでもと思い、結局はコースターくらいになりそうな予感。それすら、叶わないのかも。恋という単語を口にすることの恥ずかしさは高校生のときのそれとは大違いで、むしろ恥ずかしいのではなく、ハシタナイとさえ思う。魔法にかかっていたんだ。その魔法は、唐突に解ける魔法だ。レジでお釣りをもらった瞬間に、あるいは、エンターキーを強く押し込んだ瞬間に、あるいは、枯れた枝を切り落とした瞬間に。そんなとき、解けてしまったりする。それはたんなるタイミングであって引き金ではない。たまたま、ということ。  自分でも手に負えないほどの加速で突っ走っていた。めまぐるしく遠心力が働いて、走れば走るほど中心にいるお狐さまとは距離ができてしまった。不思議だ、と思っていたあのころ。でも当然のことだ、と思ういま現在。あのころの僕たちは、したたかに美しい夜景のようだったのに、いまではあまりにも平坦で平凡な景色に成り下がっている。ため息とともに握ったカップは、予想になく不規則に割れ、手のひらから薄く血がにじんでいる。後悔? ではないと強がって、でも結局のところ、そこにはたどり着くことになる。素直に認められないことの愚かさ。持ちあわせていない素直に認めてしまえる勇敢さ。自覚はあるのに。自覚はあるからこそ。  離れることだけは決まってる部屋の近くで、連日さわがしく忌々しい音をさせている工事から逃げる。逃げる。逃げる。公園に行く。広い公園に。ああ静かだ。のどかと言ってもいいくらいだ。草の香りがやけに落ち着く。わっ、短い声がして見てみると縄跳びをしてる女の子たち。僕もあのくらいのころはよくやってたなあ。すみっこのほうで、は、は、は、と規則正しいリズムを刻んでいるのは劇団か何かの発声練習かなあ。それが習わしであるみたいに男の人は白いタオルを頭に巻いて、女の人はピンクのタオルを首にかけて。広いスペースではフリスビーを器用に投げる女性。うまく投げるもんだなあと思い、うまくキャッチするもんだなあと犬にココロのなかで拍手を送る。フリスビーが投げられてその何度目かのとき、やけに強い風が吹いてフリスビーがこちらに流されてくる。犬は、風をものともせず駆けてくる。ものすごい勢いで、僕に向かって。どうするのがいいのかわからないながら、僕は片膝をつき、犬を迎える姿勢をとった、ただカラダの形の上でだけ。気持ちが固まってないところに犬は、僕のちいさい胸へと飛び込んできて、僕はきちんと受け止めてあげられず、背中から芝生にしたたか打って倒れ込む。寝転び、犬に顔を舐められながら大空を見上げる僕に、 「ごめんなさい。大丈夫ですか?」  フリスビーの女性の声がして、 「はははは… はあ」  力なく返事みたいなものを僕がした。  何かの拍子に、何かのきっかけが降ってくる。たまにある。そんなことが。スーパーの、やけに薄いあのビニールをピッと引っ張った瞬間だったり、同じクラスの、ちょっといいかもと思ってた女の子と理科の実験の時間にふと目が合った瞬間だったり、池のかえるがげこっと鳴いて、カラスがつられてアーとやって、道ばたのかわいい草が風にそよぐその一連の流れを眺めたときだったり、あるいは、知らない犬が飛び込んできて背中から倒れ込んだ瞬間だったり。  日々、着々と怠りなく、材料集めは滞りなく進んでいた、気がつかなかったことだけど。それでも進展がないと思われたのは、材料は材料のまま切り分けられることも、適所に配置されることも、組み合わされることもなかったから。ゴン、と、ギャシャ、が合わさったような音が表から聞こえてきて、それが工事の再開の合図でもあるみたいに騒がしくなったあのときに、すべては終わっていたのかもしれない。   ・  ものすごく暑くなったと思ったら、次の日、工事は休みだった。

