N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

ホリ君へ

 お酒を飲んだ夜、いつも想像する。二度と会えない友との時間を。電車の中で流れる涙は人の目など気にしない。惨めな顔を隠すように髪を下ろす。  一緒にお酒をのみたかった。惨めな私のことを笑って欲しかった。  電車の中で、涙と鼻水の止まらない私を笑ってほしい。隣でずっと呆れたように息をしてほしい。どうしようもないと私といっしょにいてほしかった。

晒しカメラ

「うわ、マナー悪」    男は気軽なつもりで、写真を撮った。  電車の中で眠りこけ、二席を使う会社員が迷惑だと思ったから、撮った写真をSNSで晒した。   『こういうのマジ迷惑』 『起きろよ』 『こういうやつからは料金を倍とるべき』    反応は上々。  男は自分の意見が肯定されたことで、満足げに笑う。   『撮る方も撮る方じゃね?』    しかし、たった一言で波が変わる。   『確かに』 『さすがに顔は隠してやれよ』 『仕事で疲れて、つい寝てしまっただけかもしれないし』    男の額に冷や汗が流れる。  晒し晒され社会において、正義とは共感だけだ。  会社員を晒すつもりであった男もまた、晒されるリスクを持つ。   『ギャクサラっしょ、これ』 『逆晒し逆晒し』 「はいアウト」    一方的な晒し社会を防ぐために、最近のカメラはアウトカメラで撮影すると、同時に撮影者の顔をインカメラで写すことが義務となった。  そして、インカメラで撮影された写真は、アウトカメラで撮影した写真にデータとして埋め込まれ、『ギャクサラ』と判定されたときのみ全員が閲覧可能な状態となってしまう。   『写真消しました』    男は慌てて写真を消したが、すでに手遅れ。  ばら撒かれた複製品から、インカメラで撮影された男の顔が流出する。  被写体にカメラを向けて、盛りなど考えていない無防備な顔を。   『ぶっさwww』 『もう犯罪だろこの顔』 『お前も料金倍払えよwww』    報復が犯罪を抑止する。  法治国会において、正しい行為なのか否かはわからない。  しかし、最近は他者を晒す人間が、減少傾向にあるのは確かだ。

臨終

これから君を拝もう。 我が北極星。 毎日起きてから君を見よう。 君の頬を似通っているアンパンを食べよう。 君の子守唄のような美声を聞いて寝よう。 その一日を散り際まで繰り返そう。 君をながめながら、 じっーと見たいような でも君が気づくと恥ずかしいから目を逸らしたいような 逸らしたらいまでも消えそうな君を見送りたいような そんな気分からはなせないような気持ちになるんだ。 はなせ、私を 容赦なく掴んでいる我が心を 頬を濡らしたこの涙を 私ははなせられなかったこの拝所を 私たちだけの方舟を

夜間旅行 (掌編詩小説)

これがバスなのか,電車なのか,飛行機なのか,もはやどうでも良いけど、ソファーが心地いい。 窓越しに映る夜景が美しく感じる。 窓を開けたいけど、今はダメ この手で夜景に触れたいけど、今はダメ… しばらくして、弁当や飲み物,お菓子を乗せたカートがやって来た。 小さな弁当を買おうかしら 飲み物は冷た過ぎないものを… お菓子はちょっぴり塩辛いものを… ついでにタガーナイフを二本買おうかしら そろそろ目的地のようだ 奴はもうそこにいる 出会う事の約束された奴をこの二本で仕留めたい タガーナイフを使って1日という概念を殺しに行く… 駄目だ。 今日も奴は私の猛攻をするりと抜けてさっき私が降りた乗り物に乗ってしまった 1日という概念は、今回も私と相席乗車のようだ (完)

至福の地獄

 私にとって指は命だ。耳は最高の商売道具、手は宝。指の長さはピアノを弾く上で黄金比、音感は昔から鋭く、音楽という分野の知識量は同年代と比べれば桁違いに多かった。そういう『完璧なバランス』を、今まで保ってきた。  毎週三回のピアノのレッスンは高度な内容でプロが行うようなものを毎回行っていた。その分レッスン費用は高額になるが、両親は快く、むしろ喜んで払っていたのだという。  恩師は語る。私から、指や耳、あるいは手か足が欠けてバランスが崩れれば、私の能力は著しく低下すると。指の長さ、音感、手の柔軟、それから、他より音楽を愛する志。その全てが揃ってこその才能なのだと。  とにかくその頃の私は、異端児だったのだと思う。まだ小学生の頃からプロに肩を並べる程の能力を持っていて、しかもそれが奇跡的なバランスで成り立っている。ある人は奇跡の子だとか、神童だともてはやし、またある人は悪魔の子だという陰口に花を咲かせた。  ―――それが、今より十年以上前の私がまだ小学生か中学生くらいの頃の話。今の私はというと、プロのピアニストになっているわけでもなく、部屋に引きこもり、ひたすらに曲を作っていた。一年の半分以上を部屋で過ごし、またよく、新たなインスピレーションを求めて街を散歩したり旅行に出かけたりした。しかし私が曲を出すと軒並み高い評価を得ることができていた。誰も、今の私とあの頃の私を同一人物だと思う人はいない。  部屋にあるのは、世界最高峰のピアノと、大量の楽器。それから、五千枚を優に越える量の五線譜と、ショパンだとかモーツァルトだとかの楽譜。それから、使用人に食事を持ってきてもらうためのベルだけ。音楽漬けの生活を、今も送っていた。  今も、完璧なバランスは保たれている。ただ時々、ありもしないことを考えて、肝を冷やしている。もし、病気で指を切り落とさなければならなくなったら。もし、耳が聞こえなくなったら。手が動かなくなったら。完璧なバランスが崩れてしまったら。その恐怖を、五線譜に書き表していく。そのうち出来上がった曲は、今までにないほど艶を持っていた。  ―――そして、事件は起きる。病院の前で立ち尽くし、両親の到着を待っていた。  『難聴』。その二文字が重く重く、体に寄りかかっていた。突発性難聴だった。  両親は到着するなり、私の頬を平手打ちした。今まで金をかけて丁寧に育てたのに、どうしてこうなるのか、と私を怒鳴った。  わからなかった。どうしてこうなったのかも、原因も。徐々に回復するという診断だったが、傷物になった今、今後の復帰は難しいだろう。完璧なバランスが崩壊した瞬間だった。  完璧なバランスが崩れた今、私にできることはなかった。指も震えて使い物にならない。手もショックからか冷たくなってしまった。  これからどうすればいいのか。復帰はできるのか。恩師の言葉が頭をよぎる。『バランスが崩れれば、能力は著しく低下する』。そうなれば、復帰は難しいのだろうか。  ストレスなのか分からない。疲れていたのかあるいは錯乱状態に陥っていたのかの判断すら危うく、その時の私は催眠にかかったように、ある一つのことばかりを考えていた。  気がつけば、部屋を出て、母の作業用机からカッターナイフを持ってきていた。それを握りしめ、私は指ではなく、今まで作曲した五線譜を全てカッターナイフで切り刻んでしまった。

1発のギャグ

これは筆者の自伝である。小説だと思って投稿はしていない。 学校では面白いキャラで通していた。 ギャグをしたり。SNSの投稿には落ちをつけることを意識していたし。授業中にスッとぼけた答えを言ったりして笑いをとることもあった。 そんな動きが気に入らない人もいたようで、俺には多くの味方と敵がいた。 俺が教室で部活に行く準備をしていると、女子生徒が飛び込んできた。 あの子だ。 俺が密かに想いを募らせていたあの子だ。 俺の親友が学年中に囃し立てられながら想いを告げるはずのあの子だ。 俺は親友に悪くて、空気を壊せなくて、『俺も好きだ』とは、やつが告白する。と言い出すまでとうとう言えなかった。 結局俺は囃し立てに参加するだけだ。 その子は。俺の目の前でカーテンにくるまると、俺に『あ、○○じゃん。』と言った。 涙声だった。 俺はなぜ彼女が泣いているのかわからなかった。理由を訪ねると親友の名前が飛び出す。 『告白されたから、振ったんだ。友達でいようって、でも、もうしわけないなって、悲しくなっちゃって。』 後半はほとんど言葉にならなかった。 『○○、1発ギャグとかしてくれない?悲しくなっちゃうから、笑わせてほしい。』 俺に要求をしながら、俺に涙を見せないようにカーテンに向かって泣く彼女をみて、俺は決心した。 ここでギャグができなければ、なにがおもしろいキャラか。 俺は今この瞬間のために。生きていたのではないか。 人を袖にしておきながら、相手を思って泣くことができるこの少女のために。 俺は、ギャグを披露した。 目の前の少女のために。 当たりが弱いかと思ったギャグはもともとツボが浅いたちな彼女にはクリーンヒットだったようで、彼女はとてもよく笑ってくれた。 目頭には涙をためながら、それでもなお涙を飛ばそうとするように笑ってくれた。 こういう風に、なにをしても笑ってくれるところが好きなんだよな。と俺は思った。 ひとしきり笑ったあと『ありがとう。○○に頼んでよかった!』と彼女はいった。 一方俺はよかった。こちらこそありがとうね!と月並みな返事しか出来なかった。 彼女からすればなにがこちらこそなのか訳がわかるまい。 『うん!お互いね!あ、部活行かないと!』 彼女はあわただしくかけていった。 予測不能で、快活。そういうこところも好きだった。 あの時繰り出したギャグは、実をいうとYouTubeで芸人が披露していたギャグはだった。 ネタ集めの一貫として記憶していたのだ。 でも、あのギャグは俺の人生で未だに1番のギャグとして記憶に刻まれている。 彼女には未だに思いは告げられていない。 教室で頻繁に喋るわけでもない。 クラスが同じわけでもない。 でも、それでいいと思っている。 教室で見かけたら話しに行くし。 SNSでの会話は続いている。 それでいい。 俺は今日も彼女との距離を詰めるために自分を磨いている。

