正直、最初は軽い気持ちだった。 新しい場所、新しい名前。 どうせまた、少し騒いで、少し笑って、 いつものように流れていくと思っていた。 あの人が、何も言わずに贈り物を送ってきたときも、 深い意味なんて考えていなかった。 「それ、特別な相手に渡すやつだよ」 冗談半分だった。 でも返ってきた言葉は、思ったよりまっすぐで、 少しだけ、胸の奥がざわついた。 そこから先は、早すぎた。 毎日声を聞くようになって、 いない時間が気になるようになって、 名前も見た目も、ふざけて変えていたけど、 本当は繋がっている証が欲しかった。 だから拗ねた。 だから試すようなことも言った。 「好きって言って」 冗談の形を借りないと、 不安を出せなかった。 彼女が曖昧に笑うたび、 安心と同時に、少しの怖さも残った。 いつか、いなくなるかもしれない。 その予感は、ずっとあった。 彼女が少し静かになったとき、 理由は聞けなかった。 聞いたら、本当に終わってしまいそうだったから。 だから、先に言った。 「ここで終わりにしよ」 引き止めてほしかったのかもしれない。 違うって言ってほしかったのかもしれない。 でも彼女は、頷いた。 その瞬間、 自分が一番怖れていた答えが、 一番静かな形で返ってきた気がした。 それから少しずつ、 あの世界に入れなくなった。 彼女が悪いわけじゃない。 自分が、あの場所に戻れなくなっただけだ。 楽しかった時間は、嘘じゃない。 大事だったのも、確かだ。 ただ、 同じ温度で続ける方法を、 知らなかった。 だから今も、 名前を変える。 あの人が呼ばなくなった名前を、 自分から遠ざけるために。
有る箱の中は透明で中を覗けば沢山の絵文字の 様なキラキラ笑顔が溢れて皆楽しげな雰囲気を 纏いながら幸せそうに踊る様子を眺める内私も 仲間に入れるか否か手鏡を覗けば絵文字の様な 私が鏡の中で幸せそうに微笑んだ未だ何も変化 無い毎日だけど何故か微かな現実と希望が鏡の 向こうで微笑んだのは気の性じゃ無いと思えた
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
スマホのアラームで目を覚ます。午前六時。 カーテンの隙間から差し込む光は冬らしく白く冷たい。布団から出ると、ワンルームの空気が刺すように寒い。エアコンをつけたい衝動に駆られるが、電気代が頭をよぎって指が止まる。 社会人一年目の給料は思ったよりも心許ない。月末はいつも、ぎりぎりだ。 洗面所で顔を洗う。鏡の中の自分は、学生の頃より幾分か疲れて見える。昨日も残業だったし、今日も朝から会議がある。 キッチンでコーヒーを淹れ、小さなベランダを見ると、手すりに薄い霜が張り付いていた。 その白さを眺めていたら、あの朝の光景がよみがえった。 **** 実家の冬の朝は、とてつもなく寒い。 布団の外に出た瞬間、肌を刺すような冷気に身震いする。吐く息が白い。大学の寮では冬でも暖房が効いていたから、実家にいるんだとしみじみ思う。 時計を見ると午前六時。スマホでSNSを眺めると、サークル仲間の飲み会写真や、先輩の就活愚痴が流れている。指で画面をスクロールしながら、布団に戻って二度寝しようか迷っていた。 そのとき、庭から微かな音が聞こえた。カーテンを開けると、白く凍った庭に、人影がある。 祖父だ。分厚いジャンパーを着込み、剪定鋏を手に庭木を整えている。白い息が煙のように立ち上り、芝生は霜で真っ白に凍りついている。 「じいちゃん、何してんの。寒いから中入ってよ」 玄関を飛び出し、庭に出ると、冷気が頬に刺さった。祖父はこちらを向き、笑った。 「 こんなん、寒いうちに入らんだに。 この時期に切っとかんと、春に困るだよ」 俺は父の古いジャンパーを引っ張り出し、庭に戻った。祖父が差し出した小さな鋏を受け取り、低い枝を頼まれる。 かじかんだ手はうまく動かないが、作業を続けているうちに、少しずつ体が温まってくる。 「大学はどうだい」 「まあ、普通」 「友達はできたか」「それなりに」 素っ気ない返事をしながら枝を切る。 祖父は余計な口を挟まず、黙々と鋏を動かす。沈黙が気まずくて、俺はつい口を開いた。 「最近、体調どう?」 「ぼちぼちだな。歳は取りとうねえ」 祖父は笑った。だけど、その笑顔は去年より少しだけ細く見えた。 「この庭、お前が生まれる前からだ。もう三十年以上だか」 祖父は目を細めて庭を見回した。 「春には梅が咲くし、お前が好きだった椿ももうすぐつぼみが膨らむずら」 忘れていた。椿が好きだったなんて。 椿は花ごと落ちる。小さな頃、その花をたくさん拾って並べて遊んだような──微かに思い出せる。 空が明るくなり、凍った芝生が溶け始める。 作業を終えると、祖父は「助かったわい」と俺の肩を叩いた。その手は驚くほど軽かった。 母が淹れた熱い緑茶を飲む。祖父はこたつで目を細めている。 「また帰ってきたとき、庭仕事手伝うよ」 そう言うと、祖父は一瞬目を丸くする。その後ふふっと嬉しそうに笑った。 「ああ、待ってるずらよ」 **** あれから三年が経った。 就活が始まり、帰省の暇もなくなり、内定、卒業、就職。気づけば三年が過ぎていた。 祖父が倒れたと連絡が来たのは、去年の秋。慌てて帰ったが、祖父はもう眠ったまま反応がなく、その一週間後、静かに息を引き取った。 葬儀の日、庭を見た。木々は伸び放題で、雑草が生い茂っていた。 あのときの梅や椿は、今年も咲いたのだろうか。霜の庭に立つ祖父の姿が、鮮明に思い出される。 **** コーヒーが冷めていく。時計を見ると、もう出発の時間だ。スーツを着てコートを羽織り、ドアを開けると冷たい風が吹きつける。 駅へ向かう道を歩きながら、俺は思う。 あの日、もっと話せばよかった。素っ気ない返事じゃなく、ちゃんと言葉を交わせばよかった。そして約束を守ればよかった。 満員電車に揺られていると、スマホに母からメッセージが届く。 「今度の週末、暇だったら帰ってこない? お父さんと庭の手入れをしようと思う。手伝ってくれたら嬉しい」 少し考えて、返信する。 「わかった。帰る」 電車が止まり、ホームに降りる。今日も長い一日が始まる。 でも今は、週末が待ち遠しい。 実家の庭で、父と剪定をする。手はかじかむだろう。でも動いているうちに温まる。今度こそ、約束を守る。 凍える朝は、いつか温かい朝に変わる。祖父がそうしてくれたように、今度は俺が温もりを手渡す番だ。 雲の切れ間から青空が覗く。冬は長いけれど、春はきっと来る。 何気ない冬の朝。祖父との、たぶん特別でもない時間を思い出しながら、俺は歩き続けた。
「お、今年節約できてるじゃーん。頑張ったなー、俺」 家計簿に並ぶ収支プラス。 新年の抱負を早くも達成できていると、夫はご満悦だ。 しかし、私は知っている。 酔った夫の居酒屋梯子癖を。 二次会三次会に行った記憶など残ってなく、レシートももらっていないことを。 要するに、家計簿に書かれていない支出が多いのだ。 そして月末。 「ぎゃー! 財布の中にお金がない! 盗まれたか!」 案の定、夫は発狂した。 何回もお札を数えて、何回も家計簿を見直している。 「アホたれ」 時計を見るとまだ朝五時だったので、私は二度寝を決め込んだ。 夫がこの黒字トリックに気づけるのは、いったい何年後の話だろうか。
息子の大地が「今度、彼女を家に連れてくる」と言ったのは、夕食後の何気ない一言だった。 味噌汁をすする手が止まり、私は思わず聞き返した。 「えっ、いつ?」 「来週の日曜」 さらっと言って、彼は冷蔵庫から麦茶を取り出す。まるで天気の話でもするような調子に、拍子抜けする。 来週の日曜まで、たった一週間。私だけが浮き足立っていた。 家の中は散らかっていないかしら。玄関の花は枯れてなかった? 客用の茶碗はどこに仕舞ったっけ。お菓子は? お昼はどうしましょう。 頭の中で次々とリストが浮かぶ。まるで学生時代の試験前に戻ったようだ。 「佐和子さん、そんな顔しないの」 義母のふみさんが、湯呑を片手に笑っている。 「あなたも昔、初めてうちに来たとき、緊張でガチガチだったじゃない。 必死に笑顔作って」 確かに。 三十年前、初めてこの家を訪れたとき、私は完璧な「良い娘」を演じていた。料理上手、礼儀正しく、控えめで。 本当の私は、そんなに器用な人間じゃないのに。 「お義母さんだって、最初は優しい姑を演じてたでしょう」 私は負けじと返す。 「あら、バレてた?」 ふみさんはケラケラと笑った。 初めて会った時のふみさんは、今よりもずっと上品だった気がする。出てきた料理はまるで高級割烹のようで、畏れおののいたものだ。 今ではすっかり本性を現して、私と漫才のようなやりとりをする仲になってしまったけれど。 「まーたふたりでじゃれてる……」 読んでいた新聞をたたんで、夫の一雄がため息をつく。こんな調子で三十年、嫁姑漫才も見飽きたという顔だ。 「お父さんだって、初めてうちに来たとき、猫かぶってたくせに」 「やめてくれよ、もう三十年も前の話だ」 ふみさんは、ふふんと鼻を鳴らして湯呑を置く。 「私が三十年前に味わった気持ち、あなたも味わいなさい」 「……それ、脅しに聞こえます」 「母親ってそういうものよ。 息子の『彼女』が来るとなったら、誰だってそわそわするでしょう」 「楽しみでもあり、怖くもあり、ですね」 私は笑いながらも、心の中でふみさんの言葉を反芻した。 実のところ、非常に複雑な気持ちだ。嬉しいような、寂しいような。息子が大人になって、自分の人生を歩み始めている。 ふみさんも同じだったんだろう。愛する息子を他人に盗られるんだ。 でも、ふみさんは私を実の子のように扱ってくれた。叱るときは本気で叱る。私が言い返して夫がおろおろしていても、なぜ叱るのか、理由を述べる。 『嫁』ではなく、一人の大人として扱ってくれたのだ。 よその人と話していても、「うちの嫁」なんて言わない。必ず「佐和子さん」と言ってくれる。いわゆる嫁姑バトルとは縁遠いのかもしれない。 だから、私も「ふみさん」と呼ぶ。 「……おもてなしって、他人だからできるのよ」 「ですよねぇ」 『おもてなし』って、ただ掃除してご馳走を用意することじゃない。 息子が選んだ人を、息子の未来ごと受け入れること。 そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなる。 それでも不安は消えない。 どんな娘さんなんだろう。明るい子か、静かな子か。料理が得意? それともキャリア志向? ふみさんは、もう結婚が決まったかのように目を輝かせた。 「どんな娘さんが来るのかしらねぇ。楽しみだわ」 私は苦笑いするしかなかった。 来週の日曜日。どんな「おもてなし」になることやら。 でも、ありのままの私たちを見てもらうのも、悪くないかもしれない。そう思えるようになったのは、三十年間、この家族で過ごしてきたからだろう。 窓の外では夕焼けがゆっくりと色を変えていた。
