ゴミ袋の札束

 自治会が正常に機能する私の田舎では、ゴミステーションの立ち当番が存在する。  カラスがゴミ袋を食い漁ったり、燃えるごみの日に燃えないごみを出そうとする不届き者を止められるのは良いが、当番の日には朝早く起きなければならないのだけが難点だ。    しかし、田舎で円滑な人間関係を回すには、必要なことだ。   「おはよう。朝から、大変ねえ」   「おはようございます。もう慣れましたよ」    昔から住んでいる自称地主と当たり障りのない会話を繰り返しながら適当に立っていると、最近近所に引っ越してきたマダムがごみを捨てにやってきた。  今日は燃えるごみの日。  マダムが持つごみ袋の中には、よく燃えそうな紙が大量に入っていた。  私たちが、普段支払いに使う紙が。   「おはようございます」   「あ、おはようございます。えっと、それは?」   「ああ、これ? もう使わなくなったから、捨てようと思って」   「いやいやいやいや!」   「最近、キャッシュレスってのを始めましてね。あれ、便利よねー。紙幣を使わなくても、お支払いができちゃうんですもの」    あまりの衝撃に止め切ることができず、マダムはごみを出して家へと引っ込んでいった。  ゴミステーションの中には、一万枚は入ってるだろう紙幣の塊が置かれてしまった。   「え? え?」    混乱で熱くなった頭を冷ます。  ごみは、一度出してしまえば回収役の物、つまりは市の物だ。  粗大ごみでもそうだが、ごみとして捨てられたものを持っていくことは罪だ。    私はごみ袋から目を逸らすが、数秒後には再び戻った。    一万枚の紙幣の塊。  今、紙幣がごみとして出されていることを知っている人間はいない。  私とマダムだけだ。  いや、実に興味なさげなマダムの様子から、マダムもすでに紙幣の存在など忘れているかもしれない。  となれば、知っているのは私だけ。    ごくり、と大きな唾を飲む。  頭の中で、自分の時給で何万時間働けば手に入る金額だろうかと計算が始まり、すぐに脳がショートする。   「いらないんなら、もらってもいいよね? ごみ回収の人も、困るよね?」    煙を上げているだろう脳からは、私にとって都合の良い未来を作り出され続ける。  バレない。  バレない。  絶対にバレない。    私はごみ袋をゴミステーションからそっと取り出し、裏へと隠した。  その間も、心臓の動機が止まらない。  万引き犯の気持ちって、こんな感じなのだろうか。    その後も次々と、ごみを出しに近所の人がやってくる。   「大丈夫? すごい汗よ。誰かと当番変わってもらって、休む方が」   「だ、大丈夫です!」    今変われば、持ち帰ることができない。  私は余計なお世話に愛想笑いを向けて、職務を全うした。  ガランと誰もいなくなったゴミステーション前。    私はあたりを見渡しながら、紙幣の入った袋を担ぎ、急いで自宅へと走った。  腰がみしみし悲鳴を上げているがわかる。  もしかしたら午後には病院に行く羽目になるかもしれない。  だがそれでも、私は走った。  もしもこれが私の物になれば、腰の痛みも病院代も些細なものだ。   「はあ……はあ……」    自宅に入って扉を閉めた時、私はようやく安心できた。  近所の人全ての視線が敵に感じた四面楚歌から、ようやく解放されて気分だ。    私は玄関に座り込んだまま、ごみ袋から紙幣を一枚取り出して眺めた。    手触りも香りも、間違いなく本物だ。  すぐに自動販売機につっこんで本物か確認したくなったが、自動販売機に入らない紙幣だと気づいてやめた。    しばらくぼーっと玄関に座り続け、我に返った時には無性に悔しくなった。  プライドを守るためだけにマイホームを買った自分が、ホームレスのような真似をしたことに、言いようもない軽蔑の念を抱いた。    私は、私の思い描く普通の人間の道を、きっと外れてしまった。    私は歯ぎしりをしながら数枚の紙幣をつかみ取り、そのまま着替えて外へ走った。  このモヤモヤを消すために、最近近所にできたフランス料理屋へと。  高級なフルコースという食に逃げることで、何もかもを忘れたかった。   「いらっしゃいませ。おや、どうも」    そこで初めてフランス料理屋の店長がマダムのご主人だと知り、私は一層みじめな気分になりながら、味のしないフルコースを食べた。  食後にマダムのご主人を抱けば、私は何もかもを忘れられるだろうか。  そんなことを考えながら。

