怪獣があらわれる街✕雨の日に傘を持って

雨は続く 一度暖かくなった気温も今週に入り真冬に戻ってしまった。 人々はコートを着ている人もいれば、トレーナーですましている人もいる。 そして雨の日が続く。 先月は乾燥と晴れ続きで、火事やダムの貯水量のニュースが多かったが、この雨で解消されるだろう。 傘を持つ手に雫が伝う。 カモメはウルトラマンである。 カモメは今、息子を待っている。 そろそろ下校時刻になるので通学路のスーパーで息子が通るのを待っている。 今日は、妻の母親が白内障の手術を終え、退院する日なのでカモメは家族でお迎えに行くことになった。 下校途中の息子をつかまえ、先に病院に行っている妻と妻の母親を迎えに行く予定なのだ。 古いアスファルトの歩道は灰色の空を映す水たまりが散らばっている。 歩道は下校している子供達で賑わっている。皆、楽しそうに歩いている。信号のない交差点をどんどん進んでいくので危なくてしょうがない。 息子の姿を探す。いた!子供たちの行列の中で友達と三人並んで歩いている。息子は口がきけないから、騒いではなかったが、 楽しそうに、 三人そろって何か話しながら、 その中にうちの息子が赤い傘をさして、歩いている。 息子が僕に気が付くと、少し笑って、軽く手を振る。僕も傘を上げて答える。 冬の冷たい雨が服を濡らしていく 風に乗った雨が横から吹いてくる。 子供たちの明るい声がカモメの心に響く。息子の小さな手がカモメの手を握る。カモメはこの幸せを守っている。

バスが来るまでのラブストーリー〜出会い〜

ハンカチを忘れた私は濡れた手をポケットに入れウロウロと店内を彷徨う。 道の駅の中は、地元で採れた野菜や地酒、民芸品やお菓子など、かなり広い敷地に沢山の商品が並んでいる。今までこういう所には来たことをなかったが、なかなか楽しいものである。平日の午前中であるにも関わらず、店内はかなりの人が入っているな。と思ったが、殆どは私と同じシニア向け婚活花見バスツアー客だと気付いた。 ハンカチはレジの側に置いてある回転式のラックに売っていた。残り一つだ。 値段は一つ千円。痛い出費だが致し方ない。この後もトイレに行くだろうし、思い切って買うしかない。薄桃色の桜柄のハンカチを手に取ると、同時にハンカチを取る手に当たった。隣を見ると品の良さそうな婦人が立っている。 「す、すみません」 「こちらこそ、すみません」 お互いが手を引っ込めて様子をうかがう。 「あっどうぞ」 私は婦人にハンカチを譲る 「良いんですか?ハンカチ」 「いや、素敵なハンカチだなと思って思わず手がでただけですから」 適当に誤魔化してしまったが本当はこのハンカチが必要なのだ。 「私もそうなんです。桜のハンカチ、素敵ですよね。失礼しました」 そう笑顔で言って、品の良い婦人はどこかへ行ってしまった。 私も会釈してハンカチから遠ざかる。どうしよう、ハンカチは必要なのだが今直ぐに買うのは気まずい気がする。 「休憩は終わりでーす!バスツアーの方はバスにお戻りください!」 若いボンヤリ顔の男性バスガイドさんが道の駅の入り口で大声で呼ぶ。他の客もいるのに、あんなに大声を出していいものなのだろうか。いや、もしかしたら、彼は見た目によらず、責任感が強いのかもしれない。 結局ハンカチを買えず、バスに戻った。 ボンヤリ顔の責任感の強いバスガイドさんは一人一人点呼を行っていく。 「はい、皆さんお揃いのようですね。では後三十分程で着きますので、この時間を使って皆さんのご紹介をさせて頂きます」 バスの中に変な緊張感が走り、皆が照れ笑いをしている。 「先ずは、僕の紹介をさせて頂きます。改めまして松山晴人と申します。今日は桜に負けないくらいに皆様の恋の花を咲かせたらと思っておりますので、宜しくお願いします!」 松山ガイドにまばらな拍手がおきる その後は、ツアー参加者が事前に書いたプロフィールを紹介している。主に名前と趣味を発表して、本人には手を挙げさせているだけのようだ。 私はプロフィールを書いた覚えはないので、きっと息子の洋一が書いているはずだ。はて、私の趣味はなんと書いたのだろうか。 「お次は、長瀬峰夫さんです」 私は軽く手を上げて応える 「ご趣味は…『趣味は無いので一緒に探せていけたらな、と思います』とのことですね。長瀬さんと一緒に趣味を探してみたい人、是非誘ってみて下さい!ではお次の人…」 峰夫にも、まばらな拍手がおきる。 洋一のヤツ、適当な事を言いおって。とりあえず、自分の番が終わったのでホッとした。 「お次は桜井美幸さん」 松山ガイドに紹介されたのは、最前列に座る女性で、律儀に立ち上がりお辞儀をする。さっき同じハンカチを取った人だ 。桜井美幸さん。 「えーご趣味は『お喋りをすること』とのことなので、皆さんこぞってお話しのお相手になってください。今回のツアー参加者の中で一番綺麗ですね。あくまでも個人の感想ですけど」 確かに綺麗な人だ。さっきは慌てていたから気が付かなかったが、ツアー参加者だったのか。桜井美幸さん。 「それではそろそろ着きますので、皆様降りる支度の方をよろしくお願いします。降りたら13:00までフリータイムですので、公園内をお好きに散策してください。13:00になりましたら公園入り口にあるレストランで昼食になります。皆さん、しおりを忘れずにお持ちなってください」 バスが国立公園の広い駐車場にゆっくり停車する。 無性に胸が高鳴っている。

薄暗闇から

 この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。  堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。  犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」  鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。   彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。  意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。  うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。  あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」  そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。  当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。  彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。  薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」  辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。  そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」  食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。  その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」  ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」  差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」  答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。  途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」  もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。  髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。  流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。  色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。  言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。

対等ごっこ

 VRの世界に入れば、自分は別の存在になれる。  男の子にもなれるし、女の子にもなれる。  大人にもなれるし、子供にもなれる。   「では、授業を始めます」 「はーい!」    決められた時間に授業を受けて、体育でサッカーなんてして。  帰り道は友達と買い食いをして、家では両親に迎えられて宿題に勤しむ。  楽しい一日だ。    先生も、友達も、両親も、本当の名前も性別も年齢も知らない。  それでよかった。  大事なのは中身だ。    今、目に見える世界が正しければ、それで良かった。       「実は、子供が生まれて」 「実は、志望校に合格して」 「実は、世界一周に行くことになって」        しかし、かりそめの世界さえ、いつまでも不変ではいられなかった。  何人かの友達が転校と言う形で消えて、両親の片方がイメチェンという形で別物になった。    仲の良かった友達の何人かは、いなくなる現実の理由を教えてきた。  聞きたくなかった。    久々に一日、VRのない世界を過ごした。  窓から見える景色は変わり映えなんてせず、よほどこっちの方がVRの中に見えた。  顔を洗うために洗面所へ行き、久々に自分の顔を見た。   「……うわ、シミ」    一回り老けた自分が、鏡の中で笑っていた。  どうせこっちに戻るんだぞと、鏡の中で笑っていた。

