N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

貴方が死んだら

「貴方に選択肢を与えましょう」   「もしも貴方が死んだら、貴方は自我を失くして生まれ変わりたいですか?」   「それとも自我を持ったまま、永遠にあの世で生きたいですか?」   「自我を失くして生まれ変わった場合、貴方は貴方でなくなります。嬉しいも悲しいも亡くなって、死にたくないという恐怖さえなくなって、貴方という存在は完全な無となります」   「自我を持ったままあの世で生きた場合、貴方は永遠に貴方のままです。ただし、貴方の会いたい人が生まれ変わった場合、貴方は会いたい人に会うことができません。会いたい人は、あの世に来ないからです」   「どうしますか?」    何度目かの問いかけ。  目の前の人間は、「生まれ変わります」とはっきり答えた。    私は、その人間の意見を尊重し、自我を消し去って生まれ変わらせた。  これをやるのも、何度目か。    幸せになってね、私の子供。  何度、別の人間の子供になろうとも、貴方は私の大切な子供。  私のことを覚えていなくとも、貴方は私の大切な子供。    例え二度と貴方の自我と会えなくとも、私は永遠にあの世で貴方を待って、貴方の新しい人生の話を聞き続けます。    それが、私の選んだ最期だから。    誰も居なくなった場所で、私は一人眠りについた。

ホッケの開きイクラ味

本日の夕飯のおかずは鮭の切り身とホッケの開き。 肉の日だってのになぁと思いつつも魚は好きだからモグモグ食べる。 しばらく食べていると妹がびっくりしたような顔をしていた。 なんだその顔。 「…ホッケの開きに醤油をかけたら、いくらの味がしたよ」 んなわけ無いだろ。百歩譲ってするとしたら鮭だろ生みの親なんだから。 そう言ったら「いいから食べてみてよ!集中して食べてね!」と言われた。 はいはい分かりましたよ。 言われた通りに醤油をかけて少し集中して食べた。 した。微かに存在した。嘘でしょ信じられない。 まだ疑っていた母に食べさせると小さく笑いながら「する」と。 そんな…赤の他人ならぬ赤の他魚からどうしてイクラの味が…? まさか…いくらの本当の親は…ホッケ!? 「んなわけないだろ」 そう言った妹はとっくに魚を食べ終わっていた。

薄明

忙しい。常に何かに追われている。 仕事に、実家の雪かき、年老いた母の世話。 妻は子供を連れて出ていった。 何年前のことになるだろう、もう覚えていない。 何でこんな生活に。何でこんな環境に。 いつからか歯車が、大事な部品が欠けたようだ。 あぁ、考え事にふけっている場合じゃない。 さあ、仕事だ仕事。私は社会の歯車だ。

御守りなくした

「御守りなくした」 「ええー? 勿体ない! 御守りって、結構高いんだからね! 神様が怒って、あんた今年は不幸になるわよ」    母から叱られた年。  子供のぼくは、明日死ぬんじゃないかと怯えながら過ごした。  毎日毎日、神様に心の中で謝っていた。       「御守りなくした」 「きっと、大きな悪いことの身代わりになってくれたんだよ。今度、神様にありがとうってお礼に行こうね」    彼女から怒られると思った日。  大人のぼくは、母と全く逆のことを言う人間に驚いた。   「そうか。そう言う考え方もあるのか」 「え? なーに?」    子供の頃に御守りを失くしたこと、そこに意味があるのなら、きっと彼女の優しさをぼくに教えてくれるためだろう。   「ううん、なんでもない。神様にお礼、行こうか」    神様、後日伺います。  ぼくを守ってくれたことへのお礼と、彼女とずっと幸せに過ごしたいと願いに。  お腹が空いたと冷蔵庫を漁る彼女を見ながら、ぼくは予定を確認した。

善行

 野原の隅に、杭が刺さっていた。その杭は、尖った方が上を向いていた。ある夏の日、少年がそこを通りかかった。杭の先端に、一匹のトンボがとまっていた。少年は近づいた。そしてトンボの目の前で指をぐるぐる回した。トンボは目を回した。少年はトンボを捕まえた。こんな所に杭があるなんて知らなかった。トンボ捕りの穴場だ。少年は喜んだ。それから少年は、そこでたくさんトンボを捕まえた。杭が何のための杭なのかはわからなかったが、少年はあまり気にしなかった。ある秋の日、いつものように少年はその杭のところに行った。しかし、いつもとは様子が違う。杭に、生首が刺さっていた。年老いた男の生首だった。そしてその生首の頭頂部に、トンボがとまっていた。少年は迷った挙句、トンボを捕らずに立ち去った。トンボは捕まえたかったが、生首には触れたくなかった。こうしてこのトンボは、生首のおかげで命拾いをした。

1発のギャグ

これは筆者の自伝である。小説だと思って投稿はしていない。 学校では面白いキャラで通していた。 ギャグをしたり。SNSの投稿には落ちをつけることを意識していたし。授業中にスッとぼけた答えを言ったりして笑いをとることもあった。 そんな動きが気に入らない人もいたようで、俺には多くの味方と敵がいた。 俺が教室で部活に行く準備をしていると、女子生徒が飛び込んできた。 あの子だ。 俺が密かに想いを募らせていたあの子だ。 俺の親友が学年中に囃し立てられながら想いを告げるはずのあの子だ。 俺は親友に悪くて、空気を壊せなくて、『俺も好きだ』とは、やつが告白する。と言い出すまでとうとう言えなかった。 結局俺は囃し立てに参加するだけだ。 その子は。俺の目の前でカーテンにくるまると、俺に『あ、○○じゃん。』と言った。 涙声だった。 俺はなぜ彼女が泣いているのかわからなかった。理由を訪ねると親友の名前が飛び出す。 『告白されたから、振ったんだ。友達でいようって、でも、もうしわけないなって、悲しくなっちゃって。』 後半はほとんど言葉にならなかった。 『○○、1発ギャグとかしてくれない?悲しくなっちゃうから、笑わせてほしい。』 俺に要求をしながら、俺に涙を見せないようにカーテンに向かって泣く彼女をみて、俺は決心した。 ここでギャグができなければ、なにがおもしろいキャラか。 俺は今この瞬間のために。生きていたのではないか。 人を袖にしておきながら、相手を思って泣くことができるこの少女のために。 俺は、ギャグを披露した。 目の前の少女のために。 当たりが弱いかと思ったギャグはもともとツボが浅いたちな彼女にはクリーンヒットだったようで、彼女はとてもよく笑ってくれた。 目頭には涙をためながら、それでもなお涙を飛ばそうとするように笑ってくれた。 こういう風に、なにをしても笑ってくれるところが好きなんだよな。と俺は思った。 ひとしきり笑ったあと『ありがとう。○○に頼んでよかった!』と彼女はいった。 一方俺はよかった。こちらこそありがとうね!と月並みな返事しか出来なかった。 彼女からすればなにがこちらこそなのか訳がわかるまい。 『うん!お互いね!あ、部活行かないと!』 彼女はあわただしくかけていった。 予測不能で、快活。そういうこところも好きだった。 あの時繰り出したギャグは、実をいうとYouTubeで芸人が披露していたギャグはだった。 ネタ集めの一貫として記憶していたのだ。 でも、あのギャグは俺の人生で未だに1番のギャグとして記憶に刻まれている。 彼女には未だに思いは告げられていない。 教室で頻繁に喋るわけでもない。 クラスが同じわけでもない。 でも、それでいいと思っている。 教室で見かけたら話しに行くし。 SNSでの会話は続いている。 それでいい。 俺は今日も彼女との距離を詰めるために自分を磨いている。

ビジョン (掌編詩小説)

溢れ出すビジョン 砂嵐でかき消して 雑音のビジョン 耳栓でかき消して 香害のビジョン 息を止めて 毒薬のビジョン 口先でさえ近づけないで 〇〇のビジョン 衝動を抑えつけて (完)

