彼は私の永い生の中に現れた唯一のひとでした。 暗い夜道に突如空に昇った星でありました。あてどなく歩く道を、もしやもう違えてしまったのではと不安に震える道中に、そこを目指せば良いのだと私を駆け出させる希望の火でありました。 実際には彼は隣にいて、いつでも私の手を引いてくれたので、旅人の星に喩えるよりは、掲げるランタンの方がいいのでしょうか。 ああ、遠すぎて温度の分からない星よりは、ランタンの方がうってつけかもしれない。彼の隣は温かかったのです。どんなに寒い冬の雪の日も、普段と変わらずに。 私は彼から多くを学びました。気遣いやら、笑わせ方やら、愛し方を。彼と同じにはできはしませんでしたが、彼のその様はたいへん、うつくしかったのです。全部、彼の言う愛によるものでありましたから、それを持たぬ私は、彼から見るこの世界はどれほど輝いているのだろうといつも不思議に思っておりました。 我々はどうやら同じものを見ることはできないのだ、と知ったのは、彼はとうに気付いていたのかもしれませんが、少なくとも私が知ってしまったのは、もう戻ることが叶わぬほど歩いた後でした。 歩き始めた地点はおろか、一度一人分が途切れた足跡の痕跡も見ることが叶わぬほど遠くまで来てからでした。 彼は変わらず私の手元にありました。この先どうしよう、と彼は決して言いませんでした。振り返る素振りすら私の見ている前ではしませんでした。 不安とともに私の手を握る掌に、ここに来てようやく、彼も私と同じくして、道を知らなかったのだと気付いたのです。 二人して道を失いましたが、私は別段悪い気はしませんでした。思えばここまで既に散々迷い、何故この彷徨い歩いた果てに、私の望む場所に、彼が連れて行ってくれるのだと疑うことなく信じていたのだろうと今更おかしくなったのです。 悪い気はしませんでしたが、悪いことをした気にはなりました。何故同じになれないのだろうと、苦しむ彼をずっと、隣で見てきたからです。彼は星でなくランタンでした。 連れ歩いたのは私です。
私は毎日、日記をつけているのですが毎朝昨日書いた日記を確認すると、知らない内容が付け足されているのです 私はアパートで一人暮らしですし、私以外に書く人はいないのですが、身に覚えがないのです 内容自体は大したことなくて、でも私しか知らないことが書かれています。例えば背中にニキビが出来たとか、シャンプーを詰め替えたとか取るに足らない出来事ばかりです 本当は書いたのに、忘れてしまったのかもしれないと思ったこともあるので、日記を書いた後、写真を撮って、次の日見比べてみると、やはり、日記が追加されているのです。 私はアパートにいるのが恐ろしくなって友達の家にお邪魔して事の一部始終を伝えました そして彼女が言うには、寝る前に日記を動画で撮影しておいたら、誰が書いたか分かるのではないかと言うのです。私が寝ぼけて書いてるんだよ。夢遊病ってやつじゃない?と彼女は気軽く言ってました。そんなふうに言われると、もしかしたら私にはそんな変わった所があるのかもしれないと思い、彼女の言う通り撮影をしてみたのです。それがこのメモリーカードに入っています。私一人で見る勇気がなくって、それであなたの所に来ました あなたのPCで見てみましょうよ ちょっとお借りしますね。二人で見ると思ったら直ぐに見てみたくなっちゃいました。あっ始まります。 動画が始まると日記の乗った机があってその先にお風呂の脱衣所にある洗面台が見えます。彼女が眠った直後に洗面台の鏡が開き、痩せた細長い男性が顔を見せました。男は一度は壁の中から出ようとしていましたがカメラに気が付きニヤニヤと笑いながら鏡を閉めました
「春雨スープの春雨って何が入ってると思う?」 「知らないよスーパーで適当に買うもの」 「考えた事ないんだ、君は水が何処から来るのかも知らずただのらりくらりと過ごすんだね」 「回りくどい言い方をしないでよ」 「僕の家の春雨スープの話をしている」 「君の家の水道水でとか」 「僕の血」 「血なら真っ赤だろ、彼は透明だ」 「僕の血見たこともないくせに恐ろしい才能だな」 「才能は血だ」 「両親を見るみたいなこと言って。スカウト?」 「自分を採用した方がマシだね、だって黒いもん」 「血は透明だろ」 「赤だよ」 「じゃあ水は?」 「水色」 「春雨スープは水色?」 「赤だよ」 「それ君のだろ」 「だって雨じゃないか、でもそしたら、水色スープ?」 「梅雨スープじゃないかな」 「蛙が笑ってる。多分水溜まり」 「水溜まりを細い線がうねうねと動くんだ。春雨だよ」 「水滴だ。或いは、龍」 「ロマンチックだ。中華味。」 「チャイナチック。」 「じゃあ大正味」 「浪漫チック」 「チックチック、時計みたいで煩いよ。さっさと振り子になったら。頭重いもん」 「硬くなって賢くなったさ、馬鹿なことはしない。あれじゃまるで頭に振り回される。」 「理性って事?」 「食事に理性って必要なの?」 「必要だろ馬鹿。じゃなきゃ手掴みで油はギトギトだ。ほら見てよ手が真っ赤」 「じゃあ君は馬鹿で振り子だ。」 「違うよ梅雨だよ」 「真っ赤ってこと?」 「そしたら夏至だ。乾くね」 「もう元に戻らないよ、溶けてしまうのなら。」 「溶けきってそれはまた僕になるんだ」 「僕は何?」 「君だよ」 「君とはなんなんだろうね」 「じゃあ鏡。真似をして」 「流れないよ、ほら、透明だ」 「透けるものだから問題ないさ。龍が流れてる」 「じゃあ春雨だ」 「スーパーに行かないと」 「風呂はまだ入ってない」 「さっきスイッチ付けてたよ、熱いもん」 「じゃあいっか。真っ赤。いつか」 「5日に行こう」 「子供の日だね」 「五月雨だ美味しいね」 「声閉じなきゃ」 「内緒」 「内緒だね」
怪しい空模様に光の筋が走る 雷だ 雷鳴が雨を連れてきた 小さな雨粒は急いで地面を濡らしていく 虫が騒ぎ人が小走りになる 主役を取られた生き物達は静かに雨を鑑賞する 慌てて作った風がそこら中を当たり散らして通っていく 皆が雨をやり過ごす。この一体感が僕は好きだ
心配、心配、火、ちゃんと消したっけ、窓、閉め忘れてないよね 玄関のカギ大丈夫だよね、どうだったかな、わかんない 一度、心配してしまうとどうしようもなくなって あとちょっとで大学だっていうのにアパートに引き返す 戻ってみても火はちゃんと消えていて、窓も閉まっている もちろん玄関だって わたしのいなかった部屋は、つまり、こともなし 無意識の自分はしっかりやることをやっている でも、わたしは無意識の自分を信用していなくって 結局、どこにも所属しなかった五月の連休明け 勧誘時期にぐいっとよってこられて鬱陶しかった 新入生じゃないと言ってみたこと何度かあった 向こうはぜんぜん信じてなかった 姿を見れば、なんとなくわかるのかな そして、そして、どこにも入らないまま… いまからでも入りたければ入れるんだろう そうまでして入りたいとこはない ただ楽しそうにわいわいしてる子たちを見ると ため息をつきながらも、うらやましくはなってしまう
以前から不思議な言葉馬鹿の2文字の真実とは 実際馬や鹿も全然バカじゃ無く神が人に与えた 尊き旨い畜産物だから嘲る存在じゃ無く感謝を 捧げ食す事超そ成仏かも知れない元文化の神が 犯した神への挑戦的な謀反かも的形跡辿る旅に もしや聖霊創造後の頃から仕組み嘘真実を混ぜ 煙幕掛け欺いた歴史に終止符打つ者超そ聖霊を 創造した大自然体の神がする消滅扨せた後回収 行う昭和世代のウルトラマン的回収作業に似て かも知れない後始末な言葉の場過だろうか
外回りの営業を終えて、葛原は「さすがに疲れたな」と、小さく溜息をついた。扱っている商品がゲイ男性向けAVなんていう特殊なものだとはいえ、その流通には当然、他社の関りがある。今日はとことん外回り! と決めて出てきたはいいが、途中で雨が降り出したのもよくなかった。折り畳み傘は持っていたとはいえ、スラックスが濡れるのは避けられなかった。まとわりつく不快感を隠しながらの会議は、どうも落ち着かなかった。 こういうとき、営業に出られるような人間が社長の自分しかいないのは、辛い。自らの専門分野に特化している代わりに、コミュニケーション能力に難がある人間ばかりが集まってしまった。葛原が自分から声をかけて集めた人員なので、諦めるしかない。 今日はもう、帰社するだけだ。葛原は雑居ビルを出る。雨はまだ降り続いている。そういえば、ここ最近はすっきりしない天気が続いている。もうじき梅雨入りが宣言されることだろう。じめじめと嫌な季節になる。 そういえば、恋人である柚月も、憂鬱な表情を浮かべることが多くなった。無意識なのだろう、ぼんやりしながら耳たぶを指先でこねくり回していることが多い。すでに穴は塞がって久しいのに、闇色のピアスを確かめるようだった。 前の恋人への隷属の証。葛原がそのピアスについて、追及することはない。たとえ面白くないと思っていても、現物は存在しないし、元彼自体、柚月へ接近することはもうない。 柚月が話したいと思ったときに、話してくれればそれでいい。時間と愛情だけはある。葛原にできるのは、腰を据えて話を聞き、彼を抱き締めることだけだ。 それでもやはり、可愛い恋人の気が塞いでいるのは心配だった。どうにかして元気づける方法はないものか。 悩みながら歩くうちに、雨は上がった。それどころか晴れ間が差す。葛原は傘を閉じた。青空はいい。心が軽くなる。 「お」 幸運なことに、虹まで見えた。思わずスマートフォンを取り出して、写真を撮った。我ながら、子供っぽい情動に駆られていると思ったが、美しいものや楽しいものはすべて、柚月と共有したいのだ。今日はバイトの日ではないので、直接尋ねることはできない。葛原はトーク画面に写真を添付した。既読がつかないので、きっと彼は授業中だ。虹を見上げる余裕はないだろう。 虹は雨の後に現れる。じっと冷たい雨に打たれていても、いつかは虹が。まだかさぶたのままの傷を抱えた柚月にとっての虹が、自分自身であればいい。葛原は、そう願う。 少しでも彼の慰めになるように、と、葛原は通りかかった花屋に入った。これまで付き合ったことのある人たちは、「男相手に花なんて」と笑いながらも、嬉しそうに受け取ってくれた。もしも一人暮らしの部屋に生花が負担となるのなら、会社に活けておけばいい。雑然としたオフィスも、少しは明るく、華やかになるだろう。 「これ、ください」 店内でぱっと目を引いたバラの花を、葛原は指した。空にかかった橋と同じ、七色に分かれた花びら。一瞬造花かと思ったが、店員の説明によれば、生花だという。花びらに触れ、匂いを嗅いでみれば、なるほど、馴染みのあるバラの香だ。色水を吸い上げさせて加工した、その名もレインボーローズ。 「花束にしましょうか」 「はい、ぜひ」 一目見て気に入った葛原は、慣れた手つきで花束を作り上げる店員の作業を、じっと見つめた。見れば見るほど不思議な花で、これを渡したときの柚月の驚いた顔を想像すると、自然と唇が綻んだ。 「レインボーローズの花言葉って、ロマンティックなんですよ」 花束を受け取り、礼を言って店を後にしようとした葛原の背に、店員が投げかけた。彼女の言葉を聞いて、葛原は自分たちにぴったりだと思う。 空の虹は消えていたが、手元には鮮やかな虹の花。 葛原は、水たまりを避けて、スキップをするように歩みを進めた。
