トイレの地面にしゃがみ込み、口の中に右手を突っ込む。昨日食べた豚肉は出ても、違和感は出てこない。 べっとりとこびりついた脂は口の中と内臓から剥がれようとしない。 扉の外からノックがした。木の乾いた音が二回、確かに聞こえた。一人暮らしのこの家には自分以外の誰もいないはずなのに。 返事をしようと声を出そうとすると、代わりに胃液が溢れてくる。体内の不快感が恐怖をも消している。 こちらの状況などお構いなしに、再びノックがする。 昨日の夜から違和感はあった。吐き気と腹痛で頭も回らなかった。意識が全て体内に向いていた。思考は全て止まっていた。 また音がする。先ほどよりも間隔が短くなっている。 もう体内に、吐けるものは残っていなかった。ついさっき飲んだ白湯も全て出た。酸っぱい空気と声だけが狭い空間に響き続ける。 再びノックがする。 「ちょっと待ってよ」 掠れた声で呟く。それは自分の身体か、外の存在に言ったのかは分からない。どちらに対しても言ったのだろう。 ノックの代わりに扉の鍵が開く音がする。 同時にぷつんと意識が切れた。 病室では痩せ細った男がベッドの上で眠っている。彼は目が覚めると、またトイレへ駆け込むだろう。ここは自宅で、この吐き気の原因は食べてもいない豚肉の脂だと信じて、吐き出そうとするのだ。 彼を蝕んでいるものは何もないにも関わらず。
扉の向こうからは乾いたピアノの音がする 懐かしいメロディを聴きながら かたく冷たい布団の中で胎児のように体を丸め 眠ったふりをして目を閉じる 冷たいピアノの音は この場所とは関係のない記憶を連れてくる 祖母が迎えにきてくれた車内にかかっていたカセット 服についた珈琲と洗剤、あと夕飯の匂い 家に帰ることのできる安心感と祖母の温もり 起きていることを気付かれてはいけない ピアノの音が止まってしまうから 母体にしては冷たすぎる布団の中で 存在しない時間と記憶を産み続けていた ピアノを弾いてくれる人はいない 時間の止まった頭の中で 震える歌声だけは鳴り続ける
僕はカラスが嫌いだ。 田舎に住んでいるからか分からないが、町のいつどこに行ってもカラスを見る。今日もギャーギャーカラカラ鳴く耳障りな音で目が覚め、庭に実っていた柿を、我が物顔で勝手に食べていた。学校に行く途中、人間が出したごみを散らかし、道路にいた猫の死体を突きおいしそうに食べていた。最悪の気分で教室に着き、グラウンドを見ると巣があるのか知らないが裏山から大量のカラスがグラウンドに集まってきた。カラスに一度舐められるとことん人間様のことを舐めてしまうらしい。今僕が銃を持っていたら、間違いなく撃ち殺してやるのに。 夕方学校終わり、一番嫌いな時間だ。ウジ虫のように町中に沸いていたカラスたちが裏山に帰る時間だ。暮色は黒く塗りつぶされ、不規則に動く黒い点から鳥類とは思えない下品な鳴き声が町中に響く。裏山を焼いてしまいたい。 僕は夜が好きだ。 夜はあいつらが巣にこもり、目の中に入れなくて済むから。だからよく静寂を楽しむために夜中に散歩をする。今日は特別な散歩だった。なんせカラスの死体があったから。なんで死んだかはよく分からないがいつもの散歩道の真ん中にあった。興味本位で近づいてみると、改めてこいつらの醜悪さに気づいた。死肉を啄むための大きなクチバシ。獲物を殺すためにあるんだろうなという長いツメ。そして何より自然淘汰では考えられないほどの黒い羽毛。まじまじ見ていると、死体と眼が急に合った。僕は心臓を掴まれた。夜の闇と体色で死体の眼が開いてたことに気づかなかった。ここにきて僕の体に恐怖が走った。だって、死体だと思っていた黒い塊はまだ生きてるかもしれない。カラスの眼には僕がはっきりと映っていて、僕を獲物としてこちらの様子を見ているだけではないのだろうか。もし、僕がここでカラスに長いツメで襲われしまったら。大きなクチバシで体中を突かれてしまったら。そして、僕の一部を食べてしまったら。食べられたあの猫はカラスの一部となったのだろうか。頭からつま先までの血が冷たくなるような感覚だった。僕にカラスを触れる勇気はなかった。 次の日、友達と学校に向かっている途中、いつものようにごみに集まる大量のカラスを見かけた。昨日のせいか知らないが、なんだかカラスがこちらを見ているような気がした。それが怖くて、友達に「カラスが多くて本当に嫌になるね」と愚痴を言ってやった。友達は答えてくれた。 「烏から見たニンゲンもそう見えるんじゃない?」
※「無人島に行くならば」別視点のお話です。併せてどうぞ。 夕飯の支度をしながら、テレビの音が耳に入ってきた。芸能人たちが「無人島で暮らすなら、何を持っていく?」と笑いながら話している。 包丁を動かす手を止めて、私はふと昔のことを思い出した。 二十代の頃、まだ独身で、夢と現実の区別も曖昧だったあの頃。付き合っていた人が、突然そんなことを言い出したのだ。 「無人島に行くなら、俺はギターを持っていくな」 私が「食料じゃなくて?」と笑うと、彼は「どうせ生き延びられないなら、音楽ぐらいは持っていたい」と言った。 その言葉が妙に胸に残って、しばらく消えなかった。 あれから二十年。彼のことはもう遠い記憶の彼方だ。私は結婚して、二人の子を育て、仕事も続けている。夫は穏やかで、特に不満もない。けれど――ふとした瞬間、息苦しさを感じる。 朝から晩まで家事と仕事の往復。子どもの塾代、冷蔵庫の在庫、明日の弁当。気づけば、自分のことを考える時間なんてほとんどない。 テレビの中で、誰かが「火打ち石があればなんとかなる!」と叫んでいる。私は思わず笑った。でもその笑いの奥に、少しだけ羨ましさが混じっていた。 もし本当に無人島に行けたなら、私は何を持っていくだろう。 スマホ? そんなもの、電波がなければただの板だ。 本? 静かな時間に読みふけるのもいい。 ──一番欲しいのは「時間」そのものだと思う。 何もしなくていい時間。 誰にも求められず、誰にも応えなくていい時間。 潮の匂いのする風の中で、ただぼんやりと空を眺めるような。 子どもたちの笑い声がリビングから聞こえた。慌てて現実に引き戻され、私はフライパンを火にかける。 焦げかけたハンバーグをひっくり返しながら、思う。 無人島なんて行かなくても、少しだけ島みたいな時間をつくれたらいいのかもしれない。 夜、みんなが寝静まったあとに、一杯の紅茶をゆっくり飲む時間。 それだけで、私の中の海は少し穏やかになる。 テレビの音を消して、窓の外を見る。街の灯りが波のように瞬いていた。 あの頃の彼なら、今もどこかでギターを弾いているだろうか。 私は静かに笑った。 無人島に行くなら──きっと、何も持たずに行きたい。 そして、少しだけ自分を取り戻して、また帰ってくる。 そんな旅ができたらいい。
今日、私は最高に生きている。《生》とは、《死》と表裏一体であり、さればこそ、《死》を意識することは《生》を意識することと言える。これを定説とするならば、間違いなく、私は今最高に《生きている》のだろう。 今、君の瞳に映る私は、喜びに満ちた顔をしているに違いない。いつも輝いている君に、負けないくらい輝く瞳を持って、このコンクリートの地面を踏んでいる。なのに、どうして。どうして君はそんなにも苦しそうなのだろうか。その大きく黒く、丸い瞳から溢れる雫は、何を意味しているのだろうか。 「ねえ、泣かないで。泣かないでよ。」 「だって〜…えっぐひっく」 「君は私で、私は君なんだよ。忘れちゃった?」 「ううん。でも、でもこんなのってないよ。」 「そう? これは私なりの落とし前。君がいるなら、私の残機は二機だから大丈夫。」 「でも、それは例えで…」 「私は例えで終えるつもりはないよ。本気で、君が私で私が君だと思ってる。だからここにいるの。」 俯く君に影が落ちる。飛行機が上を飛んで、エンジン音が聞こえる。影が暗く覆っても、君の涙は輝き滴る。君はワンピースの裾を硬く握った。 「私に、貴方のいない人生を送れと言うの? 自分だけが逃げて、私のためとか言うんでしょ? 本当に私の為だってんなら、生きて証明しなさいよ!」 