いつからだっただろうか。私の人生は、まるで靄がかかったかのように、薄暗く質素なものになってしまっていた。中高と華の学生時代を思い返すと、胸が痛くなるようでとても辛い。もう戻れないことが分かっているからこそ、こんなにも切なくなる。あの時は良かった。常に未来は希望に溢れていて、泣きたくなるほどに愛に守られていた。それなりに不安もあれば大変な思いもしたけれど、それすら今となっては輝いて見える。私はいつまで経っても、あの頃の自分に憑りつかれている。 だからといってもし、中高の学生時代をもう一度やり直すことができたとしても、私は絶対にあの場へ戻りたくない。一度目だからこそ、一度きりだからこそできることもあった。そういうものだ。 私がいま生きているこの瞬間だって一度きりのはずなのに、あの頃とまるで世界の見え方が違うのはなぜだろうか。「どうせ夢を見たところでもう遅い」「無謀な未来に労力を割くくらいなら、用意されたパターンの中にオリジナリティを見出す努力をした方が有意義なのではないか」そんな呟きが、頭の中で漏れる。あの頃と同じだ。私は何よりも私自身のことを、心の底から否定している。 物心ついたときから、私は夢を語るのが苦手だった。夢を持つことすら、自分に許してあげられなかった。どうしてそんなにも頑なだったのか。今思えば、私はもともと極端に心配性で、不安に思うことも多く、自分を疑うこと以外を知らなかったのだ。終わりのない一歩を踏み出すのはこんなにも怖いものなのだと、今となって実感する。 そして時間が経てば、こうしてつらつらと悩み耽っていることも懐かしむことができるのだろう。今この瞬間にはどんな力を持ってしても戻ることはできないから。人生において「もう一度」は存在しないから。そんなある種の安心感が、過去を綺麗に見せたがっているのかもしれない。どうにも無責任ではないか。私が今生きているこの世界は、なにも綺麗なものばかりではないというのに。 私は今日もあの日を思い出してしまう。あの時、あの場所、あの空間……思い耽っては懐かしむ。この感情の名前を、私は知っている。
忘れないために書いた。 思い出も痛みも、私の物で、あなたの物だ。 ただ事実であればいい。 飾れば嘘だ。 背負いもしない。 並べた文字の外側から最後に杭を打ち込む。 歪めないため、嘘をつかないために。 祈りは一度。 過去にそっと置いたきりでいい。
右手の人差し指の爪の両脇に トゲのような皮膚がある 手袋をつけるときに引っ掛かるので 困っている 右手の親指でトゲを擦る いつの間に出来たのやら どういう訳であるのやら 昨日、仕事で後輩に言った言葉が引っ掛かっている 言って、別れた後で、彼女を傷付けてはいないかと さっきのシーンがリプレイされる 再生回数が増えていく
時計のない喫茶店。海の見える窓際の席で二人の青年が向かい合って座っている。一人は黙々とカレーライスを食べ、もう一人はクリームソーダを前に、光を反射しながら揺れる海を眺めている。店内の照明が暗いせいか外がやけに眩しく感じ、無意識に目を細める。 「ここに来るまで、バイトに行きたくないなあって考えていたんだけどさ」 溶けかけたアイスをスプーンで掬いながら鹿江が話し出した。左柄は一瞬視線を上げたが、すぐにカレーライスに視線を向けた。 「左柄と話していたら、そんなこと忘れていたよ」 アイスを一口食べると再び窓をみた。左柄は何も言わずに水を飲み「今、思い出してるみたいだけど」と涼しい顔で言った。 「バイトに行きたくないって思っていたことを思い出したんだよ。今は思っていない」 言い訳をするように早口で話す鹿江を見て左柄は首を傾げて、カレーを掬った。 「僕の現実がずっとここなら良いのに」 鹿江の声には幼さが残っていた。 「バイトに行って、家に帰ると一人で売れもしない原稿用紙に向かうだけの生活。原稿用紙に向かえる日は良いよ。たまに凄く疲れて何もできない日もある。誰かと話したくても話せる相手もいない。それでも人と話した日なんかは、別れてから会話を思い出し自己嫌悪で思考が埋め尽くされる。それで、なにもできない」 「大変そうだね」 左柄はどうでも良さそうに言い、空になった皿にスプーンを置いた。 「本当、大変だよ。何もしていないのに大変」 鹿江は自嘲を浮かべて笑うと溶けたアイスを掬い、左柄は教科書サイズのスケッチブックと青い鉛筆を取り出した。 「どうしようもない現実だよ。どこにいても惨めな現実。どこまで逃げても、自分からは逃げられないって気付いたんだよ」 左柄はスケッチブックを開き、迷うことなく手を動かしている。その世界には鹿江の声は存在しない。 「でも、君と一緒にいる時の自分は好きなんだよ。ここが逃避場じゃなくて、現実ならいいのに」 鹿江の声はすぐに消え、二人の間には鉛筆が紙を滑る音だけが響いていた。 クリームソーダのグラスが空になると、左柄はスケッチブックを閉じて顔を上げた。 「アトリエに行く前に画材屋に寄ってもいい?」 鹿江は笑って頷き「せっかく良い天気だから、外で描こうよ」と提案した。左柄は窓の外を眺め、眩しそうに目を細めてから「それが良いね」と少し口角を上げた。
この薄暗い部屋に閉じ込められて、一月が経った。部屋の中は質素な造りだが、ベッドは意外にも上質なマットレスで、シャワーとトイレも完備してあり、生活するには申し分ない。食事は野菜などの彩は無いが、三食差し入れられる。 堪えがたいことは、娯楽が少ないことだ。テレビやパソコンが無いのは勿論、所持していたスマートフォンも取り上げられている。何故かカバーを外された本だけは差し入れられるが、異常な状況では読む気力も湧かない。言わば、生きる楽しみを見いだせない空間。 犯人はわかっている。目の前にいる女だ。 「どうしてこんなことをするんだ」 鉄格子の向こうにそう詰問すれば、女はいつも困った様な表情をするばかりだった。 彼女のかつての交際相手に相談を受けたのが、出会いのきっかけだった。曰く、彼女は相手に尽くすタイプの女性で、しかしそれに際限が無い。ノイローゼになった彼が逃げ出し、身近にいた自分が次の寄生先として選ばれた。 意外にも彼女との生活は悪くはなかった。容姿は華美ではなく、常に地味な服装だったが、むしろ奥ゆかしく好感が持てる。流行の話題には疎いが、古文や歴史に造詣が深く、博識深い。聞いていた異常性を置いておけば、所謂大和撫子そのものだったのだ。 うまくいっていたはずだった。この場所に監禁されるまでは。 あの日は雪が降っていた。寒さに身を震わせ、数か月後に来る春を思い、道すがら在原業平や西行が詠んだ句について語った。 「和歌に詠まれる桜は、どうしてこうも魅力的なんだろう」 「昔は、今よりも目に入る色が少なかったですから、桜の初心な色ですら、貴重な彩、だったのでしょう」 「成程。そもそも現代とは環境が異なるか。僕もいつか全身で感激するような桜を見てみたいものだ」 「ええ、そうですね」 そんな些細な夢も語って、彼女も微笑んでいたというのに。 当夜、勧められるまま深酒をしてその後の記憶がない。目が覚めたらこの部屋にいた。初めは激昂して、それから諭すように、ある時は懇願に近い声色で、どんな言葉で尋ねても、彼女の答えは無いか、曖昧なものばかりだった。 彼女は、僕の思いを試しているのか? 監禁という行為が生み出す歪んだ関係性。被害者からの依存性を期待しているのだろうか。彼女の目的は、ただこうして廃れていく僕を、籠の外から眺めて居たいだけなのかもしれない。 薄暗い部屋で、食事と睡眠の数を数え、もう二月も経った。ひたすら薄暗闇の日々が続いたのだ。段々と、自分の中の何かがすり減っていくのを感じる。 「なあ、今日でもう二月だ。あんたはいつまでこんなことをするつもりなんだ?」 辛うじて、まだ忘れていなかった声と言葉で問いかける。どうせ返事は無い。宛てのない言葉は、壁の中に消えていってしまうのだろう。ただの独白だ。 そう自嘲しながらも、久々にあの困った顔つきを拝んでやろうと、俯いていた顔を上げた。彼女の唇が動いた。 「あと、二週間、くらい?」 食い下がるべきだったろうが、驚き、言葉が出ない。明確に期限を口にしたのはこれが初めてだった。彼女に何の変化があったのか。 その日を皮切りに、彼女は、毎日私の言葉に返事をするようになった。 「もうちょっと、今日は、まだ」 「まだ早いの、だめ」 「きょ、今日は、雨が降ったから」 ある日、聞きなれない金属音と共に、いつもとは異なる微妙な風の流れを感じた。ひた、ひた、と足音が近づく。顔を上げると、鉄格子の向こうの彼女が傍にいた。 「あの、これ」 差し出されたものは、黒いアイマスクだった。付けろというのだろうか。視線で問いかけても、困った表情をするだけだから、望まれるままに装着した。手を引かれ、立ち上がる様促される。僕は彼女のするまま、素直に従った。 「どこに向かっているんだ」 答えのないまま、歩いた。あの仄暗闇から解放されるのならば、どこでもいい。僕はあの薄暗い部屋を出たのだ。 途中から、足の裏に感じていたものが、コンクリートよりも柔らかい感触に変わった。風にのって、土と草の匂いがする。 「取ります、ね」 もう随分歩いたと疲労を感じ始めた頃、ふと立ち止まって彼女は言った。 髪が巻き込まれ頭皮が引っ張られたが、些細な問題だった。 流れ込む光の束に、すぐには目を開けなかった。ゆっくりと瞼の裏に馴染ませ、恐る恐る開いていく。 色の洪水だった。失くしていた色、求めていた色、知っていたはずのものが、未知のものに見えた。背丈を優に超える幹は、大地の色を吸い込んでいる。風に舞い散る花びらには、一枚一枚色があった。全て、異なる色なのだ。 言葉にならない僕に、彼女は嬉しそうに笑った。久しぶりに見た笑顔だ。僕は、彼女が僕を閉じ込めた理由を悟った。後はただ、手を握り締めて、桜を眺めた。
