雪の降る日のお買い物

鼻水が止まらないし、クシャミも止まらない。頭がぼーっとするし、これは風邪かもしれない。 僕の隣では息子がイビキをかいている。 昨日、雪の降る中、買い物へ出かけた 傘もささずに歩いて近くのセカンドストリートへ 仮面ライダーのコーナーを見つけ 小さくしゃがみながら、しばらく探したあと 一つを手に取り僕の所に近づく 「これが欲しい」「これ買って」とかは言わない パパが「買わないよ」と言えばすぐ諦めるつもりなのだろう。 お店を出る頃は雪が大きくなっていて、少し小走りで帰った 僕の右手を握りしめる手は、いつの間にか大きくなっている。片手には五十円のオモチャを握りしめている。

毎日、毎日、朝が眠い 怖い夢を見て、目が覚めた後もこわい 朝も夢を見るのかな きっと朝も眠いに決まっているよね

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

シチュエーション:屋上

―ねえ、寒いのに、なんで屋上? ―屋上じゃないとできないこともあるだろ ―飛び降りんの? リオの願望か、それとも僕に飛び降りてもらいたいのか ―この前ネットで買いものしたらさ、ポイントついてきてさ、期限つきのね、でさ、思ったよね、その期限が切れるころ、わたしたち受験生だって、笑っちゃうよね ―そのころには、すこしはマシなあったかさになってるか ―あったかくなったらさ、また屋上、来ようね、ね ―え、ああ、そうだな ―約束だよ 僕たちは、安易に、性懲りもなく、小さくも重たい、約束をした そうやって、約束を積み重ねて、僕たちは大人に

ひとまずのミルクティ

昨日とはちがう寒さに 起き上がる力に躊躇いが強い 窓の外の白さに頭は目をつぶり それでいて心がざわつく カーテンをそっと 指先でなでるように すこしだけすべらせる 庭の枯れた草木の上 覆い隠すように広がる白しろシロ よろこんでいいのやら 心配したほうがいいのやら もう子どもではないのだなあ わたしがちいさかったころ 親がそうだったように 雪が降ったことを 素直によろこべない 素直によろこべないのは 感情の数がそれだけ増えたからか それとも ひとまず あたたかいミルクティをいれる あとのことは そのときの自分が決めること 狼狽えることがないのを けれど素直によろこべない

「……うわ」 「うわってなに」 玄関扉のその先で、響さんがどこの猫かもわからないまるっこい猫を抱えて立っていた。 よくよく見れば足元にも二匹いる。 「響さんが猫を誑かしてる……」 「誑かしてない。ついてきたんだもん」 「なんでわざわざウチに」 「すきかなって」 「好きですけど……」 野良は色々とよろしくない。 むしろここまで丸いと、地域猫だとか外飼されてる猫なのかもしれない。 いや、それ以前に。 「……触ってみていいですか?」 「うん」 一応断りを入れてから、抱えられた猫に手を近づける。なんだ、匂いを嗅がせるんだっけ。 しゃーーーッ!! 「おかしい。さっきまであんな穏やかだったのに」 知ってた。 というのも、俺は動物にはめっぽう嫌われるタチで、近づけばご覧の通りこうなる。猫だけじゃない。犬にもすれ違うだけで、親の仇と言わんばかりに吠えられる。 見れば、響さんの足元の二匹さえも警戒モードに入っていた。あと一歩でも近づこうものなら、攻撃されるか、猫に言うのもなんだが、脱兎のごとく逃げるだろう。 「……俺、動物に嫌われがちなんすよねぇ」 伸ばした手を引っ込めながら、そういえば、鋭い目付きは変わらずとも、牙はしまってくれた。 「邪悪なんだな、薫くん」 「は?」 ウチの敷地から出てすぐの所で、抱えていた猫を下ろした。ひとしきり撫で回してから、三匹に手を振って、また玄関先に戻ってくる。 「やあ、邪悪くん」 「腹立つ言い方するなあ。服が毛にまみれてますよ。コロコロ持ってきてあげましょうね」 「ありがとう邪悪くん」 「次そう呼んだら殺します」 「へへへ」 こっちは睨んでいるのに、当の本人は身体を傾けて心底嬉しそうに、いたずらっ子みたいな笑い方をする。 相も変わらず、変な人。

不安なき不自由な世界

「入社おめでとう。君たちも社会人になったことだし、ここらで生命保険に入っておくのがいいぞ。会社の推奨はこれだ」    とりあえず入った。   「確定拠出年金を始めないか? 毎月の給料からコツコツと積みあげて、将来の年金を増やせるんだ」    とりあえず入った。   「持株会に入らないか? 毎月の給料から少額の株を買って配当をもらうんだ。今なら、一口につき○○%の株プレゼントもあってお得だぞ」    とりあえず入った。    正直、何の目的で、将来どうなるのかよくわかっていない。  しかし、会社が大丈夫と言っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。    上司の指示を聞くのが嫌だとフリーランスになった友達たちは、成長が楽しいと喜びながら、仕事がない貯蓄が不安だと嘆いている。  ぼくは、成長なんて感じないけど、仕事や貯蓄への不安もない。  多分会社が何とかしてくれる。   「酒、うま」    どっちが幸せなんだろうか、なんて考えるのも面倒になって、とりあえずお酒を飲んで寝た。

つかれた男

 夕暮れの近い並木道。その男は私の三歩前を歩いている。  男は砂の地面を擦るように歩きながら、何度も後ろを気にして振り返り、前を向くと後ろを向いていた時に誰かにぶつかっていなかったかと心配し、また後ろを振り返っていた。後ろには誰もいないのに。そんなに心配なら立ち止まって確認すれば良いものの、男の足はのろのろと進み続けていた。  男は誰よりも自分を信用していなかった。誰かにぶつかった感触がなくても、頭の中では誰かとぶつかっていた。感触がないのは自分が鈍感だからだと思い込んでいた。ビニール袋が落ちた音や、隣の部屋の足音ですら敏感に反応し、感情をかき乱されている男のどこが鈍感なのだろう。  男は上着のポケットにいれたホテルの鍵を何度も布の上から触って確認した。鍵を落としたかもしれないという不安が常に頭から離れていないようだ。  男は常に誰かに自分の話を聞かれているという妄想に囚われていた。家では隣人を気にして、外出先でも常に自分を知っている人間が、自分の話を聞いていると思い込んでいた。最近は、携帯から自分の声が自分を取り巻く環境全てに筒抜けになっていると信じ込んでいた。  今日はホテルに携帯を置いてきた。並木道には男しか歩いていない。男は歪めた口を固く閉ざし、視線は常に数歩先の地面を見つめ、ポケットの鍵に意識を向けている。木々の奥に光る反射した水面にも気付かない。  すり減った靴底はため息に似た音を地面から出す。鼻は浅く短い呼吸を繰り返す。視線は数歩先の地面。伸びた影は一人分。  私は再び男の中へと戻った。  視線を上げ、私は目を細めた。

