N市の死因記録

1月1日 男性 餅を喉に詰まらせ窒息死 1月1日 男性 ヒートショックにより死 1月2日 女性 階段でつまづき 転落死 1月3日 男性 喧嘩で椅子で殴られ、脳挫傷を起こし、死。 1月4日 女性2名 男性2名 N廃病院に侵入。院内を探索後、遭遇。壁に頭を打ち付け、お互いの眼球を奪い合う形でえぐりだし。絶命。 1月5日 男性 痴情のもつれから知人の男性と口論になり。道路に突き飛ばされる。轢死。 1月7日 女性 ハイキング中に毒性を持つキノコを誤食。8時間後に病院にて死 1月9日 男性8名 女性3名 N駅西口にて、遭遇。互いの目を奪い合い。指を噛み千切る。失血死。 男性一名が生き残ったが、六時間後、病院から脱走し、N廃病院の手前で野犬が骨を咥えているのを発見。 1月10日 男性 登下校時に車に轢かれ、轢死。 1月11日 男性13名 女性22名 N高等学校の廊下にて、男子生徒7名が遭遇。数分後に教室にて突然男子生徒が窓を割り、破片で他生徒4名を攻撃。 同じ事を遭遇した生徒6名が数分後に他の教室で行ったため。甚大な被害が起きた。 1月15日 男性 夜道を歩いていたところ、遭遇。奇声を上げて走り去る。職員の捜索むなしく、発見されず。 (追記 2月4日。N廃病院のエアコンの中から折り畳まれて発見。) 1月18日 男性 N廃病院に潜入。 当記録を発見。それを書き写し、2日後にネットに小説という形で投稿。 その2時間後に火事がおき。焼死。 1月21日 女性 道路を通行中 突如野犬に襲われ、死亡 野犬は駆除済み (追記 女性はネット上で18日の男性の小説を閲覧していたことが発覚) 1月23日 男性 ネットで小説という形で投稿された当記録帳を閲覧。 2時間後に溺死。 1月24日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。2時間後に失血死。 1月28日 男性3名 N廃病院にて当記録を閲覧。遭遇。 壮絶死。 1月29日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。焼死。 1月30日 男性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。餓死。 1月31日 女性 ネットに小説という形で投稿された当記録を閲覧。溺死。

ごめんね

 少女は遊園地に行った時、ピエロに風船をもらった。赤い風船だった。少女は喜んだ。家に持ち帰って眺めた。ふわふわと漂う風船を眺めているうち、少女は思った。「割りたい」少女は家じゅうの尖った物を持ってきて、風船に刺した。鉛筆、待ち針、爪楊枝、菜箸、櫛。しかし、風船は割れなかった。風船は穴だらけになりながら、なぜかふよふよ漂っていた。少女はそのことを不思議に思った。やがて少女は風船がけなげに思えてきた。「ごめんね」少女はそう言って、風船にキスをした。その瞬間、風船はあっけなく割れた。

晒しカメラ

「うわ、マナー悪」    男は気軽なつもりで、写真を撮った。  電車の中で眠りこけ、二席を使う会社員が迷惑だと思ったから、撮った写真をSNSで晒した。   『こういうのマジ迷惑』 『起きろよ』 『こういうやつからは料金を倍とるべき』    反応は上々。  男は自分の意見が肯定されたことで、満足げに笑う。   『撮る方も撮る方じゃね?』    しかし、たった一言で波が変わる。   『確かに』 『さすがに顔は隠してやれよ』 『仕事で疲れて、つい寝てしまっただけかもしれないし』    男の額に冷や汗が流れる。  晒し晒され社会において、正義とは共感だけだ。  会社員を晒すつもりであった男もまた、晒されるリスクを持つ。   『ギャクサラっしょ、これ』 『逆晒し逆晒し』 「はいアウト」    一方的な晒し社会を防ぐために、最近のカメラはアウトカメラで撮影すると、同時に撮影者の顔をインカメラで写すことが義務となった。  そして、インカメラで撮影された写真は、アウトカメラで撮影した写真にデータとして埋め込まれ、『ギャクサラ』と判定されたときのみ全員が閲覧可能な状態となってしまう。   『写真消しました』    男は慌てて写真を消したが、すでに手遅れ。  ばら撒かれた複製品から、インカメラで撮影された男の顔が流出する。  被写体にカメラを向けて、盛りなど考えていない無防備な顔を。   『ぶっさwww』 『もう犯罪だろこの顔』 『お前も料金倍払えよwww』    報復が犯罪を抑止する。  法治国会において、正しい行為なのか否かはわからない。  しかし、最近は他者を晒す人間が、減少傾向にあるのは確かだ。

ミニストーリー

まだ残る湯たんぽの微かなぬくもり。おふとんの無数のしわ。ラジオのやさしくも軽快な声。後ろからつつんでくれる洗濯ものの匂い。寒い冬の朝、空気は青く澄み、遠くからの音までも届く。きつい硬質の冷たさに心は病み、沈んでいく。それが、どこか落ち着く。

ただいるだけ

 好きな人との過ごし方の違い。  男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  女の人は、好きな人とできるだけ好意を示し合いたいらしい。    そのことを聞いてから、私の部屋に来ても漫画を読んでいるだけの彼の理由がわかった。  あれが、彼なりの愛情の摂取方法なのだと。    後ろから抱き着いてみれば、「今いいところだから」とにべもなく振り払われた。  これは、私が悪いのか。  それとも、彼が悪いのか。  好きなのに不安だった。  ずっと構ってくれない彼が、ずっとどこかへ行ってしまいそうで。       「警察です」    それが、監禁した理由。  私は我慢したのだ、彼のために。  抱き着くことも、キスすることも、何もかも。  好きな人と一緒に過ごすことが彼の幸せらしいから、ずっと私と一緒にいれるようにしただけなのに。    拘束を解かれた彼は、怯えた目で私を見ていた。   「嘘つき」    男の人は、その場に好きな人がいるだけでいいらしい。  違う。  男の人は、都合のいい時だけ好きな人がそばにいて欲しいだけだ。  なんて、最低な生き物。

変身

少し前の時に、 自分が今、何をしたいのか、 考えるタイミングだと思いました。 毎日がそれ程束縛されている訳でもなく、 歯を食い縛る日々を送っているという訳でもない、 毎朝決まった時間に目が覚めて、 同じような時間帯に同じことを繰り返す毎日ではありますが、 私のような者が社会で働かせて貰っていることを 心から有り難く思っています。 今の仕事ルーティーンは親子二人が何とか生活をするが為のもの。 この本道以外で私が一体何をしたいのか、 あらためて今の時点という観点であっても、 自身に示す事は非常に大事であると思いました。 それは私がこの先、寿命的に一般の同年代よりも 短めだということを踏まえているからこそであり だからこそ現時点を知り、確認することが大事なのです。 微かにふと思うだけではなく、 後どのくらい楽しめるかを前提としたということ。 そうしないと私の場合は気持ちが彷徨うと感じました。 釣りが趣味の一番手になります。 今は月二回、半日だけの釣行にしていますが、 これは釣りが趣味だと言える人ならば非常に短い釣行時間。 べつに飽きたとかではなくて、敢えての凝縮。 以前ならばの一方向的な〈やみくも〉を抑えました。 身体と心の負担軽減という意味もあります。 一日中の釣りとなると、次の日は前日の負荷から 身体に不調が起こりやすくなります。 その不調が確実に回復するとは言えない現在であれば 自分から自制しないといけない。 これに慣れるまで結構掛かったように思います。 そしてこれ迄趣味と言えば釣り一辺倒だった私が、 これ迄には無かった、ある事を始めました。 その一つ目が服を買うこと。 月に新しい服を買えるなんて金額的には僅かですが、 あらためて「服を買う」と言ってしまう その我が神経に笑ってしまいます。 これ迄は、この服まだ着れる、の人が、 一気に今迄着たこともない服を着て変身をする、 私は相当振り切ったのだと思います。 買うのは家から一番近いところの量販店、もしくは古着店ですが、 最初の頃は私だけお店の中で一人浮いた状態なんじゃないかと 何も無い目線を気にしていました。 更に強烈な痩せ体型なったのと元々の長身のため メンズでは合わない、が多発してしまいます。 ここは流石の大手量販店、ネット販売でウィメンズ商品のサイズが しっかり表記されており、普通に注文出来て、 登録の店に商品を取りに行けば送料なしを利用します。 さも家族の商品をお父さんが取りに来たという ワザとらしい小芝居で乗り切るようにしました。 正直この服は、やり過ぎたな…もあります。 でもこれ迄袖さえ通した事のないような服を着ることは、 正に新しいドアを開けた事になるようで 全然失敗とは思えませんでした。 この色より、こんな感じが自分に合うとか、 意外にもこんな感じがこうなるのかと、 これ迄の私には完全に無かった時間帯が起こりました。 そして二つ目がその服を着て、尚且つ電車で出掛けます。 車ではなく電車というのがミソ。 意味的には電車移動中に〈自分を晒してみる〉のです。 途中の駅で大学生が大勢乗って来るタイミングがあります。 おじさんが若者層に混じるこの瞬間の空気感、 とうとう私は変態になってしまったかと思うくらい 変な高揚感がありました。 そして気付きます、自分が思う程人には見られていないという事と、 若者の服を見てそれよりこうしたら…が多いと思いました。 今のおじさんと若者では圧倒的にスタイルが別の星の人間のように違います。 もっとスタイル活かせばをおじさんは思うのですが、 大学では本気出さないのでしょうか。 勿体ないというのが、おじさんの感想です。 プライベートだけは本気コーデにするなんて有り得なく、 やはり人は楽に流される生き物ですからプライベートもそうなんでしょう。 この前までまだこの服着れるだったおじさんが、何か偉そうですが。 電車は終点に到着します。 電車を降りて百貨店やショッピングセンターを周り、 決して買わない服選びをします。今の私には到底買えない額だからです。 これ良かったな…をまたいつもの量販店や古着屋さんに当てはめる。 良いヒントを頂いているように思っています。 たまに知り合いに出会う時もあって、 一言目から体調の気遣いを頂いていた前とは違い、 服の事を言われるようになりました。 これは私にとって明らかに嬉しい反応です。 釣りに行って久しぶりにお会いした方からは、 何か雰囲気変わりましたね、そう言われるようになりました。 着る服が変わったという自己満足よりも 私への会話が変わった事実を嬉しく思うんですね。 大袈裟かもですが色んな意味で 新しい自分になれているように思うんです。

