人生で初めて、ひたち海浜公園へ行った。 ネモフィラが一面に咲き誇っており、青に沈んでいく感覚を得た。 人生で初めて、鳥取砂丘に行った。 砂粒が一面に敷き詰められており、金に落ちていく感覚を得た。 結果、真理を得た。 花も土も、変わらない。 あまりにも壮大な光景の前では、人間の感じることなどさして変わらないのだと。 「来てたお見合い、全部受けます」 「どうしたんですか、急に」 きっと、それは人間も同じなのだろうと考えたら、えり好みをしていた自分が消えた。 もっと可愛い人がいい。 もっと稼いでいる人がいい。 もっと共通の趣味を持つ人がいい。 私が結婚相手に課していた条件が、音を立てて崩れて消えた。 きっと、誰もにいいところがあって、ただ色が違うだけなのだから。 隣の芝は青いとは、よく言ったものだ。 赤か黄か緑か、青以外の色を選んだ人には、青が眩しく見える。 ただ、それだけのことなのだろう。
ベランダに出てみると、私の一歩を合図にでもしたみたいに、干してあった洗濯ものたちが一斉にゆれた 愉快そうに、そして、楽しそうに ―ふふん 思わず鼻歌だってこぼれてしまう 春風と洗濯もの、ふたりに同時に呼ばれたような気がして、沈んでいた気分がいっきに跳ね上がる 空はどこまでも高く、太陽の光はシーツの白さを透かして輝いている パタパタと小気味いい音を立てる彼らの、拍手でも受けているかのよう いまの私は、このベランダ限定、いっときの人気者 これだけ愛されているのだから、今夜は自分にご褒美をあげてもいいはずだ とびきりの、うんととびきりの ―そうだ、あのちょっといいワイン、開けちゃおうかな コルクを抜く音が、耳に届くような気がする なんたって私は、いま、このベランダ中で一番の人気者なのだから
何故だか、友達ができなかった。 変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。 でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。 「変な顔だなんて、酷いよね」 ぼくには、ぼくの影がついている。 顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。 唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。 どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。 「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」 壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。 「やる?」 驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。 唯一の友達と、お話しできたことが。 「やる!」 ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。 そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。 「早くやろうよ」 「うん!」 影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。 影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。 一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。 「他に友達は作らないの?」 ぼくはゲームの手を止めた。 「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」 ぼくは思わず吹き出した。 影も吹き出していた。 二人でひとしきり笑った後、影が言った。 「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」 次の日。 変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。 そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。 ぼくは殴り返した。 足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。 結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。 そいつとは互いに謝って終わり。 クラスでたまに話す仲くらいにはなった。 喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。 「ぼく、友達増えたよ」 ぼくは影に報告をした。 でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。 代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。 最近のぼくは友達と遊んでいる。 たまに、影ともじゃんけんをしている。 決着は、一度もついたことはない。
「ねえ。元カノの写真、消してよ」 「え。でも、これだって大事な思い出だし」 いい彼氏だった。 でも、元カノとの写真を消さないのが嫌だった。 時折写真を眺めては、にやけ顔を噛み殺しているのが嫌だった。 今の彼女は私なのに。 昔の彼女が、私の居場所を奪っている気がして。 「もしかして、元カノとより戻したいとか思ってるの?」 「は? ないない。別れてから、もう連絡もとってないし!」 「じゃあ写真も消せるでしょ? 今の彼女は私なんだよ!?」 「意味わかんねえ! ただの思い出だって!」 女の恋愛は上書き保存、男の恋愛は新規保存、と言う言葉を聞いたことがある。 なるほど、こういうことかと納得した。 「別れる!」 結局、溝が埋まることはなく、しばらくしてから私たちは破局した。 「私の写真、全部消しといてよね!」 きっと消してはくれないだろうと思ったが、負け惜しみのように叫んだ。 「はー。どこかいないかな。過去をひきずらない男」 「いるよ。かなり癖あるけど」 私が愚痴を零すと、友達が男友達を紹介してくれた。 何度かデートして、晴れて恋人同士になった。 私のトラウマを話すと、新しい彼氏は私に、スマホの中を見せてきた。 元カノの写真なし。 女友達の写真なし。 というか写真が一枚もなし。 過去を一切振り返らない、新規保存の対極のような人だった。 休日はデートして、時々彼の家でお泊りをして。 元カノのいない真っ白な思い出に、二人で思い出を描いていくのがとても心地よかった。 ただ、新規保存も大切なんだということを、この人で学んだ。 「今日のハンバーグどう? 前より上手くできたと思うんだけど」 「前、ハンバーグ作ってくれたことあったっけ? 美味しいよ」 「先月は水族館行ったじゃん。今月は、動物園行かない?」 「水族館? 行ったっけ?」 新しい彼氏は、何も覚えなかった。 何も残さなかった。 元カノの写真がないように、私の写真もスマホに増えることはなかった。 私のスマホに、彼氏との写真が溜まっていくばかり。 「元カノの写真だけを消すって、そんなに難しいことなのかな」 部屋に一人。 元彼と今彼の顔を思い浮かべながら、私はスマホをひらひらと振っていた。
あぁー幸せだな.... こうやって布団の上に寝転ぶのはほんとうに気持ちがいい。 このまま溶けてしまいそう。 君が隣にいれば もっと幸せになれるのに 君はもう溶けてしまったよ。 あぁ、君は どこにいるの?
暗い宇宙の片隅で、ひとり食べる食事は、さみしくて味気ない。いくら好きなものを並べても、かつては高級ともてはやされていたものをそろえてみても、やっぱり、ひとりでは… ―いくら高級と言っても、こうなってしまうと… 意味なんてないな ひとりの食事はむなしい。誰かと話しながら食事をしたい。簡単なことだった。そんなこと、以前は当たり前にやっていた。それこそ毎日のように。しかし、仲間と一緒に、なんて、いまでは無理なこと。到底、望むことはできない。かつて暮らしていた星は、いまとなっては住めるようなところではなくなってしまった。脱出した人たちもいるのは知っている。けれど、どこでどうしているのか、それを知る方法はまったくない。 はああああ 小型宇宙船の狭い船内に、ため息が充満する。人前では躊躇われていたそのことも、いくら大きくついたところで咎める者の影はない。 ―ちょっと、ため息なんてやめてよね ―すまない、気をつけるよ ―ほんとにもう、まったく そんなやり取りすら望めない現実に、またしてもため息が。 宇宙に出て、何日が経ったのか。それを数えることに意味はない。 あと何日、こうやっていればいいんだろうか。それを思うことにも、やはり意味はない。 そう考えていた。昨日までは― その日、はじめてのことが起こった。 …そうで …った …れたものは …もどら …なの …しまえば …っている どこかからの通信をキャッチした。途切れ途切れの言葉。何を言いたいのかはわからない。どこから発信されているのかもわからない。わからなくてもいい。けれど確実に誰かはいる。それは確かだ。 おおおおおおおお その日、僕はわけもなく叫び続けた。ただ、ひたすら、声が枯れるまで― 暗い宇宙の片隅で、ひとり食べる食事は、さみしくて味気ない。いくら好きなものを並べても、かつては高級ともてはやされていたものをそろえてみても、やっぱり、ひとりでは… でも、いまもひとりではあるけれど、ひとりじゃないんだと実感できたから。どこかに誰かはいるのだから。そう思えたら、ひとりの食事も、あんがい悪くなかった。 ふふ
