人魚姫は恋をした。人間の王子ではなく、人魚の王子に。  彼女は童話の人魚姫の話を知っている。だからこそ、人間には見向きもしなかった。  声を奪われ、歌えなくなった私に振り向く人なんて居る筈がない。歌ってこその人魚なのだから。  今日も王子に向けて海底で歌を歌う。それは王子の元へと届くことなく、波の音に攫われる。  隣の海に住む人魚の王子は人魚姫の存在を知る由もなく、人間の姫に恋をした。  二人はそれぞれの想い人に向けて求愛の歌を歌う。

向こう見ずな儀式

 展望台からは南方由来の赤い花々越しに海を望むことができる。花々の蜜を求めて飛来する黒い蝶々は強い日に当たると青や緑色に輝く。そんな長閑な光景に緊張感を漂わせたのは黙祷の刻を報せる警報音だ。人々は其の音の出所を探す素振りを見せるが、周囲には自然の色しか広がっておらず、海からセイレーンの歌声が響いているとしか納得せざるを得ない。碧眼金髪の人々はかまわず歩き続け、電子機器で景色を半ば強制的に切り取る作業に勤しんでいる一方、黒色の眼は厚い瞼に包まれていた。静寂の一刻、黒い蝶々はそっと葉の陰に隠れて、其の代わりと黒と白の斑模様をした大きな蝶々がゆったりと横切っている。  海上に浮かびながら空中を滑空する斑の蝶を仰ぐ影法師は、人のようであり諸処が異なっていた。肩甲骨付近の肉を突き破って伸びる翼、そして鳥類のような下半身は嫌味に華奢。顔は西洋風で色白、肩付近で切りそろえられた巻き髪は水中で広がっている。ぼろぼろになった片翼から散る翅に群がる魚を気にはせず、ぼうっと青空の下、この島に来訪した人々の帰国を許さざるを得なかった。  島々に人工的に放たれる蝶が及ぼす生態系に物議を醸すとのたまう統治者は、此処に異邦人が跋扈する事での被害を想定できなかった。異邦人は此処の蝶を物珍しいものとして大量に収集し標本にする。彼等は対象が藻掻き苦しむ暇も与えず、すぐさま胸を圧迫してしめた後に、翅の状態を吟味し欠けがあれば付近に放るという始末。昆虫類では飽き足らず、猛禽類も収集の対象で極彩色の翅は毟られ筆にされているそうだ。人々がいまや神話を恐れない証拠が前述した怪物の見るも無惨なありさまで、昔々から密かにこの島を守ってきた怪鳥たちが保護対象になるのは遙か先の話。島のこどもたちは、教育の一環で平和を願うという名目の下、慰霊の日に放たれる怪鳥を雛から育てることとなるのだが…。そんな物語の序章を、砂浜に打ちあげられた怪鳥と邂逅する褐色肌の少年を主人公として始める場合、作品を「ひとなつの物語」と触れ込むのは些か強引である。

【超短編小説】「枕と夢」

 今日もまた一枚、以前履歴書を送った企業から、不採用通知の紙が届いた。俺はそれを家庭用シュレッダーにかけ、紙くずにした。紙くずはずいぶん溜まっていた。それらは全部、不採用通知だった。俺は溜まった紙くずを、ゴミ袋に詰めた。そして俺はそのゴミ袋を枕にして、眠りについた。その夜俺は、どこかの会社でバリバリ働いている夢を見た。

オーガニック恋愛信仰

「アプリを使った恋愛って不自然じゃない?」    ティータイムのなんでもない雑談に、一つの話題が放り込まれる。   「同感。好きだから付き合うんであって、付き合うために出会いを求めるって違うよな」    名前を付けるのならば、オーガニック恋愛信仰。  食品は自然派に限ると謳う信仰の兄弟である。    ところで、二人が座っているのは石でも切り株でもない。  人工的に作られた椅子である。  ノットオーガニック。    ところで、二人が食べているのは生魚でも生肉でもない。  焼いて塩コショウで味付けされた肉である。  ノットオーガニック。    ところで、二人がここまで来るために使った手段は徒歩ではない。  人類の英知の結晶、自動車である。  ノットオーガニック。   「皆、普通の恋愛をすればいいのに」   「だよなー」    二人は今日も、不自然に囲まれながら、自然の良さを語る。  何故なら、不自然が自分たちを支えていると気づいていないから。        ところで、二人は結婚し、子供を授かることになった。  体外受精で。   「ねえ。私って不自然な子供なの?」    そんな質問を投げかけられた二人は、ティータイムの言葉などまったく覚えておらず、必死に体外受精など今時普通で不自然ではないと説明をしていた。

青い湖

 深い、深い湖の底には、青く光る宝石を持った少女がいるという。  彼女から宝石を奪おうと、強欲な者たちが潜水に挑んだが、息も続かなければ水圧で潰れてしまう。生きて戻ってくる者は誰もいなかった。  ただ一人、宝石ではなく少女に興味を持った者が湖の底に辿り着いたという。  彼は後にこう語る。 「それはそれは美しい青髪青眼の少女だった。宝石に勝るとも劣らない。俺が死んだら湖に沈めてくれ。そうすれば永遠に彼女と一緒にいられる」  今では湖の底で少女を守るように、その男が佇んでいるという。  

