日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

イタリアの恋人

窓の外を見ながら、 「ねえ、何にするの?」 言ってはみたけれど、言葉の先に友人の姿はなかった。 「んー。ああ、あそこに書いてあるカフェ・コレットって、あれ、なんだろうねえ」 「あ、ごめんなさい。さっきまで友人が」 「うん、そのようだね」 「あ、ちなみに、エスプレッソにお酒が少し入ってるものです」 見ず知らずの男性とこんなにスマートに話をしてるなんて、自分でも驚いている。 「お酒?」 「ええ、グラッパとか、ブランデーのこともあるみたいですけど」 「ああ、カフェ・コレット?」 「ええ、カフェ・コレット」 「うん、知ってる」 「え」 私の驚きを見た男性の、にやりとした顔が、でも、少しも嫌味がなく、好感がもてるとさえ言ってもいい。 「カフェ・コレット。イタリアでは、昼間から飲まれたりするよねえ」 「ああ、ええ。そう… みたいですね」 「そう、みたい?」 「ええ。そうみたいです」 男性が窓の外を見て、つられて私も見た。視線を戻したとき、男性はすでに私を見ていた。 「行ったことないかな、イタリア」 「あ、ええ、まだ」 「そう。じゃあ、いつにしようか?」 「え?」 「イタリア」 「ごっめーん、電話してたー」 友人が帰ってきて、男性との会話はそこまでになった。 あと少しでイタリアに行く約束をしていたところだったのに。 遠く私の視線の先に、男性の背中が、やけに眩しい。

細いことは美しいという世界

「何このもやし?」    少女は、古い写真を見て言った。  令和と呼ばれた時代を生きた男女は、少女の価値観からすればあまりにも細すぎた。   「この時代は、これが美しかったんだよ」    もやしという言葉に吹き出しつつ、たまたま隣にいた少年は少女に説明をした。   「どうして? 喧嘩したらすぐに死にそう」 「この時代は、全ての人間が食べ物に困らない時代だったから。食べることを我慢できる人間が、優れた人間って本能が育ってたんだよ」 「ふーん」    食べ物に困らない時代を想像できない少女は、納得したようなしていないような、複雑な顔で少年を見た。  ついでに、食事の時間が来たので、壁から生える管を腹に開いた穴に刺した。  管からは栄養が流れ込んできて、少女に現在必要な栄養が過不足なく少女の体内に供給された。   「じゃあ、今の私たちって、何が美しいと感じるの?」 「そうだなー。管の接続穴を作りやすい骨格をしてたら、美しいと感じるかも」 「あー、羽型骨格ね」 「そうそう」    少女は、栄養を入れ終えたので、管を少年へと渡す。  少年は受け取った管を自分の腹の穴に刺し、栄養を摂取していく。    少女は、じっと少年の腹と管のつなぎ目を見て、少し上のあたりを叩いた。   「……何?」 「私は、この骨格好きだよ? とっても管が刺しやすそうで」 「それはありがとう」

声で書く

 最近のパソコンは音声で文章が書けるらしい。  早速試してみたものの、なかなかどうして正確な文章を書いてくれた。  読点も自動的に打ってくれて、これはタイピングが難しい人間にとってもパソコンが使いやすくなると感じた。    しかし肝心の音声入力の開始にはキーボード操作が必要であり、全くキーボード操作ができない人にとってはそもそも始めることにハードルがありそうだと気づいた。  鍵かっこを書く時も、書いた文章を校正する時も、なかなか難しい。  使ってみなくては分からないこともあるものだ。   「ああ、疲れた」    仕事の手を止め、コンビニに向かう。  今まで気にも留めていなかった点字ブロックや車椅子のスペースがいやに目立ち、本当に役に立っているのだろうかと、ぼくの頭をふとよぎった。

怖い話し

俺はホームレスだった。テントを持っていたので今晩テントを張る場所を探して歩いていた。初めての町、右も左もわからない。人気のない山の方へ、勘を頼りに進んだ。辺りはもう暗かった。けっこう田舎の方で、少し広い道路を外れればすぐに街灯なんて無くなる。ある住宅街の中を、川に沿ってずんずん進むと、気づいたら高速道路の側道をあるいていた。真っ暗な高架下をくぐり、暗い所を歩き慣れてる俺でさえ、チラチラ後ろを気にしながら歩く程、気持ちの悪い雰囲気が漂っていた。冬だったので虫も鳴かず、静寂の中、高速道路を走る車の音だけが鳴り響いては止み、鳴り響いては止みを繰り返す。「なんか変なとこ来ちゃったな、、、」なんて呟きながらもとりあえず進んだ。すると先の遠くの方でなにか白い光が見えて一瞬立ち止まった。光は動かない。きっと高速道路の街灯かなんかが何かに反射してるんだろうと判断してまた歩を進めた。その通りだった。俺は墓場に出たんだ。白い光は墓石に街灯が反射したものだった。「この墓場、なんだか気持ち悪いな、、」なんて思って通り過ぎようとした時だ。ある墓の前で俺は背中にゾワゾワっと冷や汗をかいた。その墓は誰かがよくお参りに来るのだろう、花も供え物も新しかった。なぜ冷や汗をかいたのかというと、見えはしないのだが、その墓の前に誰かが立っているような気配を感じたからだ。もちろん誰も立ってはいないのだが、俺の頭にはそこに人の形が浮かんでいた。俺に霊感なんてものはないと思う。でもね、いくら想像だとしても、顔まで浮かんでくることってあるだろうか。ハッキリはしないのだが、爺さんの顔だった。俺は持っているライトで墓石を照らした。別に読んではいないが、深く刻まれた誰かの名前がそこにあった。「まあ、俺もいつか死ぬからな、別に怖がることじゃないわ。幽霊がいるとしたら、俺だっていつかは幽霊になるんだから」、なんてことをあえて気丈に声に出して言った。これは俺が怖い時によくやる癖である。その時だった。大した迫力もなくて悪いが、その時の俺にとってはめちゃくちゃ怖いことが起きたんだ。俺は確かに見た。墓に供えてある立派な花な、ぴら、、、って、花びら一枚落ちたんだよ。俺が固まって、頭を整理しようと躍起になっているとまた一枚、ぴら、、、って、落ちたんだ。あ、これおるわ、、って確信した瞬間だった。こういう時、俺は叫んだり、走ったりするのは苦手だ。早歩きもダメ。本当はめちゃくちゃ怖いんだけど、さも平気なフリしてゆっくり歩き去る癖がある。その時もそうした。クルッと墓石に背を向けて、ゆっくり墓場を抜けた。頭の中にはさっきの爺さんの顔形がまだ浮かんでいる。そして、なんとなくだけど、背中についてきている気がした。早く灯りがあるところにでたいな、、なんて思っていると少しずつ足早になっていった。ようやく見つけた街灯の灯りのしたに、避難するかのように入りこんだ。その時にはもう、何かがついてきている感じも無かったのだが、その場所からさっきの墓場がまだ遠目に見えて、少し余裕もできたのでちらっとその墓場に目をやった。遠いし暗いしもちろん確実とは言えないが、俺は見た、さっき俺が立ってた墓石の前に、けっこう小柄な何かが立っているのを。しかもな、それ動いたんだよ。多分最初はこっちに背を向けてて、それからちらっとこっちを振り返るような動作に見えた。それを見た瞬間、俺はまた歩き出した。結局その日はテント泊はせず、街中まで出てネカフェに泊まったんだよね。小説とは言えないかもだが、これ実話です。