私がもらったものは、一つの壺。 誰があけたのか、雑に割られたような底穴が穿たれた、茶色い壺だ。 田舎の方に行けば、どこにでも転がっている、つまらない壺。 私がこれを曽祖母の形見だと思わなければ、ひび割れたこの壺は、そろそろ家の端っこで割り砕かれて庭の穴埋めになっているだろう。 古道具屋には、そんな道具がたくさんある。 誰が売ってしまったのだろう。 私が集めている大量の植木鉢も、私が死んだらああやって売られてしまうだろう。 売られるだけマシとも言える。 文章は、ただ消えゆくのみ。 古い箪笥の端っこに書かれた、子供の落書き。 「ふん、どうせ私が悪いのだ」 私が見つけなければ、消えてしまった、彼女の言葉。 100年も経って、私に見られるなんて思いもしなかったろう。
起きたら、全てが変わっていた。 母も父も別人で、家も身の回りのものまで全部が私の知らないものになっていた。 けれど、昨日まで生活をしていた痕跡があって、カレンダーには今日や明日の予定が書いてある。私ではない筆跡で。 もしかして、知らない人の家で寝ていた? そんな訳はない、父も母も私の名を呼ぶ。まるで元から私の母と父であるように、下の名前を軽々と呼ぶ。 ならば何故、私には昨日までの記憶がごっそりないんだ? 四年前の七月までの記憶はハッキリとあるのに。 ……ねぇ夜入(よいり)。 え? 誰? ……詩人(しじん)よ。覚えてる? というか、あなた自分の病気を忘れたの? え? 遡ること、四年前。私は酷い虐待を受けていた。ご飯はなくて、風呂は春も夏も秋も冬も全て冷水で入らなければならなかった。父からは性的暴行を受けたし、母からは純粋な暴力を受けていた。 心も体もボロボロで、何もかもが嫌になって、死ぬつもりだった。けど、包丁を手にした途端意識が消えた。 ……そう、アタシが阻止してあげたのよ。まだ幼い子が自分自身に刃物を突き立てるなんて、見てられなかったの。 …僕も怖かった。死ぬのが。 詩人の声が聞こえ始めてから、多くの声が聞こえるようになった。まるで、教室みたいに騒がしくて、昔に戻ったみたいで、嬉しかった。 ……そうだ、今まであなたの体をずいぶん好き勝手しちゃったわ。ごめんなさいね。 アタシ、このままあなたが目を覚さないと思っちゃってね、前のお父さんとお母さん捨ててきちゃったの。全部を新しくしてしまった事、本当に申し訳なく思うわ。 いいんだよ詩人。 そう、今思い出した。 解離性同一性障害。俗に多重人格症とも言われる病気を私が患っているということ。 詩人、詩葉(うたは)、陸、海、空、陽入(ひいり)、冫(ひょう)。 もっともっと私の中には沢山の人格がいる。 基本人格の私を含めて、主人格の陽入、未就学人格の冫(ひょう)丶(てん)もいる。 私はまだ十四歳。まだまだ生きなきゃいけない。詩人やみんなが繋いでくれた命。皆んなが共有しているこの命を消すわけにはいかない。
相川さんのことが好きで好きでたまらないッ。 もう朝から晩まで考えてる。 俺のそんな気持ちを知っているのは親友の高木だけ。 「そんな好きならコクっちゃえよ」 高木が煽る。 それができるなら、こんな風に悩んでない! 「やー、だから勢いだって。あれ、壁ドンっての? 最近流行ってるらしいし、やってみたら? お前結構かっこいいんだしよ?」 自分でいうのもなんだけど、自分の見た目はちょっと自信がある。 「こー、萌えるシーンっての? 夕方とかに呼び出して?」 俺はとうとう高木の悪魔のささやきに耳を傾けてしまった。 というか、高木が勝手に呼び出しのラブレターを相川さんの靴箱に忍ばせたのを後から知った。 そんなことされたら、後に引けないじゃないか! 糞っ高木め! バクバクと高鳴るを気持ちをおさえながら、オレンジ色の夕日が差し込む校舎の裏に足を向けた。 そしてそこには……相川さんがもじもじしながら待っていた。 足が震える、肩があがる、俺がもし汗っかきなら多分汗だくだ。 俺は相川さんの前に立つ。 顔を上げた相川さんと目が合う。 心なしか、照れているように、みえなくもない。 夕日で赤く染まった顔がとてもきれいだ。 よ、よし、壁ドンだな! 勢いだな!? ドンッ! その勢いで、俺の目玉が零れ落ちた。 相川さんは気絶して倒れた。 あ……。 俺はその日、教訓を得た。 『ゾンビは壁ドンをしてはならない』
夫は配達の仕事をしている。 その配達先のひとつに、毎回やけに多くの商品を注文する男性がいるらしい。 吉田という名のその男は、 「在庫を切らすのが嫌でね。」 と笑いながら、必要以上の数を注文することで業界内ではちょっとした有名人だった。 夫の会社にとっては、ありがたい得意先だ。 だが、実際に配達に行く夫の感想は少し違っていた。 「この棚に補充してください。」 そう言ってから、吉田は一度棚を眺め、 付け足すようにこう言った。 「前回と、同じで大丈夫です。」 吉田に案内された棚は、いつもぎゅうぎゅうに詰め込まれている。 商品同士が押し合い、今にも崩れそうな状態で並んでいる。空きはほとんどない。 それでも夫は言われた通りに箱を開け、 入るだけ商品を棚に押し込む。 もちろん、毎回必ず余る。 「入らなかった分は、どうしたらいいですか。」 夫がそう尋ねると、吉田は棚を見つめたまま、 ぽつりと答えた。 「減ってないと、安心するんですよね。」 それから、はっとしたように夫の方を見て、 「……とりあえず、そこに置いておいてください。」 と、棚の下あたりを曖昧に指さした。 床に積まれていく段ボールは、次の配達の日にもほとんど手つかずのままだった。 その日の夜、夫は食事をしながら妻にその話をした。 「別に嫌な人じゃないんだけどさ。 なんていうか……無駄が多いんだよ。 商品を頼むときに在庫確認とか普通するでしょ。 なのに、毎回同じ量を同じペースで頼むんだよ。棚に入りきらないのに。」 妻は相槌を打ちながら聞いていたが、どこか引っかかるものがあった。 翌日、職場でその話を上司にすると、 上司は少し考え込むようにしてからこう言った。 「物に執着する人ってね、 物そのものを愛してるわけじゃないんだよ」 「じゃあ、何を……?」 妻は上司の言葉の意味が理解できなかった。 「“減る”のが怖い。 足りなくなることより、失うことの方がずっと怖いんだよ。きっと。」 そう言って、上司は湯呑みを持ち上げた。 「注文数を変えるということは、棚を商品で埋め尽くすことができないでしょ。 だから注文数を変えない。 毎回同じ数の商品が届けば、棚は常に商品で満たされたまま。」 妻は、夫の話していた吉田の話しを思い出していた。 棚から溢れそうな商品。 床に積まれたままの段ボール。 そして、夫が最後に言っていた、"いつもどこか不安そうに揺れる目"。 上司は、机の上に置かれた書類をきちんと揃えながら言った。 「“そこに在り続ける状態”。 数も、位置も、順番も、変わらないこと。 減らないこと。 動かないこと。」 その時は、妻はまだよく分からなかった。 数日後、夫の配達ルートが変更になった。 吉田の元へ行くのは、しばらく別の配達員になるという。 「別に問題ないだろ。商品は同じなんだから」 夫はそう言ったが、どこか落ち着きがない様子。 その日の夕方、夫の会社に一本の電話が入った。 吉田からだった。 「今日、商品が届いていません。」 事務員が説明すると、吉田は静かにこう言ったという。 「商品じゃなくて、 “置かれ方”が違うんです。」 後日、夫が聞いた話だ。 別の配達員が行ったところ、 吉田は受け取りの際、何度も棚を確認していたらしい。 「前は、この箱がここでしたよね。」 「順番、違いませんか。」 「床に置く向き、逆じゃないですか。」 そして、ぽつりとこう言った。 「前の人は、ちゃんと分かってた。」 その夜、妻は上司の言葉を思い出していた。 在り続ける状態。 変わらないこと。 吉田にとって、 商品は「使うもの」ではなかったのだ。 棚が常に満たされていること。 同じ人が、同じ手順で、同じ時間に置くこと。 それが崩れることが、 “失われる”ということだった。 それから数日後、夫が言った。 「……吉田さん、 “元に戻るなら、問題ないんです”って。」 「何が、元に?」 妻がそう聞くと、夫は少し黙ってから答えた。 「物の場所が、って。」 妻は、その言葉で全てを理解してしまった。 吉田が溜め込んでいたのは、 商品ではない。 “同じ状態が、永遠に続くという感覚”だった。 そしてそれを守るためなら、 物と同じように、 人もまた―― 元の場所に、 戻されるだけなのだ。
メリーさん。 都市伝説の一つ。 突然電話がかかって来て、こう言われる。 「あたしメリーさん。今、○○駅にいるの」 電話は切られ、またかかって来る。 「あたしメリーさん。今、○○スーパーの前にいるの」 「あたしメリーさん。今、△△ってアパートの前にいるの」 「あたしメリーさん。今、×××号室の扉の前にいるの」 電話がかかってくるたびに、メリーさんは近づいてくる。 どこへ逃げようと。 どこへ隠れようと。 そして最後の電話で、こう言われる。 「あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの」 「誰よ、その女!!」 「ギャー!」 「人がお風呂に入ってる間に、他の女を部屋に連れ込むとか信じられない! クズ! 死ね!」 「待て、誤解だ!」 背中を刺されたメリーさんは、そのまま倒れて動けなくなりました。 「あ、あたしメリーさん。至急、救急車を一台お願いするの。場所は」
