去年の暮れに喫茶店であの子と会った あの子はクリームソーダで 僕はコーラフロート ―寒いのに冷たいのだね あの子が言って ―でも、飲みたかったから 僕が言って おいしかったけど、からだがふるえた それで、あの子の前に、あたたかい紅茶が 僕の前には、あたたかいコーヒーが、運ばれてきた 紅茶を飲み、ふうと軽く息をついたあの子が ―今日のこれはね、忘年会なんだ と、あの子 ―そうなんだねえ と、僕 ―あんまり盛り上がらなかったかなあ お店を出てあの子が言って ―そうでもないよ 僕が言って 歩き出そうとした僕に、あの子が手をさし出してきて 僕は、その手にそっとふれた 駅まですこし、遠回りした
ミンミンミン。蝉の音が鳴り響く中、俺たちは川辺を歩いていた。じりじりとした夏の空気が、肌にまとわりつく。 俺たちは今日から夏休み。終業式を終え、制服のまま帰るいつもの帰り道だった。 「ねえ、築(きずく)-?」 静かな川辺に声が響く。幼馴染の美久(みく)だった。プシュ。誰かが炭酸のキャップを開ける音がした。 「何?」築が少し面倒そうに返す。築とは幼稚園から一緒で、気づけばずっと隣にいた存在だ。特別な理由なんてなく、ただ一緒にいるのが当たり前だった。 「これ、炭酸抜けてるんだけどー」紗良(さら)が咄嗟に言った。紗良は普段、クラスでは静かだ。でも、このイツメンで帰っているときだけ、少し声が弾む。 「ねえ、そうだよね友喜(ともき)?」紗良はいつも誰かの共感を求める。 「そんぐらい我慢しろよ。築が買ってきたんだぞ~」そう言いながら、俺もキャップを開けた。 ブシュ。 「ねえ、あと一年で卒業だよ」美久が何気なく言った。一瞬、足が止まりそうになる。 「ああ、そうだな」築が珍しく相槌を打つ。 「ねぇ…」 紗良が俺の隣で、小さく呟いた。「私、引っ越すんだ」 瞬間、周りの音が遠くなった。蝉の鳴き声だけが、やけに大きく耳に残る。何か言わなきゃと思った。でも、言葉が喉の奥で固まったまま、出てこなかった。 「冗談だよね、紗良?」美久の声は、少し震えていた。紗良は答えない。 「…」 その沈黙が、すべてを物語っていた。 「まじか・・」 胸の奥に、ぼっかり穴が空いたような感覚がした。埋め方も分からず、ただ立ち尽くしていた。炭酸の抜けたぬるいサイダーの味が、口の中に残っていた。 家に帰ると、リュックを放り投げ、リビングのソファーに体を預けた。「引っ越す」という言葉だけが、頭の中で何度も繰り返される。俺は、自分でも気づかないうちに眠りに落ちていた。 翌朝。登校中に、前を歩く紗良を見つけた。 「おはよう、紗良」「おはよう、友喜!」 昨日のことなんてなかったみたいに、紗良はいつも通りだった。それが逆に、少し苦しかった。いつも通りであればあるほど、終わりが近いことを突きつけられているようで。 教室で築と話す。 「なあ、引っ越しのこと、どう思う?」「ショックだよ。でも、俺らにはどうにもできないだろ。だからこそ、励ますしかないじゃん」 その言葉を聞いた瞬間、胸がドクンと鳴った。 「・・・そうだな」「最高の思い出、作ろう」 そこに美久が割り込んでくる。「何の話?」「紗良、引っ越すじゃん。だから思い出作ろうって」「ヘえー。あんたにしてはよく考えたじゃん」 嫌な予感がした。「誰がよく考えただと!?ふざけんな、お前この前のテスト何点だよ!」「テストの話は関係ないじゃん!」 築は深くため息をついた。「はいはい。喧嘩はそこまで。で、何するんだよ」三人で考えたけど、答えは出なかった。 その夜、テレビをぼんやり眺めていると、来週の水曜の夜に流星群が見られるというニュースが流れた。キャスターの声に、弾かれたように顔を上げた。 「・・・みつけた」 気づいたら、声に出していた。すぐに二人に電話をかけ、四人で流星群を見に行くことが決まった。 「迎えに行くなら、一人がいいんじゃない?」築が、試すような視線を俺に向けて言った。 「・・・・・誰が行く?」美久がニヤニヤしながら聞く。 少しの沈黙。「俺が行く」俺が言うと、二人は満足そうに頷いた。 土曜日、紗良を抜いて三人で集まり、プレゼントを選んだ。ようやく一つの品に目が止まった。 「アクセサリーとかどう?」「紗良、そういうの好きじゃない」「写真立ては?」「いつの写真入れるんだよ」 「流星群のとき、撮ればいいじゃん」 俺が言うと、二人が同時に俺を見る。「お前、天才かよ」珍しく築が俺の肩を叩いた。 流星群当日。俺は紗良の家のインターホンを押した。 「今日、空いてる?」「うん」 丘に着くと、美久と築が待っていた。「今日、流星群が見えるんだ」「だから、皆で見ようって思って」四人で芝生に寝転がり、夜空を見上げる。街明かりが届かないこの場所は、吸い込まれそうなほど暗かった。 「あ・・・」紗良が声を漏らす。 「・・・流れた」 次々に流れる光に、誰もが言葉を失った。隣を見ると、星明かりに照らされた紗良の頬を、静かに涙が伝っていた。 今しかないと思った。俺はカバンから、こっそり持ってきた写真立てを取り出し、スマホを構えた。泣き笑いのような表情で空を見上げる紗良と、それを見守る俺たち四人を、一枚の景色として切り取る。 カシャ 「えっ、今撮ったの?」驚いて顔を向ける紗良に、俺は照れ隠しに笑った。「最高の思い出、保存しとかないとな」そして、この写真が、いつか彼女が寂しくなった時に支えになってくれたら。 忘れられない、最後の夏。俺たちの青春が、一筋の星のように夜空を駆け抜けていっ
