N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

世界を賺す

 何処で拾ったのかも分からないライターと、一箱だけ買った軽い煙草。一口吸って、煙をそれごと酒で飲み込む。暗い部屋、夜の気配を含んだ風が柔らかくカーテンを揺らす。曇天、蒸し暑いだけの真夏の深夜二時半。  換気扇の音が消えた頃、ようやく足が動く。髪をほどいて、今朝に汚した部屋を隅から隅まで掃除する。これが、毎日の日課。暑さに体が負けて、汗が滲む。この瞬間が、たまらなく好きだった。体に溜まった毒素が抜けていくような気がした。丸まったスーツを掛け直す。  掃除を終えたら、スーパーで買った割引のお弁当やらお惣菜やらを温めて、テーブルに並べる。この瞬間も好きだった。大振りなCDプレーヤーに手をかけて、古い洋楽を流す。音質は少々悪いが、十分楽しめる。  酒を一缶開けて、それをすぐに飲み干す。また立ち上がって、酒を持ってくる。それを繰り返すうちに、やがて冷蔵庫の中が空になって、コンビニまで買いに行く。また煙草を買って、またベランダで吸う。その煙を酒で押し流して喪失感が体を埋め尽くす。  それを、どれだけ繰り返しただろうか。まだ三回ほどの気もするし、五年続けた気もする。大学時代の人間関係へのプレッシャーと理想との差への絶望と、膨大な虚無感と。いつからか夜遊びをするようになって、ふらふらと街を歩いているうちに、この生活を送っているようになった。ゴミの臭いの漂う、都心の安いボロアパートを借りて。  酔いが回り、飯が腹を満たし、体内の水分と煙の割合が丁度半分になった頃、布団に飛び込んで、そのまま眠る。  開け放した窓から気の抜けたトランペットの音が聞こえ始める頃、起き上がり、灰色のパーカーを着て家を出る。  昔から見ると、顔も随分と変わった。いや、顔だけじゃなくて、性格や体型も。  さて、どこか遠くに行こうか。どこまで行こうか、隣町の夏祭りにでも行こうか。久しぶりに豪遊でもしたい気分だ。帰ればまた部屋を片付なければならないし、やることも増えた。  やっぱり、夏祭りはやめにしよう。身の丈に合った生活が、心地よいから。スーパーに寄って割引のお弁当を買う。それから、重たい煙草をカートンで買って、高い酒も買って。  帰って、煙草を吸う。煙を酒で流して、部屋を片付ける。血に濡れて錆びた包丁を研ぎ直して、ガラスに突き立てる。  思い出してしまったんだ。あの時、アイツは指名手配犯だとか言うから。はじめは忘れていられた。でも、もう酒や煙草に溺れて忘れられるほどのことではなくなってしまったんだ。  気がつけば、部屋は異臭で満たされていた。大量の空き缶と、煙草の箱。部屋を満たすドアをひっきりなしに叩く音。もう、それが借金取りなのか警察なのかすら区別がつかない。  じゃあ、僕は遠くに行くよ。煙草の匂いを忘れてなんかいない。きっとまた帰ってくるさ。 それまでは、まだ、この憎たらしい世の中を掻き回す程度でもいい。  そうして連続殺人犯の俺は、自分に凶器の包丁を突き立てた。  ――速報です。 連続殺人犯の結月健太郎氏が自宅にて遺体として発見されました。また同じ場所から行方不明だった十五人の男女の遺体も発見された模様です。そのうち八体は白骨化しており、警察は身元の特定を急いでいます。  俺は、煙草の匂いを覚えてる。彼の仏壇からは、彼が好んだという重い煙草の匂いがするのだそうだ。

晒しカメラ

「うわ、マナー悪」    男は気軽なつもりで、写真を撮った。  電車の中で眠りこけ、二席を使う会社員が迷惑だと思ったから、撮った写真をSNSで晒した。   『こういうのマジ迷惑』 『起きろよ』 『こういうやつからは料金を倍とるべき』    反応は上々。  男は自分の意見が肯定されたことで、満足げに笑う。   『撮る方も撮る方じゃね?』    しかし、たった一言で波が変わる。   『確かに』 『さすがに顔は隠してやれよ』 『仕事で疲れて、つい寝てしまっただけかもしれないし』    男の額に冷や汗が流れる。  晒し晒され社会において、正義とは共感だけだ。  会社員を晒すつもりであった男もまた、晒されるリスクを持つ。   『ギャクサラっしょ、これ』 『逆晒し逆晒し』 「はいアウト」    一方的な晒し社会を防ぐために、最近のカメラはアウトカメラで撮影すると、同時に撮影者の顔をインカメラで写すことが義務となった。  そして、インカメラで撮影された写真は、アウトカメラで撮影した写真にデータとして埋め込まれ、『ギャクサラ』と判定されたときのみ全員が閲覧可能な状態となってしまう。   『写真消しました』    男は慌てて写真を消したが、すでに手遅れ。  ばら撒かれた複製品から、インカメラで撮影された男の顔が流出する。  被写体にカメラを向けて、盛りなど考えていない無防備な顔を。   『ぶっさwww』 『もう犯罪だろこの顔』 『お前も料金倍払えよwww』    報復が犯罪を抑止する。  法治国会において、正しい行為なのか否かはわからない。  しかし、最近は他者を晒す人間が、減少傾向にあるのは確かだ。

教室の天井にあったアレ

皆さんもきっと一度は見たことあると思うのですが、学校の教室にありましたよね。 そうです。 天井に付いていたアレです。 私は高校2年生の頃にその存在に気づきました。 おそらく私は気づくのが遅かった方だと思います。 友達に聞いてみると、中学校の時からあったとか、自分は小学校の頃から気づいていたなんて言われましたから。 一回気づくと、なんで今まで気づかなかったんだろうって思いますよね。 分かります、その気持ち。 私は数学の問題を解いている時に、解法が思いつかなくてなんとなく見上げた時に気づきました。 友達は道徳の時間が面白くなくて、ぼんやり窓の方を眺めていたら視界端にあって気づいたそうです。 それから授業そっちのけで眺めるようになりました。 アレを眺めていると、気づかなかった事に気づくというか、分からなかった問題がわかるようになるんですよ。 ただ、テストの時に限ってはアレを眺めても問題が解けないんですよね。 ままならないものです。 私はアレの用途も名前も知りません。 あなたは知っていますか?

ただいるだけ

 好きな人との過ごし方の違い。  男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  女の人は、好きな人とできるだけ好意を示し合いたいらしい。    そのことを聞いてから、私の部屋に来ても漫画を読んでいるだけの彼の理由がわかった。  あれが、彼なりの愛情の摂取方法なのだと。    後ろから抱き着いてみれば、「今いいところだから」とにべもなく振り払われた。  これは、私が悪いのか。  それとも、彼が悪いのか。  好きなのに不安だった。  ずっと構ってくれない彼が、ずっとどこかへ行ってしまいそうで。       「警察です」    それが、監禁した理由。  私は我慢したのだ、彼のために。  抱き着くことも、キスすることも、何もかも。  好きな人と一緒に過ごすことが彼の幸せらしいから、ずっと私と一緒にいれるようにしただけなのに。    拘束を解かれた彼は、怯えた目で私を見ていた。   「嘘つき」    男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  違う。  男の人は、都合のいい時だけ好きな人がそばにいて欲しいだけだ。  なんて、最低な生き物。

はてせぬ想ひ

ろうそくの私の凍った心にきかない火の光が暗闇の中の彼女の影を点滅させる。立とうとして夜の帳にいる彼女のもとにいく志しが袖にかかった火で燃やされた。そして凍った心が落ちて壊れたのだ。心の欠片を彼女の細い美しい指の巧緻さに託したかったが、まさか、わざと私をこんな目にあわせているか凛というを音を立ててその欠片を欠片にしてしまったことになるとは思わなかった。それと同時に、私は、胸に大きな痛みを感じて、彼女への思慕が高まったのだ。砕けた心が砂のようになっている。浜の、いっぱい両手に入って、その隙間から流されると色の乏しい虹の滝のようになる砂の如し。ろうそくの火がようやく服を覆って、私は火でできた服を着ているかのようにただ震えて、彼女のあまりの美しさで動けなくなったんだ。そして彼女が帳を破って姿をあらわしたのだ。それで私の服の火が消えたのだ。瞬く間にその残った幻想のような投影も暗闇に食われたのだ。太陽の威厳に負けて、恐れ尊んだに相違ない。