「…」 「…出来ないんでしょう。ならなんで、一緒に逝こうって言ってくれないの?」 息が荒く、白くなって、風が髪を靡かせる。肩で息をする必死さが、虚しくも愛らしくもある。そんなに叫ばなくても聞こえるのに。それだけ必死ということか。 「君には関係ないことなんだよ。」 「何言ってるの? 共犯でしょ、私達。」 「私だけだよ。」 「違う!」 「何も違わないよ。君の母親を、禁書を使って殺したのは、私。」 「それは私を救う為だったし、元はと言えば私が貴方に頼んだから!」 「だから、共犯?」君は小さく頷いた。 「実行犯は私。ほら、大書庫から無くなった禁書を探しに、グリズが血眼だ。君は逃げて。」 「嫌よ。今更、貴方を説得しようと言うんじゃないの。逃げようとか、やめようとか言いたいわけじゃないの。一緒がいいのよ! 」君は涙ぐんで、声を震わせて言う。 「ねえ、カフナ。恩人が大犯罪者と邪険にされる世界で、私に生きろと言うの? あんまりだわ。貴方が私の母を殺したのは、母が狂人化したからよ。私が母を殺してと頼んだの。身の危険を感じたから。ただ衝動に駆られて考えなしに、なんて殺人鬼みたいな動機じゃないわ。」 「だが、こうするほかなかったとは言え、勝手に禁書を使った私を世界は許さない。私が死ねば、やっと、君も普通に生活できるだろう。」 「普通に生活なんて出来ないの。貴方が邪険にされる世界で、普通になんて出来ない。禁書でなければ葬れないほど進行するまで、行動に移せなかった私も、貴方に頼んだ私も。どっちも悪いわ。考え直せとは言わない。一緒に逝ってくれないのなら、どのみち私は貴方が逝ったあとを追う。止めても無駄ね。」 「…そうか。分かった。」もう、それ以上は言うまい。そう思った。 「カフナ、今《最高》って顔してる。」 「そうかな。」 「うん、そうだよ。ねえカフナ、来世も出逢おう。出逢って、また友達になるの。」 「そうだね。そうなるといいね。来世に賭けようか、私達は。」 「うん。こうしてれば、最後まで顔を見ながら逝けるよ。」 君はそう言って私の手を握る。私は絡むように握り直した。 「ふふ。恋人繋ぎじゃん。」 こうやって君とオワリを迎える事を、ずっと夢に見てたんだ。ありがとう。君が私に依存するように、私も君が愛おしい。多分、君も気づいているよね。 「バレたか。」
夕飯を食べながら、なんとなくつけていたテレビで「無人島で暮らすなら何を持っていく?」という企画をやっていた。 芸人たちがバカみたいに笑いながら「ライター!」「ナイフ!」と叫んでいる。俺も箸を止めて、つい見入ってしまう。 横を見ると、妻がキッチンに立っていた。フライパンを振る手が、ふっと止まっている。どうしたんだろうと思ったけど、すぐにまた動き出したから何も言わなかった。 子どもたちはリビングで宿題を広げている。 この時間帯の我が家は、いつもそんな感じだ。テレビの音、子どもの笑い声、妻の包丁の音。どれも当たり前で、特に何も思わない。 ただ、最近ときどき、妻の顔に疲れが浮かんでいる気がする。 俺が風呂から上がると、もう食卓は整っていた。 「ありがとう」 そう言うと、妻は「うん」とだけ答えた。笑顔はある。でも少し遠い笑顔だ。 テレビの中の誰かが「ギターを持っていく!」と叫んで、また笑いが起きた。 その瞬間、妻の表情が一瞬だけ揺れたのを、俺は見逃さなかった。 あいつ、今何を思い出しているんだろう。 たぶん昔のことだ。 俺と出会う前の時間。誰かとの会話、何かの夢。 そういう過去を、ふいに覗いたような気がして、もやもやとした想いがわき上がる。 でも、同時に思う。俺だって、妻のすべてを知る必要なんてない。知らなくていい場所があっていい。そう思うくらいには、長く一緒に暮らしてきた。 子どもたちが騒ぎ出し、妻が「はいはい、うるさいよ」と笑って注意する。その声を聞いて、ようやく部屋が落ち着いた気がした。 俺は茶碗を手に取りながら、テレビを見たままぽつりと言った。 「無人島に行くなら……俺は時計かな」 「なんで?」 「時間を気にしないために、あえて持っていくんだよ」 妻は笑った。その笑いが、さっきより少し柔らかくなっていた。 夜、子どもたちが寝静まったあと、妻は紅茶を淹れていた。 キッチンの明かりの中、湯気が静かに立ちのぼる。 俺はその姿を、ソファからぼんやりと眺めた。 無人島に行くなら、俺はきっと、何も持たずに彼女と行きたい。 そして、ただ波の音を聞きながら、何も話さず並んで座る。 そんな時間を、いつか本当に持てたらいい。 テレビを消すと、部屋の静けさがやけに心地よかった。 明日もまた忙しい一日が始まる。 けれど、今この小さな島のような時間があれば、それで十分だと思えた。
新しい手袋に毛玉が出来ている 擦れて絡まって丸まって 毛玉の森が広がっていく 毛玉の森 その昔、手袋の上に出来た毛玉の森には 兎や鹿などの動物しかいませんでした 森が広がるに連れて 次第に象や人に、竜までもが森へ住み着いて、今では黒い力も住み着くまでになっていきました 【ij】 今回は、ある男の子の話をします 彼の名はij 十五歳の男の子です 彼のことを説明するには あの話をするのが良いかもしれません ある日ijが森を歩いていると 大きな猛獣と遭遇しました とても興奮していて口からヨダレが ぼたぼた垂れていました その猛獣の前には小さな子供の兄弟 小さなお兄ちゃんがさらに小さな妹の 前に立って猛獣と対面していました それを見つけたijは猛獣の背中に飛び乗ると 暴れて振り落とそうとする猛獣との対決になりました 小さな子供の兄弟は遠くへ逃げていきました 猛獣とijの対決はすぐに終わりました ijは猛獣の背中に刺さる悪魔の矢を力いっぱい抜きました すると猛獣は落ち着いていて なぜ自分がそこにいるのかさえ分からないようでした きっと悪さをする連中の仕業だなとijは考えました ijはその猛獣に今起こった話をして、猛獣はijに助けてくれたお礼を言いました 猛獣とijは、それから親友にまでなりました ちなみに猛獣の名はルイ まっしろなオオカミです ijは優しくて勇敢な男の子です
※「friends」別視点のお話です。併せてどうぞ。 「ねえ、私たち友達でしょ?」 その言葉を口にしたとき、彼女の顔が一瞬こわばったように見えた。 けれど私が笑うと、彼女もいつもみたいに小さく笑ってくれた。安心して、私はトレイを置いて席に座る。 ──正直、助かってる。 彼女のノートは本当にきれいで、無駄がなくて、まとめ方が上手い。授業中に眠くなって聞き逃したところも、全部そこを見れば分かる。 私はどちらかといえば要領がいい方で、レポートもグループワークもなんとかやり過ごしてきたけれど、試験前だけはいつも焦る。 そんなとき、彼女に話しかけるのが自然になっていた。 彼女は断らない。最初のころからずっと。 少し申し訳ないとは思っていた。でも、彼女も私と話すときは笑ってくれるし、お昼ご飯にもつきあってくれる。 だから「これって友達だよね」と、都合よく思い込んでいた。 だけど今日、「ごめん、今日は早く帰らないといけないから」と言われた瞬間、不安な気持ちになった。 彼女が初めて、私を避けたように感じた。 「そっか」と軽く返したけれど、心の奥では小さな針のような不安が刺さる。 ──もしかして、私、嫌われてる? その夜、グループチャットが賑やかだった。カフェ巡りの話題で盛り上がりながら、私はふと彼女の名前がないことに気づく。 「あの子、誘わなくていいの?」と誰かが言ったけれど、もう一人が「えー、あの子そういうの苦手そうじゃん」と笑って流した。 私は「行くー!」とスタンプを送ったけど、スマホを置いた瞬間、息が詰まった。 ──みんなといても、全然楽しくない。 笑ってるはずなのに、どこか自分だけ浮いている。 言葉を交わしても、心の奥に届かない。 翌日の講義中、私はいつものように声をかけた。 「ねえ、ノート見せて!」 けれど彼女は一拍置いて言った。 「ごめん、今集中してまとめてるから」 その瞬間、時が止まったように感じた。 