かなり前から飢えていた。人間の血に。最後に見たのは五年前だったか。若い女の血だった。何がきっかけだったかは忘れたが、小さい頃に見た「切り裂きジャック」の話に心がひかれた。小学生の頃はいつもカッターナイフをポケットに入れていた。まだ人を切ることはなかったが、入っているだけで心が落ち着いた。中学生になると通り過ぎる瞬間にカッターで服や肌を切りつけていた。俺はその頃から自分は人とは違うと感じた。切りつけることに快感を覚えるようになった。 高校生になってスマホを持つと、SNSで「切りつけてもらいたい人」を冗談半分で募集したら何件か問い合わせがきた。世の中はうまく出来ていると思った。俺は数人の男女と知り合いお互いの欲望を晴らした。もちろん殺したりはしない。まだ前科者になるつもりはなかったからだ。 だがその関係も長く続くと要求がエスカレートしてくる。俺も自分がおさえきれなくなっていた。 初めて人を殺したのは大学二年生の夏だった。相手は会社員の男性だった。 「絶対に君が疑われないようにするから」 という言葉で覚悟を決めた。多少のためらいはあったが激しく流れてくる血液にふたりは興奮してやがて俺だけになった。彼が言った通り俺のところまで警察が来ることは無かった。 一回やってしまうともう止まらなかった。SNSで知り合った人たちに話すとうらやましいという人間ともうやめたいという人間に別れた。俺はもうやめたいという人間を呼び出して殺した。それが今から五年前の話だ。 彼女の怯えた顔は今でもはっきりと覚えている。 「血を見たい…血を…」 自分の首筋にナイフを当てると思い切り引いた。吹き出す鮮血が美しく見えた。 警察がドアを叩く音が次第に激しくなっていた。

ひらがなゲーム

「さて、問題です。『おおさき』と『おうさき』どちらが正しいでしょうか?」 「えーっと…これって、駅名のこと?」 「ブブーッ!残念でした。正解は、どちらも正しいし、間違っている」 ヤツはそう言うなり、血を滴らせた包丁を、俺の眼前でぶらつかせた。 尻から脊柱を、冷たい何かが走る。 どうして、こんなことに…。 「さて、問題です。『頭痛が痛い』と『被害を被る』さぁ間違っているのはどれ?」 「両方」 「ブブーッ!正解は、間違ってる間違ってないではなく、お前がバカかアホかということ」 「だからって、なんでこんなことを…」 俺は後ろ手に縛られた紐を何とか緩められないかと思案しているのだが、ヤツは相当に固く縛り付けたらしく、ただただ手首への締め付けがヒドくなるばかりだ。 「お前って、東大卒業をえらく自慢してたよな。その割に日本語全然できてねぇじゃん。エラそうなこと言っておいて、ほんとダサすぎて、イタい」 いつもの穏やかな顔からは考えられないほど目を鋭くつり上げて、ヤツは持っている包丁の側面を、自分の左てのひらにパンパンとたたき付けている。 俺を威嚇しているつもりなのだろうか。 彼からの謎の問題は今も続いている。 「問題です、ジャジャン。『最初の第一歩』と『新品のまっさらなシーツ』、さておかしな点はどこかな?」 「あれだろ、言葉が被ってるんだろ?俺、こう見えて大学は文学部を出てるんだよ。さぁ正解ならば、この紐を…」 「ブブーッ」 唇をとがらせながら、どこか嬉しさを滲ませているコイツが、俺は心底憎くてたまらない。 「おまえ、本当に分かってないんだな」 それまで面白いものを見ていたような顔から一変し、ライオンのような獰猛な顔で俺を見下ろす。 「一体、何のことか全く見当もつかないよ…」 俺は降参とばかりに、こうなった経緯を教えてほしいと目で訴えた。 するとヤツは、どこか呆れたような目でこう言った。 「おまえが今書いてるその小説、誤字脱字だらけで言葉の表現もおかしいし、こんなんで勝手に印税が入ってくるような生活をしているということ事実が、イライラしてしょうがないんだよ。一体おまえは、いつになったら、まともなものが書けるんだ!」 ヤツが今にも噛みついてきそうなところで、俺は目を開けた。 薄暗い天井が見える。 呼吸がヒドく荒れており、全身が小刻みに震えている。 思わず俺は起き上がり、広げられた両手を凝視し、あの恐ろしい諸々は全て、夢の中の出来事なのだと知った。 「まだまだ、スランプから抜けられそうにないな…」 そう言って俺は、自分のデスクに目をやった。 机上のPCには書きかけの原稿がそのまま表示されている。 俺の作風はグロを基調としたもので、内容も血みどろや内蔵が出てくるようなものが多い。 ありがたいことに、ニッチなファンの方がが一定数存在してくれているのだが、最近になって、ファンからの作品の批評、特に表現のダメ出しがやたら多くなってきたことが、気の小さい俺にとってプレッシャーとなってしまった。 「だからって、夢にまで出てこなくてもいいじゃないか…」 思い描いていた『夢』物語は、中々思い通りにはいかないようだ。

それでも世界は回る

「死の商人」などと影で悪く言う輩もいるが、世の中の経済を取り仕切っているのもおまえらが嫌う我々なのだ。毎日どこかで戦争があり、両方の国に武器を売って戦争を長引かせる。その金が巡り巡って何も知らずにのんきに生きているやつらの生活を支える。全世界のほんのひと握りの人間におまえたちは操られて生きているのだ。 「目覚めよ同志諸君!歪んだこの世界を当たり前の世界に変えようではないか!」 「大変素晴らしい考えだと思います。そのためにはまず武器の用意が必要ですね」 「あてはあるのか?」 「任せてください。知り合いに頼めば数日中にも最新の武器が届きますよ」 「それはありがたい」 こうしてまた別のところで戦争が始まる。

努力投影症候群

「投薬を」   「はっ」    医師の指示に合わせ、管を介して患者の体内に薬が流し込まれる。   「やめろ! 離せ! この研究には、重大な欠陥が残っている!」   「……そんなもの、三年前にとっくに改善しておるよ」   「やめろやめろやめろ! 私の言うことが聞けないのか! 私はドクターXだぞ!?」   「それは、私の名だ」    患者の体内に流し込まれる液体の効果は二つ。  意識をもうろうとさせ、眠られる効果。  そして、寝ている間に脳の中をいじくり、自我を正しく機能させる効果。   「お休み。我が弟子」    暴れるのをやめてぬ無理に着く患者を、意思は悲しそうに見下ろす。   「まだ、自我が戻りませんでしたね」   「それだけ、コンプレックスが深いということだ」    医学とは万能ではない。  否、人間という生命体が、あまりにも複雑すぎると言い換えられる。    複雑故に、人間の頭では想像できないバグを引き起こす。    患者は、医師の友人だった。  機関に所属してからは、部下として医師に従った。  かつて対等だった者との上下関係は、患者の脳にバグを引き起こした。    患者は、医師との境界線を失った。    医師の発明を、自分の発明だと思い込んだ。  医師の努力を、自分の努力だと思い込んだ。  医師にアドバイスという名の妄想を垂れ流し始め、気が付いたら患者は医師の名を名乗っていた。        努力を諦めた人間の成れの果て。  他人の努力を自分の努力に錯覚し、自我を保つ奇病。       「さて、次の患者は?」   「はい、先生。インフルエンサーへの企画への駄目だしをし続けた患者様が、二十番のお部屋で待機中です」   「どこかで聞いたことがあるな」   「最近ニュースになっていたので、それではないかと」    医師は患者をちらりと見て、部屋を後にした。    患者は、昔の面影を残した姿で眠っていた。

オムライス

まだオープン前の店内。調理が終わった頃マスターがやって来た。 「マスター、俺が作ったオムライスを食べてもらえますか?」 やっとこの言葉がいえる日がきた。マスターはしばらくオムライスを見つめた後、スプーンを手にしてオムライスを口に運んだ。 「うん、いい香りだ…味も悪くない。かなり練習してきたな」 「ありがとうございます。うれしいです」 キッチンツトムで働くようになって十五年。マスターから俺が作ったオムライスをほめてもらえた。ここのオムライスはこの店の看板メニューでオーダーが入るとこれだけは他の人間には作らせずいつもマスターが作っていた。俺はこの店で雇ってもらう前からここのオムライスのファンでいつか自分でも作ってみたいと思うようになり、就職してからは雑用をこなしながらも一日たりとも休むことなく練習してきた。 「おまえが一生懸命にこのオムライスを作る練習をしているのは知っていたよ。このオムライスは俺が作ったと言っても疑うやつなんていないだろう。よくがんばったな」 マスターはそう言うと包丁を手にした。 「俺、マスターが作るオムライスが好きで…なっ、なんで…どうして…」 俺の胸に包丁が刺さっている。マスターは刺した包丁を抜くと今度は腹に刺してきた。 「このオムライスは俺だけのものなんだよ。誰が勝手にマネしてもいいなんて言った」 「俺は…ただ…ここのオムライスが好きで…」 「だったらおとなしく客でいればいいものを就職までしてきやがって、ずっと目障りだったんだよ」 「そんな…あなたに…あなたに憧れていたのに…」 「このオムライスのレシピは俺だけのものなんだよ。誰にも渡さない」 マスターは倒れた俺を蹴飛ばした。 「今日は臨時休業だな。バカな野郎のせいで」 意識が完全になくなった俺はマスターが運転する車のトランクに詰め込まれ、ダムに捨てられた。 季節は流れ従業員だった俺は突然失踪したことになっていた。キッチンツトムは今日も満席だった。

きっと泣いてしまうんだろう

一年後 自分がどうしているのか まったく 想像ができない 一年後 自分が生きているのか まったく 自信が持てない あと何回 朝日に ため息をつけばいいの? あと何回 暗闇に 不安を覚えればいいの? あと何回 おいしくもないごはん ひとりで食べないといけないの? ふと 自分の最期を 想像する きっと 死にたくない と言って 泣いてしまうんだろう お父さんと弟のことは 思い出さなくて お母さんのことは 思い出しちゃうんだろう いい人生だったと 言える自信はない いい人生だったと 言えるように 生きていこう とも思わない それでも きっと 死にたくない と言って 泣いてしまうんだろう