夜は明けるから #9

目を覚ますと、僕の身体には薄くて柔らかい毛布が掛けられていた。綺麗に洗われているのだろう、太陽の匂いがして、僕は顔を埋めた。 「いい匂い」 意識がはっきりとし始めると、自分がどこかの部屋の中にいるということに気付いた。 まさか、誘拐されたのでは、と警戒したが、刹那、すぐ近くで物音がした。音の正体は誰かの寝返りだった。僕の傍で眠っている男の子がいるのだ。 「誰?」 僕は足でグイグイと奥に押し込んだ。すると、その隣にいる女の子らしい影を抱きしめにいった。 奇妙だ。 よく見ると、僕が目を覚ましたのはある部屋の真ん中で、何人もが僕を中心に眠っているのだ。中には大人もいる。空いているベッドもあって、僕は頭を捻った。 そして、誰も起こさないように、ゆっくりとベッドから降り、軋む床に人差し指を立てながら、部屋の出口の取っ手を回した。 これが廊下というやつか。僕は長い廊下に見惚れながら、音を立てずに扉を閉めた。 外はもう暗い。確か、僕はおばあさんを追って朝方にあの町を出たはず。何時間眠っていたんだ? 廊下の先には螺旋階段があり、反対側には電気の消えた気味の悪い部屋があった。幽霊でも出るんじゃないかという不安な気持ちになる。木目が笑っている。 螺旋階段の傍に寄り、下の階を覗く。すると、ぼんやりと灯りがついているのが見えた。 「誰かいるのか」と思い、おばあさんかもしれないという前向きな考えが浮かぶ一方、誘拐だった場合、そこにいるのは犯罪者なわけで、僕は手すりを強く握った。 すると、後ろの不気味な部屋の方から声がした。 「誰?」 「うわああ!」 自然と声が出た。すぐに口元を覆ったが、手遅れだった。 「うるさい! もうみんな寝てるんだから」 「あ」 そう言って僕の正面に現れたのは目付きの鋭い女の子。この子、おばあさんと一緒に男の人たちに睨みを利かせていた、あの子だ。 その女の子は僕の顔を見るなり、すぐに柔らかい顔立ちになった。そして、そのまま驚いたような顔で、僕の顔を指さした。 「生き返った?」 「え?」 その後、僕は女の子に手を引かれ、螺旋階段を下った。そこにはもう一人小さな女の子がいて、この子の帰りを待っているようだった。ただ、急な僕の叫び声があったせいか、ソファの後ろにいた。 「え、お姉ちゃんが起こしたの?」 僕を指さす小さい方の女の子。それを見て、「違うよ、勝手に起きてきた」 僕の手を離すと、その女の子はソファに横になって目を瞑った。貫禄。僕にはそんな風に捉えられていた。 「ここは?」 「孤児院」 「君は」 「私はリッカ。こっちは妹のミミ」 「僕はトガ。よろしく」 リッカは片目を開けて、僕の顔や身なりを滑るように見渡した。そして、もう一度目を閉じて、足を組んだ。 「どこから来たの、トガ」 「下町の方、南の工業地帯の」 「だよね。あんたの格好でなんとなく分かってた」 「ああ、汚かったよね、ごめん」 「ちがう」 リッカは僕の足元に人差し指を向け、僕はその指に誘われるように足元に目を配る。 「靴を履いてた」 「え」 「下町は危険が多いから、靴は絶対に履く。同じ下町でも北の方は裸足が多いんだ」 「そうなんだ」 すると、妹のミミが口を挟む。 「私たち、北の方だから」 「こらミミ、余計なこと言わなくていいの」 リッカは身体を起こしてミミを探した。ミミはリッカの足元で丸くなっている。無邪気な笑みは怒る気力を完全に削いだ。リッカはまたソファに寝転がる。 「二人は上で寝ないの?」 「ベッドが足りないんだよ。トガがいるから」 「え、僕?」 「そう。ミミがあんたのためにベッドを貸してくれてたんだよ」 ミミは恥ずかしそうに、顔を隠した。 「あ、ありがとうミミ」 「うん」 「で、ミミが一人でソファで寝るなんて言うもんだから、私が付き添い」 テーブルの真ん中で蝋燭の火が揺らめく。 僕は天国に来たはずなんだ。なのに、どうしてこうも胸が痛むんだろう。 すると、ミミが僕の手を取ってソファの方へ引っ張る。その勢いは本当に女の子なのかと疑いたくなるほどに強いものだった。少しよろめく。 「一緒に寝よう?」 「え、トガも?」 リッカはソファの上で体を小さくまとめながら言った。 「嫌なの、お姉ちゃん?」 「いや、男の子と寝るのはあまり好きじゃないから」 「でも、アルくんとはよく寝てたよ?」 その一言にリッカは黙り込んでしまう。でも、ミミはなぜそうなったのか理解できていないようで、リッカの腕も引っ張ろうと近寄る。 そして、腕に手をかけたところで、リッカはミミの手を払い除けた。手を弾かれたミミは目を丸くしている。 「アルバートのこと、二度と口に出さないで」 「ごめん、なさい」 口調とは裏腹に優しく哀れむような瞳。そこに蝋燭の火が映っているのが見えた。 【つづく】