Kumar Jerry, Crow rehab very regular Rayham

Oh, I could like write down the way we able to go. We can wait there but if we did we did that and we could recover to have a cup of water without that we have that and we got a couple of water. We have a cupboard with a cupboard that bit with that out of that Recovery about gonna go right to that cup that we have with that with that I will have a bud with David that we have a ride to that but that could run that way with that that could work every day without that come to work that we have that we have a buddy that we could come to work or we have a dead, dead break dead Dead, dead with dead that would cover wood with that I have with that dead with dead that spray with it have to cover with that I have without a dead with your dad that I could have a bucket run with that we have a buddy with that cover that would be dead with that I could cover a couple definitely have a book with that and we need that to go to where we have a dead dead will be dead go to a dead ditch couple dead, dead, dead, dead dead broke dead, dead dead dead dead dead dead be dead that fuck thatcomputer work where we have a dead bed, but that will be a couple of red dead, dead dead with dead and we go to work with with with with with with work and now I have a problem with that with that give me a couple couple to have a bad day, but that that would be that what that never happened to him, but that would be dead with that. How do I go to rehab? I have a body with that that will work to have a buddy with that that guy and where and run we had a bed we had we had a cup of water have a dead better death by dead will be dead. How do we get a cup of butter hamburger water that I need to be definitely him and we could come over work. I have that I have it but definitely be dead for that. How do I come out water with dynamite I have a dead with that with that could cover with data that were dead rather dead be dead will be dead will be dead have a cup of water a couple of water without break down

思考回路はんだ付け

 はんだ付け。  はんだによって金属をつぎあわすこと。    電子回路の銀色は、回路を正常に動かすためのはんだ付けの跡。    電子回路でできるのならば、思考回路でもできるのではないだろうか。  博士がそう考えたのは、極めて自然なことだろう。    まず博士は、電子回路と思考回路の違いに着目した。  電子回路には形がある。  思考回路には形がない。  よって、はんだも形のないはんだを使う必要がある。  では、思考回路におけるはんだとは何か。    博士が下した結論は、『経験』であった。       「で、ブランコなんですか?」   「うん。わし、子供のころ公園で遊んだことがなくてな」    研究所を飛び出した博士を追いかけた助手は、公園で一人はしゃぎまわる博士を見て溜息を零した。  いつもであれば、子供たちの笑い声が聞こえる公園も、今は静か。  親たちが子供を抱え込んで、遠くから博士を見ている。    不摂生を溜め込んだ博士の体は、子供たちが近づきたくないくらいには不潔で、今子供たちに爆発的な人気を誇っているギミック付きロボットの開発者だと誰も気づくことはない。  いや、気づかないほうが、きっと幸せだったのだろう。    近づいてくるサイレンの音を聞いて、助手は博士の服を引っ張った。   「ほら、帰りますよ博士。捕まったりなんてしたら、研究の時間が減ります」   「もうちょっと」   「なら、自宅に作ってください。敷地は余ってるんですから」   「そうする」        しばらくの後、ベルトを装着して安全に一回転できるブランコが開発された。  子供たちは、大流行。  しかし、開発者が博士だということを、公園にいた親子の誰も知らない。

ぜんぜん善

 選ばれた転生先の異世界は生前の地球とかなり似た科学技術を持っている世界だった。ただし転生の神様曰く、善人しか存在しない世界、らしかった。  生まれた世界で初めてみたのは沢山の大人たち。その誰もが私の誕生を祝っている。笑顔であふれ、母を労う声が響き、父の泣き顔があった。  保育器へ入れられるまでの間に見えたほとんどの人たちは誰もが優しそうに微笑みをたたえ、善人ばかりに思えた。  それから一週間が経った頃、私を迎えに来た母は病院を襲った赤子誘拐犯に射殺された。目の前で血を吹きながら母は斃れている。私は犯人たちにさらわれて、遠い何処かの地へと売られることになった。幸いにも売り先は性癖の歪んだ誰それのもとではなく、子どもを拵える事ができなかった家庭だった。私は孤児としてその家庭に迎え入れられた。  養父母はとても私を可愛がる。お腹が空いたと泣けばすぐさまミルクを与え、止められない便意に負けた際にも即座におしめを変えてくれた。彼らは犯人たちと違い、紛れもなく善人だった。  ある程度言葉を覚えた頃に、私は養母へ問いかけた。 「どうしてお母さんたちはそんなにやさしいの?わたしの本当のおやじゃないのに」  養母は衝撃を受けながら、それでも涙ながらに語ってくれた。 「私たちは貴方を一目見たときに、このこを愛さなくちゃいけないと思ったの。その瞳が、赤子とは思えないほど冷たかったから。もてるだけの愛情を注いで、あったかくしなくちゃって」  言いながら、母は私を優しく抱きしめた。私はついぞ疑問になっていることを、恐らくは答えてももらえないだろうトンチキな質問をぶつける。 「かみさまは『善人しかいない世界』といってたのに、はんざいをしている人たちがいるの?」  母は首を傾げた。それでも善人らしく誠実に、私をおかしいと思わず答えてくれる。 「それはね、彼らは彼らが善い事と思うことをしているからよ。自分たちのため、あるいは家族のため、譲れない何かのために善行を為している。誰かに迷惑をかけようとも、ね」  そう言って母は私の頭を撫で、抱えて寝室へと運んでくれた。温かい母の腕の中で、私はひとり安堵の息をつく。もしもあのときから自分の中に渦巻く感情がこの世界に相応しくないとされたなら、私はどうなってしまうか想像もつかないからだ。もしかすると、即座に事故や事件に巻き込まれてあの神様から不合格の烙印を押されてしまうかもしれない。だから、善人であるべく努力していた。けれどもし、母のいう通りの善人であるならば、私はこの胸の内を無理矢理かき消さずに済むのだ。実の母を殺した殺人犯、今も世界中に蔓延する私にとっての悪を恨むこの思いを、胸に宿し続けることは善行なのだから。