毒を摂取。毒も喰らえば栄養も喰らえばなんとか。そやな健康にいいものだけを摂るこれも健全とは言い難いな。そんな感じで今を過ごす。いいなこれのり塩のポテトチップ、のりがビールに合う。ちょっと一息、ポテトチップをたいあげる。自分は酒に強いほうではない。でも、酒飲まずにはいられない….。 音楽を聞く、グランジが僕の今の流行りだ。シャウトが聴こえる悲痛な叫び。レイン・ステイリーがダークな世界観を彩る。酔っぱらいに見られないように振る舞うアル中ではないと思いたい。酒豪になるには痩せ我慢も必要だ。アル中とは思われたくないが酒豪には思いたい。捻れている。言葉の違い。

目の前の事を大切に

四月になりに、新しい生活環境で過ごす人達が多くなる時節 今思うと、環境が変わる出来事は子供の頃の方が頻繁に起こっていた気がする。 入卒、クラス替え、班替え、それに伴い友達も変わり、恋人も変わって行く。 そして最大の転機は、社会に出る事。 世界がひっくり返るくらいの変化が自分の中で起こる。 今まで当たり前だった生活が、一から更新され、自分の行動に責任が付いてくる。 例えば入社。会社に入るとは、知らない大人たちが何十年も働いている所で毎日働くということだ。とてもじゃないがいける気がしない。多分、若い自分はそう思っていた。 なんとか入社し、仕事をする。毎日、テレビを見たり、ご飯を食べたり、髪にワックスを付けてただけの若造が、入社を境に全て切り替えていくことなど出来ない。ただがむしゃらに、働いて、先輩について行って、すぐ辞めて、また働いての繰り返し。若い人にとっては社会に出る前に、静観出来る技を持っている人、つまり、いろんな事を自分で経験した人出ないと、社会は辛い。二十年間貯めた夏休みの宿題を、一気にこなしている感じになるだろう。 四十代にもなると少し落ち着く、結婚や、己の限界、夢の諦めなどを経て、この世界を静観出来てくる。宿題が終わりかけてくる。 生活の変化も少なく、あっても既に経験したもので、対処が分かっている分、楽なのだ。 必ずしも皆が皆そうとは限らないが。 とにかく、今、不安と緊張がこびり付いている若い方達。心の奥で応援している見知らぬ大人は結構いたりする。 目の前の事を大切に。それが良いのかなと思ったりする。

ご機嫌取り

私の気分…いや、機嫌は天気予報によって変わる。昨日のアナウンサーは今日の私の不機嫌を伝えてきた。いざ、空を見ると私の機嫌と同じように夜の闇に置いて行かれた月が見えてしまった。 あれ?今日のおとめ座何位だったっけ。念のため最後の砦を確認しておく。

だいじょうぶかなあ

入学式のあと教室に入って 自分の席がちゃんとあることに安心して なかよさそうにおしゃべりしてる子たちは 同じ中学から来たのかと思ってたけど どうやらそういうわけでも… すごいなあ、もう友だちできたのかあ 高校で最初の担任の先生は やけにはりきっていて わたしとしては、ちょっと… きちんとわたしのこと、理解してくれるかな でも、そんな先生、これまで出会ったことないし あんまり期待しないでおこう 新しい教科書は、においも 指を切りそうになる硬さも もちろん中身だって おろし立てのワイシャツは まだ、首のまわりで落ち着いてくれない だいじょうぶかなあ、と思い だいじょうぶなんだろうなあ、と思う

 朝の電車に乗っていた。隣の座席に、若者が座っていた。若者はヘッドホンをつけていた。かすかにそのヘッドホンから音が聞こえてくる。音漏れだ。それは音楽ではなくて声だった。「……」耳を澄ます。「……あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」その声はそう言っていた。若者は目を閉じて、軽く首を動かしていた。「あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」それを聴いているうちにだんんだん「あなたは正しい…あなたは正しい……あなたは正しい……」自信が出てきた。電車が駅で停まった。若者に会釈をして電車を降りた。若者はにやりと笑った。駅を出て、会社に向かう。上司の顔を思い浮かべながら、鞄の中に包丁があるのをもう一度確かめた。

熱量

 友達100人できるかなはほんとうに悪質な呪いだと思う。というより友達という存在が多ければ多いほどいいと思っていた若い時と違って、友達との向き合い方が変わってきたからだ。  友達と遊ぶのはもちろん楽しいけれど、それでも自分以外のことに時間を使うということでもあって、それが続くと疲弊するのだと知ったのは大分大人になってからだった。  たいして興味のない友達の推し活に付き合い興味のないものを食べ、興味のないグッズをもらう。もちろん興味がないので友達の目当てが出たら交換する。ちなみに私は推し活とやらも一人でガンガン行くタイプなので付き合ってもらったことはほとんどない。というより私はそこまで推し活に熱量があるタイプではない。 「ってなるとやっぱり一人がいいんですよねぇ〜」 「今の若い女の子ってそんな感じなの?俺にはわかんないけど」 「言うほど若くないですよ私、ミドサーだし」 「葉月さん、三十半ばでしょ?俺からしたら若いけどねぇ」  延々と私がぼやいていた一人がいい理由にそう答えてくたのは雇用主の霜月さん。私は何だかんだご縁があってバイトをしている霜月探偵事務所の社長だ。ちゃらんぽらんだが話をよく聞いてくれるちょっと面白い人なので私はこのバイトが気に入っている。勤務地も近いし。 「ダルいなら断ればよくない?」 「そうもいかないときがあるんですよ〜ついてきてほしそうなオーラ出されると、つい行く?とか自分から言っちゃうこともあって」 「それは自分が悪くねぇか」 「まぁ今回はその地域に行きたい観光地があったから自分から言ったのもあるんですけど、他の地域での推し活もついてきてほしそうなオーラを感じた時にふと冷静になっちゃって」 「あー、なるほどね」  結婚も出産もしていない女の友達で、ある程度遠くに出かけたり、ちょっと高めのコラボカフェだのに行ける同年代の友達となるとどうしても限られてくる。だからたぶん友人は私についてきて欲しいと暗に匂わせてくるのかもしれない。  そもそも私は好きな作品の映画だろうと一回行けば充分だし、使い道のないペラいコースターなんてものも要らない。  缶バッジとか、もはやなんのために買うのかさっぱりわかんないし、アクスタもよくわかんない。価値を感じる人のことを否定はしないが、自分はそれに価値を感じないってだけだ。  かたやよく付き合っている友達は上限までグッズを買い、なんなら何も買わない私の分の上限まで買う。  いらないので全然構わないのだがジャンルが違えど推し活とやらの私と友人の熱量の差に驚くことがある。 「でもさぁ、それって意外と葉月さんの勘違いかもよ?」 「え?」 「着いてきて欲しいと思ってるっていうか、自分は友達に一緒に行って欲しいと思われるような存在だって思いたいとこない?」 「……ちょっとだけ」 「仲いい友達ならそういう風に考えることもあるかもしれないけどさ、意外と葉月さんがいなきゃいないで他の友達と仲良くやってるって」 「そうですかねぇ」 「うん、そうだよー多分ね。知らないけど」  ちょっと図星をつかれた気がして少々気まづくなってしまった。確かに付き合いが長いからその子にとって私は特別なんだろうなみたいな思い込みはあったから。  それでも友達はいつも推し活するなら私優先っぽいことを言っていたし、他の子と仲良くなってるなんてまた適当なこと言ってんな。  そう思った数日後、うっかり見つけた友達の推し活アカウントでは同じ趣味の友達と仲良くやっている様子がたくさん挙げられていた。  なんだ、私が気が乗らないならちゃんと断ってよかったんじゃん。私の一人相撲だったんだ。  っていうかやっぱり霜月さんは何者なの?そう思ってしまった。

