朝の電車に乗っていた。隣の座席に、若者が座っていた。若者はヘッドホンをつけていた。かすかにそのヘッドホンから音が聞こえてくる。音漏れだ。それは音楽ではなくて声だった。「……」耳を澄ます。「……あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」その声はそう言っていた。若者は目を閉じて、軽く首を動かしていた。「あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」それを聴いているうちにだんんだん「あなたは正しい…あなたは正しい……あなたは正しい……」自信が出てきた。電車が駅で停まった。若者に会釈をして電車を降りた。若者はにやりと笑った。駅を出て、会社に向かう。上司の顔を思い浮かべながら、鞄の中に包丁があるのをもう一度確かめた。

偶然のタイミング

となりの部屋の女性とはよく顔を合わせる 週に2回くらいって、どうなんだろう 多いのか? 知らないけど それは決まって朝で、会社に行くとき ドアを開けるタイミングが同じになることがある 先に気がついたほうが  おはようございます と言い もう一方がそれに応じる 流れで駅まで一緒に歩き、別のホームに上がっていく   ・ となりの部屋の男性とはよく顔を合わせる 朝、玄関でじっとそのときを待って となりの男性がドアを開けるタイミングに合わせ 私もドアを開ける 先に気がついたようにふるまってみたり 気がつかなかったフリをしてみたり そんなことを、週2回くらい 偶然なんかじゃない 偶然に見せた必然 そう、ただのきっかけにすぎない そのことをとなりの部屋の男性は、まだ知らない、はずだ

頁のあいだ

なにもかも上手くいかない。 そんなとき、ふと本棚が目に入った。 学生時代、貪るように本を読んでいたはずなのに、いまではただのインテリアになっている。 並んだ背表紙をなぞる。 その途中で、手が止まった。 学生時代の彼女にもらった本だった。 手に取る。 ページを繰る。 そのあいだから、なにかがふわりと落ちた。 拾い上げる。 茶色くくすみ、しおれた、たんぽぽ。 ——そうか。 うまくいかないのは、今に始まったことじゃない。

◽️プチストーリー【おじいちゃんの誕生日】(作品No_02)

僕のスマートウォッチがもうじき明日を刻もうとしている 家に着く頃には、もう明日だ 最近、最終電車で帰ること多いなぁ 今日仕事行ったら、今日帰りたいよ 明日に帰るなんて、軽いタイムトラベルだよ ふぅ 彼はマンションへと帰る途中だった タッタッッタ 歩く自分の足音が聞こえる 足音にもう1つ音が重なった ブルブルブルルルルル うん!? なんかスマートウォッチの振動がいきなりし出た うん?なんか設定してたっけ?こんな時間に 暗い道で立ち止まり、 画面を見ると 『おじいちゃんの誕生日』 と表示されていた。僕の名前だ。 だけど、ちょっと待った!そりゃ仕事疲れしてるけど鏡を見ても流石におじいちゃんは切ない。 、、、あー、そっか。明日は僕の誕生日だったんだ。 それすらも頭から追い出されていた。 僕は家に辿り着く前の道で明日になり、誕生日を迎えたのか、、、周りには誰も見えない にしても、僕は自分の誕生日出るように設定してたかな???しかも、おじいちゃん、、、 、、、、帰ろ と歩き出そうとした矢先 ブルルルルルブルルルルル またスマートウォッチが振動し僕が歩くのを引き止めた え?自分の誕生日を2回通知設定?もしかして。どんだけ自分が好きなのよ。え? と、画面をみたら、なんだかさっきと違い文字が流れてる。 『おじいちゃん、言い忘れたことあった。若い時から無理したの良くなかったって言ってたよ。おじいちゃん大好き。お小遣い貯めて、お母さんに頼んでタイムメッセージを送ってもらいました。長生きしてね。お外で遊べたらいいな』 なんだこれ??女の子の声だ。聞いたことない声。でも、なんかほっておけない声。後半少し声が滲んでいたような。 ピー タイムメッセージは以上です。返信もお受けできるメニューを注文されてます。この後のブザー音の後に、スマートウォッチに話しかけて下さい。 僕の理解のスピードなんてお構いなしに、いきなりクイズ番組の回答席に座り、参加させられてる気分。え?まってまってまって ピーーーーーー 「え、えーと、こちら、おじいちゃんでないおじいちゃんです。誕生日祝ってくれてありがとう。祝ってもらったの何年振りだろう。僕の健康を心配してくれてありがとう。そーだな、女の子を安心させたいな、えーと、」 「とりあえず、明日仕事行ったら、明日帰るからね。そこから始めるね。」 ピーーーーーー (了)

逆光、泡沫、きらめき

とても、綺麗だった。 影が覆いかぶさって真っ暗な中、光る彼の涙は綺麗だった。いや、光ってなどいなかった。俺がそう見えてしまっただけで。仄暗く、陰鬱な涙だと思う。 十歩ほど離れた距離からそれを眺めていた。 これが、今この瞬間にしか存在しないことが許せなくて、スマホを手に取り、彼に向ける。彼は気付かない。 カシャ、 そんな間抜けな音で、ハッと顔を上げ、俺をきつく睨んだ。 「何撮ってんだ」という文句を躱しながら、なんとか距離を保つ。まだ彼の瞼はきらめいていて、また胸をくすぐった。 写真に写る彼は、光に縁取られ、その中をバケツツールで真っ黒にしたようなもので、俺の生涯手元に置いておきたかったそれは、儚くも形のないぼんやりとした思い出になってしまった。

Cinnabar

戸棚に並べてある大量の瓶。そこにはあらゆる薬品や鉱物からできた顔料が雑多に置かれている。私はその中から「Cinnabar」と書かれたラベルの瓶を手に取り眺めた。目の覚めるような鮮やかな朱に吸い込まれるような感覚。ああ、もし私が――― 気づいたときには瓶の蓋を開けていた。その鮮やかな朱色に指を浸し……そっと掬い上げる。ああ、なんて理想的な美しさなのでしょう。私の最期はこれに飾られてほしいと心から願うほどに…細かい朱色の粒子がついた指先をそっと口元へ持っていく。そこで私の生存本能の電源が落ちた。この朱をこの美しい色を私の中へ取り込みたい……… カシャン…ガラスの散らばる音がしたような気がした。 と、一通り想像をしたところで私はそっと「Cinnabar」から視線を外し瓶を棚に戻した。