百メートル走決勝の前日。私は居残りで誰もいないグラウンドを走っていた。ラスト一周に差し掛かった時、後ろで足音を聴いた気がした。それは段々と距離を詰めて、私のすぐ背後まで近づいて来た。私の後ろから、私が追って来る感覚だった。走り終え、グラウンドを見渡した。ここには私しか居なかった。
昨夜は何だか騒がしかった。眠れてはいたが、物音を聞いた気がしていた。朝起きたら、枕元に花束やジュースが置かれていた。「まさか」と思いながら、洗面台の鏡の前に立つ。俺の禿げ頭の中央に、自動車のタイヤ痕が残されていた。どうやら昨夜、俺の禿げ頭の上で事故があったらしい。よく滑るから。俺は目を閉じて手を合わせ、それからカツラをかぶった。
コンビニの灯りの付いた窓ガラスに、透き通った黄緑色の羽を広げてそっと止まっている。クサカゲロウだ。夜になると、灯りの近くに来るから見つけやすい。2センチくらいかな。じっと見ていると、後ろから声をかけられた。 「塾に通ってない子どもは、外出しちゃいけないんじゃなかった?」 振り向くと、塾帰りの幼馴染の律花が友達と一緒に立っていた。 近頃この地域では、治安維持の為ということで、子どもは塾などの例外を除き夜は外出してはいけない規則ができた。私は塾に通っていない。私には虫の観察が何より大事。虫は夜になると違う顔をするし、夜にしか観察できない虫もいる。私は平気な顔をして適当に答えてその場を去った。でも、なぜか律花に言われると、胸の奥がキュウと苦しくなった。私はとてもいけない事をしている気がする。 翌日、律花のお母さんが家に電話をして来た。彼女は婦人部を結成して地域を守る活動をしている。母はいなかったので、律花のお母さんは直接、夜は外出しないようにと私をさとした。言い方はキツくない。 「あなたのことを思ってよ。あなたのところはご両親もいろいろとあるみたいだし。でも婦人部では、今後は日中もパトロールをしようかと話しているの。警察の人にも協力してもらってね。」 電話を切った後、ドキドキした。日中も自由に歩けなくなったら、虫の観察はもっとできなくなってしまう。でもなんで、律花や律花のお母さんは私に構うのだろう。小学校の頃からそうだった気がする。 私は通っていた小学校へ久しぶりに行ってみた。もう学校は終わっていて、よく知っているお掃除のおばさんだけがいた。挨拶がてら話をしていると、お手洗いへ行きたくなった。 「この学校のお手洗いって、古くて汚れているから行きたくないんだよね。」 「大丈夫よ。この間、役所の工事が入ってね。随分と綺麗になったんだよ。」 おばさんは新しくなったお手洗いを指して自慢気に言った。 確かに入り口からして綺麗になっている。昔は陰気に湿っていた入り口が、今はすっかり新しくなって、自然な木目をいかした素敵な扉が付いていた。 「もう何度も洗い直ししなくていいから助かるよ。」 おばさんは、腰を手に当てて嬉しそうに言った。 お手洗いへ行き用を済ませると、個室の外で物音がした。数人で何か話をしている。律花のお母さんの声だ。婦人部のパトロールで小学校にもやって来たらしい。 彼女は、私の入っている扉の前に立つと小さくノックした。 私は何も返事をしなかった。 鍵はかけたはずだけれど、一応、ドアノブを抑えた。 彼女はドアノブに手をかけたようだったが、鍵がかかっているので諦めたようだ。誰かと話しながら行ってしまった。 ふぅ。良かった。 すると次に、警察官のような男がドアの外にやって来た。なぜかは分からないけれど、私は彼の姿を心の目で見る事ができた。顔は真っ白で目も口もない。ハートも動いていないみたいだ。 私は今度もドアノブを抑えた。 男は、ドアを強くノックした。 ガンガン、ガンガン、ガンガンガン。 ドアが壊れそうに揺れた。 男は、隣のドアも叩いた。 「どこでもいいのなら、この個室には人がいるんだと分かれば、諦めるだろう。」 私はそう思って、ドアを叩いて『入ってます』の合図をした。 すると男は、逆にこちらに興味を持ってしまった。 ガンガン、ガンガンガン。 ドアノブも激しく回し出した。ガチャ、ガチャ、ガチャ。 私は何も答えなかった。 男は強引で、しつこく諦めなかった。鍵穴やドアの隙間から、こちらを覗こうとした。私は中が見えないように隙間を手で押さえた。 カチャッ 男が拳銃を用意したのが見えた。 私は男が去ったら、またドアから出ようと思っていた。でも、その音を聞いたとたん、後ろを振り返った。 後ろには個室の仕切り板があった。その板に登ると、壁の上部に小さなドアがあるのを見つけた。部屋の上部に小窓がある事があるが、小窓ではなく木製のドアだった。ドアには鍵がかかっているが、中から開けられるようになっている。私は仕切り板を乗り越えてから、壁に取り付けてあるドアまでよじ登った。 そんなに大変じゃなかった。 ドアを開けると、そこは小学校の校庭だった。 「待っていたよ。僕の背にのりなよ。」 声のする方を見ると、大きなクサカゲロウが背を向けて待っていた。 私が彼の背に乗ると、クサカゲロウは水滴型の透明な羽を広げて飛び立った。 後ろを振り返ると、出て来た出口がどんどん遠ざかって行く。小学校ごと小さな豆腐のようになって行った。 自宅へ戻ると母と父が別れる事になったと聞いた。どちらを選ぶかと聞かれて、父には悪いけれど母を選んだ。母は実家のある田舎へ引っ越すそうだ。私は虫博士になると決めた。(おわり)
駅にはゴミ箱が設置されている。『燃えるゴミ』『燃えないゴミ』『缶』『ペットボトル』『人型ゴミ』朝のラッシュ時、人々がそれぞれのゴミ箱にゴミを捨てていく。一通り混雑が終わった後、『人型ゴミ』のゴミ箱を覗く。人の形をした紙片、人の形をしたプラスチックの板、人の形をした肉塊などが捨てられている。それをぼんやり眺めるのが、無職生活の楽しみだ。ふいにゴミ箱が揺れる。「俺を助けろ!」そんな声が聞こえる。『人型ゴミ』のゴミ箱に、ゴミ人間を捨ててしまう人がいるのだ。マナーの低下である。俺はポケットから愛飲している精神安定剤を取り出し、一粒、ゴミ箱の中に投げる。声が聞こえなくなる。ゴミ人間が、精神安定剤を飲んで落ち着いたのだ。良いことをしたので、俺は少なくとも今日一日は、ゴミ人間ではない。
玄関の扉を開けたら、そこに桜の花びらが落ちていた。舞ってきた、と言う表現が正しいように、まばらながらにある程度存在するそれは、おそらく近くの公園から飛んできたのだと思う。私は散歩に出た。 例年より暖かい傾向は、これから先普通となるのか、今年が特別おかしいのかは私にはわからないが、勘弁してほしいと思う、肌寒いくらいがちょうど良いのだ。公園では半ズボンの子供がボールを蹴っていた。そこに舞う桜。こんな短い時間でこれだけ花びらを降らせて、すぐになくならないかと心配したが、元来桜はそう言う物であった。 桜、桜。桜といえば、国語の授業で桜守について扱っていたものがあったなと思い出す。桜は五日間しか咲かず、残りの三百六十日の世話の様子を見る人間は少ないと言っていた。日本人特有の侘び寂びであるとか、儚さへの尊さというのは、桜を見て育ってきたからそれが身につくのか、それが身についていたからこそ桜を愛でるようになったのかわからないが、ただ一つ、仮に年中咲く桜が開発されたとして、それが流行ることはないだろうと言うことだ。ともかく、その桜守には頭が上がらない思いで、当時、意味もなく、若しくは意味をもてあましながら呆けて見ていた桜にはもちろん縁の下の力持ちがいるものだよなと気づいた。死体が埋まっているかも、と言う話ではなく。もしそれを見て見ぬふりするのであれば、私も大多数がそうであるように、惚けて儚い桜をも見るか。 春とも春入りともいえぬ陽光と少し乾いた風は、強烈すぎず、雲がかったものほどでもなく、ちょうどよかった。以前、上野に行った時、桜が咲いてすらいないというのに、桜祭りという名目で祭りが開かれているのには目を疑った。私は一般展示を見たかったというのに、その祭りの影響で行くことができなかったというのは苦い思い出ではあるのだが。ブルーシートを引いて座っている人を見た時もまた、もはや桜が道具のように思えて、私は少し嫌だった。人をいい気にさせるだけの道具のように。もっとリスペクトがある場所であればよかったなと思う。団子より花よ。 つまりは、桜は美しいものの象徴として丁重に扱われるべきで、こう言った桜を銘打った場であってもなくても、そのような意識は持っているべきである。そうでない人間を日本人ではないというつもりはほとほと無いが。形骸化した祭事にはもはや元の意義は無く、そのような意識でいるから、その意義を知らない人間ばかりが集まってくるのだ。理由のない物事は陳腐で俗的に利用されるものとなってしまう。 桜は学校の前に植えられることが多い。そのため、このような場所というのは特に桜を街路樹として使うのだが、道路側にはみ出しすぎた枝は切られている。結局は人間本意で、どれだけ桜が日本人に敬われ、親しげに、あるいは厳かに佇んでいられる環境にありながらも、美しいだけではダメらしい。