ある朝、目が覚めると俺は猫になっていた。 目線は明らかに低く、全身を覆う毛の感触がどうにも落ち着かない。 寝起きでただでさえ働かない頭に、この異常事態が追い打ちをかけてくる。 状況が理解できず、混乱するしかなかった。 試しに声を出してみる。 喉から出たのは――「ミャー」。 頭の中では乾いた笑いがこみ上げるのに、耳に届くのは甲高い猫の鳴き声だけだった。 少し落ち着こうと周囲を見渡す。 そこは見知らぬ部屋だった。 雰囲気からして、どうやら若い女性の部屋らしい。 カーテンは中途半端に開き、部屋は決して綺麗に片付いているとは言えない。 生活感の残るその様子から、飼い主の性格までなんとなく想像できてしまう。 この猫の飼い主はすでに起きているのだろう。部屋にはいなかった。 俺はベッドから飛び降りた。 自分の身長の何倍もある高さのはずなのに、着地の衝撃はほとんどない。 躊躇なく跳び降りた自分自身にも驚いた。 部屋から出ようとドアに向かうが、ドアノブに届かない。 こんなにも猫の体は不便なのかと思いながら、何度か跳びついてみる。 そのとき、廊下の方から足音が近づいてきた。 何か話しながらこちらへ向かってくる。 はっきりとは聞き取れないが、おそらくこの猫の名前を呼んでいるのだろう。 ドアが開いた。 そこには、二十歳を少し過ぎたくらいの女性が立っていた。 微笑みながら俺を呼び、自然な仕草で抱き上げる。 ――まずい。 完全に日本語を話しているはずなのに、言葉の意味がまったく理解できない。 焦りと不安が一気に押し寄せる。 そこでようやく気づく。 「ああ……俺は、猫だから人の言葉がわからないのか」 無理だと分かっていても、伝えたくなる。 俺は猫じゃない。人間だ。 そう叫び続ける。 でも、ふと思う。 本当に俺は人間だったのか? 俺の人間の頃の名前は? 思い出そうとしても、何ひとつ浮かばない。 さっきまで動き回って鳴いていた俺が急に静かになったのを見て、彼女は不思議そうな顔をした。 顔を近づけ、何かを優しく語りかけてくる。 今しかないと思った。 俺は全身に力を込め、思い切り叫んだ。 ……けれど、喉から出た音は、少し強めの「ニャー」だった。
「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 店はいつでも大繁盛。 自家製麺に、自家製スープ。 ラーメン一筋でやってきた。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 最初は客も来なかった。 だが、近所のお客さんが常連になってくれた。 常連の紹介から、口コミで広がる。 今では、そこそこ有名になった。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 とは言え、悩みもある。 人手が足りない。 正社員はすぐに独立してしまう。 バイトはすぐ辞めてしまう。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 麺もスープも調子がいい。 なのに、店を休まなきゃならない時がある。 人手が足りない。 店が回せない。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 バイト募集の貼り紙を貼った。 時給は平均より高くした。 賄いにうちのラーメンも出る。 条件は悪くないと思っている。 でも、応募が来ない。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 このままじゃあ店が潰れちまう。 何度か若いお客さんに直接言ったことがある。 よかったらうちでバイトしないか、と。 だが、お客さんは遠慮しとくと断った。 飲食店には、ブラックなイメージがあるそうだ。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 悲しいな。 これだけ美味いラーメンを作れるようになって。 これだけお客さんが喜んでくれるようになって。 働きたいと思わせられないなんて。 「うめえ! うめえ!」 「うめえ! うめえ!」 閉店を決めた。 当日に告知した。 店の周りに人混み作って、近所に迷惑かけたくなかったから。 「悲しいよ」 「また食べたいよ」 最後の言葉も温かい。 でもな、言葉だけじゃあ店は続けられねえんだ。 俺の味を望む人たちが、週に一回でも手伝ってくれたら続けられてた。 そう思う俺は、求めすぎだろうか。 シャッターを下ろす。 俺の歴史が一つ、幕を閉じた。
「ただいまー」 お父さんが帰ってきた。 今日は、お父さんの誕生日だ。 「お帰りー! ケーキ!」 ぼくは玄関で、お父さんからケーキの入った箱を受け取って、すぐに冷蔵庫へいれた。 冷たくないケーキは美味しくないから。 晩ごはんの間も、わくわくそわそわ。 テレビを見るのも忘れ、わくわくそわそわ。 「ご馳走様! ケーキ!」 誰よりも早くご飯を食べて、お母さんの服を引っ張った。 お母さんはケーキを冷蔵庫から出して、包丁で家族分切り分けてくれた。 ぼくはすかさず、一番大きいケーキをとる。 「いただきます!」 ケーキ、ケーキ。 美味しいケーキ。 誕生日は、ケーキが食べられるとってもいい日だ。 なんだかお父さんは悲しそうな表情をしているけど、ケーキが好きじゃないんだろうか?
異界監視センターよりお知らせです。 夜遅くに、家のチャイムが鳴ったことはありませんか? すぐに玄関から離れてください。 チャイムを鳴らしているのは【検閲済】です。 以上の状況が当てはまる場合には、速やかに当センターにお知らせください。 〈ピンポーン〉 午前2時半。アヤカはチャイムの音で目が覚めた。何時だと思ってんの?とイラッとして起き上がると、隣で寝ていたダイスケが慌てて止めてきた。 「アヤちゃん、危ないよ。警告CM見なかったの?」 「あ、これ監視センターが言ってたやつ? 危な、ドア開けようとしてた……」 「センターに連絡しなきゃ。電話番号分かる?」 「待って、今調べる」 アヤカはスマホをつけ、異界監視センターの電話番号を調べようとした。が、やけにネットが遅い。すると―― 〈ピンポーン〉 「ひっ」 ダイスケは飛び上がり、アヤカはサッと玄関を睨んだ。2回連続でチャイムが鳴った。周りを見てみても、何も異常は起きていない。けれど、何か嫌な予感がする……。そう思った時だった。 〈ピンポーン〉〈ピンポーン〉〈ピンポーン〉 「えっ、どっ、ど、どうしよう……!」 「ダイスケ、しーっ」 パニックになりかけるダイスケを、アヤカは慌ててなだめる。その間も、チャイムは鳴り止まない。何か恐ろしいものが近づいているのを感じ、知らないうちに体が震え出す。アヤカは必死に落ち着こうと努めた。 「だ、大丈夫よ、流石に中には入ってこないでしょ」 「ダメだ、お、俺、おれ……」 「え?」 頭を抱えてうずくまるダイスケが何か呟くので、アヤカは耳を寄せて聞き返した。すると彼はぴたりと口をつぐみ、ゆっくりと体を起こした。その目はゾッとするほど虚ろだった。 「おれ、いかなきゃ」 「えっ、ちょっと、ダイスケ? ダイスケ!」 ベッドを下りたダイスケは、玄関に向かって歩き出した。アヤカは慌てて追いかけ、力ずくで止めようとする。しかし、女性1人の力ではどうにもならない。ダイスケはアヤカを押しのけ、玄関の鍵を開けた。 〈ガチャ〉 ひとりでにドアノブが回った。ゆっくりとドアが開く。部屋に差し込む街灯の光を背に、玄関先に立っているモノがいた。 アヤカはそれを見てしまった。 異界監視センターより コーポ福来での【検閲済】との接触事故について 102号室 檜田スバルさん 頭部増加 シズカさん 足部欠損 レオンくん 色素消失 202号室 堀越アヤカさん 脳波異常 川島ダイスケさん 脚部増加 犠牲となった方々に、祈りを捧げましょう。
私、好きな物は先に食べる派。 だから、ケーキの上に乗ってる苺を最初に食べちゃう。 ぱくぱくもぐもぐ。 ああ、美味しい。 「ぎゃー! あんた、何やってんの!」 いっけなーい。 お母さんにバレちゃった。 「めんごめんごー」 「あんた、どうすんのよコレ! ショートケーキならともかく」 怒らないでお母さん。 苺の乗ってないホールケーキだって、きっと美味しいよ。 パティシエさんたちが、一生懸命作ってくれたんだから。 私は食べないけどね。 もう、一番美味しいところが残ってないし。
「やべえ。一日間違えた」 神は頭を抱えていた。 人類へ、世界を滅亡させると宣告したまでは良かった。 カウントダウンをはじめ、カウントダウンタイマーが二十四時間五分前を示した今、神は気づいた。 世界滅亡するの、五分後だったと。 神の使い魔が、神の横で大きなため息をつく。 「何してんすか、カミサマ」 「どうしよう、どうしよう」 「世界滅ぼすの一日遅らせればいいんじゃないですかね?」 「無理だ。既に宇宙のすべては、今日地球が滅ぶことを前提に作られている。一日ずらせば、巻き込まれて宇宙の百や千がまきこまれて滅ぶ」 「じゃあ、五分後に滅ぼせばいいじゃないですか」 「可哀そうだろ、人間が! あと一日しかないと言っていたのが、突然あと五分になるんだぞ!」 「はあ。優しいんだか、優しくないんだか」 神は思考する。 最善の方法を。 しかし、いくら考えても、何かを犠牲にするより解決策がなかった。 千の宇宙か、数十億の人間か。 神の頭の中で、天秤が揺れる。 「後三分ですね」 「ひいっ!」 「ま、頑張ってください」 「何をしてる?」 「カップラーメンにお湯入れました。世界が滅ぶと同時に完成します」 「ジーザス!」 神は悩み続けた。 そもそも、世界が滅ぶことは決められたことだった。 神が滅ぼすのではなく、世界の理として始めから決まっていたことだった。 誤算だったのは、人間という生物が、想定以上に長生きしたこと。 宣告は、発展させた文明が突然滅ぶのは人間にとって悲しかろうという、神の恩情。 だから、神は悩み続けた。 このままでは、温情だったものが止めの絶望を指す凶器になってしまうから。 「後一分ですね」 「オウ、マイ、ゴッド!」 「いや、神はあんたでしょ」 「ジーザス!」 後に、使い魔は本を書いた。 地球に住む人類が「あと一日あったはずじゃ!」と神を恨みながら死んでいったのは、神の優柔不断が理由であると。
