【超短編小説】「あみだくじ」

 病室のベッドでぼんやりしていた時、外から、救急車のサイレンが近づいてきた。この病院に運ばれてきた人らしい。手元にあったノートに、ペンで、あみだくじを書く。二本の縦線を引き、その先に『助かる』『助からない』と書いた。運ばれてきた人の運命をこれで占うのだ。横棒を書き足し、私はあみだくじを始める。すると、『助からない』にたどり着いた。私は、「でも、やっぱり、助かればいいな」と思いながら、ノートを閉じた。

人魚

『人魚の肉を食べると、不老不死になる』 こんな事を聞いたことがないだろうか 初めてこれを聞いたとき思ったことは 「え、食うの?キモくね?」…だ 第一、食べるとしてどこを食べるのか…上半身?それとも魚部分の下半身? 食卓に出されているあら汁をじーと見つめる 「なによ、食べないの?」 母が不満そうな顔をしてこちらを見ている 「魚、嫌いじゃないでしょ」 「あ、うん…ごめんごめん、美味しいよ」 「そう、良かった……」 ………そういえば、うちの母はもう50代後半なはずなのに、肌がピチピチしているような……… 「母さんって、なんか肌にいいことしてるの?」 「うーん、特にしてないわね…する必要がないから」 「…………へぇ…自分も母さんみたいな肌なれるかな」 「…なれるんじゃない?」 「やったね」 「ほら、残さず食べなさいよ」 「うん」 昼食を食べ終わり、出かける準備をしようと立ち上がろうとしたところ 「ほら、いつもの」 「あ、そだった」 母からコップ1杯分の塩水を貰う 「ぷはぁ…生き返るぅ」 そういえば、なんで我が家は毎食後に塩水を飲むのだろう………塩分過多にならないか? まあ、変わった風習はどこの家でもあるか 「じゃ、母さんいってきまーす」 「はーい、いってらっしゃい」 「…………気付いているのかしら」 袖を捲ると、微かな鱗が見える 「1日に3回は塩水摂取しないとね……大変なことになっちゃう、私もあの子も…」 人魚の肉を欲して、永遠の命を得ようとした人間は肉を喰う 人間の足を欲した人魚は、人間と同じものを食べ、塩水を摂取し続けなければいけなくなった 「不老不死なのって…不便ねぇ」 そしてコップ1杯の塩水を飲んだ

Passion

私はダム管理官だ。日々流れてくる感情を貯め、放出される感情をコントロールしている。流れる感情のエネルギーは、主の生命力となる。同時に私達の生きる力にもだ。大事な仕事であるのは自覚している。誉めて欲しいくらいだ。と偉そうに言ってはみたが、仕事らしい仕事はなく、毎日退屈だ。他のダムの管理官と話をしたことがあるが、毎日氾濫が起きて大変なやつもいれば、ほとんど感情が貯まらず困っているやつもいるらしい。本人たちは私の仕事具合を聞くと、皆口を揃えてこう言う。 「君が羨ましい!」  羨ましいのはこっちだ。毎日毎日、同じ量。同じような流れ。もう飽きたよ。ちょっとくらい、人間らしく感情というものを見せてくれ。なあ、主さんよ。  それは、ある日の夕方だった。私はいつも通り退屈なシフトを終え、夜勤の同僚に交代しようとしていた。一通りのチェックを終え、感情量を記入していた時、ふと気づいた。 「……増えてる?」  そう。感情量が、わずかだが増えていたのだ。多少の増減は日常茶飯事。だが、今日の増え幅はいつもより多めだった。私はしばし考え、増加幅は明日には戻るだろうと推論を立てた。どうせまぐれ。日が昇れば元通りさ。私は帰宅後のビールに思いを馳せながら、同僚にシフトを代わった。  翌朝。やけに身体が重い。ベッドから足を下ろすのが億劫に感じる。飲み過ぎたかな。 いつもより遅れて出勤すると、夜勤の同僚が眠そうな目をこちらに向けてきた。 「なんだ、昨日飲み過ぎたのか?」 「飲み過ぎってほどじゃないんだがな。やけに怠いんだ」 「そりゃご苦労様。俺は夜勤でクタクタさ」   私はメーターを見て、違和感に気づいた。 感情量は減っていなかった。むしろ昨日見た時より増えてるじゃないか。 「おい。このメーター値、昨日から増えてるんだが」 「ああ、それか。昨日の夜からジリジリ増えてるよ」  おかしい。 「ひとまず、一週間経ってどうかだな。俺はこのまま仮眠室で寝てくよ。夜勤の間中眠くて仕方なかったんだ」 「そんなにか。昼間遊んでたのか? よくパチンコしてるじゃないか」 「いやいや、そんな気力はねえよ。他のやつも言ってたぜ。なんかのぼせたみたいに怠いって」  私はそれを聞いて、何かが我々に起きていると気づいた。だが、何が……  その後、一週間計測を続けた。結果はあまりに不規則。上がったり下がったり、激しい。同時に、我々の体調もジェットコースターのようにフラフラする。こんな調子では仕事どころじゃない。そのうち、体調不良を訴えて仕事を休む同僚が次々に現れた。例のパチンコ狂いも、パチンコどころじゃないらしい。私もビールを嗜む余裕はなく、日々疲労困憊していた。明らかに異常だ。主の感情に劇的な変化が起きたのは事実だ。これまで平穏を保っていた主の感情グラフ。それを狂わせたのは、一体何か。  それは、突然訪れた。グラフが狂いだしてから二週間後の朝。やけに静かな朝だった。私は夜シフトだったから、睡魔に襲われながら数値を記録していた。管理室には朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。空間の心地よさに、ふっと意識が飛びそうになる。床に鉛筆を落とした。軽い音に目を覚ます。と、その時──   地面が揺れた。地面だけじゃない。感情メーターも揺れている。グラグラする空間の中で、私は机にしがみついているのが精一杯だった。揺れは激しくなったり落ちついたりを繰り返す。どれだけの時間揺らされていたのだろうか。気づいた時には揺れは収まり、辺りは静かになった。 「おい! ダムが!」  外から同僚が駆け込んできた。  私は管理室を飛び出した。  一面の赤。ダム一体が薔薇色に染まっている。しかも、キラキラと輝きを放っている。まぶしい程の紅。情熱の、赤。  私は確信した。ああ、主は恋をしたのだ。 「ダメだ! もう貯められない!」 「緊急排水! 急げ!」  同僚たちが慌てる中、私はただ茫然と眺めるのみだった。  ダムから放流が始まった。溢れ出た感情は、一匹の龍となり、荒れ狂いながら躍り出た。   そうか、主にもこんな感情が──。   私はダムを見下ろしながら、疲労感の中にほのかな安堵が広がるのを、はっきりと自覚した。

異世界召喚勇者ガチャ

『…おや、ハズレか』 「……………は?」 目の前の髭は俺を見てそう呟いた え、ハズレってナンスカ アレっすか?容姿すか?平平凡凡ですみませんねぇ ワナワナと怒りを拳に込め抑える 「あの………ここは一体どこなんでしょうか」 精一杯の営業スマイルで目の前の髭に尋ねる 『あぁ、ここはイッセーカ王国の城の地下じゃ』 へ?いっ…なんだって?城?地下? 『まあ、お主の世界で言う、所謂「異世界召喚」されてお主が来たのじゃ』 「…なるほど、で、先程おっしゃった『ハズレ』とは…なんでしょうか」 『あー、それか…それはだな…お主のステータスを鑑定したとこ、軒並み低レベルすぎての…これじゃ召喚した意味がなくて『ハズレ』と』 「え?いやいや勝手に召喚しといて『ハズレ』とか言われて、俺の気持ち考えてくださいよ!俺さっきまでカップ麺食っててまだ途中だったのにのびるじゃないすか!」 『え、心配そこ?』 「あと、今はまだ低レベルかもしんないすけど、もしかしたら訓練していくうちにレベルが上がるかもしれないじゃないすか!!最初から『ハズレ』とか言わないでくださいよ!!ソシャゲの恒常キャラ扱いやめてくれ!!!」 『そ、ソシャゲ?………いや、そうじゃの、それはすまなかった』 「いえいえ、で、ハズレな俺は戻れるんですか?流行りのやつだと、戻らずこのまま冒険とかありますけど」 『安心せぇ、召喚する前のお主のいたとこへ戻れるよう、こちらで調整するわい』 「あ、戻れるんすね…そのパターンは予想してなかった」 『なんか言ったかの?』 「いえいえいえ!戻してください今すぐにでも!」 怪訝な顔した髭は、俺の下を指差した 『そこの魔法陣に立っておれ』 指示に従い俺は立ち上がる、途端に魔法陣らしきものから光が溢れ出た 『まあ、食事中にすまなかったの』 「あ、はい、じゃ」 なんとも一瞬な異世界召喚だな…と、光が溢れ出る魔法陣の中、俺は目を瞑った 再び目を開けると、そこにはホカホカのカップ麺 「良かった、のびてなくて…いやぁ異世界召喚ってほんとにあるんだなw今度の酒のネタにするか」 「あの髭、勇者ガチャに成功してるといいな、俺はそんなのまっぴらゴメンだね」 そして俺はカップ麺に手を伸ばした