講師の注意の声も、周りのざわめきも、遠くで鳴っているだけ。 ──ああ、そうか。 私、ただの“頼る人”だったんだ。 授業後、彼女は別の子と一緒に図書館へ向かっていった。 並んで歩く二人の背中を見ていると、何かが崩れるように胸が痛んだ。 「……いいな」 思わず、口の中でつぶやいていた。 家で、テーブルの上のスマホとノートとペンケースをぼーっと眺めている。 グループチャットでは、今日のカフェの話題がだらだらと流れている。 上辺だけの会話に参加する気にもならない。 ろくに使ってないペンケース。開けて消しゴムを転がした瞬間、記憶がよみがえる。 小学生の頃、放課後の教室。 私の隣の席には、幼なじみがいた。名前も呼ばず、特別な約束もしない。 ただ、宿題を忘れた私に黙ってノートを押しやり、消しゴムを半分に割ってくれた子。 「返さなくていいよ」 そう言った横顔を、なぜか今でもはっきり覚えている。 その子には一度も「友達でしょ?」なんて言わなかったし、私も助けてもらうことを当然だとは思っていなかった。 貸し借りだけじゃない、気持ちのやりとりがあったんだ。 友達って、確かめるものじゃない。 言葉で縛るものでも、役割で測るものでもない。 誰かにとって「使われる側」にならないように。 そして、誰かを「都合のいい存在」にしないように。 翌週、講義が終わったあと、私は彼女に声をかけた。 「この前はごめん。いつも、頼ってばっかりだった」 彼女は少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。 「……うん。でも、話してくれるのは嫌じゃなかったよ」 それだけで十分だった。 並んで歩き出した廊下の先で、私は久しぶりに、足元がちゃんと地面についている気がした。
「九時集合で!」 「わかった。九時だね」 午前九時。 人間は、待ち合わせ場所で待ちぼうけしていた。 午後九時。 ヴァンパイアは、待ち合わせ場所で待ちぼうけしていた。 人間とヴァンパイアは、互いの活動時間が違うことを知った。 「おはよう!」 「……おはよう」 午前九時の待ち合わせ。 人間は元気溌剌で、ヴァンパイアは青い顔をしていた。 「大丈夫?」 「少し、日差しがきつくてね」 天気は曇り。 人間にとって、気温は快適。 ショッピングの予定を取りやめて、一日中映画館に籠った。 「おはよう!」 「……おはよう」 午後九時の待ち合わせ。 ヴァンパイアは元気溌剌で、人間は眠そうな顔をしていた。 「大丈夫?」 「うん、眠いだけ」 天気は快晴。 ヴァンパイアにとって、気温は快適。 休憩がてら座ったベンチで、人間は眠りこけた。 人間とヴァンパイアは、互いの活動時間が壁になることを知った。 どちらかに合わせればいいというのは簡単だ。 しかし、どちらが合わせるのか。 互いに内心で合わせて欲しいと願い、互いに言葉で自分が合わせると言いかけるのだ。 手紙が届く。 活動時間に書かれただろう手紙が。 『最近はどうだい?』 『絶好調。仕事もうまく言ったし』 『それはよかった。次は、いつ逢おうか?』 『そうだね。来月、初雪の頃に』 結局辿り着いたのは、文通という恋模様。 今から隔絶されたコミュニケーションが、二人にとっての最善だった。 『楽しみにしてる』 『私もだ』 月に一回。 人間とヴァンパイアは、今に訪れ、再会し続けている。
月曜日の朝は憂鬱だ。眠くてなんだか頭が回らない。誰かのイヤホンが音漏れしている。 「次が最終電車となります」 おいおい、朝の通勤電車だぞ。朝の通勤電車で終電のアナウンスを聞いている鉄道オタクでもいるのだろうか? 「次が最終電車となります。おいそぎください」 俺としては注意するほどの音量じゃないが内容が気になるな。嫌にはっきり聞き取れるあたり随分近くだぞ。 「次が最終電車となります。おいそぎください」 この音漏れは誰なのか探してみようとするが満員電車の中で思うように身動きが取れない。それでもキョロキョロしていたが、車両のドアが開き客が更に乗ってきた。なんだかいつもより混んでいないか?体が圧迫されて気持ちが悪くなってきた。他の客が押し寄せたことで体が持ち上がってしまったようだ。浮遊感があり足が地面につく感触がない。頭も痛くなってきた。 「お客さん。次が最終電車ですよ」 音漏れがデカくなった。何だこのアナウンスは? 体が浮き上がったものだから顔につり革がぶつかる。何度もバシバシとぶつかる。よく見たら他の乗客が俺に向かって吊り革をぶつけていた。 「おいやめろ!」 手を振り回した瞬間、ひんやりとした液体に手を突っ込んでいた。その途端猛烈な吐き気に襲われ便器にゲロをぶちまける。 「お客さん。終電行っちゃいましたよ」 駅員が声をかけてくる。明らかに迷惑そうだ。 ようやく頭が回り始めてきた。今日は金曜日の夜だ。少し飲みすぎたらしい。駅員には申し訳ないことをしてしまった。もう一度吐けば動けそうだ。おえっ
「ねえ、私たち友達でしょ?」 その言葉を聞くたび、喉がつかえるような気になる。 昼休み、学食の隅。莉紗がトレイを持って隣に座る。テスト前だけ、いつもこうして寄ってくる。 そして「ノート見せて!」と当たり前のように言ってくる。 先週も、先々週も。莉紗は試験前や課題の提出日が近づくたびに、決まって同じセリフを口にする。普段は別のグループでキャンパスライフを謳歌しているくせに、困ったときだけすり寄ってくる。 ノートを貸して、過去問を見せて、わからないを連発するから答えて。 終われば、彼女はまた別のグループに戻っていく。まるで私という人間が、便利な道具であるかのように。 でも、「お願い!」と言われると「うん、いいよ」とつい笑ってしまう。 嫌われたくない。孤立したくない。そんな気持ちが、喉の奥に引っかかって、何も言えなくなる。 「ごめん、今日は早く帰らないといけないから」 私は曖昧に笑って断った。莉紗は少し不満そうな顔をしたが、すぐに別の子に声をかけに行った。 夜、自宅でスマホを見つめる。グループチャットでは、莉紗たちが明日のカフェ巡りの話で盛り上がっていた。私は誘われていない。指先が冷たくなっていく。 「友達って、何だろうね」 思わず、声に出していた。部屋の中に、私の声だけが響いた。 思い出すのは高校のときの友人、茜のこと。 彼女とは何を話しても楽しかった。愚痴でも夢でも、笑いながら聞いてくれた。テスト前にノートを貸しても、返すときに「ありがとう、助かった!」と、コンビニのチョコをくれた。 見返りを求めたわけじゃないけど、そんな小さな気遣いが、今はやけに恋しい。 次の日の講義中、前の席に座っていた莉紗が振り向いた。 「ねえ、ノート見せて!」 反射的にノートを差し出しそうになったけれど、私は一呼吸おいて手を止める。 「ごめん、今集中してまとめとるから」 莉紗が一瞬、信じられない!と言わんばかりに目を見開く。 「そこ、講義中だぞ。前を向く!」 講師から咎められ、莉紗は無言で前を向いた。胸が少し痛んだけれど、不思議と後悔はなかった。 放課後、図書館の窓際に座ってノートを開く。ペンを握る指が軽い。ふと横を見ると、同じゼミの優奈が静かにレポートを書いていた。 「ここだとノート貸してなんて言われないからいいよね」 独り言のように、小さく優奈がささやいた。 普段、彼女とは軽くゼミ課題の話をする程度の仲。けれど彼女も莉紗から「ノート貸して!」攻撃にあっていたんだろう。さっきの莉紗の顔を思い出し、私は小さく笑った。 「あとでカフェ行かない? 新しいとこ気になる☕」 優奈がノートの端に書いて見せてくる。 「おけ👌」 私も同じく、書いて見せた。 友達って、たぶん損得勘定じゃない。 一緒にいて心地いいとか、相手の幸せを願えるとか。そういう感情の積み重ねなんだと思う。莉紗に違和感を覚えるのは、そこに温度差があるからだ。 自分の都合でつながるんじゃなくて、互いの時間を少しずつ分け合うこと。沈黙が気まずくなくて、言葉がなくても安心できること。それが「友達」。 高校時代、茜の横で安心していられたのは茜のおかげだったんだなぁ…… 何があるわけじゃないけど、茜に連絡しよう。彼女の人懐こい笑顔が無性に恋しくなった。 カフェの窓辺で、優奈とゼミ課題の話をゆったりと続ける。優奈も、甘いココアのように優しく笑う。 ゆったりとした気持ちで、湯気の立つカップを手に取りながら、私はそっとつぶやいた。 「うん、これでいい」 もやもやしていた喉のつかえが溶けていった。
