令和置き配

 近頃、置き配が流行っている。  宅配便を対面で受け取るのではなく、玄関前に置いてもらう配達方法。    受け取る人間は、宅配業者と言う見知らぬ人と顔を合わせなくていいし、宅配便が届くだろう時間に家で待機する必要もない。  効率が良い。    配達する側は、インターフォンを押して待つ時間が削減されるし、なにより再配達の手間がなくなる。  効率が良い。    なかには、盗まれたら恐いなんて声もあるが、昔の日本では玄関前におすそ分けの野菜を置いておくなんて普通の事。  キツネやイノシシが盗んでいくかもしれないが、人間が盗むことはほとんどない。  安全安全。    そんな俺でも、最近見逃せない置き配がある。  子供だ。    午前七時に開いた小学校に、子供たちが投稿する。  学校の中には、設備の点検をする用務員がいるだけで、教師は一人もいない。  空っぽの学校で、両親の仕事の都合と言う理由で放置された子供たちは、まるで両親から学校への置き配だ。    昔の日本でも、カギっこはいた。  両親のいない家に一人で帰る、自宅への置き配キッズが。  しかし、それは自宅と言う自己責任があったからこそとも言える。    果たして学校への置き配キッズの責任は、どこに行くのだろうか。    両親か。  学校か。  役所か。    新聞を捲ったら、置き配キッズが一人、盗まれたというニュースが載っていた。  不謹慎ながら、この責任は誰がとるのか、楽しみにしている私がいる。    少なくとも、置き配キッズの両親はテレビの中で泣いていた。

人のようなもの (掌編詩小説)

私も人なのに、人と同じように生きるのが難しく感じる どこかで、孤独感と下降するばかりの心の落ち着きを感じる これには波があるので、いつやって来るか分からない 周囲に気づかれないように、孤独感に慣れたし心の保ちようも学んだ 生きるとは共存・調和し合うということ だから、嫌でも… 人と比べなくては人の世に置いてけぼりにされる 気分が浮かない日は、寝ることが怖くなる (完)

パチンパチン

 始発から電車に乗って勤務先の駅まで 各駅に止まるたび、人々で車内は埋め尽くされる。  主要な駅で大量に降りて、入れ替わりで大量に乗車してくる。 おにぎりのお米のようにぎゅうぎゅうと人々が詰められていく。    どこかでパチンと音が鳴る。  その音をきっかけにパチンパチンと音が鳴る。  人々は音とともに消えて行く。    目の前で黒いコートの人と黒いコートの人が触れ合うと、パチンと消えた。 その直ぐ側で白いバッグの人が三人触れ合うとパチンと消える。周りの人たちはスマホを見ていたり寝ていたりして気が付いていない。  僕はシートの一番端、隣には女子高生が座っている。彼女は教科書を広げ、テスト勉強をしているのか、人々が消えていることに気が付いていない。  僕は彼女と同じところがないか探す。 社会人と学生、スーツとセーラー服、短髪とポニーテール、男と女。ない。同じところはない。そうしている間にもパチンパチンと音がする。  ふと気になり、いや、さすがにそれはないか、と忘れようとするが、一度気になりだすとその考えが頭にこびり着いて離れない。恐る恐る教科書を見ると、「佐藤」と名前が書かれてあった。「僕と同じ佐藤さんだ。」その時パチンと当たりが暗くなった。

祝福

式場の照明は、少しだけ現実をやわらかくする。 後輩が、知らない顔で笑っていた。 いや、知っているはずなのに、どこか遠い。 スーツ姿も、隣に立つ人も、全部が「正しい場所」に収まっているように見える。 乾杯のグラスが鳴る。 拍手が波のように広がる。 僕はその中にいて、少しだけ外にいる。 昔、同じフロアで、同じ時間に帰って、くだらない話をしていたはずなのに。 いつのまにか、彼女は別の軌道に乗っていた。 祝福する。 それは、嘘じゃない。 でも、どこかで理解している。 もう同じ重力には戻らないことを。 ケーキ入刀の瞬間、彼女はまっすぐ前を見ていた。 その横顔に、迷いはなかった。 拍手に混ざりながら、僕はふと考える。 あれが、正しい解放なのかもしれない、と。 手を伸ばしても、もう触れられない距離で、確かに、彼女はそこにいる。 「おめでとう」 そう言った声は、ちゃんと届いたはずなのに、どこかで反射して、自分のところに戻ってきた。 その夜、帰り道の空に、月が浮かんでいた。 名前を呼ぶほどの理由もなく、ただ、見上げる。 触れる必要はない。 たぶん、そういう距離もある。

星空と私

暗転に光る小さな欠片。 それを見た私は 「ああ、私はあの星たち全てを理解することはできないんだろうな」 そう呟く。 「星はあんなに光っていて、私たちに場所を教えてくれると言うのに.....」 ため息をついた私は、またどこかへと駆け出した。