恋の化学反応 化学反応編

「ずっと、好きでした。俺と付き合ってください!」 「嬉しい! 私も、ずっと好きでした!」    この日、新たなカップルが誕生した。  これから二人の日常は特別に彩られ、さながら化学反応のごとき劇的な変化を遂げるだろう。   「手……繋いでも?」 「うん……」    たどたどしい言葉と、差し出された手。  差し出された手を、ぎこちなく握る手。  二人の手は、がっちりと結ばれた。    そして起きる化学反応。  酸素と水素は結合して、水となった。  この日、新たな水が生まれた。   「ぎゃっ! 濡れた!」 「あらー、結露してるじゃない。雑巾持って来て」    そして雑巾に吸収された。

日付のない日

 残ったのは沈黙だけ  言葉にすることも声を出すこともない  昨日の夜がずっと続く  始まらなかったのだから終わりもない  こんなはずじゃなかった  夢すらみせてくれない

第三志望結婚

 人生初の挫折は、高校入試の時。  県一番の高校に入りたかったが、成績が伴わずになくなく第三志望の高校に行く羽目になった。  第二志望は、家から遠くて交通費が馬鹿にならないという理由で、親に却下された。    今振り返れば、そこそこ楽しい高校生活ではあった。    高校で猛勉強して、大学は県一番の高校並のところへ行ってやろうと頑張ったが、こちらも失敗。  前期で滑って、後期でワンランク下の国立大学に入学。   私立は、学費が高いという理由で、親に却下された。    今振り返れば、そこそこ楽しい大学生活ではあった。    人生、いつだってそんなものだ。  実力以上に手を伸ばし、届く時もあれば届かない時もある。  そんな身もふたもない現実を、十代の頃には悟っていた気がする。    適当に恋人も作って、適当に別れるを繰り返した。  二十五歳を超えて、三十歳までには結婚したいと思い始め、本気で選ぶを頑張った。  一人目。  顔が良くてスタイルが良くて性格が良くて、サークルの人気者だった人。  定期的に開かれるサークル同期の飲み会で、定期的に顔を合わす。  二人目。  自分より仕事ができて頭の回転が速いとわかる、会社の同期。  職場で毎日のように顔を合わせるし、時々一緒に昼食をとる。  三人目。  同じスポーツジムに通って自分と同じようなだらしないボディを持つ、ジム仲間。  週に一回顔を合わせるし、ランニングマシーンをしながら軽い雑談をしたりする。    一人目には振られて、二人目には仕事に影響が出ることを恐れて声もかけられなかった。   「私でいいの?」 「はい」    選んだのは三人目。  正直、一人目に未練はあるし、二人目に告白したら付き合えていたのではないかという願望もある。  とはいえ、結婚式の準備に大忙しな今、そんな妄想をすることもできない。  それに、薄々わかっている。    きっと、死ぬとき人生を振り返れば、そこそこ楽しいに決まっているのだと。  人生はいつだってそんなものだ。

自転車

自転車のサドルがまじで盗まれた ならば刺しとけブロッコリーを サドルが盗まれました。 どこを探してもないので、ブロッコリーも探してみました。 ないのです、許しません。

物として借りられた

「来て!」    好きな人に、借り物競争で借りられた。  友達はキャキャーと黄色い声援で私を送り出した。  私も、赤い顔のまま好きな人の手を掴んだ。    一着ゴール。  司会の生徒が近づいてきて、好きな人が持つ借り物のお題を確認する。   「今回のお題は……えー……『好きな物』?」    黄色い声援は止まった。  私の顔も通常色に戻った。   「近くにあってよかった」    無感情に言う好きな人。  さっさと応援席へ引き上げていった好きな人。  ゴール付近で立ち尽くす私。   「『物』ってなんだよ!」    お題が好きな人だったら、現在進行形でハッピーエンド。  どこからともなく流れてくるいい感じの曲で、少女漫画さながらの展開を迎えたことだろう。  でも、物だと話は変わって来る。  私、物じゃなくて人間なんですけど。   「さっきの、どういう意味だと思う?」    応援席に戻った後、私は黄色い声援を飛ばしてきた友達に尋ねた。   「しっろぐっみ、ファイト!」 「しっろぐっみ、ファイト!」    が、友達は突然耳が聞こえなくなったらしい。  私の言葉を完全スルーで、次の選手の応援に勤しんでいる。  ムカついたので尻を叩いておいた。    お昼休み。  お弁当を食べながら、なんか色々考える。  私の好きな人は、私を好きな物と認識しているらしい。  それって、どういうことだろう。  私と同じく、恋愛的に好きなのか。  それとも、私を人間扱いしていないのか。  大穴、韓国学園ドラマみたいに、自認大金持ちの家の御曹司で周囲の人間を者扱いする夜郎自大説。   「わっかんなーい」 「ギャー! それ、私のタコさんウインナー!」    感情を爆発させるようにやけ食いして、午後を迎えた。  午後の種目は、二人三脚。  幸か不幸か私のパートナーは好きな人だ。  朝から待ち遠しかったこの時間が、今はモヤモヤタイムになっている。  まどろっこしい。  私は足首に紐を結ぶ好きな人を見下ろしながら、素直に疑問をぶつけた。   「借り物競争で、私を借りたじゃん」 「おー」 「『物』ってなに?」 「あー」    紐を結び終えた好きな人は、立ち上がって私の目をじっと見た。  そして、一点を指差した。   「ヘアゴム?」 「そのキャラ、好きなんだ」    確かに、私のヘアゴムには、マイナーなキャラがついている。  生徒多しと言っても、このキャラを持っているのは私くらいだろう。  あー、理由がわかった。   「私じゃねえのかよ!」 「え?」 「なんでもねえよ!」 「あっそう」    そして、二人三脚が始まった。   「なんだ、あの二人!」 「滅茶苦茶速い!」    結果、ブッチギリの優勝。  誰が、物に負けた女じゃ。  物より相性いいぞ、私は。    好きな人は相変わらず、さっさと応援席へ引き上げていった。

綺麗事が示す真実

最近の我が家は賑やかで精霊さん神様仏様に 不浄物霊の声迄聞こえるしかし皆さん良い魂 全然怖く無い処か逆に私を守ってくれる存在 宇宙の民より頼もしく夜中の入浴はシャワー だけ以外は何の不満も無いだけど相変わらず 宇宙の民も滞在してる彼らは割りと亭主関白 タイプで腹減った喉渇いた甘い物を食べたい 等注文ばかり今日コンビニ行こうと私のお金 なのに当たり前な声で絶対ヒモだコイツその 癖言う事は此処を出たら旅行しようよ世界で カフェ巡りだと言いその度私は真逆その旅費 私持ちじゃ無いよねと聞きそうに為る言葉で 俺は宇宙の王子や宮殿云々総資産25兆円とか 最早金額が桁違い過ぎて訳分かりません霊も 気を付けた方が良いです宇宙は綺麗事ばかり 行動が伴わないと言う専らの噂ですし言い訳 上手らしく霊界でも余り信用無いし口先だけ デカイ魂は要注意ですよと言い確かに彼女の 啓示は言えて明だと納得して仕舞った為る程 人間界も口先だけの奴は実際使い物にならず 昔喫茶店で早稲田卒の男は自分の学歴を自慢 する様に小難しい歴史を語り偉そうな態度で 喫茶店の作業を小馬鹿してた癖に実際の彼は トマトジュースにガムシロを持って行き御客 から普通は塩だろうと叱られ彼は平然と僕は トマトジュース飲んだ事無いので分かる訳が 無いと客前で宣う様な大いなる馬鹿だったと 懐かしいながらも有る種別け隔て無いと思い 天は人の上にも下にも人を創らず的な言葉が 浮かんだ意味合ってる的なニュアンスを残し

すべてから逃げる

 世界の理から逃げたい。 それは数式をもってしても難しい問題だろう。 借金から逃げたい。 それは暴力で解決できるだろう。 ストレスから逃げたい。 それも一時的にではあるが暴力で解決できるだろう。 自分から逃げたい。 しかしお日様からは逃れられないだろう。 つまり女性からは逃げられないだろう。 自分も半分女だろう。 しかし今は弱まってしまっている。 追うものは追われるだろう。 愛からは逃げられないだろう。 暴力からも逃げられないかもしれない。 月に隠れていたいだろう。 しかし太陽があるからすべてをさらけ出さなければならない。 眠りが追ってくるだろう。 しかしいずれ眠り目覚めるだろう。