「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」 また、名前を間違えた。 でも仕方ない。 人の区別なんてつかないんだから。 「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」 私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。 でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。 「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」 先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。 先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。 人間は何も変わらない。 皆目が二つあって、手足が二本ずつある。 いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。 いや、私が気に食わないのはそこじゃない。 皆、私と一緒のはずなのだ。 たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。 だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。 皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。
好きな人との過ごし方の違い。 男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。 女の人は、好きな人とできるだけ好意を示し合いたいらしい。 そのことを聞いてから、私の部屋に来ても漫画を読んでいるだけの彼の理由がわかった。 あれが、彼なりの愛情の摂取方法なのだと。 後ろから抱き着いてみれば、「今いいところだから」とにべもなく振り払われた。 これは、私が悪いのか。 それとも、彼が悪いのか。 好きなのに不安だった。 ずっと構ってくれない彼が、ずっとどこかへ行ってしまいそうで。 「警察です」 それが、監禁した理由。 私は我慢したのだ、彼のために。 抱き着くことも、キスすることも、何もかも。 好きな人と一緒に過ごすことが彼の幸せらしいから、ずっと私と一緒にいれるようにしただけなのに。 拘束を解かれた彼は、怯えた目で私を見ていた。 「嘘つき」 男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。 違う。 男の人は、都合のいい時だけ好きな人がそばにいて欲しいだけだ。 なんて、最低な生き物。
「おーい、論点すり替えないでもらっていいですかー?」 まただ。 こいつは、論点のすり替えという指摘を、口癖のように言うようになった。 正直、自分の中では論点がすり替わってなどいないので、こいつの言葉の意味が分からない。 だから、聞いてみることにした。 「ごめん、自分ではすり替えたつもりがないからわからない。すり替える前の論点と、すり替えた後の論点を言語化してくれない?」 「え?」 そいつは腕を組んで悩み始めた。 あーでもない、こーでもないとうめいた挙句、最後には俺をにらみつけてきた。 「論点をずらすな!」 そして、走って逃げていった。 きっと、自分でも論点がわかっていなくて、ふわっと何かが違うと思ったから、反射的に口癖が出たのだろう。 理由が分かってすっきりした。 俺はすがすがしい気持ちで家に帰り始めた。 せっかくだ、途中でカフェにでも寄って帰ろう。
||いつの時代も人々の集まる所には 黒く悲しい思いが生まれるのも… 社会の底に溜まった 人々の黒い思いは 自我の芽を出し 日の目を求めて地上を埋め尽くしていく 怪人となった黒く悲しい思いは 力を増し、数を増やし 悪の組織 ブラックホール団となっていった! このまま日本は黒く染まってしまうのか!|| (仮)【怪人!引き籠りと引き籠もらせの乱!!】 「たかし。ご飯ドアの前に置いとくよ」 母親が息子の部屋の前に朝ごはんのお盆を置く。 お盆の上には目玉焼きとベーコンとワカメと豆腐味噌汁に可愛い熊の絵柄が入った茶碗にお米が盛ってある。 母親が立ち去った数分後、息子の部屋のドアが少し開きお盆を取る。そして直ぐに閉まった。 母親は洗い物や洗濯を終えて、パートに出かける。 「たかし。お母さんお仕事に行ってくるね。風邪とか引いてない?大丈夫?」 返答が無いのを少し待って母親は家を出ていく 【制作中】
ねえ!聞いた?明後日ストロベリームーンの日なんだって!」そんな声が飛び交う教室。 「ねえ!お前誰と行くの?」 ふと耳に入ってきた。 「あ、お前か」 俺の親友の俊哉だった。 確かに俺は何も考えていなかった。 「誰と行こう。意外と悩むな」すると咄嗟に、「いや、俺だろ!」と言ってきた。 そうだ。俺は何に悩んでいるんだ。 「そうだよなW」 つい返してしまった。 家に帰り、自分が誰を誘おうとしていたのか、自分でも疑問だった。またいつものように登校していると、一人の女の子が目に入った。 その時、自分の疑問がすべて解けた気がした。 その女の子は、同じクラスの鈴木だった。 なぜか心臓がバクバクした。 昼休み。 「おい!聞いてんのかよ。ぼーっとし過ぎだぞ」「あ、ごめん」 6限目は席替えだった。 「はーい。席替え始めるから、くじ引いてってー」「俺、仁の隣がいい!」 「俺どこでもいいかなー」 そんな話をしていると、くじが回ってきた。 16か、 「はーい。同じ番号の人探して、その人と隣だからねー」先生の声と同時に、皆探し始めた。 「俺!1番だった。仁は?」「あー、俺16だった。隣なれんかったね」そんな話をしていると、「ねえ、私16なんだけど。仁?」目の前にいたのは鈴木だった。 「うん。よろしく」 席が決まり、帰りの会も終わって、皆一斉に下校を始めた。 下校中。 「ねえ、俊哉。俺さ、鈴木見るとなんかドキドキしちゃうんだよ」 「え!wお前それ恋だよw まじおもろいやんw」 その時、考えるよりも体が先に動いた。 「おい!仁、どこ行くんだよ!」 「ごめん俊哉。後で話す!」今言わなきゃ、絶対に後悔する。 「あ、鈴木!」 「ん?」 「鈴木」 「そんなダッシュでどうしたん?」「あ、えっと…」言葉が出てこない。 「あ、席替えのこと?」 「違う。あのさ、ストロベリームーン誰かとー」鈴木の顔がちょっと赤くなっていた。 「いないけど・・なんで?」「一緒に見に行かない?」 心臓の音が周りの音を消し去っていた。 「…・・いいよ」 「あ、ありがとう」 心がまだ軽理できていない状能で じゃあ明日ね」 「うん」 そう言って別れたあと、俺はそのままダッシュで家に帰った。 ベッドに倒れ込み、鈴木の「いいよ」がずっと頭の中で再生されていた。 