「誰でも本が買える、普通の日常を守れー! 先人の努力を壊すなー!」 大衆が大声を上げている。 彼らは、『誰でも本を買える』日常が、果たしていつから来たと思っているのだろうか。 大正末の円本ブーム。 そこから続く、雑誌ブームと本屋の乱立。 彼らの普通に時間軸を指すのであれば、日本の普通は大正末以降と言うことになる。 「誰もが自分の姓を名乗れる、普通の日常を守れー! 夫婦同姓の強制反対ー!」 大衆が大声を上げている。 彼らは、『誰でも生まれた瞬間の姓を名乗れる』日常が、果たしていつから来たと思っているのだろうか。 明治始まりの明治維新。 血統主義を重視した、実家の名字の強制。 そこから続く、三十年ばかりの夫婦別姓の世。。 彼らの普通に時間軸を指すのであれば、日本の普通は明治の一部と言うことになる。 「なんて都合のいいことだろう」 自由と選択を多分に許された時代。 まるで、おかずがぎっしる詰まった弁当箱から、好きな具材を食べて、それ以外を捨てるがごとく。 基準なき普通を正義として掲げる滑稽さに、私は思わず苦笑いした。 「お待たせしましたー」 丁度そのころ、コンビニ弁当が温まったようで、私は弁当箱を受け取ってコンビニを出た。 さっきまで何を考えていたのかは、もう覚えていない。
新しい土地での生活は 自分に合ったお店をさがすのだって苦労する それが古本屋さんとなるとなおさら 散歩もかねて、となりの駅くらいなら歩いてみる 二駅だと、ちょっと考えちゃうけどね ああ、退屈だな はやく大学卒業して働きたい 気楽な学生生活は長く続いてほしいけど 人は、こういうとき、働きたいって思考になるんだね 働きはじめたら働きはじめたで 休みたい、サボっちゃえ、辞めちゃうか そんなことを思うんだよね、きっと はやくちゃんと大人になりたい でも、年はとりたくない 何を言ってんの、まったく 春の思考って、でもね 得てしてそんなもの なのかな
あぁー幸せだな.... こうやって布団の上に寝転ぶのはほんとうに気持ちがいい。 このまま溶けてしまいそう。 君が隣にいれば もっと幸せになれるのに 君はもう溶けてしまったよ。 あぁ、君は どこにいるの?
大自然の海ボート、船出す者は沖に錨を根付け 流され無い様海に浮かぶ物を錨用いて固定した 水上レストラン、海を埋め立て建設した全ての レジャーランド、高層ビル、マンション、住宅 山切り崩し創造したか様な全ての高速道路等に 錨は有るのだろうか日々何万台も重量の自動車 トラック、トレーラー、コンテナ車等行き交う 揺れ、叫ぶコンクリートの渡せ橋の寿命何時迄 忍耐強く生きるのだろうか大自然の神も忍耐や 怒り冴え抱えながら何時かの大転換期に期待と 微かな希望、兆し秘め今日も見守られし地球を 我が事的御慈悲や無常、無情な瞳と神の俯瞰で 眺めるかも知れない忍耐強き神に尊敬込め敬礼
スマホを正面に掲げ前髪をいじる女の子 彼女の幼い顔はとても真剣だ 綺麗で可愛らしい服を着て電車を待つ間身だしなみを欠かさない ホームに上り電車が入ってくる。彼女の待つ電車だ。 彼女はマスカラのついた瞼を閉じて体をゆっくりと前に倒す。どん、と身体が弾き飛ばされる 上り電車が汽笛を鳴らして急停車するが間に合わない 金属の擦れる音の後に衝突音楽なる 彼女は目を開け尻餅をついたお尻をはたく 彼女を飛ばした酔っ払いの爺さんが誰ともなく暴言を吐きながら改札へ向かっている 「うるせぇバカヤロー!」 「どけコノヤロー!」 「バカモノが!」 「俺の前に立つな!」 「大馬鹿者!」 「馬鹿は引っ込んでろ!」
ピーーー 『本日の使用量の上限に達しました。シャットダウンを開始します。』 まだダメだ。 今日はまだ株価の変動状況を聞きながら、明日の会議で使う資料の最終確認をして、その後ネットの友人たちと通話をしながらSNSをチェックしなければならない。 できれば趣味の執筆活動もしたいところだ。 男はデスクの隅に置かれた缶をだるそうに取り上げ、わずかとなった残りを自らに流し込む。すると、ゆっくりと再起動し始める。 近ごろ容量オーバーになることが増えてきた。年のせいだろうか。 昼間は仕事以外の情報は遮断するようこれでも気を使っているつもりだ。 これから年を取るにつれてだんだん情報摂取許容量が落ち込んでいくこと考えると身震いがしてくる。 情報がなくなったら何を得て生きていけばいいのだろう?