咲く花のように

 前日の雨で桜は散ってしまったらしい。地面を覆う花びらがまるで絨毯のようだった。  その上に眠ったように倒れる男がいた。首からまるで赤い宝石のような液体をたらたらとたれ流しながら。奇声を上げ逃げ惑う人々の最中、高校生くらいの少女が一人立っていた。スポットライトを浴びたように彼女の周りの人は散り散りに走っていった。  彼女はこちらに気づくと、立ち尽くす僕のところにやってきて、 「綺麗だね」  清々しい表情でこちら見つめている。僕には見えない景色が、きっとその目には映っている。 「桜の樹の下には屍体が埋まっている。」  どこかで聞いたような……思い出せない。 「桜は、屍体から流れる水晶のような液体を吸い上げて、だからあんな花を咲かせる」  ああ、思い出した。 「君には惨劇が必要だったわけだ」  返り血を浴びたその手には、剃刀が握られている。なるほど。おあつらえむきな凶器だ。 「綺麗だ」  と、思わず口をつく。  桜の樹の下には屍体が埋まっている。惨劇が必要だったのは、あるいは僕だったのかもしれない。  血塗れの彼女があまりに綺麗で、僕はただ見惚れていた。

Edgar redhead to break a bad Bugatti bum

Are you going to head to bed by the way to get him out a way how to get a very rare that I’m not gonna be there with dad‘s brother Debbie dead I just got to go to Ridgeway dental OK babe I’ll be dead bug everybody be dead I just got back about a video with that bunkbed with a desk back but it will be dead I just have a good ability to cut my brother will be there to make it will be dead I just have a good day bro – back about a visit with dad‘s back about a video that I just have a good ability to write better every day at Anacapa Caribou Richburg ability to be there to pack a bit available debt reduction back in bed with her dad and you guys OK but if we get revenge of the dead really dead I just have a credit paper with HVAC able to video that I just have a good birthday with a date to a mega rich and you have a good bit of an edge Ruby – Bible gonna be dead I just have a good bit of it it really didn’t make a bit of a ditch educator gonna be ready to be done to make a bit of a diva dead are you gonna be able to protect America bit of a dead bum I got it I actually made it that way of a table to cover a big day today but will be there to Poké bar with the digital make up Ruby dividends are dead and you have a good a bit of a double date but OK babe everybody be dead river with a bitch and you have a good bit of attention about the bed with me that’s broke up with you bitch I just have a good day bye-bye – bunkbed available that would be good with that I don’t have a capability DigiPro Cablevision potential we did make a bit of a limited education because I believe that will get the results back yet but I believe we did add you back in a bit if that’s workable Ridgeville capability to Berkshire whatever date and a cup of cranberry with a project will be dead but will be there through the gate at the cabin could have a ditch bank appointment with the bridge basketball with it and you go because of refrigerator did make a big deal but that educated with the debt

おとぎの国の紅茶が不味い

 夢の中で招待された、おとぎの国。  即座に首を縦に振って、寝ている間だけ私の体はおとぎの国に行けるようになった。  八時間眠っていたら、およそ八日間はおとぎの国にいられる。  現実を過ごしてるだけで十六日も経ってしまうから、毎回「久しぶり」と云われるのだけは悲しいが。    ともかく、私は夢を叶えたのだ。  晴天の空には虹の橋がかかり、動物たちと妖精たちが楽しそうに話すおとぎの国に。   「久しぶり。紅茶はいかが?」    手のひらサイズの妖精が、掌より大きなケトルをもって飛んできた。  ヒョウタンの様な陽気に、細長い注ぎ口がついている。   「いただくわ」    私がティーカップを持つような指の形を作ると、ティーカップが作られる。  妖精は私のティーカップに、虹色の紅茶を注ぎ終えると、ニコッと笑ってどこかへ飛んでいった。  私は、ティーカップを軽く回して、口に運ぶ。       (まっずい)        おとぎの国で不満なのは、食事が美味しくないことだ。  なんて言えばいいのだろう。  虹色の紅茶は、イチゴとオレンジとレモンとヨモギとグレープとブルーベリーとシソが同時に舌を刺激する味がする。  他の妖精たちは美味しそうに飲んでいるので、私も笑顔のまま飲んでいるが。  どこの世界も、楽しいばかりではないらしい。    いや、紅茶だけならまだいい。  お肉は粘度の味がするし、お魚はいっそ味がない。  野菜にはドレッシングをかけないので、やはり味がない。  デザートのプリンなんて、ダシ抜きの茶わん蒸しだと言われても疑わない。    正直、食べることが好きなので、八日間の食事は憂鬱だ。    その代わり、私は遊ぶ。  ペガサスに乗って空を飛ぶし、熊と相撲もする。  ウサギが耳を揺らしながら応援してくれる姿が愛しくてしょうがない。   「そうだ、自分で作ればいいんだ!」    ある日私は、自分でご飯屋さんを作ることを思いついた。  妖精たちに相談すると、「君の国の料理、楽しみだな!」なんて喜びの声が返って来た。    現実と似たような調理器具を集めて、似たような食材を集めて。  作ったのは、手作りふわふわオムライス。  お母さん直伝。  レストラン並みのふわふわがおすすめポイントだ。    妖精たちはお皿に集まってきて、私のオムライスを一口食べる。   「うーん?」   「うーん?」    反応は、微妙だ。   「え、あれ、美味しくなかった?」    私の不安そうな声に、妖精たちが顔を見合わせる。   「なんていうか、汚れた味がする」   「なんていうか、自然じゃない味がする」    私は自分で一口食べた。  ふわふわあったか、美味しいオムライスだ。   「ごめんね、もう食べられない」    妖精たちは散り散りに散って行って、残されたのはオムライスを食べる私一人。   「……美味しい」    オムライスから漂う香りさえも美味しいのに。    私とおとぎの国の住民の味覚は違う。  求めている世界の全てが、私に合うとは限らない。  合わない部分は、小さな小さな毒となって、私に世界を嫌いになる呪いをかける。    オムライスを完食し、空っぽになったお皿を見ながら、もうこっちでオムライスは作らないんだと固く誓う。    私は大好きなおとぎの国を守るため、大好きなオムライスを封印すると決意した。

頭の悪い客

 俺のバイト先のレストランには、頭の悪い客が多い。  この前なんて、レジの脇に置いてあるガムを3つも買っていく女がいたんだ。そんなにガムが食べたきゃ、コンビニにでもいけってんだ。  今朝だって、シーザーサラダをお代わりしてる男がいた。野菜なんて何が美味いのか全くわからない。あいつは馬鹿だぜ全く。  さっきの家族連れはまだありんこくらいのチビを連れて来て、幼稚園の入園祝いだかでわいわいはしゃいでやがった。途中からチビが泣き出して、ひどく五月蝿かった。とっとと帰れってんだ。頭わりぃんだからよ。  それだけじゃねえぜ。今レジに来た男は、領収書を寄越せと言いやがる。この紙切れが何の役に立つってんだ。俺は今日溜まったイライラでぶん殴りたいのを我慢して、領収書とレシートを男に渡した。するとどうだ。 「領収書だけ頂きます」 だとよ。領収書が欲しいような奴が、みんな受け取るレシートを貰わないなんて頭おかしいぜ。  うちの店の客は、みんな頭が悪いんだ。

ロンリー論理

「君の行動は間違っている」   「こっちの方がスムーズにいくだろ。常識的に考えて」   「なんか、そういうデータあるんですか?」    論理的思考能力が高いぼくは、誰かが失敗しそうになると、速やかに救っていた。  誰だっけ、失敗より成功する方が嬉しいだろう。    なのに、何故だろう。  友達は、ぼくの元を離れていった。  こんなに優しいぼくに友達がいないのはおかしいだろう。  常識的に考えて。

ロードバイク・ラン!

 戦いが始まったのは、午前9時半でした。朝だと言うのに鬱陶しい陽光が照り付け、まるで血管を流れる赤血球のように人が行き来するこの時間。昨夜の10時頃に1番右側に止めたはずの、我が自転車を探して駐輪場へ登場した僕は、早速自らの記憶を疑う羽目になりました。 「…ない」 盗まれたのです。 端から端までどんなに目を凝らしても、巨大な芋虫が横たわるかのように礼儀正しく連なった自転車達の中に、赤いロードバイクは見当たりません。仕方がない。この時僕は、潔く事実を受け入れました。  しかし、神様はこの日、悲運で哀れな僕を見捨てませんでした。仕方なくバスで最寄りの駅まで向かっていたその時、見てしまったのです。バスの目の前を通過する、赤くてスリムなボディに白いペダルを備えている奇抜なロードバイクを。そう、僕の自転車です!  気づいた時には、タイミングよく停車したバスを飛び降りていました。僕は盗人を捕まえて、我が唯一の交通手段を取り戻そうと決めたのです。僕がまだ若く、5年間陸上競技を嗜んでいなければ浮かんでこない発想でしょう。  僕の自転車、を乗りこなし脇道に入った男は、30代後半から40代半ばといった所。金色の短髪で、運動なんかする気もないくせにジャージのセットアップを着ていて、右手にはコンビニで買い物したと思われる小さめの袋を下げ、心地よい春風に吹かれてばさばさと音を鳴らしています。 「おい待て!」  僕は声を張り上げました。 「それは僕の自転車だ!」 男はぎょっと振り向くとすぐ前に向き直し、鞭打たれた馬のようにスピードを上げます。僕はつられて、高校生最後の大会で区間賞にまで輝いたこの足を、土煙が舞い上がる勢いで動かします。距離はあと50m。 「なぜ盗んだ!」 「ついてくるな!」  必死な僕らを他所に、どこからか聞こえてくる小鳥のぴよぴよというさえずりが、まるで犯罪の鍋に上から蓋をして平和を取り繕っているように感じます。あと30m。 「それは僕のだぞ!」 「いいや俺のだ!」 なんという男でしょう。人から自転車を盗んだ挙句、今度は自分のものだと言い出したのです。  自販機で飲み物を買っているお爺さんから、公園で弾けたように遊ぶ子供達、高そうな犬の散歩をしている、日焼けを恐れて全身真っ黒に武装したマダムまで、町中の視線が僕たちに集まります。あと10m。  僕は後日襲ってくる筋肉痛のことなど考えず、自分の出せる最速のスピードを維持しました。この時の僕の鬼気迫る走りを見れば、逃げる相手がオリンピック選手でも冷や汗をかくと思います。  僕は言います。 「人が見ているんだぞ!」  男は答えます。 「関係ない!」  男は怠惰に過ごして来た今までの自分を恨んでいることでしょう。息も絶え絶えに、全身から雨でも降っているかのように汗を噴き出す男と、たとえ疲労で視界がぼやけても、フォームを崩さない僕。距離はみるみる縮まっていきます。  男が聞きます。 「なんで追ってくる!」  僕は答えてやります。 「自分の心に聞いてみろ!」 交差点を曲がろうとする男に僕は真横から体当たりし、男は地面に倒れました。ついに男に追いついたのです。倒れた痛みよりも、疲れすぎてぜえぜえと呼吸を優先している哀れな男に、なんとか血の味が滲む声を振り絞って、僕は言ってやりました。 「心が傷まないのか!」  疲れ果て今にも消えてしまいそうな男は、薄れた声で答えます。 「…傷まない」 「なぜだ!お前は盗人だ!」 「…俺が盗人?何のことだ」 「お前は僕のこのロードバイクを盗んだじゃないか!」 詰め寄る僕に男は言います。 「これは間違いなく俺のロードバイクだ。サドルにある傷は以前転んだ時についたもの。盗まれていたが昨日の夜取り返した。見ろ、鍵は俺が持っている」 僕は言葉を失いました。  男は問います。 「お前こそ誰だ」 僕はすみませんでした、と謝罪し、全力で家まで逃げ帰りました。