日々

 一昨日は起きて寝るまで気怠かった。すること全てが認められないような気がして一日中やる気が起きなかった。頑張ったこと……頑張ったことは何だろうか。無いのだろうな、思い出せないのだから。思い出せたとしてもきっとくだらないことだろう。こんなのだから認められない気がする、というのも案外勘違いでないのかもしれない。明日は何か誇れることをしよう。そんなことを思った。そんな一日だった。  昨日はただぼんやりと過ごしていた。考えることなど何もなかった。脳の中にとりとめのない情報や断片的な言葉たちが浮かび上がるが、瞬きをすると忘れるくらいの弱いものであった。これを聞いた人はもしかすると、私を暇で怠惰な愚人だと侮蔑するかもしれない。けれども私には、当たり前のように現代社会の歯車としてこき使われる隣人共の方がよっぽど愚かに思われるのである。これは単なる負け惜しみではない。私は認めない。何も考えずに暮らしていることに気が付いていない隣人共よりも、気付いた上でその仕組みから逸脱しようとしている私の方が賢明であるのではないか、というソクラテス的発想のもとで私は彼らを私の常識から追放する。そこで私は思い出してしまった!一昨日の私は昨日の私に誇りを求めていた。そうであるのに、私はその事実の一切を今の今まで忘れていた。しかし、昨日の私が自分の行動に誇りを持ったとしても今日の私が同様にそれに誇りを持つことはないだろうから、明日は何か誇れることをしよう。そんなことを思った。そんな一日だった。  今日は誇れることをした!命を救ってやったのである。今までこんなことをしてやったことは一度たりともないのであるが、なんと、ペットボトルゴミの分別をしたのだ!同時に「いいことをした」という自覚に勝る満足がないであろうことを直感的に理解した。つまり、日常的に「いいことをする」人は決して自らの善意のためではなく、この満足感を味わうために善行を働くはずであって、そうでなければ彼らはとっくに人間としてこの世には存在し得ないべきである。天使、と呼ばれるようなものになっているはずであろう。そして、ここで私は考えたのである。誰かが満足感のために善行を働いたとき、それがたとえ自己中心的な考えのもとで行われたことであっても、善行であることには変わりなく、それらは隔てなく等しく評価されるべきであるのに、世間は見返りを求める善を往々にして悪とみなすことがある。甚だ疑問である。こんなに一つのことについて考えたのはいつぶりだろうか。胎内以来かもしれない。すると、ここで私は胎内以来の行動をしたのかもしれないということに対して非常にエモーショナルな気持ちになった。このようなことを考えていたら空にはすっかりカーテンがかかっていた。そんな一日だった。  先の三日間で果たして私は特段大きなことを成し遂げなかった。今日の誇りは明日には埃をかぶっている。そうして段々と薄れてゆく。これが正常である。また、そうであるべきはずである。時に、人は数十年前のカビ臭い誇りを持ち出すことがあるが、これは非常にナンセンスなことである。そんなことを考える日々であった。そして、そんなことを考えてゆく日々が来る。

土産話

 本の紙と紙の間に、指をはさんでいる時間が好きだった。そうして機関車の窓から、流れていく風景をチラチラ眺めるのが好きだった。  機関車が止まったら、私はまた紙をめくる。乗り降りする人の靴音が聞こえる。機関車が動き出したら、私はまた手を止めて、窓を見る。その繰り返しが、どうしようもなく好きだった。  窓には、いろんな風景が映る。山とか、電線とか、駅のホームとか、掲示板とか。すらすらっと流れていくのに、そこかしこに映る言葉をやけに頭は覚えている。The・Super、電柱注意、ここから400m先■■■田野、小林107、◆◆デザイン専門学校、などなど。  さらに風景は流れて、窓は田園を映し出す。日傘を差した女性が白いワンピースをひるがえして、歩いている。お散歩中だろうか。窓の枠に映し出されている姿は、まるで芸術作品だ。  そこは田舎町。きっと、黄金の稲穂と浅葱色の若葉が美しい、おとぎの国のような場所だろう。――ねぇ、聞いた? あの人は、スーパーマーケットに一度も行ったことがないのよ。なんて、優雅な人だろう!  そろそろと歩く女性の横を、四輪車が過ぎ去っていく。とはいっても、それは車の類いではない。補助輪のついた自転車だ。  乗っているのは、ごましお頭のおじさん。彼にはトキメキがない。それこそ、先程の電柱注意という看板を立てたのも、この人ではなかろうか。  でも、どうして彼は、補助輪つきの自転車をこいでいるのだろう。補助輪がないとバランスをくずすから? それとも、たんなる物好き?  そう思って、ふと、また思った。もしかして、あのおじさんは補助輪なしの自転車には乗ったことがないのかもしれない。だとしたら、妙に納得がいく。なんだか、それって……  ははは、はっはっは。  心の中にいる自分が笑った。誰かさんの気も知らないで。まだまだ幼い内なる私が。無邪気に上機嫌に。声の出せない私に代わって。  しゅーしゅー。音を鳴らして機関車が止まる。私の指は、やはり本のページをめくっている。機関車が止まっている間にも、手元の物語はひそかに進んでいく。  印刷された文字の羅列を目で追いながら、ふと、私はデジャヴを感じた。  髪を肩まで伸ばした男が、今日のバイトを済ませて自転車にまたがり、学校へと向かう。その自転車には、いささか頼もしすぎるペダルが余分に二つ…… 「っふは」  気づいたら、私は笑っていた。心の中にいる自分も笑っていた。こんなに自然と吐き出せた、自分の笑い声を聞いたのはいつだっけ?  窓の内と外から一斉に視線をぶつけられる。でも、そんなことさえ、今さらであるような気がした。もう、どうしようもないくらいに。私は私と一緒に声を出して笑った。  それから私は、後に本の著者は小林という名前で、あの補助輪の男は絵本作家になるという顛末を知った。

金持ち国家の金持ち国民

「これ、三億円なら即決するよ」    五億円の物件を指差して、いけしゃあしゃあと。  値下げできないことをお伝えして、ご帰宅いただいた。   「ケチ!」    捨て台詞も聞き飽きた。    最近、日本が不況だという。  日本人が金持ちでないという。  しかし、私は未だに、日本人は金持ちだと思っている。  いや、保有している資産の量ではない。  積みあげてきた心の在り方が、である。   「もしもし。良い物件が手に入ったので、いかがかと思いまして?」 「へえ。どんなの?」 「高いデザイン性を兼ねた、好立地物件です。詳細は別途お送りします。今なら、五億円でご購入が可能です」    電話をしながら、お客様は詳細に目を通している。  時折質問が飛んできて、私も丁寧に回答する。   「貴方からの紹介だし、五億円分以上の価値はあるってことでしょう?」 「ええ、住むにはもちろん、今後も値上がりが期待できる優良物件です」 「買おう。信用している」 「ありがとうございます」    これだ。  私の提示する価値を信用してくれ、信用に値する料金を気前よく払ってくれる。  私の決めた価値に、ずけずけと踏み込んで値下げなど要求してこない。    時代錯誤かもしれないが、こういう信用の繋がりを見るために、まだまだ日本も捨てたものではないと感じるのだ。

来年、彼女が生まれる

君に出会ったのは私がずっと若かった頃だった。 明るくて天真爛漫で、優しくて友達思い。そんな君を見ているだけで私の心は何度救われたことか。 何度も何度も、君を見た。 テープが擦り切れるまで君の声を聞いた。 おかしな話だが、でも、君はまだ生まれていないんだ。 君は、来年生まれる。 私が出会った君になるのはもう少しあとのことだろうか。いいさ、気長に待つよ。 設定上では来年が誕生日になってるんだ。 ああ、楽しみだ。

全人類の総意

舌に口内炎ができた。シンプルに痛い。 痛みを堪えないと普通に喋ることすらままならない。 だが、痛みを堪えれば仕事にも特に差し障りがないのが逆に腹立たしい。 寝る時ももちろん痛い。これには差し障りがある。だが寝ないと治らない。癪に障るジレンマ。 口内炎が出来ることによるメリットがないか検索してみたけど、なかった。あれよ、せめて。 百害あって一利ない、カスみたいな体の反応。 ニキビ、お前もや。 ストレスで発症するけどその存在がストレスになるからいつまで経っても治らない。 もうニキビがある状態がデフォルトみたいになってきてる。多分親より付き合い長い。 お前らのこと誰が好きなん?