夜の舞踏海

泡沫は美しい。私は今、海にいる。暗闇の中立っている。水はとても綺麗なの。生き物は苦手だけど暗いから見えない。暗闇でも海はキラキラ光っている。ここにいるのは音が好きだから。空を見れば星もある。潮の匂いがして、少しベタベタする風が吹く。疲れた、もうつかれた。人間と関わるのが、いきるのが。誰も私を、、、ね。そのうち呼吸が出来なくなるかもしれない。したい。なんかずっと水死体は恋したいっていう韻が好きだった。「したい。」、、、とても楽しい。今のテンションで私の目の前に誰かがいるならわたしは声を出してわらってる。なんで笑ってるかは分からない。ただ笑わないと、もたないから。でも今は、ひとりだから声なんてでない笑おうとしても無理だった。笑顔なんて作れない。笑うと左右の口角の高さが気になってしまう。誰も助けてくれやしない。理解してくれない。大切にしてくれない。誰もいない。みんなはいる。なぜいるのかが分からない。作り方すらわからないのに作れ。恋しろ。なんておかしな話だ。痛いのも苦しいのも嫌いだ。人に迷惑かけたくない。私は「いい子」でいなければいけない。どんどん仮面は剥がれ落ちてゆく。大人っぽい仮面も、綺麗な仮面も、おとなしい仮面も、いい子の仮面も。暗闇は怖い。怖いのに落ち着く。ひんやりして、何も無くて。私と同じだから、壊れていたい。溺れていたい。壊れたら、溺れていたら、誰かが、気に留めてくれるかもしれない。でも、ダメなの。ごめんね。

汚れ

 交番の前の掲示板に貼り紙があった。『凶悪犯を捜しています』男の写真とともに、そう書かれていた。そして文字には続きがあった。『発見次第、抱きしめてあげてください』そう書かれていた。男の写真を見た。寂しそうな目をしていた。数週間後、街をぶらついている時、ふと、一人の男を見かけた。貼り紙のあの男だった。男はポケットに手を突っ込んで、ぶつぶつ独り言を言っていた。抱きしめようと近づいてみた。そして、抱きしめるのをやめた。男は返り血でべっとり汚れていて、抱きしめたらこちらまで汚れてしまうと思ったからだ。

食欲がない。腹が、減っていないが。 でも、いま、しょうがなくて、ただ、ただ何かを食べたくて。この気持ちから、逃げたくて。味を感じないが。 どうか、どうかこの飯を匂わせて。この気持ちから、解放させて。そして、また、君のそばにいさせて。 私の目を君の姿に浴びさせて。 あの景色は、あの時から目に刻まれている。 それを涙で消せなかった。血が出てしまった。でもどうしても、目の奥に君の後ろ姿があった。 飯が食べられない。 忘れられないが忘れられたい。 感じたくてたまらない 君が作った飯と 君と出会った日を。

そわそわの今日

みんなそわそわしている 県外で受験する人もいれば もう合格が出た人もいる みんなそわそわしていて あっという間に 1月がおわる 今年も 今月も 今日も 人生初のいちにちなのに 今日が今日で無いみたい もう 4月からの新しい季節を 生きている人もいるし 直前の不安で 心が押し潰されそうな人もいる 未来の私は どこかで笑えているのかなぁ

クルーズ・ラブ

 早朝のクルーズ船のテラスで、あやとは1人で水平線を眺めていた。スラリとした姿だが、無愛想な顔がどうもパッとしない。栗色の髪が潮風になびいている。  クルーズ船での恋愛をテーマにしたドラマ『クルーズ・ラブ』の撮影の3日目だった。役者やあやとたちスタッフは、この船に泊まり込みで撮影をしている。売れてるプロデューサーの作品なだけあって、制作費が桁違いだ。これをもう少しでもADの給料に分けてもらえないものか、とあやとはよく考える。 「あ、ここにいたんだ」  声をかけられ振り向くと、みやびがテラスに出てきたところだった。ショートカットの彼女は、ヒロインの友達役の女優だ。今回は脇役とはいえ、大人びた美しさと自然な演技力で、いくつものドラマに出演してきている。本来、ADのあやとが関わるような人物ではないのだが…… 「おはようございます。こんなに早く起きて大丈夫なのですか?」 「あやとくんこそ。私は大丈夫、スタッフさんよりは早く寝れたから」  ふふっと笑い、あやとの横で柵に肘をつく。聞こえるのは船のエンジン音と波の音ばかり。まるで映画のワンシーンだな、とあやとはまた海に目を戻した。  その時、頬にふわっと温かいものが触れた。見ると、みやびの美しく整った顔がすぐそこにある。彼女は照れくさそうに笑い、首をすくめた。あやとは少し動揺し、ぶしつけに聞いた。 「あの、今――キス、しました?」 「ふふ、また油断してたでしょ。おはようの代わりだよ」 「普通に言葉で言ってくださいって、いつも言ってるじゃないですか! 見られてたらどうするんですか」 「大丈夫よ。今はみんな寝てるし、噂はディレクターの浮気疑惑で持ちきりなんだから」 「それとセットになって噂になったら大変だって言ってるんです!」  あやとが言っても、みやびは「ごめんごめん」と笑うばかりだ。あやとは額を押さえ、大げさにため息をついた。彼女の目を見ると本気で怒れなくなるのが、最近の悩みなのだった。

火曜日の夜

火曜日の夜 昼に食べ忘れたおにぎりを食べて帰る 夕焼けは毎日違って毎日美しい 日が延びている まだ、畑仕事をしている人がいる 人の咳が遠くまで聞こえる 夕空の下、畑の向こうで子供たちがグリコをしている 眠くて同じ所を何度も読んでいる 今日も腕が痛い 耳にコードのないイヤホンが刺さっているのに、やっと見慣れた 毎日会う人のバッグが汚い ピカピカと光る犬が歩いている 帰ってから一言も話せない 去年の夏に母がくれたジュースを飲む サカナクションの流線で今日を終える

