君は何故嫌われに行くのか

「私は不思議でしょうがない。何故、男と言う生物は、わざわざ嫌われに向かうのか?」   「ん?」    女の問いかけに、男はミックスジュースを啜るのを止める。   「先日、ナンパをされたのだ」   「うん」   「私が急いでいると言っても、ゴミムシを見るような目で見ても、あいつらは私を開放してくれなかった」   「だろうな」   「私は精一杯、嫌悪感をアピールしたつもりなのだが、何故やつらは引き下がらん? 人から嫌われるのが恐くないのか? この集団生活前提の人間社会において」   「んー」    男はミックスジュースを置いて、代わりにキセルに火をつけた。  もくもくと上がる煙に、女は顔をしかめる。   「……煙草は嫌いなんだ」   「キセルだよ」   「おんなじじゃないか」   「別物だよ」    ふうっと、男の口から煙が溢れる。  女はますます嫌そうな表情を作る。   「で、なんで男が引き下がらないのか、だっけ?」   「そう、その通り。何故嫌われるのを恐れない?」   「んー。それは、前提に認識の違いがあるな」   「何?」   「男ってのはさあ、嫌われている状態がデフォなのさ」    男はキセルをひっくり返して、軽くたたく。  灰をサラサラと下へ落とし、役目を終えたキセルで道行く人々を差す。   「あそこで歩いてる若い女、どう思う」   「とても可愛くて良いな。柔らかそうで、抱きしめたくなる」   「あそこで歩いてる若い男、どう思う」   「別に何も。もう少し、別の服がなかったのかとは思うが」   「それよそれ」   「どれだい?」   「女は基本、女が好きだし、男が嫌いなんだよ。たとえ、自分と無関係な奴であってもな」   「無意識かつ個人への評価ではあったが、過去に心当たりがない……訳ではないな」    男はキセルをテーブルに置き、ふたたびミックスジュースを啜り始める。  灰と甘みの混じった濁流が、男の喉に流し込まれる。   「ちなみに、俺も女の方が好きだ」   「知ってるよ」   「男のケツは見たくもねえが、女のケツは是非見たいねえ」   「今の発言で、少なくとも私は私の指先だってお前に見せたくなくなったよ」   「はっはっは。まあ、こういう嫌われてなんぼの発言ができるほど、男は嫌われている状態がデフォなのさ。だから、女が自覚的に出す嫌悪感なんざ、普段浴びてる嫌悪感からしたら屁でもねえのさ。納得したか?」   「すべてに納得したわけではないが、否定しきれないところもあったな」   「はっはっは。まあ、分かり合えねえよ。結局な」    空っぽになったミックスジュースのグラスがテーブルに置かれる。  グラス越しに見える互いの顔は、本心が分からないほどに歪んでいた。    最後に一つ、女が口を開く。   「だが」   「んん?」   「女の、お前の言葉に合わせて言うと、好かれるのがデフォの状態が、良いことばかりじゃないというのは言っておくぞ」   「それも、知ってるよ。自慢じゃねえが、俺ぁ生まれてこの方、ナンパされたことがねえ」    分かり合えない二人の話。  指先程度の歩み寄りが見えたところで、宴もたけなわ。    いざ、終幕。

ことば

君を安心させたくて、陳腐な言葉を羅列した。 でも、君が安心できる一言があると知った時、初めて君の目を見れた気がしたんだ。

闇夜のパーティ

 森の奥にある洋館の一間。  たくさん置かれた丸いテーブルの上に、料理がずらりと並んでいる。   「さあ、皆様。本日ご用意させていただいたお料理の説明をさせていただきます」    テーブルの上の料理を覗き込んだお化けたちは、思わずごくりと唾を飲む。   「まず前菜として、フライドフィンガー。揚げた指のほくほくとした感触と、そこへ混じる爪のコリコリ感をお楽しみください」    指。指。指。  さらに盛り上がった指。指。指。   「スープには、人ガラスープ。人間たちの出がらしをぐつぐつ煮込み、とても濃厚なエキスを抽出しております」    骨。骨。骨。  液体に浮かぶ白い骨。   「メインディッシュは二つ。人味噌の珍味添え。人の脳みそに、キャビア、トリュフ、フォアグラを添えた、世界四大珍味の贅沢な仕様。脳みそを入れている頭蓋骨もパリパリに焼いておりますので、美味しくお召し上がりいただけます」    顔。顔。顔。  恐怖に染まった人間の顔。   「もう一つは、ローストマッスル。筋肉を焼き、塩を振りかけております。筋肉は、脚と胸だけではなく、希少部位である背中も贅沢に使用しております。また、塩は人間の汗を濾過し、昔ながらの方法で抽出。素材の味を最大限に生かした美味しさとなっております」    肉。肉。肉。  かつては人間を支えていた肉。   「他に、内蔵を添えたサラダ。目を添えた目玉焼き。そしてデザートには、皮クレープ。生クリームに人間の部位を混ぜ、剥いだ皮で巻いて御座います。何の部位が入っているかは運しだい。食後の運試しにいかがでしょうか?」    皮。皮。皮。  すっかり冷たくなった皮。   「それでは皆様、ごゆっくりとご歓談ください」    寂れた洋館の中で、お化けたちの賑わいは続いていく。              六本木。  高級ビルの最上階。    モニターに映された、献上した材料の行く末を眺めながら、裏社会の実力者たちが美食に舌鼓する。  一流の野菜、一流の魚、一流の肉、一流の果物。    そして、最高のショー。

過負荷の右折

さて、目の前には2手に分かれている同じ道が。 あなたは、どちらへ進む? *** 左回りの法則、というものを知っているだろうか。
例えば2手に分かれている同じ道があった時、大半の人間は無意識に左を選んでしまう、というものだ。 某有名漫画でも取り上げられたことのある、割と有名な法則だと私は思う。 この場合、右に行くには意識的に右を選ばなければいけないケースが多い。 そこには必ず、何かしらの理由づけで「右に行く」という思考が必要だ。 あくまで自然な無意識下の状態でのみ、この左回りの法則は成り立っているように思われる。 ならば、右に曲がることは我々にとって不自然ということになる? おそらく何を言っているかわからない人も多いだろう。もちろん私もその一人だ。 
 二択の道で右に曲がる、一見半々の選択に見えるが。心理的に、肉体的に、感情的に。
その条件は多岐に渡り分岐していく。 そうして選んだ道は、果たして本当に自分の意志だろうか? 人の意識なんてものは取るに足らない程度のものだ。電卓のような多機能演算なんてもってのほかだし、思考したところで利益を産むわけでもない。少なくとも私がそうだ。 実際この文章を書く私も、脳を全く動かしていないのがよくわかる。文章に一貫性がない点は思考があるかどうかを見分けるのに有用だ。 思考は、精神を惑わす劇薬だ、という言葉を聞いたことはないだろうか。 私はない。今考えた言葉だ。 話が逸れた。いや元々逸れるような話もしていないか。

 あー、つまりは、右折することは脳に何かしらの負荷をかけているということだ。 過ぎた負荷は積み重なり、いずれ自我を滅ぼす。 自分の意志だと思っていたものが、いつの間にか別の何かに塗り替えられる。

 そう思うと、選択一つ考えるだけで身震いしてこないだろうか?

 ならば私の思惑通りになった、というわけだ。 もっとも、こんな辺鄙な文章で思考が変わるなんて、そんな人間は存在し得ないだろうが。 さて、目の前には2手に分かれている同じ道が。 あなたは、どちらへ進む? 今一度、じっくり考えて欲しい。 それはおそらく過負荷の左折だ。

カラフルな私と、灰色の犬

あざの数がホクロより多くなったから別れます。あーあ、これがキスマークなら良かったのに。愛の証拠は打撲痕。赤青黄、とっても鮮やか。混ざり合ってちょっとぐちゃぐちゃ。 絵の具みたいに綺麗じゃないけれど、月に照らされた私だけの色。 喧嘩して勢いよく家を出た私にはお似合いなのかもしれない。 どうしようかな、帰れないな。 公園のベンチに座りぶらぶらと足を揺らす。 行くところもないし、やりたいこともない。 しばらく遠くを見つめていると、ゴミ箱の横に何か落ちているのが目に入った。灰色でクシャッとしている。ビニール袋だろうか。 たまには良いことをして自己肯定感を上げるのもアリかもしれない。 ポイ捨ては良くないもんね、なんて呟きながらそのゴミに近づく。ソレはふわふわと揺れていた。 あれ? ゴミじゃないじゃん。 近くまで来た時に、ふと気がついた。ソレはゴミらしくしょんぼりとしていたが確かに生きていた。 ワフゥ、と気の抜けた声で鳴きこちらを見つめている。 まるで拾ってって言っているみたい。 そんなことはないのだろうけれど、一度そう思ってしまうと、もうそうとしか思えなかった。 それに、鈍くカラフルな私の肌と薄汚れた灰色のソレは良く合う気がした。 一緒に、来る? 自然と口から溢れていた。ソレは返事をするようにワフゥ、と鳴くとこちらへ擦り寄ってくる。 思った通り、薄汚れた灰色のソレと私のカラフルな肌は良く合った。ポイ捨てされている、雨で滲んだ雑誌のページみたいに、光で程よく混ざり合っている。 月に照らされた私たちだけの色。 ……そうだ、実家に帰ろうかな。いきなり犬連れて帰ったらびっくりするだろうな。 そうだ、それがいい。実家に帰ろう。なんて素晴らしい思いつきだろう。私は嬉しくなって歩き出す。 歩きながら両親の驚いた顔を想像するとなんだか笑えてきた。 ふふ、ふふふ、と笑うとソレもワフ、ワフフ、と鳴き出す。そして私の後をつけてきた。 なんだ、最高の犬じゃん。 よし、犬! 実家まで散歩だよ! 徒歩4時間! ワフッ!? びっくりしたような鳴き声が深夜の街に響き渡る。そんな様子がおかしくって、私はまた笑い出した。犬もまたワフワフと鳴き出す。 きっと私たちならどこまでも行けるんだろうな。 さっきまで最悪だった気分が嘘みたいに良くなった。 私たちを照らす月も応援しているような気がした。

繰り返される時間

 昔、同じ日をひたすら繰り返すアニメを見た。    未来へ進まない事実に恐怖したとともに、現実には起こりえないことに安心した。  時間は、ひたすらまっすぐ進むのだから。    ただし、現実はもっと残酷だった。    起きて、仕事をして、酒を飲んで、眠る。  カレンダーの日付は確かに変わっているのに、まるで同じ日の繰り返した。    アニメと違うのは、自分と言う存在は確実に年を取っていくことだ。    いつも通り顔を洗ったら、白髪を一本見つけた。  思わず固まり、手を伸ばす。  鏡の中の自分が白髪に触れた瞬間、急に現実感が襲ってきて、その場に崩れ落ちて泣いた。

「きれいな埃、無毒な石綿」

冬の朝、とろけるバターをたっぷり塗った黄金色のトーストを縦に千切ると、やわらかに割けた。カリっとした表面の香ばしさともちっとした内側の少し甘みを感じる瞬間に私は幸せを感じた。 ヒーターの前で温めておいたブレザーを羽織り、さらに黒のダウンコートを着た。すぐに体の周りがあたたかな空気の層で包まれたようになって、ほっとした。これで外の冷気に負けることはない。最後にお気に入りの赤のチェックのマフラーを巻き、口元まで覆って家を出た。外は深夜にかけての小雪で根雪の上に柔らかな層を増していた。 しばらくつま先で粉のような雪を蹴り上げながら歩いていると、ダウンコートの裾ににふわりとした白い塊が舞い降りた。 とける雪の結晶がいくつも絡んだ塊だった。 それは一瞬埃と見紛う見た目をしていて、あるいは石綿、とにかく何に例えてもあまり体によさそうではないフォルムをしていたのだが、それは全くの無毒であった。そのため私の脳はその塊をふわふわで柔らかく、きれいではあるが有害なものと認識したのだが、現実ではその有害性は抜け落ちていて、「あ、これ触ってもいいんだ」と、美術館の作品を触るときのような高揚感とお得感を感じたのであった。  それは雪というよりもきれいな埃、あるいは無毒なアスベストだった。しばらく眺めていたら溶け始めたので現実に戻ったように反対側の裾でその水気を増した塊を払った。 前を向くと朝のひかりが遠くの道をほんのりと黄色く照らしていた。私は微かに息苦しかったので、口元を覆っていたマフラーを少しずらして息を吸い込んだ。肺いっぱいに冷たく清廉な大気が染み入った。 私は内側から新しくなったような気がして、大通りのつるつると滑る圧雪された道を今日の始業に向けて進んでいった。

