恐い世界になったもんだ

 老人は口にする。   「恐い世界になったもんだ」    若者は、スマートフォンと呼ばれる機械ばかりを見ている。  近所の人間を見なければ、すれ違う人々の顔も見ない。    若者は、故郷を見捨てる。  故郷からは活気がなくなり、店も施設も次々と閉業する。    若者は、しけた顔をしている。  趣味を聞いても応えられず、かといって仕事が楽しいわけでもなさそうだ。    老人にとって、若者と言う生物は不気味だった。  故に、恐ろしかった。  そんな生物が隣を闊歩していることが。   「わしらが若い頃は、もっと平和だったのに」    肩を落とす老人と、疲れ切った若者がすれ違う。  老人の言葉を聞いた若者は、老人をギロリと睨んで愚痴をこぼした。   「楽しみのない世界を作ったのはお前らだろ」    老人は、若者を公園から追い出した。  若者に室内での遊びを強制した。    老人は、故郷の発展を怠った。  未来のない大好きな故郷から出て行かざるを得なくなった。    老人は、国の賃金を下げた。  趣味と仕事を楽しむ余裕などない程の労働を強いた。    老人と若者。  すれ違った互いの心は完全に独立していて、互いの心のうちなど見えるはずもない。    ただただ、心の内で互いを非難し、見下し合った。  綺麗な町の中で。

私のケーキは売れない

「美味しい! こんなに美味しいケーキなら、絶対売れるよ!」    そう言われてお客さんに送り出されたのが三日前。   「苺のショートケーキ、いかがですかー? うちの大人気商品でーす!」    人々が店の前を素通りしているのが、今。    自信を持ってしまったせいだ。  地元に構えたお店が、近所の人に大反響だったから。  お客さんが絶対売れると勧めるから、ちょっと都会のスイーツフェスでもやれるんじゃないかと思ったから。   「いらっしゃいませー!」    店に来てケーキを選んでくれていたお客さんと違い、ここにいる人たちは私のケーキと隣の店のケーキを比較する。  ずらりと並ぶ屋台は、全て同じショーケース。  私の屋台に並ぶケーキたちは、隣の屋台に並ぶケーキに負けているということだ。   「普通だな」    私のケーキを見て、買わずに去って行った人のつぶやきが聞こえた。    私は、自分のケーキを見る。  普通。  その通りだ。  奇を衒わず、基本に忠実に作ったケーキ。  材料一つ一つを丁寧に選定し、丁寧に組み合わせ、味に一切の妥協をしなかったケーキ。  普通を極めたケーキ。    お客さんからいつも、「この店のケーキは優しい味がするね」と褒められる自慢のケーキ。    でもこの場所では、普通が価値を持たないらしい。    他の屋台を見渡す。  一番行列の出来ている屋台では、何かの賞を受賞したと謳うヒヨコ型のケーキ。  二番目に列ができている屋台では、虹色に塗られた見た目のインパクトが大きなケーキ。  三番目に列ができている屋台では、有名チェーン店のフェス限定オリジナルケーキ。    どれもこれも、今輝くことに特化したケーキばかり。  例えば、あのヒヨコ型のケーキは、持ち帰ることが一切想定されていない。  箱に入れたまま家まで持ち帰ろうものなら、きっと途中でぐちゃぐちゃに崩れてしまうだろう。  ケーキ屋さんで出せば赤点だ。   「うまっ!」   「美味しいー!」    でも、買ってその場で食べるスイーツフェスでは、むしろぷるぷる揺れるケーキとして一気に注目を浴びていた。   「あのー、すみません」   「あ、いらっしゃいませ!」    考えこんでどこかへ飛んでいた私の意識は、屋台に並ぶ親子の声でて元に戻ってきた。   「苺のショートケーキを二つ下さい」   「はい、苺のショートケーキお二つですね」    私の作品が二つ旅立つ。   「ねー、ママー。あっちのケーキがいいー」   「すごく並ぶじゃない。これで我慢しなさい」    我慢のための道具として。    スイーツフェスが終わると、来訪者による一番美味しかったケーキを出す屋台ランキングが公開された。  見るまでもなく最下位な私は、電車の中で、スマホで結果を見た。       「おかえりー。どうだった?」   「いやあ、私なんて足元にも及びませんでした。いい勉強になりました」    私にスイーツフェスへの参加を勧めてくれたお客さんは、店が開くなりやって来てくれて、いつも通りに苺のショートケーキを買っていった。   「あらあ、そうなの。こんなに美味しいんだから、絶対にグランプリ間違いなしだと思ったんだけどねえ」   「あはは。上には上がいますよ」    私はもう、スイーツフェスには出ないだろう。  あそこは、きっと私の居場所じゃないから。  私のケーキは、一度っきりの出会いを求めてやってくる人の目には、きっと合わないのだ。    一人、また一人と、お客さんが私の店を訪れる。  私のケーキを好きでいてくれる人たちが。   「苺のショートケーキ、二つ下さい」   「はい、二つですね」    私のケーキはきっと、私のケーキが口にあったお客様を喜ばせるために、存在するのだ。    いつもの光景。  あるべき光景。  私は心からの笑顔で、今日もお客さんを迎えた。