近くに病院があり、そこから毎日、決まった時間に、紙飛行機が飛んでくる。屋上に老人が現れて、紙飛行機を飛ばしているのだ。一度、その病院から出てきた看護師に尋ねた。看護師は答えた。「あの人は元パイロットなのです」紙飛行機は毎日飛んできた。それらはもれなく墜落した。ある日、病院の前にパトカーが何台も停まっていた。後で聞いたら、老人が屋上から飛び降りたらしい。目撃者によると、両腕を翼のように広げていたらしい。空を見上げた。空は遠かった。
親友であり幼馴染の華織が死んだ自殺だった。 原因は部活内での虐め。 九月一日二時丁度に飛び降りる華織を監視カメラが捉えていたそう。 華織の部屋に遺書が置いてあったらしい、その内の一つが私宛の手紙だった。 「命へ 何にも言えなくてごめん。 命のことだから何か出来ることがあったはずって、自分を責めるかもしれない。 でもそんなこと絶対にない。 命は何にも悪くない、命と話す時間は楽しかった。 命、今までありがとう、私の親友で幼馴染で、側にいてくれて、命といたこの十数年楽しくて、幸せだった。私の心の拠り所で本当にありがとう。 約束『おばあちゃんになっても一緒にいる』守れなくてごめん、命、大好きだよ、ありがとう。」 これを読んで華織が死んで初めて泣いた。 心のどこかで華織が死んだことを受け入れなかったのかもしれない。 それからバレーボール選手という夢を捨て、教師になった。 周りからは反対された。キャプテンになる予定もあるのに勿体無いと。 それでも教師になりたかった。 今年初めて担任を持つ、緊張しながらもドアを開け、教卓に立ち自己紹介をした。 「初めてまして1年4組の担任になった朝野命です。 趣味はバレー、女バレの顧問もしているので是非入部お願いします。嫌いなことは虐めです高校2年生の時、親友が自殺しました。」 「私は親友みたいに死んでしまう子を、私みたいに置いてかれてしまう子を、減らしたくて教師になりました。」 「どんなに些細なことでも良いです。 少しでも苦しい、辛い、そう思ったら周りの人達を頼ってください。 友達でも教師でも親でも誰かに相談して溜め込まないでください。 私はこのクラスが助け合えるクラスになって欲しいです。 長くなってしまいましたが私の自己紹介を終わります」 もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まる。 「命先生」 後ろから私が担任を務めているクラスの一瀬沙希が話かけてきた。 夏休みの間、バスケ部に一度も顔を出していなかったそう。 「一瀬さんどうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって」 話を聞けば部活で3年生を中心に嫌がらせを受けているらしい。 そういう子を減らしたいと思っていても、出来ることは本当に少ない、私にできる最善は、一瀬さんを死なせないこと。 今、私は何をするべき? 九月一日は一年で最も『子供の自殺』が多い日。
彼は漁師になりたいと言っていた。 実家の隣の洗車場のおじさんは昔漁師を目指していたらしい。 大海原の特異点。 何故か練馬にぽっかりと空く鯨の潮の大噴射。 なんだかいやらしい。 釣りしてない。 体質的に釣りは向いている。 何故かよく釣れるのだ。 でも基本的にキャッチアンドリリースなので釣果が上がらない。 畑には魚の粉末はまだない。 リンがなくなるらしい。 外宇宙から持ってくるのかはたまた下水道からリサイクルするのか。 量子のもつれは今日も畑に鶏を呼び込もうと頑張っている。 漁師のもつれは何を世界に呼び込むのだろう。 今日はマグロを食べた。 マグロの女の子を知らない。 なんだかエッチだ。 知り合いのおじいさんがレスビアンを男に目覚めさせるのがたまらないと言っていた。 豪気だ。 量子もつれは性別の垣根を超え収束点へと向かう。 僕が女の子ならばモテない男の子の相手をしてあげられるのに。 でもその前にお風呂に入らせて髪を整え最低限の服装に着替えさせ女の子が何をしてもらうと喜ぶのかを教えなければ。 仏頂面の漁師になびく女の子は早々いない。 土まみれの土臭い農民ならなおさらだ。 量子演算である程度のモテシミュレーションはできるのかもしれない。 モテないことばかりしている。 漁師のもつれは今日も女の子を意固地にさせる。
高校一年の時の今でも鮮明に覚えている思い出がある。 その日は雨で七月ということもあり、じめじめとした暑さが体にまとわりついていた。 ふと道端に白い物が落ちていた。ビニール袋だと思い、通りすぎようとした時、それは狐だった。ぐったりと寝そべっている狐。 私は獣医でもないし、動物に詳しいわけでもなかったが、当時は直感的にこのまま放置していては死んしまうと思い、家に連れ帰った。 後から知ったことだが、狐にはエキノコックスという寄生虫がいるため触ってはいけなかったらしい。 今日は運がいいことに家族が帰ってこない日だった。濡れた体を拭き、温め、雨が上がったのを確認し、元いたところに返した。 その数日後、私の周りに些細な変化が起きた。今までいじめとまではいかないが、自分のクラスで少し遠巻きにされていたのが、急に声をかけられるようになったり、昔仲良くしていた親友から連絡が来たり、昔手放してしまいずっと探していた本が中古で安く売っていたり、父が気分転換にと買った宝くじが高額当選だったりと、私にとっても、家族にとっても嬉しいことが立て付けに起きた。 当時は『最近運が良いな』と思っていた。そんなある日に玄関に一輪の白いダリアが置かれていた。ダリアが咲くには季節外れの初夏、造花だと思い怪しみながらも持ち上げたが感触で生花だと分かった。悪戯かと思い辺りを見回すと白いふわふわな狐の尾のようなものが見えた。 私はある一つの馬鹿馬鹿しい妄想を思いついてしまった。 本当にありえないことだと思いながらもそのダリアを花瓶に刺した。本当に馬鹿げた妄想。 白いダリアの花言葉は『感謝』 狐は何を伝えたかったんでしょうね。
支援センターの近くのサンドイッチ屋さんが閉まっていた。 支援センターの人達は創作の日で絵を描いている。 サンドイッチ食べたい。 絵も描きたい。 でもみんなの前で描くのは恥ずかしいので(単にめんどくさいだけかも)知り合いが寝釈迦になっているのを眺めて時が過ぎる。 お腹がすいてきた。 絵で食べられる人は少ないなぁ。 嗚呼無意味に時が過ぎる。 サンドイッチ食べながら片手で絵を描く姿を想像する。 飯と絵画。 なんだかシュールだ。 おにぎり食べながら仏像を彫る姿を想像する。 なんだか涅槃に近づける気がする。 俺を襲え!と英語で歌ったが一向にそうなる気配がない。 正式な手続きを踏むと襲ってこれなくなる呪いでもかかってるのかな。 この調子で俺を殺せ!と歌ったらどうなるのだろう? 興味本位で歌ったら偉い目に合うかもしれない。 お腹が減った。 サンドイッチ買おうかな。 犬は落ちているパンを探しに今日も町をフラフラする。
「生きていて、すみません」 そんな殊勝なことはもう言いません。 あれは、若さと言う名の一種の甘えでございます。 今の私は、ただ、所在無いのであります。 道端の石ころにさえ申し訳が立たなくどうしようもない私の心臓は、あつかましくも時計の針のような顔をしてまだ動いているようであります。 この令和という時代は、どこへ行っても 「正解」が、糊のきいたワイシャツをぴしりと着こなして、自信満々に舗道を闊歩している。そんな光景に息が詰まってしかたがありません。 朝起きて、顔を洗い、きちんとネクタイを締めて、どこへ行くあてもないのに私は駅のベンチに座っている。そうしていると、自分がまるで誰かが置き忘れた古い雨傘のように思えてくるのです。 近頃の若い人たちは、妙に切実な顔をして 「コスパ」だの「タイパ」だのとおっしゃる。 彼らは、人生という名のパンを、いかに薄く、いかに効率よく切り分けて胃に収めるかという、浅ましいまでの熱心さで汲々としていらっしゃる。 私はそれが少し羨ましく、また、底知れぬ空虚の淵へ突き落とされるような恐怖を覚えるのです。 私などは、人生をいかに「無駄」に使い潰すか、そればかりを、まるで悪い病気のように考えて生きてきました。 夕焼けが美しければ、やるべき仕事など放り出し、道端にへたり込む。雨の匂いに亡き母の湿り気を見出しては、小一時間を呆然と過ごす。 世間から見れば、それはただの「澱み」であり、「死」に等しい停滞でしょう。 しかし、......その一文の得にもならない時間の重みだけが、私の薄っぺらな心臓を、かろうじて現世に繋ぎ止めているような気がしてならないのです。都会の真ん中に、時折、暴力的なまでに清潔な場所が口を開けていることがございます。 全面ガラス張りの、隅々まで磨き上げられたその喫茶店は、私のような澱んだ人間を拒絶する、白磁の器のようでございました。私は、なぜだかその冷酷な明るさに惹かれ、羽虫のようにフラフラと吸い込まれてしまったのであります。 そこでは若者たちが、銀色の薄い機械を叩き、眉間にしわを寄せ、「未来」という名の、その実、一文にもならない不確かな霊体を捕まえようと躍起になっておりました。