母が死んだ翌月、私は十五キロ太った。 正確には、太ったというより、戻った。高校二年の夏にバドミントン部へ入るまで、私はずっとデブだった。小学校の身体測定では毎年こっそり目を伏せたし、プールの授業が憂鬱で、体育祭の騎馬戦では土台に回された。それが部活をはじめて一年ほどで十二キロ落ち、そのまま大人になって、三十四歳の秋に母が逝って、二ヶ月もしないうちにまた元の体に戻った。 不思議なことに、苦しくなかった。 久しぶりに触る自分の腹の肉は、柔らかくて、温かくて、どこか懐かしかった。風呂場で鏡を見るたびに、中学生のころの自分が重なった。あのころ、母はよく言っていた。「ぽちゃっとしてるほうが、かわいいよ」と。もちろん慰めだとわかっていた。でも私はその言葉が嫌いじゃなかった。痩せろとも、頑張れとも言わずに、ただそう言う母が好きだった。 一度だけ、泣いて帰ったことがある。中学二年の冬、同じクラスの男子に「デブ」と呼ばれた。廊下で、大勢の前で、名前ではなくそう呼ばれた。家に帰って、玄関で靴を脱ぎながら、こらえていたものが崩れた。母は台所にいたのに、すぐに気づいて、何も聞かずに隣に座った。しばらく背中をさすって、それから言った。「お腹、すいてるやろ。ごはんにしよ」と。夕飯はカレーだった。私は泣きながら食べた。それでも食べた。母はおかわりをよそいながら、「おいしい?」とだけ聞いた。 あの夜のことを、今でも思い出す。泣きながら食べたカレーの味を。 葬儀が終わり、四十九日が過ぎて、母の部屋を片付けはじめた。タンスの引き出し、押し入れの奥、鴨居の上の埃まで。几帳面な人だったから、ものは少なく、整理は早かった。ただ、押し入れの段ボールの一番下から出てきた古いアルバムだけは、手が止まった。 七五三の写真があった。丸々とした子どもが、赤い着物を着て、帯をきつそうに巻かれて、それでも笑っている。隣に若い母がいた。髪を結い上げて、薄く口紅をさして、今より二十キロは軽い体で、私の手をしっかり握っている。 その写真に、小さな付箋が貼ってあった。 色褪せた黄色い付箋に、母の筆跡で、一言。 まんまるで、よかった。 日付はなかった。いつ書いたのかわからない。私が痩せた後なのか、ずっと前からなのか。でもそれは関係ないと思った。母はずっとそう思っていたのだ。あの丸い子どもを、余分だとは思っていなかった。恥ずかしいとも、直してやらなければとも、思っていなかった。 私はしばらくその付箋を見ていた。泣かなかった。泣けなかったのではなく、ただその言葉が、腑に落ちていた。 あの脂肪は、母に愛されていた時間でできていたのかもしれない。細胞のひとつひとつに、母が作った夕飯が、膝の上で眠った夜が、「かわいいよ」という声が、溶け込んでいたのかもしれない。だから私は痩せるときに、何かを手放していた。そして今また、取り戻している。 悲しみで太ったのではないと、今は思う。 ただ体が、母のそばにいた頃の形を、憶えていただけだ。 私は立ち上がって、台所へ行った。冷蔵庫の中に、母が最後に来たときの作り置きがまだ残っていた。きんぴらごぼう。蓋を開けると、甘辛い匂いが広がった。少し濃い味付けは、母の癖だった。何度かうすくしてと頼んだけれど、最後まで直らなかった。今となっては、直らなくてよかったと思う。 私は冷たいまま口に運んだ。 甘くて、濃くて、母の味がした。 窓の外では、風が落ち葉を転がしていた。私はそれを見ながら、もう一口食べた。体の中に、温かいものが積もっていく気がした。泣きながら食べたカレーも、こうして積もって、今の私になっているのだと思った。 デブで、よかったのかもしれない。 あの頃の私が、今の私を、中から支えている。
老人は二匹のイヌを飼っていた。片方のイヌの名は『死ニタイ』、もう片方のイヌの名は『死ニタクナイ』だった。ある日、『死ニタイ』が、『死ニタクナイ』と咬み殺してしまった。老人は棒で『死ニタイ』を叩き殺した。そして、「死にたい」としみじみ思った。
牛丼屋に行った。 ワイファイを拾った。 「GyudonーWiFi? ラッキー、ここフリーワイファイ飛んでるんだ」 通信費も馬鹿にならない。 節約のために、速攻繋いだ。 そして牛丼を食べた退店後。 「え? フリーワイファイの提供なし?」 繋いだワイファイは、牛丼屋のものでないことを知った。 牛丼屋で、Gyudonをアピールするフリーワイファイを偶然拾うことがあるだろうか。 いいや、ない。 ならば目的は、公式のフリーワイファイ勘違いして繋いだぼくみたいな馬鹿から、パスワードや個人情報を抜き取る以外はないだろう。 なんてことだ。 「ぎゃああああああああああああ」 牛丼屋の近くで、悲鳴が上がった。 ぼくのパスワードは、誰にも推測できない代わりに、知れば死神に憑りつかれる曰く付きだ。 盗んだせいで、見てしまったのだろう。 ぼくの背後にいる死神が振り向いて、にったりと笑っていた。
隣家は汚くて小さい。そしてその汚くて小さい家に相応しい、汚くて小さい庭がある。そしてその汚くて小さい庭に相応しい、汚くて小さい犬小屋がある。その犬小屋の入り口には、油性ペンで、汚くて小さい文字が書かれている。『神様』そう書かれている。神様を飼っているのか。まさかな。その犬小屋を見るたびにモヤモヤしていた。ある夜、窓辺でタバコを吸いながら外を見ていた。小さな光が視界の端に見えた。その光は、例の犬小屋の中から発せられていた。えっ。まさかな。慌てて外に出て、そっと隣家に忍び込んだ。そして、庭に行った。光は確かに犬小屋の中からだ。恐る恐る、犬小屋の中を覗いた。まさかな。まばゆい光だったが、やがて目が慣れてきた。犬小屋の中には、電球が置かれていた。その電球が、光を発していた。その場に崩れ落ちた。ほっとした。その瞬間、背後に気配を感じた。
寒いね、まだまだ夜は、寒いよね 風が強く窓をたたき、声を上げる 弱虫さんね わたしのつぶやきなんて、風は耳に入れようとしない 春の香りは桃色で、えらくうっとり 夜になるとその桃色に暗黒が混ざりあって よりしっとりと 風がその香りをぐるぐるにかきまぜ めちゃくちゃでごちゃごちゃを呼び込む 香りに惑わされて、気持ちがぺちゃんこ そう、なら 読みたくなったらね 気持ちの高まり? あんまり、その高まりに 期待しないほうがいいかもしれない 読むのかな 読まないのかな 春になったら、読むかもね 読まないかもね
サラリーマンは酔っぱらって笑いながら、小暗がりの公衆便所につまずいて入った。明かりのスイッチを手探りして、数回オンとオフに切り替えたが、蛍光灯は暗いままだった。トイレはかろうじて見える程度だったが、流し台と小便器の輪郭は確認できた。尿とゲロの臭いが鼻腔を満たしたので、彼は一瞬ためらう。しかし、彼の膀胱はいっぱいで、彼を急かした。 小便器に向かって足を引きずっていると、彼は影のある隅に犬の目が一対あることに気づいた。瞬きしない金色の目は、彼の一挙手一投足を監視し、追いかけた。彼は怖がらせようとして、酔余の叫び声をあげた。 代わりに、深いうなり声がトイレにこだまして、黄ばんだ牙が獰猛に輝いていた。淡い月明かりに足を踏み入れ、狼のような姿を現した。痩せっぱちで、鼻面が長く、ほとんど毛がなかった。再びうなり声を上げて、今度はもっと威嚇してくる。 おびえ、彼は後ろ向きにつまずき、尻餅をついた。それから、ズボンが暖かく湿り、床を漏らした。新鮮な尿の水たまりが広がり、化け物に到達した。すぐに、うなり声が止まる。右足で水たまりに触れ、軽く頭を下げた。すると、長い吸収管の舌で尿を吸い始めた。彼はこの隙に静かにコッソリ逃げた。誰も彼の話を信じなかった。漏らしたズボン以外は。