女がゆっくりと目を開ける。 「そうか。私、死んだのね」 川原の石に腰掛け、辺りを見回した。 「すみません。ここはどこですか」 外国人スタッフに声をかけた。 「ココ、サンズノウケツケ、ジュンバンネ」 そう言うと、長い列の最後尾を指差した。 「三途の川って、本当にあるんだ」 女は行列を眺めながら、最後尾に歩き出した。 すると、男が、行列に手を振りながら歩いてきた。 「いやぁ、どうも」 「先生。足元、お気をつけください」 年配のスタッフが、最前列に案内する。 「ところで、あれはご用意いただけましたか」 「ああ。ちゃんとここにある」 うなずきながら、上着の胸ポケットを指先でつついた。 「どこ行っても同じね」 女が、振り返って笑う。 そこに、スタッフが声をかけた。 「ジュンバン、マモッテネ」 「なんだ、お前。その口のきき方は」 何事かと、周りが騒がしくなった。 「ミンナ、マモッテルヨ」 男が、顔を赤くして詰め寄った。 「お前、国外退去にするぞ」 その言葉に、スタッフが男の手を握った。 「コレデ、クニニカエレルネ」
ふと気づくと 窓の外が真っ白 この谷は雲の中にすっぽり入り 霧雨が降っている 太陽の日差しが差し込んで あたりは白く明るい 軒下から次々落ちる水滴が 落下しながらチラチラ光る まるでクス玉の中身の 細く切った銀紙がいつまでも休みなく落ちて来るみたい 細かな水音が静まって来ると 薄いベールの向こうに水色の空が見え始めた 軒下からこぼれてくる キラキラの落ちる間隔が 開いて来ている こういうのが見られるのは いっときなんだ もし、私が腕のいいカメラマンだったとして このキラキラを写すことができたとしても この風、土と植物の水泡が混ざり合った匂いはどうだろう 戻って来た鳥の鳴き声も ともに写せるだろうか もし、全てを収める動画を撮れたらどうだろう それでも 今日、この時間、今の星の配置の時に これらの協奏曲を今体感していることが かけがえのない、いっとき そうして、もう雨は止んだ
電車を降りて、ドアが閉まった。 ホームに残った人間は、数えるほどだった。夜の八時。ラッシュは終わっていた。エスカレーターを上がって、改札へ向かう。 夜の駅は、昼間と匂いが違う。アルコールと、疲れた革靴と、どこかで食べたものの残り香が混ざって、通路の空気の中に溜まっていた。 ICカードをタッチして、改札を抜けた。 そこで、後ろから足音が速くなった。 コンコースの、ホームへ下りる階段の手前。人はまだいた。でも、その足音だけが、はっきりと近づいてくる。 歩くスピードを上げた。足音も速くなった。 振り返らなかった。振り返ったら、目が合う気がした。 鞄のショルダーを、右手で強く持ち直した。左手でポケットからスマホを出した。画面を見るふりをしながら、指先だけが動かなかった。ロック画面のまま、時計の数字が目に入った。夜の八時十四分。 周りの声が、遠くなった。自分の呼吸だけが、近くなった。 階段を下りた。ホームに出た。ベンチの脇を抜けた。次の柱の前に来たとき、そこに体を寄せた。人がいる場所を、無意識に選んでいた。 足音が、止まらなかった。 鞄の中に、定期入れと鍵がある。場所だけ確認した。使わない。でも確認した。 「すみません」 男の声だった。 止まれなかった。止まったら、何かが終わる気がした。 歩き続けた。 「ちょっと、待ってください」 足音が追いついた。 肩に、手が触れた。 振り返った。 三十代くらいの男が、息を切らして立っていた。スーツのネクタイが、少し曲がっていた。額に汗が光っていた。 男は何も言わなかった。 右手を、前に差し出した。 千円札が一枚、くしゃっとした形で乗っていた。 「改札の前で、落とされてたので」 男は頭を下げた。それだけ言って、人の流れに戻っていった。背中が、すぐに見えなくなった。 ホームのアナウンスが流れた。次の電車は、三分後だった。 私はしばらく、その千円札を見ていた。 くしゃっとした角が、少し折れていた。追いかけてくる間に、握っていたのかもしれなかった。 財布を出すのに、少し時間がかかった。
いつも読ませて頂く方のお話を、いいね頂戴したからとかフォローさせて頂いているからという理由で読むのも一つの考えかも知れませんが、私はそういう気持ちでは読まないようにしています。 私がお気に入りの作家さんが特別な想いを込めて書かれた文章を、自分が落ち着いた気持ちの中で、じっくりと自分のペースで読みたいんですよね。 勝手にお気に入りとさせて頂いている訳ですから、勿論のこと文章が私好みですし。 ですがたとえ文章を読み始めたとしても、いつもよりちょっと急くように読んでいると感じたら、そこで一旦読むのをやめます。 一度思考を切ってまた後で読み直しするのです。 よって私は極端に読むペースが遅い。 しかしそんな感覚から読み直した文章ほど、何か新しい自分発見や作家さんの素晴らしいアイデアにドカンと出会うもので、何度も何度も読み直しさせて頂く時があります。 私ら等は、ふとした自分の思い付きから文章を書くようになった者です。 別に特別な何の教養も無く、過去に物凄く本好きであった訳でもない。むしろかなりのマイナスからスタートしている訳ですから、言わば自分の自由で読ませて頂くその立場さえも大変有難いのです。 お気に入りの作家さんの文章を真似たりもせず、ただただ読ませて頂きます。 この文章は私には全く思い付かなかった発想だったとか、何でこんな展開のお話が書けるのだろうかと猛烈な嫉妬の嵐になったりだとか。 文章を読んでしか得れないだろうの細やかな糸のようでもある触覚みたいなものが私は大好きなんです。 急いで読めばこれは勿体ないとなれば、 それは必ず読みを止める時合いとみて、 普通に構えていた思考を一旦切るタイミングとします。 そしてじっくりと文章を味わう。 危なく思われるでしょうが、これは「ねっとり」と言う表現がピタリと合うかも知れません。 そんな時は全く書かずひたすら読みだけに徹します。 ついこの前までは、そんな感じでした。 普段身の回りで起こる事も同じだと思うんです。 一方向で考えていたら、折角またと無い機会を勿体ない事にしてしまうかも知れません。 その人に必要ならば、機会はまた巡って来るのかも知れませんが、折角は活かしておきたいところ。 息を吐いて吸い直す動作のように、一度思考を切って考えを入れ替えします。 「あぁ、そういう意味か」 そうなれば占めたもの。 それは自分の中に新しい分野を追加したと同じぐらいの変化と見て良い筈です。 私はこの切り替え方で極端な気持ちの落ち込みや、あの時こうすればよかったの後悔が減りました。 誰もが同じ形で考え方を切り替え出来るとは言い切れませんが、 誰もが自分なりの切り替え方を見つけておく事は必要かと思うんです。 そのくらい今は重い出来事が多い気もしています。 つい引っ張られてしまう話題が多いと言うのか。 元々は自分自身が自分のことを普通に保つのは難しい筈なんです。 それを踏まえずに、ひたすら出来るまで頑張る。 それではいつかパンクしてしまいます。 続ける事が大事なんでしょうが、 ある時やめてみたらもっと楽しく継続出来る。 少し手を抜いて少しサボるぐらいでも、まだまだ頑張り過ぎかも知れません。
「もう二度と会えないね」 祖母は、ホームの端でそう言った。 夜の駅には、冷えた鉄の匂いがしていた。線路の向こうには田んぼが広がっていて、ところどころに家の灯りが沈んでいる。風が吹くたび、祖母の白い髪が耳の横で細く揺れた。 祖父は何も言わず、隣で杖を握っていた。 電車はまだ来ていない。 ただ、線路の奥のほうで、小さな光がゆっくり近づいていた。夜の中に、ひとつだけ黄色い目が浮かんでいるように見えた。 「寒ないか」 祖父が言った。 「寒いよ」 「帰るか」 「帰らん」 祖母は即答した。 祖父は少し笑った。笑ったというより、口の端だけが疲れたように上がった。 「昔もそうやったな」 「何が」 「言うたら聞かんところ」 「言うたら聞いてたら、あんたと結婚してないわ」 祖父は黙った。 ホームのベンチには、二人以外に誰もいなかった。時刻表の下に貼られた紙が、風でかすかに鳴っている。白い紙には、黒い文字で大きく「本日最終運行」と書かれていた。 祖母はそれを見ないようにしている。 私は少し離れたところで、二人の背中を見ていた。車で送ると言ったのに、祖母は「最後くらい駅まで歩く」と言った。祖父も何も言わず、杖を持って玄関を出た。 家から駅までは、ゆっくり歩いて十五分。 昔はもっと近かった、と祖母は途中で何度も言った。 道が変わったわけではない。 二人の足が、少し遅くなっただけだ。 「ここで待ってたなあ」 祖母が言った。 「誰を」 「あんたを」 「わしを?」 「仕事帰り。雨の日は、傘持って来たげてたやろ」 「覚えてへんな」 「都合のええ頭やね」 祖母は笑った。 その笑い方が、少し若かった。 遠くの光が近づいてくる。線路がかすかに震え、踏切の音が町のほうから遅れて届いた。 祖母は一歩だけ前に出た。 祖父が、その袖を軽くつかんだ。 「危ない」 「分かってる」 祖母は袖を振りほどかなかった。 電車がホームに入ってきた。 一両だけの、小さな電車だった。塗装はところどころくすみ、窓には夜のホームと、祖母の顔がぼんやり映っていた。 扉が開いた。 誰も降りてこなかった。 誰も乗らなかった。 運転士がこちらを見て、小さく会釈した。祖母も、頭を下げた。祖父は杖を持ったまま、少しだけ背筋を伸ばした。 発車のベルが鳴った。 祖母は急に、私の知らない女の子のような顔になった。 「ほんまに、行ってしまうんやね」 祖父は何も言わなかった。 扉が閉まった。 電車はゆっくり動き出した。 祖母は手を振った。 祖父も、少し遅れて手を上げた。肩より上には上がらなかったけれど、確かに振っていた。 電車の窓が、二人の前を一枚ずつ通り過ぎていく。 最後尾の赤い灯りが遠ざかるころ、祖母はもう一度つぶやいた。 「もう二度と会えないね」 私はその言葉を、誰かに向けたものだと思っていた。 祖父ではなく。 昔の恋人でもなく。 亡くなった誰かでもなく。 祖母は、線路に向かって手を振っていた。 この町を七十年走った、最後の電車に。 赤い灯りが、夜の奥で小さくなった。 踏切の音が止んだ。 急に、駅全体が空っぽになった気がした。 「帰るか」 祖父が言った。 祖母はしばらく線路を見ていた。 「歩いて?」 「歩いて」 「昔みたいに?」 「昔みたいに」 祖母は祖父の袖をつかんだ。 来たときよりも、ほんの少しだけ強く。 「ほな、送って」 祖父はうなずいた。 二人はゆっくり歩き出した。 改札のない駅を出る前に、祖母が一度だけ振り返った。 もう電車は来ない。 それでも祖母は、誰もいないホームに向かって、小さく頭を下げた。