冬の隣の席

冬の授業中。 苦手な子と席が隣になってしまって憂鬱だ。 しかも二回も連続。おまけにストーブから遠くてめっちゃ寒い。 黒板を見るたびに苦手な子が目に入ってしまう。あーあ、なんでこんなに運ないんだろう。 理科の授業、最近は難しい。 雪が降る仕組みとかよくわからない。これを習って将来なんになるんだか。 気づいたら授業が終わっていた。 その次は社会だった。 社会の先生は毎回、隣の人と話し合う時間を設ける。 苦手な人と話さないといけない。最悪。 「じゃあここ、隣の人と相談してー」 あーあ最悪。 「りこちゃん、なんて考えた?」 隣の人が聞いてくる。 「えーと、こう考えたー」 私はそう言って笑顔を作る。 下手な笑顔だっただろう。まあわざと下手にしてるんだけど。 というかなんで“ちゃん”付け? 前までは呼び捨てだったじゃん。りこって呼んでたじゃん。 他人行儀すぎて無理。 隣の席の子、さきとは仲が良かった。 毎日一緒に帰って、週末にはいつも遊んでいた。親友だった。 だけど喧嘩をしてしまった。 私が悪かった。でもさきも悪かった。 いいや、さきの方が何十倍も何百倍も悪かった。 あの喧嘩は雪が降ってた日のこと。 私には好きな人がいた。同じクラスの優くんだ。 さきが言った。 「優くんから告られて付き合っちゃった。」 目の前が真っ白になった。雪が降っていたからかもしれない。 「なんで?私が優くんのこと好きなの知ってるよね?」 「ごめん、でも私も優くん好きだったの。」 「何言ってるの?応援するって言ってくれてたじゃん。」 私は泣きそうだった。 「そりゃ、応援はしてたけど」 そこからさきは黙ってしまった。 さきにイライラした。さきに優くんを取られたことが気に入らなかった。 私は正直、さきのことを心の中でバカにしていた。 一重で鼻が大きくてかわいくなかった。 だから絶対に彼氏ができるのは私のほうが先だと思っていた。 そんなことを思ってた私って性格悪いな。 だから優くんにも選ばれなかったんだ。 さきと言い合ったあと、白い息を吐きながら思った。 今出てる涙も凍ってしまうような気がした。それほど寒い日だった。 社会の授業、隣の人と話し合う時間が終わった。 窓の外を見ると雪の嵐だった。 あの喧嘩の日のことを思い出した。 黒板を見ようとしたらさきと目があってしまった。 やっぱり何度見てもかわいくない顔だ。 なんでこんなやつに負けたんだろう。 さきから目を逸らされた。

からあげ不明チャーハンうめえ

電話で取材だなんて、やんなっちゃうなあ、まったく はやく「パスタ」を茹でたいのにさあ ―ふだんの創作、どんなふうにされてるんですか? ―たいがい、お布団のなかですねえ、スマホで ―え、そうなんですか ―ええ、それをあとあとPCで整えて、な感じですねえ ―へえ、そうなんですねえ ―冬はとくにそうなっちゃいますねえ、暖房ほとんど入れないので、だから、お布団であったまりながら ―暖房ほとんど入れないって、あの、え、どういう… ―ふふふ そんなひとしきりの妄想が、わたしの気持ちを 「パスタ」から「からあげ」へと変化させる 「パスタ」を茹でるためにあたためた鍋のなかの大量のお湯を眺めながら しかし、なんで「からあげ」なんだろうと、それは自分でも不明だ もしかしたら、「パスタ」も「からあげ」も わたしの妄想なのかもしれない

縋る先

 何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は金賞をとる。  地元の新聞に名前が載る。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  子供の頃は、三月生まれが四月生まれに勝つのは難しいらしい。  だから、今はまだ仕方ない。  大人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は志望校に合格した。  親も先生も喜んでいる。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  どんなにいい大学に行ったところで、良い就職ができるとは限らない。  だから、今はまだ仕方ない。  社会人になったら本当の勝負だ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    でも、友達は仕事が上手くいっている。  どこぞの新聞社から取材を受けたそうだ。  ああ、羨ましい。    ぼくはここまでなのか。  いいや、そんなことはない。  パワーストーンも勝ったし、頭が良くなるサプリメントも飲んでいる。  だから、今はまだ仕方ない。  時を待て、その日はきっとやってくるはずだ。        何者でもない。  何者でもない。  自分は全然何者でもない。    皆人生が上手くいっている。  ぼくは何も上手くいっていない。  気晴らしにお酒を飲み始めてからは、さらに上手くいかなくなった。  ああ、羨ましい。    宝くじも買ったのに。  聖水も買ったのに。  祈祷も受けているのに。  不公平だ不公平だ不公平だ。        ぼくと同じ人間が、新聞に載っていた。  やっぱり犯罪ってすごいんだ。  テレビのコメンテーターたちが話題を出して、テレビを見ている人たちも大注目。  SNSはこの人の話題ばっかりだ。    逆転できる。  逆転できる。  逆転できる。    ぼくも真似をしよう。  きっと、世界中がぼくに注目してくれる。  ぼくはようやく、何者かになれそうだ。

月の定位置

「あれ?」   珍しく、夜中に目が覚めてトイレに降りた。家の中は静まり返っていて、階段を下りる自分の足音だけが、やけに大きく聞こえる。 そのとき、踊り場の小さな窓から月が見えた。   真ん丸だなぁ…と、同時に違和感があった。 違和感。   ああ、そうだ。 月はいつも、反対側にある部屋の窓から見ている。   そう思った瞬間、理由のない不安が胸に浮かんだ。 窓の位置がどうこうではない。 もっと曖昧で、もっとどうでもいいはずの何かが、ずれている感じだった。   トイレを済ませ、部屋へ戻った。 眠気はもう薄れていた。   タバコを吸うため、部屋の窓を開ける。 夜気が入り込み、少し冷える。 見慣れた方向に、月があった。 ……欠けてる?   さっき見た月より、わずかに欠けている。   雲のせいかと思い、しばらく眺めた。 深い夜空は、いつもより星が見える。   丸だったか。 欠けていたか。   自分の記憶を探ってみる。   月を意識する時は、だいたい決まっている。窓を開け、タバコに火をつけ、煙を吐き、何とはなしに空を見る。 そのとき、目に入る。  月。   だから月は、この窓の外にあるものだと思い込んでいた。   タバコを消し、階段に戻ってみる。   さっきと同じ場所に、月がある。 真ん丸だ。   距離も高さも、どちらもおかしくはない。ただ、形だけが微妙に違う。   コンパスで引いたような、丸。   部屋に戻り時計を見る。 まだ二十分ほどしか経っていない。 変わるには、あまりに短い。   そのまま、部屋の窓から外を望む。 わずかに欠けた、月。   階段に行く。 真ん丸な、月。   その差は、気にしなければ気にならない程度だが、気にしてしまった以上、無視できなくなった。   月は一つのはずなのに、どちらもそれらしく正しい。   考えた。   角度の問題か? 窓の高さとか? 見る位置…… ガラスの種類とか? どれももっともらしい。   そう思うことにした。 夜中に、理由の分からないことを深追いするのはよくない。 そういうものは、だいたい考えすぎなのだ。   ……寝よう。 布団をかぶって、電気を消す。   もし、と思った。 もし月が、空にあるのではなく―― いや、馬鹿げている。   もう一度だけ部屋の窓を見た。 カーテンは閉めなかった。 夜の闇が、静かに部屋に溜まっていく。 布団に入り、目を閉じる。 が、目はすっかり覚めている。   夜中に立て続けに吸いたくないのに、窓辺に立つ口実にタバコに火をつける。 窓を開ける。   月は見えなかった。 ちょうど、建物の影に隠れたらしい。 それでいい、と思って、まだ長いタバコを消す。   見えなければ、もう比べずに済む。 目を閉じる。 そのとき、なぜかは分からないが、 「次に見たとき、月はどんな形をしているのだろう」 という考えが浮かんだ。   丸だろうか。 それとも、少し欠けているだろうか。 答えを確かめる気には、ならなかった。   夜はまだ深く、明日…今日だけども、仕事に支障が出る。 寝なきゃいけない。   布団に包まり、月は空にあるものだったはずだ、という考えだけが、根拠もなく、少しだけ揺らいだ。   当たり前の事を確かめるのは、 たぶん、明日でいい。 少なくとも、今夜である必要はなかった。

瞑想

 部屋の電気を消し、街灯の光の入るカーテンの前で胡坐をかいた。携帯の画面で十分間のタイマーをセットし、両手を膝の上に置いて目を閉じる。はじめはお喋りな思考が話しかけてくるが、何度か大きく深呼吸をするとその声も小さく遠くなっていった。  窓を閉めていても聞こえてくる車道の音と、自転車の高いブレーキ音。エアコンは時々、空気を吐き出す音を出す。まるで人が息を吐いたような、そんな呼吸音。少し時間をおくと、ひんやりとやけに冷たい空気が膝あたりを左から右へと通った。隙間風だろうか。そんな声が近づいてくる。それを無視することに注力していると、右の耳元ではっきりと息を吐く音が聞こえた。エアコンから吐き出されたと思っていたものと、全く同じ音。  気のせいだと考えても思考は勝手に動き出す。暗い室内で、自分の横で膝を抱えている髪のない男が右耳の近くに顔を寄せ、にたにたと子供じみた笑顔を向けている。正面を向いているはずの首が、ゆっくりその男に向く。男は頭が大きく、ヒョウタンを逆さまにしたような形をしながら額と頬に深いしわを刻んでいる。暗いからだろうか、その顔は青の強い鼠色をしていた。頭の中の自分は首を動かすことも、目を開けることもできずに固まっている。  ふと、右耳にかかった髪に冷たい空気が降れ、咄嗟に目を開いた。目の前は、閉じる前の景色と変わっていない。そっと右を見るが、もちろん誰もいない。すぐにもう一度目を閉じたが、今目を開けたときに見た光景がそのまま瞼の裏に描かれた。目を開けているのかと思い、目を閉じようとするができない。できないというよりも、すでに目を閉じているのだ。混乱しながらも少しだけ目を開けると、やはり同じ景色がある。  目を閉じていると、少しずつその景色は消えていった。右の気配も消えていた。しかし、頭の中ではお喋りな思考は動き続ける。家の窓をすべて開けようとしているのだ。そこから離れようとしても動きは止まらない。有名な霊感テストの一つだ。頭の中で家の中の窓をすべて開けて、また閉じる。その間に誰かとすれ違ったら霊感があるとか、その場所に幽霊がいるとか。なぜ今思い出したのかは全くわからない。しかし、思考はそれを始めようとした。一人暮らしの二部屋しかないこの家で。  困ったことに、テストを始める前に結果は出てしまった。今自分がいる場所のすぐ隣、ベランダの窓を開ける前に、隣の部屋でさっきの男がにやにやと笑いながら立っているのだ。開いた扉の先に見えるその姿の身長は思ったよりも高く、白い半袖のシャツと黒い短パンを履き、そこからあの鼠色の肌が骨に張り付いたように伸びている。  男は声も出さずに口角を大きく釣り上げて笑っている。からかうようなその視線は、ずっとこちらを向いている。胡坐をかいた体ではなく、思考の方に。  我慢が出来なくなり、目を開けた。携帯を手にとり、あと何分だったのかと確認しようとした。タイマーは動いていなかった。しかも、セットされていた時間は二十一分。十分ですらない。  男がいた部屋は扉が閉まっていた。閉めた記憶はないが、頭の中と違う光景に安心する。  部屋の電気をつけ、大きく深呼吸をする。ここは心理的瑕疵物件ではない。そもそもここに引っ越してきて一年、何の問題もなかった。瞑想を習慣に取り入れたのは一週間前。今日までこんなことは一度もなかった。  できるだけ早く忘れよう。幽霊を作ってしまう前に。

もう幾つ寝ると節分だ

1月も有る種アッと言う間に過ぎた何て事の 無い黄金の太陽が眩しい四次元の平和な部屋 贅沢な退屈と電車やバスに乗って遊びに行け 無い現状がストレスに為るがSNS上や動画の 妄想現実の世界じゃどんどリアル為って行き 後少し拡散すれば現実世界に迄拡がるSNSの 効力におばさん計算否想像してませんでした 改めて若者文化に頭が下がる思いです本当に 有り難う便利なツールを教えて下さった片方 未だ何にも変化無いですが予祝で感謝します 3時元の世界でも感じた若者の能力の急上昇 本当凄いと実際接して思いました昔は教えて 貰う立場の後輩が○○先輩仕事教えるの下手 だよねや仕事理解して無い癖に出来る振りを して先輩達を困らす奴徹夜じゃ無いのに立ち 作業で居眠りする器用な人間達ばかりだった 絶望的な未来に突如表れた優秀な遺伝子達が 創造するで有ろう輝かしい未来に乾杯したい その中で我ら中年達は有る意味同等な立場で 互いに支え合いながら共に成長出来る近未来 リアルに体験してみたいと多分生まれて2番 位に前向きな気持ちで思います