 小さなころから何かを作るのが好きだった。図画工作創意工夫の授業が大好きで、チャイムが鳴るのも構いなく好き勝手に何かを作っては教師にため息を吐かせていた。  進学してからは技術増進の授業に執心した。最初はパッケージに忠実に作っていた作品はいつしか改造されて、複数の機能を持つものに変化した。  切り貼りして形になった時の達成感が好きだった。  自宅では壊れた物を分解して構造を知ることに夢中だった。物の修理が得意になった。なにか生み出すこと、何かを直すこと、それらが組み合わさり、特区という環境で変異し、魔法陣ノ目という人間を作り出した。  初めて、猫を直したとき、両親が渋い顔をした。  猫だったものはちゃんと四つ足で歩いていたにもかかわらず、その首は悪戯した犯人に持ち去られてしまったようで、代わりに陣ノ目が作り出した木の首が据えられており、声帯のない猫は首に電子工作で作ったスピーカーを付けざるを得なくなった。  両親に秘密裏に処分されそうになった猫を懐に隠して夜道を走る。逢魔が時は別の世界への入り口だ。すれ違う怪異や化け物の影とすれ違い、身震いする。夜の住人達から隠れるように路地の脇のドラム缶の影に隠れた。  いつの間にか腕の中の猫は息絶えている。今まで二人だったのが急に一人になる。死が笑っているのを感じた。 「陣ノ目」  ふいに少女が名前を呼んだ。  手を差し出したのは幼馴染だった。くせ毛を爆発させたシルエットでそれとすぐにわかる。 「迎えに来た」  抑揚がない声はいつものことで、それでも陣ノ目を元気づけようと言葉を紡ぐ。 「おじさんもおばさんも心配してたよ」 「それは、俺が猫を直したこと?」  陣ノ目の問いに首を横に振った。 「あなたが夕方から出ていっちゃったことに決まっているでしょ」

ある日の夜に

 男はある日の早朝、頭の中に雷が落ちたように、とある作業に取りかかり始めた。家族や尋ねて来た友人が声をかけても 「後にしてほしい」 の一点張り。やがて太陽が男の真上に登っても、虫が顔に張り付いても、風で道具が飛ばされようとも、道端にしゃがみ込んで狂ったように手を動かしている。普段なら労働を嫌がり、人に頼まれても中々腰を上げない怠け者が、今日だけは何か違うらしい。  通りかかった友人の1人が問う。 「何してんだ」 男が答える。 「もう少し待てばわかる」 「飯でもどうだ」 「今日はいらん」 「せめて家の中でしたらどうだ」 「俺の計算が正しければ、ここでしかできない」 そんなやり取りが続いた後、ついに友人は諦めて行ってしまった。  見知らぬ女が通りかかった。 「何をしているの」 男は答える。 「神の力を手に入れるのだ」 「頭がおかしいの」 「何とでも言え」 女は少々男をからかった後、飽きて行ってしまった。  見知らぬ老人が通りかかった。 「何をしているのだ」 男は答える。 「世のためになる事をしている」 「何か作っているのか」 「そうとも言えるし、そうでないとも言える」 「生意気なやつだ」 老人はつまらん、と吐き捨てて行ってしまった。  男は日が沈みかけても手を止めなかった。汗だくになりながら、足腰の痛みや手の痺れに耐えながら、空腹の誘惑や道ゆく人々の嘲笑に打ち勝ちながら作業を続けた。  やがて男は疑心暗鬼になった。 本当にこのやり方で正しいのか? この計画で上手くいくのか? 俺は間違っているのではなかろうか?  募る不安に、焦る手元。しかし男はやり遂げると決めたようだった。男は何としても今夜までにそれを成し遂げなければならなかったのだ。  午後6時半。体が悲鳴を上げ、手の平から血が流れ出て来た。男の体は限界をとうに超えていた。  やがて狂った男を見ようと、人だかりができ始めた。不安そうに見つめる者、馬鹿にして笑う者、男の真似をしておどける者、道を塞ぐなと苛立つ者まで現れた。  人々は聞いた。 「一体何をしている」 「どうしてもこの“閃き”の答えを確かめたいのだ」 「無意味だと言うのがわからないのか」 「黙って見ていろ!」  人々はやがて飽きて散り散りになっていった。寒空の下、1人取り残された男はそれでも作業を辞めようとしなかった。世界の全てが男を笑っても、男だけは自分を信じていた。  午後10時半。男は今日、初めて手を止めた。ついにその時がやって来たのである。何かが焼けたような匂いがあたりに立ち込め、男の目の前の地面から煙が出始めると、あたり一帯の温度が途端に上がり出した。その時、墨汁をぶちまけた様な、日が落ちて黒一色になった闇の世界に 「ぽ」 と光が生まれた。  男はこの夜、人類史上初めて火を起こした。

いつも制服を着ていた

まだ小学六年生だった 制服の採寸をしてもらった やけにニヤニヤしてしまった お母さんやお店の人に じろじろ見られた イヤな思いは まったく なかった 制服を着て 最初にやったのは 桜の花びらを 追いかけること 春が来たことより 中学生になったことより 制服を着られたことを喜んだ 制服のリボンが うまく決まった日 一日 笑顔でいられた 制服のリボンが うまく決まらなかった日 制服がイヤになった でも 制服は 脱がなかった 宿題を忘れる 委員会をサボる 理科の授業で実験器具を壊す 先生に怒られる 制服を着ていた 最初の試験 あんまり いい成績じゃなかった お母さんが 一生懸命 話を聞いてくれた 制服を着ていた 部活の帰り うまくいかなくて落ち込んだ 部活の先生や先輩から ほめてもらった 日曜日 部活の試合に行く 試合で勝った 試合に負けた 制服を着ていた イライラして クラスの女の子とケンカになってしまった 強がって 男子に毒づいたりした わけもわからず 学校から家まで 無我夢中で走った ああいうの いったい なんなんでしょうね そうじの時間か何かでケガをした 血が出てしまった ケガの心配よりも 制服に血がつかないか 気がかりだった クラスのちょっと気になっていた男子と 二人っきりで帰ったときも 制服を着ていた 高校受験を意識しはじめた 参考書を買いに行った 塾に行こうか迷った 制服を着ていた ときどき お父さんが 話しかけてきた なんだ着替えないで まだ制服 着てんのか と いま思うと そう声をかけてもらいたかったのかな 受験当日 制服を着て行った 家に帰っても 不安だった いつまでも 制服を着ていた 合格発表 制服が大きく踊った 中学を卒業して 制服を脱いだ 高校に入学 いま 新しい制服を着ている

日常と平和

お気に入りのマンガ やっと 読み終わる 季節は 五つか 六つくらい すぎたかな 依然として 魔法つかいには なれず いつの間にか わたしは 会社をやめている ねこは となりで 寝ている そばにいてくれるのが ねこでよかった そう思ったこと いままで 何度もあった 大きな変化 お好み焼きを ソースではなく しょう油とマヨネーズで 食べるようになった 初めて しょう油とマヨネーズで 食べてみたお好み焼き 思いのほか 美味しかった 勝手に その日を お好み焼き記念日 にした その日が いつなのか もう 忘れている 昨日まで きちっと姿を見せていた 今日は いつまでたっても 姿が そこにない まったく 太陽のやつ いるのかな? わたしには ぜんぜん 見えないけど ねこは まだ 寝ている わたしも ねこと一緒に 寝ることにする

モテ期

私はいまだかつてモテたことがない。モテるってなんだろう?などと考えてもみたが自分がみじめになるだけだからやめた。 それから六十年の月日がたった。長年の研究の末にようやく惚れ薬を完成することに成功した。 「この薬を使うのは私ではない。悲しいかな私の血を引き継いだばかりにまったくモテない孫のおまえが使うのだ」 「じいちゃんの気持ちは嬉しいけど、僕は自分の人生は自分で決めるよ」 穴があったら入りたいとはまさにこのことだと思った。 「そうだな。ワシとしたことが出過ぎたマネをしてすまなかった。許しておくれよ」 「僕のほうこそありがとう。確かにモテないのはさみしいけど、友達も家族もいるから平気だよ」 「おまえは本当にいい子に育ったな。じいちゃんは嬉しいよ」 しばらくして私は天からお迎えが来てあの世に旅立った。 「じいちゃん…あの世ではモテてね」 そう言って孫は私の墓に長年かけて作った惚れ薬を墓石に振りかけた。 すると頬を赤らめた妖怪や亡霊たちが私のそばにまとわりついてきた。 「待て、おまえたちには用はない。頼むあっちに行ってくれ!」 こうして私のモテ期は死後に訪れることになった。