冬の隣の席

冬の授業中。 苦手な子と席が隣になってしまって憂鬱だ。 しかも二回も連続。おまけにストーブから遠くてめっちゃ寒い。 黒板を見るたびに苦手な子が目に入ってしまう。あーあ、なんでこんなに運ないんだろう。 理科の授業、最近は難しい。 雪が降る仕組みとかよくわからない。これを習って将来なんになるんだか。 気づいたら授業が終わっていた。 その次は社会だった。 社会の先生は毎回、隣の人と話し合う時間を設ける。 苦手な人と話さないといけない。最悪。 「じゃあここ、隣の人と相談してー」 あーあ最悪。 「りこちゃん、なんて考えた?」 隣の人が聞いてくる。 「えーと、こう考えたー」 私はそう言って笑顔を作る。 下手な笑顔だっただろう。まあわざと下手にしてるんだけど。 というかなんで“ちゃん”付け? 前までは呼び捨てだったじゃん。りこって呼んでたじゃん。 他人行儀すぎて無理。 隣の席の子、さきとは仲が良かった。 毎日一緒に帰って、週末にはいつも遊んでいた。親友だった。 だけど喧嘩をしてしまった。 私が悪かった。でもさきも悪かった。 いいや、さきの方が何十倍も何百倍も悪かった。 あの喧嘩は雪が降ってた日のこと。 私には好きな人がいた。同じクラスの優くんだ。 さきが言った。 「優くんから告られて付き合っちゃった。」 目の前が真っ白になった。雪が降っていたからかもしれない。 「なんで?私が優くんのこと好きなの知ってるよね?」 「ごめん、でも私も優くん好きだったの。」 「何言ってるの?応援するって言ってくれてたじゃん。」 私は泣きそうだった。 「そりゃ、応援はしてたけど」 そこからさきは黙ってしまった。 さきにイライラした。さきに優くんを取られたことが気に入らなかった。 私は正直、さきのことを心の中でバカにしていた。 一重で鼻が大きくてかわいくなかった。 だから絶対に彼氏ができるのは私のほうが先だと思っていた。 そんなことを思ってた私って性格悪いな。 だから優くんにも選ばれなかったんだ。 さきと言い合ったあと、白い息を吐きながら思った。 今出てる涙も凍ってしまうような気がした。それほど寒い日だった。 社会の授業、隣の人と話し合う時間が終わった。 窓の外を見ると雪の嵐だった。 あの喧嘩の日のことを思い出した。 黒板を見ようとしたらさきと目があってしまった。 やっぱり何度見てもかわいくない顔だ。 なんでこんなやつに負けたんだろう。 さきから目を逸らされた。

待機

今好きな人に告るって弟からの通知がきた。なーに、もう覚悟できたのか。はいはいお幸せにっと。いいなすきな人って。胸を張って言うつもりがないが、世の中で俺にとっていっちばんだいじなことは俺だと思う。なんで他人へ恋という感情を持つべきかちっともわからない。「尊敬」「孝行」「同情」など「愛」までのことさえがわかる。社会不適合者などのレイベルを俺につけないでくだいね。恋したくないイコールよくないやつなどの理不尽なこともいわないでください。あ、また通知きたのだ。んーあれ?広告か。なーに、ちょっと緊張してた。たぶん今できたてた彼女とイチャイチャしているね。結果を教えるぐらい時間あるはずなのに。どこだったっけ?あ、恋すること。確かに一目惚れとか、推しとか性にちっとも関係のない純愛的な気持ちもあったけど、それは恋とは違います。他人を愛することはやがて自分を恋することだ。俺がやっていることは彼女が嬉しくなるからそうしようみたいな意図からなのではなくて、彼女の嬉しさから結局自分が嬉しくなる自己中心的なことからだろう。そんな偽物の慈しみはないほうがましだ。また通知か。可哀想に、お悔やみ申し上げます弟よ。愛の虜になった君はそれに慣れないと思うけど頑張れ。難しいげとこの残酷な悲惨な状態を耐えて、超えて、逃げ出せ。「やった!」という弟からのメッセージを見て、ため息をついて、こう考えながらおめでとうのおの字を打った。

縋る先

 何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は金賞をとる。  地元の新聞に名前が載る。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  子供の頃は、三月生まれが四月生まれに勝つのは難しいらしい。  だから、今はまだ仕方ない。  大人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は志望校に合格した。  親も先生も喜んでいる。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  どんなにいい大学に行ったところで、良い就職ができるとは限らない。  だから、今はまだ仕方ない。  社会人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は仕事が上手くいっている。  どこぞの新聞社から取材を受けたそうだ。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  パワーストーンも勝ったし、頭が良くなるサプリメントも飲んでいる。  だから、今はまだ仕方ない。  時を待て、その日はきっとやってくるはずだ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    皆人生が上手くいっている。  ぼくは何も上手くいっていない。  気晴らしにお酒を飲み始めてからは、さらに上手くいかなくなった。  ああ、羨ましい。    宝くじも買ったのに。  聖水も買ったのに。  祈祷も受けているのに。  不公平だ不公平だ不公平だ。        ぼくと同じ人間が、新聞に載っていた。  やっぱり犯罪ってすごいんだ。  テレビのコメンテーターたちが話題を出して、テレビを見ている人たちも大注目。  SNSはこの人の話題ばっかりだ。    逆転できる。  逆転できる。  逆転できる。    ぼくも真似をしよう。  きっと、世界中がぼくに注目してくれる。  ぼくはようやく、何者かになれそうだ。

明月(あした)への歌

夜の王 月よ  輝かせ 光らせる 月射しを  始まらぬ 笑い話を 悲しき花の 咲き出しを 罪深き 今の私を 明月への 想い残しを あなたまで 至る赦しを

瞑想

 部屋の電気を消し、街灯の光の入るカーテンの前で胡坐をかいた。携帯の画面で十分間のタイマーをセットし、両手を膝の上に置いて目を閉じる。はじめはお喋りな思考が話しかけてくるが、何度か大きく深呼吸をするとその声も小さく遠くなっていった。  窓を閉めていても聞こえてくる車道の音と、自転車の高いブレーキ音。エアコンは時々、空気を吐き出す音を出す。まるで人が息を吐いたような、そんな呼吸音。少し時間をおくと、ひんやりとやけに冷たい空気が膝あたりを左から右へと通った。隙間風だろうか。そんな声が近づいてくる。それを無視することに注力していると、右の耳元ではっきりと息を吐く音が聞こえた。エアコンから吐き出されたと思っていたものと、全く同じ音。  気のせいだと考えても思考は勝手に動き出す。暗い室内で、自分の横で膝を抱えている髪のない男が右耳の近くに顔を寄せ、にたにたと子供じみた笑顔を向けている。正面を向いているはずの首が、ゆっくりその男に向く。男は頭が大きく、ヒョウタンを逆さまにしたような形をしながら額と頬に深いしわを刻んでいる。暗いからだろうか、その顔は青の強い鼠色をしていた。頭の中の自分は首を動かすことも、目を開けることもできずに固まっている。  ふと、右耳にかかった髪に冷たい空気が降れ、咄嗟に目を開いた。目の前は、閉じる前の景色と変わっていない。そっと右を見るが、もちろん誰もいない。すぐにもう一度目を閉じたが、今目を開けたときに見た光景がそのまま瞼の裏に描かれた。目を開けているのかと思い、目を閉じようとするができない。できないというよりも、すでに目を閉じているのだ。混乱しながらも少しだけ目を開けると、やはり同じ景色がある。  目を閉じていると、少しずつその景色は消えていった。右の気配も消えていた。しかし、頭の中ではお喋りな思考は動き続ける。家の窓をすべて開けようとしているのだ。そこから離れようとしても動きは止まらない。有名な霊感テストの一つだ。頭の中で家の中の窓をすべて開けて、また閉じる。その間に誰かとすれ違ったら霊感があるとか、その場所に幽霊がいるとか。なぜ今思い出したのかは全くわからない。しかし、思考はそれを始めようとした。一人暮らしの二部屋しかないこの家で。  困ったことに、テストを始める前に結果は出てしまった。今自分がいる場所のすぐ隣、ベランダの窓を開ける前に、隣の部屋でさっきの男がにやにやと笑いながら立っているのだ。開いた扉の先に見えるその姿の身長は思ったよりも高く、白い半袖のシャツと黒い短パンを履き、そこからあの鼠色の肌が骨に張り付いたように伸びている。  男は声も出さずに口角を大きく釣り上げて笑っている。からかうようなその視線は、ずっとこちらを向いている。胡坐をかいた体ではなく、思考の方に。  我慢が出来なくなり、目を開けた。携帯を手にとり、あと何分だったのかと確認しようとした。タイマーは動いていなかった。しかも、セットされていた時間は二十一分。十分ですらない。  男がいた部屋は扉が閉まっていた。閉めた記憶はないが、頭の中と違う光景に安心する。  部屋の電気をつけ、大きく深呼吸をする。ここは心理的瑕疵物件ではない。そもそもここに引っ越してきて一年、何の問題もなかった。瞑想を習慣に取り入れたのは一週間前。今日までこんなことは一度もなかった。  できるだけ早く忘れよう。幽霊を作ってしまう前に。