改心撃〜人魚の涙〜 (掌編詩小説)

今日も月が見えない どんなに自身の鱗で光を反射しても星しか反応しない 魚だって眠ってる すぐそこに居るのに独りだけみたいじゃない… なんだか涙が溢れ出てきたわ 涙とお別れを言う前に、涙は泡になって弾けて行ったわ 近い朝に向けて私自身も泡にでもなろうかしら… 今ごろ私の涙は 海を漂って、宝石となって 商人の手中にあるんだわ。きっと 決めたわっ。 今日のところは涙だけアンタ達にくれてやるわ でも、明日からは一粒もアンタ達に宝石なんてくれてやんないんだから (完)

幽霊は校舎二階まで

「新人ちゃんだめだよお。うち、校則で幽霊は二階までって決まってるんだあ」 研修期間を終えて、初めて配属先は築ウン十年の学校。 挨拶回りをしようと、三階へ続く階段を数段上ったところで、背後から声をかけられて、危うく足を踏み外すところだった。 幽霊と言えども痛いのは嫌。労災の手続きはもっと嫌。 「こ、コウソク……ってあの校則ですか……?」 「学校の校則。一応学校だし、うち」 そう言って先輩は学生書のようなものを渡してくる。 この学校はしっかり学生みたいなことをさせられるんだ。 開いてみれば、箇条書きの校則と私の顔写真。あ、死亡日なんかの細かい情報も載ってる。どうもこれは、私の分だったらしい。 先輩曰く、身分証明書みたいな扱いだから無くさないようにね、だそうだ。再発行できるけど有料らしい。それは困った。 「あ、私ここのテケテケ担当のサクラコ。教育係だよ。サク先輩って呼んで」 「えっと、佳子です。よろしくお願いします」 「カコちゃん!よろしく。案内してあげる。おいで」 「あ、ありがとうございます」 サク先輩は、腕だけで這うように移動しているのに、私よりスルスルと移動していく。なんなら私の移動速度に合わせてくれている感じだ。 これがプロの力……。 「……あれ、テケテケって階段、」 「エレベーター使ったよお。カコちゃん見つからなかったからさ。明日からは一階に居てくれると嬉しいな」 「うわ、すみません、気が利かず……」 「いいんだよお、準備運動になったしね」 優しく寛大な心を持っている人らしい。 すごくいい先輩に当たれたかも。 「あ、夜食持ってきた?」 「はい、おにぎりとスープを」 「えっ、カコちゃん自炊してる子?偉すぎるよお」 でも、なかなか視線を合わせずらい。見下ろすのは何となくソワソワとしてしまうし、目を見ないのもそれはそれで申し訳ない。 生前背が低い方で、なかなかこっち側に立っていなかったのが原因だとは思う。 話す時はしゃがんだ方がいいんだろうか。いや、それだとなんか馬鹿にしてる感じになっちゃうかな……。 「そういえば、花子さんって三階が定石だった気がするんですけど」 「なんか昔、上の階で問題起こした奴がいるらしくて、それからは定石とか全無視。一階の東トイレ三番目でやってるよ」 『去年の六年生がU〇Jで問題起こしたので今年からはレ〇マワールドです』みたいなことあるんだ。 「あ、自分、学校分野の研修、鏡と音楽室と理科室しかやってないんですけど、それって」 「鏡は今人足りてるし、微妙……あ、美術室はしてないかな」 「ないです……」 「うーん、うちじゃあんまり役に立たないかもなあ」 グサリ、胸に刺さる。 頑張ってきたのに。つらい。 「ダイジョーブ。サク先輩が手とり足とり教えてあげるしっ!」 ねっ?、なんてかわいらしい笑顔で笑う。 ただ、セーラー服に染み込んだ赤黒いそれとはミスマッチで、いくらかわいらしいお顔でも、存命の私が見ていたら泡を吹いて倒れたかもしれない。 「ま、廃校でもない限り、夜勤は事務ばっかりだし、そこから覚えてけばいいよ」 「事務……!!事務は得意です。同期の中で十位以内には入ってました……!!」 「おお、私と真逆だあ。んま、昼勤は学生さん多すぎて別物だから、そんときにまた教えるね」 「はい、末永くよろしくお願いします」 ガチャで転生権を引く、その日まで。

ミニストーリー

米の価格が腹に響く。 悩ましい毎日に救いはない。せめて、腹いっぱい食べたいと、大麦に救いを。さつまいもにも協力を願う。 かさましした米から甘い湯気が立ち上る。残りものの豚汁、つくり置きのほうれん草のごま和え。 役者はそろった。 さて、食べるか。

だって替えがある

今日はなんとなくカップラーメンが食べたいそんな日ってありませんか? 私は今日がその日です。 特にこだわりはないので近所のスーパーに行って有名なメーカーの醬油ラーメンを買ってきました。 いつ食べても変わらないこの感じが好きです。 蓋をあけ、線の少し下までお湯を注ぐ。 匂い付きの湯気って良いですよね。 これから食べるんだなって気がします。 蓋を閉めて3分待つことにします。 この間、何しよう…。 ちょっと迷いますが、まあスマホでも弄って待ちましょう。 …。 ……。 ………。 「おい。」 …。 「おい。聞こえているんだろ?」 どこからか声が聞こえます。 見合しても誰もいません。 私の部屋ですから、当然です。 「…おい!!!」 声のする方へ向くと、そこにはカップラーメンがありました。 「やっと…気づいたか…。3分もう経ったぞ。食べないとのびちまう。」 声と一緒に湯気と蓋が揺れてます。 カップラーメンが喋っています。 神は細部に宿ると言いますが、日本には付喪神が居ます。 企業の涙ぐましい開発努力の結果…なのでしょうか。 私は急いでゴミ箱に捨てました。

逆襲の起死回生 (掌編詩小説)

ネオンの眩しい夜のカジノ スーツ姿で規律を正そうとするディーラー達 巻き起こるイカサマ 撒き散るトランプの群枚 撒き捨てられる起死回生の反逆心 蔓延る負け惜しみに死に物狂いの言い訳 それでも最後の独りまでサイコロは回り続ける プレイヤーは己に勝利というマイノリティのアイデンティティを感じて、チップを積み上げる。 切り札はプレイヤーに舌を見せつけて積み上がったチップを蹴り崩す。 違法という文字を瞬きで閉じ消す狂人達へ、レクイエムを イビリ走るパトカーのサイレン音に気づかず、局面はいよいよクライマックスへ 侵入する公僕 静まり返る一同 見えるイカサマ、隙の糸 観える逆襲の起死回生 この『ギャンブラー』。何かが違う 次の一手に全てを委ねる 皆の眼球その手に 怪事はラストゲームを続ける (完)

眠れない理由

 布団に入ると、今夜もまた幽霊が騒いで眠れない。  恨めしそうにこちらを見るわけでも、ぶつぶつと呪いの言葉を吐くわけでもなく、一人で騒いでいる。自分にとって都合の良い解釈や言い訳、妄言ばかりを並べて、最後にはまた自己嫌悪に溺れている。  こいつは自分を非難することは楽なんだろう。自分はダメな人間だから、仕方ないんだと諦める方が楽なんだろう。諦めたのなら早く成仏してくれれば良いものを、いつまでも目を回している。  今日一日の話だったはずが、わざわざ過去の話を掘り出してきてより騒ぎ出す。誰かに訊いたわけでもない自分の評価を、他人の姿を借りて自分に下している。それも結局は自分の価値観から生まれたものだと、気付いていないのだろうか。  何の意味ももたない、どうしようもない話を毎晩聞いているから眠れなくなるのだ。そして明日の朝、余裕を持って起きるはずが布団から出れずに、ずるずると一日を消耗していく。集中力も落ちるから、また仕事で失敗するんだ。人との会話も噛み合わなくなる。  そしてまた、新しい幽霊を作り出すのだ。

そうでもないよ

去年の暮れに喫茶店であの子と会った あの子はクリームソーダで 僕はコーラフロート ―寒いのに冷たいのだね あの子が言って ―でも、飲みたかったから 僕が言って おいしかったけど、からだがふるえた それで、あの子の前に、あたたかい紅茶が 僕の前には、あたたかいコーヒーが、運ばれてきた 紅茶を飲み、ふうと軽く息をついたあの子が ―今日のこれはね、忘年会なんだ と、あの子 ―そうなんだねえ と、僕 ―あんまり盛り上がらなかったかなあ お店を出てあの子が言って ―そうでもないよ 僕が言って 歩き出そうとした僕に、あの子が手をさし出してきて 僕は、その手にそっとふれた 駅まですこし、遠回りした

植木鉢という軟禁生活 (掌編詩小説)

球根を包み込む柔らかい土 そこには、命を弄ぶ者は居なかった 水の恵みを植木鉢に染み込むまでかける 過保護な助手が悪手となり 植木鉢に封じ込められる かつての球根 道端の雑草が嘲笑う (完)

金魚

中学校に行けなくなってはや1か月。 ふと目がさめると私は金魚になっていた。 金魚とは人間がフナに人為的変更を加え、 この世に生まれさせられた、生き物。 その特異性ゆえ、 ただただ人間様の観賞用として育った、 そんな存在だ。 自力で泳ぐことさえままならない 一匹の金魚は、 水の中、 奥深くまで、 堕ちていき、 ひたすらに引き籠って、 やがて来る、 その″おとずれ″を待つ。 でもやはり本質的に何ら変わることはない。 だってその「すくわれる」その“いつか“をじっと待つことしか、 わたしにはできないのだから。

水曜日の夜

これから帰るだけなのにトイレで髪をセットしてみる ハクセキレイが前を横切る。駐車場でこちらを見ている 灰色の雲で青空が見えない 風が吹き付け体を冷やしていく 耐えきれずにニット帽をかぶる。セットしたばかりだけど 電車待ちで、何故か僕の後ろにおばちゃんが集まる 白髪のオジサンを見て、自分はあの歳まで働き続ける事が出来るのかと思う 若い人を見ると年を取るとは思えない 年配者を見ると若い頃があったとは思えない 「まもなく」と言う言葉が気になる 電車で座れなかった男性が足を叩いて耐えている 電車の中を見渡すが、誰一人僕を見ていない 会社でもらったメロンパンを息子が美味しそうに食べている ハナレグミの発光帯で今日を終える