いつからだろうか。世界は、人々から感情を「気体」として抽出できる技術を発明した。 どのような原理なのか、凡人の私には理解できない。ただ、その技術を活用することで、私達は悲しさを、辛さを明確に吐き出すことができるようになった。いつしかネガティブな感情は人々から忘れ去られ、精神病と呼ばれるアレコレも幻となったり、ならなかったりした。 それなのに、私は今、職場の上司と海に来ている。 「海水は、涙と同じ味がするんだそうだ」 先輩は誇らしげに、海の向こう側を覗こうとしている。 「知ってるかい、涙の味は」 「知らないですよ」 それがどうかしたんですか、とたずねると、先輩は「ここに来たら、涙の流しかたを思い出せる気がしたんだ」と語ってくれた。 なぜ? 涙を流す必要なんて無いでしょう。あれは、とうの昔に忘れ去られた歴史の遺物だから。悲しみや、辛さと共に。これっぽっちも残されてはいない。そうとしか、私には思えない。 「じゃあ、残されている場所があるとしたら、どうする?」 唐突な先輩の一言に、私の頭は一瞬、フリーズする。 「そんなことがあるんですか」 「ああ。無いとはいえない。我々から気体として取り出された感情は、やがて凝縮されて液体となる。その液体は、人知れず海に流されているんだよ」 そうだったのか……。今さらながらに知った感情の処理方法に、私はまだ頭の整理が追いついていなかった。 先輩曰く、学生の間に一度は科学の授業で教わる決まりになっているらしい。けれど、あいにく私は感情の液化について、みじんも記憶していなかった。ネガティブな青春時代の感情と共に、あの時かぎりの思い出すらも、知らず知らず捨ててしまったのだろうか。 なんだか急に不安がまとわりついてきて、私の胸をしめつけてくるように感じられる。一刻もはやく、このモヤモヤを消し去ってしまいたい。 「それなら、深呼吸をしたらいいよ」 悩める私に、先輩はアドバイスをくれた。 深呼吸か。そのようなセルフケアは一度も考えたことがなかった、気がする。 フッ、と深く息を吸う。風にのって、なまぬるい空気が肺を満たしていく。それらが胸中のモヤモヤを取り巻き、新たな渦を形成していく。この瞬間、私は台風になる。生まれてから今まで吐き出してきた感情が、確かな重力となって私に返ってくる。悲哀、嫌悪、苦悩、憤怒、怨恨、憎悪……。まるで魂の一部を懐かしむように、私は感情の一つ一つを慈しみ、愛でる。 やがて、吐き出す。フッと。スッと。 一瞬、煙のように立ちのぼる爽快感が胸を埋めつくして。けれど、心に残るは、あゝ、未練。されど、無情。どうにもならない後悔だけが、私のふところに先程まで何かが“あった”ことを教えてくれる。 「先輩、これは耐えきれません。私は、繊細に感じすぎる。私には。私には、やはりあの技術が必要です」 すがるように、言葉を吐いていた。その声もまた消える。けれども、誰かの頭には残る。心の奥に響く。なんて不思議だろう。 「いらないわけじゃないんだ、どれもこれも」 水平線を見つめ、先輩は静かにつぶやく。 ――ならば、もし液状となった感情が流れついて、海の向こう側に吐きだめをつくったとして。私達がその場所まで行き着いたのなら。そこにある感情を手のひらにすくったのなら。 私達は、また涙を流せるようになるのでしょうか。 そのときは、聞かせてくれませんか。涙はどんな味がするのか。きっと、私に教えてください。 しばらく二人きりで、海を眺めていた。 いいえ。二人、ただの一人の人間として。
父が死んでも、靴べらの場所だけは変わらなかった。 玄関の右側。 手を伸ばせば届く高さ。 そこに、黒い安物の靴べらが掛かっていた。 葬式のあと、親戚が少しずつ帰っていった。 台所の湯呑みも、 座布団も、 菓子の空き箱も、 母が黙って片づけた。 私は玄関に腰を下ろし、革靴のかかとに指を突っ込んでいた。 「それ、使いなさいよ」 母が奥から言った。 見ると、いつもの場所に靴べらがあった。 柄の先だけ、手の脂で少し光っている。 下の方には細かい傷があり、先端がほんの少し欠けていた。 「まだあったんやな、これ」 「あるよ。捨てるもんでもないし」 私は靴べらを手に取った。 軽かった。 父の持ち物は、もっと重いものだと思っていた。 子どものころ、父はいつも私より先に家を出た。 朝の玄関には、新聞紙の匂いと、整髪料の匂いと、磨いた靴の匂いが混じっていた。 父は何も言わずに靴を履き、何も言わずに出ていった。 いってきます、を聞いた覚えはあまりない。 ただ、玄関の戸が閉まる音だけは覚えている。 少し強くて、家じゅうの空気が一度だけ揺れた。 「お父さんな」 母が台所から出てきた。手には布巾を持っていた。 「毎朝それ、掛け直してたんよ」 「靴べら?」 「そう。あんたらが使ったあと、向きがバラバラになるやろ。あれ、気にしてたんやと思うわ」 母は笑うでもなく、ただ玄関の右側を見た。 「何回か、下駄箱の中にしまったことあるんよ。見た目悪いから」 「うん」 「でも次の日には、またそこに戻ってる」 「なんで」 「さあ。使いやすかったんちゃう」 母の声は、そこで少し小さくなった。 「あんた、高校のとき足くじいたやろ。しばらく靴履くの、大変そうにしてたから」 私は靴べらを見た。 そんなことは忘れていた。 足首に湿布を巻いて、玄関で片足立ちになっていたこと。 遅刻しそうで苛立って、かかとを踏んだまま出ようとしたこと。 父が新聞を畳みながら、こちらを見ていたこと。 何か言われた記憶はない。 けれど、翌朝から靴べらはそこにあったのだろう。 右手を伸ばせば届く場所。 かがまなくても取れる高さ。 急いでいても見失わない向き。 父はそういうことを、説明しない人だった。 「持って帰る?」 母が聞いた。 私は少し迷って、首を振った。 「いや、ここでええわ」 「そう」 母は布巾をたたみ直した。 私は靴べらを使って、靴を履いた。 かかとはすんなり収まった。 革靴の中に足が入るだけの、なんでもない動作だった。 立ち上がると、玄関の外はもう夕方だった。 門の向こうに、線香の匂いがまだ残っていた。 「ほな、また来るわ」 「うん。気ぃつけて」 戸に手をかけてから、私は振り返った。 靴べらが、少し斜めになっていた。 私はそれを取って、掛け直した。 先端が壁に当たらないように。 柄がこちらを向くように。 右手を伸ばせば、ちょうど取れる角度に。 母が、後ろで何も言わずに見ていた。 私は少しだけ恥ずかしくなって、戸を開けた。 外へ出る直前、母が小さく言った。 「よう見てるなあ」 私は返事をしなかった。 ただ、玄関の戸を、いつもより少しだけ静かに閉めた。
「来世はくらげか空に浮かぶ雲になりたいなあ」 そんなことを考えていたら、今この目に映る世界を壊してしまいたくなった。 でも僕は本当はわかっている。 遠くに浮かぶ星々の輝きも、陽の光を跳ね返して煌めく海の色も、夕立のあとのにおいも、昼間の日差しの中の微睡みも、忙しなく動き続ける街も、真夜中の空虚感も、全部ぜんぶ大好きなこと。 大好きなまま、全部なくなればいいのにな。 こんな日は「明日も天気はいいのかなあ」などと考えて目を瞑ってしまえばいいんだろうな。 ――誰か、僕の逃避ルートを、知りませんか。
チエのクラスのユウヤくんが久しぶりに学校に来た。ユウヤくんのパパはお亡くなりになったって先生が言ってた。私のママはゴートーに会ってナイフでさされたってパパと話していた。 ユウヤくんはいつも変わらない感じで、皆とドッチボールしたり折り紙作ったり踊ったりしていたので元気だなって思った。 最近、ユウヤくんのようすが変だ。学校が終わって帰る時、ずっと住所を気にしている。最初の頃は「ここの住所分かる?」って近くの人に聞いてたりした。チエも聞かれたことが何回もある。 だけど最近は聞かれない。ユウヤくんが教えてくれたのは、住所が書かれているところがたくさんあるんだって。 電信柱とか、歩道橋とか、スーパーやコンビニにもお店の外に〇〇店と書いてあるからそれで自分の場所が分かるよって言ってた。ユウヤくんは自分がいる住所を知りたかったみたいだ。 中学になって優也くんが、また変になった。それは突然大声を出すこと。授業中は聞いたことないけど、休み時間の校庭とか、学校帰りとかで、急に「うぉぉぉぉ!」って。男子達はめちゃくちゃ笑っている。だけど優也くんはすっごく真面目な顔をして真剣に叫んでいる。ちょっと怖い。優也くんの声が枯れているのは声を出し過ぎなんだと思う。休みの日に私がたまたま川の近くを通ったら優也が一人で川に向かって「うぉぉぉぉ!」って大声を出してた。どうしちゃったんだろう。 優也とは同じ高校に入学して、二年生のときには同じクラスになった。優也は相変わらず元気だけど、たまに静かな顔をしている。女子の評価も悪くないみたいで、女子と話す姿を良く見る。なんかムカつく。 優也は最近は写真にハマっている。休みの日に一緒に出かけるとスマホで私の写真を撮ってくれる。けど、撮り方が変。並んで歩いていて、急にポケットからスマホを取り出してパシャリ。なんか写真って「千絵、こっち向いて」「撮るよー」とかあるもんだと思うけど。最初は、良い表情をした時に、その表情が消える前に急いで撮っているのかな?と思ったけどそうじゃないみたい。花を撮るときも、美味しそうなケーキを撮る時もポケットからさっと取り出してパシャリ。いつ起動してんのか分からないくらい速い。そしてブレてない。その特技なんか役に立つの?って聞いたら、笑っていた。 優也は私と違って大学には行かず就職をした。優也の家は母子家庭だから早くお母さんを楽させたかったのかもしれない。町工場で毎日油まみれで働いている。鉄を機械で曲げたり溶接したりしているらしい。体つきも良くなった気がする。そして、また、変なブームが来たみたいだ。上司に許可をもらって仕事が終わった後、誰もいない工場で、スプレーアートをしているらしい。塗装の部屋でマスクもしないで何時間もいらない鉄の端材にスプレーアートをしているようだ。そしてその作品はその日に捨てる。もう訳が分からない。心の中の膿でも出しているのだろうか。あと、休日は走っている。猛暑日でも台風でも欠かさず20キロの道のりを往復してる。 私の彼はいったいどこへ向かっているのでしょうか 男性とは理解できない生き物なのでしょうか PS 今までの変な癖は継続しています
【空に海がある星】 沈黙海域を抜けた先で。 アステリア号は、誰も知らない銀河へ辿り着いた。 窓の外には、青白い星々。 銀河地図にも載っていない宙域。 「……やばいな」 操縦席でカイが呟く。 「何が?」 ミナが工具片手に顔を上げる。 「燃料、あと二週間」 「先に言え!!」 アステリア号に怒鳴り声が響いた。 レイは少し笑いながら窓を見ていた。 あの遺跡の日から、 時々“星の声”が聞こえる。 悲しみ。 願い。 誰かの記憶。 この銀河は、 それが特に強かった。 その時。 レーダーに反応が映る。 「前方に惑星!」 モニターへ、青い星が映し出される。 けれど、普通じゃなかった。 海が——空に浮いている。 巨大な水の帯が、 惑星の上空をゆっくり流れていた。 「うわぁ……」 ミナが目を輝かせる。 「行くしかないでしょ!」 数時間後。 三人は惑星へ降り立っていた。 白い草原。 青い風。 空には巨大な“空の海”。 魚みたいな生物が、 水の中を泳ぐように空を飛んでいる。 「夢みたいだな……」 カイが呟く。 レイはふと立ち止まった。 聞こえる。 誰かの声。 『たすけて』 胸がざわつく。 レイは無意識に歩き出した。 「おい、どこ行く!」 草原の先。 そこには、崩れた塔があった。 塔の内部には、 古い装置が埋もれている。 そして、その中央で。 小さな少女が眠っていた。 銀色の髪。 透き通るような肌。 まるで人形だった。 「……生きてる?」 ミナが息を呑む。 その瞬間。 少女の目が開く。 鮮やかな金色だった。 『認証確認』 機械みたいな声。 『外来生命体を検知』 塔全体が揺れる。 外から、低い咆哮。 カイが振り返る。 「最悪だ……!」 空の海から、 巨大な影が降下してくる。 魚のような姿。 だが都市ほど巨大だった。 青い目が、 三人を見下ろしている。 少女は静かに言った。 『星護獣、起動』 巨大生物が口を開く。 空そのものが震えた。 その時。 レイの脳裏に、 大量の記憶が流れ込む。 この星は昔、 滅びかけた。 だから人々は、 “空へ海を逃がした”。 星護獣は、 最後まで星を守り続けていた存在。 でも今、 長い孤独で暴走しかけている。 レイは叫ぶ。 「違う! 俺たちは敵じゃない!」 巨大生物の目が揺れる。 レイは前へ出る。 恐怖で足が震える。 でも逃げなかった。 「ずっと守ってたんだろ、この星を!」 その瞬間。 レイの力が共鳴する。 青い光が広がった。 巨大生物の瞳から、 静かに光が消えていく。 怒りではない。 安堵みたいに。 やがて、 星護獣は空の海へ戻っていった。 静寂。 風だけが吹く。 少女はレイを見る。 『継承反応を確認』 「……またそれか」 レイは苦笑した。 少女は小さく首を傾げる。 『あなたは、“星の記憶”に触れられる人』 ミナがニヤッと笑う。 「つまり、また厄介事ってことね」 カイは頭を抱えた。 「絶対そうだろ」 夕暮れ。 アステリア号の上空を、 空の魚たちが泳いでいく。 未知の銀河。 未知の星。 三人の旅は、まだ始まったばかりだった。