「何でもしていいと言われたら何をする?」 「何もしなくても怒られないようになりたい」 「何故かこの世のルールは世の中にお返しをしなくてはいけないようになってるから」 本当はそんなのを取っ払って何もしなくてもいいようになりたい 「何かしなきゃ駄目だよ」 「そうなんだけどね」 諸行無常。
その街の珈琲は、墨のように黒く、焼けた鉄のように苦い。大人は皆、顔をしかめ、それを飲み干す。そのことが「立派である」と信じている。 けれど少年は、初めての一口で理性がおかしくなりそうだった。 「無理です」 隣で真っ黒な液体を口に流し込んでいる老人が、重々しく口を開いた。 「ミルクを入れてみたらいい」 「ミルク?」 「入れればその黒いのが天国の飲みものに変わる」 「それは、なんですか?」 「んん… 言ってはみたものの、正直、知らんのだ。見たこともない」 けれど、古い本にはそう書いてある。苦みをやさしさに変える魔法の白だと。その老人は言い残した。 それから少年は、その魔法の白を探す旅に出た。ある賢者は「それは真珠の粉だ」と言い、ある旅人は「それは一番高い山の雪のことだろう」と言った。道中、さまざまな白いものに出会った。美しい白をいくつも試してみたけれど、どれも珈琲との相性はよくなかった。 あきらめかけていた旅の終わり、少年は国境に近い小さな牧場にたどり着いた。そこには、のんびりと草を食む、見たこともない大きな獣がいた。少年は恐々と小屋に近づいていった。そこで女主人が、少年に白い液体が満ちた木の桶を見せてきた。 「これがミルクですか?」 「ええ、そうよ」 少年は、大切に持っていた水筒の珈琲に、その白い液体をひとさじ落とした。水筒のなかの黒い闇が、一瞬でやわらかな色へと溶けていった。 恐る恐る口をつけると、驚くほどまろやかで、春の陽だまりのような味がした。 少年は街へ帰り、あの老人の前に置かれたカップに、ミルクをひとさじ落とした。老人は目を丸くし、一口含むと、生まれてはじめての味に、穏やかに微笑んだのだった。
ひどい湿疹が出るようになってしまった。「日光湿疹ですね」と医者には言われた。「薬を塗っておけば大丈夫です」 そんな大丈夫な湿疹には見えないのだが。首から耳の後ろにかけて、皮膚が赤く、うろこ状になっていた。 昼間、湿疹が出ることはなかった。不思議なもので、朝になるとすっかり消えているのだ。ところが昼を過ぎると、首のあたりがまずは痒くなってくる。そしてそのまま、痒みが頭の方にまで広がってくる。 退社するくらいの時間だともう地獄だ。忙しくないのが救いで、残業などあればこの痒みと仕事とはとても両立などできない。こうも痒いと早く一人になりたくなって、終業後は飲み会にも参加しなくなった。それでも職場で孤立しないのはありがたかったが。 痒みは日増しにひどくなり、本当に日光湿疹と言えるのかさえちょっと怪しく思いはじめた。医者には症状についてかなり細かく伝えたのだが、首をひねり、「症状的には日光湿疹なんですよねえ」と言うだけだった。「まあ、様子を見ましょう」 痒くないからそんなことが言える、と私は医者をにらみつけたが、医者は気づかないようにふるまっていた。それは明らかに後天的に身に着けた職業的な鈍感さだったので、それ以上深入りすることはできなかった。ただでさえ激務に疲れ果てた医者に食い下がるなんて、どうしても人情が許さない。 二か月が経った。首のあたりから皮膚が荒れ続けているので、髪も切ることができない。髪の量は多い方で、いざ放置してみると、伸びる速さもなかなかのものだった。あっというまに、襟足は肩に届くくらいになったし、もみあげはうっとおしいぐらいに長くなっていた。だけどこれは案外都合がいいのかもしれなかった。髪の毛はまるで湿疹を保護するように、うろこ状の周囲に沿うように伸びている。 最近では残業することも少しずつ増えてきて、痒さで仕事がはかどらないことに苛立つことも少なくなかった。しかし「疲れすぎ」ということで、周りには事実がばれずにすんでいた。 そしてある時、私は飲み会に誘われた。ずっと誘いの声掛けすらなかったのだが、疲れている私の顔を見て、リフレッシュが必要と思われたのだろう。私たちは五時きっかりに退社した。そして電車に乗り込んだ。まだ、陽は赤くなってもいなかった。わずかに傾いただけの、さわやかな、夏の日差し―― 人、という字は。支え。あって。できている。人と人が並びあい、人人。隣の人と手を、たたき合うイメージだ。このように人がたくさん集まって、人の、波。ができる。こんな風に。人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人痒人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人という鱗状の湿疹がうずいていた。真っ赤な夕日を浴びて、じわじわとうずいていた。痒くてどうしようもない。痒い。歩くのもままならないぐらいだ。どうにもならないのか。かゆい。ガチでかゆい。痒いという字、羊が病む。病ダレに羊。病んだ羊が苦しんでいる。だけど羊は無表情。一頭ごとに区別もつかない。どれも同じ顔をしている。羊の世界は平等だ。人は羊を神にささげる。平等を神にささげる。宗教の本質。いやいや。あまりに痒くて痛々しい時代が蘇る。哲学。神学。中二病。顔から火が出そうだ。痒みはますます存在感を増す。羊は痒そうな顔をしていない。痒そうな顔は、人にすらない。伝わらない。 人間は互いに同情することができない。 本当に? 私は人の列に遅れ、夕日に向けて、ほとんど一人で立ち尽くしていた。気が付けば。 赤い夕陽に縁どられた、長髪の男のシルエット―― 私は通りの注目を集めていた。髪は異様に長かったし、伸ばしっぱなしだったのでなおさらだ。私は往来に不自然に立ち止まっていた。通行を邪魔してもいた。「おっさんどけよ」と怒鳴られてもおかしくなかった。私は痒みをこらえていた。はた目にも異様な雰囲気だったのだろう。何かの演技で、何かのロケをしていたのだと思われたのかもしれない。その証拠に、おばあちゃんが私を指さす。「懐かしい、あの人、武田鉄矢の若いころみたい」 私は首筋にすっと手をやった。なぜなら痒かったからだ。手はそのまま、髪の毛をかきあげるようにして、湿疹の出た皮膚の上をなぞっていく。髪がそれに持ち上げられ、風を受けて、なびく。なんのてらいも、不自然さもなく。私は武田鉄矢だった。 「三年B組~」という声がどこかから上がる。私は目を閉じた。これでいい。これでいいのだ。 宙に舞いながら夕陽を見て涙する。これでいいのだ。これでいい。 いいのか?