太夫

 冬には隙間風で外気と変わらぬオンボロの我が家も、夏であればそう悪くはない。集合住宅より涼しいぐらいのものだ。ただし、半ば裏の林と融合しかかってるような有様のため、虫がひどい。蚊や百足は頭痛の種だ。  とはいえ目下の問題は、比喩ではないほうの頭痛だった。家にいると頭痛に苛まれる。眩暈がする。時には吐き気も。家を出るとぴたりと止むので、おかしいのは自分ではなく家なんじゃないか、と思い始めた。  友人の知人だという太夫が、我が家へやってきた。太夫というのは民間の陰陽師で、そんな面白い家があるなら是非見てみたいと向こうのほうからやってきた。なんでも修行中なのだとか。修行中の身だからかなんなのか、ランニングにハーフパンツ、背にはリュックサックという随分ラフな格好だった。 「それでは拝見させていただきたく」  どうぞどうぞと家へ招じ入れると、案内を待たずにすたすたと先へ進む。目に見えない蜻蛉か何かを追うような風情だった。  一階で一番広い部屋へと襖戸を開けて入り、その奥まで進み、立ち止まる。何か考え込むようにあごに手をあてているので、何かありますか、と聞こうとした時、太夫は言った。 「これは呪を打たれてますな」 「しゅ?」 「のろいです。心当たりは?」 「いやいや、ないですないです。え、呪い?」  太夫はリュックを下ろし、中から紙の束を出し、荒縄を出し、巫女さんが持っていそうな紙切れの付いた木の棒を出した。  荒縄の端を開け放った窓枠へと結びつけ、もう一方を反対の端側、襖を開けた鴨居へ縛り、張られた縄へ紙切れを付けていく。ちょっとした注連縄みたいな有様になった。  木の棒を片手に持ち、太夫は「これから呪詛返しを行いますので。返りの風に吹かれませぬよう気をつけて」  何言ってるかわからないのに、気をつけてと言われても。と、声に出して言うべきか言わざるべきか考えているうちに、太夫のスソ返しとやらは始まってしまった。むにゃむにゃと意味のわからない、けれど一定の法則性は感じとれる文言を呟きながら、木の棒を揺すり始めた。  チリっとした痛みを感じ、反射的に腕を叩いた。  蚊だ。  そりゃそうだろう。窓を開け放し、襖も開きっぱなしだ。矢も盾もたまらず、台所へ行き、蚊取り線香を持ってくる。太夫の邪魔にならないよう、部屋の隅、二箇所に線香をしかけた。  と、何が働きかけたか、蚊取り線香の勢いが凄い。煙も匂いも普段以上で、効果はありそうだが、煙い、臭い。これも太夫の成せる技なんだろうか、と涙目になりながら太夫を見ると、太夫も目をしぱしぱさせ苦しそうだった。 「参った、これは返りの風……し損じた」 「いやいや、これは蚊やりの煙! なんかわからないけど無念! みたいな顔しないで! あきらめないで! がんばって! ファイト!」  自分でも何言ってるのかわからなくなってきたが、なんとなく儀式(?)を中断させてはいけないのではないかと、そんな気がしたのだ。必死さに応えてくれたのか、再び木の棒が振られ始め、文言が続き、派手に縄から下がる紙片が揺れ始め、いぶされたせいなのかでかい百足が出てきて、部屋の真ん中で苦しげにのたうつと、やがて静かになった。 「呪詛返し、成功にてつかまつる」  こちらへ向き直り、深々と頭を下げられて、釣られるようにして頭を下げ返した。  百足はぴくりともしない。  太夫は百足を拾い上げると、ぱくりと口に放り込み、ほとんど噛まずに飲み込んだ。それから、ニッと笑った。  ほんの気持ちの謝礼も受け取らず、太夫は帰ってしまった。  頭痛はしなかった。視界が霞んで見えるのは、これは単なる煙のせいだろう。対になるように部屋の隅に置かれた蚊取り線香は、元の形のまますっかり灰になっていて、まるで蛇がとぐろを巻いているように見えた。

情景①

光る木の枝をのばそう 白い世界の中で 色を持つとき、それは特別な意味を持つ。 その付ける色一つ一つに感情をこめて。 硝子のような枝をつける幹は木質で、無機質で、堅く引き締まった乾いた幹。 その亀裂には不快な湿度なんて感じさせない。 毅然とした硬さでその空間に調和するように存在し、いつの日か青葉をつける。 そうしたら景色はがらりと変わり、鮮明な季節の情景となり、その季節の風が吹く。その季節の光が差し、周囲はその季節の湿度となる。あなたはその純粋な景色に滞在し、一つの適度な緩やかさを持った自然な時間の中で、過去も焦燥も失って、漠然と存在すればいい。そしてその景色が移り変わっていくのをただ眺めるのだ。 大気がどんなに冷たくなってきてもあなたは葉を落とすことくらいしかできない。 じっと耐えるのだ、そして春になれば芽吹くのだ。夏になれば大きな葉に明いっぱいの太陽の光を受けて、空気を、湿度を生み出すのだ。それが大気となり風になり、この世界を巡るのだ。 そういう存在の仕方もあって良い筈なんだ。

Are you guys gonna ride every day baby develop a damn that would’ve been with a bit of a dad tableau

I don’t have a quiet birthday BJ be down every day be better than David out of bed every day with Edward able to be there with a very very good day baby dad will be there but a bit every day will be doing that I was gonna go to WWW be there babe I do without the weather we doing today will be there in a bit of a devil devil update have a good cup of coffee cup every day with everybody ridiculous you better have a deadline with that I have a bad guy bad of a day without a visit with everybody whatever WWWW delivery date will be dead I will keep your credit good afternoon David David evidently we did with the project we did have a good birthday David have a Denteley give me a debit debit debit debit debit Ruby Dee I’m gonna cut a couple could’ve got a better develop better between the grid will be there but I visit we did we did we did go to the David included everybody but everybody to do with a bit of a budget to the river with it how do I get motivated to be there I have a dead rabbit LBJDB Deborah very busy with that or did we did we did we did we did with every day but I will be down to do a double of that will be that I have a break up Beverly Hills I doubt it babe I better be the weather about every bit of a Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah day am I going to get going to bed I have a bad of a day with a bit of a debit out of jail but that was able to be there with her with a visit my dad baby – but it would be that I will cover cover him and then David David ever have a dividend WWWW Debbie Debbie Debbie Debbie Debbie retarded I will go to Kava Culture Kava bar Danny him and that way you have a baby David out of a debit debit debit debit it with Edward Edward will be dead I will let you know they have ever ever did have a good day WWWW Debbie Debbie Debbie will be there with him at Edgewood Village happy birthday birthday we didn’t really read it was everywhere did you have any with a burger day would it be better

黒いお湯

 浴槽に溜めたお湯が、真っ黒に濁っていた。  不思議に思って蛇口をひねると、透明なお湯が出て来た。  透明なお湯は、浴槽に溜めたお湯に触れると同時に、真っ黒に変わった。    さて、いったい何が起こっているのだろうか。    くんくんとお湯の匂いを嗅いでみたものの、違和感はない。  ぺろりとお湯を一滴嘗めてみたものの、違和感はない。  色が変なこと以外は、いつものお湯だ。    お湯を全部抜いて入れ直そうかとも思ったが、個の漢字だと、どうせ真っ黒になるだろう。   「寒」    私は諦めて、真っ黒なお湯に入ることにした。    湯船に浸かってみても、やはりいつものお湯だ。  ただただ黒いだけ。    しかし、人間とは不思議なもので、体に害がなさそうだと思うと途端にどうでもよくなってくる。  そう、どうでもいいじゃないか。  お湯が黒い理由なんて。  今、私は気持ちいいのだから。   「ふはー」    気の抜けた声が、浴室に反響する。  湯気が浴室に充満し、黒く黒く視界を埋め尽くしていく。  いつのまにか、湯気までもが真っ黒になっていた。   「ああ、これはまずそう」    私は、急いで浴槽からあがり、浴室を後にした。  視界が確保されている間に、外へと。    脱衣所から見た浴室は、完全に真っ黒になっていた。   「結局、なんだったんだろう。これ」    換気のボタンを押すと、黒い煙が消えていく。  隙間から見えたお湯は、未だに黒く濁っていた。  お湯の中では、私が眠って座っていた。   「ああ、そうか。死んだんだった」    私は用意されていた白装束を身にまとうと、脱衣所の外に出る。  外には、死神が足をさすりながら立っていた。   「……遅い」   「ごめんなさい。後、最後の我儘聞いてもらってありがとうございます」   「別に構わぬ。現世への悔いをなくすのも、我の仕事だ」    あの世には、お風呂がないらしい。  そもそも肉体がないのだから、当然と言えば当然か。  だから、これは最後の風呂だ。   「ところで、お湯が真っ黒になってたんですけど、なんでかわかります?」   「死者と現世が無理やり交わったからであろうな。黒は、死の色だ」   「確かに、不気味でした」   「案ずるな。いずれ馴れる」    死神が何もないところを掴むと、ファスナーのように空間に穴が開いた。  真っ黒な世界。  私がさっきまで見た世界。   「では、行くぞ」    死神が黒の中に消えていく。    私も死神についていき、黒の中に飲み込まれた。

気にしても あんまり意味は ないみたい

いつのまにか 学園祭シーズンが すぎていて また わたしは とり残される 応援してるチームが 負けてしまうと スポーツニュースを 片っ端からみる いくつも いくつも みる どれかひとつくらい 間違って勝ってるかも なんて思いながら あれこれみる 結局 どれも負けている わざと時間をかける 遠回りを あえてしてみる いつもは歩かない道を行って 戸惑ってしまったり 気になっていた道を行って 何をそんなに気になってたのかな と思ってみたり 気になっているケーキ屋さんに はじめて行ってみた わたしが気になっていただけで ケーキ屋さんのほうは わたしのことなんて まったく 気にしてなかった 気にしても あんまり意味は ないみたい 本当のところが どうなのかなんて どうでもいい わたしのなかで きちんと 腑に落ちてくれれば それでいい

バイトリーダー・オンリーワン

「おーい、馬衣都くん。レジお願ーい」   「はいよろこんでー! いいいいっらしゃいませ、お客様ぁ!」   「ひえっ」    俺の名は馬衣都。  職業はバイトリーダーだ。  おっと、ただのバイトじゃないぜ。  バイトリーダーだ。  つまり、バイトの中のトップオブトップ。    たかがバイト。  されどバイト。  出勤日数は、二十四時間三百六十五日。  エブリデイ。  俺がいなければ、この店は回らない。  つまり、俺はこの店そのものと言うことだ。   「馬衣都くん、あれどこにあったっけ?」   「ロッカーの右上です!」   「馬衣都くん、あれどこにあったっけ?」   「オーナーの机の上です!」    オーナーであっても知らないことを、俺は知っている。   「やー、今日も助かったよ。馬衣都くん」   「へいよろこんで! ところでオーナー。例の件ですが」   「ああ、うーん」    そんなバイトリーダー名折れは、一つだけオーナーに我儘を言っている。  この店を一人で支える俺の、ささやかな願いだ。   「すまない。まだ、追加のバイトを雇うお金はなくてね」   「ああ、そうですか……」    部下が、欲しい。  他にバイトのいない店の、バイトリーダー。  王は孤高であるものだが、余りにも寂しい。    バイトリーダーだって、バイト仲間とご飯に行ったりしたかった。

手を繋ぐ彼の親指が、小刻みに動いている。これは催促だ。爪を擦ってくれという、彼の合図なのだ。私は親指の爪を立て、彼の親指の爪の表面にくっつける。そしてゆっくりと、爪を上下に擦り合わせる。喜ぶ彼を見て、私は擦る爪を彼の親指から人さし指に変えてみた。彼は言った。「親指がいい」