1号ホワイト 2号スノー 3号パール 4号アイボリー レジェンド月白 「博士、変身できなくなっちゃったんだけど、どういうことなの?」 「うーん、きっと明るい気持ちがなくなってるせいだね」 「と言うと?」 「君たちホワイトレンジャーの構造は意外と単純なんだ。社会の明るい気持ち、例えば『希望』みたいなキラキラした気持ちで出来ているんだ。言うなれば『希望の化身』だね。その希望がこの世界から消えかかっている」 「だから変身出来なくなったんじゃな」 「でも月白さんだけはは変身出来るじゃない」 博士と月白は目を合わせる 「実は月白さんはアイテムを使って変身している。月白さんは初代戦隊ヒーローだったんだ。つまり人間だ」 「えっ!?…知ってたけど」 「おぉぉ、そ、そうか、知ってたのね」 「アイテムってどんなの?見たことないかも」 「それは…。そうだよ。君たちをアイテムで変身させれば、より強力なヒーローになれる!確か前に作ったやつが…」 博士は白衣を翻し研究室へ駆けていった 「月白さん、変身アイテムってどんなやつなの見せて」 「いや…そんな大したもんじゃないからの。見た所で…ねぇ?」 「えっ私見たいけど。皆も見たいよね?」 皆は興味津々で月白の周りに集まってくる 「…どしなんだ」 「え?なんて?」 「ふんどしなんだ…」 「えー!?私、絶対やだ!」 「何でふんどしなの?ベルトとかじゃ、だめなの?」 「知らんよ。ワシだって。これ使ってって言われただけだし。ワシだって嫌じゃよ。今どきふんどしつけてる人なんかおらんよ」 「俺達はまぁいいけど」 「私達は絶対嫌だからね。ちょっと博士に言ってくる!」 パールとアイボリーが研究室へ入っていくと、中から博士が台車を引いて出て来た 「あったあったよ!」 パールとアイボリーが博士と中で話している 部屋に残された男性三人 「月白さんは初代ヒーローだったんですね」 「俺もヒーローだったのは知らなかった」 「五人グループの一番端だったけどな」 「何でこのホワイトレンジャーにいてくれてるんですか?」 「博士に頼まれたんだよ。彼の家系は代々世直しを統率している家でね。人間じゃない君達を見守ってほしいと言われたんだ」 ホワイトもスノーもスマホをイジっている 「全然聞いてないのね!」 「ジャーン」 パールとアイボリーが新しい戦闘姿で現れた 「ふんどし着けたの?」 「バカ。これよ」 パールとアイボリーの指に見慣れない指輪がハメられてる 「これは君達の分」 博士がホワイトとスノーに指輪を渡す 「それで希望が無くても変身出来る」 「あれ?あれあれ?何故ワシはふんどしなの?」 「まだそれ使ってんですね。でも似合ってますね。ハハハハ」 「いや、『似合ってますねハハハハ』じゃなくて。ワシの指輪はよう」 「在庫切れです」 「えーー!!」
廊下の隅で女子達が踊っている 動画に撮ってSNSにあげるんだろう 最近皆踊り狂ってる エネルギーが有り余っているのだろうか 高校の昼休みは長く感じる 小学生の頃はギリギリまで外で遊んでいたが、高校生になると、なぜか外で走り回るのは限られた奴らだけになる 日の当たる資格がある組とそうでない組とそんなのどうでもいい組と、色んなグループが目に見えない縄張りを持っている。 僕みたいにどこにも入らない若しくは入れない人は何組なんだろうか 何もすることがないので机に突っ伏して寝ようかと思っていたが、昨日見かけた二人組を思い出した。4キロの米を担いで線路沿いを走っていた。 「売れるぞー!」と2人とも叫んでいたがそんな貴重な米が手に入ったのだろうか。かなり謎な光景だった。 教室で音楽が流れている この時間は先生は職員室で午後の準備をしているので来ない。教室は無法状態だ。 「はなのなまえ」というバンドの曲で最近ショートでよく聞く奴だ 「千知君、この曲知ってる?」 前の席の宮下氏が聞いてきた 「うん。ネットでよく聞く」 「私はラジオでよく聞く。ラジオとか聞いたりする?私、『メデューサ・メデュ子のお悩み相談室』が好きでよく聞くんだけど、そこでこの曲よく流れてる」 宮下氏は踊ったりしないなと思いながら話しを聞いていた。髪を少し切った気がする。 「その番組なら母親がたまに車で流している」 「ライブのチケットあるけど一緒に行く?」 宮下氏はよく突然話しかけてきて、質問ばかりするなと思う。 「宮下さんはライブとか行くんだ」 「うん。好きで良く行くよ。『はなのなまえ』も、去年ライブで見たんだ。全然人が入ってないとき」 宮下氏は落ち着いて見えるが、夜遊びするのかと少し驚く。 「チケット余ってるなら行きたい」 「よかったぁ。じゃあ詳しいことラインするね」 「ありがと。」 そう言えば宮下氏とラインを交換していたなと思い出した。 あれはどんなきっかけだったけかな。 宮下氏が前かがみになるたび胸が机に食い込んでいる 次が体育でなくて本当によかった
「……眠。もう少し寝るか」 布団の中で目を開けたぼくは、時計を見た後、再び目を閉じた。 夢に落ちるまでの数分。 ぼくは、ひたすら考える。 子供の頃はどうだったっけと。 眠い眠いと言いながら、部活の朝練があるので、無理やり体を動かした。 眠い眠いと言いながら廊下を歩き、何故か自分より早く起きている母親の作った朝食を食べる。 そして、自転車をこいで、ふらふらと学校に向かったものだ。 眠いと寝るは、関係なく生きていたはずなのに。 気づけば、密接に関係するようになっていた。 「睡眠が……いらなくなればな」 やりたいことはある。 やるべきこともある。 だがしかし、襲ってくる睡魔に太刀打ちできず、ぼくは意識を手放した。 夢の中では、中学生時代のぼくが、元気に学校のグラウンドを走り回っていた。
初夏の雨は好い。それ迄の春の憂いを流して、時折滴で私を目覚めさせる。そうしてやや締まった心は紫陽花の様に鮮やかに色付く気がする。 その花弁から還る滴も又雨と云えよう。紫掛かったその滴は又誰かの下に降る。初夏は、人が人の思いを受容出来る時節である。 この頃、私はいつも人に第一印象と違う、意外と人に甘えがち、だとか、自立していない、と云われる。それは私の紫陽花から降る滴に因る物だが、他方その雨は毒をも含む。内面は染み出して来るから、人は本性を段々と知り得る事になる。然し乍らこれを以て印象と違うと云われても、大方予測出来たのではないかと思うことが有る。又、総て合わせて紫陽花なのだから、印象とは一概に第一に決まる物でもないとも思う。 私は催花雨の時点で人の印象を把握出来るから困ることは特段無いのだが、やはり対比して自分は未だ理解されていないのだと淋しく思うことも有る。然しそれは私が驕っているだけなのでないかと思う時も有る。私は真にその花の色を見ているか、その花に降る滴を見ているか。 様々な思いに駆られ、私はもう一度周りの色を見直すことにした。雨の北鎌倉はまばらな人だったが、紫陽花の蒼が鮮やかだった。源氏山を抜け辿りついたのは、朱の映える縁切寺である。
俺は二十歳だった。あの時はたしか仕事帰りで、車のハンドルを握りながら葬儀屋の前を通りかかった俺は、窓越しに出入り口で突っ立っている喪服姿の少女を見かけた。あの子は片手に何かを持っていた気がする。それは花だったのか、傘だったのか。 間違いなく覚えているのは、軒下から世界を薄暗くさせる曇天を見上げていた姿だ。 あの子は今頃高校生になっているのだろうか。まだ小さな身体で、彼女は着慣れない黒のワンピースを身に纏い、なにを思っていたのだろうか。三十路を迎える俺は、あの頃と比べてどこが老けたのだろうか。 知り合いの通夜を終えて、いま俺は屋外の喫煙スペースにいる。故人は五十を手前にして、峠道を運転中に突然気を失いそのまま急カーブに突っ込んだらしい。さっきのエントランスに集まった参列者同士の会話のなかで脳梗塞だと聞いた気がする。 深い関係ではなかった。二人きりで話した覚えはない。焼香をする番がまわってきて、彼の遺族の方を向いた俺は涙も浮かべず呆然とした様子の彼の愛娘を見た。 その瞬間に俺はふと、この子はあの時見かけた少女ではないのかという考えがよぎった。記憶のなかにある少女も同じようにただ無表情で曇天を見上げていた。 ――バカらしい。 二本目の煙草に火をつける。慣れないネクタイを緩め、慣れない第一ボタンを外す。芳名帳に記帳をした際、また別の知り合いが受付をしていたのだが、深めに入ったディンプルと併せて一切の歪みがない見事なウィンザーノットが目についた。他の男たちは皆、くたびれたようなプレーンノットだった。 普段から見栄を張りがちなあの男は、通夜という場でさえもネクタイの結び方にこだわりを見せた。俺はといえば、式場に入る前に大剣の長さやら結び目やらがいびつになるので何度も結び直す目に遭っていた。 二本目を吸い終えてその気もないのにオーダースーツの値段を調べていた。そこへ別の喫煙者がやってきた。夜更けの暗さではじめは判別できなかったが、こちらへ近づいてくるにつれてその人物がさっきの娘だとわかった。 互いに軽く頭を下げ、彼女は右手に持っていたピアニッシモから一本取り出して火をつけた。 やっちまった。俺はとっさにそう思った。世間ではこういう時「この度はお悔やみ申し上げます」とか「ご愁傷さまです」なんて言うものだ。タイミングずれの弔意の言葉をかけるくらいなら、いっそ俺はこのまま立ち去ったほうがいい。そうは思っても、かつて葬儀屋の前にいた少女のことが頭にこびり付いて仕方がなかった。 「大丈夫?」 俺は声をかけた。 「え、あ……、はい」 失意の様子は感じられない。ただ彼女は突然話しかけてきた男に戸惑った。 「俺が言うのもおかしいけど、まだ若かったのにね」 「……別にいいんです。あんまり好きじゃなかったんであの人のこと」 彼女は一本目を足元に投げると、踏み消しながらすぐさま二本目を取り出した。俺はそれを会話を続ける気があるものと理解した。 「俺も個人的なことはあまり知らなかったけど、世話になったとは思ってんだよ」 「そうですか。外面は良かったんでしょうね、私のあまり知らないところでは」 実父を亡くしたにしてはよく話す子だ。警戒心が薄いのか。 「でも思い出がよみがえって悲しくなったりしないものかい」 「悲しいですよ。悲しいけど寂しくはないんです。思い出といってもあまり子どもと遊んであげるタイプじゃなかったし、どこかに出掛ける時は母さんとお爺ちゃんが船頭になってましたから」 「……家の外に居場所を持ってる人か」 「たぶんそんな感じです」 改めて彼女の顔を眺めてみた。二十歳を過ぎてるように見えなくもない。堂々と人前でタバコを吸うのだから成人なのだろうが。 「君のお爺さんは?」 「え?もうとっくに鬼籍に入ってます。私が小学生になった頃に」 「奇跡?」 「鬼籍です。鬼に戸籍の籍。あれ、知りませんか」 「いや聞いたことない。亡くなったってこと?」 「はい。普通だと思ってました、昔から母さんがこう言ってたから」 二本目がまた足元に捨てられる。俺は吸殻が転がるさまを目で追った。次の言葉を見つけられずに沈黙が生まれる。隣の娘に目をやると、彼女は空を見上げたまま棒立ちになっていた。 ――そうだ。 同じ顔だと俺は思った。あの少女も一文字に口を結び、なにも携えていない目つきをしていた。そう、ただ空を見上げていた。 「俺は昔」 「はい」 「君を見たことがあるかもしれない」 「はあ」 名も知らぬ娘の瞳が俺を捉える。こんなことを話したとて、この娘があの少女だったとて、なにも残りはしない。 「お爺さんの葬儀の時、君は今みたいに空を見上げてなかったか?」 「さあ。覚えてないです」 答えなんて判らない。 「君は高校生?」 娘はぺろっと舌を出す。