金魚でさえも救われる

 祭りの縁日の、汚い盥の中。  金魚たちは苦しそうに泳ぎ回り、盥の前に座ったおじさんがにこにこしながら、ポイを差し出してきた。   「兄ちゃん、一回どうや? 二百円」    ぼくはポケットから百円玉を二枚取り出し、おじさんのポイと交換した。  続いて差し出された欠けたお茶碗も受け取って、ぼくは盥の前にしゃがみ込む。  盥の中をじっと眺めて、一番苦しそうな金魚を探す。   「一匹」    ポイが綺麗に水面の下をなぞって、金魚が一匹お茶碗の中に入る。   「二匹」 「三匹」    お茶碗の中が五匹になると、おじさんからにこにこ笑顔が消えて、苦虫を噛み潰したような顔になった。   「ちょちょちょ、兄ちゃん。取りすぎやって。そんなんじゃあ、商売あがったりですわあ。俺、明日のおまんま食えんようになるわ」    おじさんも苦しそうだったので、ぼくはポイを深く沈めて、金魚を掬う振りしてポイを破った。   「またどうぞ!」    心にもない言葉を言いながら、おじさんは金魚が五匹入った袋を差し出してきた。   「どうも」    俺は金魚たちを受け取り、家へと返った。  用意していた水槽に金魚を入れると、金魚たちは解放されたように泳ぎ始めた。    今日、きっと皆が救われた、  おじさんも金儲けができた。  金魚も命が救われた。   「ぼくのことは、誰が救ってくれるんだろう」    スマートフォンが振動を始める。  きっと、バイト先からだ。  電話番号という現代の命綱がある限り、ぼくはバイトからも逃げることができそうにない。

夢の国

 人々は目の前の事象を画面越しにしか見なくなった。  広いはずの視界は小さな画面に凝縮される。データに残るから。誰かに見せたいから。画面を通して、他人の目を通して、初めて満足できるのだろうか。  知らない人の画面に自分の姿が映る。背景の一部として。  子どもたちは大人の真似をしてつまらなそうに、お化けたちのクリスマスを、野獣のダンスを見ている。  手を振る人も減ってしまった。その手には画面がひっついて離れないから。子どもたちは、手を振ることを知らない。

こぼれたひと

「この穴って人の記憶みたいだね」  ふと、頭の中で遠い声が蘇る。  手に持ったドーナツの穴をのぞいてみた。ガラスの壁の向こうには歩道があり、制服やスーツを着た人々が左から右へと足早に歩いている。  ドーナツを皿に置きなおし、穴をじっと眺める。さっきまで人々や道をうつしていた穴は、今は白い皿をうつしている。 「どういうこと?」  記憶の中の自分が訊ねる。 「ドーナツがある時は穴が存在するけど、食べてなくなったら、穴もなくなるでしょ。ドーナツは胃の中に入って、また土に戻っていくけど穴は二度と戻らない。同じ穴が現れることもない」  淡々と語る声から、感情は読み取れない。 「人も死んだら灰になるけど、記憶は完全に消えるでしょ。はじめからなかったみたいに」 「一口食べたら穴じゃなくなるよ」  確か、そう訊いたんだ。 「食べた部分を上向きにして、記憶がこぼれないようにするんだ。食べ進めるうちに、残せる記憶も少なくなっていく」  その声は少しずつ薄れていく。 「最後の一口まで、忘れたくないな」  立て付けの悪い自動ドアが開く音で、はっと夢想から醒めた。  皿に視線を下げると、ドーナツはあと一口ほどしか残っていなかった。無意識のうちに食べていたのだろう。  穴があった部分を上に向け、口の中に放り込んだ。

一杯のコーヒー

「ねぇ、貴方ってブラックコーヒー飲めないんじゃ?」 毎回品種はマンデリンに、必ず角砂糖を11個入れる貴方が、何でもない顔をして角砂糖一つも入れずブラックコーヒーを飲みながら、夜明けの空を窓越しに見つめている。 「あぁ、本当だ。ブラックコーヒーだ」 「……本当だ、って貴方十日間便が出ていないからって頭にまで支障が出たのね」 「わぁ、なんでそれを知ってるの?慢性的便秘だけどここ最近はやけに出ないんだ。しばらく自分の糞を見てないから、どんな色だったか忘れちゃったよ。恋しいな」 微かに目頭に力が入ったのを、私は見逃さない。 苦しい時に無意識に出る貴方の癖。 苦しむくらいなら、下手な嘘を並べなければ良いのに。 あんなこと、しなければよかったのに。 「彼を殺害したのは貴方でしょう」 「……どうして?」 目頭に筋が浮かぶ。 静かにブラックコーヒーを喉に通すけれど、随分とその喉は乾いているようね。 この男は本当に馬鹿だ。 「何となく?」 「何となくって…これで違ったらとんだ濡れ衣だよ。まぁ、君のその何となくの信憑性は異常だって僕はしみじみ思うよ」 「……」 ほら、また。『苦しい』 終始変わらない顔色は、私の見る貴方と違う。 「平気になったみたいだ」 「何が?」 「ブラックコーヒー。苦味なんてもう分からないや」 「……馬鹿ね。ブラックコーヒーの良いところを失うなんて」 「はは、今ならミルクチョコレートを食べてもあの軽い甘さが分からないかもしれない。……ところでブラックコーヒーは後味が随分と爽やかだ」 「マンデリンなんて趣味の悪いのを飲むからよ」 「君はブラックコーヒーをいつも飲んでいるけど、ブラックコーヒーってどこか君に似てるよ」 「貴方も大概マンデリンに相応しい人間ね」 「…ふはっ」 ほら、また。 ——side 「ねぇ、貴方ってブラックコーヒー飲めないんじゃ?」 一人きりの部屋で誰かに話しかけられ、そちらをゆっくりと振り向く。 その静かな深い声質は、僕の鼓膜の表面に浸透した。 彼女は気づいたらいる。 閉じたはずの扉。だけど彼女はこの部屋の中で、閉まった扉の目の前に居る。 そこに気配も何も無い。 『いつからそこに居たんだい?』こんなつまらない質問、きっと君は嫌がるだろうし、いつものことに今更動揺もない。 「あぁ、本当だ。ブラックコーヒーだ」 「……本当だ、って貴方十日間便が出ていないからって頭にまで支障が出たのね」 「わぁ、なんでそれを知ってるの?慢性的便秘だけどここ最近はやけに出ないんだ。しばらく自分の糞を見てないから、どんな色だったか忘れちゃったよ。恋しいな」 固唾はどこかにへばりついて、飲み込めすらしないでいる。 「彼を殺害したのは貴方でしょう」 「……どうして?」 彼女が今、僕の目の前に現れたんだ。 彼女に隠し事なんて通用しないことは分かりきっているし、最初からこのことで来たのは分かっていた。 「何となく?」 「何となくって…これで違ったらとんだ濡れ衣だよ。まぁ、君のその何となくの信憑性は異常だって僕はしみじみ思うよ」 「……」 蛇のように音が無く、恐ろしく鋭いその眼は、僕の眼は見ていない気がする。もっと、その奥を。 まるで彼女の獲物かのように、固まってしまう。 一挙手一投足、一字一句を見逃さず見る彼女。 僕自身ですら知らない暗がりを、君は知っている気がする。 彼女が本当に蛇ならば、神経毒を持っているだろうな。 この視線が持つその鋭い歯に噛みつかれて、神経が麻痺する感覚だ。 浅い一息で言う。 「平気になったみたいだ」 「何が?」 「ブラックコーヒー。苦味なんてもう分からないや」 「……馬鹿ね。ブラックコーヒーの良いところを失うなんて」 「はは、今ならミルクチョコレートを食べてもあの軽い甘さが分からないかもしれない。……ところでブラックコーヒーってのは後味が随分と爽やかだ」 「マンデリンなんて趣味の悪いのを飲むからよ」 「君はブラックコーヒーをいつも飲んでいるけど、ブラックコーヒーってどこか君に似てるよ」 繊細な花で彩られたカップ。中身の動きのない黒さを見つめた。 話しているうちにすっかり冷え切っている。カップの陶器に薄ら映る自分の顔は、どこか他人のようだ。 「貴方も大概マンデリンに相応しい人間ね」 「…ふはっ」 そんな別れの言葉は、あまりに彼女らしくてつい笑ってしまう。 僕は夜逃げする。遠い、遠い国へ。 でも君にはまた会える気がする。それはきっと何でも無いような場所で、どことない時で、また会うんだろう。 そうして一言や二言を交わせば、またすれ違っていくんだろう。君はきっと、そういう人だから。

どれ?

「しりとりしよっか、いいよ、ありがと。」 晴れた冬の土曜日に アタシが言い放ったその言葉に 「じゃあ、私からね。えっと、どうしようかな……モトカレ、の、れ」 そうやって遊びを紡いでくれる、ともだち。 ……高校でもさ、クラス、一緒になれたらいいね…… っていう、あの冬の日の憂いは叶わなかったけど けど でも なんかね、 ショッピングモールのレモネードを はかどらない過去問のページをひらきながら なんかね、、 べつに なんでもないけど なんかね、、、 いつか、思い出せたらいいな、今日の、 「レモネード、の、ど」