死という病

「やあ、白髪が増えたな」  俺は片手を挙げた。車椅子に乗った男がガラス越しに手を振り返す。 「来てくれてありがとう、弟よ。お前は相変わらずだな」  男は双子の兄だった。俺は椅子に座り、目線を合わせる。ガラスに反射した俺の姿は兄と重なり合い、以前は全く無かった差異が際立った。 「身体は大丈夫か?」 「見ての通りだ。もうすぐ死ぬんだろうとは思うが」 「『死』、ね。やっぱりどうにもならないのか?」  兄は物心ついたころにはもう病気だった。虚弱すぎて、管理された清潔なガラスの部屋に閉じ込められた。その病名は『死』といい、科学が高度に発展した現代でも、治すことのできない病らしい。 「無理だよ。医者もそう言った」  兄の曲がった腰や、顔のしわが痛々しい。 「『死』ってやつが、何度説明してもらってもぴんとこない。もう一度話してくれよ」 「身体のすべての機能が停止して、何もできなくなる」 「もう会えない?」 「そうだ」  俺は状況を想像しようとしたが、難しかった。 「兄貴のことは、このガラスルームが記憶も思い出も全て記録してる。電子空間にデータをアップロードして、身体をモデリングすればまた会えるよ」  俺は兄貴を診ている医者がマトモなのかどうか、時々不審に思う。 「なあ、兄貴の医者はヤブなんじゃないか?実は兄貴の病気も大したことなくて、医療過誤なんじゃないだろうな」  兄はガラスを指先で叩いた。双方向から書き込めるホワイトボードが現れる。 「俺の病気のことはもういいよ。さあ、今日もお互いの研究について喋ろう」  兄は穏やかに言った。俺は生物学、兄は工学の研究者で、面会のたびに進捗を話すのが恒例だった。 「……そうだな。じゃあまず兄貴のから聞かせてくれ」  同じ造りの脳を搭載しているだけあって、分野は違くとも、自然と議論が深まった。兄弟で話す時、専門用語は使えないが、相手の思考を理屈を抜きにして理解できるため、議論スピードが心地よく上昇していく。 「なあ兄貴、兄貴がいなきゃ俺、やっていけないよ」  『死』が俺たちを分かつとしたら、この時間は永遠に再現できない。そう考えると、心に穴が空いたみたいだった。 「どういうことだ」  初めて聞く、険しい声だった。 「兄貴は俺の中の大きな部分を占めているんだ。兄貴ともう会えないなら、俺だって兄貴と一緒に『死』にたいよ」  突然、大きな音がした。兄がタッチペンをガラスに投げつけた音だった。 「死ぬなんて言うな! お前は生きろ。お前が俺の後を追って死ぬなら、そんなの……!」 「ご、ごめん。病気がどんなに辛いかも知らないで軽薄なことを言った」  兄は震える両手で顔を覆った。 「いや、違うんだ。俺こそすまない。ただ、お前に生きてほしい。これは個人的な、俺の願いなんだ」  『生きる』という概念がおそらく『死』の対義語ということは察しがついた。 「今日はもう休む」  面会は終わった。  次の面会で、兄は寝ていた。身体中がチューブにつながれ、喉から苦し気な音が漏れている。これが『死』か、と俺は半ば強制的に理解する。 「兄貴、俺はちゃんと『生きる』よ。そして、兄貴の記憶はアップロードするから安心してくれ」  兄は薄く目を開いた。 「アップロードは……いらない。データを破棄してくれ」 「は?俺には『生きろ』って言ったじゃないか!電子空間で『生きる』ことを兄貴が諦めんなよ!」  アップロードしないなんて信じられない。俺自身に起きることじゃないのに、『死』が怖くて仕方がない。俺と同じ脳を持つ兄が、なぜそのような思考に至るのか理解できなかった。 「俺はもうとっくにアップロードしてる」 「え?」 「お前が、俺のアップロードなんだ」  兄の瞳は濁って、宙を見ている。 「俺は死が怖い。死の恐怖に耐えられなくて、全盛期の脳をコピーした」  俺はガラスに手を触れる。ガラスの内側と外側がぐるりとひっくり返る。 「お前と話すのは楽しかった。だって、俺たちの脳は元が同じだから。でも、お前と俺の思考は変わっていった」 「わかった。俺が兄貴のコピーなことは全然問題ない。でも、一つ訂正する。兄貴と俺は同じだよ。だって、あんなに議論がスムーズで、」 「俺たちは興味を持つものが違う。それに、そもそも全く同じ思考回路ならまともな議論はできない。同じなら、相手のミスや、相手が思いつかない解決法をどうして言える?俺とお前は、もはや別人だ」  唯一無二の阿吽の呼吸が通じる相棒。その感覚を打ち砕かれたようだった。 「記録全てを消してくれ。お前は、俺の人生の続きからじゃなくて、お前の人生を生きてほしい。この願いが一番なんだ。死の恐怖を吹き飛ばすほどに」 「わからないよ」  兄は穏やかに笑い、一人で『死』んだ。  俺という存在がぽつりと、白い電子空間に浮かんでいた。

眠れない理由

 布団に入ると、今夜もまた幽霊が騒いで眠れない。  恨めしそうにこちらを見るわけでも、ぶつぶつと呪いの言葉を吐くわけでもなく、一人で騒いでいる。自分にとって都合の良い解釈や言い訳、妄言ばかりを並べて、最後にはまた自己嫌悪に溺れている。  こいつは自分を非難することは楽なんだろう。自分はダメな人間だから、仕方ないんだと諦める方が楽なんだろう。諦めたのなら早く成仏してくれれば良いものを、いつまでも目を回している。  今日一日の話だったはずが、わざわざ過去の話を掘り出してきてより騒ぎ出す。誰かに訊いたわけでもない自分の評価を、他人の姿を借りて自分に下している。それも結局は自分の価値観から生まれたものだと、気付いていないのだろうか。  何の意味ももたない、どうしようもない話を毎晩聞いているから眠れなくなるのだ。そして明日の朝、余裕を持って起きるはずが布団から出れずに、ずるずると一日を消耗していく。集中力も落ちるから、また仕事で失敗するんだ。人との会話も噛み合わなくなる。  そしてまた、新しい幽霊を作り出すのだ。

山登り

 山に登る。それは俺の生きがいであり、生涯だ。山を登ることへの決意を忘れたことない。  登山の朝は早い。ルートを検索して最善のルートコースで山へ登る、最初の掟だ。一号路からスタートして五号路までの最善のルートを。そのために毎日鍛えている。腹筋、背筋、スクワット。毎日ハードな積み重ねを経て、山へ登る権限を得る。こんな地道なことはない。  俺が登山にハマったのは、大学生の時。大学のサークルで登山サークルがあり、それで途端にハマった。初めは筋トレなんかしていなかった。けれど、続けていくうちに登山の奥深さを知り、趣味になってしまった。筋トレもそれからだ。でも、筋肉がつくと体幹が安定して登りやすくなった。日々のトレーニングも重要だ。  登山のスタートは一号路目から。最初は緩やかな傾斜から始まる。石ころや岩が各地に散乱していて目につく。けれど、これも登山の醍醐味。自然を目の当たりにして、息を飲む。これから長い戦いが始まろうとしていた。  三号路目まで来ると、一気に辛くなってくる。山登りは一日がかりでかかるため、舐めた態度で来たら一気に足を持っていかれる。    疲労との戦いだが、それでも頂上へ着いた時の達成感はたまらない。ここまでやって来れたのもこのためだったのかと再認識するほどだった。

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

ミニストーリー

ずいぶん寒い日だった。 おまけに風も強かった。 あの日、最後のメッセージを送ったあと、既読がつかない。 下ばかり見ていた。 よく人とぶつかった。 久々、空を見上げたら、あのときと同じ雲が流れていた。 季節が何度めぐっても、私の時間は止まったまま…

縋る先

 何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は金賞をとる。  地元の新聞に名前が載る。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  子供の頃は、三月生まれが四月生まれに勝つのは難しいらしい。  だから、今はまだ仕方ない。  大人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は志望校に合格した。  親も先生も喜んでいる。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  どんなにいい大学に行ったところで、良い就職ができるとは限らない。  だから、今はまだ仕方ない。  社会人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は仕事が上手くいっている。  どこぞの新聞社から取材を受けたそうだ。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  パワーストーンも勝ったし、頭が良くなるサプリメントも飲んでいる。  だから、今はまだ仕方ない。  時を待て、その日はきっとやってくるはずだ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    皆人生が上手くいっている。  ぼくは何も上手くいっていない。  気晴らしにお酒を飲み始めてからは、さらに上手くいかなくなった。  ああ、羨ましい。    宝くじも買ったのに。  聖水も買ったのに。  祈祷も受けているのに。  不公平だ不公平だ不公平だ。        ぼくと同じ人間が、新聞に載っていた。  やっぱり犯罪ってすごいんだ。  テレビのコメンテーターたちが話題を出して、テレビを見ている人たちも大注目。  SNSはこの人の話題ばっかりだ。    逆転できる。  逆転できる。  逆転できる。    ぼくも真似をしよう。  きっと、世界中がぼくに注目してくれる。  ぼくはようやく、何者かになれそうだ。

木曜日の夜

木曜日の夜 お天気雪が降っている 毎朝会う人と帰りの電車が一緒になる 帰りの電車は気が楽だ 電車の床がヌルヌルする 人のあまり降りない駅に停車する、昔、夜この駅で、向かいのホームに濃厚なキスをする中年カップルを見て衝撃的だったのを思い出した。お互いを飲み込むような熱い。キス中年の。 サラリーマンの靴のつま先が上を向いている 電車内にある、子供が写ったポスターを見て、自分は父親としてどうするべきなのかと不安になる ベビーカーに乗った男の子が干し芋をムギムギ食べている。目が合って干し芋を差し出してくるので『大丈夫食べな』と答えた

ただいるだけ

 好きな人との過ごし方の違い。  男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  女の人は、好きな人とできるだけ好意を示し合いたいらしい。    そのことを聞いてから、私の部屋に来ても漫画を読んでいるだけの彼の理由がわかった。  あれが、彼なりの愛情の摂取方法なのだと。    後ろから抱き着いてみれば、「今いいところだから」とにべもなく振り払われた。  これは、私が悪いのか。  それとも、彼が悪いのか。  好きなのに不安だった。  ずっと構ってくれない彼が、ずっとどこかへ行ってしまいそうで。       「警察です」    それが、監禁した理由。  私は我慢したのだ、彼のために。  抱き着くことも、キスすることも、何もかも。  好きな人と一緒に過ごすことが彼の幸せらしいから、ずっと私と一緒にいれるようにしただけなのに。    拘束を解かれた彼は、怯えた目で私を見ていた。   「嘘つき」    男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  違う。  男の人は、都合のいい時だけ好きな人がそばにいて欲しいだけだ。  なんて、最低な生き物。

