令和版「支払いは任せろーバリバリ」
令和版「支払いは任せろーバリバリ」
「支払いは任せろー」 途端に響くバリバリ音。 小さなループがびっしり並んだループ面と、細かいかぎ状になっているフック面の別れを奏でる。 静寂を楽しむ高級レストランにはよく響いたようで、お客さんどころかウェイターまで、一斉に私たちの席を向く。 鈍感な彼氏は気にする様子もなく、なおもバリバリ音を継続する。 「やめてえええええ!?」 私は顔を真っ赤にして立ち上がった。 ポカンとした表情で彼氏が私を見上げる頃には、ループ面とフック面が完全い離れ、マジックテープの財布から日本銀行券がこんにちはしていた。 「ってことがあったの!」 「で、その彼氏は?」 「振った! 店出てすぐ振った!」 私は思いのたけを、親友へとぶつける。 「そっかー。まあ、高級レストランでマジックテープの財布はないわよね。振って正解」 「でしょ!」 マジックテープが、世の中の役に立っているのは知っている。 しかし、それとこれとは話が別だ。 マジックテープの財布なんて、ありえない。 「支払いは任せろー」 途端に響くジャリンジャリン音。 精密な加工が施された日本の硬貨が、自動精算機に吸い込まれる。 静寂を楽しむ高級レストランにはよく響いたようで、お客さんどころかウェイターまで、一斉に私たちの席を向く。 鈍感な彼氏は気にする様子もなく、なおもジャリンジャリン音を継続する。 「やめてえええええ!?」 私は顔を真っ赤にして立ち上がった。 ポカンとした表情で彼氏が私を見上げる頃には、自動精算機の清算が完了し、お釣り受け取り口に流れ出る小銭がジャリンジャリンと音を立てていた。 「ってことがあったの!」 「で、その彼氏は?」 「振った! 店出てすぐ振った!」 私は思いのたけを、親友へとぶつける。 「そっかー。まあ、高級レストランで現金払いはないわよね。振って正解」 「でしょ!」 日本の硬貨が、偽造しにくい高品質な硬貨なのは知っている。 しかし、それとこれとは話が別だ。 現金支払いなんて、ありえない。 「支払いは任せろー」 途端に響くペイペイ音。 彼氏のスマホの画面上で、支払い完了のファンファーレが鳴る。 静寂を楽しむ高級レストランにはよく響いたようで、お客さんどころかウェイターまで、一斉に私たちの席を向く。 鈍感な彼氏は気にする様子もなく、すっとスマホをポケットにしまった。 「やめてえええええ!?」 私は顔を真っ赤にして立ち上がった。 ポカンとした表情で彼氏が私を見上げる頃には、QRコード決済での清算が完了し、彼氏に領収書が手渡されているところだった。 「ってことがあったの!」 「で、その彼氏は?」 「振った! 店出てすぐ振った!」 私は思いのたけを、親友へとぶつける。 「そっかー。まあ、高級レストランでQRコード決済はないわよね。振って正解」 「でしょ!」 QRコード決済が、世界的に普及している決済手段なのは知っている。 しかし、それとこれとは話が別だ。 高級レストランで腑抜けた音なんて、ありえない。 「はあ、この世界には、まともな支払いができる男っていないのかなぁ」 「あんたにあう男はいないんじゃない?」 親友が呆れた表情を浮かべている。 親友も、ほとほと日本の男の支払い方法に飽きれているのだろう。 ああ、私の王子様はいずこ。