古い時計塔のふもとに、魔法学院があった。 空には箒に乗った生徒たちが飛び交い、朝になると鐘の代わりに小さな竜が火を吹いて時刻を知らせる。 その学院で、一番落ちこぼれだったのが、魔法見習いの少女・リナだった。 「また爆発したのか?」 先生がため息をつく。 教室の机は真っ黒。 煙がもくもく。 リナは煤だらけの顔で、小さく笑った。 「……ちょっとだけ、火力が強かったです」 「“ちょっと”で壁に穴は開かん」 周りの生徒たちが笑う。 リナはうつむいた。 本当は誰より魔法が好きだった。 星の魔法。 風の魔法。 空を飛ぶ術式。 本で読むたび胸が高鳴った。 でも、うまくできない。 詠唱は噛むし、集中すると逆に魔力が暴れる。 「向いてないのかな……」 夜の図書塔で、リナはひとり呟いた。 窓の外では、満月が浮かんでいる。 その時だった。 「向いてない奴は、こんな時間まで残らない」 低い声が響く。 振り返ると、古びたローブの老人が立っていた。 学院長だった。 「ひゃっ!?」 「驚きすぎじゃ」 学院長は笑いながら、棚から一冊の本を取り出した。 分厚く、ぼろぼろの本。 題名は——『未完成魔法論』。 「昔の大魔法使いたちも、最初は失敗だらけじゃった」 ページには、焦げ跡や失敗記録がびっしり残っていた。 “爆発した” “塔が半分吹き飛んだ” “猫が紫になった” リナは思わず吹き出す。 「大魔法使いでも、こんなだったんですか?」 「むしろ失敗しない者ほど危うい。学ばんからの」 学院長は窓の月を見た。 「魔法は才能だけじゃない。“諦めず積み重ねる者”に応える」 その言葉は、静かに胸へ残った。 次の日から、リナは変わった。 朝は誰より早く起きる。 授業後も練習。 失敗した術式をノートに書き直す。 爆発も、もちろんした。 三回くらい。 いや、七回くらい。 そのたび煤だらけになった。 けれど、少しずつ。 本当に少しずつ。 火は安定し、 風はまっすぐ飛び、 小さな光球が空中に浮かぶようになった。 そして、冬の進級試験の日。 生徒たちが見守る中、リナは震える手を前へ出した。 深呼吸。 詠唱。 静かな光が、指先に宿る。 次の瞬間——。 夜空みたいな青い魔法陣が広がった。 無数の小さな星の光が、教室いっぱいに舞う。 誰かが息を呑む。 先生たちも言葉を失っていた。 リナ自身が、一番驚いていた。 光の中で、学院長だけが静かに笑う。 「ほれ、魔法は応えたじゃろ」 窓の外。 時計塔の針が、ゆっくり夜を刻んでいた。
「わが町は近年、サイクリングシティとして売り出しているのです。」 「ほう、それは良いことだ。」 「そのためのサイクリングロードを何億もの金を費やして作ったのです。」 「ほう、それは思い切ったな。」 「しかし、人々はいまだに歩道を自転車で走るのです。一体、どうしたら良いのでしょうか。」 「ほう、それは簡単な話ではないか。歩道に釘でも針でもばらまいておけ」 「ですが、それでは歩行者が...」 「ああ、一石二鳥だな。これでみんながサイクリングをしてくれる。」
亀の甲羅に王様が住むお城がありました お城の周りには城下町があってその周りには放牧ができるほどの草原と深い森がありました 「キャロルあのお城には王様がいるの?」 まっしろなオオカミのルイが聞きます 「お城には王様がいるものじゃ」 古狸のキャロルが答えます 少年のij が立ち止まり前方を指差します キャロルとルイが指差す方へ目を向けると馬に乗った兵隊がこちらに向かっているところでした。兵隊は一人ではなく何人がいるようでした。 キャロルたちは兵隊が来るまで、座って待つことにしました。 空は曇り数時間後には雨になるでしょう 草原の草木は青茂り、花の周りには蝶や虫が飛んでいます キャロルは目を閉じて石のように座っています ツバメが鋭く飛んでいます 雲雀が元気に鳴いています 騎兵隊はだいぶ近くに来ています 「それにしても立派なお城だね。キャロルはあそこに行ったことあるの」 ルイは伸びをしながら聞きます 「ある。たまに立ち寄る。散歩のついでに」 「散歩って…どこまで散歩するのよ。世界の果てから果てまで歩いてるんじゃないだろうね」 キャロルは目を閉じたまま答えない 「ここは家からどのくらい離れているのだろう」 「雲の子供の足なら一日位の距離じゃな」 ルイはij と目を合わせ「何だかね」と肩をすくめます 騎兵隊が到着しました。三人います 馬も3頭います。かなりの距離を駆けてきたはずですが、息切れもせず落ち着いています 「何だ、キャロルじゃないか」 背の低い髭の兵隊が言いました 「これは良い。王様が喜ぶぞ」 ノッポの若い兵隊が言いました 「今日は泊まっていきなよ。お友達もご一緒にさ」 太ったくるくる髪の兵隊が言いました 「では、お言葉に甘えて泊まらせていただこうかの」 キャロルは親しく話しています ルイとij は緊張していましたが、悪い人たちではなさそうだと分かるとお城に行くのが楽しくなってきました 「では参りましょう」 三人の兵隊が声を合わせて言いました。 3頭の馬は鼻を鳴らし大地を蹴りました キャロルとij はルイの背中に乗り兵隊達の後を追いながら城へ向かいました その間もゆっくりと巨大な歩みをやめない亀は初夏の風を食べていました
怠け者の僕にはツラい。 今日は花を写真で撮った。 うむ、綺麗だ。 花は植物の生殖器官だ。 つまり僕は道端でいたいけな植物の生殖器官を撮っているということだ。 極悪非道だ。 鬼畜生だ。 悪鬼羅刹だ。 人でなしがか弱いお花さんをイタズラしてますと誰かに通報され植物パトロールが来て逮捕される未来も遠くないかもしれない。 ビーガンがこの法律を作るかもしれない。 恐ろしい世の中だ。 無職の夜はしょうもないことを考えて過ぎる。
カーテンを少しだけ開けて、外を見る。 家の周りにはバットや金槌を持った人々が集まり、塀をがんがんと叩いている。 「はー。今日もいるのか」 このままでは、外出一つできやしない。 私は警備会社へと電話した。 「移動用の車を一台」 「申し訳ありません。既にすべての車がご予約で埋まっておりまして」 「はあ!? なんのために、高い金を出して契約してると思ってるんだ!」 「……お言葉ですが、運転手がいないのは、あなた方の世代が子供を作らなかったせいですよ? 労働力を生み出さずに、労働力が当たり前にあると思うなんて図々しい」 電話が切られた。 何度かけ直しても、電話は繋がらない。 銀行アプリから通知が届き、サービス利用キャンセルの払戻金が振り込まれた。 「くっそ! 勝手にキャンセルしてんじゃねえよ!」 銀行アプリに溜まる、莫大な金。 凡人が人生何周しても手に入らない、莫大な金。 しかし、使おうとして断られる今、この価値が俺の中で揺らいでいる。 国が荒れたら、国外に逃げればいい。 そう思っていた数年前の俺を殴りたい。 空港が占拠され、家の周りを囲まれては、国外に逃げるなんて選択肢があるはずもない。 「……今日も出前か」 俺は、ピザ屋へと電話した。 「ピザ一枚」 「ただいま大変込み合っておりまして、お届け三時間後でもよろしいでしょうか?」 「よろしい! よろしい! いつでもいいから、届けてくれ!」 「かしこまりましたー!」 あらゆるインフラは、底辺に支えられている。 警備も、出前も、家を囲む暴徒たちが金を得るためにやっている。 「お待たせしましたー。ピザとなります」 玄関には、先日、俺の家の壁を叩いていた男が笑顔で立っていた。 俺は金を払って、ピザを受け取った。 男は、バットや金槌を持った人々の間を、平然と抜けてピザ屋へと戻っていった。 加害者と、被害者を守る人間が、同一である世界。 こんなゲームチェンジが起こるなんて、資本主義に胡坐をかいている時は思わなかった。 俺は冷めたピザを取り出して、一口齧った。 「美味い」
何でもない蟻ですが恋をしました 実りはしない恋をしました 僕は蟻と言うことを忘れた事は無いですが、いつの間にか花に恋をしてしまいました。 僕は毎日、花の側を通ります。横見でちらりと花を見て何でもないように歩いていきます。たまに花の周りをうろうろして「この辺に甘い物でもありそうだな」等の独り言ちをします。 そりゃあ僕は蟻ですから、花を盗もうとすれば、それはそれは簡単に盗めます。一人で穴の中で甘い蜜を飲むことでしょう。でもそれは違う。花は実を付け次の種を生むために咲いているのです。蟻はお呼びでないのです。 えっ?「少し蜜を貰うだけでは駄目なのか」ですって?そんな事で僕の恋心を満たせません。僕は全て食べてしまいたいのです。 僕はただの蟻です 花に恋をした何でもない蟻なのです 花に蝶がとまっていても何も出来ない蟻なのです
茹だる様に上がり続ける気温と湿度は止まる所を知らず、どんどんと夏から真夏になって行く。 香る線香と日差しを吸い込む真っ黒な服を着込み、平日の昼間に花を挿す。 あの日したはずの約束も、 貸していたはずのお金も、 全て無に帰してしまったキミ。 尚、空気を読まずに回り続けるこの時間と社会の歯車に無理矢理噛み合わせるように今日も家を発ち足を運ぶ午前8時5分。 いつもの駅、 いつもの景色、 のはずなのに色がまるで感じられないこの視界が。 いつもよりも広く映る違和感だらけのこの視界が。 求める様に、 縋る様に、 そこには居ないはずの、居て良い筈がないキミを捉えた。 コレは幻かどうか考えるよりも早く 追いかける様に、 もう離さない様に、 開いた扉から逃げる冷たい空気を受けながら電車に乗り込む。 いつも座るのは扉のすぐ横にある座席の真ん中で、キミは僕の右隣にいつも座る。 見慣れた状況のはずなのに、安堵と違和感が混じりあった様な気持ちの悪い感情が押し寄せて来る。 一つ、また一つ駅を越え、目的であった駅を迎えるのだがキミは降りようとしない、仕方ないな、どうやらこの足は立つという事を忘れてしまったらしい。 数10分後か、聞いたこともない駅に停まる電車、どうやらここが終点らしい。 キミはすくっと立ち上がり一度こちらを振り返って見ると、そのまま電車を後にする。 重い足を上げ、車内との温度差に汗を垂らしながら急足でキミの背を追う。 知らない街、 知らない景色、 知らない喧騒、 唯一知るその背中を追いながら。 遠くに映る翠緑の山と積乱雲を追いかけながら坂を越え、 トンネルを潜り、 木々の隙間を抜けると、 空を反射して真っ青になった大きな湖があった。 そしてキミは、如何にも年季が入っている木製の橋の上で止まると、一瞬ニコッと笑った後、高欄の上に登るキミは今にも飛び出してしましそうだった。 焦った私は、弾かれる様にキミの後を追う。 高欄を足で蹴り上げ、浮遊感を感じながら頭から落下して行く最中、水面に反射したものはまるで空そのものであって、私たちはその時はまさに 空に落ちていた。