木曜日の朝

木曜日の朝 起きない嫁と起きない息子 体の弱い嫁と忙しい夫 凍えている嫁と気温とか気にしていられない忙しい夫 電車の中で睡魔なく本が読めた 本を読み終えてしまったので、もう一度最初から読む。寝落ちする 線路にボールペンが落ちている

改心撃〜人魚の涙〜 (掌編詩小説)

今日も月が見えない どんなに自身の鱗で光を反射しても星しか反応しない 魚だって眠ってる すぐそこに居るのに独りだけみたいじゃない… なんだか涙が溢れ出てきたわ 涙とお別れを言う前に、涙は泡になって弾けて行ったわ 近い朝に向けて私自身も泡にでもなろうかしら… 今ごろ私の涙は 海を漂って、宝石となって 商人の手中にあるんだわ。きっと 決めたわっ。 今日のところは涙だけアンタ達にくれてやるわ でも、明日からは一粒もアンタ達に宝石なんてくれてやんないんだから (完)

私の価値観は泥臭く、盲目である 誰かの毛布にもならず 感染しないよう、私だけに染めておかなければならない 時に 誰かを染めたくてたまらない時がある だが、そこだけの理性は敏感で、内気 結局は、単純な欲求にさえ怯えて 乾燥した肌を掻きむしるだけ レイトショーを眺めにゆく 理解はできるかは分からないけれど

ミニストーリー

米の価格が腹に響く。 悩ましい毎日に救いはない。せめて、腹いっぱい食べたいと、大麦に救いを。さつまいもにも協力を願う。 かさましした米から甘い湯気が立ち上る。残りものの豚汁、つくり置きのほうれん草のごま和え。 役者はそろった。 さて、食べるか。

若苗

雨をまた降らせてくれるような、曇っていた空というのは、確かなことである。仰向いて朝かなと思ったら、いや夜かもしれないなどの疑問が現れるほどに雲しか目に入らない。 この先の雨のあとはまだ残っていて、まだいると喚くように地面にくっつけている。視線をまた頭の上に移す。雲の模様が映画のように動いているかどうかを確かめたかったんだ。私と違って前に進んでいるかどうか。でも頑として山のような、一瞬が写真に閉じ込められたような、私を軽蔑しているような、ただじーっと空を自分のものした姿勢を見せたのだった。 私たちの庭に、ネクタリンの木が細く弱々しく、冬の力に圧倒されている。去年帰郷したときは、今度と違って、天と戦いたがると思わせるほどの大きさで、実にも溢れていた。今はただ、芽が出るところに雨水が垂れていて、もしダイヤが堅い鋭い形ではなく、柔らかい丸い真珠のような形があったら、間違いなくそのネクタリンの木からは、まるでダイヤの実を出しているほど透明な雫が滴っている。私のために袖を濡らしている。上目線で、私を哀れんでいる。悔しい。去年のネクタリンの実は美味しかったな。もっと食べておけばよかったのに。その時は十日間毎日三個ぐらい食べたけど、十日間目の日、何かやばいことが起こって、もう食べられなくなってしまったんだ。ネクタリンの実を洗って噛んでみたら、小さなミミズ見たいな虫が、何匹蠢いている最悪の景色が、いまでもはっきり覚えている。私の人生での恐ろしい戦慄させる体験の一つだった。 その醜い記憶が頭をよぎるか早いか、雨がまた降りはじめたのだ。ダイヤの木の実を崩すような強さで、私の頭を撫でている。雲も私を呼び出そうとしているように咆えている。その招待に答えたかった。でも結局できなかったんだ。私の腰はあの無力なネクタリンの木と、その土砂降りのなかで、折れてしまうのだ。私は情けな人だ。人生の目標というやつをむやみに失ったくせに何を考えて、誇り高い雲に向けて文句を言いやがる慈悲乞いの可愛げない行動をして、私には生きる義務があるのかなんてのことを自決の度胸がない自分の優柔不断さに聞くのだ。 今日は十分雨を浴びたので部屋に帰ろう。私は電気をつけない派の暗闇好きという____単に自分の孤独から逃げたいだけの____人だ。周りが暗ければ暗いほどスマホが使いやすくなる。そして世界がいまいる場所に限ってくれる。居場所が出来上がり、なんと天下全てが居場所に変わってくるとも言える。スマホの光に惹かれた蚊と二人きりになって、天井に叩かれる雨の音も暗いところのほうで一層楽しめる。そういうことが嫌いではない。じゃが芋の焦げの入ったパスタも、琴の心を切りそうな音も、疲れて夜遅く寝る冷たい布団の触感も、雨が降ったあとの苗の匂いも、そんな些細な無意味なことも嫌いではない。まだ若いと言われている年頃の私は、食事の味も、音楽の音も、花や香水の匂いも感じられなくなったので、ああいうことに騙されてしまって、死への気力が儚くなってしまう。情けない。悔しい。 雨がまだ降っている。雨の音が私の涙を隠れてくれる。「雲よもう止せ!これ以上私に恥をかかせないでくれ。私を自分のもとへ逝かせてくれ」雨がまだ降っている。その響きが唯一、部屋を満ちている音であることはいうまでもない。

逆襲の起死回生 (掌編詩小説)

ネオンの眩しい夜のカジノ スーツ姿で規律を正そうとするディーラー達 巻き起こるイカサマ 撒き散るトランプの群枚 撒き捨てられる起死回生の反逆心 蔓延る負け惜しみに死に物狂いの言い訳 それでも最後の独りまでサイコロは回り続ける プレイヤーは己に勝利というマイノリティのアイデンティティを感じて、チップを積み上げる。 切り札はプレイヤーに舌を見せつけて積み上がったチップを蹴り崩す。 違法という文字を瞬きで閉じ消す狂人達へ、レクイエムを イビリ走るパトカーのサイレン音に気づかず、局面はいよいよクライマックスへ 侵入する公僕 静まり返る一同 見えるイカサマ、隙の糸 観える逆襲の起死回生 この『ギャンブラー』。何かが違う 次の一手に全てを委ねる 皆の眼球その手に 怪事はラストゲームを続ける (完)

ミニストーリー

空気が狂う。風が怖いくらいに乱れ、いったい何をそんなに、と文句を飛ばす。カラカラカラ、空き缶が転がり、まだ葉のつかない枝は窓をたたく。買いものに行けば、たちまち風の餌食。今日は、あるものだけでスウプでも。せめて、心のなかだけは、あたたかく。

そうでもないよ

去年の暮れに喫茶店であの子と会った あの子はクリームソーダで 僕はコーラフロート ―寒いのに冷たいのだね あの子が言って ―でも、飲みたかったから 僕が言って おいしかったけど、からだがふるえた それで、あの子の前に、あたたかい紅茶が 僕の前には、あたたかいコーヒーが、運ばれてきた 紅茶を飲み、ふうと軽く息をついたあの子が ―今日のこれはね、忘年会なんだ と、あの子 ―そうなんだねえ と、僕 ―あんまり盛り上がらなかったかなあ お店を出てあの子が言って ―そうでもないよ 僕が言って 歩き出そうとした僕に、あの子が手をさし出してきて 僕は、その手にそっとふれた 駅まですこし、遠回りした

多様性が敗北した理由

「多様性とか、うざい」    若者たちが、多様性を否定し始めた。  私たち大人が気づき上げたマイノリティの生きやすい世界を、どうして軽視するのだろうか。  私は大人として、びしっと叱ることにした。   「そう言うこと言うの、よくないよ! マイノリティの人たちのことを考えなさい!」 「それそれ、それがうざい」    鼻息荒い私に、若者が指を指して指摘する。   「多様性が大事なのはわかるよ。でも、なんでいつも否定形なの?」 「否定形?」 「ランドセルにしたって、男が黒、女が赤なんて言うのは駄目。多様性の時代に相応しくないって言うじゃない」 「それの何が問題なの? 正しいでしょ?」 「なんで、今までのが駄目って言い方するのかって言ってるの。『皆で好きな色選べる方が良いよね』の方が良いじゃん」    ガンと頭を殴られた衝撃を受けた。  確かに、私はさっき否定した。  相手の考えを否定した。  いや、さっきだけじゃない。  思い返せば、一体何回やっただろうか。  私は口を閉ざして過去を振り返り、若者はさらに追撃してきた。   「例えば、『ローソンとファミマは嫌いだからそれ以外のコンビニに行きたい』って人と、『セブンが好きだからセブンに行きたい』って人がいたら、どっちと友達になりたい?」 「……後者、かな」 「でしょ? 多様性を語る時、毎回毎回否定から入るんだもん。そりゃあ、うざくも感じるよ」    ぐうの音も出ないとはこのことだ。  私は自分の言葉の使い方を反省し、次からは気を付けようと叱った。    しかし、それでも。   「私が間違ってた。でも、一つだけ君が間違っている」 「何?」 「セブンじゃなくて、セブイレな?」 「くっ! 相いれない!」