地下鉄 出口

ここは月に一番近い町 踊っている人 歌う人 地面に落ちてる表示板 キャロル アメリカーノ アクダクト 笑っている人 しゃがむ人 意味を持たない時刻表 ジプシー カミカゼ ギムレット 待っている人 探す人 願いのこもった伝言板

星月夜

流れ星が消えた時 子どもは願いを口にした 彼岸花を逆さに持って 「線香花火」と言いながら 白い息をはいた 流れ星が消えた時 私は口にする願いがなかった たばこに火をつけて 白い月を探しながら 煙をはいた

こもりうた

扇風機の音 首に絡みつく髪 自分の汗と 布団の汗が 熱を持ちだして 外に飛びだした 前から吹く心地よい風が 背後の壁にはね返って わたしの周りで大きな渦を作る 真っ暗な中 風にくるまって 遠くのカエルの合唱をきく これはステキな子守唄じゃないかな

バランスボールがイスがわり

昼間は 暑いとはいえ 夜は なにか羽織ったほうが いいみたい そのなにかが 見あたらず 結局 ジャージになる 中学のときのジャージ それをいまでも 着られているということは そのときあたりで成長が 止まってしまったことの証明 中身の成長は わからない いつもは 月がかわって 一週間以上も そのままにしているカレンダーを 月がかわったその瞬間 さっと かえてみる ふふん どうよ だれに見せるのでもなく 胸をはってみる なんとなく さびしくなる だれにも見せられない だれも見てくれない それで 窓をあけ お月さまに どうよ ほこらしげな顔を 見せてあげる すこしだけ さびしさが まぎれた気がした

光に映える

 仕事の昼休憩になるのを見計らって、急いで会社近くの店へ向かった。愛娘から化粧品を買ってくるように頼まれたのだ。  もうすぐ、娘の誕生日だということもあり、多少お高めの製品ではあったが、了承したのが昨日のこと。  だが、娘に頼まれた夜でも映えると話題の化粧品は売り切れだった。人気商品であることを甘く見ていたのかもしれない。  仕方なく、同じ系統で同じ企業の昼用化粧品を買った。普段なら、それで娘に我慢してもらうが、夜用に拘ったのには訳がある。  娘が気になっている異性と花火大会に行くので、その時に少しでも綺麗に見られたいらしいのだ。  花火大会は夜に開催される。だから、夜用を用意できなくて申し訳なく思っていた。  それを見かねたのか、娘は「花火できっと明るいから昼用でも大丈夫だよ」と言ってくれた。  花火大会に同行する男は、こんな優しい娘をむげにしない人物であることを願った。    ――――――  お題:「昼」「化粧品」「娘」

初恋

私は暗い。いわゆる陰キャだ。そんな私が好きになってはいけない彼を好きになってしまった。 笑顔が素敵なところも、誰にでも優しいところも、泣いているところも、私にだけ見せる弱みも、全部全部好きだ。 いつも笑顔で話しかけてくれる。 そんな彼を好きになったのは1年前、まだ私が高校2年生の時だ。 「どうしていつもひとりでいるの?」 いつもひとりでいる私に笑顔で話しかけてきた、クラスメイトの男の子。 名前は優、教室にいつもひとりでいる私でも分かる。なぜなら、彼はいつもキラキラ輝いていて誰に対しても優しくて裏表のない陽キャであり、クラスのムードメーカー。 彼とは住んでいる世界が違う。私とは釣り合わない。もう分かりきっていた。だから無視をしよう。どんなに話しかけられても。そう思った。でも、彼の今にも崩れてしまいそうな笑顔、とても繊細でどこか私と似ている。 「え、あ、うん。」 私の言葉にならない声と、沈黙で会話はおわった。 気持ちでは分かってるのに、彼に話しかけられると何故か勝手に口が動いてしてしまう。心臓が締め付けられるようなこの感覚はなに?一体この言葉にできない感覚はなに? 家に帰ってからずっと彼の事を考えてしまう。初めて彼に話しかけられて、初めて彼の笑顔を見たときのあの感情はなになのだろう?、何故か前から彼のことを知っているような感覚。 いったいなに? 私は考えすぎて一睡も眠ることなく朝を迎えてしまった。 昨日の一件から私と彼はよく話すようになり、ただのクラスメイトじゃなくて"ともだち"になった。ただの"ともだち"なのに、中学生の時に出来た形だけの友達とは少し違う本当の"ともだち"の関係だ。 それから、休み時間もよく話すようになった。そして、意外と好きなことが一致して話の話題は尽きることがなかった。 彼とずっと話していたい。彼と一緒にいたい。 まただなぜか私は彼を求めてしまう。 いったいこの感情は── いつしか、私は向日葵と、下の名前で呼ばれるようになった。私も彼のことを優くんと、下の名前で呼ぶようになった。 「ねぇこの前俺が好きだからぜひ見てほしいっていった小説見た?」 「見たよ!めちゃくちゃ主人公の物語が切なくて感動しちゃった。」 「私もあの小説好きなった!」 彼の返事は無い。 彼は何か深刻そうな顔をしていた。 そしていきなり彼が口をひらいた 「あ、あのさ向日葵。」 名前をいきなり呼ばれて心臓がドキッとした。 「あの俺が好きって言った小説、映画化されたみたいでさ、向日葵が嫌じゃなかったら一緒に見に行かね?」 私の顔が赤くなっているのがわかる。 「い、いきたい!」 声を振り絞ってなるべく明るく返事をした。 彼がどう思って誘ったのかは分からない。 でも、今は少しでも彼のそばに居たい。彼の好きを二人だけで共有したい。 学校以外で二人で直接会って出かけるのは始めてだ。明日は彼との映画鑑賞。そう、ただ彼の好きな映画を一緒に見るだけ。でも、考えれば考えるほどドキドキして近くにあるぬいぐるみをつい抱きしめてしまう。 私の心臓は今にも張り裂けそうなくらい大きく膨らんで縮んでを繰り返している。 またこの気持ち、一体何?この気持ちが分からない。私が怖い。私でないみたいに浮かれてる。 だから私は私に言い聞かせる。これはただの友達同士のお出かけ。デートじゃない。無駄な期待を抱いて失望してしまうのは自分だ。これ以上考えるのはやめよう。 翌日、彼と映画を見る日がきた。悩みに悩んだ末、お気に入りのワンピースを来ていくことにした。無駄な期待を抱いたって仕方がない。でも、この感情を抑えることができない。まだ分からないから。だから今日は、今日だけはこの感情どうりに動いてみよう。そう決意した。 私は準備を済ませ、待ち合わせ場所の公園に一時間前に着いた。流石に彼は居ないかと思って周りを見回していると、どこか悲しそうでどこか私と似ている笑顔の彼がこちらを見て手を振っている。 「優くんだ!」 私はあまりの嬉しさで飛び跳ねそうな気持ちを必死に抑えた。 「今日の服どうかな?」 気づいたら口にしていた。彼にもっと私を見て欲しい。今日の私は何か変だ。浮かれてる。でも、なんだかとても心が"暖かい" 「よく似合ってて、可愛いくて、なんか、向日葵のワンピース姿新鮮で好きだよ!」 その瞬間心臓がドキッとなった。好きという二文字が私の中で強調される。自分の顔が真っ赤になるのが分かる。自分から聞いたのに上手く返事ができない。そっか、これが人を好きになる感情、これが恋、なんて繊細で美しいものなんだ。 「優くん!あなたの事が好きです!ずっと一緒にいてくれますか?」 初めてこの、好きを、恋を、言葉で伝えることが出来た。 私のプロローグは今から始まる さぁ、まだ見ぬ物語へ 私と共に進みませんか?