だが、俺は俊哉にどう言えばいいのかわからなかった。 俊哉、俺とストロベリームーン一緒に行くつもりなのに・・・・・。 「はあ、まじで何してんだ…・・・」 俊哉からの鬼のLINEに、俺は焦りが募った。 そのままスマホを伏せた。 気づいたら、カーテンから朝の光が差し込んでいた。 教室に入ると、いつものざわめき。 「おはよ」 「おはよう、仁」 距離が近づいたのに、目が合わせられない。 荷物を置いて席につこうとしたその時。 低い声で、ちょっとこい」 ふと目を向けると、俊哉が立っていた。 廊下に出される。 「おい、昨日から行動変だぞ」「あ、あのさ…・・・・」俺は思い切って言うことを決めた。 「ストロベリームーンの件なんだけどさ」 「・・・・」 俊哉が鋭い目で相槌を打つ。 やっぱ行けない。ごめん」 「は?行こうって決めたよね?なんでだよ。誰かと行くのかよ」 「…・・」 黙ることしかできなかった。 「なんとか言えよ!」 「…・・」 「もういい。俺の視界から消えてくれ」俺は初めて、一人の友だちをなくした。 すると、こちらを心配そうに見ていた鈴木が、「大丈夫?揉め事?」 俺は咄嗟に、「うん、全然大丈夫」と答えた。 帰り道。 「ねえ、仁。夕方どうする?どうやって見に行くの?」 「チャリで行こ」 「わかった」 そんな話をしながら、俺たちは並んで歩いた。 さっきまで胸の奥を締めつけていた重さが、少しだけ薄れていく。 でも、俊哉の最後の言葉が、頭から離れなかった。 「俺の視界から消えてくれ」 鈴木は何も聞いてこなかった。 夕方。 約束通り、俺たちはチャリで待ち合わせた。 少し気まずくなるかと思ったけど、鈴木はいつも通りで、俺もそれに救われていた。 「今日、月きれいに見えるといいね」「うん、晴れてるし大丈夫でしょ」並んでペダルをこぎながら、風が頬をかすめる。 同じ方向を見て進んでいるはずなのに、俺の心はどこか置いてきぼりだった。 河原に着くと、空はゆっくりと色を変えていった。 やがて、丸い月が姿を現す。 「・・・・・あ、あれじゃない?」 鈴木が指をさす。 「ほんとだ」 ストロベリームーン。 でも、不思議と目が離せなかった。 「誘ってくれてありがとう」 ・…こちらこそ」 その瞬間、胸が少しだけ温かくなった。 でも同時に、別の痛みも確かにあった。 俊哉と見ていたかもしれない月。 失ったものと、手に入れたもの。 どっちが正しかったのか、まだ分からない。 この夜を、俺はきっと忘れない。
寒い早朝に河原で酒盛りをやってる若者たちは 裸の上半身を謎で着飾る 俺たちを見ろとのアピールに あえて逆方向を見やる わたしの後頭部に若者たちの乾いたざわめきが やけに虚しい 遠くには山々が青く霞み そこに山があるから登るのだと思ったことのないわたしにとって それらは単なる背景だ すれ違ったちいさい茶色い犬がついてくる わたしは立ちどまらなくって 犬が怖いのでも嫌いなのでもない 頼られたくない 何ものにも 女の腐ったの と担任の先生から言われた小学五年のとき でもときとして できるよ と言ってくるその担任の先生 大人って都合いいなあ が 先生って都合いいなあに変わっていく 何を期待していたんだろう このわたしに いまわたしは自分の人生のどのあたりかな 視線の先に見える川にかかる橋までは まだ遠い
ある夜、ふと同い年くらいの女の子たちのことを考えた。昔は同じ教室にいて、同じ時間割で生きていたはずの人たちが、今はもうどこの誰かも知らない人と、ごく自然に人生を進めている。そう想像した瞬間、胸の奥が少し静かになって、同時に取り返しのつかない感じがした。嫉妬や怒りではない。ただ、時間がもう戻らないところまで来てしまったのだ、という事実だけが残った。 高校や中学の頃、僕たちは同じ「まだ何者でもない時間」を共有していた。将来のことはぼんやりしていて、誰と生きていくかも決まっていなくて、可能性だけが無駄にたくさんあった。教室で隣に座っていたというだけで、なぜか同じ物語の登場人物のような気がしていた。でも今思えば、それはただの錯覚だったのだと思う。時間は最初から一人ずつに分かれていて、ある地点を過ぎた瞬間に、もう二度と重ならなくなる。 この感覚は、よく言われるような「恋愛経験の差」への焦りとは少し違う。誰かに先を越されたとか、負けたとか、そういう単純な話ではない。もっと曖昧で、言葉にしづらいものだ。他人が完全に他人になったと理解した瞬間の、静かな孤独。かつて同じ時間を生きていたはずの人が、自分の知らない人生を積み重ねているという事実を、ただ受け取るしかない感覚。 なぜこんなにも「時間が戻らない」ということがつらいのだろうと考える。失ったのは出来事ではない。実際には、何か特別なことが起きていたわけでもない。ただ、あの頃には確かに存在していた「まだどうにでもなれた感じ」が、もう手の届かない場所に行ってしまった。それに気づいたとき、人は初めて時間を後悔するのかもしれない。 取り戻したいのは過去そのものではなく、過去に含まれていた可能性だと思う。選ばなかった道、始めなかった関係、踏み出さなかった一歩。何も起きなかった時間は、空白ではない。ただ、何も起こらなかったという形で、確かに存在していた時間だ。その重さに気づくのが遅かっただけなのだ。 救いがあるとすれば、時間は戻らない代わりに、意味はあとから変えられるということだと思う。あの頃に何も起きなかったからこそ、今こうして立ち止まり、他人の人生を想像し、言葉にしようとしている。この感覚を知らないまま年を重ねる人もいる。そう考えると、今のこの寂しさは、何かを始める前触れのようにも思える。 僕はまだ、誰かの物語の中に深く入り込んではいない。ただ、入口には立っている。時間が戻らないと知ったこの地点から、これから流れていく時間を雑に扱わないと決めることはできる。取り戻せない過去を抱えたまま、それでも前に進むしかない。その事実を、今は静かに受け入れている。
