──しらり、しらり。 鷹揚と降り注ぐ万糸雨。柔和な笑みを浮かべ木々に触れては、嬉しそうにゆらゆらと揺れる葉葉と戯れている。 ついこの間まで寒雨の装いで常磐色の彼等を濡らしていたのに、いつの間に衣替えをしたのだろう。
ーー駅構内は足音を湛える。エスカレーターを毎度、混んでいて、朝から気が滅入るものだと痛感する。その気怠さは隔日、変容せず今日を出迎えていた。 千は、大学に向かうまでのイニシエーションの真っ只中なのだ。 改札を通り、列車に乗り込んで、周囲を一瞥する。老若男女問わず介在するこの空間では、空席はない。立ち込める億劫な気配にまた、嫌気がさす。 車内から目を外して、風景に傍観した。 (よっぽどいい……) 口煩い餓鬼も、生き急ぐ老体もいない。 ーー目は風景に馳せていた。 立ち込める雲は空を覆い、移り変わる眼前の景色は後ろ髪を掴むようで、心に纏わりつく。線路上を滑る走行音。誰かがスヌーズしていたアラーム。本のページを捲る音。全てが恨めしい。 (甚だ、満員電車で誰にも関与されぬということ自体が不可能な話だが……) 壁に持たれて首を逸らす。ヘッドホンを付けた、スーツ姿の背に顔を覆われたのだ。他人の衣服の香りに咽せる。神経が逆立つ、漏れ出るノイズに。 何か、勉強するような声がする。 「Au……金、Agは……?」 「銀」 「次は……」 (黙って出来ねぇのか?) 無性に腹が立つ。だがそれが、単なる我が儘であることは至極当然だったので、自分が小さく矮小な存在に感じる。 ーー今日はまだ始まったばかりだが、すでに午後六時程の倦怠感を覚えている。
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
ついに、魔王の城へと辿り着いた。 空中に浮かぶ城に辿り着く手段は、目の前に存在する長い橋ただ一つ。 しかし気になるのは、橋の上に数字が浮かんでいることだ。 『0』 この数字には、何か意味がある気がする。 私だけでなく、剣士も魔法使いも僧侶も同じ考えのようだ。 数字をじっと見つめ、警戒を強めている。 「これ、何の数字だと思う?」 「橋の上に乗った人数を数える、とか?」 「そうだとしたら、何のために?」 「決まってる。三人以上が乗ったら崩れるとか、そんな小細工だろ。小賢しい」 不安はあるが、ここで足踏みするわけにもいかない。 今日を逃せば魔王の城は再びどこかへと飛んでいき、魔王城を探すところからやり直しだ。 「ま、乗ってみりゃわかるだろ!」 私が止める間もなく、剣士が橋へと乗った。 私は、万が一の時に剣士の体を引っ張れるように手を伸ばした。 しかし、橋は崩れなかった 代わりに、数字が変わった。 『八十二』 「こ、これは一体?」 「あ、これ、俺の体重だ」 剣士の言葉に、私たちはずっこけた。 橋の正体が、まさかの体重計。 魔王のセンスがわからない。 「どれどれ?」 魔法使いが乗った。 『百五十二』 七十キロか。 意外と重いな。 「どれどれ?」 僧侶が乗った。 『二百七』 五十五キロか。 意外と軽いな。 三人が橋に乗ったので、私も遅れまいと前に進……もうとして止まった。 待って。 今、これに乗ったら、私の体重が大公開されるのでは? 「どうした勇者? 早く来いよ」 剣士は能天気に言っているが、演技かもしれない。 乙女のトップシークレットを暴こうとする、狡猾な戦略なのかもしれない。 いや、待て。 大丈夫だ。 例え重くても、鎧を着ているからとごまかせるはず。 「しかし、すげーなこの橋。俺の鎧も剣も含まない、俺そのものの体重が出るんだ」 前言撤回。 ごまかせない。 やばい。 僧侶が、何かに気づいた目で私を見て、気まずそうに眼を逸らす。 おい、やめろ。 そんな目で、私を見るな。 「多分勇者様、自分の体重を知られたくないんだと……思います」 口に出すなああああ。 ああ、全員気づいてしまったじゃないか馬鹿僧侶。 魔法使いまで気まずそうな顔をし出したじゃないか馬鹿僧侶。 おい、馬鹿僧侶、なぜ気を使ってやったみたいな顔をして私を見るんだ。 神に祈りすぎて人間へのデリカシーを忘れたのか。 顔を赤くして立ちすくむ私に、剣士がゲラゲラと笑ってきた。 「大丈夫だって、勇者様。前の宿の風呂場で、『体重が○○!? 太ったー!』って叫んでたの、皆聞いてるから。今更勇者様の体重を知ったところで、何も」 「三人とも、そこに直れー!!」 私は駆け出した。 そう、ここは魔王城。 私以外が死んだとしても、魔王に殺されたのだと言い訳できる。 絶好の機会じゃないか。 ついでに魔王も殺せば、私の秘密は守られる。 あーっはっはっはっは。 橋の上の数字が変わった。 「ところで、貴方も見たよね? 覚悟してね?」
幸せなんてそんなものかもしれない。 あの娘はおそらく僕のことをなんとも思ってないだろう。 脳内にいろんな脳内物質が出る。 恋をすると寿命が伸びるらしい。 ファインマンのように色恋に長けた物理学者もいる。 恋の物理法則。 君と僕との距離と心の質量が僕らに力学的な作用をもたらし量子の世界で変化が起きるとか自分でもよく分からないことを言って相手を混乱させることも出来るが失礼なのでやらない。 素直に君かわいいね、って言っとけばいいのかもしれない。 素直さが肝要。 君と僕との心の間にある作用点はどちらの重力波によってより強い作用をもたらすんだろうとか言って頭が悪いんですね、って言われて僕の心は重力の歪みを発生してしまうこともあるかもしれない。 素直に今日のお弁当可愛いね、って言っておけばいいのかもしれない。 恋のIQが足りない。 君と僕との心の駆け引きによって地球の時点速度が大きく変わって太陽が地平に沈むときの光のスペクトルが4原色以外のものに見えて素敵だね、って言ってお巡りさんこの人です、って言われそう。 素直に栄養のあるもの食べて早く病状が良くなるといいね、って言えばいいのかもしれない。 マッドフィジストは適応能力を欠き宇宙の法則を乱し今日も太陽に飲み込まれる。
「見なあ、これ。最近流行りのデジタル化ってやつやで」 固定電話を使っていたおばあちゃんが、ついにスマートフォンを買った。 市外局番から電話が来て何事かと思ったが、おばあちゃんがただ自慢したかっただけの様だ。 しかし、電話なんて久々にした。 「甘いね、おばあちゃん。今の時代は電話じゃなくて、LINEの通話だよ」 「らいん? やたら胸と尻の大きい若者の体のことかい?」 「おばあちゃん、普段何のテレビ見てるの?」 翌日。 おばあちゃんがLINEの家族グループに入ってきた。 「見なあ、これ。最近流行りのデジタル化ってやつやで」 スマートフォンでの電話を覚えたばかりのおばあちゃんが、もうLINEまで始めた。 突然家族LINEに人が増えて何事かと思ったが、おばあちゃんがただ自慢したかっただけの様だ。 これから家族LINEの動く頻度が増えると思うと、ちょっと感慨深い。 「甘いね、おばあちゃん。今の時代はLINEじゃなくて、インスタのDMだよ」 「でぃーえむ? お祭りに行ってアンケートに答えたらたくさん来るようになる手紙のことかい?」 「そうなんだけど、そうじゃない!」 翌日。 おばあちゃんからインスタのフォロリクが来た。 「見なあ、これ。最近流行りのデジタル化ってやつやで」 LINEを始めたばかりのおばあちゃんが、もうインスタを始めた。 どこで私の匿名垢を知ったのか疑問は尽きないし、両親に把握されていたのかと思うと背筋が震えたが、とりあえずおばあちゃんの自慢に付き合うことにした。 これからおばあちゃんにインスタの投稿が見られると思うと、投稿内容に気を付けようと思った。 「おめでとう、おばあちゃん。もう私に教えられることはない。免許皆伝だ!」 「免許皆伝? 免許なら最近返納したよ」 「自動車免許じゃなくて!」 翌日。 目を覚ましたら、目の前におばあちゃんのホログラムが浮かんでいた。 「見なあ、これ。最近流行りのデジタル化ってやつやで」 インスタを始めたばかりのおばあちゃんが、もう……いや待ってナニコレ知らない。 ちょっと待って、ナニコレ。 知らない、ナニコレ。 「おばあちゃん、これ何? 私、知らない」 「これはな、最新のなんとかかんとかでな、なんとかって機械を置いとけば、自分の声とホログラムを送ることができるんや。知らんのかい?」 「知らない。見たことない。こんなの、どこに売ってたの?」 「山田さんとこの電気屋さん」 「まさかのご近所!?」 デジタル化が加速していく世の中。 私も置いてかれないようにしなければと強く思った。
春、新学期、クラス替え。 朝八時、新クラスが張り出される。 あなたの名前が私とおなじところにあるかないか。 私の学年は五クラスある。おなじクラスになる可能性は低い。 クラス替えでわたしの一年が決まると言っても過言ではない。 あなたの名前は橋口、わたしの名前は葉崎。 おなじクラスなら出席番号順前後になれる。 自分の名前を見つけてその下にあなたの名前がなかったら違うクラスになる。 七時五七分 ドキドキしている。 七時五八分 息を呑む。 七時五九分 先生が新クラスの紙を持ってくる。 八時〇〇分 張り出された。 目を開けられない。 「俺一組!」 「おぉ、最高じゃん」 「あー、別れちゃったね」 たくさんの声が聞こえてくる。 勇気を出して目を開けた。 一組に私の名前はない。あなたの名前も。 二組にも私の名前はない。あなたのも。 三組にもない。あなたもない。 四組にあった。恐る恐る自分の名前の下を見る。橋口、あった! あった、あった、あった! きっとこの一年は楽しくなる。 あなたがいるから。