落とし壁

 落とし穴は、地面に落ちる。  落とし壁は、壁に落ちる。   「あれ?」    ドアを開けようと手を伸ばした少年は、そのまますり抜け、ドアの先に落ちてしまいました。  ドアを開けば自分の部屋があるはずなのに、すり抜けた先は牢屋のような暗くて冷たい場所でした。   「ここはどこ? 誰かいないの?」    少年は壁に向かって呼びかけましたが、返事が返ってくることはありません。  部屋の中に少年の声が反響するだけです。    少年は壁にもたれて、体育座りをしました。  誰かが外で扉を開けてくれれば、出られるんじゃないかと期待して。  しかし、いつまで待っても誰も来ません。  四方は壁に囲まれたままで、出口が作られる気配がありません。   「このままここで死んじゃうんだろうか」    少年は、寒さと暗さで弱気になりました。  自分は何か悪いことをしたんだろうかと、昔のことを思い出しました。   「弟は、こんな気持ちだったんだろうか」    少年はむかしむかし、弟を落とし穴に落としたことを思い出しました。  穴の中で泣き叫ぶ弟を、少年は指をさして笑いました。  その後、母親から拳骨をくらったので、少年は一層弟が嫌いになりました。   「弟をいじめた罰が当たったんだ」    少年は涙を零しながら、頭を床にこすりつけました。   「ごめんなさい! 意地悪してごめんなさい! 明日から、いいお兄ちゃんになります!」    少年は、何度も何度も謝りました。  百回を超えたあたりで、突然壁に穴が開いて、光が差し込んでいました。  光が部屋中を照らすと、殺風景だった部屋がいつのまにか、少年の部屋になりました。  入り口のドアの前には、宿題を抱えた弟が立っています。   「兄ちゃ。宿題教えて?」    少年は目を何度もこすり、頬っぺたをつねった後、弟に抱き着きました。   「ごめん! 俺、いいお兄ちゃんになるから!」    弟には、少年の行動が理解できませんでした。  自分は、何故抱きしめられているのだろうかと。  しかし、悪い気はしませんでした。   「兄ちゃ、宿題教えて」 「教える! なんでも教える!」    数日後、少年は考えます。  あれはいったい、どこだったのかと。  今でもドアを開ける時、またあそこに落ちてしまうんじゃないかと考えてはいましたが、少年が落ちることは二度とありませんでした。    少年が弟を大切にする限り、落とし穴に落としたりしない限り、少年が落ちることはありませんでした。

ずるく長く

その行動脈あり?! 脈なし行動特集! MBTIからわかる?!相性診断!! こんな記事や動画ばかり流れてくる。 見なくてもわかってる、脈なんてないって。 わかっててもすがりたくて、少しでも可能性を見出したくて。 突きつけられる現実。 逃げたくなって、酒を飲む。 少しは現実がぼやけて見えるから。 今日は会えないんだってさ。 今日はって何さ。 聞きたいことがあって、話したいことがあって、 ただただ会いたくて。 こんなふうに考えるのも私だけ。 貴方はこんなこと考えてない。 それなのに、時間を見つけて会ってくれるのは同情ですか? いい加減気づいてよ。 貴方は私のことを好きじゃないんだよ。 貴方が私のこと好きにならないってわかってる。 けど、見ないふりしてる。 ずるいかな。 こんな関係でも、貴方が離れないのなら、私はこの関係で居続けたい。 このぐらいのずるさは許してほしいな。

コーン

 自販機があった。ジュースが売られていた。何か買おうと思った。財布を取り出した。しかし、金がなかった。どうにかならないか。自販機をよく見ると、小さな穴があった。そしてその横にペンチが吊るされていた。『この自販機の商品は歯でも買えます。』そう書かれていた。俺はさっそくペンチで歯を引っこ抜き、穴に入れ、コーンスープのボタンを押した。がこん、と音がして、コーンスープが出てきた。俺はさっそくそれを飲み始めた。歯が一本なくなったので、噛めないコーンがあった。

ホッケの開きイクラ味

本日の夕飯のおかずは鮭の切り身とホッケの開き。 肉の日だってのになぁと思いつつも魚は好きだからモグモグ食べる。 しばらく食べていると妹がびっくりしたような顔をしていた。 なんだその顔。 「…ホッケの開きに醤油をかけたら、いくらの味がしたよ」 んなわけ無いだろ。百歩譲ってするとしたら鮭だろ生みの親なんだから。 そう言ったら「いいから食べてみてよ!集中して食べてね!」と言われた。 はいはい分かりましたよ。 言われた通りに醤油をかけて少し集中して食べた。 した。微かに存在した。嘘でしょ信じられない。 まだ疑っていた母に食べさせると小さく笑いながら「する」と。 そんな…赤の他人ならぬ赤の他魚からどうしてイクラの味が…? まさか…いくらの本当の親は…ホッケ!? 「んなわけないだろ」 そう言った妹はとっくに魚を食べ終わっていた。

N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

いいDEATH

いいDEATH。 悪いDEATHか? 暴虐の限りを尽くしてきたのに逃げ切りを図る。 実に浅ましい(俺も) 地獄で喰いあうか? お互い食い物にもならないのは目に見えてる。 いい悪いは別にして醜い(俺も) 俺だけじゃないんだ。 俺だけじゃないんだ。 ケツ穴に核ミサイルの標準を合わせろ。