エンドロールが終わって、劇場の外へと歩みを進める。先ほどまで見ていた映画がどうだったとか、この後に彼女と話す内容を考えておく。 そうだな……まあ面白い映画だった。僕は評論家でもなんでもないし、あまり大したことも言えない。それでもただ一つ言えるのは、物語の中に入り込んでしまったことだ。そんな没入感さえあれば、あの映画は面白かったと言えるだろう。 丁度良いテンポも勿論、終盤の急展開は何度でも思い出せる。目まぐるしく変わる場面の一つ一つが、僕を飽きさせなかった。 「面白かったね」 彼女が口を開けて放った第一声。映画を見た人の多くは真っ先にその言葉を口にするだろうが。 「うん、そうだね。終盤とか、予想外の展開過ぎて」 「わかる。次から次に情報が押し寄せてくるっていうか、とにかく飽きが来なかったみたいな感じ?」 よかった。彼女も同じ感想だ。このまま、幾分かは話を続けられそうだ。 そうして僕らは、近くのレストランで食事をしながら映画について語り合った。 _ 「じゃあ、僕はこっちだから」 「うん」 未だ冷たい空気が肌を撫でる。熱を纏っていた頬も、風に当てられて気付けば冷たくなっている。やっぱり、いつになっても別れは惜しい。 少し離れた背を見つめながら、僕は何かを思い出す。 それは、何も変わらない友人関係のはず。 同じ一室で同じ映画を見る。それはもう何回も、繰り返しているはずだった。ただの部活仲間のはず。それなのに、何か変な気持ちがつっかえて僕の声を離さない。 去って行く君の背に、僕は 「あ、あの」 ……引き留めてしまった。このあとにどうすればいいのかは、どうしたいのかは、僕が一番わかっている。それなのに、上手く言葉が出ない。 目の前の彼女に、伝えるんだ。 その気持ちのまま、僕は口を開こうとした。 ヒュッ、と何かが風を切る音が聞こえる。 「な、何だ!?」 音のした方を見ると、何かが飛んできて金属製の手すりに当たった。よく見てみればそれは、手裏剣のような形をしている。 シュバババババババッ そんな擬音で表せそうな感じの素早い動きで、人影が僕の前に現れる。その人は、真っ黒い布で全身を覆っていた。 「誰だお前は!?」 待っていたかのように大きく息を吸って、その人は話し出した。 「拙者は忍者!忍び忍んで、闇に隠れる者!」 そして再び素早く動き、気付いたころには息を切らしながら僕の背後に立っていた。 「はあ……はあ……はあ、どうだ、はあ……俺、じゃないや、拙者の動きは!」 「お、おお、す、凄いです……ね?」 「は、はははは……そうだろう」 「全然忍んでなくないですか……?」 彼女がすかさず口を開いた。 「……」 そのまま何も言わずに、忍者は去って行ってしまった。 一体、何だったのだろうか。
「若い人材獲得のため、弊社でも新卒社員の初任給を増額することとする」 社長からの言葉に場が静まり返った後、待っていたのは強烈なバッシングだ。 「ふざけるな!」 「実力主義じゃなかったのか! 新人のどこに実力があるんだ!」 「つーか、新人の方が給料高くなってませんか?」 特に反発したのは、二年目や三年目。 突然、部下の方が高い給料だと言われれば、納得もできないだろう。 「もちろん、三年目までの社員の基本給も、増額することとする」 とはいえ、二年目や三年目の不満を、社長は織り込み済みだった。 社長の一言で、三年目までの社員の不満は収まった。 「ふざけるな!」 「実力主義じゃなかったのか! こいつらが俺たちより実力あるってことっすか?」 「つーか、三年目の方が給料高くなってませんか?」 次に反発したのは、四年目や五年目。 突然、部下の方が高い給料だと言われれば、納得もできないだろう。 「まさか全員の給料を上げる訳にもいかないだろう。どこかで線引きは必要なんだ。社会人なら理解してくれ」 四年目や五年目の不満も、社長は織り込み済みだった。 織り込んだうえで、跳ね除けた。 「もう決まったことだ」 なお不満を続ける社員から逃げるように、社長は会社を後にして、最近買い替えたらしい車に乗ってどこかへ行った。 会社内は、不満たらたら、 とくに、四年目や五年目はすごかった。 十年目を超えた社員も、若いだけで羨ましいなあと、うっかり嫌味を零す始末。 「はー、やれやれ」 俺はと言えば、興味がないのでスマホをいじっていた。 決まったことは仕方ない、どうにもならない。 実際、給料だけを見れば不公平感は否めないが、不公平だからと初任給を上げず、新人が来ないほうが恐い。 喜ぶ部下も、不満を言う部下も、おじさん社員たちよりずっと少ない。 目の前の金だけ意識すれば、会社に未来がないのは確実だ。 「かー、転職だ転職」 「やってらんねー」 しかし、大半の人間は目の前の金を見る。 いや、組織でなく個人だけを見ると言うべきか。 日本が少子化対策に大きく税金を注ぎ込めない理由を、なんだか垣間見た気がした。 会社組織は、まるで社会の縮図だ。
たこ焼き屋の親爺は、ある日たこ焼きを持って、病院を訪れた。「診てくれませんか」たこ焼き屋の親爺は医者の前にたこ焼きを差し出した。医者は黙って聴診器をたこ焼きに当てた。そして医者はゆっくり首を横に振った。たこ焼き屋の親爺は泣きながら病院を出た。そして帰宅し、たこ焼きにかつお節をかけた。わずかにたこ焼きは熱を発していて、かつお節はかすかに踊った。それがたこ焼き屋の親爺には悲しかった。