バスが来るまでのラブストーリー〜出会い〜

ハンカチを忘れた私は濡れた手をポケットに入れウロウロと店内を彷徨う。 道の駅の中は、地元で採れた野菜や地酒、民芸品やお菓子など、かなり広い敷地に沢山の商品が並んでいる。今までこういう所には来たことをなかったが、なかなか楽しいものである。平日の午前中であるにも関わらず、店内はかなりの人が入っているな。と思ったが、殆どは私と同じシニア向け婚活花見バスツアー客だと気付いた。 ハンカチはレジの側に置いてある回転式のラックに売っていた。残り一つだ。 値段は一つ千円。痛い出費だが致し方ない。この後もトイレに行くだろうし、思い切って買うしかない。薄桃色の桜柄のハンカチを手に取ると、同時にハンカチを取る手に当たった。隣を見ると品の良さそうな婦人が立っている。 「す、すみません」 「こちらこそ、すみません」 お互いが手を引っ込めて様子をうかがう。 「あっどうぞ」 私は婦人にハンカチを譲る 「良いんですか?ハンカチ」 「いや、素敵なハンカチだなと思って思わず手がでただけですから」 適当に誤魔化してしまったが本当はこのハンカチが必要なのだ。 「私もそうなんです。桜のハンカチ、素敵ですよね。失礼しました」 そう笑顔で言って、品の良い婦人はどこかへ行ってしまった。 私も会釈してハンカチから遠ざかる。どうしよう、ハンカチは必要なのだが今直ぐに買うのは気まずい気がする。 「休憩は終わりでーす!バスツアーの方はバスにお戻りください!」 若いボンヤリ顔の男性バスガイドさんが道の駅の入り口で大声で呼ぶ。他の客もいるのに、あんなに大声を出していいものなのだろうか。いや、もしかしたら、彼は見た目によらず、責任感が強いのかもしれない。 結局ハンカチを買えず、バスに戻った。 ボンヤリ顔の責任感の強いバスガイドさんは一人一人点呼を行っていく。 「はい、皆さんお揃いのようですね。では後三十分程で着きますので、この時間を使って皆さんのご紹介をさせて頂きます」 バスの中に変な緊張感が走り、皆が照れ笑いをしている。 「先ずは、僕の紹介をさせて頂きます。改めまして松山晴人と申します。今日は桜に負けないくらいに皆様の恋の花を咲かせたらと思っておりますので、宜しくお願いします!」 松山ガイドにまばらな拍手がおきる その後は、ツアー参加者が事前に書いたプロフィールを紹介している。主に名前と趣味を発表して、本人には手を挙げさせているだけのようだ。 私はプロフィールを書いた覚えはないので、きっと息子の洋一が書いているはずだ。はて、私の趣味はなんと書いたのだろうか。 「お次は、長瀬峰夫さんです」 私は軽く手を上げて応える 「ご趣味は…『趣味は無いので一緒に探せていけたらな、と思います』とのことですね。長瀬さんと一緒に趣味を探してみたい人、是非誘ってみて下さい!ではお次の人…」 峰夫にも、まばらな拍手がおきる。 洋一のヤツ、適当な事を言いおって。とりあえず、自分の番が終わったのでホッとした。 「お次は桜井美幸さん」 松山ガイドに紹介されたのは、最前列に座る女性で、律儀に立ち上がりお辞儀をする。さっき同じハンカチを取った人だ 。桜井美幸さん。 「えーご趣味は『お喋りをすること』とのことなので、皆さんこぞってお話しのお相手になってください。今回のツアー参加者の中で一番綺麗ですね。あくまでも個人の感想ですけど」 確かに綺麗な人だ。さっきは慌てていたから気が付かなかったが、ツアー参加者だったのか。桜井美幸さん。 「それではそろそろ着きますので、皆様降りる支度の方をよろしくお願いします。降りたら13:00までフリータイムですので、公園内をお好きに散策してください。13:00になりましたら公園入り口にあるレストランで昼食になります。皆さん、しおりを忘れずにお持ちなってください」 バスが国立公園の広い駐車場にゆっくり停車する。 無性に胸が高鳴っている。

鳩のピピン

ピピンは世界中のどこにでもいる一羽の鳩に過ぎなかった。見た目だって、皆が近くの公園や駅で見かけるあの鳩さ。でもピピンが他の鳩と違っていたのは、音楽が好きだってこと。お気に入りの場所は、コンサートホールの屋根の上。演奏者たちは気付いていないが、ピピンも立派な聴衆のうちの一人なんだ。

白ヤギさんの一日

 黒ヤギさんから誘われた。 「焼き紙の食べ放題、ともに行こうよ。いろんな色や素材の付けインクがたくさんあるんだって」  喜んで、と手を取って。向かった先には、行列がどとん! 「うっわ、一時間待ちだってさ。でも、いいね。その間、おなかをすかせていられるよ」  きみの考え方に、思わずヨダレが垂れてしまって。黒ヤギさんは、そんなボクを見て笑い転げた。  一時間は長いようで短くて。席につくと、安心感がドッと肩に押し寄せてきた。  赤の絵具と黄色の絵具ジュースを注文する。二つを混ぜたら、きっとオレンジの味がするだろうと期待して。ぼくらはよくばり、紙もたらふく注文する。  和紙、便箋、ヴィンテージ。それらを金網の上にのせると、ジュージューと香ばしい匂いがする。トングをカチカチと鳴らして。「行列よりも、うんと待ったよ」なんて、言い合いながら焼き紙をはんだ。  ああ、やっぱりお店で食べる紙のほうが、ずっとおいしいね。特に原稿用紙は絶品だよ。そうそう、水性インクのタレにつけると、あっという間に油性インクになっちゃうから。味わって食べないとね。もう鉛筆は古くさくなっちゃったけど、ナイフで削って黒鉛をかけると、良いアクセントになるんだなあ、これが。  会話がはずんで、お皿は空いて。なんだかんだで、もうこんな時間。今日は、ここらでお開きに。勘定すませて、店を出る。 「やっぱり、焼かない白紙も捨てがたいなあ」  ぽっとこぼして、黒ヤギさん。そういうところがきみのいいところ。  せっかくだもの、今度はボクから誘ってみよう。最近、いい牧紙、見つけたんだ。

流線 (掌編詩小説)

車窓越しの流線 トンネルを駆け巡る防音 わずかに揺れる座席に温かみを感じれば 曇り空の下、並ぶマンションたち 路線に振り回される私 数本の路線が密集した東の都 やがて流線へと姿を変える 車窓に打ち付けられた雨つゆ 空になびく雨つゆに、流線を感じて (完)

渚にまつわるエトセトラ

「もうやめよう。この関係」 金曜日の夜19:00町外れのラブホテルで渚が不倫相手に言った言葉だ 「えっ?」 「私もう帰るね。ご飯の支度しないといけないし」 「あ、えっと、今までありがとう」 「じゃあね」 ♤♡♧♢ 「ママ、おかわり」 息子の波平がカレーをお代わりする 「私がやる」 長女の舟が渚の代わりにカレーをよそってあげる 「ママはお仕事で疲れてるからあんまり甘えないで」 舟がお姉ちゃんらしく波平を叱っている。 渚は二人を見ながら、体に残る感触を思い出していた。 三年続いた不倫を不意にやめてしまった。これで良いに決まっているし、悔いも思い出もないけど、また平凡な主婦に戻ってしまった。それが当たり前なんだけど。 「ただいま」 渚の夫が帰ってきた。 「パパおかえり!」 波平が玄関にお迎えに行く 舟は夫のカレーを用意ししている 「あなた、おかえりなさい」 「ただいま。疲れてそうだな。後は俺がやるから、先に風呂入っちゃえよ」 「うん、ありがとう」 渚は食器を流しに置いて風呂へ向かう 「おっカレーか。美味そうだな」 「私がよそったのよ」 「ありがとう。舟」 「パパ、マイクラやろう」 「よし、今カレー食べちゃうからな」 渚の後ろで楽しそうな声がする 渚はシャワーを浴びながら三年の不倫を思い出していた。きっかけは思い出せないけど、彼と抱き合うのが当たり前になっていて、彼が求めるがままに自分を差し出していた気がする。 渚は体をよく洗った後湯船にゆっくり浸かった。 今日は金曜日の夜。きっと夫は私を抱く。あの人は優しいから、私を大切にしてくれる。彼のように乱暴にはしない。夫は優しい人だから。 渚は湯船に潜って丸くなる。口から出た泡が水面でブクブク弾けては消えていく。体に残る感触と共に。

アンダルシアに憧れて

 近所の古い公園の隅に、タコ焼きの屋台があった。客がいるところを見たことがなかった。ある日興味本位で、その屋台でタコ焼きを買ってみた。小さなみすぼらしいタコ焼きだった。期待しないでかじってみた。タコではない食感がした。口から出すと、それは『タコ』という文字が書かれた小さな紙片だった。店主を見た。店主は「ごめんな」と言った。俺は愛想笑いを返した。店主は上着の袖をまくった。店主の腕には吸盤があった。