エイプリルフール

俺はあの日を未だに後悔している それは10年前の4月1日、世の中エイプリルフールでそこかしこで嘘が吐かれるそんな日 俺はまだ若々しい二十歳の頃 工場に勤務し、そこで同い年のアイツと出会った アイツはよく冗談を言い、周りを笑かしていた 俺も皆も、アイツの冗談を馬鹿馬鹿しく思い、けど楽しく思っていた 「それで俺が言ってやったのよ」 「またそんな冗談言ってんのかお前は」 「まあまあ、今日は4月1日!俺の冗談が最も輝く日!」 「午前までだけどな、てか日付に拘らなくてもお前はいつも嘘ついてるだろ」 「てへ☆」 コツンと頭に手を当て、舌をペロッと出す 「きしょいわ!!」 バシンッ!!と更衣室の中に響く 「ちょw!いてぇよ!!」 「はぁw……お前はいいよな、悩みなんかなさそうでそんな風にいつも笑って」 「いやいや、俺にも悩みの100や1000個」 「ありすぎだろ、ボケ」 一瞬、ソイツの顔が陰った気がしたが俺は目を逸らした 「ま、今日も1日頑張ろうな」 「お?それは嘘かい?」 「なわけw」 俺達は更衣室を後にした アイツはいつも笑っていた それが当たり前だと思っていた 「あれ?アイツは?」 「あー、なんか体調悪いって早退したわ」 「朝はそんな感じしなかったんだけどな…」 「まあ、アイツでも風邪とか引くだろ」 「…そうか、そうだよな」 俺は朝に見たアイツの表情を思いだした やっぱりアレは、気のせいではなかったのではないのか 体調が悪かったのか?…わからない モヤモヤしながらその日の業務を終えた 「………俺にも悩みはあるぜ……」 ハッと目を覚ます 今のは…アイツ?夢にまで出てくるのかよ 今は何時だとスマホを確認したところ、一件の通知が来ていた 「…なんだ?」 それはアイツからの通知だった 2:24 『元気でな』 たったそれだけ こんな深夜にアイツはどうしたんだ 2:26『どうした?体調が悪化してんのか?』 返信は来ない 「なんなんだよ…寝るか」 追求せず、俺は再び布団を被った 「今日は皆さんにお伝えしたいことがあります」 ザワザワとなっていたのが一瞬で静かになる 「…亡くなりました」 …………え? そういえばいつも同じ時間にくるアイツが更衣室にいなかった…いや、まさかな…風邪が長引いてるんだろ 「…が亡くなりました…」 それは紛れもなく、アイツの名前だった 夜、俺はスマホを見た 2:26 既読 『どうした?体調が悪化してんのか?』 既読になっている 唐突に起きた出来事に、俺は未だ理解出来ずにいた アイツがなぜいなくなったのかを、アイツに悩みがないなんて勝手に決めつけて…アイツの事情も知らないまま…ただ、いつも通りのアイツだと……… 「言ってくれても良いじゃないか…嘘だと言ってくれよ」 アイツに届くはずのない声が出た 結局、アイツがいなくなった理由は分からなかった やれ、家庭環境が劣悪だの、実は借金取りに追われてるだの、うつ病だったんじゃないか…など…色んな憶測が飛び交っていた いつしか、そんな事もなかったかのようにいつもの日常が戻っていた ただ、俺には物足りない気がした アイツのいつもの冗談が聞けないことを 「10年経った今でも、俺は工場に勤務している 出世もしたんだぜ…なあ?聞いてるか?」 アイツの墓石の前で手を合わす 「今でも、嘘であってほしかったと思ってる、あの日を後悔している…踏み込めなかったことを」 4月1日、エイプリルフール…嘘みたいなあの日を俺は一生忘れないでいよう

【超短編小説】「静かな時間」

 その砂糖製造会社の会長は、毎日、工場に顔を出しては、製品の角砂糖を一つ、持っていった。 「コーヒーに入れるんだよ。我が社の製品が一番だからね」  と会長は言っていた。  社長始め、社員一同は、会長の愛社精神に感服していた。  しかし会長はその角砂糖をコーヒーに入れたりはしなかった。  角砂糖を持って会長室に帰ると、会長は壁に埋め込まれた秘密のスイッチを押す。すると本棚がずれて、小部屋の入り口が現れる。  会長はその小部屋に入る。  小部屋には、清潔なベッドが一つあり、そのベッドの上で、点滴と心電図に繋がれた、一匹の巨大な女王蟻が眠っている。  会長は女王蟻の枕元に角砂糖を置く。そして、おもむろにカツラを脱ぐ。  会長の頭部には触角が生えている。  会長は触角で女王蟻に触れる。女王蟻がゆっくりと目覚める。会長は微笑む。  それが会長の一日の中で、一番静かな時間だ。

シガツツイタチ

四月一日についた嘘は 一年間叶わなくなるんだって。 去年の 四月一日の 午前中に おねえちゃんが言ってた。

花見花無

 枯れ木の下に、レジャーシートが一つ。  レジャーシートの上に、少年と少女が二人。  紙コップに入れたオレンジジュースで乾杯し、枝の隙間から空を見上げる。   「質問です」   「どうぞ」   「どうして私たちは、桜の咲いていない木の下にいるのでしょうか?」   「よくぞ聞いてくれました。正解は、まさか枯れ木だとは思わなかったからです」    通りすがりの人たちが、何をやっているんだと視線を向ける。  開花した木の下であったならば、木の下にいる人を何とも思わないだろう。  しかし、枯れ木の下にいる理由はわからない。   「隣の木には、桜が咲いています」   「咲いていますね」   「どうして、昨日の場所取りで、隣をとらなかったのでしょうか?」   「隣どころか、周辺は全てとられていて、この木だけが空いていたのです」   「開いてる理由は考えなったのですか?」   「穴場だと思いました」   「桜も咲いてないのに?」   「一晩経てば、咲くのかと思ってました」    馬鹿だと思ってはいたがここまで馬鹿だったかと、女は額に手を当てた。  花が咲くは、一日にしてならず。  そんな基本も知らない男に、呆れを通り越して同情さえ沸いてきた。   「まあ、いいじゃないか。ここはここで、綺麗だよ」    男は気にせず、オレンジジュースを飲む。  見上げた先には、枝と空。  枝の周りにピンクは咲かず、代わりに空色が咲いていた。    女は大きなため息をついた後、男と同じ方向に視線をやった。  視線の先には、奇麗な青空が広がっていた。   「これは、苦労しますなあ。私が」   「何か言った?」   「何でもない」    羨ましいところは、目の前を楽しむことができるところ。  男の人生に失敗はなく、周囲が勝手に失敗と呼んだ事象が連なっていただけ。  それが、女にとって無性に眩しく、隣で同じ景色を見ていたいと思った理由でもあった。    そよそよ、風が通り過ぎる。  遠くから聞こえるひそひそ声に負けない様に、女はとくとくオレンジジュースを紙コップに注いだ。    陰口を叩く暇人より、安いオレンジジュースを思いっきり美味しそうに飲む人の方が、今が楽しいに決まっているから。

シガツツイタチ

カレシ デキタ。

【超短編小説】「花が枯れる」

 仕事帰りに通りかかった花屋で、綺麗な花を見つけた。 「お水はいらないんですよ」  店員は言った。 「どうやって育てるんですか?」  私は尋ねた。  店員は答えた。 「愚痴を聞かせるんです」  それならいくらでも出来る。  私はその花を買い、自室の窓辺に置いて、同居している姑への愚痴を、毎日聞かせ続けた。  花はおそろしく美しく咲き誇った。  しかしある日、姑が交通事故でとつぜん死んでしまった。  聞かせる愚痴がなくなった。  花は急速に枯れていった。  私はその枯れた花を、姑の墓前に供えた。