ブロックしたらナンバーワン

 趣味で小説を書き始めた。  どうやら自分には才能があったらしく、初めて投稿した作品で小説投稿サイトの第二位に躍り出た。  正直、鼻の穴が膨らんだ。  そして、第一位を望んでしまった。    しかし、書いても書いても、一位になることはなかった。  どれだけいいねをもらっても、感想をもらっても、順位は第二位のまま。  自分史上最高傑作を更新し続けているはずが、順位は第二位のまま。    気が狂いそうだった。  いや、狂った。  次の作品で一位が採れなければ、アカウントをごと消してしまいそうなほどに。        次の作品で、ついに第一位へと躍り出た。  第一位のユーザーを、ブロックすることで。    本当はどっちが上なのかなんて知りたくもない。  自分が、第一位となった。  それだけでいい。

青春コンプレックス

 いつからだっただろうか。私の人生は、まるで靄がかかったかのように、薄暗く質素なものになってしまっていた。中高と華の学生時代を思い返すと、胸が痛くなるようでとても辛い。もう戻れないことが分かっているからこそ、こんなにも切なくなる。あの時は良かった。常に未来は希望に溢れていて、泣きたくなるほどに愛に守られていた。それなりに不安もあれば大変な思いもしたけれど、それすら今となっては輝いて見える。私はいつまで経っても、あの頃の自分に憑りつかれている。  だからといってもし、中高の学生時代をもう一度やり直すことができたとしても、私は絶対にあの場へ戻りたくない。一度目だからこそ、一度きりだからこそできることもあった。そういうものだ。  私がいま生きているこの瞬間だって一度きりのはずなのに、あの頃とまるで世界の見え方が違うのはなぜだろうか。「どうせ夢を見たところでもう遅い」「無謀な未来に労力を割くくらいなら、用意されたパターンの中にオリジナリティを見出す努力をした方が有意義なのではないか」そんな呟きが、頭の中で漏れる。あの頃と同じだ。私は何よりも私自身のことを、心の底から否定している。  物心ついたときから、私は夢を語るのが苦手だった。夢を持つことすら、自分に許してあげられなかった。どうしてそんなにも頑なだったのか。今思えば、私はもともと極端に心配性で、不安に思うことも多く、自分を疑うこと以外を知らなかったのだ。終わりのない一歩を踏み出すのはこんなにも怖いものなのだと、今となって実感する。  そして時間が経てば、こうしてつらつらと悩み耽っていることも懐かしむことができるのだろう。今この瞬間にはどんな力を持ってしても戻ることはできないから。人生において「もう一度」は存在しないから。そんなある種の安心感が、過去を綺麗に見せたがっているのかもしれない。どうにも無責任ではないか。私が今生きているこの世界は、なにも綺麗なものばかりではないというのに。  私は今日もあの日を思い出してしまう。あの時、あの場所、あの空間……思い耽っては懐かしむ。この感情の名前を、私は知っている。

絶唱

 夏の終わりの夜のことだった。俺がバイトしているカラオケ店に客がやってきた。それは一匹のセミだった。俺はセミを一人用の部屋に案内した。一匹だったから一人用の部屋でいいと思った。しばらくして、その部屋から声が漏れてきた。セミの鳴き声だった。そっと部屋を覗いた。セミがマイクを握って、思い切り鳴いていた。その声は大きくなったり小さくなったりしながらしばらく聞こえていた。俺はそれを聞きながら他の業務にあたっていた。そしてふと気が付くと、その声は聞こえなくなっていた。そっとさっきの部屋を覗くと、セミが仰向けで死んでいた。時計のカレンダーを見ると、日付が変わり、暦の上の夏が終わっていた。俺は箒とちりとりを用意しながら、しばらく感傷にふけっていた。

タクシーに運ばれて

 開いた扉の横で、運転手が立っている。先に降りた友人はあたりを散策している。私はまだ降りる覚悟ができていなかった。  私は死んだらしい。原因は知らない。タクシーに乗りながら、私は自分が死んだことよりも、まだ生きている家族のことを思っていた。高校生の妹が悲しんでいる姿は思い浮かばなかった。私の死を聞いて、驚いて表情のなくなる姿だけを何度も思い浮かべていた。私は泣いていなかった。隣に座る友人も悲しむ様子はなかった。ただ、まっすぐと前を向いていた。  タクシーが止まり、運転手が扉を開けてくれた。そこで、この車から降りると生前の記憶は全て消え、次の世界に生まれ変わることを知らされた。友人は何の躊躇もなく降りていった。私は、再び家族の姿を思い出した。二度と会えないことよりも、忘れてしまうことが怖く悲しかった。私の中から、家族が消える。思い出すこともできない。死んだことよりも自分の記憶が消えてしまうことが耐えられなかった。友人のように、すぐに降りればよかった。ためらっている間に、記憶の熱が増していく。  友人はなにもない暗闇を行ったり来たりとふらふらと歩いている。私はポケットの中のメモ帳を取り出し、友人の名前をかき、その横に「は友人」と書いた。家族のことを書こうかと一瞬考えたが、もう二度と触れることのできないものよりも、今目の前にいる人物を伝えようと思った。少なくとも、記憶を失った自分の助けになるのは、今近くにいる友人だ。  記憶を失った瞬間、自分は消えてしまうのだろうか。記憶を失った自分は、本当に自分の魂と言えるのだろうか。私はいつ死ぬのだろう。  目を覚ますと、生前の世界に戻っていた。私は死んでいなかった。頭がその事実に辿り着いても、体はまだ夢の中にいた。私の記憶はまだ続いていた。  朝食を食べ、歯を磨いている時にふと気付いた。友人の名前を書いても、友人も記憶を失って自分の名前も思い出せないのだから意味がなかったな、と。

境界線をなぞって (掌編詩小説)

夜の寒さが手先を縛る それでもこの文章を書き進める 深い夜に朝を押し出す 押し出された朝は行き場を失って明日の私に質問する 『何処に収まえば良いの?』と… 結局は進むしかなかった 帰り道、大雑把に空を見る 黄昏を越えた空は暗くなり、駆けていく 夜がこちらに向かってくるのか 朝がこちらに向かってくるのか 段々と解らなくなってきた 帰宅を急ぐ訳でも、止まる訳でもない ただ、この境界を漂うだけ 雲に隠された時間という明暗に惑わされて 独り渦くまった境界の線をこの指でなぞって行く (完)

新しい案山子

 とある大病院がある。遺体安置室がある。そこには遺体が安置されている。その遺体と遺体の間に点々と、案山子が立っている。警備員が夜中の巡回をしている。遺体安置室から気配を感じる。警備員はそっと扉を開ける。蛍光灯の光が冷たい。案山子がボロボロになっている。顔や胸が何かに食われている。警備員はそっと扉を閉める。警備員は警備室に戻り、新しい案山子が必要な旨をメモに残す。今日の夕方には新しい案山子が届くだろう。この大病院の遺体はこうして、案山子によって、何かから守られている。

キミにお話ししたいことがあるんだ

あたためたミルクを ふたりぶんいれて クッキーをそえて 今日あったことを お話ししてあげる キミは 眠そうに けれど ふむふむと  ちゃんと聞いてる?  ホットミルク? なんてわたしが思っていると キミは無言で これってなにかなあ? といった表情を見せてくる  クッキーよ わたしの思いはとどかず キミの視線はそこから動かなくて ―聞いてるの? わたしが言っても キミは なんだか ぼんやりと ときどきは ふむふむと でも うなずいているのだか 眠たいのだか そして わすれたころ にゃー ときこえる

ミニストーリー

まだ残る湯たんぽの微かなぬくもり。おふとんの無数のしわ。ラジオのやさしくも軽快な声。後ろからつつんでくれる洗濯ものの匂い。寒い冬の朝、空気は青く澄み、遠くからの音までも届く。きつい硬質の冷たさに心は病み、沈んでいく。それが、どこか落ち着く。