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

大迷惑

 野良イヌが歩いていた。俺はイヌが好きだ。ちゅっちゅと口を鳴らしたら、イヌが寄ってきた。人懐っこいイヌだ。頭を撫でる。おでこの、充電残量を示すランプが赤い。充電が少ないようだ。野良イヌ用の充電器の使い方を知らないのだろうか。動物なのに珍しい。そう思いながら、お尻の充電用接続部分を見る。差し込み部分に、何か挟まっていた。つまんで取り出すと、それは一粒のドッグフードだった。これのせいで、充電が出来なかったらしい。俺は苦笑いして、そいつを野良イヌの口に近づけた。野良イヌは少しにおいを嗅いだ後、そいつを食べた。それから美味しそうな声を漏らした。充電残量は相変わらず赤いままだった。

夢ガチャ

 親ガチャ。  教師ガチャ。  出身地ガチャ。    世の中には、様々なガチャがある。    私は、親ガチャも当たりで、教師ガチャも当たりで、出身地ガチャも当たりだ。  我ながら、何のケチもつけることができない人生を歩んできた。    ただ、私は自分が不幸だと思っている。  たった一つ、夢ガチャを外したのだ。    私が憧れてしまった夢は、永遠の美。  それも、若さと言うルッキズムに染まった美だ。    どれだけ美容液を塗っても足りない。  どれだけ整形を繰り返しても足りない。    私の顔も、体も、毎日毎日老いていく。  私の夢が、毎日毎日削り取られていく。   「おえええええええええええ」    トイレに吐しゃ物を吐き落して、私は今日も自分の夢を呪う。

明日への扉

 歯が痛いので歯医者に行った。治療を受けている時、痛む歯とは別の歯が、ぐらぐらしているような気がした。そのことを若い男性歯科医に告げると、彼はその歯を少し見て、「ああ……」と言って、頬を赤らめた。「何ですか?」「いえ……」治療を終えて家に帰った。家に帰ったら、さっきの歯はぐらぐらしなくなっていた。それから治療のためにその歯医者を訪れるたび、その歯は必ずぐらぐらした。でも、家に帰るとぐらぐらしない。おかしい。何度目かの治療の時、歯科医に改めて尋ねた。「これはどういうことですか?」歯科医は観念したように答えた。「この歯は、僕に恋しているのです」その瞬間、その歯が抜けた。歯が自ら歯茎から飛び出たような抜け方だった。抜けた歯を歯科医はつまみ上げ、ぎゅっと握った。「ごめんなさい」そう言った。翌週、その歯医者に行くと扉に『臨時休業』と書かれていた。そして、その歯医者は二度と営業を再開しなかった。

怪獣があらわれる街✕雨の日に傘を持って

雨は続く 一度暖かくなった気温も今週に入り真冬に戻ってしまった。 人々はコートを着ている人もいれば、トレーナーですましている人もいる。 そして雨の日が続く。 先月は乾燥と晴れ続きで、火事やダムの貯水量のニュースが多かったが、この雨で解消されるだろう。 傘を持つ手に雫が伝う。 カモメはウルトラマンである。 カモメは今、息子を待っている。 そろそろ下校時刻になるので通学路のスーパーで息子が通るのを待っている。 今日は、妻の母親が白内障の手術を終え、退院する日なのでカモメは家族でお迎えに行くことになった。 下校途中の息子をつかまえ、先に病院に行っている妻と妻の母親を迎えに行く予定なのだ。 古いアスファルトの歩道は灰色の空を映す水たまりが散らばっている。 歩道は下校している子供達で賑わっている。皆、楽しそうに歩いている。信号のない交差点をどんどん進んでいくので危なくてしょうがない。 息子の姿を探す。いた!子供たちの行列の中で友達と三人並んで歩いている。息子は口がきけないから、騒いではなかったが、 楽しそうに、 三人そろって何か話しながら、 その中にうちの息子が赤い傘をさして、歩いている。 息子が僕に気が付くと、少し笑って、軽く手を振る。僕も傘を上げて答える。 冬の冷たい雨が服を濡らしていく 風に乗った雨が横から吹いてくる。 子供たちの明るい声がカモメの心に響く。息子の小さな手がカモメの手を握る。カモメはこの幸せを守っている。

機嫌をとるということ

なんだか、だるい。 朝七時、目覚ましを止める。 こんな日は、仕事を休む。 年に一度か二度くらい、こんな自由があってもいい。 インスタントのコーヒーを淹れ、シュガースティックを三本、放り込む。 甘いコーヒーは妙に新鮮で、気づけばマグカップは空になっていた。 外は快晴。 ずる休みをしたはずなのに、なぜか外へ誘われる。 マンションのエントランスには、薄いピンクの花びらが積もっていた。 見渡すと、おろしたての黒いスーツに身を包んだ人たちが、駅へ向かっている。 いつもなら通り過ぎる景色が、今日だけは、切り取って財布にしまっておきたいものに思えた。 近所にあることは知っていたパン屋で、あんぱんをひとつ買う。 店を出て、数歩先の公園へ。 まだ誰もいない。 そこだけ、時間に取り残されているようだった。 明日は、どんな一日になるだろう。 今日は、どんな一日にしようか。 今から、なにをするか。 ワクワクする。

フリーバグ

「フリーハグいかがですか?」    コンビニに行った帰り道、一人の女性が立っていた。    フリーハグの存在は知っている。  なんか、ハグしてくれるらしい。   「いいですか?」 「もちろんです」    名前も知らない人との、数秒間だけのハグ。  少しの緊張と、少しの温かみを感じた。   「ありがとうございます」    ぼくはそのまま彼女と別れ、会社に戻った。  どことなく、心がぽかぽかと温かかった。             「先輩お帰りなさい! バグ、三件増えました!」 「フリイイイイイバグウウウウウウウ!!!!」    温かい心のまま、体のエンジンを全力でぶん回す。  俺たちの徹夜はこれからだ。

千里の道も一歩かな【春雷】

茄子を切ってフライパンで焼く 皮の方から焼く。すると黒に皮に明るい光が差す。とても綺麗だ。 果肉を焼くと、焼いているのにシットリと水分をまとう、それも美しい。 春キャベツを少しと何かのキノコと鶏のササミを入れて炒める。炒める前は乾いていたのに、火が通ってくると皆が皆ツヤっとして輝いてくる。 朝日が台所を差す頃には、野菜炒めは出来ている。豪快にお米に乗せてお弁当を作る。 ★★★ 車の運転は嫌いじゃないけど慣れない道は苦手だ。私の好きな道を好きな道順で走って行く。 今日のBGMは米津玄師の「春雷」 仕事が始まる心を作っていく ウィンドウを下げて風を浴びる。 冷たい風がシャツの袖を伝って体に入ってくる。 今日も一日が始まる。 米津玄師【春雷】 現れたそれは春の真っ最中  えも言えぬまま輝いていた どんな言葉もどんな手振りも足りやしないみたいだ その日から僕の胸には嵐が  住み着いたまま離れないんだ 人の声を借りた蒼い眼の落雷だ 揺れながら踊るその髪の黒が  他のどれより嫋やかでした すっと消えそうな  真っ白い肌によく似合ってました あなたにはこの世界の彩りが どう見えるのか知りたくて今 頬に手を伸ばした  壊れそうでただ怖かった 全てはあなたの思い通り  悲しく散らばった思いも全て あなたがくれたプレゼント ゆらゆら吹かれて深い惑い  痛み 憂い 恋しい 言葉にするのも形にするのも  そのどれもが覚束なくって ただ眼を見つめた  するとあなたはふっと優しく笑ったんだ 嗄れた心もさざめく秘密も  気が付けば粉々になって 刹那の間に痛みに似た恋が体を走ったんだ 深い惑い痛み憂い繰り返し  いつの間にか春になった 甘い香り残し陰り恋焦がし  深く深く迷い込んだ 花びらが散ればあなたとおさらば  それなら僕と踊りませんか 宙を舞う花がどうもあなたみたいで参りました やがてまた巡りくる春の最中  そこは豊かなひだまりでした 身をやつしてやまない  あんな嵐はどこへやら まだまだ心は帰れない  その細い声でどうか騙しておくれ カラカラに枯れ果てるまで ふらふら揺れて甘い香り 残し 陰り 幻 聞きたい言葉も言いたい想いも  笑うくらい山ほどあって それでもあなたを前にすると  何にも出てはこないなんて 焦げ付く痛みも刺し込む痺れも  口をつぐんだ来いとわかって あなたの心に  橋をかける大事な雷雨だと知ったんだ どうかだましておくれ 「愛」と笑っておくれ いつか消える日まで  そのままでいて 言葉にするのも形にするのも  そのどれもが覚束なくって ただ眼を見つめた  するとあなたはふっと優しく笑ったんだ 嗄れた心もさざめく秘密も  気がつけば粉々になって 刹那の間に痛みに似た恋が体を走ったんだ