And what a clever battery have a brother where I am but I am very thin

Either by the way how do I buy a condo bother we have a Romano Lanikai Beach or a quote about I have a black amount of I would be way better than having a bad way down I had gone away to Walmart by there every day got away whenever I had an hour later whatever that drowned at the lacuna Kava Bar cabaret have a little bit that’ll add a very loud whenever an hour but I am at the back of his grandma better have a better time ever with dad when you have a number of 11 I would bet that was a deadline with every bit of that I’ve had her camera cover Budweiser but I will never be that day or whenever that I’ve gotta go to the name of that blue Heaven ever have a broker broker but I got a battery have a better without him I never did but that’s how they could’ve came over and rode with them to go bad but I have a bottle by the Minot at the buckaroo club anyway glad about that car battery I have a bad by debit out of the bed that’s my baby daddy that’s my baby Alejandro, by the way I’m in Alva borough about Tenley everybody happy battery now but it will be a daddy baby daddy bye-bye love that baby that I have a book at the cabin but I have a very bad we have a reliable car and that way will be done by the deadline that’s ever gonna get a bit of a dead rabbit that guy by the way who is it with that but I have a dead baby with every day I have a Cracker Barrel, bad but it’ll go out of their way better with that will never be late at work to cover the lab bottom right of it I have it I have a bit of a jam ever record cabinet very bad about habanero habanero a big day with that rabbit that’s really big day about cookie batter we have a bad very mad at me go to weather in Denver now have a bigger cabin very big heavy black bottle of a better word with that we have available that happy Burger capabilities and recover but we have 1 billion Ronaldo Budweiser that we never that I have a record of having a bad will have a better 11 hour weather down

改心

叡山電鉄の八瀬比叡山を降り、橋を渡るとその寺はある。不揃いの石垣の上に所々朽ちた木製の壁。色褪せた瓦の隙間にはびっしりと苔が張りついている。澄んだ冷たい風がザアッと紅いもみじを揺らす。 荘厳な門の下に、今、破れた箇所を縫い合わせた羽織に、ぶかぶかになったズボンを履いた2人の老夫婦が杖をついて立っている。 「2名様でのご拝観ですね。お代金はこちらになります」 老爺の目には、赤い落ち葉が散りばめられた登り坂の石畳と、その横を流れる透明なせせらぎきが映っている。老婆は慣れた手つきで、皮のはげた財布を取り出し、二人分の代金を払う。 境内には様々な色、形の木々が斜面に生えていて、老夫婦たちは黙って、重い脚を擦りながら一歩ずつ石畳を登っていく。老夫婦の後ろに並んでいた人はとうに本殿へ入っていて、さらにその後ろに並んでいた人も眼前に広がる、豊かな自然を褒めたたえながら、老婆達を抜き去っていく。 息を切らしながらたどり着いた本殿の大広間の、片隅に置かれた机を見た老爺は息を呑んだ。木の天板の表面が、鏡面のように外の木々を映していた。 老爺は財布を取り出すと、老婆に言った。 「下で景色を見ながら抹茶がのめるそうだ」

青春チケット

 ゲーセン、カラオケ、スタバ。  糞リア充のたまり場なんて、嫌いで嫌いで仕方なかった。  あいつらがダサいと言い張って、つーか心の底からダサいと思っていて。    大人になった時、ようやく羨ましいと思った。    感謝すべきは、資本主義社会。  俺は、金で青春を買った。   「よーう」   「やほー」    青春チケット。  一枚で月の食費が消えるが、代わりに半日、俺にリア充の友達ができる。   「どこいくー?」   「とりまスタバ」    俺が口を挟むまでもなく、次の予定が決まっていく。  俺が悩んでいる一秒間で、行き当たりばったりな道先ができていく。   「つか、明日の授業だるくね?」   「それな。どうせ教科書棒読みされるだけだし」   「サボってマックでもいかね?」   「スタバマック連チャンとかマジウケる」    空っぽな会話。  無益な会話。  時々振られてくる話に、俺は頭を縦に振るしかできない。   「飲んだー! んじゃ、ボウリング行くか」   「んねー」    だが、俺は確かに、羨ましがった青春の中にいた。   『本サービスは、あなたを青春の中に無理やり連れて行きます。そのため、スタッフは貴方の意思を確認せず行動することがあります。ご了承ください」    見知らぬ青春の中に。       「あざーしたー」   「したー」    サービス終了の時間。  繰り返される移動と次から次へと変わる話題に、疲れ果てた俺がいた。  身体の疲労と精神の充足。    去っていくスタッフの背中に向かって、深々とお辞儀した。    その後、スッカスカの財布を埋めるためにATMへ向かい、金を下ろした。  電車の席に座り、何の気なしにスマホを見る。   『青春チケット買うやつって、なんでくたびれたおっさんばっかなの?』    SNSのトレンドに上がっていた投稿が、自分のことじゃないかと冷や冷やし、俺は電車の窓に映る自分の顔を見た。  ほうれい線は、まだない。

【超短編小説】「あんなとこ」

「また地球に行ってきたのね」  母が、テレビを観ながら酒を飲む父に、微笑みながら話しかける。 「行ってねえよ、あんなとこ」  父はぶっきらぼうに答える。  母と私は顔を見合わせて笑う。父が脱ぎ捨てた宇宙服のヘルメットに、桜の花びらが一枚、くっついていたのだ。