ミニストーリー

今日は、だいぶ遅くまで仕事。えらい疲れた。明日は休み。安アパートの一室に帰ったら、すぐ熱い湯を落として風呂に入ろう。 ちょっぴり贅沢に、炭酸が入ったシュワっとする入浴剤も。 入って一瞬 えふっ てなる。そうそう、この瞬間がね、たまんないんだよ。

大人の証明

「あっちゃん……それって……まさか!?」    とある小学校、体育前の教室中に、一人の男子の声が響く。  何事かと集まったその他の男子たちも同様に、驚きの声をあげる。  その視線の先では、あっちゃんと呼ばれた男子が、両手に腰を当てて、ドヤ顔をしている。    あっちゃんは、トランクスを履いていたのだ。   「ト、トランクスだと!?」   「マジかよ! 白ブリーフ卒業したのか!?」   「あ……あっちゃんが……大人に……」    白ブリーフを履く他の男子たちは、あっちゃんのトランクスを見つめながら。口々に感想を言う。  股間に集まる視線。  股間に集まる尊敬の眼差し。    あっちゃんはその日、教室のヒーローなった。          そして次の体育の時間。   「い、いずみくんもトランクスだ!?」   「うっちゃんもかよ!」   「え、えーすけ、お前まで……」   「おっくん……お前までそっち側に……」    トランクスが増えた。   「お前たちを、トランクス四天王に任命する!」   「「「「はっ!」」」」    トランクス四天王が誕生した。        その日以来、体育の時間が来るたびに、トランクスを履く男子は増えていった。  あっちゃんから一人始まったトランクス派は、次々勢力を増していき、あっという間に白ブリーフ派の数を逆転した。   「おい、お前まだ白ブリーフなのかよ」    そして、巨大な勢力は、時に差別を生み出す。  それは人類の歴史を紐解いても、当然の流れ、  少数派となった白ブリーフ派の男子たちは、時に嘲笑の対象となり、人目を忍んでこそこそと着替えるようになった。    だが、差別の手は緩まない。  カーテンに隠れて着替える男子から、差別の手が容赦なくカーテンを引きはがしにかかる。   「白ブリーフがいたぞおお!!」   「っせぇな! 白ブリーフの何が駄目なんだよ! 俺は気に入ってんだよ、白ブリーフ!」   「白ブリーフが怒ったぞー!」    白ブリーフ派は、ただ耐えた。  白ブリーフ派の男子も、もちろんトランクス派へと変わりたいのだ。  だが、そこには大きな壁がある。  国家の法律のごとき、大きな壁が。    家庭内ルールである。    家庭の絶対支配者である両親に懇願した結果。   「まだ履けるでしょ? もったいない」   「トランクスはまだ早い」   「よそはよそ、うちはうち」    絶対的支配者の一言によって、叩きつぶされたのだ。  こうなれば、たかが小学生に打つ手はない。  ただ支配と差別の下、慎ましく生きるしかないのだ。   「やーい」   「やめろよ!」    だが、トランクス派を作り上げたのがあっちゃんなら、その差別を止めたのもまた、あっちゃんだった。   「白ブリーフだからって悪く言うのは、俺が許さん! 色んな事情があるんだよ!」    教室はシンと静まり返った。   「……だよな」   「……うん」   「……ごめん」    そして、ちらほらと、謝罪が飛んだ。    あっちゃんは満足した顔で頷き、白ブリーフ派の方へと近寄る。  警戒する白ブリーフ派に、あっちゃんは優しく言った。   「トランクス……履きたいか?」   「え!?」    思いがけない言葉に、白ブリーフ派の男子たちは目を丸くする。  互いに顔を見合わせ。   「履き……たい……」    そう、絞り出した。   「そうか!」    あっちゃんは目を輝かせて立ち上がり、教室の男子たちに向かって叫ぶ。   「この中に、新品のトランクスが家にあるやつはいるか? あるなら一枚、こっそりと持ってきて、こいつらに渡してやって欲しい! こいつらだって、好きで白ブリーフを履いてるんじゃないんだ! 俺は、全員がトランクスを履ける自由があるべきだと思うんだ! 頼む! この通りだ!」    あっちゃんは頭を下げた。    その熱意に。  その夢に。   「おおおおおお!」   「俺持ってる! 次の体育の時に持ってくるぜ!」   「俺もだ!」    男子たちの心は一つになった。        そして、来るべき次の体育、の前の着替え時間。   「似合うじゃねえか」    すべての男子が、トランクスを履いた。  トランクスのみを身に着ける男子たちは、この日、男子から男になった。   「これで俺たちも、大人だああああ!」   「「「「おおおおお!!」」」」    教室中を走り回って、その功績を皆でたたえ合った。  教室を飛び出して、廊下で暴れ回った。  まるで、国を挙げて行う盛大なパレードのようだった。       「ぎゃああああああ」   「せんせー! 男子たちがー!!」   「変態ー!!」    パレードは続いた。  教師に止められるまでずっと。

ハッピーバレンタイン

 冷蔵庫の扉には、掲示板のように過去の自分からの伝言が貼られている。どれも同じ形をした長方形の方眼紙に、同じような形の細い字が並んでいる。寝起きで視点の定まらない目を細めながら、今日の自分への紙を探していると一枚だけ見覚えのない紙があった。  罫線のひかれたノートの端を小さく手で折ってちぎったような紙に「チョコレートあるよ」と罫線を無視した歪んだ文字で書かれていた。その文字に見覚えはあった。しかし、誰の文字かは全く思い出せない。  その紙を貼ったまま、冷蔵庫を開けるとチルドケースの上の段に透明の袋でまとめられたチョコレートが目に入った。一粒一粒が赤や青、緑色の紙で包装されている。それは自分が学生時代に好きだったメーカーのチョコレートだ。冷蔵庫の冷気を浴びながら、口の中はなめらかなチョコレートの味を思い出す。  冷蔵庫を閉じ、玄関の鍵を見た。チェーンもかかっている。  もう一度、冷蔵庫に貼られた文字を見る。  差出人の分からないチョコレートを捨てる気にはなれなかった。

店主の秘密

 そのタコ焼き屋の店主の親爺には、カミさんの他に、愛人がいた。正確には、それは愛人ではなく、愛タコだった。何匹も愛タコがいた。この親爺はタコたらしだった。とにかくタコにモテた。水族館に、海鮮料理屋の生け簀に、そしてもちろんあらゆる海に、愛タコがいた。そしてこの親爺の恐ろしいのは、そうして囲った愛タコたちを、次々と殺して、店のタコ焼きの具にしてしまうことだ。殺タコはあらゆる場所で行われた。ある愛タコは、親爺に三本目の脚を愛撫されながら、包丁で刺し殺された。ある愛タコは、ドライブで訪れた明け方の海で、絞め殺された。ある愛タコは、耳元で愛の言葉をささやかれながら、沸騰している熱湯にぶち込まれた。そうして死んだ親爺の愛タコたちは、切り刻まれ、タコ焼きの具に姿を変えていった。親爺はそのことに快感を感じていた。異常者だったのだ。親爺のカミさんは、愛タコの存在を知らなかった。ただの平凡な、多少仕事熱心なタコ焼き屋の店主だと思っていた。しかし、そんなカミさんも、夫に関して、一点だけ、不審な点があることに気づいていた。この親爺は、いつもポケットに一枚の写真を忍ばせていた。そして時々それを取り出して眺め、ため息をついているのだった。カミさんが以前、そっと写真を覗き見ると、そこには、一匹のイカが写っていた。