シームルグ

昔々、ある山の麓に、世界中のあらゆる鳥が集まって、鳥国を治める王様を選びましょうと決意を固めた。その山のてっぺんから流れていた川の音が聞こえなくなるほど、みんな騒いでいて、自分の意見ばかりを言って、誰が何を言っているのか、鳥と鳥の区別が難しかった。 「選挙はどうだい?」 「待って、まずは候補者とかが自分を」 「選挙なんか要らないよ、俺にしてよ」 やがて、その騒ぎをきったのは知性を持つヤツガシラだった。 「みな、ちょっと私のはなしをきいてください。昔、この国に王様がいましたよ。永遠の命を持って、不死身である〈シームルグ〉という鸞(とり)が山の頂きに住んでいます。みな、この話きいたことがあると思います。さあ、いっしょにいって彼を探しましょう」 もちろん、心の底で、いやいやいくらなんでも、あれはただの伝説的な噂話にすぎないんだよ、そして危険だから止めようよという鳴き声も聞こえていないわけではないが、ヤツガシラを信じて、その冒険と挑みたい鳥もいた。一応、ヤツガシラは頭のいい鳥として鳥国に認められた鳥なので、例の選挙の候補者だったら、圧倒的に勝ったのだろうと言われても過言ではない。 そんなヤツガシラは嘘なんか現実に基づいていないことをいうなんてありえのないでしょう。しかし今度は彼はそんな根拠の細い糸に縋っていることはみんな知らないわけではなかった。みんな彼を、そして、シームルグを信じて、山の頂きを目指して飛んでいる鳥は、空の星やビーチの砂ほどの鳥数だった。 でもやがて、数多くの鳥が疲れて、そして怯えて、翼を返して地面にもどったのだ。 風が絶え間なく吹いている。それを逆らって翼を動かすのはいくら難しいだろう。山はだれでも飛ぶものではない。 さらに餌の問題もあった。 「もう耐えられないから戻るわ私」 どんどん鳥数が減っていく。 「腹減った、僕も戻るんだから」 嘴を酸っぱくして「無理無理無理無理無理」と言っている鳥もいた。 「痛いよ痛いよ翼が」 「まて、いま助けに行くから」 「ちっ、自分だけ飛ぶのが難しいのになんであいつの面倒も見ないといけないの」と舌打ちに交じる囁きも聞こている。 また、鳥が空を後にしている。 上へ飛ぶ鳥と下へ戻る鳥の景色が、まるで楓が枝を空へ伸ばしているような、そしてもう一つの枝を地面に当てているような、土から天へ鳥でできている橋のような絵だった。 そして、三十匹の鳥しかシームルグの巣に及ばなかった。死にかけた鳥たちがそこで、何も見なかった。鳥の気配が、まったくなかった。でもそこまできた自分を信じきって、気付いたのだ。ここにきた鸞たちがみんなシームルグだった。合一になってシームルグになった。 鳥国にはまだ鳥たちが騒いでいるのだ。なのに鸞たちは、山のてっぺんから流れている音にしか、耳を傾けなかった。

冬の隣の席

冬の授業中。 苦手な子と席が隣になってしまって憂鬱だ。 しかも二回も連続。おまけにストーブから遠くてめっちゃ寒い。 黒板を見るたびに苦手な子が目に入ってしまう。あーあ、なんでこんなに運ないんだろう。 理科の授業、最近は難しい。 雪が降る仕組みとかよくわからない。これを習って将来なんになるんだか。 気づいたら授業が終わっていた。 その次は社会だった。 社会の先生は毎回、隣の人と話し合う時間を設ける。 苦手な人と話さないといけない。最悪。 「じゃあここ、隣の人と相談してー」 あーあ最悪。 「りこちゃん、なんて考えた?」 隣の人が聞いてくる。 「えーと、こう考えたー」 私はそう言って笑顔を作る。 下手な笑顔だっただろう。まあわざと下手にしてるんだけど。 というかなんで“ちゃん”付け? 前までは呼び捨てだったじゃん。りこって呼んでたじゃん。 他人行儀すぎて無理。 隣の席の子、さきとは仲が良かった。 毎日一緒に帰って、週末にはいつも遊んでいた。親友だった。 だけど喧嘩をしてしまった。 私が悪かった。でもさきも悪かった。 いいや、さきの方が何十倍も何百倍も悪かった。 あの喧嘩は雪が降ってた日のこと。 私には好きな人がいた。同じクラスの優くんだ。 さきが言った。 「優くんから告られて付き合っちゃった。」 目の前が真っ白になった。雪が降っていたからかもしれない。 「なんで?私が優くんのこと好きなの知ってるよね?」 「ごめん、でも私も優くん好きだったの。」 「何言ってるの?応援するって言ってくれてたじゃん。」 私は泣きそうだった。 「そりゃ、応援はしてたけど」 そこからさきは黙ってしまった。 さきにイライラした。さきに優くんを取られたことが気に入らなかった。 私は正直、さきのことを心の中でバカにしていた。 一重で鼻が大きくてかわいくなかった。 だから絶対に彼氏ができるのは私のほうが先だと思っていた。 そんなことを思ってた私って性格悪いな。 だから優くんにも選ばれなかったんだ。 さきと言い合ったあと、白い息を吐きながら思った。 今出てる涙も凍ってしまうような気がした。それほど寒い日だった。 社会の授業、隣の人と話し合う時間が終わった。 窓の外を見ると雪の嵐だった。 あの喧嘩の日のことを思い出した。 黒板を見ようとしたらさきと目があってしまった。 やっぱり何度見てもかわいくない顔だ。 なんでこんなやつに負けたんだろう。 さきから目を逸らされた。

現実逃避

「遠くに行きたい」  他に客のいない喫茶店のカウンターで何気なく呟いた。それは独り言のようにみせかけた店主との会話を求めた言葉だった。 「それ、口癖だね」  カウンターの中に立つ店主は私の求めるままの言葉を吐いた。 「そんなに言ってるかな」とできるだけ自然に言うと、店主は冷たい表情を変えず「自分が一番理解しているでしょう」とどうでもよさそうに言った。一口も飲んでいない手元のキャラメルラテはとうの前に熱を失っている。 「そんなに遠くに行きたいと言うなら、行けば良いじゃないですか」  店主は淡々とした口調で続ける。「そんなに突き放さないでよ」と私が拗ねた子どものような口調で言うと、店主はこちらをチラリとも見ずに視線を流した。 「遠くに行きたいと本当に思っているなら行動しているはずでしょう。でもあなたはお金や時間、体力の消耗を恐れて行かない。そもそも具体的な行きたい場所も考えない。あなたはただ、今の現実から逃げたいだけでしょう」  気付けば店主は、カウンターの中から出て後ろのテーブル席を拭いていた。 「行動できない自分から逃げたくても逃げられないから、こうして僕に話しかけるんでしょう。叱られたい、背中を押されたい、励ましてほしい、慰めてほしい、守ってほしい、庇ってほしい。突き放す優しさを僕に求めているんでしょ」  カウンターに戻った店主は一口も減っていないキャラメルラテのカップを引き下げ、シンクの中に流した。 「現実にそんな人はいないんです。そもそも、あなたは最初からずっと一人でしょ。こんな僕を作るほどに孤独で惨め。背中を押してくれる友人も恩師と呼べる先生も、寄り添って許してくれる恋人もいないから、夢で作り続けるんだ」  小刻みに震える手で耳を塞ぎ、俯き目を閉じる女を他所目に、店主はおしぼりを巻きながら口を動かす。 「現実のあなたには誰もいないんですよ」  掠れた声で「やめてください」と繰り返す女に店主は「これもあなたが望んだことでしょう」とため息をつくように呆れた声で言った。 「ほら、そろそろ出て行ってください。あなたがいるといつまでも他の人が入れない」  店主は塵取りで集めたゴミを捨てるように女を店の外に放り出した。

環境に恵まれた花

時計の時刻は12時をさしている。 もうこんな時間か、心の中だけで布団の中でつぶやいた。 今日は火曜日。クラスのみんなは四時間目の授業を受けてるぐらいかな。 ふあぁ。伸びをしながらあくびをする。 私は学校に行ってない。不登校というやつだ。 病気と言ったら病気だし、仮病と言ったら仮病。そんな感じ。 教室に私がいなくても誰も気づかないだろうな。四時間目がすぎてやっと気づくぐらいかな。 別にいじめられてるとかハブられてるとかそんな理由じゃない。 クラスに馴染めなくて、特別仲のいい人もできなかっただけ。 なんとなくいづらくなっただけ。 それだけで休んでるなんて世間では甘えって言われるのかな。 体育祭だけでも、文化祭だけでも来ないか? 担任の言葉がフラッシュバックする。 私が行ったってぼっちになるだけだろうし、なんであいつきてんの?って陰口も言われるだろう。 だからそれらの誘いは全て断った。 寒い。最近寒かったけど今日は特に寒い。 閉められたカーテンを開けて外を見る。 「わあ」 思わず声が出た。 外は真っ白だった。雪だ。 ベランダにも雪が積もっていた。 少しだけ外に出てみようと思った。 窓を開けて、ベランダに出た。想像よりはるかに寒かった。 吐いた息はすぐに白くなった。 ベランダから景色を見渡した。 空も山も車も屋根も全部真っ白だった。 一つ何かが目に留まった。 花だ。花が咲いている。白くて綺麗で強い花だと思った。 この時期に花なんて珍しいと思った。 スマホのカメラ越しにドアップしてよくみてみる。 綺麗な花だったが、特別綺麗ではなかった。 あの花が雪の中でただ一輪で咲いているから綺麗に見えるのであって、花畑の中では大して目立たないだろう。 あの花は環境に恵まれたな、と思った。 その後、インターネットでその花について調べたがどれにもヒットしなかった。 暇だったから私は花の観察日記をつけることにした。 一月十四日 花は咲いてる。花びらも花粉も散らなかった。 一月十五日 雪はまだ積もってる。花は綺麗に咲いている。 一月十六日 花は咲いている。家から飛び出してきた少年が花を見つめていた。そして家から持ってきた図鑑と花を見比べて不思議がってた。 一月十七日 少年は花に話しかけていた。何を話しているかはわからなかったけど、嫌そうな顔をしながら話していた。 一月十八日 今日も話しかけていた。嬉しそうな顔をして話しかけていた。 一月十九日 少年は悲しそうな顔をして花を見つめていた。少し泣いていた。その表情は失恋したクラスの女子に似ていた。 私の日記は少年で幕を閉じた。 少年が泣いて以来、花は枯れてしまったから。 少年は枯れた花を見て、図鑑を持ってきた。 そして図鑑に枯れた花を挟んでいた。 押し花にするつもりなんだろうな。