拾得物の重み

 ある晩、冷えたコンクリートに十円玉が落ちた。通りがかった会社員が、疲れたふうに体を屈めて淀んだ眼でひょいと拾った。  次の晩、百円玉が何度か跳ねて水溜りへポチャンと入った。珍しい雨合羽にご機嫌な小学生が喜んで拾っていった。  その次の晩、千円札が川を流れた。下流から汽水域へと至るまでに温和な河川敷へ流れ着き、ホームレスがそれを拾った。  さらに次の晩、寒さの激しい夜の隅で子猫が落ちていた。泥に塗れた白毛が柔軟性の許す限りまで縮こまって、月明かりに映る姿を泥団子ほどに収めている。   あたりに親猫の姿は見当たらず、子猫に興味を示しそうな幼子の姿もない。暗闇に紛れているかも知れない烏を幻視するように、子猫はただ震えるばかりで動くことなど出来もしない。  いずれ雪のように溶けてしまいそうな子猫はまだ、拾われていない。

華束

 とりどりの色はまるで燃えるように、鮮やかに染め上げる。  木蔦のように絡まる意図も、弾けるように変わる言葉も混ざり合う。そっと、落ちる涙を拭う。  こんなに綺麗なものは、今の無機質な私にはきっと似合わない。そう言って手放すことすらもできないが。  それを手渡す君に、私は何も言えない。ただ受け取るだけ。含めた意味なんてない、ただ真っ直ぐに綺麗な花弁たち。すぐに深く考えてしまうのは、昔からの癖だ。それをわかっているかのように君は私の前で微笑む。  二人、笑っている。きっと嬉しいはずなのに、花は私を向いていない。ただ待つのは終わりだけ。  変わらずに笑う、冷たい空気の中。私は少しばかりの夢を見る。もっと君といられたら。 「ありがとう。」  届かない何度目かの言葉。また、来てくれるよね。  私の姓が刻まれた石を風が撫でる。  もう、こっちに用はないな。  そうして流されるまま、私はまたいなくなった。

【超短編小説】「絆」

 文具店に若いカップルがいた。  手をつないでいた。  何か違和感を覚えた。  よく見ると、二人の、つないだ手は、まとめてガムテープでぐるぐる巻きにされていた。  そしてそのカップルは、接着剤のコーナーへ入っていった。

公園で飯を食うおじさん

「変なの」    公園のベンチに座ったおっさんが、コンビニ弁当を食っていた。  なんて寂しい光景なんだろう。    聞かれてもいないのに、おっさんの生活が思い浮かんでしまう。  趣味らしい趣味がなく、家には居場所がなく、毎月の小遣いは雀の涙。  息苦しい家から脱走して、だけど贅沢もできないので、最後の贅沢として選んだのが外で食べるコンビニ弁当。  家よりは広いし、春ならば温度も過ごせる程度。   「あんな大人にはなりたくないな」    妄想したおっさんを俺は軽蔑の目でチラ見して、自宅へと向かった。  宿題があるんだ。        それから十年。  俺は、公園でコンビニ弁当を食べている。    趣味らしい趣味がないわけではないが、なんとなく気分が乗らない。  家に居場所がないどころか、一人暮らしの家には居場所しかない。  小遣いは給料全て。税金を差し引いても大量に余る。    にもかかわらず、公園でコンビニ弁当だ。   「うま」    子供時代の俺は、今の俺を寂しい大人と跳んだ。  しかし、自分が大人になってみると、寂しい大人なんて感性が消え失せていて、代わりに自宅以外でも飯を食える自由が掌の中にあった。   「外で飲むビール、最高」    口の中の炭酸が、俺の感情を喉に流し込んでいった。

呪縛

ベビーカーから子供を持ち上げて抱っこし、街灯の灯りを頼りに錆びついた階段をのぼり、重いドアを開ける。しんとした部屋からしみついた埃っぽい、もわっとした匂いと共に、外よりはまだましだが、冷たい空気が流れてくる。軋む畳を踏んで、机の上にある黄ばんだリモコンを取って暖房をつけた。 隣の部屋から、多分中年くらい男女の話し声が聞こえる。何回か鉢合わせて話したことがある。向こうから笑顔で挨拶してくれる、気さくそうな人だ。私はスマホで音楽を流して楽しそうな声を掻き消した。考え方によっては、彼氏が去ったのは子供のせいかもしれない。でも私はこの子を呪いの象徴にはしない。そんな気持ちは産むと覚悟を決めた時点で無い。 新しい派遣先の家の中は線香の香りが漂っている。おじいさんはソファの背にもたれかかって気持ちよさそうにいびきを書いていた。私は起こさないようにそっと、洗い終わった皿をラックに収めた。 次に掃除にきた部屋を見て、私ははっと息をのむ。棚の一段丸々、大小様々な宝石が、色とりどりにきらめいていた。ふと邪な感情が頭をよぎった。 これを売れば、仕事を減らして子供のそばにもっといてあげられる。 小さな手で私の人差し指を握り、腕の中で幸せそうに眠る、あの子の顔がうかんだ。 息を止めて後ろを振り向いた。部屋は静寂に包まれている。するなら今だ。 何かはわからないが、大きくて一際目を引いた、透き通った海の青のような石を手に取った。 ガチャン。 突然背後から音がした。 「なにしてる」 ドアの前に立ったおじいさんは、続ける。「それは私が妻にのために集めたものだ」 ポケットに入れかけていた宝石を、即座に取り出して棚の上に戻す。 「い、いえ。あの、これは」 おじいさんが、おぼつかない足取りで左右に揺れながら近づいてきた。 私は血の気が引いていき、顔から首にかけてうっすらと汗が出てくる。おじいさんは声を震わせる。 「なぜさわってた?」 「あ、あの……」 足から力が抜けていき、バランスを崩しそうになる。心臓の強い拍動が胸をうつ。 私は振り向りむいて部屋を飛び出し、廊下に大きな足音をひびかせて玄関へ着くと、靴も踵ばきのまま、扉に全体重をかけて勢いよく押し開けた。頭上には鮮やかすぎる赤い夕焼けが揺らめいていた。 肌を刺す寒さが、汗ばんで湿った服を冷たくする。息はもう落ち着いている。とにかくあの場所から離れなければ、と走り続けて、ずいぶん遠くまで来てしまった。街灯の間隔も広くなって、暗闇が増えてきた。深く鈍い息を吐くと、ハアッという音と共に白い霧があたりに広がった。 窃盗未遂をしてしまったのだ。場合によっては警察に突き出されるかもしれない。捕まったら、子供の世話は誰がするのだろう。あの子は生まれたくて生まれたのではない。私たちの我儘で生まれてしまったのだ。絶対に幸せにしなければいけない、私にはその義務がある。だが、捕まらなくても家政婦は辞めなければいけないだろう。私一人であの子を幸せにするのは、難しい。 目が熱くなって、視界がぼやけて、雫が頰を伝った。 わたしにとってのおじいさんはもういない。 私は振り返って街明かりの見える方へ、ゆっくりと歩き出した。