フクロウとカラス

 フクロウとカラスは天敵らしい。 最近ではフクロウの個体数が減ってしまって都会ではカラスの鳴き声しか聞こえない。 キリスト教ではカラスはノアの箱舟から最初に放たれた動物であるらしい。 またフクロウは古代ギリシャでは知恵、理性の象徴であるらしい。 カラスはノアの箱舟から放たれて帰ってこなかったらしいが不浄の世界の死肉を食べるという役割を与えられていたらしい。 お腹いっぱいに死肉を食べすぎて太って飛べなくなったのかしら? ネットでカラス、フクロウ、ハトをキリスト教的視点で考察するとかなり深い論点になると書かれていた。 ハトまで登場してまるで聖書を基にした鳥獣戯画図のようだ。 しかし僕は動物に例えるとピンクのカエルなのでカラスやフクロウに食べられてしまう。 昔埼玉に行ったときにあなたはカエルちゃんだから、と言われたのが今になって謎が解けた。 明日もフクロウ、カラスに食べられないように土の中で冬眠してよう。 べんべん。

大切に育てた万能薬の花

「これは、人類を救う万能薬になり得ます!」    種を見つけた科学者たちは大騒ぎ。  医者も政治家も巻き込んで、種を開花させる一大プロジェクトを開始した。    専用の部屋を作って、必要な物を運び込む。  綺麗な空気。  綺麗な土。  部屋に入れる人間は最小限。    種にストレスを与えないように、大切に大切に育てられた。  種はすくすくと育っていき、ついに開花した。  後は花びらを使って万能薬を作るだけ。    科学者は、いそいそと花を部屋の外へと持って出た。  その瞬間、花は枯れた。  大切に育てすぎたのだろう。  部屋の外のストレスに耐えきれなかったのだ。    科学者も医者も政治家もがっくりと落ち込んで、すっかり老け込んでしまった。

リセット (掌編詩小説)

身の回りにあるもの、全てから逃げたかった 何も考えなくて良い悠久を求めていた 書き埋まったカレンダーをこの手で掻きむしりたかった 今日もただ時間だけが過ぎていく 当たり前のように1日を過ごす人の傍らで、1日というものに呑み込まれる私 どう比喩表現で誤魔化しても 濾しきらなかったクズが頭を霧のようにして 身を封じ込める どうリセットしても巻き返される事象 『結局は進むしかない』でも、進み方を見失った 残った欲望をかき集めて何を買おうかな そうだ。 あの自動販売機のジュースでも呑んで落ち着こうかな (完)

戸を引く もう少しだけと網戸を引いた 寒いと冴えて 暖かいと眠くなる 一人とはそういうものか。

萌木色 (掌編詩小説)

萌木色を観せて なんだか暖かく想う 包み込むような 飲み込むような 萌木色を手に乗せて 力加減がわからなくなる程の尊さ 耳に風走っていく心地良さ 視界に溶け込む存在感に、美しさを想う 萌木色 春の芽が咲く時 人恋しくなる時 抱き寄せて 包み合う (完)

名の残らぬ票

その議員は、演壇に立つときだけ大きな声を出した。 それ以外の時間、彼は驚くほど寡黙で、秘書に対しても、家族に対しても、必要以上の言葉を使わなかった。言葉とは、使いすぎれば軽くなるものだと、彼は若い頃に学んでいた。 国会の建物は、昼と夜でまるで別の顔を持つ。 昼は理想と正義が行き交い、夜は計算と沈黙が支配する。彼はその両方を、同じ一人の人間として通過しなければならなかった。 「先生、これは通すべき案件です」 秘書が差し出した書類に、彼はすぐには目を落とさなかった。 通すべきか否か、その判断が誰の利益を守り、誰を切り捨てるのか――彼にはすでに分かっていた。分かっているからこそ、署名という行為が重い。 地方の選挙区には、まだ雪が残っている。 かつて彼が歩いた田畑、学校、病院。そこで交わした握手の温度が、今も指先に残っている気がした。議員とは、数字ではなく顔を背負う職業だと、彼は信じていた。 夜、官舎の窓から月を見上げる。 月は公平だった。与党にも野党にも、支持者にも反対者にも、同じ光を落とす。その無差別さに、彼は救われる思いがした。 ――正しいことは、いつも孤独だ。 若い頃、理想を語った同僚の多くは、いつの間にか沈黙するか、饒舌になるかのどちらかになった。彼自身も例外ではない。ただ、沈黙の中で何を考えているか、それだけが違いだった。 翌日、彼は演壇に立った。 声は落ち着いており、言葉は簡潔だった。拍手はまばらだったが、それでよかった。喝采は、必ずしも正しさの証明にはならない。 採決の瞬間、彼は一瞬だけ目を閉じた。 森の中で見た一本の木を思い出した。誰にも見られず、誰にも評価されず、それでも根を張り、風を受け止めていた木を。 彼は賛成のボタンを押した。 それが正解かどうかは、歴史が決める。だが、その判断を下した責任だけは、確実に彼のものだった。 議員とは、英雄ではない。 ただ、誰かが背負わなければならない重さを、職業として引き受ける存在なのだ――彼はそう理解していた。 その夜、月は静かに、議事堂を照らしていた。

整形大国ニッポン

「美しさ」が唯一の生存条件となった日本。痩せ細った肢体と人工的な美貌を持たぬ者は、社会から排除され、スラムへと追いやられる。それがこの国の「常識」だった。 警察庁長官官房、中村透。190センチの長身に、彫刻のごとき端正な顔。黒髪を短く刈り上げたその姿は「最高級の整形」と羨望を集めるが、彼はその言葉に吐き気を催していた。「整形だと思ってろ」――それが、天然の美しさを呪う彼の口癖だった。 ある夜、透は身分を隠し、未整形者が集まる居住区へと潜入した。そこで目にしたのは、家畜以下の扱いを受ける人々、そして、赤ん坊の顔を自らの手で揉みしだき「高く、細くなれ」と泣き叫ぶ母親の狂気だった。 絶望が支配するその場所で、透は「ユイ」に出会う。 彼女の右顔面は惨い火傷のケロイドで覆われ、目は癒着して閉ざされていた。だが、彼女は慈母のような微笑みで、飢えた子供たちに食糧を分け与えていた。「皮を一枚剥げば、みんな同じ赤色の肉だよ」と笑う彼女の精神は、虚飾に満ちた都会の誰よりも美しかった。 透はユイに惹かれ、彼女を守ることを誓う。しかし、彼女の「仕事」は深夜の強制労働だけではなかった。居住区の食糧を稼ぐため、彼女は上層部の男たちの悦楽のためにその身を捧げていたのだ。蹂躙され、ボロボロになりながらも、ユイは愛おしそうに自身の下腹部を撫でた。 「この子を守るためなら、なんだってできる」 彼女が宿していたのは、誰の子かも分からぬ「天然」の命。支配層が裏で欲する、無修正の生命力そのものだった。透は警察内の「天然」の仲間を集め、体制への反逆を開始する。美の祭典で重鎮たちの醜聞を暴露し、偽りの帝国を崩壊させた。 しかし、運命はあまりに冷酷だった。 ユイが命がけで産んだ赤ん坊は、生後二週間でこの世を去った。そして、特権を奪われ憎悪に狂った残党たちがユイを拉致する。 透が彼女を見つけたとき、そこには「人間の形」は残っていなかった。 喉は焼かれ、四肢は断たれ、歯は抜かれ、目も潰されていた。かつて命を宿した下腹部は無惨に切り裂かれ、内臓が溢れ落ちていた。 白い病室で、肉の塊となったユイを前に、透は自らの「美」を捨てた。果物ナイフで自慢の顔をズタズタに切り裂き、彼女と同じ地獄へと身を投じたのだ。 「……もう、終わりにしよう」 透はユイを抱き上げ、かつて二人で朝日を見た断崖へと向かった。 光も音も奪われ、死を待つだけのユイだったが、透の腕の中で最後の手応えを見せた。手足のない体を捩り、透の胸の鼓動を確かめるように、ぴったりと身を寄せたのだ。 二人の影は重なり合ったまま、暗紺色の海へと吸い込まれていった。 後日、日本から「容姿による差別」は消え去った。人々は自分の顔で笑い、自分の足で歩き始めた。海辺の断崖には、名前のない石碑が二つ寄り添うように立っている。 「美しすぎる世界」は死に、そこには醜くも愛おしい「人間」の国が、ただ静かに広がっていた。