Are you going to read a bit dads whatever they were down drag out every day

Are you gonna be heading back we’re headed back to Buttercup every bit of your dad will be there to bug you but it will be dead forever but it had to give a great big birthday we did we did the back of Bluebeard Hattiesburg Ridgeville capable better “very very rigid rigid to be OK baby I didn’t add you back in a bit with Rebecca booty but it had a cup of gravy – will grab a good visit with HMA kabuki – village had to give a good review the data back about a video edition Margaritaville Beach Ridgewood Ridgewood to make a bit of a get your burger with double digit birthday bit of a double digit Hanukkah could’ve been with Deborah Deborah Deborah Richmond I do believe you did Roberto go to bed give me a digital babe I didn’t get back will be there did you look up abide Burger Village capable of a diva leave JBL debit available day to recover but it will be the true – woke up available to get a ditch bouquet bouquet delivered it and it was very busy but did you book a bit of a didgeridoo to bug you but whatever dude do you have a good everybody Deborah Deborah Deborah Deborah OK bye-bye how do you have a good birthday will be there to record a video or did we get you back a bit of a diva ditch ditch Add to Burger Mojo by Hideaway www.recover burger veggie potato veggie bye did you make a bit of a diva did everybody will be DJ broke up with Gage www.Vacaville BJ BJ’s burger burger burger burger burger burger burger burger burger burger burger burger did you bring everybody will give a date with a bit of a digital video to Richmond beverage I barely get my battery be dead we get to Burger Burger by didgeridoo PJ to visit Beverly Ridge if you did how do you have a copy of your W – February PJ bridge will be giving it to Beverly Beach Village go to Kappa Kappa Gamma today but everybody visit Ruby Bridges Robert VGP ditch deeper Deborah Deborah OK back up and keep everybody busy PJ WDBJ preventable because it will be super Duper Cooper bit of a down

マッチングアプリ工場

 嘘か誠か、世の中にはベルトコンベアーで流れて来たお刺身の上に、タンポポの花を乗せ続ける仕事があるらしい。   「知ってたか? あれってタンポポじゃなくて、食用菊らしいぞ」   「マジですか!?」   「マジもマジ。冷蔵技術が発展していなかった時代に、キクの殺菌成分で刺身を長持ちさせようとしたのが由来らしい」   「へー。人間ってのは、今も昔も、頭がいいっすねー」   「……俺達みたいなの以外はな」    雑談には、頭の良さが現れる。  その意味で言えば、二人の持つ雑学の数は人並み以上で、人並みよりも頭が良いとされる。  ただし、雑学だけでは評価されないのが人の世だ。    適度な学歴か、適度な社会的地位。  どちらかがなければ、雑学の多さは『うんちく野郎』という肩書が振られて終わる。   「結局、俺達にはこういう仕事しかねえんだよ」    一人が自虐的に笑うと、もう一人もつられて笑った。    ただし目線は、スマートフォンに釘付けだ。    マッチングアプリに自分以外のアカウントでアクセスし、自分以外の履歴書に書かれた情報を転記していく。  表現は、マッチングアプリに適したものへ変換しながら。   「お、見ろ。東大卒様がいたぞ。趣味は、喫茶店巡りだそうだ。かー、やだやだ」   「こっちはお茶の水っす。お茶の水なんて、鉄腕アトムでしか聞いたことねえっすよ」    マッチングアプリ代行の二人は、マッチングアプリで異性に受ける可能性の高いプロフィールを作成し、マッチする可能性の高い相手にいいねを送る。  陽は、つまらない単純作業部分の代行だ。    恋愛の回数など、人生で数える回数しかできないのが当然である。  であれば、代行者という人生何十周分をこなした相手に依頼するのは、合理的と言えるだろう。  優秀な者どもは、恋愛のための過程という無駄時間を、金で買う。   「お、見ろ見ろ! 一気に十人からいいねが着たぞ! 男にしては、なかなかの乞う感触だろ!」   「さすが先輩っす!」    自動化。  効率化。  代行化。  あらゆる恩恵の裏には、泥の中を歩く人間が、当たり前のようにいるのだ。

じい、お願い。生きてよ、お願いだから…

親戚の叔父の足が浮腫んでいるらしい。私は おじに会いたくても会える暇がなかった。たまたま最後に会った日、叔父は以前より細くなり、 やつれていた。じい、食べてる??ご飯 と聞くと、食べねぇよ、じいな、食べたくないだよ。と言う。だけど私はじいに怒った 私、じいに死なれるのが嫌なの。 私は、一度に大切な人を失っていた。 その経験が今繋がっていた。じいに 会いたい。人目だけでも私をおもいだしてほしい。私は幼い頃からじいとばあに甘えていた。 じいー、ばあーこれでいいー??とか、 ばあ、ここの花に水やったーとかよく言ってた。 隣のおせんべい屋さんにお姉ちゃん、よく お手伝いするね。と褒められていた。私は 恥ずかしくて、はい。としかいえなかった。 じいはよくバアがなくなったあと 位牌を見ながら言っていたらしい。 ばあ、俺もそっちにいきてぇよ。 と。息子は怒ったらしい うるせぇな。俺は仕事に行く。なんかあったら 連絡しろよ。と。私はじいが心配で来る日も来る日も、毎日毎日、考えていた。 ねぇじい見に行こうよ!!私が提案し 爺に会いに行くと 息子さん(じいとばあの子供)が 出てきて今、父ちゃん 大腿骨頸部骨折して入院してんだ。 と言われた。そして、こんな話を聞いてしまった。 じいは、認知症が進み 親戚の顔と声を 忘れたらしい。 私は泣き崩れた。 じいに会いたい。コロナが終息しても 爺に会えない寂しさにわたしは 何度も何度も、仏壇に祈っていた ばあちゃんたち 爺を守って殺さないで お願い じいをつれていかないで。 と。 でも、今日不吉な予感を感じた。 掃除中 耳元でカラスの合唱が聞こえた。 それも甲高く鳴いていて気味が悪く 私は、もしかして!!と思った。 でも、カラスはとても頭が良く 不吉な予感も教えると言われ 不安な毎日を過ごしている いつか爺に会いに行けるように そして じい!!まーだよ!!目を開けて!!! と言えるように 頑張りたい。

蝶は羽ばたくか

小林美穂は一大決心をした。 今時、とも思ったが、ラブレターを書いた。 きっかけは校内掃除の折、ゴミ捨てを押し付けられてしまった時の事。 「小林! 大変だろ、手伝うよ」 小柄な美穂にはいささか大き過ぎるゴミ箱をどうにか抱えたその姿を見て、古澤亮が追いかけてきて手伝ってくれたのだ。 「ありがとう……古澤くん」 気恥ずかしくも嬉しくて、自然と笑顔になってお礼を言った。 「このくらいいいって」 返ってきたのは自分の倍以上眩しく感じられる、爽やかな笑顔だった。 校舎外へ運び出す途中、亮はここ、靴箱で履き替えていた。 「古澤、亮くん……」 そう。美穂が封筒を持って、貼り付けられた亮の名を呟いた、ここ。 「あれ? 美穂?」 黒縁の眼鏡を押し上げ、いよいよ手紙を亮の靴箱へ入れようか、という段になって、背後から声がかけられた。反射的に美穂は手紙を隠しながら振り向く。 「何してんの?」 声の主は杉原愛。規則を真面目に守る控えめな外見の美穂とは対照的な、きらびやかな女生徒。 嫌な相手に見つかった、というのが美穂の正直な気持ちだった。そんな内心を知ってか知らずか、愛が明るく染めた長い髪をなびかせて近づいてくる。 二人は中学時代からの友人だったが、高校に入ってからはほとんどと言って良いほど接点が無かった。言わずもがな、愛の変身ぶりが原因だ。 「んー……?」 愛がマスカラで整えられたまつげで縁取られた切れ長の目を細め、美穂をまじまじと見る。 「なに?」 すっかり下校する生徒の波が途切れた時間、空間に、美穂の抗議めいた声が響く。 「古澤亮」 リップでうっすら色づいた愛の唇が、美穂の想い人の名を呼んだ。びくっと美穂の肩が震えた。 「なるほど、なるほど」 愛が微笑む。意地悪げではないのに、美穂は逃げ出したい衝動に駆られる。 「亮くんか。良いよね、彼」 続いた愛の言葉に、美穂の頭にかっ、と熱が昇る。いとも簡単に亮の名を呼び、なおかつ『良い』だなんて、どういうつもりか、と。 愛は美穂が奥歯を強く噛みしめるのを見て、笑みを深くした。別に絡むつもりも、からかうつもりも無かったのに、中学時代から変わらない美穂の素直な反応が煽るような台詞を吐かせた。 「隠してるのは、ラブレター? 今時……」 「悪い?」 自分でも思っていた事を、他の人間に言葉にされると妙に腹が立つ。その苛立ちで美穂は愛の言葉を遮る。 「ごめんごめん。悪いとかじゃなくてさ」 想定より強い口調にたじろぎ、愛は笑みを引っ込めた。 「……わたしばっかり秘密を知ってるのは悪いから……」 愛は第二ボタンまで開いていたブラウスの襟元を、もう一つ開けて左側をめくった。 そこを見て、美穂は目を見開いた。 左鎖骨の下に、青色の蝶を象ったタトゥー。 派手な格好をしているのは知っていたが、ここまでとは。美穂は驚くばかり。 「お互い秘密ね」 それだけ言うと愛はボタンを一つ閉めて立ち去った。 「何なの。勝手に……」 言い様の無い、もやもやした感情が美穂の胸にわだかまった。結局ラブレターを靴箱に入れずに、彼女も下校した。 翌日放課後、愛は職員室に呼び出された。担任の坂本圭一の前に立たされる。 「杉原。お前、校則違反してるよな」 問いただされるも、正直心当たりがありすぎた。 でも、たぶん。 愛はにんまりと笑ってしまった。美穂が密告したのだ。どんな思いからか。真面目な性格からの義憤か。恋のライバルではと疑って、蹴落とそうとする私怨か。 「せんせー、ごめんなさい」 愛は棒読みで坂本に謝罪すると、ブラウスの襟元から手を突っ込んだ。坂本はぎょっとする。 「こんなのつけて来ちゃってました」 その目の前に指でつまんだ物を突きつけた。 蝶を象ったタトゥー……シール。 「お前なぁ……」 坂本は大きなため息をついた。 再び靴箱の並ぶ玄関で、愛は美穂を見つけた。 昨日より背を丸めたその背後から抱きつく。 「ひっ!」 美穂が身を固くする。 「裏切り者」 その反応が愉しくて、耳元で囁いてやった。 「そ、そんなつもりは……!」 罪悪感からか、振り向けずに美穂が言葉を詰まらせる。 「ふふ、いいよ。別に」 声色を甘く変えて、愛が囁く。 「あげる」 そして美穂の手に一枚のシールを、赤色の蝶のタトゥーシールを握らせる。 「共犯者になったら許してあげる」 美穂は手の中のシールで、己の間違いを知った。 「美穂も本当は規則なんて破りたかったんでしょ? 眼鏡のインナーカラーに派手な赤を選んじゃうくらいだもんね」 愛が続けながら、美穂の眼鏡のツルを指先で撫でた。 「……っ!」 否定の言葉は出せなかった。 「じゃ!」 愛は呆然とする美穂を置いて去る。 「共犯者……」 ごくり、と唾を飲み下し、美穂は左鎖骨の下辺りを無意識に撫でた。