私私私

姉というものはこういうもの。 女の子は男の子とばかり遊ばないもの。 女の子の服はスカート。 人は誰かを恋愛的に好きになるもの。 社会人とはこういうもの。 全部、後出しで私を傷つけながら突きつけてくる「当たり前」。 そんな事も知らない私がおかしいのだと思っていた。今でも、思ってしまう。 姉としての行動ができなかった時の頬の痛み。 女の子としてできなかった疎外感。 恋愛はいつかできると思っていたあの頃。 社会人として「当たり前」ができなかった時に貼られた、不良品のレッテル。 都合が良かったんだね。 私を勝手にラベリングして、型にはめて、はみ出た部分を切り落とす。 でも、はみ出たその部分も、私なのに。 この傷は、ダイヤモンドみたいに輝かない。 いつまでも消えずに、痛み続ける。 艱難汝を玉とす。いい言葉だと思う。憧れもある。 けれど私は、 この傷をきれいなものに変えなくていい。 傷は傷のまま、醜くても、 それでも私のものとして連れていく。

 朝の電車に乗っていた。隣の座席に、若者が座っていた。若者はヘッドホンをつけていた。かすかにそのヘッドホンから音が聞こえてくる。音漏れだ。それは音楽ではなくて声だった。「……」耳を澄ます。「……あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」その声はそう言っていた。若者は目を閉じて、軽く首を動かしていた。「あなたは正しい……あなたは正しい……あなたは正しい……」それを聴いているうちにだんんだん「あなたは正しい…あなたは正しい……あなたは正しい……」自信が出てきた。電車が駅で停まった。若者に会釈をして電車を降りた。若者はにやりと笑った。駅を出て、会社に向かう。上司の顔を思い浮かべながら、鞄の中に包丁があるのをもう一度確かめた。

雑音 (掌編詩小説)

警笛が鳴り響く 機械音なのか 生物音なのか 定かでは無い 草が風に煽られる音 夜に明日を煽られる カーテンを揺らせば 布団を引きずる重り 雑音の音源が私からなのを知る (完)

価値のない世界

 最近、トークンの存在が話題になっている。  トークンとは、既存のブロックチェーンの上に作られた暗号資産であり、言ってしまえば暗号資産界のМVNOみたいなものだ。    トークンには、形がない。  見ることもできなければ、触れることもできない。  金額も乱高下するのに、お金の振りをしているのが立ちが悪い。   「なんで皆、こんなの買うんだろうかね」    お金の本質は、信用だ。  なぜ人が、円通貨を買うのか。  円を発行している、日本を信用しているからだ。  なぜ人が、交通系ICカードにチャージするのか。  交通系ICカードを発行している、交通会社を信用しているからだ。  なぜ人が、ローカルスーパーのPayにチャージするのか。  Payを発行しているローカルスーパーを信用しているからだ。    ただの紙切れ、ただの電子データは、信用によって価値を増す。  ならば、作ったばかりのトークンに、いったいどんな信用があったというのだろうか。  ぼくは、なぜ買うと苦言を呈するのは、そこに理由がある。   「まあ、俺も同じか」    とはいえ、何を信用するかは、人それぞれだ。  誰と友達になるか、誰と結婚するか、それも結局信用だ。  この人となら一緒にいてもいいという信用が、その人との縁を繋ぎ、自分にとっての価値となる。    例え誰に嫌われていようとも、自分が好きで、信用しているのならそれでいい。   「コンビニ行ってくるけど、何かいる?」 「コーヒー」    妻が買い物に出かけた。  コンビニアプリのクーポンが切れそうだからと。    コンビニアプリのクーポンも、所詮はただの電子データ。  一歩コンビニの外に出れば、一円の価値も持たない。    しかし、世の中はそんなものなのだろう。  価値のない物に無理やり価値を作り出して、価値に囲まれた自分も価値あるものだと思い込み、生きていくしかないのだ。 

吊り橋を渡って (掌編詩小説)

レンガ造りの橋の下 赤茶色に焦げたアーチを潜って 足りない霊感に安堵する 贅沢な光源は無いけれど 不思議な空間に自ら溶け込ませていく 寒気が貴方のいる方向を教えてくれる 遊び感覚だったのにな… 遊戯感覚と言い換えたい、この気分 しばらく歩き中腹といった所… 進路の垂直になる方位 レンガとは違う好奇心をくすぐる鉄の扉 続く螺旋階段歩けば人の海 手招きする舟使い 打ち光る夜光虫の輝き この世の未練を明後日の方向へ これからの期待を向こう岸へ (完)

Change The World

「ラーメンの中に地球が入っているぞ!」男の怒鳴り声がラーメン屋に響いた。見ると、カウンター席に一人のチンピラが座っていて、レンゲを掲げていた。そのレンゲの中に、地球が入っていた。「どうなってんだこの店は!」店主の老人がすっ飛んできて、チンピラに頭を何度も下げた。「お代は結構ですので……」「当然だ馬鹿野郎!」チンピラは荒々しく立ち上がり、店の壁を蹴って、そのまま出ていった。店主はラーメンの器や箸を片付けながらうなだれていた。そして店主は、ラーメンの中に入っていたという地球を忌々し気に掴み、ゴミ箱に叩き込んだ。地球が砕ける音がした。「帰る故郷がなくなっちゃったな」一部始終を見ていた、地球出身の俺は、ラーメンをすすりながら、そう思った。