etc(エトセトラ)…etc(エトセトラ)… 私の隣を歩く人たち。 私の前を、私の後ろを歩く人たち。 コペルくんが私たちはまるで分子の集合体のようだと叔父さんに言ったことを思い出した。 etc(エトセトラ)…etc(エトセトラ)… 抽象的で哲学的な事は考え出したらキリがない。 物事というものは多少の省略は返って心地良いのかもしれない。 etc(エトセトラ)…etc(エトセトラ)… だから今日も曖昧さを残しておくよ…。 でも、たまには思考するのも悪くない。 (完)
「安西先生。小説が、書きたいんです」 「書けばいいじゃん」 至極当たり前のアドバイスをしたはずなのに、目の前の人間は渋い顔をした。 「それは、そうなんですけど」 「うん」 「書けないんです」 「なんで? 腕にマヒがあるとか、激務で起きている間ずっと仕事してるとか?」 「そうじゃないんですけど」 「じゃあ、書けばよくない?」 「……酷い! パワハラだ!」 「えぇ……」 私は真摯にアドバイスをしたはずなのに、目の前の人間は泣きながら走り去っていった。 泣きたいのはこっちだ。 「意味わかんね」 書きたいなら、書けばいい。 もしかして、目をつむっていたら妖精さんが勝手に小説を書いてくれるとでも思っているのだろうか。 もしかして、AI様が頭の中をスキャンして代わりに小説を書いてくれると思っているのだろうか。 小説を書くのは、人間だ。 書きたい小説があるのなら、それを書くのは他でもない自分なのだ。 ならば、書くしかない。 書けないなんて言う暇があったら、書くしかないのだ。 「まあいいか。人のことを気にしている場合じゃない。書こ」 そんな人間もいるんだなあと、私は一つの学びを得て、パソコンに向かった。 パソコンの隣にお菓子に、自然と手が伸びる。 美味い、高カロリー最高。 これは頭が回復する。 「はー、瘦せたいなあ」 さ、書くか。
5時間目の授業をまともに聞ける人間は、特別な体をしているとしか思えない。 お昼ご飯を食べた後の時間は、眠くてまともに過ごせない。 そうじゃなくても、僕はたいていの時間で眠い。 友達から、前に聞いたのと同じ話をされたとき。 姉の買い物に付き合わされて、無限に待っているとき。 太陽がポカポカしている間、自分の体がうまく操縦できなくなる。 早く帰って寝たいと、いつも思っている。 だけど、腹立たしいことに。 僕の「眠い」はいつも、完全に落ちるところまではいかなかった。 そして夜に限って、なぜか目が冴えて眠れない。 結局寝不足になって、次の日もまた眠かった。 うちのクラスには、高槻くんという秀才がいた。 目立たない顔をしていたし、隣にいるにぎやかな友達の添え物みたいな扱いをされていた。 でも、いつも後ろの席にいる僕は、彼がいつも姿勢よく授業を受けている姿を尊敬している。 その背中に隠れて、思う存分うとうとすることができるから。 ああいう人間は、きっと夜によく眠れるのだと思う。 いいなあ。 国語の教科書は好きだった。 自分で読むものを選ぶのは面倒くさいけど、押し付けられるものとしては悪くない。 でも、授業は眠かった。 10分で読み終わる話をテーマに50分も長々と引き延ばされたら、 題材がどんなに良くても5時間目の睡魔にはかなわない。 今日の授業の題材は、アリとキリギリスを意味もなく難しくしたような話だった。 アリは本当に、忙しく働いたぶんの元を取れているのだろうか。 美味しいところだけ、賢いキリギリスに奪われて終わるのではないか。 そんな感じ。 高槻くんはまさに、真面目な働き者のアリだ。 僕はその後ろで、日向ぼっこをするキリギリス。 あのにぎやかな友達は、もしかしたら賢いキリギリスかもしれない。 そんな姿を想像した後、その例えなら僕は冬に飢えて死んでしまうことに気づいた。 寒いのはいやだな。日向ぼっこのまま、目覚めないのがいいな。 「おーい? 遠山くん? おーい?」 彼の声を、初めて聞いたかもしれない。 「……あ、高槻くん。どーしたの?」 「授業終わったぞ。さすがに、いびきはまずいって」 「ああ、うん。怒られてた?」 「いや、呆れられてた。遠山くんはいつも眠そうだけど、ここまでがっつり寝るのは初めてだって。そういうキャラだからってみんな笑って流してたけど、さすがに6時間目もそれはまずいだろ」 病気なんじゃないかって、心配してくれたらしい。 6時間目の授業は、今までで一番頭に入ってきた。 高槻くんの景色は、きっとこんな感じなのだろう。 こんな風に、毎日過ごしてみたい。 帰りのホームルームのあと、僕は部活へ行く準備をする高槻くんに声をかけた。 「ねえ。5時間目を起きて生き残るには、どうしたらいいかな」 彼は目をぱちくりさせたあと、優等生らしく当たり前の返しをくれた。 「よくわかんないけど、夜にちゃんと寝ればいいんじゃないか」 「夜はあんまり寝れないんだ」 「昼に寝てたらそうなるだろ」 どうしようもなく、堂々巡りだ。 「休みに寝だめするしかないのかなあ」 「逆効果だって。そうだ、逆に昼間のうちに思いっきり疲れるとかはどうだ」 「えー?」 「思いっきり走るとか、友達と遊ぶとか。 俺なんか、ワタルのやつに振り回されっぱなしだから、夜一度寝たら朝まで全然起きない」 高槻くんの言っていることは正しくて、しかもきっとその裏側に気づいていない。 眠れない夜はとても長いんだ。 昼間できなかったことを、なぞり返す羽目になるから。 その日をなぞり返す隙間もないくらい起きているから、彼はちゃんと夜に眠ることができる。 やっぱりその日の夜も、僕は眠ることができなかった。 土曜日に、電車で少し遠くまで行った。 教科書に載っていたあの話の作者の本を、買いに行ってみた。 用事はきっと何でもよかったのだけど、それがちょうどいい感じがした。 街の本屋にはたくさんの本が並んでいて、選ぼうとする人を試しているみたいだ。 なんだか面倒くさくなって、適当に別の本を買ってしまった。 そのまま帰ったら開かずに終わる気がして、駅前の喫茶店で頑張って眠らずに読んだ。 内容は、眠れない少女の冒険。 まるで僕みたいな主人公だと思ったのに、最後のオチはすべて夢の世界だった。 ひどいや。 帰り道の電車で、うとうとと物語の夢を見た。 びっくりするくらい壮大な夢だったはずなのに、起きた時3駅しか進んでいなかった。 6時間目みたいに体が軽い。 もしかしたら僕は、いい夢を見るために起きているのかもしれないと思った。 ……ていうか、寝ちゃったよ。 きっと今日の夜も、眠れないな。
僕には姉がいる というか、僕には姉しかいない 僕の記憶はここに来てからの1年程しか無い 所謂記憶喪失というやつだ それに加えて…盲目だ 僕の世界には光が無い そんな僕を支えてくれたのは姉だけだった 「今日はね、外はとても良い天気で、空が青かったわ」 「今日は庭のバラがとても綺麗だったのよ」 「今日は村の人にたくさんお野菜を貰ったわ」 「今日はね…」 僕の世界は、姉によって形作られていた 姉の語る世界だけが、僕の世界だった 今日までは 僕の目は、今日の朝、霞んだように世界が見えるようになっていた 僕の世界は反転した 僕が寝ていたベッドだけは、とても綺麗だった けれど、視界に映る世界は灰色で、くすんでいた 「おはよう、今日はとても良い天気ね」 姉は言う けど今日の天気は…どう見ても曇りだ このぼやけた世界でもそれくらい分かる 「今日はなんだか元気が無いわね?」 その通りだ 僕はこの世界がこんなにも灰色に満ちていたなんて、知りたくなかった 優しい言葉をかけてくれる姉ですら、ボロボロの衣服で、とても見ていられないほどだった 窓の外を見ても、庭なんて大層な物は無かった 小さな雑草がほうぼうに生えているだけ とてもバラなんて植えられていない、枯れた土地だ 姉は、嘘をついていたんだ ずっと、ずっと 優しい嘘で、僕を生きさせてくれていたんだ 「今日はシチューを作るから、楽しみにしていてね」 姉は僕の部屋を出ていく 僕の目が回復したことを知らずに …きっとこのままで良い そうすればきっと、ずっと幸せだ 目の見えない僕と、優しい姉と、生きていける それでも、僕は… 数か月後 僕の目は完全に見えるようになっていた そんな目が最初に見たのは、姉の死体だった 首筋に、包丁が突き刺さっている とても、綺麗だと思った まるで、一輪の生け花のようで これで僕は解放される 外の世界に行くことが出来る どんな世界が待っているんだろう とても、とても楽しみだ そういえばあの日のシチューの味、まだ覚えているな 何のお肉を使ったんだろう
惑星は泡となる。 それは破壊ではなく、段階の移行だった。 球体は水に触れた瞬間から、その完全さを失いはじめる。表面を走る微細な振動。内部に閉じ込められていた気体が、逃げ場を探すように浮かび上がる。変化は急激だが、音は小さい。注意深く見ていなければ、始まりを見落とすほどだった。 観測者はそれを終焉とは呼ばなかった。 この宇宙では、形を保ち続けることのほうが、むしろ不自然なのだから。 惑星は崩れ、泡となり、境界を失う。内と外の区別は溶け、質量は意味を持たなくなる。残るのは、かつてそこに球体が存在したという、曖昧な記憶だけだ。 観測は数分で終了した。 結果は記録され、現象は再現可能と判断される。 そんなことを考えながら、私は色味かがった水面を眺めていた。 また、惑星は泡となった。