あじさいにしき

 気付いた時には、曇り空みたいな青と灰色を混ぜた色が周囲には満ちていた。多分、夢の中の世界というやつだ。 「なんか雨降りそう」  なんとなく上方の空間を見つめて呟くと、私の目の前に、黄色い傘が現れた。サイズが小さく子供用と思われたが、折角なので、差して歩くことにする。  もしかしたら、この夢の世界は欲しいものが何でも出てくるのかもしれない。 「長靴も欲しいな」  スニーカーだった私の足元は、なんの前触れもなく黄色い長靴に変わった。  周囲全てが曇天の空間の中で、傘と長靴だけは輝いて見える。 「まぁ、悪くないかな」  変わることのない景色の中、黄色い傘と長靴を装備してしばらく歩く。  すると、傘や長靴と同じく唐突に、前方に女性の姿が揺らめいた。不思議なことに女性は全体的に色味が薄い。白を多めに混ぜた色絵の具のようだ。 「初めまして」 「あ、どうも」  こういう時にかけられる第一声は「こんにちは」とかだと思っていた。  間近で見た女性はやはり色が薄い。透けてしまう少し手前まで透明度が調整されているみたいだ。  どこにでもいる中年女性といった風貌で、軽く笑みを浮かべた表情が似合っている。  そして、どこにでもいない大きな特徴があった。背後に紫陽花を沢山咲かせている。 「これ、キレイでしょ」 「あ、はい。すごく」  後ろに回していた両手のうち、左手だけを前に持ってきた女性は、その手をそのまま頬にあて嬉しそうに笑った。薬指に輝く指輪には、彼女の背後に咲く紫陽花と同じ青・紫・赤の石が小ぶりながらも光っている。 「いいですね。紫陽花」 「あなたも好き?」 「好きですね」 「これね、ワタシが創ったの」 「育てたってことですか?」 「創ったの」  私は誰かの育てた紫陽花を愛でたい派だが、自分で管理して育てている人はこういった表現をするのが一般的なのだろうか。  首を傾げている私の頭上で、傘が雨粒を弾く音がした。 「こうやってね、ここに雨を入れるの」  女性はポケットから小さな四角い缶を取り出すと、そのまま片手で蓋を開け、空いた穴で雨を受け止め始める。本来飴が出てくる筈の穴は、一滴二滴と雨を吸い込んでいく。 「雨を入れたらね、ワタシの何かを入れるの」 「何を入れるんですか?」 「何でもいいの。ちょっと嫌な思い出とか、もう流すことがなさそうだなって思えちゃった涙とか、髪の毛一本とか。ここに入ればいいの」  チャプチャプ水音をさせながら缶を空中で動かすと、女性は片手のまま器用に蓋を締めた。  今の動作ではせいぜい周りの空気しか入れられないのではないだろうか。 「大丈夫。今のは周りに浮いてるワタシの"雨の思い出"を入れたから」 「そうですか」 「これを振って」  女性はゆっくりとして速度で缶を左右に振る。相変わらず聞こえてくるのは水音だけだ。 「蓋を開けると」  缶の蓋が開けられた瞬間だった。  女性の右脇腹の辺りに、濃い紫色の紫陽花が咲いた。 「こうなるの。キレイでしょ」 「キレイですね。どうなってるんですか?」 「入れ物は何でもいいの。雨と、自分のなにかを一緒に入れてこうして混ぜてあげるだけでいいの。そうしたらこうやって、紫陽花が一朶咲くの。キレイでしょ」 「キレイですね」  知らなかった。紫陽花は一朶と数えるらしい。  女性は色とりどりの紫陽花に支配されているように見えるが、実に幸せそうだ。  不意に、彼女は顔を曇らせた。 「ただね、どんどん紫陽花に侵食されちゃうからあんまりオススメはできないの。だからあなたに会いに来たんだけど、遅かったみたいね」 「え?」  女性の言葉はどういう意味だろう。  私も既に紫陽花に侵食されていると言いたいのか。いくら紫陽花がキレイと言っても、私はそこまで入れこんだ覚えは無い……筈だ。 「すみません、それって私にも咲いてるってことですか?」  尋ねた私の言葉に、女性は驚く素振りを見せたものの、すぐにまた笑顔を見せてくれた。 「あなたすごくキレイよ」  彼女の言葉が耳から脳へと伝わった途端、雨と紫陽花の世界は崩れ、私はどこかへ落ちていった。  夢の世界から、意識が戻る。  次いで、忘れていた記憶と現実が戻ってきた。そういえば、あの傘も長靴も、私が最初と最後に咲かせる為に使っていた。 「咲いてたか、私」  全てを紫陽花を咲かせる為に捧げた私は、紫陽花となって咲いていた。 「隣、失礼するね」  夢で会った女性が、夢の中よりも多めに紫陽花に塗れた姿で、私の隣に腰を下ろした。  この様子では、彼女も時間の問題だろう。 「ワタシももう少しで咲けるの。折角だし、隣で咲かせてね」  女性は、私の表面についた雨粒を指で払った。 「やっぱり、あなたキレイね。すごく」  返事の代わりに、私はまた一つ、雨粒を彼女の紫陽花の葉へと落とした。

窓の向こうの君へ

窓の向こうの君へ 遠くの国で生まれた私がこの街のこの家にやってきた頃、ちょうど君が生まれたね。 君が生まれた夜をよく覚えてる。この窓からは君の家の、ひっくり返したような大騒ぎがよく見えていたから。 窓の向こうの君へ 君が学校へ行くようになって、友人と部屋で遊んだことがありましたね。投げていたボールが窓に当たった時はとてもビックリしました。 窓の向こうの君へ 君が連れてきた彼女が私の方を見て、素敵だねって言ってくれたよね。嬉しかったな。彼女はきっといい人だよ、私が保証する。 窓の向こうの君へ 君の子供たちが生まれた時も、私はちゃんと見ていました。君のあの騒ぎよう、君のお父様そっくりでした。 窓の向こうの君へ 最近はすっかり動かなくなりましたね。それでも時々私の方を見てくれるのはとても嬉しいです。 窓の向こうの、遠くへ行った君へ 君の遺した家族はこの家を離れるそうです。私もどこかのオークションに出されるんですって。 私の額縁に埃が積もらないようにいつも掃除してくれたよね。 長い間、大切にしてくれてありがとう。 窓の向こうに大勢の人たち。 いくらで買うのか相談してるみたい。 今度、私はどんな家に飾られるんだろう、大事にしてくれるといいな。

もう1人の自分

これは、去年の秋に起きた出来事です。 私は一人暮らしの大学生です。 特に霊感があるとか、そういうタイプではありません。 でも、あれは……ただの幻覚や妄想ではなかったと思っています。 10月のある夜。 ゼミの課題が一段落し、夜中の2時ごろにベッドに入りました。 そのとき、ふと 部屋の鏡に、もう一人の自分が映っているのが見えました。 鏡は、机の横に立てかけてある姿見です。 普段なら寝転ぶ位置からは映らないはずなのに、その夜だけ、視界の端に妙に“はっきりと”映っていました。 しかも、鏡の中の私はこっちを見ていなかったんです。 真正面ではなく、少し顔を横に向けて、どこか別の方向を見つめていた。 私は「疲れてるんだな」と思い、目を閉じました。 でも、次の日から、 鏡の中の私は、毎日少しずつ動くようになったのです。 たとえば、髪の分け目が逆だったり。 シャツの柄が違っていたり。 鏡に映る“私”が、現実の自分と完全には一致していない。 それに気づいたとき、背筋がぞわっとしました。 スマホで鏡を撮って確認しても、写真では何もおかしくない。 でも、自分の目で見ると、明らかに“ズレている”。 数日後、ついに決定的なことが起きました。 夜、洗面所で歯を磨いていたときのことです。 ふと鏡を見ると、私が笑っていました。 私は無表情のまま、口を動かしているだけなのに。 鏡の中の私は、口角を大きく引き上げて、不自然に笑っていたんです。 背後に誰かがいる気配も、音もしません。 ただ、鏡の中だけが、静かに狂っていた。 怖くなってその日はタオルで鏡を覆い、そのまま寝ました。 でも、それで終わりではありませんでした。 翌朝、目が覚めると タオルは床に落ちており、鏡には文字が残っていました。 「かわって」 指でなぞったような、曇りガラスに書かれたような字。 私は震えながらそれを消し、部屋の隅に鏡を伏せました。 それからしばらくは何も起きませんでした。 でも私は、自分の顔に違和感を覚えるようになったのです。 朝、鏡を見るたびに「何かが違う」と感じる。 表情が少し固い。目が合わない。まばたきのタイミングが合っていない。 ある日、スマホのインカメラを起動して自撮りをしようとしたとき、 画面に二人の自分が映りました。 ひとりは無表情の私。 もうひとりは、背後で、笑っている“私”。 画面を見たまま、私は固まりました。 そのとき背後には誰もいませんでした。 なのに、インカメには確かに、「もう一人の私」がいたのです。 今では、その鏡は押し入れの奥にしまっています。 もう見ていません。 でも時々、夜中にパキパキと音がすることがあります。 ガラスが軋むような、小さな音です。 それが夢なのか、現実なのか。 もう私には、判断がつきません。

How do I vocal Charlie where about will be?