先日、袖口の釦が外れた。拙い手先を以て縫い付けたが、思えば何のために在るのか分からぬ。西洋の慣わしに則って付けているのだろうが、生憎この洋服は日本製である。 日本人は嘗て着物なる美しい絹や綿を纏っていたが、昨今では全く見なくなってしまった。帝都で珠に見掛けるのはForeignerの着る化繊で、帯はおろか襦袢が先ず見えぬ。甚だ此方が恥を覚えるくらいなのだが、恐らく西洋人からすれば私もまた保守的思想に固執した時代遅れの人間なのであろう。 洋服が市電に溢れ、とうとう佃島は瓦でなくShackが並ぶようになった。その処々剥がれた鉄板は硬く在りながら脆い。入る隙間風はその板を剥がし乍ら、内から居心地をも悪くする。 この國の釦は外れかけているようだが、私の手では縫い付けられない。尤も縫い付けるのは西洋人で、その時に一つのShackが産まれるのだろう。
今、私はバスに乗っている 他に乗客はいない 私は一番後ろの広いシート席の端っこに座り、海を見ている 白い砂浜に広い海 潮の香りはしないが波の音は聞こえる とても静かな時間だ 寄せては返す波のように色んな事が頭に浮かぶ 最近、孫の風太は小学校でヤンチャぶりを発揮しているらしく、悪ガキと喧嘩をして帰ってくる事もあるらしい。たくましくなったものだ。もう私の膝の上には座らないのかもしれないな。 渚さんは身重になって風太の妹をお腹に宿している。あんな柔らかい雰囲気の女性だが芯は確りしているので立派な母親だ。息子の洋一とは妻が亡くなってから、良く話すようになった。子育てをしながらの生活は目まぐるしくあっという間に過ぎてしまった。アイツは穏やかだが決して逃げ出すようなヤツではない。母親が天国から見ていると思うと、心配するとでも思ったいたのかもしれない。苦労をかけた。淋しい思いもたくさんしただろうに。 最近はシルバー人材派遣に行ってバイトをしながら、たまの休みに桜井美幸さんと会っている。デート代をバイトで稼ぐ高校生に戻ったようだ。 恋をすると人は元気になるようだ。世界も違って見える。全てが素晴らしく、尊いと感じる。そう、恋をしている。70歳を過ぎ恋をしてしまった。 砂浜と反対側は白壁の街並みが広がっている。人通りもなく車も走っていない。静かな街だ 今更だが、もう一度妻と会いたい もっと大切にしてやればよかったと何度後悔したことか もっと会話をすれば良かったとよく思う 桜井美幸さんと話していると、自分がよく笑うことに気が付く 妻と会話をしていれば楽しい家庭だったのかもしれない 浜辺の街道沿いで誰かが手を振っている 息子の洋一だ。孫の風太もいる。傍らには洋一の妻の渚さんもいる。皆こちらに手を振りながら何かを言っているがよく聞こえない。 窓を開けて手を振り返す 何で洋一達がこんな所にいるんだ 奥に桜井美幸さんがいる。微笑みながらこちらを見ている。 「おーい。みんなー!」 声を出すがバスは彼等を後にしていく バスは海面近くに架かる橋の上を進んでいく とても穏やかな気持ちだ 暖かい気候で少しぼんやりする 私はどこへ向かっていたのか忘れてしまいそうだ 前方にバス停が見える。海の上のバス停に誰かが待っている 御婦人だ。桜井美幸さんのように見えるが違う。きっと妻が生きていたらあの女性のようだったろうなと思う。 バスが静かに止まる ドアが開く 婦人はステップを上がりこちらに来て私の隣に座った バスは海の上に架かる橋を進んでいる。
いつも通りの家路、いつも通りに私の部屋に帰る。 扉を開け中に入ると、見覚えの無い物が目に入った。 小さな、黒い無機質な機械。壁に吸いつくように取り付けられている。 レンズのようなものがこちらを向いていて、瞬きをしているみたいに、かすかに光を反射していた。 恐らく小型の監視カメラだろう。誰がいつ、こんなものを。 気味が悪い。指先でつまみ上げ、そのまま床に叩き落とす。軽いはずなのに、乾いた音が嫌に重く響いた。 その瞬間。 背後の玄関扉から、激しいノック音。 まるで中にいると分かっているみたいな、乱暴な叩き方だ。息を潜めるも、音は止まない。むしろ、苛立つように間隔が短くなっていく。 恐る恐るドアスコープを覗く。 真っ黒だった。 外の明かりも、影も、何も見えない。塗りつぶしたみたいな黒。まるで誰かの目が、こちらを覗き返しているかのようだ。 その違和感に気づいたとき、足元で、かすかな光が瞬いた。さっき落としたカメラだ。 レンズがまだこちらを向いている。まるで、今この時も撮り続けているかのように。 恐怖を押し殺し、ドアチェーンをかけたまま、慎重に扉を開ける。 扉の外側から、かかるはずのない圧力が加えられる。金属製のチェーンは伸びきり、悲鳴を上げた。 信じられない力で扉が押し広げられる。チェーンが張り切り、今にも千切れそうに震える。 その隙間から、何かが滑り込んできた。細く、冷たい、光るもの。 それが包丁だと理解したときには、もう遅かった。 痛みを感じるより先に、腹部に熱が広がる。足の力が抜け、視界が傾く。 床に落ちたカメラが、こちらを凝視している。まだ、撮ってる。 薄れゆく意識の中で、視界が赤く染まっていく。 それが血なのか、レンズの光なのか、私にはもう分からなかった。
あの子はかわいい。 あの子はリーダーシップがある。 あの子は運動ができる。 あの子はきちんと自分を持っている。 あの子はみんなに好かれてる。 あの子はモテる。 あの子はコミュ力がある。 あの子は流行りに敏感。 あの子は天才。 わたしは一番劣ってる。 わたしはかわいくない、醜くもない普通の顔。 わたしはリーダーでもなく副リーダーでもない。 わたしは運動ができない。 わたしは周りに流されてばかり。 わたしは一部の人にすら好かれない。 わたしは異性と話せない。 わたしは自ら声を発せない。 わたしは一昔前のものをやっと知る。 わたしはちょっとだけ頭がいい。 わたしのいいところは?ない、ない、ない。 全てが周りより劣っている。 秀でたものが何にもなくて、誰の特別にもなれない。 もしも生まれ変われるなら一つだけ特別なものが欲しい。
投薬で脳の電源が落ちたようになっている。 ルーチンで猿化している。 AIに飲み込まれる世界。 ロボットと変わらない生活。 花を見る。 花も僕の生命力の無さを感じ取って枯れていく。 世界情勢は目まぐるしく変わっていく。 元来自分は勝手な生き物である。 さもありなん。 世界を大事にしないから世界にしっぺ返しを食らう。 文を書き連ねてタバコを吸い自我を保つ。 思考が浮かんでこない。 今日は女の子と話した。 韓国の仁川は料理が美味しそうだ。 働いてない奴は教会に来なくていいらしい。 なら世界の9割の人が教会に行かなくていいことになるかもしれない。 極論。 牧師が世界の仕組みをわかっていないのだから1人として人が救えるはずがない、とは言い過ぎか。 今日も自慰行為をした。 猿か、猿化、去るか、左流蚊。 中庸を模索して文を書き連ねるが病院のショッカー連中は僕を改造したくて仕方がないらしい。 妄想。 生憎僕の体には毒素が幾重にも回っていて(正義の味方だと判定されているのだろうか?僕は昆虫なのに。)それを循環させるのに手一杯だ。 文を書き連ねてカタルシスを得ようとするが生憎この程度の愚痴では何も生まれない。 血反吐く根性も泥水すする度胸もない。 明日はあの娘とまた話せるといいな。 何か与えられるといいのだが。 笑顔が足りない。 雨の降る夜に何かを思索する。 調子が悪いなら毒で体を回せばいい。 僕の体内に埋め込まれたマイクロナノチップは投薬と化学反応を起こして信号を木星の衛星に送る。 妄想。 身体を保つものはなんであれ使うべきだ。 たとえ毒であれ。 カタルシスにはほど遠いが煙草1本分の暇は潰せた。 雨の夜は暗い。