minarioboeteru2ridegunmanohinabita onsenstakotomajihiabisugiteomowazu kitaneiteiisouninatakedoitiouotona gamansitayoyusyokumoamarioiskunakat akedoanokorowabyoukimonakujiyunidok odemoiketatabunsiawasedattahibiimai narutomoidasujiyuteiinesositeiamana zekakokohantosiokoukaisiterunokana? wakaranikedoimabarekaniaitaikibunde futuhaanataniaitatoiutokorowatasiwa abunaimonoigainodarekaniaitaikedone kokowaitiouminariniaitaitosiyoukana
神社に来たので、おみくじを引くことにした。 巫女さんにお金を手渡すと、代わりに箱が差し出さ手た。 手を突っ込んで、箱の中に入っていた紙を一枚抜き取る。 折りたたまれた紙を広げてみる。 『一等(大吉)』 「ん?」 「大吉おめでとうございまーす。御守り一つ、授けさせていただきまーす」 静寂な神社に鳴り響く、ハンドベルの音。 なんだなんだと、他の参拝者がこちらを見ている。 ぼくは恥ずかしくなって、御守りをひったくるように受け取り、急いで神社を出た。 外に出てから息を整え、改めておみくじを見る。 『一等(大吉)』 「こういうのじゃないんだよなあ」 御守りが無料になったのは嬉しい。 ただ、ぼくが期待していたおみくじではなかった。 御守りをひっくり返すと、安産祈願と書かれていたので、ぼくは御守りをどう処分してやろうかと悩んでしまった。
歯車、社会の歯車。 餅、食べ物、粘り強いもの。 いつも社会で歯車になり、餅のように粘り強く辛抱している人たち。 せめてお正月くらいは社会の歯車から解放されお餅をゆっくり食べたい。 お餅は古来よりコミュニティーの象徴として機能してきた。 田舎でお餅を突きそれを家族で分け合って食べる。 社会の心を回す歯車的な役目も果たしているお餅。 実に尊い。 近頃では滅多に餅つきなども見なくなってしまった。 社会の歯車が壊れていく感覚。 組み合ったとき力を発揮する歯車。 餅のように粘り強く。 心は大横綱。 餅食ってこうぜ!
あの時の猫だ。 黒いつやつやした毛並みに赤い首輪。 桐島あかねは猫を見かけるとつい、チチチッと呼びながら手を差し出してしまう。 近所のスーパーの帰り道でもそうだった。その猫は人に慣れているのかあかねの足に擦り寄ってきた。今もマンションのドアの前 でごろごろと喉を鳴らしながらあかねの足の間をすり抜けている。 「あなたのお家はどこなの?」 そう言いながら抱き上げると首輪の真ん中に十円玉ぐらいのプレートが付いていた。電話番号と青田ルルと小さく書いてある。 青田由美は十分もたたないうちにやって来た。二十八、九、あかねと同じぐらいだろうか。小柄で黒いカーディガン、長く延ばしたストレートの黒い髪。まるでルルを人間にしたみたい。あかねはそんなことを思いながら猫を由美に手渡した。 由美はありがとうございましたと静かに頭を下げた。 「お宅はこの近くですか?」 あかねの言葉に「ええ」と頷くだけで後が続いていかない。だが帰るわけでもなく由美はドアの側で佇んだままだ。 何か言わなきゃ。あかねはシーンとした間に耐えられず思わず由美に抱かれているルルの喉を撫でた。ルルが喉をごろごろと気持ち良さそうに鳴らしている。 「首輪にプレートが付いてて良かったです。なかったら電話も掛けれなかっただろうし」 由美がぱっと顔を上げると勢い込んだようにして言った。 「そうなんです。首輪の内側に住所とか書く方もいるみたいなんですけどわざわざ外さないといけないから」 あかねはびっくりして由美の顔を見つめてしまった。由美ははっとした顔をするとありがとうございましたと頭を下げ逃げるように して帰っていった。 おとなしい、人見知りする人なんだ。そう思いながらあかねは玄関のドアを閉め、それ以後由美のことはすっかり忘れてしまっていた。数日後テレビで由美の名前を目にするまでは。 由美は殺されていた。 「強盗でしょ? 恐いわねえ。早く捕まらないかしら」 「ご主人がみつけたんですって」 誰もがこの話題でレポーターより詳しいみたい。あかねはため息をつきながらスーパーの袋を持ち直した。 あの猫はどうしてるだろう。 お喋りから開放され、マンションのドアの前まで来ると黒い猫が丸くなっていた。 「ルル?」 ルルはあかねの方をちらりと見ただけでまた丸くなってしまった。 電話をすると人の良さそうな男がルルを迎えにきた。由美の夫らしい。よく見ると目が落ちくぼんで疲れ切った顔をしている。あん な事があったんだから当たり前よね。あかねはお悔やみも何も言えなかった。 数日たって、またルルがやってきた。 「ここはあんたの家じゃないでしょ」 そう言いながら抱き抱えると前よりも軽く感じた。食べさせてもらってないのかしら、ルルも食欲がないのかな。とにかく電話をし なきゃとプレートを見ようとした。 いつも喉のあたりに下がっているプレートが見当たらない。 落としちゃった? 回りをみても落ちてないようだ。首輪ごと背中に来ちゃってるとか。赤い首輪に指をあてぐるりと沿ってみる。見つからない。 だけど何か変な感触がして首輪に顔を近づけた。ルルは嫌がるふうでもなくじっとしている。金具に透明の固まりが小さく付いている。 接着剤? 首輪を外してみようとしたがバンド自体がくっついている。やはり接着剤だ。 だけどどうして。その時ふと由美の言葉を思い出した。首輪の内側に住所とか書く方もいるみたいなんですけど。 首輪の内側。あかねは台所の引出しから鋏を持ってきた。 「じっとしててね、ルル」 そう言うと首輪と今は艶のなくなってしまった毛並みの間にそっと鋏を差し入れた。赤い首輪は革製でちょっと力を入れるとざくりと切れた。首輪は接着されていたせいか少しごわごわで固くなっている。あかねは丸くなった首輪を真っ直ぐにのばした。内側は薄茶で縦ひびが入っている。そこに小さく字が書かれていた。 あかねは電話をかけた。由美がルルを迎えにきたときと同じように十分もしないうちにドアの前に巡査が立っていた。あかねはルルを見せ、事情を説明し、赤い首輪を開いてみせた。 由美を殺害したとしてあの人の良さそうな夫が逮捕された。 数日して由美によく似た母親がルルを引き取りにきた。ルルを抱き、頭を何度も下げながら帰っていく。 あかねはあの時の由美を思い出し、由美の几帳面な字を思い出してた。 首輪に書かれた「私は主人に殺されます 青田由美」という文字を。
ペン立ての中で、鉛筆は呟いた。「私がここへ来た時は、このペン立ての中でも一番のノッポだったと言うのに、今じゃ姿も見えない程に短くなってしまった」傍らで、消しゴムが言った。「それだけ君が、役に立ってるってことさ」「ありがとう。君も随分と、小さくなったもんだ」