麦わら帽子のゆめ

少女は、幸せでした。 毎日毎日、お日さまのもとで遊んで、お父さん、お母さんから愛されました。 おともだちもたくさんいて、時々遊びました。 その少女は少年になり、学生になり、大人になりました。 誰かに合わせる術を知り、苦しみを閉じ込めて、それは無くなってしまいました。 少女の髪がやがて白くなった頃、少女は後悔に咽びました。 「なんであのころ、もっとこうしなかったんだろう」 「なんであのころ、幸せの形をした何かに、浸っていたのだろう」 少女は、誰からも見向きもされないまま、消えて無くなりました。

普通

 日記帳をシールでデコレーションしていると、貼り付けたシールのクマが突然動き出し、小さな声で話しかけてきた。 「今日はどんな一日だった?」 「うーん、有り触れた平凡な一日だったよ」  非現実的な出来事にも関わらず、自然と会話をしている自分がいる。 「明日はどんな予定が入ってるの?」 「あんまり変わらない、普通の予定だよ」 「普通って何?」 「仕事に行って、喫茶店で休憩して、電車に揺られて、コンビニ弁当で夕食済ませて……」 「僕には分からないや」  言うと、クマはピタリと動きを止めてしまった。  今のはただの妄想だろうか。  釈然としないまま手帳を閉じ、椅子から立ち上がる。 「明日は良い一日になることを祈ってるよ」

未来からの手紙

 明日は学校に行かないで。  目が覚め、枕元に置いてあった封筒に目が止まり、中の便箋を見てみるとそんなことが書かれていた。  幼い子供が書いたような可愛らしい字だ。  誰かのイタズラだろうか。深く考えもせず、いつものように大学に行くと、ゼミの研究室に足を踏み入れた。 「なんかね、変な手紙が置いてあったんだよねー。子供の字で『明日は学校に行かないで』って」 「えー!? 何それー!」  ケラケラと笑う友人に、私も同調して笑ってみる。  明くる日、熱を出して、本当に大学を休んでしまった。  なんとその日の午後、影の薄い同じゼミ生が包丁で殺傷事件を起こしたという。友人も犠牲者の一人にカウントされてしまった。  

【超短編小説】「あみだくじ」

 病室のベッドでぼんやりしていた時、外から、救急車のサイレンが近づいてきた。この病院に運ばれてきた人らしい。手元にあったノートに、ペンで、あみだくじを書く。二本の縦線を引き、その先に『助かる』『助からない』と書いた。運ばれてきた人の運命をこれで占うのだ。横棒を書き足し、私はあみだくじを始める。すると、『助からない』にたどり着いた。私は、「でも、やっぱり、助かればいいな」と思いながら、ノートを閉じた。