I would like a break and a break break have a book with the edge without I have a break but that head, but whoever would’ve had it every weekend but I’m now headed to the club. I have a break I have again. I’m now headed back to work I have a bike. I have a bike that we have a dead we have, but that could’ve have a recovery cover that we have with that back that we have back with that with that and the back of the cupboard we have with that we have a ride with David that could work with that. We have a back with that with that Work to back my brother without that with a bottle cover with that cap with that dead with dead with that as a cable could cover a bottle of rehab I will be without that but that’s a bitch I could come about rocket have to be done with a ditch. I’m gonna cover a couple with cover a couple work work. Have a back with that with that as they put a cup bottle copper but that be dead. We have a dead that as we could, we have a bike that could work have went that way without that that way could work we have back. I have a back that have it with that and the battery cup could have a bottle with that cup. We have without a ditch and we have a dead battery with that And make a cup break, buddy have a back while and a couple of dead, dead dead with it and a cup of water with with with without have a ride with that with that that that that that a ditch back have a back required we have a bit that will be there that And we had the car by Kroger, but that rehab that we have that very good work. I have a back that I have a very dead be that I’m a have a body with that with that bottle rehab that we have about it we have that could I have a burger with that with that I could have with that I could have, but I could have a black with that I could come to I could ride with that And could he bother with that with that we have that we have a butt that be dead that work would have, but now that I have that broke

【超短編小説】「ともだちがほしい」

 通勤時に通る電車の高架下のトンネルの、コンクリート壁には、落書きがたくさん書かれている。その中の一つに、スプレーで『ともだちがほしい』と書かれている落書きがあった。ある朝、そこを通ったら、『ともだちがほしい』の下に『↓どうぞ』と書き足されていて、その矢印の下に、一体の人形が置かれていた。その夜、再びそこを通ると、人形はなくなっていた。数日後、マンションの屋上から少年が飛び降りて死んだ。少年は人形を抱いていたそうだ。

And go down come practice at 12

I walking on the way and call hatcher and pack and Hammer a route or a red headed box to him to bake wood at the cupboard Rocco, but I can’t do bad part of me now right and back. I have a table we have to have at Buckleberry edge right now how it’s better to be dumb How to ever walk about to be down at the bed? We have a book about to be down to bed to be down break out to Jimmy at back recovery and Hammond Buck. I had a dead. We have a break away done definitely have a book blue body better hear that at the blue water that we have as a better girl About to reset back to be done at break at a at that time at a ball cup broke Hammond broke head broke, broke cup, broke to be done. We head back cab. We had to markable vitamin that my name at backpay had to break, motorway how about for a couple of that at the Buckberry have a bucket buddy have a buck will be out with that a bit with that at Barry and Petry had a black bay had a bit of that with that at the back have a have a buck that we had add back with a cab and that could a book that way that add we have back have a buck be dead with a Buckberry have a buckboard about them at battery cup. Have a battery here that we have a bar with that MacBook head that we have back with that add back would be that we have a black with that. Add back back. Have that fuck with that with that back cover book would be there with that with that that And the battery have a book of pocket we have a bag we have a that will cover by with that and Michael cab cab recovery have a back of a dead cab of blackberry M Michael my mom add a battery we have a battery cable roll. Why can we help and walk with water very unbreakable about now will break it down with Hammond and back for the car heads a bit of black right now bring me now to the rock that we have a bar again tonight at back. I have a bad brother have a break And cab and cab and cab cab cab back. What about a battery you have about to run around I am back for bed.

苦しいがデフォルト

 彼女はいつも学年一位。  勉強もスポーツも、あり得ないほどストイックで、誰も彼女に勝てはしない。   「どうやって勉強してるの? ぶっちゃけ、勉強とか部活の練習って面倒くさいじゃん」    私からの問いに、彼女はゆったり微笑んで、シャツのボタンをはずしてみせた。    白い肌に、白い下着。  そして、体に貼りつけられたぶ厚いシップのような物体A。   「なにそれ?」   「電気が流れてるんです。ビリビリビリって。もちろん、人体に影響ない程度。ただただ、ずっと、痛いだけ」   「ええ……」   「さっきの質問に答えるけど、勉強も練習も、面倒なだけ。やりたくなって思う時はあるけど、この痛みよりもよっぽどマシなの」    彼女は、いっそすがすがしく言った。    つまり、常に強烈なやりたくないことをやっているから、勉強や練習ごとき、やりたくないことにさえ含まれないということなのだろう。  自分を律することが成長の第一歩ならば、彼女はそれを痛みによってクリアしているのだ。   「質問は終わり?」    彼女はシャツのボタンを閉めて、部活へと向かっていった。    彼女と同じ部活の人たちが、いつも彼女を化け物でも見るかのような視線を向けていた理由が、ようやくわかった。  私もきっと今、彼女に化け物でも見るかのような視線を向けているのだろう。    窓に映った自分の顔を見るのが恐くなった。

わたしは私のままで

わたしの知らない世界で 炎が上がる わたしの行ったことない場所で 朽ちていく わたしの飲んだことがない水が 汚れていく わたしの食べたことのない料理が 失われていく けれど、 私が浜辺で拾った貝は美しいし 私の頬を撫でる風は心地良い 私の見上げた空は青くて 私の掌の上のラムネの瓶は、 太陽の陽射しをキラキラと輝かせる 世界は美しいと思う。 世界は愛おしいと思う。 世界は優しいと思う。 そういう感覚に自分を包み込んで 私は 私は 私は 私のままでいたい。

静かな夜

僕は田舎で暮らしてる。都会の人は静かな場所だと言い張るが、ちっとも静かじゃない。きれいな虫の鳴き声、家族みんなと話ながら夜ご飯。学校で立っておふざけする子が多い。 いつもうるさくて、楽しくて、気持ちのいい街だった。のに ある日、カルデラの阿蘇山が噴火した。 僕は逃げて逃げて逃げまくっていた。避難所についたら、誰もいなかった。僕の頭に悪いことがいっぱいよぎった。近くにリードで繋がれた犬一匹とともに過ごした夜。とても静かで、悲しくて悔しい夜だった。僕がみんなと一緒に逃げれば家族みんな助かったのかもしれないのに。静かな夜が繰り返す。もう何日経ったのかもわからない。そこら辺の草を食べて生きて、僕は日本語が少しずつ抜けていった。ある日、一人の女の子が避難所にやってきた。右肩葉焼け。左足には傷ぐちが、それ以外にも怪我をしている。僕はようやく日本語を取り戻した。 そして1ヶ月後救出隊員がきて都会に住むことになった。たしかにこれは田舎が静かというわけだ。今僕はあの女の子と一緒に暮らしている

リピート

いろんなものに興味がもてるの いいなって思う 思うけど 興味がもてる1つのことに ずっとずっと触れていられるのも 幸せだと思うんだ 好きな食べ物 好きな曲 好きなお話 なんど味わっても飽きない 他のものに興味をもつ時間がない それがすごいしあわせなんだよ