ねえ

 ……知ってた。  これ以上あなたを知ってしまったら、これ以上あなたに触れてしまったら、あなたのことを好きになってしまう、って。  わかってた。わかってたけど……触れずにはいられなかった。あなたはいつも、何かを演じるように笑うんだ。台詞をなぞるように、私に語りかける。そんな言葉の隙間から、ほんの一瞬、あなたの心が見えたとき、それがすごく柔らかいもののように感じて……少し痛くなったんだ。私の心が、あなたの小さな叫びに共鳴してしまった。私はどうしようもなく、あなたのことが好きになってしまった。  愛おしい、てこんな感情なのかな。今まで感じたことのないほど、苦しくて、熱くて……ちょっと痛い。あなたにこんなこと伝えてもきっと、困らせるだけだろうから。言えない。なにより私が、あなたに否定されることが怖い。あなたにだけは、絶対に壊されたくない。  だから今日も私は笑う。あなたの前で、いつもと同じ私で存在する。それがあなたへの愛なのかもしれない。……ああ、でもやっぱり惜しいな。私の胸の内を知ったら、あなたはどんな顔をするかな。  少し、寂しそうに見えた。あなたの瞳が、いつもよりほんの少し潤んでいるような。  なんでそんな顔をするの。……なんで。そんな顔しないで。大好きだよ、君のこと。  ねえ……  まあ、言えないんだけどね。

変身

少し前の時に、 自分が今、何をしたいのか、 考えるタイミングだと思いました。 毎日がそれ程束縛されている訳でもなく、 歯を食い縛る日々を送っているという訳でもない、 毎朝決まった時間に目が覚めて、 同じような時間帯に同じことを繰り返す毎日ではありますが、 私のような者が社会で働かせて貰っていることを 心から有り難く思っています。 今の仕事ルーティーンは親子二人が何とか生活をするが為のもの。 この本道以外で私が一体何をしたいのか、 あらためて今の時点という観点であっても、 自身に示す事は非常に大事であると思いました。 それは私がこの先、寿命的に一般の同年代よりも 短めだということを踏まえているからこそであり だからこそ現時点を知り、確認することが大事なのです。 微かにふと思うだけではなく、 後どのくらい楽しめるかを前提としたということ。 そうしないと私の場合は気持ちが彷徨うと感じました。 釣りが趣味の一番手になります。 今は月二回、半日だけの釣行にしていますが、 これは釣りが趣味だと言える人ならば非常に短い釣行時間。 べつに飽きたとかではなくて、敢えての凝縮。 以前ならばの一方向的な〈やみくも〉を抑えました。 身体と心の負担軽減という意味もあります。 一日中の釣りとなると、次の日は前日の負荷から 身体に不調が起こりやすくなります。 その不調が確実に回復するとは言えない現在であれば 自分から自制しないといけない。 これに慣れるまで結構掛かったように思います。 そしてこれ迄趣味と言えば釣り一辺倒だった私が、 これ迄には無かった、ある事を始めました。 その一つ目が服を買うこと。 月に新しい服を買えるなんて金額的には僅かですが、 あらためて「服を買う」と言ってしまう その我が神経に笑ってしまいます。 これ迄は、この服まだ着れる、の人が、 一気に今迄着たこともない服を着て変身をする、 私は相当振り切ったのだと思います。 買うのは家から一番近いところの量販店、もしくは古着店ですが、 最初の頃は私だけお店の中で一人浮いた状態なんじゃないかと 何も無い目線を気にしていました。 更に強烈な痩せ体型なったのと元々の長身のため メンズでは合わない、が多発してしまいます。 ここは流石の大手量販店、ネット販売でウィメンズ商品のサイズが しっかり表記されており、普通に注文出来て、 登録の店に商品を取りに行けば送料なしを利用します。 さも家族の商品をお父さんが取りに来たという ワザとらしい小芝居で乗り切るようにしました。 正直この服は、やり過ぎたな…もあります。 でもこれ迄袖さえ通した事のないような服を着ることは、 正に新しいドアを開けた事になるようで 全然失敗とは思えませんでした。 この色より、こんな感じが自分に合うとか、 意外にもこんな感じがこうなるのかと、 これ迄の私には完全に無かった時間帯が起こりました。 そして二つ目がその服を着て、尚且つ電車で出掛けます。 車ではなく電車というのがミソ。 意味的には電車移動中に〈自分を晒してみる〉のです。 途中の駅で大学生が大勢乗って来るタイミングがあります。 おじさんが若者層に混じるこの瞬間の空気感、 とうとう私は変態になってしまったかと思うくらい 変な高揚感がありました。 そして気付きます、自分が思う程人には見られていないという事と、 若者の服を見てそれよりこうしたら…が多いと思いました。 今のおじさんと若者では圧倒的にスタイルが別の星の人間のように違います。 もっとスタイル活かせばをおじさんは思うのですが、 大学では本気出さないのでしょうか。 勿体ないというのが、おじさんの感想です。 プライベートだけは本気コーデにするなんて有り得なく、 やはり人は楽に流される生き物ですからプライベートもそうなんでしょう。 この前までまだこの服着れるだったおじさんが、何か偉そうですが。 電車は終点に到着します。 電車を降りて百貨店やショッピングセンターを周り、 決して買わない服選びをします。今の私には到底買えない額だからです。 これ良かったな…をまたいつもの量販店や古着屋さんに当てはめる。 良いヒントを頂いているように思っています。 たまに知り合いに出会う時もあって、 一言目から体調の気遣いを頂いていた前とは違い、 服の事を言われるようになりました。 これは私にとって明らかに嬉しい反応です。 釣りに行って久しぶりにお会いした方からは、 何か雰囲気変わりましたね、そう言われるようになりました。 着る服が変わったという自己満足よりも 私への会話が変わった事実を嬉しく思うんですね。 大袈裟かもですが色んな意味で 新しい自分になれているように思うんです。

世界を賺す

 何処で拾ったのかも分からないライターと、一箱だけ買った軽い煙草。一口吸って、煙をそれごと酒で飲み込む。暗い部屋、夜の気配を含んだ風が柔らかくカーテンを揺らす。曇天、蒸し暑いだけの真夏の深夜二時半。  換気扇の音が消えた頃、ようやく足が動く。髪をほどいて、今朝に汚した部屋を隅から隅まで掃除する。これが、毎日の日課。暑さに体が負けて、汗が滲む。この瞬間が、たまらなく好きだった。体に溜まった毒素が抜けていくような気がした。丸まったスーツを掛け直す。  掃除を終えたら、スーパーで買った割引のお弁当やらお惣菜やらを温めて、テーブルに並べる。この瞬間も好きだった。大振りなCDプレーヤーに手をかけて、古い洋楽を流す。音質は少々悪いが、十分楽しめる。  酒を一缶開けて、それをすぐに飲み干す。また立ち上がって、酒を持ってくる。それを繰り返すうちに、やがて冷蔵庫の中が空になって、コンビニまで買いに行く。また煙草を買って、またベランダで吸う。その煙を酒で押し流して喪失感が体を埋め尽くす。  それを、どれだけ繰り返しただろうか。まだ三回ほどの気もするし、五年続けた気もする。大学時代の人間関係へのプレッシャーと理想との差への絶望と、膨大な虚無感と。いつからか夜遊びをするようになって、ふらふらと街を歩いているうちに、この生活を送っているようになった。ゴミの臭いの漂う、都心の安いボロアパートを借りて。  酔いが回り、飯が腹を満たし、体内の水分と煙の割合が丁度半分になった頃、布団に飛び込んで、そのまま眠る。  開け放した窓から気の抜けたトランペットの音が聞こえ始める頃、起き上がり、灰色のパーカーを着て家を出る。  昔から見ると、顔も随分と変わった。いや、顔だけじゃなくて、性格や体型も。  さて、どこか遠くに行こうか。どこまで行こうか、隣町の夏祭りにでも行こうか。久しぶりに豪遊でもしたい気分だ。帰ればまた部屋を片付なければならないし、やることも増えた。  やっぱり、夏祭りはやめにしよう。身の丈に合った生活が、心地よいから。スーパーに寄って割引のお弁当を買う。それから、重たい煙草をカートンで買って、高い酒も買って。  帰って、煙草を吸う。煙を酒で流して、部屋を片付ける。血に濡れて錆びた包丁を研ぎ直して、ガラスに突き立てる。  思い出してしまったんだ。あの時、アイツは指名手配犯だとか言うから。はじめは忘れていられた。でも、もう酒や煙草に溺れて忘れられるほどのことではなくなってしまったんだ。  気がつけば、部屋は異臭で満たされていた。大量の空き缶と、煙草の箱。部屋を満たすドアをひっきりなしに叩く音。もう、それが借金取りなのか警察なのかすら区別がつかない。  じゃあ、僕は遠くに行くよ。煙草の匂いを忘れてなんかいない。きっとまた帰ってくるさ。 それまでは、まだ、この憎たらしい世の中を掻き回す程度でもいい。  そうして連続殺人犯の俺は、自分に凶器の包丁を突き立てた。  ――速報です。 連続殺人犯の結月健太郎氏が自宅にて遺体として発見されました。また同じ場所から行方不明だった十五人の男女の遺体も発見された模様です。そのうち八体は白骨化しており、警察は身元の特定を急いでいます。  俺は、煙草の匂いを覚えてる。彼の仏壇からは、彼が好んだという重い煙草の匂いがするのだそうだ。