大人の証明

「あっちゃん……それって……まさか!?」    とある小学校、体育前の教室中に、一人の男子の声が響く。  何事かと集まったその他の男子たちも同様に、驚きの声をあげる。  その視線の先では、あっちゃんと呼ばれた男子が、両手に腰を当てて、ドヤ顔をしている。    あっちゃんは、トランクスを履いていたのだ。   「ト、トランクスだと!?」   「マジかよ! 白ブリーフ卒業したのか!?」   「あ……あっちゃんが……大人に……」    白ブリーフを履く他の男子たちは、あっちゃんのトランクスを見つめながら。口々に感想を言う。  股間に集まる視線。  股間に集まる尊敬の眼差し。    あっちゃんはその日、教室のヒーローなった。          そして次の体育の時間。   「い、いずみくんもトランクスだ!?」   「うっちゃんもかよ!」   「え、えーすけ、お前まで……」   「おっくん……お前までそっち側に……」    トランクスが増えた。   「お前たちを、トランクス四天王に任命する!」   「「「「はっ!」」」」    トランクス四天王が誕生した。        その日以来、体育の時間が来るたびに、トランクスを履く男子は増えていった。  あっちゃんから一人始まったトランクス派は、次々勢力を増していき、あっという間に白ブリーフ派の数を逆転した。   「おい、お前まだ白ブリーフなのかよ」    そして、巨大な勢力は、時に差別を生み出す。  それは人類の歴史を紐解いても、当然の流れ、  少数派となった白ブリーフ派の男子たちは、時に嘲笑の対象となり、人目を忍んでこそこそと着替えるようになった。    だが、差別の手は緩まない。  カーテンに隠れて着替える男子から、差別の手が容赦なくカーテンを引きはがしにかかる。   「白ブリーフがいたぞおお!!」   「っせぇな! 白ブリーフの何が駄目なんだよ! 俺は気に入ってんだよ、白ブリーフ!」   「白ブリーフが怒ったぞー!」    白ブリーフ派は、ただ耐えた。  白ブリーフ派の男子も、もちろんトランクス派へと変わりたいのだ。  だが、そこには大きな壁がある。  国家の法律のごとき、大きな壁が。    家庭内ルールである。    家庭の絶対支配者である両親に懇願した結果。   「まだ履けるでしょ? もったいない」   「トランクスはまだ早い」   「よそはよそ、うちはうち」    絶対的支配者の一言によって、叩きつぶされたのだ。  こうなれば、たかが小学生に打つ手はない。  ただ支配と差別の下、慎ましく生きるしかないのだ。   「やーい」   「やめろよ!」    だが、トランクス派を作り上げたのがあっちゃんなら、その差別を止めたのもまた、あっちゃんだった。   「白ブリーフだからって悪く言うのは、俺が許さん! 色んな事情があるんだよ!」    教室はシンと静まり返った。   「……だよな」   「……うん」   「……ごめん」    そして、ちらほらと、謝罪が飛んだ。    あっちゃんは満足した顔で頷き、白ブリーフ派の方へと近寄る。  警戒する白ブリーフ派に、あっちゃんは優しく言った。   「トランクス……履きたいか?」   「え!?」    思いがけない言葉に、白ブリーフ派の男子たちは目を丸くする。  互いに顔を見合わせ。   「履き……たい……」    そう、絞り出した。   「そうか!」    あっちゃんは目を輝かせて立ち上がり、教室の男子たちに向かって叫ぶ。   「この中に、新品のトランクスが家にあるやつはいるか? あるなら一枚、こっそりと持ってきて、こいつらに渡してやって欲しい! こいつらだって、好きで白ブリーフを履いてるんじゃないんだ! 俺は、全員がトランクスを履ける自由があるべきだと思うんだ! 頼む! この通りだ!」    あっちゃんは頭を下げた。    その熱意に。  その夢に。   「おおおおおお!」   「俺持ってる! 次の体育の時に持ってくるぜ!」   「俺もだ!」    男子たちの心は一つになった。        そして、来るべき次の体育、の前の着替え時間。   「似合うじゃねえか」    すべての男子が、トランクスを履いた。  トランクスのみを身に着ける男子たちは、この日、男子から男になった。   「これで俺たちも、大人だああああ!」   「「「「おおおおお!!」」」」    教室中を走り回って、その功績を皆でたたえ合った。  教室を飛び出して、廊下で暴れ回った。  まるで、国を挙げて行う盛大なパレードのようだった。       「ぎゃああああああ」   「せんせー! 男子たちがー!!」   「変態ー!!」    パレードは続いた。  教師に止められるまでずっと。

平日23時

なにから手をつけたらいいかわからない 教科だけでも複数あるのに 細かく考えたら無数にある 暗記に疲れたら 数式解いたらいい はあ? 古文に飽きたら 英文を読めばいい なにいってるの? 甘いもの食べたら 塩っぱいもの食べたらいい みたいに言われても とりあえず 部屋の片付けしようかな

日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

トンネル

 周囲が暗くなった。トンネルに入ったのだ。  単語帳をめくる手を止めた。  寝ようか、どうしようか。  最寄り駅までは、まだ大分ある。  カバンの中にある模試の結果は、英作文に難ありという感じ。  もう少しだけ。  yield――生む。  reject――拒絶する。  obtain――得る。  ……。  静か。  首を回す。一つ飛ばしにぽつぽつ座っている乗客は、みんな携帯を見ていた。玩具みたいな単語帳などをめくっている自分は、場違いな気がしてくる。  自意識過剰なのはわかってるけど、アプリよりこっちの方が頭に入るのだからしょうがない。  目が疲れた。  景色でも眺めたかったけれど、まだトンネルから抜けてない。  対面の車窓に視線を向ける。窓はちょうど真正面で途切れていて、角度的に自分の姿は見えない。でも、同じシートに座っている人は、みんな見える。相変わらず、携帯をいじっている人が大半だ。  あれ。  窓の中、シズカさんが歩いてる。  静かな時にだけ会う、シズカさん。本当の名前は知らない。鏡面にしか現れない彼女はいつもセーラー服で、長めのスカートを着ていて、ふちのない丸眼鏡をかけている。どことなく、古風。  朝、髪をといている時や、ウインドウショッピングしている時とかに見かけたことはあるけれど、電車で会うのは初めてだ。  シズカさんは、空いている席を探しているのか、左右に視線を送りながら、私の方に歩いてくる。  最初は少し怖かったけど、なんかもう、慣れてしまった。今はシズカさんに会っても、部屋にときどき出るハエトリグモを見た時に「おっ」と思うくらいのインパクトしかない。クモに例えられるのは、甚だ不服かもしれないが。  シズカさんは私の隣に座り、通学鞄から文庫本を取り出して読み始めた。  何を読んでいるんだろう。  隣を見ても、シズカさんはいない。代わりに、一つ飛ばしの隣に座っている天パのおにいさんの無精ひげが見えた。  車窓に視線を戻す。  遠過ぎて、何の本を読んでいるのかはわからない。  けれど、アナログ派が増えた。  シズカさんは初対面の時から制服のまま。いつのまにか私は、彼女よりも年上になってしまった。  さて。何とかして大学に合格しないと。  単語帳をしまい、古典文法の本を広げる。   古文や漢文は趣味の範疇では? といつも勉強してて思うけど、必須科目なのだから仕方がない。  二人して膝の上に本を広げ、しばらく集中した。  周囲が明るくなった。トンネルを抜けたのだ。  車窓に目を向けると、シズカさんも顔を上げていた。  彼女も目が疲れたのだろうか。  二人して、ぼうっと田園風景を眺める。かすかに、野焼きの匂いがした。代わり映えのない朴訥とした景色は、眠気を誘う。  うつらうつらしていると、電車はやっと減速しはじめ、やがて、降りたことのない無人駅に止まった。  シズカさんは軽く伸びをして、電車から降りていった。ここら辺に住んでるのだろうか。  それにしても、長いトンネルだったな。