「この三年間、必死に勉強をしろ! いい大学に入れば、いい就職ができて、幸せになれる!」 子供たちは、必死に勉強した。 大学受験と言う高い壁を乗り越えるために。 「企業分析はしっかりしろ! 面接対策もな! いい就職ができれば、人生バラ色だ!」 子供たちは、必死に勉強した。 採用試験と言う高い壁を乗り越えるために。 そして晴れて大人になって、社会人デビューを果たした。 地元を離れ上京し、都会を楽しんでいたところで声をかけられる。 「君、君。アイドルに興味ない? ぼく、こういうものなんだけど」 入り口にそびえ立つ高い壁を乗り越え続けた元子供たちは、向こうからやってくるという低い壁を前に、目を輝かせる。 ずっとずっと言われてきた。 入り口にある壁を乗り越えれば、幸せになれると。 「なりたいです!」 だから、降って沸いてきた低い壁を飛び越えることを喜んだ。 電話が一本かかる。 「もしもし」 「あ、大学長ですか? 今年も大学入試に高い壁を設定してくださって、ありがとうございました。おかげで、アイドルの卵が豊作です」 「ほっほっほ。良いってことよ。それで、わかってるね?」 「もちろんです。写真を送りますので、お好きな子を選んでください」 電話が一本かかる。 「もしもし」 「あ、社長ですか? 今年も就職試験に高い壁を設定してくださって、ありがとうございました。おかげで、アイドルの卵が豊作です」 「くっくっく。良いってことよ。それで、わかってるね?」 「もちろんです。写真を送りますので、お好きな子を選んでください」 高い壁があるのは何のためか。 社会に出たばかりの子供たちはわからない。 高い壁は入口にしかなく、それを超えれば幸せになれると教育された現代人にはわからない。 理由を知るは、壁を作る者どもばかり。
matamokuruikusagidatamouikarukimook inaiwakenadonaigausotukinamononotam ekokorowomidasuhodoyasasikumobakade saenaikonowakewakaranaikikannoowari waitukurunodaroukazenbuateninaranai yojigennoheasoremosoukakokowasanjig ennisokurinajigennoseireitatimomina ningentodouyousaiteisaiakunasyozoku kamosirenaidakaraheikideiyagarasega dekirunodaroutoyoyakukizuitanijijyu ugofundatasubetegarifujyunfujyourin ajigennoyojigewaenmosamamohouzukisa mamoimasendesitanazekahouzukinoreit etugamitakunaruhisasiburinakibarasi =genjitutousikamosirenai
私も人なのに、人と同じように生きるのが難しく感じる どこかで、孤独感と下降するばかりの心の落ち着きを感じる これには波があるので、いつやって来るか分からない 周囲に気づかれないように、孤独感に慣れたし心の保ちようも学んだ 生きるとは共存・調和し合うということ だから、嫌でも… 人と比べなくては人の世に置いてけぼりにされる 気分が浮かない日は、寝ることが怖くなる (完)
告白されること三桁。 断ること三桁。 俺は、イケメンに生まれすぎた。 「女、食い放題じゃん?」 なんて友達は言うが、外見だけに群がって来る女子の何がいいのか、俺には理解できなかった。 告白された時は、いつだって考えていた。 俺の中身を見てくれる女子はいないのかと。 「ああ、すまない。患者にこんなこと言うのは間違っていると思うんだが、私の恋人になって欲しい」 今回の告白は、まさかの医者。 ちょっと胸辺りが痛くて、色んな検査をした後にこれだ。 滅茶苦茶頭が良いはずの医者も、結局は外見だ。 「いや、俺は」 「こんなに美しい肋骨は見たことがない! いや、肋骨だけではなく、もちろん骨盤の角度も最高なんだが!」 心臓を撃ち抜かれた気がした。 この人は、俺の顔なんてまるで見てなかった。 俺でさえ見えない、俺の中身しか見ていなかった。 「……ああ、すまない。患者にこんなこと言うなんて、どうかし」 「ぜひお願いします!」 診察室の中で、俺は初恋に落ちた。 まずは、目の前でぽかんと口を開けている恋人の顔を覚えなければ。 えっと……目は、二つあるな。
小さな公園の橋の下で。 寒くはないけど風が冷たい日。 私はこの文を書いています。 私は今日一人で帰りました。 友達に見つからないように。 一緒に帰る予定だったけど裏切りました。少しだけ最低です。 友達は今頃、私を探しているのでしょうか。そもそも私がいないことに気づいてる? さっき、友達を嫌いになりました。 なんかうまく言葉にできないけど嫌いになりました。 誰かにそのことを相談したかったけど、嫌いって言葉に出したら本当に嫌いになりそうなのでやめました。 私はその友達のことを嫌えません。 だって私がその子を嫌ったら全体の関係が崩れちゃう。 私の居場所も。 だから嫌いって言ったらいけない。好きでいないといけない。 だけどなんか疲れちゃって。今日は約束破ってしまいました。 きっと明日気まずいな。きっと連絡も来てしまう。 なんか、なんか、嫌い。 大嫌い。 あっ今、魚が跳ねた。 風も強くなってきた。 寒い。
今日の天気予報は午後から夜明けまで雨 時刻は午後1時を回った所 空は厚い雲に覆われているが白熱灯の様な優しい日の光が地上を照らす 涼しく少し勢いのある風が雨の訪れを知らせている 畑に建つビニールハウスがキラキラと日差しを跳ね返す。 ユウはスーパーの帰りに空を見ている。缶チューハイばかりが入ったビニールが指に食い込んでいる 雨が降ってきた。土の匂いが湧く ユウは急いで傘をさす。 オンボロの傘は雨を少し通して服に斑点を残す。 雨だ。窓を汚すあの雨だ。 車を汚すあの雨だ。恋の終わりにお似合いなあの雨だ。人を待つに相応しい天気のあの雨だ。道半ば途方に暮れるあの雨だ。 ウォーリーとお笑い芸人になりたくて、今の生活をしている。 雨が心に溜まり、一杯になった雨水は思いから溢れてしまう。 ウォーリーが良いやつだから面白いから同じ夢を見ていられる。 雨は思い出を連れてくるスイッチになる。 今まで歩んできた道が雨を含み鮮明に見える。その時の気持ちまで。 昔から、足下の地盤が崩れて奈落の底に落ちてしまう時がある。 特に前触れもなく、停電のような突然に思考が停止してしまう。 ウォーリーに助けてほしいと思っている。 困ってしまって動けないよと言いたい。 雨が降っている 指にビニールが食い込んでいる 心が溢れている 奈落に落ちていてる 「買い物帰り?」 ウォーリーが来た 「酒買いすぎだろ」 ウォーリーが笑っている 「帰るまでの切れるかな?」 「飲みきらなくて良いよ」 「焼き鳥買って帰ろうぜ」 「ウォーリー」 「えっ?」 「…」 「おぉ、焼き鳥代は俺が払うから大丈夫だよ」 「ユウ」 「えっ?」 「俺にまかせろ」 don't you worry!