おすそ分け

「あ、またアイス当たった。」  冬の寒い空気に白い息を吐きながら、僕は手に持ったアイスの棒を見つめる。棒の素朴な焦げ茶が「あたり」と、控えめに主張する。それを、隣にいた友達がのぞき込む。 「おいおい、マジかよ。これで今月5回目だぞ?」 「運がいいねえ」 「こんなの、強運ってレベルじゃないだろ。まるであいつみたいな……いや、これは良くないな。」  彼がバツの悪そうな顔をする。僕は慌てて。 「別に大丈夫だよ。悲しくなんて、ないから」 「そうは言うけど、お前はあいつといつも一緒にいたろ」 「うん。すごく、近くで見ていたよ」  ふと、顔を上げる。しかし雲一つない空があるのみ。だけど、焦点の合わない遠くを見つめる。  ぼくには親友がいた。いつも笑っていて、ガキみたいに空気が読めないけど、その空気を変えられるほど愉快で。冬になっても、いつも当たりのあるソーダ味のアイスを食べていた。これがまたすごい運で、彼があたりを出した回数を数えるのは愚かしいほどだ。親友であった1年間でかるく50本は超える。すべてのあたりがこいつに吸い込まれていたんじゃないかと思うほど。  そして、彼は決まって、そのあたり棒を近所の子供にあげていた。どうして自分で交換しないのかと、聞いたことがある。 「おれって、すっごく運がいいじゃん?でも、自分だけ得するより、誰かが笑顔になる瞬間の方が満たされるんだ。だって、鏡がないと自分が笑顔になった瞬間なんて見えないだろ?」  そうやって満足そうに、あたり棒片手に走っていく子供を見ていた。    でも数か月前、彼は死んだ。名前は忘れたが、小さいころからの持病だったらしい。手術をするには幼すぎて、また手術ができるようになったころにはもうすでに末期で余命まで宣告されていたらしい。  学校に来ないなと思っていたらすでに、なんて、あいつらしいとも思ったが。あっけなさ過ぎて未だに受け止め切れていない。いや、受け止める必要はないかもしれない。  もしかしたらこの強運は彼が分けてくれたものかもしれない。傍にいるかもしれないと。 「おい、ぼーっとしてどうした?」 「おっと。回想に夢中になっちゃった」 「お前ってやつは……」 「あ、このアイスのあたり棒、いる?」 「いらねえよ。今何月だと思ってんだ」  友達がくすりと笑う。  きっと、いつか、彼の死すら皆は忘れる。でも、彼みたいにすることで笑顔が増やせるなら。  うれしいな。

メタ爆弾

どうして時限爆弾の線は赤と青なのだろう? どうして時限爆弾のタイマーは見えるように作られ、カチカチと大きな音がするのだろう? どちらも爆発には本来不要なはずである。 同じ色の線を使えば良いし、タイマーも目に見える必要はない。 音も静かな方が良い。 だから、わざとそう作ってあるということは、誰かに止めて欲しい、という願いが込められているのではないか。 そして、と言うか、やはりと言うか、そのような爆弾は大抵の場合、数秒残して物語の主人公によって止められるものなのだ。 ※※※ おい、この作者はどうかしてるぜ、と俺は思った。 俺は色盲であり、極めて弱視だった。 そのくせ、爆弾処理のシーンが書きたいからと、俺を主人公にさせるのだから、どうかしてる、としか言いようがない。 眼の前に2本の線があるのはわかるが、俺にはどっちも同じ色に見えた。 カチカチと時計の音はするが、文字盤の数字はぼやけてよくわからない。 これでは読者の緊張感を伝えることができるはずがない、と俺は思うが、そう書いてしまったのだから仕方ない、俺は諦めて左右の線を見比べた。 少し右の線の方が太いような気がする。 もし漫画なり、アニメーションなりであれば、それを見ている人にも実感してもらえるのだが、これは小説である。 しかも極めて主観的に書かれているから、らしい、としか伝えられないのがもどかしい。 俺はペンチを右の線に合わせた。 カチカチという時計の音が俺の手を震わせる。 一体、あとどれくらいの時間残っているのだろう。 数秒か、数分か。 どうせこの作者のことだ、たいして考えていないのだろう、と俺は結論した。 そう思うと、いくらか俺の緊張がほぐれた。 それにしても、と俺は思う。 時計の音だけで主人公の焦りを演出しようというのは安易な発想と言わざるを得ない。 そもそも、そんな大きな音のする時計があるのだろうか。 もしあったとしても、うるさくて時計としては使い物にならないだろう。 俺は右の線を切ろうとペンチに力を入れる直前でこんなことを考えた。 ここまででだいたい920文字くらいである。 このまま終わってしまって良いものだろうか。 簡単に爆弾を解除して、それで物語が終わってしまってはあまりに短すぎる。 なにより、俺が全然活躍していないじゃないか。 俺は作者に向かって言った。 俺はここで回想シーンに入るぞ、と。 ※※※ 思えば、弱視であったため、大変苦労して育った。 いつも小学校ではいじめられていた。 よく見えぬものだから、何をするにも人より時間がかかるし、よく転んだ。 それを見て、クラスメートたちが笑うのだ。 そんな俺でも、一つだけ誰にも負けないものがあった。 指先の器用さだ。 俺は指先を触れただけで、それの形や構造を瞬時に理解することが出来た。 そんな俺が女の子にちゃんと触れることがで出来たのは高校生の時だった。 忘れもしない高校2年の夏、教室に俺が1人でいると、クラスで一番の美人の女の子がやってきて、俺に言った。 実は前からあなたのことがす ※※※ そのとき爆弾が爆発した。 いくらなんでも、それは出来過ぎである。 そんなシチュエーションとなることに、かすりもしなかった作者はこれ以上何も書けなくなったのである。

のっぺらぼう向け眼鏡

 二人の社員が、アマゾンの奥地へ靴を売りに行きました。  一人の社員は、上司にこう報告しました。   「駄目です。ここの人たちは靴を履く習慣がなく、靴は売れそうにありません」    もう一人の社員は、上司にこう報告しました。   「すぐに靴を送ってください。ここの人たちは誰も靴を持っておらず、上手くいけば市場を独占できます」    同じ状況でも、見方を変えればまったく違う選択肢が現れるという教訓の物語。       「そこで、私が提案するのがこちら。のっぺらぼう向け眼鏡です」    社員が差し出したのは、いっけん普通の眼鏡。  唯一違うところは、レンズのところに人間の目が書かれていることだろう。   「昨今、のっぺらぼうの人間社会への移住が加速していますが、やはり見た目の違いがトラブルを生んでいるようです。そこで、人間に近づくことのできる眼鏡は、必ず売れると思います」   「うーむ」   「口元はマスクで隠せますし、もしも眼鏡がたくさん売れれば第二段として、口を描いた透明なマスクの開発も検討しております」    社員からのアイデアに、上司は首をひねった後、承認の判子を押した。  多様が多様に存在する世の中。  まずはやってみることが重要だ。   「ありがとうございます!」    承認を得た社員は、嬉々として会議室を後にする。   「ま、需要なんてどこにあるかわからんしなあ」    上司は鏡を見て、頬から色が落ち始めているのに気が付き、慌てて透明人間用有色ファンデーションで透明な体を人間の皮膚色に近づけた。