青春コンプレックス

 いつからだっただろうか。私の人生は、まるで靄がかかったかのように、薄暗く質素なものになってしまっていた。中高と華の学生時代を思い返すと、胸が痛くなるようでとても辛い。もう戻れないことが分かっているからこそ、こんなにも切なくなる。あの時は良かった。常に未来は希望に溢れていて、泣きたくなるほどに愛に守られていた。それなりに不安もあれば大変な思いもしたけれど、それすら今となっては輝いて見える。私はいつまで経っても、あの頃の自分に憑りつかれている。  だからといってもし、中高の学生時代をもう一度やり直すことができたとしても、私は絶対にあの場へ戻りたくない。一度目だからこそ、一度きりだからこそできることもあった。そういうものだ。  私がいま生きているこの瞬間だって一度きりのはずなのに、あの頃とまるで世界の見え方が違うのはなぜだろうか。「どうせ夢を見たところでもう遅い」「無謀な未来に労力を割くくらいなら、用意されたパターンの中にオリジナリティを見出す努力をした方が有意義なのではないか」そんな呟きが、頭の中で漏れる。あの頃と同じだ。私は何よりも私自身のことを、心の底から否定している。  物心ついたときから、私は夢を語るのが苦手だった。夢を持つことすら、自分に許してあげられなかった。どうしてそんなにも頑なだったのか。今思えば、私はもともと極端に心配性で、不安に思うことも多く、自分を疑うこと以外を知らなかったのだ。終わりのない一歩を踏み出すのはこんなにも怖いものなのだと、今となって実感する。  そして時間が経てば、こうしてつらつらと悩み耽っていることも懐かしむことができるのだろう。今この瞬間にはどんな力を持ってしても戻ることはできないから。人生において「もう一度」は存在しないから。そんなある種の安心感が、過去を綺麗に見せたがっているのかもしれない。どうにも無責任ではないか。私が今生きているこの世界は、なにも綺麗なものばかりではないというのに。  私は今日もあの日を思い出してしまう。あの時、あの場所、あの空間……思い耽っては懐かしむ。この感情の名前を、私は知っている。

探し物の光

光が恋しいなあ。 窓枠の絵画に、ふと物足りなさを感じた。代わり映えのしない景色。コンクリート塊で埋め尽くされた画面のところどころに心ばかりの看板の色が華を添える。僕はこの絵が好きだ。無機質さと人の温度が隣合わせの冷たくて温かいこの絵に、今日も雲の表情が生命を吹き込んでいる。なんとも虚しく、やさしく、美しい。 …ただ、今日は「光」が欲しくなった。白くて、視界を包み、目が離せなくなるような光。僕は衝動的に立ち上がってヘッドホンを片手に外へ出た。 頬にあたったひんやりと澄んだように感じた空気は一瞬にして雑踏で濁ってしまった。世界はまだ、僕が思っていたよりずっと騒がしく、眩しすぎた。喧騒が僕の肺を押し潰そうとする。街の音が、声が、気配が、僕の精神に入り込み、五感が奪れそうな感覚。手に持ったままだったヘッドホンで聴覚を閉ざし、ぐっと一歩踏み出した。僕は光が欲しかったのに、気がつけば足元だけを見つめ必死に足を動かしているだけだ。そもそもあてもなく、こんなんじゃ何の意味もない。そう思いながらも忙しなく歩いていると視界の端に少し細い道が伸びているのに気づいた。僕は逃げ込むようにその道へ入った。 耳を塞ぐ軽やかな音楽の向こうを這い回っていた雑音たちが次第に消えていく。ようやく僕はほんの少し顔をあげ、 先程までとは違ったリズムを刻むように歩いていく。陽の光を感じる。 あたたかい。これが僕が求めていた「光」なのか。鼻歌まじり、どこか踊るように人のいない道を進んでいく。 _ぱた、と僕は足を止めた。そっとヘッドホンを外すと、開放された聴覚に空気の音がすうっと一気に押し寄せてくる。鳥居だ。それは民家の間…「生活」の中から、音もなく現れた祈りの場であった。ぼんやりした、それでいて澄み切った意識を抱えたまま石の鳥居をくぐる。社殿の前にて手を合わせると心の中がとけ始め、ほんのり温度をもった"なにか"がゆっくりと満ちてゆくのを感じた。僕の今日の探し物はもう見つかったのだから、そろそろ帰ろうと思った。去り際に振り返ると、風に混じって「気をつけてお帰り。」と微かに聞こえた…ような、なんて。帰っても家の窓枠の絵画は変わっていないだろう。 でも僕は今日、「光」を見つけたから、それでいい。

日本の漫画には黒髪が少ない

「ありがとう。ええっと、磯部くん?」 「福田です」    また、名前を間違えた。  でも仕方ない。  人の区別なんてつかないんだから。   「不和、ちょっといいか」 「なんでしょう、風見鶏先生」 「……阿久津な。不和、お前は成績もいいし学級委員としてしっかりやってくれているとも思う。でも、もう少し周りに興味を持ってもいいと、先生思うな」    私はたびたび、人の区別がつかないことを、治した方が良いと指摘される。  でも、私からすれば区別なんてつかないほうが普通なのだ。   「先生、日本人は黒髪だらけなのに、日本の漫画に出てくるキャラクターの髪色が、何故カラフルなんだと思いますか?」 「なんだ、その質問。そっちのほうが可愛いからじゃないか?」 「それもあるかもしれませんが、私は人間が、本質的に顔の区別がつかないからだと思っています」 「区別が?」 「皆が黒髪なら、キャラの見分けなんてできない。だから髪色を変えて、無理やり見分けさせている」 「そうか? そうなのか?」    先生が考え込んだので、私は会釈をしてその場を立ち去った。  先生が私の想像を信じようが信じまいが、どちらでもいいからだ。    人間は何も変わらない。  皆目が二つあって、手足が二本ずつある。  いっそ違う柄の羽根でも生えててくれればと、何度思っただろうか。    いや、私が気に食わないのはそこじゃない。  皆、私と一緒のはずなのだ。  たまたま仲の良い人間の顔を覚えているだけで、その他大勢の顔を覚えていないのを無視しているにすぎない。    だから、仲の良い人間がいない私を、顔を覚えていない無関心野郎だと非難してくるのだ。    皆同じことを考えるから、私はますます他人の区別がつかなくなっていく。

― 巫 ―

人を救うはずの祈りは、一歩間違えれば「呪(のろい)」と成り代わり牙を剥く。その恐ろしさを、忘れてはいけない。「祈り」とは何なのか、決して忘れてはいけない。この世には八百万の神々がおられる。常に人は神に祈り、神と共に在る。その祈りは生活のため、人のため、世界のためと様々だが、神々はそんな「祈り」に共鳴し力に変え、人を助け、恵みを授ける。ただ、「祈り」とは非常に単純で複雑なものだ。本来ならば神を敬い、誰かを思い、人々を幸せに導くためのものだが、意味を違えて嫉妬や憎悪などという負の感情に流されるまま手を合わせていると、自分では「祈り」だと思い込んでいたものがやがて「呪(のろい)」へと成り果てる。そうなれば誰かが傷つき、また平穏が壊れ、最後にはそれが自分に還る。その恐ろしいことと言ったら…… 柔らかい微かな光が差し込み、目が覚めた。ああ、もうお日様がお昇りに。そろそろ支度を始めないといけない頃だ。いつも通り装束に身を包み、赤や青や緑の美しい玉を連ねた首飾りと、華やかな金属彫刻の冠をつけ、少し急ぎ足で部屋を出る。毎日のことだが、少し飾りすぎでは無いだろうか……などと考えつつ私のお仕えする方のもとへ向かう。

そわそわの今日

みんなそわそわしている 県外で受験する人もいれば もう合格が出た人もいる みんなそわそわしていて あっという間に 1月がおわる 今年も 今月も 今日も 人生初のいちにちなのに 今日が今日で無いみたい もう 4月からの新しい季節を 生きている人もいるし 直前の不安で 心が押し潰されそうな人もいる 未来の私は どこかで笑えているのかなぁ

水曜日の朝

水曜日の朝 息子はどんどん大きくなる、義母はどんどんしぼんでいく 無くなりかけの牛乳と新しい牛乳を混ぜて飲む 朝食時の妻の相談で目が覚める バッグの中がぐちゃぐちゃのまま家を出る 女子高生のバッグにぶら下がるぬいぐるみたち 出社前から電話対応する会社員

タクシーに運ばれて

 開いた扉の横で、運転手が立っている。先に降りた友人はあたりを散策している。私はまだ降りる覚悟ができていなかった。  私は死んだらしい。原因は知らない。タクシーに乗りながら、私は自分が死んだことよりも、まだ生きている家族のことを思っていた。高校生の妹が悲しんでいる姿は思い浮かばなかった。私の死を聞いて、驚いて表情のなくなる姿だけを何度も思い浮かべていた。私は泣いていなかった。隣に座る友人も悲しむ様子はなかった。ただ、まっすぐと前を向いていた。  タクシーが止まり、運転手が扉を開けてくれた。そこで、この車から降りると生前の記憶は全て消え、次の世界に生まれ変わることを知らされた。友人は何の躊躇もなく降りていった。私は、再び家族の姿を思い出した。二度と会えないことよりも、忘れてしまうことが怖く悲しかった。私の中から、家族が消える。思い出すこともできない。死んだことよりも自分の記憶が消えてしまうことが耐えられなかった。友人のように、すぐに降りればよかった。ためらっている間に、記憶の熱が増していく。  友人はなにもない暗闇を行ったり来たりとふらふらと歩いている。私はポケットの中のメモ帳を取り出し、友人の名前をかき、その横に「は友人」と書いた。家族のことを書こうかと一瞬考えたが、もう二度と触れることのできないものよりも、今目の前にいる人物を伝えようと思った。少なくとも、記憶を失った自分の助けになるのは、今近くにいる友人だ。  記憶を失った瞬間、自分は消えてしまうのだろうか。記憶を失った自分は、本当に自分の魂と言えるのだろうか。私はいつ死ぬのだろう。  目を覚ますと、生前の世界に戻っていた。私は死んでいなかった。頭がその事実に辿り着いても、体はまだ夢の中にいた。私の記憶はまだ続いていた。  朝食を食べ、歯を磨いている時にふと気付いた。友人の名前を書いても、友人も記憶を失って自分の名前も思い出せないのだから意味がなかったな、と。

ミニストーリー

カーテン越し風が透ける。すばやく回り込み、私の足元を駆ける。寒い。言葉が頭を打つ。ストーブが消えている。過去の私がしたことを、いまは、風のせいにしてしまおう。ズルい私を非難するように、風は部屋のなかをかけ回る。ごめん。謝っても、もう手遅れ。

汚れ

 交番の前の掲示板に貼り紙があった。『凶悪犯を捜しています』男の写真とともに、そう書かれていた。そして文字には続きがあった。『発見次第、抱きしめてあげてください』そう書かれていた。男の写真を見た。寂しそうな目をしていた。数週間後、街をぶらついている時、ふと、一人の男を見かけた。貼り紙のあの男だった。男はポケットに手を突っ込んで、ぶつぶつ独り言を言っていた。抱きしめようと近づいてみた。そして、抱きしめるのをやめた。男は返り血でべっとり汚れていて、抱きしめたらこちらまで汚れてしまうと思ったからだ。