Yちゃんチャット

若者の間で密かに囁かれる都市伝説「Yちゃんチャット」。公式サイトも実体もないその場所に「誰にも言えない悩み」を書き込み、運良く返信が届けば、悩みは物理的に解決されるという。 ある若者の投稿がその噂を決定づけた。「性的暴力を振るっていた叔父を相談したら、一週間後に叔父が顔面蒼白で自殺した」。この投稿を機に、Yちゃんは法の手が届かない弱者にとっての「神」となった。 侵食される日常 警察庁で働いている荒井茂雄は、この噂を徹底的に否定していた。「怪異など存在しない。ただのサイバーテロだ」。しかし、彼がチャットに挑発的なメッセージを送り、自身の「闇」を言い当てられた瞬間、世界は一変した。 荒井の前に現れた「Yちゃん」は、怪物の類ではなく、どこにでもいるような普通の女性の姿をしていた。彼女は人の絶望を喰らう怪異であり、荒井の抱える過去の罪悪感に興味を持ち、彼の「窓」として日常に居座るようになる。 やがて二人は、歪な共生関係を築いていく。 荒井は彼女を「掃除屋」として利用し、法で裁けぬ悪を次々と消し去っていった。虐待される子供、いじめに苦しむ少年――Yちゃんの影が這い、加害者の心を空っぽにするたび、荒井は自分の正義が「法」ではなく「深淵」に依拠していることを自覚していく。 二人は休日、代官山のカフェで「デート」を楽しんだ。荒井は彼女の体が冷たすぎると文句を言い、彼女は周囲の人間の絶望を間食にしながら微笑んだ。そこに恋情はなく、ただ絶対的な孤独を共有する二人だけの時間が流れていた。 転機は荒井の「結婚」だった。両親に勧められた聡明な女性・恵と結ばれた荒井に、Yちゃんは「お幸せに」と告げ、姿を消した。荒井は普通の幸せを手に入れたはずだった。 しかし、現実は残酷だった。妻・恵は荒井の財産と保険金を目当てに、Yちゃんチャットへ「夫を殺してほしい」と書き込んだのだ。再会したYちゃんからその真実を突きつけられた荒井は、絶望のあまり崩壊し、自ら妻の「掃除」を依頼した。 荒井は国家規模の「大掃除」を開始した。政治家、利権、腐敗した官僚。Yちゃんという暴力を使い、彼は国を解体し始めた。しかし、その精神はもはや限界に達していた。 荒井が壊れていくのを見たYちゃんは、不満げに言った。「つまらないわ」彼女は荒井の壊れた心を救うため、彼の記憶をすべて「楽しい記憶」にすり替えた。 妻に裏切られたことも、人を殺めたことも。すべては「愛する妻との幸せな生活」と「輝かしい警察官としての功績」に上書きされた。 今、荒井は世界で一番幸せな男として笑っている。 彼の目には見えないが、隣には常に「彼女」が寄り添っている。彼が口にする料理も、家に帰れば待っている妻も、すべてはYちゃんが見せる甘い幻影に過ぎない。 荒井は、怪異が作った完璧な「ハッピーエンド」という名の檻の中で、今日も元気にハッピーに、平和な世界を信じて生きている。

太鼓持ち遺伝子

 思えばここ数年太鼓持ちの仕事ばかり手伝っている。 昔従兄弟の親父さんに「お前の親父のようなチンドン屋に負けるかい!」と啖呵を切られたことを思い出す。 親父もチンドン屋。 おふくろのおばさんに「あなたお父さんにそっくりなのよ~。」と皮肉たっぷりに言われたことも思い出した。 まあいいや。 なんの因果かそれでお小遣い稼げてた時期もあったしな。 あとなぜか太鼓持ちは権力者に重宝される。 僕が生かされてるのも何かそこらへんに理由があるのかもしれない、という妄想。 ドラムでもやろうかしら。

マトリョーシカ (掌編詩小説)

自分のことを知ろうとすると、歯止めが効かなくなる 自己診断をひたすらしても、本当の自分というものを探したくなる 自分を肯定する事柄でも、なんだか不安になる この世界は、自分だけが違うように感じる 皆んな、高機能なゼンマイ仕掛けの人形のように感じることがある 感情の動き、言動の俊敏さが他人よりワンテンポ遅れる感覚を感じる 私がどれだけ成長しようとも 思考の本質的な特徴は、変わらなかった マトリョーシカのように表面積が大きくなるにつれて 違和感を感じることが多くなってきた 不安が突発的に違和感を感じさせるというより 心の中に滲み込んでくるような感覚 特性と呼ぶべきか 個性と呼ぶべきか 生きにくくても、私は今日を生きている (完)

空腹とお金の使い所

あー…お腹が空きすぎて死ぬわ。 夕方5時、駅前にて。ちょうどお腹が本格的に空き始めるお時間です。 お昼ご飯はしっかり食べたはずなのにどうにもこうにも腹は減る。 フラフラになりながら私はコンビニへ入る。おにぎりコーナーの前でブラブラしながら何度かエビマヨおにぎりに手が伸びる。 いやでも私ダイエットしようって誓ったばっかりだしなぁ。それに無駄遣いもやめようって誓ったばっかりだしなぁ。 ここでグッと我慢することで、自分の中で1歩大人の階段を登れるのではなかろうて。 そう思い直しておにぎりコーナーを通り過ぎる。なのに何故かそのままアイスコーナーに向かう。あージャイアントコーン美味しいんだよなぁ。このなんかクッキー生地っぽいアイスも美味しいんだよなぁ。いやでも私ダイエット以下略。 もだもだ悩んでいると、すぐ近くに人の気配が。ガラスケースから顔を上げると学校帰りらしき高校生たちがいた。あー…この位置だと私邪魔かな。そろそろと離れようとした時、高校生たちの会話が聞こえてきた。 「どうしよー買おっかなー…でも揚げ物も食べたいんだよなー」 「何でもいいんじゃない?このまま家まで空腹で帰るってのもありよ」 「えーそれだとコンビニ来た意味無くない?」 「いやーお金はここぞって時に使うもんだから、唐揚げよりアイスより使い道があるモノがあるかもよ」 その言葉を聞いて、私はハッとなった。 そうか、そうだよね!お金の使い方ってのはそうだよね!ここぞって時にこれだ!ってモノに使うものだよね! 私はそのままコンビニの外へ飛び出した。 そのまま道をたったたったと走る。コンビニにいた時の悩みのモヤはすっかり晴れていた。 そうだ!そうだよ!今の私に必要なのは、おにぎりでもアイスでも唐揚げでも無い!私たちの戦いはこれからだ! はっはっはっはと心の中で笑いながら、私はラーメン屋のドアをガララと開けた。