夜道の散歩

 夜道を散歩するのが好きだ。  何も考えなくていい。自分の思う道を選んでいい。疲れたらやめていい。  良い散歩というものは時間を気にしていては出来ない。有意義な散歩をするならまず曜日を選ぶ。というより、翌日になにも予定がない日、これが最適だ。翌日のことを気にせず自由に歩いていると、そのうちにこのまま、どこまでも歩いていけるような気がしてくる。空と道はどこまでも繋がっているということに気付ける。  そんな誰かさんに教えてもらった夜道の散歩は、いつの間にか私の習慣になっていた。今日、と決めた日、仕事を終えたら電車を途中で降りる。なるべく知らない道を選ぶ。遅くまでやっている雰囲気の良いパン屋さんや、安いスーパーが見つかったりする。そうやって新しいものが見つかると心が満たされて、帰宅後すぐに眠りにつく事が出来るのだ。  たまに道に迷うこともある。知らない道を選んでいるのだから当然といえば当然かもしれないが、そんな時も焦ってはいけない。落ち着いて、周囲を見回してみるとほら。遠くにはスーパーの灯り。すぐ近くに公園の入り口も見えた。中に入ってみると明るさは十分。ブランコに鉄棒もある。今日は当たりのようだ。  早速二つ並んだブランコのうちの一つに腰を下ろす。子どもの頃は遊ぶといえば公園だった。特にブランコが大好きで、一度乗ったらなかなか降りない。次の子が待ってるよと急かされるとようやく降りて、また後ろに並んだ。あの頃は当然かもしれないけれど夜に公園に行くなんて考えはなかった。今ここに順番待ちをしている人はいない。大人だけの空間だ。  ひとしきりブランコを漕ぐと高ぶっていた気持ちも落ち着いてくる。  するとその時、視界の奥で何かが横切ったような気がして、慌ててブランコを止めた。こんなに暗かったかと思うほど周囲は真っ暗だった。その中で更に黒い影が動いている。  血の気が引いていくような感覚がしたが、その場から動くことはできなかった。影がゆっくりとこちらへ近づいてくる。一番近くの街灯の下にやってくることで、その影は正体を現した。黒猫だ。 「なんだ、おまえか。びっくりさせないでよ」  にゃ、と小さく鳴いてこちらを見る。その眼差しはどこか懐かしくて目頭を熱くさせた。しかし、おいで、と手を伸ばしてみたのも虚しく、すぐにどこかへ走って行ってしまった。──もし今手を伸ばさなければ近くに来てくれていたかも、とふと思った。いや、猫は気まぐれな生き物……考え過ぎだ。こんななんてことない出来事にも過去を重ねてしまう自分に嫌気がさした。  ブランコを降りて公園を出る。そろそろ帰ろう。  いつどこで間違えたんだろう。あの時も、あの時も、最善だと思う選択をしてきたはずなのに、結局私は今も一人で過去の面影を忘れられずに夜道を歩いている。これも今の私にとって最善だと思っているけれど、自分にとっては最善であってもそれが正解なのかどうかはわからない。  気がつくと希望だったスーパーの灯りが消えていて、道がわからなくなった。マップを開いてスマホをあっちこっちに向けてみるがうまくいかず、仕方なくそのまま歩き出すことにした。 「夜に散歩なんて危ないんじゃない?」 「いやいや、今の季節なんかぴったりなんだよ。風が気持ちよくて、運動にもなるし。女の子一人じゃ危ないだろうけど僕がいるし」 「いやいや、女の子って。私のこと何歳だと思ってるの?」  馬鹿らしい。もう随分日が経つのに、声も台詞も寸分違わず脳内で再生できてしまう。もう忘れなきゃいけないのに──。  その時、また猫の声が聞こえた。  今度はすぐに姿を見せない。黒い影も見えない。にゃあ、にゃあ、と、さっきとは違う鳴き声だけが小さく連続して聞こえている。まるでこっちだよ、と言われているような──。 「クロ?」  私の呼びかけに答えるように鳴き声が聞こえ続けている。何も考えることができず、ひたすらその方角へ向かって歩いた。ひたすら。歩いた。 「……あれ?」  さっきまでいた公園もスーパーもどこにも見えない。いつの間にか知っている道まで戻ってきていた。鳴き声も聞こえなくなってしまった。  ──懐かしい声だった。無理に忘れる必要なんてないと、言ってくれているような気さえした。  家路を歩きながら、また過去の記憶を呼び起こす。  今宵の散歩もまた新しい私の記憶として刻まれる。  やはりこれからも夜道の散歩は続けていこうと思う。それが今の私にとっての最善だと思えるうちは。

追放された従者

 西の隣国であるキルニアード帝国が不穏な動きを見せるのはいつものことだ。が、隣国と近い位置を領地とする辺境伯までがその動きに乗じようと画策を始めたとなると、国としては黙っていられない。 「おい、レナード」 「何だよ」 「フィリップ様が、早く辺境伯の城へ行きたいとおっしゃっている」 「そうは言っても、あと数日はかかるぞ」  従者のアロイスにそうせっつかれ、レナードの瞳が曇りを帯びる。第三王子のフィリップが辺境伯を訪問することにより西方地域への睨みを利かせようという意図だが、肝心のフィリップの態度に問題が出てきているのだ。 「おまえの風魔法で馬車を軽くすれば、移動速度も上がるんじゃないか」 「それは……、俺の魔力が枯渇しそうなんだが……」 「おまえの魔力? 無事にフィリップ様が到着すればいいだけだろう」  アロイスは鼻で笑い、馬車の中に入っていった。御者を引き受けているレナードはうつむき、渋々風魔法を展開させた。  ◇◇  夕方になり高級宿に到着するや否や、フィリップは「一人部屋がいい」とわがままを言い始めた。 「いけません、いつ誰が襲ってくるかわからないのです」 「レナードってそんなに口うるさかったっけ? アロイスは賛成してくれるよね?」 「はい、賊の物音に気づけばいいだけなので。レナード、おまえは堅すぎる。フィリップ様のお気持ちを尊重するべきだ」  こうして終始レナードを悪者にしようとする二人に、魔力枯渇寸前でどっしりとした疲れを感じている彼はため息をついた。 「……わかった。俺は何があっても知らないからな」 「何だよ、その態度。もうレナードはいらない。ここから引き返していいよ」 「ああ、それがいいですね。さすがフィリップ様、決断がお早い。私一人いれば何とでもなるでしょう。レナード、おまえは朝になったら別行動だ」 「そ、そんな……、ここまで来て!」  事実、アロイスの剣の腕前は見事なもので、剣術大会でもただの男爵子息が高位貴族の高すぎる鼻をへし折るいい機会だと息巻くほどだ。レナードの魔法も便利ではあるが、魔力の枯渇に気を遣わないといけないことがフィリップとアロイスにとって『面倒なもの』に成り下がっている。 「まさか、王族の命令が聞けないというのか」 「いえ、そういうわけでは……」 「命令だ。明日の朝……いや、もうこの時からおまえは別行動だ。必要のない者を連れていくほど僕は馬鹿ではない」  追放を言い渡されたレナードは下を向いたままくるりと向きを変え、宿を出ていった。  ◇◇ 「ようこそいらっしゃいました」  笑顔で出迎えた辺境伯により、フィリップは下へも置かぬ歓待を受けた。  夕食時、アロイスはテーブルに着いてすぐに出された酒を飲み上機嫌だ。声が大きくなっていることから、かなり酔っているのだろうと辺境伯はほくそ笑む。 「今日はお疲れでしょうから、もうお休みください。お部屋をご用意いたしました」  辺境伯に言われるがまま、二人はそれぞれの部屋に入った。やがて二つの部屋から物音が聞こえなくなり、辺境伯は顔を歪めて笑う。 「……そろそろいいでしょう。しかしまさかキルニアード帝国の姫君がこんな下品な作戦に応じてくださるとは、思いもしませんでした」 「ふふっ。下品だなんて、人聞きの悪い。わたくしは陛下のご意思に沿うているのです。わたくしがフィリップ様に襲われたということで……」 「ええ、ええ、わかっておりますとも。さあ、ではこの扉の鍵で……」 「やっぱりな。そういうことだと思った」 「お、おまえ、別行動になったんじゃ……!」  いつの間にか忍び寄っていたレナードに驚き、二人は背後を振り返った。姫君と呼ばれた女は蒼白な顔でレナードを見つめている。 「『おまえ』? 従者が誰かなんざ知らねえだろ。ま、あんたが俺らを誰かに見張らせてたのには気付いてたがな。おい、フィリップ!」  レナードが手に持ったダガーを胸の前に構えながら呼ぶと、フィリップが扉の向こうから姿を現した。 「レナード、やっと来てくれた! 襲われるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだよ」 「悪い……って、ちょっと待て。俺の方は馬車がねえから歩きだったってわかってんのか」 「んなこと言ったってなぁ、レナードは規格外だから。どうせ魔力だってすぐに回復したんだろ」  隣の部屋を出てきたアロイスが、フィリップに同調する。 「そうだけど、言い方ってもんが……」 「くっ……、こうなったらおまえら従者を亡き者にして……」 「誰が一人で来たって言った?」  やや遅れて到着した騎士二名がドカドカと廊下に音を響かせる。 「いたぞ! おまえはフィリップ様をお守りしろ!」  このようにして、西の平和は守られた。たった三人の男たちによって。 「帰りは女の子と遊びたい……」  レナードのつぶやきは黙殺された。

フルーツパンチ(Android用)

パチン、とピアッサー。 パンチでプリントに穴を開けるみたいな音を立てて ゆっこの開けたピアスホールを上書きする。 ゆっこは不器用で、いい加減だったから  お揃いで開けたピアスはわたしのだけ少しズレてた。 冷やさず衝動的に開けた新しいピアスホールが 鈍い痛みをもたらし わたしは                た                  少し ─ ── ──────── 泣  い⬬                     。 階段の踊り場にふわふわ舞うホコリが     。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。   窓から差し込む午後の陽射しのヴェールに包まれると    。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。     炭酸の中の立ち昇る小さな泡みたいにきらきら光り   。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。       わたし達はその中、リノリウムの床にいつも直接座っていた。  。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。   そして、ふたりタッパーに入れて持ち込んだ     。 。 チェリー         や     。 。 。 。 。 いちご    や     。 オレンジ           や     。 。 。 。 ぶどう      を   カップに注いだサイダーに放り込み飲んだ。 「ねえ、ちょっと。超可愛くない?」     「まあ、割と」 「なんだっけ? フルーツ······」      『フルーツパンチ』  ぬりや是々 「そうそう。てかなにそのテンション」     「ゆっこのテンションが高いんだって」 ブラスバンド部が音楽室で練習するトランペットやトロンボーンの♪ ちょっと間の抜けたファンファーレが♪ 放課後の廊下を伝って♪ わたしとゆっこの即席のカフェであるこの階段の踊り場を♪ 束の間コンサートホールに変えた♪ ゆっこはグラスを口に当て♪ でたらめなフルーツパンチにゴクゴクと喉を鳴らす♪ それはわたしにとって何よりも甘美なメロディ♪ 飲み干したフルーツパンチの炭酸が♪ 喉まで出かかるわたしの言葉を包んで弾けた♪       わたしたちはふたりで完璧だった       他のモノなんて何もいらなかった       もしゆっこを泣かすモノがあれば       わたしはそいつにパンチするって       言うとゆっこは笑ってアンタのパ       ンチ全然痛くなさそうじゃんフル       ーツパンチみたいにさでもアリガ       ト私もそうするとふたりで誓った       お揃いのピアスは誓いの証だった       いちごみたいなゆっこの赤いピア       スぶどうみたいなわたしのピアス     なのに彼氏が出来たってなんだよ          そうやって幸せそうに笑うゆっこ             にアンタがわたしを泣かした時は      誰がアンタにパンチしてくれるの      なんて勿論聞けるわけないじゃん パチン、とピアッサー。 パンチでプリントに穴を開けるみたいな音を立てて ゆっこの開けたピアスホールを上書きする。 ゆっこの新しいピアスは彼氏にもらったとかって ジンジャーエールみたいな金色。 自分で綺麗に開け直したピアスはゆっこがくれた物と同じ色にした。 彼氏ばかり見ているゆっこはきっと気が付かないだろう。 ゆっこにもらった方のぶどう色のピアスを わたしは                た                  サイダーに ─ ── ───── 落  し⬬                     。                   了

【超短編小説】「羽音」

 魚屋の店先に、蝿取り紙が吊るされている。蝿取り紙には、数匹の蝿がくっついている。  ある日、魚屋にお使いで買い物に来た少年が、その蝿取り紙を見て、 「お母さんだ」  とつぶやいた。 「何だって坊や」 「お母さんだ」  少年は一匹の蝿を指さした。魚屋の店主は困ったような笑顔になり、黙って少年に魚を手渡した。少年は魚屋を振り返りながら帰っていった。  次の日、別の少年がやってきて、 「あれ、あいつの母ちゃんだよな」  と言って蝿取り紙を指さした。  次の日、少女がやってきて、蝿取り紙をじろじろ見た後、 「私のお母さんじゃなくてよかった」  と言った。  その日、店主は店を臨時休業した。  夜明け頃、店主は、虫の羽音で目を覚ました。

フルーツパンチ(Apple用)