ランニングマン

 走るー走る。走り続けることは、苦悩でしかない。そんなことは思ったことはないだろうか。でも、俺は思う。走ることは爽快であり、生きることへの喜びだ。だが、大多数は走ることは辛いと言う。俺も辛いと感じたことはある。今すぐ走るのをやめたい。休憩がしたいと思うのはごく自然なことだ。でも、俺は走る。走ることは喜びであり、人生の糧だ。これはそんな走ることが命な俺の物語だ。  小学一年生の時、俺は走るのが好きになった。物心がついた時とか、気がついたらではない。無我夢中になって走る。ただそれだけのことなのに、俺は火が灯ったように一心不乱になった。夢中になるのはそれだけじゃない。何かを必死になって追いかける。これもたまらなく好きだった。蝶を捕まえる、そんなことでもいい。とにかく追いかけ回すのも大好きだった。好きになるかなんて、そのようなものだ。動機は何だっていい。ただ、今思えば俺の人生はその頃から始まっていたのだと思う。  小学二年生の時、なわとびができるようになった。だが、走ることよりかは夢中になれない。跳ぶことの興奮よりも、走ってクタクタになることの方が達成感があった。それくらい俺は走ることが好きだ。  小学四年生になり、俺は陸上クラブに入った。練習は死ぬほどきつく、ハードなものだった。それでも俺はしがみついた。死に物狂いでやっていっそ鳥になれたらなんて、馬鹿なことを考えたりもした。年々やっていくうちに体力もついていき、楽しくもなってきた。でも、俺は大会に出てもそれほど良い成績を収められなかった。ただ、走るのが好きなだけ。でも、それでいいと思った。走るのが好きで、足が速い方が良いに決まっている。でも、ただ走る。それだけのことなのにこんなにも気持ちが高ぶるのは俺だけかもしれない。そう思うほどだった。走ることに意味を見出さなくていい。走ること自体、楽しい。それでいいじゃないか。

待ち合わせ場所に誰もいなかった

『来週土曜日の十字、○○駅の改札前集合な!』 『おk』 『把握』 『りょうかーい』    当日。  誰も来なかった。   『皆遅刻?』    即座に一通返ってきた   『ごめん、熱出た』    やむを得ない。  五分後に一通返ってきた。   『ごめん、完全に忘れて別の用事いれちゃった』    やむを得なくない。  極刑。  あと一人からは、いつまで待っても返ってこなかった。  多分、寝てる。    集合時間から三十分。  唐突な、暇。  改札からぞろぞろ人が出てきたのを、ぼーっと眺める。  友達が混じっている訳でもない人の波を。  人の波が駅の外に出て、空っぽになった改札前。  立っているのは、ぼくともう一人。   「ええー……。全員来れないって、予約どうすればいいの……」    多分ぼくと同じ理由で立ち尽くす人が一人。   「貴女も、遊ぶ予定だった友達、全員これなくなったんですか?」    話しかけたのは、ほんの気まぐれ。   「え? あ、はい。貴方もですか?」 「そうなんですよ」 「偶然ですねー。嬉しくない偶然ですけど」    よくわからないけど話が弾んで、よくわからないけど一緒に映画を見に行くことになった。  友達の分の席が空席になるくらいなら、というだけだ。  映画を見て、喫茶店で感想を言い合って、夕方になったので連絡先を交換して帰宅した。   『今日はありがとうございましたー。楽しかったです!』 『こちらこそ。また、映画でも見に行きましょう』 『ええ、是非。約束忘れないように気を付けまーす』 『ぼくと貴女は、忘れないでしょw』        「で、何回か遊んで、付き合うことになった」 「ちくしょう! あの日、約束をすっぽかさなければ!」    あの日遊ぶ予定だった男友達に話すと、とても嫉妬された。  人生って不思議だなあと思いながら、彼女からメッセージが来たので、忘れないうちに返信をした。

停滞更新(フリーズ)

フェーズ1  こわい、おそろしい、とにかく人がこわい。自分の周囲を黙って、話しながら、たまにこっちを見たり見なかったりして、歩いているのがこわい。  勝手に心が緊張する。びくびくと身体がふるえる。ふるえを抑えようとすればするほど、逆にふるえが止まらなくなる。振動が目に見えるくらいになったら、あの人はなんて思うのだろう。 フェーズ2  たまらなくなって、トイレにかけこむ。  べつに何かしら吐き出されるわけじゃないけど、個室という空間に自然と安堵が押し寄せる。あれだけおびえていた心と身体がまるっきり嘘みたいで。私の本能をだますために、私の心身が共謀していたのではないかと思ってしまう。  トイレから出るのがこわい。でも、一歩前に踏み出さないと、何も変わらないじゃないか。  今日だって、以前から気になっていた喫茶店に行ってみようと、勇気を出してここまでやって来たではないか。あれだけ苦手な電車に乗って、揺れに身を任せながら何度も深呼吸をして、脳内でシミュレーションを繰り返したではないか。誘う相手もおらず、いつも自宅という名のシェルターから外を眺め回していた自分を、ちょっとでも叱咤激励したいと常日頃から思っていたんじゃないか。なのに、どうして私はいつもこう!  ……さて、今からでも遅くない。引き換えそうか、そうだ、それが健全。  でも、ここまで来たのに後ずさる? と圧をかける自分がいるのも、また事実で。  よく考えてみたら、前進も後退も、歩いていることに変わりはない。では、どうして後退すると、「オマエだけ」と責められる? フェーズ3  はぁ。(ため息) フェーズ2・3  もどかしい、いじらしい私。  どれだけ人前で誇れる自分になろうと暗示をかけても、考え直しても、信念を改めても、結局のところ自分の本音まではダマせない。誤魔化そうにもごまかしようがない。  だって、それが私の本当だから。私の夢みる本当は、私が社会に向かって仕立てあげた、立派すぎる私でしかないのだから。  深呼吸を繰り返し、次にやるべきことを脳内でシミュレーションする。ありえない私を生きるよりも、ありったけの私をさらしてしまった方がラクなんだって。本当は、ずっと前から気づいてるんだ。 フェーズ2  思いきって個室を出た。 フェーズ4・8  そのまま駅のコンビニへダッシュ、アイスコーヒー片手に逃走。 フェーズ6  ギリギリ電車にかけこんで、私の本音に訴える。  またもや理想と期待は打ち砕かれたけど。次に持ち越す楽しみはできたでしょ。それでいいや、今はまだ。  壁にもたれ、窓を眺めれば、ふと、アイスコーヒーの黒い匂いがして。気づいてしまった。  あの喫茶店のコーヒーを飲めずに終わってしまったこと。心の底からホッとしている自分がいるって。

転職なんて簡単だ

「転職なんて簡単だ」 同業者から転職してきた同僚がいつも言っている。 私の勤めている会社は中途採用の割合が多い。最近は新卒採用も始めたものの、それでも全体の七割は中途採用者だ。 私は新卒で入社して十五年。今の会社に不満はあるが、今すぐ退職を決意する勇気は無い。最後に面接をした時にどんなことを話したのかも覚えていないし、人間関係をゼロから始めるのも億劫である。 転職なんて簡単だという人は、社交性もあって資格もあって、どこに行っても通用する者ばかりであろう。 ある朝、いつものように出社すると、なんだか周りがざわついている。 フロアの空気は重く、誰もがモニターよりも人の顔色を見ていた。昼前に招集された全体会議で、その理由は明らかになった。 半年後、会社は主力事業の一部を畳む。私はその対象部署に含まれており、地方拠点への転勤が決定した。 説明を聞きながら、頭の中で何かが崩れる音がした。拒否権はない。条件は現状維持、ただし勤務地だけが変わる。 独身で、守る家族もいない。断る理由はどこにもなかった。 だが、胸の奥にじわじわと広がるのは恐怖ではなく、焦りだった。 このまま会社にしがみついていいのか。十五年も同じ場所にいて、私は何を積み上げてきたのか。 その日から、私は転職サイトを開くようになった。 職務経歴書は白紙に近かった。資格欄に書けるものはなく、成果と言える実績も曖昧だ。応募ボタンを押すたびに、「書類選考で落ちました」という定型文が返ってくる。 面接に進めた数少ない会社でも、決まって聞かれる。 「あなたでなければいけない理由は何ですか」 答えられなかった。 十五年勤めた事実しか、武器がない。 転職なんて簡単だと言っていた同僚の顔が、何度も頭をよぎった。 半年は短かった。転勤辞令が現実味を帯びる頃、私は半ば投げやりになっていた。 そんな時、最後に受けた会社があった。業界は同じだが規模は小さい。面接官は私と同年代で、派手な質問はしなかった。 「十五年、辞めなかった理由を教えてください」 私は初めて、正直に話した。 成果よりも、逃げなかったこと。変化が怖くても、その場でできることを続けてきたこと。 面接官は少しだけ笑って、頷いた。 内定の連絡が来たのは、転勤まで一か月を切った頃だった。 電話を切った後、しばらく何も考えられなかった。嬉しさよりも、拍子抜けに近い感情があった。 新しい会社での初日。 隣の席になった同年代の社員が、昼休みに何気なく聞いてきた。 「転職活動って、やっぱり難しいですか?」 私は少し考えてから答えた。 十五年分の焦りと不安を、胸の奥に押し込めて。 「転職なんて簡単だ」 そう言った自分の声は、思ったよりも落ち着いていた。

新しい案山子

 とある大病院がある。遺体安置室がある。そこには遺体が安置されている。その遺体と遺体の間に点々と、案山子が立っている。警備員が夜中の巡回をしている。遺体安置室から気配を感じる。警備員はそっと扉を開ける。蛍光灯の光が冷たい。案山子がボロボロになっている。顔や胸が何かに食われている。警備員はそっと扉を閉める。警備員は警備室に戻り、新しい案山子が必要な旨をメモに残す。今日の夕方には新しい案山子が届くだろう。この大病院の遺体はこうして、案山子によって、何かから守られている。

理由

 ある日の昼下がり、小学校の事務室を、一匹のウサギが訪れる。ウサギは事務員に案内され、校長室に通される。そこで、ウサギと校長は話し合いを始める。だが交渉は決裂した。ウサギはとぼとぼと小学校を出る。そして地図を取り出し、次の小学校へと向かう。このウサギは小学校の飼育小屋に入りたいのだ。そこで余生を過ごしたいのだ。空には昼の月が出ている。その月には、ウサギはいない。つまり、このウサギはあのウサギだ。ウサギは月に住むことにうんざりしているのだ。だから飼育小屋のある小学校を巡って交渉を続けている。人間たちは、みな困った顔をするばかりだが、その理由がウサギにはわからない。

皆が一年で忘れる事は、私は一瞬で忘れる。

やらかしてしまった。 どうしようもなかった。 きっと、皆の記憶に少し焼き付いた。 もっと気をつければよかった。 もっとああしておけばよかった。 そんな後悔が一気に押し寄せてくる。 やがてそれは、自分を死へと追いやってくる。 考えすぎだ、と言われるが、 それが私だ。 でも大丈夫。 だってこのくらいの事なら、みんな一年で忘れるだろう。 なら私は一瞬で忘れてやる。 だから、もし大人になって同窓会なんていったときには、綺麗さっぱり忘れていてくれよ、

明日のはなし

やけに空が明るいな。 部屋の小さな星空世界にやわらかくも「ゆううつ」な光が滲んでいる。明日がやってきた。今日が手から離れていく。明日が今日の顔をする。だから私はそっと小さな星空を閉じ、外の光を受け入れた。先程まであの星空世界を閉じ込めていた外の世界はもっと暗くて、ずっと静かで、何もかもを吸い込むようなやさしく虚ろなものだったのに。いつの間にか眩しく音と光を放つ世界に囲まれてしまったようだ。毎日のことなのに、毎日のように、心の臓を圧迫してくる明日という存在は、私に生を与え私の感情を奪う。ただその眩しすぎる光で内側を焼き焦がし、昨日になってしまった今日を跡形もなく消し去り、無意味な灰だけを残していく。それでもその残骸に縋ってしまうのがいつもの私なのだ。その「無意味」が愛おしくて昨日になってしまった今日が遠のいていくのが寂しいのだ。私は強く鼓膜を塞ぎ、やさしく虚ろな世界が帰ってくるその時を待ち望みながら「今日になった明日」に溶けていく。 今日が今日になった頃、また私は言うだろう。「明日が怖い」と。