「義務教育」というものは、生きていくための最低限の知識を身につけるだけではなく、社会に出ていく際に必要な、人間関係の構築力を養うためのものでもある。隣のクラスの名前だけ知っている人、クラスメイト、友人、さらには恋人さえも作られることがある。毎日毎日同じ顔を見ていたら、特別な関係性になるのも不自然ではない。 でも、諦めなくてはならないこともある。 私を産んですぐに父と離婚した母は、一生懸命働いて、身を削って私を育ててくれた。私が起きるよりも早く家を出て、私が寝た後に帰って来る。たまに顔を合わせても、疲れ切った表情は常に抜けず、その表情のまま仕事に行く。母が休んでいる姿は、今のところ見たことがない。 そんな母と二人で暮らしている私は、金を稼げる年齢ではなく、毎日給食にありつけるよう、体調を崩さないことを目標に生きている。周りと比べて明らかにみすぼらしい格好をしていると自覚はしているが、新しい服がほしい、などと母に言えるはずがない。二人の生活費で精一杯であることは、築数十年の、今にも床が抜けそうなアパートに暮らしていれば嫌でも実感させられる。母だって、随分と髪を切っていないし、何年も前から数着の服で回しているのだ。 幸いにも私は周りに恵まれており、貧乏であると揶揄われたり、いじめられるようなことはなかった。親しい友人も何人かいて、休み時間に話をしたり、放課後は家へ遊びに行くこともある。自宅に連れてくることはないが、親がいないからと話せば納得してくれる。狭いから何人も入れない、という理由は、何となく気が咎めて、言ったことはない。きっとみんな、あえて触れないでいてくれるのだと思う。 私が親しくしている友達の中に一人、私にとても優しくしてくれる人がいた。コートを持っていないため、パーカーを着て、鼻をすすりながら登校していた私に、彼はマフラーをかけてくれた。直前まで付けていた彼の体温が伝わり、冷え切っていた体が優しく温まるのを感じた。大雨の日、母のお下がりの古い傘が壊れてしまったときも、一緒に帰ろう、と傘を差し出してくれた。家まで送ってくれて、また明日、と言おうとした時、彼の左肩が濡れていることに気がついた。 自然の流れで、私は彼に好意を抱き始めた。彼が笑いかけてくれると、心が温かくなる。彼が誰かと話していると、口を尖らせてしまう。彼ともっと一緒にいたいと、思ってしまう。 彼はおそらく、私を憐れんでいるだけなのだろう。彼の家に行ったときに、生きている世界が違うのだと思い知らされた。使用人がいて、ペットもいて、広い部屋があって、色とりどりの料理を食べている彼は、恵まれない人間に優しくするように、と生まれたときから教え込まれたに違いない。おとぎ話の世界にしかいないと思っていた哀れな子どもが、たまたま同じ教室の中にいたから、教えを実践しているに過ぎないのだと思う。そう考えると、「可哀想な子」である私に優しくしてくれたことにも説明がつく。 彼が純粋に私を好いてくれていたら、と考えるのは楽しいが、そうでなかった時に傷つくのが怖い。だから、自分を守るために、彼の知らない部分を想像して、その度に胸が痛くなる。 母は、私に好きな人がいることを知らない。知られても困らせるだけだ。お洒落をしたい、と言ってもすべがない。母に切ってもらっている髪の毛を、美容室に行って切ってもらうことができるか。穴の空いた靴下を、糸で繕わずに買い替えられるか。紫色の唇を、色付きのリップクリームで血色良くさせられるか。考えれば考えるほど現実的ではない。 しかし、心というものは厄介で、彼への恋慕は日に日に強まっていく。どんなに手を伸ばしても彼には届かない、みすぼらしい私のままで。 悶々とした気分を抱えていたある日、母から小さな袋を渡された。中身を開けてみると、私が欲しいと望んでいた、色付きのリップクリームが入っていた。なぜ知っているのかと聞くと、恋をしているんでしょうと当てられた。知られていないと思っていたのに。手に入る訳が無いからと黙っていたのに。母は私を見てくれていたのだ。その事実がひどく嬉しくて、なぜだか涙が零れそうになった。 彼のことを話すと、一度彼の気持ちを聞いてみても良いんじゃない、と言われた。母の気持ちを勝手に想像して、気を遣って、でもバレバレで。一番身近にいる家族のことも分かっていなかったのだから、彼の気持ちも私が作り上げたものとは違うかもしれない。もしも想像どおりだったとしても、受け止めてもらえば良いのだ。私のことを理解して、大切に思ってくれる人が、こんなにも近くにいたのだから。 リップクリームを唇に塗る。鏡を覗くと、そっくりな顔をして笑う、母と私が映っていた。 (お題:鄙びたアパートの一室・口紅・覗く)
「さっき講義があったんだけどさ~~、先生が『ニュース映画』って言うべきところを『ニュース動物』っていい間違えちゃったんだよね」 県外の大学に進学した友人から突然の電話。何事かと思いきや、前述のセリフが返ってきた。 なぜ、ニュース映画をニュース動物と言い間違えたのか。映画と動物って頭文字が同じわけじゃないよね。その先生、動物が好きなのかな……。というか、そもそもニュース映画って何? そのような疑問がパッと頭に浮かんでは、口に出せぬまま消えていった。 「でさ、ニュース動物って何だよ~~って思ったんだけど。よく考えたら、それはテレビかもしれないと」 「テレビ?」 まぁ、確かにテレビってリモコンをポチってしたら、ニュースを観られるけど。テレビは機械なんじゃあ…… 「でもさでもさ、テレビがニュース動物だって考えると、おかしいんだよ~~。そもそもテレビって動物じゃないし」 あ、今、わたしも同じことを考えていた。ということは…… 「つまり動物じゃなくて、ニュース機械ってこと?」 わりかし得意げに自身の思いつきを口にすると、友人は「あへぇ」と形容しがたい笑いを放ってきた。 「でもさ、それってなんか、変じゃない?」 「そう?」 「んーーと、ニュース機械って表現を使うより、最初からテレビって呼んだらいいのに……って思うんだけど」 はぁ……なるほど、そうかも(?) 確かに、ニュース機械という名称は分かりづらい。わたし達の社会では、すでに『テレビ』という名詞が浸透しているのだから、その名で呼んだほうがすぐに伝わるだろう。 「じゃあ、結局、ニュース動物はテレビのことで。でも、テレビは動物じゃなくて機械だから、ニュース機械って呼ぶほうが正しい。けれど、ニュース機械はテレビのことなんだから、最初からテレビって呼んだらいいじゃない……ってこと?」 「そうそう。そんな感じ!」 画面の向こう側で、友人の満足げな笑顔が浮かぶ。それからピッとチャンネルを切り替えるように、友人は通話を切ってしまった。 だから、何なんだよ……というやりきれなさは残るが、まぁこうやって細々としたくだらないことを、グダグタうだうだと考えてみるのもありかもしれない。そう思えることのできた一日だった。 そういえば、結局、ニュース映画って何……?
もうすぐ退去命令が出る貸家が建ち並ぶ場所へ夜な夜な息子と歩いてる 砂利の駐車場から貸家の中が見える 彼等はどこへ移住するのだろうか 明かりも少ない駐車場から息子が歩いて一つの貸家の中へ入っていく 少し年上の女の子が勉強している 息子が入っていくと女の子とそのお母さんが息子と話している。ここからは、よく見えない すぐに息子が出て来た お母さんが中へ入りなと勧めるが「いいよ、いいよ」と出てくる こんな夜中に歩いてこんな暗い場所に来て女の子とほんの少しだけ会って来た 息子に「あの子と会いたかったの?」と聞くとうんと頷く あんな一瞬だけ もう会えないと知ってか 夜中に外を歩いてあんな一瞬だけ 帰り道は手をつないで空を見て帰る チカチカと星が瞬いている
私は女に生まれたくなかった。 だって女社会怖いんだもん。 いや違う。 私は人間に生まれたくなかった。 だって人間って言葉があるから人を傷つけるし、他の動物より少しだけ頭がいいから怖いこと考えるんだもん。 私は鳥に生まれたかった。 だって空を飛べて楽しそうなんだもん。 いや違う。 私はカブトムシに生まれたかった。 だって若い男の子にモテモテなんだもん。 いや違う。 私は魚に生まれたかった。 だって広い海の中を息苦しくならずに泳げるんだもん。 いや違う。 私は花になりたかった。 だって咲いているだけで女の子にモテモテなんだもん。 いや違う。 どれも違う。 全部違う。 私は私に生まれたくなかった。 だって私は私が嫌いだもん。 私以外ならなんでもよかった。
沖縄でよく食されるものの中には『苦味』が特徴になるものもある。代表的なのは『蔓茘枝(つるれいし/ゴーヤ)』と『荼(にがな)』だろう。「良薬口に苦し」という言葉があるように、苦いものは身体にいいと聞く。蔓茘枝も荼も確かに栄養価が高く、積極的に摂ることを推奨されているほどだ。しかし、どうにもこれが受け付けない。舌に残る鋭い痺れが、長く私を荼(くる)しめるのだ。
我が家の近所には、数百メートル続く細長い空き地がある。同じ駅を起点とする二つの鉄道路線を短絡する様に位置しており、上から見るといびつな三角形を作り出している。その昔、起点の駅を経由しない連絡線として計画されたらしい。 起点駅の隣駅には立派な百貨店が併設されているが、客足は少ない。駅前の広々としたバスターミナルは日中も閑散とし、東の新興住宅地にはススキが我が物顔で広がっている。計画線が運用されていたなら、今頃この駅が起点に替わるターミナルになっていたはずだ。 件の計画は起点駅周辺の商工会の猛烈な反対によりたち消えになったそうである。しかし、仮にあの枯れ草の茂みが鉄路だったならーー。そう考えることがある。今更考えても机上の空論にしかならぬというのに。 今、この街は緩やかな人口減少が続いている。先日、テレビのニュースで少子化について声高に報じていた。ふと画面に目をやると見覚えのある公園が映っていた。幼少の頃に遊んだ総天然色の遊具たちがもう色褪せて液晶の中に在り、淋しさを塗装の剥がれかけた目で訴えていた。下地のコンクリートのグレートーンが更に物哀しさを漂わせ、パンダにもシロクマにも見える遊具は最早グリズリーになりつつあった。 映していたテレビのチャンネルは、3であった。