 その絵の前では時間は存在しなかった。そこには過去も未来も同時に存在していた。  人間は毎秒死んでは生まれ変わるのだ。過去の自分に戻れないように、過去の人に出会うこともできない。毎日毎日、毎秒毎秒、同じ人間などいない。  毎夜、その絵の前に立つ自分は、いつの自分なのだろう。

イベリスの約束

カタン、カタン……。 悠斗は、都会の喧騒を遠く感じながら、窓の外に流れる見慣れた景色を見ていた。新幹線は、彼を故郷へと運んでいる。目的は、母校の小学校の閉校式。ニュースでその事実を知った時、デザイン事務所のデスクで手が止まった。あの場所がなくなる。その事実は、心の奥底にしまい込んでいた古い記憶の蓋をこじ開けた。 記憶の中にはいつも、葵の姿があった。 小学校六年生の春、悠斗は図書委員をしていた。内気で本ばかり読んでいる彼にとって、図書室は唯一の安息の地だった。そんな図書室に、クラスで一番人気者の葵が頻繁に来るようになったのは、偶然ではなかったはずだ。 「ねえ、悠斗くん。この本、貸して」 窓から差し込む午後の光を背に、彼女が笑うたび、悠斗の心臓は奇妙な音を立てた。図書室の窓辺には、いつも小さなイベリスの花が飾られていた。花言葉は「初恋の思い出」。当時はそんなことも知らなかったが、その白い花を見るたび、葵の笑顔が重なった。 ある日、勇気を出して葵を誘った。廃校が決まっていた古い校舎の裏にある、小さな丘の上。そこからは町全体が見渡せた。 「あのね、葵ちゃん」 精一杯の勇気を振り絞ったが、言葉は喉の奥に詰まった。夕日が二人の影を長く伸ばす。結局、何も言えずにただ並んで町を眺めていた。その時、葵がぽつりとつぶやいた。「私、東京の学校に行っても、悠斗くんのこと忘れないよ」。彼女は転校が決まっていたのだ。 悠斗は驚いた。聞かされていなかった。 「……そっか」 それが、彼が言えた精一杯の言葉だった。別れの日、彼は小さな鉢植えのイベリスを彼女に手渡した。「元気でね」。それだけ。結局、最後まで「好き」とは言えなかった。 新幹線が駅に滑り込む。降り立った故郷の空気は、東京とは違う、少し冷たくて懐かしい匂いがした。閉校式には多くの卒業生が集まっていた。ざわめきの中、一際目立つ女性の姿に、悠斗は思わず息をのむ。 葵だった。当時と変わらない、明るい笑顔。 「悠斗くん!」 彼女が駆け寄ってくる。ぎこちなく挨拶を交わす二人。思い出話に花が咲き、自然と足はかつての教室へと向かった。埃っぽい教室は、あの頃より少し狭く感じた。窓の外には、あの丘が見える。 「懐かしいね」と葵が笑う。 その時、棚の隅に、古い交換日記を見つけた。表紙には、見覚えのある二人の名前。パラパラとページをめくる。そこには、内気な悠斗が知らなかった、葵の素直な気持ちが綴られていた。 「今日は悠斗くんと丘に行った。何も話せなかったけど、一緒にいられて嬉しかった。本当は、悠斗くんのこと……」 日記を閉じる。悠斗は知らなかった。自分が伝えられなかった言葉と同じくらい、彼女もまた言葉を探していたことを。 「あの時、悠斗くんが勇気を出してくれてたら、今とは違った未来があったのかな」 葵の声が震えているように聞こえた。悠斗は言葉を失う。喉の奥が熱くなる。今なら言えるかもしれない。しかし、時間はもう二十年近く経っている。お互い、違う人生を歩んできた。 「そうだね」 結局、悠斗はそれしか言えなかった。 閉校式が終わり、二人は校門で別れた。東京に戻った悠斗は、新しい朝を迎える。デスクには、小さな鉢植えのイベリス。彼は過去の自分を少しだけ笑い、そして許した。あのほろ苦い思い出は、終わった恋ではなく、今の自分を形作る大切な「初恋の思い出」になったのだ。 ○作者から○ またお久です、 次回もどうなるのかわかりません(色々) では、また、、

ミニストーリー

スマホを置いて旅行。手にはフィルムカメラを。不便さを楽しむ。聞こえはいいけれど、単にそれが好きだから… 嫌なことがあったら、あえて一駅、歩いて帰る。自分を保つためのマイルール。ふふ。そんなんじゃない。したいからそうしてる。ただただそれだけ。

瞳の宇宙

太陽系第三惑星 地球 そこに住む一人の男の瞳には、 小さな宇宙があった。 その宇宙の名は ”瞳の宇宙” 瞳の宇宙には小さな人が住み、文明があった。 それも人間より高度な。 瞳の宇宙には一人の男が住んでいた。 そしてその男の瞳にも別の瞳の宇宙があった。 その瞳の宇宙にもやはり文明があり、人が住んでいた。 それぞれの人がそれぞれの世界で幸せに暮らしていた。 そんなある日。 瞳の宇宙が水で満たされた。 瞳の宇宙に住む男は溺れ、最期の力を振り絞って泣いた。 その瞬間 もう一つの瞳の宇宙が水で満たされた。 男は悟った。 これが ”涙” なのだと。 一方、地球も世界規模の洪水に飲まれていた。 男は泣いていた。 そして気がついた。 この世界も 誰かの瞳なのだと。

何かが

実線から破線になるように。 斜めの直線が、階段状の線になるように。 滑らかな時の移ろいは、いつしか0と1の刻みへと変貌した。 世の中はそれで全てが回っている。 何も不便さを感じることもなく、私達はいま現在を生きている。 そのはずだ。 ただ、そこには何かが抜け落ちている。それは決定的なまでに。 美しさと恐ろしさが同時に存在する世界。 何かが失われたこの世界で、私達は生きていく。