怖い話し

俺はホームレスだった。テントを持っていたので今晩テントを張る場所を探して歩いていた。初めての町、右も左もわからない。人気のない山の方へ、勘を頼りに進んだ。辺りはもう暗かった。けっこう田舎の方で、少し広い道路を外れればすぐに街灯なんて無くなる。ある住宅街の中を、川に沿ってずんずん進むと、気づいたら高速道路の側道をあるいていた。真っ暗な高架下をくぐり、暗い所を歩き慣れてる俺でさえ、チラチラ後ろを気にしながら歩く程、気持ちの悪い雰囲気が漂っていた。冬だったので虫も鳴かず、静寂の中、高速道路を走る車の音だけが鳴り響いては止み、鳴り響いては止みを繰り返す。「なんか変なとこ来ちゃったな、、、」なんて呟きながらもとりあえず進んだ。すると先の遠くの方でなにか白い光が見えて一瞬立ち止まった。光は動かない。きっと高速道路の街灯かなんかが何かに反射してるんだろうと判断してまた歩を進めた。その通りだった。俺は墓場に出たんだ。白い光は墓石に街灯が反射したものだった。「この墓場、なんだか気持ち悪いな、、」なんて思って通り過ぎようとした時だ。ある墓の前で俺は背中にゾワゾワっと冷や汗をかいた。その墓は誰かがよくお参りに来るのだろう、花も供え物も新しかった。なぜ冷や汗をかいたのかというと、見えはしないのだが、その墓の前に誰かが立っているような気配を感じたからだ。もちろん誰も立ってはいないのだが、俺の頭にはそこに人の形が浮かんでいた。俺に霊感なんてものはないと思う。でもね、いくら想像だとしても、顔まで浮かんでくることってあるだろうか。ハッキリはしないのだが、爺さんの顔だった。俺は持っているライトで墓石を照らした。別に読んではいないが、深く刻まれた誰かの名前がそこにあった。「まあ、俺もいつか死ぬからな、別に怖がることじゃないわ。幽霊がいるとしたら、俺だっていつかは幽霊になるんだから」、なんてことをあえて気丈に声に出して言った。これは俺が怖い時によくやる癖である。その時だった。大した迫力もなくて悪いが、その時の俺にとってはめちゃくちゃ怖いことが起きたんだ。俺は確かに見た。墓に供えてある立派な花な、ぴら、、、って、花びら一枚落ちたんだよ。俺が固まって、頭を整理しようと躍起になっているとまた一枚、ぴら、、、って、落ちたんだ。あ、これおるわ、、って確信した瞬間だった。こういう時、俺は叫んだり、走ったりするのは苦手だ。早歩きもダメ。本当はめちゃくちゃ怖いんだけど、さも平気なフリしてゆっくり歩き去る癖がある。その時もそうした。クルッと墓石に背を向けて、ゆっくり墓場を抜けた。頭の中にはさっきの爺さんの顔形がまだ浮かんでいる。そして、なんとなくだけど、背中についてきている気がした。早く灯りがあるところにでたいな、、なんて思っていると少しずつ足早になっていった。ようやく見つけた街灯の灯りのしたに、避難するかのように入りこんだ。その時にはもう、何かがついてきている感じも無かったのだが、その場所からさっきの墓場がまだ遠目に見えて、少し余裕もできたのでちらっとその墓場に目をやった。遠いし暗いしもちろん確実とは言えないが、俺は見た、さっき俺が立ってた墓石の前に、けっこう小柄な何かが立っているのを。しかもな、それ動いたんだよ。多分最初はこっちに背を向けてて、それからちらっとこっちを振り返るような動作に見えた。それを見た瞬間、俺はまた歩き出した。結局その日はテント泊はせず、街中まで出てネカフェに泊まったんだよね。小説とは言えないかもだが、これ実話です。

境界破損

あの子は天才だ。才能の塊だ。 昔から何をやっても賞状やトロフィーを当たり前に享受する側で、私とは全く違う世界の住人。 ただ、今となっては彼女の無垢だった面影を知るものは家族だけになった。 まわりの嫉妬で固められた彼女の心は、才能はそのままに過去の傷で湿り乾かない。 そんな彼女を視て、醜い私はやっと同じ人間だと感じられた。

あの子になりたい

なんて不公平な世の中なんだろう。 全てがうまくいかない私と全てがうまくいっているあの子。 同じ人間のはずなのにどうしてこんなに違うんだろう。 あの子はみんなに愛されている。 休み時間になれば、自動的に人が寄ってくる。 まるで磁石に砂鉄がくっついてるようだ。 頑張らないと友達ができない私とは大違い。 あの子は顔もかわいい。仕草も声も全部かわいい。 それが愛される一つの要因になっているんだろうな。いいな。 どこを見てもかわいくない私とは大違い。 あの子は強い。 どんな輪にも入っていける。 「なんの話ー?」で入っていける。 嫌われるのが怖くて何にもできない私とは大違い。 あの子はいつも笑顔なのに、私はいつも真顔。 あの子になりたい。あの子になりたい。 今から薬を飲んだらあの子に生まれ変わったりしないかな。なーんて、バカみたいなこと考える。 あの子のように優しく笑顔を作って眠ってみた。 ***** なんて不公平な世の中なんだろう。 全てがうまくいかない私と全てがうまくいっているあの子。 同じ人間のはずなのにどうしてこんなに違うんだろう。 あの子は自分から友達を作ってる。 自分で仲良くなる人を選べるのは楽しそう。 その場の流れで周りに寄ってきた人と適当に友達になる私とは大違い。 あの子は普通。そこに憧れる。 バカにしてるとかじゃない。本当に憧れてる。 顔だけで寄ってこられて、すぐに捨てられることがない。 すぐに捨てられる私とは大違い。 あの子は優しい。 優しすぎて、損することもあるんだろうけど、いいなって思う。 一人になるのがとにかく嫌で他の人の気持ちも考えずに輪にむりやり入っていく私とは大違い。 あの子はいつも心からの顔なのに私はいつも作っている顔。 あの子になりたい。あの子になりたい。 今から息を止めたらあの子に生まれ変わったりしないかな。なーんて、バカみたいなこと考える。 あの子のように心からの表情を作って眠ってみた。

空白体

あぁ、空虚で孤独です。 自分の存在も、空想上の実在しない登場人物のよう。 私は今本当に生きているのだろうか、夢幻ではないのか。 離人感が強いのか、体がもやもやしています。 ちゃんと形を保てているのかな。

どこにも書けないこと 【sideB】

※「どこにも書けないこと【sideA】」の別視点のお話です。 ──────  僕には、誰にも話せない秘密がある。  彼女──今、僕の隣で眠っている、この美しい女性。本当の彼女を知っているのは、この世界で僕だけだ。  出会いは十年以上前。取材で地方都市に三ヶ月滞在していた時のことだった。  単なる火遊びのつもりで、いつもの秘密クラブでメールをする。ホテルの部屋に来たのは、二十歳の彼女だった。  名前は偽名だと分かっていた。でも、その瞳に宿る影が、僕を捉えて離さなかった。  他の女たちとは違った。  表面的には笑顔を作り、プロとして振る舞っていたけれど、その奥に深い闇がある。逃げてきた者特有の、研ぎ澄まされた警戒心。そして、諦めと希望が入り混じった、危うい光。 ──僕は、その影に魅了された。  二ヶ月の間に、彼女を五回指名した。会話はほとんどしなかった。彼女もそれを望んでいるように見えた。ただ淡々と、仕事をこなす。  でも最後の夜、ふと漏らした一言が忘れられない。 「私、新しく生まれ変わるんです」  その言葉が、僕の中で何かを目覚めさせた。  彼女がクラブを辞めた後、僕は密かに彼女を追った。  職業上、難しくはなかった。新しい住所、働き始めた会社。整形手術を受けたことも知っている。鼻筋が少し高くなり、目元が変わった。でも、あの瞳に差す影は消えていなかった。  五年後、僕は「偶然」を装って彼女に近づいた。カフェで、友人の紹介という体で。  彼女は僕を覚えていなかった。当然だ。あの頃の僕とは、髪型も雰囲気も違う。そして彼女は、何十人、何百人もの男を相手にしてきたのだから。     ****  交際が始まって六年が経つ。  彼女は完璧に「普通の女性」を演じている。清楚で、優しくて、少し内気で。過去など存在しないかのように。  でも僕は知っている。僕の前で桜色に染まるその白い肌に、何人もの男の痕跡が刻まれていることを。その笑顔の裏に、決して消えない罪悪感があることを。  この優越感は、何にも代え難い。  同僚たちが彼女を「いい子だね」と褒める。彼女の友人たちが僕に「大切にしてあげてね」と言う。僕は微笑んで頷く。心の中で、秘密を抱きしめながら。 ──本当の彼女を知っているのは、僕だけ。  時々、彼女が告白しそうになる瞬間がある。言葉を選んでいる様子が手に取るように分かる。  「実は」と言いかけて、やめる。その度に、僕の中で何かが疼く。  教えてほしい。君の口から、あの過去を。  でも、僕は急かさない。花を手折ることはしない。ゆっくりと、彼女が自分から開くのを待つ。  それまでは、この甘美な秘密を独占する。  いつか彼女が告白したら、僕はどう反応するだろう。  驚いた顔をして「そんな過去があったんだ」と言うべきか。それとも「知っていた」と打ち明けるべきか。  どちらにしても、彼女の顔が歪むのを想像するだけで、胸が高鳴る。  それが残酷だと分かっている。でも、この毒から逃れられない。  彼女の寝顔を見る。穏やかで、無防備で。  きっと悪夢を見ているのだろう、時々小さく呻く。その度に、僕は彼女の髪を撫でる。 「大丈夫だよ」と囁く。 ──君の秘密は、僕が守るから。誰にも言わないから。だから、安心して。その日が来るまで。  窓の外で雨が降り始めた。彼女が小さく身じろぎする。僕は彼女を抱き寄せた。  この腕の中にいる女性を、本当に愛しているのだろうか。それとも、彼女の中の闇を愛しているだけなのか。  分からない。でも、どちらでもいい。  彼女は僕のものだ。過去も、現在も、未来も。彼女がどんな顔をして生きていても、その全てを知っているのは僕だけ。  この優越感こそが、僕の生きる理由。  この残酷で甘美な秘密こそが、僕を満たしてくれる。     ****  僕は今、彼女がモデルの小説を書いている。  彼女を抱いた時の描写、彼女の反応もすべて微に入り細を穿つ、ドキュメンタリーに近いフィクション。彼女が読めば自分のことだとすぐ気づくだろう。  だが、発表する気はない。いつか、僕が死んだ後に彼女が読めば、僕がすべてを知っていたとわかるはずだ。  これは彼女が自ら打ち明けなかった時の、あくまでも保険だ。  読んだ時の、彼女の反応が見られないのは些か残念だが。  どこにも書けないこと。でも、確かに存在すること。それを独占している快感に、今日も僕は溺れていく。