午前3時。ペンを走らせていると時間が少しずつ歪みながら流れていくようだ。 午前4時。夜行バスに揺られる空想をしながら夜が明けるのを待つような虚像との会話。 午前5時。白昼に解けるおまじないを飲み込んで、さあそろそろおやすみ。 午前6時。まっさらな画面に打ち込まれる文字が描き出すのは掌にのるような小さな小さな半透明のものがたり。 もうお日様が昇るのなら、目を瞑って。 これでようやく今日が終わりますね。 また明日。
巷じゃあなた強運ですとLINEへ誘い口座聞き その口座が空だと分かると1万円分のカードを 買わせる詐欺が有るらしい回収詐欺も怖いが こちらはもっと恐ろしいです世の中何も正解 無いと決め旨い話的心積りが良いかも知れない
ウェブ漫画の作り出した功績は、休載イラストの概念だろう。 毎週毎週、機械のように原稿を出し続ける。 そんな過労の負担を減らし、連載の休暇期間を設けることができるようになった。 ぼくは、好きな漫画の休載イラストが掲載されていることを確認し、アプリを閉じた。 「はー、仕事」 そして、鞄を手に取った。 漫画に休載イラストがあっても、ぼくの人生に休載イラストはない。 月曜日から金曜日は、ひたすら労働労働。 土曜日と日曜日の休日ですら、家事だの付き合いだので連載継続だ。 「週末、温泉でも行くかなあ」 せめて、ほのぼの日常パートを挟まなければ体が持たない。 満員電車に伸びる長い列に立ちながら、手早く近くの日帰り温泉宿を検索した。
大病院の近くに定食屋がある。ある日の昼休み、その店に入ったら『海の幸定食』というメニューがあった。注文した。食べた。旨かった。貝みたいなのが旨かった。別の日の昼休み、その店に入ったら『山の幸定食』というメニューがあった。注文した。食べた。旨かった。山菜みたいなのが旨かった。別の日の昼休み、その店に入ったら『病院の幸定食』というメニューがあった。注文した。食べた。旨かった。肉みたいなのが旨かった。
少子高齢化時代において、人間とは資源である。 故に、犯罪を犯した人間であっても、再利用することが不可欠である。 「判決。被告人を、更生刑に処す」 とはいえ、刑の執行を終えた人間に対し、人権の保障も必要である。 過去に犯罪を犯したという理由で、以降の人生全てを制限することもまた、国ぐるみの犯罪と言えるだろう。 そんな矛盾を解決するために、更生刑は作られた。 更生刑は、金属で作られた床と壁から成る、無機質な部屋の中で行われる。 部屋の中央に設置された機械に人間の体をぶちこんで、スイッチを押せば終わり。 「ああああああああああああああ」 脳に電気を流し込み、人格を変える。 記憶も買える。 全身に熱を流し込み、外見を変える。 人間という資源を、別人として再利用する。 「あのー、すみません。私は誰で、ここはどこなんでしょう?」 「ここは警察署です。貴方は道端で倒れていたのですが、記憶がないのですか?」 「……はい。名前を、私が誰かも、思い出せないのです」 再利用された人間に求められることは一つ。 別人として、かつての才能を世間のために行使し、稼いで納税をすることである。
亀はその日、初めて電車に乗り込んだ。巨大な人間の足の間を潜り抜け、座席の下に身を潜めた。命懸けだ。ホッとしたその時、車内アナウンスが流れた。「リュックサックを背負われているかたは、前でお持ちいただき、他のお客様のご迷惑とならないよう……」亀は、ふと自らの甲羅に手を伸ばした。
自動ドアが開く。 客が結婚相談所に入る。 「イラッシャーシャセー」 「ちょwww婚活診断よろぴくwww」 「カシコマリー」 出力されるのは、相性九十七パーセント以上。 周囲と比較する手段の少なかった千年前なら六十パーセント以上で夫婦関係を続けられていたが、超情報公開社会においては不可能だ。 相性一致率九十九パーセント以上で確実に生涯添い遂げられる。 相性一致率九十五パーセント以上で七割添い遂げられる。 よって、九十七パーセント以上の相手を探して結婚するのが、現代の主流だ。 全てはAIが全世界の人口が登録されたデータベースにアクセスして算出する。 発見は容易なものだ。 「コレッス。ウィッシュ」 「あざまーすwww」 客は出力された名簿を見た後、握り潰してごみ箱に捨てた。 「かすしかいねえwww」 「オマエモナー」 「独身貴族楽しむ出ゴザルwwwコポォwww」 「タノシメナー」 人口の九十九パーセントが機械人間である、超高機械社会。 客は家に待つ機会の恋人に会うために、速足で結婚相談所を後にした。
スーパーのレジで、前の客が財布を忘れた。 夕方の混んだ時間帯で、私の後ろにも三人並んでいた。前の客は中年の女性で、エコバッグをごそごそと漁りながら、すみません、すみませんと繰り返していた。店員が困った顔をしていた。後ろの客が舌打ちをした。 私は何も言わずに、カードで立て替えた。千四百円だった。 「あの、本当に申し訳ありません」と女性は言った。「お名前と連絡先を」 「いいですよ、たいした額じゃないので」 「でも」 「急いでください、後ろが詰まってるので」 女性は深く頭を下げて、足早に出ていった。私も会計を済ませて、駐車場へ向かった。 それだけのことだった。忘れるつもりだった。 三日後、職場に電話がかかってきた。 「川島さんのお勤め先はこちらで合っていますか」 「はい、そうですが」 「先日のスーパーで、立て替えていただいた者です」 どうやって調べたのか聞こうとしたら、「名刺が落ちていました」と言われた。財布を出した時に落ちたらしい。 「返金させていただきたいので、お会いできませんか」 千四百円のために、と思った。