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

日常譚

 眠たい。そんなことを思いながら重い腰を上げると、朝日を浴びにカーテンに手をかける。思いっきり開けると朝焼けが待っていましたと言わんばかりに瞼に焼き付いてくる。嫌々瞼を開けると、そこには爽快な朝が待っていた。ボーっと朝日を眺めていると小鳥がさえずっていた。それを見終えるとリビングへ行こうとベッドから降りた。朝ご飯のトーストを齧りながら今日の予定を思い返す。今日は日中の仕事と飼い猫の餌やりだけ。何ともありきたりな日常譚だ。  朝ご飯を済ませると、まず猫にやる餌をやる。カリカリカリ。美味しそうに齧るその様子は、何とも愛らしい。これが私の日々の癒しになっている。みんなにも少なからず、そういった癒しがあるのではないだろうか。それが日々の活力になって一日頑張ろうと気にさせる。そういった癒しを大切にしていこうと思っている。毎日頑張り過ぎると疲れてしまう。けれど、猫を見ていると、そんなことどうでもいいと思えてしまう。そんな瞬間は最高ではないだろうか。  癒され猫を見た後は会社だ。今日もやりたくないなと思いながら会社へ向かう。私の仕事は、商品の発注だ。御社から承った商品を小売業者に発注する。そんな仕事だ。毎回同じ作業で嫌になる。今すぐ猫の元へ帰って癒されたい。そんなことを思いながら今日もデスクに向かう。毎日大変だなんて思ったことがない。みんな、同じように頑張って同じように疲れているのだからお互い様だ。そこを比較しても何の価値もない。  仕事が終わって帰ってくると猫がいる。誰か自分のために待ってくれている猫がいると思うと心がワクワクする。変だろうか。けれど、これが私の生きがいであり、毎日の日常だ。

青春コンプレックス

 いつからだっただろうか。私の人生は、まるで靄がかかったかのように、薄暗く質素なものになってしまっていた。中高と華の学生時代を思い返すと、胸が痛くなるようでとても辛い。もう戻れないことが分かっているからこそ、こんなにも切なくなる。あの時は良かった。常に未来は希望に溢れていて、泣きたくなるほどに愛に守られていた。それなりに不安もあれば大変な思いもしたけれど、それすら今となっては輝いて見える。私はいつまで経っても、あの頃の自分に憑りつかれている。  だからといってもし、中高の学生時代をもう一度やり直すことができたとしても、私は絶対にあの場へ戻りたくない。一度目だからこそ、一度きりだからこそできることもあった。そういうものだ。  私がいま生きているこの瞬間だって一度きりのはずなのに、あの頃とまるで世界の見え方が違うのはなぜだろうか。「どうせ夢を見たところでもう遅い」「無謀な未来に労力を割くくらいなら、用意されたパターンの中にオリジナリティを見出す努力をした方が有意義なのではないか」そんな呟きが、頭の中で漏れる。あの頃と同じだ。私は何よりも私自身のことを、心の底から否定している。  物心ついたときから、私は夢を語るのが苦手だった。夢を持つことすら、自分に許してあげられなかった。どうしてそんなにも頑なだったのか。今思えば、私はもともと極端に心配性で、不安に思うことも多く、自分を疑うこと以外を知らなかったのだ。終わりのない一歩を踏み出すのはこんなにも怖いものなのだと、今となって実感する。  そして時間が経てば、こうしてつらつらと悩み耽っていることも懐かしむことができるのだろう。今この瞬間にはどんな力を持ってしても戻ることはできないから。人生において「もう一度」は存在しないから。そんなある種の安心感が、過去を綺麗に見せたがっているのかもしれない。どうにも無責任ではないか。私が今生きているこの世界は、なにも綺麗なものばかりではないというのに。  私は今日もあの日を思い出してしまう。あの時、あの場所、あの空間……思い耽っては懐かしむ。この感情の名前を、私は知っている。

ごめんね

 少女は遊園地に行った時、ピエロに風船をもらった。赤い風船だった。少女は喜んだ。家に持ち帰って眺めた。ふわふわと漂う風船を眺めているうち、少女は思った。「割りたい」少女は家じゅうの尖った物を持ってきて、風船に刺した。鉛筆、待ち針、爪楊枝、菜箸、櫛。しかし、風船は割れなかった。風船は穴だらけになりながら、なぜかふよふよ漂っていた。少女はそのことを不思議に思った。やがて少女は風船がけなげに思えてきた。「ごめんね」少女はそう言って、風船にキスをした。その瞬間、風船はあっけなく割れた。

日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

ミニストーリー

まだ残る湯たんぽの微かなぬくもり。おふとんの無数のしわ。ラジオのやさしくも軽快な声。後ろからつつんでくれる洗濯ものの匂い。寒い冬の朝、空気は青く澄み、遠くからの音までも届く。きつい硬質の冷たさに心は病み、沈んでいく。それが、どこか落ち着く。

そわそわの今日

みんなそわそわしている 県外で受験する人もいれば もう合格が出た人もいる みんなそわそわしていて あっという間に 1月がおわる 今年も 今月も 今日も 人生初のいちにちなのに 今日が今日で無いみたい もう 4月からの新しい季節を 生きている人もいるし 直前の不安で 心が押し潰されそうな人もいる 未来の私は どこかで笑えているのかなぁ

変身

少し前の時に、 自分が今、何をしたいのか、 考えるタイミングだと思いました。 毎日がそれ程束縛されている訳でもなく、 歯を食い縛る日々を送っているという訳でもない、 毎朝決まった時間に目が覚めて、 同じような時間帯に同じことを繰り返す毎日ではありますが、 私のような者が社会で働かせて貰っていることを 心から有り難く思っています。 今の仕事ルーティーンは親子二人が何とか生活をするが為のもの。 この本道以外で私が一体何をしたいのか、 あらためて今の時点という観点であっても、 自身に示す事は非常に大事であると思いました。 それは私がこの先、寿命的に一般の同年代よりも 短めだということを踏まえているからこそであり だからこそ現時点を知り、確認することが大事なのです。 微かにふと思うだけではなく、 後どのくらい楽しめるかを前提としたということ。 そうしないと私の場合は気持ちが彷徨うと感じました。 釣りが趣味の一番手になります。 今は月二回、半日だけの釣行にしていますが、 これは釣りが趣味だと言える人ならば非常に短い釣行時間。 べつに飽きたとかではなくて、敢えての凝縮。 以前ならばの一方向的な〈やみくも〉を抑えました。 身体と心の負担軽減という意味もあります。 一日中の釣りとなると、次の日は前日の負荷から 身体に不調が起こりやすくなります。 その不調が確実に回復するとは言えない現在であれば 自分から自制しないといけない。 これに慣れるまで結構掛かったように思います。 そしてこれ迄趣味と言えば釣り一辺倒だった私が、 これ迄には無かった、ある事を始めました。 その一つ目が服を買うこと。 月に新しい服を買えるなんて金額的には僅かですが、 あらためて「服を買う」と言ってしまう その我が神経に笑ってしまいます。 これ迄は、この服まだ着れる、の人が、 一気に今迄着たこともない服を着て変身をする、 私は相当振り切ったのだと思います。 買うのは家から一番近いところの量販店、もしくは古着店ですが、 最初の頃は私だけお店の中で一人浮いた状態なんじゃないかと 何も無い目線を気にしていました。 更に強烈な痩せ体型なったのと元々の長身のため メンズでは合わない、が多発してしまいます。 ここは流石の大手量販店、ネット販売でウィメンズ商品のサイズが しっかり表記されており、普通に注文出来て、 登録の店に商品を取りに行けば送料なしを利用します。 さも家族の商品をお父さんが取りに来たという ワザとらしい小芝居で乗り切るようにしました。 正直この服は、やり過ぎたな…もあります。 でもこれ迄袖さえ通した事のないような服を着ることは、 正に新しいドアを開けた事になるようで 全然失敗とは思えませんでした。 この色より、こんな感じが自分に合うとか、 意外にもこんな感じがこうなるのかと、 これ迄の私には完全に無かった時間帯が起こりました。 そして二つ目がその服を着て、尚且つ電車で出掛けます。 車ではなく電車というのがミソ。 意味的には電車移動中に〈自分を晒してみる〉のです。 途中の駅で大学生が大勢乗って来るタイミングがあります。 おじさんが若者層に混じるこの瞬間の空気感、 とうとう私は変態になってしまったかと思うくらい 変な高揚感がありました。 そして気付きます、自分が思う程人には見られていないという事と、 若者の服を見てそれよりこうしたら…が多いと思いました。 今のおじさんと若者では圧倒的にスタイルが別の星の人間のように違います。 もっとスタイル活かせばをおじさんは思うのですが、 大学では本気出さないのでしょうか。 勿体ないというのが、おじさんの感想です。 プライベートだけは本気コーデにするなんて有り得なく、 やはり人は楽に流される生き物ですからプライベートもそうなんでしょう。 この前までまだこの服着れるだったおじさんが、何か偉そうですが。 電車は終点に到着します。 電車を降りて百貨店やショッピングセンターを周り、 決して買わない服選びをします。今の私には到底買えない額だからです。 これ良かったな…をまたいつもの量販店や古着屋さんに当てはめる。 良いヒントを頂いているように思っています。 たまに知り合いに出会う時もあって、 一言目から体調の気遣いを頂いていた前とは違い、 服の事を言われるようになりました。 これは私にとって明らかに嬉しい反応です。 釣りに行って久しぶりにお会いした方からは、 何か雰囲気変わりましたね、そう言われるようになりました。 着る服が変わったという自己満足よりも 私への会話が変わった事実を嬉しく思うんですね。 大袈裟かもですが色んな意味で 新しい自分になれているように思うんです。