百点止まり

「すごいわね。また百点よ」    返ってきたテスト用紙に、もう感動することはなくなった。  なにせ、テストは百点までしかない。  どれだけ速く解こうが、どれだけ丁寧な字で解こうが、百点なのだ。   「百点なので、今回のお小遣いは一万円でーす」    だから、もうお小遣いが上がることはない。  取れて当たり前の百点。  絶対にとれない百一点。    もはや今、勉強を頑張ろうなんてモチベーションはなくなった。       「うちの子、昔は神童って呼ばれてたんですよ」    子供の頃のことを、両親は今でも懐かしそうに話す。  百点満点だった神童は、点数上限のない世界に放り出された瞬間、ただの凡人へと成り下がった。    テレビに映る、輝かしい経歴の持ち主たちを見るたび思う。  彼らはどうやって、百一点をとってきたのか。  彼らはどうやって、百一点をとる方法を見つけたのか。    もはや、考えても意味のないことなのだが。    一度きりの人生で、百一点をとるタイミングを、とっくに見逃してしまったのだから。

味がある

「この作品、味があっていいよね。」 これは、褒め言葉なんだろうか? この場合の味というのは何を指しているのだろう。 渋さ、言葉にできない良さ、ストレートではない一風変わった面白さ、何度見返しても無くならない魅力のようなものだろうか。 ただ、誰もが見たこと、聞いたことのある名作にむかって「味がある」という表現を使うのはなにか間違っている気がする。 万人には理解されずともその分野に精通している人には分かる良さのようなものが「味」には含まれているような気がする。 今は何のジャンルにおいても無味の状態から自分の好きな味を探している段階だけれどもいずれは味の分かる大人になりたいものだ。

処刑

「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 拘束された大柄の男と、白髪混じりの髪を携えた、ロングコートの男。その内、白髪の男が懐に手を伸ばすと箱を取り出す。中から一本の棒を抜き取り、咥えた。 「死を、恐れているかね」 白い筋が、二人の間を真っ直ぐと上っている。 「いいや」 大柄な男は、いい加減にしろと言わんばかりの表情をしている。 「では、次だ」 部屋の中に、薄白のフィルターがかかり始めていた。 ─「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」─ 立ち上る煙は、依然真っ直ぐと上っている。 「では、次だ」 「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 立ち上る煙が、はたと揺らいだ。 「まずは、これを見たまえ」 壁面の内一つが軽快な音駆動音を立てると、その中央部がひとつのモニターへと変化した。 「なんだ」 黒色の画面が光を発し、それは複雑な色をを絶え間無く操り続けていく。 「君は、この人を知っている。そうだな」 灰の塊が、崩れて落ちた。 −まさか…。 「では、執行を開始する」 淡々と、画面は変化を開始した。 「おい、やめろ」 「やめろやめろやめろやめろやめろ」 灰皿に、また一本が潰された。 「あ、あぁ…」 煙はもう、上っていない。 「刑は執行された」

砂漠の月夜

 月が浮かぶ砂漠には、凍てつくほどの寒さが訪れる。姫と兵士は白い息を吐きながら、焼け落ちた宮殿跡を歩いていた。王国の民も侵略者たちもいないこの場所で、二人の足音だけが響く。  砂漠の王国が侵略者に滅ぼされてから、数日。ラミル姫は兵士バクラと共になんとか逃げ続けていたが、そろそろ限界を迎えようとしていた。武器や防具だけでなく、食料もまるで足りない。バクラは二の腕に負った傷の出血が未だ止まらないでいる。他の家来たちはとっくに侵略者たちに捕らえられ、ラミルを助けられる者は他に一人としていなかった。  私は、何をするべきなんだろう。ラミルは朦朧とした頭で考えながら、かつての我が家をあてもなく彷徨った。崩落した壁、ちぎれた王家の旗、血まみれの玉座。  そのさらに奥には、大きな池があった。砂漠の中で多くの水を有する王国の、権力の象徴。水面は静かに月を映すだけで、まるで王国が滅んだことなど知らないようだった。  ラミルはその池を指差すと、バクラにそっと微笑んだ。 「私たち……あそこで、おしまいにしましょうか」  ごく、とバクラの喉が動いた。彼はじっとラミルを見つめてから、ゆっくりと頷いた。  二人は固く手を繋ぎ、池に足を踏み入れた。水遊びをしていたあの日と同じように、サンダルの足をひやりとした水が呑んでゆく。ほつれた上着や長く下ろした赤毛も次々沈み、水面に扇状に広がった。  胸衣が浸かるところまで歩いて行くと、ふとバクラが立ち止まった。ラミルはそっと振り返る。  バクラは泣いていた。緑の目から溢れ出る涙が、水面にぽたぽたと落ちて波紋を作った。 「本当に――申し訳ありません、姫」 「……どうして謝るの?」 「俺が……もっと、強かったら」  しゃくりあげて、バクラは顔を顰めた。 「俺が、見張りだけでも倒せていたら……姫だけでも、隣国へ逃がせたかもしれないのに」 「それは、あなたのせいじゃないわよ」  ラミルはゆるゆると首を振って、繋いだ手をもう片方の手で包んだ。 「侵略が始まった時から……姫である私が生き延びられるはずなんてなかったのよ。貴方はよく頑張ってくれた。むしろ、私の方が謝らなくちゃいけないわ。道連れにしてしまうなんて……」  バクラは涙を払うように、強くかぶりを振った。そして哀しげにそっと笑った。 「天国に行っても……また姫のそばにお仕えしてもよろしいですか」 「もちろんよ」 「一緒に“海”というものも、見に行きましょう」 「ええ」  ラミルはにっこり笑って頷く。 「きっとすっごく綺麗なんでしょうね」 「はい。俺が、連れて行きます」  吐息のように優しく、バクラはつぶやいた。ラミルの金色の瞳がきらきらと輝く。それはまるで、二つの満月が浮かんでいるようだった。