パチン、とピアッサー。 パンチでプリントに穴を開けるみたいな音を立てて ゆっこの開けたピアスホールを上書きする。 ゆっこは不器用で、いい加減だったから  お揃いで開けたピアスはわたしだけ少しズレてた。 冷やさず衝動的に開けた新しいピアスホールが 鈍い痛みをもたらし わたしは                た  少し ─ ── ──────── 泣  い⬬                     。 階段の踊り場に  ふわふわ舞うホコリが     。 。 。 。 。 。 。 。 。 。    窓から差し込む    午後の陽射しのヴェールに包まれると    。 。 。 。 。 。 。 。 。 。     炭酸の中の立ち昇る      小さな泡みたいにきらきら光り   。 。 。 。 。 。 。 。 。 。       わたし達はその中、リノリウムの床に        いつも直接座っていた。  。 。 。 。 。 。 。 。 。 。  そして、ふたりタッパーに入れて持ち込んだ     。 。 チェリー         や     。 。 。 。 。 いちご    や     。 オレンジ           や     。 。 。 。 ぶどう      を  カップに注いだサイダーに放り込み飲んだ。 「ねえ、ちょっと。超可愛くない?」     「まあ、割と」 「なんだっけ? フルーツ······」      『フルーツパンチ』  ぬりや是々 「そうそう。てかなにそのテンション」     「ゆっこのテンションが高いんだって」 ブラスバンド部が音楽室で練習する♪ トランペットやトロンボーンの♪ ちょっと間の抜けたファンファーレが♪ 放課後の廊下を伝って♪ わたしとゆっこの即席のカフェである♪ この階段の踊り場を♪ 束の間コンサートホールに変えた♪ ゆっこはグラスを口に当て♪ でたらめなフルーツパンチにゴクゴクと喉を鳴らす♪ それはわたしにとって何よりも甘美なメロディ♪ 飲み干したフルーツパンチの炭酸が♪ 喉まで出かかるわたしの言葉を包んで弾けた♪    わたしたちはふたりで完璧だった    他のモノなんて何もいらなかった    もしゆっこを泣かすモノがあれば    わたしはそいつにパンチするって    言うとゆっこは笑ってアンタのパ    ンチ全然痛くなさそうじゃんフル    ーツパンチみたいにさでもアリガ    ト私もそうするとふたりで誓った    お揃いのピアスは誓いの証だった    いちごみたいなゆっこの赤いピア    スぶどうみたいなわたしのピアス  なのに彼氏が出来たってなんだよ        そうやって幸せそうに笑うゆっこ      にアンタがわたしを泣かした時は   誰がアンタにパンチしてくれるの   なんて勿論聞けるわけないじゃん パチン、とピアッサー。 パンチでプリントに穴を開けるみたいな音を立てて ゆっこの開けたピアスホールを上書きする。 ゆっこの新しいピアスは彼氏にもらったとかって ジンジャーエールみたいな金色。 自分で綺麗に開け直したピアスは ゆっこがくれた物と同じ色にした。 彼氏ばかり見ているゆっこは きっと気が付かないだろう。 ゆっこにもらった方のぶどう色のピアスを わたしは                た  サイダーに ─ ── ───── 落  し⬬                     。                    了

夏の彼方、窓辺の星

   僕は教室の窓際の席から空を見上げていた。  数年前に卒業した先輩をちゃんと見送りたくて、茶 褐色の縞々空を見上げていた。空の端っこには夜の一 部が覗いていて、いつか下校の時に見た宵の明星みた いな青い光に僕は手を振った。 ── この思い出を共有しますか? ── はい いいえ 「消しゴム忘れちゃった。貸して?」  セーラー服の半袖から伸びた白い手を先輩が僕に向 ける。先輩の手にはノート。僕らは教室の窓際の席で 向かい合って一緒に勉強をしている。カーテンが生温 い風にあおられて、開いた隙間から夏の青空が覗いて いた。  忘れ物の多い先輩にちょっと呆れ顔で、僕は消しゴ ムコードを入力。 ── この思い出を消去しますか? ── はい いいえ 「はいはい♪」と先輩が言うと先輩のノートと連動し て、僕のノートと教室に誰かが忘れたノートからの小 さな音が共鳴した。被さるようにノートから下校のチ ャイムが鳴り響き僕らは帰り支度。窓から見える校門 に送迎バスが接続された。 「先輩、忘れ物ないですか?」 「帰りの挨拶忘れてる」 先生さようなら。 ── はい、さようなら。  僕らのノートがそう言ってシャットダウンすると、 窓に投影されていた夏の空が縞模様に置き換わった。    送迎バスに乗り込んで、僕は僕達や先輩達と一緒に 学校と同じ木星の衛星軌道上にある家に帰る。車窓か ら宇宙を見上げた時に、ちょうど先輩を乗せたロケッ トが木星を掠めて宇宙の彼方へ旅立つところだった。  同じ顔の僕達はそれに手を振って、同じ顔の先輩達 は少し淋しそうな顔をした。 「先輩も、もうすぐ卒業ですね」 「会えなくなるの淋しい?」 「どうでしょう。ここにはいっぱい先輩達がいるし、 どうせ僕達は先輩達を追いかけるし」 「でも私とキミはひとりずつしかいないよ?」  バスの隣の席でちょっと変わり種の先輩が首を傾げ て僕の顔を覗き込む。    その向こうで宵の明星「地球」が青く輝いていた。  人類が木星の衛星軌道上に人工物を発見したのはも う数百年前。さらに時間がかかりやっと人類が木星に 辿り着くとそこには学校としか呼べない物があった。  白い校舎、リノリウムの廊下、教室に並んだ机、窓 の外の夏の空。人類がそこで勉強した未知のテクノロ ジーで僕達や先輩達は生み出され、また僕達も先輩達 もこの学校で一緒に勉強し、青春を送り、外宇宙へ卒 業していく。 ── 教科「歴史」をダウンロードしますか? ── はい いいえ 「どうして高校生なんでしょうね」 「幼年期の終わりって事じゃない?」    その日、僕達は放課後の教室で夏の空を見上げてい た。先輩は頬をついたままドヤ顔。僕はちょっと感心 してノートを開く。 ── この思い出を共有しますか? ── はい いいえ  はい、を選ぶと先輩の言葉が全ての僕達に共有され る。そうやって僕は先輩とのたくさんの思い出をかつ ての僕達から受け取りこれからの僕達に残すのだ。 「キミは勉強熱心だなぁ」 「後輩のためです」 「先輩のためにちょっとサボって青春しようよ」  まだ下校前にも関わらず先輩はノートに「先生さよ うなら」。夏の空が窓の外いっぱいの木星に切り替わ る。ちょうどその時木星の大斑点にまばゆい閃光がひ とつ、またひとつと瞬いた。目に映っているのは木星 で、爆発しているのは彗星の欠片で、でもどうしてか それは見たこともない夏の夜空の花火みたいだった。  この思い出を共有しようとノートを手に取ると、僕 の手にセーラー服の半袖から伸びた白い手が重なる。 「この前、衝突軌道にあった彗星を見つけたんだ。で も記録は消したの。キミとだけ見たくて」 「校則違反じゃ」 「卒業して何百万光年遠くに行っても、この思い出を 持ってるキミだけを待ってるよ」  そして先輩は花火みたいに満開の笑顔を咲かせた。 ── この思い出を共有しますか? ── はい いいえ  少しして先輩は学校を卒業した。ぐるっと太陽系を 回って数年後の今日戻って来る。そして木星の重力を 利用し外宇宙に飛び出していくのだ。    僕達は天体重力推進〈スイングバイ〉して旅立つ先 輩達を手を振って見送る〈スイングバイ〉。    何年かして卒業する僕達は、先に旅立った先輩達を 追いかけ、何処かの星で再会する。そこで新しく人類 の歴史を始めるのだ。再会できるか分からない。再会 するのがどの先輩と、どの僕かも分からない。とんだ ボーイミーツガールだ。  僕は教室の窓際の席から、いつか下校の時に見た宵 の明星みたいな青い光に手を振った。    夏の彼方でいつかもう一度再会する  窓辺の星の何処かに向う、僕だけの先輩に。 了

僕らの恋なんて4行くらいだ。

 ランパブの看板を横目で見ていたらあっという 間に彼女にバレた。「だってキミ。いつも絶対に 道路の白線とか踏まないじゃん」と言って彼女が 二の腕をつねる。  本屋の店内では別行動だけど、レジに向かうと いつも彼女がいる。今日なんか同じ本を持ってい た。「ひとつ返す?」「いいじゃない。せーので 感想言い合おうよ」  いつもピアノのシーンのユニコーンの辺りで寝 るくせに「絶対にレイチェル、ガフとやったね」 とか言う彼女と見るブレードランナーはこれで6 回目だ。  コンビニの店内を僕は左回り、彼女は右回り。 チーズをつまみにビールで乾杯。ふたりで雑誌を 覗き込み、温泉旅行の計画を立てる。デザートは レディーボーデン。  顔を洗う彼女の横で、結われた前髪のちょんま げがぴょこぴょこと揺れるのを見ていた。歯ブラ シを持つ手を変えてそれに触れると「ちょっと ー」と言って彼女は笑った。 「センパイって振り向いてくれない憧れの年上っ てスラングらしいですよ」と僕が言うと 「ふーん。帰りコンビニ行こ? 肉まん食べたい」 と言って先輩は部室を出て行った。  芝生にラグを敷いて何をするでもなく並んで座 っている。風に乗ってでんぷん工場から匂いが流 れて来ると、キミは鼻声で「いい天気」と言い、 遠くで電車の走る音がした。  カステラの紙を剥がすと「貸して」と彼女は言 った。一緒に剥がれた生地とザラメをフォークで 掬って戻してくれる。カステラを食べる時、僕は 手掴み派。  そんなたいした話じゃなくても、電車の座席で 顔を寄せ、もう少しだけと続けた会話だって辿り ついた駅の名前だって忘れてしまったけど、窓の 外の海だけは憶えてる。  一目惚れだったと僕が言ったら、わたしは2回 目くらいに会った時だよと彼女は言った。    僕らの恋なんて4行もいらないくらいだ。 了

握る

どうしよう 推しと会えた どうしよう 推しと手を握った これからずっと手を洗わない わけにはいかないけど その温もりを忘れないように 何回も 何回も 思い出す 自分の右手で 自分の左手握っても なんか違う ひたすら思い出すことしかできない あぁ この気持ち忘れたくないなぁ

【超短編小説】「湿った小銭」

 私のアルバイト先の文房具店にある日の夕方、少年が、粘土を買いに来た。  少年がレジに置いた小銭は、少年の汗と体温で湿っていて、熱かった。  少年は粘土を買うと、緊張した面持ちで店を出ていった。  その日の仕事終わり、店の近くにある自販機で煙草を買おうとしたら、硬貨投入口が何かおかしい。  よく見ると、投入口に粘土が詰められていた。さっきの少年が頭をよぎった。  次の日、少年は再び店に現れ、粘土をレジに置いた。  私は尋ねた。 「煙草の自販機のあれは君なの」  少年はしばしの沈黙の後、静かに頷いた。私はさらに尋ねた。 「どうしてあんなことしたの」  少年は答えた。 「僕のお父さん煙草で死んじゃったから」  私は何も言えず、そのまま少年に粘土を売った。

夢と爪

爪が嫌いだ。それは体に触れたとき。それはあなたに触れたとき。痛覚を伴って自己を主張する。切っても切っても伸びてくるそれは、この世で一番身近な「時の積み重ね」を伝えてくるものだと思う。 僕は画家を目指している。一日中部屋にこもり、キャンバスに向かっている・・・訳ではない。実家からの仕送りだけで生活するのも忍びなく、アルバイトをし、くたくたになった状態で筆を握る。そんな毎日。現実なんてそんなものだ。 だからこそ、爪が主張を始めると、妙な苛立ちを抱くのだ。また爪を切らないといけないほどの時間が経ったのだと、実感させられる。ここ一ヶ月で、何をしたのか考えさせられる。今月は、アルバイト先が忙しかった。スーパーで野菜が安くなっていた。ええと、それから、真っ白なキャンバスを前に考えていく。ここ数ヶ月、僕は絵を描いていない。 爪切りほど不毛な時間はない。同時に何か物事を進めることができない。そのときにできるのは、ただの角質の手入れだけだ。部屋には、爪を切る音だけが広がっている。この音も、不快。たった数分のために、僕はテレビをつけた。何の因果か、画家を目指す青年のドラマが放送されていた。 小さいころは、大人によく「夢をもて」と言われてきた。画家になりたいと言うと、多くの大人が夢を肯定してくれた。だが、多くの大人はそこで終わりだ。夢を追うことを決めたあとの、責任なんて取ってくれない。 テレビの中の彼の爪は、綺麗な桜色だった。 「ああ、芸能人様のなんとお美しいこと」 爪に入った絵の具を眺め、部屋で静かに叫んだ。

マフラーがあんまり似合わない

いつくらいから マフラーしたら いいかなあ サナエが聞いてきた まだ早いよねえ 答えないでいたら 重ねて聞いてきた んー そうだねえ しかたなく答える サナエは マフラーが よく似合う サナエ自身 そのことを よくわかっている わたしは マフラーが あんまり 似合わない だから 寒くなっても なかなか マフラーをしない それで 冬が来ると まず わたしは 風邪をひく あたたかくしてね おかあさんとか お医者さんが言うので しかたなく マフラーをする マフラーをすると ちょっと ユウウツで けど マフラーは とっても あったかい