タクシーに運ばれて

 開いた扉の横で、運転手が立っている。先に降りた友人はあたりを散策している。私はまだ降りる覚悟ができていなかった。  私は死んだらしい。原因は知らない。タクシーに乗りながら、私は自分が死んだことよりも、まだ生きている家族のことを思っていた。高校生の妹が悲しんでいる姿は思い浮かばなかった。私の死を聞いて、驚いて表情のなくなる姿だけを何度も思い浮かべていた。私は泣いていなかった。隣に座る友人も悲しむ様子はなかった。ただ、まっすぐと前を向いていた。  タクシーが止まり、運転手が扉を開けてくれた。そこで、この車から降りると生前の記憶は全て消え、次の世界に生まれ変わることを知らされた。友人は何の躊躇もなく降りていった。私は、再び家族の姿を思い出した。二度と会えないことよりも、忘れてしまうことが怖く悲しかった。私の中から、家族が消える。思い出すこともできない。死んだことよりも自分の記憶が消えてしまうことが耐えられなかった。友人のように、すぐに降りればよかった。ためらっている間に、記憶の熱が増していく。  友人はなにもない暗闇を行ったり来たりとふらふらと歩いている。私はポケットの中のメモ帳を取り出し、友人の名前をかき、その横に「は友人」と書いた。家族のことを書こうかと一瞬考えたが、もう二度と触れることのできないものよりも、今目の前にいる人物を伝えようと思った。少なくとも、記憶を失った自分の助けになるのは、今近くにいる友人だ。  記憶を失った瞬間、自分は消えてしまうのだろうか。記憶を失った自分は、本当に自分の魂と言えるのだろうか。私はいつ死ぬのだろう。  目を覚ますと、生前の世界に戻っていた。私は死んでいなかった。頭がその事実に辿り着いても、体はまだ夢の中にいた。私の記憶はまだ続いていた。  朝食を食べ、歯を磨いている時にふと気付いた。友人の名前を書いても、友人も記憶を失って自分の名前も思い出せないのだから意味がなかったな、と。

からあげ不明チャーハンうめえ

電話で取材だなんて、やんなっちゃうなあ、まったく はやく「パスタ」を茹でたいのにさあ ―ふだんの創作、どんなふうにされてるんですか? ―たいがい、お布団のなかですねえ、スマホで ―え、そうなんですか ―ええ、それをあとあとPCで整えて、な感じですねえ ―へえ、そうなんですねえ ―冬はとくにそうなっちゃいますねえ、暖房ほとんど入れないので、だから、お布団であったまりながら ―暖房ほとんど入れないって、あの、え、どういう… ―ふふふ そんなひとしきりの妄想が、わたしの気持ちを 「パスタ」から「からあげ」へと変化させる 「パスタ」を茹でるためにあたためた鍋のなかの大量のお湯を眺めながら しかし、なんで「からあげ」なんだろうと、それは自分でも不明だ もしかしたら、「パスタ」も「からあげ」も わたしの妄想なのかもしれない

汚れ

 交番の前の掲示板に貼り紙があった。『凶悪犯を捜しています』男の写真とともに、そう書かれていた。そして文字には続きがあった。『発見次第、抱きしめてあげてください』そう書かれていた。男の写真を見た。寂しそうな目をしていた。数週間後、街をぶらついている時、ふと、一人の男を見かけた。貼り紙のあの男だった。男はポケットに手を突っ込んで、ぶつぶつ独り言を言っていた。抱きしめようと近づいてみた。そして、抱きしめるのをやめた。男は返り血でべっとり汚れていて、抱きしめたらこちらまで汚れてしまうと思ったからだ。

月の定位置

「あれ?」   珍しく、夜中に目が覚めてトイレに降りた。家の中は静まり返っていて、階段を下りる自分の足音だけが、やけに大きく聞こえる。 そのとき、踊り場の小さな窓から月が見えた。   真ん丸だなぁ…と、同時に違和感があった。 違和感。   ああ、そうだ。 月はいつも、反対側にある部屋の窓から見ている。   そう思った瞬間、理由のない不安が胸に浮かんだ。 窓の位置がどうこうではない。 もっと曖昧で、もっとどうでもいいはずの何かが、ずれている感じだった。   トイレを済ませ、部屋へ戻った。 眠気はもう薄れていた。   タバコを吸うため、部屋の窓を開ける。 夜気が入り込み、少し冷える。 見慣れた方向に、月があった。 ……欠けてる?   さっき見た月より、わずかに欠けている。   雲のせいかと思い、しばらく眺めた。 深い夜空は、いつもより星が見える。   丸だったか。 欠けていたか。   自分の記憶を探ってみる。   月を意識する時は、だいたい決まっている。窓を開け、タバコに火をつけ、煙を吐き、何とはなしに空を見る。 そのとき、目に入る。  月。   だから月は、この窓の外にあるものだと思い込んでいた。   タバコを消し、階段に戻ってみる。   さっきと同じ場所に、月がある。 真ん丸だ。   距離も高さも、どちらもおかしくはない。ただ、形だけが微妙に違う。   コンパスで引いたような、丸。   部屋に戻り時計を見る。 まだ二十分ほどしか経っていない。 変わるには、あまりに短い。   そのまま、部屋の窓から外を望む。 わずかに欠けた、月。   階段に行く。 真ん丸な、月。   その差は、気にしなければ気にならない程度だが、気にしてしまった以上、無視できなくなった。   月は一つのはずなのに、どちらもそれらしく正しい。   考えた。   角度の問題か? 窓の高さとか? 見る位置…… ガラスの種類とか? どれももっともらしい。   そう思うことにした。 夜中に、理由の分からないことを深追いするのはよくない。 そういうものは、だいたい考えすぎなのだ。   ……寝よう。 布団をかぶって、電気を消す。   もし、と思った。 もし月が、空にあるのではなく―― いや、馬鹿げている。   もう一度だけ部屋の窓を見た。 カーテンは閉めなかった。 夜の闇が、静かに部屋に溜まっていく。 布団に入り、目を閉じる。 が、目はすっかり覚めている。   夜中に立て続けに吸いたくないのに、窓辺に立つ口実にタバコに火をつける。 窓を開ける。   月は見えなかった。 ちょうど、建物の影に隠れたらしい。 それでいい、と思って、まだ長いタバコを消す。   見えなければ、もう比べずに済む。 目を閉じる。 そのとき、なぜかは分からないが、 「次に見たとき、月はどんな形をしているのだろう」 という考えが浮かんだ。   丸だろうか。 それとも、少し欠けているだろうか。 答えを確かめる気には、ならなかった。   夜はまだ深く、明日…今日だけども、仕事に支障が出る。 寝なきゃいけない。   布団に包まり、月は空にあるものだったはずだ、という考えだけが、根拠もなく、少しだけ揺らいだ。   当たり前の事を確かめるのは、 たぶん、明日でいい。 少なくとも、今夜である必要はなかった。