暗黙知の了解

 ぽつりぽつり。僕は夜空を見た。どんより曇っていた空だった。どこか哀れんでいるかのような嘲笑っているかのような空だった。  僕は走り出した。悩みも迷いも全て無かったかのように全力で走った。息を切らし、緑の生い茂った並木道を抜けるとそこにはたくさんの石ころの側に川が流れていた。  どうして僕はこんな事をしているのだろうと川の水面を覗き込んだ。そこには当たり前のように自分の顔が映っていた。しかし、次の瞬間、水面の波が激しく揺らめき、途端に自分の顔は酷く疲れている顔が現れた... 「あなたはだあれ?」  水面からそう聞こえた。確かに聞こえた。 「あなたはだあれ?」  もう一度聞こえた。聞いた事の無い鈍い声。  私は恐る恐る立ち上がりゆっくり後退りをすると.... 「行かないで!!」と大きな声で水面が叫んだ。 そこから恐怖に支配され、しばらく動けずに水面を黙って眺めているとさっきまでとは違う自分の顔がそこには映っていた。笑っている顔だ。幸せそうな、、でもどこか不安そうな、、顔をしていた。  ボクは夢を見ていたのだ。とさっきまで夜だったのにもう朝だ。ベッドの側に置いてある携帯を見た。友人?と電話して寝落ちしてしまったのだ。あんなに会話が弾むとは思わなかった。昨日は楽しかったなーとそんな事を考えながら寝起きに目を擦り、歯を磨き、身支度をし、いつも通りの会社までの道のりを電車に乗って通うのであった。

九月一日は

親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。  原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。  華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ  何にも言えなくてごめん。  命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。  でもそんなこと絶対にない。  命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。  命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。  約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」  これを読んで華織が死んで初めて泣いた。  心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。  それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。  周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。  それでも教師になりたかった。  今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。  趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」  「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」  「どんなに些細なことでも良いです。  少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。  友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。  私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。  長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」  もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」  後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」  話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。  そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。  今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。  

振られただけ。

今日、振られました。 もっと痩せていれば、 もっと優しければ、 もっと可愛ければ、、、。 そうじゃない。きっとそうじゃない。 もっと別の何かのせいだ。 自分ではわからない中身の部分だ。 それでも、自分のコンプレックスをせめてしまう。 もっと治すべき場所があるのだろう。 自分の嫌いなところなんてたくさんある。でもそのどれかのせいにしてしまったら、誰が自分を好きになってくれるのだろう。 「自分だけは自分のことを好きでいよう。」 それが私のポリシーである。 ポリシーが揺らぎそうになることなんて沢山ある。 そんな時、私は何も考えない。 ただただ事実を受け止めるだけ。 今日私は振られました。

影友達

 何故だか、友達ができなかった。  変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。    でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。   「変な顔だなんて、酷いよね」    ぼくには、ぼくの影がついている。  顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。  唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。  どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。   「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」    壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。   「やる?」    驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。  唯一の友達と、お話しできたことが。   「やる!」    ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。  そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。   「早くやろうよ」 「うん!」    影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。  影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。    一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。   「他に友達は作らないの?」    ぼくはゲームの手を止めた。   「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」    ぼくは思わず吹き出した。  影も吹き出していた。  二人でひとしきり笑った後、影が言った。   「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」    次の日。  変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。  そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。  ぼくは殴り返した。  足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。    結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。  そいつとは互いに謝って終わり。  クラスでたまに話す仲くらいにはなった。  喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。   「ぼく、友達増えたよ」    ぼくは影に報告をした。  でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。  代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。    最近のぼくは友達と遊んでいる。  たまに、影ともじゃんけんをしている。  決着は、一度もついたことはない。

Mr. Moonlight

 夜空を見上げる。月が浮かんでいる。きらきら輝いている。きらきら輝いている理由は、月を補修しているセロハンテープに、月光が乱反射しているからだ。この間、月は、人間が撃ったミサイルで傷ついた。だから神様が、とりあえずセロハンテープで補修したのだ。いずれきちんと直すのだという。だが個人的には、あれはあれでキレイだと思う。ミサイルを撃った人も、案外それを見越していたのではないか。今頃刑務所の窓からこの月を見ていたりして。

ぼったくりひっかかり教育

「この三年間、必死に勉強をしろ! いい大学に入れば、いい就職ができて、幸せになれる!」    子供たちは、必死に勉強した。  大学受験と言う高い壁を乗り越えるために。   「企業分析はしっかりしろ! 面接対策もな! いい就職ができれば、人生バラ色だ!」    子供たちは、必死に勉強した。  採用試験と言う高い壁を乗り越えるために。    そして晴れて大人になって、社会人デビューを果たした。  地元を離れ上京し、都会を楽しんでいたところで声をかけられる。   「君、君。アイドルに興味ない? ぼく、こういうものなんだけど」    入り口にそびえ立つ高い壁を乗り越え続けた元子供たちは、向こうからやってくるという低い壁を前に、目を輝かせる。  ずっとずっと言われてきた。  入り口にある壁を乗り越えれば、幸せになれると。   「なりたいです!」    だから、降って沸いてきた低い壁を飛び越えることを喜んだ。        電話が一本かかる。   「もしもし」 「あ、大学長ですか? 今年も大学入試に高い壁を設定してくださって、ありがとうございました。おかげで、アイドルの卵が豊作です」 「ほっほっほ。良いってことよ。それで、わかってるね?」 「もちろんです。写真を送りますので、お好きな子を選んでください」    電話が一本かかる。   「もしもし」 「あ、社長ですか? 今年も就職試験に高い壁を設定してくださって、ありがとうございました。おかげで、アイドルの卵が豊作です」 「くっくっく。良いってことよ。それで、わかってるね?」 「もちろんです。写真を送りますので、お好きな子を選んでください」    高い壁があるのは何のためか。  社会に出たばかりの子供たちはわからない。  高い壁は入口にしかなく、それを超えれば幸せになれると教育された現代人にはわからない。    理由を知るは、壁を作る者どもばかり。