賛否両論あるけれども。

ふと自分が通っている学校の一コマ分の授業料を計算してみました。すると、一コマ数千円...。90分数千円っていうマッサージみたい。 日頃から店舗に足を運んで、マッサージを受ける方からすると、数千円でマッサージを受けることに何ら違和感を覚えないと思います。 しかし、私のような若造であったり、あまりマッサージに馴染みのない方であったりすると、マッサージに数千円使うよりは、他のことに使いたいと思ってしまうでしょう。 大学生なら、1度はあるであろう「授業をサボる」という行為。善か悪かで考えてみれば、それは悪の側につく行為でしょう。 そんな中でも、私は思うのです。 授業一コマ分の授業料を上回るほどの価値がある行為をするために、授業をサボるなら、それはそれでありなのではないかと。 学校の授業に魅力を感じず、出席だけして90分を睡眠やゲームに費やすよりも、授業をサボって、青春の体験にお金を浪費した方が良いのではないかと。 授業をサボることを肯定しているわけではありません。興味のない授業でも、卒業のために履修し、必死に勉強している人なんて、素敵以外の何者でもありません。そのような方々のことを、私は心の底から尊敬しています。 私が言いたいのは、そこに数千円をかけるほどの価値があるのかないのかということです。もっと言えば、そこに90分費やすことに意味はあるのかということです。 数千円払って、90分間の場所を確保し、ただ無駄な行為に手を染めるのか。 数千円は犠牲にしても、その90分間の中で何か人生にとってプラスなことに時間を注ぐのか。 まぁ、人生にとってプラスなことというのは数千円い上の価値があると、私は考えているのですが。

かもめーるなんて、もうありません。

『拝啓。  涼やかな時が恋しくなる今日この頃。  貴澄様は、どう過ごされていますか?  でしゃばったことを申すようですが、  素のままであられることを願ってます。  この季節は魔物が潜んでいます。  浮かれて道を踏み外すことも……。  幸いにも我々はそばにあります。  いつでも力になりたいと考えています。  しがない近隣というだけの関係ですが、  手伝えることがあれば何なりと。  くだらないことも、友であればこそ。  妥協して誘惑に惑わされたりせず、  最高の夏を過ごしてほしいと。  いつでも隣人として願っています。 』 「キモいキモいキモい、兄貴馬鹿なんじゃないの⁉︎」  ハリセンで頭を叩かれたショックよりも、キモいといわれたことにショックを受けた。あと人のPCを後ろから覗くな……! 「え、ダメかな……?」 「ダメに決まってんでしょーが、わたしが幼馴染からそんな手紙もらったら、ヒくとかいう以前に縁を切るし、話しかけてきたら逃げる」 「えぇ……」 「大体、これ何のシューキョーの勧誘? みたくなってるから! 隣人なんて書いて違和感覚えないの、ホラー小説のシリアルキラーだけだから!」 「えぇ……」 「まあ、べつに兄貴がなんと思われようと、わたしはどうだっていいけども、かもめーるってもう売ってないらしいよ。はい」 「えぇ……かもめーるってもうないの……え、何この可愛いの」 「仕方ないから切手と、百均でかわいらしいレターセット買ってきたから、それに書きなよ」 「おお、我が心の妹よ……」 「いや『心』じゃなくてリアル妹なんですけど。あんまりキモいの送って、嫌われないようにね、お、に、い、ちゃん!」  妹から受け取ったレターセットからは、甘い匂いがした。 「なんかいい匂いするね、これ?」 「そう? 百均のわりに凝ってるのね」      *  大体、暑中見舞いに託けた手紙に、横読みで想いを伝えるとか、厨二というか、それ以前だと思う。  兄貴はよくいえばピュア、悪くいえばうすらバカなので、本当、面倒くさいから悪い女に騙されたりしないことを、切に願っている。例えば隣に住む貴澄リカみたいな……。  去年の夏祭り、兄貴とユウタさんと一緒に遊びにでかけたとき、偶然出会したリカの、あの眼。  人を値踏みするような、眼差し。それでいて浴衣の女の正体がわたしだと気づくと、途端に優しいお姉さんぶった甘い声をあげて……。  兄貴とユウタさんを秤にかけてるような態度もモロバレで、男ってほんと女を見る目に関してはポンコツすぎて笑う。まあ、うすらピュアな兄貴はともかくとして、ユウタさんまで。  きっと兄貴は、あのレターセットをユウタさんにも渡すだろう。お互いにラブレターを送って、どちらが貴澄リカを手に入れたとしても恨みっこなしとかなんとか。  そんな勝負をして。  アホらし。  兄貴が使うであろう最初の便箋ではなく、最後の便箋にわたしは去年の夏に初めてつけたアナスイの香水をふりかけた。  あの女は、きっと、覚えている。  単なる嫌がやせと思うか、それともわたしがユウタさんを狙ってると考えて炎を燃やすか。  どっちでもいい。  わたしはバカ兄貴が、あんな眼をする女の、いいようにされるのでなければいいのだ。  ただ、平和に過ごしたいだけなのだから。

窓越しの宇宙

 全天周囲モニター越しの宇宙は、きれいだ。  満天の星。  だが、これは本物の宇宙ではない。  合成された、シミュレートの闇と星。  タツトは実戦さながらの宇宙服越しの手を伸ばし、伸ばした手の所在なさに溜息をついた。  立ち上がると警告音、 『クレナイ訓練生、いまは模擬戦中だぞ』  教官の声が操縦室内に響く。  敵の探索波に捕まったことを知らせる強警告音、その手は偽の宇宙には届かない、背伸びして、同時に激しい振動と炸裂音が鳴るが、転ばずに立ち尽くすタツトの眼前から宇宙は消えた。  皮膜一枚隔てた粘膜接触。  摩擦は快楽だ。  タツトは小さく呻いてキヨカに覆いかぶさり、這い出した彼女は涼しい顔で荒い息の男の横顔を眺める。ごろりと転がり、天井を向いたタツトに、 「今日は随分早かったわね、疲れてる?」  その言い方は、中身とは裏腹に慈愛に満ちていた。同じく天井へ顔を向ける。  タツトは億劫そうに半身を上げ、スキンを塵紙で拭いとった。 「間抜けな姿。つけなければいいのに、そんなの」  カチリと音がして蒸気煙草の煙。サイドテーブルにあった、タツトのそれをキヨカが吸い始めたのだ。  訓練生同士の性交は推奨されていた。遺伝子は多様性を求めている。受精し、着色した卵子は採り出され、保育器送りになる。妊娠による訓練の中断もない。  だがタツトは怖かった。自分の遺伝子が、例え半分とはいえ自分の外にあるのは。塵紙にくるまって焼却されるぐらいの、束の間ならまだしも。  何がおかしいのか、キヨカがふふっと笑った。  戦闘訓練へ向かう途中、不意にタツトは許せなくなった。はめ殺しの窓に映る、豊かな自然の姿が。  風になびく野っ原が、その先で霞む山の稜線が、薄青い空が、そこに浮かぶ雲が。 ||すべて欺瞞だ。  窓ガラスを拳で叩く。  共に歩んでいた訓練生が宥めようとして声をかける。だが、それがなんだというのだ。  もう世界は終わりかけている。  戦うべき相手どころか、戦うべき自分すら失われつつある。  宇宙へ行くどころか、俺はこの建物の外にすら出たことがないじゃないか||!  駆け寄ってくる足音が聞こえる。  俺は狂ってしまったのだろうか。  宇宙服越しの背に何か押し当てられる感触があり、頚椎を走る刺激、おもむろに視界が閉ざされていく。  窓に押し当てられた手が、重力へ引かれていった。 「適任者が現れたとか?」  司令室に陣取る人物が、やってきた腹心の部下へと片頬を上げながらいった。 「遺伝子槽から採りあげても大丈夫そうだよ。世界への違和感はかなり大きい」 「愉しい箱庭より、恐ろしい現実を尊ぶ、か」  司令官の椅子から立ち上がったのは、老人といっても差し支えのない人物だった。目には強い光があり、背もピンと伸びているが、それでも老人としかいいようのない、くたびれた気配を漂わせていた。  数歩進むその先には宇宙。  眼前に拡がる宇宙には、星の姿はほとんどない。  窓越しのその光景は、タツトが見た荘厳さが微塵もなかった。  播種船は、次なる銀河へ向けての航海の途中にある。  老人は闇へ手を伸ばし、ゆっくりと拳を握った。 「私はもう疲れたよ。適任者が現界したら、そろそろ眠らせてもらうよ」 「さようで」  慇懃に答えた腹心へ、老人は笑いながらそっと腕をおろした。 「この窓すら突き破ろうとする者であることを共に祈ろう」

絵の描けない女

 わたしの眼に涙が佇み、渚が生まれる。  温かい汀は窓の向こうにある夕暮れを滲ませ、視界をゆらゆらとさせる。苦学生しか住んでいないボロボロのアパートの一室の中で、わたしは泣いて畳に零れてできた、涙の湖畔に指をつける。指をぐりぐりと擦りつける度に、彼の足音が小さくなっていく。「待って」と縋りつけばいいのに、宵に迫る紫とオレンジの空があまりにも綺麗で、惨めで、目を逸らせない。脚が畳に吸いつけられているように重い。心の中の方がもっと重いはずなのに動けない。彼が消えてしまう前に、一言でも話すことができたのなら、何かが変わっていたのかもしれないのに、わたしは彼を無言で送り出してしまう。  畳の上で死んでいるのはわたしとわたしの財布。わずかに残しておいた小銭さえ彼に奪われ、骸になったわたしたち。だけど、わたしはそんな財布を見てフフッと笑う。大丈夫。財布はまだ、大丈夫。彼からもらった鈴がまだファスナーに縛りつけられているのだ。それはお守りでもアクセサリーでもないことは知っている。その鈴は、わたしが財布を持っているか知らせるためだけにつけられたもの。わたしたちを縛りつけておくための首輪。  お金がないと絵の具が買えない。わたしは赤を失った絵を描き続ける。夕日はこれ以上、赤を放てない。外にある夕日は宵を迎え、わたしにさようならを告げている。こんなに綺麗な別れができるなら、わたしはどんなに幸せだろうか。わたしは赤のない夕日を描く。手には黒色を持っている。闇に映える夕日。そんなことを思いつきながら、空腹から目を逸らす。絵には絵の具が必要なように、わたしには食べ物が必要であることに理不尽さを覚えながら、流し台に立ち水道の栓をひねる。蛇口から心細いくらいに出の悪い水が漏れるように降りてくる。コップはない。彼に割られてしまったから。わたしの両手で水を受けとめる。そこには悲しいくらいに透明な湖ができる。わたしに技量では表現できない透明さだ。薄暗い部屋の中にある唯一の美しさ。少しだけ震えることによって波が立つ。  わたしは湖を飲み干す。温くなってしまった水で空腹を満たす。喉を通り、お腹の中にちゃぽんと波打ち際ができていることがわかって、生きていることの無様さを思い知らされる。僅かに飢えを凌ぎ、奇跡を求めてキャンバスを見る。だけど、夕日の右半分は真っ白。わたしは途方もない喪失感に苛まれ、畳の上で横たわる。財布を引き寄せ握りしめる。振ってみても、出てくるものは虚しさだけ。  笑った。何故か嬉しくなって笑えてきたのだ。遠くから彼の足音がこちらにやってくるのがわかったからだ。これ以上、何を取りに来たのだろうか。わたしが無いものを産み出すのには、キャンバスや筆や絵の具が必要なのに。今のわたしに何ができるのか。絵を描くことしかできないわたしに、彼は何を取りに来たのだろうか。  フフッと笑って財布を振る。鈴はジャヤリジャリと鈍い音を立てる。わたしと同じだと思った。安物で、唯一できることさえ満足にできない。――ああ、お腹が減った。水を飲んで胃を動かしてしまったからだ。役に立たないところだけは健気に活動をする身体。  彼がドアを開け入ってくる。わたしの眼に水を飲んだ分だけの涙が佇み、渚が生まれる。できることなら、横たわっている今の自分をスケッチだけでもしてみたいと思った。だから、わたしがどんな表情をしているのか彼に聞いてみたくて、フフッと笑ってから、ぼんやりした視界で彼の顔を見た。