【超短編小説】「夕日」

 ある日、神様が我が家を訪ねてきた。「夕日を友だちに貸してもいいですか?」と訊かれた。俺は夕日など見ないので、「いいですよ」と答えた。そしたら神様は「どうもすみませんね」と言って、隣の家に歩いていった。耳を澄ませると、隣の家でも同じやりとりをしていた。数日後、夕方の時間に窓の外を見たら、夕日がなかった。そこで初めて、俺は夕日の美しさを思い出した。「早く返ってこないかな」と毎日思っていた。そんなある日の夕方、窓を開けると、夕日があるべき場所に、札束があった。何だろうあれは。郵便受けに手紙が入っていることに気づいた。神様からの手紙だった。直筆だがコピーされた手紙だった。それによると、どうやら、神様の友だちが、夕日を気に入って、買い取ったらしい。その札束を、今日から空に浮かべると書いてあった。俺はその札束をみているうちに、夕日よりも札束の方が心を満たしてくれることに気づいた。

嘘をひとつだけ

お題をください。それに対して短い小説を書くので。 そう伝えたら「嘘をひとつだけ」というお題を貰った。 さて、何を書こうか。 詐欺を初めとする犯罪ものなんかは書きやすそうだ。 いや、恋愛もある意味では嘘を付き合う関係だよな。 それを言ったら大人なんて、大人らしく振舞っているだけの子供だ。そういうのを描くのも面白いかもしれない。 子供といえば、初めてのイタズラなんていう題材もいいな。 あれこれ考えたが、書きたいものが多すぎて、作品は完成しなかった。 たぶん。

最後の約束

永い永い時間のあと、不思議な言葉が聞こえた。 最後にひとつ、約束をしよう。 外に出たらすぐに大きな声で叫んで合図をするんだ。わかったね。 その場所がふんわりとした温かさだったのを覚えている。 暗いけど明るい。矛盾しているがそんな感じだった。 そこはとても窮屈で、ほとんど身動きは取れない。身体を動かしては見たもののもぞもぞという擬音がぴったりな、もどかしい動きだった。 ふいに、だんだんと下に落ちていくような、移動しているような感覚を覚えた。いや、押されているんだろうか。ともかく、元いた場所から少しずつ動いていることがわかった。 空間はどんどん狭くなっていったが、その先に光が見えた。そこが出口だと、何故か理解できた。しかし、光は漏れているものの通れるほどの広さはなかった。身体は動かせなかったので、頭でぐっと押してみた。 ほんの少し開いた気がする。 外からドタバタと慌ただしい気配がする。 どれほどの時間が経っただろうか。 ぐっと押したり、逆に引いてみたりと色々試してみたが、しかしどうやら、自分の力だけではこの先には進めなさそうだった。 どこかから女性の苦しむ声が聞こえる気がする。 遠くない場所からだ。しかしどうすることも出来ない。 そのとき、また押されるような感覚があった。身体の位置も少し変わったようだ。この勢いを使えば外に出られるかもしれない。 タイミングを見計らって、やってみた。わずかずつだが、頭が外に出た気がする。もう少しだ。 また来た、押される感覚だ。 いまだ。 いくぞ。 外だ。 わからないが、わかる。 ここは外だ。 約束を思い出した。 合図をしなくては。 せーの、 おぎゃあ、おぎゃあああー! 「おめでとう、元気な男の子ですよ。」 わたしを抱えながら、外の世界の人はそう言った。 約束は果たした。誰との約束だったのかは、もう覚えていない。

けれど いまのところ

外から 水の流れる音がする おふとんの中で 耳が思う 水の流れる音は よく聞いてみると 雨だとわかり その雨がつくりだす流れで わたしは 寝ているあいだに 部屋ごと 流されていた 水の流れの行きついた先は 大きな大きな水たまりで そこでは 光る魚たちや あんまり光らないイルカたちが その姿を見せている 思うように 晴れてくれない頭で あたりを ぼんやり 見ていると うさぎがあらわれ 次いで ペンギンが よちよちと からだをゆらせ 歩いてくる お空では カモメも 飛んでいる 土のなかには モグラがいるらしい はずかしがり屋で 出てこない 夜になると フクロウが やってくることも あるみたい ペンギンだけは お話ができるらしく それらのことを わたしに 教えてくれた ここには ニンゲンは誰も いないようだ けれど いまのところ あんまり さみしさは 感じていない

断筆宣言

俺はミステリー作家だ。 私立探偵の主人公がトリックを暴き、犯人を追い詰めていくシリーズ「名探偵毛利小五郎」は好評だった。 国内で既に80万部以上の売上となっている。 大変喜ばしいことだ。 そんな俺のところに、編集者がやってきて、販売停止だと告げた。 「先生、大変申し訳ないのですが、販売できなくなりました。今並んでいるものも、順次撤去となります」 俺はビックリした。 「なぜだね。売上は悪くなかったはずだ」 「ええ、売上は社内でもトップです。ただいくつか問題が」と編集者は言いにくそうに言った。 「社内規定にひっかかる部分がありまして」 「なら、書き直そうじゃないか。どこの部分だね」 まあ、いろいろとあるのですが、と前置きをして、編集者はいくつか上げた。 「まず、1巻目なのですが、犯人が乗り継ぎのため駅を走るシーンがあります」 「乗り換え時間が1分しかないからな。時刻表を見ながら苦労して考えたところだ」 「駅を走るのは良くない、と社内から指摘がありまして。ここを歩くに変更できませんか?」 「ここで特急に乗れないとトリックが成立しなくなるよ、君」 「では、この巻は販売中止です。次に」 と編集者は言った。 俺は開いた口が閉まらなかった。 「次に、第2巻の崖の上で犯人と最後に話すシーンです。これもいけない」 「何がだね。警察物で良くあるシーンだろう」 「調べたところ、こちらの崖は立入禁止になっています。  それに、読者が真似をすると危ない、とのことで、喫茶店で話すに変えませんと」 「殺人犯を追い詰めた先が喫茶店って、そんな馬鹿な」 「では、この巻も販売中止です。次に」 「まだあるのかね」 俺はだんだん苛立ち始めた。 「根本的な部分になるのですが、まず探偵業の届け出が出ていません。無許可営業はどうかと。  また、犯人の後を追うのはストーカー行為に当たるのでは、との疑いもあり」 俺は頭に来て、ついに言ってしまった。 「もういい。わたしは断筆する。記者会見の用意してくれたまえ」 それに対して編集者は平然と答えた。 あの、申し上げにくいのですが、断筆となると、筆を粗末にするな、との指摘が。