The Longest Time

 昼下がり、家で一人、ご飯を食べながらテレビを観ていたら、テレビにノイズが混じり始めた。電気もちかちかしている。空気清浄機の動きもおかしい。何だろう。ふいに家の外から妙な音が聞こえてきた。窓から外を見る。路地があって、そこを一人のお爺さんが歩いていたのだが、そのお爺さんに向かって、路地に立ち並ぶ電信柱たちが、深々と頭を下げていたのだ。そのせいで、電気の流れがおかしくなっているらしい。私は窓を開け、お爺さんに声をかけた。「あなたは何者ですか」お爺さんは答えた。「電力会社の会長です」お爺さんはふんぞり返って歩いていった。電信柱たちは次々と頭を下げていた。私はつくづく、この国が嫌になった。

バスが来るまでのラブストーリー〜思い出〜

「夜分遅くにすみません。こちら長瀬峰夫さんのお電話でしょうか?」 「はい。長瀬です。桜井さんですよね。こんばんは」 「すみませんこんな時間に。遅いのでお電話かけようか迷ったんですけど、連絡しちゃいました」 「いやぁ、嬉しいです。正直嬉しい」 「そう言ってもらって良かった」 酔っているせいか口が軽くなってしまう。 地べたに座りながら月を眺めていると夜風に冷やされたアスファルトで尻が冷え、程よく酔いが冷めていく。 「あの、長瀬さん。今度、お会い出来ませんか」 桜井さんからなかなか電話が来ないので自棄酒をしてしたが、早合点だったな。 「はい、こちらからもよろしくお願いします」 ビニールの中の缶ビールは暫く飲まなくて良さそうだ。 🌸 ▼待ち合わせ時間三十分前。下北沢駅にて 七十を過ぎて、誰かとデートする日が来るとは思わなかった。 いざとなると、何を着ていったらよいか分からず、この間のバスツアーに着ていった物と同じ服で来てしまったが問題はないだろう。 雨が降りそうな空が私の気持ちと共鳴しているようだ。この間の電話は年甲斐もなく舞い上がってしまったが、こんな爺と一緒に過ごして楽しいわけがない。きっと今日のデートが終われば、金輪際電話はかかってこないだろう。 駅に電車が着くと、改札から人が溢れてくる。休日の昼間、下北沢駅は混雑している。昔は汚い下宿や飯屋があるくらいだったが、暫く来ない間に、知らない街になってしまった。 妻が生きていた頃はデートなんてしなかった。バブル絶頂期で100時間、200時間の残業など当たり前にあったし仕事が終われば仲間と飲み歩いていた。たまの休日に家にいると、息子が知らないオジサンでも見るように妻の陰から離れなかった。 妻に癌が見つかっても暫くは家に帰らず仕事場で寝泊まりしていたと思う。 職場に病院から電話がかかってきて、事の深刻さに初めて気が付いた。既に手遅れだったが。 頭を緑色に染めた若い男の肩が私にぶつかる。振り向きもせず街に消えていく。 私もきっとあんな風に生きていた。妻には悪いことをした。 結婚前に一度だけケーキを食べに行った。デートと言えばそれだけだ。私は知らなかったが、妻は息子によくその話をしていたらしい、とても楽しそうに。 適当に頼んだガトーショコラ ほろ苦い記憶が老いた脳で焼き焦げていく。 私は誰かを幸せにしたことはあるのだろうか。 「峰夫さん」 待ち合わせの桜井美幸が隣にいる 「すみません。お待たせしました」 「いや、私も今来たところですよ」

Crazy In Love

 出かける準備をしていたら、台所からくしゃみが聞こえてきた。私一人しかいない家だ。見に行くと、テーブルの上に置いておいた拳銃に違和感を覚えた。よく見ると銃口が湿っている。どうやら拳銃がくしゃみをしたらしい。きっと誰かにうわさされたのだ。この間、この拳銃であの男を殺したからだろう。私は湿った銃口をティッシュで拭き、拳銃をコートのポケットに突っ込んだ。そして、あの男の兄が潜伏しているアジトへと出かけていった。

自転車乗りづらい

 いわゆる首相Kの置き土産だ。 えらくやりづらい。 飛行機事故での死者は大々的に報道されるのに自動車事故はマスコミでは取り上げない。 今回の法改悪での自転車事故の死者、負傷者も無視されるだろう。 ソドムとゴモラみたいな世界で僕はえっちらおっちら自転車で畑に向かう。