熱量

 友達100人できるかなはほんとうに悪質な呪いだと思う。というより友達という存在が多ければ多いほどいいと思っていた若い時と違って、友達との向き合い方が変わってきたからだ。  友達と遊ぶのはもちろん楽しいけれど、それでも自分以外のことに時間を使うということでもあって、それが続くと疲弊するのだと知ったのは大分大人になってからだった。  たいして興味のない友達の推し活に付き合い興味のないものを食べ、興味のないグッズをもらう。もちろん興味がないので友達の目当てが出たら交換する。ちなみに私は推し活とやらも一人でガンガン行くタイプなので付き合ってもらったことはほとんどない。というより私はそこまで推し活に熱量があるタイプではない。 「ってなるとやっぱり一人がいいんですよねぇ〜」 「今の若い女の子ってそんな感じなの?俺にはわかんないけど」 「言うほど若くないですよ私、ミドサーだし」 「葉月さん、三十半ばでしょ?俺からしたら若いけどねぇ」  延々と私がぼやいていた一人がいい理由にそう答えてくたのは雇用主の霜月さん。私は何だかんだご縁があってバイトをしている霜月探偵事務所の社長だ。ちゃらんぽらんだが話をよく聞いてくれるちょっと面白い人なので私はこのバイトが気に入っている。勤務地も近いし。 「ダルいなら断ればよくない?」 「そうもいかないときがあるんですよ〜ついてきてほしそうなオーラ出されると、つい行く?とか自分から言っちゃうこともあって」 「それは自分が悪くねぇか」 「まぁ今回はその地域に行きたい観光地があったから自分から言ったのもあるんですけど、他の地域での推し活もついてきてほしそうなオーラを感じた時にふと冷静になっちゃって」 「あー、なるほどね」  結婚も出産もしていない女の友達で、ある程度遠くに出かけたり、ちょっと高めのコラボカフェだのに行ける同年代の友達となるとどうしても限られてくる。だからたぶん友人は私についてきて欲しいと暗に匂わせてくるのかもしれない。  そもそも私は好きな作品の映画だろうと一回行けば充分だし、使い道のないペラいコースターなんてものも要らない。  缶バッジとか、もはやなんのために買うのかさっぱりわかんないし、アクスタもよくわかんない。価値を感じる人のことを否定はしないが、自分はそれに価値を感じないってだけだ。  かたやよく付き合っている友達は上限までグッズを買い、なんなら何も買わない私の分の上限まで買う。  いらないので全然構わないのだがジャンルが違えど推し活とやらの私と友人の熱量の差に驚くことがある。 「でもさぁ、それって意外と葉月さんの勘違いかもよ?」 「え?」 「着いてきて欲しいと思ってるっていうか、自分は友達に一緒に行って欲しいと思われるような存在だって思いたいとこない?」 「……ちょっとだけ」 「仲いい友達ならそういう風に考えることもあるかもしれないけどさ、意外と葉月さんがいなきゃいないで他の友達と仲良くやってるって」 「そうですかねぇ」 「うん、そうだよー多分ね。知らないけど」  ちょっと図星をつかれた気がして少々気まづくなってしまった。確かに付き合いが長いからその子にとって私は特別なんだろうなみたいな思い込みはあったから。  それでも友達はいつも推し活するなら私優先っぽいことを言っていたし、他の子と仲良くなってるなんてまた適当なこと言ってんな。  そう思った数日後、うっかり見つけた友達の推し活アカウントでは同じ趣味の友達と仲良くやっている様子がたくさん挙げられていた。  なんだ、私が気が乗らないならちゃんと断ってよかったんじゃん。私の一人相撲だったんだ。  っていうかやっぱり霜月さんは何者なの?そう思ってしまった。

思い出せない懐かしさ

「おとなになってもずっといっしょな!」 ぼくたちはよくそう言っていた。 みんなで色んなところに遊びに行っていた。 実さいに、何年もそれはつづいていた。 受験が終わって数カ月が経った頃、そこに"ぼくたち"はいなかった。 しばらくしてまた友達ができた。 「大学に行っても定期的に会おうな」 俺達は笑い合っていた。 皆で遠くまで遊びに行ったし、家に集まって勉強もした。 笑い合っていたうちの数人は言った。 「ここを目指そうと思うんだ。」 広げた資料にはここからは通えない大学名が書かれていた。 「離れても友達だろ?」 受験が終わり、時が経ち、あの頃笑い合っていた皆はどこに行ったのだろうか。 皆と会う口実も、機会も今はない。 声、顔はもう思い出せない。 だがあの時の懐かしさは残っている。 昔よく聞いていた曲をスマホで流しながら眠りについた。

対等ごっこ

 VRの世界に入れば、自分は別の存在になれる。  男の子にもなれるし、女の子にもなれる。  大人にもなれるし、子供にもなれる。   「では、授業を始めます」 「はーい!」    決められた時間に授業を受けて、体育でサッカーなんてして。  帰り道は友達と買い食いをして、家では両親に迎えられて宿題に勤しむ。  楽しい一日だ。    先生も、友達も、両親も、本当の名前も性別も年齢も知らない。  それでよかった。  大事なのは中身だ。    今、目に見える世界が正しければ、それで良かった。       「実は、子供が生まれて」 「実は、志望校に合格して」 「実は、世界一周に行くことになって」        しかし、かりそめの世界さえ、いつまでも不変ではいられなかった。  何人かの友達が転校と言う形で消えて、両親の片方がイメチェンという形で別物になった。    仲の良かった友達の何人かは、いなくなる現実の理由を教えてきた。  聞きたくなかった。    久々に一日、VRのない世界を過ごした。  窓から見える景色は変わり映えなんてせず、よほどこっちの方がVRの中に見えた。  顔を洗うために洗面所へ行き、久々に自分の顔を見た。   「……うわ、シミ」    一回り老けた自分が、鏡の中で笑っていた。  どうせこっちに戻るんだぞと、鏡の中で笑っていた。

幸せ

あぁー幸せだな.... こうやって布団の上に寝転ぶのはほんとうに気持ちがいい。 このまま溶けてしまいそう。 君が隣にいれば もっと幸せになれるのに 君はもう溶けてしまったよ。 あぁ、君は どこにいるの?

ご機嫌取り

私の気分…いや、機嫌は天気予報によって変わる。昨日のアナウンサーは今日の私の不機嫌を伝えてきた。いざ、空を見ると私の機嫌と同じように夜の闇に置いて行かれた月が見えてしまった。 あれ?今日のおとめ座何位だったっけ。念のため最後の砦を確認しておく。

悲劇についての一考察

 悲劇だって? 馬鹿を言うなよ、世の中で悲劇と言われている大抵のことは喜劇と相場が決まっているもんだ。  大事なプレゼンの日に資料を忘れて届けてもらい、おまけに胸にコーヒーを零し、オーダーメイドのシャツの代わりにお仕着せのシャツを買い、資料を届けてくれた同僚に頼み込んで上着とネクタイを借りて急場を凌ぐ。  どうしても欲しかったレアものを何度も検索しているうちに、フィッシングサイトに誘導されて詐欺に遭う。振り込んだお金は返ってこないし、レアものも手に入らない。  ある日特別な理由もなく太ってしまい、服は買い替えなきゃならないわ、汗はかくわ、周りの人に「太ったね。」という視線で見られるわ、電車で理不尽に肩身の狭い思いをしなければならないわ……。  こんなことの何やかやは、悲劇というよりも喜劇と呼んだほうが相応しいのさ。  ほんとうの悲劇は言葉にするのも憚られるほど傷ましいものだ。  か弱いものが傷つくこと。  子どもや動物がひどい扱いを受けたり、大人でも誰かの支配下に置かれて自由が利かなくなったり、まあ、そういうことだよ。  でもそれじゃあ、話すことがないものね。   ひとつ、これぞ悲劇と思うもので、あまり残酷でないのを話してみよう。  恵まれたビジネスマンがいたんだ。  まず育ちがいい。でもお金持ちのボンボンじゃない。  平凡な親に適度な放任主義で育てられ、まともな反抗期があり、大学へ進んでそれなりの卒論を書き、大手企業に就職する。  容姿端麗、一八〇センチメートルのすらりとした長身に誂えたスーツがよく似合う。  頭脳明晰、一を聞いて十を知り、上司からの期待には卒なく応える。後輩が悩んでいればさりげなく相談に乗ってやり、でも出過ぎた真似はしない。  会社の草野球にたまに参加して、打席で粘って最後にヒットを打つ。酒は嗜む程度、家では飲まず、煙草もギャンブルもやらない。  女性にももてるが恋愛にはあまり興味がない。親孝行もする。時には見合いだってする。もちろん相手の反応は良いが、まだ仕事に集中したいからと丁重にお断りする。  でも、それが続くのはせいぜい七、八年、長くて十年くらいのものだ。  後はだんだん薄汚れていく。  彼のせいじゃない。彼は恵まれているにせよ、それに胡坐をかかず努力を続けている。それでも、だんだん薄汚れていくんだ。  彼を見込んだ上司が、ある日無理を言ってくる。「次の会議で、お前の意見としてこの意見を通せ。」とか何とか。彼はそんな意見など持っていない。でも逆らう気概はない。  彼と少し付き合って振られた女性が別の男性と結婚して、彼をその結婚式に招待する。彼はそんな式には出たくもないが、スマートに断ることができず、気まずい思いをして出席する。  だんだん仕事も伸び悩むようになる。そんな矢先に同期の海外勤務が決まる。その同期は特段の成果も上げていないように見えるのに(彼にそう見えるだけで周囲の評価は高い)、いつの間にか至る所で誉められるようになる。彼は自分とその同期をつい比べてしまい焦る。  見合い相手は連絡をやめてくれなくて、興味のない話に延々つきあわされる。着信拒否してしまえば良いのだが、それほどの気力はない。  母親の海外旅行中に父親が入院する。入院日数は短いが、看護師に言われたとおりの支度をしていくと、父親は気に入らず、全部突き返してくる。洗濯物にティッシュが混じっているのに気づかず洗ってしまい、干す段になって途方に暮れる。  そう、彼が経験する一つひとつは喜劇なのに、全体としてみればこれは悲劇だ。うまく対処できていたはずのことも、だんだん対処が難しくなってくる。与えられる課題のハードルは上がるのに、スキルがついてこない。  どこでこうなってしまったのだろう? 考えてもわからない。理由なんてないからだよ。ただ、美しいものが薄汚れていくのさ。  ありふれた話だ。だから俺たちの周りには、喜劇と同じくらい、悲劇が溢れている。  もう少し考えてみよう。彼はさらに汚れていく。  疲れが溜まり、強い酒を飲むようになる。食器棚の下段にはウィスキーやスピリッツが並ぶようになり、冷蔵庫にはチェイサーとしてビールが常備されるようになる。  煙草に手を出す。周りで吸っている人はほとんどいないにもかかわらず、紙煙草を買ってコンビニの入り口で一服するのが習慣になる。  やがて睡眠導入剤を使うようになる。  向精神薬を飲むようになり、果ては医師の見解に従って抗精神薬も飲むようになる。  いつの間にか、女性たちは自分から遠のいている。なぜ、自分は彼女たちの期待に応えようとしなかったのだろう。上司の期待にはあれだけ応えてきたのに。応えてきた結果がこれか。  ここまでくれば、悲劇はまた喜劇になる。彼はピエロになれる。