怪物の遊び第2章

―練習試合、相手は全国常連の強豪校。 体育館は、向こうの応援団の太鼓と声援で、耳が痛いくらいに震えとる。 「おい、橋本。今日は遊びやないぞ。相手はあの『鉄壁』や。無茶はすんなよ」 キャプテンが、緊張でガチガチになった顔で言うてくる。 「……ハハッ、無茶?」 俺はバッシュの紐を締め直しながら、コートの向こうを眺めた。 鉄壁? 組織的なディフェンス? あぁ、ええなぁ。その「ガチガチに固まったプライド」、俺がめちゃくちゃに壊したるわ。 「無茶はせぇへんよ。ただ、俺のやりたいようにやるだけや」 キックオフ。 相手は噂通り、隙がない。俺がボールを持った瞬間、二人、三人が囲んできよる。 「逃がさへんぞ!」って必死な顔。 たまらんわ。その「必死さ」、最高に美味(おい)しい。 俺はわざと足を止めた。 相手の重心が、一瞬だけ「止まった俺」を捕らえようと前に傾く。 その瞬間。 「……ほな、お先に」 一歩目。 重力を無視して、相手の懐(ふところ)に飛び込む。 二歩目。 焦って手を伸ばした相手の指先を、ダンスを踊るみたいにすり抜ける。 「なっ……速っ!?」 会場のどよめきが耳に心地ええ。 でも、まだや。まだ足りひん。 ゴール下にそびえ立つ、相手のセンター。 「ここは通さへん!」って、巨大な壁みたいに立ちはだかりよる。 俺はあえて、その一番高いところへ突っ込んだ。 「止めてみ?」 空中で体がぶつかる。衝撃。 でも、俺の視界には、ゴールまでの黄金の線(ライン)がはっきり見えとる。 空中で一瞬、時間が止まる感覚。 「……かいぶつ(俺)の勝ちや」 ふわり、と。 指先から放たれたボールは、巨大な壁を嘲笑うように弧を描いて、ネットの中に吸い込まれた。 「…………ッ!!」 スタジアムが、一瞬で静まり返る。 今のはただのシュートやない。相手の心を直接抉(えぐ)り取った音や。 「なぁ、今の見た?」 俺は、尻もちをついたまま呆然としとる相手のセンターを見下ろして、ニッコリ笑うた。 「キミのプライド、今、俺が美味しくいただいちゃったわ。……ご馳走さん」 ベンチに戻ると、仲間たちが興奮して寄ってくる。 「今のマジかよ!」「橋本、お前化け物か!?」 あぁ、うるさいなぁ。 仲間たちの賞賛も、監督の驚きも、俺にとってはただの「デザート」に過ぎん。 俺が欲しいのは、もっと深いところにある「毒」や。 試合後の整列。 相手のエースが、悔しさで震える声で言うてきた。 「……お前、何者やねん。あんなプレー、普通じゃない」 俺はスマホを取り出し、画面に映る自分の瞳を見た。 そこには、自分でもゾッとするような、ギラギラした光が宿っとる。 「何者って……ただの遊び人や。キミらと『絶望』を分け合いたいだけのな」 帰り道。 いつもの体育館の前を通る。 今日は、あそこに立ち寄らんでもわかる。 俺の中の「かいぶつ」が、次の獲物を探して、喉を鳴らしとるんや。 「次は、誰を壊したろかな……」 大阪の夜空に、俺の笑い声が溶けていく。 プロローグはもう終わりや。 ここからは、俺が世界を食い散らかす番やで

論点をすり替えるな

「おーい、論点すり替えないでもらっていいですかー?」    まただ。  こいつは、論点のすり替えという指摘を、口癖のように言うようになった。  正直、自分の中では論点がすり替わってなどいないので、こいつの言葉の意味が分からない。  だから、聞いてみることにした。   「ごめん、自分ではすり替えたつもりがないからわからない。すり替える前の論点と、すり替えた後の論点を言語化してくれない?」 「え?」    そいつは腕を組んで悩み始めた。  あーでもない、こーでもないとうめいた挙句、最後には俺をにらみつけてきた。   「論点をずらすな!」    そして、走って逃げていった。  きっと、自分でも論点がわかっていなくて、ふわっと何かが違うと思ったから、反射的に口癖が出たのだろう。  理由が分かってすっきりした。    俺はすがすがしい気持ちで家に帰り始めた。  せっかくだ、途中でカフェにでも寄って帰ろう。

放課後のアンサンブル

キンコンカンコン。 終業を告げるチャイムの音が、埃っぽい廊下に溶けていく。 その音は、一日の終わりを告げると同時に、俺をこの退屈な「日常」という檻から解放してくれる合図でもあった。 俺はギターケースを肩に担ぎ、騒がしい軽音部の部室を素通りした。 「あ、友喜(ともき)! 練習出ろよ! 学祭の曲決めんぞ!」 背中に飛んでくる部長の声を、イヤホンで遮断する。 馴れ合いのバンド、中途半端なコピー曲、拍手をもらうためだけの愛想笑い。 今の俺には、そのすべてがひどく安っぽく、耳障りなノイズにしか聞こえなかった。俺が求めているのは、もっと心臓を直接掴んで揺さぶるような、本物の「音」だった。 誰もいない旧校舎へ向かう。 渡り廊下を境にして、空気の密度が変わるのがわかった。 階段を上るたび、ギシッ、ギシッと古い木が鳴る。その不規則なリズムが、今の俺の心拍数に近かった。 突き当たりにある音楽準備室の前で、俺は足を止めた。 いつもなら静寂が支配しているはずの場所に、異物が混じっていた。 ――キィ。 空気を切り裂くような、鋭くて透明な音。 それは、重苦しい夕暮れの空気には似合わないほど、凛(りん)としたバイオリンの音だった。 俺は吸い寄せられるように、建て付けの悪いドアを引いた。 「……何?」 窓際に立っていたのは、転校生の凛だった。 吹奏楽部のエースだったが、入部して一ヶ月で辞めたという噂の女子。 逆光の中で彼女が構えるバイオリンの弦が、微かに震えている。 「いや、いい音だなと思って」 「……邪魔しないで。練習してるの」 彼女は冷たく言い放つと、再び弓を引いた。 旋律は完璧だった。一音の狂いもなく、楽譜通りに刻まれる音。 けれど、それは音楽というよりは、何かに追い詰められた者の悲鳴のようにも聞こえた。 俺は無言で床に座り、ギターケースからアコースティックギターを取り出した。 返事の代わりに、彼女が弾いている曲のコードを、アルペジオでなぞる。 「……勝手に合わせないでよ」 「いいじゃん。一人よりはマシだろ」 凛は不機嫌そうに眉を寄せたが、演奏を止めることはしなかった。 木造の部屋に、バイオリンの鋭い高音と、ギターの乾いた低音が混ざり合う。 それは、決して調和しているとは言えなかった。 彼女の音は外へ逃げようとし、俺の音はそれを引き止めようとする。 互いに譲らず、ぶつかり合うような不協和音(アンサンブル)。 でも、それが妙に心地よかった。 整えられた合奏よりも、この歪んだ音のぶつかり合いの方が、ずっと「生きている」感じがした。 演奏が途切れると、窓の外から入り込む夕立前の熱気が、二人の間の空気を重くした。 遠くでゴロゴロと雷の音が鳴っている。 俺はカバンから、自販機で買ったばかりのペットボトルを取り出した。 シュワァッ! キャップを開けた瞬間、暴力的なまでの炭酸の音が、静寂を塗りつぶす。 弾ける泡が指先に触れ、ピリッとした刺激が走った。 「飲むか? 強炭酸。喉が痛くなるやつ」 「……いらない」 そう言いながら、彼女は小さく喉を鳴らした。 彼女の顎には、バイオリンを支えるためにできた痣がある。それが、彼女が積み重ねてきた時間の証拠だった。 俺は無理やりボトルを差し出した。凛は渋々それを受け取り、意を決したように一気に煽った。 「痛い」 「だろ? 抜けてるよりはいい」 凛は涙目になりながら、少しだけ笑った。 氷が溶けるような、微かな変化。彼女が笑うのを、初めて見た気がした。 「私ね、完璧じゃなきゃいけないって思ってた」 ボトルを握りしめたまま、彼女がぽつりと呟いた。 「コンクールで勝つための音。先生に褒められるための指使い。吹奏楽部の音は、みんな綺麗すぎて、息ができなかった。私の一番嫌いな音は、拍手の音だった。だって、それが終わりの合図だから」 「だから、ここで一人で弾いてるのか」 「……変かな」 「変じゃねえよ。俺も、あの綺麗な部室には居場所がないからさ。俺は、もっとぐちゃぐちゃしたもんを鳴らしたいんだ」 俺は再び、ギターの弦を弾いた。 今度は彼女も、迷わずに弓を置いた。 さっきよりも少しだけ、音の角が取れて、互いの隙間を埋めていく。 夕闇が迫る教室で、俺たちの音だけが、世界のすべてになったかのように響き渡る。 完璧じゃない。 揃ってもいない。 けれど、この喉を焼くような強炭酸の音みたいに、俺たちの心は確かに、これまでで一番激しく弾けていた。 「明日も、来る?」 曲が終わった後、彼女がバイオリンをケースにしまいながら聞いた。 「ああ。強炭酸、また買ってくるよ」 俺はギターを担ぎ、立ち上がる。 外はもう、激しい雨が降り始めていた。 地面を叩く雨音さえも、俺たちにとっては新しい楽器の一部に聞こえた。