「桜、綺麗だねぇ」 妹の良菜がきらきらした目で言う。 「そうだね!」とわたしは答える。 妹の良菜は病気を患っており、そう長くないと医者から告げられた。だから、桜が咲く季節には病室から桜をみて、一年間の家族での思い出を手紙に書いて、うさぎのイラストが書かれた缶ケースに保管していた。 ~1年後~ わたしはそわそわしていた。 理由は、桜が咲く季節なのに全然咲かずに、1、2個しか咲かない木が見えるだけだからだ。 しかも1年の間で病態は悪化し、いつ亡くなってもおかしくない状況だった。 そこで妹がいまにも消えてしまいそうな声で こう言った。 「お姉ちゃん...さ..くらがみ..たい。」 それを聞いたときすごく苦しかった。 いまにも死んでしまいそうなのにこの木は何をしてるんだ。すっごく悔しかったけど、1番悔しかったのは、何もできない自分がいたことだった。 次の日、妹の横で寝落ちしていたようで 妹の嬉しそうな声で目を覚ます。 「お姉ちゃん...み..て..!」 それを聞いて窓に視線を送ると そこには"満開"の桜の木があった。 なんで急に?とは思ったけれど、それ以上に嬉しかった。妹にみせれたこと、まだ妹は生きていること。 「すっごく...きれ..いだねぇ」 その言葉が妹から聞けた最後の言葉だった。 桜をみた代わりのように、 満開の晩に亡くなってしまった。 本当に悲しかった。そんな気持ちを押し殺すように自分は手紙に今までの 家族の思い出と最後に一文。 「また、桜が咲く季節に逢おうね。」 -10年後- わたしは20歳になっていた。 一人暮らしと同時に、荷物の整理をしていた時、 懐かしい缶ケースを見つけた。うさぎのイラストが書かれた缶ケースだ。 中を開くと、私宛に書かれた手紙があった。 「ん...?わたしに...?」 中を開くと、 「おねちゃん、だいすき!! また、あおおね!」 と、妹のまだ慣れていない筆跡でかかれた手紙を見つけた。その手紙はいつかかれたのかもわからない。 「うん、逢おうね。」 と泣きながらに言う。 「だいすきだよ」 と、聞こえるはずのない声が聞こえた。 わたしは泣きながら手紙を抱きしめた。
春がきて夏がきて 秋がきて冬がきて そしてまた春が来る。 過ぎ去っていく日々の中を、時に悲しく、時に苛立たしく思いながら、結局私は生きている。 あの頃は赤や黒と決まりきったランドセルも、今では色とりどりに好きな色を背負って走る子供達。 年の離れた兄弟姉妹が、手をとって歩く姿に穏やかな気持ちになって、懐かしさから涙が溢れる。 あぁあの頃は良かった。 あんなにも世界は輝いて、あんなにも毎日が楽しかった。 私は毎日笑っていたなぁ。 年の離れた兄弟姉妹の手を引いて歩いたり抱っこしたりおんぶしたり、時には慰めたり。 あぁ私は弱くなった。 弱くなったよ。 こんなにも直ぐ涙が出てくる。 自分らしくとはなんだろうか。 大人になるにつれ言いたい事も言えず苛立たしく過ごす日々。 楽しい嬉しい悲しいツラい腹立たしい。 その全てを隠して生きる日々。 どうして周りはあんなに自由なんだろうか、なんて思うのは私が周りをきちんと見れてないからなんだろうなぁ。 もう一度。 もう一度、何も気にせず自由に笑って話せる日々を――。 それにしても何故だろう、ここ最近の私は歳をとらなくなった。 いや、分かりたくない。 そう、私はまだ生きている。 生きているのだ。 この世界で。 ◇◇◇ (あぁ、あんな頃あったっけな……あの気持ちの悪い《《兄》》がさ、偉そうに手を引いてさ、もうあんな家には戻らないけど、いやどうしたって戻れないんだけど) (昔の事はあまり覚えてないけど、《《アイツ》》には会いたくない。変わりに払って貰ってるけど、アタシはここでやり直すわ) (あの子はどうして親の私よりも先に逝ってしまったのか……私も) 『あちらのお宅一家離散して長男だけが地元に残ったそうだけど、早くに亡くなったんですって』 『あぁえぇそうなの? やーねー気味が悪い』 『なんかねー噂によれば~』 『長男以外みんなお金に困っていたそうよ』 ――あぁ私は今日もこの街のこの世界で《《生きている》》。 【一人寂しく死を生きる。end】
彰人の横を歩くとき、私はいつも少しだけ歩幅を合わせる。 昔からの癖だ。無意識にそうしてしまう。 久しぶりに会った彰人は、やっぱり彰人だった。 背は少し伸びて、声も落ち着いたのに、考え込むときに視線を逸らすところは変わらない。 「変わってないね」 そう言いそうになって、やめた。 変わってないなんて言葉は、今の私たちには軽すぎる気がしたから。 私はずっと、後悔していた。 中学最後の夏、彰人が何か言いたそうにしていたこと。 あの夕焼けの中で、私が一歩踏み出さなかったこと。 もし、あのとき勇気を出していたら。 そう考えては、何度も自分を責めた。 コンビニのアイスケースを覗きながら、私は少しだけ安心していた。 彰人が、ちゃんと私の昔を覚えていてくれたことが、嬉しかった。 ——まだ、終わってなかったんだ。 ベンチに座り、溶けかけたアイスを見つめる。 言葉にするのは怖かった。でも、言わなければ、また同じ後悔を繰り返す。 「私さ、高校のとき……彰人が好きだったんだよ」 声が震えないように、できるだけ淡々と言った。 告白というより、事実を置いていく感覚だった。 彰人の「俺もだよ」が聞こえた瞬間、胸の奥が熱くなった。 ああ、やっぱり。そう思って、少し泣きそうになった。 でも、過去に戻りたいわけじゃない。 私は、今の彰人と話したかった。 「これからは、ちゃんと話そうよ」 自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。 逃げないでいたい。今度こそ。 改札の前で別れるとき、振り返りそうになるのをこらえる。 ここで振り返ったら、また昔に戻ってしまいそうだったから。 電車に乗り、窓に映る自分を見る。 少しだけ、強くなった顔をしていた。 青春は、あの夏で終わったんじゃない。 言えなかった気持ちを抱えたまま、大人になっただけ。 次に会うときは、過去じゃなく未来の話をしよう。 私はそう、心の中で決めていた。
みんなお金が好きだ、嫌いな人の方がきっと少ない。 まぁ考えてみたら、憧れの場所に行けたり、感動を味わえたり、夢を叶えたりしてくれるものだから当然っちゃ当然なのかな。 この前、親戚の叔母さんに聞かれた。 『積立NISA とかやってる?』 『はい、毎月数千円程度ですけど…』 『偉いねぇちゃんと将来考えて、資産運用は大事だもんね!!』と褒められた。 僕も働いていますよ。お金だけじゃなく。 僕だって将来のために考えて、頑張って働いているのに、僕は褒められなかった。 お金が働くことは偉いんだ。 だから、みんなやっぱりお金が好きなんだ。
窓を開けると、夕方の風がカーテンを揺らした。 どこか懐かしい匂いに、私はふと手を止める。 「ねえ、遥」 キッチンの方から、彰人の声がする。 「昔さ、駅前のベンチあっただろ。あそこで再会した日」 「覚えてるよ」 覚えていないはずがなかった。 あの日がなければ、今こうして同じ部屋で暮らすこともなかったから。 あの再会から、私たちはゆっくりと時間を重ねた。 何度も話して、何度も迷って、時々ぶつかって。 それでも、言葉を飲み込まずにいられた。 「もし、あのとき何も言わなかったらさ」 彰人が続ける。 「今も、ただの“懐かしい人”だったかもな」 私は、少し考えてから答えた。 「たぶんね。でも、後悔は残ってた」 ソファに並んで座り、窓の外を見る。 夕焼けが、あの頃と同じ色をしている。 青春って、きっと眩しいだけの時間じゃない。 言えなかった言葉や、選ばなかった未来があって、 それでも前に進こうとする、不器用な時間だった。 「遠回りしたね」 私が言うと、彰人は笑った。 「でも、その分ちゃんと来た気がする」 その言葉に、私は静かにうなずく。 あの夏に終わったと思っていた気持ちは、 終わってなんかいなかった。 ただ、続きの書き方を知らなかっただけだ。 風が吹く。 私は、そっと彰人の肩に頭を預ける。 過去をやり直したいわけじゃない。 あの頃の私たちがいたから、今の私たちがいる。 ——あの夏の続きを、 私たちは、ちゃんと生きている。
初日の出を見るために、山へ登った。 山と言っても、獣道なんてけったいな道がある場所でなく、幼稚園児たちのお散歩にも使える遊歩道のある低山だ。 ぼくと友達は暗い時間から歩き始め、息が上がることなく到着した。 多少体が温まったが、寒空には負けてしまう。 山頂には、同じことを考えている人が集まっていた。 ぼくと友達は、海の見える場所に立って、日の出を待った。 こういうとき、身長が高くてありがたい。 「寒いね」 「ねー」 息を吐いて手を温めること数十分。 黒が暖色を帯びて来て、海から太陽が顔を出した。 「初日の出だ!」 ぼくは光りの出る場所を指差した。 「豊栄登(とよさかのぼり)だ」 友達は、未知の言葉を口にした。 「豊栄登?」 「あ、ごめん。朝日が昇ることを、そう言うんだ」 「へえー。初めて聞いた」 「ぼくも、最近知ったんだ」 「なんて書くの?」 「豊かに、栄える」 周囲では、スマホを取り出して初日の出を写真に収める人ばかり。 実に現代的だ。 でも、ぼくと友達の周りだけは、古い貴族の家にタイムスリップしたような感じがした。 太陽の光。 豊かな光。 栄の光。 初日の出の光を浴びていると、神聖な気分になった。 ぼくは二回手を叩き、太陽に向かって一礼した。 二礼二拍一礼の方が良かったかなと思ったが、手を叩くことから始めてしまった手前、そのままでいく。 友達はぼくを見て笑い、ぼくといっしょに二拍一礼をした。 「なんか、いい年になる気がする」 「ぼくも」 そのまま太陽全部が顔を出すのを見届けた後、家に向かって歩き始めた。 豊栄登。 毎年見ている初日の出が、言葉一つでこんなに変わるとは思わなかった。 家に帰ったら、親の辞書でも引っ張り出してみようかと、なんとなく思った。