正しい交際

 色相環(しきそう たまき)にとっては、感情は色である。  表情や声音や、その他の微細な徴によって感じるよりも、彼/彼女をうっすらと包むオーラの色を見たほうがてっとり早いし、間違いがない。子供の頃は、そこまで意識してなかったように記憶しているが、思春期を迎える頃には、ほとんどオーラの色で人の機嫌を読み、対応してきた記憶しかない。  色味はその人の感情の方向性を指し、明度はその感情の正負を表す。  暗い青は怒りを意味するし、明るい黄色は上機嫌だな、など。  実際にはオーラの色は一色ではない。綺麗なグラデーションを描いて紫から赤に渡っている時もあれば、色が拮抗してゆらゆら揺らめくときもある。大人になるにつれ、複雑な色のパターンや、移り変わる色味、明滅する具合などもほぼほぼ何を意味するか理解できるようになってきた。  例えば、いま環の正面に坐る男は、暗い喜びの中に微かな情欲と、緊張と不安を散らしている。 「婚前交渉というのは、どうなんでしょうか」  男は言い、自分の言葉に釣られたのか情欲が薄く広く広がる。混じって、怒りの色も滲んできた。 「そういうのは、ちゃんと交際してからのほうがいいと思います」  言葉で取り繕っているのではないことは、怒りの色がより広範囲に広がっていることから、わかる。真面目な男なのだろう。 「ちゃんと交際する、というのはどうなんでしょうか。お見合いなんですから、交際ゼロ日で結婚もおかしくないのでは?」と環。 「結婚……してくれるんですか?」 「それを決めかねているから、躰の相性が知りたいのです」  男が言えば傲慢だ、セクハラだ、何様のつもりだとなりかねない言葉も、女が言えば意味が全然変わってくる。素直に乗ってしまえばいいのに、男は何の面子なのか、何を誤解しているのか、素直にうなずいてくれない。  環は、ただ見たいだけなのだ。  自分が情欲に悶えて大きく広がるオーラの色に、男のそれが入り乱れ、混じり、複雑な色味とパターンを描くときのそれを。オーロラよりも艶やかで、神々しい光の幕。  相手は誰でもいいのだが、しょぼいのは駄目だ。許せない。してみなければ、それはわからない。だから婚前交渉を|| 「色相さん、俺を見てもらえませんか」  強い口調で言われ、環は夢想した世界から起こされる。男の口許には笑みが、ハッとなって視線を上げると、その眼には力が。 「やっと見てくれましたね」 「あなたは」 「見える世界がひとつではないのは、あなただけではないのですよ。俺には、あなたの声音から、心が常にここにはないことがわかってました。乱暴でしたが、使わせていただきました」  男のオーラが、これまでとはまったく違う展開をしているだろうことは、うっすらとは理解っていたのだが、環はそれではなく、男の顔をまじまじと見ていた。  男は小声で言った。 「やっちゃったら、離れられなくなりますよ、環さん。それでいいんですか?」  からかうような響きに、環の心は震えた。  確かに。  簡単に決めてはもったいないような、そんな事も多くあるはずだ。久々に人の顔をまともに見た環は、どう伝わるかなどと考えず、淫らに笑った。 「そうね、交際から始めましょう」

ピグマリオン効果

 溝口君が溝口君でなくなっても私は「君」づけをやめたりしない。  私と同じくクラスで隣の席の溝口君がある日突然男子から女子になってしまった。  気持ちの問題ではなくて、ある日突然体が変わってしまった。  ありえないこと、なんて言うけれど、あり得てしまうと日常に変わってしまう。劇的な変化は人権とか他人の目とか、もっというと世間体とかそういうものに抑制されてちょっとした内輪の話題程度で終わる。  人一人の変化なんて、案外世界を変えたりしない。  自分性別が変わっても淡々とした性格の溝口君は「まぁでも、二次成長期みたいなものかもしれないし」なんて言って深刻に考えない。  実際のところ、深刻に捉えたのはそれまで溝口君のことを何も言わないでも教室にいると思っていた先生や得意な教科も知らないクラスメイトたちだ。  それまでは「おい溝口」「溝口君消しゴム貸して」なんて言っていた人たちがあっという間に「溝口さん」とか「溝口ちゃん」とか言い出して、妙に丁寧に扱うようになる。 「急な出来事でショックかもしれないからみんな無神経なことを言わないように」  なんて溝口君の両親が離婚したときに「溝口のこと明日からなんて呼べばいいんだ?」なんて授業中に聞いたデリカシーのなかったはずの担任が言う。  溝口君の気持ちは昨日と連続性を保ったままであるというのに、その連続性に無関心な人たちが私に「気を遣え」なんて指示してくる。 「いや別にいやじゃないよ」  そう溝口君が皆に言う。そのやり取りを繰り返すことほどデリカシーのないことはないじゃないか、と私の心がきしむ。 「私、何も変わらないし、変わる気もないの」 「いいね」 「いいでしょ」  そういって溝口君と教室の隅で笑う。  その笑顔と小さな笑い声に私は溝口君が今も溝口君のままであることを実感して温かいものが胸に広がるのを感じる。  休み時間の騒がしい教室の隅で、クラスでいてもいなくても変わらないような存在だった私と溝口君の小さな笑い声が重なる瞬間が私は好きだった。  溝口君の男子にしては少し高いけれど私とは違う声が一致する瞬間。ずっと世界の異物であるような気持ちが溶けていく。  全然違う溝口君と私が不協和音ではない音になって他の教室の喧騒が聞こえなくなる。  ずっとそうだったらよかったのに。  私は溝口君と変わらず過ごす。  学校に登校したら誰よりも最初に「おはよう」を言うし、「また明日」も必ず言う。  人から「忘れちゃったから貸して」と言われて教科書とか消しゴムとかノートを貸してばかりの溝口君に、何かを貸すのは私だし、お昼休みは二人でたわいもないことを話して過ごす。  でも私の溝口君の接し方は何も変わらないのに、溝口君は変わっていく。  元々中性的だから何も変わらないと思っていたのに色々な人が溝口君を「溝口さん」とか「溝口ちゃん」と呼んでいて、そうして扱っていく。 「何も変わらないよ」なんて溝口君は言っていたけれど、溝口君はどんどん私の溶け込めないグループの女子と話していく。女子になってもズボンだった溝口君の制服がスカートになる。リップを持ち歩いて、女性物のリンスの香りを纏うようになっていく。  いろいろな人が溝口君をちやほやして、私から溝口君を奪っていく。  ――溝口、だいぶ話しやすくなったよな。  ――溝口さんと遊んでたら面白くってさ。  そんな言葉が教室に飛びかっていて、あんなに私と世界をつないでいてくれた溝口君のことなのに私は何も楽しくない。    放課後の教室で私は不安になって溝口君ととにかく話す。前まではほんの少しの言葉だけで十分に繋がっていた気持ちが不安で揺らいで私は口数ばかり増えていく。 「溝口君、私たち変わらないよね」 「変わらないよ」 「ごめんね。なんか最近変なの。不安で頭がこんがらがる感じ。昨日から体調も悪いし、自分が自分でない感じだってする。そんぐらい落ち着かない」 「変わらない。私は変わらないよ」  少し前までの溝口君は「私」なんて一人称じゃなかったのに。 「なんでも聞くよ。結構愚痴とか言うだけでも気持ちが楽になったりするしさ」  溝口君は言う。  そういう溝口君の優しさはちっとも変わらない。  でも、溝口君のアプローチはそんなスマートではなかったし、そんな前より手慣れた優しさに私はクラスメイトの影を見てしまう。  溝口君のことをどうでもよいと思っていた人たちに影響されて溝口君は変わっていく。  誰もいない教室で変わらない優しさを向けてくれる溝口君の言葉が変わられない私に、刺さって滲む。  笑い声も重ならないで、学校の放課後の騒がしい声だけが強く響いていく。〈了〉

Edge wake up every clever very Haberly dad will probably be dumb

Educated very good very bad break up of already be dead right everybody be there today will be there today did you wanna be dead but if you did everybody pay debit available that would be dead or did we do with that will be double dead whatever you did have a good cup of good weather but every day with a ride with dad will be there to redo the dental redo that that would be dead baby to be dead I have a crew Kevin could’ve already been there but it really bothered me to be dead bury the dead bury the dead but with that I’ve gotta go gotta go bye bye-bye David every day but evidently we dated I have a double double double double live in Edgewood Village but I believe that I’m a get a cup of good better than David ever ever dealt with it really broke up a little bit different that I did read it have a good week every day but if I did with debit of a dead battery dead everywhere everywhere very ridiculous bit of a dead bird in the dead of the dead I’ll be back in a cup a birthday but that will be dated a couple by the way did we have a bit of a bit of a dead family dead dead baby deer to believe in a bit of a dead we’re dead we’re dead have a good have a very bad with everybody W how do I get Bhad Bhabie Delray Beach in bed by debit I will be there will be delivered today but I will be there today redo that available that will be there in bed with the baby dead baby date will be that happy birthday bro have a debit debit debit to be dead with a bit of a dead battery dividend every day with a debit debit debit debit will be there in about it I will go to Wever to break up every day without a debit if you did really bad with every day every day but it will be dead with a dead available dead I’ve got a couple car batteries everywhere we do will be there to be WWW but it will be the best gonna be dead with that have a good cup of good about everything have a battery Debbie Debbie Debbie deathly be there but if you guys will be developing into a baby bit of a judge

「桃と休暇」

休暇は 桃を買ってきてそれが追熟して食べ頃になるまでに決めた。ダラダラしすぎると自分までも腐ってしまうような気がしたからだ。 窓辺に踊る木漏れ日の微かな温かさと木の床の冷たさと滑らかさを感じるために横になり頬をつけた。 ここは去年までいた犬がよく日向ぼっこをしていた場所だった。 やがて床が温くなってきたところで起き上がった。 冷蔵庫から薄いすりガラスの大皿を取り出して、切った桃を乗せた。 透明の花があればこんな感じかななんて思う。 なぜか桃を食べる時透き通った空気("透明")を食べているような気がする。 桃は水っぽくてそれなのに確かに香る そしてその香りは華やかに広がる。柔軟剤のCMのように。 冷たく舌触りもなめらかだ。 しゃくしゃくと咀嚼した後、気づいたら喉を通っていく。 この果物には 抵抗 というものがない。 こういう現実離れした感触が 天上の果実のように思わせるのだ。 桃は絶妙なバランスを保っている。 皮を剥いた身は確かに中身という生々しさを持っているのだが、そこは有機的なものに支配されておらず艶やかに輝く。 しかし、数分もすると桃は褐変し始める。 皮を剥かれて露わになったその瞬間をピークとして、瑞々しさを失っていく。 それはまさしく地に落とされた天上の果実といった様子で、時間の流れに晒されて急激に老いていくようだ。

そのページの恋。

言われた。 「恋愛経験少なさそうだよね。泣くような恋したことないでしょ?ご飯食べれなくなるほどの恋とかさ。」って。 「うん、そうだね、そんなめちゃくちゃ好きだったのに泣く。みたいな?ないね〜笑」 って答えるので精一杯だった。 あるんだよ… 一目惚れした先輩。笑顔がくしゃって可愛くて、優しさが溢れてるような人で。 ちょっとお人好しなところがあって…。 恋愛が下手な私は、その先輩にちょっとでも近づきたくて同じサークルに入ってみたりして、喋りかけてくれると嬉しくて。 皆とのお喋りに夢中で横断歩道で車が来てるのを気づかず、渡ろうとしてたら先輩が私のリュック引っ張って止めてくれた。 あれ、ちょっとドキドキしたんだよね。 そんなちっちゃい事でも好きって気持ちが溢れてドキドキしてたなぁ。 ピュアだよな。笑 でもさ、ある日同じクラスの友達から電話が来て、「学校来た時に知るの辛いんじゃないかと思って、先輩あの子と付き合い始めたんだって。」 って話で。 泣いた。泣いたんだよ。辛くてさ。心が諸々と落ちてく感じ。 学校にいけば、私の好きな人は私の知ってるあの子と一緒で、その子は正真正銘の彼女で。 祝福してあげなきゃって。必死で笑って、心が締め付けられたな。 社会人になった先輩とは会う事も少なかったけど、ふと思い出す時があって。 でも結局、私も違う人と付き合ったりして歳を重ねた。 ある日、その先輩は私の学生時代の友達と結婚したんだ。 その時は、恋心の熱はなかったもののちょっと虚しさも感じてた。 その友達と会えば、先輩とも会うことがあって。 くしゃっとした笑顔を見る。 優しさ溢れた人柄に触れる。 ちょっとお人好しなところも変わらずで。 泣く事はなくなったけど、私の過去のストーリーにはちゃんと綴られてる。 栞を挟む事も無くなってたのに…。 なんで思い出させる事を言うんだよ〜!!! にしても、失礼極まり無いでしょう。 普通、そんな事、思ってても言う?? 「私だって、私だって、それなりにいい恋したんだから!!」 って言ってやりたかった。 そう。これはいい恋だったんだ。