自転車乗りづらい

 道交法が変わったので非常にサイクリングがしにくくなった。 いわゆる首相Kの置き土産だ。 車に煽られながらえっちらおっちら畑に向かう。 やりづらい。 国民を苦しめる方向にばかり法律が動くのはどうしたものか。 これなら自転車に乗る人は月¥500役所か銀行に振り込み届け出せばいいとかしてくれた方がまだマシだと思う。 要は罰金で税収を取りたいだけなのだから。 車道を走るのは逆に危ない。 飛行機事故の死者が大々的に報道されるのに国内の年3000人程の自動車事故の人数は取り立たされない。 今回の法改悪で自転車で死ぬ人も報道はされないだろう。 ソドムとゴモラのような世界になっていくなぁ、と思いながら今日も気をつけて自転車を漕ぐ。

あした

瞼の奥で、星がぱちりと光る。お昼に食べた卵焼き、とびきり甘いの、を思い出す。サッカーボールが暗闇を避けて飛んでいった。蹴ったのは、けんちゃん。 僕は、夜に沈む。

白線~シセン~ わたしは桜うまれ

 淡い日差しが薄手のパーカーをとおして背中がほんのりあたたまる。ぬるめのラテのような温度。ドブ川で流れる桜の花びらの数々は、龍のうろこ。  コンビニの駐車場に停まっている一台の青い車は、散りゆく桜の花びらにおおわれている。  遠くの山を背に、地元の電車が走る。小さな窓の光にみえる人影。スーツ姿で、どこかくたびれた背中の影。 「よう。あんたの娘ちゃんは入学式なんやろ?」  穴の空いた赤いジャージ服を着た、白髪の短髪のおじさん。中年太りで、重力に逆らってジャージの中の服にシワが垂れている。コンビニで買ったおにぎりとタバコを片手に。もうひとつはスマホを耳にあてて、誰かと話しこんでいる。 通学路には、制服姿の学生がまばらに歩いている。 「あのさぁ、新学期の最初のテスト、ダルいよね……」 「でも、それが終わったらうちらカラオケ行けんじゃん」 青春の一ページ。桜並木を制服姿で友達と歩いている。 「わたしだって、あっちの世界に行く予定だった」  ぼやきは、おじさんの通話の声でかき消される。小さなこぶしにぎゅっと力をいれる。視界にいれたくないのに。つい目で追ってしまう。春色の似合う透明感のある白めの肌。手入れが行き届いて、ニキビの腫れも薄い頬。まだこれからテニス部とかで筋力がつきそうな、華奢な脚。スカートとスニーカーのあいだからみえる、健康的な膝。  制服姿の学生を、車の通る道路を挟んで、ドブ川近くでぼけっとながめる。 ツバメが飛んでゆく。 「娘ちゃん、友達できたん?入学式初日で?やばいな。親離れ加速するやん__。いいやんか。わしと一緒に呑もうや」  私は自分の耳たぶを人差し指と親指で軽くこする。背伸びしてあけようとした、ピアスの跡。 春の空は、背伸びしたピアスの色に似ている。 「頑張れてんじゃん、わたし」 通学路に、もう学生の姿はない。

RPG

某有名ゲーム会社から五感で楽しむRPGというものが発売された。 ネットを見ても、抽選に外れたという書き込みしか見かけないので購入できた僕は実にラッキーなのだろう。 早速、専用のスーツを着て、ゴーグルをつけてみる。 驚いた、まるで現実と思い込んでしまうようなグラフィック。 NPCとの会話にも違和感がなく本物の人と話しているようだ。 そういえば、ゲームを進めるごとにAIがプレーヤーを学習して細かい演出が変化すると書いてあったような。 あまりの面白さに僕は時間を忘れて全クリまで一気にプレーした。 モンスターとの戦闘、ダンジョンの攻略、ヒロインとの恋、今までのRPGではありえないほど世界に入り込めた。 さあ、明日はクリア後のやりこみをしよう。 まだまだ触れてない要素が山ほどある。 * 「小林君、おーい聞いてる?」 「......はいっ、なんでしょう。」 「最近大丈夫?眠そうだし疲れてるんじゃない?」 「いえ、、大丈夫です。」 チッ、うるせーなー どうせお前には頼ってくれる仲間も愛する妻もいないのだろう。 俺は小林なんかじゃない、マルクって名前があるんだよ。 まあいい、どうせこの会社も今週中には辞めるんだ。 これでやっと俺の人生に専念できる。