お天気痛

たまにお守りが欲しいなって思う 何もかも上手く行っているときに。 こちらから望んだ幸せではないのだけれど 何だか皆が優しくて皆が声をかけてくれて そんな時に不安になる 僕は何も出来ないから 僕は何も持ってないから たまにお守りが欲しいなって思う 曇り時々雨の一日 夕方には空の向こうに青空が見えていた 夕飯を食べていると左目の奥が痛くなった。いつもの頭痛で痛むとこ。 妻が薬を飲むか聞いてくる 僕は何も言わず左目を押さえて何も言わない。考えている。寝る前に飲むか今飲むか。 「もう飲んじゃおうかな」と答えると 妻がお酒を出してくれた 夕飯が出来たので2階から1階に降りる前 2人きりで部屋で 一度だけ 少しの間 ぎゅっと そんな時間があった 1階に降りる階段で妻の後ろを見ながら お守りが欲しいなと呟くと後ろを振り向いた妻が 「たまに言うね。それ」と笑った

梅酒

 老婆が梅酒を作っていた。瓶に注がれた焼酎の底に沈んでいる梅の実を見て、孫の男の子が尋ねた。「これは何をしているの」老婆は答えた。「梅の味がするお酒を作っているのさ」やがてその梅酒が出来上がり、老婆がそれを飲んでいたある夜、孫の姿が見えない。老婆が家を探すと、孫は、暗い部屋の真ん中で、コップで水を飲んでいた。「何してるんだい」老婆はそう声をかけて部屋の電気をつけた。すると、孫が握りしめているコップに注がれた水の底に、何かが沈んでいるのがわかった。老婆が目をこらすと、それは女の子を象った人形の、首だった。人形の首を漬けた水を、孫は飲んでいた。「何してるんだい」老婆が恐る恐るそう尋ねると、孫はとろんとした目で、老婆をじっと見つめた。そして、口の端を歪め、嫌な音のげっぷを放った。

使い道

 断頭台を買ったが、浮気した夫の首をはねた後、使い道がなかった。だから今は野菜を切るのに使っている。でも、すごく飛び散る。

「……うわ」 「うわってなに」 玄関扉のその先で、響さんがどこの猫かもわからないまるっこい猫を抱えて立っていた。 よくよく見れば足元にも二匹いる。 「響さんが猫を誑かしてる……」 「誑かしてない。ついてきたんだもん」 「なんでわざわざウチに」 「すきかなって」 「好きですけど……」 野良は色々とよろしくない。 むしろここまで丸いと、地域猫だとか外飼されてる猫なのかもしれない。 いや、それ以前に。 「……触ってみていいですか?」 「うん」 一応断りを入れてから、抱えられた猫に手を近づける。なんだ、匂いを嗅がせるんだっけ。 しゃーーーッ!! 「おかしい。さっきまであんな穏やかだったのに」 知ってた。 というのも、俺は動物にはめっぽう嫌われるタチで、近づけばご覧の通りこうなる。猫だけじゃない。犬にもすれ違うだけで、親の仇と言わんばかりに吠えられる。 見れば、響さんの足元の二匹さえも警戒モードに入っていた。あと一歩でも近づこうものなら、攻撃されるか、猫に言うのもなんだが、脱兎のごとく逃げるだろう。 「……俺、動物に嫌われがちなんすよねぇ」 伸ばした手を引っ込めながら、そういえば、鋭い目付きは変わらずとも、牙はしまってくれた。 「邪悪なんだな、薫くん」 「は?」 ウチの敷地から出てすぐの所で、抱えていた猫を下ろした。ひとしきり撫で回してから、三匹に手を振って、また玄関先に戻ってくる。 「やあ、邪悪くん」 「腹立つ言い方するなあ。服が毛にまみれてますよ。コロコロ持ってきてあげましょうね」 「ありがとう邪悪くん」 「次そう呼んだら殺します」 「へへへ」 こっちは睨んでいるのに、当の本人は身体を傾けて心底嬉しそうに、いたずらっ子みたいな笑い方をする。 相も変わらず、変な人。

旅のしらせ

 自然に囲まれた静かなこのカフェ。この町の住人に宛てた手紙は、全てこの店のポストに投函されている。  昼下がりのテラス席、四人がけの丸いテーブルにミルクティーとアップルパイが運ばれてくる。お礼を言おうと顔を上げると、エプロンドレスを着た女性は一枚の葉書を渡し、少し頭を下げてから無言で店内へと戻って行った。  絵葉書には水彩画が印刷されていた。光に照らされ白みを帯びた緑の並木道を、道の真ん中から描かれている。土道の先は太陽があるのか、そこから白い光がこちらに伸びていた。朝日だろうか。  裏面を見ると、宛先に自分の名前だけが書かれている。送り主も、メッセージも書かれていない。  送り主の分からない絵葉書は、たまに届く。三ヶ月届かない日もあれば、二週間おきに届く日もある。どれも描き手の違う水彩画で風景が描かれている。そしていつも、書かれている文字は宛名だけ。斜めに傾いた勢いのある字を持つ人間に心当たりはない。  送り主は旅をしているようで、様々な場所の自然や建物の描かれた葉書が送られてくる。海外には行かないようで、全て日本の風景。たまに花だけの絵葉書も届く。  視界の端でアップルパイに添えられたアイスが溶けてきた事に気付き、葉書をテーブルに置いてフォークを手に取る。  不意に前の席に誰かが座っていたような気がした。顔を上げると土道の先で青々とした木々が揺れている。誰もいない椅子の上を風が通り過ぎていく。  ここに書かれていない旅の話を、いつか聞くことができるのではないかと少しだけ期待している。  送り主の分からないこの絵葉書は一枚欠かさず保管している。

ひとまずのミルクティ

昨日とはちがう寒さに 起き上がる力に躊躇いが強い 窓の外の白さに頭は目をつぶり それでいて心がざわつく カーテンをそっと 指先でなでるように すこしだけすべらせる 庭の枯れた草木の上 覆い隠すように広がる白しろシロ よろこんでいいのやら 心配したほうがいいのやら もう子どもではないのだなあ わたしがちいさかったころ 親がそうだったように 雪が降ったことを 素直によろこべない 素直によろこべないのは 感情の数がそれだけ増えたからか それとも ひとまず あたたかいミルクティをいれる あとのことは そのときの自分が決めること 狼狽えることがないのを けれど素直によろこべない