モブの人生

誰しも得意・不得意があり、それを活かして生きている。 物語の主人公は常に自分であり、その物語の題材は運命とやらで決まるらしい。 漫画の題材になるような奇天烈な人生を送る主人公。誰しもが憧れる恋愛物語を送る主人公。誰しもが同情する不遇の人生を送る主人公。 そしてその主人公達にとって、切っても切れない関係を築いた相手には名が与えられ、そのポジションを確立していく。 _____さて、主人公達の視界にも入らず、名前は省略され、漫画であれば顔までも省略される存在。主人公達の後ろで「ガヤガヤ」している野次馬や、主人公とのすれ違い様に「えー?」「うそー」といった当たり障りのない音を発するだけの存在。それがモブである。 僕は圧倒的にモブに分類される。 望んでそうなったわけではない。 中学1年生では友達という者も居て、バカ話をしたり昼休みにはドッジボールをして凄く楽しかったと記憶している。 しかし、中学2年生になった4月のクラス替えで何故か僕だけ友達と違うクラスになり1人になった。 新クラスメイトは1年の時から仲の良かった人達がそのまま上がってきたようで「新しい友達を作ろう」というムーヴは起きなかった。 気がついたら僕は1人で過ごしており、気がついたら修学旅行も受験も終わって無難な高校に入学をしていた。 小説や漫画ではモブから主人公に昇格する人生もある。 突然異世界に飛ばされて世界を救うヒーローになったり、突然学校1の人気者と接点が出来て人生が豊かになるストーリーも王道だ。 僕はそれを密かに期待していた。 期待をしすぎて、多分不審者になっていた。 話しかけられれば「ついに僕にも」と期待をしすぎて挙動が不審になり、せっかく話しかけてくれた相手の顔が引き攣っている事も日常茶飯事だ。 そこで失敗したと気がつくのだが、学習能力とやらはどこかに捨ててきたらしい。 ここまで自分語りをつらつらとしてしまったが、 特に何も生まれない。 人生とは自ら行動を起こした者のみ豊かになるのだろう。 僕は常に待っていた。世界が僕に気がついてくれるのを。 待っているだけではダメだと気がついた頃には高校生活も終わりになっていた。 僕は典型的なモブで、特に何の特技もなく、小説みたいに奇天烈な事も起こらなかった。誰にも覚えて貰えていないが僕自身が僕のことを忘れないように、大事にしようと思う。 この何も起こらない物語にお付き合いいただきましてありがとうございました。

自分の幸せ、相手の幸せ

俺の名前はこうた34歳の男だ。  この34年間何をしてきたのか、なにを生きがいにして生きてきたのかが、いまいちよく分からない。  周りを見てみると、仕事を楽しくしている人や、苦労している人、趣味を楽しんでいる人、様々だ。  自分には特に楽しみがあるわけでもなく、苦労している訳でもない。でも何故か周りをみると自分と比べてしまって全ての人が幸せそうに見える。 なんでだろう。  気になって母に聞いてみた。「母さんはなんか楽しい事とか趣味とかあるの?」 母は、「んー、一番嬉しかった事はあるよ。出産してからこうたが34年間無事でいる事」  100%の回答だ。 ふと思った。自分は母の幸せになっているんだなと。 すると途端に体が熱くなってきた。  すぐお風呂に入ってまた考えた。「自分が誰かの幸せになっているのか」  色々と考えていたら1時間くらい時間が経ってしまっていた。普段は20分で済ませるのに、考えていると時間が経つのが早いものだ。  顔を真っ赤にしてリビングに戻ると、母がアサヒスーパードライを持ってきた。「これ!冷えてるから飲みな!」普段は発泡酒ばかり飲んでいるので嬉しかった。銀色の缶に水滴が付いていてめちゃくちゃうまそう。  早速プシュっと開けて飲んだ。すると飲んだ途端に頭から足先まで染み渡る爽快感。思わず声が出た。 「うんめぇーー!幸せだ!」五臓六腑に染み渡るとはまさにこの事だと実感した。  その時、「これが幸せって事だ!」一瞬頭に何かが走った。自分が誰かの幸せに、誰かが自分の幸せになっているんだ!また考えていたら時間が経っていてビールが無くなっていた。  母に聞いた。「アサヒってまだある?」すると母は「あるよ!これ!」おかわりを貰ってしまった。母は何かを分かっているかのようにこう言った。 「あなたの幸せはアサヒスーパードライね」 確かに間違いないと思った。今の幸せはこのビールを飲む事だった。自分の幸せを見つけられた事が幸せだった。  この日を忘れる事はないでしょう。  皆様も飲み過ぎにはご注意ください。  お酒は二十歳を過ぎてから飲む事!私からのお願いです。    

 窓の外の夜空を見上げる。晴れている。けれど、月だけだ。星がない。僕は病室に入り、ベッドで寝ていたお父さんにささやく。「星がないよ」お父さんは目を覚まし、スマホを取り出して、例の組織に電話をかける。「星がないそうだ」すぐに飛行機が飛んでくる。組織の飛行機だ。翼がナイフになっている飛行機だ。そのナイフが夜空を裂く。裂けたところからザラザラと星がこぼれ出てくる。あっという間に夜空が星まみれになる。僕は満足しながら、自分の手首の傷を撫でる。お父さんは既に眠っている。

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

久し振りな外出

某日急遽退っ引き為らぬ事情で3丁目へ避難 した歳の性か御迎えが近いのだろう脚腰弱く 為り移動手段はタクシー選択久し振り誰かと 会話した第一印象正直余り良い印象じゃ無く おばさん根性丸出し状態に近頃の○○と言う 感じだったが何かの切っ掛けでその運転主の 若人と話が合い私は嬉しく為り好奇心で色々 彼に質問した天気の話、選挙の云々一番話が 盛り上ったのはスマホの話おばさん年甲斐も 無くスマホ大好きYouTube大好きTikTokや SNSも大好き残念ながら使い熟せ無いが多分 其れ為りに楽しんでる拡散とかDM等今一意味 分かって無いがダイレクトメールとは何ぞや 元気に働いてた頃今時の事は全部若い子達へ 作業の合間に会話の中へ織り交ぜ質問したり コミュしたから理解出来たし若い子達と会話 する術的効果や作業効率にも繋がったかもと 自覚してる勿論要因は私じゃ無く若い子達の 能力の向上と中年に対して変な差別的垣根が 取れたか敢えてそうしたか分からないが一応 あの当時上手く交流出来た様な気持ちは有る 普通に楽しかったし有能な者と有意義な時を 共有する事で何故か自分迄出来る者的自信が 湧いた事は若人達へ感謝したいおばさん無知 だけど働く事は好きだった給料激安でも色々 人生の勉強に為ったし己の愚かさ不甲斐無さ 知る事で閉じた扉をknockして馬鹿な壁突破 出来る様な気がしたあの頃景色は夜空に光る 無数の星だったthedream当時の希望でした

人間氷河期

「落としましたよ」    目の前を歩いていた人がハンカチを落としたので、拾って声をかけた。  その人は立ち止まって私を見て、無言でハンカチをとって、立ち去って言った。    別に感謝されたかったわけじゃない。  でも、一言お礼があってもいいんじゃないかと思ってしまった私は、心が狭いのだろうか。    コスパタイパを叫びながら人間の温かみを忘れた現代人を見ると、まるで心の氷河期の様だと思ってしまった。

雪の降る日に

夏の夜は 人が ざわつく かえるや虫の声で 静かに思えるが さわがしい 遠くを走る車が 負けずに参加してくることも 夏の夜も それはそれで さみしい けど まだ 我慢できる 暑い は さみしさを感じない のかもしれない 寒い は さみしい 寒い冬の夜 さみしさに 我慢できない 幼い子のように 泣いてしまう さみしさに こらえきれない 死ぬんなら 寒い冬かな 雪の降る日では ないだろう 雪の白は 寒い冬に いくらかのしあわせを もたらす 死ぬには ふさわしく ない