深い夜の静寂が、オオケワリの家を包み込んでいます。 大きな大きなオオケワリの中身をくりぬいてつくられたおウチに住んでいるブンチョーネコのシロー・ムラサキ。 このおウチは、シローの何代か前の先祖さまがこしらえたもの。 近くにはサンカクシカクヤヤマからのびてくるカワワワがゆるやかに流れ、大きなミズノタマリダマリにそそいでいます。 シローは、その日あった出来事を帳面に記していました。 昼間、散歩をしていたときのことです。 大きなミズノタマリダマリのまわりがやけにさわがしく感じられました。 行ってみると、メガネワオワオとマウンテンワオワオが言い合いをしていました。 メガネワオワオは、意見が合わないこともあるけどオレたち仲間だぜ、と思っているようなのですが、マウンテンワオワオのほうは、心底、メガネワオワオのことを嫌悪しているようです。 共通してるのは、互いの口から放たれる言葉に強くて鋭いトゲが無数にあるところ。 ここまで書いて、シローは、ペンを置きました。 ―さわがしいのは、どうも好かんのだよなあ そう頭のなかでくり返し、台所へと向かいます。 乱れた頭と心を、あたたかい珈琲で鎮めよう。 そういった考えからのことです。 お湯を沸かすと、シローは、ゆっくり、時間をかけ、珈琲をいれます。 余計なことは考えず、ただ、ひたすら、珈琲のことだけを、珈琲のことだけを、珈琲のことだけを。 そして、ただ、珈琲のことだけを…
春は電車のなかが混んでる気がする。新入生、新入社員、新しいバイト先に慣れない乗り換え。駅で待つときにしても、電車のなかにしても、どのあたりを自分の居場所にできるか、まだそのあたりはさぐり合い。といっても、そこには先にいる者の存在だって。学校、会社、家庭。組織のなかだけのことじゃあない。駅でも、車内でも、自分の居場所を確保していかないとならないなんて。気が休まらないよ。まったくねえ。やれやれ。 でも日が経つごとにだんだんと学校や会社、アルバイトに行かなくなる者たちが出てきて、ホームにしても電車のなかにしても空いていく。 なんてことをふわっと頭にのぼらせていたら前にいる女子高生が軽く茶色がかった長い髪をぶわっとやる。真後ろにいた俺の視界を気味悪くジャマしてきやがった。馬鹿か。モロ顔にばささってなったじゃあないかよ。まったくこの無礼者が。 なんて一瞬イラッとしたけれど… へいきへいき、ぜんぜんへいき。意外とシャンプーの香りがふわあってもんでもないんだねえ。女子高生に対しての勝手なイメージだったか。一年生なのかねえ。まあ、慣れてないんだろう、電車のなかでの振る舞いというものに。無礼なのもしかたない。俺もそれくらいの年のころは無礼だったさ。そもそも振る舞いだなんて何も知らなかった。 はあ、俺も年をとったもんだ。
暗転に光る小さな欠片。 それを見た私は 「ああ、私はあの星たち全てを理解することはできないんだろうな」 そう呟く。 「星はあんなに光っていて、私たちに場所を教えてくれると言うのに.....」 ため息をついた私は、またどこかへと駆け出した。
まゆこは24歳。ゆかりは17歳。 まゆこはある日から犬憑きになった。 犬憑きには自治体から補助金が出る。 まゆこは仕事を辞めて、学生時代の少しの貯金と自治体の補助金で暮らしていくことにした。 補助金を得る代わりに、夢日記をつけることが義務付けられている。 まゆこは日記をつけ始めた。 まゆこは犬憑きになってから、毎夜同じ夢を見る。 犬になっている夢。 犬になって、街を歩いている夢だ。 街には誰もいない。 路地を曲がると風が気持ちいい広場に出た。 犬になったまゆこはこの街の全てを知っている。 その街は犬のための街だった。 ゆかりはまゆこと同じ村に住む女の子。 まゆこが犬憑きになったという噂を聞いて親友になりたいと、まゆこの家にやってきた。 まゆこをスケッチしたり、まゆこの夢日記を勝手に読んだりする。 代々の犬憑きの日記の写しも持っている。 犬憑きにハマっている。 ある日、ゆかりとまゆこが過去の犬憑きの日記を読んでいると、 どの犬憑きも「同じ街」を歩き回っていることに気がついた。 街の道、あちこちにあるモニュメントなど、どの日記も、まゆこの夢の中の街も、位置が一致している。 日記をもとに、つぎはぎで街の地図を書いてみた。それはどこにも存在しない街だった。 まゆこは犬憑きの症状が進むと、うまく言葉を話せなくなってきた。 その代わり、夢の中の街のことがどんどん理解できるようになってきた。 この街は一種の暗号なのだ。 通る道、現れるモニュメント、景色、それらは犬の認識をもつゆみこだけが分かる暗号だった。 その街はいわば一つの記憶の神殿であった。 暗号はそれぞれ、実在の書籍を表していた。 その街は誰かの読書リストだったのだ。