打ち合わせは、想定より早く終わった。 私が用意していた資料は、まだ半分も説明していない。 それでも、その人は時計を見ることもなく、 「いいよ、これでいこう」と、あっさり言った。 取引先の代表として紹介されたその人は、 私の説明を遮ったことを、特に気にしていない様子だった。 丁寧に用意してきたものを、まとめて脇に置かれた気がした。 私は、資料の次のページをめくりながら言った。 「念のため、こちらも確認しておきますね」 いつもの言い方だった。相手のためであり、自分のためでもある言葉。 「いや、そこはいい」 その言葉に、私の指が一瞬、紙の端で止まる。 めくりかけていた資料を、そっと戻す。 口元が、うまく笑えていないのがわかる。 「あとで問題になりませんか」 私は、少しだけ声を張って言う。 その人は、資料に目を落としたまま答えた。 「なったら、その時に直せばいい」 念のためも、確認も、そこには入り込む余地がなかった。 私はそれ以上、何も言わなかった。言えなかった、の方が近い。 打ち合わせは、そのまま進んだ。 仕事としては、何も問題はなかったと思う。 その人は少し強引で、私は少し苛立っていて、それでも、話は前に進んだ。 席を立つと、その人はまっすぐに私を見据えて言った。 「じゃ、よろしく」 思いがけず、その視線を正面から受け止めてしまい、私は一瞬、言葉を探した。 「・・・はい」 少しの間をおいて、ようやく言葉を返すと、 私は資料を抱え直し、その背中を見送った。 この人とは、これまでのやり方では通じない気がする。 言い知れぬ気持ちを抱えながら、ゆっくりと会議室の扉を閉めた。
minarioboeterusou😆wtashiatukodayo natukasiwatasitotuzennanatanonamae omoidasitasaigohaannnaowakaredatta kedonzekaanataoomoidasuminaritabun anatamowatashinomiyoujiwosiranai😅 sikasianatanonamaegayomlgaerinazeka tegamiokakimasita…
「ラーメン一つ」 「あいよ!」 近所のラーメン屋は潰れない。 メニューは一本、ラーメンのみ。 味も醤油だけ、味噌・塩・豚骨なし。 サイドメニューに、チャーハン・餃子なし。 ビールは、店主が飲む用に数本。 「いただきます」 この店のラーメンは、美味しくない。 コンビニで売っている麺とスープを合わせて、トッピングだけスーパーで買って自作している様子。 要するに、家庭で簡単に作れる味だ。 床は油でギトギト。 テーブルもルールだから拭いたと言わんばかりのおおらかさ。 前の客が零したわかめが置かれていようものなら、次の客がティッシュで包んで捨てる羽目になる。 ごみ箱だけは設置済みだ。 割り箸を割ると、不揃いに割れた。 安い割り箸は、どうやっても綺麗に割れない。 箸で麺を啜っていくと、いつも通りのチープな味が襲ってくる。 栄養補給にもならない、空腹見たい。 ラーメンの椀は、あっという間に空になった。 「ご馳走様でした」 「まいど」 会計を終える時も、席は満席。 店の前に列ができているほどだ。 さて、何故この美味しくもないラーメン屋が残っているのかと言うと。 シンプルに、安いからだ。 相場の半額。 もはや利益が出ているのかどうかさえ、不安だ。 店の周りには、チェーン店のラーメン屋……だった空き家が散見している。 立地が良いのだろう。 テナント募集の貼り紙は、定期的に剥がれてはいる。 しかし、またすぐに貼り直される。 「外食でも、安ければなんでもいいってことか。日本も貧しくなったなあ」 そんな自虐を、思わず帰路で呟いた。
🧏💞🍲☀️📽️🪔🚪👑🔵🚟🌉2️⃣0️⃣1️⃣1️⃣3️⃣6️⃣⏰🌈0️⃣🚗💨🆕🔯🛡️🌕️⬇️🧥🧠👋😆🎶✨🐴 🌱🎨📓🌏️😆👌❤️🏃♀️📲👀✊🔴
最初は小学生の頃だった。 夏休み、蒸し暑くイライラしていたところに、1匹の蝉が木にとまっているのを見つけた。 蝉を捕まえた僕は、ジジジと鳴く声に苛立って、羽を1枚毟り取った。 まだ鳴くので、もう一枚、もう一枚と全部取った。 羽もなくなった蝉を、僕は地面に叩きつけ踏んづけた。 その蝉はもう鳴かなくなった。 次は物だった。 中学生になった僕は、受験のストレスで自室の枕をカッターで引き裂いたりした。 でも、それだけじゃ物足りなかったので、妹のぬいぐるみを引き裂いた。 バレると困るので、ゴミ袋を二重にして捨てた。 今度は人だった。 無事受験に合格した僕は、暫く大人しかったと思う。 けど、日々の生活の中でストレスは溜まり続けていた。 帰り道、ホームレスを見つけた、僕は何度も蹴り続けた。 蹴るのに疲れたので、次は殴ってみた。 手も痛くなったので、鞄にしまっていたハサミを取り出した。 目の前の人は怯えているように、やめてくれ、やめてくれと、僕に懇願していた。 僕は気にせず振り下ろした。 流石に殺すのはアレだったので、手のひらや、髪の毛を切った。 大人になった僕は、人を痛めつけるのをやめなかった。 けど、こんな僕でも妻と娘がいた。 妻はもう一人身籠っている。 僕はストレス発散をやめ、仕事に明け暮れていた。 休日出勤や残業続きで、中々妻達と触れ合えなかったと思う。 ある日、妻が知らない男と親しげに歩いているのを見かけた。 目の前に、妻だったモノが血を流して倒れている。 妻だったモノの隣には、知らない男。 僕の腕の中には娘がグッタリしたまま息を止めている。 妻だったモノの腹を引き裂いて、赤ん坊らしきものを取り出した。 僕はソレの息の根を止めた。 後から聞いた話で、あの男は妻の従兄弟だったらしい。 僕は妻の従兄弟の顔を知らなかった、妻の口から聞いたことがなかった、きっと嘘だ、そうに決まっている、腹の子供もきっと僕の子供じゃない、嘘だ 僕は捕まった、当然死刑判決らしい。 今、拘置所で日記を書いている。 僕は、何がいけなかったのだろうか。 この日記は、書いてて意味があるのだろうか。 僕は悪くないはずだ。 蝉を殺したのも、妹のぬいぐるみを引き裂いたのも、ホームレスを痛めつけたのも、家族を壊したのだって、僕は悪くないはずだ。 けど、僕はきっと悪いのだろう。 僕自身が分からなくても、周りが悪いと決めれば悪いのだ。 そうか、僕は悪かったのか。 ごめんなさい ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい ごめんなさいごめんごめんなさいごめんなさい ごめごめんなさい ごめんなさいごめんなさいごめんなごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい 日記はここで終わっていた 男は、死刑執行された
新しい手袋に毛玉が出来ている 擦れて絡まって丸まって 毛玉の森が広がっていく 毛玉の森 その昔、手袋の上に出来た毛玉の森には 兎や鹿などの動物しかいませんでした 森が広がるに連れて 次第に象や人に、竜までもが森へ住み着いて、今では黒い力も住み着くまでになっていきました 【ルビー村】 今回はルビーがよく採れる村についてお話いたします その村は森の南東の端にあり その先は森の裏に通じます 毛玉の森の住民は裏へ出ることを嫌がりました ルビー村でも裏の森は摩訶不思議なところだと言い伝えられてきました ルビー村は旅人や商人がよく出入りします 地下から取れる上質のルビーを求めて来るためです 村には武器を作る職人が多くいて 刃にはルビーが使われました 村で採れるルビーは強くしなやかさを持っていました ルビーを掘る鉱夫も沢山います 彼らに会いたければ 夜になったら バーに行くといいでしょう 逞しい髭を蓄えた男たちがそれです ルビー村の出身にijがいます
「なんで浮気なんかしたの?」 そう問いながら、涙と共に僕を刺す君を見て美しいと思ってしまったのは、僕がおかしいからなのか、君がただただ整った顔をしているからなのかは、人と接触することを禁じられ、外に出ることすら叶わない僕の壊れてしまった脳では考えることすらままならない。もちろんオセロ症候群を患う君にもわからないだろう。