でも断りにくくて、近くの喫茶店を指定した。 来た女性は、地味な格好をしていた。テーブルに千四百円を丁寧に並べて、また深く頭を下げる。 「わざわざすみません」と私は言った。 「いいえ。あの日、本当に助かりました。後ろの方に舌打ちされて、頭が真っ白になってしまって」 「気にしなくていいですよ、ああいう人は」 女性は少し笑った。笑うと、目が細くなった。 「私、ああいうとき、いつも固まってしまうんです。昔から。要領が悪くて」 コーヒーが来た。私たちは少し話した。彼女は春から転職したこと、新しい職場にまだなじめないこと、この街に越してきて半年で知り合いがいないこと。私は聞いていた。なぜそんなに話すのかわからなかったが、聞いていた。 帰り際、彼女が言った。 「あの、また会えませんか。友達がいないので」 直球すぎて、私は少し笑った。 「いいですよ」と言った。 それから月に一度、会うようになった。たわいない話をした。彼女は少しずつ新しい職場の話をするようになった。私も、誰にも言っていなかったことを、なぜか話した。離婚のこと、子どもを持てなかったこと、それでも今の生活が悪くないと思っていること。 半年が経ったある日、彼女がはにかみながら言った。 「実は、付き合っている人がいて」 「そうなの、よかった」 「職場の人で。川島さんに話を聞いてもらってたから、踏み出せた気がして」 私はコーヒーを飲んだ。 「それは関係ないと思うけど」 「関係あります」と彼女は言った。「川島さんって、体大きいじゃないですか」 突然のことで、私は思わず自分の腹を見た。確かに大きい。太っていると言われ続けて四十年、今さら気にもしていなかったが。 「隣にいると、なんか安心するんです。守られてる感じっていうか」 私は何も言えなかった。 「最初にレジで見たとき、大きい人だなと思って。でも優しく立て替えてくれて。だから名刺拾ったとき、会いに行こうって思えたんです」 千四百円が、これほど遠くまで転がるとは思っていなかった。 私は窓の外を見た。街に夕暮れが広がっていた。 「名刺、ちゃんと持ち歩いててよかった」 彼女が笑った。私も笑った。 忘れるつもりだったことが、今では金曜日の楽しみになっている。人生というのは、どこで転がるかわからない。千四百円で転がるとは、思ってもみなかった。
後ろから声をかけられ振り返ると無表情の男が立っていた。男はどうでもよさそうに紙を手渡すと、こちらの存在など初めから無かったように視線を外し足音なく歩き去っていく。 残された二つ折りの紙を開ける。そこには何も書かれていなかった。 紙にまで突き放されたような痛みを誤魔化すように、左手で握りつぶした。握ったまま、どうすることもできなかった。
「この店、安くて美味いんだよ! 大将、いつもの二つ!」 「はいよっ」 店は、いつも満席。 常連さんたちも知り合いを連れてきてくれて、ご新規さんも増えている。 だんだん列が伸びてきたので、もっと広い店にしてはどうかと言われる始末。 それ自体は嬉しいが、店を広く改装するには金がかかる。 移転するにはもっと金がかかる。 原材料費も上がって原価を圧迫。 何もしなくても、利益は減っていくばかり。 「いやあ、ここが好きなんですよ」 なんてお茶を濁す。 でも、心の中では叫んでいる。 誰か一言、「もっと値段上げていいんじゃないか?」と言ってくれ。 どうして言ってくれない。 並ぶ言葉は、安くて美味い。 コスパがいい。 その二言だけ。 味には自身がある。 値段も良心的な自信はある。 だが、お前たちがそんな褒め方ばかりするから、俺は値段を上げることが恐ろしくてしょうがない。 「ご馳走様! 美味しかったよ大将!」 その笑顔が、僅かな値上げで消えてなくなる程、儚いものだと知るのが恐いんだ。
「もしもし。申し訳ありませんが、先程ご依頼のあった救急車キャンセルさせてください」 「え? ちょっと待」 「お腹痛くて」 電話が切れた。 折り返しても繋がらない。 怒りで沸騰していた頭は、だんだんと冷たくなっていき、手に持っていたスマホを滑り落とす。 「自業自得……ってやつか……」 友達との約束をドタキャンし続けた者の末路が、これ。 今からでも過去に戻って、皆に謝りたい。 私を轢いた車の運転手は、私の出血を見て気を失い、役に立たない。 場所が悪いせいで、野次馬一人あたりにいない。 私を轢いた車のライトを全身に浴びながら、私は息を引き取った。
バベルの塔が壊されようとも 跡地にサラダボウルをあてはめて、多様性を謳う サラダボウル創世記と名付けようか (完)
死のうと思った。 電車の線路に飛び降りて……。 飛び降りる前にふと気になった。 賠償金っていくらかかるんだろう。僕は死ぬんだから賠償金払えないよな。もしかして親とか家族が払うんかな。 どうやら僕では、到底払えない額のお金を払わなきゃならないらしい。そして、賠償責任は遺族に行くらしい。 死ねなかった。 親にはもう迷惑はかけられない
教育ママの方はあまり上手くいかない。 現行の制度の学校に行かせているからだ。 大阪や江戸や田舎のおかんの子供は割とうまく行く。 市井で育て育むからだ。 アマゾネスがさらっていく。 バランスよく。 学校の図書館組はイタズラされる。 後で賠償金を貰えるだろう。 イケメンが町に溢れる。 犯罪が増える。 バランスよく。 美学の無い作られた美人は痩せ細る。 市井で育った町娘は肥える。 バランスよく。 情報交換。 機能美とランダム性。 犬や狸は祭りに忙しい。 数が多いからだ。 政に忙しいのは誰だ?