真冬であった。ある小さなアパートの一室に、テレビの音と、夕飯を作る音が重なって響いている。キッチンでは女がカレーを作っている。良い匂いが立ち込める中、テレビの前に置かれたコタツで、入道雲が温まっていた。テレビでは年末の街の風景が流れていた。入道雲はそれをぼんやり見ていた。「来年の夏はまた空に出るの?」キッチンから女が入道雲に話しかける。「うん、そのつもり」入道雲はミカンの皮を剥きながら答えた。真っ白な体にミカンの汁が跳んだ。「夏まではどうするの?」「バイトするよ」「どこで?」「どっかで」入道雲はごろんと寝転んだ。窓の外には夕空が見える。「冬の空も好きだな」と入道雲は思った。「どっかで、ってどこでよ」「だから……どっかで」女は眠そうに答える入道雲のだらしない姿を見て、「今年の夏はあんなにかっこよかったのに」と思った。「働かないやつに食わせる飯はないよ」「まぁ……頑張るよ」そして女と入道雲はカレーを食べ始めた。「ご飯って雲に似てるな」入道雲が話しかけたが、女は何も答えなかった。夏が来るまで、まだまだある。
うちの学校には、秘密の部活がある。 その名も宿題屋。 一年生から三年生までの生徒が所属していて、お金を払えば宿題を代わりにやってくれるのだ。 もちろん、先生たちは宿題屋を知らない。 ぼくたちも、誰が宿題屋の部員なのかを知らない。 ぼくは、宿題はまじめにやるべきだと思っている。 でも、今回だけは、宿題屋を使うことを許して欲しい。 数学の授業では、授業前に宿題の答えを板書しておくのだが、一番難しい問題があたったのがぼくなのだ。 一番難しい問題をサラッと解く。 そんなかっこいい自分を、見せたいんだ。 放課後の旧校舎。 一年一組の扉を叩く。 「どうした、忘れ物か?」 「はい。筆箱を机の中に忘れました」 「よし、入れ」 合言葉を使って教室の中へ。 教室の中には仮面をつけた生徒が一人と、机の上に置かれたスマートフォンがあった。 仮面をつけた生徒は、バイトの生徒だ。 宿題屋の部員ではない。 その証拠に、ぼくもこの役をやったことがあるからだ。 「依頼は何だ?」 声でわかった。 こいつ田中だ。 しかし、田中と呼ぶことは許されない。 ここでの呼び方は、決まっている。 「フィクサー。数Ⅱの教科書の四十四ページの応用問題二を解いて欲しい」 ぼくは教科書を広げて、田中に渡す。 田中は、小さくうげっと声をあげた後、机の上に置かれたスマートフォンに向けて教科書を開く。 スマートフォンのカメラを通して、宿題屋のメンバーが確認しているのだろう。 『承知した。代金は、小遣い一ヶ月分だ』 スマートフォンから、ボイスチェンジャーを通しただろう機械音が返ってくる。 痛い出費だが、仕方ない。 「わかった」 『代金は後払い。このことは他言無用。このスマホに入っているSNSを友達に追加しておいてくれ』 ぼくが机の上のスマートフォンを手に取ると、画面にはSNSのアプリのアイコンが一つだけあった。 ぼくはフィクサーに見守られながら、アプリを起動し、友達追加を進めていく。 余計なことはしない。 そんなことをすれば、フィクサー経由で宿題屋に伝わってしまう。 「できました」 「ご苦労。では帰宅し、宿題の回答を待ちたまえ。教室を出るところも見られるなよ」 「了解だ」 ありがとう、田中。 ぼくは音を立てずに外へ出て、旧校舎から立ち去った。 家に着く頃には、見事な解答が届いていた。 翌日。 ぼくは自信満々に、宿題の答えを板書した。 「ここ、間違ってるな」 そして、盛大に間違えた。 自信ありますと答えた手前、いつもの百倍恥ずかしかった。 「どういうことだ!」 ぼくは放課後、恥ずかしさの余り旧校舎へと乗り込んだ。 合言葉なんてくそくらえだ。 教室の中には、机の上に置かれたスマートフォン。 そして、先生たちが立っていた。 ぽかんと立ち尽くすぼくの前で、数学の先生が自分の手に持っているスマートフォンに話しかけた。 「これが、宿題屋の正体ってことさ」 『これが、宿題屋の正体ってことさ』 先生の声と機械音の声が、重なり合って響く。 「あ……あ……」 掌で踊らされていたんだ。 そう思うと同時に、ぼくは膝から崩れ落ちた。 数学の先生は、ぼくの近くへ寄って来て、ぼくの肩を軽く叩いた。 「約束通り、他言無用な。後、宿題屋に頼んだら英語の宿題の解答をもらえたって噂も広めといてね。お前、英語の成績よかっただろう?」 これは、甘い罠だったんだ。 気づいたときにはすべてが遅すぎた。 真面目な優等生のぼくのイメージは、先生たちの中で完全に破壊された。 「こ、これには訳が!」 「内申点、楽しみだな?」 「あ……あああ……」 うちの学校には、秘密の部活がある。 その名も宿題屋。 先生たちが所属していて、お金を払えば宿題を代わりにやってくれるのだ。 ただし。
夏の食堂であった。俺の目の前の席に、おっさんが座っていた。テレビがついていた。おっさんはテレビを観ながらうどんを食っていた。おっさんはうどんを箸で持ち上げたまま、テレビに見入っていた。するとそこに一匹のカが現れた。カは、おっさんのうどんにとまった。おっさんは気づいていなかった。うどんにとまったカは、うどんから何かを吸い始めた。その腹がどんどん膨らんでいった。そして、その腹がパンパンになると、カは満足そうに飛び去った。テレビがCMに入った。おっさんはやっとうどんをすすった。そして、「何だこれ美味くねえな」とつぶやいた。
「合成ダイヤの普及で、天然ダイヤが大幅値崩れだって」 「マジかよ。給料三か月神話はどこいった?」 写真で見る天然ダイヤと合成ダイヤ。 見た目の違いは判らない。 合成ダイヤは偽物と言う人もいるが、見た目が同じならどちらも本物と言って差し支えないのではなかろうか。 「私は天然がいいな」 「え?」 「だって天然じゃないってことは偽物じゃん」 そう思ったのに、まさか隣に逆の意見のやつがいようとは。 「偽物じゃないと思うよ」 「ええ?」 「魚だって、天然も養殖も同じじゃん。美味しい魚」 「魚の養殖は、人間の手で住む場所を決めてるだけで、天然と同じ方法で産まれてるじゃん。合成ダイヤみたいに、化学のいろいろ混ぜてるわけじゃないんだし」 例えが悪かったかもしれない。 天然ダイヤと合成ダイヤ。 天然の魚と養殖の魚。 共通しているのは天然と言う言葉だけ。 やはり人工的に作って、それっぽく作る物を例に挙げたほうがいいか。 正直、あんまち使いたくない例えだった。 「何?」 ぼくの視線が、下へと落ちる。 「天然以外が嫌なら、なんで豊胸し」 「死ね!」 案の定殴られた。 だから言いたくなかったんだ。 でも、天然じゃないから偽物だって考えを、なんとか否定しようと躍起になってしまったんだ。 「大丈夫。ぼくは差別しな」 「死ね!」 「ヒアルロン酸だろうが、胸はむ」 「死ね!」 「ほとんどの男は、天然かどうかわからな」 「死ねええええええええ!」 しこたまなぐられ、ぼくはその場に倒れた。 ドスドスと足音を立てて、友達は去って行く。 とりあえず、天然だろうがそうでなかろうが、本物だということは納得してくれただろうか。 体が痛くて追いかける元気はなかったので、倒れたまま休憩することにした。
タバコを吸いながら、ベッドに腰かけて、ぼんやりと窓の外を見る。火葬場が見える。ぐずっている。火葬場がぐずっている。なぜならまだ赤ちゃん火葬場だからだ。泣き出しそうだ。煙突が震えている。あ、ああ、もうだめそうだ。と、そこへ、空から、巨大な手、細い指をした巨大な手が、巨大な哺乳瓶とともに現れる。そして、哺乳瓶を逆さにし、先端を、赤ちゃん火葬場の、煙突の先に突っ込む。火葬場がぴたりと動きを止め、ごくごくと、哺乳瓶の中の、真っ白な液体を、飲んでいく。やがて哺乳瓶が空になる。煙突の先から、小さなげっぷが出る。哺乳瓶が空に引っ込み、巨大な手が、火葬場を優しく撫でる。赤ちゃん火葬場は、きゃっきゃと嬉しそうに笑う。俺はほっと一安心する。何者かが何者かを慈しんでいる姿は、いつ見ても良いものだ。俺は二本目のタバコに火をつける。火葬場の煙突から、寝息が漏れ始めた。巨大な手が空に引っ込んで、見えなくなった。穏やかな寝息、白い液体。そんなもので満たされていた煙突も、そのうち大人になったら、黒い煙をひたすら吐き出すようになるのだ。俺はふーっと煙を吐き出し、少し寂しい気持ちになった。俺が死んだら、あの火葬場では焼かれたくないな。