数センチで手が触れ合ってしまうほどの距離で2人石段を登っていく。 向かう際は学校から最寄りの公園だ。帰る時間がそろえば、2人で公園によってから帰るのが日課になっている。 ベンチに座り、今日のできごとや教師の愚痴など、他愛もない会話を紡いでいく。 一通り話したいことを話したようで、数秒ほどの沈黙が流れる。お互いの関係からなのか少しの気まずさが漂う。 それを破るように彼女がに口を開く。 「今日は遊具で遊んでかない?」 いつもは話したいことがなくなったら帰路に着くはずが、今日は部活の練習が軽かったのか、まだ少し外が明るいからなのか、そう提案する。 「そうしましょう」 2人きりで帰路に着く仲でありながら外れない敬語でそう答える。 彼女は僕の返事を聞き、嬉しそうな表情を浮かべ、真っ先にブランコに走っていく。それを追いかけるように、僕もブランコへ向かう。 僕がブランコに着く頃にはもう彼女は漕ぎ始めていた。 僕以外に誰もいないからなのかスカートでありながら人目を気にしない漕ぎ様に僕は彼女から目線を外す。 「まって、やばい、めっちゃたかい!!」 楽しそうに状況を伝える彼女にもう一度目を向ける。周りが暗く顔はあまり見えなかったが、彼女が僕にいつも見せてくれる笑顔で喋っているいうことはよく伝わった。 「いっしょにやろーよ、たのしいよ!」 彼女の楽しそうな様子に釘付けになる僕にやってみる様声をかける。 そう促されやってみるが、どうもうまくいかない。 「わたしがおしてあげる」 「ありがとうございます。お願いします」 そういい彼女は漕ぐのをやめ、僕の後ろに回る。 彼女に背中を押され、ブランコがどんどん高くなってく。この季節いつも鬱陶しく思っていた風が妙に気持ちよかったのは、彼女に触れられ、脳が正常ではなかった証拠かもしれない。 「どう?きもちい?」 「はい、とても」 胸の鼓動を感じながら、ぎこちない返事を返す。 彼女は僕を押す手を止め、もう一つのブランコに座る。漕ぎ始めるのかと思ったが、そうではないらしい。 彼女の補助がなくなった僕はだんだんと失速していき、やがて止まってしまった。 さっきのベンチと同じ状況になってしまい、やはり沈黙が流れる。 気まずさを誤魔化すように、ポケット入れてあったペットボトルを手に取り、のむ。 彼女が欲しそうな目でこちらを見ているが口をつけてしまったので気づかないふりをする。 「ひとくちくれない?」 最悪の質問が来てしまったと思い、咄嗟に言葉を紡ぐ。 「もう口をつけてしまったので、同じの奢りますよ」 緊張から早口になりながら間接的にやんわりと断る。 そう断る僕に彼女はなんともいえない表情を浮かべる。 そんな表情のまま風に消えてしまいそうな声で彼女が呟く。 「きみの口付けがよかったのに……」 「それって……?」 「あ、冗談だよ……。ぜんぜん気にしないで」 失言だったのか顔を赤くし、僕の言葉に被せるようにさっきの言葉を訂正する。そんな彼女を見て僕は僕自身をとても情けなく思った。意図していないとはいえ、本心を伝える彼女に対して僕は何も伝えていない。彼女から来てくれている状況に甘え、この関係は続いていくと思いこみ、自分からは何もしない。 ただ、本心を伝えてくれた今、僕にはそれに答える義務がある。 僕はペットボトルの蓋を閉め、彼女に差し出す。 「どうぞ」 「え?」 困惑する彼女の目を見つめ一言。 「飲みかけですが、君になら」 「ありがとう」 頬を赤らめながら、笑顔で受け取る。そんな彼女の顔を見て、僕は意を決する。 「あの」 覚悟を決めたとはいえ、言葉は詰まってしまう。 「ん?なに?」 「言いたい言葉があって」 「うん」 途切れ途切れになりながらも言葉を伝えようとする僕を彼女は優しく見守る。 「僕はあなたのことが好きです。付き合ってください」 元から頬を赤らめていたが、一気に顔全体が赤く染まる。 街灯だけを頼りに彼女の表情を探ろうとする僕の顔を見て、僕の不安感を感じ取ったのか彼女はすぐに返事を返してくれた。 「私も」 嬉しかった。彼女の思いに気付きながらも付き合うことなく続いてしまった今の関係に終止符を打てたこと、きみと両思いだと自信を持って言える様になったこと。 彼女はブランコを降り、僕の前に立つ。 両手を広げる彼女を見て、僕も立ち上がる。 彼女は僕より圧倒的に小さい手と体で僕を包み込む。 そのまま何十秒と抱きしめ合う2人。 しばらくして、顔を上げる彼女。 僕の胸から顔を上げる彼女の表情は涙で溢れていた。 「嬉しくて、つい」 嬉し涙だと語る彼女は涙を浮かべながらも笑顔だった。 その表情を見て僕も破顔する。 「もう遅いですし、帰りましょうか」 「うん」 僕は彼女と恋人としての初めての帰路につく。
「知らないのか、夜って長いんだぜ」 知ってる 長くって つらくって 永遠に続くんじゃないかって思えて どうしていいのかわからなくなって 爪を噛むことくらいしかできなくなるの 明かりの消えた狭い部屋で、ひとり お布団のなかでじっとして がまんして、がまんして はやく終われ、はやく終われ、って ただそれだけを願って でも、どうにも変わることはなくって それで、絶望してしまうの 辛抱が切れそうになったころ カーテンの隙間から薄く光がさしてきて やっと終わるんだあって思うけど 朝が来たからって そこに、希望なんかないんだよ 知らないんでしょ、夜って、とてつもなく長いんだよ
メリーさん。 都市伝説の一つ。 突然電話がかかって来て、こう言われる。 「あたしメリーさん。今、○○駅にいるの」 電話は切られ、またかかって来る。 「あたしメリーさん。今、○○スーパーの前にいるの」 「あたしメリーさん。今、△△ってアパートの前にいるの」 「あたしメリーさん。今、×××号室の扉の前にいるの」 電話がかかってくるたびに、メリーさんは近づいてくる。 どこへ逃げようと。 どこへ隠れようと。 そして最後の電話で、こう言われる。 「あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの」 「誰よ、その女!!」 「ギャー!」 「人がお風呂に入ってる間に、他の女を部屋に連れ込むとか信じられない! クズ! 死ね!」 「待て、誤解だ!」 背中を刺されたメリーさんは、そのまま倒れて動けなくなりました。 「あ、あたしメリーさん。至急、救急車を一台お願いするの。場所は」
「なにか、やりたいことないの? なんでも言っていいのよ?」 別にない。 まったくない。 「ピアノは? 水泳は? テニスは?」 なにもしたくない。 「ゲーム欲しくない? 買ってあげるわよ?」 いらない。 生まれてこの方、欲しいものなんて何一つなかった。 「見て! 可愛いでしょ!」 ランドセルについたキーホルダーを見せてくる。 「いや、別に」 嘘をつく気もない。 友達は怒るけど、友達すらいらない。 「私たちのこと馬鹿にしてんの?」 してない。 トイレの上から水をぶっかけられた。 びしょびしょだけど、どうでもいい。 トイレから出たら、まったく関係ない人がぎょっとして私を見たけど、どうでもいい。 教室に戻ったら、私に水をぶっかけたやつらがぎょっとして私を見たけど、どうでもいい。 床が水浸しだし、座った私の席も水浸し。 どうでもいい。 「ちょっと!? どうしたの!? 着替えてきなさい!」 「大丈夫です」 先生もぎょっとして私を見たけど、どうでもいい。 前の席の子が私にプリントを渡そうとして躊躇っていたので、パッととって、パッと後ろの子に渡した。 「ぎゃー!? 私のプリントがー!?」 列の一番後ろの子が、私に水をぶっかけたやつだった。 私の手が濡れていたので、プリントも濡れたことに騒いでいた。 どうでもよくない? 濡れても読めるよ。 文字が潰れないように持ったし。 「いいから来なさい!」 結局私は先生に引きずり出されて、保健室へ連れていかれた。 全身をタオルで拭かれ、予備の体育用ジャージを着させられた。 「いじめられてない? 辛いことはない? 先生、なんでも話聞くからね」 「いじめられてないですし、辛いこともないです」 着替え終えた私は、心配そうな顔をする先生を連れて、教室に戻った。 腹いせだろう。 私のプリントがビリビリに破かれていた。 どうでもいい。 内容は全部覚えている。 破かれたプリントをランドセルに仕舞って、授業を受けた。 授業時間が押したので、昼休みの時間が減って、私に水をぶっかけたやつがまた発狂してた。 