引きこもりの世界情勢

 フィクションが書けない。 現実が物語性を帯びているからだろうか? 言語性IQは人並みなのでうまく状況を言語化したいがいかんせん人並みなので人並みの言語化しか出来ずもどかしい。 このままだと食料不足になるとか国が傾くとかそれこそ文明が無くなるとか言われてるのでちょっと危機感を感じる。 でも危機的状況に対応する能力も無い。 困る。 こんなに自分が何も出来ない奴だとは思わなかった(いや、気付かないふりをしてきただけだ) 政治は政治家に任せておけばいいとかの意見もあるが今は政治屋ばかりなので政ごとは皆でやるべきかもしれない。 おまえは何かの活動家か?と揶揄されそうだ。 実際に教会の週報なんかで自民党の悪口を書いたのでこれはデジタルタトゥーとして残っているのだろう。 まず櫂より始めよ、という言葉を送ってきた知り合いは僕なんかよりずっと世の中と向き合って活動している。 でも自民党に投票する矛盾。 ヒッピーはもういない。 何か難しい事を考えるとこの国を憂う、とかどっかの政治屋が言っていた事と同じ事を言い出してしまう(もはやギャグなのだがこれがまた笑えない) 真面目に考えすぎた、という状況に追い込まれ支配層の思うがままになる。 奪われないために、とか考えてでもお前奪われるもの無いやん、とか突っ込まれそう。 自分ではそう思っているのだがでも奪い合いの世の中。 世界を思う過渡期の犬は保健所(病院)で薬殺されそう。 暗い話題だ。 光あるところに闇あり。 生あるところに死あり。 でも今日は女の子と話せたのでそれでいいや(結局それかい)

五日市線立川行

「えっ!?あぁ…俺かい?俺はこれから立川へ向かうんだ」 「えっ!?いや、飯は食ったからいらないよ」 「えっ!?そうさなぁ…そんな時もあったな」 電車の中で一際大きな声で話しているのは安田の爺さんだ 自分が座っている前に、タイヤの付いた椅子を置いて独り言を言っている 「えっ!?あぁ…息子も、もう大きいからね。暫く会ってないよ」 「えっ!?そうりゃそうだよ。どこにいたってそんなもんだよ」 五日市線で立川へ向かう電車に安田の爺さんは乗っていた いつもは立川で暮らしていて、遠くには出かけない彼だが、今日は以前住んでいた武蔵引田に出かけていた。 声の大きい安田の爺さんは、いつも誰かと話をしている。爺さんにしか見えない誰かと。 安いアパートには一人で暮らしていて、部屋は簡素で整頓されている 立川に着くと タイヤ付きの椅子の手すりを握り膝を曲げずに、チョコチョコ歩く。 スマホゲームをしている高校生に抜かされ、中年のサラリーマンに舌打ちをされ、太ったおばちゃんにぶつかられる 安田の爺さんは歩きながらも独りで話している 「えっ!?まぁな…雨が降ってないだけ良かったよ」 「えっ!?あぁ元気そうにしてたよ。また来年が楽しみだ」 「えっ!?何も話やしないさ。男同士だからな。黙っていたって大体分かるんだよ」 安田の爺さんのボロアパートに着いた。外壁が剥がれて、中が剥き出しになっているの所が、更に大きくなっている 家に帰ると、玄関にタイヤ付きの椅子を置き、家の中では杖を使う。二刀流だ。 安田の爺さんは水道で蛇口を開け、小さなコップに水を入れる。必要な分だけ水をいれると、安田の爺さんは水道の蛇口を閉める。小さな声で何かを囁いてから水を飲み干す。 夜が来ても、電気も付けずに、安田の爺さんは台所で、コップを握ったまま目を瞑っている。瞼の裏には、小さな男の子がこちらを見て笑っている。

たえられないほどではないけれど

たえられないほどではないにしても 私の背は小さくて、不便も多い この世界のサイズは私のためのものではないのだなあ そう思うほどではないにしても たえられないほどではないにしても 私は目が悪くて、支障もある この世界の嫌なものを見なくて済むからいいのかもね そう思うほどではないにしても たえられないほどではないにしても 私の気持ちは弱くって、不都合もいろいろと この世界の情熱は私に適したものではないのだなあ そう思うほどではないにしても たえられないほどではないにしても 私は男運がないみたい この世界の男は私のために生きてはくれないのだなあ そう思うほどではないにしても