さて。今日の授業は、とある国の歴史について、です。 そこは小さな島国でした。けっして裕福ではありませんでしたが、島民たちは手を取り合い、幸せに暮らしていました。 しかし、島民たちには一つだけ悩みがありました。彼らは表情筋、特に口の周りにある筋肉が萎縮していたのです。そのため、島民たちは複雑な表情をつくることができませんでした。悲しみや困り顔は、かろうじて表現できるものの、笑うには口角をつり上げる必要があり、実に困難なものでした。その島は頻繁に海外と交易をしていたこともあってか、外部の者が「島民たちは少しも笑顔を見せない」と不気味がることも多々ありました。 このままでは外部との交流に支障をきたしてしまう。島民たちは、とある外国から優秀な研究者の男を招来し、どうにかならないものかと頼み込みました。彼は、島民たちの願いを二つ返事で了承すると、単身で島に引っ越し調査をすすめました。 丸一年をかけた調査の結果、男は島民たちが共通する特殊なDNAを持っており、この形質が表情筋の発達に影響していることを突き止めました。それから、これまた長い歳月をついやし、彼は特殊な遺伝形質を抑制する特効薬を開発したのです。 錠剤を島民たちに配りながら、男は言いました。 「この薬を毎日一つ、のみなさい。それをニヶ月半、続けなさい。のみすぎはいけませんよ」 島民たちが男から渡された薬を服用すると、たちまち凝り固まっていた頬の、眉の、口の筋肉が動くではありませんか。どういう原理なのかは分かりませんでしたが、島民たちは嬉々とした笑顔で、男に礼を言ったのでした。 男が島を立ち去って、実に半月が経過した頃、島は世界でも有数の観光地となっていました。島民たちが皆、いつも笑顔で和気あいあいと暮らしている様子が人から人へと伝わり、各国から称賛されたのです。島の人口は一気に増加し、経済も豊かになり、立派な島国としての地位を確立しました。しかし、島民たちの間では、少しずつ異変が進行していたのです。 日々の生活の中で、ときに卑屈な顔の者を見かける時、島民たちはもれなく竹取りの姫が月を見上げるようなノスタルジーを感じるものの、ふと以前のむっつりとした真顔になってみようとしてもうまく再現することができません。 今や、島民たちは様々な表情をつくれるようになりました。この恩恵を得ることができたのは、ある一人の男の研究成果であり、医療テクノロジーの結果であり、特別な薬物の効果であり、その全てであって、そのどれでもないのです。 私があの島へ再訪した時、島民の一人が話をしてくれました。 「俺たちは皆、感謝してるんですよ。おかげで、こんなに笑えるようになりました。嬉しさを、楽しさを、皆が当たり前のように表現することができるのですから。けれどね、だからこそ私達は許せないんですよ。もとから自在に表情を操れる者たちが、感情の宿らない顔をしていると。まるで昔の俺たちを見ているようで、苦しくなるんです。これはもう取り戻せないあの頃への嫉妬だし、罰でもあるんでしょう。俺はね、今になって思うんですよ。私たち島の人間の、本当の素顔とは一体なんだろうかと。今さらながらに考えてみたいと思うんです」
そのタコ焼き屋の店主の親爺には、カミさんの他に、愛人がいた。正確には、それは愛人ではなく、愛タコだった。何匹も愛タコがいた。この親爺はタコたらしだった。とにかくタコにモテた。水族館に、海鮮料理屋の生け簀に、そしてもちろんあらゆる海に、愛タコがいた。そしてこの親爺の恐ろしいのは、そうして囲った愛タコたちを、次々と殺して、店のタコ焼きの具にしてしまうことだ。殺タコはあらゆる場所で行われた。ある愛タコは、親爺に三本目の脚を愛撫されながら、包丁で刺し殺された。ある愛タコは、ドライブで訪れた明け方の海で、絞め殺された。ある愛タコは、耳元で愛の言葉をささやかれながら、沸騰している熱湯にぶち込まれた。そうして死んだ親爺の愛タコたちは、切り刻まれ、タコ焼きの具に姿を変えていった。親爺はそのことに快感を感じていた。異常者だったのだ。親爺のカミさんは、愛タコの存在を知らなかった。ただの平凡な、多少仕事熱心なタコ焼き屋の店主だと思っていた。しかし、そんなカミさんも、夫に関して、一点だけ、不審な点があることに気づいていた。この親爺は、いつもポケットに一枚の写真を忍ばせていた。そして時々それを取り出して眺め、ため息をついているのだった。カミさんが以前、そっと写真を覗き見ると、そこには、一匹のイカが写っていた。
ふといつもとは違う路地を歩く。 今まで全く通らなかったからか 何もかも目新しく感じる。 私の隣を通り抜けたこの人も 同じようにふと立ち寄ったのかしら。 もしかしてこの路地は どこか違う路地とワープみたく繋がっていて さっきの人はこの路地に本来いなかったりして… なんてね。 (完)
コンビニの棚に並んでいたおにぎりの中に、具が『思い出』と書かれたおにぎりがあった。一つ買って、公園のベンチで食べた。おにぎりをかじると、かじった所から、赤いものが見えた。シャケかな。だがそれは、赤い風船だった。赤い風船が一つ、出てきた。そして、浮かんで、晴れた空に消えていった。あれが『思い出』か。赤い風船が見えなくなるまで空を見つめた後、米だけになったおにぎりを平らげた。
僕には姉がいる というか、僕には姉しかいない 僕の記憶はここに来てからの1年程しか無い 所謂記憶喪失というやつだ それに加えて…盲目だ 僕の世界には光が無い そんな僕を支えてくれたのは姉だけだった 「今日はね、外はとても良い天気で、空が青かったわ」 「今日は庭のバラがとても綺麗だったのよ」 「今日は村の人にたくさんお野菜を貰ったわ」 「今日はね…」 僕の世界は、姉によって形作られていた 姉の語る世界だけが、僕の世界だった 今日までは 僕の目は、今日の朝、霞んだように世界が見えるようになっていた 僕の世界は反転した 僕が寝ていたベッドだけは、とても綺麗だった けれど、視界に映る世界は灰色で、くすんでいた 「おはよう、今日はとても良い天気ね」 姉は言う けど今日の天気は…どう見ても曇りだ このぼやけた世界でもそれくらい分かる 「今日はなんだか元気が無いわね?」 その通りだ 僕はこの世界がこんなにも灰色に満ちていたなんて、知りたくなかった 優しい言葉をかけてくれる姉ですら、ボロボロの衣服で、とても見ていられないほどだった 窓の外を見ても、庭なんて大層な物は無かった 小さな雑草がほうぼうに生えているだけ とてもバラなんて植えられていない、枯れた土地だ 姉は、嘘をついていたんだ ずっと、ずっと 優しい嘘で、僕を生きさせてくれていたんだ 「今日はシチューを作るから、楽しみにしていてね」 姉は僕の部屋を出ていく 僕の目が回復したことを知らずに …きっとこのままで良い そうすればきっと、ずっと幸せだ 目の見えない僕と、優しい姉と、生きていける それでも、僕は… 数か月後 僕の目は完全に見えるようになっていた そんな目が最初に見たのは、姉の死体だった 首筋に、包丁が突き刺さっている とても、綺麗だと思った まるで、一輪の生け花のようで これで僕は解放される 外の世界に行くことが出来る どんな世界が待っているんだろう とても、とても楽しみだ そういえばあの日のシチューの味、まだ覚えているな 何のお肉を使ったんだろう
そのコンビニのレジには、コンビニの制服を着たネコだけがいた。二本足で立って、ぼーっとしている。いつもそのネコだけだった。いつも客のいないコンビニだった。ある日、そのコンビニに強盗が入った。ネコが店番なら、最悪引っかかれるだけで済むだろうと、強盗は思ったのだ。ネコはナイフを突き付けられた。そして、レジの機械を開けるよう命令された。ネコは抵抗することなく、レジの機械を開けた。強盗はナイフを突き付けたまま、持ってきた鞄に金を詰めようとした。しかし、そのレジの機械に入っていたのは、金ではなく、全て、キンギョだった。小さな水槽がはめこまれていて、そこでキンギョが泳いでいた。ネコの店員は上目遣いで強盗を見つめていた。「くそっ」と叫んで強盗は何もとらず走り去った。アジトに戻った後、強盗は「よく考えればわかることだった」と思った。しかしすぐに、「やっぱりよく考えてもわからないぞ」と思い直した。