彼女の名前は、齋藤朝。 初めて見たのは入学式のとき。落ち着きなく辺りをキョロキョロしていた私の目にすぐに止まった。私の右斜め前の席、期待と緊張で浮き足立つ新入生たちの真っ只中で彼女だけが異質なほど静かに座っていた。 微動だにせず、前を見据える横顔は完全に無表情。そこからは新しい生活への希望も不安も何一つ読み取ることができなかった。 (……あの子ホントに生きてんのかな? まばたきしてんの?) そんな馬鹿げた疑問が浮かぶほど、彼女の存在は周囲の喧騒から切り離されていた。朝の様子に気を取られているうちに、気づけば式は終わっていた。いつもなら出だしの一分くらいは聞いているはずの『校長先生の式辞』を一から十まで全く聞き流してしまったのは人生で初めてのことだった。 幸か不幸か、記念すべき1年目は同じ教室だった。といっても私の苗字は高橋だったため、席は若干離れていたが。席に着いた後もやはり彼女の顔にこれといった感情が浮かぶことはなかった。 自己紹介の時もそうだった。皆がそれぞれ名前の他に出身校や趣味を付け足していたのに、彼女は立ち上がるとただ一言。 「齋藤朝です、よろしくお願いします」 10秒くらいで終了。当然表情無し。 ……え終わり?早くね?思いつかなかった……のか? 驚愕している間に順番が回ってきてて、なんも考えていなかった私は 「あ、高橋紬です、えーっと……ネバネバした食べ物を好みます」 となにかの生物の生態のような挨拶をする羽目になった。自業自得だけどさ。 今まで他人の様子をここまで気にしたことなんてないのに、なぜこんなにも視線を持っていかれるのか。自分でも自分のことが不思議で仕方がなかった。
夫は配達の仕事をしている。 その配達先のひとつに、いつも穏やかに笑うとても感じのいい男性がいた。 坂野と名乗るその男は、初対面の頃から妙に話しやすかった。 その配達先を担当して約二年。 世間話から始まった会話は、次第に私的な領域へと踏み込んでいった。 家族構成、育った町、学生時代のこと。 最近では、妻の職場のことや彼女の些細な癖まで尋ねてくるようになっていた。 悪意は感じられない。 だが、距離の詰め方だけがどこかおかしかった。 ある日の食事中、夫は坂野のことを妻に話した。 妻は露骨に顔を曇らせ、言った。 「気持ち悪い。そんなに個人的なこと、話さないほうがいいよ。」 その翌日から、家の周囲で奇妙なことが起こり始めた。 夜中、廊下に人の気配がする。 インターホンが鳴り、モニターを確認してもそこには誰も映っていない。 理由のわからない恐怖に、夫は怯えていた。 妻もまた、同じように眠れなくなっていった。 そんなある日、妻は職場で上司に呼び止められた。 深刻な表情の上司は低い声で言った。 「最近、あなたの周りに“黒い人影”がある。薄っすらと。 ご主人のほうも……あまり良くない気を感じる。」 上司はそれ以上説明しなかった。 ただ、静かに助言するように言った。 「詳しいことは分からないけどね。 ……自分のことは、あまり話さないほうがいいと思う。」 数日後、夫は衝撃的な事実を知る。 いつものように配達先へ向かい、坂野がいるはずの場所を覗いた。 しかし、そこに彼の姿はなかった。 夫は、近くの従業員に声をかけた。 「すみません。坂野さん、今日はお休みですか?」 「坂野……ですか?」 従業員は怪訝そうに眉を寄せ、近くの同僚と何やら小声で話した後言った。 「いえ。うちに、坂野という人はいませんよ。」 配達を終え、駐車場で夫は立ち尽くしていた。 二年間、自分は誰と話していたのか。 その時、トラックのドアをノックする音がした。 「あ、さっきの運転手さんですよね。」 ドアを開けると先ほどの従業員の姿があった。 「坂野が“いない”と言いましたが……正しくは、“今はいない”と言ったほうがいいかもしれません。」 従業員は周囲を気にするように視線を走らせ、声を潜めた。 「坂野は……三年前に亡くなっています。ここの引き取り窓口のすぐ横で、配送トラックに巻き込まれて。 人当たりが良くて、誰とでも話す人だったから皆よく覚えているんです。」 夫がこの配達先を担当するようになったのは、二年前だった。 「じゃあ……俺が話していたのは……。」 「あなたが会っていた“坂野”は、どんな顔をしていましたか?」 従業員にそう言われて夫は思い出そうとする。 穏やかな笑顔。柔らかな口調。 ――だが、顔だけがはっきりと思い出せなかった。 「事故の後に坂野さんを訪ねた方が、家に“何かいる”気配がすると言っていました。」 夜中の廊下の気配。誰も映らないインターホン。 夫には思い当たる現象があった。 「坂野は、生きていた頃から“人の話を聞くのが好き”でした。 自分のことは話さず、相手のことばかり……亡くなってからも、同じなんでしょう。」 その夜、夫はすべてを妻に話そうと帰宅した。 玄関の電気をつけた瞬間、背後から声がした。 「今日はお話ししてくれないんですか?」 振り返ると、そこに坂野が立っていた。 穏やかな笑顔。 足元は廊下の影と溶け合い、輪郭が曖昧だった。 「知ることで、私が存在できるんです。 あなたの家も、奥さんも……とても居心地が良さそうだ。」 表情を変えずに坂野は言った。 震える声で、夫は言った。 「……もう、何も話せない。」 坂野は、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。 「それは困りました。もう少しで、あなたになれたのに……」 次の瞬間、廊下の影が一斉に伸び坂野の姿は闇に溶けた。 それからしばらくして、妻は上司に再び声をかけられた。 上司は、以前よりも穏やかな表情で言った。 「黒い人影は、見えなくなったね。」 妻は、胸をなで下ろした。 だが、上司は少し言い淀んでから、続けた。 「正確には……“一つ”減っただけかもしれない」 「……一つ?」 妻は不思議に思って問いかけた。 「人影って増えるのも減るのも理由がある。 近づく場所がなくなれば薄くなるだけ」 上司はそれ以上何も言わなかった。 その夜、妻は何気なく廊下を見た。 電気の消えた壁に、影が落ちている。 そこにあるのは自分の影だけなはずだが、一瞬だけ多く見えた気がした。 しかし、目を凝らすと影はすぐに元に戻っていた。 「自分の事を、あまり話さないほうがいい」 その言葉の意味を、妻は今も考えている。
真夜中の河原の土手は、でも 側道の街路灯が案外、明るくて 思っていたほど暗さは感じない それよりも冷たい風に気持ちも気力も消えていく 寒さは容易に人の気持ちを変えてしまう 変えるのか、それとも奪っていくのか 冷たい風にのせて わたしのなかにある黒く澱んだ気持ちを 奪い去ってくれたらいいのに 都合よくはいってくれなくて よしやるぞ、という強い気持ちを奪っていく 高校の入学試験まで、もう何日もないのに こんなんで大丈夫かな 高校生になれるかな なれたとして、やっていけるかな 悩みはつきない 川面に光る明かりがゆらゆら滲んで 自分が泣いてるような錯覚におちいる 目をおさえ、泣いていないことに安心して 進路を思って、また、不安になって
「一度吐き出したつばを飲み込めないように。一度嫌いになった私を好きになるのはできないでしょう?」 親友だったあなたはそう言ってどこかへ行ってしまった。 今度はあなたを追いかけなかった。 あれはあの秋のころ。いいや冬のころだったかも。 私には親友がいた。 「おはよー、ねね」 いつものように挨拶をする。 「あいり!おはよう!」 親友が嬉しそうに返してくれる。 素敵な一日の始まりだ。 「あいり、知ってる?」 「何が?」 いつもの雰囲気で会話が始まる。 「隣のクラスのザ・高嶺の花って感じの子いるじゃん」 「うんいるね、あのめっちゃ肌白い子でしょ?」 「そうそう。あの子とその友達が二人で屋上に入って怒られたらしいよ。」 「えー、そうなんだ。遊んでたのかな?」 「いいや私の推測では多分死のうとしてたんじゃないかなって」 「えーいや、流石にそれはないでしょ」 「てか、学校で自殺とか迷惑すぎるでしょ」 親友はそう言って笑う。 「いや、自殺かどうかなんてわかんないじゃん」 「だーかーらー、多分の話じゃん」 私の親友は妄想が激しい。 でもただ妄想が激しいだけではない。勝手に妄想を膨らませて悪口を言う。 そんな親友に対して私は少しうんざりしていた。 ある日、親友が休んだ。 だから別の友達と過ごした。 「あいりってよくねねといれるよね。」 「え〜どういうこと?」 突然言われてびっくりする。 最近は親友としか話してなかったから他の人と話すのは久しぶりだった。 「ねねってさ妄想とか膨らませて謎に陰口いうじゃん」 「あーまあ、たしかにー」 最近心の中でずっと思ってたことだったからつい共感してしまった。 「ねねのこと嫌いじゃないの?」 「えっ」 「あっごめん。今の忘れて」 そう言って友達は去ってしまった。 私が親友のこと嫌い? たしかに親友は少し自己中だ。 陰口もたまにじゃなくてほぼ毎日言っている。 そう考えると親友に嫌悪感を抱いてくる。 私は親友のことが嫌いなのかもしれない。 毎日の遊びも連れションも純粋に仲良いから行くってわけじゃなくてほぼ義務みたいになっていた。 次の日。友達は学校に来た。 「おはよー、ねね」 毎日のように挨拶をする。 「あいり!おはよう」 昨日気づいてしまったこともあって少し気まずい。 そのまた次の日。クラスメイトと目があって挨拶をした。 「おはよー、ねね」 「あいり!おはよう」 そのまた次の日。クラスメイトから言われた。 「あいり、最近私のこと避けてるでしょ?」 「えー、避けてないよ〜」 「嘘だ。だって一緒にトイレも行ってくれないじゃん」 「トイレぐらい一人で行きなよ」 「なんではっきり嫌いって言わないの?はっきり言ってよ」 「そうだよ。私ねねのこと嫌い。」 クラスメイトは悲しそうな顔をした。 「あっそう」 そう言ってどこかに行ってしまった。 流石に言いすぎたと、謝りに行った。 クラスメイトは階段に座っていた。 「あ、いた。さっきはごめん」 あなたは目を大きく開いて言った。 「一度吐き出したつばを飲み込めないように。一度嫌いになった私を好きになるのはできないでしょう?」 親友だったあなたはそう言ってどこかへ行ってしまった。 今度はクラスメイトを追いかけなかった。