感情の法律

楽しそうに友人と映っている写真 それを私はSNSに投稿した これで良し これで私の義務は果たした 本当の私は、こんな風に笑ったりしない 友人たちといることは私にとって苦痛でしかない 一人が好きなのだ 誰にも邪魔されず、ただ静かに過ごすことが好きなのだ 友人、恋人、同僚、親ですら、私にとっては煩わしいだけのもの それでも私は仮面を被り、虚言を吐いて、「それらしく」生きている 今日は会社も休み、それに誰とも約束をしていない 最高に幸せな一日だ 紅茶を入れた カモミールの香りが私を落ち着かせる そしていつも読んでいる本を取り出して、ソファに深く体を沈める 窓は開けない 外の音はノイズ以外の何物でもない 私にとって外とは敵でしかない カーテンも閉め切ったままだ ほの暗い部屋の中でアロマキャンドルを焚いて 静かに本を読み進める 何度も読んでいる本だけど、私はこれしか読まない 新しい刺激なんていらない ただ静かに過ごせるのなら、それでいいのだから スマートフォンが鳴る 本当は電源を落としたいけれど、たまに仕事の大事な要件がくることがあるから、切れない 不機嫌を隠すことも無く舌打ちをして、通知を確認する SNSの通知だった そこにはありとあらゆる「幸福と呼ばれる物」が詰まっている みんな、何が楽しくてSNSなんてしているのだろう 常々私はそう考えている それでも、私はそこから離れることが出来ない 義務だからだ 「今日も私は幸せに生きています」 そう宣言するためにSNSは存在しているのだと思う みんながSNSを通じて、あぁこの人は「普通」の人なんだ そう思ってくれる そのために私はやりたくも無いSNS投稿を続けている そうしなければ社会に順応することが出来ないからだ いくら一人が好きだとしても、社会の中にいなければ生きていくことは出来ない 社会に溶け込むためにも、私はSNSを止められない 苦しい ただ、苦しい まるで法律でSNSが義務化されているかのような、そんな社会が憎い 常に誰かに自身の存在をアピールして、常に誰かに監視されているような社会が憎い 私たちは法律の中で暮らしている 「幸せそう」でいなくてはならないという、感情の法律の中で それが「普通」なのだから 私は静かにSNSを眺めて、コメントをして、「普通」をアピールして、それからまた読書に戻る 牢の中で静かにその時を待つ死刑囚のように、静かに本を読む

人にやさしく

 宇宙空間の裏路地の隅に、おむつが落ちていた。そのおむつは、惑星用おむつだった。青い液体が染みている。この惑星用おむつは、地球が使用したらしい。おむつをつま先でいじって中身を見てみた。青い液体の中に、ぐちゃぐちゃの戦闘機や戦車が混じっていた。それはどう見ても汚物にしか見えなかった。

格好悪いふられ方

 スーパーマーケットに行った。卵売り場の前に、一人の若い男が立っていた。その男は、立ったまま泣いていた。しくしく泣いていた。男は、しゃくり上げながら、ズボンのポケットから、一枚の写真を取り出した。背後から覗くと、その写真には、一羽の雌ドリが写っていた。男は、その写真を見て、一層激しく泣きじゃくり、それから、その写真をビリビリに破り捨てた。そして、卵売り場を立ち去っていった。数年後、テレビを観ていたら、偶然その男が画面に映った。彼は、海辺の町の小さな居酒屋で厨房に立っていた。彼は笑顔で卵焼きを焼いていた。卵を次々と手に取り、それらを全部割っていた。彼の妻が映った。彼の妻は人間の女性だった。彼女はニワトリのとさかのように、髪を赤く染めていた。

ここでキスして。

 おじさんが歩いてくる。頭が禿げている。その禿げた頭の中央に、ストローが挿さっている。おでこにはシールが貼られている。そのシールには文字が印刷されている。『リンゴジュース』おじさんは街を歩いている。たくさんの人が歩いている街を歩いている。夏は特に歩く。喉が渇いている人がいるだろうと思うからだ。おじさんは歩いている。誰もおじさんを見ていない。おじさんのスーツのポケットには、ストローの先を消毒するためのウェットティッシュがいつも入っている。そんなおじさんに変化が訪れる。『リンゴジュース』のシールの下に、もう一枚シールが、ある日増える。『カロリーオフ』新しいシールにはそう書かれている。だが誰もおじさんを見ない。おじさんはくじけそうになる。おじさんは頭を振る。おじさんの頭の中から、たぷん、と音がする。

削ぎ落しダイエット

 手術台の上に、患者が一人眠っている。  体型は細めと言って差し支えないが、腹回りや二の腕に、ぽちゃっとしている部分が多少残っている。   「では、オペを開始します」    私は、ぽちゃっとした脂肪部分に、特殊な刃物を入れていく。  麻酔が効いているため、痛みはない。  骨を傷つけないように、神経を損傷しないように、丁寧に脂肪を剥がしていく。  魚の皮でも剝いでいるみたいだ。    剥いだ皮は、ごみ箱へ。    ぷつぷつと、表面に血がにじみ出てくるので、人工皮膚を貼り付けて速やかに止血する。  症状としては擦り傷と代わりないので、しばらくすれば血も痛みも止まるだろう。    人工皮膚は、事前に患者の肌色に合わせたとはいえ、実際に貼り付けると差異が出る。  なので、手術台の上で、仕上げの着色を施していく。  自然な肌色となるように。   「オペを、終了します」    文句なしのできだ。        後日、手術の成功は、テレビ画面の中で知った。  患者であったアイドルは、トレーニングと食事制限を頑張って痩せたのだと、水着姿をお披露目していた。  ひな壇に座る芸能人たちは大げさに驚き、観客席からも感嘆の声が上がっている。    あの手術は、手術中にこそ痛まないが、術後に麻酔が切れるとともに激痛が走る。  従来の美容医療よりも、何倍も。  果たして、この声援は患者にとって、手術の痛みを耐えてでも手にする価値があったものなのか。    私は手術台に乗った患者の気持ちを想像しながら、コーヒー一杯啜った。