N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

緋色の待ち合わせ

潜入捜査官、柴田透は、感情を殺すことの専門家だった。暴力組織「鴉」に潜り込んで二年。彼は自らの名を捨て、過去を捨て、ただ闇に溶ける「石」として生きてきた。 だが、その石のような心が、一瞬で粉々に砕け散る日が来た。 組織が「ネズミ」を始末したという地下室。冷たいコンクリートの床に、それは転がっていた。 かつて生物だった名残は、湿った闇の中で虫たちに食い荒らされ、無残な腐敗臭を放っている。顔の判別など、もはや不可能だった。 しかし、柴田の心臓は激しく、そして絶望的に脈打った。 泥と体液に汚れながらも、その骸が纏っているのは、鮮やかな緋色のニットだった。 「……あ」 声にならない呻きが漏れそうになり、柴田は咄嗟に奥歯を噛み締めた。 山内結。 かつて柴田が「仕事」のために自ら冷酷に突き放した女性。 背後から、仲間の構成員が笑いながら肩を叩く。 「街でぼんやり歩いてるのが可愛かったから、さらってきたんだ。こいつ、連れてきた時もずっと『大切な人と待ち合わせがあるから帰して』なんて泣き言を抜かしやがって。結局、その男は最後まで来なかったんだぜ。救えねえよな」 柴田は拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、血が滲む。 あの日だ。 潜入任務の機密保持のため、彼は結からの連絡をすべて無視した。約束の場所へ、彼は行かなかった。冷たくすれば彼女は自分を諦め、安全な場所へ行ってくれると信じていた。 だが、結は違った。彼女は、自分を捨てたはずの男を、死の淵まで待ち続けていたのだ。 組織を壊滅させた後、柴田は証拠品のタブレットの中に、一本の動画を見つけた。 それは結の最期を記録した、地獄のような映像だった。 暗い部屋で、緋色のニットを着た結が座り込まされている。カメラを回す男が「待ち合わせの相手に遺言でも残せ」と嘲笑う。 結は腫れ上がった瞼を上げ、レンズを見つめた。まるで、その向こう側に柴田がいることを確信しているかのように。 『透さん……。今日、会いたかったな』 掠れた声。けれど、それは柴田が知っている、あの穏やかな結の声だった。 『約束、守れなくてごめんなさい。好きだよ、透さん。……私を見つけてくれて、ありがとう』 乾いた銃声。画面が暗転する。 柴田は一人、無人の事務室で慟哭した。 彼女は知っていた。柴田の沈黙の意味を。彼が孤独な戦いの中にいることを。そして彼女は、自分を死に追いやった男を赦し、感謝して逝ったのだ。 「一度も……言えなかった……」 好きだという、たった四文字の言葉。 それを、自分はプロとしての矜持という名のエゴで封じ込め、彼女を孤独な絶望の中に置き去りにした。 柴田は警察を去った。 手元には、クリーニングを重ねて綺麗になった緋色のニットと、一度も渡せなかったペアリングだけが残された。彼はそれから数十年の時を、ただ「結が愛してくれた自分」を汚さないためだけに生きた。誰とも添い遂げず、誰にも心を許さず。 ただ、毎日、海辺の公園のベンチに座り、隣にいない彼女に語りかけた。 「結、今日はいい天気だ」 「結、もうすぐそっちへ行くよ」 かつての鋭い捜査官の面影はなくなり、髪は白くなり、背中は丸くなった。 冬の朝、柴田透は静かに息を引き取った。 枕元の緋色のニットを、痩せ細った手で強く握りしめたまま。 意識が消えゆく境界線で、潮騒の音が聞こえた。 目を開けると、そこはあの日の海辺の公園だった。 霧が晴れるように世界が光に満ち、柴田の身体から老いと痛みが消えていく。 視線の先に、海を見つめる背中があった。 緋色のニット。 陽光を浴びて、それはこの世のどんな宝石よりも美しく輝いている。 「……結」 震える声で呼ぶと、彼女はゆっくりと振り返った。 25歳のままの、一点の曇りもない笑顔。 「透さん、遅かったね」 結は、あの日と同じように少しだけいたずらっぽく笑った。 柴田は駆け出した。かつては任務のために、あるいは罪悪感のために、どうしても縮められなかった距離。今、ようやくその壁が消える。 彼は、彼女を力いっぱい抱きしめた。 実体のある温もり。日向のような、懐かしい結の匂い。 「ごめん……待たせたな。本当に、待たせた」 柴田の目から、数十年分の涙が溢れ出した。 結は、彼の背中にそっと手を回し、優しく撫でた。 「ううん。ちゃんと来てくれるって信じてたよ。だって、透さんが私のこと、一番好きだって知ってたから」 柴田は彼女の肩に顔を埋め、ようやく、一生分の想いを言葉に乗せた。 「愛してるよ、結。ずっと、愛してた」 「うん。私も、愛してる。」  二人は手を繋ぎ、光が溢れる波打ち際へと歩き出した。 この世のどんな闇も届かない場所で、二人の「待ち合わせ」は、ようやく永遠にたどり着いた。

現代シンデレラ

「なんて哀れな娘なんだい。哀れすぎて見ちゃあいられないよ」    魔女が杖を振ると、シンデレラの姿が変わっていきました。  三日に一回の銭湯通いできしんだ髪の毛は、トゥルントゥルンのキューティクルに。  うっすらと漂っていた体臭は、フローラルの香りに。  古着で揃えた染み付きシャツとよれよれのスカートは、ファッション雑誌さながらのシャツとスカートに。  オーエスのサポートが終わった型落ちスマホは、最新機種に。   「さあ、これで準備は整った。マッチングアプリを始めて、デートに行きなさい。婚活パーティに申し込んで、出会いを探しなさい」    シンデレラは自分の姿を見て、その変わりように驚きました。  そして、部屋に散らばった財布や化粧品を見た後、魔女を睨みつけました。   「ここまで変えてくれるんなら、財布にもっと沢山お金を入れてください。化粧品も高級ラインの物に変えてください。こんなんじゃ全然足りません」    感謝の言葉の一つでももらえるかと思っていた魔女は、シンデレラの放った言葉に耳を疑い、そのまま家を出ていきました。   「あ、こら! 逃げるな! ちゃんと最後まで面倒見ろ!」    シンデレラは魔女を追いかけましたが、箒に乗って空を飛んだ魔女には追いつけません。  魔女はシンデレラの家を離れ、空から日本の街を眺めます。    多様性。  平等。  権利。  綺麗ごとを吐くだけで努力を惜しむ人々が、そこにはたくさんいました。   「これが、あの美しい国の末路か」    魔女はそのまま、どこへともなく飛び立っていきました。  跳んでいる間に落ちた水は、雨か涙か。

病み.  ⋰

ここの小説では少しずつ俺ついて話していこうかなと思います。 俺は家庭環境が自分で言うのもおかしいかもしれませんが、最悪です。 父親は仕事にろくにいかずにパチンコずーっとやってますし母親はどっか遊びに行ってますね。たぶん他の男のところじゃないですか?、 まあというわけで最悪な親を持っている俺ですが、毎日人生に絶望しているわけですよ。でもそれでも俺がまだ生きようと思えている理由は、俺の妹たちをおいていけないからなんです。俺だって苦しいけど妹のほうがもっとつらい、、だから俺は耐えています。 次の小説ではもう少し詳しく細かく説明していこうかなと思います。

やさしい空白

からっぽになってしまった。今日、私はすべてを手放した。それなのに、何もかも抱え込んでいた頃には心に住みついていた「虚無」が何処かへ行ってしまった。代わりに、今まで霞んで見えなかった景色が目の前に広がっていた。それはどこまでも続く、明るい陽の光に満ちたものであった。 からっぽの、「私」という空白に日常の温度がじんわりと滲んでくる。「からっぽになること」は、以前想像していたような「絶望」などではなく、ずっとずっと優しいものだった。私はこの空白がとても愛おしく、懐しく思えた。 夜に取り残された部屋を包む乳香の甘い香りと、開いたノートの白さ、手元に置かれたココアのあたたかさ。今日はこのままでいい。このまま、星々の夢でも見ながら眠ってしまいたい。 ……では、また明日。

二年生になったので、観測始めます!