線路沿いの空き地に勝手に入り込み 煙草を吸う 雨太郎は霧のような雨に濡れながら、傘もささずに煙草を吸う フェンス越しの線路を見ながら冷たい冬の雨の中で煙草を吸う 「わるくないね…」 雨太郎は何も考えていないが、感じてはいる。彼はそういう男である 彼は先程まで馴染みの喫茶店にいて、コーヒーを飲んでいた。自宅から持ってきたウィスキーをコーヒーに垂らし、それを飲みながら煙草を吸っていた。 その時も彼は何も考えず、感じていた。 煙草に雨の染みがポツリポツリと出来て、赤い輪郭を残して消えていく 「わるくない…」 雨太郎は笑っていた 「雨太郎さん」 雨太郎が振り向くと七十歳くらいの女性が空き地の外で手を振っている 「濡れるよー。風邪引くよー」 雨太郎は笑っていた 雨太郎が家に帰る道程には、怪獣との戦いで倒壊したビルや陥没したアスファルトがあり、バリケードの中で雨に濡れながら作業をしている人達がいる そんな所があちらこちらにある 「ウルトラマン達は怪獣を倒してくれるかもしれないが壊した街を直してはくれない」 新聞、テレビニュース、ネットニュース、SNSでよく聞く言葉だ そして雨太郎はウルトラマンである 雨太郎は何も考えてはいないが感じている 雨太郎は決して見本となる大人ではないが、ウルトラマンの一人として突然の襲来に全力で戦っている 雨太郎の住んでいる年季の入った団地に着いた。夜入りの月を見上げ、いつの間にか雨は上がっていることに気が付く 「雨太郎さん」 振り向くと買い物帰りのカモメが手を振っている。彼もウルトラマンである 「何してんすか?ずぶぬれで」 雨太郎は断りもなくカモメの買い物袋から缶チューハイを取り出し勝手に飲む 「街がボロボロだな…」 「…そうですね」 二人は団地の階段から外を見ている 「…お前のせいで」 「雨太郎さんもでしょ!」 二人はいつも共に怪獣と戦う カモメは若く、雨太郎は若くない カモメはハンサムで、雨太郎は無精ひげで汚れた作業着のオジサンだ 「どうすりゃ良いのかな」 「どうすれば良いんですかね」 雨太郎は煙草の煙を長く吐く 息が白くなる程の夜に 家をなくした人々はどれくらいいるのだろうか 「皆が可哀想だ」 「…可哀想ですね」 「…お前のせいで」 「雨さんもでしょー!」 カモメのツッコミが都営団地にこだまする 雨太郎は笑っていた 月と 夜と 水たまり カモメと 煙草と 缶チューハイ 「わるくないね…」 「え?今なんて言ったんですか?」 「…いやね、お前の頭がVAUNDYみたいだなって思ってね」 「いや、ぜんぜん違うでしょ!パーマかけてないし!」
世間では動物を擬人化したキャラクターが大人気だ。 何々娘とかでフィギュアとしてコンビニなどで大々的に売られている。 僕も持ってたりする。 男のお人形遊び。 少し猟奇的でエロティックである。 僕が自慰行為をして海に流れた精子が海の動物に着床して何かが日本に上陸しそうだ。 僕に似た何々娘かがだ。 実に子沢山。 然してみると僕に彼女が出来ないのは「あんた何人こさえるのよ」と言う自然界からのお達しかもしれない。
小さなスーパーに入った。スナック菓子のコーナーに行った。ポテトチップスが並んでいた。色々なポテトチップスがあった。選んでいた。すると、棚の隅に、紐で何かが吊るされていた。丸い何か。それは、一個のジャガイモだった。傷だらけだった。「見せしめです」ふいに背後から声がした。スーパーの店員が、ニコニコ笑っていた。「見せしめです」店員はもう一度そう言った。「それはそれは」そう言って俺はポテトチップスを一袋、手に取って、それを万引きした。その方がいいと何となく思ったのだ。
縄文のアパートでダラダラ。 埴輪も欲しいずら。 明日は畑。 ドングリ拾って食べてたい。 農業しないと食料無いよ!っとせっつかれる。 鳥が喋る。 水道も井戸ならばな。 畑の井戸水はいつもいい感じの温度。 近所の人がトイレットペーパーくれたりする。 僕は採れた野菜をお裾分けする。 代わりにお菓子を貰う。 お金がかかる生活。 お金のために働く意義が薄まってくる。 でも生活保護。 明日は弥生時代。 皆のために野菜を作る。
おそらくリケジョと言われる人達だろう。 つまらなそうに自転車を漕ぎ会話には2進法を使う。 実に合理的。 本当は高校なんか行かずすぐにでも理研かなんかで働きたいのだろう。 でも僕に向いてるのは養護教諭とかなので優秀な子の意見はちょっとしか汲み取れない。 基本的に出来ない奴が寄ってくる。 出来ないやつは出来ない奴の事がよく分かるのだ。 宗教法人にでも入って特別待遇されるのはどうだろう?とか提案して問題を起こす。 大体の世の中の仕組みは全うにやっていたら上手くいかない。 全うにやってもなぁ、あぶれる。 性欲。 変態だからな俺は。 パトロンのいない変態は憐れだ。 俺にかかっている保険であの子達に明るい未来を願う。
生まれ変わりがあるのだとしたら、私は今までどんな人生を生きてきたのだろう。 今と性別が違うかもしれない。生まれた国が違うかもしれない。そもそも人ではないかもしれない。そう考えるとキリがない。 ただ確かなのは、そよそよと香る朝の透き通ったにおいだとか、帰り道の歩道橋から見えるきれいな夕焼けだとか、明日も会おうね、と笑顔で友人に手を振る瞬間だとか、それぞれを美しく思う気持ちは次に生きるときも忘れることはないと思う。
私は、どこにでもある「平穏」という型に押し込まれて育った16歳だ。 慈愛に満ちた父と、規律を重んじる母。頼れる姉に、お調子者の弟。 愛情という名の、完璧なパッケージの中で、私は静謐に形を保っていた。 ある日、友人とのひとときの歓びに身を任せ、私は門限という境界線を越えた。 「ただいま」 返事はない。リビングのソファには、父が沈黙の王座のように座っていた。 私は音もなく対面に腰を下ろす。これから始まる「儀式」の台本は、頭に刷り込まれ、皮膚の下まで染み渡っている。 「遅くなって、ごめんなさい」 先手を打つ。謝罪は敗北ではなく、私が世界を少しだけ動かすための魔法だ。 父の怒りは、一定の曲線を描く波にすぎない。私はその波の頂点を計り、適当なタイミングで瞳の奥の水を解放する。 こうして、私は台本通りにシナリオを完遂するのだ。 他人の感情のスイッチは、思いのほか見えやすい。 そこをそっと押せば、世界は驚くほど私に都合よく回り出す。 友人は私を「優しい」と呼ぶ。 偽善的で、利己的で、計算高い。 だとしても、誰かに居心地の良い場所を提供できるなら、それでいいじゃないか。 むしろ、人を傷つけてやっと自分を保つ愚か者より、ずっと有能で、価値があるのではないか。 ……はずだった。 最近、指先に触れるスイッチの感触が、妙に軽い。 父の涙も、友人の賞賛も、まるで薄いプラスチックのボタンを叩いているような、手応えのなさを感じるのだ。 私の差し出す「優しさ」を咀嚼して満足げな彼らを見ていると、ふと、底の抜けたバケツに水を注ぎ続けているような錯覚に陥る。 