その熱気にあてられ、私は隅の席で、ただ、泥の沈殿したようなぬるい珈琲を啜る。 ふと窓の外を眺めますと、そこには今にも消えてしまいそうな、淡い夕月が浮いていました。 「ねえ、あのお月様は、あれは誰かの涙が空で凍ったものだと思わないかね」 私は、隣の青年に、つい声をかけてしまいました。彼が抱えている「正解」という名の重石を、ほんの悪戯心で退かしてみたかった。 青年は、私の顔を奇妙な化け物でも見るような目で見つめ、それからまた、機械の画面へと視線を戻しました。 「月は、ただの岩石です。それより今は、来期の数字の方が重要なんです。……やめてください」 やめてください、ときた。ああ、左様でございました。 今の世の中、月は岩石であり、雨はただの気象現象に過ぎない。すべてに値札がつき、説明がつき、情緒などは「機械の隙間のゴミ」として処理される。 私は、自分の存在が、彼の打つキーボードの無機質な音に掻き消されていくのを感じました。 言葉を、文字を、愛を、あまりに信じすぎてしまった者の末路。ここに座っている雨傘一筆という名の、時代遅れの落とし物でございます。 逃げ出すように店を出て、夜の街を歩きました。 どこからか、遠い花火の音が聞こえたような気がしたのです。 ドォン、という、あの心臓の奥を直接叩くような響き。 いえ、それは単なる工事の音だったのでしょう。あるいは、私の古びた心臓が、最期の悪あがきに跳ねた空耳かもしれません。 けれど、私の胸の中では、確かにあの一瞬の、儚くも鮮やかな光が弾けたのです。 「ああ、綺麗だ。死ぬほどに、馬鹿馬鹿しく、綺麗じゃないか」 道行く人々は、誰も足を止めません。手元の小さな光る箱を凝視し、ここではない「どこか」へ急いでいる。 それでいいのだ、と私は唾を吐く思いで肯定しました。 誰も見向きもしない光を、たった一人で「綺麗だ」と愛でること。それは効率と正解に支配されたこの世界に対する、私なりの、最高に惨めな「意趣返し」なのであります。 足取りは、ひどくおぼつかない。けれど、心だけは、あの花火のように、一瞬だけ、真っ白に燃え上がっていたのでございます。 明日になれば、また「所在ない自分」に戻る。 それでいい。恥ずかしいことも、情けないことも、すべて私の愛すべき「無駄」なのです。私はこの救いようのない人生という時間の澱みを、最期まで、じっと見つめて、一抹の寂しい笑みを浮かべていたいと思うのであります。
妄想現実描いてたら現実見えた全部本当で全て 現実だった動く物語終わった事柄等全部妄想と 片付けた歪んだ現実社会が伝える物はとは希望 破滅の足音が忍びながら段々近づく我が国日本 万人の生き様が選別される基準値ならば格差の 代償は財閥制度、税金、消費者を造った万人達 政治家や富豪、富裕層に代償して頂きましょう 国債発行が13兆円の意味は日本国家の借金が 更に13兆円増額した事の証な訳否一体幾らの 借金が有るのでしょうかマジにヤバい日本国は 膨大な借金に由り崩壊の危機でしょうかこれが バブル時代の聖徳太子を紙の代わりに使用した 万物達へ最大な天の裁きかも知れない
血圧に引っかかった。 腹が立つ、これも上がる原因だろうか 鼻声の歌を聞く これ以上悪くなることはないから、今日は人生最高の日・・・ そう思いながら電車に乗る こんな日があってもいいかなと思う Lies Lies Lies Lies Lies ・・・Truth たくさんの嘘とひとつの本当 これが本当なのかは自分でもわからない 人生の歌を聴きたい なぜそう思ったか?僕が知りたい 漁師になりたい そうすれば四六時中悩まされることがないから 大海原へ向かう 嘘にも時がある あー文章が思いつかない・・・
目が覚めたとき、隣にあるはずのぬくもりはなかった。 喧嘩の翌朝。 昨夜のことを思い返す。きっかけは些細なことだった。夕飯の話が、将来の話になり、将来の話がいつの間にか言い争いになっていた。 桜子が「あなたは何も考えてない」と言ったとき、俺は「そんなことない」と言い返したが、具体的に何かを言えたわけじゃない。 気づいたら彼女はバッグに荷物を詰めていて、俺は黙って見ていた。玄関のドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。 数日で戻ってくるだろう、と思っていた。五年も一緒にいるんだから、お互いそれくらいはわかってる。 そう自分に言い聞かせて、普通に仕事へ行き、普通に飯を食い、普通に眠った。 ──けれど二日経ち、三日が経った。 LINEは既読にならない。電話は出ない。 四日目、さすがに心配になって友人に連絡する。 《桜子と連絡取れてる?》 既読がついてすぐ、通話がかかってきた。 「二日、うちにいたよ。一昨日出てった。色々考えたいって」 「どこ行くか、聞いてないか」 「聞いたけど、教えてくれなかった」 そうか、とだけ答えた。 「あの子、先が見えないのが一番しんどかったって。 優しいのも、大事にされてるのもわかってる。でも、何も変わらないって」 反論は浮かばなかった。思い当たることが、いくつもあった。 「あなたはどう思ってるの、桜子のこと」 言葉が出なかった。 大事だとか、必要だとか、そういう言葉は頭に浮かぶのに、口にすればたちまち薄くなる気がした。 「……うまく言えない」 「そういうとこじゃない?」 友人の声は強くなかった。ただ、逃げ場をなくすようだった。 電話を切ったあとも、その言葉が残った。 五日目、意を決して桜子の実家に電話をする。出たのは父親だった。 「君ね、娘をどういうふうに思ってるんだ」 低い声で、静かに怒っていた。怒鳴られるよりも、こちらのほうがこたえた。 「本当に結婚するつもりがあるのか。もう五年だぞ」 返す言葉がなかった。 ないわけじゃない。桜子のことを大事に思っている、結婚も考えている、ちゃんと向き合いたい。そういう言葉はいくつも浮かんだ。 でも喉のところで詰まって、うまく出てこない。どう言っても言い訳のように感じてしまう。 「……すみません」 それだけ言って、電話を切った。 その直後、桜子の母親からLINEが届いた。 《少し頭を冷やしてるって。無事だから心配しないで》 スクリーンショットが一枚添付されていた。 桜子のアカウントから送られたらしい短い文と、写真。曇り空の下、砂浜が続いている。消波ブロックが並んでいて、その向こうに灰色の海。 見た瞬間、どこかわかった。 一緒に暮らし始める前の秋、初めて二人で遠出した海岸だ。 電車を乗り継いで二時間以上かけて行った、こぢんまりとした浜辺。観光地でも何でもなく、地元の人間が散歩するような場所で、なぜそこにしたのかは覚えていないけれど、桜子が「また来たい」と言っていたのは覚えている。 俺は「いつでも来ようよ」と答えた。それきり、行かなかった。 気づいたら上着を摑んで、部屋を出ていた。 電車の中で、窓の外を眺めながら、いろんなことを思い出した。 つきあいたての頃、待ち合わせに遅れた桜子が駆け込んできて、「ごめん、走ってきた」と言いながら笑っていたこと。 俺が熱を出したとき、仕事帰りに来てくれて、何も言わずに看病してくれたこと。 誕生日に渡したプレゼントが気に入らなかったのか微妙な顔をしたくせに、半年後にはちゃんと使っていたこと。 どれも大したことのない話だ。語るほどのエピソードでもない。 でも、それが全部、桜子だった。 俺の日常のあちこちに、ごく自然に、彼女がいた。それがいつの間にか当たり前になって、当たり前のものは見えなくなる。 「何も考えてない」と言われたとき、俺は反射的に否定した。 でも桜子が恐れていたのは、たぶん、俺にとって自分が空気みたいになってしまうことだったんじゃないか。 海沿いの道を歩きながら、波の音が近づいてくるのを感じた。 かけがえない、という言葉がある。使い古された言葉だと思っていた。でもそれ以外に、今の俺にはうまく言い表せない。 桜子と過ごしてきた時間が、桜子の声が、桜子のいる部屋の空気が、どれだけ俺の中に深く根を張っていたか。 言葉にしようとすると、何かがこぼれ落ちていく気がする。 でも、確かにある。 それだけは、わかる。 砂が靴の中に入りながら、俺は海岸を歩き続けた。 遠くに、佇む人が見える。見覚えのあるシルエットが、ゆっくりとこちらを振り返る。 俺は走り出していた。
「地域ネコ、かわいいですね」 「この子、親がいないから、人の手で育てられた、半野良なのよ」 子猫はわたしの肩を見つめてまとわりつく。肉球の影は深い。 「あなたの服に、この子のお母さんの毛もこびりついてるよ」女の子はわたしの肩を見据える。不敵に、くすっと笑う。「肩の布シワが、寄ってるよ」