とおくに感じる喧騒をよそにゆるりと振り返り、ふらふらと歩いていく。コンクリートの塊、高くそびえ立つ壁の隙間にすっと顔をのぞかせる緑と信仰の息吹。私はこの「まち」がすきになった。つくられた華やかさに姿を隠しながらひっそりと、確実に生きているこのまちが好き。どちらが本当でどちらが嘘か…なんて、一人の人間にもいくつもの顔があるように、このまちも全てが「本当」なのだ。だから煌びやかな無機質さもこのまちの「本当」の姿。けれども私は、このまちのひっそりとしたやわらかい顔が好き。ふと歩み寄った途端にふわっと心を開いてくれたように見せてくれたこのまちのあたたかさが好き。 「さよなら。」私にとってそれだけで終わりだったはずのこのまちに、 「おはよう。」今ならそう言える。
虚の水面に一漕ぎ 広がる波紋に呼吸をなびかせて、船使いが私を水の都市に誘う。 二人乗りの小型船に舟使いと私… 水上生活に慣れたのか、常習的な生活臭がした。 時折、水面の中に飛び込みたくなった なぜでしょうか 違和感だけが私の心を疼く ハルキゲニアが生きた反転の世界のように 誰かに気付かれて元の状態に戻りたい (完)
『巨大な隕石が地球に衝突するまで、あと十分となりました』 テレビでは、アナウンサーの代わりに生成AIが生み出した、滅亡までのカウントダウン放送が流れている。 当たり前だ。 アナウンサーだって人だし、テレビ局のスタッフさんたちだって一人の人間である。世界の終わりくらい、仕事なんて堅苦しいこと忘れて自由に過ごしたいだろう。 だからか、今日は至る所が動いていなかったり、重大なバグやトラブルが放置されている。 そのおかげで僕は今日、まともなご飯を食べられていない。普段から出前やらデリバリーやらで済ませてきたツケをこんなところで払わされることになるなんて、誰が予想できただろう。 「なー、コンビニ行ってきてくんね」 同居人がそんな事を宣う。 「今行っても店員いないだろ」 そう言っても、ワンチャンあるある、なんてふざけた言葉しか返ってこない。 「あと数分だぞ。帰って来れねえかもじゃん」 「いけるいける」 「適当だなぁ……」 そんな問答をしていれば、どこからか『なんでも言うこと聞く券』を取り出して俺に渡してくる。 「うわ……何年前のだよ……」 これは数年前に、同居人の誕生日に贈ったものだ。確か、用意を忘れていて臨時で与えたもの。 後日ちゃんとしたプレゼントを贈っている。 「無印のてんさい糖ビスケット買ってきて♡」 「うわしょうもねぇ〜〜〜……」 仕方が無いのでそれをちぎって、再度使えないようにした上で立ち上がる。 「帰ってこられなくても、知んねえからな。文句言うなよ」 「死人に口なしでい。生きてたら文句言うけど」 「腹立つ奴」 ちょうど玄関を出る時、テレビからあと五分を告げる放送が聞こえた。 ──────── 某コンビニエンスストア。 目当てのものと、生きれたら晩酌でもしてやろうと缶チューハイ二本とツマミを買った。 技術の発展のお陰で、人間がいなくても会計は行えた。なんと嬉しいことか。 ホットスナックを齧りながら、空を見上げる。 青い空を隕石が覆っていた。 最期ぐらいは友人といたくて、少しだけ歩を早めた。
1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。
「俺、昔は霊感あったんだよね」 何気ない一言は、普段とかわりない穏やかな表情の弟から出たものだった。どうでもいいことのように深夜のホットココアをすすって、弟は続ける。 「別に幽霊が見えたーとか、予知夢ができたとか派手なのじゃないんだけど」 やや口ごもる弟は、どこか恥ずかしさが残っているようだった。 「オーラが見えたんだよ。今は見えないけど」 そう告げる弟の表情は先ほどのまま、穏やかさを保っている。対する私は驚きがないわけではなかったけれど、昔からどこか変なところがある弟だったからか、それほど衝撃もなく告白をのみこんだ。 「おじいちゃんのオーラが一際デカくってさ、逆にクソ野郎のはすっごいちっこくて…今思い出したら笑うわ」 クソ野郎とは、父親のことである。父は昔、私たちを面倒そうに遠ざけていた。甘えただった弟はよく打たれていたのだから、こうなってしまうのも仕方がないのだろう。 いつの話?そう聞けば、弟は端的に「小五くらいまでのちっちゃい頃だよ」と自嘲するように口角を上げる。 「あの頃はあんまり学校でも家でも上手くいってなかったし、メンタルやられてくるとオーラみたいなのが見えるようになってったんだよね」 何だったんだろマジで。 話を締めたつもりなのか、弟は少しぬるくなったホットココアをすすった。 そんな弟を見ながら、私も当時を思い出す。 反抗的だった弟。あわや離婚しそうだった両親。それを遠巻きに見ながらも、私たちを甘やかしてくれた祖父母。 そして時折、幼かった弟が見せた私の知らない顔。それは決まって、弟が父親から責められた時に現れた。 無感情に見せながら、瞳の奥に憎悪を滾らせたあの顔。 以前このことを聞いてみたけれど、本人には記憶すらないようだった。 もしかすれば、弟の見たものは無意識に救いを求めた結果なのかもしれない。けれど私の脳裏には、私だけが知る、知らない彼のあの相貌が、今も焼きついて剥がれない。
交番の前の掲示板に貼り紙があった。『凶悪犯を捜しています』男の写真とともに、そう書かれていた。そして文字には続きがあった。『発見次第、抱きしめてあげてください』そう書かれていた。男の写真を見た。寂しそうな目をしていた。数週間後、街をぶらついている時、ふと、一人の男を見かけた。貼り紙のあの男だった。男はポケットに手を突っ込んで、ぶつぶつ独り言を言っていた。抱きしめようと近づいてみた。そして、抱きしめるのをやめた。男は返り血でべっとり汚れていて、抱きしめたらこちらまで汚れてしまうと思ったからだ。
何かを、探している。 何も無い、この部屋から。動くこともせず…ただ何かを探している。追い求めている。そこに座りただ息をして、それだけなのに未だ知らぬ「何か」を、僕は探しているのだ。それは物理的なものではなく心象世界での旅なのかもしれない。がらんとした箱の中、小さな窓から変化のない外の世界を見つめ、何かを探し求めている。ああ、いつになったら探し物は見つかるのやら。僕の生命の続くうちに見つけることができたらよいのだが。何かを、探している。 何も無い、この部屋から。動くこともせず…ただ何かを探している。追い求めている。そこに座りただ息をして、それだけなのに未だ知らぬ「何か」を、僕は探しているのだ。それは物理的なものではなく心象世界での旅なのかもしれない。がらんとした箱の中、小さな窓から変化のない外の世界を見つめ、何かを探し求めている。ああ、いつになったら探し物は見つかるのやら。僕の生命の続くうちに見つけることができたらよいのだが。