子供の頃から人の役に立てるよう頑張ってきた。 この人は何をしたら喜ぶだろう。 この人は今何を求めているんだろう。 みんなに愛されたかったから? いいえ。 私はただ怖かっただけ。 「本当に使えない」 あの言葉が脳に反響する。 でも、もう大丈夫。 もう大丈夫よ。 みんなの求めているものに私がなるの。 誰も私をあんな目では見ないの。 「ほら、これでしょ?これが欲しかったのでしょう?あなた達が望んだものがここには全てをあるの!!」 私の身体からは無造作に生える。 宝石、鞄、男の顔、時計、指輪… みんなは歓喜する。 「きゃー!そうよ、これが欲しかったの!!」 「ちょっと、それは私のものよ!」 「あぁ、あれもこれも欲しいわ…」 みんなの言葉に笑みを零す。 ふふ、ふふふ。 慌てないで。 みんなが望むものはなんだって… 痛ッ…!! 身体に激痛が走る。 な、なに? なにをしているの? 「なにって、宝石を引っ張っているのよ。あなたの身体から離れなくて…」 「あぁ、愛しのアナタ…いまそこから出してあげるからね」 「これも…これも…これもほしい…」 痛い! 痛いわ!! やめて!! 私の身体なの…! それを切り離すことはできないの…!! 痛い…!痛い…!! 「え、切り離すことはできない?なんだ、そうなの。やっぱりあなたって使えないわ」 冷めた眼差しが向く。 や、やめて。 そんな言葉。 そ、そんな目を私に向けないで。 お願い…。 ごめんなさい。ごめんなさい…。 「私は諦めない…。あれもこれも欲しいの…」 「あぁ…アナタ…アナタは私だけのアナタよ…」 「ちょっと!私の宝石に触らないで!」 痛い… 痛い…よ… もう、やめて… ブチッ あ゛ぁあ゛ 「やった!とれた!とれたわ!なんて綺麗なのかしら」 ブチッ 「えぇ…そうねアナタ…帰りましょう…」 ブチッ ブチッ ブチッ 「これも、ふふ。これも…。ふふふ…」 ぁ゛あ゛ いたい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ブチッ ブチッ ブチッ 身体はもう動かない。 「これで取りやすいわね」 ブチッ 身体には何も残らない。 「ふぅ、満足したわ。ありがとう」 みんなは離れていく。 その場には枯れた木のような肉塊が残るだけ。 望んで手に入れたモノは朽ち果てていく。 「そんな…私のものが…あれもこれも…」 「ああ…アナタ…いかないで…!お願い…」 「なーんだ、やっぱり最後まで使えない」 朽ち果てていくモノを捨てて再び歩き出す。
「ただいま」 玄関に沢山の荷物が散らばり実家に寄ってきたのだなと分かる そのまま荷物の整理をしていると妻がやって来た 「おかえり。ごめんね。お母さんが持ってけってきかないから」 煮物やきんぴら等のタッパや野菜にアイスに苺など妻のお母さんが持たせそうな物ばかりだ。有り難く冷蔵庫に納めていく 「パパ!今、ガンダム作ってる」 「おっ、プラモデル買ったのか」 「じーじに買ってもらった」 「そうか。良かったな」 「かんせいしたら見せるから、まだ見ないで」 「オーケー」 「今日はゲームもユーチューブを観てないのよ。帰ってきて、ずっとガンダム作っている。明日、パパとガンダムで遊びたいのよ、多分」 今の妻の言葉で思い出した 「あっ俺、明日出勤になったんだ。ごめん」 「えー!明日からゴールデン・ウィークなのに」 「ごめんごめん。明日だけだから」 「働き過ぎですよ」 「すみません」 「いや、あなたは何も間違ってない」 「すみません…え?」 「あなたは何も間違ってないよ」 妻はよく僕の事を分かっている 連休を一緒に過ごせないのが淋しいよと思う気持ちと、いつも周りの為に働いてしまい、皆を差し置いて休んでも休日を楽しめない僕の性格をよく分かっているのだろう 「優也〜。パパ帰って来たから夕御飯食べるよ〜」 「オーケー」 久しぶりにテレビのついていない夕食だった。優也は次にほしいプラモデルの話をし、食事の途中何度も席を立っては隣の部屋に置いてある作業中のガンダムを確認しに行っていた お母さんのおかげで夕食は豪華で手早く美味しく終わった。 皆の食器をまとめ、キッチンで洗っていると息子が冷蔵庫を開けて中を眺めている。もうそんなに背が高くなったのかと驚いてしまう 「ママ、プリンどこ?」 「プリン一番上だから取るよ」 確かに甘い物が食べたい気分だ 「パパも食べようかな」 「いいねーママもたべようよ!」 「よし!じゃあ皆でプリンパーティーだ」 うちは家族が同じ物を食べる時、必ず「パーティー」と名称する。焼きそばパーティー、ポップコーンパーティー、パンケーキパーティー、意味はないが楽しい気がする。それだけ。それが良いと思っている。 プリンパーティーは一瞬で終わり、妻と息子は連休前夜の自由時間に入っている 僕はそろそろ風呂に入ろうかと服を脱いでいると、折れたライトセーバーを持って息子が大泣きしてこちらに来た。 泣きながら話しているので何を言っているのか分からないが、ある程度見当がつく。ガンダムを完成させ、最後の最後、ライトセーバーを腕に持たせるだけの段階でライトセーバーが折れたといったとこだろう。ガンプラの武器は大抵最後に作る。プラモデルのパーツが付いているランナーから外す時にパキッと折れることはよくある事だ。 「大丈夫だぞ。接着剤でくっつければなおるから。明日の朝にはライトセーバーは元に戻っているよ」 息子はそれでも泣き止まず抱きしめててやって、背中を擦って、そのまま寝てしまった。 初めてのガンダムを作り上げて疲れたのだろう。隣の部屋に息子を寝かしに行くと、大人でも難しそうなガンダムが起立していた。 眠る息子によく頑張ったなと言って布団を掛ける 「二人ともお疲れ様でした」 「あのガンダムは凄いね」 「夢中でやってたよ。パパの驚く顔が見たいんだよ」 「有難いね」 「はい、接着剤」 「ありがとう」 風呂上がり、ビールを飲みながら息子が作ったガンダムを眺める 風呂場から妻がシャワーを浴びる音が聞こえてくる 折れたライトセーバーは呆気なく着いた 折れない剣など無いのだ 何度も折れて、それでも諦めずにいれば剣は鍛え抜かれる。それが心の剣というものだ。息子の剣は今、鍛錬されている。
男が、ゆっくりと目を開けた。 「あぁ、そっか。俺、死んだんだ」 そして、辺りを見回す。 「人、多いなぁ」 川沿いに、たくさんの人が集まっている。 「すみません。ここは…」 「ここ? 三途」 若い男が、時計を見て舌打ちをする。 「なんかさぁ、ずっと待ってるんだけどね」 「今から、どうしたらいいですか」 「この先で、受け付けやってるみたいよ」 目を向けると、遠くでスタッフが、忙しそうに動いていた。 「おじさん、何で死んだの」 「えっ。あぁ、私は病気で。君は?まだ若いのに」 「俺、事故った。車で。まだ新車だったのにな」 その時、スタッフの声が響いた。 「この中に、医療関係者の方はいませんか。具合の悪い方がいます」 「は…」 思わず、手を上げそうになる。 「私、看護師です」 手を上げた若い女性が、スタッフと一緒に走って行く。 「いまの娘、可愛かったっすね」 若い男が、にやけながら後ろ姿を見送った。 「いつまで、待たせるんだ」 苛立つ声が聞こえ、スタッフが頭を下げて回る。 そこへ、年配の男が声をかけた。 「私、生前、警備の仕事をしてまして。よかったら、皆さんに説明しましょうか」 年配の男が、丁寧に声を掛ける。 「すみませんが、二列でお待ちください」 男と若い男が、並んで待った。 しばらくして、後ろを振り返ると、整然と行列ができていた。 それを見た男が、小さくつぶやいた。 「死んでも、ルールは守るんだ」
青空が嫌ってほどに肌を焼いて、ブランコの風が熱を持った肌を冷ましていく。 横で揺られている君の頬には一筋の汗が。揺られる黒髪が瞳の水晶体を貫いて、胸がぼんやりと熱くなる。 蝉が鳴いて、草が揺れて、雲は空の旅を続けて、僕は君の横顔を見ていた。 絵画のような美しい君の顔は、男女問わずに魅了してしまう。僕も魅了された一人で、君の瞳や横顔がとても好きだった。 木が揺れて、木陰は踊る。 君が僕の方を向いて、ニヤッと笑った後にゆっくりと口を開いた。 「ねえ、私が転校するって言ったらどうする」 「悪い冗談だと笑う」 「でも、悪い冗談じゃなくて本当なんだよね」 「冗談はよしてよ」 僕はそうやって言うけど、君の真っ直ぐな瞳は「嘘」を語っていなかった。 額に浮かんでいた汗がじんわりと背中に伝って、心臓の音が耳の奥でうるさくなっていく。 君が転校?天地がひっくり返ったとしても、僕は信じない。いや、信じたくない。なのに、君はどうしてそんな瞳をずっと僕に向けているんだ。 心は「拒否」しているのに頭は「本当」だと理解してしまっている。 だって、君が僕に嘘をついたことは一度もなかったから。からかわれたりは沢山したけど、その中に嘘は混じっていたことはなかった。 「本当なんだ……」 「急に決まってね」 浅く息を吐きながら、太陽に目をやって君は言う。新緑の匂いが鼻を撫でて、生ぬるい風が泣きそうな瞼を冷ます。 「遠い?」 「まあまあ」 「会える距離?」 「頑張れば」 君はブランコから降りて、僕の前に立つ。座ってる僕を見下ろし、黒髪が眼前で靡いて悪戯げに笑う表情が覗く。アスファルトから昇る陽炎が僕の心情を表しているみたいで、草木の柔らかな香りは僕らを包む。 「それでさ、君とやりたいことがあるんだ。心残りは残したくないからさ、お願いしてもいい?」 「全然いいよ、もちろん。なんだってする」 君と最後の7月になるのだから、どんなお願いだって聞く。火の中に入って欲しいなら、火の中にも入る。 そんな覚悟を持っても、不条理に時間は通り過ぎて、僕の目の前から君の姿は消えていく。季節の巡りを受け入れるしか無いように、転校という変わり目も飲み込んで受け止めてしまわないとダメなんだと現実が呟いてくる。 「じゃあさ、今から海に行こう! 夏と言ったら海でしょ!」 「え、でも水着とかないよ?」 「いいんだよ、眺めるだけでも。ほらっ、行こ」 グイッと強引に僕の腕を引っ張って、君は駆け出す。夏空の下、太陽が肌を撫でる。タッタッタッ、と心地よい足音を鳴らして僕の前を爽やかに駆けていく背中は哀愁を感じさせた。 そうして、二人で電車に乗って少しの遠出。車窓から見えるマリンブルーがキラキラと輝いて、世界を蒼く染めていく。 電車を降りると仄かな潮の香りがして、吹く風は少しベタつく。浜辺の砂はキメ細やかで、掬えば手の隙間から零れ落ちてしまうほどに。 「ひゃっ〜、冷たい」 「気持ちいいね」 靴を脱いで、君と浅瀬で些細な海水浴を楽しむ。足を上げて水をかけあって、服は徐々に水を含んで重くなっていく。数十分遊んで、疲れた僕らは浜辺に座ってマリンブルーを眺めた。 横に座っている君の黒髪が潮風に靡く。 「あぁ……本当は行きたくないなあ」 瞳の奥がブルーに染って君はポロッと吐き出す。虚ろな瞳がぼやけている。 「一緒にいたいよ」 「僕も」 「ねえ……私たちがまた逢う日までさ7月は終わらないよね?」 「うん。ずっと7月。31日が終わっても、32日が始まる。そうやって、また逢う日まで7月を繰り返そう」 「まだ、ここで逢おうね。約束だよ」 「うん、忘れない。約束だ」 小指を交わして、波は引いては返す。 君とまたここで逢う日その日まで、夏は終わらない。
窓の外から工事の音が聞こえる。カーテンの隙間から光が漏れ入る。それを微睡みながら認知しては、夢に落ち、また認識して、また夢に落つ。 ここだけ、時間が止まっていた。 窓の外が春を繰り返すうち、私はただぼんやりと夢を見ていた。 時のたまにそれを思い出しては、また四肢を投げ出して電灯を眺めていた。 電灯が、切れた。つい、さっきまで手元を照らしていたそれは音も立てず死んだ。電球はたちまちLEDに付け替えられて、木曜日の夜、運び出された。 ここだって時は巡っていた。すり減り、尽き、新しいものに取って代わる。 私だけだった。 私だけがまだ夢を見ている。