夢想

 じゃああんたの夢はなんなん?  幼かった私は会話のキャッチボールで生まれたこのストレートを、上手く受け止められずにグローブからこぼしてしまった。  事の発端はなんてことのないホームルーム。小学生にありがちな将来の夢なんてアイスクリームみたいなものを態々、教師陣の読みやすいように文章化するだけの時間だった。四百字詰めの原稿用紙が配られ、一人最低でも二枚以上、ありもしない具体的な内容を書かなければいけない。そうして出来上がったもののほとんどは計画的なものではなく、ただ夢を達成したあとの楽しみばかりを描いた感想文でしかなかった。ようやく回ってきた私の発表で、教師は首を傾げながら苦い顔をして、私に問いかける。 「本当にそれでいいの?もっとこう、大きな夢はない?」  そんなものはなかった。選んだ父親と同じ仕事、月給のサラリーマンもカネを稼いでいることに代わりはない。それどころか、動画配信者や画家、スポーツ選手なんて狭き門に比べて、ほぼすべての人間がなれる職業でありながら安定性はそれらの遥か上を行く。「お前たちが安心して暮らせるように、お父さんも、お母さんも頑張るからな」そう言った父親の喜ばしい顔は、けして冗談には思えなかった。そうやって適材適所、分を弁えて生きることに教師が否定的であることのほうがおかしいと思った。  そこで問題は起きた。座っていた一人が立ち上がり、私を指さして言うのだ。 「そんなフツーの生活よりももっと頑張ってるやつのほうがすごいやろ」  彼はこのクラスのリーダーだった。何をするにしても、何を決めるにしても、誰かが彼の意向を問う。唯一教師だけは違ったけれど、休み時間のほとんどは彼の支配下に置かれていた。そんな彼の表情はどこか赤く、目尻がつり上がっているように見えた。どうして?と問いかける。彼は繰り返すように「フツーのヤツよりもスポーツ選手なんかの方がすごいだろ、どう考えても」と述べた。ふと、彼の発表の記憶がよみがえる。そういえば彼の夢はヨーロッパリーグで活躍するサッカー選手だった。 「まぁ、実際スポーツ選手のほうがすごいわ」  クラスの誰かが言った。すると途端に、クラスの空気がひっくり返るのを肌に感じる。無感情だった視線に突き刺さる嫌悪を感じはじめ、中には彼を傷つけたと勘違いした誰かが謝れなどと口にし始める。それは途端に輪唱になって、大きな悪意の波になった。教師は必死に止めようとするけれど、大人とはいえ数の力に勝るほどのものは持ち合わせていないらしい。もしくは、普段から生徒に優しいこの教師には無理な話かもしれない。  とはいえ、私はどうにかするしか無かった。侮蔑に淀んだ空気の中をかき分けて、彼の目の前に立つ。優位に立っているからかニヤニヤと笑んでいる彼には、一言言うことがあった。拳を硬く握りしめて、彼を見据える。 「うちの親、バカにしてんちゃうぞ!」  抑えられなかった右腕は彼の頬を突き刺して、鈍い感触を肌から骨まで響かせた。沈黙がおり、急いで倒れた彼に教師が寄り添う。「〇〇ちゃんは職員室でほかの先生と待ってなさい!」そう言い残し彼を担いで保健室へ走っていった。驚き、侮蔑、そういうものたちが入り混じる教室を後に、重い足取りで職員室へ歩いた。  その後、待っている私を迎えに来たのは教師と彼、そして母親と知らない大人が一人だった。そのまま私たちは教師に連れられ、ある一室に通される。二人掛けのソファが二つ置かれたその部屋で、私はこっぴどく叱られた。主に母親と教師からだ。彼の母親はなぜか申し訳なさそうに私を見つめ、彼は相変わらず私を馬鹿にしていた。そのまま私は母親と一緒に帰ることになった。 「そんで、あんたはほんまにやりたいことないんか」  手を繋ぎながら歩く母親の問いかけ。悪意や教師のような苦々しさはなく、純粋な疑問だと感じた。それに私は首を振り、あの仕事がいいと答える。母親は小さくあきらめたように「そっか」とだけつぶやいたかと思えば、くるりと振り返り私を見た。 「夢ってな、頑張ったらギリギリできそうなことちゃうねんで。どうしたって叶えられそうにあらへんことでも、やりたかったら夢やねん」  それだけ言って、また私の手を取って歩き始める。母親の言うことは文として理解はできても、どうしたって感情はそれを否定していた。できないことに時間を費やしてしまうなんて、馬鹿みたいじゃないか。そうして苦い顔をしていたであろう私に、母親は再び問いかけた。 「じゃあ、あんたの夢はなんなん?」  一瞬、思考が解ける。意味もない問いかけを二度もする必要はないだろうに、なぜそんなに夢を知りたがるのか、意味がわからなかった。半端な理解のまま、私はただ浮かんだことを口にする。 「ここやない星に住んでみたいなぁ」  こんなくだらない星ではないどこかに。

いま生きてるわたしって

へたしたら あのとき 死んでたかもなあ 思い返してみて そういったことが 何度かあった そう考えると いま生きてるわたしって キセキなんだなあ ちょっぴり 誇らしく思えた

I was done recording and went down here very hard. We have a here now.

Eric about we had a recovery but I have a break down now we have a rehab that we have that we have that but that we have a bunch of stuff to do all right Debra found the way down of a head. Do I have a we have a dead have a dead dead dead recover dead dead dead be dead was dead. Very good. Come to have a buddy. They have a cab over that have a dead that’s what that’s dead with that hip broke while ready without have without have without break up without have about a dead dead, dead dead, dead be dead ditch and we gonna come down here without death. That’s what I would have go better with but that’s pretty bad with that cab with cab and go with that we have with David with that I’d rather we have a cup of water without head out of a dead devil go with data that was with that I could come to work with that with that with that better you go to work in the welcome water that we have we could go to recovery. Have a nap with David that I have about a date that we could go to work with with David going to have a vet that we have out without that I could have a book without it without that have a burger could we have a bit that cover with that have never dead with that and I could rehab about it with that we have a death out of that and able to have a bunch of otherwise, that way without a dead ditch, I’ve been dead out of a dead dead could come go to work break up with that. I have a dead dead by dead, dead dead that have a cover work hoodie that we have a buddy that I could come up with that we have a bit of data that we have with that cover him and now with a dead dead dead that I could come work with that we have out of a dead we have never died of a dead, dead, dead with dead dead never that I could go to rock have a buckle out of a dead we have about that go to bed. We have a buddy that I could cover with That had a better way could have a back about that that that that that that that we get a break with that that way that that day and medical cover a couple rehab

