本当に言いたいことは、きっと

本当に言いたいことは、きっと

「私ね、昨日人を殺したの」 まるで昨日東京にでも遊びに行ったかのような軽い口調で、彼女はそう言った。 「︙どういうことだよ」 彼女は嘘をつくのが好きだから、こんなふうにふと言われても信用しないのが僕のマイルール、だった。でも今回は、いつもと何かが違った。 「そのまんま。人を殺しちゃったの」 人をひとり殺すということはかなりハードルが高く、多くの人が避けるはずの道だ。たとえバレたくない殺人だとしても、日本の警察は有能だ。どうせすぐに捕まってしまうだろう。 「見に行く?まだ残ってると思うよ」 「︙行くわけないし」 「悠ちゃん、怖がってるんでしょ?いつもは強がりなくせに、こういうところだけ弱っちぃの好きだよ」 ここで“好きだよ”の一言をねじ込むのも彼女らしい。僕はそんなふうに“好き”をさらっと言える彼女のことを密かに尊敬していたりするのだが、今はそんなところではない。 「︙なんで?」 「なんで殺したのかって?決まってるじゃん、殺したかったからだよ」 それは理由にはなっていない。なぜ殺したかったのか、根本的な理由が分からない。でも僕は代わりにこう尋ねた。 「もしかして︙、君は、僕も殺す︙?」 ありがちな漫画のような展開が僕にも襲いかかるかもしれないと思うと、一気に周りの気温が下がったような気がした。もしかして僕の踏み台のために、関係ない人を殺したというのか︙? 「なんでそんなこと気にするの?大好きな人をわざわざ殺す必要ないじゃん」 「︙」 大好きだからこそ殺してしまう奴もいるだろう。言わゆる“重い”だとか“メンヘラ”だとか呼ばれるような人もいる。だから彼女の言うことは、やっぱり信用できなかった。 「ちょっと距離を置かせてくれないか」 「︙まあそうなるよね」 彼女はふっと笑った。いつもは子供っぽい彼女なのに、なぜかその時はやけに大人びて見えた。僕の先を二、三歩歩いたと思うと、彼女はくるりと僕を振り返った。彼女の癖のないさらさらとした茶髪がふわりと揺れ、肩に落ちた。 「︙別れよっか」 「それは、嫌だ」 「︙」 彼女は黙った。僕自身も驚いていた。僕の父親は警察官だ。それが理由ではないかもしれないが、正義感は人並み以上にあるはずだ。なのに僕は彼女のことを振りきれない。人を殺した、と言っている彼女のことを。今までの恋人だったらすぐに突き出すはずなのに、僕は︙。 「とりあえず、一回寝て。それからちゃんと話そう。僕もちゃんと自分の気持ちを整理するから」 今日は僕の家に泊まる予定になっていた。きっと明日になったら僕ももう少しマシな判断ができるだろう。 「︙そうだね」 彼女は歪な笑みを浮かべた。 ふと目が覚めると、隣に彼女は居なかった。トイレかなと辺りを見回してみると、彼女の姿はキッチンにあった。どこか思いつめた表情をしている。そんな彼女が見つめているのは、︙錠剤だった。 それを飲ませてはならない。 反射的に強く思った僕は、 「やめろ!」 彼女の手からそれをはたき落とした。錠剤はコツっと地面に落ち、それから見えなくなった。 「悠ちゃん︙」 彼女のぱっちりとした目は普段より大きく見開かれていた。その目が僕を捉えた。その色素の薄い茶色い瞳に、心配そうに覗き込んでいる僕が写っていた。やがてその瞳はゆらゆらと波を生み出し、透明な雫を溢した。一粒それが流れたかと思うと次々に涙が溢れていき、彼女の頬を濡らした。 「なんで死なせてくれなかったの︙?」 「︙昔、父さんが言っていたんだ。『どんな理由があっても、人を殺してはいけない。』って。俺も確かにそう思う。だから、ちゃんとその罰を受けてからじゃないと、死なせられない」 違う。こんなことを言いたかったわけじゃないんだ。俺は、本当は、こう言いたかったんだ。 「 だよ」 彼女はそれを聞いて、くすりと笑みを浮かべた。けれどもそれは一瞬で、そのまま彼女は崩れ落ちた。慌てて僕は彼女を抱き留めた。彼女の髪がぱさりと僕の肩に落ちた。いつもは甘い香りを放っているその髪は、今はもうなんの匂いもしなかった。 「さよなら」 彼女がそう喋ったわけでもないのに、彼女のそんな声が聞こえたような気がした。