日本は才能の墓場だ

―山田 試合当日。 スタジアムに充満しているのは、反吐が出るほど安っぽい「期待」という名の不純物だ。 「海外帰りって言っても、一人で何ができるんだよ」 「日本のチームワークを舐めるな」 ベンチから漏れる無能たちの遠吠え。 ……理解させる必要すらない。 これからお前らが目にするのは、サッカーという名の「解体作業」だ。 ピッチに立つ。 芝の質、風向、敵味方の重心の位置。 視界に入るすべての情報が、脳内のディスプレイにデジタルな数値として羅列される。 緊張? そんな情緒的なバグ、俺のシステムには存在しない。 「山田、頼むぞ。俺たちの夢……」 主将が震える声で寄ってきた。 「……黙れ。お前の『夢』に、俺の時間を1秒も割くつもりはない」 一瞥もせず、センターサークルへ向かう。 俺にとって、この国のイレブンは仲間(チーム)じゃない。 ただの「パーツ」だ。 キックオフ。 数分間、俺は「静止」する。 ボールに触れず、ただピッチの歪みを観察する。 相手ディフェンスが、俺を“抑えている”と錯覚し、陶酔し始めるのを待つ。 ―綻びが見えた。 センターバックの左足が、コンマ数秒、重心から離れた。 それが、お前の「死」の合図だ。 「……消えろ」 一歩。 相手が思考を言語化するより早く、俺の身体はそこにある。 インターセプト。 「なっ――!?」 驚愕に凍りつくDFを、ゴミを見るような視線で切り捨てる。 寄せてくる敵の距離。筋肉の収縮。 すべてがスローモーションの「標本」にすぎない。 重心の裏を突く、ただ一太刀。 それだけで、この国の守備網は瓦解する。 左足を振り抜く。 ドンッ ネットを貫く衝撃音。 熱狂? 違う。スタジアムに降りたのは、氷のような「絶望」だ。 開始7分。1−0。 「……今の、何だよ。何も見えなかったぞ」 当然だ。 お前らが「頑張って」ボールを追っている間に、俺は数手先で詰みを宣言している。 再開後、相手は露骨に三人で囲みにくる。 愚策だ。 俺という「特異点」にリソースを割けば割くほど、ピッチの構造は崩壊する。 俺が引きつければ、無能な味方たちの前にも、広大なスペースが生まれる。 そこに、思考を介さず「最適解」としてのパスを放り込む。 「……走れ、木偶(でく)が」 ミリ単位の精度。 味方はただ、そこに立って「当てた」だけ。 2−0。 前半にして、この試合の勝敗という概念は死滅した。 ハーフタイム。 相手のベンチからは、無様な怒号が響いている。 対照的に、俺は心拍数一つ変えず、ただ水分を補給する。 「後半は、守備を固めて……」 監督の指示を、冷笑で遮った。 「……もっと行けます」 「山田、これ以上の得点は必要ないだろ」 「叩き潰しましょう。二度とボールを蹴るという甘い幻想を抱けないほどに。それが、この国の未熟さに対する唯一の教育だ」 誰も、俺の目を見ようとはしなかった。 後半。 相手はヤケクソ気味に前から来る。 裏のスペースが、無防備な処刑場と化す。 ―ぬるい。ぬるすぎて反吐が出る。 ロングボールを、胸で最小限の物理抵抗で収める。 飛び出すGK。その挙動は、計算済みのルーチンワークだ。 ループ。 3−0。 相手の心が、乾いた音を立てて砕けた。 残り10分。 もはやこれは、競技ですらない。 ただの「間引き」だ。 4点目。5点目。 最後は、ペナルティエリア外。 物理法則に従い、無慈悲な放物線を描いたボールがゴールラインを越えた。 6−0。 試合終了の笛。 沸き立つスタンド。だが、俺の心は凪のままだ。 結果は、試合前に導き出された計算式と何ら変わりない。 握手を求められる。 相手のエースが、幽霊のような顔で絞り出した。 「……何が、そんなに違うんだよ」 俺は、その震える手を冷たく一瞥し、淡々と引導を渡す。 「違うのは、場所じゃない。お前らが『サッカー』と呼んでいるその遊戯そのものだ。お前らにとって、このスポーツは娯楽か? 俺にとっては、ただの『解体』だ」 ロッカールーム。 海外の元チームメイトからのメッセージに、俺は短く返す。 『日本は、才能の墓場だ。ここに本物の“エゴ”は存在しない』 帰国初戦。 それは、この国に対する、残酷な「処刑宣告」だった。

怪物のお遊び

―ブザーが鳴る。 その音は、獲物を仕留めた合図や。 同時に、次の「遊び」への招待状やな。 83―76。 勝った。けど、全然足りひんわ。喉の奥が、まだ熱い塊を欲しがっとる。 会場の歓声? そんなん、背景のノイズやろ。俺の耳に響いてんのは、もっと「生きた」音や。 ―ドクン、ドクン、ドクン。 心臓が跳ねよる。「もっとやらせろ」って、内側の「怪物」が暴れとるわ。 スタメン。エース。40分フル出場。スリー5本に、ファウル量産。数字? 記録? そんな「死んだデータ」には興味ないねん。 「橋本ナイス!」 「やっぱお前やわ!」 仲間たちの称賛が、俺の横を通り過ぎていく。あぁ、あくび出るわ。キミらの「信じてた」なんて言葉、俺の空腹を1ミリも満たしてくれへん。 なんでや。なんで、こんなにゾクゾクせぇへんの? 試合中、相手のエースが俺を睨んどったっけ。「止める」なんて、つまんない正義感を燃やしちゃってさ。 笑うてもうたわ。 止められるわけないやんか。俺のステップは、キミの想像の外側を踊ってんねんから。 一歩目で、視界から消える。 二歩目で、キミのプライドを置き去りにする。 跳ぶ瞬間、世界は俺だけのステージになる。 ―見えた。 ゴールまでの道筋が、黄金色の線になって空中に浮かんどる。 「いける」 ボールがネットを揺らす。でも、その瞬間、俺の中に冷たい風が吹いたわ。 相手を倒した? ちゃうな、そんなんただの「作業」やん。俺がしたいんは、こんな「予定調和な勝利」やないねん。 ベンチに戻ると、顧問が言ったわ。 「今のプレー、完璧や。でもな、橋本。もっと欲張れ」 その言葉で、脊髄に電気が走った。……あぁ、そうか。 欲張れ? 違うよ、先生。 俺が欲しいんは「勝利」なんて安いお土産やない。 俺が欲しいんは、**「絶望の共有」**や。 コートに立つ全員が、俺の「リズム」に飲み込まれていく感覚。 俺が走れば、敵も味方もパニック起こす。 俺が止まれば、世界の時間がフリーズする。 戦場におる全員が、俺という「理不尽」に振り回される快感。 それを、最後の最後まで、完璧に「遊べた」か? 答えは、NOや。せやから、こんなにムカムカすんねん。 試合後、相手のエースがヨレヨレの体で近づいてきたわ。 「お前、強いな。でも、まだ上があるやろ」 笑いが止まらへんわ。「当たり前やん。キミ、ええこと言うなぁ」 そうや。俺は、こんなぬるい「勝者」の椅子で満足せぇへん。 帰り道。夜の空気が、焼けた肺に突き刺さる。 足は鉛みたいに重いけど、頭の中には「次」のイメージが溢れ出しとる。 もし、もう一試合あるんやったら? もし、もう一度あのコートに立てるんやったら。 俺は、もっと奪う。もっと壊す。もっと、「めちゃくちゃ」にしたるわ。 チームのために? ハハッ、まさか。 俺の中の「怪物」を、一番高い場所で踊らせるためや。 スマホが震えよる。 「橋本がエースでよかった」 「最後まで信じてた」 画面を閉じる。「信じる」なんて言葉で、俺を縛らんといて。 俺が欲しいんは、 「橋本がおらな、何も始まらへん」 っていう、呪いみたいな執着やねん。 体育館の前を通る。明かりの消えた暗闇の中で、リングだけが口開けて待っとったわ。 あそこが、俺の遊び場。 俺は、勝つために生まれたんやない。 俺だけの「音」を鳴らし続けるために、ここに立ってんねん。 終わり? 冗談言わんといて。 これは、俺が「世界」を食い荒らすための、ただのプロローグや。 俺は、歩き出した。 もっと深い、エゴの深淵へ。 誰にも真似できひん、俺だけの「かいぶつ」と一緒に。

0.1秒の暇つぶし

―そうすけ 「……ねえ、まだやるの?」 体育館の天井、回る換気扇を見上げながら、俺は小さく息を吐いた。 バドミントンのラケットは、指先に引っ掛けているだけ。 インターハイ予選、準々決勝。 相手は「努力の塊」みたいな顔をしたシード選手。 コートの向こうで、彼は肩を上下させ、滝のような汗を流しながら俺を睨んでいる。 「……はぁ、はぁ……ふざけるな、そうすけ! 真面目にやれ!」 真面目に。 みんな、簡単にそう言う。 でも、俺には分からない。 時速200キロを超えるシャトルが、俺の目には「止まって」見える。 落ちる場所も、相手のラケットの角度を見れば、打つ前から座標が脳に浮かんでくる。 分かっている結末のために動くのは、ひどく、めんどくさい。 「……いくよ」 相手の渾身のスマッシュ。 会場がどよめくほどの鋭い一撃が、俺のコートの隅、絶対に取れないはずのコースへ突き刺さる――。 はずだった。 俺は一歩も動かない。 ただ、体が勝手に反応した。 背後へ手を回し、ノールックでラケットを振る。 カッ。 乾いた音が響く。 シャトルはネットの白帯をなめるように越え、相手の足元にポトリと落ちた。 それも、物理法則を無視したような、無回転の。 「……え?」 相手が呆然と立ち尽くす。 観客席からも声が消えた。 今のが「技術」なのか「偶然」なのか、誰にも理解できていない。 「……今の、わざとじゃないよ。そこに来るのが分かってたから、置いただけ」 俺はあくびを噛み殺しながら、スコアボードを見る。 21―5。 もう終わっていいかな。スマホの充電、あと少ししかないし。 「そうすけ! お前、今のショット……!」 コーチが興奮して身を乗り出してくる。 「……ねえ、コーチ。バドミントンって、もっと面白いもんじゃないの? ただ、飛んでくる羽を打ち返すだけ。これ、あと何回やれば帰れる?」 俺にとって、このコートは情熱の場所じゃない。 ただの、広すぎるリビングみたいなものだ。 最後の一点。 相手がヤケクソで放ったロングサーブ。 俺はそれを、空中で迎撃する。 ジャンプする必要すらなかった。 でも、なんとなく「叩いて終わらせよう」と思った。 空中でシャトルを捕らえる。 手首の返しだけで、シャトルの全エネルギーを奪い、真下へ叩き落とす。 ドッ。 床にめり込むような音。 試合終了。 「お疲れさま」 握手の手を適当に済ませ、俺はベンチに座り込んで、すぐにスマホを取り出した。 あ、新作のゲーム、アップデート終わってる。 「そうすけ! お前、世界を狙える才能なんだぞ!」 主将が肩を揺さぶってくるけど、正直、どうでもいい。 才能があるからやる。 勝てるからやる。 そんなの、理由にならない。 「……ねえ、誰か教えてよ」 俺は、画面の中のキャラを操作しながら、独り言を漏らす。 「俺を……本気にさせてくれる人、この国にいるの?」 汗一つかいていない俺の瞳に、熱は宿っていない。 ただ、静かに、次の獲物 いや、次の「暇つぶし」を探している。