雪明かりの夜 【sideB】

「雪明かりの夜 sideA」の別視点のお話です。 ──────  この地方では珍しく、雪が降り積もった夜。  夫は雪明かりを見つめている。  遠い目をして、あの人は何を見つめているのだろう。     ****  従姉の雪姉ちゃんが嫁ぐ日、私は小学校に上がったばかりだった。  二十歳そこそこの雪姉ちゃんは、隣町でも評判の資産家の家に嫁入りすることになった。  母は「良縁」と喜んでいたが、私には大人の会話の端々に漂う微妙な空気が分かった。  嫁入りの日、母に連れられて雪姉ちゃんの家を訪ねた。  大人達が支度に忙しく動き回る中、私は雪姉ちゃんの姿を探す。  花嫁衣裳に身を包んだ雪姉ちゃんが、大きな鏡の前に座っていた。白無垢姿の雪姉ちゃんは、まるで雪そのもののように透き通って見えた。 「……冬ちゃん、来てくれたの」  こっそり見ていた私に気づいて振り返った雪姉ちゃんの目には、涙が浮かんでいた。慌てて拭う仕草に、私は「おめでとう」の一言も言えなかった。  迎えの俥(くるま)に乗る雪姉ちゃんの瞳は凍りついたように動かなかった。  それから数年後、雪の降る日に雪姉ちゃんがいなくなったと母から聞いた。 「どこかへ行ってしまったらしい」という曖昧な言葉だけが、私に伝えられた。  大人になってから、母の愚痴で真実を知る。  雪姉ちゃんは相当年上の資産家に見初められ、結納金として家の借金を肩代わりしてもらったこと。  嫁ぎ先で姑にいびられ、使用人のように扱われていたこと。  実の母──私の母の姉が危篤の時も、帰ることを許されなかったこと。結局、雪姉ちゃんは母の死に目に会えなかった。 「あの子は可哀想だった」 「逃げたなら、その先で幸せに暮らしていればいいけど」  母はそう言って、二度と雪姉ちゃんの話をしなくなった。     ****  私は就職で上京し、同郷の男性と結婚した。  夫は昔話なぞしない人だ。なのに今日は、ふいに話し始めた。 「昔、故郷で雪女のような女性を見たことがある」  夫が語ったのは、真冬の夜、橋のたもとで出会った美しい女性の話だった。  雪のように白い肌、血のように赤い唇。橋のたもとで川の向こうを見つめていたという。 「まるで、この世のものとは思えない美しさだった。  あの人は本当に雪女だったのかもしれない」  六十年以上も前の一瞬の出来事を、夫は鮮明に覚えていた。  胸の奥に、冷たい思いが広がった。一瞬、それが嫉妬だと気づいて、自分でも驚いた。  でも、すぐに思い直す。 ──雪姉ちゃんの嫁ぎ先の隣町は、夫の実家の近くだった。時期も一致する。  夫が見たのは、もしかして──  六十年も前の記憶の中で、雪姉ちゃんは永遠に美しいままでいる。白無垢姿で鏡の前にいたあの日のまま、凍りついた時の中に留まっている。  夫の記憶の中でも、雪姉ちゃんは雪女のように美しく、儚く、神秘的な存在として生き続けている。それは、きっと悪いことではない。  窓の外では、今夜も音もなく雪が降っている。 「……雪の夜は、連れていかれやすいのよ」  私は夫にそう言って、窓辺に立った。  いつの間にか雪は止み、雲の切れ間から満月が顔を覗かせていた。  凍てついた鏡のように光を湛えた月。  その光の中に、白無垢姿の雪姉ちゃんがいた気がした。もう泣いてはいない。ただ静かに、遠くを見つめている。 雪姉ちゃん、どこかで幸せになれましたか──  問いかけに答えるように、また雪が降り始めた。音もなく、景色の境目を消しながら。

不安なき不自由な世界

「入社おめでとう。君たちも社会人になったことだし、ここらで生命保険に入っておくのがいいぞ。会社の推奨はこれだ」    とりあえず入った。   「確定拠出年金を始めないか? 毎月の給料からコツコツと積みあげて、将来の年金を増やせるんだ」    とりあえず入った。   「持株会に入らないか? 毎月の給料から少額の株を買って配当をもらうんだ。今なら、一口につき○○%の株プレゼントもあってお得だぞ」    とりあえず入った。    正直、何の目的で、将来どうなるのかよくわかっていない。  しかし、会社が大丈夫と言っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。    上司の指示を聞くのが嫌だとフリーランスになった友達たちは、成長が楽しいと喜びながら、仕事がない貯蓄が不安だと嘆いている。  ぼくは、成長なんて感じないけど、仕事や貯蓄への不安もない。  多分会社が何とかしてくれる。   「酒、うま」    どっちが幸せなんだろうか、なんて考えるのも面倒になって、とりあえずお酒を飲んで寝た。

雪明かりの夜 【sideA】

 明かりもつけず、私は部屋の中から外の雪を見ていた。  街灯に照らされた雪は、音もなく降り続き、夜を白く満たす。境目というものが、すべて曖昧になる。  七十をとうに越えた今でも、雪明かりの夜だけは、過去と現在が同じ場所に立つ。  就職で上京して以来、故郷には年に一度帰るかどうかの暮らしだった。  親も縁戚も亡くなり、戻る理由もなくなった。それでも雪が降ると、思い出す人がいる。     ****  中学生の頃、町で一番の資産家に嫁いできた若い女性がいた。大人たちは皆「奥さん」と呼び、名を口にしなかった。  愛だ恋だという言葉が届かぬほど、遠く、儚い人だった。透き通るようで、最初から長くは留まらぬ存在のように見えた。 「えらい綺麗な人だねえ」 「でも、幸せかどうかは分からんよ」 「金があっても、自由はないって話だ」  そんな声が、冬の空気に溶けていった。  彼女が誰かと一緒のところを見かけたことがある。  夕暮れの川沿いだった。彼女と、資産家の家で働く男が並んで立っていた。名は知らないが、町の者なら誰でも顔を知っている男だ。  二人は少し距離を空け、川の流れを見ていた。触れ合わぬその間合いが、かえって親密に見えた。 「この前さ、川のとこで見たんだよ」 「奥さんと、あそこの使用人?」 「なんだろうね、あの雰囲気は」  無責任な噂はいつも、断片だけを残して広がった。  大晦日の夜、私は二年参りに出かけた。家族と一緒に出かけたはずなのに、気づけば姿が見えない。  橋のたもとで、ふいに雪がやんだ。月明かりに浮かび上がったのは、あの奥さんだった。  雪のように白い顔、紅をさした唇は血のように赤い。雪雲の切れ間で三日月が冴え、その冷たい光を浴びる姿は、この世のものとは思えなかった。  彼女は橋のたもとで、川の向こうを見ていた。  誰かを待っている──そう思った。相手の顔は浮かばなかったが、誰なのかは分かっていた。 ──再び雪が降り始め、記憶はそこで途切れている。  年が明けて間もなく、彼女がいなくなったという噂が町を駆け巡る。 「駆け落ちだろ」 「相手は、あの使用人だってさ」 「逃げても仕方ないよ、あそこの旦那と大奥さんが厳しかったそうだし。  実の母親が危篤でも帰してもらえなかったらしいよ」  噂好きのおばたちが声を潜めて言うことに、祖母が独りごちる。 「雪みたいな人だったねえ。  ああいう人は、溶けるように消えるんだよ」  私は勝手に思った。あの人は雪女で、雪とともに去ったのだ、と。  十ばかり上の、彼女。  あの夜、橋のたもとで待っていた相手と一緒に幸せになれただろうか。  幸せでなくとも、息の詰まらぬ場所へ行けただろうか。     ****  窓の外では、今も雪が降っている。  同じように、音もなく景色の境目を消しながら。 「明かりもつけないで……何を見ているの」と妻が部屋に入ってくる。 「昔、雪明かりの中で見たんだよ」  私は振り返り、妻にあのときの話をした。  昔、故郷に雪女のような人がいたこと。  雪の夜、橋のたもとで見た白い顔のこと。  妻は黙って聞いていた。  私が話し終えると、少しだけ口元をゆるめた。 「……雪の夜は、連れていかれやすいのよ」  いつの間にか雪は止み、満月が出ていた。  雪明かりが部屋の中まで滲み込み、冷たく微笑む妻の横顔を白く曖昧にした。