ペットボトルに入った冷めたココアをマグカップに注ぎ、電子レンジに入れた。突然動かされた電子レンジは不機嫌な音を出す。冷たい椅子に腰掛け、机にうつ伏せになる。ぼんやりとする頭で腹痛から意識を逸らそうとした。 苛立ちを隠さない二回目の電子音で、ようやくマグカップを電子レンジから出した。椅子に戻ると、生ぬるいそれを一気に流し込んだ。腹部の痛みは弱まらず、口内に残る甘さに顔を歪める。体内はその甘さに混乱しているようで気分が悪くなる。 初めて飲んだ時からココアは苦手だ。甘過ぎる。そもそもチョコレートと牛乳が苦手。でも、記憶の中の自分は出されたココアを喜んで飲んでいた。顔をしかめることもなく、ゆっくりと飲んでいた。 結局、最後まで言えなかったな。 流し込まれたココアは痛みを治めるどころか、口から胃にかけて不快感を与え、机の上に突っ伏した。額にあたる机がひんやりと心地よく、乾いた目に瞼をゆっくりとおろした。 電子レンジはわざとらしく無関心を装い、炊飯器の内蓋は哄笑する。カップの底に残った冷たいココアが飲み干されることはない。
やけに空が明るいな。 部屋の小さな星空世界にやわらかくも「ゆううつ」な光が滲んでいる。明日がやってきた。今日が手から離れていく。明日が今日の顔をする。だから私はそっと小さな星空を閉じ、外の光を受け入れた。先程まであの星空世界を閉じ込めていた外の世界はもっと暗くて、ずっと静かで、何もかもを吸い込むようなやさしく虚ろなものだったのに。いつの間にか眩しく音と光を放つ世界に囲まれてしまったようだ。毎日のことなのに、毎日のように、心の臓を圧迫してくる明日という存在は、私に生を与え私の感情を奪う。ただその眩しすぎる光で内側を焼き焦がし、昨日になってしまった今日を跡形もなく消し去り、無意味な灰だけを残していく。それでもその残骸に縋ってしまうのがいつもの私なのだ。その「無意味」が愛おしくて昨日になってしまった今日が遠のいていくのが寂しいのだ。私は強く鼓膜を塞ぎ、やさしく虚ろな世界が帰ってくるその時を待ち望みながら「今日になった明日」に溶けていく。 今日が今日になった頃、また私は言うだろう。「明日が怖い」と。
今日も月が見えない どんなに自身の鱗で光を反射しても星しか反応しない 魚だって眠ってる すぐそこに居るのに独りだけみたいじゃない… なんだか涙が溢れ出てきたわ 涙とお別れを言う前に、涙は泡になって弾けて行ったわ 近い朝に向けて私自身も泡にでもなろうかしら… 今ごろ私の涙は 海を漂って、宝石となって 商人の手中にあるんだわ。きっと 決めたわっ。 今日のところは涙だけアンタ達にくれてやるわ でも、明日からは一粒もアンタ達に宝石なんてくれてやんないんだから (完)
開いた扉の横で、運転手が立っている。先に降りた友人はあたりを散策している。私はまだ降りる覚悟ができていなかった。 私は死んだらしい。原因は知らない。タクシーに乗りながら、私は自分が死んだことよりも、まだ生きている家族のことを思っていた。高校生の妹が悲しんでいる姿は思い浮かばなかった。私の死を聞いて、驚いて表情のなくなる姿だけを何度も思い浮かべていた。私は泣いていなかった。隣に座る友人も悲しむ様子はなかった。ただ、まっすぐと前を向いていた。 タクシーが止まり、運転手が扉を開けてくれた。そこで、この車から降りると生前の記憶は全て消え、次の世界に生まれ変わることを知らされた。友人は何の躊躇もなく降りていった。私は、再び家族の姿を思い出した。二度と会えないことよりも、忘れてしまうことが怖く悲しかった。私の中から、家族が消える。思い出すこともできない。死んだことよりも自分の記憶が消えてしまうことが耐えられなかった。友人のように、すぐに降りればよかった。ためらっている間に、記憶の熱が増していく。 友人はなにもない暗闇を行ったり来たりとふらふらと歩いている。私はポケットの中のメモ帳を取り出し、友人の名前をかき、その横に「は友人」と書いた。家族のことを書こうかと一瞬考えたが、もう二度と触れることのできないものよりも、今目の前にいる人物を伝えようと思った。少なくとも、記憶を失った自分の助けになるのは、今近くにいる友人だ。 記憶を失った瞬間、自分は消えてしまうのだろうか。記憶を失った自分は、本当に自分の魂と言えるのだろうか。私はいつ死ぬのだろう。 目を覚ますと、生前の世界に戻っていた。私は死んでいなかった。頭がその事実に辿り着いても、体はまだ夢の中にいた。私の記憶はまだ続いていた。 朝食を食べ、歯を磨いている時にふと気付いた。友人の名前を書いても、友人も記憶を失って自分の名前も思い出せないのだから意味がなかったな、と。
「転職なんて簡単だ」 同業者から転職してきた同僚がいつも言っている。 私の勤めている会社は中途採用の割合が多い。最近は新卒採用も始めたものの、それでも全体の七割は中途採用者だ。 私は新卒で入社して十五年。今の会社に不満はあるが、今すぐ退職を決意する勇気は無い。最後に面接をした時にどんなことを話したのかも覚えていないし、人間関係をゼロから始めるのも億劫である。 転職なんて簡単だという人は、社交性もあって資格もあって、どこに行っても通用する者ばかりであろう。 ある朝、いつものように出社すると、なんだか周りがざわついている。 フロアの空気は重く、誰もがモニターよりも人の顔色を見ていた。昼前に招集された全体会議で、その理由は明らかになった。 半年後、会社は主力事業の一部を畳む。私はその対象部署に含まれており、地方拠点への転勤が決定した。 説明を聞きながら、頭の中で何かが崩れる音がした。拒否権はない。条件は現状維持、ただし勤務地だけが変わる。 独身で、守る家族もいない。断る理由はどこにもなかった。 だが、胸の奥にじわじわと広がるのは恐怖ではなく、焦りだった。 このまま会社にしがみついていいのか。