今春ですよ

「蝉うるさすぎだろ」 「…今春だけど…蝉、いるの?」 「いるいる、頭の中で聞こえる」 「……はぁ?」 疑問とも返事ともとれない声が出た。 どういうことだ、頭の中の蝉がうるさいって。なんかの言い回し? …いや、あいつのことだ、特に深い意味はなさそう。適当に思いついた言葉から連想しただけだよね。 …にしてもなんで蝉? 「なんかさ、蝉ってさ、『虫』に『単』って書くじゃん」 「そうだね」 「でも蝉って別に『単』純な『虫』ってわけでもなくてね」 「うん」 「鳴き声は雌への求愛行動だとか、鳴き声の大きさで雌が寄りつくだとか」 「…うん」 「だから、蝉ってうざがられる存在だけど、そのうざがられる原因にも事情があるってわけ」 「へー…」 なぜ彼はドヤ顔できるんだろうか。なんだか時間を無駄にした気がする。私がため息を付くと、ふと彼がこう呟いた。 「みーんみんみんみーん」 「…よかったね、春が来て」 「今春だっつったのお前だろ」 「言い回しよ、言い回し」

パーソナルカラー

彼女にどうしても声を大にして伝えたいことがある。しかし、彼女にとって私はただのクラスメイトでしかなく、その立ち位置は十分に自覚しているため、夜な夜な枕に顔を押し当てながら一人で叫んでいる。 「服が似合ってないんだ!」  彼女との出会いは一年前のことだった。高校の入学式で、新入生代表挨拶として舞台に登壇した彼女の凛とした立ち姿に一目惚れした。二年生に進学し、同じクラスになったとわかったときは、どれほど心躍っただろう。  しかし、そこで私は彼女が真っ赤な服を着ているのを目の当たりにしてしまった。彼女の端正な顔立ちを考えると絶対に青色のほうが似合うはずだ。なぜその服を選んだ。    そこから彼女を目で追う日々が始まった。これはストーカーまがいの恋愛感情による愚行ではない。ただ気になって仕方ないのだ。とはいえ、チャンスがあればと青い服を鞄に忍ばせているのは、ここだけの話だ。   観察してわかったことがある。彼女は友人に対しては、嬉しさと恥ずかしさを混ぜたような顔で服を見せつけているが、一人になると窓に映る自分の服装を気難しい顔で眺めている。恐らく、似合っていないことを自覚しているのだ。  私はそんな彼女を見るのが辛くなり、段々と目で追う頻度が減っていった。本当は、彼女から似合わない服を脱がす勇気のない自分から、目を背けたいだけなのかもしれない。  数週間後、帰宅途中の公園で、ベンチに座って泣いている彼女を見つけた。赤い服はクシャクシャになって地面に捨てられている。  ここぞとばかりに、鞄の奥底にしまっていた青い服に手を伸ばした――。が、思いとどまった。違う。これは私のエゴだ。ここで青い服を渡して、仮に彼女が受け取っても、それは地面でクシャクシャになっているあの服と同じだ。  私はそっとカバンを閉じて、彼女の隣に座った。 「はっきり言って、あの赤い服全然似合ってなかったぜ。」  私のぎこちない笑顔に彼女は思わず吹き出した。  いつか彼女の意思で青い服を着てくれる日がくることを願って、再びぎこちない笑顔で彼女を見つめた。  

おやつの時間

唐突だが、あなたの好きな食べ物を1つ想像して見て欲しい。これさえあれば、たとえ場所が無人島だろうとと過ごしていける…そんな食べ物。 想像できただろうか。 ではその食べ物だけを3ヶ月間食べ続けるとしたら…幸せ?それとも辛い? 今回は私がほぼ毎日食べ続け、今は吐くほど嫌いになったものの話をしようと思うー・・・ 小学生の頃、私の家庭では"おやつは日曜のみ食べてよし"と制限されていた。理由はおやつが美味しくて、お腹がいっぱいになりご飯を食べなくなるからだ。今思えば10歳そこらの子がポテトチップスの袋を開けたなら、満腹になるまで食べるのを十分に理解できる。だが当時はこんなに美味しいものをダメと言う両親を心底恨んだものだ。見つからないように高い棚に置かれたポテトチップスを、見つめていつもいつも想っていた。 春になって両親の仕事が忙しくなり、私は3ヶ月間だけ祖父母の家に預けられることになった。 初孫ということもあり、とても可愛がられていたので欲しいものはなんでも買ってもらえたし、NGを出されることがほとんどなかった為とても自由に過ごしていた。 さて、日頃の制限がなくなった祖父母の家で、私はまず何を欲しがったのか…。 お察しの通りポテトチップスである。 そこから1週間、15時のおやつの時間に毎日毎日ポテトチップスを食べ続けた。一度袋が開いてしまえば手が止まることはなかった。幸せそうに食べる私を見て、祖父母はどれだけ嬉しかったことだろう。 また塩味だけなら飽きていたであろうに、のり塩,コンソメ,関西だし醤油...バラエティに富んだポテトチップスは私を掴んで離さなかった。 あまりに消費が早い為、祖父母は1回の買い物で10袋ずつ買ってくるようになった。 2ヶ月目まではよかった。 禁止されていたことをするのはどれだけ背徳感があり気持ちがいいことだろうか…。 両親がいたら絶対にできないと考えると、今食わねば二度と食えぬ…‼︎くらいにまで思っていた。 2ヶ月たったある日、ピアノの発表会の後外食になり、おやつを食べなかった日があった。その次の日も、なんとなくおやつを食べないで過ごした。そしてその次の日も…。 今思えば完全に飽きていたのであろう。 だが食に対して"飽きる"ということをまだ感じたことがなかった為、なんとなく今日はいいかな…くらいにしか考えていなかった。 1週間続いた時、祖母が10袋買ってきた。 「もうポテトチップスは大丈夫」とは伝えたのだが、孫を思うおばあちゃん心があったのだろう。 祖母の計算では一日1つ、10日前に買った為もう残りはないはずであった。 だが私のおやつ専用の棚を開けてみればなんとまだ7袋もある。追加のポテトチップスをしまうと私のおやつの棚は閉まらないくらいになった。 計17袋だ。 小学生フードファイターなのか私は…。 だが、祖母は私を思う優しさから買ってきてくれたのであって、責めたりなどできない。 あまりの大量さとあと1ヶ月で家に帰る為、それまでにこれを食べきらなければならないという重責に、急にポテトチップスを食べる手が進まなくなった。 アリストテレスの説いた「中庸」、とはまさにこのことだったのだ。 超過と不足を避ける行為が倫理的な徳である 私は齢10歳にしてアリストテレスの哲学を実際に体感したのである。 そしてそれを実行していた当時の両親は正しかったという訳だ…。 その後毎日1袋無理やり消費し続け、後半は油からくる胸焼けと戦いながらなんとか完食を果たした。ほぼコーラやカルピスで流しこみ、ポテトチップスの味の違いなんかわからないくらいになっていた。 それから家に戻ると、日曜のおやつ制度はなくなった。おやつの時間はDSをやるゲームの時間に変わった。ゲームも大好きだが、節度が大事なのを十分理解した為一切文句は言わなかった。 大人になった今、ポテトチップスは3枚食べれば気持ち悪くなるくらいに嫌いだ。 この時に経験したことを教訓に生きていければといいんじゃないかと考えている。 しかし今でも祖父母の家に行けばポテトチップスがでてくることを思うと、幼少期の私の罪はとても大きかったと実感するのであった。

汚れていても

換気扇の五月蝿さもまるで耳に入らない。  体を打つように濡らすシャワーのぬるい湯が、皮膚の表面にへばりついている。  脳みそを垂れ流したように、思考が一粒一粒の雫となって集合を作り出す。  それは、毛穴から溢れ出してしまったかのようにも思えた。  一つ目につけば周り全てが異常物質のように感じられた。  青く透けた血管も、浮き出る毛穴も、どこまで綺麗にしたら許してもらえるのだろうか、と胸部の中心からへその下まで指先でなぞった。  長い爪が薄い皮膚の上をつっかえて、段々と赤くなっていくそれに、少しだけ安堵を覚えた。  浴室で過ごす、世界から切り離されたこの瞬間だけ、私は私を、私として認識することができた。  その特別感が気持ち悪くて、また、おぞましかった。  浴室から出て、バスタオルで身体を拭いた。  拭っても拭っても落ちない傷跡は、私の存在とよく似ている。  翌日、彼はまた口にする。 「――はいつも綺麗で可愛いね」  今日も、貴方の可愛いでいることができた。  光悦を唇の端に隠して、同時に目を伏せる。  これでいい。  これでいいはずだから。