待ち合わせ場所に誰もいなかった

『来週土曜日の十字、○○駅の改札前集合な!』 『おk』 『把握』 『りょうかーい』    当日。  誰も来なかった。   『皆遅刻?』    即座に一通返ってきた   『ごめん、熱出た』    やむを得ない。  五分後に一通返ってきた。   『ごめん、完全に忘れて別の用事いれちゃった』    やむを得なくない。  極刑。  あと一人からは、いつまで待っても返ってこなかった。  多分、寝てる。    集合時間から三十分。  唐突な、暇。  改札からぞろぞろ人が出てきたのを、ぼーっと眺める。  友達が混じっている訳でもない人の波を。  人の波が駅の外に出て、空っぽになった改札前。  立っているのは、ぼくともう一人。   「ええー……。全員来れないって、予約どうすればいいの……」    多分ぼくと同じ理由で立ち尽くす人が一人。   「貴女も、遊ぶ予定だった友達、全員これなくなったんですか?」    話しかけたのは、ほんの気まぐれ。   「え? あ、はい。貴方もですか?」 「そうなんですよ」 「偶然ですねー。嬉しくない偶然ですけど」    よくわからないけど話が弾んで、よくわからないけど一緒に映画を見に行くことになった。  友達の分の席が空席になるくらいなら、というだけだ。  映画を見て、喫茶店で感想を言い合って、夕方になったので連絡先を交換して帰宅した。   『今日はありがとうございましたー。楽しかったです!』 『こちらこそ。また、映画でも見に行きましょう』 『ええ、是非。約束忘れないように気を付けまーす』 『ぼくと貴女は、忘れないでしょw』        「で、何回か遊んで、付き合うことになった」 「ちくしょう! あの日、約束をすっぽかさなければ!」    あの日遊ぶ予定だった男友達に話すと、とても嫉妬された。  人生って不思議だなあと思いながら、彼女からメッセージが来たので、忘れないうちに返信をした。

もう幾つ寝ると節分だ

1月も有る種アッと言う間に過ぎた何て事の 無い黄金の太陽が眩しい四次元の平和な部屋 贅沢な退屈と電車やバスに乗って遊びに行け 無い現状がストレスに為るがSNS上や動画の 妄想現実の世界じゃどんどリアル為って行き 後少し拡散すれば現実世界に迄拡がるSNSの 効力におばさん計算否想像してませんでした 改めて若者文化に頭が下がる思いです本当に 有り難う便利なツールを教えて下さった片方 未だ何にも変化無いですが予祝で感謝します 3時元の世界でも感じた若者の能力の急上昇 本当凄いと実際接して思いました昔は教えて 貰う立場の後輩が○○先輩仕事教えるの下手 だよねや仕事理解して無い癖に出来る振りを して先輩達を困らす奴徹夜じゃ無いのに立ち 作業で居眠りする器用な人間達ばかりだった 絶望的な未来に突如表れた優秀な遺伝子達が 創造するで有ろう輝かしい未来に乾杯したい その中で我ら中年達は有る意味同等な立場で 互いに支え合いながら共に成長出来る近未来 リアルに体験してみたいと多分生まれて2番 位に前向きな気持ちで思います

転職なんて簡単だ

「転職なんて簡単だ」 同業者から転職してきた同僚がいつも言っている。 私の勤めている会社は中途採用の割合が多い。最近は新卒採用も始めたものの、それでも全体の七割は中途採用者だ。 私は新卒で入社して十五年。今の会社に不満はあるが、今すぐ退職を決意する勇気は無い。最後に面接をした時にどんなことを話したのかも覚えていないし、人間関係をゼロから始めるのも億劫である。 転職なんて簡単だという人は、社交性もあって資格もあって、どこに行っても通用する者ばかりであろう。 ある朝、いつものように出社すると、なんだか周りがざわついている。 フロアの空気は重く、誰もがモニターよりも人の顔色を見ていた。昼前に招集された全体会議で、その理由は明らかになった。 半年後、会社は主力事業の一部を畳む。私はその対象部署に含まれており、地方拠点への転勤が決定した。 説明を聞きながら、頭の中で何かが崩れる音がした。拒否権はない。条件は現状維持、ただし勤務地だけが変わる。 独身で、守る家族もいない。断る理由はどこにもなかった。 だが、胸の奥にじわじわと広がるのは恐怖ではなく、焦りだった。 このまま会社にしがみついていいのか。十五年も同じ場所にいて、私は何を積み上げてきたのか。 その日から、私は転職サイトを開くようになった。 職務経歴書は白紙に近かった。資格欄に書けるものはなく、成果と言える実績も曖昧だ。応募ボタンを押すたびに、「書類選考で落ちました」という定型文が返ってくる。 面接に進めた数少ない会社でも、決まって聞かれる。 「あなたでなければいけない理由は何ですか」 答えられなかった。 十五年勤めた事実しか、武器がない。 転職なんて簡単だと言っていた同僚の顔が、何度も頭をよぎった。 半年は短かった。転勤辞令が現実味を帯びる頃、私は半ば投げやりになっていた。 そんな時、最後に受けた会社があった。業界は同じだが規模は小さい。面接官は私と同年代で、派手な質問はしなかった。 「十五年、辞めなかった理由を教えてください」 私は初めて、正直に話した。 成果よりも、逃げなかったこと。変化が怖くても、その場でできることを続けてきたこと。 面接官は少しだけ笑って、頷いた。 内定の連絡が来たのは、転勤まで一か月を切った頃だった。 電話を切った後、しばらく何も考えられなかった。嬉しさよりも、拍子抜けに近い感情があった。 新しい会社での初日。 隣の席になった同年代の社員が、昼休みに何気なく聞いてきた。 「転職活動って、やっぱり難しいですか?」 私は少し考えてから答えた。 十五年分の焦りと不安を、胸の奥に押し込めて。 「転職なんて簡単だ」 そう言った自分の声は、思ったよりも落ち着いていた。

幽霊は校舎二階まで

「新人ちゃんだめだよお。うち、校則で幽霊は二階までって決まってるんだあ」 研修期間を終えて、初めて配属先は築ウン十年の学校。 挨拶回りをしようと、三階へ続く階段を数段上ったところで、背後から声をかけられて、危うく足を踏み外すところだった。 幽霊と言えども痛いのは嫌。労災の手続きはもっと嫌。 「こ、コウソク……ってあの校則ですか……?」 「学校の校則。一応学校だし、うち」 そう言って先輩は学生書のようなものを渡してくる。 この学校はしっかり学生みたいなことをさせられるんだ。 開いてみれば、箇条書きの校則と私の顔写真。あ、死亡日なんかの細かい情報も載ってる。どうもこれは、私の分だったらしい。 先輩曰く、身分証明書みたいな扱いだから無くさないようにね、だそうだ。再発行できるけど有料らしい。それは困った。 「あ、私ここのテケテケ担当のサクラコ。教育係だよ。サク先輩って呼んで」 「えっと、佳子です。よろしくお願いします」 「カコちゃん!よろしく。案内してあげる。おいで」 「あ、ありがとうございます」 サク先輩は、腕だけで這うように移動しているのに、私よりスルスルと移動していく。なんなら私の移動速度に合わせてくれている感じだ。 これがプロの力……。 「……あれ、テケテケって階段、」 「エレベーター使ったよお。カコちゃん見つからなかったからさ。明日からは一階に居てくれると嬉しいな」 「うわ、すみません、気が利かず……」 「いいんだよお、準備運動になったしね」 優しく寛大な心を持っている人らしい。 すごくいい先輩に当たれたかも。 「あ、夜食持ってきた?」 「はい、おにぎりとスープを」 「えっ、カコちゃん自炊してる子?偉すぎるよお」 でも、なかなか視線を合わせずらい。見下ろすのは何となくソワソワとしてしまうし、目を見ないのもそれはそれで申し訳ない。 生前背が低い方で、なかなかこっち側に立っていなかったのが原因だとは思う。 話す時はしゃがんだ方がいいんだろうか。いや、それだとなんか馬鹿にしてる感じになっちゃうかな……。 「そういえば、花子さんって三階が定石だった気がするんですけど」 「なんか昔、上の階で問題起こした奴がいるらしくて、それからは定石とか全無視。一階の東トイレ三番目でやってるよ」 『去年の六年生がU〇Jで問題起こしたので今年からはレ〇マワールドです』みたいなことあるんだ。 「あ、自分、学校分野の研修、鏡と音楽室と理科室しかやってないんですけど、それって」 「鏡は今人足りてるし、微妙……あ、美術室はしてないかな」 「ないです……」 「うーん、うちじゃあんまり役に立たないかもなあ」 グサリ、胸に刺さる。 頑張ってきたのに。つらい。 「ダイジョーブ。サク先輩が手とり足とり教えてあげるしっ!」 ねっ?、なんてかわいらしい笑顔で笑う。 ただ、セーラー服に染み込んだ赤黒いそれとはミスマッチで、いくらかわいらしいお顔でも、存命の私が見ていたら泡を吹いて倒れたかもしれない。 「ま、廃校でもない限り、夜勤は事務ばっかりだし、そこから覚えてけばいいよ」 「事務……!!事務は得意です。同期の中で十位以内には入ってました……!!」 「おお、私と真逆だあ。んま、昼勤は学生さん多すぎて別物だから、そんときにまた教えるね」 「はい、末永くよろしくお願いします」 ガチャで転生権を引く、その日まで。