どうでもいい。 濡れることもどうでもいい。 休み時間が減ることもどうでもいい。 「あんた! いい加減にしてよ! 私たちにまで迷惑かけないでしょ!」 放課後に、水をぶっかけたやつが怒鳴ってきた。 どうでもいい。 お前の迷惑なんてどうでもいい。 「このっ!」 突き飛ばされた。 頭を打った。 血が出た。 どうでもいい。 「あ、ごめ……」 謝ってきた。 どうでもいい。 「用事終わったんなら帰るけど」 帰ろうとした私の腕が、強引に掴まれる。 「い、いや。血、止めないと」 「別にいいよ」 「血が流れて、死んじゃうかもしれないよ!?」 「別にいいよ」 教室に血が滴る。 廊下に血が滴る。 下駄箱に血が滴る。 校門まで続く血の点線。 校門を出た瞬間、もの凄い形相の先生が走って来て、私の腕を掴んだ。 保健室に逆戻り。 「本当に! 本当にいじめられてないのね!?」 「ごめんなさーい! 私が水かけたんですー!」 恐い顔の先生。 泣く馬鹿。 どうでもいい。 「はい。いじめられてないです」 「我慢しなくていいのよ? この子も、自分がいじめたって言ってるし」 「本当にいじめられてないです」 水なんて、毎日シャワーで被る。 血なんて、生きていたら出る。 こんなどうでもいいことで、皆いちいち騒ぎ過ぎだ。 「とにかく、頭打ったんだから病院に行かないと。ご両親に、迎えに来てもらいますから」 「大丈夫」 「大丈夫じゃないの!」 大丈夫なのに。 どうでもいいのに。 この程度。 「先生に呼ばれたから来ましたけど」 「ああ、お母さん。実はですね」 「事情の説明は結構です。どうでもいいので。帰るわよ、カオリ」 「……カオリ?」 先生が不思議そうに私を見てきた。 どうでもいい。 私の名前はカオリじゃない。 間違えられることもどうでもいい。 前はシオリ。 その前はカナコ。 その前はユイ。 お母さんは私の名前を覚えていない。 名前なんてどうでもいいらしい。 だから、外では女の子の名前っぽい言葉で、私を呼ぶ。 「ほら、マミもさよならって言いなさい」 「先生、さよなら」 唖然とする先生の顔。 怯えている馬鹿。 本当にどうでもいい。
朝起きて一階に降りると 母親が外着のままソファーで寝ていた 部屋がお酒臭い 換気扇を回し、カーテンを開けて朝日を入れた ココが「飯くれ!早くくれ!」と短い足をぴょんぴょんして吠えていてる 母は起きない テーブルに散らばっている空き缶を片付けて、母親に毛布をかける これは、岡田家によくある朝の風景 千知はスクランブルエッグとソーセージにレタスを添えた皿を2つ作り 一つにはラップをかけておく うるさいココにエサを上げると ペロリと平らげ、千知の横で「それも食べたい!」と訴える トーストの耳をちぎってココにあげ 洗い物を終わらしてから学校へ向かった 「行ってくるぞ」ココに向かって手を振る 「早く帰って来るのよー」と遠吠えしている 鍵をかけて歩いて駅に向かう 学校の下駄箱で孝宏の背中が見えた 孝宏の前には小柄な女子が立っていて キラキラした目で何かを話している 孝宏が頭を掻きながら 一言二言答えると、すぐに解散した 「ファンの子か?」 「お!千知か、おはよ」 「お!千知か、じゃないよ。モテる男は辛いね」 「まあな」 「うやましいぞ」 「まあな」 「…」 孝宏はイケメンではないが 背が高く倉庫のバイトで鍛えた体は逞しい 明るくフレンドリーなので、認めたくないがモテる だが孝宏は女の子と付き合ったことがない 中学生の頃から憧れている先輩一筋 その先輩は彼氏がいるけど 孝宏の気持ちは揺るがない それもどうかと思うが、揺るがない クラスに入り、孝宏がクラスメイトの男子たちと、通学途中で見かけた巨乳の話をしている前を通って、窓際の一番後ろにある自分の席に着く 窓が開いていてカーテンがはためいている 「おはよう」 「おはよう」 席に着くと宮下が振り向い挨拶をくれた 「ココちゃん元気?」 「元気元気。あれ?前髪切ったの?」 「うん、自分で切ったからちょと段々になってるけど」 はにかむ宮下。 「変じゃないし似合ってるよ」 「そうかなぁ、ありがとう」 宮下が、机に向く 白いブラウスからブラ紐が透けて見える授業中は千知は必要以上に教科書を見なくてはいけなくなったので肩が凝ってしょうがなかった |||昼休み 孝宏とクラスメイトの佐々木の三人で校庭のベンチに座り、期末の話だとか、嫌いな先生の話だとかをしていた 佐々木は学年でトップクラスのセクシー女優オタクで学校以外は家で国内海外問わず幅広くAV動画の研究に勤しんでいる。らしい。 「最近のリップちゃんていう女優が最高なんだよね。お前ら知ってる?」 千知は「しらん」と答えた 孝宏は「分かる分かる。ハーフの人だろ。絶対18才じゃ無いと思うけど」 「いや、リップちゃんは18だね。かなり調べたから」 「何なんだその調査力は」 「まあな」褒めてない 「千知は好きな女優いる?」 千知は少し顔を引きつらせ黙る 「ん?」と佐々木 「俺は愛ちゃんだね。飯島愛」 と孝宏が気を使ってくれた 渋!と佐々木 だが、「伝説級に良い女優だ」と言ったときだけ真顔になるので、少し怖い。 孝宏とは小学一年生からの仲なので 千知の母親がどんな仕事をしているか 知っている 孝宏が母親の仕事の事を話題にしたこともないし、他の誰かに話したこともない 孝宏以外は誰にも知られていない 千知と孝宏の2人だけの秘密
やあ、はじめまして私の名前は優也 君は?、、、そうか、喋れないのか、まぁいいや。 君にいい話をしよう 君はいまさっき死んだ、、ん?なんでそんな顔をするのさ、望んだことだろう?いいな〜、僕は死ねなかったのに、、ずるい、あとで来るからまぁいいんだけどね。 明日への希望を持てない君は死を望んだね、いざそうなれば、怖いかい?分かるよ、僕もそうだったからね。ただ、今、失いたくないものが目の前で失われてしまった。 さぁ、お迎えだよ、また会えたらいいね
浅い眠りを繰り返す からだは重く冷たい 閉め切ったカーテンの隙間から 微かに白い光が差し込む まぶたが重く、目はひりひりと乾く 暗いはずの室内がやけに眩しく感じる 胃液が喉まで込み上げる どうか新しい自分は 世界に惑わされることなく 自分に集中してください
よーいどん!! さー、いっせいに走り出しました! おーっと、ひとり遅れている! まさかのケガをして退場だー! 人生ってこんなもん。
この前、キツネの出てくる物語を読んだ。そのキツネは、とてもやさしいキツネで、明確な理由を言葉であらわすのは難しいけど、なんだか友だちになれそうな気がした。 そのこともあって、動物園に行ってみた。その動物園には、もちろんキツネがいて、ぼくは楽しみにしていた。けれど、物語のなかとは違って、キツネは、するどい目でぼくをにらんできた。友だちにはなれそうにないと感じた。 テリアさんと一緒に部室を出て、一緒に駅まで向かうそのとき、その話をしてみた。 なら、わたしが友だちになってあげるよ テリアさんは、そう言ってくれるんじゃないかなあと思った。 期待した。 言葉を待った。 けれどテリアさんは、言ってくれなかった。 笑顔で、 ―じゃあ、またね と言って、ぼくとは反対側のホームへと上がっていった。 あたし、嫌われてるからさあ あの言葉が、頭をかすめる。
ひとところに止まれないが、動き続けることもできない。人がそういうふうに作られているのなら、人間みなストップ&ゴーの人生だ。 幼い頃、くねくねふらふらするなと親父によく怒られたものだが、くねくねふらふらしてもいいのかもしれない。人生だってピシッと整えられた道ではないのだから。 などと風呂場で考えついた。なんか格言みたいだと思ったから、書き留めた。見返してみれば何とたいしたことのない。 疲れているな。言葉を出そう。足そう。 疲れている時に吐ける言葉を吐こう。 健全な思考をするな。不健康なまま吐け。 貴様の道徳に従え。定言命法だ。 弱者は社会に必要とされていない。 弱者は負ける。何に?負けたからなんだ? 疲れているな。 言葉は吐いたが、胃液が出ていない。 何もなくなっても吐き出せ。 「何もない」を吐き出せ。 腹が痛いのは当たり前だ。吐き出せ。 克服しろ。腹が痛いのは当たり前だ。 不健康はお前の鑑だ。