夫は配達の仕事をしている。 その配達先のひとつに、いつも穏やかに笑うとても感じのいい男性がいた。 坂野と名乗るその男は、初対面の頃から妙に話しやすかった。 その配達先を担当して約二年。 世間話から始まった会話は、次第に私的な領域へと踏み込んでいった。 家族構成、育った町、学生時代のこと。 最近では、妻の職場のことや彼女の些細な癖まで尋ねてくるようになっていた。 悪意は感じられない。 だが、距離の詰め方だけがどこかおかしかった。 ある日の食事中、夫は坂野のことを妻に話した。 妻は露骨に顔を曇らせ、言った。 「気持ち悪い。そんなに個人的なこと、話さないほうがいいよ。」 その翌日から、家の周囲で奇妙なことが起こり始めた。 夜中、廊下に人の気配がする。 インターホンが鳴り、モニターを確認してもそこには誰も映っていない。 理由のわからない恐怖に、夫は怯えていた。 妻もまた、同じように眠れなくなっていった。 そんなある日、妻は職場で上司に呼び止められた。 深刻な表情の上司は低い声で言った。 「最近、あなたの周りに“黒い人影”がある。薄っすらと。 ご主人のほうも……あまり良くない気を感じる。」 上司はそれ以上説明しなかった。 ただ、静かに助言するように言った。 「詳しいことは分からないけどね。 ……自分のことは、あまり話さないほうがいいと思う。」 数日後、夫は衝撃的な事実を知る。 いつものように配達先へ向かい、坂野がいるはずの場所を覗いた。 しかし、そこに彼の姿はなかった。 夫は、近くの従業員に声をかけた。 「すみません。坂野さん、今日はお休みですか?」 「坂野……ですか?」 従業員は怪訝そうに眉を寄せ、近くの同僚と何やら小声で話した後言った。 「いえ。うちに、坂野という人はいませんよ。」 配達を終え、駐車場で夫は立ち尽くしていた。 二年間、自分は誰と話していたのか。 その時、トラックのドアをノックする音がした。 「あ、さっきの運転手さんですよね。」 ドアを開けると先ほどの従業員の姿があった。 「坂野が“いない”と言いましたが……正しくは、“今はいない”と言ったほうがいいかもしれません。」 従業員は周囲を気にするように視線を走らせ、声を潜めた。 「坂野は……三年前に亡くなっています。ここの引き取り窓口のすぐ横で、配送トラックに巻き込まれて。 人当たりが良くて、誰とでも話す人だったから皆よく覚えているんです。」 夫がこの配達先を担当するようになったのは、二年前だった。 「じゃあ……俺が話していたのは……。」 「あなたが会っていた“坂野”は、どんな顔をしていましたか?」 従業員にそう言われて夫は思い出そうとする。 穏やかな笑顔。柔らかな口調。 ――だが、顔だけがはっきりと思い出せなかった。 「事故の後に坂野さんを訪ねた方が、家に“何かいる”気配がすると言っていました。」 夜中の廊下の気配。誰も映らないインターホン。 夫には思い当たる現象があった。 「坂野は、生きていた頃から“人の話を聞くのが好き”でした。 自分のことは話さず、相手のことばかり……亡くなってからも、同じなんでしょう。」 その夜、夫はすべてを妻に話そうと帰宅した。 玄関の電気をつけた瞬間、背後から声がした。 「今日はお話ししてくれないんですか?」 振り返ると、そこに坂野が立っていた。 穏やかな笑顔。 足元は廊下の影と溶け合い、輪郭が曖昧だった。 「知ることで、私が存在できるんです。 あなたの家も、奥さんも……とても居心地が良さそうだ。」 表情を変えずに坂野は言った。 震える声で、夫は言った。 「……もう、何も話せない。」 坂野は、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。 「それは困りました。もう少しで、あなたになれたのに……」 次の瞬間、廊下の影が一斉に伸び坂野の姿は闇に溶けた。 それからしばらくして、妻は上司に再び声をかけられた。 上司は、以前よりも穏やかな表情で言った。 「黒い人影は、見えなくなったね。」 妻は、胸をなで下ろした。 だが、上司は少し言い淀んでから、続けた。 「正確には……“一つ”減っただけかもしれない」 「……一つ?」 妻は不思議に思って問いかけた。 「人影って増えるのも減るのも理由がある。 近づく場所がなくなれば薄くなるだけ」 上司はそれ以上何も言わなかった。 その夜、妻は何気なく廊下を見た。 電気の消えた壁に、影が落ちている。 そこにあるのは自分の影だけなはずだが、一瞬だけ多く見えた気がした。 しかし、目を凝らすと影はすぐに元に戻っていた。 「自分の事を、あまり話さないほうがいい」 その言葉の意味を、妻は今も考えている。
「向こうから絵はがき送るね」天国へ旅行へ行く前、友人はそう言った。「楽しみにしてる」と私は答えた。友人は旅行鞄に荷物を詰め込み、首を吊った。天国へ旅立った。数か月後、友人の名前が書かれた絵はがきが、届いた。裏面を見ると、地獄の風景が印刷されていた。『こっちに落とされちゃった』隅っこに、震える字でそう書かれていた。
朝焼けくゆるあなたの火 一人散らすそれを それでも、幸せを願っています。 敬具
休日、長雨が止んで、久しぶりの快晴になった。絶好の洗濯日和だった。ぐうぐう寝ていた家族を叩き起こし、頭部の蓋を開かせ、脳みそを取り出した。そして、お隣さんに頼み、洗濯機で洗ってもらった。もちろん、自分の脳みそを取り出すことも忘れない。そしてそれをお隣さんがベランダに置いておいてくれて、乾いた後は、霧吹きで湿らせて、私たちの頭部に戻してくれる。脳みそがない間は動けないから、お隣さんにそんなことを頼むしかないのだ。幸いお隣の奥さんはとても親切な方なので、脳みそを洗う時はいつも快くそれを引き受けてくれる。今回もそうだった。後でクッキーでもお礼に持っていこう。まんじりともしない休日が終わり、脳みそが、私たちのそれぞれの頭部に戻された。意識が戻ったその瞬間、脳裏に浮かんできたのは、お隣の奥さんのあられもない姿だった。「何だこれは」そう思った瞬間、夫が言った。「何かおかしいな」すぐにわかった。お隣の奥さんが、私と夫の脳みそを反対に入れたのだ。そしてさっきのお隣の奥さんの裸姿で、夫とお隣の奥さんが浮気していることもわかった。私は何も言わず、子どもたちに手伝ってもらって、脳みそを元の居場所に入れてもらった。「ああ、びっくりした」夫が笑った。私も微笑みを返しながら、「お隣の奥さんは、わざと反対に脳みそを入れたのかもしれない」とふと思い、背筋を凍らせていた。
落としたカップ焼きそばは、その月の残り少ない大事な食事だった。 たしか塩味の、昔から好きな味だった。 好きなのだと、私に言っていた。 電話越しに泣いている。 昔からこうなのだと。 あなたは何も悪くない。 ただ泣いている声が苦しい。 一人遊びが好きで、ぬいぐるみが好きで、弱いのに無理にでも意地を張らなければ生きて来れなかった。 あなたは言った。 「心の寿命が来たんやと思うねんな。」 苦しい。 こんな言葉が口から出て良いわけがなかった。 あなたが私の家に来た時、 私の言葉を覚えていたあなたが、持ってきたカップ焼きそばを取り出して、作って欲しいと言った時。 泣きそうだったのはバレていないだろうか。 お湯を入れて、流して、箸を入れて渡した。 それを一緒に食べて 横にはぬいぐるみを置いて ただそれだけで良かったのに。 ただ、私の頭を撫でてくれた貴方の手を覚えている。
夏の昼下がり、カーテンを開ける。青空に入道雲がそびえ立っている。窓を開ける。風が吹く。雲用接着剤の爽やかな香りが、部屋の中に、風とともに吹き込んでくる。入道雲はすっかり修復されている。職人の技に感心する。昨日戦闘機の翼によってつけられた傷は、どこにも見当たらない。
「二人の学校、有名だね」 ラジオの止まった喫茶店。カウンターに並ぶ二人の青年に、赤い髪の店主がカップを拭きながら訊いた。黒いカーディガンを羽織った青年は小さく首を傾け、白いセーターを着た男は「ああ」と呟いて店主を見た。 「俺にも取材させてくれって電話があったよ。断ったけど」 白いセーターの青年はため息交じりに言った。 「なになに、僕は知らないんだけど。ホズミに電話がきたってことは僕も知ってること?」 カーディガンの青年はホズミに体を向けた。 「ナキには電話こなかったんだ」と店主が言うと「高校に友達いなかったから。僕の連絡先知っている人なんていないよ」と拗ねたようにカウンターに腕をついた。 「それで、何が有名なの」 「ただの噂だけどさ、俺らのクラスが呪われていたって話だよ。誰かがネットに書き込んで、それが拡散されたみたい。内容は詳しく知らないけど、「イマキ」っていうクラスメイトに、俺らのクラスの人間が呪われているらしい」 ナキはわざとらしく眉をひそめて「イマキ」と呟き、「そんなクラスメイトいたっけ」とホズミをみた。ホズミは「俺も記憶にないんだよ」と首を振る。 「伊東君は何でその話を知ったの?」 ナキが店主に丸い目を向ける。店主も首を振り「俺もお客さんから聞いただけで詳しくは知らない」と苦笑した。 「誰だよイマキって。そもそも呪われているようなことあったかな。高校時代の記憶がないんだよね」 ナキは後ろに伸びながら、投げやりに言う。 「俺もすべてが曖昧だよ。不可解なことがあったかもしれないけれど、思い出せない」 「卒業アルバムを見れば思い出すんじゃない?」 店主の言葉に二人は目を合わせ、首を振った。 「俺はすぐに捨てたよ。大きくて場所とるし」 「僕は卒業式に出てないからね。家に届いたのかもしれないけど見ていない」 店主が「二人らしいね」と笑った。 