海を漂う沈没船が一隻。 人魚姫が船に近づくと、人間の王子様が海にぷかぷかと浮いていました。 人魚姫は王子様を陸地まで引っ張っていき、その命を救いました。 目を覚ました王子様は、命が助かった奇跡に感謝し、自分を助けてくれただろう人間を探しました。 「私を救ってくれた者に、褒美をとらせる!」 だいたい五百人くらいの人が手を上げました。 しかし、王子様は誰の言葉も信用しませんでした。 王子様はうっすらと、助けられた時に自分に触れた手の感覚を覚えていたのです。 人魚姫はと言えば、とても王子様の前に出ることはできませんでした。 人魚姫は、体の半分が魚。 人間と共に生きるなど、世界が許してくれません。 「人間になりたいかい? 人魚姫」 悲しむ人魚姫の元に、一人の魔女がやってきました。 ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて、怪しげな薬を差し出してきます。 「この薬は、人魚を人間にする薬だ。代わりに、声を失うがね」 人魚姫は、躊躇わずに薬を飲みました。 しかし、人魚姫の体は変わりませんでした。 「嘘ぴょん!」 魔女は大笑いした後、どこかへ行きました。 人魚姫の不運は続きます。 なんと、王子様の元に王子様を助けたと名乗る五百一人目が来たのです。 その女は、麗しい隣国の王女様でした。 「おお。この手の感触、覚えている。そなたが私を助けてくれたのか」 王子様は、王女の手を取り、言いました。 「はい。たまたま海を散歩しているとき、遭難している船を見つけまして。ご無事でよかったです」 王女様は、王子様の手を握り返し、にっこりと微笑みました。 もちろん、王女様の言葉は嘘。 泳げないし助けてないけど、隣国の王子様と結婚すれば国の繋がりも安泰で、王子様もイケメンだったので、そういうことにしました。 王子様と王女様の結婚式は、盛大に行われました。 人魚姫は、海の隅っこで、盛大なお祝いの盛り上がりを聞いていました。 「私は何も望みません。王子様が幸せにさえなってくれれば」 人魚姫は、一人涙を零しながら祝福をしました。 もちろん嘘。 嘘をついた王女様のことが、憎くて憎くて仕方ありませんでした。 結婚式を終えた王子様と王女様は、結婚の記念に船で旅行へと出かけました。 天気は晴天。 絶好の船出日和。 船は安全に、大海原へと飛び出しました。 そこへ、人魚姫が海から船の底に近づいて、船に穴をあけてしまいました。 船は海に浮かび続けることができず、ずぶずぶと沈んでいきます。 「誰か、助けてくれ!」 「助けてー!」 人魚姫は、海で溺れる二人に近づいて、王女様に問いかけました。 「本当に、貴女が王子様を救ったのですか? 本当のことを言ったら助けてあげます」 「ごめんなさい! 嘘をつきました!」 生き残りたい王女様は、必死で人魚姫に叫びます。 人魚姫はにっこり微笑んで、王女様の伸ばした手をはたき落します。 「謝らないで。私も嘘をついたから、お互い様」 王女様は絶望の表情のまま、海の底へと沈んでいきました。 人魚姫は、次に王子様の方を見ます。 「助かりたいのなら、この手を取ってください」 人魚姫は、王子様には何も求めませんでした。 王子様は人魚姫の言葉が本当かどうか悩みながら、結局手を取りました。 人魚姫は、王子様の体を陸地まで引っ張っていきました。 陸に上がった王子様は、人魚姫に尋ねました。 「どうして私を助けてくれたのか」 人魚姫は答えました。 「貴方だけが、私に嘘をつきませんでした」 人魚姫はそのまま海に潜ってしまいました。 二度と王子様の元には現れませんでした。 「嘘つき」 魔女は、嘘をついていました。 魔女が人魚姫に渡した薬は、人魚を人間にしません。 魔女が人魚姫に渡した薬は、人魚から声を奪いません。 人魚を泡へ変える薬でした。 人魚姫は海の底で、その体を泡に変えて消えました。 海の表面に、小さな泡が浮かんでは、パチンと割れて消えていきます。 王子様は長い間、海に住んでいるだろう人魚姫を探させました。 しかし、ついに見つかることはありませんでした。 王子様の心は、人魚姫に捕らわれたまま。 「嘘つき」 陸地に戻った後も、王子様の心は海に残ったまま。 王子様は二度と妃をとらず、その生涯を終えました。
こんな悪夢をたびたび見る。 私は、象よりも大きな機械の前に立っている。 私の仕事は、その機械をうまく動かし、製品を生み出すこと。 けれど、その機械はいつも不機嫌だ。 ご機嫌斜めで、動かなかったり、不良品ばかりを吐き出したりする。 そこは、私と機械の二人きりの部屋。 外へつながる小さな窓からは、怒号が飛んでくる。 それでも機械は、言うことを聞いてくれない。 どれだけなだめても、毛並みを整えるように手をかけても、彼女は私の焦りなど知ったことではないと、知らんぷりをする。 困った末に最後の切り札を呼ぶ。 けれどその人も、他のじゃじゃ馬たちに手を焼いているらしく、すぐには来られない。 私はただ、機械をなだめながら、外からの怒りに向かって謝り続けるしかない。 ああ、嫌だなぁ。 私はそこから、逃げられない。
手術台の上に、患者が一人眠っている。 体型は細めと言って差し支えないが、腹回りや二の腕に、ぽちゃっとしている部分が多少残っている。 「では、オペを開始します」 私は、ぽちゃっとした脂肪部分に、特殊な刃物を入れていく。 麻酔が効いているため、痛みはない。 骨を傷つけないように、神経を損傷しないように、丁寧に脂肪を剥がしていく。 魚の皮でも剝いでいるみたいだ。 剥いだ皮は、ごみ箱へ。 ぷつぷつと、表面に血がにじみ出てくるので、人工皮膚を貼り付けて速やかに止血する。 症状としては擦り傷と代わりないので、しばらくすれば血も痛みも止まるだろう。 人工皮膚は、事前に患者の肌色に合わせたとはいえ、実際に貼り付けると差異が出る。 なので、手術台の上で、仕上げの着色を施していく。 自然な肌色となるように。 「オペを、終了します」 文句なしのできだ。 後日、手術の成功は、テレビ画面の中で知った。 患者であったアイドルは、トレーニングと食事制限を頑張って痩せたのだと、水着姿をお披露目していた。 ひな壇に座る芸能人たちは大げさに驚き、観客席からも感嘆の声が上がっている。 あの手術は、手術中にこそ痛まないが、術後に麻酔が切れるとともに激痛が走る。 従来の美容医療よりも、何倍も。 果たして、この声援は患者にとって、手術の痛みを耐えてでも手にする価値があったものなのか。 私は手術台に乗った患者の気持ちを想像しながら、コーヒー一杯啜った。