やりのこした、なつ休みのシュクダイ

2年2組 みやざきあいり 8月23日(日) くもり  お母さんの具合がわるいです。  お母さんはガンというビョウキです。  ずっとびょういんにいます。  わたしは毎日びょういんに行きます。    お母さんはバナナを少し食べました。  でも、一口食べるとおなかいっぱいと言いました。  明日はおかしを持ってこようと思います。  ぜったいいっぱい食べてくれると思います。 8月24日(月) 晴れ  びょういんの先生から、おかしはダメと言われました。  今お母さんはあまり食べなくてもテンテキをしてるから大丈夫と言いました。  お母さんには、おかし持ってくるのを忘れたとウソを言いました。  ごめんなさい。  だから、わたしはおかしをぜんぶ一人で食べました。  おいしかったけど、今日はなんだかしょっぱかったです。 8月25日(火) 晴れ  わたしがびょういんに行くと、お母さんはねむっていました。  わたしはお母さんのねがおも大好きです。  ねているお母さんのかおにちょっとイタズラしました。  おきたら気付いてくれるかな。 8月26日(水) 晴れ  今日はお父さんもびょういんに来ました。  お母さんとはベッキョ中ですが、たまに来ます。  びょういんの先生と話していました。  びょういんの先生はステキな人です。  カンゴフさんもキレイな人です。  いつもわたしをホメてくれます。  わたしはそんなにエラくないと思うけど。 8月27日(木) 雨  お母さんがわたしのことを、大好き、って言ってくれました。  わたしの頭も、いっぱいいっぱい、なでてくれました。  わたしもお母さんに、大好きって言いました。  でも、そのあとお母さんがねむってしまったので、あまり長く話せませんでした。  こんど来たときはお手がみをかこうと思います。  そうすれば、お母さんはいつでもよむことができます。  わたしって頭いい。 8月28日(金) くもり  びょういんの先生が言いました。  お母さんは天国に行ったと言いました。  先生にわたしも行きたいって言いました。  わたしは知っています。  死んだら天国に行けること。  だから、先生に死にたいって言いました。  先生はとてもかなしそうにします。  カンゴフさんは、お母さんはいつも見守ってくれている、と言いました。  ウソだと思います。  だから、わたしはこんど高いところからとびおりようと思います。  わたしはわるい子です。  天国に行けなかったらどうしよう。 8月29日(土) 雨  おそう式。 8月30日(日) 晴れ  今日でお母さんとお別れです。  コクベツシキのあとは、お母さんはホネになっておはかに入るのだと言われました。  でも、わたしは大丈夫です。  またすぐにお母さんと会えるから。 8月31日(月) 晴れ  クラスの男の子がわたしに会いに来てくれました。  いつもわたしに学校のプリントとかを持ってきてくれます。  今日はとくべつにわたしに会いに来た、と言いました。  ちょっとかっこいい男の子です。  実はわたしの好きな子でした。  だから、わたしはひみつの話をしました。  お母さんのところに行く話です。  今夜行くつもりです。  わたしがその話をしたら男の子は泣いてしまいました。  わたしはどうしたのって聞きました。  男の子は、わたしがいなくなったらとてもかなしい、と言いました。  会えなくなったらいやだと言って、わたしをだきしめてくれました。  わたしはだきしめられながら言いました。  好きって言ったらダメ。  好きって言ったら、いなくなっちゃうから。  だから、わたしも言わないよ。  いなくなったらダメだから。  わたしはなみだが止まりませんでした。  がまんしていたのに、からだの中からどんどん出てきました。  二人で泣きながらだきしめました。  それから、わたしの頭をなでながら言ってくれました。  いなくならないよ、ボクはそばにいるよ。  だからずっといっしょにいよう。  いつか二人がおじいちゃんとおばあちゃんになって、それから天国のお母さんに会いに行こう。  お母さんに会いに行くことは、やりのこした、わたしのなつ休みのシュクダイにしておこうと思います。  だから、その時まで待っていてね、お母さん。

書かねばならぬ

書かねばならぬ、と俺は天井を見上げる。 今日が週刊誌に連載している原稿の締め切りである。 俺は白紙の原稿用紙を前にして途方に暮れていた。 天井のシミがだんだん編集者の顔に見えてきて俺が身震いしていると、彼から「連絡がないということは、順調に筆が進んでいるようで何よりです」とメールが届く。 嫌味な奴め。 俺は締め切り前になると、いつも編集者に泣きついて延ばしてもらっていた。 今回だけでもう3回目だ。 さすがにこれ以上は延ばせないだろう。 俺は気分転換に風呂に入った。 タオルに空気を入れて、お湯の中に沈めると、クラゲのような、てるてる坊主のような形になった。 俺はそれが恨めしそうに見上げる編集者に思えてきて、慌てて握り潰すと、無数の泡となって消えた。 さて、書くか。 誰に言うでもなく呟くと風呂から出て、原稿用紙に向かった。 とはいえ、風呂に入ったくらいでアイデアが出るわけが無いのである。 よく考えてみれば、まあ、よく考えなくても、風呂に入ってアイデアが出るなら苦労はない。 風呂に入って書けるなら、作家は皆、溶けるまで風呂に入っているだろう。 そんなことを考えながら、ペンをクルクル回していると、どこかに飛んでいってしまった。 そのときに、俺はふと、部屋の散らかり具合に気が付いてしまった。 俺が書けないのは、この環境のせいかも知れぬ。 机の上には、飲みかけの缶コーヒーやらお菓子の袋やらが散乱している。 床の上には脱いだままの服やよくわからないレシートが転がっている。 こんなところで良いものが書けるはずがない。 俺は数カ月ぶりに掃除機をかけ、物をあるべき場所に戻した。 一通り身の回りを整理すると、ついでだ、と言って、玄関や風呂場も掃除した。 庭に行っては雑草を取り、花に水をやった。 そんなことをしていると、いつの間にやら、夕方になっていた。 とはいえ、掃除をしたくらいでアイデアが出るわけが無いのである。 よくよく考えてみれば、まあ、よくよく考えなくても、掃除をしたからってアイデアが出るなら苦労はない。 掃除をして書けるなら、作家のどの家にも塵一つ残っていないだろう。 いくら編集部が遅くまでやっているからと言って、さすがに一行も書けていないのは不味い。 俺は本気で原稿用紙に向き合う。 と、とたんに、ぐぅと腹が鳴った。 己の肉体の我儘さを呪いつつ、晩飯を食べることにした。 腹が減っては執筆できぬ、と言うではないか。 卵かけご飯と味噌汁をササッと作って食べた。 人間、お腹が膨れると眠くなるのは道理である。 科学的に証明された事実である。 キリストもマホメッドもブッダも、食った後では昼寝をしていただろう。 いや、していたに決まっている。 俺はそう自分言い聞かせて、1時間だけと思って横になった。 翌日、編集者からの電話で俺は飛び上がって起きた。 俺は原稿用紙を前にして、こう言った。 もちろん出来てますとも。 なになに当然じゃないですか。 はい、ちょうど今出ましたので、はい。 え、届いていない? メールが迷子になっているのかも知れませんね。 はい、もう一回送ります。 もしかして書いてないんじゃないかって? ははは。 いやいや、もう、200パーセント出来てます。 200パーセントどころか、300パーセント、400パーセント、1000パーセント出来てますとも、はい。 電話を切ると、最後の方は明らかに酷い行稼ぎだな、と思いながら、俺は編集部にメールを送った。 ※※※ 週間新漲 2025年6月5日号(5月29日発売) より