「でもなんで呪われてるんだろう。うちのクラス、誰か死んだの」 ナキが頬杖をつき横目でホズミを見る。 「さあ。でも、在学中に誰かが死んだ気がするんだよ。誰なのかは全く思い出せないけれど。もしかしたら、転校しただけかもしれない。なんでだろう、なんでこんなに覚えてないんだろう」 「クラスメイトが一人いなくなったら、普通記憶に残るもんじゃない?」 ナキの問いに「でもナキは何も覚えてないんでしょ」と店主が呆れたように言う。ホズミは二人の会話が耳に入っていないようで、考え込んだ表情のまま珈琲の入ったグラスを睨んでいる。 「そういえば、前にもこんなことなかった?ホズミの修学旅行の記憶に僕がいたこと。僕は修学旅行にいってないのに」 ナキは考えることに飽き、ふざけた様子で口を尖らせた。 「そうなんだよ。高校の記憶はほとんど曖昧なんだ」 ホズミは沈んだ声で言う。その時、店主が「もしかして」と呟いた。二人の視線が同時に店主に向く。 「俺の想像だけどさ、イマキってナキのことじゃない?」 店主は申し訳なさそうにナキを見た。 「ナキの漢字って「今」と「帰る」でしょ。今帰って、初めて見るとみんな「イマキ」って読むんじゃないかな。しかもナキは修学旅行も卒業式も参加していないんでしょ。だから記憶に残りにくかったのかも」 ナキは目を丸くしたまま「だからって死んだことにしないでよ。しかも呪いだなんて」と大げさに声に抑揚をつけ「確かにクラス写真を撮る日も休んだけどさ」と笑いながら付け足した。 「確かに、イマキはナキかもしれない」 ナキと対照的にホズミの声は沈んだままだった。 「でも、確かに誰かがいたんだ。何かがあった。どうして思い出せないんだろう」 ナキは宙を見上げながらどうでもよさそうに言った。 「その誰かさんが、自分のことを思い出してほしくて僕の名前を使ったんじゃない?」
母の葬儀に出席した人間は、やはり私だけだった。広い会場の椅子にずらりと座っていたのは、みな喪服を着せられたマネキン人形だった。葬儀は粛々と進み、私が弔辞を読む時間がやってきた。私はマネキン人形たちの前に立ち、弔辞を読み始めた。すると葬儀場のスタッフたちが現れて、霧吹きで、マネキン人形たちの目を濡らし始めた。父の葬儀の時は、スポイトを使っていたので、涙に見えたが、霧吹きでは涙に見えない。ここの葬儀場のスタッフは雑だな。私は思った。もしかしたら、私の葬儀の時は、濡らすことすらしないかもしれないな。私はむしょうに寂しくなった。だから、その時の弔辞は、感情がこもっているように聞こえただろう。人間が聞けば。
小説投稿を始めて一ヶ月。 いまだにPVはゼロである。 もはや笑っちゃう。 どれくらい笑っちゃうかというと、草津温泉に行こうとして滋賀県草津市に着いちゃった人を見た時くらい笑っちゃう。 だが、物は考えようだ。 PVがゼロということは、誰も見ないプライベート空間が誕生したと言っていい。 つまり、登場人物の会話で、こんなこともできちゃう。 『ハルカのどこが好きなの?』 『うーんと、可愛くて優しくて話をよく聞いてくれて歴史好きな趣味も合うところかな』 『えーいいじゃん』 『そんな会話が聞こえてきた』 どうだ。 道ですれ違ったモブキャラに、唐突にリアルの好きな人ハルカさんを褒め殺しさせる。 名付けて、パブリックプライベート告白。 世界広しといえど、こんな安全なスリリングを楽しんでいるのは自分だけだろう。 テンションが上がってきた。 なんだか楽しくなってきた。 先輩への愚痴。 家族への感謝。 政治家への不満。 スーパーの可愛い店員さんへのラブコール。 何でもかんでも書き放題。 人に聞いてもらいたいけどプライドが邪魔して話せなかった言葉が、するする書き起こせていく。 すごい、これはすごいぞ。 ぼくは一晩中書き続け、気づいた時には寝落ちしていた。 翌日。 目を覚ますと、ぼくは人生初のバズを経験していた。 なんと一日で十万PV超えの大バズり。 感想の数も、ひい、ふう、みい、……数えたくもない。 スマホを見れば、通知がたくさん。 そのうちの一つに『ハルカさん』。 終わった。 ぼくはパソコンの電源を落とし、スマホの電源を落とし、全人類の癒し空間であるお布団へと逃げ込んだ。 そう、これは夢だ。 悪い夢なんだ。 悪ふざけなんてなかったんや。
真夜中の図書館に、痩せた女が現れて、きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、図書館の入り口に、段ボール箱を置いて、足早に去っていった。段ボール箱の中には、一冊の本が入っていた。ボロボロの本だ。表紙の文字はかすれて見えない。あちこち破れていて、カビが生えている。段ボール箱の中で、その本は、かすかに息をしていた。先ほどの女は、死にかけの本を、ここに捨てていったのだ。そして本は静かに息絶える。ゆっくりと、腐臭が辺りに漂い始める。それは生き物の死体とは全然違った臭いだ。やがて、黒い、小さなものが集まってきて、本の死体に、たかり始める。それは、びっしりとたかっているそれは、小さな疑問符だ。すぐに本の死体は、この小さな疑問符に覆われる。疑問符たちは本の死体を、少しずつ食っていく。街灯に集まった昆虫たちが、呆れたように、その光景を眺めている。やがて本の死体は疑問符に食い尽くされる。もっともその頃には、疑問符たちは栄養を得て、すべて感嘆符に変わっている。先ほどの女が捨てていったこの本は、良い本であったことが、それでわかる。感嘆符たちは、満足したように、どこかにある住処に帰っていく。段ボール箱の中に残されたのは、一枚の栞だけだ。
通行人の顔を見ることはあるだろうか。 私は見ない。 とんでもなく高身長の人や、どんてもなく体が大きい人なら、目に入ってしまうかもしれない。 でも、基本は見ない。 すれ違う他人なんて、ぶつからないように避けるべき障害物Aでしかない。 どうしてこんな話をしているかと言うと、最近本屋に行ったのだ。 SNSで新刊の発売情報をチェックして、新刊を買いにいったのだ。 無事に新刊は変えたのだけど、あれっと思ったことがあった。 私は、新刊以外の本を見た記憶がないのだ。 新刊を探すために、いくつかの陳列棚を見た。 いくつかの本の表紙やタイトルを見たはずだ。 なのに、記憶に残っていない。 そこで気づいた。 私は、本屋に並ぶ本を、通行人としか見ていないのだと。 新刊を探す際にノイズになる、ただの通行人。 子供の頃を思い返した。 とりあえず、漫画や小説が置かれているコーナーに立ち寄って、一冊一冊眺めていた。 その中に、買ってるシリーズ物があれば手に取り、興味のある表紙やタイトルを見つけても手に取った。 いうなれば、全ての本が買う可能性のある候補だった。 通行人なんかじゃなかった。 スマホのアプリに通知をいれれば、欲しい本の発売日を知らせてくれる。 本を探す必要もない。 お会計はキャッシュレスで。 現金を探す必要もない。 合理化を進めた世界では、こんなにも本と出会うのが難しいのだと感じた。 家に帰る途中にすれ違った通行人の顔も、私はまったく覚えていない。
田舎道に、野菜の無人販売所がある。近所の農家の人たちが作った新鮮な野菜が、並べられている。そんな野菜の棚の横に、天井から縄で、裸のおじさんが吊るされている。おじさんの足元には小さな看板がある。『たまご無料』そう書かれている。一日に三回、この無人販売所の管理人が来て、おじさんに食べ物と水を与える。おじさんはそれを食べると、卵を一個、産み落とす。管理人はそれを籠に入れ、看板の前に置く。この無人販売所に来てくれた人に対する、ちょっとしたサーヴィスだ。おじさんの卵は、味は良くないが、栄養価は高い。それは、おじさんのこれまでの人生経験が詰まっているからだ。今吊るされているおじさんは、国立大学を卒業した後、大手商社に就職したが、そこでの激務で精神を病んでしまい、辞職した。それからは様々な職場で、アルバイトや契約社員として働きながら病気の治療を続け、いつしか卵を産むようになり、そして、今現在は無人販売所に吊るされている。人生いろいろなのだ。今のおじさんの目は、これまでの人生の中で、一番輝いている。
また一人、友達が道を誤った。 「彼って、すごいんだよ? 若いけど社長やってるらしくて。車は外車だし、年末年始は毎年ハワイで過ごすんだってー」 「へー」 「来週、付き合って一か月記念なんだけどね。あの高級ホテルのレストラン予約してくれたんだってー」 何人も見てきた。 嬉しそうな顔をして、地獄への道を歩く人間を。 私は彼女たちを止めはしない。 だって、天国への道を歩いているつもりの彼女たちにとって、ここで引き止めてくる人間は自分に嫉妬している悪魔にしか見えないから。 「見て見てー! これ、欲しいって言ったら買ってくれてー」 「えー、羨ましいー」 だから、私は貴方を肯定してあげる。 貴方の欲しい言葉を上げる。 私が嫌われないように。 「彼の友達も、彼女欲しいらしくてさ。紹介しようか? 彼と同じ、超超ハイスペックらしいよー」 「うーん、ありがとう。でも、今は恋人いいかなって」 貴方がぼろ雑巾みたいになって帰ってきた時、私が抱きしめてあげるから。 いってらっしゃい。 私の友達。 地獄だとわかったら、戻って来てね。