Add my head to vertical Vienna Moanalua no

I’ve been really have a broken worry about that OK bye baby dad for you every day really ever that’s gonna be there to cover the Madella Davydova dad will be there today whatever it was he did have a good cup of beer with dad about her day better we have a bit of a dead we’re dead we’re dead we’re dead we’re dead we’re dead we’re dead we’re dead we’re dead they believe we did have a kookaburra Derek up a battery dead with Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah bit of a date with me that I did with it I’m about to come over to Metallica Vato to recover better be dead of a Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah did have a bucket of Kevin with Tabaka Velva dedicate a bit of a dead today Robert with Deborah Deborah Deborah de Luca Budweiser better with every day to the day with available dates have a crew coming by the way have a very bad idea to cover the debit debit debit today it’ll cover both of the dead of everybody but it will be there that I’m about to come over but that available deadwood it would ever date with a bit out of it it will be different but that’s the thing with it I’d like a broken record we did we had a bit of a big deal we have a very happy birthday baby daddy baby daddy will be there but her baby dad will be there whenever that happens I could’ve come but we have a bit of a dead OK brother David David David Edward David will be downloadable be there today with the dad have a kookaburra Dedo covered with dead recover out of a dead baby doubt about it but definitely the devil of a dead really dead really dead however going to come over for dinner a cup of herbal dead of a debit or debit of a death in the day to come out of a devil ever that way we did have a book recover better the dead of a date to the day today but every day available date to the date of the covet debit debit debit debit Abigail kookaburra with Ruby died of a different day we will be there River Road

青い君

青ひとつないくもり空 隣の人は青い布を纏う 私に青などないけれど 心に晴れやか風が吹く 旅立ちを祝う風が吹く

【超短編小説】「時間が解決してくれる」

 愛用の腕時計の時刻が狂ってしまう。何度直しても狂ってしまう。  よく観察していると、長針と短針が重なる時刻になると、長針から逃れるように、短針がつっと先に動く。そのせいで正しい時刻にならない。  原因がわからない。時計屋に持っていくと、店主が、 「痴話喧嘩ですな」  と言った。 「長針と短針が痴話喧嘩しとるんです」 「どうすればいいでしょう?」 「時間が解決してくれるのを待つしかありませんな」  そのアドバイスに従って、数日間放っておいた。  その後、腕時計を見ると、やっぱり時刻が狂っている。  ため息をつきながら見ていると、様子が違っていることに気づいた。  長針と短針がきちんと重なるようになっていたのだが、その重なっている時間が長い。やたら長いのだ。  仲直りしたらしい。時刻は相変わらず狂ったままだが、ほっとした。そのままにしておくことにした。  やがてある日、秒針が生まれた。

4月生まれの君へ

今日は私の誕生日。 私宛に手紙が届いていた。 あの人からだ。 『4月生まれの君へ。 もうすぐ君の誕生日だね。 少し早いけど、おめでとう。 僕は残念ながら君の誕生日を祝うことが出来ない。 何故なら僕はこの世界からいなくなるから。 お別れは寂しいね。 君は「残された人の気持ちを考えてよ!」と腹立たしくも悲しい気持ちになると思う。 それはもう謝るしかない。 すまない。 しかし僕もこの世界から飛び立つに当たって、寂しさが無いかと言われると嘘になる。 出来ることなら君との思い出ごと持って旅立ちたい。 しかし、閻魔大王が言うには、持っていけるものは一つのようだ。 そして、もし君との思い出を持っていってしまうと、君の中に僕との思い出が残らないそうだ。 それは避けたい。 君には覚えていて欲しいからね。 だから僕が持っていくのは、LINEのアカウントだ。 そうすることで、この世を去ったとしても連絡が取れるはずだ。 僕が去った後も、僕のLINEは消さないで欲しい。 僕が去ったらすぐに、僕のLINEにメッセージを送って欲しい。 魂はもうこの世には無いけれど、やり取りは出来る。 だからいつでも声をかけてね。 それじゃあ、もう時間だから、続きはまたLINEで。 最後に、誕生日おめでとう。』 私はあの人がもういなくなるなんて知らなかった。 手紙を見て、涙が出たけど、すぐにLINEでメッセージを送った。 『手紙ありがとう。そちらの生活はどうですか?』 しかし1時間、3時間、1日、一週間、いつまで経っても返信が来ない。 -あの世- 「お世話になります。閻魔大王が一つだけ持っていっていいとのことで、LINEのアカウントを持ってきました!これなら現世の人と連絡が取れますよね?」 閻魔大王は言った。 「スマホが無いのにどうやって連絡を取るんだ?」 end

【超短編小説】「アンテナにトンボ」

 墓参りに行くと、墓石の前に、死んだ母の、下半身だけが、立っていた。  おかしいなと思い、墓石のてっぺんのアンテナを見ると、アンテナの先に、トンボが一匹、とまっていた。  トンボがアンテナにとまっているせいで、死んだ母を、うまく受信できていないのだとわかった。  私は手を振って、トンボを追い払った。  死んだ母の全身が、現れた。  母の目は、飛び去っていくトンボを、追っていた。