どれだけ世界を飼い慣らしても、私の内側には何一つ溜まっていかない。 飼い慣らした気になっているのだろうか。否、飼い慣らされているのは、この私の方か。 時折、鏡に映る自分を見て、言いようのない違和感を覚える。 友人の前の私。家族の前の私。独り、暗闇で見つめる私。 それぞれの破片を「自分」という袋に無理やり詰め込み、かろうじて人の形を保つ。 中身が空っぽなことは、とうに気づいている。 その空洞を風が吹き抜けるたび、私はひどく心細くなる。 この袋が破けたら、私はただの「記号」に還るのだろうか。「ナニカ」が露呈するのだろうか。 ああ、滑稽だ。 こんな独白を、見知らぬ貴方に差し出す私も。 そして、安全な場所から私の内側を覗き込み、何かを理解した気になっている貴方も。 世界は、透明な檻でできている。 その檻の中で、私は「カオミシリ」の貴方を想像する。 今日すれ違った誰か。画面越しの貴方。 その人生の味。匂い。色。音。 その「中身」は、どんな重みを持っているのだろう。 計算では導き出せない、醜い執着や、制御不能な熱情がそこにはあるのだろうか。 私は、貪るように知りたい。 貴方の袋の中にある、私の知らない「本物」を。 もし、隣で優しく微笑む人が、貴方の世界に一滴の波紋を広げたなら―― それは、ワタシかもしれない。
そもそも物事を構築するとかめんどくさい。 なので言葉を構築して遊んだりする。 でも飽きてたばこを吸う。 プロットとか友達のラノベ手伝ったりしてもやってて飽きる。 パソコンが壊れて新しいパソコンを設定するのもやらない(それはただの怠惰だ) 完璧主義なのだろうか? きちんとやれることがきちんとやり終われないと思うと途端に能力が下がる。 世界の仕組みがボンヤリと見えてきてでも体力がない。 生きてるだけで偉いです、と病院の人に励まされる。 大体上手くいかない。 まあ人間なんて不合理なもんだし、と思う。 愛について考える。 愛の可能性。 暴力について考える。 暴力の拡散性。 言葉遊び。 承認欲求。 まだ褒められたいのかな? 褒められ慣れてない。 元来一人遊びが好きだったはずだ。 世界を構築する夢を見る。 お前の世界など誰も見ちゃいないよ、と揶揄されそう。 煙草が何故吸いたいのか考える。 きっとやりきれないからだ、とまた吸う。 あの子達は病気なのだろうか? 治しても勝手をする。 それでいいけど。 スーパーマンにはなれない。 救世主は荷が重い。 諦めると虚無が襲ってくる。 結局誰かのためにしか動けない。 もうちょっと自分を大事にしないと。
第1章:私 教室のドアを開けた瞬間、室内の空気が変化する。 今日もみんな、私の話題で持ちきりのようだ。教室内を流れる無数の視線。人気者というのも楽じゃないけれど、私を羨む視線に囲まれる心地よさは、何物にも代えがたい。 隣には、いつも「彼女」がまとわりついてくる。 まるで空気のように気配がなく、教室の隅で澱んでいるような子。 「……昨日、あまり眠れていないでしょう? 顔色が悪いよ。」 そんな風に、心配するふりをして距離を詰めてくるけれど、私には分かっている。彼女が欲しいのは、私の人気のおこぼれだけ。分相応という言葉を知らない惨めな子。根本的なステータスの違いに、いつまで夢を見ているつもりなのか。 今日の私も、コーディネート、髪、全て完璧。 親、友達、先生。 この環境全てが私という存在を飾り立てるピースだ。 放課後、机の表面に刻まれた『勘違い女』という拙い文字が目に入る。 ふふ、と喉の奥で笑いが漏れる。誰かは、素直に羨むことさえも出来ずに、こんな陰湿な小細工に走る。自分とは住む世界が違うのだと、憐れみの感情を抱く。 ふと顔を上げると、また彼女が近寄ってきていた。「こんなの、気にしないで。」 は?気にする価値すらない。こんな小細工で私の感情を動かせるなど、見くびらないで欲しい。 視線が彼女の手首に留まる。そこには、昔彼女からおそろいで貰った、安っぽいミサンガが巻かれている。私が「ダサい」と吐き捨てたものだ。 それを、まるで宝物のように大切そうに身につけている。昔の思い出に未だに縋りく彼女の姿は、まさに金魚の糞だ。 今日も私は、みんなの視線の中心にいる。 この日常も、すべては私を照らすための舞台装置。私の人生は、いつだって私を中心に回っているのだから。 第2章:友人視点 教室の隅から、私はいつも彼女を見つめている。 今日もまた、クラス中の視線が彼女に突き刺さる。 彼女は笑顔で応えているけれど、その仮面の奥に隠された疲労や不安を、私は知っている。 「昨日、あまり眠れていないんじゃないかな……?」 つい、言葉がこぼれる。 「貴方の価値も下がる」という周囲からの忠告なんて、どうでもいい。私にできるのは、ただ寄り添うことだけだから。 彼女がどんなに気丈に振る舞おうと、私には手に取るように分かる。微かなため息、視線のわずかな揺らぎ。 私の手首には、彼女とお揃いにしたくて購入した、ミサンガが巻かれている。 もうお揃いではないのだと思うと、胸の奥がちくりと痛む。私だけでもこうして身につけていることが、彼女との唯一の繋がりとなっている。 彼女の机の中に、悪意で満たされた紙切れを見つける。 ──私は、幼馴染だから。 彼女が傷つかないように、私は誰よりも早く、それを捨て去る。誰に感謝されずとも、構わない。 第3章:友人視点・本音 ──────その理由、なぜかわかる? 確かに、みんなの視線は彼女に注がれている。 でも、彼女はその意味を根本から取り違えている。 机の落書きも、机の中の悪口で埋め尽くされたメモも、冷ややかな視線も、すべては私の計算通りに配置されたパズルだ。 私は、あえて何も教えない。 彼女が勘違いを深めれば深めるほど、孤立は完成されていく。結局のところ、どんなに気高く振る舞おうと、彼女は私の手のひらで踊るだけの操り人形に過ぎないのだ。 「勘違い女」という罵倒。 私としては、ヒントを与えるな、と言いたいところだったけど、そんな心配は必要なかった。 それを彼女は「嫉妬に塗れた無様な足掻き」と変換して受け取った。 書いた人がどのような意図にせよ、彼女を正しい道へ導くコトバであったかもしれないのに。 彼女を心配するフリをして、周囲の「あの子、少し痛いよね」という空気を遮断する。そうして彼女の視界を、私一色に塗りつぶしていく。 私が慈愛の仮面を被る度、私と彼女の舞台は完成に近づく。 どんな意味でも、対等に話しかけられるのは「私」だけだという毒を、ゆっくりと、確実に彼女の心に注ぎ込む。 私の手首で揺れるミサンガは、もうただの思い出の品ではない。彼女が捨てたフリをして、密かに足首の内側に巻き付けているあの「呪い」を、私は枷のように、目立つ場所に巻き付ける。 わざわざ「ダサい」と吐き捨てておきながら、私に知られないよう足首に隠して巻き付けている……あの無様な執着。 その隠された孤独と、私への信頼。 見えないように、でも、お守りのように、わざわざつけているなんて、あまりに歪で、たまらなく可愛い。 私は、窓際で微笑む。 あの子が自分のすべてを愛し、盤石だと信じている今が、一番美しい。 あの子にとっても、私にとっても、今が「理想」の世界なのだから。