愛の力をくらえ

愛とはすごいものだ。 あれほど軽々しく「好き」や「愛してる」を振りまいていた友人が、今では一人の人にだけそれを向けている。仲睦まじそうで何よりである。 ただし、あの言葉たちは無くなったわけではない。 横断歩道で信号を待つ。隣の人はスマホに夢中だ。指の動きが荒い。誰かに何かを送り続けている。 ああ、これか、と思う。これが、芽吹いたもの。 信号はまだ赤い。でも、別に関係ない。 一歩踏み出す。 予想通り、その人は進みだした。 音。 「もしもし!事故です!」 通話を終えて、少しだけ息を吐く。 これで、ひとつ減った。 全く。 大事な親友に害を成すなんて。 愛とは、本当に恐ろしい。

逆光、泡沫、きらめき

とても、綺麗だった。 影が覆いかぶさって真っ暗な中、光る彼の涙は綺麗だった。いや、光ってなどいなかった。俺がそう見えてしまっただけで。仄暗く、陰鬱な涙だと思う。 十歩ほど離れた距離からそれを眺めていた。 これが、今この瞬間にしか存在しないことが許せなくて、スマホを手に取り、彼に向ける。彼は気付かない。 カシャ、 そんな間抜けな音で、ハッと顔を上げ、俺をきつく睨んだ。 「何撮ってんだ」という文句を躱しながら、なんとか距離を保つ。まだ彼の瞼はきらめいていて、また胸をくすぐった。 写真に写る彼は、光に縁取られ、その中をバケツツールで真っ黒にしたようなもので、俺の生涯手元に置いておきたかったそれは、儚くも形のないぼんやりとした思い出になってしまった。

怪獣があらわれる街✕男なら親指を立てろ

雨太郎というオジサンがいる 歳は45を過ぎ、髪に櫛も解かさず、口の周りを無精ひげに好きにさせている。 いつも服は薄汚れていて煙草と酒が好きな男 そんな彼は紛れもなく、ウルトラマンである。 雨太郎は甥っ子の風太くんの授業参観に来ていた。甥っ子の風太に「雨太郎叔父ちゃんに来てほしいな」と言われたので嫌とは言えない。 風太くんは昔から雨太郎と馬が合った。 たまに会うと昔からの親友のように過ごす。小さかった風太くんの指定席は雨太郎の膝の上だった。 その雨太郎叔父ちゃんがウルトラマンだと知ってからは、余計に尊敬をしている。   ✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕ ぐら…ぐらぐらぐら… 地面を突き上げるほどの揺れが学校を襲う。地震か、怪獣か。 キャーキャー騒ぎ怯える児童達 「みんなー!防災頭巾を被って!机の下に隠れましょー!」指示を出す先生は冷静に行動している 行き場がない児童の親たちは戸惑っている。 雨太郎は窓の外を見ていた。怪獣の姿を探している。 青空にサイレンが鳴り響く。 「避難命令!避難命令!〇〇町、上空に巨大生物があらわれました!直ちに避難せよ!繰り返す!直ちに避難せよ!」 放送を聞いて教室にパニックが巻き起こる。児童達は一斉に机から飛び出して、自分の親の元へ駆け寄った。 親達は学校の地下シェルターへ走っていく。先生達は廊下に出て走らないように大声で声かけをしている。 近年、巨大生物の襲来が多発し、日本政府は、学校や病院に地下シェルター設置を義務付けた。昨今の防災訓練は地下シェルターで行うのが主流である。 教室では親の来ていない児童は、皆不安そうにしていて、泣きべそをかいている子や、ウロウロとしている子が何人かいた。風太は雨太郎とアイコンタクトをとると、風太はその子たちを風太の母の元に集めた。 「えらいぞ、風太。よし、ちょっくら行ってくるわ」 「お兄ちゃん…」 雨太郎の妹で風太の母である晴子は心配そうな顔で雨太郎を見る 「風太、母ちゃんと皆を頼むな」 風太は親指を立てる 雨太郎はニコリと笑う 雨太郎が教室を出て、流れに逆らうように進んで行き、やがて、人混みで見えなくなった。 ドンと大地が鳴り、一斉に悲鳴が聞こえる。強い衝撃で皆が床に倒れたのだ。 不安と緊張で学校はパニック寸前だ。地面に近づくシャボン玉の様に、破裂するまで後わずか。 そこに誰かが言った言葉で、シャボン玉は割れずに風に乗り空へと舞い上がった 「ウルトラマンだ」 窓の外には皆の希望であるウルトラマンが立っていた。 ウルトラマンは怪獣の元へ飛び立って行った。ウルトラマンが飛び立つとき空へ向けて親指を立てていた。

頁のあいだ

なにもかも上手くいかない。 そんなとき、ふと本棚が目に入った。 学生時代、貪るように本を読んでいたはずなのに、いまではただのインテリアになっている。 並んだ背表紙をなぞる。 その途中で、手が止まった。 学生時代の彼女にもらった本だった。 手に取る。 ページを繰る。 そのあいだから、なにかがふわりと落ちた。 拾い上げる。 茶色くくすみ、しおれた、たんぽぽ。 ——そうか。 うまくいかないのは、今に始まったことじゃない。