忘れられない流星群

ミンミンミン。蝉の音が鳴り響く中、俺たちは川辺を歩いていた。じりじりとした夏の空気が、肌にまとわりつく。 俺たちは今日から夏休み。終業式を終え、制服のまま帰るいつもの帰り道だった。 「ねえ、築(きずく)-?」 静かな川辺に声が響く。幼馴染の美久(みく)だった。プシュ。誰かが炭酸のキャップを開ける音がした。 「何?」築が少し面倒そうに返す。築とは幼稚園から一緒で、気づけばずっと隣にいた存在だ。特別な理由なんてなく、ただ一緒にいるのが当たり前だった。 「これ、炭酸抜けてるんだけどー」紗良(さら)が咄嗟に言った。紗良は普段、クラスでは静かだ。でも、このイツメンで帰っているときだけ、少し声が弾む。 「ねえ、そうだよね友喜(ともき)?」紗良はいつも誰かの共感を求める。 「そんぐらい我慢しろよ。築が買ってきたんだぞ~」そう言いながら、俺もキャップを開けた。 ブシュ。 「ねえ、あと一年で卒業だよ」美久が何気なく言った。一瞬、足が止まりそうになる。 「ああ、そうだな」築が珍しく相槌を打つ。 「ねぇ…」 紗良が俺の隣で、小さく呟いた。「私、引っ越すんだ」 瞬間、周りの音が遠くなった。蝉の鳴き声だけが、やけに大きく耳に残る。何か言わなきゃと思った。でも、言葉が喉の奥で固まったまま、出てこなかった。 「冗談だよね、紗良?」美久の声は、少し震えていた。紗良は答えない。 「…」 その沈黙が、すべてを物語っていた。 「まじか・・」 胸の奥に、ぼっかり穴が空いたような感覚がした。埋め方も分からず、ただ立ち尽くしていた。炭酸の抜けたぬるいサイダーの味が、口の中に残っていた。 家に帰ると、リュックを放り投げ、リビングのソファーに体を預けた。「引っ越す」という言葉だけが、頭の中で何度も繰り返される。俺は、自分でも気づかないうちに眠りに落ちていた。 翌朝。登校中に、前を歩く紗良を見つけた。 「おはよう、紗良」「おはよう、友喜!」 昨日のことなんてなかったみたいに、紗良はいつも通りだった。それが逆に、少し苦しかった。いつも通りであればあるほど、終わりが近いことを突きつけられているようで。 教室で築と話す。 「なあ、引っ越しのこと、どう思う?」「ショックだよ。でも、俺らにはどうにもできないだろ。だからこそ、励ますしかないじゃん」 その言葉を聞いた瞬間、胸がドクンと鳴った。 「・・・そうだな」「最高の思い出、作ろう」 そこに美久が割り込んでくる。「何の話?」「紗良、引っ越すじゃん。だから思い出作ろうって」「ヘえー。あんたにしてはよく考えたじゃん」 嫌な予感がした。「誰がよく考えただと!?ふざけんな、お前この前のテスト何点だよ!」「テストの話は関係ないじゃん!」 築は深くため息をついた。「はいはい。喧嘩はそこまで。で、何するんだよ」三人で考えたけど、答えは出なかった。 その夜、テレビをぼんやり眺めていると、来週の水曜の夜に流星群が見られるというニュースが流れた。キャスターの声に、弾かれたように顔を上げた。 「・・・みつけた」 気づいたら、声に出していた。すぐに二人に電話をかけ、四人で流星群を見に行くことが決まった。 「迎えに行くなら、一人がいいんじゃない?」築が、試すような視線を俺に向けて言った。 「・・・・・誰が行く?」美久がニヤニヤしながら聞く。 少しの沈黙。「俺が行く」俺が言うと、二人は満足そうに頷いた。 土曜日、紗良を抜いて三人で集まり、プレゼントを選んだ。ようやく一つの品に目が止まった。 「アクセサリーとかどう?」「紗良、そういうの好きじゃない」「写真立ては?」「いつの写真入れるんだよ」 「流星群のとき、撮ればいいじゃん」 俺が言うと、二人が同時に俺を見る。「お前、天才かよ」珍しく築が俺の肩を叩いた。 流星群当日。俺は紗良の家のインターホンを押した。 「今日、空いてる?」「うん」 丘に着くと、美久と築が待っていた。「今日、流星群が見えるんだ」「だから、皆で見ようって思って」四人で芝生に寝転がり、夜空を見上げる。街明かりが届かないこの場所は、吸い込まれそうなほど暗かった。 「あ・・・」紗良が声を漏らす。 「・・・流れた」 次々に流れる光に、誰もが言葉を失った。隣を見ると、星明かりに照らされた紗良の頬を、静かに涙が伝っていた。 今しかないと思った。俺はカバンから、こっそり持ってきた写真立てを取り出し、スマホを構えた。泣き笑いのような表情で空を見上げる紗良と、それを見守る俺たち四人を、一枚の景色として切り取る。 カシャ 「えっ、今撮ったの?」驚いて顔を向ける紗良に、俺は照れ隠しに笑った。「最高の思い出、保存しとかないとな」そして、この写真が、いつか彼女が寂しくなった時に支えになってくれたら。 忘れられない、最後の夏。俺たちの青春が、一筋の星のように夜空を駆け抜けていっ

(仮)ホワイトレンジャー【怪人!引き籠りと引き籠もらせの乱!!】

||いつの時代も人々の集まる所には 黒く悲しい思いが生まれるのも… 社会の底に溜まった 人々の黒い思いは 自我の芽を出し 日の目を求めて地上を埋め尽くしていく 怪人となった黒く悲しい思いは 力を増し、数を増やし 悪の組織 ブラックホール団となっていった! このまま日本は黒く染まってしまうのか!|| (仮)【怪人!引き籠りと引き籠もらせの乱!!】 「たかし。ご飯ドアの前に置いとくよ」 母親が息子の部屋の前に朝ごはんのお盆を置く。 お盆の上には目玉焼きとベーコンとワカメと豆腐の味噌汁に可愛い熊の絵柄が入った茶碗にお米が盛ってある。 母親が立ち去った数分後、息子の部屋のドアが少し開きお盆を取る。そして直ぐに閉まった。 母親は洗い物や洗濯を終えて、パートに出かける。 「たかし。お母さんお仕事に行ってくるね。風邪とか引いてない?大丈夫?」 返答が無いのを少し待って母親は家を出ていく。 ガチャリとドアが開き、たかしが出てくる。 ……… 「いらっしゃいませ」 本屋で働いているのはホワイトレンジャーのスノー。今、彼は仮の姿で本屋さんでバイトをしている。 ここは大型ショッピングモールにある本屋である。開店から閉店までお客さんが出入りしている。 「あのすいません。ちょっと聞きたいんですけど」 「はい、なんでしょうか?」 「あの…引きこもりに関する本はどこにありますか?」 「はい、それでしたら、こちらにございます。ご案内いたします」 今スノーが案内しているのは、同じショッピングモールのスーパーで働く、たかしくんの母親である。 彼女はパート終わりにスノーの働いている本屋に来たのだ。息子の為に。 「ありがとうございました」 母親は引きこもりに関する本を数冊購入していった。 スノーは本の補充をしながら先ほどの母親と引きこもりについて考えていたが、直ぐに忘れていった ……… 「ただいま」 たかしの母親が家に帰った。生臭い匂いが微かにする。 家の雨戸は既に閉まっていて、洗濯物も畳んで置いてある。 手洗いを済ました後、母親はバッグを置いて洗濯物を引き出しにしまう。たかしの部屋を通り過ぎる時に、今日の夕ご飯はカレーだと告げる。 カレーを手早く作り、ゆっくりと煮込んでいる。お米は研ぎ終えて、ジャーのボタンを押したあと、母親は今日買った引きこもり関連の本を読み始める。本は既に彼女が知っている事ばかりが書いてある。何かハッとする内容がないかとページをめくっていく。 突然たかしの部屋でドンと音がする。 母親は本から顔を上げ、部屋へ行こうとするが、思い悩んでやめてみる。しばらく耳を澄ますが何もない。冷蔵庫に付けたタイマーが鳴り本を閉じた。カレーのいい匂いがしている。 たかしのカレーをよそっていると、たかしの部屋で、もう一度ドンと音がなった。 「たかし?大丈夫?」 返事はない 母親はコンロの火を止めたかしの部屋の前に行く 「たかし?だい…」 ドアが開き黒い影に飲まれていく ……… その頃、ブラックホール団の秘密基地では、新たな怪人が育っていた。 黒いマシンの中に社会の黒い思いがぐるぐると集まっている。 「そろそろ生まれそうですねぇ~クロノス団長」 「次こそはこの世界を我らのものにするのだ!サーナルシス!」 「私に言われてもねぇ〜怪人ちゃん次第なんじゃないの?」 黒いマシンが開く。中から出てきたのは2体の怪人。 「あら、今回は双子ね。面白いじゃない」 「さぁ行くのだ。この世界を黒い思いに満たし、我らの物にするのだ」 「いってらっしゃ〜い」 ……… 窓の外の雲を見ている ゆっくりと青い空を流れる雲 少しずつ形を変えて流れていく たかしはベッドに横になりながら空を見ていた なぜ自分は普通じゃ無いのか なぜ皆が当たり前にしていることを出来なくなってしまうのか 努力して努力して力尽きてしまう。長く続かない。そんな自分が惨めで不思議で不快だ 母さんが家を出ていった音がした。 とりあえずトイレに部屋を出る 【制作中】

橋までの距離

寒い早朝に河原で酒盛りをやってる若者たちは 裸の上半身を謎で着飾る 俺たちを見ろとのアピールに あえて逆方向を見やる わたしの後頭部に若者たちの乾いたざわめきが やけに虚しい 遠くには山々が青く霞み そこに山があるから登るのだと思ったことのないわたしにとって それらは単なる背景だ すれ違ったちいさい茶色い犬がついてくる わたしは立ちどまらなくって 犬が怖いのでも嫌いなのでもない 頼られたくない 何ものにも 女の腐ったの と担任の先生から言われた小学五年のとき でもときとして できるよ と言ってくるその担任の先生 大人って都合いいなあ が 先生って都合いいなあに変わっていく 何を期待していたんだろう このわたしに いまわたしは自分の人生のどのあたりかな 視線の先に見える川にかかる橋までは まだ遠い

生きているまち

とおくに感じる喧騒をよそにゆるりと振り返り、ふらふらと歩いていく。コンクリートの塊、高くそびえ立つ壁の隙間にすっと顔をのぞかせる緑と信仰の息吹。私はこの「まち」がすきになった。つくられた華やかさに姿を隠しながらひっそりと、確実に生きているこのまちが好き。どちらが本当でどちらが嘘か…なんて、一人の人間にもいくつもの顔があるように、このまちも全てが「本当」なのだ。だから煌びやかな無機質さもこのまちの「本当」の姿。けれども私は、このまちのひっそりとしたやわらかい顔が好き。ふと歩み寄った途端にふわっと心を開いてくれたように見せてくれたこのまちのあたたかさが好き。 「さよなら。」私にとってそれだけで終わりだったはずのこのまちに、 「おはよう。」今ならそう言える。

世界が終わる五分前なのに、コンビニに行かされた

『巨大な隕石が地球に衝突するまで、あと十分となりました』 テレビでは、アナウンサーの代わりに生成AIが生み出した、滅亡までのカウントダウン放送が流れている。 当たり前だ。 アナウンサーだって人だし、テレビ局のスタッフさんたちだって一人の人間である。世界の終わりくらい、仕事なんて堅苦しいこと忘れて自由に過ごしたいだろう。 だからか、今日は至る所が動いていなかったり、重大なバグやトラブルが放置されている。 そのおかげで僕は今日、まともなご飯を食べられていない。普段から出前やらデリバリーやらで済ませてきたツケをこんなところで払わされることになるなんて、誰が予想できただろう。 「なー、コンビニ行ってきてくんね」 同居人がそんな事を宣う。 「今行っても店員いないだろ」 そう言っても、ワンチャンあるある、なんてふざけた言葉しか返ってこない。 「あと数分だぞ。帰って来れねえかもじゃん」 「いけるいける」 「適当だなぁ……」 そんな問答をしていれば、どこからか『なんでも言うこと聞く券』を取り出して俺に渡してくる。 「うわ……何年前のだよ……」 これは数年前に、同居人の誕生日に贈ったものだ。確か、用意を忘れていて臨時で与えたもの。 後日ちゃんとしたプレゼントを贈っている。 「無印のてんさい糖ビスケット買ってきて♡」 「うわしょうもねぇ〜〜〜……」 仕方が無いのでそれをちぎって、再度使えないようにした上で立ち上がる。 「帰ってこられなくても、知んねえからな。文句言うなよ」 「死人に口なしでい。生きてたら文句言うけど」 「腹立つ奴」 ちょうど玄関を出る時、テレビからあと五分を告げる放送が聞こえた。 ──────── 某コンビニエンスストア。 目当てのものと、生きれたら晩酌でもしてやろうと缶チューハイ二本とツマミを買った。 技術の発展のお陰で、人間がいなくても会計は行えた。なんと嬉しいことか。 ホットスナックを齧りながら、空を見上げる。 青い空を隕石が覆っていた。 最期ぐらいは友人といたくて、少しだけ歩を早めた。