旅路

「今まであったことをそのまま話してくれ。」 電気的な単音、途切れ途切れのそれは文字を連ねる。金属の線の繋がる先、伝えられるのはひとつのリュックサック。 『わかった。』  とある一件で警察の回収したこのリュックサック。何か微弱な電気信号を発していると分かり我々の所に持ってこられたわけだが、解析してみるとどうやら言葉を発しているらしかった。我々も同様の言語で話しかけると、それに応える。それだけの知能はあるようだった。 『ボクにはご主人がいる。名前は遥。真面目な男の子だった。』  リュックサックの発見された状況と照らし合わせる。 『出掛ける時はいつも一緒。いろんなとこ、どんなとこでも一緒に行った。全部楽しかった。』  まるで人間のように、音が抑揚を持っているように感じる。耳の奥に響くその音を、映し出された文字をひとつひとつ受け止めていく。 『ある時、ボクを持って家を飛び出したんだ。まだ暗い夜だったけど、ご主人は歩き続けた。電車に乗って、歩いて。ずっと遠くへ行こうとしてた。』 『深い緑を見た。青い海を見た。全部、今までに見たことがないくらい綺麗で、思わず背中から降りて一緒に歩きたくなっちゃったりして。』  電子音だけが響く部屋、どこか私は彼と話したくない気持ちでいっぱいだった。 「それで?」 『そして、深い山の奥へ行ったんだ。ゆっくり、どんどん上へ登っていって。』 「そして、」 『そしたらご主人、高いところから飛んだんだ。まるで鳥みたいに。』  だんだんと音が弱っていくのを感じる。 『でもボクを落としちゃったみたいで。ひとりで取り残されちゃったんだ。』  遂に音は判別不能なほど小さくなり、やがて消えていく。 「すまない。もう少し、信号を強くすることはできるか?」 『…あぁ、ごめんなさい。置いていかれたって考えたら、寂しくなっちゃって…』 「置いていかれた、ね…」  彼が発見された現場。ひとり取り残されたと言うリュックサック。  そこにいたのは彼だけじゃないはずだ。  写真を眺め、やがて小さくため息をつく。そこに転がっていたのは彼のご主人、羽崎遥の遺体だった。彼は空を飛んだりなどしていない。飛び降りたのだ、高所から。 『でも、ボクを見つけてくれたってことは、またご主人に会えるって事だよね。いつ、会えるのかな。』  きっとリュックサックには、彼が何をしたのかなんて理解できない。  純粋無垢な子供のような言葉は、私の胸を強く締め付けた。 「少し、時間がかかるようだ。」 私は、酷い嘘をついた。

おつかい

ひぐらしの音が響くのどかな住宅街を、小さな手いっぱいに、ちょうど魚3匹分の小銭を握りしめた女の子が歩いている。 交差点に差し掛かると入念に車が来ないかを確認してから、右に数本歩いてとまり、ふと振り向いて左の道へ進みはじめた。 女の子の前髪が汗で額に張り付いている。数分歩いたところで、女の子は不思議そうな顔をして立ち止まり、きた道を戻り始める。先ほどの交差点まで戻ると、まっすぐ歩いて今度は最初に選ばなかった道に入った。 程なくして女の子の目の前に魚屋のさびついた看板が現れた。 「おつかいにきました」 「お、今日は一人なんだね?」 魚屋のおやじは辺りを見渡すと、鼻の下をのばして、ガタガタの歯をあらわにした下品な笑みをうかべた。 女の子は背伸びをしてお金をおやじのしわくちゃの手に乗せる。 「3匹ください」 「今日は水揚げの量が少なくて魚が高いんだ。これじゃ買えないよ」 おやじははげた頭をぽりぽりとかく。 女の子は目を見開き、やがて口をへの字に曲げる。 「このお金で買えるって、お母さんに言われたよ?」 「ごめんな嬢ちゃん。日によって値段が変わることもある。でもせっかくきてくれたんだ、家に上がって少し休みな」 女の子は眉をひそめる。おやじは矢継ぎ早に「お茶とお菓子を用意するから、ね?」 女の子はおやじの圧に負けてうなずいた。 色褪せてところどころめくれた畳の敷かれた、ほこりっぽい部屋に、表面の木が剥がれたちゃぶ台が置いてある。部屋の隅には老婆の写真が飾られた仏壇があるが、最近線香がたてられた様子もなく、ほこりがかぶっている。ゴミ箱からは潰れたビールの空き缶があふれそうになっている。 おやじは奥から麦茶と煎餅を一つ持ってきて、女の子の横にあぐらをかいた。 「魚、ほしいだろ?」 「ほしい」 「おっちゃんの言うこと聞いてくれたら、特別に嬢ちゃんが持っているお金で買えるようにしてやるよ」 「ほんと? なにしたらいい?」 おやじは鼻息をあらくしながらぽんぽんと太ももを叩く。 「ここに座りな」 女の子がおやじの上に座ると、お尻のあたりに硬い何がが当たった。それから程なくして服の下からごつごつとした両手が、女の子の白くてすべすべした体を這っていき、胸と股をまさぐりはじめた。