君は僕の宝物

 よく晴れた土曜日の午後、ぼくは一階に降りて相棒のゴンと【ごうりゅう】する。  ぼくとゴンはトレジャーハンターなのだ。今日も冒険に出かける。 【今日がその日だ】 これは、トレジャーハンターのメルフィッシャーの言葉だ。テレビでやってた。意味はわからないけど。冒険に出るときは言うことにしている。  まずはキッチンに行く。シンクの側には洗い終わったお皿が重ねてある。  ゴンはキッチンマットをクンクンしている。キャベツの切れはしを見つけて食べている。キャベツは宝物とは言えない。だがまずまずの出だしだ。  キッチンの戸棚に移動する。食器棚の下を調べてみる。サッポロ一番の袋をどかすと大きく膨らんだ白いビニール袋が見える。袋を開けると中にはお菓子がたくさん入っている。 「宝物を見つけた」 全部は取らない。罠があるかもしれないから。グーニーズで見たことがある。ぼくはハリボーを一袋だけ取る。 「ワン」 相棒のゴンが吠える。 分かっている。ゴンのおやつも探すつもりだ。今はたまたま、ぼくのが見つかっただけだ。  ママが二階から降りてきた。今さっき干していた洗濯物を入れはじめたばかりだった。「帽子はどこだっけ?」と探している。きっと太陽の光を気にしているのだろう。【ゆーぶいたいさく】だ!  ママはまだ帽子を探している。「ママは無くし物の天才」だ。  昨日の夜も探し物をしていて、タンスの中を全部出していた。散らかった部屋で相棒のゴンははしゃいでいた。トレジャーハンターは冷静でなくてはならない。  ぼくはある不安を感じていた。そしてそれは【げんじつ】のものとなった。結局ママが探していたものは見つからなかった。そして、新たにママのスマホが無くなったのだ。 「ママは無くし物の天才」 ここでぼくたちトレジャーハンターの出番だ。ぼくと相棒のゴンでタンスの周りをしらべたけどスマホはなかった。ミニチュアダックスフンドの相棒ゴンはしっぽを振っている。  ゴンが「ワン」と吠えてどこかへ行く。ぼくもゴンの後をおう。隣の部屋のすみっコで片足を上げる。おしっこだ。ゴンは犬のトイレでおしっこをしている。ゴンはチラッと横目でこちらを見ている。ゴンの側に大きなドラえもんのぬいぐるみがあったので、トイレからすこし離そうと、ドラえもんをだっこしたとき、ピンポンと音がなった。 「宝物を見つけた」 ドラえもんのポケットに差し込んであるのは、まぎれもなくママのスマホだ。ラインの着信音がなったのだ。相棒のゴンはさりげなく教えていた。【ゆうしゅう】な相棒ゴン。そして、かわいい。  レンジの棚の下にゴンのおやつがあった。ここでも一つだけ取る。 「宝物を見つけた」 骨の形のクッキーを一つ取って後は戻しておく。  これはトレジャーハンターにとって大事な礼儀だ。グーニーズでもマウスは金貨を全部取らなかった。あれがカッコイイ。ゴンはすでにぼくの手の上でクッキーを食べている。手のひらもなめいてる。くすぐったい。  しゃがんでいたので、ジャンプするように立ち上がると、棚の上のレンジの隙間に光るものがあった。指を入れて取ろうとするが届かない。五歳の手では短すぎた。シンクの横の引き出しを開けて長い箸を取り出す。  奥に押し込まないよう気をつけて手前に持ってくる。丸いわっかにキラキラした赤色の石が付いている。 指輪だ! ママが大切にしている指輪だ。  パパがママに「僕は宝物を見つけた」と言って渡した指輪だ。ママに渡そう! 「ワン!」 ゴンもそうだと言っている。 「今日がその日だ!」「ワン!ワン!」 「今日がその日だ!」「ワン!ワン!」 「ママ!ママ!宝物あったよー」

明日にはきっとわれらの聖地

 三時間目の授業が終わり、一人で廊下を歩いていると同じクラスの三宅くんに声をかけられた。明日、隣町の公園に来てほしいです。話したいことがあります。三宅くんとは今年初めて同じクラスになったけれど、お互い目立つタイプでもなく、話したことはほとんどない。私が知っている三宅くんといえば、紙ゴミであふれそうなゴミ箱に手を突っ込んで、ゴミのカサを減らしてくれる人、ということくらいだ。  そんな三宅くんが公園で私に話したいことがあると言う。今目の前にいるのだから、このまま話してくれてもいいのにな。隣町の公園の最寄駅は、学校の最寄駅から二駅離れていて、私の定期区間内ではなかった。たかが二駅、されど二駅。その公園でなければならない理由を知りたくて聞いてみると、三宅くんはあからさまに困った顔をして、それでも「恋人たちの聖地だから……」と答えてくれた。恋人たちの聖地。あの公園にそんな噂は聞いたことがなかった。もしそんなスポットが学校近くにあるのなら、彼氏ができたばかりのしーちゃんが黙っていない。公園で撮ったツーショットがありとあらゆるSNSに投稿されているはずだ。名探偵私の長考に耐えきれなくなったらしい三宅くんは、諦めた面持ちで自ら聖地について語り始めた。  公園の真ん中に女の人の像があって、自分の両親が学生時代にその像の前で告白をして付き合うことになった。それからというもの両親はその公園を勝手に聖地と呼び、デートからプロポーズまでことあるごとに公園を訪れ、その多くを成功させてきた。なので自分も、告白するならそのご利益にあずかりたいと思っている……、ざっとまとめるとそういうことらしかった。なるほど、三宅くんのお父さんとお母さんの思い出の場所。かつての恋人たちの聖地。  ひと通り説明を聞いたところで、私は公園で話したいという三宅くんの提案を受け入れた。三宅くんはものすごく驚いた。いいの、いいよ、本当にいいの、本当にいいよ。同じようなやり取りを何度か繰り返したあと、三宅くんは大きく息を吸って、一気に吐きだした。うん、じゃあ、明日はよろしくお願いします……。深々とお辞儀をし、よろめきながら教室に戻ろうとする後ろ姿を見送る私の頭に、ある考えがよぎった。  もし明日、三宅くんが私に告白するとして、その告白が成功したとして、それを三宅くんは像のご利益だと思うのだろうか。私の意思に基づいた結果ではなく、よくわからない像がもたらした奇跡として、感謝したりなんかしちゃうのだろうか。あり得る。あり得るし、イヤすぎる。やっぱり今ここで話してもらえばよかった。三宅くんには悪いけれど、恋人たちの聖地だろうが学校の廊下だろうが、三宅くんの告白に対する私の答えは変わらない。ためらうことなくゴミ箱に手を突っ込んだあの日から、私は三宅くんのことが好きなのだ。

昔の方が良かった。

 今ではまぁ低いがそこそこの知名度で活動している、ただの絵描き。件学生。  一点透視図法とか、なんだとか。ろくに絵の勉強もしていない、ただ趣味で絵をかいているだけ。  そんな私だが、最近家で大掃除をして出てきた、小さい頃の絵を見て思うことがある。  とにかく笑顔で、首の太さも手足の長さも、何もかもが下手でおかしい昔の絵。  友達Aは、笑って言った。 「うわ〜、なんか面影あるわ。昔と比べて、今もう結構成長してんねんな。これ見たら今の絵凄いってなるわ。」 「・・・そうかな、」  私は、昔の絵の方が好きだ。  昔の私にとって、絵は趣味であり、楽しくてストレス発散もできる、とにかく、描いて良い事しかない・・・みたいな。そんな感じだった。  笑顔を描くときは、自分も笑顔になって絵を描く。だから、楽しいと思えたのだろうか。昔の私の絵からは、そんな、「楽しい」感じがする。  なら今はどうだろうか。  友達Bからアドバイスや指摘を受けてばっかり。別に何も友達Bには求めていなかった。ただ、見てほしかっただけだった。  友達をやめればいいって、そんなもんじゃない。もう8年間も続く、私の数少ない友達の一人。  あー、いうて8年くらい続く友達なんて、3人しかいなかったっけ。  加えて陰キャな私は、友達を作ろうにもまず話しかけられない。  とにかく、欲してもいないアドバイスを受け続けて、絵を書くのが楽しくなくなった。  首が細いだの、手が小さいだの、顔が横長いだの。  ただ何の学びもせず、趣味で書いていただけで、絵を上手くなろうだなんて1㎜も思っていなかった私だった。  だから最初は、 「へぇ、なるほど」とか言っておいて、 (いや、知らないし)(そんな本気で描こうとしてないし)(そういう絵柄だし)  とかと、内心愚痴愚痴言っていた。が。 絵をかくたび、 「首をもうちょっと太く」「手を大きく」「顔を細く」  そんな、友達Bから言われた言葉が、呪いのように頭に響いて、手が勝手に従ってしまうようになった。  その結果、少し「首太い」とかは言われたが、少し画力は上がった。  だから中学校に入り、現実を見た。絵の上手い人があちこちにいる。  私は、友達Bのせいで・・・おかげで・・・? その、絵の上手い人の部類に入った。  なので、絵の上手い人の部類なのにも関わらず、このままの画力でいるのが、少し抵抗があった。  それからまた、私は頻繁に絵を描くようになった。 それが今の私である。  でも、今の私は、昔のように笑顔を描くとしても、自分の顔は真顔。  だから、昔の絵には、「楽しい」が感じられても、今の絵には全くもって「楽しい」が感じられない。  気持ちの問題だろうか。  友達Bからまた何かアドバイスされるのが怖くて、全身の絵だってかけない。  絵を描くのが怖い。いや、友達Bが怖い。  ふと、8年続いた友達のうち一人、私が半ば無理やり絵を描かせたら絵にハマり、今ではとても絵の上手い友達Cのことを思い出す。  その子は今も、自分の思うがままに、楽しく気楽に絵を描いている。  それを見ると、とても、羨ましくなる。 あぁ・・・友達Bの呪いから、解放されますように。

先生の次回作にご期待ください!