十五年も同じ場所にいて、私は何を積み上げてきたのか。 その日から、私は転職サイトを開くようになった。 職務経歴書は白紙に近かった。資格欄に書けるものはなく、成果と言える実績も曖昧だ。応募ボタンを押すたびに、「書類選考で落ちました」という定型文が返ってくる。 面接に進めた数少ない会社でも、決まって聞かれる。 「あなたでなければいけない理由は何ですか」 答えられなかった。 十五年勤めた事実しか、武器がない。 転職なんて簡単だと言っていた同僚の顔が、何度も頭をよぎった。 半年は短かった。転勤辞令が現実味を帯びる頃、私は半ば投げやりになっていた。 そんな時、最後に受けた会社があった。業界は同じだが規模は小さい。面接官は私と同年代で、派手な質問はしなかった。 「十五年、辞めなかった理由を教えてください」 私は初めて、正直に話した。 成果よりも、逃げなかったこと。変化が怖くても、その場でできることを続けてきたこと。 面接官は少しだけ笑って、頷いた。 内定の連絡が来たのは、転勤まで一か月を切った頃だった。 電話を切った後、しばらく何も考えられなかった。嬉しさよりも、拍子抜けに近い感情があった。 新しい会社での初日。 隣の席になった同年代の社員が、昼休みに何気なく聞いてきた。 「転職活動って、やっぱり難しいですか?」 私は少し考えてから答えた。 十五年分の焦りと不安を、胸の奥に押し込めて。 「転職なんて簡単だ」 そう言った自分の声は、思ったよりも落ち着いていた。
火曜日の夜 昼に食べ忘れたおにぎりを食べて帰る 夕焼けは毎日違って毎日美しい 日が延びている まだ、畑仕事をしている人がいる 人の咳が遠くまで聞こえる 夕空の下、畑の向こうで子供たちがグリコをしている 眠くて同じ所を何度も読んでいる 今日も腕が痛い 耳にコードのないイヤホンが刺さっているのに、やっと見慣れた 毎日会う人のバッグが汚い ピカピカと光る犬が歩いている 帰ってから一言も話せない 去年の夏に母がくれたジュースを飲む サカナクションの流線で今日を終える
毎夕にお弁当を買いに来る。私のレジに来て。でも貴方は空いてるレジに行くよね。急いで他のお客様を対応するのに。しょうがない。私に会いに来てる。そんな事はない。伊達眼鏡の奥から見つめてしまう。私は貴方の為なら全てを差し出すのに。会計を済ませて車椅子を押す貴方。助けたい。私の全てで貴方に。言葉に出来ない心で見つめてしまう。数日後。私のレジに。優しく見つめて。毎日お弁当じゃダメですよ。声をかけて見ていたことがバレる。もし良かったら、、、躊躇いながら。私が。止まらなくなって食事を作りたいと発言。優しく頷かれて仕事が手につかない。部屋に向かう。男らしい小汚い部屋に愛おしさを感じる。、私がこの人を、、、
「いけー!旧友高校!」 そんな声が飛び交うアリーナ。 俺たちが積み上げてきた成果が、今まさに報われようとしていた。 「ハア、ハア・・・・・・」「あとちょっとや!守り切るぞ!」 16-17 「サーブ来るぞ!」「リベロ!いった!」 あと少しで手が届くー 「バァコーン!」 「ピーツ」 17-17 会場が一気にざわついた。 さっきまでの歓声が、息をひそめる。 嫌な記憶が蘇る。 「切り替える!まだ同点だ!」 主将の声で、俺は大きく息を吸った。 手のひらが、少しだけ汗ばんでいる。 「次、俺サーブ行く」 主将の背中が、やけに大きく見えた。 エンドラインに立つ主将。 ボールを一度、強く床に打ちつける。 たったそれだけなのに、胸の奥が、ぐっと熱くなる。 「....大丈夫」 誰に言ったのか分からない。 でも、確かにそう思った。 ネット越しに、あいつがいるから。 俺は今、この場に立っている。 「いけっ!」思いきり跳んだ。 次の一点が、俺たちの流れを決めるー 一数年前 「おい、和希!」 「俺とお前だったら、日本一も夢じゃないぞ!」「そうだな!」 俺たちは、中学最後の中体連予選を戦っていたよと日影は、小学校からずっと一緒にバレーをやってきた。 中学でも一緒で、実力は他の部員より頭ひとつ抜けていた。 ポジションが違ったこともあり、メンバー争いはなかった。 俺はリベロ。 相手の攻撃からボールを拾い上げる役。 日影はアウトサイドヒッター。 守備もアタックもこなす、攻撃の要だった。 初戦の相手は、全国を経験している強豪校。 周囲からは「どうせ負ける」と言われ、チームの土気も下がっていた。 だが、一人を除いて。 「おい!何落ち込んでんだよ!」「落ち込む暇あったら、もっと練習しようぜ!」 日影は誰よりも負けず嫌いだった。 その言葉に救われたのか、チームの雰囲気は少しずつ変わっていった。 -試合当日 皆が注目する一戦が始まった。 「ピーツ!」 前半は、俺たちが有利に進めていた。 13-12 「1点差しかない!てるぞ!」俺は仲間に声をかけた。 だが、そこから相手に点差を広げられる。 それでも一 ラスト1分。 日影が、とてつもないスパイクを連発した。 「しゃあああー!」 17-18 ラスト45秒。 守り切れば勝ち。 そう思った瞬間、 相手キャプテンの豪速球ストレートが飛んできた。 「リベロ、頼んだ!」だが俺は、 あまりの速さに、手も足も出なかった。 18-18 焦りが募る。 そして、立て続けに2点を取られー 20-18 「ピツ、ビッ、ビー!」 試合終了。 俺は、自分の無力さを痛感した。 そんな俺の前に、日影が立った。 「高校は別々になるけどさ」 「その時までに、どんなボールでも守れる“守りの神”になっとけよ!」 その言葉は、 今も胸の奥に深く刻まれている。 ーそして現在 相手コートには、日影がいた。 さっき俺が止められなかったサーブも、日影のものだった。 主将のサーブが相手陣営を崩す。 だが相手は、日本代表候補が揃う強豪校。 すぐに体勢を立て直される。 そして一 日影のストレートが、俺の正面に飛んできた。 「リベロいった!」 「頑張れー!旧友高校!」 観客席からの声援が、耳に流れ込む。 「頼む、和希!」 呼吸を整える。 一来た。 「バアコーン!」 次の瞬間、 ボールは、もう仲間の手に渡っていた。 その後も、一進一退の攻防が続く。 そして最後は、 主将のストレートが2本決まり、試合終了。 一試合後 日影が、笑いながら近づいてきた。 「最高のリベロになったな」 「おう」 グータッチを交わし、その試合は幕を閉じた。