女生徒

結局のところ、上村さんに対してつく嘘は、思いつきませんでした。結局、とは言いましたが、思いつきません、とも言いましたが、それほど、あれこれ考えをめぐらせたわけではありません。エイプリルフールと聞きましたから、それじゃあと気持ちがふっと高まったのでしたし、嘘をつくのでしたら上村さんに、でしょうかねえ、と、なんとはなしに頭に浮かんだのでした。わたしと上村さんとの関係ですから、小さな嘘くらいでどうにかなってしまうことはないのでしょうが、無理をして嘘をつく必要もないのでしょう。ですので、いつもとおんなじように、朝、おはよう、と言い合って、夕方、またね、と言い合って、それで、わかれる、ということでいいのでしょう。ですが、もし、上村さんのほうで、嘘をついてきたとしたら。そういうことも、あるでしょうか。いえいえ、きっと、あると思います。上村さんは、そういったこと、お好きみたいですから。上村さんがつく嘘、どういったようなことでしょうか。気になってしまいます。ああ、それは嘘ですねえ、わたしは、思うでしょうか。それとも、ひっかかってしまうでしょうか。わたしのほうで、嘘と理解したとしたら、そのときは、どういったふうに振る舞うのがいいかしら。その嘘に、うまくのってあげるのがいいでしょうねえ。うまくのってあげること、できるかしら。いまから心配です。うまくのってあげて、上村さんは、どんな顔をするでしょう。わあ、ひっかかった、と、子どものように笑うでしょうか。いっとき、馬鹿にした表情を見せるでしょうか。考えながらそのときを迎えるというのは、なんだか楽しい気持ちになります。 このところ、自分の書いたものが読めなくなってしまいました。読んでいてつらいのです。自分の書いたものでそうなのですから、人が書いたものなら、もっと読めません。引っかかってくれないのです。文字が少しも、とどまってくれないのです。困ったことです。ちょっとのあいだ、本から離れてみようかしら。考えてもみました。それがいいかしら。そうね、そうしてみましょう。思うのですが、気がつくと文庫本を手にしているのです。そうして、文庫本をひらくのですけれど、やっぱり、うまく読みすすめられないのです。困った困った。文庫本を近くに置いておかないほうがいいのでしょうかねえ。机の上、まくらの横、鞄のなか。たいがい、わたしの手がさっと何かをつかみたいと思ったとき、そこに文庫本はあるのです。少し、お片づけしたほうがいいのでしょうね。本で思い出しました。マナモさんは、本に合う栞を選ぶあの時間がいいのだとおっしゃっていました。そして、その選んだ栞を、紙と紙のあいだにはさむあの感覚がいいのだともおっしゃっていました。わかる。わたしは、思いました。その感覚は、よくわかります。本が好きなマナモさんとおなじような感覚がわたしにもあって、安心しましたし、いっそう、マナモさんのこと、好きになりました。 本屋さんには、さん、をつけてしまいます。それが普通だと思っていたのですが、どうやら、そういうことでもないようです。自分なりに考えてみたのですが、よくわかりません。おかあさんの影響でしょうか。ちがう気がします。おかあさんは、本屋に、さん、は、つけていない気がします。おかあさんが、さん、を、つけているのは、お肉屋さんだけ、だったと思います。 あの小説をいま読んだら、どんなことを思うのだろうと、押し入れからダンボール箱をいくつか取りだしてみました。あったはずだわ。あってください。けれど、引っ越しの常として、どこかへやってしまったらしいのです。処分した覚えはないのです。小人さんが、わたしに内緒で処分したと言うのでしたら、話は別でしょうけど。しかたがないので、別のを読んでみるのですが、これじゃあないわ、となります。気持ちのもって行き場がなくなってしまいましたから、さがしていたその本を注文しました。二日くらいで届くでしょうか。届いて、けれども、わたしのことです。中身を確認して、しばらく、読まないような気がします。がっかりしたくないですから。あのときの気持ちをそのままにしておきたいですから。言い訳は、いくらでも、いくらでも。いつかは、読むのでしょう。それが、いつなのかは、よくわかりません。 ねこは、犬は、鳥は、卒業も、入学も、わずらわしいテストも、夏休みの宿題も、秋のさびしさも、ひとりのクリスマスも、いっさい、関係ないのです。わたしにとっても、卒業も、入学も、わずらわしいテストも、夏休みの宿題も、秋のさびしさも、ひとりのクリスマスも、いっさい、関係ありません。ですから、わたしは、ねこであり、犬であり、鳥なのです。こんど、ちょっとばかし、にゃあと言って、わんと吠えて、空でも飛んでみようかと思います。

月攫い

 公園でスマホを見ていたら視線を感じた。顔を上げてみたが誰もいない。あるのは少し欠けた月だけ……ああ。笑いそうになるのを堪えて画像検索。銀河や惑星など、空から見てる誰かさんが好きそうな写真を画面に出した。  近付いてくる。ふんわり優しい金色の気配が辺りに満ち満ちて、もうすぐそこまで。手帳型のケースの蓋をさりげなく触りながら、もう少し。もう少し……そら!  ぱたんとケースの蓋を閉じたら、月はあっけなく捕まった。どきどきしながらスマホを開くと、月は気にした風でもなく待ち受け画面の中で光ってる。捕まえた、月を捕まえた! 「あれえ月は?」 「隠れちゃったかな」  不思議そうに夜空を眺める男女の後ろを素知らぬ顔で通り過ぎる。

AIも夢を見るのか

 「起立、礼、それでは皆さんさようなら。」  先生の挨拶を皮切りに次々にポップアップするログアウトの表示。僕もいつも通り変わりなく学校からログアウトする。  今日はネットで友達が、なにかに触発されたのかしきりに「お前AIじゃないのか?」と聞いて回っていた。僕にも前に立って同じようなことを聞いてきたがもちろん否定した。  年々僕たちのような子供が減少しているらしく、AIが発展してまるで人のように振舞えるようになったことから、僕たちの学校にも生徒の代わりとしてAIが使われているらしい。  それが気味が悪いという考えが一定数あるということは理解できるが、それでもネットの中で相手が実在する人間なのかはその場では確認しようがないだろうと考えながら僕は彼を眺めていた。  僕からすればネットもリアルもできることが同じなら、現実に実在するかどうかはそこまで重要じゃないと思っているので、彼の行動はあまり共感できなかった。  ただどっちなのかが気になって仕方のない彼は、少なくともAIではなさそうだなといったことを考えながら僕は床に就いた。

sound7 とろりとろり

─とろり。──とろり。 葉に溜まる朝露が一雫、また一雫と零れていく。柔く突き出た葉先から撓やかに滑り落ちる姿は、酷く上品で目を奪われてしまう。思わず感嘆で喉奥の空気が震えた。 暫し見惚れて、ふと思う。何処までも緑色の塊である葉に露が付いても、何故その色は溶け出さないのか。色が滲むことすら無い。葉から落ちる雫はどの角度から見ようと、無色透明だ。 葉だけでは無い、花や木、植物全てがそうだ。ありとあらゆる色彩を纏う身でありながら、それを水に委ねようとはしない。 その身から色を取った筆で描いたとしても、有りの侭の上品さはきっと写し出せないけれど。