俺は今日の朝もこの道を歩いていく。そうしなきゃいけない日になったから。憂鬱な月曜日が、もう来ていたから。 変わり映えのしない道を行く。通勤通学する人々が連なっている。スーツ、制服。はたまた私服。俺も、その中を行く。 「あれ?先輩!佐々木先輩っすよね!?お久しぶりっす!」 突然の佐々木という言葉に足が止まる。佐々木大輝、俺の苗字だった。 「佐々木先輩、急に連絡取れなくなったからめっちゃ心配したんすよぉ〜。僕これから職場なんで時間ないんすけど、あとでランチ食いに行きません?」 俺が何か言う前に強行するのはあの頃と変わらない。 こっちが、どんな思いで。 「遠慮しておこうかな。あと俺今スマホ持ってないんだよ。ごめんな。」 「あ、じゃあ僕の連絡先渡しておくんで、登録しておいてくださいね~!」 デキる社会人なら誰しもが持っているんであろう紙とペンを取り出し、手のひらの上で雑に数字を書く。 俺は登録するなんて一言も言ってない。 「はい!じゃ、僕はこれで!」 そう言って早足で立ち去る。 そうだ。あいつはせっかちだ。今ではひどく疲れる性格の一つだ。 こんなにも感覚が違っていたんだ。俺たちって。 そう考えながら、スマホを取り出す。電話番号が書かれた紙はポケットにしまったまま、俺は意味もなく画面をスクロールしていた。 自分が嫌な人間だなんて知っている。 知っているからあいつらとは縁を切ったんだ。元から合わないって薄々気づいていたけれど、合わせてしまった俺が悪いんだ。 「もう、会いたくないから。」 これからは遠回りして行こうか。職場へ向かう。俺には、今の俺の生活があるから。 「佐々木ー。ここわかる?俺お前みたいに要領良くないからさー」 「もっと上のやつに聞けよ、しゃーねーなー笑」 パソコンを適当にカチカチ。それだけで俺は生きれてしまう。 昔はもっと将来ってのは夢があるもんだと思ってた。 教師の仕事から自分では想像できない仕事まで、全てが人のためになることなんだ、って。全部誰かにありがとうって言われる仕事なんだ、って思ってたけど、今じゃ、感謝は希少価値の高い言葉になって、謝罪だけが量産されていく。 そんな場所に、慣れてしまった俺がいる。あのキラキラした後輩なんかとは遠い。俺はまだここに留まっている。 「佐々木ー!今日飲み行かね?久しぶりに2人でさ!」 「遠慮しておこうかなー笑。この前飲んだとき泥酔して迷惑かけたのお前だろ?」 「くっそ俺の酒癖が悪くなければ、、」 「それはないわ」 他愛のない会話。これで俺の仕事は終わり。 とりあえず、今日は、早く家に帰りたい。 俺は、泣きたくなる。 人に疑問を訊く時。 人の話を聞いている時。 人の幸せにあてられた時。 誰しも自分の泣き顔には見られていい人と見られたら嫌な人が存在していると思う。親、兄弟姉妹、先輩、後輩、友達、知らない人。 でも、俺は、俺に見られている不快感が止まない。許可していないのに勝手に観戦してくる自分が嫌でたまらない。
重低音が心臓と内臓器官をつなぐ血管を震えさせる そんな血管内を表したかのように練り歩く 目先のパレード 野太い大太鼓の振動 突き刺す様な小太鼓の振動 どこまでも木霊する様な振動 パレードの道を切り広げていく踊り子たち お神輿担いでこの地と繋げる万力男たち このパレードは皆んながしたいわけじゃ無い この土地に住めば逃れられない悪しき風習と、捉える者もいる 誰にも止められない水車なのである 風習とは止められい水車なのである 水車は流転する 重低音が心臓と内臓器官をつなぐ血管を震えさせる (完)
待ち合わせ場所に着いたとき、私は思わず深呼吸をした。 高校生の頃みたいに、制服じゃない。 でも、緊張の仕方だけは、あの頃と同じだった。 彰人は、先に来ていた。 スマートフォンを見ながら、時々周囲を気にしている。 その姿を見た瞬間、少しだけ安心する。 「おはよう」 「……おはよう」 ぎこちない挨拶。 でも、それが嫌じゃなかった。 今日は特別な場所に行くわけじゃない。 駅前を歩いて、カフェに入って、映画を観る。 それだけなのに、心臓は落ち着く気配がない。 「その服、似合ってる」 突然、彰人が言った。 目は合わない。 「……ありがとう」 褒められるなんて思っていなかったから、返事が遅れた。 カフェで向かい合って座ると、妙に距離を意識してしまう。 テーブル一枚分の間隔が、こんなに遠かっただろうか。 「緊張してる?」 私が聞くと、彰人は苦笑した。 「ばれてたか」 「うん。昔から」 その一言で、二人とも少し笑った。 笑うと、不思議と肩の力が抜ける。 映画館を出たあと、夕方の風が心地よかった。 何気なく歩いているはずなのに、手と手の距離が気になる。 信号待ち。 彰人が、少しだけ私の方に寄る。 「……手、つなぐ?」 その声は小さくて、でも逃げなかった。 「うん」 答えると同時に、指先が触れた。 ぎこちなく、でも確かにつながる。 懐かしいはずなのに、初めてみたいだった。 「なんかさ」 彰人が言う。 「今のほうが、ちゃんと好きって言える気がする」 私は、少しだけ強く手を握った。 「私も」 夕焼けの中を歩きながら思う。 遠回りした分、今はちゃんと向き合えている。 これは、青春のやり直しじゃない。 あの頃の続きを、大人になった私たちで歩いているだけ。 信号が青に変わる。 つないだ手を離さずに、私たちは一歩踏み出した。
あの頃私は始めての救急車に感動して私わぁ~ ドラマみたい社内をキョロキョロと見舞わして 為る程救急車の社内はこんな計器や設備が装備 されてると知り意外と中狭いな等考えたら若い 医者が救急車乗るの始めてとタメ語で良い私は 敢えて敬語を用いてそんな難度も救急車に乗る 方が居るんですか救急なのにと尋ね医者はそう 年寄りがタクシー変わり使用する事が有るのと これタメ語私は更に丁寧にNewで拝見しました 本当に救急の方が使え無いんだよねと言い私の 傷口を確認して随分ぱっくり切れたね痛いよね 貴女我慢強いし冷静だからてっきり同業者かと 思ったと言いベラベラ喋り看護婦に40云々等 糸の太さを指示私は思わず医療ドラマで聞いた 言葉に糸の太さって何ミリ迄有るですかと言い 医者は何故そんな事知ってるのと不思議そうに 言い私は否普通医療ドラマでやってますからと 呆れながら言いすると医者はムッとした感じで 部分と全身麻酔どちら良いと言い頭を縫うだけ なのに何故全身麻酔と尋ね医者は失神する患者 居るのでと漸く敬語に為り私はじゃ部分麻酔で お願いしますと言い手術が開始確かにチクチク 痛いけど其処迄大袈裟に痛く無いし医者は糸が 細い方が傷が残らないから糸を変えますと言い 途中迄縫った患部を解き細い糸に変えた否正直 その作業が一番痛かったムカ付いて何故途中迄 縫った後で糸変えるのですか普通縫う前糸決め ませんかと言い医者は平然と宣った実は途中迄 縫った時点でもっと細い糸にすれば良かったと 気付いてごめんねと言いながらチクチクと縫い しかし貴女痛みに強いね此方としては有難いと 言い私はお喋りは良いので間違えずに処置して 頂けますと言い医者は間違いと言う言葉に反応 して急に丁寧な言葉と態度を取り頭と言っても 2ヵ所額上と頭頂部がぱっくりと開いてるから 糸云々と言い訳を始め私は2ヵ所も切ったなら 見え無い頭頂部を太い糸額を細い糸で最初から 決めて縫えば良いだけでは無いかと思いますが すいません素人が余計な事をけど幾ら部分麻酔 かけても此れされちゃ痛みに弱い方は患者さん なら失神しますよと言い医者は頭頂部は病院で 縫うので大丈夫ですと言い病院到着後に適切な 処置を受けられましたけどこの様な些細なミス 意外と多いかも知れない…
幻想と嘘の中に真実が見えた瞬間全て妄想な 世界の中で疑念を良心へ変換する信念は諦め かも知れない気付けば人生楽しかった事とは 殆ど記憶に無いが賭け事は意外と熱く為れた やっぱ全盛期のパチンコが一番リアルな夢が 見れた誰しも金の勝負はリスクも含め燃えた 既にこの思考が負け組だが少ない給料の中で 如何にリスク少なくリターンを増やせるのか 止め時を考えるけど人間とは残念な生き物で 出ない時や権利終了欲を出し右側の両替機へ 御札が消えて行き鳴らない無言のパチンコを 打ち続け気付けば今月ギリギリな残金に心が 重く財布を軽く指せたその度諦めと自制心を 段々と育て当時流行の先端だったパチンコは 老若男女にハマリ有る老女はパチンコは銀行 ゲームは先行投資や貯金と思えば期待出来る 例え負けても何れ利息が倍に為り戻ると過程 すれば負ける事も怖く無いと言い毎回彼女は 8万~10万の大金をパチンコ台に投資して あの頃は景気良いのか同類のタイプが大量に 出没その為の借金する者も多く谷村ひとし作 パチンコ探偵7と言う漫画私的笑えた設定が 主人公の七瀬ナナはパチンコが原因で家族は 崩壊一家離散の人々を救いながらも永久的に ハマるパチンコ台を作った闇の組織を探して 日本中を旅すると言う内容で永久的にハマる 台とは否そんな悪営業するパチンコ店が実際 存在したら怖いけどパチンコ台何台設置出来 金持ちしか入店出来ず経営は成り立つのかと 余計な突っ込みしてたけど有る種この漫画を 執筆した方は天才かも知れない
遥が告白を口にしてから、二人の間に流れる空気は、どこか柔らかくなっていた。 気まずさではなく、懐かしさとも違う。名前のつかない、温度のある沈黙。 「ねえ、コンビニ寄っていい?」 遥が言う。 彰人はうなずき、何でもないふりをして歩き出した。 昔は、こうして並ぶのが当たり前だった。 今は一歩間違えれば、距離を測ってしまう自分がいる。 コンビニの前で、遥はアイスのケースを覗き込む。 「覚えてる? 中学の夏、部活帰りにさ」 「ソーダ味ばっかり食ってたやつだろ」 「そうそう。彰人、毎回当たり外してたよね」 笑う遥を見て、胸の奥が少しだけ締めつけられた。 変わったところもある。でも、変わらないところも確かにある。 ベンチに座り、アイスをかじる。 溶けた雫が、指を伝って落ちた。 「もしさ」 遥がぽつりと言う。 「もし、あの夏にちゃんと話してたら、今どうなってたと思う?」 彰人は少し考えて、首を横に振った。 「わからない。でも……」 言葉を選びながら、続ける。 「今みたいに、ちゃんと向き合うことはできてなかった気がする」 遥は目を丸くして、それから静かに笑った。 「……私も、そう思う」 夕焼けが、街をオレンジ色に染めていく。 あの頃と同じ景色なのに、見え方は少し違っていた。 「ねえ、彰人」 「ん?」 「これからは、ちゃんと話そうよ。言えなかったことも、迷ってることも」 彰人は、ゆっくりとうなずいた。 「逃げないってことか」 「うん」 その一言が、やけに重くて、でも心地よかった。 別れ際、駅の改札前で立ち止まる。 「また、会おうよ」 遥が言う。 「今度は、“昔話”じゃなくてさ」 彰人は、はっきりと答えた。 「次は、今の話をしよう」 改札を抜けていく遥の背中を見送りながら、彰人は思う。 青春は、終わったものじゃない。 言えなかった言葉の続きを、今から書き足していけばいい。 あの夏の続きは、きっと—— ここから始まる。