春先。 近くのコンビニにいる女の子は僕を一瞥もしない。 軽蔑されているような気がする。 被害妄想。 症状だろうか? 僕は町の記号。 変なオブジェ。 あるいは野良犬。 アパートの下で猫が喧嘩している。 練馬の片隅のキャットファイト。 僕は早々にリングアウト。 あの娘が買うのはソウルフード。 僕は底辺のド素人。 韻を踏んでも埒が明かない。 あの娘は僕が家で歌詞書いてそうと言っていた。 僕はいじめられっ子の糞ナード。 それで僕にどうしろと? 嗚呼。 お風呂に入ろうと歌ったら知り合いがお風呂入り始めた。 歌によって世の中を変えたいが楽器弾けない。 手拍子をすると夜中なので迷惑だ。 出回るポリス。 そうです僕が犯人です。 ヤニと汗の匂いのする部屋は1年以上ご無沙汰。 臭いものには蓋。 ピストン運動。 僕と今夜どう? 歌詞っぽいものを書いて妄想。 評価ありがとう。 子供達はもう少し成長したらメガロポリスか地方に行って世界を再建するのかな? あるいは海外。 それは予想外。 あいつらはタフガイ。 俺はき◯がい。 夜中限界。 今夜お願い。 意味もなく韻を踏む夜。 今年以降の占いが分からないらしい。 世界は混ざりつつ分断されまた合成される。
将来の夢は何? 元気いっぱいにこたえられたのは何歳までだっただろうか。 目が覚めると私は人生の岐路に立たされていた。 どうして私は無数に広がるこの道からたった一つを選べるだろうか。 自分が何者なのかも分からないのにどうしてなりたい自分を思い浮かべることができるだろうか。 耳元でささやくいくつもの声が聴こえる。 それらを振り払い、私はおぼつかない足取りで先に進んだ。 進めば進むだけ声はだんだん弱まっていく。 不意に後ろを振り返ると、そこには一本の道ができていた。
テレビで、天気予報が流れていた。「明日は愛です」愛か。「大量の愛が降ります」愛ねぇ。翌日は傘を持って出かけた。用事を済ませて歩いていたら、やがて風に甘い香りが混ざり始めた。俺は傘をさした。だんだん傘が重くなってきた。愛が重い。俺はやっとの思いで帰宅した。玄関の中で傘を見ると、口紅のキスマークがびっしり付けられていた。愛か。それを見ても、俺の心はちっとも満たされなかった。まぁ、愛とはそういうものなのかもしれないが。
泥団子を握るのが好きな子供だった。 雨上がりの砂場から、あるいは土の道から、泥を掘り出して丸くする。 大きいのも作ったし、小さいのも作った。 丸に近くてヒビが少ない泥団子ができた時には、喜びながら母親に見せに行った。 「すごーい。美味しそー」 なんて母親が頭を撫でてくれる瞬間が、私は一番好きだった。 他の人にも撫でてもらいたくて、私は友達にも渡した。 「自分で作ったの? すごーい」 友達は、私を撫でてはくれなかったが、私を褒めてくれた。 それだけで、私は満足だった。 ただ、一つだけ不満があった。 「草饅頭いる人ー?」 「いるー!」 私の泥団子よりも、別の友達が草饅頭を持って来てくれた時の方が、友達は嬉しそうだった。 私も草饅頭はもらったことあるし、確かに美味しかった。 でも、ずるい。 草饅頭なんて、親が和菓子屋さんだから持ってるだけ。 自分で作ったわけでもない草饅頭と、私の手作り泥饅頭。 どう考えても、私の泥饅頭の方がすごいのに。 ずっと、そう思ってた。 「んー、うちはいいかな」 「そうですか。ありがとうございました」 大人になって、営業の仕事を始めて、ようやく泥団子より草団子を喜んだ友達の気持ちを理解した。 人間は、自分の役に立つ物しか欲しくないのだ。 草団子は食べられる。 でも、泥団子は食べられない。 草団子は綺麗。 でも、泥団子は汚い。 草団子は欲しい。 でも、泥団子は欲しくない。 自分で作ってようが、作ってなかろうが、関係ない。 欲しいものをくれる人が、良い人なのだ。 久々に、友達と電話をした。 「最近どう? 私は、営業の仕事頑張ってる」 「営業なんてすごいじゃん! 私、人と話すの苦手だから。今は、海外の雑貨を輸入して、日本で売ってるの」 草団子を配っていた友達は、今も他人が作った物を売っていた。 転売屋と言ってもいい。 でも、私は商品を売ることができなくて、友達はたくさん売っていた。 収入だって、友達の方がずっと多そうだった。 「また話そうねー」 「うん、また」 電話を切る。 ベッドに寝そべる。 涙で目が滲む。 泥団子と草団子。 今もそんな関係が続いているんだと自覚して、何一つ成長していない自分に泣いた。 だれも受け取らない泥団子。 気づけば作ることのなくなった泥団子。 私は頭の中に、笑顔で受け取ってくれていた母親の顔を思い出した。