雪の日にすれ違った二人

 ちらりちらりと雪が降っている。  私はテンションがあがった勢いで、外に出た。  髪に雪が引っ付くと、オシャレな宝石みたいでお姫様になった気がした。    機嫌よく歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。  女の子は傘をさしている。   (なんで、雪の日に傘をさしてるんだろう。雨でもないのに)    すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。        ちらりちらりと雪が降っている。  私はテンションがさがり、さっさと家に帰ろうと歩みを速めた。  傘に雪が乗っかると、少しだけ傘が重くなってげんなりした。    機嫌悪く歩いていると、向かいから女の子が歩いてきた。  女の子は傘をさしていない。   (なんで、雪の日に傘をささないんだろう。髪べちゃべちゃになるのに)    すれ違う瞬間、不思議そうにする女の子と目が合った。

パンツTYPE-2

 「お嬢ちゃんパンツ売ってくれ。」 通っている病院のおじさんに言われる。 しかし僕は男だ。 多分何か症状が出ているのだろう。 「あら~おじさん、そんなに私のパンツ欲しいの~、じゃあ内緒で一万円で売ってあげるわ。」 おじさんはトイレで脱いだ僕のトランクスを持っていく。 売上一万円。 僕は日曜日に教会に行く。 「主よ、私は淫らな行いをしてしまい、罪のないものを騙しました、犯した罪を償うために金銭を支払います。」 教会に一万円寄付する。 帰り際教会の年頃の女の子のスカートが突然吹いてきた強風でめくれ偶然中の下着があらわになる。 ・・・してみるとあのおじさんは北風小僧だったのかもしれない。

夕日

太陽は夜が近づくにつれて夕日に変わっていきます オレンジ色の光になっていて空と大地を美しく照らします 今日もよく登ったなと山に腰掛けて、一息をついているのでしょうね

雪は土の上で青空を見ていました 雲一つない空は広く果てしないです 広い空に光の塊の太陽がポツリと浮いています 温かく明るい太陽はいつだって昼間にいます 雪はいつの間にか眠ってしまいました

天変地異的な正義とは

世の中未だ高市早苗政権維持ですか人間って 愚か私は別に自民党を批判してる訳じゃ無い けど超高級車のベンツを乗り廻す様な総理に 出来る事は多分税率上昇株大増税の世の中が 示す物は大恐慌や戦争ってシナリオだよ絶対 御先真っ暗なこの世に起死回生は訪れるかな 其れで金持ち政治家は裏で違法薬物ブレンド したシーシャを片手にホスト三昧とか遣って 総理大臣のストレス緩和してるかも知れない 人間は神に造られた筈が何故こんな堕落して 仕舞ったのだろう多分神無き進化が方向性を 狂わせて競い押し退け財政が無くなれば戦争 する様に為ったのかも知れない私は長生きが したくないから別に良いけど長寿を願う者に 取れば迷惑以外の何物でも無い筈希望と夢を 天から叩きつけられ粉々に為り果て絶望だけ 創造して仕舞う世の中にカンフル剤か王手を 射す者が存在するのならば神様お願い希望と 世界潤せる金を降らせて下さい地獄の沙汰も 金次第的などんでん返しが有ればその応えは 人間達の傍若無人振りに呆れて風に聞きなと 言われ無い様な行いを自信持ちするだけかも 知れないそう全ては天の神様の言う通り的な

ある女の独り言

 多くの人が、自分の心に従えと言う。   我慢はするなと言う。  結局そうしたところで、何も変わらないのに。  私の気持ちなぞ、この現世でどれ程のものだというのだろう。  のべつ幕無しに、移り変わっている世の中で、自分ひとりでは何も変わらないと気がついた瞬間、絶望よりも少し楽になったような気がした。  あの人に対してはどうだろう。  世の中と同じように、私はあの人の心を1ミリたりとも動かすことができない。  私は、あの人に対して無力で、なんの影響力もないだろう。  世の中に対しては、気楽でいられるのに、あの人に対しては体が切り裂かれるように痛々しい辛さがある。  もしかして、ひょっとして、万が一。勇気ある一歩というやつを踏み出したら、何か変わると期待しているのだろうか。  あの人を少しも揺り動かせないのは、「今」の自分自身のせいだろうか。    何かを変えれば、何かが変わるだろうか。  自分が変わって、自分をさらけ出して、自分を知ってもらう。  べた凪の状態が変わらなくても、心は着地しそうだ。あの人の存在が、世の中の一部に溶け込んだその瞬間に、少しは楽になるだろう。   おや、結局私も自分の気持ちとやらを大切にしているのか。    でも欲しいのは、心の平穏ではない。あの人の声、視線、温もり、におい、感情。全てだ。  さあ。少しでもいい。ゆこう。  

窓辺

かかる瞼に カランカラ 眠る猫背に 薄目のカーテン 陽射しよ 陽射せ タタラと 吹く風の 窓辺に受けた 眼差しに 私を散らせ 私よ散らせ 貴方を散らせ 咲けると咲いて 貴方よ咲いて 春に揺れて