ミニストーリー

毎朝、鏡に向かって声をかける。 「がんばれよ」 「しっかりな」 「できるさ」 効果は、意外にもあらわれた。 その日、鏡の中の自分が、笑いながら言ってくる。 「お前もがんばれよ」 さて、 明日から、鏡の中の自分に、会社に行ってもらうとしよう。

おみやげ

「ただいま」お父さんが帰ってきた。「おみやげ」お父さんは白い粉の入ったビニール袋を手渡してきた。「また火葬場に寄ったの?」私は尋ねた。「火葬場はいいよ」この白い粉は、誰かの遺骨をちょろまかした物だ。「火葬場の何がいいの?」「煙がいいよ」「火葬場の煙の何がいいの?」「あれは今誰かが焼かれている煙なんだなあ、って思うと……」「思うと?」お父さんはしばらく黙っていた。「……何かいいのさ」「変なの」私はアパートのベランダに出て、土が入ったプランターに、誰かの遺骨を撒いた。「何してるの?」お父さんが尋ねてきた。「誰かが生えてきたらいいなあ、って思って……」しばらく黙った後に私がそう言うと、お父さんは「変なの」と言った。そして、私たちは顔を見合わせてくすくす笑った。

日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

便利阻害システム

 最近のAIはとても便利だ。  こんなアプリが欲しいと願えば、たった数分で作ってくれる。  おかげで仕事の効率も爆上がり。    複数のファイルから必要な情報を探してくれるアプリ。  今日実行したタスクから日次報告書を自動生成してくれるアプリ。  会議室の空きを調べて自動で予約と会議開催案内のメールを送信してくれるアプリ。  面倒な作業が全部消えた。    あまりにも便利なので、同僚にもプレゼントした。   「これ、めっちゃいいじゃん!」    同僚から部下へ、そして上司へ。  ぼくの開発したアプリはいつの間にか会社全体に広がって、ぼくは社内の英雄となった。  いいことした後は気持ちいいな。  ぼくは、今年の評価が大幅に上がる未来を予感し、浮かれた気持ちで仕事を始めた。    席についた瞬間、チャットが届いた。   「このアプリ、どうやって使うの?」 「ねえ、なんか動かないんだけど」 「会議質全部空いてないんだけど、空いたら通知が来る機能とか作れない?」    チャットを返す。  チャットを返す。  チャットを返す。   「日次報告書のフォーマットを変えたいんだけど」 「探せるファイルの範囲をずらせない?」 「お客様にも使ってもらいたいんだけど、セキュリティ面ってどうなってる?」    チャットを返す。  チャットを返す。  チャットを返す。   「お疲れー」    ぼくのアプリで作業を効率化した同僚たちは、全ての仕事を定時前に終え、定時きっかりに帰っていった。  一方ぼくはと言うと、一日中チャットの対応。  自分の仕事を勧められるはずもなく、残業は確定だ。   「どうしてこうなった」    ぼくは作成したアプリをすべて削除した。  バグがあって壊れた、とでも言い訳しよう。  さあ、仕事だ。

やさしい空白

からっぽになってしまった。今日、私はすべてを手放した。それなのに、何もかも抱え込んでいた頃には心に住みついていた「虚無」が何処かへ行ってしまった。代わりに、今まで霞んで見えなかった景色が目の前に広がっていた。それはどこまでも続く、明るい陽の光に満ちたものであった。 からっぽの、「私」という空白に日常の温度がじんわりと滲んでくる。「からっぽになること」は、以前想像していたような「絶望」などではなく、ずっとずっと優しいものだった。私はこの空白がとても愛おしく、懐しく思えた。 夜に取り残された部屋を包む乳香の甘い香りと、開いたノートの白さ、手元に置かれたココアのあたたかさ。今日はこのままでいい。このまま、星々の夢でも見ながら眠ってしまいたい。 ……では、また明日。

真夜中の入浴

白銀の闇に押し潰されYouTubeやTikTok動画 LINEの中に答えや救済を求め動画巡りの旅を してたら何時の間にか寝てたらしく懐かしい 無言の声が聞こえ現実逃避は辞めて妄想現実を 推奨私は否だから其れも現実逃避じゃ無いのと 言いその声は全然違う妄想現実にはもしも真逆 偶然は必然を連れ遣って来る妄想真実とは既に 隠された言霊の中には段々現実化しようとする 流れや動きが有る事お前は当に気付てた筈だと 言い私はそんな事もう既に気付いてるけど中々 現実化に為らず其れ以上の突然のライフライン 停止と言う理不尽が過ぎる嫌がらせに憤慨して 光は手に入れたけど料理と温泉は何故か提供に 時間が必要らしく動画逃避は魂の精神上に何が 問題なのと反発その声は其処じゃ無いお前には 愛に満ちた曝しと言う使命や告白者の心を癒し 再生の道へ導く光の作業が有り裏が表の場合は何が真実と言い私は否どうでも良いけど其処を 寝てる者を態々早朝4時に起こして迄言う事と 言いその声は当然其れが俺達精霊の仕事だから 私は眠い目を擦りながら頷き其処に利益は多少 有るよねじゃ無いと誰も貧乏な精霊達に癒しを 求め乞う者達は現れ無い綺麗事ばかりの世の中 じゃ嘘や隠蔽だけが悪目立ち本来の力や才能を 披露出来ず大金持ちや大財閥系な人間達ばかり 褒め称えられゴーストだけの音楽じゃ心底絶望 した者の心と魂の渇きは誰が癒し潤すのと反発 その声は大丈夫徐々に明らかな真実の扉が開く から心配無いと昔何処かで聞いた様なフレーズ 言い私は為らば何故公明党は創価学会じゃ無く キリスト教団だと告白しないの何故創価学会の 泥を諸に受けても黙って耐えるの可笑しいよね キリスト教の神は人を御造りに為った第一人者 だから人間達は神を敬い称えるのが当然でしょ なのに宗教と言う言葉の意味冴え知らず人間が 造ったオウム心理教や統一性教会と言う極悪な 神々を冒涜する様に嘘と偽りの教えを如何にも 真の教えと説き伏せ大量な金を寄付やお布施と 偽るから宗教と言う尊い文化のイメージが体裁 ばかりを気にする人間達に宗教=洗脳=犯罪と 誤認識されて仕舞い神々の文化が疎かに為った 要因だと反発その声はほらねだから妄想真実は 実に面白いと言い余裕の笑みを浮かべ声と共に 何処かへ消え私は否其れ某俳優のドラマの決め 台詞だし彼奴テレビ良く観てるなと感心して否 結局殆ど私だけに言わせ自分は直ぐいなく為る 否其れってズルく無い相も変わらず理不尽だし 真実が裏じゃ表は嘘否裏の裏も真実か何故表は 嘘だけなのだろうか否全部真実すれば良いよね

 窓の外の夜空を見上げる。晴れている。けれど、月だけだ。星がない。僕は病室に入り、ベッドで寝ていたお父さんにささやく。「星がないよ」お父さんは目を覚まし、スマホを取り出して、例の組織に電話をかける。「星がないそうだ」すぐに飛行機が飛んでくる。組織の飛行機だ。翼がナイフになっている飛行機だ。そのナイフが夜空を裂く。裂けたところからザラザラと星がこぼれ出てくる。あっという間に夜空が星まみれになる。僕は満足しながら、自分の手首の傷を撫でる。お父さんは既に眠っている。

しっぽ

 道端に一匹のイヌが座っていた。イヌの傍らには段ボール箱が置かれていた。段ボール箱の中には、一本のしっぽが入っていた。イヌを見た。しっぽがなかった。これはどういうことだろう。そう思っていると、ふいに声がした。「あげるよ」その声は、イヌが発していた。「もしかしてこれは君のしっぽかい」「ああ」「誰かにあげてしまっていいのかい」「俺にはもう必要ないからな」僕はしっぽを撫でた。なめらかな感触だった。僕は尋ねた。「嬉しい時や悲しい時、これから君は、どうやって感情を表現するんだい」イヌは答えた。「言葉があるさ」「言葉なんて頼りないぜ」「俺はそうは思わないね」イヌはまっすぐ前を見つめていた。「これは俺がもらうよ」「ああ」僕はしっぽを拾い上げ、帰宅し、自分のお尻にボンドでそれをくっつけた。「何してるの」恋人に俺はそう尋ねられた。僕は答えた。「わん!」