今日は目覚めのいい日だ。 目が覚めてからすんなりベッドから出ることができた。 今日は長年同じ芸術家として苦楽を共にした親友を家に招き入れる。 朝食を済ませるとすぐにその支度に取り掛かった。 彼が座る場所の周りはできるだけ白く。 まるでキャンパスのようにする必要がある。 対して私はなるべく地味な色の服を着る。 作者が作品よりも前に出てこないようにするためだ。 料理は、そうだな。 あまり堅苦しくないイメージ、普段食べるようなものにしよう。 彼と会うのが楽しみだ。 「やあ、久しぶり。今日は来てくれてありがとう。料理の準備はできている。早速だが食事をしようではないか。積もる話も食べながらしよう」 彼は約束通り白い服を着てきてくれていた。 「さっそくだが、今日君を呼んだのは私の芸術感について話したかったからだ。はじめに芸術家はその作品を何をもってして完成というのだろうか。聞かせてくれ」 彼は言った。 想像してたものが出来上がったらじゃないか?と。 「違う違う違う。作品の制作が進むにつれ想像は膨らみそれは際限がないだろう。我々の想像力に終着点があるだろうか」 彼は言った。 では一体なんだ?と。 「よくぞ聞いてくれた。これはあくまで私個人の見解だが、無限大に広がる作品という名の想像力の唯一の終着点。それは破壊であると思う」 彼は言った。 作品を破壊することで完成するのか?と。 「ああ。そういうことだ。今まで積み重ねてきたものを、それとは反発的に破壊、崩壊することで人は喪失感を覚える。私はその感覚がたまらなく愛おしいのだよ。だからこそこの手でその感情を生み出したい」 彼は言った。 お前のそれは道徳的な問題は守られるようなものなのか?と。 「道徳に従った芸術などつまらなくはないか?まあそれはさておき、その破壊には死も含まれると私は思う。いや、死こそが最もその崩壊を体現する。古くからの友よ。共に芸術を追求してきた友よ。今日ここで友情という名の芸術の完成だ。」 彼は何も言わなかった。 がしかし、私を見る目はもう友ではなかった。 「なぜそんな目で私を見るんだい?おかしいじゃないか。今まで一緒に芸術を語らってきただろ。君と私という芸術の完成、そして新たな世界を切り開くために。その世界がきっと私に新たな芸術を与えてくれる。だから頼む、大人しく…」 彼が一瞬言いかける。 「お前は、」 私は用意したキャンパスに赤く割れた鏡を描いた。 耳を塞ぐように。
夏の夕方、駅前のロータリーを吹き抜ける風は、いつもより少しだけ甘い匂いがした。 彰人は自転車を止め、ハンドルにかけたままの手を離せずにいた。 「……まだ、変わってないな」 ロータリーの端にある古いベンチ。部活帰りに、遥と並んで座った場所だ。 制服のスカートを気にして、何度も立ち上がろうとする彼女を、彰人はからかって笑った。あのときも、こんなふうに風が吹いていた。 スマートフォンが震える。 ——「もうすぐ着くよ」 短いメッセージ。 それだけで胸の奥が、少しだけ痛んだ。 遥とは、幼稚園からずっと一緒だった。 同じ道を歩き、同じ小学校に通い、気づけば隣にいるのが当たり前だった。 彼女が笑えば、彰人も笑った。彼女が黙れば、彰人も何も言えなかった。 中学最後の夏。 部活の帰り道、夕焼けがやけに眩しくて、遥の横顔を正面から見られなかった日がある。 「高校、別々になるね」 遥が、何でもないことのように言った。 彰人は「そうだな」と答えた。それだけだった。 本当は言いたいことが、山ほどあった。 でも言葉にした瞬間、今までの“当たり前”が壊れてしまいそうで、怖かった。 ベンチの向こうから、足音が聞こえる。 「彰人」 振り返ると、遥がいた。 少し大人びた服装なのに、笑い方だけは昔のままだ。 「久しぶりだね」 「……ああ」 二人で並んで歩き出す。 話題は他愛ないことばかりだった。仕事のこと、最近観た映画のこと、共通の友人の噂話。 言葉は途切れないのに、肝心なことだけが、喉の奥に引っかかったままだった。 「ねえ」 遥が足を止める。 彰人も立ち止まった。 「私さ、高校のとき……彰人が好きだったんだよ」 一瞬、世界が静かになった気がした。 「今さら、だよね。でも、ずっと言えなかった」 彰人は、笑おうとして失敗した。 「……俺もだよ」 それだけで十分だった。 夕焼けが、あの頃と同じ色で二人を包む。 もしも、あの夏に言えていたら。 そんな考えが浮かんで、すぐに消えた。 もどかしさも、遠回りも、きっと青春の一部だったのだと、今なら思える。 風が吹く。 甘い匂いと一緒に、過ぎ去った時間が、静かに胸を満たしていった。
「仕事納めた! 遊ぶぞ!」 明日から始まる年末年始。 一日中炬燵に入ってみかんを食べられるように、みかん大人買い。 家事なんて、絶対しない。 ご飯は出前。 作る気ないから当然です。 掃除は無視。 一日中炬燵で汚れないから当然です。 洗濯は無視。 ずっと同じパジャマで平気だから当然です。 年末年始休暇の前日は、漫画を読んでゲームをして、不摂生な大学時代を思い出して欲のままに。 時計が零時を告げたので、盛り上がりは最高潮。 「ようこそ! 年末年始休暇!」 そのまま遊び疲れて眠りこけた。 おへそ出しっぱなしで。 「げっほんごっほん! 風邪だ! お腹もいたい! あー!」 年末年始の加算料金払って病院に行った結果、流行り病のアレ。 「一週間もすれば治るよ」 「イッシュウカン!?」 絶望した。 年末年始級休暇を全て食いつくす現実に絶望した。 社畜っていつもこうなんだ。 仕事の日は鬱々とするが体は元気。 休みの日は気が緩んだように体調を崩す。 いっつもこうなんだ、はー。 見慣れた天井を見つめながら、布団の中。 ご飯も掃除も洗濯もせず、ふとんでごろごろ一日中。 当初の願いは叶ったが、なんだろうこのコレジャナイカン。 苦し紛れに漫画に手を伸ばしたが、発熱で思うように内容を理解できなかったので、やむを得ず閉じた。
隣の部屋からギターの音と歌声が聞こえてくる。 僕はカチャカチャ文章を書く。 知り合いがYoutubeに投稿している。 世界はいろいろつながっている。 でも孤独。 たまに外に出ると独り言を言っている人の言葉に意味が浮かび上がってくる。 いや、意味はないのかもしれない。 隣の部屋の音楽。 意味はあるのだろうか。 意味が融和していく。 融和。 音楽を聴いて眠る。 何か見えそうで見えない夜。
Aさんは尋ねました。 「高齢者向けのバス乗り放題チケットを廃止します」 高齢者は答えました。 「それをやめるなんてとんでもない。年金暮らしの侘しい年寄りから、さらに奪おうと言うのか」 Aさんは尋ねました。 「高額医療費制度の自己負担額を引き上げます」 高額医療費制度の経験者は答えました。 「それをやめるなんてとんでもない。自分の命と子供の学費を天秤にかけろと言うのか」 Aさんは尋ねました。 「解雇規制を緩和します」 会社員は答えました。 「それをやめるなんてとんでもない。昇給を見越して組んだ住宅ローンを破綻させろと言うのか」 Aさんは尋ねました。 「政治家の既得権益ってどう思います?」 国民は答えました。 「さっさと止めてしまえ。私たちの税金を使っているんだから、馬車馬のように働け」 Aさんは尋ねました。 「国民に既得権益ってあると思いますか?」 国民は答えました。 「経営者や大手企業がしがみついている。国はさっさと対処しろ」 Aさんは尋ねました。 「貴方にに既得権益ってあると思いますか?」 国民は答えました。 「ない」 Aさんは尋ねました。 「おじいさまが、バス乗り放題チケットを使っていますが。お母様が、高額医療費制度を使っていますが。貴方が、会社にしがみ付いていますが」 国民は答えました。 「五月蠅い! 五月蠅い! 税金泥棒!」 Aさんは、もう何も言いませんでした。 世界は今日も、既得権益のないクリーンな社会を実現しています。
「ほら、ここならよく見えそうだよ。二人きりにもなれる」 「だね。あとちょっとで始まるよ」 僕と彼女は街の外れの小さな高台に来ていた。 あと少しで始まる花火大会を見るためだ。 「あ、あそこ見て。この前できたかき氷屋さん。すごい混んでるね」 「すごい美味しんだろうなあ」 ふと街から視線を外し横にいる彼女の顔を見る。 その特別白い肌に街の光が反射して、 夏なのに涼しげな雪を連想させる。 一瞬で奪われた僕の目を、 君がどこかにしまい込んでいるのだろうか。 返ってくることはないのだろうか。 僕の視線に気づき彼女もこちらを見つめ返す。 花火が上がった。 その瞬間、 世界は静寂に包まれた。 僕らは目を離さず、 互いの目の淵に反射した花火を嗜むかのように、 じっくりとゆっくりと。 その目の輪郭を準えた。 気づくと花火は終わっていた。 彼女が口を開く。 「ねぇ、私たち 」 その後、僕の中で彼女は亡くなった。 あの日から今に至るまで彼女は僕の前には現れなかった。 理由はわからない。 明確に示してはくれなかった。 だからこそ、彼女はいつまでも僕の中にいた。 嫌でも薄れていく記憶の中で、 僕は何度も何度も上から同じ線を準えて。 幾度も修繕されたその絵画はもうすでに原本とはかけ離れたものになっているのだろうか。 彼女の声、指先の温度、その一つ一つが確かに消えていく。 もう二度と確かめることのできないその体温が、どうか僕の体温よりも冷たいことを願って。 花火大会の数日前、初めて彼女が泣いているのを見た。 何が合ったのかはわからない。 僕は月並みな言葉をかけてやることしかできなかった。 もしあの時、僕がこの世のどこにあるのかわからない、あるかもわからない、彼女のためだけの言葉を見つけれていたら。 何か変わったのかもしれない。 そう思うだけがただ辛くなった。 あの日から八年。 今でも毎年花火大会の日になると街の外れの高台に来る。 僕の記憶に花火はないはずなのに。