水泡にキス

大人になれない人を好きになった。 私を見つめてくる泡沫のような瞳に何度恋しただろう。 私の想い人は、今日私を知らない。 よく、文字を書く先輩だと思っていた。いつも緑色のノートを持っていて、パソコンに頼らず自分の字でしっかりと書くところに好感が持てた。仕事も優秀で、何でも器用にこなしていた彼が、ある日珍しくミスを連発していた。話しかけても反応が曖昧で、様子がいつもと違う。その日、緑色のノートが給湯室に忘れられているのを見つけた。 ほんの好奇心だった。めくるとそこには昨日までの出来事が事細かに書かれていた。天気、食べたもの、買った物、仕事内容、出会った人、同僚との何気ない会話まで。 先輩に渡すとほっとしたような顔をした。 「見ましたか?」 そう聞かれ、言い訳もできず頷く私に、彼は気にする様子もなく笑う。 「いいんですよ。僕の落ち度ですから。でも驚かれたでしょう?ここに勤めている方はみんなご存じだそうなのであなたももう知っているのかと思っていました」 彼の記憶は高校2年生の夏のとある日で止まっている。事故に遭って以来彼にとっての昨日はずっと『高校2年生』のまま。眠ると前日の記憶を無くしてしまうらしい。 「だから僕の昨日を教えてくれるこのノートは生命線なのですが、うっかり無くしてしまって。そのせいで今日はご迷惑をおかけしました。あなた…いえ、遙さんが見つけてくださって助かりました」 ありがとうございます、と笑う先輩の顔を少し呆然としながら見つめていた。 人は誰しも、生にしがみつく生物としての本能がある。どんなに死にたいと思っても、だ。だが、先輩からはそれを感じない。窮屈に生きる私たちを軽く凌駕するように、浮かぶようにこの世に存在している。先輩は今日にしがみつく必要なんてないのだ。だって明日には全部リセットだから。 それでも、この人は抗おうとしているのか 小さなノートに一生懸命に文字を書いて。忘れないように、忘れたくないと、願いながら『今日』を綴るのか 愛おしい、と思った。 そこに異質な『今日』すなわち『生』への先輩の執着が見えて その日から先輩を、好きになった。 この気持ちは決して伝えまい。と思っている。初対面の人物からの告白なんて迷惑なだけ。ノートに書いてそれを読むことになる先輩にいらぬ心労をかけたくない。そして何より、好きな男性には変な先入観なしにいつだって良く思われたいのだ。 「先輩が永遠に記憶している高2の夏ってどんな日だったんですか?」 無神経な質問だったと焦るが、先輩は少し考えて答えてくれた。 「別になんてことのない1日です。遅刻もしてない、テストもないし怒られてもない。もちろん告白なんかもされてない」 昨日を思い出しているからか、先輩が子供っぽく冗談なんて言う。 「どんなに考えても僕にとっての昨日は高校生です。でも不思議と懐かしい、なんて思ったり。そして」 先輩は小さく笑った。 「楽しかったな、とそう思うんです。昨日以前の記憶はあるんですよ。でも、もうずっと長いこと昨日を噛み締めている気がします」 私は羨ましく思った。彼の昨日にいた人たちを。彼が死ぬまでずっと大切に記憶して思い出す人々。 かたや私は、彼の『特別』にはどうやったってなれない。 その時、先輩が私のマグカップに目をとめた。 「それ、僕と買ったやつですよね」 先輩が好きだというバンドのライブで買ったものだ。前日に誘った時、先輩は「ノートに書いておきます。約束を絶対に忘れないように」と言ってくれた。私服姿で駅に現れた彼を見た時は胸が躍ったし、ノートに記されている「後輩」が私だと分かった時の安心したような顔が今でも詳細に思い出せた。あの日は、楽しかった。 「楽しかったですね。あの日は」 思っていたことと同じことを言われて驚いた。 「その日の文字が踊るようで。きっとものすごく楽しかったのだろうと思います」  だから、ありがとう。遙さん。 そう言って彼が私を見る。 何だかすごく、泣きたかった。それくらい好きだった。 でも、先輩にとって私ははじめましての後輩。ノート上の文字だけが彼の中の私を形作っている。 だからそっと優しく、遠慮がちに。だけど、その瞬間抑えきれず彼にキスをした。大人になれない私達にふさわしい、ほんの刹那2人が触れ合うだけの子供みたいなキスだった。 彼は少し驚いたような顔をして、それから少し悲しそうに笑う…のかと思った。 「ごめん」 それはおおよそ、先輩らしくない反応で。 彼が顔を背け手の甲で赤くなった顔を隠した。 それは恋を知らず、愛に憧れる。触ったら壊れてしまう、未熟な水泡だった。 「すみません先輩。このことは書かないで忘れて…っ」 「忘れたく、ないです」 水泡にキス 明日には、水泡に帰す。 それでも私は 今日、あなたに恋をする。

崩壊までのカウントダウン<BL>

《登場人物》 斎藤優輝《さいとうゆうき》 澄歌の兄 煉次の同僚で恋人 牡丹の担任 斎藤澄歌《さいとうすみか》 神屋高校一年生 優輝の妹 桑名煉次《くわなれんじ》 澄歌の担任 優輝の恋人 葉宮牡丹《はみやぼたん》 神屋高校一年生 澄歌の親友で 優輝のクラスの生徒 二人が兄弟だと知ってる +‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+ {崩壊まで後一ヶ月} それは何時も通りの休日、俺の家で飲んでた時に 何の前触れもなく煉次が言った。 「別れよう」 手に持っていたコップを危うく落としそうになった。 最初は酔って悲観的になっているのかと思ったが 煉次の目が本気だった。 俺達は確かにもぉいい歳だし 親からもいい加減結婚しろと言われてる。 俺は煉次が居てくれればそれで良かった…… でも、煉次は誰かいい人を見つけたのかも知れない。 俺の心が崩壊するまで後一ヶ月……。 {崩壊まで後半月} あの日から半月経った。 妹で生徒の澄歌は心配してくれている。 「お兄ちゃん、大丈夫?」 俺の雰囲気で何か感じ取ったのか 澄歌まで悲しそうな顔をしている。 「大丈夫だよ」と答える。 だが、一人になると物凄く泣きたい衝動に駆られる。 俺はお兄ちゃんだから澄歌の前では 泣かないと決めてたのに堪え切れなくなって 澄歌の前で泣いてしまった…… 「泣きたい時は歳なんて関係ないんだよ」 子供の様に泣きじゃくる俺に対して澄歌がそぉ言った。 しかし、心の崩壊は止まることを知らない。 崩壊まで後半月。 (崩壊まで後一週間) 「なぁ澄歌、俺は神屋を辞めようと思ってるんだ……」 私情とはいえ、あそこに居るのは堪え難いものがある。 「良いんじゃない」 澄歌が冷凍庫からミルクバーを取出しながら答えた。 「お兄ちゃんがあのバカ担任と同じ空間に 居たくないなら辞めれば良いと思う」 "バカ担任"か。 普段は"煉先生"って呼んでたのにな。 って、俺のせいか(笑) 久しぶりに少しだけ笑った。 「ねぇお兄ちゃん、今日は一緒に寝ようよ」 澄歌なりに励ましてくれているのだろう。 その日の夜、何年か振りに澄歌と同じベッドで寝た。 俺は何時しか煉次を見つけると心が痛む様になった。 そして、俺は退職届を出した。 知ってるのは、校長先生と澄歌だけ…… 崩壊まで後一週間。 {崩壊した日} 神屋を辞めて三ヶ月。 隣の市にある公立高校で再び教師を始めた。 澄歌は神屋に通っている。 それは良かったのだが、俺が辞めて三ヶ月しか 経っていないのにその日、澄歌から 衝撃的なことを言われた。 「お兄ちゃん」 何時もよりやけに真剣な声の澄歌に 向き合って「何?」と訊いた。 「本当は言わない方が良いのかも知れないけど 後から知るのも辛いだろうから言うね」 何をだろうか? 「落ち着いて聴いてね」 いやに引っ張るな。 「何だよ、早く言えって」 何となく、煉次絡みなのは予想が着いた。 「あのバカ担任ね、教頭の娘と結婚したんだよ」 やっぱり……って はぁ!? 何だよそれ!! 「本当なのか……?」 別れてほしいとは言われたが まさか教頭の娘と結婚するとは予想外だったので 「ぅん、学校中大騒ぎ」 そりゃそぉだな。 ずっと表面上は独り身だった煉次が いきなり教頭の娘と結婚するとか言われたら 校内中大騒ぎだろう。 「教えてくれてありがとうな澄歌」 上手く笑えてるだろうか? 「お兄ちゃん、今日も一緒に寝よう」 上手く笑えてなかったらしい(苦笑) 「そぉだな」 この日、俺の心は崩壊したのだった。

日曜日、うちの庭にダンジョンができた

 ある日曜日の朝、家の庭にダンジョンが現れた。ご丁寧に、母さんが作った花壇や僕が作った金魚のお墓をよけての登場だ。庭の一部に人が二人くらいなら並んで入れそうな穴が、これまたご丁寧に金属の蓋付きでできている。 「かーさーん」 「何?」 「庭にダンジョンできてるー」 「あら! あらあらまあまあ!」  おはようも言わずに僕が告げた言葉に、母さんはエプロンを着けながら喜んでいる。ダンジョンは空気がひんやりしてるから食料保管にいいのよーとか何とか言って。 「知り合いの人みんなダンジョンできたって言ってて、うらやましかったのよねぇ」 「みんなって、そんなに?」 「そうよぉ。東町のスガノさんと、お父さんの会社のナカヤマさんと、あの山持ってる……えーと、ヌマタさんも」 「へぇ、そうなんだ」  母さんはうなずくと、さっそく床下収納から梅干しの壺を取り出してきて庭に出た。蓋はアルミニウムのような軽い素材でできているらしく、思い切り力を入れて扉の取っ手を引っ張った母さんは転びそうになっていた。 「ちょ、大丈夫?」 「大丈夫! さ、中に入るわよ。悠人も来る?」  蓋を開けられたダンジョンの入口には、朝の光で照らされている階段が見える。きちんと土が固められてできているようだ。 「先に歯磨きしてからにする。それにしても、ここ田舎で広い庭がデフォだからいいけど……」 「都会の人たちはどうしてるのかしらって思うわよね」  母さんは呑気にこちらを振り返る。一応気を付けた方がいいのではと思い、僕は大きな声で注意事項を伝えることにした。 「気を付けて、入口付近にもモンスターいるかもしれないよ!」 「ああ、初っ端からいたらちょっと面倒ね。んー、じゃあ……」  そう言うと、母さんは僕が中学生の時に使っていた野球の木製バットとスパイクシューズを持ってきた。 「梅干しの壺はちょっと縁側に置いといて……、とりあえずこれで様子見てくるわね」 「ほい。まあ僕も歯磨き終わったら行くから」 「悠人がいなくても大丈夫よ」  僕は「ん」とだけ返答し、洗面所へと向かった。きっと母さんは本当に大丈夫なのだろう。大学一年生で陰陽学を修得した僕がいなくても。  ◇◇ 「ええー……そこまで……」 「そこまでって、どれのこと? ブラック・ウィドウ手懐けてワームが近寄らないようにしたこと?」 「あ……、いや、うん、それもそうだけど……」 「それとも、オーガ手懐けて梅干しの壺を置きやすいように地下一階全体の土を踏んで平らにしてもらったこと?」 「置きたい壺、一つじゃないもんね……」 「それとも、明かりが欲しいからウィル・オ・ウスプ手懐……」 「うん、もう言わなくていいよ。僕のキティを巣の網で捕らえたり、うっかり蹴ったり、火傷を負わせたりしないように気を付けてって言っといて」  式神の白虎のキティが眠っている小さな赤い缶を指の腹で撫でながら、僕は母さんに伝えた。直径三センチくらいの丸い缶の蓋には虎が描かれており、キティはこの缶をいたく気に入っている。もともと傷に効く軟膏が入っていた缶で、いくら拭き取っても薬くさいから別のにしようと言うのだが、頑として首を縦に振らない。 「わかったわ」 「父さんが帰ってきたらどうする? 地下二階行ってみる? 父さんがいれば、怪我しても回復はお任せだし」 「そうねぇ、でもお母さん今日は夕方セール狙って買い物行くつもりなの。お父さんのシャツもクリーニングに出さないといけないし。今度の水曜日にしましょう、お父さん休みだから。悠人はまだ夏休みだからいいわよね?」 「うん、それでもいいよ」  僕は母さんにうなずいてみせ、僕はサンダルを脱いで縁側からリビングへと上がった。 「あ、そうだ! 悠人、らっきょう漬けた瓶も床下にあるから持ってきてくれる?」 「はいはい」  母さんは上機嫌で鼻歌を歌いながら縁側で待っている。 「母さんテイマー修得しておいてよかったわ。あの専門学校、優秀な先生ばかりだったのよ」 「うちの大学も教授陣はけっこう充実してるよ」  らっきょうの瓶を「よいしょ」と言いながら母さんに渡し、自分は奥へと引っ込む。 「あ、今日の夕ご飯はカレーにするからね」 「えっ、らっきょうまだ漬かってないんじゃないの?」 「作ったら三日間食べるから、最終日くらいにらっきょう付きになるわよ」  冷蔵庫へと向かう僕に背後からかけられた母さんの声に、危うくうんざりした表情を見せそうになる。慌てて顔の筋肉を緊張させたおかげで、今回は難を逃れたようだ。母さんは怒らせたら怖いから。 「……わかった」  そろそろ料理も修得しないといけないかなと思いながら、僕はキティが入っている赤い缶をそっと胸ポケットにしまった。