シチュエーション:屋上

―ねえ、寒いのに、なんで屋上? ―屋上じゃないとできないこともあるだろ ―飛び降りんの? リオの願望か、それとも僕に飛び降りてもらいたいのか ―この前ネットで買いものしたらさ、ポイントついてきてさ、期限つきのね、でさ、思ったよね、その期限が切れるころ、わたしたち受験生だって、笑っちゃうよね ―そのころには、すこしはマシなあったかさになってるか ―あったかくなったらさ、また屋上、来ようね、ね ―え、ああ、そうだな ―約束だよ 僕たちは、安易に、性懲りもなく、小さくも重たい、約束をした そうやって、約束を積み重ねて、僕たちは大人に

ミニストーリー

靴ひもが右と左で長さがちがう。 その微妙なズレを、きっちりあわせる。 けれど、歩いているうち、また… 君との歩幅も、すこしずつ、すこしずつ。 そんなつもりは、ないんだけど。 そんなつもりは、ないからこそ。 その距離を埋められないまま、ボクは…

落とし壁

 落とし穴は、地面に落ちる。  落とし壁は、壁に落ちる。   「あれ?」    ドアを開けようと手を伸ばした少年は、そのまますり抜け、ドアの先に落ちてしまいました。  ドアを開けば自分の部屋があるはずなのに、すり抜けた先は牢屋のような暗くて冷たい場所でした。   「ここはどこ? 誰かいないの?」    少年は壁に向かって呼びかけましたが、返事が返ってくることはありません。  部屋の中に少年の声が反響するだけです。    少年は壁にもたれて、体育座りをしました。  誰かが外で扉を開けてくれれば、出られるんじゃないかと期待して。  しかし、いつまで待っても誰も来ません。  四方は壁に囲まれたままで、出口が作られる気配がありません。   「このままここで死んじゃうんだろうか」    少年は、寒さと暗さで弱気になりました。  自分は何か悪いことをしたんだろうかと、昔のことを思い出しました。   「弟は、こんな気持ちだったんだろうか」    少年はむかしむかし、弟を落とし穴に落としたことを思い出しました。  穴の中で泣き叫ぶ弟を、少年は指をさして笑いました。  その後、母親から拳骨をくらったので、少年は一層弟が嫌いになりました。   「弟をいじめた罰が当たったんだ」    少年は涙を零しながら、頭を床にこすりつけました。   「ごめんなさい! 意地悪してごめんなさい! 明日から、いいお兄ちゃんになります!」    少年は、何度も何度も謝りました。  百回を超えたあたりで、突然壁に穴が開いて、光が差し込んでいました。  光が部屋中を照らすと、殺風景だった部屋がいつのまにか、少年の部屋になりました。  入り口のドアの前には、宿題を抱えた弟が立っています。   「兄ちゃ。宿題教えて?」    少年は目を何度もこすり、頬っぺたをつねった後、弟に抱き着きました。   「ごめん! 俺、いいお兄ちゃんになるから!」    弟には、少年の行動が理解できませんでした。  自分は、何故抱きしめられているのだろうかと。  しかし、悪い気はしませんでした。   「兄ちゃ、宿題教えて」 「教える! なんでも教える!」    数日後、少年は考えます。  あれはいったい、どこだったのかと。  今でもドアを開ける時、またあそこに落ちてしまうんじゃないかと考えてはいましたが、少年が落ちることは二度とありませんでした。    少年が弟を大切にする限り、落とし穴に落としたりしない限り、少年が落ちることはありませんでした。

シチュエーション:お布団のなか

寒い夜は、頭まですっぽり、おふとんをかぶっちゃう 吐息が、なかからあたためてくれる ときおり夜の寒さが窓をたたく ―顔を見せてくださいよ 静かに言ってくる それを無視して、じっと耐える ―きれいな星空さあ、どうだい、行かないかい?  ごめんよ、ごめんよ、いまは星を集めに行く気分じゃないんだ 頭のなかで言い訳を唱え続ける    ◇  ◇  ◇ 朝、起きてみると、いつもよりぼさぼさの髪と もっともっとぐちゃぐちゃのおふとん 手の甲をほほにあて、その冷たさに、目覚めを呼び込む

雪の日にすれ違った二人

 ちらりちらりと雪が降っている。  私はテンションがあがった勢いで、外に出た。  髪に雪が引っ付くと、オシャレな宝石みたいでお姫様になった気がした。    機嫌よく歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。  女の子は傘をさしている。   (なんで、雪の日に傘をさしてるんだろう。雨でもないのに)    すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。        ちらりちらりと雪が降っている。  私はテンションがさがり、さっさと家に帰ろうと歩みを速めた。  傘に雪が乗っかると、少しだけ傘が重くなってげんなりした。    機嫌悪く歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。  女の子は傘をさしていない。   (なんで、雪の日に傘をささないんだろう。髪べちゃべちゃになるのに)    すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。

静かな夜

||夜に空いた時間の穴に うっかり落ちてしまった 落ちた先の全く同じな別な場所 僕だけがいない所へ僕が落ちてきた|| 少し離れた通りを車が走る 部屋にいて音だけで分かるほど静かだ 喉が渇いた スマホを充電器から外して立ち上げる 新聞配達の音が聞こえる 一人がこんなに静かだとは思わなかった 明日は誰かに話しかけようかな それとも実家に電話するかな ドキュメントをかけてベッドに潜る 魚になって泳いでいくんだ 明るい方へ、落ちてきた方へ

ずるく長く

その行動脈あり?! 脈なし行動特集! MBTIからわかる?!相性診断!! こんな記事や動画ばかり流れてくる。 見なくてもわかってる、脈なんてないって。 わかっててもすがりたくて、少しでも可能性を見出したくて。 突きつけられる現実。 逃げたくなって、酒を飲む。 少しは現実がぼやけて見えるから。 今日は会えないんだってさ。 今日はって何さ。 聞きたいことがあって、話したいことがあって、 ただただ会いたくて。 こんなふうに考えるのも私だけ。 貴方はこんなこと考えてない。 それなのに、時間を見つけて会ってくれるのは同情ですか? いい加減気づいてよ。 貴方は私のことを好きじゃないんだよ。 貴方が私のこと好きにならないってわかってる。 けど、見ないふりしてる。 ずるいかな。 こんな関係でも、貴方が離れないのなら、私はこの関係で居続けたい。 このぐらいのずるさは許してほしいな。

路上のアスパラガス (掌編詩小説)

道を歩いてたら、街灯を見つけた まるでそこから生えてきたみたいに 道を介して空に枝分かれしていく 一定の間隔でこちらを照らそうとする 街灯が植物の芽に視えた 何故だか不意に… 街灯の光が夜に打ち勝っていく… そんな街灯がアスパラガスに視えた 何故だか不意に… 例え折れても、新芽のようまた生えてくる 例え道が作り返されても、裂けるようにまた生えてくる アスパラガスのようにいる彼ら アスパラガスのように感じる私 アスパラガスのように感じない貴方 何故だか不意に… アスパラガスの語源を調べていた (完)

つかれた男

 夕暮れの近い並木道。その男は私の三歩前を歩いている。  男は砂の地面を擦るように歩きながら、何度も後ろを気にして振り返り、前を向くと後ろを向いていた時に誰かにぶつかっていなかったかと心配し、また後ろを振り返っていた。後ろには誰もいないのに。そんなに心配なら立ち止まって確認すれば良いものの、男の足はのろのろと進み続けていた。  男は誰よりも自分を信用していなかった。誰かにぶつかった感触がなくても、頭の中では誰かとぶつかっていた。感触がないのは自分が鈍感だからだと思い込んでいた。ビニール袋が落ちた音や、隣の部屋の足音ですら敏感に反応し、感情をかき乱されている男のどこが鈍感なのだろう。  男は上着のポケットにいれたホテルの鍵を何度も布の上から触って確認した。鍵を落としたかもしれないという不安が常に頭から離れていないようだ。  男は常に誰かに自分の話を聞かれているという妄想に囚われていた。家では隣人を気にして、外出先でも常に自分を知っている人間が、自分の話を聞いていると思い込んでいた。最近は、携帯から自分の声が自分を取り巻く環境全てに筒抜けになっていると信じ込んでいた。  今日はホテルに携帯を置いてきた。並木道には男しか歩いていない。男は歪めた口を固く閉ざし、視線は常に数歩先の地面を見つめ、ポケットの鍵に意識を向けている。木々の奥に光る反射した水面にも気付かない。  すり減った靴底はため息に似た音を地面から出す。鼻は浅く短い呼吸を繰り返す。視線は数歩先の地面。伸びた影は一人分。  私は再び男の中へと戻った。  視線を上げ、私は目を細めた。