中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。
みんなそわそわしている 県外で受験する人もいれば もう合格が出た人もいる みんなそわそわしていて あっという間に 1月がおわる 今年も 今月も 今日も 人生初のいちにちなのに 今日が今日で無いみたい もう 4月からの新しい季節を 生きている人もいるし 直前の不安で 心が押し潰されそうな人もいる 未来の私は どこかで笑えているのかなぁ
何者でもない。 何者でもない。 自分は全然何者でもない。 でも、友達は金賞をとる。 地元の新聞に名前が載る。 ああ、羨ましい。 ぼくはここまでなのか。 いいや、そんなことはない。 子供の頃は、三月生まれが四月生まれに勝つのは難しいらしい。 だから、今はまだ仕方ない。 大人になったら本当の勝負だ。 何者でもない。 何者でもない。 自分は全然何者でもない。 でも、友達は志望校に合格した。 親も先生も喜んでいる。 ああ、羨ましい。 ぼくはここまでなのか。 いいや、そんなことはない。 どんなにいい大学に行ったところで、良い就職ができるとは限らない。 だから、今はまだ仕方ない。 社会人になったら本当の勝負だ。 何者でもない。 何者でもない。 自分は全然何者でもない。 でも、友達は仕事が上手くいっている。 どこぞの新聞社から取材を受けたそうだ。 ああ、羨ましい。 ぼくはここまでなのか。 いいや、そんなことはない。 パワーストーンも勝ったし、頭が良くなるサプリメントも飲んでいる。 だから、今はまだ仕方ない。 時を待て、その日はきっとやってくるはずだ。 何者でもない。 何者でもない。 自分は全然何者でもない。 皆人生が上手くいっている。 ぼくは何も上手くいっていない。 気晴らしにお酒を飲み始めてからは、さらに上手くいかなくなった。 ああ、羨ましい。 宝くじも買ったのに。 聖水も買ったのに。 祈祷も受けているのに。 不公平だ不公平だ不公平だ。 ぼくと同じ人間が、新聞に載っていた。 やっぱり犯罪ってすごいんだ。 テレビのコメンテーターたちが話題を出して、テレビを見ている人たちも大注目。 SNSはこの人の話題ばっかりだ。 逆転できる。 逆転できる。 逆転できる。 ぼくも真似をしよう。 きっと、世界中がぼくに注目してくれる。 ぼくはようやく、何者かになれそうだ。
ネオンの眩しい夜のカジノ スーツ姿で規律を正そうとするディーラー達 巻き起こるイカサマ 撒き散るトランプの群枚 撒き捨てられる起死回生の反逆心 蔓延る負け惜しみに死に物狂いの言い訳 それでも最後の独りまでサイコロは回り続ける プレイヤーは己に勝利というマイノリティのアイデンティティを感じて、チップを積み上げる。 切り札はプレイヤーに舌を見せつけて積み上がったチップを蹴り崩す。 違法という文字を瞬きで閉じ消す狂人達へ、レクイエムを イビリ走るパトカーのサイレン音に気づかず、局面はいよいよクライマックスへ 侵入する公僕 静まり返る一同 見えるイカサマ、隙の糸 観える逆襲の起死回生 この『ギャンブラー』。何かが違う 次の一手に全てを委ねる 皆の眼球その手に 怪事はラストゲームを続ける (完)
米の価格が腹に響く。 悩ましい毎日に救いはない。せめて、腹いっぱい食べたいと、大麦に救いを。さつまいもにも協力を願う。 かさましした米から甘い湯気が立ち上る。残りものの豚汁、つくり置きのほうれん草のごま和え。 役者はそろった。 さて、食べるか。
ある日の昼下がり、小学校の事務室を、一匹のウサギが訪れる。ウサギは事務員に案内され、校長室に通される。そこで、ウサギと校長は話し合いを始める。だが交渉は決裂した。ウサギはとぼとぼと小学校を出る。そして地図を取り出し、次の小学校へと向かう。このウサギは小学校の飼育小屋に入りたいのだ。そこで余生を過ごしたいのだ。空には昼の月が出ている。その月には、ウサギはいない。つまり、このウサギはあのウサギだ。ウサギは月に住むことにうんざりしているのだ。だから飼育小屋のある小学校を巡って交渉を続けている。人間たちは、みな困った顔をするばかりだが、その理由がウサギにはわからない。
ロスタイムという言葉は、もう古い言い方だときみに笑われた。 でもなんだか、アディショナルタイムよりも取り返した感じがして好きなのだ。 私に与えられたチャンスは、いつも帰りの電車だった。4月に同じクラスになってから、二人きりで話す5駅の時間に恋をした。 でもそれぞれが別の部活に入ったから、一緒に帰ることもなくなった。 自分から声をかける勇気もなくて、たまにちょっとだけ長く残ってみたりした。 でも、そんな気持ち悪くてずるい小心者のことを、神様はきみに引き合わせてくれなかった。 そのかわりにお情けで、ずっと同じクラスにはしてくれた。 3年生の3学期。 高校生活の残り時間はあっという間になくなって、まるでこれからの人生を予言しているようだった。 部活も文化祭も過ぎて、気だるい受験勉強と卒業に向けた準備だけが残っている。 すぐ近くに座るきみに話しかけたかった。 卒業旅行、一緒に回ろうと言いたかった。 でも周りの雑音が邪魔で、教室ではなかなか切り出すことができなかった。 帰り道。 「ねえ」 「ん?」 「受験、どうだった?」 私はまた、帰りの電車の5駅を待っている。
早朝に机を運ぶ人 木に装飾するイルミネーションは遠くから見ると綺麗なのに近くで見ると気持ち悪い ペチャンコのペットボトル 強引な右折 大きなボタンが落ちている 駅をうろつく鳩 静かな満員電車 座った途端寝落ちする 朝は不安がいる 恋人達がささやき合っている 黒一色の人々
気分をかえて単行本サイズを手に取る ふうん、それで? 読みにくいの? 感触? 文庫本ばっかりでしょ、しかたないかな 珍しく、やさしく響く自転車のベルに うすらいだ記憶をゆさぶられる ああ、夏の、風鈴の音かあ けど、遠くすぎてしまったあの季節を 思い出すのは難しい 「熱」の匂いが鼻先でふらふらして でも、きちんとつかまえてあげられない いつものことだけどさ まごまごしてたらモウレツな寒さになっちゃって 「熱」の気配は、粉々につぶされる 名前とはウラハラ「熱」は案外もろくって 刺すような寒さの前では、薄い氷のようにあっけない 「熱」は甘いものが好物らしいよ たい焼き、ドーナツ、シュークリーム 甘いものならなんだって 与えてやるとみるみる元気になって 厚い氷の壁だって、たちまち突きやぶってくれる と誰かが言った奇妙なお話し ひそかに信じている自分が滑稽で