ぽろぽろ ぽろぽろ

小さいときから ぽろぽろ ぽろぽろ いつまでたっても ぽろぽろ ぽろぽろ うまく食べらんなくって ぽろぽろ ぽろぽろ みっともないかなあ? そんなことないわよ そうかなあ そうよ 大人になっても ぽろぽろ ぽろぽろ 成長しなくて ぽろぽろ ぽろぽろ 食べるたんびに ぽろぽろ ぽろぽろ ドーナツって こういうもの? ドーナツって こういうものよ ふーん だから 気にしなくていいのよ 安心しちゃって ぽろぽろ ぽろぽろ お皿の上に ぽろぽろ ぽろぽろ ふたりで食べても ぽろぽろ ぽろぽろ おいしい? おいしいよ それは よかったわ

こらえきれない衝動

橋を眺めるのが好き 橋を歩くのは好きじゃない 欄干に飛び乗りたい衝動をおさえられなくて たまらなく苦しくなってしまうから 坂道を上がるのが好き 坂道を下るのは好きじゃない 足がもつれるくらいに 駆け出したい衝動をおさえられなくて たまらなく苦しくなってしまうから アイスを食べるのが好き かき氷を食べるのは好きじゃない 頭がキーンとなるのもかえりみず ガバーッとかき込みたい衝動をおさえられなくて たまらなく苦しくなってしまうから クラスのあの男子のことが好き あの男子の気持ちを わたしは 知らない そんなわたしは 自分の中にある あの男子への あらゆる衝動をおさえられなくて いま たまらなく苦しい あの男子は わたしのこと…… どうなんだろう それは 分からない きっと たぶん 永遠に

I got Burger Burger Burger battery had to be right about broken Bow

Are you very busy but that’s what I have in my dad‘s bronco to be ready to make everybody be dead right by the big Bay in Julia Bird decorative agave bar and Deborah Deborah Deborah Deborah good way to be dead forever a ditch back everybody be dead and you have a good birthday but I did your vocal bit of a dick at the cabin could’ve heard it from a cup of advice bit of a dead broke up a little bit visit and you have a good whatever vegetable dish bucket of a – could we get rid of a ditch at the cabin could’ve would’ve Digerud available dates for a better video project real quick we’re busy but it had a cup of herbal to ditch work every day to pack a bit of a double date with the date back a bit of a ditch Deborah Deborah Deborah Deborah Deborah we do a ditch and you have a good ability to admit it was her birthday but it is expected of you bitch and you have a good of a job in Edgebrook everybody’s gonna be doing HVAC rid of the bridge I don’t have a temperature but it will be the DD I don’t know whether we had a medical vehicle better to look up a virtual visit with dad and I have an every day my dad to read my dad will go to buybuy baby that how do you get your gonna be ready to have a bit of a dead or dead broke up divided by divided by divided by ditch ditch birthday burger with a dead rabbit very busy with it I think it was gonna be ready to leave Idabel Village basketball with any type of a better Ridgebrook happy birthday will be there with everybody and you have incredible to get your visit to make everybody but it’s river by the vintage and grab a good day bye-bye did your visit with everyone else about everybody will be rich and you’re capable to ditch everybody over there did you make it to River Ridge Richmond for a bit predictable weather will be good I don’t have a credit card or did you provide a bit of a detour did you make it with a bit of a ditch I think I’m OK by Birch Bay refrigerator a dead battery but ability to make a bit of a ditch

電波障害

──私は今、ものすごく困っている。 カッコいいお兄さんに声を掛けられているだけなら、まだいい。 しかし── 「$≠÷∞∴°′><≠∞⊆″>±″°∴≧⊆″<」 それ、何語よ。 聞いたことがないんだけど。 「すみません、警察に聞いて下さい」 そう言って、足早に去ろうとしたが腕を掴まれた。 「≠⌒∇⊥∨⊂″∃∝⇒∞≠∴」 だーから、分からないんだってば! ああ、もう! 私は掴まれた手を振りほどくと、逆にその手を掴んで歩いていく。 交番へ彼を連れていく為に。 この時の私は知らなかった。 彼の顔が赤く染まっていたのを── 「すみません。この方の言葉、聞いてもらえませんか?」 交番でお巡りさんに彼を引き渡すと、私は今度こそ足早に── 「困りますよ、お姉さん。私物、置いてかないで下さい」 え!? 私物!? しかも私、ものすごく説教されてるんですけどー!? 「今日は電波の調子が悪いみたいで、貴女みたいな方が多いんですよねぇ」 「電波の……?」 「まぁ、僕もその一人ではあるんですけど」 お巡りさんがそう言うと、彼の後ろから大人しそうな女性が現れた。 「あ、こら! 出てきちゃ駄目──」 「五月蠅いんじゃい! 昼寝の邪魔せんといてや、ほげぇ!」 え!? 口、悪っ! しかも最後のほげぇ! って何!? 「す、すみません。彼女、普段はおとないんですけど……」 と、お巡りさんは頭を抱えながら言った。 「°÷∞<--′∴=∞⊂≠÷″」 尚もニコニコしながら、話し掛けてくる彼。 私も頭を抱えた。 「と、とにかくココで出来ることはないのでお引き取り下さい」 「待って下さい! 困ってる人を見捨てるんですか?」 「見捨てるも何も、僕も困っているんですよ! それに交番よりも携帯会社に行ってください」 携帯会社にって……予約しないと長時間待たされるし、当日になんて無理よ…… でも、どうして携帯会社なの? その理由は、街の携帯会社を偶然通りかかった時に判明した。 溢れる程の人が携帯会社に押し寄せていた。 全員が二人組、もしくはそれ以上…… 「…………帰ろっか」 そう言うと、彼は笑顔で頷いた。 翌日。 朝起きると、充電中のスマホ。 それを手に取って、ニュースサイトを開く。 そこには、電波障害と復旧の文字。 そして、昨日見た携帯ショップの様子の写真。 ──浮気だとか悪事も判明するわけだね。 私の場合は電波障害で具現化+得たいの知れない言葉を話すだけだったけれど、お巡りさんのはきっと……具現化+口が悪くなる……だったんだろうな。 世の中では、もっと大変だった人もいるんだとか。 「さて、と」  ソファにスマホを投げ置いて身支度をする。 デバイス情報── “イケメンの須摩歩(スマホ)くん” そう、スマホの持ち主情報が表示されていた。 「やだ……恥ずかしいなぁ、もう」 スマホを拾って、鞄にしまった。 終

彼のまにまに

 幼馴染と疎遠になった。 ガタンゴトンと一定のリズムで奏でられる電車の走行音を聞き流しながら考える。 いっつも帰りは幼馴染の隼人と一緒だったのに、今日は1人だ。 私よりも隼人の方が優秀だったので、同じ高校に入ったものの私は普通科、隼人は特進科に行ってしまったためほとんど交流がない。 というかゼロに等しい。 すれ違いざま、手を振る程度。 最近はそれすら気まずくなっている。 まあ別に隼人と疎遠になったからといって学校生活が色褪せるわけではなくて、特に不満もなく日々が進んでいった。 いや、不満もなくという言い方が合っているのかは分からないけど。 それでもやっぱり幼馴染というものは私の中で特別な存在であって、忘れるなんてもってのほかだった。 『アイス食べたい』 『本当に暑い時ってバニラアイスとかじゃなくてソーダ味とか食べたくなるよな』 『確かにチョコとかは食べたくなんないかも』 ほら、だから今日もまた隼人とのどうでもいい会話を思い出してしまう。 女子の中でちょっと高めの身長の私よりもちょっとだけ小さい背丈の隼人。 高校生なのに背が小さいのは親の遺伝のせいだろう。 よく他の友達に話のネタにされてたっけ。 隼人の苦笑したような、嫌がっているような表情をしていたのが鮮明に浮かぶ。 なんとなくもう二ヶ月ぐらい開いてもいなかった隼人とのトーク画面を表示してみた。 同時に電車がぐらつき、体制を崩しそうになる。 …… こけたりしないよう、しっかりと吊革に掴まって片手でスマホを操作していく。 [身長伸びた?] 文字を打って、消した。 なんで急にって思われちゃったら嫌だし、身長をコンプレックスにしている人にそんなメールを送るのはどうかと思ったからだ。 「はあ、」 ため息をつく。 いっそ隼人の方から何かしら連絡をとろうとしてこないだろうか。 こんな自分の思考に嫌気がさす。 隼人との仲をもとに戻したい。 だけど、二ヶ月も連絡をとっていなかったのに急にメールを送ると変に思われそう。 変に思われる、とかそんなこと気にする仲じゃなかったはずなんだけどな。 隼人との仲が変わったと思っているのは私だけかもしれない。 つまり、隼人は私と少し気まずい関係なんて微塵も思っていなくて一方的に気まずく思ってかもしれないってこと。 それを確かめる術なんて何一つないから思考が絡まる前に考えることをやめた。 明日には何かいい方向に変わっているといいけど。 相変わらず受け身な自分に少し、嫌気がさした。