あの娘と冥王星、土星、海王星の配置

 あの娘と関係を持ってから一年。 人生の基盤のやり直しの時期に来ている。 人間関係の大断捨離。 依存的なものから抜ける。 太ったり、痩せたり。 今は正直苦しい。 太陽系の配置がそうなっているらしい。 彼女に未来予想図を書いてみてと言われた。 もう二十年若ければ子供を作っていただろう。 過去への編纂。 時間、不可逆なもの。 不思議。 歌姫は娼婦でもあり、しかし絵描きでもある。 才能を持って生まれても世に出ないもの。 物書きとの恋。 少し淫らな生活。 お金はいらないと言った。 そんなもので君を汚したくないんだ。 惑星は金運、健康運を循環させる。 君に困らないだけのお金と健康を。 そして幸せを。 願いは太陽系を震わせる。 願いよ、叶え。

コーン

 自販機があった。ジュースが売られていた。何か買おうと思った。財布を取り出した。しかし、金がなかった。どうにかならないか。自販機をよく見ると、小さな穴があった。そしてその横にペンチが吊るされていた。『この自販機の商品は歯でも買えます。』そう書かれていた。俺はさっそくペンチで歯を引っこ抜き、穴に入れ、コーンスープのボタンを押した。がこん、と音がして、コーンスープが出てきた。俺はさっそくそれを飲み始めた。歯が一本なくなったので、噛めないコーンがあった。

青い夜

 その夜は青かった。  閉店後の喫茶店。電気の消えた店内を白い月の光が窓から照らしている。エプロンをテーブル席の木の椅子にかけ、カウンターに座り腕の中に顔を伏せた。  ラジオからは異国の歌が流れている。囁くような声でどこか懐かしい歌声は、冷たくかたまっていた身体をゆっくりと溶かしていく。浅い呼吸は少しずつ深くなり、夜の空気を頭の中に満たしていく。瞼を押し付けた乾いた目には、じんと熱が回り出す。  歌の言葉の意味は分からない。それでもそのメロディと歌声はどこまでも優しく、同じ空間で寄り添ってくれている。  寂しくはない。その声は、私を一人にはしなかった。  青い夜。寂しくはない。

月三万円が、欲しいかー!

 教室に集められた人々は、皆不労所得が欲しい人、  ハチマキを巻いて、気合は十分。  教壇に立つ先生はメガホンを使って、教室にいる人々に声をかけた。   「月三万円が、欲しいかー?」 「おー!」 「寝ながら、欲しいかー?」 「おー!」 「ならば、その方法を教えよう!」 「おおー!」    先生はメガホンを置き、黒板に大きく『3%』と書いた。   「この数字は、高配当な株を持っていれば、自動的に入って来るお金の割合だー!」 「おー!」 「今から私の言うとおりに株を買えば、確実に月三万円が手に入る!」 「おおー!」    会場の熱気は最高潮。  不労所得の夢を見て、全員の心が一つになる。   「まず、予算として千二百万円を用意するー!」 「無理でーす!」        教室に残ったのは、僅か数人。  高い年収を有して千二百万円を自力で溜めた人と、遺産や宝くじやお小遣いで何故か千二百万円を持っていた人。    先生の言うことを最後まで聞いた数人は、無事に月三万円の不労所得を手に入れた。

初雪

 私の叔父さんは変わった人だった。  毎年、冬になると親戚がお祖母ちゃんの家に集まる。私のお父さんは兄弟姉妹がとても多い人で、皆が集まる年越しとお正月はとても賑やかになる。大人たちはお酒を飲むからうるさくなるし、子どもも皆年が近いから一緒に遊んで騒がしい。私は外を走り回ることよりも、本を読んでいるのがずっと好きだったから、静かな叔父さんの部屋によく避難していた。  叔父さんは体中に薄茶色の線が入っていて、詳しくは教えてくれなかったけどみんな戦争の時にできた傷跡で、右目も偽物になってるんだって。その傷のせいで、お酒が飲めなくなったっていう話もしてた。  叔父さんの部屋はいつもカーテンが開いていて、時たま本から顔を上げるとぼうっと窓の外を眺めていた。 「叔父さん、何をみてるの」  私がそう言うと叔父さんは「銀世界を見ているんだ」と答えた。その言葉に私は叔父さんの隣に行って、一緒に外を見る。銀世界っていうほどだから、雪がたくさん降っているのかと思ったら、大したことはなくてちらちら氷の粒が落ちているくらいだった。  なあんだ、ってすこしがっかりしながら叔父さんの方を見ると、左目を閉じて窓の方に向いているだけだった。 「叔父さん、右目見えてないのに雪なんて見えないでしょ」 「ははは、バレたか。でも、叔父さんにはこれでちゃんと見えてるんだよ」 「ええ? へんなの」  私がそう言うと、叔父さんは大きく口を開けて楽しそうに笑ってた。  あとでお父さんに聞いてみたら、叔父さんはどこかの国との戦争で、たくさんの仲間たちを、あとで連れて帰ってくるために雪に埋めたんだって言ってた。叔父さんがどんな気持ちであの日の初雪を見てたのか、どうして見えないほうの目で見ようとするのかよくわからなかったけど、その話のあと叔父さんの横顔を見るたびに泣きそうになった。  それから雪を見るたびに、私は叔父さんの静かな横顔を思い出すようになった。

熱量担当三年一組

「最後の体育祭、絶対成功させるぞー!」 「おおー!」 「放課後は、毎日特訓だー!」 「おおー!」    体育祭の始まる一月前から、一年一組の生徒たちは気合十分。  毎日毎日、暑っ苦しいほど真剣に、練習と企画に力を入れた。   「応援の振りは、こうがいいんじゃないか?」 「そうだな! 皆、変更だ!」 「うおおおおおお!」    どんな無茶だって、笑顔で実行。  全ては、最高の体育祭にするために。  体育祭の実行委員長は、白い歯をむき出しにした笑顔で喜んだ。   「これならいける! 我が人生、最大の体育祭だ!」        そして当日。  どにょりとした空気の体育祭は始まった。   「一組ー! ふぁいおー!」 「ふぁいおー!」    気合十分な一組。   「いけー」 「がんばー」    今朝から熱でも出てるのかというほどに、低いテンションの二組三組四組五組。  乗り気ではない体育祭を、さっさと終わらせたいという心の声が溢れ出ている。   「なんか、今年の体育祭は元気ないわよね」    とは、年子を持つ保護者のお言葉。   「……もっと、他のクラスの様子も見るべきだったか」    体育祭の実行委員長は、高い熱量の場所しか見ていなかった自分の行動を反省しながら、人生最悪の体育祭を終えた。

愛してる

 愛する人が死んだ。足場の悪い雨の夜、崖から落ちて後頭部を打って死んだのだ。あっけなく逝ってしまった。  彼女の両親の厚意もあって、婚約者である私のもとへ彼女の死体が運ばれてきた。ほかにスペースがないので、私は自宅の標本室のベッドに彼女を横たわらせた。後頭部を打ちつけて死んだせいか、後頭部の髪は凝固した血液で固まってしまっていたが、それ以外は随分と綺麗なものだった。多少の擦り傷はあれど、大きな外傷もなく”死んでいる”と言われなければ眠っているように見えるほど、安らかな顔をしていた。  私は風呂に溜めていた湯を盥にうつして部屋に運び、固まった髪を盥につけゆっくりと解きほぐした。湯が薄らと赤に染まるころ、漸く彼女の美しい髪を取り戻した。顔や体についた泥を拭い、小さな傷に溶かした蝋を乗せ目立たないように隠していく。彼女の遺品の化粧品で顔を装うと、生前の麗しい姿がそこに現れた。  そこでようやく、私の目からはらりと熱い雫が落ちた。来週には式を挙げると約束していたのに、どうして。彼女の衣服を、この前まで着るのが楽しみだと言っていたウエディングドレスに着替えさせる。胸が詰まり、まともに呼吸することもままならないが、彼女の身支度をする手を止めるわけにはいかなかった。嗚咽を漏らし涙の膜で歪んだ視界のまま、息絶えた彼女を二メートルほどの円柱の形をした水槽に入れた。水槽の上からホースを入れ、ホルマリン液を投入していく。  これで、君は美しいままだ。水槽に額をあてると、硝子の無遠慮な冷たさに鳥肌が立つ。 「なあ、これでもう別れるなんて言わないよな。君を愛してるんだ。僕と永遠に一緒にいてくれ」  水槽の中の彼女は、何も言わずに目を瞑ったまま。