雨は、静かすぎるほど細かに降っていた。 行き交う車の音も、どこか遠くで鳴っているようで、現実感が薄い。 春の雨はもっと柔らかく暖かいものだと思っていたのに、今日は冷たくて、肌の奥まで染み込んでくる。 「桜、散っちゃうね」 そう言った私の声は、思ったよりも軽くて、まるで誰かのものみたいだった。 彼は振り返らない。 少し前を歩く背中は、いつもより遠く感じる。歩幅が合わないわけでも、距離が極端にあるわけでもない。ただ、そこにあるはずの《何か》が、もうない。 返事がないことに、驚きはなかった。 ここ最近、ずっとそうだったから。 雨に濡れた桜並木は、足元に淡い色の絨毯を広げている。薄桃色の花びらが水を含んで、重たく、踏まれるたびに音もなく崩れていく。 彼の靴が、それを踏みしめる。 黒い革靴の底に、花びらが貼りついては剥がれ、また次の一枚が潰される。その繰り返しを、私はただ見ていた。 あの靴を選んだのは、私だった。 就職祝いに、一緒に店を回って、何足も試して。 結局、少し背伸びした値段のものを「長く履くなら」と言って決めた。彼はそのとき、少し照れたように笑っていた。 あの笑顔を、もう思い出すのに時間がかかる。 いつからだろう。 話しかけるタイミングを探るようになったのは。 沈黙に理由を探すようになったのは。 手を繋ぐことに、躊躇いが生まれたのは。 雨粒が、彼の肩口を濡らしている。傘を差しているのに、なぜか濡れて見える。もしかしたら、それはただ私の目が曇っているだけかもしれない。 「ねえ」 呼びかけても、声は届かない。 いや、届いているのに、拾われないだけだ。その違いを、私はもう知っている。 風が吹き、枝に残っていた桜の花びらが落ちてくる。 雨に押されるようにして、ひらひらと舞うが、雨粒をまとうとどこか諦めたみたいに真っ直ぐ落ちる。 そのいくつかが彼の傘に触れて、すぐに滑り落ちた。 彼は前だけを見て、歩き続ける。私は一歩遅れて、その後を追う。 昔は、逆だった。 彼が少し遅れて、私の隣に並ぶタイミングを見ていた。歩幅を合わせるのが得意じゃなくて、何度もぶつかりそうになって、そのたびに笑った。 あのときの距離は、どうやって作っていたんだろう。 今は、どうやっても埋まらない。 足元に視線を落とす。 濡れたアスファルトに、花びらが貼りついている。その上を彼の靴が通るたびに、形が崩れる。 柔らかくて、軽くて、でも踏まれればすぐに壊れる。 まるで、今の私みたいだと思った。 言葉にしなければ、何も壊れない気がしていた。触れなければ、そのままでいられる気がしていた。 でも、それはただの先延ばしで、もうとっくに崩れているのかもしれない。 「……ねえ」 二度目の呼びかけは、さっきよりも小さくなった。 彼は振り向かない。その背中に、もう期待していない自分がいる。期待しないことで、傷つく準備をしている自分がいる。 雨が少し強くなる。桜は、さらに勢いよく散り始める。 視界の中で、花びらが増えていく。落ちて、重なって、踏まれて、形を失っていく。 彼の靴が、それを繰り返し踏んでいく。 その光景だけが、やけに鮮明に焼きついていく。 たぶん、これが最後なんだと思う。何が、とは言えないけれど。 この時間も、この距離も、この沈黙も。 全部が終わる手前の、曖昧な瞬間。 私は立ち止まらない。追いつこうともしない。 ただ、同じ速さで、少し後ろを歩く。 彼の靴と、地面の花びら。 その組み合わせだけが、なぜか美しくて、残酷で、忘れられないものになる予感がした。 やがて、並木道の終わりが見えてくる。桜のない道に出れば、この景色も途切れる。 その先に何があるのかは分からない。でもきっと、ここで終わる。 名前もつけられないまま、形も残さずに。 最後に、ひときわ大きな花びらが落ちて、彼の靴の先に貼りついた。 それが一歩で潰れて、水に溶ける。 雨は、まだ止まない。
『これは、貴方だけのスペシャルオファーです! 貴方は一週間の勝ち組人生体験に選ばれました!』 たどたどしい日本語で、そう言われた。 目の前には半透明の天使。 この世ならざる者の言葉に、少しだけ耳を貸してしまう。 「どうすれば、そのオファーを受けられますか?」 『はい。いま、承諾です。スペシャルオファー、適用されます』 家の前に高級車が止まり、俺はそのままでかい豪邸へと連れていかれた。 「お帰りなさいませ、若様」 そこから一週間は、夢のような時間だった。 一日中遊び続けて、食べたことのない高級料理を食べて、会いたい有名人全員に会えた。 朝も夜も、一秒たりとも暇な時間はなく、ただただ快楽に溺れ続けた。 一週間は、あっという間に流れた。 『延長は有料です。延長しますか?』 標準料金は年間三千万円だったので、辞退した。 元の家に戻ってから思うことは、虚無だ。 何度も有名人と撮った写真を見返しては、あの日のことを思い出す。 もう一度戻りたい。 しかし、彼らと連絡が取れることはなく、彼らはテレビの中から出てくることはなかった。 「体験なんてしなきゃよかったかなあ」 思わず後悔が襲う。 「俺、この人とマブでさあ」 「え! 嘘?」 「もしかしたら、会わせることもできちゃったりするかも」 今は、有名人と撮った写真を使って、ほそぼそと生きている。 プライベートな空間でのツーショットは、効果覿面だ。 架空の信用力が、俺に金と機会を与えてくれた。 年収は、ようやく一千万円に届く。 誰を不幸にしてでも、俺は延長の権利を買うんだ。
夜は世界が瞼を閉じた世界。 あの月や星は世界が見ている夢の一端。 世界が寝ているとき、私は眠れない。 寝息ばかりの世界で、独り息苦しくしている。 世界の全てから置いてけぼり。 夜は私の国になる。 民も何もない私の国。 陸に上がった魚のように呼吸が難しい。身体が激しく脈動する。 独りぼっちの王様は重力で重たい身体を引き摺って、 暗い世界で星を飲む。
今、私はバスに乗っている 他に乗客はいない 私は一番後ろの広いシート席の端っこに座り、海を見ている 白い砂浜に広い海 潮の香りはしないが波の音は聞こえる とても静かな時間だ 寄せては返す波のように色んな事が頭に浮かぶ 最近、孫の風太は小学校でヤンチャぶりを発揮しているらしく、悪ガキと喧嘩をして帰ってくる事もあるらしい。たくましくなったものだ。もう私の膝の上には座らないのかもしれないな。 渚さんは身重になって風太の妹をお腹に宿している。あんな柔らかい雰囲気の女性だが芯は確りしているので立派な母親だ。息子の洋一とは妻が亡くなってから、良く話すようになった。子育てをしながらの生活は目まぐるしくあっという間に過ぎてしまった。アイツは穏やかだが決して逃げ出すようなヤツではない。母親が天国から見ていると思うと、心配するとでも思ったいたのかもしれない。苦労をかけた。淋しい思いもたくさんしただろうに。 最近はシルバー人材派遣に行ってバイトをしながら、たまの休みに桜井美幸さんと会っている。デート代をバイトで稼ぐ高校生に戻ったようだ。 恋をすると人は元気になるようだ。世界も違って見える。全てが素晴らしく、尊いと感じる。そう、恋をしている。70歳を過ぎ恋をしてしまった。 砂浜と反対側は白壁の街並みが広がっている。人通りもなく車も走っていない。静かな街だ 今更だが、もう一度妻と会いたい もっと大切にしてやればよかったと何度後悔したことか もっと会話をすれば良かったとよく思う 桜井美幸さんと話していると、自分がよく笑うことに気が付く 妻と会話をしていれば楽しい家庭だったのかもしれない 浜辺の街道沿いで誰かが手を振っている 息子の洋一だ。孫の風太もいる。傍らには洋一の妻の渚さんもいる。皆こちらに手を振りながら何かを言っているがよく聞こえない。 窓を開けて手を振り返す 何で洋一達がこんな所にいるんだ 奥に桜井美幸さんがいる。微笑みながらこちらを見ている。 「おーい。みんなー!」 声を出すがバスは彼等を後にしていく バスは海面近くに架かる橋の上を進んでいく とても穏やかな気持ちだ 暖かい気候で少しぼんやりする 私はどこへ向かっていたのか忘れてしまいそうだ 前方にバス停が見える。海の上のバス停に誰かが待っている 御婦人だ。桜井美幸さんのように見えるが違う。きっと妻が生きていたらあの女性のようだったろうなと思う。 バスが静かに止まる ドアが開く 婦人はステップを上がりこちらに来て私の隣に座った バスは海の上に架かる橋を進んでいる。
病室の窓際に、人間のリモコンが置かれていた。何気なくそれを手に取り、今しがた死んだばかりの祖父に向けて、『笑顔』のボタンを押してみた。祖父は笑わなかった。当然だ。死んでいるのだから。「それ、生きている人に使うんですよ」背後から声が聞こえて、振り返ると、看護師がいた。わかっているよ。俺はそう言いたかったが、とっさに曖昧な笑顔を作り、うなずいた。その卑屈な笑顔はきっと祖父にそっくりだったろう。
商店街の外れにあるさびれた八百屋の前を通りかかった。店主らしき老人が、店頭に並べられている野菜に、小さな布切れを巻き付けていた。「何だい、それ」俺が尋ねると、老人は照れたような、怒ったような口調で答えた。「下着さ」俺が首をかしげると、老人は言った。「素っ裸で店頭に晒されて、野菜がかわいそうだとは思わんか」俺は思わなかった。野菜の局部って何だ。曖昧な笑顔で立ち去った。数日後、テレビをつけると、あの老人が映っていた。警察に逮捕されたとのことだった。何でも、八百屋の店先で、下半身を露出したそうだ。
路地裏に、自販機が設置されていた。何度か通ったことのある路地だったが、初めて見る自販機だった。近づいて見てみると、自販機には『シャボン玉』と書かれていた。ボタンの下に大きめの穴が開いている。穴の向こうは真っ暗だ。説明を読むと、自販機の中には人がいて、客がお金を入れてボタンを押すと、その人がシャボン玉を吹いてくれるそうだ。穴の周辺には石鹸水がついていたので、買った人がいるのだろう。俺は興味が湧かなかったので、素通りした。ある深夜、その自販機の前をたまたま通りかかると、自販機の中から、男の声が聞こえた。「死にてえよ、死にてえよ」中年の男の声だった。それを聞いていて俺は興味が湧いてきた。俺はポケットから小銭を取り出した。