 ぱたん、と本を閉じる。柔らかい紙の香りが、ふわっと広がった。  ふと、顔を上げる。何の変哲もない、私の部屋だ。窓からは光が差し込み、薄暗い部屋をただひとつの灯が微かに照らしている。  暖かくも寒くもないような、別に苦しくなんてない、いつも通りの温度が肌を包んだ。  その瞬間、私は静寂に包まれる。まるで、数秒前まで別の世界にいたように。  誰も識らない世界が、そこにはあった。きっと私だけが、その世界を覗いていた。事象が回った。捲る音は微笑み、私を次々と場面へと連れて行く。その度に、数次元先の彼らは、文字を伝って存在証明をした。  句点で区切られる世界。その終わりの先に、果たして同じ世界が広がっているのか。それとも私の認識が、世界のコデックスを、テクスチャを書き換えるのだろうか。その度に違う誰かが演じていて、その度に。  考えていたってキリがない。今確かなのは、私がその世界を見ていたという事実だけ。それ以外に確かなことなんて、ありはしなかった。  きっとあの世界の人々は、認識で生きている。私が見ていなければ、彼らは存在しないのだから。  本を置いて立ち上がる。身体を伸ばして、深く息を吸い込んだ。  私はあの世界観が好きだった。登場人物の心情を少しでも読み取ろうとするのが、好きだった。  でも私は、その世界にはいない。所詮フィクション、幻想の奥に広がるファンタジーなのだから。    ならばせめて、この世界に存在する証明を残そう。  私が、其の世界のバックベアードになるように。  見ることを、続けよう。  そうすればきっと、次回作も続く。  

神のまにまに 4話

「まあいい、あっちの勝敗も着いたようだな」 遠くから、にこにこ機嫌良さそうに歩いてくる来栖くんと、どこかふらふらしながらも空を飛ぶのをやめない神原さんが帰ってきていた。 「やっほー、羽柴先生。今日も勝ったよ。いつも思うんだけど、強めの電気使うの禁止とか酷いじゃないか」 「だめだ。少し加減を間違うだけで即死だぞ。そもそも、お前の電気はそのまま使うと強すぎて勝負にならないだろう」 「はーい」 手加減してあの強さなのか……全力で戦ったら相手を殺してしまうかもしれないから。 もし、僕がもしあの過去を克服して、禍神の能力を使えるようになっても来栖くんとだけは戦いたくないな。 「来栖は…まだやる気があるみたいだな。じゃあ、月音。2戦目に付き合ってやれ」 えっ、月音が?ただの模擬戦なのに怪我をしないだろうか。心配だ。 「吾妻くん、勝ってくるね」 「え」 そう言って、来栖の前に立つ。 「私が来栖に負けたことあったっけ?」 ハーフアップにまとめられた栗色の髪が風になびく。来栖くんは、頭をかきながら言った。 「いや、残念ながらないな」 あの月音が、この中でいちばん強いのか? 小さい月音の泣き顔が頭に浮かんだ。 「はあ、今回は吾妻も見ている事だし、俺が審判をしてやろう。正々堂々、死ぬ気で戦え。」 両者が相対的な位置に着く。 辺りには殺気が充満し、重々しい空気が漂っていた。 「じゃあ、はじめ」 羽柴先生の気だるげな合図で2戦目。来栖くん対月音の試合が始まった。 おそらく来栖くんは、初動で月音に突っ込むはず…そこをどう対応するつもりなんだ? 「じゃあ、始めよっか」 来栖くんが、走り出そうとした瞬間。 月音の冷静な声が辺りに響く。 「残念ながら……試合はもう始まってるんだ」 言葉通り、来栖くんの背中には角を丸くし、殺傷能力を減らした氷の塊がいくつも迫っていた。 「やっぱ、反則だろ。どこにでも、どこからでも飛んでくるこの氷。」 咄嗟の運動神経で、後ろをふりかえる。 氷を蹴飛ばし、1つ2つと破壊して行く間に、2段目の攻撃がまたしても来栖くんの背後を狙っていた。 「うわっ、危ない危ない」 それを、来栖くんは体をそらすことで避ける。 このまま、月音は氷の攻撃で押し切るのかと思った。 だけど。 滑るように走り出した月音は、冷静にバランスを崩した来栖くんの元へ走る。 そして、月音は作り出した氷の武器を来栖くんの首筋に当てた。 「チェックメイト」 落ち着いた声で宣言する声に、来栖くんは抗った。 「まだ、俺は負けてない!」 武器を持った月音の腕を掴み、そのまま柔道の技を決めようとする。 月音の驚いたような顔が目に入った。 だけど、すぐに体勢を立て直す。 接近戦では分が悪いと判断したのか。地面を凍らせて、滑るように来栖くんと距離をとった。 羽柴先生が感心したようにつぶやくのが見えた。 「普段なら、月音が来栖の首に武器を当てた時点で勝負は決まってるんだがな…お前がいることで2人とも熱くなってるのかもしれないな」 続いて、神原も言う。 「月音が、あんな氷を使い方をしている所を、妾は見た事がない。あれは、本気で戦っておるな。さて、吾妻は何をしてあんなに好かれたのか」 神原さんは、ただ疑問が口から出たと言った感じだったので、もしかしたら……という理由は言わずに、僕は無言を貫いた。 月音が大量の氷で、来栖くんを追い詰めようとする。すると来栖くんは、今回の試合で初めて雷を使った。 その威力は凄まじく、氷がどんどん破壊されていく。 「いいじゃん!この電気も、先生には禁止されてるけど、人に当てなければいいだけの話だろ」 積み上げられた氷だったものの残骸と、こちらまで伝わってきそうな電気。 思わず、羽柴先生がやめっ!と声をあげようとした時。 月音は動いた。 地面から飛び出した氷が来栖くんを包み込んだ。さすがの来栖くんでも、ここまで近くにある氷は破壊できないのだろう。 身動きすることが出来ず戸惑っていた。 「今までも、四方八方から飛んできたって言うのに、さらに地面とか……まじかよ」 来栖くんはなんだか呆れている様子だった。 月音は、この試合に勝ったことでなんだか嬉しそうにこちらに走りよってくる。 緊張が解けたからか、氷も全て消えてなくなった。 「吾妻くん、勝ったよ……だから、褒めて」 僕は、月音に対して優しく微笑む。 そして、手を頭に乗せて柔らかく撫でた。 「よく頑張ったな。月音」 月音の目が見開かれる。誰を思い出しているのか、何かを噛み締めるように少し俯いて、一瞬後、顔を上げた。 「ありがとう……」

神のまにまに 3話

「えぇ!? そんな釣れないこと言うなよ!」 「で、でも」 正直言って、すごく断りたい。 「最近あの高飛車女としか戦ってなかったから。飽き飽きしてるんだ」 上から鋭い声がした。 「それはこっちのセリフじゃ!」 目の前には、宙から来栖くんに突っ込んでくる神原さんの姿があった。 来栖くんは、慣れているのか。その足を冷静に掴んでほおり投げる。 かなり遠くまで飛ばされた神原は、くるりと宙で一回転してその場にとどまった。 「悪い、吾妻!俺ちょっとあいつと戦ってくるわ」 そう言って、目にも止まらない速さで神原の方へ走っていった。 目の前で起こった自体に、情報の処理が追いつかない。 「来栖!やりすぎるなよ!」 羽柴先生がそう言って、こちらを見た。 「な、なんですか?」 動揺でつい、声が震えた。 「来栖は、化け物みたいな身体能力をしているだろう?」 神原さんは、来栖くんの身体能力をけいかいしてか。来栖はの手の届かない空中から攻撃を叩きつけている。 それにいらいらした来栖くんが、微弱な電気を放って、神原さんを落とした。 「あれは、体に流れる電気を操って、自力で身体能力を上げてるからなんだ。 もちろん本人の努力もあるが、あれは天性の才能だな」 「でも、少し出力を間違えただけで大怪我するんじゃないですか?」 「まっ、それがあいつのいい所でもあるんだがな。とにかく、今日の今日まであいつが失敗したことは無い。安心しろ」 来栖が殴りかかろうとしたところを、神原さんは、風の盾を作ってとめる。 どちらも互角に戦っていてなかなか終わりそうにない。 安心出来ない…けど。羽柴先生が言うなら大丈夫なのだろうか。 「さて、俺達も授業を始めよう。 まずは、禍神の能力についての解説だ。 月音、助手を頼めるか?」 羽柴先生は、僕たちの授業をしてくれるようだ。来栖くんと、神原さんの戦いをただぼーっと眺めていた月音は、こくりとうなづいた。 「いいよ」 「じゃあ、まずは自身の司る属性を使うことから始めよう。月音、氷を出してくれ?」 こちらに少し近づいた月音が、手を差し出す。そこから、透明感のある氷の結晶が現れた。その氷は、花のように繊細で儚かった。 「私は、吹雪の禍神……だから氷や雪を操ったり、生み出したりすることが出来る 吾妻くんは、火の禍神なんだよね。火を使えるのかな……私のお兄ちゃんに似てるね」 「そうかな?」 そう言って、僕に笑いかけた。 「それじゃ、次はお前の番だ吾妻」 火よ出ろ。みたいな感じかな。 ……もしかしたら火事になるかもしれない 「……」 目の前が真っ白になる。 呼吸がだんだん早くなるのを感じたけど、止められなかった。 「おいっ、吾妻?まずい、過呼吸だ。 吸って、吐いて……」 先生の掛け声とともに息を吸う、吐く……だんだん落ち着いてきた。 「……先生、ありがとうございます。もう大丈夫です」 羽柴先生は、心配そうに寄り添って、背中をさすってくれていた。 「火を使うことになにかトラウマがあるのか?そうだとしたら……」 「別に」 羽柴先生の言葉を途中でさえぎった。思い出すだけでも震えが止まらなくなりそうだったから。