雨女の立つところ

 雨女雨男、晴女晴男。そんなふうに人を区分する言種として、冗談のようにいわれるそれではなくて、私は本物の雨女を見たことがある。  いや何が本物で何が偽物かといわれると困るのだけれど、私のアパートの前には、豪雨になると現れる女がいて、女の意図はまったくつかめない。  近年増えたゲリラ豪雨のような激しい雨のときになると現れて、おそらく二階に住む私の、その隣のどちらかの部屋をじっと見ている。私の部屋ではないだろうというのは、ほぼ直感的にわかって、だからこそ謎の雨女ということで済ませられている。  私は引きこもりみたいなものだ。  親からの仕送りで生活する、もう三十路を越えた、惨めな独身男。いや働かずに食べていけているのだから、人によっては貴族みたいなものだと言いたくなるかもしれない。  日がな、無料の動画とゲームと、有料の配信番組を観て過ごしている。  そんな私に、もしかしたら怨霊とか生霊とかの、女の縁もあるはずもなく。  鉛線のような雨に打たれながら、こちらのほうを凝視する女の、その視線が少し羨ましくもある。  人から恨まれるほどの、あるいは反転する前の感情を思うと、世の中にはそんな人たちもいるのだという、……私はうらやましいのかもしれない。  今日も局地的な豪雨が降り、女は傘も合羽もなしに、アパートの前に立ち尽くしている。  私はスマホを操る手をとめ、そんな女の姿を何もない空間から見下ろす。  隣人は、どんな人だったか。  思い出そうとして、そもそも知らないことに気づき、雨が上がる瞬間を今日こそ待ってみようかと思った。  私は、女がそこにいる現場は何度もみているけれど、女がそこに立つまでの様子は一度たりとも見たことがないのだった。

受験期に恋人を作ってはいけない訳

「落ちた」    合格発表日、画面に映る『不合格』お文字が俺に絶望を突きつけた。   「どうだった? 俺、合格」    隣で一緒に合格発表を見ていた双子の兄が、笑顔で俺に聞いてきた。  が、俺の表情を見て、すぐに状況を察してくれた。   「いや、まー、なんつーか……。どんまい」    ねぎらいの言葉に、俺は首を縦に振るしかなかった。  不合格になるなんて思いもしなかった。    近所に住む双子の姉妹とは、よく遊んでいた。  子供の頃からずっと一緒で、当然のように全員で同じ大学を目指した。  数か月前、兄は姉と、俺は妹と、交際を始めた。  それさえも必然だった気がする。    つまり俺の予定では、高三で彼女を作って第一志望にも合格して、最高の人生が始まるはずだったのだ。  いや、俺たち全員の予定では、高三で彼女を作って第一志望にも合格して、最高の人生が始まるはずだったのだ。  スマホにメッセージが届く。   『どうだった? 私たち二人とも受かったよ!』        その夜は四人で合格祝いのパーティの予定だったが、消滅した。  慰めの言葉をもらったが、耳がふさがってうまく聞き取れなかった。    学歴コンプの親父は言ってた。   『いいか。受けるなら、本気で受けろ。落ちた言い訳できないくらい、本気で受けろ。手を抜いて落ちでもしたら、それは一生残るぞ』    背筋が震える。    恋人を作ったから落ちた。  デートをしていたから落ちた。  そんな言葉が、脳内を駆け巡る。    彼女は大学が分かれても別れる気はないと言ってくれたが、彼女の背中に見えてしまう。  行きたかった未来の絵が。        春。  俺は第二志望だった大学の門をくぐった。  いつも隣にいた三人は、当然いない。    スマホに写真が届く。  三人が並ぶ入学式の写真。    合格した後に付き合えば、お前も隣にいられたのにな、なんて意地悪な声が、脳の奥から囁かれた。

さよならは告げずに<BL>

《登場人物》 苺谷真尋《いちごたにまひろ》 悠輔の恋心 クリスマスに姿を晦《くら》ます 直里悠輔《すぐりゆうすけ》 真尋の恋人 浮気癖がある 遥南《はるな》 悠輔の浮気相手 *------------------* 今日はクリスマス。 僕は恋人である悠輔を 驚かそうと連絡をせずに来た。 合鍵は持っているからそれで開けて玄関に 足を踏み入れた瞬間に後悔した。 リビングからは事情の最中だとわかる 女の声が聞こえて来たからだ。 ご丁寧に相手の名前まで呼んでいるんだから 隠しようもない。 僕が聞いているとは 夢にも思っていないだろう二人に 気付かれないように外に出て 玄関の鍵を閉めた。 悠輔の浮気癖は知っていたけど 女もいけるとは初めて知った。 流石に僕も限界だ。 クリスマスだというのに一人寂しくアパートに帰り 荷物をまとめて夜行列車に乗った。 *:.*.:*:。∞。:*:.*.:*:。∞。:*:.*.:* 実家に三日程、滞在した僕は アパートの解約等をするために、 一度、東京に戻ることにした。 滞りなく解約は済み、 僕はその日の夕方は新幹線に乗った。 悠輔は何時気付くだろうか? 僕がアパートを解約したことを。 僕が東京からいなくなったことを。 さよならは告げずに 僕は実家に帰ることにした。

君に別れを<BL>

《登場人物》  水城遼《みずきりょう》 昂に別れを告げる 守藤昂《すどうこう》 遼に別れを告げられる 水城早苗《みずきさなえ》 父方叔母で遼を脅して昂と別れさせようとする 水城伸《みずきしん》 遼の父親 ・早苗の弟 *------------------* 「昂、別れて」 何時もと変わらない休日の午後、俺、守藤昂は 三年付き合った同性の恋人に 別れを告げられた。 俺は何かしただろうか? 「いきなりどうしたんだよ……」 好き人が出来たのか? いや、遼の性格なら前以て言うはずだ…… じゃぁ何だ? 此処最近、喧嘩もしてないよな? 原因が見当たらない…… 「ごめん…… 今は言えないんだ」 "今は"? これは、何かあるらしい…… 「分かった、 "今は"遼の言う通り別れてやるよ」 俺の言葉を聞いてホッとした 顔をしたのを見逃さなかった。 ごめん。 そう言って部屋を出て行った。 さてと、俺達を別れさせた 原因を探るとするか。 そして、何時か遼を迎えに行こうと 心に決めてパソコンを起動させた。 ★━━━━━━━━━━━━━━★ 原因を追求した‼ 俺は遼の叔母を精神的に追い詰め 遼を迎えに行った。 その数ヶ月後、俺と遼は二人っきりで 森の奥にある教会に来ていた。 二人きりの指輪交換だけの結婚式を挙げた。

秘密

狐が小箱を咥えて野道を歩いていると、空から鷹がやってきて小箱を奪い取りました。「僕の小箱を返しておくれ」「中身は何だい?」「僕の秘密さ」「秘密っておいしいのかい?」「とてもまずいものさ」「じゃあ返そう」鷹は小箱を狐に返すと去って行きました。狐は小箱を咥え直し、また歩き出しました。

グリーングラスオブホーム

 目を閉じると浮かぶのは青い芝生だ。  芝生の上には目の粗いインド綿のラグを敷き、  ママがポットからカップに温かい紅茶を注ぐ。  板壁のペンキは塗りたてで、秋の穏やかな日  射しを受けて白く輝いた。  平屋の軒に梯子を掛けてパパと登った屋根の  上、パパが額の汗を拭うと赤いペンキがおで  こについて、みんなでやったハロウィンの仮  装みたい。  安物の合成煙草や、合法か非合法も曖昧な多  種多様の煙と、饐えた匂いが充満するクラブ  の店内。入口は確認出来るがそこでどんな取  引が行われているのか人目に付きにくい。カ  ウンターでバーテンにチップを渡すとそんな  店の奥の席を示された。酸性雨の滴るレイン  コートのフードを下げて東洋人系の売人から  翡翠色の結晶を受け取った俺は、安酒でそい  つを喉の奥に流し込んだ。結晶は胃の中です  ぐに溶け、溢れ出たナノマシンが脳を目指す。  やがて脳に接続されたナノマシンが起動する  と合成記憶のクレジットが瞼裏に浮かんだ。  『グリーングリーン     グラスオブホーム』  パパが人差し指を口に当て僕に「静かに」の  ジェスチャー。秋の午後のそよ風が、どこか  らか屋根の上へ運んだ小さな紅葉をパパはつ  まみ、屋根から落した。   ひらり       ひらり        ひらり       ひらりと  紅葉は彩度の違う表と裏を、屋根の上から覗  き込む僕らに交互に見せて舞い落ちた。それ  が、ママの持った紅茶のカップに見事入ると、  パパはパチンと指を鳴らし、僕は手を叩いて  喝采。「もう!」と言って振り向いたママは、  だけど秋の山々が色付くように笑った。  「どうですかい?」  薄く目を開けると目の前に虫歯だらけのニヤ  け顔が迫る。眉間に皺を寄せ、露骨に顔を逸  らしても薄ら笑いに嫌らしやが増すだけだ。  「悪くない。明度がかなり高い」  「そうでしょう? 新製品でしてね。これま  でのプログラミング型とは違う生成方法で」  そう言って、売人がポケットから出したのは、  味見用の結晶とは比べ物にならない輝きを放  つ宝石のような本製品。  「直接『株』から抽出してるんでさ」  俺は曖昧に頷いて再び目を閉じた。  「クッキー焼けたわよ!」と梯子から顔を上  げた彼女の、柔らかく淡い髪が陽射しを浴び  て金色に輝く。屋根の上に上がった彼女と入  れ代わりに、パパがひとつウィンクして梯子  を降りていった。僕の隣に座った彼女は、焼  き立てのクッキーの芳ばしいバターの匂いと  甘いバニラエッセンスの匂いがする。  「これ、特別製なの。ふたりで食べよ?」  そう言って彼女が取り出したキッチンペーパ  ーに包まれたクッキーはハート型。「家にお  嫁さんに来てくれたらいいな」とパパのこれ  見よがしな声が聞こえ、僕らは頬を染めた。  サクサクとふたり ん 大戦前の建築物のコ  頬張ったクッキー た ンクリートはとっく  が音を立て、それ た の昔に耐久期限を過  に混じって遠くの か ぎ、移民政策を推奨  方から電車の走る ん する広告ドローンが  音が屋根の上の僕 た 爆音を立てて通り過  らの耳に届く。  た ぎるとテーブルの上  彼女は目を細めて か のグラスが貧乏揺す  遠い電車の音に合 ん りのように音を立て  わせてハミングし、た た。天井からグラス  僕はそれに口笛を た に破片が落ちて、漂  合わせた。    か いながら沈澱した。  「わたし、この毎日を忘れないわ」へへっ上  「僕だって」質な『株』じゃないですかい?  「大きくなったら、その、お嫁さんに」黙れ  「もちろんだよ」オリジナルは流石にもう廃  「本当に?」棄されましたがね、『株』のク  「本当に」ローン化に成功したんでうるさい  「でもあの嫌な戦争が近づいて来てる」量産  「もし僕が行くことになっても」も出来るっ  「帰って来てくれる?」て寸法ですぜ黙れ!  「帰ってくるよ」彼女が話しているんだ俺に  「絶対に?」大事な話をしてくれているんだ  「絶対に」うるさいうるさいうるさいうるさ  「わたし待ってる。ずっと待ってるよ。     この芝生の家で、ずっと待ってる」  ── 体験版はここまでです。      続きは本製品でお楽しみ下さい。  俺は売人にクレジットを払い手に入れた翡翠  色の結晶をポケットに落とし、握った。  レインコートのフードを目深に被り、ネオン  も広告ドローンの爆音も頭から追い出し、手  に入れたばかりの故郷に想いを馳せた。  家に帰ろう。  彼女が、待っている。  ずっと、ずっと待っているのだ。  僕を。  了