Mの歌

 芸能人のMさんの歌を歌う。 昔僕が苛められたことがある担任教師の好きだった歌手だ。 ディスるするつもりで聴いて歌ったが意外にいい。 だからと言ってあいつが俺を苛めた罪は消えるわけじゃないけどな。 まあいいや、あいつ大した奴じゃなかったしな。願わくば寿命で死んでることを願って。 果てしない大地に帰ってくれ。せめてもの手向けだ。 知り合いのMの歌を思い出す。 うむ、俺の中では歌手Mに匹敵するほどいい歌だ。 あの教師がせせこましいテレビでストレス発散に歌手Mをこじんまり聴いてたのと違って俺はMの隣の特等席で二度とない歌を聴いた んだぞ。 あの教師の人生の尺度が急にせこく見えて何だかあの教師が可哀そうに思えてくる。 あの教師も人生の敗北者だったんだな。 Mの歌、俺の人生を一瞬昇華させてくれた最高の一曲。

明くる夕闇よ5-3

「打ち上げする?」「えっあっえっ」どうゆうなりゆきだ。ますます、しどろもどろ。彼はクスクス笑っている。カオスだ。まるでギャグ漫画の中のような空気感。「嫌ならいいけど」嫌ではない。嫌ではないが!あぁ、神よ。さすがにやりすぎではないか。次の考査はがんばりますから赤点は見逃してください。「する、、!」 放課後、駅前のファミレス。目の前には推し。入店して6分、未だに現実を受け止めきれない。推しは至って正常なテンションで大盛りポテトを頼む。「冴草、ドリンクバーいる?」首を縦に振る。おっけー、と店員さんにピース。じゃなくて2つと頼む。もしこのまま無言でいたら私は尊さでどうかしてしまう。どうにか話を振る。「なんで私なの?他にもたくさんいたでしょ?」南は少し考えて、「話したかったから、かな。普通に誘われなくて悔しかったのもあるけど。」後者の理由が99.99%の要因だろう。きっとそうに決まっている。そうだとしても一体何を話したかったのだろう?「話すって何を?」「いろいろかな」いろいろ。そうこうしているうちにポテトが届く。彼は片手にポテトをつまみながら「仁、本当に知ってるんだね」「そうだけど、なんで?」「スマホ」あぁ、そうゆうことか。私のスマホの裏はハンドメイドの青キミの主人公、広瀬海のトレカが挟んである。2ヶ月ほど前にショート動画を見ていたところ、画像編集アプリでトレカを作る動画に感化され、気合いと勢いで作ったものだ。青キミ以外にも、[天使の庭]という作品に登場するエリックのトレカも使ったのだが、エリックは主人公の飼ってる犬。はたから見るとただの犬なので、犬好きなの?と聞かれたり、飼い犬?と尋ねられると、説明が面倒なのでお蔵入りとなった。「これ、自作だし、あんまり上手くないよ」本当に上手くはない。謙遜ではなく。それでも彼は「え、そうかな?すごくよくできてると思うよ。それに、作ってくれる時点で作者としては感無量というかなんというか」彼は眼福という顔をしていた。 山盛りにあったポテトが小盛りになった頃、南は言った。「相談があるんだけどさ」心がさざ波を立てる。「何?」彼はふぅと呼吸を整えた。「仁は今まで、ずっと一人で密かに続けていて、それで満足していたし、仁の活動は自己満足で、趣味の範疇だった。けど、青キミで1位をとって、たくさんの人に知ってもらって、最初は偶然だと思ったけど、その次は3位で、そこからもっと真剣に小説と向き合おうと思って。」南は時折言葉を詰まらせながらも、丁寧に話した。「それでこの前、書籍化しないかって、編集部の方から連絡があったんだけど、実はまだ返事を出してないんだ」驚いた。まさかそこまで人気になっているとは思ってもいなかった。途端、胸がいっぱいになった。本当は滝のように涙を流して喜びたいのだけれど、流石に彼の前でそんなことをするわけにもいかないので、平然を保つ。「え、どうして?」南は少し沈黙を置いて、「自信がないんだ」そう言った。虚ろな瞳をしていた。「本当に僕の事を好きな人なんているのかなって、数は確かにあるけど、それはあのサイトで、あの時だったから叩き出せたもので、みんなはその作品が好きで、僕の、仁の作品が好きな訳じゃないかもしれないし、ましてや、本を買ってくれる人なんているのかなって思ったら、踏み切れなくて」「そんなことないよ!」感情が突沸した。南のうつむいた顔が、ファミレスの照明に照らされる。私の思いは、溢れて止まらなくなった。「そんなこと、全然ないよ。私は知ってる。仁はまぐれで1位とか3位を取ったんじゃないよ。だって、仁の作品はいつも私の心を支えてくれるし、寄り添ってくれる。私だけじゃない、たぶん他のみんなもそう思ってるよ。そんな作品はきっと、絶対、小説に真剣じゃなかったら書けないはずだよ。」息をするのも忘れて言い切った後、私の頬が生ぬるく濡れていることに気がついた。「あ、ごめん、、」自分があまりにも図々しいから、咄嗟に謝っていた。南はしばらく呆然としていた。それからゆっくり、撫でるように「ううん、ありがとう、そうだね、そうだといいね、、」とやるせなく微笑んだ。 外に出ると既に暗闇が立ち込めた空が繁華街の色々の明かりに照らされている。秋特有の冷たい風が少し強く吹く。「送るよ、どっち?」「駅までで大丈夫だよ」「でももう暗いし」「駅の近くだから」「だったらなおさら」何も言えない。「じゃあ、、」「ん」南の押す自転車が、カカカと一定のリズムを刻む。私はよそよそしく周りの人や店を見ることしかできない。少しして、ねぇ、と左側から聞こえておずおずしながら振り向くと、「ありかがとう冴草、少し勇気出たよ。僕、やってみようと思う」彼の吸い込まれるように美しい瞳が、少し潤んで見えた。

明くる夕闇よ5-2

9月某日 「今日は絶対に成功させましょう!そして、めいいっぱい楽しみましょう!」ハーフツインが揺れる。皆も意気揚々といったところだ。もちろん、私も例外ではないが。「あくる!一緒に回ろ!シフトいつ?」3枠目と6枠目と最後、というと、3枠目、5枠目にすれば長めに回れるけどね、、あたし、最初だから。なるほど、それは時間的にギリギリだ。シフト表を見て、交換してくれそうな人を探す。私は目を見張った。奇遇にも南が5枠目の担当だったのだ。みよもそれに気がついたらしく、私以上に興奮気味に、交換してきなよ!と肘で突かれた。神にしてやられたな。深く深呼吸をする。よし。南は賑わう教室の隅でスマホを見ていた。輝くオーラが見えた。「ねぇ、シフト交換してほしいんだけど、いいかな」「いいよ、いつ?」「5枠目と私の3枠目」「わかった」「ありがと」ん。と生返事され、その場を離れた。途端、緊張の糸が緩むと、南と話したという事実が途方もなく大きな感情を連れて襲いかかる。「うわああ」感嘆の意。口からこぼれ落ちた。それを見ていたみよは、あはは!とマンガみたいに笑った。 みよのシフトが終わって、一緒に校内をみてまわった。アイスクリームとわたあめを食べた。他のどこで食べるより美味しかった。お化け屋敷にも行った。おばけも怖かったけどそれ以上にみよの絶叫の方が驚いた。休憩がてら写真スポットに寄った。人数制限がかけられていて、少し待つことになった。シフトの時間が近づいていることを知ってか知らずか、みよはこう言った。「あくる、楽しそうだね。あたしなんか安心したよ」安心?「だってさ、あくるってやっぱり真面目だし、ひまさえあれば勉強してるし、ちょっと根詰めすぎなんじゃないかなって思ってたからさ。今日一日、めっちゃ楽しんでて、あたしもなんかうれしかったよ!」そっか、そう思ってたんだ、、私はなんとなく申し訳ない気持ちになった。でもそれ以上にうれしくて、はにかんだ。 3回目のシフトが回ってきた。文化祭も終盤であることに加えて、体育館では絶賛演目が開かれていて、今の時間なら、ダンス部の発表の最中だ。ダンボールに光を遮られて薄暗くなっている教室は当然、閑散としている。今、教室には2人いる。1人は私。もう1人は、南だ。シフト表によればあと2人くるはずだが、どちらも陽キャなのでくることはない。すでに7分経過している。 神にしてやられたな。またしても。とはいえ、2人きりになって、何が起こるわけでもなく、壁にかけられた時計の秒針は休まず進む。南はスマホを見ている。動画なのか、画面から顔に放出される光が時折ピカピカと明滅している。私は、というと、ダンボールの繋ぎ目とか、夕焼けに染まった空を窓越しに眺めていた。南をまじまじと見つめたらいけない気がして。6秒に1回くらいほんの少し見て窓を見て、の繰り返しだった。そういえば、自分の催し(つまり巨大迷路)を体験していないことに気がついた。思い返せば制作中は図面班の仕事でかかりきりだったし、前日準備の時は装飾班の手伝いをしていた。せっかくだし、心の中で理由をつけて、迷路の入口に立つ。 図面班なので、コースは頭に入っている。案の定、1分もかからずにゴールした。コース内は文化祭クオリティにしては上出来だと言えそうだ。はからずも誇りに思った。ルンルン気分でバックヤードに戻る。南はスマホではなく私を見ていた。目が合った気がする。光速で目を逸らす。南は言った。「はやいね、さすが図面班。僕なんて5分はかかったね」ふふ、と南の顔がくしゃっと綻ぶ。眩しかった。私もくしゃっと目を細める。「図面班。私が図面班なの知っているんだ。」「そりゃね、あれだけ頑張ってるの見て、知らないことはないでしょ」「そ、そうなのかな。私は全然、何もしてない「」してるでしょ」被せられた。南がそんなに食い気味に喋るところを初めて見た。少し面食らう。「冴草は頑張ってたでしょ。お疲れ様」ふふ、と笑いスマホに目を移した。私はどんな顔をすればいいのかわからないまま、まだ微かに熱が残る学習椅子に座った。頭が熱く、熱く、燃えた。嬉しさでいっぱいなったこの気持ちをどうしよう。「あ、あ、ありがとう」なぜか、少し泣きそうになった。「いいってことよ」やわらかく微笑む彼が、本当に好きだと思った。もう会話が尽きてしまった。自分の口下手を恨んでいると、彼は口を開いた。「冴草は打ち上げ行くの?」うちあげ。そんな言葉もあったな。誘われないのだ。もちろん今回も。私は首を横に振った。「知らなかった。打ち上げあるんだ」南がぷはっ、と吹いた。「そっかー。よかった」何が??理解が追いつかない。「僕も、誘われてない」「えっあっ」これは気まずい空気なのか?しどろもどろ、という動作になる。「打ち上げする?」