神のまにまに 2話

「へえ、じゃあ。禍神の能力を意識して使ったことは無いのか。でも、ここでは自分の能力を把握して引き出す訓練もあるからな。」 来栖くんの言葉で、はっと意識を取り戻した。 「えっ、僕にできるかな……」 なんでそんな授業があるんだ? 能力を使うだなんて、そんなことしたくないのに。 「まっ、頑張れよ。俺も協力するからさ」 そう言って笑う来栖くんの顔を見て、ふと思った。 「来栖くんは、いつからここにいるんだ?」 「俺は、ずっと昔から政府に保護された禍神だったから学校ができた時からここにいるよ。ちなみに、このクラスで吾妻を除いて一番の新入りは、宙を飛んでた神原」 そう言って、まだ空中に漂っている神原の方をちらっ見やる。 その瞬間、神原に睨まれた。 「危ない危ない。また喧嘩になるところだった。あんまりあいつとは関わり合いにならない方がいい。ここに来る前カルトの教祖してたみたいでさ。その感覚が抜けてないんだ」 「そうなんだ」 確かに視線を向けるだけで睨まれるのは、相当だな。僕は、彼女にはあまり触れないことに決めた。 「じゃあ、そろそろ訓練の時間だ。着いてこい」 そう言って、羽柴先生が教室から出ていった。あわてて、立ち上がる。 椅子と地面のこすれる音が大きく鳴った。 「どうしたんだよ、そんなあわてて」 だって、早くついて行かないと、まだ来たばっかりだから校舎内がどうなってるか把握してないし。 「いや、別に」 そうしているうちに、また意識が重くなっていく。訓練とは、何をするのだろうか? 僕は今まで禍神の能力なんてほとんど使ってこなかった。どうして、わざわざ能力の訓練なんてしないといけないのだろうか。いやだ。 「吾妻〜?早く来いよ」 何も持たずに、来栖くんを追いかけて教室を飛び出した。 連れてこられた場所は、広いグラウンドのようなところだった。 普通の学校と違うのは、地面がところどころ変形し穴が空いていたり、山ができてきたり、水溜まりがあったりするところくらいだろうか。 「お前ら、いつも言っている事だが、今日は新入りもいるところだしもう一度言っておく」 これまで羽柴先生が話していてもみんな気にせず話していたのが突然静かになった。 空気が張りつめる。 「禍神は、周りに厄災をもたらす嫌われ者。すなわち、お前らの命を狙うものも少なくない数いる。そのため、お前らには、1人につき1人、監視者がついている」 後ろの方で気配がして、ふりかえった。そこには、先程まではいることにも気づけなかった4人の人達がたっていた。 「禍神学校中等1年生クラス監視部、所属。4名!揃いました」 背筋を伸ばした美しい姿勢に、目線はしっかりと前を見すえている。 「彼らは、お前らの監視役という名の護衛だ。ただ単に禍神と言う異物を排除したいもの、禍神という存在を利用したいもの。それらからお前らの命を守ってくれる」 羽柴先生はそう言った。つまり、僕はここに来た時、もしかしたらその前からこの人達に守られていたということ? 「そうさ、俺たちはこいつらに監視され、守られてるってわけ。でも、そんなのムカつくと思わないか?」 隣にいた来栖くんが、僕の肩に手を当ててそう言った。 「妾の方がこやつらよりも特別な力を持っているというのに、こやつらに守られるなどということは、妾のプライドが許さない」 グラウンドに来ても、宙に浮くことを辞めない神原さんがそう言う。 「……っと言うことで、私たちはこの監視役の皆さんに勝って監視役をなくしてもらうために訓練をしてるってわけ」 そうして、最後に月音がしめた。 つまり、クラスメイト全員の総意で、僕たちはこの人達に勝たないといけないということか。しかも、今の話だと来栖くんたちはまだ彼らに勝てていないらしい。 「で、でも僕は別にこのままでも構わないよ」 自分のためにでも、人のためにでも、誰かと戦うことは嫌いだ。 「いえ、それは違いますよ?」 監視役のひとりが口を開いた。 「禍神は、それはもう多くの人から命を狙われています。そうした中、吾妻様を守れないことがあるかもしれません。そんな時に自衛してもらわないと困るんですよ」 「……」 「そういえば、自己紹介がまだでしたね。吾妻様の監視者を務めます。石田です。名前を呼んでいただけると、すぐに出てきますし、聞かれたくない話がある時はそう言って下さい」 どうやら黒スーツに刀を持った彼は、石田さん。僕の監視者を務める存在だったらしい……多分男だよな。 「よろしくお願いします」 そういった途端、瞬く間に監視者たちは消えた。 「なあ、早速俺と訓練しようぜ?」 こちらに声をかけたのは、来栖くんだった。戦うなんて、まだ能力の制御も分からないのにそんなこと出来るわけないじゃないか。 「来栖くんには申し訳ないけど、戦うにはまだ、心の準備が……」

神のまにまに 1話

「吾妻、今からお前はこの教室に入る訳だが……ここは普通の学校とは違う。生徒はお前含めて爆弾だと思い、全身全霊で警戒してこの学校生活を生き残るべきだな」 「はい」 僕はこの学校の転校生として、教室の扉の前にたっていた。 国立禍神学校。つい最近に作られた。僕みたいな人が集められた学校。 「つーことで、お前はここで待ってろ。俺が入れって言うまで、教室には入るんじゃねえぞ」 白衣を着た、口調の荒い不良のような男。羽柴先生は、教室の中に入って行った。 教室の中では、何人かの生徒が椅子に座って自由気ままにすごしている。 「お前ら、今日から転校生が来るこ……」 その瞬間、目の前が真っ白になるような光とともに雷が落ちたかのような鋭い音が鳴り響いた。 「こらぁ、来栖!室内で能力使うのは禁止って言っただろうが!」 羽柴先生は来栖と呼ばれた生徒の襟首を掴んで不機嫌そうに怒鳴りつけた。 え、今何が起こったんだ? 「あぁ〜羽柴先生、来栖くんが苦しそうだよ。離してあげないと……窒息しちゃうかも?」 色素の薄い儚げな髪、目の下の涙ぼくろが印象的な少女が声をあげた。懐かしい顔だ。 羽柴先生は来栖の襟首から手を離す。 「ゴホッゴホッ……」 首あたりを押えて苦しそうに息をしている来栖くんと、その目の前で未だに来栖くんを睨んでいる羽柴先生。目の前には、今まで僕が体験したこともないような状況が広がっていた。 「入れ」 羽柴先生がそう言う。 僕は、勇気をだして教室の中に1歩足を踏み入れた。 「あっ、君、転校生なんだって?私の名前は、月音……よろしくね」 先程、羽柴先生を冷静にとめていた少女がこちらに向けて優雅に手を振った。 戸惑っている僕に向かって、羽柴先生は言う。 「おい、吾妻。時間が無い。早く自己紹介しろ」 少し躊躇ったが、名前を呼ばれて、おずおずと声を上げた。その瞬間、全員の視線が僕に集中する。 「……は、初めまして。吾妻と言います。これから仲良くしてください」 そう言って、ぺこりと頭を下げた。 僕の言葉に誰も反応せず沈黙が漂う教室。 そんな中、やけに間延びした拍手の音に、そちらを見やると、来栖くんが先程のことなど忘れたように笑顔で拍手をしていた。 「よろしくな吾妻。お前のことは気に入った!俺の名前は来栖。悪かったな。さっきはちょーっとびっくりして、能力の制御に失敗しちまったんだ。」 手を合わせて笑う姿に、悪気は感じられない。なんだ、もしかしてここはそんなに怖いところじゃないんじゃ……いやいや、さっきのこと忘れたのか、今も上を見上げると、割れたガラスと、ちかちかと瞬く蛍光灯がしっかりとそこにあった。 「もう13になるというのに、驚いただけで能力が暴発とは、来栖は妾と違ってまだまだじゃな。」 長い髪を揺らして、口に手を当てて上品に彼を煽っている少女は、何故か椅子ではなく宙に浮かんでいた。 「ばーか、お前こそ、この歳でちゃんと椅子にも座れねぇなんて幼稚園児かよ」 「ふふ、これは妾が風の禍神であることを周りに見せつけているだけじゃ。妾は、神であり、周りとは違う特別な力を持っているのじゃからな」 「おい神原、ここでは、みんなが同じ禍神……1人だけ特別なんてそんなことあるわけねえだろ?」 そう、僕たちは全員。 災厄をもたらす禍神なのだ。 僕は、ここに来るまでの間に、政府に説明を受けていた。 「こう言った自然現象を操る人の事を、禍神と言い。禍神が死ぬと、災厄が起こります。それを起こさないために、我ら国があなたがたを保護しているのです。 今から向かうのは国立禍神学校。きっとあなたと同じような境遇の人がたくさん見つかりますよ」 そう言われてきたはいいものの……みんな個性が強すぎて、僕と似てるなと思えるような人がいないんだけど。 「吾妻、お前はそこの席に座っておけ」 そう言われて、来栖くんの隣の席に座った。このクラスはどうやら僕含めて4人しかいないようだ。 隣の来栖くんが声を潜めて、話しかけてくる。 「吾妻だっけ、おまえは、なんの禍神で、どんなことができるんだ」 「どんなって、言われても……」 僕は禍神の能力をできるだけ使わないようにって生きていたからよく分からないけど。 「僕が暖かい気持ちになったら周りに火が灯る。そのくらいかな」 まあ、昔は嬉しくてよく火が灯っていたけど今はそんなこともない。 火事になったら大変だから必死で押しとどめないと。いけない。だって、みんな燃えて、しまったら。