久しぶりに出社した。 ずっと自宅からテレワークをしていたので、他の社員と肩を並べて仕事するのはいっそ新鮮だ。 しかし、仕事を始めて数十分。 すぐに違和感へとぶち当たった。 「ティッシュがない!」 「ゴミ箱がない!」 「冷蔵庫の中にコーヒーがない!」 「水道に浄水器がついてない!」 「メモできる紙がない!」 備品としてデジタルな機器はやまのようにあるが、アナログな道具が少なすぎた。 退勤後、私はすぐに行動を開始した。 職場の机の隣に、サイドテーブル設置。 サイドテーブルの一番上に、コーヒー二リットルとミネラルウォーター二リットルのペットボトルを設置。 隣にティッシュボックスを設置。 棚の中にペンとメモ帳を設置。 サイドテーブルの隣にゴミ箱を設置。 僅か一夜にして、自宅に近い環境を完成させた。 一夜城ならぬ、一夜机だ。 出社する社員たちは、私の机を見てぎょっとした。 きっと、「その手があったか」と驚いているのだろう。 真似していいよ。 業務時間が始まってしばらくすると、課長が私の机までやって来て、私の机を見て首を横に振った。 「これは、駄目だよ」 「え?」 かくして、私の一夜机は十分で崩壊した。 私の仕事の能率は半分にまで落ちた。
私の声ははっきり言って好い。一般に周波数として聞き取りやすいために発声に力が要らない。実生活に於いてこれ以上無い才なのだが、やはりどんなものにも例外なく短所はつく。 ある時に電話をした。こちらは十八というのに、相手方はまるで大人の相手をするかのように腰が低い。声色だけで判る程である。ところが、こちらが年頃の子供と知った瞬間受話器越しにすっくと腰を伸ばしたのが分かった。考え得ることではあったが、露骨に態度に出されるとげんなりするものがあった。 またある人にはもう大学を出ているものと思われていた。これは「大人びている」と捉えれば大方悪い気はしないのだが、それとは別に私は見た目が幼いために、あまり自分を見てくれていない様な気がして淋しく思った。 社会一般に十八というのはもっと余白があって、決して成熟したものでは無いらしい。尤も自分が熟したものと自称するわけでないが、普段過ごす中で如何に自らが例外的であるかを知る場面がよくある。その度にその蚊帳の外に置かれたような心情を、特異で自己陶酔的なものとして隅に置く。 しかし稀に、その自己陶酔の中に愛しさを見出してくれる他人が居る。それは大方私の隣に居てくれる人となるが、これは私の中では例外である。その人も又社会一般に趣味趣向が逸脱した例外者であるが、私とその人の中では全体であって、決して例外ではない。
「もしもし? ○○の父親ですが!」 子供が不満を零していたので、学校に電話した。 宿題を忘れることの何が悪い。 人間、忘れることもある。 授業中に騒ぐことの何が悪い。 人間、騒ぎたいときもある。 可愛い我が子を叱るなんて言語道断。 パワハラ、駄目絶対。 教師が家まで着て謝罪をしてきたので、寛大な心で許してやった。 「やーい!」 我が子も、自分の正しさが認められて楽しそうだ。 子供は宝。 大人たちは、多少の我儘を許容して、子供を育てなくてはならない。 それが、社会の義務なのだから。 「もしもし? △△の父親ですが!」 𠮟った部下の父親から、電話がかかってきた。 曰く。 納期を忘れることの何が悪い。 人間、忘れることもある。 業務中に騒ぐことの何が悪い。 人間、騒ぎたいときもある。 可愛い我が子を叱るなんて言語道断。 パワハラ、駄目絶対。 らしい。 わしは頭を抱えた。 そんなことまで上司が教えなくてはならないのかと。 部下は、わしを期待した目で見ていた。 この目を、わしは知っている。 自分が正しいことを確信して、早く謝って来いと訴えている目だ。 我が子も、教師の前でいつも同じ目をしていた。 怒鳴りつけようとも思ったが、口が上手く動かなかった。 最近の若者と言う化け物を作った一端に、わしの振る舞いもあったと気づいたからだ。 組織よりも個人が強いと思い込んでいる世代。 わしは、わしの作ったバケモノたちと定年まで共存しなければならないのかと考え、胃がキリキリと痛んだ。 謝らないわしにしびれを切らした部下が、「ん?」と声をかけてきた。
近年は地下鉄でさえ電波が入る様になった。情報を入手することは容易くなったが、対して電子機器を使わない過ごし方は段々と難しくなりつつある様に思う。 私が幼少の頃にはもう「ケータイ」というものはあったが、電車で眺める人は今程居らず、回線も決して高品質でなかった。新聞を眺める人、本を読む人、景色を見る人。皆思い思いに過ごしていた時間は時代によって画一化されてしまった。そこに嘆きを感じるのはきっと私自身が懐古主義だからだろう。 先日、電車の中で音楽を聴こうと思い立った。取り出したスマホはオフライン表示で、全く以て動かなかった。仕方無く私は疎外感の中で前時代的な行動を取らざるを得なかったが、そこで気付いたのは他の乗客が明らかに個々の空間を持っていたことだった。イヤホンを付け、目を閉じるか画面を注視する。それは視界と聴覚を自らで独占することに他ならない。他者の介入するクリアランスを持たず、独立した空間が七人がけのシートに隙間なく並んでいた。 述べた通り私はその空間を持てぬから、窓に映る自分の顔と遠くの送電線を見つめていた。晩春の夕空は乗客の顔と送電線を色濃くしたが、乗客は決して黒一色でなかった。隣の老婦人の帽子の紅と、向かいの学生らのYシャツは少なくともそうだった。ふとスマホが極彩色に光った。オンラインに復帰したそれは、私を混色した末に淀んだ黒にするだろう。
「博士、本当に行くのですね。」 「ああ、先に行ってくるよ。」 「では、また100年後の未来で会うのを楽しみにしていますよ。」 そう言うと助手のワトソンはボタンを力強く押した。 宇宙船は大気圏を抜け、予想よりわずかに出力を高く保ったままついに宇宙へ飛び出す。 たった3年の旅だ、それを地球時間に換算すると100年が経過していることになる。 人間の寿命では通常体験できない未来を私は見ることができるのだ。 いずれ帰る未来の地球を想像し、ともに宇宙旅行をしているワトソンと酌み交わす酒を楽しみに私はつらく長い旅をひとり耐え抜いた。 懐かしの青い星をとらえると宇宙船はプログラムに従って3年、否100年前の約束の場所へ向かった。 無事に着地すると何やらスーツを着た男が宇宙船のもとにやってくる。 「お帰りなさいませ、こちらW株式会社のものです。データ照合をいたしますので少々お待ちを。」 「はあ、これはどういうことだ。おい君、ワトソンという男を見なかったかね。私の助手なんだが。」 「何冗談をおしゃいますか。ワトソン氏はわが社の創設者ですよ。」 そう言って笑った男の顔が突如として冷酷なものに豹変した。 「不法滞在者だ、連れていけ。」 スーツの男が虚構に向かってそうつぶやくとどこからともなく屈強な男たちが現れ、私の体を乱暴に宇宙船からひっぺがした。 「おい!いったい何をするつもりだ。」 「滞在費は宇宙での労働でもって支払ってもらいます。それでは、よい旅を。」 スーツ男の感情のこもらない笑顔はちょうど3年前、宇宙船の窓越しに見たワトソンのそれとよく似ていた。
先日、学校から卒業祝いで思いがけずプリペイドカードをもらった。 誇らしげに高校の校舎が印刷されていた為に、人前で使うのは憚られた。最近はキャッシュレス決済をする機会が多い。特に現金の残高が少ない時は口座から下ろさずに支払いが出来る。 しかし件のプリペイドカードは中々使える店が限定されており、見た目も相まって使いづらかった。ふと訪れたコンビニで、現金の持ち合わせが無い時があった。 おずおずとプリペイドカードを使えるか申し出たところ、支払いに使えるという返答だった。取り敢えず安心してカードを出すと、レジスターに吸い込まれたカードの残高が四千円強であった。おや、案外良いものであったでないかと感心したが、その瞬間にそのカードは只の支払い手段と化していた。一種の躊躇いや勿体なさというのは消え失せ、カードに刻まれた若干の恥と内輪的な感情は金券に変わってしまった。そう思い乍らコンビニを出て、穴の一つ空いたカードを見つめた。この穴が増える度に特別感は更に失われてゆくのだろう。普遍的なものになりゆくのは当然の摂理だが、やはり金銭的な側面を自覚するとげんなりした。 学舎で得たラッキーは、穴が開くにつれて段々と零れ落ちていった。
高校一年の時の今でも鮮明に覚えている思い出がある。 その日は雨で七月ということもあり、じめじめとした暑さが体にまとわりついていた。 ふと道端に白い物が落ちていた。ビニール袋だと思い、通りすぎようとした時、それは狐だった。ぐったりと寝そべっている狐。 私は獣医でもないし、動物に詳しいわけでもなかったが、当時は直感的にこのまま放置していては死んしまうと思い、家に連れ帰った。 後から知ったことだが、狐にはエキノコックスという寄生虫がいるため触ってはいけなかったらしい。 今日は運がいいことに家族が帰ってこない日だった。濡れた体を拭き、温め、雨が上がったのを確認し、元いたところに返した。 その数日後、私の周りに些細な変化が起きた。今までいじめとまではいかないが、自分のクラスで少し遠巻きにされていたのが、急に声をかけられるようになったり、昔仲良くしていた親友から連絡が来たり、昔手放してしまいずっと探していた本が中古で安く売っていたり、父が気分転換にと買った宝くじが高額当選だったりと、私にとっても、家族にとっても嬉しいことが立て付けに起きた。 当時は『最近運が良いな』と思っていた。そんなある日に玄関に一輪の白いダリアが置かれていた。ダリアが咲くには季節外れの初夏、造花だと思い怪しみながらも持ち上げたが感触で生花だと分かった。悪戯かと思い辺りを見回すと白いふわふわな狐の尾のようなものが見えた。 私はある一つの馬鹿馬鹿しい妄想を思いついてしまった。 本当にありえないことだと思いながらもそのダリアを花瓶に刺した。本当に馬鹿げた妄想。 白いダリアの花言葉は『感謝』 狐は何を伝えたかったんでしょうね。