外回りの最中、小さな児童公園に立ち寄り、ベンチに座り缶コーヒーを飲んで休憩していた。砂場に、二人の少女がいた。片方は活発で、片方は大人しかった。活発な方の子が色々と遊びを提案し、大人しい方の子がそれに従っていた。俺はぼんやりそれを眺めていた。すると、活発な方の子が言った。「おままごとしよう!」大人しい方の子がうなずいた。「どっちがママやる?」活発な方の子がそう尋ねると、大人しい方の子が手をあげた。「オッケー!ちょっと待ってて!」活発な方の子がそう言って立ち上がり、辺りをきょろきょろと見回した。そして、俺と目が合った。「そこのおじさん!」活発な方の子が俺に駆け寄ってきた。「何だい?」「おままごとに付き合って!」俺は戸惑ったが、とにかく仕事をしたくなかったので、「いいよ」と答えた。活発な方の子は砂場に戻り、俺に手招きした。「パパの役でもやらされるのかな」そう思いながら砂場に行くと、活発な方の子に「そこに寝て!」と言われた。俺は面食らったが、とりあえず、砂の上に横になった。すると大人しい方の子が言った。「ご飯よ」「はーい、ママ!」そして、木の枝で俺の体や腕をつついては、それを自分たちの口元に持っていき始めた。「おじさんがご飯なのかい?」俺は尋ねた。活発な方の子が答えた。「この子の家は、人間の死体を食べるの!」俺は「ふうん」と言った。「美味しい?」「うん、ママ!」しばらくして、俺は再び尋ねた。「人間の死体はどんな味がするんだい?」大人しい方の子が答えた。「死体は喋りません」俺は「ごめん」とつぶやいた。顔が真っ赤になっているのが、自分でわかった。二人の少女は、くすくす笑っていた。
「おーい、論点すり替えないでもらっていいですかー?」 まただ。 こいつは、論点のすり替えという指摘を、口癖のように言うようになった。 正直、自分の中では論点がすり替わってなどいないので、こいつの言葉の意味が分からない。 だから、聞いてみることにした。 「ごめん、自分ではすり替えたつもりがないからわからない。すり替える前の論点と、すり替えた後の論点を言語化してくれない?」 「え?」 そいつは腕を組んで悩み始めた。 あーでもない、こーでもないとうめいた挙句、最後には俺をにらみつけてきた。 「論点をずらすな!」 そして、走って逃げていった。 きっと、自分でも論点がわかっていなくて、ふわっと何かが違うと思ったから、反射的に口癖が出たのだろう。 理由が分かってすっきりした。 俺はすがすがしい気持ちで家に帰り始めた。 せっかくだ、途中でカフェにでも寄って帰ろう。
中年男が、砂浜に座って、ぼんやりと海を眺めている。この男は、床屋を営んでいる。長く生きていれば、そういうことがあるものだが、この男は最近ついていない。そして、そのせいで床屋の仕事にひどく自信を失っている。この日は定休日ではなかったが、男は店を休みにした。床屋の仕事しか知らなかった男は、深い不安の中に沈んでいた。これからどうしよう。いつもハサミを握っている右手を見つめた。その時、男の目の前を、一匹のカニが通りかかった。男は海からカニに視線を移した。カニには立派なハサミが生えていた。男はとっさに、カニを捕まえ、その立派なハサミをちぎりとった。そして、死んだカニを海へ放り投げ、ハサミをポケットに突っ込んだ。それで、男は少し自信を回復したので、海を去ることにした。
物心ついた時から、私は変な夢を見る子どもだった。それは桃色の遊園地だったり、延々と続く海だったり、しゃべる鳥の群衆だったり、ポツンと置かれたコタツの中だったりした。 覚えている夢の記憶でいちばん古いのは、小学一年生の頃。まだ入学してまもない私は、気づくと公園のベンチに座っていた。隣には、若い女がいた。とても人の良さそうな女で、耳に響く柔らかい声で私の名前を呼び、「一緒に遊ぼう」と誘ってきた。 当時の私は、なんとなくうなずいて、女と飽きるまで公園で遊び尽くしたものだった。夢の中では、何十回も日が暮れては昇るを繰り返していた。けれど、私も、あの女も、そのことをみじんも気に留めてはいなかった。今に思えば、不思議である。 女と遊んでいたら、いつのまにか、病院のベッドの上にいた。看護師があわてて医者を呼びに病室を出て、その後から涙目の父親が抱きしめてくれたことを、よく覚えている。どうやら私は一ヶ月以上も眠っていたらしい。そう聞いた時、私はこれまたなんとなく、「夢の中で過ごした時間の分のだけ、現実世界の時間も経過するのだ」と気づいていた。 この出来事が起きた後も、私は定期的に変な夢を見ていた。そのたびに、私は現実の世界で眠り姫となった。ありがたいことに父親も友達も、私の奇妙な習慣に理解を示してくれてはいた。変な夢を見るからといって、私自身のことを拒絶されなかったのは、本当に不幸中のさいわいだった。私は皆の支えもあって、無事に小学生、さらに中学生を卒業することができた。 ただ、いつまでも変な夢を見ているわけにはいかなかったらしい。私の奇妙な習慣は、高校入学と共に終わりを迎えた。なんの前触れもなく。あまりにも唐突だったから、その事実を理解するまでに半年を要した。 ある日、友人の一人から唐突に言われた。 「将来の夢ってある?」 ――思いっきり、金づちで頭をなぐられた。そんな感覚。とっさのことに、私は何も答えられなかった。 夢なんて、ない。そんなもの思いつかない。てか、そもそも将来の夢って、なんだっけか。 昔は夢の中に閉じこめられて、いつ現実に戻ってこれるかも分からない日々を過ごしていた。それが私にとっての当たり前だった。今の眠りに閉じこめられて、未来など見る余裕はない。 そんなだから、進路のことを考えるのは苦手なのか。なんて、自分に対し、ちょっと自覚的になったりした。 夢が見たい。あの奇妙な日々を、また送りたい。 いつしか私は、そう願うようになっていた。 めぐりめぐって、20回目の新年を迎えた夜。私は夢を見た。 天高くそびえたつ富士山と、空を翔ぶ二羽のタカのみに焦点を当てるなら、ただ縁起の良い初夢にすぎない。けれど、私の本能は、またしても明晰な事実をたたき出していた。 ひさしぶり、元気にしてた? 私は遠く離れた故郷へと戻ってきた気持ちになって、目前の富士山に「やっほー」と叫んでみたり。 ぽんぽん。後ろから肩をたたかれて。ふり返れば、麦わら帽子をかぶったオバサンと目があった。彼女の手には、三本のなすび。 ああ、本当に素敵な年を迎えられそうだ。なんて、のんきに思ったりして……。ふと、どこか童心をくすぐられるような感じがして、思わず口を開いていた。 「私のこと、覚えてますか」 どうして、そんなこと、口にできたのだろう。べつに私は、なすびオバサンに対して見覚えの一つも抱きはしなかったのに。 でも、オバサンは屈託なく、にこっと笑って、「そうですね」と言うものだから。私は少々、オーバーに驚いてしまった。 「もう遊びつくしたでしょ。いいから、これ持って帰んなさい」 そう言って、なすびを押しつけるオバサン。私の胸にぎゅっと押しあてる、その重みがやけにリアルで。私は思わず、オバサンの腕ごと握りしめていた。しっかり、しっかりと。 次に目を覚ましたのは、夜明け前。 私は私の家で、私のベッドの上で、はっと両の目を開いた。そっとスマホをつけると、ホーム画面に「1月1日」の文字が浮かびあがる。 ほっと安心して、つかの間。脳裏にオバサンの笑顔がよぎった。 あれは、きっと母だ。若くして亡くなった。生来からの持病だったらしい。もしも生きていたら、ちょうど今年で50歳になるだろうか。 自分の胸元を抱いていた私の腕から、ほのかに香るなすび。窓から見えるは、ぼんやりと輪郭を描いていく朝日。 夢、見つけたいな。 私はなんとなく、けれどもしっかりと、そう思った。
深夜の高級マンションのエントランスに、男が入っていく。男は高級なスーツを着ている。男は高級な鞄を持っている。男には頭部が無い。男は顔認証システムのカメラの前に立つ。もう一度言うが、この男には頭部が無い。男は鞄を開ける。鞄の中にはいくつもの生首が入っている。男は威厳のある老人の生首を取り出し、カメラの前に掲げる。反応がないので、今度は品のある若い女性の生首を取り出し、カメラの前に掲げる。反応がないので、今度は色気のある中年男性の生首を取り出し、カメラの前に掲げる。どれも反応はない。男は立ち尽くす。そして、無い首を傾げる。
駅前の広場でギターの弾き語りをしていた。ギターケースを目の前に置いていた。小銭を入れてくれる人がいた。俺は感謝しながら弾き語りを続けた。すると目の前に、骨壷を抱えた老人が立った。老人は俺の演奏を聴いた後、骨壷から骨片を一つ取り出して、ギターケースに入れた。そして去っていった。そんな日が何日も何日も続いて、俺の家には骨片が溜まっていった。そして老人はある日、頭蓋骨をギターケースに入れて去っていった。それ以来、老人は姿を現さなかった。俺は持ち帰った頭蓋骨と今までの骨片を組み合わせ、一人の人間の骨格を完成させた。それは可憐な一人の女性だった。俺はたちまちその女性に恋をした。次の歌はそんな彼女を想って作った曲です。