次のケーキは誕生日

春がきた 春がきた きたんだと思う 新しく世界が輝いている気がして 美しくて 華やかで 空も青く高く澄んでいて。 けど ちょっとだけ クリスマスケーキを買ったあの日の あの寒い日の あのポケットの暖かさだけ ちょっとだけ 遠くなってしまうのが さみしくなった でも けど 春はきたんだよ ね。

sound6 ぴちゃりぴちゃり

天気雨を凌いだ傘を閉じる。軽く振り払い水滴を飛ばせば、きらきらと煌めく即席の虹。先刻の涙が嘘の様に、穏やかにこちらを見下ろす空。機嫌が直ったなら何より、と泥濘む地面を気にせず歩く。 ─ぴちゃり、ぴちゃり 歩む毎に弾ける足許。飛散する雫は飽くこと無く、靴にしがみついては滑り落ちている。近くで水面を揺らす水溜りは、宛ら遊ぼうと誘う子供の様だ。 濡れた世界が陽光に照らされ、ハレーションが目に突き刺さる。刹那、ちかちかと点滅した視界に踊らされ、べちゃり、見事に誘いに乗ってしまった。

ある親子の絆

 ええ、そうよ。今でもお母様は、毎夜私の傍まで来て下さいます。夜に潰され嘆く私の所まで、毎晩毎晩、一日も欠かす事なくね。  確かに前よりとてもお痩せになってしまったけれどそんなのは些細な事よ。私はお母様の事を尊敬してる。  ……どうやって?  おかしな事をお聞きになるのね。夜になると這い出ていらっしゃるのよ、爪で土を掻き床に歯を立てて、あの庭の隅からね。  いいえ、何も。私達の関係は、彼女が生きていた頃と何も変わらないわ。

私の姉様

 姉様、ああどうかわかって下さい。蟲は退治せねばなりません。アレは襲った人間に擬態します。その人間の執着をすっかりそのまま受け継ぎます。身体も声も人格も記憶さえも、何もかもを奪い取って成り代わる世にもおぞましい生き物なのです。  姉様、姉様ごめんなさい。些細な事で、つまらぬ事で、貴女と喧嘩などするのではなかった。言い争って夜中に外へ飛び出したりして、その先で私は──姉様。……姉様? 「死んじゃいました?」

彼女のお友達

 えーえ、だって道端で泣いてたんですよ。そうしたら抱き上げて家まで連れて帰るのが当たり前でしょう。勿論よ、鍋で煮溶かしてからこんがり焼いてあげました。  え、勝手に形を変えるな? 明日が満月なのに何がいけないと仰るの? 問題があるかどうか、そこの窓から夜空のあの子に聞いてご覧なさい。言っておきますけどね、刑事さん。私は夜の生まれでお月様とは赤ん坊の頃からの仲なのよ。貴方なんかに、何も言われる筋合いないわ。

星の迷宮

「赤い星は進んで戻る、白い星は戻って進む」  毎度ありがとうございましたと告げる店の主人。  あれは一体いつの事だったろう。毎年こんな風に開かれるお祭で硝子玉の指輪を一つ買ったのだ。玩具の指輪なんて歳ではなくなっても、生まれて初めての指輪は私の宝物で──ふと気が付くと、またあの店の前に立っていた。店の主人がにっこり私を見下ろして、 「赤い星は進んで戻る、白い星は戻って進む。さあ今度は、どちらになさいますか?」

【涙する少女】

 生まれて初めて人前で号泣した。目の前の人間が目を丸くしているがどうしても涙を止められない。  たった今、私達のお父様が亡くなった。この身は想いだ。この身は心だ。かつて願いだったものが形を成したのがこの身の全てなのだから、どれだけ遠く離れていようとあの人の死がわかるのは当然の事だった。 「嘘……泣いてる?」  いつもなら誇らしくて堪らない人集り。それを酷く煩わしく感じながら、絵画の少女は額縁の内で泣き崩れた。

心の在り処

 ほつれたクマのぬいぐるみを修理する。古い綿を取り出して洗って乾かして、その間もクマはにこにこしている。最後に新しい綿を詰める時、思い付きで胸にハート型のマスコットを入れた。心を持ってるぬいぐるみだ。全てが終わるとそれまでずっと笑っていたクマは胸を押さえてほろほろと泣き出してしまった。 「どうしたの?」 「嬉しくて。なのに、涙が出るの」  ああ、余計な事したな。ごめんねと囁いて、小さな私の友達を抱きしめる。

手のひらの犬

 胡桃の中には犬が入っていた。硬い殻を割ると中にはクッションが詰めてあり、そこで小さな犬が眠っている。驚いて近所の動物病院に駆け込むと、 「胡桃犬ですね。妖精の一種ですよ、犬が好きな人がよく見つけます」  確かに小型犬を飼った事はあるがここまで小さな犬は初めてだ。ちゃんと世話が出来るだろうか。悩む私に先生が言った。 「また犬と暮らしたいと思っていませんでしたか? 胡桃犬は、そう願う人の所にしか来ないんですよ」

腐れ縁

「漸く道がわかったぞ!」  そう言って奴が消息を絶ったのが半年前だ。訳のわからぬ事を叫んで矢玉のように飛び出して行っては厄介事を引き連れて戻ってくる厄災の権化の事など気を揉むだけ無駄というものだが今回は些か長い気がする。などと余計な事を考えていたら奴から手紙が来てしまった。平穏を愛する私は勿論すぐに暖炉へ投げ込んだのだが、 「ふふ、我が友よ。貴様ならそうすると思ったぞ!」  火の中から現れた奴の幻影に頭を抱える。

君を待つ

「起きたらまた遊んであげるからね。泣かないで待ってるんだよ」  精一杯の強がりを言って君は深い眠りについた。くるくる吐き出した糸にすっかり包まれ繭が完成する直前に中からもう一言、 「おれのこと忘れないでね」  縋るような掠れ声。忘れるもんかと子供の僕は怒鳴ったけれど羽化に三百年もかかるなんて知らなかった。 「待っているよ」  僕が死んでも、孫の孫のそのまた孫が。すっかり皺だらけになった手で、そっと君の繭を撫でる。