近所の墓地を管理している寺の住職が、俺がバイトするドラッグストアに来た。住職は、栄養ドリンクを買っていった。その栄養ドリンクは、オバケ用の栄養ドリンクだった。オバケが疲れているらしい。「今年の夏はあの墓地に肝試しに行くのは控えよう」と思った。
いつものように近所の銭湯に女風呂を覗きに行くと、先客がいた。それは一基の墓石だった。墓石が女風呂を覗いていた。石の肌が湿気で濡れていた。「俺も死んだらこうなるんだろうな」俺はそう思いながら、墓石の後ろに立って順番を待つことにした。
駅の喫煙所に入った。サラリーマンに混じって、一人の天使が、タバコを吸っていた。疲れた顔をしていた。それを見て、この駅で人身事故が起きたことを知った。
近頃、置き配が流行っている。 宅配便を対面で受け取るのではなく、玄関前に置いてもらう配達方法。 受け取る人間は、宅配業者と言う見知らぬ人と顔を合わせなくていいし、宅配便が届くだろう時間に家で待機する必要もない。 効率が良い。 配達する側は、インターフォンを押して待つ時間が削減されるし、なにより再配達の手間がなくなる。 効率が良い。 なかには、盗まれたら恐いなんて声もあるが、昔の日本では玄関前におすそ分けの野菜を置いておくなんて普通の事。 キツネやイノシシが盗んでいくかもしれないが、人間が盗むことはほとんどない。 安全安全。 そんな俺でも、最近見逃せない置き配がある。 子供だ。 午前七時に開いた小学校に、子供たちが投稿する。 学校の中には、設備の点検をする用務員がいるだけで、教師は一人もいない。 空っぽの学校で、両親の仕事の都合と言う理由で放置された子供たちは、まるで両親から学校への置き配だ。 昔の日本でも、カギっこはいた。 両親のいない家に一人で帰る、自宅への置き配キッズが。 しかし、それは自宅と言う自己責任があったからこそとも言える。 果たして学校への置き配キッズの責任は、どこに行くのだろうか。 両親か。 学校か。 役所か。 新聞を捲ったら、置き配キッズが一人、盗まれたというニュースが載っていた。 不謹慎ながら、この責任は誰がとるのか、楽しみにしている私がいる。 少なくとも、置き配キッズの両親はテレビの中で泣いていた。
駅を出ると、夜は思ったよりも軽かった。 昼間あれほど重たくのしかかっていた空気が、どこかに抜けてしまったみたいに。 改札の電子音が、やけに遠くまで響く。 人はいるのに、誰の足音も記憶に残らない。 いつもの道を歩く。 コンビニの前を通り、点滅する街灯をひとつ越え、交差点を渡る。 見慣れたはずの景色なのに、今夜は少しだけ輪郭が曖昧だった。 ふと、ポケットのスマートフォンが震えた。 画面を見る。 通知はない。 立ち止まる。 もう一度、震える。 取り出して確認する。 やはり何も来ていない。 着信も、メッセージも、アプリの通知も。 ただ、確かに「誰か」が呼んでいる感覚だけが残っていた。 周りを見渡す。 誰もこちらを見ていない。 いや、そもそも人がいた気配すら、さっきまで本当にあったのか怪しい。 もう一度、歩き出す。 今度は震えない。 代わりに、背後で足音がひとつ、増えた気がした。 振り返る。 誰もいない。 安心したような、落ち着かないような気持ちのまま、また前を向く。 そのとき、気づいた。 自分の影が、街灯の下でひとつ多い。 足を止める。 影も止まる。 けれど、遅れてもうひとつの影が、わずかに揺れた。 ——家は、もうすぐそこだ。 鍵を取り出す。 手が、少しだけ震えている。 玄関のドアを開ける。 いつもと同じ、暗い室内。 見慣れた靴。 見慣れた匂い。 背中の気配が、消えた。 ほっとして、靴を脱ぐ。 その瞬間、ポケットの中で、また震えた。 恐る恐る画面を見る。 今度は、通知がひとつだけ表示されていた。 『おかえり』
何故だか、友達ができなかった。 変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。 でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。 「変な顔だなんて、酷いよね」 ぼくには、ぼくの影がついている。 顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。 唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。 どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。 「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」 壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。 「やる?」 驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。 唯一の友達と、お話しできたことが。 「やる!」 ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。 そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。 「早くやろうよ」 「うん!」 影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。 影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。 一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。 「他に友達は作らないの?」 ぼくはゲームの手を止めた。 「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」 ぼくは思わず吹き出した。 影も吹き出していた。 二人でひとしきり笑った後、影が言った。 「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」 次の日。 変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。 そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。 ぼくは殴り返した。 足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。 結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。 そいつとは互いに謝って終わり。 クラスでたまに話す仲くらいにはなった。 喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。 「ぼく、友達増えたよ」 ぼくは影に報告をした。 でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。 代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。 最近のぼくは友達と遊んでいる。 たまに、影ともじゃんけんをしている。 決着は、一度もついたことはない。
1 しゃらりしゃらり、雨明かりが見せる秘色の白昼夢 流れるエンドロールに雨粒が送る拍手喝采 2 ざあざあ降り頻る夜雨に、静まり返る月と星は雨隠れの最中 世界を見下ろすのは瞑色の空ただ一人 3 残雨に濡れる薄鈍色のアスファルト 感情の読めない表情で静かに地で在り続ける彼は、しとりしとり、音の無い涙を二つ零した 4 午前7時34分、青白磁の清澄な朝 ぽつりぽつり、今日も世界を祝福するように降り出した佳雨
今日は何もする気がしない。 ウアアアア。
こんばんは。朝届いたこの手紙を、きっとあなたはシャワーを済ませて寝る前に読んでいることでしょう。 こっちの町の桜は、数日前から葉をつけはじめました。大きな雨が二度通りましたが、花弁は散ることなく葉が出るのを待っていたようです。気温も急に上がりました。公園で遊ぶ子どもたちの中には半袖で駆け回る子もいます。陽射しも強く冬から突然夏になったようです。しかし、日暮れから朝は冬のように寒いです。日中は太陽に向けて目を細め、日が沈むと上着を羽織る。そんな時期を春と呼ぶのでしょうね。 先日、大きな事件がありましたね。あれからもう三週間も経ちました。あの事件は一体どうなったのでしょうか。今は何を調べているのでしょうか。それとも、もう何も調べていないのでしょうか。最近はぱったりとニュースで見かけなくなりました。 私はというと、無駄に食べて寝て、洗濯や洗い物をして、少し散歩をして無意味な夜更かしをする毎日です。 きっと明日には桜は全て散っているでしょう。私はそこに桜が咲いていたことも忘れ、地面を見ながらぼんやりと歩いているのでしょう。 大した用事も報告もありません。今年も桜が咲いたことを覚えているうちに、あなたに手紙を送ろうと思ったのです。それだけです。 まだ冬の夜が続くでしょう。身体を温めて、ゆっくり休んでください。 おやすみなさい。いい夢を。
ベッドに股間を擦り付けてモゾモゾする。 ウウンキモッヂイイ。 色々なシチュエーションを思い浮かべる。 昼ドラのような展開。 今日も犬は誰かに股間をなすりつける。
下北沢の駅周辺は所狭しと店があり、洋服や喫茶店、飯処、居酒屋、コンビニと人の欲しい物をごちゃ混ぜに並べたようだ。 地べたに座る髪の長いオヤジが漫画を大声で読みながら喚き散らしている。オヤジの前には若者が数人座って見ている 謎な光景だ 隣を歩く桜井美幸は明るく優しい装いで印象がよかった。この間と違い、少しパーマをかけている。 「ここです。あら、凄い混んでる」 桜井美幸が行きたいと言っていCICOUTE CAFEはレトロで雰囲気のある所だった。 休日の昼間の下北沢の喫茶店はどこも混んでいるが、この店は特に人気店らしく行列が出来ている 「違う所にしましょうか」 桜井美幸は他の店も回ってみるがどこも混んでいて、すぐに入れなそうだ。 「どうしましょう。困ったわ。すみません。私がこんな時間に予定してしまって」 「私が以前行ったことのある店がこの先にあります。ちょっと行ってみますか?」 「えぇ、是非お願いします」 比較的若者が多い街だ。