食べても食べても

食べても食べても太らないのは四六時中、何かしらを考えて頭を働かせ続けてるから、というのは私の推測で、実際のところどうなのかは知らないし確かめることもしない。 何かしら考えているのはその通りなのだけど、つまらないことばかりで、だから考えなくてもよかったりすること。 けど、考えてしまう。 ―印鑑かなんかありますか あのときの「なんか」って、なんだろう? なんのことを指して言ったんだろう、あの宅配の人。一瞬、思考が固まってしまったあの言葉。結局、ボールペンを借りて名前を書いたけど、それが「なんか」なのかしら。それとも印鑑でも名前を書くのでもない何か別のことがあったりするのかしら。私の知らないうちにその「なんか」が世間に認められていたりするのかしら。わからない、わからない。 そうそう、わからないと言えば家電量販店の人ってなんだってあんなにおしゃべりなんだろう。テンションにしてもおかしな感じだし。仕事に就いてるからいいものの、そうでなかったら変人とか言われててもおかしくないタイプ。 そう言えば前に商品について質問したら「なんだお前そんなことも知らないのか」ってくらいの勢いで返されたことあったわ。もちろん横柄な態度でね。まちがってお客さんに声かけちゃったのかと思ったけどちゃんと店員だった。あれ、なんだったんだろう。あえて苦情は言ってないけど。あえてね、あえて。あの調子なら私が言わなくったっていつか誰かしらからコテンパンな目にあわされることになるんだろうし。ああいうのって不思議ねえ。ほんと不思議。 そうそう、不思議と言えば食べても食べても太らないの。やっぱり四六時中、何かしらの思考が頭にのぼって絶え間なく働かせてるからかしら。実際のところどうなのかは知らないし確かめることもしないけど。

無諷(むふう)

「わたし、風を撮りたいの」  と、あなたは言った。  でもね、風って目に見えないでしょ。吹いたら風の訪れを感じられるけど、それだけ。落ち葉が舞ったり、服がなびいたり、その一瞬一瞬だけ風の居場所が分かる。でも、次はどこへ行くのかと思っているうちに、風の気配はあっというまに消えてしまう。  あなたが残念そうに眉を寄せる。その様子が愛おしくて。  私は「しょうがないでしょう」と。風は目に見えないし、さわれやしないし、話せもしないのだから、と。共感めいた言葉を吐きながら、あなたが嘆くさまをじっと見つめていた。  でも、すぐに気をとりなおしたようで、あなたは「しょうがないか、しょうがないよね」とわらう。 「まぁ、いいか。今は吹かれるだけ。この目に映せないのなら、せめて。ぶつかってくる風を、ただ感じていたい」  あなたの首で、ぶらさがったカメラが揺れる。鈍色のレンズが私を捉えている。  カサカサと葉のこすれる、空。枝のすき間から感じる冷気は、そよそよとあなたの裾をなびかせる。 「このまま、私の服に当たってさ、風が色づいてくれたらいいのにねー!」  と、さけぶあなた。無邪気にわらうあなた。いたいけな、あなた。  葉の衣擦れがそっと鼓膜を刺激して、おのずと自分の耳がささくれ立っていく。手を添えてみて、ひきつった頬。なんて、ひどい顔。あなたの笑みには似ても似つかないけれど。それでも無理やり口をつり上げてわらってみる。  このまま目にしなくて済めばいいよ。  と、みじめな私を風がさらって。あなたの耳にすら届かないまま、ささくれだけがジンジン痛む。

コーヒーのせいじゃない

星がたくさんある夜空は、いまよりきっと明るくて、それはそれでいいんだろうな。 でも、暗い夜がないのも困りもの。 ひとり、お布団のなかで泣いちゃうとかできなくなる。 マーくんのつくる料理はおいしくて、つい食べすぎてしまう。 優良物件男子の、それが唯一の欠点。 コーヒーをいれてくれているマーくんをぼんやり眺め、 「キスしたいなあ」 と無意識につぶやいてハッとなる。 すぐ、 「ちがくて… あ、ううん、ちがうの」 付け足したのだけど、マーくんは笑顔を見せていた。 その笑顔の意味はなんだろう? 私にはわからなくて、下を向くしかなかった。 その日の別れ際、玄関の重い扉を開ける直前、マーくんが顔を近づけてきて、 「しなくていいの?」 と耳元でささやいた。 ドキン 心臓の音が、静かな夜に響いてしまいそうだった。 私は勇気いっぱいに顔を上げ、 「もう、ズルいなあ」 消え入るような声でそう言うしかなくなる。 軽くふれた唇は、苦いコーヒーさえも甘く変えてしまうような熱い余韻。 夜は暗くていい。 暗いからこそ、赤くなったホホも、乱れた前髪も、全部、隠しておけるから。 「続きは、また明日ね」 そう言ってマーくんは、もう一度、あの自信に満ちた笑顔を見せる。 今夜は、きっと眠れない。 それは、コーヒーのせいばかりでは、ないのだと―

魔法の言葉

大丈夫 君は、大丈夫 きっと、大丈夫 なんとかなる、大丈夫。 そんな魔法の言葉。 呟いてごらん。 ほら 大丈夫。

17:18/17:27

青い夕焼け 滲んだ太陽 カーテンの隙間 揺れるポニーテール 車椅子を押す人と押される人 いつか使うと思って残してあるあれこれ ガードレールに置かれたハンカチ 誰かの笑い声 片想いのあの人の声 疲れていると老けて見える 荒い自転車のギアチェンジ オレンジに空が染まる

