境界線

境界線

 玄関の扉を開ければ、家と外の境界線が見える。  一歩でも踏み出せば、家にいる私から、外にいる私へと変わってしまう。  それは、パパもママもわかってくれた。    空を見上げれば、晴れと雨の境界線が見える。  雨雲が目の間に来るのを待てば、晴れの下にいる私から、雨の下にいる私へと変わってしまう。  それは、パパもママもギリギリわかってくれた。    友達を見れば、好きと嫌いの境界線が見える。  私が言葉を間違えると、友達に好かれる私から、友達に嫌われる私へと変わってしまう。  それは、パパもママもわかるようなわからないようなという顔をしていた。    好かれると嫌われるはわかるけど、境界線が見えないらしい。   「ねえ、神様。どうして私には、こんなものが見えるの?」    歩道と車道の間に引かれる、生と死の境界線を指差しながら、私はいるかいないかわからない相手に尋ねた。  しかし答えは返ってこない。  本当か嘘かの境界線も見えない。    私の目は、不思議な目。  神様の目だって、自分では思うことにしてる。  じゃないと、私だけにしか境界線が見えない理由を説明できないから。    境界線が見えるのは、便利だけと不便だ。  私だけが分かる正しいことを、私以外に伝えることができないから。    クラスでお菓子を食べてる友達に、ゆっくりと近づく叱られるか叱られないかの境界線。  足音も聞こえないときに、教室の外にもいない私が「先生来るからお菓子隠して」なんて言おうものなら、きっと変な顔をされるだろう。  だから、ゆっくりと友達に近づく境界線を、私はただ見ることしかできなかった。   「こらー! 学校にお菓子を持ってくるんじゃない!!」   「ごめんなさーい!!」    ああ、泣いちゃった。  私だったら、防げたのに。  でも、私じゃあ、防げなかった。    私にとって、この神様の目は、使いにくい道具だ。  あまりにも複雑で、あまりにも難しすぎて、たぶん半分も使いこなせていない。  もっと大人の人だったら、使いこなすことができたのだろうか。   「ふんー︙︙ふああああ︙︙!」    学校が終わり、私は近くの湖で、思いっきり背伸びをした。  今日も疲れた。  他の人より見えるものが多いせいか、私の目はいつだって疲れ切っている。  今日の宿題をいつやろうかなんて考えながら、私は空を見つめる。    昼と夜の境界線が、ゆっくりと近づいてくる。  青い空が、赤く染まり始める。   「あ」    同時に、夏と秋の境界線が、ゆっくりと近づいてくる。  季節が変わる。  私はまた、大人に近づく。    私は地面に目線を移し、いずれ咲くだろうコスモスの姿を幻を見る。  コスモスの生と死の境界線は、まだ見えない。   「早く、大人になりたいなぁ」    私の体が夕日に染まる。    私はまた一つ、大人に近づいた。