理由

 ある日の昼下がり、小学校の事務室を、一匹のウサギが訪れる。ウサギは事務員に案内され、校長室に通される。そこで、ウサギと校長は話し合いを始める。だが交渉は決裂した。ウサギはとぼとぼと小学校を出る。そして地図を取り出し、次の小学校へと向かう。このウサギは小学校の飼育小屋に入りたいのだ。そこで余生を過ごしたいのだ。空には昼の月が出ている。その月には、ウサギはいない。つまり、このウサギはあのウサギだ。ウサギは月に住むことにうんざりしているのだ。だから飼育小屋のある小学校を巡って交渉を続けている。人間たちは、みな困った顔をするばかりだが、その理由がウサギにはわからない。

だって替えがある

今日はなんとなくカップラーメンが食べたいそんな日ってありませんか? 私は今日がその日です。 特にこだわりはないので近所のスーパーに行って有名なメーカーの醬油ラーメンを買ってきました。 いつ食べても変わらないこの感じが好きです。 蓋をあけ、線の少し下までお湯を注ぐ。 匂い付きの湯気って良いですよね。 これから食べるんだなって気がします。 蓋を閉めて3分待つことにします。 この間、何しよう…。 ちょっと迷いますが、まあスマホでも弄って待ちましょう。 …。 ……。 ………。 「おい。」 …。 「おい。聞こえているんだろ?」 どこからか声が聞こえます。 見合しても誰もいません。 私の部屋ですから、当然です。 「…おい!!!」 声のする方へ向くと、そこにはカップラーメンがありました。 「やっと…気づいたか…。3分もう経ったぞ。食べないとのびちまう。」 声と一緒に湯気と蓋が揺れてます。 カップラーメンが喋っています。 神は細部に宿ると言いますが、日本には付喪神が居ます。 企業の涙ぐましい開発努力の結果…なのでしょうか。 私は急いでゴミ箱に捨てました。

明日のはなし

やけに空が明るいな。 部屋の小さな星空世界にやわらかくも「ゆううつ」な光が滲んでいる。明日がやってきた。今日が手から離れていく。明日が今日の顔をする。だから私はそっと小さな星空を閉じ、外の光を受け入れた。先程まであの星空世界を閉じ込めていた外の世界はもっと暗くて、ずっと静かで、何もかもを吸い込むようなやさしく虚ろなものだったのに。いつの間にか眩しく音と光を放つ世界に囲まれてしまったようだ。毎日のことなのに、毎日のように、心の臓を圧迫してくる明日という存在は、私に生を与え私の感情を奪う。ただその眩しすぎる光で内側を焼き焦がし、昨日になってしまった今日を跡形もなく消し去り、無意味な灰だけを残していく。それでもその残骸に縋ってしまうのがいつもの私なのだ。その「無意味」が愛おしくて昨日になってしまった今日が遠のいていくのが寂しいのだ。私は強く鼓膜を塞ぎ、やさしく虚ろな世界が帰ってくるその時を待ち望みながら「今日になった明日」に溶けていく。 今日が今日になった頃、また私は言うだろう。「明日が怖い」と。

眠れない理由

 布団に入ると、今夜もまた幽霊が騒いで眠れない。  恨めしそうにこちらを見るわけでも、ぶつぶつと呪いの言葉を吐くわけでもなく、一人で騒いでいる。自分にとって都合の良い解釈や言い訳、妄言ばかりを並べて、最後にはまた自己嫌悪に溺れている。  こいつは自分を非難することは楽なんだろう。自分はダメな人間だから、仕方ないんだと諦める方が楽なんだろう。諦めたのなら早く成仏してくれれば良いものを、いつまでも目を回している。  今日一日の話だったはずが、わざわざ過去の話を掘り出してきてより騒ぎ出す。誰かに訊いたわけでもない自分の評価を、他人の姿を借りて自分に下している。それも結局は自分の価値観から生まれたものだと、気付いていないのだろうか。  何の意味ももたない、どうしようもない話を毎晩聞いているから眠れなくなるのだ。そして明日の朝、余裕を持って起きるはずが布団から出れずに、ずるずると一日を消耗していく。集中力も落ちるから、また仕事で失敗するんだ。人との会話も噛み合わなくなる。  そしてまた、新しい幽霊を作り出すのだ。

論点をすり替えるな

「おーい、論点すり替えないでもらっていいですかー?」    まただ。  こいつは、論点のすり替えという指摘を、口癖のように言うようになった。  正直、自分の中では論点がすり替わってなどいないので、こいつの言葉の意味が分からない。  だから、聞いてみることにした。   「ごめん、自分ではすり替えたつもりがないからわからない。すり替える前の論点と、すり替えた後の論点を言語化してくれない?」 「え?」    そいつは腕を組んで悩み始めた。  あーでもない、こーでもないとうめいた挙句、最後には俺をにらみつけてきた。   「論点をずらすな!」    そして、走って逃げていった。  きっと、自分でも論点がわかっていなくて、ふわっと何かが違うと思ったから、反射的に口癖が出たのだろう。  理由が分かってすっきりした。    俺はすがすがしい気持ちで家に帰り始めた。  せっかくだ、途中でカフェにでも寄って帰ろう。

植木鉢という軟禁生活 (掌編詩小説)

球根を包み込む柔らかい土 そこには、命を弄ぶ者は居なかった 水の恵みを植木鉢に染み込むまでかける 過保護な助手が悪手となり 植木鉢に封じ込められる かつての球根 道端の雑草が嘲笑う (完)

水曜日の夜

これから帰るだけなのにトイレで髪をセットしてみる ハクセキレイが前を横切る。駐車場でこちらを見ている 灰色の雲で青空が見えない 風が吹き付け体を冷やしていく 耐えきれずにニット帽をかぶる。セットしたばかりだけど 電車待ちで、何故か僕の後ろにおばちゃんが集まる 白髪のオジサンを見て、自分はあの歳まで働き続ける事が出来るのかと思う 若い人を見ると年を取るとは思えない 年配者を見ると若い頃があったとは思えない 「まもなく」と言う言葉が気になる 電車で座れなかった男性が足を叩いて耐えている 電車の中を見渡すが、誰一人僕を見ていない 会社でもらったメロンパンを息子が美味しそうに食べている ハナレグミの発光帯で今日を終える

探し物の光

光が恋しいなあ。 窓枠の絵画に、ふと物足りなさを感じた。代わり映えのしない景色。コンクリート塊で埋め尽くされた画面のところどころに心ばかりの看板の色が華を添える。僕はこの絵が好きだ。無機質さと人の温度が隣合わせの冷たくて温かいこの絵に、今日も雲の表情が生命を吹き込んでいる。なんとも虚しく、やさしく、美しい。 …ただ、今日は「光」が欲しくなった。白くて、視界を包み、目が離せなくなるような光。僕は衝動的に立ち上がってヘッドホンを片手に外へ出た。 頬にあたったひんやりと澄んだように感じた空気は一瞬にして雑踏で濁ってしまった。世界はまだ、僕が思っていたよりずっと騒がしく、眩しすぎた。喧騒が僕の肺を押し潰そうとする。街の音が、声が、気配が、僕の精神に入り込み、五感が奪れそうな感覚。手に持ったままだったヘッドホンで聴覚を閉ざし、ぐっと一歩踏み出した。僕は光が欲しかったのに、気がつけば足元だけを見つめ必死に足を動かしているだけだ。そもそもあてもなく、こんなんじゃ何の意味もない。そう思いながらも忙しなく歩いていると視界の端に少し細い道が伸びているのに気づいた。僕は逃げ込むようにその道へ入った。 耳を塞ぐ軽やかな音楽の向こうを這い回っていた雑音たちが次第に消えていく。ようやく僕はほんの少し顔をあげ、 先程までとは違ったリズムを刻むように歩いていく。陽の光を感じる。 あたたかい。これが僕が求めていた「光」なのか。鼻歌まじり、どこか踊るように人のいない道を進んでいく。 _ぱた、と僕は足を止めた。そっとヘッドホンを外すと、開放された聴覚に空気の音がすうっと一気に押し寄せてくる。鳥居だ。それは民家の間…「生活」の中から、音もなく現れた祈りの場であった。ぼんやりした、それでいて澄み切った意識を抱えたまま石の鳥居をくぐる。社殿の前にて手を合わせると心の中がとけ始め、ほんのり温度をもった"なにか"がゆっくりと満ちてゆくのを感じた。僕の今日の探し物はもう見つかったのだから、そろそろ帰ろうと思った。去り際に振り返ると、風に混じって「気をつけてお帰り。」と微かに聞こえた…ような、なんて。帰っても家の窓枠の絵画は変わっていないだろう。 でも僕は今日、「光」を見つけたから、それでいい。