 二年生になったら、恒例の観測が始まる。    まず、机の上にタンクが配られる。  みんな同じ大きさのもの。    そしてその中で、渡された実験キットに入ってる玉をぶつけ合う。  反応は、やり方次第で、割れる子もいるし、タンクの中で爆発したりもするし、なんかガスみたいのが出てきたり、もうホント、“安定”するまで教室はカオスだったよ(笑)。    正直、一度できて“安定”してしまえば状態はそう変わらない。  早くて、その日。  遅くても五日以内。  生き物が孵化するみたいに、タンクの中が変化する。   ──三日目。  ボクのタンクに、大きく光る玉が出来て、それを中心に、いくつかのちっちゃい玉が出来た。 「おや?スナくんの…」 先生がボクのを見て、声をかけてくれた。 「不思議だよねぇ~。いっつも同じキットを使うのに、この状態になるのはいつもひとつなんだよねー」  ボクは先生の顔を見た。 「こっちのちっさいのの数は、年度によってまちまちで、──だいたい十コ前後なんだけど、君のは九つあるねー。それに、おっきいのの周りを回りだしたから安定を始めてるね」 「先生。このちっさいのも全部を観察しなきゃいけないの?」  みんなのはもっと、ひとかたまりなのに、ボクのだけバラけてる。 「観察日記は、大きい玉だけをつければいいよ。ちっさいほうは──しても仕方ない」 「ちっさいほうは要らないの?」 「そんなわけでもないんだけどね。無いと無いで…そのときによって違うから一概には言えないんだけど、いろいろ起こるんだ」 「いろいろ?」 「ん。まあ、展示が終わるころだから君たちの成績に影響はないよ」 「なら、いっか」  十個も観察日記をつけなくてよくなって、良かった! ──五日目。  みんなのタンクが安定したのを先生が確認できたから、観察板に展示する。  タンクを先生の指示通りに重ねていき、扉を閉めるとタンクの境がすーっと消えて、みんなの作ったものがひとつになる。  て、言っても観察板にそれぞれの名前が出てるから、ちゃんと観察はしなきゃだけどね。  ボクのは、隅っこだなー  ま、見つけやすいし、日記もつけやすいからいいか。  タンクに入っていた時から、いっぱいいっぱいだった、ガラキシオくんのやつが、ぐおーってなって。   …………あれ? 「先生!ガラキシオくんのが、ボクの食べちゃったー」  半べそをかきながら、先生に訴える。 「あーやっぱりこうなるかー。  大丈夫だよ、食べられた訳じゃない。  くっついちゃったんだ。ほら、ここにちゃんとある」  先生が指したところを見ると、ボクのあった! 「へへっ!先生!ボクの、あったよ!」 「ん!あったね。ちゃんと観察するんだよ。みんなもね!」  みんなで、はぁーいと返事した。 ──半年後  日記をつけるのはボクだけになってしまっている。  みんなのは、安定してからほとんど形を変えないから、つまらなくなってるみたい。  お花みたいだったり、動物みたいだったりで面白いのに。  ボクのだって、でっかい光った玉の周りを小さいのがくるくる回るだけでおもしろいものではないけど、先生が言ってたんだ。 『この、三つ目。いつも内側から腐るんだ。気をつけてもどうしようもないんだけど、見ててごらん』って。  腐るのはなんか嫌だなーって思って、顕微鏡で覗いて見たんだ。  そしたら!なんかうじゃうじゃしてた! 「先生!これ!この三つ目!中がうじゃうじゃしてる!気持ち悪い!」 「あー見ちゃったかー。多分そいつのせいで腐るんだよねー」 「えー!折角見た目は青くてきれいなのに!中のうじゃうじゃ、取っちゃっていい?」 「それがねーうじゃうじゃ取ってもいつの間にか増えちゃうんだよねー」 「えーだって、青いのってこれだけじゃない!どうにもならないの?」 「それが不思議と、どうにもならないんだよねーでも、それが無くなってもおっきいのが残ってれば、成績には支障はないよ」 「ならいいか」 ──一年後。  二年生がもうじき終わる。 「みなさん、よく頑張りましたね!特にスナくんは熱心でした」 「でも、青いの腐っちゃった」 「仕方ありません。あれは多分どうしようもないんです」  そう言うと、扉の向こうにあったボクたちのは無くなった。  三年生になったら、また別の新しいことがあるのかな?  空っぽの展示室を見ながら、三年生では何が始まるだろうと、わくわくしたんだ。                

ワイルド

 ワイルドって何だろう。ワイルドの定義って何だろう。俺はワイルドは男らしくあるためにあるのだと思う。では、男らしいとは何か。格好つければ男らしいのか。いや、そうではない。ワイルドこそが漢であり、新の格好良さだ。ならば、格好良いの定義から考えなくてはならないのではないだろうか。  格好良さとは大きく分けて二つある。ナチュラルな格好良さか、ガンガンにキメてくる格好良さだ。ワイルドはちなみに後者だ。ナチュラルな格好良さには限度があるが、その点ワイルドは無限の格好良さを秘めている。着飾るのもいいし、雰囲気を醸し出してもいい。とにかく無限なのだ。  俺がワイルドにハマったのは中学生の時。先輩がワイルドにキメていて、それに惚れ込んだ。ワイルドは格好いいのだとその時知った。ワイルドな先輩はこうも言った。「漢になれ。」と。それが新の格好良さであり、漢なのだともそこで知ることになる。俺は「漢」をモットーにこれから生きていく。そう、心に決めた。

自由と器の間に

有る日突然世界が真っ暗に為ったらどう為る 先ず心配は冷蔵庫の食材の確保と水道ガスや 給湯器がボタン一つで湧き流れる幸福を私は 何時の間にか忘れて仕舞ったのか等後悔する かも知れない多分命は別に私は大切じゃ無い けど誰かの迷惑や電車止める等は絶対に出来 無いし陸橋のJUMP実験するも高さにびっくり して仕舞い断念な意気地無しは来れから来る かも知れない天変地異に身を投じ神の裁きを 心待ちにするだろうだって空に跳べるから

寝言

 会社帰りの夜道を歩いていた。ふと夜空を見上げた。月が出ていない。晴れているのにな。まぁ、そんなこともあるか。家に着いた。「ただいま」返事がない。娘は寝ているようだ。女手一つで育ててきた大事な娘。その寝顔を見るのが楽しみだ。そっと部屋のドアを開ける。その瞬間、まぶしい光に襲われた。目をこらすと、布団の中で娘が寝ていた。その娘が、光る球体を抱いていた。その光る球体は、月だった。カーテンを開けて、もう一度夜空を見上げた。やっぱり、晴れているのに月がない。まったく、子どもというのは時に思いがけないことをする。「いけない子ね」娘の頬を指でつつく。娘が「ウサギさん……」と寝言を言った。