車内に差し込む光がありました 太陽から生まれたその光は 車内を温かくして明るくしました それから陰も作りました

柿の木

ある街の小さな車整備工場の庭に 柿の木が一本ありました 柿の木は昨日降った雪をかぶりながら、いつもと違う街の景色を楽しんでいました 枝の梢にスズメがとまり、たくさん鳴いています 「雪だ雪だぞ」「冷たいぞ楽しいぞ」とないているのかな 柿の木はそう、思って聞いていました

熱量担当三年一組

「最後の体育祭、絶対成功させるぞー!」 「おおー!」 「放課後は、毎日特訓だー!」 「おおー!」    体育祭の始まる一月前から、一年一組の生徒たちは気合十分。  毎日毎日、暑っ苦しいほど真剣に、練習と企画に力を入れた。   「応援の振りは、こうがいいんじゃないか?」 「そうだな! 皆、変更だ!」 「うおおおおおお!」    どんな無茶だって、笑顔で実行。  全ては、最高の体育祭にするために。  体育祭の実行委員長は、白い歯をむき出しにした笑顔で喜んだ。   「これならいける! 我が人生、最大の体育祭だ!」        そして当日。  どにょりとした空気の体育祭は始まった。   「一組ー! ふぁいおー!」 「ふぁいおー!」    気合十分な一組。   「いけー」 「がんばー」    今朝から熱でも出てるのかというほどに、低いテンションの二組三組四組五組。  乗り気ではない体育祭を、さっさと終わらせたいという心の声が溢れ出ている。   「なんか、今年の体育祭は元気ないわよね」    とは、年子を持つ保護者のお言葉。   「……もっと、他のクラスの様子も見るべきだったか」    体育祭の実行委員長は、高い熱量の場所しか見ていなかった自分の行動を反省しながら、人生最悪の体育祭を終えた。

梅酒

 老婆が梅酒を作っていた。瓶に注がれた焼酎の底に沈んでいる梅の実を見て、孫の男の子が尋ねた。「これは何をしているの」老婆は答えた。「梅の味がするお酒を作っているのさ」やがてその梅酒が出来上がり、老婆がそれを飲んでいたある夜、孫の姿が見えない。老婆が家を探すと、孫は、暗い部屋の真ん中で、コップで水を飲んでいた。「何してるんだい」老婆はそう声をかけて部屋の電気をつけた。すると、孫が握りしめているコップに注がれた水の底に、何かが沈んでいるのがわかった。老婆が目をこらすと、それは女の子を象った人形の、首だった。人形の首を漬けた水を、孫は飲んでいた。「何してるんだい」老婆が恐る恐るそう尋ねると、孫はとろんとした目で、老婆をじっと見つめた。そして、口の端を歪め、嫌な音のげっぷを放った。

pm11:12

pm11:12 隣で寝る彼女がこちらに寝返りをうつ 静かに寝顔を観察する。そのまま裸の彼女を眺める いつの日か、こんな日が来るのだろうなと思っていた。初めて話したのはいつからなんだろう。お互い存在は見て確認してた。なんか良いなとは思っていた。でも関わりないし、会話する日が来るとは思わなかった。 彼女が薄目を開けて、僕を確認して、安心した顔で僕の体に触れる 薄暗い部屋で長方形の明かりが見える 手のひらサイズの、現実へ戻るワープゲート。妻からの着信が僕を夢から覚ましてくれる

ミニストーリー

毎朝、鏡に向かって声をかける。 「がんばれよ」 「しっかりな」 「できるさ」 効果は、意外にもあらわれた。 その日、鏡の中の自分が、笑いながら言ってくる。 「お前もがんばれよ」 さて、 明日から、鏡の中の自分に、会社に行ってもらうとしよう。

夜空の星が

夜空の星が コンペイトウならと ちいさな手を たかあくかかげ けれど あまりの高さに あまりの遠さに まだまだちいさな その男の子は なんどもなんども 手をのばす そのちいさな男の子は 夜空を見上げる ずっとずっと 夜空を見上げる 夜空の星が コンペイトウなら いいのにと    ・  ・  ・ 夜空を見上げ続けた ちいさな男の子のかみのけも いつのまにやら白くなった ふしぎなことが起こったのは 夜明けまえのこと ぱらぱらぱらぱら ぽつぽつぽつぽつ とたとたとたとた ぽっぽっぽっぽっ (おやおや、どうしたことじゃい) おそとが はしゃいで ぱたっとやんだ 空があかるくなると お庭には 道路には 公園には あたり一面 コンペイトウが つもっている (これじゃ、これじゃ) おじいさんは 目を細め、おおきくおおきく、うなずいた

エレベーターガール (掌編詩小説)

さぁ、乗って行きませんか いいえ、貴方を乗せましょう 行き先は任せてくださいね 行き先がわからないのは不安? 外でも眺めてはいかがですか こちらの階は貴方の置いてきたものの階 どうです?懐かしいでしょ? このエレベーターから出ないでください 貴方も取り残されますよ こちらの階は貴方がこれから出逢うものの階 どうです?目新しいでしょ? このエレベーターから出ないでください 焦らずとも、向こうからやって来ますから 私が何者かって? 貴方専属のエレベーターガールですよ。 また自分を見失ったら、声を掛けてくださいね いつでも、どの階でも、お連れ致しますから… こちらの階は貴方がこれから向かうべき階 どうです?何だか、せわしくないですか? このエレベーターから一歩、歩み出してください 焦らずとも、私たちはこのエレベーターの中で再会しますから (完)