酒で痩せた彼女は僕のことが好きだ。 お金が無いので夜職で稼いで毎日吐いている。 そんなに無理しないでいいのに。 なまじ美人なだけに維持費がかかる。 僕は無難な格好をしていれば済むけど美人は着飾らないと変な奴も寄ってくるからな。 でも基本お互いにギャグキャラなので本当はそういうのめんどくさい。 目指すのは夫婦プロレスラーのような関係だろう。 もっと太っていいのよ。
中学校で度々開かれる、情報モラル講演会。 そこでは、今まさにこのように、ネットのある世界で、ネットとの付き合い方について考えるものであった。 今回の講演会。 いつもは女の先生なのに、今回はおじいちゃんだった。 そこは別にどうでも良いのだが、そのおじいちゃんの発言する言葉が気に障った。 段々とエスカレートする発言。 注意のように見えて、ほとんどはネットを否定する言葉だった。 私のように、ネットに生かされている人にとって、それはとても辛いことだった。 まるで人生を否定されているかのような。 私を生かしてくれている人達にさえ、否定をしているような。 ネットに気をつけろ。 気をつけなければいけないのはすでにわかっているし、実際に気を付けている。 でも、気を付けすぎては、日頃の生活でつかれている中、ネットで心を休めている人がいる点で言えば、心を休めるどころではない。 ネットでは表情がわからない。現実世界を大切にするように。 人によればそうだとは思う。 でも、私は感情を表に出すのが苦手だ。感情を出せば、嫌われると昔、思い込んでいたから。 だから、ネットが楽しかった。現実とは違って、無理やり感情を出して苦しくいるより、文面を楽しくするだけで、いいのだから。 親も友達も信用できないこの現実世界を、大切にする要素なんて、どこにもないというのに。 そのおじいちゃんは言った。 「想像力を豊かにするように。」 ・・・、お前がな
今日は友達の結婚式。 新婦も新郎も、私の中学からの同級生。 ウェディングドレスがとっても綺麗な新婦。 私の一番の親友。 タキシードがとっても格好良い新郎。 私の初恋で一番好きな人。 私は何度も、手の甲をつねった。 笑顔を作るために。 私は式の間、ずっと笑顔でいられただろうか。 披露宴が終わり、二次会も終わる。 私はそそくさと帰宅して、洋風の式に当てつけでもするように、神社へと逃げ入った。 鞄から財布を取り出して、お札を乱暴に賽銭箱へと投げ込む。 力の限り、手を叩く。 「神様! どうして私じゃなかったんですか!」 深夜の神社に、拍手音と涙声が響く。 神主さんが起きていれば、お怒りものだ。 「……こんなこと言っても仕方ないか。せめて、夢の中でだけは、夢を見させてください」 馬鹿みたいな日本語だった。 こんな願いを言われても神様だって困るだろう。 でも、夢は叶った。 「ここ、どこ?」 その日から、私は新郎と夫婦になっている夢を見続けた。 最初は困っていた彼も、これが夢の中だと理解すれば、雰囲気に流れるままになっていた。 夢の中では、体が勝手に動くのだから恐ろしい。 「お帰りなさい! ご飯にする? それともお風呂?」 「ご飯かな」 「わかった。すぐに準備するね」 まるで新婚みたいだ。 ここには、邪魔な親友がいない。 夢の中だから、法律と言う壁もない。 「ご馳走様」 「はい、お粗末様でした」 「お風呂沸いてる?」 「さっきお湯張りのボタン押しといたから、そろそろ一杯のはず。……一緒に入る?」 「……入る」 一瞬の罪悪感顔。 夢だとわかっても、妻の親友とお風呂に入ることに、思うところはあるらしい。 でも、ここは夢の中。 もっと堕ちていいんだよ。 もっと現実じゃあできないことを楽しんでいいんだよ。 互いの体を洗いっこする。 頭の先っぽから、足の先っぽまで。 余すところなく洗い合う。 余すところなく触り合う。 お互いの体の隅から隅まで、知らないところがなくなるまで。 「なんか最近、旦那が優しいんだよね」 親友が相談をしてきた。 「優しいのはいいことじゃない?」 「いいことなんだけど。なんていうか、なにかを隠すような優しさっていうか」 「なにかって?」 「浮気とか?」 「え? あいつ、浮気してんの?」 「……してなかった。ここだけの話、申し訳ないなって思いながらスマホ見たり、仕事って嘘ついて、有休とって尾行してみたんだけど、怪しいところはなかったの」 「じゃあ、いいじゃん」 証拠なんて出る訳がない。 夢の中で、私と言う女と関係を持っているだなんて、分かるわけがない。 「不安なのはわかったよ。私も、一肌脱いだげる」 「どうやって?」 「披露宴の二次会では話足りなかったから、ってことにでもして、同期会を開催しようよ。あいつ酔わせて、さりげなく聞き出してみる」 「……やっぱり、持つべきものは親友だ。ありがと」 「どういたしまして!」 その日の夜は、いつもより燃えた。 「何かあった?」 夢の中で彼が聞いてくるから。 「内緒」 と、笑顔で答えておいた。 久しぶりの同期会。 親友の計らいで、私は彼の横の席。 親友が、任せたと言わんばかりのウインクをしてきたので、私もウインクを返しておいた。 隣に座る彼は、私の顔を見ると、気まずそうに視線を逸らした。 親友が彼の行動を不思議がっていたが、私のアリバイは完璧だ。 だって親友なら、私のことも調べて私が白であるという確信を得てから、私に相談してきているはずだから。 皆のグラスにお酒を注ぎ、彼のグラスにもお酒を注ぐ。 「あいつ、となんかあった?」 「いや、別になにもないけど」 「ほんとにー?」 彼のお酒を飲むペースが、いつもより速い。 緊張しているのだろうか、それともうっかり襲いそうになるのをごまかしているのだろうか。 「私の親友、傷つけたら許さないからねー?」 「それは、もちろん」 「ふふっ。現実の中くらい、大切にしてあげなね?」 彼が、ぎょっと目を見開いたので、私はにっこり微笑んでおいた。 今日の夢。 彼がいつもより燃えていた。 「ただの夢だと思ってた」 「うん、ただの夢だよ」 目が覚めたら、現れるのはつまらない現実。 彼と親友が付き合っているという、悪夢の現実だけだ。 「だから、楽しもう?」 私は彼に何も言わせないように、舌を口の中に押し込んだ。
霧に裂かれた 夕陽には 淡くぼやける 春霞 小粒のような 泡沫と 滲む砂糖の 澪標 さすらばいずれ あなたこそ 今日の明日に 影を消し 小さく閉じた かなりあも 靴の擦れに 秋を待つ
新しい手袋に毛玉が出来ている 擦れて絡まって丸まって 毛玉の森が広がっていく 毛玉の森 その昔、手袋の上に出来た毛玉の森には 兎や鹿などの動物しかいませんでした 森が広がるに連れて 次第に象や人に、竜までもが森へ住み着いて、今では黒い力も住み着くまでになっていきました 【ルイ】 今回は、まっしろなオオカミの話をいたします 彼の名はルイ 元気なオオカミの男の子です 子供ですが、とっても大きな体で 人間の子供を四、五人背中に乗せて いくらでも走っていられます 子供達はルイが大好きで ルイの背中に乗って腹が空くまで 遊び回っています ルイは強くて優しいまっしろなオオカミの男の子です
「壊れても何度でも修理対応! 永久保証を約束します!」 家電量販店に溢れかえるロボット掃除機。 機能に大差がなかったため、永遠に使える物を買った。 お金は他の機種の十倍以上はしたが、永久に使えるならばむしろお得だろうという判断だ。 「ありがとうございました!」 家に帰って、スイッチオン。 ロボット掃除機は元気に家中を走り回り、ゴミを掃除してくれた。 これで、完全に掃除から解放された。 ようこそ、掃除のない生活へ。 一か月後。 ロボット掃除機の開発会社が破産申請したというニュースが流れた。 二か月後。 ロボット掃除機が壊れた。 永久とは、なんて無力なのだろうか。 ぼくは今月のクレジットカード引き落とし額から目が離せなかった。