私の学友に故人がいる。枕元にはろうそくとりん、それから線香立てを写真の前に置き、毎晩「おやすみ」と言いつつ火を灯している。 聞く所によると、ろうそくの火は黄泉の国の人にとっての目印になるという。つまるところ現世に来るのはろうそくが灯されている間中であって、決して我々が起きている時間ではない。こちらとしては大変なジレンマだが、要するにこちらの「おやすみ」は彼等にとっての「おはよう」に相当する。 ところで、よく故人に対して眠るという語を使いがちだが、これは「おはよう」という言葉の上に在る様に思われる。尤も、直接的な表現をするまいという使い手の心情はろうそくの灯りよりも明らかであるが。 又、先述の「おやすみ」という言葉は「おはよう」と対の存在として扱われるが、あくまでこの二つは両立するものであり、一種の呼応と言えよう。 しかし、その呼応が時間軸でなく、時空的な広がりを見せたらどうであろうか。黄泉の国が年中無休であるかは分からないが、もしそうであるならばきっと応えてくれよう。その時彼等は眠りから目覚め、こちらに「おはよう」と云う。そして彼等が又眠る時、我々は「おはよう」という一声から一日を始めるのだ。 そして、もしこの文字通りの夢物語が実現したなら、彼等と黄泉の国は一つの実体としてこちらに「おはよう」と告げるだろう。
雨は、静かすぎるほど細かに降っていた。 行き交う車の音も、どこか遠くで鳴っているようで、現実感が薄い。 春の雨はもっと柔らかく暖かいものだと思っていたのに、今日は冷たくて、肌の奥まで染み込んでくる。 「桜、散っちゃうね」 そう言った私の声は、思ったよりも軽くて、まるで誰かのものみたいだった。 彼は振り返らない。 少し前を歩く背中は、いつもより遠く感じる。歩幅が合わないわけでも、距離が極端にあるわけでもない。ただ、そこにあるはずの《何か》が、もうない。 返事がないことに、驚きはなかった。 ここ最近、ずっとそうだったから。 雨に濡れた桜並木は、足元に淡い色の絨毯を広げている。薄桃色の花びらが水を含んで、重たく、踏まれるたびに音もなく崩れていく。 彼の靴が、それを踏みしめる。 黒い革靴の底に、花びらが貼りついては剥がれ、また次の一枚が潰される。その繰り返しを、私はただ見ていた。 あの靴を選んだのは、私だった。 就職祝いに、一緒に店を回って、何足も試して。 結局、少し背伸びした値段のものを「長く履くなら」と言って決めた。彼はそのとき、少し照れたように笑っていた。 あの笑顔を、もう思い出すのに時間がかかる。 いつからだろう。 話しかけるタイミングを探るようになったのは。 沈黙に理由を探すようになったのは。 手を繋ぐことに、躊躇いが生まれたのは。 雨粒が、彼の肩口を濡らしている。傘を差しているのに、なぜか濡れて見える。もしかしたら、それはただ私の目が曇っているだけかもしれない。 「ねえ」 呼びかけても、声は届かない。 いや、届いているのに、拾われないだけだ。その違いを、私はもう知っている。 風が吹き、枝に残っていた桜の花びらが落ちてくる。 雨に押されるようにして、ひらひらと舞うが、雨粒をまとうとどこか諦めたみたいに真っ直ぐ落ちる。 そのいくつかが彼の傘に触れて、すぐに滑り落ちた。 彼は前だけを見て、歩き続ける。私は一歩遅れて、その後を追う。 昔は、逆だった。 彼が少し遅れて、私の隣に並ぶタイミングを見ていた。歩幅を合わせるのが得意じゃなくて、何度もぶつかりそうになって、そのたびに笑った。 あのときの距離は、どうやって作っていたんだろう。 今は、どうやっても埋まらない。 足元に視線を落とす。 濡れたアスファルトに、花びらが貼りついている。その上を彼の靴が通るたびに、形が崩れる。 柔らかくて、軽くて、でも踏まれればすぐに壊れる。 まるで、今の私みたいだと思った。 言葉にしなければ、何も壊れない気がしていた。触れなければ、そのままでいられる気がしていた。 でも、それはただの先延ばしで、もうとっくに崩れているのかもしれない。 「……ねえ」 二度目の呼びかけは、さっきよりも小さくなった。 彼は振り向かない。その背中に、もう期待していない自分がいる。期待しないことで、傷つく準備をしている自分がいる。 雨が少し強くなる。桜は、さらに勢いよく散り始める。 視界の中で、花びらが増えていく。落ちて、重なって、踏まれて、形を失っていく。 彼の靴が、それを繰り返し踏んでいく。 その光景だけが、やけに鮮明に焼きついていく。 たぶん、これが最後なんだと思う。何が、とは言えないけれど。 この時間も、この距離も、この沈黙も。 全部が終わる手前の、曖昧な瞬間。 私は立ち止まらない。追いつこうともしない。 ただ、同じ速さで、少し後ろを歩く。 彼の靴と、地面の花びら。 その組み合わせだけが、なぜか美しくて、残酷で、忘れられないものになる予感がした。 やがて、並木道の終わりが見えてくる。桜のない道に出れば、この景色も途切れる。 その先に何があるのかは分からない。でもきっと、ここで終わる。 名前もつけられないまま、形も残さずに。 最後に、ひときわ大きな花びらが落ちて、彼の靴の先に貼りついた。 それが一歩で潰れて、水に溶ける。 雨は、まだ止まない。
私の知っている人の中に、同性を愛した男が居る。その男の愛した人は、相当な優等生だった。控えめな性格で一人称は私。誰に対しても、無論男に対しても敬語だった。 ところが、打ち明けられた男の愛を受け入れた彼は、普段の大人しく受動的な性格とは異なるやや洒落た一面を見せ始めたという。聴いている音楽はリズムの速い洋楽、シースルーの入ったファッショナブルな私服。彼の学び舎でのそれとは違う一面は、男にしか見せぬものであったろう。 一度、二人の時に男は彼を抱擁したことがあった。彼はそれに対して如何にも優しく抱き返したという。腕を離さぬ男に、彼は何月も離れる訳でないのだからとたしなめたらしい。骨ばっていながら暖かかった彼の胸の中は、今や男しか知らぬ只一つの桃源郷だったろう。 彼等は、後に別々の生を歩むことを余儀なくされた。彼の男に向けた只一つの秘密は、現世から逃れたい心情だった。桃花は散り、土に還った。詳しいことは男は外に話したがらなかったが、少なくとも男は彼の幻影を懐っていた。毎夜香の前で視界を滲ませる姿は痛々しいものがあったが、彼は男の心境を知るだろうか。 最後に、この男が私であるということは、これを読んでいる貴方、若しくは貴女との間での秘密にして頂きたい。
胃カメラを飲んだ。ベッド横のモニターに映像が映っている。「おっ」医者が嬉しそうにつぶやいた。胃カメラは、列をなして歩く観光客たちの姿を映していた。観光客たちは胃壁に向かってカメラを構えていた。「きっと胃がすごく荒れてるんだな」と思った。少し嬉しかった。
水の半分入ったコップを見て、半分もあると言うか、半分しか無いと言うかーー。 思うに、私は後者である。コップというのが時間で、水が記憶としたら、私は注がれ続ける水を見て溢れることを恐れる。溢れた水は忘却されゆくものとして土に還るが、残った水もこのまま残り続けることはない。入れ替わり続けることで、時間という制約の中に在り得るのだ。 各々の記憶は色を持つ。それは水に交じり、薄まることはあれど消えることはない。友と大洗で食べたあんこうは淡い赤であるし、別所の湯は白である。中には別離の黒も、他者を傷つけた紫もあるが、それらは大抵底に沈んで姿を見せず、受動的に交ぜられた時にのみ現れる。 不思議なもので、この記憶の比重は人によって変わる。尤も、楽観主義者はこの重い記憶を、容量を圧迫するものとして自発的に、かつ無自覚のうちに排出しようとするのだろう。結果、コップの水は鮮やかで澄んだものと、下が淀んだものに分かれる。私はその淀んだものを注視するあまりに悲観主義たらしめられるのであろう。私はまだ学生であるから、コップは今のところ溢れそうもない。せめて半分は澄んだ水を入れたいように思う。そうすれば、幾らか生きるのが楽になるのかもしれない。 ただ一つ心配なのは、溢れる程に出した水道代が倍になることだけである。