どこにも書けないこと 【sideB】

※「どこにも書けないこと【sideA】」の別視点のお話です。 ──────  僕には、誰にも話せない秘密がある。  彼女──今、僕の隣で眠っている、この美しい女性。本当の彼女を知っているのは、この世界で僕だけだ。  出会いは十年以上前。取材で地方都市に三ヶ月滞在していた時のことだった。  単なる火遊びのつもりで、いつもの秘密クラブでメールをする。ホテルの部屋に来たのは、二十歳の彼女だった。  名前は偽名だと分かっていた。でも、その瞳に宿る影が、僕を捉えて離さなかった。  他の女たちとは違った。  表面的には笑顔を作り、プロとして振る舞っていたけれど、その奥に深い闇がある。逃げてきた者特有の、研ぎ澄まされた警戒心。そして、諦めと希望が入り混じった、危うい光。 ──僕は、その影に魅了された。  二ヶ月の間に、彼女を五回指名した。会話はほとんどしなかった。彼女もそれを望んでいるように見えた。ただ淡々と、仕事をこなす。  でも最後の夜、ふと漏らした一言が忘れられない。 「私、新しく生まれ変わるんです」  その言葉が、僕の中で何かを目覚めさせた。  彼女がクラブを辞めた後、僕は密かに彼女を追った。  職業上、難しくはなかった。新しい住所、働き始めた会社。整形手術を受けたことも知っている。鼻筋が少し高くなり、目元が変わった。でも、あの瞳に差す影は消えていなかった。  五年後、僕は「偶然」を装って彼女に近づいた。カフェで、友人の紹介という体で。  彼女は僕を覚えていなかった。当然だ。あの頃の僕とは、髪型も雰囲気も違う。そして彼女は、何十人、何百人もの男を相手にしてきたのだから。     ****  交際が始まって六年が経つ。  彼女は完璧に「普通の女性」を演じている。清楚で、優しくて、少し内気で。過去など存在しないかのように。  でも僕は知っている。僕の前で桜色に染まるその白い肌に、何人もの男の痕跡が刻まれていることを。その笑顔の裏に、決して消えない罪悪感があることを。  この優越感は、何にも代え難い。  同僚たちが彼女を「いい子だね」と褒める。彼女の友人たちが僕に「大切にしてあげてね」と言う。僕は微笑んで頷く。心の中で、秘密を抱きしめながら。 ──本当の彼女を知っているのは、僕だけ。  時々、彼女が告白しそうになる瞬間がある。言葉を選んでいる様子が手に取るように分かる。  「実は」と言いかけて、やめる。その度に、僕の中で何かが疼く。  教えてほしい。君の口から、あの過去を。  でも、僕は急かさない。花を手折ることはしない。ゆっくりと、彼女が自分から開くのを待つ。  それまでは、この甘美な秘密を独占する。  いつか彼女が告白したら、僕はどう反応するだろう。  驚いた顔をして「そんな過去があったんだ」と言うべきか。それとも「知っていた」と打ち明けるべきか。  どちらにしても、彼女の顔が歪むのを想像するだけで、胸が高鳴る。  それが残酷だと分かっている。でも、この毒から逃れられない。  彼女の寝顔を見る。穏やかで、無防備で。  きっと悪夢を見ているのだろう、時々小さく呻く。その度に、僕は彼女の髪を撫でる。 「大丈夫だよ」と囁く。 ──君の秘密は、僕が守るから。誰にも言わないから。だから、安心して。その日が来るまで。  窓の外で雨が降り始めた。彼女が小さく身じろぎする。僕は彼女を抱き寄せた。  この腕の中にいる女性を、本当に愛しているのだろうか。それとも、彼女の中の闇を愛しているだけなのか。  分からない。でも、どちらでもいい。  彼女は僕のものだ。過去も、現在も、未来も。彼女がどんな顔をして生きていても、その全てを知っているのは僕だけ。  この優越感こそが、僕の生きる理由。  この残酷で甘美な秘密こそが、僕を満たしてくれる。     ****  僕は今、彼女がモデルの小説を書いている。  彼女を抱いた時の描写、彼女の反応もすべて微に入り細を穿つ、ドキュメンタリーに近いフィクション。彼女が読めば自分のことだとすぐ気づくだろう。  だが、発表する気はない。いつか、僕が死んだ後に彼女が読めば、僕がすべてを知っていたとわかるはずだ。  これは彼女が自ら打ち明けなかった時の、あくまでも保険だ。  読んだ時の、彼女の反応が見られないのは些か残念だが。  どこにも書けないこと。でも、確かに存在すること。それを独占している快感に、今日も僕は溺れていく。

どこにも書けないこと 【sideA】

 私には、誰にも話せない秘密がある。  三十二歳の誕生日を迎えた夜、昔のことを思い出した。十八歳で家を飛び出し、誰も知らない街で一人になった。あの頃の私は、今の私からは想像もつかないほど追い詰められていた。  体を売った。二年間。生きるため、食べるため、眠る場所を確保するため。──生まれ変わるため。  父の暴力から逃げた夜、私は持てるだけの荷物を詰め、夜行バスに乗った。母は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。あの人も、父に怯えていたから。  見知らぬ地方都市で降り、ネットカフェで夜を明かした。所持金は三万円。  住む場所もない。頼れる人もいない。ハローワークに行っても、住所不定では仕事が見つからなかった。  最初は住み込みのスナックで働いた。でも、月十万円では生きていけなかった。そんなとき、スナックの子が教えてくれた。「もっと稼げる仕事がある」と。  店が終わった後、店外デートと称して客と一夜を共にする。売上の一部を店に渡す。  罪悪感はあった。でも、父のもとに戻るよりはましだと思った。  少ししてスナックを辞め、とある秘密クラブに登録した。  男性側に身分証の提出を求める会員制で、「一時の恋人」を提供するサイト。ある程度の安全は保障されていた。  二年間、必死に貯金した。昼は清掃業、夜は──  誰にも本名を明かさず、誰とも深く関わらず。ただ、上京するための資金を貯めることだけを考えた。  二十一歳の春、私は東京行きの新幹線に乗った。貯めた五百万円を握りしめて。顔を変え、新しい名前で、新しい人生を始めるために。  今の私は、小さな編集プロダクションで働いている。優しい彼氏もいる。週末は友人とカフェに行き、SNSにはおしゃれなランチの写真を載せる。  でも、時々、胸が苦しくなる。  彼が「実家に挨拶に行こう」と言うとき。友人が「お父さんとは仲いい?」と聞いてくるとき。  私の中の真っ黒な秘密──逃げてきた過去と、あの二年間が、胸を締めつける。  この前、彼が言った。 「君の家族に会いたい」  会えるわけがない。父は今もあの家にいる。母もいる。彼らの中で私は死んだことになっているかもしれない。  夜中に目が覚め、あの頃の記憶が蘇る。  知らない男たちの顔。ホテルの天井。数えた紙幣の感触。  カウンセリングに行こうかと思ったこともある。でも、どこから話せばいいのか分からなかった。  家族のこと? それとも、あの二年間のこと?  最近、ふと思う。私は間違っていたのだろうか、と。  生き延びるために選んだ道。誰も責められない。でも、自分では自分を許せない。  でも、あの選択があったから今の私がいる。東京で、自分の足で立っている私がいる。  いつか、誰かに話せる日が来るだろうか。彼に、すべてを打ち明けられる日が。  分からない。でも、少なくとも自分だけは、あの頃の私を見捨てないでいたい。  必死に生きようとしていた、十八歳の私を。  これまでのことを、匿名のSNSに書く。名前も顔も知らない誰かに向けて。  これは告白であり、懺悔であり、私自身を許すための儀式だ。  どうしてあの夜、帰らなかったのか  後悔は何度もした、それでも  逃げ場のない現実に押しつぶされ  戻れない一線を越えた  体より先に、心が冷えて  汚れたと決めたのは他人の目で  泣く資格さえないと思い込み  生き延びることだけを選んだ  この事実は  到底誰にも知られてはいけないこと  書き終えた今、胸の奥が少しだけ軽くなった気がする。  消えはしない。なかったことにもならない。でも、抱えたままでも、生きていける。  誰かに許されなくてもいい。  せめて私は、私を見捨てない。  窓の外で雨が降り始めた。部屋の明かりを消し、ベッドに横になる。  明日も、私は普通の顔をして生きていく。この秘密を抱えたまま。  でも、それでいい。今は、それでいいと思える。  どこにも書けないこと。匿名でしか吐き出せないこと。でも、確かに存在すること。  それを抱えて生きていくのが、私の人生なのだから。