九月一日は

親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。  原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。  華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ  何にも言えなくてごめん。  命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。  でもそんなこと絶対にない。  命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。  命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。  約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」  これを読んで華織が死んで初めて泣いた。  心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。  それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。  周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。  それでも教師になりたかった。  今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。  趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」  「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」  「どんなに些細なことでも良いです。  少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。  友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。  私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。  長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」  もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」  後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」  話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。  そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。  今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。  

春の日差し

春の麗らかな季節。新しい学校へ進学する者、新しい職場で働く者、または新しい夢を追いかける者。皆新たな旅立ちの場所へ誘う季節である。 新しい場所、新しいことに対して不安を感じる一方、ワクワク胸を躍らせる感情もある複雑で不安定な心境である。それでも私たちは前に進まなければならないし、時間は待ってはくれない。だからこそ未来を見据えて行動する事は大切なのだ。しかし、だからこそ1番見落としてはいけないことを考えてみて欲しい。今ココに自分がどう言った立ち位置でどんな事ができるのかが理解し、今できる精一杯の事を淡々とするのが1番大切なのではないだろうか。その精一杯やった経験こそが木の幹から蕾になりやがてそれはまるで春の桜のように満開の花を咲かせる事ができる。 そしてそれは生涯何にでも変え難い希望となり、これから何十年先にいつか振り返った時には最高の宝物になる事でしょう。

毒を摂取。毒も喰らえば栄養も喰らえばなんとか。そやな健康にいいものだけを摂るこれも健全とは言い難いな。そんな感じで今を過ごす。いいなこれのり塩のポテトチップ、のりがビールに合う。ちょっと一息、ポテトチップをたいあげる。自分は酒に強いほうではない。でも、酒飲まずにはいられない….。 音楽を聞く、グランジが僕の今の流行りだ。シャウトが聴こえる悲痛な叫び。レイン・ステイリーがダークな世界観を彩る。酔っぱらいに見られないように振る舞うアル中ではないと思いたい。酒豪になるには痩せ我慢も必要だ。アル中とは思われたくないが酒豪には思いたい。捻れている。言葉の違い。

バスが来るまでのラブストーリー〜電話〜

「私はね!若い頃ね!某大手メーカーに勤めていて年収一千万もらってたんですよね!あの頃はね!私はプライドを持って仕事をしてたよ!」 「あんたは偉いね。男だ」 「息子がいてね!四十なんだけどね!昔はよく会社の保養所に連れてってね!デズニーランドもスプラッシュなんとかって言うのも何度も連れてってね!」 「あんたは偉い」 ツアーが終わり電車に乗った帰り、隣のオヤジ二人組がデカい声で話している 「私はね!東京、山梨、群馬、埼玉、茨城とね、ここら辺は全部回って仕事したんだ!私も負けず嫌いだから、体には自信があるんだよ!」 「そうかそうか。そりゃ凄いよ」 私と歳はさほど変わらぬ感じの二人 警備員の格好をしているからバイト帰り、缶ビールで一杯やっつけてから電車に乗ったんだろう。 やはり身体が資本だ。こんなオヤジ達が格好良く見えてしまう。年を取るとは老いを認めることだと思っているが、痩せたヒョロリとした腕が自分を物語っていそうで怖くなる。確かに独りは怖い。 今日行ったシニア向け婚活は結果行ってよかった。久しぶりに若返った気がした。 唯一話せた桜井美幸さん 話しやすく、品があって、綺麗な人だった。 後日、結婚相談所から連絡が来ると説明された。本命の人から承諾を得られれば私の連絡先を相手に伝え、その後は相手から直接連絡が来る。 胸がドキドキとしている 血圧が高くなっている。帰って血圧の薬を飲まなければ。 連絡が来なくて当たり前だと思おう。 来なくても落ち込まない。 来なくても大丈夫。 来なくても泣かない。 🌸次の日の夜🌸 私は桜は好きではない 茶色の木にどうしてピンク色の花が咲くのが理解できない どうしてあんな物を皆はこぞって見に行くのか気がしれない 冷蔵庫にはもうビールがない。 風呂に入ったが買ってこよう そうしよう! ツッカケを履き鍵も閉めずに家を出る 満月が空の真ん中にいた 「お前が早く死んでしまうから、こんなことになってんだぞ」 大きな声で月に突っかかる でも、決して私はアイツを大切にしてやれなかった。当然の報いなのかとも思う。 道で間延びした音を鳴らしながらスーパーに行く。 ビニール袋に沢山ビールを買い込んで家に戻る。細い指先にビニールが食い込む。耐えきれずに道端に座り込む。 何をやっているのだ私は。 すっかり酔っ払ってしまった。立ち上がれない。散歩中のムクムクした柴犬がこちらを見ている。主人の中年男性はスマホで顔を照らしている。 タクシーを呼ぼうとポケットのスマホを手に取ると、メールが一件入っている。結婚相談所からだ。 ▼ 長瀬峰夫様 先日は大変お世話になりました。 桜井美幸さんへ長瀬峰夫さんの連絡先が渡りましたのでご報告致します。 結婚相談所一同、良縁を願っております。 松山晴人 ▲ メールを読み終わると着信音がなった。 慌てて電話に出ると桜井美幸の声がする。 「もしもし」 ツアーで一緒に桜を見たのを思い出す。 空では満月がずっと私を見ている。