夏休みの終わり、ぼくは山の展望台で一人、「ヤッホー!」と叫んでいた。返ってくるはずの声は聞こえず、かわりに空の向こうから、「ヤッホー!」とかすれた声が返ってきた。 びっくりして見上げると、銀色の円盤がゆっくり近づいてくる。UFOだった。しかも窓の中で、緑色の宇宙人が手を振っている。 「地球のあいさつは、ヤッホーで合ってる?」 宇宙人はたどたどしい日本語で聞いた。ぼくは笑って、「山ではね」と答えた。 宇宙人は安心した顔をして、また大声で、「ヤッホー!」と叫んだ。その声は谷に何度も反射して、山じゅうに広がった。すると遠くのキャンプ場からも、「ヤッホー!」と返事が飛んできた。 宇宙人は目を丸くして、「地球人、みんな友達だ!」とはしゃいだ。 やがてUFOは夕焼け色の空へ飛び去っていった。最後に窓から顔を出した宇宙人が、少しさびしそうに叫ぶ。 「また来るよ、ヤッホー!」 その声は今でも、ときどき山の風にまじって聞こえる気がする。
いつからだろうか、誰かを否定しなければ自分と言う存在を主張出来なかなったのか。 人と、他人と関わるのが何よりも苦痛だった。 受け答え、愛想を相手の為にしてやる事が嫌だった、だけどそれをしない者は異端と 見做され、 卑下され、 弾圧されていってしまうのだろう。 **** 眼前に映る景色は幾分か空が近い。 このまま飛んでしまえばきっと最高の気分なのだろうな。けれどそれをしないのは、否、出来ないのは私が人間であると言う証拠であり、性だったのだろう。 「ーーーッ!」 なんと言っていたかわからないが、その声の主を確かめる様に振り返る間もなく、揺れる視界、全身に広がる寒気と、貴方の力強い握られた手の感覚が。 「なんで」「どうして」と泣きそうな顔で必死になって伝えて来る貴方を見て何故だか笑ってしまいそうになったんだ。本当はどうしようもなく泣きたかった筈なのに。 大粒の涙を今にも溢してしまいそうな貴方は 「見つけられて良かった」 そう言いながらギュッと私を抱きしめた。 「いきなり女の子に抱きつくのはハンザイなんだよ?」 そう言うとやっと現状に気がついたのか、バッと離れたかと思うと頬を赤らめながら照れ臭そうにしていた。 それからは貴方と過ごす事が多くなった。 色々な話をした。実は私たちは小学校が同じだった、とか。趣味の話とか。お互いの事を話ていた。 ただ息苦しさと、煩いだけの話し声。そんな風に思っていた場所も、貴方が居ると言うだけで私の足は前よりも軽く上がる様になった。 **** 去年の冬、私の母はこの世を去ってしまった。 もともと体が弱く病弱であった母は、今の今まで良く持ち堪えた方であろう。 とても小さくなってしまった母を持つ私の手や顔は真冬の寒風を受けて赤くなり小刻みに震えていた。 もともと母子家庭であった私は、親戚に引き取られ、遠くの全く新しい場所で過ごす様になった。 母が亡くなってから、私は。ずっと楽になりたいと、死んでしまいたいと思う様になった。そんな私が新しい場所で馴染める筈もなく、次第にいじめられる様になっていった。 そこに貴方が来た。 **** いつもと同じ帰り道、前と違うのは隣の貴方。 他愛のない会話でさえ愛おしく感じてしまう私は貴方の顔を見る事は出来なくなってしまった。 その日はやけに、鳥が多かったかな。 翌日、貴方の机には一瓶の花。 状況を理解できぬまま時間だけが過ぎて、 先生が説明をする。 「うん。えー、──くんなんだけどねっ。昨晩事故に巻き込まれて亡くなってしまいました。うん。えー、皆さんもねっ。事故には気をつけて下さい。」 ざわめく教室。それと同調する様に私の頭にはノイズが流れ、それは次第に大きくなり私を覆い被さる程になっていった。 この感覚を味わうのは二度目であった。 **** 後から聞いた話なのだが、私をいじめていたグループの1人が近頃の私が面白くなかった様で、事故を仕組んでいたらしい。 私はこの世界に居てはいけないのかもしれない。私と居ると皆んなが居なくなってしまう。 そんな事を考えてしまう私は。 母親の愛情よりも誰かの愛よりも、 生からの救済が、欲しかった。
「私は神だ。お前の願いを一つ叶えてやろう」 奇跡が起きた。 私は躊躇うことなく、願いを口にした。 「悪人を全員消してください!」 「悪人とは、どんなやつのことかね?」 「私より悪いやつ、全員です!」 「その願い、かなえてしんぜよう」 その日、人類の三分の一が消えた。 私をいじめていた人間も、公共の場でマナーを守らないやつも、全員消えた。 いい気味だ。 私は、正しい人間しかいない世界を、大手を振って歩いた。 気が付けば、私は逮捕されていた。 私より悪いやつが全員いなくなったから、この世で一番悪いのは私と言うことだ。 ルールも、当然変わって来る。 「私は悪くない……」 悪は絶対的でなく相対的。 それに気づいたのは、私の身柄が拘束された後だった。 「囚人第一号、おめでとう」 厭味ったらしく言ってくる看守を見ながら、私はこんな奴よりも悪者だったのかと頭を抱えた。
夏の匂いがする。 私が時々暗い顔をするのを、あなたは心配してくる。やめて、その優しさが痛いから。 いつの頃からだろうか、朝起きたらあなたがいない夢をみるようになった。夏の匂いがする朝で、とても嫌な、湿度のある夢。 これは正夢になるんだろうなと、心のどこかで私は思っていて、夏が近づくたびに、その嫌な予感は増していく。 きっとあなたは、私の知らない場所へ行ってしまう。
最近の若者は、軟弱だ。 すぐに職場の空気を悪くする。 だから俺は心を鬼にして、言うことにした。 手に持っていた書類を、自分の机へと叩きつける。 「お前さ、いつまで学生気分なの?」 新人はびくりと震えた後、申し訳なさそうな顔で口を開いた。 「すみません。自分、学生だったことなくて、学生気分ってよくわからないんです」 「え?」 「小学校に入った頃から引き籠りで、中学も高校も行けなくて。家で勉強して、なんとか高卒認定とって、それでこの会社に……」 「え、あ、そうなんだ。た、大変だったね」 職場の空気がものすごく悪くなった。 先程まで新人に向けられていた非難の目が、俺の方へ一斉に向いている。 「ちょっといいかな。あ、新人の君は、もう行っていいよ。誰か、彼に次の仕事を教えてあげて」 そのまま俺は、部長に引きずられて会議室へと連れていかれた。 さよなら、俺の出世街道。
何歳の頃か覚えていないけど、忘れられない夢を見た。 私はマンションに住んでいた。事件はそのマンションで起こった。 A棟、B棟、C棟。私はB棟に住んでいた。 学年は違うが、C棟には同じ幼稚園に通う顔見知りの親子がいた。 お母さんは太っていて、いつもムスッとした顔をしていた。 子どもはわがままで、迷子になることもあった。 私は一度迷子になったその子どもを助けたこともある。 それでも、お母さんに笑顔を向けられた記憶はあまりない。 ある日。空が真っ白な時間帯、お母さんを筆頭に次から次へとC塔の人が飛び降りていく。落ちていく。バタバタバタと。私が下を覗くことはなかったが生きている。ということだけはわかっていた。 それから数日後、噂で聞いた。 お母さんが自殺未遂をしたと。マンションから飛び降りたらしい。 無事でよかったと思った。不思議なもので、それからお母さんとすれ違うと、たまに挨拶をしてくれるようになった。そんな日は少し、うれしい気持ちになる。
「ねぇ、キミ。何をしてるの?」 雨が降るのを待っているのです。 「えっ。でも、いつ雨が降るのかは、誰にも分からないでしょー」 もうすぐかもしれないでしょう。 「そりゃあ、まあ……でも、一週間先だったらどうするの。それでも待つの?」 待ちますよ。待つしかないですから。去る者、追わず。来る者、拒まず。私はそういう存在です。生まれた頃から、私には使命があるのです。 「それって生きづらくない? ぼくは、キミよりずっと自由だ。そのほうがいいと思ったりしないの?」 ええ。アナタは、私に比べたら、うんと伸び伸びとしていますね。でも、限りある場所で、限りある時間を精一杯に生きるほうが……。私のようなものには、ふさわしい。私には動かす手足も、揺らせるフリフリも無いですから。 「まあ、キミが納得しているのなら、それでいいさ」 フリルはありますけど。 「べつに、つっこまないよ」 残念です。 「雨が降ったらいいね」 ええ、私の頭がおかしくなる前に。せめて。自分の使命はまっとうできたと、思いたい。 「へえー」 ジメジメとした蒸し暑さと暮らしている。大きなワンルーム。 製氷機から氷を取り出す、あなた。その足取りは昨日よりも軽やかで。あなたがステップを踏むたびに、手のひらのマグカップでは水面がおどる。 今。ボクは意を決して、あなたのひざに飛びこむ。 ぱちゃっ。 上空まで、はねる飛沫。あなたの衝撃と困惑が、ボクの頭へと降りかかる。 「ちょっと、ポメ! ああ、もう。サイダー、こぼしちゃったよ……」 あなたは机上にマグを置いて。箱からティッシュを取り出し、せわしなく手を動かす。 床に広がっていく甘い水たまり。その水分を含んで重たくなった彼女が、ぐったりと横たわっている。 「あっ! ふれふれ坊主、落ちちゃってるじゃん!」 悲しそうに、あなたは眉をひそめる。これじゃあ、明日も仮病を使うのは無理か……と、わけのわからないことをぼやきながら。あなたは濡れたティッシュとともに、役目を終えた彼女をつかんで、ステンレスのかごに入れる。 ――よかったね。これでボクらも、明日は外でおさんぽできるよ! 肩をすぼめるあなたを励ましたくて。ボクは、めいいっぱい自分のしっぽを振って見せた。
山間の静かな街にようやく遅い朝日が差し込みはじめました。 夫は先に起き、カーテンを開け、飲み水をコップに注ぎ、それを朝の日差しに向かって捧げてから飲み干しました。 それからトレーニングウエアに着替え、ウォーミングアップをはじめました。 次に妻が目を覚ましました。 妻は見た夢をベッドの中で反芻してから、ゆっくりと起きて来ました。夫と挨拶をかわすと、机へ向かい、夢を思い出しながら日記に書いていきました。 夫はジョギングへでかけました。 休日の静まり返った街の中で、彼の走るポン、ポンという足音と、鳥の声だけが響いています。 夫は道の突き当たりへ来ると、ふいに立ち止まりました。 そこには小川が流れていて、岸辺にはまだ整備されていない草木がうっそうと茂っていました。 朝の涼しい光の中で、鳥たちの声が近くの山に響きました。 ヒュヒュピー、ピピー、ピピッ。 夫は目を閉じ、しばらく鳥の鳴き声を心に吸い込みました。 それから水の流れや草木の揺れる音に耳をかたむけました。 そして、またふいにジョギングを再開しました。 夫は家へ戻りシャワーを浴びると、妻は夢日記を終わらせてリビングにあらわれました。 妻は冷蔵庫から出したオートミールにヨーグルトをかけて準備し、夫は暖かい飲み物をいれました。今朝の飲み物はライブラリー・ブレンドという名前の紅茶です。紅茶にジャスミンの香りがかかり、休日の朝が輪郭をあらわしてきました。 「今日の夢はどうだったの?」 そう言うと、夫はスプーンにすくったオートミールを口に入れました。 「今日は、空を飛ぶ夢を見たの」 妻は両手を広げて、遠くを見ました。 「いいな、空を飛ぶ夢か。昔はよく見たんだけどね。最近は見ないな。」 「見るようにしたらいいじゃない。目を閉じて、空を飛ぶの。そうすると、またそういう夢も見るよ。」 妻はいとも簡単そうに言いました。 夫は書斎へ行き仕事をはじめました。 妻はウォーキングへでかけました。どの方向へ歩いてもいいのですが、妻もまた突き当たりのある道の方へ歩いて行きました。 木々の葉が揺れて、涼しい風が通り過ぎました。 彼女が石垣の脇からのぞきこむと、川の水は澄んでいて底の石まで見えました。 透明で波立たない静かな川面を眺めていると、微かに動くものが見えました。 それは黄色い魚でした。 鯉よりも小さなその魚は、ゆっくりと散歩をするように、ときどき立ち止まりながら、上流へ向かって泳いで行きました。 水草の影に消えて行く魚を見送ると、妻は足元に新しい足跡を見つけました。 朝、夫もここへ来ていたのでした。 彼女は静かに微笑むとまた歩き出しました。