47都道府県

「ニュース速報です。今日未明突如として東京に巨大なドーナツが、、!!」 見慣れないテレビの内容が流れてきて俺はすっっごく嬉しくてたまらなかった。特別にお前には教えてやるぜ!なぜならな、そのドーナツを作ったのは俺なんだ!!俺はこの世界で初めてドーナツを食べた時恋に落ちたんだよ!その時の幸福は忘れられないゼ!だから俺は作ることにしたんだ。行動力の塊でスバラシイだろ!!あぁ、、なんて惚れ惚れする形だ、、、。、、、そうだ!東京だけなんて違う!えぇっとなんだっけ、ああ!そうだ!47都道府県全部につくろう!きっと俺の仲間たちも絶対喜んでくれるゼ!!よし、そうと決まれば準備だ!! 「ニュース速報です。今日未明突如として東京に巨大なドーナツ型の穴が現れました。この影響で死傷者数子供含め1000人以上。現在では被害の全貌を掴めないとのことです。今もなお警察と政府の調査が続いています。」

ガソリンの味

元日の午前一時。 世間が除夜の鐘の余韻に浸り、暖かい部屋の中で微睡んでいる頃、僕はアスファルトの上にいた。 自転車の荷台には、普段の三倍はあろうかという「紙の爆弾」が積まれている。本紙に挟み込まれた分厚い別刷りと、色鮮やかな折込広告。それらは新年の華やかさを象徴していたが、配達する僕にとっては、ただただ指先から体温を奪い去る冷酷な重りだった。 中学に入ってから、僕の「正月」は形を変えた。 居間の炬燵でお屠蘇を囲む風景は、親の離婚で消えた。僕にできるのは、この五時間の重労働を完遂し、自分に必要なものを手に入れることだけだ。 「寒いな……」 独り言さえ白く凍りつく。 自販機の赤いランプが視界に入るが、そのボタンを押す選択肢は僕にはない。百円も積み上げていけば欲しかったものが買える。十軒分の新聞を配る苦労を、たかだか一缶のコーヒーに換えるわけにはいかなかった。 二時間が経過し、二往復目の途中、僕はお宮の前を通りかかった。新年を迎えたからお参りをしようと思った。街灯も届かない暗がりのなか、使い古された一升瓶とお猪口が置かれているのが見えた。無造作に、まるでそこに置いてあるのが当然であるかのように。 本来なら、未成年の僕が手を出していいものではない。法律という「前輪」が脳内で警笛を鳴らす。だが、五時間を戦い抜かなければならない僕の身体という「後輪」が、それ以上に激しく叫んでいた。 「今日くらいは、いいだろう」 かつて家族で飲んだお屠蘇の、あの「美味しくないけれど温かかった」記憶が不意に蘇る。 両親が離婚して以来、一度も口にしていなかったアルコール。 もしかしたら、今の僕なら、これを美味しく感じられるのではないか。 この理不尽な寒さと静寂を、一瞬でも忘れさせてくれるのではないか。 かじかんで感覚のない指で、お猪口を掴んだ。 注がれた液体を流し込むと、喉を焼くような熱さが真っ直ぐに胃へ落ちた。 美味いか、不味いかさえ分からない。ただ、心臓の鼓動が早まり、指先の毛細血管に再び自分の血が巡り始めるのが分かった。それは「嗜好品」などではなく、泥沼の戦場で見つけた一滴のガソリンだった。 「……よし」 僕は空になったお猪口を丁寧に元へ戻すと、再び重いペダルを踏み込んだ。 神様からの施しは、僕にあと二時間を戦うための、確かな熱をくれた。 そしてもし、あの日の僕と同じように、凍える手で新聞を配る少年を見かけたら。 僕はお宮の酒を教える代わりに、自販機で一番熱い飲み物を買い、少年のためにそのボタンを押すだろう。 あの夜、僕が喉に流し込んだあの熱さを、今度は誰にも隠さなくていい「まっとうな優しさ」として手渡すために。

