夜はかろうじて明けた

夜はかろうじて明けた

 二人は最悪の朝を迎えた。こんなにも緑が生い茂ったコテージで、誰もが予想出来ない朝だった。昨夜、同じ宿泊者が首を吊って自殺したのである。 「死んだのは、大山都教授らしい」  二人はその人物を知っていた。彼は時々テレビに出るくらい有名で、様々な大学に出張へ行きゲストとして授業を行っていた。例に漏れず、二人も特別授業を受けたことがあったが、彼らの印象に残っている教授は、自分が偉いことを知っていて、自信に満ち溢れている教授だった。 「俺がこのコテージを選んだばかりに」 宇都はボトルに入っている麦茶をコップに汲んで、一気に飲み干した。自らの選択に対して、思い詰めているようにも見えた。 「何言ってるんだ。俺の傷心旅行を計画してくれたんだろう」 宇都は良い奴だ。その上有名企業に就職が決まるほど優秀だった。余りにも完璧な宇都を、上谷は羨ましくもあった。 『一日二組限定宿泊プラン! 夜は美しい星を、朝は透き通るような朝日を!』  サイトのトップに書かれていた文言である。こんなに美味しい字面が並んでいれば、木田に振られたばかりの上谷だって首を縦に振るに決まっていた。 「何が透き通るような朝日だ」  外はどんよりとした曇り空だった。上谷は着々と荷物をまとめていたが、ふと宇都がぼんやりとスマホを見つめていることに気が付いた。 「早く帰ろう」 上谷が声を掛けると、宇都はゆっくりと顔を上げた。 「なあ、大山都教授は本当に自殺だと思うか?」 「︙どういうことだ?」 宇都はスマホを上谷に見せた。教授の個人サイトが開かれていて、一番上の日記にはコテージに行く話が載っている。 「こんなにも楽しみにしている人間が自殺なんかするだろうか」 教授はどうやらコテージのオーナーと知り合いで、この時期毎年訪れているようだった。このコテージの魅力と共に、オーナーに会える嬉しさまで丁寧に書かれている。 「何が言いたい?」 「俺は、教授を殺したのはオーナーだと思う」 「まさか」 上谷は笑って見せたが、宇都の顔は至って真剣だった。 「昨日は争った声も聞かなかったし、部屋が荒れていれば警察だって気付くだろう。大人しく首を吊られる奴がいるはずない」 「大人しく首を吊らせる方法はある」 宇都は麦茶の入ったボトルを指差し、話を続けた。 「飲み物が欲しい人は食堂に行けば無料で貰えるだろう?」 上谷は頷きながら聞いていた。実際昨日も宇都が二回程食堂に取りに行ったのを覚えている。 「昨日そこでオーナーから聞いたんだが、教授はこのボトルを取りに行かず、オーナーに持って行かせていたらしいんだ」 「まさかそんなことが動機になるとは思えないが」 「いや、例えばこのボトルに睡眠薬を入れていたとすれば?」  宇都の鋭さに、上谷は驚くことしか出来なかった。 「確かに睡眠薬なら、部屋に錠剤でも置いておけば自分で呑んだと思われる」 今度は宇都が頷いた。 「ボトルを運ばせるような関係だったということだ。動機なんてその辺に転がっているだろう。俺はこのまま自殺として見逃すのは、どうかと思う」 確かに教授は、どこか高圧的な人物だった。気に入らない人は一定数いそうなものである。  宇都は大きな溜息を一つ吐いて、麦茶の入っていたボトルを手に取った。 「飲み物貰いに行ってくる」 「昨日から宇都ばかり行ってるじゃないか。俺が行くよ」 「良いんだ。オーナーの様子を見に行きたいんだ」  宇都はそのまま、勢い良く出て行った。部屋中に後味の悪さだけが漂っている。  その時、宇都のスマホに一件の着信が入っていることに気が付き、ハッとした。『木田 小春』、上谷を振った彼女だった。二人はそんなに仲が良かっただろうか。嫌な予感がして、電話に出た。 「宇都なら今いないよ」 「︙上谷君?」 木田は一瞬気まずそうにしたが、気を取り直して話を続けた。 「ねえ、宇都君最近見かけないけど、何か知らない? みんな心配してるの。ほら、内定取り消しになったでしょう」 上谷は眉を顰めながら返事をした。 「取り消し?誰が」 「宇都君だよ。前にSNSでナントカっていう教授のことを書いたら的を獲すぎて拡散されたの」 胸の内が騒ついた。 「それを教授が気に食わなかったみたいで内定先に訴えたとか。私、彼が可哀想で」 「︙なんでそんなに宇都のことを心配するんだ?」 木田は黙っていた。彼女は電話を切る前に一度だけ「ごめん」と呟いた。  宇都は一体、いつから上谷の傷心旅行を計画していたのだろう。もし教授の自殺が事件だと気付かれれば、上谷は迷わずオーナーの名前を出した筈だ。彼の誤算は一つだけ。彼があまりにも完璧で、木田自身が宇都のことを好きになってしまったことだけだ。  スマホを机に置こうとしたら、折角まとめた荷物が地面に落ちた。最悪の朝は、まだまだ続きそうだった。