ごめんね

 少女は遊園地に行った時、ピエロに風船をもらった。赤い風船だった。少女は喜んだ。家に持ち帰って眺めた。ふわふわと漂う風船を眺めているうち、少女は思った。「割りたい」少女は家じゅうの尖った物を持ってきて、風船に刺した。鉛筆、待ち針、爪楊枝、菜箸、櫛。しかし、風船は割れなかった。風船は穴だらけになりながら、なぜかふよふよ漂っていた。少女はそのことを不思議に思った。やがて少女は風船がけなげに思えてきた。「ごめんね」少女はそう言って、風船にキスをした。その瞬間、風船はあっけなく割れた。

教室の天井にあったアレ

皆さんもきっと一度は見たことあると思うのですが、学校の教室にありましたよね。 そうです。 天井に付いていたアレです。 私は高校2年生の頃にその存在に気づきました。 おそらく私は気づくのが遅かった方だと思います。 友達に聞いてみると、中学校の時からあったとか、自分は小学校の頃から気づいていたなんて言われましたから。 一回気づくと、なんで今まで気づかなかったんだろうって思いますよね。 分かります、その気持ち。 私は数学の問題を解いている時に、解法が思いつかなくてなんとなく見上げた時に気づきました。 友達は道徳の時間が面白くなくて、ぼんやり窓の方を眺めていたら視界端にあって気づいたそうです。 それから授業そっちのけで眺めるようになりました。 アレを眺めていると、気づかなかった事に気づくというか、分からなかった問題がわかるようになるんですよ。 ただ、テストの時に限ってはアレを眺めても問題が解けないんですよね。 ままならないものです。 私はアレの用途も名前も知りません。 あなたは知っていますか?

論点をすり替えるな

「おーい、論点すり替えないでもらっていいですかー?」    まただ。  こいつは、論点のすり替えという指摘を、口癖のように言うようになった。  正直、自分の中では論点がすり替わってなどいないので、こいつの言葉の意味が分からない。  だから、聞いてみることにした。   「ごめん、自分ではすり替えたつもりがないからわからない。すり替える前の論点と、すり替えた後の論点を言語化してくれない?」 「え?」    そいつは腕を組んで悩み始めた。  あーでもない、こーでもないとうめいた挙句、最後には俺をにらみつけてきた。   「論点をずらすな!」    そして、走って逃げていった。  きっと、自分でも論点がわかっていなくて、ふわっと何かが違うと思ったから、反射的に口癖が出たのだろう。  理由が分かってすっきりした。    俺はすがすがしい気持ちで家に帰り始めた。  せっかくだ、途中でカフェにでも寄って帰ろう。

はてせぬ想ひ

ろうそくの私の凍った心にきかない火の光が暗闇の中の彼女の影を点滅させる。立とうとして夜の帳にいる彼女のもとにいく志しが袖にかかった火で燃やされた。そして凍った心が落ちて壊れたのだ。心の欠片を彼女の細い美しい指の巧緻さに託したかったが、まさか、わざと私をこんな目にあわせているか凛というを音を立ててその欠片を欠片にしてしまったことになるとは思わなかった。それと同時に、私は、胸に大きな痛みを感じて、彼女への思慕が高まったのだ。砕けた心が砂のようになっている。浜の、いっぱい両手に入って、その隙間から流されると色の乏しい虹の滝のようになる砂の如し。ろうそくの火がようやく服を覆って、私は火でできた服を着ているかのようにただ震えて、彼女のあまりの美しさで動けなくなったんだ。そして彼女が帳を破って姿をあらわしたのだ。それで私の服の火が消えたのだ。瞬く間にその残った幻想のような投影も暗闇に食われたのだ。太陽の威厳に負けて、恐れ尊んだに相違ない。

生きているまち

とおくに感じる喧騒をよそにゆるりと振り返り、ふらふらと歩いていく。コンクリートの塊、高くそびえ立つ壁の隙間にすっと顔をのぞかせる緑と信仰の息吹。私はこの「まち」がすきになった。つくられた華やかさに姿を隠しながらひっそりと、確実に生きているこのまちが好き。どちらが本当でどちらが嘘か…なんて、一人の人間にもいくつもの顔があるように、このまちも全てが「本当」なのだ。だから煌びやかな無機質さもこのまちの「本当」の姿。けれども私は、このまちのひっそりとしたやわらかい顔が好き。ふと歩み寄った途端にふわっと心を開いてくれたように見せてくれたこのまちのあたたかさが好き。 「さよなら。」私にとってそれだけで終わりだったはずのこのまちに、 「おはよう。」今ならそう言える。

待機

今好きな人に告るって弟からの通知がきた。なーに、もう覚悟できたのか。はいはいお幸せにっと。いいなすきな人って。胸を張って言うつもりがないが、世の中で俺にとっていっちばんだいじなことは俺だと思う。なんで他人へ恋という感情を持つべきかちっともわからない。「尊敬」「孝行」「同情」など「愛」までのことさえがわかる。社会不適合者などのレイベルを俺につけないでくだいね。恋したくないイコールよくないやつなどの理不尽なこともいわないでください。あ、また通知きたのだ。んーあれ?広告か。なーに、ちょっと緊張してた。たぶん今できたてた彼女とイチャイチャしているね。結果を教えるぐらい時間あるはずなのに。どこだったっけ?あ、恋すること。確かに一目惚れとか、推しとか性にちっとも関係のない純愛的な気持ちもあったけど、それは恋とは違います。他人を愛することはやがて自分を恋することだ。俺がやっていることは彼女が嬉しくなるからそうしようみたいな意図からなのではなくて、彼女の嬉しさから結局自分が嬉しくなる自己中心的なことからだろう。そんな偽物の慈しみはないほうがましだ。また通知か。可哀想に、お悔やみ申し上げます弟よ。愛の虜になった君はそれに慣れないと思うけど頑張れ。難しいげとこの残酷な悲惨な状態を耐えて、超えて、逃げ出せ。「やった!」という弟からのメッセージを見て、ため息をついて、こう考えながらおめでとうのおの字を打った。

日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

明月(あした)への歌

夜の王 月よ  輝かせ 光らせる 月射しを  始まらぬ 笑い話を 悲しき花の 咲き出しを 罪深き 今の私を 明月への 想い残しを あなたまで 至る赦しを

探し物の光

光が恋しいなあ。 窓枠の絵画に、ふと物足りなさを感じた。代わり映えのしない景色。コンクリート塊で埋め尽くされた画面のところどころに心ばかりの看板の色が華を添える。僕はこの絵が好きだ。無機質さと人の温度が隣合わせの冷たくて温かいこの絵に、今日も雲の表情が生命を吹き込んでいる。なんとも虚しく、やさしく、美しい。 …ただ、今日は「光」が欲しくなった。白くて、視界を包み、目が離せなくなるような光。僕は衝動的に立ち上がってヘッドホンを片手に外へ出た。 頬にあたったひんやりと澄んだように感じた空気は一瞬にして雑踏で濁ってしまった。世界はまだ、僕が思っていたよりずっと騒がしく、眩しすぎた。喧騒が僕の肺を押し潰そうとする。街の音が、声が、気配が、僕の精神に入り込み、五感が奪れそうな感覚。手に持ったままだったヘッドホンで聴覚を閉ざし、ぐっと一歩踏み出した。僕は光が欲しかったのに、気がつけば足元だけを見つめ必死に足を動かしているだけだ。そもそもあてもなく、こんなんじゃ何の意味もない。そう思いながらも忙しなく歩いていると視界の端に少し細い道が伸びているのに気づいた。僕は逃げ込むようにその道へ入った。 耳を塞ぐ軽やかな音楽の向こうを這い回っていた雑音たちが次第に消えていく。ようやく僕はほんの少し顔をあげ、 先程までとは違ったリズムを刻むように歩いていく。陽の光を感じる。 あたたかい。これが僕が求めていた「光」なのか。鼻歌まじり、どこか踊るように人のいない道を進んでいく。 _ぱた、と僕は足を止めた。そっとヘッドホンを外すと、開放された聴覚に空気の音がすうっと一気に押し寄せてくる。鳥居だ。それは民家の間…「生活」の中から、音もなく現れた祈りの場であった。ぼんやりした、それでいて澄み切った意識を抱えたまま石の鳥居をくぐる。社殿の前にて手を合わせると心の中がとけ始め、ほんのり温度をもった"なにか"がゆっくりと満ちてゆくのを感じた。僕の今日の探し物はもう見つかったのだから、そろそろ帰ろうと思った。去り際に振り返ると、風に混じって「気をつけてお帰り。」と微かに聞こえた…ような、なんて。帰っても家の窓枠の絵画は変わっていないだろう。 でも僕は今日、「光」を見つけたから、それでいい。