I like them out the way as the color a hat I have a black Colorado every day and a cup of butter

Oh wow, how do I broke right here in the middle have my car have a cab but they had it to rock about it but we have every hit on the way down now. I have to go walk. I have it now right with that at work. I have a library I have that I have everybody with that cup of cup. I have that cup of cup. Could that with without that Work we have with that we have a death of the cab that we have without without that I could cover with that with that we have with David without that how do I go? I have I could have a ride with that with that that’s with that cover cover cover that I’ve got to cover, but I going to be back go to that I’m about to call back about that was that Could come vocabulary with that go to that I could go with that could cover a cover with that have a good cover cup with a cover cup with that with that have a good couple could work a little bit there with that work that will have a cover to work with them with a dead Apple for the web look out without be dead will be broke over with that could be done with that with that. We did with that book work with that a little bit without a problem with that book book do that That word that that that have a book have a buddy have a bad dead come with that go with the Bible that will be dead without a bitch. Have a come. I have a bad company that we have a back by be dead. We have a dead regret have a bad we have a back bottle dead with that with with with that, how about that come out have a battery come out with that with that but that’s what that with but that way definitely will be that way that I could cover with that way that we have dead with that Without a cover with that we have that have a book cover have a bucket with that we have about that, but that’s really without it. That’s what it about way. Have a good cover with that that that that that that could have a buddy down, and we could go to River that would be dead. Have a couple of that we have a good word with that with that that

スニーカー

スニーカーOKな職場だったので、入社する時に軽めのスニーカーを買った。 はじめて履いた時は硬かったけれど、毎日通勤するうちに履き慣れた。 出勤時間に遅れそうな時は全力で走った。 毎朝の駅のホームでは何度誰かに踏まれたことか。 雨で濡らしたこともあった。 取引先に謝りに行く時はなんだかスニーカーが重くなったような気もした。 靴紐がほどけて何度も結び直した。 何度も何度も結び直した。 何度も何度も何度も結び直した。 靴紐は今や千切れそうになっている。 そのスニーカーを、揃えて椅子の前に置いた。 手紙も添えた。 椅子の上に立った。 蹴飛ばした。 駄目だった。 スニーカーは履かずに、そのまま外に出た。 アスファルトがゴツゴツする。 道に落ちていた何かの破片を踏んだ、痛い。 そのまま公園まで来た。 芝生が少し湿っていて、足の裏を濡らした。 地面から昼間に溜め込んだぬくもりが伝わってくる。 夜にはまだ冷えると思っていたけれど、こうしていると意外と足元が暖かく感じる。 離れたところからこっちをジロジロ見る気配を感じるけれど、いまはいいや。 しばらく、このまま座っていたい。 ふいに誰かの足音が聞こえて、思い出した。 あ、スニーカー。 でも取りに行くのは面倒だな。 新しい靴、買おうかな。

誰もいない食卓

やぁジョン。今日のディナーは『カポナータ』っていう料理だ。 俺の故郷イタリアの家庭料理なんだがな、これがまた美味いんだよ。 見慣れた顔の男が太陽よりも明るい表情で、料理を目の前に差し出してくる。 口に含んでみると、なるほど、ナスやズッキーニを包み込む瑞々しいトマトの味が口に広がる。行ったことは無いがとてもイタリアらしい料理に感じた。 やぁジョン。こっちも食べてみてくれるかい?ラクサっていう、東南アジアの料理なんだ。そうそう、東南アジアっていうのはな… 別の男が日焼けした顔で勧めてきた。 こいつもすっかり見慣れた顔だ。でも、ラクサってのは初めてだな。 ふむ。さすがに食感はわからないが、ココナッツミルクの香りがする気がする。悪くない。 はぁいジョン。デザートにはわたしの国の月餅をどうぞ!甘く煮込んだ豆のペーストを生地で包んだものなんだけど、わたしの国はお月見をしながらこれを 黙ってパネルに手を伸ばし、ここで映像を切った。 月餅味を食べるのはもう何度目だろう。 この後、あの女は東アジアの月見文化について得意げに語ってくることを俺は知っている。 太陽も月も、もちろん母なる地球もない。 たった一人の船内で食べるペーストだけの食事は味気ないものだ。 食事を始めるとメニューに合わせた映像が再生される。 しかしこれは郷愁に駆られるばかりで逆効果なのではないか?と思わなくもない。 それでも今は、自分以外の存在を感じることが出来るこれが唯一のものなのだ。

知らない感情が降りてくる。 覚えのない過去の続きを歩いている。 思いもよらない思考が湧き上がる。 さあ、教えてくれあなたことを。 板の上では、私はあなたの器。

松村亮子

「ふい~~」  運んだものをドンと床に置いて、冷蔵庫の前に座り込む。ネコの「クロさん」がするりと腕に身体をすり寄せ、そのままリビングに歩いていった。  後ろから「コケ」と聞こえる。ペット鶏の「ニワさん」だ。 「今日は、大変だったんだぁ。なのにまだやる事あるよぉ」  振り向かずに「ニワさん」に愚痴る。「ニワさん」はコケ、と返事して去った。  運んだものを見る。そこには卵と鶏肉がある。  それらは養鶏小屋からの成果物だった。  小屋の鶏たちの幾匹かが卵を産んでいた。四歳を過ぎたおばあちゃん鶏たちを解体した。おばあちゃんたちは、卵なんてとうの昔に産めなくなっていた。一気には食べきれないので、何匹かにはまだ余生を過ごしてもらっていたのだ。肉質は固いだろうが、問題ない。ほとんどはペット猫の「クロ」が食べるし、残りはミンチ肉にすればいいだけだ。  今年から始めた庭の野菜はなかなかうまくいかない。このままいけば半分は虫たちの分になりそうだ。  冷蔵庫に今日採れた鶏の卵たちを入れる。それをペットの「ニワさん」が覗いていた。 「よし」  小屋の近くに戻る。  今日一番の大仕事に取り掛かる。  この動物を解体するのは初めてだから、何となく後回しにしていた。  黒いビニール袋に入れておいたそれを見る。少し頭がクラリとくる。  59キログラムは作業場に持ってくるのも一苦労だった。これからこれを解体するのだ。  少し、息をのむ。そりゃあ、名前のあったものを解体するのは初めてなわけだし。  血抜きは、鶏と同じでいいんだろうか。とりあえず頸動脈に切り付けて血を抜く。  頭、手足を切り取り、皮をはぎとる。  うちでは豚は育てていないので、毛のない動物を解体するのは初めてだ。猪はかろうじてあるが、少し違う。  肉はそこまで分厚くない。皮は食べるつもりもないし、湯剥ぎというのは向かないだろう。  遺伝子が似てると食べ方には気を付けないといけないらしい。病気になるかもしれないので、脳と骨は使わない。ここはサル肉を参考に捌けばいいだろう。  いくつかのブロックに分けられた肉を見て、満足する。これなら無駄にすることも多分ないだろう。  皮は適当に捨てるとして、頭はどうしようか。  焼けばいいか。  スマホによれば、豚の頭はさらに捌かれたりもするが、牛の頭は焼却保存するという。  一番良質な肉も頭は焼かれるのだから、ある意味食物連鎖の頂点にいる動物の頭も、焼くぐらいがちょうどいいのだろう。  冷蔵庫には、卵たちとおばあちゃん鶏とあの子がいる。  卵も鶏も、大事な物は持たない。しかし、あの子は違う。部屋も持っていたし、お気に入りのゲーム機や漫画もどうするか決めなくちゃならない。あの子お気に入りの果実グミは私は食べないし、冷蔵庫から処分してもいいだろう。たしか遺書には「仏壇にそなえて」って書いてあったっけ。  仏壇は和室に置けばいい。あの子の部屋は、来年あたりには物置になるのだろうか。  そうなればいい。そう思った。