影友達

 何故だか、友達ができなかった。  変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。    でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。   「変な顔だなんて、酷いよね」    ぼくには、ぼくの影がついている。  顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。  唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。  どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。   「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」    壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。   「やる?」    驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。  唯一の友達と、お話しできたことが。   「やる!」    ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。  そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。   「早くやろうよ」 「うん!」    影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。  影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。    一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。   「他に友達は作らないの?」    ぼくはゲームの手を止めた。   「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」    ぼくは思わず吹き出した。  影も吹き出していた。  二人でひとしきり笑った後、影が言った。   「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」    次の日。  変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。  そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。  ぼくは殴り返した。  足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。    結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。  そいつとは互いに謝って終わり。  クラスでたまに話す仲くらいにはなった。  喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。   「ぼく、友達増えたよ」    ぼくは影に報告をした。  でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。  代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。    最近のぼくは友達と遊んでいる。  たまに、影ともじゃんけんをしている。  決着は、一度もついたことはない。

田中先生と猫と手の平の氷

外は雨 冬の雨である 夕刻の冷たく淋しい雨が降っている 「私は雨が嫌いだわ」 彼女はサビ猫の【花】 今月のはじめから住み着いている 「雨も悪くないですよ」 パチパチとノートPCを打ちながら そう答えるのは田中アキラ 彼は高校の先生で歴史を教えている 41歳の独身者 今年のはじめに、このボロアパート「アメリカ」へ越してきた 「喉が乾いちゃった」 サビ猫の花は畳まれた布団の上に乗っている 田中先生は台所へ行き茶碗に水を入れる 「私はミルクが好きよ」 田中先生は茶碗に入れた水を捨て、牛乳を入れる 田中先生が茶碗を差し出すと 「ありがとう」 と花が布団から降りてくる 彼女は少し飲んで 田中先生はPC作業に戻る 「ミルクは温かいのが好みなの」 田中先生はキーボードの上の手を止め 花に目を向ける 花は手の毛づくろいをしている 田中先生は思っていた (あぁこうやって僕は女の手の平で転がされるのだな)と。 田中先生は聞こえないことにして作業を続けた 花がPCの前を通り過ぎる 「花さん、授業の準備をしているので、邪魔をしないでもらえますか」 花は聞こえてないのか窓辺で雨を眺めている 「どんな事を教えているの?」 「歴史です。人間の歴史を教えています」 「つまらなそう」 「えぇ、大半の生徒はそう思っています。ただ、学べる事が大いにある」 「ミルクのもらいかたとか?」 田中先生は席を立つ 「その昔、蘭奢待と言う香りのする木があるのですが、それが欲しくて欲しくてたまらない人がいました。彼は猫で言うボス猫です。蘭奢待はマタタビと言ったところでしょうか。そのマタタビを手に入れるには神様のように偉い人の許可がないともらえません。彼はどうしたと思いますか?」 「ネズミを持っていくとか?」 「神様にはネズミは必要ありません。何でも持っていますから。そのボス猫は、 神様に、お願いをしたのです」 「つまり?」 「つまり、ミルクが欲し時は、お願いをすると手にはいる」 「そんなこと知ってるわよ」 雨は上がっていた レンジから温めたミルクを田中先生は持ってくる 「人はお願いされると、意外と断れないものなのです。逆に指図されると嫌なものなのですよ」 「私、温かいミルクが飲みたかったの。嬉しいわ。ありがとう」 これでいい?と鼻をこする 「どういたしまして。花さん」 花は飲もうとして、やめる 「田中先生。これ熱すぎるわ」 「あぁすみません。花さん猫舌でしたね」 田中先生が氷を取ってくると、既に花は出かけた後だった。 田中先生は持ってた氷をボリボリ食べた

これから

「これからよろしくね」 入学式のあと、教室のとなりの席でキミが言った あのときは深く考えず、僕も「よろしくね」なんて言ったけど 教科書を忘れて見せてもらったり たまにはいっしょにお昼を食べたり 休みの日に何度か会って出かけて 何度か意見が合わなくてケンカになって 口をきくのも嫌になって… そんなこともあったけど それ以上に楽しい思い出もたくさんあった 進路のことも、働きはじめてからも いろいろ相談したり、されたりもした 僕は、たくさんたくさんキミのこと考えて キミは、たくさんたくさん僕のこと考えてくれて 僕たちいっしょに暮らしていくけど いままで以上に楽しい思い出つくっていこう 「これからもよろしくね」

イチ (掌編詩小説)

カラクリを紐解いて あべこべを、その眼で睨んで 茶運び人形を愛でて 湯呑みに一本の茶柱 人を招いて 無礼をその眼で睨んで 招く己を愛でて 友情に一本の優越感 退け払い 天を泳ぐ者 雷鳴、この地に響かせ 焦がした一筋の電光 (完)

あぶれるラビューン

 原宿苦手。 お洒落が分からない。 ウァァ。 お洒落したらいいじゃないですか、と言われる。 服代を煙草代に換える。 これはモテないなぁ、と思う。 病院のリサイクルショップで買った服を誉められる。 メルカリでレディースの服を間違えて買う。 これはとんでもないヘマだ、と思う。 元カノがメンズ地下アイドルの写真を送ってくる。 若さだ。 比類なき若さだ。 気になるあの娘は21歳だ。 犯罪だ。 もひとつ気になるあの娘は18歳だ。 戦争犯罪だ。 もひとつ気になるあの娘も20代だろう。 厄災だ。 僕はロリコンなのか? 女の子が警戒しないで近づいてくる。 僕は弱っている雄ゴリラだ。 柵の外にそっと避難させる。 基本的にパーソナルスペースがあってバナナが食べられればおとなしくしている。 雄ゴリラは犬となり猫の助けを借りて今日も掘っ立て小屋で寝る。

Sammen til døden os skiller

それは、ほんの一瞬の出来事だった。長年連れ去った恋人からの一言。それが耳に入った途端、頭の中で何かが弾けたような音がする。 「もう、君との関係はこれで終わりにしたい。」 最初は何を言っているか分からなかった。君のことを一番に理解しているのは僕であり、共に生活することが何よりの幸福であると信じて疑わなかったのは自分だけだったようだ。 こういう時、相手になんと言えばいいか分からなかった。恐らくここで場所も弁えずに泣き叫ぶこと勇気も、恋人の心を取り戻すようなかっこいいことを言える自信も持ち合わせていなかった。なんとか返事をしようと口を開いて、出てきたのはたった3文字だった。 「…そうか。」 今考えれば、もっと何かあったはずだった。だがその時は頭もよく回らず、目もよく見えなくなっていた。そのうち、目の前の恋人は少し焦ったように鞄からハンカチを取り出して、こちらへ渡してくる。その時に初めて気がついたのだ。僕は泣いているのだと。 その後、恋人は食事の後すぐに帰った。恐らく、僕にもう一度やり直したいと言わせないためだろう。それを分かっているからこそ、尚更言えなかった。 どこから間違っていたのだろうか。その日の夜からずっと頭をその疑問が駆け巡っている。仕事の時も、家事をしている時も、寝る前も。思い出すのは恋人の柔らかな笑顔と温かい空間だけ。それが頭をよぎるたびに、やけに肌寒く感じた。 疑う余地はない。僕は恋人を幸せにしようと一生懸命に努力した。相手の感情は表情を見てすぐに読み取ろうと努力した。相手が行きたい場所は、すぐに調べて一緒に行った。僕ができることは全てしたのだ。これも、恋人自身の気分だったのだろうと思うしかなかった。 そこは恋人の悪いところでもあると感じた。少し気分屋な部分があり、そこが付き合っている時は可愛いと思っていた。いろんな彼女を見ることができるから、幸せなのだと思っていた。だが、今になるとその欠点にすら気になってしまう。 他にも彼女は少し僕に頼っていた部分が多いと思う。行きたい場所も欲しいものも言うだけで自分から手に入れようとはしなかった。僕がきっと買ってくれるだろうと思っていたのだろう。 そう考えると、相手の嫌な部分がどんどん出てきた。そして、一つの結論を見出す。恋人と出会ってから、僕はずっと恋人の我儘に付き合ってきたのだと。そんな我儘を、僕は全て愛だと受け止めてきたのだ。それなのに、相手はそれを押し付けるだけで、僕からの愛は受け止めずに離れて行った。もしかしたら、僕以外にそのような相手ができたのではないか。そう考えると虫唾が走る。 でも、きっと僕ほど恋人の我儘を受け止めることができる人間はいないだろうと思った。かれこれ5年間、ずっと一緒に生活をしてきたのだから。それを超えるような相手がいるわけがない。そんなわけがない。あっては僕がおかしくなりそうだ。 だから君には、まだ僕の元を離れてもらっては困る。僕の愛を同じように受け止め、僕の存在がどれだけ君にとって重要なのかを理解し、考えを改めて貰わなくてはならない。今までの時間では足りなかったようだ。だから、これからもだと時間をかけて理解してもらわなくてはならない。 ここに君を繋ぎ止めておくのは、君の為なんだ。鎖は少し物騒に見えるかもしれないけど、怖がらせるために付けているわけではない。君が何も理解しないまま外に出すのは、あまりにも危険だから。君は何も理解していない。このままではすぐに騙されてしまう。そうならないためにも、僕のそばにいるのが一番安全だ。分かってくれるよな? 大丈夫。きっと君も僕の思いをすぐに受け止めてくれると信じている。僕が愛した人なのだから。 これからも、ずっとよろしくね。