終末シフト

週末である日曜日。 終末予報は、午後三時を指していた。 その二時間前、コンビニの自動ドアはいつも通り開いて、いつもより少しだけ静かに閉まった。 「おはようございます」 金髪が目立つ後輩バイトの絹伊賀が言う。 「おはよう」 俺はレジの奥で、ホットスナックの棚を拭いていた。油の匂いはいつもより薄い。揚げ物を頼む客がもうあまり来てないからだ。 「本当に来るんですかね、終わり」 「来るって言ってるだろ。政府も、テレビも、ネットニュースも、全部同じこと言ってる」 「そうですか」 絹伊賀は制服に着替え、名札をつけ、レジに立つ。電源は入っている。画面にも異常は見られない。 しばらく何も起きない。誰も来ない。 「今日、廃棄どうするんです?」 「いつもなら本部から回収の連絡あるけど、今日は来てないな」 「じゃあ、自由に食べていいってことですか」 「まあ、そうなるな」 絹伊賀はバックヤードに行き、戻ってくるとおにぎりを二つ持っていた。ひとつを先輩に差し出す。 「鮭とツナ、どっちがいいですか」 「鮭」 二人はレジの内側で立ったまま食べる。店内BGMはなぜかいつもより音が小さい。 「家族には連絡したのか」 残り半分となったおにぎりを片手に俺が口を開く。 「はい。既読はつきました」 「返事は?」 「さぁ?シフト前にメッセ打って、速攻既読付いたの確認してから見てません。先輩は」 「してない」 「そうですか」 また、しばらく何も起きない。 ドアが開いて、客が一人入ってくる。スーツ姿の50代ほどである普通体型の男性。ネクタイが曲がっている。 「いらっしゃいませ」 絹伊賀が言う。 男性は何も言わず、カップ麺とペットボトルの水を持ってレジに来る。 「箸と袋いりますか」 うなずく。 「382円です」 会計は現金。釣り銭を渡す。 「ありがとうございました」 男性は外に出ていく。ドアが閉まる。 「普通ですね」 「普通だな」 「てか、あのカップ麺どうするんですかね。普通コンビニで買ったんならお湯入れて行きません?」 「家で食べるんだろ」 時計は一時を回っている。 「あと二時間ですね」 「だな」 「何かしたいこと、ありますか」 俺は少し考える。 「特にないな」 「私もです」 絹伊賀はレジの横に置いてあるチョコレートを取り、ひとつ開ける。 「それ、まだ売り物だぞ」 「もういいじゃないですか」 半分を俺に渡す。 「あ、シフト提出昨日までなの忘れてました。今更出しても遅いですかね」 「まぁ店長もまだ来てないし、良いんじゃね。しれっと置いとけよ」 「そうします」 また、時間が進む。 外は少し明るい。雲がない。 「静かですね」 「みんな家にいるんだろ」 「そうかもしれませんね」 二時半。 遠くで低い音がする。雷に似ているが、もっと長く続く。 「来てますかね」 「来てるな」 二人はレジから出て、店の外に立つ。駐車場には人も車も無い。 空の端に、小さな光が見える。 「思ったより小さいですね」 「遠いからな」 「なるほど」 光は少しずつ大きくなる。 「戻りますか」 「そうだな。引き継ぎ処理でもするか」 「最後までちゃんとするんですね。てか、誰が引き継ぐんすかこの後」 「習慣だからな」 店に戻る。レジの精算をする。数字は合っている。 「問題ないですね」 「まぁ今日は客少なかったし、間違えようが無いわな」 二時五十五分。 外からの音が大きくなる。店のガラスがわずかに震える。 「先輩」 「なんだ」 「お疲れさまでした」 「ああ、お疲れ」 二時五十九分。 BGMが途中で切れる。 三時。

処刑

「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 拘束された大柄の男と、白髪混じりの髪を携えた、ロングコートの男。その内、白髪の男が懐に手を伸ばすと箱を取り出す。中から一本の棒を抜き取り、咥えた。 「死を、恐れているかね」 白い筋が、二人の間を真っ直ぐと上っている。 「いいや」 大柄な男は、いい加減にしろと言わんばかりの表情をしている。 「では、次だ」 部屋の中に、薄白のフィルターがかかり始めていた。 ─「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」「次だ」─ 立ち上る煙は、依然真っ直ぐと上っている。 「では、次だ」 「君は、大切な人は居るかね」 密室に、淡々と響く声があった。 「あぁ、もういいだろ、さっさとしろ」 密室に、心底呆れた声があった。 「まぁ、そう焦るな」 立ち上る煙が、はたと揺らいだ。 「まずは、これを見たまえ」 壁面の内一つが軽快な音駆動音を立てると、その中央部がひとつのモニターへと変化した。 「なんだ」 黒色の画面が光を発し、それは複雑な色をを絶え間無く操り続けていく。 「君は、この人を知っている。そうだな」 灰の塊が、崩れて落ちた。 −まさか…。 「では、執行を開始する」 淡々と、画面は変化を開始した。 「おい、やめろ」 「やめろやめろやめろやめろやめろ」 灰皿に、また一本が潰された。 「あ、あぁ…」 煙はもう、上っていない。 「刑は執行された」

内包コンプレックス

「言葉への執着は、コンプレックスに他ならない」    グラスは言った。  なみなみと注がれたワインが、グラスの一挙一動に波を立てる。   「例えば、ダイエット。本来は健康維持のための習慣を指す言葉だが、現在は痩せるの同義語として使われている。本気でダイエットをした人間からすれば、ダイエットと名乗りながら不健康に痩せていく人間など、不快でしかないだろう」    グラスは言った。  誰にも手に取られることなく、机の上で。   「では、なぜ彼らは本気でダイエットをできたのか。簡単だ。不健康な自分にコンプレックスがあったから。何を差し置いてでも、ダイエットをしたいと思えたからだ」    グラスは言った。  生まれてこのかた、重量が変わったことはない。   「あらゆる自己主張は、コンプレックスから生まれる。そして、生まれた自己主張は、他人にコンプレックスを与えて、新しい言葉の種となる」    地震が起きた。  グラスが落ちた。  粉々に割れた。  グラスはガラスになった。    ガラスは回収されて、窓となった、  その窓の近くでは、人々が良く手を滑らせて、グラスを割ってしまうらしい。

夢ガチャ

 親ガチャ。  教師ガチャ。  出身地ガチャ。    世の中には、様々なガチャがある。    私は、親ガチャも当たりで、教師ガチャも当たりで、出身地ガチャも当たりだ。  我ながら、何のケチもつけることができない人生を歩んできた。    ただ、私は自分が不幸だと思っている。  たった一つ、夢ガチャを外したのだ。    私が憧れてしまった夢は、永遠の美。  それも、若さと言うルッキズムに染まった美だ。    どれだけ美容液を塗っても足りない。  どれだけ整形を繰り返しても足りない。    私の顔も、体も、毎日毎日老いていく。  私の夢が、毎日毎日削り取られていく。   「おえええええええええええ」    トイレに吐しゃ物を吐き落して、私は今日も自分の夢を呪う。

Let it go, Let it flow

 公園の公衆トイレに入った。女子トイレの個室の壁に、注意書きが貼られている。『お母さんを流さないでください。』個室に入り、用を足していたら、隣の個室に誰かが入った。鍵を閉める音、便器の蓋を開ける音、ごそごそという音、それから、人間の声。「やめてくれ、助けてくれ……」それは男性の声だった。そしてその直後に、水を流す音が聞こえてきた。「助け……」男性の声は聞こえなくなった。おそらくお父さんを流したのだろうとわかった。それからしばらくしてから、再びその公衆トイレを訪れた。壁の注意書きは『お母さんを流さないでください。』のままだった。お父さんは流してもいいらしい。私は急いで家に帰った。