暗くなって、お店のなかも、そして街路も 一日を経た結果として、目に見えず けれど、ひどくにごっている 追い打ちをかけるように前を歩いている男の、たばこの煙 その煙に、ほほをはたかれたのでもないけれど、ひどく心が波打つ 風向きくらい考えたらいいだろう そんな考えになるのなら、そもそも歩きたばこはしないか 仕事終わりに、自分の精神的な弱さを確認する 煙が顔にかかっただけのこと、たったそれだけ それくらいのことと流せてしまえたら ココロの波ひとつ起こさないのなら もうすこし違った景色を見ていたのかもしれないと いつもとおんなじ景色を見つめながら、しばし考えてしまうのは もう何度目かの家路の途中 人も、お金も、勝利の方程式も 私には、なんにもないけれど 部屋のドアを開けると、そこには「のの」がいる いつもとおんなじ景色 私には「のの」がいる
20〷年 M博士と某有名自動車メーカーの共同研究によって空飛ぶ車が実用化された。 これまで問題視されていた燃料と環境への影響についてはM博士の尽力によって完璧にクリアされた。地球の磁場を増大させる装置を作り、磁力によって自動で目的地へ向かうことができるのだ。 主に必要なのは金属類で作るレールのみ。 まさに革命だった。 政府は何十億もの補助金を出し、雇用が増え、国内の経済は一気に潤った。 さらには、大陸を横断するレールも作られ、その様子は産業革命のときの鉄道、戦後の高速道路を彷彿とさせた。 それから10年後 「また道路崩落したのかよ。政府は使えねーな。誰が処理すんだよ。」 夫がテレビを見ながらまたぶつぶつ文句を言っている。 最近料理にハマってやってくれるのはいいんだけど、そりゃあ楽しくもない後始末など誰もやりたがる訳がない。 私はため息をついて雑多な流しに手をつけた。
今年こそ花見に行こうと思っていた。職場の同僚に誘われたのは三月の終わりで、お弁当を持って公園へ、という話だったのに。 当日の朝になって母から電話がかかってきた。父が転んで、大事ではないけれど念のため病院に付き添ってほしいと。 もちろん断れるはずもなく、同僚には申し訳ないと詫びのメッセージを送り、私は実家へ向かった。 父の打ち身はたいしたことなく、処置が終わって帰宅したのは夕方だった。スマートフォンに届いた同僚の写真を見ると、満開の桜の下、みんな嬉しそうに笑っている。 翌週末には雨が続き、桜はあっという間に散った。 桜の季節は、いつもこんな具合にすれ違う。 「佐和子さん、ちょっと」 縁側から、義母のふみさんの声がした。昼過ぎのこと、私は台所で夕飯の段取りを考えながら、特に何をするでもなくぼんやりしていた。 「どうしました?」 縁側へ出ると、ふみさんは庭を向いたまま言った。 「今日はいい日和だから」 促されるまま庭に目をやる。 見慣れたはずの庭が、今日はなんだか違って見える。物置の脇に立つ木に、薄桃色の花が房になって垂れ下がっている。 「わあ、きれいに咲きましたね」 「ミツバツツジももうすぐ終わりだけど、今年はよく咲いたわ」 言われてみれば、枝の先がほとんど花で埋まっている。葉が出るより先に咲くのか、花だけが鮮やかに、空に向かって広がっていた。その手前には、コデマリが白い小さな花を無数につけている。 「こっちはまだ盛りね」 丸くまとまった花の塊が、枝の重さでゆるやかにしなっている。 その奥、石畳の突き当たりには、黄緑色の葉を芽吹かせたばかりの木が一本。 「あれはまだ花が咲いてないですね」 「ジューンベリーの花はもう終わったの。 実がなるのは梅雨のころよ。赤くて、小さくて、かわいらしいの」 ふみさんは縁側の端に腰を下ろした。私もその隣に座る。 「全部、お義父さんが植えたんですか」 「そう。あの人、庭いじりが好きでね。 私はてんで興味がなくて、水やりくらいはしたけれど、あとは全部任せきりだったの」 ふみさんは膝の上で手を組んで、庭を見た。 「亡くなってから、はじめて名前を調べたのよ。 五十年近く一緒に暮らして、何が植えてあるかも知らなかった。お恥ずかしい話でしょ?」 私は何と言えばいいかわからなくて、黙ってコデマリを見た。 風が吹くと、白い花の房がいっせいに揺れる。 「……花見、行けなかったんですってね」 「ふみさん、聞いてたんですか」 「一雄から。かわいそうだって言ってたわよ」 私は苦笑した。夫もよけいなことを言う。 「まあ、毎年のことですから」 「毎年?」 「桜の時期って、なぜかうまくいかないんです。 雨が降るか、仕事が入るか、今年みたいに実家のことが起きるか。 結婚して以来、ちゃんと見られた試しがなくて」 「まあ」 ふみさんは静かに笑った。責めるでも、慰めるでもない、穏やかな笑いだった。 「でもねえ、佐和子さん。桜って、みんなが一斉に騒いで、散ったらそれでおしまいでしょう。 この子たちは誰も見てなくたって、毎年ちゃんと咲くの。あの人が逝ってもう七年になるけれど、一度も休まずに」 私は庭をもう一度、ゆっくりと見渡した。 午後の光が石畳を白く照らしている。ミツバツツジの薄桃色、コデマリの白、ジューンベリーの柔らかな黄緑。 派手ではないけれど、それぞれがそれぞれの時期に、静かに盛りを迎えている。 「お義父さんは、順番を考えて植えたんでしょうね」 口に出してから、少し気恥ずかしくなった。当たり前のことを言ってしまったと思ったけれど、ふみさんは目を細めた。 「そうなの。春の初めから順々に何かが咲くようにって。私が飽きないようにって、言ってたわ」 少し間があった。 「飽きっぽいのはお見通しだったのね、あの人に」 ふみさんはそう言って、おかしそうに笑った。私もつられて笑う。庭に、しばらく笑い声が漂った。 風が吹いて、コデマリの花がまたいっせいに揺れた。白い小さな花びらが二、三枚、ふわりと石畳に落ちる。 「来年は、どこかで桜を見ましょうよ」 ふみさんが言った。誘うというより、独り言のような口調だった。 「東北辺りだと四月の頭ね。温泉にでも行きながら」 「ぜひ」 私は素直にそう答えた。 春爛漫というのは、きっとこういうことだ。 公園の満開の桜の下ではなく、縁側で姑と肩を並べて、亡き人が遺した花の名前を、ようやく覚える。そういう春が、あってもいい。 台所でやりかけの夕飯の段取りが、頭の隅に浮かんだ。でも今日は、もう少しだけここにいようと思った。
<うたた寝> カーテンから差し込む光 本を片手にソファに座る 街の雑踏が心地よく イヤホンの片耳から漏れる音 本のページをめくる音 テーブルに置いたアイスコーヒーの氷が静かに溶けていく 小学生の賑やかな話し声 耳からイヤホンを外して静かに置いた ソファき横になり 目を閉じる 優しい風が頬を撫でると 読んでいた物語に出てきた少年が手招きする 辺りは一面の花畑 唄って踊って舞い上がる カーテンから入る夕陽の眩しさに目を覚ます 帰路に着く人の波 私はそっとイヤホンを手に取り 好きな音楽をかけた <通年Tシャツ> 洗い立てのシャツが風に揺れる ゆらゆらゆらと手招きすれば 蝶が舞い てんとう虫が飛び立ち 綿毛が舞い上がる 春色Tシャツ 洗い立てのシャツが風に揺れる ゆらゆらゆらと手招きすれば 蝉が鳴き スイカに誘われカブトムシ きちきちバッタも歌い出す 夏色Tシャツ 洗い立てのシャツが風に揺れる ゆらゆらゆらと手招きすれば 茜空を渡る蜻蛉 りんりんコロリン 秋の声 芋掘り帰りのどろんこ子供 秋色Tシャツ 洗い立てのシャツが風に揺れる 白い湯気立ち上れば ちらほら雪模様 付き合いたての恋人や子連れが賑やかに通りすぎ 手袋一つ落ちた 冬色Tシャツ <苺と蜜柑> 赤い頬っぺた ニキビの愛嬌 つぶらな瞳が 可愛らしい 小さなお鼻 はにかむ笑顔 甘酸っぱい君が好き ほんのり日焼け ニキビは愛嬌 つぶらな瞳が 優しくて 立派な鼻 自信に満ちた口元 甘酸っぱいあなたが好き <螺子> 螺子が少し緩んでる あの子は少し変わり者 螺子が少しばかりキツい あの子は短気な変わり者 螺子が少し欠けている あの子は少し病気がち 螺子がくねっと曲がってる あの子は少しひねくれ者 壁に打ち付け 螺子を回す どの子も全部 力持ちに違いないのに <背中のメッセージ> 会いたい時に 会いたいと思ったなら 飛んでいけ 後悔する前に立ち上がれ 全てぶつけてから後悔したらいい 笑われたっていい やらなきゃ結果はついて来ない 笑われろ 笑わせたもん勝ち 誰かを笑顔にしたもん勝ち 自信なんて最初からない 掴む為に一歩行く <拝啓 蝉殿> ねえ 蝉 土の中で何してるのよ 食っちゃ寝してるのかい? ときどきテレビ見ながら 鼻ほじってさ 気付いたら、食っちゃ寝 あらら それ私だったよ ねえ 蝉 土の中で何してるのよ 土パックして美肌効果高めてる? 気付いたらパックしまま寝てる あらら それ私だったよ ねえ 蝉 土の中で何してるのよ コレクション集めて飾ってさ 大事にしてたのに いつの間にか飽きて絨毯にしちゃう あらら それ私だったよ ねえ 蝉 土の中で何してるのよ 7年 長いってのに 私だったら 飽きちまうよ <天使と悪魔> 私は神であり悪魔 この世界では全ての人が思い通りに動く 生かすも殺すも 独身か既婚者か 性格さえも思いのまま 災害だって起こせる この世界にも天使と悪魔はいる 決めたのは神である私自身 さて、今宵は誰をどう動かそうか キーボードを打つ手は力強い .