帰去来の記

 帰(かへ)りなんいざ。田園将(まさ)に蕪(あ)れんとす、胡(なん)ぞ帰らざる。  既に自ら心を以て形の役(えき)と爲(な)す、奚(なん)ぞ惆悵(ちうちやう)として独り悲しまん。    帰ろう、田園は手入れもせず荒れ放題放題なのに、何故帰らないのか。  既に心身が疲れきっているのに、今更、宮仕えを辞さずを得ないことを嘆くことはなかろう。  古人の詩を口ずさんだものの彼自身は、このような気分にはなれなかった。  部屋に籠もっていては気分が沈むばかりと、彼は散策に出かけた。  生まれ育った土地ゆえ、遠くに見える山々も道端の草花すら心に馴染む。いつしか子供の頃遊んだ土手についた。  目の前に見える山に、日はまさに暮れようとしていた。鳥たちは巣に戻ろうと大慌てで飛びいそいでいる。  幼い時は何も感じなかった風景だが、今は心を動される。  脳裏に昔日のことが走馬灯のように浮かんできた。    父親から初めて「千字文」を教えられた時、意味など分からず、ただ父親を真似て読み、書物の通りに砂板に書いた。  やがて文字の意味を覚え文章が解るようになると学ぶことが楽しくなった。多くの書物を読むうちに様々なことを知り、自身のなすべきことを理解した。  士大夫家に男子として生を受けた自身がすべきことは出仕して王を扶けて国家と民に尽くすことだった。そのためには、まず科挙に合格せねばならなかった。  猛勉強した彼は数回に及ぶ試験に全て壮元で合格し、新進官僚として朝廷入りした。  様々な部署で働き、また地方にも赴任して実績を積んでいった。  この間に結婚し子供も得た彼の人生は順風満帆だった。  こうしたなか、これまでの実績と学才を見込まれて王世子の師傅に任命された。  世子は素直で賢かった。彼がかつて父親から教えられたように世子に千字文を教えると、世子は幼い頃の自分のようにたどたどしく読み、一生懸命砂板に書いた。  そして、かつての自分と同じように学ぶことを好み、多くの書物を読むようになった。分からないことがあると彼に訊くのだった。  世子が成人する頃、王が突然、世を去ってしまった。  規程通り世子が玉座に就いた。年若い王は師匠である彼を側近にした。  彼は身の程をわきまえ、出過ぎることなく王を支えた。  生真面目な王は善政を敷くべく努力した。  彼は、こんな王を頼もしく思った。  だが、不幸にもこれは長く続かなかった。  最愛の王妃が出産直後に亡くなってしまったのである。  幸いなことに御子は無事だった。王にとっては初めてだったこの王子を王はたいそう可愛がった。  王子を心の支えして王は悲しみから抜け出し、以前のように政務に励むようになった。  真面目な性格ゆえ表には出さなかったが、最愛の人を失った心の隙間はなかなか埋まらなかった。  ある日、ふとしたことから王は侍女の一人と深い関係になってしまった。そして、この頃から王の政務がおかしくなっていった。実はこの侍女はある大臣に連なる者だったのである。  まもなく侍女は身籠ったので承恩尚宮となり側室の一人になった。  子を宿した尚宮に王は溺れていった。今は王の唯一の女人となった尚宮を通じて大臣は権勢を振るうようになった。  賢いお方なので、そのうち分かるであろうと静観していた彼は、ここに至って遂に王に諫言した。  以前とは異なり、彼の諫言は王の心に届かなかった。それどころか彼のことを疎んじるようになってしまった。加えて、朝廷内には彼の味方は全くいなかった。  朝廷に失望した彼は職を辞して生まれ故郷に戻ったのだった。  周囲が暗くなり始めたので彼は家に戻ることにした。  小ぶりの門を潜って屋敷内に入ると庭の片隅に妻の姿が見えた。  声を掛けると、生垣の下に咲いていた菊を摘んでいたとのことだった。  都育ちの妻はここでの暮らしが気に入ったようだった。  ここに来たばかりの頃、妻に“ずっとこの地で暮らすことになるかも知れない”と言ったところ “構いません、ここは良いところですので”と笑顔で応えたのだった。  自室に戻ると彼は机の上に紙を広げ筆を取った。 今宵も王への上書をしたためる。この地に来てから彼は毎日、一日も欠かさず書き、送っている。果たして主上は御目を通して下さるだろうか。   心遠ければ地自ら偏なり  いにしえの詩人とは異なり、自分は“心が(世俗から)遠くはなれているので、住む土地も辺鄙なところとなる”という心境にはなれそうもない。  書を仕上げた彼は苦笑するのだった。

10/13 ー若狭にてー

長い考査を終えた、日曜である。母の少し遅い誕生日祝いをかねて、福井へ小旅行に出かけた。名物の烏賊丼は新鮮だった。刺身をなでる潮風に、磨かれたような艶が揺蕩った。結露に濡れたコップの水を飲みほして、満足気に磯臭い駐車場を抜け出した。 砂利の軋むような音を鳴らして山道を駆け上り、有名な展望公園に着いた。気温のわりに、山の日差しは強かった。 順路の始め、青虫を見つけた。しかし、青虫というには不釣り合いに、でっぷりとしていた。連休と気候の重なりで客は多かった。その中で、そいつは大きすぎた。降りそそぐ巨足を免れるには、あまりに鈍重だったのである。 無意識の乾いた靴跡に、静けさが際立った。小さな彼は、艶やかだった。 偶然にも踏み避けてずんずん進む母親を、人混みを掻き分けて追いかけた。