四月のジェラート「桜とみたらし」

郊外にある住宅街 山の中に団地や家があるような自然豊かな場所に小さなジェラート屋さんがある どれも素材にこだわっていて、そのお店でジェラートを製造販売している 変わり種もあり、そこそこの人気店だ。 「ありがとう御座いました」 親指の爪に「ハンバーグ」と書いてある男性が桜とみたらしのジェラートを買っていった。 彼は店を出て駅の方へ歩いていく 夕方近くの土曜日、久しぶりに晴れた今日の住宅街は子供の楽しそうな声で溢れている 彼は買ったジェラートを透明の小さなスプーンで食べながら歩いていく スーパーの前に着くとそのまま店内へ入っていった 店内で挽き肉を探す 壁沿を歩く お肉コーナーは混雑している 手を伸ばし目当ての挽き肉を手に取る もう片方の手にはジェラートがある 挽き肉とジェラートを持ってレジへ行く ジェラートの残りを口に入れる 彼は今日、長く温めた恋を諦めたのだ 相手の女性は今日遠くの国へ旅立ってしまう 二人は恋の予感を感じつつお互い何もしなかった もしも告白をするなら別れる今日しかないが彼は動けなかった お互いを大切に思う気持ちだけが成長したが、結局、花は咲かなかった いつかご馳走するはずのハンバーグを作って食べる いつか一緒に食べるはずのジェラートはもう一人で食べてしまった 「桜とみたらしのジェラート」

絵が好き歌が好き(でも出来なかったり誉められたり)

 絵が好きだが正直下手だ。 でも描く絵を見せると誉められたり感心されたりする。 鑑賞者によって評価なんてものはコロコロ変わるものだなと思う。 歌が好きだ。 カラオケに行くと下手なんだね、と言われたり結構上手いねと言われたり評価はまちまちだ。 あまり人の意見を当てにしなくていいのかもしれない。 嗚呼やる気がでない。 このまま朽ちていくのか。 アカシアの老木。 水の音が響き渡るとき世界は震える。 あの娘はきっと歌いたかったのだろう。 勇気を奪ったのは誰かは知らない。 きっとずっと奪われそうになっていたのだろう。 僕も同じ穴の狢。 嗚呼。 はー人生一度きり。 僕の契約事項には神のサインが入っているのだろうか。 死神の名前を持つあの人はどうやら僕をどうにかするつもりはないらしい。 一日ごとに死と生を繰り返す。 物質としての肉体の終わり。 死神の絵を描こうかしら。 死は終わり。 そして始まり。 どこかのアニメみたいなことを言ってる。 今日もどこかで太陽が言う。 「いいのよ。」

セレネ

宇宙船は、地球の重力圏を抜けた瞬間に、音を失った。 警告灯も、振動も、すべてが遠のいていく。 計器は正常を示しているのに、胸の内側だけがざわついていた。 この星の束縛から、ようやく解き放たれた。 そう記録には残るだろう。 窓の外に、青い球体が小さく浮かぶ。 あれほど確かだった重さが、もう思い出せない。 手を伸ばす。 無重力の中で、その動作はやけにゆっくりで、どこまでも自由だった。 何にも引き留められない、初めての感覚。 やがて視界の奥に、光の塊が現れる。 星でも、装置でもない。 形を持たないのに、確かに「そこにある」と分かる何か。 触れられる距離まで、来てしまった。 私はためらいながら、さらに腕を伸ばす。 指先が、光に触れる。 その瞬間、理解した。 これは外にあるものではない。 ずっと内側にあったものだ。 記録装置は沈黙したまま、何も残さない。 ただ、帰還の軌道だけが自動で計算されていく。 伸ばして触れた神の御顔は—— 重力を取り戻したとき、その感覚を失った。

争いの果

今世界が戦火に覆われ様とする兆しの中で私は このフレーズ思い出した人間魚雷第2世界大戦 時はこの人間魚雷で敵地へ乗り込み命を戦火に 委ね散った者達本当に人間達がその様な勇敢で 尊い行動を興せたのだろう疑念が残る何故なら 今の人間達にその傾向は微塵も感じず特に日本 酷過ぎる未だ流行遅れの格差金持ちばかり徳を する構造は嘗ての穢多非人を示す逆ピラミッド 現象と言う懐かしいフレーズ想像する体短絡が 更に理不尽不条理と言う不の連鎖を連れて来る 正に負の構造だろう万が一日本が巻き混まれ的 戦へ身を投じる勇気有るのなら全て焼き尽くし 浄化される神の御慈悲かも知れない

野乃と「のの」

いつも通りのピンク色 とくに変化がなかった春 私にとっては という意味だけれど 変化がなかったことに 不満をいだいている人も いるかもしれない いや、多いのかも 私のまわりは、どうだろう 新たにやることが増えてしまったことへの不満 新しく来た上司についての不満 新人が一人も入ってこなかったことへの不満 言い出したら、きりはないけれど そろそろお昼の時間が終わろうかというのに 今日はまだ、ひと言も… 空には、うすく雲がはりつき、はっきりしてくれない 午後からは晴れてくるらしい 室内で作業をする私に そのことはあまり関係ない ひとりの休日出勤は 気楽で そして さびしくて 電話の鳴らない、人の声がすこしもない キーボードがカタカタと語るだけのさみしい空間で ひとり、作業をする 「のの」のことを想いながら