「たこ焼き下さい」 「はいよ。どれにする?」 メニューを見ると、並んでいるのはたこ以外の具材。 いか。 わかめ。 マグロ。 イワシ。 マシュマロ。 チョコ。 グミ。 アメ。 たこ焼き器は熱を帯びている。 たこ焼きだけど、たこ以外を小麦粉で包んで焼くらしい。 「え? これ、たこ焼きなんですか?」 「おうよ。立派なたこ焼きよ。牛丼屋だって、豚肉を丼に乗せてるだろ」 納得はできなかったが、一度注文した以上、断る勇気もなかった。 一番たこに近そうな以下を頼んだ。 「はふはふ。うまっ」 たこ焼きではなかった。 味が違う。 弾力が違う。 それでも、不景気ってこんなものかと、意外と美味しく食べられた。
「あなた、誰?」 退廃的で錆びた鉄骨の街で、名も知らない目の前の少女はそう私に訊いた。 自分が誰なのか。考えたこともなかった。けど考えたとて、答えには辿り着けない。 「さあ。貴方こそ、どうしてこんなところにいるの?」 人の気のひとつもない、木々と蔦に埋もれた山奥の廃駅。軋む金属の音に混じる、不可思議なその声を一粒ずつ嚙み砕く。 「どうして、ね。わからない」 結局お互い、何もわからないままで。今私がすべきと残っている事は、この錆びた道に沿って奥へと進んでいくことだけだった。 「どこ行くの?」 「もっと深くへ。貴方も来られないほど、誰にも見つからない場所に」 そう言って、突き放したつもりだった。どこの誰かも知らない誰かを。 「どうして、着いてくるの?」 「だって、あなた以外に誰もいないから」 真っ当な、しかし厄介な理由。人から離れてここに辿り着いた私にとっては、まさに天敵のような存在だ。 ギシャリ、と砕けたガラスを踏む。いつのものかも分からないほどに褪せて破れた新聞紙を横目に、私はなんとなしにそこに停まっていた列車を見上げた。 「あなたもおいでよ」 それと同時に、列車の上から少女の声がする。 「危ないよ」 裏側にあるらしい梯子から上へと登ったらしい。 声を掛けても降りる様子のない少女の様子を見るため、私もまた梯子へと向かった。 上に足を乗せたその瞬間、妙な振動を感じる。列車が、どういうわけか動き出したのだ。 徐々に上昇していく車体。離れていく地面を見下ろしながら、もう戻れない、なんて考えていた。 ……考えてみれば、ここに来る前にはもう全てが終わっていた。既に戻れなくなっていたのだから、これ以上どこへ行っても進むしかない。 やがて列車は雲を突き抜ける。蒼が広がる空を、私と少女は進んでいた。 「ねえこれ、どこに行くのかな」 「わからない」 そう、わからない。まるで人生みたいに、この列車のダイヤは誰にもわからない。 「……私ね」 そう、先に口を開いたのは私の方だった。 「叶えたい、夢があって。それなのに、叶うわけないって。自分の人生を、決めつけちゃって」 「それじゃあ疲れちゃうね。もっと、理想を描かないと」 諭すようにそう放った少女は、優しく笑っていた。誰かも知らないのに、私はその顔に微笑み返す。 「願ったなら――」 少女が何かを言いかけた、そのとき。 「あっ」 突然、私の身体が滑り落ちる。ぶつかってくる空気に押され、傾いた車体の端へと落ちていく。 「待って!」 少女が手を伸ばす。それでも、私は手を伸ばさなかった。 ―― そのまま私は、いつの間にか暗くなっていた空を真っ逆さまに落ちていく。夜空で輝く星と終わりのない地平が、逆さまの世界に映った。 世界が変わった、なんて少し大げさだけど。そんなことを本気で思っていた。 気付けば私は、広い草原の真ん中で目を覚ましていた。遠くには、淡い朝焼けの光が広がっている。 「あ、起きた。そこで倒れてたから、心配したんですよ」 知らない男性が、少し離れたところからそう声を掛けてきた。私はずっとここにいたのか、あるいは列車から落ちたのか。それはどちらかわからない。それでも、あの夢のような景色は、きっと本当のことだったんだと思う。 「遠くから来たんですか?」 「まあ、はい」 立ち上がった私と彼は、お互い視線を合わせずに会話をする。 「遠いでしょうし、乗っていきますか?」 彼は、そう言って軽トラを指差した。きっと、そうするしかないことを私もわかっていた。 何より私は、あの今日の日の最前線を目指したくて堪らなかった。 それは、いつか願った明日に届くため。 十三秒先が分からなくたって。今は幸せが分からなくたって。 精一杯私を生きるために。
連れてきたのは私が行きつけにしている駅前のラーメン屋だ。 券売機で手早く注文を済ませ、テーブル席に向かい合って座る。だが座った瞬間に後悔した。目の前の朝の表情が校庭にいた時と一ミリも変わっていなかったからだ。あまりの居心地の悪さに私は落ち着かなく視線を泳がせる。 「あー……の、さ、齋藤さん」 「うん」 「……齋藤さんは、ラーメン屋とか行くの? いつも」 (あー、もっとマシな会話はないのか私よ!) 内心で自分に毒づく私に対し、朝は至って平然と答えた。 「よく食べるよ。でも、この店は知らなかった」 「そーだよねぇ、やっぱこういう店には……え、行くの!?!? 食べるの!?」 驚愕のあまり、ひっくり返った声が出た。朝ってラーメン屋なんて行くんだ! 食事どころか霞でも食べて生きているんじゃないかと疑っていただけに、一気に猛烈な親近感が湧いてくる。 まあ、私がバカみたいにデカい声を出しても本人は相変わらずスンとした顔のままだが。おーい耳聞こえてるのかー? 「食べるよ。おかしい?」 「いや、別に、おかしくはないこともないこともないこともないけどさ……」 「否定が多すぎて、むしろおかしいって言ってるようなものだけど」 あれ、今の私『ない』が一個足りなかったか? 「……齋藤さんはさ、何ラーメンが好きなの?」 「分かりやすく話を逸らしたね。んー、味噌かな」 「ホントに!? 私も味噌が一番好き!!」 やばい、どうしよう。親近感がメキメキと音を立てて湧き上がってくる。 相手は相変わらずの仏頂面だし、そもそも私を学力と体力でボコボコに打ち負かした張本人なのに。 「あ! 話の流れでアレなんだけど、ここ豚骨ラーメンの店なんだよね! あとサイドメニューの餃子がめちゃくちゃ美味しいから!」 「へぇ、楽しみ」 スンとした態度のまま、朝がカウンターの奥へと視線を向けた。ほんの僅かだけ、声のトーンが明るくなったように聞こえた。私の気のせいだったのかもしれないが。
定期考査が終わってしばらく、そこかしこからため息が漏れる返却日。返されたペーパーに書かれた赤文字はどれも高くなく低くもない平均点だった。 ──どうだった? 問いかけてきたのは幼い頃からの友人。気配りの利く、普段はふざけているのにテスト期間は誰より机に向かう人格者の彼女。 ──どれもぱっとしないや。 胸が重くなる。 薄すぎない笑いを浮かべながら答えると、彼女は自分のペーパーを私にひらりと見せる。そのどれもが高得点と呼べるもので、合計すれば私の二分の三倍はあるだろう。ひっそりと、私にだけ見せるような仕草で、彼女は恒例のセリフを言うのだ。 ──じゃ、今回もいつものね! 言いながら、彼女は楽しそうに何かを待っている。だから仕方なく、私は期待に応えてしまう。 ──次は負けないし。 夕暮れに照らされながら二人で歩く帰路の途中、並んだ自販機の列の前で立ち止まる。やけにズシリとした硬貨を入れ一番安い値段のエナジードリンクを二本買って、うちひとつを彼女へ手渡すと満面の笑みを浮かべた。 ──これで通算二十五勝目! 中学から連勝続きの戦歴を読み上げながらプシュッと蓋を開け、そのまま流し込む。 私はやはり、胸が重くなる。 始まりは大したものではなかった。考査、なんて重々しい響きがしたものだから、つい彼女から持ちかけられた賭けに乗っただけ。それから負けが重なって、彼女の成績は良くなって、私の成績は変わらないまま。初めは嘘偽りなく追いつけると信じていた。けれど、私が努力すれば彼女はさらに努力を重ねる。まるで逃げ場のない、崖か袋小路だと思ったことは何度かある。もう5年目が終わる。いや応なしに私と彼女との違いが露わになっているのだ。 ──…もう追いつくとか無理なくらい賢いよね。 ペットボトルを空にしそうな彼女に向かって、聞こえないかもしれないくらいに呟いた。 ペットボトルの傾きが大きくなって、ペットボトルから液体が移りきる。その奥で、太陽は沈みきろうとしている。飲み口を離した彼女の目が私を見た。 ──いや、勉強したらできるって。 平然と、彼女は至極単純な事実を吐いた。 瞬間、太陽が緑光を放って、残酷に私と彼女を切り分ける。 賭けをするのは、この年までになった。