ある女の独り言

 多くの人が、自分の心に従えと言う。   我慢はするなと言う。  結局そうしたところで、何も変わらないのに。  私の気持ちなぞ、この現世でどれ程のものだというのだろう。  のべつ幕無しに、移り変わっている世の中で、自分ひとりでは何も変わらないと気がついた瞬間、絶望よりも少し楽になったような気がした。  あの人に対してはどうだろう。  世の中と同じように、私はあの人の心を1ミリたりとも動かすことができない。  私は、あの人に対して無力で、なんの影響力もないだろう。  世の中に対しては、気楽でいられるのに、あの人に対しては体が切り裂かれるように痛々しい辛さがある。  もしかして、ひょっとして、万が一。勇気ある一歩というやつを踏み出したら、何か変わると期待しているのだろうか。  あの人を少しも揺り動かせないのは、「今」の自分自身のせいだろうか。    何かを変えれば、何かが変わるだろうか。  自分が変わって、自分をさらけ出して、自分を知ってもらう。  べた凪の状態が変わらなくても、心は着地しそうだ。あの人の存在が、世の中の一部に溶け込んだその瞬間に、少しは楽になるだろう。   おや、結局私も自分の気持ちとやらを大切にしているのか。    でも欲しいのは、心の平穏ではない。あの人の声、視線、温もり、におい、感情。全てだ。  さあ。少しでもいい。ゆこう。  

シリウスの雨

||雲が空を染めている あの雲はフワフワした雪のようだ サンタクロースは雲を滑ってくるのかな|| トナカイの吐く息が白く煙になっている 雲の淵にソリを止め、後ろを振り返れば雲に真っ直ぐなソリの跡。それからトナカイ達の掛けた足跡。それ以外は、ただただ真っ白で雪原のようだ トナカイ達は雲の上に落ちている星屑を喰んでいる サンタクロースは手綱を握ったまま息を整える。最後尾にいるチビのトナカイの子供がママの後ろでプープー鳴くので可愛くてしょうがない 夜になったら長生きのシリウスまで行ってみよう 雨が降らなきゃいいけれど

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

ミニストーリー

ねこの隣でハイハイしていた娘が、つかまり立ち。いまのいままで仲間だと思っていたねこは、裏切り者を見る目を、娘に向ける。 ねこのことなんて知らない娘は、自立し二本の足だけで立とうと。 それをねこが邪魔する。あっち側に行ってくれるな。訴えながら。

よろしく、ソルビトール

□先輩は早上がり お腹が減っておにぎりを食べる 塩の振りが足らなくてしょっぱくない お米の甘みが口に広がる 一人で食べると笑わないな 昨日は何を話したっけな 「ちょうどいい所に」 先輩が僕を指差しながら歩いてくる 「今日は昼で上がるから」 「あ、分かりました」 先輩がわざわざ僕に言うのは お昼休みはいつも一緒に食べるから だからさっきのは 「今日はお昼で上がるから、昼メシはお前一人で食べる事になるけどわるいな」 と言う意味を伝えてくれたのだろう 他の仲間と食べてもいいけど、先輩がいない寂しさもちゃんと味わいたいなとも思う お昼に菓子パンを食べる 甘くて柔らかい菓子パン 食べながら意味も無く原材料名の欄を見る 【ソルビトール】の文字 いつも気になる謎の材料ソルビトール モチモチ食べながらスマホで調べると (天然の糖アルコール)(甘味)(保湿)と書かれているがよく分からないソルビトール 僕はモチモチとソルビトールを食べていく 僕の中にソルビトールは入って行って ソルビトールは僕の一部になる よろしく、ソルビトール 一緒にお昼を過ごそうよ、ソルビトール

ミニストーリー

たたんで積み上げたタオルの、その微妙な傾き。私と君との関係を、不本意に、でも勝手に、重ね合わせる。君が傾けば私が戻して。私がズレたら君が支えて。ともに生きることの業。そこにいてくれることの安心。これからも、と言葉にはせず。強く、ただ願って…

ペースト

 昨日、エッセイを書いた。怨みつらみを書いた。  思ってもないこと。でも、そこに思っていることをプラスした。死にたい、と書いた。  それはまだ。夏の暑い日のことだった。いや、実は桜も吹雪かない季節だったけれど、あの日はやけに空が青々としていた。  ピコ。  音が鳴った。私に語りかける、唯一の音。あの軽い、シャボン玉が弾けるような、音。  通知を確認すると、【○○さんがあなたの作品に♥️しました】とある。  それは昨日のエッセイだった。私が「死にたい」と最後に記した。駄文。読んだところで、どうしようもないこと。そんなものに、肯定かも否定かも分からない愛をくれた人がいる。いや、それは愛なのかも、人なのかも分からなかった。  とにかくインターネットの世界は匿名ありきで、今この瞬間に読んでいる文章を書いた者がヒトであるのかどうかも判別はつかない。まぁ、私の場合は、確かに私の手でことばを連ねているのだけど。だからこそ、余計に安っぽく感じる。徒然なるままに手を動かすから、勢いで「死にたい」なんて書くんだ。  せっかくだから。このハートをくれたのは、どんな者だろうか。  確かめるように、その人のプロフィール画面に移動して、気づいた。その人は作家だった。ついで、写真家でもあった。掌編の合間に、晴れ時々という具合で、空の写真が投稿されていたからだ。私が偶然タップした空は、吐き気をもよおすほど曇りなき青で。思わず動いた指が、無意識に画面を上にスクロールして。最新の投稿まで向かわせた。  昨日、世に放たれたその人の小説を今に見るのは、はじめてだった。けれど、文字の連なりに挟まれた「死にたい」の四文字を見た時から、ふと真新しいテキストは、まったく見覚えのあるものに変わってしまっていた。なんだか、どうしようもなく。無性に腹立たしいような、せちがらい気持ちになって、うずくまる。  結局、コピーなんじゃあないか。私の文章は。愛もへったくれもない。それでも、がむしゃらに吐き出した言葉は。あの「死にたい」は。それらは動物たちの胃袋に入って、独特な粘りけを含んでゆく。あの知らせだって、どうにも絶え間ない消化活動の一環に過ぎないんじゃないか。  そんなことで、私の「死にたい」がネタにされてたまるか。  なんて、思うけれど。私の経験が、あの駄文が。たとえば、ときに誰かの、ことばとことばの間に挟まる青空みたいに。ほんの少しのスパイスになっているとしたら。まぁ、それに越したこともないと。そう思ったりする。

白銀の世界が示す暗黒

未だ選挙CAR演説の声が聞こえるんだけど何故 選挙って既に終わった筈じゃ無いのと思いそう 衆参云々とか言う物が有った様な別に一般人の おばさんには関係無いしもうどうでも良いから 早く金持ちに為り此処から旅立ちたい最悪命は 要らないかも何て誰も見ないコラムの醍醐味と 言う特許じゃ無いと命が欲しい者には羨ましく 思って始末うかも知れないからけれど時にその 生きる事が生き地獄に為る事冴え有る人生何が 楽しいのだろう予定調和な国民総殺す様な選挙 大声張り上げて如何にも私達の党は皆様を絶対 裏切りません等宣ても組織票の重さに抗え無い 選挙にどんな意味が有るのだろう応えは誰1人 知れない否知る事冴えも許され無いのだろうか

いちご

 スーパーに行った。健康飲料の棚があった。最近不健康な生活を送っている。俺はその棚を見た。野菜ジュースや栄養ドリンクが並ぶ中に、善人ドリンクがあった。飲むと善人になれるドリンクだ。最近流行っているらしい。俺はそれを手に取った。『いちご味』と書かれている。いいね。俺はいちごは好きだ。成分表を見る。様々な化学物質の他に、『悪人』と書かれていた。善人になるためには悪人を飲まなきゃいけないのか。まぁ、それも人生の妙なのかもしれない。俺はその善人ドリンクを一本持って、レジに向かった。俺は今、病気の母親を殺そうかどうか迷っている。このドリンクを飲んで考えよう。善人になれればそれでいいし、もし効かなくても、母親を殺して悪人になればこのドリンクの成分になるだけだ。もう一度言うが俺はいちごが好きだ。自分がいちご味になるなんて、すごくわくわくする。