木曜日の朝

木曜日の朝 起きない嫁と起きない息子 体の弱い嫁と忙しい夫 凍えている嫁と気温とか気にしていられない忙しい夫 電車の中で睡魔なく本が読めた 本を読み終えてしまったので、もう一度最初から読む。寝落ちする 線路にボールペンが落ちている

私の価値観は泥臭く、盲目である 誰かの毛布にもならず 感染しないよう、私だけに染めておかなければならない 時に 誰かを染めたくてたまらない時がある だが、そこだけの理性は敏感で、内気 結局は、単純な欲求にさえ怯えて 乾燥した肌を掻きむしるだけ レイトショーを眺めにゆく 理解はできるかは分からないけれど

若苗

雨をまた降らせてくれるような、曇っていた空というのは、確かなことである。仰向いて朝かなと思ったら、いや夜かもしれないなどの疑問が現れるほどに雲しか目に入らない。 この先の雨のあとはまだ残っていて、まだいると喚くように地面にくっつけている。視線をまた頭の上に移す。雲の模様が映画のように動いているかどうかを確かめたかったんだ。私と違って前に進んでいるかどうか。でも頑として山のような、一瞬が写真に閉じ込められたような、私を軽蔑しているような、ただじーっと空を自分のものした姿勢を見せたのだった。 私たちの庭に、ネクタリンの木が細く弱々しく、冬の力に圧倒されている。去年帰郷したときは、今度と違って、天と戦いたがると思わせるほどの大きさで、実にも溢れていた。今はただ、芽が出るところに雨水が垂れていて、もしダイヤが堅い鋭い形ではなく、柔らかい丸い真珠のような形があったら、間違いなくそのネクタリンの木からは、まるでダイヤの実を出しているほど透明な雫が滴っている。私のために袖を濡らしている。上目線で、私を哀れんでいる。悔しい。去年のネクタリンの実は美味しかったな。もっと食べておけばよかったのに。その時は十日間毎日三個ぐらい食べたけど、十日間目の日、何かやばいことが起こって、もう食べられなくなってしまったんだ。ネクタリンの実を洗って噛んでみたら、小さなミミズ見たいな虫が、何匹蠢いている最悪の景色が、いまでもはっきり覚えている。私の人生での恐ろしい戦慄させる体験の一つだった。 その醜い記憶が頭をよぎるか早いか、雨がまた降りはじめたのだ。ダイヤの木の実を崩すような強さで、私の頭を撫でている。雲も私を呼び出そうとしているように咆えている。その招待に答えたかった。でも結局できなかったんだ。私の腰はあの無力なネクタリンの木と、その土砂降りのなかで、折れてしまうのだ。私は情けな人だ。人生の目標というやつをむやみに失ったくせに何を考えて、誇り高い雲に向けて文句を言いやがる慈悲乞いの可愛げない行動をして、私には生きる義務があるのかなんてのことを自決の度胸がない自分の優柔不断さに聞くのだ。 今日は十分雨を浴びたので部屋に帰ろう。私は電気をつけない派の暗闇好きという____単に自分の孤独から逃げたいだけの____人だ。周りが暗ければ暗いほどスマホが使いやすくなる。そして世界がいまいる場所に限ってくれる。居場所が出来上がり、なんと天下全てが居場所に変わってくるとも言える。スマホの光に惹かれた蚊と二人きりになって、天井に叩かれる雨の音も暗いところのほうで一層楽しめる。そういうことが嫌いではない。じゃが芋の焦げの入ったパスタも、琴の心を切りそうな音も、疲れて夜遅く寝る冷たい布団の触感も、雨が降ったあとの苗の匂いも、そんな些細な無意味なことも嫌いではない。まだ若いと言われている年頃の私は、食事の味も、音楽の音も、花や香水の匂いも感じられなくなったので、ああいうことに騙されてしまって、死への気力が儚くなってしまう。情けない。悔しい。 雨がまだ降っている。雨の音が私の涙を隠れてくれる。「雲よもう止せ!これ以上私に恥をかかせないでくれ。私を自分のもとへ逝かせてくれ」雨がまだ降っている。その響きが唯一、部屋を満ちている音であることはいうまでもない。

ミニストーリー

空気が狂う。風が怖いくらいに乱れ、いったい何をそんなに、と文句を飛ばす。カラカラカラ、空き缶が転がり、まだ葉のつかない枝は窓をたたく。買いものに行けば、たちまち風の餌食。今日は、あるものだけでスウプでも。せめて、心のなかだけは、あたたかく。

多様性が敗北した理由

「多様性とか、うざい」    若者たちが、多様性を否定し始めた。  私たち大人が気づき上げたマイノリティの生きやすい世界を、どうして軽視するのだろうか。  私は大人として、びしっと叱ることにした。   「そう言うこと言うの、よくないよ! マイノリティの人たちのことを考えなさい!」 「それそれ、それがうざい」    鼻息荒い私に、若者が指を指して指摘する。   「多様性が大事なのはわかるよ。でも、なんでいつも否定形なの?」 「否定形?」 「ランドセルにしたって、男が黒、女が赤なんて言うのは駄目。多様性の時代に相応しくないって言うじゃない」 「それの何が問題なの? 正しいでしょ?」 「なんで、今までのが駄目って言い方するのかって言ってるの。『皆で好きな色選べる方が良いよね』の方が良いじゃん」    ガンと頭を殴られた衝撃を受けた。  確かに、私はさっき否定した。  相手の考えを否定した。  いや、さっきだけじゃない。  思い返せば、一体何回やっただろうか。  私は口を閉ざして過去を振り返り、若者はさらに追撃してきた。   「例えば、『ローソンとファミマは嫌いだからそれ以外のコンビニに行きたい』って人と、『セブンが好きだからセブンに行きたい』って人がいたら、どっちと友達になりたい?」 「……後者、かな」 「でしょ? 多様性を語る時、毎回毎回否定から入るんだもん。そりゃあ、うざくも感じるよ」    ぐうの音も出ないとはこのことだ。  私は自分の言葉の使い方を反省し、次からは気を付けようと叱った。    しかし、それでも。   「私が間違ってた。でも、一つだけ君が間違っている」 「何?」 「セブンじゃなくて、セブイレな?」 「くっ! 相いれない!」

日常譚

 眠たい。そんなことを思いながら重い腰を上げると、朝日を浴びにカーテンに手をかける。思いっきり開けると朝焼けが待っていましたと言わんばかりに瞼に焼き付いてくる。嫌々瞼を開けると、そこには爽快な朝が待っていた。ボーっと朝日を眺めていると小鳥がさえずっていた。それを見終えるとリビングへ行こうとベッドから降りた。朝ご飯のトーストを齧りながら今日の予定を思い返す。今日は日中の仕事と飼い猫の餌やりだけ。何ともありきたりな日常譚だ。  朝ご飯を済ませると、まず猫にやる餌をやる。カリカリカリ。美味しそうに齧るその様子は、何とも愛らしい。これが私の日々の癒しになっている。みんなにも少なからず、そういった癒しがあるのではないだろうか。それが日々の活力になって一日頑張ろうと気にさせる。そういった癒しを大切にしていこうと思っている。毎日頑張り過ぎると疲れてしまう。けれど、猫を見ていると、そんなことどうでもいいと思えてしまう。そんな瞬間は最高ではないだろうか。  癒され猫を見た後は会社だ。今日もやりたくないなと思いながら会社へ向かう。私の仕事は、商品の発注だ。御社から承った商品を小売業者に発注する。そんな仕事だ。毎回同じ作業で嫌になる。今すぐ猫の元へ帰って癒されたい。そんなことを思いながら今日もデスクに向かう。毎日大変だなんて思ったことがない。みんな、同じように頑張って同じように疲れているのだからお互い様だ。そこを比較しても何の価値もない。  仕事が終わって帰ってくると猫がいる。誰か自分のために待ってくれている猫がいると思うと心がワクワクする。変だろうか。けれど、これが私の生きがいであり、毎日の日常だ。