記憶の霧が晴れた夜空

 運転手の八坂は、深夜専門の個人タクシーを営んでいた。  日中は寝て、日が落ちてから活動する夜の住人だ。眠れぬ人や、帰る場所を探す人を乗せて、今日もひとり、静かな夜道を運転している。  その晩、終電が終わった郊外の駅前で、一人の少女が手を挙げた。  十三か十四才に見える。夜中にしては場違いな年頃だ。  ワンピースの胸元には、小さな万華鏡が紐で吊るされていた。妙に古風なつくりのそれは、まるでお守りのようだった。  「乗ってもいいですか?」  「どちらまで?」  「星がよく見える場所まで、お願いします」  言葉に迷いはないが、行き先は曖昧だった。  八坂は黙って頷くと、車をゆっくりと走らせた。エンジンの音だけが夜の静寂を縫っていく。  「昔、夜空を見るのが好きだったんです」  少女がつぶやいた。  「母とよくドライブに行きました。どこに住んでいても、星は見えるからって」  「お母さんと……今も?」  問いかけに、少女はかすかに笑って首を振った。  「いません。あの人は事故で……私を迎えに行く途中で」  八坂はハンドルを握る手に力を込めた。  「君のお母さん、名前は?」  「……八坂 桔梗。あなたの奥さんでしょう?」  車内の空気が凍った。  少女が首にかけていた万華鏡を八坂に差し出す。  「この万華鏡、最後まで母が大事にしてたって、遺品から出てきたんです。これを持って星を見に行けば、きっと母に会えるって……何故かそう思ったんです」  万華鏡の内部には、かつて八坂が書き残した手紙の断片が仕込まれていた。  《星はどこにいても見える。だから私は、どこにいても君を想っているよ──八坂》  それを少女が読みあげたとき、八坂の記憶の底がゆらりと波打った。これは、娘が義父母に引き取られる際に書いたものだ。    彼は、妻と娘を同時に失ったと思い込んでいた。あの事故以来、全てが止まっていたのだ。  今思えば、自暴自棄になっていた八坂から娘を離したほうが良いと義父母が判断したのだろう。義父母にとって可愛い初孫であることだし、八坂に任せられないと思うことは当然の帰結。  おぼろげな記憶の中に幼少の娘が思い浮かぶ。その姿は目の前の彼女と年齢こそ違えど、瓜二つだった。おそらく、八坂が育児放棄していた頃の記憶だ。  何故、娘が生きていたことを忘れていたのか。その疑問は直ぐに氷解した。己は生来、都合が悪い記憶は忘れるロクデナシだったからだ――と八坂は己を責める。  だが、客観的に分析するならば、それは精神の病によるもので仕方がなかった。それによって、八坂は深夜専門の個人タクシーという特殊な職に就くことになるぐらいには。  「……君はいま、幸せかい?」  「はい、祖父母は優しく接してくれてます」  彼女は窓の外に広がる夜空を見つめながら、ゆっくりとそう答えた。  そのとき、雲が切れて、星がこぼれるように広がった。  八坂は車を停め、少女の隣に立って空を見上げた。  万華鏡を覗くように。その夜空の奥には、見たことのないほど美しい星々が、無数に回転しているように美しい。  彼は思った。これは夢ではない。娘は今、生きて隣にいる。その事実で、長い悪夢からさめたようだった。  ――――――  お題:「夜空」「万華鏡」「運転手」

『継ぎ接ぎ』

記憶の売買が合法化され、十年が経つ。俺はいわゆる「記憶屋」で、古びたデータチップを漁るのが趣味だった。売られる記憶に、不幸は存在しない。誰かの幸福だった過去を、安酒のように呷るのが堪らなかった。 その日見つけたのは、『夏祭り』という名の中古品。再生すると、ざわめきと林檎飴の甘い香り、そして隣を歩く浴衣姿の少女の笑顔が流れ込んできた。完璧な没入感。俺は確かに、その幸福な少年だった。 満足して現実に戻る。 微かに、左目の下に違和感を覚えた。頬をぬぐった指先には、思い当たる節のない水滴が付着していた。 チップのラベルを裏返す。そこには、小さな文字でこう書かれていた。 『(少年Aの記憶の不適切箇所を修正。少女Bとの記憶に上書き済み)』

星が生まれる時

 この世には飲むと一つだけ願いが叶うお茶があるらしい。  私ならどんな願いをかけるだろう。不老不死──違う。世界一の美貌──違う。そんなものでは足りない。もっと規模の大きな何かを──。  ある日の晩、目の前に白色の扉が現れた。その扉をなんとなくくぐると、暗闇の中で輝くティーカップが浮かんでいるのが見えた。それを手に取り、口に運んでみる。 「貴女は何を望む?」 「えっ?」 「貴女の願いを一つだけ叶えよう」  一瞬にして私は光に包み込まれ、穏やかな眠りの中にいた。  目が覚めた時にはたった一人で宇宙に漂っていた。私は新星を司る孤独な女神になっていたのだ。  