ひとりぼっちは嘘 願いが叶わないなんて嘘 あなたはあなたが願った通り 幸福でないというだけ 好きな気持ちに蓋をして そのくせ見つけてくれと待ってる 誰も知らないかくれんぼ 寂しくないだなんて嘘 嫌いなことを積み上げて 蹴飛ばして壊したかった だけど大きくなりすぎて へにょいパンチじゃ崩せなくなった 恋するみたいに憎んでも なにかが生まれることはない やりたいことが多すぎて ウィンドウショッピングで済ませた 悔しくないとか せいせいしたとか 最初からどうでも良かったとか あんなことでも良い思い出だと 笑って見せる朝はいつも嘘

春のいたずら

新学期はピンク色 どこを向いてもピンク色 校庭の桜が反射しているのか、それとも浮き足立ったみんなの体温のせいなのか 開け放たれた窓から、そよそよと風がやさしく忍びこんでは、 女の子たちの長い髪をさらりさらりとゆらしている ふいに、前の席から僕のとは違う香りが、鼻先をくすぐってくる 石鹸のような、いや、それでいて春の花のような、なんとも甘く清潔な香り スマホの画面に目を落としたまま、そっと深くその香りを吸いこむ 誰にも悟られないように、こっそり、こっそり 憧れでもなんでもない、春が僕をそうさせる すまないことだと思いつつ、けれども、すべては春のせい そう、これは春のいたずら 小さな罪を季節になすりつけ、潔く香りを堪能する この胸のときめきも、鼻腔をくすぐる淡い熱も、きっと全部そういうこと そのように決めつけて、この贅沢な時間を、もっともっと、甘く甘く

今日までそして明日から

 朝、近所を散歩していたら、道に、人間の指が一本、落ちていた。その指は爪がずいぶん伸びていた。近くのコンビニに入り、爪切りを買った。そして、指のところに戻り、指を拾い上げて、その爪を切った。切り終えたら、指を元の場所に戻した。良いことをした充実感でいっぱいだった。仕事を退職してから、初めて社会の役に立てたと思った。

自宅に続く橋に『この橋、渡るべからず』の看板立ってた

 ぼくの家は、橋を通って海を越えた先にある。  最初はちょっと不便だなって思ったけど、友達が「すげー」って言ってくれるから、最近はまんざらでもない。  いつものように友達に自慢するため橋の前まで連れてくると、橋の入り口に不思議な看板が立っていた。   『この橋、渡るべからず』   「なにこれ?」    朝まではなかったはずの看板を、ぼくが凝視していると、後ろから友達が声をかけてきた。   「それって、一休さんじゃね?」 「一休さん? 絵本の」 「そうそう。端じゃなくて、真ん中を通ったってやつ」 「なるほど」    この看板も、トンチということだろうか。  でも、いったい誰がこんなことをしたのだろうか。  わざわざ看板まで準備して。   「いいじゃん! 真ん中通って渡ろうぜ!」    友達の一人が、ぼくが制止する間もなく、橋へと一歩踏み出した。   「ほらほら! 全然平気!」    友達は二歩目、さらに三歩目と、どんどん橋の真ん中を歩き進んでいった。  なんだいたずらだったのかと、ぼくも一歩踏み出したとき、バキッという音が聞こえた。  友達の足元に丸い穴が開いていて、友達は足を恐る恐る上げながら、こっちを見た。   「やっぱ……駄目かも……」 「うわあああああ!」    その後はもう、阿鼻叫喚。  ぼくは親に電話して、事情を離してきてもらう。  親はすぐに工事の人を呼んできて、歩くのは危ないからと、巨大な機械で友達を宙ぶらりんにして救出していた。       「この『橋』渡るべからずって書いてあるだろうが! 何、渡ってんだ大アホ!」    ぼくたちは、こってり叱られた。  そりゃあそうだ。  書いてたのは、『はし』でなく『橋』。  トンチなんてどこにも入らなかったんだ。   「そもそもあんたが、一休さんみたいな書き方するからでしょ! だから止めようって言ったでしょ!」    ついでに、お父さんもこってり叱られていた。

楽園ベイベー

 夏だ。自販機で飲み物がよく売れる時期だ。それは天国に設置されている自販機でも例外ではない。天国にいる人々が飲み物をたくさん買う。だから、その売り上げの回収と、商品の補充のために、天国に赴く必要がある。当然天国だから、死なないと行けない。自販機の業者の中から善人が選ばれて、殺される。そして天国に昇る時に、商品と、売り上げ金の回収袋を携えて行く。売り上げ金を回収袋に入れて地上に落とし、商品を補充したら、後はゆっくり天国で過ごす。時折人生の意味などを考えながら、新入りを待ちながら、地上の季節の移ろいを見守りながら。