『輪郭を確かめる』

何気ない毎日を、ただ繰り返しているだけの生活だった。 ご飯を食べて、学校に行き、筋トレをして、寝て起きる。休日にはアルバイトに出る。それだけの生活を、俺は疑いもせず続けていた。 退屈だったわけじゃない。ただ、心がどこにも向いていなかった。 世間は平成ブームだなんだと騒いでいる。過去をなぞることで安心し、今を生きているつもりになっているだけじゃないのか。そう考える自分自身も、結局は同じ場所に立ち尽くしていた。 だから俺は、何かを変えようと思った。変われば、きっと答えが見つかる気がした。でもその“何か”が、自分にとって一番大事なものかどうかは、まだわからなかった。 次の日から、俺は少しずつ動き始めた。劇的な決意なんてなかった。ただ、このまま同じ場所に立ち続けるのが、少し怖くなっただけだ。 朝、いつもより早く起きて走ってみた。息が切れて、足が重くなって、それでも少しだけ気分は晴れた。――これかもしれない、と思ったのはそのときだけだった。 次は読書だった。自己啓発書、小説、成功者のインタビュー。「自分を信じろ」「やりたいことをやれ」。ページを閉じるころには、なぜか自分だけが置いていかれた気分になった。 アルバイト先では、新しい仕事に手を挙げた。慣れない業務と人間関係。無理に笑って、無理に頑張って、家に帰ると疲労だけが残った。 走っても、読んでも、挑戦しても、胸の奥の空白は埋まらなかった。選択肢が増えるほど、自分がどこに向かっているのか見えなくなっていった。 「恋愛すればいいんじゃない?」 そう言われることもあった。恋をすれば変われる。誰かを好きになれば、世界が違って見える。俺は曖昧に笑うしかなかった。 人を好きになるという感覚が、よくわからなかった。嫌いじゃない。大切にしたい気持ちもある。それでも、胸が熱くなることはなかった。 人を好きになれない自分は、どこか欠けている気がしていた。本気で好きになったことがないだけだと言われるたび、少し安心して、同時に置き去りにされた気分になった。 無理に恋をしようとしたこともある。でも探している時点で、それはもう違う気がした。 一度、立ち止まることにした。何かを足す前に、今の自分を見直そうと思った。 俺は筋トレをする。誰に褒められなくても、回数が増えただけで満足できる。絵を描く。線を引いている時間が落ち着く。音楽を聴く。イヤホンの内側で感情が完結する。本を読む。言葉にならない部分を拾い集める。 気づけば、俺の好きなものはすべて、一人で成立していた。 それは寂しいことなんだろうか。前の俺なら、そう思っていたかもしれない。でも今は、一人で完結できる時間があるからこそ、外に振り回されずにいられるのだと感じている。 今の俺は、まだ何者でもない。何が一番大切なのかも、はっきりとはわからない。 それでも、何気ない毎日をただ消費しているわけじゃない。一人で完結する時間の中で、自分の輪郭を確かめながら、確かに生きている。 答えが見つかる日が来るのかはわからない。それでも俺は、この生活を続けていく。迷いながらでも、立ち止まりながらでも、自分の足で。

無能川

「この川の水は海賊に奪われたんだよ」  夏の日差しが照りつく橋の上で、友人は涼しい声で言った。 「日本に海賊なんていた?」  肩にかけたイーゼルとキャンバスを地面に置き、橋の下を見る。大きな川幅に不釣り合いなほど流れる水は浅く細い。もともと水が流れていたであろう両端には青い草が生えている。 「二つの川が合流すると、どうなると思う?」  友人は自分の質問がなかったかのように訊いてきた。それにはもう慣れている。 「合流した先の水量や勢いが強くなるんじゃないの」  軽くなった肩をもみながら、友人を見る。友人は橋の下をじっと見つめている。 「そう、浸食力が上がる。同時に浸食力の弱かった方の川は、水を奪われるんだよ」  友人は視線を少し上げ、川の先を眺める。 「浸食力の弱い川は、合流したときに浸食力の強い川に水の流れが引き込まれるんだ。引き込んだ川は水量が増して浸食力はより強くなる」  頭の中で川を作ってみたが、うまく想像ができない。友人の頭の中では、川がうまく流れているのだろう。 「川同士が水を奪い合うことを河川争奪っていうんだ。英語では川の海賊行為、日本でも斬首って呼ばれてる」  斬首と言う具体的で強い言葉に顔を歪めながら「だから海賊なんだ」と納得する。 「水を奪われた川は干上がるか、少しの水しか流れなくなる。完全に干上がった場所を風隙、川幅に対して不釣り合いな水量の川は無能川、不適合河川って呼ばれる」 「斬首だったり無能だったり、ひどい言われようだね」  口を歪めるように笑うと、友人は考え込んだ顔つきで「時間も川みたいなものだから」と低い声で、独り言のように口ごもった。  あれから年月が流れ、あの川は風隙となった。  橋の上から、水が流れていた場所を見る。夏に生えていた草は枯れ、粉っぽい土とひび割れた地面が枯草の間からのぞかせている。 「時間も川みたいなものだから」  友人と離れてからの自分の時間はどうだろうか。常に役に立たない思考と力をくれない欲求に流され引き込まれ続け、あるはずの時間を十分に使うことが出来ていない。あの頃は友人に引き込まれ合流し、時間のすべてを夢に懸けていた。しかし友人が遠くへ行った途端、斬首されたように水は減り無能になってしまった。  それでもまだ風隙にはなっていない。無能でも不適合でも、まだ水は流れている。  もう海賊には奪わせない。

あの子になりたい

なんて不公平な世の中なんだろう。 全てがうまくいかない私と全てがうまくいっているあの子。 同じ人間のはずなのにどうしてこんなに違うんだろう。 あの子はみんなに愛されている。 休み時間になれば、自動的に人が寄ってくる。 まるで磁石に砂鉄がくっついてるようだ。 頑張らないと友達ができない私とは大違い。 あの子は顔もかわいい。仕草も声も全部かわいい。 それが愛される一つの要因になっているんだろうな。いいな。 どこを見てもかわいくない私とは大違い。 あの子は強い。 どんな輪にも入っていける。 「なんの話ー?」で入っていける。 嫌われるのが怖くて何にもできない私とは大違い。 あの子はいつも笑顔なのに、私はいつも真顔。 あの子になりたい。あの子になりたい。 今から薬を飲んだらあの子に生まれ変わったりしないかな。なーんて、バカみたいなこと考える。 あの子のように優しく笑顔を作って眠ってみた。 ***** なんて不公平な世の中なんだろう。 全てがうまくいかない私と全てがうまくいっているあの子。 同じ人間のはずなのにどうしてこんなに違うんだろう。 あの子は自分から友達を作ってる。 自分で仲良くなる人を選べるのは楽しそう。 その場の流れで周りに寄ってきた人と適当に友達になる私とは大違い。 あの子は普通。そこに憧れる。 バカにしてるとかじゃない。本当に憧れてる。 顔だけで寄ってこられて、すぐに捨てられることがない。 すぐに捨てられる私とは大違い。 あの子は優しい。 優しすぎて、損することもあるんだろうけど、いいなって思う。 一人になるのがとにかく嫌で他の人の気持ちも考えずに輪にむりやり入っていく私とは大違い。 あの子はいつも心からの顔なのに私はいつも作っている顔。 あの子になりたい。あの子になりたい。 今から息を止めたらあの子に生まれ変わったりしないかな。なーんて、バカみたいなこと考える。 あの子のように心からの表情を作って眠ってみた。