生きた証

 旅人は歌う。  最北の国が滅びたと。  ドラゴンが現れ、火炎を吐き、燃え盛る家々の合間を縫って逃げ落ちたと。  そのドラゴンは隣国の騎士によって打ち滅ぼされたらしい。  この国にはドラゴンの脅威は訪れないと分かると、人々は安堵し、無事を祝い合った。  そんな中、旅人は倒れ、息絶えてしまった。この国に辿り着くのもやっとだったのだろう。  人々は旅人が寂しくないように花畑へと埋葬した。  墓石には旅人が最期に歌った詞を記して。  それはおとぎ話となり、この国の子供たちに語り継がれることとなる。  話は段々と誇張されていき、ドラゴン狩りへと発展していった。  

【超短編小説】「夕日」

「夕日がきれいだよ」ある夕方、コンビニの店内の防犯カメラは、視線の先にいた老婆に、そう声をかけられた。防犯カメラは、首をもたげ、店の外の夕日を見ようとした。しかし、なかなかうまい角度が見つからない。じたばたしている防犯カメラを見て、老婆は微笑み、スルメイカを万引きして去っていった。

時間停止

 雨空の下、取引先に向かう途中、私は奇抜な色をした腕時計を拾った。  俺は35歳、独身、平社員の営業マンで平凡な日々を過ごしていた。  「そういえば、この時計どっかで見たことあるような....」  昨日私は、時間停止モノのアダルト動画を観た。  時計のストップボタンを押すと時間が止まって、如何わしいことをする作品だ。  その作品に出ていた時計と瓜二つだったのだ。  その時計の右斜上にはSTOPと書かれていた。  もしかしたら...と思い、私はSTOPのボタンを押してみた。  するとザーザー降っていた雨音が徐々に小さくなっていき、雨粒は綺麗な球体となった。  「・・・すごい。実在するんだ。」  「これでこの世の全てを手にすることが出来る」と思った私の顔を稲光が照らした。  取引先での私は終始ソワソワしていた。  その後、その気持ちを抑えるため喫茶店に入った。  店に入ってテーブルに着くと40代の女性店員が「いらっしゃいませ」と笑顔でお冷とメニューを置いた。  私は、その笑顔を見てドキッとした。  後ろめたい物を拾い、良からぬことを考えているため、女性の笑顔に驚いたのだ。  今や何でも思いのままにできる、この俺が、何を驚いているんだ。    最初はこの人にしよう。 俺は、そう思った。  私は、コーヒーを注文した。  しばらくすると彼女はコーヒーを手にこちらに近づいてくる。  「今だ!」  私は、腕時計のSTOPボタンを押した。  きっと心地よいであろうBGMが流れていた店内は静寂に包まれた。  私は、席から立ち上がった。    その瞬間、ゴンと右の太ももを机にぶつけて、その反動でよろけて、彼女を押し倒した。  まだ店内は静寂に包まれている。  馬乗りの状態になっていた私は、彼女の服に手をかけたその時  ズキィ  先程ぶつけた太ももに激痛が走った。  その痛みは段々と激しくなり、私は一人ではどうしようもなくなり、腕時計のSTARTボタンを押した。  店内には悲鳴が上がり、彼女は倒れた時の痛みに悶えていた。  店に駆けつけた警察に私は逮捕された。  その後、裁判にかけられ私は執行猶予付きの有罪となった。  取り調べで、時計のことを説明したが、あの事件以降STOPボタンを押しても時間は止まらず、私の供述は信じてもらえなかった。  時間停止の能力は、実際に時間が止まるわけではなく、腕時計を身に着けている者が超高速で動いていただけだった。  それ故、机に太ももをぶつけただけで激痛が走ったのである。  仕事もクビになり、実家に逃げ込んだ。  それからしばらく経ったある朝、私は何かしなきゃと思い、朝刊を読むことにしてみた。  そこには、「快挙!マラソン谷口昴選手が世界新記録!」、次のページには「お手柄!地元サーファーが溺れている小学生を救出」との見出しが書かれた記事が目に入った。    彼らの写真には見覚えのある腕時計がついていた。   おしまい          

つまりそういうことなんだよ

そうなんだ キミは ねこを 飼っているんだね え? ぼくかい? ぼくはねえ ねこといっしょに 暮らしているのさあ

窓の外

窓の外では牛乳を混ぜた雨が降る 男は閉じた傘を振り回し 踊るとみせてのたうちまわる 窓の外では夢想家の男が鍵を作る 金もないのに街へ向かう 着替えも持たずにバスに乗り 窓を叩いて歌いだす 窓の外には 十九世紀のフランスもサーカスも 見たことないけどそこにある 鍵のかかった窓を 誰も外から開けてはくれない

十八歳の秋

午後十時のカレーチェーン店 友人は今日もカレーライスを頬張る 毎週金曜日、画塾の帰り道 私たちは一緒にカレーを食べる 「よく飽きないね」 いつにも増して重いスプーンを ゆっくりと口に運ぶ 友人は水を飲んで話し出す 「母さんの作る料理はどれも美味しい  でもカレーだけは味がしない  だから母さんには  カレーが嫌いって言ってる」 友人はスプーンいっぱいにカレーをすくい 口に入れると 口角を少し上げる 私もひと口食べる やっぱり味がしない 食べすぎて飽きてしまった それでもきっと、来週も 私はカレーを食べているんだろう いつか教えてあげないと 制服についたカレーの匂いに きっとお母さんは気づいているよ

沈黙

覚えたての歪んだ文字と 音の取れない歌声では 何も伝えられない 口を開けば抑揚のない話し方で 嘘ばかりついてしまう 花瓶の花は枯れてしまった 握ったおにぎりは冷めてしまった 汚れた靴はそのままで 白紙のノートに線を引く