バスが来るまでのラブストーリー〜始まり〜

とうとう始まってしまった。こんな爺が花見のバスツアーに乗っているだなんて滑稽だ。やっぱり来なきゃよかった。バスから見える風景は桜並木と菜の花畑の色合いが美しく、女性達が賑わっている。あいつが生きてた頃は花見など行かなかった。もし一緒に花見をしていたら幸せを感じてくれてたろうか。 🧒 「ジイジはバアバいないの?」 先日、息子達が遊びに来た時、 私のあぐらの上で孫がきいてきた。 「風太。バアバはいるって言ったじゃんか。先に天国に行っちゃったんだって言ったろ」 息子の洋一がたしなめる 無意識に仏壇の妻を見ると、私と違って若いままの妻は笑っている。 「ジイジも、もうすぐ天国行のバスに乗るからさ。ハハハハ」 「あらやだ、まだまだ元気でいて下さい」 洋一の奥さんの渚さんが言う 「ジイジは一人でバスに乗れる?」 「おう、ジイジは一人でバスに乗れるぞ。大人だからな」 「淋しくない?」 「え?」 「一緒に乗る友達がいるといいね」 「…そうだな」 友達と呼べる奴らは既にバスで空へ旅立ってしまった。バス停に私は一人残された。 息子の洋一は冷蔵庫からビールを持ってきて勝手に飲んでいる 「父さんさ。再婚でもしたら」 「なっ、何を言ってるんだ。七十過ぎで再婚なんか出来るわけないだろ」 「いや、今は普通だって。シニア向けの婚活バスツアーとかテレビで放送されてるのよく見るよ」 「バカバカしい。年寄り同士で結婚してどうすんだ」 「だって父さんずっと家にいるだけだろ。話し相手とかさ、何かあったときに側に誰かがいたら助かるだろ」 風太は渚さんと一緒トイレに行っている。トイレの方から私を呼ぶ風太の声が聞こえる。 「ジイジ!まだバス来てない?」 「まだ来てないぞー」 「バスツアー予約しとくよ。決まったら連絡するから」 「いやいや、参加しないぞ。私は」 「いいから、いいから」 「ジイジー!ウンチ出そー!」 「頑張れ!」 🚌 「僕はお花見好きなんですよ。このツアーは去年も来ましてね」 「あらそうなんですね。この時期は桜が綺麗ですよね」 「そうなんですよ。もうちょっと行った先に国立公園があって、そこで散策する感じです。去年もそうでしたから、小川も流れていて素敵な公園ですよ」 まだバスが着いていないのに会話しているヤツが後ろの席にいる。あんな男は駄目だ。バスガイドさんが散策が開始したらフリータイムだと言っていたのに。ただ実際は周りを見渡すと所々で会話を楽しんでいる人達ばかりだ。皆、私と同じ世代の人ばかりだからか、共通の話題があるのだろう。バスに乗る時の席は「お好きなところへお座りください」と言われたので隣が通路の一人掛けの席に座ったが、やはり失敗だったろうか。後ろの男みたいに、移動中に誰かと挨拶の一つくらいしとくべきだったのか。ただ、長い移動時間に見ず知らずの人が隣にいるのは落ち着かない。私が仲良くなれるとも思わない。思わずため息が出る。空からお前が見ていたら、きっと笑いながら応援してくれているだろう。 東京の結婚相談所が企画するシニア向けのお花見婚活ツアーの一行は、都内にある桜が綺麗で有名な国立公園に向かっている。途中、トイレ休憩でバスは道の駅に停車した。 「今から15分の休憩となります。お手洗いにいきたい方はこの休憩中にお願いしまーす」 結婚相談所のバスガイドの若い男性はボンヤリとした顔でツアー客に呼びかける。 道の駅はツアー客で賑わうこととなった。 トイレを済ませた私はハンカチを忘れた事に気が付く。前日に孫の風太と息子の嫁の渚さんが来てくれて、今日の準備をしてくれたというのに。 「お義父さん、洋一さんが無理やりツアーに申し込んだみたいですみません」 「いや、アイツなりに考えがあるんだろう。ああいう強引なところは死んだ妻にそっくりだ」 「明日は、ジイジに新しいバアバが出来るんでしょ?」 「いやいや、そんなことはないよ。少し桜を見に行くだけだ」 「お花見に着ていくお洋服はこちらにご用意しました。春らしくて動きやすいと思うんですけど、どうでしょうか」 「何から何までありがとう。よく出来た嫁さんをもらって洋一は幸せもんだな」 「ママジュースこぼした」 風太のブドウジュースが畳にこぼれている。 そうだ。あの時用意してくれたハンカチでこぼれたジュースを拭いんだった。私としたことが。自分が嫌になる。最近は忘れっぽくて困る。…やはり、新しいバアバが必要なのか… とにかく、ハンカチは必要だこの道の駅で売ってるだろう。 店内に入りハンカチを探す。

悲しみにさよなら

 バイト先のゲームセンターで、モグラ叩きの筐体の掃除をした。鍵を開け、モグラたちが収納されているスペースを見ると、隅に注射器が何本も転がっていた。「それは痛み止めさ」いつの間にか背後に店長が立っていた。俺はモグラたちを見たが、暗がりでどんな表情をしているかわからなかった。店長は軽く笑って、ため息をついた。とりあえず俺も笑うことにした。

九月一日は

親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。  原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。  華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ  何にも言えなくてごめん。  命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。  でもそんなこと絶対にない。  命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。  命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。  約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」  これを読んで華織が死んで初めて泣いた。  心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。  それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。  周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。  それでも教師になりたかった。  今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。  趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」  「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」  「どんなに些細なことでも良いです。  少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。  友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。  私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。  長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」  もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」  後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」  話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。  そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。  今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。  

ある日の日記〜動物について〜

「もしも、何か動物を仲間にできるとしたら何がいい?」 ぼくはもちろんゾウです。 何といってもあの巨体、毎日あの大きい背中にのって学校にいったらさぞかし気持ちいいでしょう。 それとあの長いはなもいい。 夏はいっしょに水で遊んだらどんなに楽しいことでしょう。 そんな話を今日学校でしていたらみんなそれぞれちがう動物をあげていました。 ライオンやチーター、ゴリラなどみんなふつうでは仲間にできない動物をあげていました。 特におもしろいと思ったのはつり好きのケンくんはクジラを仲間にして、協力していっしょにつりをしたいと言っていたことです。 ぼくは家族にも同じしつもんをしてみることにした。そしたらパパはこう答えました、 「仲間というのは、仲良くなれるということかな?それなら、犬がいいな。」 それを聞いてぼくはおどろきました。 犬はふつうに仲良くできるじゃないかと思いました。 でもそれは間ちがっているとすぐに分かりました。 後ろをみると、タロウがきばをむいてパパにいかくしていました。 パパは仕事がとおくなので週末にしか帰ってきません。だからタロウもパパにはあまりなついていないのです。 ぼくはパパのことを少しかわいそうだと思いました。 それはタロウになつかれていないからではありません。パパが犬をえらんだからです。 でも、パパも子供のときはぼくのしつもんに自分のあこがれのカッコいい動物を答えていたと思います。 ぼくは何十年たっても仲間にしたい動物がゾウだと答える自信があまりないと思いました。

フリーバグ

「フリーハグいかがですか?」    コンビニに行った帰り道、一人の女性が立っていた。    フリーハグの存在は知っている。  なんか、ハグしてくれるらしい。   「いいですか?」 「もちろんです」    名前も知らない人との、数秒間だけのハグ。  少しの緊張と、少しの温かみを感じた。   「ありがとうございます」    ぼくはそのまま彼女と別れ、会社に戻った。  どことなく、心がぽかぽかと温かかった。             「先輩お帰りなさい! バグ、三件増えました!」 「フリイイイイイバグウウウウウウウ!!!!」    温かい心のまま、体のエンジンを全力でぶん回す。  俺たちの徹夜はこれからだ。

青いドラム缶

今日を持って、三十年勤め上げた地元の製鉄所を退職する。ここでの仕事のことなら全て把握している俺にも、分からないことが一つある。蓋を閉じたままの青いドラム缶だ。不可解なのは、俺を含めた従業員全員が、中身を見たことがない。俺は今日、その蓋を開けてみようと思う。良い土産話になるだろう。

Private Eyes

 コンビニの店内に防犯カメラが設置されている。店員がスイーツコーナーにシュークリームを運んでくる。すると防犯カメラはひとりでに動き、そのシュークリームをじっと見つめ始める。そして、シュークリームが売り切れるまで、ずっとシュークリームを見つめ続けている。シュークリームが売り切れると、防犯カメラははっとしたように再びひとりでに動き、店内全体を見守る位置に首を戻す。だからこのコンビニの店員たちは、シュークリームが売り切れるまでは、注意深く店内を見回っている。なぜそこまでするのか、店員たち自身にもよくわかっていない。たぶんそれは、ペットに対する愛に近いのかもしれない。