はい、ということですけど、大変ですね。桜井さん。 「まさに修羅場wこれから修羅場が始まる前夜ですね。この苺王子さんは、彼女に対してどう思っているのかってのが知りたいかな」 そうですね。でもなんか、素敵な出会いでしたよね。それこそ歌詞のような出会い方でしたね。 「うん、本当に素敵な出会いですね。なんか…運命の人。みたいな感じでしたよね」 はい、ただ不倫をしていると。苺王子さんは不倫をやめようとしているけど、運命で結ばれた彼女にバラしていますと言われている。 「うん。もし、本当に運命の二人だとしたら、真実を彼女にを話して、本気で謝るしかないのかもしれないですね。それでも気持ちが離れず、お互いの気持ちが変わらないのなら、運命の人なのかもしれない」 私も、そう思います。私も禁断の恋を経験した身。許されない悪戯は大切な人たちを傷つけるだけ。今、いけない事をしていると気付いているのなら、そこから引き返す事が苺王子さんに春を呼ぶ声になるのかもしれません。私の様な思いはして欲しくないから。 では参ります。 【お前の恋の炎を、石にしてやろうか!】 それではここで一曲お送りいたします はなのなまえで「wish」 ♪ On this endless road, there’s a dream I simply must make come true! 分かっていることなど何一つない 本当のことなどどうでもいいんだ ビリビリと俺の心がしびれている それ以外に確かなことなんてあるわけないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might Stronger than anyone else Faster than anyone else Flying higher than anyone else よそ見をしていたら溺れていく 弾丸を撃ち込まれても前を見続けるのさ 夢を見失ってまで 生きていたってしょうがないだろ Wish! Wish! Wish for it! With all your might ♪ 桜井さん、今日は本当にありがとうございました 「どうも、ありがとうございました」 最後までお聴きくださりありがとうございました。またお会いしましょう。皆様にも恋の悪魔が囁く時、今日の事を思い出してくれたらと思います。では。シャー
寒い時期は年中、靴下を履いていた。そのため窮屈な思いをさせてしまっていた。このところのあたたかさで昼間であれば靴下がなくても心地いい。いくらか足の先もよろこんでいるように見え、こちらとしてもうれしくなる。 その草の名前は知らない。けれど庭ではそろそろ種をつけるように感じられ、そうなる前に取り除いておかないと、と軽く心配している。さっそく、と中途半端に屈んだ腰に鈍く痛みを覚える。それをおして続けていたら辛抱できないくらいにしびれてきた。たまらず上体を起こして空を仰ぐ。あと何回くらいこれをくり返したら終わるだろうか。先を見て、見たことを後悔して。 ―へへ、おじょうさん、おめでとうございやす。それは恋というものでござんす アリが腕にはってきてそう言ったのは去年、夏になる前のあの日のこと。アジサイの葉っぱの上ではカタツムリが「よかったですねえ」というように、しきりにうなずいていたっけ。 ―へへ、おじょうさん、おめでとうございやす でも私は、何をしたということはない。するつもりも特になかった。ふうん、恋なんだねえ。そう思って、思い続けただけだった。 ―それは恋というものでござんす あのとき挿し芽したシバザクラはもりもり成長して、こぼれた種からは朝顔が芽をつけた。 夕のごはんは豚汁。人参、玉ねぎ、白菜、じゃがいも、そして豚肉。最後にきざんだ長ねぎ。ほうれん草のごま和えとひじきの煮物も並べ、白いごはんも。献立は昨日とまったく同じ。それなのに、なぜか美味しい。そりゃあ美味しく感じないわけがない。思ってもないこと。あの人からデートのお誘い。何をしたということはないのに。するつもりも特になかったのに。 ―へへ、おじょうさん、おめでとうございやす。それは恋というものでござんす 足の先が、やけによろこんでいるように見えた。ふうん、恋なんだねえ。
祭りの夜、私たちは遠い親戚の家に宿泊させてもらった。聞いた事も会った事もない親戚が沢山いて、方言も分からない。自分の中にある新しい自分に会ったようで不思議だった。私は大人たちとはそっと離れて、小さな男の子とずっと遊んでいた。外国人風の男の子。遠い親戚に外国人と結婚した人もいるんだなと思った。 男の子は可愛い物が好きらしく手元に集めていた。お祭りで配られたお菓子に付いていた光沢のある水色のリボン、テーブルの上にのっていたバナナに貼ってあったバナナの絵のシール、いちごのイラストが描かれた飴の包み紙。それらを触ってじっと見ては、嬉しそうにしている。私は、読んでいた本に挟んであった、しおりを出した。 「蛍が夜空に舞い上がって、星と一緒にお空に浮いているんだよ。」 外国人だしまだ小さいから、言葉が通じるか分からない。だけど絵を指してそう言うと、男の子は頬を上げて顔を赤らめた。 私は自分のバックパックに下げていたコサージュを外した。布で出来ていてふわふわしている桃色のピオニー。紐を外して腕に付けたり、洋服にしばったりしてみせると、男の子の目はキラキラと輝いた。 すると色白の女の子がやってきた。男の子よりは少しお姉さん。私たちはお互いに誰なのか分からないけれど子ども同士だから全然気にしない。子どもはなんとなく参加してくる、それでいいのだ。女の子はどこかで拾って来たのか赤いツツジの花を見せてくれた。親指と人差し指で、花と茎の繋ぎ目をつまんで耳にかけてみせてくれた。 「素敵ね。お人形さんみたい。」 私が感心していると、女の子はそれを私の耳にかけてくれた。鏡を覗くと、私もどこか異国のお姫様のようになった。私はそれを男の子に渡すと、男の子は自分に付けるわけでもなく、壊れやすい蝶々を手に乗せるようにそっと両手に乗せて愛でた。 私たちが集めた可愛いものが増えたので、私は袋でもないかなと周りを見回してみた。人が大勢出入しているから色んなお菓子が出ていて、空き箱がたくさんころがっている。私は何のお菓子が入っていたのか、ラベルもない真っ白な箱を見つけた。つるつるとしていて陶器みたいにも見えるけれどフタがある。それを男の子に差し出して中身を少し入れてあげると、男の子はそこに素敵な物たちを入れた。でも、まだ小さいから上手には入れられない。私は優しくお手伝いをして、固いものは下に、コサージュやツツジの花はふわっと上にのせた。 「こうすると、お花がつぶれなくていいよね。」 男の子はこっくりとした。 親戚の集まりが終わりになると、いつの間にか、男の子も女の子もいなくなっていた。中身の入った白い箱だけが残っている。 「お母さん、男の子はどこ? 外国人風の小さな子。それと小学生くらいの女の子。」 「子どもはいないよ。中学生のあなたが一番小さいのよ。」 親戚の人たちに話すと、おじいさんのお姉さんが、外国へお嫁に行ったと聞いた。その人の子どもだったのだろうか。色白の女の子も誰なのか分からなかった。 後でそっと箱の中をのぞくと、私たちのわくわくとした気配がまだそこに残っていた。(おわり)
ある、女の子が、Boy friendに電話していた。 「どうしたの?!」その男の子がいった。 「えっとー今日、violinの発表会があって〜。。」 今日は、私の発表会。昨日緊張して眠れなかったー^^ すっごいいろんなこと考えちゃうなー 明日も、CDとか、CM、テレビや、シンガポールでの撮影とか、色々あるな〜、、。 あっというまに、会場までついちゃったーはぁ〜 ファンが大勢いる、、。!!!おかしだ!もらいたい!お菓子はもらっとこ! お菓子だけをもらって、食べながら会場に行った。すっごい緊張する〜あと、5曲聞いたら、次は私の番!みんなクラシック引いてるけど、私、マリオを、、しかもviolinでひくんだけど、これで大丈夫?すっごく心配になってきた!コンサート中に、電話がかかってきた!どうしよう〜電源切るの忘れた!みんなに迷惑だ〜やばいどうしよう! バリっ 落としちゃった〜あああああああどうしよ!割れてる!使えない!ちょっと、抜け出そう、、。外でゆっくりみよう。曲が終わったところで、女の子は抜け出した。よく考えたら、そろそろ時間なのを忘れてた! 急いで抜け出した。とても、急いで。舞台袖に行こうとした瞬間、左手の人差し指が、バキッと。舞台袖に、すごい音が鳴り響いた。「いっっタァー」スタッフさんたちが駆けつけた。大丈夫か聞いてくれた。大丈夫ではなかった。でも、泣かなかった、偉かったって自分にいいかせてた。いよいよ私の番! 指も、突き指してやばいけど、なんとかやり遂げよう!ステージに、足を踏み入れた。 曲を引いた。 3分48秒 地震発生 王勢の人が慌てた。震度7ほどだった。 帰らぬ人がいる。