― 巫 ―

人を救うはずの祈りは、一歩間違えれば「呪(のろい)」と成り代わり牙を剥く。その恐ろしさを、忘れてはいけない。「祈り」とは何なのか、決して忘れてはいけない。この世には八百万の神々がおられる。常に人は神に祈り、神と共に在る。その祈りは生活のため、人のため、世界のためと様々だが、神々はそんな「祈り」に共鳴し力に変え、人を助け、恵みを授ける。ただ、「祈り」とは非常に単純で複雑なものだ。本来ならば神を敬い、誰かを思い、人々を幸せに導くためのものだが、意味を違えて嫉妬や憎悪などという負の感情に流されるまま手を合わせていると、自分では「祈り」だと思い込んでいたものがやがて「呪(のろい)」へと成り果てる。そうなれば誰かが傷つき、また平穏が壊れ、最後にはそれが自分に還る。その恐ろしいことと言ったら…… 柔らかい微かな光が差し込み、目が覚めた。ああ、もうお日様がお昇りに。そろそろ支度を始めないといけない頃だ。いつも通り装束に身を包み、赤や青や緑の美しい玉を連ねた首飾りと、華やかな金属彫刻の冠をつけ、少し急ぎ足で部屋を出る。毎日のことだが、少し飾りすぎでは無いだろうか……などと考えつつ私のお仕えする方のもとへ向かう。

水曜日の朝

水曜日の朝 息子はどんどん大きくなる、義母はどんどんしぼんでいく 無くなりかけの牛乳と新しい牛乳を混ぜて飲む 朝食時の妻の相談で目が覚める バッグの中がぐちゃぐちゃのまま家を出る 女子高生のバッグにぶら下がるぬいぐるみたち 出社前から電話対応する会社員

ミニストーリー

カーテン越し風が透ける。すばやく回り込み、私の足元を駆ける。寒い。言葉が頭を打つ。ストーブが消えている。過去の私がしたことを、いまは、風のせいにしてしまおう。ズルい私を非難するように、風は部屋のなかをかけ回る。ごめん。謝っても、もう手遅れ。

ランニングマン

 走るー走る。走り続けることは、苦悩でしかない。そんなことは思ったことはないだろうか。でも、俺は思う。走ることは爽快であり、生きることへの喜びだ。だが、大多数は走ることは辛いと言う。俺も辛いと感じたことはある。今すぐ走るのをやめたい。休憩がしたいと思うのはごく自然なことだ。でも、俺は走る。走ることは喜びであり、人生の糧だ。これはそんな走ることが命な俺の物語だ。  小学一年生の時、俺は走るのが好きになった。物心がついた時とか、気がついたらではない。無我夢中になって走る。ただそれだけのことなのに、俺は火が灯ったように一心不乱になった。夢中になるのはそれだけじゃない。何かを必死になって追いかける。これもたまらなく好きだった。蝶を捕まえる、そんなことでもいい。とにかく追いかけ回すのも大好きだった。好きになるかなんて、そのようなものだ。動機は何だっていい。ただ、今思えば俺の人生はその頃から始まっていたのだと思う。  小学二年生の時、なわとびができるようになった。だが、走ることよりかは夢中になれない。跳ぶことの興奮よりも、走ってクタクタになることの方が達成感があった。それくらい俺は走ることが好きだ。  小学四年生になり、俺は陸上クラブに入った。練習は死ぬほどきつく、ハードなものだった。それでも俺はしがみついた。死に物狂いでやっていっそ鳥になれたらなんて、馬鹿なことを考えたりもした。年々やっていくうちに体力もついていき、楽しくもなってきた。でも、俺は大会に出てもそれほど良い成績を収められなかった。ただ、走るのが好きなだけ。でも、それでいいと思った。走るのが好きで、足が速い方が良いに決まっている。でも、ただ走る。それだけのことなのにこんなにも気持ちが高ぶるのは俺だけかもしれない、そう思うほどだった。走ることに意味を見出さなくていい。走ること自体、楽しい。それでいいじゃないか。

停滞更新(フリーズ)

フェーズ1  こわい、おそろしい、とにかく人がこわい。自分の周囲を黙って、話しながら、たまにこっちを見たり見なかったりして、歩いているのがこわい。  勝手に心が緊張する。びくびくと身体がふるえる。ふるえを抑えようとすればするほど、逆にふるえが止まらなくなる。振動が目に見えるくらいになったら、あの人はなんて思うのだろう。 フェーズ2  たまらなくなって、トイレにかけこむ。  べつに何かしら吐き出されるわけじゃないけど、個室という空間に自然と安堵が押し寄せる。あれだけおびえていた心と身体がまるっきり嘘みたいで。私の本能をだますために、私の心身が共謀していたのではないかと思ってしまう。  トイレから出るのがこわい。でも、一歩前に踏み出さないと、何も変わらないじゃないか。  今日だって、以前から気になっていた喫茶店に行ってみようと、勇気を出してここまでやって来たではないか。あれだけ苦手な電車に乗って、揺れに身を任せながら何度も深呼吸をして、脳内でシミュレーションを繰り返したではないか。誘う相手もおらず、いつも自宅という名のシェルターから外を眺め回していた自分を、ちょっとでも叱咤激励したいと常日頃から思っていたんじゃないか。なのに、どうして私はいつもこう!  ……さて、今からでも遅くない。引き換えそうか、そうだ、それが健全。  でも、ここまで来たのに後ずさる? と圧をかける自分がいるのも、また事実で。  よく考えてみたら、前進も後退も、歩いていることに変わりはない。では、どうして後退すると、「オマエだけ」と責められる? フェーズ3  はぁ。(ため息) フェーズ2・3  もどかしい、いじらしい私。  どれだけ人前で誇れる自分になろうと暗示をかけても、考え直しても、信念を改めても、結局のところ自分の本音まではダマせない。誤魔化そうにもごまかしようがない。  だって、それが私の本当だから。私の夢みる本当は、私が社会に向かって仕立てあげた、立派すぎる私でしかないのだから。  深呼吸を繰り返し、次にやるべきことを脳内でシミュレーションする。ありえない私を生きるよりも、ありったけの私をさらしてしまった方がラクなんだって。本当は、ずっと前から気づいてるんだ。 フェーズ2  思いきって個室を出た。 フェーズ4・8  そのまま駅のコンビニへダッシュ、アイスコーヒー片手に逃走。 フェーズ6  ギリギリ電車にかけこんで、私の本音に訴える。  またもや理想と期待は打ち砕かれたけど。次に持ち越す楽しみはできたでしょ。それでいいや、今はまだ。  壁にもたれ、窓を眺めれば、ふと、アイスコーヒーの黒い匂いがして。気づいてしまった。  あの喫茶店のコーヒーを飲めずに終わってしまったこと。心の底からホッとしている自分がいるって。

新しい案山子

 とある大病院がある。遺体安置室がある。そこには遺体が安置されている。その遺体と遺体の間に点々と、案山子が立っている。警備員が夜中の巡回をしている。遺体安置室から気配を感じる。警備員はそっと扉を開ける。蛍光灯の光が冷たい。案山子がボロボロになっている。顔や胸が何かに食われている。警備員はそっと扉を閉める。警備員は警備室に戻り、新しい案山子が必要な旨をメモに残す。今日の夕方には新しい案山子が届くだろう。この大病院の遺体はこうして、案山子によって、何かから守られている。

皆が一年で忘れる事は、私は一瞬で忘れる。

やらかしてしまった。 どうしようもなかった。 きっと、皆の記憶に少し焼き付いた。 もっと気をつければよかった。 もっとああしておけばよかった。 そんな後悔が一気に押し寄せてくる。 やがてそれは、自分を死へと追いやってくる。 考えすぎだ、と言われるが、 それが私だ。 でも大丈夫。 だってこのくらいの事なら、みんな一年で忘れるだろう。 なら私は一瞬で忘れてやる。 だから、もし大人になって同窓会なんていったときには、綺麗さっぱり忘れていてくれよ、