待ち呆け待ち暴気

待ち呆け待ち呆け有る日せっせと野良稼ぎ 其処へ兎が跳んで来て云々と言う童謡有る けどそもそも待ち呆けはずっと待ってる様 表す事でしょうが実際に呆けるかと飽く迄 個人的には思いましたずっと待ってるのに 何故来ないと言う不条理が怒りを連れては 来ないのでしょうか実際に誰かと会う約束 して来る行く攻撃の内やっぱ来ないと為り がっかりよりも先に大嘘付きやその者達の 傲慢と怠慢を感じる方が正常な気がします 何故ならば理不尽と不条理はその中に潜む 偽善と嘘だから私は絶対にそんな不条理を 下手鉄砲如く何度でも告発と抗議して叩き 潰しましょう現実が嫌でも動く迄その為に 此処へ怒りを捨てに来るのだから下らない 規則当人の自由意識等の無責任な言葉には 何度も抗議して行くかも知れないその先の 大物が顔出す迄完

不眠

生まれてこのかた良い眠り方を知らない。 上手い眠り方を知らないのだ。 2時間前に風呂に入りスマホを避けたりなどを試してみたが、 どうにも上手くいかない。 眠れないのだ。日が昇る。新聞配達の足音がする。どうやらまた夜が明けてしまったようだ。 朝の支度をする。窓を開け、珈琲を飲むために湯を沸かす。今日も一日が始まる

◽️プチストーリー【愛す(あいす)】(作品No_01)

「そのアイスおいしそうぉ」 彼女が僕のコーンに載っかっているまん丸アイスを見つめている。 その視線で溶けやしないか心配になるほどだ。 「、、、、少し食べる??」 僕にはもうこの言葉一択しか選択肢がなかった。 「うんっ!!」 急におもっいっきり笑顔に変わり、首の頷きが、目がテーブルを見てまた僕をみた、いやアイスの方かもしれない。 あーん、パクっ 「おいしぃー!」 「人からもらうのってなんでこんなに美味しいだろうね!」 「ね!」 なんか全てのことがどうでもよく思わせてくれるこの瞬間 僕はアイスが大好きだ。 (了)

wish(はなのなまえ)

《Gt.山茶花》 深夜二時過ぎ 暗い部屋でアニメを見ている山茶花は六本目のビールを開ける 昼間の河川の工事で疲れているはずだが、寝れない。 先に寝た妻に悪いと、明かりをつけずにドラゴンボールを初回から観ていた。 山茶花の目はドラゴンボールに釘付けだが、頭で囁く声に苦しんでいた。 悪臭と筋肉疲労の一日のが終わって家に帰る車の中で、素晴らしい夕焼けに感動しながら、「今自分は何をしているのか」と不安が襲った。 それはそよ風のようであったし、静電気のようでもあった。どちらにせよ、何でもない一瞬の【感触】だったのだが、それからずっと不安が取れない。 自分は健康な肉体があり、仕事もある、妻もいる。妻とはなんだかんだで仲は良いと思う。何の問題のない幸せな人生だ。ただ…夢が、未だ憧れのままではある。 中学生の頃からバンドで飯を食うと決めていた。現実はそう、うまくは行かなかったが、そんな人はいくらでもいる。夢をかなえた人のほうが珍しいのだろう。 夢。 夢とはなんだよ 理想的な未来が現実にならないから不幸なのか? 不幸ってなんだよ 俺は幸せだ 今だってこうやって、稼いだ金でドラゴンボールを見ながらビールを飲んでる … ただ…俺は努力したんだ。今もしている。ずっと世界を目指してギターテクニックを磨いている。知識だって負ける気はしない。 だけど届かない。夢に。 今のバンドは結構良いと思っている、皆、それぞれ仕事をしてる社会人バンドだけど、かなり良いメンバーが揃っている。 ただ、時間と、もっともっとやる気があれば、物凄いバンドになるはずなんだ。 はなのなまえ。変なバンド名だけど、誰も観たことのない花を咲かせてやるって、そういう意味だって、俺は思っている。俺たちなら出来る。 俺は最強なんだ。俺たちは最強なるんだ。 深夜三時、イビキをかいている山茶花に毛布をかけて空き缶を片付けている。 テレビ画面では、ドラゴンボール探しの冒険に出た後、悟空が砂漠でヤムチャと対峙しているところだ。 窓の外は黒い雲が空を覆っている。遠くで雷鳴がする。 【wish】 On this endless road, there’s a dream I simply must make come true! 分かっていることなど何一つない 本当のことなどどうでもいいんだ ビリビリと俺の心がしびれている それ以外に確かなことなんてあるわけないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might Stronger than anyone else Faster than anyone else Flying higher than anyone else よそ見をしていたら溺れていく 弾丸を撃ち込まれても前を見続けるのさ 夢を見失ってまで 生きていたってしょうがないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might

仙人のように生きたいが僕は文字百姓

 山に籠りたい。 実際には食べ物や水を採る知恵がないのでの垂れ死んでしまう。 知り合いが山に登山にいった。 一緒に海を見て遠くを眺めていた。 僕は背泳ぎとバタフライが出来ない。 三島由紀夫の潮騒は読んだ。 たくましい青年になり損ねた。 美輪明宏も原爆を食らって生きている。 理解者がいないと弱る。 僕が半分女でもだ。 嫌な奴と言われた。 女を兼ねる。 合っている。 女の子を不機嫌にさせてしまう。 ムッとさせる。 山では相撲を取りたい。 河童でもある。 エロ河童。 知り合いに髪型を河童と言われる。 合ってる。 破戒僧が周りに多い。 女、酒、煙草、なんでもありだ。 満たされていないらしい。 山登りおじさんもそうはなりたくなくて頑張ったのだろう。 頑張るの苦手。 明日も世界のどこかで山登りする人が仙人とすれ違う。

八つ橋食い過ぎて夜ウンウン言う

 また食べすぎた。 今度は焼き八つ橋だ。 頭ん中お猿さん。 満腹中枢が壊れる前に摂生しないと。 自己分析するとウンウン言って苦しむのが好きでやってるのかもしれない。 マゾだ。 いや、馬鹿だ。 マゾで馬鹿だ。 カラオケにいた痘痕のある女の子はタフそうだ。 意外と自己管理が出来ているのかもしれない。 小人症の男の人は自信がありそうだ。 自分が好きなのが羨ましい。 僕も自愛しないと。 珈琲を飲んで寝るという矛盾。 石油を飲んでいたブルース・リーにはなれない。 超人というのはどういう過程を通ったらなれるのだろう? キン肉マンは弱い。 僕は悪魔超人なのに弱い。 あるいはジェロニモかもしれない。 人間なのに悪魔超人を倒した奴。 テロリストの道を脱し超人ルートへ。 植物人間になって夢を見る夢を見る。 夢の集積回路。 アカシックレコード。 何かしら影響を与えている。 実験は続くが成果はいまいちだ。 なにもしない実験。 周りが勝手に動く。 意志が融和していく。 弱い生き物の会話兵器。 実はそれは強いのかもしれない。