<もみじ> もみじの手 ほんのり赤く甘い香り 一回り 二回りと どんどん大きくなっていく 時に紅葉して 散ることなく咲き誇る もみじ重なり 一回り 二回りと越えていく 小さかった背中は 立派に咲き誇る 皺あるもみじを翳せば 強く逞しきもみじが優しく包み込む 伝わる温もりは よく知る甘い香り もみじ ヒラヒラ舞い踊る 見送るもみじもまた ヒラヒラ舞う <ざーざー唄> ざーざー雨降る ざーざー途切れる電話 ざーざー番組終わったテレビ ざーざー雨音 ざーざー電波障害 ざーざー故障 ざーざー雨 ざーざー波 ざーざー故 ざーざー ざーざー ざーざー <なまえ> あられ だったら良かったのに いわし だったら良かったのに うみ も悪くない えだまめ は微妙かな おかし じゃなくて良かった かもめ だったら良かったのに きなこ だったら良かったのに くき も悪くない けむし は微妙かな こたつ じゃなくて良かった さかな だったら良かったのに しらす だったら良かったのに すし も悪くない せんべい は微妙かな そうじ じゃなくて良かった たから だったら良かったのに ちまき だったら良かったのに つり も悪くない てすと は微妙かな とびら じゃなくて良かった なめこ だったら良かったのに にじ だったら良かったのに ぬし も悪くない ねっこ は微妙かな のらぼうな じゃなくて良かった 春に生まれて 昼間に生まれて 普通に 平和に生きてる 本当は少しだけ変わった名前に憧れていた まりも だったら良かったのに みかん だったら良かったのに むくげ も悪くない めいろ は微妙かな もっぷ じゃなくて良かった やさい だったら良かったのに ゆうひ だったら良かったのに よもぎ だったら良かったのに らいと だったら良かったのに りんご だったら良かったのに るびー は微妙かな れぎんす じゃなくて良かった ろば…… ここまできて 自分の名前の素晴らしさに気付く この名前で良かった、と <視線> 水平線があったとさ コトンとグラスを二つ置いて コトッとお皿とフォーク・ナイフが並ぶ 辺りを見渡すと忙しなく光るネオン 上から見渡す景色は蛍火みたいで どこか切ない気持ちになる トポポという音に意識を呼び戻され グラスを見るとワインが注がれていた 最後の一滴がグラスの中を滴り落ちる トクトク 体の中と共鳴 不思議と気持ちは落ち着いていく 白いホールケーキに蝋燭二つ 目の前にいる彼と目が合う 照れくさそうに笑う彼と はにかむ私 シュボっと火が点く ゆらりゆらりと揺れ動く炎 私達は同時に息を吹きかけ 同時にグラスを手に取る 熱気の中にひんやりと カラン 二つの音が重なった <トケイの針> もしもし 俺だけど 違うよ、違う 詐欺じゃない だから、俺だって チクタクチクタク 十年ぶりの声に焦りが乗る 家族名簿に残っていてほしい もし親父が俺を覚えていてくれたなら 見舞いに行こうと どうか どうか 覚えていてと 知らんや 知らん 俺には息子はおらん 言った途端に思い出す 可愛げなく去っていった鳶 喧嘩別れと同時に決別 思い出す顔は 刻が止まったまま チクタクチクタク もしもし 俺だけど 違うよ、違う 詐欺じゃない だから、俺だって 知らんや 知らん 俺には息子はおらん チクタクチクタク 十月十日が過ぎて満月が顔を出す 月明かりが照らすのは 己の顔 窓越しに見えるは 面影ある己の顔 俺だけど 花の代わりに鏡餅 季節外れの鏡餅 ああ、知っとる 俺の息子だ 季節外れの鏡餅 思出話に花が咲く チクタクチクタク 響く笑い声は天高く 朝日と共に消えていった チクタクチクタク 続.
<テープカット> きらい きらい きらい きらい きらい きらい たった一つ嫌なことがあったからって 黄色テープを張るの無し 自分から事件現場にしないで 黒いテープも貼り付けて 踏み切りにして 一時ストップ 嫌だったことに目を向けて 嫌だったことに耳を傾けて 嫌だったことに角度をつけて 色彩眼鏡をかけてもいい ほら ポジティブに考えて 自分に都合のいいように考えたっていいんだよ 本心は分からないから ベールに包んだって構わない ほら きらいをくるっとひっくり返してみたら 少しはマシになるんだよ いいとこ見付けて その翼を広げたら 嫌いが好きにシフトチェンジ 踏み切り上がったら テープカットしよう <ドッペルギャンガー> お母さんと私 お父さんと私 おばあちゃんと私 おじいちゃんと私 お兄ちゃんと私 お姉ちゃんと私 弟と私 妹と私 お父さんとおじいちゃん お母さんとおばあちゃん お父さんと叔父さん お母さんと叔母さん 私の息子とお父さん 私の娘とお母さん 私の息子とお兄ちゃん 私の娘とお姉ちゃん 私の息子と弟 私の娘と妹 私の息子とおじいちゃん 私の娘とおばあちゃん 私の息子の子供 私の娘の子供 みんなどこかしら私と似てる ギャー!!! <ちらチラ> 首チラ 臍チラ 脚チラ 春の心地よさを感じる 耳チラ 胸チラ パンチラ 不純な罪悪感 心に蓋をする <必然の仕返し> 起きてるうちは 小言は止まらない 些細なこと一つで 小言ばかり 手が出ずとも 小言は出る 夜にそれはやって来る 必ず やって来る ごろんと一撃 伸びて一撃 回転して一撃 起き上がって倒れ混んで一撃 何度も何度もやって来る 寝相の悪さを使うなんて 卑怯ものめ 罪悪感一つないから これは怒れない <どろんこミキサー> 喜び 笑い 感動 怒り 悲しみ 憎悪 不安 後悔 妬み 全部 飯のおかずに包んで飲み込んで 水一杯 奥まで流し込む 走って走って かき混ぜて どろどろになるまで走ったら 空に吐き出して夜の闇に混ざったなら 明日はきっと気持ちも晴れるだろう <鍵> ずっと抱えていた大事なもの 捨てようとしても棄てられ無かったのに 失くなれば容易く手放した 不思議と未練もない 誰にも触れて欲しくなかった 何十にも鍵を掛けた心の分厚い壁も 開けっぱなしにしてしまえば 誰かが入っても居心地は変わらない ただ一つ 気付いたことがある それは温もりを求めているということ <恋色信号機> 失恋したての心は黄色信号 とても危険なの 安全運転に恋に落ちそうになって 追い越し車線で危険な恋に落ちるかもしれない スピード違反の恋に溺れるかもしれない 違反切符を切られるかもしれない 私を取り合い 交通事故が起こるかもしれない 私が余所見して 不祥事を起こすかもしれない なかなか変わらない信号みたいに 苛ついて 恋の信号無視をするかもしれない ブレーキ掛けても 止まらなくて 暴走するかもしれない ふと後ろからクラクションが鳴った 振り向くと 青信号 Uターンダッシュ 時速50キロから私は彼の車を追いかける <金縛り> 寝静まった真夜中に始まる儀式 身体が動かない 声も出ない 恐ろしい時間がやってくる 狐? 女? 男? それは実体がなく 脳内に意識だけ入り込んでくる もしも 下心を投入したら もしも 悪魔を投入したら もしも もしも…… ああ そうか こんな妄想をするから 声も身動きも取れなくしたのか <般若と小芥子> 消えていなくなりたい時があった 煙のようにスッと消えたいと 炎のように水でバシャッと シャボン玉のようにパチンと テレビの画面のように一瞬で その度に鬼が来た 般若のような顔で 私を引きずって頬を叩く この鬼からも逃げたかった 鬼は知っていた 本気で消えたいわけじゃないって 少しでいいから見てほしかったことに 互いに不器用で 言葉足らずで 似た者同士な部分もあったから 消えていなくなりたいと思わなくなった その日から 鬼もいなくなった 般若は小芥子に変わり 数年後にはその小芥子の口元が緩んでいた 続.