in the mirror

 昔から、鏡が怖かった。どうして私たちの世界を映せるのか。どうして鏡の世界が逆さまなのか。何も解らなかったから。そこに吸い込まれそうだから。  人間は理解できないものに恐怖を覚えるのだと、つくづく思い知らされる。  それでも私たちは日常の一部として「それ」に何度も映されている。身だしなみを整えるとき、トイレで手を洗う時、服屋で服を選ぶとき。そのどれもで、私たちは逆さまの世界に映る。  きっと中にいるのは私たちとは別の存在なんだと、そう思っていた。  そんな私としては、今住んでいる家はあまり好ましくはなかった。ベッドの傍に鏡があるのだ。無理に取り外そうにも、間違えて割ったりしてしまったら怖い。そんなこんなで、未だに外すことができていないのだ。  といっても最初こそ怖かったが、引っ越してきてもう3年、流石に慣れてきた。別に何があるわけでもないし、取り外す必要もないか。誰にも言えないから、慣れたふりをしていただけかもしれないが、いつの間にかそんな思考にシフトしていた。 「ぅぁっ!?何!?」  夜、ベッドで寝ていた私は突然誰かに足を掴まれる感覚に襲われ目を覚ます。ほんの一瞬の出来事だった。 「……夢かぁ……。」  すっかり目を覚ましたときには、私はベッドの上で冷や汗をかいていた。足を見る。特に何もない。  怖い夢も見るものなんだな、それにしても妙にリアルな感触だったな、と身体を起こす。 「……ぇ」  ベッドから降りて立ち上がった私は、冴えない頭でもすぐにその違和感に気づくことができた。  部屋の向きが、逆になっている。まるで、鏡に映したみたいに。  何かとても嫌な予感がして、私はすぐに鏡を覗き込む。  そこには、私がいた。逆さまじゃない。  違う、反転しているのは私だ。  それに気付いたときには、もう向こうの私は動き出していた。  鏡の中の「私」だけが笑う。私を置き去りにして。  手を重ねる「私」は、こちらに背を向け部屋の奥へ振り返る。 「待ってよ。」なんて言葉は届かない。だって、「私」は鏡の中にいるのだから。  ……いや、これも違う。 「鏡の中にいるのは、私だ。」  陽の光に照らされ立ち尽くしている。  変わり果てた鏡の中を見つめながら、逆さまの私は何故だか笑ってしまった。

あの日僕は・・・

僕はあの日悪いことをした。あの頃は気づかなかったのに、今になって気づいた。なんであんなことをしてしまったのだろうか、あんな失礼なことをしてしまったのだろうか。そんな事を言うつもりでわなかった。もっと優しい自分でいたかった。なのに僕は、あの日僕は・・・

シャッター

 夕焼け小焼け、また後で。手を振る君の笑顔を数ピクセルの世界が捉える。その奥に見えた景色、日常から切り離された一片は、やがて聞こえない音となって消えていく。 「帰ろっか。」  手を握る君の温度を確かめる。写る感情はすべて、愛とか恋とかじゃない。まっすぐに在る気持ちは「大好き」だけ。  君を追いかける一つの目が一瞬の刻を縫うように閉じる。光の粒が記憶になる。  指で形作ったフレーム、たったそれだけの世界に。ただ今この瞬間を残すために。

校舎の見回り

下校時間を知らせるチャイムが鳴った。 とはいえ、廃校の決まったこの校舎のスピーカーはすっかり故障してしまっているようだ。お決まりのあのメロディはすべての音に濁音が付いたようなそんな音色だった。 明日からは教員のわたしすらここには来なくなる。 近頃は遊び場にしたり体験施設にしたりという再利用をしているところもあるようだが、この校舎の古さは尋常でなく、来月からは取り壊し工事も始まる。 校舎の見回りをする。 ついこの間まで通っていた子供たちが歩いていた廊下。 田中は都会の学校に行くらしい。 数え切れないくらい授業をした教室。 5年前に増田が割った窓ガラスは、ついにテープで補修しただけのまま今日を迎えてしまった。 音楽室。 夜の見回りをしていた時にピアノの音が聞こえた時は本当に驚いた。齋藤は今度大きなホールでリサイタルをするそうだ。そういえばチケットが送られてきていたな。 保健室。 生徒たちには言えないが、学生だった頃はよくここでサボらせてもらった。あの時の保健の先生はなんという名前だったか。 最後に体育館に来た。 親父が通っていた頃のバドミントン部は強豪だったんだぞ、という話を10回は聞いた。今度のお盆にはもうカウントが増えることは無さそうだが、むしろこちらから報告することが増えたようだ。 バレーのボールは天井に挟まったままだ。 何校も見てきたが、あれは必ずあそこにいなければ気が済まないらしい。不思議なことに。 体育館の隅に、バスケットボールが、1つ取り残されていた。 出来もしないのに、拾い上げてシュートしてみた。あの頃の球技大会の時にこれが決まっていたら、というほど綺麗にゴールに吸い込まれた。 つい先日、この場所で行われた式典のときよりも、体育倉庫にあった不用品を引き取ってもらったときの方が胸に来たのを覚えている。 バスケットボールが弾む音はだんだんと小さくなりやがて止まった。 再びわたしの足音しかしなくなった体育館は世界の終わりのような静けさだった。 「ありがとう。」と、一言だけ呟いた。 校舎から出た。 施錠をした。 次の春に入学する子供たちは、隣町にできた真新しい校舎に通うことになる。 「新入生の皆さん。ご入学おめでとう。」 聞く人もいないし、全く季節外れなわけだが、声を絞り出してみた。 わたしの声は、風に乗って消えた。

雨がふったって

雨がふったって 朝 起きる 雨がふったって 制服を着る 雨がふったって 朝ごはんを食べる 雨がふったって 行ってきます 雨がふったって 行ってらっしゃい 雨がふったって 電車に乗る 雨がふったって 乗り換えをする 雨がふったって あ 宿題やるの 忘れちゃった 雨がふったって マナモに 見せてもらうか 雨がふったって おはようございます 雨がふったって はい おはよう 雨がふったって 教室は さわがしい 雨がふったって あの人は かわらずに 笑顔だ 雨がふったって ちょっと うれしい