走れ黄色いヘルメット

 走れ! いいから走れ! 信号のおばさんも走る。 走れなくても走る。 黄色いヘルメットの選手も走る。 疲れる。 もっと走っておけばよかった。 ちょっと歩く。 そして走る。 鍛えるの苦手。 修行苦手。 走れ! 止まる。 タバコ吸いたくなる。 うああ喘息持ちの黄色いヘルメットの大人は今日もひいこら生きる。

カメレオン

中環沿いの道を歩いていると、巨大な支柱が何本か連なって聳え立っているのが見えた。聞けば近年に、モノレールが開通するらしい。僕は爬虫類が好きってわけでもないし、電車に興味があるわけでもない。ただ、その支柱の造形が、どことなくカメレオンの手に見えるのは、僕だけだろうか。

薄明の案内人

 遥か先の空をオレンジに染めている太陽に、ふと気がついた。いつの間にか朝が来ている。  冬本番が到来し、日の出が随分と遅くなった。急に寒くなった季節に、いつコートを着ようかと悩む日々。うだるような暑さに喘いでいたのが、ついこの前に感じるのに、時が流れるのはとても早い。はあっ、と息を吐いてみると、白い空気が空に上った。  約束の時間が迫っている。    一年前、知らない街で地図を見ながら歩いていると、細い路地裏に迷い込んだ。目的地への近道だと踏んだが、失敗だったか。そう思ったが、わざわざ来た道を戻るのも癪で、行けるところまではと足を前に進めた。住宅街に入り、役に立たない地図はポケットにしまった。ここまで来たのだから、先人の知識に頼らず気の向くままに歩いてみるのも良いだろう。半分は好奇心、半分はやけくそだった。  しばらく歩いていると、道に立ち止まっている誰かを見つけた。マフラーを巻き、たまに足踏みをして、明らかに寒さに耐える仕草をしていた。こんな、顔見知りしかいないような住宅街で、誰かと待ち合わせをしているのか、と少し疑問に思う。近所の知人であれば家に行けば良いし、遠方からの来客にとっては入り組みすぎている。家族を待っているのだろうか、などと邪推したところで、声をかけるほどの関心はなく、そのまま通り過ぎようとした。 「この先は行き止まり」  メゾソプラノの声が聞こえ、周りに、自分以外に声をかけられる対象がいないことを確認して振り返る。ぱっちりとした丸い目が、こちらを見ていた。ありがとうございます、と感謝を伝えるが、返事は返ってこない。  声をかけておいて、と呆れるが、これ以上留まる必要もないと、会釈をしてどこかの角まで引き返すことにした。 「道案内するよ」  終わったと思っていた会話が続き、面倒だと思いながらも、結構ですと返事をする。親切に行き止まりであると教えてくれた人に対して冷たい言い方をしてしまったかと焦ったが、見たことのない人間にいきなり声をかけるのは、現代では不審である。ましてや今の返事を聞いて、同じ方向に歩き出そうとしている人間を不審に思うのは致し方ないことだろう。 「あの……」  なぜ横を歩いているのか聞きかけて、彼女がイヤホンを付けていることに気がついた。こちらからの話には耳を貸す気がないらしい。害はないし、もしかすると途方に暮れる一歩手前だったかもしれない旅人を救ってくれた、ただの優しい地域の方という可能性も捨てきれないため、振り切る事もできず、ただ無言で歩き続けた。 「あんなところに何の用があったの」  単刀直入に質問されて、言葉に詰まる。迷い込んだとはいえ、住宅街をうろついていた不審者は自分だったか、と冷や汗が流れた。 「その場所なら大通りを右に曲がってまっすぐ行くと右手に見えてくるよ。方向音痴は相変わらずだね」  最後の言葉に、思わず隣を見る。なぜ以前からの顔見知りであるかのような話し方をするのか。それに、どこに行きたいとも答えていないのに、なぜ行き先を知っているのか。一緒にいるのが少し怖くなり、大通りが見えてきたところでお礼を言って別れようとした。 「来てくれてありがとう。また来年、今度は太陽が昇る前に会おうね」  最後に残った意味深な言葉が引っかかり、歩きかけた足を止めて彼女の顔を凝視する。誰かに似ている気もするが、その誰かが思い出せない。あなたは誰ですか、そう尋ねる。 「私に会いに来てくれたはずなのに、明後日の方向に行ってしまうんだから」  頭の中がクリアにならない。靄がかかったように、まるで夢の中にいるように、思考がおぼつかない。 「会いたかった。一年間、今日が来るのを待っていたの。きっと、必ず会えると信じてたよ」  一年前の今日、何があった。自分は何をしにこんな所まで来た。思い出せるはずなのに、つい数分前まで分かっていたはずなのに。 「覚えていてくれてありがとう」  びゅうっ、と大きな風が吹き、反射的に目を閉じる。眼の前にいたはずの誰かはいなくなっており、一人、取り残された。  大通りを右に曲がる。まっすぐ歩いて、右を見る。  目的地の、石が沢山並んだ墓地を見る。  一周忌。彼女の事故から、一年が経っていた。一緒にいながら、目の前で零れ落ちてしまった命。無機質な石を見ると、彼女が本当に消えてしまったと突きつけられるようで、墓参りに来られなかった。  それでも日々は恐ろしいほど通常どおりに流れる。一年経って、気持ちに整理がつかないまま、それでも不義理な姿を彼女に見せたくなくて、勇気を出してここに来た。忘れていないよ、と伝えるために。  太陽が昇る前に。彼女はそう言った。今度は迷わず一直線に、細い路地裏に入り込む。薄明の空、待ち焦がれた影に、大きく手を振った。 (お題:路地裏・イヤホン・振れる)

花と散る、その前に

 ただ一瞬、風が吹いた。  その暖かな空気に流されるまま、君の髪は遠く靡く。  良い頼り、とは誰が言ったか。  花はいつか枯れて落ちてしまっても、花言葉は永遠に残り続ける。 「綺麗だね」  と君は言った。  色とりどりに咲き乱れるそのさなか、その色に溺れるように君は、目を閉じた。

残響 (掌編詩小説)

サイケデリックな都市に残響する 高架下のビビットなネオンライトが路側帯を照らす 寂れた電柱に貼られた広告を余所見に 夜を迂回して朝を待つ 忘れられたママごとセット 捨てられた子守り人形 互いに補い合って 繋がり留まって そこは花園 すっかり夕日が傾き、夜の味 サイケデリックな都市に残響する 高架下のビビットなネオンライトが彼らに指揮する (完)

Dilemma

 夜中、眠れなくて、テレビをつけた。バラエティ番組が流れていた。たぶんそれはバラエティ番組だった。画面いっぱいに派手な色のテロップが表示されている。『挑戦失敗!』そしてそのテロップの向こうで、神様が笑いながら頭を抱えていた。神様の手にはハンマーが握られていて、目の前には地球が浮かんでいた。どうやら神様は地球をハンマーで壊すチャレンジに挑んで、何かの事情で、それができなかったらしい。俺は窓を開けた。神様の笑い声が夜空から聞こえてきた。とにもかくにも、まだしばらく地球の生き物たちは生きられるらしい。