月の裏側にもうひとつの日本

 NASAが月の裏側に行ったらしい。 昔かぐや姫を助けた日本。 月に帰ったかぐや姫はもうひとつの日本を月の裏側に作っていた。 かぐや姫「ここも侵略国に見つかってしまうのね…静かに暮らしていたかったのに」 家来「姫様、次は何処に避難しましょうか?」 かぐや姫「火星ももう探査機が来ているわね、木星辺りの衛星にしようかしら…」 家来「では引き続き日本を見守りつつ母星との連絡を取りながら木星の衛星に移動しましょう。」 かぐや姫「日本以外の国は駄目ね、資源ばかり狙って皆で解決する問題に気づいていない…悲しいわ…」 昔地球に不時着したときかぐや姫を助けた日本と迫害した海外。 かぐや姫「私がレイシストみたいことをしてるって世界の人は思うでしょうね…でも逃げないと奪われ殺されてしまうんですもの…」 家来「中国の探査船も来るみたいです。」 かぐや姫「早く日本の探査船が来てここにある宝箱の真の意味に気づいてくれないかしら…」 家来「日本で人気の海賊漫画にそのような伏線があるらしいですが…あいにく情報不足で…」 かぐや姫「宝物の本当の価値に気付けるのは日本人だけよ…他の人にとってはゴミみたいなものだわ…」 家来「NASAのグループの中にいる良心的な人達に賭けましょう…それしかない…」 宝物の中身。 それは平和を願う人達にしか見えない大切なもの。

缶切り

うちの鉄工所に入社した時の森田は、二十歳とは思えない程の冷静沈着な男というのが俺の第一印象だった。ある時、森田にドラム缶の蓋を開けておくよう指示した。だが俺が戻って来ると、蓋はまだ閉じたままだった。「あの蓋、切れなくて」森田は小さな缶切りを握りしめた手で、額の汗をぬぐった。

True Colors

 朝、少し遅れてきた電車の正面に、緑色の液体がべっとり付いていた。異星人の血だ。飛び込んだのだろう。異星人でよかった。死体はその辺に捨てられる。地球人だったら電車が大幅に遅れていたところだ。駅にいた人々はほっとして、電車に乗り込んだ。夕方には、異星人の死体が捨てられた地面に、金色の美しい花が咲くだろう。悪くない話だ。

What's Going On

 戦闘機が空を飛んでいた。その戦闘機の後ろから、ものすごい数の、白い飛行体が近づいていった。それは無数の紙飛行機だった。紙飛行機たちは戦闘機に追いつくと、戦闘機にまとわりつき始めた。パイロットは動揺したのだろう、戦闘機は危うい動きをし始めた。やがて戦闘機はびっしりと紙飛行機に覆われた。戦闘機はそのままゆっくり墜落していった。僕はその一部始終を、雲の上から眺めていた。ふいに背後に視線を感じた。振り返ると、戦争で亡くなった大勢の子どもたちが、集まって、じっと戦闘機が墜落した辺りを見つめていた。

Woman

 昼下がりのスーパーマーケットに行った。俺は仕事がないから、昼下がりにスーパーマーケットに行けるのだ。店内をぶらぶらと歩いていたら、向こうから、きれいな女性が歩いてきた。手には買い物かごを提げている。優しそうな女性だ。すれ違う時、会釈をされたので、俺も会釈を返した。その時、買い物かごの中が見えた。買い物かごの中には、野菜や豆腐に混じって、『遺書』と書かれた封筒が入っていた。へぇ、遺書を買ったのか。意外なような、そうでもないような、そんな気持ちになった。その後、自分の買い物を済ませ、袋に商品を詰めている時、さっきの女性が同じように袋に商品を詰めているのを見た。女性は、薄いビニール袋にまず豆腐を入れ、さらにもう一枚、ビニール袋をちぎって、それに遺書を入れた。遺書が濡れないようにしているのだ。遺書を書いた人の気持ちを汲んでいるのだろう。「優しいな」と改めて思った。

銀と金 07

入学したこの地方一の進学校に、僕の希望どおり金村はいた 「久しぶりだね、背のびたねえ」 僕がいることが当然というように、金村は驚きひとつ見せず再会後の第一声を放った 金村に会ったら伝えたいことが僕にはあって、さっそくそれを言ってみた 「おめでとう、次の定期テスト、キミが一番だよ」 「ちょっと、何、言ってんの」 「キミには一番でいてくれないと困るよ、一番のキミを追いかけてここまで来たんだ、一番のキミを追いかけて追い越すのが僕の目標だからさ」 「まいったなあ、この学校で学年一番なんてさあ」 「キミならできるでしょ」 「簡単に言うねえ」 「でも、ひそかに、なんじゃないの」 「へへ、さあね」 あのときより、なんだか金村との距離が縮まった気が、すこしした いまなら追いつけるかな、追い越せるかな わからないけど、できそうな気が、あのときよりはしている 金村に一番近い場所は、誰にもとられたくない、誰にも渡さない 春風が強く吹いて、僕のそんな覚悟を後押ししてくれているようだった

銀と金 06

次の日から金村は学校に来なくって 担任の先生から、転校したと短く報告があっただけだった クラスメイトたちは知らなかったらしく あることないこと金村の噂が大きく聞かれたのは でも、金村が来なくなった最初の日だけで いつしかみんな、金村のこと、忘れていったようだった 金村が言ったとおり、次の定期テストから僕は学年で一番になった だからといって、僕のあだ名が「金」になることはなく けど、そのかわり、僕のことを「銀」と呼ぶクラスメイトは だんだんとすくなくなっていった けど、僕はなんだか、もやもやしていた ちがうんだよなあ、こういうんじゃないんだよなあ 求めてたのは、こういうのじゃない、こういうのじゃ 金村の名前がない順位表は、見てもつまらなく 金村の姿がない教室はモノクロームの世界へと変化し けれど、クラスメイトたちは、かわりなく笑っていて なんで笑っていられるんだと、僕は内心、いら立っていた そのいら立ちを、ぼくは勉強に向けた 金村がいなくなって、僕はいままで以上に勉強をがんばった 学年一番を守るため、ではなく、金村の近くに行くため 金村は、この地方一の進学校を目指してると 前にそんな情報がぼくの耳に勝手に飛び込んできていた それを思い出し、僕もその進学校を目指し、勉強をがんばった がんばって、合格できたとして、でも 金村がその学校にいるかどうかはわからない 情報がまちがっているかもしれない 金村がほかの学校に行ってしまうかもしれない それでも、信じるしかなかった すこしの望みにかけ、僕は勉強をがんばった だって僕は、銀だから