玄関の扉を開けたら、そこに桜の花びらが落ちていた。舞ってきた、と言う表現が正しいように、まばらながらにある程度存在するそれは、おそらく近くの公園から飛んできたのだと思う。私は散歩に出た。 例年より暖かい傾向は、これから先普通となるのか、今年が特別おかしいのかは私にはわからないが、勘弁してほしいと思う、肌寒いくらいがちょうど良いのだ。公園では半ズボンの子供がボールを蹴っていた。そこに舞う桜。こんな短い時間でこれだけ花びらを降らせて、すぐになくならないかと心配したが、元来桜はそう言う物であった。 桜、桜。桜といえば、国語の授業で桜守について扱っていたものがあったなと思い出す。桜は五日間しか咲かず、残りの三百六十日の世話の様子を見る人間は少ないと言っていた。日本人特有の侘び寂びであるとか、儚さへの尊さというのは、桜を見て育ってきたからそれが身につくのか、それが身についていたからこそ桜を愛でるようになったのかわからないが、ただ一つ、仮に年中咲く桜が開発されたとして、それが流行ることはないだろうと言うことだ。ともかく、その桜守には頭が上がらない思いで、当時、意味もなく、若しくは意味をもてあましながら呆けて見ていた桜にはもちろん縁の下の力持ちがいるものだよなと気づいた。死体が埋まっているかも、と言う話ではなく。もしそれを見て見ぬふりするのであれば、私も大多数がそうであるように、惚けて儚い桜をも見るか。 春とも春入りともいえぬ陽光と少し乾いた風は、強烈すぎず、雲がかったものほどでもなく、ちょうどよかった。以前、上野に行った時、桜が咲いてすらいないというのに、桜祭りという名目で祭りが開かれているのには目を疑った。私は一般展示を見たかったというのに、その祭りの影響で行くことができなかったというのは苦い思い出ではあるのだが。ブルーシートを引いて座っている人を見た時もまた、もはや桜が道具のように思えて、私は少し嫌だった。人をいい気にさせるだけの道具のように。もっとリスペクトがある場所であればよかったなと思う。団子より花よ。 つまりは、桜は美しいものの象徴として丁重に扱われるべきで、こう言った桜を銘打った場であってもなくても、そのような意識は持っているべきである。そうでない人間を日本人ではないというつもりはほとほと無いが。形骸化した祭事にはもはや元の意義は無く、そのような意識でいるから、その意義を知らない人間ばかりが集まってくるのだ。理由のない物事は陳腐で俗的に利用されるものとなってしまう。 桜は学校の前に植えられることが多い。そのため、このような場所というのは特に桜を街路樹として使うのだが、道路側にはみ出しすぎた枝は切られている。結局は人間本意で、どれだけ桜が日本人に敬われ、親しげに、あるいは厳かに佇んでいられる環境にありながらも、美しいだけではダメらしい。
1 視界を覆う篠突く雨 眼鏡を外せば、からり、碧天が大きく寝そべっていた 2 推しを象った、雫型アクリルスタンド 狐雨の日に拾った雨粒のシルエット 3 レジンの中に閉じ込めた一粒の雨 彼の透明度の高さに、嫉妬したレジンが泣いた
夜は世界が瞼を閉じた世界。 あの月や星は世界が見ている夢の一端。 世界が寝ているとき、私は眠れない。 寝息ばかりの世界で、独り息苦しくしている。 世界の全てから置いてけぼり。 夜は私の国になる。 民も何もない私の国。 陸に上がった魚のように呼吸が難しい。身体が激しく脈動する。 独りぼっちの王様は重力で重たい身体を引き摺って、 暗い世界で星を飲む。
少女と赤い風船は、遊園地で出会った。少女はしっかりと赤い風船の紐を握りしめていた。だが、少女は、久々にお父さんに会った瞬間、お父さんに抱きついて、その拍子に赤い風船を手放してしまった。赤い風船と少女はどんどん離れていった。少女はもう赤い風船のことなど覚えていないようだった。赤い風船はあてどもなく漂いながら、悲しくなった。「死にたい」と思った。その瞬間、優しい風が吹き始めた。その優しい風に運ばれて、赤い風船は、薔薇園にたどり着いた。薔薇には棘がある。赤い風船は笑った。
何故だか、友達ができなかった。 変な顔、変な顔、と言われてからかわれた。 でも、ぼくは一人ぼっちじゃない。 「変な顔だなんて、酷いよね」 ぼくには、ぼくの影がついている。 顔がないからぼくの顔を気にしないし、ぼくが右手を上げたら左手を上げて来る、お茶目な奴だ。 唯一不満があるとしたら、じゃんけんの勝負がつかないこと。 どちらがケーキを食べるかのじゃんけんをしたとき、結局どっちが食べるか決着がつかなかった。 「君はいつ見てもペラペラだね。本当は、一緒にゲームとかしたいのに」 壁に映る影に向かって言うと、突然影の口が開いた。 「やる?」 驚いて腰を抜かしたけれど、それ以上に嬉しかった。 唯一の友達と、お話しできたことが。 「やる!」 ぼくが答えると、影はぺりぺりと壁から剥がれて、ぼくの前に立った。 そして、ゲームのコントローラーを持つと、急かすように言った。 「早くやろうよ」 「うん!」 影は、その人から毎日、ぼくとゲームをしてくれた。 影だからぼくと同じ動きをするので、相変わらず決着がつかなかったけど、楽しかった。 一週間たったある日、影がぼくに聞いてきた。 「他に友達は作らないの?」 ぼくはゲームの手を止めた。 「変な顔って言ってくるんだもん」 「それは、ぼくより変な顔なの?」 「さすがに、影みたいに真っ黒じゃないけど」 ぼくは思わず吹き出した。 影も吹き出していた。 二人でひとしきり笑った後、影が言った。 「じゃあ、大丈夫だよ」 「そうかなあ?」 「君に変な顔って言ってくる奴も、変な顔じゃない?」 「確かに! 鼻が団子みたいに丸いんだよね」 「変な顔仲間じゃん。きっと友達になれるよ」 「嫌だよ、そんな仲間」 次の日。 変な顔だって言われたので、変な顔って言い返した。 そいつはぽかんと口を開けた後、ぼくを殴ってきた。 ぼくは殴り返した。 足元にいる影の分と合わせて、二倍のパンチだ。 結局、先生を呼ばれて喧嘩は終わり。 そいつとは互いに謝って終わり。 クラスでたまに話す仲くらいにはなった。 喧嘩を見ていた何人かは、「お前すごいな」って話しかけてきてくれて、友達になった。 「ぼく、友達増えたよ」 ぼくは影に報告をした。 でも、影はもう、ぼくの前に立ってくれることはなかった。 代わりに、ぼくとまったく同じポーズで祝福してくれた。 最近のぼくは友達と遊んでいる。 たまに、影ともじゃんけんをしている。 決着は、一度もついたことはない。
夕方、近所の、遺書工場から、作業服のおじさんたちが出てくる。彼らの指にはペンだこがある。あの遺書工場で、遺書を生産しているおじさんたちだ。一日にものすごい数の遺書を書くらしい。彼らにとって『死』とはどんな概念なのだろうか。一仕事終えて、酒場へと向かうおじさんたちの表情は清々しい。その顔は『生』に満ちているように見える。
「私は神だ。お前の願いを一つ叶えてやろう」 奇跡が起きた。 私は躊躇うことなく、願いを口にした。 「悪人を全員消してください!」 「悪人とは、どんなやつのことかね?」 「私より悪いやつ、全員です!」 「その願い、かなえてしんぜよう」 その日、人類の三分の一が消えた。 私をいじめていた人間も、公共の場でマナーを守らないやつも、全員消えた。 いい気味だ。 私は、正しい人間しかいない世界を、大手を振って歩いた。 気が付けば、私は逮捕されていた。 私より悪いやつが全員いなくなったから、この世で一番悪いのは私と言うことだ。 ルールも、当然変わって来る。 「私は悪くない……」 悪は絶対的でなく相対的。 それに気づいたのは、私の身柄が拘束された後だった。 「囚人第一号、おめでとう」 厭味ったらしく言ってくる看守を見ながら、私はこんな奴よりも悪者だったのかと頭を抱えた。
* 私は『大丈夫、私だって無くしてるし、そこまで言われる必要も無い、ボタンじゃなくてもものは壊れたり無くなったりするよ』私はそう慰めた、それから別件をポツリポツリと口からだす、それは彼女からのSOSであり、彼女なりの成長であったことは確かだ。私はどうぞと話を聞き続ける 「うちの家、まぁ前も言ったようにあんまりいい家じゃないんだよね、家でのストレスが最近本当やばくて、進路だって事業所に通ってある程度お金が溜まったり仕事に慣れてきたらグループホームだって考えてる。でもね、それまでうち持ちそうにない。だって今ここで発散出来たとしても、どうせまたおばあちゃんとかおじいちゃんとかは変わらないし。前話した従兄弟の話から、言葉に過敏になっちゃって」彼女は泣き続ける、私が手渡したレモンティを握りながら、制服で飛び出してきた彼女。暖をとっているのか、それともやるせない思いを何かにぶつけているのか、私であれ本音を話すのに怖くて震えていたのか私には分からなかった。 従兄弟の話と言うのは、彼女の祖父がムカデだかに刺され、彼女は心配したのだが祖父はなんて事ないと言う顔でぼんやりしてたそうだ。だけども、その傷を従兄弟に見られた時従兄弟は彼女に「何故救急車を呼ばなかった?人殺し!!」と言い放ったそうで、それにもまた深く傷ついていた。 当たり前だ、自分にはどうしようもないような年齢で、祖父自信大丈夫だと言っていて、挙句刺激してもと気を使った彼女が、あらぬ事を言われたら誰だって傷つく、祖父も祖父でろくでなしとは聞いているが、彼女にとってはきっと長い仲で嫌いになりきれない家族なのだから、とてもショックを受けたのだと思う。 それがトラウマになり、ということだ 『お母さんは?連絡入れた?』私が口を挟むとケータイを確認する、折り返しが6回ほどかかっていた、かけ直しなよと言えば躊躇うことなくかけ直す。 コールがなる、音が私のとは少し違った。6度目で出る。 「もしもし?みーちゃん?」 彼女は口を噤んでいた 『あ、ご無沙汰しております』私が始める「あ!貴桜ちゃん?久しぶり」 『美咲と今中学の近くの公園にいます、なんでもまた家族仲が悪いらしくって』 「うんうん、そうだと思った、今そっち向かうね、ありがとうね」 『いえいえ、お気になさらず私が勝手に来たようなものですから』 「みーちゃん?聞こえる?」 「あー、何お母さん」 「今から行くからね、貴桜ちゃんが居て良かったね」 「うん…待ってるね」 そこで会話は終わる。