私には付き合って三年になる彼ピがいるんだけど、ちょっと惚気話させてね。 彼はね、ちょっと変わった趣味があって。あ、人の趣味にケチをつけるのはホントは良くないことだって分かってるんだけどさ、その趣味っていうのが、やっている人自体は世の中に少なくないんだろうけど、それを『趣味です』って公言して熱中してる人っていうのが、あんまりいないよねって感じの種類のもので。 今まではずっと隠れて、コソコソやってたみたいなんだけど、私がある日それをしてる所を偶然見ちゃったのよね。隠し事なんて水臭いじゃない。そこからはもう隠すのもやめたみたいで、時々一緒にやる様に誘われたりする様になって。 うーん、別に最初は全然乗り気じゃなかったんだよ。でも、私もさ、彼ピのこと本当に好きだし。彼の全てを理解するためにも、一度くらいは向き合ってみようかなって思ったの。それが彼女としての努めかなって。 そしたらね、最初は難しかったけど、だんだん慣れてきたら上手く出来る様になっちゃって。あ、今のは綺麗にいったかも、みたいな。武器も色々あるから本当に楽しいよ。用途に合わせて使い分けるの。次はどれにしようかなって選んでる時が一番ワクワクするかも。 せんせき? それはもう、彼ピがチョー強いから。ちょっと私がサポートするだけで負け無しよ。彼は動きとかテクニックとか、効率的なやり方をいっぱい知ってるから、本当に頼りになるの。横で見ているだけで、あ、そこはそうするんだ、勉強になるなあって感心しちゃう。 え、何をしてるかって? だから、人を〇〇すのよ。彼ピは人をメタメタにすんのが好きなんだって、そういうせーへきなんだって。まあ、世間一般から見たら病気なのかもしれないよね。 でもさ、私は彼と離れ離れになるの嫌だし、ずっと一緒に居たいの。だったら、彼が一番幸せを感じる瞬間に私も隣にいたいじゃない。だから私も手伝うって決めたの。 ほら、身内の不始末を隠したり、ただ匿ったりする人ってたまにニュースとかで見るけど、一緒になって楽しんであげて、共同作業にしてあげちゃう人って、なかなかいないでしょ? 私って、献身的ですっごく良い女だと思わない? あれ、どうしたの。さっきからガタガタ震えちゃって。御手洗に行きたいの? いいよ、別に、そこでしちゃえば。そんなに我慢したら体に毒だよ。 実はねえ、言ってなかったけど、彼ピももうすぐそこまで来てるんだ。会わせてあげるよ、私の大好きな人。だから、そんなに暴れないで、じっとしてて。おーーら、こしょこしょこしょ。そんなに力んじゃダメだってば。 ……あーあ。ほら、言ったじゃない。これで御手洗行かなくても良くなったね。床が汚れちゃうけど、まあ後で掃除すればいいか。 そんな、この世の終わりみたいな顔しなくても良いじゃない。せっかく彼に会えるんだよ。えーと、君、名前なんだっけ。ごめんね、私、興味ない人の名前覚えるのホント苦手なんだよね。それにさ、あんたもあんたよ。会ってまだ二日、三日の人の家に上がるのって、良くないと思うな。 自衛意識が足りないっていうか、尻軽だと思われても仕方ないよ。 あ、来た。きたきたー! 今の足音、彼ピだ。おかえり!今ちょうど、あらかた準備ができたところだよ。 ねえ、サッサとやっちゃお? 今日はどの武器使う? やっぱ、好きな人と一緒にするのが、世界で一番楽しいよね。さあ、最高に素敵な時間にしようね。
僕はとっても食いしん坊だ。 いつも昼はラーメン2杯とご飯大盛りをいただく。食後のデザートのチョコアイスクリームとドーナツがあるならさらに良い。ちなみに今日の昼は大盛りご飯をおかわりした。 甘いもの、辛いもの、お酒、何でも好きだ。そんなたくさんの食べ物を受け入れる僕の腹はちょっとした収納になるのではないかと言われるほど大きい。妻はそんな体ごと僕を愛してくれる、小さくて優しい人だ。 そんな僕だが、最近ある不思議な夢を見た。これからその夢について語ろうと思う。 先に言っておこう。あまりいい気分になるような夢ではない。食事をやめるほどではないが、不安ならやめておくのをオススメする。 僕は眠れない夜は羊を数えてみるファンシーで可愛い男でもある。その微睡みの延長でときどき夢に羊が出てくる。あの夜もそうだった。 小さな羊たちが一列に並んで歩いていた。可愛らしいが、どこか無感情に見える。ぬいぐるみのような顔だ。 青い空の下、青い芝生の上をその羊たちは歩いていく。向かう先には大きな鍋がある。鍋の中身は赤いスープだ。羊たちはベルトコンベアに運ばれるかのように鍋の中に入っていく。 ぽちゃん。 ぽちゃん。小さな音が規則正しいリズムで鳴る。 ぽちゃん。 あの羊たちががそれに入りたいのかどうかはわからなかった。何も考えていないかもしれない。 僕はその鍋に手を伸ばした。手にはスプーンが握られており、赤いスープを一杯掬う。トマトスープのようだ。トマトの芳醇な甘酸っぱい香りがふわとただよう。 生の羊が入っていようとかまわない。早く飲みたいんだ。僕はスープを啜る。美味い!もう一杯飲もうとスプーンを見やるとその歪んだ鈍色に、赤色が写っていた。 上だ。スープは上で作られている。 トマトでできたスープ、何もおかしくない。いや、そのトマトは羊の内臓だった。 ふわふわとした羊毛の中に真っ赤な羊の肉があり、その内側に真っ赤なトマトが実っている。羊は白目を向いて死んでいる。トマトが羊の体と共に搾られ、その汁は鉄製のパイプの中を通ってどこかに運ばれている。おそらく、ここに。 不気味だ、あまりにも不気味な光景。 トマトと鉄の匂いがする。まだ音は鳴っている。スプーンには僕の顔が写っている。僕はこみ上げる吐き気と同時にあることを思った。 「あぁ。大きな羊は搾り取られるが、小さな羊は採れる汁の量が少ないから直接鍋に入れられるのだ。当たり前だ。」 そんな夢だった。 あれから僕の食欲は赤色の食べ物にだけ向かなくなっている。だけどこんな夢はきっとそのうち忘れてしまうだろう。そうしたら僕は苺も唐辛子も食べる。たくさん食べる。そうなる前に君に話したかったんだ、なんとなく。いいだろう? 別に君の食欲を無くそうとしているわけじゃない。ただ、僕らはこれからも真っ赤な食事を続けていくということだ。
私の住んでいるマンションにはいつも、飛びきりの笑顔で挨拶をしてくれる白髪交じりのさらさらヘアのおばあさんがいる。 私は「あの人」を知らない。私の知り合いにそんな人はいない。でも、まるで知り合いかのように、手を振って、ものすごい笑顔で挨拶される。 しかし、「あの人」ではないが、「あの人」にすごくよく似た人と昔知り合いだった記憶がある。それが誰だったか思い出せない。思い出せない誰かにそっくりなのだ。 白髪交じりの「あの人」は、いったい誰なのだろう。 最近会わない。会わないと少し心配になる。 心配になった頃、必ず会うのだ。 もう「あの人」と出会ってから10年近く経つ。 私を見つけると笑顔で手を振ってくるが、喋ったことも声を聞いたことすらもない。 きっと一生名前を尋ねることもないだろう。 ふとしたときに気になる。「あの人」はいったい誰なのか。
あ、よくない感じだなあ、と思う月曜の昼さがり。それがアタリでも、どうということはない。よくない感じに変わりはないのだから。お昼ごはんからデスクに戻ってチョコレートをひとかけら口に放り込む。一時的に気持ちは上がって、でも長くは続いてくれない。もう今日は、こんな感じかな。もしかしたら今週ずっとかも。それもしかたない。 「そうかいそうかい。六月の花嫁かい」 応接スペースから声が聞こえてくる。声の出どころは不明だけれど、応対している女性の背中は見えている。来月、結婚する後輩の。思わず出るため息に、隣の席の野瀬くんが顔をのぞき込んで言ってくる。 「お昼、ちょっと食べすぎちゃいましたか?」 「え… ああ、そうね」 カンの悪い野瀬くんには伝わってなかった。そのことに安堵する。わたしと野瀬くんとは、なかなか混ざり合わないミルクとエスプレッソみたいだ。不器用な人間関係を思わせるそれがもどかしいのに、そんな若者と関係を持ってしまった。迂闊だった。あまりにも迂闊だった。野瀬くんはのんきだ。先輩社員とのいっときの甘いあやまちすら誇らしく思っているふうがある。社会人になったことの、あるいは、男としての。勇ましく、度胸があって、大胆不敵な。けれど破廉恥。 思いついて、スマホを取り出しメールを打つ。 ―今夜、ゆりかもめ乗らない? しばらくして返事が来る。 ―いっすね と、野瀬くんから。隣の席とのメールのやり取りが、いけない関係を加速させるようでわくわくしてるようだ。課長が野瀬くんを呼んで、野瀬くんがやけに元気よくそれに応じた。軽薄で、お気楽な空気をふんだんにまとって。 ゆりかもめのスムーズなすべり出しは、いつものことながら心地いい。海の上をなめらかに行くみたい。隣に野瀬くんがいないのなら、きっともっと。野瀬くんの横顔を眺めながら不謹慎なことを思う。野瀬くんは子どものように、外の景色を見入っている。大きな子どもを連れてきてしまったな。したこともない結婚生活を、でも頭には、欠片も思い浮かんでこない。 「じゃあ、わたしはここでね」 レインボーブリッジの手前の駅で降りてしまう。 「あ、ちょ、え。あのループがいいんですよ、ループ、ループ」 とびきりとは言えない笑顔でわたしは微笑んで、 「さよなら」 短く彼に告げる。きっとその「さよなら」の意味を、彼は理解していないのだろう。それでも君とはさよならなの。手も振らず、背中を向ける。彼はきっとメールを打つ。わたしはそれを必ず無視する。大人ってね、そういうものなの。都合のいいこと言ってるでしょ。だから大人ってね、そういうものなのよね。ループを何度も楽しんでいられるほど、そこまで時間は残されてないの。彼は憮然とする。きっと。でもそのことに、なんの意味があるのだろう。 追ってきてくれないことにさみしさを感じながら、ひとりホームを歩いていく。五月の夜の風は、まだ少し冷たい。
「やったぞ!ついに完成した。」 ボサボサの髪をした初老の男は、巨大な機会を前にしてひとり拳を握りしめた。 彼の計算では、あとは眼の前のこのマシンを起動すれば長年の夢である、四次元の世界に行けるはずだった。 はやる気持ちを抑え、男はスイッチを押す。 目も開けられないほどの閃光があたりに満ちた。 ここが四次元の世界なのだろうか、あたり一面が真っ白で一体どこが切れ目なのかも分からない。 男があたりを見渡すとはるか遠くに豆粒ほどのサイズの何かが見えた。 そして、突っ立っている男に向かってそれはグングンと距離を詰めてきた。あっという間に男の目の前にやってきたそれは完全に人間の見た目をしていた。 「すみません、あなたは一体何者なんですか。」 男は震える声でなんとか目の前の人物に話しかけた。 「私はこの世界の住人です。ようこそいらっしゃいました。皆があなたを歓迎していますよ。 なにせドラマの中から本当に飛び出していらっしゃたのですから。 言うなれば三・五次元俳優でしょうか...」