夢の中で、僕は一人でトンネルを歩いていた。空気は冷たかったが、寒くはなかった。照明はなかったが、完全な暗闇ではなかった。遠くに見える小さな光に向かって、いつまでも歩き続けていた。 目を覚ますと、僕はトンネルにいた。夢と違って、硬い椅子の上に座っている。隣に座る友人は、ノートを開けてペンを走らせている。窓に映る自分と友人を見ながら、夢の話をした。友人は手を止めて、僕の顔を見ながら頷くこともなく黙って聞いていた。 僕の話が終わると、友人は寂しそうに笑って「おいてかないでよ」と冗談ぽく言った。 トンネルを抜けると、海がいた。眩しくて目を細めると、すぐに次のトンネルに入っていった。友人はノートとペンを見つめている。トンネルを抜けたことにすら、気づいていないだろう。
月曜日の帰宅 電車の中で席が空いているのに座らない人がたまにいる 満席で足を開いたまま座る人はなぜなのか 大きなリュックを足元に置く学生はいるのに、リュックを抱えて座る学生は見ない スマホが保護者になっている 窓越しに隣の人の顔が見える 知らない土地の知らないお店が昔の友人を思い出させる 狭いフェンスの中の放置された雑草が枯れている 日本語の後の英語のアナウンスは必要だろうけど鬱陶しい 綺麗な人が誰かを待っている 夕焼け空は素晴らしい 誰もおじさんの事など気にしていない 線路脇にゴミが散乱している 以前退職した先輩が復帰していた、全く変わってなかった 両脇のカップルが話している 嫌な奴はどんなに美人な顔でも綺麗に見えない ずっとリズムに乗っているオジサンがいる 盲目の人が杖を使って電車に乗る、自分には怖くて出来ないと思う 何十年も前からバイクに乗る若者はブンブンしてしまう 電車の中で隣の人がため息をつく、自分が責められている気になる 静かな時にお腹が鳴る、咳をしてみる、もう一度鳴る オジサンにならないとオジサンの髪型が同じな理由を分からない ハンドクリームが出ない 綺麗にしている女性は皆美しい 昔、息子の腕がドア袋に持っていかれそうになった事を思い出して身震いする 夜の車の列を銀河に見立てる くるりのLovelessで今日を終える
今日も黄金の太陽が上がる4丁目の部屋のから 見える3時次元の地球偶然この隣から聴こえる 選挙CARの演説ホロの中じゃ決して聴こえ無い 演説の内容どうでも良いけど有る意味下らない 政治家達の馬鹿な政策に巻き込まれて他国との 戦争の歴史が有る様に妄想する歴史苦手だった から飽く迄も妄想現実だから一般市民の駄文な コラムに挑発されて訴える様な馬鹿な政治家は 居ない筈これが正しい多様性の有り方じゃ無い だって歴史の御偉い方が皆さん金持ちだと言う 現状物語る的なそう馬鹿な奴でも分かるかもね 御金は大切で例え紙でも其処信用と信頼歴史が 有って価値が出ると言う現状其れでお尻を拭く 事自体歴史の神々への冒涜を感じる人間と言う 生き物は金を持ち過ぎると何故捨ちゃうのかな 世界に分配と何故発想が出来無い同じ人間でも 理解不能まぁ~これは飽く迄妄想現実の物語り だから現実は誰にも分からない後は多分令和と 言う時代が物語るかも知れない
出勤の為、駅に向かう 前を歩いていた女性が引き返す ホームに電車が着いてドアが開く 遅れて学生がぞろぞろ降りてくる 出発のベルが鳴っている 乗り換えの駅に着く どこかの路線で遅延でもあったのか 人の波で通路が埋め尽くされる 黒いコートばかりだ 垂れてくる鼻水を拭くこともできない 乗車位置にたどり着く。いつもの人がいない ふと気になりスマホの音量を確認する 若い男性がサラサラの髪をかき上げる 1人笑いながら歩く男性 フードがひっくり返っている男性 深いスリットのロングスカートの女性 太陽が神様のように見える
「いまこの瞬間、何か浮かんでこない?」 「え、わかんない」 ボクののんきな返答に、キミはあきれ、そっぽを向いてしまう コンビニで買ったあたたかい缶入りミルクティーを握りしめ、冷たい風をしのぐ朝 キミの真っ赤なかわいい頬に、ボクは見惚れていたんだ
「うわ、マナー悪」 男は気軽なつもりで、写真を撮った。 電車の中で眠りこけ、二席を使う会社員が迷惑だと思ったから、撮った写真をSNSで晒した。 『こういうのマジ迷惑』 『起きろよ』 『こういうやつからは料金を倍とるべき』 反応は上々。 男は自分の意見が肯定されたことで、満足げに笑う。 『撮る方も撮る方じゃね?』 しかし、たった一言で波が変わる。 『確かに』 『さすがに顔は隠してやれよ』 『仕事で疲れて、つい寝てしまっただけかもしれないし』 男の額に冷や汗が流れる。 晒し晒され社会において、正義とは共感だけだ。 会社員を晒すつもりであった男もまた、晒されるリスクを持つ。 『ギャクサラっしょ、これ』 『逆晒し逆晒し』 「はいアウト」 一方的な晒し社会を防ぐために、最近のカメラはアウトカメラで撮影すると、同時に撮影者の顔をインカメラで写すことが義務となった。 そして、インカメラで撮影された写真は、アウトカメラで撮影した写真にデータとして埋め込まれ、『ギャクサラ』と判定されたときのみ全員が閲覧可能な状態となってしまう。 『写真消しました』 男は慌てて写真を消したが、すでに手遅れ。 ばら撒かれた複製品から、インカメラで撮影された男の顔が流出する。 被写体にカメラを向けて、盛りなど考えていない無防備な顔を。 『ぶっさwww』 『もう犯罪だろこの顔』 『お前も料金倍払えよwww』 報復が犯罪を抑止する。 法治国会において、正しい行為なのか否かはわからない。 しかし、最近は他者を晒す人間が、減少傾向にあるのは確かだ。
夢から覚めると知らない銀河が暗い部屋を照らしていた 赤と緑のガスが広がる空間に無数の太陽がキラキラしている いったいこのバカでかい宇宙は誰が作ったんだろうかと窓の外を眺めていた