甘ったるいビードロを小さな小袋から開けて、宝石みたいに丸くて内側の方頬に偏らせて頬肉にめり込ませるように吸うと、唾液が甘くなり、それを嚥下する。それが飴玉の醍醐味というものでころころ頬を往復させるのも良いが私はこの食べ方が好きだ。 そして、いつしかころころ溶けてって、もしくは奥歯や八重歯で圧力をかけて、噛み砕き口の中で散らばった宝石たちを嚥下する。 ざらつく、喉に違和感を覚える、軽くつっかえる喉、その宝石たちを無理に流し込んだり吐き出さないのは、言いたいことを言えない私たちの言葉に似ている、すなわち、これは愛と似ている。 珍しく秋のこと、その夕方私の友人美咲は顔を今まで見たことないくらいのくしゃくしゃとした顔で泣いていた。美咲は祖母に叱られたことに酷く傷ついていた、繊細なんだと感じた。なんでも、ここに至るまでの経緯は単純で私が歯を痛めて医者に言っていた所、彼女から電話が1本何もメールの一通もないままアポなしでかかってきた、それに気づいた私は何か嫌な予感がすると思いながら、歯医者に少し電話に出ますと断りを入れ、すぐ側で電話をかけ直した。 1回、2回、とコールが続く。不安になる、3コール目で出る。 最初、寝ぼけたような声で「あー……もしもし?」と声が聞こえる。私は間違え電話だろうかと、気が緩み「もしもし、何かあった?」と聞き返す、その言葉が彼女には染みたのか、それからグズグズと鼻のすする音を立てながらゆっくり話をしてくれた、家にいたくないと言うので、私は通っていた中学のそばの公園で待ち合わせを取り付け、後にした。歯医者に戻り、会計をし、走り出す。事故に合わないように周りを見ながら走り出す、途中息が切れて、自動販売機で暖かいレモンティーとメロンソーダを買う。彼女は炭酸が飲めないので、暖かいレモンティー、私は炭酸が好きで、味の濃いものが好きなのでメロンソーダ。そんな具合でまた走る。走りながら思う、美咲が炭酸を飲めなくて良かった、と同じものを買っていて、会ってすぐに乾杯なんてしてしまったら、シュワシュワと炭酸は弾けてしまってベタベタで、嫌な甘さとねちっこさがまとわりついただろうから、 でもそうなっても青春だと思う、 彼女と合流して、顔を見た時、涙目ではあったが、その小さな輪郭に涙は伝って居なかった。彼女はただ、久しぶりと最初私に軽く会釈し、私も元気よく久しぶりと返した、空元気に見えるくらいに振舞った。実際彼女に会うのは半年、いや1年ぶりくらいの事だったので再開に私は抱きしめたいくらいだった。 彼女は公園の椅子に座りながら話だす。 「制服のボタンが取れちゃったの」 『うん、ちょうど私も同じところが取れたのよ、奇遇ね』(嘘ではなく本当に取れていた所、クラスメイトにこの間丁寧に縫ってもらった、不良のようなその彼の手先には優しさがあり、私のボタンはしっかり留まった。) 「それでね、縫い直そうと思ったの」 私は彼女の背中を優しく摩って頷きながらひとまず話を聞くことにした 「そしたらおばぁちゃんがアンタが悪い、無くしたアンタが悪いって攻めたの。無くしたくて無くした訳じゃないから……」ここでくしゃっと彼女の顔は中心により、嗚咽をしない程度に泣きじゃくる、 「そんな攻めたような言い方しなくてもいいじゃん、これうちが悪いの?うち不安になりやすいから、そういった先のことを責められると次そんなことがあったらどうしようって不安になるの。」 彼女は真面目なんだと思った、たかがボタンひとつでここまで泣いてしまう、か弱く可愛らしい少女なのだ。彼女は茶色のメガネに、黒髪のロング、引っ詰め髪で、だけれどストレスのせいなのか偶然なのか、結い上げた髪から数本の白髪があったりもする。だがしかし、彼女の紙は艶やかで、手ぐしを通してみたくなるくらいだ。彼女は私くらいの背丈しかなく、同じく文学趣味がある中学の学友だ。
クリーニング屋から冬物を受け取ってきた帰り道 腕に抱えた荷物は、季節をひとつぶん、しまい込むような重みがある 歩くたび、カサカサとビニールが鳴っては、春の淡い光を乱反射させる ふと、歩道の脇の植え込みでちいさな音がして、乾いた葉がカサリ、と 鳥かな それとも たんに風かもしれないけど ねこだったらいいな 陽だまりのなかで、まあるくなっている姿を想像してみる 光を反射するビニールの音と、見えない誰かの足音に耳を澄ませて ゆっくりと、春の時間だけが続いていく わからないまま 正体なんて暴かなくていい ねこだったらいいな 「のの」にしかられてしまうかな でも ねこだったらいいな
どうも皆さんこんばんは メデューサ・メデュ子のお悩み相談室 どうぞ今夜も楽しんでお聴きください この番組は短編作品限定の小説投稿サイト『Prologue -プロローグ-』の提供でお送り致します この番組のナビゲーターを務めるのは私メドューサ・メドュ子です。皆さん、どうぞよろしくね 前回の放送で私がインフルエンザになってしまって、急遽、息子のペガサスに頼んでしまったのですが、皆さんどうだったでしょうか。楽しんでいただけていたら幸いです。私はもうすっかり元気なので今晩から、またよろしくお願いします。 季節の変わり目。体調管理大事ですよね。本当に痛感いたしました。 皆さんはどんな体調管理、健康管理しているでしょうか。 私は三年前からウォーキングをしていて、歩ける時は30キロ近く歩きます。車があまり来ない線路沿いを歩くのが好きで、線路の柵沿いに小さな花が少しずつ咲いているのを見ると、可愛いなぁ。あぁ春なんだな。と感じたりします。 はい、今日は春にぴったりなゲストの方に来ていただいております。 Mr.Childrenの桜井和寿さんです 「どうも、皆さんこんばんは。Mr.Childrenの桜井和寿です。よろしくお願いします」 よろしくお願いします 桜井さんにとって春とはどんなイメージですか 「なんだろうな…春…なにかが始まる季節又は、終わりを迎える季節。なぜか分からないけどワクワクソワソワする季節。一方で、例えば、僕達Mr.Childrenの曲で【ハル】という楽曲があるんですけど、あの世界観は、今、僕が感じている春のイメージに近いと思いますね。あの…日々暮らしていくで、ずっと明るく、ずっと幸せ、なんて思っている人なんかいないじゃないですか。なんかもっと、こつこつと、忙しなく、または、悶々とした、みたいな感じなんだと思うんですよね。日々って。ただ、そんな悶々とした日常に、何気ないことに心が楽になる瞬間があると思うんです。例えばそれは優しい風だったり、暖かい日差しだったり、夜明け前の空を見た時だったり。こう…ふと幸せを感じる、幸せの中にいたんだなと感じさせてくれる、その事が春の持っているイメージですね」 とても分かります。 桜井さんが話していると、まるで曲の中にいるような感じがしますね。私、聞き入ってしまいました。 では、今晩もお悩み相談に参ります。 ペンネーム苺王子さんからのお便りです メデュ子姉さんこんばんは 僕は26歳の男性です 僕には7年間付き合っている彼女がいます 彼女と出会ったのは本当に偶然で、学生の頃、陸上部だった僕は、毎日朝ジョギングをします。その日は日曜日で朝は駅前も人通りが少ないので、駅前にコースを変えました。すると駅前の放射線通りにスマホが落ちていて、拾ったら直ぐに電話がかかって来ました。その時の彼女の声がとても可愛くて、会ってみたらとても素敵な感じで気付いたら「友達になってください」と言っていました 言ってから、うわっ、これはヤバイ奴だと思われてしまうな。と後悔したのですが、意外にも友達になることになりました。 何度かデートをして、彼女の方から告白してくれて、それで付き合いました。 自分で言うのもなんですが、とても仲の良いカップルだと思います。 ですが、最近の僕は彼女と違う女性と会っています。 その人は職場の人で、10歳年上の既婚者です。月に一度、家に呼ばれて、手作りのご飯を一緒に食べて、その後にベッドに入ります。 その日は泊まって、次の日の朝に帰ります。そんな関係が始まったのが1年前です。 きっかけは会社の飲み会の帰りに、その女性が飲み過ぎてしまって、僕が家まで送っていたのが始まりでした。 僕は月に一度呼ばれる関係を終えようと思っていますが、その人は僕との関係を終わらす気はなく、彼女にバラすと脅されます。僕らの行為の画像を持っていると言っていました。 旦那さんのことも聞きましたが、月のほとんどが出張しているようで、夫婦仲は冷めきっていると言っていました。 メデュ子姉さんどうか助けてください はい、と言うことで、一旦ここでCMです。
ひたすら階段を駆けずり回る夢を見る。 目的の場所はあるがそれが何処かが分からず必死に駆ける。 ここではないかと思った扉を開ける。幸運にも顔見知りが居て事情を話す。私の居場所は此処か?と尋ねる。残念な事に其処でなく、私は落胆しながら再び階段を駆ける。 上かもしれない。 いや、下か。 違う、違う。 憶測だけの移動。 ああ、遅れる。 馬鹿にされる。 ノロマだと蔑まれる。 嘲笑される。 なんとか、なんとか、少しでも早く目的地へ着かなければ。 足を動かす。 階段を駆ける。 扉を開ける。違う。 また駆ける。 私の居場所が見つからない。