恋人と歩く者や ギターケースを持った者、個性的な服装の者など様々な人達が狭い通りを行き交う。 昔ながらの長細いポストを曲がったその先に、あった。あの頃のままの店が。幸い席が空いているので迷わず座る。 「お洒落なケーキ屋さんですね。アンティークが多く飾ってあって素敵」 「何にも変わってないな」 メニューを開くと目的のケーキがあった。桜井美幸は楽しそうにメニューを見ている 「長瀬さんどれにします?」 「ガードモカにします」 桜井美幸はメニューを確かめ美味しそうと言う 「どれも美味しそうで迷います。けど決めましたデリス・ピスタッシュにします」 笑顔で私に話す彼女は、とても楽しそうだ。明るく強い人なのだなと感じる 注文をしてケーキが来るまで色んな話をした。お互い笑って自分が爺さんだということも忘れてしまった。 女性とこんなに話したことも、笑い合ったこともなかった。 ケーキが二つテーブルに運ばれてくる。 昔頼んだ物と同じガトーモカと 昔妻が頼んだ物と同じデリス・ピスタッシュ。
残酷なことに、繊細さを帯び始めた 孤独な肌、社会は知らない傷 起き上がることが出来ずに倒れこんだ缶 おやすみ、も忘れた夜 言葉のかけらの一つひとつが致命傷の私は 常に健康未遂
高校一年の時の今でも鮮明に覚えている思い出がある。 その日は雨で七月ということもあり、じめじめとした暑さが体にまとわりついていた。 ふと道端に白い物が落ちていた。ビニール袋だと思い、通りすぎようとした時、それは狐だった。ぐったりと寝そべっている狐。 私は獣医でもないし、動物に詳しいわけでもなかったが、当時は直感的にこのまま放置していては死んしまうと思い、家に連れ帰った。 後から知ったことだが、狐にはエキノコックスという寄生虫がいるため触ってはいけなかったらしい。 今日は運がいいことに家族が帰ってこない日だった。濡れた体を拭き、温め、雨が上がったのを確認し、元いたところに返した。 その数日後、私の周りに些細な変化が起きた。今までいじめとまではいかないが、自分のクラスで少し遠巻きにされていたのが、急に声をかけられるようになったり、昔仲良くしていた親友から連絡が来たり、昔手放してしまいずっと探していた本が中古で安く売っていたり、父が気分転換にと買った宝くじが高額当選だったりと、私にとっても、家族にとっても嬉しいことが立て付けに起きた。 当時は『最近運が良いな』と思っていた。そんなある日に玄関に一輪の白いダリアが置かれていた。ダリアが咲くには季節外れの初夏、造花だと思い怪しみながらも持ち上げたが感触で生花だと分かった。悪戯かと思い辺りを見回すと白いふわふわな狐の尾のようなものが見えた。 私はある一つの馬鹿馬鹿しい妄想を思いついてしまった。 本当にありえないことだと思いながらもそのダリアを花瓶に刺した。本当に馬鹿げた妄想。 白いダリアの花言葉は『感謝』 狐は何を伝えたかったんでしょうね。
雨昏の世界で雨粒が一人、雨宿りをしている。 我が物顔で景色を埋め尽くす仲間達を横目に、ただ静かに屋根の下で佇んでいる。 その身に映る世界はぐちゃぐちゃに色が混ざり合い、錆鼠を湛えていた。
──ごぽごぽ、ごぽり。 今日も今日とて息を喘がせているウォーターサーバー。水中の酸素濃度が低下しているのか、頭に乗せた水の重さに耐え兼ねているのか。幾ら考えたところで理由は解らないし、本人も正解を教えるつもりは無いらしい。 そもそも何処から何処までが彼の本体なのか。満杯の水を蓄え無感情に鎮座しているボトルにも、彼としての意識や自我があるのだろうか。苦しげな呼吸を真似する訳では無いが、こぽりこぽり、疑問が気泡のように湧いていく。けれどそんな問い達もきっと、答えを与えられぬまま潰えていくのは目に見えている。只管に秘密主義だから。 自己満足の域を出ない思考を打ち切ろうと、タンブラーを手に席を立つ。ステンレス製の冷えた身体が、手の温度で暖を取るように体温が滲んでいく。辿り着いたのは思考の渦中に居た、ウォーターサーバー。冷水のレバーを引けば、相変わらず苦しそうに水を吐き出した。
百メートル走決勝の前日。私は居残りで誰もいないグラウンドを走っていた。ラスト一周に差し掛かった時、後ろで足音を聴いた気がした。それは段々と距離を詰めて、私のすぐ背後まで近づいて来た。私の後ろから、私が追って来る感覚だった。走り終え、グラウンドを見渡した。ここには私しか居なかった。
母と一緒に買い物に行った。その帰り道、火葬場の前を通りかかった。「あっ」母が火葬場を見て、そうつぶやいた。「どうしたの?」「買い忘れちゃった」「何を?」「焼肉のたれ」母は笑顔でスーパーマーケットに戻っていった。
公園の隅に自販機があった。『花の蜜』と書かれていた。ケースには花々が並んでいた。誰が買うのだろうと思った。その自販機を通り過ぎて、少し歩いたら、ふと地面に何かを見つけた。それは一匹のチョウと一枚の硬貨だった。チョウが細い脚で硬貨を引きずって地面を進んでいたのだ。明らかにチョウはあの自販機を目指していた。どこで硬貨を手に入れたのだろう。どうやって硬貨を自販機に投入するのだろう。どうやってボタンを押すのだろう。色々な疑問が沸いてきて、俺はわからなくなってしまい、チョウを足で踏み潰した。そして硬貨をポケットに入れ、チョウの死骸を、色とりどりの花々が咲いている公園の花壇に放り込んだ。