<乾杯> 買い物かごの中 バナナとりんごがぶつかった 明日のおやつは バナナとりんごのタルトに決めた 買い物袋の中 鶏肉と大根がぶつかった 今夜のおかずは 鶏肉と大根の煮込みに決めた グラスの中 焼酎とサイダーが混じり合った 今夜も目の前には 愛する夫が笑っている <はかり> 数年振りに顔を見た 昔は気付かなかったな 芸能人のあの人に似てるなんて 本人じゃないかってくらいに 無邪気に笑う彼女は 本当にあの人そっくりだった また数年経って久しぶりに顔を見ると また別の芸能人の人に似ていた やっぱり本人じゃないかってくらいに 黄昏れる横顔が本当にそっくりだった 更に数年経って久しぶりに顔を見る 鏡でも見ているかのように 私にそっくりな彼女がいた 笑うと出来る皺までそっくりに どうりでいつ会おうが 気が合うものね <散り鳥> 喧嘩して 暴言を吐いた夜も 投げて散乱した 写真も 切り裂いた 思い出も 広い集められるものなのだから 仲直りに言葉はいらなくて 汚れた床だって 拭いてしまえば元通り 破れた写真も テープで修正 状況変われば気持ちも落ち着く 息苦しさも深呼吸で吐き出せばいい 幸福はたくさん吸い込めばいい 混ざり咲いて散り ふわりと どこかへ飛んでいく <横顔> 尊敬と憧れ ライクとラブ じゃがいもとさつまいも 癒しと安堵 ライクとラブ 砂糖とシュガー 緊張と弛緩 ライクとラブ 塩と胡椒 好みの顔、旦那と全然違うのよね <土足の土鍋> あの時、私は何て言った? 貴方は、何て返した? 空を見上げると そっと風が私の耳に語りかけてきた ざわざわ さわさわ ふわっ、ぐつぐつ…… 女と男のままだったら 拗れてもどうにでもなった 油と水みたいに混じり合わなくても 跳ねて飛び出て 傷を負わせることがあったとしても 傷痕を残しても前に進めたんじゃないか 二人から 三人になり、家が賑わう つつく鍋の具が増えた頃 具は煮え過ぎ 誰も箸で触れなくなる 毎日合わせていた顔も いつの間にかみなが仮面をつけていた よく知る家族が別人になっていく 一度抱いた不信感は 拭えるものではなく ぐちゃぐちゃに幸せを塗り潰していく 名前を呼ぶことに蓋をして 言葉を紡ぐのも煮込まなくてはいけない 汁っけもない鍋を煮込む 手を繋いで歩いた日々すら スパイス 溜め息一つ アルバム閉じれば 焦げ臭い匂いが部屋に漂っていた <寄付> ゴメン 一時の気の迷いだった ゴメン もう二度としない ゴメン 許して ゴメンナサイ 悲しいなんて思わなくて ゴメンナサイ 二度と顔を見たくない ゴメンナサイ ゴメンナサイ 「寄付するね」 彼も 彼女も 驚愕 当たり前ね けれど 彼はきっと繰り返す ゴメン だから寄付 数年後 今度は誰に寄付されるのやら <モノクロの紙> 白い紙に恋と描いたら 淡い恋が始まった 指先が触れ合うだけで 顔が綻ぶ そんな恋 黒い紙に終と描いたら 墨汁を垂らしたかのように 全てが闇に呑まれ 一瞬で 終わった 涙が頬を伝い落ち 紙を濡らしていく 白と黒が混ざり 暗がりの心に光が指す 良き日に笑い 泣く日もある 今日 私は色が用紙に手を伸ばす── <動くランドマーク> 帽子に 縁眼鏡 黒い服とレギンス ショルダーバッグにサコッシュ 丸っこいどこにでもいる人 夏でも 全体的に黒 冬でも 全体的に薄着 ショルダーバッグにサコッシュ 丸っこいどこにでもいる人 子供と 時にはしゃぎ 子供を 時に叱りつける ショルダーバッグにサコッシュ 丸っこいどこにでもいる人 今日も誰かしらに呼び止められ 他愛ない話が始まる <仮面> 無数に並ぶ顔を前に立ち止まる さて 今日はどの顔にする? 機嫌がいいから 笑顔 腹の虫のいどこが悪いから 般若 あれもこれもと気になるから 動揺 いっそのこと 全てを終わらせる 悪魔 伸ばした手は いくつもの顔を前に 優柔不断 大好きな人に会うから 笑顔 憎いアイツに会うから 般若 同窓会でみんなに会うから 動揺 いっそのこと 全てを許せる 天使 伸ばした手は 何も描かれていない顔を選んだ さて、どんな顔をして帰宅するのやら 続.
独占欲と依存の強い彼女は一日中見張ってくる。少々辛くも感じるが、私も彼女に依存しているんだろう、辛さも全部彼女の目を見るとすぐに忘れる。何故かはわからないが、性行為をしている時より、断然満足がある。 ある日、いつもなら電話を要求してくる時間なのにメールすらもこない、彼女に何かあったのか心配になりメールを送った。だが未読のまま、いつもは三秒以内に返信してくる、やはり何かあったのだと悟る。午後休を急遽取り家に帰った。 彼女は家にいない、専業主婦な上何か集まりがあれば朝のうちに伝えてくれて、朝言わなかった集まりは行かないようにしてるはずだ。 「お願い戻ってきて、会いたいよ、君のために午後休取って帰ってきた。メール見たら絶対に返信して」 メールを送って一、二時間ほど経ったが未読のまま、いっそのこと実家に行ってみようと思ったが、そんなことすれば彼女を傷つけるかもしれない、そう思い実家に行くことはやめた。帰ってきてほしいと思うこと自体が彼女を傷つける行為なのかもしれないと思うとやめたくなる、もしかしたら彼女にとって私はもう必要のない存在なのかもしれない、いや確実に必要のない存在になってしまったのだろう、最後に挨拶をして死ぬことを選んだ。それが私にできる最後の愛情表現だ。 三日間で彼女の実家、私の実家と会社に行ってきた。実家には挨拶、会社には辞表、準備は整った。あとはメールを送り死ぬだけ、文字を打ち文を作る、あとは送信だけだがこの一歩が踏み出せない、「迷い」という単語が脳裏にチラつく、未練が断てずにいる。 迷いは時間が解決してくれるらしい、ついにメールを送信した。もちろん既読なんてつくわけがない、マンションの屋上に登って手すりの向こうに行き、夕焼けを見た。「あぁ、濁っている、美しい」手すりから手を離した。頭からの垂直落下、地元の情景が浮かんでくるが彼女の顔は浮かばない、どうしてだろう、地面につく瞬間に通知が来た。
長く退屈な講義を終えたあとの、やけに重く感じられる己のカラダ 山積みのレポートを前に、少し目を閉じただけのつもりだった― うおっ、しまった、やっちまった アラームでもセットしておけばよかった 悔やんでも、もう遅い ガバッと跳ねるように飛び起き、びくびくしながらもスマホの画面に視線をもっていく 目にささるような光のなか、浮かび上がった数字に大きく息をつく な、ん、だ、よ 破裂してしまいそうだった心臓が、急激にしぼんでいく 春眠暁を覚えず まだまだ夜はこれから、たった二十時をまわったところ 絶望からの、大逆転 焦燥感が消えたあと、やってきたのは、驚くほどの冴えだった たっぷり眠ったような気になって、止まっていた思考が音を立てて動き出す さっきまで遥か遠くに思えていたゴールが、いまはもう、手の届く場所にさえ 真っ白だった余白たちが、次々、文字で埋めつくされていく 春の夜、僕の指先は、いまこの瞬間、熱を帯びている
私午舮思ゑ視夢喝動聖社立述万世笛穏無声沸玖 誘遊誹鳴板子紳伝道師言霊示光明精世扉解放時 我呀天涯導満地屢愉悦昂鐳万人滅憮轎天雷慈悲 狂喜乱舞施与真獄無由万神万学摩芭甦転生来屢 此贈神道仇慰御心慈愛宝物証為琉
旅の一行は舟に乗り海を渡っています 舟は三人乗りの小舟で、 一番前に古狸のキャロル 真ん中に少年の ij 最後はオオカミの子供ルイです 「ねぇキャロル、ずっと夜なのはなんでなのかな」 ルイが言います 「ここは夜しかない。朝が来ない海を渡っている」 声が止むと波の音しかしません 風も吹いていない 「風も吹いてないね」 「風もない海なのじゃよ。夜しかない」 舟はゆっくりと海を渡ります 帆もない舟は波に運ばれるがままに進みます ij が空を見上げると、長い長い梯子を登る人が見えました。手にはランプを持っています。その人は梯子のてっぺんまで来るとランプの火で星に灯りをつけていました 心なしかランプの人がこちらに手を振っているように見えました 〜旅の記録、夜の海にて〜
お菓子の家なんて素敵ね。 僕の家はネズミが走り、ゴキブリがかっ歩する。 ついでに猫が喧嘩する。 犬は電信柱におションをしてそしらぬ顔。 次は宇宙型の軍隊蟻が押し寄せて来るのかしら? 全然メルヘンじゃない。 大変だ。 みりんが余っている。 料理しなければ。 また清涼飲料水を飲む。 脳が変異する。 犬の家は資本主義の波をくらいお菓子の家になり蟻塚となり崩壊するのか? グミ食べたい。 髪切りたい。 今日もほうれん草パスタ。 知り合いに毎日同じ飯可哀想だね、と言われる。 夜はシュガーな夢を見てお腹いっぱいお菓子を食べるからいいのだ。 煙草と砂糖漬けの日々。 体に悪いものの西の横綱と東の横綱。 両横綱を相手にした十両は満身創痍で土俵際。 プロレスラーに転身してそこでも花開くことなくパティシエの農作業を手伝いひいこら生きる。 甘いもの。 甘えん坊。 でも辛い煙草が好き。