姉が赤ちゃんを連れてきた。生まれてまた一週間、しばらくうちで過ごす。 居間の空気が少し甘く、どこか粉ミルクの匂いが混じっている。姉は少しやつれて見えたけれど、腕の中の赤ちゃんを見つめる目だけはとても優しい。 「ほら、これがあんたの姪っ子」 白く柔らかなおくるみに包まれたその子は、ほんのり桜色をしている。まだ人間というより《芽》のようだった。 私はただ「ちっちゃい……」とつぶやくしかなかった。 その夜、私はなかなか寝つけなかった。 三時間おきに、決まったように赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるからだ。 ぎゃーぎゃー泣く訳じゃない。小さな小さな声は、子猫のようだった。 「おなか、すいたんだね」 隣の部屋から母の声がして、少し遅れて姉の足音。私はトイレに行くふりをして、様子を見に行った。 姉は寝ぼけたまま赤ちゃんを抱き上げ、よろよろと座布団に腰を下ろす。薄暗いスタンドの光の中、姉はシャツのボタンを外し、まだ慣れない手つきで胸に赤ちゃんの口元を導く。そしてそのままそのまま目を閉じ、うつらうつらと船をこぐ。 髪は少し乱れ、顔には疲れが刻まれている。それでも、腕の中の命を離そうとしない姿が、妙にまぶしかった。 私は戸口から見ているだけだった。何か言うと空気を壊してしまいそうで、声を出せなかった。 「眠れない?」 私に気づいた母がささやく。私は横に首を振る。 「トイレに起きただけ」 「ふふ……まだまだ静かな方よ。懐かしいわね」 母は小さく笑った。きっと私たちが赤ん坊だったころを思い出しているのだろう。 部屋に戻り、ベッドにもぐり込む。さっきの姉の顔を思い出す。 あんなに優しい顔、できるのか……私が知らない、「母」の顔だった。 翌朝、姉は「あんた、全然寝てないでしょう」と笑いながら朝ご飯を食べていた。すごい食欲だ。 赤ちゃんが傍らの布団の中でむずかり始める。 「抱っこしてみる?」 姉に言われて、私は戸惑った。けれど、昨日の夜の光景が頭に浮かんで、思い切って抱き上げる。 軽い。けれど、確かな重みがある。ミルクと石けんの匂い。 人形のような小さな手に、恐る恐る指をのばす。細い指が、私の人差し指をぎゅっとつかむ。 その小さな力に、心の奥で何かが動いた。怖いというより、守りたくなるような気持ち。 そんな私に応えるように、あくびともため息ともつかないような、小さな声が唇からこぼれる。 「にぎやかなんだって、この子。沐浴のときももぐもぐ何かしゃべってるって、看護師さんにも評判だったよ」 姉が笑う。 「抱っこして、おっぱいあげて……ちゃんと生きてるんだなって思う」 ふと、白湯を飲む手を止めて、姉がつぶやく。 「ねえ、この子の名前考えてよ」 「え、まだ決めてなかったの?」 母が目を丸くする。 驚いた、生まれて一週間以上経つのに。 「生まれる前から考えていた候補はいくつかあるけど、しっくりこなくて。 あんたなら、どんなの思いつく?」 私は驚きながらも、赤ちゃんの寝顔を見つめた。 「……“芽”って字、どう? なんか、始まりの感じがしていいかも」 「芽、か。いいね」 「たとえば《芽衣(めい)》とか、《芽生(めい)》とか……《萌芽》……これはちょっと読みづらいかぁ」 姉が笑って、「名づけ会議だね」と言いながらメモ帳を取り出した。 夕方、お義兄さんに電話をかけて、私が考えた名前を伝える。スピーカー越しに、「《芽生》っていいな。今の季節にちょうどいい」と言うと、姉の顔がふっとやわらいだ。 「うん……《芽生》にしようか」 そう言って、姉はそっと赤ちゃんのほっぺに指を触れた。 「ようこそ、めいちゃん」 それからの日々、家は三時間ごとのリズムで回った。泣き声が合図のように響き、姉が半分寝たまま授乳する。母が支え、私は洗濯を担う。 父はほとんど戦力外、おろおろしながら見守るだけ。お義兄さんが週末こちらに来たときは、二人して大騒ぎしながら沐浴させていた。 そんな単純な繰り返しの中で、私は少しずつこの小さな命を好きになっていった。 木々が新緑をたたえ、ゴールデンウィークが終わる頃、姉が「そろそろ帰るね」と言った。 姉に抱かれるめいちゃんに、私は小さく手を振った。 またすぐ会えるのに、胸の奥がぎゅっと痛む。 tiny love──小さな小さな、愛。 これが、愛なんだと思う。
夫が玄関で「行ってくる」と声をかけ、娘と息子を連れて公園へ出かけた。 ここ二週間、週末にずっと天気が悪かった。雨の日曜日に、娘が窓に張り付いて「晴れないかなあ」と呟いていたのを思い出す。子供たちは外に出られずストレスを溜めていた。 今日はようやく晴れた。こんな日にやらずして、いつやるのか。私の年中行事、冬支度だ。 「俺もやるよ」と夫は言ってたけれど、5歳と1歳を連れて公園へ出かけてもらった。晴れ間が嬉しくて、子どもたちは大喜びだ。 家は静まり返り、ひとりの作業に没頭できる。 私は深く息を吸った。よし、始めよう。まずは二階から。 まず毛布をベランダに広げる。秋特有の透明な光は夏に比べたら弱ったものだが、 冬用の布団カバーやシーツも朝一番に洗濯し、干してある。家族の分全部だと物干し竿のほとんどを占領するから、通常の洗濯にも苦労する。 厚手の羽毛布団を押し入れから引っ張り出す。去年少し背伸びして買ったもの。これがあると冬が来るのが嬉しい。 季節の変わり目に、小さなご褒美がひとつあると、家事も儀式めく。 子ども部屋に入り、娘のタンスを開ける。去年の冬物は明らかに丈が足りない。 息子用は、お下がりを混ぜてもまだ足りないから、新たに買うようだ。 成長って、この瞬間やけに可視化される。タンスの中身を入れ替えつつ、姉の子供のおさがりは今年ももらえるかしら?と思わず皮算用してしまう。 サイズアウトした服をまとめ、空気清浄機をかける。とりあえず、子供服はおしまい。 腕が悲鳴を上げ始めた頃、リビングで一休み。朝のコーヒーがそのまま残っている。 カップを持ちながらしばし休憩。遠くから子供たちの歓声が聞こえる気がする。どこの家も、今日は外遊びなんだろう。 娘もきっと、久しぶりに思いきり走り回っている。息子は転んでは立ち、また転んで──その相手をしている夫の姿を想像すると、感謝と申し訳なさが混ざる。 毛布を軽くはたいて取り込むと、途端にくしゃみ。子供部屋から空気清浄機を移動して、最強モードで稼動させる。 家族分の布団カバーをつけかえるだけで汗だくた。着ていた長袖が暑くてTシャツ1枚になる。 そういえば、実家では気づけば冬物が出してあった。母がいつもひとりでやっていたのだろう、今さらありがたみを感じる。 玄関のマットを厚手に替える。これが終わると、私は毎年「よし」と声に出す。 今年も言った。小さな達成感。 ちょうどその時、玄関がガラッと開いた。 「ママ、肉まん売ってたよー!」 娘が両手で袋を持ってる。頬はりんごみたいに赤い。夫が苦笑いで靴を脱ぎ、腕の中の息子はすでに眠そうに目をこすっている。 ああ、いよいよ冬が来るのだ。 私は笑って、袋を受け取りながら言う。 「じゃあココアも作ろうか」 夏をしまい、家族の時間をひとつ重ねた。 それを確かめるのが、私の冬支度だ。
ぼくは、安易な考えに溺れ、安易に事を構え、安易に日々をすごしていた。 テリアさんは気づいていたのかな。ぼくがポアロやホームズと冒険している合間、こっそりテリアさんを眺めたりしていたことを。テリアさんは物憂げな表情をときおり見せ、それでも駅まで一緒に歩くときは、その時間が足りないくらい話し続け、ひそかに、ぼくを安心させた。 テリアさんが何を思い、何を考えているのか、それはテリアさんにしかわからないことで、ぼくが知る必要はないのだけど、その思考をすこし、気にもしてしまう。 けれど、ひたひたと、だんだんと、すこしずつ、そのときに向かってぼくたちは進んでいた。そのことを理解していようといなくても、自覚していようといなくても、テリアさんとすごす日々がずっとずっと続いてくれたらいいのだけど、そういうわけにはいかないもので。 ぼくたちの時間は限られている。
あれからテリアさんは元気がない。ラジオから流れてきた曲がテリアさんに何かを思い起こさせたのか、それとも、テリアさんが前に言っていたあの言葉、 あたし、嫌われてるからさあ に関係していることなのか。両方、ということも、あるかもしれない。 ―テリアさん、あのさ 思い切って声をかけてみる。テリアさんがこっちを向く。なに?と表情で問いかけてくる。 ―今日、ぼくの誕生日なんだ ―そうなの、それはおめでとう ―だから、これ、あげるよ ぼくが一番好きなミステリイ小説を、テリアさんは、驚いた表情で受け取る。 ―なんか、逆じゃない? ―いいんだよ、ぼくの誕生日なんだから ―ヘンな人だなあ そう言ってテリアさんは、久しぶりにほほをゆるめる。ヘンな人と言われようと、やっぱりテリアさんは、元気なほうがいい。テリアさんに、それは伝えないけど。
中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。