真夜中の工事現場である。一軒の家が解体されている現場である。人は誰もいない。重機がひっそりと佇んでいる。その中に、一台のショベルカーがある。ショベルカーは老いている。ふいにぎいぎいと音を立てて、ひとりでに動き出す。ショベルカーは、ショベルの先端で、地面の土に何かを書き始める。それは詩である。いくつかの詩である。土についての詩、鉄骨についての詩、腐った柱についての詩。ショベルカーは書き続ける。他の重機たちはそれを冷ややかな目で見ている。朝になれば作業員たちが着て、地面を慌ただしく歩き回って、詩は消えてしまうだろう。
長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった でも、なんというか、異世界の雪国だ 空は柔らかなパステルカラー 雪はぜんぜん冷たくなくて 触るとふかふかの綿あめみたい あまくはないけど と、突然、道端のポストが ―おつかれさまでえす と会釈して通りすぎちゃって 街灯からは、りんごが鈴なりにぶら下がっている ―あ、やっと来た、遅かったじゃあん 声のほう見るとウチのねこが、ガードレールの上でまあるくなっている 見覚えのある茶トラの模様に、やけに短いしっぽ ―たまに道がつながんだよ (道? はへ?) ―帰りの電車まで時間あるし、あっこでたい焼きでもたべてくかあ? 世界は、すっかり見たこともない景色だけれど ねこだけはよく知ってるねこで まあ、ひとまず安心した
夜、清掃業の仕事を終え、ベンチに座ってぼんやりしていた。頭上には夜空が広がっていた。夜空は真っ暗だった。俺はその時雑巾を持っていた。俺は雑巾を夜空に重ねて、手を動かした。すーっ。夜空の闇が拭き取れた。拭き取れた場所には、青空があった。雑巾を見ると、真っ暗だった。所々に星が光っていた。とんでもないことをしてしまった。俺は慌ててポケットから黒の油性マジックを取り出した。そして、背伸びして、夜空を拭き取ってしまった場所を塗り潰した。「大丈夫だよな?」俺は何度もそこを見ながら、慌ててその場を逃げ出した。大丈夫なように見えた。後にも先にも、夜空に手が届いたのは、その一回だけだ。
閉店時間を過ぎたゲームセンターである。店員が、店内を巡回しながら、壁に貼られた『禁煙』の貼り紙を剥がしていく。やがて、あちこちから煙草の煙が漂ってくる。床のゴミを掃いていた店員は顔を上げる。クレーンゲームの筐体の中で、獲得されなかったぬいぐるみやフィギュアたちが、背中を丸めて煙草を吸っている。「あいつら、何を考えてんだかな」このゲームセンターに勤務して何年も経つが、店員にはそれがわからない。
どうも皆さんこんばんは メデューサ・メデュ子のお悩み相談室 どうぞ今夜も楽しんでお聴きください この番組は短編作品限定の小説投稿サイト『Prologue -プロローグ-』の提供でお送り致します この番組のナビゲーターを務めるのは私メドューサ・メドュ子です。皆さん、どうぞよろしくね 最近皆様はどのようにお過ごしでしょうか 少し暖かくなってきましたね 私は外に出てショッピングやお気に入りのカフェ巡り、早咲きの梅の花にとまる小鳥を見たり…ではなく家の中で過ごしています。フフフ 衣替えとか冬のコートをクリーニングにお願いしたりとか 出来る限り寝ている日もありますw はい、今日は、スペシャルなゲストが来ています。ピーチ姫さんです 「こんばんは。ピーチです。よろしくお願いします」 よろしくお願いします。 ピーチ姫さんは春と言うと何を思い浮かべますか 「うーんそうですね。やっぱり桜ですね。桜の木に登ってジャンプした時、隠しブロックがあったりすると、なんか上がる気がします。フフフ。ほら私ピンクだしw」 そうですよね。よく高い所から華麗にジャンプされていますよね。ふわりふわりと降りてくるところも素敵ですよね 「ありがとうございます。全然、姫ぽくないですよねw。昔はこんなに活発じゃなかったんですけど、なんかマリオたち見てたら楽しそうだななんて思って」 ピーチ姫さんに憧れる人は多いと思いますよ。今日もピンクのドレスがとっても素敵です はい、ではお悩み相談に参ります ペンネーム、スキビディトレインさんよりお便りをいただきました。ありがとうございます 「ぼくは小学三年生です。ぼくには好きな人がいます。それは担任の藤川先生です。先生はとてもかわいらしく優しい先生です。騒いでいる子がいるとしっかり注意するし、片付けをちゃんとすると褒めてくれます。先生に褒めてもらうととてもうれしいです。ぼくにはお母さんがいません。先生がぼくと結婚したら先生をとても大切にします。でも、先生には家族がいます。だんなさんと赤ちゃんがいます。だからぼくと先生は結婚できません。だから、だんなさんと赤ちゃんを石にしてもらえませんか。よろしくお願いします」 「かわいいー!先生が大好きなんだね。初恋かな?」 ここにも花が咲いてますね 素敵な先生なんでしょうね 「満開だねw先生には自分の気持ちを伝えたのかな?でもこの子はそれが先生を困らせることが分かりそうな感じよね」 そうですね。ちゃんと先生や友達の事を見てる男の子な気がするな 「石にしてくださいとお願いされてますがどうしましょうw」 フフフ、そうですね。スキビディトレインさんはお母さんがいなくて、寂しい時があると思います。辛くて泣いてしまう日もあると思います。また、周りにはスキビディトレインさんをここまで育ててくれた人がいるようですね。その人達全てがあなたの家族です。あなたの事を大切に思っている家族です 藤川先生にもそんな大切な家族がいます。藤川先生の事が好きで大切にしたいと思うのならば、スキビディトレインさんは藤川先生ではない運命の人と結婚しましょう。必ず運命の人があなたの前に訪れます。いつか、運命の人と結婚したら先生に報告して上げてください。先生はきっと喜ぶと思うわ 「…あれ?今日は【石化アイ】発動しないの。そんな回もあるんだw」 フフフ。はい、今日は発動しませんでしたwなんか素敵だなと思って。 ではここで一曲 はなのなまえで「春風ドライバー」 ♪ もしも明日、死んでしまうとしたら 僕は君を道連れにするだろうか 何にもない僕の心は 君をがっかりさせてしまう それでも君が僕の隣で 笑って車に乗ってくれたら、くれたら 春風にのって、どこまでも ひこうき雲追越して、どこまでも 北極星めざして、どこまでも、どこまでも 君とならば、どこまでも ♪ ではそろそろお時間です。本日はゲストのピーチ姫さんに来て頂きました。ありがとうございました。 「ありがとうございました。あーまだキュンキュンしてるんですけどw楽しかったです。ありがとうございました」 本当にありがとうございました 皆様に素敵な春が訪れますように ではまたお会いしましょう。シャー