水族球

「お母さん見て、お魚さん!」 「あれは、サメって言うのよ」    親子は、青い球の中で泳ぐサメを指差しながら、もう片方の手で図鑑を広げる。   「お母さん見て、お星さま!」 「あれは、人手って言うのよ」    子の興味を知識に繋げることは、親にとって重要な仕事の一つだ。  子供は青い球をくるくると回し、中の生物を覗いていく。   「お母さん見て、人手さん!」 「あれは、人間って言うのよ」    創造者の親子は、青い球――地球をおもちゃに、今日も家族だんらんを過ごしている。

すりおろしハッピーエンド

 人生には、エンディングがある。  フィクションにおいて、そのほとんどはハッピーエンドだ。    勇者が魔王を倒して世界を平和にする、ハッピーエンド。  悪役令嬢が王子様と結ばれて幸せな生活を送る、ハッピーエンド。  弱小校が努力と工夫を凝らして全国大会で優勝する、ハッピーエンド。  子供の頃、人々はハッピーエンドに憧れた。    そしてある日。  人間がハッピーエンドに辿り着く成分が、科学的に解明された。  食事が体を作るように、その成分が未来のエンドを作るらしい。  義務教育の理科で習ってないので、細かいことはわからないが。   「へい、おまち!」    街を歩けば。飲食店のメニューに必ず『ハッピーエンドパウダー』。  海苔やキムチと並んで、小皿で出てくる。  お客さんたちは小袋の封を切って、ハッピーエンドパウダーの粉を料理にかける。  ハンバーグに、ザラザラザラ。  カレーライスに、ザラザラザラ。  味噌汁の中へ、ザラザラザラ。    そして、美味しそうに頬張るのだ。   「チキン南蛮定食一つ」 「はいよ」 「後、ハッピーエンドパウダー」 「はいよ」    ぼくも倣って、ザラザラザラ。  ハッピーエンドパウダーには味がない。  だから、どの料理にかけても問題ない。   「美味しい。チキン南蛮味」    これで本当に、ハッピーエンドが迎えられるのか、最近いつも考える。  何グラムを摂取すればハッピーエンドが迎えられるのか考える。  もしもぼくが神様で、ハッピーエンドを作り出したとすれば、こんな粉末状にされて喜ぶだろうか。  逆に、作ったものを壊した罰として、バッドエンドを与えるかもしれない。   「ご馳走様」    人間の平均寿命は、年々高くなっている。  人間の幸福度は、年々増している。  こんなつまらない粉一つで幸せになれるのなら、果たして今までの人類の歴史は何だったのか。  なんて哲学的なことを考えながら、ぼくはやることのない午後の時間つぶしを考える。    少なくとも今日は、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない終わりを迎えそうだ。

テリアさん @010

―仲直りしよう もう一度、テリアさんは言った。 ぼくをしっかり見つめ、けれど、ぼくと目が合うと、その目をすばやくそらす。 ―つまんなかった ぼくのほうを見ないで、テリアさんが言う。 ―うん とぼく。 ―毎日、つまんなかった ―うん ―つまんなかった、つまんなかった、毎日、つまんなかったんだあああ テリアさんは、ちょっと涙声で、口もとを、制服の袖口でかくす。目が、赤いようにも見える。 ―ぼくも、つまんなかったよ 自分でも気がつかず、ぼくは泣いていた。 その日、何日かぶりにテリアさんと一緒に部室を出て、一緒に駅まで歩いた。話したいことをたくさん抱えていたからなのか、テリアさんは、ずっとしゃべりっぱなしだった。ケンカの原因は、いまだにわからない。けれど、それはもういい。笑顔で話すテリアさんがぼくと一緒に歩いている。そのことだけでいい。

テリアさん @009

部室に入ってくるなり、 ―仲直りしよう テリアさんは言った。 ぼくとテリアさんは、ケンカをしているらしい。らしい、というのは、明確にケンカと言っていいのか、ぼくがよくわかっていないから。さらに、このことがケンカだとして、原因がなんなのか、そのことも理解していない。 けど、原因は、ぼくにあるんじゃないかと、なんとなく思っている。なんとなく自分のほうに非があるんじゃないかと考えてしまう。どうしてそう考えるのか、自分でもよくわからない。よくわからないなりに、けれど、たぶん、そう思う。 もやもやした毎日だった。テリアさんは部室に来てくれなくって、そのことから目を背けようと静かな部室で探偵小説を手にする。けれど、まったく内容が入ってこない。おんなじとこをくり返し読んでいるような有様。いったいレストレイドは、何度、同じ犯人を捕まえたら気がすむんだ。

わたしだけのサンタクロース

男の子に生まれたかった そう思ったことは 一度もなかった わたしのまわりの女の子はちがうようで 男の子に生まれたかった と考えている子がたくさんいる わたしが男の子に生まれたかった と思ったことがないのは 男の子の、あの野蛮な感じが あんまり好きになれないから おとうさんは別だ おとうさんは好きだ おとうさんは 男の子 ではないけれど 友だちは絵本だった よく読んだ絵本には サンタクロースが出てきた サンタクロースが おとうさんだと知ったときは とてもつらくなった お仕事もして、それとはべつに たくさんの子たちに プレゼントを配りに行かないといけないなんて そんなのかわいそう、たくさん疲れちゃう だから、つらかった あとあと、おとうさんは わたしだけのサンタクロースなんだと知って 安心した おとうさんのこと 好きなんだときちんと理解したのは そのときだった

あと何度

くもり空が大半というこの土地では 灰色の空なんて、だから、たいして珍しくもない 冬になるとそれは幾日もつづく 太陽も寒さを嫌い、顔を出してくれなくなる ああ、忘れていた、朝顔の種を集めておかないと 夏に、あっちにもこっちにもたくさん咲いていた 集めるのがひと苦労だ 上のほうはまだいい かがまないとならないものは 腰に無理をさせることになって、これまた苦労する ひまわりは育てたことがない 正確に言うと、一度だけあった 小学二年のとき、班のみんなで育てたひまわり 家の庭では、一度もない ひまわりが庭に咲いていると ニセモノがあらわれたと太陽がイヤがって 雲の後ろに隠れてしまう ひまわりは、太陽のほうを向いてあげているというのに 寒くなって、夏の暑さを恋しくも思う 夏になったらなったで、ひどく憎らしげに思うのに あと何度そうやって、夏を思うことがあるのだろう

テリアさん @008

今日も一緒に部室を出て、一緒に駅まで歩く。テリアさんが一方的にしゃべり、ぼくは、ずっと聞いている。テリアさんは常に笑顔で、その笑顔を見るとすべてを忘れてしまう。それで、無理にヘンな笑顔をつくって、そうだね、としか言えなくなる。 何回かに一回、そうだね、が、的外れだったらしく、テリアさんに、もう、と、背中だったり、肩のあたりをたたかれる。そのときもテリアさんは笑顔で、だからぼくは、小さく、ごめん、としか言えなくなる。 テリアさんと駅で別れ、考える。テリアさんのこと、考えてみる。テリアさんは、自分のこと、嫌われてると言っていたけど、ぼくは、そうは思わない。ぼくが鈍いだけなのかな。知らないとこで、何か、あるのだろうか。そういうの、考えたくない。 テリアさんは、ぼくのこと… あしたも、部室、来てくれるかな。 テリアさんは、ミステリイ好きかなあ。 今度、聞いてみようかな。

あの子と目が合わない

 本当に嫌われているのだろうか。 自問自答する。 強く出られない。 でもうまくいったらそれはそれで何かおかしい気がする。 僕は作られた。 何かの作品。 でもそれもどうでもいいんだ。 ランダム性の中の法則性。 規則、規律。 すべて融和していけばいいのに。 目が合うとすればそれは悲哀か、それとも慈愛か。 たまらなくなって今度は僕が避けてしまう。