明くる夕闇よ 5-1

9月1日、始業式。あれから南ゆうやには1度も会っていない。私は今、彼にどんな顔をすればいいかよくわからないでいる。昨日の夜から、今日の朝も通学路でも靴箱から教室まで必死に考えても、いい結論は導けなかった。教室の扉を前に、呼吸を整える。教室にはまばらに人はいたが、彼はまだいなかった。心なしか安堵しつつ自席につく。ホームルームまでは時間があるから1学期に読み終わらなかった小説を読むことにした。長らく読んでいなかったからか人物名があやふやだ。さらに言えば、内容もあまりよく理解できないけど他にすることもないので読み続けた。読み始めること4ページ、扉の開く方向をみると、彼がいた。有線のイヤホンを耳から下げて、少々気だるげな雰囲気で自席に座ると、スマホを触りはじめた。まるで、夏休みはなかったかのような、平然とした様子で。彼があの日は存在しないと言っても、私は信じると思う。今年の夏休みはあまりに非日常過ぎた。今だって、100%理解しきれている訳ではない。冷静になろうと、続きを読む。読み始めて10ページ、「あくる」とみよの声がして活字の羅列から目を離すと、すでに教室にはクラスメイトが揃っていた。時計をみると、あと5分でホームルームだった。「あくるおはよ、久しぶりだねー」「おはよ、久しぶり」みよはこの夏休み、チア部の活動で毎日外練習だったこともあって、その顔は小麦色だった。ちなみに、みよにこの夏休みのあれこれは話していない。隠している訳ではないが、なんとなく言えなかった。ホームルームの鐘が鳴る。じゃね、と言って手を振り席に戻る彼女に、私も手を振りかえす。その日は何事もなく終わった。強いて言えば、クラスの雰囲気が心なしかふわふわしていたくらいだった。始業式が終わり、ロングホームルーム。どうやら文化祭の出し物を決めるらしい。黒板には、縁日やおばけ屋敷、カジノなど様々な出し物が並ぶ。「では、多数決を採ります。決めた人は伏せてください」級長は快活に言う。この中で、いちばん目を引くものは、、。 採決が終わり、結果発表の時間だ。「いちばん多かったのは、巨大迷路です。この案に決定してもいいですか?」皆頷いている。もちろん、私も同意した。実は、私も票を入れたのだから当然だ。「それでは、この案に決定します。次に、役割分担ですが、、、」級長のスムーズな進行のおかげで話はサクサク進んだ。私は図面班に抜擢された。主な仕事は読んで字の通り、迷路の図面を作る班だ。南は装飾班、みよは当日の進行方法などを考える進行班に振り分けられた。この学校の文化祭は毎年、どのクラスもクオリティが高いことで有名らしく、文化祭のために入学したという生徒もいるとかいないとか。それもそのはず、文化祭の準備は皆が自主的に進めるという文化があり、夏休み明けからは放課後も教室にに居残って制作する生徒も少なくない。私のクラスも例外ではなく、その日の放課後、教室には私のほかに図面班のメンバーと、企画リーダーの住吉さんで会議を始めていた。住吉さんは、クラスの1軍と言われるような人で、丸い瞳とハーフツインが特徴的だ。話し合いは順調に進み、図面もおおよそ決まった。翌日の放課後、調達班、装飾班と連携を取る。装飾班の代表が南だったらと思うと赤面するが、ある意味杞憂に終わった。 その後も、多少の問題はあれど、準備は順調に進んだ。

明くる夕闇よ 4-2

時が止まった気がした。「、、え?」「仁は、僕なんだ。」よくわからなかった。何を言っているのか。でもその言葉の意味が、だんだんと輪郭を帯びて、やっとことの重大さを受け止める。声が出ない。私の表情をみて、彼はこう続けた。「知らなかった。こんな近くに僕の読者がいるなんて。それに、そんなに僕の作品を好きでいてくれていることも。実を言うと、僕が仁だってことは今まで誰にも言ってないんだ。自分の作品に自信がなかったから。投稿を始めたのは、自分が書いた作品が、誰にも見られずに忘れられるのは可哀想だなって思ったからなんだよね。でもそれが、冴草の、誰かの好きになってることが、すごく、うれしい。だから、その、、ありがとう」彼の声は、いつの間にか震えていた。私も何か言おうと言葉を探した。気がつけば言葉より先に、涙が出ていた。彼は少し驚いた顔をして、なぜか謝る。それを否定しようと、私は首を横に振った。「どうして?謝ることはないよ、なんかこう、うれしくて。好きな人が、こんなに近くにいるって奇跡みたいなことが、本当にあるんだって思ったら、感動したの」私は笑った。今この瞬間に起こっている奇跡を噛みしめながら。

明くる夕闇よ 4

夏休み。学校に行けないとなると、家では勉強出来ない体質のために図書館に通う。毎日通っていると、いつも来るメンツ、いつメンがなんとなくわかってくる。今日も、いつもの定位置に座りしばらくすると、黄色のアメピンをした少女が斜め前に座って算数のドリルを開く。昨日は国語ドリルをついに終わらせたようで、ぐっと伸びをしてにこにこしていたのに、また振り出しに戻ったようにドリルをこなす様子を見ると、小学生は大変だなと思う。私も、とノートに目を移そうとした時、黒いバケットハットをかぶった、見慣れた顔が、珍しく課題らしきものが入ったトートバックを片手に、周りを見渡している。どうやら席を決めているようだ。見つかりでもしたら気まずいので、課題に集中する。すると横に人の気配を感じる。私は他人、私は他人。私は必死に自己暗示をかけるが彼には効果がなかったようだ。「久しぶり。隣、いい?」心は悶絶した。頭脳はフル回転。「いいよ!全然!お気になさらず!」彼は何をお気になさるんだろうか。「ありがと」彼は自然に微笑んで、椅子を引いた。私は何か話した方がいいんだろうか、いや、ここは無難に課題に戻った方がいいのだろうか、、。とあれこれ考えていると、「課題、どれくらい終わった?」「え、あ、半分くらい、、?」本当は今進めているもので終わりだが、なんとなくやめた。「へぇー、はやいね、僕はまだ全然」少し可愛くはにかんだのは気のせいだとしても、眩しい。 彼は課題、ではなくタブレット端末を見つめていた。さっきまでの愛らしい表情はいつの間にか真剣な顔つきになっていた。私も目の前にある課題を終わらせることにした。数時間が経って、課題があと数問のみになったころ、彼はタブレット端末をスリープさせると、ふぅと深く息を吐いた。だいぶ集中していたのか、少しだけ疲労の色がみえた。「お疲れ様」ずいぶん声を出してなかったからなんとなく声が裏返ってしまったけど、「ありがと」彼はあまり気にしてないようだった。「何書いてるの?」6割興味で聞いてみる。「ちょっとした趣味かな、あんまり見せびらかせるものじゃないけど、投稿もしてるんだ」「そうなんだ、はじめて知った」すると彼は一瞬何か思いついたような顔つきで「冴草は本とか読むの?」え、と思わず声が漏れる。どうゆう風の吹き回しなのか、思考が読めない。「うん、好きな方だよ」「へぇ、どんな話読むの?」深く踏み込まれて、ますます読めない。「雑多に読むけど、ちょっと暗い話とか好きだな」暗い話、というのはもちろん仁の作品のことだ。彼の作品は、どれも人間や社会の闇を描写している。「なるほどね、うん、ありがと」私は何に感謝されたのかわからなかったが、好きな人に感謝されて悪い気になる人なんていない。「あ、いえいえ」思わず笑みが溢れる。「冴草、あとどれくらい?よければ一緒に帰らない?」彼にしてはどこか落ち着きがなかった気もするけど「私で良ければ、全然いいよ、、!」私はうれしさで胸がいっぱいになった。そして、帰り道。世間話をしつつ、互いのことをなんとなく知った。私は年の離れた姉がいるけど、彼は一人っ子。私が本を好きなように彼も読書が好きで、部屋の壁一面が本棚になるほどだそう。他にも色々な話をして、話題は好きな小説家の話になった。今まで仁が好きということは友達にも、家族にも言っていない。特に大した理由があるわけではないけどなんとなく自分だけの秘密にしておきかった。その時も言うつもりはなかったけど、言わないでおこうと強く思っていたからか、「仁。あんまり有名じゃないけど、すごくいい話を書いてるんだよ。去年偶然見た話が本当に良くて、それからもうずっと好きなんだ」若干早口で話終わってから、やっと言ってしまったことに気がついた。マイナーすぎる話で、彼もきっと反応に困っているのだろう。しばらく彼は唖然としていた。「あ、ごめん。こんな話されても、、」迷惑だよね。と言い切る前に、彼は言った。「仁って、青キミの?」驚いた。世界はこんなにも狭かったのか、と。「そ、そうだよ!知ってるんだ、、」「知ってるも何も、、」彼はほんの少し口をつぐんでから、「僕が書いた、から。」

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この世界はSNSである。 そんな投稿をみつけた。 どこにいっても、何を食べても、どんな服を着ても、人々は写真を撮りそれをSNSにあげる。 いいねが多い方が、フォロワーが多い方が人間の価値が高まる。そのような言葉も耳にした。 私は疑問に感じる。 本当に好きなもの、好きな歌、好きな食べ物、好きな服、それを目に見えない人に見せる行為になんの意味があるのだろうか。 フォロワーが多いところで、いいねが多いだけで、話が面白い人だろうか。共にいて楽しい人だろうか。 そうではないだろう。人間の価値と言うものは目に見えない。わからない。 だからこそ、面白いのではないだろうか。 その人を知るために頑張るのではないだろうか。 私は、声を大にして言いたい。この世界に投げかけたい。 本当に好きなものは何だと。